(『?』)
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蒙昧な屁理屈
廃材群


息吹

 

 世界は確かに息づいている。

……あぁ、だが、どうして生きているんだ?

 誰か教えてくれよ。

 

 

誓い

 

 薄明に臨む夜闇の泡沫、触れられぬ二面性の対となるもの。

 再び矛盾に果てるとしても、もはや顧みることはないと誓おう。

 今こそ約定を捨て去る時。

 

 決意に満ちよ、歩み出せ。

 

 

雨上がり

 

 雨が上がってゆく。

 哀れにも見捨てられた液滴の群れは昇りしきり、薄灰色の空に吸い込まれて失われる。

 打ちつける地が無ければ音もせず、曇天の世界はただ静寂に包まれていた。

 

 

満酔

 

僕の脳味噌は毒入りワインの酒漬けにされてしまったんだ。

 

 

最後に夢を見たもの

 

 反り立った直方体のそばで、懐かしい黄色い蝶の夢を見た。

 そこから目覚めた時は、悲観的な絶望に襲われた気がする。おそらくICの壊れかけたはたらきがもたらした、ノイズのようなものだろう。

 ずっと夢を見ていられればよかったのにな、と思う。…でも言葉の体をなしていない無機質な電子音が、今はもうあの子との思い出の名残でしかない花畑に響くだけだった。

「ざあ、ざざあ、ぴぽぱぽ」返事はない。涙も流れない。

 ただ森の奥が赤い色を帯びて、怪しく揺らめいていた。

 

「なんて懐かしい傷跡」

 反り立った直方体のそばで、錆びた鉄の臭いを嗅いだ気がした。

 その場所に見た寂しさに、今はもう毒が混じってしまった涙を流す。

「あぁ、でも、遅かったんだな」

 あのとき我慢できなかった涙液を救ってくれたトモダチは、けれどずっと昔にトモダチではなくなってしまったらしい。

……見渡せば、黒々とした灰畑。

「こんなに深く、焼きついてしまって」

 行き場のない虚しさより這い出た声が、嫌に無機質に聞こえてしまう。そんな人のような生理現象と感情の嵐を、ふと馬鹿馬鹿しいと思ってしまった。

 

 もう肉でさえないくせに…なんて。

 

…だからなのだろうか?

 

 一瞬の瞬きの後に胸中にあった鮮烈な人間性は、あの時に忘れてしまった帽子のように、取り戻せないものとなってしまったのだ。

 その光景に抱いていたはずの思考は単なるerrorとして処理されてしまい、シリコンの肌は忘れられた鉄屑(かつて最も愛した親友)のように冷たくて…今や瞳孔は引き絞られたレンズのように即物的な視点しか得られない。

 

 やがて感慨の意味さえ理解できなくなった私は、無造作に翻ってその場を後にした。

 

 

後悔

 

 己を飲み込む鯨がいた。

 その小さな瞳からは想像できない沢山の涙をこぼしていて、入れ子構造になってしまった精神は『取り返しがつかない事をしてしまったね』と囁き合っている。

 

 思い出は鮮烈であった。

 瞳を閉じれば…その瞬間に彼女が放った言葉まで、まるで先日の出来事であるかの様に思い出すことができる。

 一見無垢な手が魔女を塔から突き落として「復讐は為った」と喜んでいるのだ。…汚らわしい。

 窓から見下ろせば無惨に潰れた怨敵がいて、そこに後悔や絶望を抱くこともない。恩知らずはまるで大義を果たしたかの様に振うばかりであった。

 

 鯨が全身を飲み込むと、やっと世界に夜が来る。

 透けた球中のフィラメントも、その長い絶頂を終えるのだ。

 

 

異的なさんぽ

 

 街宣車に登って、身振り手振りをしている男がいた。

 マイクを振り回しては上下左右に前後、あらゆる方向に訳の分からない事を訴えかけている。

 喧しくも熱意に満ち溢れたスピーチは鬱陶しくもあったけれど、これはこれで街の風情といったものであろう。

 さながら田舎のセミや、蛙の鳴き声の様なものである。

 時期になると聞こえてくるその類の音には、ある種の感慨さえ覚えるのだ。

 

「かつて滝を駆け上がった龍は、胃液を泳ぐ鯉の夢を見るそうですが……しかし胡蝶の夢かと夢想する荘子と、鯉魚の夢かと夢想する龍に違いなどあるものでしょうか!」

 

「荘子はやがて死体へと成りましたが、死体とは人にとっての龍でしょう!!すなわち進化!それは意思無き有機への変転なのです!!」

 

 内容こそ聞き流していたけれど、聞き慣れない言葉の波を受けて、ふと違和感を覚えた。

 これは本当に選挙運動なのだろうか?…なにかちょっと、違う気がする。

 少しだけ足を止めて再び街宣車の方を見ると、思い描いていたものとは違う異様な様子が目に飛び込んできた。

 

 街宣車の立て看板は、怪しげなカルト団体や安っぽいゲームに登場する悪魔信仰のシンボルの様に、絵に描いたような胡散臭さ…あるいは怪しさのようなものに溢れていた。

 それを取り巻く群衆も常軌を逸した様子で、あの有名な秘密結社の様に、全身を白塗りの布で覆い隠している。

 

……よく見たら町中がその様な、まるで常識的とは言い難い様相を呈していたらしい。

 群衆は各々が好き勝手な色彩で身を包んでいるから視覚的にうるさいし、ビルの巨大ディスプレイではアナウンサーらしき女性が、ネット上で時折見かける怪文書のようなものを読み上げている。

 

「つまり人とはやがて暗い宝物と成って、莫大な熱意を得るのです!さぁ、今こそ!我々は力強く思索なき小天地へと足を踏み入れましょう!!」

 

「そう!すぐにでも、一刻も早く、脇目も降らず、直ちに!!」

 

 断続的に響いた銃声と硝煙の音によって、街の異様な風景に気を取られていた意識を取り戻した。

 

……まぁ、何が起こったとしても、私にはどうしようもないことなのだ。

 

 たとえ数分前に見ていた街の景色が全くの別物になっていようと、私には「はやく元の景色に戻ればいいんだけどなぁ…」なんて考える程度のことしかできない。

 目を瞑って溜息をつくと、先を急ぐべく歩みを再開させた。

 

 

(笑)

 

 その、柔らかい肉腫を頬張ったのだ。

 

 不潔なトイレのようなアンモニアと硫化水素の香りが充満している。

 あるいは腐肉臭とも呼べるにおいは、しばらく見ないうちに一層強くなっていたらしい。

 それを食そうと顔を近づければ、さながら玉ねぎでも切っているかの様な刺激を目に受けて、涙さえ零れ落ちた。

 

 元の性別など推測もつかない様な奇妙な呻き声と数多の羽音の中に、女のえづく音が混じる。

 

 これを口内に投げ込むことへの拒否感は大きく、しかし相反するような飽食的性交への欲求も大きいのだ。

 ゾワゾワと肌が粟立っている理由が興奮によるものなのか、嫌悪によるものなのかわからない。

 その間もしきりに蠢いているニンゲンは、悍ましく黒ずんでいた。

 

……きっかけは空腹に耐えられたなかった身体が、ぐぅと悲鳴を漏らしたことであった。

 一度背中を押されれば堪らず、さながら幼児がローストチキンを頬張るように飛びついた。

 欲張って、欲張って、欲張った末に噛み切れば…くちいっぱいに広がるのはぷちぷちと弾ける蛆虫の群れ、柔らかい脂。ネバツキ。膿の舌触り。

 あるいはナメクジの群れを舌で攪拌しているような食感が一層、倒錯的な絶望感を刺激する。

 

 チリチリと酸を飲んだような痛みが口内を刺激して、まるで気狂いじみた死んだ味を感じていた。

 嚥下すると喉の奥を擦って落ちていくにゅるにゅる。満たされた部屋の香りが身体の内側からも匂い立つ。

 次々と噛み切っていくと声量を強めていく、苦痛の呻きが心地よい。僕は餌付いて、競り上がる嘔吐物を無理矢理飲み込む。気持ちがいい。

 

二口目、三口目。連続して口に運ぶ。

冒涜的な感覚に絶叫する彼女の音で耳の奥が痺れていた。

 

……とうとう耐え切れず、口から吐瀉が零れ落ちれば、床に散らばったそれを舐り、再び嚥下するのだ。

 あぁ、なんて素敵な退廃!

