新米魔王と勇者がはじめのまちでエンカウントする話 (木下 瀬那)
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新米魔王と勇者がはじめのまちでエンカウントする話
生きていく上で何があるか、何が起こるか解っている。そんなことは中々ない。もちろん予定とか、事前に聞いているとかでもない限りの話だが。
「ふ、憐れな奴よ!よもやこんなところで会うとは思いもせなんだ!!」
そう、例えばゲームの序盤に常識的に考えていない相手に会うとか。正しく、世の中何があるかわからない。人生ってそんなもんだと、つくづく思う。みんなも経験ないかな?いっつも学校で威張り散らしてる不良と、たまたまアイドルのサイン会で会うとか。僕は無いけど。
「だが!出逢ってしまった!!出逢ってしまった以上はここから生きて帰れると思うなよ!!」
まぁ、例えそんな不良と会うなんてシチュエーションを思い付く僕でも、きっとその不良は憧れのアイドルの前で不良っぷりを見せ付けるとは思えない。実際それでも不良としての意地を見せた場合には、僕は一人きりであろうとも拍手を惜しまないだろう。それはもう、両手が腫れてしまうほど叩く自信がある。
「さぁ!観念しろ!貴様の首は我が剣によって今日この時より未来永劫その体からオサラバよ!!!」
おっと、いい加減何が言いたいかわからないって思ってるかな?思ってるよね?思って欲しいなぁ……
何が言いたいかって言うとさ、実は簡単なんだ。きっとゲームとかお伽噺とか。そんなのを知ってる人からしたら、すぐ僕の言ってることと、それを言い渋る気持ちを理解してくれると思う。じゃあ言うね?覚悟はいいかい?僕はできてなかった
「おいこら!!聞いているのか!!
はじめのまちでいきなり勇者にエンカウントしました。どうしたらいいでしょう、まる
改めて、僕の名前は魔王。
魔の王とか、魔法の王とか、魔物の王とか、魔界の王とか。いろいろな魔王がいるけど、僕の魔王は
僕のお仕事……魔王のお仕事は言葉にすると簡単。自分のいる世界に適度に絶望をもたらすこと。うん、適度に。もたらしすぎちゃダメなんだ。
ちなみに、僕は魔王歴一年の新米魔王だけど、研修自体は150年受けて続けてきたから、知識に関してだけは新米魔王ではないと思う。
おっと、脱線しちゃった。
僕は、自分の手下というか部下として魔物を使役できるんだけど、ちゃぁんと使役するために条件なんかあったりする。え?また脱線?いやいや聞いて欲しい。ちゃんと仕事と冒頭に繋がるはずだから。
う、うん。使役するための条件。それは……キチンとお手当てを出すこと。
例えば、古の時代におけるスライムと呼ばれる超凶悪モンスターが、人々の信仰によって最弱モンスターと呼ばれるようになった彼らを使役するにも
配属場所と、レベルに応じてお給金は毎日しっかり払うし。
誰かに倒されても、魂は消滅しないように健康保険ならぬ健
まぁ、他にもイベント事の際にはお弁当代を出したり。進化したい魔物たちには、進化講習を定期的に受けれる時間とお手当てを用意したりと、正しく現代社会の雇用形態の縮図のような条件なんだ。まぁ、僕のいる世界現代どころか中世レベルかもしれないけどね。
で、ここで新米魔王の辛いところなんだけど。そんだけいっぱいお手当て出さなくちゃいけなかったりすると、そのお金は何処から来るの?ってなるわけで。僕の雇い主である神様は名前だけの
となると、魔物たちを食わせるためにも僕は働かねばと思ったわけですよ。偉いでしょ?
でもまぁ、何度も言うけど新米魔王。そう
薬草を売れば稼げるって!
