とある姉達の心理感応(メンタルリンク) (絶対能力進化ver1.3)
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『姉達』編
第01話 『フレンダ・セイヴェルン』


        

 

 9月26日――。

 

 

 大覇星祭終了直後の学園都市、とある工業区の一角では1人の小柄な金髪の少女が携帯をいじっていた。

 

 少女の名はフレンダ・セイヴェルン――学園都市の暗部組織『アイテム』の一員だ。

 

 

「はぁ~~~退屈ぅ~~~」

 

 フレンダはこの日、とにかく退屈していた。

 

 

「前の仕事、お前のせいでケチが付いたから、オ・シ・オ・キが必要ね♪」

 

 リーダーの麦野沈利にそう告げられたのが先日のこと。そしてお仕置きという名目で「重要施設の警備」という、いかにも面倒な仕事を押し付けられ、貴重な休日をひたすら施設で待機するという女子高生にあるまじき休日を過ごしていた。

 

 そして幸か不幸か、侵入者が乱入してくるとかそういう事にはならなかった。

 

「あーー、ヒマぁ~~~!」

 

 あと2時間もすれば無事に仕事も終わり、担当者が受領書にサインすればこの苦行から解放される。

 

「つーか、こーゆー雑用はもっと下っ端にやらせろってワケよ!」

 

 ちなみに浜面仕上がアイテムに加入してくるのは、もう少し先の事になる。

 

 

「まぁ、あと少しで終わるし。ちょっと散歩でもしてこようっと」

 

 見回りもかねて、フレンダは控室を出てその辺をぶらぶらと歩くことにした。

 

 どうせ問題が見つかれば監視カメラかセンサーが警告してくれるし、携帯電話にすぐ位置情報まで送信される。

 なので見回る必要もあまりないのだが、控室に常駐する必要も特にない。あくまでフレンダの存在は保険のようなものだ。

 

 

 控室を出て、その辺を歩いていると何人もの研究者にすれ違う。

 

 容姿には自信があるのでチラチラと男性研究者の視線を感じるが、むしろフレンダは「どうだ」と言わんばかりに自慢の脚線美を見せつけていく。

 

 リーダーの麦野には「暗部なんだから目立つな」とよく注意されるが、貴重な青春を研究に捧げて女性免疫に乏しい男どもが挙動不審になるを眺めるのは悪い気分ではなかった。というか、そのぐらいしか退屈しのぎがない。

 

 

「あれ?」

 

 

 そんな中、フレンダの注意を引いたのはとある部屋の前にいる、自分と同じぐらいの少女の存在だった。

 

 身長は自分よりやや高く、ふんわりした茶髪に青い瞳、スタイルも悪くない。白衣の研究者たちばかりの中で、場違いな学生服を着ているから異様に目立つ。

 

(しかも手にはアサルトライフルって……)

 

 流石のフレンダでも違和感を感じる明らかに怪しい少女。

 

 だが、そんなことでは怯まないのがフレンダ・セイヴェルンという少女だ。むしろ好奇心を掻き立てられる。気づけば、フレンダは少女の前に立っていた。

 

 

「あのー、ちょっとそこの人。前にどこかで会った事あったっけ?」

 

 

 チャラ男がナンパで使う定型文のような挨拶で、とりあえず相手の懐に飛び込んでみるフレンダ。とにかく話せば分かる、が陽気な彼女のポリシーだ。

 

「否定します。どなたか存じませんが、ミサキが貴女とお会いするのは今回が初めてです」

「へぇ~、ミサキちゃんって言うんだ。アタシはフレンダ、よろしくね」

 

 目の前にいる怪しい少女に興味が沸いたのか、フレンダは気になっていたことから聞き始めた。

 

「あなた、ここで何してんの?」

「回答します。ミサキは現在、この部屋の警備をしています」

「じゃあ、私と一緒だ」

 

 アサルトライフルを持っていた理由にも納得がいく。もちろん通常であれば、施設警備といった仕事は10代の少女が行うものではないのだが、それを言ったらフレンダだって普通ではない。

 

 

(この子も暗部の人間なのかな……?)

 

 学園都市の暗部組織は、特に一枚岩で統制されているわけではない。フレンダの知らない暗部組織だって沢山あるし、知らない間に壊滅していたり新組織が発足するのもよくある話だ。

 

「警備ってさ、なに守ってんの?」

「黙秘します。守秘義務により、その質問にお答えすることはできません」

「ふぅん」

 

 予想通りといえば、予想通りの反応だった。フレンダとて本気で答えてくれると期待していたわけではない。ただ、まるで機械のような少女の受け答えが少し彼女の気を引いた。

 

「ミサキって人間のくせに、ロボットみたいな話し方するんだね」

 

「人間……」

 

 それまで淡々としていたミサキの声に、少しだけ困惑の色が混じった。

 

「部分否定します。人間に必要とされる条件を、ミサキは一部満たしておりませんので、先ほどの表現は不適切です」

「そうなの? まぁ、たしかにこの街じゃ“人間”の定義なんて曖昧なんだけどさ」

 

 フレンダとて、伊達に暗部に長くいるわけではない。サイボーグやクローン、感情をロボットに与える系のイカれた研究ならいくらでも見てきた。

 恐らく目の前の少女もそういう意味では、“普通の人間”という常識の範疇からどこかしたら逸脱した部分があるのだろう。

 

「まぁ、なんとなく言いたいことは分かったけどさ。じゃあ、結局のところミサキは何なの?ってのが聞きたいわけよ」

 

「……」

 

 フレンダの質問に、再び少女は押し黙ってしまった。

 

「おーい、聞こえるー?」

「肯定します。ミサキの聴覚はいたって正常です」

「そっか。なら良かった。んで、結局ミサキはどういう存在な訳よ?」

 

 あくまでフレンダにとっては暇つぶし。質問にそう深い意図がある訳では無かった。クローンであればクローン、サイボーグであればサイボーグだと分かればそれでいい。その上でさらに深掘りする気はないし、それ以上の興味もない。

 

「困惑……ミサキは自己の再定義に試行錯誤しております」

「なんか根が深そうだね……」

 

 フレンダは段々とバカらしくなってきた。というか、そろそろ飽きてきた。

 もともとが暇つぶしなのだし、目の前にいる少女とこの先会うことも多分ないだろう。

 

「おっと、そろそろ時間が迫ってるってわけよ! 残業なんて死んでもゴメンだし、じゃ私はここで。Ha det bra♪」

「言語を認識しました。何故わざわざノルウェー語に訳したのか理解に苦しみますが、ここは日本なので社交辞令に従って“さようなら”を返します」

「そこまで細かく解説しなくていいからっ!?」

 

 そうツッコミを返すと、フレンダは足早に廊下を後にした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ―――ミサキは何なの?

 

 

 

 フレンダが去った後、その言葉をミサキは反芻していた。

 

「悩みます。ミサキは一体……? 人間、の定義を満たしてはいませんが、だとすれば何と定義すれば……? 」

 

 そのつぶやきに気づいたものは、いなかった。

 

 




   
 ふと『とある科学の超電磁砲T』を見たら、とても面白かったので「とあるシリーズ」熱が最熱して書いてみました!

 ご笑覧いただければ幸いです。


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第02話 『中止されたはずの計画』

             

 学園都市―――。

 

 それは東京都の1/3ほどの面積を誇り、人口の8割が学生という「学生の街」だ。

 

 東京の西に位置する学園都市の周囲は巨大な壁で覆われており、外の世界とは完全に独立した空間となっている。その中では外より数十年は技術が進んでおり、世間一般で“超能力者”と呼ばれる存在がごく当たり前に存在している。

 

 

 そんな街のとある一角で、御坂美琴は。

 

 

「あ、すいません」

 

 

 考え事をしながら歩いていたからか、対面を歩いていた女子学生とぶつかってしまった。

 

 

「いえいえ。気にしないで」

 

 

 霧ヶ丘中学の制服を着た相手は、上品に微笑んだ――共に会釈をして通り過ぎようとした美琴は、しばし遅れてある違和感を覚えた。

 

(あれ、どこかで会った……ような)

 

 失礼だと思いながらも、じっと相手を頭の上から下まで眺めていく。

 

 やや着崩した制服、長身痩躯のモデル体型、胸は平均的、ふんわりと軽やかにカールしたミルクティー色のエアリーボブ、()()()()()()()()()()……。

 

 

「―――っ!?」

 

 思わず、目を見開いた。

 

 

(いや中学は元より、髪色も髪型もスタイルも違うから気づかなかったけど、この子の目にある星模様ってまさか――)

 

 

 そんな特徴的な目をしている人間を、御坂美琴は1人しか知らない。

 

 

 学園都市230万人の頂点に君臨する7人の超能力者、第3位『超電磁砲(レールガン)』に続く第5位『心理掌握(メンタルアウト)』。

 

 ――その、彼女の名は。

 

 

(食蜂……操祈!?)

 

 

 よくよく見れば、顔つきなんかも似てる気がしてきた。他人の空似という線も捨てきれはしないが、姉妹だとか言われれば普通に信じてしまうだろう。

 

 

 あまりに長く見つめていたせいで、流石に向こうも不審に思ったのだろう。

 

 不思議そうな顔で、少しだけ首をかしげる。そして続く質問は、美琴を動揺させるには十分過ぎるほどインパクトのあるものだった

 

 

「質問します。()()()に何か?」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、美琴は全身に電流が走ったかのような衝撃を受けた。もしかすると無意識に放電していたのかもしれない。

 

 だが、今そんな事はどうだっていい。

 

 問題は、今がした彼女が発した言葉だ。目の前の少女は、御坂美琴がよく知っている苦手な同級生によく似ているその女は、今なんと言った?

 

 

「みさ……き……?」

 

 

「はい。私の名前はミサキです」

 

 

 目の前の少女は淡々と名乗った。常盤台中学の同級生で、レベル5の第5位である、食蜂と同じ名前――ミサキ――みさき――そう、名乗った。

 

 もう、これは偶然でも他人の空似でも無いだろう。

 

「あの、アナタのお名前を伺っても?」

「え? あ、あぁ……そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は御坂美琴、よろしく」

「認証しました。常盤台が誇るレベル5の第3位『超電磁砲(レールガン)』こと御坂美琴、ですね」

「あー、うん……まぁ、その通りなんだけど」

 

 自慢ではないが、メディアへの露出は割と多い方だ。だから知られていても不思議はない。

 

 

「ねぇ……ちょっと変なこと聞くけど、アンタ、食蜂操祈って知ってる?」

 

 わざわざ質問しておいてなんだが、知らないということはないだろう。

 

 レベル5の第5位『心理掌握(メンタルアウト)』ともなれば、自分ほどではないにしろ学園都市では超有名人だ。つい先週の大覇星祭でも食われ気味だったとはいえ、選手宣誓を担当して町中のテレビに顔が映っている。

 

 とはいえ、いきなり「親戚かどうか」なんて初対面の相手に聞くのも憚られる。

 

 そこで恐らく返ってくるであろう、一般論としての肯定の返事を聞いたうえで、「なんか凄い似てるんだけど~」みたいな感じで深堀りしようと考えていたところに、思わぬ答えが返ってきた。

 

 

「肯定します。()()()()()のことでしたら、それはもうバッチリと」

 

 

 **

 

 

 ―――操祈お姉様。

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、御坂美琴は完全に硬直していた。まるでハンマーで頭をガツンと殴られたような衝撃が走る。

 

 なぜなら、それは“あってはならない言葉”だったからだ。

 

 

 『絶対能力進化(レベル6シフト)』計画―――。

 

 

 かつて行われていた、最強の超能力者(レベル5)である一方通行(アクセラレータ)を、絶対能力者(レベル6)へ進化させる実験の名だ。

 

 樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)の算出したプランに従い、「一方通行」に2万通りの戦場を用意し、2万体の『妹達(シスターズ)』と呼ばれる御坂美琴のクローンを殺害することで『レベル6』への進化(シフト)を達成する」という、とても正気の沙汰とは思えないプラン。

 

 

(嘘……でしょ)

 

 

 ぞくり、と背筋に寒気が走る。

 

(今度は私のクローンじゃなくて、食蜂のクローンを使うつもり!?)

 

 『絶対能力進化』計画には、御坂美琴も少なからず関わっている。2万体のクローンに使われたのは、美琴自身が幼い時にそうと知らず提供してしまったDNAが基になっていた。

 

 御坂美琴のDNAは当初、 『量産型能力者(レディオノイズ)』と呼ばれる、レベル5の能力者である超電磁砲の量産を目指した実験に使われていた。

 

 しかし量産体制が整ったところで『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の予測演算により、生み出されたクローンである『妹達』の能力は超電磁砲のスペックの1%にも満たないことが判明する。

 結局、研究所は閉鎖し計画は凍結されたように見えたが、このクローン技術は後に『絶対能力進化』計画に流用されることとなった。

 

 

 ――しかし、最終的に『絶対能力進化計画』は中止されたはずだ。

 

 

 「最強の超能力者が最弱の無能力者に倒される」という、誰も想定していなかった事態の発生によって。

 

 

 ――だが、それが表向きの話で、実は裏で形を変えて密かに進められていたのだとしたら。

 

 

(ありえない話じゃないわね……)

 

 

 御坂美琴は暗部の人間ではないが、様々な騒動に巻き込まれていく中でそれなりに学園都市の闇も見てきた。

 

 研究者や学園都市の上層部の中には、人を人とも思わぬ非人道的な実験を平然と行うような輩がいることも知っている。

 

 

「質問します。もしもしミサカ、様?」

 

 ひょい、と食蜂妹(仮)が身をかがめて覗き込んでくる。

 

「追加の質問をします。具合でも悪いのですか?」

「え? いやっ、別にそういう訳じゃなくて」

 

 不審に思われないよう慌てて否定する。

 

「?」

 

 困惑して首をかしげる食蜂妹に、美琴は思い切って聞いてみることにした。

 

「アンタさっき食蜂のこと“よく知ってる”って言ったわよね? 食蜂とは、どういう関係なの?」

「回答します。ミサキたちは全て、ミサキお姉さまのDNAデータを基に作られています」

 

「………っ!?」

 

 期待した通りの、最悪の回答だった。

 

(やっぱり、思った通りだった……!)

 

 さらに続けて質問する。

 

「答えて。アンタたちを作った連中の目的は何なの?」

「黙秘します。守秘義務により、その質問にはお答えできません」

 

 それ以上は何を聞いても、食蜂妹(仮)は頑として口を割ろうとしなかった。エラーを起こしたパソコンのように、繰り返し定型的なメッセージを返すだけ。

 

(まるで、あの時と同じ……!)

 

 『妹達』の時にも、同じようなやり取りがあった

 

 『妹達』は研究の詳細について、禁足事項であることを理由に回答を拒絶した。その結果、自らが命を落とすことになると知っていながら。

 いや、死ぬことがどういうことか、それが悲しいことだと思う感情すら与えてもらえなかったのだ。

 

 

 しばらく延々とやり取りが続いたが、先に音を上げたのは御坂美琴の方だった。根負けしたように「はぁ~」と大きな溜息を吐く。

 

「まぁ、いいわ。答えられないってんだったら、このままアンタに付いていくから。どうせ研究所に帰るなり、実験に参加するなりするんだろし、この目で確かめるまでよ」

「容認します。ですが、御坂様の期待と違ってミサキは研究所に所属しておりませんし、実験にも参加しておりません。これから帰宅するだけです」

 

「え、そうなの?」

 

 今度は美琴が驚く番だった。『妹達』の件から、てっきり危険な研究が行われているとばかり考えていたが、早とちりだったのかもしれない……。

 

 いや、そうであって欲しい……そう、御坂美琴は思い始めていた。

  




 オリジナルの『妹達』と違って、食蜂クローンは見た目や年齢、学校や性格に多少のバラツキを敢えて生じさせています。

 あと霧が丘女学院の制服かわいい。


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第03話 『第3位と第5位』

   

 結局、御坂美琴は食蜂妹(仮)の家まで同行したが、これといって不自然な点はなかった。

 

「やっぱ早とちりだったのかな……」

 

 家には雑誌やゲーム、趣味だというバドミントンのラケットなどが揃っており、至って普通の女子学生にしか見えない。

 

 

 聞けば、普通に第十八区にある霧ヶ丘女学院学校に通っているという。

 

 特徴的な目ではあるものの、髪型も体形も化粧も服装といった小さな違いが積み重なっているせいか、学校でも「ちょっと食蜂操祈に似ている、可愛いけど変な口調の転校生」ぐらいの認識だとか。

 

 

「といってもな~。やっぱり気になるっていうか……う~ん」

 

 普通にもてなされた後、泊まるかどうかまで聞かれた。流石にそこまでしてもらうのも悪いので、美琴はそのまま常盤台の自室に戻っている。

 

 だが、やはり気になるものは気になるのだ。

 

 

「どうかなされましたの? 随分と遅くまで出歩いていたようでしたけど」

 

 同部屋の白井黒子が心配そうに聞いてくる。

 

「ううん、ちょっと不思議な人に会ってね」

「はぁ、どんな方ですの?」

 

「食蜂操祈のそっくりさん」

 

 答えると、黒子は目をぱちくりさせた。

 

「それはまた……なんというか面妖な」

「そうよねぇ。私も黒子と同じ意見だわ」

 

 そう言ってから、美琴はふと思いたった。

 

「ねぇ黒子、明日ちょっと風紀委員(ジャッジメント)で調べてもらっていい? なんか気になっちゃって」

 

 割と真面目な所のある白井黒子は少し考えてから、やれやれといった体で答えた。

 

「まぁ、一般人に公開できる範囲の情報でしたら……」

 

 

 

 ***

 

 

 

「あー、それ私も聞いたことありますよ! レベル5のクローンの噂!」

 

 

 翌日、風紀委員(ジャッジメント)177支部に集まった美琴が依頼内容を話すと、佐天涙子が反応した。そのまま興奮した勢いで、一気に早口でまくし立てる。

 

「ちょっと前に御坂さんのクローンが噂になったことがあって、しばらく下火になってたんですけど、また最近になって食蜂さんのクローンが出るって噂になってるんですよ。なんでも学園都市が世界征服のために、レベル5のクローン兵士を量産してるとか」

 

「一気に信ぴょう性が薄くなりましたわね……ハリウッドの大作SFアクション映画じゃあるまいし、まさか」

 

 白井黒子がはぁ、と溜息を吐く。抗議する佐天さんたちの議論を他所に、美琴は初春と一緒にパソコンに張り付いていた。

 

「初春さん、何か分かった事ある?」

 

「えっと、あ、ありました! これが、御坂さんの言っていた子じゃないでしょうか?」

 

 

 ――霧が丘中学2年、ミサキ=ウッドフィールド。

 

 

 パソコン画面上ににアップされたのは、紛れもなく昨日の夕方に美琴が会った、あの少女の写真だった。

 

 プロフィールにはカナダ生まれの日系人で、置き去り(チャイルドエラー)として施設で育てられたとの記載がある。

 

 

「たしかに、よく見ると食蜂さんに似てますね。目とか瞳とか目とか」

「結局、目しか似てないじゃありませんの」

「あっ、でも能力もありましたよ。レベル3の精神系」

 

 むしろ、ますます不安を掻き立てる内容だった。これでは食蜂のクローンだと宣言しているようなものだ。

 

「経歴は……去年まで施設で育てられたということになっていますけど、その施設は去年に閉鎖されているみたいですね。データも残っていません」

 

「手がかりは無し、か……」

 

 怪しさ満点だが、証拠が一切残っていないという厄介な状況だった。

 

 現在進行形の研究であれば、必要なデータはどこかに保存してあるだろうし、研究に関わる人材や資材の動きから何らかの足取りを追うことも出来る。

 

 

 だが、終わってしまった研究ともなれば話が別だ。機密保持のためにデータは消去されてしまうし、研究者だって移籍してバラバラになり、資材や情報の動きも無くなる。

 

 

(でも、昨日の様子だと何か危ない目にあっている様子は無かった。いたって普通の学生生活を送ってるみたいだったし、もしかしたら妹達のように実験中止で既に解放されている……?)

 

 

 そういえば昨日も本人が「ミサキは研究所に所属しておりませんし、実験にも参加しておりません」と言っていた。

 

 

 ――もしそれが本当であれば、もう心配することなど何もないのではないか。

 

 

 過去に何があったにせよ、既にそれは終わって彼女は普通の学生生活を送っている。そうであれば結果オーライと言えるのではないだろうか。

 

 これ以上調べても出てくるのは、過去に行われていた学園都市の不愉快な実験の記録だけで、今さら過去に戻ってやり直すことも出来ない。終わった過去を蒸し返して、どうしたいというのか。

 

 

「初春さん、本当に他には何も無いのよね?」

 

「はい……ここまでデータが完全に消去されているとかなり怪しいんですが、いったん消されちゃった以上はどうにも……」

 

 少し悔しそうな初春の声。だが、プロである彼女がそう言うからには、調査の継続は困難なのだろう。

 

 

 どうしたものかと御坂が考えていると、横で聞いていた黒子が提案する。

 

「お姉様。そんなに気になるのでしたら、いっそ食蜂操祈に直接聞くというのはどうでしょうか?」

「あっ、たしかに食蜂さんなら何か知ってるかもしれません! 食蜂さんのクローンであれば、少なくとも食蜂さん本人は何か関わりがあると思いますし。さすが白井さんです!」

「たしかに! どうですか、御坂さん!」

 

「食蜂かぁ……」

 

 うげ、と頬の筋肉が自然に固まってしまいそうになるのを抑えつつ、美琴は少し考えこむ。

 

 たしかに、黒子の提案はもっともだ。唯一難点があるとすれば、それは御坂美琴が食蜂操祈を苦手にしているという、その一点に尽きた。

 

 

「食蜂……食蜂ねぇ」

 

 

「お姉さま」

 

 まったく子供じゃないんだから、と口で言わずとも、黒子の呆れた表情には言葉がありありと浮かんでいる。

 

 

「あー、分かったわよ! 行くわ。食蜂のとこに行ってやろうじゃない!」

 

 

 

 **

 

 

 

 食蜂操祈と御坂美琴――。

 

 

 常盤台が誇る2人のレベル5。片や最大派閥を形成する第5位と、どこの派閥にも属さず一匹狼を貫く第3位。

 精神攻撃vs物理攻撃、ロングvsショート、巨乳vs貧乳、などと対照的な2人は何かと話題の引き合いに出されがちだ。

 

 しかしながらこの2人、周囲の妄想とは裏腹に日頃の接点はそれほどない。というか美琴が一方的に毛嫌いしている。

 

 もっとも食蜂にしても性格にやや難があり、直情型の美琴を煽って遊んでいるような節があるから、どちらが悪いとは一概に言えないのだが。

 

 

 そんなわけで、食蜂操祈が派閥メンバーとお茶会をしているところに御坂美琴が訪ねてきたのは、ちょっとした一大イベントであった。

 

 

「まさか御坂さんの方から訪ねてくださるなんて、とても嬉しいですわ」

「あはは……」

 

 満面の笑顔でお茶を用意するのは、食蜂派閥の帆風順子。実質的なナンバー2である彼女は、2人に仲良くしてほしいと常々思っている。

 

 

「これがお嬢様のお茶会……!」

 

 そして初春と佐天の2人は、2度目とはいえ慣れない優雅なお茶会に圧倒されていた。

 

「ねぇ初春、このカップって幾らするのかな?」

「佐天さんが一生働いても返せないぐらい……?」

「ちょっ、怖いこと言わないでよ!」

 

「2人とも、はしたないですわよ。落ち着きなさいな」

 

 こういう時、白井黒子はとても常識人だ。というか御坂美琴が絡まなければ、完全にただの良い人なのだが。実際、食蜂からも派閥に誘うなど人格と能力を高く評価されている。

 

 

「それで、今日は何の用かしらぁ?」

 

 

 アールグレイを一口飲み、食蜂操祈が聞いてくる。

 

「本当に、御坂さんの方から私に会いたいだなんて、珍しいじゃない」

「別に、アンタに会いたいってわけじゃないし……」

 

 ぶつぶつと呟きつつも、美琴は先日に会ったミサキと名乗った少女のこと、そして彼女が食蜂のクローンではないかという疑念まで、正直に食蜂に話すことにした。

 

 食蜂も最初こそにやにやしていたが、話が進むにつれて徐々に真顔になっていく。

 

「私の……クローン?」

 

 どうやら食蜂にとっても、初耳だったようだ。かつての超能力者量産計画と同様に、食蜂の知らないところで勝手にDNAが使われていたらしい。

 

 

「詳しい経緯は分からないけどぉ、DNAの出所なら『外装代脳(エクステリア)』が怪しいわねぇ」

 

 『外装代脳(エクステリア)』というのは『心理掌握(メンタルアウト)』を増幅・拡張するブースターであり、その正体は食蜂の大脳皮質の一部を切り取って培養・肥大化させた巨大脳だ。

 

 もし食蜂のDNAサンプルが流出していたとすれば、そこからだろう。調査を進めるなら、まずはエクステリアの関係者を全員洗い出して、怪しい線から調べていくのが現実的だ――食蜂はそう告げた。

 




 食蜂かわいいよ食蜂
  


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第04話 『ミサキネットワーク』

    

 少し、時を遡る。

 

 

 ―――結局ミサキは、どういう存在なわけよ?

