阿武隈さんは懐かれる (タンポポ雲)
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電ちゃんは軽巡になりたい

この話は以前、SS速報VIP様に投稿させて頂いた拙作のリメイクです。


 良く晴れた、気持ちの良い日のお昼前。

 提督として、執務室で仕事をこなす。

 淡々と書類を処理していたが、ふと空腹を感じ、集中力が途切れる。

 幸い、スケジュールには余裕がある。

 休憩代わりと、隣で座っていた(いなづま)に、私は他愛のない質問をした。

 

「電は将来の夢ってあるのかい?」

 

 電はきょとんとした顔をしたあと、元気に応えた。

 

「夢はあるのです! 電はとってもとっても大きな夢を持っているのです!」

 

 満面の笑顔でそう答える。

 普段は少し控えめな彼女が元気よく応える姿に、少し意外な気持ちを持ちつつも、それ以上に微笑ましく思った。

 

「そっか。ちなみにどんな夢なんだい?」

 

「司令官さんにお話するのは、少し恥ずかしいのです」

 

「恥ずかしがることはないだろう。夢を持つのは立派なことだ。私は興味あるな。電がどんな夢を持っているのか」

 

 電は少し迷ったあと、小さな声で答える。

 

「……笑わないでくれますか?」

 

「笑うわけないだろう。ああ、無理に聞くつもりはないが」

 

 私の声に、しかし電は普段の彼女からは想像できないような大きな声で宣言した。

 

 

 

「電は軽巡洋艦になりたいのです!」

 

 

 

「軽巡洋艦……になりたいのかい?」

 

「なのです!」

 

 目を輝かせて電は肯定する。

 

「理由はあるのかな?」

 

「正確には、目標を叶えるためには、まず軽巡洋艦にならなければならないのです! だから、大きくなるために毎日電は牛乳を飲んでいるのです!」

 

「目標?」

 

「電は、阿武隈さんの跡を継いで第一水雷戦隊旗艦になるのです!」

 

 電はいつになく高いテンションで自身の夢を語る。

 なんだか微笑ましいな。

 

「阿武隈の跡を継ぎたいのか」

 

「電は阿武隈さんみたいに立派な旗艦さんになりたいのです!」

 

 電は阿武隈に憧れているんだなあ。阿武隈がこれを聞いたら、照れてあたふたしそうだ。

 

「阿武隈さんはいつも電達に優しく指導してくれたり、フォローしてくれたりしてくれるのです!」

 

「ああ、そうだな。阿武隈は電達のことを本当に気にかけてくれてるよ」

 

「なのです! 電は阿武隈さん大好きなのです!」

 

「あはは、阿武隈も電のことが好きだと思うぞ」

 

「そうだと嬉しいのです。司令官さんも阿武隈さんのことが大好きなのです?」

 

 電はいきなりとんでもないことを言い出した。どうしてそうなる。

 

「い、電っ!? いきなりなに言い出すのかなっ!?」

 

「司令官は阿武隈さんにぞっこんなのよ! ……って(いかづち)ちゃんが言ってたのです」

 

「またあの子は適当に分かったようなことを」

 

 雷は時々おませさんだから困る。基本的にすごく良い子なのだが。

 

「でも、司令官さんは阿武隈さんに心と胃袋をがっちり捕まれているのです。司令官さんはもうイチコロなのです」

 

「そういう台詞どこから覚えて来たんだい?」

 

「これも雷ちゃんが言ってたのです」

 

「あのおませさんめ! 良い子だから許すけど!」

 

「でも阿武隈さんのご飯を、司令官さんはとても幸せそうに食べるのです!」

 

「まあ、おいしいからね」

 

 駆逐艦の子達に合わせて、小さい子が好みそうなレパートリーが多いけど。

 けれど、どれもおいしいし栄養バランスもしっかり考えられている。忙しい身なのに本当にすごいと思う。

 

「初めて阿武隈さんの手料理を食べたとき、女の子の手料理は初めてだってとても感動してたのを良く覚えているのです」

 

「今すぐ忘れて」

 

 あれは黒歴史だから。無かったことにしたい。というかした。

 

「話は聞かせてもらったわ!」

 

「霞ちゃん!?」

 

 いきなり執務室のドアを開け放ち現れたのは、駆逐艦の霞。

 ツンツンしててきつい印象があるかもしれないが、結構甘いところがあったりする子だ。

 

「おっと霞、いきなりドアを思いっきり開いたらだめだ。壊れたらどうする」

 

「あ、そ、そうね。ごめんなさい。気をつけるわ」

 

「いや、気をつけてくれるなら良いよ」

 

「ええ。それで電。あなたはなにバカなこと言ってるのよ」

 

「バカ!? 電はバカじゃないのですー!?」

 

「バカに決まってるでしょ! 阿武隈さんの後を継ぐ? 一水戦の旗艦? 電がなれるわけないでしょ!」

 

「やってみなくちゃ分からないのです!」

 

 なんかいきなり電と霞がケンカし始めた。

 いや、言うほど険悪なムードが感じられないからしばらく放っておこう。

 

「やらなくても分かるわよ!」

 

「そ、そんなことないのです!」

 

 とはいえちょっと言い過ぎなところはあるな。そろそろ止めるか。

 

「おい霞、その辺で――」

 

「だって一水戦の旗艦は霞がなるんだから! 電はなれないわね!」

 

 胸を張って宣言する霞。

 

「霞が一水戦旗艦になりたいのか!?」

 

「あによ、(やぶ)から棒に。これは霞と電の、夢と希望を掛けた一騎打ちよ! 司令官といえど邪魔させないわ!」

 

「やたら大げさなことになってる!?」

 

 先ほどの霞の紹介では言ってなかったが、こう見えて電並に阿武隈に懐いている。本人は否定するだろうけど。

 

「霞ちゃん、言い過ぎなのです」

 

「ごめんなさい。けどここは譲れないわ! 例え電が相手だって負けないわよ!」

 

「むっ、電だって霞ちゃん相手でも負けないのです!」

 

「ふん、良い度胸じゃない。かつての大戦を末期まで戦い抜いた霞に、簡単に勝てると思わない事ね」

 

「電だって簡単に負けるつもりはないのです。昔も――そしてこの鎮守府の初期艦として、伊達に戦歴は積んでないのです」

 

「面白いこと言ってくれるじゃない。それじゃあ、あなたの実力を見せてもらおうかしら」

 

「望むところなのです」

 

 かつての私なら、執務室でケンカするなと怒っただろう。

 しかし、なんだかんだウチの鎮守府の子達は、みんな良識的である。

 そして、妙なノリで生きている所もある。もう慣れた。

 

「……やるじゃないの。正直見直したわ」

 

「霞ちゃんも、とってもすごいのです!」

 

 そうして笑い合う電と霞。

 なんなのこの子達。

 

「霞ちゃんとは前以上に仲良くなれそうなのです!」

 

「そうね。私達、いい戦友になれるわよ。断言するわ」

 

「なのです!」

 

「なんで数秒間対峙してただけで分かり合ってるの君達」

 

「真の実力者なら、対峙しただけで相手の力量が大体分かるでしょうが。そんなことも知らないの?」

 

「理不尽だなあ」

 

「司令官、ご迷惑かけてごめんなさいなのです。電はお茶を淹れてくるのです」

 

「ああ、頼む。しかし……対峙しただけで力量が分かるなら、普段の訓練や出撃でとっくお互いの能力は知ってるんじゃないのか?」

 

「え!? そ、それはその……あれよ! 実際に対峙することによって、真の力量を見極めるとか、電の夢がどれぐらい本気なのか確かめるとか、そういう意味があったのよ!」

 

「な、なのです!」

 

「そういうものなのか?」

 

「そういうものなのです!」

 

「なのです!」

 

「なのですがうつってるぞ霞。しかし、二人とも本当に阿武隈に憧れているんだな」

 

「はわわ!?」

 

「はわわ!?」

 

 電と霞のはわわがハモる。電はともかく、霞は普段そんなこと言わないだろ。

 

「落ち着け二人とも。特に霞」

 

「司令官、お茶なのです!」

 

 突然、電が元気よくお茶を私の机に置いた。

 

「いつの間に淹れてきたんだ!? 数秒前、そこで霞と一緒に驚いてたよな!?」

 

「初期艦なら、これくらい当然なのです!」

 

 先ほどの霞と同じように胸を張る電。仲良いよね君達。

 

「初期艦は関係あるのか!?」

 

「霞と肩を並べるなら、その程度やってもらわないとね」

 

「そっちもそっちで妙な納得してるし……」

 

「あ、今のなしなのです」

 

「ん、どういうことだ?」

 

「未来の一水戦旗艦なら、これくらい当然なのです」

 

 なぜ一水戦旗艦にこだわった。

 

「まあ、お茶はありがとう……で、お互いの夢の本気度はどれくらいだったんだ?」

 

「霞ちゃん的には、とってもOKです!」

 

 電が阿武隈の真似をしながら言う。憧れのお姉さんの真似をする妹か。

 

「なんとなく凄そうなのは分かった」

 

「電なら良い水雷戦隊旗艦になれるわよ。霞さえいなければね」

 

「電も負けないのです!」

 

「あはは、頑張れよ二人とも」

 

「頑張るのです! そのためにまず軽巡洋艦になるのです!」

 

「しかし、どうやって軽巡洋艦になるつもりなんだ?」

 

「それは改二になって、コンバート改装という可能性があるのです!」

 

「鈴谷さんも、重巡洋艦から航空巡洋艦、そして攻撃型軽空母になったのです! 電だって駆逐艦から軽巡洋艦になるのも夢じゃないのです!」

 

「いやあ、船体の大きさ的に無理があるんじゃないかな……?」

 

「まっ、やる前から諦めてたらなにもできないわね。電も霞も改二になって、コンバート改装で軽巡洋艦になってみせるわ!」

 

「なのです! 電はまだ改二になってないから、これからなのです!」

 

「そうね……電と違って霞ってば既に改二なのに、ホントバカ……」

 

 いきなり落ち込みだしたぞこの子!?

 

「霞ちゃーん!?」

 

「今まで忘れてたのか……?」

 

「どうして……どうして霞は改二乙で乙型駆逐艦じゃなくて、乙型軽巡洋艦にならなかったの……?」

 

 地面に両手をつきながら、青ざめた顔でつぶやく霞。

 

「知らんがな」

 

「司令官、いつもと口調が違うのです!?」

 

 そんな気分にもなるわ。霞が改二になったのは何年前だと思ってるんだ。

 そしてどうして乙型軽巡洋艦になれると思ったんだ。

 

「あー、なんだ霞。軽巡洋艦にならなくても、駆逐艦にしかできない役割はそれこそ沢山あるだろう」

 

「……分かってるわよそんなの。こんなの、ただ霞がわがままなだけ。そんなこと……」

 

「霞ちゃん……」

 

 なんでシリアスな空気になっているのか。この場合シリアス(笑)だが。

 

「いえ、霞! 諦めるのはまだ早いですよ!」

 

「初霜!?」

 

「初霜ちゃん!?」

 

 またまたいきなり現れた駆逐艦の初霜。電や霞と仲の良い、駆逐艦の一人だ。

 あと、この鎮守府で誰かが突然現れるのは日常茶飯事だ。もう慣れた。

 けどそのうち執務室のドアが壊れないか心配である。

 

「霞、あなたのそれはわがままじゃありません……目指すべき目標――夢です!」

 

「夢……! そう、夢……ね」

 

 初霜の言葉に、なにやら悩みが晴れたかのように霞はつぶやく。

 いやそれで納得するのか。

 

「でも一体どうすれば……?」

 

 そんな二人の横で、電が初霜に尋ねる。

 

「お二人は水雷戦隊旗艦になりたいのでしょう? 臨時旗艦ではなく、正式な旗艦に。それなら、実際に旗艦をやってる人に訊くのはどうかしら?」

 

「それだわ!」

 

「それなのです!」

 

「いやそんなこと訊かれても、阿武隈だって困ると思うが」

 

「きっと阿武隈さんなら道を示してくれるのです!」

 

「ええ、そうね!」

 

「はい、きっと大丈夫です!」

 

「君達の、阿武隈に対する無条件の信頼はどこから来てるんだ」

 

「着任からずっと、電は阿武隈さんにお世話になってるのです」

 

 私の質問に、電は即座に答える。

 阿武隈の面倒見が良すぎるのが悪いのか、頼み事を聞いてくれそうなオーラがそうさせるのか……

 

「そうね……前世から続く縁――かしら」

 

 胸元のリボンを触りながらそう述べる霞。

 霞は阿武隈と縁が深いからな。分かる気もする。

 

「一緒に輪形陣でお祝いしたときに思ったんです……阿武隈さんなら安心してついて行けると」

 

「輪形陣すごいな」

 

 初霜も澄んだ笑顔で答える。だがその笑顔と裏腹に回答は意味不明だった。

 

「なにはともあれ、第二小隊先行します! 阿武隈さんにアドバイスをもらいに行くのです!」

 

 電が霞と初霜を先導して、執務室の扉へと向かう。

 

「そうね! 善は急げよ!」

 

「ええ、行きましょう! 夢のその向こうへ!」

 

 初霜の言う夢のその向こうとはいったいどこなのだろう。

 そんなとき、またまた開かれる執務室の扉。

 駆逐艦達と違ってちゃんとノックしてくれる阿武隈は偉いと思う。

 駆逐艦達は阿武隈に憧れるなら、そういうところをぜひ見習って欲しい。

 

「提督、電ちゃん、お疲れ様! お茶とお菓子をお持ちしました――」

 

「阿武隈さん!」

 

「あのね、霞はねっ」

 

「阿武隈さんに訊きたいことがあるんです!」

 

 執務室に入ってくるなり、阿武隈は電と霞、初霜の三人に囲まれる。

 

「訊きたいこと? 電ちゃん、霞ちゃん、初霜ちゃん。良いですよ、なになに?」

 

「阿武隈さん、霞は……霞達は……軽巡洋艦になりたいの!」

 

「……ふえ?」

 

 霞の言葉に、目を丸くする阿武隈。そりゃそうだ。

 なんとなく武蔵の気分を味わってるかもしれない。戦艦になりたい清霜的な意味で。

 

「正確には第一水雷戦隊の旗艦になりたいのです!」

 

「えっと、電ちゃんは前にも言ってたよね……? え? 霞ちゃんも?」

 

 電……以前から言っていたのか。あんまり阿武隈を困らせないようにな。

 

「電が阿武隈さんを目標に頑張る姿を見て気づいたの……霞も一水戦旗艦になりたいって!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「そして私はそんな二人を応援したいんです! もちろん輪形陣で!」

 

「なんで輪形陣!?」「なんで輪形陣!?」

 

 初霜の輪形陣応援発言に、思わず阿武隈とハモってしまった。なんで輪形陣なんだ。

 

「ふふっ、冗談です」

 

「や、やるわね初霜……霞もうっかりツッコんでしまったわ」

 

「なので、どうすれば軽巡洋艦になれるか教えて欲しいのです!」

 

「ええ!? でもあたしも、生まれながらの巡洋艦で、後から軽巡洋艦になったわけじゃないし……」

 

「そ、そうだよね……」

 

 阿武隈の言葉に、しょぼんとする電。

 

「そ、そうよね……いきなり無茶言って悪かったわ」

 

「つい先走ってしまったわ……いくら阿武隈さんでも、さすがに無茶苦茶でしたね」

 

 霞と初霜もどことなく気落ちしていた。

 

「ご、ごめんね電ちゃん、霞ちゃん……」

 

 そこに、またまたまた開かれる執務室のドア。

 勢いよく、二人の少女が執務室に飛び込んできた。

 

「それでも阿武隈なら……阿武隈ならきっとなんとかしてくれる!」

 

「そこにしびれる憧れる!」

 