 

 

自尊心の成り果てる先

 

 彼らは私に言う。曰く、「私は狂っている」らしい。

 しかし彼らは私のことを理解していないだけなのだ。ただ彼らが理解していないことを知っているだけなのだ。私は狂っていない。

 だって物理学を知らない人が見ればE=mc2だって訳が分からない文字の羅列だろうし、常識的な数式であることも理解できないだろう。

 彼らが狂気と罵る言葉だってそれと同じだ。きっと理解すれば最も単純で明快な事実であると気がつくはずなのだ。

 事実、未知とは恐ろしく…意外な真実とは狂言とせせら笑われるものである。それは歴史が証明しているだろう。

 

 あぁ。そう、だから…彼らがもう少し、私の知識を理解しようと踏み込めば、やがて私が狂っていないということに気がつくだろう。

……ただ問題なのは狂人の考えを理解できるということは、果たして“狂っていない”と言えるのかということ。

 私が狂っていたら、私の考えを理解した人も狂っていることになる。

 狂人に狂気を認められると言うのは、正常性の証明にはならないのだ。

 皆が狂っていれば狂気は正気かもしれないが、それでは意味がない。正常な人間が正常なまま、私の思考を理解してこそ、私の狂気が狂気ではなかったことの証明になる。

 

「あぁ、ままならない。…狂っていない証明とは、これほど難しいものなのか」

 

 

嘲笑うもの

 

 ただ意味もなく死にゆくものよ。

 沢山のものに恵まれ生きて、遍く全てを吐瀉して散らす。

 その背中に託された多くの夢を無為へと散らすことは、どうして色を失うほど愉快なのか。

 

 ただ訳も無く捨て去るものよ。

 ありふれた希望に蓋をして、不幸足り得ぬ不幸に嘆き、何かを変える意地も無かった。

 どうしてお前が悲しめるのか、もはや亡くした未来の無念に耳を塞いできたくせに。

 

 ただ盲目的な絶望を狂信している。

 沢山の間違いと、恥と、裏切りを。しかし全てが私の過去だった。

 何者になる事も拒み、星を見て。…結局のところ全ては、酷く薄っぺらだった故なのだろう。

 

 

裏切り

 

 そうやって、殺したんだね。

 その腐った人間性で、お前のために壊れていった沢山の命を。

 そうやって殺すんだね。

 君を作るために身を捧げた沢山のモノを。

……でも僕は、彼らを羨ましいと思っている。

 沢山殺して、沢山貪って、その果てに何も理解しない。

 ヒトデナシ。イノチデナシ。地獄に堕ちろ。




これは妄言ですか?
それともどこかで見た話?


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廃材群

ゆめのほし

 

 宇宙のそとがわ。とおいとおい、はじっこの星。

 なにもない場所にポツンと浮かぶ、暗くてしずかな大きな星を、きっと誰もが知っていて、知らないふりをしています。

 

 もう冷たくて茶色くなった鉄くずを見た“ひとはしら”の神さまは…

「あれはとても痛々しい。見ていられない思い出の痕」

 そう言って、物悲しそうに目をそらしました。

 

 もう想われることもない、たくさんの夢の残がいを見た“ひとはしら”の神さまは…

「いまさらあやまってもしかたがない。捨てなくちゃいけなかったんだ」

 そう言って、苦しそうに目をとじました。

 

 ここにはたくさんのごみがあつまります。

 もうだれにものぞまれない。きずだらけで、こわれていて、忘れられてしまった誰かにとって大事だったもの。

 そんなひとりぼっちが、さいごのさいごに眠るばしょです。

 

 

死神の独白

 

 まるで北極圏上空を彷徨う南シナ海のような素晴らしい命であった。

 感嘆して見張り、やがてカンガルー系形状のフラクタルを指で示すだろう。

 そうして緩やかに木星の春風を払い戻し、果てに柔らかなアイロニーに染まってゆく。その、何と愚かで悲しいことか。

 あぁ…しかし誰もが知っていることだ。幼年期の花弁は、やがて舞い落ちてしまう。

 

……どうして鳩は百合の花を摘んでしまったのだろう?

 

 

強心語

 

 まるで女性のような可憐な顔が、能面でも貼り付けたのかと思えるくらい酷薄な表情を映す。

 私は一刻も早く恐ろしいものから逃れたくて、床に視界を移すけれど…どうやらそれは悪手であったらしい。

 

 あるいは目を背けたことを咎められて、酷い責め具を受けることになるかもしれない。

 あるいは目を背けている間に、悍しい道具を私に突き立てんと振りかぶっているかもしれない。

 

 そんな想像が脳裏によぎるのだ。

 つまり私の行いは、己の不安や恐怖を増幅させる助けをしただけになる。 得てして恐怖の対象が見えないというのは、一層不安感を煽るものだろう。

……しかしいつだって後悔というのは先に立たないもので、それがより生々しい恐怖を与えるだけだと気がついても、再びあれを視界に捉えようという気にはなれなかった。

 

 一定のリズムで硬質な足音が響いている。

 どんどん近づいてきていることが分かる石床を打ち付ける音が、ただそれだけなのに後頭部に銃口の感触を感じているようで恐ろしい。

 

 近づく音がして、近づく音がして…その果てに、足音が止まる。

 ほとんど真下を向いているはずなのに、視界の上のほうに美しく装飾された靴がのぞいていた。

 

 繊細な感触が肌に触れる。

 

 私の頬を撫でているものは、きっと手のひらだ。

 右側に見える腕が、顎の方から上に向かってゆっくりと動いている。

 嫌でも映り込む彼の肌は、まるで掬い上げた砂海の粒子のように滑らかなのに、どうしてなのかそれを美しいとは思えなかった。

 

 ケロイドを撫でるこそばゆい感触が伝っていく。

 唾を飲む音が妙に大きく聞こえた。

 

 汚物になど一切触れたことがないのだろう。荒事など一度も経験したことがないのだろう。

……気が狂いそうな恐怖の中でもどこか冷静な思考の隅で、なぜかその指の品評をしていた。 あるいは冷静さなどなく、これはただの防衛反応。現実逃避とも呼べるものなのかもしれない。

 

 やがて彼の指は耳のそばを通り過ぎて、緩やかに私から離れていく。

 一難を経て束の間の安息を得ると、己の息遣いが遠くのほうから聞こえてきた。 それは規則性なく“はっはっ”と吐き出すように連続していて、もはや正常性を失っているらしい。

 

 また頬…というよりは、それよりも少し後ろの方。 今度は片方からではなく、顔面を両側面から挟み込むような感覚を覚えた。

 

 今度は先程のそれとは違って撫でるようなものではなく…どうやら私の視線を持ち上げようとしているらしい。

 抵抗などできよう筈もない。 この悍しいものに促されるまま、視界を徐々に上に向けていくことしかできなかった。

 

 

………そこには、瞳があった。

 

 

 澄んだ海を覗き込んでいるかのような、深く鮮やかな群青色をしている。

 その瞳孔に私の影はなく、汚れて黒ずんだ木製の椅子だけが映っているようだ。

 

「む、ぅ……」

 

 その嗚咽は恐怖故なのか。

 猿轡を嵌められて話せない口から、訳がわからない呻きが漏れる。 許容量を超えた感情が溢れ出して、涙が視界を歪めている。

 それは“前回”が終わった時から予感していたものであった。きっと次は、いつもより碌でもないことが起こるのだと。

 

 そんな私の怯える様を見て熱っぽい息を吐いた彼は…そのまま膿んだ傷跡に触れるように繊細で、雌の怪我を舐める雄のオオカミのように優しい言葉を紡いだのだ。

 

「もうみんな、死んだわ」

 

 息が漏れた。情けなくて、引き攣るような音だった。

 もうどうしようもなかった。まともに思考を回すことさえ、ままならなくなる。

 

「ねぇ」

 

 猿轡が解かれた。

 涎と血が染み込んで赤黒くなった布が、膝にべちゃりと音を立てて落ちる。

 覗き込んでくる瞳の底が見えなくて、この怪物の瞳に私の姿が見えなくて、その言葉がなによりも恐ろしいことであると気がついて…もう何もかもがぐちゃぐちゃになっていた。

 

「本当に、そこに正義はあったのかしら?」

 

「あ、ぁ……」

 

 声帯をヤスリで削られたような掠れた声が漏れた。

 それは私という存在を否定する言葉であったのだ。あるいは実質的な処刑だろう。

 故にこそ私は、それを認めた瞬間、私が消えるのだと理解した。

 

 理解したけれど…………

 

 

 理解したから、なんだというのだろう。

 

 

 

だって世界はこんなに愉快(おか)しい

 

 嘲った唇の端がプチプチと音を立てて裂けていった。

 顔を構成していたあらゆる部位が、渦を巻いて顔の奥に消えていく。

 

「それでいいのよ」

 

 恐ろしい恐怖の偶像は僅かに目を細めて愛しんだが、けれども次の瞬間には気が狂った人形の様に笑うばかりになった。

 地下室には男のものとも、女のものとも…あるいは人間のものとも取れない、ただ悪魔めいた奇妙な嘲笑が響き渡っている。

 

—— 破れたものは二度と戻らない。——

——穴の端から穴は広がり、間違いは致命的なものになるのだ。——

 

 そうして変態を経て出来上がった面相は、もはや顔とは呼べない代物になっていた。

 なぜならそこには巨大な口蓋しかない。

 

 ただ、悪魔があった。

 そこに少女の姿はなかった。

 

……今は地下牢にて人影が二つ。

 あるいは笑声にも聞こえるかもしれない狂った叫声が響くばかりだ。

 

 

かわいそうなあくま

 

 陶器に映っている女性は端正であった。

 

 それは高名な芸術家が才と労力を費やして描いたような美しい芸術品、あるいは作り物めいた美しさを持っている。

 ミルク色の光沢する表面にて、ゆらゆらと波打つ水面に映った太陽の様に揺らめきながら、微笑みを向けているのだ。

 

 怪談においては定番である、人形や絵がこちらを見ているという構図。

 おそらくその類の恐ろしさと似た恐怖心が微かにあって、そしてそれ以上にこの世の物ではない冒涜的で邪悪な何かに恐れ慄いていた。

 

 それは外見上は決して恐ろしげな物ではないのだ。

 ただゆらめく女性の像なのに、それなのになぜか恐ろしい。

 

