ホログラム・パラドクス (最上虎々)
しおりを挟む

ゲーマーズの遣い

〜???〜

 

「フブキ〜。ちょっと相談があるんだけど〜」

 

黒の狼は、手招きをする。

 

「何〜?どうしたのミオ〜?」

 

フブキと呼ばれた白の狐は、ミオと呼ばれた黒の狼に呼ばれ、側に立つ。

黒の狼は手元のキューブから映像を流す。

 

「これ、観てて」

 

骨が、歩いている。白骨化した人間達が、歩いている。

そして、それらに囲まれて玉座に腰を置くのは、緑色の髪に胸元が空いた藍色のドレスを着た少女。

 

「……うわぁー、なにこれ。今の『カバー』には、こんなのがいるの?」

 

「うん。この子達のせいで今、あの世界から少しずつ命が失われてきてる。……『生物』が、絶滅しちゃうかもしれないんだよ」

 

骨の軍隊が小さな村を蹂躙する様子を、ただ遠くから覗くことしかできないもどかしさに、黒の狼は拳を震わせる。

 

「じゃあ、噂のあの娘に頼めば良いんじゃない?」

 

二人の後ろで、紫の猫が提案した。

 

「そだよ〜。せっかくてい……あん……?の人がいるんだから!」

 

続けて、茶色の犬は言葉を詰まらせながらもその提案に乗る。

 

「それは『テイサツ』って読むんだよ、ころさん」

 

「そうなの?さすがおかゆ〜!物知り〜!」

 

赤色を基調に装飾された社で互いに話し合う、「ころさん」と呼ばれた茶色の犬と、「おかゆ」と呼ばれた紫の猫。

そして、白の狐「フブキ」と黒の狼「ミオ」。

 

彼女達は、この世界……「カバー」の秩序を守る監視者。「白上フブキ」、「大神ミオ」、「戌神ころね」、「猫又おかゆ」である。

 

人々の前に姿を表さない守り人である彼女達を、民は「ゲーマーズ」と呼んでいた。

 

そんなゲーマーズの前に、一人の少女が駆け足で参上。

 

「お待たせしましたーっ!フブキ先輩、ミオ先輩、ころね先輩、おかゆ先輩!」

 

胸元が開いた、魔法少女のようなオレンジ色の服に身を包んだ少女。彼女の名は「桃鈴ねね」。

 

「というわけで、ねねちゃん……頑張ってきてっ!」

 

フブキは、もどかしそうに視線を地に向けながら、エールを送った。

 

「危なくなったら、いつでも戻ってきてね!」

 

ミオは、まるで幼い我が子を遠い地へ送り出す母親のように、声をかける。

 

「「いってらっしゃ〜い」」

 

そして、ころねとおかゆは、二人で手を振りながら見送った。

 

「いってきまーす!」

 

ねねの足元に描かれた魔法陣が発光し、一瞬にして、ねねの身体は光となって、遥か彼方へと飛んで行く。

 

心配そうに、その光が見えなくなるまで目で追い続けるフブキとミオ。

 

ねねの行く末について、有る事無い事を話しながらも、その身を案じるころねとおかゆ。

 

四人の心配や興味をよそに、ねねは。

 

「おなか……減った……」

 

路地裏で一人、空腹に悶えるのだった。




カバー


どこかに「あったかもしれない」世界の可能性、その一つ

動物が人間の姿を模したり、感情が実態を持ったりすることがある。存在に対しての概念が固定されていないのだろう

他世界との境界線も曖昧であり、異世界からの転移者が訪れることは珍しくない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雪花の簒奪者

〜バッカス雪原〜

 

「はぁ、はぁ……。みんな、ごめんね。ラミィは……!」

 

蒼穹に似た髪色を持つ少女は、雪の精と共に雪原を駆ける。

 

決して速くはないその足で、しかし瞳には自由を渇望する意思を宿し、前へ、前へと足を進めていく。

 

亡者に達に貪られる時を、ただ滅びをただ待つだけの家畜でいることなど、御免であると。

 

「見つけたぞー!」

「お待ちください、ラミィお嬢様ー!」

 

男達の声が雪原に響き渡る。

 

一族の追手だろうか。

魔力を動力に変えて、馬車よりも速く走るソリに乗った男達は、非情にも一瞬のうちに少女へと近づき、身柄を拘束した。

 

「放してください!ラミィはいつまでも、あの村で終わりを待つだけの生活は嫌なんです!皆さんも聞いたでしょう!?獅子の一族が、例の骸骨剣士達によって壊滅的な被害を受けたって!次はこの村かもしれないじゃないですか!!ラミィだって戦えるんです!何とか、何とかしなくっちゃ!」

 

「だからといって、今すぐに動かなくても!」

 

「お嬢様はごゆっくり過ごしていらっしゃれば!」

 

「そうやって、いくつの村が滅びたかわからないんですか!?ねえ、だいふく……。私には、村のみんなが言ってる事の方がわからないよ……。何で、皆こんなに危機感が無いの?」

 

今日も声は聞こえない。しかし、どこかで見た地蔵のような顔が脳裏に浮かんだ。

 

雪の精「だいふく」。

「ラミィ」と名のつく少女に従う相棒であり、テレパシーでの意思疎通が可能な彼は精一杯、自分の知っているもので言葉を返した。

 

「お地蔵様?……ああ。皆、『悟ってる』ってこと?……そうだね。ラミィはそれが嫌で抜け出してきたのに、結局、ラミィが否定した『諦める道』を選んだ人達に、あっさり連れ戻されちゃうんだ……。ふふっ。ラミィの覚悟って……こんなものだったのかな」

 

彼女の名は「雪花ラミィ」。カバーの辺境、「バッカス雪原」に興った一族の長、その娘である。

 

幼い頃からだいふくと共に氷の魔術を研究してきた彼女は、本気を出せば、村一の魔術師と言われる父をも凌駕する実力者。

 

しかし心優しき彼女は一族に対して、一度たりとも十分な実力を発揮できた事は無かった。

 

そして今回も、その優しさが裏目に出てしまったのだろう。

本来なら軽々と蹴散らせてしまう追手に捕まってしまったのも、彼女が彼らに対して力を使うことができないままでいたからだ。

 

ソリの上で嗚咽するラミィ。

そのせいか、だいふくも浮かない顔をしていた。

 

しかし、雪原に響き渡る爆発音と共に、ラミィとだいふくの姿がソリの上から忽然と消える。

 

普段ならばすぐに気が付くはずだが、辺りには煙が広がり、追っ手の彼らはしばらくラミィの消失を認識できなかった。

 

「なっ!?お、お嬢様!?」

「ど、どちらへ!?いつの間に……?」

「よくわからない爆音が鳴り響いてから……間もなかった……お嬢様ー!!お嬢様ー!!」

 

追手達が、ラミィを探して辺りを駆け回る。

 

しかし、どれだけ探しても見つからない。

 

それもそのはず。

雪の令嬢、雪花ラミィは、

 

「大丈夫?お嬢ちゃん?」

 

「あなたは……?」

 

「ぼたん。『獅白ぼたん』っていうんだ。よろしくなー。ところで、あんたは?」

 

亡者達に一足早く蹂躙された、「カバー」唯一の戦闘民族である銀獅子族の生き残りである少女。

名を「獅白ぼたん」という少女に抱き抱えられ、付近の丘に空いた洞穴に隠れていたからである。

 

「雪花ラミィです!よ、よろしくお願いしますっ!それと、さっきは……ありがとうございます」

 

ぼたんはラミィを降ろし、洞穴の奥に座り込んだ。

 

「ふふっ。これで貸し一つだね。今度、大葉料理でも奢ってよ」

 

「じゃあ、ラミィのやるべきことが片付いたら、その時にでも!」

 

「あ、その事なんだけどさ。多分、私とラミィの目的って一緒じゃない?」

 

「どういう事ですか……あっ」

 

ラミィは、それをわざわざ聞いてはいけないということに気づいたのか、口元を抑える。

 

「そう。見てわかると思うけど、私はついこの間、例のホネ軍団にやられた銀獅子族の生き残り。で、ラミィの呟きを盗み聞きする限り、あんたもホネ共を何とかしたいって思ってるんでしょ?」

 

「ええ、まあ……」

 

「なら、私と組もうよ!ラミィって、本気出したらとんでもなく強いでしょ!私にはわかるよ。銀獅子族は戦闘民族だからね」

 

ぼたんは右手で胸を叩き、左手で先程投げたスモークグレネードと同じものを見せびらかす。

 

「……苦しい旅になります。それでもよければ……!」

 

「うん、よろしく。らみちゃん」

 

「は、はいっ!よろしくお願いします、ぼたんさん!」

 

ラミィは両手で、ラミィの右手を握る。

 

「あと、私のことは『ししろん』って呼んでよ。……故郷でも、そう呼ばれてたんだ」

 

ぼたんは少し憂いを帯びた眉を上げながら、左手でラミィの頭に手を置いた。

 

「……!わかった。よろしくね、ししろん!」

 

ラミィとぼたんは、歩みを進める。

 

これから先にある出会いと別れを、彼女達は知らない。

 

それでも二人は、一歩、また一歩と、雪景色に足跡をつけていくのだった。




銀獅子族


銀獅子と呼ばれる、白い体毛が特徴的な獅子の獣人

彼らは戦闘民族であった
故にだろうか、魔術や妖術などの類に頼らない兵器を開発し、それらは非常に優れていた

しかし、亡者の軍「ウルハ」によって、彼らは滅亡した
死霊魔術師に、「ただの力」では抗えぬ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

在りし日の海賊団

〜サーバ海〜

 

雄大な空と海が広がる、サーバ海。

 

たった一人の海賊団は、旧友を探して今日も大海原を進む。

 

「はぁ。船長は……本当に、このまま船長をやっていても良いんでしょうか……」

 

赤髪に三角帽子を被った少女は、ため息をついた。

 

宝鐘海賊団船長、「宝鐘マリン」。それが、彼女の名である。

 

五年前、圧倒的なカリスマ性を持った少女が率いる宝鐘海賊団の名は、世界中に広がった。

 

海賊というよりかは、優秀なトレジャーハンター達の集団であったが、船長のマリンがそう呼ばれることを望んだ故に、リスペクトを込めて海賊と呼ばれていたらしい。

 

そして船長のマリンには、幼い頃、いつか本物の海賊になった時は、副船長に任命すると決めていた親友がいた。

 

その親友の名は、「潤羽るしあ」。

 

少女の姿ネクロマンサーの少女である。

 

しかし、そんな彼女らを、一頭の巨大な飛竜が襲った。

 

〜二年前〜

 

船長のマリン、副船長のるしあ、そして多くの船員を乗せた船は、飽きることも無く宝を探して大海原を巡る旅に出ていた。

 

「ねぇマリン。そろそろ帰らない?この辺は竜の気性が荒くて危ないって……」

 

「ダイジョブダイジョブ〜!この辺りならまだ、大した竜なんて出ませんよ〜」

 

「そんなこと言ってると……あーっ!」

 

るしあが上空を指差し、叫び声を上げる。

 

「どうしたの、るしあ!?」

 

「あれ見てよ、あれ!絶対ヤバいでしょ、あの鳥!」

 

るしあが差した先には、かの有名な「アルゲンタヴィス」が、荒れはじめた空を滑空しながら、こちらを睨んでいた。

 

「……どうやらアイツ、船長達の船を狙ってるみたいですねぇ?」

 

「どうする?引き返した方が……」

 

「いいや……殺っちゃいましょう!」

 

つい先ほどとはうって変わって、マリンとるしあの目つきは瞬く間に鋭くなる。

 

「命の楔より解き放たれし、無垢なる霊よ……るしあに力を分けてくれ!なのです!!【冥々蝶々(ヘイル・バタフライ)】!」

 

「何かよくわかりませんけど、船長、あなたには性的な良くない思い出が付き纏いそうだと本能が感じ取ったので、落としちゃいますよー!【返事の鉛(レスポンス・オブ・ドレイク)】!」

 

るしあの霊魂とマリンの弾丸が、それぞれアルゲンタヴィスの顔面と腹部に命中する。

 

「当たったのです!」

 

「ヨォーシ、いいぞぉ!このまま続けて……」

 

しかし、喜んでいた時間も束の間。アルゲンタヴィスは墜落したと見せかけて雷を纏い、マリン達が乗っている船に捨て身の突撃を仕掛けたのだった。

 

まるで雷が落ちたような音が、船上に鳴り響く。アルゲンタヴィスは「サンダーバード」と呼ばれているが、本当に「サンダーバードと呼ばれているだけ」のソレが、何故雷を纏うことができたのだろうか。

 

アルゲンタヴィスが頭を沈めている船底には大穴が空き、瞬く間に船は沈み始めた。

 

「しまった!くっ、船長としたことが!キミたちぃー!無事ー!?」

 

しかし、返事は返ってこない。

 

逃げ場の無い海に、電気を纏った怪鳥が突っ込んできたのだ。

船内、つまりは水面より低い位置にいた船員が、感電していないはずが無い。

 

「マリン……!」

 

唯一耳に入ってきた声は、親友るしあのか細い声だった。

 

「るしあーっ!泳げる!?」

 

しかし、小学校の水泳はおろか、何の訓練も積んでいないるしあが泳げるわけも無く。

 

「無理……なのです……!るしあはネクロマンサー……ずっと引きこもって死霊魔術の研究ばっかりしてきたから、泳ぐ方法なんて知らないのです……!」

 

「るしあ……っ!」

 

マリンは、溺れかけているるしあに手を伸ばした。

 

るしあはその手を掴もうとするが、中々届かない。

 

そうこうしているうちにアルゲンタヴィスが水中から頭部を出し、再び羽ばたいて滑空を始める。

 

沈む船、手を伸ばすマリン、今にも溺れそうなるしあ。

 

状況は最悪だった。

 

るしあは何をせずとも勝手に溺れると思ったのか、アルゲンタヴィスはマリン目掛けて急降下を始める。

 

「マリ……ン……がぼがぼっ、ゲホッ!マリン、後ろ!!」

 

「え……」

 

アルゲンタヴィスのくちばしが、マリン目掛けて突撃してきた。

 

マリンは拳銃を構えようとするも、トリガーを引いた時にはもう身体を貫かれているであろう距離まで詰められている。

 

もし死んでしまっても普段ならるしあが生き返してくれるのだろうが、生憎、そのるしあは今にも溺れそうな状態だ。

 

「あっ。船長、死んだワ」

 

マリンが目を瞑り、覚悟を決めたその瞬間。

 

「ゔあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!(【断末魔(ラストカーニバル)】)」

 

るしあは手を口元に添えて拡声器に見立て、喉が張り裂けるほどに咆哮。

その衝撃をアルゲンタヴィスの首、その一点に注ぎ込んだ。

 

「グェッ」

 

アルゲンタヴィスの首は貫かれ、体内に侵入した叫び声の圧力で、身体中の血管という血管が破裂する。その後は、ピクリとも動かなくなった。

 

そしてるしあもまた、溺れかけていたにもかかわらず無理して反動が大きすぎる禁術を使用したためか意識を失ってしまい、水中に沈んでしまった。

 

「るしあ!?るしあ!?どこなんですか、るしあーーーー!?」

 

マリンはるしあを探し回った。

 

沈みかけている船の上はもちろん、沈んでしまった船内、付近の水中、漂流している可能性がある付近の島など、周辺をくまなく探索した。

 

しかし、いつまで経っても、どこを探しても、るしあが着ていた服の布切れ一枚すらも見当たらない。

 

「船長が悪いんだ……。るしあの言う通り、あの時引き返しておけば、あんな事には……るしあ……皆……!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

悲嘆に暮れ、大粒の涙を流しながら、有事の際に備えて用意しておいたボートに乗って移動して何とか付近の有人島まで辿り着いたマリン。

 

しかしその涙は、ボートが島に到着しても止まることは無かった。

 

 

 

そして、今も彼女は……残された一人きりの宝鐘海賊団船長、宝鐘マリンは、親友や船員達の帰りを待ちながら大海原を彷徨っている。

 

友情。

 

可憐な少女の容姿をとったネクロマンサーが、親友にかけた唯一の呪いの名であった。




詠唱


魔術や特殊な技などは、「カバー」が持っている「幻想世界」という概念から、自身が思い浮かべている攻撃を詠唱により「幻想という曖昧な概念から引き出す」ようなかたちで「実現」する

それらを無詠唱で実現させることは不可能では無いが、カバーという世界そのものが魔術や技を認識することが困難であるためか、発動まで時間がかかる、威力が弱まるなど、何かしらの枷が生じる

世界とは一種のシステムなのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白銀と飛竜

〜ブッシュ平原〜

 

草木が生い茂る森を抜け、彼女の出た先は、どこまでも広がるかのような一面の緑が広がる、「ブッシュ平原」であった。

 

白銀聖騎士団団長、「白銀ノエル」。彼女は、

この辺り一帯を支配しているギャングの長とされている竜人を探し出して拘束するべく、辺りを探索していた。

 

騎士団長であるにもかかわらず、彼女は単独で行動することが多い。

 

単独行動が多いといっても、仲間とはぐれることが多かったり、団員との仲が悪いというわけでは無い。

仮にも騎士団長である彼女のことだ。

単独行動を好む理由は、自身の戦法が集団での戦闘に向いていないからである。

 

彼女は筋力とスタミナが高く、その圧倒的な力で敵を制す「脳筋戦法」という、いわゆるゴリ押しが得意なのだ。

 

しかしあまりにも力が強すぎるため、彼女の力は時に周囲の味方を巻き込んでしまう恐れを孕んでいる。

 

以前、彼女が別の国に出自を持つ騎士と共に旋風を纏った大剣を用いて巨人の王を葬った際には、その巨体が吹き飛ぶほどの力を見せつけた。

もし、その巨体が吹き飛んだ位置に団員がいたら……などと考えてしまうのは、彼女が戦士でありながらも騎士団長である証なのだろう。

 

そんな未来を考えてしまった彼女はその戦い以降、騎士団員を連れている際、力を抑えて戦うようになった。

 

護るべきものを護るための力で、同士を傷つけるわけにはいかないと。

 

しかし、戦場にいる味方が自分自身のみならば話は別。

 

一人きりの彼女は鬼神の如き力を発揮し、戦場の敵という敵を自慢のメイスで粉砕する。

そして並大抵の戦士では、それを邪魔することができない。

 

故に彼女は、自身の力を最大限に発揮するため、また周囲を巻き込まないために、単独行動を好んでいるのだ。

 

そして、そんな強さを持つ彼女だからこそ、騎士団長という立場に在りながらの単独行動が許されたのだろう。

 

「もしもし?そこの人間、聞こえマスカー?聞こえてるなら、返事をしてくださーい?」

 

雄大な草原で、幼い頃から駆け回った数多の戦場を思い出す彼女の意識を引き戻したのは、他でもない橙色の飛竜であった。

 

「誰?って言おうとしたけど、団長、見たらわかっちゃったよ。……あなたが『桐生ココ』会長でしょ?」

 

ノエルは、そう呼んだ飛竜を睨みつける。

 

普段はおっとりしている彼女だが、戦場ではその片鱗すら感じさせない殺気を解き放つ。口調こそ変わらないが、その目は紛れもなく戦に挑む者の目であった。

 

「おお、怖い怖い。でも、殺気を隠し切れてませんよー?これはあまりにもク・ソ・ザ・コ……なのではー?」

 

「元々、隠す気なんて無いよ。今日はあなたを捕まえる気で来たんだから」

 

「むぅ……ただの人間がわたしをやっつけるなんて……百年早いんだよーッ!!」

 

しかし、それに負けじとココも大空めがけて炎のブレスを吐く。

 

「これより、桐生ココ拘束作戦を始める!覚悟してね、ココ会長ッ!!」

 

刹那、ココの視界からノエルが消滅する。

 

そして、右腹部に鈍い痛みを覚えた。

 

「ぐっ……?」

 

そして一秒も経たないうちに、飛竜の巨体が吹き飛ぶ。

 

「まだまだいくよ!」

 

「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?回避、回避をしなければーッ!」

 

ココの身体は、まだ制御が効かないまま宙に浮いている。

 

このままでは、上手く滑空することもできずに追撃を受けてしまう。

 

そうなる前に、体制を立て直さなければ。

 

「やぁぁぁぁーっ!【フォールオブゼロ】!」

 

ノエルのメイスが、ココの巨体を叩き落とそうとした、その時。

 

「【スピニングドラゴン】ッ!……ハァ、ハァ……!」

 

ココは土壇場で身体を捻り、何とか追撃を回避した。

 

ノエルは冷気を纏わせたメイスを、そのまま地面に叩きつける。

 

その跡には草の一本も残らず、凍りついた地面にはヒビが入っていた。

 

「外しちゃった……。せっかく得意な技使ったのに」

 

「危ねーんだよぉーーー!!恐竜は氷河期で滅びたって、わたし知ってますからねー!氷は怖い!これ、今まで知っておいて損は無かったですねー!かぁーっ!」

 

ここまで防戦一方なココは、滑空して一時的にノエルとの距離を取り、連続で四つの火球を吐き出す。

 

「なにをーっ!団長の力にかかれば、これくらい全部吹き飛ばせるよっ!!おらーっ!」

 

しかし、またしてもノエルはメイスを振り回し、全ての火球を防ぎきってしまった。

 

「エエエ!?……こ、こうなったら最後の手段です!くらえ、ボインな騎士団長ーッ!【焔の牙】!」

 

恐るべき騎士団長・白銀ノエルの実力を前に、ココは切り札を切る。今まで、堅気に手をかけることは避けていたが……今回ばかりは、ここでノエルを殺らなければ自分が殺られるということを本能的に感じ取り、牙に焔を纏わせ、ノエルの四肢を、五臓六腑を噛み砕かんと突撃する。

 

「本気を出してきたね!!目でわかるよ。なら、団長も本気見せちゃおうかな……!やぁぁぁぁぁぁっ!」

 

確かに、桐生ココは全力を出した。

 

切り札を切り、今まで手にかけることを拒んでいた人間を殺す覚悟で、その牙を剥いたのだ。

 

しかし、白銀ノエルの戦闘力は、とうの昔に人間のそれを超えていた。

 

再び、ココの視界からノエルの姿が消える。

 

そして、瞬く間に背後へ回り、尻尾を掴んだノエルは、そのままココの巨体を振り回し、天高くへと放り投げた。

 

「?????」

 

ココは、今の状況を把握できていない。

 

自身が今、どこにいるのか。何が起こったのか。

 

しかし、「自身が白銀ノエルを仕留めていないこと」、これだけはわかっていた。

 

身体が、ゆっくりと落ちてゆく。本当はとんでもないスピードで落ちているのかもしれないが、ココにはそう感じていた。

 

「わたし、死ぬんですかねぇ……」

 

幼い頃からの思い出が、脳内を巡る。

 

ノエルからの追撃がいつ来るか、いつトドメを刺されるのか、それすらも考えることをやめて、過去の思い出に浸るココ。

彼女なりに、死に際を弁えたつもりなのだろうか。

 

しかし、ココがノエルからのもう一撃を喰らうことは無かった。

 

そのまま、地面に落下するココ。

 

「あわわわわ」

 

落下した際の衝撃で脳が揺れ、竜体からの変身が解けてしまった。

 

「うーん……?もうダメ、です……意識が……」

 

そして、そのまま人間に近い容姿に戻ってしまったココの視界は黒に染まり、意識もどこかへ消えてしまうのだった。

 

 

 

「ふぅ〜。一件落着〜。……でも、どうしよう。このまま連れて帰っても良いけど……」

 

ノエルは額の汗を拭い、ココの身体を抱き抱える。

 

しかし、付近の森に停めておいた馬車の荷台にココを乗せようとした時、平原の方からノエルを追いかけてきたらしい少年が、彼女を呼び止めた。

 

「騎士さん!おねーちゃんを……ココおねーちゃんを、連れて行かないで……!」

 

汗だくになり、息を切らしながら言葉を捻り出す少年は、ノエルに近づき、ココ手を握ろうとする。

 

 

「待って。何で、この人を連れて行かないで欲しいの?ちゃんとした理由が無いと、団長はこの人を連れて行かなくちゃいけないんだよ。これも、騎士のお仕事だから」

 

ノエルは、心を鬼にして少年に問う。本当ならここでこの少年と共に帰しても良いのだが……職業柄、そういうわけにもいかない。

 

「ココおねーちゃんは、僕を……僕を、魔物の群れから助けてくれたんだ!」

 

少年は、過去に襲われたリザードマン達の群れを追い払った、ココの武勇伝を必死に話した。

 

しかし、

 

「うーん。それだけだと、この人を信用していいってことにはならない、かな……偶然だったかもしれないから……」

 

少年のことを信じたい気持ちは山々だ。

しかし、これも仕事。

仕事は、その通りにこなさなければ。

 

ノエルは、胸を締めつけられるような気持ちで、少年の言葉を聞かなかったフリをしようとする。

 

すると、少年を追いかけてきたのか、付近の村に住む人々が数人、ココを見るなり目を丸くした。

 

「そのお方は……ココ様じゃあありませんか!貴方、どこかの騎士様?どうしてココ様を?」

 

人々は、口を揃えて抗議する。

 

一体、過去にこの竜人ヤクザが何をしていたのか、ノエルはこれを機会に、村の人々から聞いてみることにした。

 

すると、

 

「ココ会長はね。付近のモンスター達を束ねて、人間達を襲わせないようにしていてくれたのよ〜」

 

「ココ様は、この付近に手を出そうとする魔物、悪質な地上げ屋、山賊なんかを追い払ってくれているのさ!ココ様がいなけりゃ、俺達なんてどうなってたかわからないぜ!」

 

などという、ココへの感謝の言葉がそこら中から溢れていた。

 

「おかしいな……じゃあ、何で飛竜が警戒されてるんだろう?この辺りに、飛竜は一頭……ココさん以外にいないはずだし……」

 

過去に起きた各地の問題及びクエストに関する資料を見返してみると、確かに、この辺りで飛竜が村を護るように行動していることがわかる。

 

「じゃあどうして、今になってその飛竜を捕らえようと……?」

 

ノエルの本能は、この竜人を……桐生ココを連れて行かない方が良いと知らせる。

 

何やらキナ臭い雰囲気を感じ取ったノエルは、報告書に、

 

「飛龍の姿確認できず。周囲の魔物が活性化していることから、飛竜の死により抑止力が無くなったためと推測される」

 

と書き、桐生ココの身柄を少年とその家族に引き渡すことにした。

 

「ごめんなさい。団長ってば、何も考えないでココさんを連れて行こうとしちゃって」

 

「いいんだよ!ココ会長は、こうしてちゃんと無事なんだからな!それに、ココ会長に初めて勝った人間の騎士団長が、こんだけ強くて物分かりも良い人だとわかって安心したぜ!」

 

そして、ノエルは一礼した後、ココの枕元に拠点から持ってきた干し肉を置き、ブッシュ平原を跡にした。

 

詫びの品として置いていったものがなぜ干し肉だったのかというと、ドラゴンは肉が好きだと思ったからだそうな。

 

「上層部は……団長に何か隠してることがあるのかな……?」

 

帰りの馬車で、ノエルは一人、思い悩む。

 

今まで正義の道だと信じて歩んできた白銀騎士団長としての道が、正義から外れかけてしまっていることを未だに実感できていない。

 

その事が、彼女にとっては恐ろしかったのだ。

 

しかし、彼女は騎士団を抜ける道を選ばなかった。

 

白銀聖騎士団に黒いところがあるならば、そこを取り除く。それも団長の使命であると、そう考えたからだ。

 

ノエルは拳を握りながら、帰路につく。

 

明日もまた、正義の騎士をするために。




フォールオブゼロ

異世界出身の破壊僧が使用したという記録が残されている、メイスを用いる騎士の技

天高く飛び、地に足をつけるまでの間に自身の精神を極限まで「無」へと近づけ、その「無」を「永遠の無」である宇宙に置き換えることによって、冷気を纏わせたメイスを振り下ろす

纏う冷気は、自身の精神が「無」へと近づくほどに冷える
しかし、完全なる無は無限の狂気であることを忘れてはならない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人物紹介1

白上フブキ

 

次元の繋ぎ目に存在する幻想世界「カバー」を見守る存在、「ゲーマーズ」の一人。

 

雪のように真っ白な毛色をした狐の獣人。様々な世界の物語を好む。

 

異世界を覗き見る能力を持ち、あらゆる世界に存在する技や魔法・武器などを再現することができる。

 

しかし、異世界のものを再現するには、自身の魔力や霊力など、割に合わないほどの膨大なリソースを使用するため、あまり異世界のものを再現することは無い。

 

大神ミオとは旧知の仲であり、これまで「カバー」に危機が迫った際は、阿吽の呼吸で、それらの非常事態を乗り越えてきた。

 

また、ゲーマーズはあまり人前に姿を現さない。守り人の威厳を保つには、人々にとって「未知」であることが重要だったのだろう。

 

 

大神ミオ

 

次元の繋ぎ目に存在する幻想世界「カバー」を見守る存在、「ゲーマーズ」の一人。

 

美しい漆黒の毛色をした狼の獣人。神社や鈴など、暖かい気を持つものに惹かれる。

 

口の中を異世界と繋げることができる。その能力により、ケーキを無限に食べたり、異世界から武器を取り出したりすることが可能。ただし、取り出すことができる物は、自身の口内に収まりきるものに限る。

 

白上フブキとは旧知の仲であり、これまで「カバー」に危機が迫った際は、阿吽の呼吸で、それらの非常事態を乗り越えてきた。

 

また、ゲーマーズはあまり人前に姿を現さない。守り人の威厳を保つには、人々にとって「未知」であることが重要だったのだろう。

 

 

戌神ころね

 

次元の繋ぎ目に存在する幻想世界「カバー」を見守る存在、「ゲーマーズ」の一人。

 

栗のようなブラウンの毛色をしたキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルと呼ばれる種類の犬だが、普段はその姿を人間に似せている。

 

「指」に固執しており、そのせいか、指を伸ばす能力を得た。……と、本人は豪語しているが、正しくは指先からエネルギーの塊を伸ばしているだけである。

 

猫又おかゆとは旧知の仲であり、彼女が作るおにぎりが好物。

 

また、ゲーマーズはあまり人前に姿を現さない。守り人の威厳を保つには、人々にとって「未知」であることが重要だったのだろう。

 

 

猫又おかゆ

 

次元の繋ぎ目に存在する幻想世界「カバー」を見守る存在、「ゲーマーズ」の一人。

 

[[rb:淡藤色> あわふじいろ]]の毛色をした猫だが、普段はその姿を人間に似せている。

 

おにぎりを食べると、リソースが溜まる。

溜めたリソースを解放し、その残量に応じて一時的に自身の体積を最大10倍まで増加させることができる。

 

リソースの糧とする「おにぎり」の定義は、彼女の無意識が「おにぎり」だと判断したもの。 

実際はおにぎりでなくとも、猫又おかゆ本人の無意識が「おにぎり」だと判断した場合、本質は何でも良いらしい。

 

戌神ころねとは旧知の仲であり、彼女が作るパンが好物。

 

また、ゲーマーズはあまり人前に姿を現さない。守り人の威厳を保つには、人々にとって「未知」であることが重要だったのだろう。




ゲーマーズ


謎多きカバーの守り人達

人々にとって未知の存在であり、謎多き彼女らの正体を知る者はほとんど存在しない

呼称の由来は、かつてカバーを訪れた彼女達が、唯一興味を示したとされるものがこの世界の娯楽であったためらしい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人物紹介2・3

文字数の都合上、人物紹介2と人物紹介3を一つにまとめてあります。


桃鈴ねね

 

幻想世界「カバー」を見守る存在、「ゲーマーズ」より、カバーへと遣わされた守り手。所謂(いわゆる)代行者(エージェント)ようなもの。

 

ブロンドヘアーと形の整った胸の持ち主であり、異世界のアイドルを思わせる衣に身を包んでいる。

 

異世界からの転移者であり、守り人としては修行中の身。

 

此度は修行の一貫として、実地研修的な意味を込めて遣わされた。

 

彼女は、特殊能力を持っていない。そもそも、特殊能力を使う資質があるのかどうかも判明していない。

 

 

雪花ラミィ

 

「バッカス平原」に興った一族の長、その一人娘。

 

水色の髪をもつ、ハーフエルフ(父がエルフ・母は人間)の少女。

 

幼い頃から相棒の「だいふく」と共に氷の魔術を研究しており、本気を出せば、一族の中でも最強と謳われる父など足元にも及ばない程の実力者だが、温和な性格故か、一族の前で全力を出したことは一度たりとも無い。また、故にラミィ本人も自身の超人的な魔術の実力を自覚できずにいる。

 

雪の精霊の「だいふく」を相棒としており、彼(彼女)とテレパシーでコミュニケーションをとることができる唯一の存在。だいふくの性別は不明。

 

 

獅白ぼたん

 

灰色の髪とモノトーンを基調とした衣に身を包み、現代兵器を愛用する。

 

戦闘民族・「銀獅子族」の戦士(ギャング)であり、亡者の軍団「ウルハ」の襲撃による銀獅子族壊滅時に生き延びた、悲しき少女。

 

目を凝らすと、赤外線暗視スコープのように暗所でも物を見ることができる。持ち前の身体能力と射撃技術で、その能力はさらに光るものとなる。

 

大葉と椎茸が好物。好きすぎるあまりか、多量に食すとハイになる。この場合の「ハイ」とは、俗に言う「キマる」ことを指しており、彼女はいざという時のために、大葉と椎茸を携帯している。

(キマると、一時的にリミッターを外して暴れ回ることができるようになるらしい)

 

首に金色の首飾りをぶら下げている。幼少期にとある雪原で迷った際、偶然知り合った少女より貰い受けたものらしいが……。

 

 

宝鐘マリン

 

かつて、凄腕のトレジャーハンター集団として一躍有名になった「宝鐘海賊団」の船長であり、潤羽るしあの幼馴染。

 

左目には深い赤、右目には明るい黄色の目玉をもつ、オッドアイの少女。普段、黄色の右目は眼帯で隠されている。

 

かつては大勢の仲間と大切な幼馴染に囲まれ、幸せな生活を送っていたが、雷を纏った怪鳥「アルゲンタヴィス」の襲撃により、全てを失った。

 

彼女は今も、仲間達が残した唯一の形見である「宝鐘海賊団」の存在を守るため、たった一人で船長を続けている。

 

幼い頃から海賊に憧れていたため、拳銃や大砲、短剣など、一般的な海賊が使用していたと考えられる武器の扱いに慣れている。

 

 

潤羽るしあ

 

宝鐘海賊団の元・死霊魔術師(ネクロマンサー)であり、宝鐘マリンの幼馴染。

 

緑の頭髪に映える赤目が特徴的な少女。

 

かつては大勢の仲間と大切な幼馴染に囲まれ、幸せな生活を送っていたが、雷を纏った怪鳥「アルゲンタヴィス」の襲撃により、命を落とした。

 

死霊を呼び出し、闇のエネルギーを集めて相手の意識そのものに攻撃を仕掛けたり、時間はかかるが、死んで間も無い生物(自分以外)の魂を呼び戻して蘇生したりなど、魂に関することなら大抵できる、死霊魔術の専門家。

 

髪色・髪型と服装は違うが、亡者の王「ウルハ・【名称喪失】」と同じ顔をしている。関係性は不明。

 

 

白銀ノエル

 

「白銀聖騎士団」の団長を務める少女。

 

銀色の髪に深緑の瞳をもつ、女騎士。普段はおっとりしているが、戦闘時は、いつもの様子とはうってかわって鬼神の如き殺気を纏う。

 

筋密度が異常なまでに高い。筋肉モリモリマッチョマンでは無いにもかかわらず、竜を軽々と振り回すことができる程の怪力を発揮する。

 

得意武器はメイスだが、剣や体術も堪能である。また、自身の攻撃に味方を巻き込んでしまうことを恐れており、誰かと組んでいる際に彼女が本気を見せることは無い。

 

しかし、単独行動時の本気を出した彼女は凄まじく強力であり、単独の彼女を相手取って無事だった者は過去に一人も存在しない。

 

牛丼が大好物。やはり、筋肉あるところに牛丼あり、なのだろうか。

 

 

桐生ココ

 

「ブッシュ平原」及びその周辺を支配している「桐生会」というギャングの長。

 

朱色の鱗に身を包む飛竜の少女だが、普段はその姿を人間に似せている。

 

任侠を重んじているため、自身が支配している地域に近寄るギャングや、自身に危害を加えようとする者には容赦無く振る舞うが、一般人に迷惑をかけることには抵抗がある。

 

口から炎のブレスを吐いたり、身体を捻って突撃したりと、飛竜ならではのダイナミックな戦闘スタイルを好む。

 

また、拳銃の扱いにも慣れており、人型で戦う際に格闘術と組み合わせて使用するそうだ。

 

ジャンクフードを好んで食べる。飛竜の姿を保つ為には膨大なカロリーが必要らしく、食べても太らないのだとか。




現代兵器


「とある世界における現代の兵器・武器」と定義されるもの

この文を閲覧している者の世界には、きっとそのような兵器が普遍的な物とされているのだろう

しかし、現在の「カバー」でそこまで文明が発達しているのは銀獅子族だけであったのだ




アルゲンタヴィス


古より、サンダーバードとして恐れられていた怪鳥

かつて絶滅したはずだったが、変質を拒まない世界であるカバーにおいて、概念が絶滅するまでは真の絶滅ではない

故に宝鐘海賊団を襲ったアルゲンタヴィスは、どこかのアルゲンタヴィスに憧れた何かが、執着の末にサンダーバード、
「雷を操る怪鳥」として変質した姿なのだろう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

獣の曲芸師

〜バッカスシティ〜

 

バッカス雪原を抜けた先、雪原へ向かう者を送り出し、帰ってきた者を迎え入れる、気温は寒くとも、暖かさを感じる街。

 

数年に一度の豪雪が街を襲った日のこと。

 

「お腹……減った……」

 

そんな街の路地裏に一人、倒れる少女。

 

彼女こそが、ゲーマーズより遣わされた代行者「桃鈴ねね」である。

 

見知らぬ地に一人きりで降り立ち、右も左も分からないまま付近を彷徨って、彼女はこの街に何とか辿り着いた。

 

しかし、お金も家も無い彼女の状況は、この街に到着しても依然として悪く、「カバー」にやってきた彼女が4日間で口にしたものは、辛うじて見つけることができた川の水だけであった。

 

しかし、人間という生き物が水のみを摂取して生きていくことは不可能だ。

 

栄養も尽き、身体を動かすこともままならなくなった彼女は、ゲーマーズの誰かしらに助けを呼ぼうと、携帯型連絡機器での通話を試みる。

 

「……。……!」

 

「ねねちゃーん?ねねちゃーん?……おーい、ねねちー?ミオだよー?どうしたのー?」

 

受話器の向こう側からは、ミオの声が聞こえる。

 

ねねは精一杯、声を絞り出して助けを求めようとするも、ボロボロになった身体からは声の一つも出ない。

 

そして、そのまま電話は切れてしまった。

 

「(もう、ダメ……。最後に、お腹いっぱいの餃子……食べたかった……)」

 

そんな思いとともに、ねねの意識は遥か彼方へと消えていくのだった。

 

 

 

「おーい、おーい!そこの金髪娘ー!大丈夫かー?立てるかー?……ダメだこりゃ。……しょーがねーなー!連れて行くかー!」

 

 

 

「……おまる座員、全員集合ー!みんなで、この女の子をテントまで連れて行くよ!せーのっ!」

 

 

 

〜おまる座テント〜

 

「おーい、おーい、聞こえてるか〜?」

 

「ん……?」

 

曲芸師は、赤と黄色で彩られたベットの横からねねの顔を覗き込む。

 

「良かった、拾ったのは死体じゃなかったみたいだね」

 

「あなたは……?ここはどこ……?」

 

飢えに倒れ、ねねが行き着いた先は天界でも魔界でも、ゲーマーズの元でもなく……カラフルなベッドの上。

 

付近には、何かが入っていたらしい瓶が転がっている。ラベルに「栄養ドリンク」と書いてあることから、寝ている間に飲まされたのだろうと察する。

 

しかし、ここがどこだか、全くわからない。あまりに突然のことで、ねねは状況を把握することで精一杯だったのだ。

 

それでも、周りで作業をしている曲芸師らしき人間とも人形ともつかぬそれとは違い、今話している少女は間違いなく人間、或いは獣人であろう。

そして彼女が、他の曲芸師とは間違いなく違う存在であることには気付いていた。

 

「そうだね、まずは自己紹介だね!私は『尾丸ポルカ』!ゆくゆくは世界一のサーカス団になる、『おまる座』の座長だヨ!」

 

「サーカス団……?」

 

「そ、サーカス団!」

 

ポルカはポンと胸を叩き、帽子を被ったコロポックルのような座員達が、作業をしている方向を指差す。

 

「へー!座員さん達、かわいいですねー!」

 

「「「「(照)」」」」

 

ポルカの後方で大道具の準備をする座員達の動きが突然止まり、頬を赤らめ始めた。

 

「おーい、何デレてんだー!可愛い子が来たからって、真面目ぶってもダメだからなー!」

 

「「「「(聞こえていないフリ)」」」」

 

ポルカが座員達の方を向いた瞬間、座員は皆、何事も無かったかのように作業を再開する。

 

「ごめんねー!ウチの座員達がー!……さて、とりあえず、もうすぐ晩ご飯だから……一緒に食べよう、ねね!きっとお腹空いてたんだろう?」

 

「い、いいんですか?」

 

この世界を守るために遣わされたにもかかわらず、倒れたところを現地の民に介抱してもらった上に、夕食までご馳走してもらうことに、少し後ろめたさを感じるねね。

 

「全然問題無いよ!仲間は多い方がいいからね!それと、私のことは好きなように呼んで良いよ!気軽に接すことができてこそのエンターテイナーだからね!」

 

しかし、ポルカはねねの事情を全く知らなくとも、笑顔で手を差し伸べた。

 

「じゃあ……『おまるん』でいい……?」

 

「おまるん?……ヨシ!気に入ったー!……で、あなたのことは何て呼べばいいかな?」

 

「あ、名乗るの忘れてた……あたしはねね!『桃鈴ねね』!よろしくね、おまるん!」

 

「おーう!……じゃあ、そろそろ晩ご飯もできたころだろうし……行こ、ねねち!」

 

「ねねち……」

 

ねねは胸に手を押し当て、呼ばれた名を呟く。

 

ニックネームは、親愛の証。大神ミオにも呼ばれていたその呼び名は、彼女にとって落ち着くものになっていたのだろうか。

 

ねねはポルカの背中に抱きつく。

 

「わわっ、ちょ、何すんの!?」

 

ポルカは目を丸くする。

 

「えへ……『ねねち』って呼んでくれて、ありがとう」

 

「ほーほー、まあ気に入ってくれたなら何よりだよ!今日はカレーだ!食うぞー!」

 

「やったー!」

 

ねねはポルカに抱きついたまま、二人で食堂へと向かった。




幻術


対象の神経を狂わせたり、世界の概念すなわちシステムを騙すことにより、そこに無いものを有るかのように見せる術

近頃は魔力や霊力に頼らず、電力によって使うことができる、ホログラムという幻術が開発されたらしい
しかし、それを開発した銀獅子族は滅びてしまった

幻は虚無に夢を見出した
そして夢もまた虚ろなものだ

人は虚無に惹かれる
虚無の中に、いつかまみえる光があると信じて


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナキリ

〜魔界学校〜

 

「なんで、こんな……!」

 

校舎が、燃えている。

 

先生も、友達も、みんな死んだ。

 

ある者は炎に包まれ、ある者は瓦礫に砕かれ、

 

ある者は刃に斬り裂かれ。

 

「逃げなきゃ……シオンだけでも生きて、近くの人に状況を……」

 

「ガァァァァァァッ!」

 

黒の中から、白が飛び出す。

 

頭に角を生やし、紅い瞳が映える白髪の持ち主。しかし、その鮮やかな瞳は、内なる狂気に蝕まれている、どす黒さを感じさせるようなものだった。

 

魔界学校初代生徒会長にして、狂気に呑まれた鬼の戦士「ナキリ」は、かつて自身が通った学び舎を血に染め上げている。

 

死、死、死、死、死。

 

赤と黒の他には、死屍累々という言葉を具現化したかのような、つい数刻前までは学校であった時の面影すら残されていない、死体の山。

 

魔界学校に残された最後の希望は、黒魔術科一年生、「紫咲シオン」。

 

容姿はまだ幼いが、すでに一人前の魔術師となっている彼女は、ナキリによる襲撃の中で唯一生き延びた生徒となった。

 

「とりあえず、時間を稼がないと!【黒い空間(グラビティ・ルーム)】!」

 

シオンは、ナキリを中心に重力が五倍に増加するドームを展開する。

 

「ガッ、ガァァァァァ……ァァァァァァァァァアアアア!」

 

しかし、ナキリは戸惑いこそ見せたものの、十秒も経たないうちに過重力空間を抜け出してしまった。

 

「なら、これで!【喰式(グラビティ・イーター)】!」

 

シオンは重力をブラックホールの容量で「質量を持つ闇の牙」を右腕に纏わせ、ナキリの頭部を狙って攻撃した。

 

「ゥ……ゥゥゥゥゥゥゥゥ!!(【偽巌流(がんりゅう)百鬼獄斬(ひゃっきごくざん)】)」

 

ナキリは、牙が頭部をもぎ取ろうとしていることを察知してか、天高く飛び、その牙を二本の刀で斬り裂く。

 

「なっ……!?」

 

紅く光る、狂気に染まった目。ナキリにはもはや、シオンの姿など見えていなかった。

 

「ググ、ガ!ァァ……!」

 

ナキリは自身の力に苦しみ、悶えながらも、シオンにゆっくりと近づく。

 

目の前にある何かの魂、ただそれを斬ることだけを反射で行っているナキリに、敵味方の区別など無い。

 

目の前で斬っている相手が母校の後輩であろうが、かつての恩師であろうが、無関係であった。

 

かつては初代生徒会長まで務めた「百鬼あやめ」による虐殺が、母校である魔界学校の人々に対しても無慈悲に行われたのは、そのためである。

 

 

 

「ナキリ」。彼女は百鬼あやめにして、百鬼あやめに非ず。

 

 

 

かつてのあやめは、心優しき鬼であった。

 

人々からは恐れられていたが、その実、彼女は現世の鬼を統治し、人々を襲わないように命令していたのだ。

 

当然ながら、一部の鬼達は命令を無視して現世を襲うこともあったが、それでもあやめは、必死に鬼達を説得し続け、何とか人間と鬼を分ち、互いに平和を保とうと努めていた。

 

しかし彼女は三十年前、人々の前から突然に姿を消した。

 

あの時、余は。

百鬼組の小鬼達は。

余は、こんなところで死んでしまって良かったのか。良かった、よかった、のか、よかったのか、良かったのか?

余は、余は、余は、わた、し、は、私は、僕は、わたし、ぼく、おれ、わたし、僕、儂、わたし、わたし、わし、おれ、わたし僕僕僕私僕僕私わたしわたしですわたしはわたしはわたしはわたしはわたしわたしわたしわたしわたしわたし

 

 

余……は?

 

 

 

そして彼女の骸には、未練と後悔と、狂気だけが残った。

 

とある少女は、そんな彼女を憐れんだ。

 

そして少女は彼女の骸を蘇らせ、オトモダチになった。

 

蘇った「ナキリ」は悲しき少女の、「ウルハ 【名称喪失】」のオトモダチになったのだ。

 

 

 

「(腰が抜けていて立てない!?どうしよう、このままじゃ、このままじゃシオンも殺される!)」

 

ナキリの刀が、シオンの首元を掠めた、その瞬間だった。

 

「【麻酔針(パラライザー)】!」

 

ナキリの首元に、数本の麻酔針が刺さる。

 

「ァ」

 

針に塗られていた薬が効いたのか、ナキリは千鳥足になる。

 

「誰!?……って!」

 

針を投げた何者かは、シオンのよく知る人物であった。

 

「お待たせ、シオン様〜!ここは危ないから、一緒に逃げるよ!」

 

「癒月ちょこ」。魔界学校の保険医である。

 

いつもは保健室でぐうたらしている彼女だが、今日は保険医同士が集まる勉強会に参加していたために、襲撃を免れたらしい。

 

「え、もしかしてこの状況、ちょこ先生でもなんとか出来ないくらいヤバい!?」

 

「ヤバいも何も、ちょこは戦い苦手だし、逃げることしか考えてないよ!シオン様、早くこっちに来て!私達二人を、どこか遠くに転送する陣を描くから!」

 

「わかった!」

 

ちょこは、行き先を指定できない代わりに、とにかく遠くまで転移する魔法陣を刻む。

 

シオンは体勢を立て直し、脚力強化の魔術をかけ、高速でちょこの元へと駆け寄る。

 

「いくよ、シオン様!3、2、1!【魂魄転移陣・緊急発動(ソウル・オフ)】!」

 

「ガァァァァァ!!」

 

転移する二人を追い、自身も魔法陣に入り込もうとするナキリ。

 

しかし、ちょこの陣は「自身に殺意を向けているもの」を通さないように描かれていたため、ナキリの身体は数十メートル後ろに弾き飛ばされてしまった。

 

そして二人は魔界学校跡から、どこか遠くへと飛び立つ。

 

降り立つ地がどこか、それはわからない。

 

ただそこにあるのは、ナキリの手から逃れるという、一時の安寧のみであった。

 

 

 

「……ねえ、ちょこ先生。あやめちゃんは……あのままで良かったの?」

 

「良くはないよ。良くはないけど……あそこに残っても、ちょこ達がやられるだけだった。だから、これが一番マシ」

 

「……そっか」

 

その言葉を聞いた紫咲シオンの口角は、少し上がったように見えた。







とある魔術師が生み出した特定の魔術に与えられた名

闇、重み、死など、何かしらのマイナス、転じて下に関わるものに対して、その文字が付与された

今では多くの黒魔術師にとって一般的なものとなっている「黒」
しかし、いずれの「黒」にも本人にしか知り得ない術式が組み込まれている
そして、誰もそれに気づいていない

故に、人々が使用する「黒」は不完全故に非力な魔術とされているが、いずれも真の力を知らない未熟者達の戯言である

その力を知る魔術師はこの世界にたった一人しか存在しない
彼女の名を、拝聴するのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お菓子の姫とチアガール

〜姫森城〜

 

某日。

 

お菓子の国に、一人の少女が迷い込んだ。

 

「姫、異世界人の召喚に成功しました。……あとは、お好きなように」

 

「ありがとなのら」

 

全身をピンクに包んだ、幼い姫。

 

「カバー」の最南端に位置する小さなお菓子の国に君臨する姫君であり新たなる女王、「姫森ルーナ」。

 

忠実なる騎士、「ルーナイト」とその僕を率いる彼女は、幼くして女王となった。

 

強き王であった先代姫森王が死去してから二年。

 

ルーナは、父の死をいたく悲しんだ。

 

彼女には、母親というものが存在しなかった。

 

物心ついた頃にはもう、母親というものが存在しなかったのだ。

 

先代姫森王が、ルーナと関わることはほとんど無かった。

 

政治が忙しかったということもあるが、何より彼は、ルーナに大きな秘密を隠していたのだ。

 

しかし、彼女はそんな父親でも、嫌うことなく純粋に愛していた。

 

そして唯一の親であった父を失ったルーナは、いつからか「友人」を求めるようになったのである。

 

しかし、彼女は姫森王の一人娘であり、たった一人の新たな女王。友人とのトラブルが原因で、万が一のことがあってはならない。

 

それにルーナは、…………だから。

 

〜二年前〜

 

「なんでお部屋に閉じ込めるのら!?ルーナ、もう一人は嫌なのら!」

 

「すみません、姫。貴女は……」

 

姫森王の死後、すぐに小さなティアラと、何着かの着替えだけが乱雑に投げ込まれた部屋に、たった一人閉じ込められたルーナ。

 

「……ぐすっ。ルーナは、ルーナは……今日も一人なのら?」

 

誰とも話すことができなかった彼女の気は、次第に狂気を孕むようになった。

 

「……」

 

しかし、言葉の紡ぎ方すらも、次第に忘れ始めてしまった、とある日のこと。

 

「ルーナ姫、ルーナ姫!」

 

ルーナの近衛を務める一人の兵士が、実質的な牢である個室を訪れた。

 

「んん、どうしたのら?ルーナに、今更何の用なのら?」

 

光を失ったかのような目をしているルーナは、気怠げに応える。

 

「……予言者が厄災の予兆を感じとったので、姫にもご報告を致そうと考えた次第でございます」

 

「ふーん。ま、ルーナにはかんけーないのら〜はははははは」

 

「姫、そのような状況では、さぞお辛いでしょう……何かございましたら、遠慮なく私どもめにお申し付けください。我々は、姫の味方です」

 

「それなら、部下でも何でもない、お友達の一人でも用意して欲しいのら」

 

「っ……。承知致しました」

 

アテにはしていなかった。一日、また一日と、時が過ぎてゆく。

 

ルーナはただ、国を営むための知識と礼儀作法を本で学び、まともに人と話すことも無く、ただ一人、精神を磨耗しながら個室で過ごす日々が約二年続いた。

 

〜現在〜

 

そんな中、ルーナの耳に少し変わったニュースが入る。

 

それは、「この世界のしがらみを知らない異世界人を、ルーナの相手役として招き入れる」計画が、実行段階に移ったとの情報だ。

 

もちろん、公に挙がっている計画ではない。ルーナの近衛や一部のお世話係が結託して、秘密裏にルーナの孤独を癒すために考えたものである。

 

そして、ルーナイトによって異世界から呼び出された、一人の少女。

 

 

 

「夏色まつり」は、チア部に所属する高校一年生の少女であった。

 

〜???〜

 

「さーて、今日も早く帰って、ゲームの続きやろーっと……でも、ちょっとくらい……寄り道したいなぁ」

 

身軽に横断歩道を渡り、身体を弾ませる家路。

 

午後七時。部活終わりに彼女がふと立ち寄った喫茶店。

 

「いただきまーす!」

 

いつもは目にもつかない喫茶店に、偶然立ち寄ってしまったのは偶然か、それとも運命のいたずらか。

 

持っていたスマートフォンには、「新たなる契約」の文字。

 

「んぐんぐ……なにこの通知、胡散臭いなぁ」

 

まつりはロールケーキをゆっくりと食べ終わり、その後に紅茶を飲み干す。

 

そして、席を立とうとした瞬間。

 

その意識は、遥か彼方へと消えていった。

 

〜姫森城〜

 

その結果が、これである。

 

こうして異世界の女子高生は、ルーナイトと直属の魔術師達によって、お菓子の国へと迷い込んだのであった。

 

「えーと、おはようなのら。お〜い、起きるのら〜」

 

「うーん?おはよぉ……?」

 

まつりは、目を擦りながら周囲を見渡す。

 

ピンクの部屋、ピンクの髪、小さな女の子。

 

「???」

 

現代を生きてきた女子高生が状況を把握するには、少し時間が必要であった。

 

「初めましてなのら〜!ルーナは、『姫森ルーナ』!この国のお姫様なのらよ〜!」

 

ルーナは、まつりに顔を近づける。

 

目の前にいる少女に、心を開いて欲しい。その一心で、元気そうなフリをしてでも、異世界の少女と友達になりたかったのだ。

 

「ええっと、ここはどこ?きみは誰かな?」

 

ひとまず、自身の状況を把握したまつりは、目の前の派手な少女に興味を示す。

 

「ここは姫森城!ルーナのお城なのら!」

 

ルーナは元気そうに振る舞っていたが、その表情は明らかに無理矢理繕ったものであった。

 

それもそのはず。今は自分のものである城に、軟禁されているのだから。

 

「ルーナ、無理はしなくていいんだよ?あの喫茶店で寝落ちしてから何があったか、まつりもよくわからないけど……まつりがここにいるのには、きっと意味があるんだよね?」

 

そしてまつりもまた、ルーナの心に宿っている影を、しっかりと見抜いていた。

 

「ありがとなのら、名も知らない異世界人さん」

 

「異世界人?っていうことは、ここは異世界なの?」

 

「ん」

 

ルーナは、自身が寂しがっていたせいで、まつりの意思が確認されずに異世界へと連れて来られてしまったため、申し訳なさそうに、小さく返事をする。

 

「その様子だと、この世界に来たのはルーナ姫か……その部下の人達のせいだったりする?」

 

「ん」

 

ルーナは俯き、小さく返事をする。

 

「……」

 

もし、異世界に連れてきたことを責められたら、お友達どころでは無くなってしまう。

 

それに、元の世界に戻す方法については、魔術師達から何も言われていない。

 

元の世界での人生を奪ってまで、ここに連れてきて良かったのか?

 

自分のために動いてくれていたのはいえ、ルーナイト達を止めなくて良かったのか?

 

「ご、ごめんなのらっ!ほんとうに、ごめんなのら……。勝手に異世界になんて連れてきちゃって……全部、ルーナのワガママで……!」

 

ルーナの瞳に涙が溜まる。

 

責められても仕方がない。

 

なぜならこれは、全て、ルーナが孤独を寂しがってしまったことが原因なのだから。

 

しかしまつりは、そんなルーナを無言で抱き締めた。

 

「よしよし。いいこ、いいこ」

 

「えっ……!?」

 

ルーナは、理解できなかった。

 

勝手に異世界へ連れて来られて、自身の運命を大きく捻じ曲げられて。

 

それなのに、元凶を目の前にしても邪険にするどころか、優しく抱きしめた、異世界人の行動を。

 

「……今まで、辛かったんだね。まつりにはわかるよ。さっき見せてくれたルーナ姫の笑った顔、本当の笑い方を忘れた人の笑顔だったから」

 

「な、なんでわかったのら?」

 

「なんとなく。本当に、なんとなく。とても、悲しそうな笑顔だと思ったんだ。……ねぇ、ルーナ姫。おいで」

 

まつりは、両手を広げて微笑む。

 

次の瞬間、ルーナの瞳からは、どっと涙が溢れ出した。

 

「ん、んっ……!んなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!異世界人ちゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

ルーナは、涙も拭かずにまつりに抱きつく。

 

そして、まつりはそんなルーナを優しく抱き締めた。

 

「よしよし。……ルーナ姫。いつまでも『異世界人』って呼び方も慣れないし、『まつり』って呼んでいいよ」

 

「んな?まつり……?……うーん、なんか慣れないのらねぇ」

 

「お気に召さなかったかー」

 

「あーっ!『まつりちゃ先輩』!まつりちゃ先輩がいいのら!」

 

「いいねぇ!もう一回呼んで!」

 

「まつりちゃ先輩ー!」

 

「あー可愛いねぇルーナ姫ー!」

 

まつりはニヤニヤしながら、ルーナの顔を舐め回すように見つめる。

 

「んなぁぁぁ!ねぇねぇ、まつりちゃ先輩。いつまでも『姫』っていうのも慣れないから、ルーナのことも『ルーナ』って呼んでいいのらよ〜!」

 

「いいのー!?じゃあ、これからよろしくね、ルーナ!」

 

「ん!ずーっと一緒にいるのら!まつりちゃ先輩!」

 

夏色まつりと、姫森ルーナ。

 

二人の出会いは偶然か、それとも運命のいたずらか。

 

 

 

その夜、お菓子の国には突風が吹き込んだ。




お菓子の国


文字通り、様々な菓子をモチーフとしたデザインの建造物群が有名な、カバー最南端に位置する小国
銘菓が多い

軍事力は高くないが、姫の近衛であるルーナイトは、10人で1個師団にも匹敵する精鋭揃い
彼らは、冷酷、残忍と、非常に恐れられた

また、彼らは一つの大きな秘密を隠している

女王ルーナは、未だ目覚めぬ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シャ・ル・イース

〜ブッシュ森林・アルマ村〜

 

バッカス雪原の南に位置するバッカスシティ、そのさらに南に広がるバッカス平原を抜けた先にある、「ブッシュ森林」。

 

その奥地で、ひっそりとエルフ達が生活する「アルマ村」では、二人のハーフエルフが、いつもと変わらず木の実を採っていた。

 

「アキ先輩、今日もヘイゼルベリーですか?」

 

「そうだね。まあ、栄養はあるし、生活には問題ないと思うけど」

 

「いくら外が危ないからって、毎日同じ味っていうのも」

 

「「ねぇ〜」」

 

二人は偶然にも、同じタイミングでため息混じりの愚痴を吐く。

 

アキ先輩こと「アキ・ローゼンタール」と、その後輩、「不知火フレア」。

 

アキ・ローゼンタールは、アルマ村で暮らす、ごく普通の少女であった。

 

〜207年前〜

 

しかし、10歳を迎えたとある日のこと。

 

「ローゼンタール家の嗣子(しし)よ。貴女は今日、この時をもって、『大地の巫女』になってもらいます」

 

そして、アキはその日から五年もの間、村の長老達によって「大地の神殿」に軟禁され、「大地の巫女」としての修行を強いられていた。

 

ローゼンタール家の女子は代々、この森に伝わる「[[大地の唄(シャルイース)」を、大地の神殿に祀られているエルフ族の始祖、「耳長族」のミイラ達に捧げる巫女としての役割を与えられている家であった。

 

そして、10歳の誕生日を迎えたアキもまた例外では無かったのだ。

 

神殿内での生活は、彼女にとって退屈なものだった。

 

本を読み漁り、舞と唄の練習をし、それで一日が終わる。

 

食事は、ブッシュ森林の中でもアルマ村周辺にのみ生える完全食、「ヘイゼルベリー」。毎日毎日、それと水だけが食卓に並べられていた。

 

「……私、何やってるんだろ」

 

自身が巫女であることの意味も分からないまま、彼女はただ、毎日与えられた課題をこなしていく。

 

勉強、唄、舞。この3つを、淡々とこなす毎日。嫌いでは無かったが、意味を見い出すことができないそれらに、アキは何の価値があるとも思えなかったのだ。

 

好きなことを学びたい。好きな歌を歌いたい。好きな踊りを踊りたい。

 

その想いは、彼女に少しばかりの狂気を植え付けた。

 

そして、5年後の誕生日。

 

神殿から草むらに降り立った彼女は、身も心も疲れ果てていた。しかし、一人前の巫女となった彼女は、大地の唄(シャルイース)を唄うことによって、自然と精霊の力を借りた様々な術を行使することができるようになっていた。

 

しかし、いくら特別な力を使えるようになったからといって、五年もそのような生活を強いられていては、さすがのアキも狂っていたか、そうでなくとも、何かしら精神に異常をきたしていただろう。

 

そんな中、外部との接触が禁じられているアキに、毎日欠かさず内緒で会いに行っていた少女がいた。

 

「不知火フレア」。かの少女の名である。

 

フレアは、幼馴染が一足先に役割を与えられ、大人に仲間入りすることを嬉しく思っていた。

 

しかし、アキが大地の神殿に軟禁されているという実情を知ってからというもの、フレアは何も理解できていなかったことを心底悔やんだ。

 

そして毎日、大地の神殿に足を運んでは、扉の前でアキと二人きりで秘密の会話をしていた。

 

アキにとっては、その時だけが唯一の救いであった。

 

当然ながら、それが5年間もバレなかったはずが無く、「巫女が修行に専念できなくなるから」という理由で、フレアは何度も神殿へ近づくことを禁じられた。

 

しかし、それでもフレアは抜け道や物陰などを巧く使い、毎日毎日、神殿へと足を運んだ。

 

そして、アキが巫女として成った日の一年後。

 

フレアも、晴れて警備隊の一員として、立派な大人の仲間入りを果たしたのであった。

 

フレアの方が歳は4歳上だが、アキを「アキ先輩」と呼んでいるのは、先に大人としての第一歩を踏み出したアキに、敬意と親しみを込めてのことらしい。

 

〜現在〜

 

そして、現在。

 

二人はヘイゼルベリーを黒パンで挟んだものを食べた後、アキは公務のため神殿へ、フレアは警備を任されている(やぐら)へと向かった。

 

「アキ先輩、行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい、フレアちゃん!」

 

弓と矢筒を手に、持ち場へと向かうフレア。

 

今日も、彼女にとって何でもない24時間が過ぎるはずだった。

 

 

 

「出て行け、人間……!」

 

焔を抱く少女は、白銀の騎士と対峙する。




シャルイース

古より伝わる大地の唄

大地の唄は自然との調和
エルフの巫女は動植物とも心を通わせる

自然との調和は狂気とは無縁である
そして、遺体には時間と共に狂気が蔓延する

シャ・ル・イース
大地は私達と共にあり
呑み込まれぬよう、灯火を頼りに
私に、貴方に、祝福あれ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

古代兵器、Radical-buster-crusade-Type3O

〜死者の谷〜

 

半年前に突如として現れ、「カバー」の各地を蹂躙し、踏み荒らしては去っていく亡者の軍団、「ウルハ」。

 

その本拠地「死者の谷」では、王である「ウルハ 【名称喪失】」のオトモダチである「夜空メル」と、その直属のヴァンパイア達によって、古代兵器の発掘作業が行われていた。

 

「みんな、頑張って〜!」

 

「「「ウォォォォォォォ!」」」

 

メルの応援に、ヴァンパイア達の熱気は一段と跳ね上がる。

 

(吸血鬼なのに熱気とはこれいかに。)

 

いかにもな岩壁を砕き、空洞の奥へ進むメルとその眷属。

 

そこには、光を発している一つの大きな筒があった。

 

筒の中に、少女らしき姿が見える。

 

「お、女の子……?でも、なんでこんなところに?」

 

メルは恐る恐る筒の側に近づいた。すると、

 

「付近に、ヴァンパイアロード及び複数のヴァンパイア、反応あり。『Radical buster crusade Type 3O』、起動します」

 

突如、付近に設置されたスピーカーから機械じみたアナウンスが流れた。

 

「………………う〜ん。何か久しぶりのような気がする〜」

 

そして筒の側面が大きく開き、中の少女が飛び出してきた。

 

「わっ!?き、君は誰……?」

 

「ん〜?ボクは『Radical-buster-crusade-Type3O』。みんなからは『ロボ子さん』って呼ばれてるよ〜。キミは〜?」

 

「名前?『夜空メル』だよ!今日はね、あなたにお願いがあってきたの!」

 

「何々〜?」

 

「メルね、もっと仲間が欲しいんだ!だから、食事(ごはん)と、お友達づくりの『お手伝い』をして欲しくて!」

 

「う〜ん、どうしようかな〜?……それよりもキミ、見たところ……ヴァンパイアロード、だよね?」

 

ロボ子の目が険しくなる。

 

ロボ子は元々、ヴァンパイアも含む「魔物は倒す」ようにプログラムされていたらしいが……今は人工知能の学習により、必ずしも「魔物を襲う」というプログラムの命令を実行しなければならないわけでは無くなっているようだ。

 

メルを見た瞬間、すぐに攻撃しなかったのはそのためだろう。

 

「そうだけど……」

 

「メルちゃん、人間は好き?」

 

「好き!……メル、ヴァンパイアなのに血が苦手で、昔から困ってたんだけど……人間の血は栄養バランスが良いから、ちょっとしか吸わなくて済むの〜!」

 

メルが笑顔でそう答えると、ロボ子は数秒間に渡って沈黙した後、

 

「そっか。じゃあ、そのお願いは聞けないなぁ」

 

右手の平から、黒く塗装されたチップのようなものを

取り出した。

 

「へ?おお、お、落ち着いて、ロボ子ちゃん!何をする気なの……!?」

 

そして、ロボ子がその箱にもう一度触れると、

 

「……展開。擬似神器『ガラティーン』」

 

周囲に紫外線を放つ、青いレーザーで伝説上の武器を再現したものへと変形した。

 

「え、ちょっと待って。……ロボ子ちゃんは人間が嫌いなの?」

 

先ほどの問答からして、「人間は好き」と答えたにも関わらず襲われそうになっている現状に、メルは違和感を感じた。しかし、

 

「好きだよ。でも、メルちゃんの言う『獲物として好き』なのとは違う。ボクは人間のことを、『護るべき創造主』として好きなんだよ」

 

「ロボ子ちゃん……」

 

「だから、ごめんね、メルちゃん。キミとは、ここで戦わなくちゃいけない」

 

ロボ子は無機質な目で、メルに刃を向ける。

 

「それなら、こっちもそうするしか無いね。……ロボ子ちゃんとは、良いお友達になれると思ったんだけどな」

 

胸に剣先を向けられたメルは、一歩後方へ下がる。

 

そして、自身の血液に秘められたヴァンパイアロードとしての力を解放した。

 

黒に黄色の紋様が刻まれた瞳は、右だけがみるみる赤く染まる。

 

牙は長く、指は鋭く変形し、メルの身体は人の血を奪い取ることに特化した形へと成った。

 

「……これが本当の姿なんだね、メルちゃん」

 

「ハァァァ……。じゃあいくよ、ロボ子ちゃん。友達になりたかったあなたとだからこそ、全力で!」

 

「臨むところだよ、メルちゃん!」

 

「「はぁぁぁぁぁぁっ!」」

 

ロボ子は、擬似的に太陽の光を再現したレーザーを纏わせた剣を構え、斬りかかる。

 

一方、メルは自身の血を凝固させて自身の両手に鋭い爪を生成し、ロボ子を切り裂かんと突撃した。

 

「っ!」

 

「やぁぁっ!」

 

しかし、ロボ子の剣がメルの爪に触れた瞬間、一瞬でメルの爪が液体の血に、そしてその血は灰と化して消滅してしまった。

 

「これは……ちょっと相手が悪かったかなぁ」

 

「やっぱり弱点は日光!なら!」

 

弱点を明確に看破したロボ子は、両手を通常のものからエネルギー系攻撃装置へと切り替え、先端に紫外線照射装置を露出させた。

 

「まずい!みんなー!撤退するよー!」

 

危機を察知したメルは、眷属のヴァンパイア達に帰還指令を送る。

 

そして、メル自身も身体を戦闘に適した形態から元に戻し、遺跡からの逃走を図った。

 

「紫外線照射装置、展開!」

 

「間に合わない!?なら、せめて時間稼ぎをしなきゃ!はぁぁっ!【血壁(けつへき)】!」

しかし、ロボ子の両腕から間もなく光が照射される。

 

逃走が間に合わないことを察知したメルは、自身の血を大量に使用して血の壁を作り、少しでも日光を遮断しようと試みた。

 

「逃がさないよ!照射範囲を絞って……。展開……!【擬似神罰・太陽光柱(サンシャインピラー)】!」

 

「っ!きゃあああああああっ!?」

 

血壁に、光度を強めた太陽光を擬似的に再現したレーザーが照射されてから、僅か1秒後。

 

メルが自身の魔力を注いで強化した血の壁は溶け、光の柱はそのまま、メルの右脚を一瞬にして灰と化した。

 

「このまま、2本目の光を……!」

 

「逃げ……なきゃ……!【再構築】、【緊急離脱陣・流れ星】!」

 

メルは、莫大な量の血液と魔力を使用することで体組織を急速に再生させ、欠損した右脚をもう一度生やす。

 

そして、小型の転移陣を宙に描き、陣の名前通り、流れ星のように高速でどこかへ吹き飛んでいった。

 

この際、方向などはどうでも良い。

 

深い森の中であろうと、危険な恐竜が暴れ回る荒地であろうと、今ここで、危険な古代兵器のレーザーによって灰にされてしまうよりはマシだ。

 

眷属達は次々と焼け、灰となり、自分自身もどこかわからない場所へと逃亡することになってしまった。

この大惨事に、メルは、無理矢理捻り出したような悲痛に呟く。

 

「ごめんね、みんな……」

 

こうして、メルは眷属達の顔を思い浮かべながら、死者の谷を後にするのであった。

 

一方、ロボ子は、

 

「これで、眷属のヴァンパイアは全員倒したかな。みんな、ちゃんとあの世にいけますように。……さて、ボクはこれからどうしようかなぁ。とりあえず……今の世界を見て回ろうかなぁ!ボクが生まれた時よりも、文明はよわよわだけど……。その分、面白い魔法みたいなのがあるみたいだし!」

 

カプセル内で自身のメンテナンスを済ませた後、死者の谷を出て、付近の人里を探すのであった。




擬似神器


神話や歴史の中で語られる武器を擬似的に再現したもの

古代の文明は非常に栄えていた
故に、神話の再現も夢ではなかった

しかし、夢は鋼の少女を苦しめた
それでも彼らは手段を選ばなかった
栄光は、鋼の少女と夢があって初めて為されるものなのだ

彼らは、そう信じてやまなかった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人物紹介4

尾丸ポルカ

 

「おまる座」というサーカス団の座長を務めるフェネックの獣人。

 

元々は父親のサーカス団に所属していたが、方針の違いから派閥が分かれ、自らが率いていた派閥の団員を連れて新たに自分のサーカス団を設立した。

 

気さくで、人々を笑顔にすることが大好き。

 

ただし、ピエロのロールプレイをするのは苦手なのか、たまにボロが出そうになることも。

 

また、幻術を得意としている彼女は、その幻術をサーカスで披露するだけではなく、戦術に転用することもある。

 

最近は、獅子族の文明を取り入れ、機械に頼った幻術、いわゆる「ホログラム」にも手を出してみたらしい。

「……銀獅子族、滅びたみたいだけど……大丈夫か?これ」

 

金髪に映えるリボンは、かつて「異世界から来た少女」より貰い受けたものらしいが……。

 

 

紫咲シオン

 

魔界学校の黒魔術科(一年生)に所属する少女であり、「ナキリ」による襲撃の中で、唯一生き延びた生徒。

 

容姿や言動は少し幼いが、得意としている黒魔術は一人前。

 

ついでに、実はクソガk……ではなく、「(自称)オトナのお姉さん」。

 

黒魔術の中でも、特に物理的な力や光など、エネルギーを操る魔術が得意であり、魔術の使用が適さない環境でも、自身にかかる重力を魔術に肩代わりさせ、軽量化した身体を活かして素早く立ち回る。

 

また、自身を強化したところで太刀打ちできない相手だと判断した場合は、逆に相手を重くして魔術を使うこともある。

 

いずれの魔術も射程距離は短く、最近は「一気に距離を詰めることができる魔術」と、「遠くの相手を撃ち抜く魔術」を研究中らしい。

 

 

癒月ちょこ

 

魔界学校の保険医を務めていた悪魔であり、「ナキリ」による襲撃の中で、唯一生き延びた職員。

 

とろけるような声と妖艶な容姿で、「(通称)オトナのお姉さん」として、男女問わず生徒達からの人気は高かったが、実は以外と幼いところがある。

 

麻酔針や毒メスなど、医療器具を転用した道具で戦うことはできるが、本人は勿体無く思っているらしい。

 

また、保険医であるだけに白魔術が得意。

 

バフや体力回復の魔術で、生徒達の健康な生活をサポートしていたが……今やその技術は、完全に戦闘にしか使わなくなってしまった。

 

務めている学校がもう無いのだから。

 

 

百鬼あやめ

 

かつて、魔界学校の初代生徒会長を務めた鬼の戦士であり、その力故に、いくつもの世界に蔓延る鬼に対しての抑止力となっていた少女。

 

二刀流ならではの戦闘スタイルを活かし、絶え間ない連撃を繰り出して相手を翻弄する。

 

柄が黒い方の刀が「大太刀・妖刀刹那羅刹(ようとうせつならせつ)」、柄が赤い方の刀は「太刀・鬼神刀阿修羅(きじんとうあしゅら)」。

 

剣術の腕前は達人級で、様々な世界の流派を取り入れては、自身の技や妖術と組み合わせたりしている。

 

1500年も生きているためか、いくつもの流派を齧っているにもかかわらず、その一つ一つが極みの域に達しており、その技量は剣豪さえも凌駕するほど。

 

また、学生時代に妖術を嗜んでいたため、鬼火を操って戦うこともできる。

 

鬼にしては珍しく穏和な性格だが、鬼特有の狂気を抑え込んでいたため、いつか自分が内なる狂気に呑み込まれてしまう日を恐れていた。

 

しかし、そんな日が来る前に、彼女は突然に命を落としてしまう。

 

なぜ、熟練の剣士である彼女は死んでしまったのか。

 

そして、彼女を殺すことにメリットを感じる者はいたのか。

 

彼女の死には、あまりにも謎が多すぎた。

 

 

亡者の王、「ウルハ 【名称喪失】」

 

「カバー」の地に突如として現れた亡者達の軍団、その長。

 

一度だけ、自身の名を名乗ったことがあるが、狂気に呑まれているためか、まともな会話は不可能。

 

また、その際に名乗った名というのも、「ウルハ」より後が、何らかの影響により聞き取り不明な言語として発音されたため、「【名称喪失】」と表記せざるを得なくなってしまった。

 

主に白骨化した人間を含む動物達の死骸を操りながら「カバー」を徘徊し、行く先々を蹂躙する。

 

 

ナキリ

 

「ウルハ 【名称喪失】」の「オトモダチ」であり、かつては心優しき鬼の戦士であった少女の未練そのもの。

 

狂気に呑まれているためか、会話は不可能。

 

彼女のオリジナルである「百鬼あやめ」と比べて技量は落ちているが、それでも、二刀流と妖術を組み合わせた独特な剣術で、比類なき強さを発揮する。




魔界学校


カバーの深淵、すなわち魔界に存在する唯一の学校

小学校、中学校などの区別が無く、14年、もしくはそれ以上に渡って様々な教育が為される

魔術や妖術、呪術などの研究が盛んであり、それぞれに専門の学科が設けられるほどだ

しかし、そんな学校の長きに渡る歴史は、突然に終わりを迎えた
彼らは、遺骨に目を向けていなかったのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人物紹介5

姫森ルーナ

 

幻想世界、「カバー」の最南端に位置する「お菓子の国」を統治する女王。

「〜なのら」が口癖。

 

二年前にルーナの父である先代姫森王が死去してから、治安は変わっていないにも関わらず、何故かたった一人の王室で軟禁されている。

 

ルーナは忠実なる騎士をいつでもどこでも呼び出すことができる。

どんなカラクリでそんな芸当が可能になっているのかは不明だが、これが彼女の特殊能力なのかもしれない。

 

姫森王や近衛達は、ルーナに関する何かしらの情報を隠したまま、本人にそれを一切伝えていない。

彼らは一体、何を隠しているのだろうか。

 

 

夏色まつり

 

姫森ルーナの部下である召喚士達によって異世界から「カバー」へと転移させられた、元チアリーディング部の少女。

 

元々は何の能力も持たない少女であったが、この世界に来たことで、チアガールとしての活動で身につけた身体能力がさらに向上。

人間離れした身のこなしが、彼女の特殊能力となった。

 

美少女好きであり、(一応)主人である姫森ルーナに対してもデレデレしている。

 

しかし、歌を歌っている時の彼女は、まるで聖女のように清楚である。

「カバー」に来てからは、ルーナに元々居た世界の歌を聴かせているらしい。

 

 

アキ・ローゼンタール

 

「ブッシュ森林」の最奥に位置する、排他的なコミュニティを築くエルフ達の住処、「アルマ村」の巫女を任されているハーフエルフであり、不知火フレアの幼馴染。

 

代々、ローゼンタール家の女子は巫女として、祖先達のミイラが眠る「大地の神殿」に、「大地の唄(シャルイース)」を捧げる役割を担っている。

彼女自身もまだ、そんな巫女の一人である。

 

「大地の唄」は、自然の力を我が物とする奇跡。

唄を通して、木々や草花、人間以外の動物達と様々なやりとりが可能である。

 

フレアよりも歳下だが、「役割を与えられた者から大人として扱われる」アルマ村において、比較的幼い頃から巫女の役割を与えられていた彼女はフレアよりも先に大人として扱われるようになった。

故に、フレアからは「アキ先輩」と呼ばれている。

 

アルマ村は排他的なコミュニティを築いている。

故にだろうか、最近は外の世界に興味を示し始めた。

 

 

不知火フレア

 

「ブッシュ森林」の最奥に位置する、排他的なコミュニティを築くエルフ達の住処、「アルマ村」の警備隊長を任されているハーフエルフであり、アキ・ローゼンタールの幼馴染。

 

炎を自由に操る力を持つ。

ただし、炎が激しすぎると自身の身体に負担がかかり、それを超えて無理をした場合は、最終的に自身の身体も燃えてしまう。

 

また、弓矢の腕前も超一流。

百発百中。不知火の矢、避けること能わず。

 

アキよりも歳上だが、先に「巫女」という役割を与えられたアキはフレアよりも先に大人として扱われるようになった。

故に、フレアは親しみを込めてアキを「アキ先輩」と呼んでいる。

 

アルマ村は排他的なコミュニティを築いている。

故にだろうか、彼女は村の民が連れてきた者以外、一切の部外者を信用しておらず、問答無用で襲撃し、追放する。

それが例え、たまたま森に迷い込んだ者であろうとも。




ローゼンタール家


アルマ村の由緒正しい家系

とりわけローゼンタール家の女子は、生まれた瞬間から将来の役割を巫女と決められ、幼い頃から厳しい修練を強いられる

また、男子も祭司として、巫女と同様の修練をすることとなる
ローゼンタール家に生まれた時点で、命の運命は決められているのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天界より、啓示を込めて

〜天界学園〜

 

幻想世界「カバー」の上空には、一つ、大きな「消えない雲」が存在する。

 

その雲の上には神話や伝説に語られる「天界」と呼ばれる国が存在していた。

 

「9996!9997!」

 

そして、そんな天界の中央に位置する天界唯一にして小中高一貫の学校、「天界学園」。

 

その学園の体育館で、今日もトレーニングに励むを少女がいた。

 

「9998!9999!……10000!よし!今日のトレーニング終わりッ!」

 

指立て伏せを終えたこの少女は、天界学園生徒会書記、「天音かなた」。

 

容姿は幼いが、天界警備隊学校へ推薦入学が決定している、高等部の三年生である。

 

「ふぅ。……そういえば、僕も今年で卒業かぁ」

 

かなたは額を垂れる汗を拭き、一人、呟く。

 

指立て伏せを含む日課のトレーニングを終えた彼女の左腕には、金色の布に黒で「生徒会」と書かれた腕章がつけられていた。

 

「よーし、今日も頑張ろっ!」

 

