麋竺の下僕 〜ああ!曹操が後ろに!〜 (カシオミル)
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第一話 絶対に集落に居座る農民〜劉玄徳の脅威になんて負けない!〜

古代中国、時は三国時代。

 

 あちこちで争いが起き、山賊海賊が当たり前のように跳梁跋扈していた。

 良好な統治に努めるべき官僚はと言えば、権力争いに明け暮れ、民からはひたすら搾取をするばかり。

 黄巾の乱が発生するのも当然のことと言えた。

 

 こうした世の中で、ある程度身の安全が保障され、食糧生産に不足しない、力のある勢力に所属できた自分は幸運というべきか。

 まあ、この徐州を治めている方が、曹なんとかに喧嘩を売ったせいでえらいことになりつつあるみたいだが。

 

 そんなことを考えながら粟(あわ)の種を蒔いた畑に満遍なく水やりをしていると、突然、下男集団の班長が声をかけてきた。

 

 

「おーい、亥幣―。ご主人様が呼んでるぞ。早く来い。」

 

 一体何だ。普段なら「怠けるな」「仕事しろ」と煩い班長が、仕事を中断させてまで呼びつけるなんて。ただ、無視すると後が怖いので、川に繋いだ水やり用の竹製の道管を近くの同僚に手渡し、畑を出る。

 

急いで下男長の元へ行くと、何人かの下男がすでに集まっていた。さらに数人の下男が集められると、主人の屋敷に引率された。道すがら軽く説明をされたが、なんでも主人が下男の一部を集めて特別なことをしようとしているらしい。

 主人はとてつもない大富豪で、その「糜子仲」という名が遠くにまで知れ渡っているほどだ。しかも浪費家ではなく、資産をさらに増やすことが趣味ときているから、莫大な元手で新しい事業を始めるのかもしれない。

 

 そう思い、話に耳を傾けていると、とんでもない内容が飛び込んできた。

 なんと、「劉玄徳」とかいう奴の手足となり、戦えというものだった。

 

 

 なんで??

 

 

 聞いた途端に思わず顔をしかめてしまったが、誰も責めることはできないだろう。なぜなら、「劉玄徳」という人物は、悪い噂が巷に溢れているからだ。

「義兄弟の誓いを交わしたあと、互いの妻子を鏖殺する」だとか、

「ならず者たちに心酔されている」だとか、あまりに香ばしい物が多い。

 なんと都に攻め上ったこともあるそうで、物騒な人種だとみて間違い無いだろう。

 

 なるべく関わり合いになりたくないと思っていた矢先になんてことだ。運が悪いにもほどがある。

 

 え?俺は名指しで呼ばれた?

 え?劉玄徳の部下と楽しげに話してただろって?

 

 いやいやいや、そんなはずはない。

 確かに主人目当てに来た客人を退屈させないよう、案内がてら話をすることはある。

 時には盛り上がることもあって、最近だと「食べて良し」「農具にして良し」「建材にして良し」の竹の良さに関して意気投合したのが記憶に新しい。

 

 まさかその客人が・・・?

 かなり知的な人で、「略奪が趣味です」みたいな粗暴な感じはしなかったし、そんな訳・・・。

 

 へ、へー。「孫公祐」というすごい教養人で、最近劉玄徳の部下になったらしいと。

 

 そうか、だからならず者の雰囲気がなかったのか。

 

 

 そうか・・・ならしょうがないな。

 

 ってなるか馬鹿!

 

 家畜になりかけのウリ坊に食べ残しや虫食いの野菜の葉をやってたら、多数の猪に囲まれたような気分だ。

 突然退路を断たれ、生死の瀬戸際に立たされてしまった。

 

 猪に囲まれた時はどうにか近くの木に登って逃げ、護身用の彼岸花の毒抜きに使った水をぶっかけて難を逃れたが、今回もどうにか回避できないだろうか。

 

 あっ、そうだ。彼岸花で思い出した!獣害・鳥害対策に彼岸花の毒を使っているが、その第一人者である自分がいなくなっても大丈夫か、という線で切りかえしてみよう。彼岸花の毒は、容量を間違えるとネズミどころか人間でも危ないからな。かく言う自分が、毒の扱いを誤って死にかけたこともある。

 毒は小鳥やネズミ、猪の襲撃を激減させ、飢餓や傷病を減らした神様ではあるが、それと同時に死を司る神でもあることには変わりない。その扱いの難しさが頭に浮かぶと同時に、苦難の道のりも思い出してしまう。

 

 当初は、配給された己の粟に毒をかけ、外に放置するとかいうことをしていたため、狂人を見るような目で見られた。排斥されなかったのは、粟を食い荒らし、糞便を撒き散らす小鳥やネズミがバタバタと死んでいくことを好意的に見られていたからだろう。

 そんな好悪を綯交ぜにした視線の中で、時には毒に苦しみながら試行錯誤を続けた結果、粟や死骸の毒抜きが可能になった。まんまとやって来た小鳥の焼き鳥をオカズに、炊いた粟を掻っ込めるようになったのだ。その内に、肉の魅力には抗えないようで、周りからコツを聞かれるようになっていき、最終的には集落全体に広まっていった。

 こちらの説明をきちんと聞かず、毒に苦しむ輩もいたが、自分の経験をもとに有効な野草を煎じて飲ませ、回復させたこともあった。

 

 現実に意識を戻すと、毒と薬草に詳しくなった自分は毒の事故の再発に備えてこの集落にいた方がいいはずだと、本当の思惑を隠しつつ迫ってみせる。

 

 ここが俺の平穏な人生を守れるかどうかの分かれ目だ。

 頼む!どうか取り下げてくれぇぇぇ!



