宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録 (鉄玉)
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㊙︎RATt事件調査報告書

はいふりの漫画読んでたら急に昔書こうとしてやめた奴の続きが思い浮かんできて書いてたら一話分になってたので投稿しました。


4月6日

横須賀女子海洋学校公開実習開始。この時はすごくワクワクしていてまさかあんなことが起こるなんて思ってもいませんでした。

 

同日20時頃

大型直接教育艦武蔵(以後武蔵)艦長知名もえか以下4名を除 く武蔵乗員26名がRATtウイルス(以後RV)に感染、所属不明の貨物船に砲撃を行う。なお、該当する貨物船はブルーマーメイドの保有する情報からは見つからず未だに所属も行方も分かっていない。

 

同月7日5時頃

直教艦アドミラルシュペーにRVの影響と思われる電子機器の不具合が起こる。

当時RVは西之島新島の潜水艦が発生源だと考えられていたがこの事例から恐らく何者かが意図的に起こした人災だった可能性がこの事件にはあると考えられる。

日本の学生艦ではなくドイツ艦を狙ったことから黒幕の狙いはドイツに対してなんらかのアクションを起こすことだったことが予想される。他にもいくつかの国から日本に対して学生艦を送っていた、あるいは送り込んでいる最中だったのにも関わらずこのタイミングで事を起こしたと言うことはドイツでなければならない理由があったのか、そのタイミングでなければならなかったのかは定かでは無いが何か理由があったに違いない。

 

同日6:00

教員艦猿島(以後猿島)以下10隻西之島沖に到着。武蔵、航洋直接教育艦晴風(以後晴風)は到着せず。なお、晴風より機関トラブルにより遅刻の報告あり。武蔵は連絡がこず理由不明(のちの調査によりこの時武蔵はRVに感染していたことが判明)。

武蔵もまた西之島新島が原因ではなく何者かが人為的にRVを蔓延させた可能性が高い。これに関しては学生の中に共犯者がいた可能性が否定できない。武蔵感染のタイミングがおかしいことから後に武蔵に対して大規模な捜査が行われたがこれらの証拠はRATt事件の混乱に紛れて隠滅を図られていたようで証拠の発見はできなかった。

 

同日9:02

晴風西之島新島沖に到着。同時に猿島より砲撃を受け晴風は送信機、第ニ魚雷発射管の自発装填装置、炊飯器が故障。訓練魚雷により猿島を撃沈。(炊飯器は後に和住媛萌により修理された)

 

同日夕方

晴風反乱の報告。

これにより晴風は如何なる港にも寄港できなくなった。理不尽すぎます。

 

同月8日12時頃

晴風、シュペーより砲撃を受ける。同時にシュペー副長にして心の友、ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュバイク・インゲノール・フリーデブルク(以後フリーデブルク)を保護する。

 

同日16時頃

直接教育艦比叡、五十鈴、磯風、涼月、照月の5隻の位置情報を失う。

 

同月9日夜

晴風伊201からの襲撃を受けるもこれを撃退。

 

同月13日 時刻不明

RATを保菌するネズミのような生物、通称RATtを入れた通販会社Abyssの箱を晴風水雷員の松永理都子、姫路果代子の両名が漂流物から回収。

緊急だったとはいえ勝手に開けるのはブルーマーメイドの卵としてはよくなかったですね。遺失物横領罪に問われてもおかしくないです。

 

同日夕方

晴風艦長岬明乃以下4名を拘束。

そういえばこの時のトイレットペーパー一年分の残りってどうなったんでしょうか?

 

同日日没

大艦長五十六がRATtを捕獲。晴風砲術長立石志摩の手に渡る。その数十分後、立石はRVに感染し晴風に補給を行うため近づいていた補給艦間宮、工作艦明石及び護衛の航洋艦2隻に対し発砲。フリーデブルクにより取り押さえられる。

RATtは晴風衛生長鏑木美波医師により管理される。

 

そこまで読んだところで思わずため息が出て目の前の人物に声をかけた。

 

「納沙さん」

 

「なんですかシロちゃん」

 

「もう学生じゃないんだから私見は書かずに報告書は事実だけを簡潔に書いてくれ。あと職場ではしろちゃんではなく宗谷さんもしくは宗谷一正と呼ぶように」

 

「えーシロちゃん冷たーい」

 

「冷たくない。これ書き直し」

 

「あ、じゃあこっち渡しておきますね」

 

そう言って赤文字で㊙︎と書かれたRATt事件調査報告書と書かれた書類を出してきた。

 

「なんだそれは」

 

「私見の載っていないちゃんとした調査報告書です」

 

「初めからそっちを出せ!」

 

思わずそう怒鳴った。

 

「は〜い。けどどうして今更七年も前の事件を今更掘り起こそうと思ったんでしょうね」

 

「私に聞くな。岬さんか知名二監に聞いてくれ」

 

「えーそれはちょっと…。学生の頃ならともかく今は無理ですよ」

 

二人とも海洋高校卒業後は大学を飛び級して一年で卒業、今は二等保安監督官。飛び級自体は艦長や副長を務めた人間なら割とあることだ。私もニ年飛び級して卒業しているからそこまで驚く事でもないけど、三年飛び級は大和型の艦長を務めた人でも滅多にいない。多分真霜姉さん以来だから十年ぶりくらいだ。その他にも私の学年では私と比叡、時津風、天津風、明石、間宮の艦長が二年飛び級しているし一年飛び級については他の艦の艦長や副長が飛び級していて、晴風からも知床さんや西崎さんあとは柳原さんが飛び級している。本来なら二年飛び級も例年だと一人か二人だったのに私達の学年は六人も飛び級している。これだけでどれほど私達の学年が優秀な年だったかわかるだろう。

 

「そうだな、次かその次あたりには二人のうちどっちかが安全監督室室長になるって言われているくらいだしいくら同級生でも簡単には話せないか」

 

「そうじゃなくて」

 

「他に何か理由があるのか?」

 

「なんというか学生の頃と雰囲気がだいぶ変わったじゃないですか。だから話しかけにくくて」

 

確かに雰囲気は大分変わった。昔は天真爛漫というか、無邪気というか、そんな言葉が似合っていた岬さんが今は冷血とか冷徹という言葉の方が似合う人になっている。

知名二監も昔と違ってどこか人を寄せ付けないような雰囲気があるし二人とも随分と印象が変わった。

 

「知名二監は情報調査隊の隊長だし岬さんは警備救難部の部長だからな。情報調査隊は言わずもがな、警備救難部も何かと大変だし学生の頃みたいにはいかないだろ」

 

私みたいな情報調査隊の新人係長でさえ知りたくもなかったような事実を知ることがあるくらいだ。そのトップともなれば色々思うこともあるだろう。

警備救難部だってそうだ。最近は私達が学生だった頃以上に事故が多くなっているしそれに伴って海難事故での死者も増えている。全員を救うつもりでも救えない命もある。多分それを実感したからあそこまで人が変わったんじゃないだろうか。

 

「そうなんですけど、だからこそ今回のこの再調査もなんか変というか…」

 

「何が変なんだ?」

 

「今回私が調査したことに新しい事実はないんですよ。確かに学生の頃は知りもしなかった事実は有りますけどそれは当時知ることができなかっただけで今は簡単に知ることができるものばっかりなんです。階級の高い二人なら尚更簡単に知ることができたでしょうし新たに知ることができることもほとんどないんですよ。なのにその再調査をあの二人が依頼した理由って一体なんだったのかなって」

 

確かに私もそれは感じていた。

 

「けど当時と違うことが一つあるだろ。当時はドイツ側からシュペーに対する捜査が出来なかったからシュペーの詳しい情報がなかったけど今回はドイツから資料の閲覧許可が出たんだろ。何か新しい事実はなかったのか?」

 

「そうですね…。あっ、私の証言が消されていたんですよ!」

 

「消されていた?」

 

「はい。正確にはミーちゃんから聞いたことなんで情報としての精度に問題があったから消されたのかもしれないですけど」

 

「それは知らなかったな。何が消されていたんだ」

 

「シュペーの感染時期についてです。私はミーちゃんから午前5時ごろに電子機器に異常があったことを聞いていてそれも伝えたんですけどそれについてどこにも載っていなかったんですよ」

 

「…調書はどうだ?」

 

最終的な報告書に載っていなくても調書には流石に載っているだろうともさ思って尋ねたが帰ってきた答えは私の予想とは違っていた。

 

「そっちにも載っていなかったんですよ。不思議ですよね」

 

その答えに私は思わず考え込んでしまった。納沙さんは今年海洋大学を卒業して情報調査隊に配属されたばかりだから気付いていないみたいだけど調書から証言を消すというのは尋常なことではない。私も配属されてニ年経つがそんな事一度も聞いたことがないしそんな資料自体見たこともない。

 

「ドイツ側の調査報告書にそれは載っていたのか?」

 

「いえ、載っていませんでしたね。だから気になってミーちゃんにも電話で聞いてみたんですけど忘れちゃったみたいです。他の人にも聞いてくれたんですけど覚えている人がいなかったみたいなんですよ」

 

「納沙さんの思い違いって事はないか?」

 

「それはないです。個人的につけていた仁義のないナレーション風の航海日誌に書いていましたから間違いないです」

 

それなら間違いない。そうなると気になるのはミーナさんが本当に忘れたのかという事だ。そもそもドイツ側の調査報告書にも載っていないと言うのが解せない。その辺りに今回の再調査の理由があるのだろうか。

 

「取り敢えずその事についても知名二監に伝えておく。ご苦労だった納沙三正」

 

「いえいえ、心の友シロちゃんの頼みとあればたとえ火の中水の中どこにでも行きますよ!」

 

相変わらず大袈裟な表現が多いけどそれも七年の付き合いでそれも慣れた。

 

「あ、それと今晩久しぶりに晴風艦橋メンバーで集まって飲み会をしようって話になったんですけどシロちゃんもきますよね」

 

「行けるけどそういうのはもう少し早く言ってくれ」

 

「は〜い、わかりました。シロちゃん参加っと」

 

明らかに聞き流しながらそう言いながらタブレットになりやら書き込んでいる。

 

「艦橋メンバーって事は岬さんも来るのか?」

 

「りんちゃんが誘ったんですけど忙しいからいけないって断られちゃったみたいです」

 

「そうだろうな。昨日も商店街船が一隻座礁して警備救難部はかなり忙しそうだったからな」

 

「本当に最近事故が多いですよね」

 

「ああ。だからうちの部署からも何人か手伝いに行かせる話も出ているらしいぞ」

 

つい昨日自分の上司の課長が話していたのを思い出した。情報調査隊も人手不足なのに上は何を考えているんだと随分と怒っていた。

 

「へーそうなんですか」

 

「私達みたいな下っ端から送られる可能性が高いんだから他人事じゃないぞ」

 

「えっ!そうなんですか!?」

 

自分は行く事はないと思っていたのか納沙さんは驚きをあらわにした。

 

「仕事に慣れてなくて役に立たない新人とベテランならベテランを残すだろ。実際はどうなるかはわからないが一応心の準備くらいはしておいてくれ」

 

課長がその話をしてきたという事は自分は行く事になるのだろうなと思いながらその時には納沙さんも巻き添えにしようと密かに決心しながら告げた。




完全に見切り発車なので次の更新は未定です。先にもう一つ書いてる方を完結させてから本格的に書き始めます。
ただ予想より評価良ければ続きをすぐに書きます。
多分次の話は多分居酒屋での飲み会です。


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居酒屋船はれかぜ

続きとか特に考えずに一話目を投稿してましたがどんな話にするかの構想がねれたのでペースは遅いかもしれないけど投稿続けれそうです。
この先も不定期ですけど二週間に一話くらいは投稿できればいいなと思ってます。


仕事が長引いて一時間ほど遅れて飲み会の会場である居酒屋船「はれかぜ」に着くと他のメンバーは既に席について思い思いに楽しんでいた。

 

「すまない遅れた」

 

「あ、副長お疲れー。ビールでいいよね?」

 

西崎さんが尋ねた。

 

「もう副長では無いんだけどな」

 

未だに私のことを副長呼びする元晴風メンバーは多い。私も気を抜くと岬さんの事を艦長と言いそうになることもあるしその気持ちがわからな訳じゃないけど副長と言われると取り敢えず訂正するようにしていた。

 

「あはは、ごめんごめん」

 

「まぁ今はプライベートだからいいが職場では間違えるなよ」

 

「シロちゃんせっかくの飲み会に仕事の話はなしですよ」

 

「別にこれくらいいいだろう」

 

納沙さんの注意に思わずそう言った。

 

「ダメですよ!飲み会で少しでも職場の話が出たらそのままどんどん話しが広がって最後は上司の愚痴とかみたいな全く楽しくない話題になってお酒がまずくなりますよ!」

 

何やら実体験のように言っているが納沙さんは今年大学を卒業したばかりで私が納沙さんにとって初めての上司のばすだ。

 

「…という事は納沙さんも上司である私に何か言いたいことがあるという事か」

 

「えっ!?そんなのないですよ!」

 

「お、いいぞ言っちゃえ言っちゃえ!」

 

西崎さんが煽った。

 

「本当にないですよ〜」

 

泣きそうになりながら納沙さんが否定するのを見てもっと揶揄おうと口を開こうとするとタイミング悪く(納沙さんにとってはタイミング良く)私の分のビールとお通しが運ばれてきた。

 

「ビールとお通し持ってきましたよ」

 

「ああ、ありがとう」

 

「晴風カレーはいつ運んだらいいかな?」

 

「カレー!」

 

カレーという言葉に敏感に反応した立石さんが声を上げた。

 

「立石さんが待ちきれないみたいだからもう持ってきてくれ」

 

「はーい。すぐに運んできますね」

 

そう返事をすると彼女はパタパタと小走りに厨房に向かって行った。

 

「そういえばみんなは今どこの部署にいるの?私は今年から部署が変わって装備技術部で新型魚雷の開発やってるんだけど」

 

ふと思い出したかのように西崎さんが尋ねてきた。

 

「私は情報調査室第一課ですね。ちなみにシロちゃんの部下です」

 

西崎さんの問いにまず納沙さんが答えた。

 

「私は去年と変わらずみくらの操舵手をやってます」

 

次に答えたのは知床さんだ。意外と高校時代と同じことをしている人が少ない中、知床さんは卒業以来順当に航海科に配属され操舵手をしていた。

 

太平洋即応機動部隊(Pacific Rapid Deployment Team)の第三小隊」

 

「えぇ!タマあそこに配属されたの!?すごいじゃん!」

 

太平洋即応機動部隊(Pacific Rapid Deployment Team)は日本ブルーマーメイドが保有する対テロなどを専門とする特殊部隊だ。一小隊あたり戦闘員12人とオペレーター2人の計14人を定員としていて第一小隊から第七小隊まで存在している。ブルーマーメイドの中でも憧れの対象となっている部隊だ。

 

「第三小隊だからそんなに凄くない」

 

少し落ち込んだように立石さんが答えた。

 

「いや十分だって。私なんか試験受けても絶対に受からない自信あるから自信持ちなよ」

 

「そうだな。ブルーマーメイドに所属する人間の大多数がなることができないんだ。誇った方がいい」

 

確かに横須賀に司令部を置く第三小隊は他の部隊と比べると実戦経験に乏しく他の小隊よりも下に見られがちだ。そもそもが日本ブルーマーメイドのお膝元の関東圏が担当区域でありそうそう出動する機会などない。

そのためこの小隊は実戦部隊というより即応予備としての側面が強くテロが起きた際に担当区域の部隊では対処しきれない場合に部隊を増強するためによく使われる。しかし基本的にそんな事態が起こる事は稀であり結果としてそれが実戦経験の少ない事に繋がっていた。

逆に言えば第三小隊の実戦経験が少ない事は日本が平和であると考える事もできるわけだが所属している本人からすれば複雑な気持ちになるだろう。

 

「お待たせしましたー!晴風カレーでーす」

 

「あっ!みかんちゃん聞いてくださいよ!タマちゃんが太平洋即応機動部隊(Pacific Rapid Deployment Team)に配属されたんですよ!」

 

晴風カレーを運んできた伊良子さんに納沙さんが報告した。

 

「へぇーどの小隊に配属されたの?」

 

「第三小隊」

 

伊良子さんの質問に立石さんが少し恥ずかしそうに答えた。

 

「二、三回合同訓練をした事はあるけどあんまり知ってる人はいないなぁ」

 

「みかんちゃんは第一小隊でしたよね」

 

高校の時からは想像もつかない事だったが伊良子さんは海洋高校卒業後すぐにブルーマーメイドに入るとその翌年にスカウトされてこの部隊に所属していた。当時の晴風でも武闘派だった野間さんや万里小路さん辺りならともかくどちらかと言うと大人しい方の伊良子さんが太平洋即応機動部隊(Pacific Rapid Deployment Team PRDT)に配属されたと聞いた時はみんなとても驚いていた。

そもそも主計科の人間がこの部隊に配属されること自体が初めてでブルーマーメイドでもすごく噂になっていたらしい。私たちの世代の中では岬さん、知名二監と並んでブルーマーメイド内で有名だった。

 

「けど勿体無いよね。一正への昇進と副隊長への任官を蹴って退官したんでしょ。私なら受けちゃいそうだけどなぁ」

 

「うい」

 

西崎さんの言葉に短く立石さんが同意する。

 

「けどカッコいいですよね」

 

「わたしも迷ったんだけどね。ブルマーとして海を守るのも好きだけどそれ以上に私が作った料理をいろんな人に食べて笑顔になってもらう方が好きだなって思って」

 

「伊良子さんらしいな」

 

「ふふ、ありがとう。昨日岬さんにも言われたよ」

 

「えっ!艦長と会ったの!?」

 

「えっ、うん。そんなに驚くことかな」

 

驚きの声を上げた西崎さんに伊良子さんが不思議そうに尋ねた。

 

「だって艦長、今の役職についてからなんか私達と距離を置いてる感じがするんだよね。今日だって来なかったし…」

 

「そうですよね。すごく話しかけにくくなりましたよね」

 

「うい」

 

「き、今日の飲み会誘うのもすっごく緊張したよ」

 

西崎さんの言葉にみんな口々に同意の声を上げた。

 

「う〜ん。わたしは別にそんなことないと思うけどなぁ。昨日だって普通に話したよ」

 

「私が飲み会誘った時なんか忙しいの一言で世間話も何もしなかったよ。昔の艦長なら近況くらい聞いてきそうなのに…」

 

少し悲しそうに知床さんが呟いた。

 

「…あっ!けど昨日はちょっと怖かったなぁ」

 

「みかんちゃんが怖がるなんて何があったんですか?」

 

「知名二監一緒に来てたんだけどね、厨房に聞こえるくらいの大声で言い争いをしてて慌てて止めに入ったんだけどその時は二人ともすごい怖かったよ。人を殺しそうな目つきしてたもん」

 

心底怖かったと言わんばかりに体を抱きしめた。

 

「あの二人がか?そんな事があったら少しくらい噂になりそうだけど聞いてないな」

 

はれかぜの客はブルーマーメイドが多くブルーマーメイドでは有名なあの二人が喧嘩をしたとなれば納沙さんあたりが耳にしてそうだがそんな話は聞いていなかった。

 

「奥の個室だし誰も見てないからじゃないかな」

 

「そういうことか。けどあまりそういう事は人に話さない方がいい」

 

ブルーマーメイド内でも力のある二人が不仲なんて噂が流れるとこれ幸いとばかりに動き出しそうな連中はいくらでもいるのだから。

 

「ちゃんと相手は選んで話してるから大丈夫だよ」

 

「とてもそうは見えないが…。納沙さんとか人に言いそうじゃないか?」

 

納沙さんに視線を向けると言った。

 

「そんなことないですよ〜」

 

「晴風クラスが解散になるって噂が出た時、機関科の人達に噂を話したのは納沙さんだったと思うんだが…」

 

あの時は機関科の人達を責めていたが、後になって考えてみると不確かな噂話を話した納沙さんにこそ責任があったように思える。

 

「私だって成長しましたからね。そうむやみやたらと人に話したりしませんよ」

 

何故か誇らしげな様子だが正直あまり信用できない。

 

「それで、一体何が原因で喧嘩してたんですか?」

 

「そこまでは流石に分からなかなぁ」

 

困ったような顔で答えた。

 

「そもそも納沙さんはそれを知ってどうするんだ」

 

「他の晴風メンバーと会った時のネタにしようかと思いまして」

 

さっきの言葉はどこに行ったのか、まるで懲りてない様子の納沙さんに思わずため息が出た。

 

「さっきむやみやたらと人に話さないと言ってなかったか?」

 

「晴風の仲間だから大丈夫ですよ」

 

その晴風の仲間に噂好きが多くて信用できないと言っているのだがどうやら伝わっていなかったみたいだ。

 

「だからその晴風の仲間に話して昔大失敗したからやめておけって言ってるんだ」

 

「ええ!シロちゃん仲間を信じられないんですか!?」

 

「いや別にそうじゃないけど」

 

ただ無闇矢鱈と人に話しかねないという点では信用してないだけだ。

 

「じゃあなんだっていうんですか〜」

 

そう言ってガシッとと力強く肩を組んできた。

肩を組まれたことによりだだよってきたアルコール臭で気付いたがどうやら納沙さんはかなり酔っているようだった。

 

「ココちゃん副長も悪気があったわけじゃないから…。とりあえずこれでも飲んで落ち着いて」

 

そう言って知床さんが手渡したのはグラスに並々と注がれたビールだった。

 

「いや待て、それは逆効果だろ!」

 

焦る私をよそに西崎さんと立石さんはこちらを見ながら笑っている。知床さんも私からは顔が見えないが肩が震えていて明らかに笑いを堪えているように見えた。

 

「お前ら…!!」

 

「ありがとうございますリンちゃん」

 

そういうと納沙さんはグラスを受け取り中身を一気に飲み干した。

 

「プハァ。やっぱり仕事終わりはこれに限りますねぇ。シロちゃんもそう思いますよね」

 

「え、ああ、うん」

 

「みかんちゃんビール二つ持ってきてくださ〜い」

 

これをきいて私は自分が返答を間違えたことを悟った。納沙さんは酔っ払うと誰か一人に絡んで無理矢理酒を飲ませるという悪癖がある。唯一の救いは自分も同じだけの量を飲むから先に潰してしまえばどうという事はないと言う事だろう。だけど不幸な事に私はそんなに酒に強いわけじゃない。

 

「はーい。すぐに持ってくるけどほどほどにね」

 

結論から言うとその日は一時間遅れてついたことが功を奏し納沙さんが先に酔い潰れて私が醜態をさらすようなことはなかった。

しかし私をハメた三人にはいつか相応のお礼をしてやろうと思う。




そのうちみかんちゃんに何があったのかとか詳しい話を書きたいなと思ってます。


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再調査

他校の大和型艦長副長だと能村進愛さんが一番好きなんで絶対に出そうと思ってるんですけど三河弁が難しい…。
個人的には一般生徒の制服は呉校が一番可愛いなと思ってます。
みなさんはどうですか?