そして、かなたは渡り廊下を伝って、まだ誰も来ていない教室へと向かう。

 

その日の天界では、至る所でトランペットが吹かれていた。

 

〜天界の果て〜

 

前日の夜、「カバー」の空には、一つの「箒星(ほうきぼし)」が輝いていたそうだ。

 

そして朝が来ると共に、天界の最西端に位置する、元は堕天使達の処刑場であった天界の身投げ場。

 

そこに、一つの隕石が落下した。

 

幸い、処刑場跡に寄り付く者など存在しなかったためか、人的被害は出なかったようだ。

 

しかし、身投げ場であった頃から残されている飛び込み台などは、すっかり吹き飛んでしまった。

 

そして、隕石落下から数分後。

 

卵から[[rb:雛鳥> ひなどり]]が産まれるかのように隕石が割れ、中から青髪の少女が飛び出した。

 

「ん〜!ここ、どこ……?」

 

彼女は、雲と処刑場時代の残骸が散らばっているだけの視界見渡しながら、3つの立方体を手の平に生成する。

 

「よし!とりあえず、ここでも匣使い(タクト・キューブ)は使えるみたいだけど……。でも、これからどうすれば良いんだろう?」

 

彼女は数十秒に渡って周囲を徘徊した後、ポン、と手を叩いて、

 

「とりあえず、人が集まってる場所を探すかぁ……」

 

身投げ場とは反対方向、天界学園の方向へと歩いていった。

 

 

 

天界

 

 

カバー上空に存在する、消えない雲

幻想が形を成した、天使達の国

 

しかし、物質・生物の変質が許される世界には、仕える御父も御子も去ない

 

それでも、彼らは天使を名乗るのだ

 

注:天界における「身投げ場」とは、処刑場の側にあることから、殺された罪人の死体を放り投げる場所のことをいいます。




文字数合わせのため、キャプションは本文欄に書きました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冷え切った背中

〜バッカスシティ〜

 

数日後。バッカス平原を抜け、雪原前の街、「バッカスシティ」へとやってきたラミィとぼたん。

 

追っ手を撒いたり、雪原の狼に何度も襲われたり疲れ切った二人は、バッカス平原へと向かう前に、この街で一休みすることにした。

 

「柔らかいベッドで早く寝たい……」

 

「最後にお酒飲んだのいつだっけ……」

 

二人は、とても疲れていた。

 

「ちょっと、そこのお姉さん達!」

 

そんな二人の前に、見るからに怪しげな男が近寄ってくる。何かを売ろうとしているのか、それとも、いかがわしい店の勧誘だろうか。しかし、

 

「ア?」

 

「はぁ?」

 

今のラミィとぼたんにとって、その男が何者なのか、そんなことは重要では無い。

 

……二人は、とても疲れているのだ。

 

「ひいっ」

 

脊髄反射で睨んだラミィとぼたんの圧力に恐れをなしたのか、男は何事も無かったかのように逃げていった。

 

「ベッド〜」

 

「お酒〜!」

 

こうして、二人は寝床の酒を求めて、吸い込まれるように近くの宿屋へと入っていった。

 

〜宿屋・201号室〜

 

「はぁ〜……やっぱりふかふかのベッドは最高だ〜……」

 

ぼたんは、部屋に入るなりベッドに飛び込み、そのまま寝息をたててしまった。

 

ライオンはネコ科の動物。

 

猫に「寝子」という当て字があるように、彼女もまた、睡眠欲には抗えないのであった。

 

〜宿屋・1階酒場〜

 

「んっ……ふぅ〜っ!やっぱり、『竜血』は美味しいなぁ〜……!」

 

一方ラミィは1階の酒場で、ブッシュ平原の南東に位置する小さな集落、「ムラサキ村」の銘酒である「竜血」を嗜んでいた。

 

大の酒好きである彼女にとって、村を出た日の前日以来、実に1週間ぶりの酒は、濃醇辛口の醸造酒、「竜血」と決めていたのだ。

 

久しぶりに大好きや酒を飲み、大満足のラミィ。

 

そんな彼女の元に、一人の少女が近寄ってきた。

 

「ねえ、お姉さん」

 

藍色のドレスに緑色の髪が映える少女。

 

「んぇ〜?どうしたの〜?」

 

「……【怨刻(えんこく)】」

 

「……っ!?」

 

その少女の右手から、ラミィの身体に「黒い何か」が流し込まれた。

 

違和感を覚えたラミィは、右肩に紫色の痣ができていることに気づく。

 

「さようなら、お姉さん」

 

「ちょっ、君、何を……!うっ!」

 

再び、少女の右手が紫色の光を発する。

 

すると、彼女の身体は闇に侵され、その身を呪いに少し侵食されてしまった。

 

「はぁ、はぁ……。ラミィの身体、どう、なって……?」

 

ラミィは痣を隠し、部屋に戻る。

 

そして、先に眠っていたぼたんの隣にある、もう一つのベッドに横たわった。

 

彼女に呪いをかけた緑髪の少女は、一体誰だったのか。

 

しかし、かの少女が誰なのか、何が目的でこんなことをしたのか、どれだけ考えても答えは出ず。

 

ラミィもまた、深い眠りに落ちてしまった。

 

 

 

この晩は、故郷の人々に出ていった事を責められ、拷問を受ける夢を見た。

 

ラミィは、一生消えぬ十字架を、その身に押し付けられたのだ。




醸造酒 竜血


古くから醸造されている、ムラサキ村の銘酒

濃く、またとてつもなく辛いことから、その味は竜の血に喩えられた

かの剣聖、百鬼あやめも、この酒を愛したという
アクの強いものには、物好きが集まるのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一条

〜ブッシュ森林・アルマ村付近〜

 

「出て行け、人間……!」

 

アルマ村警備隊の隊長である不知火フレアは、侵入者に向けて弓を構える。

 

「待って!話を聞いて!団長……って言っても分かんないかもしれないから……。私!私はノエル!白銀聖騎士団団長の、白銀ノエルっていうの!あなたは?」

 

一方のノエルは、腰に下げていたメイスと剣を地面に置き、敵意が無いことを証明するように、両手を挙げる。

 

「余所者に名乗る名など無い!」

 

しかし、血走ったフレアの目は依然変わりなく、構えていた弓を引き、ノエルの頭部を狙って矢を放った。

 

「うわぁっ!?」

 

ノエルは咄嗟に身を引き、同時に右脚から繰り出した蹴りで矢を弾く。

 

「なるほど、全身が武器というわけか……!なら、もはや話をするまでも無いな!」

 

「待って、話をしよう!?」

 

フレアの耳に、ノエルの声は届いていない。

 

村での様子とは打って変わって、別人のような口調で、警戒心と殺気を剥き出しにするフレアの行動には、もはや「白銀ノエルという人間を信じる」という選択肢は存在していなかった。

 

「……もう一度警告する!ここを立ち去れ!さもなくば、殺す」

 

「立ち去らないし、死なないよ!団長は、この村に用事があって……。これ、この紙、見て!今日は、アルマ村の交流を……」

 

ノエルは上官からの書類をポーチから取り出し、フレアに見せるように指差す。

 

しかし、フレアの視界は依然として弓を構えたまま、魔術を用いて矢に炎を纏わせた。

 

「立ち去らない、か。……あまり手を汚したくは無かったけど……」

 

「何で……何で、そんなに拒むの……」

 

頑なに交流を拒むフレアの前に、ノエルは拳を握りしめる気力も無く、ただ立ち尽くすばかりであった。

 

「ここは、そういう村なんだよ。そして私も、そんな村で教育を受けた。そうなるのは当然だろ」

 

しかし、外部の人間をそこまで拒む理由、コミュニティが閉鎖的である理由は、フレアにも解っていなかった。

 

「そういう」人々に囲まれ、「そういうふうに」教育され、成長し、もう200年以上も生きてきた。

 

閉鎖されたコミュニティの中で育ってきた彼女に、それ以外の考え方などあり得なかったのである。

 

「そんな、そんなのって……」

 

ノエルの声は、震えていた。

 

しかし、その声こそ届けど、想いがフレアの耳に届くことは無い。

 

「さらば」

 

フレアの火矢が、ノエルの頭部めがけて放たれる。

 

「はっ!」

 

直後、ノエルは飛び上がり、火矢の矢尻に冷気を込めた脚を当て、矢を弾くと同時に火を消し、そのまま防壁や木を飛び回りながら、フレアが弓を構えている[[rb:櫓>やぐら]]へと飛び乗った。

 

「登ってきたか。ならば……!【連矢(れんや)・浮舟落とし】!」

 

フレアはタイミングを合わせて、高速で矢を4連射する。

 

「はああああッ!」

 

しかしノエルは、その矢をメイスで弾き、4本目の矢を弾いたタイミングで飛び上がってフレアの背後をとった。

 

「なっ!?」

 

白銀ノエルは、巨岩をも破壊する怪力の持ち主。

 

彼女の手にかかれば、周囲の地形ごとフレアを跡形も無く消すことだって可能であったはずだ。

 

しかし、あろうことか、ノエルは背後から手を回し、フレアをぎゅっと抱きしめた。

 

「っ……!?」

 

4本目の矢を撃ってから、この一瞬で何が起こったのか、フレアには理解できなかった。

 

「こんな戦い、意味が無いよ……。だから、一旦落ち着いて。そして、話をしよう」

 

「……私の、負けか」

 

フレアは弓を降ろし、矢を矢筒に戻し、ノエルの方へ向き直る。

 

「良かった……!じゃあ、もう一回自己紹介するね。団長の名前は、『白銀ノエル』。白銀聖騎士団の騎士団長だよ」

 

武器を納めたフレアに対し、ノエルは改めて自己紹介をした。

 

「白銀聖騎士団……?聞かない名前だね」

 

「そう?そこそこ有名だと思ってたけど」

 

「いや、私が外の世界に疎いだけだと思う」

 

フレアは、自身の記憶を辿る。

 

しかし、やはりそんな名前の騎士団は、長老達にすら出てきたことが無かった。

 

「ところで……あなたの名前は?」

 

「私は『不知火フレア』。村の警備隊長をやってるんだけど……いやいや、まさか一対一で負ける日が来るなんてね」

 

フレアは、頭を掻きながら溜め息をつく。

 

「フレアっていうんだ〜!大丈夫、フレアも強かったから!戦ってて楽しかったよ」

 

「楽しまれてたのかー……そりゃあ勝てないはずだよね」

 

ノエルに攻撃する気が無かったとはいえ、あの白銀ノエルを相手に一応は無傷であったフレアも、相当な猛者なのである。

 

「ねえねえ、フレア。今日はさ、村に入れてくれなくても良いから……ちょっと、森の中を散歩しない?まずは、団長のことを信じて欲しいんだ」

 

ノエルは、まず彼女達の警戒心を解くところから始めなければならないと判断し、今日はフレアと遊び、少しでも、自身が村に害を及ぼす存在ではないということを信じてもらおうとした。

 

「いいよ、どうせ私は負けたんだし。今、こうして命があるだけでもマシだと思っておくよ」

 

しかし、言葉だけで解けるような警戒では無い。フレアは、まだ自身を捕虜として利用されると思っているらしい。

 

「団長はそんなにバーサーカーじゃないよっ!?……さ、行こ!フレア!」

 

ちょっとやそっとの会話で警戒心は解けなくとも、時間をかけて接すれば、必ず交流への糸口は見つかる。

 

ノエルはそう信じて、フレアの手を引く。

 

これが、アルマ村の未来を大きく変える、最初の出逢いであった。




白銀聖騎士団


白銀聖騎士団は、団長に白銀ノエルを置く騎士団

剛力無双の団長と名のある精鋭達で構成される、カバー最強の騎士団であった

かの団長に、死の文字は無い
今日も彼女は独り、任務に励むのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

桜吹雪と一陣の風

〜ムラサキ村・桜神社〜

 

冷たい風が吹く日の夜。

 

ムラサキ村の丘に位置する、桜を祀った小さな神社。

 

今日は、年に一度の奉納祭り。

 

紫と桃色、そして少しの赤で彩られた境内の中央では、桃色の装束を身に纏った少女が舞を舞っている。

 

そんな少女を、草むらから覗く怪しげな影があった。

 

「(さっきから、草むらの中に何かいるにぇ……)」

 

少女の名は、「さくらみこ」。

 

幼い頃から巫女としてこの神社で奉仕に励み、今では神主として務める、可憐な少女である。

 

舞にも集中しつつ、みこは付近の草むらに目を向けた。

 

「……?」

 

やはり、何者かの気配は消えない。

 

食糧を探しにきた野生動物がお供え物を狙っているのかと考えたみこは、一体何が供えられているのか、舞を舞いながら目を通すことにした。

 

そして、数分後。

 

舞が終わるとともに、音楽も止まる。

 

みこが一礼すると、村の人々は手を叩いたり、出店を見始めたりと、各々散り始めた。

 

そのタイミングを見計らってだろうか。

 

舞の直後、みこが少し目を離した隙に、お供え物から「人参」だけが見事に無くなっていたのだ。

 

「人参が……無い!?ど、どこいったーーー!!?」

 

みこは、必死になって辺りを探索する。

 

しかし、人参はどこにも見当たらなかった。

 

いつの間にか人参が無くなっていた。そのことが広まってしまえば、村の人々に少なからず不安が残るだろう。

 

みこは熟考の末、付近をよく観察してヒントになりそうなものを探すことにした。

 

生まれながらのエリートである自分に、不可能など無い。

 

……そう信じて止まない彼女は、神の奇跡を人間レベルに落とし込んだ追跡用の術、「【生気残し】」を使用する。

 

「足跡よ、出てこーーい!」

 

しかし、もうすでに犯人は付近から立ち去っているのか、この術によって見えるようになる足跡が、どこにも見えなかった。

 

「……しけてんにぇ」

 

みこは地団駄を踏みながら悔しがった。

 

〜TAKE2〜

 

「次は犯人じゃなくて人参を探すにぇ!【生気残し】!」

 

みこは再び、術を使用する。

 

今度は犯人ではなく、人参の生気を追う。

 

しかし、いや、やはりと言うべきだろうか。

人参は犯人に全て持っていかれてしまったのか、足跡、もとい残された生気は確認できなかった。

 

悲嘆に暮れるみこの背中に、再び、怪しげな影が一つ。

 

ひどく落ち込み、これからどうすれば良いかを必死に考えているみこに、影は懐から、一本の人参を差し出した。

 

「なーに落ち込んでるぺこ。これでも食べて元気出すぺこよ」

 

「あ、ありがとにぇ……ん?」

 

影から人参を受け取ったみこは、いざ、探していた人参を目の前にして状況を整理する。

 

「ん?どうしたぺこ?もしかして、人参は嫌いだったぺこ?」

 

「……【生気残し】!」

 

みこは両手を合わせ、祈りを込めて、「犯人」の生気を追う。

 

すると、たった今、生気の残滓を意味する煙は、みこに人参を渡した影の脚へと伸びていった。

 

「???」

 

「おめーが犯人かー!!!」

 

追っていた犯人である兎の獣人が目の前にいる。

このチャンスを逃すわけにはいかないと感じ取ったみこは、神主となって得た力、「桜花」を使い、辺り一面に桜の花を咲かせた。

 

「犯人っ!?どういうことぺこ!?」

 

「どうもこうもないにぇ!【包囲網・桜吹雪】!」

 

この神社には、桜が祀られている。

 

当然、そんな神社に桜の木が一本も植えられていないはずは無く、みこの術により、境内を囲む桜の木も次々と花を咲かせた。

 

そしてみこは、それらを一斉に散らせ、煙玉をも上回る隠密性を持つ桜吹雪を起こした。

 

「……ハッ!もしかして、ここの神主っておめーぺこかぁ!?」

 

「ご名答ッ!【桜花爆撃】!」

 

そして、みこは花びらに仕込んでおいた神秘の力を解放し、それらの一枚一枚を小型爆弾とし、兎の獣人を囲むように、爆撃を行った。

 

「ぺこーーっ!?」

 

全方位からの絨毯爆撃を受けた兎人間の少女は、どう足掻いてもみこの攻撃を防ぐことができず、全身に爆撃の傷を負う。

 

花びら一枚一枚の威力は強くないものの、おびただしい数のそれが全身を襲うのだ。

 

全身に強いデコピンを浴びるような感触だろうが、それでも全身に数百発ともなれば、さすがに身体能力が高い獣人といえども、無傷ではいられなかった。

 

「ど、どうだにぇ!」

 

「かぺぺぺぺぺぺ……」

 

人参泥棒の兎人間は、桜の花びらに包まれた状態で気を失っている。

 

みこは、彼女が付近の草むらに隠していた人参を発見し、それらをお供え物としてお社に戻した後、兎人間を抱き抱えて、居住スペースへと帰っていった。

 

この世界では、何かが起きている。

 

みこは、舞を舞っている最中に気付いたのだ。

 

「……赤い?」

 

赤。本来は提灯くらいしかこの場にないはずの色である「赤」が、境内を彩っていた。

 

みこは違和感を感じたが、それ以上、その赤について調べるといったことはしなかった。

 

 

 

彼女はエリートであった。それは確かだ。

 

彼女の勘は、神に奉仕する存在であるにもかかわらず、まるで神の如きものである。

 

とはいえ、彼女はまた万能ではない。

 

彼女は神では無いのだ。

 

 

 

ムラサキ村は、赤に染まる。

 

それは、甘酸っぱい恋の苺でも無く、人々を照らす焔の色でも無く、生臭い血の色さえ無い、ただ「大いなる赤」であった。




喰式


グラビティ・イーターの名で知られる黒魔術
「黒」の術式を残した魔術師の、新たなる遺品

かの魔術師は「黒」以外の魔術にも、本人にしか知り得ない術式を織り交ぜた

故にだろうか、グラビティ・イーターの名では何者も喰えぬ
鬼をも喰らうは神威を振るう、だが禍つ魔術である


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

流れ者

〜サーバ海〜

 

旧友を失った海を、たった一人で散策する少女。名を、宝鐘マリン。

 

彼女は今日も、空虚な残り香を、彼女との思い出を巡るため、小さな船を走らせていた。

 

すると、どんぶらこ、どんぶらこと、大きな紫玉ねぎのようなものが流れてきたのだった。

 

「ん?あれは?」

 

マリンは目を擦り、見間違いでは無いかと目を凝らす。

 

しかし、それは見間違いや幻などでは過去無く、異常な大きさの紫玉ねぎは、しっかりとそこに浮かんでいた。

 

「え?」

 

珍しさに惹かれてそれを回収してみた彼女だったが、マリンは、すぐにそれが紫玉ねぎでは無く、少女の頭髪であると気づく。

 

「お、女の子……?」

 

愛らしい顔つきに小さな身体、それに見合わない程に豊満な胸を持つ少女。

それが、海を流れていた紫玉ねぎの正体であった。

 

衰弱しきった紫玉ねぎの少女は、身体を小刻みに奮わせながら、今にも絶えそうなほどに浅い息をしている。

 

現役の海賊であるマリンは、かつて学んだ救助の方法を思い出す。

 

少女の服を脱がせ、水を吐かせるマリン。

 

そしてマリンは、裸になった少女の身体をタオルで包み、自身の身体を彼女の全身に密着させる。

 

「今はタオルくらいしか暖めるものが無いけど、せめて、船長の体温で少しでも暖まってね……」

 

この時のマリンには、下心など全く無かった。

 

 

 

目の前にいる、衰弱した少女を助けたい。

 

その一心で、マリンは自身の拠点がある島の方角へと帆を上げる。

 

そして拠点へ戻っても、衰弱した少女が目を覚ます翌日の晩まで、マリンは飲まず食わずで少女を抱きしめていた。

 

 

〜宝鐘マリンの武装紹介〜

 

1.ターン・オフ・ピストル(通称 クイーン・アン・ピストル)

リロードに時間はかかるが、安定性に優れた拳銃。

 

2.カットラス

海賊のトレードマークともいえる武装の一つ。片刃の剣で、ポピュラーな武器の割に、扱いには少々の慣れが必要。

 

3.ビキニアーマー

ジュストコールと呼ばれる上着の中に来ている下着、そのさらに下に来ている。肺や心臓など、急所を守るためだけの武装。

 

4.仕込み靴

彼女が履いているブーツの先端には、鉛が仕込まれている。また、アキレス腱を守るため、踵から足首辺りも鉛で保護されている。

 

 

〜宝鐘マリンの宝物庫(最重要指定物品)〜

 

1.古代兵器の部品

いつかの時代、どこかで用いられた兵器の残骸。かつて大きな戦争によって滅びた時代の遺物であり、かつて世を滅ぼした人の業そのもの。

 

2.名画「人柱」

世界を存続させるために、滅びつつある概念の代わりとして使われた人間の残滓を描いた油絵。




妖刀刹那羅刹

剣聖、百鬼あやめの得物である大太刀

かつて都を恐怖に陥れた悪鬼の呪いを受けた妖刀
故に忌み物とされる

後に羅刹は改め、高きものとなった
しかし、忌み物は忌み物だ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おまる座による、世界で最高に幸せな日

〜おまる座テント〜

 

バッカスシティの近郊に張られた、サーカス団のテント。

 

その中では、座長の尾丸ポルカと何人かの座員達が、昼の公演に向けて準備を始めていた。

 

「おーい!スバル先輩、あっち頼みま〜す!」

 

「あいよー!」

 

今日のバッカスシティ昼公演は、おまる座員によって構成されたアイドルグループのライブであった。

 

 

 

尾丸ポルカは父親のサーカス団から独立して以降、「尾丸ポルカによるおまる座である意味」、アイデンティティについて考えてきた。

 

既出の芸を極めようとする保守的な父親とは違う、何か他のことをしたい。

ポルカは寝る間も惜しんで考えた。

 

その結果、ポルカはプログラムの一つに、可愛らしい少女達による歌とダンスも取り入れ、サーカスと聞いて思い浮かべるような曲芸だけではない、アイドルグループとしての側面を持つサーカス団にしようと決意したのだ。

 

とはいえ、可愛らしいコロポックル達が和やかに歌ったり踊ったりするだけでは、観客を「和ませる」ことはできるが、「熱狂的になってもらう」ことは出来ない。

 

それでは、なけなしのコロポックル座員を出したところで、ただの箸休め的な役割しか果たすことができず、結果として、ただのサーカス団と同じになってしまう。

 

ましてやガチ恋など、もってのほかだ。

 

そう考えたポルカは、できる限り手を尽くして、美少女を集めることにした。

 

サーカスを観に来た少女をスカウトしたり、獣人の村へスカウトをしに行ったり……。

 

しかし誰一人として、おまる座のアイドルとなる少女は見つからなかった。

 

悲嘆に暮れていたポルカであったが、ある日、ポルカと同じく父のサーカス団を抜け出して来た、二人の先輩がテントを訪ねてきたのだった。

 

その一人が、たった今ポルカが「スバル先輩」と呼んだ中性的な容姿の少女、「大空スバル」。

そしてもう一人が、高原でハープを奏でていたところをスカウトされた少女、「角巻わため」であった。

 

 

 

一人目の少女、「大空スバル」。彼女は元々、銀獅子族に育てられていた出自不明の少女であったが、彼らの集落を訪れた尾丸父率いるサーカス団に憧れ、マネージャーとして引き取られた少女である。

 

しかし、いつしか自身もステージに立ちたいという想いが強くなり、尾丸父に相談したところ、頑なに否定され続けたため、抜け出してきたのだという。

 

「……ポルカの父親には、恩知らずだって言われても仕方ないっす。それに、何かすごい芸ができるわけでもないっす。でも、スバルだって、表に立ちたいんすよ!」

 

スバルの熱い想いに感銘を受けたポルカは、すぐにスバルを、諦めかけていたアイドルグループに勧誘し、スバルもまた、これをすぐに了承。

これが、おまる座の若きエース誕生の瞬間であった。

 

 

 

そして、二人目の少女である「角巻わため」。

彼女もまた、尾丸父の方針に合わず、抜け出してきた少女であった。

 

彼女は幼い頃に、尾丸父から直々にサーカス団にスカウトされたものの、繊細な音色よりもダイナミックな演奏を好むようになった尾丸父が、ハープの奏者を「お役御免」としてしまったが故に、抜け出してきたのだとか。

 

「私、スカウトされてからずっと頑張ってきたのに、突然クビにされて……だから、ポルカちゃんが良ければで良いんだけど……わためぇを、おまる座員にしてくれない……?」

 

角巻わためは、かつてポルカが父のサーカス団に所属していた頃から、容姿が可愛らしいと評判であった。

 

そして、楽器(ハープ)を演奏できるともなれば、音感にも期待が持てる。

 

ポルカはすぐさま彼女を受け入れ、アイドルグループの一員に加えた。

 

 

 

「まあ、歌って踊るプログラムを担当するおまる座員は今のところ、この二人とポルカだけかな。元マネージャーのスバル先輩、天才音楽家のわため先輩。二人とも、すごく可愛いんだよ」

 

ポルカは木の椅子に座り、テーブルを挟んで、ねねにアイドルグループのポスターを手渡す。

 

ちなみに、スバルとわためがポルカに「先輩」と呼ばれているのは、ポルカがステージに立てる程にまで芸が上達するより前に、尾丸父のサーカス団へ入団したからである。

 

「へぇ〜!この世界のサーカス団ってすごいんだな〜。アイドルグループもいるのか〜」

 

「ん?この世界?」

 

ポルカが聞き返したことにより、ねねは自身の失言に気づいた。

 

「う、ううん!?なんでもないよ、ただの独り言」

 

「ふーん……?っていうか、アイドルグループっていうの?歌ったり踊ったりする人たちのこと」

 

「え!?ま、まあ……ねねの地元ではそう呼んでたかも」

 

「へぇ〜。じゃ、ポルカもこれからそう呼ぼーっと」

 

「あ、あはは……」

 

ねねは何とか失言を訂正したり嘘で辻褄を合わせたりし、最後は笑って誤魔化した。

 

「……ところで、ねねち。ねねちは、そのグループの新メンバーになる気はある?」

 

「え?」

 

突然の勧誘に、ねねは身を引いた。

 

「あーあー、別に今日の昼公演までに歌と踊りを覚えろとか、そういう事を言ってるんじゃなくて……」

 

「えーと……?」

 

ねねは押し寄せる大量の情報に困惑し、首を傾げて眉をひそめた。

 

「今日の昼公演は、スバル先輩とわため先輩、それとポルカの3人で歌と踊りを観せるんだけど……もし今、ねねちにその気があるなら、最後に、新メンバーとして発表しようと思って……」

 

「ええー!?」

 

アイドルグループの説明をされた後に、そのグループに入らないかと誘われたねねは、さすがに驚きを隠し切れず、テーブルに両手をついて叫んでしまった。

 

「ほら、今までねねちには、衣食住の代わりにマネージャーをやってもらってたでしょ?見た目も可愛いし、お風呂で聞かせてもらった歌も上手だったからさ、これを機に表に出してみるのもアリかなーって」

 

「ええー……」

 

自分が、異世界のアイドルになる。

 

それは、ねねにとって青天の霹靂ともいえる、とんでもないサプライズだった。

 

しかし、自分にはこの世界を、カバーを救う使命がある。

 

いつまでも、このサーカス団に面倒を見てもらう訳にはいかない。

 

だから、だから、

 

「ごめんなさい、おまるん。ねねには、やらなきゃいけないことがあるんだ。……だから、ごめん」

 

この誘いは、断るしか無かった。

 

「……そっか。ま、変わった服装であんな路地裏に倒れてるくらいだし、何かしら訳アリかなーとは思ってたけどさ!じゃあ、とりあえず……その時が来るまでは、これからもおまる座で面倒見るよ。これからもよろしくなー、ねねち!」

 

「……!ありがとう、おまるん」

 

ねねは席を立ち、背面からポルカを抱きしめた後、洗濯物を取り込むため、テントの外へと出ていった。

 

「……昔見た、あの娘にそっくりだったのにな」

 

ポルカは一言呟くと、座っていたイスから立ち上がって、衣装に着替えるため、簡易更衣室へと向かった。

 

 

 

〜3時間後〜

 

本番直前。

 

テントには多くの客が訪れ、ポルカ、スバル、わための登場を、今か今かと待っていた。

 

そして、幕が上がると同時に、テント内は歌と歓声に包まれる。

 

3人のアイドルは、混沌とした「カバー」の辺境にて、

 

誰よりも、何よりも眩く輝いていた。




鬼神刀阿修羅


剣聖、百鬼あやめの得物である太刀

高きものの名が彫られたその刀は、悪しきを抑え、善きを高めるという

だが、修羅は善に非ずして悪に非ず
故にこの一振りは災厄と化した


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

虚なれども

〜ブッシュ平原〜

 

幻想世界「カバー」の中央部、ブッシュ平原。

 

その南側に位置する名も無き丘で、一人の女性は、山肌から滲み出る清き水のような美しい歌声を響かせていた。

 

辺りには、彼女の歌声を聴くためにやってきた動物達が座り込んでいる。

 

草食動物も肉食動物も、ここでは皆等しく彼女の観客であり、彼女もまた、彼らを分け隔てなく、平等に観客として愛していた。

 

 

 

草原の歌姫「AZKi」は、故無き少女であった。

 

生まれも知らぬ、育ちも知らぬ、そして、気付いた時には歌姫としてそこに「在る」、それがAZKiという少女であった。

 

自身が何者なのかもわからない。

 

歌姫となる前の記憶さえも無い。

 

彼女にあるのはただ一つ、歌だけであった。

 

 

 

そんなAZKiの元に、一人の少女がやってきた。

 

特に目的も無く「カバー」を旅する、放浪の少女。

 

「綺麗な歌声……誰が歌ってるんだろ〜」

 

その少女は、鋼の身体と優しき心を併せ持つ、死者の谷からやってきた古代兵器、ロボ子さんであった。

 

ロボ子さんは動物達に紛れて、偶然空いていたAZKiのすぐ前に座り、そのままライブが終わるまで小一時間ほど、ずっとAZKiの歌に聴き入っていた。

 

 

 

そして、ライブを終え、日が沈みかけた空を見上げていたAZKiは、ふと目の前に置かれているものに目を向けた。

 

「何だろ、これ」

 

やけに精巧な出来の人形である。

 

否、それは果たして人形と呼んで良いものなのか、それさえも曖昧なほど人間じみた、しかし無機質なものであった。

 

この世界に機械の身体を持つ種族は存在しない。

 

となれば、これは誰かからのプレゼントだろうか?

はたまた、観客の忘れ物だろうか。

 

いずれにせよ、この人形をこのまま放っておくわけにはいかない。

 

AZKiは、人形の膝の裏と肩甲骨にあたる部分に腕をかけ、人形を「お姫様抱っこ」で、自身の仮住まいである山小屋へと運ぼうとした。

 

しかし、

 

「重っ!?」

 

鋼の身体を持つ少女は、並大抵の力では少し地面から浮かせることさえ敵わない。

 

そして当然ながら、AZKiもその例外では無く、彼女が精一杯、人形を抱き上げようと腕に力を込めても、人形の方はビクとも動かなかった。

 

「……んん……?」

 

そして、そうこうしているうちに人形は再起動を始め、意識を回復させる。

 

「うわっ!?お、お人形が……!?」

 

何も知らないAZKiは、咄嗟に人形から手を離して3歩ほど引き下がったが、驚きのあまり、そのまま足がもつれて地面に尻もちをついてしまった。

 

「……ふぁぁ。あっ、おはよ〜。何で、丘でライブしてた人が目の前に……?」

 

人形、もといロボ子さんは、AZKiの歌を聴いているうちに眠ってしまい、そのままライブが終わった後も、AZKiが気がつくまでそのまま休眠モードに入っていたそうだ。

 

「お人形が喋ってる……?どういうこと……?」

 

AZKiは地面に座り込んだまま、ロボ子さんの全身を観察する。

 

人に似せて造られた精巧な身体、かと思えば、何故か膝下からはロボットらしいメタリックな造りで、さらに足の指は3本しか無い。

 

ロボ子さんの身体は、AZKiにとって初めて見るものばかりが組み込まれている、言わば謎の塊であった。

 

「えーと、驚かせちゃってごめんね?」

 

ロボ子さんは手を伸ばし、AZKiの前へ差し出す。

 

「ううん。こちらこそ、いきなり警戒しちゃってごめん」

 

そして、AZKiもロボ子さんの右手を両手で掴み、立ち上がった。

 

「ねえねえ、キミの名前は?なんていうの?」

 

ロボ子さんは目を輝かせながら、AZKiの手を引き寄せて聞く。

 

「私は『AZKi』。あなたは?」

 

「うーん、機体名しかわかんないけど……みんなからは、『ロボ子さん』って呼ばれてたよ。……気に入ってる呼ばれ方だから、AZKiちゃんも、そう呼んでくれるかな……?」

 

屈んで、上目遣いでAZKiに「お願い」するロボ子さん。

 

これも、彼女の記憶にインプットされていた情報だろうか。

 

ロボ子さんの口から出た「機体名」という言葉に少し戸惑いながらも、あまり気にしないようにして、AZKiは咳払いをし、その名を呼ぶ。

 

「わかった。……そうだ、ロボ子さん。今日は私の家に泊まっていかない?ボロボロな小屋だけど、もう、日も暮れそうだし……ここよりは安全なはずだよ」

 

AZKiは、初めての友人ができて興奮しているのか、ロボ子さんを自宅へと誘う。

 

「そういえばもう夜だね〜。お邪魔するよ〜。[[rb:量産機>ファミリアー]]達にも注意しなきゃいけないし」

 

「ふぁ、ふぁみ……?」

 

「知らない?『厄災』が作り出した兵器だよ?」

 

「厄災……?えーと、ちょっとわからないかも」

 

AZKiは、どこかで聞いたことがあるような、しかし、誰からも聞いたことが無いような言葉に、頭を捻らせる。

 

「そっかぁ。……やっぱりなんでもないよ、ごめんね、変な話ししちゃって」

 

ロボ子さんは、つい口を滑らせて出してしまった「厄災」という言葉をかき消すように話を切る。

 

それと同時に、ロボ子さんは今の時代にとっての厄災とは何かを考え始めた。

 

「ううん、大丈夫。昔のロボ子さんに何があったかはわからないけど、今はお友達でしょ?だから、大丈夫。……さ、行こう。もうこの辺りは危ないよ」

 

「うん!……えへへ、ありがとう!AZKiちゃん!」

 

二人の少女は、森の奥へと消えていく。

 

故知らぬ歌姫、AZKi。

 

古代兵器、ロボ子さん。

 

果たして彼女らをそう呼んでしまっても良いのか、それはわからないが、

 

また、「カバー」に新たな風が吹いたことは間違い無かった。

 

それは、冷たく強い、啓示の風か。

 

それとも、生温かい混沌の風か。

 

そして、空に雲がかかる頃、彼女らに再び朝が訪れる。

 

「んー……。おはよう、AZKiちゃん」

 

「おはよう、ロボ子さん」

 

二人はボロ屋から顔を出して朝日を浴びながら、互いの瞳を見合った。

 

誰かと一緒の朝。

 

それは、二人にとってかけがえのない、忘れ得ぬ日々の始まりであった。




変質


幻想世界「カバー」にのみ起こり得る事象

人が夢見た幻想の果て
想い続ければ願いは叶う
強い想いは形となる

欠けたものには与えられ、
満ちたものは変えられた
幻想とて、欺瞞の延長であった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Faker

〜姫森城・王室〜

 

「ルーナぁ〜!!えへへへ」

 

「ちょ、まつりちゃ先輩、暑いのら」

 

「いいじゃ〜ん!ぎゅー!えへへへ、えへ」

 

「んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

幽閉された王女と、異世界より遣わされた少女。

 

二人きりの王室は、今日も平和であった。

 

〜円卓の間〜

 

一方、高貴なる者達の座、円卓。

 

昼時である今、一人のメイドは食卓に昼食を並べていた。

 

少し赤色が濃い紫色の頭髪をもつ、小柄な少女。

 

彼女は、名を「アクア」といった。

 

「ふー!用意終わったー!さあ、後はルーナイトの人達を呼ばないと!」

 

彼女は、王の円卓に並ぶ騎士達に食事の時間を伝えるため、修練場へと向かった。

 

かつては9人居た女騎士達も、今では4人にまで減ってしまった。

 

そして王までもが死に、今の王座につく者、ルーナは幽閉されている。

 

そんな寂れた円卓でも、女騎士達は確かな誇りを持って座についていた。

 

しかし、それは彼らが円卓の騎士だからでは無い。

 

亡き姫森王のため、そして、止むに止まれぬ事情があり、幽閉されているルーナ女王のため、彼女らはせめて、そう有るしか無かったのだ。

 

その後、彼女と共に円卓へと訪れた4人の女騎士達。

 

一人は「赤目」の騎士、「フレイ」。

 

一人は「剛拳」の騎士、「アラネ」。

 

一人は「飛翼」の騎士、「リュウコ」。

 

そして彼女らを統べる騎士団長、「無垢」の騎士、彼女の名は「ノイン」といった。

 

「……ねぇねぇ、アクアちゃん。ちょっといいかな?」

 

「えっ!?は、は、ははははは、スゥ-……。……はい」

 

騎士団長のノインは、アクアの側へと近づいて耳打ちする。

 

「実はね、もにょもにょもにょもにょ」

 

「えっ!?」

 

「「「「しーーーっ!!」」」」

 

騎士達は、驚きのあまり声を出してしまったあくあに人差し指を立て、「静かに」の合図を送った。

 

彼女らが歩む道は、秩序か混沌か。

 

「無垢」のノイン、「赤目」のフレイ、「剛拳」のアラネ、「飛翼」のリュウコ、召使いでありながら、「水陣」と呼ばれるアクア。

そして、「羽」の夏色まつり、「姫」の姫森ルーナ。

 

城の影が西へと伸び始めた黄昏時。

 

彼女達にとって長い長い夜が、近づきつつあった。

 

 

〜円卓の騎士名簿(生存)〜

 

《無垢》ノイン

聖職者出身の戦士。格闘術にも優れた、戦闘のエキスパート。

 

《赤目》フレイ

文字通り、赤い目玉をもつ珍しい人間。得意とする武器は弓矢だが、刀の扱いにも慣れている。

 

《飛翼》リュウコ

翼が生えた竜人。炎を自由自在に用いて戦う。また、身体の一部を竜に変えることもできる。

 

《剛拳》アラネ

拳を極めた武闘家。怪力もさることながら、恐るべき技量を持つ。




円卓の騎士

おかしの国を治める王家に仕える女騎士団
女王ルーナの剣であり盾である

幾度の戦いを経て、彼女らは少なく、しかし強力になっていった

彼女達の欠けた座に代わりなど無く、欠けた者は骸も残らないという


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

虚空へ

〜魔界学園跡〜

 

「うわぁ……。え、ええ……?これ、現実?」

 

紫咲シオンと癒月ちょこが立ち去ってから、数時間後。

 

現世より魔界へ戻った一人の少女が、魔界学園の跡地を訪れた。

 

ポップな服とショートパンツ、バッジを付けたキャップを身に纏った紫色の頭髪をもつ少女、「常闇トワ」は、つい少し前まで学園だった瓦礫を漁り、現在の惨状を改めて理解する。

 

「受け止めたくなかったけど、まさか現世に行ってる間に母校が……」

 

再び瓦礫を漁り始め、ロッカーに収納しておいた私物が無いか探すトワ。

 

すると、指先に何やら奇妙な感触を覚えた。

 

「……ッ!?」

 

まだ暖かく、ドロッとした感触の何か。

 

未知の感触に、慌てて瓦礫の中に突っ込んでいた右手を引き抜く。

 

すると、

 

「うわ、あ、あああああああああああ!!?」

 

自身の右手には細かな肉片と、べったりとした血が付着していた。

 

「あ、あ、ああ……こんな、こんなことって、あああ!おかしいと思ってた!トワ様、ここに来る途中で誰にも会わなかった!おかしかった!避難し終わったんじゃなかった……。皆、避難する前に……!ああああああああ!!?」

 

あまりに死が間近で、クリアに入る赤き視界。

 

彼女は付着した肉片を振り落とし、急いでこの場を立ち去ろうとする。

 

しかし、

 

「ヴヴヴヴヴ、アアアアアア……」

 

ここは、シオンとちょこが立ち去ってからまだ数時間しか経過していない、魔界の底。

 

未だ燃え続ける火と、[[rb:其処彼処>そこかしこ]]に見られる血痕、そして温かい肉片。

 

……いないはずが、なかった。

 

理性を失い、狂気に呑まれた怪物にして元剣聖、ナキリ。

 

赤く光る彼女の目には、血肉に怯え、今にも逃げ出さんとする悪魔の姿が映っていた。

 

「あわわわわわわわ」

 

「ヨ……ハ……アァ」

 

よろめきながら、トワへと近づくナキリ。

 

トワは後退りしながら、魔術の詠唱を始める。

 

「に、逃げなきゃ」

 

「ガァァァッ!(【偽巌流(がんりゅう)百鬼獄斬(ひゃっきごくざん)】)」

 

「ど、どうしよう、とりあえずこれでもくらえーっ!!【死神の鎌(サイス・オブ・カリ)】ッ!」

 

半ばヤケクソになりながら、トワは覚悟を決め、黒魔術で死神の鎌を模したエネルギーの塊を投げつけた。

 

しかしナキリは、構えていた炎を纏う刀で鎌を真っ二つに切断すると、あっという間にトワの側へと接近する。

 

「……ッ(【偽鏡心明智流(きょうしんめいちりゅう)断焔(たちほむら)】」

 

そしてナキリの刀からは、今までとは違う赤黒い炎が飛び出し、

 

「っ!!?」

 

間一髪、トワの頭部が真っ二つになることは避けられたものの、ちょうど頭皮のすぐ側を掠めた刃が、被っていたキャップを跡形も無く焼き尽くしてしまった。

 

「ハァァ……」

 

「ト、トワの帽子がっ!!」

 

ナキリは、トワの被っていたキャップを焼き切り、あともう一度、その大太刀を振り下ろすだけで、トワの全身を跡形も無く焼き払ってしまう、それほどまでに追い詰めた。

 

しかし、突如として形勢は逆転。

 

「余、余、余、ハ……」

 

ナキリは身を(ひるがえ)し、その直後、頭を押さえて苦しみ始めたのだ。

 

「え、なになになになになになに、どうしたの突然」

 

「ガァァァァァァァァァァァァァァァ!ヨ……ハ……余、余、余……。余は、余は、もう、し、ォアアア、余、ああ」

 

地に膝をつき、悶えるナキリ。

 

彼女を苦しめるものは、僅かに残った意識の残滓か、それとも彼女の意識を覆い隠している狂気か、それはわからないが、ナキリは心を締めつけられるような、そんな痛みに襲われていたのだろうか。

 

「これってもしかして、トワ様、逃げるチャンス!?」

 

そしてトワは、その隙を突いて「黒」シリーズから派生した浮遊魔術を使い、その場から立ち去ろうとする。

 

しかし、どれだけ苦しもうとも、ナキリは影を、トワの姿を見逃してはいなかった。

 

「ハァァ……」

 

「ヤバいッ!?」

 

ナキリは落としてしまっていた刀を右手で握り、構えをとる。

 

刀身には赤黒い焔が宿り、ナキリの角が伸び始め、辺りには火花が舞い始めた。

 

そして、次の瞬間。

 

「【偽京八流(きょうはちりゅう)烈葉(れつよう)】」

 

鋭き刃は、風の如し。

 

猛き焔は、黄泉の如し。

 

「……っ」

 

刀から飛び出した焔は、そのままトワの全身を焼き尽くし、あっという間に消し炭と化してしまった。

 

しかし、

 

「身体がっ!!」

 

トワは、それで終わる悪魔では無かった。

 

そもそも悪魔とは、主に固定の肉体を持たない、魂あるいは概念の化身とされることが多い存在である。

 

故にだろうか。

 

トワは身体が焼き尽くされようとも、帽子があった頃の身体を服ごと模し、「常闇トワ」という概念そのものの化身となる。

 

そして、せめて仮の身体だけでも逃れようと、悪魔である彼女の存在までは削りきられてはならないと、トワは覚悟を決め、間一髪、「黒」の魔術によって「上に沈む」ことにより、ナキリの視界に収まらない場所まで逃げることに成功した。

 

今のトワには、そうする以外の選択肢が無かったのだ。

 

視界に収まりきらない場所へ、何も無しに昇り得ぬ場所へ。

 

 

 

一方、魔界学園に残されたナキリもまた、どこかへの移動へ向けてか、刀を納めて覚束(おぼつか)ない足取りで、魔界学園を後にする。

 

今は亡き百鬼あやめを求めてか、或いは、魔界や地上の新たな命に飢えてか、それとも、特に考えなど無しに徘徊しているだけか。

 

ナキリはもはや、その名を持つだけの意識すらも残っていなかったのか、それさえも今の彼女にとっては定かではなかった。

 

 

 

今の「百鬼あやめ」は器であった。

 

器というものは、文字通り何かの器となるものでしか無いが、器にも器であるという概念は存在する。

 

そして、それらの一つ一つが、幸せであった頃の彼女を、これからもそうありたかったと思念する彼女を苦しめた。

 

意図的なものではなく、想起もしていない。

 

ましてや、意識さえもとうに失われている。

 

しかし、それでも思い出してしまう。

 

ナキリのものではないソレを、脳内が駆け巡り、回り回ってナキリの胸を締め付ける。

 

理性を無くしても、忘れ得ぬ記憶だけが彼女を留めているのであった。







幻想世界「カバー」は、外部からの干渉を受け付けない

故に、監視者達は何者かの瞳を通して世界を見る必要がある

そこには、視界が個人のものであるが故の歪みが発生することを憶えておかなければならない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

芸術

〜ムラサキ村・桜神社〜

 

奉納祭りの翌日。

 

結果として未遂に終わったとはいえ、奉納された人参を盗もうとしていたぺこらは罰として、丸一日みっちりと働かされることとなった。

 

「あー、楽だにぇ〜」

 

長椅子に寝転び、緑茶をすすりながらゆったりと寛ぐみこは、まず初めに、居住スペースと境内の掃除を命じた。

 

普段のみこは、境内の掃き掃除こそ毎日やっているものの、居住スペースはというと、数日〜十数日に一回。

 

人の目につかないところとなると、多くの人間は「掃除しなきゃ」という思いよりも「少しくらい汚くても良いや」という思いが勝ってしまいがちになってしまう。

 

しかし、今日ばかりは違う。

 

何故なら、掃除をするのはみこではなく、ぺこらだからである。

 

「なんでぺこちゃんがこんな目に……」

 

「人参ドロボーなんかするからだにぇ」

 

定期的に愚痴をこぼしながらも、掃除は真面目にやるぺこら。

 

「……なーにジロジロみてるぺこ」

 

座椅子に寝転がり鯛焼きを片手に、窓を拭くぺこらを眺めているみこの視線は、本人が思っていたよりもぺこらに伝わってしまっていたらしい。

 

「桜を眺めてただけだにぇ」

 

温かな目で見守っていることがバレてしまったみこは、咄嗟に視線を逸らし、誤魔化す。

 

しかし、どうやらみこの態度が裏目に出てしまったのか、ぺこらにはそれに気付かれてしまったようである。

 

「あれれ、もしかしてぺこちゃんのことが心配で目が離せなかったぺこか〜?」

 

「外を見てただけだって言ってるにぇ」

 

「またまた〜!そんなに遠くばっか見てるから、人参なんて盗まれるぺこよ」

 

「おめーが盗まなきゃ良かった話じゃねーかよーー!!」

 

自分のことを棚に上げ、みこを煽るぺこら。

 

みこが立ち上がって地団駄を踏む。

 

その瞬間、

 

境内の奥、丁度みことぺこらに対して死角になるところあたりから、爆発音が聞こえた。

 

「ええええええっ!?」

 

「ひゃああああっ!?」

 

驚きのあまり、背筋を伸ばし大声で叫びながら飛び上がる二人。

 

「何が起きたぺこ!?」

 

「お社の方……!みこ、ちょっと行ってくる!」

 

みこは右手に持っていた鯛焼きを口に詰め込み、緑茶を飲み干して、縁側から境内へと駆け出した。

 

「ええーっ!?突然ぺこねぇ!?……これ、ぺこーらも行った方がいいぺこ……?行く……?行っちゃう……?……行くかぁ」

 

そしてぺこらも、何となくで察した空気感に呑まれてか、あるいは直感・本能の赴くままにか、みこを追って境内へと向かった。

 

当然だが、ぺこらはこの瞬間に逃げようと思えば、逃げ出すことは容易であった。

 

しかし、それでもぺこらは、境内へと走って行くみこを何故か追いかけてしまったのだ。

 

「はぁ、はぁ……!え、何でついてきてるの!?」

 

「しらねーぺこよ!何となく、ついてきちまったんだぺこ!」

 

「えぇ〜……!?」

 

ぺこらの、無いに等しい行動原理に戸惑いながらも、しかしペースを乱さずに走り続けるみこ。

 

いつになく本気なみこの姿に、彼女の姿を見た通りすがりの村人達は、先の爆発音と併せて、「これから何か、ただならぬ事が起きようとしている」のだということを察したのか、村と平原の境目にあたるアーチの辺りへと集まり始めた。

 

「何があったんだ?」

「オイオイオイ」

「みこおねーちゃん、いそがしそー」

 

村人達が不安そうに境内を見つめる。

 

そして、噂の渦中にある桜神社の境内。

 

「あ……」

 

そこには、御神体ごと原型をとどめない程までに壊れきってしまった、もはや社とも呼べない瓦礫の山と、それを前に立ち尽くすみこの姿があった。

 

「……こんなのって……ないぺこじゃん……?」

 

あまりの惨状に言葉も出ず、ただ大粒の涙を流すみこ。

 

そんなみこの背後に立つぺこらは、もはや目の前が見えていないであろうみことは違い、社があったはずの場所、境内の奥から現れた一つの影にいち早く気づくことができた。

 

「うふふふふふふふふふふふっ!!あーっはっはっはっはっはっはー!!」

 

そして、ぺこらに見つかったことに気づいた影の正体である金髪碧眼の少女は、何を思ったか、突然に高笑いを始めた。

 

「おめー、何者だぺこ……。何を笑ってるぺこか……?」

 

見る影も無い程に砕け散ってしまった社と、その瓦礫の上で華麗に舞いながら笑い声をあげる、謎の少女。

 

ぺこらは謎の少女を見つめ、深く、深呼吸する。

 

目の前で声も出さずに泣いているのは、自身が人参を盗もうとした相手であり、それを妨害し、この身に罰を与えてきた、憎っくき巫女だ。

 

しかし、それでも「絶対的な狂気」を目の前にしたぺこらは、小声で妖術の詠唱を始めながら、固く拳を握る。

 

自身のしようとした悪行を棚にあげる結果になったとしても、ぺこらは、彼女の全身を駆け巡った静かな怒りを抑えつけようとは思わなかったのだ。

 

そして、そんなぺこらとみこの前で、一回転した後に一礼し、どこからともなく取り出したメガホンを構え、嬉々として叫んだ。

 

「はあちゃまっちゃまー!!!みんなー!はあちゃまのお社爆散ショー、楽しんでもらえたかしらーー!!」

 

その目は純粋で一切の澱みも無く、しかし光も無く、また、焦点が合っていなかった。

 

「あ、あ、あ」

 

幼き頃から、ずっと側にあった社。

 

それを満面の笑みで、まるで安物のおもちゃを壊すかのように破壊されてしまった。

 

自身が頑張って管理してしたものを。

巫女として、神主として、自身が在るべき拠り所を。

幼き日から共にあった、数々の思い出を。

 

目の前には、それらが全て否定されたかのような惨状だけが、ただ残っている。

 

みこは気をおかしくしたのか、膝から崩れ落ちるように座り込み、そして、唇を震わせたまま地面に突っ伏してしまった。

 

「うふふふふふふふふふふふっ!じゃあ、破壊工作(ショー)も終わったことだし、今日はこれで失礼するわね!ばいばーい!」

そして金髪の少女は、これ以上、村や神社の鳥居を壊すでもなく、二人に危害を加えるでもなく、何故かそのまま立ち去ろうと足元に転移陣を描き始める。

 

しかし、そうは問屋が卸さない。

 

「逃さねーぺこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

小声で詠唱を済ませていたぺこらは、兎人間の一族に伝わる妖術の一つ、【月繰り】によって、妖力と擬似的な月光を固めて生成されたモーニングスターで、金髪少女の腹部を強く打ち、転移陣の外へと吹き飛ばした。

 

「きゃああああああああっ!?」

 

そのまま吹き飛ばされた勢いで桜の大木に打ちつけられた金髪の少女。

 

そんな金髪少女の目前には、御神体であった銅鏡と桜の枝を持ち、目からは光が失われている巫女の姿があった。

 

「……ブツブツ」

 

「あっ」

 

そして次の瞬間、

 

「【聖罰執行(たたり)八咫鏡(やたのかがみ)】」

 

「……!!」

 

みこは表情一つ変えず、金髪の少女に銅鏡から発せられる淡い紅、桜色のエネルギー弾による掃射を絶え間なく行った。

 

「……え、ちょ、やりすぎじゃねーぺこ?このままだと境内ごと吹っ飛ぶぺこよ!」

 

ぺこらは数歩後退し、絶えず境内にエネルギー弾幕を張り続けるみこに向かって叫ぶ。

 

しかしその声がみこの耳に届くはずも無く、みこはその後も数分間に渡って、銅鏡からエネルギー弾を放ち続けた。

 

〜数分後〜

 

「……はぇ」

 

そして、やっとのことで魔力が尽きたみこはその場に倒れ込む。

 

気を失ってしまったのだろうか。

みこは銅鏡を抱えたまま、静かに寝息を立て始めた。

 

「……終わった、ぺこ?」 

 

舞い上がる土埃の中から現れたぺこらは、みこを探して境内を歩き回る。

 

そして、みこの姿を確認すると、ぺこらはみこを背負……えなかったためだろうか。

 

おびただしい数の兎を召喚し、兎の群れと協力して、みこを居住スペースの寝室へと運び込んだ。

 

 

 

一方。

 

「……ううっ、痛い、痛い……」

 

自慢の金髪は乱れ、顔には砂が付着し、ところどころが破れたドレスを着たまま、少女は境内の裏に位置する崖を下って、何とか落ち延びた平原に、転移陣を描き始める。

 

予定通りの成果ではあったものの、予定以上に損害を受けてしまった。

 

「これじゃあ、だめ……。もっと、もっと削がないと……」

 

 

 

赤は、憶えていた。

 

「赤」、それは偉大なる赤、尊厳ある赤。

 

赤のみが赤であり、赤は赤となる。

 

そして、赤は赤に赤を立て、赤を示す。

 

その果てに在った「赤」は、まさしく赤と赤、それそのものであった。

 

しかし、彼女は知らなかった。

 

理解できなかったのだ。

 

 

赤は赤であるが、 は赤では無かったと、その意味を理解できなかったのだ。




銅鏡


桜神社の社に神の依り代として祀られていた、ただ銅の形を整えただけの鏡

桜神社の崩壊と共に、その銅鏡はさくらみこの魔術触媒となった

本来は聖職者が魔術を使うなど、許されざる背徳である
銅鏡は、せめて信じる神性を残すための器なのだろう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宿り火 〜Episode of Coco〜

〜ブッシュ平原〜

 

野原に降り注ぐ太陽の光が煩く感じるほどに晴れた、とある朝。

 

一頭の飛竜は、自身の巣としている小さな林の中心部で、ヨダレを垂らしながら眠りこけてしていた。

 

「グゥゥゥゥゥゥゥ……グガー……」

 

小鳥はさえずり、リスがどんぐりを口に詰め込みながら木を登る。

 

しかし、そんな穏やかな朝は、飛竜の歪む顔と共に終わりを告げた。

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」

 

「グッ」

 

微睡む飛竜は、大声を出しながら落下してきた何者に鼻先を強く刺激され、思わず唸り声をあげてしまう。

 

「いたたたたたたた……」

 

「オイオイオイオイオイオイオイオイ、朝っぱらから何ですかいきなりー?」

 

大きなあくびとともに、その身を炎に包む飛竜。

 

「ごめんなさーい!途中で羽が動かなくなっちゃって……」

 

そして、飛竜はその姿を尻尾を生やした人間、俗に言う竜人へと姿を変えた。

 

「やれやれ。ヘッドバッドで起こされた時は、『どこの組のもんや』って思ったんですけど……その様子だと、まだ飛べないタイプの天使みたいですねぇ」

 

竜人は目を擦り、伸びをしながら天使の話に相槌を打っている。

 

「ドコノクミ……?うーん、よくわからないけど、地上で暮らしてるドラゴンなのに、天使に詳しいんですね!」

 

巷では野蛮であると言い伝えられ、恐れられている飛竜が、襲ってこないどころか、本来は地上に生きる者は自ら調べようとしない限り、その単語を耳にすることさえ無いような、天使のことまで知っているという「物知りなドラゴン」を前に、感心する天使。

 

「そりゃあ、長く生きてますからねー」

 

それもそのはず。

 

彼女は竜人として過ごす時、自分にとって年齢相応である、人間にして高校生くらいの姿をとっている。

 

しかし、これでも彼女の実年齢は3500才。

 

ドラゴンを基準とすれば未成年とはいえ、彼女は「カバー」の文明が築かれ始めた頃にはもう生まれていたということだ。

 

当然、それだけ長く生きていれば、一度くらいは天使についての話題も耳に入ってくるわけである。

 

「えっ、何歳……?」

 

「3500」

 

「わあすごい」

 

取り繕わず、驚きのままに簡素な反応を返す天使。

 

「つーか天使、何でこんなところに落ちてきてんだ」

 

そんな天使が、なぜこんなところにいるのか。

竜人は空を見上げ、天使の羽に目を移しながら問う。

 

「あー……それはですねえ、コホン。……実は、空を飛ぶ練習をしてる時に、小さい隕石に煽られて……」

 

「あー、天界だとたまにあるらしいですねぇ。ま、あんま地上までは落ちてこないみたいですけど」

 

「そうなんだよ〜。もう、同い年の仲間はみんな飛べるのに、僕だけ飛べなくて……」

 

天使は大きなため息とともに、肩を落とす。

 

そして、そのまま地面に寝転がってしまった。

 

「うぉぉぉぉーーい!天使公オメー、なーに勝手に人の寝床で寝転がってんじゃーーい!!」

 

「あっ、ここって巣だったんだ……」

 

「あたりめーだろぉ!!」

 

天使の首を掴み、布団として使っている藁の外へと連れて行く竜人。

 

「首根っこ掴まなくたってよくない!?」

 

竜に慈悲など無かった。

 

 

 

その後、二人はしばらく談笑し、ムラサキ村付近や広い草原を探索した後、辺りに障害物が無い平原で、飛竜は翼を大きく広げた。

 

「ホレ、背中に乗りな!ワタシが天界まで送り届けてやんよ!」

 

「え、いいの!?」

 

「いつまでもウチに居座られるわけにはいかねーですから」

 

「ちぇー、もうちょっと地上を楽しみたかったんだけどな」

 

「地上なんて、成長したらどーせ任務の時に嫌でも行かされますよー。さ、いくぞー!3!2!1!テイク・オフ!」

 

「うん……おわああああああああああああああ!?」

 

飛竜は勢いよく翼を羽ばたかせ、空高くへと飛び上がった。

 

「乗り心地はどーですかー?」

 

「勢いがすごすぎて……ッ!」

 

「サイアクですかー!ではではー?もっと飛ばしていきましょー!!!」

 

「ぎゃああああああああああああああ!!」

 

さらに速度を増し、高度も上げていく飛竜。

 

しかし、高度が低い時こそ笑って高度を上げていた飛竜であったが、あるものが視界に入った瞬間、その表情は一気に曇った。

 

「……オイオイオイオイ、これは……ヤベーんじゃないですか……?」

 

「え……?何あれ……!?」

 

二人が見ている位置、目線の先には、炎を纏いながら落下してくる、村一つを丸々飲み込んでしまうほどに大きな大岩があった。

 

しかし、ここはもう空。

大岩など落ちて来るはずがない。

 

「……ということは」

 

「隕石……だね。しかも、最近降ってきたものの中では多分一番大きいよ」

 

飛竜は目を丸くしたまま、さらに速度を上げ始めた。

 

「……危ないですけど、とりあえずオメーを天界まで届けるっていうプランは変えませんよ!」

 

「ありが……あああああああああああああ!!」

 

飛竜は、目から黄色の光を発しながら、さらに高度を上げる。

 

そして、僅か5分後。

飛竜は、雲海を抜けて天界の身投げ場へと姿を現した。

 

「よーし着いたぞ天使公ー!降りろー!」

 

「はいさー!……ありがとう、えーと……そういえば、お互いの名前聞いてなかったね。僕の名前は『天音かなた』。天界学園生徒会の書記だよ」

 

「ワタシは『桐生ココ』!桐生会三代目会長で……これから、ヒーローになるドラゴンだーッ!!」

 

天使を降ろした飛竜は、大きく一度吠えた後、全身から炎を放出しながら、さらに上空へと飛び去って行く。

 

「え、ちょ、ココ!?何する気!?」

 

「ワタシが隕石を砕くんですよォッ!このままじゃあ、事務所も村もダメになっちゃいますからね!会長として、やるべきことをやるだけですよ!」

 

「ココ!?戻ってきて!いくらドラゴンでも無理だよ!ココ!ココーーーッ!!」

 

「Good byeー!mother fu【ピー音】erー!!おつドラゴーン!!!」

 

熱圏・中間圏を突破し、成層圏の上空20km地点を突破する隕石。

 

ココは鱗に力を込め、自身の身体を硬化させる。

 

身体を包む炎はより一層勢いを増し、隕石との距離も少しずつ近づいてくる。

 

しかし、ココは恐れない。

そして、振り向きもしなかった。

 

背後からは、かなたの泣き崩れる声が聞こえる……ような気がしていた。

 

つい数分までで聞いていた声で、「地上でできた、初めての友達なのに」と。

 

距離は遠く離れ、声など聞こえるはずが無かった。

 

しかしそれでも、ココ自身が、かなたにそう思っていて欲しいという願望を抱いていることからきた幻聴であったとしても、ココは迫る隕石を前に、こう呟くのであった。

 

「……ありがとう。本当に数時間の仲だったけど、楽しかったですよ、親友」

 

そして、視界の全てを隕石が埋め尽くす。

 

衝突まであと数秒。

 

ココは、最後に虎の子を放つ。

 

「【擬似概念変換(イミテーション)私の英雄(ドラゴン・オブ・ドウジマ)】」

 

「擬似概念変換」。

 

これは、彼女が使った「身体の硬化」など、自身の「飛竜である」という概念を用いた身体強化や魔術の使用などが、しばらく概念的に封じられてしまう代わりに、自身の求める概念に見合った能力や武具などを一時的に得ることができるという、自身の描くものによって結果が吉とも凶とも出る、ある種の賭けとなる禁術である。

 

それでも、彼女はこの力を使った。

 

それは、自身にとっての英雄である「彼」を信じていたからである。

 

とある雨の日に見た、恐ろしくて、暗くて。

 

しかし、激しく、熱い、そんな夢。

 

異世界から流れ込んできた何者かの記憶であろうか、彼女が思い浮かべたのは、その夢に現れた一人の男の姿であった。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!【Like a Dragon】!!」

 

 

 

ココは最後に、夢を見た。

 

自身と、かなた。

 

そして、未だ見ぬ悪魔と姫、羊と共に、一つの机を囲み、騒ぐ夢を。

 

 

 

「あぁ、この記憶は……」

 

 

 

「……どこか、『彼』がいたような世界でなら、きっとわたしは、こんな……」

 

 

 

 

 

一閃。

 

眩い光で空を照らす、炎を纏った黒の球体は、一頭の飛竜と共に砕け散った。

 

 

 

「ココぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

喉が枯れても、涙が出なくなっても、小さな天使は泣き叫んだ。

 

友の死を嘆き、悲しみ、その心を青に染めた。

 

 

 

 

 

「……あれ?おかしいな、涙が……」

 

「わため?どうした?」

 

「なんか変じゃないっすか、わため先輩?」

 

「ううん、よくわからないけど、急に悲しくなって……。何でだろ……うっ、ぐすっ」

 

 

 

「……ココちん?………………あれ?トワ、今なんて言った?ココちんって誰……?でも、なんか聞き覚えがあるような。あれ、悲しくなってきたぞ……?やばいやばい、どうしよ……何で、どうしてこんなに悲しく……」

 

 

 

「んな?」

 

「ん〜?どうしたの、ルーナ?」

 

「……何でかはわからないのらし、誰かもわからないのらけど……誰か、大切な人が、旅立ってしまった時みたいな気分なのら」

 

「……」

 

「ルーナにもわけわかんねーのら。でも、でも、でも……泣いちゃうくらい悲しいのら……!」

 

「ルーナ」

 

「まつりちゃ先輩?」

 

「まつりには、その人が誰なのかわからないけど……その人はきっと、ルーナにとって大切な人なんだと思う。その人が幸せになれるように、お祈りしよう。それに……まつりも、何でかはわからないけど……その人の幸せを、願いたい気がするし」

 

「……ん」

 

 

 

 

 

光を纏い、燃え尽きる黒。

 

そこに、見慣れた飛竜の姿は無かった。

 

赤い鱗も、黄色の目も、鋭い角も、荒々しい尾も。

 

しかし、そんな彼女を最期まで見つめていたかなたの羽は、いつの間にか、橙色のオーラを纏っていた。

 

 

 

翌日。

 

「……え?」

 

かなたは、今まで練習してきた通りに羽を動かし、宙へ浮かぶ。

 

「ここまではよし。問題はここから……!」

 

そして、上下前後左右へと方向転換しながら、様々なシチュエーションでの飛行を想定し、練習する。

 

「あれ……?できる!できるぞっ!?今までは、急に高さと角度を同時に変えようとすると、羽が言うことを聞かなかったのに!」

 

かなたは少し高度を上げる。そこから、昨日乗っていたかつての友が飛んでいた際の姿をイメージしながら、自身の身体を操った。

 

「おおおおおー!!これは、これはすごい!どうしちゃったんだ、僕!?」

 

そして、一通りの練習を終えたかなたは、ふと、自身の羽に目を向ける。

 

「……少し、橙色っぽくなったかな」

 

目を瞑る。

 

天使は、これまでで最も交流していた期間が短く、そして最も仲が深かった、親友のことを思い出す。

 

そして、

 

「もしかして、この羽……この橙色って」

 

羽に、友の残滓を見出した。

 

「……あはは、まさかね」

 

かなたはいつものように体育館へ向かう。

 

「9996!9997!」

 

地面に右手の人差し指を立て、その指と両足の先だけで伏せたり、戻したりを繰り返す、指立て伏せを、日々のトレーニングに組み込んでいるかなた。

 

「9998!9999!……10000!よし!今日のトレーニング終わりッ!」

 

そして、日課のトレーニングを終え、ふと、窓の外を見た、その時だった。

 

「……!?」

 

窓の外では、一頭の大きな飛竜が飛び回っていた。

 

ココとは違う、金色の身体を持つ飛竜。

 

それでも、かなたは飛び回る飛竜の姿から、大いに元気を受け取った。

 

「よーし、今日も頑張ろっ!」

 

かなたは、赤き飛竜の顔をデフォルメで描いたパッチを刺繍したジャージから、白と水色を基調とした制服に着替え、金色の布に黒で「生徒会」と書かれた腕章を左腕に付ける。

 

渡り廊下を歩く、一人の小さな天使。

 

今日は大雨、そして、現在の因果に緊急事態が起こる可能性を一定以上感知した際、警告として鳴ると伝えられている、大天使達のトランペットは、細かく、激しく音を鳴らしている。

 

しかし、それでも天使は怯えていなかった。

 

「僕には、ココがついている」

 

彼女は竜のように猛々しく、そして、熾天使のように強い芯を持つ。

 

キセキを結んだ少女は、確かにそう在ったからであった。

 

 

 

 

 

〜???〜

 

 

 

「……朝日が」

 

 

 

「それにしても、不思議な」

 

 

 

「いや、もしかしたら、こっちが」

 

 

 

「この名前、どこかで」

 

 

 

 

 

「……ああ、そうでした」

 

「わたしは、わたしの名前は」




飛竜の魂


隕石を破壊するため、自らを贄とした飛竜の魂

天使が自身の羽に見出したこの魂は、永劫滅すること無く、生涯、友の羽に在り続けた

猛き飛竜に、恵みあれ



「会長、本当にお疲れ様でした」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人物紹介6・7

ロボ子さん

 

かつて、旧文明の聖騎士団によって作られた、人型女性アンドロイド(AI搭載ロボット)であり、最終兵器。

正式名称は[[rb:Radical buster crusade Type3O>ラディカルバスタークルセイド・タイプスリーオー]]。

 

現代の「カバー」では、「古代兵器」に分類される。

 

かつては魔物に対して容赦無く振る舞うようにプログラムされていたが、現在はAIの学習量が膨大になり、組み込まれているプログラムに逆らうことができるようになった。

 

ただし、ロボットにとって「絶対的な本能」であったプログラムだが、今でもそれは「考え方」として反映されている。

 

古の聖騎士団にとって唯一無二の兵器であった彼女は、容姿から性能まで、とことん拘って造られた。

 

故に、ただエネルギーの塊を放出する純粋な破壊兵器としてから、強力な紫外線を照射する装置のような、何かに対して効果を発揮するものまで、ありとあらゆる状況に対応できるように様々なツールが仕込まれ、設計されている。

彼女ほどの高性能ロボットは、先にも後にも存在しないだろう。

 

唯一の弱点は、ポンコツであること。

彼女が「人間」というものを学習し過ぎてしまった結果である。

 

……一体、どこで何を間違えたのだろうか。

 

 

夜空メル

 

「ウルハ 【名称喪失】」の「オトモダチ」であり、ヴァンパイアの群れを統べる長、「ヴァンパイアロード」の少女。

 

夜空のような瞳と、金星にも似た髪色を持つ。

 

容姿が非常に可愛らしく、それに惹かれてしまったがために血を吸われ、眷属と化した人間も少なくない。

 

自身の血液を自由に操ることができる。

 

また、普段のメルは特に他の吸血鬼と比べて強力というわけでは無いが、右眼を赤く染めて爪と牙を一時的に伸ばし、吸血鬼としての力を最大限まで解放すると、他の吸血鬼とは比べ物にならない程の身体能力を発揮できる。

 

弱点は日光(人工的に作った擬似的な日光も含む)、十字架、ニンニク、熱いワインなど、吸血鬼が苦手とするもの。

どれだけ力を得、解放しようとも、吸血鬼としての弱点は克服できなかったようだ。

 

 

天音かなた

 

天界学園にて、生徒会書記を務める心優しき少女。

 

人間でいうところの、高校三年生にあたる学年に所属しており、身体は小さいながらも、最高学年の生徒として、後輩達に大きな背中を見せている。

 

彼女には体質的な問題で飛行能力が備わっていない。

 

その分、陸での行動に適した高い運動神経を持ち、また、腕の緊密度が非常に高い。

 

〜新説〜

 

彼女には、かつて友であった飛竜がいた。

 

彼女は、羽に友の残滓を見出した。

 

故にだろうか、今の彼女は飛行が可能となっている。

 

 

星街すいせい

 

宇宙の彼方より飛来した彗星の内に幽閉されていた、青髪の少女。

 

彗星の内に封じ込められていた理由も、正体も不明だが、かつては星のように輝いていたであろう彼女の瞳は、幾許かの狂気を秘めている。

 

長年に渡って彗星の内に篭っていたためか、「彗星」の概念を付与されている。

故に、微々たるものであるが彗星の力を操ることができる。

 

身投げ場に咲く、一輪の使者。

彼女の名を、星街すいせいといった。

 

 

兎田ぺこら

 

ムラサキ村付近に生息する兎の獣人族、その長。

 

兎ならではの脚力が自慢で、逃げ足の速さ故に、盗賊として高い技量を持つ。

 

素直ではないが根は優しく、また、小悪党としての一面を見せつつも、絶対悪は許さない正義感も持ち合わせている。

 

 

さくらみこ

 

ムラサキ村の丘に建造された神社を管理している神主兼巫女。

 

瞬時に桜の木を生やしたり、硬化させた花びらを桜吹雪のように散らしたりすることができ、それらはまさに神の如き業であった。

 

自称エリートで、実際に「桜の巫女」として強力な力を振るうことができる実力者だが、かなりのポンコツ。




古代兵器


現代よりも遥かに文明が発達していたが滅びてしまった過去の文明、俗に言う旧文明の人々により製造された兵器

銀獅子族の銃器や無人空撮機をも凌駕する技術を用いて製造されている

自我を持つロボット、脳波感応式パワードスーツなど、様々なものが存在した
しかし文明の崩壊と共に、その技術もまた、遺物ごと世界から姿を消した

過ぎたる力は身を滅ぼす
文明もまた、人と同じであった





赤は、生きとし生けるものの赤、また、赤であり、赤でもある

赤の赤そのものでもあり、赤の裏側も赤

赤は赤にして成り、赤は赤にして赤る

赤赤、赤

赤赤、赤赤赤


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人物紹介8

湊あくあ

 

彼方の海より「カバー」へと流れ着いた、マリンメイドの少女。

 

出で立ちは不明であり、水色のメッシュが入った紫色の頭髪をもつ。

 

世界には、自分とよく似た人間が数人いるらしい。

そして、それは彼女とて例外ではないのかもしれない。

 

 

大空スバル

 

サーカス団「おまる座」に所属する、出自不明の少女。

銀獅子族によって育てられた。

 

ボーイッシュな装いと中性的な顔立ちが特徴で、おまる座では元気系アイドルとして、男性のみならず女性からも高い人気を博している。

 

どこからどう見ても純粋な人間のようだが、種族は獣人らしい。

 

 

角巻わため

 

サーカス団「おまる座」に所属する、羊の獣人。

 

ポルカの父親が座長を務めるサーカス団のコンセプトが変わったことで、得意であったハープ奏者をクビにされてしまったため、おまる座へとやってきた。

 

また、ハープを用いた様々な戦闘手段を持ち、奏でる曲によっては、傷ついた人々を癒すだけではなく、特定の位置を爆発させたり、対象の恐怖心を増大させたりすることもできる。

 

 

AZKi

 

一切の故も知られぬ歌姫。

 

生まれや育ち、及びその他の情報全てが不明であり、名前が「AZKi」であることと、歌姫であるということ以外、本人も知らない。

 

ブッシュ平原にて、種族を問わず動物達をその歌声で惹きつけていたように、歌で生きとし生けるものの心に安らぎを与えることができるほどの美声をもつ。

 

彼女が歌姫たる所以、それは誰もが知覚し、誰も知覚しきり得ないものだ。

 

 

常闇トワ

 

魔界学園の生徒であり、地上への留学を終え、魔界学園へと帰ってきた。

 

種族が悪魔であるため、身体はあくまでも魂を入れる器としての役割しか持たず、たとえ身体が破壊されても、霊体となって生きることができる。

 

悪魔であるにも関わらず、記憶している闇の魔術は少ない。

代わりに、純粋な魔力に頼る魔術に長けている。

 

 

赤井はあと

 

行動力が高く、可憐な容姿を持つ少女。

 

各地を飛び回り、様々な種族の文化を学んでいる。

 

気さくで親しみやすい性格の彼女だが、行く先々で爆発事故が起こる不運な体質であり、日々、彼女の頭を悩ませているのだとか。

 

 

はあちゃま

 

「赤井はあと」によく似た容姿をもつ、サイコパス少女。

 

破壊を好み、また、それを「芸術」と称して楽しむ。

 

一切の悪意を持たないが、故に行動原理が純粋であるため、その姿は破壊と混沌を求める狂戦士そのものである。

 

彼女自身が「狂気」という概念の影響を色濃く受けているため、リソース以外の制限を全て無視し、様々な世界の「禁忌」、或いは「混沌」の概念を多く内包する魔術を、我がものとして扱うことができる。




闇の魔術


行使するにあたって、何かしら後ろめたいものを孕む魔術を、人はいつしかそう呼んだ

普遍的な魔術師とされる人々が扱う「白魔術」や「黒魔術」とはさらに一線を画している、言わば禁忌にして禁術である

それを振るうは深みに触れた者か、或いは無を見た者か
はたまた未知を覗き、届かぬ己を知った者だろうか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最初の試練

〜???〜

 

どこかの世界における「和」という概念を取り込んで構成された、「カバー」と他の世界を繋ぐ小さな世界、どこかの世界に属する人々とっては、どこでもない場所。

 

小さな町のような世界の大通りを、一人の狼少女は駆ける。

 

「あらあらミオ様、おはようございます」

 

「あっ、ミオ様だー!おはよー!」

 

「みおしゃま〜!」

 

「あっ、みんな、おはみぉーん!今日はちよっと急いでるから、もう行くねー!」

 

狼少女の大神ミオは、人々に手を振りながら、前へ前へと足を進めた。

 

「フブキ、いるー?」

 

そして、神社の境内を模したゲーマーズの拠点へと向かったミオは、慌ててフブキの元へと駆け寄る。

 

「いるよー。どうしたの?」

 

「さっき、ねねちから無言の通話がかかってきたんだけど……何かあったってことなのかな?」

 

自らの水晶をフブキの前に置き、ミオは頭を抱えて座り込んでしまった。

 

「それは確かにちょっと心配だねぇ」

 

「どうにかして、水晶でねねちの様子を見ようとも思ったんだけどね、どうにも上手く映らなくて」

 

「誰か、ねねちの様子を見に行ってくれる人がいればいいんですけどねぇ〜……。いかんせん、わたしたちは人員が足りないのが弱点だし……」

 

「「うーん……」」

 

二人は何とかして、ねねの様子を見ることはできないものかと考えてはみたものの、それらしき案が思い浮かぶことは無く……。

 

そんな二人の背後に、いつの間にか耳を澄ませて話を聞く犬と猫の姿があった。

 

「ねぇ」

 

猫改め、おかゆがミオの肩を軽く叩く。

 

「うわっびっくりした」

 

後ろを一切警戒していなかったミオは、座ったまま、ほんの少しだけ飛び上がる。

 

「人員なら、ここにいるよ?」

 

「こーねたちに任せて〜」

 

そんなミオを横目に、おかゆところねは、異世界へと飛ぶためのゲートを指差した。

 

「うーん……でも、大丈夫ですか?二人とも、『カバー』に直接行ったことは……」

 

「「無いよねぇ」」

 

「うん、やっぱりフブキかうちが行くしかないね」

 

おかゆところねの転移を諦め、転移陣を起動して新たな協力者を呼び出すべく、準備に取り掛かるフブキとミオ。

 

それを見たころねは、おかゆに一つの提案をする。

 

「ねぇねぇおかゆ?……あの魔法陣って……こーね達でも描けるかな?」

 

「うーん……あんな魔法陣、見た事ないな〜。ミオちゃんは魔術の専門家だから、ぼく達じゃ描けないようなものを描いてるんだと思うよ」

 

「そっかぁ〜」

 

ミオの扱う魔術は、長年占い師兼魔術師として磨き上げてきた、言わば職人技である。

 

それを、魔術に関してはほぼ素人であるおかゆところねに、コピーなどできるはずも無く……その提案は、あえなく却下ということになってしまった。

 

「でも、簡単な転移陣なら、ぼくでも描けるよ?」

 

「ほんとぉ!?」

 

「うん。ぼく達、『カバー』に行ったことは無いけど、監視はよくやってるでしょ?だから、どんな陣を描けば転移できるかくらいは覚えたよ」

 

「さすがおかゆ〜!」

 

ころねは、おかゆを強く抱きしめた。

 

「えへへ……ありがとう、ころさん。じゃあ、描くよ。……それそれそれそれっ!」

 

「おおー!」

 

素早く手を動かして陣を描くおかゆと、側で見守りつつ、おかゆに妖力を送るころね。さながら夫婦の共同作業であった。

 

「できたよ〜。さ、乗って乗って〜」

 

「あいよー!」

 

ころねは胸を高鳴らせながら、おかゆが描いた陣に乗る。

 

そして、おかゆも陣に乗り、追って陣に転移のための妖力を注ぎ始めた。

 

「おかゆんところね……やめる気は、無いみたいだね」

 

フブキとミオにバレない程度には、隠密に事を勧めていた二人。しかし、周囲を流れる妖力の流れを見逃すフブキでは無かった。

 

「うん!ねねちのことも心配だし、カバーにも行ってみたいし!」

 

「ちゃんと連れ帰ってくるから、任せて」

 

おかころ、開き直る。

 

「……わかった。ミオも、行かせていいかな?」

 

「もちろん。でも……気をつけてね。『カバー』は、多分だけど大ピンチ……まさに今際(いまわ)そのものって感じだから」

 

フブキは、二人の目に宿る輝きを、決して見逃さなかった。

 

この二人なら、必ずねねと共に今のカバーを変えてくれると、そう確信したのだ。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「またね〜」

 

二人は、そう言い残して転移を始めた。

 

おかゆところねは、空間と空間の狭間を抜けるトンネルを通じ、幻想世界「カバー」へと向かう。

 

「カバー」の地上や展開には魔力や妖力が溢れすぎているため、外の世界から影響を与えにくくなっている。

 

そのため、陣を通じて、「カバー」の下部、魔界に限り無く近い空間を通じて、地上へと向かうルートで転移しなければならず、転移完了までに時間がかかるのである。

 

「ねぇねぇ、おかゆ」

 

「どうしたの、ころさん」

 

「あっちの世界、パン屋あるかな」

 

「うーん……わかんない。そういえばぼく達、あんまり市街地は覗いたこと無いね」

 

「うん。おかゆがこーねのパン食べたくなった時に、パンが知られてない世界だったら不便だなと思って」

 

「確かに、変なもの作ってると思われたらめんどくさいかもね。……おにぎり屋もあるかなぁ」

 

「おにぎりって、パンよりマイーナじゃなかったっけ?」

 

「多分だけど、それは『マイーナ』じゃなくて『マイナー』だよ、ころさん」

 

「ありゃ」

 

「でも……ころさんの言う通り、ネチャネチャしたタイプのお米じゃないと、おにぎりはうまくにぎれないから……あったとしても、場所は限られるかもね」

 

