アダムス操縦士学院 (藤咲晃)
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一年生編 春の章
プロローグ 衝撃の入学式


 満開の桜が咲き誇る4月中旬。

 真新しい制服に袖を通した肩まで伸ばされた赤茶髪をラフに縛り、荷物と太刀を片手に少年が駅から街に降り立つ。

 レンガ造りの建物、街の所々に古代文明の名残を併せ持った街並みに少年──ガイ・ディアスは息を吐く。

 ここはグランツ王国の北東部に位置する遺跡都市ラピス。

 元々は古代文明が築き上げた都市だったが100年ほど前に学院を建設するに辺り、改めて改修された都市だ。

 そのため古代文明の名残りを強く遺しながら近代的な都市として発展を遂げている。

 ガイは空に浮かぶ城を見上げ、アダムス操縦士学院を目指して歩き出す。

 上がり坂を登り切った校門前に数人の生徒が集まり。

 

「新入生の方はこちらに荷物を預けて、案内板に従って講堂を目指してくださいね!」

 

 生徒会の腕章をした女子生徒に荷物を預ける。

 ガイも彼らに倣い荷物を預け、講堂に向かった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 新入生を迎える入学式の最中。

 真新しい制服に浮かれる者が居れば悲壮感漂う者、覚悟を宿す者が講堂に集まっていた。 

 そんな中で暖かな気候が春眠を誘い、ガイは隊列の中で欠伸を噛み殺す。

 呑気に欠伸を殺し、ボヤけた視界に映り込んだ人物に眠気が一気に吹き飛ぶ。

 そしてガイは驚愕を浮かべ息を呑み込んだ。

 講堂の教卓にに歩む人物。

 大柄で鍛え抜かれた筋肉を誇る理事長──ゼオン・アルティスの姿に新入生の誰しもがガイと同様の反応を示す。

 

「新入生第100期生の諸君、先ずはアダムス操縦士学院に入学おめでとう」

 

 ゼオンの重圧を感じさせる声が講堂に響く。

 グランツ王国の軍総司令官ゼオン。

 騎士人形を操り幾度もなく戦火から国を救った英雄。

 新聞でも取り沙汰され国内外問わず知らない人は居ない程の人物に噂があった。

 ゼオンはアダムス操縦士学院の理事長を務めている。

 世間は誰も感心を寄せない単なる噂話しにしか過ぎなかった。

 しかしゼオンが理事長として現れたことが真実を語り、生徒に衝撃を与えるには十分な程だ。

 公にも明かされない事実に衝撃を受ける者、同時に此処が本格的に軍学校色が強いのだと悟る者。

 生徒一人一人の反応にゼオンは口元を吊り上げて嗤う。

 

「諸君には力が在る。それを活かすも殺すも諸君次第だ、三年間で力の在り方、正しい使い方を学び励むように」

 

 望まない入学生に対する皮肉と望んだ入学生に対する期待の言葉を新入生にかける。

 ゼオンの祝辞は非常に短く終わり、

 

「では教官の方々、あとは任せる」

 

 ゼオンは入学式を最後まで見届ける事なく速やかに講堂を立ち去った。

 外から飛翔音が響く中。

 

「此れより教官方が順に名を呼び上げる。呼ばれた生徒は速やかに教官の下へ整列するように!」

 

 ある意味で衝撃が抜け切らない生徒を他所にクラス決めが進む。

 そしてガイが黒髪の教官に名を呼ばれてしばらくしてから入学式は終わりを迎えた。

 




みなさんお久しぶりです。
前作の完結から4か月振りの長編投稿。
はじめての学園×メカ物に挑戦したいという気持ちで執筆を開始した本作品を暖かく見守って頂ければ幸いです。


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1話 約束と初授業

 入学式を終え、担当教官との顔合わせや学院案内を経た翌日。

 授業が始まる初日の晴れ。

 ホームルームを前にガイは1年Cクラスの窓際から空を眺めていた。

 成層圏を漂う城が雲の隙間から姿を覗かせる。

 何故空に浮かぶのか、誰も到達したことの無い天空城。

 人は空を飛び天空城に到達することを夢見る。

 天空城に住む人々、目的、なぜ各国に点在するのか、全ての謎を知るために。

 毎日のように天空城を目指して飛行を続ける鋼鉄の人型──騎士人形。

 それでも決して辿り着くことは叶わず、今日も燃料切れを起こす前に地上に降りる光景をガイは無意味に眺めていた。

 

『遺跡都市の空を眺めたって天空城は相変わらずだぜ?』

 

 頭に響く長年の声にガイは息を吐く。

 頭に語り掛ける声にガイは言葉を口に出さず。

 

『今日は昨日より粘った」

 

『限界高度ギリギリを毎日飽きませず挑戦する物好きが居るもんだ』

 

 ガイにとって彼──オルディスは物心付いた頃から家族とは言えないながらも相棒のような存在だ。

 

『それにしてもよぉ、この学院には随分と顔馴染みが居るもんだなぁ』

 

 オルディスの言う言葉の意味を理解していたガイは、窓から吹く風を受けながら皮肉を込める。

 

『操縦科は顔合わせ辛いか?』

 

『白銀の天使ちゃんとは何度も殺し合った仲だしよ。紅蓮なんか何度も殺した仲だぜ? そりゃあもう合わせ辛いね!』

 

 その割には楽しそうに飄々と語る辺り、顔合わせが楽しみの様だ。

 たまに感じる同級生の戸惑いの視線も警戒する視線はオルディスの影響なのかもしれない。

 

『……ガイはあいさつとか興味無さそうだが、向こうはそうじゃない様だ』

 

 飄々とした態度から一転、冷静に告げるオルディスにガイは仏頂面を強めた。

 彼が冷静な態度を取る時は気紛れ半分か、危機的状況の時だ。

 ガイは前者で有って欲しい。そう強く願うと。

 

「ねえ! 少し話しを聴いて良いかな」

 

 活発そうでいて凛とした声にガイは振り向く。

 そこには腰まで届く銀髪、容姿端麗な少女が微笑んでいた。

 ガイは所属クラスの顔と名前を覚えていた。

 特に目の前の少女は出身と人目を惹きつける容姿から、昨日の自己紹介の時にも注目を集めた存在ということも。

 クラスの注目を集めた彼女の名はレナ・アトラス。

 出身はグランツ王国の王都ミッテシュバルツで家柄は男爵の貴族。

 同じ出身でもガイは最低層身分で少なくとも街中でレナと会った記憶は無い。

 ちょっとした注目を集めるレナに声を掛けられ、男子生徒の嫉妬混じりの視線を無視しながらガイは応対する。

 

「かまわないが、何か用が?」

 

「キミはもう街に行ってみたの」

 

 ガイは王都から蒸気列車を乗り継いで昨日の早朝に遺跡都市に到着したばかりだった。

 街を観る時間も無かったガイは首を横に振る。

 

「まだ無い」

 

「私もまだなんだ。だから放課後に街を歩かない?」

 

 レナの誘いに教室が騒つく。

 悲鳴じみた声、喧騒を飛ばす野次、色気付いた声。

 ガイは雑音を無視して彼女の提案に考え込んだ。

 一人で街を巡るより誰かと一緒の方が退屈せず何かと都合が良い。

 操縦士は何処でも騎士人形を喚べる性質上、面倒が付き纏う。

 未学生が法律で騎士人形を喚ぶことを禁じられようが一般人から見た操縦士は武装した軍隊に等しい。

 特に先日テロリストが騎士人形を運用し、貴族が乗る馬車を襲撃。彼等は遺跡都市付近で警備部隊に制圧されたばかりだ。

 剣術を学んだ一学生とはいえ、一人で出歩くには世の中は物騒過ぎる。

 ガイはスラム街出身の最低層に位置する身分、何かに巻き込まれれば自分の言葉は信用されない。

 しかし側に貴族の娘が居れば、ある程度の身の安全は保証される。

 もっとも彼女がお人好しならの話だが。

 ガイは情勢と身分を考慮し、彼女には悪いと思いながら利用させてもらおうと考えた。

 

「それぐらいならかまわない」

 

「それじゃあ約束よ。破ったら後が怖いからね」

 

 そう言って微笑みながら女生徒の下にレナが戻ると、丁度良くホームルームを告げる鐘が鳴り響き、生徒は各々の席に座る。

 同時に黒髪の凜然とした態度の男性教官──クオン・シキサキが教卓の前に立つ。

 ホームルームで細かい連絡事項を受け、ガイは必要事項だけを頭の中に注意深く叩き込んだ。

 先日のテロ事件によって警備部隊が巡回の強化。

 またアダムス操縦士学院は日曜学校と違って面倒な校則が多く、生徒が外出可能な範囲も限られていた。

 特に生徒の都市外の無断外出は禁じられ、破った者は漏れなく一日中独房の中で過ごすこととなる。

 

「さて本日から授業となるが、一限目はわたしが担当する操縦科だ」

 

 操縦科。騎士人形に付いて操縦士として知るべき知識、操縦技術を学ぶための学問。

 この学院でしか学ぶことができない専門知識に一部の生徒が騒つく。

 そんな中一人だけ挙手をしていた。

 

「ハーバー。質問なら受付よう」

 

「き、教官! 本当に学んで良いんですか!?」

 

 栗髪の少年──デュラン・ハーバーが興奮した様子で問う。

 その質問はこの学院の意味を考えれば無意味だ。

 教室でデュランの質問に小さなせせら笑う声がガイの耳に届く。

 同時にデュランの心情を考え、ガイはある種の納得した様子を浮かべる。

 

「それは質問としては成り立たないが……君達操縦士はこの学院に入学するまで騎士人形を喚ぶこと、搭乗することも法で禁じられているな──」

 

「アダムス学院の学生になった途端に操縦が限定ながらも許可される。此処は声だけの相棒と漸く出会える機会だ、ハーバーの興奮は無理もないこと」

 

 その言葉にせせら笑う声は一瞬にして消えた。

 無理もない。

 クオン教官が該当する生徒に鋭い視線を飛ばしたからだ。

 

「他に質問は無いな? これでホームルームを終える」

 

 そう言ってクオン教官は足速に教室を退出した。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 一時限が始まり、操縦科担当でも有るクオン教官が黒板に文字を書き出す。

 書き出される文字に生徒は視線を向け、

 

「本日は騎士人形に付いて説明する」

 

 黒板に書かれた『騎士人形の歴史と操縦士』

 

「騎士人形は今から4000年の昔、偉大なる魔術師シキ、鋼鉄の錬金術師ミドラ、天才人形師マリアの手によって設計、製造されたとされる」

 

 クオン教官の説明にガイは手早くノートに書き写す。

 シキ、ミドラ、マリア、何かしらの形で歴史に名を連ね語り出される偉人の名。

 

「なぜ三人が騎士人形を製造したのかまでは、残念ながら現代に於いても判明していない。騎士人形も彼等の目的は知らないようだ」

 

 クオン教官は教科書に眼を向けず。

 

「先ずは彼らに扱われている材質から説明しておこう。全騎士人形には高純度のマナ鉱石を加工した鋼鉄が全身に使用されている。また内部構造もより人体に近付けるため骨格フレームが採用されている」

 

「そもそも騎士人形とは? 約7〜14メートルを誇る人型兵器だ」

 

 クオン教官の冷たい声に、生徒達は改めて思い知る。

 自分達が所持しているのは兵器だということを。

 ガイもあの日見た光景を思い出す。

 騎士人形同士の戦闘を。

 

「だが騎士人形は操縦士が居なければ何も出来ない。蒸気列車が独りでに動く事ができないのと同じく、彼等にも操縦士が必要だ」

 

 クオン教官は教室を見渡し、疑問を孕んだ生徒達の視線に頷く。

 

「……ふむ。此処で質問を許そう」

 

 真っ先にレナが挙手をし、クオン教官が名指しする。

 

「質問です。騎士人形は如何して人格を有しているのでしょうか?」

 

 誰しもが疑問に感じる事だった。

 なぜ騎士人形にはそれぞれ人格を有しているのか。

 兵器として求め突き詰めるなら人格は邪魔だ。

 人と同じように考え、感情を理解するオルディスたちの在り方にガイは悩む。

 

「……諸説は様々有るが、操縦士との同調率を高めるためとも言われているな」

 

「如何して同調率を高める必要が有るのでしょうか?」

 

「騎士人形は操縦士の癖、思考、身体の動きを可能とする為に投影魔術が組み込まれている。同調率が高ければ高いほど生身の人間と同じ柔軟な動きを可能とする仕組みだ」

 

 クオン教官の話に小さな感嘆の声が所々から聴こえる。

 

「……だが投影魔術の影響により騎士人形が受けるダメージは操縦士に還る。腕を斬られる痛みが騎士人形を通して直接操縦士にな」

 

 クオン教官の言葉に誰しもが眼を見開く。

 騎士人形に搭乗するという事は、生身の状態で戦闘しているのと同じ。

 兵器の戦闘は簡単に人を殺すには充分だ。そこに生身と同じ感覚が合わされば、操縦士は嫌でも人殺しの感覚を味わうことになる。

 ガイはそう考え、オルディスに念話魔術を送った。

 

「オルディスが受けるダメージが俺に向かうのか」

 

『あの時言ったろ? 俺とガイは一心同体、運命共同体ってな』

 

 オルディスと邂逅したあの日、ガイは確かにそう言われた事を憶えていた。

 深く考えもしなかったタダの言葉。

 それが十年経った今になって意味を知る。

 

「隠してたのか?」

 

『俺達は操縦士に与える情報を制限されている。マイスター達が仕込んだ障壁だ』

 

 冷静な口調ながら何処か悔いているような声にガイは念話魔術を遮断した。

 オルディスが話せなかった事にガイはゆっくりと呑み込む。

 ガイはオルディスの言葉に納得したが、生徒達は混乱と死ぬかもしれない恐怖に息を荒げていた。

 

「ふむ。ディアスは落ち着いてるようだな」

 

「そりゃあ驚きはしたが、運命共同体なら仕方ない」

 

「既に納得しているようだな」

 

 ガイは頷くことで肯定の意を示す。

 操縦士に選ばれた時点で元より選択権など無い。

 そもそも騎士人形と邂逅した時点で有無を言わさずに操縦士となる。

 だからガイに出来ることは相棒を信じることと妥協点を探して妥協することだけ。

 

「そうか。しかし戦闘訓練がカリキュラムに組み込まれている以上、君達は嫌でも騎士人形に搭乗しなければならない」

 

「そ、そんなのあんまりだろ!?」

 

 クオン教官に青髪の少年──ジン・ブルークスが叫んだ。

 

「何がだ? 君達は騎士人形の操縦は愚か、何も知らないだろう? 何処にでも喚べる兵器をいざという時に正しく使う為にも必要な事だ」

 

「そんなの勝手だ!」

 

 学院に操縦士は強制的に入学を義務付けられた。

 勝手に思うのも同然かもしれない。

 生徒が騒めく中、ガイは一つ結論付けた。

 兵器を操る操縦士を何処かで管理、指導しなければ悪戯に死者を増やす。

 操縦士の世間から受ける風潮を考えれば、国の判断はある意味で正しいのだと。

 特に二大国に挟まれたグランツ王国の土地は両国にとって是が非でも欲しい位地に在る。

 兵士として教育する場として正にこの学院は打って付けだ。

 補充の効かない騎士人形を操る操縦士なら尚更兵士として必要に求められる。

 同時に手段が強引過ぎるためテロリストを生む原因になっていた。

 

「ブルークス。此処には最初から覚悟を決めた生徒も居る、甘ったれた言動は慎むように」

 

 クオン教官にあっさりと切り捨てられたジンは机に頭を抱え込んだ。

 

「話が逸れたな」

 

 続く騎士人形に対する説明に生徒は意識を集中させる。

 騎士人形に対するクオン教官独自の価値観と他者から見た価値観の違いを織り交ぜた授業が展開され、生徒の興味と意欲を満たすには十分な内容だった。

 やがて有意義な時間は鐘の音と共に終わりを告げる。

 



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2話 街巡りと視線

 3時限目の魔術科を終え、放課後を迎えた頃。

 ガイは改めて知識を振り返った。

 世界の大地、龍脈を流れる自然エネルギーのマナ。

 マナは龍脈から地上に溢れ大気を巡回し、また大地に還る。

 そして魔術の行使に人は人体にマナを取込み、呪文詠唱、魔法陣展開による世界を改竄し結果を現実に顕す。

 また濃度の高いマナは空気に触れる内に結晶化現象を起こし、鉱物として成長を果たす。

 自然現象により生成されたマナ鉱石は、各国の生活基盤を支える燃料として利用され、現在における錬金術にも必要不可欠な材料だ。

 魔術とマナの知識再確認を終えたガイは帰り支度を始めた。

 鞄に教科書を詰め込むガイにレナが歩み寄り。

 

「おっと? キミは約束を忘れちゃったのかな?」

 

「忘れてない。帰り支度は迅速に済ませた方が良いだろ」

 

「それもそうだね」

 

 ガイは鞄を片手に立ち上がる。

 嫉妬と羨望入り混じった視線がガイに突き刺さる。

 何かしら反応しては面倒だ。

 直感と元来面倒臭がり屋な性格が合わさり、彼の対応は迅速だった。

 

「行くか」

 

 無視して早急にこの場から立ち去ること。

 それが一番手っ取り早いのだと結論付けていた。

 

「おお、急ぐねぇ」

 

 レナは足早に教室から出るガイを追って、振り返る。

 

「みんなまた明日ね!」

 

 そんなあいさつを残してレナはガイを追いかけた。

 

 特に面倒も無く校門を出た二人は、学院から最も近い商店街に足を運んだ。

 人混みを避けながら少し入り組んだ通路の道すがら。

 ガイは壁に視線を釘付けにされる。

 マナで刻まれた呪文の断片。

 この街がまだ遺跡だった頃の名残が街の随所に刻まれ、歴史を感じさせるには充分な存在主張だった。

 

「壁の呪文が気になるの?」

 

「完成された呪文は何だったのか、意味は何なのか気になるからな」

 

「いつの時代から刻まれたのか、我々が生きる文明以前の時代。失われた時代の断片が遺した秘蹟、世界の謎に迫る鍵の一つ」

 

 レナの一文一句にガイは興味深そうに耳を傾ける。

 考古学者クローズの書籍に記された文。

 クローズの書籍には決まって歴史に対する意欲を唆る言葉。

 その次に。

 

「『解き明かしてはならない歴史、私は後世に語り継ぐ』だったか」

 

 警告の言葉が続く。

 本の内容を言い当てたガイにレナは感心を寄せ、

 

「クローズ教授の考古学書を読んだんだ。古代遺跡バーロンの考察も?」

 

 古代遺跡バーロンに刻まれた壁画。大地から這い出る異形の動物群と死に絶える人類にクローズ教授はこう記した。

 

「世界を滅ぼす厄災によって古代文明は滅び、永き時を経て人類はまた再誕したのならば、我々は備えなければならない」

 

「殆ど覚えてるんだ」

 

「暇があれば読んでいたからな」

 

「そっかぁ!」

 

 嬉しそうに眼を輝かせる彼女に、ガイは疑問をぶつける。

 

「やけに嬉しそうだな」

 

「そりゃあさ、同じ出身地で共通の趣味を持つ人って中々出会えないもん! 嬉しいに決まってるでしょ!」

 

「なら何処か落ち着ける場所を探して語り合うか?」

 

「それも良いわね! 本を持ち寄って静かな場所でさ」

 

 元気の良い奴。 

 それがガイがレナに抱いた印象だった。

 それから商店街の雑貨店を覗き、小洒落たカフェを通り過ぎる。

 ガイはレナとラピスの商店街を巡り歩く中、物陰からぶつける嫉妬の視線に僅かに視線を向けた。

 同じクラスの男子生徒の視線。

 校門を出てから付き纏う視線と敵意。

 ガイが顔を顰めると。

 古びた書店の前で不意にレナが足を止めた。

 

「……ねえここに寄ってみない? 少し歩き疲れちゃって」

 

 少し疲れ気味のレナにガイは頷く。

 古びた書店──フルグス書店に立ち寄る。 

 古めかしい骨董品と本棚が並び、カウンターで色白の男性が眼鏡を煌めかせた。

 

「いらっしゃい! 何をお求めで! 君達操縦士でしょ!? それとも恋人に大人気の恋愛シリーズなんかどう?」

 

 息つく暇も無く喋り続ける店主に二人はドン引きした。

 

「立ち寄っただけだ」

 

「あらそうなの? 久し振りのお客さんだしお茶でも飲む?」

 

 遠慮の無い店主にガイは肩を竦める。

 

「此処は来客に茶を出すほど暇なのか?」

 

「ちょっと失礼でしょ!」

 

「あははー! 別に事実だから良いんだよ」

 

 ガイは本棚に陳列された書物に視線を移した。

 考古学書、歴史書、童話から様々な書物。ガイの興味を惹くのに止まない数々のタイトル。

 しかし書店の本は10ページまでしか試読できない。それ以降は封印魔術によって閲覧できないように細工が施されているからだ。

 興味を惹かれる本棚に2人が釘付けになっている頃、店主が店の奥に引っ込む。

 

「うーん! 慣れない街はやっぱり疲れるわね」

 

 レナは背筋と腕を伸ばした。

 ガイは店の古時計に視線を向けた。

 時刻は午後16時を過ぎていた。

 寮の門限は18時。

 

「門限まであと2時間か」

 

「ふえ? もうそんなに時間が過ぎちゃったんだ」

 

「茶を飲んだら解散だな」

 

「そこは普通さ、女の子を寮の近くまで送るものじゃない?」

 

「寮の別れ道までは同じ帰路だろ」

 

「あ〜そうだったわね」

 

 忘れていたのか、レナは笑って誤魔化した。

 

「お待たせ。生憎とコーヒーしかないけど、そちらのお嬢ちゃんは大丈夫かな?」

 

「平気よ」

 

「それは良かった」

 

 ガイは淹れたてのコーヒーをひと口飲んでから。

 濃くと苦味に程よい甘さが合わさったコーヒーにガイは素直な気持ちを表す。

 

「……美味い」

 

 店主は小さく笑みを零す。

 

「気に入って貰えて何よりだよ。そうだ! ウチでバイトしてみないかい?」

 

 店主の好意にガイは考え込む。

 在学中の間は学費、学食、学院で許可されている備品は全額免除されているが、当然ながら娯楽用品は別だ。

 衣類や娯楽用品に金は必要になる。

 特にガイの場合は誰からも資金援助を受けることができない。

 だから彼は必然的に労働しなければ、満足いく学院生活を送ることさえ叶わない。

 

「時間に融通は効くのか?」

 

「もちろん。放課後から門限までの時間帯ならいつでも歓迎さ」

 

 他でバイトを探す手間と寮と比較的に近い書店。

 操縦士と知りながら好意的な店主にガイは答えを出す。

 

「なら明日の放課後から雇ってくれ」

 

「よし! 無愛想で仏頂面だけどカッコいい店員ゲット!」

 

 一言余計な店主にガイが顰めるとレナが微笑んだ。

 

「あっさり決まって良かったね」

 

「互いの名前も知らないのにな」

 

 失念していと色白の眼鏡の店主が頬を掻く。

 

「あー、紹介が遅れたね。僕はヴェイグ・フルグス」

 

 改めてガイはヴェイグに向き直る。

 

「俺はガイ・ディアスだ。今日から卒業まで世話になる」

 

 ガイの名を聴いたヴェイグは微笑みながら左手を差し出した。

 求めてられた握手にガイは応じる。

 

「それじゃあ明日、バイト申請用紙に担当教官のサイン付きで持って来てくれ。あれが無いと恐い教官に僕まで睨まれるからね」

 

 ガイは頷くと、

 

「おっと、僕は倉庫の整理が有ったんだ。2人はゆっくりして行って良いから!」

 

 慌しく倉庫に引っ込むヴェイグにレナは可笑しそうに笑う。

 

「忙しい店主と無愛想で仏頂面のガイが並ぶところを想像すると……ちょっと面白いわね」

 

「……そいつはどうも」

 

 ガイは一気にコーヒーを飲み干すと。

 

「ねえ騎士人形のこと、ガイはどう考えてるの?」

 

 そんな不安そうな質問を問い掛けられた。

 ガイにとっての騎士人形は実に単純明快だ。

 

「昔から付き合いの長い相棒、腐れ縁とも言うな」

 

「そっか。私は少し怖くなったかな、王都を襲った騎士人形の事も」

 

 8年前に王都で起きた操縦士によるテロ事件。

 紺碧の騎士人形は王都で操縦士の自由を訴えながら暴れ、駆け付けた銀の騎士人形と戦闘行動に突入した。

 結果、紺碧の騎士人形は破壊され事態は収縮したが、死傷者を多数出すことに。

 あの事件はスラム街で発生し、戦闘被害の殆どはスラム街に集中していた。

 ガイが事件に対して懐く感情はムカつきだった。

 

「あの事件は良く覚えてる。同時にムカついた」

 

「ムカついた?」

 

 ガイは今もなお崩れた路地裏を頭に浮かべながら、ゆっくりと答える。

 

「比較的被害の少ない平民街は迅速に対応されたが、スラム街の被害は今も放置されたままだ」

 

「テロに対してじゃなくて軍に対する苛立ち?」

 

「いや、テロリストが事件を起こさなければ何も無かった。騎士人形なんて兵器を操縦士の自由の為だとか謳いながらやってる事は力に物を言わせた暴力だ」

 

「結局のところ自由なんて主張もそこそこ自由に暮らしていた身からしたら有り難迷惑だ。だからムカついた」

 

 ガイがムカついた最大の要因は、軍による操縦士の監視が強まったことだった。

 未学生の操縦士は些細なきっかけでテロに加担する。

 そう言った経緯から軍は未学生の操縦士に対する警戒を一掃に強めた。

 正に悪循環が生まれたが、幸いなのは軍が操縦士を弾圧しなかったことだ。

 それもグランツ王国の抱える情勢問題が最大の原因だとガイは考えた。

 特にグランツ王国は北方と南方に広がる二大国家に挟まれている。

 北方のデュネス帝国と南方のガルドラス帝国は世界の覇権を争い長年緊張状態に有る。

 二大国家に挟まれたグランツ王国にとって貴重な戦力は無駄に浪費できない。

 

「そっか。私は大きく膨れ上がった殺し合いが恐いなって感じたよ」

 

 人と遜色ない動きで互いに殺し合う騎士人形。

 人から騎士人形に変わった殺し合いはレナの言う通り、膨れ上がった殺し合いだ。

 

「騎士人形を純粋な兵器とするなら、行われるのは殺し合いだな。だが、騎士人形を何かを守るために使うならソイツは兵器か?」

 

「人が操るなら守護者にもなり得る。その可能性は私達次第ってことね」

 

「理解が早くて助かる」

 

 騎士人形の在り方も操縦士次第で変わる。

 ただ純粋な兵器として求められ続けた結果に、ガイは目を瞑る。

 誰も騎士人形が何の為に求められ作られたのか分からない。

 後世の人が歴史を紐解き、兵器としてカテゴリーした結果が騎士人形は兵器という認識が広まった。

 ガイは考える。

 少なくとも3年は騎士人形に付いて学べる。

 

「3年も有れば相棒に付いて理解が深まるか」

 

「私も騎士人形の事を知りたいって思ったから覚悟を決めたんだけど、少しぐらついちゃったかな」

 

「多少ぐらつくぐらい良いんじゃないか? ぐらついた土台をその時その時補強してやればそう簡単に倒れやしないだろ」

 

「迷ったら考えて自分なりの答えを見つける。……うん、それが精神的にも気楽ね」

 

 レナは飲み終えたコーヒーカップをトレイに置き、

 

「有意義な時間が過ごせたわね。そろそろ時間だから帰りましょか」

 

 彼女に提案にガイはドアを開ける事で賛同した。



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3話 戦闘訓練と不穏

 レナと別れたガイは、食堂で夕食を済ませ男子寮の割り当てられた自室に戻ると。

 

「おっ、入学早々女子生徒とデートした強者がお帰りなすったな」

 

 金茶髪の髪を上げ、両耳にピアスをした男子生徒がそんな茶々を飛ばす。

 同室の男子生徒にガイは記憶を探る。

 彼は誰なのか、ガイの記憶には無かった。

 

「誰だ?」

 

「3年間共に生活するってのにそりゃあ無いぜ!」

 

「記憶にねぇ」

 

「あー、お前さんは昨日部屋に来るなりシャワー浴びて即寝たからなぁ」

 

 確かにガイは用を済ませて即寝たことは覚えていた。

 

「まあいいや、俺はAクラスのグレイ・グリアーゼだ。改めてよろしくな色男!」

 

 いい笑顔で答えるグレイにガイは頷き、自身に用意されたクローゼットの鍵を開け中を漁る。

 

「帰ってもうシャワーか? それよかデートの感想を聴かせてくれよ!」

 

 気さくに話し掛けるグレイにガイは諦めた。

 経験上、この手合いは話さない限りしつこいと。

 

「感想か。壁の呪文の断片で話が盛り上がった」

 

「……デートってか、遺跡探検の感想?」

 

「アンタが想像する小洒落たデートじゃないんだよ」

 

「もったいねえなぁ。アトラス家の御令嬢って言えば貴族の御子息が放っておかない美少女だろ」

 

 美少女。グレイの言葉にガイは眉を深めた。

 彼女の外見は正に美少女。

 ただ彼女が秘める内面は、崩れそうになろうと立ち直る芯の強い少女。

 それがガイがレナに改めて認識した印象だった。

 他人がレナに懐く印象などガイにとってはどうでも良い。

 重要なのは内面だ。

 いくなら外見が良くとも中身が劣悪な人間なら近寄りたくもない。

 

「気になるなら誘ったらどうだ?」

 

「いやぁ俺はそれよりも担当教官が気になるね」

 