魔王就任して、すぐにもらえた魔王城にはまるで苔か何かのように沢山の薬草が生えていて、それを売ればしばらくは凌げるって教えてくれたんだ。
僕はそれを知って大急ぎで『加速』『超加速』『神速』のスキルを重ねがけして、城中の薬草を摘み、これまたリッチさんおすすめの『はじめのまち』に売りに来る日々を過ごしていたんだ。
摘んでも何故か次の日にはまた生える薬草を売る毎日、そろそろ薬草以外に売れるものを探そうと思った日に、僕は運命に出会ったんだ。
僕とは真逆の職業。勇者に。
そして、まぁ、話は冒頭に戻るんだなぁ
「どうした!魔王!まさか怖じ気づいたのか?情けないっ。それでも魔王か!!」
そちらこそとてもじゃないが勇者とは思えない発言を繰り返すところに、いろいろと言いたいことはあるが。
魔王が絶望をもたらす
そして、それはなるべく均等にもたらされなければならない。そういう世界のルールなんだ。
だから、今たいして希望をもたらしていないのに、勇者に絶望を届けることはルール違反になる。
まぁ、ルール違反以前の問題でもあるんだけどね。
「ふ。確かに、私もはじめのまちでいきなり魔王に会えるなんて思っても見なかったさ!」
ああ、うん。僕も会うつもりは無かったよ。全く無かったよ。というか今すぐ無かったことにして欲しいよ。
「だが!ここで会ったが百年目!!出逢ってしまった以上はただで返す訳にはいかん!!」
いや、タダで返して良いんじゃないかな?きっと君の百年前に会った魔王は僕じゃないと思うんだ。僕そのときまだ魔王になるための講習受けてたし。
「さぁ、尋常に勝負しろ!!!魔王!!!!」
「……尋常に勝負って言ってもねぇ…………」
そう、尋常に勝負なんてものはないんだ。何せ
「そもそも勝負にならない。『
「ぐわぁぁああばばあばはぁばばびばばば!?」
そうこんな風に、僕の適当な魔法一つで既に瀕死寸前まで落とせてしまう。……何故level1で魔王に勝てると思っているのか不思議でならない。僕が『手加減』のスキル覚えてなかったらどうするつもりだったんだ。てか何で魔王が手加減しなきゃならないんだ。お伽噺とかだったら絶対にヤっちゃうんだからね!
「はぁはぁはぁ…さすがは魔王といったところか……この私をここまで……」
いや、だからlevel差が酷いんだって。というかせめてlevel5とか少しは上げてから挑んでよ。何でlevel1のまんま挑むんだよ。序盤で魔王に会うとか可笑しいと思って、スルーしてよ。
「くッ……しかし、例え強大な力の差を感じようとも…ぅ…私は勇者だ!!!」
……なるほど。これは教科書で読んだ『正義感たっぷりの勇者』って奴ですね。自分の信じる正義のために絶対勝てないと思える相手にも立ち向かえる勇者。これは中々に面倒なタイプです。僕としては穏便に済ませたいんですが……
「あのぅ、僕は別にここで勇者を倒そうとは……」
「僕だと!?貴様そんななりして僕っ子か!?それでも魔王か!?恥を知れ!可愛いじゃないか!!」
え?いや、確かに僕見た目は子供ですけど、普通魔王に可愛いとか言いますか?言いましたけど。大丈夫かこの勇者
「いや、あのとにかく僕は戦うつもりは無いんです。さっきのも力の差を理解してもらおうと……」
「力の差だと!?貴様!そんな可愛いなりして僕っ子の上Sなのか!?まさか初手で雷の魔法を使ったのもそういう意味が!?」
いや、どういう意味だよ。何も考えてなかったよ。とにかく、道を開けてほしかったからブッ飛べってやっただけだよ。
「とにかく、僕はこれで帰らせてもらいますから」
ああ、帰る。帰るぞ。何かこの勇者level1とは思えん凄みを感じる。絶望と希望の均衡を保つためにも殺す訳にも行かないですし。とにかく今は逃げの一手だ。…………何故levelも上なのに魔王が逃げるのだろう。おかしい
「くっ!逃げるのか卑怯もの!!貴様後悔するぞ!!ここで私を殺さなかったことを!それでもいいのか!?」
いや、何で世界を救うって設定を持ってるはずの勇者が、まるで死に急ぐような台詞をはくの?馬鹿なの?この勇者馬鹿なの?馬鹿だな?
「あ!おい!ちょっと!無視するな!!ッあ!さっきもらったばかりの薬草で体力を……」
おっと、毎度おおきに。きっとその薬草、魔王城産ですぜ。何せ僕、約1年間このまちに売り続けましたからね。売り続けたせいで、買取金額が大分下がってしまいましたが……ちくせう
……うむ、回復はしたな?したよな?よし、テレポート!!三十六計逃げるに如かず!!
「ようし、これで体力万全!まるでエリクサーのごとき薬草だ!さぁ、戦いの続きを!……あれ?」
さて、もう2度とはじまりのまちで会わないことを祈ろう。1週間もすれば次のまちに行くだろう。やれやれ疲れた困った眠たくなった寝よう……
出ていくよね?
おれたちの たたかいは これからだ!
続く?続かない?
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