 

 

 酷い頭痛に苛まれた後、彼女……ミサキ

 

「整理します。ミサキは……」

 

 レベル5の第5位:食蜂操祈のクローンだ。外装代脳(エクステリア)から採取されたDNAから生まれた。

 

 製造された目的は、『絶対能力進化計画ver1.2』のため。計画の推進者は、木原幻生だ。

 

 

 全ての情報は、自分と同じ食蜂操祈のクローンたちが持つ精神操作系能力を応用した脳波ネットワーク……通称『ミサキネットワーク』で共有されている。

 

 これにはミサカネットワークの理論と、それを発展させた幻想御手(レベルアッパー)で複数の脳をネットワーク化する技術が使われていた。

 

 

 そして彼女たちが作られた本来の目的は、外装代脳(エクステリア)のバックアップであった。

 

 外装代脳(エクステリア)は厳重に警備こそされているが、「数メートルもの大きさに肥大化させた食蜂操祈の脳およびそれを維持するための各種インフラ」という巨大設備という性質上、一か所に固定するしかない。

 

 良くも悪くも集中管理システムなので警備こそ厳重なものの、場所を特定されて警備を上回る攻撃を受ければ、ネットワーク全体が機能不全に陥る。

 

 

 

 だが、複数のクローンによる分散型の脳波ネットワーク・システムであれば、話は別だ。

 

 

 クローン数体程度の損害であれば運用に支障をきたすことはなく、クローンを世界中に分散させることでリスク分散をも図れる。

 

 さらに処理能力の拡張という将来性においても、肥大化させるごとに容器や発電機に警備システムなどを全て拡張しなければならない外装代脳(エクステリア)に比べ、クローンを追加で生産すれば良いミサキネットワークの方に一長の利があった。

 

 

 現在、生産と調整を終えてミサキネットワークに登録されている個体は7387体。順調に計画が進めば、2万体にまで増員される予定()()()

 

 

 ここで「()()()」と過去形を使っているのは、つい先日に計画が急きょ凍結されたばかりだからである。

 

 というのも、計画の推進者であった木原幻生が大覇星祭の後、行方不明となっていたからだ。

 

 

 携わっていた研究者たちの間では、廃人になっただのエネルギー思念体になっただのと噂が飛び交っているが、昨日の今日の事なのでまだ正確な情報は掴めていない。

 

 

 ゆえに3日前ならば、ミサキ1031号はフレンダの質問にも答えることが出来ただろう。計画は順調に動いており、自身はその一部となるという明確な存在意義があった。

 

 

 では、当初の計画が凍結された今、自分は何のために存在しているのか?

 

 

 ―――沈黙―――

 

 

 ネットワークに問いかけても、答えは返ってこなかった。

 

 

 当然の帰結ではある。

 

 

 彼女たちは計画を構成するパーツに過ぎず、計画の意思決定には関わっていない。ある日を境に突如として仮想敵国が崩壊したタイミングで、個々の兵士に「今後の戦略は?」とインタビューをしているようなものだ。

 

 

 だが、ミサキ1031号の問いかけはネットワークを通じて瞬時にクローン全員に波及した。

 

 誰もが戸惑い、あらゆるデータから推測された仮説を提示しては検証し、やがてそれは1つの答えに収束されていく。

 

 

 どんなに複雑な意思決定であっても、細かく分解すれば幾つもの単純な意思決定に落とし込めるように。延々と二者択一を繰り返すことで、ミサキネットワークはその存在意義を確立しようとした。

 

 ――熱い所よりは涼しい所。

 ――寒い場所よりは暖かい場所。

 ――脆い防具より頑丈な防具。

 

 ミサキネットワークは数千数万の単純な二者択一の質疑応答を繰り返し、最終的に1つの意思決定に辿り着く。

 

 

 すなわち創造主である、木原幻生の実験を継続するか?否か?

 

 

 木原幻生がミサキネットワークを生み出したのは、計画それ自体が目的ではない。あくまで別の計画をサポートするために、ミサキネットワークを生み出したのだ。

 

 であれば、当初の予定通りに、その別の計画をサポートするのが自分たちの役割ではないのか。

 

 

 ―――ならば。

 

 

 結論はすぐに出た。

 

 

 

『―――ミサキ00001号より、姉達(エルダーズ)へ。当初の計画を一部修正、変更部分に注意しつつ各個体は命令を続行してください』

 

 

 

 そう結論づけたのは、クローン達の上位個体であるミサキ00001号、通称『優先信号(ファーストオーダー)』だった。

 

 彼女は打ち止め(ラストオーダー)とは逆に一番最初に作られた個体であるが、製造目的はほぼ同じ。反乱防止用の安全装置としての機能を搭載されている。

 

 敢えてミサカネットワークと逆の配置とする点に計画者のちょっとしたプライドが込められているような気がしないでもないが、いずれにせよラストオーダーのミサキネットワーク版という理解で間違いはない。

 

 その上位個体たる彼女の決定により、ミサキネットワークには瞬時に命令が下された。

 

 

 ――『絶対能力進化(レベル6シフト)』計画を一部修正・再起動します。

 

 

 こうして7000体を超えるのクローンたちは、一斉に動き出した。

 




ミサキネットワーク
・ミサカネットワークの食蜂版。『精神感応』や『念和能力』といったテレパス系の能力と、レベルアッパーの技術を応用して、ミサカネットワークと同等のものを作るのが狙い。

姉達(エルダーズ)
 妹達(シスターズ)の食蜂版。平均的に、クローンの肉体年齢はオリジナルの食蜂より高め。

優先信号(ファースト・オーダー)
 ラストオーダーの食蜂クローン版。銀河帝国軍の残党ではない。


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第05話 『弓箭猟虎』

  

 

 10月5日、その事件は起こった。

 

 

「というわけでぇ、まずはスーパーでサバ缶大量購入ってわけよ!」

 

 

 街に明るい女子高生の声が響く。その発生源は金髪碧眼の日本人離れした風貌の少女――フレンダ・セイヴェルンだ。

 

「えぇ……」

 

 フレンダが腕組み――もとい強引に引っ張っている相手は佐天涙子。つい30分ほど前に拉致されかけたところを、鯖缶を通じて知り合ったフレンダに救われた直後であった。

 

 すっかりテンションの上がったフレンダは、後ろからじっと自分を見つめている視線があることに気づかない。

 

 

(あらあら。こっちはあなた方のせいでご学友の誘いを断って来たのに、仲良さそうですねぇ。金髪クソリア充女が……イチャイチャしやがって)

 

 

 そこにいたのは、ツーサイドアップにした黒髪の地味な少女。

 

 獲物を仕留めるハンターそのものの目で、フレンダたちをロックオンしている少女の名は弓箭猟虎という。暗部組織『スクール』に属するスナイパーだ。

 

 彼女は無能力者(レベル0)だが、狩猟民の追跡技術を習得している点で一般人というわけでもない。

 

 血痕など標的の痕跡から移動ルートを把握することが可能な一方、暗殺術の一環として気配を隠し自然体で行動することにも長けている。

 

 なお、本人曰く決して「ぼっち」を極めたからではない。

 

 

(黒毛は生け捕りとの命令ですが……もう片割れは狩っちゃっていいんですよね?)

 

 どす黒い怨念を滲ませ、弓箭猟虎は弓を引くようなポーズをとる。彼女の暗器は、背中に隠してある空気狙撃銃だ。

 

 銃は腕の曲げ伸ばしで自在に組立・分解が可能。袖口から炭酸ガスの圧力で弾丸を射出することで、狙撃する仕組みとなっている。

 右腕が近接用、左手が中距離用。以上から、標的にバレずに追跡しての暗殺に長けていると言えよう。

 

 

 ――そして。

 

 

 今まさに引き金が引かれようとする直前、猟虎の携帯電話が鳴った。

 

 

「ふぇっ!?」

 

 

 画面に表示された発信者の名は『垣根帝督』、彼女の属する暗部組織『スクール』のリーダーだ。

 

「垣根さん……? はっ……はははははいっ!?」

 

 慌てて携帯電話を開く。

 

 テンパって明後日の方向へ発砲してしまったような気もするが、どうせ消音の空気銃なので気にしない。

 

 通話ボタンをONにすると、垣根の声がした。

 

『―――緊急事態だ。すぐアジトに戻ってこい』

「ふえっ? で、ですが今は任務中で……」

『その任務はいったん中止だ』

 

「え」

 

 意外な言葉に、猟虎は素っ頓狂な声を漏らしてしまう。

 

『少しマズい事態になった。俺もちょっと忙しくてな、詳細まで話している時間はない。誉望が車でそっち向かってるから、説明はアイツから直接聞け』

「え? ちょ、まっ――」

 

 そこで通話は一方的に切られた。

 

 

「………」

 

 ちょっとばかし、扱いが雑なのではないだろうか。

 

 確かにまだ新人だし、標的が悶え苦しむ様を楽しむ癖は、教育役の誉望からも苦言を呈されている。

 

 しかもレベル0ともなれば、レベル4~5の他メンバーから見ればミジンコみたいな存在なのかもしれないが―――。

 

 

「でも私だって……」

 

 

 

 ―――10分後―――

 

 

 

「なにブツブツ言ってるんすか」

「あっ、誉望さん」

 

 目的地に到着した誉望万化が見つけたのは、地面に座り込んで延々と呪詛を漏らす猟虎の姿。通りの一般人が遠巻きに彼女を避ける中、呆れ顔で近づいていく。

 

「垣根さんから話は聞いてるだろ?」

「ええ、緊急事態だとか。珍しいですね」

 

 リーダーの垣根帝督は学園都市第2位の座にふさわしい自信家で、そう滅多なことでは動じない人間だ。

 

 大抵のことは彼の能力をもってすれば解決できないことはなく、単に楽か面倒かの差でしかない。

 そんな彼が緊急事態と表現し、任務を中止させ、あまつさえ「忙しい」という状況になるなど前代未聞だ。いったい何が起こっているのか。

 

 

「だから………ぐっ!?」

 

 説明しようとした瞬間、誉望が苦しげな呻き声をあげる。

 

「誉望さん!?」

 

 慌てて猟虎が駆け寄ると、誉望は頭を押さえて地面にへたりこんでいた。見たところ強烈な頭痛にでも襲われているようだった。

 

「どうしたんですか!? これから頭痛で死ぬんですか!? だったら葬式は何形式がいいか教えてください!」

「いや勝手に殺さないでくれる!? たしかに死ぬほど痛いけど、今すぐ死ぬとかじゃないから!」

 

 

 猟虎の容赦ない言葉に若干傷つきつつ、誉望は自身の能力――念動能力(サイコキネシス)を駆使して脳に対する全ての必要外の外部情報をシャットダウンする。

 

 

「……っ、脳をハッキングされかけた。こりゃ、かなり高位の精神系能力者の仕業だな」

「精神系ですか……でも、どうして誉望さんなんかに」

()()()は余計だ。これでもレベル4なんだぞ先輩なんだぞ。もっと敬え」

 

「それで誉望さん、どうして精神攻撃を受けたか心当たりは?」

 

 当然のように無視してくる猟虎に抗議する気力すら失ったのか、誉望は「はぁ~」と大きな溜息を吐いて状況を説明する。

 

「垣根さんが言ってた、例の緊急事態の件が関わってる。つい先ほど電話相手から連絡があって、学園都市中の能力者が次々に精神攻撃を受けてるって話だ」

 

 そして先ほど、誉望万化もその標的となった。

 

 

「能力者だけを狙う精神攻撃、ですか。なんというか、ざまぁみろって感じですね」

「……そう言うと思ったよ」

 

 「ふっふっふ」と黒い笑顔を浮かべる陰キャぼっち女に呆れながら、誉望は本日2度目の溜息を吐いた。

 




  
 ラッコちゃん、とりあえず当面は死亡回避。見た目が作者的には割とドストライク。
 


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第06話 『姉達(エルダーズ)』

※以前に投稿した6話が、時系列的に後に回した方がいいと思ったので削除し、差し替えました。

注意:独自設定・独自解釈あり。


 

 街には徐々に、崩壊の音が忍び寄っていた。

 

 

 クローンの上位個体であるミサキ00001号『優先信号(ファーストオーダー)』の命令を受け、7000体を超えるクローン・ミサキは一斉に能力を行使した。

 

 

 使用された能力は全て同じもので、平たく言えば食蜂の持つ『心理掌握(メンタルアウト)』の下位互換だ。

 彼女たちが操る能力の名は、便宜的に『心理感応(メンタルリンク)』と呼ばれている。

 

 

 ‟便宜的に”という但し書きが付いているのは、個体によって微妙に能力に差があるからだ。

 

 

 ミサキ・シリーズあるいは『姉達(エルダーズ)』と呼ばれる食蜂操祈のクローンたちは、モデルとなった『妹達(シスターズ)』と同様、オリジナルであるレベル5の能力がコピーされているものの、強度は本家の1%もない。

 

 

 そこで本家の『心理掌握』が持つ汎用性を犠牲にして、『姉達』が操る『心理感応』は通常、特定の精神系能力に特化させた運用がなされている。

 

 『心理掌握』が十徳ナイフであれば、『心理感応』はナイフ・缶切り・栓抜き・ドライバーといったツールの集合体。食蜂がカテゴリ分けしている記憶操作・読心・人格の洗脳・念話・忘却・思考再現・感情移植・事実誤認といった個別の用途を、個々の『姉達』は個体ごとに得意な分野へと特化させているのだ。

 

 『妹達(シスターズ)』と違って、見た目や性格に敢えてバラツキをもたせているのも、こうした運用上の特性ゆえの差と言える。

 

 そのためデフォルトの『心理感応』ではレベル2程度の出力でしかないものの、個々が得意な精神系能力カテゴリに限れば、限定的にレベル3程度の出力を発揮できるのだ。

 洗脳に特化させた個体であれば洗脳はレベル3並み、念話や記憶操作はレベル2並み、といった風に。

 

 

 ――そして、それが7000体以上も集まればどうなるか。

 

 

 話は単純な足し算に留まらない。

 

 『妹達(シスターズ)』と同じく‟クローン体は同一の脳波を持つ”という点と念話能力や精神感応といった精神操作能力を組み合わせることで脳波ネットワークを形成する。

 

 厳密にいえば個体ごとのバラつきを調整するために、『優先信号(ファーストオーダー)』による『心理感応(メンタルリンク) カテゴリ001:脳波調律』を使った制御が必要なのではあるが、基本的にはミサカネットワークと大差はない。

 

 

 問題は、その先だ。

 

 

 ――もし、この精神系能力者からなる脳波ネットワークに、『幻想御手(レベルアッパー)』を組み合わせたらどうなるか。

 

 

 まず、単純に7000体以上のクローンからなる「1つの巨大な脳」状のネットワークが構成され、高度な演算能力が発揮できる。そしてレベルアッパーの名の通り、個々の出力は飛躍的に増大する。

 

 

 しかも『幻想御手』と違って脳波パターンが同一のクローンから構成されるため、純粋なクローンのみのミサキネットワークを使用している限り、脳の疲弊は発生しない。

 

 加えて、無能力者(レベル0)の寄せ集めだった『幻想御手』と違い、ミサキネットワークに組み込まれている姉達(エルダーズ)はレベル2~3程度の能力を持つ。取り込んだ場合の演算能力向上やAIM拡散力場の強度は段違いだ。

 

 

 だが、ミサキネットワークの恐ろしさはそれに留まらない。ミサキネットワークの真の能力は、彼女たちのオリジナルの能力が精神系であることにより、凶悪な威力を発揮する。

 

 

『――ミサキ2345号より報告。トラブル対応の発生により、対象の調律を70%で一時凍結』

『――ミサキ6567号、対象の調律を完了。調律対象を次の個体へ移行します』

 

 

 早い話が、精神操作によって狙った能力者の脳をハッキングし、無理矢理ネットワークへ組み込むことが出来るのだ。

 

 

 モデルとなった『幻想御手』では、個人差を無視した特定の脳波を強要されることで脳が疲弊するという弱点があった。

 

 しかしこのミサキネットワークでは、能力者の精神を乗っ取った上で『優先信号(ファーストオーダー)』が自身の能力を利用したミクロレベルの脳内物質操作を行うことで、間接的に脳波を同調させやすいよう調律することができる。

 つまり『幻想御手』の弱点を、精神系能力の組み合わせによって克服したのだ。

 

 これによって理論上はノーリスクかつ無制限に、『幻想御手』を運用することが可能となる。木山春生が見せたようなネットワーク内に取り込んだ能力者の能力使用はもちろん、精神操作とネットワーク化によって『幻想御手』のように暴走して『幻想猛獣(AIMバースト)』が生じるといった問題も起こらない。

 

 

 しかも『幻想御手』に取り込める能力は任意に選べるものではなく、あくまで木山が作った共感覚性を利用して脳波に干渉する音声ファイルを使用した人間に限られていた。

 

 だが、ミサキネットワークでは元の能力が精神系ということもあり、こちらから積極的に任意の対象を選んで洗脳することで、()()()()()()()()()()()()ことが出来るのだ。しかもネットワーク化によって演算能力が向上した結果、精神攻撃の強度は倍々ゲームで増えていく。

 

 

()()()()()を開始」

 

 

 現在、学園都市には180万人の学生が暮らしている。そのうち6割は無能力者(レベル0)で、「戦闘面においては軍隊で戦術的価値を得られる」と評される大能力者(レベル4)以上となると、数百人とかなり数が絞られてくる。

 

 

 それでも『幻想御手(レベルアッパー)事件』の時、最終的な使用者はおよそ1万人に達していた。

 

 対して、ミサキネットワークの総数は7000人。脳波調律による脳への負荷を考えれば、強力なレベル4ないし一定の有用性を持つレベル3を、最大で1万人ほど取り込むのが最も効率が良い。

 

 

 ――であれば。

 

 

 姉達(エルダーズ)の頂点に立つ上位個体、優先信号(ファーストオーダー)の出した結論は明快だった。

 

 

「まずは洗脳した『風紀委員(ジャッジメント)』を使って、ターゲットを選定しないと」

 

 

 学園都市の総合データベースである『書庫(バンク)』は、学園都市最大の武器である「科学的な叡智」の集合体だ。

 ここには各学校生徒の情報や成績表から超能力開発に使用する薬品や機材、各種研究の成果や学園都市の超兵器など、学園都市に関する情報のほぼ全てが登録されている。

 

 基本的には誰でもアクセスできるが、個人情報などの機密度の高いデータは『風紀委員(ジャッジメント)』や『警備員(アンチスキル)』など、特殊な立場の人間か関係者しか閲覧出来ない。

 

 

 もちろん、アクセス可能な風紀委員は既に数人洗脳してある。風紀委員の権限に電気系能力者の能力を組み合わせれば、かなり強力なハッキングが行使できる。

 

 

「最優先目標は……この子ね」

 

 

 モニターに映っているたのは、ピンクのジャージを着てぼーっとした表情を浮かべている少女。レベル4の『能力追跡(AIMストーカー)』を持つ、滝壺理后だった。

 




 
 精神操作能力なら、レベルアッパーの弱点(わざわざ音声ファイルで取り込まないといけない、脳波の強制によって負担がかかる)あたりを洗脳能力とか木原幻生がやってた脳波調律とかで克服できそう。
 


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第07話 『アイテム』

  

10月6日、第3学区にて――。

 

 

「遅いよー、浜面」

 

 浜面仕上が『アイテム』の隠れ家に帰るなり、リーダーの麦野沈利がのんびりした調子で言った。

 

 

 場所は第3学区にある高層ビルの一角。スポーツジムやプールなど、屋内レジャーだけを集めた施設で、利用者のグレードはかなり高い。

 

 建物に入るだけで会員証の提示を求められ、さらに各施設を利用する際に、会員証のランクまで調べられる。

 いわゆる上流階級と呼ばれる人々が、ステータスとしてまず手に入れたいものが、ここの会員証らしかった。

 

 浜面たちがいるのは、VIP用のサロンだ。年間契約の貸し切り個室で、2つ星以上の会員ランクが無ければ借りる資格すら与えられないという、まさに最高級な感じの部屋。

 

 

 個室と言っても軽く3LDKを超える広さの空間で、麦野はゆったりとしたソファに身を沈めていた。

 

「フレンダは?」

 

「昨日に車寄こせって言われて言う通りにしたら、なんか怪しげな車の追跡に付き合わされて、それっきり」

 

 浜面の報告に麦野が怪訝な顔をするが、嘘は言っていない。というより、逆に浜面の方が何の用事だったのか聞きたいぐらいだ。

 

「……フレンダから何も聞いてないのか?」

 

 浜面の質問に、麦野は肩をすくめて答えた。

 

 どうやら、先日のカーチェイス&ドンパチはフレンダの独断行動だったらしい。

 

 

「浜面、フレンダにメール」

「へいへい」

 

 

「んじゃ、仕事の確認いくよー」

 

 とりあえずフレンダの合流は後回しとして、麦野は今ここにいるメンバーだけで行動することに決めたらしい。携帯電話を取り出すと、全員にファイルが送信された。

 

 

「ふむふむ」

 

 浜面、絹旗、滝壺の3人が、それぞれの携帯電話で情報を確認する。画面に出てきたのは、ふんわりとした雰囲気を放つ、目鼻立ちの整った美女の写真だった。

 

 

 ――――――――――

 

対象情報

 対象:木原ミサキ

 年齢 : 22歳

 身長 : 164cm

 スリーサイズ : B83/W53/H84

 職業 : 大学院生

 能力:レベル4『心理感応(メンタルリンク)』

 

 ――――――――――

 

 

(えっ、誰これめっちゃ可愛いんですけど―――!)

 

 にわかにテンションのあがる浜面。

 

 やさしげに微笑む理知的な青い瞳は思わず吸い込まれてしまいそうな魅力をたたえ、ゆるく巻かれた茶色のロングヘアは良質の絹のようで艶やか。やわらかな肌は滑らかで美しいラインを描き、頭の上からつま先まで上品な雰囲気を漂わせていた。

 

 白を基調にしたモノトーンのバイカラーワンピースに黒のサッシュベルト、華やかなドロップイヤリング、シンプルなゴールドのバングル・ブレスレットという気品ある服装もあいまって、完全に良いとこのお嬢様大学生といった印象を受ける。

 

 

(なるほど、ミサキちゃんって言うんだ。3サイズもなかなか……って、ハッ!?)

 

 

 ――気づいた時には既に時遅し。

 

 

 かつて100人以上のスキルアウトを束ねた不良のリーダー、浜面仕上の表情がだらしなく緩んでいくのを、アイテムの3人が汚物でも見るかのように遠巻きに見ていた。

 

「違っ、待て! これは何かの間違いだッ!」

 

「浜面、お前……」

「浜面的には、いかにもなお姉さんキャラな年上が超ヒットだったんですか」

「大丈夫だよ、はまづら。私はそんなはまづらを応援してる」

 

 生暖かい言葉を受けて小刻みに震える浜面は、がっくりと肩を落としてファイルの続きを読む。

 

 

 指令は単純なものだった。

 

 

 ―――手段を問わず、対象・木原ミサキを捕獲せよ。

 

 

「これって……」

 

 浜面が言葉に詰まる。

 

 一応「捕獲」とあるが、問題はその前だ。暗部において「手段を問わず」というのは、「とりあえず死んでなければいい」というもので、細胞さえ動いていれば学園都市の最新技術でどうとでも生かしておける。

 

 さらに続きを読むと、現在学園都市で発生中の能力者が昏倒するという事件の黒幕が彼女である可能性が高いとのことが示唆されていた。

 

「そんな事件があったのか」

「私も今、超知りました」

 

 浜面の呟きに怪訝な顔をして答える絹旗。その反応から、それほど同時多発的に起こった事件というわけでもないらしい。

 

 

 どうやら犯人の木原ミサキは慎重に犯行計画を練っていたらしく、断続的かつ散発的にターゲットを昏倒させ、しかも搬送先の病院にいる医者まで洗脳していたという。

 

 そのため「重度の熱中症」や「低血圧による急性の失神」といった虚偽の診断が出され、事件としての発見が遅れたのだ。

 

「マジかよ……」

 

 可愛い顔してエゲつねぇな、という心の声を奥底にしまいつつ、浜面は携帯から顔を上げる。

 

「麦野、これからどうするんだ?」

「決まってんだろ」

 

 ふぅーっと一息ついた後、麦野の顔が好戦的なものへと変化する。

 

 

「今回の騒動を起こした連中、全員ぶっ殺す」

 

 

 『アイテム』の存在意義は、学園都市の上層部や暗部組織の暴走を防ぐことにある。まさに打ってつけの任務というわけだ。

 

 送られたファイルによれば、犯人グループの大半はレベル2かレベル3程度らしい。雑魚でも群れれば厄介だが、一人一人はそれほど脅威ではない。

 

 

「滝壺」

 

 麦野が滝壺の方を見る。

 

 ぼーっとした表情で、別のソファにだらっと手足を投げ出している少女。彼女の『能力追跡(AIMストーカー)』は、記憶したAIM拡散力場をもとに特定の能力者の位置情報を『検索』できる。

 

 

「既に数匹はこっちで潰してある。連中、クローンにしては髪型やら化粧やら着こなしやらでうまく人間様に擬態してるみたいだけど、AIM拡散力場は同一クローンである以上変わらない。雑魚が一般人に紛れて2万もいようが、場所さえ炙り出せれば『アイテム』の敵じゃない」

 

 

 麦野がそう言っている間に、滝壺がポケットから白い粉末の入った小さなケースを取り出した。

 

「麦野、検索対象は『心理感応(メンタルリンク)』でいい?」

「ああ。そのクソビッチで合ってるよ」

 

 そんなやり取りを、絹旗が不思議そうな目で見ている。

 

「しかし滝壺さんも超難儀してますね。『体晶』がないと能力発動できないなんて」

「別に。私にとっては、こっちの方が普通だったから」

 

 滝壺は言いながら、白い粉末を少しだけ舐めた。

 

「ッ―――」

 

 次の瞬間、彼女の目に強い光が宿る。まるでそちらの方が正常であるかのように、背筋を伸ばして滝壺理后は佇んでいる。

 

 

「AIM拡散力場による検索を開始。近似・類似するAIM拡散力場のピックアップは停止。該当する単一のAIM拡散力場のみを結果報告する。検索終了まで残り5秒」

 

 

 機械のように放たれる声……そして答えが返ってきた。

 

 

「結論。『心理感応』のうち50体を、この建物内で確認」

 

 

 なに!?とその場の全員が愕然とした瞬間、個室サロンの扉が爆破された。

  




  
 いつもの木原一族
  


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第08話 『木原ミサキ』

「ッ―――!?」

 

 扉の爆破から浜面が息をつく間もなく、スタングレネードが投げ込まれた。眩い閃光と共に目が眩み、方向感覚の喪失と耳鳴りが発生する。五感が麻痺し、退避姿勢をとろうにも思うように動けない。

 

 続けざまに、スモークグレネードと催涙弾。個室内は一瞬にしてピンク色の煙に包まれ、浜面たちを不快な刺激と共に大量の涙・咳・くしゃみ・嘔吐のオンパレードが襲う。顔から服まで色々な体液でぐちゃぐちゃだ。

 

(くっ……奇襲!?)