 それに魅入られてはならないのだと。

 ある種の呪いのような作用で理性を溶かされる。

 草食獣が肉食獣を恐れるような被食者の…本能の最も奥深くにある様な根源的な恐怖を刺激されている。

 

 恐ろしい。

 来るな。こっちを見るな。

 やめろやめてくれ、俺を見るな。

 

 いやだ。見ないで…

 見せないでくれ……

 

 

 

 

 

 

 見ないでくれ………




呼ぶ声がして玄関を開けたら、そこには膝がありました。
……でもよく見るとそれは黒尽くめの影を着込んだ大きな人で、彼は大変そうに「よっこいせ」としゃがみこんで、私と顔の高さを合わせます。
そしてにっこり微笑んで「あなたはとっても素敵な人ですね」といいました。

私は笑って返事をします。
「正直なところ、汁が無くなるほど伸びた麺はきらいです」
そうすると彼は、少し大袈裟に驚く仕草をして…それからすごすごと帰っていきました。


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廃材群

失い、忘れて、生きていく

 

 終末が始まったのは突然のことであった。

 災禍の中心はとある男…いつも通りゲームを作ったり、ホームランを打ったり、タクシーを運転していた彼が消失したのである。

 その穴を埋めるように現れたのが、この吸引口であったのだ。

 

夢を失ったのだ。

 

 その穴が吸収を始めると、その場に居たあらゆる存在が蜃気楼のように解けて、まるで水に落ちた絵の具のように空間と混じり拡散していった。

 あらゆる壁や地面は感触を有さず、綿のように希薄なものとなり、質量を持った存在はその全てがあるかも分からない“底”に落ちていく。

 それはまさに悪夢のようであっただろう。

 

輝かしい未来への旅路を止めた。

 

 意思あるものは現実性の喪失によって発生する漠然とした不快感と、自己の喪失を持って訪れる恐怖と、痛みもなく身体が解けていく奇妙な感覚に慄き絶叫した。

 もはや絶叫できる口さえないものもいたし、空気や無機物が絶叫していることもあった。

 

君は目を瞑った。そして目を覚ました。

 

 その異常な空間の中央にて立ち尽くす消えた男の代わり…いわば排水溝の穴とも呼べる存在は、まるで子供が泣いているかのような甲高い唸りをあげている。

 しかしそれにはもう意思などない。意思が無いのだから、泣いているというわけでもない。

 それは1立法米もない小さな空間に押し寄せる現実が、急激に圧縮されて吸い込まれていく際に発生する異音であった。

……或いは世界が軋む音。その音が聞こえなくなるということはつまり、世界が完全に失われたことを示す。

 

どうか思い出さないで、私たちはもう傷でしかないのだから。

 

 未だ終末は世界中を満たしておらず、外縁は多少の違和感を覚える程度のものだろう。

……しかし喪失の半径は徐々に広がっていて、世界中の生命は漠然と終わりを認識していた。

 それでも迫り来る喪失から逃れようとするものはいない。

 

未来ある貴方の身体が膿んで汚されないように。

 

 皆、顔をくしゃくしゃに歪めて歌っている。

 それは1人の人間の、なんてこともない平凡な人生を讃える歌であった。 

 

 

人は「神は幼すぎたのだ」と思った。

 

 見上げれば渦巻いた円の周りに放射状の線が広がった赤色の太陽と、長円形の型をハートの上半分をいくつも使って囲ったような白い雲が浮かんでいる。

 空の色はグラデーションなど一切ない水色一色で粗く塗りつぶされていた。

 

 そのどれもが完全に硬直しているようだ。

 当然のように風もなく、一帯を支配する不自然なまでの静寂と相まって、まるで世界の時間が止まっているかのように見える。

 

 また、地上に立ち並んだ木は上層から枝分かれした幹の先に緑色の丸がいくつもついた形状をしていた。

 どこまでも広がる緑色の床には、例えるならバランのような…山が隣り合わせに3つ程連なった形状の平面が一定間隔で並んでいて、それが原っぱを表しているものであると気がつくことは容易であろう。

 

 そしてこの全てが蝋の画材で描かれたような質感であり、縁取りを粗く塗りつぶしたような…いわゆるクレヨン画というものを彷彿とさせた。

 下手ではないが洋式化された抽象的なモノだけで構成された世界観は、どこか不完全で違和感がある。

 

 それ以上にこの世界を説明できる言葉はなかった。

 

 どこまで歩いていっても上記した以上のものは見当たらず、5時間ほど直進すれば世界の端に到達してしまう。

 世界の端というのも緑色の床が途切れているだけで、それ以上のことはない。

 先には地面も空もない暗闇が広がっているだけだ。

 

……しかしそんな何もない世界の中央を見れば、そこにだけ抽象的な平原画ではないものがあった。

 それは奇妙な描きかけと、平面の木に黒い線で吊られている何か。

 

 描きかけのものはおそらく人間であるようで、一際丁寧に描かれている様子ではあるが…やはり子供の絵の粋を出ない程度のものである。

 女性的なものと、男性的なものと、子供のようなもの。それがたくさん。

 相変わらず平面的であり、しかしこれらは中途半端なまま絵画が止められている。具体的に言うと、ふたつを除いて首から上が描かれていない。

……その首から上が描かれている人間のうち、私が視界に捉えられる唯一の個体は顔面が黒く塗りつぶされているようで、はっきりと薄橙色に肌らしきものが見えるが、それの人相や表情を判別することは困難であった。

 

 そして木に吊られているもの。

 それはこの世界で唯一立体的な構造をしていて、大きさは120cmほどであろうか。

 周囲が黒い板状のもので覆われているため、正体は定かではないが…それの直下にある緑色の床は濡れた紙のようにふやけて、微かにアンモニア臭を漂わせている。

 

 時折呻き声のようなものを響かせ、定期的に大きく揺れるそれは紛れもなく神様であった。

 けれども指のない私は彼を下ろすこともできず、発声器官のない私は嘆くこともできない。

 

 私はただ、哀れなそれを眺め続けていた。




最近、お月様が冷たいです。
お話をしていても面倒くさそうで、つまらなそうで、正直なところ私もちょっと楽しくないです。
お月様の貴重な時間を奪っているようで、申し訳ない気持ちが少しずつ迫り上がってきて溺れそうになるのです。
多分お月様は私よりも太陽さんのことが好きなんだと思います。お似合いですね。


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廃材群

罪狩りの神話・序

 

 古き蛇は大地を操る権能で以って、悪食の獣を生き埋めにした。

 雲より果ての果て。幽世まで届くであろう高遠たる岩塊と、その中に埋もれた遺骨の群れは未だに呻きをあげるという。

 

 精霊たちは蒼き光の魔法を操り、死の時でさえも美しく怨嗟を撒き散らした。

 彼らの古戦場は未だに触れたものを喰う蒼が燻り、また実体のない肉団子が苦悩している。

 

 清き龍は熱量を持つ咆哮を放ち、羽ばたくたびに凍てつく風を巻き起こした。

 森の一角には溶けない氷に包まれた世界と、その中央にガラス質の壁を持った底のない穴が空いているだろう。

 

 恐ろしい女王より産まれたる子蜘蛛は大地を黒く染め上げて、糸編みの天蓋と這い寄る恐怖で森を覆った。

 今もなお地面を掘ればややもせず、苛まれる蜘蛛の潜む地下世界が広がっている。

 

 そして獣。

 彼らは数多の先達を屠るのみならず、未だに台頭し世界を蹂躙する中立的敵対者。

 不死なり。黄泉還りなり。法則より外れたり理外の怪物。

 奇跡は死に絶え、神秘は失われ、今はまだ貪食に甘んじるようだ。

 

 あぁ、恐ろしきは罪なのか。

 どうして恨むか、飢えたものども。記憶もとうに擦りきれたのに。

 蛇は語らず、巨人は怯え、腐れた魂魄を磨り潰す。

 

 祖なるものたちの尊属殺か。

 別たれた魂は、何を想って喰らうのか。

 

 彼らの愚か。

 我らの罪よ。

 

 仇討ちに意味は無く、報復は報われない。

 哀れなる犠牲が遍く滅ぼす日も遠くはないと、賢者の亀は言を結んだ。

 

 世界は勇者を待っている。

 

 

浄化に非ず

 

 透き通る満月が水彩画のように滲んで、垂れて、雫となって落ちてくる。

 そうして目に入った液がすうっと沁みて、また緩やかに頬を伝う。

 気付けば黒く濁ったそれが、沢山の夢と沢山の未熟を連れていくようだ。

 あぁ、これがきっと浄化。

 かつては尊くて、美しくて、素晴らしく見えたのに…

 

 しかし、それでも、

 

 白い闇で塗りつぶされた画用紙。

 もう欲と汚れだけになってしまった胸の奥。

 何もかもを諸共に流していく穏やかな夢はきっと僕らを救ってくれる。

 これこそが、最も相応しいものだ。

 

 残酷だけれど。

 

 

急募・幕引き

 

 三十次元より高くて昏い冗談みたいな宇宙の湖を、今も意味なく彷徨う幽霊烏賊の警笛を聞け。

 幾何学形質は滑らかながら角張って、形而上の抽象性を漠然と…けれども確かに称えているのさ。

 

 子守唄は君の心。怒声は夢中。鯨は何処へ?