「そんな〜。おかゆの能力って、おにぎりを食べるとパワーアップするやつなんでしょ?」

 

「うん。だから、戦う機会が無ければいいんだけど……もし、戦わなきゃいけない時があったとしたら、その時までにパワーアップの方法を見つけないと、戦いでは、ころさんに頼りきりになるかも」

 

「もしそうなったら、こーねに任せて!!おかゆの分まで頑張るから!」

 

「ありがとう、ころさん」

 

「行き先にパンとおにぎりがあるか」、片方は能力に関係する深刻な話ではあるが、側からみれば観光客のような会話をしながら、時間と空間を越え、様々な力が溢れる地上と天界を避け、魔界を通り、地の底を抜け、数少ない時空間の穴を通り抜け、流れるケガレとすれ違いながら「カバー」の地上へと向かった。

 

 

ねねが向かった穴の中か、或いはどこか知らぬ地か、二人はとある地に降り立つ。

 

そこは、

 

「「……えぇー?」」

 

かつてフブキとミオが覗いていた、死の王「ウルハ」と、その「オトモダチ」が巣食う、旧い城であった。




おにぎり


炊いた米を手などを用いて握った、異世界或いは異国の郷土料理のようなもの
インディカ米は粘り気が少ないため、おにぎりを作るには適さず、ジャポニカ米が推奨される

「おむすび」と「おにぎり」は同一ものとされるが、とある国では、三角のものに限って「おにぎり」と呼んだり、俵型のものを「おにぎり」と呼んだりするなど、その呼び方には諸説ある

猫又おかゆは共通して「おにぎり」の概念に当てはめているため、彼女の能力に、握り方や形は関係しないようだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

姫森ルーナ誘拐事件

〜姫森城・王室〜

 

とある日の黄昏時。

 

「……ルーナ姫。ちょっといいかな」

 

「無垢」の騎士であるノインは、ルーナが幽閉されている部屋へ忍び込む。

 

「どうしたのら?ノインちゃ?」

 

現在、姫の部屋には一部の部下と異世界人のまつり以外、立ち入りが禁止されていた。例えそれが、近衛兵の立ち位置を確立している円卓である四人さえもである。

 

「ノインが王室に来るなんて珍しいね」

 

まつりが、この城に召喚されてから、はや数週間。城内をある程度散策することが許されているまつりは、いつの間にか、現在生存している四人の近衛や、その円卓を主に担当している召使いとも仲を深めていたのだ。

 

「……姫森ルーナ姫。夏色まつり様。お二人を、誘拐させて頂きます」

 

ノインは、いつに無く丁寧な口調でルーナの部屋へと侵入し、ルーナとまつりを両脇に抱える。

 

「ちょ、ちょ、なんなのら!?」

 

「もしかして……まつり達、拐われるの?」

 

ノインは、ルーナイト達の中でも圧倒的な筋力を持つ者として知られている。

 

そんなノインにとって、少女二人を持つことなど造作もないことであった。

 

「大丈夫。悪いようにはしないから。ただ……ルーナイトが、良くないことを企んでるみたいだから、二人の身を一回遠くに離すだけ」

 

「……裏切り者でもいたのら?」

 

「わからない。もしかしたら、団長達の方が裏切り者なのかもしれない。でも……そうだとしても、とにかく今は一刻も早く離れた方がいい」

 

「……まつり達の知らないところで、いろいろ起こってるみたいだね」

 

「ルーナ姫。すぐにフレイとアクアが合流するから、今はとにかく、団長に身を任せて。後で、アラネとリュウコも合流するはずだから」

 

「円卓みんなで来るのら?」

 

「うん。……さあ、お城を出るよ。壁を突き破るから、埃とか砂とかが入らないように、目を閉じといてねッ!」

 

「わかったー!」

 

「りょーかいなのらー!」

 

ノインは走りながら大剣を構え、大ジャンプの後に一回転。

 

「……【響く力(エコー)】」

 

ノインの右肩から右肘、右手から剣先へと、まるで重力そのものかのようなエネルギーが、電撃のように伝う。

 

その大剣は、周囲の花壇や訓練場の門を吹き飛ばし、城の内壁を貫き、そこから離れた外壁にも大穴を開けた。

 

〜姫森城・庭園〜

 

「んなぁぁぁぁぁぁい!久々の外なのらー!」

 

王室に軟禁されている身であるルーナにとって、外へ出る機会は貴重なものであった。

 

現在、ルーナに外を歩かせる際は、有事の際に備えて、円卓の騎士を最低二名は護衛として同行させなければならないという決まりがある。

 

円卓の騎士の数が多かった頃は、二人がルーナの護衛についたところで、残りの騎士達が他の任務にあたることができていた。

 

しかし、今やその円卓も四人。

 

その四人の中から二人を割くことができる機会は少なく、ましてや普段の巡回や討伐任務もあるため、いつの間にか、ルーナが外に出ることができる機会は無くなってしまっていたのだ。

 

〜おかしの国・城下町〜

 

「ノイン!お待たせ!」

 

「フレイ!」

 

「赤目」で知られるフレイが、屋根の上から刀を携えて合流する。

 

「フレイちゃ、弓はねぇのら?」

 

「ごめん、なんか今日は弓の調子が悪くてさ。結構時間かけて整備してもガタガタだったから、刀で出てきちゃった」

 

「フレイが刀なんて、珍しいね」

 

「うん。でも、弓にも負けないくらい自信はあるから大丈夫!背中は任せといてよ」

 

「ごめんね、まつりが戦えないせいで、ルーナの護衛に集中できないでしょ?」

 

「ぜーんぜん。一人守るのも二人守るのも変わらないよ。邪魔者は全員倒して、味方は全員守ればいい。……ただ、それだけでしょ?」

 

「か、かっけぇのら〜……」

 

「フレイ、結構脳筋なところあるよね……」

 

「そう言うノインも、脳筋そのものみたいな戦い方してるじゃん」

 

「あれ、円卓ってもしかしなくても脳筋の集まり……?」

 

「多分そうなのらね」

 

町の人々が騒ぎ立てる中、邪魔する兵士達を蹴散らしながら、城下町とブッシュ平原とを繋ぐ門へと到着した。

 

しかし、門を突き破らんと大剣を構えた、その時。

 

「突撃ィー!!」

 

ノインやフレイと同じ、残された円卓の騎士であるリュウコとアラネが、同時に奇襲を仕掛けてきたのだった。




響く力


異世界より紛れ込んだ幻想

とある少年は殺人鬼と相対する際、この能力に目覚めた

敵との相性があまり良くなかったため、あえなく敗北を喫したが、その能力は、確かに彼の成長に繋がった

この能力は、特定の対象一つに、並大抵の人間では動くことさえ難しいほどの強い重力をかける

ノインは、その幻想を己が物として用いた
ただ、それだけのことだろう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

未知との遭遇

〜天界の果て〜

 

天界の果て、身投げ場。

 

その外れ、処刑場跡にて、一人の少女は目的も無く彷徨っていた。

 

「ここどこ〜?なんかフワフワしてるし、ちょっと息苦しいなぁ」

 

彼女の名は「星街すいせい」。彗星の中から飛び出した、故知らぬ青髪の少女である。

 

すいせいは、残されていたギロチンから刃を抜き取り、刃の裏面を持ちながら、処刑人が着ていたであろう装束を身に纏った。

 

装束は、かつて血に塗れていたのだろうか。

 

赤黒いシミが全体にみられた。

 

「ん……?」

 

突然に、辺りの空が真っ赤に染まる。

 

そして、すいせいの周りを、罪人達の霊が囲み始めた。

 

「あれっ、もしかしてこれ……呪いの装備だったり……?」

 

戸惑うこともできないまま、悪霊の群れがすいせいを襲う。

 

いかにも普通ではない処刑人の衣類を身につけるという軽率な行動によって、突如として訪れた窮地に、なす術もなく倒れてしまうかと思われた、その瞬間。

 

「【流れ星】」

 

すいせいは星々に祈りを捧げ、周囲に彗星の如きスピードとパワーをもったエネルギー弾を撒き散らした。

 

なす術なく倒れていくのは、すいせいではなく悪霊の群れ。

 

彼女から放たれた無数のエネルギー弾は、悪霊達ごと処刑場跡一帯を破壊していく。

 

雲は破れ、処刑台は砕け散り、居住区と処刑場を分かつために置いてあったであろうバリケードも、塵さえ残さず吹き飛んだ。

 

「よし!星の力も使えるね!ここがどこだか分からないけど、ゲームの世界かな?なんでこんな事になったんだろう?」

 

すいせいは一人、両手の拳を握って、自身の力を確かめる。

 

握られた両手には、微かに冷たい、しかし蠢くエネルギーのようなものを感じた。

 

早速訪れた厄介ごとを払いのけ、市街地へ出ようとしたすいせいだったが、無人だったとはいえ、これだけ周りを巻き込んでおいて、タダで済まされるはずが無い。

 

物音を聞いて駆けつけた、天界学園の生徒会書記である天使、「天音かなた」が、羽を橙色に輝かせ、すいせいの眼前に立ちはだかったのだ。

 

「ちょっとちょっとちょっとー!何してるんですかこんなところでー!……これ、全部あなたがやったんですか……?」

 

「お、現地の人かな?あー!羽生えてる!」

 

慌てるかなたと、初めて会う現地人に感心するすいせい。

 

その温度差は、さながら氷山とマグマであった。

 

「この辺の住民はみんな羽生えてますよ?」

 

「何で?妖精?……いや、天使?」

 

「天使です。妖精の羽は、もっと細長かったり、透けてたりしますからね〜……って、今はそんなことを話してる場合じゃあないんですよ!」

 

「あれ?そういえば私、何で君に呼び止められたんだっけ?」

 

「……えーと、これはあなたがやったんですか?」

 

「うん。とりあえず現地に溶け込もうと思って、その辺に落ちてる服を着てみたら、霊が襲ってきてさぁ」

 

「そんなの着るからですよ……」

 

かなたは、すいせいが着ていた処刑人の服を脱がせ、元々着ていた、彗星をモチーフにしていたワンピースを露にさせた。

 

「おお!やっぱり、変なのは着ない方が居心地がいいや」

 

「あんなの着といて、逆によく無事でしたね?アレ、相当呪われてたものですよ?」

 

「逆に何でそんなものが放置されてるの」

 

「……あなたは、この辺りで起きた事を知らないみたいですね」

 

「ここには突然飛ばされたからね」

 

話はどんどん逸れていく。

 

しかし、かなたには説明するべき事と問うべき事が多すぎたのだろう。

話の順序など、さしたる問題では無いかのように話を続ける。

 

「なら、せっかくですし話しておきましょう。……この辺りは昔、処刑場だったんです。ついさっきまであったであろうギロチンも、さらに果てにある身投げ場も、全部、負の歴史が深く刻み込まれた地なんです。当然、置いてあるものは全部呪われてますよ」

 

「へぇ〜」

 

「割と深刻な問題なんですけどねぇ!?」

 

「でも、出てきたのはみんな倒したよ?」

 

「……その時に、周辺ごと悪霊を蹴散らしたと」

 

かなたはメモ帳を取り出し、すいせいが話した、一通りの状況についてメモをとり始めた。

 

「……ねえ、天使さんは何て名前なの?」

 

「僕?『天音かなた』。君は?」

 

「星街すいせい。……ここに来るより前のことはよく覚えてないけど、もっと変な世界にいた気がするよ」

 

「変な……世界?よくわからないけど、とりあえず……天界へようこそ!だね!よろしく、すいちゃん!とりあえず、学園来なよ!僕から話したいことは色々あるけど、まずは落ち着ける場所に行かないと」

 

「ありがとう、かなたん。じゃあ、案内してもらおうかな」

 

すいせいは、浮遊しながら天界学園へ向かうかなたの後を追う。

 

そして、他愛の無い話の後、かなたは当分の間、生徒会員の権限を使用して、寄宿舎の部屋をすいせいに貸すことにした。

 

二人の少女は、定着した。

 

それは切れぬ糸のように。

 

それはこびりつく血のように。

 

この少女達もまた、導かれるのであった。

 

 

 

「カバー」は、動き始めた。

 

少女達の運命と共に、歪み、廻り始める。

 

 

 

それでは、ヒトのようではないか




流れ星


己との繋がりがある概念を持つ星に似せたエネルギーの弾丸を放出する

星に祈りを捧げる、その姿は滑稽に見えよう
また、周囲を巻き込んで星々の力を振るう様は人々にとって暴力的な未知故に、侵略者の所業と揶揄される

所詮は、全て力無き者の戯言であろうに


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出航!新生宝鐘海賊団!

〜サーバ海・名も無き島〜

 

サーバ海に浮かぶ小さな島の、これまた小さな家屋の一室。

 

マリンメイドの少女「湊あくあ」は、意識を取り戻した。

 

「あれ……?ここ、どこ?」

 

意識を失う前とは景色が違いすぎたのか、情報量の多さに困惑するあくあ。

 

あくあが寝ているベッドから一枚の扉を隔てた部屋には、キッチンがあるのだろうか。

何かを炒めているかのような音が聞こえてくる。

 

「とりあえず、家主の人に挨拶しないと……」

 

あくあは扉を開き、キッチンで鼻歌を歌いながら料理をしているマリンに挨拶を試みる。

 

「あ、あのっ、お、おは、ッスゥ-……おはようごじゃいますっ!!」

 

しかし人見知りが祟ったのか、あくあは緊張のあまり、何回も言い直した挙句、最後に大きく噛んでしまった。

 

「おはよう。身体も冷たかったし、衰弱してたみたいだけど、元気そうで一安心だワ」

 

「やっぱりあてぃし、溺れてたんだ。何日くらい寝ちゃってました?やっぱり三日くらい……」

 

「一週間、ずっと寝てたけど」

 

「一週間!?ッスゥ-……エ-ット、ソレハタイヘンゴメイワクヲオカッ、オカケシマシタァ……」

 

眠っておきながら体感時間も何も無いような気もするが、それでもあくあは、思っていたよりも二倍以上長い日数が経過していたことに、そして、その七日間ずっと見知らぬ人の家に居座ってしまったことに、驚きと罪悪感を感じずにはいられなかった。

 

「ダイジョブダイジョブ〜。船長、お金ならあるから」

 

「船長?」

 

「あっ。……つい昔の癖で、自分のこと船長って言っちゃった。あたし、昔は海賊やってたんだよね〜」

 

「へぇ……」

 

「まあ、ちょっとした事件の時に、船長以外は割とあっさり全滅しちゃってさ。そういえば、アレからトレジャーハントも海賊業もやってないねぇ」

 

マリンは少し俯きながら、かつて船長として大海原を旅していた頃を思い出す。

 

「それで今、この島にいるんですか?」

 

「そういうこと。魚釣ったり、野菜育てたりして……陸の方まで買い物に行く機会は少ないかもね。さ、昼ご飯も出来たことだし、とりあえず食べなよ。ずーっと寝てたんだから、お腹も空いてるでしょ?」

 

マリンは、皿に盛りつけたサーモンのムニエルとフォカッチャをテーブルに並べ、あくあをイスに座らせ、料理を食べるよう促した。

 

「えっ!いいんですかぁ!?」

 

「もちろん。寝かせるだけ寝かせといてパンの一枚も食べさせないのも気が引けるしね」

 

マリンはフォカッチャを一口[[rb:齧>かじ]]った後、テーブルに並べ忘れていたことに気づいたのか、自分とあくあ、二人分の水をジョッキに注いで持ってくる。

 

「んー!美味しいー!」

 

「うんうん、キミみたいな可愛い女の子に喜んでもらえて、船長は嬉しいですよぉ!」

 

マリンはあくあの顔を眺めながら、その頬を少し緩めた。

 

 

「船長……かぁ。そういえば私、自分のこと何も覚えてないや。……名前も、何もかも」

 

「ん?もしかして、記憶喪失ってヤツ?」

 

「多分そうだと思います。何となく、ずーっと……この島みたいなところにいたような気がするってことは覚えてるんですけど」

 

あくあは窓から外を眺めながら、どこか故郷を懐かしむかのような視線をマリンに向ける、

 

「……じゃあさ。船長と一緒に、海に出てみない?」

 

「えっ?」

 

「だーかーらー。船長のボートで、沖の方まで行くんですよぉ。海とか島とか……そういうものに、懐かしさを感じるなら、実際にそういうものが目に映る景色を見に行くのが一番だって、昔読んだ本に書いてあったし!」

 

料理をあっという間に食べ終えたマリンは、かつて着ていたであろうジュストコール(コートのようなもの)とパンツを取り出し、海賊帽を被った。

 

「えーと……?」

 

「キミがそのご飯を食べ終わったら、一緒に出航するよ。……と、その前に。船長の名前を教えてなかったね。あたしは『宝鐘マリン』っていうんだ。『船長』とか、『マリンたん』とか……好きに呼んでね。あと、丁寧な言葉使わなくても大丈夫だよ。海賊はみんなそんな感じだからね」

 

「いいの?ありがとう。それにしても、マリンちゃんかぁ。今も昔も海の側で暮らしてる船長にピッタリな名前だね!」

 

「へへっ、ありがとう。そういえば……キミは名前も思い出せないんだっけ?」

 

「実は……ね」

 

あくあは、少し申し訳なさそうな表情をする。

 

「じゃあ、船長が名前つけてあげようか?」

 

「えっ」

 

物心がついてから、誰かに名前をつけてもらう。

 

人格を持つ存在にとって、そんな機会は滅多に存在しない。

故に、遺伝子にも社会にも、そんな常識は組み込まれていないわけである。

 

当然ながら、あくあも驚いて「えっ」と声を漏らしてしまう。

 

「嫌ならテキトーに呼ぶけど……これから先、船長のところを離れることになった時とか……仮の名前が無いと不便かなって」

 

「い、嫌なわけないじゃん!恩人につけてもらう名前なんだから!それに……マリンちゃんは、少なくとも今のあてぃしにとって、初めての友達なんだし!」

 

「そうなの!?良かったー!なら、船長がとっておきのを用意しちゃおうかなー!」

 

「用意してあったんだ……名前」

 

「まあ船長たるもの、急遽何かに名前をつけなきゃいけなくなった時に、つける名前くらい用意しとくでしょうよ」

 

初耳である。海賊とは……そういうものなのだろうか。

 

「……決まった?」

 

「うん!決めた!今日からキミは『湊あくあ』!漂流してた紫玉ねぎちゃんには、ぴったりな名前だと思うけど」

 

「紫玉ねぎ!?」

 

「あくあが船長の船に漂流してきた時、一瞬だけそう見えたから」

 

「そんな状態で漂流してたんだ……変な顔してなかったかな」

 

気絶していた時の自分がアホ面をしていなかったか、今更になって気になり始めるあくあ。

 

そんなあくあを横目に、マリンはサーベルと拳銃を手に取り、四人用の小さなボートに乗り込む。

 

「さあ、準備もできたことだし、行くよ、あくたん!いざ、陸とか島がよく見える所らへんへ!出航ー!!」

 

「あくたんって、私……?あわわわわわわわ、しゅ、しゅしゅしゅ、出航ー!」

 

「違う違う、ついていく人は『ヨーソロー!』って言うんだよ」

 

「ヨーソロー!!」

 

マリンとあくあはボートに乗り、二人で海へと旅立った。

 

あの頃のように大きくもなければ、最新型の大砲が設置されているでもない、ただの小さな手漕ぎボートは、みるみる浜辺を離れて沖の方へと進む。

 

二人を乗せたボートは風に乗り、かつて沈んだ船に掲げていたものと同じ、ボロボロになった宝鐘海賊団の旗をはためかせていた。




時雨


「カバー」には稀に、異世界より人が流れ着く

そして流れ着く命は、とある「カミ」によって生み出されたものだという

カミが人を生み落とす様と、母が子を産み落とす様
それのどこに差異があろうか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

名前も知らない友人 前編

〜公演後・おまる座テント〜

 

ポルカ達は、楽屋として用意されたテントで、汗を拭いながら普段着へと着替える。

 

ポルカはふと、自身が肌身離さずつけているリボンを手に取り、呟いた。

 

「……そういえば、このリボンをくれた子……元気にしてるかな」

 

「リボン?」

 

ねねは、ポルカが両手に持っているリボンを凝視する。

 

「あ、聞こえちゃってた?このリボン……私がまだ父さんのサーカス団に所属してた時、偶然知り合った友達に貰ったものなんだ。……名前も、もう覚えてない友達からだらけどね」

 

ポルカは少しもどかしいと感じたのか、一度外したリボンで、再び髪を結び始めた。

 

「そういえば、ねねも似たようなことあったかもしれない。……もう、思い出せないくらい昔のことだけど」

 

ねねはリボンを見つめ、自身がつけている花の髪飾りとリボンを重ねて、かつての日を思い出す。

 

「二人とも、妙に噛み合う歴史を持ってるんすなー」

 

「不思議だよねぇ」

 

スバルとわためは野生の勘が働いたのか、二人の数奇な過去に興味津々であった。

 

「いつか、また会えたら……あの三人とも、サーカスがやってみたいな」

 

ポルカはテントを飛び出し、草原に寝転んで空を見上げる。

 

そして星と星を線で繋げ、夜空に望む未来を描いた。

 

ただ偶然そこにあっただけの星を線で結ぶだけで、人々は星座という概念を作り上げ、それを何かの存在に重ねることができる。

 

ポルカは、その夜空に何を描いたのだろうか。

 

「カバー」で一番のサーカス団を作り上げ、父親を見返す未来だろうか。

 

それとも、

 

ポルカが、三人の少女を脳裏に思い浮かべようとした時であった。

 

「きっと会えるよ。ねねも、そんな気がする」

 

ねねもポルカを追いかけて草の上に寝転がる。

そして、ポルカの左腕を抱きしめたまま、眠ってしまった。

 

「ふふっ。おやすみ、ねねち。私も今日はここで寝ようかな。……ちょっと身体が痛くなるかもしれないけど」

 

そして、ポルカもねねを抱きしめ返し、そのまま二人で眠りについた。

 

この日は、雲ひとつない夜空に、幾多の星が降ったという。

 

 

 

〜追憶1〜

 

とある日。

 

その日は、星降る夜の翌日であった。

 

尾丸座の舞台裏に、一人の少女が訪れる。

 

「……なにこれ?『おまるざ……さーかす』?」

 

白いキャミソールに身を包んだ少女が、テントの舞台裏へと入り込んだ。

 

「席が無い。代わりに……大きな箱がいっぱい……?」

 

……どうやら、テントの表と裏の入口を間違えたらしい。

 

(仮に表口から入っていたとしても、少女一人で、どう入場するつもりだったのだろうか)

 

表は観客用の座席が並ぶスペースへの入口、裏は舞台裏への入口。

 

そして、少女が入り込んだのは裏口の方。

つまり、役者が使う方ということだ。

 

「……ねね、もしかして迷った?」

 

ご明察。

 

そして、この少女こそが幼き日の桃鈴ねねである。

 

ねねは、舞台裏を探索しているうちに、出口を見失ってしまった。

 

天下の尾丸座、さすがにテントも相応の大きさである。

 

大人であれば、視界の高さや歩幅の大きさから、迷うことはないだろうが、幼い子供であれば、それは別。

 

背の高い木箱や、大道具などに視界はほとんど塞がれ、それは一つの迷宮にも見えてしまうだろう。

 

そして、公園の直前だからだろうか、備品や控えている大道具が並べられているスペースの電気は消えている。

 

つまり、今ねねが迷い込んだスペースは、ほとんど真っ暗ということなのだ。

 

「……どうしよう」

 

ねねの目から涙が溢れ、思わず声が漏れそうになった時。

 

「えーっと……何してるんだい、キミは」

 

ねねと同じくらいの年齢だろうか。

 

フェネックの少女が、空中ブランコから、ねねを見下ろしていた。

 

彼女は手の平に光の塊を浮かべて、周囲を照らす。

 

ねねは一瞬、松明のようなものを持っているのかと考えたが、すぐにその光が実態を持っていないものであるということに気がつく。

 

「わぁー……」

 

「おっ、これが気になるのかい?」

 

フェネックの少女は、辺りの箱や大道具を伝って地上に降り、ねねに接近した。

 

「あっ、その、えっと……はじめまして!あたし、桃鈴ねね!ごめんね、自己紹介もまだなのに……」

 

急接近したフェネックの少女に少し戸惑うが、ねねは、互いのことを知らないことにはどうにもならないと、とりあえず自己紹介を始める。

 

「ああ、大丈夫大丈夫。……へー、ねねちゃんっていうんだ。私は尾丸ポルカ。ここのサーカス団、『尾丸座』っていうでしょ?で、私が座長の娘ってわけ」

 

「座長の娘!?ってことは……サーカスとか、できるの?」

 

「ま、少しはね〜。親父には『まだ小さいから』って、あんまり派手なことは練習させてもらえないけど」

 

座長の娘だという少女、ポルカに、ねねは興味津々であった。

 

「へー!すごい!……ってことは、ここは……舞台裏?」

 

「もしかしなくても迷い込んじゃったんだよね?ねねちゃん」

 

「うん。気づいたらここに」

 

ねねは本来の目的を思い出し、ポルカに、ここはどこだと道を尋ねる。

 

いかんせんテントが大きすぎるせいだろう。

数々の物品によって数多の道が作られた舞台裏を、その物品群の隙間を、「道」という表現せずに何と表現できるだろうか。

 

「……じゃあとりあえず、このテントの外までお見送りしてあげよう!光とか、サーカスとか……話はその後で!」

 

ポルカはねねの手を繋ぎ、様々な物品の間を通り抜け、出口にかかっている布をめくりあげて外へ出る。

 

「出れたー!」

 

ねねは両手を上げ、目一杯、外の空気を吸い込んだ。

 

「はい、おつかれ。……このまま立ち話もなんだしさ、二人で遊びに行かない?これから公演だけど、どうせポルカの出番無いし」

 

「行くー!」

 

「よーし、じゃあ行こうか。……とは言っても、行く場所は決まってないんだけど」

 

ポルカは、テントとは反対の方向を見るなり一度もテントを見返さず、あたりを見渡し始めた。

 

「じゃあ、ねねがオススメの場所、教えてあげる!

 

ねねはポルカの手を取り、テントを離れて、丘を一つ越えた先にある川へと向かった。

 

「……ここが、ねねちゃんオススメの場所?」

 

「うん!しばらく、ここで遊ぼう!……日が落ちて、星が見えるようになるまで」

 

「うん……?わ、わかった。じゃあ、そうしようか」

 

ポルカは、ねねの妙な言い回しに少し戸惑うも、特にやる事も無かった彼女は、ねねと水をかけ合って遊び始めた。

 

「えーいっ!」

 

ねねは、空を見上げてボーッとするポルカの額に、軽く水をかける。

 

ポルカには、その水がとても冷たく、しかし爽やかに感じた。

 

「やったなー!」

 

沈む夕日が見える。

 

だんだんと影は伸び、次第に辺りは暗くなっていく。

 

しかし、ねねがこの場を離れる気配は全く無い。

 

「ねえ、そろそろ帰……」

 

ポルカが、そう言いかけた時だった。

 

「見て」

 

ねねは、空に手を伸ばす。

 

その瞬間、雲一つない星空に、いくつもの流星が駆けていった。

 

「わぁ……。ポルカ、流星群なんて初めて見る」

 

「ねぇ、ポルカちゃん。この景色、忘れないでね」

「うん。……ねねちゃん。ポルカね、実は少しだけ落ち込んでたんだ」

 

「何で?」

 

「サーカスにポルカの出番が無いのは、まだ練習をさせてもらえるくらい成長してないからだって言ったけど……アレ、実は嘘」

 

「へ?」

 

「単純に、やりたい事が違くてさ。それで、親父とはしょっちゅう揉めてたんだ。だから、いつの間にかポルカの出番も無くなって」

 

ポルカの目からは、次第に涙が溢れ始める。

 

「ポルカちゃん……」

 

「ごめんね、こんなこと喋っちゃって」

 

「ううん。ありがとう、喋ってくれて。テントから出る時、ちょっと暗い顔してから、どうしたのかなって心配してたんだ」

 

「ねぇ、ねねちゃん。これから、ねねちって呼んでもいい?」

 

「いいけど、どうして?」

 

「親愛の証ってやつ?そっちの方が、お友達っぽくない?」

 

「いいね!じゃあ、ねねもポルカちゃんのこと、おまるんって呼ぶ!」

 

「わかった。よろしくね、ねねち」

 

夜の川辺。

 

ポルカは、隣で座るねねをそっと抱き寄せる。

 

「へへへ……どうしたの、おまるん」

 

「いや、ちょっとね」

 

いつも気さくで、しかし、どこか冷めたような雰囲気であったポルカ。

 

しかし、久しぶりに心の拠り所を見つけたのか、思わず笑みを溢してしまう。

 

そして、ポルカはそのまま眠りについてしまった。

 

 

 

翌日。

 

ポルカが目を覚ました時にはもう、ねねの姿はどこにも見当たらなかった。

 

昨晩の出来事は夢だったのかと、少し寂しくなるポルカ。

 

しかし、明らかに自分のものではない頭髪らしきものが、自身の服についていたのを見て、星降る夜に少女と出逢った記憶は、現実のものであると確信したのであった。

 

「また、話したいな」

 

かつてのポルカは、故知らぬ少女の想い出に浸るのであった。

 

 

 

「光の蝶よ、ポルカの夢を描け!【ホログラムサーカス】ッ!!!」

 

叶わぬ夢を見て、その夢を光に見出した少女。

 

彼女は夢叶わぬが故に憂い、そして光に魅入られた。

 

光に精神を呑まれ、いつしか白い闇を空に描き続けるだけになってしまったポルカは、いつからか父から疎まれ、舞台からも姿を消した。

 

こうしてホログラムに酔っていったポルカであったが、とある日、彼女は本物の光を見つけたのだ。

 

眩く光る星を、空に刻みつけるかのような軌跡を。

 

そして、暗かった世界を照らした、一人の少女を。

 

光を見た彼女は、光を知った。

白い闇と形容するには、何とも明るすぎる、そして虚ろすぎるそれではなく、本物の光を。

 

世界を描く。

光を知った彼女のホログラムは、もはやただの光の羅列では無くなっていた。

 

そして、ある日。

 

「親父!今までありがとう!ポルカはやりたいようにやるよ!」

 

尾丸ポルカは、テントを飛び出した。

 

そして、ホログラムの故郷である銀獅子族の村へと、その身を移す事になったのである。

 

 

 

二人を引き合わせた運命は敵が味方か。

 

少女達の憂いは、在らぬはずであった未来へと進み始める。

 

一人は光を見た。一人は光となった。

 

いつもより、ほんの少し明るい夜の日のことであった。




ホログラム

「カバー」において、最先端の技術を保有する銀獅子族が開発した、新たな幻術

異世界では特殊なフィルムやボードに光を投影するものとされているが、「カバー」では、空間に光を発生させる魔術を応用し、幻術の一種として用いる
故に、それらの用意は必要としない

光は、人々を照らす安心そのものである
しかし光に魅入られ、白い闇と戯れる者もいるのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

名前も知らない友人 中編

〜追憶2〜

 

「カバー」某所。

 

雪原近くの町外れに、サーカス団がテントを開いた。

 

これは、白に飲まれた少女が光を見出してすぐ、独立を計画している頃。

 

あの夜に似た、天を光が彩った日の翌朝であった。

 

「さっっっっっっっっっっむ!!」

 

一人、宣伝のために街を回らされていた道化の少女、尾丸ポルカは、肌の露出が多い衣装のままテントから出てきてしまったことを悔やんでいた。

道端で震えながら、看板を掲げているポルカ。

 

そこへ、二人の少女が現れる。

 

「ん?ガクガク……どうしたのかな?ブルブル……サーカs、クシュンッ!サーカスに興味があるのかい?」

 

そして二人の少女は、

 

「お願いします、助けてください」

 

「ごめんね、ちょっと失礼するよ」

 

そうポルカの耳元で囁き、そのまま楽屋テントへと潜り込んでしまった。

 

「えっ、あっ、ちょっ」

 

突然の出来事に戸惑うポルカだったが、一体、少女が何か逃げていたのかは、すぐに判明することになる。

 

「あー、そこのお嬢さん。髪が水色な女の子、見なかった?」

 

市街地の方から、杖を持った魔術師らしき男性が、ポルカに尋ねてきた。

 

男が探しているであろう少女は恐らく、つい数十秒前、ポルカに「助けてください」と頼み込んできた方の少女のことであろう。

 

「あー、見てないですねー」

 

ポルカには、少女達が潜り込んでいったテントに、男を案内するという選択肢もあった。

 

しかし、半ば勝手にテントへ潜り込まれたとはいえ、少女に緊迫した表情で「助けてください」と頼まれて、それを聞かないポルカでは無かった。

 

「……そうか。ありがとう」

 

男は残念そうに肩を落とし、さらにブッシュ平原の方へと走っていく。

 

その姿を見送ったポルカは、ゆっくりと学やテントの中へ入り、物陰で息を潜める二人の少女に声をかけた。

 

「二人とも、もう出てきていいよ」

 

ポルカが木箱の影から、二人の少女が被っていた布切れを剥ぎ取る。

 

「いやー!危なかった!」

 

少女の片割れ、黒いスーツに白い髪が特徴的な少女が、大きなため息をついて、安堵したように頬を緩めた。

 

「……はぅ」

 

一方、もう一人の少女は全身に込めていた力が抜けたように、ため息と共に声を漏らした。

 

「事情を説明して欲しいんだけど……何がどうしてこうなったのさ」

 

「いやあ……私達、捕まっちゃいけなくてね」

 

「何かやらかしたの?」

 

「そういうわけじゃ無いんだけど……」

 

何故か質問に答えようとしない白黒の少女。

 

しかし、ここで水色の少女が口を開く。

 

「あ、あのっ!実は私……」

 

少女が事情の説明を始める。

 

そこそこ長い話であったため、要約すると、

 

水色の少女は雪原に築かれた集落を治める一族の長、その娘であり、彼女は父親である長による[[rb:雁字搦>がんじがら]]めの生活に耐えられなくなってしまい、逃げ出してきた……ということらしい。

 

そして白髪の少女、獅白ぼたんとは、道中で通りかかった銀獅子族の集落で知り合って、そのままここまで一緒に旅をしてきたようだ。

 

「なーるほど。で、あの魔術師みたいな人が追っ手?」

 

「はい……」

 

「えーっと、お嬢様生活でそういう癖が身に染みついちゃったのかもしれないけど、そんなにガチガチな感じというか……[[rb:畏>かしこ]]まらなくていいよ。タメ口とか、あんま気にしないし」

 

「そう……なの?じゃあ、普通に話そうかなぁ」

 

「いやー、大変だねぇ。私は趣味でついてきちゃっただけだけど……そっちは逃避行なんだから」

 

「ほんとだよ〜……。でも、ししろんが一緒に来てくれたから、ここまで来れたのかも」

 

「私はついてきただけなんだけどね」

 

ぼたんは照れ隠しのためか、立ち上がって近くの箱をテーブルに使い、拳銃のメンテナンスを始める。

 

ポルカは二人の様に、かつての自分とねねを重ね、自分と二人の間に残る溝に目を向けてしまったのか、少し虚しさを憶えるのだった。

 

二人は、共に困難を乗り越えて旅を続けてきたきた仲。

 

それに対して、自分はしがないサーカス団員。

ただ、追っ手から二人を匿っただけ、それだけの理由で二人と関わっているだけの存在ある。

 

「はぁ……ツイてないなー。やりたいサーカスは出来ないのに、レッスン漬けで友達はできない。友達ができたと思ったら、いつの間にか消えちゃうし。……この空に光ってる星が、全部ポルカのホログラムだったらなぁ……きっと、いつもみたいにキラキラ光って……いや、こんなこと考えても仕方ないか」

 

ポルカは星空を見上げながら、微睡みの中で空を眺め、かつての友人を夜空に描いていた。

 

しかし、その顔が夜空に映ることは無かった。

 

思い出せないのだ。

 

どうしても、どんな顔を想像しても、それはかつて過ごした友人の顔では無い。

 

「……はぁ」

 

ポルカは、友人の顔さえ思い出せないのかという虚しさのあまり、大きなため息をついた。

 

刹那、夜空に流れる星が一つ。

 

「あ……」

 

ポルカは思わず、星を目で追ってしまう。

 

目線が星へ向かい、真上から少し目を逸らした、その瞬間だった。

 

「……お〜まるん。久しぶりだね」

 

「っ!?」

 

いつか見た少女、たった一人の友人が、目の前に現れたのだ。

 

「また会えてよかった!前会った時の夜は、一緒に寝てたら連れ戻されちゃって……朝起きた時、びっくりしなかった?」

 

「うっ、うっ……ねねち……!幻じゃ無いよね!?」

 

「そりゃそうだよー。ねねはちゃんとここにいるよ?」

 

「うわあああああああん!!会えてよかった……あえてよがっだよおおおおおお!!」

 

ポルカはねねに抱きつき、その質感を確認する。

 

自身の手の中には、柔らかくて、ほのかに桃のような香りを漂わせる、正真正銘、知っている桃鈴ねねの身体があった。

 

「本当に、久しぶりだね。おまるん」

 

そして、ねねもポルカの背中に腕を回して、優しく抱きしめ返す。

 

そこに、いなくなったポルカを心配して探しにきた二人の少女も駆けつけてきた。

 

「おーい!」

 

「心配しましたよっ!」

 

「二人とも、わざわざ探しに……?」

 

「そうですよ!もし、私の追っ手に殺されでもしたら……」

 

「物騒な事言うね!?」

 

「ところで……そっちの女の子は誰?」

 

「この娘は桃鈴ねね。本当に……しばらくぶりに会った、ポルカの親友だよ」

 

ポルカは涙を流しながら、ねねの肩を抱き寄せた。

 

そして、尾丸座が公演を続けている間、ポルカ達は街の中心部や、ブッシュ平原の野原など、付近を探索して回った。

 

「この子どうするー?」

 

「とりあえず親を探さないとね」

 

「でも親っていっても……どうやって探すの?」

 

「ねねわかんない」

 

時には迷子の親を探し回り、

 

「どわーっ!魔物だー!骨の魔物ー!助けてししろ〜ん!」

 

「任せなっ!!次、ハイ次!ドーン!ドーン!」

 

「ししろん、援護するよ!」

 

「ちょちょ、危ない危ない!ねね達も巻き込まれちゃうよ!」

 

時には魔物の群れを蹴散らし、また時には、

 

「おいひ〜……。これ、テントに持ち帰って次の公演先までのお供にしたいなー」

 

「え?腐らない?ねね心配だよ?」

 

「腐るね」

 

「腐りますね」

 

B級グルメを食べ漁りながら、四人にとって夢のような日々を過ごした。

 

一人は家柄に束縛されず、一人は生を証明し続け、一人は好奇心を解き放たれ、一人は現実から目を背ける。

 

そして、過ごした時こそ短いものの、それぞれにとって大切な友達と旅をすることができたこと。

 

それは、きっと彼女達にとって素晴らしい日であった。

 

しかし、そんな日々も長くは続かない。

 

尾丸座は、カバー全体を回りながら公演を行うサーカス団。

 

長くないうちに、滞在している地とはしばらくの別れを強いられる事となる。

 

そして数日後。

予定通りのことではあったが、ポルカのいない尾丸座は、ついに千秋楽を迎えた。

 

「……終わっちゃったね、最後の公演」

 

テントを遠目に眺める一同。

 

ねねは、尾丸座のテント上空に打ち上げられた花火に目を向けると、どこか憂いを含んだ表情を浮かべた。

 

「ねえ、ポルカはこれからどうするの?やっぱり、お父さん達と一緒に行くの?」

 

「……そうするつもりだよ。まだ、家出の準備は整ってないからね」

 

「家出をするために家に帰るなんて……ふふっ。なんか……面白いね」

 

「でしょ?ポルカの人生、面白くてナンボだよ!やっぱり、自分が面白く生きてこそのエンターテイナーだからね!……それじゃあ!」

 

ポルカは胸を張り、腰を上げてテントへ向かって歩き始める。

 

「……おまるん!」

 

「ん?」

 

「また、会おうね」

 

「うん」

 

「短い間だったけど、楽しかったよ!」

 

「うん」

 

「……じゃあね」

 

「……うん」

 

ポルカの頬を、数滴の涙が伝う。

 

しかし、ポルカは振り向かなかった。

 

もし、その目を背後に向けてしまったら。

 

もし、もう一度、三人の姿を目に入れてしまったら。

 

きっとポルカは、二度とテントに戻ることはできない。

 

だから……さようなら。

 

そっと呟き、ポルカは手を振る。

 

しかしその時でさえも、結局ポルカは、その顔を見せることは無かった。

 

その後。

 

また夜空に一つ、星が流れた。

 

 

 

ポルカがサーカス団のテントへ戻り、尾丸座がバッカスシティを出発してから数日後。

 

ねねが帰って行き、二人きりになってしまったぼたん達は結局、追っ手に捕まってしまった二人の少女は、各々が住んでいた村へと帰された。

 

片方は不本意であったが、もう片方は、そろそろ旅も止め時であると感じていたようだ。

 

その後、長い時が流れた。

 

月は一定の満ち欠けを繰り返し、星空は変わり映えしない普通の日々。

 

そして、そんな日々を繰り返すこと、はや数年。

 

 

 

それは、星降る夜のことであった。

 

河川敷で眠りこけていたポルカとねねは同時に目を開き、互いを見つめる。

そして、

 

「……おまるん?」

 

「ねねち……?」

 

 

 

少女達は、全てを思い出した。




不死者

一度以上の死を経験し、しかし乗り越えた者

多くは理性を失い、魔物として現世を徘徊することとなる

しかし稀に、理性を保ったまま不死者となる者も有る


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

名前も知らない友人 後編

〜翌日未明・おまる座テント〜

 

宿酒場から飛び出してきた二人の少女。

 

雪花ラミィと獅白ぼたんは、見覚えのある、少し小さなテントへと向かう。

 

かつて銀獅子族の集落が滅びる直前、おまる座は公演を行っていた。

 

そこで再会したぼたんとポルカは、かつての思い出を語り明かし、それからというもの、かなりの頻度で連絡を取り合っていたのだ。

 

そして今日は、数日前にポルカが頼んだホログラムの発生装置を届けにやってきたのである。

 

「お邪魔しまーす。お待たせ、おまるん」

 

二人の片割れ、白いライオンの獅白ぼたんは、テントの玄関にあたるスペースで目を擦りながら待っていたポルカに、片手に収まる程度の小さなホログラム投影装置を投げ渡す。

どうやら、ラミィと出会う前に、滅びた故郷の跡から持ってきたものらしい。

 

「はい、お疲れ〜」

 

ポルカは、ホログラム投影装置とドローンを受け取ると、すぐさま自身の腕部や腰部に取り付ける。

 

一方、ねねはテントの奥で熟睡していた。

 

昨晩、互いがかつての親友だということを思い出したねねとポルカは、互いに抱擁し、手を繋いでテントへと帰り、そのまま思い出について小一時間ほど語っていた。

 

しかし、問題はその時間である。

 

深夜も深夜、変な時間に二人で目を覚ましてしまったことが問題だったのだろう。

 

ポルカは夜更かしする癖があったため、無理して早起きすることにも慣れていた。

一方で、ねねは早寝早起き、朝日と共に起き、夕日と共に寝るような人間である。

 

そんなねねに遅寝早起きなど、できるわけが無かったのである。

 

「ねねち〜。お客さんが来てるよ」

 

「ねねちって……え?」

 

ポルカは、テントの奥で熟睡しているねねの身体を揺さぶる。

 

「ふぁぁ……って、あれ?ししろん!?」

 

掛け布団に絡みつくような体勢で寝転がっていたねねだが、ぼたんの顔を見るなり、布団を吹き飛ばして起き上がり、人間離れしたスピードでテントを飛び出した。

 

「ねねち!?本当にねねちじゃん!」

 

「久しぶり〜!えっ、おまるん、何で言ってくれなかったのー!?」

 

「そうだよ〜。おまるん、ねねちと会ったなら言ってくれればいいのに〜」

 

「いやー、実は、この事を思い出したのがつい今朝と言いますか何というか」

 

一瞬、ねねの顔が曇る。

 

「確かに。私も、実は今朝まで、ねねちゃんの事忘れてたかも」

 

「何かねねの扱いひどくなーい!?まあ、ねねも二人との思い出……つい今の今まで忘れてたけど」

 

「なんだよーねねも忘れてたんじゃねーかよー」

 

頭を掻くように目を逸らすねねを人差し指でつつくポルカ。

 

このように、ぼたんとポルカは[[rb:然程>さほど]]気にしていないようだったが、ねねは、一連の流れに違和感を抱かずにはいられなかった。

 

ぼたんとポルカは互いのことを覚えているにも関わらず、ねねの記憶だけが、二人の中から綺麗さっぱり消えてしまっていたという事。

 

そして、ねねも二人のことをすっかり忘れてしまっていたという事。

 

さらに三人がそれらの記憶を、今朝、同時に思い出したという事。

 

ねねには、これらの事が偶然とは思えなかったのだ。

 

それに対して確信に近いものを持っていたねねには、心当たりもあった。

 

ねねは、元々「カバー」に生きる身では無い上、彼女は一度のみならず二度、「カバー」を訪れては離れている。

 

そして二度とも、ねねの意図しないタイミングで離れることになってしまっているのだ。

 

ねねの転移と、三人の記憶。

 

何かトリガーとなるものがあるのではないか。

 

「……もしかして」

 

一つだけ、気にかかったことがあった。

 

「どしたの、ねねち」

 

「……ううん、何でもない」

 

しかし、彼女はそのことを口にするのはやめることにした。

 

仮にその説が当たっていたとしても、現実がそのようなものであるとは信じたく無かったのだ。

 

この世界に、居所は在るか。

その世界に、存在を残せるか。

 

そして、それは叶うことであろうか。

 

自身の生を、生として口にできるか。

 

「嫌だよ。ねね……まだこの世界にいたいよ」

 

ねねは小声で呟く。

 

もし、己の仮説が合っていたとしても。

 

もし、仮に自身が夜に消えていく光であったとしても。

 

虚しい日々など、記憶にさえ残らない完全な消滅など無いはずだと信じて、今は、再会の喜びに浸っていたかったのだ。

 

「ところで……そっちの美人さんは?」

 

ねねの顔が曇りかけてきたところで、ポルカはすかさず、ぼたんの肩を叩いてラミィを指差す。

 

「あっ、私、『雪花ラミィ』っていいます!バッカス平原の果てにある集落からやってきました!」

 

「雪花ラミィ……?なんとなーく耳に馴染む名前だね。まあいいや。私は尾丸ポルカ!『おまるん』でいいよ。よろしくね、ラミィ!」

 

「私は桃鈴ねね!今日から仲間だね、ラミちゃん!えへへ」

 

ラミィに抱きつこうとしたねねだが、距離を見誤ったのか、ラミィの手前にある空に抱きつくこととなってしまった。

 

「……!はい!よろしくお願いします!ねねちゃん、おまるん!」

 

 

 

テントに集まる、四人の少女。

 

知らぬ日。

 

「カバー」は、また一つ先へ進んだ。

 

この再会は希望か、或いは絶望か。

 

見えている現実は、果たして全てが実像か。

 

はたまた、誰かの想い描いた虚像か。

 

 

 

私はまた、目を伏せてしまった。




星降る夜

「死んじゃった人はね、星になって私達を見守ってくれるんだよ」

全くもって、馬鹿げた話だ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「仕えるもの」の話

〜ブッシュ平原・墓守の丘〜

 

「ねぇ、AZKiちゃん」

 

「どうしたの?ロボ子さん」

 

二人の出会いから、半日と数時間後。

 

ロボ子さんは、朝日が顔を出したブッシュ平原の丘で鼻歌を唄うAZKiの肩に触った。

 

その手は冷たく、とても硬かったが、AZKiに初めて触れる知性体の手は、とても温かく感じた。

 

「AZKiちゃんには、ボクみたいに……ご主人様とかいたの?」

 

振り向くAZKiの視界に、ロボ子さんの幼げな顔が大きく映る。

 

優しくて無垢な、これから明るい未来を背負う少女のような顔つき。

 

しかしAZKiはその顔に、憂いとはまた違う、無機質で、どこか冷めたようなものを感じた。

 

「ご主人様かあ。私にはいなかったかも」

 

「そっかあ」

 

「記憶がないから、いなかった気がするっていうだけだけどね。でも」

 

「でも?」

 

「私の……いや、AZKiの世界を、もっと観たり聴いたりしてくれる人達はいたかも。なんていう人達だったかは、思い出せないけど」

 

「へー!ファンがいっぱいいたんだね!」

 

「ファン?……うん、そうだね。ファンがいっぱいいた。……ような気がする」

 

「やっぱりAZKiちゃんには記憶が無いのかー」

 

「うん。そもそも昔から歌を歌っていたり、ファンがいたり……そういうのも、本当に『そんな気がする』だけで、実は化け物だった……なんてことだってあるかも」

 

「いやいやそれはないでしょ〜」

 

ロボ子さんの頬が少し緩む。

 

化け物に対して何か思い入れがあったということは無いだろうが、旧文明のことだ。

何か、化け物が登場する冒険譚のようなものがあったのだろうか。

 

AZKiは、丘の斜面に座り込むロボ子さんの隣に座り、ロボ子さんの肩を寄せた。

 

「ねえねえ。ロボ子さんには好きな歌とかある?」

 

「好きな歌かぁ……なんだっけ。よく覚えてないや。でも、人間の街で流れてた歌は、全部素敵だったなぁ。[[rb:量産機>ファミリアー]]達も、みんな楽しそうに聴いてたよ。……まあ、昨日の夜に連絡を取ろうとしたら、誰の声も聞こえなかったから……多分だけど一機も残らず、みんな壊れちゃってたみたい。丈夫な素材で造られてるし、残骸くらいはあると思うけど」

 

再び雲がかかったような表情を見せるロボ子さんを前に、AZKiは少し考え込むような仕草をする。

 

「そうなんだ……ねえ、ロボ子さん。そのファミリアーって、中に入ってる魂が身体を動かす……みたいなタイプの人形?」

 

「そうだよ?よくわかったね。ちなみにボクも、そのタイプだよ」

 

「……ロボ子さん。ファミリアー達の残骸がある場所に心当たりは?」

 

「あるよ〜。今の世界だと、アルマ村?ってところらへんかも」

 

その返答を聞いたAZKiの目つきは、一瞬で変わった。

 

額から冷や汗が垂れる冷や汗から、ただ事ではないということが見てとれる。

 

「ロボ子さん、二人で今すぐそこに向かおう。……ちょっと思い出したんだ」

 

「いいけど……思い出したって?」

 

「私がここにいる理由。……私がどうして生まれたのか、私がどうして『歌姫』として存在しているのか」

 

「へー!良かったじゃん!」

 

「良かった……けど、これは思ったよりマズいことになったみたい」

 

「マズいって?」

 

「……今、この世界は『ウルハ』に蹂躙されつつある。そのことは、知ってる?」

 

「あー。それなら、なんかそういう人達の仲間っぽい女の子には会ったよ」

 

「会ったの!?」

 

「うん。ボクと『オトモダチ』になりたかったみたいだけど……人を食べるって言うから、断っちゃった。そしたら戦いになったから、軽くビーム砲を撃ったら逃げちゃったよ」

 

AZKiは目を丸くして、次第に口角を上げていく。

 

「ロボ子さん、もしかしてすごく強い?」

 

「うん!最終兵器だからねっ!」

 

「いける……ロボ子さんと一緒なら、アルマ村を……未然に救えるかもしれない!行こう、ロボ子さん!アルマ村へ!」

 

「うん!」

 

こうして、二人はアルマ村へ向けて歩みを進め始めた。

 

ロボ子さんには飛行機能があるものの、燃料すなわち食料の消耗が激しくなるため、AZKiに合わせて歩くことにした。

 

 

 

軽い足音と重い金属音が、平原の風に消えていく。

 

 

 

激しい横風は、物言わぬ予兆であった。




機械人形

古代兵器の一つ
稲荷博士によって造られ、白銀騎士団長率いる第1師団に配属された、命ある兵器達

人工知能によって自動で動き、敵を殲滅する

また、身体を失った者の魂を投入し、仮の身体として扱わせることもできる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



〜ブッシュ森林・アルマ村付近〜

 

とある日。

 

アルマ村の警備隊長である不知火フレアは、密かにノエルと交流を続けていた。

 

「はぁ……私、なんでこんなことしてるんだろ」

 

「こんなことって……団長が戦いに勝ったから、ご褒美っていうかさ、そういう賞品みたいな感じで、デートしてよってお願いしてるんだよ?」

 

「いやあ、そうなんだけど……侵入者と、こんなにのんびり過ごしてるなんて、我ながら信じられないんだよね。お互い、いつでも首を狙える距離なのに」

 

「でも、フレアは団長のこと…… 『隙ができた瞬間、すぐにでも殺そう』だなんて思わないでしょ?」

 

「思わないけど……はぁ。ノエル団長と会った日は、里の皆に合わせる顔が無いよ」

 

フレアは、自身の警備隊長という立場と、自身が今とっている行動に矛盾を感じ、頭を抱える。

 

一方、ノエルはアルマ村の住人と友達になることができた気になっているらしく、すっかりフレアに気を許していた。

腰に下げていたメイスが、ただのアクセサリーとしてしか役目を果たさない程度には。

 

ノエルは、ため息をつくフレアを横目に周囲を散策していた。

 

見覚えのあるもの、そうでもないもの、様々なものが視界に入る。

 

「この森は、いつ来ても新しいものが見つかるね」

 

「だからこそ、あんまりポンポン出たり入ったりされると困るんだけどねぇ」

 

「まあまあそんな堅いこと言わずにぃ〜」

 

「あ、ちょ、そっちに行くのは……」

 

ノエルはフレアの静止を無視して、さらに森の奥へと進んでいく。

 

それを走って追いかけるフレア。

 

しかし数十秒後、何かを見つめてじっと立ち止まっているノエルの姿を見つけたフレアは、戦闘中に突撃を行う際の体勢のままスピードを下げることができない。

 

そのまま大木を蹴り、「ズザザザザザ」という音とともに、何とか地に足をつけることができたフレアは、大きなため息をついた後、息を切らしながらノエルの側へ駆け寄った。

 

「わぁ〜」

 

「ノ、ノエル団長!?そっちは」

 

「綺麗な建物だね〜!これは何……」

 

目を輝かせて、大地の神殿を正面から見つめるノエル。

 

「だーっ!そこはダメ!バレ、バレるよ、ノエちゃん!」

 

「あーっ!今、『ノエちゃん』って呼んでくれた!フレア〜!えへへへ、えへ」

 

フレアの美しい顔が、ノエルの豊満な胸へと沈んでいく。

 

「もがもが!もががががが!もごごご!」

 

再び抵抗するフレアだったが、何故か身体に力が入らない。

 

「ねえフレア。もし団長が、ちゃんとこの村に入れたら……その時は、ここで式を挙げたいな」

 

「気が、気が早、もががが!気が早すぎ、もごもごがっ!」

 

それから一分程、ノエルにされるがままの状態だったフレア。

 

フレアの意思など関係なく、フルパワーで背骨にダメージを与え続けるノエルの抱擁から、やっとのことで解き放たれたフレアは、まるで生気を吸われたかのように痩せ細って見えた。

 

「あっ、ごめんフレア」

 

「この数分でいろんなモノを失った気がするよ」

 

大木に寄りかかり、虚な目で一点を見つめるフレア。

 

そんなフレアを見て、少しやりすぎたかもしれないと反省するノエル。

 

しばらく、無言の時間が流れた。

 

数分後。

 

先に口を開いたのは、ノエルの方だった。

 

「……ねえ、フレア。あの人達は誰?」

 

無邪気な瞳で神殿を指さすノエル。

 

その指先に目を向けたフレアは、一瞬にして目に光を取り戻し、ノエルの腰を掴んで「お姫様抱っこ」の体勢になる。

 

そして、そのままフレアは魔術で音を消し、木の幹を壁走りの要領で蹴り歩き、付近の茂みに紛れ込んだ。

 

「危ない危ない。あれは巫女と長老の人達だよ。部外者が見つかったら大変だ。狭いだろうけど、しばらく隠れるよ、ノエ……ル……?」

 

フレアは途中で言葉を止めた。

 

ノエルの様子が、明らかにおかしいのである。

 

つい数分前までは、自ら「大地の神殿で一緒に式を挙げたい」と、相手であるはずのフレアに対して堂々と宣言してしまう程にまで強気だったノエルが、ものの数分で純情な乙女に早変わり。

 

顔を赤らめ、「あ、あのっ、ちょ、顔、近っ……」と、枯れ葉が地に落ちる音よりも小さな声で呟く彼女は、騎士団長というより、初恋を覚えた幼気な少女のようであった。

 

「ちょっとかわいいな」と思ったフレアだったが、それも束の間。

 

「ふぁぁぁぁぁーっ!」

 

ノエルは大声をあげ、その後、幸せのあまりとろけきってしまった表情で意識を失ってしまったのだ。

 

「ちょ、ノエル団長!?」

 

そして、その大声がアルマ村のエルフ達に聞こえないはずも無く。

 

「聞き慣れない声……あれ、フレアちゃん?と……そっちの人は?」

 

「あ、アキ先輩……!?」

 

フレアは、大地の神殿で祈りを捧げていたアキを筆頭とした村中のエルフに、外部の人間と茂みで密着している姿をバッチリ見られてしまったのだった。






祈りや憂いを込め、音に乗せて概念を紡ぐ

何処かの世界では、祈りの歌を風に乗せて魔を祓う機械人形があるという

魔術は言霊により行使される
詠唱も歌も、それらは言霊を降ろすものであろう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

敗北を経て

〜ムラサキ村・桜神社〜

 

「赤」の襲撃から数日後。

 

ぺこら主導の元、ムラサキ村の住人達は協力して、散らかった神社の瓦礫を片付けて仮設の社を作った。

 

一方、みこは銅鏡を抱えたまま、未だに布団の上で放心状態のままである。

 

「はぁ〜。どうするぺこ、これ」

 

ぺこらは深く溜息をつき、寝室のベッドで天井を見つめているみこの隣に寝転がった。

 

そして、柔らかなみこの頬を人差し指で触り始める。

 

「……ぷにぷにしてるぺこ」

 

いつもは神社の手入れや村人との交流、除霊や怪異の調査、もといバケモノ退治などで忙しそうであったため、こうして二人でゆっくり過ごす機会は、ぺこらの罰掃除をみこが見張っている時を除けば初めてであった。

 

特にみこにとっては、本当にゆっくりであったことだろう。

 

意識は虚無を彷徨い、頬を触られてもぺこらの存在を認知することすらできず、ただゆっくりとした虚無の中に閉じ込められた、哀れな少女。

 

それが今の、さくらみこという少女の姿である。

 

「こないだの金髪……もう一回来たら、今度こそ持たないぺこだよね……はぁ。早く起きてくれぺこ、ポンコツ。あんたの力が必要ぺこだよ」

 

やはり、この呼びかけにも反応しない。

 

今までずっと人生と共にあった場所が、面白半分の行為によって瓦礫の山へと化しまったのだ。

こうなってしまうのも無理はないだろう。

 

しかし、みこの意識が回復することと、例の「赤」が戻ってくることは、話が別。

 

あの日以来、村人達も包丁やフライパンを持ちながら交代制で定位置につき、日夜ムラサキ村や神社周辺の警備を行ってはいる。

 

しかし、「赤」の視界に入ってしまった彼らができることといえば、せいぜい5秒間生きて、周囲に危険を知らせる程度が関の山だろう。

 

そして現在、ムラサキ村で及びその周辺において「赤」と互角以上に戦うことができる存在は、「さくらみこ」の他に存在しない。

 

ある程度の戦闘は卒なくこなすぺこらでも、さすがに「赤」相手では、「動きを掴まれていない技・動き以外は通じない」程に実力差がついてしまっている。

 

つまり、「赤」を吹き飛ばした【月繰り】によるモーニングスターの攻撃は、もはや通用しないということだ。

 

故に、「さくらみこ」の精神が通常にまで回復する前に「赤」が再来すること、それは少なくとも、ムラサキ村の壊滅を意味する。

 

そんな中、桜神社の鳥居に異変が起こる。

 

「な、何が起きたぺこ!?」

 

みこの元を離れ、急いで鳥居へと駆けるぺこら。

 

鳥居は紫色の光を放ち、周囲の空間は徐々に裂け始める。

 

しかし、その裂け目に周囲の空間が吸い込まれるというような現象は起きていない。

 

鳥居は霊道に重ねて建てられるというが、この裂け目の内側こそが霊道、魂の通り道なのだろうか。

 

しかし一分も経たない間に、裂け目の内側から轟音が響き始める。

 

「な、中から何か出てくるぺこ!」

 

音の主たる存在がただならぬモノであることを本能的に感じとったぺこらは、鳥居の周囲に集まってきた村民達に合図を送り、後退を促す。

 

何者かの気配は次第に大きくなり、裂け目はみるみる光度を増していった。

 

ぺこらは、あまりの光度に視界を奪われる。

 

その瞬間、裂け目から丁度ぺこらの頭上に、一人の少女と一人の悪魔が姿を顕した。

 

空間と空間を繋ぐトンネルを開いた主がトンネル内から脱出したためか、空間の裂け目は閉じ、光が消えたことによって視界が確保されたぺこらは、やっとのことで目を見開く。

 

しかし、その視界は一瞬で再び塞がることとなった。

 

「え」

 

突如、自身の身体は二つの女体によって、境内の地へと叩きつけられたのだ。

 

「おっと」

 

「いてっ。あ、でもシオン様のお尻……」

 

顕れたるは、文字通り少女の尻に敷かれて悶える、女医らしき悪魔と、その悪魔の上へ座るようにして着地した魔法少女。

 

魔法少女は、空間を渡るために使っていたであろう箒の魔力が充電が残りわずかであることを確認すると、周囲の村人に構うことなく、自身の右手から箒へと魔力を送り始めた。

 

一方で悪魔の方は、自身が倒れている地面のに違和感を覚える。

 

滑らかかつ柔らかで、温かく、ほのかに花のような香りを纏っている。

 

これはもしかしなくても、と思ったところで、地面はわめき散らすかのように声をあげた。

 

「おめーいつまでぺこちゃんの背中に座ってるぺこだよ!早く離れろぉ!」

 

ぺこらは手足をジタバタと動かす。

 

「あ、ごめんなさーい!」

 

すぐさま立ち上がり、頭を下げる悪魔、もとい癒月ちょこ。

 

そこに、箒へ魔力を装填してきた魔法少女こと紫咲シオンが駆けつけ、ぺこらに挨拶をした。

 

「いやー、ワープした拍子に箒が魔力切れを起こしちゃったみたいで……ごめんね〜、兎ちゃん」

 

「謝ってるように聞こえねーぺこだよ!……まあいいぺこ、とりあえず敵じゃないなら、この状況を説明してくれぺこ。……敵なら、今すぐ相手してやるぺこだよ。こっちは今、忙しいぺこだから」

 

ぺこらは二、三歩後退して距離をとった後、【月繰り】によって生成したものではない、実体のモーニングスターを用意して構えをとった。

 

「安心して。シオン達、別にこの辺りを荒らしたくて来たわけじゃないから」

 

シオンは手を振り、否定を示すハンドサインを送ると、ぺこらはモーニングスターを腰にぶら下げる。

 

「じゃあ、何しに来たぺこ?」

 

桜神社が壊された数日後、このタイミングで、何故シオンとちょこはこの神社を訪れたのだろうか。

 

あまりにも不審であると感じたぺこらは、態度から若干の圧をかけながら質問をする。

 

「ちょこ達は、『鬼』が大暴れしている魔界から逃げてきたの。……なんでこの場所に来たのかは……霊道を辿る時に一番近い『カバー』への出口を探してたら、偶然ここに辿り着いたっていうだけ」

 

「そうぺこか……。正直、完全には信じきれないぺこだけど、ぺこーら達の状況も似たようなものだから、とりあえず信じておくぺこよ。……あんた達、名前はなんていうぺこ?」

 

「あたしは紫咲シオン。で、そっちは癒月ちょこだよ」

 

「よろしくね、兎様。……ねえ兎様、とりあえず今晩はちょこの抱き枕になってみない?」

 

「ならねーぺこだよ!なーに考えてるぺこ!?……それに『兎様』じゃなくて、ぺこーらにはちゃんと兎田ぺこらっていう名前があるぺこ。とりあえず、家に案内するぺこだけど……ちょっと精神がやられちゃってる人もいるぺこだから、あんまり騒ぐなぺこ」

 

ぺこらは二人に釘を刺しておく。

 

「はーい」

 

「この神社も結構ヤバかったみたいだね」

 

魔法少女は、瓦礫が残った社の跡を見つめながら口を開く。

 

「ここの巫女が壊れたのは、あんた達の言ってる『鬼』みたいなのが、そこにあったお社を破壊したからぺこだよ。壊されるまで、生まれてからずっと側に在ったものらしいぺこ」

 

ぺこらは拳を握りしめながらも、その力を徐々に抜き、行き場の無い怒りを抑えつけた。

 

今、この場に「赤」はいない。

 

この状況自体は束の間の安息というべきなのであろうか。

精神的には一切の余裕など無いようだが。

 

シオンとちょこは、交代制の「赤」対策警備隊に加わることを条件に、しばらく桜神社に居候する事となった。

 

小屋の戸を引き、客室へと二人を案内する。

 

人参泥棒未遂の罰として、メイドもとい召使いのバイトをさせられていた一週間前の経験が、早速役に立ったようである。

 

その後、シオンとちょこは外へ出ていき、ムラサキ村を一通り見て回ることにした。

 

そしてぺこらは、再びみこの側で寝転がり、瞬きのために瞼を動かす以外に顔を動かす動作をほとんど行わなくなったみこの顔を見つめていた。

 

「ねえ、ポンコツ。……新しい仲間が増えたぺこだよ。あの二人、この村にいる間は、警備に協力してくれるって言ってたぺこだよ」

 

ぺこらはみこの頭を撫で、届いてはいないだろうが、みこに声をかけた。

 

ため息をつき、「今日もまともな意識は戻らなかったぺこか」と呟くぺこら。

 

自身に与えられた部屋へと戻るぺこらの背中には、憂いがずっしりと伸しかかっていた。




月光

太陽の光が月に反射することによって、暗転した世界に降り注いだ光

「満月の日に月光を浴びすぎると人は狂う」迷信もあったが、それは太陽光に乗る形で「月という概念」によって降り注ぐ魔力による、魔力過多が原因であるという仮説が支持されている


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異端者

〜天界学園・修練場〜

 

かなたとすいせいが出会ってから、数日が経過する。

 

そんなとある日の未明。

 

天音かなたは寄宿舎から忍び足で抜け出し、天界学園の裏庭にひっそりと佇む修練場へと向かった。

 

この地で起きていた出来事から、今は誰一人として立ち入るどころか、近寄ることさえ拒む廃屋で、かなたは一人、ただひたすらに正拳突きを繰り返していた。

 

「せいっ!はっ!」

 

右腕を引き、仙骨を前に倒す。

 

練り上げた闘気を身に宿し、しかし力まず、拳を前へ出した。

 

そして、腕が伸び切る瞬間、

 

「はぁっ!」

 

右腕に力を入れて、最速かつ最強の威力で拳を前へと突き出す。

 

その拳は衝撃波を放ち、修練場の壁はミシミシと音を立て、その一部は剥がれ落ちてしまった。

 

「……ふぅ。まだ力をうまく制御できないや。力みすぎて、衝撃が分散してる」

 

かなたは右手を振り、疲労を回復させながら体勢を整えるかなた。

 

そこへ、一つの影がゆっくりと姿を現した。

 

「誰?」

 

かなたはバックステップで謎の影へ向き直り、再び仙骨を入れ、拳を構える。

 

しかしそこにいたのは、もはや見慣れたスカイブルーの頭髪に灰と黒のチェックが特徴的なワンピースを着た少女、星街すいせいであった。

 

「私だよ」

 

物陰からチラッと顔を覗かせるすいせい。

 

「なんだ……すいちゃんかぁ。どうしたの、こんな夜更けに」

 

かなたは胸を撫で下ろし、体勢を普段通りに戻した。

 

「なんだとはなんだ!すごい闘気を感じたから、どうしたのかと思ってきたらこれだよ!かなたんこそどうしたの!?」

 

 

「闘気は感じたよ!胸がざわ……ざわ……ってしたよ!……でも、闘気の正体がかなたんで良かった」

 

「逆に何だと思ったの」

 

「何だろうね。ゴリラとか?……ま、いいや。とりあえず、私はもう少し寝るね。おやすみ」

 

すいせいは胸を叩きながら、大きくため息をつく。

そして、一件落着とばかりに修練所を後にした。

 

一方かなたは、用意していた着替えを体育館のロッカー室へ持っていき、シャワーを浴び始める。

 

〜体育館・シャワー室〜

 

「ついにこの廃墟でコソ練してるのがバレたか……でも、闘気で僕の気配を察知して目を覚ますなんて、すいちゃんも相当強いんだろうな」

 

処刑場跡の一件もあってか、すいせいがそれ相応の実力者であることは、かなたも理解していた。

 

しかし、数多の強者がのさばる「カバー」でも、眠っている状態で感じ取った闘気から、相手の気配を察知することができる者はごく僅かである。

 

「……すいちゃんって、何者なんだろう」

 

かなたが目を閉じ、シャンプーを取ろうと前方に手を伸ばす。

 

しかし偶然か、はたまた運命の悪戯か、かなたが手を伸ばした先に突如として空間の裂け目が発生し、一人の少女が飛び出してきた。

 

その少女こそ、闇から生成した翼で次元を超え、世界を超えてやってきた霊体の悪魔、常闇トワであった。

 

実体が無いとはいえ、霊的な要素を多く含む天使であるかなたが、それに触れてしまえないはずも無く。

 

「はぁ……危なかっ……ん?」

 

身体は失ったものの、何とか窮地を脱して空間の裂け目から飛び出したトワは、安堵故か、大きくため息をついた。

 

しかし、ため息が口から溢れ出るとほぼ同時に、自身の胸に違和感を憶える。

 

逃げ切るギリギリで胸を貫かれたのでは無いかと、自身の胸へ視線を移すトワ。

 

しかし、そこにあったのは刀の刃でも無く、胸に空いた大穴でも無く、目を閉じて、泡に塗れた頭で自身の胸を触る天使の手であった。

 

一方かなたも、自身の伸ばした右手に当たっているものが、明らかにシャンプーではないということに気づいた。

 

触ったものはヌメヌメした硬いものではなく、柔らかくてふわふわした、人肌のようなもの。

 

「……え?」

 

かなたとトワの目が合う。

 

双方、五秒間の硬直。

 

「ぎゃあああああああ!?」

 

「わああああああああ!?」

 

そして五秒後、かなたはトワの胸から手を離し、バックステップで後退する。

 

トワは壁を抜け……ようとしたが、霊体であろうと壁抜けはできないらしく、壁に顔を押し付けた後、シャワー室の出口へと向かおうと、かなたと壁の間を走り抜けていった。

 

「ま、待て変態ー!!」

 

「ど、どっちがじゃー!」

 

急いでロッカー室へ出て、身体を拭くかなた。

 

何故か、体育館から逃げ去ろうと走っていたトワの前には、星空を見上げるすいせいの姿があった。

 

「なんか別の人がいるー!!?ど、どうしよ、トワ大ピンチじゃね?」

 

前門のすいせい、後門のかなた。

 

そして片方……シャワーを浴びていた方は、悪魔である自分と相反する存在とされる「天使」である。

 

一時は鬼から逃れ、これで一安心だと思った自分が馬鹿だったと、トワは自らの運命を呪い、何とか体育館から脱出して地上へ降りる手段を考える。

 

そしてトワは、

「青い髪の人(すいせい)には自分の正体が悪魔であることがバレていないため、通りすがりの人のフリをすれば、難なくこの場を離れることができるのでないか」

という案を思いつく。

 

もうそれを試すしか無いと、トワは何もなかったかのように振る舞い、体育館の正面出口から堂々と姿を現した。

 

「こんばんは。珍しいですね、こんな夜に」

 

こんな時間に体育館から出てくるなど、少なくとも普通では無いということを直感したすいせいは、トワにじわじわと詰め寄る。

 

実際はこっそりとかなたを待って、一緒に宿舎まで帰るつもりだったのか、それともただ単に星空に見入っていただけなのか、それはわからない。

 

しかし、まだ早朝と呼ぶことができない程の早朝、未明である。

 

かなたは鍛錬のためだったが、この妙に天使らしさが無い色使いの少女は一体何者なのだろうか。

 

すいせいに詰め寄られたトワは、必死に普通を演じて、「ただ備品を調べにきただけですよ」と、訳のわからない言い訳で誤魔化そうとする。

 

しかし、そんなにモタモタと話していては、かなたの着替えも終わってしまうわけである。

 

「待てええええええいっっっ!!」

 

「ぷぎゃっ」

 

あまりに無理のある誤魔化しに、顔が引きつるトワ。

 

そんなトワは、飛んできたかなたのタックルで、さらにその顔面を引きつらせることになってしまった。

 

そのまま宿舎の壁へと突っ込んだ二人。

 

宿舎が衝撃で大きく揺れたせいだろうか、あっという間に騒ぎになってしまった。

 

予め鍵を開けておいた自室の窓から、それぞれベッドで寝ていたフリを始めるかなたとすいせい。

 

一方でトワは、

 

「なんで一緒にいるのかなぁ」

 

何を思ったか、かなたの布団に潜り込んでいた。

 

「しょうがないじゃん!後で事情は説明するから、匿って!ね、ね!?今、他の天使達に見つかったら、間違いなく騒音の容疑者にされて捕まる!」

 

「捕まるべきだと思うよ!?だって僕のシャワー覗いたもん」

 

「あんただってトワの胸触ってきたでしょー!」

 

「不可抗力だもん!何であの場に突然悪魔が湧いて出てくるの!?」

 

「そこも含めて後で話すから!今は!今はお願い!」

 

「しょうがないなぁ……」

 

天使が全員善い存在では無いように、全ての悪魔が悪であるという考えに懐疑的であったかなたは、トワを布団の中に居座らせ、自らは今起きたかのように部屋から飛び出し、事態の収集に尽力した。

 

生徒達から信頼を置かれている、生徒会書記としての天音かなたによる現場の指揮もあってか、この騒動は三十分もかからずに収束する。

 

そして天使達は再び、朝まで束の間の眠りについた。

 

「……さて、じゃあ一から全部吐いてもらおうか」

 

その後かなたと、かなたの部屋までやってきたすいせいによって、全てがトワの口から語られる。

 

自身が本当に悪魔であること、「鬼」から逃れるために命からがら天界へやってきたこと特に隠す理由も無い故に、包み隠さず。

 

そして長考の末、かなたはトワを修練場に居候させることにした。

 

互いに自己紹介を済ませ、早速修練場へと案内するかなた。

 

「今更だけど……何で、トワを泊めてくれたの?トワ、これでも悪魔なんだけど」

 

「トワからは邪気みたいなものを感じなかったから。大天使とか、もっと上の位にいる天使だって堕天するくらいだし、逆に昇天する悪魔がいてもおかしくないよ」

 

かなたはそれだけ言い残し、「じゃあね」と手を振り、寄宿舎へと戻って行ってしまった。

 

一人、修練場に残されたトワは、しばらく周囲を見回すなどして暇を潰した後、疲れからか、そのまま眠りに落ちてしまった。

 

 

 

この日からだろうか。

 

彼女達の存在が、現実味を帯び始めたのは。




修練場


かつて上級の天使を志す者が鍛錬と研鑽を積んだとされる、修練の場

中でも熾天使を志す天使達は、いずれ神の領域へ至らんと、日々こぞって場へと訪れた

しかし、神はそれを許されなかった
善悪を知った人間を園から追放したように

天使もまた、蒙を啓くべきでは無かったのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

内側 前編

〜おかしの国・城下町〜

 

ノインとフレイは咄嗟に飛び上がり、待ち構えていたかのように繰り出される二人の攻撃を避ける。

 

「リュウコ!アラネ!……これはどういうつもり!?アクアは!?」

 

「アクア?アクアなら、姫とまつりちゃんを連れて脱走するっていう団長からの伝言を聞いた時に、僕がぶっ飛ばして記憶を消しておきましたよ。今頃は、いつも通り配膳でもしてるんじゃあないですか?」

 

アラネは、さも当然かのように答えた。

 

「二人とも、何で邪魔するの!?団長、二人に何か変なことでもしたかな?」

 

「はぁ……ノインパイセン、何も気づいてないんですねぇ」

 

「団長、そろそろ自覚してよ……団長とフレイ先輩がルーナの方についちゃったら、僕らは敵に回るしかなくなっちゃうんだよ?」

 

戸惑うノインとフレイに対し、呆れたような口調で淡白に返すアラネとリュウコ。

 

「ノインちゃとフレイちゃはルーナ達をこの街から外に出したくて、アラネちゃとリュウコちゃはルーナ達をこの街から出したくないってことなのら?……なんで?」

 

「ごめんね、ルーナ姫。説明してもわからないよ。……僕らか団長とフレイ……どっちかが消えないと、それはわからないんだ」

 

「消えるって……」

 

状況を飲み込めないまつりをよそに、戦いの火蓋は切って落とされる。

 

「【剛力烈拳(ドンキー・ボンバー)】」

 

まず先手を取ったアラネはフレイの背後へと瞬間移動し、爆風を伴う正拳突きを繰り出した。

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 

フレイは瞬時に刀を拳に合わせて構え、折られないように攻撃を受け流す。

 

しかし、ノインにも匹敵するほどの筋力を持つアラネの攻撃を受け流すことは、剣の達人であるフレイであっても難しいものであった。

 

全身の感覚を研ぎ澄ませて、刀と身体の全てにかかる圧力の向きを調整し、少しずつ衝撃に対して頭身を平行にずらしていく。

 

鉄は熱を帯び、しかしフレイは何とか、その衝撃を後方へ逃した。

刀へのダメージは相当なものであっただろう。

 

しかし、強力な一撃を放った後のアラネには大きく隙ができる。

 

同じ円卓の仲間だからこそ知っていたアラネの弱点を忘れていなかったフレイは、素早くアラネの懐へ潜り込み、

 

「【焔一文字(ほむらいちもんじ)】」

 

一瞬にして刀に焔を纏わせ、左肩から右腹部にかけて、一瞬で斬り裂いた。

 

「ぐっ」

 

しかし、アラネの身体は鋼鉄の如く硬い。

故に刀身が深くまで入らなかったのだろう。

 

アラネは地面を蹴って後退して治癒術で胸部から滴る血を止め、すぐさま体勢を整えた。

 

「今のはあんまり効かなかったか……そういえばアラネ、細いのに筋力すごかったよね」

 

「それが僕のアイデンティティだからね。知ってると思うからあえて言うけど、僕の身体はあんまり斬れないし、ちょっとくらい斬れても、こうしてすぐ治せるから……早く降参して、ルーナ姫をお城に帰してよ」

 

アラネは構えをとり、諭すような口調で警告する。

 

しかし、それを聞くフレイではない。

 

「笑止千万!裏切り者の言う事なんか聞くわけないじゃん!せっかく円卓でルーナ姫を国から解放する計画を立てたのに、何で裏切ったの!?」

 

「裏切ったって……そんなの、僕達が死んじゃうからに決まってるでしょ」

 

アラネは、全てを諦めたような目でフレイを見つめた。

 

「な、何を言って」

 

突然そんなことを言われても理解できるはずも無く、ただ呆然と立ち尽くすフレイ。

 

しかし、そんなフレイにアラネは容赦なく続ける。

 

「僕達は気づいちゃったんだよ。よく考えたら、僕達はルーナイトの中でも、最強の四人組でしょ?でも、結局僕達もルーナイトなんだよ」

 

「どういう……」

 

「ルーナ姫がこの国から出たら、僕達はどうなると思う?僕達はどうやって生まれたんだっけ?学生時代の記憶はある?何で僕達はルーナイトをやってるの?この城はいつ、誰が作ったの?そもそも姫森王って誰?何で王様なのに名前も知られてないの?……考えてみたら、この国はわからないことだらけだよ」

 

「確かに……。でも、何でそれがルーナ姫をこの国に閉じ込めておく理由になるの?」

 

「単純なことだよ。ルーナ姫は……姫森ルーナという人間は、『おかしの国そのもの』なんだよ」

 

ずっと、わからなかった。

 

自分がルーナイトである理由。

 

この国の先代国王、姫森王の存在。

 

やけに人が視界に入らないこと。

 

アラネは、疑問に思う事柄を全て調べ上げ、その結果、全てについて説明がつく結論を見つけてしまったのである。

 

この事は当然、リュウコにも伝えた。

 

今まで何となく生きていた日常は、すべて一人の姫の無意識下にあったものに、ごく一部の意識を混ぜ込んだようなものであったことを、その僅かな意識が発見してしまったのだ。

 

「へ?」

 

「逆に言えば、この国の全てはルーナ姫そのものってこと。そして街も、人も、僕達さえも、全てはルーナ姫に生み出されたものだったんだよ。そして、その中でも僕達、円卓は……ルーナ姫の意思が勝手に独り立ちした存在そのものみたい」

 

「何で、どうしてそんな事が言えるの!?」

 

「……まつりちゃんが来る前のルーナ姫って、すごく静かだったよね」

 

「……そうだったっけ?」

 

「さあね?僕もわからない。でも、僕が言ってるのはそういうとこだよ、フレイ。僕達は、まつりちゃんが来る前のルーナ姫を知らない。いくら王室への立ち入りが禁止されているからって、さすがにそこそこの年数をこの姫森城で過ごしていたら、一度くらいは目にするはずだよ」

 

「……」

 

フレイは、黙り込んで過去の記憶を呼び起こそうとする。

 

しかし、何も浮かばない。

 

ノイン、アラネ、リュウコ、そして自身が食堂に座り、アクアが食器を運んでいる……ノインがアクアに耳打ちし、女王誘拐計画、もとい姫森ルーナ救出計画の概要を話していた日、その日以前の記憶が、一切浮かばないのだ。