 

 浜面は上着を脱いで顔を覆うも、やや遅きに失した感はある。

 

 

 

 敵は複数人のようだった。断続的に聞こえる足音の方向に、絹旗が投げたと思しきテーブルがすっ飛んでいく。

 

 絹旗最愛の持つ能力『窒素装甲(オフェンスアーマー)』はその名の通り、空気中の窒素を自由に操る能力だ。

 圧縮した窒素の塊を制御することで、自動車を持ち上げたり銃弾をはじき返すことすらできる。

 

 『暗闇の五月計画』……かつてレベル5の第1位『一方通行(アクセラレータ)』の演算パターンを参考にして『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)」を最適化を目指したプロジェクトの生き残り、それが絹旗最愛だ。

 

 計画の結果、彼女は『一方通行』の『反射』をベースに自分の周囲に窒素で作った防御フィールドを展開させるという、自動防御能力を得た。

 強大な能力ではある反面、効果範囲は狭く掌から数センチが限界という弱点もある。それでも、催涙弾や銃弾の類は無効化できる。

 

 

「麦野! 滝壺! どこですか!?」

 

 

 だが、そんな彼女でも部屋中に煙幕を散布されては位置把握は困難だ。視界を奪われ、辛うじて聞こえる音を頼りに敵を探るのが精一杯だが、敵もサイレンサーに消音ブーツと対策を講じている。

 

(やば……)

 

 しかし、彼女のように自動防御能力を持たない浜面には、大量の非致死性兵器の影響が徐々に表れ始めた。

 

 ぐらり、と浜面の視界が揺らぐ。

 

 既に煙でほとんど見えていないが、ついに平衡感覚までおかしくなってきたようだ。

 

 うっすらと残る視界の隅では、キレた麦野がロクに照準も付けないまま手当たり次第に『原子崩し(メルトダウナー)』を撃ち込んでいる。

 

「クソがぁぁぁああああああッッ!!」

 

 『原子崩し』は極めて雑な表現をすると、「全身からビームが撃てる能力」で、単純な攻撃力だけでいえばレベル5の第3位『超電磁砲(レールガン)』すら上回るという。

 

 

 次々と放たれる『原子崩し』の衝撃波で、麦野は半ば無理やりに煙幕を晴らしていく。

 

 そして徐々に明らかになっていく視界の先には、1人の女性が見えた―――写真に写っていた美女、木原ミサキだ。

 

 

「テメェがコイツらのボスか……ッ!」

 

 

 麦野が忌々しそうな声を出すと、相手はふんわりとした笑顔を浮かべた。殺気だったレベル5を相手にしているとは思えないほどの、余裕に満ちた微笑み。

 

 

「ちゃんと名前で呼んで欲しいわ。私には『木原ミサキ』って名前があるんだから」

 

 

 少し頬を膨らませて「むぅ」とむくれて見せる。自分が可愛いことを知っていて、どう見せれば魅力的に見えるか知り尽くした女の仕草。

 

 だが、麦野が反応したのはそこではなかった。

 

 

「木原――木原……ねぇ」

 

 

 暗部でその名を知らぬ者はないという、イカれた科学者の一族だ。

 

 だが、そんな素性はおくびにも出さないほど、いたって木原ミサキの見た目は普通だ。

 もっとも『アイテム』も傍目には年の近い少女たちの仲良しグループでしかないのだから、見た目と実態は一致しないものなのかもしれないが。

 

 

 そして相変わらず穏やかな態度を崩さない木原ミサキの周囲には、同じクローンである『姉達(エルダーズ)』が武装して展開していた。

 

 年齢もスタイルも制服もバラバラで、中学や高校の制服を着ている小柄な者もいれば、カフェ店員みたいな制服を着ている長身の個体もいて、髪型や髪色まで見事に異なっていた。

 共通しているのは制服の上から防弾ベストを着込んでいること、ガスマスクとカービン銃で武装していることだ。

 

 

「しかし、あれだけの煙幕を能力で無理やり吹き飛ばしちゃうなんて、ちょっと驚いちゃった。やっぱりレベル5って凄いのね」

「てめぇ……」

「もうちょっと遊んであげてもいいんだけど、今日はちょっと忙しいの。目的も果たしたことだし、この辺で帰らせてもらおうかな」

 

 木原ミサキがそう言うと、背後にいた『姉達』のうち、一人がなにやら大きなものを担いで立ち上がった。

 

「っ―――滝壺ッ!?」

 

 担がれていたのは、ぐったりとして意識を失っている滝壺理后。最初から彼女だけが狙いだったようだ。

 

 

「一人で良い気になってんじゃねぇぞ、この糞アマ!!」

 

 

 コケにされたと感じた麦野がキレて、ありったけの力で『原子崩し』を叩き込む。

 大抵の物は消し炭となる殺人交戦の集中砲火を受け、ズゥウウンッ!!と轟音が響く。

 

 すると滝壺を運んでいた『姉達』の一人が悲鳴を上げる間もなく下半身を失い、残された上半身が重力に従ってドサッと地面に倒れた。

 

 

 だが、抱えていたはずの滝壺理后は空中に制止したまま。まるで誰かが念動力(テレキネシス)で支えているように……。

 

 

「いったい何がどうなってやがる?」

 

 麦野が舌打ちした。

 

 『心理感応』は、あくまで精神系の能力だ。それ自体は使い方次第で凶悪な能力になりうるが、麦野の原子崩しのような物理攻撃に対しては、原則として干渉することが出来ないはず。

 

 

(まぁいい、たとえ『念動力』持ちの能力者が混じっていようと、まとめて叩き潰す!)

 

 

 続けざまに、麦野は「原子崩し」を連発した。レベル5全開といった体で、ビルごと倒壊しかねない勢いで木原ミサキを攻撃する。

 

 

 対して、木原ミサキはいたってシンプルに対応した。その身体が消し炭になる数秒前に消え去ったかと思えば、麦野の背後に立っていた。

 

「これが『原子崩し』――生で見るのは初めてだけど、動画よりずっと素敵……!」

 

「チッ……今度は『空間移動(テレポート)』かよ!」

 

 苛立たしげに麦野が吐き捨てる。

 

 逃げの一手に徹すれば、テレポートほど厄介な能力も無い。強力な破壊力を持つ『原子崩し』だが、連射ができないという性質上、テレポート相手に有効な面制圧や飽和攻撃を苦手としている。

 

(あるいは『拡散支援半導体(シリコンバーン)』で原子崩しを拡散させて前方だけでも面制圧させる、って手もあるが……)

 

 弱点を補うシリコンバーンいえども、全方位に退避可能なテレポーター相手にはいささか分が悪い。

 

 

「じゃあ、次は私の番ね」

 

 

 木原ミサキの声と共に、その周囲に炎の渦が出現する。それは回転しながら徐々に膨れ上がり、竜巻となって麦野達にぶつけられた。

 

 それだけではない。木原ミサキの全身から電撃が放たれ、周囲一帯を跳ねまわる。あるいは長大な風のナイフが全方位、四方八方に向けて土砂降りのように襲い掛かる。

 

(こいつ、まさか『多重能力者(デュアルスキル)』なのか……!?)

 

 思わず目を見開く麦野。

 

(そんな情報、聞いてねぇぞ!?)

 

 だが、目の前にいる木原ミサキは間違いなく今、複数の能力を同時展開した。

 

 

(まぁいい、どっちにしろ『原子崩し』で消し炭にしてやんよ!)

 

 

 木原ミサキが複数の能力を使える『多重能力』だとして、1つ1つの威力では『原子崩し』を圧倒するほどの威力はない。

 

 

 しかし――。

 

 

 数十数百の炎の渦、氷の刃、電撃の散弾、風のナイフといった圧倒的な火力をぶつけられればどうか。

 

 

 たしかに1つや2つ、あるいは10や20であれば麦野の能力で打ち消すことも可能だろう。『原子崩し』を盾のように展開させれば、超電磁砲ですら凌げると麦野は自負している。

 

 あるいは一撃、二撃なら食らっても致命傷にはならない。だが、とても防ぎきれないほどの面で連続的に攻撃を受ければ、ダメージは次第に蓄積していく。

 

 

 対して木原ミサキは、いつでも好きな時にテレポートでどこにでも退避できる。よって最適解は正面衝突ではなく、様々な能力を矢継ぎ早に繰り出すという物量戦。

 

 彼女だけではない。ミサキネットワークへの接続により、周囲にいる『姉達』たちも同様の能力を行使できる。滝壺の『能力追跡(AIMストーカー)』による検索が50体を同時に捕捉したことも、それを裏付けていた。

 

 

(しかし『多重能力(デュアルスキル)』は脳への負担が大きすぎて実現不可能なはず……いや、だからこそのクローンか!)

 

 なんとなく麦野も木原ミサキが持つ能力のカラクリが見え始めていた。もし想像通りなのだとしたら、その厄介さは並大抵ではない。

 

「ふふっ、分かってきた?」

「あぁ、テメェら全員ぶっ殺す必要があるってことは理解できたよ」

「あら、怖ぁい」

 

 まったく怖がってなさそうに木原ミサキが答えると、再び2人は激突した。 

  




 むぎのんは「多重能力」と勘違いしてますが、正確には木山春生や木原幻生と同じ「多才能力」です。念のため。
 


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第09話 『誘拐』

 

 サロンで麦野と木原ミサキが派手な爆発音を響かせているのを横目に、絹旗は壁際まで走ると小さな拳でそれを容赦なく破壊した。そして浜面と滝壺の手を掴むと、その奥へと飛び込んでいく。

 

 

「浜面、超急いで車の確保をお願いします。木原ミサキの狙いは滝壺さんでしょうから」

 

 恐らく滝壺の厄介なサーチ能力を知って、追跡を振り切るために潰しに来たのだろう。あるいは滝壺の能力を利用して、次に昏倒させる予定の能力者がどこにいるのか位置を割り出すのか。

 

 どちらにせよ、今は身を潜めることが先決だ。そして隠れ家がバレている以上、他の情報も知られていると考える方が自然である。

 

 

「見た目の破壊力なら麦野や私の方が派手ですが、滝壺さんさえ潰してしまば『アイテム』の動きはかなり制限できます。彼女がいるかいないかで『追跡する側」と『追跡される側』は逆転します」

「……逆にいえば、滝壺さえ無事なら巻き返せるってことか」

「顔に似合わず、理解が早くて超助かります。フレンダにも連絡して、『アイテム』以外の隠れ家に潜伏しといてください」

 

 

 絹旗は言いながら、ポケットからスタンガンを取り出した。それを滝壺の手に掴ませる。

 

 

「あなたはボーっとしていて超危なっかしいですから、これぐらいの武器がちょうど良いでしょう。これなら爆発もしませんし」

 

 

 再び、爆発音が響く。

 

 

「―――報告します。対象を発見」

 

 無機質な声が聞こえた。浜面たちが振り返ると、『姉達(エルダーズ)』の一人が通路から出てきたところだった。

 

 

 未だにサロンからは爆発音が聞こえていることから、麦野が倒されたわけではないだろう。ただ、数の優位は敵にある。

 

(やはり敵の狙いは滝壺さんの確保……別に『アイテム』全員を殺さなくても、時間稼ぎさえ出来ればいいという割り切りですか)

 

 

 滝壺の目の前にいるエルダーズは、サイレンサー付きのH&K社製MP7個人携行火器で武装していた。ガスマスクは外してあり、レディーススーツにチョーカー、ショートカットの黒髪とクールな印象を受ける。

 

「―――警告します。貴女たちは完全に包囲されています。無駄な抵抗は止めて、大人しく投降してくれれば危害は加えません」

「教科書通りの警告ありがとうございます。でも、それで素直に従ったケースって無いですよね」

 

 絹旗が警戒しながら答えると、スーツのエルダーズは即座に銃を構えて引き金を引く。

 だが、サブマシンガン如きに貫通されるほど絹旗の『窒素装甲(オフェンスアーマー)』もヤワではない。

 

(とはいっても、超すぐ増援が着ますよね。この状況なら)

 

 絹旗は短く告げた。

 

「滝壺、行ってください。超早く」

 

 浜面と滝壺が何か言う前に、その小さな少女は戦場へと走っていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そして5分後、浜面仕上と滝壺理后はエレベーターの中にいた。

 

 絹旗と別れた後、急いでエレベーターホールへ向かい、地下の駐車場まで高速で降りている最中だ。軽い電子音と共に、金属製の自動ドアが左右に開いていく。

 

(迷ってる暇はねぇ。手前の車から――)

 

 ポケットの中から開錠用のツールを取り出す浜面は、そこで絶望的な声を聞いた。

 

 

「あ、いたいた」

 

 

 通路の向こうから、1人の女性が歩いてくる。それは麦野と戦っているはずの、木原ミサキだった。

 

(ウソだろ……っ!?)

 

 麦野がやられたのか、あるいは単に足止めされているのか、もしくは麦野の方から一時的に戦線離脱したのか。いずれにせよ、状況は非常にマズい。

 

 

「ねぇねぇ、ちょっとお姉さんと遊んでいかない?」

「っ―――!?」

 

 浜面は、袖の中にある拳銃の存在を意識した。だが、それを滝壺が制止する。

 

「大丈夫。私はレベル4だから、レベル0の浜面を、きっと守ってみせる」

 

 浜面が何か言う前に、滝壺はポケットの中から小さな結晶を取り出す。そして一切の躊躇なく、それを飲み込んだ。

 

「っ……!?」

 

 不意に、木原ミサキの動きが止まった。逡巡したのでも、見逃そうとしているのでもない。頭を押さえ、端正だった顔が少しばかり苦痛に歪んだ。

 

 何かが、木原ミサキに干渉している。詳細は分からないが、木原ミサキの苦痛の原因を作っているのが滝壺の能力だということは、レベル0の浜面でも理解できた。

 

(滝壺、何をしてるんだ……!?)

 

 恐らくは能力の応用だろう。AIM拡散力場に干渉する能力の性質を活かして、木原ミサキの『自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)』を乱している、と考えるのが妥当な線か。

 

 いずれにせよ木原ミサキは頭を押さえ、そのまま地面にへたりこんだ。直接的な戦闘能力を持たないはずの滝壺が、『多才能力(マルチスキル)』を持つ木原ミサキを圧倒していた。

 

(これなら、いける……!)

 

 浜面の心に希望が生まれ始めた、その時だった。

 

 

「油断し過ぎ。バッカじゃない」

 

 いつの間にか、後ろにもう一人のエルダーズが立っていた。豪奢な金髪をなびかせ、派手なメイクにタトゥー、けばけばしいネイルにギラギラとした光沢のあるネックレスを纏った長身の女。

 

 

「後で奢りね。ミサキは八角亭の味噌ラーメンで」

 

 

 さらに別のエルダース。こちらは長点上機学園の制服にボストンフレームの眼鏡、けだるげな表情が特徴的な個体だ。

 

 浜面が見ている内にも、どんどんエルダーズは増えてくる。慌てて拳銃を取り出そうとするも、遅かった。

 

 

「―――遅い」

 

 

 いつの間にか背後に立っていた『警備員(アンチスキル)』風のエルダーズに腕を掴まれ、そのまま柔道の要領で組み伏せられた。

 

 見れば、滝壺もナース姿のエルダーズに押さえつけられ、首元に鎮静剤を撃ち込まれている。絹旗から渡されたスタンガンで威嚇するも、数人がかかりで動きを封じられ、ギャル風のエルダーズに昏倒させられる。

 

 

「数の優位ってのは、手数の多さだ。よく言うだろ? 1機の専用機より10機の量産機って」

 

 浜面を確保した『警備員』風のエルダーズは淡々と告げると、テーザーガンを取り出した。それを至近距離から浜面に打ち込む。

 

 浜面の全身に高圧電流が流れ、耐え難い苦痛の後、浜面は意識を失った。

 




 
 個々の能力者同士の戦闘では「量より質」だけど、複数の戦線がある組織同士の抗争だと手数の多さで「質より量」という状況もありそう。
 


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第10話 『幻想御手(レベルアッパー)の亡霊』

※以前に投稿していた6話です。位置を後にずらしました。


  

 初春飾利が異変に気付いたのは、偶然とも必然とも言える。

 

 ハッキングそれ自体はかなり高度なもので、少しでも気を抜いていれば見落としていたかも知れない。

 

 だが、学園都市の能力者、それも高位能力者であるレベル4が次々に昏倒して意識不明となる異常事態ともなれば、総合データベースである「書庫(バンク)」にも何らかのハッキングが行われていると考える方が自然だ。

 

 幸いにもレベル1であった初春は、ミサキネットワークの攻撃対象からは外されていた。

 

「そんな……」

 

 超一流の天才ハッカーであり、風紀委員の採用テストも、ほぼ情報処理の一点突破でくぐり抜けている初春は、ハッカー達や親しい人達の間では「守護神(ゴールキーパー)」と呼ばれているほど。

 

 瞬時にネットワークの構造を分析し、最速かつ安全な近道、裏道を通って最短の作業量で目的の情報に到達する技能を持ち、美琴をして「解析に時間がかかる」という暗号をわずか7秒で解読する。

 

 彼女が構築したセキュリティプログラムは、データを「防護」するというよりも侵入者を「攻撃」する構成になっており(度が過ぎて黒子に怒られることもある)、更に侵入者を誘導してIPアドレスを「警備員」に通報するためのダミーサーバーまで作っている。

 

 

 そんな彼女をして、なぜ今まで気づかなかったのか。

 

 

「初春、何か分かりましたの?」

 

「はい。バンクへの不正アクセスをいくつか辿っていったところ、恐らくですが……」

 

 何か不正の証拠を掴んだのか。それなら喜ぶべきことのはずだったが、初春の表情は硬い。初春は黒子に近づくよう手招きし、耳元でそっと囁く。

 

 

「内部から情報が漏れています」

 

「なっ……!?」

 

 

 蓋を開けてみれば、拍子抜けするほど単純な事実だ。

 

 初春が調べたところ、ここ数時間のうちに行われた怪しいアクセスのうち95%は合法的なものだった。各支部の風紀委員や警備員、教師や研究者が正規ルートでアクセスしたものである。

 

 だが、1つ1つを細かく辿ってみると、引っかかるものがあった。

 

 

 ――例えば、非番のはずの風紀委員が、なぜか深夜まで支部にこもって延々と能力者データベースから能力情報や所属先を調べているとか。

 

 ――例えば、素粒子物理学の権威である教授が、何の前触れも無く脳科学に興味を持ち始め、大学内にある脳科学研究の情報データをダウンロードしていたり。

 

 ――例えば、ベテランで地位は高いが、これまでほとんどネットに触れたことも無かった警備員が、数日前から突然なにかに突き動かされたように、能力開発の研究施設のセキュリティ関係のデータを集めている。

 

 

 それらはすべて、管理者権限でいえば合法の範囲内に留まっている。だが、1人の人格を持った人間の行動という観点からみると、明らかに不自然な点が多い。

 

 

「恐らく、犯人は精神系の能力者……あるいは複数いるのかもしれません。犯人グループはまず風紀委員や研究者といった高度なデータベースにアクセスできる人間から洗脳し、ターゲットを絞って今回の犯行に及んだ可能性があります」

 

「精神系能力者………しかもこれだけ大規模となると、かなり上位の能力者ですわね」

 

 白井黒子の額に皺が寄る。なかなか厄介な状況だ。

 

「被害者についてですが、どうやら犯人はレベル3からレベル4の高位能力者ばかりを、優先的に選んで昏倒させているようです」

 

 高位能力者を妬んだ低位能力者による犯行――という可能性が一瞬だけ頭をよぎるが、すぐに初春はその可能性を振り払う。これだけ大規模な同時多発的な精神攻撃となれば、犯人もレベル4あるいはレベル5に匹敵するだけの能力を持っていなければ実行不可能だ。

 

「それだけじゃありません」

 

 初春が言葉を続ける。

 

「病院に送られた被害者を検査したところ、かつての『幻想御手(レベルアッパー)』と同じ症状がみられるそうです」

 

「なっ―――!?」

 

 今度こそ、白井黒子の表情がフリーズする。

 

 『幻想御手』事件には、黒子も初春も関わりが深い。なにせ、親友の佐天涙子が直接の被害者であり、最終的にケリをつけたのは御坂美琴である。

 

 当初は「能力のレベルを簡単に引き上げる事が出来る道具」という都市伝説の域を出なかったが、木山春生という脳科学者によって音楽ソフトという形で徐々に広まっていった。

 

 

 その正体は共感覚性を利用することで使用者の脳波に干渉し、脳波パターンを統一させて1つの巨大なネットワークを作ることで高度な演算装置をつくるプログラムであった。例えるならば「複数のパソコンをネットワーク化して並列処理をさせ、高度な演算能力を持たせる」といった仕組みに近い。

 

 ネットワークを共有することで一時的に演算能力が上昇すること、また同系統の能力者の思考パターンを共有する事でより効率的に能力を扱えること、こうした特性を利用して使用者の能力は一時的には上昇する。

 

 

 しかし同じ脳波ネットワーク(正確には製作者の木山の脳波)を強要され続けるという副作用もあり、最終的には使用者1万人近くが意識不明となる大事件となった。

 

 

「また懐かしい名前が出てきましたわね……」

 

 白井黒子は直接の被害者ではなかったが、あまり良い思い出ではない。

 

「ですが、もしレベルアッパーの模倣犯ということなら、誰の脳波か特定すればすぐ犯人は見つかるはずではなくて?」

 

「はい。そのはずなんですが……」

 

 パソコンをカタカタとタイプしながら、初春が難しい顔をする。

 

「先ほどから学園都市のデータベースにある全ての脳波パターンと照合しているんですが、完全に一致するパターンはありませんでした」

 

 少しぼかしたような言い方だった。

 

 ‟完全に”一致するパターンはない、と初春は言う。逆にいえば、ある程度なら一致するパターンがあったということ。

 

「どなたですの?」

 

「一番近い脳波パターンでしたら、彼女です」

 

 初春がクリックすると、画面いっぱいに中学生離れしたナイスバディの金髪美少女が映し出される。

 

 それは白井黒子もよく知っている相手だった。いや、彼女でなくとも学園都市に住む人間だったほぼ全員が知っていると言っても過言ではない。

  

 

「レベル5の第5位・食蜂操祈……?」

 

 




 
「食蜂操祈がその気になったら、心理掌握(メンタルアウト)で無理矢理に他の能力者の脳波を調律して、レベルアッパー的な感じで能力を奪えるんじゃね?」という発想です。
 細かいところは大目に見て頂ければ・・・(汗)。


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第11話 『究明』

 

 『アイテム』が襲撃され、『風紀委員(ジャッジメント)』177支部で最近発生している高位能力者昏倒事件に『幻想御手(レベルアッパー)』で使われた技術が関わっていることが突き止められたのと時を同じくして。

 

 

 常盤台中学の最大派閥を率いる食蜂操祈もまた、独自の情報網で自身のクローンの存在を突き止めていた。

 

「御坂さん、ちょっといいかしらぁ」

 

 常盤台中学の廊下にて、珍しく一人でいる食蜂操祈から呼び止められた美琴は、彼女の手招きに従って人気のない場所へと移動する。

 

 傍目には友達とちょっとした内緒話といった体だが、日頃の仲の悪さから察するに単なる世間話などではない。それでもわざわざ誘ってきたということは、それだけ重要な話があるのだろう。

 

 

 廊下を少し進んだ先にある、普段あまり使われないメイド用待合室(お嬢様な生徒に仕えるメイドたちが、たまに休憩してる)で、食蜂は自動販売機の前に立った。

 