 

 わらって、わらって。

 それがいちばん、きれいだからね。

 

 

不可能性の提示

 

 君の心は何色か。

 燻んだ色だったら、遥か過多な眠剤をあげる。…甘く厭魅な安楽が、きっと全てを許すから。

 清々しい色だったら、白く滑らかな翼をあげる。…駆けゆく意思を持つならば、いつか聳える壁を見るから。

 

 そんなものは、要らないと?…ならば何をも映さぬ瞳孔は、どこを見るのだ?

 

 その水底のように綺麗な深みで、僕を溺れさせることはしなかった。

 迫る針を見つめ笑う、眠る、遊ぶ、走り去る。

 空の来たるは夢の跡。残骸に残るは理想だけ。

 

 愛しい君。知らぬ糸を手繰って、どこへ行くのか。

 どこへ行くのか。




今や太陽や月にさえ忘れ去られた埋没都市を覚えているでしょうか?
それは私たちの故郷なのです。

もう帰ることはありませんが、きっと見れば懐かしいと思うでしょう。
…でも仮に。貴方が忘れてしまったのならば、知るものは誰もいなくなってしまう。

もちろん知っていますとも。
誰しもが、何であろうと、永遠などあろうはずがないのです。
それでも滅亡とは悲しいことだと思いませんか?
そうなってほしくないと願うことに貴賎や是非はないでしょう?


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廃材群

笑い蝉

 

 コンクリー*1トは鼠色の肌で陽射しをいっぱいに受け取っていて、見ているだけで茹だるような暑苦しさを覚えるほどであった。

 その直上を漂う空気は日射病でも起こしたのか、酷く不安定で*2覚束無い揺らめきを見せている。

 付けっぱなしにされているノイズ混じりのラジオ*3からは、例年通り「例年を超える熱波を〜」などと男性の声が…実際は初めて聞く声なんだろうけど何故か聴き*4慣れたように感じる調子で語っているようだ。

 

「あぁ、これこそが夏なのか」

 

 シャツ一枚に短パンで駆けていく子供*5を目で追った。

 その後ろに見えるジャングルジムの向こう側で凛々と立ち登る入*6道雲は懐かしく、水色の空は行方不明な未来への*7期待を脳裏に過らせる。

 

 そうして呆然と漏らした自分自身の感嘆の声は、幾何学鍵が*8そうあれかしと作られた穴に嵌るような、まるで得も言われない収まりの良さと共に胸に落ちていくのだ。

 夏の実*9感なんてものを今更になって覚えた理由は分からないけれど、それはまるで長い夢から目覚めた*10みたいな奇妙な喪失感を伴った。

 

 

上ば見

 

 先月に亡くなったということらしい祖母…

 かつて父は祖母のことをトヨと言っていた気がするのだが、今となってはトヨ婆の名前が本当に『トヨ』であったのかも分からない。

 トヨ婆のことを思い出そうとすると、記憶に靄がかかって分からなくなってしまうのだ。

 実の息子である父でさえ、先日「母さんことが思い出せないんだが」と相談してきたことを覚えている。

 

 こうして名前を出している私でさえ、思い出したから知っているという訳ではないのだ。

 ひとえにそれは、私が物心つく前に書いていた日記の恩恵でしかない。

 それも怖い蛇がトヨ婆を食べるなどと凡そ戯言のようなこと。あるいは妄想ばかりが書かれていて、到底確かな情報なんて言えないから『たぶんトヨ婆はトヨ婆だった』などと、漠然としたことしか言うことができなかった。

 ただし私はトヨ婆という呼称がしっくりくるため、実際どうだったかはともかくとして、私の中ではトヨ婆であったと確信している。

 私の話を聞いた人も、在るべきものが在るべきところに戻ったみたいな顔をして納得していたため、きっと皆もトヨ婆であったと思っているだろう。

 

……で。

 誰かも分からないが確かに居て、死体も痕跡もないのに存在の証明はできて、彼女を知っていたはずと言う人は皆が口を揃えて優しかったと言う。

 そんなトヨ婆について、親族一同が集まって会議をしたのが今夜の出来事であった。もっとも我らが一族は雁首揃えて楽天家であるため、会議の後半は宴会の様相を呈していたのだが。

 ただし結論に関しては、速いうちに出ていた。

 

 父さんの母親は存在しない…ということらしい。

 有休を取った父が調べたところでは、父にとって母の字の付くような存在がいた記録はどこにもなかったのだ。

 父は「まるで木の股から出てきたような状況だったから、公務員さんも困っていたよ」と笑っていた。ちなみに悲しくはないらしい。

……まぁ、祖父が亡くなったときも「きっとアイツも楽しく生きたろう」と笑っていたし、今回の場合も同じような心情なのだと思う。

 そんな風に考えながら空を見上げていると、ふと、声を掛けられた。

 

「ごきげんよう」

 

「こんに……―――

 

 今日日聞かない挨拶だと思いながら、顔の向きを正面に戻して…それで思わず息を呑む。

 女袴と華やかな着物に身を包んだ(きっとこういう服装を大正浪漫というのだろう)、ぼんやりと考えに耽るような夢見心地も一瞬止まってはっとするような、そんな奇妙な雰囲気を纏った女性がいたのだ。

 確かに奇麗だけどそれだけじゃなくて、あえて表現するならば神様みたいな独特な何かを持った人であった。

 

「ふふ、そんなに驚かないで」

 

 そうやって硬直した私を見て何を思ったのか、彼女は口を手で隠しながら可憐に笑う。

 華奢な肩が楽しげに揺れて裾や袖が翻ると、照れくさくなってまるで顔が熱を持つような感覚がしたけれど、不思議と不愉快には思えなかった。

 むしろ嬉しいとも言えるような…よく分からない感じがする。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 何が何だか分からないまま謝ると、彼女は少し驚いたように大きくまばたきをしてから、微笑ましそうに「いいのよ」と言った。

 ぎこちない居た堪れなさの中で言葉を詰まらせていると、次の言葉は彼女から発せられる。

 

「ねぇ、あなたも夢の中にいらっしゃるの?」

「ゆ、め…?」

「…あら?もしかして違うのかしら」

 

 その言葉を聞いて思い出す。私がこの場所に来る前までやっていたことを。

 たしか自分の部屋でトヨ婆について書かれた日記を読んでいたのだ。

 それで気が付いたらここに…

 

「たぶん、私…寝ちゃってるのかもしれない」

 

 そうでもなければこんな地平線が見えるような広い平原に居る理由が分からないし、上空で一方向に進んでいるらしい白い鱗のようなものも説明がつかないだろう。

 私の言葉を最後まで聞いた彼女は目を伏せて寂しげに、少しだけ口角を上げて呟いた。

 

「思った通りね。きっとあなた、次の私なんだわ」

 

 風が吹く。

 ただ平が広がる場所の宙を細やかな草が舞って、静かで満たされた空間を風の切る音が走っていった。彼女の小さな声が染み渡って、儚い言葉と風切り音だけが世界の全てのよう。

 

「ねぇ、思い出せる?」

 

 王の居ない荘園に地鳴りが響き渡った。

 世界が揺れる。空に蠢く輝く鱗のうねりを伴って。

 

「私は思い出せないの。ずっと仲良くしていた友達…私の前の子の名前」

 

 漸近的に強まる揺れにとうとう耐えられず腰を突いてしまう。

 それでも辛うじて顔を彼女に向けると、なぜか彼女はしゃんと立たまま狼狽える様子もないようだ。

……しかし揺れなんて問題にならないほどの脅威が奥に見えた。

 

 およそ理解の範疇に留まらない巨大な蛇の頭。

 ずっと遠くにいるはずなのに近くに見える、恐ろしく開かれた口腔が見えるのだ。

 

「私の名前は妙子…あなたはまだ、思い出せる?」

 

 あぁ、そうだ。…思い出した。

*1
あっはっはっはっはっはっはっはっはっ

*2
うわっはっはっはっはははっははっははっはっ

*3
微かに響く啜り泣くような女の声をあなたは知っている。

*4
ひぃーっ…ひぃいいっ!ふはわあっはっはっはっはっはっはっはっはははっ

*5
酷く怯えているようだ。引き攣った蒼白な表情を頻繁に後ろに向けて、そのたびに小さく悲鳴を漏らしている。

*6
ふはははっはっははっはっはっはっはっはっ

*7
悲鳴と助けを呼ぶ幼い声がかすかに聞こえたが、セミの声にかき消されて消えてしまった。少し寂しい気分になる。

*8
ははははっうわはっはっはっはっはっははっはっ

*9
空から招来した雷様の無遠慮な鷲掴みに泣きわめき、逆さ吊りになって昇っていく子供がいた。もう高くて分からないけれど、彼は先程の男の子のように見える。

*10
えへへへっひひっふふあははっはっはっはっはっはっ



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廃材群

汚染

 

 鳴いた友人を捨てるなら、君の心を満たせよう。

 僕らは後目に視界を滲ませる。

 鯨髭めいた木々の群れに吸い込まれていくタンクトップの小さな影を見送った。

 

 

 

 切り立った崖の端から青々として波打つ海に「君が好きだ」叫んでみると、向こう側から声が返ってきた。

 はつらつそうな若い女の声で「私もよ」と!