 

「ね?あの日以前のルーナ姫どころか、本当に何も思い浮かばないでしょ?」

 

アラネはため息をつき、動揺するフレイに近寄る。

 

「そ、そんな、そんなの……何かの間違いだよね、アラネ?悪い冗談でしょ?私達を騙して隙を突こうと思って言ってるんだよね?」

 

「だったらもっとくだらない嘘をつくよ。単純に意見が合わなくて戦うだけなら、わざわざこんなトンデモ理論を話す必要なんてないじゃん」

 

肩を落とし、がっくりと膝をつくフレイ。

 

我が身に宿る自我が自身のものではないことに気づいてしまった事に絶望したのだろうか。

身体は小刻みに震え、息は荒くなる。

 

「ア、アラネ。もしかして、ルーナ姫が外に出たら……おかしの国なんて、『本当は無い』ってことを認識したら……」

 

フレイは声を震わせ、アラネに問う。

 

そんなフレイに、アラネは容赦無く答えた。

 

「僕達は、瞬時に消えると思うよ」

 

「ッ!!」

 

フレイは顔をしかめ、そのまま頭を上げ、アラネを見つめる。

 

「だから僕とリュウコは裏で手を引いて、ルーナイト達に指示を出して、ルーナ姫を王室に隔離させた。でも、そこでイレギュラーが発生したんだよ。それが、夏色まつりちゃんってこと」

 

「じゃあ、ノインが言っていた『ルーナイトが悪巧みしてる』っていうのは」

 

そしてアラネは、フレイにとどめを刺さんとばかりに更なる真実を告げた。

 

「当然、夏色まつりちゃんの暗殺計画だよ。想像で創造する能力を持つルーナ姫が、無意識のうちに召喚した異世界人だよ?そして、まつりちゃんがこの世界に来たことで、ルーナ姫は少しずつ感情を取り戻していった。……けれど、ルーナ姫は明るい感情というものを、永く忘れていたからねぇ。それで、やり場のない、ぐちゃぐちゃな感情が集まったのが僕達、『円卓の騎士』ってこと。ここでまつりちゃんを殺さないでいると、いずれルーナ姫には大きな変化が起こるって、生まれた時から思ってたんだよ」

 

「……ふざけ、てる」

 

「ふざけてるっていったって、それが本当のことなんだから仕方ないよ。さあ、どうするの?フレイ。ルーナ姫に真実を知らせるか、それとも、このままルーナ姫の夢を現実にし続けるか。……多分、世界の真実を知ったルーナ姫は、今までの日常が自分の力で創造されていた世界だったと知ったら、絶望すると思うけど」

 

「ごめん、アラネ」

 

「ごめんっていうことは……そういうこと?」

 

「私達が消えることになっても、ルーナ姫が真実に絶望したとしても……ルーナ姫には、この世界の姿を知らせる必要があると思う。ルーナ姫が、どうしてこんな国の幻想を抱くようになったのかは知らないし、私達が生まれるくらいルーナ姫に影響を与えたまつりちゃんが何者なのかも知らない。……でも、一つだけは言える事がある」

 

「何かな?」

 

「……私は『赤目』のフレイだよ。だから、姫森ルーナの目として、彼女の行くべき道を照らす篝火として、生まれてきたんだと思う。本当に、そう思ってるだけだけど。でも、それでも私は、ルーナ姫に世界の真実を見せたい!私達が消えることになっても、『おかしの国』なんてものが、跡形も無く綺麗に消滅しても!最後の最後に、『私の意思』で!姫森ルーナに真実を見せたいんだよ!」

 

フレイは地面に落としていた刀を拾い上げ、再び構えをとった。

 

「意気や良し、だね。じゃあ……」

 

「「はじめようか」」

 

再び、二人の拳と刀がぶつかり合った。




円卓の真実


姫森ルーナは、やり場のない感情を人の似姿に見出した

そして、感情の理解と共に騎士は数を減らす

もはや、それを人の器に収める必要など無くなったからであろう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

内側 中編

〜おかしの国・城下町〜

 

一方、ノインはリュウコの注意を上手く引きつけ、自身とリュウコが一対一で戦うことができる場所を探して移動していた。

 

無人ながらも三、四階建ての中世風な建築物が並ぶ大通りを外れ、路地裏を通り、ノインによく似た女騎士の銅像が建てられている広場で足を止める。

 

血に眠る力を使い、その身体を竜人のものへ変化させてノインを追うリュウコ。

 

引きつけた先でそれを迎え撃たんとするノインは、背負っているツヴァイヘンダーと呼ばれる大剣を鞘から抜いて構える。

 

そして、捨て身の突撃を仕掛けてくるリュウコに対し、それを叩き斬るようにノインは大剣を振り下ろした。

 

しかし捨て身とはいえ、守りを完全に捨てていたわけではないリュウコ。

 

リュウコは、ノインの肉を抉り取らんと構えていた爪で建築物の壁面を削り取り、粉塵をノインの眼前に撒き散らす。

 

「ぐっ!!埃が……!?」

 

「隙ありッ!!」

 

そして、さらにその壁面を蹴り飛ばし、素早くノインの背後に回ると、口から炎を吐き出しながら、爪でノインの左肩に傷をつけた。

 

「リュウコ……お願い、団長達の邪魔をしないで……。このままじゃルーナ姫は前に進めない。自分の幻想に囚われて、じわじわ老いて……ただ、それだけの生活を送ることになる」

 

「それの何がいけないんですか〜?……そもそも、私達は夢の世界が夢だと気付かれていないからこそ、存在できているのに」

 

リュウコ達からしてみれば、ノインやフレイがせんとしている、「ルーナに外の世界を見せる」という事自体、自身の存在を定義しているものをわざわざ破壊しようとするようなものだ。

 

ルーナが生み出した精神の要素そのものである彼女達が、「おかしの国」という、「姫森ルーナの理想世界たる夢そのもの」からルーナを引きずり出して仕舞えば、ルーナは夢から覚め、現実を現実のままに認識してしまう。

 

そして、その世界には当然ながら、自分の感情が生物として動き回っているなどという事象は存在しないのだ。

 

寄生虫が宿主無くしては繁栄できないように、精神体もまた、主無くしては生存できないのである。

 

「やっぱり真実を知っちゃったから、団長の邪魔をするようになったんだね。……もしかしたら、ルーナを外の世界に出た時くらいになったら気付かれるかもしれないと思ってたけど……まさかもう、気付かれていたなんて」

 

ここでいう真実や、気付くものとは、言わずもがなルーナの精神世界、もとい「おかしの国を構成する要素全て」の話である。

 

「多分ですけど、知らないのはフレイだけじゃないですか〜?……それよりも、私はノイン団長がルーナのことを全部知っていたって方が何より気になりますけどねぇ。……ノイン団長。あなた、いつから気付いていたんですか?姫森ルーナという存在が自らの命であり、一つの小さな世界そのものだったという事を」

 

「多分だけど、最初っからだよ。多分、団長が団長なのは……初めてルーナから別れたものだからじゃないかな?」

 

「ふ〜ん。そんなに長い間、ルーナの真実を知っていて……なのにノイン団長は、ルーナに本当の世界を見せたいんですか?」

 

リュウコは熱した爪を輝かせ、喋りながらでもノインの首を焼き切らんと、ラッシュを続ける。

 

「うん。たとえ団長達の存在が無かったことになっても、おかしの国が無くなったとしても……何も知らないルーナが、ただ死へ歩むだけの日々を過ごす未来なんて……とても受け入れたくないんだよ。それが『無垢』のエゴだっていうのは、わかってるけど」

 

一方のノインは丹田に力を込め、強靭な意思によって自身を大岩とし、リュウコの猛攻に怯むことなく、その角を大剣で斬り落とした。

 

「……ケッ。そうですか。アラネは『そろそろ自覚してよ』って言ってましたけど……どうやら、自分もルーナの見ている夢の一部だというこもは自覚はしていたみたいですねぇ〜。……自覚しても、それでも意思を貫くんですか」

 

「その通りだよ、リュウコ。だから」

 

「終わりにしましょう、ノイン団長」

 

「死んでもルーナの目を覚ます!!」

 

「……アラネと一緒に、夢の終わりまで生きてやりますよ!!」

 

ノインとリュウコは広場の両端に立つ。

 

間には何も無く、辺りはチョコレートとクリームの甘く重い香りが漂う平地。

 

両者、自らの得物を構え、地を蹴る。

 

爪と剣は鳴り止まず、しかし偽りの世界は徐々に姿を取り戻す。

 

 

 

数刻、或いは瞬く程度だろうか。

 

何もかもが剥がれ落ちた、荒れ果てた平原は、彼女が啓けた蒙であった。

 

咎無き欺瞞の都、その中で確かに人間であった二人は、時を同じくして崩れ落ちる。

 

剣は綻び、爪は砕け、街は崩れ去る。

 

身体が塵と化してゆくリュウコ。

対するノインは、力は抜けこそしたものの、肉体や精神が失われることは無かった。

 

ノインはツヴァイヘンダーをゆっくりと掲げ、リュウコの胸に突き刺す。

 

そして、ノインは短く祈りを済ませた後に、ルーナの元へ駆けていった。

 

 

 

目覚めよ、目覚めよ、囚われの子よ

 

持たざるを覚え、最初の糧とせよ

 

「……すぅ。だから、消えゆく私から最後の贈り物だよ。これからも私を、私の力を……どうか、覚えていてね」




無垢なる赤子


初めに別れたもの、或いは、過ぎ去ってしまったものだろうか

無垢、それは清浄な心
汚れ無く、穢れ無き心
主人たる赤子の在るべき心

抜け落ちたそれは、いつからか「ノイン」という名の騎士となった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

内側 後編

〜おかしの国・城下町〜

 

ノインとリュウコが衝突し合った果てに決着がつく、その直前。

 

フレイとアラネの戦いもまた、互いの消耗により佳境を迎えていた。

 

もたもたしていては、ルーナが世界を認識してしまう。

 

フレイは焦るアラネの拳に刀の角度を合わせ、衝撃を逃がす。

 

右手、左手、右手。

 

続けて拳を前に出すアラネだが、それらはことごとくフレイの刀に弾かれてしまう。

 

「刀もろとも砕け散れッ!【剛力烈拳(ドンキー・ボンバー)】!!」

 

「【一ノ太刀(いちのたち)炎罪(えんざい)】」

 

アラネの拳は、フレイの刀をついに中央から粉々に破砕する。

 

「やった……!」

 

しかし、フレイの両手は未だ刀から手を離さず、炎もまた、消えずに刀の形を保ったまま燃え続けていた。

 

「罪なる炎よ、全てを巻き込め」

 

「嘘……」

 

刀身が砕け散った刀を振り、アラネごと辺りを炎の海と化すフレイ。

 

当然、フレイ本人も一瞬で全身に火傷を負った。 

 

「ふぅ。……終わった、かな」

 

もはや持ち手と鞘だけになってしまった刀を地に落とし、そのまま倒れ込むフレイ。

 

そして、身体を炎に包まれたアラネもまた、その場にぱたりと倒れた。

 

「ははは、終わりか。どうせ、僕達はもうすぐ死ぬ運命だったんだね。元々、生まれてさえいなかったんだし。……案外、あっけないものだなぁ……はははは、はは……」

 

アラネは熱風が出入りする気道に、目一杯空気を吸い込み、そして吐き出す。

 

これが、フレイとアラネの最期であった。

 

〜おかしの国・核〜

 

はじめに、赤子が在った。

 

内にも外にも己以外に一切を持たず、故に一切の穢れをも持たぬもの。

 

赤子は無垢故に、世界の欠陥たる「何か」を発見した。

 

理など無く、短い糸が繋がっているだけの世界、「現実」の奔流を認識してしまったのだ。

 

しかし、彼女がそれに名をつけることはできなかった。

 

赤子は無垢、無垢にして無知であったのだ。

 

〜姫森ルーナ〜

 

はじめに赤子は、無垢を捨てた。

 

赤子は赤子では無くなった。

 

そして、それは騎士の姿をとった。

 

雑音。

 

次に少女は、比翼を捨てた。

 

少女は愛を見失った。

 

それらは竜と人になり、名を変え、そして混ざりあった。

 

雑音。

 

さらに少女は、剛きを捨て去った。

 

それは少女の形をとり、彼女の籠る心の殻、それを護る者と化した。

 

雑音。

 

雑音。

 

雑音。

 

最後に、少女は瞳を捨て去った。

 

それは燃え上がり、人の形をした導きとなった。

 

思い出せない。

 

雑音が、騎士達の姿が。

 

少女は思い出せなかったが、きっと彼女らの犠牲には意味が

「違うのら!

 

……そうじゃ、ねえのら。

 

騎士なんて、いなかったのら。

 

全部、ルーナの感情なのら。

 

ノインちゃは、ルーナの『赤ちゃん』で、

 

リュウコちゃは、ルーナの『愛』で、

 

アラネちゃは、ルーナの『身体』で、

 

フレイちゃは、ルーナの『真実』で、

 

でも、それだけで。

 

他の騎士なんて、いなかったのら。

 

ルーナが無意識に失ったと感じてたもの、それが七個で、

 

……変な話なのらね」

 

油に塗れて、それでも少女を貫き通したもの。

 

そして、夏色まつりによって愛を取り戻し、強く育ち、真実を見る瞳を取り戻した、ただ無垢では無い故に赤子ではない、一人の少女。

 

姫森ルーナは今、全てを認識したのであった。




一ノ太刀・炎罪


生命力を源とした炎を纏わせた刀で斬り捨てる剣技

生命は擦れ、摩耗し、大火となる

それは復讐か、或いは使命を帯びたものか
いずれにせよ、業の深い光であった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏空、霞む

〜カバー南部〜

 

気がつくと、ルーナはまつりに膝枕をされた状態で眠っていた。

 

お菓子の国が崩壊を始めてから、突然に目をくわっと開いた後に倒れてしまったルーナを必死に抱えて「外側」へと飛び出したまつりは、[[rb:魘 > うな]]されていたルーナを自身の膝に寝かせていたのだ。

 

「ルーナ?……おはよう、ルーナ。まずは状況を……」

 

目を啓いたルーナは、まつりの膝から立ち上がる。

そして、崩壊しつつあるお菓子の国を外側から一目見て、まつりの方へ向き直った。

 

「大丈夫なのら。……全部わかってるのら……っていうか、本当は最初からルーナがわかってるはずのことだったのらよ」

 

「ルーナ?」

 

ルーナの正体を知らないまつりだが、ルーナの様子が以前と違うことは気配から感じ取っていた。

 

「……まつりちゃ。ルーナの役目、やっと思い出したのら」

 

「役目?それよりもルーナ、国が」

 

ルーナは、まつりが喋り切る前に首を横に振った。

 

「いいのら。ルーナが思い出したから、全部観測したから……あの国は国なんかじゃなかったし、騎士達は騎士でも何でも無かったのら」

 

「え……?ってことは、ノインちゃん達も……」

 

「円卓からは三人、ルーナのとこに『戻ってきた』のら。ノインちゃは……もう少ししたら、来ると思うのらけど」

 

「戻ってきたって……?今、ここにはまつりとルーナ以外、誰もいないけど」

 

「赤ちゃんじゃない『だけ』になってるっていうことが、三人が戻ってきたことの証明なのらよ」

 

「どういうこと?」

 

「円卓も国も、全部ルーナから抜け落ちた何かだったってことなのらよ。ノインちゃが抜け落ちたルーナは、赤ちゃんじゃなくて女の子になった。フレイちゃが抜け落ちたルーナは、現実を見れなくなって……リュウコちゃがいなくなったルーナは、人と愛を忘れて、アラネちゃがいなくなったルーナは、身体が肉体じゃなくなっちゃってたのら」

 

ルーナは自身に起こったことを全て話す。

 

そして、それを黙って聞くまつり。

 

「……」

 

「まつりちゃ、わかった風な顔してるのらけど、本当にわかってるのら?」

 

「わかんない!」

 

「えぇ〜」

 

何一つ理解できていなかったまつりに、思わず顔をしかめてしまうルーナ。

 

しかし、まつりはルーナとの距離をさらに詰め、肩を掴んだ。

 

「でも、大丈夫。ルーナの顔、前と違ってかっこよくなってるから、それで何となくわかった。なんかね、大人になったって感じ」

 

ルーナが「無垢」以外の全てを思い出し、来たるべき何かに向けて覚悟を決めた、それだけはまつりにも伝わっていたようだ。

 

「本当は大人になっちゃダメなのらけどね」

 

注:ルーナは赤ちゃんなのら。

 

そうこうしているうちに、お菓子の国は完全に崩壊し、そこには荒地だけが広がっている、本来の地形が姿を現した。

 

「ルーナ……まつり達、これからどうしようかな?」

 

「……どうもこうも、ノインちゃと合流して、ラスボスをやっつけるのら。そして……まつりちゃを元の世界に召喚し直すのらよ。それで、ルーナの役目は終わりなのら。それからは、ただの赤ちゃんに逆戻りなのらよ」

 

「……どゆこと」

 

「うーん、うまく言いにくいのらけど……」

 

「うん」

 

ルーナは咳払いをして、戸惑うまつりに、はっきりと言い放つ。

 

目の前の王国が消えた理由、違和感の正体、まつりがこの世界に召喚された理由、喋る赤子、ルーナの正体。

 

それらを全て。

 

「【雑音】」

 

しかし、ここで意識にノイズが走った。

 

こんな肝心なところで、どうして。

 

私は、なんで。

 

 

 

なんで、こんなところから俯瞰していたのだろうか。




違和感

「【雑音】も変なこと言うね。
……でも、そうなのかも。
夢だって、物語だって、誰かどこかの現実かもしれない。
……それが本当だったら、この世界は。
ああ。
この世界は、きっといつも通りだったのに」

知るべきではないこと、思い浮かべるべきではない夢
しかし、それでも人は夢を見てしまうのだろう

夢に果てはなく、幻想は現実を形作る

夢が叶うことの、いかに恐ろしきことか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Who am I?

〜ブッシュ平原・ムラサキ村付近〜

 

「ふっふふ〜ん♪」

 

二つの丘を挟んだ先にムラサキ村が見える、ブッシュ平原の名も無き平原。

 

金髪に碧眼、胸元の赤いリボンが印象的な少女、「赤井はあと」である。

 

「ちょっと痛いけど、全然動けるわね!さーて!今日の晩ご飯はここで食べよー!」

 

日が沈み切って数刻後だろうか。

 

はあとは皮袋から、何とも形容し難い……兵糧丸のようなものを取り出して口に運ぶ。

 

そんな彼女は何故か傷だらけだが、ケガの原因は本人もわからないらしい。

 

そんな治りかけの彼女に、運命からの追い討ちが加わるのだった。

 

〜ムラサキ村・上空〜

 

「あ〜れ〜」

 

一方、自身の切り札と眷属達によって、何とかロボ子との戦闘から離脱したメルは、コントロールを失ったまま宙を飛んでいた。

 

ちなみに「飛んでいた」とあるが、飛行しているわけではなく、「吹き飛んで」いるのである。

 

〜ブッシュ平原・ムラサキ村付近〜

 

そして、そのまま落下する先はというと、

 

「うわー!?」

 

「あぎゃー!?」

 

ムラサキ村付近の平原で昼寝をしていた無名の旅人である赤井はあと、その頭上であった。

 

「うーん……」

 

この場面を切り抜いた写真を飾りつけるとするなら、十中八九のメルの頭上に星やヒヨコが飛び回っているかのような加工を施すだろう。

芝の上で大の字になり、そのまま焦点が合わない目で寝転んでいた。

 

「いたたたたた……もう!何してくれたの!痛いよ!!」

 

一方のはあとは高い治癒力のせいか、すぐに回復したが、勝手に上空から降ってきておいて気絶しているメルに腹を立て、軽くだが憤慨した。

 

似たような光景をどこかで見たような気が……

 

「うーん……あっ、ごめん、人間ちゃん!痛かったよね……?」

 

気絶しかけていたとはいえ、流石に誰かを怒らせてしまったことを察してか、メルは立ち上がって平謝りする。

 

「それはそうよ!痛いもの!ふん!」

 

しかし、はあとはそっぽを向いて、ムラサキ村とは反対方向に歩き始めてしまった。

 

「待って!」

 

それに負けじと、はあとを引き止めようとするメル。

 

「何よ?」

 

ここは丘に阻まれているため、ムラサキ村から様子はメルの挙動は見えない。

 

そして、こんな状況でヴァンパイアであるメルがやることと言えば一つ。

 

「ちょっとだけ、血……吸っていい?」

 

「今度は何よ!?」

 

「だってメル……今まで吸った血、ほとんど全部使っちゃって……お腹ぺこぺこなんだよぉ〜……無理に眷属にはしないからさぁ、ね?血を……ちょっとだけお願い……」

 

実際、先の離脱に使用した緊急離脱陣は多くのリソースを要する。

 

有り体に言ってしまえば、MPやマナと呼ばれるソレを大量に消費する技、ということである。

そして、それはメルの場合、血に該当する。

 

その上で、リソースを切らすと、次に無理矢理リソースとして消費されるものはスタミナであるという通説も存在するのだ。

 

……つまりは、そういうことである。

 

しかし当然ながら、意図していないとはいえ上空から杭のような頭突きを食らわされたはあとが、「そうですか、ならば私の血を使ってください」などと承諾するはずもなく。

 

「嫌よ!ただでさえ頭ぶつけられたのに!っていうか、血吸わせろって何!?ヴァンパイアか何かかっ!」

 

はあとは素早いバックステップで後退し、初対面から間も無く自身の血を吸おうとしている目の前の少女に、最大限の警戒心を向けた。

 

「ヴァンパイアだよっ!だから血が無いといつか死んじゃう……」

 

「えぇー!?」

 

そして、ツッコミのつもりで言った「ヴァンパイア」発言が見事に的中してしまい、メルの唐突なカミングアウトによって、はあとはさらに脳内を引っ掻き回されることになってしまう。

 

「お願い……あっ」

 

はあとが情報を整理した上で悩んでいる間に、限界が近づいてきたメルは少しずつ顔色が悪くなり、脚はいつの間にかもつれ、バランスを崩したメルは草の上に倒れ込んだまま、動かなくなってしまった。

 

「……しょーがないわねぇ。ほら」

 

目の前でこんな姿を見せられては、さすがにはあとの怒りも収まったのだろうか。

 

うつ伏せの状態で倒れたままだったメルの身体を仰向けにしてから、はあとは自身の左手首を短剣で切りつけ、そこから流れ出た血をメルの口内に流し込んだ。

 

「……ハッ!?」

 

それから数分後。

 

メルは、はあとの左手首から流れ出る血によって意識を取り戻した。

 

「はぁ……これでいいかしら?」

 

「うん!でも腕は……大丈夫なの?それに、人間がこんなに血を流したら死んじゃうんじゃ」

 

手首から、決して少なくはない量の血を流し続けているはあと。

 

さすがに出血多量を心配してしまうメルであったが、はあとは、すでに再生が始まらんとしている左手首に力を込めて傷ついた箇所を癒し、メルの方に見せた。

 

「大丈夫よ!私、こう見えても人間だから!」

 

「う、うん?」

 

一瞬、はあとの目つきが変わったような気がしたメルだったが、力を入れた瞬間に力みすぎて表情が歪んだのだろうと思い、その事には触れなかった。

 

しかし、その数秒後。

 

「……あ、ごめんなさい、やっぱりダメだったかも」

 

大丈夫だと言い張っていたはあとが、突然膝を突き、崩れ落ちるように座り込んだ。

 

やはり、急に大量の血を失ってしまっては、どれだけ強い人間でも少なからず身体への負担は避けられないものなのだろう。

 

「大丈夫じゃないじゃん……ほら、メルに身を任せて。とりあえず人間のフリして、すぐそこにある村の人に助けを求めるから……」

 

メルは急いではあとの側へ駆け寄り、ヴァンパイア特有の怪力を活かして、意識を失いかけたはあとを抱き上げようとした。

 

「【雑音】」

 

メルがはあとの脚を右腕で持ち上げようとした瞬間、突如として耳元で小さな雑音が、チラつくように鳴り始める。

 

「【聞き取り不能】」

 

そして、はあとの頭部を左手で持ち上げ、メルがいわゆる「お姫様抱っこ」の体勢ではあとを持ち上げようとした、その時だった。

 

「えーっと……誰かわかんないけど」

 

 

ふと、右腕が軽くなる。

 

そして、それを認識するよりも先に、視界が急に広くなった。

 

否、広くなったのではない。

 

視界そのものが後退したのだ。

 

しかし、特に前を向いたまま後ろへ足を進めた覚えは無い。

 

「え?……があっ」

 

「あなたも、赤くしてあげるっ!」

 

 

 

メルは信じられなかった。

 

今、己が心配して抱き上げた少女に。

 

血に渇き切っていた己を蘇らせた、恩人である少女に。

 

一瞬で腹に蹴りを入れられ、丘の傾斜に激突させられてしまったことを。

 

「(どうして、さっきは血を分けてくれたのに……突然、こんな……?)」

 

メルは、一瞬の間に考える。

 

この少女は、一体何者なのだろうか。

 

命を救ってくれたと思えば、何の脈絡も無く豹変しては、本気でその命を狙いにくる。

 

「はあちゃまっちゃまー!!天才芸術家、はあちゃま降臨っ!!」

 

まだ、身体が動かない。

 

腹部に受けた蹴りの衝撃で、骨盤と大腿骨を砕かれてしまったようだ。

 

人間よりも傷の回復が早い吸血鬼とはいえ、粉々に砕け散った骨を修復することはできない。

 

今後こそ、万事休すか。

 

せめてもの悪足掻きとして、自身に残っている血を全て首より上に溜め、死の直前に顔面ごと破裂させることで、こちらへ向かってくる「恩人だったもの」を道連れにしようと覚悟を決めた時だった。

 

「間に合って!【麻酔針(パラライザー)】!」

 

「うぇー!?危なっ、目が、目が……うう?」

 

メルの背後、丘の向こう側から、白衣を見に纏った一人の女性が「[[rb:赤 > ソレ]]に向けて麻酔針を飛ばし、動きを止めていたのであった。




外側


肉体は檻とされる

故に複製はし難く、ヒトがその姿を変えることはない

俗に囁かれる変身譚のそれは、打ち砕かれた者の本質、或いは代替品の類であったのだろう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戌神ころねの喪失 前編

〜福音の廃城〜

 

世界の守り神たる「ゲーマーズ」である戌神ころねと猫又おかゆ。

 

先に送り込まれた桃鈴ねねの行方を追いつつ、彼女とは別の方法で世界の混乱を収めようと画策する二人は、転移陣によって「カバー」へと向かうことにしたのであった。

 

しかしこの二人は、フブキとミオに比べて「カバー」の土地勘が無い故に、転移する際に「カバー」のどこに着地するかまでは考えていなかったらしい。

 

その結果、よりによって二人は福音の廃城、つまりは亡者の王であるウルハが巣食う城の側へ着いてしてしまったようである。

 

「えーっと、おかゆ?ここは……」

 

「敵の本拠地だね〜。ラスダンってやつじゃない?」

 

「なるほど〜。じゃあ、城の奥にはラスボスがいるってこと?」

 

「うん。覚悟決めなきゃね、ころさん」

 

「わかった!おかゆはこぉねが守るよ!」

 

「大丈夫だよ、ぼくも弱くないからねぇ」

 

「「せーのっ」」

 

「おらよーーー!!!(【取り返す鎖】)」

 

「はぁ〜。……古式抜刀術・【[[rb:逆殯 > さかあがり]]】」

 

ころねは指からドス黒いエネルギーを固めて放ち、続けておかゆが、ころねの攻撃でボロボロになった城門の残骸をまとめて斬り払う。

 

「いくよ、おかゆ!」

 

「突撃〜!」

 

城門跡から強引に突破する二人。

 

異変を察知した亡者達を蹴散らしながら、一気に最奥まで足を進めていく。

 

ころねは遊んでいるかのように亡者の群れにノンストップで攻撃を繰り返していたが、一方のおかゆは眉をひそめながら、城の奥へ奥へと進んでいくうちに大きくなっていく違和感について考えていた。

 

そして、とうとう「ウルハ」が待つ王の間へとたどり着いた二人。

 

重い戸を押し開け、ウルハの姿を視認したその瞬間。

 

おかゆは、抱いていた違和感の正体にいち早く気づいた。

 

「ころさん!!これは『ダメ』だ!『ダメ』なやつだよ!」

 

扉の向こうへ吸い込まれていくように突撃するころねを引き止めるおかゆだったが、時すでに遅し。

 

「……【[[rb:吸魂 > ソウルイーター]]】」

 

ウルハは杖を黒い泥の龍に変え、ころねの胸部めがけて突っ込ませる。

 

おかゆが後方で瞬きをした、その一瞬。

 

「あぅ」

 

ついコンマ数秒前、目を閉じるまでは元気だったころねが、

 

両手の指を闇の魔術で強化し、今にもウルハの顔面を吹き飛ばさんと飛びかかったころねが、

 

目を開いた時には、力なく横たわっていたのだ。

 

おかゆには、何が起こったかわからなかった。

 

しかし一つだけ、本能が感じ取ったにことがある。

 

「これはヤバいッ!神とかラスボスとか、そういいものじゃなくて……何か、もっと別の危険を感じる!!ころさん!起きて!逃げるよ!」

 

おかゆはころねの側へ駆け寄り、ころねの身体を抱えて一直線に来た道を戻る。

 

「……待って。もっと【雑音】と遊ぼうよ。ねぇ」

 

背後から、ウルハの声と闇の魔術が飛んでくる。

 

ウルハの部屋へ向かう途中に気づいた違和感の正体。

 

亡者の王が直接構えている城にしてはやけに亡者が少なく、申し訳程度に配置されていた警備兵も、並の人間でさえ楽に撃退できてしまいそうな程に弱かった。

 

「わざとだったのか……」

 

どうやらウルハは、おかゆ達をあえて誘い込んでいたようであった。

 

それもそのはず、侵入者の片割れは、闇に通ずる術を操ることができる、強力な「オトモダチ」候補がいるのだ。

 

みすみす見逃すウルハではない。

 

「ねぇ、もっと、一緒に、いよう?どうして、逃げるの?」

 

おかゆは魔弾やら闇の魂やらを避けながら、なんとか城門跡付近まで戻ってきた。

 

ここに転移陣を描いて、フブキ達が待つ拠点まで戻れば一件落着、ころねも助かるはずだ。

 

と思ったのも束の間。

 

「へへへ、おかゆ……おはよう」

 

おかゆは、首元に冷えた何かを感じた。

 

いつもの優しい温もりとは違う、冷たくて、全身に悪寒が走るような何か。

 

「ころ……」

 

「ゲームオーバーだよ」

 

ころねは右手の指に闇を纏わせ、おかゆのうなじを掴んで魂を指先に集めた。

 

「あー、やっぱりダメだったかぁ」

 

「いひひひひひひひ」

 

ころねの指先からは闇が溢れ出す。

 

爆発まであと数秒といったところだろうか。

 

「……ころさん。ごめん」

 

背中に張りつくころねを背負い投げし、抜刀。

 

おかゆは、光を失った目でころねに刃を向ける。

 

「オ、マ、エ、オトモダチ、じゃ、ない……?」

 

「キミこそ、今はころさんじゃないよね。……だったら友達でも何でもない、赤の他人だよ」

 

おかゆは涙一つも浮かべることなく、冷静に刀を構える。

 

そして、一つの握り飯を咥えた状態で深呼吸を始めた。

 

「ゆび……ゆびぃぃぃぃ!!よこ、せ、ゆびゆび……」

 

かつてころねだった存在は、体内から湧き出る闇に身体を飲み込まれる。

 

身体に闇とヘドロを纏って突進してくる、戌神ころねだったモノ。

 

元の可愛らしい少女の顔は見る影も無し、今や禍々しい闇の塊である。

 

わずかに残るころねの要素といえば、犬のように四足歩行であるということくらいであろうか。

 

おかゆの瞳に、やはり涙は浮かんでいなかった。

 

しかし、その口元と声は確かに震えていたのであった。




吸魂


狙った相手の魂を奪い取る、細く弱くも禍々しい光の糸

それは迷える少女の導き手であった

戦いは、いつも少女と共にある

そして裏切りも、また蜜の味なのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戌神ころねの喪失 後編

~福音の廃城~

 

震える唇を嚙みしめ、何度も刀を構えなおすおかゆ。

 

「……はぁ。ごめんね、ころさん」

 

「ォォォォラァァァァヨォォォォォ(【取り返す鎖】)」

 

「【逆殯(さかあがり)】」

 

ころねに纏わりついた闇の塊は、ころねの時とは比べものにならない程に巨大な闇の弾丸を生成し、おかゆの頭部を吹き飛ばさんとばかりに放つ。

 

しかし、おかゆはそれを見逃さず守りの態勢をとり、刀でそれを弾き返した。

 

弾かれた闇の弾丸は風を切り、周囲の空間ごと喰らいつくさんと城門に大穴を開ける。

 

「ハァァ……(【黎の爆弾】)」

 

おかゆが再び刀を構える前に、闇の魔術によって召喚され大勢の魂が腹部で爆発した。

 

「ぐえっ」

 

闇を大量に含有した魂による爆発が直撃してしまったおかゆは腹部を抉られ、口と腹部からは血が噴出する。

 

「アイ……してルよ……ぉヵ……ュ」

 

そんなおかゆの姿が見えているのか見えていないのか、さらに続けて口内からヘドロを放出しようと構える「戌神」。

 

もはや邪神として完全に深淵へと飲み込まれてしまったソレは、最後に残っていた想いを吐き出して吹っ切れたのか、躊躇うことなく大量のヘドロを吐き出した。

 

「ありがとう、ころさん。ぼくも愛してるよ」

 

おかゆは刀を鞘へと納め、その場に座り込む。

 

戌神の口から放出されるヘドロは、何故かすまし顔で正座したままのおかゆへと容赦なく押し寄せる。

 

「ゴァァァァァァァァ」

 

戌神の目からは、大粒のヘドロが涙のようにこぼれ落ちている。

 

おかゆは戌神とかなり距離をとってヘドロがおかゆに接触するまで、あと2、3メートルといったところだろうか。

 

何を思ったのか、おかゆは自身の舌を嚙み切り、その切り落とされた舌を城門の瓦礫が散らばる地面に叩きつけた。

 

舌からは大量の血が噴き出し、巻かれた根本は喉に詰まり、気道を塞ぐ。

 

「……かっ、かぁ」

 

当然ながら気道を舌の根本に塞がれたおかゆは窒息し、その意識は徐々に削がれていった。

 

「ぉヵュ……?」

 

刹那、戌神の動きが止まる。

 

その時。

 

おかゆはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、直後にその身体は爆散した。

 

「【変化(きょじんか)焚神、迦具土神(カグツチ)】」

 

舌は炎を宿し、それと共におかゆの新たな身体が形成されていく。

 

「ァ……ァ?」

 

「見ててよ、ころさん。これがぼくの能力、その神髄だよ」

 

「ユビ、ユビ」

 

おかゆの能力はその身を巨人と化すというものである。

 

今まで本人でさえ全く明かしていなかったその仕組みは、「直近に食べたおにぎりを起爆剤に身体を爆発させ、一瞬のみ空間を裂くことで周囲の地形を巻き込み、それらと融合する」というものであった。

 

そして迦具土神は日本神話に登場する神であり、それをモチーフとした変化をしたためか、土や瓦礫を巻き込んで作り出した新たな肉体は、常に身が燻っている。

 

滅多に使わない能力である故、巨人形態にかなりのブランクがあるおかゆだが、この身体に違和感は感じていなかった。

 

「……ころさん。今、助けるね」

 

「ユビ、ユビユビ……」

 

全長22mの巨大な土と瓦礫によって生成された猫の獣人と化したおかゆは、付近に切り立つ大岩を引き抜き刀に見立てて構え、炎を纏わせる。

 

「【炎の巨塔】」

 

おかゆは大岩で戌神のヘドロを纏った身体を薙ぎ払うように叩き斬り、辺りは飛び散ったヘドロで火の海と化した。

 

「グゥゥゥゥゥゥ」

 

ヘドロが徐々に燃えていくにつれて、捕らわれたころね本体の身体も露になりつつある。

 

おかゆは炎を纏った拳を握り、闇で生成された戌神の尾を叩き潰した。

 

身体の一部を失ったことで纏っている闇がさらに薄くなった戌神は、ころねの身体を完全に背面へと露出させている。

 

今しかない。

 

「うおおおおおおおああああああ!」

 

過去に無いほどの声量で叫びながら、おかゆはころねの身体を闇から引きずり出した。

 

「ガ、ガガッガ、ゴ、ア、ア、ア、ア」

 

「戻ってきて、ころさん!!」

 

絡みつく闇の霧を払い除け、「取り返す鎖」本来の姿である人間の指を模した魔力の塊で生成された触手を千切り、柔らかなころねの身体を手中へと収める。

 

「ァァァァァァァァァァァ」

 

唸りながら、ころねの身体を奪い返さんとする戌神を左手で抑え、その醜悪な頭部を握り潰すおかゆ。

 

心臓部であるころね本体を引き抜かれてしまった戌神は力を失い、その闇と僅かに残ったヘドロは分離し、周囲へと拡散し始めた。

 

「ころさん!大丈夫!?」

 

おかゆは変化で生成した迦具土神の身体を捨て去り、本来の身体を再生成して、ころねの元へ駆け寄る。

 

「……」

 

しかし、ピクリとも動かないころねの身体は闇に蝕まれ、すでに冷え切っていた。

 

「ころ……さん?」

 

ころねの頬に、おかゆの涙が数滴落ちる。

 

おかゆの視界は徐々にけ揺らぎ始め、やがて涙に埋め尽くされた。

 

どれだけ経っても、ころねはその目を開かない。

 

それもそのはず。

 

一度吸われた魂は、「ウルハ」の元に留まり続ける。

 

そして、ころねの魂は「戌神」の生成に使われたわけではない。

 

つまり、ころねの魂はまだ「ウルハ」の手中に有り、「戌神」として動いていたものは、名も無き悪霊の魂使ってころねの記憶から生成した粗悪なコピー品というわけである。

 

「取り戻したのは……ころさんの身体だけかぁ。はははは、はは」

 

おかゆは、抱き上げようとしていたころねの身体から手を放し、引きつった笑みを浮かべる。

 

「あっはっはっはっはっは。あははは、あははは……」

 

そして間もなくおかゆは、大声で笑い始めた。

 

幼少からの親友にして、唯一の相棒。

 

そんなころねを文字通り身を削ってまで取り戻したと思った矢先、そこに魂が宿っていなかったと発覚したのだ。

 

気が狂ってしまうのも無理はない。

 

ましてや己の身体を一度破壊する切り札を持つおかゆは、より身体という「器」、それに意味を感じないのであろう。

 

そんなおかゆにとっては「愛するお友達の身体が戻りましたよ」という知らせなど、所詮は蛇の生殺しに過ぎないのである。

 

 

 

おかゆが小一時間、息も忘れて笑い続けた頃。

 

福音の神殿を取り囲むように雨雲が広がり、一寸先さえも灰に染まる程の大雨が、立ち尽くすおかゆを殴りつけるように降り注いだ。

 

身体が冷えたのだろうか、笑いながらも力無くその場に崩れ落ちるおかゆ。

 

しかし、その姿を目にする者はいなかった。

 

こうして「戌神ころね」は、文字通り消失したのだった。







炎の力は命の力

とある世界には、それを繰る剣士が夢を蝕む魔を断ち切り、しかし華々しく散ったという伝説がある

炎はいつか消える、だが消えるまでは燃やし尽くすのだ

炎よ、猛くあれ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遥かにて

~サーバ海~

 

「ふふふふーふふん、ふふふふーふふん、ふふふふーんふーんふーんふーんふーふふん」

 

「船長ぉ……それ、何の歌?」

 

鼻歌を歌いながら、船のオールを漕ぐマリン。

 

そんなマリンの背後から、あくあは顔を覗くように聞く。

 

「これはねぇ。昔、船長が一味の皆と一緒に歌っていた歌ですよぉ。テーマソングってやつ?一流の音楽家に作ってもらったやつなんだワ」

 

「へぇ~。船長、昔はすごい海賊だったんだね」

 

マリンの自慢話を聞いて、素直に感心するあくあ。

 

「昔『は』って何ですか昔『は』ってぇ~!......と、言いたいところですけど......残念ながら今の船長は、昔の船長より明らかに劣化してますねぇ。自分でもわかりますよぉ。......今のマリンたんは、弱虫ですから」

 

「船長?」

 

マリンは、鼻歌を歌っていた先ほどまでの機嫌が噓のように俯き、胸元から家から持ってきた数少ない一味との集合写真を取り出して見つめた。

 

「もう長く経つのに......未練たらたらですよ、もう。キミたち......るしあ......。......ごめんね、あくたん。船長、こんなに弱いところ見せちゃダメだって思っていたんですけど......やっぱ海に出ると、思い出しちゃんだワ」

 

「......」

 

瞼の下からは雫を滴らせ、しだいに嗚咽を始めるマリン。

 

「はぁ。船長ってば、ダメダメですね。せっかく、あくたんとの初デートなのに、昔の一味を思い出して泣いちゃうなんて。......この海の下には、一味の皆がいるのかな。いっそのこと、マリンも......」

 

「......」

 

「本当にごめんね、あくたん。こんな、辛気臭い、独り言......ぐすっ。マリン、ちょっと黙ってるね」

 

これ以上あくあに情けない姿は見せまいと、帽子を深くかぶるマリン。しかしあくあは、そんなマリンの様子とは対極的に、珍しく声を張ってその名を呼び、彼女を強く抱きしめた。

 

「あくたん......?」

 

「船長!いや、マリンちゃん。......あてぃしには、マリンちゃんがどれだけ苦しんでいるのか、どんなに悲しい想いをしたのか、全然わかんないよ。でも、あてぃしはマリンちゃんの恩人だし、今この船を動かしている宝鐘マリン船長は、少なくともあてぃしにとって初めてできた恩人で、大切な人だから。弱いところも見せていいし、どんなに泣いてもいいよ。だから......不吉なこと言わないでよ。『いっそのこと』なんて、死んでも言わないでっ!」

 

あくあは、マリンの肩に寄りかかって叫ぶ。

 

マリンは、今まで聞いたことが無かった大声に驚き、目を丸くしたまま固まってしまった。

 

「……」

 

「あっ……ごめん、船長。あてぃし、あんまりこうしてエゴを押しつけるみたいなのしないから......耳元で大きな声出しちゃった」

 

冷静になったあくあは、マリンから身体を離し、そのまま俯いてしまった。

 

自分は救ってもらった立場。

 

それなのに、マリンとの仲はそこそこ深まっているとはいえ自分は何を言っているのだと、冷静になって自身の感情に任せた言動を後悔する。

 

自分が拾った少女にこんなことを言われたら、きっと二度と口を利く気がしなくなってしまうだろう。

 

しかし、

 

「あくたんっ!!」

 

そんなあくあの心配をよそに、今度はマリンの方からあくあを強く抱擁し返した。

 

「せんちょ?」

 

「ありがとう、あくたん……。あたし、えぐ、ひっく、くぅ、う、うう……」

 

マリンはあくあに抱きついたまま、しばらく涙を流し続けた。

 

「マリンちゃん、大変だったね。よしよし」

 

「うくっ、くっぐ、うう、うわあああああああ!」

 

広い広い大海原に、波の音。

 

あくあの胸に包まれて泣きじゃくるマリンの声が混じる。

 

あくあはマリンをもう一度抱擁し、マリンの頭を撫でながら抱きしめた。

 

大いなる青の中に、赤と紫。

 

それは、いずれ来る目覚めへの萌芽であった。







死は生命の特権に非ず

いずれ訪れる完全なる死とは、概念の消滅であろうか

しかし、認識と忘却は表裏一体である

なればこそ、語られる歴史が必要だったのだろう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本当は

~アルマ村・大地の神殿前~

 

「聞き慣れない声……あれ、フレアちゃん?と……そっちの人は?」

 

「あ、アキ先輩……!?」

 

ノエルがアキに発見された翌日。

 

入村手続きを終えたノエルは、同行していたフレアと共に、改めて大地の神殿へと向かった。

 

アキに見つかってしまった際、同行していた村の長老達にも見つかってしまい、突然現れた女騎士に驚いたエルフ達には魔物と等しく警戒されたノエルだったが、警備隊長であるフレアの知り合いであるということを明かすと、村の人々は瞬く間に警戒を解き、ノエルをすんなりと村へ迎え入れた。

 

「ノエルのこと、仮にも余所者だから隠してきたけど……なんだ、意外とあっさりだったね。ちょっと怪しいかも」

 

フレアは神殿前のベンチに腰掛け、額を拭いながらため息をつく。

 

自身が村人から信頼されているが故であるとは知らずに、村人達のノエルに対する反応を怪しむ程に心配していたことを隠す気も無いフレア。

 

「でも、村に入れてもらえてよかった!真面目なフレアのことだし、きっと村では信頼されてるだろうから、そのフレアが知り合いだって言ってくれれば大丈夫だと思ってたよ」

 

しかし当のノエルは、心配など一切していなかったようである。

 

それも、フレアの性格をよく知ってのことだろう。

 

ノエルがフレアの左隣に腰掛けると突風が吹きつけ、辺りの花弁が宙を舞い、花吹雪が彼女達を彩った。

 

「わぁ……」

 

「きれいだね」

 

「うん。……ねぇ、ノエル」

 

「どうしたの?フレア」

 

「……これを」

 

そう言って、頬を染めながらフレアは懐から指輪を取り出す。

 

「えーーと???これは?」

 

「不知火家に代々伝わる指輪だよ。貴重なものだから、あんまり持ち出さないようにしてたんだけど……最近、スペアを見つけたからあげる」

 

「え、いいの?そんなに大切な指輪、貰っちゃって……」

 

「うん。エルフじゃない知り合いなんて、初めてだったから……その……」

 

フレアは必死にノエルの顔から視線を逸らし、自身の右手に左手を添え、ノエルの左手の薬指に指輪を手に嵌めようとする。

 

しかし、思うように指輪が嵌まらない。

 

本人は自覚できていなかったが、フレアの両手は大きく震えていたのだ。

 

「ふふっ」

 

「ノ、ノエル?」

 

「手、握るね」

 

ノエルは自身の右手でフレアの右手を握り、自身の左手、その薬指へと近づける。

 

そして、二人の右手に支えられた指輪は、しっかりと、薬指の第一関節の少し奥に嵌まった。

 

「……ありがとう」

 

「団ちょ……私の方こそ、ありがとう。大切にするね」

 

「うん」

 

「フレア?」

 

「ノエ……」

 

「ん」

 

「むっ!?」

 

両手に持った指輪から視線を外し、再びノエルの顔へと視線を向けるフレア。

 

その瞬間、ノエルはすかさずフレアの後頭部に左手を回し、自身の唇をフレアのものに重ねた。

 

「えへへ」

 

「……んむぅ」

 

微笑むノエルに、フレアは紅潮する頬を左腕の袖で隠す。

 

突風が吹きつけ、辺りは陰り、木々の葉と葉は擦れ合う。

 

そのカサカサという音の中に、時折り隙間風のような音が混じった。

 

フレアを抱き寄せた、ノエルの手。

 

その手は、吹きつける風のように軽かった。




不知火家の指輪


火が落ち続け、廻る世界
その世界に在る女神が愛した者へ贈ったという指輪

嵌めた者の身体を護り、心身を強靭なものとする加護を宿す
数多の夜を超えた指輪には、相応の想いも宿るのだろう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

歪む曇天、サンダー・バード 前編

~バッカス平原・北部~

 

一通りの公演を終えたおまる座一行は、死者の谷を目指して、バッカス平原を北へ北へと進んでいた。

 

いくつもの馬車で移動する彼女らの先頭車両、そこには団長であるポルカと、準主役級の団員であるラミィ、ねね、ぼたん、スバル、わためが座席に乗り込み、談笑して移動中の暇を潰していた。

 

「みんなお疲れー!さあ、死者の谷まであと何日かで着くけど、ちゃんと体力はついてるー!?咳は出てない?ケガはしてない?『ウルハ』撃破まで公演はお休みする予定だから、しっかりと体力をつけて、実戦に備えてね!」

 

「「「「「はーーーい」」」」」

 

「元気でよろしい!」

 

「でも、何で今その話なんスか?」

 

「いやあ、そろそろ日が暮れるから、この辺りをキャンプ地にしようと思ってるんだけど……。北部は雪原ほどじゃないけど冷えるから、ちゃんと身体を温めておかないと、簡単に体調崩すんだよねー。だから、注意をしとかなきゃと思って」

 

ポルカは父親のサーカス団に所属していた頃から、公演の度に「カバー」全体を巡っての公演を行っていた。

 

自身のサーカス団を設立した後も、各地を渡り歩いての公演を続けていたポルカは、「カバー」各地の気候を熟知している。

 

これは、自身と共に「カバー」中を周る団員のコンディションにも気を配らなければならない、サーカス座長だからこその知識だろう。

 

そんなポルカは私服の上にコートを羽織り、馬車を降りて座員達と共にテントを張り始めた。

続けてラミィ、ねね、ぼたんも手伝いを始める中、スバルとわためは周囲の巡回を始めた。

 

この辺りはまだ死者の谷と距離があるとはいえ、ポルカ一行の生気に惹きつけられた亡者が襲撃を仕掛けて来ないとも言い切れないため、ポルカは自身よりも戦力が上であると判断したスバルとわために見張りを頼んでいたのである。

 

スバルとわためは「尾丸座」に所属していた頃から、いざという時の戦力として頼られる存在だった。

 

自身の毛皮を介して雷を操るわため、魔力で作り出した羽を広げて空を制すスバル。

 

ただのサーカス団員とは思えない二人の戦力は、見張りとして十分すぎるくらいだ。

 

スバルとわためは二手に分かれ、それぞれスバルは南、わためは北の見張りを始める。

 

時が経つにつれて徐々に星が出始め、テント設営も終わりへと向かっていく。

 

ぼたん主導の元、大釜で作られるラーメンの香りが辺りに漂い始めた。

 

きっと、何も起こらないだろう。

何も起こらないまま、無駄に緊張感だけがあるだけの夜を過ごすことになるだろうと、スバルとわためは高を括っていた。

 

しかし準備が整っている決戦前夜よりも、今日のような何気ない日にこそ、魔は訪れるというものだ。

 

わためは、ふと北にそびえ立つ廃城へと目を向ける。

 

テント群を挟んだ位置に、スバルの姿がかなり小さく見えた。

 

高い城を見上げ、向こうで手を振るスバルに手を振り返した、その時だった。

 

「……スバルちゃん、後ろーーーっ!!!」

 

「ん?」

 

スバルの背後に迫る何かに気づいたわためは、脚に雷光を纏わせて走り出す。

 

「後ろ、後ろに……獣がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「……【片光翼咆(ユニウィング)】ッ!!」

 

わための叫び声に間一髪で反応したスバル。

 

スバルは肩甲骨から腕にかけて魔力を纏わせ、実体化させた翼を広げて飛び上がる。

 

そして右腕からの魔力砲を、背後へと迫る「獣」へと放った。

 

「ダメだよスバルちゃん、一回逃げて、逃げてっ!!」

 

「なっ……!?」

 

しかし、身長154センチメートルのスバルが咄嗟に飛び上がったところで、四足歩行をしていても15メートルを優に超える巨体の獣から逃れることはできない。

 

白い体毛に翡翠色の瞳をもった獣は、放たれる魔力のレーザービームをものともせずに、大口を開いたままスバルの全身を一瞬で吸い込んだ。

 

「スバルちゃああああああああん!!」

 

「何が起きたッ!!?わため先輩!?」

 

ここで、ポルカ達が異変に気づく。

 

わためは獣の元へと辿り着いたが、時すでに遅し。

 

一滴の血も流さず、瞬く間にスバルを吸い込んで喰らい、咀嚼することも無く飲み込む獣。

 

一切の赤も無い涎が滴り落ちる口からは、スバルが直前まで被っていた帽子だけが吐き出された。




尾丸座


「おまる座」の座長である尾丸ポルカ、その父親が座長を務めるサーカス団にして、ポルカの古巣

「ウルハ」率いる亡者の軍隊が現れて以降は公演回数が徐々に減っていき、近頃はめっきり無くなってしまった

彼らの行方は、誰も知らない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

歪む曇天、サンダー・バード 後編

~バッカス平原・北部~

 

「わため先輩!この獣は……!」

 

「わからない!わからないけど……今、この獣は確かにスバルちゃんを喰った!!」

 

ポルカとわためが、巨大な獣を前にして構えをとる中、ラミィ、ねね、ぼたんも団員たちの避難を済ませて獣の前へと立ち塞がる。

 

「ウーン、残念ナンデスケド……コノ中デ必要ナノハ、一人ダケナンデスヨネェ」

 

白い獣は大きく口を開け、スバルの姿が消えた口内を隠すこともなく人語を流暢に話す。

 

「喋った!?」

 

「……え?」

 

仰天するポルカと、何かに気づいたかのように呟くねね。

 

「獣ガ喋ッチャイケマセンカ?」

 

そんな二人に構うこともなく白い獣はわための方へ向き直り、その大口を開けて突進する。

 

「って言う割に、わため達には喋る隙どころか状況を呑み込む時間も与えてくれないねぇ!」

 

わためは高く飛び上がり、真下を通り過ぎる白い獣の頭上で羊毛を擦り合わせて発生させた電流を身に纏った。

 

「フムフム、期待以上……デスカ」

 

白い獣は舌なめずりをし、天を仰ぐようにわためを見つめる。

 

余裕綽々、まるで死を恐れていないかのように、今にも雷を投げ放たんとしているわためを見ても尚、一切動じるような仕草を見せない。

 

「うおおおお!スバルを返せえええええええッ!!」

 

「サア、来イッ!」

 

「【雷鳴のソナタ】!」

 

激昂したわためは、天高くから白い獣の背に雷ごと自身の右手をを叩きつけた。

 

電流を集めて杭のように雷を叩きつけ、離散する電流が爆発を引き起こす。

まさにソナタの如き猛攻。

 

「……フゥ……流石ノ威力デスネェ」

 

しかし、確かに感電しているにもかかわらず、やはり白い獣はピンピンしている。

特にダメージを受けているような振る舞いも無く、着地して再び電流を纏うわためを凝視しながら、再び舌なめずりをした。

 

「え……効いて……ないの?」

 

わための額から脂汗が垂れる。

 

「イヤ?効イテマスヨ?ソチラノ攻撃ハ、ワタシのHPに干渉デキナイトイウダケデ」

 

そのわためとは対照的に、身震いして自身からの放電を済ませ、再び構える白い獣。

 

「ええ……」

 

ポルカは訳の分からない単語を無視し、強大なる白い獣の前に若干絶望しつつも、幻術の展開を始める。

 

しかし、突然の戦闘で準備が間に合っていなかったポルカの幻術は、白い獣の攻撃に間に合わなかった。

 

「サア、ソロソロ決着ニシマショウカ。『真実』ヘ向カオウトスル美少女タチヲ苦シメルノモ、気ガ引ケマスシ」

 

白い獣の眼球は光を帯び始め、その光は周囲を呑み込む。

 

「あああ!間に合わない!みんな、あのバケモノを何とか……」

 

「【空を……!」

 

「ねねも……!」

 

「【スタン……!」

 

幻術の準備が間に合わなかったポルカに代わり、それぞれ攻撃を始めるラミィ、ねね、ぼたん。

 

しかし、最も行動が速かったぼたんのスタングレネードが光を放つよりも先に、白い獣の魔術が辺りを包み込む。

 

「【エンド・オブ・ザ・ワールド】」

 

その瞬間、周囲から全ての情報が失われた。

 

全てを認識できない、完全なる無。

 

一切の情報を切り取り、意識や概念さえも切り取る大魔術「エンド・オブ・ザ・ワールド」の前には、ピンが外れたスタングレネードさえも全くの意味を為さない。

 

白い獣は、じわじわとわための元へと近寄り、がばりと開けた大口でその身体を呑み込む。

 

8秒経過後。

 

周囲の暗闇に光が差し込む。

 

刹那、ポルカ達も瞬時に意識を取り戻した。

 

情報が再び流れ込んだポルカ達は、人数が一人足りていないことに気づく。

 

「お、お前……わため先輩をどこへやったァァァァァァァァッ!」

 

ラミィ、ねね、ぼたんが感覚の喪失に戸惑う中、ポルカは一人、怒りに身を任せて白い獣へと特攻を仕掛ける。

 

「ドコッテ……ドコ、ナンデショウネ?強イテ言ウナラ……世界?」

 

「訳の分からない事をッ!!」

 

ポルカは携行していたガムを噛み始め、そのまま白い獣の股下を潜り抜けて背後へ回る。

 

「オォ、中々ノスピード。デモ、私ヲスル気デスカ?」

 

「【イリュージョン・ガム】」

 

そして、吐き出したガムは宙を舞っている間に二つ、三つ、さらには四つに増え、そのどれもが白い獣の体毛を絡めとって四肢に貼りつく。

 

「何デスカ、コレ。ベタベタシマスネ」

 

「今だ、皆!」

 

「「「わかった!」」」

 

ポルカは怒りに任せて突撃し、幻術を用いて細工したガムを使って四肢を拘束する。

 

その間に態勢を立て直していた三人は、今度こそ本当に攻撃の準備を終えた。

 

「いきますっ!!【空を切る氷撃(ザ・ホルス)】!」

 

「容赦しないよ!それそれっ!」

 

ラミィは宙に浮かべた巨大な氷の塊をハヤブサのようにカットし、白い獣の鼻先に飛ばす。

 

一方のぼたんも七つのグレネードを連鎖的に爆破させ、うち一つを口内へと放り込んだ。

 

「イヤ、何ヲサレテモ私ニハ効キマセンッテ……」

 

余裕の表情で土煙と氷の欠片を払いのける白い獣。

 

しかし、光の粒子で生成した剣を構えたねねが眼前へと飛び出していた。

 

「いーや、ねねの攻撃だけは効くはずだよ!ねねは、あなたのやっつけ方を何となく知ってる!そんな気がするから!」

 

「ハッタリハ止メテ下サイヨォー。私、モウ用トカ無イノデ、帰ラセテ……」

 

攻撃が通用しないことを身をもって知っているはずなのに、それでも攻撃をやめないねね達に辟易する白い獣。

 

「【コマンド90・ピクセルコフィン】!」

 

しかしそれでも、ねねはもはや構えることさえもしなくなった白い獣の首、そのうなじ辺りを回転斬りで斬りつけた。

 

「カァッ……!?」

 

白い獣の首元から、噴水のように血が噴き出す。

 

一切の防御態勢をとっていなかった白い獣は、身体を構成している細胞、その一つ一つの繋がりを断ち切られる感触に背筋を凍らせた。

 

「やあああああああっ!!」

 

そして、うなじから肉を抉ったねねの剣は、さらに弧を描くように喉仏を伝い、右の前足辺りまでを斬り裂く。

さらに白い獣の首を電子で包み込み、一斉に爆発させた。

 

「グァァァァァァァァァ!」

 

白い獣の美しい頭部は吹き飛び、首の断面からは、滝のように血が流れ出る。

 

背骨と肉の断面を露出させ、四肢をピクピクと震わせながら、その場に倒れこむ獣。

 

「ど、どうだ……」

 

ガムによって四肢が拘束されたまま、首無しとなった白い獣の身体から目を逸らさないポルカ。

 

一方のねねは白い獣の首元を見つめ、再び光の粒子を集めて生成した剣を構え直す。

 

「いや、まだ死んでないよ。おまるん」

 

「首を斬られたのに?」

 

「うん。多分。ラミちゃんとししろんも、念のため構えておいて」

 

「わかりました!」

 

「グレのピン抜いとくわ」

 

「「「さすがにソレは気が早い」」」

 

ぼたんのグレネードは、ピンを抜いてから7秒程度で爆発する。

 

下手にグレネードのピンを抜いてしまうと、事故を招きかねない。

 

ぼたんがピンに手をかけていたグレネードを再び腰に戻す。

 

それとほぼ同時に白い獣は灰のように散り、しかし中からスバルとわためが姿を見せる事はなく、ただ一人の少女だけが、その姿を現した。

 

「……やっぱり。ねえ、何でこんなところにいるんですか」

 

ねねは光の剣を構え直し、獣の少女に妙な言葉をかける。

 

スバルとわためを喰らった獣、その本体。

 

ねねだけは、その正体を見抜いていた。

 

かつては側に在り、そして、共に時代を戦い抜いてきた仲間でもある、数少ない仲間。

 

「いてててて~。やっぱり、ねねちは強いね。いつの間にか、私のズルも見抜いちゃうなんて」

 

「いいから答えてください!……どうして、スバル先輩とわため先輩を喰らったりなんかしたんですか」

 

ねねは獣の少女に詰め寄る。

 

しかし獣の少女は目を伏せたまま、何も答えなかった。

 

そして、

 

「ごめんね、ねねち。でも、今は何も言えないや」

 

とだけ言い残し、空間の裂け目に見出したポータルへと足を進め始める。

 

「……っ」

 

ねねは拳を握りしめながらも、ただその場で黙り込む。

 

自信の選択は間違えていないはずだと、歯を食いしばりながら。

 

しかし、それでは終わらない少女が一人。

 

「おい……。ねねに何を吹き込んだかは知らないけど、二人の先輩を奪っておいて、タダで逃がすとでも思った?」

 

「【エンド・オブ

 

「【ホログラム・サーカス】」

 

ポルカはリボンに仕込んでいた光学迷彩装置を起動し、周囲を巻き込んで大規模な「サーカス」を展開する幻術を発動した。

 

自身が足をつけていた土は、いつの間にかステージの上へと変わっている。

 

「これは……?」

 

あまりの情報量に戸惑う獣の少女。

しかし、すぐさま正気を取り戻した少女はポータルへと走り出すが、ポルカは一切の容赦なく新たな仕掛けを発動させた。

 

「【ザ・エレファント】」

 

象の幻を、「ホログラム」の世界で実体化させるポルカ。

 

象は獣の少女をその長い鼻で持ち上げ、それをステージへと叩きつける。

 

「ううっ!ダメージは受けないとはいえ嫌ですね、この地面に叩きつけられる感触……!」

 

「スバル先輩とわため先輩をどこへやったッ!!ポルカの大切な先輩達を、どこへッ!!」

 

ポルカは自身の身体能力を活かし、獣の少女に連撃を叩き込んだ。

 

当然ながら、獣の少女は一切のダメージを感じない。

 

しかし、その拳や脚から繰り出される力の入り方から、ポルカの怒りが少女の全身へと染みるように伝わる。

 

「もうあの二人は、あなた達とは関係無い存在なんですよ!大切な仲間を奪ったことは申し訳ないと思ってますけど……仕方のない犠牲なんですよ。望まれるべき『幻想』が、『真実』が、そこにあるんです!だから……ごめんなさい。【エンド・オブ・ザ・ワールド】」

 

白い獣は、より強力な魔術で幻術を上書きした。

 

わためを捕食した際よりもより強く、より多くの魔力を込めて、全てを相殺する威力での大魔術。

 

「【ホログラム

 

「さようならですね、皆さん。お互いに頑張って、この世界をハッピーエンドに導いて……次に会う時には、お友達として会いましょう」

 

一切の情報が消滅した空間を展開したまま、異空間へと姿を消す獣の少女。

 

十数秒が経過した後、ポルカ達は意識を取り戻し、消え去っていた情報が再び飛び交い始める。

 

「なっ、どこへ、まさか、逃げられたッ!?また、さっきと同じ!さっきと同じ、わため先輩がやられた時と同じようなやつだッ!う、うう……うああああああああああああッ!!くそッ!くそッ!何で……何でこんなことに……ッ!」

 

ポルカは膝から崩れ落ち、わずかに残った痕跡であるスバルの帽子を拾い上げ、抱きしめる。

 

「ごめん、おまるん。あそこでねねが攻撃を躊躇っちゃったから……」

 

「いや、ねねちが謝ることじゃないよ。……きっと何か、事情があったんだろうし」

 

「……うん。だから……ごめん」

 

「実は」と言いかけたねねだが、ねねの口はその言葉を紡がせなかった。

 

大粒の涙を流すポルカの元へ駆け寄るラミィとぼたん。

 

スバルの帽子が涙に浸る程号泣しているにもかかわらず、ポルカがねねを一切責めなかった理由。

 

それはねねの右手、その平から血が出る程に食い込んでいた爪を見てしまったためであった。

 

その後、非戦闘員である座員達が待つテントへ何とか帰還するポルカ達。

 

座長であるポルカの瞳から流れる涙は、テントに着く頃にはすっかり止まっていた。

 

涙が枯れたからか、或いは士気の低下を防ぐためか、それはポルカ自身にしか分からない。

 

しかし、少なくとも今晩は、ポルカの部屋から嗚咽が聞こえてくることだろう。

 

僅かな者だけが残され、空っぽになったスバルとわためのテント。

 

どうやらポルカが、帰るなり一部の私物を持ち出して、自身のテントに持ち込んだらしい。

 

盛り付けられたまま放置されていたぼたん作のラーメンも、麺がほとんどのスープを吸ってえらく伸びてしまっていた。

 

ぼたんがポルカの元へラーメンを届けに行ったが、ポルカは自身のテントに引き籠り、一切出てくる素振りが無かった。

 

そのラーメンを作った張本人であるぼたん自身も、この日はあまり食が進まなかったという。

 

ねねだけは普通に一杯のラーメンを食べ切ったようだが、それでも気分が晴れることは無く、そのまま散歩もせずに布団へ潜り込んでしまった。

 

そして自身の布団に潜り込んでいたのはラミィも同じであったが、こちらは少しばかり訳が違った。

 

「……くっ。そろそろ危ないかなぁ……コレ、いつまで隠していられるんだろう」

 

かつて、酒場で緑色の髪をもつ少女につけられた刻印。

 

それが、もはや隠し切ることが出来なくなる程までに痛みを増していたのだ。

 

テントの外は雨が降り始め、巣へと逃げ帰っている途中であろう怪鳥が雷に撃ち落とされ、湖へと沈む。

 

この日は、長きにわたる「おまる座」の読みを持つサーカス団の中で、最悪の一日と評されることになるであろう。

 

尤も、評する者が残っていればの話であったが。




白い獣


獣の少女が自身の心や憧れを投影して実体化させた姿

神話に語られる獣に似た姿をしているが、尾の数はそう多くない

生命は魂となり、また新たな生命を生み出す
それは神の所業であろうか、或いは人間の欺瞞に満ちたそれであろうか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白黒×ディストーション 前編

〜???〜

 

ゲーマーズが世界を見守る、どこでも無い場所。

 

二柱……もとい二人のカミを中心とした、管理者にして監視者たる存在、「ゲーマーズ」よって治められているこの地は、この地だけは、邪なる者の侵入を許さないと、そう思われていた。

 

しかし。

 

突如として空間の裂け目から現れた、鬼のような何か。

強いて名をつけるのであれば修羅であろうか。

 

それは旋風(つむじかぜ)のように、或いは猛き獣のように、肉を裂き、石を断ち、空を切る。

 

そして駆けつけた二人のカミも、為す術なく[[rb:腑>はらわた]]を引きずり出されてしまった。

 

カミを失った世界は、終焉へ向かう。

 

人々は狂い果て、理はねじ曲げられ、世界は拡散する。

 

それが、大神ミオの水晶に映った未来の姿であった。

 

「……これはマズいことになるかもねぇ」

 

ミオは急いでタロットカードを取り出し、シャッフルした大アルカナの中から一枚を引き、世界の命運を占う。

 

出てきたカードは「死神」。

それも正位置、つまりはそのまま解釈するという意味を持つ啓示である。

そして死神のカードは、「終わり」を意味するもの。

 

つまり、そのまま「世界の終わり」という意味の啓示が降ったというわけである。

 

あまりにも不吉な映像とタロットカードの占い結果。

 

ミオがフブキにこの結果を伝えると、フブキは血相を変えて村へと駆け出して行き、街の人々を引き連れて戻ってきた。

 

「ミオ、街の人々を奥に案内して。わたしは鳥居前を警備しておく」

 

「……わかった、任せて」

 

ミオは、逃げてきた人々を奥社へと案内し、窓と扉に封印と魔除けの札を貼り、封鎖する。

 

境内には見慣れない刻印が、光を放ちながら其処彼処(そこかしこ)に浮遊している。

それは朱く光る五芒星であった。

 

桜の花弁は舞い散り、空は暗転する。

 

水晶に映った未来。

 

それは、未来を知る事が無かった際に起こる出来事を示したものであり、元となる因果の姿。

 

つまり水晶に移った映像は、「誰も未来の姿を視認しなかった世界」の映像という事である。

 

しかし、ミオはその未来を覗いた。

 

つまり、その未来を変えるために行動できるようになったという事だ。

 

悲惨な未来を知って尚、変わらない因果を辿ることを選ぶ者は少ないだろう。

 

俗に言う「神様」であろうとも、それは変わらない。

 

そして、術者本人であるミオ自身と相棒であるフブキは、その未来視を信じていた。

 

概念が集うこの世界及び境内の喪失は他の世界にも大きな損失を招く。

 

故にこそ、迅速に行動をとる必要があったのだ。

 

……と思い込んでいたがために、ミオは後で悔やむことになったが……私もそれは同じだった。

 

「……来ましたねぇ。招かれざる客が」

 

蒼天は赫に染まり、鳥居は崩れ去る。

 

魔界より顕れたるは、怨嗟の鬼。

 

哀しみと怒りに身を焼かれ、次元を超えて刀を振るう、修羅と化したナキリであった。

 

「ヴヴヴヴ……」

 

尖った牙を剥き出しにして唸りながら、フブキとの距離を一歩ずつ詰めるナキリ。

 

互いに一歩ずつ踏み出せば、刀の先端が届くまでに距離が縮まったところで、ナキリは抜いていた太刀を再び抜刀し直すような仕草を見せた。

 

これが理性を失ったナキリなりの開戦礼なのだろうか。

 

フブキも刀を抜き、神経を研ぎ澄ませる。

 

そして、

 

「【偽巌流(がんりゅう)百鬼獄斬(ひゃっきごくざん)】」

 

「なっ!?」

 

理性が無い故に後先を考えない、全力の一撃。

 

まさか、抜刀した次の瞬間に必殺技が飛んでくるとは思っていなかったフブキは、想定外の威力に、思わずガードを解かれてしまう。

 

「【偽鏡心明智流(きょうしんめいちりゅう)断焔(たちほむら)】」

 

「やべっ!!?」

 

そして、フブキの体勢が直るよりも前に、ナキリの太刀からは、よろめく狐を一刀両断せんとする二撃目が繰り出された。

 

そんな中でもバックステップで距離を稼ぎ、何とか二本の太刀に蹴りと回転斬りを合わせて、両足の裏を[[rb:黒炎>こくえん]]に焼かれる程度のダメージに抑えたフブキ。

 

とはいえ、足の裏に火傷を負ってしまったフブキは、動くたびに両足の痛みが響いてしまう。

 

神の業である奇跡で何とか傷を癒そうとするも、炎を黒炎たらしめている闇が妨害しているのか、フブキが左手から発しているはずであるはずの波動が患部に届かない。

 

「イヤ……」

 

そんなフブキをよそに、眼前の狐が視界に入っていないかのように刀を下ろしたナキリは、独り言とも唸り声とも判別できない音を漏らした。

 

「どうしてって何ですか!?何の話なんですか!?」

 

フブキは刀を構え直し、隙だらけのナキリに向かって渾身の突きを繰り出す。

 

「【雑音】」

 

ナキリは納刀と共に後方へ飛び上がり、宙返りでフブキの突きを避きながら何かをブツブツと呟き始めた。

 

「えーい!訳のわからないこと言ってないで、これでも受けてみろってんですよー!【超阿修羅功・粒子剣舞(スサノオ)】ッ!!!」

 

ナキリの着地に合わせて、フブキは突きの体勢から宙返りしながらの斬撃へと繋げる。

 

「【血斬り】」

 

そして魔術によって刀を一時的に分裂させ、回転斬りから目にも止まらぬ連撃を繰り出すフブキであったが、血を纏った二本の刀に防がれてしまう。

 

さらにナキリが刀に纏わせた血がフブキに飛び散り、フブキの腹部から胸部にかけて、服が血の赤に染まった。

 

「この血……すごく妙な匂いですねぇ……不死者だからでしょうか」

 

フブキは服に付着した血に違和感を覚える。

 

死体特有の腐敗臭ではなく、邪気が放出する刺激臭でもない。

 

それでも心身が蝕まれていくような、そんな匂い。

 

「……戻らない」

 

「へ?」

 

「余は、もう……何も変えられない」

 

「ナニヲイッテイルンデスカ……?」

 

ナキリは懺悔するような口調で、単語を無理矢理繋ぎ合わせるように何かを呟き始めた。

 

「ウオオオオオオアアアアアアアアア!!」

 

そして取り戻した刹那の正気を失い、二本の太刀でフブキへと斬りかかるナキリ。

 

「また単調な攻撃を……」

 

接近する刀身に対し、フブキは回避ではなく防御の構えをとった。

 

「ヴヴヴヴヴヴ!」

 

ナキリの剣技はあやめよりも劣っている。

 

しかし、「血斬り」によって血を纏った刀から繰り出される斬撃の前に、回避はもはや意味をなさない。

 

それを察していたフブキは守りに徹し、カウンターを狙うことにしたのだ。

 

「【拒絶風】」

 

フブキは刀を曲剣のように振り、渦を巻くように辺りの空気を操る。

 

範囲を抑え、完全に攻撃を受け流すのみに集中した剣技。

 

「【偽鏡心明智流(きょうしんめいちりゅう)断焔(たちほむら)】」

 

一方でナキリの刀が纏っていた血は、フブキを斬撃によって焼き払わんと火を噴き始めた。

 

「やっぱり、守りに集中しておいてよかったですよっ!!」

 

生み出された空気の渦は血と炎を呑み込み、斬撃をも受け流す。

 

「ァァ」

 

そしてフブキの読み通り、二本の太刀を振った直後のナキリには僅かに隙ができた。

 

「喰らいィィィィィィィィィィ!!」

 

腰を落とし、居合の構えをとるフブキ。

 

しかし、彼女にはすっかり忘れてしまっていたものがある。

 

「【血霧】」

 

「血斬り」によってフブキの服に飛び散ったナキリの血が、ただの血である筈がなかった。

 

付着していた血はフブキを包み込むように霧となって散り、視界を血の赤に染めた。

 

「なっ、どこへ!?」

 

姿を消したナキリを警戒し、思わず居合の構えを解いてしまうフブキ。

 

戦いが下手というわけではないが、文字通り腐っても達人であるナキリには一歩引けをとってしまっている。

 

「さようならだ余、何も変えられない『カミサマ』」

 

血の霧、その中に影が一つ。

そして滴る赤は角の下、瞳から溢れ出ているように見えた。

 

白上フブキには、それが見えていたのだ。

 

しかしフブキはそれを見てしまったが故に、構え直した刀を振ることができなかった。

 

それは太刀から滴り落ちる血か、或いは太刀ではなく大太刀が纏っているものか。

 

否、否。

 

「そんなことって……私が見た世界の……!」

 

「【偽巌流(がんりゅう)百鬼獄斬(ひゃっきごくざん)】」

 

ナキリの凶刃はフブキの肉を裂き、腹部を貫く。

 

「ケホッ、ケホッ!かひゅ……」

 

妖刀刹那羅刹が引き抜かれた腹部の風穴からは血が噴出し、フブキはその場に力なく倒れた。

 

さらにナキリは、そんなフブキにトドメを刺さんと鬼神刀阿修羅を右手に携えて一歩一歩フブキへと近寄っていく。

 

「ア……ア……」

 

ナキリは瞳を赤に染め、大太刀を倒れているフブキの首に突き刺そうと構える。

 

「私……は……カミとして……ヒュー、ヒュー……」

 

「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!」

 

フブキの暗転した視界には、刹那、ミオの顔がよぎった。

 

「……ごめん、ミオ」

 

ミオは今、何をしているのだろうか。

 

人々の避難は済んでいるのだろうか。

 

これからナキリは新たな命を、或いは存在を求めて足を進める筈だ。

 

ミオには、迷惑をかけてしまうことになる。

 

しかし私にはもう何もできないと、残された僅かな体力で歯を食いしばった。

 

フブキの涙が地を伝い、ナキリの大太刀はフブキの首元に振り下ろされる。

 

「【戦車(チャリオット)】ッ!!」

 

「ぐえ」

 

しかし、その刀身がフブキの首と接触することは無かった。

 

「……へ?」

 

「お待たせ、フブキ。……後は任せて」

 

フブキの視界からはナキリの脚が消失し、代わりに見慣れた黒い獣の脚が映る。

 

ナキリに突進した巨大な黒い獣は再び人の姿を取り戻し、刀を抜いてフブキの前に立ちはだかった。




瞳の真実


瞳の本質は視ることにある

還らぬ名に狂うとも、遺るべき像と啓くべき蒙は在り続ける
視えずとも、背くべきではないのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白黒×ディストーション 後編

~???~

 

あと一歩のところで首元に大太刀の刀身が触れそうだったものの、黒い獣の姿でナキリに突進したミオの助けで何とか窮地を脱したフブキ。

 

しかしフブキは大量の血を流したまま、気を失ってしまった。

 

「きっと、あなたにも事情があるんだよね。……頬に血涙の跡がある」

 

「ア……ア……!」

 

「けれど、あなたをこのまま放っておくことはできない」

 

ミオは持っていた刀を抜き直して構える。

 

「余の愛した世界は終わってしまった……余の愛した世界は終わって、しまった……終わって、終わって、終わって終わって終わって終わって終わって終わって終わって終わって終わって終わって終わって終わって」

 

一方で正気と狂気の狭間を彷徨いながらも、思考をバグに占有され続けているナキリは、頭を抱えながらブツブツと何かを呟き始めた。

 

「なーに言ってんだー」

 

「余は、余は、あああ、ああ【雑音】」

 

血涙を流しながらその場に膝を突いて崩れるナキリ。

 

自身が血涙を流していることにやっと気づいたのか、或いはそれを指摘したミオに救いを見出したのだろうか。

 

しかし、ミオはそんなナキリを突き放すかのように刀を振り、その刀身は間一髪で飛び上がって斬撃を回避したナキリの左目を掠める。

 

「ちぇっ、斬り損ねた」

 

フブキ達と世界を見守っている時とは違い、凍てつくような殺気を纏いながらの戦闘。

 

正気と狂気の境目で揺れるナキリに、その殺気に満ちた瞳はあまりにも刺激が強すぎたのだろう。

 

ナキリは震えあがり、その場に二本の太刀を落としてしまう。

 

「あ、ああ……ウル、ハ……余、ノ、オトモダチ」

 

「ウルハ……亡者の王かぁ。何であなたからその名前から出るのかは分からないけど……だったら、尚更あなたを倒さなきゃいけないね」

 

刀も持たず、その場に立ち尽くすナキリを相手に、ミオは躊躇する素振りも見せずに右足で地を蹴り、宙を舞いながら刀を振りかぶった。

 

「余、ノ……『神様』……ドウシテ……」

 

「神様……?ウチ達がどうかしたのかな」

 

「世界、ノ、魔界、ノ」

 

「もーわかんねーよー!!とりあえず、死んでないけどフブキの仇ー!!」

 

ナキリは何やら言葉をブツブツと呟いていたが、問答無用とばかりにナキリの眼前へと飛び込むミオ。

 

「ア、アア、ヴヴヴ」

 

「くらえーっ!」

 

しかし、そこは流石ナキリと言うべきだろうか。

 

刀身の軌道を読み取り、しっかりと刀で防御する体勢をとった。

 

「【一瞬閃撃】」

 

そしてナキリは瞬く間にミオの刀を一刀両断する。

 

ミオの手に在る鞘は無傷のまま、刀身は地面へと突き刺さった。

 

「……やっぱり、刀は苦手だー!フブキは刀で衝撃を受け流せるみたいだけど、ウチは無理だぁー!……というわけで……お、おええ」

 

刀を失ったミオは、口内に生成したポータルから吐き出すように大剣を落とす。

 

「……ヴヴヴヴヴヴ!」

 

「おえっ、ケホ、ケホ、これを……そぉぉぉぉれっ!!」

 

ミオは槍投げの要領でそれを投擲。

 

「ガアアッ!」

 

しかし、やはりナキリの防御は鉄壁。

 

ミオも分かってはいたが、やはりナキリにその程度の攻撃が通用するはずも無く、大剣は大太刀から飛んだ少量の血だけで大剣を弾かれた。

 

より速く、より強く、そしてより大量の血を纏わせ、しかし大粒の脂汗を垂らしながら、必死に二振りの刀を振り続けるナキリ。

 

一方で、全ての斬撃を拳と腕だけで受け流し続けるミオ。

 

両腕は自身とナキリの血に塗れ、激痛に耐え忍びながらも、何とか致命傷は避けている。

 

防戦一方のミオに対し、ナキリはペースを乱さず刀を振り続けているように見える今の戦況。

 

しかし、ナキリの顔は明らかに青ざめていた。

 

ミオは段々と動きに粗が出始めるナキリの隙を突いて懐へ潜り込む。

 

「【神性付与(エンチャント)解呪の啓き(ハイエロファント)】」

 

「ッ!?」

 

「【愚者の乱打(ザ・フール)】!」

 

そして、瞬く間に魔力を纏わせた拳からナキリの胴体に連撃を打ち込んだ。

 

「グエ……」

 

ナキリの身体は宙を舞い、そのまま境内の石垣へと衝突する。

 

主人の手から離れた二振りの刀はその場に刺さり、石畳に深く刺さった。

 

「ふぅー。これで一件落着、かな」

 

「ぐぅ」

 

「さて、起きたら洗いざらい話してもらうよ。これまでの経緯を、ね。それと……フブキも、ゆっくり休むんだよ」

 

ミオは気絶したナキリと、倒れていたフブキの身体を抱き上げて境内へと運びこむ。

 

そして二人を布団に寝かせたミオは住人達を村へと送り返し、自身の傷ついた腕に霊薬を塗りながら、座布団に座って緑茶を飲んでいた。

 