 今回ダイナミックエントリーしてきたのは、白露型駆逐艦の一番艦白露、二番艦の時雨だ。

 なんだかんだ仲の良い姉妹二人である。

 もう突然現れるのは諦めたが、せめて優しく開けて欲しい。

 

「無理だからね!? 白露ちゃん、時雨ちゃん! 変な期待掛けられても困ります!」

 

 乱入するなり、阿武隈に無茶を言い出す白露と時雨に反論する阿武隈。

 だが、その言葉にまったくきつい印象が感じられない。

 

「えー?」

 

「えー?」

 

 白露と時雨は不満げな言葉を言いながらも、嬉しそうに阿武隈に駆け寄る。

 

「そんな風にしても無理なものは無理です」

 

「そっかー残念だけど仕方ないよね……」

 

「阿武隈さんには失望したよ」

 

「なんでそんなに辛辣(しんらつ)なの?」

 

 なお時雨は言い方こそきついが、100パー冗談である。

 白露と阿武隈には特にこんな感じだが、それだけ気を許しているのだろう。

 

「もー、悪い子な時雨ちゃんにはおしおきです。えいえい」

 

 びろーんと時雨のほおを引っ張る阿武隈。なんだそのかわいい仕返しは。

 

「ひゃめてひょ、ひゃびゅひゅまひゃん」

 

「時雨ちゃんのほっぺた柔らかいですねえ」

 

「あれくらいだとちっとも痛くなさそうだけど」

 

「阿武隈さんも時雨さんもただ遊んでいるだけなのよ」

 

 微笑ましく見つめる霞と初霜。

 なんでも駆逐艦達のノリに合わせてあげるから、いろいろ無茶振りされるんだぞ阿武隈。

 

「はっ!? 時雨がやられているということは、次はあたし!?」

 

「せーかいです! 白露ちゃん覚悟ー!」

 

「うわー!? にっげろー!?」

 

 白露は素早く、けれど楽しそうに執務室から逃げ去る。

 

「あっ、こら! 執務室で走っちゃ駄目です!」

 

「待ってよ白露。僕だけなんて不公平だよ」

 

 時雨も白露を追いかけて、執務室を早足で出て行く。

 

「なのです! 白露ちゃん止まるのです!」

 

「あっこら! 電こそ走っちゃ駄目じゃないの!」

 

「そういう霞も走っちゃいけません!」

 

 そうして、皆して執務室を出て行ってしまう。

 

「……三人分のお茶とお菓子どうしようか」

 

 おっ、これ阿武隈の手作りのクッキーか。阿武隈のお菓子おいしいからなあ。

 よーし、勝手に走って行っちゃった電のおしおきとして、食べちゃうぞ~!

 

 

 

 このあと滅茶苦茶怒られた。

 鎮守府は今日も平和です。




阿武隈さんが好きな提督がもっと増えますように。
阿武隈さんと駆逐艦の子達が仲良くする作品がもっと増えますように。


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初霜ちゃんだってもふもふしたい

性質上、終着点がないのでネタと時間があるときの不定期更新です。


「はつしもふもふってなんですか?」

 

 ある晴れた日の執務室。

 初春型四番艦の初霜は、そんな言葉を投げかけた。

 

「……はつしもふもふ?」

 

 ついそのまま聞き返してしまう。

 いやなんだ『はつしもふもふ』って。

 

「訊いてしまったか……はつしもふもふの意味を」

 

 初春型三番艦の若葉が意味ありげにつぶやく。

 

「とうとう知ってしまったのですね初霜ちゃん……はつしもふもふを」

 

 電もなんか真剣な顔をして、初霜の方を見ている。

 

「いや電も若葉も意味ありげに言うが、なんだはつしもふもふって」

 

「まさか……提督も知らないのか、はつしもふもふを」

 

「初霜ちゃん以外はみんな知ってると思っていたのです」

 

 さも知ってて当然のような若葉と電の態度。

 

 え? 知らないの私だけ?

 もしかしてナウな艦娘にバカウケなワードだったりするの?

 ここは駆逐艦の子達について、詳しい専門家であらせられる、阿武隈先生に聞いてみよう。

 

「まさか阿武隈も知っているのか? はつしもふもふを」

 

「知らないです」

 

 だよねー。良かった、私が流行に疎いとかそういうのじゃなくて。

 

「実は電も知らないのです」

 

 電のカミングアウトに思わず、ずっこけそうになる。

 

「っておい! 知ったかぶりしてたのかーい!」

 

「皆さん、適当な言葉をあえて知ってるノリで言ってるかと思ったのです……」

 

 私の言葉にシュンとなる電。

 

「ふふっ、元気出して電ちゃん」

 

 電の頭を優しくなでる阿武隈。

 

「えへへ、嬉しいのです~」

 

 しかし二秒で笑顔になる電。

 駆逐艦を幸福にさせるオーラかなんか出してるのかと思う早業である。阿武隈さんやべえ。

 

「電や阿武隈さんが知らないのも仕方ない。別に広めているわけでもないからな」

 

「じゃあ、なんで知ってて当然みたいな口ぶりだったんですかねぇ」

 

「そういうのも、たまには悪くない」

 

 どことなく目をキラキラさせながら言う若葉。

 この子、前はもっとクールというか、ストイックな子だったんだけどなあ。

 まあ、良い傾向だけど。

 

「ならば初霜。教えよう、はつしもふもふの意味を」

 

「は、はつしもふもふの意味……若葉、知っているんですか!?」

 

 凜とした表情で告げる若葉と、驚きながら質問する初霜。

 なんかまた変なノリになっているなあ。まあ楽しそうだから良いが。

 

「はつしもふもふ……それは」

 

「それは……」

 

 初霜が真剣な表情で若葉の言葉を待つ。

 

「もふもふな初霜をもふもふすることだ」

 

「もふもふな初霜を……もふもふすること!?」

 

 若葉のなんとリアクションしていいか分からない言葉に、なぜか大げさに驚く初霜。

 

「……初霜をもふもふ。初霜もふもふ……はつしもふもふ。そう。つまりはつしもふもふとは、もふもふな初霜をもふもふすることだ!」

 

「言い直す必要あるのか、それ」

 

 もふもふが多すぎて混乱する。

 

「もふもふな初霜ちゃんをもふもふするのです!?」

 

「電もそこ、そんなに驚くことなのか?」

 

「ふふっ、若葉ちゃん楽しそうですねえ」

 

 優しく笑いながら、ぽやぽやした台詞を言う阿武隈。

 この子の器の広さはちょっと(うらや)ましい。

 

「まったく若葉も電もまだまだお子様ね。こんなことで大はしゃぎするなんて」

 

 そして若葉と初霜がもふもふ言っている間に、しれっと阿武隈の膝に座っていた暁型一番艦の暁(電のお姉ちゃん)

 そんな暁がやれやれといった感じで両手を広げながら、若葉と電に対してコメントした。

 個人的には、そのセリフは阿武隈の膝を降りてから言った方が良いと思う。

 

「で、でも私はそんなにもふもふじゃありませんよ?」

 

 初霜が困惑しながら若葉に問いかける。

 

「そんなことはない。初霜のもふもふは、鎮守府で――いや、世界で一番だ」

 

 そんな初霜に、若葉は凜然(りんぜん)と言葉を返す。

 

「世界で一番!?」

 

「もっと自分のもふもふに自信を持て」

 

「もふもふに自信なんてどう持てばいいんですか若葉!?」

 

 困惑する初霜。だよな、私にも分からん。

 むしろ分かってたまるか。

 

「そう謙遜(けんそん)することもない。かなり前になるが、吹雪と綾波も初霜のもふもふを褒めていた」

 

「もふもふを褒めるとか、どういうシチュエーションなんだ」

 

 私は思わずツッコミを若葉に入れる。

 

「そう、あれは五年前、秋が深まる頃のことだった……」

 

 だがもう若葉は回想モードに入っているようで、流されてしまう。

 

「え、なにそんなのに回想入れるの?」

 

「もふもふの回想とか意味分からないのです」

 

 安心しろ電。私も阿武隈も暁も分からないから。

 

「その頃、訓練で伸び悩んでいた吹雪を、綾波が励ましていたときのことだ」

 

 

 

 

「はあ、今日もうまくできなかった……これじゃあ、扶桑さんみたいな航空戦艦になんてなれない……」(※普通なれません)

 

「元気出してください、吹雪ちゃん!」

 

「綾波ちゃん……でも、私」

 

「どうして諦めてしまうんですか!? そんなの吹雪ちゃんらしくないです!」

 

「でも……」

 

「でもじゃないです! 吹雪ちゃんは一人じゃありません! 吹雪ちゃん一人では無理でも、綾波達がいます!」

 

「そんな……私は綾波ちゃん達に助けてもらうような、立派な駆逐艦じゃないよ……」

 

「そんなことありません!」

 

「だって、私は綾波ちゃんみたいな火力はないし、島風ちゃんみたいに速くもないし――」

 

「秋月ちゃんみたいな対空能力も、朝潮ちゃんみたいな対潜能力もない、それに初霜ちゃんみたいにもふもふじゃない!」

 

「けど、吹雪ちゃんには吹雪ちゃんの良さがあります!」

 

「私の良さ……? そんなの……」

 

「吹雪ちゃんはいつだって周りの子達を引っ張っていく、元気と明るさがあります!」

 

「っ!? で、でも元気なだけじゃ――」

 

「そんなことないです! 綾波は、いつも吹雪ちゃんに励まされてます! くじけそうな時も、辛いときも吹雪ちゃんが頑張る姿を見て、一緒に頑張ろうって思えたんです!」

 

「……そうなんだ。うん。分かったよ綾波ちゃん」

 

「吹雪ちゃん!」

 

「綾波ちゃん、ありがとう。もう全部大丈夫ってわけじゃないけど、ちょっと元気出てきたよ」

 

「えへへ、良かったです。綾波も、吹雪ちゃんの力になれるよう、頑張りますね」

 

「そうだね! 今は無理でも、近い未来に皆に負けないくらい強くなっちゃうんだから! 初霜ちゃんのもふもふにだけは勝てる気がしないけど!」

 

「吹雪ちゃんなら強くなれます! さすがに初霜さんのもふもふだけは超えられませんけど!」

 

「よし、特型駆逐艦吹雪! 明日も訓練頑張ります!」

 

「よーし! 綾波もがんばーりーまーす!」

 

 

 

「このように、吹雪と綾波でさえも初霜のもふもふには白旗を揚げるくらいだ」

 

「ちょっと待って若葉!? 吹雪さんと綾波さんの私に対する認識を一度訊いてみたいわ!」

 

 若葉の語る回想に対する、初霜の至極もっともな反応であった。

 

「どうせ若葉が適当なことを言っているだけでしょ。気にしない方が良いわよ初霜」

 

 そんな初霜に対して、暁がフォローを入れる。

 

「失礼だな暁。若葉は本当のことを言ってるだけだぞ」

 

「まったく、初霜が真面目だからって変なことばかり言うんじゃないわよ」

 

 そう言いながら、暁は初霜の頭をなで始めた。

 

「ふふっ、暁さんくすぐったいです」

 

 おお、なんか暁がお姉ちゃんしている。いやまあ元々電達のお姉ちゃんなんだか。

 

「ふふっ、暁ちゃんえらいです」

 

 そんなお姉ちゃん振りを見せる暁を見て、阿武隈が笑顔で褒める。

 

「もう、阿武隈さんってば。これくらい当然よ。暁は一人前のレディーなんだから」

 

「……これが奇跡のはつしもふもふ」

 

「若葉は一体何を言っているんだ」 

 

「初霜ちゃんが、暁ちゃんにはつしもふもふされているのです」

 

「もう、電ってば」

 

「ええっ!? 私はつしもふもふされているんですか!?」

 

「なんでそこでそんなに驚くの!? ただ頭をナデナデしただけでしょ!?」

 

「電も初霜ちゃんをもふもふするのです!」

 

「若葉も、はつしもふもふだ」

 

 電と若葉が初霜に近づいて、初霜のもふもふな髪をなで始めた。

 

「きゃっ!? もう、電も若葉も髪の毛わしゃわしゃしないでくださいっ」

 

「えへへ、ごめんなさいなのです」

 

「お詫びに阿武隈さんをもふもふしていいぞ」

 

「若葉ちゃんいきなりあたしを巻き込まないで!?」

 

「阿武隈さんをもふもふ……?」

 

 阿武隈の方を見て、キョトンとする初霜。

 なんかかわいい。

 

 

 

 初霜は困惑した。

 

 必ず、はつしもふもふという謎の言葉をつぶやき、自分をもふもふしてくる若葉達を問い質さんと決意した。

 

 初霜にははつしもふもふがわからぬ。

 

 初霜は第一水雷戦隊所属の駆逐艦である。

 

 訓練をし、電達と仲良く暮らしてきた。

 

 けれども自分以外のもふもふで可愛いものに対しては、人一倍に敏感であった。

 

 

 

「ふふっ、こうなったら仕返しに阿武隈さんもふもふしちゃいます!」

 

「なんだ今のモノローグ?」

 

 初霜が阿武隈に飛び付いて、自分がされたように阿武隈の髪をもふもふする。

 

「ふええええ!? あたしなにもしてないんですけどぉ!? 初霜ちゃん髪の毛わしゃわしゃしないでーっ!」

 

「阿武隈さんもふもふなのですーっ!」

 

「これが奇跡の……あぶくもふもふ」

 

 そんな初霜を見て、電と若葉も同じように阿武隈にじゃれつき始めた。

 もう髪だけじゃなく、阿武隈の背中にくっついたり、正面から阿武隈に飛びついたりとやりたい放題だ。

 

「電ちゃんに若葉ちゃんまで!? てーとく、なんとかしてくださいっ」

 

「あはは、阿武隈は人気者だなあ」

 

「微笑ましく眺めてないで助けてくださいよぉ!?」

 

「もう三人とも! 阿武隈さんが困ってるじゃない!」

 

 そんな阿武隈を見かねたのか、暁が声を上げる。

 

「暁ちゃん……!」

 

「三人一気に阿武隈さんをもふもふしたら危ないでしょ! もふもふするなら、一人ずつにしなさい!」

 

「そういう問題!? いやまあ、一人ずつなら良いけど」

 

 一人ずつなら良いのか。

 

「それと次は暁の番よ! さっき暁の頭をナデナデしてくれたんだから、今度は暁が阿武隈さんをナデナデするんだから!」

 

「ちょっーとまった!」

 

 そこに、ついこの前と同じように勢いよく執務室の扉を開けて入ってくる白露。

 

「白露型のいっちばーん艦、白露だよ! いっちばーん!」

 

「二番艦、時雨。にーばーん」

 

 白露に続いて、入ってくるのは時雨。

 

「三番艦、村雨よ。さんばーんっ!」

 

「四番艦の夕立です。よんばーんっぽーいっ!」

 

「五番艦、春雨です。ごーばんです、はいっ!」

 

「六番艦の五月雨です! ろくばーんっ!」

 

 次々と白露型が入室して来る。

 ここに、前期白露型が元気一杯に勢揃いした。

 

「ここ、一応執務室なんだけどなあ……」

 

「えへへ、それじゃあとっかーん!」

 

 白露が大きな声で号令をかけると、白露型の子達がこちらに駆け寄ってくる。

 

 な……なんと 白露達が……!

 白露達がどんどん阿武隈に集まっていく!

 

「こ、これは……!」

 

 なにやら驚いてるような若葉。

 

「まさか、これはかの伝説のキングスラ――」

 

「白露ちゃん、危ないから急に飛び込んでこないで――ふえっ、夕立ちゃんあたしのそれはドーナッツじゃありませんっ! 春雨ちゃん、よじ登ろうとしないでぇ!?」

 

「って、押しつぶされそうになってるだけじゃない!?」

 

 三人でも大変なのになあ。

 六人の元気で、しかも電達より若干大きい白露型に好き放題じゃれつかれたら、さっきの比ではない。

 

「こらこらこら! さすがに危ないから解散しなさーい!」

 

 ちょっと危険そうなので、止めに入る。

 

「もーっ! これ以上危ないことするなら、今日のおやつは抜きです!」

 

 そこに阿武隈のおやつ抜き宣言が入る!