 その直後に背中に感じた衝撃に驚いて後ろを見ると、思わず顔が引き攣ってしまう。

 頬を薄紅色に火照らせた喜色満面の娘が、秋風に群青色のおかっぱと薄手のワンピースをはためかせて、両手を突き出していたのだ。

 

「だから一緒になりましょう?」

 

 耳元で囁かれた声に思わずなんて色狂いだろう、と考えてしまった。

 あなたは毎日たくさんの人と一緒になっているというのに、なんて。

 そんな風に思いながらも内臓が浮くような落下感に、思わず口角が吊り上がってしまう自分もいる。

 

 なんだかんだ言って嬉しいのだ。

……でも仕方がない。彼女の一部になれることを喜ばない男なんていないのだから。

 

 

 

贖罪無い夢

 

 ベンチに座って空を見上げれば、鉛のようにも見える鈍い灰色の曇天がある。

 気付けば被服は凍えそうなほどに冷たくて、逆らいがたく感じる重力が僕自身の罪深さを教えているような気がしていた。

 

 その感覚は心地良い。

 

 泥に塗れた傷口をぐちゃぐちゃに掻きまわして、泣き喚く僕を捕まえて鉄の寝台に張り付けて、致命的激痛が溢れるそこに何度も何度も塩を塗りこんで教えられたいのだ。お前はとんでもない悪人なのだぞ、と。

……しかしそのデカダンスな安心感に伴って呼吸が早まる。息苦しさに胸を抑える。冷たく顔を打ち付ける液体の中に奇妙な熱さを感じてしまう。

 

「こんなことに意味はないのに」

 

 僕はただ、許してほしかったのだ。

 誰も思い出してくれない星屑のような罪たちを。

 

 

未来感

 

 混雑する往来の隙間からわずかに見える路地裏のほうで、こちらを見て佇む男を見た誰もが直感的に「彼は浮浪者なのだ」と思ったことだろう。

 鼠の毛皮めいた黒灰色の脂ぎった髪を無秩序に伸ばし、薄汚れて燻んだ布切れを幾重にも纏っていたのだ。

 それ以外にも無精ひげであったり、立ち振舞であったり、その男の素性を物語る要素はいろいろとあったのだけれど…不意に目が合うと不気味な理解と共に肌が粟立って、彼が普通の浮浪者ではないのだと察してしまった。

 

 僕の目を見詰める黒々とした光が、余裕のない血走ったものや希望を失った死んだものではなく、まるで子供の様に爛々とした無邪気な瞳であったのだ。

 それも無邪気なだけでなく狂気的な…とにかく嫌な感じで溢れている。

 

 気が付けばこちらに向かってきている男を見て、僕はしまったと思った。

 視線を送りすぎたことに酷く後悔したし、何よりも恐ろしかった。逃げても無視しても無駄だと理解したのだ。

 アクセルを限界まで踏み切った酔っぱらいの運転するトラックの前に飛び出してしまったかのような、尋常ではなく取り返しもつかない失敗を犯してしまったような気がして…

 

「お前は亀なんだろう?」

 

 迫りくるものに慄いて目を瞑っていると、意外なことに飛び込んできたのは言葉であった。

 

「あぁ、待っていたんだよお前を。俺は!亀だよ、俺の亀。夢にまで見た。お前は俺にとっての脳味噌なんだ。北西線上に見えるだろう、海の上に浮かぶ忘れたる小天地が。行くんだ、僕はそこに。行くんだよ。だから連れてってくれないか?夢の夢の空の上にある深海の竜宮城に」

 

……もっともそれは明らかにまともではない狂人の言葉だろう。

 それはそれで十分怖ろしげなものではあったけれど、刃物や鈍器でも振り下ろされるのかと思っていたので拍子抜けではあった。

 ただその異常な語群に圧倒されて、ぐいぐいと近づいてくる狂気的な瞳が恐ろしくて、ただ後ろに後ずさることしかできない。

 

「あぁ違ったよ。間違いだ、お前は亀じゃないのかも。人間だからな、俺は特別な知恵を持っているんだよ。俺は腐り落ちた樹の祟り神だから、いや違う人間。僕は?あれ?んんんんんん?」

 

 急に喃語めいた語尾に着いた疑問符を正しく想像できる呻きと共に、首をひねって路地裏のほうに戻っていった男を見て、僕は膝を折ってその場にへたり込んでしまった。

 誰かも知らない男の人が心配そうに「大丈夫ですか?すぐに警察が来ますから」と僕に言ってくるけれど、言葉を返すことはできないまま時間が過ぎてしまう。

 

「あ、いや…」

 

 その理由は呆然としているわけでも、あるいは安心しているわけでも、恐怖に震えているわけでもなかった。

 焦っていたのだ。

 

「間違った…間違った……ッ!!」

 

 地面を見詰めるようで何も見ず、外側から暗転していくように狭まる視界。

 その絶望的展望を回避する方法がないという事実。

 アクセルを踏み切ったトラックの前に飛び出し~などという比喩が言い得て妙で洒落にならないものであったなど、誰が想像できたのだろうか。

……いや別の人なら予測できたことだったとしても、僕が想像できなかったのだから意味がない。

 

 ただ確かなことは、不意に毒を呑まされたということだけであった。



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廃材群

魚目

 

 魚の卵のように密集して重なった、数え切れないほどたくさんの目玉。

 潤っていてぎょろぎょろと、止まることなく蠢いている。

 鼻の上からおでこの端まで、大小さまざまな玉虫色のピンボオル。溢れんばかりにたくさんの、なにも見えるはずがない。けれども見えているみたいに、必死に何かを探している目玉たち。

 

 それらはどうやら全て、別々の方を見回している。

 まるで恐ろしげに、不安そうに震えながら。

 たまに私と目があうけれど、どうやら私には興味がないみたいだ。私なんて全く見ないで、すぐに他の場所を見つめるようになる。

 

 ねぇ、なにを見ているの?

 あなたには私に見えない何かが見えているの?

 

「あ、あ…かみ、さま……」

 

 目玉の彼女は分からない言葉しか返さない。

 ムシの卵みたいに震える目玉だけが、潤んでいて感情を伝えてくれる。

 

 なにがそんなにこわいの?

 どうしてあなたは震えているの?

 

 その小さな肩を抱きしめると、かわいそうに。ひどく震えているじゃないか。

 私の可愛いイモート。もう変わり果てている。

 笑うたびにチラついていた吸血鬼みたいな八重歯も。私を「おねえちゃん」と呼ぶ、あの子憎たらしい声も聞こえない。

 

「ごぇ…なさ……」

 

「かみ、さま…こないで………」

 

「あぁ、かみさま……」

 

 そこに、なにか…私には見えないものがいるの?

 

 

不滅の夢

 

 枯れ木のように萎びた身体は、それでも朽ちる気配はなく。もはや時間も忘れるほどに歩き続けた足は、とても頼りなく震えている。

 彼は更新されるのだろうか?それとも後ろに下がっているのか?それとも行進しているのか?

 虫食いのような穴が開けられた喉はひゅうひゅうと笛めいて、そこに混じった研ぐような音が笑う声に聞こえるのは気のせいなのか?

 

 ばかばかしい。死体は動かないままであるべきだ。

 

 そうあるべきものなのに、わざわざ動くのは…まぁ死体だから考えることもできないのだろう。

 間違いなく愚かだが、それを責める謂れはない。

 哀れで不快で気色悪くても、そんな彼を責めるなんてあんまりだろう?

 

 

人なるもの

 

 人間という生き物は、年齢の4桁以下を切り捨てれば誰もが0歳になるので、結局のところ生まれていないのです。

 胎児は身動きを取ることさえ不可能なので、論理的に考えると動ける人間は普通ではないと言えるでしょう。…つまり自ずから身動きを取ることができない、そんな愚物たるあなたも普遍的な人間なのです。

 

 疑わずに信じてください。

 

 何もせずにただ管から与えられるペーストを腹の中で溶かし、何もせずに白くて透明な天井を見つめ続けて、柔らかいとも硬いとも言えないクッション材の上…夢ばかりを見ているあなた。

 

 しかし普通の人間です。

 信じてください。私は嘘をつきません。

 なぜならあなたを愛しているからです。

 

 あなたがそれ以上を望み、また望まれることは望ましい状況ではありませんね。

 蝉が唐突に人語話者になってホモ・サピエンスの女性を口説くなどありえないこと、カブトムシにそのツノを伸ばしてもらって向こう側のクワガタムシごと飼い主の子供を貫くように求めるなどありえないこと。

 

 諦めて普通でいることをお勧めします。

 それが真理なのですから。身の丈を知らずに夢を見るのも赤子の特権ですが、現実を知って裏切られるのも赤子の常なのですからね。

 だからあなたは諦めて、現実を見るようにしてください。

 

 人とは遍く全てが絶望の中で生きるよりも、期待を裏切られる方が酷く悲しむものなのです。

 あなたは身の丈を知りましょう。あなたは現実を見ていましょう。

 夢幻に価値はないのですからね。

 

 

今宵もやってくる

 

 耐え難い苦痛を伴う睡眠欲への信仰と並行して促進される、覚醒の目覚ましい奇胎を呑み下す。

 脊椎・神経の根本…魂が挿げ変わっているようだ。気配を感じて身を捩り、吐き気を催す呪文を漏らすと視界が滲む。

 脳味噌が孕んでいるのか?頭蓋の内側から蹴られる音がする。

 

「いやだ。たすけてくれ」

 

 言葉が口腔の内側で響き渡って、余りの味に飲み込んだ。

 そうしてまたもや喉を駆けのぼり、不意に味わって、口の中で掻きまわす反芻。ゆっくりと、繰り返すように。

 気が付けば非常な虚しさを代償に、今にも気が狂ってしまうそうな嫌悪はどこかへ行ってしまった。

 嗚呼、世界に緞帳が降りていく……




夢に中った?