「……こうして一人でいるのは久しぶりかもしれないなぁー。おかゆんところねは大丈夫かなぁ、ねねちは元気にやってるかなぁ」

 

ミオの独白は、誰の耳にも入ること無く空に消えた。

 

それから数時間後、フブキは意識を取り戻す。

 

「おはよ……あイテテテ!」

 

布団から起き上がってミオの元へと駆け寄ろうとしたフブキだが、怪我が響いて起き上がることができない。

 

「おはよう、フブキ。無理しなくていいよ。あの鬼の子は別の部屋で解呪を済ませて寝かせたから」

 

「いやー!ごめんねー、ミオ!まだ起きられそうにないや」

 

「うんうん、大丈夫。ゆっくり寝ててよ」

 

「ありがとう。ミオ」

 

布団から話しかけるフブキに微笑みかけるミオ。

 

そして、ミオは無事で良かったと言わんばかりに胸を撫で下ろした。

 

ナキリとの戦いを終えて一息つくフブキとミオ。

 

しかし、彼女達の中には一抹の不安が残っていた。

 

カミ及びカミが許した存在以外の侵入を許さないこの地に、暴走した鬼が侵入してきたのだ。

 

何故に世界はナキリの侵入を許したのか。

行方不明の「ゲーマーズ」とねねは無事なのか。

ナキリは目を覚ますのか、目を覚ましたと狂気は取り払われているのか。

 

死闘の後、勝利の美酒を味わいたい時ではあるが、カミであるフブキとミオは未だ警戒を強いられることとなったのであった。

 

ミオは、再び眠ったフブキの右手を取る。

 

「フブキ。……ずっと一緒だよ」

 

そして、その手を握りながらフブキの寝顔を見つめた。

 

今の「カバー」は予断を許さない程に混沌としている。

 

しかし今、この時くらいは、ささやかな幸せを享受しても罰は当たらないのではないか。

 

境内にはただ、ナキリとフブキの寝息とミオの小さな笑い声だけが在った。




魔界


暗きに沈む世界
それは「カバー」の内側にして裏側に存在していた

血で描かれた絵画が世界を創るのならば、血にこそ意思であり魂すなわち世界の基があるのではないか
そして「カバー」の何処かに在った者の血は暗く、内に世界が宿るのだという


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

舞台装置

〜???〜

 

「博士。……アレ、本当にやるんですね」

 

白衣に身を包み、椅子に座って機械いじりをしていた二人の少女は、巨大なコンピューターを前に腰を上げる。

 

白髪の少女とブロンド髪の少女。

 

まだ幼さの残る少女達には似合わないが、それでも彼女達には確かな技術と目的があった。

 

「うん。私の悲願ですから」

 

「何故、そこまでして?……とか言ってる私も、そんな貴方を手伝うために、こうして自分のすべきことをしているわけなんですけど」

 

「人は、常に幻想を求めてきた。自分の身体をゲーム機のコントローラーにすることを、異世界に生まれ変わることを、そして遂には人間の身体を捨て去り、自らの思い描く姿で動き回ることを、皆が求めていた。……こうなってしまったなら、かつて人々が描いた幻想を現実にするべきじゃあないですか?どうせ、懐古の情に囚われた人も残っていないんですから」

 

「それもそうですね。……ねぇ、博士。私がいなくなっても、寂しがっちゃダメですよ?」

 

ブロンド紙の少女は、白髪の少女に抱き着いて囁く。

 

「うん、大丈夫ですよ。私一人でも、悲願を果たしてみせます」

 

そして彼女を抱きしめ返した白髪の少女は、カプセル内へと足を踏み入れるブロンドの少女を名残惜しそうに見送った。

 

「……ありがとう。それでは、私はもう行きます」

 

「……じゃあね。また、いつか」

 

「ええ。さようなら」

 

カプセルの扉は閉まり、これから少女の身体は生体ユニットとしてコンピューターへと取り込まれることとなる。

 

「……これで、良かったんですよね」

 

そして白髪の少女は、それを止めなかった。

 

「さあ。私も、準備を始めないとダメですね。まずは……頼みますよ、『KIARA』」

 

「『KIARA』!!ヴォッボァッボァッボァッボァッボァッボァッボァッ!!」

 

白髪の少女は、淡々と「KIARAシステム」と名のつく分厚い記憶媒体及び演算装置などの機器を、巨大なコンピューターと繋ぎ合わせた。

 

「これをこうして……よし、と。これで、運命をまた一つ変えられるはずですね。……皆には申し訳ないですけど……。ごめんなさい」

 

「(……ねぇ。本当に、それがあなたの望んだことなの?)」

 

「静かにしてください。私は決めたんです。それに、あなたは元の世界に囚われ過ぎているんですよ。【雑音】さん。……あんな地獄の、どこが良いんですか」

 

少女はフラッシュバックするいつかの記憶を振り払い、再び監視用モニターへと目を向けた。

 

「もう、思い出させないでくださいよっ……!美空さん……!」

 

彼女の瞳は涙に濡れ、ぼやける視界の中で、それでも自身の涙に気づかないフリをしながら、モニターを見つめる白髪の少女。

 

「いいなぁ……みんな、青春って感じだなぁ……!幻想は、これだから素晴らしい……!!」

 

そして少女が見つめる先には、二つと在るはずのない自身の姿があった。




KIARAシステム


とある異世界
研究者達は宙を舞う機人、その極を求めるべく叡智に狂い果てた

その果てに生み出された一つの完成形となるはずだったものを稲荷博士が転用し手を加えた、緻密なプログラムにして情報の塊

鋼鉄の巨人を操る者の脳に殺人的な反応速度で戦闘シミュレーションデータを送り込み、戦闘に活かす
その演算技術は、幻想を取り込んだ未来を描く足掛かりとなった

不死なる遺灰こそが御霊を祝福し、そして大いなる理想を体現する鳥とするのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

巫女、故に

~アルマ村・大地の神殿~

 

フレアからノエルに指輪が渡って、数週間が経つ。

 

あれからというもの、二人の距離は急速に縮まっていった。

 

そして、それを神殿の入り口付近見つめる影が一つ。

 

「ふふっ。フレアちゃん、最近楽しそうで良かった」

 

警備隊長という立場も影響してか、アキの前以外では何かと緊張気味なフレアだったが、最近は口調も柔らかくなり、笑顔を見せることも多くなっていた。

 

「さて、もう少し練習しなきゃね」

 

アキは再び神殿内へと戻り、舞の練習を再開する。

 

「……ふぅ。今でも慣れないな。もう百何十年も練習してるはずなのに」

 

人間よりも寿命が長く、成長が遅いが、時間に対する感覚は人間に近いものをもつハーフエルフ。

 

人間はおろか、純血のエルフよりも体感寿命が長いハーフエルフ故か、若年にして幼少期より舞を教え込まれてきたアキであったが、「長い期間を経ても極みの域へと達しない自身の舞」に違和感を憶えてしまうようになってしまった。

 

本来ならば振り付けを完全なかたちで覚え、さらに一つ一つの動きを極めるまでには三、四百年かかることが普通である。

 

百数十年の修練で極みに限りなく近い領域に達したアキは、本来なら天才の領域に達しているのだが、本人が舞に対してストイック故に、自身の驚くべき成長スピードに気づかないのだ。

 

「【シャルイース】」

 

四時間にわたる練習の後、アキは御神体とされている土塊に舞を捧げ始めた。

 

巫女の一族であるローゼンタール家に代々伝わる舞は、足先や指先に加え、注意が向きづらい脇腹や二の腕はおろか、呼吸のペースや心臓の鼓動に合わせたテンポの調整に至るまで、恐ろしい程に精密な動作を求められる。

 

四十分程続くそれを、ミス無く舞い切ったアキ。

 

「はぁ、はぁ……」

 

しかし、その舞は自然なものでは無く、所々に力の無さを垣間見てしまうものだった。

 

アキは、無意識のうちに自身の人生を憂いていたのだ。

 

閉鎖的なコミュニティを築く狭い村の中で、生まれながらの巫女として、踊りや祀りに一生を捧げる。

 

特に最近はフレアや、新たな友人であるノエルと過ごす時間までもを舞に裂くことが多くなってきてしまった。

 

長老たち曰く、「厄災を鎮めるため」とのこと。

 

まるで自らの時を贄として捧げることを強いられているような状況。

心優しいヒーローでさえも、無意識のうちに感じてしまうという「理不尽」に対する怒り。

 

そして、温和なアキの理性がそれを認識することを許さない。

 

故に、どうしても腹の内に何か淀んだものが溜まってしまうのだろう。

 

アキは、ふらつきながら神殿を出て家路につく。

 

心身ともに消耗し切ったアキは屋敷へと到着するなりベッドに入り、そのまま失神してしまった。

 

その翌朝。

 

連日の無理が祟ったのか、或いは精神衛生の悪さが響いたのか、アキは体調を崩して寝込んでしまった。

 

「アキ先輩、大丈夫?」

 

「お見舞いの品、持ってきましたー!」

 

そんなアキの元を訪れるノエルとフレア。

 

二人が持ってきた籠には、金に近い黄色のベリーが山のように盛られていた。

 

それはアルマ村の住人が好んで食べているヘイゼルベリーではなく、村の外から訪れた人間の口に合いやすいとされているデュオベリーであった。

 

「ありがとう。ごめんね、せっかく来てくれたのに、こんな体調で……ゲホ、ゲホ」

 

アキは咳き込みながらも、ベッドの中から二人を迎える。

 

重症化はしていないものの、「ヨウガイ」というエルフ特有の喘息を患ってしまったのだ。

 

そして、それは治るまでに時間がかかってしまうことで恐れられている病気。

 

故に、補欠の巫女がいないアルマ村では、アキが体調を崩している間は神殿に舞を捧げられない日々が長く続くことになってしまった。

 

アキの体調は回復しないまま、一日、二日、五日、やがて一週間、二週間の時が流れる。

 

その間、大地の神殿には、新たな人間を村へ迎え入れることを許した大地に感謝と祈りを捧げに訪れるノエルとフレア以外が姿を現すことは無かった。

 

そんな中、ノエルとの接触で外部の考え方を知ったフレアは、アルマ村の現状に対して一つの疑念を抱き始めることとなる。

 

「ねえ、アキ先輩。一つ、気付いちゃったんだけど……」

 

「な、なぁに?」

 

「この村の長老達、やっぱり何かおかしいよ」

 

アキが寝込んでいる間、フレアは毎日通う神殿の様子に違和感を憶えたのだ。

 

「ケホ、ゴホ……何で、そんなこと思ったの?」

 

しかし、当のアキは長老達の振る舞いに何の疑念も抱くことは無かった。

 

ローゼンタール家は巫女の家系。

 

アキは物心がつく前から「そういう家」に生まれ、「そういう存在」であることが当然なのだと教え込まれて生きてきた。

 

フレアもローゼンタール家は「そういう家」なのだと、当たり前のことなのだと思っていた。

 

つい十日前までは、フレアでさえ微塵も疑っていなかったのだ。

 

何故にローゼンタール家が巫女の家系とされており、日々、その家に生まれた娘は神殿に舞を捧げることを強要されているのか。

 

アキが疑うことも無く、家畜が調教されるかのように巫女としての生を歩んでいる意味を、フレアは、日々ノエルと共に目にする神殿の様子から気づいてしまったのだ。

 

「……ハーフエルフは、贄だった」

 

「本当にどうしたの、変なこと言って」

 

気でもおかしくしたのかと、自身の体調をよそに、フレアの心配を始めるアキ。

 

しかし、フレアはそのままアキが伸ばした手を握って続ける。

 

「アキ先輩がいない間、神殿には私とノエルしか入ってなかったみたいで。掃除もされていなかったんだよ。舞どころか、掃除もされていなかった。あれ程、大地を信仰しているような長老達が、掃除どころか参拝もしていない。……おかしいと思わない?」

 

「それって……?だとしたら、もしもそれが本当だとしたら、村のおじいちゃんおばあちゃん達は……どうして、私に舞を教えたのかな」

 

「そして、この村で『ハーフエルフ』なのは、不知火家とローゼンタール家だけ。エルフの血が四分の一になることも四分の三になることも無く、『半分』のまま」

 

「そう、だね」

 

「この村を訪れることを許可される人間は、そう多くない。でもノエルみたいに、ほんのたまーにだけど、入村を許される人間はいる。多くの人間は入れないけれど、ほんの少しの人間だけは迎え入れるんだよね。この村」

 

「う、ん」

 

「そして、その数は一世代あたり必ず『二人』。そして今、この村で生きているハーフエルフは、私とアキ先輩だけ。そんな私達は警備隊長で、アキ先輩は巫女。二人とも、代わりが存在しない職業についたよね。アキ先輩の巫女は家系のせい……とも言えるけど、私の警備隊長って役目も……多分、なるべくしてなったんだと思う」

 

「えーと……?」

 

「つまりはね、アキ先輩。私が警備隊長にされたのは、村を守る上で捨て駒として最も扱いやすいからで、アキ先輩が巫女にされたのは、『信仰の欠片も無い連中が教え込んだ形式だけの舞』をさせる上で、最も時間を奪っても問題が無い存在とされているから……なんじゃないかって」

 

「そ、そんなことが……?な、何でそんなことを」

 

「そして、何でそんなことを思われているかっていうのは、ハーフエルフは人間とのハーフだからなんじゃないか……って。だから警備隊長と巫女っていう負担が大きい役目は、忌むべきハーフエルフに任され、そんなハーフエルフをあえて絶やさないために、一世代あたり二人までは人間を迎え入れることを許されている……。そう考えると、全てが繋がらない?私の被害妄想っていうか、邪推ならいいんだけど」

 

「……私達に混じる『血』も、『役目』も、偶然とは思えないってこと?」

 

「うん。……私達って、あんまり人間をよく思う風に教育を受けていないじゃん?私も、ノエルに迫られるまで……アルマ村以外に住んでいる人間って、怪物っていうか……蛮族みたいなものだと思ってたし。でも、ノエルはそんなんじゃなかった。アキ先輩。巫女として生きることを大切に考えるのもいいけど……少し、今の忙しい巫女の生活について考えた方がいいと思う」

 

「……正直、まだフレアちゃんの言ってることを完全には信じ切れない。けど、フレアちゃんが言ってることが本当だとしたら……確かに、こうして巫女として過ごしてる意味は全然分からないかも」

 

「ごめんなさい、急にアキ先輩の人生を否定するような事を言って。……今日はこれで帰るよ」

 

「ありがとう。じゃあね」

 

「うん、さよなら」

 

少し言い過ぎただろうかと、俯きながら屋敷を出るフレアの姿が見えなくなるまでベッドから見送るアキ。

 

「……フレアちゃんが言ってたことも気になるけど、まずは様子を見に行かなきゃね」

 

アキは時間をかけてベッドから起き上がり、巫女の正装に着替えて神殿へと向かう。

 

しかし、道中でアキは予想だにしなかったものに遭遇してしまった。

 

「陸上駆逐型|Radical-buster-crusade-TypesLeo《ラディカルバスタークルセイド・タイプスリーオー》、起動。……視界に魔物を捕捉。撃破します」

 

再び訪れた厄災の始まり、その一つ。

 

それは一斉に動き出す、人型古代兵器群。

 

Radical buster crusade TypesLeo、かつて激戦の果てに朽ち果て、魔に魅入られた者達。

 

「ラディス」と呼ばれ、人々に忘れられていたものであった。




Radical-buster-crusade-TypesLeo


かつて旧文明の聖騎士団によって作られた、人型女性アンドロイド「Radical-buster-crusade-Type3O」をベースに量産された人型アンドロイド

聖騎士団の対魔物戦では、決して低くはない性能と物量で魔物達を追い詰めた

しかし後に人間にも牙を剥き始めたため、たった一機の人型女性アンドロイドによって漏れなく機能を停止され、その存在は闇に葬られた

カミの叡智を以って取り入れた異世界の技術を用いて、特定の角度で攻撃を受けることで衝撃を大きく逃す構造を取り入れている

その名に、少なからず異世界人への敬意が垣間見えよう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

形ばかりの私でも

~アルマ村・大地の神殿前~

 

大地の神殿付近にて再起動した古代兵器、「Radical buster crusade TypesLeo」もとい「ラディス」。

 

その数は五十体。

 

「展開。疑似神器『ガラティーン』」

 

かつて旧文明を生きる人間が、魔物の強大な力に対抗するため作り出した最終兵器、「Radical buster crusade Type3O」、通称「ロボ子さん」。

 

文明崩壊直前に製造された最終兵器、その量産型であるラディスは、ロボ子さんが装備できる武装と同じものを使用できるように造られている。

 

それを示すかのように、彼ら或いは彼女らは一斉に「ガラティーン」を展開した。

 

そして、その前に立ち塞がるアキ。

 

「これは……よく分からないけど、放っておいても良いことは無いよね」

 

アキは地面に両手の平をつき、周囲の地面から剣のような形の巨岩を突き出し、防壁を形成した。

 

「敵性対象の排除を……!?」

 

「【シャルイース】」

 

舞に合わせて、地面からはラディスの腹部を貫く岩が飛び出す。

 

一体、二体と、次々に破壊されていくラディス達。

 

それらが人間のような容姿をしているが故にアキは心を痛めたが、それでも、村人に牙を剝かんとするラディスを放っておいてはならないという判断は揺るがなかった。

 

「【疑似神罰……」

 

「【シャルイース】」

 

高密度の魔力を放射せんと構えをとるラディスの一機。

 

しかしアキは舞によって周囲の植物を操り、ツルをラディスの全身に巻きつけ、四肢と首を千切ってそれを破壊する。

 

「グギャッ」

 

「ごめんなさい。あなた達も、望んで暴走しているわけじゃないかもしれないのに」

 

巫女の舞「シャルイース」、或いは「シャ・ル・イース」。

 

長老達に教え込まれたそれに意味は無く、ただハーフエルフであるアキの時間を奪うための、虚ろなる祈りに似た空虚なるものであったとしても、アキはそれに意味を見出していたのだ。

 

かつて、幼き日のアキは、舞に支配されていたかのような生活に辟易していた。

 

僅かだが、そんな日々は彼女に狂気さえもたらし、遂には親友によって、それらに意味など無かったと思い知らされる。

 

それでも。

 

今までの人生が、苦しみが、意味無き、ただ忌むべき敵役たるローゼンタール家に与えられた苦しみに縛られた生活が、全て無意味だったとしても。

 

「大地の巫女」たるアキ・ローゼンタールは、既に完成していたのだ。

 

それは大地と植物、自然と呼応する力。

 

長老達にとってはそうで無くとも、アキにとっては、紛れもない大地の舞であったのだ。

 

「ギギギ、ヤメ、テ、ヤメ……」

 

人の言葉を真似し、「やめて」と言いつつも、ラディスは胸部から飛び出したレーザー砲に魔力を集め始める。

 

「さようなら。次に会う時は、どうか自由に生まれてこれますように」

 

アキは呼び出した大木を右手で掲げ、ラディスの砲台めがけて投げ飛ばす。

 

大木はラディスの胸部を貫き、核を破壊する。

 

「ギャアアアアアアアアア!!」

 

「マモノ、メ、ユルサ、ナ、イ……」

 

やはり、ラディス達はアキを魔物と誤認識しているようだ。

 

しかし誤解を解くにも、相手は暴走した古代兵器。

 

ラディス達は目から涙を流しながら、身体を震わせてアキの

 

アキは既に覚悟を決めていた。

 

自身が巫女であろうとも、人が描く神のように全てを救うことはできない。

 

それでも、古代兵器までは救えなくとも、この村で共に生きてきた住人達……身勝手な長老達と若いエルフ、そしてフレアとノエルには、自身の手が届く。

 

「私の名前はアキ・ローゼンタール!大地の神殿に仕える巫女!たとえ舞に意味が無くても、たとえ巫女なんて役目が無くても、たとえ外の世界が私の想像より寂しくても、その逆でも!!私は大地の巫女だから!今、ここであなた達を止める!止めないといけない!!」

 

ここで残った三十体あまりのラディスを放っておいては、アルマ村はおろか、ブッシュ森林やその外も安全なままではないだろう。

 

「【ドーバー・キャノン】」

 

「【シャ・ル・イース】!」

 

ラディス達は一斉に肩部から二門の大砲を展開し、アキに狙いを定めて発射する。

 

アキは大木に似せた魔力の塊を、周囲に何本も形成した。

 

しかし滅びた文明の遺産とはいえ、ラディスの武装は伊達ではない。

 

大木の幹はすぐに抉られ、すぐに魔力の塵と化してしまった。

 

「【ドーバー・キャノン】」

 

「【シャ・ル・イース】!」

 

「【ドーバー・キャノン】」

 

「【ドーバー・キャノン】」

 

アキと自然が再び繋がるよりも早く、次の砲弾が撃たれる。

 

放たれた砲弾のいくつかは再び形成した魔力の大木で防がれたものの、アキと自然の呼応よりも早く放たれた砲弾は、それらをすり抜けてアキの視界を埋め尽くす。

 

「【シャ・ル……!?」

 

【雑音】。

 

鉄塊とアキとの距離は10メートル。

 

アキの脳は全身に回避命令を下す。

 

しかし身体が動くよりも先に、1メートル前まで迫っていた。

 

間に合わない。

 

アキは、もはや立ち尽くしたまま身体を動かすこともできず、文字通り迫り来る死を前に、ただただ考えるしか無かった。

 

「【連矢(れんや)・浮舟落とし】!!」

 

「【フォールオブゼロ】!!」

 

そこに現れたるは、警備隊長である不知火フレアと、不死身の女騎士ノエル。

 

爆発音に気づいてか、最低限の装備を持って駆けつけたようだ。

 

砲弾はアキの眼前でフレアの火矢によって撃ち落とされ、ノエルはメイスで、ガラティーンを構えてアキに迫っていたラディスの数体を叩き潰した。

 

「フレアちゃん!?ノエルちゃん!?どうして……?」

 

「もう、アキ先輩?まさかとは思いましたけど、何で体調良くないのに神殿の様子見に行っちゃうんですかっ!」

 

「だって……あんなこと言われたら気になっちゃうじゃん!それに、古代兵器が動き出すだなんて、夢にも思わなかったし」

 

【雑音】。

 

「もう、古代兵器はいつ起動するか分からないんですから、油断しちゃダメですよ!」

 

【雑音】。

 

「ごめんごめん!二人にも、心配かけちゃったね。……さあ、残りを片付けるよ!フレアちゃん、ノエルちゃん!」

 

「「了解っ!!」」

 

体勢を立て直したアキは、再び舞を始めて自然との繋がりを回復させる。

 

そして、ノエルはメイスを構えて木の枝に飛び乗り、矢を切らしたフレアは刀を抜いてアキの前に立ちはだかった。

 

「【シャ・ル・イース】!」

 

「【冷たい重打】!」

 

「【葦蹴(あしげ)】!」

 

アキは近辺に大量の木を生やし、フレアとノエルの高所を確保する。

 

木から飛び降りたノエルは冷気を纏わせたメイスを地に叩きつけて地面ごと6体のラディスを凍りつかせ、フレアがそれを舞うような回し蹴りで砕いた。

 

さすがのコンビネーションに、そんなフレアとノエルを少し羨ましいと感じてしまうアキ。

 

【雑音】。

 

狂う者は、己に潜む狂気を自覚できないという。

 

音が、聞こえる。

 

そして、それを認識できている内は正気が保証されているらしい。

 

私も、そう在る。

 

彼女も、きっとそうなのだろう。

 

【雑音】

 

「【踊り子の花】」

 

ノエルは地に突き立てたメイスを軸として、周囲のラディスを一機、また一機と蹴り壊し。

 

「【不知火流(しらぬいりゅう)焔一文字(ほむらいちもんじ)・四連】」

 

そしてフレアは炎を纏った刀を構え、次々にラディスを真っ二つに断ち切る。

 

その間、アキはずっと「シャ・ル・イース」を舞っていた。

 

一秒たりとも集中を欠くこと無く、意味を持たぬそれを、ただ舞っていたのだ。

 

そして、二十秒後。

 

「【シャ・ル・イース】!!」

 

アキがとことんまで簡略化した舞を終えると、周囲に魔力で形成された黄金の大樹が生み出される。

 

「ギ、ギャアア、ヤメ、テ、コロサ、ナイデ……」

 

樹々の輝きは周囲の金属をみるみるうちに劣化させ、ラディスの全身を粉微塵と化す。

 

「ありゃ、これもダメかぁ」

 

「団長のメイスも……」

 

それらはフレアの刀やノエルのメイスにも影響を及ぼし、神殿の建材である石の一部に含まれていた金属も綻び始めた。

 

「コロサナイデ、ボクタチ、シニ、タク……」

 

「【黄金の蝶(シャ・ル・イース)】!」

 

甘い声と泣き言で何とかアキを惑わさんとするラディス達。

 

しかしアキの心が揺らがぬ証拠か、或いは彼らを一刻も早く楽にしてやりたいというアキなりの思いやりなのか、黄金の樹々は黄金の羽となり、アキの背から周囲へと金色の粒子を拡散させて金属という金属を完全に消し去る。

 

「ギギ、ギ……」

 

「さようなら。また、どこかで」

 

アキは手を天に掲げて消えゆく金属片を掴むように右手を閉じ、離すように再び手を開いた。

 

そして、それを見ているだけであったフレアとノエルは、もはや持ち手も残らなくなってしまった刀とメイスの残りかすを払い捨てる。

 

アキは展開していた黄金の羽を解除し、魔力黄金の粒子と化して離散。

 

それはまるで都会に降る雪のような、しかし燃え尽きつつある灰のようであった。

 

「……終わった、のかな?」

 

「そう、みたいだね」

 

安堵の溜め息をつき、その場に座り込むフレア。

 

そんなフレアに合わせて、ノエルもその場にゆっくりと腰を下ろし、フレアに寄り添った。

 

「二人とも、ありがとう。大地の巫女が二人の戦士を称えます。……って、『大地の巫女』……なんて立場、本当は存在しないのかもしれないけど」

 

アキは寄り添うフレアとノエルの前に跪き、感謝の意を述べる。

 

差し出されたアキの右手を握り返したフレアは、ノエルとアキの手を引き、神殿へと走り出した。

 

「ノエちゃん、一緒に祝おう!巫女の祝福を!アキ先輩は、きっと本物の巫女様だ!!長老達が言っていた幻想の塊が、本当に形になったんだよ!」

 

「アキ先輩。まだ、団長はアキ先輩と出会ったばっかりだから、あんまりアキ先輩のことは分からないけど……あの力は、生半可な努力じゃ使えないってことは分かる。……この村の人達が言っている『大地の巫女』っていうのには、意味なんて無いのかもしれないけど……今のアキ先輩は、紛れも無い聖者だよ」

 

そしてフレアは握っていた手を自身の側へ引き寄せ、ノエルとアキを抱きしめた。

 

黄金の雪が降る大地の神殿、その内部では、少女達の熱い抱擁が交わされている。

 

【雑音】。

 

しかし今やその音も掻き消され、村と神殿には静寂が流れた。




巫女の真実


大地の巫女は巫女に非ず、それに意味など見出されない

警備隊の長と同じく、忌むべきハーフエルフから時を奪うためのそれであった

しかし、大地の巫女は云う
それが何の意味も無い隔離であるとも、私がそう在り続けようとする限り、私は紛れもない大地の巫女なのだと

理想とは、昏き虚に真実を見出すものなのだろう

そして、時に気と月は人が触れるものだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プライド

~ブッシュ平原・ムラサキ村付近~

 

ちょこが投擲した麻酔針を受け、視界がぼやける「赤」。

 

「意識が……保てない……!」

 

その隙を突いて、ちょこは身体を再生している最中のメルを抱きかかえて「赤」と距離を離した。

 

「大丈夫?君はここで休んでいて。事情は分からないけど……あの女の子は、ちょっと『ヤバい』気がする」

 

「あ、あり……がとう……?」

 

そして、芝の上に降ろされたメルは地に伏したまま、「赤」に削り取られた骨と肉を再生しながら、ちょこと「赤」との戦いを目で追い始める。

 

「さて……かわいい女の子を助けたい一心で、咄嗟に横槍を入れちゃったけれど……ちょこ一人で何とかなる相手かしら……?」

 

「もう!!どうして邪魔をするのよ!もう少しで、あのヴァンパイアちゃんも壊せたのに……」

 

「壊すって……。何が目的かは知らないけれど……あなた、何だか楽しんでいるように見えたわね?」

 

「うん!はあちゃまの芸術は、程よい破壊にあるからね!」

 

「……なら、私は魔界最後の保険医として、全力であなたを止めさせてもらうわ!」

 

「やれるものならやってみなさいっ!!【赤雷槌(レッド・ハンマー)】っ!」

 

白衣からメスと針を取り出したちょこの頭上で、はあとだったものは赤い雷を纏った右腕を地に叩きつけんと振り下ろした。

 

雷は周囲を焼き尽くしながら、「赤」の右腕が杭のように地へと打ち付けられると同時に、雲一つ無い晴天へと赤い電流と衝撃を爆発させるように。

 

ちょこは羽を広げて飛び上がり、さらに後方へ宙返りすることで、「赤」の右腕から繰り出される雷と電流が誘導されない範囲へとを移動することで猛攻を回避する。

 

「【麻酔針(パラライザー)】」

 

そして、麻酔薬が塗られた針を空中で六本同時に飛ばした。

 

「はあちゃまに同じ攻撃は二回も通用しないよッ!」

 

しかし、それらは全て「赤」が纏っていた赤い雷に弾かれ、次から次へと針を伝う雷によって、全てが粉々に砕け散ってしまった。

 

「やぱり、さっきみたいにはいかないわね……」

 

赤井はあとではなく、はあちゃま或いは「赤」なるものに同じ技は二度通じない。

 

「あーーっはっはっはっ!次こそ壊してあげるっ!【生命氾濫(ビッグ・レッド・ハート)】!」

 

そして、次の一手を繰り出す「赤」。

 

赤黒く、生命力と死の呪いを孕んだ混沌とした邪気のような何かが、無数の弾丸となって「赤」の両手から発射された。

 

「やっ、とっ、おっと!」

 

ちょこは次から次へと針を投げて魔弾を防ぎつつ、投げた針をすり抜けてきた魔弾を回避し、なんとか「赤」との距離を詰める。

 

ちょこが「赤」と対峙するにあたって、近距離戦でもそこそこ不利ではあるが、遠距離戦はもっと不利だと感じたのだろう。

 

「詰めてきたね!いいよ!近くで戦った方が、もっと繊細に傷つけられるもん!」

 

「ガチィ!?今までの攻撃から、繊細さなんて1ミリも感じなかったけど……!?」

 

「はあちゃまの芸術も破壊も、全部繊細なのよっ!それっ!」

 

続けて「赤」はちょこへと迫り、連続で赤い雷を纏った拳を振るう。

 

早く、強く、ちょこの全身を破壊せんと迫る赤色の拳。

 

ちょこは高く飛び上がって回避するが、「赤」が重力などまるで無いかのように拳を振りながら空中まで浮き上がってくるとまでは予想していなかったのか、飛行時間の限界が迫り、身体が自由落下を始めてしまう。

 

「マズい……!」

 

限界が近いとはいえ、着地時に身体が地面へ叩きつけられないよう、一瞬の飛行時間は残している。

 

しかしそれでは着地こそ無事にできるものの、落下中と落下直後は一切の防御が不能となってしまった。

 

「隙アリねっ!これであなたも、私の芸術品の仲間入りよ!」

 

「……くっ!」

 

「【赤雷槌(レッド・ハンマー)】!」

 

ちょこの着地に合わせて再び右腕に纏わせた赤い雷を叩きつけんと、「赤」は腕を振り下ろす。

 

しかし、ちょこはその攻撃を待っていたのだ。

 

ニヤリと不敵な笑みを浮かべたちょこは、ちょこは空中に六本の針を投げ、自身の着地地点にも針を刺す。

 

ちょこは赤い雷が、針と針とを伝っていたことを忘れていなかったのだ。

 

「ちょこにだって、同じ技は通じないよ」

 

「アハハハ!そうかもねっ!でもあなたが今投げた針、一本も当たってな……」

 

「赤」がそう言いかけた瞬間、赤い電流は上空に飛ばした六本の針で描かれた六角形と地面に刺さった一本の針を伝い、六角錐の牢獄を作り出す。

 

「【赤き牢獄(レッドハート・カウンタープリズン)】」

 

「ぎゃあああああああああああ!?」

 

「赤」が右腕に纏わせていた赤い雷は制御を針に乗っ取られ、「赤」の全身を貫いた。

 

身体は痺れ、右腕の雷は放電し、バランスを崩して地面に叩きつけられる「赤」。

 

「……さあ、今なら見逃してあげるから、立ち去りなさい!」

 

「や、やだよーだ……はあちゃま、天才芸術家だもん……!全部、吸い尽くしてあげる!【生命氾濫(ビッグ・レッド・ハート)】!」

 

針を構えながら、「赤」を追い払わんと手を払うちょこ。

 

しかし、「赤」は再び距離をとったことをチャンスと見込んでか、もう一度、生と死の魔弾を連続で放った。

 

「【針雨(はるさめ)】」

 

一瞬にして、「赤」の魔弾はちょこが一斉に投げた針の弾幕によって打ち消される。

 

「そんな……!何で、何ではあちゃまの攻撃が全部通らないのよー!」

 

「私は悪魔の保険医だから、そういう攻撃への対処法は大体知ってるの。戦う前はどうなるかと思ったけど……ちょこには、相性が良い相手みたいだったわね」

 

「いや、嫌ーーっ!はあちゃま、こんなところでやられたくない!」

 

「【麻酔……」

 

「【生命暴走(ソウルギア・リミットオーバー)】!!ここは戦略的撤退っていうのをさせてもらうわ!ばいばーい!」

 

ちょこは弱った「赤」を眠らせて保護せんと麻酔針を投げようとしたが、「赤」は身体の負担を考えずにリミッターを解除し、全速力で逃走。

 

追いかけようと飛び上がったちょこだったが、あまりにも速く走る「赤」に追いつくことは不可能と考え、すぐさま休んでいるメルの元へ向かった。

 

「大丈夫?立てる?」

 

「いや……まだ、ちょっと時間がかかるかも」

 

「そう。……ねえ。あなた、名前は?それにすごい勢いで傷が再生してるみたいだけど……」

 

「私はメル。吸血鬼なんだ。だから、しばらく待っていれば傷は治るはず。……でも、ちょっと血が足りないかも」

 

メルは傷口からの出血は勿論のこと、体内に残っていた血も傷の治癒に使うため、今や血が枯れかけているようだ。

 

「なら、ちょこの血……飲んでいいよ。ほら、首。ここ噛んで」

 

そんなメルに、ちょこは躊躇すること無く首を差し出した。

 

「ど、どうして?いいの?普通、血って大切なものだから……結構躊躇うと思ってたんだけど……」

 

「可愛い女の子に血を吸われるなんて、ちょこにとってはご褒美でしかないからいいのよ?」

 

地に伏すメルに合わせて、自身も寝転がるちょこ。

 

「そ、そう……?ありがとう。じゃあ、遠慮なく……かぷっ」

 

そして、メルはちょこの左肩から血管へ、ゆっくりと牙を刺して血を吸う。

 

「んっ……」

 

メルの牙が血管に刺さりと掃除に、唇がちょこの肩に当たる。

 

思わず、ちょこは声を少し漏らしてしまった。

 

「んぐ、んぐ……ぷあっ」

 

メルはちょこから牙を抜き、その際に傷口の血を固めることで、止血を済ませた。

 

「あっ。……もう、いいの?」

 

一方のちょこは少し物足りないような顔で、再び立ち上がって伸びをする。

 

「うん。もう大丈夫……」

 

メルは、何故だか少し顔を赤らめていた。

 

「さぁて、とりあえず、ここは危ないから……村に案内するわね。うんしょっと!」

 

「ひゃっ!?ちょ、ちょっと!?」

 

ちょこに抱き上げられ、羞恥心が一気に押し寄せるメル。

 

「勢い良く飛ぶから、しっかり掴まって!行くよ!」

 

「は、恥ずかしいよ!ちょこ先生!」

 

「恥ずかしがってるメル様、かわいい……」

 

「かわいいじゃないよーー!!」

 

しかし、そんなメルの抵抗を華麗にスルーし、ちょこはメルを抱きかかえたまま空を飛んでムラサキ村の境内へと向かった。

 

そして境内に着いた後も、メルは当分、頬の紅潮が収まらなかったのだそうな。




麻酔針

癒月ちょこ特製の麻酔薬が塗られている針

刺さった対象から気力を奪い、意識を削ぐ

技術さえあれば手が小さい少女でも容易に投げることができる大きさ
故に速い針は見えづらく、癒月ちょこの針は鎌鼬と密かに恐れられた


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海を視た者

~天界・カイン港~

 

今日は休日。

 

かなた、トワ、すいせい、の三人は朝から港の高台へ向かい、太陽の光を反射してキラキラと輝くカイン海を眺めていた。

 

「じゃじゃーん!ここが、僕の大好きな場所。二人にも、この景色を見て欲しかったんだ」

 

かなたは丘を登り、トワとすいせいに前方の海を指差して見せた。

 

「わぁーー……!」

 

「これは……星空……?」

 

「違う違う。水面が太陽の光を反射してるんだよ!」

 

二人とも、今まで海を見た経験が無いのだろうか。

 

トワは眺めている海のように目を輝かせ、すいせいは海を星空と見間違えていた。

 

かなたは斜面に座り、全身に込めていた力を抜く。

 

トワとすいせいには、つい数秒前まで幼い天使であったかなたの身体が気持ち膨張したように見えたが……二人は、きっと気のせいであろうと思い触れなかった。

 

「ねぇ、かなた。……何で天界って浮いてるのに海があるの?」

 

「え?そりゃあ、空には無限に水が湧いてくるから……?」

 

「「……もしかして知らない?」」

 

「そういえば、考えたこと無かったかも」

 

かなたの言っている通りであれば、地に落ちた水は無限に溜まり続け、いずれ世界は水没することとなってしまう。

 

しかし、世界はそうムチャクチャではない。

 

現に、地上は気候以外の要因で特に水が余ることも不足することも無く存在している。

 

かなたは生まれてからというもの、ココとの出逢いと別れを経験した日以外に地上を訪れたことも見たことも無い。

 

長い時を屋敷に籠って生きてきた箱入り娘が社会の実態を知らないように、ほぼ一生を天界で過ごしてきたかなたもまた、地上の世界を知らなかったのだ。

 

そしてトワも地上での生活を経験したことこそあるものの、長い魔界暮らし故か、海というものの存在に降れる機会が無く、それを知らなかった。

 

隕石から姿を現したすいせいは言わずもがなである。

 

しばらくの間、三人は「海とは何か」について考えながら丘で陽の光を浴びていた。

 

魔界に生きる悪魔であるはずのトワまで日光を浴びて癒されるというのは、些か仕組みがよく分からないものだが。

 

「……さて、そろそろご飯でも食べに行こっか」

 

かなたが立ち上がり、トワとすいせいも続こうとする。

 

しかし、その直後。

 

太陽から降り注ぐ光とは違う、眩い光を放つ雷が海に突き刺さった。

 

つい数秒前までの快晴は一転、一面の青空を暗雲が覆う。

 

目を丸くするかなたの目線、その先にある雷から姿を現すは怪鳥サンダーバード。

 

その姿はどこか不死鳥にも似た、それでいてどこかぎこちなく、キマイラのような要素を孕んだものであった。

 

「『KIARA』!ヴォッボァッボァッボァッボァッボァッボァッボァッ!」







生きとし生けるもの、その始まり

母なる海、その懐は深い
故に底は無く、訪れる全てを受け入れる

生も死も、そして永劫続く祝福或いは呪いさえも


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雷・鳥、捕食者なるもの

~天界・カイン港~

 

三人の眼前に現れたる怪鳥、サンダーバード。

 

妙な鳴き声だが、それは確かに「KIARA」と聞こえる。

 

どこか不安定ながらも強力な雷と炎と纏ったその鳥は、確かに天界で生きる人々を蹂躙せんと暴走を始めた。

 

「鳥……!?」

 

「【喰式(グラビティ・イーター)】」

 

「展開、【匣剣(Iモノリス)】!」

 

かなたは拳を構え、全身の筋肉に力を込めた。

 

トワは右手に重力の塊を宿して放ち、すいせいは咄嗟に4つのブロックで構成された剣を生成する。

 

三人を相手に、全く引かず全身から雷と炎を撒き散らす怪鳥。

 

滑空によって的を薄くしてトワの右手から放たれた重力の塊を華麗に回避した直後、トワ目掛けて雷の槍をミサイルの要領で飛ばした。

 

「避けられ……!?」

 

「任せてッ!!」

 

トワの頭上に迫る雷、しかし、それはすいせいの匣剣(Iモノリス)に弾き返される。

 

「すいちゃん!」

 

「トワぴ!もう一回、さっきの撃って!」

 

「了解ッ!!【喰式(グラビティ・イーター)】!」

 

トワはもう一発、重力の塊を放つ。

 

その一発は、またも滑空した怪鳥に回避されてしまった。

 

しかし。

 

「やあああああっ!!」

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

怪鳥が回避した先に、キューブを繋げて生成したハンマーを構えたすいせいと、拳を構えたかなたが待っていた。

 

「【匣槌(Tモノリス)】、【槌撃(トールハンマー)】!!」

 

「でぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

すいせいが持っていたキューブのハンマーは怪鳥の背面を叩き潰す。

 

そしてかなたの拳は頭部を打ち砕いた。

 

「ヴォヴァ、ヴァ、キケ、ケケケケケケ、キケ、キ、ザザザ」

 

それでも尚、怪鳥が意識を失うことは無かったが、声帯が捻じ切れる程の悲痛な鳴き声をあげた。

 

ヨロヨロと、今にも落ちそうになりながらも何とか飛び続ける怪鳥からまたしても発された声。

 

しかしそれは、それは掠れ切った何かの雑音にしか聞こえないものであった。

 

「ありゃー!?思ったより効かないなー!すいちゃん渾身の一撃だったのに」

 

「もう一度、隙を作らないと……!【喰……」

 

「いくよ!かなたん、トワぴ……?」

 

「【片光翼砲(ユニウィング)】」

 

さらに重力の弾丸を放とうとするトワと、ハンマーを振りかざそうと構えるすいせい。

 

しかしそこに降り注ぐは、炎を纏った光の柱。

 

右翼を広げ、電撃と炎を集めた「燃える雷」を放ったのだ。

 

燃え盛り、光り続ける雨。

 

「【匣銃(Lモノリス)】!二人とも、動かないで!」

 

すいせいはブロックを並べ替えて銃の似姿とする。

 

そして、流星の力を込めた光弾を降り注ぐ雷を狙って連続で撃つ。

 

トワとかなた、そして自身の頭上付近に落ちる雷を狙って放たれた星の力は、雷と衝突し合って爆発を起こし、しかしそれは拡散することなく、束の間の傘となった。

 

「「綺麗……」」

 

「見とれてる場合じゃないぞー!すいちゃんの早撃ち、受けてみやがれーーっ!【流星群】!」

 

星の如き光の弾幕。

 

流石の怪鳥も全弾回避は不可能であったのか、元より所々が砕けている全身を星に抉られた。

 

「キ、キキ、キケ、ケケ……ザザザ」

 

「今だよ!かなたん、トワぴ!」

 

「「【天使の拳、悪魔の魔術(闇夜を照らし朝日を覆い境界無く微睡みへ)】!!」」

 

刹那。

 

かなたの拳と、トワの清き闇を纏った左(てのひら)

 

丘から突き出た崖の果て、トワの闇に包まれた怪鳥は精神力或いは気力を奪われて硬直し、そのままかなたの殴打によって肉体を奪われる。

 

ピクリとも動かず、ただ雲を破って落ちていく「KIARA」。

 

その様は、とある世界、有り得ない筈だった最初の―。

 

「……一件落着、かな」

 

かなたは額の汗を拭い、大きく溜息をついた。

 

しかし勝利ムードに浸る間もなく、丘から街を全て見回したトワは、いち早く惨状に気付いた。

 

「でも、街が……」

 

先の片光翼砲(ユニウィング)によって広域へ撒き散らされた火を纏った雷は漏れなく天界の街や港へと降り注ぎ、地はおろか海さえも燃え上がっていた。

 

「そんな」

 

かなたは膝を突き、その場に崩れ落ちる。

 

「かなた……」

 

一方のトワは少し俯くが、崖際に座り込んでしまったかなたの手を取ってなんとか立ち上がらせ、生存者を探し始めんと立ち上がらせた。

 

「ねえ、トワ。あの鳥、戻ってきてないよね」

 

すいせいは放心状態のかなたではなくトワの肩を叩き、崖下を人差し指で差した。

 

「見てみる?」

 

「うん。お願い」

 

そう言って、崖下を覗くトワ。

 

しかし、そこに怪鳥の姿は無かった。

 

「大丈夫だよ、すいちゃん。あの鳥は戻ってきてな……」

 

「それっ」

 

蹴。

 

「えっ」

 

落。

 

かなたの目線、その先には、すいせいの伸びた脚。

 

そして、さらに先には崖から飛び出したような態勢で落下していくトワの姿。

 

かなたはトワを落とすまいと、崖際に伏せて手を伸ばす。

 

しかし、無情にもその手を伸ばした時には既にトワの身体は雲海を突き破り、被っていた帽子さえも視界に入っていなかった。

 

「ト、ワ」

 

「あっはっはっはっはっは!!これでいい、これでいいのよ。これで、私の望んだ……あの人の、彼女の望んだ未来を、贖罪を……」

 

「……すいちゃん?」

 

「私を知らない貴方が悪いのよ。だからノーカウントよ、ノーカウント」

 

「お前を……殺す」

 

恍惚とした表情で笑い続ける【雑音】。

 

一方でかなたは静かに拳を握りしめ、羽に纏っていた纏っていた橙色のオーラを燃え上がらせた。




注がれる香油

どこかの世界、どこかの地には、王たる者に香油を注ぐ文化があるという

それは紛うこと無き祝福の証であり、それは神に属すものであろう

人と神には仕えられぬ
ただ、神とは追いかける程に偶像であり、人とは追いかける程に咎であろうか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

星の少女、古き河へと

~天界・カイン港跡~

 

指先が手の平へ食い込む程に拳を握りしめ、全身から闘気と殺気を放ちながらすいせいの元へじわじわと近寄るかなた。

 

「アハハハ、ハァ……私は、あの人に、あの人への贖罪を……!筋書きを……!」

 

「贖罪だか何だか知らないけど……僕はここで、貴方を確実に葬り去る。天使だからとか、天界の復興に支障をきたすとか、そういう理由じゃなくて、完全な僕の支援で、貴方をこの世界から追放する。……まるで、人間みたいだよね。自分勝手な理由だけで人間一人を殺せちゃう天使なんて。でも、これでいいんだよ」

 

「ハハハハハ、ハハ、ハ、ハ、私の、ワタシ、ワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシ」

 

恍惚とした笑みに呑まれるかのように涙を流しながら、その場に膝から崩れ落ちても尚、笑い続けるすいせい。

 

「今更、僕一人で街の復興なんてできないし、僕達……『天使』が何に仕えていたのかも、もはや誰も思い出せない。すいちゃんは狂っちゃうし、今の僕はきっと、この辺りの誰よりも強い。……こんな状態で、この世界がまともな訳ないでしょ」

 

「ああ、そうね、確かにまともなんかじゃないわ!!ワタシはワタシであることが、どうしようもなく、どうしようもなく『違う』のよ!!ワタシは、ワタシは……!!あああああああ!!」

 

すいせいは辛うじて取り戻した意識を全て削り取って、今度こそ完全なる「星街すいせい」の消去を行った。

 

一方のかなたは、誰かへと向けた独白を続ける。

 

「……だから僕はせめて……この身体が保つ限り、ココが残してくれた世界に僕自身が正しいと思えるカタチで決着をつけるよ。すいちゃんの言う、力と星による破壊じゃなくて……本来有るべき、終わりの姿へ。それが天に属す者、『天使』の役目だと思うから」

 

そして湧き出した言葉の全てを雲海へと吐き出し終えたかなたは、再びすいせいへと近寄る。

 

「ああ、あああああ、皆、待っていて……!そして、あの人に、謝らせて……」

 

「……うん、うん。でもさ、まずは」

 

「……ッ!?」

 

「トワに謝んなよッ!!!」

 

かなたの拳から、渾身の一撃が繰り出される。

 

「ごああああああああっ!!?」

 

それを腹部に受けた【雑音】は、崖際まで吹き飛ばされる。

 

地を転がり、すぐ数メートル先からは崖際だというのに、ピクリとも動かない。

 

しかし、間違いなくソレの生気は消えていない。

 

「うおああああああああああ!!よくも!よくもトワを!!トワををををををををををををを!!!」

 

そして、焦点を合わせる間も無く【雑音】の全身を殴り続けるかなた。

 

しかし、かなたがどれだけ【雑音】を殴り続けようとも、【雑音】の身体を崖から雲海の下へと落とすことは無かった。

 

「……ワタシは、ワタシは……ザザザザ、ザザ」

 

傷だらけになり、それでも狂気に溺れ続ける【雑音】。

 

しかし正気など微塵も残っていない彼女の肉体は、そう在るしかなかったのかもしれない。

 

「これでとどめ……」

 

「【流星群】」

 

そんな星の少女は地に伏したまま、爆発する光の弾をかなたへと絶え間なく飛ばし続ける。

 

とどめを刺さんと拳を構え直していたかなたは、星の雨による妨害を受けて後方へ。

 

星の力は命の力、生命エネルギー。

そう解釈した星見が存在したのだろうか。

 

確かに、星の少女から放たれる光は、世界の理でさえ辛うじて有り得る程度の爆発を帯びている。

 

超新星爆発。

憧れと妄執の果て、具現化した生命の力。

 

星の少女は、確かにそれを見出していた。

 

「うわっ!!?」

 

光弾がかなたに命中すると、それは辺り一帯を破壊する程の爆発を引き起こす。

 

かなたの筋力を以てしても、その損害は軽微では済まされなかった。

 

全身の骨は軋み、肉は酷い打撲をしたかのように痛む。

 

思わず、かなたは膝を突いてしまう。

 

「ワタシ、ハ、星……堕トス、ベキ、……永遠ノ、世界ヲ……」

 

「もう、輪廻なんて懲り懲りなんだよ。『あの子は星になったんだよ』……なんて、真に受けるからこんなことになるんだ……!だから、僕はここで全てを終わらせなきゃいけないんだ……!ココ、僕に力を貸して……!僕に、この許されない世界のシステムを壊す力をッ!!!」

 

かなたは立ち上がり、両腕を天に掲げる。

 

その瞬間、彼女の羽は橙色の光を帯び始め、背後にはかつて在った飛竜の幻を纏い始めた。

 

「星ノ、息吹ヲ……生命ノ……息吹ヲ、オオ……!!【彗星ナナセ】」

 

すいせいの両手から、群青色のエネルギー砲が放たれた。

 

辺りに土煙を撒き散らし、光は時空を歪めながら、かなたへと一直線に向かう。

 

「さあ、ココ。僕達の『すべて』を以て、尊大なる星に、罰でも何でもない、ただの怒りをぶつけるよ」

 

天界は星空より下にあるが、空は星々にさえも「星空」として見出される。

 

ならば、かなたが見出すべきものは一つであった。

 

「【昇竜・天貫き(ほしのかなた)】」

 

天を貫き星をも穿ち器用に飛び回る竜のように、かなたは翼を輝かせ、握った鉄のような右手の拳を前方へ突き出し、光の中へと飛び込む。

 

「ハ、ハハハ、ザザザザザ……ザザ、ザ、ザザザ」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

渦巻き、全てを呑み込む星の力。

 

しかし、かなたの羽から浮き出た竜の幻影が、それらの全てを弾き返した。

 

かつて在った、友の形見。

かなたは、それを温もりに見出していたのだ。

 

「ザザザザ……アア、トキ、ノ……ザザザザ……」

 

星の少女が放つ彗星は、いつの間にか幻から放たれていたブレスに打ち消される。

 

そして少女と天使の距離は、視界に相手の顔が収まりきらない程度にまで近づいた。

 

「さよなら、すいちゃん」

 

殴。

 

「が……ぁ」

 

星の少女は、崖下へと落ちていく。

 

かつて、星の少女は善き悪魔を地の果てへと突き落とした。

 

何の前触れも無く、常闇へと追いやったのだ。

 

「ハハハ、ハ、ハ……ワタシハ結局、何モ……ハハハ、ハァ、ハァ……」

 

これは天罰か、或いはただの律による報いか。

 

「さ、行こっか」

 

かなたは少女の肉体が霧散し切る前に空へと振り向き、再び羽を輝かせて空中へと飛び立つ。

 

「……次に会う時は、今度こそ本当に友達として会おうね、すいちゃん」

 

天使はそう言い残して天界を去り、星空へと飛翔していった。

 

星空が、或いはかつての都が、その先にはきっとある筈なのだから。




輪廻


古くより人間達に見出されてきた生命の律

しかし見出さぬ神も在った輪廻というものは、非常に曖昧である

輪廻であろうが昇天であろうが、結局は、せめて愛した者が底へ落ちぬよう
死後の安楽を願う祈り、或いは黄泉がえりへの願いであったのだろうか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深みの視線と紅の王

~ブッシュ森林・アルマ村付近~

 

例の古代兵器群暴走事件から二日後。

 

ノエル、フレア、アキの三人は、一連の騒動を経て、ハーフエルフへの忌み子的な扱いが露呈した長老達が投獄された跡のエルフ達は、年齢や伝統に囚われない、新たなる村の長を求めていた。

 

「ねぇ、アキ先輩」

 

「どうしたの?フレアちゃん」

 

フレアとアキは、いつものようにヘイゼルベリーを摘みながら、井戸端会議に花を咲かせていた。

 

「アキ先輩は……村長とか、ならないんですか?」

 

「うーん、私はいいかなー。あの事件以来、神殿が何のために建てられたのか、いよいよ分からなくなっちゃったけど……。それでも、私は新しい『大地の巫女』として、改めて頑張っていきたいから。それに私は、フレアちゃんこそ村長に相応しいと思ってるけど」

 

「私?うーん、他に人がいなければ考えてみようかな」

 

「きっと、フレアちゃんなら上手くやっていけるよ」

 

「そうかなぁ。でも、もしそうなったら……あの長老達が支配していた今までとは違う、もっと皆が平穏に暮らせる村を作るよ」

 

「うん。フレアちゃんが長になったら、私も全力で応援するね」

 

その後、村へと戻った二人は今までと同じように、それぞれ警備と祈祷を始める。

 

しかし、フレアは日暮れに合わせて持ち場を離れ、長老達が座っていた王座、その最も大きなものに腰を下ろした。

 

「これが、私に必要なもの……なのかな。私が、皆を守るために……」

 

~アルマ村・古代兵器群~

 

一方のノエルは暴走しなかった古代兵器「ラディス」の残骸を処分するため、大地の神殿付近をうろついていたていた。

 

「暴走しなかったラディスも結構いたんだね」

 

ノエルはラディスの残骸を片っ端からメイスで殴りつけて破壊しながら、足を前へと進めていく。

 

するとノエルは、綻んだラディスの残骸に紛れて動く、数体の動くものを見つけた。

 

山吹色の光を放ち、邪気は放っていないものの、確かに二本足で歩いているもの。

 

「……まさか、性懲りも無く動いているのがいたなんてね」

 

ノエルは力一杯に足を地へ踏み込み、メイスを構えて山吹色の光へと突撃。

 

「【冷たい重打】」

 

「なっ……!?」

 

ノエルはメイスで、それらを次々と叩き潰していった。

 

「ヤ、ヤメ……」

 

「【フォールオブゼロ】」

 

辺りには轟音が響き渡り、周囲のそれは言葉を発する間もなく血霧と化していく。

 

重力と冷気、それらは凍りついた肉体を一瞬にして砕き、無双と呼ばれた白銀ノエルの名を欲しいままにしていた。

 

「キャアアアアアアアア」

 

「【冷たい重打】」

 

【雑音】

 

それからノエルは動いているもの、動いていないもの問わず、ラディスと思われるもの全てを破壊し尽くした。

 

辺りに広がるは鉄塊と生体部品らしき僅かな肉片、そして清らかなる血。

 

まるで殺人現場のようだが、古代兵器は人間を模して造られたものが多いため、それも仕方が無いのだろう。

 

【雑音】

 

一仕事終えて疲れ切ったノエルは、虚ろな目をしたまま神殿を離れる。

 

「ふぅ。念のために見回りしておいて良かったぁ……。これで、もう本当に悲劇は起きないよね」

 

斜陽。

 

【雑音】

 

古代兵器の残骸を破壊したノエルと、変わらぬ日常に加えて少しの工作を過ごしてきたフレア。

 

【雑音】

 

彷徨う騎士と赤目の器、村へ戻ったノエルとフレアは、いつものように二人の家へ帰る。

 

「随分とお疲れだねぇ、ノエちゃん」

 

「うん……ちょっとね」

 

「ねえ、ノエちゃん。……明日はちょっと付き合ってくれない?」

 

「いいけど……どうしたの?」

 

「……警備隊長として村と皆を守っているうちに、やりたいことができちゃって」

 

生まれて初めて見出した夢に瞳を輝かせるフレアと、それに寄り添うノエル。

 

そして、そのままノエルとフレアは同じベッドで眠りについた。

 

かつて在るを許されなかった騎士と、それを許さなかった器。

 

その二つが交わる時に見出されるは混沌か平穏か。

 

しかし、木々の隙間から差し込む光が、その末を物語っていた。

 

紅き瞳よ、救世主たれと。




英雄


強き者、賢き者、或いは愚かなる者
そのどれもが英雄たり得る

だが英雄の末路は、碌なものではない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

知らぬ者

~アルマ村・大地の神殿~

 

三日後の朝。

 

大地の巫女であるアキから、村人全員に招集がかかった。

 

「……今日は、皆に良いお知らせと悪いお知らせがあったので、集まってもらいました」

 

いつに無く曇った顔のアキ。

 

大地へ捧げてきた舞や、抱き続けてきた信仰そのものに意味がある訳では無いことが判ってしまった時でも、これ程までに生気を感じない表情はしていなかった。

 

アキの、血を全て抜かれたかのように白くなった顔から、只事では無いと察すフレアとノエル、そして数百人のエルフ達。

 

そして、その中でも特に関係が深い数名のエルフは、事態に気付いているようであった。

 

「……何があったの、アキ先輩」

 

力無く息を漏らすアキへ駆け寄り、今にも倒れ込みそうな彼女の肩を持つフレア。

 

「あ、ありがとう、フレアちゃん……」

 

「無理しないで、アキ先輩」

 

「ううん、大丈夫。……改めて、皆に良いお知らせと悪いお知らせをしなきゃいけません。まず、良いお知らせは……警備隊長のフレアちゃんが、村長に立候補したことです。とりあえず、一人は候補者が出たから……この村をまとめる人がずっといない……なんてことにはならないと思う」

 

「「「「おおーーー」」」」

 

新村長候補の登場に湧くエルフ達。

 

しかし、そんな知らせをしているアキの顔は、やはり晴れてなどいなかった。

 

「それで、悪い知らせっていうのは……。悪い、知らせって、いう、のは……」

 

アキの瞳から、涙が零れ落ちる。

 

視界は歪み、もはや認識への作用を諦める。

 

しばしの沈黙。

 

顔を濡らしていた涙は渇き、ゆっくりと時と共に視界が戻るアキ。

 

しかし、その瞳は微かに色褪せて霞んでいるようであった。

 

改めて、認識してしまったのだろうか。

 

絶望を、顔も見ぬ間に去っていく者達を知ってしまうことの悲しきを。

 

「アキ先輩、大丈夫?」

 

「大丈夫。これは、巫女の私から言わなきゃ。……っ、……。ここ数日で、五名のエルフが姿を消しました。……サラちゃん、シアちゃん、マリちゃん、シノちゃん、ヌエちゃん。遺体は見つかっていないから、生きてるかもしれない……いや、生きてて欲しいけど、正直……この日数じゃ、絶望的だと思う」

 

アキの口から漏れ出した衝撃的な知らせに、エルフ達は騒然とし始める。

 

段々と声が大きくなるエルフ達。

 

「……少し、話を聞いてもらえるかな」

 

しかしフレアは、そんな彼らの騒ぎ声が埋め尽くす広場を、たった一声で静寂へと返す。

 

「……だから、皆に伝えておきたかった。……どうか、気をつけて。具体的な対策は思い浮かばないけど……皆、とにかく死なないで……ください」

 

そして、アキは涙ながらに皆の無事を祈りながらに話を終え、そのまま誰と目を合わせるでもなく、一人で大地の神殿へと向かった。

 

一方、無言でアキを見送ったフレアは、ノエルと共に持ち場へ移動する。

 

昨日、フレアがノエルに「付き合って欲しい事がある」と言っていた理由。

 

本来は長老の間にて、自身が新たなる長老もとい村長を目指す志をノエルに表すつもりだったが……その理由は、意図せず「警備の厳重化」という目的へ変わってしまった。

 

フレアにはやるせない気持ちが残ったが、アキの発表で、少なからずノエルにはその意が通じただろうと、そう思い込むことでフレアは己を納得させる。

 

つくづく運が無いと、フレアはそう呟いて警備を始めた。

 

数週間前。

 

ノエルを村へ迎えて以降、度々議論されていた「外部から森へ迷い込んだ人間への対応」。

 

フレアとノエルの関係が発展したことで、それを幾分か寛容にすることを目指すと、村人達による多数決で決定した。

 

故に、ここ数週間の侵入者対策はフレア一人で緩く担ってきたわけだが……そんな中で起きた、エルフ達の失踪事件。

 

数日間で原因不明の行方不明者が五人も出ている以上、外部の人間がエルフを誘拐している可能性も捨てきれないため、門前の警備に騎士団長であったノエルを配置することになったのだ。

 

「はぁ……長老達の件が一段落したと思ったら、今度は死人が出始めて……」

 

「皆、ピリピリしてるね。……でも壊れた古代兵器の跡地は毎日巡回して、動いてるやつがいたら壊してるから……内部に離反者がいるって訳じゃないと思うんだけど……」

 

「やっぱりまだ動くやつは動くんだ。……うーん、しばらくノエちゃんを門番に回さきゃいけなくなっちゃったし、新しく古代兵器対策専門の隊を作った方がいいかもね」

 

フレアは警備隊の名簿から選りすぐりの女戦士達を選出し、近いうちに所属を変えるように書き込んでおいた紙を貼っておく。

 

「でも団長とフレアが一緒なら、きっと誰も入って来れないよ。それに団長は脳筋の力持ちなんだから、警備は任せて!フレアは、安心して村長になって!」

 

「……ありがとう、ノエちゃん」

 

フレアは弓を整備しながら、張り切ってメイスを振っているノエルに背後から抱きついた。

 

「わわっ、フレア、どうしたの急に」

 

「……少し不安で。村を守っている警備隊の長なのに、もう五人も行方不明を出しちゃって……私、こういう状況には強いはずなんだけどな」

 

己には運が無かった、立候補したタイミングが悪かっただけなのだと解ってはいる。

しかしフレアは、まともではない現実を目の当たりにしたことで、己がリーダーとしてアルマ村を統べていく器となる自信を失ってしまったのだ。

 

珍しく思い詰められた様子のフレアを、ノエルは包み込むように抱き返した。

 

「……大丈夫だよ、フレア。どんなものにも、終わりは来るから。きっと、こんな怖い日々もいつか終わるよ。だから、あんまり考えすぎないで」

 

「ノエル……」

 

「フレアには皆がついてる。もちろん、わたしも。新しい長老の誕生を、皆が待ってるんだよ。だからフレア。あんまり不安に思わないで」

 

「……ありがとう、ノエル」

 

フレアとノエルは、その後も警備を続けた。

 

それは数刻に一度、門から村へ入り込まんとする獣を追い払うだけのものであったが、それでも二人にとっては、不安と微かな恐怖が引っ掛かり続ける日々に残った、少しばかりの愛する者と共に過ごす時間だったのだろう。

 

そして日暮れ。

 

ノエルと手を繋いで村へ帰るフレアの顔は、笑顔とまではいかなくとも、どこかしら安堵しているかのようなものであったようだ。

 

犠牲を出してしまったことよりも、これ以上犠牲を出さないようにと、フレアは夜な夜な、古代兵器群と侵入者に対しての対策を練るためデスクへ向かう。

 

武と知、己が識り、持つもの全てをもって村を守り続ける者にならんと、フレアは弓を整備するのであった。




ハーフエルフ


閉鎖的なアルマ村において、純粋ではない混ざりもののエルフは恐れられた
今でも老いたる者達によって続く差別はその名残であろう

混ざり者は恵みを逃しやすく、また狂気を孕み、その身を燃やすのだという

樹を焼く火も闇を受け入れる火も、そのいずれもが、人を薪にするのだから


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

姫森ルーナの「ラスボス」

~カバー南部~

 

お菓子の国が消失してから数時間後。

 

フレイとの激戦を経て帰還したノインを迎え入れたルーナは、姫森城跡地へと向かう。

 

「ここが、ルーナのお城だった場所なのらね。……今もう、ただの砂場なのらけど」

 

今や荒野に残された僅かな水跡は「アクア」が確かに存在していた証拠であり、所々に規則正しく配置されている砂の塊は、確かなルーナの理に在った、ルーナイトの達の残滓であった。

 

「ねぇ、ルーナ。さっき言ってた『ラスボス』って誰のこと?」

 

まつりは、何かを決意したように姫森城跡を立ち去ろうとするルーナを呼び止め、妙に意味深であった「ラスボス」という単語が指すもの、その意味を問う。

 

「ルーナの使命は、壊れた世界を受け入れて、まつりちゃを元の世界に帰すことなのら」

 

「壊れた世界?」

 

「……この世界はもう寿命なのらよ。……この世界だけじゃなくて、その外側も、なのらけどね。だから、ちゃんと終わりを受け入れて新しい世界を創る準備をしなきゃいけないのら。……でも、そんな当たり前の事を受け入れられない人もいる。まつりちゃをこの世界に召喚したのは、そういう人達なのらね。……だから、ルーナはまつりちゃを元の世界に送り返して、運命を受け入れる準備をしなきゃいけないのら」

 

「うーん……やっぱり、ルーナの言ってること……よくわかんないや」

 

「いいのらよ。きっと、しばらくしたら嫌でも理解しちゃうのら」

 

ルーナは腰に下げていた剣を鞘から抜き、空を切る。

 

すると、そこには本来存在してはならない筈の虚空、空間の裂け目が現れた。

 

「これは……」

 

「さ、まつりちゃ、ノインちゃ。……海に行くのらよ」

 

まつりとノインの手を掴み、裂け目へと近づくルーナ。

 

「待って、ルーナ」

 

「どうしたのら?」

 

しかし、そんなルーナの奇行とも思えてしまう妙な行動と発言の数々に、まつりは戸惑いを隠せず、その手を引っ張り返してしまった。

 

世界の終わりだとか、運命を受け入れるだとか、突然そんな事を言われても理解どころか、納得などできたものではない。

まつりの反応は当然のものだろう。

 

「一旦、冷静にならない?今のルーナ、すごく焦ってるように見える」

 

「そりゃあ焦るのらよ。死んじまった人の身体が腐るのと同じで、世界も壊れたら全部がおかしくなっていくのら。……だから、早く何とかしなきゃ……」

 

荒野に雨が降り始める。

 

「ルーナ。……どういうことなの?寿命って何?運命って何?」

 

「……本当に、何も知らないのらね。……それとも、忘れちまったのら?」

 

ルーナはまつりの眉間を一突き、意識を奪う。

 

「あ……」

 

まつりの視界は暗転。

 

どこまでも落ち続ける身体。

 

虚空に身体を包まれ続け、それらは情報と知覚の中へ。

 

しかしそれは深淵のような邪悪と狂気ではない、ただ映画のような、或いはフォルダのような、そんな暗い穴を落ちていく内に、まつりの意識も闇の底へと消えていった。

 

走馬灯を巡り続けて昨日を繰り返すような、そんな感覚の果てに。

 

夏色まつりは、一つの契りを見出すこととなる。




水滴


霊は水辺を好むという
そして、立ち去った後には水滴が残ることもある

被造物は造物主の識る概念しか纏えない
ならば、造物主の生まれは何処なのだろうか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏色まつりの追憶

~???~

 

「【雑音】へようこそー!!私はまつり!で、こっちはフブキ!」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

~???~

 

「まずは神社から行こ!【欠損】!」

 

~???~

 

「そんな……!折角、皆が生きていけるようになったのに…!」

 

「だから私がいるんだよ、まつりちゃん!」

 

「そんなこと言ったって、すぐには……!」

 

「不安に呑み込まれちゃだめだよ!まだ時間はあるから!その時までには、絶対に世界を救える科学者に……いや、万能人になってみせるから!!だから、見てて!希望を捨てないでよ!まつりちゃん!あなたは、私にとって一番の親友なんだよ!そんな親友がいる世界を、私はこのまま終わらせたくない!きっと……いや、絶対に!おばあちゃんになっても、まつりちゃんとお話ができる世界を!守ってみせますから!!」

 

「フブキ……!でも、もう世界は!」

 

「受け入れられないよっ!!!どうして……どうして、世界の勝手な都合で私達が滅びなきゃいけなくて……!せっかく人間になって、せっかく友達ができて、せっかく……生きることが許されたのに……」

 

「フブキ。一人で考えすぎないで」

 

「まつりちゃん……」

 

「私は、あんまり世界の仕組みとか、科学とか法則とかに詳しくないから……できること少ないと思う。けど、私はフブキの親友から。……私でもできることがあったら、何でも言ってよ」

 

「……ありがとう、まつりちゃん。世界で一番、大好きです」

 

~???~

 

「『契約』?」

 

「うん。……私とかまつりちゃんみたいな、特殊な人間を『残す』ためには、必要なことだから」

 

「ふーん……。いいよ。大親友のまつりがやってあげる!」

 

~???~

 

「こんなはずじゃ……いいや、まだ直せる!私は万能の人、『白神』だから!世界は、私が延命するんです!絶対に、世界は続けなきゃ!!」

 

「待ってよ、フブキ!このまま無理に継ぎ接ぎの世界を繋いでも、ボロボロになっていくだけだよ!何か別の手段を」

 

「無いよ、そんなの。無くなってるのは地球じゃなくて、この世なんだよ……!?」

 

「でも!このままじゃ、みんなおかしくなって……!みんな、前の私達みたいになっちゃうよ!」

 

「それも想定内だよ、まつりちゃん」

 

「どういうつもりで……」

 

「寿命を迎えたこの世界が綻んでも、歪んでもいいんだよ。肝心なのは、世界の希望は……その間に、この世界を修復するシステムを創ること。私が神になって……私達を笑顔にしてくれた、かつての世界に散りばめられた要素を世界に埋め込んで、滅びかけた世界を、誰もが憧れた理想郷だった、あの世界に戻すこと。……エラーなんて存在しない、完璧な世界に」

 

「いい加減、目を覚まして!フブ……いや、【雑音】!そんなの、私達が過ごした世界じゃない!完璧な世界なんて、ゲームと何も変わらないじゃん!決まった過去を繰り返すだけなんて、そんなの世界じゃないよ……!」

 

「それでも!……私は、私が愛した世界と皆の記憶から、何かのレプリカを作るしか無いんだよ。……もう、後戻りはできない」

 

「待ってよ!待ってってば!」

 

「お別れだね。ここからは、私も知らない時代が始まるよ。私も知らない世界を、私じゃない私が守っていく。……少し、寂しいな」

 

「限界がっ!……お願い、【欠損】……止めて……。待っていて、【雑音】……!!後で、必ず連れ戻す!!」

 

~???~

 

「……さようなら、まつりちゃん……いや、【雑音】ちゃん。世界で一番、大好きな人」




因果律の死


かつて、少女は滅びを拒んだ
それは新世界の萌芽であった

しかし、それは全く別の世界であり、壊れかけの法則は戻らなかった
人は増長し、争い、新たなる世界は廃れ、神は神として顕れた

そして今、新たなる世界の子もまた、滅びを迎えんとしている
造物主が無から生まれたように
何者にも、予期せぬことはあるものだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目覚め

~カバー南部~

 

「……はあっ!?なに、これ……?」

 

脂汗を流しながら目を覚ましたまつりは、目の前に立つルーナを見て、声を震わせる。

 

「思い出したのらね。まつりちゃ……いや、【雑音】ちゃ」

 

「ど、どういうこと……!?世界はどうなったの!?ここはどこ!?フブキは!?」

 

「『フブキ』……かぁ。まつりちゃがどこまで思い出したのかは分からないのらけど、その名前で呼ぶってことは……まだ完全に思い出せていないだけなのか、それとも世界か何かが干渉しているのか……まだまだ色々考えなきゃいけないのらね」

 

ルーナはため息をつき、右腕を顎に当てて何かを考え始める。

星々が宿ったルーナの瞳は、いつになく光が当たっていなかった。

 

「何が起こってるの……?まつりは誰?フブキって誰?ルーナは何者?世界って……!?」

 

「ルーナの口からは話せない……と言いたいのらけど、実はルーナもそこんとこはあんま知らねーのらよ。ルーナが知ってるのは今、まつりちゃが見た世界の、そのまた一部なのら」

 

「まつりは何で、あんなものを見たの?ルーナ、どうやってまつりにあんな世界を見せたの……?」

 

未だ、錯乱状態のまつり。

 

それもその筈。

まつりは喫茶店で怪しい通知を目にしたかと思えばお菓子の国の王室で目を覚まし、そうこうしている間に国が灰と化したり、廃墟と化したお菓子の国の王女が小難しいことを言い始めたりしたのだ。

 

残る「円卓」も、もはやノインのみとなってしまった。

 

むしろ、この状況で平然とルーナに絡み始めようものなら逆に狂気を感じるというものだ。

 

「ルーナの力は、ルーナの中にある概念を『ルーナイト』として分けるもの。まつりちゃが見た世界は、ルーナ自身が『現実』のルーナイトとして使える力が見せた、『まつりちゃが見た現実』なのら」

 

「まつりの、現実」

 

まつりが見た世界は、確かに存在する。

ルーナの言葉の意味を、どうしても理解し切ることができないまつり。

 

「混乱するのも仕方無いのらけど、とりあえず、何があったのかを憶えておいてくれればいいのらよ。……その上で一つ、大切な質問なのら」

 

「な、何?」

 

出会った時には一瞬たりとも見せなかった、ルーナの真剣な表情。

 

「まつりちゃは……『現実』の世界を続けるべきだと思うのら?」

 

現実。

 

そこが本来、まつりが在った筈の場所だろう。

 

しかしどうだ、あの世界は。

 

「まるで、地獄みたいだった」

 

空間は歪み、人は狂い、親友のフブキ……或いはそれに似た何かまでもが、世界の強引な存在に取り憑かれている。

 

「じゃあ……あの世界の存続には、反対なのら?」

 

まつりは一瞬、口を噤む。

 

しかし、すぐに答えた。

 

「皆が、フブキがおかしくなるくらいなら……世界なんていらないや」

 

自棄になったのか、渇いた笑みを浮かべるまつり。

 

「そうなのらね。……『同士』まつりちゃ。ノインちゃを連れて、海に行くのら。……伝説の大海賊、まり……マリン船長を、探しに行って……嘘だらけ、エラーだらけの現実を、倒しにいくのらよ」

 

「『同士』ってことは、ルーナも同じなんだ。……わかった。行こう、ルーナ姫」

 

まつりの絶望を表情から察し、崩壊した世界の無理な延命を拒む同士であることを確信したルーナは、そっと胸を撫で下ろした後、まつりの手を握り、声が届かない範囲で待たせておいたノインの元へ合流する。

 

「もー、待ったよー?ルーナ姫、何か話してたの?」

 

重いどころの話ではない計画について話していたルーナとまつりを、笑顔で迎え入れるノイン。

 

彼女の分け身にして近衛。

 

しかし、そんなノインの表情は、誰よりも緩んでいた。




見知った地


瞳の主は死を憂いた
友の死を、場の死を、世界の死を

腐り、欠け、抜け落ちた世界はもはや戻らず、虫食いのように世界は歪んでいく

全てを失った少女は幾度の夢に埋もれ、それでも尚、新たな生の世界を望んだ

狩人にならば伝わろう
血に溺れた街の上に眠る、漁村の生まれなき子
その哀れなる末路を


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深みの騎士、白銀ノエル

~アルマ村~

 

白銀ノエルは、日夜寝る間も惜しんで古代兵器の破壊に勤しんでいた。

 

「止めなきゃ、全部……。これが団長の役目、私は白銀聖騎士団の団長だから……」

 

「ヤメ、ヤメテヤメテヤメテヤメテ……!」

 

「ドウシテ、ワタシタチヲ、コロスノ……」

 

次々と現れる、無数のラディスを破壊していくノエル。

 

「【踊り子の花】!」

 

地面に突き立てたメイスを軸として回転しながら周囲の兵器を蹴り倒す。

 

瞬く間に五体のラディスを破壊したノエルは、口元に付着した血を拭って現場を後にする。

 

「もっと……もっと壊さなきゃ」

 

死体が散らばる森を去るノエルの表情は、焦燥感に呑まれていた。

 

そしてまともに眠ることもできない日々が一ヶ月程続いた、ある日のこと。

 

「ノエちゃん、大丈夫?最近、ずっと上の空だけど……」

 

遂に心配が限界を超えたフレアが、また早朝に出かけようとするノエルの肩を掴んで止めようとする。

 

しかしノエルはそんなフレアの右手を躱し、「大丈夫、大丈夫だよ、フレア」と言い残して神殿へ向かってしまった。

 

~アルマ村・大地の神殿~

 

長老達が拘束されてから、はや数ヶ月。

 

最初のエルフ行方不明事件の犯人は見つかるどころか、手がかりの一つさえも見つけることができないまま、一週間に数人のペースでエルフが殺され続けていた。

 

だんだんと村人が減っていく村で人々は互いに村民への警戒心を強め合い、過激な犯人捜しに繋がりかねない噂も流れ始めている。

 

フレアは警備、アキは祈り。

 

二人も、己のやるべきことをやっているのだ。

 

「団長も、頑張らなきゃ……」

 

ノエルはメイスを手に持ち、大地の神殿へと入っていく。

 

「……やっぱり……!」

 

そして案の定、神殿内に三機の古代兵器を発見する。

 

しかしそれらは今まで見た、いわゆる通常の「ラディス」とは違う、黄金の衣を身に纏ったものであった。

 

「【雑音】」

 

「【雑音】」

 

「【雑音】」

 

古代兵器の声は、もはや雑音にしか聞こえない。

 

「【冷たい重打】!」

 

ノエルはメイスに冷気を込め、瞬く間に1機を破壊する。

 

「【雑音】」

 

「【フォールオブゼロ】」

 

続けて冷気を纏わせたメイスを地面に叩きつけ、冷気によって残った二機の全身を凍り付かせて動きを鈍らせる。

 

「やあああああっ!!」

 

そしてノエルは息を入れる間も無く、あっという間に二機の身体を粉々に砕いてしまった。

 

おぼつかない足取りで、返り血塗れになりながら神殿を出るノエル。

 

【雑音】。

 

少し意識を失っていたのか、気づけばノエルの眼前にはもう一機の古代兵器。

 

それは今まで見たことも無いような、黄金の身体。

 

何よりも輝き、何よりも神々しい、しかしどこかで見たような何かが、そこには在った。




冷たい重打

白銀ノエルが見出した、「フォールオブゼロ」の派生技
メイスを地面に叩きつける或いは突き立てるのではなく、敵としている相手に直接メイスを叩きつける

深淵よりの冷気を纏ったメイスは生物非生物を問わず、その身体を凍てつかせる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黄金の巫女、アキ・ローゼンタール 前編

~アルマ村・大地の神殿~

 

長老達が拘束されてから、はや数ヶ月。

 

最初のエルフ行方不明事件の犯人は見つかるどころか、手がかりの一つさえも見つけることができないまま、一週間に数人のペースでエルフが殺され続けていた。

 

だんだんと村人が減っていく村で人々は互いに村民への警戒心を強め合い、過激な犯人捜しに繋がりかねない噂も流れ始めている。

 

もはや意味の無い祈りであろうとも、その祈りに己が意味を持たせんと、アキは黄金に輝くサーコートを纏い、これまた黄金の護衛達を連れて神殿へ向かう。

 

そして祈りと舞を捧げ、訳あって神殿に残ると言う三人の護衛を残し一人、神殿から出るアキ。

 

何の偶然か、そこでアキと入れ替わるようにノエルが神殿へ入っていった。

 

「ノエルちゃん?アローナ……」

 

「……」

 

手を振って挨拶をするアキだったが、ノエルはまるでアキの存在に気づいてさえいないかのような素振りでアキの真横を通り過ぎ、そのまま神殿に足を踏み入れる。

 

「ノエルちゃん、大丈夫かしら……」

 

やはり、連日の行方不明事件によって強化せざるを得なくなった警備を一人で担当しなければならないことが負担なのか、ノエルの表情は目を開けながら眠っているかのように、どこか虚ろであった。

 

アキは、そんなノエルの表情を気にかけてか神殿前の切株に座り込む。

 

そして、ノエルが神殿から出てくるまで待機することにした。

 

「……」

 

十数分後、よろめきながら神殿から姿を現すノエル。

 

しかし、その表情は今までに見た事が無い程に曇っていた。

 

「ノエルちゃん、大丈……わっ、何、その血!?」

 

全身には何者かの血、そして、それは神殿に入る際には付着していなかったもの。

 

神殿内で何者かに襲われたのだろうか。

 

大地の神殿は長老達にとっても物心ついた時には在ったものであったため、まだまだ未解明な要素が多い。

 

故に、何かが原因で普段現れない罠や防衛システムが飛び出してきてもおかしい話ではないのだ。

 

「はぁ、はぁ」

 

「ノエルちゃん、誰にやられたの!?今、治……す……?」

 

しかし、ノエルの手にチラりと見えた黄金のバッジが、それを否定する。

 