 

「ごめんなさいっ!」

 

「変わり身早っ!?」

 

 いきなり平謝りする白露型六人。

 綺麗に整列し、整然とお辞儀をしながら謝る白露達だった。

 君達それで良いのか。

 

「まったく、お前たち少しは落ち着きというものを持て」

 

 若葉は呆れたように言う。

 

「それは若葉ちゃんが言うべきことじゃないのです」

 

 そんな若葉にツッコム電。

 

「電もでしょ」

 

 更に電に対してツッコミを入れる暁。

 

「暁さんもあまり言えないと思います」

 

 更に更に暁に対してツッコム初霜。

 まったくこの子達は。まあ、全部冗談で分かってて言ってるのだろうことは分かるが。

 

「初霜もだぞ。まったく」

 

 だからこそ、私も流れに乗って初霜にツッコミを入れた。

 

「ところで提督、昨日、執務室に置いておいた電ちゃんのクッキーがいつの間にかなくなってたんですけど……」

 

 阿武隈のそのツッコミは予想外デース!?

 なんで私が電の分のクッキーを食べたことがバレたんだ!?

 

「ごめんなさい」

 

 私は素直に阿武隈に謝る。

 鎮守府のトップである私だが、駆逐艦を筆頭に他の艦娘からの人望、および私の胃袋を握られている阿武隈に逆らうことはできないのである。

 

 

 

 今日のおやつは抜きになりました。

 本来私のものだったクッキーは神通のお腹に入った模様……悲しい。




第六駆逐隊や白露型にじゃれつかれる阿武隈さん。
いつか公式で見たい。


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暁ちゃんはレディーに憧れる

「昼下がりに窓辺で紅茶を楽しみながら、読書をする……レディーにしかなせない業よね」

 

 暁が窓の外を見ながら、いきなりそんなことを言い出した。

 

「どうしたんだいきなり」

 

「いきなりってなによっ! ……あ、あら司令官。暁はいつも通りレディーらしく振る舞っているだけじゃない」

 

「そうか。暁が本を読んだり、紅茶を飲んでいるのは珍しいと思ったんだが」

 

「そんなことないわよっ! ……そ、そんなことありませんことよ。司令官ってば、ふふっ」

 

「そうか。それはすまなかった」

 

 暁が一人前のレディー(?)らしく振る舞うのはいつものことではあるからな。

 まあ、今回はなにに影響されたか分からないが。

 

「うー……暑いよぉ……」

 

「夏だからな」

 

「もう、夏ってばどうしてこんなに暑いのよ! レディーの邪魔をするなんて許さないんだから! ぷんすか!」

 

「夏だって好きで暑くしているわけじゃないんだ、そう言ってあげるな」

 

「むー。仕方ないわね。一人前のレディーは寛大であるべきよね、許してあげるわ」

 

「暁はえらいな」

 

「ふふっ、もっと褒めても良いのよ。暁は阿武隈さんみたいなレディーになるんだから!」

 

「そっか。それじゃあもっと頑張らないとね」

 

「もちろん、暁はすぐになっちゃうんだから! 見ててよね司令官!」

 

「その意気だ。暁ならなれるよ」

 

 暁は子供っぽいところはたしかにあるが、電達の面倒見は良いし、頑張り屋さんである。

 本気で将来は一人前のレディーになりそうだ。

 暁の思い描く一人前のレディーが、どういうものかにもよるが。

 

「暁ーっ、おやつの時間よ。今日はホットケーキだって!」

 

 そこへ、執務室にとやってくる暁型三番艦の雷。

 元気で良い子、ちょっと背伸びしたいお年頃の駆逐艦だ。

 なにかと世話を焼こうとしてくるのはかわいいが、私と阿武隈のことをしきりと訊きたがるのはなんとかして欲しい。

 

「ホットケーキっ!? わーい、ホットケーキ! 暁、阿武隈さんのホットケーキ大好き!」

 

 ……それでいいのか一人前のレディー。

 

「もう、暁ってばホットケーキ好きよね」

 

「暁は阿武隈さんの作ってくれるのはみんな好きなんだから! そういう雷だってこの前、夕立とおやつの取り合いしてたじゃない」

 

「あ、あれは夕立がじっと雷のおやつを見ていたからよ! 自分の分は食べたあとなのに!」

 

「もう、執務室であんまり大きな声出さないの。雷ってば」

 

「暁だって大きな声出してたじゃない、もーっ! それじゃあ司令官、また後でね!」

 

「司令官、ごきげんようです」

 

 ぺこりと頭を下げて、去って行く暁。

 相変わらず仲良いなあ。

 

 

 

 

「てーとく、お疲れ様です!」

 

 しばらく経ち、阿武隈が部屋に入ってくる。

 相変わらず阿武隈の声と笑顔には癒やされるなあ。

 

「提督、お疲れ様です! お茶をお持ちしましたぁ!」

 

 明るく元気よくお茶を持ってきてくれたのは、白露型6番艦の五月雨だ。

 ちょっとそそっかしいところはあるが、とっても頑張り屋さんで純粋な子である。

 

「阿武隈さんが作ってくれたホットケーキですっ! おいしーですよ!」

 

「ありがとう、五月雨、阿武隈」

 

「えへへ、どういたしまして! でも五月雨は運んできただけですから!」

 

「ううん、とっても助かっちゃいました。ありがとうね、五月雨ちゃん」

 

「こちらこそ、作ってくれてありがとうございます! とってもおいしかったです!」

 

「ああ、それじゃあさっそくいただこうかな」

 

 せっかく阿武隈が作って、五月雨が運んできてくれたんだ。

 冷ますのはもったいないな。

 

「それじゃあいただきます」

 

 ホットケーキを口に運ぶ。

 

「そのホットケーキ、磯風ちゃんも手伝ってくれたんですよ」

 

「ほう、磯風がか。腕を上げたな」

 

「そう褒めるな司令。これも師匠の指導が良かったからだ」

 

 いつの間に来たのか、阿武隈の横でドヤ顔してる陽炎型12番艦の磯風。

 阿武隈の自称弟子として料理を教わっているらしい。

 このドヤ顔は自分じゃなくて、阿武隈を誇っている顔だろうなあ。微笑(ほほえ)ましい。

 

「あたしはたいしたことしてないです。磯風ちゃんが頑張った成果ですっ」

 

「まったく、師匠は謙遜(けんそん)が過ぎる。最初の磯風の料理の腕前はとても褒められたものじゃなかっただろう?」

 

「最初から上手い人なんていませんから。でも上達したのは磯風ちゃんが頑張ったからです!」

 

「むぅ……ほんわかしているように見えて、師匠は意外と頑固だな」

 

「その師匠ってやめて欲しいんだけどなぁ……」

 

「師匠は師匠だ。教わっている身としては、この磯風、師匠に対して他の呼び方はする気はない」

 

「磯風ちゃんも頑固なんですから」

 

「も-! 阿武隈さんは暁のお手本なんだから! なのに磯風ばかりずるいじゃない!」

 

 執務室に戻ってきた途端、ぷんすか状態に移行する暁。

 

「もう、暁ちゃんそんなに怒らないの」

 

「むー。だったらレディーの手本として、もうちょっと暁に指導してよね!」

 

 暁は頬を膨らませながら、阿武隈をぎゅーっとする。

 

「あはは、懐かれるのも大変だな」

 

「からかわないでくださいよ、てーとく」

 

「それにしても磯風ってば、いつの間に料理を覚えたのよ。この鎮守府の皆、結構忙しかったじゃない」

 

「結構前からだぞ? 師匠に少しずつ時間を見て教えて貰ったんだ」

 

「むー。阿武隈さんも暁にいろいろ教えてくれたって良いじゃない」

 

「ごめんね。でもお勉強とか紅茶の淹れ方とか、結構教えてるじゃない。暁ちゃん物覚え良くて、あたしすごいなーって思っているんですよ?」

 

「そ、そう? ふふっ、当然よ! 暁はレディーなんだから!」

 

 腹芸とかから最も遠いと言っても過言じゃない阿武隈に、あっさりと説得される暁……ちょ、チョロすぎませんこと?

 司令官、ちょっと暁さんの将来が不安になってしまいますわ。

 おっと、つい思考が熊野口調になってしまった。

 

「なんたって、磯風は師匠の二番弟子だからな」

 

「二番弟子ですって!? じゃあ一番弟子は誰よ!?」

 

「そりゃもちろん、いっちばーん弟子は白露に決まってるじゃない!」

 

「いっちばーん」

 

 一番と聞きつけてやってきた白露と時雨。

 この二人を筆頭に、白露型はウチの艦娘の中でも急に現れてくる頻度が多いから困る。

 もう驚くことはほとんど無くなったが。

 

「出たわね白露シスターズ! アンタ達、一番と聞いたらどこでもやってくるんじゃないわよ!」

 

「暁さんの言うとおりです! 提督や阿武隈さんがびっくりするじゃないですか! 白露型の皆さんは登場する時に前もって知らせてください!」

 

「五月雨、貴方も白露型よね……?」

 

「もー、五月雨ってば。そんなに怒らないの。ほら、お姉ちゃんにもうちょっと甘えても良いんだよ?」

 

 なんでそうなる。

 

「わーい、白露お姉ちゃんーっ!」

 

「甘えるんかいっ!?」

 

「わーい、阿武隈おねーちゃん」

 

 五月雨の真似をしながら、なぜか時雨は阿武隈に飛び付く。

 

「ふえ、あたし? 時雨ちゃんも意外と甘えん坊さんですねえ」

 

「むー! 時雨ずるいわ! 暁も暁も!」

 

「ふふっ、暁ちゃんもしょうがないですねえ」

 

 暁と時雨にぎゅーっとされる阿武隈。

 

「あ、時雨に暁もずっるーい! 白露もーっ!」

 

「五月雨もぎゅーっとしてください!」

 

 阿武隈が、あっという間に駆逐艦四人に取り付かれる。

 

「ふえ、ちょっと待ってくださいっ!?」

 

「ならこの磯風もだ!」

 

「ふふーん、もう阿武隈さんは満員だよっ!」

 

「弟子が師匠に甘えてなにが悪い」

 

「もーっ! ケンカしないでくださーいっ!」

 

 平和だなあ……。

 

 

 

「えーっと、暁はなんの話をしていたんだっけ?」

 

「師匠の一番弟子は誰かという話だったはずだが」

 

「もー、暁ってば忘れてたの? うっかりさんなんだから」

 

「暁には失望したよ」

 

「話の腰を折ったのは白露と時雨でしょ!?」

 

 責任を思いっきりぶん投げる白露シスターズ。暁は怒って良い。

 まあ、白露も時雨も完全に冗談で声色は優しいし、暁もそれを分かっていてツッコミしているんだが。

 

「阿武隈の一番弟子は電だぞ」

 

「電が一番弟子なの!?」

 

 磯風の言葉に驚く暁。

 

「いや、そんなに驚くことか?」

 

「磯風が二番弟子で、弟子三号は風雲だ」

 

「風雲が? ああ、あの子も料理上手くなりたいって言ってたもんね」

 

「そして四番弟子は五月雨ですっ!」

 

「ええっ、お姉ちゃんそんなこと一言も聞いてないんだけど!?」

 

「弟子入りは白露の許可制なのか?」

 

「五月雨ずるいですっ! 春雨も阿武隈姉さんに弟子入りしたいですっ!」

 

「春雨どっから出てきたの!? お姉ちゃんビックリしたんだけど!?」

 

「白露は人のこと言えないと思うな」

 

「時雨もでしょ!? もう、二人とも自分のこと棚に上げないで欲しいわ! ぷんすか!」

 

 阿武隈の膝に座りながら怒る暁。1ミリたりとも怖さが感じられない。

 

「ごめんごめん暁。これは白露型名物のいっちばーんジョークだから」

 

「そんな名物聞いたことないけど」

 

「白露姉さん、適当なこと言わないでください」

 

「暁さんが信じちゃったら、どうするんですか?」

 

 白露の適当発言に、時雨、春雨、五月雨から総ツッコミが入る。

 

「妹達がひどい!?」

 

「そんなの信じるわけないでしょ」

 

「信じても、まったく害はないとは思いますけど……」

 

 暁と阿武隈も苦笑している。

 

「でも、いっちばーんにかける情熱は白露が一番だから! そこのところはジョークじゃないからね!」

 

「そこを主張するの!? いやそれは分かりましたから!」

 

 謎の主張に応答する阿武隈。ほんと大変だなあ……。

 

「って、また話が逸れているじゃない! 暁はもっと阿武隈さんにレディーとしての心構えを教えて欲しいの!」

 

 阿武隈の膝に座りながら、手足をジタバタさせる暁。

 レディーとは一体。

 

「うーん、あたしは構わないけど、鎮守府の中にもあたしよりもっと暁ちゃんの手本になる人はいるんじゃないかなぁ」

 

「そんなことないわ! 阿武隈さんはこの鎮守府のレディセブン筆頭なんだから!」

 

「レディ……なにそれ?」

 

 ホントなんだそれ。この前の『はつしもふもふ』と言い、この鎮守府って謎ワード多くない?

 

「レディセブン……レディーの卵達が手本とすべき、この鎮守府に七人いるレディーの鑑の人達のことだな」

 

「なんで磯風知っているの!?」

 

 すらっと回答する磯風に驚く白露。本当に何で知ってる。

 

「なぜって、暁や春雨に良く聞かされているからな」

 

「は、恥ずかしいです……」

 

「春雨、なんでそこで恥ずかしがるの?」

 

 純粋に疑問符を浮かべる五月雨。

 いやまあ、阿武隈や他の艦娘を憧れとして語ってたってことだし、そりゃ本人の前で言われたら気恥ずかしいだろう。

 

「でも、他のレディセブンの熊野さんや赤城さんも尊敬しているけど、暁は阿武隈さんに教わりたいの!」

 

 勝手にレディセブンとやらの一員にされた熊野と赤城には、同情を禁じ得ない。

 もちろん阿武隈もそうなんだが、阿武隈は暁に限らず駆逐艦に懐かれまくってるし、今更感がありすぎるのだ。

 

「だから阿武隈さん、暁にレディーとしての心構えを教えて!」

 

「うーん。普段の訓練もしっかりできる?」

 

「もちろんよ!」

 

「しょうがないですねえ。分かりました」

 

「やった! 暁、頑張るからね!」

 

 無邪気にはしゃぐ暁。レディとしてどうかはおいといて、素直で良い子である。

 

「暁さんに教えるなら、春雨にも教えて欲しいですっ! 春雨も阿武隈さんみたいなレディになりたいですっ」

 

「ふえ?」

 

「五月雨も教えて欲しいですっ!」

 

「あー! じゃあ白露も教えてよーっ! でもレディじゃなくて、白露がいっちばーんになる特訓付けてーっ!」

 

「あっ、白露ずるいよ。僕も特訓付けて欲しいな」

 

「ふむ、なら師匠の二番弟子である磯風も、当然参加させてもらうぞ」

 

「ちょ、ちょっと待って。さすがにこの人数は無理ですっ!?」

 

「何を言う。師匠なら大丈夫だ」

 

「阿武隈姉さんなら大丈夫ですっ」

 

「大丈夫じゃないです!? ほ、ほら提督にも手伝ってもらいましょう! はい!」

 

 急にこっちに振られた!?