「移動ですか?」

 

はれかぜでの飲み会の翌日、出勤して早々に課長に呼び出され告げられたのは情報調査室からの移動の内示だった。

 

「一ヶ月後に正式な辞令が下るけど貴女と納沙三正には警備救難部に異動してもらうことになるわ」

 

「一時的なものではないんですか?」

 

前にそれとなく話された時は一時的に異動するような口ぶりだったから不思議に思い思わずそう尋ねた。

 

「違うわね。どうやら上は警備救難部を恒久的に強化するつもりらしいわ。私もよくは知らないのだけど近々警備救難部の補強のために海上治安維持法第十一条一項を発令すると言う噂があるわ」

 

海上治安維持法第十一条一項はその時にブルーマーメイドが保有する戦力では対応不可能と判断される事態が発生した時にブルーマーメイド退官者や海洋学校関係者を強制的に任用し戦力の増強を図る条文だ。最近では七年前の海賊によるフロート占拠の際に母さん、宗谷真雪に対して行使されたのが最後だ。

勘違いされがちだがこの条文は何も一個人を任用するためではなく基本的にはある程度の規模を持って適用し稼働艦艇を増加することこそが主目的である。つまり今回の場合は警備救難部の戦力、つまり稼働艦艇数を増加させるために発令するのだろう。

昨今の海難事故や海賊被害の増加を考えれば現在の警備救難部では対処しきれているとは言い難いから発令もやむなしといえるが…。

 

「補強といっても現在警備救難部の艦艇は全て稼働状態ないしはドックで整備中。使える艦艇はなかったと思いますが」

 

「今年の海洋学校の予算に新規艦艇の購入予算が組まれていたでしょう。その予算で日本から他国に輸出していた艦艇を安く払い下げて購入しているそうよ。

多分二項の方も発令して海洋学校からそれを徴収するんじゃないかしら」

 

海上治安維持法第十一条二項はブルーマーメイドに関連する企業や学校に対して艦船、物資等の援助を強制させる条文だ。一項はともかく二項の適用はこの条文ができてからは一度もない。

 

「随分ときな臭い話ですね」

 

おそらく元々そのつもりで海洋学校に買わせていたんだろうがそんな回りくどいやり方、裏がありますと言っているようなものではないか。

 

「貴女は海洋高校の時岬二監の副長だったのだから何か聞いていないの?」

 

大抵の場合海洋高校時代のクラスメイトの繋がりは強い。三年間も同じ船で過ごしたんだ、当然と言えるだろう。野際課長もそう思って私に聞いたのだろうが生憎、私に限ってはそうではなかった。

 

「最近会っていないので特に何も聞いていません。野際課長はどうですか?」

 

野際課長は海洋高校時代大和型直接教育艦紀伊の副長をしていて艦長だった千葉沙千帆さんは現在二等保安監督官で保安即応艦隊司令長官をしている。

 

「私も特に聞いてないわね。そもそも千葉さんがその手のことが苦手だから知らないだけかもしれないけど」

 

「今でもよく会うんですか?」

 

同じ副長という立場同士当時の艦長との付き合い方に違いがあるのか気になって尋ねた。

 

「月に一度クラスのみんなで飲み会をしているわ。貴女はどうなの?」

 

私が最後に岬さんとプライベートで会ったのはいつだっただろうか。思い返してみると去年の西崎さんたちの卒業祝いの飲み会以来だから一年以上前だ。その飲み会は岬さんのニ監昇進のお祝いも兼ねていて晴風メンバー全員が集まって朝まで飲み明かして真冬姉さんに朝帰りを揶揄われたんだっけ。

そういえばあの時は知床さんが納沙さんの標的になって吐くまで飲まされていたけどあの飲み会以来、知床さんは納沙さんに積極的に生贄を差し出作ようになった気がする。

 

「多分みんなが集まったのは一年以上前ですね。私たちのクラスはそう言うのが最近はめっきり減りましたから羨ましい話です」

 

部署が違うとはいえ職場は同じだからたまにすれ違ったりする事はあるけどお互い忙しく世間話をする時間もない。

 

「意外ね。昔見たままの岬ニ監なら毎日でも飲み会とかやりそうだったのに」

 

「そう言うのは岬さんが一正に昇進して忙しくなってからは減りましたね。最近なんかはよっぽど忙しいのか誘っても来ないみたいなんですよ」

 

それまでは毎週末、岬さん主催で飲み会を開いていたてそれには晴風メンバーだけでなく知名二監や高橋さん、榊原さんや他のクラスの同級生達もよく参加していた。

けど流石に一正になるとその余裕も無くなったようだった。私自身一正だからよくわかるがこの階級は本部所属者であれば初めて役職が付き部下を持つことになる。それまでとは異なる仕事や悩みが出始めて忙しさも段違いだ。

 

「そうなの。まぁ岬二監は昇進ペースが早いからその分仕事も多そうだし仕方ないでしょうね」

 

「そうですね」

 

そういえば岬さんだけでなく高橋さんや榊原さんとも最近はあっていないけど元気にしているのだろうか。

 

「それとこの前提出してくれたラット事件の再調査書なんだけど知名二監がもう少し遡って調べて欲しいって言っていたわ」

 

「遡る…?しかしあの事件の始まりは入学式ですからあれ以上は遡ることに意味があるとは思えません」

 

そもそもの原因は西之島ができた際の海底火山の活動により実験艦が浮上したことだからそもそもラットと関わってすらいない入学式以前に遡る必要がわからない。

 

「それを私に言われても困るわ。ただ知名二監がさらなる調査を要求している以上それに応えるのが貴女の任務でしょう。期間は貴女が警備救難部に移動する一ヶ月後まで。それまでに引き継ぎをしながら納沙三正と一緒にこの件について再調査をしてください」

 

◇◆◇

それから三週間、引き継ぎをしながらラット事件の再調査をし続けていた。

ラット事件二週間前の横須賀女子海洋学校に関する記録の殆どを調べたけど特に怪しい事は無く、一体知名二監は私達に何をさせたいのかとその意図を直接問いただそうかと考えていると納沙さんが頼んでいた資料を持って戻ってきた。

 

「シロちゃん当時の入港情報持ってきましたよ」

 

「だから宗谷さんか宗谷一正と呼ぶようにと言っているだろ」

 

毎日挨拶のように繰り返しているこのやりとりだが組織人としてあだ名呼びを許すのは如何なものかと言う思いから今日もまたいつものように注意をした。

 

「えー、私達以外誰もいないんだしいいじゃないですか」

 

たしかに引き継ぎが終わった今、ここに来る人間は殆どいないからわからないでもないがそれに慣れて人がいるところで間違えて呼ぶよりはいいだろう。

 

「いつ誰が入ってくるかわからないだろ」

 

元部下が忘れ物を取りに来たりするかもしれないから用心に越した事はない。

 

「心配しすぎですよ〜。そんな事よりこの資料ここに置いておきますね」

 

そう言って納沙さんは机の上に持ってきた資料を置くと私が調べ終わった資料を戻しに資料室に戻っていった。

入港情報を持ってきて貰ったはいいものの、正直これで何か新しいことがわかるとは思えなかった。

横須賀海洋に来る船は海洋学校所属艦以外は基本的にブルーマーメイド関係の船だけだ。女子校という性質上外部の人間が入ることに対しての警戒感が強く教育艦の補給物資どころか学校の備品の補給でさえ全てブルーマーメイドを通して行うから犯罪が紛れ込む余地も殆どない。

もっとも、ラット事件の後に行われた調査で物資の横領が発覚しているから全くないわけではないけど一度きちんと調査が行われているからこそ後回しにしていた。

けど少し読み進めただけでそれが間違いだったことに気づいた。

 

「ビスマルクも来ていたのか。それにしても3日の入港船舶が異様に多いな」

 

よくよく調べると3日は海上都市支援の会の会議があって関係者がかなり横須賀女子海洋高校に来ていた。しかしこれは教育艦のある港には立ち入り禁止となっていたから特に関係はなさそうだ。

ただビスマルクについては少し気になる。同じドイツの教育艦のシュペーが実習に参加したのにビスマルクが参加しなかった理由はなんだろうか。

 

「何かわかりましたか?」

 

いくつかのファイルを抱えて戻ってきた納沙さんが尋ねてきた。

 

「うーん、取り敢えずビスマルクの3日以降の航路が知りたいから資料を持ってきてくれないか」

 

「それなら今持ってますよ」

 

そう言って持っていたファイルを差し出してきた。

 

「ありがとう。けどどうして持っていたんだ?」

 

私の問いかけに待ってましたと言わんばかりの勢いで納沙さんが答えた。

 

「聞いてください、当時のビスマルクの艦長が凄いんですよ!」

 

「誰なんだ?」

 

「なんとテア艦長と次期ヴァイマルブルーマーメイドのトップを争っているあのクローナ・ゼバスティアン・ベロナ二監ですよ!」

 

ベロナ二監は代々ドイツ海軍とブルーマーメイドの高官を輩出してきた名家だ。テア艦長と同い年だし海洋実習は必修だから当然と言えば当然だがまさか横須賀に来ていたとは知らなかった。

 

「それがどうしてそのファイルを持っていたことと繋がるんだ?」

 

「え、だって当時のベロナ二監が何をしていたのか気になりませんか?」

 

「それは仕事と関係があるのか?」

 

「特にありませんね。ただの趣味です」

 

悪びれた様子もなくサボることを宣言する納沙さんに思わず語気を強めた。

 

「遊びに来てるんじゃないんだぞ。給料を貰ってるんだからちゃんと仕事をしろ」

 

「飛ばされて暇なんですしちょっとくらいいじゃないですか」

 

「飛ばされたとか人聞きの悪いこと言うな!

それにいくら暇でも私達は国から給料を貰っている公務員なんだからサボっていいわけないだろ!」

 

ただ部署が異動になるから引き継ぎで人が少なくなっただけだ。

 

「冗談ですからそんなに怒らないでくださいよ。

ビスマルクの事だって横須賀に来ていたのにどうして実習に参加しなかったのか気になったから持ってきたんですから仕事のうちですよ」

 

いくら冗談でも言っていいことと悪いことがあるが説教はまた次の機会にして今はまずビスマルクの件だ。ただでさえ残り時間は少ないのだから有効に使わなければならない。

 

「それで、どうして実習に参加しなかったんだ?」

 

「それがわからないんですよね。元々参加する予定はなかったみたいなんですけど何故か途中までシュペーと一緒に行動しているんですよ」

 

「いつまで一緒だったんだ」

 

途中といってもいつまで一緒だったのかでその意味合いは変わってくる。

 

「ラット事件当日の朝5時くらいまでですね。ビスマルクはそのあとシュペーと別れてゼーアドラー基地に向かったみたいです」

 

「西之島のすぐ近くにまで来ていたのに実習に参加せずに態々ゼーアドラーに向かったのか。参加すればよかったのにな」

 

せいぜい前日くらいまでだと思っていたがまさか当日まで一緒にいたとは。

 

「それだったらビスマルクもラットに感染しちゃうじゃないですか。武蔵だけでもブルーマーメイド艦四隻が航行不能になったのにビスマルクもそれに追加されるなんて最悪ですよ」

 

たしかに超弩級戦艦が二隻もRATt事件に巻き込まれると言う事態は想像しただけでもぞっとしない。

 

「けど仮に納沙さんの最初の報告書の言うように初めからラットを船に乗せていたなら話は別だろ」

 

「たしかにそうですけど、あんなの冗談に決まってるじゃないですか。まさかシロちゃん信じてるんですか?」

 

「そうじゃない。ただビスマルクが感染する事はないから逆に日本に使える手札が増えたって言いたかったんだ」

 

あの時稼働していた日本の戦艦の中に大和型とまともに撃ち合える戦艦はいなかった。ビスマルクでは最終的には打ち負けるかもしれないがこちらは数では勝っていたからビスマルクを最大限に生かした作戦を立てれば多少楽に大和を制圧できた筈だ?

 

「けど実際はラットに感染するからより悪い方に進みますよね」

 

「たしかにそうだな。今はビスマルクが実習に参加していなかったことを喜ぼう」

 

ビスマルクが参加しなかったことは不思議ではあるが元々そう言う予定だったのなら深く追求する必要もないだろう。

そう結論づけて私はビスマルクに対する調査を終了した。




実を言うと元々この『宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録』最初はココちゃんがブルーマーメイドになってから当時を思い出しながら書いた回顧録みたいにしようとしていたんですよね。
それが続きを書き始めたらシロちゃんが主役になってさらに連載小説になったていると言う…不思議ですね。


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真相

もともと救難警備部への異動をここに入れようとしてたんですけどなんか違うな〜てなって悩み続けた結果この話になりました。
それと居酒屋船はれかぜでのリンちゃんの役職の配属時期に関して少し変更をしています。


警備救難部に異動する二日前、下書きをした報告書が前回の報告書と殆ど変わっていなくて私は焦りを覚えていた。

 

「これ提出したら怒られますよね」

 

納沙さんが恐る恐るそう言った。

 

「怒られはしないだろうけど……」

 

「もしかして何も言わずに左遷されるんですか?

それだと怖いですね〜」

 

納沙さんは冗談っぽく言っているがありえない話ではない。私の前任者も今回の私みたいに私が一年生の時の競闘遊戯会で起こった海賊事件、その再調査を命じられた。そして今の私と同じように一度目の再調査で納得しなかった知名二監に再々調査を命じられて殆ど同じ報告書を提出した結果、総務部の資料管理室に飛ばされることになった。

これが報告書の件と直接関係があったと明言されたわけでは無いけど状況的にまず間違いないだろう。

 

「いやそもそも警備救難部への異動が決まっているのに左遷とかないだろ」

 

部下でもない人間を左遷できるほど知名二監の権力は大きくないはずだ。

 

「もしかしたら今にも沈みそうなボロ船をあてがわれるのかもしれませんよ」

 

ありえない話ではないが……。

 

「私の記憶にある限り納沙さんがいうようなボロボロの船は警備救難部には無いはずだ」

 

「つまんないですね〜」

 

他人事のように納沙さんがそう言った。

 

「納沙さんはそんなにボロボロの船に乗りたかったのか?」

 

「私は新しい船がいいですね。シロちゃんはボロボロの船で頑張ってください」

 

どうやら一人だけで新しい船に逃げるつもりのようだが、そうは問屋はおろさない。

 

「言っておくがもしそうなったらどんな手を使ってでも一緒の船に乗ってもらうからな」

 

同じ部署で働いているのに一人だけいい思いなんかさせてたまるもんか。真冬姉さんに頭を下げてでも同じ船に配属させてやる。

 

「シロちゃん、そんなに私と一緒にいたいんですか?それならそうと言ってくださいよ!」

 

嫌がらせのつもりで言ったのにどうやら納沙さんには逆効果だったみたいだ。

普通に喜ばれるのは面白く無いからさっさと話題を変えることにした。

 

「そんな事より頼んでいたことは調べてくれたか?」

 

納沙さんには海洋医大などの専門機関から提出されているラットの生態についてより詳しく調べてもらっていた。とはいえ当時の捜査資料を読んだ感じではラットそのものの生態は直接事件と関わるものはなかったようだから調査に進展があるとはとても思えないが……。

 

「はい。知っての通りラットは基本的に普通のネズミと変わらない生態をしています。ただ繁殖してきた場所が沈んだ実験艦と特殊だったせいか全部同じ遺伝子を引き継いでいるみたいです」

 

「というと?」

 

「沈没した実験艦の中で繁殖したから多かれ少なかれ血の繋がりがあるみたいですね。だから個体によっては血が濃すぎて障害を持った個体もいました」

 

「晴風以外の艦に数の違いとかはあったのか?

 

「艦にもよりますが少ない艦だと五匹から多い艦だと二十六匹のラットが捕獲されていますね」

 

「やっぱり大型艦が多いのか?」

 

「はい、そうですね。一番多かったのが武蔵で次が……シュペー、比叡の順番で多かったみたいです。その下は摩耶、鳥海と順当に大きな船が続いていますね」

 

比叡の方がシュペーよりも大きいがどちらも戦艦だし誤差の範囲だろう。

 

「小型艦に比べて食料になる物も多いだろうから繁殖もしやすかっただろうし当然だな」

 

「いえ、繁殖はしていないと思いますよ」

 

「どういう事だ?」

 

そんなにたくさんの数がいて繁殖していないわけがないと思うが。

 

「捕獲されたラットは全部オスでかつ同じ成長具合だったみたいですよ」

 

「原因はわかっているのか?」

 

オスだけで繁殖できるはずがないのにメスがいないとはどういうことなのだろうか。

 

「恐らくダママランドデバネズミみたいに真社会性を持っていて一部の若いオスが偵察や食料集めをするような生態なのではないかと書いていますね。だから実験艦のどこかに巣があってメスはその中にいたんじゃないかって専門家は推測しています。まぁ、生態サンプルがオスしかいないので詳しいことは分からなかったみたいですけど」

 

「実験艦からメスを探し出したりはしなかったのか?」

 

ダママランドデバネズミってなんだとは思ったがすんでのところでそれを聞くのを我慢した。前にも同じようなことがあって尋ねたら意気揚々と数分間にわたって喋り続けてきたからこれがツッコミ待ちだと言うことはわかっているからだ。

その証拠に納沙さんはどこか不満げな表情をしている。

 

「コストとワクチンができていた事から自沈した実験艦を引き上げてまで調べる価値はないと判断したみたいですね。一部の生物学者は引き上げたかったみたいですけど」

 

「そうか。まぁ直接ラット事件には関係はなさそうだな」

 

ラットではなくラットが保有するウィルスが起こした問題なのだからラットのことを調べたところで何かわかるはずがないのはわかりきっていたことだった。けど一縷の望みをかけて調べてみたがやっぱり意味はなかったようだ。

 

「そうですね。けどそうなると同じ報告書になっちゃいますけどどうしますか?」

 

それは不味いが特に変わった点が見つからないからどうにもならない。

 

「特に不審な点があるわけでもないからな」

 

「そうですねぇ。武蔵以外の各艦、殆ど同じ時間に感染したましたから猿島経由で感染したことは間違い無いでしょうね」

 

「……そうだな」

 

本当にそうだろか?何かを見逃している気がしてならない。

 

「いや、そもそもどうして猿島から他の艦に感染しているんだ?」

 

猿島から感染するには接舷するなり内火艇で猿島に行くならしなければならないが当時はそんな予定ではなく無線で知らせるだけだった気がするのだが。

 

「どうしてって到着の報告をするために各艦の艦長が内火艇で猿島に行ったからじゃないですか」

 

「そんな予定だったか?私の記憶が正しければ無線で知らせるだけだった気がするんだが」

 

「えっと……そうですね、当初はシロちゃんの言う通り無線で済ませる予定でしたけど古庄教官が晴風が遅れて時間があることからシュペー以外の艦に対して訓練の一環で内火艇を降ろして猿島へ来るように古庄教官が指示したみたいです。

艦長と内火艇の操縦員、それと艦橋要員から副長以外で一人を猿島に送って西之島沖での訓練で使う用具の取扱説明を受けたみたいですね」

 

私の問いかけに納沙さんが当時の資料から教育予定表のデータをタブレットで検索すると言った。

 

「それなら武蔵とシュペーが変だな。感染経路がわからない。もしかしたらドイツがなんらかの方法で実験艦からラットを取り出してシュペーと武蔵に対してあらかじめラットを仕掛けていたんじゃないか?」

 

突拍子もない考えだがそうでもないとシュペーと武蔵の感染に対する説明ができない。

 

「武蔵はともかくとしてシュペーに仕掛ける必要ってありますか?」

 

「テア艦長は確か父親が海軍大将、母親も世界的に有名なブルーマーメイド。対してビスマルク艦長のベロナ二監も代々海軍やブルーマーメイドの重鎮を輩出してきた名門だ。権力闘争に子供が巻き込まれたとかそんなところじゃないか?」

 

「権力闘争って……どこの国も変わりませんねぇ」

 

「そう決まったわけじゃないけどな。けど日本ブルーマーメイドはそんなに酷くないからいいじゃないか」

 

私がそう言うと納沙さんが信じられるようなものを見る目で見て言った。

 

「シロちゃん、それ本気で言ってます?」

 

「本気って日本ブルーマーメイドに権力闘争とかないだろ?」

 

そう言うと納沙さんは深いため息をついた。

 

「シロちゃんそう言うのには疎そうだとは思ったましたけどそこまでだったなんて……」

 

呆れた様子の納沙さんにムッとなって思わず言い返した。

 

「別に全く知らないわけじゃない。大半のブルーマーメイド隊員が真冬姉さんがリーダーのいわゆる宗谷派に所属していてそれ以外は立場を表明していないか、数人から十数人程度からなる反宗谷派と言われるいくつかのグループに所属しているんだろ。

まぁ宗谷派の力が強すぎるから反宗谷派といっても無いようなものだし概ね一つに纏まっているといっていいんじゃないか?」

 

自分で言うのもなんだが私だって日本ブルーマーメイドの名門宗谷家の人間だ。いくら派閥とかがあまり好きじゃなくても最低限のことは知っている。私自身は特に立場を表明していない中立の立場のつもりだがが宗谷家の人間だから宗谷派に近いとみられているはずだ。

 

「シロちゃん……情報が一年くらい古いです」

 

呆れを通り越してもはや憐れんだような目をしてそう言った。

 

「古いってそんなにすぐ大きく変わるとは思えないんだが……」

 

「たしかに地方支部局は変わっていませんけど本部はすごく変わりましたよ。今本部の部長級ポストのうち宗谷派が持っているのはたったの三つですよ。それでも変わっていないといえますか?」

 

総務部、警備救難部、海洋情報部、交通部、装備技術部、情報調査室、保安即応艦隊、主席監察官の八つが日本ブルーマーメイドの横須賀本部における部長級ポストだ。一年前までその全てを宗谷派が持っていた。

 

「そんなバカな。今の部長はこの間退職した装備技術部以外一年前から変わってないはずだぞ」

 

六月に装備技術部長が退職して今は河野三監が部長代理を務めている。近々二監に昇進して部長に任命されるともっぱらの噂だ。

 

「いいですかシロちゃん。まず去年の初めに艦長が警備救難部長に、知名二監が情報調査室室長になりましたよね」

 

「ああ」

 

「その時岬さん達ははまだ宗谷派でした。けどそれから約一ヶ月後!

突如として総務部長阿部亜澄、保安即応艦隊司令長官千葉沙千帆、情報調査室室長知名もえか、そして我らが艦長岬明乃の四名が中心となって突如宗谷派に反旗を翻したんですよ!!!

競闘遊戯会の時起きた海賊事件を経験した四人が起こした事件だから海賊世代の乱とかラット事件の時学生だったことからとって第二次ラット事件とか呼ばれてますね」

 

海賊世代の乱も第二次ラット事件はネーミングセンスがなさすぎると思うがそれよりも。

 

「納沙さん顔が近い」

 

「あ、すみません」

 

興奮して段々と近づいてくる納沙さんの顔に我慢ができずにそう言うと元の位置に顔が戻った。

 

「それが去年の話です。で、今年の五月にになってその派閥が三つに再度分裂したんですよ。

一つ目が阿部二監をトップに舞鶴校出身者が中心の派閥で阿部派とか舞鶴派とか言われています。

二つ目が千葉二監をトップに佐世保校出身者が中心の派閥で千葉派とか佐世保派とか呼ばれてますね。

三つ目は艦長と知名二監の二人をトップに横須賀校出身者が中心の派閥で知名岬派とか横須賀派とか呼ばれてますね」

 

「へーそうなのか。知らなかったな」

 

「結構話題になったのに知らないとかシロちゃんもしかして友達少ないんですか?」

 

「少ないわけではないが……。いやあれは友達ではないか」

 

言われてみるとブルーマーメイドの人間で友達と呼べるような人は案外少ないかもしれない。入った当初、近づいてくるのは基本宗谷派の人間か私に取り入って姉さん達に近づこうとしているような人だったからまともに友達を作ろうとしなかったと言うのもあるが。

 

「改めて考えると確かにブルーマーメイドで友達と言える人は少ないかもしれないな。

けど友達は納沙さん達がいるからそれで十分だ」

 

「シロちゃん……!」

 

何故か納沙さんが感極まったような顔をしているがそれを無視して尋ねた。

 

「納沙さんは派閥に入っているのか?」

 

「私は入ってませんね。こういうのは外側からみて楽しむのがいいんですよ」

 

納沙さんらしいと言えばらしいがあまり趣味がいいとは言えないな。

 

「他の晴風メンバーはどうなんだ?」

 

「大学卒業したばかりの子が多いですからあんまりいませんね。

マロンちゃんが知名岬派って明言していてその関係でクロちゃんとか機関科の四人組、それと杵崎姉妹なんかもマロンちゃんと一緒に知名岬派に入ったみたいですね。

ちなみに課長は千葉派のNo.2ですよ」

 

「柳原さんが派閥に入るのは意外だな。そういうのはあまり好きじゃなさそうなのに」

 

派閥みたいな小細工じみた事はあまり好きそうなタイプではないはずだ。

 

「そうですね。けど派閥が分裂した日の会合にもいたみたいですし多分かなり初期の段階で所属してるんじゃないでしょうか?」

 

「会合とかあるんだな」

 

真冬姉さんも会合とかしているのだろうか。

 

「はい。ちなみにこれは居酒屋はれかぜで行われた事からはれかぜの別れなんて言われてます」

 

「本当にそう呼ばれているのか?さっきの海賊世代の乱もそうだがネーミングがダサいというかセンスがない気がするんだが」

 

あまり積極的に使いたくないとは思えない呼び名だからこれが使われているとは信じ難い。

 

「はれかぜの別れは今作りましたけどそれ以外は本当ですよ」

 

納沙さんは自信あったんですけどねなんて嘯いた。

 

「そうか。まぁ今はそんなことより目の前の報告書だ。ないとは思うが本当にボロボロの船をあてがわれないとも限らないし武蔵とシュペーのことを中心にラットウィルスの感染源が猿島に限らないということを中心に書こう」

 

「それ別の意味で怒られませんか?」

 

たしかにさっき言ったみたいにドイツが仕組んだと言うのは突拍子もなくてに外交問題に発展しかねない報告書になってしまう。

 

「わかってる。だから誰が仕組んだとかはあえて明言せずに資料不足で武蔵とシュペーについては感染源の特定ができなかったことにしよう」

 

「いいんですか?」

 

「いいんですかも何もドイツが仕組んだって証拠はどこにもないじゃないか。だから何も問題はないさ」

 

自分で言ったことではあるが正直この推測自体に確信は持てないし知名二監が納得するかもわからない。だけど証拠となる資料がない以上は真相はわからないんだから仕方がないと私は自分に言い聞かせることでその考えに蓋をした。




海賊世代の乱とか第二次ラット事件とか本当はもっとかっこいい感じにしたかったのに全く思いつかなくてこんなセンスのない名前になってしまいました。一日二日かけて考えた結果この名前になりました。
それとダママランドデバネズミよりも多分ハダカデバネズミの方が真社会性を持つ哺乳類としては有名な気がしますがこっちを使ったのは一応理由があります。これ書くときにはじめはハダカデバネズミを使おうとして生態が間違ってないか一応調べたら同じような生態を持つダママランドデバネズミが出てきたんでこっちの方がなんかココちゃんっぽいかなと思ってこっちにしました。
最近ココちゃんらしい言動を知るために仁義のない感じの映画を見るべきか真剣に悩み始めてます。


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猫船

随分と遅れましたけど第5話投稿です。
次回はもっと遅れると思います。進捗状況は活動報告に書くことにします。


学生艦と違いブルマーメイド艦の艦橋には艦橋要員の為に座席が設けられている。長時間立って仕事をすることが多かったことから椅子を設置してほしいという要望がブルーマーメイド全体から出ていたことが原因だった。艦大きさによっては艦長だけしかない場合もあるが、幸いこの艦は艦橋要員全員分の椅子があった。

席に近づくとすぐにいつもと様子が違う事に気がついた。タブレットとかは椅子の脇についているポケットの中に入れていて座席に物を置く習慣は無かったのに何故か今日は艦長席に茶トラ模様の毛玉が転がっていた。

 

「ぬ」

 

突然毛玉が動いたかと思うと奇妙な鳴き声をあげた。

 

「な、なんでお前がここに…!」

 

思わず私は一歩後退り言った。そこにいたのは学生時代に散々な目に合わされたせいで未だに苦手意識がなくならない猫、五十六だった。

 

「なんでって艦長なんだから艦長席にいるのは当然じゃないですか」

 

私の疑問に艦橋に入ってきた納沙さんが答えた。

 

「何を言っている、艦長は私だろ!」

 

「またまた〜シロちゃん冗談きついですよ。五十六艦長のマヨネーズになるって言ってたじゃないですか〜」

 

そんなこと言った覚えはないしそもそもブルーマーメイドの正規艦の艦長に猫が就任するなんていう非常識なことあるはずがない。

 

「そんなわけあるか!」

 

「はいはい。冗談はいいですから早く今日の仕事始めますよ」

 

「ぬぉん」

 

いつの間にかブルーマーメイドの制帽を被っていた五十六が同意するかのように鳴き声を上げた。

 

「ほら五十六艦長もこう言ってますよ」

 

「ただの鳴き声じゃないか!」

 

納沙さんはふざけてるのだろうか?

 

「ぬん!」

 

「鳴き声とかふざけた事言ってるから艦長も怒っていますよ」

 

訳が分からなくて思わず天を仰いだ。

 

「二人とも席につかないの?」

 

艦橋に入ってきた西崎さんが不思議そうに尋ねてきた。できれば西崎さんだけでもまともであって欲しいが…。

 

「ぬ!ぬん!」

 

「なるほどなるほど。鳴き声なんて暴言を艦長に吐くのはダメでしょ」

 

私の期待は裏切られ西崎さんもやはりおかしくなっているみたいだった。それとも私がおかしいのだろうか?そう思うと立っていられなくなり目の前が真っ暗になった。

 

「…と言う夢を見たせいで今朝からどうも気分が悪いんだ」

 

私が艦長を務める船を探して埠頭を歩きながら今朝見た悪夢の話を納沙さんにため息混じりに話した。

 

「昨日はれかぜで随分と飲んでましたからてっきり二日酔いだと思ってましたけどそういうことだったんですね」

 

「起きた時不安になって思わず本当に夢だったのか任命書を確認したよ」

 

安心してこの歳になって思わず泣きそうになってしまった。正直二日酔いの方がまだマシだ。

 

「あっ、あれが私達の船じゃないですか?」

 

納沙さんが指さす先には弁天を思わせる真っ黒な船体に白色でBPF138と書かれた晴雪(はれゆき)があった。日本からタイ王国海軍に輸出していたはつゆき型航洋艦でタイ王国海軍ではコックという艦名だった。それを今年の始めに舞鶴女子海洋学校が買い取り学生艦として利用しようとしたのを約一ヶ月前に海上治安維持法第十一条2項によりブルーマーメイドが接収し改装したのがこの晴雪だった。

これで学生の頃、岬さんとした約束を七年越しに達成することができたわけだけど岬さんは覚えてくれているだろうか。

 

「そうみたいだな」

 

艦の名前や武装、その経緯といったものは聞いていたけど実物を見るのは今日が初めてだった。まさか弁天みたいに真っ暗だとは思っていなかったから少し驚いた。真冬姉さんの差金だろうか?