「……ど、ddddど、dd、どd、ど、ど、う、し、た、の、フ、フレア、ふれあふれあふれあふれあ、【雑音】」

 

「ノエルちゃん。あの護衛ちゃん達はどうしたの?」

 

「護衛……?ご、ggggg、護衛、古代兵器……古代兵器。は、敵だから、こ、こ、こわした、kkkkk、壊した、壊した」

 

「古代兵器……でも、この血は……ノエルちゃん、大丈夫なの?」

 

「大丈夫、大丈夫大丈夫ダイジョウブダイジョウブダイジョウブダイジョウブ、この、血、は、ダンチョウ

、のじゃ、な、い、から」

 

ノエルの口から流れ出る、とても正気とは思えないセリフ。

 

ブツブツと、しかし時に叫ぶような声量で、何度も何度も同じ言葉を口から漏らし続けるノエル。

 

そしてノエルは、護衛が残っている神殿から自身のものではない血が付着した状態で出てきた。

 

神殿の中で起こったこと、ノエルの身に何が起こったか、その結果は火を見るよりも明らかであった。

 

文字通り、どこかで燃える炎よりも目の前に立ち尽くす真紅に染まった女騎士の方が、明らかに違和感を抱く対象としては相応しいだろう。

 

「そうかぁ。……はぁ。その血がノエルちゃんの血じゃないってことは……。フレアちゃんには悪いけど……ここでノエルちゃん、貴方を葬るしか無いみたいね」

 

正常性と人間性その二つを失い、漏れ出すは雑音のみ。

 

ノエルの内にはケガレが巣食い、もはや不死であったその身に、「白銀ノエル」は存在しなかった。

 

「もっと、壊さなきゃ……古代兵器を……!古代兵器、こだいへいきこだいへいき、もっと、こわさなきゃ!!!こわしてこわして私の、せめてもの……!」

 

「貴女が壊しているのは古代兵器じゃなくてエルフだよ、ノエルちゃん」

 

「古代兵器の言う事に耳は貸さないって決めてるから、ごめんね!!【フォールオブゼロ】!」

 

「エルフだって言ってるのに!【シャルイース】!」

 

ケガレに狂い、全てが古代兵器に見えているのか。

アキの静止を古代兵器の戯言と思い込み、聞く耳を持たないノエル。

 

そんなノエルを黙らせんと、アキは舞によって回避行動をとりながらの詠唱を始める。

 

ノエルのメイスが激しく襲い掛かるがアキはそれをものともせず、あくまでも舞いによって攻撃を引きつけて紙一重で躱していた。

 

「団長のメイスが……なんで、どうして当たらないの!?」

 

「ふふっ。少し前までの私と同じだと思っていたら……ノエルちゃん、やられちゃうよ?」

 

今のアキは、かつて在った大地の巫女たるアキ・ローゼンタールではない。

 

新たなる巫女にして、黄金に輝く樹々に映える神殿より新たなる信仰を、新たなる黄金を見出したもの。

 

「黄金の巫女、アキ・ローゼンタール」に、もはや弱点など存在していなかった。




彗星ナナセ


かつて、星の少女が見た彗星
それを魔力によって再び顕すもの

星の少女は、かつて星となった
故にだろうか、星のイメージは忠実である


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黄金の巫女、アキ・ローゼンタール 後編

~アルマ村・大地の神殿~

 

「【シャルイース】!」

 

「【踊り子の花】!」

 

アキが次から次へと植物を生やして作った障壁を、ノエルはメイスを軸にしたポールダンスのような回転蹴りで破壊していく。

 

「ノエルちゃん、しっかりして!私は古代兵器じゃないよ!」

 

「嘘つかないで!あなた達のせいで、騎士団は……!」

 

「だから、本当に何もしてないし『ラディス』でも無いってば!それに騎士団って……ノエルちゃんが所属してる騎士団?」

 

「その機械油に塗れた口で質問をするなッ!!」

 

ノエルのメイスは地を割り、そのまま飛び上がって腰の鞘から取り出した剣を左手に握り、着地と当時に回転切りへ繋げる。

 

「私がノエルちゃんを黙らせたとして……目を覚ました時、ノエルちゃんは元に戻ってくれるのかな……」

 

「元も何も、今だって団長は団長のままだよ!」

 

「そんな筈無い!さっきから古代兵器がどうとか、ラディスがどうとか、そんなことばっかりだよ!」

 

「団長は『白銀聖騎士団団長』なんだよ!?当たり前じゃん……皆のことを、フレアを、アキさんを、守らなきゃ……ggggg、ぐ、グルルルル……ppーーーー」

 

「そのアキロゼは私なのに……」

 

「pーー、ss、sー、s、uー、そん……そんな嘘までつかないでよッ!!その名前をどこで知ったの!?まさか、アキさんも……!このこの、……オンボロ機械めっ!【フォールオブゼロ】!」

 

アキは舞いを続け、生やした草木を盾にしながら森を逃げ回る。

 

「何とか、森の外まで誘導できれば……いや、でも……」

 

しかしブッシュ森林はかなり面積が広く、また、自身の「シャルイース」及び「シャ・ル・イース」は神殿から離れるごとに威力が減退する。

 

森から出るには距離が遠すぎる上、森から出ることはアキの「大地の巫女」という概念にとってアウェイな場所への移動を意味するため、大地の神殿に関係する力の一切を封じられてしまう。

とはいえ神殿付近で戦ったとしても、あまりにも強力なノエルに対してまともに戦っては敵わないだろう。

明確な弱点が存在しない程に大成したアキでさえも、である。

 

「【奇跡の大樹】!」

 

アキは祈りによって自身を触媒とし、黄金に輝く霊体の大樹を生成する。

 

黄金の大樹は信仰、祈り、すなわち精神を持つ者が抱く情報と概念を具現化したもの。

 

それは大地の神殿にも匹敵する神性。

 

それどころか、アキが直接的に生み出したものであるためだろうか。

その大樹がアキに限定して与える力は、とうに神殿のソレを超えていた。

 

大樹の元に立つアキは、両手を地につけて詠唱を始める。

 

「世界を照らす光よ、創生の大樹よ……」

 

「隙アリッッ!!」

 

大樹の元で詠唱を終えるため動きが止まっているアキが隙だらけであるということを見逃さないノエルは、すかさずアキに飛びかかり、首を吹き飛ばさんばかりの力を込めたメイスで渾身の一撃を頭部に叩き込む。

 

「空、森、町……私の知らないものが流れ込んでくる……」

 

しかし、まるで何も無かったかのように詠唱を続けるアキ。

 

「そんな……団長のメイスをまともに受けたのに!?」

 

「これは私の力、私の記憶、本当の私……!分かたれた二つの世界……!黄金の……!その名前は……!」

 

「やああああああああああああああ!!!はっ、やっ、せいっ、やぁっ!」

 

魔力とも何ともつかぬ力を増幅させていくアキ。

 

踊るような身のこなしで連続攻撃を叩き込むノエルだったが、アキへ命中した全ての攻撃は、その一切の威力が吸収されてしまう。

 

「私の世界よ、私に創生の力を……!」

 

「やめろおおおおおおおおおおおッッッッッッ!!!」

 

「【創生樹(ユグドラシル)】」

 

「な、なにこれ……ッッ!?」

 

アキの視界が黄金に染まる。

 

黄金の根、黄金の幹、黄金の葉、瞳に移る黄金の大樹。

 

それは内にも宿り、アキは己が見出した黄金の大樹と一体になる。

 

「ノエルちゃん……もう終わりにしよう。楽になっていいんだよ……」

 

「うるさい、うるさいよ!古代兵器は、私が……!!全部壊さなきゃ……そんな、誘惑に乗って……たまるかぁぁぁっ!」

 

白銀ノエルが固執する、ラディスを主とする古代兵器の殲滅。

 

しかし、もはやそれを知る者がノエルしか存在していない以上、何者がそれを数えるのだろうか。

 

現実には、ゲームのように標的を数えるシステムは存在しない。

 

そしてノエルには、それを知覚できる程の理性も悟性も、もはや残っていなかった。




とある英雄の末路


かつて英雄は狼と共にあった
しかし英雄は宵闇にて深淵に呑まれ、二度と戻ってくることは無かったという

そして今でも、狼は剣と共に英雄の帰還を待っている
狼にとって、彼はいつだって英雄だったのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深淵歩きの少女

~ブッシュ森林~

 

「【死屍斬り】」

 

「【シャ・ル・イース】」

 

ノエルは前方に宙返りをして距離を詰め、左手に持った剣に冷気を込めてを振り下ろす。

 

しかしアキは華麗に身を翻して回避し、黄金に輝く蔓を伸ばしてノエルの身体を拘束する。

 

「ぐっ!!」

 

必死にもがくが、人智を超えた力で拘束するノエルは不死たるノエルでさえも到底敵わない。

 

「【シャ・ル・イース】」

 

そしてノエルの身体は光に焼かれ、その武装は若干が剥がれ落ちる。

 

メイスも錆びつき、もはや使い物にはならなくなった。

 

綻んだノエルの身体。

 

しかし、その四肢と瞳は確かに殺気を帯びたままであった。

 

「uuuuuu、ウウ、ウウウ……ゥゥゥゥウウウウウウウヴヴヴァァァ!!」

 

ノエルのメイスが、アキの頭頂へ降り落とされる。

 

「これでトドメ……。さようなら、ノエルちゃん」

 

「ラディスゥゥゥゥゥゥッッッッッッ!!!【死屍斬り】ィィィィィィッッ!!!」

 

「【シャ・ル・イース】」

 

アキは、神性の塊である黄金の弾丸を飛ばす。

 

メイスが崩壊したノエルは、残っていた剣で間一髪、それを破壊して距離を詰めようと右足を前へ出す。

 

しかし、神性の弾丸を破壊した際の反動に負けたノエルには、そのまま背後に宙返りして体制を立て直すのが精一杯だった。

 

「【死屍……」

 

「それっ!」

 

そして尚、アキの攻撃は止まらない。

 

続けて放たれた神性の弾丸は、ノエルの右手を瞬く間に潰した。

 

「ぅああああああああああッッッッッッ!」

 

「【シャ・ル・イース】」

 

アキの右手がノエルを指す。

 

すると、黄金の大樹から光の矢が降り注いだ。

 

降り注ぐ矢の雨。

 

しかし、ノエルは死の淵にいながらも剣を構え、視界に入る矢を全て弾き返した。

 

「はぁ、はぁ……」

 

右手は潰れ、愛用のメイスも破壊されてしまった。

 

鎧は所々が破壊され、残っている箇所も綻んでいる。

 

錆びついた剣を左手に持ち、覚束ない足で尚もその地に立つノエル。

 

意識は深みに呑まれ、かつての面影は無い。

 

「……また、目つきが変わったね?ノエルちゃん」

 

それは完全に別人のようで、白銀ノエルとして抱いていた「古代兵器の破壊」という目的さえも忘れたかのような、殺気さえも感じられない虚無の果てさえも超越したかのような表情。

 

耐え難い痛みと僅かな生命力の果てに、それはドロドロとした黒を内から吐き出し、そのものを猟犬と化した。

 

「……(【死屍斬り】)」

 

「ッッ!?」

 

冷気では無い、しかし禍々しい何かを剣に纏わせ、また前方へ宙返りしての斬撃を繰り出すノエル。

 

それはあまりにも禍々しく、あまりにも世界の理から離れている力。

 

そして黄金の力ではそれに対処できないと判断したアキは、咄嗟に回避行動をとった。

 

「ハァーーー……」

 

ノエルは叫び声も挙げず、ただ溜めていたかのような吐息をゆっくりと吐く。

 

「今の、今の力は……ノエルちゃん、まさか……まさか!」

 

「カフッ」

 

口に剣を咥え、ノエルは手足を使って木々の間を飛び回る。

 

「速いっ!!ど、どこから来……!」

 

アキは、辺りを飛び回る剣先を補足できない。

 

そして後方左斜め45度の角度から、その騎士、或いは猟犬が姿を現す。

 

「(【狼の剣】)」

 

刹那、アキの右肩から左の腰までが裂けるように紅く染まった。

 

「ぅ……ぇ……?」

 

さらに紅は一瞬にして黒に変色し、みるみるうちに全身を蝕み始める。

 

斬撃から浸食、その間僅か一秒。

 

「ハァァァ、ハァ、ハァ……」

 

黄金の大樹は一瞬にして枯れ果て、宿っていた神性も、徐々にアキは喪失しつつある。

 

瞳は霞み、その四肢は機能を失う。

 

「そん、な」

 

そして数秒の間にアキの身体はピクリとも動かなくなり、そのまま枯れ果てた細枝となってしまった。

アキの黄金は、謂わばこの世界の概念や意識の塊。

 

一方の深淵はそれらと相反する無、固定された形を持たぬ混沌。

 

故に、極めて現実を削ぎ取る力が大きかったのだろうか。

 

白銀ノエルたるを失った猟犬は、一撃にして黄金の巫女たるアキを葬り去った。




とある神父の物語


獣の溢れる血の街にて、禍々しきそれらを狩り尽くすべく動いた神父
しかし返り血に塗れた彼もまた、いつか血に呑まれ獣と化したという

ブローチから視線を外し、オルゴールの音に耳を塞ぐ
それは彼の人間性、酷にも残った幸せの記憶なのだから


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地獄の業火

~ブッシュ森林・アルマ村~

 

アキの影響が薄まり、村は段々とその形を崩し始めている。

 

そんなアルマ村にて弓と矢を持ち、しかし呆然と立ち尽くすエルフが一人。

 

「何が……起きたの……」

 

不知火フレア。

警備隊長にして次期村長になる予定であった、エルフの少女である。

 

しかし、黄金に輝いていた草木や花は枯れて、建造物は崩壊し始めた村には住民も人っ子一人残っていない。

 

長老が捕まっていた筈の座敷牢も、もはや長老ごと崩壊してしまっていた。

 

アルマ村は、もう終わりだ。

 

「ノエちゃんとアキ先輩は……!?」

 

二人の行方が気がかりになる。

一刻も早く合流しなければと、立ち枯れた木々の幹や枝を飛び移りながら森中を駆け回るフレア。

 

しかしどれだけ探し回っても、その姿は見当たらない。

 

フレアは最後に、崩壊しつつも唯一辛うじて形を保っている建造物である大地の神殿の内部を探索することにした。

 

「うわぁ……村に、こんな場所があったなんて」

 

いつもは巫女であるアキが祈りの場として使っているため、入ることの許されなかった神殿内。

 

しかし、少し進むと景色は一気に様変わりする。

 

周囲の至る所には血液と肉片が飛び散り、本当にアキが祈りを捧げていた場所なのかどうかも確信できなくなってしまう程だ。

 

そして、最奥。

 

血と肉片、そして破れたエルフ達の服が散らばる祭壇に、佇む人影が一つ。

 

「……嘘」

 

左手に剣を持ち、ただそれを死体に叩きつけるかのように血肉を抉り続ける女騎士の姿。

 

右手は潰れ、もはや自我の有無さえも不明。

 

「いつになったら、全部壊し終わるんだろう……どこに行っても、鉄クズばっかりだよ」

 

「ノエちゃん……嘘だよね?どうして、どうして、そんな事を……アキ先輩は!?」

 

その言葉がフレアの口から飛び出てすぐ、ノエルの服にこびりついていた布片がフワリと落ちる。

それは確かに、アキがつい数刻前まで着ていたであろう巫女の装束と断定できるものであった。

 

「きみも、どうせそうなるんでしょ?」

 

ノエルは残っている左手で剣を構える。

 

「白銀ノエル」を失った彼女は、もはや愛しかった「不知火フレア」を認識することさえもできない。

心優しき女騎士は、ただただ目に映る動くものを壊す何かへと変わってしまったのだ。

 

「やっぱり、人間なんて信じなきゃ良かった。寝込みでも襲って、早いうちに殺しておけば良かった」

 

「ヴァァァァァ」

 

「……ノエちゃんのことなんて、好きにならなきゃよかった」

 

「壊さなきゃ、コわ、サ、な……」

 

「でも……ノエちゃんを好きになってしまう気持ちを、抑えきれなかった……警備隊長なのに、村の皆を守らないといけないのに……」

 

「ウウウウウォォォォォォォァァァァァァァァァ!!!」

 

普段のノエルからは決して出ることがないであろう、錆びついたような唸り声。

 

「……ねえ、ノエちゃん。今日はいい日だったよね」

 

一方のフレアは、そんなノエルとはうってかわって穏やかな口調で語りかけるかのように話を始めた。

 

「ヴヴヴヴ……」

 

「花は咲き乱れ、小鳥達はさえずってた」

 

「ァァァァ……!」

 

「……折角の清々しい日だったんだよ。だから、ノエちゃんみたいな化け物には」

 

「【死屍……!」

 

「地獄の業火に焼かれてもらうよ」

 

「斬り】!」

 

ノエルは剣にドス黒いオーラを纏わせて宙返り、一気に距離を詰める。

 

「【不死撃ち】」

 

しかしフレアはタイミングを合わせてバックステップで回避、そこに蒼い炎を纏うを撃ちこんだ。

 

「グゥゥゥ!」

 

ノエルの右肩に刺さったそれは、潰れていた右腕に完全なトドメを刺す。

 

人間のものとは思えない唸り声が、ノエルの喉から捻り出された。

 

「全てを終わりにしよう、ノエちゃん!」

 

「【死屍斬り】!」

 

「【連矢(れんや)・浮舟落とし】」

 

再び宙返りによって距離を詰めようとするノエル。

 

宙返りからの叩きつけるような斬撃、ワンパターンな攻めを完全に読み切ったフレアは、斬撃に移る直前の空中に留まる瞬間を狙って炎を弓に纏わせ、木の矢と炎で生成された矢を交互に放ち、疑似的に連続した射撃を行う。

 

それらの矢は見事にノエルの両腕を捉えた。

 

「ヴァァァァァァ!!アア、アアア……!」

 

ノエルの両腕に刺さった数本の矢から広がった炎は腕から肩、肩から脚へ移る。

 

「【葦蹴(あしげ)】……!やぁっ!」

 

そしてフレアはノエルの顎を下から上へ蹴り飛ばし、そのまま宙へ舞い上がってから降下と同時に炎を纏わせた刀で斬り伏せる。

 

「グググ、ヴヴ……!!ヴアアアアアアアオォォォーン!!」

 

アキから受けた分のダメージに加えて、フレアの畳み掛けるような連撃によって身体が限界を迎え始めたノエル。

 

「日を重ねるごとに、エルフが殺されていった」

 

天を穿つような、フレアの矢。

 

「グハァ!」

 

その肉は腹部に刺さり、その内臓を焦がした。

 

「村長も長老達も、いつの間にか消えていった」

 

その炎を纏ったは瞬く間に森の至る所へ落ち、ノエルとフレアだけが残った森は一瞬にして炎が支配する戦場へと生まれ変わる。

 

「フレア……」

 

「皆が次々と血塗れになって、死んでいって……アキ先輩も……そして、いつの間にかアルマ村に残ったのは私とノエちゃんだけになっちゃったね」

 

ノエルは剣を振り回すが、フレアは本来は使ったことも見たこともない筈の重力を操る魔術によってあらゆる角度からの回避を成功させる。

 

「ねえ。それって全部、ノエちゃんがやったんでしょ?」

 

そしてフレアは刀を納め、握った拳に炎を纏わせた。

 

「ァァ……!!(【狼の剣】)」

 

「……あの指輪は、約束の指輪。私達が今一緒にいて、これからもずっと一緒にいる。その約束の証になるものだと……そう思って、渡したんだけど」

 

「ブベッッ!」

 

ノエルの剣で脚で蹴り落とし、そのまま炎を纏わせた右腕を突き出すフレア。

 

「はぁ。……だから、約束はしたくない……って。あはは、このセリフ……あの人みたいだな、今までのセリフも、まるで。……もしかしたら、あのお話は意外と本当っぽいのかもね」

 

そして少し物憂げに、炎に包まれる自分の家に目をやる。

 

「……ここでノエちゃんを殺したところで、殺されたアキ先輩達も、村の皆も戻ってこない。蘇生も……多分無理だと思う。アキ先輩ならできたのかもしれないけど」

 

「ヴァァ、ヴヴ」

 

「『火は生命の源』なんて言われることもあるけど……私にできるのは、この炎でモノを焼くことだけ」

 

「フレ、ア……そ、ノ、ほのお、ハ」

 

「まあ……それも私がアキ先輩に頼っていただけで、本当はできたのかもしれないし……うーん、自分でもよくわかんないや」

 

「【死屍斬り】」

 

「でも、今から私が出来る事は一つだけ。……今ここで、ノエちゃんを止めること。アキ先輩も村の皆も手にかけた化け物が目の前にいるのに、何もしないで見ているわけにはいかないでしょ」

 

フレアは完璧な角度で刀を構え、死屍斬りをいなす。

 

「アア、アアア……」

 

「……ノエちゃん。私の声が聞こえているなら、動きを止めて聞いて欲しいんだけど……もしかしたら私達も、どこかの世界では親友だったのかもしれないね。……ノエちゃん、心当たりは無い?」

 

刀だけではなく弓も背中に掛け、手には一切の武器を持たずに、ノエルへ近寄るフレア。

 

「ヴ……フレ、ア……ヴ、ヴヴヴヴヴァァァァァァ!!(【死屍斬り】)」

 

しかし、その言葉は届いていないのだろうか。

 

やはりノエルは一瞬動揺したような素振りを見せつつも、死屍斬りの構えに入ってフレアの懐へ飛び込んでしまった。

 

「……ごめんね、ノエちゃん。聞こえてたらいいなと思って言っただけだから、気にしなくていいよ。さあ、続けようか」

 

フレアの刀とノエルの剣、何度目かの交わり。

 

まさに人外の如き身体能力で押していくノエルだったが、フレアは憧れた物語の英雄の影を背負い、左手で重力、左手で炎を操りながらノエルの凄まじい連撃を受け流していった。

 

もはや単なる戦いなどという言葉では片付けられない程に、一方的な念と混沌が入れ違うようにぶつかり合う殺し合い。

 

不知火フレアは、ただ一人の相手を消し去るためだけに顕現した修羅と化していた。




審判者


かつて、何処かの世界における地底にて人間を審判にかけた骨の怪物
多世界解釈を見出した審判者は、回廊にて悪魔と対峙したという

その物語は、何処かの世界でも人々に語り継がれている

不敵な笑みが印象的な彼は、不知火フレアが憧れる人物の一人であった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

焼け落ちた指

~焼け野原~

 

「フ、レ、ア……!(【死屍斬り】)」

 

「【不知火流(しらぬいりゅう)焔一文字(ほむらいちもんじ)】」

 

火花が飛び散る程に激化する剣戟。

 

深みに蝕まれる女騎士と、修羅と化したハーフエルフ。

 

「ァァァァ!!コわ、さ、な、いと……団ちょ、う、が、全部……!」

 

「……ノエちゃんと友達になった時、私は初めて人間を信じられたんだ」

 

「信じ、信じる、し、しん、【雑音】」

 

動きを止め、頭を抱え始めるノエル。

 

「この村が外部の人間を中々入れないのは、この村に人間の血に対する差別っていうか、恐れがあったからなんだけど……」

 

「グ、グゥゥ、ァァァァ……ヤ、メ……」

 

「今まではそれを当たり前だと思っていたし、私やアキ先輩がハーフエルフだから、自由が少ない巫女とか死ぬリスクが高い警備隊長とかの立場を押しつけられるのも、当然の宿命だと思ってた」

 

「もう、モう嫌、ダ、よ……」

 

「村の掟を信じて疑わなかった私が、ノエちゃんと話して……初めてエルフも人間も変わらないって、この村の常識は間違っているって……人間も当たり前に信じられる存在だって思えた。……笑っちゃうよね」

 

「何も……なにも、な、い、し、た、な……」

 

「その時にはもう、そこに『人間』のノエちゃんなんていなかったんだからさ」

 

フレアは「ハッ」と、己を嘲笑する。

 

「フレ、ア……」

 

その声に反応したノエルは、己の暴走がフレアを失望させたことにようやく気付き、一瞬限りの正気を取り戻す。

 

「ねぇ、ノエちゃん。話ができる内に聞いておくよ。……ノエちゃんは、これからどうしたいの?古代兵器を壊し尽くして、それから……何か、やりたいことはあるの?」

 

「フレア……。アア」

 

疲弊したノエルの心身は、とっくに限界を迎えていた。

 

文明が崩壊し、その身体が朽ち果てても尚、古代兵器を壊し尽くすという白銀聖騎士団長としての使命に取り憑かれた、たった一人の少女。

 

どれだけ強くとも、どれだけ正義に仕えていようとも、それは結局「ただの少女」であったのだ。

 

「最後に……何か、言いたいことはある?」

 

「フレア……たす、けて……」

 

ノエルが再び正気を失いかけるとともに、フレアへ伝えた最後の願い。

 

「わかったよ、ノエちゃん」

 

フレアは、ノエルに残った僅かな理性が捻り出した言葉を噛みしめ、完全に正気が消え去ったノエルを瞬く間に斬り捨てる。

 

「ァ……」

 

「……どこまでも付き合うよ!そして、必ず殺す!」

 

右肩から左脚までに深い傷を負ったにもかからわず暴れ続けるノエルを、さらに抱きしめるフレア。

 

「グ、ゥゥゥ……!」

 

「【世界燃焼】」

 

そしてフレアはノエルを抱きしめたまま、全身を激しく燃焼させてノエルごと辺りの全てを燃やし尽くす。

 

「アアアアアアアアアァァァァァァァ!!!」

 

ノエルは悶え苦しみ、フレアを突き放さんと自身を抱きしめる腕の中でもがく。

 

「……ずっと一緒だよ、ノエちゃん」

 

しかし、その腕は決してノエルの拘束を解くことは無い。

 

フレアに強く抱きしめられたノエルにも炎は移り、二人の身体は少しずつ、燃え盛る炎に呑み込まれていった。

 

「フレ、ア……ああ、フレア……ぁぁ……」

 

運命と世界に導かれた二人の少女、その最期は、彼女達が何者の祝福をも否定した結果であった。

 

文明を跨ぎ、深みに囚われた不死の騎士団長。

 

黄金と共に村を見出し、その村に身を焦がした少女、不知火フレア。

 

これが、狂気を孕む程に真っ直ぐ生きた二人の末路であった。

 

 

数日後。

 

かつて黄金色に輝いていた森は、今やその灰のみが残った焼け野原と化していた。

 

エルフが暮らしていたとされる村の面影は無く、神殿とされていたであろう石造りの巨大な建物も、今や「煤まみれの石」以上の役割を果たしてはいない。

 

……この森には、奇妙な伝承がある。

 

野原の中心部に転がっている、人骨の破片。

 

それに紛れ、寄り添うように置かれている二つの指輪。

 

それだけは焼き尽くされた森の中でも朽ちること無く、傷一つ無いまま残っているそうな。

そして指輪はどちらとも、何者かの魔術によって燃え続けているのだそうだ。

 

新たな主人を求めてか、或いは燃え続ける世界を現実に起こすためか。

 

いずれにせよ二人は、二つの指輪だけは、たった一つやそこらの世界が滅びようとも消えることなど無いだろう。

 

きっと、何処かの世界では親友なのだから。




死屍斬り


白銀ノエルが忌まわしき鉄クズを狩るために見出した剣術
前方宙返りによって一気に距離を詰め、深みの冷気を纏った大剣を叩きつける

それは光の亡国にて、深みに蝕まれた英雄が得意としていた剣術
或いは黄金の麓にて、かつて死した戦士の灰として刻み込まれたもの
この剣術は、それらによく似ている

詭弁な英雄譚は、語るものがいてこそのそれなのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

どこかで見た町

~???~

 

「KIARAは……やられちゃいましたか……。いやぁ、困りましたねぇ」

 

キーボードで何かを打ち込みながらモニターと向き合う稲荷博士。

 

スーパーコンピューターに繋いでいたKIARAシステムは、すっかり機能を停止していた。

 

「ああ、プログラムが粉々ですなぁ……。やっぱり、本体の身体を探した方が良いんですかねぇ」

 

稲荷博士は端子に差し込まれていたプラグを引き抜いて、KIARAだったものが入っていたデータカートリッジを部屋の床に投げ捨てた。

 

「……でも、この広い世界のどこにいるか、手がかりも掴めてませんからねぇ」

 

そして新たなカートリッジをスーパーコンピューターに繋げて、新たなシステムの起動を試みる。

 

「INA’NISシステム……こっちはKIARAと違って素直じゃないですけど、きっと活躍してくれますよね」

 

「INA’NISシステム、スタンバイ」

 

物々しい起動音と共に、一つのシステムが起動する。

 

「……よしっと。今のうちに、私も動かないとですねぇ」

 

そして稲荷博士もヘッドギアを装着し、カプセル内へ潜り込んだ。

 

「そろそろ、化けの皮を剥がす時ですかぁ……自分で自分を騙すのは、ちょっと複雑でしたね」

 

少し渋りながらも、稲荷博士は意識を手放した。

 

~名も無き町~

 

この町には見覚えがある。

 

少女は、かつて通っていた高校の屋上から、ゴーストタウンと化した町を眺めていた。

 

廃墟と化した建造物の一つ一つには植物のツタが絡まり、しかしそこには確かに文明の残滓が感じられる。

 

「まだいるんだ……この世界を続けようとする誰かが」

 

昔ながらのセーラー服に身を包み、人並外れたジャンプ力で校舎から塀へ、建造物から建造物へ飛び移る少女。

 

一際輝く星の髪飾りも、もはや誰も見ることは無い。

 

祈りを捨てた少女は一人、己が見出した少女達の身を親友に任せ、未だ理に反する者の行方を掴むべく動いていた。

 

「世界は、もう……これ以上、この世界が腐っていくのを見るのは耐えられないよ」

 

電波は飛んでいないものの、少女は辛うじて電池だけが生きているスマートフォンを握りしめる。

 

「新たなる契約……」

 

そう呟いて、彼女は町から森の奥へと消えていった。

 

何物にも、寿命というものは存在する。

 

形あるものは壊れ、そして再生する。

 

生物・非生物、有機物・無機物を問わず、刻限は容赦なく迫ってくるものだ。

 

そして世界というシステムもまた、その例外ではない。

 

酷使したバッテリーは蓄電できるエネルギーが少なくなっていくように、寿命が差し迫った世界もまた、狂気と異常に塗れていくのだ。

 

少女は嘆いた。

 

「皆と、ずっと友達でありたかった。ただ、そうして生きていたかった。……それだけなのに」

 

理不尽に打ちひしがれた少女の瞳は光に満ちながらも、どんな愚者のそれよりも淀み切っていた。




INA'NISシステム


とある異世界
研究者は宙を舞う機人、その極を求めるべく叡智に狂い果てた

その果てに生み出された一つの完成形となるはずだったものを稲荷博士が転用し手を加えた、緻密なプログラムにして情報の塊

鋼鉄の巨人を操る者の脳に殺人的な反応速度で戦闘シミュレーションデータを送り込み、戦闘に活かす
その演算技術は、幻想を取り込んだ未来を描く足掛かりとなった

深みより出でし魔、それは大いなる海の気まぐれだろうか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永遠を謳う獣と、輝きを夢見た少女

古き時代を生きた龍。

 

それは、火の消えた世界に根付く存在。

彼らに心臓は無く、それは生死の概念さえも超越している「生物でさえもない何か」であったそうな。

故に、厳密には生きているという表現も間違えているのかも知れない。

 

しかし、何時の時代も何処の世界にも、永遠を求める者は存在する。

 

輪廻転生。

 

無情にも朽ち果てる身体では無く、その霊或いは魂に存在を見出すものである。

 

「身体は死すとも、霊は死なぬ

心の臓無き故に、生の鼓動は鳴りやまぬ」

 

その概念ものは、何者かが人の内に永遠を見出した証であった。

 

そして、「カバー」にもまた、永遠を謳う獣が存在した。

 

「全てを一つに、そして、その美しい様を永遠にする」と、そう息巻いて地を踏みしめ、血肉を貪り禁忌を侵す者が。

 

しかし平和な物語は、それだけでは美しくなり得ない。

 

獣は至高の永遠を遺すため、新たなる世界を創造した。

 

遺すものが魂だけならば、仮初の身体は小道具に過ぎない。

 

獣は内に肉を取り込み、取り出した魂を練り固めて新たな霊と為す。

 

その冒涜的ともいえる行為は、輝きの少女に「生」と「永遠」を疑わせるに足るものだったのであろう。

 

輝きの少女は、望まぬ永遠を疑った。

 

永遠の名をもつ少女は、しかし歪な永遠を望まなかった。

 

冒涜、不死、腐敗。

 

しかし、自我さえも無い世界の永遠を、彼女は永遠と呼ばなかったのだ。

 

そして獣は、そんな輝きの少女の存在を脅威として見ていた。

 

「腐っても鯛」という言葉がある。

 

文字通り、劣化してもある程度の価値は残っているという言葉だ。

 

そして、同じく文字通り腐っていても、獣は美しい世界を手放せずにいたのだ。

 

命あるものが死ぬと、それは肉塊となり、徐々に腐敗していく。

 

世界に永遠が有り得るのならば、そこに腐敗や死はおろか、狂気など微塵も存在しないだろう。

 

獣自身に宿る狂気を、獣は否定どころか、気付くことさえできなかったのだ。

 

そして、腐敗した世界さえも否定せず、それに永遠を見出している。

 

獣となった者、不死となった者。

 

それらが半永久的に受けるを約束されたものが生ではなく死、正気では無く狂気であったとしても、一度でも目にした永遠を捨てる道を、たった一度の生を喪失する恐怖に飲まれた獣には考える事すらできなかったのだ。

 

この世界に固執し、瞳を失った獣。

それに抗うは、新たなる道を見出した輝き。

 

そして舞台に踊る少女達は、腐敗と滅びに停滞する世界の姿を目にするだろう。

 

その時、彼女らは何を思うのだろうか。




血壁


位の高い吸血鬼が使う、血の魔術
魔術書のみが蔵書された大書庫を有す魔界学校にも伝わっている、魔物の魔術

壁を作ることが目的の魔術であるため、血を複雑な形で凝固させることは出来ない
しかし、この術は放たれた血液を瞬く間に凝固させ、一度に大量の血を固めることもできる

魔術を使える程に自我を保てる吸血鬼は位が高く、そう多くはない
故に魔界学園も例に漏れず、「カバー」全域で血の魔術は停滞、衰退した


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ムラサキの朝

~ムラサキ村・桜神社~

 

「赤」との交戦を終え、ちょこはメルをムラサキ村へと連れていく。

 

真っ暗だった空も、少しずつ明るくなっていく。

 

吸血鬼のメルを手っ取り早く屋内へ連れていくため、ちょこは桜神社の境内へと移動し、相も変わらず放心状態のみこが座らされているイスが置いてある小屋へと、メルの身体を運んだ。

 

これなら、メルが日光に当てられて力を失う事も無い。

 

ちょこは境内と村を繋ぐ階段に座し、夜明けを待っていた。

 

「ふぁ~ぁ。おはようぺこ、ちょこ先生」

 

「おはよう、ぺこら様。……そろそろ朝日が昇ってきますね……ふぁぁ」

 

「そうぺこねぇ……ちょこ先生、ずっと見回りしてたから……眠いんじゃないぺこか?」

 

「そんなこと……すぅ」

 

「やっぱりあんた無理してるぺこだよ!連れてきた黄色のねーちゃんと一緒に寝てきなぁ!」

 

「そうしようかな……ふぁぁ」

 

境内から村を見下ろすぺこらを横目に、ちょこは小屋へと向かう。

 

「……この村も、いつまで保つぺこかな」

 

つい昨日、丘の上に住む村人から聞いた話。

 

海辺の霧に包まれた王国の廃墟が、一瞬にして塵と化したのだそうな。

 

昇る朝日。

 

しかし、ぺこらにはそれが斜陽にしか見えなかった。

 

「流石に不安ぺこだけど……こんだけ人数がいれば、ポンコツが追い払ったヤツが襲ってきても……何とかなるかもしれないぺこだね」

 

そんな中でも唯一見出すことが出来た希望。

それは、輝きを宿す少女達の存在だった。

 

「皆……頼りにできるのはあんた達だけぺこだよ。それと、『エリート』……早く起きろぺこ」

 

ぺこらは小屋へ戻り、みこの寝顔を撫でた後、眠っているちょこに代わって朝食を作り始めた。

 

にんじんを中心とした野菜と豚肉をトマトソースで煮たスープと、ライ麦のパン。

そしてライムを一欠片、皿の隅に添えておく。

 

「……よしっ、割とよくできてるぺこ。皆を起こさなきゃ……」

 

最後に味見を済ませたぺこらは釜戸の火を消し、シオン、メル、二度寝を始めてからしばらく経つちょこ、そして、起きたとて正気を取り戻す見込みは薄いであろうみこを起こしに寝室へ向かう。

 

「あんた達ー!!もう朝ぺこだよー!!日の出からめちゃめちゃ時間経ったぺこだよ!いい加減起きろぺこー!」

 

「ふぁぁ……もう朝~?」

 

「起こすのが早いわよぺこら様~」

 

「おはよう……えっと、ここは……?」

 

「………………」

 

その声に、それぞれの反応を示す少女達。

そして、やはりみこは返事どころか目を開くこともしなかった。




兎のスープ


兎獣人の長、兎田ぺこらの得意料理

兎と人間の特徴を併せ持つ兎獣人の長であったぺこらは、しかし村の壊滅により盗賊へとなり下がった
そんなぺこらが、女王であった頃から村人達に振る舞っていた煮込み料理風のスープ

それはかつて村を訪れた、玉葱に似た甲冑を身に纏った騎士から教わったレシピを元に作ったものらしい
食材に宿っていた生命力の温かみを感じる味わいで、飲めば元気が湯水のように湧き出ることだろう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

束の間の宴

~???~

 

どこでもない空間。

 

フブキは、神社の境内を模した空間で座禅を組み、精神を統一することで体内の魔力を循環させ、身体の治療を進めていた。

 

しかし、眠っているナキリの存在を恐れているのだろうか。

その手足は、小刻みに震えているように見えた。

 

「フブキー!!」

 

そこへ駆けつけるミオ。

 

「どしたの、ミオ?」

 

「あの鬼の子が起きたんだよ!」

 

「あの子が!?」

 

ナキリが、目を覚ましたのだという。

 

しかし、寝室からは刀の音も狂ったように暴れ回る足音も聞こえない。

 

「……ってわけだから、洗濯してた鬼の子の服……あの子に返しちゃうよ?」

 

ミオはナキリの衣服を物干し竿から取って、寝室へと持って行こうとした。

 

「ふぁぁ……服は……?あれ?もう一人いたんだ……?」

 

すると、そんなミオの動きを察してか、「あやめ」が目を擦りながら寝室から姿を現す。

 

「ちょ、ちょっと!?今から服持って行こうと思ってたのに!そのままじゃ寒いよ!?」

 

「あ、ありがとう。えっと…何で余はここにいるの?二人は……誰?」

 

裸のまま姿を現したあやめを前に慌てるミオだが、当のあやめは、そんなことよりも二人の獣人が何者なのかが気になって仕方ないようである。

 

「えーっと……色々と見せたいものはあるんですけど……先に自己紹介しちゃいましょうか。私は白上フブキで、こっちは相棒のミオ」

 

「ウチとフブキ、二人でカミサマやってるんだ~」

 

フブキは、ナキリとの戦闘を映像として記録した水晶玉を背後から取り出そうとしたが……あやめの表情を見て、先に自己紹介を済ませる。

 

それに続けて、ミオも自らの立場を明かす。

 

「へ~。カミサマかぁ~」

 

そしてフブキとミオは、あやめが今置かれている状況の説明をする。

ここがどこなのか、どうしてあやめはこの空間を訪れることになったのか、その概ねを伝えた。

 

しかし、無邪気なナキリの振る舞いを見て、「ナキリ」として振舞っていた時のこと「だけ」は話さないでおこうと思ったのか。

フブキは戦いの映像が保存されている水晶を、そっと背後に隠した。

 

一方のあやめ。

 

……寝起きだからだろうか。

ミオから返された服を着るなり、上の空である。

 

天を仰ぐような視線と、ぽっかり開かれた口。

 

「「……聞いてる?」」

 

「あ、ごめん、なんも聞いとらんかった」

 

「「ズコー」」

 

百鬼あやめは、なんも聞いとらんかった。

 

「そうだ!名前聞いたんだから、余も自己紹介しないとだ余ね。余の名前は百鬼あやめ!魔界学校初代生徒会長で、鬼の戦士だ余!」

 

そしてフブキとミオの話を他所に、あやめも自己紹介を始める。

 

「あやめちゃんか……和風でいい名前だな……」

 

フブキは妙に格好つけたような口調で、紅葉が散る外の空間を眺めながら茶を啜る。

 

「ねぇ、フブキ。それと……あやめ。ちょっと早いけど……ひとまず一件落着を祝って、宴にしない?」

 

そしてミオは、あやめと手を繋ぎフブキに手招きをした。

 

「おおっ、いいですなー!よーし!そうと決まったら、早く町まで行こっ!」

 

座布団から飛び上がり、大はしゃぎで準備を始めるフブキ。

 

あやめも宴と聞いて、目を輝かせながらミオに抱きついた。

 

「ちょ、あやめ?」

 

「えへへ、あったかい……」

 

「もう……ほら、いくよ」

 

「はーい」

 

「ミオとあやめちゃん、親子みたい」

 

フブキは、ミオに甘えるあやめと、まんざらでもなさそうなミオをからかう。

 

「……そんなのも、いいかも知れないねぇ」

 

ミオは微笑み、フブキも連れて境内の階段を降りて町へ向かっていった。

 

~???~

 

「「「かんぱーーい!!」」」

 

三人は大量の料理を前に、コップをかち合わせて同時に飲み物を口にする。

 

そしてしばらくの間、三人は美味な料理に舌鼓を打ち、束の間の休息を楽しんだ。

 

……しかし、その笑顔は計らずとも、いずれ訪れる日を暗示させるものとなってしまったのだろうか。

 

獣は物陰にてほくそ笑み、その宴会を覗いていた。




超阿修羅功・粒子剣舞


何処かの世界にて、機械人形を操る青年が得意とした剣術

阿修羅をも超えた気迫を込め、朱き粒子を放出しながら目にも止まらぬ速さで回り込みと斬撃を繰り返す

後に青年は異星より訪れた侵略者達と剣を交え、英雄となった
管理者、即ち神なる青年のよき友
そして好敵手として


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深みの残り香

~アルマ村跡~

 

「ウルハ」の息がかかった者の存在を感じ取っていたAZKiとロボ子さんは、二人でアルマ村へと向かった。

 

「エルフの村……どんななんだろうなぁ~。素敵な歌とか綺麗な楽器の音とか……聞けるかなぁ」

 

「きっと、美味しいものとかいい香りのお花とか……いっぱいあるよ~」

 

各々、エルフの村に期待を寄せる。

 

そして二人が辿り着いたのは、ブッシュ森林。

 

……が、かつて存在したであろうどこかであった。

 

「「森が……無い?」」

 

焼失した森を前に、唖然とする二人。

 

確かに、ここには森と村があった。

 

ロボ子さんの記憶とAZKiの歌を聴きに集まった人々の話。

つい数日前まで一切の関係を持たなかった二人の記憶が繋がっているということは、これはおそらく、紛れも無い事実なのだ。

 

しかし、今ここには森も村も無い。

 

あるのは木や家屋であったらしき灰の山と、ドロドロに溶けた神殿跡らしき石造りの建物の残骸だけであった。

 

「まさか……もう『ファミリア―』が暴れて……?」

 

ロボ子さんは「ウルハ」の息がかかった古代兵器の暴走を案じたが、特にそのような跡は見当たらない。

 

それどころか、アルマ村として認知されている場所は、かつて白銀聖騎士団の古代兵器部隊が消息を絶った場所であるにもかかわらず、そのような兵器はおろか、部品の一つも落ちていないのだ。

 

「いや、でも……古代兵器が暴れたって……村って、ここまで何も無くなるまで壊れるかな……」

 

AZKiも焼け落ちた灰の山を前に、これが古代兵器の乱雑な壊し方ではないと気付く。

 

そもそも「ファミリア―」及びそれに類する量産型の古代兵器が暴走したことがアルマ村崩壊の原因なのであれば、「神殿が形を保ったまま焼き溶ける」などという事態には陥らない筈なのだ。

 

「うーん……。確かにボクも、こんな壊され方をしたトコを見るのは初めてかも」

 

そして、それには数ある古代兵器の中でもトップクラスの性能を誇ったワンオフ機であるロボ子さんも気づいているようで……神殿の壊れ方を見て、何か違和感を覚えたようだった。

 

「わっ、何あれ……?」

 

そんなこんなで、探索すること20分。

AZKiは、ちょうど広場……「アゴラ」と言うべきだろうか、それに近しいものであったらしき場所を発見した。

 

そして、その中央に位置する場所に、二つの人骨と、そのそれぞれに対応していると思しき指輪を発見する。

 

片方は絶えず燃え続け、もう片方は漏れ出す邪気を炎に絶えず燃やされ続けているという、何とも奇妙な光景。

 

しかしそれを目にするだけで、AZKiはこの村で起きた惨劇を背筋で感じ取ってしまった。

 

「どうしたの、AZKiちゃん……?」

 

「来ちゃダメっっっ!!」

 

AZKiの姿を見て、視線の先にある指輪へ近付こうとするロボ子さんに、AZKiは珍しく声を張り上げた。

 

「わっ、な、何で……?」

 

ロボ子さんは驚き、足を止めて振り返った。

 

「その指輪は……多分、ダメだと思う……あの指輪には、誰も関わっちゃいけないって……そういう風に感じたんだ」

 

AZKiは「歌姫」という概念の化身。

故にこそ、感受性に優れているのだ。

 

そして今、その第六感が指輪を視界に入れた瞬間に危険信号を発した。

 

きっとこの指輪には、近付くべきではないのだろう。

 

「……えっと……じゃあ、帰ろうか」

 

「ファミリアー」は見つからない、エルフの村も無い。

完全に目的を失ったロボ子さんは、再び森の外へと向かって歩き出す。

 

「そう、だね」

 

そして、AZKiも「ここにいるべきではない」と感じたのか、すぐさま森に背を向けた。

 

歌姫と機械人形は森を去る。

 

AZKiは指輪から深みの気配を感じ取っていた。

故に、ロボ子さんからあの指輪を遠ざけたのだ。

 

しかし、AZKiはあの二つの指輪から別の……何か。

入り乱れた感情のようなものを感じ取っていたのだ。

 

「ねぇ、AZKiちゃん。……あの指輪、結局何だったんだろうね」

 

「……ね」

 

それは、最後に二人の少女が遺したもの。

悲劇の果てに、愛を、ただそれだけを取り戻した二人の魂が宿った指輪。

 

「どうしたの、AZKiちゃん?」

 

混ざり合う業火と深淵。

 

それもまた、二人の愛の形であったのだ。

 

そしてAZKiは、指輪がただ深淵と業火を放出し続けるだけの物では無いことにも、気が付いていたのだ。

 

「……さようなら」

 

しかし全てを察して尚、この村で起こった事をロボ子さんには放そうとしなかった。

 

手招きをするロボ子さんの方へ駆け寄るAZKi。

 

「ねぇ、これからどうしよう?ボク達、目的を失っちゃったよね」

 

「どうしようね。悪い予感も……私の勘違いだったみたいだし」

 

少し言い淀んで、しかし、返答を続けたAZKi。

 

「これは私達が関わるべき問題では無いのだ」と、自分自身に言い聞かせていたのだろうか。

 

「これから、どうしようね」

 

「ね、どうしようかな。とりあえず、私の家にはいつまででも居ていいけど……そうだ、ロボ子さん!明日の朝、近くの村に行ってみない?もしかしたら、まだ動いてる危険な『ファミリアー』とか、『ウルハ』とかの事について知ってる人がいるかも!」

 

「いいねぇ!行こ、行こ!」

 

ブッシュ森林跡を抜けた二人は帰宅後、すぐさま翌日の出発に備えるべく、食料や道具を用意することとなった。

 

役割を分担し、様々な荷物を荷車に詰める二人。

 

彼女達は、また新たな出会いと別れを前にしようとしていた。




ファミリア―


古の時代、白銀聖騎士団によって製造された量産型の機械人形
Radical-buster-crusade-TypeOシリーズ、そのファーストロットとして製造された三機の内、唯一残った三号機ことType3Oの量産計画である「Familiar計画」によって造られたもの

「Radical-buster-crusade-TypesLeo」、「ラディス」とも呼ばれるそれは、後に「ウルハ」によって操られ、「ファミリア―」と呼ばれるに至った

RBCシリーズは命ある機械人形、故にこそ、死霊術師の傀儡となり得るのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白上フブキと稲荷の神

~???~

 

「いやー!美味しかったですなぁー!」

 

「むにゃむにゃ……眠たくなってきちゃった」

 

「うーーん……ウチも、久しぶりにお腹いっぱい食べちゃったよー!」

 

食事を終え、境内へと戻る三人。

 

膨れた腹をさするフブキ、伸びをするミオ、そしてそんなミオに寄り添いながら歩くあやめ。

 

しかし境内に続く階段の手前、謂わば最初の鳥居前。

 

そこで、あやめの顔が一瞬にして強張った。

 

「……フブキちゃん、ミオちゃん。右、何かいる余。……3、2、1で、余に合わせて」

 

あやめの囁きでミオとフブキも気配に気づき、右に意識を向ける。

 

「「……わかった」」

 

右手で刀の鞘に手を置く二人。

 

……辺りの空気はピンと張り詰め、緊張が走る。

 

「3、2、1……」

 

刹那。

 

物陰から現れたるは、白い体毛を纏った巨大な獣。

 

いつか大空スバルと角巻わためを喰らった狐。

 

その歯が、あやめの刀と鍔迫り合いをするかのように擦れ合う。

 

「ホウホウ……サスガデスネ」

 

「【偽巌流(がんりゅう)百鬼獄斬(ひゃっきごくざん)】っ!」

 

あやめは二本の刀に魔力を込め、獣の歯を弾く。

 

「【超阿修羅功・粒子剣舞(スサノオ)】」

 

「【斬星大魂(ザ・スター)】」

 

そこに、フブキとミオが刀を構えて切り込んだ。

 

「グアッッッ!?」

 

ミオの斬撃は獣の右前脚を捉え、斬り落とす。

 

「今だよ、フブキ!」

 

「任せて!でやぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!」

 

そして、高く飛び上がったフブキは上空から回転斬りを繰り出し、巨大な狐の太い首に剣先を突き刺した。

 

「ギャアアアアアアアッッ!」

 

狐の悲鳴が辺りに響き渡る。

 

「斬ッッッッッッ!!」

 

フブキは身を翻し、そのまま刀をぐるりと回して首回りを一周。

 

そのまま首を捻じるように刃を通し、背骨ごと狐の首を斬り落とした。

 

「グエエエエエエァァァァァァァァ!!」

 

イタチの最後っ屁のつもりか、血液と肉片を撒き散らしながら、のたうち回る狐。

 

しかしそれもやがて静まり、巨大な狐は道の真ん中に横たわった。

 

「……も、もう終わり……?」

 

「なの、かな……?」

 

恐る恐る、狐の死骸に近付くフブキとミオ。

 

「あっさりし過ぎてる余うな……?」

 

しかし死骸がピクリとも動かないことを確認したフブキとミオは、一足先に境内へと歩き出した。

 

一方で、未だ狐の死骸から離れようとしないあやめ。

 

少し膨れた腹をさすりながら、階段を上り始めようとする二人。

 

「あれ?あやめ、早く来……フブキ、危なぁぁぁいッッ!!」

 

「フブキちゃん、避けてっ!!」

 

フブキの背後から迫り来る刀。

 

ミオは肩を突き出し、フブキを突き飛ばして自身が身代わりになろうとする。

 

しかし、この一瞬ではタックルの距離がフブキまで伸びない。

 

あやめも瞬時に手を伸ばすが、刀は止まらず。

 

「あ……かはっ」

 

「終わりです、私……いや、『黒ちゃん』」

 

その剣先は、フブキの心臓を一瞬にして貫いた。

 

「フブキッッッッッッ!!!」

 

「フブキちゃんっっ!」

 

フブキの髪はみるみるうちに黒く染まり、服の色も白を基調に水色を差したものから、黒を基調に赤が差し込まれたものと変化していく。

 

「がはっ!!……これは……白上……いや、『稲荷』!テメェ……!ガァッッッ」

 

白上だったモノ、それの胸部から刀がゆっくりと引き抜かれる。

 

「はーあぁ。デッカい狐の身体を操るのも大変ですねぇー。やっぱり、この身体が一番です」

 

「フ、フブキちゃんがフブキちゃんを殺したら……元々フブキちゃんだった方が黒くなって……?」

 

「フ、フブキが二人……!?」

 

今の今まで「白上フブキ」であった筈の少女は、みるみる「黒ちゃん」と呼ばれた別人と化していく。

 

そしてたった今、そんな「黒ちゃん」を殺した「稲荷」という少女が、まるで元から白上フブキであったかのように振る舞っている。

 

そんな筈が無い、そんな筈が無いのだが……口調や容姿の隅々に至るまで、二人に対する態度以外はミオとあやめが知っている白上フブキと完全に一致するのだ。

 

「……ごめんね、黒ちゃん。それと……今まで、『白上フブキ』になってくれてありがとう。これからは、当たり前に『黒上』として死んでいってね」

 

「……ちょっと、どういう事!?どうしてあの狐の中からフブキが出てきたの!?今まで一緒に過ごしてたフブキは!?」

 

ミオとあやめをよそに、黒上の遺体の頭を撫でるフブキ。

 

そこに、今の状況を呑み込めないミオがたまらずつっかかる。

 

「ああ、ミオにも話してなかったっけ、私のこと」

 

「……何?」

 

「本物の白上フブキは私で……今まで『カミ』をやっていた白上は、私の分身……『黒上』に、『白上フブキ』の概念を植え付けた存在だったってこと」

 

「「概念を……植え付ける……?」」

 

フブキはさらに続ける。

 

「人は誰しも、概念無しに物事を認識できない。……そしてそれは、『この世界』も同じこと。だから、『カバー』が認識する『白上フブキ』の概念を植え付けられた黒上は、本当にこの世界にとって、『白上フブキ』になってしまっていた……有り体に言えば、『黒上が白上として認識される』催眠を、この世界そのものにかけたてことですよ」

 

そう言って、フブキは黒上の遺体を右手から生み出したブラックホールのようなものの中へ吸い込んで力を喰らう。

 

「……じゃあ、今まで喋ってたフブキは……?」

 

「私の偽物ですねぇ~。で、本物は今の白上、つまり私。……この世界で生きる『皆』の様子はずっと見てましたよ。黒上と仲良くしててくれてありがとう。……『ミオ』」

 

「……やめて」

 

「ええ~?何をやめるんですか?ミオ?」

 

「……その呼び方だよ、『稲荷』……!」

 

ミオは拳を震わせながら、合図してあやめを後ろへ下がらせる。

 

「私も『この世界では』白上ですよ?さこれからも仲良くしましょう、ミオ……?」

 

ゆっくりとミオへ近寄っていくフブキ。

 

「うるさいッッ!!」

 

「……っ!?」

 

しかしミオは、手を差し出したフブキの頬を思い切り殴り飛ばした。

 

「この世界の話なんてどうでもいいよっっ!!ウチにとっての『白上フブキ』は!!今、『稲荷』が殺した『黒上』なんだよっ!仲良くだなんて……ふざけないでよっっ!!」

 

そして一瞬の内に刀を抜き、フブキの側へ詰め寄って左腕を斬り落とした。

 

「なっ、ミオ……!……うああ」

 

「稲荷。……流石にあなたのことはウチでも許せないよ。もう二度と、ウチの前にフブキの姿と声でウチの目の前に姿を現せないようにさせてもらうから……覚悟して」

 

「ゲホッ、ゲホッ!ミ……ミオオオオオオオオッッ!!」

 

フブキは失った左腕の代わりに、異世界から持ち込んだデータから取り出した機械義手を左肩に接続し、赤と黒、禍々しい邪気を放つ二振りの刀を握ってミオの懐へ潜り込んだ。

 

そしてミオもまた、異世界と繋げた口内から脇差を取り出して自前の刀と併せて握り、構える。

 

一人の鬼が冷や汗を垂らして見守る中、白き神と黒きカミが今、衝突しようとしていた。




斬星大魂


鍛え上げられたミオの剣に宿る技

「スター」のカードを通じて流星の力を刀身に宿し、一太刀に仇を斬る

大神には、守るべきものがある
為すべきことを為す、何処かの世界から流れ着いた巻物より見出した剣技


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月と蜃気楼

~???~

 

機械化した左腕に仕込まれた爆竹をばら撒きながら、両手に握られた刀を十字に振るフブキ。

 

爆竹から目を守った拍子に懐へと潜り込まれたミオは、咄嗟に脇差を突き出して刀を弾き、その勢いを利用して後方へと滑り出す。

 

「ミオ!あなたとなら、仲良くやれると思っていたのにっ!」

 

「冗談じゃないよっ!偽物だったとしても、あのフブキは間違いなくフブキだった!ウチが大好きだったフブキを殺した『稲荷』と、仲良くなんて……できないよっ!」

 

「ミオ……愚かな……!なら!稲荷博士のパワー、見せてあげようっ!」

 

「【瓢箪……」

 

「【秘伝・夜叉戮】」

 

「流し】」

 

フブキはニ本の刀を鞘に納め、刀身に邪気を纏わせる。

 

しかし、ミオは一度脇差しを納め、あろうことか一本の刀でフブキの妖刀を受け流した。

 

「すごい……」

 

眼前で繰り広げられる激闘。

 

無双の剣技を誇るあやめが、突く隙を見出せていない。

 

ミオが拒んだとしても、きっとフブキに横槍を入れるべきなのだろう。

 

しかし二人が纏う闘気に、魂が弾かれてしまうのだ。

 

「さすがミオ!修羅の刀を受け流すなんて!」

 

「ハァ、ハァ……稲荷……!その刀……」

 

「そうだよ。私の好きな世界の刀……」

 

二人は刃を交えながら、舌戦を繰り広げる。

 

「そんなのを持ち出して、何をする気なの……?」

 

「ちょっと……この世界の不死を斬るだけだよ」

 

「不死……?」

 

「そう、不死。この世界に捻じ込まれた、一種の『エラー』。あやめちゃんの蘇生、亡者の徘徊、古代兵器の再起動、深淵に呑まれた女騎士。……私は、この世界を続けたい」

 

「……どういうコト?」

 

「この世界は……人々が描いて、でも叶わなかった『異世界』。その幸せが、たとえ夢でも……夢だと気付かなければ、それは幸せな現実になるでしょ?」

 

「ごめんね、本当に……稲荷が何を言ってるのか理解できない」

 

「誰が、現実で生きるだけが正義だって言ったのかな……ってことだよ、ミオ。私達の現実は、ロクなものじゃなかったでしょ?だから……この世界を、無理矢理にでも続けなきゃいけないんだよ」

 

「……やっぱり、稲荷とは一緒にやっていけない。フブキを殺してなくても、同じだったと思う。……今、すっごい嫌な想像しちゃった」

 

「そっか。……世界に振り回された私の……私達の、最後の望みだから……。ごめんね、ミオ」

 

「勘違いしないで、この世界のカミはウチだよ。全部……全部、思い出したんだから」

 

交渉決裂。

 

フブキは二本の刀を交差させて構え直し、手加減をするための構えから、本気で相手を殺すための構えに直す。

 

「じゃあね、ミオ」

 

一方のミオも、闘気をもう一度練って居合の構えをとった。

 

抜刀。

 

「来い、稲荷……!」

 

開門と拝涙は、それぞれ赤と黒の炎を纏ってミオを捉える。

 

しかしミオは、フブキの太刀筋を完全に見切っていた。

 

「【秘伝・夜叉戮】」

 

「【瓢箪流し】」

 

一本の刀で、十文字を描くような居合斬り。

 

それが刀身を受け止めることは無く、しかしフブキの片方が機械化した両手を斬り落とす。

 

「なっ……!」

 

そしてミオは脇差しを抜き、瞬時にフブキの懐へ潜り込んで心臓へ刃を突き立てた。

 

「稲荷……!さよなら……っ!!」

 

「【エンド・オブ・ザ・ワールド】ォォォォッッッッ!!」

 

静止。

 

フブキを除いた世界の全てから、ありとあらゆる情報が停滞する。

 

「……」

 

「ハァ、ハァ……あ、危なかった……!やっぱり、ミオは強いねぇ」

 

「……」

 

「だけど」

 

フブキは息を切らしながら数歩だけ身を引き、今度は斬り落とされた両手の代わりに炎を手首の先へと纏わせる。

 

ここで、フブキの術によって停止させられていた世界中の情報が再び流れ始める。

 

「えっ……?」

 

その刃は、確かにフブキの胸を捉えていた。

 

しかし、そこで時が止まったならば話は別。

 

情報の塊の内側における、情報の停滞は即ち時間の停止と同義。

 

ミオの刃は、虚しくも空を切る。

 

「【秘伝・夜叉戮】」

 

そして二本の刀は、そのまま前のめりに体勢が崩れたミオの腹部と胸部を深く、深く斬り裂いた。

 

「う……ぁ」

 

「ごめんね、ミオ」

 

「斬って……あげられない……か……」

 

納刀。

 

動脈を斬られたためだろうか。

 

斬られた箇所からは勢いよく血が噴き出し、その血は霧のように辺りへ飛び散った。

 

「ミオ……ちゃん……?」

 

あやめは瞬時に踏み込み、ミオの側へと駆け寄る。

 

「……ふぅ」

 

軽い溜め息をつくフブキをよそに、ミオの身体を起こそうとするあやめ。

 

しかし閉じた瞳が開くことも無ければ、あの優しい声をもう一度聞かせることも無い。

 

「ミオちゃん!ミオちゃん!……そんな、ミオちゃん!!!」

 

言葉が次第に崩れていき、表情は歪み、泣き叫ぶあやめをよそに、フブキは未だ不自然に残る血霧の中へ姿を消していく。

 

「じゃあね、あやめちゃん。エラーが起こるまで、せいぜいこの世界を楽しんで」

 

そう言い残すフブキを逃がすまいと、辺りに落ちていた小石をフブキ目掛けて全力で投げるあやめ。

 

しかし、フブキはそれを右手の代わりに纏った炎で吹き飛ばし、そのままミオの残った血と共に消滅してしまった。

 

「ああ、ああああああ……!ミオちゃん、ミオちゃん……!ミオ、ぢゃ、あ、ああ……」

 

どこでも無い空間、そこに座したカミが二人と、鬼が一人。

 

カミの一人は死亡、もう一人も姿を消した。

 

そして、鬼は。

 

「アア、アアア、アアアアアアアアアアアア!!グゥゥッッ!グガァッッ!」

 

二本、否、二振りの太刀を手に暴れ回る不死改めナキリへと、逆戻りしていたのであった。

 

一晩にして、どこでもない空間は廃墟と化した。

 

街に住んでいた住民、そこに生き残りは殆ど無し。

 

稲荷が現れた今、この空間に用も無し。

 

そしてこの空間に取り残された、不死としての姿に憑かれたナキリはただ、太刀を手に彷徨うのであった。

 

僅かな間でも自我を取り戻し、生きた空間を。




秘伝・夜叉戮


拝涙と開門、二振りの刀を鞘に納め、瞬く間に抜く

修羅に堕ちた者の扱う、葦に潜んだ鬼の剣技
それを、稲荷博士が再現したもの

鬼は時に御霊を降ろし、強敵と刃を交えたという

だが、蜃気楼の刀に重みは無い


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウルハの憂鬱

~福音の廃城~

 

「……ぁぁ」

 

廃城にて。

 

ウルハは一人、虚ろな瞳で足元に視線を向けていた。

 

「ねぇ。貴方はそれでいいの?」

 

一人。

 

いる筈の無い人間が、目の前にいる。

 

森のような緑の頭髪に、青と黒のドレスに身を包んだ少女。

 

自分と同じ容姿の少女。

 

亡者の王となるにあたってドレスを一新し、髪色も薄紫色になる、その前の自分にそっくりな人間。

 

「え?」

 

「るしあは、望んでいなかった筈だよ。亡者の王になって、皆を殺して……この世界は、どんどん崩れていく。それでもいいの?」

 

「それで、いい……?いい、の、か、な、【雑音】、わか、ら、ない、どっち、が、いい、のか」

 

「る、し、あ。るしあって、言えなくなってるの……?」

 

「【雑音】、【雑音】」

 

るしあと名乗る少女は、ウルハの右手を両手で握る。

 

「……はぁ。まあ、いいや。どうせ、るしあだけじゃ何もできないし」

 

「あ」

 

そして、そこに一秒。

 

口づけをして。また部屋の隅に腰を落とす。

 

「変な感じだね、自分の手にキスするなんて」

 

「わたし、は、オトモダチ、ヲ」

 

「……意識も自我も無い友達を友達だなんて……いうのかな」

 

座り込んだまま、動かないるしあ。

 

「……【雑音】、【雑音】」

 

一方、何かへ向かってか細いながらも必死に声をかけようとするウルハ。

 

そこにいるのは、ただ一人の亡者。

 

かつて死霊術師だった彼女は、ここにはもういない。

 

「ふふっ。どうしたの、ウルハ」

 

「あ、あ……」

 

「……もう、後戻りはできないよ。何とかできるように、るしあも頑張るからさ。ウルハは、来るべき時を待ちなよ。今のウルハにできるのは、それだけだよ」

 

「あ、ああ……」

 

戦いを、死に様を、或いは生き様を、この世界に見せつけるのだ。

 

瞳に映ったものは、それが何であっても、真偽がどうであっても、観測者にとっては本当になる。

 

「この世界の正体が何だったとしても……絶対に消せない記録を世界に残す。ただ、それだけ」

 

これは、少し先の物語。

 

玉座の他には何も無く、ただそこに亡者と化したウルハが座すだけの間。

 

そこに、轟音が響き渡った。

 

全高4メートル、幅3メートル程の大扉を破壊し、室内へと侵入する6人の少女。

 

「……待って、た」

 

「やっと会えたね、亡者の王様」

 

「あ、あ、う、ううう……!!!【追う神喰らい】……ッッッッ!!」

 

訪れた「その時」。

 

因果の果てに、観測者は待っているのだろうか。

 

或いは、観測者ではない何かが望む結果を、握り潰されようとした現実の中で必死に演じていただけだったのだろうか。

 

それでも玉座から動こうとしないウルハと対を為すように、世界はまた少し、動き出そうとしていた。




追う神喰らい


火の消えた地

かつて神の宮であった地にて出来損ないの神を喰らった者、その残滓
それを死霊術によって一時的に呼び出したもの

彼は生前に人を喰らい、神をも喰らった恐れ知らずの聖職者であった
だが今や、薪と化して久しい

とはいえ腐っても神喰らい、それを呼び出すには相応の贄が要るものである
故にだろうか、彼の動きは犬のようなそれを感じさせる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あくあとアクア

~サーバ海~

 

あくあの激励により、本来在った船長の誇りと自信を取り戻したマリン。

 

たった二人、ボートで大海原を駆ける宝鐘海賊団。

 

海の果てを目指す彼女らは、今日も緩やかな波に揺られて先へ先へと進んでいた。

 

不思議なことに、波がボートを浜辺へ押し戻すような事態には一度も陥っていない。

 

「ねぇ、船長。海の向こう側を目指すなら……そろそろ、どっかで立派な船……作らない?」

 

「それもそうですねぇ~……。ここはまだ波が穏やかだから良いですけどぉ、確かに果てに近付いたら簡単に転覆しちゃいますぅ」

 

数時間後。

 

~カバー南部~

 

マリンはオールを漕ぎながら、その船体を段々と陸へ近付ける。

 

「せんちょ?」

 

そして、すぐにボートに乗せていた積み荷を降ろして浜辺を歩き始めるマリン。

 

「さぁて、ここからはお菓子の国を目指して陸を行きますよぉ!」

 

「ま、待ってよ船長!」

 

突然に始まった陸での行動に戸惑うあくあ。

 

無理もない。

 

これからやろうとしていることは海賊ではなく、明らかに山賊なのだから。

 

出遅れるあくあを先で待ち、そしてその手を握るマリン。

 

「いやぁ、こんなに愉快な気持ちで歩くのは久しぶりですねぇ」

 

「せんちょ、大丈夫……?もう、元気になった……?」

 

「うん、あくたんのおかげで、元気になりましたよ。……今の船長に、昔の一味はいませんけど……あくたんがいますから。散っていった一味のためにも、必ずや世界の果てを見てやりますよぉ!」

 

「うん、うん!!その意気だよっ、船長!」

 

すっかり元気を取り戻したマリンは、あくあの手を引いて丘を登る。

 

ゴツゴツとした岩砂漠を超え、前へ前へ、だんだんとお菓子の国へ近付いていく。

 

「さぁて、着きましたよぉ……って、あれ?」

 

すぐ近くまで船で近付いていたにもかかわらず、一時間と少しは荒地を彷徨うことになった二人。

 

しかし、岩砂漠を抜けて荒れた丘を登った後、すぐ目の前に広がるのはお菓子の国……。

 

ではなく、かつて栄えていたであろう都市の残骸が残っていただけの荒地であった。

 

「廃墟……?」

 

あくあは、マリンに先行して廃墟へと足を踏み入れる。

 

足元に大量の水を発生させ、砂だらけの道を波乗りのようにすいすいと進んでいくあくあ。

 

「あっ、待ってくださぁい!あくたん!」

 

つい先ほどまでとは見違えるように先を急ぐ。

 

急いでそんなあくあの後を追いかけるマリンであったが、あまりにも速いあくあとの距離は離れていくばかりであった。

 

「この辺りに、あてぃしの……!」

 

都市の中心部、ここは廃城だろうか。

 

砂まみれの食堂跡らしき場所に転がっていた一本の、おそらくは骨髄と思われる骨片。

 

「あくたん!どうしたんですか、突然……!」

 

やっとのことであくあへ追いついたマリン。

 

座り込んだあくあは、何やら両手に持った白い塊に紐を通し、首にかけようとしている。

 

「みつけた、やっと……!あてぃしの、姿……!」

 

脊髄のペンダントをぶら下げるあくあ。

 

彼女は豹変したように、そして取り憑かれたように骨髄を握りしめた。

 

「あくたん!?あくたん、何やってるんですかぁ!」

 

「大丈夫だよ、せんちょ!これは、あてぃし……私の、『海原』……!」

 

「あくあん!水がっ!」

 

「大……丈夫……っ!」

 

あくあの身体は骨髄から溢れ出した液体に溶け、混ざり合う。

 

「あくたぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

やがてそれは一度スライムのような軟体となり、しかし、すぐさま再び人型を取り戻す。

 

混ざり合っていた肉体と骨髄は再び本来の形へ戻る。

 

分かたれていた海は再び接合する。

 

丸い星に果ては無く、ただ巡り続けるのみ。

 

しかし、この世界の海は。

 

海の果てを視る者は。

 

「……これは、私の果て。私が見た世界。海の果ては……『ある』よ、船長っ!!!」

 

水無くして海無く、海無くして水無し。

 

「湊あくあ」は、水の王女と化した。

 

「ああ、よかった……よかった……!無事だったんですね、あくたんっ!」

 

白に紫と水色のリボンが特徴的なドレスを身に纏ったあくあを抱きしめるマリン。

 

「せんちょ、勝手に先行ってごめんね」

 

「いいんですよ、いいんですよぉ!あくたんが無事なら、それで……」

 

廃墟のど真ん中、城跡らしき場所にて抱きしめ合う二人。

 

探していたお菓子の国は、既に廃れて久しかった。

 

しかし、そこには間違いなく、あくあにとって分け身のような存在が残っていたのだ。

 

「まさか、そっちの方から来てくれるなんて……」

 

声が一つ。

 

「……誰ッッ!?」

 

すぐさまマリンは声の方角へ振り向き、銃を向ける。

 

しかし、そこに在ったのは見知らぬ少女の姿が、二つ。

 

そして足音も二つ。

 

「落ち着くのら、『マリン船長』!ルーナ達は敵じゃないのらよ」

 

「そうだよ、だから銃を下ろして~」

 

そう言って、抱き合うマリンとあくあの側へ駆け寄る、何やら薄い桃色のドレスに身を包んだ少女。

 

その少女に続いてもう一人、ポニーテールの少女も丘を滑り落りるように近づいてくる。

 

「何でマリンの事知ってるんですかぁ、キミは」

 

「そりゃあ大海賊マリン船長っていったら有名なのらよ」

 

「……っていうか、キミたちぃ……誰なんですかぁ?」

 

「私は夏色まつり!で、こっちの姫は……」

 

「姫森ルーナなのら。伝説の大海賊、マリン船長を探して旅をしようと思ってたのらけど……船長の方から来てくれるとは思ってなかったのら」

 

「探すって……何でマリンを探そうと思ったんです?」

 

「……頼みが、あるのら」

 

「何ですかぁ?」

 

「……ルーナ達を、船長の船に乗せて欲しいのらよ」

 

ルーナとまつりは片足を立てて腰を下ろし、マリンの元に跪いた。




月の魔物


かつて獣の街に君臨し、最初の獣狩人を捕らえた「カミ」のようなもの

彼女は非常に慈悲深く、救い無き者に理想の夢を見せる
素晴らしき夢を見た朝の目覚めも、きっと素晴らしいものだろう

だが最初の狩人は己の業を背負って離さず、決して夢に溺れなかった
救い無き現実を前に、夢に溺れることなど敵わなかったのだ
故に、最初の狩人は心折れぬ。ただ、罪の中でならば


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紫の空は曇り空

~ムラサキ村~

 

ぺこらが作ったスープを飲み終え、それぞれ自分の生活へ戻る。

 

ぺこらとメルは家事を、シオンとちょこは新たな魔法薬の開発を。

 

そして、みこは相変わらず目覚めることなく眠っていた。

 

「ねぇ、ぺこらちゃん」

 

「どうしたぺこ?」

 

「スープ……美味しかった」

 

「そうぺこか!吸血鬼のお口に合うか分からなかったぺこだから、そう言ってもらえて嬉しいぺこだよ」

 

「うん……。あのさ、ぺこらちゃん。……メル、実は今まで、人間のこと……ご飯としか思ってなかったんだ」

 

「そ、そうぺこか……。まあ、吸血鬼だし仕方ないぺこだよ」

 

何気なく切り出された、メルのカミングアウト。

 

しかし、ぺこらがそれに対して何ら引いたり責めたりするような言葉を吐くことは無かった。

 

「……責めないんだね」

 

「吸血鬼に『人間の血だけは吸うな』って言うのは酷ぺこでしょ」

 

「そうだけど」

 

「それに、過ぎた事をどうこう言っても仕方ないぺこだよ。今のメルちゃんはぺこーら達の仲間。それでいいぺこでしょ?ぺこーら、そういうの割と雑ぺこなんだよ」

 

「……ありがとう」

 

メルは今まで、たくさんの人間から血を吸って生きてきた。

 

ウルハの「オトモダチ」として、一時期は血を吸った人間を下等の吸血鬼に変えていたこともあった。

 

しかし「赤」に死の淵まで追い詰められ、そして初めて命の重みを知った。

 

夜空メルは、吸血鬼として生きる己に「人間性」を見出してしまったのだ。

 

食器を片付け終え、寝たきりのみこの元へ向かうぺこら。

 

その後ろ姿を見送った後、メルは一人、境内からムラサキ村近郊の平原を回り、食材になりそうな果物や野菜を集め、野を駆ける獣を狩り、再び境内へ戻る。

 

そして、

 

「ちょこ先生!メルに料理を……教えてくださいっ!」

 

血を固めて作った籠に大量の食材を乗せ、ちょことシオンが研究室として使っているボロ屋の扉をノックした。

 

「あら、メル様。料理を……って」

 

「わぁー!どうしたの、その食材ー!」

 

シオンはメルが持っている山盛りの食材を見るなり、目を光らせてはしゃぎ始める。

 

「ふふっ。今日のお昼はご馳走になりそうね、シオン様」

 

ちょこは、持っていたフラスコの中に入っていた液体を小瓶に移してコルク栓を閉めた。

 

そして、ちょこはメルを連れてキッチンへ向かう。

 

……特に用は無いが、シオンも一緒についてきた。

 

「じゃあ、よろしくっ!ちょこ先生!」

 

「よーし!張り切っていくわよー!」

 

「この食材で何を作る気なんだろう……?」

 

張り切るメルとちょこ、そしてそれを少し不安そうに見守るシオン。

 

2時間後。

 

ちょことメルが張り切って作った数々の料理がテーブルに並ぶ。

 

「わぁ、どうしたぺこ、これ」

 

「メルとちょこ先生で作ったの!シオンちゃんも手伝ってくれたんだよ」

 

ぺこらは適当にみこの分を取り分けて部屋へ持って行った後、メル達と共に席につく。

 

そして、全員が円形のテーブルに並んだ食材を前に向き合い。

 

「「「「いっただっきまーぁぁぁぁ?」」」」

 

「いただきます」の挨拶をしようとした、その時だった。

 

「のぉぉぉぉぉぉぉーー!?」

 

上空から、人らしき何かの影がテーブルに迫る。

 

「【血網(ブラッディ・ネット)】!」

 

「風よ。舞い上がれ!……【ストームルーラー】!ぺこぉぉぉぉぉっ!」

 

メルは粘性が高い血を固めて網を生成し、そして数ヶ所をあえて固めないことで伸縮性のある網に仕上げ、影を受け止める準備を一瞬で整えた。

 

そしてぺこらは、人参を模した剣に刻み込んだ灰の記憶を呼び起こす。

それは巨人をも叩き斬る風の刃。

 

しかし、今はそれを突くことで、上空から今にもテーブルへと落下しようとしている影を押し返さんと構えをとる。

 

「うわぁっ!?」

 

ぺこらの風によって落下の勢いが収まり、一瞬、空中へ留まる影だったもの。

 

よくよく見てみると、それは悪魔らしき紫色の頭髪が特徴的な少女のようだ。

 

そして再びゆっくりと落下を始める悪魔の少女を、メルの網が受け止める。

 

「「「「セーーーフ!!」」」」

 

悪魔の少女以外の四人は額を撫で下ろし、メルはゆっくりと、テーブルと重ならない位置に悪魔の少女を下ろした。

 

「し、死んだかと思った……!」

 

目を丸くし、息を切らす悪魔の少女。

 

「な、何がどうしてこうなったぺこ……?」

 

「情報量が多すぎて、魔界の天才ヴァンパイアことメルにもさっぱりです」

 

確かに上空から降ってきた悪魔の少女は無事に受け止めたが、今、この場において状況を理解できている者は誰一人としていなかった。

 

一瞬であったが、この時程にまで境内の空気が混沌と化した事は後にも先にも無かったことだろう。




ストームルーラー


火の消えた地
罪に塗れた人々が暮らした街を支配した巨人が、自らを信じぬ者と友なる騎士に一振りずつ託した剣

これはかつて、ぺこらにスープのレシピを教えた騎士が持っていた剣から僅かに零れ落ちた欠片を、ぺこらが自身の愛用する剣に刻み込んだことで呼び起こされた記憶
その記憶は、きっと持ち主の力となる

風を支配するその記憶は、大いなるものの前でこそ真価を発揮する
だが、そうでなくともその記憶は、小さな風を纏うだろう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お菓子の国の魔女

~カバー南部~

 

煌びやかな純白のドレスを身に纏ったあくあと、桃色のドレスを身に纏ったルーナ。

 

二人のプリンセスが居合わせたお菓子の国跡地。

 

そこに、しばらくまつりとルーナの元を離れて周囲の巡回にあたっていたノインが再び姿を現した。

 

「周辺、異常無しだよ……あれ、そっちの二人は?」

 

「ああ、ノインちゃ。巡回お疲れさまなのら。こっちの二人は、宝鐘海賊団のマリン船長とあくあちゃなのらよ。……今、その船に乗せて欲しいってお願いをしたのらけど……」

 

「残念ながら、今のボートは二人とちょっとした荷物を載せるだけでもういっぱいなんですよねぇ……」

 

「……って、わけなのら」

 

「どうしようね~」

 

「流石にあてぃしでも全員を長時間波乗りさせるのは難しいし……」

 

「「「「うむむむむむむむ」」」」

 

全員で出発しようにも、船のサイズと強度に頭を悩ませる四人。

 

「そういえば、姫森城に資材置き場ってあったっけ。……見てくるね、ルーナ姫!」

 

岩々と蹴って空中を飛び回り、資材置き場へ向かうノイン。

 

「……自分のことながら、すごいのらね」

 

「どういうことですかぁ?」

 

「そういえば、二人には話してなかったのらね。あのノインちゃって騎士……実は」

 

ルーナは「円卓の騎士」が何であったか、在った筈の国の行方も含めて、自覚した全てを語り切った。

 

「「へぇ~……」」

 

マリンとあくあは、未知の領域にある話であったためか、話を聞きながらもポカーンとして、文字通り理解に苦しむ。

 

「まつりにもよく分からないけど、ルーナはとんでもない力を持ってる」

 

「その分、消耗も激しいのらけど……でも、きっとマリン船長の力になれるのら。今はただ立派な船を作り出すだけの力が残ってないのと、船に関する知識がルーナにぜーんぜん無いのが苦しいだけなのらね。イメージが掴めないモノは作れないのらし、そもそも『おかしの国』自体を作っちまったことがそもそもイレギュラーなのら」

 

「ど、どゆこと……?」

 

「えーっとぉ……あまりにも衝撃がデカすぎて混乱してるんですけどぉ……ルーナたんは条件付きで何でもできる能力を持ってるって事ですかぁ?」

 

首を傾げるマリンとあくあ。

 

「うーん、ルーナも説明しづらいのらけど……そんなもんだと思ってくれればいいのらよ」

 

ルーナが溜め息をつき、どうしたものかと立ち上がった時。

 

「ルーナ姫ー!あったよ、資材!ちょっと少ないかもしれないけど!」

 