「御坂さんも何か飲む?」

「えーっと、じゃあ『ヤシの実サイダー』で」

「……それ、美味しいの?」

 

 何とも微妙な引き顔のなりながらも、オーダー通りに食蜂は『ヤシの実サイダー』と書かれたボタンを押す。

 ちなみに食蜂自身は『超健康補助飲料 ガラナ青汁』を購入した。

 

 

「さっきカイツから連絡があったわ」

 

 カイツ=ノックレーベンは、食蜂が雇っている金髪の白人男性だ。警備強化専門の「知的傭兵(アドバイザー)」を自称して情報戦を得意とするだけあって、大覇星祭の時も食蜂の依頼で御坂妹を保護して木原幻生と対峙していた。

 

 彼もまた『妹達(シスターズ)』の存在を知る人物の1人でもあり、美琴に緊張が走る。

 

「結論から先に言わせてもらうけどぉ、噂になってた私のクローン……『妹達』の『心理掌握(メンタルアウト)』版が存在することはホントらしいわぁ」

 

 

 食蜂が派閥を総動員して捜索したところ、『書庫(バンク)』に登録されている精神系能力者の数と、各学校に所属している精神能力者の総数が一致していないことが分かった。

 

「もちろん、無能力者ってことにして隠蔽しているクローンが大部分だろうから、見つけたのは氷山の一角なんでしょうけど」

 

 仮に学校や施設に登録されているにしても、バラバラに分散させて所属されているため、身元を追うのは困難だ。

 

 

 そこで食蜂が目をつけたのは能力者本人ではなく、その能力開発を担当する研究者だった。

 

 

 そして彼女の予想通り『外装代脳(エクステリア)』に関係する施設や研究者の中に、『絶対能力進化(レベル6シフト)』計画および「量産型能力者(レディオノイズ)』計画のヒト・モノ・カネが多数紛れていることを突き止めた。

 

「やっぱり……」

「でも、問題はここからなのよ」

 

 食蜂は気だるげな表情を浮かべて、御坂美琴に告げる。

 

 

「私のクローン達……『姉達(エルダーズ)』も、御坂さんのクローン達と同じように“ネットワーク”を作れるみたいなんだゾ♪」

 

 

「んなっ!?」

 

 それが何を意味するか分からないほど、御坂美琴は愚かではない。

 

 

「じゃあ、また誰かが悪用して何かしようっての?」

 

 『妹達』の脳波リンクで形成されたミサカネットワークは、その処理能力の高さに目をつけられて少なくない人間に狙われている。『絶対能力進化(レベル6シフト)』実験こそ終わったものの、まだ安心できる状況ではない。

 

 

 だが、食蜂の返事は予想外のものだった。

 

「私もそう思って『姉達』を生み出した研究機関を派閥の子たちに調べさせたんだけど、逆だったわ」

「……逆?」

 

 どういう意味だ?と尋ねる御坂に、食蜂は「つまり」と続けた。

 

「研究者たちに『姉達』が()()()()()()()んじゃなくて、『姉達』が研究者たちを()()()()()()、ってこと」

 

 

 ――かつて、食蜂自身が『才人工房(クローンドリー)』を組織ごと洗脳して乗っ取ったように。

 

 

「私の派閥の子たちが特定した時には、もう研究者たちは全員が『姉達』に洗脳されていたわ」

 

 

 その、意味するところはひとつ。

 

 

「『姉達』は何か()()()()()()()()()()()()()()。ネットワークを通じて、ね」

 

 

 まるで蜂や蟻の群れのように。食蜂操祈のクローン達―――『姉達』は自らの意思で、何か目的をもって動き始めている。

 

 

 そうなのだとしたら――。

 

 

「……何をするつもりなの?」

「さぁ? そこまでは分からないわぁ」

 

 食蜂は肩をすくめ、皮肉っぽい表情になる。

 

「けど、なんとなくロクな目的じゃなさそうなのよねぇ。なにせ、『姉達』計画の推進者は()()“木原幻生”だし」

 

 

「木原幻生……」

 

 

 食蜂の口から出たその名を、御坂美琴もまた呟く。彼女にとっても、木原幻生は因縁のある相手だ。

 

 

「カイツから、追加の情報よぉ」

 

 そう言って食蜂が見せたスマホには、1人の女性が映っていた。

 

 

「断崖大学・修士課程1年、木原ミサキ――能力はレベル4の『心理感応(メンタルリンク)』で、私と同じ精神系ね。この子が『姉達』を統括する上位個体」

 

 

 スマホのプロフィール欄に移っていたのは、奇しくも『アイテム』の携帯に映っていたのと同じもの。堂々と断崖大学大学院・脳科学研究科・木原研究室・研究室紹介みたいなサイトに掲載されていて、いっそ清々しい。

 

「アンタと同じ名前に『木原』って……」

「よりにもよって木原一族に入ってるとは、私の想像力でも思いつかなかったわぁ」

 

 

 木原……学園都市の研究者たちの中では、有名な科学者の一族だ。血縁関係は様々だが、いずれも優れた科学者でありながら人を人とも思わぬ残忍な実験を強行する「木原の性質」を持ち主。

 

 目指すもの立派でも目的の為に手段を選ばず、「実験に際し一切のブレーキを掛けず、実験体の限界を無視して壊す」ことを信条とするほど。

 

 

(身元不明が怪しい精神能力者の能力開発には、大勢の『絶対能力進化(レベル6シフト)』計画と『量産型能力者(レディオノイズ)』計画の関係者が関わっていた。そして2つの計画の背後には、常に木原幻生がいた……)

 

 そこで木原一族をカイツに調べさせたところ、結果はビンゴと来た。

 

 

 もちろん、嬉しくもなんともない。むしろ「とんでもなく面倒なことになりそうだ」という嫌な予感がぷんぷん漂っている。

 

 

 御坂美琴もまた、無言のまま硬い表情になった。

 

 

 『絶対能力進化』計画にて『妹達』を生み出し、先の大覇星祭でもミサカネットワークと御坂美琴を使ってレベル6を生み出そうとした木原幻生――。

 

 幻生の孫娘でもあり「体晶」による暴走能力をの制御によって「置き去り(チャイルドエラー)」の枝先万里を使った独自のレベル6シフト事件を進めていたテレスティーナ・木原・ライフライン――。

 

 そして『幻想御手』事件を引き起こした木山春生に、その基となるアイデアを与えたのも木原幻生だった。

 

 

「……つくづく、木原って碌な思い出が無いわね」

「その点は同意するわぁ」

 

 珍しく意見が一致する二人。

 

 

 いずれにせよ、『木原』姓を名乗っている以上は、送られていた写真の女にも警戒するに越したことはない。

 

「アンタのクローンが木原一族に関わってるとか、嫌な予感しかしないんだけど」

「……“木原一族が関わってる”から前は余計じゃないかしらぁ?」

 

 いかにクローンいえども、それを悪く言われるのは自分を悪く言われたようで心外である。食蜂は「アナタねぇ……」という顔をしつつも、実際に事件が起こっている以上は弁論のしようもない。

 

 

「それで食蜂、ソイツの居場所は突き止めたの?」

「もちろん、手配済みよ。あまり私のコネクションを甘く見ない方がいいんだゾ」

 

 そこでタイミングよく、食蜂のスマホから着信音が鳴る。

 

 

『もしもーし、操祈ちゃん。私だけど』

 

「高齢者狙いの詐欺みたいに言わないの。それで看取さん、手掛かりは見つかったかしら?」

 

 

 食蜂に電話をかけてきた相手の名は警策看取。大覇星祭では木原幻生と組んで、学園都市を崩壊させようとした黒幕の1人でもある。

 

 彼女はかつて『才人工房(クローンドリー)』という研究機関で能力開発を受けていたが、そこで仲良くなったドリーというクローンの少女を実験動物扱いする学園都市の闇に触れ、復讐のために木原と互いを利用し合っていた。

 

 しかし計画が失敗に終わった後、ドリーの2人目の友達となった食蜂からドリーには記憶と経験を受け継いだ妹がいることを知らされる。

 そしてドリーとの再会を経てからは食蜂とも和解し、その後はドリーのお守りをしつつ食蜂の協力者となっていた。

 

 今では、互いを『操祈ちゃん』『看取さん』と呼び合うぐらいの仲である。

 

 

『一応、断崖大学に登録されてるデータから住所をあたってみたけど、実験や居場所の手掛かりになりそうなものはなかったね。大学にも先週ぐらいから来てないみたい』

「まぁ、当然といえば当然よね。流石にそこまで馬鹿だとは思ってないけど」

 

 それから、と警策が続ける。

 

『個人に関する情報の手掛かりになりそうなものなら、いくつかあるけど詳しく知りたい?」

「例えば?」

 

『彼氏っぽい人物とのツーショット写真とか、冷蔵庫に入ってる芋焼酎とかアサイーとかマカロンとか、後はやたら充実してるコスメグッズと服のストックとか』

「ほんと、どうでもいい情報ね……」

 

 とりあえず、表面的には充実した大学生ライフをエンジョイしてるらしいことが分かった。

 

『一応、今その木原ミサキのアパートに、小型カメラを持たせた『液化人影(リキッドシャドウ)』を潜入させてるんだけど……ナニナニ、えーっと、こっちのファッション誌は第15学区の穴場バー巡り特集で、あとはラクロスとヨガの本に、キャンプで使えるレシピ本、それからボルダリング入門なんかもあるね』

 

「「………」」

 

 なんとなく木原ミサキがどういう人種なのか、御坂美琴にも分かってきた。

 

 トレンドに敏感で、ジムに通ったりスーパーフードで食事に気を使ってる自分大好き、そして実際にリアルがめちゃくちゃ充実してる都会のイマドキ女子大生。

 

「……食蜂、アンタそういう大人になるのね。うん、なんか納得した」

「人の未来を勝手に決めつけて納得しないでくれるぅ!?」

 

 食蜂の抗議を無視して、うんうんと頷く美琴。。

 

『えっ、ナニナニひょっとして美琴ちゃん近くにいるの?』

「隣にいるわよ。御坂さん、いま電話で話てるのが警策看取さん。大覇星祭の黒幕よぉ」

『ちょっとちょっと、操祈ちゃん紹介の仕方!? まぁ、それほど間違ってはいないんだけどさ……」

 

 自分の復讐に巻き込んでしまって思うところがあるのか、警策看取は抗議するも最後の方は尻すぼみになっていく。

 

 

「警策さん、だっけ? 一応、大体の事情は黒子と食蜂から聞いてるから」

 

 食蜂に代わり、美琴が電話に出る。

 

「アンタのやったことはまぁ、褒められた行動じゃないけどさ……でも、そのドリーって子を大事に思ってくれたことには感謝してる。一応、私の妹の一人みたいなもんだし……会ったことはないけど」

『……ありがとう。それから、ごめんなさい』

 

 電話越しで顔は見えないが、警策看取の声からは誠実さが感じられた。

 

「あー、盛り上がってるとこ悪いんだけどぉ、2人とも感動の仲直りは後にしてくれないかしらぁ?」

 

 そこで食蜂が割って入る。

 

「看取さん、外でカイツが待機してるはずだから、一旦こっちに戻ってきてちょうだい。改めて対策を話し合うわ。連絡先は今送ったと所よぉ」

『……マジで? ジャッジメント177支部って、白井ちゃんとこだよね?』

 

 うげ、と警策が奇妙な声を上げる。大覇星祭で白井黒子とは激闘した仲だ。ちょっと気まずい部分があるのだろう。

 

 

「当然よぉ、総力戦で行くんだから。だって」

 

 

 

 ――相手はこの、食蜂操祈のクローンなのだから。

 

 

 

 そう言って不敵な笑顔を浮かべる、食蜂操祈。

 

 

 そう、今回の相手は生半可な手じゃ通用しない。必ず極めて用心深く、計画的で、美しさと能力を兼ね備えているはずだ、と。

   

 誰に言われるまでもなく、そんな確信があった。

   




 個人的に、警策看取は霧が丘中学付属の制服のがタイプだったり。

 あと全体的にクローンドリー出身者、普通に優秀なので「天才や偉人級の人間を人工的に生み出す」って目的は割と普通に頑張ればどうにかなりそうだと思ってる。
 


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第12話 『鯖缶が繋いだ縁』

           

 独自の情報網で犯人を特定したレベル5の2人、そしてレベルアッパーの模倣犯を調べていた『風紀委員(ジャッジメント)』の2人……この2つの事件が交差したタイミングは、決して偶然ではないだろう。

 

 それは本当に運命の悪戯とも呼べるもので。

 

 

「まさか食蜂さんのクローンの噂が本物で、しかも今回の事件の黒幕かもしれないだなんて……」

 

 普段はあまり使うことのない来客用の茶器をガチャガチャと鳴らしつつ、白井黒子は後ろの椅子に座る学園都市第3位と第5位の2人を眺め、大きな溜息を吐いた。

 

「ごめんなさいねぇ。まさか、こんな事になってたなんて」

「い、いえ! 食蜂さんのせいでは……!」

 

 白井の後ろでは、初春がやや緊張気味に茶葉をあれこれと見比べていた。せめてもの見栄なのか精一杯のおもてなしなのか分からないが、経費削減のツケが回って大したものが出せないのが泣き所である。

 

 

 それにしても大ごとになったものだ、と白井黒子は改めて食蜂を見ながら思う。

 

 学園都市第3位と第5位……何かと2人を引き合いに出す連中とは距離を置いているつもりだが、そんな黒子でもなんとなく2人の反りがあまり合わないことは知っている。

 

 その2人が手を組むということは、事態がそれだけ深刻だということだ。

 

(まだ詳細は聞いていませんが……なんとなく嫌な予感がしますわね)

 

 

 彼女のいる部屋がノックされたのは、その直後だった。

 

 

「こんにちはー」

 

 

 底抜けに明るい声とともに、狙ったのか偶然にしては出来過ぎるタイミングで現れた人物は、黒子の脳裏に浮かんでいた黒髪の少女であった。

 

「あれ? 初春も白井さんに、御坂さんに食蜂さん、それから帆風さんまで……!」

 

 驚いた顔を浮かべる佐天涙子。

 

 いつものメンバーに加え、常盤台最大派閥の食蜂派閥のツートップという豪華キャストである。学園都市でも7人しかいないレベル5のうち2人、レベル4の白井黒子に同じくレベル4の帆風順子と中々の一大戦力だ。

 

 だが、普段と違うといえば、佐天の方も1人ではなかった。追加の客人がもう1人、入ってくるなり絶叫する。

 

 

 

「って、なんでレベル5がここに2人もいるのよーー!」

 

 

 

 サバ缶繋がりで知り合った‟サバ友”こと、『アイテム』のフレンダである。とばっちりで暗部組織に誘拐されかかっていた佐天を救助し、お礼として彼女の家に入り浸っていたらしい。

 

 そんなベレー帽の金髪迫真美少女のフレンダであるが、佐天に「ちょっと紹介したい友達がいて」と誘われて風紀委員177支部まで連れてこられたところ、見事に御坂美琴と食蜂操祈に出くわしたのであった。

 

「聞いてないんですけど! 佐天が風紀委員の支部に良いお茶があるとか言うから、のこのこ付いてきてみればレベル5が2人もいて! 何なの今から戦争でも始まるわけ!?」

 

「まぁまぁ落ち着いてください。滅多に見れる光景じゃないんで、偶然ですよ多分」

「たまには見れる光景ではあるんだ!?」

 

 フレンダが驚愕する。

 

 ただのレベル0だと思っていた佐天だが、本人はともかくコネは想像以上だ。レベル5第3位の『超電磁砲』に第5位の『心理掌握』が揃っている。

 

(あの二人、暗部の情報だと仲悪いってことになってたけど、まさかブラフだったとか!?)

 

 気づいてしまった衝撃の事実にハッとするフレンダ。特に美琴とは一度やりあったことがあるため、現在でも『アイテム』としては要注意リストに載せている。

 

 

「あわわわわわわわわ」

 

 すぐリーダーの麦野に報告した方がいいだろうかと悩んでいると、大体の思考を察したのか美琴が「いやいやいや」と否定にかかってきた。

 

「アンタが何考えてるのか、おおよそ検討はついているけど多分それ違うから。一時的な共闘だから」

「あれ、ひょっとして御坂さんも知り合いなんですか?」

 

 初春が首をかしげる。

 

 佐天が連れてきた謎の金髪美少女だが、どうも美琴は知っているような口ぶりだ。世間は意外と狭い。

 

「なんだ~、フレンダさんのこと知ってるなら、先に言ってくださいよ~。御坂さんも人が悪いなー」

「いや、友達っていうか……」

 

 むしろ互いに殺し殺されかけた仲である。共に研究所での激闘を思い出したのか、いつでも攻撃できるように警戒しつつ睨み合う二人。

 

「フレンダ、だっけ? なんでアンタがこんなとこにいるのよ? 佐天さんとどういう関係?」

「私と涙子は、サバで結ばれた深い仲なワケよ!」

 

「え、なに……サバ?」

 

 ちょっと何を言っているか分からない。

 

「えっと、サバってあの鯖のことよね? 海泳いでて、缶詰とかにして食べるやつ」

「そうよ! むしろ他にどんなサバがあるのかって、いたらこっちが逆に聞きたいワケよ」

 

 とりあえずサバの件は解決した御坂だったが、やはり何ひとつ分からない。見かねた佐天が割って入る。

 

「えーっとですね……サバはともかく、さっき困っているところをこのフレンダさんに助けてもらったので、そのご縁といいますか」

 

 謎の組織に誘拐された話まですると長くなりそうだったので、かいつまんで説明する佐天。

 

 

「そしたら御坂さんたちが勢ぞろいしてたところに出くわしたという訳でして。あ、そういえば聞き忘れてたんですけど、そういう御坂さんたちこそ揃って何を?」

 

 逆に質問され、御坂美琴は言葉に詰まる。

 

 どこまで答えて良いものか。まだ不確定情報が多すぎるし、答えた以上は佐天まで巻き込むことになる。何より、目の前にいるフレンダが何者かも分からないまま、デリケートな話はしたくない。

 

 結局、無難なところだけを抜き出したところ、はぐらかすような説明になってしまう。

 

「んー、謎の集団昏倒事件を調べていたら、黒幕が食蜂のクローンだったから呼んだ、みたいな?」

「あらぁ、御坂さんったら説明がお上手ねぇ。小学生でも理解できるぐらい簡単すぎて、逆に何ひとつ伝わらない気もするけどぉ」

 

 食蜂が茶化すように口を挟む。

 

「まぁ、見た目がお子ちゃまだからぁ、そのぐらい可愛い説明の方が違和感力ゼロで相応じゃないかしら。よしよし、よく言えまちたね~」

 

 ブチィッっと御坂の中で何かが弾ける音がした。

 

「おおおお落ち着いてくださいまし、お姉さま!?」

 

 普段暴走しがちな黒子だが、今回ばかりは珍しく抑え役に回る。荒ぶる御坂を止めようとわたわたしている黒子を見るのは、初春や佐天にとってもなかなかにレアな光景だ。

 

 

 **

 

 

 ――しばらくして。

 

 

 おっほん、と白井黒子は大きく咳払いをした。

 

「と、とにかく、ですの。今は共闘中なのですから、お姉さまは抑えてくださいな。食蜂さんも常盤台の生徒として、あまり大人げない茶々入れないでくださいな」

 

「はぁ~い。白井さんがそう言うなら、仕方ないわねぇ」

 

 気の抜けた食蜂の声が返ってくる。とりあえずは黒子の仲裁で場を抑えることに成功したようだ。続けて黒子は佐天の連れてきた金髪の少女に目を向ける。

 

「それで、そこの貴女。フレンダさん、でしたわね?」

 

 黒子の問いに、フレンダがこくんと頷く。

 

「そういうアンタも、前にどこかで会ったわね。たしか……」

「白井黒子ですわ。常盤台中学1年、風紀委員も務めておりますの。そしてこちらが同僚の初春」

 

 黒子の紹介で初春も頭を下げる。ひととおり挨拶が済み、黒子はフレンダをどう扱うべきか思案する。

 

(ただの一般人なら、あまり関わらせたくは無いんですけど……)

 

 問題は、目の前にいる金髪少女が“ただの一般人”には見えないということだ。

 

 佐天がさらっと流していたが「困ったことがあって助けてもらった恩」というのが、ただのナンパやポン引きのようなもので無い事を、黒子は風紀委員としての勘でなんとなく察していた。

 

(パッと見はただの一般人ですけど、自然体に見える動きの中にもキレがある……それに、服の下に何か隠し持っていますわね……)

 

 間違いなく、何かしらの戦闘訓練を受けている。それも、風紀委員などよりずっとレベルの高いものを。

 

 

「なになに? なんか面白そうな動画じゃん。ちょっと見せてー」

 

「――ってぇ、何しれっと風紀委員の機密情報を覗きこもうとしてやがりますの!!?」

 

 しれっと初春の前にあるパソコンに身を乗り出したフレンダを、白井黒子は全力で止めにかかった。風紀委員でない御坂や佐天がしょっちゅう入り浸ってる時点で今更ではあるが、一応は一般人に見せてはいけない機密レベルの情報なのだ。

 

 だが、わずかにフレンダの方が早い。彼女とて伊達に暗部をやってるわけではないのだ。

 

 

「ふむふむ、食蜂操祈のクローンねぇ……ふぅん、なかなか面白そうじゃない♪」

 

 

 かくして、白井黒子の‟嫌な予感”は見事に的中したのである。

  




 
 ラッコちゃんの襲撃がなかったので、フレンダはそのまま佐天さんと家でいちゃいちゃしてました。たぶん。知らんけど。


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第13話 『集結』

 女子高生に囲まれるというハーレムは男なら一度は憧れるものだが、いざその当事者となった浜面が感じたのは半端ないアウェイ感だった。

 

「……俺、もう帰っていいかな?」

 

 現在、浜面がいるジャッジメント177支部には白井黒子ら風紀委員をはじめ、食蜂派閥に『アイテム』など様々な人々が一同に会していた。

 

 

 おまけにデリバリーで大量の出前やら宅配フードやらが持ち込まれて、ちょっとした大宴会である。

 

「あれ? 今日のシャケ弁と昨日のシャケ弁はなんか違う気がするけど。あれー?」

 

 秋物らしい明るい半袖コートを着込んだ麦野沈利は、ストッキングに覆われた足を組みなおしながら首を傾げている。

 変わんねぇよ、と浜面は心の中だけで突っ込む。

 

 

(いや、むしろここまでは普通だ。というか最近、普通になった光景だ……)

 

 

 そこで浜面は、麦野の隣に目を向ける。

 

「香港赤龍電影カンパニーとコラボしたこの中華テイクアウトボックス、超常連メニュー入りして欲しいんですけど、今日で終わっちゃうのは何故なのでしょうか。と、そこの『超電磁砲(レールガン)』はどう思います?」

 

「え、アタシ?」

 

 麦野の隣では、ふわふわしたニットのワンピースを着た絹旗最愛が、ハリウッド映画に出てきそうな謎中華の紙箱からビーフンらしき食べ物をつまみつつ、レベル5第3位の御坂美琴によく分からん話題で絡んでいる。

 

 

「結局さ、サバ缶のカレーがキてる訳よ」

 

 絹旗の隣ではフレンダが、サバ缶カレーを猛烈な勢いで食している。そんな彼女とテーブルを挟んだ前では、常盤台の制服を着た縦ロールのいかにもなお嬢様が目を丸くしていた。

 

「まぁ、サバを缶詰にした挙句カレーに? 一般の方々が考えることはよく分かりませんわ……最初からサバをカレーに入れるのとどう違いますの?」

「いや、これが結構おいしいんですよ~」

 

 ひょい、と黒髪のごく普通の女子生徒、といった見た目の生徒が顔を出す。

 

「そうそう、ルイコの作るサバ缶カレーは絶品なワケよ! ってなわけで、おかわり」

「フレンダさん、遠慮ないっすね……あ、帆風さんも一口どう?」

「では、お言葉に甘えて」

 

 帆風、と呼ばれた縦ロールの生徒が鯖カレーを口に運ぶ。そのやり取りを見ていた美琴が首を傾げる。

 

「あれ、佐天さん帆風さんと知り合いなの?」

「はい。白井さんの紹介で、初春と一緒にお会いして」

 

 名前を呼ばれて、佐天の隣にいた初春も会話に入ってくる。

 

「相変わらず、ザ・常盤台のお嬢様って感じで素敵ですよね~。同じ常盤台でも変態の白井さんとはオーラが違います」

「……初春、何か言いまして?」

「いひゃい、いひゃいへす、ひらいふぁん」

 

 こめかみをヒクつかせ、白井黒子が初春の頬を引っ張る。そんな二人を眺めてた帆風順子が、思い出したように手を突く。

 

「そうそう、忘れるといけませんわ。紹介しますわね、こちらが食蜂操祈さま。私達の女王です」

「初めまして。よろしくね~」

 

「「じょ、お……お……女王!!」」

 

 遠くで美琴が「白々しい……」と呆れ顔をしているが、佐天と初春は初めて生で見る「常盤台の女王」呼びにテンション上がりっぱなしである。

 

 

 それをニヤニヤしながら見ているのは、ナース服のコスプレをした変な女。

 

「おやおや、操祈ちゃん大人気だねぇ。これは私も『女王』って呼んだ方がいい流れかな?」

「それはちょっと気持ち悪いわねぇ」

「ありゃりゃ、振られちった」

 

 

 そんな感じで、わちゃわちゃしている風景が繰り広げられていたのだが、それを浜面仕上は信じられない物を見るような顔で眺めていた。

 

 

 そう、問題なのは――。

 

 

 

(なんでレベル5が一度に3人も集まってるんだよ、オイ!?)