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第二話 名前を覚えてもらえない曹なんとか君vs一般農民 ファイッ!

 劉玄徳の脅威には勝てなかったよ・・・

 

 使者ですら一部の農民しか知らない抜け道や、熊や猪の出没場所まで把握しきっているとか本当におかしい。山賊まがいというのは伊達じゃなかった。

 前回徴兵された時、そうした抜け道や危険地帯を利用して逃げ帰って来れたが、それもままならなくなるとは。その時戦った、当時は知らなかったが曹なんとか相手にも有効なのに。

 

 というか、暗に「逆らったら逃がしもしないし、何なら曹軍の側に付いて蹂躙するぞ」と言っていないか、これは。

 攻めこんだから曹なんとかに恨みも買っているだろうし、征服されたら重税を課されるのは目に見えている。そんな中で鬼強軍隊の曹勢力と裏に精通する劉玄徳が合体したら、正に鬼に金棒の地獄だ。

 主人の糜子仲様もそれを察したのか、万が一の毒がどうこう言っている場合じゃないと急遽参戦が正式に決まってしまった。

 

 ただ、この一件で劉玄徳側は最初から敵方に服従する気はない、というのが分かったのは朗報だろう。劉勢力と曹勢力を潰し合わせる好機にできる。劉玄徳側に、戦えると思わせる何かを用意してみせることができれば、まともに戦い合ってこの集落に手を伸ばそうとしてくる両勢力を弱らせられるはずだ。

 あとは、その何かが間違いなく徴兵される我々を守る武具なら、我々農民が死んで元も子もないという結末を回避できるに違いない。

 そう考え、早速準備と孫公祐様との相談にとりかかった。

 

 そして、必死に頭を捻り、試行錯誤を続けるがあっという間に時が過ぎ、その内に開戦の時となってしまった。有利な場所をとろうと河川の流れる丘陵地帯に向かうも、相手も同じことを考えていたようで互いに視認できる距離で遭遇してしまい、そのまま干戈を交えようかという状態だ。

 時間が無かったため万全とは言い難いが、事前に準備を整えられなかったら危なかった。

 

 まず前回の戦いでも使った、アレの用意が全員分間に合って良かった。アレとは、横から見ればクワと同じ鉤状の、先端を尖らせた竹の背負い籠のことだ。柿葉茶を入れた竹の水筒や、粟の干飯などの食料を運搬できる用具として使える。アレのおかげで、照りつける日の下で行軍し、疲弊した状態で戦闘が勃発したこの状況でも、すぐさま喉を潤し、体力をある程度回復させてから戦えるようになる。

 曹軍はさすがの練度で隊列を乱しはしていないが、快晴の中での重い鎧や武器を装備した行軍の疲労が動きに出ており、こちらより戦闘準備が遅い。

 

 その隙に、我々は荷を下ろした背負い籠を横に並べ、籠の竹を互いの穴に入れて縦に伸ばして簡易な城壁を作る。これで開戦の矢や投石の脅威を下げることが可能だ。

 それと同時に、壁の後ろで足元の石を拾いつつ、残りの竹籠を大地に伏せさせて三角形になるようにし、その角に竹槍を縛り付けて即興の投石機とする。竹槍の尖った片方に小石を入れ、もう片方を勢いよく踏みしめれば豪速で石が飛んでいくという寸法だ。

 

 前回の戦いで学んだが、戦場において矢や投石で死ぬ者は意外なほど多いため、その対処は結構大事になる。遠距離戦でどれだけ一方的に削れるかがどれほど勝敗に大きく関わるかは身に染みて覚えた。即興の壁と投石機で相手の出鼻を挫くこの作戦の成否は、きっとこの戦いの分水嶺となる。

 

 孫家の血を引き、遠距離戦に造詣の深い孫公祐様の鬨の声のもと、準備の整わない曹軍に向かって地上の流星群が降り注ぎ始めた。

 



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第三話 曹軍一般兵の受難

 現在、我々曹軍は本拠地「兗州」の東端、泰山郡を発ち、南に位置する「徐州」へ侵攻している。

 「徐州」は黄河の恵みを受けて繁栄しているため、多少の苦戦があるかもしれないと思われていたが、当初の予想から拍子はずれなほどうまくいった。

 陶謙の軍が広威で布陣を広げていたようだが、于禁将軍がそれをあっさり打ち倒し、徐州の中でも豊かな彭城国を占領することに成功したのだ。後から来た陶謙が主力の丹陽兵を率いて逆撃を試みるも、それも伏兵と奇襲で返り討ちにしてしまったらしい。

 

 一兵卒の自分には詳しい話は回ってきていないが、陶謙配下の闕宣が泰山郡を襲撃してきたことへの報復がこの戦いのきっかけだったそうだ。

 山がちで大した略奪も見込めない泰山郡を襲って、豊かな彭城国を失うなど馬鹿なことをしたものだと宴席で将軍が笑っていた。確かに、このまま楽勝で侵攻と略奪を楽しめると思うと、こちらとしてもありがたい限りである。

 