丁度ノインが大量の資材を担いで、資材置き場から戻ってきた。

 

どうやら資材置き場にあったのはこれで全てらしいが、これだけあれば5人乗りの船を作ることくらいはできるだろう。

山のように積まれた木材や鉄板を見れば、それは火を見るよりも明らかだ。

 

「マリン船長、船大工はいねぇのら?」

 

「船大工は、二年前の事故で……」

 

「そういえば、船員がマリン船長とあくあちゃしかいないのって……突然姿を消した宝鐘海賊団……ああ、そういうことなのらね」

 

ルーナの脳内で、全てが繋がった。

 

マリンがわざわざ詳しい状況を説明するまでもなく、過去に起きたであろうことと結び付けてここまで理解してしまう洞察力は、やはり女王の器なのだろうか。

 

その後。

 

ノインは、本来であれば対象を地面に叩きつける【響く力】を逆向きに使って大量の資材を浮かせる要領で軽々持ち上げ、ルーナ、まつり、そしてノインを加えた宝鐘海賊団一行は、再びボートを泊めた岸部へとやってきた。

 

「じゃあ、ルーナたん。とりあえず前の船の設計図を貸すので……よろしくお願いしますねぇ」

 

「上手くいくか分からないのらけど……とりあえず試してみるのら」

 

マリンが渡した設計図からイメージを掴み、念力のような何かで空中に資材を集め、徐々に船を形作る。

 

「おお、すごーい!」

 

「せ、せんちょの日記で見た、昔の船みたい……!」

 

「ちょっとあくたん!?船長の日記読んだんですかぁ!?」

 

大量の資材を組み合わせて、少しずつ船を完成させていくルーナ。

 

集中しているのか、周りの声には全く反応しない。

 

数時間が経過する。

 

 

ルーナが船を作っている間。

 

あくあ、まつり、ノインの三人が岩にもたれかかって雑魚寝をする中、マリンは出航の準備を始めていた。

 

「食料よし、備品よし……あとは船だけですね」

 

マリンは周囲を探索し、荒れ地をうろついていたトカゲを狩り、その肉と少しばかりのハーブを調理して船出を祝う料理に仕上げる。

 

「……んぁ……?いい匂い……」

 

肉とハーブの香りにつられて目を覚ますノイン。

 

それと同時に、再び瞼を開くルーナ。

 

「ハァ、ハァ……できた、のら……」

 

倒れ込むルーナ。

 

「大丈夫ですか、ルーナたん!?」

 

マリンがルーナの側へ駆け寄ると、目の前には巨大な海賊船が完成していた。

 

「つ、疲れたのらぁ……」

 

「すごい……すごいですよ、ルーナたん!」

 

その船は全長40メートルはある巨体に、元の船には無かった魔力をリソースとする推進器も付属していた。

 

このアイデアをどこで得たかは不明だが、出来上がったのはガレオン船と蒸気船の中間のような、どちらとも言えないような船。

 

ところどころに未知の技術の片鱗が見られるが、これもルーナの力によるものなのだろう。

 

「……も、もうダメなのら……ちょっと休ませて欲しいのら」

 

意識を失い、マリンの膝の上に横たわるルーナ。

 

「……お疲れ様です、ルーナたん」

 

マリンは眠りについたルーナの頭を撫で、目が覚めるまでそのままでいた。

 

先に船へと乗り込み、そこでマリンの料理を食べ始めるあくあ、まつり、ノイン。

 

マリンもルーナを背負って甲板に座り込み、再びルーナに膝枕をし始めた。

 

「せんちょ、何だかお母さんみたいだね」

 

「行き場を失った母性が溢れて止まないんですよぉ」

 

「へ、へぇ……」

 

再び、食事を始めるマリンの瞳に、小さな涙が浮かぶ。

 

かつて多くの仲間を失ったマリンが、またこうして船長として生きている。

 

一人の小さな姫までもが、自分のことを慕ってくれている。

 

「幸せ者ですね、あたしは」

 

そう呟いて、マリンはそっとルーナの頭を再び撫でた。




アクアの骨片


姫森ルーナより漏れ出た概念、その残滓

姫森ルーナが求めた海賊の像は、いつしか水と共に消え去った

それを拾うは新生宝鐘海賊団が副船長、湊あくあであった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

抜け落ちた者達 前編

~死者の谷~

 

大空スバル、角巻わため。

 

おまる座は二人の仲間を失ってから3日が経過していた。

 

「……ラミちゃん、ししろん、おまるん。……そろそろ、これからの動きを決めない?」

 

ラミィ、ぼたん、ポルカの三人を同じテントに集め、再出発に向けての話を始めようとするねね。

 

「……ごめん、ねねち。もう少し……時間を貰ってもいいかな」

 

しかし、死んでいるかのように虚ろな目ですぐさま立ち上がり、ポルカはテントを去ろうとする。

 

無理もない。

 

幼き頃から一緒に過ごしてきた、姉貴分のような二人を失ったのだ。

その精神的苦痛は、如何ほどのものなのか。

それはきっと、想像もつかない程だろう。

 

「待って、おまるん!」

 

しかし、ねねはそんなポルカの尻尾を掴んで引き留めた。

 

「ぴゃいっ!?ちょ、ちょっと、ねねち!?」

 

尻尾を引かれ、思わず飛び上がるポルカ。

 

獣人の尻尾を引っ張るのは、諸々の理由でタブーなのである。

 

「ご、ごめんっ!でも、いつまでも落ち込んでいても、この世界はどうにもならいよ……?」

 

「……分かってるよ、そんなの。でも……」

 

「とりあえず、残った四人で亡者の王を止める。それが、今のねね達にできることだと思うんだ」

 

「それも分かってる」

 

「じゃあ、今はやられちゃった二人のためにも、亡者の王を倒す旅の計画を……」

 

「ポルカだってそうしたいよっ!!!早く城に突撃して、亡者の王を倒して!この世界で起こってる混乱を鎮めたいよっ!!でも!!今は!!どうしても、わため先輩とスバル先輩の顔が頭から離れないんだよ……。ちょっと前までは普通に笑ってた、あの二人の顔が……!よく分からない獣も出てくるし、わため先輩とスバル先輩を食べたその獣は、ねねちと顔見知りみたいな雰囲気も醸し出してるし!もう、分からないんだよ……ポルカはねねちを信じていいの……?この世界は……何なの……?教えてよ、ねねち!!ラミィ!ししろん!誰か、教えてよおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

秘めていた感情が爆発する。

 

その目からは涙が滝のように流れ、鼻水を止める余裕も無く、顔をくしゃくしゃにして泣くポルカ。

 

「おまるん……」

 

「……」

 

顔を伏せるラミィとぼたん。

 

ねねはそんなポルカの側へ寄り、そっとその肩を抱く。

 

「ねねち……。ごめん、突然怒っちゃって」

 

「ううん。ねねの方こそ、ごめんね。……もうちょっと、ポルカの気持ちを考えるべきだった。……辛いよね、ポルカ。昔から一緒だった人が、一気に二人もいなくなっちゃったんだもんね」

 

「ねねち……ねねちいいいいいい!!もう、もう……これ以上、誰も失いたくないよ……!ラミィも、ねねちも、ししろんも、残った座員さん達も……!もう、誰も失いたくない……!失うのが怖いんだよぉ……!!」

 

「……おいで、ポルカ」

 

そして、そのまま正面に向き直ったポルカをさらに強く抱きしめ、涙で塗れた顔を自身の胸で包み込んだ。

 

「もがっ!?」

 

「よしよし。……大丈夫だよ、ポルカ。……こういうのは、ラミちゃんの方が上手かもしれないけど……」

 

「う、うう……」

 

ねねの胸元が、徐々に濡れていく。

 

その後、ポルカは小一時間に渡って、ねねの胸元で泣いていた。

 

そして結局、この日に作戦会議が行われることは無かった。

 

こんなことがあった後では作戦会議にも集中できまいと、翌朝に日を改めることになったのだ。

 

「ねえ、ししろん」

 

「何?ラミちゃん」

 

抱き合うねねとポルカをよそに、テント外を散歩するラミィとぼたん。

 

「……これから、どうなるのかな」

 

「……わかんない」

 

「ししろん」

 

突然、ぼたんに抱きつくラミィ。

 

「どしたの、ラミちゃん」

 

「ちょっと、こうしていたくて」

 

「そう」

 

仲間の消失に泣くポルカであったが、一方のラミィもラミィで、内に秘めたものに苦しめられていたのであった。

 

しかし、それはぼたんにさえ話すことがかなわない。

 

話そうにも、何故か口が動かないのだ。

 

「(呪い……!)」

 

「……ん?何か言おうとした?」

 

「ううん、何も」

 

唇を噛みしめ、痛みと虚しさを堪えるラミィ。

 

気付けば、その目からはポルカ程ではないが涙が零れていた。

 

「ラミちゃん。今日だけは、お姫様じゃなくてもいいよ」

 

「……ありがとう、ししろん」

 

ぼたんに寄りかかり、嗚咽を漏らすラミィ。

 

かつての日々を共に過ごした四人。

 

彼女らは皆、勇ましき者であった。

 

しかし、この日は。

 

この時だけは。

 

悲しみを、内に溜まった全てを吐き出すようなことがあっても、罰は当たらないのではなかろうか。




コマンド90・ピクセルコフィン


世界の法則を歪め、空間を裂くだけの単純な術

「カバー」の深みに直接関わるだけに、あまりにもこの世界に根付いてしまった者には使用できない

粒子を固めて刀にも似た形の棺桶を形成する
その刃は、きっと神にも届くであろう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

抜け落ちた者達 後編

~死者の谷~

 

仲間を失った悲しみを巡るひと悶着から一夜。

 

雪花ラミィ、桃鈴ねね、獅白ぼたん、尾丸ポルカの四人は改めてテントに集まり、残り僅かな旅の計画を練り始めていた。

 

「ここから福音の廃城まで歩いて3日。その間、道中でどれだけの亡者に襲われるかは分からない……弾とグレネード……足りるかなぁ」

 

残った武装の少なさに不安を覚えるぼたん。

 

これより先は、亡者達の本拠地。

 

必要なリソースもそれなりに必要になってくる。

 

そして、ぼたんを残して全てが消滅してしまった銀獅子族の文明を用いた武装は、現在ぼたんが持っているものを除いて技術ごと消滅してしまった。

 

今までの戦いで銀獅子の銃器や火器などに頼っていたぼたんは、最終決戦に向けて、節約を重視した武装の整備を始める。

 

「敵のボスは亡者の王……それに、あの獣もまた襲ってくるかもしれない……不安の種は尽きないねぇ」

 

ポルカはホログラム発生装置の調整を行い、その後、残った座員達とテントの片付けを始めていた。

 

「ハァ……。うん、よしっ。魔力の調子も大丈夫かな」

 

ラミィは身体中に魔力を循環させ、魔術の使用感、調子を整える。

 

身体から離れない刻印が痛むが、それ以外はベストコンディションに近い状態であった。

 

「……フブキ先輩とミオ先輩が何を考えてるかは分からないけど……とりあえず、今はやれることをやらなきゃ」

 

スバルとわための二人を喰らった獣の中から出てきたのは、彼女の知っている白上フブキと瓜二つの獣人。

 

もはや己を「カバー」へ遣わせたカミの考えも、もはや分からない。

 

しかし迷いの中でも、出来る事はある。

 

これ以上犠牲を出さずに亡者の王を殺す。

 

今のねねには、そうするしか道が無かったのだ。

 

「……ァァ」

 

誰のものとも判別できない、掠れながらも、しかしとても透き通った声。

 

「あれ?座員さん……じゃないよね、誰だろう?あっ」

 

ねねがテントから顔を覗かせると、そこにはボロボロに敗れたパーカーに身を包んだ猫の獣人と、その少女に背負われて気を失っている茶髪の獣人の姿があった。

 

「……ぅ……ゲホッ、ゲホッ!ヴ……ァ」

 

眼前に姿を現したねねに何かを伝えようとしたが、身体が持たなかったのだろうか。

 

掠れた声、二回の咳。

 

そして、間もなく倒れ込んでしまった。

 

「た……大変だぁーーーーっ!」

 

息も絶え絶え、意識も消えかけといった様子の猫に対し、死んだように微かな息のみをして眠っている犬。

 

二人を抱きかかえ、ポルカの元へと向かうねね。

 

確か、この二人は。

 

見覚えのある顔、感触、匂い。

 

「ありゃー!どうしたの、この二人」

 

「何か声がすると思ったら、目の前で倒れちゃって……!二人とも知り合いだから、亡者の王が仕向けてきた敵ではない筈!おまるん、助けてあげられないかな!?」

 

「うーん。こういうのはラミィに任せた方が良いかも。ラミーィ!ちょっとー!」

 

ポルカはラミィの元へ走っていき、それに気付いたラミィもポルカの元へ駆け寄っていく。

 

数時間後。

 

ポルカの薬箱を漁り、薬草を調合して、故郷に伝わっていた薬を生成したラミィ。

 

それを二人の獣人に飲ませ、ラミィとねねは経過を観察していた。

 

「ラミちゃん。この薬……」

 

「村にいた時……勉強してたんだよね。ラミィ、これでも昔はあんまり戦いが得意じゃなかったから……せめて、薬学で役に立てたらいいなと思って」

 

「……村の人達は……元気にしてるかな」

 

「村の人達って……?」

 

「へ?」

 

「ん?」

 

「「……」」

 

沈黙。

 

「ふぁぁ」

 

「あっ」

 

「起きたー!おはよう、久しぶりだね!『おかゆ先輩』っ!」

 

その間を縫うように、眠っていた猫の獣人改め「猫又おかゆ」が目を覚ました。

 

「……ここは?それと……何でねねちゃんがいるの?ころさん?ころさんは!?」

 

そして寝袋から飛び出すなり、ここを訪れる際に背負っていた犬の獣人である戌神ころねの身体を、狂ったように探し始めようとする。

 

しかし、自身の隣にころねの身体を見つけるなり、一安心したようで胸を撫で下ろした。

 

「ころね先輩なら、すぐここにいるけど……どうしたの?二人も『こっち側』に来てたなんて」

 

横で「この二人も知り合いなのかぁ」と、おかゆところねの顔をまじまじと見つめるラミィをよそに、久しぶりの再会を喜ぶねねに対して、神妙な面持ちで口を開くおかゆ。

 

「ねねちゃん。それと……微かに声が聞こえてたんだけど、ラミィちゃん?も、出来れば聞いて欲しい。……実はぼく達、一度亡者の王に挑んだんだよね」

 

「うん」

 

「でも、亡者の王はまだ消えていない」

 

「……まさか」

 

ねねの鋭い勘が光る。

 

「ぼく達は負けた。そして、ころさんは……亡者の王に魂を奪われたんだよ」

 

おかゆは両手を握り、ゆっくりと噛み締めた己の言葉を吐き出すように、そう言い切った。

 

「えっ……?じゃあ、ここにいるころね先輩は……?」

 

「ころさんは、辛うじて生きてるけど……魂が抜けたままじゃ、いつ本当に死んじゃうか分からない。……だから、お願い。ねねちゃんと……ラミィちゃん。それと、他に仲間がいるなら……ぼくと一緒に、亡者の王を倒すのを手伝って……っ!!」

 

ボロボロと溢れる涙を拭いながらも、確かな意思が込められた願い。

 

それはラミィとねねだけではなく、テントの外で話を盗み聞いていたぼたんとポルカにも届いていた。

 

「その話っ!おまる座のポルカ座長が聞き逃さなかったぜっ!」

 

「新しい仲間なら大歓迎だよ。それに、ねねちゃんの知り合いなら安心だしね」

 

テントへ飛び込み、おかゆの手を握るポルカ。

 

大方、テントの片付けを済ませていたのだろうか。

 

ぼたんが指差したテント設営地跡は、以前と変わらない草原の姿に戻っていた。

 

最低限の物資だけを持ち、戦闘要員ではない座員達を物資と共にこの地へ残すことも皆に伝えた上で、後は簡単な出発の準備をするだけになった今。

 

おかゆの意志も聞けたことで、ねね達の迷いは無くなった。

 

「……今、この瞬間より!私達おまる座一行が6人は、亡者の王討伐に向かう!誰一人欠けること無く、何一つ失うことなく、目標を達成することを第一目標とするッッッッ!!いざ、福音の廃城へ!」

 

「「「「「オ―――ッッッッ!」」」」」

 

ポルカは座長らしく、激しい号令をかける。

 

彼女に続き、皆も声を上げた。

 

ある者は迷いを振り切る為に、ある者は復讐の為に、ある者は部下の為に、彼女達は亡者の王である「ウルハ」の討伐を目指す。

 

少女達の旅は、とうとう終わりを迎えようとしていたのであった。




開門


黄泉の門を開く、一振りの刀
人はそれを、「黒の不死斬り」と呼んだ
それを、稲荷博士が持ち込んだもの

葦の国を死守せんとした者が持ち、そして剣聖を黄泉還らせた
それは不死をも断ち斬る刃である

斬撃、刺突、そのいずれも非常に強力だが、力には代償が要るものだ
手にした者は不動の業を背負い、いずれは修羅、或いは怨嗟に呑まれるという


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

次元切断

~???~

 

どこでもない場所。

 

「グゥ……アァァァ……!」

 

鬼の少女は太刀を振り、その刃はただひたすらに空を斬る。

 

石を、鳥居を、境内を、その全てを切断する。

 

「ハァ、ハァ……。余は……結局、何も出来なかった……これじゃ、あのカミ様達と同じだ余……!」

 

再び狂気に呑み込まれかけていたあやめは、辺り一帯の建造物が粉微塵になるまで刀を振り回した後、正気を取り戻して嘆く。

 

カミは世界を救えない。

 

現に、白上フブキであった筈の存在は本人でさえも気付けない欺瞞に塗り固められた存在であり、あやめが慕っていたミオは、本物の白上フブキに殺されてしまった。

 

今は旅に出ているという犬と猫の神も、福音の廃城近辺で消息を絶ったらしい。

 

こんな世界なのだ。

 

かつての青春を過ごした魔界学校も、今やどうなっているか分かったものではない。

 

「余は……どうすればいいの……ア、アア……」

 

再び狂気に蝕まれ始めたあやめ。

 

「ヴヴヴ!!……ハァ、ハァ……」

 

しかし、自身の左腕を刺して無理矢理に正気を取り戻す。

 

日に日に、己を蝕む狂気が力を増している。

 

一度は取り戻された正気も、急速に失われ始めている。

 

「このままじゃ……このままじゃ、いけない……でも、でも……!」

 

百鬼あやめは、既に不死の身。

 

何度己を斬ろうとも、何度死のうとも、トドメを刺されない限り何度も蘇る。

 

そして、狂い果てた自分にトドメを刺してくれる人は誰もいない。

 

「ハァ、ハァ……!何で、こんなの、こんなの……!」

 

あやめはもう一度、己の首を二本の刀で斬り裂く。

 

「死ぬより、辛い……」

 

血飛沫。

 

首元から噴射される朱い霧に紛れて、首が境内跡から転がり落ちる。

 

しかし、その数十秒後。

 

「ぐちゃ、ぐちゃ、ぎぎぎぎ」という音と共に、百鬼あやめの首が徐々に再生する。

 

「ハァ、ハァ……また、首が戻ってる……」

 

美しい顔をした首を量産したいのであればともかく、こんな状況なのだ。

 

本人でさえも、それを不気味に感じずにはいられなかったのだろう。

 

「ア、ア、アア……」

 

放たれる邪気とともに、僅か一分程であやめの首は角の一欠片、頭髪の一本まで完全に復活。

 

これで何度目か、邪気に呑まれるあやめ。

 

「アアアアアアアアア!」

 

目も赤く発光し、もはや何も無くなった空間を斬り刻む。

 

己の首のみならず、辺りの全てを斬り裂かんとするそれはまさに鬼。

 

卓越した剣術に、邪気と狂気を孕んだ鬼の力。

 

「ナキリ」は、とうとう空間をも斬り裂こうとしていた。

 

せめて、清らかに狂えたのならば。

 

僅かに残り続ける正気は、悲鳴を上げることも許されなかった。

 

正常と異常は、同時に存在し得ない。

 

その現実だけが、百鬼あやめの自我を鞭打ち続けていた。




???


稲荷博士の元同僚であり、深淵へと引きずり込まれた博士
薄い金色の髪に黒縁眼鏡が映える

彼女は研究を続け、優秀な研究者として世界の存続に尽力し、しかし遂には深みへと消えていった
もはやその存在を知る者も、ごく僅かである

しかその意匠が隠されているのか、それとも単なる偶然か
古代兵器の一つに、彼女の名が刻まれている

Error Code - 403 Forbidden


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

染め合うあかいろ

~ブッシュ平原~

 

正気を取り戻してから時間が経った金髪碧眼の少女、赤井はあと。

 

彼女は己の身に起こったことをすっかり忘れ去ったはあとは、懲りずにムラサキ村の外れ辺りを徘徊していた。

 

狂気というものはそう簡単に訪れるものではない。

 

「ふんふんふんふん、ふんふんふ~ん」

 

鼻歌を歌いながら、スキップで平原を歩き回るはあと。

 

彼女は野の獣を狩り、実を摘み、自由気ままに暮らしていた。

 

正気を保っている時の彼女は、本当にそれだけの存在なのだ。

 

しかし。

 

それは、彼女が「赤」に呑み込まれていない時の話。

 

赤く染まり、「はあちゃま」と名乗った彼女はもはや「赤井はあと」ではない。

 

触れるもの全てに過剰な生命エネルギーを与えて氾濫させるそれは、まさに狂気によって生命を弄ぶ狂気の果てにある力。

 

彼女の肉体に死はあり得ない。

 

そして、精神の方は既に狂気の内にある。

 

波打つ溶岩の如く、ドロドロとした生命力を内に宿す彼女は、まさに生に満ちた故の不死。

 

生命力を考えない故の不死ではなく、生命力が尽きない故の不死。

 

彼女は、生命体としての限界に到達しようとしていたのだ。

 

「うーーーん!!今日も気持ちいい風ねー!」

 

内から溢れる生命力を活力として、己の不死をただの元気と勘違いしてはしゃぐはあと。

 

深く息を吸い込み、己の精神を狂気で満たす。

 

はあと自身は気合を入れているだけのように感じているようだが、その血管と神経、そしてそれは精神を、確実に紅い生命力で満たしていく。

 

蝕まれた「赤」は、「赤井はあと」よりもさらに速く、さらに堅く、さらに猛々しい。

 

もはや彼女は「ウルハ」と双極を為す程の、新たなる「亡者の王」たる器と化していた。

 

「あはははははははは!!すっごい清々しい気分!!最強はあちゃま、ここに見!参!」

 

生命力を氾濫させながら、「赤」は破壊と芸術を求めて走り出す。

 

ムラサキ村が「赤」の視界に収まる。

 

「あった!あそこあそこー!!」

 

かつて、桜神社の社を破壊した日。

 

「赤」は、かつて最高の芸術を味わった。

 

自らが破壊した、神社のお社。

 

そしてそれ以上に、生命力が溢れて止まない自身を追い詰めた巫女の奇跡。

 

あろうことか、尽きぬ「赤」の生命を削り取った光。

 

彼女はそこに、己の生命力のように尽きぬ芸術性を見出したのだ。

 

決して飽きる事の無い、究極の芸術。

 

桃色に輝く光の中に見えた、生命に対する際限無き破壊。

 

「この村で、またあの光と戦いたい……!!あの神社で、あの神社……デ……?」

 

ムラサキ村の門へ、一直線に走る「赤」。

 

しかし突如、その視界は空中で停止。

 

前進する手足のみが、視界の下部を埋める。

 

「……え?」

 

「シマ、イ……」

 

「首、ガ、落チ……?」

 

次元切断。

 

狂気と狂気はやがて引かれ合い、一つの大きな歪みになる。

 

これまたあろうことか、ナキリの刃が「赤」の首に、世界を超えて引き寄せられてしまったのだ。

 

コロコロと転がる己の首を前に、呆然と立ち尽くす「赤」。

 

しかし、すぐに元の手足は塵と化し「赤」の首から下に新たな肉体と衣服が生成される。

 

「はぁ、はぁ……凄かった……!君、何て名前?」

 

そして、何も無かったかのように立ち上がった。

 

「ア、アア……。余、ト、同ジ……赤色……命、ノ、力……」

 

「赤」は両手に力を込め、生命力の塊を纏う。

 

次元を超えて姿を現したナキリも刀を構え、臨戦態勢をとった。

 

この戦いには、ぶつかる信念など無い。

 

ただ、力に身を奪われた二人が、その力の赴くままに動く。

それだけであった。

 

しかし、非情にもテープは巻かれていく。

 

物語に、人が見た記憶に、それは確かに残っていたのである。




偽りの剣


かつて、何処かの世界を生きた剣豪の太刀筋を再び現す術

しかし贋作では究極の真作には至らず、純粋な技量は真作に劣る

鬼は力に飢え、また、狂気に満ちた後は失った技にも飢えていた
故にだろうか、鬼の刀は純粋な力のみで時空を超えたのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



「【生命氾濫(ビッグ・レッド・ハート)】!」

 

「がぁぁっ!」

 

はあとは「赤」としての人格を表出させ、生命力そのものである液体を大量に地面から湧き上がらせる。

 

それは洪水のように、そして大波のように地面を侵食する。

 

辺りの動植物は生命力過多によって瞬く間に破裂し、その跡には血のような赤が残るのみであった。

 

しかしナキリは二本の太刀から衝撃波を発して容易く大量の液体を空間ごと斬り裂き、「赤」の液体を全て真空の内に消し去った。

 

空間の裂け目にあるものは無。

 

そして無限の生命力も、限りないの「無」の前には、同じく無に等しい。

 

「うそっ!?はあちゃまの力が……効かない……!?」

 

「ヴヴァ!!」

 

全てを空間の狭間たる真空へ葬り去る斬撃を次から次へと繰り出すナキリ。

 

本能に従い、無意識に従って暴れる鬼。

 

「この獣みたいな動き……!!ここ!【赤雷槌(レッド・ハンマー)】!」

 

何度目かの狂気に蝕まれていたナキリの動きは直線的。

 

起動を読み、タイミングを計り、その隙を突いて右腕に纏わせた赤い雷でナキリの頭部を叩き割ろうとする「赤」。

 

「ヴヴヴ……ハァッッ!」

 

斬撃。

 

軌道を読んで攻めの体勢に移った「赤」の動きに対して瞬時に反応したナキリは、瞬時に刀身の向きを変える。

 

その先には「赤」の右腕。

 

「ああああああああああっ!!?」

 

宙を舞う腕。

 

「赤」の右肩からは大量の血が噴き出す。

 

しかし傷ついたそばから肉体が再生しようとしているせいか、ナキリに斬られた断面の肉はゾモゾと動き始めた。

 

「ヴヴ……」

 

「いいね、いいね……すごいよ!いい芸術、だよ……はあちゃまの、肉体が……こんなに綺麗に壊されて……!はあちゃまの肉体は再生するから、このまま永遠に壊し合って……最高の芸術を続……」

 

「【偽巌流(がんりゅう)・】」

 

斬。

 

斬。

 

斬。

 

「赤」は破壊衝動のまま互いに壊し合える、芸術を創り合える相手が現れたと確信した。

 

しかし、その力はあまりにも強大。

 

「……え?」

 

一瞬の内に「赤」の視界から左腕、左脚、そして右脚が視界から消失する。

 

「……シマ、イ」

 

斬。

 

「あ」

 

そして、目線の先に転がっている左脚を認識した瞬間。

 

「赤」の左目から右頬にかけて、真っ二つに斬り込みが入る。

 

「……これで……やっと……殺してもらえる」

 

刹那、あやめの正気から漏れ出した一言。

 

生無き不死の身に、溢れる生を取り込み、喰らう。

 

これで、やっと死ぬことができる。

 

自ら死ぬことは、溢れる生命力故に不可能かもしれないが。

 

やっと、やっと。

 

……今度こそ、殺してもらえる。

 

あやめは脳内でそれを反芻し、再び狂気に身を委ねた。




赤雷槌


右腕に赤い雷を纏わせ、叩きつける

何処かの世界にて、騎士達は雷と共に竜を狩った
またある世界では、雷は竜と共に在った
しかしそれらのいずれもが、赤の雷を使う事は無かった

赤い雷は異端の証
黄金色でも、大王のものでも無いのだから


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

着地

~ムラサキ村~

 

「はぁ~ぁ……何が起こったのか全然分かんない」

 

「トワ様……?」

 

「それはシオン達のセリフなんだけど……」

 

何の前触れも無く、天高くから落下してきた悪魔。

 

それはシオンとちょこにとって、かつて魔界学園に通っていた時代に面識があった少女であるが……しかしあろうことか、その少女が上空から降ってきたのだ。

 

段階的に衝撃を和らげ、何とか最後に張っていたメルのネットで無事にキャッチした彼女の肉体。

 

その身体は驚く程の高さから落ちてきたにもかかわらず、殆ど傷が無かった。

 

「トワ……そうだ!すいちゃんに蹴られて……!」

 

「さっきから訳わかんないことばっか言ってるぺこだよ……どうするぺこ、これ」

 

「ああ、ごめんごめ~ん。みんな、助けてくれてありがとーう!……いやぁ、友達に天界から落とされちゃってさぁ」

 

「「「「えーーーっと?」」」」

 

一同は状況を理解出来なかった。

 

突然降ってきた悪魔の少女が「天界から」、しかも「友人に蹴られて」落ちてきた、と言うのだ。

 

……トワによる経緯の説明が続く。

 

魔界の様子を、かなたとの日々を、そして、すいせいの裏切りを。

 

「そんなことが……」

 

「大変だったぺこですなー」

 

同じ魔物として親近感を持ったのか、トワへ急接近するメル。

 

一方、ぺこらはトワを労わってか、小さな木製の椅子を用意していた。

 

「そうだ、シオンちゃん。『喰式』、使えたよ!」

 

「ええ!ほんとぉ~!?すごいじゃ~ん!」

 

「頑張って練習した甲斐があったよ。シオンちゃんも、教えてくれてありがとね!」

 

ニヤニヤと、照れくさそうに微笑むシオン。

 

「あらあら~!シオン様とトワ様……やっぱり、魔界学校の時から変わらないわね~……」

 

魔界学校が崩壊して以降、しばらく見ることが無かった、学生同士の触れ合い。

 

そしてちょこもまた、変わらずにそんな花園のような風景を眺めていた。

 

一方。

 

ぺこらは今日も寝たきりのみこの側へ行き、その日の出来事を話し始める。

 

「……今日は空から悪魔が降ってきたぺこだよ。そんで、その悪魔は魔女っ娘とちょこ先生の知り合いだったみたいぺこ。三人が通ってた学校がどうなってるかはわかんねーぺこだけど……感動の再会って感じだったぺこ。……たまにうなされてるみてーだけど、どんな夢見てるぺこ?早く起きろぺこだよ。……エリート、ぺこなんでしょ、アンタ」

 

そう言い残して、ぺこらはシオン達の元へと戻る。

 

みこの表情は相変わらず、悪夢を見ているかのように、とても落ち着いているとは思えない寝顔。

 

時々歯を食いしばり、何かに対して耐え忍ぶようなその表情は、彼女の運命に抗う様そのものであった。




生命氾濫


内なる生命力を解き放ち、液体や気体として周囲に拡散させる一種の現象

それを浴びた生物は体内にたちまち生命力が満ち溢れ、しかしその多くは負荷に耐え切ることができず、そのまま破裂する

過ぎたるは猶及ばざるが如し、器を突き破り、力は肉と共に溢れ出すのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ムラサキの引力

~ムラサキ村~

 

とある日の黄昏時。

 

悪魔の保険医である癒月ちょこは食材を揃え、桜神社のキッチンに立っていた。

 

夕食の準備を終えたちょこは、メルを誘って散歩をしに境内から村へ降りていく。

 

シオンとトワは魔術の研究を、ぺこらはみこの面倒をみている。

 

今日も脅威など無い、平和な生活が続くと思っていた。

 

しかし。

 

ちょことメルの視線に飛び込んで来たのは。

 

「何よ、この状況……」

 

血みどろの肉片が散らばり、赤に染まった村であった。

 

「こんなことが起こってたのに、全然声が聞こえなかった……?」

 

ちょこは料理をしていたから聞こえなくても仕方無いが、暇を持て余していた上に五感が他の人型生物よりも遥かに発達しているメルでさえも聞こえなかったという事は。

 

「声を出す間も無く全員殺されたってこと……?」

 

ちょこの推測は正しかった。

 

「……」

 

それは声も出さず、刃がメルの首を捉え―――

 

「メル様、後ろーーーッ!!」

 

刹那、メルの首が宙を飛ぶ。

 

メルの視界は地に落ち、続いて未だ立ったままである自身の右足が視界に飛び込んで来た。

 

「え、何で!?どこから斬られたの!?メルの首!」

 

「メル様!?よ、よかった、よく分からないけど生きてる……」

 

首を落とされたが、夜空メルは吸血鬼。

 

その程度でくたばる生き物ではない。

 

しかし、首を完全に繋ぎ直すには時間か大量の血が必要なのだ。

 

「【血合(けつごう)】」

 

メルは周囲の死体から血を集め、急速に治癒を進める。

 

あっという間に自身の首を繋ぎ直してしまったメルだが、しかし現時点でつい数十秒前の斬撃を攻略できた訳でも、虐殺の犯人を特定できたという訳でも無い。

 

ましてや、いつどこから再びメルの首を落とした「何か」が現れるとも分からないのだ。

 

いわゆる袋の鼠というやつである。

 

「構えて、ちょこ先生。……まだ、さっきメルの首を切った敵の気配が残ってる」

 

「うん。……背中、合わせましょ。メル様」

 

メルとちょこは互いに背中を合わせ、死角を狭める。

 

「……!」

 

―来る。

 

「……!」

 

少しも声を出すこと無く、再びメルと、そしてちょこの首元へ斬撃が訪れる。

 

「【血壁(けつへき)】」

 

「【麻酔針(パラライザー)】」

 

しかし、二度目の攻撃は二人の同時攻撃により防がれる。

 

メルは血液で生成した壁を、ちょこは麻酔薬を塗った針を身代わりに、力を首ではない方向へ逸らしたのだ。

 

「ハァ、ハァ……」

 

ちょこの針が効いたのか、残像さえ残らない程のスピードで走り回っていた刀身が動きを止める。

 

「「お、女の子……?」」

 

ムラサキ村を一瞬で滅ぼし、一度はメルの首を落とした殺人鬼。

 

「ゥゥ……ハァ……」

 

その姿は、華奢な少女。

 

しかし二本の角と溢れ出る殺気、そして衣服に付着した大量の血液が、彼女が何者たるかを物語っている。

 

「メル様……シオン様とぺこら様とトワ様を呼んできて……!」

 

「でも、そしたらちょこ先生一人になっちゃうよ……?」

 

「ちょこは大丈夫。勝てる気はしないけど、そんなにすぐ負ける気もしないから」

 

身震いしたちょこは二人で鬼を止めることは不可能と判断したのか、メルに助けを呼ばせに行く。

 

「……!」

 

そして、再び音も無くちょこの首元を狙って走り出す鬼。

 

「来なさい……!」

 

麻酔針を構えるちょこ。

 

合わない目線の先に在ったものは、双方共に相手では無かったのだろう。




吸血鬼


生物の血から生命エネルギーを吸って生きる不死
食物からのエネルギー摂取効率は生前と比較して著しく悪くなっている

地域によってヴァンパイアと呼ばれるそれらの中には「ヴァンパイアロード」という上位種があり、それらは不死となってなお理性を保ち下位の理性無きヴァンパイアを操るという

また、突然変異で稀に血を固めて攻撃手段として使う個体も現れることがあるのだという


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不死の悪魔

~ムラサキ村~

 

「……」

 

「くっ、うっ!結構強いじゃない……んっ!」

 

針を投げつけ、ナキリの行動に「回避」という過程を入れることで突進斬りの勢いを殺すちょこ。

 

しかし、徐々に押されてしまっている。

 

ちょこは斬られた家屋と瓦礫が村で防戦を強いられているのだ。

 

「シマ、イ……」

 

「なんのっ!!【徹甲針】!」

 

「ナッ……ア、ガ……」

 

「あやめ様!?あやめ様なんでしょ!?目を覚まして!生徒会長だった時の、あの時を!」

 

元の美しかった顔の面影は殆ど残っていない文字通り鬼の形相で迫るナキリの攻撃を針で受け流しつつ、ちょこはいつかの記憶を呼び起こそうとする。

 

しかし、その声はもはや届かない。

 

「ヴヴヴヴアアアアアアアアア!!!」

 

もはや特定の技も出さず、構えもせず、ただ無駄のない動きで刀を振るだけの鬼。

 

「困ったわね……残りの針が少なくなってき……!?」

 

大太刀の刃がちょこの首元へ。

 

「……」

 

「【深みより】」

 

「シマイ」

 

斬撃。

 

瞬く間にちょこの首は吹き飛んだように思われた。

 

しかし。

 

「……ふぅ。危なかった」

 

「ハ……?」

 

ナキリが背後へ向き直ると、そこには首どころか髪さえも乱れていない、戦う前と変わらない姿のちょこが立っていた。

 

「さぁ、第二ラウンドを始めましょう、あやめ様?」

 

「グゥゥゥ……」

 

再び針を飛ばしつつ距離を取って時間を稼ぐ。

 

メルがぺこら達を連れてくるまで、そう長くはかからない筈だ。

 

「やっ!それっ!【徹甲針】」

 

「ヴヴヴ!」

 

鎧を纏った相手に対応するため開発された徹甲針。

 

しかし、それは間もなくナキリの斬撃で粉微塵と化す。

 

「【麻酔……」

 

「ヴアア!」

 

「うっ……!?」

 

麻酔針で動きを止めようとするも、ナキリはそれを紙一重で回避。

 

「鎌鼬」とまで呼ばれたちょこの針が、ここまで一本たりとも命中していない。

 

「シマイ」

 

「うぁっ」

 

再び、ちょこの頭部が宙を舞う。

 

……ように、ナキリの目には映っていた。

 

「フーッ、フゥー……」

 

「【深みより】」

 

「……」

 

しかし、やはりちょこは傷一つ無くナキリの背後へ立っていた。

 

「……まだよ、あやめ様……!」

 

「フウッ……!」

 

ナキリは小さく溜め息をつくと、二振りの刀を収めて瞬時に居合の体勢に入る。

 

そして、

 

「シマイ」

 

ちょこが再び後退するよりも先に、二振りの刀がちょこの胴体を真っ二つに……。

 

「【深みより】!ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」

 

……やはり、なっていない。

 

「シマイ!」

 

「ぅ……ぁ……」

 

しかし、明らかにちょこの動きは鈍くなっている。

 

「……ヴヴ」

 

何を思ったか、短く唸るナキリ。

 

「【深みより】……。ハァハァハァハァ、ヒュー、ヒュー、ゼー、ヒュー!!ハァハァ、ゼ―、ゼー……」

 

「ヴヴヴ」

 

「さ、さ、あ、あやめ、様……まだまだ、ここから、よ……!」

 

「ァァァ、ァァァァ!シマ、イ、ニ……!!」

 

何度殺しても、起き上がってくる。

 

動きはどんどん鈍くなっていくが、それでも「死」という現実に辿り着かない。

 

それが不死の力を扱う怪物、悪魔の保険医。

 

不死の化身。

 

名を、癒月ちょこ。

 

確かに彼女は、それであった。




深みより


悪魔に魂を売った者が不死者と化した際に使われた魔術
魂、それを深みと引き寄せることで死体にとって余剰の生命エネルギーと引き換えに、かりそめの生命を得て蘇る

魂は深みを通り抜けただけ、本質を吸われ続ける

いずれ死は訪れるのだ
命の器が小さくなろうと、せめて生にしがみつく愚行にも格好はつこう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

餞別

~ムラサキ村跡~

 

「ハァ、ハァ……ハァ……ハァ……ヒュー、ヒュー……!」

 

ちょこは息を切らし、よろめきながらもナキリへ虚ろな瞳から視線を向け続ける。

 

やはり何度も黄泉帰りを繰り返した影響か、肉体は確かに全盛のそれだが、内側はすっかり蝕まれてしまっているようである。

 

「ゥゥゥ……」

 

そんなちょこを前に、ナキリは容赦無く居合の構えをとる。

 

「【麻酔針】……!」

 

「【瞬斬撃】」

 

「が、ぁう、う……ふ、【深みより】……!」

 

胴体を真っ二つに割かれ、それでも黄泉帰りによって蘇生を繰り返す。

 

「……」

 

「まだ、死なない……死ねない……皆が戻ってくるまで、ちょこが何とかするんだから……!」

 

「シマイ、ニ、スル……!」

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ゼェ、ゼェ、ヒュー、ヒュー、ゼェ、ゼェ……!」

 

「【瞬火終刀……」

 

「は、針を……」

 

腕が動かない。

 

肉体は、度重なる黄泉帰りによって確かに蘇生している。

 

しかし、とうとう深みに侵されきってしまったのだろうか。

 

もはや魂も冷え切り、膝から崩れ落ちる。

 

視線ももはや生気を失い、指先を動かすことさえできていない。

 

「草斬噺】」

 

「うぅ……」

 

ちょこの口から漏れ出た、思念体として最後の呻き。

 

「楽、ニ……ナって」

 

失われたナキリの暴力性でさえも、魂まで深みに蝕まれたちょこに対しては、あやめ本人の慈悲を抑えることはできなかったのだろう。

 

「ハァ、ハァ……。ごめんね、メル様、シオン様、トワ様、ぺこら様、みこ様……時間稼ぎも、できなかった……それと……あやめ様も、ごめんね……元に戻して、あげられなくて……」

 

「ゥゥゥ……」

 

「ぁう」

 

灰と化しつつある肉体で、血を吐きながら涙を流して尚も懺悔のように言葉を紡ぐちょこ。

 

そんなちょこの胸元へ、餞別のようにナキリは大太刀を突き立てる。

 

ちょこはすっかり動かなくなり、肉体は徐々に灰と化していく。

 

深みに呑まれ赤黒く変色した魂は、地の底へ吸い込まれて消えていく。

 

ちょこの魂が、この先どこへ向かうのかは、ちょこ自身も知らない。

 

しかし、そこは決して安心など存在しないところだろう。

 

世界の根幹、システムの基盤。

 

世界樹の根本、或いは地の底。

 

その実像は誰にも分からない。

 

「お待たせ!みんな連れてきたよ、ちょこ先生!」

 

「大丈夫ぺこか!」

 

「うっ、ホントに村が血まみれ……」

 

「トワちゃん、構えて。この殺気は……本当にダメなやつだよ……!!」

 

境内から階段を飛び降りるように下っていき、村へと到着する一同。

 

「……ちょこ先生はどこ行ったぺこ?」

 

「ちょこ先生……?」

 

「……見てよ、皆。初代会長の刀……!」

 

トワはナキリの太刀を指差す。

そこには、滴り落ちる新鮮な血液。

 

「あの鬼の子の刀……。これは……」

 

何かを察したメルは、全身から血を噴き出して武装する。

 

「メルちゃん、待って……」

 

それにいち早く気付き、メルを引き留めようとしたシオンだが、時すでに遅し。

 

「【ヴラド・ツェペシュの残骸】」

 

メルは右手を地につけ、次から次へとナキリの足元から杭を突き出した。

 

「フン、フンッ!グアアアアッ!!」

 

それらを全て回避し、平地から斜め45度の角度で一太刀で叩き斬るナキリ。

 

「……許さないよ、メルは……ヴァンパイアの王は……怒らせたら怖いんだからねっ!!!」

 

冷気と血の鎧を纏うメルを前に、ナキリは刀を構え直す。

 

そしてまた、恨めしそうにメルを見つめ直した。




瞬火終刀草斬噺


刀に鬼火を纏わせ、草を刈るように敵対者へ食い込むような斬撃を繰り出す剣技

かつて、季節の趣を詠んだ随筆
刀は、鬼の無意識よりそれを呼び出し纏った

物語は新たなる世界を創る業、それは神に等しい力を宿した刃である
だが、結局は使い手によるのだろう
見よ、狼よ、御子の忍びよ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ストームルーラー

~ムラサキ村跡~

 

「鬼の首……メルが貰うよっ!!」

 

「……」

 

メルは、全身から噴出した血で生成された大鎌を二丁構えてナキリへと飛びかかる。

 

「トワも戦うよ!!はっ!喰式(グラビティ・イーター)

 

「行くぺこっ!【ストームルーラー】」

 

「フンフンッ!」

 

そこへ、トワによる重力魔術とぺこらによる風の刃を吹き飛ばした攻撃が援護に入る。

 

しかし、ナキリは鎌を弾いた上で腹部に蹴りを入れてメルを吹き飛ばし、トワの魔術から逃れた上でぺこらの剣から繰り出された突風をもう一本の脚で吹き飛ばし弾いた。

 

「う、とんでもないパワーだね……メルでも一人じゃ多分勝てなかったよ……!」

 

「でも、ぺこーら達が皆で戦えば!」

 

「きっと、倒せる!!【死神の神(サイス・オブ・カリ)】!」

 

「【ストームルーラー】!」

 

「【ブラッディ・ミサイル】!」

 

今度はトワが鎌を振り回してナキリへ急接近、そしてぺこらの風とメルの固めた血が援護する。

 

「フンフンッ!ガアアッ!」

 

ナキリは太刀で血のミサイルを弾き風を回避した上でトワの鎌を弾く。

 

瞬く間に対象を切り替えながら、一対一の状況を作り出す。

 

「はぁ、はぁ……どうしよう、メルの血のミサイルも、ぺこらちゃんの風も全然当たらない……!」

 

「……ちょっと下がってるぺこ。デカいの一発、ブチ込んでやるぺこだよ!!」

 

傷一つ無く着地するナキリ、その冷静な戦いぶりに、現状のままではこちらが消耗させられるだけであると判断したぺこら。

 

何に頭を悩ませたか、その場を動かないシオンの元へメルとトワを下げ、剣に突風を纏わせる。

 

それは今までの「ストームルーラー」とは大違いの、真空状態を作り出す双方向に回転する複数の風の渦。

 

「スキアリ……!」

 

「受けられるものなら受けてみるぺこ!!スープのレシピを教えてくれたおじさんの必殺技ァ……」

 

ぺこらの懐へと潜り込むナキリ。

 

居合の構えから目にも止まらぬスピードで引き抜かれる大太刀。

 

その刃は、ぺこらが剣を振り上げた時点で腹部の皮膚を斬り裂き、胸部の肉へと達する。

 

「ハァァ……」

 

「ッく……ゥゥゥゥゥゥ!!!はぁぁぁ……!!【嵐の王】ッッッ!!!」

 

「!?」

 

しかしぺこらは右足を踏み込んで剣を構え直し、傷口から血を吹き出しながらその剣を突き出す。

 

その風はナキリを宙へ浮かべ、腹部を抉る。

 

そして、剣に纏わせていた風を放出。

 

「……やぁぁっ!」

 

それと同時にナキリの腹部に「嵐の王」最大の風圧がナキリの腹部へ押し寄せる。

 

「ゴアア……?」

 

足の踏み場もない空中ではナキリの強い体幹も意味を持たない。

 

そのままナキリは村の外まで吹き飛ばされ、とうとう腹部には風穴が空いた。

 

「よぉし!!効いてるぺこぉ!げふぅっ……!はぁ、はぁ……!」

 

「ぺこらちゃん!……あっちで休んでて、後はメル達が何とかするから!」

 

「す、すまねぇぺこ……」

 

血みどろになり、丘の上に倒れ込んだままのナキリ。

 

一方のぺこらも傷口からの出血が止まらず、戦闘不能になってしまった自分を邪魔になると判断し、戦場となっている村の西部から離れて境内へと続く階段へ戻り、その一段目と二段目に寄りかかるかたちでゆっくりと倒れ込んだ。

 

「……ガ、ァゥ……」

 

ナキリは倒れたまま起き上がることなく、丘の上に倒れている。

 

「見つけた!さっきの鬼!」

 

「先代の生徒会長……強いとは聞いてたけど、まさかここまでだったなんて……」

 

「ぺこらちゃんがいなかったら危なかったね」

 

メルは血で生成した羽、トワは自身に逆向きの「[[rb:喰式>グラビティ・イーター]]」をかけて反重力装置とすることで浮遊、「嵐の王」によって吹き飛ばされたナキリの元へ向かう。

 

「さあ、ナキリ会長……覚悟しなよ!!」

 

トワは右手に魔力を溜める。

 

そして魔弾を発射しようとした、その瞬間。

 

「トワちゃん!!危ないっ!!!」

 

メルはトワの眼前に血液の壁を生成し、肩を引っ張って身を引かせる。

 

トワの眼前を刃が通過。

 

血の壁は真っ二つに斬り裂かれ、その先には腹に穴がぽっかりと空いたままのナキリの姿があった。

 

「ァァァ」

 

「そ、そんな……あんなにボロボロになって、まだ戦う気……?」

 

「危機一髪だったよ……。トワちゃん、もうひと頑張りしなきゃいけないみたい」

 

メルは全身から血を噴き出し、鎧のような形状へと変化させる。

 

「そんなこともできるんだ、その血……」

 

「ふふん、メルは天才だからねっ!さあ、行くよ!」

 

あと一押し。

 

メルとトワは魔力効率を考えずに全ての力を振り絞って突撃。

 

鬼の暴走に終止符を。

 

しかし彼女達の瞳に映っていたのは、再び刀を握って確かに立っていた鬼の姿であった。




嵐の王


巨いなる脅威に打ち克つべく造られた大剣、ストームルーラー
その概念及び記憶によって見出される戦技

それは嵐の中、或いは巨人の前でのみ真価を発揮する

騎士は友との約束のため、剣と記憶を手に罪の都へと赴いた
もはや理性無き友へ、そして壊れてしまった巨人の王へ
それは最後の手向けであった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オーバードライブ

~ムラサキ村郊外~

 

「【血のハンマー】」

 

メルは血で生成した槌を手に天高く飛び上がり、自由落下に合わせて振り下ろす。

 

「……!」

 

ナキリは太刀でそれを回避し、メルの背後へと回り込む。

 

「【叫びの内側へ(ダイブ・イン・トゥ・ザ・スクリーム)】」

 

そこへ右腕に虚空、とある世界では暗黒空間と呼ばれたそれを纏わせたトワが迫る。

 

ナキリは間一髪で回避、しかしその身体は削り取られた空間に引きずられる。

 

「そーーーれっ!」

 

そこへ振り下ろされる血のハンマー。

 

ナキリの身体は肉体は跡形も無くなった。

 

「グゥゥ!」

 

……しかし潰される直前にハンマーの内側を斬り裂いて潜り込んだのか、ナキリは内側からハンマーを砕き、姿を現す。

 

「これでもダメなんだ……なら……!【ブラッディ・ファング】!」

 

メルは血で生成した短剣に自身の肉片を埋め込んでナキリへ向けて飛ばし、疑似的な誘導兵器として使う。

 

「フンッ!」

 

ナキリは太刀を振り回して血の短剣を粉砕。

 

肉片はメル自身がそれを操作する権限を失うまで細切れにされてしまった。

 

そして、怯むことなくメルへ刃を向けるナキリ。

 

「このままじゃラチが明かないよ……」

 

「……トワに任せて」

 

刀を構え直し、メルの眼前まで迫るナキリ。

 

トワは右手に魔弾を構えて発射しながらナキリへ接近し、そのままメルを押しのけてナキリの大太刀へ蹴りを入れる。

 

「トワちゃん、何を……」

 

「【魔人化】」

 

「……!」

 

「ウオオオオオオオオオオオオオアアアア!!!」

 

押し出されたナキリの前に現れたるは、変わり果てた姿のトワ。

 

全身は黒く染まり、二本の捻じ曲がった角が生え、紫色の筋のようなものが全身に張り巡らされている。

 

もはや彼女は小悪魔ではなく、本物の―。

 

「【瞬火……!」

 

「【魔剣トワ】」

 

ナキリが刀に炎を纏わせる間も無く、トワは生成した大剣でナキリの左腕を斬りつける。

 

「ヴ、ヴ、ガァァァァァァァァ!!!?」

 

「やっ!はっ!ぐぉああっ!!」

 

トワの連撃は止まらず、防戦を強いられるナキリ。

 

「グア、アアアアア……!?」

 

「押し切るッッ!!【ソードマスター……!」

 

ナキリの眼前に迫るは、トワの名を冠する大剣。

 

しかし、それがナキリに接触する直前。

 

「グ……!」

 

「あ……」

 

効率を考えずに使っていたトワの魔力が切れ、魔人化が解けてしまった。

 

「【一文字】」

 

「っ!!?」

 

右腕ごと弾き飛ばされる大剣。

 

そして、

 

「【旋風斬り】」

 

渦を巻くナキリの太刀。

 

「う……ぇあ……?」

 

「トワちゃああああああああああああん!!」

 

瞬く間にトワの全身斬り裂かれる。

 

メルの悲鳴が響き渡る中、力を失った小悪魔は跡形も無く灰と化した。




血のハンマー


何処かの世界、「血の悪魔」として知られた少女の記憶から見出した戦技

少女は悪魔を狩る悪魔として生き、そして死んでいった

尤も、悪魔の末路がろくなものである筈が無いのだが
しかし英雄に似た結末と思えば気休めには、或いは手向けにはなろうか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ブラッディ・ストリーム

~ムラサキ村郊外~

 

「フンッ!」

 

「【血壁(けつへき)】!」

 

「【一文字】」

 

「【血壁(けつへき)】!」

 

ナキリの太刀は血の壁を斬り裂き、刃はメルが纏っている血の鎧へ達する。

 

「ヴアア!」

 

「うっ!!?あ、危ない……」

 

刃が鎧を貫通する時と同時に血の武装を解除し、それは血のナイフへと変化、全方位からナキリの全身に襲いかかる。

 

「グウウ……」

 

しかし、ナキリは難なくこれら全てを一瞬で破壊。

 

「はぁ、はぁ……!これ、結構魔力も体力も使うんだけど……」

 

「フゥゥゥ……」

 

すっかり血も少なくなり、じわじわと追い詰められてきたメル。

 

「このままじゃ倒せない……ちょこ先生も、トワちゃんもやられちゃったし、ぺこらちゃんも大ケガして、今は倒れてる……」

 

「グウウウ、ウウ……!【旋風……」

 

メルは今まで、人間を食糧としか思っていなかった。

 

人々を蹂躙し、下級の吸血鬼に変えて魔物の軍隊を率いていた。

 

しかし、目覚めたばかりのロボ子さんに軍を一掃され、はあとに助られ、「赤」と化したはあとに裏切られ。

そしてちょこ達に助けられ、今、ここにいる。

 

襲う側から襲われる側へ、奪う者から守る者へとなった今。

 

メルの覚悟は決まっていた。

 

「それでも!メルはただで殺される訳にはいかないんだよっ!!【血針(けっしん)】!」

 

今まで数多の命を奪ってきたメル。

 

友の命を奪われたからこそ覚えた罪悪感は、体内で酸い性質を見出した。

 

鎧を砕かれたメルは後方へ回転しながら飛び上がり、血で生成した針を投擲。

ナキリは針を弾こうとするが、針は刀身に触れた瞬間に溶解。

玉鋼が一瞬で錆びる。

 

「!?」

 

「どう!?もう金属はメルの敵じゃないよっ!」

 

戸惑うナキリの隙を突き、メルは大太刀に蹴りを入れて折る。

 

「……!?」

 

「はあああああああっ!やっ!それっ!」

 

さらに、拳を突き出してもう一本の太刀も打ち砕いた。

 

「……アア……!ウアアアア!」

 

「がぶっ!?」

 

しかし刀を折っている隙にメルは懐へ潜り込まれ、顎を削り取るようにアッパーを受けてしまった。

 

そして、

 

「【無手(むて)命奪砕(めいだつさい)】」

 

「が……っは」

 

ナキリの拳はメルのみぞおちから体内へ突き刺さり、心臓と喉仏を巻き込んで胴体を内側から裂いて粉塵と化す。

 

「……シマイ!」

 

「う……」

 

そして、メルは自身の胸部が抉られたことを自覚する間もなく、頭部を打ち砕かれて瞬時に灰と化す。

 

「ガァッ!ハァ、ハァ……」

 

「あとは……よろしく……ね」

 

消えゆく中、掠れた声で僅かに声を漏らした。




ソードマスター


何処かの世界にて活躍した伝説のデビルハンター
その記憶から見出された戦技

それは周囲に魔剣を展開し敵を斬り裂く
魔剣を携え、魔人と化して仲間と共に魔王へ立ち向かった彼の姿は、きっと誰かの忘れ得ぬ記憶となるだろう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ムラサキ村の紫咲シオン

~ムラサキ村~

 

トワ、メルの二人を始末し、再び村へとゆっくり歩き出したナキリ。

 

「……アア」

 

腹部の肉は抉られ、刀を失った。

 

それでも鬼の力は健在。

 

寝たきり状態のみこと傷だらけのぺこらでは、ナキリの相手すらにならないだろう。

 

「……来やがった、ぺこか」

 

しかし、現実は非情である。

 

境内へと続く階段の前に倒れているぺこらとナキリの距離はだんだんと詰まっていく。

 

満身創痍のぺこらは、指一本たりとも動かすことができない。

 

文字通り、目に見えて近付いてくる「死」の気配。

 

肉体には震える程の力も残っていないが、それでも確かに寒気は背筋を伝う。

 

「……ウウ」

 

「ば、万事休す、ぺこか……この分だと、二人は……」

 

「ウアアアアア……!」

 

一歩、一歩とぺこらへ近付くナキリ。

 

拳を握りしめ、全身から邪気が溢れ出すその姿はまさしく「鬼」。

 

「鬼……ここまでひどいとは思わなかったぺこ……!そんな、そんなことが……!」

 

「……ガ、ガガガ……アアア!」

 

ぺこらの頭部へナキリの拳が迫る。

 

「【バイオレット・バレット】」

 

しかしその拳は大きく外側へ反れる。

 

「ガッ……?ア、ア、アガガガガガガ」

 

ナキリの全身に雷を圧縮した弾丸が命中する。

 

全身の痺れに感覚を失ったナキリはその場に膝をつく。

 

「あやめちゃん。ずっと……ずっと迷ってた」

 

シオンはナキリの眼前に迫り、魔術で重力をかけて話を始める。

 

「……」

 

「昔……あやめちゃんがまだ生きていた頃。いっつも、シオンに相談してたよね」

 

「……ア」

 

「鬼の力のこと。……ずっと、心配してたよね」

 

シオンはかつて、生前のあやめと同じ時代にも魔界学校へ通っていた。

 

当時の名は「ムラサキ」、後によく知る村と同じである。

 

「……ゥゥ」

 

「『自分』で言うのも恥ずかしいけど……大魔術師『ムラサキ』は、確かに最悪の手段をとった」

 

自身の鬼の力が暴走することを案じたあやめは、かつての大魔術師「ムラサキ」に一つの願いを託した。

 

鬼でありながら、学び舎における生徒会長のような「秩序」であることを望んだあやめ。

 

そんな彼女は、親友であるムラサキに自身の力について相談をしていた。

 

しかし、大魔術師と呼ばれていたムラサキにも、眠れる鬼の力だけはどうにもできなかった。

 

「……」

 

「なのに、結局……シオンの覚悟が足りていなかったから……」

 

頭を悩ませた末に、二人が選んだ道。

最悪にして唯一の手段。

 

それは、ムラサキが力の暴走を引き金とする「死の概念」という爆弾をあやめに埋め込むことで、事実上はあやめが「暴走した鬼」へと成ることを防ぐ、というものだった。

 

人並みに死を恐れてはいたあやめではあったが、それでも彼女は人間的な生き方を望んだのだ。

 

「……!ムラ、サキ」

 

「はっ……!そ、その名前……!あやめちゃん、まだ自我が残ってるの!?」

 

「ア、アア……」

 

ナキリはシオンに視線を向けたまま直らない。

 

「……そんな訳ないよね、ハハ……」

 

しかし、すぐさま再び殺気を出すナキリ。

 

シオンは少し上がっていた肩を落とした。

 

……ある日、突然訪れたあやめの死。

 

かつて二人で選択した運命の果て。

 

しかしそれを前にしたムラサキが、結論として現実を受け入れることは出来なかった。

 

火葬され、魔界学校の敷地内へ埋められることとなったあやめ。

 

ムラサキが持ち帰った骨壺が、それを全て物語っていた。

 

「ァァ」

 

それが、結果として災厄を招くことも知らずに。

 

「【喰式(グイシキ)】」

 

「ガアッ!!?」

 

「これは、シオンの覚悟が足りていなかったから。『死の概念』を与えられたあやめちゃんに、『生命の力』を与えちゃったから……こうして、魔界学校もムラサキ村も……もしかしたら他の場所も、滅ぼすことになっちゃった。……これは全部、シオンのせいだから」

 

「ガガガ、ガァ……シ、オ、ン……」

 

「だから……ここでシオンが止めなきゃいけない。被害なら、もうシオンが一生かけても償い切れないくらい出てる。でも……いや、だから……」

 

「……シマイ、ニ、スル!!」

 

「ここで、シオンはあやめちゃんをもう一回殺さなきゃいけない」




喰式


それは「グラビティ・イーター」に非ず古の魔術「グイシキ」は、魔術師「ムラサキ」によって見出された闇の魔術
狙いを定めた場所に「グラビティ・イーター」よりも強い重力をかけ、さらに激しい雷を落とす

足に纏わせることもできるそれは、命中した相手の肉体と魂を激しく削り取る
そして闇の魔術故だろうか、術者の魂も多からずだが消耗する

渡し舟を沈める雷
鬼をも喰らい、神威を振るう
しかしこれは確かに、禍つモノである


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終止符を

~ムラサキ村~

 

メルに刀を折られたナキリは足を踏み込み、風穴が空いた腹部から血を垂らしながら両腕を引き、高速移動を始める。

 

地形を無視しているかのように抉りながら、残像が残る程のスピードでシオンの周囲を走り回るナキリ。

 

「【喰式(グイシキ)】」

 

しかし、シオンはナキリの動きを予測して「喰式」を放つ。

 

「グ、ァ……」

 

重力、電撃、神性、闇、その全てがナキリの全身を削りとる。

 

「【ボルト・オブ・ヴァイオレット】」

 

「……ヴゥゥゥゥ!!」

 

鎧は綻び、丹田を削られ、力が抜けていく。

 

「これで終わりにする……終わりにしないといけない……!!」

 

「……!」

 

力を込めることもできず、武器も失ったナキリは満身創痍だった。

 

鬼の悲劇を、友の暴走を止める。

 

「喰式」を纏い、地面に対して逆に重力をかけることで、実質的な反重力装置として空へ飛び上がり、浮遊した状態で右脚に雷を集めるシオン。

 

限界はナキリは膝を突こうと、腰を落とす。

 

「【サンダーボルト】」

 

雷を纏ったシオンの蹴りが、天高くよりナキリに襲いかかる。

 

地に膝を突いたナキリは、為す術も無く電撃の中へ姿を消していく。

 

「……ガァッ!」

 

……フリをして背後へ飛び上がり、電撃が一瞬、身を掠める程度に被害を抑える。

 

「っ……!?」

 

「グァァァ!!」

 

そして、間もなくナキリの回し蹴りがシオンの身体を吹き飛ばす。

 

「はぁっ……!?」

 

衝撃で内臓を揺らされたのか、口から血を吹き出してそのまま地面に倒れ込む。

 

「……シオン」

 

「あや、め、ちゃん……」

 

「……【鬼ノ掌(オニノテノヒラ)】!」

 

ナキリは右腕に魔力を纏わせ、一度に放出。

 

「が、はぁ……!!」

 

意識が朦朧とした状態で倒れていたシオンは、ナキリの右腕から放たれた魔力の波に吹き飛ばされた。

 

シオンの小さな肉体は吹き飛ばされるように宙を舞い、境内前の階段辺りで受け身をとって体勢を立て直す。

 

「……!」

 

「がはっ、がはっ!……あやめちゃん……!!もう、やめて……!」

 

最早、正気どころか「百鬼あやめ」さえも失いつつある鬼。

 

かつて失った友人が、本人の自我の一切を失って暴れまわる姿。

 

それはシオンの思考も、覚悟も、その全てをグチャグチャにかき乱すには十分であった。

 

「……!」

 

傷だらけのシオンは、右腕に触れる何かを感じる。

 

「おい、魔女っ娘……」

 

「ぺ、ぺこらちゃん……!?」

 

そこには、右手でシオンのスカートの裾を掴み、掠れた声をあげるぺこらの姿。

 

「これ、を、つか、う、ぺこ……大切な友達、が、相手、なら……これが……」

 

ぺこらは、渇いたナキリの血が付着した自身の剣をシオンの左手へ託す。

 

「ぺこらちゃん……!」

 

シオンはそれを手に取り立ち上がり、しかし一方で肉体が限界を迎えたぺこらは、シオンの左手に己の右手を重ねたまま意識を失った。

 

「……ぅ」

 

「ぺこらちゃん、ありがとう。……行ってくる」

 

シオンは両手でぺこらの剣を持ち、一歩、また一歩とナキリへ近付く。

 

「ヴヴ……ガァァ」

 

「……最終決戦だよ、あやめちゃん!」

 

「……!」

 

ナキリは足を地に踏み込んで構えをとり、シオンは全身に雷を纏った状態でぺこらの剣を構える。

 

勝敗は今、血に染まった村の跡にて決しようとしていた。




叫びの内側へ


常闇トワによる闇の魔術
空間を削り取る空間、「暗黒空間」と呼ばれるそれを生成する

声帯を触媒として発動するため、道具を必要としないが無詠唱での発動は不可能

悪魔は魔術の扱いに長けている
そして歌を得意としたトワは声帯を触媒に、範囲を広める魔術を見出した


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

死するべくして

~ムラサキ村~

 

「ハァ、ハァ……」

 

「ガァァァ……!」

 

「耐えて……シオンの身体ッ!!」

 

「シマイ、ニ、スル……!」

 

シオンは詠唱を始め、全身に紫色の雷を纏う。

 

一方のナキリも全身にオーラを纏い、周囲の空間が歪んで見える程の力を右腕に集中させた。

 

「【脚纏喰式(きゃくてんぐいしき)(シン)】」

 

ぺこらから託された剣を背後に構えながら、高く飛び上がって雷と重力を纏わせた右脚を突き落とすシオン。

 

「【鬼ノ掌(オニノテノヒラ)】!!」

 

ぶつかり合うナキリの右手とシオンの右脚。

 

血に染まった家々はあっという間に倒壊し、村はもはや跡形も無く消し去られてしまう。

 

「うううううううう……っ!」

 

「ガァァァァァァァァァ……ッ!!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

一瞬、空間の歪みが生じる。

 

その間にナキリの右腕は消し飛び、しかしシオンも衝撃で吹き飛ばされた。

 

「グゥゥッ!」

 

「はぁぁぁ……」

 

右腕を失い、膝から崩れ落ちていくナキリ。

 

一方のシオンは宙返りからの着地、そして足に纏わせていた重力をナキリの方へ向けて急接近。

 

よろめくナキリの眼前にて風を纏った剣を構え、そして。

 

「【嵐の王】」

 

「ガァァァァァァァァッ!!」

 

胸部を巻き込み、頸部を一刀両断。

 

負荷に耐え切れず、崩壊するぺこらの剣。

 

そしてナキリの首から上は、まさに鬼の形相のまま土の上へと落下する。

 

「終わりだよ、あやめちゃん」

 

胴体と脚部は瞬く間に消滅し、顔もいつの間にか生前のものに戻っていたあやめ。

 

その口から放たれた最後の言葉は。

 

「………………ありがとう、シオンちゃん」

 

「あやめちゃん……うっ」

 

ただ視界を埋め尽くす、かつての友人。

 

そして、自我を失う程までに「鬼」と化した己という邪悪を消し去った勇者。

 

紛れも無い、「紫咲シオン」への感謝の言葉であった。

 

「……シオンの方こそ、今までありがとう。それと……。ごめん。本当に、ごめんなさい……。ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

 

膝を突き、滝のような涙を流すシオン。

 

かつて大魔術師と呼ばれたシオンは、泣き声ももはや声にならず、整った顔をくしゃくしゃに崩して、その場に跪いている。

 

それから、どれだけの時が経ったことか。

 

「ひっく、ひっく」と嗚咽しながらも、ゆっくりと立ち上がるシオン。

 

そして。

 

「……もう、いいかな。……【喰力(くうりき)】、解除」

 

シオンは、自身にかけていた魔術を解除する。

 

「……シオンの役目は、これで終わり。あやめちゃん。シオンもすぐ、そっちに……行く……か、ら……」

 

全身の力が抜けたのか、杖と魔導書が地に落ちる。

 

その肉体は急速に干からび、瞬く間に灰と化す。

 

自らの役目を終えた紫咲シオンの生は、遂に終焉を迎えたのであった。




喰力


大魔術師ムラサキが開発した闇の魔術
自らを不死者とし、寿命と生命エネルギーを代償に傷と老化を呪いとして逸らす

大魔術師ムラサキは、紫咲シオンとして新たに生を為した
それは不死者と成り、かつての友を止める為の命を己に与える禁術の類であった

百鬼あやめの死から、長い時が流れた
その身で時を待つには、人の身ではあまりにも無力だったのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

解放者、ルーナ

~サーバ海~

 

頼もしい三人の仲間と新たなる船を手に入れ、「カバー」の海を進むマリン。

 

「う~ん……こうして海を往くのも久しぶりですねぇ~……」

 

マリンは甲板にもたれかかり、伸びをする。

 

「せんちょ、風向きが変わるよー!よいしょ、よいしょ……これでスピードダウンは防げるはず……」

 

吹きつける逆風。

 

あくあは広げていた帆の角度を変え、魔力モーターの出力を上げる。

 

「海風が涼しいね~!……それに、この照りつける日差し……懐かしいなぁ」

 

「……ルーナがこの世界に呼ぶ前の話なのら?」

 

「うん。……まつりがいた町は自然に囲まれてて……学校も……学校……?」

 

「んな?まつりちゃ?」

 

まつりは膝を突き、右手の甲を額に当てながら腰を落とす。

 

「……アレ、何の話してたんだっけ?」

 

「お日さまの話なのら。まつりちゃ、大丈夫なのら?」

 

「……う、うん、大丈夫。それより!この海!ほら、ルーナも見てみなよ!」

 

しかし、まつりは何事も無かったかのように話題を逸らし、ルーナを抱き上げて海を見渡す。

 

「………………波が、あるのら」

 

ルーナが生きている内に見た事があった海は、全て描かれた世界の中にあった。

 

その絵に入る事はできず、また、その絵から水や魚が飛び出してくることも無い絵。

 

それが今、目の前にある関心に、ルーナの口からはしばらく言葉が出て来なかった。

 

「綺麗だね~……水も透き通ってる……」

 

まつりが水面に視線を移すと、ルーナは目を輝かせてまつりに訴えかける。

 

「お魚!お魚が食いてーのら!」

 

「魚?何で?」

 

「実はルーナ……魚食べた事ねーのらよ」

 

荒地の姫君は大海を知らなかった。

 

そこに生きる者達も、透き通る水の色も。

 

それらは全て物語の中に、或いは絵画に映る虚像であった。

 

現実で目にしたことがある水は、ただ口に含む為の真水のみ。

 

「じゃあ、ルーナ!釣りしようよ、釣り!」

 

「うーん。でもルーナの力じゃ、逆に引きずりこまれちまいそうなのら」

 

「大丈夫!まつりと一緒に一本の竿で釣ればいいんだよ!」

 

「んなーい!まつりちゃんと二人で一緒なら安心なのらー!」

 

ルーナは魔術で釣り竿を生成し、まつりと二人で持ち手を握る。

 

「じゃあ、行くよ!ルーナ!」

 

「「そぉぉぉーーれっ!」」

 

ルーナとまつりは息を合わせて釣り竿を海へ投げ込む。

 

そして、

 

「っ!!かかったのら!」

 

「え!?もう!?」

 

竿を投げ入れて数十秒、何かの反応があった。

 

「二人とも!?何やってるんですかぁ!?」

 

マリンが気付いた時にはもう手遅れだった。

 

「で、でっかいタコさんなのらぁぁぁぁ!?」

 

「ナニコレぇぇぇぇぇぇ!?」

 

ルーナとまつりの釣り糸を伝って、一体の怪物が姿を現す。

 

「INA'NISシステム、スタンバイ」

 

怪物は八本の足を振り回し、それらを何度も船体に叩きつける。

 

海の怪物、サーバ海の番人。

 

彼女は、新たなる門出を祝したばかりの宝鐘海賊団に牙を剝いた。




荒地の女王


荒地の女王は、能力を用いて無意識の内に理想の王国を生み出した

だが荒地の女王は、魚を見た事が無かった
荒地の女王は、海を見た事が無かった
荒地の女王は、友人をもったことが無かった

友を召喚し、そして海へ出た女王は、やがて全てを手に入れた
それが望むものばかりとは限らないが


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EXpAnsionMonster

~サーバ海~

 

「ピピピピピピ……」

 

「んなああああああああああ!!でっかいタコさんなのら!どうするのら、こっちに向かってくるのらー!」

 

「船に足が……!どうしよう、船長!」

 

「大丈夫!!ルーナたんが再現してくれた大砲を使えば、これくらい……!【ミラクル船長キャノン】、発射ァァァーーーッ!!」

 

甲板まで触手を伸ばし、襲い掛かろうとするタコの怪物。

 

その胴体を目掛けて、船体に配置された全ての大砲から魔弾が発射された。

 

「ピピピピピピュピュピュピュピュピュピュピュイン……!」

 

タコの怪物は悶えるように大きく反り、触手を船体から降ろして距離をとる。

 

「せ、せんちょ!操縦はあ、あてぃしに任せて!」

 

「お願いします、あくたん!」

 

マリンに舵を任され、荒れ狂う海を進むあくあ。

 

「まつりも助太刀するよ!それっ!」

 

まつりは船のマストよりも高く飛び上がり、その頂点に降り立つ。

 

「ピピピピピ……」

 

「せーのっ!!【後の祭り】!!」

 

そして、どこからともなく取り出したバチで太鼓を叩き、内臓に響くようなその音波は次第に大きな衝撃波となり、タコの怪物を襲った。

 

「ピキュキュキュキュキュキュキュ……!」

 

怪物の触手は次々に内側から破裂し、その悲鳴が辺りの波をさらに持ち上げる。

 

「おおー!ナイスです、まちゅり!」

 

「へへー!任せて、船長!」

 

まつりはマストの頂点からブイサインを出し、再びマリンを援護する体勢に入った。

 

「あくたん、大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫……大丈夫、かな……?」

 

一方、さらに荒れる海にあくあは苦戦中。

 

しかし、あくあは何とか舵を操作しながら、不完全ながらも水を操る魔術を用いて船体の揺れを抑えている。

 

「団長も行くよ!よっ、と!」

 

ルーナに仕える円卓の騎士にしてルーナイト最後の生き残りのノインも、触手を足場に怪物の胴体へ飛び掛かり、その頭部を殴り飛ばした。

 

「ピピピピ、ピピ……」

 

その衝撃に、タコの怪物は思わず水中へ潜り込む。

 

そしてマリン達への直接攻撃を諦めるかのように、船からさらに距離をとった。

 

「逃げた……いや、違う!まだですねッ!」

 

しかし逃げたという訳ではなく、遠方から波をさらに大きく動かして船を転覆させるつもりらしい。

 

あくあの握っている舵が、とうとう狂い出してきた。

 

「んなああああああああ!?」

 

「姫!手を伸ばして!」

 

「ルーナ、柱に掴まって!」

 

まつりとルーナ、そしてノインは三本あるマストの内最大のものを支えている柱に抱きしめるように掴まる。

 

「あくたん!そろそろヤバいんじゃあないですかっ!?」

 

「ダメかも!!助けてせんちょおおおおお!!」

 

「無理ですうううう!!マリンにもどうすることもできませええええええん!!」

 

一方、あくあの舵取りにもとうとう限界が訪れている。

 

「ど、どうしようどうしようどうしよう……!」

 

「もうダメですうう!!船長はまた同じミスを犯すんですうううう!!」

 

そしてマリンはかつてのトラウマを思い出しパニックになっている。

 

ルーナ、まつり、ノイン、マリンの動きが封じられた今、まともに動けるのはあくあだけである。

 

「ど、どどどど、どうすれば……どうすれば、この状況を何とかできる……?」

 

あくあは周囲を見回す。

 

大きく傾く船体、ガタガタと震え始める舵。

 

「ピピピピピピピピピピピ……ピキュンピキュンピキュン」

 

一方、タコの怪物はさらに距離をとった上で水のバリアを展開し、もはや砲弾も意味を為さない。

 

「……あてぃしがやるんだ……何か、やらなきゃ……!」

 

あくあは水を操る呪文を唱え直し、波に合わせてなるべく水面に対して船が平行に乗るように動かす。

 

しかし、今のあくあにはやはり限界がある。

 

あっという間に船は大きく傾き、魔術も途切れてしまった。

 

「ピキュンピキュン」

 

こちらを嘲笑うかのように鳴くタコの怪物。

 

しかし、その鳴き声があくあの心に火を点けた。

 

「あてぃしは……まつりちゃんも、ルーナちゃんも、ノインちゃんも、船長も……今はあてぃしが守らなきゃ……!」

 

あくあはさらに詠唱を続ける。

 

骨を通じて同化したアクアの力を使い、純白のドレスを纏った「水の王女」へと変身した。

 

「あ、あくたん……!?」

 

「またルーナ達と出会った時みてーになってるのら……」

 

「できる……この姿なら……!今のあてぃしなら、きっと何でもできるっ!」

 

「ピキュキュキュキュ……」

 

身の危険を察知したのか、さらに何層ものバリアを張るタコの怪物。

 

しかし、「水の王女」と成ったあくあを前に、水のバリアは無いも同然。

 

「【デカダンス】」

 

あくあは辺りの水を大量に吸い上げ、船よりも一回り巨大な拳を作り出す。

 

それは拳が形成されてからも辺りの水を吸い込み、タコが生成した水のバリアをも吸い込んでいく。

 

そして、

 

「ギィッ!!?ピピピピピ、ピピ、ピ、ピキュキュキュキュキュキュキュン……」

 

さらに巨大化した水の拳は、辺りの何もかもを巻き込む災害のような波となって、タコの怪物を一撃で海の底へと沈めたのだった。

 

「「「ええー!?」」」

 

「タ、タコさんが一撃でやられちまったのらー!?」

 

目の前で起こったあまりの出来事に、驚きを隠せない一同。

 

「あ、あくたん……!?こんなこと出来たんですか……!?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!ぐ、偶然……!だ、ょ……」

 

一方、体力の限界を迎えたあくあは息を切らしながらセーラー服に戻り、その場に倒れ込んだ。

 

「水の王女」と成るには、どうやら大量の魔力と精神力、そして体力を使うらしい。

 

「あくたん!?あくたん、大丈夫ですか!?」

 

「すぅー、すぅー……」

 

「……寝ちゃっただけみたい」

 

「お疲れ様なのらね」

 

「団長、ベッドに寝かせてくるよ」

 

ノインはあくあを抱き上げ、船室のベッドへと連れていく。

 

その後、タコの怪物は触手だけを丁寧に切り取られ、一味によってタコ焼きにして食べられたそうな。

 

海の怪物は、真の力を自在に扱うことができるようになったあくあの手によって沈められた。

 

しかし、その怪物が終始あげていた鳴き声は、マリン達に僅かながらの疑問を残していったのであった。




EXpAnsionMonster


とある異世界
研究者達は宙を舞う機人、その極を求めるべく叡智に狂い果てた

その果てに生み出された一つの完成形となるはずだったものを稲荷博士が転用し手を加えた、緻密なプログラムにして情報の塊、そして、突如として「カバー」に現れた幻獣及びそれらの総称

鋼鉄の巨人を操る者の脳に殺人的な反応速度で戦闘シミュレーションデータを送り込み、戦闘に活かす
その演算技術は、幻想を取り込んだ未来を描く足掛かりとなった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの道

~サーバ海~

 

数日後。

 

タコの怪物を倒して以降は特に戦闘も悪天候も無く、安定した航海が続いていた。

 

「……暇なのら」

 

「暇だねぇ~」

 

ルーナとまつり、甲板で日向ぼっこ。

 

ノインは屋内で装備の手入れを、あくあは食事の用意を、そしてマリンは緩やかに舵をとっていた。

 

「せんちょ、みんな、ご飯できたよ……」

 

あくあは食堂のテーブルにオムライスが盛り付けられた皿を並べる。

 

温かな潮風と緩やかな波。

 

怪物との戦闘で疲れた身体を癒しつつ、彼女らの航海は続く。

 

~ブッシュ平原~

 

「みんなありがとー!」

 

「ロボ子さん、まだ歌える?」

 

「うんっ!」

 

平原を彷徨う一人と一機は、動物達を集めてコンサートを続けていた。

 

~???~

 

「……僕は目指すよ。果てを……この世界の向こう側を……!」

 

一人残された天界学園の天音かなたは、今もなお果てを目指して飛び続けている。

 

~ムラサキ村~

 

「……終わった、ぺこか」

 

シオンとナキリの気配が消える。

 

それに気付いたのか、ぺこらはよろめきながら立ち上がり、境内へ向かう階段を上っていく。

 

「この村はもう終わり、ぺこ……あいつを……あのエリートが復活するまで、最後に残された神社はぺこーらが守らなきゃ……でも、その前に……」

 

ぺこらはみこが眠っているベッドに腰を下ろし、そのまま横たわる。

 

「もう少しだけ、休憩、する、ぺこ……」

 

そして、みこと同じベッドで静かに寝息をたて始めた。

 

~死者の谷~

 

「お城までもう少し……」

 

「ぜぇ、ぜぇ……」

 

「おまるん大丈夫か~」

 

「だ、だ、大丈夫……!」

 

「はぁ、はぁ……」

 

「ラミちゃんも大丈夫~?」

 

「大丈夫……こんなところでへこたれてなんか、いられない……」

 

険しい道を通り抜けていく一行。

 