 

「いやいや、暁達は阿武隈を慕って師事するって言っているんだから、私の出る幕はないだろう」

 

「まあ、たしかに阿武隈さんに負担が大きすぎるよね」

 

「なら、僕達で阿武隈さんの仕事をお手伝いすれば良いんじゃないかな」

 

「それは良いアイデアですっ! 春雨達がお手伝いしますっ」

 

「それに司令官なら、阿武隈さんのことはよく知ってるはずだし、阿武隈さんが普段どのようにレディーの手本となるような行動しているか、教えてもらえると思うわ!」

 

 それは、色々無理があると思うぞ暁。

 

「まあまあ、お前たち。阿武隈は一水戦旗艦の仕事や、秘書艦の仕事もあって忙しいんだ。あまり負担をかけるんじゃない」

 

「う……そ、そうだよね。ごめんなさい」

 

「で、でも時間があるときは教えてあげられますからね」

 

「はーいっ!」

 

「うん。ありがとう、阿武隈」

 

「感謝するぞ師匠」

 

 元気よく返事する暁、白露、春雨、五月雨に、静かに感謝を述べる時雨と磯風。

 なんだかんだ良い子達なんだよな。だいぶはっちゃけてるけど。

 

「まあ、阿武隈が大変な時は他のレディセブン? の人達にも頼れば良いだろう」

 

 レディセブンのあとの四人が誰か知らないけど。

 

 

 

 

「提督、なんですの!? レディーとしての心得を教えてもらいなさいと提督に言われたと、暁さんが押しかけてきたんですのよ、どういうことですの!?」

 

 翌日、熊野が執務室に押しかけてきたのはまた別の話。



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響ちゃんはエネルギー補給中

 

 今日も今日とて執務室。

 夏だけに暑い日が続く中、鎮守府内は冷房が効いているため、比較的過ごしやすい。

 

「ハラショー。阿武隈さんには力を感じる」

 

 姉である暁と同じように、阿武隈の膝に座り込んでいる、暁型2番艦の響。

 なにやらモゾモゾ動いているが、一番居心地の良いポジションを探しているのだろう。

 

「ふふっ、響ちゃんってば。あたしに力を感じるってよく分からないですよ」

 

 阿武隈はそう言いながらも、響の好きなように座らせながら優しく笑う。

 

「阿武隈にあまり負担かけないようにな」

 

 響だって駆逐艦で、更にその中でも小さい方とはいえ、さすがに結構重いだろうからな。

 

「……大丈夫だよ。私は一人でも」

 

 あまり好きに阿武隈にじゃれつけないと思ったのか、落ち込みながらつぶやく響。

 どう考えても一人で生きていける気がしない。

 

「おーい。負担かけるなって言っただけで、よく分からないすね方をするな」

 

「阿武隈さんの膝は居心地がいいな。ロシアでも重宝する膝だ」

 

 あっさりと機嫌を直した響が、目を輝かせながら言う。

 

「どういう膝だそれは」

 

 暁姉妹も白露姉妹も、初春姉妹、それから霞とかみんなホイホイ阿武隈にじゃれつくからな。

 暁達がうらやま――阿武隈も大変そうだ。

 

「ふふっ、響さんは阿武隈が大好きなんですのね」

 

 阿武隈の向かい側に座って、微笑ましく響を見ているのは、重巡洋艦の熊野だ。

 暁に阿武隈と並ぶレディーの鑑として尊敬されてたりもあって、なにかと阿武隈と気が合うらしい。

 

「熊野さん、別に私は好きで阿武隈さんに座っているわけじゃないんだよ」

 

 照れくささからか、響はまったく説得力のないことを言う。

 

「あら、それではどうして阿武隈の膝に座っているんですの?」

 

「私達、駆逐艦は阿武隈エネルギーが枯渇すると、稼働率が80%低下する。つまり、この鎮守府の機能は崩壊するんだよ」

 

「な、なんだってー」

 

「む、信じていないね司令官。これは本当のことなんだ」

 

「なんですか阿武隈エネルギーって。あたしを、変なエネルギー発生源にしないで欲しいんですけど」

 

 妙なエネルギー発生源にされた阿武隈が、困ったようであまり困ってない優しい声で響の頬をつつく。

 

「いっちばーん! よく分からないこと言って阿武隈さん困らせちゃだめだよ、響!」

 

「阿武隈エネルギーに興味があるの? 良いよ、なんでも訊いてよ」

 

「時雨が、阿武隈エネルギーの何を知っているというの!?」

 

 そんなところで、突然執務室の扉を開け、現れる白露と時雨。

 またこのコンビかと思わざるを得ない。

 

「また来たね、白露シスターズ」

 

 白露と時雨に対して、響はいつもの落ち着いた様子で言葉をかける。

 

「ふふっ、お二人とも今日も元気ですわね」

 

 熊野も、突然現れてしかも元気よくはしゃぐ白露と時雨を見て、優しく微笑む。

 こういう、ほんわかしているところが阿武隈と気が合うのかもしれないな。

 

「阿武隈エネルギーとは、つまり阿武隈の一水戦旗艦の経験と、駆逐艦の子達を惹き付ける人柄がいろいろ混ざって、駆逐艦の子達を成長させる強力なエネルギーを生み出している――」

 

 そんな熊野を横目に、阿武隈エネルギーについて解説しだす時雨。

 

「時雨? 時雨ー? お姉ちゃん、いきなりそんな話されてもついていけないんだけど?」

 

「――様な気がする。たぶん、きっと、メイビー」

 

「適当かーい!?」

 

 白露の渾身のツッコミが入る。このコンビは本当にいつも楽しそうだな。

 

「僕達は、この阿武隈から観測されるエネルギーを、阿武隈から発生するよく分からないエネルギー。省略して阿武隈エネルギーと名付けたんだ」

 

「僕達って、時雨ちゃん以外に誰が名付けたのそんな名称」

 

 仕方ないなあといった感じで尋ねる阿武隈。

 そんな中でも声に優しい印象が感じられる辺りが、駆逐艦達を惹き付けているのだろうか。

 

「うらー」

 

 阿武隈の問いかけに、響が阿武隈の膝に座ったまま両手を挙げる。

 

「あら、響さんもですの?」

 

 そんな響の様子に、熊野も微笑みながら問いかける。

 

「響だよ。阿武隈エネルギーのおかげで、改二になることができたよ」

 

「あたしが、本気で謎のエネルギー発生源にされているんですけど」

 

 そう言いつつ、困った様子を見せない阿武隈。

 

「でも、あたしだって阿武隈さんのおかげで改二になることができたよ!」

 

「もう、白露ちゃんまで」

 

「違うって、阿武隈さん白露の訓練に付き合ってくれたり、色々と教えてくれたりしたじゃない!」

 

「それは白露ちゃんが頑張ったからで、あたしはたいして何もしていないですから」

 

「もー、阿武隈さんってば。とにかく、あたしが改二になれたのは、阿武隈さんのおかげなの!」

 

 阿武隈と白露、お互い相手を立て続ける。

 この二人もどことなく似てるところがあるよなあ。

 いつも一生懸命なところとか、ちょっとぽわぽわしてるところがあるけど、根はしっかりしているところとか。

 

「電も改二になりたいのです! だから阿武隈エネルギーをたくさん補給するのです!」

 

「雷も雷も! 改二になって、いっぱい司令官と阿武隈さんの役に立つわ!」

 

「五月雨も改二になって、もーっと頑張っちゃいます!」

 

「春雨も改二になって、阿武隈姉さんの役に立ちたいですっ」

 

「君達、どっから出てきたの」

 

 突然現れた電、雷、五月雨、春雨にしれっとツッコミを入れる時雨。

 白露と時雨だけには、おまえが言うなと言いたい。

 

「阿武隈姉さんの周りには、いつも駆逐艦が最低五人はいると思ってくださいっ」

 

「どんな状況なのさそれ!? 普通に怖いよ!?」

 

 いつも物静かな時雨に大声を出させる春雨、恐るべし。

 

「もちろん冗談です、はいっ」

 

 春雨は冗談であると時雨に告げる。まあ本当だったらさすがに怖い。

 

「阿武隈さん攻略作戦開始なのです! 阿武隈さんを攻略して、阿武隈エネルギーを確保するのです!」

 

 電が元気に阿武隈攻略作戦の発令を告げる。

 

「あたし、地上目標みたいに扱われてるんですけど」

 

「駆逐艦達のエネルギー補給基地みたいなもんだし、そこまで間違っていないんじゃないか?」

 

「もー、提督まで変な扱いしないでくださいよぉ」

 

「ちなみにこれが作戦内容よ!」

 

 雷が手書きの作戦内容が書かれた紙を見せる。

 

 

 難度:☆

 作戦名:阿武隈攻略作戦

 作戦内容:練度の高い水雷戦隊を編制し、軽巡阿武隈を攻略せよ!

 

 

「難度低くない!?」

 

「ツッコミ所そこなのか!?」

 

 雷が見せた作戦内容に白露のツッコミが入る。

 他にも色々ツッコミ所はあると思うが、まあ敢えて言うまい。

 

「まあ……阿武隈なら駆逐艦の子達を邪険にしないでしょうし、ある意味適切な難度と言えますわね」

 

 熊野の意見に、それもそうかと思う。

 

「でも電。大発もなしで阿武隈さんを攻略できるのかい?」

 

「はうっ!? 痛いところを突かれたのですっ!?」

 

 響の謎の問いかけに、電はこれまた謎のリアクションを返す。

 

「本当に地上目標扱いされてますっ!?」

 

「ふふっ、阿武隈は電さん達のエネルギー拠点ですから、仕方ありませんわね」

 

「もう、熊野さんまで面白がって乗らないでください」

 

「で、(でん)さん。どうしましょう! このままじゃ、阿武隈姉さんが響さんに占拠されたままですっ!」

 

「でん、じゃなくていなずまなのですっ!?」

 

「春雨、さらっと阿武隈さんをお姉ちゃんにしないの。ほら、春雨のいっちばーんのお姉ちゃんはここにいるでしょ?」

 

「白露姉さんも阿武隈姉さんも、春雨のお姉さんじゃダメなんですか?」

 

 白露のお姉ちゃんアピールに対して、春雨は純粋に質問を投げる。

 

「いやまあ別に良いけど」

 

 あっさりと許容する白露。別に良いのか……。

 

「じゃあ決まりですっ!」

 

 わーいと両手を挙げて喜ぶ春雨。

 

「わーいっ、五月雨も阿武隈さんの妹です!」

 

 五月雨も春雨と一緒に、元気に喜ぶ。

 

「良かったな阿武隈。一気に妹が10人もできたぞ」

 

 ある日突然、阿武隈に10人もの妹ができたらどうなりますか?

 

「ものすごく大変なんですけどっ!?」

 

 だよね。みんな阿武隈お姉ちゃんに甘えまくるし。

 

「と言うわけで、大発が装備できる朝潮ちゃんと霞ちゃんを呼んだのです!」

 

 いつの間にか、電は朝潮型駆逐艦の長女の朝潮と、末っ子の霞を連れてきたらしい。

 本当にいつの間に連れてきたんだ。

 

「朝潮ですっ! 勝負ならいつでも受けて立つ覚悟ですっ!」

 

「……なんで霞はこんなカオスなところにいるのかしら」

 

「ダメですよ霞! 私達に頼ってきた皆さんのため、一緒に頑張りましょう!」

 

「なにをどう頑張れば良いのよ、この状況」

 

「阿武隈さんを攻略して欲しいんですっ! でも五月雨達は大発が装備できなくて……」

 

「大発が阿武隈さんと、どう関係してるのよ!?」

 

 五月雨のセリフに、もっともな回答を返す霞。

 霞の言うとおり、なんで阿武隈の攻略に大発が必要だと言う流れになっているのか。

 そもそも阿武隈の攻略ってなんだ。別の意味の攻略なら私もしたいぞ。

 

「大発ですね! 朝潮にお任せください!」

 

 朝潮はそう言うと、大発のミニチュアをそっと床に降ろす。

 

「さあ、大発妖精さん! 阿武隈さんにゴーですっ!」

 

「らじゃー!」

 

 妖精さん達もミニチュア大発に乗りながら、一生懸命に阿武隈へと近づく。

 

「ほら霞! 霞も大発を出してください!」

 

「……え? なんで?」

 

「霞ちゃん! 電達には霞ちゃんの力が必要なのですっ!」

 

「そうよ霞! 雷達に霞の力を貸して!」

 

「そうだよ霞! 阿武隈さんの攻略には霞が必要なんだから!」

 

「白露姉さんの言うとおりです! 春雨からもお願いしますっ」

 

「五月雨からもお願いしますっ! 阿武隈さん攻略のために、霞さんの力を貸してください!」

 

「あーもう、分かったわよ! やれば良いんでしょやれば!」

 

 電達の声に、霞は仕方なく答える。

 

「なんだかんだ押しに弱い霞のそういう所、僕は嫌いじゃないよ」

 

「時雨、アンタ後で覚えておきなさい」

 

「覚えておくよ……五分だけ」

 

「マジでぶっ飛ばすわよ!?」

 

「霞! 早く増援を! 朝潮だけでは状況は不利ですっ!」

 

「はあ!? いったい何がどうしたら不利に――」

 

 霞が阿武隈の方を振り返ると、そこには――

 

「ふえええっ!? 妖精さん達、あたしの髪をわしゃわしゃしないで、ふえっ、服の中に入り込もうとしないでくださーいっ!?」

 

 大発妖精さんに、めちゃくちゃじゃれつかれまくっている阿武隈の姿があった。

 

「――本当にどこが状況不利なの朝潮姉!? もうほとんど制圧完了しているじゃない!?」

 

「制圧完了って、どういう意味なの霞ちゃん!?」

 

「妖精さんに、好き勝手にじゃれつかれまくっていると言う意味だと思いますわよ」

 

 阿武隈の問いかけに、微笑ましいものを見ているように熊野が返す。

 

「何言っているんですか霞! 響さんの手を見てください!」

 

「響の手?」

 

 朝潮の声に従い、響の手を見てみると――

 

「はらしょー」

 

 そこには、響に高い高いされている、一人(?)の妖精さんの姿が!