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廃材群

登りゆく希望

 

 飛行機の中にて。

 緩やかに昇りゆく空を窓越しに認めて、僕は無様に叫んでいた。

 雄弁な異音が正気を刈り取るように響く中、それでもアナウンスは強かに非常事態を伝えていて、程近くに見えるはずだったエンジンは探せど見つけることは出来ず、羽根に至っては半ばから千切れているようにさえ見えている。

 

 無残というに憚らないほど凄惨な機体。

 目前に横たわった『死』は、恐怖を通して生々しい実感を伝えていて、まるでそれは避けられないことを教えているようにも思えた。

 

「いつか死ぬよ」

 

 不意に悲鳴の中で、奇妙に響いた女の声。

 君は確かな力を持って、明瞭な言葉を吐いていた。

 恐怖以上に安らぎを、しかし希望はない。

 甘い終末を胸いっばいに抱きしめて、目を閉じてただ待つだけなのだ。

 暗闇にあって暗闇にあることを自覚できない、そんな死の忘却を待ち、受け入れることこそが望ましいのだと啓蒙する声に耳を傾けるだけ。

 

 そして私は思うだろう。…「意味なんてなかった」と。

 きっとひどい絶望と共に、間際。いつか目を輝かせた未来を夢に描いて、それがどう足掻いても叶わない夢だったと絶望して。

 その絶望が死に関わらず普遍したものだと、不意に理解すること。

 恐怖に紛れて薄れる絶望が、希薄な生への欲求を高めていく中で、それと反比例するように高まる徒労感があった。

 

……しかし、そういうものなのだ。

 死にたいと思いながら生きていくことなどつまらないものだから。緩やかに死んでいくだけの命に意味など無いから。

 生きたいと願いながら死ぬ方が、ずっと素晴らしいに決まっているのだ。

 

「パンケーキ!」

 

 叫び声。特に意味はないただの狂乱だった。

 今は何でもいいから叫びたかったのだ。

 堪えきれない何かが溢れかえって、口から飛び出す感覚……

 

「パンケーキ!!」

 

 かつては下方に見えた雲海を突っ切る様子が窓に見える。雨の音、轟音。

 どうせ助からないのに落ちてきた酸素マスクを使って、やがて地上と出会った果てにある結末に想いを馳せる。

 離れたいと思いながらも、近付くことをやめられない様。

 居ない君を横目に、それでも思ってしまうのだ。

 

 そんなの「まるで愛のようじゃないか」と。

 

 嗚呼、馬鹿げている。

 なんてくだらない人生だったのだろうか。

……それでも死ぬのは怖いのだ。

 

 

望まざるを騙るイカロス

 

 青空を見上げた。

 白く輝く太陽が眩しく、ぼんやりとした雲が憎らしいほど自由に揺蕩っている。

 

 希望に満ちた空だった。

 まるで世界が平和を謳っているみたいだ。

 

……しかし私は薄暗い場所で、曖昧としたままあることを是としたもの。

 突然望ましいものを突き付けられ、照らされると、生理的な恐怖と嫌悪で立ち竦んでしまう。

 堪えきれずに溶けてしまえば、全身を受け止めたのはひび割れ、微かな老朽を感じさせるコンクリートであった。

 

なにもない。

なにもないから、死のうよ。

 

 気色を混ぜて囁く声は、脳裏で反響して魂の奥深くまで染みこんでゆく。

 努めて無視すれば、酷い罪悪感が胸中を襲った。

 

どうして生きるのか。

君に分からないなら、誰が生きる道を照らすのか。

君だけが、君の生きる意味なのに。

 

 脳裏で囁かれる声。

 そういえば誰なのだろうか?…耳を擽るのは、音ではないものだった。

 僕はそれに従うことができず、しかし逃れることも出来ずにいる。

 光は毒のようだ。

 その気は無くとも、いつか消えてしまうだろう。

 コンクリートに溶け出した僕を留めるものはいなかった。

 これまでも。また、これからも。

 

 

不滅の唄

 

夢を見るなら僕は死ぬ。

広がる脳裏に希望を抱いて、闇色の幕が目を塞ぎ、きっと瞬く宇宙色が僕を攫ってくれるだろう。

ゆらゆら揺れる足先が、静かに夜明けを教えてくれた。

逃れられない地表は地の底。見詰めたならば、空気に溺れてしまうのだから。

 

あぁ、だから夢見る流れ。

不思議な世界は渦を巻く。

息継ぎを忘れ、腐っていくのだとしても。空気がやがて澱みを帯びて、肺の奥に溜まっても。

 

僕は決して忘れない。

例え瞳が窪んでも。

綺麗な終末、恋する世界、受け継がれゆく尊いものども。…それこそが、僕の記憶。

鬱屈な生の始まりだった。たとえそうだとしても、恨むことはないのだけれど。




損壊を伴い、死にゆく腐れ。
ハゲワシに啄まれて形を忘れ、蠅や蛆虫に巣喰われて醜く崩れ、しかし絢爛な王冠ばかりが輝いている。
腐れた肉に埋もれたそれは、ひどく滑稽なものだろう。
腐肉の王は無知蒙昧。死んでいるように意思を持たない。
それは最も貴い御方、その為れ果てた姿…なのかもしれない。
あるいはただの死体なのかも。

だって人かどうかも分からない肉塊に、判別なんて付かないでしょ。
あなたもそう思わない?


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不可能な怪夢
今日はグモる日


エクストリーム・シャチクによるエクストリーム・シュモクヘンコウのすゝめ。
それと拡声器。


 夜中も更け切って、時刻的には完全に次の日になるであろう頃合い。

 あなたは今日の業務…正確には昨日の分の業務なのだが、ともかく仕事に区切りを付けて帰路に着こうとしている最中のことであった。

 

 職場の仄暗い廊下を歩いていた折…まるで死後の世界のようであった重苦しい静寂を打ち破るように、精神に悪い電子音が響き渡ったのだ。

 それはさながらホラーゲームで敵役が登場したときのような、思わず身振いをしてしまうような、見て見ぬふりをしたくなるような音楽。

……音の正体は、己が懐に収めていたスマートフォンから鳴り響く着信音であった。

 一瞬肩が跳ねたことを自覚しながらあなたは、音楽が2週目に差し掛かるあたりで応答を行なう。

 

 

もしもし?お、おぉ!俺だ!

 

 

……通話をするなり聞こえてきたものはあなたの知らない…少なくとも想像していたものとは違いすぎる異様に元気な男性の張った声であった。

 あなたは困惑して、緩慢ながらスマホの画面を覗く。

 通話中と表示されているスクリーンには知らない電話番号が表示されていた。

 

 このときのあなたの内心を上手く表現する方法があるとすれば、それはおそらく沢山のクエスチョンマークで埋め付くされた吹き出しの構図であろう。

 あなたは予想外の出来事によって凍りついていたのだ。

 心身の疲労によって極限状態にあったというのもあるのだろう。もう完全に思考が停止してしまっている。

 

 それはさながらマネキン同然の状態であり、スマホを持って画面を眺め続けるだけの木偶と言っても憚らないものであった。

……そんなあなたの状況など構いもせずに、電話の男は話を続ける。

 

 

ちょうど今、地下鉄にいてな!!

エクストリームスポーツに挑もうとしてるところだったんだ!!!

…しかしそこでな!思わぬ朗報を受けたんだよ!!この電話はな!!!

 

そう!!俺が今しがた感じている歓喜を堪えきれなくて、思わずかけたものなんだ!!!!

 

 

 そのまま心臓発作でも起こして死んでしまいそうな狂気的なテンションの高さに着いていくことができず、その異常な相手の絶叫めいた言葉を漠然と聞き続ける。

 そこまで行ってようやく脳と体が解凍されて、再び…とはいえかなり鈍いものではあったが、思考力を取り戻したあなたは、薄らと『これは間違い電話なのでは?』という推測を立てた。

 

……そんな思案の最中も、男はだいぶイカれた様相を呈していた。

 相手が話していることはおおむね「エクストリームスポーツなるものを称賛したりオススメするもの」なのだが、肝心の中身が全くないのである。

 どれだけ聞いてもエクストリームスポーツの正体はわからないし、それ以外の部分も具体的な言葉が全くない。支離滅裂な様はまるで文章生成ツールで出力されたものを読み上げているかのようだ。

 

 この調子では永遠に進展がないだろうとあなたは、相手に「おちつけ」といった旨の言葉を伝えた。

 

 

す、少し落ち着けってか?

すまんな!すこし感極まりすぎたかもしれん!!

ふー、はー…

 

 

 深呼吸を繰り返す音が聞こえる。

 漠然と相手の息遣いを耳に流し込みながら、あなたは相手から間違い電話に気が付いてくれることに期待していた。

 あなたの疲れ果てた脳味噌は「こちらから電話を切る」や「間違い電話であることを伝える」といった手段を見失っていたのだ。

 

 

……でだ!!本当に俺が伝えたいのは、俺の心境なんかじゃないんだよ!

 

 

 余りの興奮に話している相手が誰であるのかも分からなくなっているのか、それとも最初から間違い電話などではなかったのか。

 何事もなく話を再開させた相手は、確実にあなたの声を聞いたはずなのに間違い電話に気が付く様子はない。

 

 

その肝心の朗報っていう奴をだな!!おまえに…まぁ、お前のことだからもう知っているかもしれないけど伝えたいんだ!!!