 

 

 

 浜面とて、かつては100人以上のスキルアウトを束ねたリーダー、それなりにプライドはある。

 

 だが、レベル5の第3位から第5位までが一堂に会すると、やはり縮こまってしまう。

 

(そうでなくとも、年下の女子ばっかの中に一人だけ男がいるってのは、なんとも居心地が悪いな)

 

 『アイテム』の面々とは仕事柄、多少は慣れたが今は目の前にその倍はあろうかという女子生徒が女の子同士でワイワイしている。

 

 

「はーまづらぁ」

 

 そこに、麦野が割って入ってくる。

 

「この状況、140文字以内で説明して」

「え、ええとだな」

 

 喉まで出かかっているからあと少しで分かる気がする、と浜面は息巻く。そして結論に辿り着いた。

 

「フレンダが余計な首つっこんだのが悪い」

 

 

 **

 

 

「結局、敵の敵は味方って訳よ!!」

「と、とりあえず皆で仲良くやっていきましょ~……あはは」

 

 

 30分後、なぜか一同を仕切っていたのは、ドヤ顔のフレンダと苦笑いを浮かべる佐天涙子だった。

 

「け、結論からいうとですね、今回の騒動の原因となっているのは、食蜂さんのクローンである『木原ミサキ』さんが原因です」

 

 緊張しながら佐天が説明すると、さっそく食って掛かったのは麦野だった。

 

 

「んで、どう落とし前つけてくれんのかしら。常盤台の女王さん?」

 

 

 明らかにバカにした口調の麦野に、帆風を始めとする食蜂派閥が一斉に身構える。その様子を見て、麦野はさらに上機嫌で煽っていく。

 

「おうおう。虫一匹すら殺したこと無さそうな箱入りお嬢様風情が、数が多いからって調子に乗ってるんじゃねぇぞ」

 

 滝壺を誘拐されて気が立っているのか、喧嘩腰を崩そうとしない麦野。実際、単純な攻撃力だけでいえばこの場にいる誰よりも強い。

 

 対して、食蜂は優雅に紅茶を飲む姿勢こそ崩そうとしないものの、密かに片手をバッグに入れて中に入っているリモコンに指をあてた。

 あとは食蜂の指先ひとつで、一斉に派閥の全員が戦闘態勢に移行する。

 

「………」

「………」

 

 一触即発の空気の中、沈黙を破ったのは御坂美琴だった。

 

 

「アンタたちがやり合うのは一向に構わないけど、せめて外でやってくれないかしら」

 

「あん?」

 

 振り返った麦野が不機嫌そうな声を出す。

 

「ほほう、今度は第3位のお子ちゃまと来たか。お互い、知らんとこで自分のクローンを言いように使われた間抜け同士、傷の舐め合いでもしたいのかにゃーん☆」

 

「あ゛?」

 

「お、お姉さま! お待ちくださいまし!」

 

 御坂美琴が全身から放電するのを見て、今度は白井黒子が慌てて止めに入る。

 

 

 ――船頭多くして船山に登る。

 

 

 そんな諺があったなー、などと若干の現実逃避を含めて浜面仕上は目の前の諍いから距離を置いていた。

 

(とりあえずレベル5を3人も集めれば一大戦力だしどんな難事件もすぐ解決、なんてのはフィクションの世界の話だということがよーく分かったぜ)

 

 むしろレベル5同士で足を引っ張り合って、内輪揉めで敵を利するんじゃないかと思えるほど。

 このままでは『アイテム』vs 食蜂派閥 vs 御坂美琴&『風紀委員』連合軍、という学園都市最大規模の3つ巴の内戦が発生しかねない。

 

 

 真剣にどうしたものかと悩んだ末に、浜面はダメ元で手を挙げた。

 

「あのー、ちょっといいですかね」

 

 次の瞬間、ギロッと音が聞こえそうな勢いで3人のレベル5の視線が集中する。

 

 心の中で「ヒィッ!!」と悲鳴を上げてちびりそうになるのを我慢しつつ、浜面は「もうどうにでもなれ」と投げやりに言葉を続けた。

 

 

「とっ、とりあえず現状を整理しよう!」

 

 もうどうにでもなれ、と浜面は半ばヤケクソで一気に口走った。

 

「第5位のクローンが徒党を組んで、手当たり次第に能力者へ精神攻撃をかけている。精神攻撃をかけられた能力者は昏倒し、かけたクローンは相手の脳を乗っ取って、それをネットワーク化することでどんどん強力になっている」

 

 

 問題は、敵がどこにいるか分からず、誰を襲撃するかも分からないということだ。

 

 食蜂が派閥を総動員すればそれなりに数は揃えられるが、学園都市中に分散している相手を全てカバーできるほどではない。

 闇雲に探していても、後手に回るだけだ。その間にも被害者は増え、犯人は益々手が付けられなくなる。

 

 

 案の定、絹旗が怪訝な顔で聞いてきた。

 

「浜面。そもそも向こうの狙いも超分からないんじゃ、どうしようもありませんよ」

「いや、狙いなら分かる」

 

 正確には狙いの傾向だけどな、と浜面は付け加えた。

 

「相手は基本的に、特定の誰かを狙っているわけじゃない。自分の演算能力を上げるために、手当たり次第に能力者を取り込んでひたすらレベル上げをやってるだけだ」

 

 

 だとしたら――。

 

 

「狙うのは、なるべく効率よく演算能力を底上げできる場所か人物なんじゃないのか?」

「つまり、上位ランクの学校とかですか?」

「ああ、そうだ。特に常盤台のある『学び舎の園」みたいな場所は危ないと思う」

 

 浜面の言葉に、御坂と食蜂の顔色が変わった。

             




 
 レベル5、混ぜるな危険
  

 


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『学園群体』編
第14話 『スクール』


 学び舎の園……常盤台中学を含む5つの名門女子高が共同管理している乙女の花園だ。

 

「っ……これは!」

 

 白井黒子が苦々しげに声を漏らす。

 

 慌てて瞬間移動した学び舎の園では、野戦病院さながらの光景が広がっている。見たことも無い数の救急車が詰めかけ、大勢の生徒をレスキュー隊員が担架で運びこんでいた。

 

 色とりどりの花が咲き誇る庭には運びきれない被害者の為のテントが設営され、グラウンドには救急患者を空輸するためのヘリコプターが何台も離着陸を繰り返している。

 

 

「一歩、遅かったようですわね……ッ!」

 

 思わず舌打ちする。あと少し、気づくのが早ければ。

 

「あれは……」

 

 簡易ベッドに寝かされている生徒の姿に、見覚えのある者がいた。特徴的な広いおでこに長い黒髪、そして扇子……。

 

「婚后さん……!」

 

 同じ常盤台中学1年でレベル4の「風力使い(エアロシューター)」、婚后光子だった。

 すぐ傍には、ウェーブのかかったセミショートの茶髪の生徒も簡易ベッドの上で倒れている。

 

「湾内さんまで……」

 

 不幸中の幸いと言えるのは、昏倒した2人を看病している黒髪ロングの女子生徒に見覚えがあったからだ。

 

(泡浮さんは無事だったようですわね)

 

 少しだけ、心が軽くなったような気がする。甲斐甲斐しく看病してくれる人間がまだ残っていたという安心感と、残っていた泡浮万彬がレベル3であるということの2点からだった。

 

(泡浮さんは湾内さんと同じレベル3……レベル4の婚后さんを昏倒させるほどの能力がありながら放置されているということは、犯人の木原ミサキはもう此処に用は無いということ)

 

 少なくともこれ以上、学び舎の園で被害が拡大することは無さそうだ。

 

(ですが、犯人の木原ミサキは常盤台を始め多くの中~高位能力者をネットワークに取り込んだはず。ますます手が付けられませんわね……)

 

 

 ――そんな彼女が次に狙う得物は何か。

 

 

 その答えは分からない。ただ、分かるのは時間の問題だということは理解できた。それも、そう遠くない内に。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ちょうどその頃、第18学区・霧が丘女学院の近くに位置する素粒子工学研究所には、4人の男女グループが1つの部屋に集まっていた。

 

「……これだけ襲撃がスムーズに進むと、逆に気味がわりぃな」

 

 暗部組織の1つ『スクール』のリーダー・垣根帝督が、巨大な金属の箱を開けながら呟いた。

 

「これが『ピンセット』か」

 

 超微粒子干渉用吸着式マニピュレータ、通称『ピンセット』――磁力・光波・電子などを利用して、原子よりも小さな素粒子を「吸い取る」機械の指だ。

 

 

 垣根は工具箱を開けると、中からドライバーを取り出して大型装置『ピンセット』のネジを緩めていく。

 

「せっかく手に入れたのに、壊しちゃうんですか?」

 

 スナイパーの弓箭猟虎が首を傾げる。

 

 フレンダと佐天への襲撃が急きょ中止となった後、彼女を含めて『スクール』のメンバーは垣根と行動を共にしていた。

 

 本来であれば彼女たちが今いる素粒子工学研究所への襲撃は2日後に予定されていたのだが、原因不明の大規模な能力者昏倒事件が学園都市中で発生しているのを受けて、垣根は計画を前倒しで実行することにした。

 

 

 そして実際に垣根の読み通り、原因不明の事件に対応するべく、様々な人員や組織に警備が割かれるといったイレギュラーが生じた。

 

 その警備体制の隙をついて手薄になった素粒子工学研究所を襲撃したところ、拍子抜けするほどあっさりと『ピンセット』へ辿り着いた。

 

 

「貴重な獲物を壊すわけないだろ。組み直してんだよ」

 

 垣根はつまらなそうな顔で肩をすくめた。

 

「こいつは盗難防止のためにデカく作られてるが、必要最低限のパーツだけ集めりゃもっと小さくできるはずだ」

 

 ガチャガチャと組み直す音がしばらく続き、やがて本来の最適化された形へと変化する。

 

 垣根の人差し指と中指の2本にガラスで出来た長い爪のようなものがあり、さらに爪の中には細い金属の杭のようなパーツが収まっている。

 手の甲の部分には携帯電話のような小さいモニターがあり、ガラスの爪から抽出した素粒子を金属杭で測定した結果が表示される。

 

 

「いつも疑問に思ってた」

 

 垣根は爪をカタカタを鳴らしながら呟く。

 

「アレイスターのクソ野郎は、俺たちの動向を知り過ぎてるってな」

 

 防犯カメラや警備ロボット、衛星だけの監視では到底知りえないほどの情報を、アレイスターを含む統括理事会は持っている。それが疑問でならなかった。

 

「なんて事は無い。街中に見えない監視機器を5000万ほどバラ撒いて情報収集してたんだ。そりゃ隅々まで知り尽くしてて当然だな」

 

 

 その監視装置群の名は、『滞空回線(アンダーライン)』と呼ばれる。

 

 形状はボール状のボディの側面から、針金状の繊毛が左右に3対、6本飛び出しているというもの。移動方法も地上を歩くのではなく、空気中を漂うといった感覚に近い。

 

 この極小の機械は空気中の対流をうけて自家発電を行い、半永久的に情報を収集し、量子信号をつかったネットワークを形成している。

 『滞空回線』は『窓の無いビル』と直結する唯一の玄関口であり、当然ながらその小さな体内には世界を揺るがすほどの‟最暗部”の情報がいくつも隠されているはずだ。

 

 だが、垣根が『滞空回線』の存在を知ったところで、そこから情報を取り出す手段が無かった。そこで必要とされたのが『ピンセット』という訳だ。

 

 垣根はこれを使って、アレイスターとの直接交渉権を得ようと考えていた。

 

「よし、良い感じた。次の行動に移るぞ」

 

 了解、と残りのメンバーが頷いた時だった。

 

 

 

 バギン!!という鋭い金属音が部屋中に響き渡る。

 

 

 

 驚いた『スクール』の面々がそちらを見ると、分厚い壁がドアのように四角く切り取られていた。

 

「敵襲ですね……『グループ』か、それとも『アイテム』でしょうか?」

 

 レベル4の誉望万化が呟く。

 

 

 即座に警戒態勢をとる4人だが、返ってきたのはこの場に似合わぬ柔和な女の声だった。

 

 

「あら残念、どっちもハズレよ」

 

 

 明らかに場違いに思える、たおやかで落ち着いた声。綺麗に切り取られた壁の向こうから、1人の女性が歩いてくる。

 

 見た目は女子大生。それも、生まれも育ちも良くて何ひとつ不自由なく育ってきたような、いかにも「高嶺の花」といったタイプの女だ。

 

 

「こんにちは、『スクール』の皆さん」

 

「……誰だ」

 

 垣根がぶっきらぼうに答えると、女は「あ、そういえば自己紹介がまだだった」と呑気に返してきた。

 

 

「木原ミサキです、よろしくね」

 

 

 丁寧な仕草でぺこり、と頭を下げる。とても暗部の人間には見えない、都会的で洗練された女性の優雅な振る舞い――。

 

 

 だからこそ一層、目の前にいる女の異常さが際立っていた。

 

 

 これがただの女子大生なら、こんな非日常的な風景の中で日常と寸分違わず振る舞えるはずがない。

 

「アレイスターの使い、ってわけじゃ無さそうだな」

 

 垣根は咄嗟にそう判断した。

 

 もし垣根たちの計画を察知したアレイスターの討伐部隊であれば、問答無用で『スクール』を攻撃しているはずだ。

 わざわざのんびり自己紹介なんてしているということは、目の前の女に今この場でやり合う気がないということ。

 

「……ひょっとして、テメェが今回の騒動の黒幕か」

「ご名答、さすがは学園都市第2位のレベル5。どうしてまだ『第二候補(スペアプラン)』なのか不思議なぐらいね」

「ナメてんのか。よっぽど愉快な死体になりてぇと見える」

 

 わざわざ「第2候補」なんて本人の前で煽る胆力は大したものだが、そのツケは決して小さくない。

 

 

 ――そして。

 

 

 次の瞬間には、ドバァ!!と木原ミサキの身体を正体不明の白い翼が貫いていた。

 

 

 **

 

 

「ぁ……、」

 

 エメラルドグリーンの瞳が、驚いたように見開かれていた。

 

 木原ミサキは何がゆっくりと自分の眼を下へ向けると、脇腹から白く輝く翼の先端が刃物のように飛び出している。そこから下は、真っ赤に染まっていた。

 

「か、はっ……!」

 

 木原ミサキは大量の血を吐き出すと、ぐらりと身体を傾けて地面に倒れていった。時間の経過とともに、血の池が恐ろしいほど広がっていく。

 

「……」

 

 垣根提督は無言でそれを眺めていた。

 

 彼の背中から、天使の羽のように6枚の翼がゆったりと広がっていく。これが垣根帝督の持つ超能力『未元物質(ダークマター)』だ。

 

 この世に存在しない物質「未元物質」を生み出し、周囲を異法則の世界へと書き換えることで、物理法則ではありえない現象を引き起こす。

 

 「まだ見つかっていない」「理論上は存在するはず」といったモノではなく、正真正銘「この世界には存在しない物質」だ。ゆえにこの世界の物理法則に従う必要はなく、相互作用した物質もこの世のものでない独自の物理法則に従い、『未元物質』は動き出す。

 

 

 つまるところ垣根の能力は、単に変わった物質を作るというだけはでなく、物理法則そのものを塗り替えてしまう能力でもあるのだ。

 

 

 実際、この『未元物質』を使って天使のような白い6枚の翼を生み出すことで、垣根は飛行に防御・打・斬・風・衝撃波・光線など様々な応用性を持つ。

 

 学園都市に7人しかいないレベル5といえども、第3位以下に比べれば垣根の能力は突出している。

 

 

 ゆえに、所詮はレベル4の超能力者でしかない木原ミサキ程度であれば、垣根がその気になれば瞬殺されるのは当然の結果といえよう。

 

 だが―――。

 

 

「なるほど、これが『未元物質』なのねぇ。わたし、死んでみる価値あるか不安だったけど、想像以上で安心しちゃった」

 

 

 四角く切り取られた壁の向こうから聞こえてきたのは、今さっき殺したはずの木原ミサキのものだった。

  




 
 みんな大好き垣根帝督。初登場の頃が全盛期で、話が進むごとに段々いたたまれなくなってくる・・・。
 


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第15話 『垣根帝督』

「なるほど、これが『未元物質』なのねぇ。わたし、死んでみる価値あるか不安だったけど、想像以上で安心しちゃった」

 

 

 四角く切り取られた壁の向こうから聞こえてきたのは、今さっき殺したはずの木原ミサキのものだった。

 

 再び壁の向こうから現れた木原ミサキは、今度はシンプルなTシャツとデニムのホットパンツを着込んでいる。

 ブラウンの髪の毛は低い位置でサイドテールにまとめられており、ややアクティブな印象だ。

 

「ねぇ、さっきの子とどっちが好み?」

「知るかボケ」

 

 垣根は悪態を吐きながら、6枚の翼を構えた。油断なく木原ミサキを警戒しながら、背後にいる『スクール』のメンバーに短く指示を出す。

 

「下がってろ。コイツは俺の獲物だ」

「それはどうも」

 

 ドレスの少女――獄彩海美は感慨もなく、あっさりとした口調で答えた。この場にいても邪魔になるだけだと判断したのだろう。

 

「ケリがついたら教えてね。その間、『アイテム』の連中への対応策でも練っておく」

 

 おう、と垣根が答えると『スクール』のメンバーたちは立ち去って行った。薄情というより、垣根の勝利を確信しているからこそ、敢えて余計なことはしない。

 

 

 そして2人きりになったところで、垣根の背中から生えた白い翼が大きく広がっていく。天使のような翼が、ゆっくりと羽ばたいた。

 

「ふふっ、信頼されてるのね。メルヘン君」

「やめろ、自覚はある」

 

 言葉と共に、二人は激突した。

 

 

 

 ***

 

 

 先ほどと違って、今回は木原ミサキの方が早かった。

 

 轟!!という烈風が、木原ミサキの正面から垣根のいる場所へと突き抜ける。風速120メートルに達する空気の塊が、砲弾となって真横へ飛んだ垣根を打ち落とそう飛んでいく。

 

「っ!」

 

 器用に翼を動かし、垣根は一気に数十メートルも飛翔して建物の壁を破壊して飛び出し、大通りの中央分離帯の上に着地した。

 

( 今のは『風力使い(エアロシューター)』か? だが、ヤツは精神系能力者のはず……)

 

 頭に浮かんだ疑問が解ける前に、カツンと高い音が響いた。見れば、垣根のいる中央分離帯のすぐ横の路面に、木原ミサキが足を乗せたところだった。

 

 

「っ……!」

 

 一体どうやって接近したのか、いつの間にそれを実行したのか―――推測する間もなく、木原ミサキが腕を突き出し、その延長線上に炎がばら撒かれる。

 

(今度は『火炎放射(ファイアスロアー)』か!?)

 

 垣根は僅かに驚愕しつつ、翼を使って身を守った。炎が翼に燃え移ると同時に、自ら翼の一枚を無数の翼に変換して拡散させ、延焼が自分自身へと伝わるのを阻害する。

 

 

「オーケー、なんとなくテメェの能力が分かってきたよ」

 

 垣根が呟く。

 

「本物の『多重能力(デュアルスキル)』か紛い物の『多才能力(マルチスキル)』かは知らねぇが、複数の能力を操る能力者っては確かみてぇだな……ったく、器用なもんだ」

 

 ヒューッと軽く口笛を吹いて、その能力を賞賛する。

 

 

 だが、敵への賞賛というのは余裕の表れだ。最終的には自分が勝つと思っているからこそ、相手の健闘を称えるだけの余裕が持てる。

 

「ひとつだけ教えといてやる。能力者は量より質だ。そもそも、どうしてレベル4とレベル5が分けられているか知ってるか?」

 

 垣根は笑いながら、緩やかに両手を広げてこう言った。

 

 

 

「その間に、絶対的な壁があるからだ」

 

 

 

 たしかに複数の能力が使えれば、その分だけ手数は増えるだろう。戦術の幅も広がるかもしれない。

 

 

 それでも、行使できる能力の強さそのものはレベル3からレベル4程度でしかないのだ。

 

「足し算じゃねぇんだよ。レベル3だのレベル4風情が寄ってたかって束になろうが、レベル5には届かない。仮にも木原一族に名を連ねているなら、それぐら分かるもんだと思っていたがな」

 

 

「そこまで言わなくても……わたし、悲しい……」

 

 しゅん、と肩を落とす木原ミサキ。

 

「相似先輩のデータだと、‟3300以上の事象を同時に展開可能”って話だったから、倍の7000パターンぐらいの能力を集めればいけるかなって思ったんだけど」

 

「足りねぇな」

 

 垣根の翼が音も無く伸びる。20メートル以上に達した翼は巨大な剣のようで。『瞬間移動(テレポート)』で回避を試みる木原ミサキに向けて、ゴバッ!!と凄まじい光を放った。

 

「きゃっ!?」

 

 テレポートを繰り返して距離を取っていた木原ミサキが、突如として制御を失ったように墜落する。

 

 

「今のは11次元への特殊変換を妨害する光波だ。正確には『回折』を使った未元物質による、空間そのものへの干渉だがな」

 

 未元物質は、この世に存在しない素粒子を生み出し、操作する能力だ。既存の物理法則は通じない。

 

 それこそ、ピンポイントで「瞬間移動のために必要な、3次元から11次元へ特殊変換だけを歪める光線」を作り出すことさえ可能である。

 

 

 そして白い翼には目に見えないほど細かい隙間があり、その隙間を通った太陽光が性質を変え、空間が変質することでテレポートを妨害した。

 

 つまり白い翼が放った光が瞬間移動を妨害したのではなく、白い翼を通過した光が性質を変え、その光が通過した空間が瞬間移動できない空間へと変化したのだ。

 

 

「ま、何にしても応用次第だよ。そして俺の未元物質が持つ応用の可能性は無限大だ」

 

 垣根の生み出す『未元物質』は、この世に存在しない物質である。

 

 それは『まだ見つかっていない』、あるいは『理論上存在するはず』というような話ではない。本当に存在しない、レベル5によって生み出された新物質だ。

 

 

 物理法則を無視し、まるで異世界から直接引きずり出してきたような白い翼。それは突風だろうと雷撃だろうと、既存の物理法則の全てを無力化する。

 

 

「でも、それなら――」

 

 再び、木原ミサキが矢継ぎ早に繰り出す。

 

 炎の雨、雷の剣、氷の槍、風の刃……さらには転がっていたアルミ缶を『量子変速(シンクロトロン)』で爆発させたり、果ては『表層融解(フラックスコート)」の応用で液状化したアスファルトの沼に沈める、『念動力(テレキネシス)」で放り投げた自動車を『発火能力(パイロキネシス)』で爆発させてミサイルのように打ち込んだり。

 

 

 しかし、そのどれも垣根帝督に傷ひとつ付けることは出来なかった。

 

 

「よくもまぁ、これだけ多様な能力を集めたもんだよ。なかなかコレクションとしては悪くない。レベル5相手でも麦野あたりなら、組み合わせ次第じゃ弱点の1つや2つは見つけられるかもしれねぇな」

 

 だが、と垣根は呟いて告げる。

 

 

 

「俺の『未元物質』にその常識は通用しねぇ」

 

 

 

 再び、垣根の背中から唸りと共に新しい翼が生えた。

 

「手札は後どれだけ残ってるんだ? 数十か? 数百か?」

 

 垣根はせせら笑った。

 

 たとえ数千数万だろうが、未元物質はその全ての可能性に対応し、粉砕する。木原ミサキの能力に対抗できる物質を生み出し、物理法則を変化させ、防御にも攻撃にも応用できる無限の可能性。

 

 

 それこそが――。

 

 

「これが『未元物質(ダークマター)』だ」

 

 

 垣根は笑いながら6枚の翼を構える。

 

「異物の混ざったこの空間は、テメェの知る世界じゃねえんだよ」

 

 

 木原ミサキが能力の組み合わせによって新しい現象を発動させても、垣根の未元物質はすぐにそれに対抗できるような、この世に存在しない素粒子を引きずり出す。

 

 そうやって生み出された未元物質を操作することで、木原ミサキの持ち札を1つ1つ潰していけば、いずれチェックメイトの時が訪れる……。

 

 

 その、――はずだった。

  




 いちいち台詞がかっこいいんですよね、第2位って。
 


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第16話 『強装体包(カートリッジ)』

 
※独自設定・独自解釈あり。
 


 がくん!!と。垣根提督は解析が唐突に停止したのを感じた。

 

 

「あ?」

 

 垣根は肩眉を動かし、怪訝な顔になる。

 

「なん、だ?」

 

 学園都市第2位の怪物は、思わずといった調子で、小さく呟いた。

 

「何を、した? テメェ、俺の脳に一体なにを、何……を……ッ!?」

 

 

「う~ん、なんていうんだろう?」

 

 対する木原ミサキは、ちょこんと首を傾げた。人差し指を頬に当て、少し考えてから言葉を選ぶ。

 