 

「うう……ほりょになってしまったのです」

 

「ようせいさーん!?」

 

「いや電……それ、そんなに悲痛なリアクション取るところじゃないわよね?」

 

 高い高いされている妖精さんの姿に、悲痛な叫びを上げる電と、冷静にツッコミを入れる霞。

 

「みんな……ボクにかまわず、あぶくまさんをこうりゃくするのです……」

 

「そんな!? それじゃあ妖精さんが!」

 

「雷まで!? いやこれそんなシーンじゃないでしょ!?」

 

 妖精さんの自己犠牲(?)の言葉に対し、電と同じような反応をする雷と、これまた呆れたように返す霞。

 

「ううっ、なんとか響の気を逸らさないと……」

 

 白露がこの状況を打開しようと、考え込む。

 

「よし、ここは僕の佐世保ジョークで――」

 

 時雨は佐世保ジョークという謎ワードを発言する。

 どんなジョークだ佐世保ジョークって。

 

「ダメですっ」

 

「時雨姉さんは下がっててくださいっ」

 

「五月雨に、春雨も酷くない?」

 

 時雨の佐世保ジョーク発言に、速攻で五月雨と春雨からダメ出しが入る。

 個人的には佐世保ジョークが気になる……まあ、時雨が適当に言ってる可能性が高いから良いけど。

 

「ここは、わたしがものまねをするのです」

 

 阿武隈の肩に乗った妖精さんが、突然そんなことを言い出した。

 

「……ものまね?」

 

「ものまね。かすみちゃん」

 

「はあっ!? あたしっ!?」

 

「あぶくまさん、かすみね、ほんとうはあぶくまさんのことだーいすきっ!」

 

 そう言いながら、阿武隈の頬にすりつく妖精さん。

 

 ――その瞬間、執務室の空気は確かに凍り付いた。

 

「アンタなにやってんのよおおおおおおおおぉ!? そんなことあたしがするわけないでしょおおおおおがああああぁ!?」

 

 そして、次の瞬間に霞が爆発した。

 

「なるほど、確かに霞そっくりです!」

 

「朝潮姉なに言ってるのよ!? これっぽっちも似てないわよ!?」

 

「でも霞ちゃんは阿武隈さん大好きなのです」

 

「電、アンタおかしいんじゃないの!? そんなわけないわよ!」

 

「霞ね、本当は阿武隈さんのことだーいすきっ」

 

「時雨ぶっ飛ばすわよっ!」

 

「みなさーん、ケンカしないでくださーいっ!」

 

 騒ぎを止めようとする阿武隈と、そんな阿武隈に引っ付く妖精さん達と響。

 そんなこんなで今日も騒がしい執務室であった。

 

 

 

 ――後日。

 

「なあ蒼龍(そうりゅう)。最近、開発の成功率が高いような気がするんだが」

 

「うーん、そうなのよね。なんか妖精さん達が張り切っちゃって」

 

「妖精さん達が?」

 

「うん。妖精さん達の調子が良いみたい。なにかあったのかな?」

 

「……まさかな」

 

「どうしたの、提督?」

 

「そういや、ウチの鎮守府って、遠征の大成功率高いらしいんだよな」

 

「そうなの? なにか理由があるのかな?」

 

 阿武隈エネルギーって、案外本当にあるのかもしれない。



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霞ちゃんは甘えたい

9/27 地の文を多少追加。それに伴い一部のセリフを修正しました。


「報告書よ。良く読みなさい」

 

 霞が執務室に報告書を持ってくる。

 ぶっきらぼうな言い方だが、その声にはたしかに柔らかさがあった。

 

「ああ、ありがとうな霞」

 

「別に。こんなことでいちいちお礼を言わなくても良いわよ」

 

「しかし……」

 

 私の言葉に、霞はジト目を向ける。

 

「なによ?」

 

「霞も丸くなったよなあ。昔は目を合わせるなり、十くらいの苦言があったものだが」

 

「なによそれ!? し、しかたないでしょそんなの!」

 

「提督、おはようございます!」 

 

 霞が反発の言葉を返すその最中、阿武隈が元気よく執務室に入ってきた。

 

「あ、霞ちゃん! 霞ちゃんもおはようございます」

 

「あ、阿武隈さん!? お、おはよう――」

 

 阿武隈は、ほんわかとした調子で挨拶をしながら、霞に歩み寄る。

 霞も阿武隈に挨拶を返し――

 

「てーとくのお手伝いしてくれたの? えへへ、霞ちゃん良い子良い子」

 

 ――優しい笑顔を浮かべた阿武隈に、頭をなでられていた。

 

「こらぁ! いちいち頭をなでたりしないでってば! 何度言えば分かるのよ!」

 

 そう言う霞だが、阿武隈に褒めてもらうときになでたり、なにかしらスキンシップを取らないと不満げな顔をする。

 難しいお年頃である。

 

「ごめんね、霞ちゃんは良い子だからつい褒めてあげたくて」

 

 ほんわかオーラ満載の笑顔と返答。

 霞や曙さえ懐かせる、阿武隈にしか使えない業である。ただし、駆逐艦に年中懐かれる羽目になる諸刃の剣ともなる業だ。

 

「こんなぽわぽわした上司と数年もいれば丸くなるわよ……分かった?」

 

 ため息交じりに霞がこちらを見ながら、先ほどの私の言葉に対する返事をする。

 なんだかんだ言いつつ、阿武隈から離れていないが。

 

「良く分かった」

 

「ねえねえ霞ちゃん、今日のおやつはなにが食べたい?」

 

「なんでも良いわよ! だがらいちいちべったりくっついてこないでってば!」

 

 そう言いつつ、霞は阿武隈から距離を取ろうとしない。素直じゃないなあ。

 昔に比べればずいぶん柔らかくなったけど。

 

「霞はケーキ好きだったよな」

 

「うーん、ケーキはこの前作ったばかりですし……」

 

「あんたらねえ!」

 

「でもあたしの作ったケーキ、霞ちゃんが気に入ってくれて良かったです!」

 

「あはは、それは良かった」

 

「あーもう、お姉ちゃんってば! あんまり構わないでってば!」

 

「お姉ちゃん?」

 

「お姉ちゃん?」

 

 霞のお姉ちゃん発言に、私と阿武隈は思いがけず同じ言葉を返す。

 

「……はっ!? な、なんでもない! なんでもないったら!」

 

「えへへ、霞ちゃんなーに?」

 

 先ほどより更にほんわか度を増した笑顔で、阿武隈が霞をぎゅーっとする。

 阿武隈が駆逐艦達にそういうことするから、阿武隈も駆逐艦に飛びつかれたりするんではないだろうか。

 阿武隈が一人なのに対して、駆逐艦は沢山いるから阿武隈が大変な目に遭うのだが。

 

「満面の笑みで寄ってくるんじゃないっ!?」

 

「霞! お姉ちゃんを呼びましたか!?」

 

 そんなときに、執務室に突入してきたのは朝潮型長女の朝潮だ。

 常にハキハキして真面目な良い子である。

 

「朝潮姉!? いきなり現れるんじゃないわよ!」

 

「失礼しました! でも霞が阿武隈さんをお姉ちゃんと慕いつつも、素直になれないそうなので、力になれればと!」

 

 ……良い子だが、真面目すぎて融通が利かないこともあると通信簿に書かれそうな子でもある。

 

「ななな、なにトンチンカンなこと言ってるのよ朝潮姉!? そんなことするわけないでしょ!?」

 

 霞は朝潮の肩をつかんでブンブンと前後に揺らしながら、文句を言う。

 酔いそうだから、程々にしてあげて欲しい。

 

「でも霞、気持ちは言葉にしないと伝わりません! あと強く揺するのやめて」

 

「むー! お姉ちゃんは島風のお姉ちゃんなんだから!」

 

 いつの間にか阿武隈の横に張りついていた駆逐艦の島風が、霞に対して文句を言う。

 島風には姉妹がいないからか、キス島撤退作戦で阿武隈に必要とされてから、すっかり阿武隈に懐くようになった。

 今では天津風や長波など、仲の良い仲間ができたのでなによりだ。

 

「おはようございます、島風ちゃん。急に飛びついてきたからびっくりしちゃいました」

 

「えへへー、阿武隈さんおはようございまーす!」

 

「はい、おはようございますっ」

 

「おはようございます、島風。今日も元気ですね」

 

 阿武隈と島風、それに朝潮は元気よく挨拶を交わす。

 

「えへへー、島風は速さと元気が取り柄だから! それより……霞ちゃんはお姉ちゃんが沢山いるんだから、良いじゃない」

 

 島風が阿武隈の腕をつかみながら、霞を見る。

 見たところ、本気で霞を警戒してるわけでなさそうでもなさそうだ。姉が沢山いる霞がちょっぴり羨ましいのかもしれない。

 

「べ、別に阿武隈さんをお姉さんだなんて、思っているわけじゃないんだからっ」

 

「島風さん……」

 

 姉妹がいない島風を思ってか、朝潮の言葉が詰まる。

 

「そうです! 阿武隈姉さんは春雨達のお姉さんですっ! 霞さんにはお姉さんがいっぱいいるじゃないですか」

 

「はい、阿武隈さんは五月雨達のお姉さんですっ!」

 

 いつの間にか執務室に入ってきていた、春雨と五月雨がなんか文句を言ってる。

 君達も姉妹沢山いますよね?

 

「おいそこの白露型5番艦と6番艦」

 

「もー! 白露お姉ちゃんじゃ不満かーっ!」

 

「わーい、白露おねえちゃーんっ!」

 

「白露姉さーんっ!」

 

 これまた執務室のドアをいきなり開けて入ってきた白露に対して、飛びつく五月雨と春雨。

 相変わらず仲良いなあ。

 

「もう、かわいい妹達だなあぁ。みんなお姉ちゃん離れできないんじゃないかと心配だよ」

 

 そう言いつつ、白露は春雨と五月雨の頭をなでながら、優しい笑顔を見せる。

 

「阿武隈さん、おはようございまーすっ!」

 

 白露は元気いっちばーんとばかりに、明るく挨拶する。

 

「えへへ、白露ちゃんおはようございます」

 

「そして、白露型あたーっくっ!」

 

「今日も元気です――えええええっ!?」

 

 白露と春雨と五月雨が一斉に阿武隈に飛びつき、あっという間に阿武隈が三人に揉みくちゃにされてしまった。

 

「なにこの茶番」

 

 霞が冷めたように言うが、どことなくうらやましげな顔をしていそうだ。

 

「ふええええっ!? 白露ちゃん達、髪の毛わしゃわしゃしないでぇ!?」

 

「あー! 白露ちゃん達ずるーいっ! 島風もーっ!」

 

 白露三姉妹にじゃれつかれまくっている阿武隈を見て、島風も阿武隈に突撃を敢行した!

 

「ふぇっ!? 島風ちゃん、ちょっと待って―っ!?」

 

「霞、出遅れてしまいました! 霞もすぐに阿武隈さんに突撃しましょう!」

 

「しないわよ!」

 

「大丈夫です、朝潮も一緒に突撃します!」

 

「なお悪いわ!」

 

 朝潮と霞が言い合っているが、二人のスペースはさすがに無いような気がする。

 四人でも既に定員オーバーだ。

 

「皆さん、あたしの指示に従って……ふええ、従ってくださーい!?」

 

 信頼度が高すぎて、逆に指示に従ってもらえないなんてあるんだなあ。

 まあ、従わないといけないときはしっかり従うから、これっぽっちも心配ないが。

 

 

 

 翌日の執務室。

 

「阿武隈さんに負担が掛かりすぎよ!」

 

 霞が爆発した。

 霞の隣では、朝潮がそんな霞を心配そうに見ている。

 

「ただでさえ忙しいのに、みんなして、阿武隈さんに年中じゃれついて、大変じゃないのもう!」

 

「それはあるかもしれんが……」

 

 けど阿武隈のおかげで、駆逐艦の子達の士気と練度が高く保たれているからなあ……。

 私が、ちょっとは阿武隈にじゃれつくの控えろと言ったところで、聞いてくれるものだろうか。

 あれ? もしかして私、提督なのに阿武隈に人望負けてる……?

 い、いや。駆逐艦が阿武隈をお姉さん的な存在として慕っているだけで、他の艦種からの人望は勝っているから。たぶん。

 あ。阿武隈は他の軽巡や空母勢からも結構、いやすごく好意的だったわ。

 機動部隊護衛の旗艦もやっているからなあ、阿武隈は。

 私の秘書艦はすごいな!

 

「司令官も司令官よ! 毎日じゃないけど、司令官のご飯まで作ってあげたり、執務のサポートしたり! ただでさえ大変なのに!」

 

 私もか!? いやまあ確かに阿武隈には非常に助けて貰っているが。

 

「いや、それは悪いと思っているが、秘書艦だからと、阿武隈が自分からしてくれるだけのことであって……」

 

「公私共に阿武隈さんに頼り切っちゃって! ちょっとは阿武隈さんが楽になれるよう、立ち回ってあげなさいってば! それが鎮守府トップとしての役目でしょうが!」

 

「霞は、阿武隈さんのことが心配なんですね」

 

「はあ!? なんでそうなるのよ!?」

 

 最初は心配そうに霞を見ていた朝潮だったが、なにかを感じたのか、優しい笑顔を霞に見せていた。

 そんな朝潮の言葉に、霞は目に見えて動揺する。

 

「違いましたか?」

 

「これっぽっちも心配なんてしてないわよ! ただ見てて危なっかしいからハラハラしてくるだけだわ!」

 

「そうでしたか」

 

 否定する霞に対して、朝潮は深入りせず、あっさりと引き下がった。

 

「それにほら! この間もまた阿武隈さんは、夜中にバカ騒ぎしてた川内さんを一生懸命注意してたわ」

 

 ちょっと強引な軌道修正な感じがしたが、私も朝潮と同じく、気にせず続きを促す。

 

「あの人の夜戦バカはいくら言っても直らないんだから、時間と労力はもっと有意義なことに使うべきよ。ったく」

 

「たしかに神通さんや司令官も、たびたび川内さんには頭を抱えているようですけど」

 

「ただでさえ、普段から訓練で出来ないことがある子に丁寧に一から教えてあげたりしてて、忙しいんだから。過労で倒れたりしたら、霞達だって良い迷惑よまったく」

 

 阿武隈が倒れたら……アカン。駆逐艦の子達が、マジで機能しなくなるかもしれない。

 これでは先日、阿武隈エネルギーが不足したら鎮守府が機能不全になるとか言ってた響を笑えない。

 

「阿武隈さんも自己管理くらい、しっかりやって欲しいものね」

 

「阿武隈さんは面倒見がとても良いですからね。素晴らしいと思いますけど」

 

 朝潮の阿武隈に対する評価が高い。

 なんだかんだ真面目同士、波長が合うのかもしれない。

 

「最近一水戦の子達だけじゃなくて、昼間寝てるどっかの三水戦旗艦のせいで、三水戦の子達の面倒まで見る羽目になってるのよ」

 

 ……五十鈴あたりに、三水戦の補佐させるべきかもしれん。

 

「ほんっと、損な役回りばっかよねえ。霞達の上に立つ者として、もうちょっと上手く立ち回れないのかしら。どこまで不器用なのよ」

 

「なるほど! 心配なだけじゃなくて、霞も自分に構って欲しいんですね!」

 

「はあ!? そんなことあるわけないでしょ!?」

 

「また違いましたか?」

 

「構って欲しいなんてあるわけないでしょ! 子供じゃあるまいし!」

 

「そうでしたか」

 

 先ほどと同じく、あっさりと朝潮は引き下がる。

 霞の性格を理解して、否定したり、深く追求しない辺り、朝潮も良いお姉さんだなあ。

 

「そもそも、阿武隈さんにははっきり言って威厳が足りないわ!」

 

 阿武隈に威厳は確かにないが、ああも慕われているなら威厳がなくても良い気がする。

 

「ついさっきも緩んだ顔して『えへへ、霞ちゃん今日は手伝ってくれてありがとうね』とか言いながらあたしの頭を撫でようとしたのよ!」

 

「そんなことがあったんですね。霞は偉いです!」

 

「でも。みんなの前で恥ずかしくてつい断っちゃ――もとい、水雷戦隊旗艦としてもっと一線引いてビシッとして欲しいわね!」

 

 霞、それまったくごまかせてないと思うぞ……。

 

「なるほど! みなさんの前じゃ恥ずかしいから、誰もいないところで頭を撫でて欲しいかったんですね」

 

「さっきからなに変な勘違いしてんのよ! そんなこと全然思ってないわよ!」

 

「そうでしょうか?」

 

「その後も『霞ちゃんケーキ好きだよね? いつも頑張っているからご褒美にまたケーキ焼いてあげるね!』」

 

 霞が阿武隈の声真似をする。やけに上手かった。

 以前、電も阿武隈の真似してたし、二人ともお姉さんの真似をしたいお年頃なんだろうか。

 

「なんで嬉しそうな顔しながら言ってくるのよ! 絶対食べ過ぎるわ! まったく虫歯になったり太ったりしたらどうしてくれるのかしら!」

 

 どこかずれてるぞ霞。

 阿武隈の作るものは、たしかにどれもおいしいが。

 

「甘いものの食べ過ぎは、よくないと思います」

 

 そして朝潮のツッコミもずれてる気がする。

 

「だって阿武隈さんのケーキおいし――違うわよ! それに阿武隈さんは健康のことをちゃんと考えて、食べ過ぎないようにしてくれるわよ!」

 

「それもそうですね。でも、それなら健康の心配はないと思いますが」

 

「こっそりつまみ食いを……はっ!?」

 

 霞……つまみ食いは良くないぞ。

 人のことは言えない? 私は良いんだ、しっかりお叱りをいただいた後だからな。翌日のおやつ抜きと言う名の大きな罰を。

 

「霞、そんなお行儀の悪いことはしてはいけません! めっです!」

 

「ち、違うわよ! 普段から隙だらけの阿武隈さんの警戒力を高めるために、敢えてつまみ食いをしてるのよ!」

 

 霞、それはいくらなんでも無理がありすぎるぞ!?