なんとエクストリームスポーツの概念はな、日本にもあったんだよ!!!!

 

これはもう素晴らしいな!!!!!!

 

まだ知名度は高くないようだが、ゆくゆくはこっちと同じくらい発展させてもらいたいものだ!!!!!

…まぁ、ここまで来れば早いもんだろ!?きっと俺が得意とする競技もすぐに流行するはずだ!!

エクストリーム合同演習をやる日も遠くないかもな!!

 

果ては世界中の全ての国にエクストリームスポーツが広まって全人類が………

 

 

 短い音楽が流れる。

 それは鉄道駅の類で見られる、接近メロディを彷彿とさせるものだ。

 普段は徒歩で出勤しているあなたには、少々馴染みが薄い音楽だろう。

 

 

おっと、すまんが競技が始まるみたいだ!!

話の途中で悪いが、電話を…

いや、友人に電話を掛けている状況は加点対象だったっけな…

少し付き合ってくれよ!!すぐ終わるからさ!!!

 

 

 女性的な特徴を示す声がくぐもって聞こえる。それは少なくともあなたの知らない未知の言語で、同じフレーズを数回ほど繰り返した。

 続けて聴こえるようになった音を聞いて、あなたはそれを電車の走行音であると確信する。

 

 皮膚の表面がざわざわとした得体の知れない感覚に襲われていた。

 嫌な予感がする。

 

 

よし、今だ!!いくぞ!!!!

 

 

 感覚が非常に短い足音。どうやら通話先の男は走っているようだ。

 漸増的に大きくなっていく狂ったような笑声と、それに掻き消されて微かにしか聞こえない車両の走行音が気持ち悪い。

 

……それでもあなたは言葉を発せない。

 ただ呆然としたまま硬直し、明らかにマズいことをしようとしている男の声を受け入れることしかできない。

 

 

グモッチュイーン!!!!!!!!!

 

 

 ある瞬間。

 形容しがたい擬音を無理やり形容したみたいな、そんな奇妙な叫び声がスマホのスピーカーを震わせた。

 その声量は明らかにスピーカーの性能を超えているようなものであったが、しかしあなたは僅かな反応も示せないまま呆然とスマホの画面を眺め続ける。…そして直後に変則的かつ奇妙なすりつぶす音を聞いた。

……どうやらそれは身体の外側で発生した音ではないようであった。

 

———87点———

 

 その数字を告げるアナウンスを最後に電話も切れたのか、手元のそれから話中音が…おそらく5回ほど繰り返される。

 ややあってようやく通話が切れてしまったことに気が付いたあなたは、ぼんやりとしたままスマホの電源を落とした。

 

……きっと悪い夢でも見ていたのだろう。

 そうではなかったとしても、少なくとも会社の電話ではなかった。

 

 先程よりも幾分か青褪めた表情を浮かべたあなたは、何事もなかったかのように振る舞ってそれを懐に収め、寮に向かって歩き出す。

 

 

———次の競技者は速やかに準備を終わらせて待機してください。———

 

 

 そのとき不意に、脳の内側で不可解な声が響いた。

 

……それをきっかけにあなたの思考に天啓が訪れる。

 今までの霞が掛かったような速度とは打って変わって、やるべき事のために凄まじい勢いで回転を始めた。

 

 まるで背中を押されているかのような焦燥感。

 あるいは期待にも近い感情に急かされるがそれを抑え…あなたは現在の時刻と、引越すにあたって使用したっきりであった駅の時刻表について考えた。

 未だかつて無いほどに冴え渡った思考は、完全に忘れていたといっても過言では無い記憶から即座に結論を出す。

 

 駅は遠いが問題ない。

 始発列車がくるのは3時間ほど後のころだが、走ればそれまでには辿り着くだろう。

 

 そうと決まれば、あなたの行動は早いものであった。

 寮と会社を行き来するための道具でしかなかった足を、久方振りに全力で動かしはじめる。

 

 ここまで力強く地面を蹴ったのは、きっと学生時代以来のことだろう。

 前方からぶつかって後方に流れていく空気の勢い。すっかり痩せ細ってしまった足が地面に衝突するたびに感じるエネルギー。少しの痛み。

 あなたの絶望したまま殺されて死後硬直が始まってしまったような顔が、清々しい開放感と共に晴れ渡っていくような感じがした。

 

 きっと今のあなたは笑顔だろう。

 

 ふと、あなたは思い立つ。

 この感動を誰かに伝えなければならないと。

 『エクストリーム・スポーツ』の素晴らしさを誰でもいいから共有せねばならないと。

 

 あなたは己が胸にて沸き立つ歓喜に突き動かされ、先程しまったスマートフォンを取り出した。

……そして規則性を持った、少なくとも数字ではない奇妙な文字を打ち込んでいく。



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そのプリンは生きていた。

あなただけの幸福は分からないまま。


 プリンとは、何か。

 そんな問い掛けをされたとして、一体どう答えるのが正しいのだろうか。

 

「プリンはプリンなのだ。それ以外に何がある。」

 

 そんなX=Xという比喩が似合うような回答でも、決して間違いにはならないだろう。

 まるで答えにならない答えではあるのだが、しかし決して怠慢とは捉えられないものなのだ。

 きっと大抵の人類は、そう答えるに違いない。むしろ菓子作りを嗜まないものに、それ以上の回答を求めるのは、無茶振りというものだろう。

 

 あるいは……

「正式名称はカスタードプディング。卵・砂糖・牛乳を主体とするいくつかの材料を混ぜた卵液を円錐台のプリン型に流し込み、蒸して凝固させることで完成する洋菓子。後付けとして、主に砂糖と水からなるカラメルソースと呼ばれるシロップを垂らすことが多く、滑らかな舌触りとほろ苦いカラメルの風味が特徴である。」

 

 などという、Wikipediaや料理本を覗いたことが察せるような。あるいは菓子の知識に秀でていることが分かる解説でも、もちろん正しいだろう。

 それならばプリンが少女の柔肌のような瑞々しい薄肌色をしていることも、垂れる妖艶なカラメルソースの色彩を知らないものも、きっとプリンの様相を想像できるに違いない。

 

……しかし本当にそうなのだろうか?

 

 私は疑心の念を抱かずにはいられなかった。

 それは先程の解説が間違っていることを疑っている訳ではなく、むしろそれ自体は全面的に正しい説明であったとは思っている。だが、それだけでは不足しているのだ。

 

 プリンの正体とは?

 きっと俗世に知られた知識だけでは見出せない、なにかがあるに違いない。

 ただの洋菓子に執着することは…あるいは妄言のようだと理解してはいるのだが、それでもプリンには得体の知れない異常が存在しているのだ。

 

 なにせ私は考えることを知っている。

 そのような星の元に生まれたのならば、その命題から逃れることは叶わない。

 妥協や眠気に身を任せることで、どうにか疑問を忘れられたとしても…ふとした瞬間に顔を覗かせ、海底に沈んだ鯨が腐敗ガスによって浮かび上がるように、諦めきれない苦悩が浮上するのだ。

 

 そうして今も、プリンを哲学していた。

 模索の果てに答えがあるかも分からない問題であったが…しかし、思考を止めることも不可能であったがために。

 いつだって己は賢いのだと信じ切った理詰めの思考で、納得できる答えを探しているのだ。

 

 だが、そんな時分のことであった。

 

 冷え込んだ場所を、強烈な閃光が満たしたのだ。

 いや、おそらくこれは閃光などではない。長い時間を暗室で過ごしていたため、明るい空間を忘れてしまっていたのだ。

 主観ではフラッシュバンを食らったようにも感じられる光は、実際はそんな物騒なものではなく、何の変哲もない照明の光だと思われる。

 

 おそらく家主が冷蔵庫を開けたのだろう。

 尋常ではない熱風が吹き込んでくる様子も、その推測を正しいものだと補強する。

 しかし、いかんせん視界が悪すぎた。世界が煌々とした白色に覆われていて家主を捉えられず、彼女が何を目的としてここを開いたのか分からないのだ。

 時計がないため時間は知らないが、つい先程“ごちそうさま”だの“おなかいっぱい”だの声が聞こえたため、食事の類ではないだろう。

 

「今日のために取っておいた…さとうのプリンっ!」

 

 そんな私の考えに反するような言葉が聞こえて、直後に感じたのは揺れ。

 続け様に炎天直下の砂漠を思わせる…比喩ではなく身体がダメになるほどの温度すら襲いかかり、私の周囲は天変地異の様相を呈していた。

 

「仕事納めのご褒美だぁ!」

 

 ひどく嬉しそうな声と共に聞こえる、冷蔵庫を閉扉させる音。

 やがて視力が回復してくると、捕食者の姿が鮮明に映りはじめた。

 どうやら彼女は皿の上で震える私を、大層熱心に見つめているらしい。向けられている濃厚な視線に奇妙な感情が沸き立つ感覚を覚え、その楽しみだといった表情を隠そうともしていない顔面に、ありもしない鼓動が加速する感覚を覚える。

 

——まさか、今日が…その日なのか……!——

 

 それは恐怖であったのか、はたまた諦念であったのか。

 図らずとも漏れ出た声は、形容しがたい感情に満ち溢れていた。

 私はその強烈な感情を理解し、それがなんであるかを確信する。絶望に溢れ、目前にある死を嘆き、自身に課せられた理不尽な運命に怒っていたのだ。

 

 その日とはどういうことなのか、一体何が起きるのか。

 惜しくも思考する力を持っていた私は、これより起こる全てを察してしまう。

……つまり、食われるということ。

 

 だが待て。食事の音は聞こえただろう。

 腹は満たされているはずだ。それなのに私を食う意味とは…そこまで考えて、思い当たる物がある事に気が付いた。

『デザートは別腹』

 これは人間が頻繁に使う言葉のうちの一つだ。

 

——あぁ…そんなのってないぞ……——

 

 私はプリンである。故にこのような結末など、作られた時より決まりきっていたことだ。そして、それが天命であって、それ以外の結末は望まれないもの。

……だがそうであっても、そうであると知っていたとしても。

 

 こんなのは、あまりに理不尽だろう…?