 照れ臭そうに話すグレイに耳を傾ける。

 

「Aクラスの担当教官がそりゃあもう美人で、抜き身の刃みてねぇに鋭くてさぁー!」

 

「一目惚れしたのか」

 

「ドストライクだったね!」

 

「それは良かったな」

 

 そんな問答にグレイは親指を立て、着替えを持ったガイはシャワー室に足を運ぶ。

 

 夜が訪れ、消灯時間を迎えた生徒は静かに寝静まる中。

 ガイはオルディスと念話魔術で会話していた。

 

「随分と今日は大人しかったな」

 

『デートの邪魔をするのは野暮だろ? と言ってもまだそんな感情はねぇか』

 

「あったまりえだ」

 

 ガイは色恋沙汰に興味が薄い。

 同時にクローズ教授の話しで語り合ったのは楽しいひと時とさえ感じていた。

 ただ楽しい時間を共有し合える、気の合う知人。

 ガイとレナの関係は知人が適切だ。

 例え側から見ればデートをしている輩。

 それは他人の視線が決めた評価に過ぎない。

 

「それで、何で黙りだったんだ? 顔見知りの騎士人形にビビってたのか」

 

『ば、バッカ! そんなじゃねぇし。……け、決して操縦士越しから睨まれてビビった訳じゃないぞ』

 

「明日には戦闘訓練と操縦科が有るんだ、嫌でも会うだろ」

 

『天使ちゃんとは会い辛れなぁ』

 

『レナが天使の操縦士なのか』

 

『おう、少なくとも選ばれて6年ぐらいだな』

 

 恵まれた家庭で産まれ育ち、操縦士に選ばれた。

 彼女は真っ直ぐな瞳で騎士人形を知りたいと答えた。

 

『強敵だな』

 

『覚悟を持つ人間は時に底知れない力を発揮する。ガイ、油断は最大の敵だ』

 

『ご忠告どうも。俺はもう寝る』

 

『えぇ〜!? 一晩中語り明かそうぜぇ〜』

 

 煩いオルディスの声を遮断して眠りにつく。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 2日目の朝。

 校舎の食堂は朝食を摂るべく武器を携行した学生で溢れていた。

 慣れた様子で席を確保し、カウンターから料理を受け取る先輩。

 対して入学して日が浅い一年は席を確保するのも一苦労。

 行列を作るカウンター、バイキング形式の作法に生徒は料理を器に盛る。

 ガイもそれに倣い、適当に料理を皿に盛った。

 適当に空いた席で座り、いざ朝食を食べ始めると。

 

「悪い! 隣いいか?」

 

 許可を求め、応対する前に隣に座り込んだ生徒に僅かに視線を向けた。

 大量の肉料理を皿に盛ったデュランが既に食事を始めている。

 ガイは淡々と食事を続け、デュランが頬張った肉を飲み込むと。

 

「そういえば昨日は如何だったんだ? かなり嫉妬されてたろ」

 

 噛み込んだ海老を飲み込んだガイは、面倒臭そうに答える。

 

「別に何にも無かったが、鬱陶しいかったな」

 

 視線の事を含め答えると、デュランが苦笑を浮かべた。

 

「あー、アトラスに夢中の伯爵家の御子息が居るからねぇ。ウチのクラスに」

 

 その言葉に誰が付き纏っていたのか答えを得る。

 ただガイは他人の色恋沙汰をどうこうする気は無い。

 通常なら喧嘩を吹っかけられれば対応するが、相手は貴族ともなれば方法も変わって来る。

 

「なら堂々と誘ってやればいい話しだろ」

 

「それがさ、その御子息様は何度もアトラスに振られてるらしいんだ」

 

「なるほど」

 

 何度もアプローチを掛けた相手が何処の馬の骨とも知らない男を誘った。

 それは男からしたら非常に面白くない。

 特に意中の相手であれば尚更に。

 

「大変だろうけど、頑張れよ」

 

 デュランの最後の言葉にガイは反応を示さず、朝食を食べ終える。

 

「時間、無くなるぞ」

 

 時計に僅かに視線を向けたガイに、デュランは慌てながら肉を頬張り飲み込む。

 テーブルの横に立て掛けていた槍斧を背負い、先に行くガイを追う。

 

 1時限目の錬金科を終え、2時限目と3時限目の操縦科における戦闘訓練。

 校舎から離れた第三グラウンドにそれぞれ武器を携行したCクラスが集う。

 この学院には体操着のような物は無く、運動機能を兼ね備えた制服のままで戦闘訓練が行われる。

 遅刻者無しにクオン教官は満足気に頷くと。

 

「よし、早速二人一組のペアを作れ」

 

 Cクラスの生徒は21名。

 必ず一人余りが出る。

 

「余った者はわたしと組む」

 

 クオン教官の声に生徒は一斉に動き出す。

 レナはガイの腰に携行された太刀から、少なくとも剣術を嗜んでいる。

 そう考えガイに声を掛けようとしたが、

 

「あ! レナさんはあたしと組みません? あたし騎士剣術に興味がありまして」

 

 声の主に振り向く。

 ヤマト連合国、東方の血を引く小柄で黒髪の少女──リン・ナギサキ。

 レナは一瞬だけガイの方に視線を向け、誘いを断るか迷った。

 初日から男子に声を掛け、街を歩く。

 そして今日もガイを誘う。

 自惚れる気は無いが、自分の行動は目立つ。

 ガイに対して快く思わない男子も居る。

 そう考えたレナは、

 

「良いわよ。私も東方剣術に興味が有ったから」

 

 リンの誘いを受けた。

 そして一人余りクオン教官の隣、刃三本分の間合いを開けたガイが静かに佇んでいた。

 レナは仏頂面を更に深めるガイに内心で小さく謝る。

 

「わたしと組む幸運者はディアスか」

 

「それは如何も」

 

 ガイはクオン教官の太刀に視線を向けつつ、太刀の柄を握り締める。

 

「ではこれより準備運動を開始した後、戦闘訓練に移る!」

 

 クオン教官の言葉に従い、生徒は準備運動で身体を解す。

 準備運動を終え、

 

「では改めて説明しておくが……これは訓練だ、殺し合いじゃない。己の()()で相手を無力化させるか降参に追い込め、それが戦闘訓練のルールだ」

 

 クオン教官の説明に緊張が走る。

 そしてお互いに間合いを取り始めた頃。

 

「はい! ……ん、教官!」

 

 不自然な間を空けたリンにクオン教官が眉を寄せる。

 

「何だナギサキ? さっきも言った通り殺しは厳禁だぞ」

 

「違いますよ! 何本勝負でしょうか?」

 

「ふむ……制限時間は授業終了までだ、その間何本勝負しようが構わん。尤も次に控える操縦科は体力を消耗するためおすすめしないがな」

 

「他に質問は無いな?」

 

 クオン教官は生徒を見渡し、ガイに向き直る。

 

「では、戦闘開始!」

 

 放たれた合図に火蓋が切っておろされる。

 同時にガイは抜刀し、霞の構えを取る。

 たちまち金属音の衝突、魔術の爆音が耳に響く。

 グラウンドに広がる余計な雑音を排除し、目の前の人物に意識を集中させる。

 居合の構えを取るクオン教官、隙を感じさせない佇まい。

 身体から滲み出る殺気と闘志が、クオン教官は強者だと理解できる。

 同時にガイの行動も制限される。

 下手に間合いを詰めれば、幾ら攻め辛い霞の構えとはいえ、居合によって斬り捨てられる。

 無言で出方を窺うクオン教官にガイは深く呼吸する。

 

 そして彼は動き出した。

 大地から大気に巡るマナを媒介に短く詠唱を唱える。

 

「炎よ刃に宿れ」

 

 刀身に炎を付与し、ガイは霞の構えから一気に振り下げる。

 自身の戦闘を終えた生徒達は彼の行動に目を疑う。

 幾ら太刀とはいえ、クオン教官に刃は届かない。

 それほどガイとクオン教官の間合いは離れていた。

 だが、そんな疑問も一瞬にして消える。

 振り抜かれた刃が炎を纏った斬撃を飛ばしていた。

 クオン教官に向かって真っ直ぐ飛ぶ斬撃。

 一瞬腰を落としたガイが同時にその場から消える。

 ガイの動きにレナは感心を寄せ、視線で彼の動きを追う。

 レナと相対していたリンもまた構えを取りながらもガイに注視していた。

 

 クオン教官は感心したように笑った──その時だった。

 甲高い金属音が響く中、炎の斬撃に一筋の一閃が走り、背後に回り込んでいたガイの首筋に刃が当てられていたのは。

 一瞬の出来ごと、殺し合いなら死んでいた事実にガイの額に汗が滲む。

 

「隙がねぇ」

 

 炎斬は目眩しで背後から強襲する算段だった。

 初撃と二撃は確実にいなされる。

 本命の三撃目で炎を纏った拳を放つつもりの行動が、初撃で全て対応。

 クオン教官は斬撃を斬り払った上で、そのまま勢いで回転斬りを放ち、自身の首筋を捉えた。

 一連の動作と明確な敗北にガイは降参の意を示す。

 

「発想も動きも瞬発力も良かったが、背後を取り一瞬だけ油断したな」

 

 ガイは両手を挙げ降参の意を示す。

 

「降参を受けよう。……しかし君の剣術は同じ東方剣術でも魔術を軸に据えた剣術──魔刀流か」

 

 ガイは離れた刃に、太刀を納刀しながら頷く。

 

「そう言う教官の流派は?」

 

「生憎とわたしのは我流だ」

 

 独学で身に付けた剣術にガイは驚きを隠せなかった。

 ガイがスラム街の老師から教えを受けて10年。

 東方剣術は騎士剣術と違い型が多岐に渡る。

 そのため流派一つ一つに伝授される型の数は違うが、一つ覚え瞬時に放てるようになるまで血反吐を吐く苦労をした。

 見本となる老師が身体の使い方、魔術の扱い方を一から教え漸くガイは魔刀流を習得するに至る。

 しかし目の前に居る男はどうだ?

 居合の型を独学で覚え、練られた技の冴え。

 炎斬を斬り払い、背後に回り込んだガイに回転を放ち首筋を捉えた。

 全て一手で済ませるほどの力量。

 

「マジかよ」

 

 ガイが漸く吐き出せた言葉にクオン教官が笑みを浮かべる。

 

『とんでもねえ化け物が居たもんだ!』

 

 オルディスの絶賛する声が頭に響く。

 

「ふむ、まだ決着の付かない生徒が多いか」

 

 クオン教官の声にガイは改めてグラウンドを見渡す。

 まだ決着の付かない試合が続いていた。

 技と技に対する応酬、攻撃魔術と防御魔術の攻防。

 早速グラウンドは一種の戦場化している。

 学生の身が戦闘をこなせるのだから侮れない。

 特にガイが注目したのは、レナとリンの戦闘だった。

 身軽に素早くレナの背後に周り込み小太刀を振り抜く。

 対してレナは防御魔術で小太刀を防ぐ。

 振り向くレナに対してリンは、彼女の視界から消える。

 真正面から打ち合うことを避けた立ち回り。

 レナは消えたリンに対して即座に反応して見せ、騎士剣で弧を描く。

 瞬間、甲高い金属音が響く。

 真横から迫るリンの小太刀がグラウンドの土に突き刺さる。

 レナは肩で息を吐き、呼吸を整えてからリンに微笑んだ。

 

「今日は私の勝ちね!」

 

「むぅ、次は負けませんよ」

 

「あのお転婆に対応するとは」

 

 感心を伴うクオン教官の声。

 リンをよく知ったような口調にガイは、知り合いなのだと察する。

 ガイが観戦しているとしばらくして、漸く生徒同士の決着が付く。

 

「時間も丁度か。3時限目もここで騎士人形の操縦訓練だ」

 

 そう告げると丁度良いタイミングで鐘が鳴る。

 休み時間に入ったCクラスはグラウンドから動かず、身体を休める。

 そんな中、ガイに紫色の髪の少年が近付く。

 ザナル・フォンゲイルは手に持った槍を強く握り締める。

 敵意を隠さない視線で睨むザナルにレナ達の間で緊張が走った。

 

「君は戦い足りないんじゃないのかい?」

 

「テメェの力量を再認識できた。それで充分だ」

 

「なるほど。つまり君は僕が相手にする価値に値しないと」

 

 喧嘩を売るなら買う。

 スラム街の日常ならそれで事足りる。

 しかしガイはその考えを改める。

 曲がりなりも相手は伯爵家の御子息、彼に手を出せばスラム街の連中に被害が及ぶ。

 あそこにはガイを慕う者、協力関係に有る者、勉学の恩師と剣術の師がまだ生活を余儀なくされている。

 無駄にプライドの高い貴族の癇癪は時として他者の生活を破綻させてしまう。

 最悪の想定と先のことを考えたガイは肩を竦めた。

 

「好きに解釈して構わねえよ」

 

 ザナルの挑発を受け流す。

 ザナルは敵意を放っているがまだ理性的だった。

 完全に頭に血が昇った者は、問答無用で武器を振り回す。

 それだけしない辺りまだザナルはまともの分類だ、とガイは思う。

 

「ふん。話してみれば取るに足りない男だったか」

 

 ザナルはガイに視線を向け、レナの下に歩み寄る。

 訝しむレナにザナルは取り繕った笑みを浮かべる。

 

「レナ、君は付き合う者を選んだ方が良い。でなければ家名に傷を付けることになるだろう」

 

 レナは一瞬ガイに視線を向けた。

 ガイは自分が彼に手を出せば、親しい人達に危害が及ぶと考え耐えた。

 彼の考えを汲み取ったレナは、敢えてザナルに何も言わない。

 その対応にザナルは鼻で笑い、満足そうに元居た場所に戻る。

 一連の出来事を静観していたクオン教官はため息を吐く。

 

「操縦科は生徒同士の模擬戦が多い。授業の一環ならば相手は結果に文句など言えまい」

 

 彼の声が耳に届いていたザナルが笑みを浮かべる。

 

「それはそれは。……つまり僕とディアスが授業の範囲内なら戦闘しても」

 

「異論は無いが殺しは厳禁だ。それは幾ら貴族の倅だろうと関係無い、禁を破った者は問答無用で拘束させてもらう」

 

 釘を刺すクオン教官にザナルは考える素振りを見せる。

 そして当のガイはどこ吹く風で、面倒なクラスに入ったと小さくボヤいた。



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4話 起動する騎士人形

騎士人形の本格起動お待たせしました。


 一悶着を終え、3時限目の操縦科が始まる。

 

「先ずは騎士人形の召喚説明に辺り、改めて注意事項を説明しておこう」

 

 クオン教官は整列する生徒を見渡し説明を始めた。

 

「原則としてアダムス学院の敷地外における遺跡都市内及び郊外での騎士人形召喚、搭乗を禁じている」

 

「ただし例外は有る。今後授業で行われる行軍訓練、来月に控えるクラス対抗戦。非常時における自衛手段としてならば例外的に召喚、搭乗可能だ」

 

 クオン教官の説明に、眼鏡に物静かな印象を与える女子生徒が挙手する。

 クオン教官はエレン・パステカルに視線を向け。

 

「パステカル、質問を許可しよう」

 

「はい。例外とは有りますが、遺跡都市に配属されている警備隊は私達を護ってくれないんでしょうか?」

 

「いや、諸君が生徒で有る以上は我々軍隊は護る責務と義務が有る。だが警備隊も操縦士で編成された軍の一部署ゆえに彼らが出動に迫られたのなら敵も我々と同じ操縦士だ」

 

 生徒の安全、市民の安全を考慮した例外的自衛手段。

 その事に対して生徒は一様の反応を示した。

 人々を護る守護者、騎士人形を自衛手段の一つ。

 力を持つ者の責任と義務。

 そして制限だらけの操縦士に与えられたある意味での活躍の機会に、6人は疑問を顔に出していた。

 一様に納得する生徒を見渡したクオン教官は、疑問を浮かべる6人に視線を移す。

 この6人は国が示す道、都合の良い魅力的な餌に食い付かない確信をクオン教官は得た。

 同時に制御が効かない操縦士は国にとって排除される危険性を孕む。

 クオン教官は一度思考を授業に戻す。

 

「さて、今から諸君が戦闘に巻き込まれように生き延びる手段を教えよう」

 

「先ずは内に潜む相棒に意識を集中せよ」

 

 生徒は言われた通りに騎士人形に意識を集中させる。

 すると意識の中に視えるのは、それぞれ形の違う騎士人形の全身だ。

 見慣れた光景といつもとは違う箇所に、ガイは一人だけ口元を歪めた。

 昨日までオルディスの腰に無かった筈の武器が備え付けられている。

 

「彼らは操縦士が扱う得物をマナ鉱石を錬成し、作り出す初期能力を有している」

 

「あのぉ〜初期能力って何ですかね?」

 

 リンの質問にクオン教官が答える。

 

「試作型《プロトタイプ》を含めた全騎士人形に備えられた共通能力のことだ。因みに初期型を除いた後継機にはそれぞれ特異な能力を有している」

 

「試作型と初期型の騎士人形が不利ということですか?」

 

「そうだな。初機型を操る者としても学生時代は同級生に相当手を焼いたが、騎士人形との同調率次第では充分に勝てる機体性能差と言えるだろう」

 

 クオン教官は話が逸れたと言わんばかりに一度咳払い。

 やがて意識を集中させた彼の背後に淡い翠色の粒子が舞う。

 自然エネルギーのマナが溢れ出る様子に生徒は息を呑む。

 そしてマナを媒介にクオン教官の背後に、中世の騎士を彷彿とさせる7メートルの白い騎士人形が、その姿を現実に現界した。

 

「すげぇ、本当に何もない場所から現れた」

 

 デュランが感嘆の声を漏らした。

 中には騎士人形に対する恐れを抱く者、長年の相棒と共にあれる事を喜ぶ者。

 一クラスに様々な生徒が集められた、とクオン教官は感心を寄せながら生徒に言葉をかける。

 

「さあ諸君も彼らに語りかけ、現れる様に促すんだ」

 

 ガイはオルディスに念話魔術で語り掛ける。

 

『出て来い』

 

『おいおい! そこは出て来てくださいとか、もっと頼み方が有るだろう!?』

 

「ささっと来い」

 

 有無を言わせないガイにオルディスは召喚に応じる。

 そしてクオン教官と同じように背後に出現するオルディスにガイは振り返った。

 漸く頭の中で姿と声だけは認識していた相棒を喚ぶことができた。

 第三グラウンドに現れた蒼い騎士人形──オルディスに生徒達が注目する。

 中世の騎士を彷彿とさせる7メートルの機体。騎士背部の二機のブースター、腰に納められた太刀。

 クオン教官の白い騎士人形と似た造形に誰しもが二機を見較べた。

 

「ほう、ディアスの騎士人形はオルディスだったか。わたしの相棒クォールから何度か話には聴いている」

 

「殺し合いの歴史か?」

 

「いや、オルディスは全ての騎士人形の原形となった試作型だと」

 

 オルディスは試作型だという点にガイは素直に喜びを露わにした。

 能力に付いて剣術と魔術と合わせる必要が無い。

 能力の理解を深める手間が掛からない点をガイは単純明快で良いと。

 しかし周囲からは同情の視線がガイの背中に突き刺さる。

 

「試作型ってことは、特殊能力も無いってことだし一番機体性能も古いってことなんじゃ?」

 

 栗色髪の生徒アルト・アルディーニの疑問にクオン教官が答える。

 

「ふむ……単にそうとは言い切れないが、それは諸君が実際にオルディスと立ち合い理解し実感しろ」

 

 単純で分かり易い説明に生徒は納得した表情を浮かべる。

 同時にザナルの勝ち誇ったような忍び笑いがガイの耳に届く。

 

「しかし誰よりも早くに召喚するとは。……君は操縦士に選ばれて何年になる?」

 

「10年にはなるか」

 

 ガイの答えにクオン教官は納得した素振りを見せた。

 

「大抵物心が付く頃からか。なるほど、道理で速いわけだ」

 

 そしてクオン教官は周囲の速く喚ぶように挑発する。

 

「さあ君達も呆けて無いで喚ぶんだ。でなければ授業に遅れが生じる」

 

 彼の挑発はプライドの高い生徒、負けず嫌いの生徒に効果を発揮した。

 レナが白銀の騎士人形を、リンが琥珀色の騎士人形の召喚に成功させると、続々と生徒が第三グラウンドに騎士人形を喚ぶ。

 そして最後にジンが召喚した漆黒の騎士人形を迎え授業が進む。

 

『……あの機体』

 

 オルディスの疑問と疑念が孕んだ声にガイは意識を傾ける。

 

「どの機体だ?」

 

『なんでもねぇ。それよりも教官殿の話しを聴いてやんな』

 

 黙りを決め込んだら喋らない。それがオルディスだとガイは納得する。

 ガイは意識をクオン教官の声に向けた。

 

「次はいよいよ搭乗だが、生憎と騎士人形には搭乗席の入り口が無い。彼らの胸に淡い光を放つ球体状の核が僅かに視えるだろう?」

 

 言われて生徒は各々の騎士人形に視線を向ける。

 クオン教官の言う通り、騎士人形の胸部分には僅かに核が視える。

 

「召喚時と同じ要領で核に向けて意識を集中させるんだ」

 

 言葉で説明を行ったクオン教官はすぐに実践してみせる。

 クォールの前に立ち、意識を集中させるクオン教官をマナの球体が包み込む。

 球体は宙を浮かび、核に吸い込まれるように消えていく。

 そんな光景を目の当たりにした生徒が混乱を浮かべると。

 

「これが搭乗までの一連の流れだ」

 

 クォールからクオン教官の声が響く。

 

「恐れることは何も無い。さあ搭乗するんだ」

 

 促す声。

 戸惑う生徒達の中で、ガイとレナ、リンが同時に動く。

 三人は同時に意識を集中させ、これまたクオン教官と同じように機体に吸い込まれた。

 

 オルディスの操縦席に座ったガイは、付き纏う違和感に眉を歪めながら周囲を見渡す。

 全方位に広がる外の光景。

 座席の両端に埋め込まれたスフィア盤。

 

『おお! 遂にガイが俺に搭乗する日が来るなんてなぁ! お兄ちゃんは嬉しいぞぉ!』

 

「誰がアニキだよ」

 

 冷ややかなガイの突っ込みに。

 

「兄弟みたいに仲が良いんだね」

 

 レナの声が機体内に響く。

 視線を向けるとそこには白銀の騎士人形の姿が在った。

 白銀の騎士人形は天使を彷彿とさせる六枚の翼を拡げた姿に、ガイはなるほどと舌を唸らせた。

 彼女の騎士人形は正に天使と表される程に美しさを兼ね備えている。

 またオルディスと違って全身の装甲が軽量化され、全体的に細っそりとした機体だ。

 

「聴こえてたのか?」

 

「うん。外の声も生身と変わらないぐらいに」

 

 言われてガイは気が付く。

 搭乗しようと奮起する生徒の声と呪詛を吐く声に。

 同時にクオン教官の咳払いも。

 ガイとレナは私語を止め、生徒達の様子を観察することにした。

 それからクラスメイト全員が騎士人形に搭乗するのは五分後のことだった。

 

「本題に入ろう。操縦席には見ての通り操縦桿が無い。騎士人形を自身の身体、自分は彼らの心臓と脳だと認識するんだ。スフィア盤は思考伝導を効率化させる補助にしか過ぎない」

 

 操縦席に座ってから付き纏う違和感。

 オルディスと同調している感覚。

 それは言葉で説明しきれない不確かな感覚であり、魔術的な繋がりだ。

 

(投影魔術による同調……身体を動かすのと当たり前のようにやればオルディスは動くのか?)

 

 生物が身体に動かす時、脳は命令を全身に送る。

 無意識に近い感覚で行わる行動。

 ガイは敢えて意識せず、いつも通りに念じる。

 するとオルディスの右腕が上がる感覚が、ガイの右腕に伝わる。

 同様に左腕を動かすと、同じく動いた箇所に感覚が鮮明に伝わる。

 右脚から左脚を交互にして歩く。

 これも同様の感覚が鮮明に伝わる。

 指を一本一本動かせば、指の関節が人間と同様に動く。

 

(これが投影魔術による影響だと? 兵器を唄いながら兵器とするならば欠陥だな)

 

 ガイは騎士人形を欠陥兵器と認識を改めた。

 動いた感覚は正に人体と同じ。

 オルディスが斬られでもすれば、機体に伝わる痛みを操縦士も受ける。

 同時に相手を傷付ける場合も同じ感覚を操縦士は受ける。

 騎士人形に搭乗しながら生身と変わらない。

 兵器越しによる殺しは、生身で行う殺人と同じ。

 つまり騎士人形の搭乗は人体が7メートルに巨大化したのと変わりないのだとガイは、自身の中で結論付けた。

 レナの言う通り巨大化した殺し合い。何故騎士人形の必要が有るのか、改めてガイに疑問が巡る。

 

 動くオルディスを眼にしたザナルが拳を握る。

 黄金の騎士人形が拳を握り締め、やがて背中の槍を抜く。

 

『やるのか?』

 

 黄金の騎士人形──ヴォルグの声が響く。

 

「クオン教官、自分とディアスの対戦を許可して頂きたい」

 

「ほう? やっと腕を動かした程度のひよこが言うじゃないか」

 

「操縦諸々含めた練習を兼ねた対戦なら文句は無いでしょう?」

 

「駄目だ。飛行訓練も有る、それに基礎ができずいきなり戦闘ができるとは思えん。何なら走ってみせろ」

 

 ザナルは不服そうにため息を吐きながら、ヴォルグを走らせる。

 最初は好調なスタートダッシュを切ったヴォルグだったが、異変はすぐに起こった。

 徐々に右脚からバランスを崩し、不安定な動きにザナルは焦る。

 慌てて姿勢を直そうとするが左脚部のスラスターがマナを噴出させ、大きく上がった影響により完全にバランスを崩す。

 結果ヴォルグは体制を立て直す暇も無く転んだ。

 転んだ衝撃、ヴォルグが打ち付けた箇所がザナルに鮮明に、生身で転んだ時と同様の痛みが襲う。

 

「いっつ!?」

 

「それが騎士人形から受ける影響だ」

 

 グラウンドに転んだヴォルグをガイは冷静に見つめる。

 なぜ転んだのか。

 原因は単純なことだった。

 まだ騎士人形の感覚と人体の感覚の差異が有る。

 単純に大きさによる歩行時における脚幅と騎士人形が出す速度のバランスが噛み合わず、加えて脚部のスラスターの誤作動によって機体はバランスを崩した。

 まだ完全に操縦士と騎士人形が同調していないが故に起こった結果に過ぎない。

 逆に武術を嗜む物が慣れるにはそう時間を有さない。

 

「フォンゲイルのように焦れば不様を曝すことになるだろう。さて5分与える、その間に必要最低限の操作と感覚を身に付けるんだ」

 

 クオン教官のスパルタ指示に騎士人形が動く。

 不慣れな感覚に覚束無い脚取り。

 目の前に広がる光景にクオン教官は、誰しもが最初はこんなものだと見詰める。

 しかし、その中でも頭一つ抜けている生徒が驚くことに6名も居る。

 幸か不幸か彼らには素質が有る。

 クオン教官は過去の自分と彼らを見比べながら。

 

(良くも悪くも有意性、危険性を示す明確な根拠となるか。彼らの未来はまた縛られてしまうのか)

 

 遠くない未来に彼らの身を案じた。

 特にその中でもスラム街出身のガイは親の庇護も無い。

 彼には何一つ後ろ楯が無い。

 生徒より頭一つ抜けた操縦技術は、要らぬ誤解を与えるだろう。

 彼はテロリストと通じながら、密かに操縦訓練を受けていたのではないか?