 

「そうでしたか! 霞は偉いですね。私、つい勘違いしてしまいました」

 

 そしてそれで納得するのか朝潮!?

 

「我が姉ながら、悪い人に騙されたりしないか心配だわ……」

 

 霞のつぶやきに、共感とおまえが言うなの両方の思いがあった。

 

「……まあ良いわ。ということで、もうちょっと阿武隈さんにはしっかりしてもらわないと困るのよ」

 

「阿武隈さんは十分しっかりしていると思いますよ?」

 

「霞からすればまだまだ全然なのよ!」

 

「そういうものでしょうか。阿武隈さんになにか落ち度でも?」

 

「……いまちょっと不知火の顔が頭をよぎったわね。まあ、いいわ。というわけで、行くわよ」

 

 霞の言葉に、朝潮が首をかしげる。

 

「行くって……どこへでしょうか?」

 

「今の話の流れから予想しなさいな。阿武隈さんの行動を見て、まずいところを指摘して矯正(きょうせい)させるのよ」

 

「私達がですか? むしろ私は阿武隈さんを見習いたいくらいで畏れ多いのですが」

 

「まあ、朝潮姉さんはそれでもいいわ。ともかく行くわよ」

 

「分かりました! 非才の身ですが、朝潮! 霞を全力で援護します!」

 

 朝潮が気合いをこれでもかと入れながら、霞の援護を買って出る。

 

「なんかそこまで気合い入っていると、逆に心配になるわね……」

 

 私も不安だし、一緒について行ってみるか。

 執務室のドアを開け、廊下に出るとそこには――

 

「うんうん、たしかに阿武隈さんにじゃれついてばかりで負担かけている子いるよね。その点、白露はいっちばーん役に立っているから!」

 

 なにやら頷いている白露と。

 

「じゃあ僕はにーばーん、かな」

 

 白露の隣で、軽く微笑えんでいる時雨と。

 

「もう、春雨も少し阿武隈姉さんをフォローしてあげないといけませんね」

 

 なにやら奮起している春雨と。

 

「はらしょー」

 

 マイペースにはらしょーとつぶやく響がいた。

 阿武隈に年中じゃれついている駆逐艦筆頭達が何か言っているが、今は気にしないでおこう。

 霞達に置いて行かれるからな。

 

 

 

 鎮守府の厨房。

 阿武隈が、駆逐艦の電、磯風、五月雨、風雲(かざくも)、暁に料理を教えていた。

 

阿武隈(師匠)! 野菜は切り終えたぞ!」

 

「ありがとう磯風ちゃん。わあ、上手上手! それにとても早いよ! すごいね磯風ちゃん!」

 

 磯風の手際を見て、阿武隈は嬉しそうに磯風を褒める。

 

「なに、師匠に教わり始めて随分経つからな。これくらいできなくては立つ瀬がないさ」

 

「しかし、以前は料理が下手だったなんて、今の磯風からは考えにくいわね」

 

 風雲も磯風の手際を見て、感心していた。

 

「磯風ちゃん頑張りましたから」

 

「なんで阿武隈さんが誇らしげにしているんですか」

 

 弟子の成長を誇る阿武隈に、風雲が軽いツッコミを入れる。

 

「教え子がこんなに良い子で嬉しいなって。あたしも誇らしいです」

 

「その師匠……そう褒められると照れくさいのだが」

 

「あら。いつもみたいにドヤ顔してればいいじゃない」

 

「ちょっと待て風雲。この磯風がいつそんな顔をしたというのだ?」

 

「さーて? いつかしらね」

 

「阿武隈さん、暁にも教えて欲しいわ!」

 

 なにやら楽しく言い合っている磯風と風雲を横に、暁が阿武隈に助けを呼んだ。

 

「うん、今そっちに行きますからね」

 

「ごめんなさい、五月雨の方も見て欲しいですーっ!」

 

 続けて、五月雨からも助けを求める声が出た。

 

「五月雨ちゃん、それは電も前に阿武隈さんに習ったから、電も教えられるかもしれないのです」

 

 すかざす、電が五月雨の側に寄った。

 

「電さん、ありがとうございますっ!」

 

 五月雨が電に笑顔でお礼を言う。

 

「どういたしまして、なのです」

 

 そんな五月雨に対して、電も笑顔で返す。

 

「ふふっ、それじゃあお願いね、電ちゃん」

 

「阿武隈さんに任されたのです! 電は頑張るのですっ!」

 

 阿武隈に頼られた事が嬉しいのか、電は胸の前で両手をぎゅっとして、気合いを入れた。

 

 

 

「むー……ずるい、楽しそう……」

 

 阿武隈達の楽しそうな様子を見て、霞が不満げな顔をしている。

 

「霞、なんだか寂しそうですね」

 

「はっ!? 阿武隈さんってば! まったく折角の休日に料理を教えているなんて、また疲れちゃうじゃないまったく!」

 

 朝潮の指摘に、霞はすかさず反論するが、明らかに慌てていた。

 

「霞、まったくを二回言いましたよ? 落ち着かないときは人と言う字を手の平に書いて飲み込むと良いと聞きました。ぜひやってみましょう!」

 

「うっさい! ともかくこれはお説教が必要ね、さっそく注意しなくちゃ!」

 

「駄目ですよ、霞。みなさんお料理を楽しんでいるんですから、邪魔をしてはいけません」

 

「……そ、そうね。この場は見逃しておいてあげようかしら」

 

 朝潮のたしなめる言葉に、霞は急速にクールダウンする。

 

「霞も一緒にやりたいのなら、今からでも混ざってくれば良いと思います」

 

「そ、そんな恥ずかしいことできるわけないじゃない!」

 

「なるほど! 霞から言い出すのは恥ずかしいんですね! ならお姉ちゃんが言ってあげます!」

 

 朝潮が任せてとばかりに胸を張った後、阿武隈に駆け寄った。

 なにやら嫌な予感がするが……。

 

「阿武隈さん! 霞が阿武隈さんと一緒にお料理をしたくてたまらないみたいです! 是非ご一緒してあげてください!」

 

 朝潮の発言に、霞の時が止まった。

 

「そうなの? うん、もちろんいいよ! 霞ちゃん、朝潮ちゃんも一緒にお料理しよ!」

 

 朝潮の急で、かつ妙なお願いに満面の笑みで了承する阿武隈もなかなかだと思う。

 

「いきなりなにをしてくれてんじゃアンタはああああああああっ!?」

 

 休日の厨房に、霞の怒声が響き渡った。

 

「ふっ、霞に慕われているな師匠」

 

「霞も、意外と甘えん坊なところがあるのねえ」

 

「ふふっ、霞ってば甘えん坊さんなんだから」

 

 磯風、風雲、暁が優しい笑顔で霞を見ていた。

 

「アンタら、その優しい目をやめなさいよ!?」

 

 反論する霞だが、料理の最中、霞に対する視線はずっと暖かったという。

 

 

 

 数時間後、鎮守府の庭。

 

「なんてことしてくれたのよ朝潮姉さん!」

 

「駄目でしたでしょうか?」

 

 朝潮に強い剣幕で詰め寄る霞だが、朝潮は臆することなく、キョトンとした顔をしている。

 もしかして、長女である朝潮は妹の面倒は慣れたものなのだろうか。

 姉として、こうしてなにか霞とかから言われるのも、良くあることなのかもしれない。

 お姉ちゃんも大変だ。

 

「あれじゃあ霞がものすごく恥ずかしいじゃない! あの後、磯風と風雲と暁が、霞にずっと生暖かい笑顔を向けてきたんだから!」

 

「そうでしたか。霞が皆さんと仲良くなれて良かったです!」

 

「どんだけおめでたい思考してんのよこの姉は!?」

 

「お褒めにあずかり光栄です!」

 

「あああああ!? もういいわ!」

 

 霞が頭を抱えながら叫ぶ。妹は妹で、お節介な姉を持つと大変だなあ。

 

「あっ、霞。あそこを見てください。阿武隈さん達が島風さん達と遊んでますよ」

 

「え?」

 

 霞が振り返ると、そこには、鬼ごっこを楽しむ阿武隈達の姿があった。

 

 

「おねーちゃん、島風に追いつける!?」

 

 阿武隈の方を見ながら、楽しそうに走る島風。

 

「ちょっと島風! 前を向いて走りなさいな! 誰かにぶつかったりしたら危ないわよ!」

 

 そんな島風を追いかけながら、心配して声をかける天津風。

 

「島風さんも天津風さんも速いですね! でも三日月も負けません! 鬼ごっこは足の速さだけで勝敗は決まりませんよ!」

 

 島風と天津風の足の速さに感心しながらも、別方向に逃げていく三日月。

 

「もしかしなくても、この勝負、秋津洲が不利かも!? 大艇ちゃんに乗って逃げちゃ駄目かなぁ?」

 

 足の遅さを気にしてか、大艇ちゃんに乗ろうと一瞬悩みながら、律儀に自分の足で逃げようとする秋津洲。

 

「大艇ちゃんに頼らず逃げるんだ、秋津洲。その二本の足で」

 

「なら響、おまえもローラースケート使おうとするのやめよーな」

 

 まったく使う気のないローラースケートを持ちながら、クールな顔で逃げる響。

 その横で、ボケをかます響に律儀にツッコミを入れる長波。

 

「長波さんのツッコミが薄い気がします……ツッコミです!」

 

 なにが琴線に触れたのか、長波のツッコミに言及しながら逃げる秋月。

 

「……秋月、お前はなにを言っているんだ?」

 

 そんな秋月に苦笑しながら、秋月と一緒に逃げる菊月。

 

「はーい! 雷も阿武隈さんと鬼を頑張ってやりますよーっ!」

 

 最後に、もう一人の鬼役に張り切る雷が元気に声を上げた。

 

「ふふっ、それじゃあ島風ちゃんを頑張って捕まえてみようかなっと!」

 

「ふふーん、いくらお姉ちゃんでも島風はそう簡単には捕まえられないよ!」

 

 島風に狙いをつけた阿武隈が、全力で島風を追い始めた。

 二人ともかなりの速さだ。

 

 

 

「むう……島風達ったら、あんなに楽しそうに……」

 

 阿武隈達の様子を見て、霞がまたまた不満げな顔をする。

 

「バカね、そんなにうらやましげな顔するなら、混ざってくれば良いじゃない」

 

「どっから出てきたのよ神風!?」

 

 霞の横から声をかけてきたのは、駆逐艦の神風だ。

 駆逐艦としては旧式だが、たしかな経験と実力を持つ優秀な子である。

 その反面、子供らしい一面も覗かせることもある。まあ、総じてとても良い子だ。

 

「神風、霞は阿武隈さんに最近あまり構ってもらえなくて、寂しがっているんです。できれば励ましてあげてください!」

 

「いきなりなに言ってるのよアンタは!?」

 

 朝潮の言葉に反論する霞。

 

「そう。だったらなおさら、あの鬼ごっこに混ざってくれば良いじゃない」

 

 そんな二人の様子を見ながら、神風は先ほどより柔らかい口調で、霞に再び参加を促した。

 

「だからそんなんじゃないってば!」

 

「そうですか。なら、今回も私が言ってあげます!」

 

 朝潮が先ほどと同じように、霞の助けを買って出ようとする。

 

「やめなさいよバカ! さっきと同じことしたら承知しないわよ!」

 

「安心してください霞! この朝潮、同じ間違いは繰り返しません!」

 

「……そう? なら良いけど」

 

 霞は、自信ありげな朝潮を取りあえず信頼することにしたらしい。

 なんだか私はまた嫌な予感がするんだが……。

 

「阿武隈さん! 霞が阿武隈さん達と鬼ごっこをしたくてたまらないみたいです! 是非ともご一緒してあげてください!」

 

 朝潮さんーっ!? さっきと違うところが分からないですよ!?

 

「あ! 霞ちゃんに朝潮ちゃん、それに神風ちゃんも! もちろんいいよ! 一緒に遊ぼ!」

 

「どうですか霞! 阿武隈さん『達』と複数対象にすることで、霞のターゲットを絞らせない作戦です!」

 

 朝潮がとても良い笑顔で、霞に親指を立てる。

 その笑顔は、からかいやふざけた様子はかけらもなく、真剣に霞のためにやりきったと思わせる笑顔だった。

 

「アホかああああああ!?」

 

 

 

 さらに数時間後、鎮守府内。

 

「立て続けに、なにしてくれてるのよ!」

 

 朝潮に強く詰め寄る霞。

 なんか数時間前に同じ光景を見たなぁ。

 

「駄目でしたでしょうか? でも阿武隈さんとご一緒できて良かったのでは?」

 

「あの後長波とかだけじゃなくて、島風や響にまで『霞は甘えん坊さんだなあ』みたいな目で見られたのよ! どうしてくれるのよ!」

 

「別に恥ずかしがる必要はないと思いますけど」

 

 いや、相当恥ずかしいと思うぞ。少なくとも私なら恥ずかしい。

 でも霞も朝潮も神風も、みんな全力で遊んでたよね。結果オーライじゃないだろうか。

 

「あっ、霞ちゃん! ちょっと良いかな?」

 

 そんなとき、阿武隈が霞の声をかける。

 さっきまで一緒に遊んでいたけど、なんだろう。霞への個人的な用事だろうか。

 

「阿武隈さん!? え、ええ別に良いけど」

 

「ありがとう。えっとね、霞ちゃん、これから少し時間あるかな?」

 

「時間? ええ、大丈夫よ」

 

「それなら、この前霞ちゃんがお勉強で訊きたいことがあるって言ってたよね? 霞ちゃんが良ければ今から教えてあげたいなって」

 

「本当!? いいの?」

 

 阿武隈の提案に、霞は無邪気に喜ぶ。

 

「もちろん、あたし的にはOKです!」

 

「ありがとう阿武隈さん!」

 

 その喜ぶ勢いのまま、霞は先日の白露達と同じように阿武隈に飛びついた。

 

「わっ!? 霞ちゃんってば、急にあたしに飛び込んできてちょっとビックリしました」

 

「あ……ごめんなさい」

 

「ううん、あたしは大丈夫だよ」

 

「ん……」

 

 阿武隈が霞の髪を優しくなで、霞は気持ちよさそうに目を細めてなでられるままにしている。

 

「えへへ。霞ちゃん、ちょっと暁ちゃんや響ちゃんみたいです」

 

「……はっ!? もしかして私……毒されてる!?」

 

「霞を褒めてくださり、光栄です!」

 

 阿武隈の言葉になにやらショックを受けている霞に対し、朝潮は阿武隈に素直にお礼と敬礼を返した。

 朝潮のその敬礼する姿は、間違いなく真剣かつ純粋なものだった。

 

「光栄じゃないわよ!? 朝潮姉、さっきからわざとボケてない!?」

 

「ボ、ボケてなんていません! けれど朝潮、霞のツッコミならいつでも受けて立つ覚悟です!」

 

「ツッコミ受けるようなボケをするなあああああぁ!?」

 

 三度、霞の大声が鎮守府に響き渡った。

 

 ――けれど、阿武隈から聞いた話ではしばらくの間、霞の機嫌がとても良かったらしい。



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山風ちゃんは構って欲しい

「構わないで」

 