 

「そういえば船員名簿、知り合いばっかりでしたね」

 

納沙さんがふと思い出したように言った。

 

「そうだな。それに上から下まで横須賀出身者しかいなかったな」

 

「せっかくの海上勤務なのにこんなにも知り合いばっかりだと新鮮味がないですよね」

 

「別にいいじゃないか。新鮮味はなくてもその分意思疎通はしやすいだろ」

 

「いくらなんでも限度ってものがありませんか?」

 

納沙さんの言うこともわからなくはない。特に艦橋要員などは全員元晴風メンバーだから意思疎通がやりやすいなんてものじゃない。内訳としては副長兼航海長に知床さん、砲雷長は西崎さん、船務長は納沙さん、砲術長は小笠原さん、水雷長は姫路さん。西崎さんは今年度の人事で装備技術部に移動になったばかりなのにたった四ヶ月でまた異動することになった。

 

「ブルーマーメイドになって初めての海上勤務に気負う事がなくてむしろいいじゃないか」

 

「折角の海上勤務なら知り合いよりも知らない人との方が新しい友達とかもできて楽しくないですか?」

 

「友達作るの下手なのにか?」

 

「下手じゃないですよ!」

 

冤罪とはいえ反乱艦として一週間以上に渡ってブルーマーメイドから一緒に逃げ続けた仲間を友達だと思っていなかったのは誰だったのか。

晴風が沈んだ後、知床さんや伊良子さんに対して友達じゃないと言ったり友達になろうとしたりとよくわからない事をしていたのを知っている私からしたら友達を作るのが下手じゃないというのは俄には信じ難い事だ。

 

「はいはい。そんな事より慣熟航海の準備をするぞ。初日から予定に遅れるわけにはいかないからな」

 

「まだ集合時間まで30分くらいありますし準備しなくても良くないですか?」

 

「何言っているんだ!初めての航海なんだぞ。用心するに越したことはないじゃないか!」

 

「まだ乗組員が全然集まってませんよ」

 

そんなことを納沙さんと話しながら艦橋に入ると羅針盤の上に何やら茶トラ模様の毛玉があることに気付いた。

 

「な、何でお前がここに…」

 

「ぬん」

 

「わぁ、五十六久しぶりですね〜」

 

そう言って納沙さんが嬉しそう五十六の喉を撫でてやるとゴロゴロと気持ちよさそうな声を上げた。

 

「ぬ」

 

納沙さんが撫で終わると今度は私の方を向いて鳴き声を上げて近づいてきた。

 

「ひっ!く、来るなっととと」

 

思わず私は後ずさると足が絡まって尻餅をついてしまった。

 

「いたた」

 

「シロちゃん大丈夫ですか?」

 

納沙さんが心配して声をかけてくるのに答えようとした瞬間、五十六が変な鳴き声をあげて胸元に飛び込んできた。

 

「ぬん!」

 

「ごはぁ!」

 

控えめに言っても軽いとは言えないその体を受け止めることができずに私は情けない声を上げて仰向けに倒れた。

 

「ぬ」

 

私の胸の上になった五十六はペロリと私の頬を撫でるとそのまま艦橋から出て行った。

 

「な、何なんだあいつは…」

 

「シロちゃん五十六に懐かれてますよね」

 

「懐かれてるだと!?あれのどこが懐かれているっていうんだ!」

 

見当違いなことを言う納沙さんに思わず声を荒げた。

 

「えー、だってあんな風に飛びつくのシロちゃんだけしかしませんよ」

 

「いい迷惑だ!」 

 

多聞丸ならともかくあんなのに飛びつかれても嬉しくも何ともない。

 

「贅沢な悩みですねぇ」

 

「出港までにあいつを追い出してやる!」

 

昔は艦長が許可していたから許していたけど今は私が艦長だ。前みたいに行くと思うなよ。

 

「集合時間までには帰ってきてくださいね〜」

 

そう言って見送る納沙さんの声を背に私は艦橋から出て五十六を探し始めた。

 

◇◆◇

「すまない遅れた」

 

結局五十六を捕まえることは叶わず艦橋に少し遅れて着くことになってしまった。

 

「帽子が歪んでいます。あと肩に葉っぱがついてますよ」

 

納沙さんに指摘されて私は慌てて帽子の歪みを直し肩についている葉っぱをとった。

 

「ありがとう」

 

「どうして葉っぱなんか肩につくんですか」

 

納沙さんが呆れたようにため息を吐いた。

 

「普通に艦内を探し回っただけなんだけどな」

 

本当どうして葉っぱがついていたのだろう。

 

「出港準備はできているか?」

 

「副長、じゃなくて艦長が五十六と遊んでいる間に全部終わってるよ」

 

「別に遊んでたわけじゃない。ただ艦長の私の許可なく乗り込んだ五十六を追い出そうとしただけだ」

 

揶揄うように言った西崎さんに思わず強い口調で言い返した。

 

「で、追い出せたの?」

 

「ダメだった」

 

「だろうね。五十六ってあんなに太ってるのに動きは早いからね」

 

「そ、そろそろ出港の時間なんだけど…」

 

「もうそんな時間か」

 

知床さんが遠慮がちに言ってきたことで我に帰り、私は艦長席に座った。

 

「前部員錨鎖詰め方」

 

錨が巻き上げられ旗が上がったのを確認して号令を出した。

 

「晴雪出港!」

 

私の号令と共にラッパ手が出港ラッパを吹き艦が前進を始めた。

 

「航海長操艦。両舷前進原速、赤黒なし。針路40度」

 

「頂きました航海長。両舷前進原速、赤黒なし。針路40度」

 

航海長の知床さんに操艦を委ねた私は座席の背もたれに体を預け大きく息を吐いた。

 

「お疲れ様です」

 

そう言って納沙さんが紙コップに入ったお茶を手渡してきた。

 

「ありがとう」

 

「緊張しましたか?」

 

「ああ。学生時代岬さんが操艦するのを散々見てきたから簡単だと思ってたんだけどな」

 

もしかしたら岬さんも緊張していたのだろうか?

 

「少し休みますか?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

学生でさえこれくらい軽くやってのけるのにブルーマーメイドの私がこの程度で疲れたなんて言えるわけがない。

 

「あまり根を詰めないでくださいね。まだまだ航海は始まったばかりなんですから」

 

「わかってるさ」

 

そう、まだまだ航海は始まったばかりなんだ。この程度で疲れてなんていられない。

学生の頃と違って海難事故とかも増えているからこの航海中に事故現場に遭う可能性だってある。その時には私自身が指揮を取るんだからきっともっと疲れるし緊張もするだろう。適度な緊張感を持ちながら無事この航海をやり遂げようと私は密かに気合を入れ直した。




やっぱりはいふりには五十六がいないとですよね。
ちなみに多聞丸はお家でお留守番です。


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晴雪食堂にて

お久しぶりです。よ、四ヶ月ぶりくらいの投稿ですね。
とまぁ久しぶりに投稿する時のお約束を書きましたけど厳密には二年四ヶ月くらいですか? 待っていてくださった方お待たせしてしまい本当に申し訳ありません。今後はこの時間に毎週投稿をします。

詳しい言い訳に関しては後書きにて書かせてもらいます。興味があれば読んでいただければ幸いです。
では本編をどうぞ。


「初訓練お疲れ様。よかったらこれも食べて」

 

初訓練を終え食堂で夕食をとっている私の前にそんな声と共に差し出されたのは猫、と言うか五十六の模様が描かれたどら焼きだった。

 

「ありがとう。ちょうど甘いものを食べたいと思っていたんだ」

 

私は杵崎姉妹の姉、ほまれさんにお礼を言った。

 

「ふふふ、どういたしまして」

 

「ほまれさんの方こそ初めて主計長をして疲れてるんじゃないか?」

 

ほまれさんは海洋学校卒業後すぐにブルーマーメイドになった。前職がみやけの給養長だったはずだから主計長は初めてのはずだ。なれない仕事に疲れてないはずがないしなんなら主計長の仕事に調理は入っていない。多分私のためにわざわざ作ってくれたのだろう。

 

「そんな事ないよ。みんなやる事は分かっているからテキパキ動いてくれて私が指示することなんかほとんど無かったよ」

 

「そうか、それならいいんだが……あまり無理はするなよ」

 

「うん。宗谷さんもね」

 

そう言ってほまれさんが厨房に戻ろうと振り返ると食堂に入ってくる人物に気がつき声をかけた。

 

「あっ! クロちゃんお疲れ様」

 

「おつかれさま〜」

 

頭を微かに左右に揺らしながら入ってきた黒木さんが椅子に倒れ込むようにして座ると机に顔を突っ伏した。

 

「随分疲れてるみたいだけど大丈夫?」

 

「大丈夫じゃない」

 

思いの外憔悴している様子の黒木さんにほまれさんが事情を尋ねると恨みがましい声で言った。

 

「まさか機関長になって初めての訓練で機関室の火災で2人負傷する事になるなんて設定だと思わないじゃない」

 

艦の心臓である機関室のダメージコントロールは一番重要だから初めからかなりキツめの訓練内容にしていたが私の想定以上にキツかったみたいだ。

 

「機関室は艦を動かす上で最も重要な部分だから機関科の対応力を知っておきたかったんだ。次からはもう少し楽な訓練になると思うから安心してくれ」

 

罪悪感が湧いて思わずそう声をかけると黒木さんは伏せていた顔を勢いよく上げてまるでお化けでも見たかのような表情を浮かべた。

 

「む、宗谷さん! いつからそこに!?」

 

「いや、最初からここにいたんだが……気付いてなかったのか?」

 

「全然気付かなかったわ…」

 

「どうやら私の予想以上に訓練がキツかったみたいだな」

 

結果として機関科の力は知れたが今何かあればさっきの訓練ほどの力は出せないかも知れないな。

 

「そんな事ないわよ! まだまだ機関科には余力があるわ!!」

 

機関科自体に余力があるのはおそらく本当だろう。大学を卒業して数ヶ月しか経っていない黒木さんはほまれさん同様まだ機関長の下について機関長としての職責を学ぶ立場にある。なのにいきなり機関長という大役を任されたのだから疲れるのは当然だ。それもこれもブルーマーメイドが拡充されて人手が足りていないからだ。私だって本来なら一度海上勤務を経て艦長になるのが道理だというのにそれができていないから黒木さんの気持ちも少しはわかる。

 

「無理は禁物だ。無理をして実力以上の力を出そうとしてもミスに繋がるだけだからな」

 

「は、はい」

 

まぁ、黒木さんが不平を言う元気があるのならまだまだ余裕があると言う事だし今後もこれくらいの訓練を重ねていけば実際の哨戒任務や救助任務でも問題ないくらいの力を発揮できるだろう。

 

「そういえば機関助手は駿河さんだけど大丈夫だったか?」

 

学生時代のおっちょこちょい具合を思うとちゃんと機関科のNo.2が務まるのか不安になる。

 

「海洋大学に行かずすぐにブルーマメイドになっだおかげで私よりも経験が多いからか随分と頼もしくなっていたわ。むしろ私の方が学ぶ事が多いくらい」

 

「そうか、人はちゃんと成長するんだな」

 

「四年もブルマーをやっていて成長しないはずがないわよ」

 

「それもそうだな」

 

晴風を降りて四年も経つのに学生のままだとそれはそれで問題か。

 

「海洋大学に行かず海洋学校卒業後すぐにブルマーになった子は初めの一年、休む間もないくらいしごかれるみたいよ。だからか知らないけどあの頃はみんな連絡しても返信が返ってこなかったわ」

 

そうだったのか。私はそれほど筆まめではないから知らなかったがそう言えばあの頃はブルマー直行組とはあまり連絡を取らなかったし遊びに行ったりもしなかった。単に仕事が忙しいだけだと思っていたけどそうじゃなかったんだな。

 

「私達の間でも機関科の新人訓練は特にハードだって有名だったよ」

 

「そうなの? 機関科の子はみんな思い出したく無いとかで新人訓練について話してくれないのよ」

 

「機関科は機関室にほとんど缶詰状態で扱かれるんだよ。あの時期になると汗だくになった機関科員がへとへとの状態でご飯を食べにくるのが食堂の風物詩なの」

 

「嫌な風物詩もあったものだな」

 

あの蒸し暑い機関室に缶詰なんてただの拷問じゃないか。だけど新人が入ってくる時期に死人が出たら病室送りになったりした噂は聞かないし多分その辺の加減は弁えているんだろう。

 

「主計科はどうだったんだ?」

 

「朝4時に起床して朝食の仕込みが始まって就寝は22時だったかな?

今も起床時間と就寝時間は変わらないけど艦内の掃除とかは主計科の新人の役目だからそれがキツかったなぁ」

 

「私だと途中で根をあげそうだな」

 

主計科は他の科と比べて勤務体系が不定期だ。他の科だと交代要員を用意してサイクルを回すけど主計科、特に給養員は朝、昼、晩の三食に加え場合によっては夜食を用意するなど意外と面倒臭い。それに加えて艦内の清掃や時によっては他科の補助などその業務は多岐にわたる。

晴風に乗っていた頃も夜勤中に差し入れを持って来てくれたりと大変助かったけど一体いつ寝ているのかと不思議に思ったものだ。

 

私は海洋大学を卒業した上、配属先の情報部はデスクワークが中心な陸上勤務。海上勤務のようなキツイ訓練はない。強いて言うなら資料の場所を覚えるのを兼ねてやらされた資料室の整理がそれにあたるだろうか。

 

「大学でちゃんと勉強してるからそれが代わりになってるんじゃないかな」

 

それならいいんだが海洋学校を出て以来海上勤務は今回が初めてで不安しかない。あげればキリが無いがやはり一番は……

 

「船を指揮する感覚が鈍ってなければいいのだが……」

 

「宗谷さんはよく指揮できてたと思うよ」

 

「ブルマーでは先輩のほまれさんにそう言われると安心するな」

 

「ちょっと早くブルマーになっただけで同い年なんだから。それに海洋大学に行った分宗谷さんの方が知識とかは沢山あるよ」

 

冗談半分のつもりで言えばほまれさんは困ったような表情を浮かべてそう言った。少し意地悪をしすぎたかもしれない。

 

「まさか。私なんか艦長としてはまだまだ未熟だ」

 

「宗谷さんの考える艦長って岬艦長でしょう? あの人を基準に考えると知名艦長みたいな例外を除いてみんな未熟な艦長になるわ」

 

「岬艦長って無茶苦茶な事するけどその割に大きな被害もないし艦長としてはすごく優秀だったよね」

 

RATt事件の時は無茶苦茶やる人だと思ったけど結果的に私達は誰一人として欠ける事なくあの時間を乗り切る事ができた。

 

「優秀だけど独断が過ぎるわよ。もう少し下の意見も聞いて欲しかったわ」

 

「確かに反乱艦扱いされた頃は独断が酷かったように思うけど岬さんはなんだかんだで私達の意見を聞いていたんじゃないか?」

 

「そうかしら。戦闘行動中とか専門外の分野ならともかくそれ以外の艦の行動を決める意思決定に関しては割と独断が多かってように思うわ。みんながそれについて行ってたのは艦長にカリスマがあったからじゃないかしら」

 

黒木さんの話は正直あまりピンとこない。私が意思決定を担う者に近い立場だったからか最初はともかく最後はそれほど独断が酷いように思えなかった。

 

「別に艦長の独断が悪かったと言う訳じゃないのよ。猿島から撃たれた時、艦長の判断が早かったからほとんど被害なく離脱できたし寧ろいいことの方が多かったわ」

 

「意外だな。黒木さんはあまり艦長の事が好きじゃなさそうだったのに」

 

「入学したばかりの頃によくない態度を取ってたから心情的にちょっと気まずかったでだけで別に嫌いって訳じゃないわよ」

 

「そう言う事だったのか。他のみんなと比べて少し距離を置いているように見えたからてっきり好きじゃないのかと思っていた」

 

機関科は晴風の中ではある半ば独立したような立場だった。最近のブルーマーメイド風に言うなら派閥とでも言うのだろうか。

艦橋とは物理的に距離があり最初の頃にはまともに意思疎通をせぬままに振り回した事もあって精神的にも距離があった。それでも晴風が生き残れたのは機関長の柳原さん中心に機関員がまとまり柳原さんが艦長の指示に従ってくれたからだ。

今にして思えば柳原さんがその気になれば最低でも機関長以下六名と入学前から友人だったと言う伊良子さん達給養員三名との冷戦状態に陥っていても不思議じゃなかったと思う。そうしなかった柳原さんには感謝しかない。

 

「嫌いではないけどだけど個人的には岬艦長みたいな艦長よりもマロンみたいな人に艦長になってもらいたいわ。優秀じゃなくてもいいからトップダウンよりもボトムアップ型の艦長の方が、弱いところを見せてくれる艦長(ひと)の方が私は好きよ」

 

「岬艦長って滅多に弱いところ見せなかったよね」

 

「浦賀水道に侵入する武蔵を止める時と宗谷さんが新橋から無事に帰ってきた時と後はいつだったか雷が苦手ってのを公表した時くらいね」

 

言われてみれば岬さんは滅多に弱いところを見せなかった。比較的近い立場にあった私にさえそうなのだから他の人なら尚更だろう。

艦長としてはそれが理想だと思う。強い艦長。だけどそれは孤独と表裏一体なんだ。こう言われて改めてそれを認識した私はやはりまだまだ艦長としては未熟者なんだろう。

 

「宗谷さんは無理に岬艦長みたいな艦長を目指さなくてもいいと思うよ」

 

「あの頃の私達とは違う。ブルーマーメイドとして一人前とまではいかないかもしれないけどただの学生だった頃よりは間違いなく力になれるわ」

 

「ありがとう。私は海洋学校から海洋大学までずっと砲雷科だから他の科については門外漢だから専門家にそう言ってもらえると助かる」

 

私は人よりも勉強ができる自覚はあるけど天才ではない。自分の専門以外の分野で専門家に頼らずに艦長を務める事ができるとは口が裂けても言えない。まぁ、そんな事ができる艦長なんてそうそういないとは思うが。

 

「この(ふね)は上も下も横須賀出身者しかいないから気負わずに入れるのがいいとこだよね」

 

「そのせいでルナにはダメだしされまくったけどね。あの子本当に成長したわ」

 

「黒木さんにダメ出しするなんて昔とは逆だな」

 

「あの子抜けてはいるけど頭は悪く無いから。なんだかんだ入学したばかりで晴風の機関を操作できてたし機関に関する事だけなら優秀よ」

 

そう言えば初代晴風は高圧缶特有のトラブルに悩まされたけど無理な戦闘行動が原因で不具合が起こることはあっても機関科員が問題となってトラブルを起こした事は遅刻した時の一度きりだったな。もしかしたら晴風乗組員で一番優秀な人材が集まっていたのは機関科だったのかもしれない。

 

「なら明日以降の訓練もこの調子で行けそうだな」

 

少し意地悪してみると黒木さんは苦笑いを浮かべた。

 

「お、お手柔らかにお願いするわ」

 

その言葉に私とほまれさんは思わず笑い声を上げるのだった。




言い訳と決意表明のようなものとちょっとした宣伝と。

前話を出してすぐに記憶が確かなら六百字くらい(本作はだいたい一話が四千〜五千字)書いたんですけど納得できずに一度それを消して新しいのを書き直しました。
新しいのが七百字くらいかけた段階でなかなか進まずほんの数日前の時点で二千四百字くらいでした。こう言うほのぼのした会話が苦手なのとはいふりってキャラ数が多いからどうしても艦橋メンバー以外のキャラクターを書くとなると自分で読んでてなんか違うなとなったりして書き直したりしてて中々進みませんでした。
途中新しい作品を書き始めてこの作品は時々息抜きくらいで書いてたんですけどそっちが完結したのか去年の11月。新しいのを書くか、本作を進めるかダラダラと考えていたんですが最近このままじゃダメだな、多分この一話書くのにこのままだともう二、三年かかるなとふと我に帰りました。
他にも書きたいものは沢山ありますしオリジナル小説も書きたい。このままだとやりたい事全部やるまで数年かかるなと思って取り敢えずまずは思い一日に書く字数を決めようと思い立ちました。
最近の平均速度は一時間あたり千字。これはだいぶゆっくり書いた速度ですけど取り敢えず一日最低二千文字書こうと思います。昔ならともかく今ならなんとかなると思います。最終的には一日に一話、つまり四千から五千くらい書けるようになりたいですね。欲を言えば四、五時間で一万字くらい書けれるようになりたいですけどまぁそれは長期目標という事で。
他に三作品書いてますけど休みの日に大量に書けばなんとかなる量。ちなみに一作ははいふりなんでよろしければ読んでください。他は本作より以前から書いてたストライク・ウィッチーズと最近新しく書き始めた艦これ作品です。

さて長くなりましたが言い訳その他はこれで終了です。待っていてくださった方、長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。ご新規の方はこれからよろしくお願いいたします。


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打ち上げ

マロンちゃんって意外と私服可愛いですよね。個人的にはいふり68話の扉絵マロンちゃんが好きです。


無事に訓練航海を終わらせた私達は横須賀に寄港した足で艦橋メンバーと晴風クラスだった晴雪乗員とでいつも居酒屋船はれかぜが停泊する埠頭に向かっていた。

 

「にしても美波さんが船医として乗艦するなんてねぇ」

 

「もしかして『鏑木美波にこれ以上成果を出されるのは私の沽券に関わる』」

 

いつも通り唐突に始まった納沙さんの一人芝居に皆私に向けて止めるのは艦長の役目だろと言わんばかりな視線を向けてきた。

 

「『ではアイツは晴雪の船医にしてしまいましょう』みたいな話があったりして!」

 

「そんなんじゃない」

 

呆れたような口調で美波さんが言った。

 

「なんだそうなんですか。つまんないですね」

 

「けど美波さんって海洋医大での研究が楽しいって言ってたよね? なのにどうして晴雪になろうと思ったの?」

 

知床さんの質問に美波さんは少し目線を泳がせると口を開いた。

 

「岬艦長に副長が艦長になると言うからできる限り乗組員を知り合いや横須賀出身者で固めたいから協力してほしいと頼まれたんだ」

 

「艦長と連絡をとっているのか!?」

 

私なんか艦長が警備救難部の部長になってから一度も連絡来てないのに!