 そのまま時に村々を襲撃・略奪し、時に新たに陣を広げる場所を探しながら戦線を拡大していくと、奇妙な集団とぶつかることとなった。

 

 それは、兵隊と見るにはあまりに軽装で、移動慣れしていない、馬車を引いた農民達だった。

 

 先の戦いで主力を徹底的に叩き潰したことで、徐州の正規兵は壊滅し、這々の体で逃げ帰った陶謙は引きこもりになったという情報もあることから、目の前にいるのは兵隊ではないと判断された。恐らく、戦地から逃げ出そうとした地主か商人だろうとのことだ。

 どうにか体裁を整えようと長い竹槍で武装しているようだが、全く脅威ではない。腰の引けた農民兵では槍を扱うどころか、槍に振り回されるのがオチだ。襲うにはこの上ない相手と言える。

 

 相手もこちらに気づいたようだが、我々が逃亡を許すことはない。最早、開戦不可避の距離となっているからだ。

 しかも、実力差が如実に出やすい平野での戦いと来た。蹂躙できる見込みしかない。

 

 周りの将兵も同様に考えたようで、行軍と照りつける陽光の疲弊もあってか、いつもより隊列を整える速度が緩慢になっていた。

 しかし、それがまさに命取りだったのだ。

 

 こちらが戦闘態勢に移る最中、奴らが素早く竹細工で簡易な防壁を組み上げ、その後ろに隠れた瞬間から、術中に嵌っていたのだ。籠城にもならない籠城にむしろ好都合と思い、危機感どころか楽観すら抱いた次の瞬間、空を埋め尽くす彗星が降り注いできた。

 

 

 

 

 

 

 最初の一斉射で、曹軍の前線が一気に乱れた。

 それもそのはず。矢の雨どころか、流星の雨が襲いかかってきたのだから。

 しかも、腕とは比べ物にならない膂力を誇る、脚の踏み込みによって放たれた投擲だ。

 

 裕福な曹軍は尖兵までも兜鎧を身につけていたが、そんなものは大した障害にもならなかった。

 矢の貫通対策に硬さを追求した兜鎧は、流星の衝撃を吸収することなく着用者にそのまま伝え、鍛えようのない内臓へと届ける。

 先頭の兵が次々と蹲っていき、後続の兵を足止めするのが遠くからでもよく見えた。

 

 

 孫公祐様もその様子を確認できたのか、投石部隊であるこちらに近づき、話しかけてきた。

 

「対城兵器の投石機を小型化し、対人用にしたのがここまで有効とはな。曹軍と野戦でやり合う無茶に、我々が頭を悩ませた日々は無駄ではなかった訳だ。して、投擲用の石の残りはあとどれだけだ?」

 

「はい、辺りの小石を拾い集めましたが、あと2回分がやっとです。それが終わったら、例のアレを頼みに突撃するしかないでしょう。」

 

「まあ、そうなるか・・・。ここまできたら、劉玄徳様を信じるのみだな。よし!皆の者!投石を終え次第、投石機を急ぎ解体し、竹槍と籠に戻せ!」

 

 

 

 

 周囲の同輩が、鎧兜を着けていてもバタバタと倒れていく。普通ではありえない高度、ありえない飛距離で飛来する投石は、尋常でない威力と風切り音を伴って大地に吶喊する。

 

 「な・・・なんだこれウガッ!」

 

 「グアァァ!腕がっ!これじゃ剣も持てねぇっ。」

 

 「おい、しっかりしろ!くそっ鎧があっても駄目なのか!」

 

 

 前線の隊列などすっかり崩れ、攻めかかることも、速やかにに退却することもままならない。

 そうこうしているうちに周囲は打ち倒された友軍で溢れ返り、まさに地獄そのものの様相を示していた。

 自軍の後方からは、慌てたかのように返しの矢が飛び始めるが、竹を密集させた壁に阻まれて牽制にもならない。

 

 士気が大きく下がり、総崩れになるかと思われたその時、後方にいて投石と混乱から免れた将軍から指示が飛んできた。

 

「かがんで身を低くしろ!どうせすぐ石が尽きる!その時こそ奴らに目に物見せてやれ!」

 

 確かにそうだ。

 そんな大量の石なんて運搬できるものではないし、見たところそんな様子もなかった。他の無事な兵とともに指示通り身をかがめていると、須臾の間に石の雨と地獄の時間は終わりを見せた。それなりの被害は受けたが、元々の兵力差を考えれば、こちらにはまだまだ多数の兵が残っている。

 

 「見よ!投石など瞬く間に終わった!」

 

 「農民兵など恐るるに足りず!」

 

 

 「今こそ反撃の時!突撃で弱卒共を蹴散らせ!」

 

 「おおおぉ!」

 

 上級武官と将軍の声に鼓舞され、負傷を免れた同胞が次々と突撃していく。隊列もろくに組んでいなかったが、そんなことをしている間に逃げられると考えたからだろう。もう既に、農民の何人かが逃げているのが見える。自分もそれにならい、剣を構えて足を踏み出したまさにその時、先行した同胞の悲鳴が響き渡った。

 

 そちらへ目を向けると、足を押さえたり、倒れて身悶えしている仲間の姿があった。敵の姿も飛び道具も無いにも関わらず、負傷して足止めさせられているのだ。遠目からでは何が起こっているのか分からず、恐慌が曹軍全体に広がる。

 その隙はあまりにも致命的で、農民兵相手に逆突撃を仕掛けられ、先走って孤立した仲間が次々と討ち取られていく。

 

 そして、助けに向かおうとそれに意識を取られた空白の間に、赤熱する閃光が瞬き、背後から紅蓮の輝きが高熱を伴って出現する。

 今、ようやく分かった。この場から離れた奴らは逃げ出したんじゃない。ここまでの全てが囮!後方の兵糧を無防備にさせ、待機していた伏兵へ伝えて焼き払わせたんだ!