 クオン教官はガイの素性を理解しているため、それは有り得ないと断定する。

 しかし不幸にもクオン教官一人の保証では国は納得しないのが現実だった。

 生徒を護るために理事長も当然動くがこの国は王権制度だ。

 国王がガイをテロリストと認定すれば、軍部は王命に従わなければならない。

 

(結果は全て彼次第か)

 

 クオン教官はガイから視線を外し、漆黒の騎士人形を操るジンに視線を向ける。

 

「五分経過だ。次は飛行の仕方を説明しよう」

 

 時間通りにクオン教官は説明を続けた。

 

「操縦に付いては人体の延長戦だったが、飛行は我々には無い感覚だ。飛び方も全て個々の感覚に委ねられる」

 

「教官、それは説明ですか?」

 

「無い部位の感覚説明など生憎とわたしは不得意でね。敢えて言うなら飛ぶイメージを固めろ」

 

 そう言うや否や、クオン教官が操るクォールが背部のブースターからマナを噴出させ飛翔する。

 目の前で飛び立つ騎士人形に生徒は感嘆の声を漏らした。

 

「飛ぶのにマナを消費するのか」

 

『おう騎士人形の動力源はマナだ。気を付けろ? 核に蓄積されたマナは待機時に龍脈内で回復するが、稼働中の回復には限りが有る」

 

 オルディスの説明を念頭にガイは背部に意識を集中させる。

 実際にクオン教官はやって見せた。

 ガイの中で固まったイメージを元に、オルディスが屈む。

 そして一気に地面を踏み出し、跳躍すると同時に二機の背部ブースターと脚部に備えられたブースターからマナが噴出される。

 勢いよく飛び立つ騎士人形、襲う重力抵抗にガイは顔を歪めた。

 そのまま重力抵抗を振り切り地上を離れ、空に到着したガイは周囲を見渡す。

 いつもより近くに感じる太陽と天空城。

 ガイは機体を滞空させクォールに頭部を向ける。

 

「ふむ、やはりディアスが速いか」

 

 ガイ自身も不思議だった。

 なぜこうも速く操作に慣れるのかが。

 

「同調率の関係なのか?」

 

「それも有るが試作型にはリミッターが無い。オルディスの次に製造された初期型のクォールにもリミッターは無いが、その分機体が受ける影響は他機と比べ物にもならんだろう」

 

 クオン教官の警告とも取れる言葉。

 ガイはオルディスの頭部を動かすことで頷いて見せた。

 すると上空を滞空する彼らを他所に、黄金の騎士人形が間に割り込んだ。

 これにはクオン教官は素直に驚きを見せた。

 順当に行けばレナとリン辺りが次に来るだろう予想を超え、ザナルが操るヴォルグがこの空に上がってきた。

 彼の高いプライドと反骨精神がそうさせたのか、クオン教官は興味深そうに眼を細める。

 そして次に漆黒の騎士人形が空を飛翔した。

 

「ほう、フォンゲイルとブルークスがわたしの予想を超えたか」

 

 予想を超えた二人に素直な称賛の声を与える。

 そんなクオン教官にジンが漆黒の騎士人形──バルラの六枚型ウィングを動かして見せる。

 

「教官、質問なんですが」

 

「ん? 他の生徒が上がって来るまで質問を受け付けよう」

 

「どうして俺の機体は他の騎士人形と似た部分が多いのでしょうか?」

 

 ジンの疑問にガイが耳を傾けた。

 言われてみればジンの操る騎士人形はレナやリン、他の騎士人形と似た装備が数多く施されている。

 盛りに盛った装備、それでいて絶妙なバランスで製造されたと思われる構造だ。

 ガイの観察を他所にクオン教官が質問に答える。

 

「君の機体に関してだが、わたしにも分からないことが多い。騎士人形は多種多様だが、同クラス全員の騎士人形と何処かしら似るとは、前例もない。ましてや漆黒の騎士人形に付いては記録や文献で眼にしたことがない」

 

「それって、バルラは特別ってこと?」

 

 何処か浮き足立つ声にクオン教官は顔を顰めた。

 機体内でジンの顔は興奮に染まっていることが容易に想像できたからだ。

 昨日までは置かれた現状に否定と不満を抱いていた生徒が、特殊な騎士人形に浮かれている。

 これは悪い兆候だ。

 

「君の機体を特別とは思わないことだ。それにバルラは何と?」

 

「……そ、それが、バルラは何も一言も喋ってくれないんだ。まるで言葉を理解していない赤子みたいな反応で」

 

「なに? 意思疎通が難しいければ今後に支障が出るだろう。しかし、君一人の為にカリキュラムを大幅に変更することはできない」

 

 ジンもクオン教官の言葉に理解を示しながら、それでも不満気な表情を浮かべた。

 操縦士に選ばれて三日目。一体どうやって意志疎通を可能とするのか分からないからこその不満だった。

 

 ガイは一連の会話を耳に。

 

『騎士人形には人格が備わっている。それが普通だと思っていたんだが』

 

『や、そりゃあ普通つうか完成と共に人格も産まれるからよぉ。俺にもバルラの現状は分かんねぇな……いや、産まれたばかりなら説明が付くか?』

 

 オルディスの声にガイは押し黙った。

 騎士人形に対する知識不足に合わせて不確定要素に対する考察は、頭が余計に混乱する。

 そう考えたガイは一度バルラの事を思考の外に追いやった。

 クオン教官とジンの問答を他所にヴォルグが槍を振り抜く。

 そのまま槍の矛先をオルディスに向け、挑発する様に素振りを始めた。

 槍の矛がギリギリ当たらない間合い。

 振り回される槍にガイは鬱陶しいさと陰湿さに眉を歪めた。

 それはまるで与えられた新しい玩具に浮かれる幼子の様な行動だ。

 そんな者を相手にするよりも無視して空を眺め、天空城の考察を考えた方がずっと有意義だとガイは結論付ける。

 当人はそれで何も問題無い。この場に正義感の強い者が居なければ無視一つで終わり、ザナルも堪らない奴と諦めた可能性が高いだけマシだった。

 

「おい! こんな場所で槍を振り回すなよ、他人に迷惑だろ!」

 

 ジンが声を荒げるまでは。

 

「なに、貴族たる僕に平民風情が意見するか? この場に誰よりも不満を抱いていた君が!」

 

「そ、それは今は関係無いだろ! 迷惑だから止めろって言ってるんだ」

 

 両者はガイを挟んで睨み合う。

 それも長くは続かなかった。

 

「いい加減にしろ! 貴様らの時間は無駄な口論をする時間では無い!」

 

 クオン教官の怒鳴り声に二人の動きが止まる。

 

「……しかしブルークスの言動も正論では有る。フォンゲイルもお父上の名を汚したく無いのなら弁えろ」

 

 それっきり2人は黙りを決め込み、全員が空に上がり軽い飛行操縦で授業は終わりを迎えるのだった。

 



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Cクラス名簿+α

クラスメイト21名と使用機体の名簿となります。


 理事長:ゼオン・アルティス

 使用機体:黒の騎士人形ゼクシオン

 

 担当教官:クオン・ナギサキ 

 使用機体:白の騎士人形クォール

 

 男子11名

 

 アルト・アルディーニ

 使用機体:橙の騎士人形シリア

 

 ランディ・イネルハイム

 使用機体:麹塵(きくじん)の騎士人形ドルスタ

 

 リュウ・ウィンディ

 使用機体:深緋の騎士人形エンリョウ

 

 ハル・エルトナム

 使用機体:紫炎の騎士人形ヴォイド

 

 サイ・オルトネス

 使用機体:紅の騎士人形エンブ

 

 エド・ゾーピス      

 使用機体:雌黄の騎士人形フルム

 

 ガイ・ディアス      

 使用機体:蒼の騎士人形オルディス

 

 デュラン・ハーバー    

 使用機体:紅蓮の騎士人形ゴリアス

 

 ザナル・フォンゲイル   

 使用機体:黄金の騎士人形ヴォルグ

 

 ジン・ブルークス     

 使用機体:漆黒の騎士人形バルラ

 

 ファムラン・マーキュリー 

 使用機体:灰緑の騎士人形ファイン

 

 女子10名

 

 レナ・アトラス    

 使用機体:白銀の騎士人形ネメシス

 

 シズナ・イルグリム

 使用機体:鉄紺の騎士人形ミストラル

 

 リリィ・ザドルロス

 使用機体:灰の騎士人形ギルガリム

 

 リン・ナギサキ    

 使用機体:琥珀の騎士人形イルソン

 

 マリア・ニュクス

 使用機体:茜の騎士人形ピュリア

 

 ベアトリクス・ノークス

 使用機体:紫紺の騎士人形ゼリアノス

 

 エレン・パステカル  

 使用機体:白菫の騎士人形ネビル

 

 ミリム・マルドックス 

 使用機体:瑠璃紺の騎士人形ゾーン

 

 アルフィス・マリロア

 使用機体:桜の騎士人形リーチェ

 

 トリア・ハーキュリー

 使用機体:浅緋の騎士人形キルセイン

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 ──入学式当日4月12日──

 

「クオン少佐。彼らが貴殿の担当する生徒諸君だ」

 

 理事長室に呼ばれたクオン教官は、ゼオンの階級呼びに苦笑を浮かべる。

 

「理事長。ここは軍部ではありませんよ」

 

「あぁそうだったな」

 

 ゼオンは瞼を押さえ、クオン教官にクラス名簿を手渡す。

 そこに記されている21名と騎士人形の名。

 中には良く知る人物の名まである事から眉が吊り上がる。

 

「貴殿のクラスには貴族、平民、スラム街の出身。果ては移民者と人種の問わない生徒が多い。特に昨日新たに操縦士に選ばれた生徒もな」

 

「昨日……覚悟を決める時間も無かった生徒か」

 

「あぁ。だが選ばれてしまった以上は他人事ではいられんだろう」

 

「えぇ、それは重々理解しております。しかし彼に意志が無いとなれば」

 

「……国の方針は相変わらずだ」

 

 生徒を憂う眼差しを向けるゼオンに、クオン教官は眼を瞑る。

 学業に専念せず、成績不振の生徒は問題無用で拘束される。

 以降拘束された生徒は暗い地下牢で監禁生活を送り、洗脳紛いな方法で戦場に送り出されてしまう。

 

「彼らが学業に専念できるかは、わたし達次第か」

 

 ゼオンは重々しく頷く。

 彼は軍総司令官だ。

 かつて生徒だった操縦士が戦場に駆り立てられ、若者が戦火に散る姿を見続けてきた。

 英雄と呼ばれるゼオンであろうとも、彼の功績一つで操縦士の地位を救うことはできなかった。

 それだけグランツ王国の操縦士に対する畏怖は蔓延し、操縦士は国民の盾として役割を強いられる。

 今の国王では操縦士の在り方を変えることはできない。

 かと言って大国に呑み込まれれば、外人部隊として最前線に駆り立てられる。

 クオン教官は軍人として操縦士の未来に深いため息を落とした。

 そんなクオン教官にゼオンは言葉を漏らす。

 

「まだリリナ姫が居る。彼女こそが操縦士の未来を変えてくれると良いがね」

 

 リリナ・フィス・バルムンク。バルムンク王家の王女であり、操縦士に対する好意を示す心優しい少女。

 彼女の存在が軍部の操縦士達を絶望させず、グランツ王国に繋ぎ止めていた。

 そこまで考えたクオン教官は、古時計に視線を向ける。

 

「理事長、そろそろ入学式の時間です」

 

「そうだな。さて私は例年通り悪役を演じるとしよう」

 

 彼はそう言って鋭い笑みを浮かべたのだった。

 




各生徒に関しては軽くクオン教官の評価として番外編か何かで触れていく予定です。
……やぁ全員分考えるの大変だぁ。


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5話 昼休みの交流

 昼食を終え教室で昼休みを過ごしているガイに、デュランが近付く。

 彼は苦笑を浮かべるや否や。

 

「2限と3限は災難だったな。てっきり売られた喧嘩は買うもんだと思ってたけどよ」

 

 予想と外れたことに肩透かしだったのか、窓辺に寄り掛かりそんな事を語り出した。

 

「相手はプライドがめんどくせぇ貴族だ。そこそこ愛着の有るスラム街に手を出されたらそれこそ面倒だろ?」

 

「あー、確かにフォンゲイル家なら腹いせに報復しかねないよなぁ。ガイはそこまで考えて我慢してたのか」

 

「正直相手をするのが面倒臭い、この一言に尽きる」

 

「そこは素直に()()()()()()()()()()()()()()! って言っても良いと思うけどな」

 

「俺がそんな熱血漢に見えるか?」

 

 ガイの軽口にデュランは肩を竦めた。

 

「悪い、全然見えねえや。どっちかと言うと暴力沙汰大歓迎って悪い顔してるや」

 

 デュランの率直な返しにガイは肩を竦める。

 

「そう言うお前は、アトラスと接点を作りたいって魂胆が見えるがな」

 

 デュランは吹き出した。

 確かにガイと交流を持てば必然とレナとお近付きになる機会が有る。

 そう打算も有って話し掛けたが、彼は顔に似合わず知的だ。

 デュランのガイの第一印象はクラスで一人浮遊城を眺める仏頂面の暗いヤツ。

 だが蓋を開けて見れば後先考えず暴走しない理性と先々の事を考える知恵を持ち合わせていた。

 

「やっ、最初はそうだったけどよ。……迷惑か?」

 

 デュランの捨てられた仔犬のような眼差しに、親近感を覚えつつもガイは首を横に振った。

 

「敵意を向けられるよか話し掛けられた方が楽だ」

 

「それは良かった。それにしてもアトラスは可愛いだけじゃなくて、強いってのも魅力的だよなぁ」

 

「確かに強かったが、俺はそれよりも──」

 

 リンの動きが気になった。その言葉を発するよりも先に。

 

「あたしの噂ですか? 嬉しいですねぇ」

 

 いつの間にかガイとデュランの間で笑みを浮かべていた。

 

「おわっ!? い、いつの間に来たんだよ」

 

「え? ハーバーさんが捨てられた仔犬の眼差しを向けた辺りからですが」

 

「誰が仔犬だよ?!」

 

 叫ぶデュランを尻目にリンは、ガイの机に頬杖を付きながら見上げる。

 

「それであたしの評価は如何ですか? かわいいとか、なんか無いですか」

 

 リンの軽口をガイは無視して独自の評価を告げた。

 

「殺し合いならお前の方が数段強い。それが俺の評価だ」

 

「えぇ〜そこは容姿を褒めるべきですよぉ」

 

 ケラケラと答えるリンにガイはジト目を向ける。

 

「俺が女子の容姿を褒めるように見えるのか?」

 

 リンはじっと見つめてデュランに視線を移した。

 彼女の行動が、ガイは女子を素直に褒める様には見えなかったと語る。

 

「じゃあハーバーさん、評価プリーズ!」

 

「しょうがないなぁ、みたいに話題振るのやめてくんね!? や、ナギサキもかわいい分類、というか小柄な体格に反して……」

 

 デュランの視線がリンの胸部に向けられると、彼女は蔑んだ眼差しを向ける。

 彼の指摘にガイはリンに改めて観察した。

 確かに彼の言う通り、リンは体格に反して少々胸が大きいという印象を抱く。

 

「素直な評価は嬉しいですけど、えっちなのは引きますねぇ」

 

「男の性なんだ! だから蔑むのはやめてください」

 

 叫ぶデュランを他所にガイは不意に思い出す。

 昼休みの開始時に、リンはレナと教室を出たことを。

 

「そういや、アトラスは如何したんだ? 一緒じゃなかったのか」

 

「あー食堂で一緒に食事してたんですけどね。フォンゲイルさんに絡まれまして、嫌がるレナ、そこに颯爽と現れたのはブルークスさん! 何と2人はレナを挟んで口論を始めたので、先に帰りました」

 

「止めろよ!? アトラスが可哀想過ぎるだろ!」

 

 食堂内の光景が容易に想像出来たことに、ガイはレナに同情した。

 

「移民者が五月蝿い貴族に楯突くと居場所を喪いかねないので」

 

 2人の会話を聴いていると。

 

「もう! 置いて行くなんて酷いじゃない」

 

 背後から当人であるレナが現れた。

 食堂の騒動は終わったのか。何となしにガイは質問する。

 

「大変だったらしいが、件の2人は如何したんだ?」

 

「ああ、喧しいから放置して来たわよ。多分まだ喧嘩してるんじゃないかな」

 

 レナの返答に3人は顔を見合わせた。

 

「止める選択肢は?」

 

「大丈夫じゃないかな? 私が食堂を出る時、クオン教官とすれ違ったから」

 

「あー、お……クオン教官相手じゃご愁傷様ですね」

 

 不自然な間を開け、リンは件の2人に合掌すると。

 

「なあリンってヤマト連合国の移民者なんだよな?」

 

 デュランが思い切った質問をぶつけた。

 故郷からわざわざ他国に戸籍を作る理由が有る。

 込み入った話しを切り出したデュランにリンは考える素振りを見せ。

 

「自分から移民者って言いましたからね。それが何か?」

 

「ヤマト連合国で操縦士の扱いって如何なんだ?」

 

「あー、そっちですか。意志を持つ騎士人形はツクモガミとして神聖視されているので、彼らと共に有る操縦士は巫女のような扱いですね」

 

 ツクモガミという単語にガイは老師から聴いた話を思い出す。

 

「ツクモガミ? 確か道具に精霊か神が宿った物の総称だったか」

 

「ですです。なのでヤマトの操縦士は高待遇で歓迎されますし、一般人と何も変わらない生活が送れますよ」

 

「へえ。そいつは魅力的な国だけどよ、誰かが騎士人形で暴れたりしないのか?」

 

「待遇面で恵まれていたとしても残念ながら暴れる人も居ます。そう言った方々は連合会議で裁判に掛けられた後、処遇が決まりますね」

 

「やっぱり騎士人形は大きな力だから、その辺は仕方ないよね」

 

 レナの言葉に3人は同意を示す。

 やがて昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響き、午後の授業が開始されることに。

 同い年と交流するのも悪くない時間。ガイは5限目の準備に取り掛かりながら内心でそんなことを思い浮かべていた。

 



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6話 潜む者

 そこは蝋燭の灯りに照らされ、古い構造物の中だった。

 陽光が一切挿さず、僅かな隙間風が蝋燭の火を揺らす。

 黒茶髪の1人の男が足跡を反響させながら、確かな足取りで通路を進む。

 男はしばらく通路を進むと、亀裂だらけの壁の前に足を止める。

 すると男は掌を壁に当て。

 

「《偽りを暴き真実を顕す時、我が前に道開かれん》」

 

 呪文を唱えると亀裂だらけの壁が幻の如く消え、灯りが漏れる扉が現れた。

 男は扉を躊躇なく開く。

 

「遅いぞ。一体今まで何をしていた?」

 

 頬にタトゥーが刻まれた男性が咎める。

 

「追撃部隊を振り切るのに手間取った」

 

「……ヴァンとも有ろう者が、手間取るだと?」

 

 ヴァンと呼ばれた黒茶髪の男が頷く。

 

「軍総司令官自ら出張られたんじゃな」

 

「英雄相手じゃあ仕方ないか」

 

「それで? いつ始まるんだ」

 

「先ずはメンバーが全員揃ってからになるが、お前を先に呼んだのはやって貰いたい事が有るからだ」

 

「雑用か」

 

 ヴァンは退屈そうに肩を竦めると男が咎める様な眼差しを向ける。

 

「雑用と侮るな。協力者の提供品を受け取り此処に運び込む」

 

「……受取り場所は?」

 

 男はヴァンに一枚の紙を手渡す。

 そこには書かれているのは魔術が施された暗号文だった。

 古い情報のやり取りにヴァンは、暗号を一つ一つ解いていく。

 すると紙が輝きを放ち、指定場所と日時が浮かび上がる。

 ヴァンが場所と日時の把握を終えると、紙は仕込まれた魔術によって独りでに燃えた。

 

「了解した。……早速出発するとしよう」

 

「操縦士の為に」

 

「自由の為に」

 

 問答を終えたヴァンは元来た道を引き返す。

 

 潜伏者は動く為に備える。

 彼らが動く時、操縦士の生徒達は嫌でも事件に巻き込まれることになるだろう。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 放課後、クオン強化からアルバイト許可証にサインを貰ったガイはフルグス書店に向かう。

 店を訪れたガイをヴェイグが待っていたと言わんばかりの笑みで出迎えた。

 

「待っていたよ!」

 

 言うか早いか、前掛けをガイに手渡す。

 ガイは手早く前掛けを着け、

 

「先に許可証の提示を求めるもんじゃないのか?」

 

「ああ、そうだった。嬉しさのあまりすっかり忘れていたよ」

 

 うっかりしていたと笑うヴェイグに、許可証を手渡すと。

 彼はクオン教官のサインに笑みを零す。

 

「へぇクオン教官が担当なのかぁ。彼は結構厳しいでしょ?」

 

 ガイは授業を振り返りながら答える。

 

「厳しいとはまだ感じちゃあいないが、教官の良いところは口調や態度を指摘しないところだな」

 

「あー、あの学院はその辺りは緩いからねえ。本来なら君は僕に対して礼儀正しく接しなきゃならないんだけど……僕は堅苦しいのが苦手だから、ありのままの君で頼むよ。あっ、でもお客様には出来る限り丁寧な接客を心掛けてね」

 

「善処はする」

 

「うーん、まあ接客態度の悪い店員はもう1人居るから今更かなぁ」

 

 そう言ってヴェイグはカウンターに振り返った。

 そこには赤い瞳に菫色の髪の少女がカウンター越しの椅子に座り本を読み更けていた。

 少女が本からわずかにガイとヴェイグに視線を向けると。

 

「チッ」

 

 盛大な舌打ちを放ち、本に視線を戻す。

 明らかに店員の態度でも無ければ、店主に対する敬意すら微塵も感じさせない様子だ。

 

『ここまで態度が悪いといっそ清々しいなおい!』

 

 頭の中でオルディスの笑い声が響く中。

 

「あははっ……はぁ〜」

 

 ヴェイグは渇いた笑いを浮かべ、ため息を零す。

 

「それで、先ずは何から覚えれば良い?」

 

「早速やる気になってくれて嬉しいよ。そうだねぇ、君はレジスターは扱ったことは有るかい」

 

 ガイには日銭を稼ぐ為に働いていた経験が有る。

 肉体労働はもちろんのこと、店番や会計まで様々な仕事を転々としていたことも。

 その中でも当然ながらレジスターを扱うことも有った。

 

「有る」

 

「そうか! でも一応操作して見せてくれないかな?」

 

 ヴェイグに促されるまま、ガイはカウンターのレジスターの前に立つ。

 そこには数字が彫られた操作盤と金入れに魔法陣が刻まれていた。

 

「解除式は?」

 

「《全能なる書に感謝を。我、知識を得ることを史上の喜びとする》」

 

 実に書店らしい解除式だ。

 ガイは早速適当に数字を打ち込んでから、魔法陣に解除式を唱える。

 すると鍵が外れて、中の金入れが開かれた。

 

「お見事!」

 

 ヴェイグが称賛の声を挙げると、少女が一言。

 

「教養のなさそうな奴だと思ったけど、意外」

 

 彼女の言葉にガイは肩を竦める。

 

「教養の無い奴が書店で働こうなんて考えるのか? 考える前に肉体労働に向かうだろうよ」

 

「それもそうか。時に後輩君、そこのクソ店主は殆ど使えないから覚えておきな」

 

「酷いなぁ。僕だってちゃんと仕事はできるよ」

 

「昨日、間違えて無駄に発注したのは誰だったかな?」

 

「僕です」

 

「一昨日、配達予定の本を忘れて行ったのは誰だったかな?」

 

「それも僕です」

 

 縮こまり、威厳が無いヴェイグの姿にガイは大丈夫か? と不安を抱いた。

 

「後輩君、私が居る限りこの店は安泰から大丈夫」

 

「……どっちが店長だか分かりやしねえな」

 

「酷い!? でもいずれ挽回させてもらうさ!」

 

 やる気を出すヴェイグを他所に少女は、本を閉じ。

 

「紹介、まだだったね。私はルディカ・フルグス、そこのクソメガネは叔父に当る」

 

「親戚筋だったのか。俺はガイ・ディアスだ」

 

「因みに私は学院の3年生。あっちでもこっちでも先輩だ」

 

 有無を言わせず、逆らえれば給料に影響が出る。

 直感的に感じ取ったガイは敬意を込め、一礼してみせた。 

 

「理解した先輩」

 

「よろしい」

 

 ルディカは満足そうに頷く。

 そんな2人のやり取りに、ヴェイグは思い出した様に手を叩いた。

 

「そうそう問題! エル硬貨は何処の通貨で、ガリオン紙幣は何処の通貨でしょ?」

 

 交易の国と呼ばれているグランツ王国に暮らす住民として常識的な知識をヴェイグはガイに問うた。

 

「エル硬貨はグランツ王国の通貨だな。デュネス帝国の通貨はガリオン紙幣だ」

 

「常識を試すようで悪いね。じゃあ両国の交換レートは?」

 

「交換レートの変動が無ければ1000エル硬貨は10ガレオン紙幣の価値だ」

 

「正解。この店はデュネス帝国の出版社とも取引してるから問題に出したけど、心配はいらないようだね」

 

「ガルドラス帝国の出版社とは取引してないのか?」

 

「当然してるさ。一応通貨を聞くけど──」

 

「ペル紙幣だろ」

 

「正解!」

 

 その後ガイは、ヴェイグとルディカの2人から店の事を教わる。

 一通り頭に叩き込んだガイは、最後にシフトを決めることに。

 彼は周囲に5日バイトの予定を入れ、学業と合わせて生活の基盤を築きつつ有った。

 暗躍してる者が居るとも知らずに──

 



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7話 クラス対抗試合に向けて

 新入生が入学してから速くも2週間を迎え、生徒達がまともに騎士人形を動かせるようになった頃。

 

「来月の中旬で君達は一ヶ月を迎える。その日、君達の成果を示す場としてクラス対抗試合が設けられる」

 

 ホームルームにクオン教官から告げられた。

 

「今日から当日まで操縦科は模擬戦を基礎に行うこととなる。今日の2時限目までに誰が誰と模擬戦したいか考えておくように。わたしからの知らせは以上だ」

 

 ガイは考えた。 

 誰と模擬戦したら自分にとって一番良いのかを。

 彼が思考を巡らせている内に、ホームルームは終わりを告げ、一日が始まる。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 1時限目の歴史を終えたガイは、第三グラウンドに移動する傍ら。

 

『オルディスは誰と試合がしたい?』

 

『おー、天使ちゃんとの戦闘は良い意味で経験になるだろうぜ。単純なパワーなら紅蓮が一番だが、能力の厄介さで言えば黄金だなぁ』

 

 黄金の騎士人形ヴォルグを操るザナル。

 彼の武器は槍。

 ガイにとって経験の無い武器種だ。

 そこまで考えたガイは、面倒臭そうに顔を顰める。

 ホームルームの終了時にザナルが、この時を待っていたと言わんばかりに敵意を向けていた事を思い出したからだ。

 どの道向こうから挑んで来る。

 授業の公正な場所で。

 それならガイの最初の行動が決まる。

 彼はそのままの足取りで第三グラウンドに向かった。

 

 授業が始まる5分前にCクラスが隊列を組むと、クオン教官が満足気に頷く。

 

「開始前で少し速いが、今のうちに誰と対戦したいか決めるように」

 

 生徒が行動を起こす直前、ガイが挙手をした。

 彼の行動にクオン教官は物珍しいそうな視線を向け。

 

「ディアスの質問を受けよう」

 

「今回の模擬戦。勝敗の結果で遺恨を遺した生徒による逆恨みの可能性は?」

 

「ふむ。創設以降、勝敗の結果によって生徒の家族、親しい者に報復に出ると言った事例が有った。だが此処は公正の場だ。例え貴族の介入が入ろうとも軍隊には君達の家族、関係者を守る責務がある」

 

「ディアス、他に質問は無いか?」

 

 そう言う事ならもっと速く聴いておけば良かった。

 次から質問はなるべく早目にしておこうと結論付け、ガイは満足そうに笑った。

 

「満足だ」

 

「ならば早速取り掛かるように」

 

 クオン教官が言い切ると同時に、殺意を滲ませたザナルがガイの背後に近付く。

 

「ディアス。公正の場での挑戦を断ったりはしないだろう?」

 

「ああ。その方が互いに面倒臭くなくていい」

 

 ガイは不敵な笑みを浮かべザナルの挑発を受けた。

 デュラン、レナ、リンにわずかに緊張が走る。

 この2週間の間でザナルのガイに対する間接的な嫌がらせが続いた。

 それでも彼は全てを受け流し、興味すら示そうとはしなかった。

 それが今日、報復対象が軍部に守られていると知ると彼は応じた。

 つまりガイは今までの鬱憤を晴らすつもりなのだと3人は理解する。

 

 不穏な気配が漂う第三グラウンドに、いよいよ騎士人形が召喚されると。

 広々としたグラウンドに対戦相手と共に散らばる。

 そして。

 

「これより模擬戦を開始する! 用意はいいな?」

 

 クオン教官は一呼吸分の間を開け。

 

「始め!」

 

 号令をかけた。

 開始の合図にガイは霞の構えを取りながら、オルディスのブースターにマナを噴射させ加速をかける。

 間合いに入るよりも速く、ヴォルグが空に飛翔した。

 右手に槍を携え、機体の左掌を向けるヴォルグにガイは訝しむ。

 

『何か能力でも使うってのか?」

 

『どうするよ相棒? 突っ込むか』

 

 単純な提案にガイは思考を挟む。

 ガイの思考を読んだオルディスが笑い声を漏らす。

 そしてガイはオルディスを飛翔させた。

 

「はっ! 罠と知らずに突っ込むとは!」

 

 軽蔑と傲慢さを滲ませたザナルの声がヴォルグから響く。

 そして彼は。

 

「《愚民よ我が威光に膝付け》」

 

 呪文を唱え、地上に魔法陣が展開された。

 瞬間、オルディスに凄まじい重力が襲う。

 飛翔していたオルディスが失速し、重量に加えられた重力によって地上に向けて落下する。

 重い感覚にガイは2機のブースターを噴射させた。

 機体は地面に叩き付けられ、落下の衝撃がガイの全身に想像を絶する激痛を与える。

 彼は声を押し殺した。

 外傷の無い痛み。これは幻覚的な痛み。

 そう思い込むことで激痛に耐える。

 オルディスを動かそうとするが、機体は重く起き上がれない。

 

『何が、起きてる?』

 

『黄金の特殊能力【重力展開】だ。操縦士の任意の方向に、好きなタイミングで発動できる厄介な能力だ』

 

『こいつは魔術の一種か?』

 

『おう! 純度の高いマナが密集する騎士人形だからこそ可能だけどな!』

 

 オルディスの解説にガイはなるほどと理解する。

 自分はまんまんと能力に嵌り動けなくなった。

 同時に重力という大規模な魔術行使。

 機体の動力源であるマナの消費量も計り知れない。

 空から見下し槍を構えるヴォルグにガイは口元を吊り上げた。

 重力が発生している場所はオルディスが居る位置。地面から空までの空間。

 ヴォルグがオルディスの上空に入った瞬間、機体は重力落下を始め槍がオルディスを容易く貫く。

 思考を挟み込む余裕が有るのは、ザナルが慢心を見せ完全に油断しているからに他ない。

 ガイは打開するべく行動を起こした。

 

「《揺らめく炎は時として、燃え盛り焼き焦す》」

 

 魔術の発動場所はヴォルグの真上。

 生身で遠距離に魔術を発動させることは無理だが、騎士人形は純度の高いマナの塊のような物。

 魔術の発動に必要な触媒は揃っている。

 

 上空に構築された魔法陣にヴォルグが警告を発する。

 