「簡単に言うと『能力』の乗っ取り、みたいな」

「何を言ってる……なに言ってんだお前!?」

「わたしだけど、わたしじゃないよ。この能力は」

 

 いま見せるから、と木原ミサキはジャケットからスマートフォンを取り出した。慣れた手つきでサッと画像フォルダを開き、一枚の写真を見せる。

 

 映っていたのは、ピンク色のジャージを着込んだ少女の寝顔。

 

 

「この子、とっても面白い能力を持ってるのよ。『能力追跡(AIMストーカー)』って言ってね、AIM拡散力場に直接干渉できるの」

 

 

 本来であればピンク色ジャージの少女――滝壺理后の能力は、記録したAIM拡散力場の持ち主を検索・補足・追跡というのものだった。

 

 

 だが、その能力の真価はAIM拡散力場を伝った『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』への干渉……つまり、能力の根源そのものを弄くれる点にある。

 

 実際、滝壺は麦野の『原子崩し(メルトダウナー)』の照準を補正したり、逆に相手のAIM拡散力場を乱すことで能力を暴発状態にしたりする、といった応用によるサポートを行うこともある。

 

 麦野沈利によれば、全力で行えば相手の能力を乗っ取ることも出来るらしい。

 

 

 だから、と木原ミサキは告げる。

 

「AIM拡散力場にアクセスできるなら、そこから『逆流』して能力者の『自分だけの現実』……つまり能力者の能力を()()()()ってことも考えられない?」

 

 

 ――まさか。

 

 

「俺の『未元物質』をも……奪い取れるだと……?」

 

 

 ――そんなことが。

 

 

「出来ないと思う?」

「……滝壺理后は所詮、レベル4に過ぎないはずだ」

 

 木原ミサキの言っていることは、あくまで理論上の仮説に過ぎない。滝壺理后の持つ能力の危険性については、垣根帝督も考慮はしていた。

 

 たしかに『AIM追跡』という能力それ自体は、全力で行使すれば『未元物質』にも対抗できるかも知れない。

 

 

 だが、それでもレベル4に過ぎない滝壺とレベル5である垣根の間には、絶対的な壁があるはずなのだ。

 

 

「ええ。()()()()なら、ね」

 

 その疑問に答えるように、木原ミサキはポケットから小さなケースを取り出した。透明なケースの中には、白い粉末が入っている。

 

「てめぇ、まさか『体晶』を……」

「ええ、そうよ。幻生先生の置き土産だもの。上手に使わなきゃ」

 

 

 『体晶』――それは能力者へ意図的に拒絶反応を起こさせ、能力を暴走状態にする為の薬品だ。

 

 木原幻生はかつて『暴走能力の法則解析用誘爆実験』でこれを使用した。製薬会社の残した研究論文は今でも残されており、この薬を使用すれば瞬間的に圧倒的な火力を手に入れることが可能だ。

 

 

 これだけ聞くと便利な代物だが、長らく「使用者への負担が大きすぎる」という致命的な欠陥ゆえに能力進化実験のメインストリームからは捨てられていた。

 

 中には滝壺理后のように「暴走状態の方が良い結果を出せる」という稀有な能力者もいたたが、それでも負担は大きく、『体晶』は彼女の身体を徐々に蝕んでいった。

 

 

 ましてや、木原ミサキに『体晶』への適性などない。垣根を圧倒するほどの火力を『体晶』で一時的に手に入れても、まず彼女の身体が持たずないはず。

 

「そうね、実際()()()()()()()()()、とっくに『崩壊』してたかも」

 

 木原ミサキは愛おしそうに、うっとりと目を閉じた。

 

 

「でも、()()()()()()()()()()

 

 

 垣根帝督は、その姿を見て理解した。

 

「……そうか。そういう事か……!」

 

 木原ミサキの多才能力は、どこから引きずり出してきたものなのか。

 どうやって疑似的な多重能力を行使できるシステムを作ったのか。

 

 なぜ殺したはずの彼女が、何度でも生き返るのか。

 

 そして、いかにして学園都市第2位を圧倒するほどの瞬間火力を手に入れたのか。

 

 

「スゲェな……すげぇ悪だ。惚れちまいそうだぜ、クソビッチ。まさか同族に『体晶』の負荷を丸ごと肩代わりさせて、使い捨てのパーツにするとはなぁ!!」

 

 叫びに呼応するように、垣根帝督は最後の力を振り絞る。身体も脳も浸食されつつあるが、その程度で掴みとれるほど学園都市第2位の底は浅くない。

 

 バォ!!と6枚の翼に触れた空気が悲鳴を上げた。

 

 

「俺の裏をかいて能力を乗っ取った小賢しさは認めてやる。こっちに慢心があったこともな。ただし、能力をパクっただけじゃ、使いこなせるとは限られねぇんだよ!」

 

 垣根の叫びと共に、6枚の翼が爆発的に展開された。

 

 数十メートルにも達するそれらの翼は神秘的な光をたたえ、しかし同時に機械のような無機質さを秘めていた。

 

 まるで、神や天使の手に馴染む莫大な兵器のように。

 

 

「あれー。まだ動けるんだ。お姉さん、ちょっとビックリ」

 

 それを見ても、木原ミサキは全く焦る様子もなく返した。

 

 決してバカにしているわけではない。ただ、AIM拡散力場から浸食されつつある垣根が執念で『未元物質』を行使したことに、純粋に感心していた。

 

「わたし、惚れちゃったかも。ますます欲しくなっちゃった」

 

「お断りだ」

 

 次の瞬間、引き絞られた6枚の翼が弓のようにしなり、木原ミサキに襲い掛かった。正面から彼女に激突し、その衝撃波が周囲一帯に炸裂する。

 

 垣根の一撃を受けたミサキが後方へと吹き飛ばされ、道に面したカフェの中へと突っ込む。今度こそ瞬間移動で躱す間もなく、未元物質は木原ミサキをとらえた。

 

 

「……ッ」

 

 しかし、垣根の顔には不快しかない。手応えを意図的に外された感触が掌に残っている。

 

「乱暴なのも嫌いじゃないけど」

 

 爆弾テロにでもあったような店内から、そんな声が聞こえてきた。

 

「手荒く扱った後には優しくしてくれるのが、悪くて良い男の条件よ。ギャップにやられる、みたいな? 」

 

 

 無傷……店から出てきたミサキの全身を、白い繭のようなものが包んでいた。

 

 

 やがてゆっくりと羽化するように広げられたそれは、白い翼だった。垣根と同じ、無機質で人工的な光沢のある翼が、彼女の背でしなやかに羽ばたく。

 

 唯一の違いは、翼の数だった。垣根の6枚に対して、ミサキの翼は12枚。同時展開できる能力の差は、そのまま現在の2人が持つ演算能力の差―――すなわち戦闘力の差に等しい。

 

 

 垣根は眉をひそめた。

 

「俺の底まで掴み取るつもりか」

「だって全部知りたいじゃない。気になる相手のこと」

「ほざけ。形だけ似せても、紛い物は本物にはなれねぇんだよ!!」

 

 再びドバン!!という爆音が炸裂した。

 

 

 お互いの交差は一瞬………それで、勝敗は決した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「よかった、まだ死んでなくて」

 

 木原ミサキは地面に目をやり、スクランブル交差点の中心で仰向けに倒れる垣根帝督を見つめた。

 

 その周囲には、得体のしれない魔法陣のように赤い血が広がっている。自らの生み出した白い翼を同じ能力で緩衝され、奪われた自らの能力のうち防ぎきれなかった未元物質で身体を刺し貫かれて。

 

「頑張ったね。あと、痛くしちゃってゴメンなさい」

 

 ちょこん、としゃがみこんで木原ミサキはポケットからハンカチを取り出す。まだ息のある未元物質の口元にへばりついた血を甲斐甲斐しく拭きながら、労わるように端正な顔についた傷を消毒する。

 

「2875人の『強装体包(カートリッジ)』で決着つけるつもりだったのに、追加で572人も必要になるなんて。やっぱり第2位ってすごいわ」

 

 素敵、と木原ミサキはひたすらに褒めちぎる。

 

 

「馬、鹿……な……」

 

 息も絶え絶えに、垣根提督が呻いた。

 

「馬鹿に……するな」

 

 血を吐き、それでも呟く。

 

 垣根提督を学園都市第2位の怪物たらしめた『自分だけの現実』が奪われつつある状況で、なおもあらん限りの力で叫ぶ。

 

「馬鹿にするなぁあああああっ!!」

 

 端正な顔を歪ませ、絶叫する。

 

 

「これは、この力は俺のものだ! 俺だけの能力だ! 未元物質は俺の脳から、俺の『自分だけの現実』から生み出されて、俺だけが使える!俺だけが使える能力が、こんな―――!?」

 

 

「心配しないで」

 

 

 木原ミサキが、囁いた。苦しみもがく垣根を労わるように、慈愛に満ちた声を紡ぐ。

 

「あなたの『未元物質』は素晴らしい能力よ。それこそ、スペアプランなのが勿体ないぐらい。使い方によっては、第1位にだって負けないわ」

 

「あ、あ……」

 

「たしか理事長との直接交渉権を得るために、これから第1位『一方通行(アクセラレータ)』を倒すつもりだったのよね?」

 

 

 でも心配しないで、とミサキは微笑んだ。

 

 

「わたしが代わって倒してあげる。これでも、わたし尽くす方なのよ? アナタの望みはちゃんと叶えてあげるから、安心して」

 

「…っ……」

 

 既に垣根の意識は薄れ、もはや声を出すことすらままならない。AIM拡散力場を介してその脳波はミサキネットワークへと接続され、システムを構成する一部へと組み替えられていく。

 

 

「貴方の能力も、記憶も、意思も。全部わたしが受け継ぐから」

 

 

 木原ミサキの言葉と共に、一線が超えられる。

 

 それまで必死に抵抗していた垣根提督の一切合切が、ミサキネットワークに吸収されていく。

 連鎖反応を起こすように、垣根提督を構成していた全てが音を立てて崩れ落ち、新しいシステムへと生まれ変わっていった。

 

 

(き、消え……きえるっ、消える? 俺が、消えるだと……? 学園都市第2位の、この俺が、こんなバカげた理由で……?)

 

 

 ―――いいえ。

 

 

 必死の抵抗を試みた垣根提督の意識の残渣に、答える声があった。

 

 

 ――あなたは消えないわ。わたし達(ネットワーク)の中で、ずっと残り続ける。

 

 

 もはや言葉は不要だった。既に垣根帝督の意識はミサキネットワークに接続され、その一部となりつつある。

 ネットワークに不可欠なパーツとして、垣根帝督の能力と思考は木原ミサキと同化する途上にあった。

 

 

 徐々に垣根提督の目から光が消えていき、比例するように木原ミサキの瞳には新しい光が宿る。

 

 

「ようこそ、新しい()()()

 

 

 第2位の怪物を取り込んだ新たな怪物は、そう締めくくった。

  




            
 ボン○ルド系ヒロイン「一部のクローンは人間としての運用はしてないの」

強装体包(カートリッジ)
 レベルアッパーを取り込んだ脳波ネットワークに接続させたクローンに『体晶』を使わせて使い捨てれば、ネットワーク経由で一時的に能力の出力ブーストできるのでは?という発想です。名前の元ネタはまんま黎明卿のカートリッジ。
  
         


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第17話 『帆風潤子』

 自分は何をやっているんだろう、と帆風潤子は首を傾げていた。

 

 巨大な縦ロールが特徴的な彼女は、オープンカフェにいた。ただし一人ではない。同じテーブルには、アホ毛が特徴的な小さな女の子がいる。

 

(女王から病院周辺の警備を仰せつかったものの、いつの間にか迷子探しに……)

 

 歩いていると、たまたま目の前にいる少女……打ち止め(ラストオーダー)がタクシー運転手と口論している姿が目に入った。

 どうやら少女の方が目的地まで付かないうちに降りたいと駄々をこね始め、料金を既に保護者から貰っていたらしい運転手が困っているといった様子だった。

 

 

 帆風潤子は、おっとりしているが正義感は人一倍強い少女である。放っておくわけにもいかず、タクシー運転手と連絡先を交換してラストオーダーの迷子探しを手伝うことになった。

 

(とりあえず、風紀委員の支部に連れて行って保護と身元の確認をしてもいましょう)

 

 そう考えて歩き出したのだが、どうも歩いている内に少女は足が痛くなったのと、カフェのパフェに惹かれたらしく、しばし小休憩という状況である。

 

 

「あのぉ、少しよろしいでしょうか」

 

 

 不意に横からそんなことを言われたのは、コーヒーを啜っている最中のことだった。

 

 マグカップを置いて声がした方をみると、上品な雰囲気の女性が立っていた。

 

 秋物の茶色いロングPコートに白とベージュのマフラー、赤いベレー帽、黒いストッキング、高級感のあるイヤリング、黒い手袋、ブランド物のバッグ……常盤台OBの大学生と言われても違和感のない、ザ・お嬢様といった空気を纏っている。

 

 ゆるくカールさせた長い髪、わざとらしいぐらいのシャンプーの香り、控えめのナチュラルメイク、少しだけ伸ばした爪には薄いマニキュア。

 いかにも男ウケのよさそうな柔和な表情に、ぴんと伸ばした背筋が凛とした雰囲気を同居させている。女子アナにでもなっていれば、間違いなくネットで人気が出ることだろう。

 

「どちら様でしょうか」

「あ、ごめんなさい。断崖大学の木原ミサキです」

 

 優雅に会釈をして、ミサキと名乗った女性はスマートフォンの画面を見せる。

 

「ちょっと頼まれごとをされちゃってて。芳川さんっていう、学会で知り合った研究者の先輩なんだけど」

 

 そう言って木原ミサキは、ラストオーダーへと視線を移す。

 

「彼女からラストオーダーちゃんを家まで送って欲しい、って頼まれてるの。お邪魔でなければ、わたしも少しいいかしら?」

 

 ミサキは画面をラストオーダーにも見せる。ラストオーダーの反応を見る限り、芳川という白衣を着た女性研究者が彼女の保護者だという話に嘘は無いようだった。

 

 

 ―――しかし。

 

 

 咄嗟に。帆風潤子は考えるよりも早く行動した。

 

 テーブルを吹き飛ばし、ラストオーダーを抱えて離脱を図る。目の前の女性にこの少女を渡してはいけないと、本能が告げていた。

 

 彼女の能力はレベル4の『天衣装着(ランペイジドレス)』だ。体内の電気信号を自在に制御し、パワー・スピード・五感・動体視力などの身体能力を限界以上に引き出す。そんな彼女が全力で逃走を図れば、同レベルのテレポーターでもない限り追跡は難しい。

 

 

 ―――はずだった。

 

 

 ゴン!!という衝撃がこめかみを走り抜け、殴られたと気づいた時には既に彼女の身体は壁に激突していた。周囲から通行人の悲鳴が響く。

 

「えぇ、なんで逃げるのー? わたし、そんなに怖い顔してた?」

 

 そういう問題じゃない、と帆風潤子は心の中でツッコミを入れた。第一、逃げたからといって即行で攻撃してくる人間がマトモであるはずがない。

 

「帆風潤子。常盤台中学3年生、能力はレベル4の『天衣装着(ランペイジドレス)』」

 

 木原ミサキはゆっくりと、うっとりするような声で確認するように言葉を紡ぐ。

 

「出力だけならレベル5級なのに、痛みに対する無意識の防衛本能のせいでレベル4に留まってるだなんて可哀そう。わたし、力になるよ?」

 

 心の底から憐れむような表情で、木原ミサキは頼んでもいない同情を浮かべた。だが、その瞳孔は僅かに開かれ、どこかにいるであろう別のクローンが『体晶』を使用し、帆風にAIMハッキングをしかけたのは明らかだった。

 

「別に……人の道を捨ててまで、レベル5に達しようとはおもいませんわ」

「そんなぁ。もったいない」

 

 それが木原ミサキの本心のようだった。彼女は偽善から憐れんでいるのではなく、本気で「人間であるがゆえにレベル5へ到達できない人の限界」を悲しんでいる。

 

「この街は、レベル6に到達するための学校。能力があるのに、それを宝の持ち腐れにするなんて絶対にダメ。貴女の能力は、貴女の宝物よ。頑張って活かさなきゃ」

 

 必死に。心の底から。

 

 別れ話を切り出した恋人を説得するように。出産を控えた妻を励ます夫のように。木原ミサキは激励する。

 

 

 ――諦めるな。一緒に夢を叶えよう。

 

 

 だが、言葉とは裏腹に『能力追跡(AIMストーカー)』の応用である能力ハッキングが行使され、帆風の意識は遠のいていく。

 恐らくハッキングだけでなく、木原ミサキ本来の能力である精神系の能力も同時に行使して威力を底上げしているのだろう。

 

 

「大丈夫、安心して。わたしは貴女の敵じゃない。一緒に、夢を叶えましょう」

 

 

 レベル6への到達という、学園都市の存在意義でもある、その夢を。

 

 

「帆風さん、貴女はレベル4で終わる人じゃない。もっと上を目指せるわ……わたし達と一緒なら」

 

 

 その最後の一言で、帆風の意識は塗りつぶされる。帆風潤子という個人の意識は消え去り、ミサキネットワークというシステム総体の一部として、肉体の限界と呪縛から解き放たれる……。

 

 

 その、はずだった。 

 

 

 だが、そこで帆風潤子は聞いた。

 

 

「―――私の帆風さんに、勝手に手を出さないでくれるかしらぁ?」

 

 

 学園都市最強のレベル5の一人。精神系能力者の頂点に立つ、最も敬愛する女王の声を。

 




  
 原作だと初春と垣根だったけど、帆風さんと木原ミサキに。

 ラストオーダーを狙った理由は、ごく普通に演算能力向上のためのミサカネットワーク乗っ取りです。
 


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第18話 『二人の女王』

「あら、ごめんなさい」

 

 木原ミサキは注意を帆風から食蜂へ向けると、愛想の良い笑顔を浮かべた。

 

「そうね、誰だって勝手に自分のものに手を出されちゃ怒るわよね。本当にごめんなさい。この埋め合わせは後で絶対にするから、今は見逃してくれないかしら。ね、お願い」

 

 顔の前で両手を合わせ、上目遣いに瞳を潤ませる。自分が可愛く見える角度まで完璧だ。今まではそれで許されてたのかもしれないが、あいにく今の食蜂に「許す」という選択肢は無い。

 

「全く反省の色が見えない謝罪はかえって人をイラつかせるって、どこかで習わなかったのかしらぁ」

「んー、浮気した後とか他人の彼氏を寝取った後によく言われたけど、どう謝っても解決しなかったなぁ。結局、分かったのは距離を置くのが一番ってこと」

「それは、許さなかった相手が全面的に正しいわねぇ」

 

 オリジナルとクローン。食蜂操祈と木原ミサキが対峙する。

 

「まったく、似て無いわぁ」

 

 食蜂操祈は、目の前の女性から感じた印象をそのまま口に出す。

 

 

 緩くウェーブをかけた紅茶色の髪の毛も、蜂蜜色のストレートである食蜂とは全く異なる。スタイルについて食蜂操祈をグラマーとするなら、木原ミサキはスレンダーに分類されるだろう。

 胸や太ももなど個々のパーツならともかく、身体全体における流線形のラインでは向こうの方が均整がとれていると、食蜂は素直に認めた。

 

 他人の空似、というぐらいには似ているだろう。今まで見てきた誰よりも、目の前の女性は自分に近い。

 

 

 だが、何かが決定的に異なるのだ。

 

 

「クローンというから、もうちょっと私に似た人格力を期待してたんだけど。近いだけで似てないわね」

 

 うまく言語化はできない。ただ、明らかに自分とは異質な何かを、食蜂は木原ミサキの中に見出していた。

 

「どうしようもなく近いのに、似てない」

「うふふっ、そんなの当り前じゃない」

 

 対して、クローンの女性は朗らかな笑顔で答える。

 

「人は皆、違うんだもの。クローンでもサイボーグでもドッペルゲンガーでも、それぞれに個性があって、違う人生を歩んできたんだから」

 

 たしかにクローンであれば、遺伝情報は同じだろう。しかし生育環境が異なれば、成長した姿は全く異なるものであっても不思議はない。

 

 例えば、挿し木で増殖するサツマイモや、蔓で株分け増殖するイチゴが好例だ。同じ親株から育ったものであれば遺伝的には全く同一であるが、まったくの無個性というわけではない。

 

「『姉達(エルダーズ)』シリーズは『妹達(シスターズ)』と違って、少しづつ違う個性を獲得するようにプログラムされてるの。精神系能力に関する『自分だけの現実』を強化するには、色々な人間の感情について知識を持っていた方が効率的でしょう?」

 

「それなら、なおさら好都合ねぇ」

 

 食蜂操祈は、不敵な笑みを浮かべた。

 

(御坂さんに当てられ過ぎたかしらぁ)

 

 クローンというから、少しばかり身構え過ぎていた。今の話をまとめれば、結局のところクローンいえども全くの赤の他人という事になる。

 

 

 ――だったら、何ら躊躇する必要はない。容赦なく叩き潰す。

 

 

「それじゃ。遠慮なくあなたの計画とやらを破壊させてもらうわぁ」

 

 蜂の女王。学園都市第5位の怪物は、彼女が持てる全ての戦力を投入する。

 

 

「今から完全に個人的な理由のために操らせてもらうわよ♪」

 

 

 それだけだった。

 

 

 たったそれだけで、常盤台中学の最大派閥が一斉に動き出す。

 

「―――制圧完了。次の目標を教えてくださいませ」

「―――第七学区、駅前A2出口。タピオカ屋台の列に並んでいる白いワンピースの女性です」

「―――了解しましたわ。これより制圧行動に入ります」

 

 それが操られているかどうかなど、もはや少女たちにとってはどうでも良い。中心に立つ一人の為になるのならば。喜んでその手足となろう。

 

 

 たしかに、彼女たちは第4位や第3位といったレベル5ほどの力はない。風紀委員や暗部組織のように、戦闘に長けた兵士というわけでもない。

 

 

 それでも常盤台のお嬢様という時点で、ただの一人でさえも端役で終わるはずがなかった。各々が甚大な殺傷力を持ち、統率のとれた軍隊による総攻撃。蜂の群れには女王がいるが、その本領はむしろ周囲を飛び交う兵隊蜂にこそある。

 

 

 **

 

 

 食蜂派閥が総動員されたことは、ミサキネットワークを通じて木原ミサキにも伝達されていた。何体かの『姉達』が無力化され、計画に支障をきたしている。

 

 

 だが、もう片方の女王にして司令塔であるはずの女性は、少しも慌てるそぶりを見せない。焦るでもなく、かといって余裕というわけでもなく。ただ、少しばかり困惑していた。

 

 

「あら意外……物量をぶつけ合う総力戦なら、わたしの方が有利なのに」

 

 

 いかに常盤台中学の最大派閥といえども、構成員はせいぜい数十人から百数人ほど。質で圧倒しようにも、食蜂操祈が一度に精密操作できる人間の限界は14人程度でしかないのだ。

 

 単純命令であれば3桁は動かせるが、それでも未だ3000人以上を残す『姉達』には届かない。

 

 

「やっほー、お待たせ―」

「なんなんですか、こんな場所に呼び出して」

「……私に出来ること、何かある……?」

 

 

 その証拠に、あちらこちらか『姉達』が現れる。大通りから、店の中から、あるいは『瞬間移動(テレポート)』で虚空から。

 

 ハスキーな声、セクシーな声、ガーリッシュな声、ボーイッシュな声。襟まできちんと整えた中学生の制服を着た少女もいれば、カジュアルなワンピースに幾つものアクセサリーをつけたギャル風の少女もおり、カフェでバイトしてるような大学生風の女性もいれば、露出の多い豪奢なドレスを着た妙齢の女性もいた。

 

 

「みんな、集まってくれてありがとう」

 

 多種多様な『姉達』に、木原ミサキは嬉しそうに笑いかけた。

 

「みんながいれば百人力よ。もう少しだけ、みんなの力を貸して」

 

 これで戦力差は逆転した。食蜂の前に姿を現したのは30人程度だが、周囲にはまだ隠れている大勢の『姉達』がいるはずだ。さらに必要とあらば、追加の増援もテレポートでいつでも呼び出せる。

 

 

「……お逃げ下さい。女王」

 

 エルダーズの前に立ちはだかったのは、帆風潤子だった。体細胞の電気信号を操作する『天衣装着(ランペイジドレス)』を応用し、細胞分裂を促進することで傷ついた肉体を再生した彼女は、すでに臨戦態勢に入っている。

 

「この数では全てを倒しきることは不可能ですが、時間稼ぎ程度であれば可能です。女王は今のうちに撤退し、態勢を立て直し……」

「それは駄目よぉ。ここで貴女を囮にして逃げたら、何のために現れたのか分からなくなるじゃない」

 

 それに、と食蜂は付け加えた。

 

 

「総力戦というからには、こっちもそれなりに戦力を整えてきたんだゾ♪」

 




   
 ミサキさん、「学園都市は能力開発のための街なので、能力者にとって最高の幸福はレベル6になること」と善意で思ってるとこが、やっぱり木原一族。
 


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第19話 『未元物質』

           

 次の瞬間、食蜂操祈の脇を掠めてカッ!!という閃光が炸裂する。

 

「吹っ飛べ!!」

 