 本隊と離れきったこの時、大軍であることが自分たちに牙を向く。こいつらは俺たちを飢え死にさせる気だ!

 

 

 

 


 

<嘘のようで本当の話>

曹操は、陶謙治める徐州に攻め入ったはいいものの、兵糧が続かず、結局撤退しているぞ!

 

豊穣な土地と広い領地を得られる好機だったのに、一過性の略奪で終わってしまったんだ。

その裏には何があったんだろうね!

 



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第四話 曹操って結構やばい奴じゃね?

 さすが曹軍、冷静な判断ができる将がいるのか、全滅する前に急いで撤退していった。

 

 ただ、隣の孫公祐様が「曹操が行商人に負けたと広めてやるか」と呟いていたので、今無事に帰れたとしても、無事では済まなくなるのだろう。

 心の中で合掌しながら、すでに始められている戦利品漁りに自分も加わった。

 

 まずは石に混ぜて発射していた、庚申薔薇の茎の回収から始める。これをどけないと、倒した曹軍の兵の身ぐるみを剥ぐこともままならない。

 回収したら農地の周囲にばら撒いて、兎や猿などの害獣避けや害獣捕獲罠に転用可能なのもあってか、皆こぞって竹筒の中に集めている。

 

 確かに、畑を荒らす害獣を捕らえて貴重な肉にできた時の喜びは語り尽くせないほどだから、真剣になるのも当然だ。特に、蕪や大根の皮を積み上げた中に薔薇の茎を混ぜた釣り餌で猪を弱らせ、捕獲し、猪鍋にできた時などは最高だろう。刻み白葱を混ぜ込んだ豆醤(まめひしお)を塗りたくると、いい感じに臭みが消えてこの世のものとは思えないほどの味になる。

 

 庚申薔薇は、重ね着した麻布すら容易に貫通するほど棘が鋭く注意が必要だが、意外と人気があるのがよく分かる光景だ。花の部分を恋人や伴侶に贈っても喜ばれるし。

 

 

 そうして戦利品の収集が進行する中、丘の向こう側から、劉玄徳軍の伏兵部隊が姿を現した。選りすぐりの弓兵というのは伊達ではなかったようで、あの正鵠を射る火矢の奇襲が勝敗を分けたと言っても過言ではない。

 回収した戦利品、主に曹軍の武具の大半が報酬として彼らに渡されるようだが、あれだけの働きを見せられれば納得だ。

 

 それに、我々にも得るものが無かったわけではない。曹軍の焼け落ちた荷台から、無事な酒壺が4、5個見つかった。これで酒宴を開けるとあらば、わずかな不満だって吹き飛んでしまう。

 村の仲間が嬉々として竹の水筒を空にし、孫公祐様と劉玄徳軍の兵に続いて酒盛りを始めるのも無理からぬこと。角言う俺もさっさと酒を貰いに行って談笑に混ざりに行った。

 

 話をしていくうちに、話題がことの発端である闕宣へと流れていき、興味深い裏話が出始めて思わず体ごと耳を傾けてしまった。

 なんでも、闕宣は呂布並みに倫理観の飛んでる曹孟徳に危機感を抱き、倒そうとしていたらしい。

 

 闕宣曰く、曹孟徳は都に弓引き、さらには、正義のためと宣って都の周囲の村で略奪を行った危険人物である。イナゴの如き大軍を維持するには、運んでくる食糧があろうと足りるはずがないのは誰の目にも明らかで、飢えで自滅していないのがその証拠。そんな奴が初めて得た領地で大人しくしているはずがなく、さらに、略奪は董卓の仕業だと喧伝して反省の色までないとくれば、最早滅ぼす他ないと。

 もちろん、それにあたって闕宣も計画は立てていた。略奪で挑発してから防備を固くした自陣の砦におびきよせ、食糧が尽きたところを見計らって後ろから襲い、曹軍を壊滅させんとした。結果はあの通りであったが。

 

 

 何故こんなことになったのか、顛末は明らかになったが、かえって解決が難しい問題になったことまで判明してしまった。

 

 「これは泥沼の戦いになりそうだな・・・」と孫公祐様が呟いたが、全くその通りだ。先に殴ってしまったのなら、こちらから落とし所を提示することが難しいから。相手が戦力面で勝り、戦に自信を持っているのであれば、尚のこと。

 主力兵が壊滅した徐州が、倫理感の壊れた曹孟徳相手にどうすれば生き残れるのか、秘策が欲しいところだ。

 

 おや?孫公祐様がなにやら考え込んでいる。もしかして秘策を考えついたのだろうか。



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第五話 勝利の美酒はうまいが、酒は魔物であることを忘れてはいけない

更新めちゃくちゃ遅くなりました・・・


 戦闘が終わり、一先ず各々の村に帰ることになった。勿論相手が撤退したのもあるが、なにより食糧が尽きてしまったからだ。

 勝利の宴によって凄まじい勢いで兵糧が無くなるのに合わせ、孫公佑様の笑顔が引きつっていくのを見た時は背筋が凍った。今、全員正座をしながら孫公佑様の話を聞いているのはそういうことなのだろう。