 

「最近はよく連絡が来ていた」

 

「どんな事を話してたんですか?」

 

「主にRATtに関する事を聞かれた。どうやら知名艦長とあの事件について調査しているらしい」

 

「そういえば私達も知名艦長からRATt事件の再調査を依頼されましたね」

 

「もしかしたら私達だけじゃないのかもな」

 

今の所RATt事件の話を振られたのは私達と美波さんだけだ。しかし今のあの二人なら私達以外にも使える人材はいくらでもいる。

 

「そう言えばマロンもRATt事件のことを調べていたわね」

 

「柳原さんは海洋情報部の沿岸調査課だったな。RATt事件の事を調べるにしても限りがありそうだが……」

 

「西之島新島の海底隆起ときっかけとなった潜水艦について調べているみたいよ」

 

なるほど。それなら沿岸調査課でも調べられるかもしれない。だけど柳原さんはあまり過去には拘らないタイプ。今更RATt事件に興味があるとは思えない。

 

「それも艦長達からの依頼なのか?」

 

「これはマロンちゃん主導みたいだよ」

 

「他の二人と違ってマロンちゃんは沿岸調査課の部下を使って大っぴらに動いているみたいだし何か考えがあるのかもね〜」

 

ほまれさんと駿河さんは私達よりも長くブルーマーメイドにいるから色々噂も入ってくるのだろう。いや、駿河さん含めた機関科四人組は噂好きで根拠のないものまでまるで真実かのように話してクラスを騒がせた事もあるしあまり信用しすぎない方がいいか。

 

「黒木さん達は知名岬派に入ってますよね。何か聞いてないんですか?」

 

納沙さんの質問に黒木さんは眉を顰めた。

 

「ルナ達は知らないけど少なくとも私は入ったつもりはなわね」

 

「クロちゃんが知らない事を私達が知っているはずがないよ」

 

「知らないに決まってるじゃん。マロンちゃんのこと一番知ってるのクロちゃんなんだから」

 

「あれ、そうなんですか?」

 

「マロンがその派閥に入ったから自然と仲の良かった私達も同じ派閥だろうって思われただけよ」

 

「なんだか柳原さん自身が派閥を持っているみたいですね」

 

「あながち間違いじゃないんじゃなかしら。マロンはあれでいて人望があるし私自身、もし仮に派閥に入ってるとしたらそれは柳原派だと思うわ」

 

柳原さんが知名岬派には言った事でそれに近しい人達もまとめて同じ括りに入れられたと言うことか。なら横須賀派の実態は知名艦長、岬艦長、柳原さんの三頭体制と言えるのかもしれないな。

 

「私達以外にもマロンが岬艦長達と合流したからって子は多いわよ。マロン本人に自覚はないでしょうけどね」

 

「なら黒木さんは岬さん達がRATt事件について調べている理由も聞いているのか?」

 

「秘密って言って教えてくれないのよ。いつものマロンならなんでも私に相談してから決めていたのに」

 

「大学飛び級成功した時には『クロちゃんと学生生活したい』ってただこねるくらいにらべったりだったのに機関長も成長するんだねぇ」

 

西崎さんが驚いているけどこれはみんな同意見だった。

柳原さんは海洋大学を一年飛び級して卒業しているけどこれは元々本人の意思ではなかった。黒木さんが飛び級しようとしているのを聞いて一緒に飛び級してブルーマーメイドになろうとした事が事の発端だった。

黒木さんと一緒にブルーマーメイドになるつもりだった柳原さんだったけど誤算だったのは黒木さんが飛び級に失敗した事だ。普段のテストではいつも機関科の四人組とギリギリ合格点を取るような立場だったけど柳原さんは機関長になるくらいには地頭がいい。ちゃんと勉強すれば飛び級くらいはわけない。

逆に黒木さんは普段の勉強は計画を持ってキチンとやり遂げているけど飛び級するとなれば相当な努力と後は少しの運が必要だ。

一緒に飛び級できると思い込んでいた柳原さんが黒木さんの失敗を知ったのは全ての書類にサインした後だった。そこでただをこねても全てが後の祭り。半泣きになりながら卒業しブルーマーメイドになったのは今でも酒の席で肴にされている。

 

「マロンちゃんは私達一年飛び級組だと一番の出世頭だし……」

 

知床さん達他の一年飛び級組は現在二正で出世頭の柳原さんは私と同じ一正だった。

 

「確か装備技術部で保安即応艦隊に搭載予定の新型機関の不具合を見つけて昇進したんでしたよね」

 

ブルーマーメイドになって三ヶ月で不具合を見つけてその功績で昇進。さらに今年初めの人事異動で昇進と沿岸調査部への移動が命じられたのが柳原さんだ。

それに対して私は一年目から二年目まで順当に情報調査隊で一つずつ階級を上げてとうとう今年は海上勤務。二年飛び級した人間としては普通だが一般的なブルーマーメイドからすれば十分早い昇進速度だ。

 

「マロンは機関に関する事なら誰よりも優秀だったから。その代わり他の事は人並みだったけど。沿岸調査部に移動になったって聞いた時は心配していたのだけど思いの外馴染んでるみたいなのよね」

 

「クロちゃんは寂しいんじゃないの?」

 

「そ、そんな事ないわよ!」

 

駿河さんが揶揄うと黒木さんが声を荒げた。

柳原さんは黒木さんにべったりなのはみんなの知るところだが黒木さん自身それを嫌だと思っていないのもまたみんなが知っている事だ。

柳原さんが飛び級に成功した時だって打ち上げの時は祝ってたけど後で愚痴に付き合っている。内容はおおよそ自分も飛び級したかったと言うものだったがその枕詞には必ず「マロンと一緒に」とついていたあたり筋金入りだ。

 

「寂しいのは悪い事じゃないだろう。私だって艦長と昔みたいな関係でいられない事は寂しいと思うしな」

 

今の艦長と私では立場が違いすぎるがいずれはまた以前のように同じような関係に、同じ(ふね)に乗って航海をしたいと思う。

 

「晴風は無茶苦茶やってたけどすごい楽しかったよね」

 

「主砲もバンバン撃たせてくれたしね」

 

「魚雷もだよ〜」

 

「もう二度とごめんよ」

 

血気盛んな砲雷科の二人は艦長の指揮が楽しかったというが初代晴風で散々な目にあっている機関科の黒木さんは嫌そうな顔をした。

 

「けど岬艦長じゃないと二代目晴風の時みたいに機関をいじるの許してくれないよ」

 

「ルナ、いくら卒業したとはいえそれをペラペラ喋るのはダメよ」

 

二代目晴風は物足りないという柳原さんの鶴の一声でこっそりと空気予熱機が付けられて熱効率がアップしている。その影響で燃焼温度が安全基準ギリギリな上にタービンまで弄っていてそのお陰で海賊事件の時には先代晴風のような無茶苦茶な行動を取ることができた。

 

「思えばシロちゃんよく魔改造の許可を出しましたね」

 

「私は許可なんて出していない。知った時には全部終わった後だった」

 

「そうなんですか? 艦長の事ですからちゃんとシロちゃんと相談して許可したものだと思っていました」

 

「艦長がマロンちゃんの魔改造計画を知ったのも偶然だったしね〜」

 

「あの時機関室に艦長が来なかったらマロンは無許可で際限なく改造していたでしょうね」

 

「機関をバラし始めていたからもう止めようがなかったって聞いたけど違うのか?」

 

すでに柳原さんが行動を起こしていたせいもあって艦長は法律の範囲内での改造に抑えるので精一杯だったと聞いているが違うのだろうか。

 

「艦長が見た時には改造の六割は終わってたけどね〜」

 

「艦長は機関の事は門外漢だったから多分機関がバラバラになっているのを見てそう言ったんだと思うわ」

 

「艦長、顔真っ青になってたね」

 

「黒木さんは止める側だと思っていた」

 

機関科の中では、いや晴風の中でもかなりの常識人の部類に入る黒木さんならきっと止めると思っていたのだが違ったようだな。

 

「クロちゃんはマロンちゃんに強くお願いされると弱いもんね〜」

 

「だってマロン、拗ねたら面倒じゃない」

 

その言葉に思わずみんなが「あー」と言ってしまった。

柳原さんが最初に拗ねたのは赤道祭だったがあの時は機関室に籠って出てこなくなった。

あの時は(ふね)が動いていなかったからいいけど航行中に拗ねたら厄介極まる。流石に職務を放棄することはないだろうが晴風の無茶な作戦行動は機関科の職人技によって成り立っていた部分はかなり大きい。それが少しでも崩れれば晴風が簡単に航行不能になってもおかしくはない。

 

「ところでもうそろそろはれかぜが見えてもいい頃合だと思うんだが……」

 

「そういえばそうですね。いつもこの辺に止まってますけど今日はどうしたんでしょうか?」

 

「みかんちゃん寝坊しちゃったのかな〜?」

 

「ルナじゃないんだからそんなわけないでしょ」

 

「給養員が寝坊するところったあんまり想像できないよね。晴風に乗ってた頃も毎朝ちゃんとご飯出てきたし」

 

黒木さんも西崎さんも寝坊説には否定的だ。かく言う私もそうだ。

 

「給養員でも寝坊する時はするよ。特に夜遅くまで新メニュー開発してた次の日なんかは絶対に一人は寝坊するからみんなで協力して起こしあうようにしていたの」

 

「なら駿河さんの寝坊説もありえないわけじゃないのか」

 

「みかんちゃんに連絡入れる?」 

 

「もしそれで航行中だったり別の場所で開業中だったら迷惑になるな」

 

西崎さんの提案を否定したが私自身あまりいい案がない。どうしたものかと思案していると納沙さんが口を開いた。

 

「ならはれかぜのホームページ見てみますね。もし休業なら何か情報があると思います」

 

普段は晴風クラスのグループチャットや本人と直接やりとりしてるから忘れがちだが居酒屋船はれかぜにはちゃんとホームページがある。普通の店ならすぐにその考えに思い当たるのに友人の店だからかすっかり失念していた。

 

「えーと、居酒屋船はれかぜは……」

 

納沙さんが調べている間に周囲を調べているがやはり何処にもはれかぜの姿はない。

 

「た、大変です!!」

 

「どうした? まさか本当に寝坊でもしていたのか?」

 

「は、はれかぜが閉店したって!」

 

納沙さんが見せてきたはれかぜのホームページにはこう書いてあった。

 

『長らくのご愛顧ありがとうございました。誠に勝手ながらこの度、諸般の事情により店を開くことができなくなったため一時的に閉店する事となりました。

次回いつ開店できるかなどは未定ですが再びはれかぜを開くことができた際にはぜひお越しいただけると幸いです。

居酒屋船はれかぜ 船長 伊良子みかん』

 

「本当に閉店したのか……」

 

「みかんちゃんグループにも何も言ってないのに……。よっぽど急な事情だったのかな……?」

 

「ほまれさんも聞いてないのか?」

 

私の問いかけにほまれさんは力なく首を横に振った。ほまれさんは横須賀女子海洋学校に入学する前から伊良子さんと仲の良い友人関係だった。何か知っているかと思ったけど聞いていないのか。

 

「仲の良いほまれさんも聞いてないならよっぽどだな」

 

予想外の出来事に誰もが皆沈黙を保った。

 

「これからどうする?」

 

口火を切ったのは西崎さんだった。

 

「打ち上げって空気でも無くなっちゃいましたね」

 

「はれかぜ閉店の……残念会でもするか?」

 

「残念会ってシロちゃんセンスないですよ」

 

残念会は適切ではなかったか。だが他にいい表現も見当たらないし何よりこのまま帰るのもおかしな話だ。

 

「残念会しよう。それで何も言わずにお店閉めちゃったみかんちゃんの悪口でも言い合おう」

 

顔を俯かせながらほまれさんが言った。仲の良かった伊良子さんに何も言わずに店を閉められたことがよっぽどショックだったようだ。

 

「私は構わないが……」

 

他のみんなはどうだと問いかけたが皆に異存はないようだった。

結局その日の飲み会はほまれさんが日を跨ぐまて飲んで酔い潰れるまで終わらなかった。酔い潰れたほまれさんは呼び出された妹のあかねさんが連れ帰ったが彼女もはれかぜが閉店したと聞いて自分も残念会に呼んで欲しかったといい今からでも飲みに行こうと言い出した時には流石に焦った。



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新しい乗員

予約投稿時間設定間違えました。


晴雪の艦長になってから三ヶ月も経てば流石に艦長業務にも慣れてきた。それは他のメンバーも同じようで晴風に乗っていた頃のようにスムーズに行動できるようになっていた。

 

「まさかこの(ふね)太平洋即応機動部隊(Pacific Rapid Deployment Team)が乗り込む事になるなんてな」

 

太平洋即応機動部隊(Pacific Rapid Deployment Team)、通称PRDTは弁天以外には常駐しておらず(おか)で訓練を行っている。今回新たに作られた第八小隊が私達の晴雪に乗り込む事が伝えられたのはつい先日のことだった。

 

「通達を見た時にはビックリしたよね」

 

「岬さんから私達への一斉メールを見た時には何事かと思ったが、とんだサプライズもあったものだな」

 

私がこの晴雪艦長になってしばらくしてふと疑問に思った事があった。それは晴雪が他の艦艇と比べて通信設備や乗員の居住区が大きく取られていて無駄なスペースが多かった事だ。

その分を武装やスキッパーの整備スペースに回せばより多くの個人スペースが取れたことは想像に難くない。私が晴雪になっていて感じた最大の不満だったがおそらく元々PRDTを乗せるつもりでこうしていたのだろう。

 

「メンバーについては到着してからのお楽しみって、学生時代の艦長みたいでちょっと嬉しかったよ」

 

知床さんはおそらく艦長の指揮する晴風の乗員の中で一番イキイキとしていたと思う。だからこんなにも嬉しそうなのだろう。

 

「艦長らしかったが私はむしろ学生時代に戻ったみたいで心臓に悪い。あの人の行動にはいつも驚かされてばっかりだったからな」

 

「とか言ってシロちゃんも嬉しかったんですよね。口角が上がってますよ」

 

「う、うるさい!」

 

気恥ずかしくて思わず怒鳴ってしまったけど確かに少し嬉しかったのは事実だ。だけど同時に何をやるつもりだと鼓動が速くなって心臓が痛かった。

 

「誰が来るのかな?」

 

「タマが来てくれないかな〜」

 

小笠原さんの疑問に西崎さんが願望を述べたけど入ったばかりの立石さんがこんなに早く移動する事になるとは考えずらい。

 

「私が手に入れた情報だと第八小隊って三ヶ月前に設立されたらしいんです。だけどそのメンバーはどうやっても分からなかったんですよ。PRDT内で移動がないかと調べたんですけど特になかったみたいですし……」

 

そう言った後に納沙さんはため息を吐いて「まぁ、移動を隠されていたら私じゃ調べようがないんですけどね」と付け加えた。あの部隊は対海賊、対テロを主任務としている関係上そう言った悪人連中に狙われる事もある。大きな作戦前などは現メンバーが誰で、どこ所属なのか秘匿される事はよくある。納沙さんが調査したところでわからないのは無理もない。

 

「みかんちゃんも昔はPRDT所属だったんだよね……」

 

姫路さんの呟きに艦橋は沈んだ空気に包まれた。

伊良子さんは私達が閉店を知ってから今日までずっと連絡が取れずにいる。他にも手当たり次第に知ってそうな人に所在を聞いたけど誰もがみんな知らないと答えたから伊良子さん完全に行方不明になっていた。伊良子さんはPRDTの隊長の打診があるくらいの実力者だし、何かあったとは考えにくいけど連絡が取れないと言うのはみんなを不安にさせた。

普段なら一番不安になりそうな岬さんは、こちらからの連絡に返事が返ってこないからもしかしたら居場所を知っているのかもしれない。あの人が晴風メンバーが行方不明になっていると聞いてじっとしていられるわけがないのだから。

 

「無事だといいんですけどね」

 

「今日乗船予定のPRDTの人にみかんちゃんの居場所知らないか聞いてみる?」

 

「それはいい考えですね!」

 

「いい考えではあるが知ってるとは限らないだろう」

 

「シロちゃんそう言うところですよ」

 

「副長昔からそう言うとこあるよね」

 

艦橋が言えない空気に包まれた。新橋商店街船に向かう時にも経験した記憶があるが、おそらく私の発言が不適切だったのだろう。

 

「すまない」

 

「まぁ、シロちゃんですからね」

 

皆呆れた様子ではあるが起こった様子ではない。一体何が悪いのかよく分からないが学生時代からこう言う反応をされる事は多々あったし、今更と言う事なんだろう。

そんなふうにPRDTについて話しているとその隊員達と装備を積んだ車列が埠頭に到着したと連絡があった。

 

「PRDTの隊長さんが艦長に乗船許可を求めています」

 

「許可すると伝えてくれ。それと西崎さん。案内に出向いてくれるか?」

 

「了解。行ってくるよ」

 

PRDTの隊長は私と同じ一等安全保安監督正だ。ある程度の役職についている人物でなければ礼を失する事になる。

本来なら副長の知床さんを向かわせたかったが彼女は航海長だ。下手に艦橋を離れさせるわけにはいかない。消去法で今一番暇そうにしている西崎さんに頼む事にした。

 

暫くして積み込みが終わったと言う連絡と隊長達を挨拶のために連れてくると西崎さんから連絡があった。

 

「なんだかすごく動揺しているみたいでした」

 

艦内電話から耳を離した納沙さんは珍しく困惑した様子だった。

 

「動揺していた?」

 

「はい。後ろの方でなにか話していたみたいですけど、流石に小さすぎてよくわかりませんでした」

 

「そうか。まぁ西崎さんが帰ってきたら理由もわかるだろう」

 

そんなに大きな(ふね)じゃないしここに来るまで五分とかからない。西崎さんが動揺していた事が気がかりではあるが大きな問題があったのなら艦内電話で言っているはずだ。

特に気にすることなく西崎さんを待っていると階段を上がる足音が聞こえ西崎さんが戻ってきた。

 

「おかえり。そちらが太平洋即応機動部隊の……」

 

振り返った瞬間私は数分前の自分を殴りたくなった。西崎さんの後に続いて入ってきたのはPRDTが突入時にする武装をした三人の人物だった。

これだけなら驚くだけで済むけど問題はその人物が目出し帽を被って西崎さんの後頭部に拳銃を突きつけていた事だった。

 

「全員今すぐ動きを止めて手を頭の後ろに回してもらおうか」

 

目出し帽のせいでわからなかったがどうやら声からして女のようだった。

白昼堂々とブルーマーメイドの(ふね)にシージャックを仕掛けてくるなんて大した度胸だ。仕掛けられる側はたまったものじゃないが。

 

「どうした。早くしないとコイツの頭を撃ち抜くぞ」

 

すぐに動かない私達に女は苛立った様子を見せた。

 

「し、シロちゃん……」

 

一見すると人質をとっている側は有利に見える。だがそれは人質が生きていればと言う大前提のもとに成り立つ理論だ。もし仮にこの場面で西崎さんを撃てばこの三人は私達に制圧される事になる。いくら銃を持っていても狭い艦橋の中で私達全員を一度に相手取るのは不可能だからだ。

だから西崎さんを撃つ事ができない。だがこちらから仕掛けようにも西崎さんが人質になっているからそれはできない。結論から言えば今の状況は将棋で言う千日手*1、お互い打つ手がない状況だ。

 

「早くしろ!」

 

おそらくコイツらはPRDTのふりをして晴雪を乗っ取るつもりなんだろう。だが時間はこちらに有利に働く。PRDTが実際に配備されるこの晴雪にPRDTが配備されるのは事実だ。それならなら時間稼ぎをすれば自然と本物のPRDTが援軍として来るからだ。それはさっき私達の動きが鈍かった事に苛立った様子を見せた事からも明らかだ。

うまくいけばこいつらの後ろから不意打ちしてくれるかもしれないしここは時間を稼ぐべきだな。

 

「妙な真似を考えるなよ。あまり遅いようだとコイツを撃ち殺すぞ」

 

「か、艦長……」

 

西崎さんが怯えた様子でこちらを見てくる。

いくらブルーマーメイドとは言え銃を突きつけられる経験なんてした事ある人の方が少数、怯えるのは当然だ。これが万里小路さんあたりなら犯人の拘束を振り切って逆襲する事もできたのかもしれないが、残念な事に西崎さんはそれほど運動神経が言い訳じゃない。

 

「西崎さんに手を出すな!」

 

「なら大人しく両手を頭の後ろに回せ。さもなくばコイツの命はない」

 

映画の中でしか聞かないような言葉だ。だけどそれがどれほど陳腐で信用ならないものなのか私はよく知っている。

 

「それでお前達が大人しく西崎さんを解放する保証がどこにある」

 

私達が降参したからと言って無事に西崎さんが解放されると言う保証はどこにもない。

それに私達まで制圧されたら私達が自力でこの状況を打破することが困難になりコイツらは行動の自由を得る。ブルーマーメイドとしてそれは認められない。

 

「……なるほど。オマエの艦長は随分と賢いようだ」

 

女は突きつけていた拳銃の銃口で西崎さんの頭を小突いた。きっと図星だったのだろう。相手が次の行動を考えている間にこちらは何か行動を起こさなくてはならない。

 

「だが一つ勘違いしている事がある」

 

コイツが無駄話をしている間になんとか西崎さんを取り返さなくてはならない。近くにいる知床さんと小笠原さんに視線を送ると私の意図を察知したようで覆面の女達に飛びかかれるよう位置取りを変えた。それと同時に視界の隅で他のメンバーも臨戦体制に入るのと西崎さんが覚悟を決めたように小さく頷いた。その目からは怯えの色は消え去っていた。

 

「私は最初に妙な真似は考えるなと、そう言ったはずだ。残念だがその報いを受けてもらわなければならない」

 

まさか、と言う思いの方が強かった。この場において武器はともかく人数は私達が上回っている。この人数なら人質がいなくなった時点で私達が彼女達を制圧できる。それは相手との共通認識であると私達は、いや私は思い込んでいた。

 

「い、西崎さん!」

 

女が引き金を引き発砲音が響くと同時に西崎さんがその場に崩れ落ちた。

誰もが息を呑んだがブルーマーメイドとしてのプライドが辛うじて悲鳴を上げさせなかった。

 

「言っただろう。妙な真似はするなと」

 

女はそう言いながら拳銃から弾倉を引き抜き新しいものと入れ替えた。

 

「ブルーマーメイドは油断できないからな。この人数差でこの狭さなら私達が撃たないとでも思っていたのかもしれないが……」

 

女が片手を上げるとそれが合図だったのだろう。両脇の二人が拳銃を構え直した。

 

「人は予想外の出来事に出会うと動きが鈍くなる。そしてそれが親しいものの生死に関われば尚更だ」

 

あまりにも現実味がなかった。だけど西崎さんの頭部から流れる赤い液体がこれが現実だと、私の判断ミスが彼女の命を奪ったのだと突きつけてきていた。

何が千日手だ。こっちば圧倒的に不利だったのに変な理屈を捏ねてさも互角の状態のように自分に言い聞かせるだなんて。艦長失格だな。

 

「貴女達は勇敢だった。だけど勇敢なだけじゃどうしようもない事もあるんだよ副長」

 

そう言うと同時に彼女達は引き金を引いた。

*1
お互い最善以外の手を指すと必ず悪くなるため同じ手が繰り返される事。



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仲間

前回は予約投稿ミスって12時投稿に設定してしまっていました。


発砲音と同時に私を襲った衝撃は予想していたものとは違った。

痛いのは痛かったがそれはしに直結するようなものではなかった。

 

「な、なんだこれは……」

 

弾が当たった場所は真っ赤になっているが痛みはない。いや、あるにはあるがそれは弾が当たった衝撃によるもので弾が体を貫通したから起こるものではなかった。

そしてそれは私以外に撃たれていた知床さん、小笠原さんも同じだった。

二人とも戸惑った表情でこちらを見ていた。その顔や服には真っ赤な液体が付着している。

 

「テロリストなんて何をしてくるかわからないんだから固定観念に囚われちゃダメだよ」

 

そう言って女はサングラスを外して目出し帽を脱ぐとその下からはよく知った顔が現れた。

 

「い、伊良子さん!?」

 

「私だけじゃないよ」

 

伊良子さんの後ろにいた二人が目出し帽を脱ぐと現れたのは立石さんと野間さんだった。

 

「副長私の事ももうちょっと心配してよ」

 

足元で倒れていた西崎さんが立ち上がり非難してきたが正直それどころじゃない。

 

「一体いつから……」

 

「打ち合わせをしたのは荷物を積み込んだ時だよ」

 

「よくそんな短時間の打ち合わせでこんなに上手く演技ができたな」

 

その点は感心するが人の(ふね)でやっていいことじゃないだろう。

 

「ココちゃんの劇のおかげだね。私達何度も殺されてきたから」

 

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ〜」

 

納沙さんが好きな仁義の無い映画風に作られた劇。それに何度も付き合わされた私達の演技力は並大抵のものじゃ無い。事実、今の西崎さんの死んだ演技にも騙されてしまった。

 

「そんな事より他の船員はどうなっているんだ。まさか私達と同じような対応をしたわけじゃないだろうな!?」

 

「出会ってすぐにペイント弾を撃って死亡又は戦闘不能判定でその場に待機してもらってるよ」

 

「まさかこれ演習だったんですか!?」

 

「そうだよ」

 

なんて事ないように伊良子さんが答え、艦橋メンバーの視線が私に集中した。これは私も共犯と思われているに違いない。

 

「わ、私は聞いてないぞ!」

 

艦長である私に伝えられていない。これは大きな問題だ。

もし私達の対応が早ければ上級司令部に報告が行き大事になっていてもおかしくはないからだ。

 

「岬さんに宗谷さんの危機管理能力を養うために伝えるなって言われてたんだ」

 

「岬さんが主犯なのか!?」

 

晴風艦長岬明乃であれば驚きはしないが警備救難部長の岬明乃が許可したと言うのは正直にわかには信じ難い。

ブルーマーメイドになってからの岬さんはかつての破天荒さとは無縁の活動をしてきているからだ。

 

「そんな事よりみかんちゃんどうしてブルマーに戻ってるの!?」

 

小笠原さんの質問でようやく私もその考えに思い至った。さっきまで伊良子さんと連絡が取れない事を心配していたけどいざその当人が目の前に現れると安堵よりも驚きや戸惑いの方が大きい。いや、驚きはこの演習のせいかもしれないが。

 

「岬さんに頼まれたんだ」

 

「頼まれた?」

 

「元々晴雪にはPRDT を乗せる予定だったけど身内で固めた方が宗谷さんも安心するだろうって」

 

「店を持つ事は伊良子さんの夢じゃなかったのか? 私なんかのために……」

 

「正直、宗谷さんのためだけだったら引き受けなかったかな」

 

夢と私なら友人としては夢を優先してほしいが面と向かって言われると少し傷つく。

 

「岬さんが晴雪のみんなには私が必要だからって土下座しそうな勢いで頼んできたんだよ」

 

土下座という言葉にみんな驚きを隠せなかった。最近の岬さんは良くも悪くも立場に相応しい振る舞いをしている。

晴風時代はお願いという言葉を使う事も多かったが今は警備救難部部長の命令として伝えられる。当然ではあるが昔の岬さんを知っていると少しの寂しさを感じてしまうのは私のエゴなのだろうか。

 

「岬さんは海上治安維持法第十一条の発令で簡単に再任官させられたのに、それをしないでわざわざ開店前、お店に来てお願いしてきたんだよ。それに応えないのは友達として失格かなって思ったんだ」

 

岬さんが私のためを思って伊良子さんに再任官を依頼してくれたのは嬉しい。だけど同時に凄さ不満もある。

 

「……私はそんなに頼りないのだろうか?」

 

私はあの艦長の下で三年間も無茶振りに答えてきた。いくら艦長という職に就くのが初めてでもこの三ヶ月間上手くやれていたと思っていたのだが。

 

「頼りないわけじゃないと思うよ」

 

「頼りないと思っていないなら一体どうして岬さんはこんなにも私をを贔屓するような事をするんだ」

 

私の事を信用しているのであればわざわざ知り合いばかりで固めて私が指揮しやすいようにする必要はない。それだけでなくわざわざわ伊良子さんを現役復帰させてまで晴雪に配属したあたり私の実力を信じてないと言われているようなものだ。

 

「岬さんはこの先晴雪が荒波を乗り越えるのに私の、私達の力が必要だと思ったから岬さんは晴雪に私達を配属したんだよ」

 

「最近は海難事故や海賊の被害が増加しているのは事実だがだからと言って私だけがこんなにも手厚くサポートされるのは……」

 

ただでさえ真冬姉さんが安全監督室室長だから周りに変に気を回される事が多いのに岬さんにまでこんな事されると居心地が悪くなる。

 

「それは違うよ宗谷さん」

 

「一体なにが違うんだ。ただでさえ横須賀出身者で揃えていてともすれば学生時代の延長線みたいな晴雪に伊良子さん達まで乗り込んだらいよいよ学生時代と変わらないじゃないか!」

 

伊良子さんや納沙さん達に不満があるわけじゃない。あるとすればこの状況を作り出している岬さんに対してだ。あるいはこんな状況にせざるを得ないと思われている私自身に対する怒りなのだろうか。

 

「そうかもしれないね。だけど岬さんはそんな状況にしてでも宗谷さんに活躍してもらいたいんだと思うよ」

 

「活躍!? ブルーマーメイドが活躍すると言う事は海が荒れていると言う事じゃないか。あまりにも不謹慎じゃないか?」

 

私が警備救難部に移動になったのは海が荒れているからだ。私が活躍する必要がある事は認めるがそれを望む事は海の平和を守るブルーマーメイドとしてはあまりにも不謹慎だ。

 

「そうだね。だけど岬さんはそれを望んでいるんだよ」

 

その意味を考えろと。そう言う事なんだろうか。

 

「伊良子さんは岬さんがなにをしようとしているのか知っているのか?」

 

だからブルーマーメイドに復帰したのだろうか。でなければ店を閉めてまでブルーマーメイドに復帰しないだろう。それがたとえ岬さんの願いであり、友達を助ける為だとしても事情も知らされずに復帰する事はできないだろう。

 

「知らないよ」

 

「知らないのにどうして……」

 

どうしてそこまで艦長の為に動けるのか。その言葉を私は発することが出来なかった。

 

「何も知らないけど友達を助ける為に友達が頭を下げているんだよ。事情を知らずとも力にならないと」

 