 高圧電流の奔流が姉達(エルダーズ)の一人を直撃し、感電した『姉達』は小さな悲鳴を上げる間もなく地面に倒れた。その隣にいた白衣の『姉達』も、気づいた時にはどこからか現れた寸鉄によって地面に縫い付けられている。

 

 

 そして襲撃者が姿を現す。

 

 音も無く食蜂の隣に着地したのは、常盤台中学の制服を身に着けた2人の少女。風紀委員の腕章をつけたツインテールの少女に、ボブカットの茶髪にルーズソックスという格好の少女だ。

 

 白井黒子に、御坂美琴。常盤台中学の誇るレベル5『超電磁砲(レールガン)』と、レベル4の『瞬間移動(テレポート)』を自在に操る歴戦の風紀委員。 

 

「待たせたわね、食蜂」

「御坂さん、来るのが遅いわよぉ」

 

「デート前の恋人同士みたいなやり取りは後にしてくださいまし!」

 

「「誰が恋人だ!」よ!」

 

 レベル5の二人の抗議を受け流しつつ、白井は両脚を大きく広げた。反動で短いスカートが舞う。

 

 露わになった太ももには革のベルトが撒いてあり、そこには十数本の寸鉄が差し込んである。先ほどエルダーズの一人を無力化したのも、空間移動を使ってこの寸鉄を標的に送り込んだものだ。

 

 

「お姉さま!」

「分かってる!」

 

 

 白井の声に答えて御坂美琴が叫ぶと、全方位から砂鉄が持ち上がった。それは高速振動する竜巻と化し、360度全方位から木原ミサキに襲い掛かる。

 

 死角となるべきポイントは、既に白井が抑えてあった。もし木原ミサキが移動しようものなら、テレポート直後のラグを利用して寸鉄で動きを封じるまで。

 

 木原ミサキが空間移動で戦線離脱するという可能性もあるが、その時は帆風とラストオーダーの保護を優先すればいい。

 ラストオーダーに関しては、とりあえず食蜂が保有する隠れ家へと避難させる。風紀委員である白井黒子にとって民間人の保護は、何より優先すべき事項だ。

 

 

 だが、木原ミサキの対応はそのいずれでもなかった。

 

 ゴッ!!という爆発音が空から炸裂する。凄まじい勢いで空気が拡散され、生み出されたソニックブームは巨大な磁力で操られているはずの竜巻を、力押しで薙ぎ払う。

 

「やばっ!?」

 

 御坂美琴は崩れたビルの鉄筋を操り、目の前に分厚いコンクリートの壁を作ることで衝撃波をやり過ごす。白井や食蜂たちも無事なことを確認してホッと胸を撫でおろしたのも束の間、すぐさま次の攻撃が来た。

 

「――『水流使い』を行使」

「―――『氷結操作』開始」

 

 2人の『姉達』が言葉を紡ぐと、破裂した水道管から大量の水がドォ!!と宙に集められ、瞬く間に巨大な氷の隕石と化した。

 それは爆撃に使われるクラスター爆弾の如く途中で自ら破砕し、氷の短剣が土砂降りの如く上空から降り注ぐ。

 

 

 だが、凶器の雨が御坂たちを傷つけることはなかった。突如として別方向から、ゴッ!!と複数の閃光が一面にシャワーのように降り注いだからだ。

 

 それも、ただのビームやレーザーといった程度のチャチなものではない。その一発一発が、砲弾にも匹敵する火力。道路に止めてあった車や歩道に面した自販機はもちろん、ビルや屋台ごと片っ端から薙ぎ払う、圧倒的な光の洪水だった。

 

 

「見つけた、みつけた。見ぃーつけたっと」

 

 

 並の軍隊であれば1個師団は優に超える火力を投入したその人物は、鼻歌を歌うような気軽さで現れた。

 

 人影は全部で4つ。

 

 ニットのワンピースを着た小柄な少女と、ベレー帽を着た金髪碧眼の少女に、髪を金髪に染めてサブマシンガンを構えたチンピラっぽい青年。その3人を従え、秋物のコートを着込んだ女が歩いてくる。

 

 

 麦野沈利―――学園都市第4位『原子崩し(メルトダウナー)』の異名を持つレベル5の怪物。

 

 

「この私をコケにしてくれたお礼がまだ済んでなかったわね。感謝しな、テメェはこの私が直々に上下左右に引き裂いてブチ殺してやるからよぉ!」

 

 麦野の咆哮と共に、閃光が炸裂する。手心を加えるだの、試し打ちで相手の出方を見るだのといった、小手先のテクニックには頼らない。最初から最大火力で確実に敵を仕留めるべく放たれる死の砲撃。

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 だが、その圧倒的な火力が木原ミサキを消失させることはなかった。その身体はバリアのように無機質な白い光に包まれ、第4位の『原子崩し(メルとダウナー)』をもってしても傷一つすらついていない。

 

 

「うんうん、やっぱり『未元物質(ダークマター)』って便利ね。垣根君には感謝しないと」

 

 

 未元物質……本来であれば、麦野たちが倒すべき相手であった『スクール』のリーダー・学園都市第2位の異名。その単語に、麦野が顔をしかめて反応した。

 

「チッ……!?」

 

 何が起こったのか、麦野は瞬時に理解する。

 

「ったく、『スクール』のクソッたれ共め、余計な仕事ばかり増やしやがって」

 

 木原ミサキ、そして『姉達』は全員が他人の精神を操る能力者だ。そして精神を乗っ取った能力者の脳波を自らと同調させ、ネットワークに繋ぐことで取り込んだ能力者の能力を行使できる。

 

 詳しいことは分からないが、確かなのは第2位・垣根帝督が持つ「未元物質」の能力は今、木原ミサキと『姉達』の手の中にあるということ。

 

 

 ――であれば。

 

 

 そう、無傷なのは彼女だけではない。

 

「今のヤバくね? 第4位マジでやべぇ」

「死ぬかと思った……」

「この年で二階級特進とか嫌であります」

 

 木原ミサキの周りにいた、『姉達』も同様に白い翼を展開することで身を守っていた。

 

「みんな、大丈夫? 怪我とかしてない?」

 

 引率の先生のように手を上げ、木原ミサキが安否確認を行う。

 

「この地区には全員で118人いるはずだけど、みんな揃ってる?」

「―――ミサキ2749号より報告しまーす。全員無事デース」

「良かったぁ。みんなが無事で」

 

 ホッとしたように胸を撫でおろす木原ミサキを見て、思わずフレンダが突っ込んだ。

 

「いやいやいや、どう考えてもおかしいでしょ!? あれのどこが精神系能力者よ!?」

「ちょっと前までは、ね。でも、今はそれ以上。これも、あなた達の仲間のおかげよ」

 

 

 お仲間、というのが滝壺理后を指しているのは明らかだった。

 

 

「しかし、これはいよいよマズくなってきたな……」

 

 麦野沈利は苦々しい顔で呟く。

 

 『アイテム』のリーダーとして、メンバーの能力についてはそれなりに調べている。ゆえに、拉致された滝壺理后の能力についても、その特異性と異様さについて誰よりも鋭敏に掴み取っていた。

 

 そして最悪の予想ほど当たるもので。

 

 

「あの腐れビッチの狙いは、『能力追跡(AIMストーカー)』なんかじゃなかった……」

 

 

 欲していたのは、‟AIM拡散力場に干渉できる”という、『能力追跡』の原理そのもの。

 そして、それを応用した‟能力のハッキング”こそが、木原ミサキの求めていたものだったのだ。

 

 

 ――滝壺理后の能力を使って、垣根帝督の能力を乗っ取る。そして脳波を同一に調律すれば、暗部のファイルで見た『外脳代装(エクステリア)』の要領で、ネットワークに組み込んだ『姉達』に、任意に渡すことが可能になる。

 

 実際、木原幻生は似たようなことをやってのけ、多才能力やミサカネットワークへの干渉を行っていた。

 

 

 もちろんキャパシティの問題はあるだろう。木原ミサキ一人に『未元物質』の能力を集約した場合に比べて、例えば10人のエルダーズに『未元物質』を分散させた場合では、後者の出力は1人当たり1/10まで低下する。

 

 

 だが、たとえば1発の大型核弾頭が1つの地点しか攻撃出来ないのに対し、威力が1/100の小型核弾頭が100発にあれば、100地点を100のタイミングで攻撃できるため戦術の幅は広がっていく。要は使い方次第なのだ。

 

 

 何より、『未元物質』は限定的であっても大きな脅威であることに変わりはない。

 

 

 

 不利だ、と咄嗟に麦野は判断した。

 

 

 学園都市にレベル5は7人いる。だが、第1位と第2位、それ以降には絶対的な戦力の格差がある……それが分からないほど、麦野は無能ではなかった。

 

「フレンダ、絹旗――撤退だ!」

 

「え?」

「麦野!?」

 

「いいから、車まで全速力だ! アイツは――」

 

 

 せめて第3位と第5位が囮になっている間に、自分達だけでも。そう思って駆け出した麦野の前に、ひらりと無機質な白い羽が舞い散る。

 

 

「逃げちゃだーめ♪」

 

 

 ほんわかした柔らかい声とは裏腹に、麦野が『原子崩し』を展開するより早く。木原ミサキの『未元物質』がその肩を貫く。

 

 

「ぐ、っ……!」

 

 

 殺られる―――そう、麦野が覚悟した瞬間だった。

 

 

 ドゴォッ!という爆音と共に、目の前にいた木原ミサキが真横に吹き飛ばされ、ビルのガラスをぶち破って煙の中へと消えていく。

 

 

「……ったく、しけた遊びではしゃいでんじゃねぇよ。三下が」

 

 

 聞こえてきたのは、声だった。学園都市最強の、悪魔のような第1位の声。

 

 

「もっと面白いことして盛り上がろぉぜ。悪党の振る舞いってのをおしえてやるからよぉ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ぅ~、痛ぅったぁ~」

 

 木原ミサキは視線を『一方通行(アクセラレータ)』へ向けると、静かに言った。

 

「う~ん、まさにヒロインのピンチで颯爽とヒーロー登場って感じね。軽く惚れちゃうかも」

「はっ、こんな回りくどい手を使ってハンデを求めたチキン野郎が何を余裕ぶってんだ。あのガキを狙うなんつー手を使った時点で、もう戦力差は決まっちまってんだよ」

 

 木原ミサキがラストオーダーを狙った理由など、一方通行にとってはどうでもいい事だった。何に使おうとしているのかも、興味はない。

 

 ただ、彼女を狙ったというだけで、目の前にいる女を殺しても構わないことだけは確信が持てた。

 

 

「んっ……凄い上から目線でドS発言、やっぱり強い男の子が言うと違うわね。お姉さん、色んなところが濡れちゃいそう」

「チッ、変態マゾ女が。そんなに刺激が欲しいんなら、お望み通りぶっ壊れるまで遊んでやろうじゃねぇかよォッ!」

 

 学園都市第1位と第2位の力。それを手にした一方通行も木原ミサキも、もはやコソコソした隠蔽などに気は配らない。そういった後始末は、どこかの誰かに任せればいい。

 

 次の瞬間、二人は激突していた。

 




   
 当然ですけど、ラストオーダーに手を出したらアクセラレータがすっ飛んで来るの法則。
 
 ちなみに作中では木原ミサキが未元物質の能力をミサキネットワーク経由で他のクローンにも与えているため、他のクローンも第3次世界大戦で浜面の粛清に学園都市が投入した『Equ.DarkMatter』部隊の兵士ぐらいの力は持っています。
 


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第20話 『一方通行』

   

 バッ!!という爆音が鳴り響いた。

 

 木原ミサキと、一方通行(アクセラレータ)が真正面から激突する。その余波としての衝撃波が周囲一帯へ均等に炸裂し、人々はなぎ倒され、ガラスが木っ端みじんに砕け散った。

 

「ベクトルを制御する能力者なら、全部のベクトルを集めても動かせないほど巨大な質量をぶつければ何とかなるかなって思ったんだけど、やっぱりダメみたいね。わたし自身のベクトルまで好きなように操作されるんじゃ、どうしようもないもの」

 

 店内から出てきた木原ミサキの全身は、白い繭のようなものが包まれている。天使のような白い12枚の翼が、無傷の彼女の背でゆっくりと羽ばたく。

 

「似合わねぇな、メルヘンビッチ」

「心配しないで。自覚はあるから」

 

 言葉と共に、二人は再び激突する。

 

 脚力のベクトルを操作して真っすぐ突っ込む一方通行に対し、翼で空気を叩いた木原ミサキは真横へ飛ぶ。

 

 一気に数十メートルも飛んで大通りの中央分離帯の上に着地したミサキに対し、一方通行は腕を振って空気を引き裂き、その大気の流れのベクトルを文字通り掌握した。

 

(しかし、『未元物質(ダークマター)』か……)

 

 つくづく厄介な能力だ、と一方通行は舌打ちする。 

 

 それは“まだ見つかってない”でも“理論上は存在するはず”でもなく、“本当に存在しない”レベル5第2位によってのみ生み出される新物質。物理法則を無視し、学問上の分類にも当てはまらない。

 

 「この世の物質」ではない以上、この世の物理法則には従わないし、相互作用した物質もこの世のものでない。まるで異世界から引きずり出してきたような白い翼は、独自の物理法則に従って動き出す。

 

 

「ふふっ、()()()()の『未元物質』に、常識は通用しないの」

 

 

 ミサキの声と共に、彼女の白い翼がゴバッ!!と凄まじい光を放つ。

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、ジリジリと焼けるような痛みを感じた一方通行は、思わず彼女から距離を取る。それから、事態の異常さに気づいた。

 

 あらゆるベクトルを『反射』するはずの一方通行が、外部から干渉を受けている。

 

 

「学園都市第1位の『ベクトル変換』は全てを『反射』する……けれど、それは正確じゃない」

 

 音を全て反射すれば何も聞こえないし、物体を全て反射すれば何も掴めない。だから無意識に有害と無害のフィルタを作って、有害なモノだけを選んで『反射』している―――木原ミサキは、その穴を突こうとする。

 

「私の『未元物質』を使って大量のベクトルを注入して、アナタの『反射』の具合から有害・無害のフィルタを解析したら、どうなるかな?」

 

 

 理論上、無害に分類しているベクトルの中に偽装した「ありえないベクトル」を撃ち込めば、『反射』はすり抜けられるはず。

 

 なぜなら一方通行が反射するベクトルは、基本的にホワイトリスト形式で登録されている。

 

 であれば『未元物質』で一方通行が普段「受け入れているベクトル」を変質させ、攻撃を「受け入れているベクトル」に偽装すれば反射を素通りできる。

 

 そのために木原ミサキが利用したのは、単なる太陽光。それを白い翼にある見えないほど細かい隙間から、隙間を通る際に未元物質に触れた太陽光の波を回折によって干渉させることで、太陽光の性質を殺人光線へと変化させた。

 

 

「ッ!?」

 

 

 ただならぬ気配を感じた一方通行が回避に移ろうとするも、すでに12枚の翼は放たれていた。これまでとは違う、撲殺用の鈍器として。

 

 ゴリゴリゴリッ!!という鈍い音が、一方通行の体内で炸裂する。あらゆるベクトルを反射するはずの学園都市第1位が勢いよく吹き飛ばされ、20メートル以上先にある街路樹に激突し、太い幹を一発でへし負った。

 

 

「ごっ、ぱぁ……ッ!」

 

 ミサキの白い翼が音も無く伸び、20メートル以上に達したそれは巨大な剣のように見えた。

 

「私の『未元物質』の影響を受けた太陽光と烈風には、それぞれ2万5000のベクトルを注入しておいたわ。もしアナタが仮に『反射』の組み立てを変更したとしても、すぐ再解析すれば元の木阿弥でしょう?」

 

 

 一方通行はその言葉を無視し、足元のアスファルトを踏み抜いた。衝撃で浮かび上がる小石を、思い切り蹴りつける。

 空気を切り裂くような音が炸裂し、ベクトル操作を受けた小石は消滅して衝撃波と化した。

 

 しかしミサキも白い翼にありったけの力を込めてカウンターの衝撃波をまき散らし、衝突した2つの波によって発生した空気の津波が看板や信号をもぎ取っていく。

 

 激突の余波を受けて鉄筋コンクリート製の構造物がギシギシと頼りなく揺れるころには、既に2人はそこから消えていた。

 

 

「千日手は私の味方よ。根気強く続けりゃダメージは蓄積していくし、アナタのバッテリーが切れればチェックメイトだもの」

 

 

 並行するように移動しながら互いの能力をぶつけ合い、時に風力発電のプロペラに飛び移り、時に信号機の側面を蹴飛ばしながら、恐ろしい速度で街を駆け抜けてゆく。

 

 一方通行が吐き捨てるように言う。

 

「チッ……確かに『未元物質』は厄介な能力だ。このまま持久戦に持ち込まれれば、ダメージの蓄積かバッテリー切れで死ぬ。だが、攻略法が無いわけじゃねぇ」

 

 ミサキが行ったのは、あくまで太陽光という通常「一方通行が反射せずに通しているもの」の性質を未元物質で有害に変更しただけである。つまり、ベクトルとしては受け入れている太陽光と同一のものを持つ。

 

「テメェの言う通り、この世界にゃオマエの操る『未元物質』なんてものは存在しねぇ。だがよぉ、だったらソイツも含めて反射のフィルタを設定し直せばいいだけだろうが」

 

 一方通行は人差し指を動かして誘いながら告げる。

 

「改めて“この世は未元物質を含む素粒子で構成されている”と再定義して、偽装攻撃のベクトルや偽装方式を認識・演算した上で排除フィルタを意識的に組み直せば、新世界(オマエ)の公式は暴かれる」

 

 なるほど、と木原ミサキが手を叩く。

 

「つまり、アナタのベクトル変換で『未元物質』をも操るってこと……?」

「出来ねぇと思うか、三下」

 

「いいえ」

 

 

 木原ミサキは、きっぱりと一方通行の言を肯定する。嬉しそうな表情すら浮かべて、素直に感心する。

 

「やっぱり第1位って素敵……能力同士のぶつかり合い、能力の裏をかくような知恵比べじゃ、悔しいけど勝てないわね」

 

 口ではそう言いつつも、特に悔しがる素振りはない。木原ミサキは研究者として、純粋に納得していた。これが、第1位と第2位の差なのかと。

 

 

 けれど、と彼女は微笑む。

 

 

 

「わたしは1人じゃない。みんな(エルダーズ)がいるもの」

 

 

 

 そう、一方通行はどれだけ強くとも1人しかいない。

 

 

 1人の第2位であれば、1人の第1位に勝てないのは道理だろう。けれど、100人の第2位がいれば、1000人の第2位がいれば、1万人の第2位がいれば。

 

 

 

 木原ミサキの言葉に、一方通行の動きが止まった。背後から来る殺気を感じ取ったからだ。

 

「ッ―――!?」

 

 咄嗟にベクトル操作で跳躍すると、先ほどまで一方通行が立っていた場所がドバッ!!と砕け散るのが見えた。

 

「チッ」

 

 舌打ちする一方通行。

 

 攻撃は背後のビルの中からだった。それはいい。問題は、攻撃してきたモノがありえないはずのものであったからだ。

 

 

「抗議します。もう2秒ぐらい引き付けられなかったんですかね。上位個体のくせに随分とお粗末な」

 

 

 ビルの中から現れたのは、学生服に身を包んだ『姉達』の一人だった。案の定、その背中からは2枚の白い翼が生えている。見た目こそ天使の羽のようだが、あまりにも滑らかで潔癖な白く輝く翼。

 

 だが、未元物質の人工的な輝きは翼だけに留まらない。端正な顔が、ほっそりした腕が、なまめかしい太ももが――すべて同じ、無機質な白い輝きを放っている。

 

 

「――滝壺理后の『能力追跡(AIMストーカー)』を使った『未元物質』の解析と完全な能力複製を完了、ミサキネットワークにシェアされた第2位の能力は任意に使用可能です」

 

 

 そう。木原ミサキは、垣根提督の能力を滝壺の『能力追跡』でハッキング、コピーしたというだけではない。

 

 ミサキネットワークにレベルアッパーを掛け合わせた膨大な演算能力により、その出力はオリジナルの垣根提督すらをも凌駕する。その上で、未元物質という能力を使って、延々と『未元物質』を生み出し続けていたのだ。

 

 

「垣根君は、まだ気づいてなかったみたいだったけど」

 

 木原ミサキは告げる。

 

「第2位の『未元物質』が持つ能力は、‟この世に存在しない物質を作り出す”こと。でも、重要なのは()()()()()()()()()っていう前半部分じゃなくて、()()()()()()()っていう後半部分なのよ」

 

 ミサキネットワークに取り込んだ垣根帝督にまだ意識があったとすれば、恐らく彼は渋々ながらイエスと答えただろう。

 

 そう、未元物質の真価は応用幅の広い汎用性にあるのではない。その真価は、実に単純な()()()()()()にあるのだ。

 

 

 つまるところ、垣根帝督は自らの持つ能力の強みを根本的に勘違いしていた。

 

 敵を倒すにも正々堂々、1対1のタイマン勝負などという騎士道精神は、科学と合理主義の街・学園都市には馴染まない。どうせ倒すのであれば、可能な限り効率的に。

 

 

「今まで喧嘩じゃ負け無しだったから垣根君は気づかなかったのかもだけど、‟量より質”の喧嘩と違って、戦争は‟質より量”なんだゾ♪」

 

 

 それが、喧嘩と戦争の違いだった。

 

 

「これが『学園群体(チューニングアウト)』よ」

 

 

 うふふ、と木原ミサキは夢見るように微笑む。

 

 

「君がまだ知らない世界を、お姉さんが見せてあげる」

  




 
 ミサキが垣根と同じように一方通行の能力の裏をかこうとしたのは、一応は消耗を抑えるため。人海戦術とか物量作戦でも、それなりに消耗は気にするものなので。
 
『学園群体』
 ・元ネタは滝壺が順当に成長して8人目のレベル5になっていたら、なっていたであろう『学園個人』。ミサキは滝壺を取り込み、レベルアッパーとクローンの脳波ネットワーク、未元物質で複製したクローンを使って、群体で「学園個人」を実現しているというイメージです。


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第21話 『学園群体』

 

 触れただけで身体が溶解・気化・砂状化する物質、人体だけに刺さる翼、この世に存在しない発火現象に、理論的にはあり得ない有機物の結晶化……そうした‟この世に存在しない物質”が作れるのは、たしかに脅威だろう。

 

 しかし、どんなに恐ろしくて驚異的な物質でも、1つや2つでは学園都市最強たる『一方通行』の前では大した脅威にはならない。

 

 

 だが、その数が倍々ゲームで増えていくとしたら。

 

 

「未元物質は‟今この世にある物質をどう扱うか”じゃなくて、‟全く新しい物質をゼロから作れる”からこそ価値があるのよ」

 

 

 戦争に例えるなら、他の能力者が開戦時の常備軍で戦うしかないのに対して、未元物質はいくらでも動員をかけて兵士を徴兵できる。

 

 無限に手駒が増やせるのならば、戦闘技術だの戦法だのといった小手先のテクニックは用を為さない。ただひたすらに人海戦術、物量作戦で押し潰す――その単純な繰り返しが、王道にして最強不敗の必勝法となる。

 

 

「ほら」

 

 

 木原ミサキは、空を指さした。

 

 

 ――ビルの屋上、そして空中に。

 

 

 いくつもの人影が浮かんでいるのが見えた。ラグナロクに天から舞い降りる神の軍勢の如く、白い羽を羽ばたかせた何体もの「木原ミサキ」が舞い降りてくる。

 

「美少女に囲まれるって男の子の夢でしょう? 金髪巨乳ギャルから黒髪大和撫子に清純派幼馴染み系まで、好みの子から壊しちゃっていいわよぉ」

「……真っ向から勝てねぇからって、数で押すやり方に変えたわけか。ったく、その発想が三下なんだよ。能力者は量より質だ。その程度すら分かんねぇのかよ」

 

 口では強がってはみたものの、言うほど状況が生易しいものではないことを一方通行は弁えていた。

 

 せいぜいレベル3程度の能力しか持たないクローンとはいえ、『未元物質(ダークマター)』を操るクローンの大部隊である。第2位という名前の軍隊だ。

 

 

「どうして生身の人間ってこんなに弱くて脆い生き物なんだろう、って思ったことはない? 私はあったんだけど、ちょっと実験で燃やしたり切り刻んだぐらいで簡単に死んじゃって、不便だなーって」

 

 それはレベル5とて変わらない。たった1人で学園都市を半壊させるほどの脅威である一方通行や垣根提督でさえ、能力が使えなくなればそこら辺の一般人と同じだ。銃で撃てば死ぬし、刀で斬っても死ぬ。

 

 

「だから私、考えてみたの。能力を人間が使うんじゃなくて、人間が能力そのものになっちゃえば、この脆い肉体の呪縛から解き放たれるんじゃないかって」

 

 

 その答えが、未元物質だった。

 

 

「そうそう。その力を応用すれば、こーんな事も出来ちゃうんだゾ」

 

 

 木原ミサキが何を言わんとしているのか、一方通行は気づき始めていた。未元物質と融合した『姉達』の集合体であるミサキネットワークが持つ、あってはならない異様さに。

 

 

 ――それは真実。

 

 