 帰路の中で各自食糧を調達しつつ戻らなければならなくなったが、罰も兼ねているようだ。曹軍により近隣の村が荒らされ、現地徴収ができないのもあるだろうが。

 

 

 (まあ、こいつ捕まえればいいんですけどね。)

 

 痺れる足を宥める振りをして足元に手を伸ばすと、掌の中でソレがもがいている。ソレとは何か。そう、蝗である。

 田舎に生きるものにとって、まま一般的な非常食である、蝗だ。

 種類や時期によっては中身がスカスカで食えたものではない場合もあるが、時には川の小海老に迫るくらいの味がある。肉をなかなか摂取できない時や害虫駆除で取りすぎた時などは、よく食卓に上がるものだ。

 

 さりげなく空になった竹筒に押し込み、立ち上がって同郷の朋友の後に続く。この後も、皆で道々蝗を集めることになるだろう。

 宴会中の孫公佑様の思案顔と、覚えていないが何か話をしていた事実が頭にこびり付きつつも自分たちの村へ歩を向けた。

 

 

 

 

 

 ある程度の距離を進むと、誰ともなしに石で簡易な竃を作り、火を起こし始める。そろそろ休憩の頃合いのようだ。

 

 思えば喉も乾いていたので、今まで道標代わりに辿ってきた小川に竹筒を浸す。川は水源の他に、短時間で変化しない特徴的な景観により、遠出に際して分かりやすい指標にもなるので本当に有難い。

 

 さらに水汲みを終えたら、蝗の脚や羽をむしる作業に入る。口の中に引っかかって食感が良くないからだ。それを串焼きにし、火にかけているとエビのような香ばしい匂いが漂ってくる。そこへ灰をかけてしばらく待ち、しっかり焼け目が付いて塩味が染み込んだなら完成だ。猪のような臭みもないので、葱などの臭み消しがいらない点が手軽でいい。

 

 火が通った串焼きをトン、トン、と叩き、塩味と異なり中に染み込まなかった灰を落とす。これで塩味・苦味が丁度良い塩梅になる。

各々に串焼きが手渡され、それが次々と口に入れられると、サクサク、カリカリという音が辺りに響き始める。灰の付いた表面の殻が歯で剥ぎ取られ、内側の薄皮が噛み切られていく音だ。

薄皮が突き破られていくと、その下にはしっかり火が通りつつも滑らかな食感の肉が顔を出す。エビのような旨味と染み込んだ塩味・苦味が舌の上に広がり、思わずまた酒が欲しくなる。

 

 息で冷ましながら熱々の塩焼きを食うのはどうしてこうもうまいのか。湯冷ましの水を飲み干して一息つくと、また体力が湧いてきた。

 日が暮れる前に村に着かなければいけない事もあり、皆重い腰を上げて出立の準備を始めている。焚き火の一部を松明にして、遭遇し得る狼・猪・熊に備えつつ出発だ。

 この松明というのが野生生物相手には案外馬鹿にできない。近距離であれば本能的に恐れさせる火での威嚇を、遠距離であれば火の光や煙により詳細な探知の妨害をし、獲物と認識しにくくさせるのだ。戦闘の回避による防衛力という点では、剣や鎧よりも頼りになる。

 

 松明の灯りが煌々と輝き、まるで落ちゆく夕日がもう一つあるかのようで、心なしか気分が高揚してくるのは何故だろうか。その煙で蚊や虻が寄り付きにくくなり、普段よりもずっと歩きやすいのも相まって、全員の歩調が少しだけ早くなっていた。

 

 

 長い道のりを踏破して村が見えてきた。それと同時に知らず張っていた緊張の糸が緩んで・・・っ!?

 

 

 ドドドドドドドドッ

 

 無事故郷に着くと歓声に迎えられるかと思いきや、村の皆が一斉に突撃してくる衝撃に襲われた。後に、全員生きて帰ったか気になった為だと理由を聞かされたのだが、心臓に悪いにもほどがある。

 何はともあれ勝利の一報に村が沸き立ち、そのまま2回目の宴となった。今度は村の食糧も使えるため、より豪勢なものが並び立っている。塩漬け肉や雀の焼鳥、醤に蕪の漬物と、大盤振る舞いだ。

 飲んで騒いでの大騒ぎで、しまいには疲れてそのまま眠ってしまった。

 

 

 

 その裏で、酒のもたらす凶報がそろりそろりと迫っていることに気付かずに。

 

 

 

 

 翌朝、皆が鈍痛を訴える頭を抑えつつ雑魚寝から起きると、早々にとある事が発覚した。それは、圧倒的な物資の不足だった。普通に生活する分には問題ないのだが、曹軍を相手取るには全くもって足りないことが糜竺様からの情報で判明した。

 

 徐州各地における連敗に、曹軍による収奪によって、武器も食糧も相当欠乏しているようなのだ。次の曹軍の攻撃を跳ね返すには、現状では不可能という他ない。本来ならなんてことない先日の浪費が、ここに来て事態をより深刻にしている。

 