事情を知らずとも友達の力になる。晴風乗員らしいセリフかもしれない。だけど事情を知らせずに力を借りると言うのは岬さんらしくない。かつてのあの人なら事情を全て説明した上で協力を仰いだはずだ。

 

「岬さんは一体なにをするつもりなんでしょうか?」

 

「詳細は岬さんと知名さんくらいしか知らないんじゃないかな。もしかしたらマロンちゃんも知ってるかもしれないけど確実に全部を知ってるのは二人だけだと思うよ」

 

「柳原さんも関係しているのか?」

 

「関係と言うより主犯格じゃないかなぁ。岬さん達が私のお店で会合を開いてた時、だいたいマロンちゃんもいたし」

 

「みかんちゃんそんなにお店を使われているのに本当になにも聞いていないの?」

 

「岬さんは私には何事もなく暮らして欲しかったみたいだからなにも聞いてないよ。本当は私が復帰する事自体が不本意だったみたいだしね」

 

西崎さんの質問に対する返答が本当なら岬さんの状況はかなり悪いのかもしれない。

 

「伊良子さんに協力を仰ぐ事が不本意だったのなら余程の緊急事態があったと言う事なんだろうか」

 

情報調査隊に居たからよくわかる。表には出てきていないが裏側では大きな動きがあると言う事は往々にしてよくある話だ。

 

「うーん、計画を前倒しするとかって言ってたからそれは違うと思うけど……」

 

「み、みかんちゃん、実は色々と知ってるんじゃ……」

 

「知床さんの指摘する通りだ。伊良子さん、この際だから知っている事を全部教えてはくれないか?」

 

「そうでもないよ。聞き耳を立ててはいたけど肝心なところはちゃんとぼかしてたからよくわからないよ」

 

肝心なところはぼかしているのに岬さん達が何かする事はかなり迂遠な方法で伝えられている。

 

「なんだか岬さんの手のひらの上で転がされている気がするな」

 

「どう言う事ですか?」

 

「伊良子さんが岬さん達が何かしようとしているのを知っている。これは岬さん達が意図的に伝えた物と見て間違いないだろう。本当に秘匿するつもりならもっと相応しい場所で話すはずだからな」

 

ブルーマーメイドの会議室でもいいし二人の執務室のいずれかでもいい。わざわざ外部で話す必要があるとは思えないしおそらく聞かせる事それ自体が目的だったのだろう。

 

「宗谷さんの考えは合ってると思うよ。岬さん達わざわざ私が配膳するタイミングに限って声を大きくして話してたから」

 

「確信犯じゃないか。一体あの人達はなにをしようとしているんだ」

 

伊良子さんを使うのは不本意だった。だと言うのに彼女に対して計画の一部を聞かせるような事をしていた。

はれかぜは元晴風乗組員の溜まり場になっているし、その目的は伊良子さんを通じて誰かに計画を伝える事だろうか。岬さんが側に置かずとも信頼できる人員となれば自慢じゃないが私くらいになる。だけど今の私がそれほど信頼されているのかどうか自信がない。

 

「多分この事を宗谷さんに伝えて欲しかったんだと思うよ」

 

「今の私を岬さんがそれほど信頼してくれているとは思えない」

 

「直接伝えずとも自分の考えを読んで適切な行動をしてくれると思ったかららこそこんな遠回しな伝え方をしたんだと思うよ。これは宗谷さんの事を信頼していないとできない事じゃないかな」

 

「そうだといいとだが……」

 

そもそも私に伝えようとしていたのかどうかもわからない。ブルーマーメイドになってから私よりも信頼できる人物に出会っていてもおかしくはない。むしろ二監で部長ともなればそんな人物の一人や二人いない方がおかしいのではないだろうか。

 

「自信を持って宗谷さん。艦長が一番信頼しているのは宗谷さんだよ」

 

「……知名二監よりもか?」

 

「それは……少し話が違ってくるよ。あの二人は幼馴染だしあれは宗谷さんがお姉さん達に向けるようなものと同じ感情じゃないかな?」

 

「そう言うものだろうか」

 

まぁたしかにあの二人はの間にあるものと私と艦長の間にあるものは違うように思う。だけどだからと言って私が除け者にされる理由がわからない。

 

「一番信頼していると言うのならどうして直接伝えてくれないのだろうな」

 

「それは岬さんに直接聞いていてみないとわからないよ」

 

「だが最近の艦長はコンタクトを取りにくくなっている。そんな機会あるのだろうか」

 

メッセージを送っても既読をつくのは翌日、酷い時には三日後の時もあった。こちらからの質問に対しては煙に巻いてくるし会おうとしても忙しいと言われる。

 

「根気強く待とう。私達の艦長は私達を待たせる事はあっても拒絶する事はないはずなんだから」




ノムさん出したいなぁ。一応殆どのキャラクターは今なにをしているか決めています。ノムさんに関しては出すつもりではいるんですけど三河弁を書き切れるかどうかですごい迷いが……


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来訪者

投稿時間間違えましたけど早い分には問題ないのでこのままで


私の一番上の姉、宗谷真霜はだらしのない人だった。服は脱いだら脱ぎっぱなしだし休みの日は正午まで寝ている。昔は何てだらしのない人なんだと思ってた。だけどいざ自分がブルーマーメイドになるとその気持ちが少しはわかる。

海に出れば常に仕事をしているようなものだし自分の家でくらいゆっくりしたいと思うのは無理からぬ事なんだろう。だからと言ってあそこまでだらしなくなるのはダメだと思うが。

 

真霜姉さんほどではないがわ何もない休日は私も少しばかりだらけた生活をしている。朝は規則正しく起きるが着替えずパジャマのままで布団にくるまっている。それくらい真霜姉さんに比べたら可愛いものだが、普段の私からすればかなりだらけきっている。

その日は誰かと会う約束も出かける予定もなく丸一日部屋でだらけて過ごそうと考えていた。

しかし部屋に鳴り響いたインターホンの音がその計画を全て台無しにした。どうせ宅配便か何かだろうとパジャマのまま玄関の扉を開けると、そこにいたのは予想外の人物だった。

 

「知名ニ監!?」

 

扉を開けた先にいたのはラフな私服に身を包んだ情報調査隊の室長、知名もえかさんだった。

 

「久しぶり。こうしてプライベートで会うのは大学以来だね」

 

大学時代は勉強を見てもらったりと何かとお世話になったけど、ブルーマーメイドになってからは、職場は同じでも立場が違う彼女と会う機会は岬さん以上に少なくなっていた。

そんな知名二監が私に会いに、それもプライベートで会いに来るなんて岬さん以上にあり得ない話だった。

 

「えっと……とりあえず一度着替える時間をとった方がいいかな?」

 

私の格好を見た知名二監が二言目に発した言葉がそれだった。よく考えると今の私はパジャマに身を包んでいてとても人前に出られる格好ではない。私は少しの間知名二監に外で待ってもらい慌ててパジャマから着替えて部屋に招き入れた。

 

「お待たせしてすみません」

 

「こちらこそ連絡もなく急に訪ねてきてごめんね」

 

「いえ。休日だからとだらけきっていた私が悪いんです」

 

元とはいえ上司に頭を下げられると言うのはあまり心臓に良くない。

 

「そんなに固くならないでいいよ。今日は横須賀の同期として、友人として会いに来ただけなんだから」

 

そうは言われても知名二監はブルーマーメイド屈指の権力と実力を持つ人物だ。今の彼女に昔のように話しかけるのは難しい。

そんな私の心情を察したのだろうか。知名二監は小さく笑った。

 

「宗谷さんは昔と変わらず真面目だね。安心したよ」

 

「はぁ……」

 

これは褒められたのだろうか。人とは歳をとるごとに良くも悪くも変わるものだ。変化すると言うのは成長していると捉えることもできる。変わったないとは、つまり成長していないと言う事なんじゃないだろうか。

 

「私達は変わってしまったけど宗谷さんには変わらずそのままでいてほしいな」

 

「私達と言うのは岬さんと知名二監の事ですか?」

 

「宗谷さんから見て私達は変わったと思う?」

 

変わったかどうかで言うと多分、変わったと思う。私の知る岬さんなら、なんの理由も説明せずに伊良子さんをブルーマーメイドに復帰させたり、晴雪に横須賀出身者と晴風メンバーを集めたりはしない。

そう考え頷くと知名さんはどこか寂しそうな表情を浮かべた。

 

「そう、宗谷さんにはそう見えるんだね。だけど私もミケちゃんも本質的には何も変わってないんだよ」

 

「自分で変わったと言ったのにおかしな事を言いますね」

 

「周りがそう言うからね。私達自身は本質的には何も変わっていないと思っているけど、周りから見れば変わるのは自然な事じゃないかな」

 

「本質的にはどうであろうと、今の岬さん達は私が知っていた頃とは違います。変わっていないと思ってもそれは自覚がないだけでしょう。少なくともかつての岬さんなら私に何も説明せずに行動することはありませんでした」

 

海洋学校に入学した当初であればなんの相談もせず飛び出すことも多かったが、RATt事件を経てそれも変わった。今の岬さんはまるで入学したばかりの頃のようで行動が全く読めない。

 

「元々ミケちゃんは突拍子もない事をなんの相談もなくやる様な子だよ。宗谷さんと出会って変わったけど今のミケちゃんは昔に戻っただけ」

 

私と違って海洋学校入学以前からの付き合いだしおそらく知名さんの言う事は正しいのだろう。事実、入学当初は考える前に行動するような人だった。私が副長になりストッパーとなったから自重するようになったけど、岬さんの本質は知名さんの言う通りなものなのだろう。

 

「それが良いことだったのかどうか、私にはわからない。私はミケちゃんがやろうとする事を全力でサポートする事しかできないから……」

 

「貴女が正しくないと思うのなら止めれば良いじゃないですか。それだけの力が貴女にはある。それに岬さんは貴女の言葉を無視するような人じゃないでしょう」

 

付き合いの長さもあるのだろうけど、岬さんは私よりも知名さんの方を信頼していると思う。

 

「ミケちゃんは私の言葉なんか聞かないし聞く必要もないんだよ」

 

聞かない、聞く必要がないか。岬さんは知名さんの言葉を無視したりする事はなかったと思うが、知名さん視点では違うのだろうか。

 

「それに本質的には私もミケちゃんと変わらない。うまく隠しているだけで正しいと思えば周りの意見なんて無視して突き進む。私達がやろうとしている事はミケちゃんがやりたい事であると同時に私がやりたい事でもあるんだよ。だけど理性の面で私はそれが正しくないと、そう思ってしまった」

 

岬さんの行動は感情的なものが多いけど知名さんは理性的に行動する。お互い正反対だからこそうまく噛み合いお互い良いコンビになっているのだと思う。

 

「それを伝えれば良いじゃないですか」

 

「言ったよ。だけどそれは私の役目じゃなかった」

 

「岬さんが知名二監の意見を無視したと、そう言う事ですか?」

 

「と言うよりは私が説き伏せられたって感じかな。いつの間にあんな知恵を身につけたんだろうね。宗谷さんの影響かな」

 

非難するような視線を向けられ少し居心地が悪くなった。彼女が知らない岬さんの一面があるとしたらそれは間違いなく晴風クラスの影響だろう。

 

「非難してる訳じゃないんだよ。それがミケちゃんの成長にも繋がったしね」

 

非難しているわけではないというがその口調はどこか厳しい。もしかしなくとも本心ではないのだろう。

 

「非難しているわけじゃないという割にはなんというか恨みがましいというか、昔の岬さんに対して未練のような感じる言いように聞こえますが」

 

「……もしミケちゃんが宗谷さん達と出会わなければって考えた事はあるよ」

 

私達と出会わなければ。つまり晴風クラスに入らなければどうなっていたのか。私が岬さんと出会わなければきっと今の私はいないだろう。

岬さんがいない晴風クラスならきっと私は自分の運の悪さを嘆き周りの不況を買って、下手をすればクラスで孤立していた事だろう。

 

「考えてみてどうでしたか?」

 

「子供の頃と全く変わらないミケちゃんはきっと可愛らしくて私にとってすごく都合がいい存在だと思うよ」

 

「それは岬さんが変わったと、そう言う事ではないのですか?」

 

「たしかにミケちゃんは変わったと言えるかもしれない。だけどそれは成長したと言うのが正しい言葉だと思うんだ」

 

成長するとは即ち以前とは変わってよくなる事だと思う。ならば変わったと言ってさしつかえないのではないだろうか。

 

「晴風クラスがそのまま武蔵に乗り込んだら武蔵クラスになると思う?」

 

「……クラスが変わらないのなら晴風クラスと言えるんじゃないでしょうか」

 

難しい質問だ。見た目、というより呼び名は武蔵クラスになるのかもしれないけど中身は私のよく知る晴風クラスなのであれば晴風クラスと言って良いだろう。

 

「そうだね、私も同意見だよ。じゃあ晴風に武蔵クラスが乗り込めばそれは晴風クラスになる?」

 

「それは武蔵クラスでしょう」

 

晴風クラスが武蔵に乗り込んでも晴風クラスなのと同様に武蔵クラスが晴風に乗り込んでも武蔵クラスのままだ。

 

「つまりはそう言う事だよ」

 

「乗る(ふね)が変わろうとも中身が同じなら変わっていない。行動や言動が変わろうともその人の考え方が変わっていなければそれは変わっていないと、そういう事ですか?」

 

「そうだよ。どれだけ見た目が変わろうとも中身が変わっていないのであればそれは成長しただけに過ぎない」

 

たしかに中身は変わらずとも見た目だけが変化したのであればそれは成長と言えるのかもしれない。だけど随分と極端な意見なように思う。

 

「人と(ふね)は違う。(ふね)は自分達の意思に関わらずとも変わるけど、人の言動や行動が変わるという事はなんらかの心境の変化があったという事です。それはつまり中身が少なからず変わっているからこそ起きる現象ではありませんか?」

 

私の言葉に聡明な知名さんらしくなく驚いた様子を見せた。

 

「……そっか、私達は変わっちゃったんだね。なのに成長だとか嘯いて馬鹿みたいだね」

 

知名二監はもう一度「そっか」と言って頷くと暫く喋らず目を瞑って何か考えている様子だった。

 

「超えられない嵐はない」

 

呟くように知名さんが言ったその言葉は艦長が、岬さんがいつだったか言っていた言葉だった。

 

「だけど嵐を越えても船が無事とは限らない。幾多の荒波を超えて沈んだ晴風みたいにね」

 

「何が言いたいんですか?」

 

今までの話の流れからすればすごく不穏な言葉に聞こえてしまう。まるで岬さん達が荒波を超えたその先で沈むかのようなそんな不穏な言葉だ。

 

「困難を乗り越えた時、私達が無事とは限らない。そういう話だよ」

 

「私が岬さんを支えろと言うことでしたら私に異存はありません。艦長を支えるのは副長として当然の役目です」

 

てっきり私に岬さんを支えてほしいと言う事だと思っていたけどどうやら違ったようで知名二監は寂しげな笑みを浮かべた。

 

「私はミケちゃんの選択を尊重するよ。大きな船を動かすには相応の人手がいるからね。せめて私だけでも近くにいないと。だけど一人じゃできる事は限られているんだよ。できる限り沈まないように努力はするけど、もしもの時はお願いするね」

 

それを最後に知名さんは具体的な事は何も話さずに帰って行った。

知名さんは、岬さん達は一体何をしでかすつもりなんだろうか。副長だった私に何も知らせずに何か事を起こすと言う事はそれだけ秘匿性が高い事なのだろう。

だけどどうせ知るなら知名さんを通じて知るのではなくて岬さん本人の口から聞きたかった。

岬さんは本当に私のことを信じてくれているのだろうか。今の岬さんは本当に私の知る岬さんなのだろうか。



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位置情報

アニメ二期やって欲しいけどやっぱり無理なのかなぁ


知名さんの来訪で悶々とした気持ちを抱えながらも時間と言うものは過ぎ去っていく。再び海上に戻って航路の安全を守るべく職務をこなしていたが知名さんの言葉が頭を離れなかった。

岬さんに何を企んでいるのか直接尋ねようかとも思ったけど忙しい岬さんが簡単に捕まるわけないもなく、私の気持ちは晴れなかった。

 

「しろちゃん最近、元気ないですね」

 

「……そんなに私は元気がなさそうに見えるか」

 

どちらかと言えば人の感情の機微に疎い納沙さんに気が付かれる程、普段と様子が違って見えたのだと思うと少し情けない。

 

「毎日ため息ばっかり吐いてたら誰でも気付きますよ」

 

「ため息……気が付かなかったな」

 

まさかあからさまにため息まで吐いていたなんて迂闊だった。艦長ともあろうものがそんなあからさまな態度でいたら船員の士気に関わる。

 

「それで副長、一体なにがあったの?」

 

西崎さんの質問に私はどう答えるか考えざるを得なかった。いや、そもそも知名さんが尋ねてきた事を話していい事だったのかが判断に迷った。

アレは私に対するお願い、あるいは警告のようなものだった。それならば他者に話す事はあまり良くないのではないだろうか。

しばらか悩んでから私は話す事に決めた。だけど全部じゃない。「超えられない嵐はない」と言う言葉に関する一連の不穏なやり取りは話さない事にした。なんとなくアレは、アレだけは私個人に向けたメッセージだと確信していたから話すべきではないと思った。

 

「あの知名艦長がねぇ」

 

「どっちかと言えば知名艦長が岬さんの手綱を握る側だったよね。あの岬さんが知名さんを振り回すなんて……」

 

西崎さんも知床さんも驚いた様子を見せたけど唯一納沙さんだけは違った。

 

「そうですか? 知名二監って岬艦長のやる事に全力で乗っかって手綱なんて握ってなかったように思いますけど」

 

ピンとこずみんなの視線が納沙さんに集中する。

 

「ほら、晴風クラス解散騒動の時とか艦長の一言で舞台に上がってくれましたし。晴風の情報をばら撒いたり、なんなら艦長よりもはっちゃけてましたよね」

 

言われてみればあの騒動でひっそりと青木さんを使って晴風の情報を拡散させるためのチラシを作ったりしていたな。岬さんやりたい事を達成させるためなら多少強引な手段でもいとわなかった。

規則に反していたわけではないけどあのチラシで学校から注意を受けていたみたいだし案外岬さんよりも無茶苦茶やる人なのかもしれない。

 

「だとしても知名二監は一度止めようとしたようだし、手綱を握る側だったのは間違いないだろう」

 

「岬さんを止めようとして止まらなければ艦長以上に暴走するのが知名二監だと思います」

 

言われてみれば一理あるかもしれない。知名二監は武蔵の艦長を務めた事からも分かる通り頭がいい。普通の学校であれば頭がいいとは即ち成績がいい事を指すが海洋学校ともなればそれだけではすまない。

あの大和型と言う大型艦を運用する上では単純な成績だけで表せない頭の良さと言うものを彼女は持っている。

そんな彼女が全力を出せば岬さんよりも過激で効果的な手段の一つや二つ簡単に思いつくだろう。いや、あるいはそれが知名二監にとっての普通なのか。頭のいい人の考える事はよくわからない。

 

「頭のいい人が暴走する事ほど手に負えないものはないな」

 

「しろちゃんは知名二監が暴走してるって思ってるんですか?」

 

納沙さんの指摘にはたと口に手を当てた。知名さんは別に何か悪い事を企んでいると言っていたわけではない。だと言うのに知名さんの暴走を考えていると言う事は他でもない私自身が知名さんが、岬艦長が何か悪事を働こうとしているのではないと疑っているに他ならない。

あの岬艦長が悪事を働くなんて考えられない事だし、そこに知名さんが加われば尚更だ。

 

「仕事が休みの宗谷さんをわざわざ訪ねてまで話したって事はそれだけ秘密で重要な話だったって事だよね」

 

「そうだろうな。ブルーマーメイド内ではどこで聞き耳を立てられているか分からないからわざわざ訪ねてきたんだろう」

 

知床さんの指摘は当たり前の事ではあるが、改めて言われてみればおかしな話だ。海の安全を守る正義の機関であるブルーマーメイドに知られるとまずいと言う事は、逆説的にそれは悪いことになるのではないだろうか。

いや、だからと言って艦長達が必ずしも犯罪まがいな事をしようとしているとは限らない。単にブルーマーメイドの現体制にとって都合が悪い事をしようとしているだけの可能性だってある。

 

「みかんちゃんに相談してみる?」

 

「伊良子さんに?」

 

「みかんちゃん結構情報通っぽいし何かわかるかもよ」

 

「確かに伊良子さんは居酒屋経営でで色々情報を得ていたようだが、そう都合よくいくだろうか」

 

彼女と再会してから色々と話をして思い知ったのが、酒は怖いと言う事だった。

岬さんと知名さんが言い争っていたと言う話は聞いて知っていたが、伊良子さんはそれ以外にもブルーマーメイド高官の様々な痴態や後ろ暗い事情に精通していた。

例えば総務部長の阿部二監の労働法無視のブラックな人使いや私の元上司、野際三監が後輩である知名二監が優秀すぎたせいで出世できない事を千葉二監に愚痴っていたとか。あとは真冬姉さんが相変わらず誰それ構わず尻を揉みまくって訴えられかけたとか。

 

「……伊良子さんに聞いてみるか」

 

考えれば考えるほど伊良子さんはブルーマーメイドの内部に精通しているように思う。

早速艦橋に来てもらって話してみると返ってきた答えはこうだった。

 

「たしかにお店にはいろんな人が来て内部事情をポロポロこぼしていったけど、何でもかんでも知ってるわけじゃないんだよ」

 

まぁ当然といえば当然だ。伊良子さんが元ブルーマーメイドだったから少し口が軽くなっていただろうけど本当に話したらまずい事まで話すはずがない。

 

「けど知名さんがプライベートで会おうとした理由はなんとなく想像がつくよ」

 

「分からるんですか?」

 

納沙さんが尋ねると伊良子さんは頷いて答えた。

 

「宗谷さんと会った事を知られたくなかったんだと思うよ」

 

「それは私達も考えた。だけど一体誰に知られたくないと言うんだ」

 

しららたくないからプライベートで会いに来た。それは当然の理屈だ。だけど一体誰に知られたくなかったのかがわからない。

 

「多分、岬さんかな」

 

「知名二監と岬さんの関係で私と会った事を隠す必要があるのか?」

 

「少なくとも阿部二監とか千葉さんと比べたらあると思うよ」

 

阿部二監と千葉二監は岬さん達とは違う派閥でむしろこの二人に知られることの方が良くなさそうだけど違うのだろうか。

 

「私も岬さんが何をやろうとしているのかは知らない。けど一つ言える事がるんだよ」

 

「それは私達よりも色々な事を知っているから推測できることではないのか?」

 

「客観的に見て言えることだからみんなも分かると思うよ」

 

皆目見当もつかない私とは裏腹に納沙さんは何かに気がついたようで「あっ」と声を上げた。

 

「何か気が付いたのか?」

 

「もしかしたらなんですけどしろちゃんを関わらせないようにしていますか?」

 

私を関わらせないように?