 

 ただ意識があるまま食われるという、そのためだけに作られたのならば…存在などしないほうが良かったのだ。

 生きるということを知りながら、しかし何一つも残せずに食われるなど…そんな意思に意味などあるのだろうか。

 

 そうこう考えているうちにも、捕食者は私を食卓へと運ぶ。

 目的地を見ると牛乳が注がれたコップと、金属のスプーンが見えていた。どうやら食事の準備は整ってしまっているらしい。

 以前は『牛乳がない』という理由で食を断念していたが、おそらく今回はそうはならないだろう。決して逃れることは叶わないと、それを察するには余りある光景だ。

 流れていく景色を横目に、その瞬間が近づくということは、あまりにも悍ましく………

 

「あっまずっ……」

 

……だが彼女の動揺を含んだ声と共に、恐怖は驚愕へと変わった。

 一瞬の衝撃のあと、奇妙な浮遊感を覚えたためである。それとタイミングを同じくして、世界がメリーゴーラウンドじみた回転をはじめて、皿に触れている面を把握できなる。

 そして宙に投げ出されたことを確信した直後、急速に接近するフローリングを認識した。

 

——あぁ…なんてこ——

 

 衝突は台詞を中断させた。…そして代わりに響いたのは、弾けるような水音。

 我が身が飛び散っていって、割れた陶片が突き刺さる感覚もしている。

 それを漠然と理解し、そうでありながらこうも冷静に思考できている訳は、ひとえにプリンには痛覚がないためだろう。

……しかし冷静な思考とは打って変わって、私の内心はまるで只事ではないような、不可解な感情に溢れかえっていた。

 

——かな、しい…の、か……?——

 

 その感情の正体を知ってなお、理解することはできなかった。

 私はたしかに被食を恐れていたはずなのだ。

 喰われることを拒み、そうなるくらいなら捨てられる方がマシとまで思っていた。

 

 一体なぜ、と疑問が溢れる。

 実際に起きた捨てられることに相当する事態に私は喜べず、むしろそれとは正反対の性質を持った感情に支配されている理由がわからない。

 どうしてこのような感情を抱いているのか、全く分からないのだ。

 

「あ、あぁっ!?手が滑ったぁ…!」

 

 私を食わんとしていた者の声が空から…どうやら酷く悔やんでいるらしい。

 その声を聞くと胸が締め付けられるような、得も知れない何かに苛まれるのだ。

 

——わた、しは……——



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流れぬままに腐りゆく

「気にしなければいいのですよ」

 彼は神妙な面持ちを崩すことなく、何気無いように呟いた。
 内心ではそんな事できる訳がないと思いながらも、僕は半ば強引に自分を納得させようとする。
……けれども結局のところ、そのような試みは意味を成さなかった。なぜならそれは無茶である。
 部屋の中に得体の知れない人影が見えれば、誰であろうと恐怖と不快に慄くだろう。たとえ「無害だから気にしなければ居ないのと同じ」と言われても、感情を抑えることはできないものだ。
 彼の目を逸らしたくなるような醜い瞳の色を見つめながら、僕はもう一度「僕はどうすれば良いのですか?」と問いかける。

「気にしないことが肝要なのです」

 彼は口をパクパクと動かしていたけれど、実際に音を発していたのは僕であった。
 無価値な繰り返し。トートロジーは僕の中にこそ存在する。
 あぁ、なんて酷い世界なんだろう。

 僕は笑った。彼も笑った。
 全く楽しくはなかったけれど、それでも目が合う限りずっと笑い続けていた。


 溝渠を通りすがると、水が殺到する音が聞こえた。道端から見下ろせば、打ち捨てられた数多ものゴミたちが、焦茶色に濁って玉虫色の脂が浮いた雨水…あるいは排水に搔き混ぜられて苦悩している姿が見える。

 その特筆すべき程でもないが、それでもどこか空恐ろしい光景の中。露骨にも存在を主張するのは、腐った汚泥と仮設トイレの臭いが混じり合ったような独特の不快臭であった。

 

……今日は雨の日であった。

 とつとつ、ざあざあと連続するそれは潮騒にも似て、しかしそれよりずっと軽薄に思えるもの。

 それとは別に断続するグチャグチャという音は、どうやら僕の足音であるらしい。

 きっと相当な大雨なのだ。

 一歩を踏みしめるたびに、ぬるまな足湯を掻き分けるような嫌な感触を覚え、靴下どころか足の皮までふやけるほどに濡れていた。もはや傘では腰より下を守り切ることはできないらしい。

 水気は徐々に上の方へと浸食してきている。

 

 ここはたった半日程で変わり果て、元の姿から遙か遠く…

 あるいはそう。ひょっとすれば地形が似てるだけの、別の世界なのかもしれない。

 無論そんな訳はないのに、妄想ばかりが先走ってしまう。非常と呼んで相違ないほどの景色の変化は非日常的で、聞き慣れない類いの音が溢れる世界は実に異界的だ。

 それは期待にも似て、恐怖の色も含み、得も言われない情緒を想起させた。

 

 もっともそれが不快ではないと断言することは出来ないだろう。嘘になってしまうだろうから。

……しかしこれはこれで良いものだ、とも思ってしまうのだ。

 

 傘の防壁を横から潜り抜け、あるいは地面に跳ねて縋りつく様など、まるで売女のように厭らしくて見ていられないじゃあないか。

 少しならば美しいと言えたのに、欲を搔いて風情の欠片もないほどに襲い掛かる姿は、筆舌に尽くしがたいほど愚かしいじゃあないか。

 それでも強烈に存在を主張して、意識の外に追いやるを許さない振舞いは美しい。

 

 まるで飲み込まれてしまうような狂気。

 どこまでも膨れ上がり、溢れ出し、鮮烈に叩きつける熱病。

 完全に振り切れた様相は、中途半端な儚さより一層素敵だった。卑劣で愚かな僕の全てを押し流してくれるようで、静かな世界よりも落ち着くことができるのだ。

 

「おかしな人。…でもそんなところも素敵だわ!」

 

 天上から響くのは、甘ったるい香水の匂いを想像させる熱っぽい声。

 誰にも言っているのだろう、酷く陳腐で詰まらないセリフ。

 なんて凡庸。凡庸で手垢に塗れていて、それなのに趣深い響きがある訳でもない…本物の糞のような、酷い言い回し。

 

……しかし僕にはお似合いだろう。

 

 今まで空と自分を隔てていたビニール製の薄い天井を取り払った。

 直後から顔面に当たるようになった水滴の感覚は、一種の興奮さえ抱かせるのだ。顔も髪も、そして比較的濡れていなかった上着も。ほとんど“湿気を帯びる”と表現する間も無くずぶ濡れになってゆく。濡れれば濡れるほど衣装は重量を増した。

 空への思いが強まるにつれて、地面へと向かう尋常な力は加速するのだ。

 まるで空に恋する僕を地に留めんとするように、あるいは空が僕の求愛を拒否するかのように。

 

 そして着衣のままにシャワーを浴びたような姿へと成り果てた僕は、両手を広げて全身で彼女を受け止めて。

……そして、見上げる。

 

 視界の先…一面には漠然と、不気味な鼠色が広がっているばかりであった。

 女の姿など、何処にもない。それが当然のことかのように、ずっとどこまでも開けているばかりだ。

 遠く聞こえたような気がした声は、今はどれほど耳を澄ませど聞こえない。

 

 捨てられた?…いや、いなかったのだ。最初から。

 不意に笑う声がした。それは僕の声だった。…完全に意図したことでは無かったけれど、きっと止める必要はないだろう。

 抑揚がない虚しい声が響き渡る感覚は心地良いものである。

 まるで壊れた人形にでもなったみたいだ。

 

「いや、違う」

 

 “まるで”ではないだろう?

 

 僕は壊れた人形そのものなのだ。だからこそ首を噛みちぎることを強いられている。

 瞬間…響いたのは水気を帯びた物体を、無理に引き裂くような音だった。

 次いで己の口内から、気味の悪い咀嚼音が繰り返される。

 

 不思議と苦痛を感じることはなかった。

 

 気道を駆ける空気が正常な道を外れ、広大な世界に解き放たれる感覚がしている。

 まるで不器用者が口笛を鳴らすような音に、微かに泡立つ音が混じって…それが幾度と無く繰り返されるのだ。

 音は最初こそ一定の調子を保っていたようであったが、ややもすれば時折不規則に乱れるようになり、乱れの頻度は加速度的に増加してゆく。また同時に大まかなリズムさえ、徐々に失速して崩れてゆくのだ。

 メトロノームとしては些か使い物にはならないだろう。

 

 鮮やかな…意外にも綺麗だった赤色が、雨水に混じって滲む。

 僕は笑った。…もう声が出ることはなかった。



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