ラミィは氷で杖を生成し、それを突きながら歩いていく。

 

ポルカも座員をモチーフにした機械人形に籠を担がせ、それに乗って進み始めた。

 

「もう少ししたら腹ごしらえしよ~」

 

「さんせーい!」

 

ころねの抜け殻を背負いながら足を進めるおかゆが、たくさんのおにぎりを詰めた箱を腕から手に下ろす。

 

福音の廃城まで、あと少し。

 

最終決戦を前に、彼女達は最後の準備へ取り掛かる。

 

少女達は、それぞれの道を歩む。

 

~???~

 

「存在を感じる……近くに……稲荷ちゃん、どこなの……?こんな未来を、稲荷ちゃんは望んだの?」

 

~???~

 

「イナがやられた……!?ど、どどどどど、どうしよう……どうすれば、どうすれば……!この世界は、まだ……まだ終わりじゃあないのに……何か打つ手は……!そうだ!アレとコレとソレで……!必ず『シナリオ』は完成するッ!!」

 

世界の果て、神々の業。

 

少女達は、そこへ辿り着こうとしていた。




バイオレット・バレット


雷の弾丸を乱射する魔術
偉大なる魔術師、「ムラサキ」によって見出された

低出力、高威力の魔術として、これを欲する魔術師は多く存在した


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

巫女の見た夢

~???~

 

「……う~ん」

 

桃色の髪をもつ少女は、白衣を着たまま伸びをする。

 

「研究室……?桜、寝てたの……?」

 

少女は机に置いてあった顕微鏡を片付け、プレパラートの上に置いてあったいくつかの種を別々の瓶に入れ、そのまま靴も履かずに外へ飛び出した。

 

「この町も、すっかり変わっちまったにぇ……」

 

区画整理だとか都市開発だとか、そんなちゃちなものではない。

 

かつて、もっと恐ろしいことがこの街を襲った。

 

世界は変わった、あの日の夜。

 

アポカリプス、或いは世界樹の悲劇。

 

ほんの生き残りがそう呼んだ、世界崩壊のシナリオ。

 

その発端こそが何を隠そう、この「桜」という名を自称する少女が住む町なのであった。

 

もはや名前を知る者達さえも殆どが死に絶えたこの町。

 

そして廃墟と化して久しい町の空き屋を改装した研究室で、桜は今も尚、腐敗し切った世界を蘇らせるべく、新たなる世界樹の種を生み出さんと研究を続けていた。

 

「世界樹の悲劇」とあるように、原因はおそらくこの町に太古の昔から生えていたと言われる巨木。

 

……長い夢を見ていた。

 

巫女服を身に纏い、少女達の戦いを見届ける夢。

 

「あの夢は……何だったんだにぇ……」

 

桜は研究室を出て、裏山へ向かう。

 

仮に「名無し町」としておこう、その町の外れに位置する裏山の果てにこそ、世界樹と呼ばれた巨木は存在していた。

 

古の時代より生きてきた、大都市一つを丸々呑み込んでも足りない程の太さと、天高くにまで伸びる幹。

そこから広がる無限にも等しい枝。

 

この辺り最大の観光名所でもあった世界樹は、名無し町の土壌にも豊かな恵みをもたらしていたのだ。

 

あの木は普通では無かった。

 

少なくとも、世界崩壊後どころか世界が崩壊していなかった5年前でさえ、そんな植物は存在していないのだ。

 

ただ一本、あの木を除いては。

 

「この木……使えるかな……あの花も、もしかしたら……」

 

プラスチック製の容器に植物のサンプルとなるを詰め、山を奥へ奥へと進んでいく。

 

「あっ!」

 

木の根によって盛り上がっていた岩につまづき転んでしまう桜。

 

「いっててててててて……」

 

膝の出血を手当てすることも白衣の泥を掃うことも無く、さらに歩いて山の奥へ向かう。

 

「まだ、まだサンプルが……もっと世界樹に近付かないと……」

 

世界樹の近くには、突然変異を繰り返すことによって他の地域ではまず見ることができない種の植物が多様に存在している。

 

桜は枯れ果てた世界樹を望む丘で、町を見下ろす。

 

「この町は、私が……」

 

桜は、すっかり蔓が伸びきった家々が並ぶ町を眺めて呟いた。




世界樹の悲劇


名も無き町の裏山、世界樹と呼ばれた大樹によって引き起こされた事件

恵みを失った名無しの町を中心に世界は一晩にして崩壊し、世界には災厄が降り注いだ

これはやはり人の業、許されざる思い上がりなのだろうか
かのバベルの塔のように


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

朝を迎える

~桜神社・境内~

 

「……ん、にぇ」

 

桜神社の境内、鳥居から右側へ視線を移すとそこにある、小さな小屋。

 

さくらみこは、そこで意識を取り戻した。

 

「ここは……兎田が寝かせてくれてた……?」

 

枕元に置いてあるハンカチ、それがぺこらのものであったことに気付くと、みこは安堵したのか、大きく伸びをする。

 

「変な夢だったにぇ」

 

さくらみこは、夢を見ていた。

 

それは一瞬にも感じられるような、しかし数年にも感じられるような、おかしな夢。

 

「どれくらいの間……。ハッ、神社は!?兎田は!?」

 

みこは飛び起きるように寝床から立ち上がり、外へ飛び出す。

 

「こ、これは……何が起こって……!?」

 

境内から階段の下を見ると、そこにはゴーストタウンと化したムラサキ村があった。

 

「村人は……?皆は、どうなったんだよぉ!?」

 

境内には、ぺこら以外の誰かが訪れた形跡もあった。

 

しかし、意識を失っていたみこは彼女達を知らない。

 

「村の人達は!?どうなってるのぉ!?」

 

みこは階段を駆け下り、村へ向かう。

 

途中から段を飛ばし、宙を花弁のように舞って降下を続けていた。

 

しかしその途中で、見慣れた少女の姿を目にする。

 

「う、兎田!?」

 

階段に倒れたまま動かない、見慣れたぺこらの姿。

 

その腹部は抉られており、本当に辛うじて生きているようであった。

 

「兎田!兎田!しっかりするにぇ!」

 

みこはぺこらの耳元で叫ぶが、意識は無いのか返事は無い。

 

「……今は、村を見に行かないと……!」

 

常に持ち歩いている包帯を薬草を使って簡単な応急処置を施し、さらに階段を下っていくみこ。

 

そして数分後、みこはムラサキ村へ到着。

 

~ムラサキ村~

 

人っ子一人いなくなった村の跡には、微かに血のような赤みを帯びた液体が付着した家々だったものが並ぶ。

 

「ええ、ここも、ここも、何も……無い……皆、どこに……!」

 

つい意識を失う直前の戦いまで、共に家族のように接していた村人達が、人っ子一人いなくなってしまっている。

 

そして意識を失っている間に何が起こったのか、みこはそれを知らないのだ。

 

「皆、皆ー!どこ行ったのー!早く出てこいよぉ!」

 

現実を直視できないのか、みこは彼らの行方に結論を出そうとしない。

 

僅かに血が付着している全壊した家屋の中を調べることもせず、誰もいなくなった村を、ただ歩き回るばかり。

 

そして、数時間が経ち。

 

日が落ちてくると同時に、みこは階段の平らな面に寝かせておいたぺこらを背負って境内へ戻った。

 

「……みこは……みこは、何をやってるんだろ」

 

一人、みこはそう呟く。

 

藍色の夜空は、雲一つないその様とは正反対な巫女の少女を照らす。

 

「兎田。……起きたら全てを聞かせてよ。……みこが寝てる間に起こった、全部を」

 

そしてぺこらを、つい黄昏時まで自身が眠っていた寝床へ降ろした。




祈りの三矢


祈りによる神性によって投影した三本の矢を構え、放つ魔術

桜神社の巫女であるさくらみこは夢うつつの世界にて見出したものは、やはり奇跡でも加護なく、ただ純粋な魔術であった

三本の矢は折れぬ
束ねた信念は、いつかの英雄譚によく似ている


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

僕の世界と捉え方

~ブッシュ平原~

 

アルマ村跡地を出てから数日後。

 

ロボ子さんとAZKiの二人は、平原を歌って回っていた。

 

観客は動物達ばかり、そこに人間の姿は一つも無かった。

 

しかし、この日ばかりはそうではなかった。

 

「……ねえ、AZKiちゃん。人間のお客さんだよ~!珍しいね」

 

「人間……?あれ、人間じゃなくて天使じゃない?」

 

「あっ!確かに、羽生えてる!」

 

二人が見つめる先にいたのは、青と黒のドレスに身を包んだ天使の少女。

 

憂いを帯びた表情の内には何か煮詰まったものがあるようで、明らかに浮かないものである。

 

一通りの曲を歌い終え、二人は動物達が去ってからもその場に呆然と立ち続ける天使の元へ。

 

「初めまして、天使さん。私達の歌……聞いてくれてありがとう」

 

天使の側へ駆け寄り、その手を握るAZKi。

 

「……いい、歌だった。さようなら」

 

手の温もりが消えるよりも前に、何かを言いたげに少し何かを溜めたようにして、しかし天使はそれを飲み込んで立ち去ろうとする。

 

「待って!」

 

その曇った顔を、ロボ子さんは見逃さなかった。

 

「何……?僕、もう行かなきゃ……」

 

「ちょっと……お話しない?ボク達、人格を持ってる存在に会うのは久しぶりなんだ」

 

「……分かった。でも、何を話せば良いんだろう。今の僕に、話すようなことなんて」

 

「ある、んじゃないかな。……君と会うのは初めてなのに、そうでもない気がする」

 

AZKiが感じた、不思議な感覚。

 

しかしそれをそのまま伝えられた天使は初対面の人間にそんなことを言われたのだ、少し身を引いて立ち去ろうとしてしまうが、ロボ子さんがその手を再び握って引き留める。

 

「ええ~っと……」

 

「待ってってば!……ボクとAZKiちゃんはね、ちょっと変わった存在なんだ。AZKiちゃんは『歌姫』って事意外に記憶が無いし、ボクは昔、この世界で戦ってた機械人形だったんだよ。本当だよ?」

 

「……それって」

 

「ボクは『Radical-buster-crusade-Type3O』。……『ロボ子さん』っていう名前もあるんだけど、それはあだ名だよ」

 

「そんな、機械人形なんて……今の時代に、そんなものは……!図書館にもそんな本は無かったのに……!」

 

「でも……ここにいるよ?」

 

「……それが本当だったら、もしかして」

 

天使は頭を捻り、そして二人の側へ急接近する。

 

「わっ!」

 

「僕の名前は『天音かなた』。……深淵から帰ってきた、一人の天使だよ。……早速だけど、ちょっと協力してもらいたいことがあるんだ」

 

そして、「天音かなた」と名乗った少女はロボ子さんとAZKiの手を強く握った。




粒子


何処かの世界にて見出された粒子
現実と神秘の狭間を繋ぐそれは主に脳波との相性が良く、圧縮して質量をもつ光線とすることもある

ロボ子さんは、流れ着いた文明の利器を内蔵された白銀聖騎士団の命運をかけた機械人形、それの試作機であった

当時にしては初の試みであった、人格をもった機械人形
プログラムでしかなかった少女は粒子を操り、やがて脳波を放つのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Re:Stardust

~ブッシュ平原~

 

「……もうすぐ、終わりの日は訪れる。救いと浄化が、世界を埋め尽くす。……ロボ子さんの力とAZKiちゃんの歌があれば、この世界……いや、『それ以外』も、きっと……」

 

「ええーっと……?」

 

原理がいまいち理解できないと、困惑するAZKi。

 

しかしその作戦を聞いたロボ子さんは、かなたが何をしようとしているか理解できてしまったらしく、その表情を露骨に曇らせた。

 

「……本気、なの?ボク、知ってるよ?失敗して終わった世界のこと」

 

「うん、僕も知ってる。全部、この身体で、魂で、追体験した。……だからこそ、僕と『破壊』と……他にも『音』が必要だったんだよ」

 

「言いたい事は分かるけど……」

 

「ロボ子さんが生きていた世界には、音が足りなかった。そうでしょ?」

 

「確かに、私達の目的は同じだけど……」

 

「でも、今すぐ急になんて……」

 

「お願い、二人とも!この世界は異常だよ!みんなおかしくなっちゃってさ……もう、『時間が無い』んだ……!僕はもう行かなきゃ。……二人を信じてる。どうか、世界を……終わらせるんだ」

 

かなたは天高くに飛び上がり、その姿は光の中へと消えていく。

 

「……どうする?ロボ子さん?」

 

「どうしようね?AZKiちゃん」

 

互いに互いを見つめ合う二人。

 

「……そういえば、ロボ子さんが知ってる『失敗』……って、何?」

 

AZKiがそれを尋ねると、ロボ子さんは目を伏せ、さらにその表情は険しくなる。

 

「ボクが生きた世界が滅びた理由は、ボクを造った白銀聖騎士団と魔物達、さらにたくさんの隣国や民族を巻き込んだ世界戦争だったんだけど……。でも、世界がそうなった原因は……国の取り合いだとか、魔物が暴れ出したとか、絶対、絶対にそんな『普通』なものじゃあなくて……もっと、その……何かに呑み込まれるような……でも……このままだったら……!」

 

そして何を急いでいるのか、ロボ子さんまでかなたのように焦り始めてしまった。

 

ここまで何一つ、二人の言っていることを具体的な事例として理解できていないAZKi。

当然ながら、焦りの理由も分かる筈が無く。

 

しかしただ理解できたもの、それは三人の「共通の目的」であった。

 

「『この世界の真実を知って、私達を終わらせる』。そしてこの世界は、その終わりを誰もが望める『抜け殻』にならなきゃいけない。……言葉では『知ってる』し、いつかやらなきゃいけないことだとは分かってた。なのに……何で二人は……そんなに焦ってるの?」

 

「……じゃあ、教えてあげる。ボクが生まれた時代に起きた大戦争……その原因になった、ボクと団長の罪。そして、知っているだけの過去を」

 

ロボ子さんは、ゆっくりと語り始める。

 

終末の失敗、かつて滅び、腐り始めた世界の話を。




瘴気


深淵より漏れ出した、世界を覆い尽くす闇
それは、一筋の光によって照らされた世界の「外側」にて、安寧に身を任せていた

それは実体こそ違えど、数々の世界にて英雄を、民を、光を蝕んできた
見るべきものではないもの、気付くべきではない真実

私も、それを見てしまったのかもしれない


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ONCE・U・PON・A・TIME

白銀聖騎士団。

 

古より、「カバー」を厄災から守ってきたというその騎士団は、狂気と腐敗によって文明が滅亡するその時まで栄華を極めていた。

 

中でも、最後の団長である「白銀ノエル」は、世界の誰よりも強く、容易く人間を消し炭と化す殺戮兵器でさえも圧倒せしめる程の力を持つ、特異体質の少女であったという。

 

そして「Radical-buster-crusade-Type3O」、後に「ロボ子さん」と呼ばれる、絡繰の少女。

 

彼女は白銀聖騎士団の虎の子として誕生し、そして一度も「正しい目的」で使われることなく、眠りについた。

 

ロボ子さんとノエルが生きた旧文明。

 

「カバー」には、古代兵器「ラディス」をはじめとして高度な技術をもつ文明が存在していた。

 

尤も、今やそれは滅びて久しい。

 

しかし、「カプセル」と呼ばれた結界が張られている筒の中で永く眠りについていたロボ子さんは、朽ち果てずに文明を越えることができた。

 

……彼女が生きた文明は、厄災と戦火によって滅び果てた。

 

寿命を迎えた世界は腐敗を始め、運は敵に回り、草は枯れ果て、陽は陰り続けた。

 

そして、終末を先送りにした代償は人の心をも蝕んだ。

 

街に火が放たれ、血に飢えた人々は、人の肉を食らった。

 

死を拒んだ世界では、乱れた街に硫黄が落ちることも無かった。

 

人による、人のための、人の乱れた世界が「完成」してしまったのである。

 

その中で終末を望んだ、ただ二人の少女。

 

「白銀ノエル」と「ロボ子さん」。

 

二人は、それぞれ圧倒的なまでの力をもって、「破壊」による世界の書き換えを図ったのである。

 

しかし。

 

二人は、「カバー」の世界が「オリジナル」であるということを前提に生きていた。

 

「外なる者」、「深淵」。

 

終末を望むには、彼女らはあまりにも無知であった。

 

ロボ子さんは、力を使い果たしたことにより休眠状態へと移行。

 

そして、白銀ノエルは世界に拒まれた力が逆流し、大いなる力そのものと化し、暴走。

 

それは真なる終末ではなく、世界は人なる者による「洪水の再現」としての、疑似的な終末を迎えた。

 

やがて浄化されぬ世界は、腐敗を残したまま、新たなる文明の芽を生やした。

 

いずれ迎える終末の準備を、やがて解放され、戻るべき場所へと還る足掛かりを見出すための足場となる世界を、知らずの内に築いていった世界。

 

それが今、まさに終末を迎えようとしている、現代文明なのである。

 

何処かの世界にて語り継がれる黙示録。

 

完全な世界を完成させ、そして完全に世界を終えるための、最後の工程。

 

彼女らは今、神へ至ろうとしていた。




終末


何処かの世界

世界を支配する神は、終末にて審判を以て世界を完成に導く

終末は世の終わりに非ず、ただ清浄なる世界の始まり、滅びをもたぬ箱舟の再来なのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海賊は果てへ向かう

~サーバ海~

 

「カバー」南部に位置する海、サーバ海の果て。

 

新生宝鐘海賊団一行は、さらに南、そのまた南、果てへ果てへと船を進める。

 

「あーん……むぐむぐ……」

 

そんな中、ノインは食堂で航路を確認しながらサンドイッチを食べていた。

 

「風が吹かなくなってきたね」

 

マストに立っていたまつりは、すっかり風が止んでしまった海に違和感を覚える。

 

「……果てが近くなってきたのらね」

 

それを聞いたルーナは、人差し指の関節を顎に当てながら、目的の「果て」を訪れる準備もとい考え事を始めた。

 

「ルーナたん。その『果て』っていうのは何なんですかぁ?マリンもあくたんも、それが何なのか……詳しいこと、何も知らないんですけどぉ……」

 

「『果て』っていうのは……世界の端っこって事なのらよ。そして……そこには『世界の秘密』があるって、そう信じてるのら」

 

「へぇ~……もしかして船長達、すごいところに向かおうとしちゃってますぅ?」

 

「付き合わせちゃってごめんなのらね」

 

「……よく分かりませんけど、ここまで来たら一緒に行ってあげますよぉ。そもそも、この船を作ったのはルーナたんなんですしぃ」

 

「ありがとなのら。……できれば、マリン船長とあくあちゃんには迷惑をかけたくねーのらけど……何かあったら、ごめんなのら」

 

そう言って再び考え事を始めるルーナの頭を軽く撫でた後、マリンはルーナが長らく籠っている部屋から甲板へ出て、舵を握っているあくあの側へと向かう。

 

「どうですかぁ、舵の調子は?重かったり、変に引っかかるような感じが有ったり……しませんかぁ?」

 

「だ、大丈夫だよ、せんちょ」

 

「ならよかったですぅ」

 

「……ね、せんちょ」

 

「ん?どうしたんですかぁ?あくたんから話を振ってくるなんて珍しいですねぇ」

 

「……せんちょ、気にならないの?あてぃしが、せんちょと出会う前に何をしてたのか、とか……あてぃしが変身するの、とか」

 

「うーん……あくたんはあくたんですしぃ、気になると言えば気になりますけどぉ……別に、船長がズカズカと踏み込んでいいラインなのかどうかも分からないことを、わざわざ聞く気にはなれなかったんですよねぇ」

 

かつて、たくさんの仲間に加えて親友でさえも失ってしまったマリンにとって、何も知らない相手の過去に踏み込むことは、そのトラウマを抉ってしまうことになると、身をもって知っていた。

 

かつて、マリンは正体を隠して「ムラサキ村」という村を訪れたことがあった。

 

その際に、「宝鐘海賊団、全滅!?」と大きく見出しに書かれた新聞紙を見ただけで胃液と涙が大量にこみ上げてきたという経験がある以上、それを他の人にもする気にはなれなかったのだ。

 

もしも、あくあが難破船唯一の生き残りだったとしたら?

もしも、あくあが海に投げ捨てられた捨て子だったら?

 

かつてのマリンと同じように、フラッシュバックに苦しむことであろう。

 

そしてマリンには、当然ながらそれを確かめる術は無い。

 

だからこそ、マリンは他人、それがたとえ家族のような存在であったとしても、自分以外の存在がもつ過去について「自分から核心へ迫るようなことは聞かない」と決めていたのだ。

 

しかし、今回は違う。

 

「……興味が無ければ、そのまま聞き流してくれて大丈夫だから……聞いてよ、せんちょ。あてぃしが、せんちょと出会う前の話」

 

「お、おおお……いいんですか、あくたん?」

 

「いいよ。話しても、今から何かが変わることじゃないし。それに……ルーナちゃんが言ってる『果て』ってやつ……多分、あてぃしが生まれたことにも関係あるから……今の内に、話しておかなきゃって思って」

 

あくあはマリンの左袖を掴み、いつになく必死に、そして真っ直ぐな目で、自分からゆっくりと話を始めたのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

溶解少女

むかしむかし。

 

あるところに、かわいらしい王女さまがいました。

 

その王女さまは皆を大切にする心優しい王女さまで、皆もまた、そんな王女さまを大切にしていました。

 

しかし王女さまは身体が弱く、何もしていなくても、毎日少しずつ色んな病気にかかり、段々と普通に立っていることさえもできなくなってしまいました。

 

自分の身体が言う事を聞かなくなっていく感触に、王女さまはどんな感情を抱いたのでしょうか。

 

寝たきりの王女さまは、やがて街が戦火に呑まれる中で思います。

 

死ぬまでの間に、いつか海を見ておきたかったと。

 

しかし世界は残酷にも、そんな王女さまの願いを叶えてしまったのです。

 

王女さまには、水を生み出して操る魔法の力がありました。

 

街に攻め入ってきた敵の兵士達を洪水によって一掃し、戦争を終わらせた王女さま。

 

敵も味方も、もういない。

 

生きているのは、王女さまだけ。

 

……まあ、他にも何人か生きてる人はいたみたいですが。

 

それに王女さまが気付くのはもっと後のお話。

 

王女さまは自分を水で包み込み、水のふるさと、海に向かいます。

 

水の中でも溺れない王女さまは、ずっと、ずっと水の中で眠りながら、自分で生んだ水の中を、どんぶらこ、どんぶらこと流れていきました。

 

たまに流れがおかしくなって、陸に戻されることもあります。

 

それでも、王女さまはゆっくり、焦らずに海に流れていきました。

 

ある日、王女さまはおかしなものを見つけました。

 

ここはどこだろう?

 

久しぶりに目を開けた王女さまは、海の底に眠る何かに会いました。

 

そこに眠っていたのは、王女さまにそっくりな姿をした女の子でした。

 

「……ねえ、君。そこで何してるの?」

 

「……う」

 

王女さまは、海の底で眠っていた女の子に近付き、その手をとります。

 

「何か……あなた、私にそっくりだね」

 

「あてぃしは……何……して……」

 

そして、王女さまは自分が眠っていた水の中に大きな泡を作り、そこに女の子を入れてあげることにしました。

 

その女の子の名前は、「ヒカゲ」ちゃんというみたいです。

 

ヒカゲちゃんは、海で溺れて死んでしまったようでした。

 

それをかわいそうに思った王女さまは、ヒカゲちゃんを抱きしめ、ヒカゲちゃんを自分の身体に入れてあげることにしました。

 

そして、ヒカゲちゃんと王女さまは一つになり、海を流れることになりました。

 

その王女さまは、新しい名前をつけることにしました。

 

湊あくあ。

 

それが、王女さまとヒカゲちゃんが合わさった女の子の名前でした。




箱舟の少女


遥か昔、少女は争いの絶えない世紀末を生き、そして死んでいった
しかし、彼女は己の弱気を知っていた

魔法しか能が無いのなら、その魔法で己を守ればよい
祝福を望み、有りもしない淡い希望ごと、自身を水に溶かすように


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

グリッジ・ザ・ワールド

~サーバ海・最南端~

 

宝鐘海賊団は数日かけてサーバ海の南へと進んでいく。

 

新生宝鐘海賊団、最初の船旅。

 

それは、まさにこの世の果てを目指す旅となった。

 

そして、その度は今、終わりを迎えようとしている。

 

「ルーナ!そろそろ『果て』だよ!空間が無くなってる!目の前が真っ暗になってるよ!吸い込まれるみたいな……不思議な景色~」

 

マストからまつりが手を振りながら叫ぶ。

 

それを聞いたルーナは自室から甲板へ出て、台座を生成して階段を作り、船首へ昇る。

 

「奇妙な光景ですねぇ~。地平線が途切れてますぅ」

 

「これ、水どうなってんの……?」

 

どこまでも吸い込まれるような闇、しかし水はせき止められている。

 

莫大な質量の塊でありながら、貪欲に全てを吸い込んでいくような。

 

「変な気配がしたんだけど、大丈夫!?ルーナ姫、無事!?」

 

そんな「果て」に戦士としての勘が反応したのか、ノインも寝室から飛び出して、すぐさまルーナの元へ向かう。

 

「大丈夫なのらよ、ノインちゃ。……これからルーナは、全てを知るだけなのら」

 

しかし、ルーナはノインの頭を撫で、静止を促す。

 

そして、「果て」に限りなく違い海であくあに船を止めさせ、ルーナは船首の先に立った。

 

「これはルーナの力……。ちょっと準備を……するのら、見守ってて欲しいのら」

 

「え、ええ……本当に大丈夫ですか、ルーナたん?」

 

「覚えよ、抱えよ、智に満ちよ。霞む旅路へ祝福を。晩鐘鳴る[[rb:刻>とき]] 訪れり。……【選定の王】。行ってくるのらよ、みんな」

 

ルーナは全身にオーラを纏い、甲板で見守る四人に手を振る。

 

 

「うん。行ってらっしゃい、ルーナ」

 

「えっ、マジ?本気で入るんですかぁ、あの中にぃ!?」

 

手を振るまつりにウィンクを返し、ルーナは船首から飛び降りた「果て」へ身を投じた。

 

底が見えない、底を底と定義すべきかも分からない黒。

 

飛び込んだルーナが戻ってくるまで、一時間、二時間。

 

三時間、やがて六、十二。

 

そして、二十四時間が過ぎた。

 

いくら待てども、ルーナは戻ってこなかった。

 

「戻ってきませんねぇ~、ルーナたん」

 

「どうしたんだろ……」

 

「……私、見に行ってみましょうか?」

 

「いや、大丈夫だよ、ノイン。……まつりが行く」

 

ルーナを追って「果て」へ飛び込もうとするノインを止め、次にまつりが船首へ立つ。

 

「ちょっ、ちょ、そんなにすぐ飛び込んで大丈夫なんですかぁ!?」

 

「大丈夫。それに……まつり、ルーナからちょっと話聞いてるんだ。だから大丈夫。全てを知ったルーナとは……きっと、この先で会える!」

 

そう言って、まつりもまた、ルーナを追って果てへと飛び込んで行ってしまった。




果て


深淵、或いは闇と呼ばれる、不可知の領域

しかし、極稀に果てを思い出す者がある

神が神を知らぬことが無いように


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

姫川美月と契約の子

ここは死の町、「果て」の先。

 

生きも還りも、ありません。

 

ただ溺れてた、水の中。

 

わたしは息を、吸うのです。

 

~???~

 

一息。

 

真新しい白のシャツとチェックのスカートをだらしなく着た茶髪の少女は、横になって潰れたポニーテールを直しながら起き上がる。

 

「はっ。……ここは……教室……?私、何を……」

 

彼女はスマートフォンを取り出し、画面を見た。

 

ホーム画面に表示されている時間は、「あの時」のまま止まっている。

 

生徒手帳は朽ち始めており、写真も青みがかって色が剥げているところであった。

 

「『夏乃花火』……?そうだ、『私』の名前……!」

 

名前を見た瞬間、それが紛れも無く自分のものであることを自覚するとともに、今まで全く違う名前を名乗っていたような気もした。

 

「カフェ……そうだカフェ!カフェで、眠って……何で学校にいるの……!?」

 

慌てて立ち上がった花火は、廊下を駆け回り、現状を把握しようとする。

 

「あっ……」

 

「んな……?」

 

昇降口にて、花火は見覚えのある少女と遭遇する。

 

「あっ、あっ、名前、君の名前!私、知ってる!!えっと、確か『姫川』……!」

 

「『ルーナ』。……んな、今は『美月』って言った方が良いのら?」

 

「そうだ、美月さん!でも、ルー……ナ?っていうのは何かな?あだ名?」

 

「『まつりちゃ』は……少し時間が必要そうなのらね。何も細工しないで突っ込んできたからなのら」

 

己を「選定の王」、すなわち次元を超える者たらしめる術をかけないで「果て」を越えたせいか、花火の記憶は完全なものではないようである。

 

「えーっと……?どういうこと?美月さん、何言ってるの?」

 

「……ま、いいのら。詳しいことは後なのら、まずは外に出るのらよ」

 

「え?あ、うん!」

 

二人は廃れた校舎を飛び出して、そのまま「果て」の世界へ飛び出していく。

 

しかし、美月と花火が足並みを揃えて校庭へ飛び出した瞬間。

 

「「……へぇ?」」

 

視界を埋め尽くす程に大きな、朽ちた巨木に二人は目を奪われた。

 

「何、これ……」

 

「思ったよりひでーことになってるのら……」

 

「これは……どういうこと……?何が、起こったの……?」

 

「……『花火ちゃ』。『白上フブキ』については……どこまで知ってるのら?」

 

「白上フブキ……?」

 

「本名は『白雪 稲荷』。かつて人が『稲荷博士』と呼んだ、あの……妄執の化身なのら」

 

「稲荷!そうだ、稲荷!誰だか、まだよく分からないけど……花火の親友!その名前がどこからきたかは分からないけど……稲荷……あの子が、何か……あったの……?」

 

「……思い出してきたようなのらね、いいのら。その調子なのらよ」

 

美月は、「姫川 美月・姫森ルーナ」と書かれた、朽ちた紙を制服の胸ポケットから取り出した。

 

「これは……?」

 

「『名前』なのら。私……が『カバー』へ飛ばされる前に、この世界に戻ってきた時……『こっちの世界』の自分を忘れないように、名前をメモしておいたのらよ。……『名前』っていうのは、とても大切なものなのら。花火ちゃは……運が悪かったのらね」

 

「うん……。本当に、何があって町がこうなったのかさっぱりで……あの木は何?何で誰もいないの?」

 

花火は、木を指差して美月へ話をせがむ。

 

「ああ、その話だったのらね。花火ちゃの言う通り、アレは重要なものなのらよ。この世界の話をするときに……アレが無くっちゃ、何も喋れねーのら」

 

そんな花火をなだめながら、美月は改めて巨木を指差した。

 

「この木……何だかおかしいよ、さっきから変な気配がする……」

 

「それはそうなのらよ。この木は……簡単に言えば『世界樹』で、世界を支える大きな大きな木。燃えない、枯れない、壊れない……筈、だったのらけど……。……んー、これは口だけじゃ説明しにくいのらね。花火ちゃ、本当に忘れちゃったのら?」

 

「……お、お恥ずかしながら……」

 

「しょーがないのらねー。ちょっと待つのら」

 

そう言って、美月は散らばっている誰かの落し物の中からペンケースとノートを取り出し、花火がすっかり忘れていた出来事、抜け落ちていた記憶について書き始めた。

 

「ありがとね、美月。私……何も思い出せないんだ」

 

「……昔の花火ちゃに何があったかまでは知らねーのらけど、心当たりならあるのらね」

 

「ほんと!?」

 

「本当なのら。でも、それには……まず、この世界が何でこうなったかを知らなきゃいけないのらね」

 

「よろしくお願いしまーす、美月先生!」

 

そして花火は地面に座り、美月はノートを見せながらこの世界の在るべきであった最期の話を始めた。




エラー

この世界は、どこかで発生したエラーとは似て非なる世界

本来交わることも、存在する筈も無かった物語
それは、更なる現在が因果を引き寄せたものであった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

稲荷の黙示録

~???~

 

某日、日本某所。

 

突如として、世界樹が現れた日。

 

世界の常識は変わり、再び天動説と地動説は争い、世界樹を中心とした世界が構成され、はや数十年。

 

世界樹の利権を賭けて、ある国は日本と組もうとし、ある国は日本を打倒して世界樹を奪おうとした。

 

それが、世界樹戦争。

またの名を、「第三次世界大戦」。

 

多くの犠牲者を出した世界樹戦争であったが、結局のところ、戦争が終結した後も、大して世界情勢が変わることは無く、新たな世界が続いていった。

 

それからはや数十年。

 

ある日、禁忌とされている世界樹近辺の森へ、「肝試し」として侵入した女子高校生達六人の内、一人が行方不明、五人が意識不明の重体となり、そのまま数十年間昏睡状態になってしまう、という事件が発生した。

 

それ以降。

世界樹に最も近いその町では、「外から来る者は迎え入れなければならない」という「ルール」が生まれた。

 

自身の領域へ侵入された世界樹の怒りなのだろうか。

人もまた、外なる者を拒まないことを強いられたのである。

 

そして、さらに数十年後。

 

何故か姿が変わらず、若いままの姿で昏睡している五人の後輩にあたる少女達は、あまりにも浮かばない人生を歩むことになってしまった。

 

一部の人々と行政が、あろうことか世界樹付近の森を一部開発する計画を、強引に押し通してしまったのだ。

 

世界樹の領域を侵せば、呪いは「近い者に、より多く」降り注ぐ。

 

町は世界樹の恩寵により、肥沃かつ過ごしやすい場所であった。

 

しかし、恩寵を受けやすい地は、呪いも受けやすいものである。

 

そして、それは他の少女達も例外では無い。

 

町には黒い雪が振り、それはコンクリートも鉄も溶かし、人を焼いた。

 

彼女達は運よく身を隠し、間一髪のところで死は免れたが、この厄災によって、多くの者が死亡した。

 

それから数年後。

 

世界樹による局地的な呪いは何とか息をひそめたものの、世界中へ広がり始めたそれは、だんだんと人々を蝕んでいった。

 

そして、それはやがて起こる最終戦争。

第四次世界大戦にあたる終末の、引き金となるのであった。

 

人々は怒り狂い、神経は等しく苛立ち、争うためだけに生まれてきた悪魔のように、人々は殺し合う。

 

もはや社会は成り立たず、それを前々から危惧していた「稲荷博士」は、「オリー」、「レイネ」と名の付く二人の超能力をもつ人造人間を「触媒」として、「クリス」、或いは「アーニャ」と名の付く最終兵器を用いる。

 

そして「人々から全ての気力を奪い、精神を消し飛ばす」という方法を用いて、世界を「偽りの終末」へと導いた。

 

しかし、かつて世界樹のもとで死を免れた少女達、後に稲荷博士によって「輝ける者」とされた彼女らは、その神性から精神を奪われずに生き残っていたのである。

 

「稲荷博士」は、天才的な発想力と莫大な知識により、彼女らと同い年でありながら博士号を得た者であった。

 

故に、少女達を射程に入れないよう、最終兵器をそう設計したのか。

はたまた、彼女らがどこかから得た神性が兵器の射程から彼女らを外す要因になっていたのか。

 

しかし、その報せを聞いた稲荷博士は、生き残った「輝ける少女達」が、その神性を以て新たなる世界に概念を植え付けてしまうことを恐れ、彼女らの精神を「イデア」に近しい精神体として「別世界」へ保存することで、滅びた世界の延命を始めたのである。

 

腐り落ちた世界樹、血に染まった空。

「輝ける者」以外が消えた世界。

 

こうして「白雪 稲荷」が世界の消失を恐れるがあまり、変化を拒んだが故に、世界が腐り落ちようとも、維持者として君臨した、実質的に「誰もいない世界」が形成された。

 

しかしそれには例外が存在した。

 

行方不明の少女と、死の淵にて終末、そして新たな世界の創造主として覚醒した少女。

 

そして、それはどちらも「輝ける者」。

 

彼女らは稲荷が変化を拒んだように、永遠の腐敗を拒むのである。

 

そして「内側から気付いた二人」もまた、果てを越え、世界へ舞い戻った。

 

「夏乃 花火」と「姫川 美月」。

この二人は、いち早く、稲荷の世界から意識を戻した「輝ける者達」であった。




永遠の腐敗


寿命を終えた世界は、徐々に腐り落ちてゆく

終わりなき世界は、始まりの否定

矛盾に満ちた存在は、ただ存在それだけで自らを傷つけるのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

廃城へ

~福音の廃城~

 

雪花ラミィ、桃鈴ねね、獅白ぼたん、尾丸ポルカ、猫又おかゆ、そして魂を抜き取られたころねの肉体。

 

少女達は遂に死者の谷を越え、福音の廃城へと辿り着いた。

 

「ここが亡者達の巣窟かぁ……」

 

銀獅子族唯一の生き残りである獅白ぼたんは、銃を片手に先陣を切る。

 

亡者を蹴散らし門をこじ開け、先へ先へ。

 

その後を追うのは桃鈴ねねと猫又おかゆ。

 

「道を開けてもらうよ。……【逆殯(さかあがり)】」

 

「【バグ・パイプ】!!そこのけそこのけ、イナゴが通る!みんな、どかないと食べられちゃうよー!」

 

近接戦闘を得意とするころねとねねは斥候であるぼたんの後ろを駆け、彼女が縦に切り拓いた道を横に開く。

 

「【空を斬る氷撃(ザ・ホルス)】!それと……氷を、それっ!!」

 

「惑え惑えー!!何も無い世界を、見せてあげようっ!」

 

そして、殿(しんがり)を務めるはポルカとラミィ。

 

氷で道を塞ぎ、さらに光の屈折を利用した幻術で亡者達の目を欺く。

 

正門を開け、庭園へ。

 

全員が門を通ったことを確認して、ラミィは巨大な氷塊を生成。

 

これで、道を塞がれた亡者達が後方から畳み掛けてくることは無くなった。

 

その間にぼたんは庭園を抜け、内部へと繋がる扉の鍵を破壊し、城の内部へと続く道を開いた。

 

「お待たせ!開いたよ、皆!」

 

「ししろん、ナイス!」

 

ねねはぼたんを追い越し、内部へ。

 

「ねねち!その扉、破って!」

 

「それっ!【コマンド90・ピクセルコフィン】!」

 

見慣れない「四角」で構成された剣を片手に、回転しながら大扉を斬りつける。

 

棺を縛り付ける鎖のように、ドアノブ周りに斬撃を与えることで攻撃。

 

威力を大扉の中心に集めることで、衝撃を鍵穴とドアノブに集中させる。

 

「おおー!ねねち流石!それっ、開いた穴から失礼っ!」

 

廊下へと続く扉の鍵は破壊され、そのねねがそれを開けるよりも先に、穴からポルカが扉の向こう側へ幻術を発生させる機器を付けた小型ドローンを送り、そして部屋の向こう側を索敵しつつ、もし敵がいたかもしれない際に備え、幻の狐がいる世界を演出する。

 

「おまるん!向こう側はどう!?」

 

「大丈夫!何もいない!」

 

ラミィは構えていた杖を背のホルダーに納め、皆と同じく全力で走り出す。

 

一行は廊下を突き進み、先へ先へ。

 

此よりは地獄、死の世界。

 

亡者の王が巣くう城、その最深部。

 

生に対する死、光に対する影、有に対する無の支配する場、その最たるもの。

 

亡者の王。

 

死に至った少女を殺さんとする者達。

 

彼女達は奥へと向かう。

 

首なき首を斬るように、王なき王を射るように。

 

そして最奥の一歩手前、亡者の王が待つ間へ向かう者達を止める、最後の砦となる部屋。

 

鍵がかかっていない扉の奥には、さらに柱を囲うように左右へ分かれた階段がある。

 

その階段を上り、奥の扉を開ければ、そこはおそらく亡者の王が玉座に座る間であろう。

 

しかし、その前に立ちはだかる影が三つ。

 

一つは栗鼠の獣人に似た影、一つは宇宙の力を持つ影、そして一つは色を操る影。

 

亡者の王へ至る者を一人でも多く減らすためか、或いは迷える魂が黄泉へと誘っているだけか。

 

彼女らが人間としての正気を保っていない以上、城へ攻め入った彼女らがその理由を理解することは不可能であろう。

 

故にこれら三つの影は今、己の正義を以て道を塞ぐものでも、抱いた恨みを晴らすために居座っている者達でもなく、少女達の前へ立ちはだかった「敵」、ただそれだけであったのだ。




バグ・パイプ


魔力を介して己と他を結ぶ縁を強く結びつけ、その中から虫を召喚する時は「バグ・パイプ」の名で詠む

ねねの知る限りの虫を呼び寄せて簡単な指示を刷り込むことができる
かつて虫は弱き王の元に集い、そして王となるまでを見守った

桃鈴ねねは妖精に非ず
しかし、欺瞞に満ちた世界を救うのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

来る日の影

〜福音の廃城〜

 

「「「【雑音】ーーーーーーーー!!!」」」

 

聞き取ることもできない声、否、音で叫ぶ三つの影。

 

「皆、逃げて……」

 

先頭のぼたんが、後方の皆へ交代を促す。

 

「【雑音】ーーー【339555333339】!」

 

宇宙の少女が降らせた、隕石を模した巨大な魔力の塊。

 

そしてそれは、彼女から最も近い位置で背を向けていた、ぼたんへ衝突。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!」

 

銀獅子族の強靭な体幹をもってしても耐え得ること無く、そのまま潰されるように地面へ倒され、ぼたんはさらに肉体を引きずられる。

 

「ししろん!」

 

「あ……ぐ……!」

 

「ししろん!しっかりして!」

 

ラミィは杖に魔力を流し、ぼたんの傷口に氷を張って出血を止める。

 

「うぅ….…これ……は……?」

 

「肉体を再生させる力を混ぜた氷!これで、少しは良くなるはず!」

 

「ありがとう、ラミちゃん」

 

「いいってことよぉ!」

 

雪花ラミィと獅白ぼたん、宇宙の少女は、この二人で相手取ることとなった。

 

一方、一時交代したものの、素早い栗鼠の少女に追いつかれてしまったポルカとねね。

 

「Guuuuuuuaaaaaaaaaa!!!」

 

「【ホログラム・サーカス】!」

 

壁中に貼り付けたホログラム発生装置から、幻が展開される。

 

「……Coooo……?」

 

「スーパー……ねねちキーーック!!!」

 

「【雑音】ーーー!!!」

 

栗鼠の少女は、影が現れた部屋の前に位置する廊下で、ねねとポルカが相手取る。

 

そして、色彩の少女は。

 

「【7772222(000555553322311】」

 

ペイントボールの要領で無数の色を弾丸と化して、おかゆに向けて放った。

 

「【逆殯】」

 

しかし、おかゆは刀の一振りでそれを薙ぎ払う。

 

「【雑音】」

 

「ごめんねぇ〜。ぼく、早くころさんの魂を返してもらわなきゃいけないからさ〜。……すぐに終わらせるよ」

 

「【6666)1100044444・66666(0000999】」

 

続けて、色彩の少女は色に合わせて炎、氷、雷、毒など、様々な弾丸を少数、しかし狙いを定めて撃ち込む。

 

「【猫叩き】」

 

しかし、おかゆはそれらを浴びる前に一撃一撃、拳を打ち込んで弾く。

 

拳から繰り出される衝撃を前借りし、先んじて打ち込む。

 

おかゆが補給の際に取り込んだ「おにぎり」の力は、自身の動きが「世界に認知されるスピード」を早め、結果として未来の出来事を、短時間ではあるか先取りできる能力として現したのである。

 

「……ピ、ペ、ピプププププププ……」

 

目の前に立つおかゆ一人に、何も通用しない。

 

現れた三人の中で唯一、相手が二人ではなく一人であり。

 

しかし同時に、桁外れの力を持つ「ゲーマーズ」の一人であるおかゆに対して二つの手札を切り、しかしただの一度も攻撃を通すことができなかった彼女は、半ば諦めるように高く飛び上がり、しかし、それでも足掻くことの意味を忘れぬ、本来在る少女の影法師として、その色の弾丸を空間中に広げた。




来る日の影


これは、いつか来る少女達の影

栗鼠の獣人、宇宙の断片をもつ少女、色彩の少女

越えるべき試練、ウルハの分け身

それが示すは、滅びか救いか
或いは、滅びこそが救いであるのか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もうすぐ

〜福音の廃城〜

 

「ピギュギュギュギュギュギュギュ……【6666)11000344444・66666(0000999】」

 

「【逆殯】。これでも、ぼくは『カミ』だからね。影にやられるような猫じゃないよ」

 

「【7772222(000555553322311】」

 

「やっ、はっ、せいっ、はっ!せーのっ!【キャット・ラビング】!」

 

おかゆは、猫の獣人ならではの身体能力と肉体のしなやかさを活かして、壁から壁へと飛び回る。

 

廊下を埋め尽くさんと放たれるペイントボールを意にも介さない様子で回避し続けるおかゆに、影の少女は苛立った様子を見せた。

 

「フィー、ゴゴゴゴゴゴギュゥゥン……」

 

おかゆは瞬く間に影の少女へと接近。

 

一度、蹴りを入れて敵を壁面へと弾き飛ばし、刀を構える。

 

地へ降り、かけがえのない親友の魂も奪われ、しかし、それでも腐らず戦いを続けたおかゆ。

 

ころねの肉体が腐り始める前に、魂を取り戻さなければならない。

こんなところで手間取っている場合では無いのだ。

 

「【簡易投影・炎の呼吸、玖の型……」

 

憧れた異世界の人間を観察し、概念を司る「カミ」の権能を用いて投影する。

 

「ギ、ギギ……」

 

「煉獄】」

 

「ィ……ア」

 

そして炎を纏わせた刀を構え、一刀両断。

 

影の塊でありながら、色彩を操る少女の首を瞬く間に斬り落とした。

 

燃え上がる炎の勢いに吹き飛ばされた少女の首は消滅。

 

続けて、肉体も灰と化して消滅した。

 

「……ふぅ。この子の本体とは……将来、何かありそうだね。全てが終わったら、楽しみにしておこうかな」

 

おかゆは刀を納め、そして影の少女が肉体を失い、魂が本来の場所へ戻っていく様子を見届け、仲間の救援へ向かおうと走り出す。

 

「【バグ・パイプ】!」

 

「【ザ・エレファント】!」

 

「【空を……ゲホッゲホッ!」

 

「サブマシンガン二丁、セーフティー解除!【フルバースト】!らみちゃん、大丈夫!?」

 

「大丈夫……ごめん、ししろん。肩貸して……」

 

しかし、他に現れた二つの影も、四人の手によってそれぞれ肉体を破壊され、その魂は在るべき場所へと還っていく様子が、おかゆの目に映っていた。

 

「良かった~!終わったんだね、四人とも!」

 

「うん!バッチリだよ、おかゆ先輩!」

 

無理をしたのか、何やら体調が良くない様子のラミィと、そのラミィに肩を貸すぼたんを隊列の後ろへ控えさせ、それとは真逆にコンディションが絶好調なねねを戦闘に、ポルカ、そしてころねの身体を背負ったおかゆが続くかたちとなり、彼女らはとうとう、城の奥へと到達する。

 

「皆、準備はいい?扉が開いたら、ぼくが真っ先に突っ込む。そしたら、皆もすぐ入ってきて!」

 

最後の準備として、「カミ」として現場に慣れているおかゆが予め作戦を立てる。

 

そもそも、亡者の王相手に作戦など予定通りに成り立つ筈も無いため、初めの動きのみを全員に伝達、それ以上に、緊急時の動きを縛ることにもなりかねない「作戦」は、逆に考えないこととした。

 

此よりは地獄、亡者達の王たる死霊術師が変成したもの、「ウルハ」が座る玉座の間。

 

彼女らは気合を入れ直し、おそるおそる扉を開けようと、ドアノブへ手をかける。

 

鍵はかかっていない。

 

しかし、大きさと厚さ、そして謎の金属が使われていることで重くなった扉は、開き切るまでに数秒かかる。

 

「「ふんぬぬぬぬぬぬぬぬぬぅ……!」」

 

そして、ねねとポルカが二人がかりで大扉を開けた、次の瞬間。

 

「……え……?」

 

ぼたんに背負われているラミィの胸部を、重力の塊が貫いた。




無限の色彩

彼方より訪れし者、その内の一人がもつ能力

色彩感覚に優れている彼女は、絵やインクを「質量のある幻術」として扱い、用いる

闇は質量をもつ
それはきっと、正常ならざるものだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

姫森ルーナと主の帰還

この契約は、私のもの。

 

私が交わした、新しい契約。

 

腐る命は、お休みにして。

 

無理はしないで、受け入れよう。

 

~???・サーバールーム~

 

姫川美月は夏色花火へ世界の顛末を伝えた後、彼女がかつて「隠れ家」としていたサーバールームへと向かった。

 

この町には世界樹戦争以降、世界樹に最も近い町として、世界樹の力を管理すべく、様々な設備が置かれることとなった。

 

そしてこのサーバールームも、そんな世界樹を管理するためのシステムが入っていた場所、言うなれば、その残りカスである。

 

しかし、そのままではもはや無力でしかないプログラムの数々であったが、学生の身にしてプログラムに精通していた美月は、「カバー」へと転送される直前までそれらを全て書き換えていたようで。

 

「さあ、まつりちゃ。帰るのらよ、あの世界に」

 

「ねえ、世界が一回終わったのは分かったんだけど……何を言ってるのか、結局あんまり今の状況が分かんないんだけど……」

 

「まあ、『あちら』に戻れば分かるのらよ。『オルタナティブ・システム』起動……ほら、手を繋いで」

 

姫川美月はエンターキーを押し、「オルタナティブ・システム」なるものを起動。

 

「え、う、うん……!」

 

花火の手を掴み、転移カプセルの中へ入る。

 

数秒後。

 

起動した転移装置は、彼女らを改めて『カバー』へと送り込んだ。

 

~サーバ海・果て~

 

「二人共……何してるんですかねぇ……」

 

「流石に遅いよね……」

 

果てへと飛び込んだルーナとまつりを待つマリンとあくあは、船の上で寝転んでいた。

 

「この『果て』って……本当に、帰ってこれるんですかねぇ?」

 

「さあ……?」

 

そんな中、突如として「果て」の暗闇がプラズマを放ち始める。

 

「え、ちょ、何ですか急に」

 

「せんちょ、伏せてッ!!!」

 

あくあは、立ち尽くすマリンに覆いかぶさるかたちで、伸びるプラズマを回避。

 

光とともに「ズガアアアアアアン!」という轟音が鳴り響き、その中から、二人の少女が吹き飛ぶように出てくる。

 

それは、よく見慣れた少女達。

紛う事無き姫森ルーナと夏色まつりだった。

 

「ふ、二人共!?」

 

「よ、良かった、無事で……!」

 

「んなあああああああああ!!!全部、ぜぇぇぇぇんぶ『解った』のらあああああああああ!!!」

 

「待ってなーんにも覚えてないんだけどおおおおおおおおお!?」

 

「【アクアベール】!!!」

 

そして吹き飛んできたまつりとルーナを、あくあは空中に船の上空を埋め尽くす程のカーテンを生み出すことで受けとめる。

 

「ふう……。全部知ったそばからどうなることかと思ったのら……」

 

「全部って……何の事ですか、ルーナたん」

 

「そうだよ、一緒に行ったまつりも何が何だか分からないのに」

 

「何かあった筈なのに思い出せない」といった顔で頭をかかえるまつりをよそに、ルーナは座り込んで話を始めようとする。

 

しかし。

 

「ミツケマシタヨ……『全テヲ見タ者』……」

 

そこへ訪れるは一体の獣。

 

白い体毛を身に纏い、浮遊する一匹、というには巨大な狐。

 

「……ああ……やっぱり、あっちからこっちに行くのに機械使ったらバレるのらね」

 

「逃ガシマセンヨ……『姫川美月』」

 

「フン。大人しくあっちの世界でぬくぬく過ごしてるが良いのらよ、稲荷ちゃ!!!」

 

船の上から獣を見上げるルーナ。

 

「イ……ナリ……!?」

 

一方、困惑するマリンとあくあの横で、まつりは存在しない筈の記憶に頭を抱え始めた。

 

神なる者と、全てを見た女王。

 

少女達の世界を「識る」戦いの火蓋がまた、切って落とされた。




転移装置


かつて、世界樹を巡って滅びを歩んだ世界

その恩寵と災厄は、人々を狂わせ、世界を腐らせるに不足無かった

これは、肉体を冷凍して魂を稲荷博士の作った領域、「カバー」へと送り込むもの
魂を移す器、それはどこか、魂を還す樹に似ている


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白いヤルダバオト

~サーバ海・果て~

 

「何者なんですかぁ、貴方は!」

 

「私ハ……『白雪稲荷』。簡単ニ言エバ神様デスヨ」

 

「稲荷ちゃは……本当に、この世界をずっと見てるのらね。つくづく何者なのら?昔から本当に五人いるみたいなのらよ」

 

「……ウーン。マア、間違ッテ無インデスケドネ」

 

「ますます、稲荷ちゃの存在が分からなくなってくるのら……」

 

「トリアエズ、続キハ戦イナガラ話シマショウカ!皆マトメテカカッテ来ナサイ!」

 

自ら「稲荷」と名乗った白い獣は、爪を地面に食い込ませ、巨体に似合わぬスピードで走り出す。

 

「そうなのらね!!!【実像投影・ミラクル船長キャノン】!発射なのらー!!!」

 

それと同時に、ルーナはマリンの船を造る際に用意した大砲の設計を再利用し、能力を使って疑似的な「ミラクル船長キャノン」とする。

 

「ルーナ姫!前線は私に任せて!【深き衝撃】!

 

「ちょ、ちょちょちょちょ、どうしよ……これ、あてぃし達も戦った方がいい感じだよね!?」

 

「勿論ですよ。あくたん!船長も、新技試しちゃいましょうかねぇ!」

 

そしてルーナに続いて、頭痛に倒れてしまったまつり以外の三人、ノイン、あくあ、マリンは、次々に戦闘態勢へ。

 

前衛に乏しい新生宝鐘海賊団は、ルーナの分け身ともいえる騎士ノインを前衛として配置し、それ以外の皆が後衛として戦うこととなっていた。

 

しかし、その白い獣は通常の狐を、そのまま十倍程の大きさにしたような図体であり、目にも止まらぬスピードで動き回るそれは、いとも容易く前衛後衛の概念を覆す。

 

「あくたん!」

 

後衛のあくあを狙った攻撃にいち早く気付いたマリンは、後ろへ振り向いて声を上げる。

 

「【アクアベール】!」

 

その声に反応したあくあは、一瞬のうちに己の周りに水のベールを張り、自分に泡を纏わせるように防御を固めた。

 

「【コン】」

 

しかし、白い獣は。

 

「あ、あ……!?へっ」

 

「グ、ブ……ゥ……」

 

「ぁ」

 

あくあが海の女王と化す前に、その全身を一瞬にして粉微塵と化してしまった。

 

「あくたぁぁぁぁぁぁんッッッ!!!」

 

「ング……ンガ……ァァ。ヒトォツ……!」

 

「そんな……あくあちゃが一瞬で……!」

 

「でも、今ので隙が出来たよ!【響く……」

 

それでも怯むことなく、背後から首を折ろうとノインは飛び掛かる。

 

しかし、獣の身体がグリッジのようにブレたかと思われた、次の瞬間。

 

「【コン】」

 

「あぁッ!?」

 

首の向きが一瞬で変わった獣は、つい数秒前まで何事も無かったかのようにノインを飲み込んだ。

 

「……は?」

 

あんぐりと口を開けたまま、硬直するマリン。

 

一方、

 

「な、そんな、ノインちゃが死んだら……!?あ、あ……」

 

己の分け身が全て失われたルーナは、その性質を完全に取り戻し。

 

「ル、ルーナたん……?」

 

「ん、んな……んな」

 

立つことも話すこともままならない、赤子へと戻ってしまった。




ヤルダバオト


異端なる者達によって語り継がれた、偽りの神

その全知全能は、しかし混沌に属すが故に、秩序立った世界のそれとは大きくズレている

全てを持つ者であれ、それが必ずしも喜ばれるものではないという証明
完全へ傾倒した偽りより見出された神は、その身を以て己の不完全性を証明してしまった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼方に見ゆる夢の海

これは、私の知らなかった話。

 

否、思い出せなかった、ただそれだけ。

 

でも、私にはきっと……。

 

やるべきことが、あったような、無かったような。

 

~サーバ海・果て~

 

「ルーナたんまで……!折角、『果て』から帰ってきたのに……!」

 

瞬く間にあくあを飲み込み、ノインを粉砕することでルーナを完全なる赤子の状態に戻してしまった白い獣。

 

「アトハ……貴方ト『花火』ダケ……デスネ……。ソチラノ赤子ハ……モウ、タダノ情報ノ塊トシテ考エテイイデスカネ」

 

「何者なんですか……貴方は……!」

 

「私ハ……何デショウネ。デモ、コノ世界ヲ終ワラセタク無イッテ想イハ有リマスヨ?」

 

「どういう意味ですか……!船長の仲間をこんなにしといて、『果て』から帰ってきて、この世界の全てを知ってる筈のルーナたんもこんなんにして……!この世界を終わらせたくない?あくたんを噛み潰しておいて、それを言いますかぁ……!?」

 

「人ヲ殺シテデモ、守ルベキ秘密ハアルンデスヨ。サア、オ喋リハココマデデス。始メマショウカ」

 

「ルーナたんは成長してから話を聞けば良いとして、今取るべきはあくたんの仇……!絶対、逃がしてはおきませんよッ!!」

 

獣は大きく吠え、マリンへと飛びかかる。

 

「【ミラクル船長キャノン】、撃てェェェェェェッー!!!」

 

「【重力拡散】」

 

それに合わせて主砲の向きを調整し、迎撃するマリンであったが、獣はさらにその一枚上手を行く。

 

全身から船に大きな重力がかかり、小さくなってしまったルーナは苦しみ始め、俯いたまま息を切らしているまつりはとうとう血を吐き始めた。

 

「うおおおおおおおおッ!こんな、こんな真似をオオオオオオオッ!バケモノめ、船長は……また、船員を失って……!あくたんも、ノインさんも……お前に殺されて……!これ以上、船員を失うのは御免ですッ!!!今こそ、船長……いや、マリンの切り札……!!!見せてやりましょうッッッ!!!」

 

「グオオオ……何ヲサレヨウトモ、私ヲ阻ムコトハデキマセンヨ……!!!」

 

マリンは被っていた帽子を脱ぎ、赤ん坊になってもなお手を伸ばし続けていたルーナに預ける。

 

そして、

 

「これは、あたしにしか出来ない事……世界を包む、幻想の世界……」

 

手を宙に向けて大きく広げ、辺りを光で包み込む。

 

「ナ、何デスカ、コレハ……!?」

 

混乱する白い狐。

 

その間に、空間は形を成し、結界となって辺り一面へ。

 

「啓け、聞け、満たせ!たとえ、形と成らずとも!!!これがあたしの切り札、かつて、生み出した幻想にして、己の視た景色の影!!!【彼方に見ゆる夢の海(ライ・ライム・セカンドワールド)】!!!」」

 

そして次から次へと人影が現れ、一瞬にして白い獣から影を奪う。

 

そして、無理矢理にその身体を霊体と化し、束の間ではあるが、獣の意識を強制的に分断したのであった。




彼方に見ゆる夢の海


宝鐘マリンが描いた、夢の話

遥かの日に描いた幻想の夢、きっと訪れる世界の噺
その一説を語るもの

幻想に別の幻想をぶつけることで混沌を生み出し、夢のように混じり合うそれは、いつしか宝鐘マリンの切り札となった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

封じられた夢

~サーバ海・果て~

 

宝鐘マリンの切り札に、意識と身体を分けられてしまった白い獣。

 

白い獣の意識は瞬く間に限ってだが止まり、それはまるで、彼女にとっての世界が一時的に「夢そのもの」と化すようであった。

 

しかし一方のマリンも、無理に己の精神へ刻みついた幻想へと干渉し、それをこの世界における「夢」として書き起こしたが故に、意識を失ってしまった。

 

宝鐘マリンは、夢に浸る。

 

マリンは、かつて多くの仲間をもつ宝鐘海賊団の船長であった。

 

かつて、マリンは船長であった。

 

マリンは船長であった。

 

それが最初だった。

 

気付けば、船長だったのだ。

 

宝鐘マリンは、船長であった。

 

宝鐘マリンは、海へ出た。

 

宝鐘マリンは、海へ憧れた。

 

【雑音】鐘マリ【雑音】は、海を見た。

 

【雑音】は、【雑音】た。

 

………………。

 

……「赤鐘 まり」は、 海へ出ることが叶わなかった。

 

赤鐘まりは、海を描こうとした。

 

赤鐘まりは、取り憑かれた。

 

描けない。

 

描けない。

 

描けない。

 

描けない。

 

描けない、描けない、描けない、描けない、描けない、描けない、描けない、描けない。

 

描けない描けない描けない描けない描けない描けない描けない描けない描けない描けない描けない描けない描けないかけないかけないかけないかけないかけないかけないかけないかけないかけないかけないかけないかけないかけないかけないかけないかけないかけない。

 

赤鐘まりは、死亡した。

 

世界樹は、街に恵みをもたらした。

 

植物は生い茂り、人の世界は、その街を中心に栄え始めた。

 

……否、そのような法則が、この世界へと押しつけられた。

 

それが何者かの幻想によるものか、はたまた全くの偶然によるものかは、誰も知ることなどできないだろう。

 

世界は崩れた。

 

富も、愛も、命さえも。

 

そして、もう一度組み立てられた。

 

……赤鐘まりは、死亡した。

 

赤鐘まりは、蘇生した。

 

宝鐘マリンが、誕生した。

 

宝鐘マリンは、死亡した。

 

赤鐘まりは、死亡していない。

 

赤鐘まりは、蘇生している。

 

命は終わっていない。

 

歪み切った少女だったもの、しかし赤鐘まりの魂は、それでも正気を保ちながら、闇の中を進む。

 

宝鐘マリンも、赤鐘まりも、今では彼女という存在の「主要な枝」でしか無い。

 

あたしは、ここにいる。

 

海賊として海へ出たあたしも、かつて海に憧れたあたしも、どちらもあたしだ。

 

ただ、それだけが事実。

 

そして、その先。

 

「丁度……良カッタデス」

 

「なっ……!」

 

稲荷が生み出したであろう、真っ白な光の穴へ吸い込まれるように、空間と空間の狭間を潜り抜けると、そこには。

 

「え……?」

 

「ようこそ、いや……おかえり、というべきですかねぇ。『まり』さん」

 

かつて、憧れた海の絵がキャンパスに描かれている部屋があった。




世界樹


その樹は、世界となった

世界は樹によって歪められ、人々はそれが当然であったかのように過ごす

死は終わりではない
しかし、それは間違いなく無理をしていたのだ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界を越えて

どこかで見た美術室。

 

腐敗が進んでいる世界樹が今もなおそびえ立つ中、絵画を前に呆然と立ち尽くす「まり」を前に、姿を現す稲荷博士。

 

「……おまえ、は」

 

「稲荷。さっきぶりですねぇ、まりさん」

 

「何が目的で、私を……あの世界は、どうなったんですかぁ……!?」

 

「ああ、まりさんが船長やってた世界ですか。普通に残ってますよ。世界樹というクラウドの中で、ですけどね。よっ、と」

 

稲荷は窓から見える世界樹を指差し、右手の平に呼び出した刀を握る。

 

「それは……!」

 

「『カバー』の法則を適用すれば、こっちの世界でもこんなことができちゃうんですよ」

 

「……そっか。この世界は、もう」

 

「うん、まりちゃんの言う通り。……私の目的は、電子世界の『カバー』を概念として世界樹に植え付けて、この世界を無理にでも続けること。幻想とか電子とか、そういうものが混じってでも……私は、この世界を続けたい。なんてね、ハハ……何で私、自分から計画バラしちゃったんだろ」

 

「へぇー。……そのために、あくたんとノインさんを殺したんですか」

 

「いいじゃないですか。『こっち側』のあくあちゃんは死んでませんし、ノインちゃんは、元々ルーナちゃんの一部だから、殺したところで『本体』のところへ帰っていくだけでしたし」

 

「……今のあたしは、確かに『赤鐘まり』ですよ。でも……ついさっきまでは、本当に『宝鐘マリン』だった……。あの時の『マリン船長』にとって、あの世界を生きていたあくたんは……本当に、大切な人だった。それが、この世界では生きていると聞いて安心しましたよ。でも……『マリン船長のあくたん』は、確かに合の時死にました!貴方の、この世界に対するちっぽけな意地が、あくたんを殺したんですよ!ルーナたんも赤たんに戻っちゃうし、まつりは貴方を見るなり苦しみ初めて……!しまいには、あたしをこっちの世界に無理矢理引っ張り出してきて……!!もう、何なんですか、あんたはぁ!!!これ以上、あたし達の船旅を邪魔しないで下さぁい!!!」

 

マリンは怒りに任せ、筆を振り回す。

 

「いやぁ、貴方がこっちの世界に戻って来れたのは、あのよく分からない夢みたいなのが、こちらの世界とあちらの世界を行き来できるくらい、私達の存在を曖昧にしてくれたからですよ。そうじゃなきゃ、あんな土壇場でこっちの世界に貴方だけ連れてくるような、時間のかかる細工は出来ませんから」

 

稲荷は数歩だけ身を引き、飛んでくる絵具のような何かを全て刀で弾き返した。

 

「ハァ、ハァ……。この世界がどうとか、滅びるとか続けるとか、そんなんどうでもいいですよぉ。ただ、あたしは……『宝鐘マリン』として、あくたんの仇を討つために戦います。……この世界が『カバー』と混じっているなら……前と同じ調子で戦える筈ですから」

 

「意気や良し、ですねぇ、まりさん。どの道、敵は排除しなきゃいけなかったので……まりさんが私の敵になるのでしたら、消えてもらうしかありません。……この世界を、存続させるために」

 

まりは制服のまま、血に染まった絵画に突っ込んだ手に握った拳銃とナイフを。

フブキも瞬く間に制服を着て、刀を構える。

 

刹那。

 

鉄と鉄がぶつかり合う音が、教室に響いた。




狐の悪魔


何処かの世界にて、悪魔によって悪魔を殺す者達が用いた術の一つ

指で狐を使い、「コン」と口に出すことで狐の頭部を呼び出す
稲荷は自身の器でそれを行うことで、急速な方向転換を可能としている


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おわりへ

~福音の廃城~

 

扉を開けた瞬間、「ウルハ」が飛ばしたと思われる重力の塊に胸部を貫かれたラミィは、瞬く間に吐血し、そのまま言葉を発することなく崩れ落ちる。

 

「ラミィッッッ!!!」

 

ねねはその身体を受けてめて抱き上げるが、即死だったのか。

 

ラミィは既に、息をしていなかった。

 

「【グレネード】!!!」

 

一呼吸する間も無く、ぼたんは手榴弾を投擲。

 

怒りに任せたそれは、ウルハの髪を掠めて背後へ。

 

「【夢斬り爪拍子】!!!」

 

「【ホログラム・サーカス】!」

 

一歩遅れて、おかゆとポルカも攻撃を開始する。

 

ポルカのホログラムを用いたサーカスの幻が辺り一面に広がり、そこを叩こうとするおかゆだが、それを気配で察したウルハは杖で攻撃を防ぎ、さらに部屋中へバラ撒かれたホログラム発生装置を弾き飛ばす。

 

「剣……出てこい、剣……!バッタは……いいや」

 

しかし、ラミィの亡骸を運び出したねねは、どういう訳か武器を生成できない。

 

角ばった剣を呼び出す「ピクセルコフィン」は使えないと判断したねねは、急遽「バグ・パイプ」によってイナゴを呼び出そうとしたが、ラミィの亡骸が食い荒らされる可能性と、魔力が張り巡らされた部屋であるが故に、召喚が上手くいかず、有り体に行ってしまえばリソースの無駄遣いになることを恐れ、光を宿した両手の拳を握りしめて向かった。

 

四人の攻撃など意にも介さないといった様子で、ウルハは相も変わらず虚ろな目のまま玉座に腰かけている。

 

「あっ、ポルカのホログラム、置いてたやつ全部電源落とされちゃった……」

 

「攻撃も全然通らないね……いなされてるみたいな……。ぼたんちゃん、大丈夫?」

 

明らかに冷静さを欠いているぼたんを気にかけ、後退させようとしている二人。

 

「大丈夫……くぅ、ゥゥゥゥゥゥゥ……!!!ラミィちゃんを……あたしの、ラミィちゃんを、あいつは……!」

 

「落ち着けって、ししろん!」

 

「ねねちゃん、ししろんを……」

 

ぼたんを交代させるよう、ねねに頼もうとしていたおかゆだが……。

 

その真横。

右を通り抜けて、ウルハへの攻撃を防いでいる結界のようなものを、光を宿して握っていた拳でリンゴ飴のように削り取る少女が一人。

 

「……おおおおおりゃああああああああ!!!」

 

その瞬間、ウルハの杖が再びピクリと動き始める。

 

虚ろな目には光が宿り、失われていた命が幾分か取り戻されたような、そんな神秘でさえも覚える。

 

ラベンダーのような紫が混じった白髪は、元の色素であったのか、徐々に緑を取り戻していく。

 

「やった!?」

 

「いいや、まだみたいだよ」

 

「ぐぅぅぅ……ラミィちゃんが、まだラミィちゃんが……!ねねち、そこ、どいて……!」

 

「いいから下がってろ、ししろん!」

 

ポルカとおかゆは、ぼたんを半ば引っ張るように後方へ。

 

「ねねも一回距離置く!なんか……ヤバい気がする!!!」

 

そんな三人を、ねねがさらに後方へ誘導。

 

「……【雑音】、は……この世界を、続けなきゃ、いけないのです……善いことは悪いことで、悪いことは善いこと……。【雑音】は、まだ戦わなきゃいけないのです……」

 

ブツブツとうわ言のように、何かを呟くウルハ。

 

そして、髪色がすっかり宝石のように鮮やかな緑へ戻ったウルハは、立ち上がって杖を構えた。




抑止力


世界が異常性を持たないよう、世界には抑止力がかけられる

時には裁く者として、時には悪しき者として、人の歪みを力で捻じ曲げた
現在のそれが亡者の王、ウルハである


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

抑止力の亡霊、ウルハ

~福音の廃城~

 

仕切り直し。

 

杖を構えたウルハは、迷わずおかゆを狙って悪霊を解き放つ。

 

「はあっ!うおおおおおおおおおッ!やぁっ!返せ、ころさんの魂……!」

 

空中へ飛び上がっての回転斬りによって、実体のない悪霊を瞬時に薙ぎ払い、ウルハの懐へ。

 

抵抗しようと杖に魔力を送るウルハよりも早く、その刃は首へ届かんとする。

 

「……【雑音】」

 

しかしそれよりも早く、ウルハの死霊術師らしき服装に似合わぬ膝蹴りで、その攻撃は受け流されてしまった。

 

「ぐっ……!」

 

「【グレネード】!」

 

そこへ、おかゆの攻撃の直後に合わせて爆発するよう、タイミングを見計らってぼたんの投げたグレネードがウルハの眼前へ。

 

「【亡者召喚】」

 

爆発する瞬間、ウルハは自身の身体と同じ座標にスケルトンの兵士を呼び出し、グリッジのように自身の身体を重ねて吹き飛ばして回避。

 

「なっ、上に……!?」

 

「……」

 

咄嗟に拳銃を構えるぼたんの頭上へ飛んだウルハは、そのままぼたんの頭部を殴りつけて意識を奪う。

 

「ぐ、ぁ……」

 

「ししろん……!ぁぁっ!」

 

続けて、レーザー砲により不意を突かれたポルカも、壁に頭部を打ち付けられて気絶。

 

「ねっ子……!!!出てきて!」

 

残ったねねは、地面から生やした人参のような精霊に、おかゆ、ぼたん、ポルカの身体を安全な場所へ移動させ、大広間を自身とウルハだけの空間を「演出」する。

 

「……」

 

「ふぅー……。正直、あなたに勝てる気がしない。でも、勝たなきゃ皆死ぬ、世界も終わる。……ねねはカミ様の遣いとして、この世界に来たんだ、勝たなきゃ」

 

「……【雑音】、は」

 

「……!」

 

とうとうウルハが、口を開く。

 

その言葉には自信を名乗る言葉があったようだが、ねねはそれを聞き取り、認識することが出来なかった。

 

「この世界を、続けることが使命……。もう無い命に課せられた軛、傀儡としての命令……。でも、不安定な台座の上に乗った天秤を操ることなんて、できない」

 

「い、いきなり何を」

 

「自分でも分からない。でも、今の【雑音】にできるのは……台座が激しく揺れても、錆びて朽ちて行っても、内側から蛆が湧いて出てきても……この世界という天秤を崩さないこと」

 

「……降参は……してくれないってことだね」

 

「うん。だから、【雑音】は戦う。戦って、この世界を残さなきゃいけない。『守らない』ことにはなっても、残さなきゃいけない。全てを亡者にしようとしたのも、この世界から『死』を無くすため。この身体では、それしか思い浮かばない」

 

「何も考えられない、亡者になってまで死ななくても、それじゃ死んでるのと一緒だよ。……ねねだって、カミ様達の遣いだから。この世界を……あるべき姿に戻す」

 

「無駄」

 

「無駄なんかじゃない、きっと……!」

 

「……なら、ワタシを殺して、見てみるといい……の、です。この世界を、その真実を……!」

 

ウルハはもう一度、杖を構え直す。

 

一方のねねは、相変わらずグリッジめいた攻撃が使えなくなっている。

 

「なら……ねねも、殺す気でいくから」

 

ウルハの杖から禍々しいオーラが放たれた、その瞬間。

 

「記憶……これなら」

 

ねねは空間の裂け目から木刀を取り出し、放たれたオーラを斬り払った。




グレネード


古来より、様々な地方で親しまれてきた武器
高度な文明をもっていた、銀獅子族の生き残りである獅白ぼたんが持っていたもの

爆発によって鉄の破片を飛ばすもの、爆発そのものの衝撃を与えるもの、煙を撒くもの、光を放つもの
用途によって、バリエーションは様々である


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真実の世界

~福音の廃城・大広間~

 

「ねねは、世界を守らなきゃいけない。亡者の王を倒せれば、世界は……少しずつ戻っていくはず。そうじゃなきゃ、ねねがここにいる意味が分からない。それに」

 

「【雑音】、だって……この世界を……正しく……するための」

 

「あなたに、どんな事情があるかは分からない。でも……。世界を何とかするのは勿論だけど、それ以上に……友達の仇は取らせてもらう」

 

「……必要な犠牲」

 

「世界のシステムが、そんなことを……!!!」

 

「オールグリーン……。魂を反駁する抑止力……【ソウル・レフィテイション】」

 

ウルハの杖から、反重力のようなものが放出される。

 

「【不干渉領域】」

 

しかし、ねねの握るホログラムの木刀が、それが与える影響の一切を跳ねのけた。

 

「まだ、世界は……正常に……」

 

「討つ……!」

 

ねねは強く踏み込み、瞬く間にウルハへと接近した。

 

腰を落とし、木刀を低くに構え、それを瞬く間にダイヤモンドやピクセルの塊とし、瞬時に脈略の無い素材のものへ切り替わるそれは、ウルハによる影響を受けない。

 

刃は首を正確に捉え、一刀両断。

 

「……あ」

 

世界の均衡を保つ抑止力であり、亡者の王であるウルハ。

彼女の神経が違和感を感じるよりも先に首が落ちたことを、その瞳が映した。

 

「ハァ、ハァ……や、やった……」

 

そしてウルハは杖だけを残し、それ以外は灰さえ残さず消えてしまった。

 

ねねは杖を拾い、すっかりグリッジの塊と化したピクセルの塊を大気中へ還し、ぼたん、ポルカ、おかゆ、そしてラミィの亡骸が待つ城の入り口へ戻る。

 

戦いを終えて煤だらけになったねねを見て、ポルカとぼたん、そしておかゆの口角が上がる。

 

「ねね……!」

 

「良かった、これでころさんも……!」

 

ウルハの消滅に合わせて亡者達が一斉に灰と化したことで、安全になった廃城までの道を辿り、預けていたころねの抜け殻が座員達によって運ばれてきた。

数少なくなってしまった座員だが、彼らは座長を忘れていなかったのだ。

 

ウルハが持っていた杖から、ころねの肉体へ魔力とともに魂が送り返される。

 

「……んぁ……?お、おがゆ……?」

 

「ころさん……!!!」

 

おかゆは、座員から渡されたころねの身柄をおかゆに委ねる。

互いに抱きしめ合う二人を、ポルカと、ねねはそっと見守る。

 

一方のぼたんは、ラミィの亡骸を一人抱きしめた。

 

「……ラミちゃん」

 

「……ん?ししろん、ラミィから離れて!」

 

ぼたんの腕の中で眠っているはずであったラミィの亡骸は、腕に刻まれた紋章を中心に、魔力の爆発を起こした。

 

「え……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!?」

 

「ししろぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!!」

 

城は崩壊し、ラミィの亡骸は消えている。

 

しかしウルハは、すでに死んでいるのだ。

 

そこに残されていたのは、亡者の王を殺した勇者達。

 

それは貸したものを取り戻した少女と、しかしかつての親友を失った少女達であった。




不干渉領域


真理に触れることができる者、「カミ」及びその遣いにのみ許された権限

己が望むものによる干渉を断つ、「世界の裏技」とすべきだろうか

世界に抗うは、世界のみである


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深淵の遣い

~福音の廃城跡~

 

ねねは目を擦り、起き上がる。

 

爆心であるラミィと、その亡骸を抱きしめていたぼたんは跡形もなくなっていた。

 

そして眼前には自身と同じく、傷だらけのポルカ、おかゆ、そしてころねの三人。

 

この旅で得たもの。

亡者の掃討と、ころねの魂。

 

この旅で失ったもの。

ラミィ、ぼたんの命。

 

天秤にかけるにもかけようがないそれらに、ねねはただ、涙を流すしか無かった。

 

「こんな……こんな、結末」

 

「……ねねの先輩は助かったけど……他に得たものは、この終わりかけた世界の残りカス……か。二人の代わりには、ならないね」

 

ねねとポルカは、互いに肩を組んで支え合いながら城を去ろうと、歩き出す。

 

「じゃあ、こぉね達はこれで……」

 

「ぼく達は、フブキちゃんとミオちゃんの様子を見に行って来るよ。あちら側からの連絡が無い以上、無事とは限らないからね。ねねちゃんとポルカちゃんは……とりあえず、地上で何が起こっているか、情報収集をお願いね」

 

一方のおかゆところねは、転移陣を展開して、カミ達が居座っている筈の神社へと飛び去った。

 

しかし、安心したのも束の間。

 

瞬時に、ポルカの身体が宙へ浮かぶ。

重力が無くなったという訳ではない。

 

「……おま、るん……?」

 

「え?どうした、ねね……ごはっ」

 

血を吹きながら、ゆっくりと腹部を見下ろすと、そこには胸部を貫く氷の槍。

あまりに突然のことだったためか、はたまたアドレナリンと槍の冷気が悪さをしていたのか。

ポルカは痛みさえ感じていなかったようであった。

 

「……う、そ」

 

「ああ……『ラミィ』。お前は……最初から……」

 

「コマンド……000!【ピクセル・パルス】!」

 

ねねは瞬時に「カミ」の力を使い、空間そのものを歪ませて震わせる剣を生み出す。

そして、地面に座り込んだまま絶命したポルカとすれ違うように。

 

「【アイス・バリスタ】」

 

それは、確かに苦楽を共にした雪花ラミィと同じ容姿をもつものだった。

 

しかし、輝く黄色の瞳は黒の混じる紫色に染まり、その表情は貼り付けられた、まさに鉄仮面といった様子である。

 

そしてラミィのようなそれは、杖から氷の塊を発射。

 

「やあっ!はっ!」

 

ねねはパルスで氷を震わせて破壊し、続けてラミィらしきものが生み出した氷の砲台を破裂させて割り、続けてラミィの杖との鍔迫り合いへと持ち込んだ。

 

「……逃げ、なきゃ、逃げ、なきゃ」

 

「ラミィ!どうして!」

 

「逃げる、ため、キュウクツな、村、から」

 

「何で!」

 

「自由、が、欲し、かった」

 

「それなら何で!何で、おまるんを!」

 

「???逃げ、逃げ、ニゲ、ナ、イ、ト……」

 

「……その手は、もう」

 

ラミィは、「最初から」狂っていた。

 

村を飛び出し、追われていたところをぼたんに助けられたあの日。

 

ラミィは、「令嬢であるから」追われていたのではない。

 

あれから、ラミィを追う者は人っ子一人見つかっていない、それはラミィの真実そのものであった。

 

宿にて、緑色の髪をした少女に「印」を刻まれた時。

 

それは「ウルハ」として、自らの身を守るための妨害工作をしていた訳ではない。。

 

「ウルハ」は、辛うじて取り戻した自我を以て、「それ」を弱らせるための工作へ向かったのである。

 

ねねは、ラミィに引導を渡す。

 

「……ぐ、あ、あ」

 

「……さようなら、ラミちゃん」

 

全身を細かく震わせ、空間を歪ませる刃。

 

ラミィの心臓を貫くそれは、ついに純粋なる狂気を、いとも容易く打ち破った。

 

「……う、うう……でも、これで」

 

「もういい、もういいんだよ、ラミちゃん」

 

「世界は、正常に」

 

そう言い残し、ラミィは消滅する。

 

あの日は、遠く。

 

「……もう、どうしたらいいんだろ」

 

ねねはたった一人、廃城の跡へと残されてしまった。




ピクセル・パルス


空間を歪ませ、全てを細かく震わせることで、触れたものを瞬時に破裂させる権能

「ゲーマーズ」の遣いであったねねの、本来もつ「外」の力
その一端を解放するものである


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。