 とにかく、今からしなければならないことがはっきりした。それは、今後に向けた物資の増産である。

 次の曹軍の襲撃を考えるなら、急いで補填・貯蔵しなくてはいけない。劉玄徳及び糜竺様によると、曹軍は先の戦闘による想定外の被害や袁家との小競り合い等ですぐには攻めてこられないとのことで、恐らくこの二朔望月(月の二週期)が勝負を分ける。

 

 まず、保存の効く食料からだ。一朔望月(月の一周期)と半ばで収穫可能な小蕪の栽培を増やし、漬物にする計画を進めていく。それと並行して、魚や兎、猪の狩りをし、塩漬け燻製肉の増量を推し進める。もちろん塩の調達も必須なので、徐州の東の、海に接する村からの買い付け量も増やす。

 ここまですれば、いざという時に食料が無いという事態は避けられるだろう。

 

 また、竹などの汎用資材も忘れてはいけない。木材に比べて軽く、建築材・武器・防具・鳥獣用罠・燃料と色々な面で転用ができるので、あればあるほど良い。そのため、曹軍に蹂躙され、無人となってしまった西の村の竹林をどんどん刈りとっていくことになった。竹は生育が早いので、少し残しておけばむしろ太くて良い竹が次々伸びていくはずだ。

 

 さらに、水の調達方法の安定化にも取り掛かる。仮に曹軍の攻撃を跳ね返せるようになっても、水を絶たれれば容易く滅ぼされるに相違ない。そこで着目されたのが、川、井戸に続く第三の水源たる雨で、伐採した大量の竹を活用してより着実に集めることに。

 縦に割って内部の節を抜いた竹と、先端を弧の形にへこませた竹竿、口を斜めに切った竹筒を組み合わせれば、雨水収集器の完成だ。それらを屋根の端付近へ横並べに設置することで、大地に落ちる雨水をも回収し、潤沢な水資源を得られる目算である。

 

 これで、食糧、資材、水に困ることはなくなるはずだ。投石や馬防柵などを駆使し、足止めと遠距離戦に徹すれば曹軍相手でも持ちこたえるのは不可能ではないだろう。たぶん。恐らく。きっと。

 

 

 

 

「いや、段々不安になってるじゃないですか。というか、それでもまだ足りませんよ。」

 

 突然孫公佑様が村に訪れ、話を聞くなりそんなことを言ってきた。自分達もこの程度では足りないことは薄々分かっていたものの、やる気を削ぐような発言をするとはどういうことだ。そんな不満気な空気を出していると、孫公佑様から恐るべき提案が飛び出す。

 

「自分の全力で巻き返せないなら、相手のやりたい事を徹底的に妨害すればいいんです。あの西の村での戦いの後、宴会で私を手伝ってくれるといいましたよね。亥幣さん?」

 

 

 酒はやはり魔物だった。

 

 



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第六話 影の薄い一般人の底力が出るか?潜入任務!

 

 はい。えー、わたくしは今、曹操の本拠地「兗州」に来ております。

 

 麋竺様の商売の伝手から、「兗州」に出入りしている商人の従僕として潜入させてもらった訳ですが、敵地のど真ん中なんですよね〜。

 孫公祐様の献策から、劉玄徳直々の指令で派遣されることになりました。曹操にバレたら即車裂きの刑でしょう。

 

 此度課せられた任務は、表向きは従僕として商家で働きつつ裏で情報収集をする、というものです。どんな商品がどれくらい出入りしているか分かれば、曹操の次の行動の予測ができ、その初っ端を潰せるそうで。

 他にも検査済みの穀蔵にコクゾウムシを仕込む、或いは近く起こる曹軍の出撃の際、熱で消えない毒を水に混入させ、戦いができないようにするなど相手の出鼻を徹底的に挫くというものもあります。

 

 

 

 ———いや、自分にやらせる仕事ではなくない?

 

 

 

 出立前、そんな疑問を孫公祐様に投げかけると、「曹孟徳の一手先をいくため」とのことだった。「もっと優れた商人や達人はいないのか」とも思ったが、あの猜疑心が強く頭の切れる曹孟徳が商人の観察と情報収集をしていないはずがなく、そんな中、不自然に実力者を紛れ込ませると逆にバレる可能性が高いそうだ。

 その点、商品としての無名の従僕であれば、従来の取引関係の中で物々交換とともに移動しても違和感が無く、発覚しにくいらしい。

 ちょうど先の戦争で劉備の伏兵が曹軍の糧食を散々に焼いた上、蝗害までも発生したため「兗州」における食糧需要が高まっており、その波に乗るとのことだ。

 

 また、仲介する商人に疑われないよう、糜竺様が曹孟徳に乗り換えようとしているという偽情報を流すとともに、その証として「徐州」の粟を安値で売るとも聞いた。本来「徐州」からそのようなものが来るはずが無いので、より信憑性がでるとか。

 元々曹操にとって、生産が大きく伸長していた「徐州」の粟は先の戦闘の狙いの一つでもあり、その輸送を派遣の隠れ蓑にする計画だと言っていた。

 

 

 ・・・そういうことであれば分からなくはない。ないのだが、やはり仕事が質・量ともに過重なのは否めない。

 

 まあいい。部下に丸投げしまくる上司は、後でえらい目に会うものだ。

 董卓の例があるように、それは皇帝サマだろうと変わらない。事態を制御しきれなくなるからな。

 

 ともかく何かあったらすぐ逃げられるよう、逃走経路の確保と保存食の常備を心掛けつつ出立して、今に至る。険峻な崖や幅広な河川がある心強い抜け道を発見し、干飯もある程度備えられているので、竹を使った棒高跳びの準備をすれば自分だけ容易に踏破して逃げ延びられるだろう。