 白露型駆逐艦の8番艦、山風は阿武隈に対してそうつぶやいた。

 

「山風ちゃん……」

 

 阿武隈はすぐ近くにいる(・・・・・・・)山風をじっと見つめている。

 

「放っておいて……」

 

「でも……」

 

 それでも、山風は阿武隈を拒絶する言葉を投げかける。

 

「いいから、そういうの別に。べたべたしないで」

 

「でも、あたしにぎゅーってして離れないの、山風ちゃんなんですけど」

 

 拒絶するような言葉とは裏腹に、ソファに座る山風は阿武隈にべったり引っ付いていた。

 

「……そんなことない」

 

 照れたようにぷいっと顔を背けるが、山風の両腕は阿武隈をつかんで離さない。

 

「もう、仕方ないですねえ」

 

 阿武隈は苦笑しながらも、山風をぎゅーっと抱きしめてあげた。

 

「別にいいのに……」

 

 山風はそう言いながらも、ふにゃっとした幸せそうな笑顔を浮かべる。

 

「山風、阿武隈に甘えたいなら、素直にそう言えば良いじゃないか」

 

 私の問いかけに、山風はおずおずと答える。

 

「こういう寂しそうなこと言うと、阿武隈は心配して構ってくれるって言ってた」

 

 意外と策士な山風さんであった。あっさり白状する辺りまだまだだが。

 

「山風ちゃん、そんなこと誰が言ってたの?」

 

「……もくひけん? をこーしする」

 

「山風ちゃんは難しい言葉を知ってますねぇ」

 

「えっへん。もっと褒めて良いよ?」

 

「山風ちゃんはお利口さんですねぇ」

 

 阿武隈が山風をなでてあげる。目を細めて気持ちよさそうにする山風。

 本当に、阿武隈の駆逐艦の子達の懐かせ振りが半端ない件。

 

「阿武隈、温かい……」

 

「そう?」

 

「うん、安心する……阿武隈、おかーさん?」

 

「あはは、お母さんはちょっと違うかなぁ」

 

「でも、おかーさんは温かいって言うよ?」

 

「うーん、せめてお姉ちゃんにして欲しいかなあ」

 

 お姉ちゃんなら良いのか。

 白露姉妹の一部や島風にお姉ちゃんと呼ばれ続けて、阿武隈の基準が低くなっている気がする。

 

「うーん、お姉ちゃん? お姉ちゃんも良いかも」

 

 山風は頭を阿武隈の胸に預けながら、眠たげに言う。

 

「でもおかーさんも良い」

 

「もう、山風ちゃんってば」

 

「山風もすっかり阿武隈に懐いているなあ。暁達もだけど、白露姉妹も阿武隈と波長が合うのかもな」

 

「なんですか波長って。まあ皆良い子達ですから」

 

 私の何気ない発言に対して、阿武隈も何気ないツッコミを入れてくれる。

 

「おかーさんに褒められた。えっへん」

 

 目をとろんとさせながらも、誇らしげにする山風。

 

「山風ちゃん、だからおかーさんはやめて欲しいんですけど」

 

「……そう? なんで?」

 

「あたし、まだ子供がいるような年齢じゃないですし」

 

「んー、良く分からないけど、分かった。おねーちゃん」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 そこに、執務室のドアをノックする音。

 律儀にノックするということは、白露シスターズではあるまい。

 

「てーとく、今なにか白露ちゃん達に失礼なこと思いませんでした?」

 

 なぜ分かる阿武隈さん。

 

「はっはっはっ、なにを根拠にそんなことを言うのかな阿武隈は」

 

「てーとくの事はだいたい分かりますから」

 

「えっ」

 

「……なんでそこで動揺するんですかぁ!?」

 

 そこにドアを勢い良く開ける音がする。

 

「もう、やっぱいるんじゃない提督! ちゃんと返事しなさいよね!」

 

 大きな声で入ってきたのは、阿武隈の姉である長良型軽巡洋艦の2番艦、五十鈴だ。

 勝ち気で真面目。我が鎮守府の古参で、頼りになる艦娘である。

 

「悪かった五十鈴。山風に免じて許してやってくれ」

 

「なんであたし……?」

 

 山風が不服そうな顔を……してないな。半分寝かけてる。

 

「なにバカな事言ってんのよ。そこで阿武隈に引っ付いて、眠そうにしている山風がなんだって言うのよ」

 

「最近改二になった……もっと活躍する」

 

 山風が寝ぼけながらも、律儀に返事してくれる。

 

「だ、そうだ」

 

「はあ……別に良いわよ。大方、阿武隈に見とれてぼーっとしてたんでしょ、まったく」

 

「ふえ!? ……五十鈴姉何言ってるの?」

 

 顔を赤らめてワタワタする阿武隈もかわいい。

 山風を起こさないよう、すぐ声も動作も控えめにするところがなおかわいい。

 

「冗談よ。そんなに慌てるんじゃないわよ」

 

「そうだよ、おかーさん……」

 

 山風が目を閉じながら、阿武隈をまたお母さんと呼ぶ。

 先ほど阿武隈からダメと言われているが、半分寝ている山風はそれが記憶の彼方に飛んでいるのだろう。

 

「ふふっ、お母さんだって。阿武隈懐かれているわねえ」

 

「もう、五十鈴姉からかわないで」

 

 阿武隈と山風を微笑ましく見る五十鈴と、言葉とは裏腹に優しい笑顔で山風を見守る阿武隈。

 優しい空気がそこにあった。

 

「……おとーさんがおかーさんに見とれるのは、普通だから」

 

 ピシッ。

 優しかった空気が固まる音が、確かにした。

 

「おとーさん……?」

 

 五十鈴がギギギと音がしそうな雰囲気を出しながら、私の方に振り向く。

 

「ちょっと待て。なんでおかーさんは笑って流して、おとーさんには妙な反応をするんだ」

 

 ちっとも悪くないはずなのに、妙に追い詰められている感がある。

 

「……あ、阿武隈をおかーさんって言ったらいけないんだっけ。おねーちゃんって呼ばないと。おと……提督」

 

「山風さんんんんっ!? 風聞の悪いこと言わないでくださる!? それでは阿武隈が山風のお母さんであることを私が隠しているみたいに聞こえますわよ!?」

 

「……なんで熊野口調?」

 

 山風が私の口調にツッコムが、そんなことはささいなことである。

 

 ドンッ!

 五十鈴が思いっきり私の目の前の机を叩く。

 

「……阿武隈に手を出したこと、地獄で反省することね」

 

「いきなり地獄行き通告!? せめて人の話聞いて欲しいんだが!?」

 

「うっさいわ! 結婚してるならともかく、ケッコンカッコカリの関係で子供作っているんじゃないわよ! しかもそれが山風って何年前に手を出したの!?」

 

「逆にそこに疑問を感じてくれ!? 本当に何年前だって話になるだろ!? まだこの鎮守府できてないからな!?」

 

「つまり鎮守府に着任する前に手を出したって事ね!? 当時は提督じゃないから問題ないって言いたいの!? 常識的に大問題よ!」

 

「ダメだ話が通じねえ!? 阿武隈、この姉なんとかしてくれ――」

 

「てーとくがお父さんで、あたしがお母さん……」

 

 阿武隈に五十鈴をなんとか説得してもらおうと思い、阿武隈の方を見るが、なにやら上の空状態だった。

 

「おねーちゃん、嬉しそう……」

 

 山風さん、そこほんわかするところじゃないから。

 

「ほら、阿武隈だって否定しないじゃない! やっぱり山風は提督と阿武隈の娘なのね!」

 

「ふえ!? お姉ちゃんそれ違うから!」

 

 元に戻った阿武隈が援護してくれる。

 

「え、そうなの?」

 

「おねーちゃんは、山風のおかーさんじゃないの?」

 

 じわりと涙目になりながら阿武隈を見る山風。

 

「え!? えっと、山風ちゃん泣きそうな顔しないで、ねっ?」

 

 阿武隈は山風に目線を合わせながら慰める。

 

「提督、山風がかわいそうじゃない! ちゃんと認知してあげなさいよね!」

 

「もうどうしろと」

 

「それはもちろん、えっとその……子供ができるような、……(こと)したなら……せ、責任とるべきじゃない! もう、こんなこと言わせないでよ!」

 

「五十鈴が勝手に言ってるだけだぞ。あとまだしてないからな」

 

まだ(・・)!? やっぱり阿武隈をそういう目で見てるんじゃない!」

 

「別にそういう意味で言っているわけじゃないからな?」

 

 五十鈴があたふたしているところを見ていて、却って冷静になってきたかもしれない。

 しかし、普段は冷静な五十鈴がここまでなるっていうのは、阿武隈大事にされてるんだなあ。

 

「えっと……その」

 

 そしてなんで顔を真っ赤にしているんですか阿武隈さん。

 いや、そういうことしたいなあって思ったことがないと言ったら嘘になるけど!

 

「と、とにかく落ち着いて、五十鈴姉! 山風ちゃんとはちょっとおままごとしていただけですから!」

 

「……おままごと?」

 

 いつも凛としている五十鈴が珍しく、キョトンとした顔をする。

 

「はい、そうですっ! ねっ、山風ちゃん?」

 

「うん、阿武隈はおかーさん……役、提督はおとーさん役」

 

 ちゃんと阿武隈の意図を察した山風が、補足してくれる。

 良かった、さっきみたいに「阿武隈はおかーさんじゃないの?」とか言われたらまたハチャメチャになるところだった。

 

「そ、そうなの。だったら始めからそう言ってよね。まったく」

 

「提督の話を聞かずに、勘違いしてたの五十鈴姉なんですけど」

 

 五十鈴をたしなめる阿武隈。

 メッ! みたいな動作しているが、全然怖くないしむしろかわいい。

 

「う、悪かったわよ。ごめんなさい、提督、阿武隈。山風もね」

 

「別にいいよ。五十鈴が妹大好きだってことは分かっているからね」

 

「あ、あのねえ……」

 

 五十鈴が不服そうな顔でこちらを見るが、暴走した手前強くは言えないようだ。

 まあ、これくらいの意趣返しは許されるだろう。

 

「もう、提督ってば」

 

 阿武隈は仕方ないですねえと、優しげな顔で私と五十鈴を見ていた。

 

「五十鈴はシスターコンプレックス」

 

「山風ちゃん、その言葉だれから教わったの」

 

「……もくひけんをこーしする」

 

「今度は黙秘権使っちゃダメ」

 

 阿武隈が、山風に変な言葉を教えた人物を問い詰めている。

 

「阿武隈姉さんっ!」

 

 そこに、突然勢い良く扉を開ける音がした。

 執務室のドアを開けた張本人、白露型5番艦の春雨が、勢い良く阿武隈に突っ込んでくる。

 

「わぷっ!? もう、どうしたの春雨ちゃん」

 

「時雨姉さんってばヒドいんですよ! 春雨のこと、阿武隈姉さんに甘えすぎだって言うんです!」

 

「あ、うん」

 

 なんて言って良いのか、微妙な顔をする阿武隈。

 

「時雨の言うとおりじゃない」

 

「ヒドいです!?」

 

 五十鈴の直球ストレートのツッコミに、春雨はショックを受ける。

 

「時雨姉さんだっていつも白露姉さんや阿武隈姉さんにべったりじゃないですか! 時雨姉さんこそ、シスターコンプレックスですっ」

 

「犯人」

 

 山風がピシッと春雨を指差す。

 

「……はい?」

 

 それに対し、春雨はかわいらしく首をかしげる。

 

「山風ちゃん、人を指差しちゃダメですからね」

 

「分かった」

 

 阿武隈の注意に、山風は素直に頷く。

 

「そもそも、阿武隈は白露達のお姉さんじゃないでしょ。なんで春雨(アンタ)は、ナチュナルに時雨こそシスターコンプレックスとか言ってるのよ」

 

「……はい?」

 

 またまた疑問符を顔に浮かべる春雨。

 

「そこで何言ってるの? みたいな顔してんじゃないわよ!? 阿武隈は白露型でも駆逐艦でもないでしょ!?」

 

「で、でも姉妹の絆に型も艦種も関係ないはずです!? 暁さん達も初春さん達も、霞さんも阿武隈姉さんの妹じゃないですかっ」

 

「どうしてそうなるのよ!?」

 

「おお、五十鈴のドトウのツッコミだな」

 

追撃戦(ツッコミ)は五十鈴の十八番だから……ぜひ手本にしたい」

 

 山風がキラキラとした目で五十鈴を見ている。いったい何が山風の琴線に触れたのか。

 

「変なルビ入れてんじゃないわよ!? なによ追撃戦(ツッコミ)って!? そんなの十八番にした覚えないわよ!?」

 

「やっぱり五十鈴は追撃戦(ツッコミ)のスペシャリスト……かっこいい」

 

「なんで尊敬の眼差しで五十鈴を見るの!? 意味分からないんですけど!?」

 

「あたし、疲れた。おねーちゃん、一緒にお風呂いこ?」

 

 山風が阿武隈の服をくいくいと引っ張る。

 

「そこで突然お風呂行こうとしてんじゃないわよ!?」

 

「もう、仕方ないですねえ」

 

「阿武隈も何事もなく了承してんじゃないわよ! そんなんだから春雨達に勝手にお姉ちゃん扱いされるんでしょうが!?」

 

「春雨も阿武隈姉さんとご一緒します!」

 

「電も一緒にお風呂に行くのです!」

 

「暁も暁も!」

 

「もー! 春雨ばっかりずっるーい! 白露がいっちばーん先にお風呂に直行だーっ!」

 

「すぱしーば」

 

「初霜も、ご一緒します!」

 

「五月雨も一緒です!」

 

「あーもうアンタ達、執務室ではしゃぎすぎ! 霞がちゃんと見てあげないと心配なんだから!」

 

「あんたらどっから出てきたーっ!?」

 

 五十鈴の渾身のツッコミが、鎮守府に響き渡った。

 

 

 

「お風呂か、私も入りたいなあ」

 

「それ、五十鈴に撃ってくれってことで良いかしら?」

 

「阿武隈と一緒にって意味じゃないからな?」

 

 秘書艦の姉が物騒な件。




5000字弱書くにも半日かかる……毎日投稿している方は本当に尊敬します。


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神通さんも懐かれたい

 懸命に働く艦娘達のため、私も今日も一日頑張らなければ。

 これでもなかなか忙しい身だが、艦娘や鎮守府に勤める人達のため、トップである提督がしっかりしなければと、気合いを入れる。

 そうして、執務室へと向かうべく、廊下を歩く。

 

「提督、お疲れ様です」

 

 そこに、折り目良くお辞儀をする、軽巡洋艦の神通と出会う。

 神通は第二水雷戦隊の旗艦として配下の駆逐艦をまとめ、活躍してくれる頼れる存在だ。

 

「おはよう、神通。今日もよろしくね」

 

「はい提督、こちらこそよろしくお願いします」

 

第二水雷戦隊(二水戦)の子達の様子はどうだ?」

 

「はい、皆さんとても良く頑張ってくれてます。でも――」

 

 神通と他愛のない話をしながら、誰もいないであろう執務室の扉を開ける。

 

「第一水雷戦隊、電! 旗艦、先頭! 出撃するのです!」

 

 だがそこには、阿武隈のセリフを真似しながら、ピシッとポーズを決める電がいた。

 きっと、電の脳内では、電が憧れる阿武隈のように、暁達を率いて出撃する自身の姿を思い描いているのだろう。

 阿武隈はポーズを決めたりはしないが。

 

「……ふえ?」

 

 あ。電と目が合った。

 

「おはよう電」

 

 そのままだと電が恥ずかしいだろうと思い、何気なく挨拶する。

 

「はわわわわ!? み、見られちゃったのですーっ!?」

 

 両手をぶんぶん振り回しながら、慌てる電。

 

「いやいや、中々板に付いていたぞ電」

 

「そうですよ、電さん。阿武隈みたいに格好良かったです」

 

「そ、そうですか? でも恥ずかしいものは恥ずかしいのです……」

 

「執務室で阿武隈の真似をしている方が悪い」

 

「ぐうの音も出ないのですっ!?」

 

 あわあわと両手を振り回す電。微笑ましいなあ。

 そこで、机の上に置いてある牛乳が目に入る。

 

「電は今日も牛乳か?」

 

 話題逸らしに、牛乳について電に話題を振る。

 

「なのです! 電は早く阿武隈さんみたいな立派な大人の女性になりたいのですっ! そのために牛乳を飲んで大きくなるのですっ!」

 

 目をキラキラ輝かせながら力説する電。この子cond値100くらいになっているのではないだろうか。

 

「……良いなあ」

 

 神通がなにかぼそりとつぶやく。

 

「神通、どうかしたのかい?」

 

「あ、いえ! なんでもありません。電さん、早く大きくなれると良いですね」

 

「あ、ありがとうございます! なのです!」

 

 電が緊張しながら神通に対して敬礼する。

 

「え、ええ……」

 

 神通はなにやら浮かない顔で電を見る。

 別に電の敬礼がおかしいとかでもなさそうだが、どうかしたのだろうか?