 

「納沙さんも知っての通り私は派閥に属していないから岬さんがやろうとしている何かに関わってもブルーマーメイド内のパワーバランスに影響はない。そんな事をする意味がないだろう」

 

何を言っているんだと言うのが正直な感想だった。岬さんとは昔ほど接点はないしそんな事しなくとも関わる可能性は少ない。何より関わったところで岬さんにデメリットがあるととは思えない。

そう思って伊良子さんに視線を向けるが、返ってきた反応は思っていたのとは違った。

 

「……まさかそうなのか?」

 

「間違ってないと思うよ。だって昔の岬さんなら宗谷さんの事をもっと頼りにしていたもん」

 

「そういえばそうだね。競闘遊戯会の時とかクラスの出し物を纏めるのに真っ先に副長に相談してたみたいだし」

 

「今の岬さんはあの頃とは真逆の動きをしているし見方によっては関わらせないようにしているって言える……かも?」

 

西崎さんと知床さんは納得している様子だけど、正直私は納得できない。

 

「なぜ私を関わらせたくないんだ。知名二監は嵐で船体がズタボロにならないように支えると言った。副長だった私もそれを支える義務がある。だと言うのにその支えられる岬さん自身にそのつもりがないなんで意味がわからない!」

 

「そ、そこまではわからないけど……」

 

「本当にわからないのか? あんなにもいろんな事を知っている伊良子さんが知らないと言っても……」

 

「しろちゃん!」

 

「なんだ!!」

 

「知らないのなら詰め寄ったところで話せるわけないです。もし仮に知っていたとしても話さないってことは何か事情があるって事です。どっちにしても問い詰めたところで意味はないですよ」

 

納沙さんに言われて私は自分が思っている以上に岬さんに隠し事をされていると言う事が自分にとって不愉快な出来事なのだと気がついた。理由を知っているかどうかもわからない伊良子さんに我を忘れて詰め寄るなんてあってはいけない事だ。

それにいくら問い詰めたところで知らないことは知らないし、仮に知っていたとしてもPRDT所属の伊良子さんが答えるとも思えない。

 

「す、すまない。少し熱くなりすぎた」

 

「こっちこそごめんね。宗谷さんの気持ちも考えずにこんなこと言って」

 

「いや、今のは全面的に私が悪い。伊良子さんの言うことはもっともだった。客観的に見て岬さんが私を関わらせたくはないようにしているのは間違いない」

 

冷静になってみれば分かる。特に派閥に属しているわけではない私と知名さんが会ったところで他の派閥に直接大きな影響があるとは考えにくい。強いて言うなら宗谷派は影響があるかもしれないがそれくらいだ。

逆に大きな影響があるのは横須賀派だ。派閥のツートップの片割れが無派閥とはいえ宗谷家の人間と接触したとなればあまりいい印象は与えないだろう。横須賀の二頭体制が崩れるような事になりかねないし軽率な行動だ。

 

「だけどそれならどうして知名二監は私と会ったのだろうか。いや、岬さんと私の扱いに関する方針が違うと言うのはわかるがなぜそれが隠さなければならないほど重要な事になっている理由がわからない」

 

私の疑問に答えてくれる人はいなかった。この中にいる誰もが岬さんの派閥に入っていないから理由なんてしりようがなかったからだ。

いや、一つだけ答えてくれたものがあった。艦内電話だ。

 

「私でますね」

 

納沙さんが受話器をとって話をしていくと段々とその表情が曇っていった。

 

「何があったんだ?」

 

「それが、演習中だった横須賀女子海洋学校の艦隊の位置情報が喪失したみたいなんです。私達が一番近い場所にいるから確認に行ってほしいと宗谷校長から要請があったみたいです」

 

「なに?」

 

位置情報の喪失は私たちからすればトラウマでしかない。RATt事件の際にはRATtのせいで反乱の嫌疑をかけられ位置情報のビーコンを切って難を逃れたりしているがそれだけに私達はこれが喪失することの危険性をよくわかっている。

 

「すぐに向かうぞ。もし何かトラブルがあったのならブルーマーメイドとして対応しなければならない。なにもなくとも母さん、校長達を安心させないといけないからな」

 

岬さんの事を知るために考える時間が欲しかったが仕方が、これも仕事だ仕方がない。

いや、仕事の忙しさで悩む時間がないのは、その分周りに心配をかけない事につながる。むしろ私にとってはいい事なのかもしれない。だけどブルーマーメイドとしてはもう少し安全な海になってほしいと思う。難儀なものだ。



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時津風

現場に急行した私達が見つけることができたたのは、たった一隻の航洋艦だけだった。

 

「野間さんに確認してもらったところ正面の航洋艦は横須賀女子海洋学校の時津風だそうです」

 

「時津風はこちらからの通信に応答はないのか?」

 

「ありません。手旗信号と発光信号でやも状況を知らせるように通達しましたけど応答ありませんでした」

 

「分かった。取り敢えず司令室に時津風発見の報告を上げてくれ」

 

通信だけでなく手旗信号と発光信号にも応答がないと言うのは変な話だ。

この場合、考えられるのは四つ。一つは海賊やテロリストによりシージャックに会い時津風が空っぽ、ないしは犯人が中にいる。二つ目は疫病の蔓延により動ける者がいない。三つ目がかつての横須賀女子海洋学校で起きたRATt事件、それと同様のことが起こっている。四つ目は横須賀女子海洋学校所属艦が反乱を起こしたかだ。

 

「しろちゃん、司令室は時津風に近づいて状況を確認するようにと言ってきています」

 

当然の判断だけど現状いきなりドカンとやられても不思議ではない。単艦では近づきたくないというのが正直な感想だ。

 

「……念の為警戒しながら近づこう。それと伊良子さん達に出撃の準備をするよう伝えてくれ」

 

一つ目は教員艦含む横須賀の全艦艇の位置情報がロストしていることから考えにくい。それだけの規模のシージャックをやってのける海賊やテロリストは現在国内に存在しない。

二つ目も同様に他の艦艇も位置情報をロストしている事から考えにくい。流石に一人くらいは無事な人がいて然るべきだし、疫病が発生したなら学校かブルーマーメイドに連絡が来ているはずだ。

そして三つ目のRATtだがこれも考えにくい。RATtウィルスは沈んだ潜水艦以外だと海洋医大と幾つかの研究施設に厳重に保管されている。それらが流出しない限りは感染する事はほぼない。

さらに言うならRATt事件以降、海洋学校所属の艦艇にはRATtワクチンを人数分搭載する事が義務化されているから仮にRATtウィルスに感染しても早期に対応が可能だ。

三つが否定できる以上は、一番可能性が高いのは四つ目。反乱を起こした可能性が最も高い。

 

「まさか反乱を起こした、なんて思っているんですか?」

 

「現状その可能性が一番高い。そうでなくともこの不自然な状況には万全の備えをして挑むべきだ」

 

「私達はRATtと言う、当時は正体不明のウィルスのせいで反乱の嫌疑をかけられました。RATtでなくとも他のウィルスや機器の不具合の可能性はまでは否定できませんよ」

 

「それは私もわかっている。だが現状、最も可能性が高いのは反乱だ。なのにその可能性を考慮せずに近づくような事をこの晴雪の艦長として私は許可できない」

 

艦長になって改めてわかった事がある。艦長はその役職に付随する権能と責任の関係はあまりにもアンバランスだ。艦長は(ふね)を手足のごとく動かす事ができる権限を有しているが、それと同時に乗組員全員の生命を脅かされないようにする義務がある。

副長は艦長に次ぐ立場だが原則として副長がした事の責任は上位者である艦長に帰結する。たとえ代理として指揮する事があってもその責任の所在は艦長にあると言っていいだろう。

こうして私も艦長をやってみて岬さんの、いや海洋学校で艦長をやった人達の凄さと言うのがよくわかった。たとえ新人だったとはいえ艦長をした(ふね)が制御不能に陥って反乱まがいの事をした。それだけで精神の弱い人ならなんらかの異常をきたしてもおかしくない。いや、実際に元々体の弱かった比叡艦長の前田さんは体を壊して休学しているし全く影響がなかったわけじゃない。

中でも知名さんはRATtに感染せずに艦橋からただ指を咥えてみている事しかできなかったからその心に降りかかる重圧は相当なものだっただろう。それだけでなく同じようにRATtに感染しなかったクラスメイトの中心として相応しい行動までしなければならない。

そして岬さんにも重い重圧はかかっていたはずだ。RATtと知らずともなんらかの異常が艦内で発生していた武蔵と違い晴風は完全な冤罪を受けていた。そんな中でクラスメイトを纏め、怪我なく学校に返すために行動しなければならない。

艦長をして初めてわかった。この重圧を学生の身分で受けてよく全員が無事に卒業できたものだと尊敬の念を覚える。

 

「時津風ぎ反乱を起こしていなくてこの準備が杞憂に終わるならいい。だがもし時津風が攻撃してきた時、油断して負傷者を出したくない」

 

私が艦長である以上は乗員の生命を保証する義務がある。少しでもリスクは減らしたい。

 

「それにRATtのような事はレアケースだし機器の不具合なら他の学生艦がいないのは不自然だ。それならまだテロや反乱の方が幾らか可能性が高いだろう」

 

「それはそうですけど……」

 

「仮に反乱でなかったとしても万全の準備を整えない理由は全くない。テロにしろRATtにしろ時津風が攻撃してくる可能性が高いんだからな」

 

横須賀女子海洋学校所属艦全てが通信機器に異常をきたしたとは考えられにない。そうなるとどう考えても時津風が私達に対して敵対的な行動を取る事は確定事項となる。

 

「本当なら遠くから様子見に徹したいくらいだけど他の横須賀所属艦が行方不明な以上はそうも言っていられない。伊良子さん達には晴雪から直接接舷しての乗り込みとスキッパーでの乗り込み、両方の準備をしてもらう。これは命令だ」

 

そう言うと納沙さんは反論するのをやめた。納得したわけではない事は表情から明らかだが、私の決意が固い事がわかったのだろうそれ以上反論する事はなかった。

納沙さんが反論を止めると知床さんと西崎さんが時津風に接近する方法を協議し始めた。

 

「方針は理解したけど生徒相手だと使える装備に制限があるし正面から近づくのは危なくないかな?」

 

「時津風は晴風と一緒で前に二門、後ろに四門主砲があるから正面からの方が安全じゃないかな」

 

「だけど正面からだと時津風に視認された状態で近づく事になるよ。後ろとかの方が狙いにくいんじゃないかな。学生艦だと射撃管制装置もそんなにいいの積んでないし」

 

「いや、時津風の状態を知るためにも正面から近づくべきだ。これで撃ってくれば時津風が反乱テロに巻き込まれた事が決定的となるし、撃たなければなんらかの不具合が起きたと見て間違いない」

 

時津風が必ず撃ってくるならともかく撃ってこない可能性だってある。もし私の早とちりだったら目も当てられない。まずは状況を探るためにも正面から堂々と近づくべきだ。

 

「これまでの手旗信号と発光信号と汽笛での警告も加えるんだ」

 

ここまでされてなんの反応もないなんて事はまずない。もし反応がないのならそれは時津風が私達に敵対しているか、それとも艦内が空っぽなのかいずれかだろう。

 

「時津風の主砲の射程圏内までどれくらいかかる」

 

「このままだと十分もすれば射程圏内に入ります。ですが時津風が速度を上げたり闘争の気配を見せれば話は変わってきます」

 

「時津風は最高速度三十五ノットで晴雪は三十ノット。逃げられたら追いつけないな」

 

「はい。スキッパーで追えば問題は解決しますけど機銃で反撃されると最悪死者が出るかもしれません」

 

私達の目的は横須賀女子海洋学校所属艦時津風の状況を確認する事だ。逃げられた時点で少なくともまともな状態の学生が乗っていないことだけはたしかだしある程度目的は達したと言えるだろう。

 

「司令室から命令があれば話は別だがないのなら追跡はしない」

 

他の横須賀女子海洋学校所属艦の状況がわからないのに無闇に追跡して罠に嵌められでもしたら目も当てられない。

 

「逃げるか、撃ってくるか、それともなんの反応も示さないままか」

 

「なんの反応も示さないのも問題だよね」

 

「むしろそれが一番問題だろう。なんらかの行動に出てくれた方が私達も行動方針を決めやすくなる」

 

知床さんの言うようになんの反応も示さないのは大きな問題だ。逃げる、攻撃してくるのならできる事は限られてくる。

だけど何もして来ないのならこちらから何か行動を起こさなければならない。仮に無人なら乗り込むのが正解だが中でテロリストが生徒を人質に取っていたら無闇に突撃するのは危険だ。あるいは中で疫病が蔓延していたら専門の医療チームを派遣しなければミイラ取りがミイラになりかねない。

 

「こっちの警告に気が付かずにいるとか?」

 

「もしそうなら横須賀女子海洋学校には教育の抜本的な見直しをしてもらわなければならなくなる。多分時津風クラスは全員留年か退学になるだろうな」

 

一番安全な結末ではあるがブルーマーメイドの卵ともあろう者がそんな体たらくだと将来が不安になる。時津風クラスの先輩に当たる榊原さんや長澤さんも悲しむだろう。

 

「逃げられても困る、攻撃されても困る。かと言って何もして来なくてもそれはそれで困る。もうこっちから撃っちゃう?」

 

「西崎さん、学生艦相手に何を言ってるんだ」

 

あまりにも安直かつ危険な発言に思わず西崎さんを睨みつけた。

 

「冗談だよ。撃つのは好きだけど学生相手に撃ちたいとは私も思わないよ」

 

「それならいいが……、西崎さんは学生相手でも容赦しないと思っていた」

 

「副長が私のことをどう思ってるのよ〜く分かったよ」

 

「しろちゃん、いくら西崎さんが撃つことが好きでも流石に学生艦相手には……」

 

艦橋中から非難するような視線を向けられて居心地が悪くなり思わず咳払いをした。

 

「と、とにかく! 問題なのは時津風だ!!」

 

「反応が気になるなら速度を上げて近づいてみる?」

 

「それで向こうが怖がって逃げたらどうするんだ」

 

「汽笛鳴らしたりしてる時点でもう遅い気がしますね」

 

「言われてみればそうか」

 

手旗信号、発光信号、汽笛と取れる手段全てを使って時津風とコンタクトを取ろうとしているが、中にはかなり高圧的な信号もあった。もちろん最初はかなり優しい内容だったがここまで返信がないと高圧的になるのも無理はないだろう。

 

「よし、速度を上げて近づいて……」

 

「しろちゃん時津風が増速したみたいです!」

 

「なんだと!?」

 

接近するつもりなら最初からすればいいのにどうしてこのタイミングで増速したんだ。

 

「副長、時津風主砲の仰角が上がってるよ!」

 

それを告げたのは双眼鏡を除いていた砲術長の小笠原さんだった。

 

「まさか本当に撃ってくるのか!?」

 

「どうしますかしろちゃん!?」

 

実際に撃つ撃たないは別にして敵対行動を取った相手に対してやる事なんて一つしかない。

 

「回避行動! 取舵一杯!!」

 

「とーりかーじ。取舵二十度!」

 

「時津風、発砲しました!」

 

「司令室に報告しろ! 晴雪は時津風の主砲射程圏より離脱するぞ!!」



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不許可

「逃走は不可能ですよ!」

 

納沙さんの言葉を最初理解できなかった。だか少し考えてみると時津風と晴雪では時津風の方が早い事を思い出し、思わず天を仰いだ。

 

「私達が海域を離脱するには学生艦を攻撃するしかないのか……!」

 

時津風を撃沈するのは簡単だ。噴進魚雷を撃ち込めば航洋艦クラスなら簡単に沈める事ができる。だけど今の時津風の状況がわからない以上簡単に沈めるわけにはいかない。

 

「晴雪の主砲は射撃精度と発射速度はこっちが上だから上手くダメージを与えれば足を止められるかも」

 

「だが時津風の主砲は晴雪よりも強力だ。安易に近付いては手痛い打撃を被りかねないぞ」

 

「りんちゃんの操艦が上手くても避け続けるのには限界があるよ。早く選ばないと手遅れになる」

 

西崎さんの意見が正しいのは理解できる。しかしだからと言って学生艦を撃つ、と即断できるかどうかとは別問題だ。

 

「しろちゃん司令室から通信です!」

 

「読み上げろ」

 

「『BPF138晴雪及び太平洋即応機動部隊(Pacific Rapid Deployment Team)第八小隊は直ちに時津風を停船、乗員を拘束せよ。尚、晴雪から時津風への艦砲、噴進魚雷等を使った直接的な攻撃は認めない。警備救難部部長 岬明乃』だそうです」

 

もし、この場に岬さんがいれば私は胸ぐらを掴んで、どう言うつもりだと問いかけていただろう。それくらいには無茶苦茶で現場の状況を無視した命令だった。

 

「私達が行くよ。スキッパーなら最小限のリスクで時津風に乗り込める」

 

そう言ったのはいつの間にか艦橋に来ていた伊良子さんだった。

 

「本気で言っているのか!?」

 

スキッパーであれば時津風の主砲に当たる事なく接近する事が可能だ。だけど接近すれば時津風の機関銃が火を吹く。スキッパーほどの小型艇相手なら主砲よりも効果的な攻撃手段になる事は間違いない。

 

「晴雪の装甲だと一発でも当たれば致命傷になるよ。少しでも少ない被害で時津風を止めるには私達を使う事が最善だと思うよ」

 

理屈はわかる。だが失敗すれば最悪死人が出るこの作戦の実行を、私は躊躇っていた。せめて夜ならと思わずにはいられない。夜ならスキッパーではなく晴雪自身で近づく事すらできただろう。

 

「宗谷さんが迷うのは分かるよ」

 

そう言うと伊良子さんはそっと私の手を握った。握られた私の手は震えていた。緊張か、恐怖か、あるいはその両方か。全く気が付かなかったけど、私にとって今この状況は手が震えるほど悪いものらしい。

 

「この(ふね)の指揮権は宗谷さんにあるし、昇格したのも宗谷さんが先。だけど私と宗谷さんは同じ一等保安監督正で、私の部隊の指揮権は宗谷さんにはないんだよ」

 

「それは知っているが……」

 

私は伊良子さんの部隊を乗せているけど指揮下に収めているわけではない。彼女は晴雪に乗っているけど晴雪の船員じゃない、どちらかと言えば立場はお客さんのような感じだ。これは本来PRDTが本来、特定の(ふね)を持たずに行動している事に起因している。弁天のような例外はあるけど基本的に艦長にPRDTに対する指揮権はない。いや、むしろ彼女達の方が立場は上だ。私達は彼女達の任務に合わせて使われるただの移動手段でしかなくその任務に口出しできる立場ではない。

 

「宗谷艦長。私達太平洋即応機動部隊(Pacific Rapid Deployment Team)第八小隊は、警備救難部長岬明乃二等保安監督官の命令に従い、時津風の停戦及び乗員拘束のために出撃します。晴雪にそのバックアップを要請します」

 

「要請……」

 

彼女達の主任務の一つは武装船舶に対する接舷乗り込みだ。私達の主任務は海上の警備活動だが、それとは別に彼女達のサポートもまた任務の一つだ。要請された以上は応える義務がある。これは実質命令みたいなものだ。

 

「宗谷さんが何に悩んでいるかはわかっているつもりだよ。だからここは私に任せて、宗谷さんはバックアップをお願い」

 

「……わかった」

 

「じゃあ私達は出撃するね」

 

艦橋から出ていく伊良子さんを、私はただ見送ることしかできなかった。

 

「自分が情けない」

 

思わず声に出して呟いた。

 

「しろちゃんは初めて艦長をしたんです。決断できなくても仕方がないと思います」

 

「だが伊良子さんはできた。艦長に至っては学生の身分で自分で考え決断し、晴風を窮地から救った。私はただ決断するだけで良かったのにそれすらできなかった……」

 

岬艦長は猿島から砲撃を受け、こちらの言い分が聞かれなかった時、即座に反撃する考えにいたり。それを実行する決断を下した。

今回、私は学生時代と変わらずただ岬さんの指示に従うという決断を下せばよかった。それなのにそれすらできず、伊良子さんに全ての責任を合わせる形になってしまった。

もしもこれで犠牲者でも出ようものなら私は生涯自分のことが許せないだろう。

 

「みかんちゃんは副長よりも荒事の経験が豊富だしすぐに決断が下せるのは当たり前だよ。むしろ私は副長が私達のことを考えて悩んでくれた事を嬉しく思うよ」

 

「だがそれはブルーマーメイドの艦長として正しい行動ではなかった。

 

艦長は乗員全ての生命、身体に対して責任を負わなければならない。だがブルーマーメイドの私は、時に非情な決断をしなければならない時もある。優先すべきは乗員の生命や身体ではなく海の安全と平和を守る事。

私達に砲口を向けた時津風を停船させて乗員を拘束するのは私達に課せられた義務だ。

本来なら岬さんの命令がなくとも即座に行動に移すべきだった。たとえ学生艦が相手でも、撃ってきた以上は海の安全と平和を乱す側なのは間違いないのだから。

 

「だ、だけど岬さんの判断も性急すぎるんじゃないかな。学生艦が必ずしも反乱したとは限らないよね。もしかしたらテロリストに占領されて人質になってるのかも………」

 

「もしも時津風がテロリストに占拠されて学生が人質にされてるなら身代金か何かを要求をしてくるはずだ。それをしないと言うことは、生徒は生きていない可能性が高い」

 

冷静に考えれば時津風に対して反撃しない理由はない。撃沈は流石に問題があるが、乗り込んで制圧する分にはなんの問題もない。

 

「仮にしろちゃんが言う事が正しいとしても、こんな状況で適切な行動ができる人はブルーマーメイドでもそう多くはないと思います。自分を責めすぎですよ」

 

「だが岬さんはこの場にいなくとも正しい命令を下した。伊良子さんもその判断がすぐに正しいと判断して行動した。できていないのは私だけだ」

 

「それを言うならここにいる全員が行動できなかったんですよ。艦長とみかんちゃんが正しい行動を出来たことの方がすごいんです。誰もしろちゃんを責めたりしませんよ」

 

「同じ階級でブランクのあった伊良子さんは正しい行動をでき、ずっとブルーマーメイドにいた私ができなかった。その時点で私は責められなければならない」

 

岬さんは二監だからと言い訳できるかもしれないけど、伊良子さんに関しては私と同じ一正だ。同じ階級の伊良子さんにできて私にできていない以上、それは私の力不足だ。

それに納沙さん達も気が付いたのだろう。慰めの言葉を探すように目線を泳がすだけで口を開かなくなった。

 

『こちらCIC、第八小隊の出撃準備が整いましたわ。晴雪の準備はどうでしょうか?』

 

PRDTのオペレーターを務める万里小路さんの声が通信機から流れ、私は我に帰った。

 

「すまない、もう少し待ってくれ!」

 

『了解致しました』

 

そうだ、今は私の事よりも時津風だ。

 

「飛行船の再発艦の準備はできているか?」

 

時津風発見時に戻していた飛行船の再発艦を指示する。

 

「いつでも行けます!」

 

「それなら発艦して時津風上空で待機させてくれ」

 

時津風の様子を確認するためにも飛行船は不可欠だ。もしかしたら少しは状況がわかるかもしれない。もっと早くにこうしなければならなかった。それもこれも全て私の力不足だ。

 

「航海長、伊良子さん達が出撃したら速度はそのままで、艦砲を撃てる角度にまで針路を変更してくれ」

 

「撃ってもいいの!?」

 

私の命令を聞いた西崎さんが顔を輝かせた。

 

「伊良子さん達を撃たせるわけにはいかない。たとえ相手が学生艦だとしても、もう時津風に生徒はいない。そう想定して動くしかない」

 

「了解! 西崎芽衣、謹んで時津風を沈めさせて頂きます!」

 

ビシッと敬礼を決めると西崎さんは小笠原さんと姫路さんに視線を向けた。

 

「ひかりちゃんは主砲を時津風に向けて、姫ちゃんは噴進魚雷の発射準備!」

 

「いや待て! 何も沈めるとまでは言っていない!!」

 

「え……? だって撃つんでしょ?」

 

「艦長の指示に、晴雪から時津風に対する直接的な攻撃は認めないって言われたじゃないですか」

 

「そうだった!!」

 

納沙さんの言葉に西崎さんは頭を抱えた。学生時代と変わらない様子に思わず笑みが溢れた。

 

「時津風の周囲を砲撃してこちらに注意を向ける。その間に伊良子さん達にはスキッパーで時津風に乗り込み制圧してもらう」

 

「シュペーを解放したのと同じ作戦ですね」

 

納沙さんの言葉に私は頷いた。だがシュペーの時とは決定的に違う事がある。

 

「くれぐれも時津風に当てるなよ。シュペーと違って時津風は航洋艦。晴雪の主砲でさえ、当たりどころによっては致命傷になりかねない」

 

ましてや噴進魚雷を使うなんてもってのほかだ。それがわからない西崎さんではないはずだと視線を向けると、残念そうな表情で了解と言った。

 

「万里小路さん、晴雪の準備が整った。伊良子さん達に伝えてくれ」

 

『承知しました』

 

万里小路さんが了承して暫くすると、二艇のスキッパーと一隻の内火艇が出撃が晴雪から出撃した。

スキッパーには三人ずつ合計六人。残りの六人と大型の装備を内火艇に乗せている。スキッパーの六人が先遣隊となり撹乱、内火艇の六人で制圧と言ったところだろうか。

 

「うまく行きますかね」

 

「ブランクがあるとは言え伊良子さんはPRDTの功績一本で一正になるくらいの実力者だ。うまくいかない方がおかしい」

 

ただ学校の成績が良くてこの地位についている私とは違う。なんの功績もなく飛び級したからと言う理由だけでここまで出世した私と違って、伊良子さんは優秀だ。まず間違いなく時津風を制圧してくれるだろう。

 

本当に、岬さんはあの歳でよく艦長なんてできたと思う。今の私でさえ不甲斐ない指揮しかできないというのに。

学力は私の方が上だったけど、ブルーマーメイドになったらそんな事は全く関係がない。こう言う非常事態にきちんと動ける人こそが優秀な人なのだろう。

 

「無能な自分が嫌になる……」

 

「何か言いましたか?」

 

「いや、なんでもない」

 

無能な私でも、この(ふね)の指揮に集中すれば及第点くらいは取れるだろう。その思いで私は余計な考えを頭から振り払った。




今回の話書いてる時に“警備”って打った間違って“競馬”になってて、ふと思ったんですけど競馬はどうなってるんでしょうか。

中山とか府中はあるかどうかは結構怪しそうですし、そもそも馬の生産量がそんなに多いのかどうかとか。
あるいは競艇の方がメインになっているか、スキッパーで競艇みたいな事をやっているのか。本作どころかはいふりの話に全く関係のない事ですけど。


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行動開始

「攻撃準備完了したよ」

 

「攻撃始め!」

 

西崎さんの「撃て!」と言う命令と同時に、砲撃音が連続して鳴り響き、時津風の周囲に水柱を上げた。

 

「時津風、発砲しました!」

 

お返しとばかりに撃たれた時津風の砲撃は、私たちの周囲に水柱を造った。

 

「五インチ砲と言うのは、自分達で使っていた時はそれほど脅威にも思わなかったが、撃たれてみると存外怖いものだな」

 

「晴雪は三インチ砲ですからね。五インチで威力不足と嘆いた事もありましたけど受けてみたら意外と威力がありますよね」

 

精度と発射速度は晴雪の三インチ砲の方が高いが、威力は当然、五インチの方が高い。

 

「晴雪が巡洋艦クラスの装甲を持った(ふね)なら五インチを豆鉄砲って笑えるんだけどね。噴進魚雷の開発で防御力は水雷防御を重視するようになったから砲弾に対する防御力はむしろ下がってるんだよね」

 

「航洋艦クラスだと大きな違いじゃないだろう」

 

「まぁ、そうだね。このクラスの(ふね)で重要なのは航海長の腕。つまりりんちゃんの技術がそのまま防御力に直結するって事だね」

 

「知床さん、頼んだぞ」

 

「か、頑張りはするけど、こっちの方が速度が遅いからあんまり長くは持たないよ」

 

シュペーの時はこちらの方が早かったから射程圏外に離脱する事ができた。だけど今回はこちらの方が遅い。距離が近づけば学生艦の砲精度でも命中弾が出るだろう。

 

「伊良子さん達の様子は?」

 

「スキッパー部隊は三十秒後、時津風への接舷に成功します。内火艇はそれから七十秒後の予定みたいです」

 

「よし、取舵一杯。反転して伊良子さん達を援護する。手の空いているものには突入用の装備をさせて艦内に待機させろ」

 

いくら私が決断力のない無能な艦長でも、ここで反転せずに逃げ続ける事が最悪の決断だと言うことくらいはわかる。逃げ続けても結局捕捉される以上は、乗り込んだ伊良子さん達に協力できるように反転、可能なら晴雪も接舷して乗り込むべきだ。

 

「いいんですか?」

 

「構わない。伊良子さん達が失敗すれは晴雪は撃破されるしかなくなる。伊良子さん達の突入が成功したタイミングなら敵の砲撃精度も落ちるだろうし、今なら接近してもそれほど危険はない」

 

時津風を操っているのが何者であれ、伊良子さん達の突入への対応をした上で晴雪に対して効果的な反撃ができるとは考えにくい。

なにより伊良子さんに負担をかけた分、このくらいはしないと申しわけが立たない。

 

『こちらCIC万里小路。スキッパー部隊が時津風への突入に成功いたしました』

 

PRDTオペレーターの万里小路さんの報告に艦橋に歓声が湧いた。成功するだろうと思っていたが、それでも何パーセントかは失敗の可能性があった。特に時津風に乗り込むまでがPRDTの力の影響が最も出にくく、失敗するとすればこのタイミングだった。

しかし乗り込めれさえすればこちらのもの。余程の戦力差があるか、人質でも取られない限りは失敗することは無い。

 

「ここからは砲撃禁止だ」

 

「もう撃てないの!?」

 

「突入に成功した以上は必要ないだろう。それに何かの間違いで時津風に当たれば味方もろとも吹き飛ばす事になる」

 

「ひかりちゃんは当てたりしないと思うけどなぁ。なんせタマの指示とはいえ武蔵の砲弾を撃ち抜いた事もあるわけだし」

 

武蔵がRATtにより東舞港教員艦隊を攻撃した時、ひかりさんは立石さんの指示の下で晴風に向けられた砲弾を主砲で迎撃している。指示は

 

「あれは砲術長の腕が良かったからできた事だよ。私だけじゃ無理」

 