『上空に魔術反応! 退避しろ!』

 

『なに!?』

 

 ザナルは言われるがまま機体を後方に後退させた。

 魔法陣から灼熱の熱線が放たれ、ヴォルグの脚部を掠める。

 焼けるような痛みがザナルを襲う。

 

「あっ、熱いいぃ?! 貴様ぁぁぁ!!」

 

 熱の痛みに激情に狩られたザナルは集中力を欠いてしまった。

 その結果【重力展開】が消失し、オルディスの自由を許す。

 起き上がり、霞の構えを取るオルディスにザナルは槍を突き刺す形で、4機のブースターによる加速を掛けた。

 上空から凄まじい速度で迫るヴォルグ。

 ガイは全神経と意識をオルディスに注ぐ。

 そしてヴォルグの槍が太刀の間合いに入った瞬間。

 甲高い金属音がグラウンドに響き渡る。

 矛と刃がぶつかり火花を散らす。 

 ヴォルグが間合いを取るべく後方に一度飛んだ。

 ガイは決してその隙を見逃さず、霞の構えから太刀を振り下ろす。

 ヴォルグは咄嗟に槍を払い、太刀の剣筋を逸らす。

 それでもなおオルディスが間合いを詰め込む。

 

「チッィィ!」

 

 忌々しげに舌打ちするザナルは、ブースターの出力を上げオルディスと距離を離す。

 十分な間合いを取ったザナルがいよいよ攻勢に転じる。

 槍を一回転。ヴォルグは高速の突きを放ちながらオルディスに向けて加速した。

 対するガイは霞の構えを取り直し。

 

「《炎や刃に宿れ》」

 

 刃に炎を付与させ迫り来る、連続の突きに対してオルディスは横斬りに一閃放つ。

 瞬間、甲高い金属音がグラウンドに響き渡る。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 半ばから折れた槍がグラウンドの地面に刺さり、ヴォルグの装甲に太刀の刃が食い込む。

 オルディスが装甲から太刀を引き抜くとヴォルグが地面に中座の姿勢で崩れた。

 オルディスは太刀を鞘に納刀し、ヴォルグに頭部を向ける。

 

「……やっちまったか?」

 

「安心しろディアス。ヴォルグからフォンゲイルの生命反応が有る、どうやら彼は気を失っているようだ。それに破壊された機体は姿が消え、同時にそれは操縦士の死を意味する」

 

 クオン教官の返答にガイは操縦席に背中を預け、深く息を吐いた。

 

「全身が痛え」

 

 ガイは全身の痛みに顔を歪めせた。

 

「オルディス、模擬戦が終わったのなら対戦相手を隅っこに運び、君も観戦するんだ」

 

 クオン教官の指示に従い、オルディスはヴォルグをグラウンドの隅に運ぶ。

 そしてガイは機体越しからCクラスの観戦を始めた。



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8話 白銀の騎士人形と白菫の騎士人形

 ガイはグラウンドを見渡すと、まだ勝敗が付いていない組みが2組。

 レナとエレン。そしてジンとデュランの組み合わせだった。

 何方も気になる対戦にガイはオルディスの操縦席越しから静かに、彼らの動きを注視すると。

 白銀の騎士人形ネメシスと白菫の騎士人形ネビルが、同時に動き出す。

 

「痛いと思うけど!」

 

 騎士剣で突きを繰り出すネメシスに対して、ネビルが杖を掲げる。

 

「痛いのはごめんなので」

 

「《偽りと幻想の刃を写出せよ》」

 

 杖を触媒にネビルが魔術を放つ。

 展開される魔法陣。そこから現れる刃にネメシスが騎士剣を強引に引き戻し、六枚の翼を拡げ飛翔する。

 つい寸前まで居たネメシスの位置に幻想の刃が空を貫く。

 

「魔術師にとって魔術は全て」

 

 ネビル越しから聴こえるエレンの静かな声。

 すると放たれ、地面に突き刺さった幻想の刃が独りでに地面から抜かれ再び宙に浮かび上がる。

 幻想の刃は、上空で静止するネメシスに向けて飛んだ。

 迫る幻想の刃をネメシスは騎士剣で払う。

 刃を斬り払い、払い落とすネメシス。

 しかしネメシスが何度も斬り払おうと幻想の刃が踊る。

 

「これは……」

 

 術者の意識が逸れない限り、対象を襲い続ける魔術が在る。

 レナは本から読んだ知識を探り、エレンが操る魔術の攻略に移った。

 ネメシスを取り囲む幻想の刃。

 それに対してネメシスは鋭い回転斬りを放ち、まとめて刃を斬り払う。

 迫るタイミングはここ!

 レナはそう判断してネメシスをネビルに向けて急降下させた。

 

「魔術師に対して接近は有効。でもそれは生身の戦闘に限る」

 

 エレンの声にレナは。

 

「そうね。でも魔術師が対象に有効だを選択し続ける以上、やりようは幾らでも有るわ」

 

 ネメシスが間合いまで接近した、その瞬間。

 ネビルの周囲に50もの弩砲砲が浮かぶ。

 

「掛かりましたね」

 

 エレンが静かな声を呟く。

 そして弩砲が一斉にネメシスに向けて放たれる。

 耳をつん裂く炸裂音と衝撃音。

 着弾の威力に砂塵が舞う。

 一斉射撃による弩砲に観戦していた誰しもが息を呑む。

 全弾撃ち尽くした弩砲はマナに還り、やがて砂塵が止む。

 砂塵が晴れ、エレンは絶句を浮かべた。

 ネビルの特殊能力【弩砲錬成】で同時展開。

 威力を最小限に止め、人が死なない程度に抑えた。

 しかし50の弩砲による20秒間の一斉射撃ならば、武術を嗜んだ者でも絶えず襲う激痛に耐えられるはずがない。

 

「……そんなのアリ?」

 

 そう耐えられないだろうし、反応して全てを防ぐことは叶わない。

 だがネメシスは()()()()()()

 ネメシスの全方位を囲む球体上の障壁が全てを防いだのだとエレンは理解する。

 

「間に合ったわ」

 

 実のところレナが魔術師の意表を突くには、手段がこれしか残されていなかった。

 レナの扱う魔術ではエレンに通用しない。

 それは幻想の刃で理解していた。

 だからレナは敢えて罠に飛び込み、ネメシスの能力を発動させ意表を突いた。

 ネメシスは翼を拡げ【防御結界】を取り払う。

 そして騎士剣をネビルの首筋に当てると。

 

「降参するなら今の内よ」

 

「降参。頑丈そうな結界を打ち破る術が思い付かない」

 

 レナはエレンの降参を受け入れ、騎士剣を鞘にしまう。

 レナとエレンの対戦が終わると同時に、生徒の戸惑う声がグラウンドに広がる。

 

 ガイは愚か意識を取り戻したザナルも絶句していた。

 漆黒の騎士人形バルラが、ネメシスとヴォルグの能力を同時に発動させ紅蓮の騎士人形ゴリアスの動きを止めていたからだ。

 ゴリアスは他の騎士人形と違い14メートルを誇り、分厚い装甲の重量型。

 そんな機体が重力に縛られ、槍斧の矛先が防御結界に阻まれる光景にレナとエレンまでもが有り得ない物を見る眼差しを向けていた。

 騎士人形の能力は初期能力を除いて原則一機に一つ。

 本来能力を2つ発動ことは有り得ない。

 生徒は授業を通して、機体の能力に付いて理解を深めていた。

 いま、目の前で例外が現れるまでは。

 

「どうなったんだよ!?」

 

「わ、分からないんだ」

 

 デュランの戸惑いにジンが戸惑いながら返す。

 そしてバルラが視界からブレた。

 ゴリアスの背後に突如として現れたバルラは、長剣を振り払う。

 背部を斬り付けられた激痛がデュランを襲う。

 同時にデュランは理解した。

 いま何をされたのかを。

 

「ゴリアスの【超加速】まで使えんのかよ」

 

「な、何でだろうな?」

 

「操縦士のお前が分かんないじゃ誰も分かんねえよ!?」

 

 ゴリアスが背後に振り返ると、バルラは片膝を付けて停止していた。

 

「……な、なんじゃあそりゃぁぁぁ!!」

 

 動力源で有るマナ切れ。

 つまりバルラは一度に何度も複数の能力を使用した結果、マナ切れを起こした。

 状況を冷静に分析したガイは操縦席で苦笑を浮かべる。

 

『何だって能力を複数も使えんだ?』

 

『こっちが聞きてぇよ!』

 

 オルディスなら何か知ってるじゃないかと訊ねれば、彼の悲痛な声が返ってくるばかりだった。

 

「ふむ、バルラに付いては謎が多いが……模擬戦は一通り終わったようだな。時間まで身体を休めるように」

 

 クオン教官のその言葉で授業は締め括られ、生徒達は騎士人形から降りては、痛む身体を休めることに。

 



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9話 Cクラスの指揮官

 2時限目の操縦科を終え、教室に向かう道すがら。

 

「ディアス。次は負けない、僕こそがレナに相応しいと証明してみせよう」

 

 背後からザナルの挑戦状のような言葉に、ガイは振り向く。

 

「なら普段の態度も改めろ。そうすりゃあ少しはアトラスからの評価も変わるだろうよ」

 

「……努力はしよう」

 

 彼もこのままではレナが振り向かない。

 そう理解してガイの言葉を素直に受け止めた。

 素直な姿勢を見せる彼に、ガイは話ができる奴だと直感的に理解を示す。

 だからこそ今後の学院生活のために鍵を刺す。

 

「なら誰が誰と話そうかも自由だ。人ってのは束縛を強いる奴を嫌う傾向に有るからな」

 

「むむ……父上の教えでは好きな子ほど束縛しろと」

 

「お前の父には悪い噂しか聴かねえが、そいつは権力者の常套句だな。第一お前は本気なのか?」

 

  ガイの問いにザナルは、少しだけ考えてから聞き返した。

 

「本気とは?」

 

「本気でアトラスが好きなのかって聞いてんだよ」

 

 ザナルはレナとはじめて出会った社交界を思い出す。

 その時父親に『あの娘と縁談を結べ』と言われ、実際に父親の言う通りに近付いた。

 最初は父親の言いなりに、その内何度か出会うと彼女の可憐さに気付き、次第にザナルは心の底からレナに惚れていた。

 

「……最初は父に言われるがままに近付いた。それでも僕のこの想いは本物だ!」

 

「ならお前の努力次第だな」

 

 これでザナルの敵意から自分は外れ、鬱陶しい視線からも解放されるとガイは思っていた。

 しかしガイの思惑とは裏腹に、ザナルは意を決した男の眼をガイに向け。

 

「ふん、そういうお前は僕の好敵手だな。せいぜい彼女の前で互いに不様を曝さないように励むとしよう」

 

 そんな言葉を残してザナルは立ち去る。

 校舎の廊下で1人で取り残されたガイは、面食らった表情を浮かべた。

 

「なぜそうなる?」

 

 1人廊下でポツリと呟くと。

 

「やぁ、ディアスさんのアドバイスが的確だったからじゃないですかねぇ」

 

 音も無く背後から忍び寄ったリンの声にため息が漏れる。

 

「盗み聞きしてやがったな」

 

「何のことでしょう〜? あたしは偶然通り掛かった廊下から話し声が聴こえたタイミングで靴紐が解けたので、結び直していただけですよ」

 

 何の事やらと恍けるリンに対して、ガイは口角を吊り上げる。

 

「知らなかったのか? グランツ王国じゃあそれを盗み聞きって言うんだよ」

 

「そうなんですねぇ。いやぁ良いことを知りました」

 

 そう言ってリンは廊下を足速に立ち去り、ガイも3限目に遅れては拙いと判断して歩き出した。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 3限目の操縦科は座学。

 クオン教官は黒板を前に生徒を見渡す。

 

「さて。諸君も2時限目の模擬戦で騎士人形による戦闘を体験したな」

 

 実際に騎士人形から操縦士に伝わる鮮明な痛み。

 機体を動かしながら戦闘思考を行い魔術を操り、戦略を考える大変さ。

 改めて身を持って知った体験に生徒が頷く。

 

「よろしい。騎士人形の能力についても各々理解が深まっただろう」

 

 確かに2時限目で能力について理解が深まると同時に謎が魔を差した。

 生徒の視線がジンに注目する中、彼は非常に居心地が悪そうに身体を揺らした。

 

「来月のクラス対抗試合のために、クラスメイトの能力を把握させ、指揮官を決める段取りだったが……」

 

 クオン教官は授業の予定を話すと同時、珍しくため息を零す。

 

「先ずは君達がブルークスと話し合う時間が必要のようだな」

 

 発動できる能力の数や制限。

 ガイはそんな言葉を思い浮かべると。

 

「ああ、早速話し合って構わない」

 

 クオン教官が声にした。

 

「教官は干渉しないんですか?」

 

 長い桃色の髪をポニーテールに結んだ女子──マリアの問いに、クオン教官は肩を竦める。

 

「どの道君達の判断でクラスの代表たる指揮官を決めねばならんのだ。教官のわたしは邪魔だろ?」

 

 マリアは納得した様子を見せる中。

 

「バルラに付いて本当に何も分からないんだけど」

 

 ジンの弱音混じりの声が教室に響く。

 それに対してガイは。

 

「分からない? じゃあ何で能力を発動できたんだ」

 

「頭に流れて来たんだよ。こうすれば能力が発動するって」

 

 ジンの話しからバルラにはしっかりと意志が有るのだとガイは考えた。

 

「なら能力は幾つ使える?」

 

「頭に流れた情報通りなら……20。というか多分Cクラス全機分」

 

 ジンの自信なさげな声に、Cクラスの誰しもが沈黙した。

 静寂が漂う教室。

 しかし決して静寂は長く続くことは無かった。

 

「「「はあぁ!!!?」」」

 

 一部クラスメイトの叫び声が教室内に響き渡り、クオン教官が眉を吊り上げる。

 話し合い干渉はしないが、静かにしろと目で語る彼に対して生徒は静まる。

 そんな中、ガイは1人だけ。

 

「おいおい何の冗談だよ。じゃあ何か? バルラとの対戦はオルディスを除いた20機を纏めて相手にするってことか?」

 

『なんか、仲間からハブられた気分だなぁ〜』

 

 能天気なオルディスの声が頭の中に響く中、ガイは面倒臭そうに顔を歪めた。

 

「……それって、なんだか物語の主人公が仲間の力を借りて戦うお話みたいね」

 

 確かにそんな物語は有る。

 勇者と呼ばれる登場人物が、魔王を倒す旅の最中出会った仲間達から力を借りて、最後には魔王を討ち倒す物語が。

 そんな物語のような能力を有した騎士人形を操るジン。

 

「ならば、物語に倣いブルークスを指揮官に任命するか?」

 

 ザナルの提案にレナが意外そうに呟いた。

 

「意外ね。指揮官を真っ先にやりたがると思ってたわ」

 

「君が望むのであればやるさ。ただ、僕だって自分に対するクラスの評価を理解していない訳ではない」

 

「ふーん。少しは周りが見えるようになったんだ」

 

 レナは本当に意外そうな反応を見せては、わずかにガイに片目を向ける。

 彼との模擬戦がザナルに良いきっかけを与えたのだと理解する。

 そもそもガイがザナルに敵意を向けられる原因が自分に有った。

 今度機会を見て彼に何かお礼とお詫びをしなければ、とレナは静かに考える。

 

「待ってくれよ。指揮官を俺に? 他にも誰か相応しい人が居るだろ。例えばレナとかさ」

 

 ジンが指揮官の件をレナに振った。

 

「私? 私は前に出て戦ってる方が性に合ってるかな。それに全体を見渡しながら戦闘に集中できる自信が無いわ」

 

 いつの間にかジンの騎士人形から指揮官決めに話題が逸れている。

 その件に関して1人、物静かに問うた。

 

「指揮官を決める前に、バルラについて考えませんか? ディアスさんが仰るように1機で20人分の働きができるんですよ」

 

 このクラスにとって間違いなくバルラの存在は強みだ。

 同じ能力を他クラスに使用し、錯乱させることも可能になる。

 ガイはバルラの強みを考えると同時に致命的な弱点を指摘した。

 

「確かに戦術面でバルラの存在は大きいが、模擬戦を観ただろ? 複数の同時能力使用はマナが保たねえことを」

 

「使用のタイミング次第では強力な切札ですよね?」

 

「ああ。強力な切札だが、適切な判断で手札を切れる魔術師が居ればの話だがな」

 

 挑発気味に返すガイにエレンは、むっとする。

 

 ガイは指揮官ならエレンしか居ないと考えていた。

 彼女は骨の髄まで魔術師だ。

 魔術師は相手の弱点を探り、どう攻めるか思考を並べる。

 魔術戦に於いての基礎と知識がエレンには備わっていた。

 後衛は全体を見渡す事を常に心懸ける。

 だからこそエレンが指揮官に相応しい。

 他にも魔術師がCクラスに居るが、癖が強い者が多いのが現実だった。

 

「ブルークスとバルラの件はどの道当人が知らねえんじゃ、何も分からねえ。なら先に指揮官を決めちまった方が手っ取り早いだろ」

 

「そうですが、ディアスさんがやらないんですか?」

 

「お前の眼鏡には俺が指揮官をやる男に見えるのか? 考えるよりも身体が動くタイプだぞ俺は」

 

 ガイとエレンの話を聴いていた生徒は考え込む。

 万が一自分が指揮官をやるとなれば、どうなるかを。

 バルラというイレギュラーを的確に使いつつ、全体を見渡す。

 生徒の殆どが自分には無理だと結論に至り、エレンに視線を向ける。

 クラスメイトの視線に気が付いたエレンが小首を傾げた。

 

「あの? どうしてみんなで私を見るんですか?」

 

「うにぁ〜、指揮官に相応しい魔術師が居るなぁと思って」

 

 眼を細めながら語るトリア・ハーキュリーの言葉に、同意を示すように他の生徒が頷く。

 クラスメイトの反応にエレンは頬をひきつらせ、ガイに視線を向けた。

 

「こんな簡単に決めてしまって良いんですか?」

 

「魔術師なら後方支援はお手の物だろ」

 

「むっ……それを言われるとパステカル家の魔術師として挑発を受けるしかありませんね」

 

「Cクラスの指揮官はパステカルに決まりだな」

 

 クオン教官の締め括りに生徒は賛同を示し、正式にCクラスの指揮官はエレンが務めることとなった。

 まだ授業終了まで時間が有る中。

 

「俺のバルラ……」

 

 ジンがバルラについて頭を悩ませていた。

 それでも彼の満足行く解答が得られないまま──事件が起こった。

 

 



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10話 甘い蜜は誘われて

 学業を終えた生徒達は放課後、思い思いの時間を過ごす。

 ガイが帰り支度を済ませ、いざ教室を歩き出すと。

 彼の後ろポケットから細長い紙が床に舞う。

 デュランは落ちた髪を拾い上げ、ガイを呼び止める。

 

「ディアス! これを落としたぞ」

 

 呼び止められたガイは足を止め、デュランに振り向く。

 

「なんだ? その紙切れは」

 

 見に覚えのない1枚の紙にガイが訝しむ。

 

「カフェ・エンジェルスのコーヒー無料券だってさ」

 

 紙に書かれた文字を読み上げたデュランに、ガイは静かな足取りで近付く。

 

「エンジェルス? ああ、フルグス書店の向かいのか」

 

「要らないなら代わりに貰おうか?」

 

「バカ言うな。こっちとらコーヒー一杯飲むも贅沢なんだよ。タダで飲めると分かりゃあ、そいつには200エルの価値が有る」

 

「コーヒー一杯分の価値じゃねえか。や、確かに一杯分の無料券だけど」

 

 何かきっかけが有って、ガイが後ろポケットにしまっていたこと事態忘れていたのだろう。

 デュランはそう結論付け、素直に無料券をガイに返した。

 無料券に視線を落とし、カフェで静かに読書するのも悪くない。

 ガイはそう考え、今度こそ歩き出す。

 

「あっ! 俺もエンジェルスに行くから一緒に行こうぜ!」

 

 デュランが併走する中、ガイは特に歩く速度を早めず無言で同行を受け入れる。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 カフェ・エンジェルスに2人が入ると。

 

「「いらっしゃいませ〜!! あなたの心にひと時の安らぎを〜」」

 

 よく見知った女子生徒がエプロンドレスを着こなし、ガイとデュランにそんな言葉を掛けた。

 入る店を間違えた。

 即断したガイが出入口に振り返ると、彼の両肩を細い腕が掴んだ。

 

「離せ」

 

「おやおや、お客様? コーヒーの一杯も飲まずに帰るなんて不届きですねぇ」

 

「そうだぞディアス! 第一アトラスとナギサキが出迎えてくれたったのに何が……待って、ちょっと待て!?」

 

 エプロンドレスを着こなした──レナとリンにデュランが叫んだ。

 デュランの反応に不思議そうにレナが小首を傾げる。

 

「どうかしたの?」

 

「ナギサキは兎も角、どうしてアトラスが此処でそんな格好を!?」

 

「アルバイトだからだけど?」

 

 何を驚くことが有るのか、とレナはデュランを訝しんだ。

 レナにそんな表情を向けられ、デュランは真剣に自分がおかしいのか悩み出す。

 

「あたしは兎も角は頂けませんが、取り敢えず席にご案内しますよお客様」

 

「悪いな、来る店を間違えた」

 

「いえいえ、此処で有ってますよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 リンの言葉にデュランは疑問を口にする。

 

「どうしてナギサキはガイが無料券を待ってることを知ってるんだよ」

 

「俺の後ろポケットに無料券を忍ばせたのが、ナギサキだからだろ」

 

 ガイの指摘にリンは小さな舌を出してわざとらしく笑って見せた。

 

 バイト先に学友を呼ぶなら直接無料券を手渡せば済む。

 少なくともガイなら確実に釣れるだろうとデュランは思う。

 

「……なんでそんな周りくどいことを」

 

「ディアスさんならあたし達がバイトしてると知れば、来ない可能性が非常に高いですからね」

 

「ええ〜、そんな事無いよな?」

 

 美少女の誘いを断る理由が無い。そう信じて疑わないデュランがガイに視線を向けると。

 彼はそっぽを向き。

 

「例えばだ。招待チケットに今から面倒臭いことが起きるが、コーヒー一杯で我慢しろと書かれていたらお前は行くか?」

 

「例え火の中水の中だろうが、美少女が誘ってるなら俺は行く」

 

 デュランの即答にガイは深いをため息を漏らす。

 

「聞いた俺がバカだった」

 

 諦めたガイは、デュランと共にリンとレナに促されるままにテーブル席に座った。

 ガイは改めて店内を見渡す。

 内装はモダン製の家具で統一され、振り子時計が小刻みに音を奏でる。

 ゆっくりとした落ち着ける雰囲気とお洒落な内装だ。

 そして店内にはカウンター席で項垂れる客が1人。

 カウンターでコーヒーカップを丁寧に拭く、サングラスのマスターが1人。

 

「客足が遠退く店には見えねえが」

 

「この時間帯は学生ぐらいしか来なくて大体暇みたいなのよ。読書するなら丁度良い場所でしよ?」

 

「確かに考察を交えながら行うには良い場所だが、俺達は退屈凌ぎってことか? それなら有り難いがな」

 

「残念、無料券1枚分はしっかりと働いて貰いますよ」

 

 そう来るか、とガイはリンを睨む。

 彼女はどこ吹く風で、項垂れる客に視線を移した。

 

「実は彼……連日、毎日の様にああして項垂れてるんですよ」

 

「そいつの悩みを俺に解決しろってか? あのな、そう言うのは暇な奴か探偵にでも依頼しておけ、その方が確実で手っ取り早い」

 

「今日はディアスさん、バイトが無くて暇ですよね」

 

 事前にガイのシフトを把握していたリンは微笑んだ。

 彼女の微笑みにガイは青筋を浮かべ、レナが宥めに入る。

 

「落ち着いてガイ」

 

「なぁ、ディアスに用が有るなら俺は帰った方が良いか?」

 

「頭数、知恵を振り絞る人数は多い方が良いからデュランも協力して」

 

「おう、任せろ!」

 

 レナに頼られたことにデュランのやる気が上がった。

 そんな単純な男にガイとリンは小声で。

 

「その内、単純で扱い安いって言われそうですね」

 

「心に思っても口にするな。扱い辛くなる」

 

 密かにデュランを揶揄った。

 

「話を戻しますが、ディアスさんは協力してくれるんですか?」

 

「先ずは詳細を話せ、それから協力するかどうか考える」

 

 何も知らずに簡単に協力はできない。

 事の次第では操縦士の立場上、何かに巻き込まれてもおかしくないからだ。

 特にガイは損得を考えた上で、自分が損しかしないなら協力を断るつもりだ。

 

「遺跡都市ラピスの古代遺跡は、考古学者に自由調査権限が有るのは知ってる?」

 

「此処の古代遺跡に限らず、グランツ王国内の幾つかの遺跡は自由調査権限が適用されているが……自由調査権限対象から対象外に認定されることも有ったな」

 

 古代遺跡バーロンが正に自由調査権限の対象から外れた遺跡の一つでも有った。

 クローズ教授がバーロンで見た壁画とその後の調査によって、政府が危険と断定した結果の処置。

 

「そう。調査禁止指定に認定されるなら政府から事前に考古学者に通達が行くのよ」

 

 ガイとレナの問答に、デュランが何のことかさっぱりと言いたげに首を振った。

 

「つまりだ。あそこの考古学者は、そこそこの旅費をかけて意気揚々とラピスの遺跡を訪れたが、何故か遺跡が封鎖されていて激しく落ち込んでいる。そんなところだろ」

 

「あ〜なるほど。や、それは本人に聞いた方が早いんじゃね?」

 

 デュランが項垂れる客に視線を向けると、リンが苦笑を浮かべる。

 

「当人から詳細を既に聴いてますよ。5日前にあの人は、調査のためにラピスの遺跡を訪れた。ですが、何の通達も無くラピスの遺跡は『立入禁止』され封鎖」

 

「考古学者は遺跡調査一つに情熱を掛けるわ。それこそ人生を賭ける程の価値が彼らには有る。でも原因不明で調査が出来ないとなるとへこむでしょ」

 

「確かにへこむが。政府に問い合わせたのか?」

 

「自由調査権限の再会を主張した手紙を王立政府に出したそうよ」

 

「なら返事が来ればこの件は自然な形で解決する。それで終わりだ」

 

「単純な話しなら私達も頭を悩ませないわ。深夜の時間帯、遺跡に出入りする考古学者の姿が度々目撃されてるそうなのよ」

 

 突然『立入禁止』にされた遺跡と不審な考古学者。

 どう考えても軍に伝えた方が早い話に、ガイはため息を吐く。

 

「軍に、クオン教官に伝えたのか?」

 

「ええ、遺跡封鎖の件も含めて伝えましたよ」

 

「それで教官の返答は?」

 

 デュランが訊ねると、リンはクオン教官の真似をしながら答えた。

 

「『突如封鎖された遺跡に不審な出入り、か。分かった本件はわたしが預かろう』と」

 

 クオン教官が本日中に動くとなるなれば、この件は迅速に片付く。

 彼は軍部から出向しているプロだ。何か陰謀めいた事件ならなおさら軍人としての嗅覚が働く。

 

「それなら話は、クオン教官が解決して終わりだ」

 

「ええ、昨日まではそれで話が終わりでしたよ」

 

 ガイは嫌な予感を覚えながらリンに視線を向ける。

 

「今日になって何が有ったんだ?」

 

「クオン教官は本日中、王都に発つことになりましてね。自身が不在の間に簡易的な調査を任せたいと」

 

「だから何で俺達なんだ。それこそ手の空いている軍部や警備部隊を向かわせれば済む話だろ」

 

「私もそう言ったんだけど、操縦士の生徒が事件を解決することに意義があるんだって」

 

 操縦士の評判と住民の印象を少しでも回復させたい。

 ガイはクオン教官の考えを汲み取り、思考を巡らせた。

 先ず遺跡には、軍部の者か調査資格を持つ考古学者しか入れない。

 レナとリンが頭を悩ませているのは、正に正式な手順で入る方法だとガイは考えた。

 それなら実に話は速い。

 

「一応確認するが、調査資格が有れば操縦士が遺跡に入ろうと文句は言われねえな?」

 

「そうよ、正式な手順を踏んでるから文句は言えないし、言われる筋合いは無いわ」

 

「アンタらは考古学者に話を持ち掛けたのか?」

 

「落ち込んでる人を、そう簡単に説得できるなら苦労はしないわ」

 

 先程から大人しかったデュランが、何かに納得したのか手を叩く。

 

「それなら簡単だ! 考古学者に協力を求めるなら見返りにデートの一つでも提案すれば──」

 

「タイプじゃないので嫌です」

 

 デュランの提案をリンが即答で断ると、カウンター席から。

 

「ぐはっ!?」

 

 項垂れていた客──考古学者が胸を抑え悶絶した。

 

「デュラン? 私とリンにも選ぶ権利は有るわ。それに見返りでデートなんて相手に失礼でしょ」

 

 コーヒー一杯で人を使おうって考えも大概だ。

 ガイはそんな言葉を呑み込んで、時計に視線を向ける。

 門限まであと3時間30分。

 考古学者を説得し、遺跡に踏込み調査をして寮に帰るまでの制限時間。

 遅れれば遅れるほど時間は無くなる。

 それでも良いとさえガイは考えていた。

 事実、ガイがこの一件に協力するだけの得が何も無い。

 寧ろ労力に対する対価はコーヒー一杯だ。そう対価の釣り合いが取れないのだ。

 ガイは席を立ち上がり、

 

「俺が協力するのはここまでだ」

 

 帰る選択を取るガイにデュランは驚く。

 するとレナとリンは、仕方ないと肩を竦めた。

 