 

 

 

「最近本当に荷物が多いんだ!早くこっちにも来てくれ!」

 

 

 おっと。そういえば、食糧や武器の行き来が激しくなっていたんだった。近々曹操が戦に出るらしく、なんでも、暴れ回っている呂奉先を迎え討つとか。

 これはつまるところ、可能であれば曹軍に追従する時期が来たということだ。

 というか、徐州からの木箱の裏に「追従し妨害せよ」という落書きにみせた暗号があったので、確定事項となってしまった。

 

 全く、落書きで情報を送っているとはいえ、正鵠を射た予測と指示を出してくるから気が抜けない。実際、粟を持ち込んだ時に入念な検査があるとの予測の後に、実際に検査があったのだ。その上、曹軍の戦いも遠くない内に始まろうとしている。

 

 もしかすると、いざという時に逃げようとしていることまで見抜かれているかもしれない。まあ、それでも逃げるが。

 

 

 


 

 主人公が「曹操」と呼んでいるのは、本名を忘れないようにするためですね。

 当時、「本名を呼ぶ」ことは呪術的に大きな意味があるので、効果があるかもと思ってやっています。

 なお、そんな力はただの農民にはありません。



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第七話 禍福は糾える縄の如し

 

 

 「え、孟徳様笑ってる?」

 

 「おいおいおい、嘘だろ。何があった?」

 

 

 数刻前まで曹操は苛立っていた。湧き立つ殺気は抜き身の刀と形容できるほどに。

 

 無理もない。

「兗州」の叙任を受ける快挙を成したというのに、災難に見舞われ続けていたからだ。

 宦官である曹家にとって、土着化して一族の土地を得る好機であるにも関わらず、悉く躓いている。

 それもこれも、「徐州」を攻めてから象棋(将棋)倒しのように起きていた。

 

 

 時は少し遡る。

 

 徐州との戦端が開かれて早々、曹軍の陣は盛り上がっていた。想像以上に好調で「徐州」が手に入ったも同然となれば仕方のない事だろう。

 

 洛陽の内紛に参戦せず温存されていた陶謙の主力、丹陽兵も敵ではなかった。多数の敵歩兵を蹂躙し得る騎兵の陽動と、選り抜きの歩兵たる青州兵。この二つの巧みな運用により、精強で知られる丹陽兵も陣から引きずり出して撃破するに至っている。

 それが快進撃という成果を齎すのは最早必然と言え、首尾よく虐殺と略奪が進み、泗水の流れる肥沃な穀倉地帯へ手が届かんとしていた。

 

 「お、次の伝令か。どうだ、此度は?」

 

 

 「ほ・・・報告、します。泗水付近の部隊が敗走しました。兵糧もほぼ焼かれたか奪われたとのことです。」

 

 

 カタン

 

 

 曹操の手から筆が滑り落ち、机、そして床に墨の黒い斑点が点々と描かれる。

 

 「何!?誤報ではないのか!?」

 

 「ひっ!避難してきた兵から直接聞きました!」

 

 「徐州」の主な抵抗勢力は叩き潰したばかり。にも関わらず、曹操自慢の部隊が敗れる異常事態に城内が混乱をきたす。配下が口々に否定し、伝令に詰問し始める。

 

 

 (一体何が起きた?まさか袁紹が援軍を?)

 

 

 配下の動揺に当てられてか、そんな考えが曹操の頭を過るが、すぐに振り払われる。あの袁紹が陶謙と手を組むとは考えにくい。何せ、皇帝を僭称した不届き者が陶謙の配下にいるのだ。

 しかも、援軍を送ったとて「徐州」の北で東西に広がる「兗州」の真横を南下しなければ間に合うものではなく、そんな状況下で大軍を動かせば人目につかないはずがない。

 

 頭を悩ませながらも、部下を静まらせつつ伝令から詳細を聞けば、曹操は明晰な頭脳で事態を看破する。みすぼらしい服装等から、敵は明らかに袁紹軍ではない。投擲に特化しただけの農民兵で、油断を突かれたに過ぎないのだと。

 そうと分かれば話は早い。近くの他の部隊が騎兵突撃するだけで、農民兵など容易く崩壊する。早速余力のある他の部隊へ伝令を向かわせんとした。

 

 が、さらなる悲報にそれを阻まれる。その内容は、「国境で突如現れた山賊が、敗走中の兵を追撃して武具を奪い強大化している」というものだった。

 このままでは、部隊間の連絡どころか帰還も不可能になった上で「山賊」と「徐州」勢力に挟まれてしまう。ただでさえ、泗水付近の穀倉地帯の占拠に失敗して兵糧に余裕がない状態だ。最悪、壊滅すらあり得る。

 格下相手に痛み分けへ持ち込まれた屈辱に歯を食いしばりながらも、曹操は親衛隊を撤退の支援に向かわせることとなった。

 

 

 

 この出来事以降、曹操は非常に不機嫌であったのだが、ここへ来て何故か笑みを浮かべている。

 果たして何があったのか。

 その答えは、こっそりと曹操に届けられた木簡にある。

 なんと、「徐州」の有力者がボロボロにされた陶謙を見切り、贈答目録と共に曹操への支持をしたためて来たのだ。

 

 土地に根付く基盤が無い曹家にとって、先の戦いの結果は組織が瓦解しかねないほど致命的だった。しかし、これならば失策を相殺して余りある。

 曹操は心中で胸を撫で下ろしていた。

 

 仮に支持が本心でなかったとしても、この木簡の存在自体が組織を補強するのだ。

 贈答品である数多の粟もまた、戦争直後の蝗害で甚大なものとなった食糧危機を覆して余りある。家禽の鶏や雁で毒味済みなので、そのまま配給しても問題ない。

 

 

 色々あったものの収支としては悪くない現状に、木簡の上を曹操の筆が踊った。

 

 



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第八話 竹は万能です。いや本当に。

誤字報告ありがとうございます!