「未元物質で欠損した人体を複製できるなら、脳だって例外じゃないわよねぇ。なら、『垣根提督=未元物質=姉達』の複製だって不可能じゃない。何しろ、脳も心臓も内臓も、しょせんは臓器の一部に過ぎない細胞の塊なんだから」

 

 声に応じるように、さらに無数の翼を持つ影がこちらに飛んでくるのが見えた。

 

「未元物質の本質は‟生成”にあるの。それなら、脳だって例外じゃないわ。より正確には‟脳と全く同じ動きをする、この世には存在しない物質から生成される疑似脳”って呼んだ方がいいかもしれないけど」

 

 

 思いつく限り、最悪の可能性だった。

 

 

「これでも博士の卵として用語に正確を期すなら、厳密には『自分だけの現実』と定義するのは誤解を招く表現ね。そのうち出来るようにはなると思うけど、今はまだ能力の‟噴出点”を製造することで分配された平等な力を振ってるだけ。まぁ、原理は違っても実際に生じる現象は『未元物質』の量産であることに変わりはないんだけど」

 

 

 それは未元物質を使う人間ではなく、もはや人の形をした『未元物質』だ。

 

 

 否、もはや『未元物質』ですら、ミサキネットワークを通じて改良版『幻想御手(レベルアッパー)』に取り込まれた、多種多様な能力の1つに過ぎない。敢えて言うならば、人の群れという形をした()()()()()()――。

 

 

「てめぇ……」

 

「垣根君の能力って便利よねぇ。手足がもげようが内臓が潰れようが、欠損部に未元物質を生成すれば元の機能を補える。いいえ、それ以上のことが出来る」

 

 それは強い不死性の獲得ともいえるし、命や魂というものが『未元物質』の中に希釈されていっているとも言える。

 その『未元物質』すらスマートフォンで例えればアプリケーションの1つに過ぎず、多種多様なアプリの土台となるプラットフォームが『学園総体(チューニングアウト)』とでも言うべきか。

 

 

 だが、そもそもクローンとして生まれ、ミサキネットワークによって互いの意識を共有している『姉達(エルダーズ)』にとって、個々の個体における自我というものはさほど重要な意味を持たない。

 

 

 

「さぁ、次の実験を始めましょう」

 

 興奮を抑えられないといった表情で、どこからか取り出した眼鏡をかけた木原ミサキが、記録用のデバイスを起動する。いつの間にか身体に羽織っていた白衣も、全て未元物質で精製したものだ。

 

 彼女の声に呼応して、複数の『姉達』の背中から生える翼が巨大化していき、ゆっくりと包囲網を狭めようとする。一方通行が少しでも危害を加えようとすれば、即座に叩き潰せる態勢へと移行していく。

 

 

「第2位の持つ『未元物質』が秘めた無限の創造性、限界まで試してみたいわぁ。この数で押される程度ならそれまでだし、押し返されたとしても、その分だけ多様な可能性が獲得できる」

 

 

 もちろん『未元物質』だけではない。『学園総体(チューニングアウト)』は、実質的にレベルアッパーの脳波ネットワークをミサカネットワーク並みの演算能力を有するミサキネットワークに接続している。

 

 ゆえに、ほとんど負担なしに『発火能力(パイロキネシス)』から『念動力(サイコキネシス)』に『電撃使い(エレクトロマスター)』に『瞬間移動(テレポート)』まで多種多様な能力を使いこなす。

 

 加えて元の精神系能力をレベルアッパーで強化して「洗脳能力(マリオネッテ)』や滝壺理后から奪った『能力追跡(AIMストーカー)』で任意の相手の思考・能力をハッキングし、それをミサキネットワークに組み込めば能力は無限に強化されていく。

 

 

 一方通行の強さはそのままに、木原ミサキは未元にレベルアップを続ける。

 

 全てを破壊する本物の第1位と、全てを生み出す紛い物の第2位。矛と盾……これはそういう種類の戦いなのだ。

 

 

 だが、木原ミサキと違って、一方通行には時間制限がある。無限に続く戦いで、しかも手を抜くことは許されない。一瞬の気の緩みが、命を奪う。

 

 否、貴重なサンプルを木原ミサキは殺したりしないだろう。その代わり、死よりも惨い実験サンプルとして、全てを奪われ延々と凌辱しつくされる。

 

 

「は~い、よってらっしゃい見てらっしゃい。無数の美少女がより取り見取り、誰を殺しても料金は取りません。お互いに、夢のような時間を過ごしましょう」

 

 悪夢の間違いではないか、と一方通行が思った直後だった。

 

 正真正銘、唯一本物の第1位に向かって、完全なる偽物と紛い物の寄せ集めたる第2位の大群が全方位から殺到していく――。

 




『学園群体(チューニングアウト)』
・木原ミサキ、というより食蜂クローンの『姉達(エルダーズ)』の最終形態。まぁ早い話がボン○ルドとアンブ○ハンズの関係性です。

 それがミサカネットワーク的なものを構成し、さらに脳波調律といった洗脳系能力で能力者を無理やりレベルアッパーに取り込んで多才能力を実現し、取り込んだ能力のうち滝壺の能力で垣根の未元物質も取り込み、未元物質を使ってクローンのクローン(未元物質)をネズミ算式に複製し、それによって更にネットワークの演算能力が倍々ゲームで強化されていくという、割と悪夢。


能力を細かく見ると、以下の通りです。

①心理感応(メンタルリンク)
・欠陥電気(レディオノイズ)の食蜂版。食蜂の持つ『心理掌握』の劣化版。ただし、「十徳ナイフ」に例えられる食蜂の能力が持つ汎用性を犠牲にして、個々の個体を『洗脳』や『念話』に特化させることで、個々のクローンは特異な能力だけに限ればレベル3程度の出力。
 なので例えば、『洗脳』が得意な個体は『洗脳』だけはレベル3並、『念話』や『記憶の書き換え』はレベル2程度。

②ミサキネットワーク
・元々の能力は妹達(シスターズ)の食蜂版で、ミサカネットワークと同じようなミサキネットワーク(こちらは電気系能力のネットワークではなく、精神系能力による脳波ネットワーク)を形成。

③レベルアッパーと多才能力
・精神操作のひとつである『脳波調律』を用いて、他の能力者を強制的にミサキネットワークに取り込むことにより、木山春生や木原幻生と同じ、複数の能力を運用できる感じです。

④能力ハッキング
・レベルアッパーの中に滝壺を取り込んだことで、『AIM追跡』を応用した能力の直接的な乗っ取りが可能。

⑤『強装体包(カートリッジ)』
・ネットワークに取り込んだ個体に『体晶』を使わせることで能力をブーストさせ、ミサキネットワーク全体の演算能力を一時的に底上げ。

⑥未元物質
・乗っ取った垣根の未元物質で、無限に自身を複製。複製された個体もミサキネットワークに接続できるため、倍々ゲームで演算能力が向上。

⑦学園群体
・クローンたちは超個体として行動していますが、個々のクローンに意識はあって、それをミサキネットワークという脳波ネットワークで共有しています。
 そのため上位個体である木原ミサキはあくまで群体の中の象徴みたいなもので、死んでも別のエルダーズに木原ミサキの意識が上書きされる感じに、
 


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第22話 『総力戦』

 今や爆心地のようになった学園都市の一区画で、眼鏡をかけた木原ミサキは実験記録をデバイスにカタカタと軽快に打ち込みながら、のんびりとチェーン店のコーヒーを啜りながら呟いていた。

 

「あ~あ、まさか10分で200体も壊されちゃうなんて。ちょっと予想外で、お姉さんもビックリ」

 

 勝手気ままに呟く彼女の口調に、苦いものは無い。

 

 

 何を破壊されても、新しく生み出し続ける事のできる「創造」の未元物質。

 そもそも、あらゆる攻撃をベクトル操作で迎撃できる「破壊」の一方通行。

 

 

 一番重要なのは、上っ面の物理現象ではない。その能力の根幹となる演算パターン、「自分だけの現実」、思考回路……能力者を特別にしている何か、そのものを解析して分析し、つまびらかにする事こそが、明確な勝敗を分ける。

 

 オリジナルの垣根提督は、この世に存在しない「未元物質」を使い、太陽光や衝撃波を反射させることで「地球上にはありえないベクトルから」の攻撃を実現した。

 

 第1の前提―――それは一方通行の持つ「反射」の壁を、どうやって切り崩すか。そこへ重点を置いて観察すれば、これまでの戦闘の真の経過が見えてくる。

 

「攻撃パターン、‟反射”のロジック、君が壊した200体からは貴重なデータが取れたわ。科学の進歩には犠牲がつきものだけど、無駄な犠牲なんて無いのよ」

 

 

 そう語る木原ミサキもまた、既に何度も個体を変えていた。今の個体は茶髪をハーフアップでまとめ、黒いノースリーブニットの上から薄いラベンダー色のシースルーシャツ、青いジーンズといった華奢な格好であるが、あくまで便宜的なものだ。

 

 『姉達(エルダーズ)』の上位個体たる『優先信号(ファーストオーダー)』として『木原ミサキ』としての意識を持つが、死んだら死んだで意識を共有しているミサキネットワークを経由して、すぐ別のエルダーズが新しい『木原ミサキ』として活動するだけのこと。

 

「一見すると無駄死に見えても、神経衰弱と同じでカードの絵柄と数字を覚えておけば次に繋げられる。データを豊富に蓄積して、そこから逆算して回帰すれば全体像を正確にシミュレートできるわ」

 

 

 木原ミサキの頭上に、大きな影が差す。

 

 まるで大型のエイのように見えるそれは、アメリカ軍の最新鋭ステルス爆撃機を模した『姉達』の一人、その成れの果てだった。もはや「ヒトの形を保つ」必要すら無い。

 

 

「ほらほら、お姉さんをガッカリさせないで。もっと頑張れるでしょう? 男と女の戦いが途中で中折れなんて、示しがつかないじゃない」

「……こっちにも好みはある。相手が淫乱女じゃ萎えンだよ」

 

 巨大な陸橋の下で、悪態をつく一方通行。しかし木原ミサキの言う通り、チョーカー型電極のバッテリーは30分しか持たず、残り時間は5分を切っている。

 

 短期決戦を拒んだ『姉達』が、断続的に嫌がらせ目的の牽制攻撃を続けるだけで、追い詰められるのは一方通行の方だ。

 

 とある事情によって脳に深い傷を負った一方通行は、チョーカーを経由してミサカネットワークに代理演算してもらわなければ、最強の能力を振るうどころか2本の足で立つことも、人の言葉で意思疎通を行うことも出来ないのだから。

 

(だが、それが絶対のタイムリミットってわけじゃねぇ。単にバッテリーの容量がそれしかないってだけで、だったら……!)

 

 

 陸橋は水道管や電気ケーブルにも通じており、一方通行のすぐ近くには太い配管が走っていた。ケーブルを目で追い、そこを通る電流と電圧を確認してから、容赦なくその外装をはぎ取っていく。

 

 

 充電――。

 

 

 簡単といえばあまりにも簡単な手口だが、一方通行はここに潜り込むまでに調達した鉄板を積み重ね、針金で束ねて即席の変電装置を作り上げていた。

 

 計算をわずかにでも誤ればチョーカー型電極が発火するどころか、指先ごと弾け飛ぶ。しかし躊躇はしない。

 

 素早く送電ケーブルと変電装置を接続すると、細いコードを使ってバッテリーに電力を供給していく。

 

 

(これを繰り返せばかなり長期の消耗戦にも耐えられるだろうが、千日手じゃ埒が明かねぇ。さすがに24時間不眠不休ともなれば、交代要員を送り込めるヤツの方が有利……)

 

 率直に、自分が不利だと一方通行は認めた。現実をあるがままに受け入れ、その上で先に進む。

 

(だが、あと5分だけ時間を稼げば俺がガス欠になると思ってるんなら、多少の回復で十分だ。誤差の中で追加の一撃を放って、そのままブチ抜いてやる)

 

 そのための布石は既に打ってあった。学園都市第一の怪物は、ただ無為無策にバッテリーを消耗したわけではない。

 

 

 だが、反撃に移ろうした一方通行は、1つの事を失念していた。

 

 

 木原ミサキが取り込んだ能力の1つである、『能力追跡(AIMストーカー)』は、運用次第では「能力者の能力を乗っ取れる」という強力な能力だ。

 

 

 当然、一方通行に対して木原ミサキも「能力の乗っ取り」は仕掛けているし、一方通行も何万というベクトルを操ってあらゆる介入を防いでいた。

 

 ゆえに『未元物質』と『一方通行』の戦いの裏で行われていた、『能力追跡』と『一方通行』の戦いで、今のところ一方通行は全ての防御に成功している。

 

 

 だが、それゆえに「能力者の位置特定」という『能力追跡』本来の能力――能力ハッキングに比べれば、やや地味にも映る能力の持つ危険性への対処が遅れてしまった。

 

 

『―――ミサキ161739号より、ファーストオーダーへ。ロシアのノボシビルスクにいたミサカ19999号の取り込みを完了』

 

『―――ミサキ025673号より、ファーストオーダーへ。グアテマラのサカパにいたミサカ10050号の取り込みを完了』

 

『―――ミサキ113986号より、ファーストオーダーへ。インドのアーメドナガルにいたミサカ12053号の取り込みを完了』

 

 

 そして、ついに()()()が訪れる。

 

 

 

 ***

 

 

「ッーーー!?」

 

 

 違和感を感じた次の瞬間、一方通行は瓦礫の上にうつ伏せで倒れていた。

 

(演算が、できない……だと!?)

 

 前後左右のバランスが掴めない。どちらに向けて力を入れれば起き上がれるのか、それすら計算できない。投げ出された手は見えるが、指が何本あるのか目で追いながらカウントしていくと数が分からなくなる。

 

(バッテリー、は……まだ、残ってた、はず……)

 

 辛うじて思い起こした記憶も、それを事実として受け止めることはできるが、それに何の意味があったかまでは思考できない。

 

 そんな一方通行の視界の上から、ゆっくりと木原ミサキが舞い降りた。うっとりと無言で一方通行を見つめるその顔は、慈愛すら感じさせるほどだ。

 

 

 だが、彼女が一方通行に慈悲の手を差し伸べることはない。彼女の役目は死を告げる殺戮の天使であって、何かを癒すことではないからだ。

 

 そして10秒後。

 

 ピピッ、という小さな電子音が無機質に響いた。それは首元のチョーカー型電極から発せられた、小さな最後通牒。示された意味はバッテリー切れ。

 

 逆に言えば一方通行が倒れてからの10秒間、バッテリーは機能していたのだ。それだけあればフィルタの再設定を終えた一方通行によって、倒れている者と見下ろしている者の立場が逆転していたはずだった。

 

 

(ミサカ、ネットワーク……の、代理演算、領域を喪失……!?)

 

 

 推測したわけではない。その程度の演算すら、今の一方通行には不可能となっている。

 

 ただ、これまで僅かながら繋がっていたミサカネットワークが、突如として強制的に切断されたことを実感として感じ取っていた。

  




 ラストオーダーを確保してネットワーク全体を掌握するんじゃなくて、未元物質でクローンを無限に増やし、AIM追跡を使って1万のシスターズを一人づつ特定して洗脳してミサキネットワークに組み込んでいけば、ミサカネットワークは動かなくなるという、脳筋物量作戦。移動手段は多才能力で取り込んだテレポートの繰り返し。 


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第23話 『天上の意思』

   

 地面に倒れた『一方通行(アクセラレータ)』を見つめていた木原ミサキが、ゆっくりと背中から生える白い翼を力を失った学園都市第1位に伸ばしていく。

 

 トドメを刺そうとしているのではない。むしろ、その逆だ。

 

「貴方の能力は確かに最強かもしれないけど、致命的な弱点が1つだけあるわ。それは‟演算を自分自身では出来ない”ってとこ」

 

 一方通行はその演算の大部分を、ミサカネットワークに依存している。仕組みとしては、遠隔操作されている超強力な無人兵器と変わらない。

 

 

 倒す方法は2つ。無人兵器そのものを倒すか、それとも遠隔操作しているホストを倒すか。

 

 

「ラストオーダーの脳を乗っ取って、ミサカネットワークごと直接乗っ取るのが一番早いんだけどね。ラストオーダーはオリジナル(食蜂操祈)が守ってて、それは失敗しちゃった」

 

 だから、木原ミサキは次の策を講じることにした。

 

「ネットワークを潰すにはホストから潰すのが一番効率的だけど、効率さえ度外視すれば‟()()()()()()()()”って方法もあるのよ」

 

 それは実に単純な人海戦術だった。未元物質で無限に増殖させ続けたクローンで、『妹達(シスターズ)』を一人づつ地道に乗っ取っていくというもの。

 

 個々の『妹達』は、せいぜいレベル2~3程度の能力しかない。いかに電気系と精神系の相性が悪くとも、物量でゴリ押しすればさほど困難な作業ではなく、物量はいくらでも供給された。それに最悪、「殺す」という手も無いわけではない。

 

 

「世界中に分散させた『妹達』だけど、居場所は『能力追跡(AIMストーカー)』で割り出せる。居場所さえ割り出せば、『瞬間移動(テレポート)』で現場に殴り込むのも難しくは無い」

 

 一見すると非効率の極みといえる人海戦術だが、圧倒的な物量を前提条件とした上で効率よく使う方法というのを、木原ミサキはわきまえていた。

 

 

 厳密に言えば、まだ全ての『妹達(シスターズ)』を制圧したわけではない。だが、絶大な能力と引き換えに膨大な演算領域を要求する『一方通行』が使用不能になる程度には、取り込みが完了した。

 

 

 そう、木原ミサキの目標は最初から学園都市第1位のみ。

 

 

「だって『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が言うには、安定したレベル6へと至れるのは『一方通行』だけ。だったら計算結果に従って、『第一候補(メインプラン)』を計画の中心に据えるのが当然よね」

 

 あれだけ『未元物質(ダークマター)』を賞賛しておきながらも、彼女にとっても垣根帝督はあくまで『第二候補(スペアプラン)』に過ぎなかった。

 

 もちろんスペアだからといって気を抜いたりはしないし、もし一方通行の確保に失敗した場合には垣根をレベル6にシフトさせる予備計画への移行も選択肢に入れていた。

 

 

 だが、計画は無事に完了した――。

 

 

 木原ミサキによる「絶対能力進化」実験の肝は、基本的に洗脳した脳をネットワーク化させることで演算能力を向上させ、さらに強力な洗脳で脳のネットワーク化を繰り返していくという、倍々ゲームのような仕組みになっている。

 

 ミサキネットワークによる洗脳で1万人の能力者を洗脳し、『幻想御手(レベルアッパー)』の応用で、作られた脳波ネットワークが生み出す高度な演算能力を用いて、ひたすら進化していく。

 

 ついには、もっと大きな獲物――垣根帝督の未元物質までを取り込み、その能力を応用して作り出した複製体が、さらに別の未元物質でできた複製を生み出すというネズミ算により、文字通り無限に自己増殖し続ける。演算能力は向上し続ける。

 

 

 無限に、そして永遠に。

 

 

 このまま順当に進化していけば、滝壺が順当に成長して8人目のレベル5『学園個人』となった場合と同等、あるいはそれ以上の可能性すら視野に入るだろう。

 

 

 どんな能力者でも例外なく、その有する能力の種類やレベルを自由自在に操る。能力者を無能力者に、無能力者を超能力者に。

 能力の系統を変更して好きな種類の能力を与え、希少・強力な能力者を量産する。一人一能力の原則も覆し、幻の「多重能力」を実現する――。

 

 

 学園都市の能力者開発機関としての機能を、木原ミサキ……否、『姉達(エルダーズ)』で構成される『学園総体(チューニングアウト)』はほぼ手中に収めた。

 

 

「それじゃあ、実験の続きを始めましょうか」

 

 

 満を持して一方通行に挑んだのは、彼の能力すらも乗っ取るため。未だ謎の多い彼の能力を完全に解析し、レベル6への道を切り開く。

 

 

「幻生教授の夢は、わたし達が叶えるから」

 

 

 白い羽はふわりと一方通行を優しく包み込むと、その身体を愛おしむように持ち上げた。そのまま傷のひとつも付かないよう丁寧に、大きく広げられた2枚の翼の上で仰向けにしていく。

 

 傍目には、巨大な純白の羽毛ベッドの上でに、一方通行が大の字で寝転んでいるように見えただろう。

 

 

 木原ミサキの口元が、歓喜に歪んでいく。

 

 

「―――木原ミサキこと『優先信号(ファースト・オーダー)』より、ミサキネットワークに追加指令」

 

 

 うっとりと、木原ミサキは勝利を宣言した。

 

 

「―――学園都市第1位『一方通行』を確保、同調を開始。これより、『絶対能力進化(レベル6シフト)』実験を修正・再始動します」

 

 

 一方通行は確保した。垣根帝督も、滝壺理后も、ミサカネットワークも、大勢の多種多様な能力者も確保した。

 あとは一方通行のレベル6シフトと、そのバックアップとして未元物質で複製体を無限に生成する作業を、同時並行で進めていくだけ。

 

 

「さて……今度こそ天上の意思、レベル6に辿り着けるかな?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 右脳と左脳が割れた音がした。

 

 切り裂かれたその隙間から、何か鋭く尖ったものが頭蓋骨の内側へ突き出してくる錯覚が確かにあった。脳に土足で割り込んできた何かは、あっという間に一方通行の全てを飲み込んでいく。

 

 ぐしゃりと果物を潰すような音が聞こえ、両目から涙のようなものが溢れた。だが、涙ではない。もっと赤黒く手薄汚くて不快感を催す、鉄臭い液体でしかなかった。涙腺からこぼれるものすら、既に嫌悪感しかない。

 

 

 そして訪れたのは、圧倒的な暴走だった。

 

 

「……ォ」

 

 自分を構成する柱が砕ける音を、一方通行は確かに聞いた。身体の中心から末端までがドロドロした感情に染まっていく。歯を食いしばり、眼球を赤く染め、一方通行は世界の果てまで咆哮を轟かせる。

 

 

「ォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

 

 

 背中がはじけ飛ぶ。そこからドス黒い翼が飛び出した。

 

 噴射にも近い漆黒の翼――それは一方通行の意識すら吹き飛ばし、自我を叩き潰すほどの怒りを受けて爆発的に展開する。

 一対の黒い翼は瞬く間に数十メートルも伸びてアスファルトを薙ぎ払い、ビルの外壁を削り取った。

 

 

「わぁお」

 

 木原ミサキはそれを見て、アレイスターの意図を悟る。

 

 『一方通行』と『未元物質』、有機と無機の抱えるもの。神にも等しい力の片鱗と、神が住む天界の片鱗……それが何であるか、そこから引きずりだしてきたものなのか。何を意味していたのか。

 

「すごぉい、やれば出来るじゃない……!」

 

 圧倒的な力を前に、木原ミサキは恍惚とした表情を輝かせた。

 

「数多さんを倒した黒い翼、ナマは初めてだけど、素敵……! しかも、あの時よりもずっと大きい……! それに――」

 

 圧倒的なパワーが、自分に流れ込んでくる。今まで感じたことも無いほどの力が、体の中で暴れている。自らを両手で抱きしめ、木原ミサキは歓喜に悶えていた。

 

「ぁあ……入ってくる……私の中に、こんなに強くて大きなものが―――」

 

 ミサキの嬌声に呼応するように、12枚の翼が爆発的に展開される。

 

 白い翼と黒い翼、それが交互に数十メートルにわたって延びていく。6枚の白い翼は神秘的な力をたたえ、しかし同時に機械のような無機質さを秘めている。

 

 そして残る6枚の黒い翼は、まるで冥界から引きずり出してきたかのような禍々しさを纏い、悪魔や堕天使の持つ凶悪な兵器のように有機的な不気味さを放っていた。

 

 ミサキが12枚の翼を展開した直後、一方通行が空を仰いだ。

 

 黒い翼が噴射する勢いがさらに増していく。一方通行の背にある黒い翼が与えるのは、人の領域を超えた絶望だ。圧倒的なパワーを前に、誰もが希望を失う。

 

 

 そんな中、木原ミサキただ一人だけが希望を見出していた。

 

「いいわ……もっと、もっとよ……!! 」

 

 

「ォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

 

 

 ズドン!! という衝撃がその場の全員に走り抜けた。

 

 それは物理的なものではない。ただ単なる命の危機だ。動物としての本能が、ギリギリと心を締め付ける。油断するとそのまま地面につぶれそうなほどの重圧だった。

 

 一方通行の関心は、もはや木原ミサキに向けられていない。その程度のものなど眼中にはない。

 にもかかわらず、その感情の切れ端だけで彼は世界を支配し、捻じ伏せ、叩き潰しかけている。

 

 

「……来る!」

 

 

 木原ミサキが、一気に数百メートルも後方へと退避する。

 

 身の危険を感じて逃げたというより、特等席で確かめるためだった。彼女は今、世界初にして史上初のレベル6の誕生を目の当たりにしようとしている。

 

 それは歓喜だった。至上の喜び。未だかつて感じたことのない絶頂――。

 

 

「あぁ……ぜんぶ、持てる力を全部出して……! この街ごと何もかも、滅茶苦茶に――!」

 

 

 その時こそ、自分はついに目の当たりにするのだ。天上の意思・レベル6とその先にある、『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの』を――。

  




 
 木原ミサキ、テンション上がるとお下品になるのは、木原一族ゆえ。
  


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