「ほらコーヒー一杯だけじゃガイも面白くないって」

 

「ぐぬぬ、給料を前借りしてマスター特製のスペシャルパフェでも付ければ良かったですかね」

 

「俺は甘いもんは苦手な方だ。それに考古学者を説得して内部の調査をするだけなら3人で十分だろ」

 

 そんな言葉にデュランは、この世の終わりだと言わんばかりに絶望した表情を浮かべ。

 

「……デート以外に何も思い付かないんだけど!?」

 

「テメェの頭には花畑が詰まってんのか?」

 

 頭を抱え込んだデュランに、ガイは最低限の罵声を浴びせた。

 

「ガイは自分に得、報酬が有れば引き受けてくれる?」

 

「報酬を支払うならテメェが出せる範囲内でならな」

 

 レナがガイに対して提示できる得、つまり報酬は何か。

 彼女は現在自分の手元に有るカードを頭の中で並べる。

 ガイが興味を惹きそうな書物の山、金銭、食事。

 真剣に頭を悩ませるレナの姿に、リンとデュランはガイを見咎めた。

 本当に対価を請求するのか、と。

 そんな2人の視線にガイは深いため息を吐く。

 

「……本来なら生活費を稼ぐ手段の一つだったが、今回だけはコーヒー一杯で貸しにしといてやる」

 

「良いの? 既にザナルの件も含めて迷惑をかけてるのに」

 

「アレは嫉妬の暴走だ。謂わば感情の暴走は人であろうと制御が難しい。第一面倒臭えとは感じていたが、お前に対して迷惑だったなんて一言も言ったか?」

 

「言われてない」

 

「ならザナルの件もこれで終わりだ」

 

 ガイは項垂れる考古学者に向かって歩き出す。

 そして彼の肩を軽く叩き、

 

「マスター、この客人におすすめのコーヒーを頼む」

 

「承った」

 

 注文を受けたマスターが渋い声を奏で、コーヒー豆のブレンドに取り掛かる。

 レナ達はガイの行動を意外に見詰めると、彼は考古学者の隣に腰を降ろした。

 

「アンタが落ち込んでる理由を聴いた」

 

「……君達の会話は聴こえていたさ。いい歳した大人が情け無いだろ」

 

「聴こえてたんなら話しが早え。アンタには俺達と一緒に遺跡に入ってもらう」

 

「知ってるだろう? あそこはいま立入禁止だと」

 

「知らねえのか? 何の前触れも無く設置された立入禁止の看板は、『ここに秘密を隠した、どうぞ漁ってください』って読むんだよ」

 

 ガイの論理を無視した屁理屈に考古学者は、ハッと息を呑む。

 

「……確かにそうだ。遺跡は学者にとって宝の山、それに事前通達もないのだから正当性はこちらに有る!」

 

「理解したなら後は簡単だ。今からここにいる4人の学生は制限時間付きだが、アンタの助手兼護衛役だ」

 

「制限時間……門限か。ならば急いだ方が良さそうだ」

 

 考古学者が立ち上がると同時に、マスターが彼とガイの目の前に2杯のブレンドコーヒーを差し出す。

 

「ウチはカフェだ。ならお客様の満足のいくコーヒーを出すのがウチの流儀、時間が無いのも承知だが焦っては事をし損じると言いますからね。ここはどうぞ心を落ち着けてから行ってくださいや」

 

 有無を言わせない覇気と威圧を放つマスターに、ガイと考古学者は大人しく席に座り直す。

 そしてガイはポケットから無料券を取り出しすと。

 

「こいつは対象か?」

 

「あんさんのは奢りだ! そいつは次の機会にでもとっておきな」

 

 マスターの御好意にガイは無料券をしまい、ブレンドコーヒーを飲んだ。

 読書をしながらゆっくり飲みたい。

 そう思う程にガイはマスターの淹れたコーヒーの味を気に入っていた。

 

 こうしてコーヒーを飲み干したガイと考古学者は、レナ達3人と共に遺跡の入り口に向かった。

 

 



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11話 暗闇の古代遺跡

 商店街を抜け、商店街と観光街の境目にガイ達は訪れていた。

 ここに古代遺跡の入口有り、彼らは考古学者の先導に従う。

 分厚い石の扉の前で一度考古学者が足を止めた。

 そこに『立入禁止』と書かれた真新しい看板が、扉の真ん中を陣取っていた。

 

「本当に看板が有るんだな」

 

 デュランがそう呟くと、ガイは看板まで近付く。

 どっしりとした足取りで看板に近付くガイに、レナ達は様子を見守る。

 

「入って欲しいんだか、そうじゃないんだか……!」

 

 ガイは右脚で思いっきり看板を蹴り出した。

 放物線を描きながら空を舞った看板は、重力に従い地面に落下。

 無惨にも砕け散った看板に考古学者は。

 

「ず、随分と荒ぽいんだね……頼むから遺跡を傷付けないでくれよ」

 

 内部で無意味な看板を置いた誰かが敵対するなら、ガイ達は不審人物を拘束し、軍に突き出す必要性が有る。

 

「狭い内部で武器を振り回そうなんざ考えて無いさ」

 

「そ、そうか。あー伝え忘れていたのだが、遺跡は下層に進むに連れマナの流れが悪いのか、あらゆる魔術が使えなくなる」

 

 考古学者の忠告にガイとレナは知っていると頷き、デュランとリンは知らなかった情報を即座に頭に叩き込む。

 

「今日は簡易的な調査だけど、ガイは明日……」

 

「悪いが明日はバイトだ。しかも新刊が入荷するだとかで、忙しくなるそうだ」

 

「えっとさ、こういう状況だからバイトは休むとか」

 

 デュランが選択肢を提示すると、ガイが応えるよりも速くレナが口を挟む。

 

「今回の件はかなり無理言って手伝って貰ってるのよ。それなのに大事なバイトを休んでまで手伝ってもらう訳にはいかないわ」

 

「そういう事だ」

 

 ガイがそう伝えると、重々しい扉が音を奏でながら動く。

 そして完全に開き切った扉を最初に考古学者が足を踏み込んだ。

 彼にガイ達が続き、燭台に照らされた石の階段を降り始めた。

 

 階段を降る道中、デュランは扉の開閉音に付いて疑問を抱いていた。

 

「結構な音がしたけど、流石に寮までは届かないよな」

 

「ああ、寮どころか商店街まで届かねえな」

 

 毎晩遅くに誰かが調査に訪れている。

 それが軍部なら学院の教官達に通達が行き、生徒達に伝えられる。

 『絶対に軍部の邪魔をするな』と。

 だからこそガイ達は今回の件に強い不信感を募らせた。

 

「テロリストが拠点に利用するなら……いえ、流石にあまりにもお粗末ですよね」

 

「学院が在るラピスは警備が厳重だ。だからこそ隠れるのにも持って来いだが」

 

「偽装した看板は逆に目立つよね」

 

 3人が足を止めず頭を悩ませると、考古学者が遺跡の壁を優しく手でなぞり。

 

「こうは考えられないかい? 敢えてお粗末な偽装を見せることで、ここにマヌケなテロリストは居ない。そう思い込ませるための罠だと」

 

 考古学者の考えに、ガイは顎に指を添え考え込んだ。

 確かに彼の言う通り一理あり、本当にテロリストが潜伏しているなら街と学院が危険に曝される。

 

「テロリストかぁ……俺達4人だけで? 騎士人形を喚べない状況で相手を? 危険だなぁ」

 

 冷静に現状と戦力を考えたデュランの声に、ガイ達は頷くことで同意を示す。

 彼の言う通り、自分達は武術を学んだ学生に過ぎない。

 片や敵が目的のためなら殺人を厭わない連中ともなれば、なおさら危険だ。

 

「それでも少しは、クオン教官に伝えられる証拠を見付けないとね」

 

「ま、偽の考古学者の1人2人拘束すりゃあ、目的は達成したと言えんだろ」

 

 ガイのそんな言葉に4人は頷く。

 

 会話もそこそこに長く続いた階段を降り終えると、幅広く何処までも続く通路が待ち構えていた。

 幾つにも枝分かれした別れ道と燭台の頼りない灯り。

 不気味な雰囲気を醸し出す通路にデュランが、若干声を上擦らせながら。

 

「な、なんか出そうだな」

 

「な、な、何かって何ですか? あれですか? あの、ちょっと稀に台所に現れる主婦の敵的なあれ?」

 

 意外にも怯えた様子で瞳を忙しなくリンの様子に、ガイは肩を竦めた。

 

「台所のあれとは縁がねえが……幽霊てのは──」

 

 ガイが最後まで言い終える前に、リンがレナの腕にしがみ付く。

 

「いません!! 幽霊なんて、そんな浮遊するナニカなんていません!!」

 

 怯えた様子で強く否定するリンの姿に、レナは男2人に咎めるような眼差しを向けた。

 

「女の子を怖がらせて恥ずかしくないの?」

 

「えぇ〜そんなつもりは無かったんだけどなぁ」

 

「悪かったよ。まさかナギサキがアレに恐がるとは想像もしてなかった」

 

「べ、別に、こ、怖くはないですよ? ただ……その物理的な攻撃が通用しない相手が怖いのであって」

 

 物理が通じない存在は、確かにこの世に存在する。

 そう言った存在に対して魔術が有効なのだが。

 リンの焦りと恐怖心からガイは、彼女はソレと相対した時、冷静では居られず魔術が発動できない。

 魔術を発動するには冷静でなければならないからだ。

 

「雑談も良いが、ロープを地面に設置した。これを伸ばしながら進むよ」

 

 考古学者の指示に、ガイ達はロープを握る。

 考古学者の先導に従い通路を進んだ。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 しばらく複雑に入り組んだ通路を進むと、ロープに異変が生じる。

 ロープがわずかな揺れを発し、次第に強く引っ張り寄せられた。

 出口までの目印を失っては門限まで帰れなくなる。

 そう考えた4人は強くロープを握り締めることで、抵抗した。

 するとガイ達の居る背後から足音が響く。

 反響する足音、走り出したのか徐々に近付く音に誰しもが警戒を強める。

 ガイが拳を握り締めると。

 暗がりから影が飛び込む。

 4人は考古学者を守るために、即座に影に拳を放つ。

 

「ちょ?! 待ってくれ!!」

 

 聴き覚えの有る声にレナ達が動きを止める中、ガイの拳がその人物の真横を貫いた。

 

「……なんでテメェが此処に?」

 

 ガイ達の背後から現れたのは、Cクラスのジンだった。

 本来この場に居る筈の生徒は4人だけ、それも考古学者の助手を建前が有ってこそ。

 

「なんでって……立入禁止の遺跡に不審な人物が入り込んだのを見たからだよ」

 

「お前が正義感の強い男だとは理解している。だが今回は不味い……何で不味いか分かるか?」

 

「……そりゃあ調査権限も無く無断で遺跡に入ったからだろ」

 

 何が不味いのかしっかりと理解してるなら遺跡には入らず外で誰かを待つか、教官に伝えて欲しかった。

 

「理解してるなら話が速え」

 

 ガイは考古学者に振り返った。

 すると彼は仕方ないと肩を竦めながら、微笑んで見せた。

 

「助手1人追加ね。出た時に何か聞かれたら口裏合わせましょう」

 

「ブルークスは教授に頼まれて先に遺跡の入口で待っていた。だけど不審な人物が入るところを目撃したため、先に先行した……こんな感じか?」

 

 デュランのシナリオにガイ達は頷く。

 それ以外で他人を納得させる言い訳が無いのも事実だからだ。

 

「それでブルークスが見た不審人物ってのはどんな風貌だった?」

 

「遠目から見ても分かる鍛え抜かれた身体付き。紺色のコートを羽織って、背中に大剣を背負ってたぞ」

 

「髪の色は?」

 

「確か、緑色だった」

 

 緑髪、鍛えられた身体付き、紺色のコートと大剣。

 ガイ達は不審人物の情報を頭の中に叩き込み、来た道を振り向く。

 

「ふむ……今日の調査は此処で引き上げよう」

 

 考古学者が来た道を引き返すと、ジンがそれに待ったを掛ける。

 

「何処かに不審人物が居るのに見過ごすのか!?」

 

「ブルークスの気持ちは分かるけどよ。俺達が此処に居るのもかなりギリギリの状況なんだぜ? そこに加えて門限まで破ったらさ、幾ら助手とは言え教授だって庇えないだろ」

 

 デュランは言葉を選んでジンを諭した。

 不審人物が軍部が探りを入れていると知れば、何処に移動してしまう。

 そうなれば全て有耶無耶に終わってしまうと考えて。

 

「……不審人物よりも門限が大事なのかよ」

 

「門限は建前だ。18時に本来全生徒が各寮に居る筈が、操縦士で有る俺達が遅くに遺跡から出て来てみろ? たちまち教授の立場諸共、全部台無しだ」

 

「何でだよ。住人の不安だって有るだろ」

 

「住人が不安を抱くのは不審人物に限った話しじゃねえ。先日テロ事件を起こしたテロリスト、それに操縦士が住人の不安の種だ」

 

 門限によって学院全生徒は寮に帰る。

 つまり街の中に操縦士は警備部隊以外に居なくなるということ。

 それが住人にとって心休まる時間帯だ。

 

「ジンが納得してないのも分かるけど、操縦士の私達が門限を破って遺跡に居たら……それこそテロリストに繋がっているって、学院のみんなも疑われちゃうのよ」

 

 ジンはそこまで言われて最悪の状況が想像できた。

 故に彼は拳を握り締めることで、溢れ出る正義感を押し殺す。

 漸く納得し、歩き出すジンを他所に──突如、通路の先から鋭い音が響いた。

 鋭い風の刃が考古学者に向けて飛ぶ光景が視界に映り込む。

 風の刃にいち早く反応したリンが咄嗟に、教授に覆い被さる。

 刃の唸る音、地面に斬撃痕を刻む鋭さ。

 彼女は自分と考古学者の死を悟ってしまった。

 

 このままではリン諸共両断されてしまう。

 誰しもが息を呑み、悲鳴を押し殺す中。

 2人の間に太刀の刃が割り込んだ。

 太刀を盾に風の刃を受け止めるガイの姿に、リンが息を呑む。

 

 風の刃を受け止め、酷い悲鳴を奏でる金属音が全員の耳を打つ。

 悲鳴をあげる刃と火花にガイは顔を歪める。

 

『このままじゃ、ガイは愚か考古学者ごと真っ二つだぜ!』

 

『そんな事は分かってる』

 

 頭の中に響くオルディスの声に、ガイは左拳を強く握り締めた。

 刃の軌道を変える。

 そのためにガイは左拳が火傷することも覚悟の上で、呪文を唱えた。

 

「《炎よ拳に宿れ》」

 

 魔術はガイの指定に従い、左拳を炎で燃やす。

 燃える痛みに耐えながらガイは、風の刃の横合いから炎の拳を叩き込んだ。

 横から加えられた衝撃により風の刃は、通路の壁に軌道が逸れた。

 魔術を消したガイは、火傷を負った拳を振り払う。

 リンは立ち上がり、遠退く気配を追うべく駆け出す。

 同時にガイの右手が道を塞ぎ、

 

「追うな。蝶々なく仕掛けて来る奴だ……罠の1つや2つは有る」

 

 リンの行動を制した。

 

「あ、あの……」

 

 咄嗟の判断で、結果的にガイに怪我を負わせたことに、リンは申し訳なさから顔を伏せる。

 

「テメェの奢りでコーヒー一杯だ。それ以上は受付ねえ」

 

 面倒臭そうに答え隣を素通りしたガイに、リンは一瞬理解が追い付かず呆けた。

 自分は一体なにを言われたの? と。

 聞き返そうと振り向くと、腰を抜かした考古学者に肩を貸すガイの後姿が瞳に映り込む。

 

「コーヒー一杯で謝罪も不要みたいね」

 

「火傷を負ったのに……それだけで済ませるんですか?」

 

 リンの問いにガイは答え無かった。 

 誰かが命を落すことと比べれば、火傷は傷の1つにも入らない。

 彼はそんな自論を浮かべながら、考古学者と出口に向かって歩き出す。

 

「ぼやぼやするな。いつ2撃目が放たれるか分からねえんだ」

 

 彼の言葉にデュラン達は、背後に警戒を強めながら遺跡を後にするのだった。

 その後、夕暮れに染まり門限が近付く中、商店街で考古学者と別れたガイ達はそれぞれ寮の帰路に着く。

 結局のところ偽装の件や遺跡に出入りしていた者の正体は掴めずに終わった。

 

 

 

 



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12 悩む少女

 無事に寮に帰宅したリンは、クオン教官への報告をレナに任せ、ベッドに仰向けに倒れ込んでいた。

 額に腕を乗せ、先程の光景が蘇る。

 ガイが割込み風の刃を太刀で受け止めた光景が頭から離れない。

 その度に胸が熱く締め付ける。

 

「いやいや、まさか」

 

 リンは冷静に考え直す。

 きっとガイは損得勘定に基づいて助けに過ぎない。

 寧ろ助ける対象は考古学者で、自分はついでに過ぎない。

 そう考えたリンは、深く息を吐き出した。

 

「忍びのあたしがついでに助けられるとか……恥ですよ」

 

 そんな事をボヤくと、不意にドアが開く。

 リンはわずかにそちらに視線を向け、

 

「報告お疲れ様です」

 

 同室のレナにそんな言葉をかける。

 彼女は向かいのベッドに座り、真っ直ぐリンを見つめた。

 

「なんか、上の空って感じだけど……ガイのことでも考えてたの?」

 

 そんな問い掛けにリンの心臓が跳ね上がる。

 

「そんなんじゃないですよ」

 

「目が泳いでるわよ。それにリンは遺跡を出てからずっと、ガイの背中を見つめてたでしょ」

 

「えっ? そんなに見つめてましたか」

 

 遺跡内部で彼の背中を見つめた覚えは有るが、外に出てからは覚えが無い。

 疑問も合わせてそう聞くとレナが頷く。

 

「うん、ガイがちょっと脇に逸れるとリンの視線も一緒にね」

 

 如何やら無意識の内に、視線がガイを追っていた。

 リンは極めて冷静に結論付け、レナから視線を晒す。

 

『晒すってことはガイが気になるんだね」

 

「そういうレナは如何なんですか?」

 

 聞き返すと、レナは指を合わせ。

 

「そりゃあ……まあ、色々とね」

 

 はぐらかすように答えられた。

 レナはガイに対して何か有る。

 リンの直感がそう告げていた。

 

「思えばレナは、初日からディアスさんだけ積極的でしたよね」

 

「そんな事は無いわよ」

 

「でも話しかけた男子生徒はディアスさんだけでしたよね。それも街巡りに誘ったのも」

 

 レナはわずかにリンから視線を背けた。

 彼女の行動が何か有ると語り、敢えてリンは追及する。

 

「実は街をまだ歩いたことが無いのは、ブルークスさんとだったんです。何故彼も誘わなかったのですか?」

 

 リンの追及にレナは観念したように両手を挙げ。

 

「……そっ、私はガイが気になって話しかけたのよ。恋心とかじゃないんだけど、天空城を眺めるかれはもしかしたら、遺跡とか考古学が好きなんじゃないのかなって」

 

「そう思ったから声を掛けてたのよ」

 

 リンはレナが遺跡と天空城に関する考古や考察が好きなことを理解していた。

 共通の趣味を持つであろう男子生徒に声をかけてみたら、見事にレナの予感は的中し現在の関係。

 友人の関係に至る。

 

「なるほど。でもそれがいつかは恋心に変わる日も有り得るのでしょう?」

 

「どうかな? 私よりも先にリンが恋心を抱いてるかもね」

 

「なっ! それは無いです。あたしは忍び、影に生きる者ですから」

 

 有り得ないとリンは強く否定した。

 同時に否定したくない自分も居て。

 それが顔に現れ、複雑な気持ちが込み上がる。

 

「でも気になるでしょ」

 

 レナの優しい声に、リンは頷く。

 

「……はい。でも助けられたからって好きになるのは、単純じゃないですか?」

 

「それ以前にリンはガイのことをどう思ってたの? 仏頂面で愛想が悪い人? 知的に見せかけた屁理屈を並べて言い包める人? それとも単純にカッコいい人?」

 

 リンは考え込んだ。 

 ガイに興味を抱いたのは、間違いなくクオン教官との戦闘時だ。

 Cクラスの殆どは武術を嗜んだ者が多い。

 けれどそれは、グランツ王国が武術が盛んな国でも有るからだ。

 言うなれば趣味と護身の範疇。

 けれどガイの剣技は違った。目的のために必要に応じて身に付けた技術だ。

 それが何かはリンには判らないが、興味を抱くきっかけとしては十分な理由だ。

 

「強くてカッコいい人だったんですけどね」

 

 助けられた。

 それがきっかけで恋心を抱いているのか、それともそれは勘違いに過ぎない。

 自分はコーヒー無料券1枚でガイに協力してもらうことを考え、レナに提案した。

 その結果が彼の火傷。

 第三者から見ればガイの火傷は、強引な方法による自爆だ。

 それでもリンからすれば、火傷のきっかけを作った張本人だ。

 

「罪悪鹿と恋心……どっちなんでしょうか?」

 

「罪悪鹿を抱くのは、むしろ私とデュラン、それにジンよ。だって私達は何も出来なかったのよ? 剣を抜くことも魔術で援護することも」

 

「それは無理も無いですよ。完全な不意打ちから放たれた斬撃……いえ、魔術でしょうか? まあいいです。意識の外から仕掛けるのは暗殺者とやり手の常套手段ですから」

 

 反応が遅れたのも無理は無いのだとリンは語る。

 

「でも、ガイは反応して見せた」

 

「あろうことか、太刀が切断されると判断しての魔術行使ですからね。いえ、魔刀流が魔術に主を置いている以上、どんな局面でも魔術が放てるように鍛錬を積むそうですけど」

 

 ガイは魔術を応用した。

 いつも彼が扱う付与の魔術を、触媒である武器から拳に対して。

 自分がきっかけで火傷を負ったことには変わりは無い。

 しかしリンが思い返せば思い返すほど、ガイの後姿が鮮明に浮かび上がる。

 

「彼、筋肉質でがたいが良いですよね。なんだか背中に乗りたくなるような」

 

 そう口にしては、思い切り抱き着いてみたい。

 そんな欲求がリンに芽生え始める。

 

「うーん、流石にそれはガイに投げられるじゃないかな?」

 

「そうですね。言っては何ですが、投げ飛ばされる姿まで想像できましたよ」

 

「……それで悩みは吹っ切れた?」

 

「……簡単にはいかないようです。けれど恋心かは置いといて、あたしはディアスさんのことが、人として好きなのは理解しました」

 

 まだ恋心と結論付けるのは早い。

 リンはまだそれで良いとさ思う。

 何せ出会って1ヶ月も経たないのだから。

 それでもリンにわずかな焦りを芽生えさせる。

 いま、目の前に強力なライバルになり得る人物が居るからだ。

 レナの容姿、仕草は男子を魅了するには十分な程で、そこに加えて性格も良く勉強もできて剣術も扱えるときた。

 強力なライバルの存在に、リンの心は焦りを抱いているが穏やかなものだった。

 人生はどう転ぶか何も分からない。

 それなら3年間、青春を満喫しよう。

 リンはそう結論付け、レナと緩やかなひと時を過ごした。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 蝋燭の灯が影を揺らす中。

 

「諸君、いよいよ作戦開始の時だ」

 

 男の声にヴァンは鋭い笑みを浮かべ、緑髪の男が疑問に顔を歪める。

 

「本当にあんな物を使う気か?」

 

「無論だ。我々の目的は操縦士の解放、世界中の操縦士が、騎士人形に選ばれたばかりの少年少女が今も何処かの国境線で命を散らしている」

 

「想像できるか? 今この瞬間に何千、何万人の操縦士が使い勝っての良い道具として使い捨てにされているのを」

 

「ボスの言う事も分かる。実際に国境線を見てきた」

 

 緑髪の男は見て来た。幼い操縦士達が国境線で政府の命令通りに進軍させられ、降伏も叶わぬまま敵軍によって蹂躙された様を。

 

「ならば異論は無い筈だ、それとも何か有るのか?」

 

 作戦と組織が掲げる理念に緑髪の男は、異論は無いと首を振った。

 そして緑髪の男は、暗がりの奥で鎮座する物に深いため息を零す。

 明日組織は動き出す。

 自分1人の意見で組織は止まらない。

 だからやるしかないんだ、そう緑髪の男は強い決意を固める。



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13話 リベルタ

 いつもの授業。

 緩やかに流れる時間。

 最早日常の一部となった操縦士学院の生活に、生徒が安穏と過ごしていた時だった。

 放送機から拡散魔術による声が全校生徒に響く。

 

「操縦士諸君は何の為に生きる? 強制入学、法により縛られた自由という名の檻。……諸君は鎖に繋がれた獣だ」

 

 聴き慣れない誰かの声に生徒が眉を歪める。

 

「今すぐ放送を止めさせろ!」

 

 男性教官の怒声に、女性教官が眉を吊り上げた。

 

「ダメです! 停止魔術が受付ません!」

 

 学院から校内に放送をするには、放送用の拡散魔術で校内に設置された放送機に声を送る必要がある。

 つまり放送を行なっている何者かが、学院に侵入し実行していると男性教官は考えた。

 よりもよって教官の大半が王都に出ている状況で。

 しかし男性教官の考えは次の言葉で否定されてしまう。

 

「教官! 放送室に誰も居ませんでしたよ!」

 

 放送委員の生徒が駆け付け、彼の言葉に男性教官は眉を歪める。

 

「どこからか魔術で干渉を?」

 

 街の何処から。考え込む男性教官を他所に放送は続く。

 

「虐げる者達を操縦士が護る必要は有るのだろうか? 操縦士諸君は自由で在るべきだ。真なる自由を求める者を我々【解放者(リベルタ)】が歓迎しよう」

 

 その名は、グランツ王国で多発的にテロを起こす組織の名だった。

 構成員も背後関係も不明だが、1つ判っている事は構成員の全員が操縦士であること。

 

「馬鹿な! テロの言葉に誰が動く!?」

 

「ああ、諸君が賢明ならば我々はラピスに対しては何もしないだろう。しかし刃向かうというなら所詮は政府に飼い慣らされた猛獣、我々は諸君を殺しに行こう」

 

 その言葉を最後に拡散魔術が途切れた。

 本の一瞬訪れた静寂に生徒は息を呑んだ。

 学院にこのまま居れば、軍隊入りさせられ戦場で死ぬ羽目になる。

 強制的に従わせる国に生徒は、愛国心を抱くどころか。

 このままテロに関与して国に自由を齎した方が良いのでないか。

 そんな思考が毒のように広く広がる。

 同時に理性という名の中和剤が頭の中に広がった。

 此処でテロに関与すれば、自分の家族は如何なるのか。

 軍部によって家族の安全は確保されている。逆にそれはこう言った事態を見越した人質でしかないのだと。

 毒と理性の衝突に生徒が混乱に陥ると。

 一刻も経たない内に状況が変わり始めた。

 

 校舎の外に映り込む騎士人形。

 遺跡都市ラピスのあちこちで現れる騎士人形達の姿に、いよいよ生徒達は混乱に呑み込まれるのだった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

「1年生は各教室に待機! 2、3生は校舎防衛班に分かれつつ市民の避難誘導!」

 

 長い黒髪に切れ目の女性教官──リンドウ・ツキカゲが放送で指示を飛ばす。

 同時に彼女は苛立ちから舌打ちする。

 

「クオンとゼオン理事長の不在が痛いな」

 

 王都方面でテロリストが活動を再開させ、農村に対して襲撃を行った。

 それが3日前のことで、クオン教官が昨日王都に出動した理由の1つでも有る。

 そしてテロリストが潜伏していたのもこの街だ。

 昨晩にレナ・アトラスから告げられた情報、そして明け方のリンドウ教官の調査でテロリストが潜伏している証拠を掴んだ。

 しかし、結果的に間に合わずテロリストの活動を許してしまった。

 

「悔やんでも遅い。ならばテロを撃ち砕くだけだ」

 

 リンドウ教官は校舎の窓から外に飛び降り、騎士人形を喚ぶ。

 銀の騎士人形──シルバが都市の空を舞う。

 

 銀の騎士人形が空を舞う姿に、ガイは眉を歪める。

 

「確かAクラスの担当教官の機体だったか」

 

「うん。8年前の時にも活躍していたわね」

 

 窓の外から出動する警備部隊の騎士人形や教官達の騎士人形を、2人は眺めていた。

 そんなガイとレナにジンは声をかける。

 

「なあ、俺達も何か行動を起こさないか?」

 

「俺達には待機命令が出てんだろ」

 

「黙ってあの光景を見てろって言うのかよ!」

 

 街中で騎士人形同士が部隊に分かれ、敵味方入り乱れ市街地戦を展開している様子にジンは強く拳を握り込む。

 

「経験の浅い俺達は邪魔になるだけだ」

 

 部隊間で連携を取り、テロリストを追い込む警備部隊。

 そして警備部隊の集中攻撃がテロリストの機体を1機刺し砕く。

 すると機体は爆散し、破片が民家に降り注ぐ。

 悲鳴を挙げる住人、破片に押し潰れる者、爆散に巻き込まれ行動不能に陥る騎士人形。

 そんな戦場にガイは強く眉を歪めた。

 

『騎士人形が爆散? おいおい、どんな装備を積んだってんだ?』

 

 騎士人形には機体が爆発するような火薬は使用されていない。

 全て魔術、錬金術、人形技術で構成された機体だからだ。

 なのにテロリストの機体は爆散を引き起こした。

 可笑しな事にガイが思考を並べた、その時だった。

 Cクラスのすぐ外にテロリストの騎士人形が1機降りたのは。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 黒茶髪の男──ヴァンは黒鉄の騎士人形越しから、睨むガイを見据えた。