 

 

 場所は「徐州」の川沿いの廃村。

 曹操の襲撃で無人となっていたが、今、劉備一派の仮拠点へと姿を変えていた。「兗州」から送られてくる、荷と情報の精査のためだ。

 

「竹の船団が到着しました!数は十です!」

 

「曹軍が北西に向けて進軍を始めた模様!」

 

 竹の筏が上流側の「兗州」から流れ着き、川岸に列を作って並び始める。物資と情報が続々と雪崩れ込み、元廃村とは思えぬ様相を示していた。

 

 

 

「しかし、よかったのでしょうか?敵に粟を送って。」

 

「ええ。飢えた集団が何より恐ろしいのは黄巾軍を見てもわかるでしょう?余っていた粟で敵兵の戦意を削ぎ、包囲網形成の時間を稼げたなら悪くありません。」

 

 コクゾウムシも仕込みましたし。そう呟いて孫公祐は部下から木簡へ視線を戻した。

 

 先だっての「兗州」は敗戦直後ではあるものの、餓死目前ではない状態。

 そんな中で戦争を強行すれば、更なる敗北の危険がある上に人心は離れていく。逆に、勢力の回復に手をかければかけるほど、知らぬ内にコクゾウムシで食糧を損耗させられる。

 それを思えば、戦端を開くのは今しかなかったのだろう。曹孟徳も全てを看破していた訳では無いようだが、流石というべきか。

 

 しかし、だとしてももう遅い。簡易といえど包囲網なのだ。

 さらにそれを為すにあたり、北東の公孫家、西の呂奉先、南西の袁家と、我々山賊上がりとは一線を画す勢力が揃い踏みと来た。

 個人の武勇頼りという点で突破口となり得る呂奉先を討ち取ることにしたようだが、彼の持つ武力は尋常ではなく、決して容易なことではない。

 

 

 

 

「大変だ!北西じゃない!こっちに曹家の軍が来るぞぉ!」

 

 偵察部隊の狼煙を確認したのだろう、最後に来た筏の人夫が拠点へと飛び込んで来た。

 

 その一報は数瞬と経たず陣内を大きく震え上がらせる。

 無理もない。宦官の家系でありながらその武で以って「兗州」を手にし、王朝も傾けた黄巾軍すら斥ける曹孟徳の脅威は衆目の知るところ。それを前に平静を保つことは困難だろう。

 

 

「馬防柵があるのですぐには来ません!予定通り撤退します!残った食糧を持って、今来た竹の船団に乗り込んで下さい!」

 

 

 そう、かつてならいざ知らず、今は馬防柵がある。

 「兗州」と「徐州」を隔てる山より繋がる林道に、「兗州」からもかき集めた竹の杭が幾多も柵状に立ち並ぶ。

 

 これは、人通りの少ない川辺に竹筒の漁獲罠を沈める際、その足で設置されたものだ。どちらも閑所でなければ困る上、定期的な確認が欠かせないために一纏めの作業として扱われていた。

 当初、罠はおまけで、馬防柵の端材で罠を作っていたというのは余談だ。

 

 

 (なるほど・・・やはりそう来ましたか。)

 

 孫公祐にとって、ある意味予想通りの展開となった。前回負けたと言えど、曹孟徳が弱りきった「徐州」を放置する訳がない。陽動で呂奉先を牽制しつつ、徐州勢を油断させるのが目的だったようだ。

 

 

 それでも、さっと逃げれば済む話ではある。焦土作戦は褒められたものではないが、既に焦土と化している場合なら話は変わってくる。作物を栽培している訳ではなく、家畜もいない身軽な状況であれば、故郷でも無い土地を捨てるのに躊躇いはない。

 むしろ食糧があると思わせて誘き寄せた上で、飢餓と疲弊で弱体化を強要できるなら、わざわざ仮拠点を建てて活動した成果があるというもの。

 

 

 あとは、手薄になった「兗州」を呂奉先が襲い、粛清を恐れた曹孟徳の部下、陳公台達の内応と合わせて早期制圧を仕掛けるだけ。

 その後、孤立し食糧も切れた曹孟徳を、焦土で挟み撃ちすれば作戦は成功裡に終わる。

 人夫が見た狼煙は、こちらへ曹孟徳の接近を知らせるためだけのものではない。呂奉先に曹孟徳の隙を知らせるためのものでもあるのだ。

 

 

 因果は巡る。曹孟徳はその残忍さによって死地を招く。

 徐州下邳国で行われた虐殺が、今度は曹孟徳を追い詰めるのだ。

 

 

 

「あ、孫公祐様、メンマ(竹の発酵食品)食べます?」

 

「ええ、頂きます。食べれる時に食べておきましょう。」

 

 



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