立石さんの砲術の腕は凄まじかった。同じ砲術科の人間だからあの技術の高さは他の科よりもよくわかる。とてもではないが私じゃ武蔵の砲弾を晴風の砲弾で撃ち抜くなんて芸当はできないし、やろうとも思わない。

 

「小笠原さんの腕が悪いとは私も思ってはいない。立石さんみたいに特筆した力量を持っている人は稀だ。誰が砲術長でもこの状況で主砲を撃つには多少のリスクがある」

 

「なら魚雷は!?」

 

「禁止に決まってるだろ!」

 

西崎さんはつまらなさそうな顔をしたが「了解」と指示に従う意思を示した。

 

「時津風ってこんなに砲精度悪かったっけ?」

 

舵輪を回しながら知床さんが言った。

 

「そんな事はないはずだが……」

 

「ですがさっきから至近弾一つありませんよ」

 

「りんちゃんももまともな回避運動一つしていないし、私の記憶だと時津風って晴風と同じ射撃管制装置のはずだからこんなに悪くなるはずがないよ」

 

言われてみれば晴雪は戦闘中にも関わらず随分と快適だった。回避や至近弾による大きな揺れが起きていないから何かに捕まる必要もないし、砲弾が当たる危険もないから呑気にお喋りもできる。

 

「時津風クラスのレベルが低い、なんて事はないよな」

 

「ないと思いますよ。武蔵クラスみたいに優秀な生徒を集めてなくても、艦橋メンバーや各科の長に関してはある程度優秀な人が揃ってるはずですから」

 

「それならどうしてこんなにも外れるんだろうな」

 

「あ、みかんちゃんたちの内火艇が接舷したよ」

 

スキッパーの時とは違い、万里小路さんの報告はなかった。だけどそれを不思議に思う事もなく艦橋には歓声が巻き起こった。

 

「これで時津風の制圧は完了するね」

 

「そうだな。時津風を制圧すれば他の行方不明艦の状況もわかるかもしれない。事件解決はすぐそこだ」

 

「みかんちゃん達、どれくらいで制圧できるかな」

 

「荒事の専門家ですし十分もかからないんじゃないんじゃないでしょうか」

 

「それだと晴雪が接舷するまでに全部終わることになるな」

 

いくら精度が悪いと言っても時津風からの砲撃を受けながら向かうのは少しばかり時間がかかる。おそらく着いた時には全部終わっている事だろう。

晴雪のクルーを武装したテロリストがいるかもしれない時津風に送り込まなくて済んだ事に対する安堵と、結局伊良子さんに全てまかしてしまった事への罪悪感とがないまぜになって複雑な気分だ。

 

「CICの万里小路さんに時津風の状況を尋ねてくれないか?」

 

「わかりました」

 

納沙さんが艦内電話を手に取りCICと連絡をとったが直ぐに受話器を置いた。

 

「今は予断を許さない状況だから後にしてほしいそうです」

 

「突入に成功したのにか?」

 

たとえ相手が武装していても、余程のことがない限りは伊良子さん達が負ける事はない。内火艇が時津風への接舷に成功してから明らかに砲撃精度が悪くなり、敵の人数がそれほど多くない事は確実だ。なのになぜ予断を許さないと言う状況になるのだろうか。

 

「今の時津風なら回避行動は最低限でいいな」

 

万里小路さんがこちらへの対応をやめてまで集中しなければならない事態。下手をすれば突入部隊に被害が出ているのではないだろうか。

 

「しろちゃん?」

 

「できるだけ急いで時津風に向かうぞ」

 

「か、回避行動最低限なんてあたっちゃうよ……」

 

知床さんの懸念はもっともだがここは無理をしてでも急ぎたい。されに今なら簡単には当たらないと言う確信もある。

 

「今の時津風の攻撃精度ならとびきり運が悪くない限りは当たらないだろう」

 

「しろちゃんみたいにですか?」

 

「……それを言われると自信がなくなってくるな」

 

「冗談ですよ。どれだけしろちゃんの運が悪くても当たったりしませんよ。だってほら、今の砲撃だって晴雪から……」

 

納沙さんが言葉を発するより先に、晴雪に至近弾が浴びせられ(ふね)が大きく揺れた。

 

「ごめんなさい。なんでもないです」

 

「や、やっぱり回避しながら行く?」

 

「そうしよう。晴雪が撃沈されて伊良子さん達の帰る場所がなくなったら元も子もないからな」

 

ゆっくりと、だが確実に時津風に向かうとしよう。

 

「それと、万里小路さんにはできるだけ早く状況を報告するように伝えてくれ」

 

「PRDTの邪魔をする事になりませんか?」

 

「私達が適切なサポートをする為にも情報は必要だ」

 

「それもそうですね。伝えておきます」

 

納沙さんが艦内電話をとると西崎さんが呆れたような視線を私に向けた。

 

「それにしても副長の運の悪さは相変わらずだね」

 

「……さっきのは私のせいと決まった訳じゃない」

 

「けど副長がやる気出した途端だったからね〜。副長のせいでしょ」

 

「た、確かに私が行動を指示した直後だったが、だからと言って私の運の悪さが今回も悪さしたとは限らないだろう」

 

自分で言っていながら苦しい言い訳だと思う。だがここで私の運の悪さを認めたらなんだか負けた気分になる。

 

「まぁ、そう言う事にしとくよ」

 

これ以上反論するのは墓穴を掘るだけだ。何か別の話しで誤魔化そう。

 

「時津風の砲撃は中々緩まないな」

 

「みかんちゃん達が突入に成功したから、もうそろそろ緩まるはずだけど……」

 

私達はこうしてくだらないお喋りもできるが、時津風の砲撃を避ける為に知床さんは絶えず舵輪を回し続けている。

時津風の砲撃が緩まっていないのは、舵輪を握る知床さんが一番よくわかっている。

 

「砲撃が緩まなくてもりんちゃんがいれば無事に時津風まで辿り着けるよ」

 

「そうだな。ところで西崎さん、頼みがあるんだがいいだろうか?」

 

「撃てなくて暇だしいいよ」

 

「晴雪の突入部隊に指揮官がいない。頼んでもいいだろうか?」

 

海洋学校所属艦同様、晴雪も極度に自動化された(ふね)だ。突入部隊と言っても十人にも満たないがその中に指揮官になるべき人材がいない。暇そうにしている西崎さんなら階級的には指揮官に丁度いい。

 

「え゛!?」

 

「暇なんだろう?」

 

「だけど私、荒事は苦手なんだよね」

 

「確かに学生時代から体を動かすのはそんなに得意ではなかったな」

 

「そうそう! だから別の人に頼んだほうがいいと思うよ」

 

ブルーマーメイドとして致命的、と言うほどではないが西崎さんは運動が苦手だ。砲雷科出身で本人も撃つのが好きなのにも関わらず、武器の開発に回っていたのはこの辺りの事情が関係している。

ブルーマーメイドであればデスクワークが中心の部署でない限りはある程度体力と運動能力が必要だ。

 

「だが西崎さん以外に適任もいない。補佐として納沙さんをつけるから指揮を頼む」

 

「私もですか!?」

 

「納沙さんも接舷すれば暇になるだろう」

 

「それはそうですけど……」

 

不満そうな西崎さんと納沙さんを説得しているうちに、時津風の砲撃は止み晴雪は時津風の右舷側に接舷した。

 

「晴雪突入部隊はPRDTの指揮下に入って援護に向かえ!」



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正体

結論から言うと晴雪突入部隊が突入した時、既に艦内は制圧された後だった。

自分の判断の遅さを悔いる私に、伊良子さんから二人だけで話がしたいと言われたのは渡りに船だった。

 

「すまない。もう少し私の判断が早ければ、伊良子さん達に負担をかけずに済んだのに」

 

「負担だなんて思っていないよ。私達は武装船舶に直接乗り込んで制圧するのが任務。宗谷さん達とは任務内容が違うから、無理に突入部隊を編成する必要はないんだよ」

 

晴雪は幸運にも荒事専門の部隊を乗せているし、他の艦艇と違い無理に部隊を編成する必要はない。理屈では分かっているけど感情面は別だ。

ただでさえ伊良子さんに負担の大きな決断をさせてしまったというのに囮になっただけで、仕事をした気になるなんてできない。

 

「それに今回に関しては突入できなくて本当に良かったと思う」

 

「……私の部下が足手纏いになると?」

 

「普通の相手ならそんな事はないんだけどね。専門ではないとはいえブルーマーメイド。武器も扱えるしテロリストとかの制圧には頭数として数えれるよ」

 

「今回は違ったのか?」

 

「学生がRATtウィルスに感染していたんだよ」

 

「RATtは海洋医大とかの限られた施設で厳重に管理されている。それはないんじゃないか?」

 

RATtウィルスが流出する余地はない。元々海洋研究機関で偶発的に作られ、偶然実験艦が沈んだせいで流出したが、それがなければ外に出る事のないウィルスだ。

根絶したとはされているが、当時は事故も多く行方不明の艦船にRATtが関係したものがなかったとは言い切れない。だからブルーマーメイドの標準装備にはいまだにRATtウィルスの抗体がある。

 

「抗体が効いたから間違いなくRATtウィルスだよ」

 

「それは……確かに間違いないな。だがどうして今更RATtが出てくるんだ。しかもまた横須賀で集団感染だなんて呪われているんじゃないか」

 

この場合呪われているのは横須賀女子海洋学校なのか、それとも校長である母、宗谷真雪なのか。いや、そんなくだらない事を考えている場合じゃない!

 

「抗体が効いた以上はRATtではないなどと世迷ごとを言うつもりはない。問題はどこからRATtウィルスが現れたのかだ」

 

RATtウィルスは厳重に管理されている。それが流出したなど俄かには信じられない。となるとどこにRATtの生き残りがいたという事になるが、それがどこにせよ、日本にとっては大きな問題だ。

 

「今回再びRATtウィルスが現れたが繁殖地を見つけ出さない限りは根本的な解決にはならない」

 

「副長はRATtが野生下で生き残っていたって考えているんだね」

 

「それ以外に何があるって言うんだ。まさか流出したなんて言うんじゃないだろうな」

 

「時津風の様子から横須賀の艦艇は全艦がRATtウィルスに感染しているものと考えられるよね」

 

時津風が感染源だったのか、それとも他の艦艇が感染源なのか、それとも全艦が繁殖地に乗り込み感染したのか。真実はわからないがいずれにせよどこかにRATtの繁殖地がある事はたしかだろう。

 

「時津風一隻がRATtに感染して他の艦艇は反乱した、なんて事じゃないなければそうなるな」

 

その場合はRATtの繁殖地などなく、反乱の主犯であろう教員が反乱に加担しなかった時津風に報復としてRATtをばら撒いた事になる。

 

「野生下で生き残っていたRATtが都合よく横須賀の全艦艇に感染するなんてあると思う?」

 

「都合悪く集結していた全艦に感染したのが七年前のRATt事件だ」

 

「……そうだね。まぁ、何が真実かは、治療が終わった後の時津風の子達への調査で明らかになるよ。それまではできる事をしよう」

 

本部への報告に時津風艦内のRATt駆除。やる事はいくらでもある。RATtの駆除を考えると不本意だが五十六がいた事はラッキーというしかない。アイツほどRATtに対して効果的なものはない。不本意だが。

 

五十六を時津風に解き放ち、待つ事凡そ半日。時津風の甲板に積み上がったRATtを専用の袋に入れ、封をして更に念の為にと捕獲用の罠と殺鼠剤を混ぜた団子を置いて更に一日。その頃には時津風の乗員の治療も完全に終了し、増援も到着していた。

 

「保安即応艦隊、みくら艦長の榊原つむぎです」

 

「晴雪艦長宗谷ましろです。榊原艦長、今回は……」

 

榊原さんは時津風の元艦長だ。表情には出していないが、今回の件で思うところがあるのは間違いない。この場合、なんと声を掛ければいいのだろうか。

 

「久しぶりね。宗谷さんとは大学を卒業して以来になるかしら」

 

「……そうですね」

 

こんな時、艦長なら気の利いた気の利いた一言がすぐに出てくると思うと本当に自分が情けない。

 

「時津風を救ってくれてありがとう」

 

「救ったのは伊良子さん達です。私は何も……」

 

「時津風に接舷して部隊を送り込んでくれたんでしょ? 結果的に伊良子さん達が制圧していたけど、それ以外にも囮になって時津風に攻撃されたり。宗谷さんの活躍がなかったらこんなにも早く時津風を制圧する事はできなかったはずよ」

 

「そんな事は……」

 

「それに貴女が自分がした事に自信を持たないと、貴女の部下が可哀想よ。自分達がした事が無意味だったなんて艦長に思われているなんて。そんな艦長には誰もついてこないよ」

 

思えば、岬艦長はどんな行動でも自信を持ってしていた。そしてそれが成功すれば、誰よりも喜びみんなを労ってくれた。私が自信を持たなければ、部下達はそのが本当に正しかったのかと疑念を持たなければならなくなる。

 

「そうだな。心の底からそう思うのは難しいけど、それは私の中だけにとどまる事にする」

 

「そうした方がいいわ。ところで時津風が感染したと言うRATtウィルスだけど出所はわかった?」

 

「それがさっぱりなんだ。横須賀の艦隊は陸地に立ち寄っていないから野生下で繁殖していたわけではないみたいだし、他の艦隊が反乱を起こしたわけでもない」

 

「となると考えられるのは……」

 

一番厄介で、そして信じたくないものになる。

 

「横須賀を出航した時点で既にRATtが侵入していた事になる。いや、搭載されていたとでも言うべきか」

 

少なくともRATtが載せられたのは人為的な事に間違いはない。もしこれが人為的でなければさ今頃横須賀はRATtウィルスによるパンデミックが起こっているはずだ。

 

「問題はいつ流出して、誰がなんの目的で載せたのか。流出は事故なのか、何者かの意図的な行動なのか」

 

「宗谷さんの考えは?」

 

「情報が少なすぎる。現状では流出したと信じたいところだが、詳しい事はみなみさん、鏑木衛生長の解剖待ちだな」

 

幸運な事に晴雪にはRATtの専門家であるみなみさんが乗り込んでいる。みなみさんならより詳細な情報を入手できるだろう。

 

「鏑木美波さん? 海洋医大にいたんじゃなかったの?」

 

「岬さんの依頼で晴雪に異動になったんだ」

 

「そうだったの。だけど助かったわ。RATtの専門家なんて殆どいないのにその数少ないRATt研究者が晴雪にいるのなら、詳しい情報を得ることができそうね」

 

「私もそれを期待している」

 

ふぅ、と榊葉さんは息を吐いた。

 

「宗谷さんの手前、あまり言いたい事ではないのだけど宗谷派には気をつけた方がいいわ」

 

「唐突だな。今までの話に宗谷の事は関係なかったはずだが?」

 

「最初のRATt事件は横須賀女子海洋学校で起きたでしょ? そして今回の二度目も横須賀。いえ、海賊によるプラントの占領まで含めると横須賀関係の事件はこの七年で三回よ」

 

横須賀には母さんが、元宗谷派のトップである宗谷真雪がいる。だからと言って今回の騒動や七年前の事件を宗谷派のせいにするのはナンセンスだ。

 

「偶然だろう。今回に至っては前回から七年も経っているし、海賊はRATtとは無関係だ」

 

RATt事件と今回の騒動ならともかく、海賊とRATtに因果関係はない。ほんの数ヶ月の間に横須賀で事件が起きたからといってその全てが横須賀の、ひいては宗谷派のせいだなんて突拍子がなさすぎる。

 

「だけどそう考えなかった人達がいるの。今回の件で、その人達は余計に疑念を強めたと思うわ」

 

「それは一体……」

 

誰なんだ、と言う質問は扉がノックされた事で発せられる事はなかった。

 

「失礼する」

 

「お邪魔するね」

 

入ってきたのはみなみさんと伊良子さんだった。

 

「久しぶりにほっちゃんとお菓子を作ったからよかったら食べて」

 

伊良子さんがきたのは偶然か、それともみなみさんが声を掛けたのかわからないが伊良子さんがきた事で、これでこの場に一正全員が集まった事になる。

 

「解剖して色々とわかった事があるから伝えにきた。伊良子さんにも聞いてもらう必要がある」

 

みなみさんの解剖結果にはかなり期待している。この結果によっては、ブルーマーメイドの行動方針が決まるかもしれない。

 

「結論から言うと、第一回のRATt事件とあまり変わりはない」

 

「どう言う事だ?」

 

「RATtの年齢は殆ど同じで、性別は全てオスだった」

 

「電気泳動装置もあったから遺伝子の検査もできたからしておいたが全てに血縁関係があり、捕獲した個体の中に一匹だけだが遺伝子疾患らしき症状を持った個体がいた」

 

予想外だった。もう少し以前とは違う結果になると思っていたのにまるっきり同じと言ってもいいくらいだ。

 

「何か違いはなかったのか?」

 

「RATtの数が異様に多い。航洋艦だと最大で八匹だった前回の倍を超える十八匹のRATtが見つかっている。五十六が食べたものがあればその数は更に増える」

 

前回は最大二十六匹で確か鳥海か摩耶から十八匹くらいのRATtが見つかっているはずだ。時津風にそれほどの数のRATtがいたとは驚きだ。

 

「大型艦の駆除作業が大変そうね。前回、武蔵に関しては五十六がいたからすぐに終わったけど、鳥海とか摩耶は艦内の清掃にかなりの時間がかかったと聞いたわ。安易に乗り込むのは危ないわね」

 

「ウチには五十六がいるからいいが、他のブルーマーメイドは警戒すべきだな」

 

不本意だが五十六がいて本当に良かった。いなければ時津風は未だにRATtが占領していた事は間違いない。

 

「前回は武蔵以外は日本の領海を出るような動きだったけど、今回のRATtはどこを目指してるんだろうね」

 

「感染場所が前回よりも更に本土に近い」

 

「まさかいきなり東京に侵入する。なんて事はないよね?」

 

「それは大丈夫だと思うわ。武蔵の浦賀水道侵入で本土近海の警戒態勢は以前の比じゃないからすぐに気がつくはずよ」

 

「そうだな。海上に無人のレーダーサイトを設置しているから、事前申告がない艦船が侵入してきたらすぐにわかる。ブルーマーメイドも増員されたし対応する部隊も十分。問題はないだろう」

 

「だとしたらRATtは一体どこに向かうんだろう……」

 

「前回の行動記録から人口密度の高い場所を目指す事は間違いない。しかしそれがどこを目指すかを突き止めるのは困難だ。私はRATtの研究をしてきたが、それはあくまでもウィルスそのものに関してだけだ。RATt感染後の動きについては当時の行動記録以上のものは誰も持ち得ない」

 

RATtに感染させてその行動を見る、なんて言うリスクの高い事をできる研究機関は日本に存在しない。

 

「RATtが都市部に向かうと推測して行動するか、領海から出ようとするのか」

 

両方の行動を同時に対策するだけの戦力は、ブルーマーメイドにはない事だけは確かだった。



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指示

保安即応艦隊所属のみくらと警備救難部所属の晴雪の命令系統は違う。だから同じ任務でも違う命令が出ているなんて事はざらにある。だけど今回はそれが一致していた。

 

「時津風が自力航行可能なら単独で横須賀に帰還。その場合、私はみくらと共に残りの横須賀所属艦の捜索か。珍しく方針が一致したな」

 

警備救難部の艦艇の航洋艦は保安即応艦隊の引退艦が多いが、運用方針とコストの問題から晴雪のような一部例外を除いて武装の多くを撤去し、スキッパーや内火艇、飛行船の運用スペースに変わっていて捜索任務に向いている。

そのため保安即応艦隊は警備救難部では手に負えないような規模か、余程人手が足りない限りはこの手の捜索任務に出てくる事はない。

 

「千葉司令官と岬さんが話し合って決めたみたいよ」

 

「行方不明の横須賀所属艦は教員艦含む十三隻。私達だけじゃ到底対応しきれない」

 

「保安即応艦隊からは他にみやけ、こうず、はちじょうが派遣されるわ」

 

「警備救難部は航洋艦クラスの(ふね)を晴雪以外に十隻、小型艦艇に至っては数十隻単位で派遣して捜索に当たるそうだ」

 

「最近の事情を考えると大盤振る舞いね」

 

海難事故や海賊の多発から警備救難部は人手が足りていない。正直領海内の警備任務で精一杯だ。一体どこからこんな大規模な部隊を捻出したのだろうか。

 

「本当にすごい戦力だ。一体どこにこんな戦力があったのだろうな」

 

「普通に考えたら他の艦艇の負担を大きくして捻出したんだろうけど……」

 

警備救難部の艦艇一隻ごとの警備範囲を広くして捻出した艦艇を今回の事件の対応に当てる。言葉にすると簡単に聞こえるがそんなはずがない。海難事故やテロ被害が増えていたからこそ艦艇が必要だったのに、その対応のための艦艇を減らしてしまっては元も子もない。今回の事件に対応するとしてもこれほど大規模な部隊を用意するだけの余裕は本来警備救難部にはない。

 

「保安即応艦隊から部隊を捻出して警備に当たったと言う事は?」

 

「千葉司令官は保安即応艦隊は事件を解決させるための最終手段であって初期対応については警備救難部が担うべきという原則を守っている人よ。今回のケースだと近くにいた四隻以外を投入する以外は、警備救難部の手で学生艦の位置をある程度割り出さない限りは動かすつもりがないと思うわ」

 

警備救難部は事件の初期対応を担い、保安即応艦隊が事件の終息を行う。警備救難部の艦艇で事態に対処できるならそれでいいが、そうでなければより強力な艦艇を持つ保安即応艦隊が対応する。これは日本ブルーマーメイドの基本スタンスであり、千葉二監もまたそれを守っている。保安即応艦隊が警備任務に駆り出される事はまずない。

 

「千葉二監も岬さんも、学生艦はまだ初期対応の段階であると考えていると言う事か。だが、学生艦とはいえ中には武蔵もいるんだぞ。既に保安即応艦隊が出る段階だと思うが……」

 

「私も同感よ。だけど上が警備救難部と少数の保安即応艦隊で対応可能と判断したのなら、私達はそれに従うしかないわ」

 

榊原さんの意見は正しい。私もそうすべきだと思っているが、RATt事件の当事者で武蔵の怖さをよく知っているはずの岬さんと、紀伊艦長だった千葉二監がこんな甘い対応をする事は違和感がある。

RATtは時間が経てば経つほど他の艦船と接触し、数を増やす可能性が高くなる。できることなら早期鎮圧が望ましい。そして早期鎮圧を目指すのならすぐにでも保安即応艦隊を投入すべきだ。なのに保安即応艦隊投入しないのは時間稼ぎ、まるでRATtによる被害拡大を阻止するつもりがないかのようだ。

 

「そういえばRATt事件に宗谷派が関わっていると疑っている人がいると言っていたが、アレは一体誰なんだ?」

 

「……誰だと思う?」

 

「普通に考えたら宗谷派の対抗派閥、つまり横須賀、舞鶴、佐世保の三派閥のいずれかになるが……」

 

派閥と縁のない私には宗谷派とどのような理由から対立しているのかわからない。この三派の中からどこが疑っているのか絞る事ができない。

 

「RATt事件に宗谷派が関わっていないとは言わないのね」

 

榊原さんからRATt事件に宗谷派が関わっていると言われた時、最初は頭で否定した。だけどよく考えてみると、それなら辻褄が合う。合ってしまうんだ。

 

「……武蔵とシュペーがRATtに感染した事の説明だけが、どうしてもつかなかったんだ」

 

RATtは西之島新島にあった。なのに西之島新島に到達していない二隻が感染したのは何故か。答えは一つしかない。

 

「横須賀を出港した時点で既にRATtは武蔵とシュペーに積み込まれていた。いや、もしかしたら他の(ふね)にも積み込まれていたのかもしれないな」

 

少なくとも武蔵とシュペーにRATtが積み込まれたのが西之島新島でない事だけは確かだ。なら他の学生艦もそうでないと誰が言えるのだろう。

 

「RATt事件は海洋研究機関の不注意による人災なんかじゃない。ブルーマーメイド関係者が意図的に起こしたテロ行為だ」

 

当時のブルーマーメイドの中心は母さんと姉さん、宗谷真雪と宗谷真霜を中心とした宗谷派だ。この結論に至った誰もが、この二人が関与していない可能性を除く事ができない。俄かには信じ難い事ではあるし、おそらく二人は関係ないだろうとも思っている。だけどその可能性を排除する合理的な理由を、私は持ってはいない。

 

「だが、今回に関しては少なくとも真霜姉さんが関与している可能性だけは否定できる。姉さんは安全監督室室長を辞めてから、日本ブルーマーメイドの代表として世界中を飛び回っている。最後に帰国したのは一年前で今はドイツにいるから絶対に関与していない」

 

だけだ母さんだけは否定し難い。横須賀女子海洋学校の艦艇にRATtを仕込むならこの上ない立場に母さんはいる。いくら身内とは言えあまりにも黒すぎる。容疑者が身内だったとはいえこんな簡単な結論に辿り着けなかったなんてあまりにも不甲斐ない。

 

「まさか宗谷派以外の三派閥は全て疑っているのか?」

 

「私からはこれ以上言う事はないわ。こう見えても派閥に属している身だし、内部事情を必要以上に宗谷家の人間に知られるわけにはいかないの」

 

宗谷家の人間に知られるわけにはいかないか。

 

「榊原さんは横須賀派か?」

 

「そうよ。宗谷さん達晴風クラスを除いて、同期の殆どは横須賀派よ」

 

「高橋さんや前田さんもか?」

 

「同期の艦長だと杉本さんと藤本さんが無派閥で、その関係で明石クラスと間宮クラスは参加率が低いけど、それ以外は大体横須賀派よ」

 

藤本さんはともかく、杉本さんが不参加というのはなんだか納得できる。杉本さんは言葉を選ばずに言うなら愉快犯のような人だ。

海賊事件の時も秘蔵コレクションとか言ってどこからともなく出してきた三十六インチ魚雷を晴風に載せたり、武蔵と戦った時には噴進弾を載せたりとやりたい放題。それでいて本人は安全なところから結果だけを知る。明石が戦闘をできるような艦艇でなかったこともあるだろうが、今の状態で派閥抗争に参加していないあたり本人の気質も大きいのだろう。

 

「と言う事は榊原さんも宗谷派を疑っているわけだ」

 

「私達が宗谷派を疑っているとは一言も言ってないわ」

 

「だが宗谷派から岬さん達が離れた原因の一つには違いない。違うか?」

 

岬さん達は母さんがRATtを放ったとは思っていないかもしれない。だけどその可能性が高い以上は、一度離れて真実を調べる必要があったのだろう。

 

「私達は校長先生が私達に害を加える人じゃない事を知っているわ。だけどそれが、無条件にRATt事件の黒幕でないと信じる根拠にはなり得ない。あの時間で一番得をしたのはブルーマーメイド、ひいては宗谷家だったのだから疑ってはいなくとも、その潔白を証明するためにも宗谷派とは距離をおかなければならない」