 こちらを敵として認識する者の眼だ。

 そんな目にヴァンはゲオルグの背部から大剣を引き抜く。

 

「こちらに投降するならば命は助けよう」

 

 譲歩の言葉を吐き出す。

 

「ふざけるな!」

 

 怒声と共に斬撃が飛来する。

 ゲオルグは一度校舎から後退し、斬撃を避けた。

 校舎とゲオルグの間に割って入るシルバに、ヴァンは舌打ちした。

 

「お前が残っていたか」

 

「ふん、此処で貴様を捕縛する」

 

 ブースターを噴射させ曲刀で斬り掛かるシルバに対して、ゲオルグは大剣を振り抜く。

 刃を受け止め、ブースターを噴射させながら互いの騎士人形が空を飛ぶ。

 繰り出される刃。

 弾かれ、軌道を変えれ、また刃が振われる。

 何度も刃を交えるシルバとゲオルグに、見守っていた生徒が息を呑む。

 高度な操作技術と剣技に誰しもが見惚れていた。

 そんな中、ガイは太刀の柄を強く握り締める。

 

「ディアスさん、どうしたんですか?」

 

「いや、爆散した騎士人形が何なのか考えていた」

 

「普通じゃないですよ」

 

 ガイとリンが戦闘から視線を外し、普通じゃない騎士人形に頭を悩ませた。

 騎士人形は何で製造されているのかは知識として知っている。

 しかし製造するための人骨ベースや魔術が誰にも再現できない。

 加えて騎士人形1機分の質量を錬成するだけの技量が必要となる。

 どこの軍隊も騎士人形を量産化するには至らない。

 なのに爆散する騎士人形が存在する。

 

 2人が頭を悩ませる中、単眼の騎士人形が教室を覗き込んでいた。

 こちらを観察するように、ぎこちなく頭部を動かす様子が不気味さを醸し出しす。

 やがて単眼の騎士人形は拳を教室の窓ガラスに向け、引き放つ。

 

 割れる窓ガラス、破片が飛び散る中、ガイはリンとレナの背中を引っ張り、廊下側に投げ飛ばす。

 突然投げ飛ばされた2人は、床に打ち付けられた痛みに眉を歪めながら、素早く立ち上がる。

 するとそこには、単眼の騎士人形の腕に握り締められ、血を流すガイの姿を写り込んだ。

 

「で、ディアスさん!!」

 

「おいこら! ディアスを離しやがれ!」

 

 デュランが槍斧を機体の腕に叩き付けるが、硬い装甲に矛が弾かれるのみ。

 ガイを助けなければ。

 なのに生徒の足は動かない。

 怪しく赤い光を放つ単眼の騎士人形に、生徒は足元が崩れるような感覚に襲われていた。

 同時にガラスの破片が突き刺さり、出血と痛みに悶えるジンの姿まで有る。

 

 こんな状況の中で、ガイは口元を吊り上げ笑った。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 グラウンドでは2、3年生と思われる騎士人形がに単眼の騎士人形と戦闘を繰り広げていた。

 訓練通りの部隊運用で確実に追い込み、奮闘する生徒達。

 そして学院に避難した住民を騎士人形が盾になりながら、敵機の攻撃から護る。

 

 単眼の騎士人形に掴まれた状態で外に引っ張り出されたガイは、オルディスに念話魔術で呼び掛ける。

 

『来いオルディス』

 

『何処に?』

 

『こいつの真上だ』

 

『しょうがねえなぁ』

 

 ガイの呼び掛けに従ったオルディスは、指示通り単眼の騎士人形の真上に顕れる。

 そして重力に従い落下したオルディスが単眼の騎士人形にのし掛かった。

 重みで地面に倒れ込む単眼の騎士人形とオルディス。

 そんな公開にCクラスの面々は悲鳴を挙げた。

 あれではガイが潰されると。

 

「ディアスさんっ!」

 

 しかしオルディスは立ち上がり、腰の太刀を引き抜く。

 ガイはオルディスの落下を利用し、単眼の騎士人形が動きを止めるのを待った。

 そして同時に念話魔術でオルディスに搭乗させ、拘束から逃れたのだと。

 クラスメイトは状況を理解し、安堵の息を吐く。

 

「何で全く同じ騎士人形が存在するんだかっ!」

 

 苛立ちを吐き捨てるように、ガイは単眼の騎士人形に太刀を一振り。

 ガイが想像していたよりもずっと簡単に、刃が装甲を斬り裂く。

 余りにも脆すぎる機体にガイは眉を歪める。

 一太刀入れられた衝撃か、単眼の騎士人形の動きが止まる。

 敵機を無力化した事にガイは安堵の息を漏らす。

 同時にグラウンド周辺を見渡す。

 上空では相変わらず激闘を繰り広げるシルバとゲオルグ。

 そしてグラウンドには起動を停止した単眼の騎士人形が煙を挙げ、生徒達が操る騎士人形が拘束するべく近付いていた。

 不意にガイの脳裏に、爆散した騎士人形の姿が浮かぶ。

 あまりにも脆い機体、機体から煙を挙げ様子。

 どれも騎士人形には当て嵌まらない現象と同型機。

 刹那の中、ガイは考え込んだ。

 騎士人形の形をした何かが目の前に存在する。

 テロリストが何故そんな物を保有しているのかは判らない。ただ、ガイが理解したことと言えば、不用意に近付くのは危険すぎることだけ。

 だからガイはオルディスの内部で叫ぶ。

 

『そいつに近付くな!』

 

 ガイは念話魔術を生徒達の騎士人形に向け、警告を鳴らす。

 彼の警告を受け取った生徒達は、同時に機体を後退させると。

 鈍い轟音が校舎全土に響く。

 燃え広がるグラウンドとあちこちに落ちる破片。

 

 ガイはすぐさま何が起こったのか理解を示す。

 単眼の騎士人形が一斉に爆発を起こしたのだと。

 理解したと同時に、ガイの背中に衝撃が襲う。

 

「っ? なんだ……」

 

『まずいまずい! 自爆野郎が取り付きやがった!』

 

 オルディスの背後に組み付く機体にガイは舌打ちを鳴らす。

 他に気を取られ過ぎた。

 その結果がこれだ。

 

『至近距離からの爆発か。お前は耐えられるか?』

 

『ガイ。俺は耐えられるが、お前が耐えられるかは保証が無い』

 

『なら良い。機体が破壊されないなら生存の確率は上がる』

 

 単眼の騎士人形は蒸気を発しながら凄まじい熱を宿す。

 燃えるように赤く染まる機体はやがて蒸気を放出して。

 自爆を引き起こし、グラウンドに爆音と生徒達の叫び声が響き渡った。

 



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14話 奮闘

 爆発に呑まれたオルディスは機能停止に陥り、グラウンドに膝を着く。

 

『やべぇやべぇ! 操縦士の意識危険域に急低下、生命維持術式展開!』

 

 オルディスの声がCクラスの生徒の耳に届く。

 機体が消えていない以上、ガイは生きている。

 しかしオルディスが聴きなれない用語を連発していることから、ガイが危険な状況にあることには変わりない。

 戦場化したグラウンドからガイを助けなければならない。

 クラスメイトが決意を固めると。

 街から学院に侵攻する単眼の騎士人形の姿が映り込む。

 最悪オルディスが破壊されるか、連れて行かれるの何方か。

 Cクラスの生徒達はガイを助けるべく行動に移す。

 

「ディアスさんを急ぎ回収します! マリア、トリア、ミリムは私と一緒に魔術で迎撃! ハーバーさん、ブルークスさん、フォンゲイルさんは単眼の騎士人形の牽制をお願いします」

 

 エレンに名を呼ばれた生徒は頷く。

 彼女は指揮官だ。故に彼女の指示は教官の次に効力を発揮する。

 特に緊急事態ならなおさら。

 そして名を呼ばれなかった生徒は、エレン達の防衛に入る。

 同時にエレンはレナとリンに視線を向けた。

【防御結界】を発動できるネメシスと速度に優れた琥珀の騎士人形イルソンが正に適任だとエレンは考えた。

 

「ディアスさんの回収をお2人にお任せします」

 

 エレンの采配に2人は強く頷き、窓の縁に足を掛けた。

 いつでも飛び出せるように。

 

 そしてエレンはマリア、トリア、ミリムと同時に騎士人形を召喚し、オルディスに近付く単眼の騎士人形に魔術を放つ。

 牽制目的でオルディスを巻き込まないように、細心の注意を払いながら。

 次にデュラン達が動く。

 なおも進軍する騎士人形に対して、それぞれの武器を振り牽制に入る。

 そんな時だった、ザナルは敵機から強い違和感を覚えたのは。

 

「……こいつらの動き、何処か固いな」

 

 自爆した操縦士は恐らく即死。

 死を恐れない集団自爆。

 加えて騎士人形特有の人体レベルの動きが無い。

 

「まさか無人なのか?」

 

「ザナル。それは幾らなんでも有り得ないじゃないか? だって騎士人形を製造できたのは、3人の偉人だろう」

 

「貴様はバカか? 4000年だ。騎士人形が誕生して4000年の時が経ったんだ。なら何処かの国が騎士人形を形だけでも模倣できたとしても可笑しくはない」

 

「そうなるかぁ。なら、動力源は蒸気機関か?」

 

 単眼の騎士人形の自爆時に見せた蒸気の熱気から、デュランは動力源に当たりを付けていた。

 

「……何にせよ推測は後にするとしよう」

 

 ヴォルグは近付く単眼の騎士に槍を向け、突っ込む。

 牽制を目的に決して敵機を傷付け無いように。

 デュランとジンは、応戦しながらオルディスの方に視線を向けた。

 オルディスに駆け付けるネメシスとイルソン。

 近付く単眼の騎士人形をネビル達の魔術が寄せ付けない。

 これならオルディスを回収して、あとは撤退すれば何とかなる。

 デュランは少なくともそう考えていた。

 

 リンはイルソン越しから停止したオルディスを見詰める。

 自分は忍びなのに、2度も彼に助けられた。

 本来ならそこで倒れているか、連れて行かれていたのは自分とレナだ。

 あの時ガイが庇わなければそうなっていた。

 リンは自身の不甲斐無さから唇を噛み締める。

 

『リン、今は回収優先。オルディスが生命維持にマナを使用している間がタイムリミットよ』

 

 つまりマナ切れになればガイの生命維持は止まる。

 それは彼の死を意味する。

 救出後、彼を保険室の生命維持用の魔法陣で寝かせなければならない。

 

『分かってるよ」

 

 言われなくとも分かっている。 

 頭でイルソンにそんな愚痴を零しながら、リンはイルソンを動かす。

 オルディスを背後から持ち上げ、校舎まで運ぶ。

 それで事は終わる。

 あとはオルディスがガイを離脱させ、保健室に運べば生命を繋げる事ができる。

 イルソンがオルディスを持ち上げると、騒々しい警告音が鳴り響く。

 

『上から来るよ!』

 

 イルソンの声にリンは、イルソンのブースターを噴射させ、オルディスごとその場を離れた。

 瞬間、遂にさっきまでオルディスが居た位置に風の刃が降る。

 地面に刻む斬撃痕にリンは悟った。

 遺跡内部で奇襲した何者かが来たのだと。

 リンが上空に視線を向けると、そこには真緑の騎士人形が滞空し、大剣を構えていた。

 

「リンは回収を急いで!」

 

 レナの叫びに、イルソンがオルディスと校舎に向けて飛ぶ。

 

「悪いけど、ソイツはこちらが貰う!」

 

 真緑の騎士人形──フォレスがブースターを噴射させリンに迫る。

 振り抜かれる大剣にリンの舌打ちが響く。

 このままではオルディスが斬られる。

 今のガイに致命傷を与えるには十分すぎる衝撃だ。

 イルソンはオルディスを庇うように背を向ける。

 

 フォレスは魔術が飛来する中、決して速度を緩めずイルソンのガラ空きの背中に大剣を振り下ろす。

 しかしいつまでもリンに斬られた痛みはやって来ず、彼女が訝しむと。

 

「させないわよ」

 

 加速速度を上乗せした大剣を、騎士剣で真正面から受け止めたネメシスの姿がそこに在った。

 

「学生にしてはやるじゃないか」

 

 軋む騎士剣の刃に、レナは大きく息を吐き出す。

 後方には既に動き出したイルソンとオルディスの姿。

 これで彼女が離脱する時間を稼げる。

 

「学生を舐めないで」

 

 ネメシスが翼を広げ1歩踏み込み、騎士剣で大剣を押し返す。

 同時に背後からネメシスを超え、魔術がフォレスに飛ぶ。

 押し返され機体のバランスが崩れる中。

 敵の操縦士はそれを各部のスラスターをごく僅かに噴射させることで、機体バランスを立て直すと同時に飛来する魔術を避けて見せた。

 絶妙な加減と瞬時の判断力にレナは眉を歪める。

 

『気を付けて、間違いなく格上よ』

 

『うん。だけど負けられないわ』

 

『負けず嫌いなのも良いけど、貴女まで停止に追い込まれたら危険よ』

 

 自分が停止に追い込まれれば、今度は誰かが助けるために向かう。

 仲間の回収、停止、回収。悪循環が生まれ、Cクラスは全滅してしまう。

 

『敵機の情報は無いの?』

 

『有るわ。能力【時間停止】に気を付けなさい』

 

 名前通り時間を停止させる能力。

 そんな能力を一体どうやって防げば良いのか、レナは頭を抱え込む。

 こっちの能力やヴォルグの能力も大概だが、世界の時間に干渉する程の能力を保持した機体。

 なぜそんな能力を魔術師シキが組み込めたのか。

 視界で揺れ動くフォレスにレナは頭を振った。

 疑問よりも先ずは敵を止めることが先決だ。

 ネメシスは騎士剣を弓矢を引き絞るように構える。

 

「一丁前に宮廷剣術を扱えるのか……となると貴族、声からして娘。貴族のご息女を確保したとなれば、少しは交渉のカードになるか?」

 

「残念だけど、私の家族はテロに屈しないわよ」

 

 嘘だ。祖父も両親も操縦士の現状に心を痛めている。

 だから操縦士の立場を少しでも改善できるように、お姫様と政治的に動いている。

 優しい両親と祖父のことだ、自分や学友がテロに身柄を確保されたとなれば屈してしまう。

 それこそ全ての立場を捨ててでも。

 

「そうか。なら悪いけど眠ってもらう」

 

 フォレスの大剣に風が纒わり、次第に暴風へと変わりゆく。

 刃を軋ませ、渦巻く暴風。機体が吸い寄せられそうな吸引力にネメシスが引っ張られまいと堪える。

 引き寄せられた残骸と砂塵が暴風に囚われ、

 

「うおっ!? 何つう風だよ!」

 

 単眼の騎士人形と交戦中だったデュランの声。

 

「今は耐えることに集中しろ! レナ、君もその場から離脱を!」

 

 ザナルの心配するような声に、レナは首を横に振る。

 背後にエレン達と校舎が有る。

 騎士人形に搭乗したCクラスの生徒は無事になるが、他クラスの生徒と避難した市民が巻き込まれかねない。

 

「何とかして見せるわ」

 

「無茶を……いや、君は負けず嫌いだったな」

 

「そうよ、私は負けず嫌い。だから避ける訳にはいかないのよ」

 

 自分は貴族の娘だ。

 だからこそ貴族の責務に従い、あの魔術を受け止める。

 強い決意を固めたレナはタイミングを測る。

 こちらが敵機の能力を情報として知っているように、向こうも同じだ。

 なら勝負は能力を使うタイミングで決まる。

 

 ネメシスは騎士剣を突き出す形で突進を仕掛ける。

 それに対してフォレスは容赦なく、暴風を振り下ろした。

 暴風の刃と巻き込まれた残骸がネメシスに迫る。

 

『ネメシス!』

 

『《陣は硬く円は強固に、我が身、友の身を守護せよ》」

 

 レナの代わりにネメシスが呪文を詠唱する。

 ネメシスの頭部に暴風の刃が迫る直前。

 障壁が暴風の刃を弾き、残骸が弾かれた。

 

「【防御結界】! 展開中は内外のあらゆる攻撃を跳ね除ける絶対防御! だが展開中は攻撃できない!」

 

 フォレスは加速を掛け、接近と同時に機体の右側のスラスターを噴射させ、ターンを掛ける。

 そして背後を取ったフォレスは乱雑に結界を斬り付けた。

 弾かれた端から、何度も何度も刃を結界に叩き込む。

 

『マナ残量87パーセントまで低下よ』

 

『まだよ、あと10秒は維持して!』

 

 レナは全意識を集中させる。

 絶対に来る好機を掴むために。

 何度もフォレスが結界を叩き斬る中、時間が訪れた。

 フォレスが振り下ろした大剣は、結界が突如消えることで空振り。 

 刃がネメシスの背中に振り下ろされた。

 しかしネメシスは機体の左側に晒し、騎士剣を振り抜く。

 空振りに終わった大剣、ガラ空きのフォレスの頭部に騎士剣の刃が迫る。

 そんな光景に誰しもが決まったと確信を抱いた。

 

「甘いな!」

 

 フォレスの操縦士のそんな一言を境に、ネメシスは動きを止める。

 正確にはフォレスを中心にした時間が停止した。

 そんな光景にジンは訝しむ。

 

「おい、何でレナは止まって?」

 

「不味い! あれは奴の能力だ!」

 

 ヴォルグは単眼の騎士人形から背を向け、ネメシス向けて飛ぶ。

 しかしそれより早くフォレスは大剣を振り上げた。

 停止した時の中でフォレスの操縦士は残念に思う。

 

「操縦センスは有った。ただ駆け引きが経験不足だったな」

 

 惜しいがネメシスはここで破壊する。

 でなければ組織の脅威に成長し得る存在だからだ。

 操縦士は学生の命を奪うことにわずかに躊躇う。

 自分はこんな事のために組織に入った筈じゃなかった。

 それでもフォレスは意を決して大剣を振り下ろす。

 ネメシスを頭部から真っ二つにする勢いで放った一撃。

 しかし刃が頭部に到達するよりも速く、突然、風を斬る音が操縦士の耳に入る。

 そして何かがフォレスの両肩の関節部に突き刺さった。

 

「ぐっ!? 何だ?」

 

 両肩に伝わる鋭い痛みにフォレスの操縦士は苦痛に顔を歪め、その動きを止めた。

 

「危ないところでしたね」

 

 停止した時間の中で声が遅れて響く。

 操縦士は横合いに眼を向けた。

 そこには能力の範囲外から何かを投擲したイルソンの姿が在った。

 フォレスはネメシスから距離を取り、時間停止を解除する。

 空を斬り裂くネメシスの騎士剣にレナは眉を歪める。

 

「居ない? そっか、能力で」

 

「レナ……あの能力は効果範囲が限られている様ですよ。つまり遠距離から仕掛ければ大丈夫かと」

 

 駆け付けたリンの声にレナはほっと胸を撫でおろす。

 

「そうなるわよね。でも私は攻撃魔術は不得意よ」

 

「実はあたしも何ですよね。でも今からあたしは本業に戻ります」

 

 冷え切ったリンの声にレナは息を呑む。

 本業、つまり忍びとしての暗殺術を繰り出すだと本能が理解する。

 イルソンから滲み出る静かな殺気。

 そして空間からクナイを取り出した。

 空間魔術。術者の任意の位置に固有空間を開き、内部から必要な道具を取り出す魔術。

 人が扱える中で高度な魔術の1つだ。

 

「リン、凄いわね空間魔術を扱えるなんて」

 

「忍びにとって空間魔術は暗器を隠すための便利な魔術ですから、習得は必須事項なんです」

 

 ヤマト連合国の影の護衛者。

 部隊規模で空間魔術を扱える忍びに、レナは末恐ろしさを感じながらイルソンの隣に立つ。

 

「殺害はダメ。捕縛して情報を聞き出す方が先決よ」

 

「……そうですね。すみません、少々頭に血が登っていたようです」

 

 そう言いながらイルソンはクナイを投擲する。

 両肩の関節部に突き刺さったクナイの影響で、大剣が振れないフォレスは、クナイの軌道を見切る。

 機体を横に跳躍させ、クナイを避けると。

 フォレスの頭上を影が覆う。

 強引に機体を後方に跳躍させると、地面に鉄球がめり込む。

 

「手品か?」

 

「忍びの技術です」

 

 いつの間にか背後に周りこんでいたイルソンに、フォレスの操縦士は眉を歪める。

 小太刀の斬撃をフォレスは、強引に機体を振り回すことで大剣で弾かせた。

 イルソンのの手元から離れる小太刀、同時に背後から迫るネメシスに操縦士は舌打ちする。

 

「チッ! 肩のクナイを抜くことが最優先か」

 

 フォレスは再度能力を発動させる。

 時間停止に巻き込まれたネメシスとイルソン。

 しかしフォレスの背後から衝撃が襲った。

 

「くっ?!」

 

 何事かと背後に視線を向けると、そこにはもう1機のイルソンと多数の騎士人形が立っていた。

 

「同型がもう1機? そうか、イルソンの能力か!」

 

 過去の騎士人形の能力を書き記した書物に、分身を作り出す能力を有する騎士人形が存在すると記載されていた。

 【分身】それがイルソンの能力だ。

 

「皆さん、やっちゃってください」

 

 リンの声にエレン達は同時に魔術を放つ。

 決してネメシスに当てないよう、繊細な制御を加えながら。

 フォレスは時間停止内で飛翔する。

 迫る幻想の刃、火球、雷鳴、岩石。

 フォレスはブースターを噴射させ、魔術の隙間を縫うように動き、魔術を避けて見せた。

 しかし避けた筈の幻想の刃がフォレスの脚部を斬り付ける。

 

「っ!?」

 

 厄介な魔術を扱う生徒が居る。

 大剣を封じられた以上、操縦士が幻想の刃に対抗する手段は決して無い訳では無い。

 生徒に使うまでも無い切札がフォレスの操縦士には有った。

 フォレスは能力を解除し、機体をCクラスに向ける。

 やがてフォレスはブースターを噴射させ、加速をかけようとした時だった。

 

「時間切れだ」

 

 ヴァンの声に訝しむ。

 

「なに?」

 

 瞬間、フォレスとゲオルグの間に一閃が走った。

 太刀を居合に構えた白の騎士人形に、フォレスの操縦士は戦慄を浮かべる。

 

「クォールの操縦士、鬼神か!」

 

 北部戦線で帝国の騎士人形部隊を少数の部下と撤退に追い込んだ英雄。

 王都方面に引っ張り出したクオン・シキサキが2人に濃密な殺意をぶつける。

 

「どうやらわたしの生徒を重症に追い込んだようだな」

 

 静かに怒りが滲んだ声。

 クォールの指先がわずかに動く。

 甲高い金属音が鳴り響いた。

 同時にフォレスの右腕部が地上に落ちる。

 

「……は?」 

 

 機体が刻まれたダメージを認識するよりも早く、右腕部が斬り落とされた。

 そう理解した頃には、フォレスの操縦士に斬り落とされるのと同じ激痛が右腕を襲う。

 幻覚的な痛み、それでも意識が飛びかけ視界が点滅する中、フォレスはゲオルグに引っ張られる形で撤退を開始した。

 

「逃すとでも?」

 

「置き土産だ、受け取れ」

 

 地上に居た単眼の騎士人形が一斉にクォールに向けて飛翔する。

 蒸気を発しながら迫る様子に、デュランが叫ぶ。

 

「教官! そいつは自爆するんだ!」

 

 デュランの声にクオンは笑みを浮かべる。

 なら対応は簡単だと。

 クォールは居合の構えを取る。

 そして殺到する単眼の騎士人形の群れを、一閃が薙ぎ払う。

 一瞬で腹部にかけて両断された機体。

 クォールはブースターを最大出力でグラウンドに急降下した。

 すると一斉に単眼の騎士人形は爆発を起こし、残骸がグラウンドに降り注いだったのだ。

 

「諸君、テロリストは離脱を開始した。我々教官陣は軍部と協力し掃討戦に移る。やって本日の学業は中止、寮内待機を命じる」

 

「あの、ディアスさんが保険室で昏睡状態なのですが」

 

 リンの声にクオン教官は驚きを隠せなかった。

 少なくともガイならフォレスの操縦士を相手に遅れを取ることは無い。

 

「彼の身に何が有った?」

 

 そこでガイに何が起きたのか、生徒達の証言で理解する。

 単眼の騎士人形が自爆することをいち早く見抜いたガイは、その情報を防衛に動いていた先輩達に伝え、不意を突かれたのだと。

 クオン教官はこれから軍隊として制圧に向かわなければならない。

 昏睡状態の生徒を1人残すことは憚られる。

 だからクオン教官は軍人として教官として命令を出すことに決めた。

 忍び。それも自分の姪っ子なら何が有ってもガイを守り通せると判断して。

 

「成る程。ではシキサキにはディアスが目覚めるまで護衛を任じる」

 

「任せてください」

 

 そんな返答にデュランが口を挟む。

 

「あの! 自分も良いですかね?」

 

「ダメだ。保険室は君の得物を扱うには手狭だ、それに護衛人数が増えれば増えるほど油断が生じる」

 

「けど!」

 

「ダメだと言った。ディアスの護衛を買って出たい者はハーバーだけでは無い、彼らの意志も汲み取ってやれ」

 

 クオン教官の静かな声にデュランは生徒に振り向く。

 騎士人形が握り締める拳にデュランはハッとする。

 悔しい。ガイが目の前で自爆に巻き込まれた時、何も出来なかった自分が。

 そんな同級生の想いを感じ取ったデュランは引き下がる。

 そしてクォールはラピスの空を舞うのだった。

 

 それから昨日行われたガイ達の調査により、遺跡内部に突入した軍部は目にした。

 既に引き払われた後の拠点を。

 そして単眼の騎士人形の存在、搭載された蒸気機関が波乱を呼び起こす呼び水となる事を──軍部は理解する。

 

 

 




前話含めて主人公に主人公補正などはありません。(主人公とは一体?)
寧ろサブキャラに補正が入っているかも……


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15話 忍びの主人

 ガイは未だ昏睡状態のまま保険室のベッドで眠り続けていた。

 そんな彼をリンは静かに見守る。

 

「貴方は自己犠牲者なんです? どうしてあたしとレナを庇ったりなんか」

 

『くははっ! イルソンの操縦士は相棒が気になるのか!』

 

 愉快そうな声が頭の中に響く。

 イルソンでも無い声にリンは訝しむ。

 

『オルディスは気楽そうですね』

 

『……相棒が昏睡状態なんだ。ふざけた人格を押し出さなければやってられないのさ』

 

 極めて冷静なオルディスの声にリンは眉を顰める。

 二面性が激しい。

 正直言ってリンには彼と10年も付き合える自信が無かった。

 それどころかガイが仏頂面なのはオルディスに原因が有るのではないかとさえ思う。

 

『いつディアスさんは目覚めるんですか?』

 

『意識は回復しつつある。間もなく目覚めるだろう』

 

『それなら良いんですけど。あっ、先程の質問ですがディアスさんは自己犠牲精神をお待ちで?』

 

『ガイはそんな性分じゃあない』

 

『それじゃあ損得鑑定ですか?』

 

『違うな。考えた事は有るか? 目の前で手を伸ばせば届く距離に居て目の前で死なれる経験を、耐え難い苦痛を』

 

 オルディスの静かな声に息を呑む。

 ガイは誰かを目の前で失った。

 彼の両親か、それとも大切な人か。

 何方にせよ目の前で誰かを亡くしたことには変わりない。

 だからガイはその時刻んだ痛みをまた味わないように動いた。

 損得鑑定も関係なく。

 まだ深く知らない相手の考えだ。実際に彼がどう思い行動に移したのかは、結局の所リンにはまだ理解はできない

 

『手に届く範囲、目の前で助けられる。なら相棒は考えるよりも前に動くぜ。……相棒は諦めないバカだからよ』

 

『諦めの悪い。ではなく諦めないバカですか?』

 

『おうさ! 明日世界が滅ぶとしたら相棒はどうする? って聞いたことが有ったんだけどよ、やれる事をやって最期まで足掻く。それでもダメだったらその時はその時だってよ』

 

『そんな事を……』

 

 最後まで考えて抗う。

 もしかしたら助かるかもしれない。

 そういう考えなのだろうか。

 だからこそリンは思う。

 諦めないバカとは言い当て妙だ。

 リンは手を伸ばし、眠るガイの頬を撫でた。

 無骨で硬い頬と冷たい感触。

 

『おっとお邪魔虫は退散!』

 

 余計な1言を残してオルディスは念話を切った。

 頭の中で響いていた声が、いざ無くなると保険室が非常に静かに感じる。

 ガイとリン。

 穏やかな春風がカーテンを揺らす保険室に2人きり。

 リンの頬が熱で赤く火照り、未だ眠るガイを覗き込んだ。

 リンの小さく柔かな口が動く。

 

「いつまで寝てるんですか? みんな心配してますよ」

 

 ガイの額に掌を乗せ、赤茶髪に指先が触れる。

 

「でもまぁ、もう少しだけ。ほんのもう少しだけこのままでも良いかもしれんせんね」

 

 しかし少女の願いは届かない。

 寧ろ彼女がわずかに願ったせいか、ガイの目蓋が開く。

 そして彼と目が合ったリンは、

 

「お、おおお……お、おはようございます?」

 

 現在時刻は13時。おはようのあいさつにしては遅いあいさつだ。

 

「……何してやがる」

 

 額を撫でられていると理解したガイは、仏頂面を深め不機嫌さを醸し出した。

 

「これは、そう! 熱が無いかと思いましてね!」

 