 

「え、えっと電さん? 任務中でも訓練中でもないんですから、そんなにかしこまらなくても良いんですよ?」

 

「で、でも――」

 

 そんなとき、突然執務室のドアが開く。この現れ方は――白露シスターズか!?

 

「いっちばーん!」

 

「にーばーん」

 

 予想通り、元気よく執務室に入ってくる白露と時雨。

 

「あっれー? 提督、阿武隈さんは?」

 

 白露が私の方を見ながら、阿武隈がいないことについて問いかけてくる。

 

「今日は少し用事があるって言ってたぞ。もう少ししたら来るんじゃないか?」

 

「そっかー。それじゃあ少し待ってよっかな」

 

「そうだね。提督、姉さん、飲み物淹れてくるよ。何か良いかな?」

 

 時雨が、さも当然とばかりにカップとかが置いてある場所に向かう。

 

「てーとく、おやつどこにあったっけ?」

 

 更に白露がお茶菓子を物色し出した。

 

「こらこら、自分の部屋のように振る舞ってるんじゃない」

 

「そうですよ、白露さん、時雨さん。それにノックぐらいしっかりするべきです」

 

「ふえっ!? じ、神通さんおはようございますっ!」

 

 ピシッ! と音が出るような敬礼を神通にする白露。

 

「お、おはようございます……電さんにも言いましたが、そんなにかしこまらなくても良いんですけど……」

 

「そ、そうですか? でも、やっぱり悪いといいますか」

 

 神通の言葉に、白露は遠慮がちに返す。

 

「てーとく、おはようございます!」

 

 開いていた扉から阿武隈が入ってきて、いつものように明るい挨拶をしてくれる。

 

「神通も、電ちゃんも白露ちゃんも時雨ちゃんもおはようございます!」

 

「阿武隈、おはようございます」

 

 駆逐艦達に向ける、キリッとした笑顔とは違う、親友に向けた屈託のない笑顔を見せる神通。

 阿武隈にとっても、神通にとっても、お互いに対等であり、遠慮なく話せるかけがいのない相手。

 そうした存在がいるというのは、とても良いことだと思う。

 

「阿武隈さん、おっはよー!」

 

「おはよう阿武隈、この前の本のことなんだけど」

 

「おはようございますなのです! 阿武隈さん、今日もいろいろと電に教えて欲しいのです!」

 

 阿武隈を見るなり、突撃する勢いで駆け寄る白露と時雨、そして電。

 

「もー! 三人が同時に話しかけたら阿武隈さんも大変じゃない! もっとレディーとして、お淑やかさを身に付けないとダメよ!」

 

 そんな三人にレディーとして注意する暁。

 

「ふふっ、皆さん元気ですね」

 

 そんな暁達から一歩引いたところで、優しく微笑む初霜。

 

「心配してくれてありがとうね、暁ちゃん。でも大丈夫ですから」

 

 暁に対して、ほんわかした声で心配ないと返す阿武隈。

 

「そう? ……それなら良いけど」

 

 安心させるような阿武隈の声に、心配を引っ込める暁。

 

「ねえねえ、それで村雨がねっ!」

 

「今度、春雨が阿武隈と一緒に料理したいって言ってたよ。阿武隈が時間があればで良いんだけど」

 

「阿武隈さん、電はこの前の試験ちゃんとできたのです! これも阿武隈さんが教えてくれたおかげなのです!」

 

「村雨ちゃんも良い子ですね。時雨ちゃん、あたしは明後日なら大丈夫かな? 電ちゃん、あたしは大したことしてませんから。電ちゃんが頑張った成果です!」

 

 矢継ぎ早の三人の言葉に、阿武隈は丁寧に返す。

 阿武隈も相変わらず駆逐艦も子達から慕われているなあ。

 じゃれつかれすぎて、あわあわ言っていることも多いけど、なんだかんだ上手く対応できているなと思う。

 まだまだ小さい身でありながら、過酷な訓練や任務に狩り出されることも多い駆逐艦達だが、そんな彼女達を支え、導いてくれる彼女には本当に頭が下がる。

 

「……」

 

 そんな、阿武隈と駆逐艦達の微笑ましい光景を、優しげに見つめる神通。

 神通も二水戦を預かる身として、思うところがあるのだろう。

 

「……ずるい」

 

 神通が、ぽつりとなにかをつぶやく。

 

「……阿武隈ばかりずるい! 私だって電さんや白露さん達に懐かれたい!」

 

「ふええええええ!?」

 

 全然優しげに見つめてなかった!? というか変な嫉妬しだした!?

 

「いきなりどうした神通!? というかおまえそんなキャラだったか!?」

 

「だって阿武隈ばかりずるいじゃないですか! 私だって響さんにおもむろに膝に座られたり、春雨さんに神通姉さんとか呼ばれてみたいんです! 那珂ちゃんは全然そんな風に呼んでくれないし!」

 

「いや、いきなりずるいとか言われても!? あたしがなにをしたって言うの!?」

 

「えっと、ごめんなさい阿武隈。私も理不尽なこと言ってるのは分かっているんですけど……でもやっぱりうらやましいし……」

 

「ええ……神通さんっていつも凜としてかっこいいイメージだったからちょっと意外……」

 

「うん、僕も」

 

 白露と時雨が驚いた様子で神通について話し合っている。

 

「そうかな? 神通ってプライベートだと結構砕けたり、自分のやりたいこと言ってきたりするけど」

 

「あ、阿武隈! そういうこと暁さん達の前であまり言わないでください!」

 

「自分で言ったんじゃない!」

 

 阿武隈は理不尽だと言う顔で神通に言葉を返す。まあ、それだけ神通が阿武隈に対してなんでも言える関係だということなのだろうか……?

 

「と言うわけで、私も阿武隈みたいに暁さん達に甘えられたいです」

 

「どういうわけさ」

 

「って、それじゃあ暁達がいつも阿武隈さんに甘えているみたいじゃない! 白露とかはともかく、暁はそんなに甘えたりしないんだから! 子供じゃあるまいし!」

 

「何言ってるのさ! 白露こそ時雨みたいにそんな阿武隈さんにじゃれついたりしないし!」

 

「それは心外だよ姉さん。僕は電みたいにいつも阿武隈にべったりじゃないから」

 

「い、電だって初霜ちゃんみたいに阿武隈さんをもふもふしたりしないのです!」

 

「そ、そんな!? 私だって暁みたいにいきなり阿武隈さんのお膝に座ったりしないわ!」

 

 おまえらそれは無理があるぞ。というか一人ずつ、仲良く言葉のパスしてんじゃない。本当は分かってやってるだろ。

 

「そもそもあたしみたいにと言われても、あたしもそんなに暁ちゃん達に懐かれているわけでもないし」

 

「「それはない」」

 

 思わず神通と一緒に阿武隈にツッコミを入れる。

 

「速効で否定された!?」

 

「阿武隈は駆逐艦の子達を引き寄せるエネルギーを放出しているからな」

 

「だから、あたしを変なエネルギー源にしないでって言ってるじゃないですか!」

 

「でも実際に阿武隈って、接しやすくて穏やかな雰囲気あるから。駆逐艦の子達が懐きやすいんだと思う」

 

「そうかなぁ……?」

 

 神通の言葉に対して、半信半疑の様子を見せる阿武隈。

 

「ほら、分かるだろう? 阿武隈を見ていると、こう……響とか背中に貼り付けたくなる」

 

「分かりませんよ!? どういうことなの!?」

 

 私の言葉に素早くツッコミを入れる阿武隈。

 

「良く分かります」

 

 そして私の言葉に同意する神通。

 

「どうして分かっちゃうの神通!? あたしの背中に響ちゃん貼り付けるってどこからそうなったの!?」

 

「そう思って響を連れてきたわ!」

 

 雷が待ってましたと言わんばかりに、執務室の扉を開けて現れる。

 

「うらー」

 

 とてとてと阿武隈に駆け寄り、背中に貼り付く響。

 

「意味分からないんですけどぉ!? 雷ちゃんと響ちゃん出待ちでもしてたの!?」

 

「さて、阿武隈が駆逐艦達に懐かれていることを証明できたとして」

 

「当然のようにスルーしないで!? あと時雨ちゃん、お茶ならあたしも一緒に淹れますから!」

 

「暁も手伝うわ!」

 

「ツッコミを入れながらも、時雨を気遣うあたり阿武隈さんも筋金入りだよね」

 

 白露がうんうんと頷きながら、阿武隈に対してコメントする。

 

「さすがは追撃戦(ツッコミ)を十八番とする五十鈴さんの妹だね」

 

「響、追撃戦にツッコミとルビを振って五十鈴の十八番にするのはやめてやれ。五十鈴が泣くぞ」

 

「でもこの鎮守府で、五十鈴さんがツッコミ役として活躍してるのは確かだよ」

 

「響達が年中ボケ倒しているのが大きいからな?」

 

「提督が言わないでくださいっ!」

 

 私の言葉に、即座に阿武隈がまたツッコミを入れる。うん、やはり五十鈴の妹だ。

 

「ところで、私が阿武隈みたいに懐かれたいという話ですけど……」

 

 阿武隈も神通も慕われているけど、方向性が違うからなあ。

 

「うーん。阿武隈は駆逐艦達との距離が近くて、優しいほわほわとしたお姉さんだとして」

 

「だとして……私は?」

 

「凜としていて、格好良くて、駆逐艦の子達の畏怖の存在?」

 

「畏怖!? わ、私そんなに怖くありません!?」

 

「い、言い間違えた! 駆逐艦の子達の理想像というか、まあそんな感じだ!」

 

「どんな言い間違いなんですか……?」

 

 阿武隈がジト目でこっちを見ている。ちっとも怖くないしむしろかわいい。

 

「でも分かるなあ。神通って、いつも格好良くて頼れるから」

 

「も、もう阿武隈。そんなに褒めないでください。阿武隈だっていつもほんわかした、駆逐艦の子達が近づきやすい雰囲気を出しているじゃないですか」

 

「それって褒めてるの?」

 

「ええ、これ以上なく」

 

 キッパリと断言する神通。そんなに駆逐艦に懐かれたいのだろうか。

 

「提督もそう思いますよね?」

 

「ああ、私もそう思うよ。電とか阿武隈に頭なでられたりされると嬉しそうだしな」

 

「し、司令官さん! あまり恥ずかしいこと言わないで欲しいのですっ!?」

 

「別に照れなくても良いじゃない」

 

「雷ちゃんだって阿武隈さんに褒められたり、頭なでなでされると嬉しそうにしているのです! お相子なのです!」

 

「い、電ほどじゃないわよ!」

 

「あーもう、そんなことでケンカしないの」

 

 阿武隈になだめられる電と雷。

 私も阿武隈に褒められたり、頭なでなでされたり、ぎゅーってされたりしたい。

 

「提督……なんか阿武隈に対して邪なこと考えてませんか?」

 

 今度は神通にジト目で見られる――阿武隈と違って威圧感が!

 

「ふ、ふふ。提督たるもの、この程度の威圧で屈すると思って――」

 

「あ、でも私も阿武隈と一度恋バナとかしてみたいですね」

 

「恋バナ!?」

 

「あぶちゃん、提督と最近どうなのみたいな……楽しそう」

 

 あぶちゃんってもしかして阿武隈のこと!?

 

「はっ!? でも私、阿武隈と恋バナしてもお返しできる話題がありません!?」

 

「どういう方向性の心配してるの!?」

 

「ほら、神通落ち着いて。お茶淹れたよ」

 

 私のツッコミを横に、阿武隈が神通にお茶を差し出す。

 

「あ、ありがとう、阿武隈」

 

「でも、神通には代わりと言ってはなんだけど、威厳とかそういうのがあるよね」

 

「うん! 神通さんかっこいいもん!」

 

 時雨と白露が、神通に対して好意的なコメントを寄せる。

 

「そう言ってくれるのは、とても嬉しいです。ありがとうございます、白露さん、時雨さん」

 

「そうだな。阿武隈には阿武隈の、神通には神通の良さがある」

 

「提督……」

 

 私の言葉に、神通がこちらに向き直る。

 

「そういう定型文的なフォローは良いので、駆逐艦に懐かれる方法を考えてください」

 

「とても良い笑顔でぶった切ってくるの止めてくれない?」

 

「むー、それだとあたしが威厳がないみたいじゃないですか! あたしにだって神通ほどじゃなくても、威厳はあるんですからね! きりっ」

 

「阿武隈さん、もふもふしても良いですかっ!?」

 

「目をキラキラさせながら、あたしの髪をもふろうとしないで初霜ちゃん!?」

 

「あはは、阿武隈は人気者だなあ」

 

「てーとく、呑気にコメントしてないで助けてくださいよぉ!?」

 

「そうだな、阿武隈みたいに懐かれたいのなら、阿武隈の行動を真似てみればいいんじゃないか?」

 

 はしゃいでいる初霜達を眺めながら、神通の質問に対して返答する。

 

「阿武隈の行動を……なるほど」

 

「さも当然のようにスルーしないでくださいってば!?」

 

「あまりにもいつもの光景過ぎて、別になにかする必要ないかなぁって」

 

 阿武隈の苦情に、いつものように返す。

 見ていて和むし、楽しいし。本気で阿武隈が嫌がっているなら止めるけど。

 

「では、阿武隈のようにやってみます! 神通いきます!」

 

「ええ!? 本当にやるの神通!?」

 

「はい! ……こほん。えへへ、暁ちゃんお疲れ様!」

 

「……はい?」

 

 急に声のトーンをあげて、満面の笑みで駆け寄ってくる神通に対して、呆気に取られる暁。

 

「今日はとても訓練頑張ってましたねっ! 暁ちゃん花丸ですっ! 今日は暁ちゃんの大好きなカレーライス作ってあげるね!」

 

「えっと、カレーライスは確かに好きだけど……」

 

「えへへ、暁ちゃんぎゅーっ!」

 

「わぷっ!?」

 

 そのまま、暁をぎゅーってする神通。

 

「……こんな感じでしょうか阿武隈?」

 

「あ、あたしそんなんじゃないいいいいぃ!?」

 

「えええええええっ!?」

 

 阿武隈と、神通の渾身の叫びが鎮守府に響き渡った。

 阿武隈にそっくりとは言えないが、そうかけ離れてもいないようなとか、でも神通がやると違和感すごいなあとか思ったことは言わないでおく。

 神通の頑張りはまだまだ続くが、その努力が実るかは、またこれからのお話になるだろう。

 けれど、いつか阿武隈のように懐かれる神通が見られると良いな。そう思った。



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