 

あの頃はブルーマーメイドとホワイトドルフィン、両者の関係は対等だった。だがあの事件以来ブルーマーメイドは日本海の治安維持において最も大きな力を持つようになった。今では上位組織である国土保全委員会ですらブルーマーメイドに意見するのは難しい。今のブルーマーメイドはそれほどの力を持っている。

 

「……警備救難部に異動になる前、知名二監からRATt事件の再調査を命じられた。今にして思えばアレは私に宗谷派の闇の深さに気がつけばと言うメッセージだったのかもしれないな」

 

本来ならあの時点で宗谷派の怪しさに気が付かなければならなかった。なのに身内相手だからと私は甘い判断を下した。武蔵とシュペーの感染経路が猿島経由でない時点で残された可能性は二つ。一つは晴風のように偶然RATtが流れ着いた。二つ目は横須賀を出港した時点で既にRATtが乗り込んでいた。可能性が高いのは後者だろう。

 

「まさかとは思うが晴風にRATtが流れ着いたのは偶然じゃなかったのか?」

 

よく考えたら停泊している晴風に偶然事件の原因であるRATtが流れ着くなんてありえるのだろうか。

 

「だが偶然ではないとしたら……」

 

私は晴風クラスの仲間を疑わなければならなくなる。あの時オーシャンモール四国沖店に行っていた艦長、伊良子さん、和住さん、みなみさんの四人以外は全員容疑者だ。

 

「確かに晴風にRATtが流れ着いたのは偶然じゃないかもしれないわ。だけど岬さん達はその可能性を考えない事にしたわ」

 

「何故だ!? 艦長達なら容疑者を絞り込むくらいは……」

 

私よりもずっと早くその結論に達していたであろう岬さん調査をしないはずがない。なのにその可能性を捨てて信じるなんてあり得ない。

 

「理由は私も知らないわ。だけどなんとなく理解はできるの」

 

榊原さんはふぅ、吐息を吐くと言った。

 

「私達は学生時代に艦長を経験したわ。今の宗谷さんなら分かると思うけど艦長って言うのはすごく大変なの。だけどやりがいもある。そしてクラスメイトとは言え最初の乗組員、部下と言うのはどうしても思い出深いものになるの」

 

懐かしそうに、だけど苦しそうに榊原さんは告げる。

 

「岬さんにとってもきっとそうよ。クラスメイトを、自分の最初の部下を疑うだなんてできるわけがない。たとえ小さな可能性だとしても、偶然晴風にRATtの入ったボックスが流れてきた。そう考えたいと思っているんだと思うわ」

 

「だけどそれは警備救難部長らしからぬ考えです」

 

海を守るブルーマーメイドならば、その可能性を無視する事はできない。もしその裏切り者が原因で失脚したりすれば目も当てられない。

 

「だけど私が知っている、私達が知っている岬さんならクラスメイトを最後まで信じるわ」

 

「……そうですね。なら私も岬さんにならって信じることにします。私のクラスメイト達を」



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合流

保安即応艦隊からの追加の援軍三隻と私達が合流したのは翌日の事だった。

 

「保安即応艦隊の能村進愛だわ」

 

「晴雪艦長の宗谷ましろです」

 

能村さんは呉女子海洋学校出身で元大和副長だ。今は保安即応艦隊のみやけで艦長をしている。

 

「久しぶりじゃんね」

 

「お久しぶりです」

 

「そんな敬語にならんでいいよ。私と宗谷艦長は同じ一正で海洋大学は同じ年に卒業したからブルーマーメイド就職は同期だがや」

 

私が二年飛び級、能村先輩は一年飛び級だから海洋大学の卒業は同時。大和型で副長をしていただけよかったとあって優秀な人だ。

 

「先輩相手にそう言うわけにはいきませんよ。それに今回事件で保安即応艦隊の艦艇四隻は能村先輩が指揮すると聞いています。指揮系統は違いますが司令官相手にそう言うわけにはいきません」

 

今回能村先輩は保安即応艦隊司令官の千葉二監の指名で保安即応艦隊のRATt対応部隊の司令官に任命された。本来なら三監が任命されるべき役職に一正で任命されるたのは大抜擢と言っていいだろう。

 

「私より宗谷艦長の方が大変だわ」

 

「私がですか?」

 

「気付いとらんの?」

 

四隻の艦艇を指揮下に置き、RATtに感染した学生艦の鎮圧を担当する事になる能村さんが誰よりも大変なはずだ。警備救難部所属の艦艇として学生艦を探すだけだ。

 

「PRDTを乗せてる晴雪は、学生艦の鎮圧に主力となって動く事になるじゃん」

 

PRDTの所属は警備救難部だ。保安即応艦隊の艦艇に乗船する可能性が無いわけではないが、時には接舷乗り込みのように船体にダメージを与えるような乗り方をするため、最新鋭艦の配備される保安即応艦隊の艦艇はあまり使われない。

 

「航洋艦相手ならともかく、武蔵や比叡のような大型艦には晴雪では対処できません」

 

「前のRATt事件で武蔵、比叡の鎮圧に貢献した晴風副長らしからぬ言葉やね」

 

航洋艦で、それも旧式の航洋艦で大和や比叡、シュペーと正面から渡り合った晴風は客観的に見れば凄まじい(ふね)だ。だけどそれはあのメンバーで、あの艦長だからこそできた事だ。仮に私が艦長ならきっと大和は東京湾に突入していたし比叡はトラック諸島に、シュペーはアドミラリティ諸島に甚大な被害を及ぼしていただろう。

 

「艦長が良かったですから」

 

「その艦長の指示を受けて実行したのは当時の晴風クルーだら。自信を持ったらええのに」

 

「他のみんなの働きと比べたら私が果たした役割はそれほど大きなものではありませんから」

 

私がした事といえば比叡への砲雷撃の指示とシュペーとの戦闘指揮くらいのものだ。艦長の指示でそれらをこなしたけど全部クラスメイト達の働きあっての事。私の手柄じゃない。

 

「謙虚じゃね」

 

「事実ですから」

 

副長というのは難しい立場だ。普段の業務は艦長の補助や艦長が非番の時の(ふね)の指揮だ。

シュペーの時のように艦長が不在だと艦長の代わりに(ふね)を指揮するが、その時の船員はあくまでも艦長が指名した代理だから従うのであって、副長個人への信頼からではない。もちろんそうでない人もいるが、基本的に副長と言うものは船員から艦長への信頼を背景に(ふね)を指揮する。他のみんなはそれぞれ決まった役職をそれぞれに対する信頼から任されているのに、副長は副長個人への信頼ではなくその背後にいる艦長への信頼から職務を代行する。役職は艦長に次ぐ高さだが、その信頼は他のみんなよりも低い。

 

「副長と言うものがいかに難しい立場にあるのか、能村先輩なら理解できると思いますが……」

 

「否定はせんよ。だけど副長だからと言って艦長に負けてるなんて思った事は一度もあらへんよ」

 

「それは大和の副長だったからでしょう。大和の副長ともなれば、(ふけ)を選ばなければ艦長になるだけの素質はあったはずです」

 

大和型の副長ともなれば勉強面はもとより、それ以外の資質においても十分なものを持っていたはずだ。

 

「それは違うだら。確かに素質はあったと思うけど、まだ艦長には早い。艦長になるよりは副長として経験を積んだ方が、後々の成長につながると思われたからなんだわ。宗谷艦長も同じなんと違う?」

 

「……確かにあの頃の私はまだ艦長になるにはやばかったと思います。ですが今の現状を鑑みるに副長として艦長を支える事ができていたのか自信が持てないんです」

 

今艦長が私を必要としていない事が何よりの答えなのではないか。そう思えてならない。

 

「RATtの時も海賊の時も晴風クラスは誰一人欠ける事なく帰って来れた。それは艦長はもちろん、副長の力もあったからできたことやと思うよ。自信を持ち」

 

学生時代ならそう言われれば嬉しく、自信を持てただろうけど今は無理だ。どうしても自分の実力に疑いを持ってしまう。

 

「どうしても自信を持てへんなら今回の事件で手柄を立てて自信を持てばええわ」

 

今回の事件で手柄を立てて自信を持つか。それはいい考えかもしれない。客観的に見て、私に足りないのは自信だ。なぜ自信が持てないのか、その理由はよくわかっている。

艦長と言うものをしているとどうしても学生時代の岬さんを比較対象としてしまう。学生の岬さん相手に指揮能力で劣るつもりはないが、学生の身分であれだけの指揮を取れた岬さんと比べると今の私はそれほど特筆したものがないように思えてしまう。ここで一つ、大きな功績を上げれば少しはその気持ちがマシになるかもしれない。

 

「晴雪が学生艦鎮圧の主力になると言っていましたけどそれはどう言う意味ですか?」

 

「武蔵、比叡以外の学生艦は貧弱でこっちから攻撃が出来へんやん。だからPRDTが乗船しとる晴雪が主力となって鎮圧する事になるんだわ」

 

「保安即応艦隊に移すと言う手もありますが……」

 

「私もそう提言したんやけどね。千葉先輩と岬二監が却下したんよ」

 

「岬さんだけでなく千葉二監もですか?」

 

岬さんが却下するのはまたわかる。だけど千葉二監も反対したのはよくわからない。

 

「保安即応艦隊の艦艇が損傷するリスクを避けた、と言う事でしょうか?」

 

「意図としてはそうやと思うけど……」

 

「らしくないですね」

 

千葉二監の人柄からすれば少し違和感がある。少数とはいえ保安即応艦隊を出した以上は学生艦鎮圧のために全力を尽くしそうなものだ。晴雪にPRDTを乗せるよりは足の速い保安即応艦隊の艦艇に乗せた方が発見後すぐに対応できるから千葉二監ならそうすると思っていた。

 

「理由がなんにせよ、宗谷艦長が主力になって動く事は変わらんよ。多分、警備救難部が発見した学生艦の鎮圧に向かうよう指示があると思うわ」

 

「ですがそれは保安即応艦隊も同じですよね」

 

「みくらくらいは派遣するかもしれんけど案外、武蔵と比叡発見に対応するために待機ってこともあると思うよ」

 

武蔵と比叡以外なら晴雪で対応できなくもない。だけど武蔵と比叡だけはやはり別格だ。火力、装甲ともに高く晴雪では近づく前に撃破されるだろう。

保安即応艦隊の艦艇でもそれは変わらないが、火力においては警備救難部よりも優れたものを持っている。精度もいいから武蔵と比叡を沈めずに、負傷者が最小限になる程度に攻撃する事ができるだろう。

 

「保安即応艦隊の艦艇が来てくれると心強かったのですが、そうはいきませんか」

 

「最近の事情を勘案すると無理やろね。海難事故や海賊が増えてるからその対応のためにこれ以上は無理。警備救難部が無理して出した艦艇は本来、それらに対応する部隊だら。普段よりも保安即応艦隊を出す基準は下げとるやろうけど、過度に動きすぎるとここぞとばかりに海賊の行動が活発化しかねんよ」

 

私達が学生だった頃は航海実習を行う場所まで数日かけて航海することもあった。だけど今はそれができないくらい治安が悪化している。海賊に学生艦奪われる事を警戒して海洋学校の航海実習は本土近海でしか行われなくなっている。

もし鎮圧に手間取るような事があれば海賊の活動はさらに活発化して日本のブルーマーメイドだけでは対処しきれなくなるだろう。

 

「RATtと海賊のせいでホワイトドルフィンが弱体化した事が遠因ですが、今回の事件でより酷い事になりそうですね」

 

「そうやね。できる限りそれを小さなものにするためにも早期解決は不可欠だわ」

 

「警備救難部の艦艇に予想範囲で哨戒してもらっていますが結果が出るまでにどれだけの時間がかかることか……」

 

「可能ならPRDTを派遣してもらって、保安即応艦隊の方にも乗せたいけど、海賊のことを考えるとそれもできんしね」

 

「そもそも学生艦の鎮圧にPRDTは過剰戦力ですから」

 

銃火器で武装した海賊ならともかく、学生艦の艦内でそれらが使用される事はまずない。能村先輩は私達が主力となると言っているが、なにもPRDTでなくとも学生艦の鎮圧は可能だ。だから追加のPRDTが送られる事はまずない。

 

「自動化された弊害で学生艦の鎮圧を単艦でできるのは晴雪くらい。PRDTと言わずとも突入部隊くらいは欲しいわ」

 

(ふね)によるが、ブルーマーメイドの搭乗員数は三十人から五十人ほど。そこから必要のない人員を学生艦の鎮圧に回すとすれば八人から十二、三人だろうか。鎮圧できなくはないが、余裕があるとは言い難い。

PRDTも人数の上では十二人と少数だが、装備も練度も桁違いだ。

 

「参加している警備救難部の艦艇の余剰人員を保安即応艦隊に移せませんかね」

 

「所属が違うし無理やと思うよ。それに哨戒能力と不意遭遇時の対応力が下がるからできればそれはしたくないんだら」

 

「しかし晴雪一隻だと複数の艦艇が見つかった時、能村先輩達もでなければなりません。そのタイミングで武蔵や比叡が見つかれば対応しきれません」

 

航洋艦が複数見つかる分にはそれほど問題はない。だが武蔵や比叡が見つかればかなりまずい。警備救難部の艦艇の多くはこの二隻を長時間見張れるほどのスペックはない。下手をすれば遠距離からの砲撃で沈みかねない。

 

「ないとは言い切れんね。対策としては祈るくらいしかあらへんよ」

 

「……神頼みは嫌ですね。私は神様に嫌われているようなので」

 

運が悪いと諦める事はやめたけど、それはそれとして自分の運の悪さが相当酷いものだと言う自覚はある。本当に今言ったような事にならなければいいが……。

 

「冗談じゃね。もし同時に見つかるようなことがあれば、千葉先輩を説得して保安即応艦隊を派遣してもらうから安心するじゃね」

 

「お願いします。その時は私からも岬さんにお願いするようにします」

 

「ほうしてくれるとありがたいわ。流石に現場指揮官二人からそれぞれの上官に直接提言したら無視できんじゃらからね」

 

「そうですね」

 

岬さんは無視するのではないか、と思ってしまったけどそれはないと理性の面で打ち消した。いくら今の岬さんがわからないからと邪推しすぎだ。



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発見

多くの艦艇が投入されただけあって、学生艦を見つけるまでそれほど長い時間はかからなかった。

能村先輩と合流した翌日、天津風が見つかったと報告があり、晴雪は現場海域に向かうよう司令室より命令が下された。

 

「近海の警備救難部所属の艦艇を指揮下に置いて天津風を確保せよ、か……」

 

「これってつまり、しろちゃんが警備救難部の現場指揮官のトップに立った、ていう事でいいんですよね」

 

「この後見つかるであろう他の艦艇に対しても同じ処置をとると言われたし、そうなるだろうな」

 

「副長大出世じゃん!」

 

「出世したと考えていいのだろうか?」

 

実質的な司令官と言えるかもしれないが、あくまでもこの任務にだけの限定的なものだ。学生艦の鎮圧が終われば元に戻る。

 

「が、学生艦を鎮圧できれば多分その功績で三監にはなれるんじゃないかな? だから実質的には出世って考えてもいいような……」

 

「だが酷い失敗をすれば閑職に回される事もあるだろう」

 

もしも学生艦の鎮圧に手間取り、それどころか警備救難部の艦艇を複数失うような事があれば、晴雪にはいられなくなる事は間違いない。

 

「しろちゃんがそんなに酷い失敗するとは思えませんけどね」

 

「信頼してくれているのは嬉しいが、人間である以上間違える事はある」

 

決定的な失敗はしないだろうという思いはある。だが同時に凄まじい功績を上げる事はないだろうとも思っている。学生艦は単艦で見ればブルーマーメイドの保有艦艇よりも強力な(ふね)が揃っているが全体で見れば当然ブルーマーメイドが勝る。余程大きなミスをするか、不運が重ならない限りは鎮圧できないはずがない。

 

「私達もついてるし、もし間違った方法を取ろうとしたら全力で止めるから大船に乗ったつもりでいなよ」

 

「……そうだな、その時は頼む」

 

間違いを犯さないに越したことはないが、絶対に間違わない人間など存在しない。だが頼れる仲間がいれば間違いを犯しそうになっても止めてくれる。不本意だが、これに関しては岬さんが晴雪に晴風クラスを多く揃えてくれた事に感謝しなければならない。

 

「差し当たっての問題は天津風だな。警備救難部の艦艇を指揮下に置くと言っても大きさは様々。非武装の艦艇もあるから作戦にまだ使える|艦『ふね》がどれくらいあるのか把握しなければならない」

 

警備救難部所属の(ふね)は晴雪のように重武装なものは稀だ。その多くは数十トンから数百トンで、武装も機関銃が一基だけと言う貧弱なものばかりだ。

だがそれでも海賊ぐらいであれば十分に鎮圧できるし、もしもの場合は晴雪のような重武装の(ふね)が出撃するから普段の業務には問題はない。

しかし今回のように重武装の艦艇が対象であれば話は変わる。これを鎮圧するには保安即応艦隊からも戦力を持ってこなければならない。航洋艦、巡洋艦はともかく戦艦はあまりにも荷が重い。もっとも、戦艦を撃沈するならの話であって、学生艦をできる限り無傷で鎮圧するとなれば保安即応艦隊でも荷が重い事は間違いない。

 

「航洋艦は晴雪以外に十隻いますが、晴雪のように噴進魚雷が装備されている航洋艦はいません。まぁ、晴雪が以上に重武装なだけなんですけどね」

 

「元々学生が運用する為に改装していたからな。警備救難部に相応しい武装ではない」

 

「小型艦は非武装艦が十四隻。それ以外は機関銃を搭載していますけど学生艦相手にはあまり意味がありませんね」

 

「天津風を発見したのはどの艦艇なんだ?」

 

「発見したのはあわぐもです。百トンクラスの巡視船なんで警備救難部では大型に分類される(ふね)ですね。速力は三十六ノット出るのでなにか大きなミスをしない限りは逃げ切れると思いますよ」

 

百トンとなれば警備救難部の(ふね)の中では大型の部類になるが、やはり主任務は海賊船などの取り締まりだ。たとえ航洋艦相手でも役に立つとは思えない。

 

「近くに航洋艦はいないのか?」

 

「一番近くにいるのが晴雪です。航洋艦の増援を待てなくはないと思いますけど、それをすると他の学生艦が見つかった時、迅速に対応できなくなります」

 

学生艦の鎮圧にあたり、警備救難部は一隻の航洋艦を中心に小型艦で哨戒する体制をとっている。もし学生艦が見つかれば近くの航洋艦が晴雪か、保安即応艦隊到着まで足止めをする。

天津風は偶然晴雪の近くで見つかったから航洋艦を指揮下に置くことはないが、本来なら晴雪含め航洋艦二隻で鎮圧に取り掛かれるはずだったが、今回は運悪く他の航洋艦が到着まで時間がかかる場所で天津風を見つけてしまった。

 

「時津風の時と同じ作戦で行きますか?」

 

「おそらくそうなるだろうが、まずは伊良子さんと相談してからだな」

 

晴雪の指揮官は私だが、PRDTの指揮官は伊良子さんだ。勝手な行動は慎まなければならない。

 

「じゃあみかんちゃん呼んできた方がいいかな?」

 

「そうだな。天津風と出会う前に作戦は決めておきたい」

 

艦橋に入り、私の意見を聞いた伊良子さんは時津風と同様の作戦を使う事に同意してくれた。しかし一つ、注文をつけてきた。

 

「作戦の方針はそれでいいと思うけど、晴雪の行動は変えた方がいいと思うな」

 

「行動を変える?」

 

「うん。前回は結構行き当たりばったりだったけど、今回は準備時間もあるしもっとちゃんと作戦を立てた方がいいと思うんだ」

 

「なるほと、言われてみればそうですね」

 

学生時代、大和や比叡を止めた時も事前に作戦は練っていた。それが全て上手くいくとは限らないのは当然知っている。だが、前回上手く行ったからと言って今回も同じような作戦でいく、という大雑把なものよりは前回の教訓を活かして新しい作戦を立てるべきだろう。

 

「伊良子さん達も作戦を変えるのか?」

 

「宗谷さんの作戦が変われば私達も行動を変えるよ。突入の準備をするまでここにいるから一緒に作戦を見直そっか」

 

こうして、天津風と出会うまでの間伊良子さんと私達で作戦のすり合わせが行われた。

 

「天津風に対して直接の攻撃が認めららないのは時津風の時と同じだな」

 

「だけど中にいる学生がRATtに感染しているのがわかっている事は大きな違いだよ」

 

「そうだな。学生が乗っていてRATtに操られているとわかっているだけでも、作戦中に考えなければならないことは大きく減る」

 

時津風の時は中にいるのが学生なのかそれ以外なのか、頭の片隅ではその事を考え続けていた。そんな無駄な思考をしなくてもいい分、天津風に対して集中できる。

 

「作戦そのものは概ね、時津風の時と同じでいいだろう。伊良子さんは何か晴雪にしてほしいことなどあるだろうか? あればそれを作戦に組み込むが……」

 

「強いて言うなら天津風の目を潰して欲しいかな。煙幕を使ってくれれば、より安全に天津風に近づく事ができるよ」

 

「なるほど、煙幕か。確かにそれがあれば突入する際の危険はかなり低減できるな」

 

煙幕で伊良子さん達に目隠しを提供できれば、接近中に気付かれる可能性を低くできる。近くに岩礁などがあればその影を行けばいいが、生憎天津風発見地点の近くにそんな都合のいいものはない。

 

「煙幕を展開するためにも、晴雪は天津風と接触後に一度後退する必要があると思うんだ」

 

「……そうか、煙幕による道に天津風を誘導しそこを伊良子さんたちが通る。あるいはそこに隠れて近づいてきた天津風に奇襲に近い形で乗り込む事もできる」

 

RATtに感染した艦艇の行動は極めて単純だ。見つけた艦艇は攻撃して撃破する。晴雪を見つかればをたとえ煙幕があってもその姿を水平線の彼方に消すまでは追い続けるだろう。

 

「レーダーもあるし、うまくは行かないかもしれないけどやってみる価値はあるよ」

 

「たしかにそうだ……いや、レーダーはRATtのせいでうまく機能していないんじゃないか?」

 

「あ、そっか。RATtは電子機器を軒並み使えなくするから煙幕だけで十分な効果があるんだったね」

 

RATtは電子機器を無力化する。立石さんが感染した時に一度経験してはいるが、改めて考えると無力化している者も、その効果範囲も曖昧だ。

実のところ、RATtウィルスに対する研究はウィルスが起こす感染者の凶暴化と生体電流ネットワークに対して主眼が置かれていて電子機器の無力化に関してはそれほど研究が進んでいない。いや、進める事ができていないと言うべきかもしれない。

RATtは電波を遮断するケースに入れられて飼育、保存されている。影響を与える電子機器の特定やその原因などには電子機器を用いなければならないが、特定にはケースから出す必要がある。しかし出してしまっては特定のための電子機器が無力化されるため研究ができない。結果として解剖を中心とした電子機器を用いない研究が中心となり、電子機器の無力化に関してはこれっぽっちも研究が進んでいない。

 

「一度RATtが無力化する物を全部洗い出して作戦を立てた方がいいかもしれないな」

 

「前回の突入では突入直前に無線が使えなくなったんだ。だから途中から万里小路さん達オペレーターの指示が聞こえなくて少し混乱したよ」

 

「無線が無力化されていたのか!? 聞いてないぞ!」

 

無線が無力化されたのならもしも伊良子さんたちが学生艦の中で感染し、孤立したら私達はどうする事もできなくなる。その事実を伝える手段がない以上、私達はしばらくの間学生艦から逃げ惑う事になる。

 

「宗谷さんの覚悟が決まっていない間はその事実は伏せておいたほうがいいと思ったんだ」

 

「……今は違うと言う事か?」

 

「無線の事を知らない状態で、万里小路さんから作戦失敗と撤退を知らされたら宗谷さんは葛藤を覚えても撤退はしたでしょ?」

 

「晴雪の乗組員を不必要に危険に晒すわけには行かないからな」

 

無線が通じないのに撤退を伝えるという事は、万里小路さんと伊良子さんの間で何か取り決めがあったと言う事だ。それに従わない理由はない。

 

「正しい判断だよ。だけど万里小路さんは宗谷さんよりも階級が下なんだよ。いくら事前に取り決めがあっても理由を説明せずに上位者に撤退を命じるなんてできない。後々万里小路さんに不利益が生じる事になると思うんだ」

 

事前に取り決めてあってもそれはPRDTの隊長からの要請ではなくオペレーターからの要請で撤退した事になる。一正の私が同じ一正の伊良子さんの要請で撤退したならともかく、下の階級の万里小路さんからの要請で撤退するのは少し、いやかなり外聞が悪い。

 

「少し前の宗谷さんにはまだ艦長としての、指揮官としての覚悟がなかったように見えた。だけど今の宗谷さんは、完璧とまでは行かずとも指揮官として十分にやっていけると思う。誤解を恐れずに言うのなら、指揮官として信頼に欠けていたから私は無線が通じない事を伝えない方がいいって思っていたんだ」

 

「……今の私は伊良子さんから見て合格点はもらえるという事か」

 

「そうだね。前の宗谷さんは無線が通じないことを知っていたら、多分かなり悩むと思うんだ。しかも現状を維持しながらだから下手をすれば晴雪に砲弾が当たる。そんな中で考えに考えぬくと思う。だけどそれは晴雪のクルーを危険に晒す行為だよ」

 

伊良子さんの言葉を否定することはできない。以前の私は無線が通じないと知っていれば、その場で立ち止まり最善の方法を模索しただろう。だがそれは戦闘中の指揮官には相応しくない行為だ。

時津風鎮圧の際、私は岬さんと伊良子さんの決断の速さと正しさに驚かされ、羨んだ。だけどよくよく考えてみると、正しい行動を素早くする事は最善ではあるが、とても難しい事だ。それができる人はそう多くはない。どちらか片方だけでもできれば御の字だが、刻一刻と変わる状況の中では、正しい行動よりは素早い行動の方が重要だろう。

 

「無線が通じないと聞いても今の私なら即座に撤退を選択できると、そう言うわけか」

 

「そうだね。もしかしたら正しい行動じゃないかもしれない。だけど素早い行動は次の行動をより早く起こせるって事だよ。それが相手よりも一手先、二手先のを先に起こせる事につながる」

 

「つまりPRDTが作戦に失敗しても、即座に退却して体制を立て直し、助け出してくれ。そう言う事か」

 

「そうだね。まぁ、私達は失敗するつもりなんてこれっぽっちもないんだけどね」

 

そう言って伊良子さんは笑みを浮かべた。



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