 見苦しい言い訳。

 ただ興味本位で触っていただけ。

 でも、それが愛おしく思える安らぎの時間だった。

 リンは言葉では伝えられない感情を抑え、ガイから手を離す。

 

「……確認だ。ここは何処だ?」

 

「アダムス操縦士学院の保険室ですよ。何が起きたのか、現在の状況説明は必要ですよね」

 

「ああ頼む」

 

 ガイが単眼の騎士人形の自爆を喰らい、昏睡状態に陥ったこと。

 真緑の騎士人形フォレスとレナとリンが交戦、駆け付けたクオン教官のお陰で事件は一旦の収束を見せたこと。

 そしてテロリスト襲撃事件から3日が経過。

 現在学業は休校状態にあり、自分は昏睡状態のガイの護衛として任されたこと。

 リンの説明にガイは顔を歪めた。

 

「情けねぇ」

 

 単眼の騎士人形を教室から引き離すことに成功したが、結果はこのざま。

 ガイにとって情けなくて仕方ない結果だ。

 

「3日も眠っていたことがです?」

 

「そうだ。単眼野郎の自爆を許し、窮地に追い込まれたのは俺の油断だ」

 

「……血を、あたしとレナを庇って血を流していたじゃないですか。それにまだ左手の火傷は癒えてないですよね」

 

「それは言い訳だ。敵はこっちの事情なんざお構い無いしだ。お前もそうだろ?」

 

 確かに敵の事情は知らない。

 ましてや怪我をしているなど知る由もない。

 だからガイは負傷で追い込まれたのは、自分の言い訳に過ぎないのだと。

 

「確かにそうですが。……聴いても良いですか?」

 

「何をだ?」

 

「如何してあたしとレナを庇ったりなんか」

 

 リンの瞳にガイは息を呑む。

 今にも泣き出してしまいそうな瞳。

 ガイはこの手の表情が苦手だった。

 何故かはガイ自身にも判らない。

 ただ愕然と理解しているのは、涙より笑っている方が良い。

 

「答えて……くれないんです?」

 

 いよいよリンの泣きそうな声に、汗が浮かぶ。

 

「べ、別に庇うだとかそんな気は一切なかった。偶然手の届く範囲に2人が居た。それだけなんだよ」

 

 あの時ガイが何もしなければ、窓ガラスの破片は2人の顔をぐちゃぐちゃに傷付けていた。

 そこそこ気に入っている生活、そしてそこそこ交流の有る2人。

 2人の綺麗な顔に傷が付くのはムカつく。

 ましてやテロリストの勝手な都合と主張によって、目の前で知人が傷付く。

 ガイはそれが嫌で2人を投げ飛ばした。

 バカ正直に答えるには、あまりにも格好が付かない答えだったため。

 彼は建前だけを話した。

 

「そう、ですか……」

 

 リンはじっとガイを見つめ、考え込む。

 この男なら忍びとして仕えても良いのではないか。

 元来忍びが実力を発揮するのは、守り支えるべき主君が居てこそ。

 

「ディアスさんは、あたしが忍びというのはご存知でしたよね?」

 

 真っ直ぐ見つめる瞳にガイは頷く。

 彼女が忍びと確信を抱いたのは、レナとの模擬戦と昼休みの時だった。

 

「如何してお前は忍びだ、と訊ねたりしなかったのですか」

 

「聴いて何になる? そもそも忍びってのは職業に過ぎねえ、だから無駄な質問はしなかった」

 

「むっ。無駄とは何ですか! この国では忍びはレアなんですよ!」

 

「そんなこと知ったことか。……忍びのお前、俺の目の前に居るお前。全部含めてリン・ナギサキだろ」

 

「……! そうですね、あたしはあたしです。ええ、そう面と向かって言われましたらもう……っ」

 

 突然顔が赤くなるリンの様子に、ガイは身動ぐ。

 

「もう決めました! 決めてしまいました! ディアスさんが何と言うとあたしは、今日から貴方の忍びです!」

 

 真剣な表情で真っ直ぐと告げる彼女に、ガイは更に仏頂面を深める。

 自分の忍びになる。彼女はそう告げた。

 ガイ自身にそんな価値も無ければ、ご大層な身分でも無い。

 彼女が仕えるべき主君では無い。

 そもそも主従関係など面倒臭い。

 ガイがそんな事を内心で思うと、リンの顔は真っ赤に染まり切っていた。

 彼は面倒臭そうにため息を吐く。

 

「おい、俺が誰かを仕えさせるご大層な御身分に見えるのか?」

 

「身分なんて関係無いですよ。あたしが心から想い決めたことですから」

 

 折れそうにないリンの眼差しにいよいよガイは悩む。

 

「……主従関係を結んだとして俺に何の得が有る?」

 

「可愛い忍びが付いて来ます。いえ、冗談ですから嫌そうな顔しないでください! 忍びをタダで使えるのが貴方にとっても得ですよ」

 

 確かに忍びは情報収集と言った面でも非常に役立つ。

 そもそもこれは彼女が自分の意思で決断したことだ。

 それをガイは無理矢理捻じ伏せる気にはなれなかった。

 ただ何故そうまでして主従関係を結びたいのか、ガイは野暮だと思いつつも訊ねた。

 

「何で主従関係を結びたいんだ?」

 

「……ディアスさんはあたしを2度も庇い、結果的に怪我を負いましたよね。もうあたしの忍びとしてのプライドはズタズタです。まあ恩を返すという意味もありますが……」

 

「他にもあんのか」

 

「いえ、こちらはまだ心の整理。と言いますか確証が持て無いので保留です。……とまあ、そういう訳で良いですよね」

 

 受けた恩を返す。

 それだけでは無い。そう感じながらガイは考え込む。

 スラム街の仔犬(リアン)と言い、断ったところで他所で勝手に自称する。

 その後の面倒ごとは決まってガイに降り掛かるのが常だった。

 ならいっそのことリンを忍びとして受け入れた方が手っ取り早い。  

 そもそも彼女は断ったとして黙って従うのだろうか。

 絶対に従わない。彼女の硬い意志が何よりも証明していた。

 

「分かった。お前の好きにしろ」

 

「では! これよりリン・ナギサキが貴方にお仕えさせて頂きます!」

 

 リンの決意にガイは息を吐く。

 こうして2人の間に主従関係が結ばれた頃、ガイの様子を見に来たクオン教官が保険室に訪れるのだった。

 

 



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16話 予感

 保険室を訪れたクオン教官は苦笑を浮かべた。

 廊下に聴こえたガイとリンの会話。

 主従関係を結んだ2人にクオン教官は、一瞬だけどう声を掛ければ良いのか迷った。

 ここは自らの意志で主人を選んだ姪っ子を気遣うべきか。

 いやここは知らない振りをした方が良さそうだ、そう結論付けたクオン教官は、ガイとリンに言葉を紡ぐ。

 

「目覚めたかディアス。ナギサキも護衛ご苦労だったな」

 

 今回の一件で保険室から動かせないガイの護衛にリンを付けた。

 テロリストの本命は別の人物だが、生徒の安全を最優先に考えるなら負傷者を優先するのは当然と言える。

 クオン教官は軍人であるが、同時に生徒の身を預かる者としても妥当と言えるだろう。

 もっとも最善手はテロ襲撃に間に合うことでは有るが、それを当人は自身の未熟としてそっと胸に戒めた。

 そんな彼の内心を知ってか、リンは戯けるようにわざとらしく肩を竦めた。

 

「非常に退屈な護衛でしたよ」

 

「退屈に限るだろ。第一寝てる間に襲われるってのは、ゾッとする」

 

 顔を顰めるガイにリンは笑みを浮かべる。

 

「大丈夫ですよ。安眠も護りますから」

 

 クオン教官はリンの言動を無視しながら、ガイに告げる。

 

「ディアス、君達が行った遺跡調査はある意味で当たりだったぞ」

 

 その言葉だけで何が当たりなのか察したガイは、肩を竦め困惑の表情を浮かべる。

 内心でクオン教官は彼の困惑に同意を示した。

 一般人から見ればそう決まったことで済むが、然るべき関係者が見れば不信感と疑念が浮かぶ。

 そしていずれ誰かが真相を調べに調査に訪れていた。

 

「……あんなお粗末な偽装場所がテロリストの潜伏先だったとはな。連中の目的は?」

 

「全操縦士の国家の解放、制度からの解放。校内放送で流された言葉が何よりも証明だ」

 

「操縦士に対する恐れを強くしておいてか?」

 

 クオン教官は頷く。

 彼らの主義主張は操縦士としても当然な想いだと理解はできる。

 ただ、やり方を彼らは間違えた。

 騎士人形を使用した実力行使、結局のところ暴力で他者を従わせる以上は国と何も変わりない。

 だから生徒の誰もがテロリスト【解放者(リベルタ)】に従わなかった。

 

「やり方を間違えたと言うべきか。いや、それよりも君達が交戦した単眼の騎士人形に付いてだが……」

 

 クオン教官が例の機体に付いて話しを出すと、ガイが待ったをかける。

 

「教官その話しの前に、それは俺達が聴いて良い情報ななのか?」

 

「無論だ。今回の一件は当事者である君達にも知る権利が有る」

 

 当然政府の上層部は学生の操縦士に単眼の騎士人形に付いて知らせる事さえも拒んだ。

 必要以上の情報を与えず飼い慣らしたい。そう考える連中の思惑通りに自分もゼオン将軍も動かない。

 軍部の考えはこうだ。来るべき時に備えるための情報共有だと。 

 

「これは軍部と学院の情報共有の一環だ。それに君も交戦して薄々察しているのでは無いか? アレが何なのか」

 

「蒸気機関搭載型騎士人形……いや、騎士人形の形をした別の何かだ」

 

「そう、我々軍部は単眼の騎士人形を──ドールと呼称することが決まった」

 

「ドール? ナイトを取ったタダの人形。そのまんまんだな」

 

 ガイのジト目にクオン教官は肩を竦めて返す。

 

「分かり易い方が良いだろ?」

 

「分かり易いが……何処が製造したんだ? アレはテロリストが簡単に量産できる機体じゃねえだろ。しかも使い捨てを前提にした機体だ」

 

 クオン教官はガイの指摘に笑みを浮かべる。

 彼は鋭い。もうテロリストに関与していた存在に勘付き始めている。

 

「そうだ。君の指摘通り解放者どころか我が国でもドールを製造することは叶わない。そもそも製造できるなら騎士人形はとうにお役御免だ、協力者はドールを開発しテロリストに与えるだけの理由が有る。君はそれが何なのか分かるか?」

 

 クオン教官の試すような物言いに、静かに話しを聞いていたリンがむっと頬を膨らませた。

 そんな彼女の様子にガイは知らん顔で考え込む。

 

「北と南……どっちの国もテロリストに関与するだけの得が有る」

 

「ほう、ディアスの考える得とは?」

 

「1つは開戦の口実だ。二大国は未だ世界の覇権を巡って争っている最中、本格的に進軍するならグランツ王国は丁度いい足場だ。もう1つは単純なデータ取りだな」

 

 量産されたドールの性能実験にテロリストは都合が良い。

 概ね軍部上層部とリリナ姫と似た見解を示すガイに、クオン教官は満足気な笑みを浮かべる。

 

「テロリストからすりゃあ、操縦士を真の意味で開放するための道具なんだろうな、ドールは」

 

 ドールが量産化され軍で正式採用されれば、操縦士は必要とされなくなる。

 あの機体は無人機で予め用意された魔術の命令式に従って動く。

 だから戦死者を出さないドールを求める国家は多くなるだろう。

 

「わたしとしても若者が命を落とすよりは良いとさえ思うが、ドールが正式採用されるよりも早くにグランツ王国は戦乱に巻き込まれる可能性が有る」

 

「……二大国と戦争ですか?」

 

「さてな。デュエネス帝国とガルドラス帝国、どちらがテロに関与しているかはまだ掴めてはいない」

 

 どちらの国にも開戦を望む者と拒む者が居る。

 

「開戦が始まれば、デュエネス帝国とガルドラス帝国の何方かが味方に付くって訳か」

 

「お互いにグランツは取られたくは無いから。ならば敵軍の侵攻を協力して止めた方が政治的にも優勢に働くと考えているのだろう」

 

「巻き込まれる身にもなって欲しいですが、そこにヤマト連合国が加わると世界大戦ですね」

 

「何とかそうならないようにテロリスト、他国の工作員は軍部で取り押さえると約束しよう」

 

 真剣な表情で語るクオン教官に、ガイとリンは顔を見合わせた。

 

「学生の間は出来ることも少ねえが、俺達が卒業するまでには片を付けて欲しいもんだ」

 

「ふむ、わたしもゼオン理事長も努力はしよう。まあ諸君は未来の心配よりも中間テストとクラス対抗試合が有る、先ずはそちらに集中すると良い」

 

「対抗試合か。もう始まってんだろ?」

 

「鋭いな」

 

 もう対抗試合は始まり、Cクラスは非常に不利な状況だ。

 

「……だからクラス合同授業が無いんですね」

 

「Cクラスはテロリスト襲撃時に俺を助けるために応戦した。その結果が騎士人形の能力、使用武器が知れ渡った」

 

 ガイの冷静な判断にクオン教官は頷く。

 あの状況での出撃、迎撃は仕方ない事だと教官陣でも話し合い理解している。

 だが露呈した情報を取り除くことは叶わない。

 特に教官である自分が彼らに他クラスの騎士人形に付いて教えることも叶わない。

 テロ事件で互いの情報に関して公正さを失ったが、そもそも諜報戦を含めてが対抗試合だ。

 それに生徒達が気付くかどうかも生徒次第。

 だから教官陣がCクラスに対して特別肩入れすることも無い。

 

「ナギサキ、早速仕事だな」

 

「……むぅ、ディアスさんの個人的要望なら喜んで従いますけど」

 

 クオン教官は心の中で突っ込む。

 お前はディアスの忍びになったのでは無いのか?

 若干やる気を感じさせないリンにクオンはとっておきの情報を切る事にした。

 

「………ああ、そう言えば君達に伝え忘れていた事が有ったな。対抗試合の優勝クラスには屋内プールの使用権が優先的に譲渡される」

 

 授業の一環だけで無く、夏学期中の自由使用が許可される。

 無論、学院指定の競技用水着の着用が義務付けられるが。

 

「ディアスさん! あたしは今すぐに情報収集に当たります!」

 

 音を立てずその場から姿を消すリンに、クオン教官は深いため息を吐く。

 

「我が姪ながら単純だ」

 

「……教官の親戚だったのか」

 

「隠すつもりも無かったが、伝える必要も無いだろ?」

 

 確かにとガイは同意を示す。

 誰が誰と血縁なんて教えられた所で、どうにかなる訳でも無い。

 同時に保険室の会話をクオン教官に聴こえていた事をガイは悟る。

 

「それでいつから授業が再開するんだ?」

 

「ああ、それは明日からだ。もう全生徒には伝えて有る」

 

 ガイはベッドから起き上がり、身体を動かす。

 

「まだ寮内待機中か?」

 

「それに関しても待機解除が通達されている」

 

 寮内待機が解除された以上、ガイは早速保険室に用は無い。

 そう言わんばかりに歩き出すと。

 

「バイトか?」

 

「ああ、3日も休んだ。ヴェイグ店長と先輩の安否も気掛かりだからな」

 

「2人の無事は此方でも確認済みだ。……ああ、街中は未だテロ事件の影響で張り詰めている、気を付けるように」

 

 クオン教官の親切心を彼は素直に受け取り、保険室を後にするのだった。

 そしてリンが一通り情報収集を終え、保険室に帰る頃には誰も居なかったという。

 



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17話 先輩後輩

 先のテロ事件で倒壊した民間、戦闘の被害によって崩れた通路。

 軍の炊き出しに並ぶ避難者。

 商店街を通る操縦士に、怯え、憎しみ、憐れみ、悲しみ、そして同情が複雑に入り乱れた眼差しが向けられた。

 操縦士がやり場の無い感情を向けられるのも必然であり当然だ。

 なおさらテロリストが騎士人形を使えば使うほど。

 ガイは彼らの視線と抱える感情を正当なものだと思う。

 彼はそんな複雑な視線を向けられる中、なお平然とした態度でフルグス書店に足を運ぶ。

 

「……あの生徒。確か3日も意識不明の重症だったて」

 

 炊き出しに並ぶ一般人の1人がガイの背中にそんな事を呟いた。

 

「騎士人形なんて兵器を操るからそうなるんだ。操縦士なんて存在しなければ、いや騎士人形なんて……」

 

「そうは言うけど、この国の防衛の要は騎士人形なのよ」

 

「分かってはいるけどさ。……瓦礫の撤去も騎士人形がやってるってことも。けど巻き込まれて亡くなった人は大勢居るんだ」

 

 複雑な心境を浮かべる一般人の声が行列でぽつり、ぽつりと囁かれる。

 中には操縦士の徹底管理を主張する者も──

 

 ▽ ▽ ▽

 

 フルグス書店を訪れたガイに第一声が飛ぶ。

 

「後輩君、次から無茶せずもう少し先輩達を頼るように」

 

 静かな、それでいて有無を言わせないルディカの圧力がガイを襲う。

 どうにも自分は彼女に逆らえないようだ。

 

「次からはそうする」

 

 素直に応じるガイの様子にルディカは、満足そうな笑みを浮かべ。

 ガイは店内を見渡した。

 戦闘の被害が無く、いつも通りの店内。

 しかしヴェイグ店長の姿が見えない。

 

「店長は何処に?」

 

「本の配達さ。こんな時だからね、避難所の子供達に優先的に本を提供してるよ」

 

「そいつは随分と気前が良いな。……それで販売予定だった新刊はどうなった?」

 

「入荷はして有るからね、新刊の棚に並んでるさ。後輩君も気になるなら買うかい?」

 

 購入を促すルディカに、ガイは新刊が並ぶ本棚に目を向ける。

 去年ベストセラー賞を獲得した恋愛物語の続編、推理小説、考古学書や専門書。

 前者はともかく、後者はガイの興味を惹きつけるのには十分だった。

 けれど残念な事に、財布の中身には新刊を買うだけの余裕が無い。

 

「今は手持ちがな」

 

「まあそうだろうね。欲しい書物が有るなら倉庫の奥に確保しておくと良い」

 

「良いのか?」

 

「従業員の特権。ただし1エル足りともまけないよ」

 

 ルディカはそう言って仄かに笑って見せた。

 何方にせよ本が確保出来るのはガイにとって有難い話だ。

 早速ガイは本棚から新刊の考古学書と魔術、錬金術の専門書を取り出す。

 そして店奥の倉庫に向かい、確保本と書かれた箱に入れるのだった。

 給料が入ったら真っ先に買おう。

 決断を新たにガイはカウンターに並ぶ。

 そんな彼に隣に立っていたルディカが。

 

「おや? 後輩君からは女の匂いがするね。君は3日も昏睡状態と聴いていたけど?」

 

 何かを疑う眼差しを向けられた。

 バイトをサボってまで女遊びをしていたと思われているだろうか?

 ガイは心底心外そうに息を吐く。

 目覚めて情報のやり取りをした後すぐに此処に来た。

 匂いが付くほど女遊びをした覚えも無ければ、物理的に無理だ。

 ガイがルディカに対して口を開き掛けた時だ。

 自分の額を撫でるリンの姿を思い出したのは。

 

「……あの時か」

 

 それ以前に彼女は3日も護衛を兼ねた看病をしていた。

 だから匂いが付いたのだとガイが1人納得すると。

 ルディカは持っていた本を開き、

 

「後輩君、君を心配する者は君が考えるほど多いのよ」

 

 彼女のそんな言葉に心配そうにオロオロするヴェイグ店長の姿が浮かぶ。

 

「店長とかか?」

 

「そう。君の話しを聴いた店長は、酷く慌ててね。そりゃあもう滑稽に転げ回る程には」

 

 何となく想像できる光景にガイは小さく笑う。

 

「……それでその匂いは君の彼女か何かか?」

 

「先輩には俺が重症に漬け込んで女を作るような奴に見えるのか?」

 

 質問で質問を返すとルディカはわずかに考え込む様子を見せ、

 

「私と君の付き合いは短い。けれど言える事は、君は面倒臭がり屋だけど必要な事に対しては積極的で真面目」

 

「真面目に見えたのか」

 

「客の対応は粗いけど、勤務態度は真面目よ。それで? 先輩に言ってみなさい」

 

 彼女が居るのか?

 そう暗に問うルディカにガイは肩を竦める。

 

「俺にそんな出会いは今まで一度足りとも無かったさ。匂いが付いたのは、同級生の女子が3日も看病してくれたからだ」

 

「なるほど。……本当にそれだけかな? 女の勘が後輩君と女子生徒は面白い関係に有ると訴えているのだけど」

 

 忍びとの主従関係が面白い?

 ガイは保険室で結んだリンとの関係性に首を傾げる。

 対抗戦の事もある。誰が聞き耳を立てているのか分からない。

 

「悪いがアイツとの関係は対抗試合に影響を与えそうだ」

 

「情報漏洩は防ぐべきだね。それなら私からしばらくは質問しないで置くよ」

 

 くすりと小さく笑うルディカに、ガイはそうしてくれと笑い返すのだった。

 3日振りのバイト。

 テロ事件の影響か遠退く客足。

 そして配達から帰って来たヴェイグ店長の熱烈な歓迎に、ガイは思わず彼を蹴り飛ばしてしまう。

 そんな関係に腹を抱え笑うルディカ。

 いつもの平穏な日常が戻りつつある事にガイは安堵を浮かべバイトに精を出す。

 リンに情報収集を頼んでいた事を思い出したのは、寮に帰宅してシャワーを浴びてからのことだった。

 

 

 

 



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18話 接触を謀る者

 テロ襲撃から早6日が経ち。

 5月に入り中間テストが刻々と近付く。

 今月はテスト明けに控えるクラス対抗試合が有る。

 しかしテロ事件の影響で3日の休校。

 これはまだ部隊戦が授業で行われていない1年生にとって3日の遅れは非常に大きい。

 そんな中、長い金髪を靡かせたエミリ教官が指導する錬金科を終えたCクラスは、第3グラウンドに移動開始していた。

 

 移動の傍らガイの背後を一定の距離感を保ちながら歩くリンの姿に、誰しもが訝しむ。

 あの2人に何が有った?

 クラスメイトの疑問の眼差しにガイはどこ吹く風で、リンもいつも通り。

 もう3日だ。あの2人が一定の距離感で行動するのは。

 そんな2人を見兼ねたレナとデュラン、そしてジンが其々に歩み寄る。

 

「どうしたよ? ナギサキと何か有った?」

 

「別に何も」

 

「何もって。こういう時の原因はガイに有るんじゃないのか。例えば知らずの間に失礼を働いたとかさ」

 

 ジンのある意味で失礼な検討にガイは眉を歪める。

 本当に彼女とは何もない。

 あの件をわざわざ2人に伝えるのも面倒臭い。

 そう考えたガイは何も告げず歩く速度を速める。

 ガイの様子に慌てずに追い掛ける2人。

 そんな3人の後ろでは。

 

「本当に何が有ったの?」

 

「えへへ〜何もありませんよ」

 

 緩んだ笑みを見せるリン。

 どう見ても何か有りましたと語っている反応だ。

 寮の自室で聴いてもはぐらかすばかりで一向に答えられは得られない。

 そこに来て各クラスの情報を持ち込むリン。

 テロ事件、リンはガイを3日間看病していたことは周知の事実だ。

 何か有ればその時だろうとレナは睨む。

 友人に隠し事の1つや2つは有る。

 レナは敢えて深くまでは追求しなかった。

 

「対抗戦に支障は出る?」

 

「そちらに関しては大丈夫です。でも、お昼休みにCクラスの騎士人形に付いて聞かれてましたよね」

 

「聞かれたわね。諜報戦かなあって思って、実はオルディスには隠された能力が! なんて言ったわ」

 

 オルディスは試作型(プロトタイプ)だ。

 当然そんな能力も隠された秘密も無い。

 しかしレナが言った言葉を間に受けた生徒は、オルディスに関して調べ上げようと躍起になった。

 そこにリンが畳み掛けるように情報を振り撒く。

 オルディスは他の騎士人形と融合合体できると。

 

「いやぁ〜放課後にでもディアスさんの下に他クラスの生徒が来るとは思いますけど……勝つためですからね!」

 

「諜報戦も立派な戦い。勝つためなら仕方ないわね」

 

 そんな2人の話し声にエレンの眼鏡が煌めく。

 

「いっそのことディアスさんを全面に押し出す形で情報を流すのはどうでしょう?」

 

 あの事件でCクラスの能力と武器は知られてしまった。

 しかし見ただけではまだ判らない事も有るのが現状で、特にバルラの能力に関しては謎が多い。

 奇跡的とも言うべきか、ジンはあの戦闘で能力を使用しなかった。

 だからバルラに関しては何も知らない。そもそも操縦士のジン事態が何も理解していない。

 

「うーん、流す情報は今日の集団戦の結果次第かも」

 

「虚偽に真実を混ぜ込むんですね」

 

「魔術師がよくやる手ですが、勝つ為なら良い手ですね」

 

 あれこれ話し合う女子3人を他所に、廊下の曲がり角から女子生徒が勢いよく飛び出す。

 ガイと衝突しそうになる女子生徒。

 しかしガイは半身を逸らすことで女子生徒避けた。 

 対象を失った女子生徒は慌てて止まろうと足に力を入れるが、間に合わず尻餅付いてしまう。

 

「白……白か」

 

 めくれたスカートの中にデュランはしみじみと呟く。

 彼の呟きが聴こえた女子生徒は慌てた様子でスカートを隠し、羞恥心から頬を赤く染めた。

 長い白髪に色白で大人しそうで何処か庇護欲を駆り立てる女子。

 そんな女子を他所にジンはデュランを蔑んだ。

 

「デュランはさぁ、本当にさぁ……残念な奴だよな」

 

「見えちまった物はしょうがないだろ。謂わば事故だ事故」

 

 女子は何も言えず、顔を赤く染めたまま俯く。

 

「デュラン、例え見えちゃったとしても見てない、記憶から抹消するのが紳士よ」

 

「……残念ハーバーさんには記憶消却術が必要ですかね?」

 

「大丈夫? あなたは確かAクラスの」

 

「ミコト・エイブル……あ、あの慌てていたこちらの不注意なので、デュランさんには批はありません」

 

 ミコトはスカートの中身を見られた事は、この際仕方ないと語る。

 やがてミコトは周囲を見渡し、

 

「あ、あのガイさんは?」

 

「ガイならもう行った。全く、女の子が転んだんだから気に掛けるぐらいしても良いだろ」

 

 ジンの返答にミコトは肩を落とし落胆した。

 あからさまに落ち込んでいる彼女に、レナは声を掛ける。

 

「ガイに何か用があるの?」

 

 言われたミコトは頬を赤くしながら。

 

「じ、実は……ガイさん、ちょと良いなあって思ってて」

 

 彼女の恥ずかしがる仕草、赤く染まった頬。

 どう見ても告白する前の女子だ。

 しかし対抗戦が近付くこのタイミングでの接触。

 絶対に裏があると、ジン、デュラン、レナ、エレナは考えた。

 しかしそんな中、リンはミコトの両肩を掴む。

 

「ダメですよ」

 

 あまりにも冷たい眼差しで威圧した。

 そんな眼差しを向けられたミコトは身体を震わせ、汗を滲ませる。

 

「え、えっと……あ、あの」

 

 威圧で声が上手く出せない。

 それでもミコトは勇気を振り絞る。

 

「が、ガイさんに告白しようと貴女には関係無いじゃないですか!」

 

 無関係とは言えない。

 しかし主従関係を明言する気にはなれず、かと言って嘘を付く気にはなれない。

 ミコトの瞳があまりにも真っ直ぐだからだ。

 それこそ諜報には不向きな程に。

 

「……確かに友人では有りますが、貴女の告白を止める権利はあたしには有りませんね──ですが、それは貴女が本気ならです!」

 

 指を突き付けるリンにミコトはたじろぐ。

 彼女の様子にリンは察していた。

 古の時代から存在するハニートラップ。

 それを担うのは、小柄で可愛く庇護欲を唆るミコト。

 ターゲットは絶賛話題沸騰中のガイ。

 Aクラスもよく考えたものだとリンは舌を巻く。

 

「本気なら間を空けず即答するものです。時間もあまり無いのであたし達は失礼しますよ」

 

 廊下の床に崩れ落ちるミコトを他所に、Cクラスは移動を再開する。

 

 



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19話 少数部隊

 第3グラウンドにCクラスが集合すると、現れたクオン教官に誰しもが眼を見開く。

 右頬に切傷を作ったクオン教官の様子に、エレンは思わず訊ねた。

 

「あ、あの……一体何が?」

 

「何でもない。今日も欠席者無しだな、では5時限目の授業を始める」

 

 絶対に何か有った!

 生徒は心の叫びは届かない。 

 しかしクオン教官を相手に詳細を聞き出す事は叶わない。

 だから生徒は敢えて彼の傷の存在を無視することを選んだ。

 

「本日はホームルームで通達した通り、3人1組に分かれ部隊を作り模擬戦を行ってもらう!」

 

 7組に別れる人数だ。

 初回の頃とは違って誰も余らない理想の人数。

 

「参考までに部隊はどの様に決めるべきでしょうか?」

 

 エレンの質問にクオン教官が間を空けず答える。

 

「バランス重視が理想だが、敢えてそこを崩す事も構わん。例えば前衛一辺倒、後衛のみの部隊、前衛1人に対し後衛2人、考えられる限りの編成を試すのも良いだろう」

 

 このクラスは後衛を得意する生徒がそこそこ居る。

 両方熟る生徒が数人。

 中には何方とも言えない支援型の生徒も居る。

 エレンはその事を踏まえ、実際に対戦と観戦をしてから対抗戦の陣形を決めようと考えた。

 そんな彼女を他所にクオン教官は1つ付け足す。

 

「対抗戦のルールにも直結するが、指揮官を討ち取った部隊が本日の勝利とする」

 

 考えを纏めていたエレンは、突然の横槍に頭の中が真っ白に染まる。

 今、彼は何と言ったのだろうか?

 冷静に記憶探ると指揮官を倒した部隊が勝利と。

 それをクオン教官は何食わぬ顔で言った。

 

「……えっ」

 

 既に狙いを定める生徒の視線にエレンは冷汗を掻く。

 指揮官とは狙われる立場に有る。

 それは理解していたが、まさかクラスメイトから狙われるとは予想もしていなかった。

 クオン教官はエレンが呆けるのもお構い無しに話を続ける。

 

「指揮官が居ない部隊は相手部隊を全滅に追い込めば勝利となる」

 

 彼の説明に生徒は行動を開始する。

 

「ディアスさん、あたしと組みません?」

 

「ハーバーとフォンゲイルと組む」

 

「……そうですか。それは残念です、レナ、エレン組みましょう」

 

 リンの誘いにエレンは考え込んだ。

 撹乱型のリンとイルソンの能力。

 前衛型のレナと高機動戦闘に防御結界を備えたネメシス。

 そして魔術師のエレン。

 エレナはリンの小さな両手を握り締め。

 

「その誘い受けます! というか非常に助かります!」

 

「部隊戦として戦うには丁度良いわね。私もエレンに参加」

 

 ガイは興味深そうに3人の部隊を見ては、早速デュランとザナルに誘いを掛ける。

 2人は1つ返事で承諾し、早速騎士人形の召喚に移った。

 

「俺は兎も角、フォンゲイルを誘うのは珍しいな」

 

「こいつは部隊戦だ。フォンゲイルの【重力展開】にお前の【超加速】が合わされば面倒臭えだろ」

 

 言われた2人は互いの機体を見合わせ、確かにと頷く。

 ザナルが動きを封じている間にガイとデュランが一撃叩き込む。

 理想的な動きを想像した2人は、逆にどう動けば互いの動きを阻害するのかを考えた。

 そうこうしている間に各部隊が決まり、いよいよ対戦が行われることに。

 

 ▽ ▽ ▽

 

「初戦はフォンゲイル隊とブルーク隊。ゾーピス隊とマーキュリー隊だ!」

 

 互いに距離を取り並ぶ中、ガイは真っ先にジンに警戒を強めた。

 能力が割れている茜の騎士人形ピュリアと浅緋の騎士人形キルセイン。

 ビュリアの制圧力が高い能力【魔弾幕】

 キルセインの部隊戦に於いて厄介な【支援陣】

 2機ともガイにとっては厄介だが何方の能力を、どの能力を自由に使えるバルラが尤も厄介だ。

 オルディスは太刀を抜き霞の構えを取る。

 同時にガイは念話魔術を使用し、

 

『聴こえるか? 先ずはブルークスを引き離す』

 

『おう! あいつはマジで厄介だからなぁ』

 

『重力展開と防御結界を同時に使われては敵わん。君の判断を支持しよう』

 

『2機は頼んだ』

 

 一撃で倒し切れなかった保険としてバルラを引き剥がす。

 そうすれば少なからず、後衛のピュリアとキルセインが倒し易くなる。

 ガイが大筋の作戦を頭の中で展開すると。

 

「互いに用意は良いな? ……はじめ!」

 

 クオン教官の開始の合図に、オルディスが2機のブースターによる加速をかける。

 振り下ろされる太刀にバルラが後方に飛ぶ。

 そのままガイはオルディスを踏み込ませ。

 

「《炎よ刃に宿れ》」

 

 太刀に炎を付与させ、2振り目を放つ。

 バルラが加速をかけ更に後方に退がるが、炎を纏った刃がわずかに腹部を掠める。

 

「いつっ?!」

 

「おまけだ」

 

 オルディスが振り抜く拳。

 ジンは操縦席で見開く。

 圧縮される炎が拳に集う様子を。

 遺跡内部ディアス見せた魔術とは明らかに質が異なる。

 ゆえにジンの直感があの一撃は不味いと告げる。

 彼は自分の直感に従い、能力を発動させる。

 炎の拳が迫る中【防御結界】が拳を阻み、轟音がグラウンドに轟く。

 しかし圧縮された炎が衝撃によって解放され爆発を引き起こす。

 

 轟音と砂塵が舞うグラウンドに、デュランとザナルは冷静にピュリアとキルセインを追い詰める。

 しかし2機も負けじと能力で迎撃に入った。

 ピュリアの周囲にマナの弾丸が雨の様が展開され、更に機体に赤い光が宿る。

 キルセインの【支援陣】による援護。

 それを受けたピュリアはマナ出力を増大させ、マナの弾丸が膨れ上がる。

 

「待て待て! ちょっと待とうかぁ!!」

 

 あんな大量で騎士人形の拳よりも2回り大きい弾幕を喰らっては意識が確実に飛ぶ。

 そんな判断からデュランは2人に待ったをかける。

 

「ハーバーさん。貴方も男なら男らしく散りなさい」

 

「散れとか言った!? 清掃な顔して言うことはえっぐ!」

 

「やっちゃっえマリア、ザナルはこっちが抑えるから」

 

 トリアの声援にピュリアは弾幕を解き放つ。

 殺到する弾幕にゴリアスは全ブースターからマナを噴射させた。

 同時に能力【超加速】を発動させ、弾幕が到達するよりも早く、弾幕を抜け出す。

 同時にピュリアの背後を取りハルバートを振り払う。

 背後から与えられた一撃がマリアに激痛を与える。

 

「きゃああ?!」

 

 重量級のゴリアスから繰り出される一撃をまともに受けたピュリアは、その場で機動停止に陥った。

 

「うぅ〜攻撃増加よりも防御増加にすれば良かった!」

 

 自身の失敗を叫ぶトリアに、ヴォルグが容赦なく槍を振り抜く。

 キルセインは後方に退がり回避を試みる。

 しかしヴォルグは地面を踏み抜く同時にブースターよる加速をかけた。

 迫る槍にトリアが眼を瞑る。

 鈍い金属音、いつまでもやって来ない衝撃に不審を感じた彼女は眼を開く。

 そこには2機の間に割って入り、ヴォルグの槍を弾いたバルラの姿が在った。

 

「大丈夫か!?」

 

「た、助かりました! けどマリアは……」

 

 戦闘不能のピュリアにジンは強く拳を握り締める。

 

 音速で飛来したバルラにザナルは眉を歪めた。

 オルディスがやられた。現状からそう判断すると。

 上空から兜割りの体勢で奇襲をかけるオルディスの姿に、安堵の息が漏れる。

 

「うわっ!? もう追い付いたのか!!」

 

 バルラが強引に体勢を左側に引く。

 重力と加速を合わせた一刀が大地を斬り裂いた。

 

「おら! 逃げんじゃねぇ!!」

 

 大地を斬り裂く太刀筋に4人は冷汗を流す。

 絶対そんな一撃を受けたら死ぬ。

 

「し、死ぬって!」

 

「テメェには防御結界があんだろう」

 

『天使ちゃんも能力をほいほい使われてすげえ怒ってんぜ! ……ホント、ご愁傷様』

 

 袈裟斬りに振り抜かれた太刀をバルラは辛うじて避ける。

 同時にジンは今までの戦闘を思い出す。

 ガイは炎系統の魔術しか使わない。

 それしか使えないのか。疑問が過ぎる中、ジンは1つ賭けに出る。

 

「トリア! 俺に支援と対炎熱術を!」

 

「わ、分かりました!」

 

 キルセインの能力と支援魔術を受けたバルラは、翼を開く。

 騎士剣を構え、オルディスに加速をかける。

 振り抜かれる一撃、炎が来ても魔術が弾く。

 ジンは仲間による安心と連携に勝利を浮かべた。

 オルディスさえ戦闘不能に追い込めば、まだ巻き返せると信じて。

 

 ガイは迫るバルラの動きに合わせた。

 剣が振り抜かれ機体に当たる寸前。

 オルディスはわずかに機体の重心をズラすことで、剣先を避ける。

 その結果、加速で勢いが増したバルラは急停止が効かず、オルディスに背後を取られた。

 まだゴリアスとヴォルグが健在な状況でこの体勢は不味い。

 キルセインが魔術を唱え迎撃に入る。

 しかし2機は既にオルディスの間合い既に手遅れで。

 

 オルディスが回転斬りを放つ。

 しかしまたしても防御結界が刃を阻む。

 だがガイは決して力の一切を緩めない。

 火花が散る中。

 

「うわぁぁ?!」

 

 トリアの悲痛が響く。

 機動停止に追い込まれたキルセインが崩れ、機体の影からザナルが現れる。

 ガイに意識を向けているトリアを、ザナルは不意を突くことで頭数を減らした。

 

「ザナル、お前!」

 

 防御結界を展開しながら叫ぶジンに、ヴォルグが槍を構える。

 

「これは戦いだ。君はそんな事も理解していないのかい?」

 

「そんなことはないけど!」

 

「ブルークスの言い分も分かるけどよ、目の前の相手に集中したら如何だ?」

 

 刃を一度引かせるオルディスの姿が映り込む。

 そしてガイの声が機体から響く、

 

「随分と長く保つようになったじゃねえか」

 

 能力を多発的に使用。

 それでも未だ訪れないマナ切れ。

 あの1機だけで戦局を変えてしまう大打撃になり得る機体性能。

 軍部もテロリストも欲しがる人材だ。

 

『テロリストの本命はコイツか』

 

『バルラは未知の機体だ。狙われて当然』

 

 オルディスの冷静な声にガイはため息を吐く。

 そしてオルディスは霞の構えを取り直し、腰を深く落とす。

 ジンは更に能力を展開することを選択した。

 防御結界を展開しながら使用可能な能力を。

 バルラの周囲に展開される25の弩砲に、ヴォルグとゴリアスが距離を離す。

 バルラの狙いは射程内のオルディスだ。

 弩砲の照準がオルディスを捕らえるよりも早く、オルディスが動く。

 防御結界に守られながら制圧射撃を展開するバルラに、観戦に回っていた生徒は息を呑む。

 複数の能力を同時に展開可能な上に機体スペックも高い。

 対するオルディスは無能力、機体スペックも平均。

 そもそも2機では差が有り過ぎた。

 それでもジンは一度もオルディスに対して有効打どころか、機体に掠りさえしていない。

 単純な操縦士の技量と同調率の違いが戦闘に現れていた。

 観戦する生徒は、そう判断して結果を見守る。

 オルディスは弩砲の死角を見極めながら、決して動きを止めず魔術詠唱に入る。

 

「《炎よ姿を変え、喰らい付け》」

  

 オルディスは25の弩砲が集中する一箇所に、太刀を振り絞る。

 刃に纏わり付く炎の獣にジンは眼を見開く。

 そしてオルディスは振り絞った太刀を、一気に解き放つ。

 放たれた炎の獣が弩砲に飛来し、獣の突進によって弩砲が砕かれる。

 地面に落ちる残骸と消える炎の獣。

 オルディスはバルラに加速をかける。

 バルラの残りのマナではもう能力を展開することは叶わない。

 ジンは防御結界を解除し勝負に出る。

 上品に騎士剣を突くように構えた。

 オルディスの太刀を真正面から受け止める。

 決意を顕にバルラはオルディスが間合いに入る瞬間を見極める。

 

 だが、間合いに入るわずか数ミリのところでオルディスは2機のブースターを最大出力の加速を、断続的に繰り出した。

 凄まじい速度を誇るオルディスに、バルラは咄嗟に突き繰り出す。

 左脚と左肩のスラスターを噴射させることで、オルディスは迫る刃を躱す。

 しかし同時にガイの舌打ちが響く。

 

「チッ! 速度が速すぎた」

 

 オルディスの速度は太刀を抜く暇を与えず、結果バルラを素通り。

 ガイはすぐさま行動に移す。

 加速速度に乗ったオルディスは、ブースターの噴射を止める。

 速度に乗った状態のオルディスはスラスターをわずかに噴射させることで、機体を旋回させた。

 同時に十分な間合いを確保したオルディスが刃を払う。

 バルラの背部に容赦の無い一刀が繰り出され、激痛がジンを襲う。

 叫ぶ気力も無く点滅する視界中、ジンは意識を失う。

 バルラは停止し、クオン教官の声が響き渡る。

 

「勝負あり! 勝者は敗者の機体を安全な場所に退けるように」

 

 初戦を勝利で飾ったフォンゲイル隊は、ブルークス隊を運ぶのだった。

 同時進行で行われていたゾーピス隊とマーキュリー隊の試合は両部隊のマナ切れ。つまり引き分けの結果で終わりを迎えた。

 

 クオン教官は、彼らの戦闘に部隊連携が欠けていると評価を下す。

 とはいえ、試合開始前に念話魔術で事前にどう動くか決めていたのは評価に値すると。

 連携は頭では理解しても状況によって異なる。

 こればかりは経験を地道に積んでいくしかないのだ。

 



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20話 部隊戦の終わり

 次の対戦はエルトラム隊対イルグリム隊。

 両チームの機体が間合いを開け、開始の合図を待つ間。

 兎を彷彿とさせる男子生徒──ハル・エルトナムが念話魔術を使った。

 

『みんな聴こえる?』

 

 念話魔術が成功しているか自信が無い。

 不安が声に現れると真っ先に茶髪の女子生徒アルフィスが反応を示す。

 

『聴こえてる』

 

 彼女に続いて薄紫色で華奢な体付きをした生徒、アルトが返事を返す。

 

『ちゃんと聴こえてるよ』

 

 2人の返答にハルは安堵の息を漏らした。

 と、試合開始まであまり時間が無い。

 ハルはすぐに話しを持ち出す。

 

『……作戦なんだけど、如何攻めようかな?』

 

『こっちの武器は弓矢。魔術も錬金術ともそれ相応に扱えるけれど……この部隊に前衛は居ないよね』

 

 アルフィスの指摘にハルは苦笑を浮かべる。

 確かに自分は錬金術師で近接戦闘には向かない。

 そしてアルトも魔術師で武器は槌矛だ。

 

『魔術で一応剣を形作ることはできますが、援護はお任せてしも?』

 

 アルトの提案にハルとアルフィスが考え込む。

 実のところアルトは華奢に似合わず脳筋だ。

 扱う魔術も火力が高いものばかりで、前衛を任せるなら彼しか居ない。

 2人は同じ結論を導き出し、

 

『じゃあ援護は任せて。どんな距離からでも射抜いて見せるわ』

 

『それじゃあ錬金術で徹底的に妨害しますね』

 

 錬金術を使用するには素材と錬成陣にマナが必要だ。

 だからハルは武器を持たない。

 自前で用意した素材と大地に転がる小石から砂までが錬金術にとっての武器だからだ。

 如何攻めるかは決まったが、誰から落とすか話し合うよりも早く。

 

「両者、共に準備は良いな? ……始め!」

 

 クオン教官の開始の合図が齎された。

 桜の騎士人形リーチェが後方に退がり、わずかに遅れて紫炎の騎士人形ヴォイドが退がる。

 弓矢を構えるリーチェ。

 アルフィスは目の前の光景に息を呑む。

 目前に刀を振り下ろす鉄紺の騎士人形ミストラルの姿が在ったからだ。

 迫る刃にリーチェは弓の玄で受け止めようと試みる。

 瞬間、地面が光り鋼の壁がミストラルの刀を弾く。

 

「錬成、速い!」

 

 驚くシズナの声を他所に、灰の騎士人形ギルガリムが唱えた魔術が鋼の壁を砕く。

 

「突っ込むのが早いよぉ〜」

 

 甘えるような声が特徴的なリリィに、シズナは詫びる。

 

「すまぬ」

 

 束の間、橙の騎士人形シリアが雷を纏った槌矛をミストラルに横払う。

 ミストラルはシリアの動き合わせ槌矛を避けた。

 同時に刀の柄でシリアの腹部を突く。

 腹に伝わる衝撃にアルトは眉を歪め、シリアが槌矛を薙ぎ払う。

 

 ミストラルは後方に距離を取ることで槌矛を避ける。

 同時に着地する瞬間、地面が脈動を起こす。

 揺れる地面に脚を取られたミストラルに、リーチェが放った矢が飛来する。

 飛来する矢を深緋の騎士人形エンリョウが横合いから殴り落とした。

 離れた地点から弓矢を構えるリーチェに、ギルガリムが魔術を唱える。

 

「《揺蕩う風は時として全てを吹き飛ばさん》」

 

 しかしそれよりも早く、シリアが雷を纏った槌矛を地面に突き刺す。

 雷撃が地面を走り、ギルガリムを穿つ。

 リリィの声にならない悲鳴がグラウンドに轟く。

 それでもギルガリムが動く。

 強風がリーチェを巻き込む。

 

「くぅぅ!!」

 

 強風に囚われ、揺さぶられる機体の中でアルフィスが堪える。

 妨害系統の魔術、そしてそこにエンリョウが加速する。

 正拳突きを構えるエンリョウにアルフィスは焦る。

 リーチェのブースターを噴射させるが、機体を流してしまう風によって姿勢制御も儘ならない。

 

「コイツで1機め!」

 

 赤髪のリョウが叫ぶ。

 しかしエンリョウの正拳突きは鋼の壁に阻まれてしまう。

 

「もうここは僕の領域だ」

 

 ハルの声にシズナは気が付く。

 第3グラウンドに広がる錬成陣に。

 そして地面に不規則に撒き散らされた宝石、炎が封じ込められた瓶。

 そしてマナ鉱石がバラ撒かれていた。

 

「ありゃ? いつの間に」

 

 リリィはグラウンド全土に広がった錬金術を訝しむ。

 魔術師として戦場全体を見渡していた。

 そしてヴォイドが素材を振り撒く様子は確認していたが、錬成陣を構築している様子が無かった。

 ではいつの間に?

 リリィが目を離したのは、電撃を襲われた時だ。

 

「これより錬成を開始します。かなり痛いので頑張って逃げてください」

 

 そんな警告を発するハルに、シズナ達は訝しむ。

 すると錬成陣が光り、グラウンドの至るところに大砲が生成される。

 古来から攻城兵器として活躍する大砲。

 爆発を利用して鉄球を撃ち出す兵器だが、ハルはそんな魔術は使えない。

 クラスメイトのことを理解している上で、シズナ達は更に警戒を強めた。

 するとシリアが槌矛に炎を纏わせ、大砲の側に降り立つ。

 そしてシリアは大砲に向けて槌矛を思いっ切り振り抜く。

 炎にやって破壊力が増した槌矛が、大砲に込められたマナ鉱石の鉄球を放った。

 

 グラウンドに轟く衝撃と爆音。

 そしてリョウが叫ぶ。

 

「結局力技かよ!! 大砲の意味は?!」

 

 リョウの叫びも虚しくシリアは次の大砲に向けて移動を開始。

 エンリョウはシリアを止めるべく加速する。

 だが、矢がエンリョウの頭部を穿つ。

 頭を射抜かれた想像も付かない痛み。それはリョウの意識を刈り取るには充分すぎる一撃だった。

 シズナとリリィは操縦席の中で冷や汗を流す。

 

 シリアを放置すれば大砲が、止めに動けば矢が射抜く。

 かと言ってリーチェに向かえばヴォイドに妨害される。

 

「リリィ、他に魔術は?」

 

「全部吹き飛ばせる魔術は使えないかなぁ〜」

 

「仕方ない、一か八かだ」

 

 ミストラルは刀を構えたまま、能力を発動する。

 グラウンドに突如として漂う霧。

 霧は次第に濃霧となりグラウンドを飲み込んだ。

 濃霧以外に何も見えない視界にアルフィスが舌打ちする。

 これでは魔術どころか矢による狙撃も、錬成による援護もできない。

 リーチェが周囲を警戒していると、濃霧の中からミストラルが飛び出す。

 気が付いた時には刀がリーチェを斬り伏せ、アルフィスは意識を失った。

 

 残り2機、ミストラルは続いて背後からシリアを強襲。

 気付かれる前に斬り伏せると同時に能力が解除される。

 

 ハルは目を疑った。

 濃霧が発生したわずか20秒の間に、リーチェとシリアが行動不能に追い込まれていた。

 同時にミストラルは濃霧の中でこちらを見失わないことに舌打ちする。

 

「かなり強力な能力ですね」

 

「デメリットの方が大きい」

 

 味方も巻き込む使い所の難しい能力。

 そうハルは結論付け、錬成を行う。

 大地に炎を加え鋼の壁を作ったように、今度は地面を槍に作り替える。

 頭の中で固めたイメージ通りにハルは錬成する。

 グラウンドに突如として生える槍に、ミストラルとギルガリムは飛翔することで難を逃れた。

 そしてギルガリムは魔術で杖の先端に火球を作り出す。

 ヴォイドの頭上に落とされた火球が火柱を作り、機体を飲み込む。

 ハルを炎に体が焼かれる痛みが全身を襲う。

 炎に焼かれる幻覚と現実の痛み。

 決して外傷は負わないが、意識を刈り取るには十分な威力だった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 勝利を飾ったイルグリム隊だ。

 ヴォイド達を運び終えたミストラルとギルガリムはグラウンドに眼を向ける。

 今まさに最後の試合が行われようとしていた。

 

 両機が間合いを取り、クオン教官の開始の合図が放たれる。

 同時に動いたのはオルディスとイルソンだった。

 オルディスがネビルに向けて加速する中、イルソンが横合いから手裏剣を投擲。

 オルディスは太刀で払い落とし、その隙にイルソンの幻想の刃が飛ぶ。

 

「弾くことも無駄となれば!」

 

 ヴォルグは重力展開を使い幻想の刃を地面に拘束した。

 空間から手裏剣を取り出し、投擲を続けるイルソンに対して、ゴリアスが空から奇襲を仕掛ける。

 槍斧の矛を真下に突き出すゴリアス、そこにイルソンの次の魔術が飛ぶ。

 水流がゴリアスを押し流し、ネメシスがヴォルグに斬り掛かる。

 

 ガイは戦場の様子に面倒臭そうに舌打ちを鳴らす。

 厄介な能力を保有する3機。

 特にリンはガイをひたすら妨害していた。

 太刀で弾くことを止めれば手裏剣が、オルディスの関節部に突き刺さる。

 機体の関節部を損傷しては戦闘に支障を齎す。

 

「面倒臭ぇ」

 

 オルディスは太刀に炎を纏わせ、イルソンの投擲間隔の隙を突く。

 地面に炎の太刀を叩き向け、広がる炎がイルソンの視界を遮る。

 その間にオルディスはネビルに向けて飛ぶ。

 【弩砲展開】を警戒しながら、オルディスは斬撃を繰り出す。

 

「っ!! 流石に警戒してますか!」

 

 ネビルは距離を取りながら、オルディスに風の魔術を唱える。

 同時にイルソンに迫るゴリアスに炎の魔術を、ネメシスを止めているヴォルグに雷の魔術が襲う。

 オルディスは風の魔術を太刀で斬り払うことで防ぐ。

 しかし背後から飛来した鎖がオルディスの腹部に巻き付く。

 加速を掛けようにも引っ張られる様子に、ガイはリンに声を掛ける。

 

「ナギサキ、離すなよ」

 

「……ぜ、絶対に離しませんよ」

 

 忍びとして主人の言葉にリンはつい応じてしまう。

 そんな彼女の声にガイは鋭く悪い顔を浮かべた。

 

『相棒が悪人ヅラになったなぁ!』

 

 オルディスの茶々を入れる事にガイは笑う。

 そしてオルディスは左手で鎖を掴み、その場で遠心力を加え始めた。

 抑えていた筈のイルソンは逆に引っ張られ、振り回される。

 

「うわぁぁ!! め、目がぁぁ!!」

 

 鎖を手放そうとすればガイは間違いなく、ネビルかネメシスに激突させるように動く。

 そうさせないためにもリンはイルソンのブースターを噴射させる事で回転を止める。

 しかしその間にオルディスは巻き付いていた鎖を外すが、ネビルは離脱しネメシスの隣に降り立つ。

 

「チッ、邪魔臭え」

 

「じゃ!? 幾らディアスさんでも許しませんよ!」

 

 イルソンが加速し、オルディスに小太刀を振り抜く。

 太刀で刃を弾く。

 弾かれなおイルソンは小太刀を繰り出す。

 その度にオルディスは弾く。

 剣戟の応酬で火花が散る中。

 ゴリアスが背後からイルソンに狙いを定めると。

 

「ぐうわぁぁ!!」

 

 ザナルの悲鳴が響き渡った。

 一瞬、目を向ければ騎士剣で斬られたヴォルグの姿が映り込んだ。

 ネメシスの操縦士レナが武術で一枚上手だった。

 そしてヴォルグの戦闘不能はオルディスとゴリアスに劣勢を齎す。

 抑える者が居なくなったネメシスがオルディスに向かう。

 

『蒼はこっちがやるわ!!』

 

 殺意を感じさせる女性の声に、オルディスは小さな悲鳴を漏らす。

 

「ガイ! ネメシスがごめんね!」

 

「ちょっとレナ、ガイはあたしに任せてくれるって話しじゃないですか」

 

「私もデュランの方に行きたいんだけど、ネメシスがね」

 

『積年の恨み! 覚悟しろ!!』

 

 オルディスに対する凄まじい殺意を滲ませるネメシスの声に、リンは何も言えなかった。

 同時にガイは冷汗を流す。

 

『お前、どれだけ怨みを買った?』

 

『む、昔の話だって!』

 

 それが遺憾となり現代でも向けられている。

 ガイはその事に深いため息を吐く。

 振り払われる騎士剣をオルディスが避け、横合いから迫る小太刀を避ける。

 そんな光景にデュランは焦る。

 

「クソ! ディアスの援護に向かいたいが、ネビルを倒した方が速いか!!」

 

 ネビルの幻想の刃に重量級のゴリアスは苦戦を強いられていた。

 槍斧を回転させ、払うように振ります。

 それでも踊る幻想の刃は、デュランにとっても非常に厄介な魔術だった。

 魔術を操作しながら弩砲の展開を始めるネビル。

 デュランは操縦席の中で深く息を吸い込む。

 敵の攻撃をタイミングよく避ける。

 第1試合でガイが見せた動きにデュランは賭けに出る。

 

 幻想の刃と弩砲が同時に射出され、ゴリアスに迫る。

 その瞬間、ゴリアスは音を置き去りにネビルの背後に周り込む。

 躱され、地面に直撃にする弩砲と幻想の刃。

 そしてゴリアスは槍斧を振り上げ、腕の動きが止まった。

 

「なっ?!」

 

 蔓がゴリアスの両腕に巻き付き、その腕を取り押さえていた。

 ブースターによる加速で離脱を試みるが、それよりも速く蔓がゴリアスの全身に巻き付く。

 

「魔術師の背後を取れば楽勝でも思いました? 貴方は奇襲に繰り返し過ぎましたね」

 

 ゴリアスに弩砲が振り向く。

 そして弩砲の集中砲火がゴリアスを襲った。

 

「ハーバーが堕ちたか」

 

 ガイは冷静に状況を分析し、如何に3機を倒すか思考を重ねる。

 そして答えを導き出す。

 オルディスは太刀に燃え盛る業火を付与させ、腰を軸に刃を振り払う。

 ネメシスの防御結界によって防がれ、リンが背後から小太刀を向ける。

 なおも業火を纏った刀身が防御結界に食らい付く。

 防御結界を展開中のネメシスから攻勢に出ることは叶わない。

 しかしオルディスの背後はイルソンが取り、ネビルが既に詰めの一手を打とうと魔術を唱えている。

 そして一向に諦める様子を見せないオルディスに、イルソンが小太刀を振りかざす。

 

 その瞬間、オルディスは太刀を手放した。

 すかさず振り下ろされた小太刀の刃を避け、イルソンを殴り飛ばした。

 

「ぐっ!? お、女の子を殴るとか……」

 

「バーカ、機体越しなら殴った内に入らねえよ」

 

 同時にネメシスの防御結界が消失する。

 オルディスは加速をかけると同時に太刀を拾い、ネビルに向かう。

 直進するオルディスに対してネビルは飛翔する。

 ガイはその瞬間を見逃さず、オルディスが地面を蹴る。

 同時に2機のブースターが大出力のマナを噴射する。

 ネビルが杖をかざして魔術を繰り出すが、それよも早くオルディスが太刀を振り抜く。

 機体がすれ違う一瞬、斬られたネビルが地面に落下した。

 

「リン、もう防御結界は展開できないわよ」

 

「ここは同時に攻めましょう」

 

 エレンの戦闘不能を受けて、ネメシスとイルソンは動き出す。

 しかし2人は一つ失念していた。

 

「指揮官の戦闘不能を確認! よってフォンゲイル隊の勝利とする!」

 

 クオン教官の勝利宣言に2人はやっと思い出す。

 指揮官を討ち取った部隊が本日の勝利とすると。

 

「「あっ」」

 

 そして思い出す。

 ガイが必要以上にネビルに向かっていたことを。

 あれは早期に決着を付けるための行動だったのだと。

 行き場を失った闘志にレナは深いため息を吐く。

 最後の最後で諦めなかったガイに逆転され、敗北を喫した。

 

「ガイ、次は負けないからね」

 

「次も勝ってやる」

 

 とは言ったもののまともに3機と戦闘していれば、負けていたのはガイだ。

 ガイはオルディスの中で息を吐く。

 

 こうして授業は終わりを告げ、ガイはさっさとアルバイトに向かうのだった。

 

 



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21話 自室と顛末

 バイトを終え、夕食を済ませたガイが自室に戻ると。

 

「なあガイ。今日ミコトに会わなかったか?」

 

 知っている名前だが、顔も知らない女子生徒。

 同室のグレイの質問にガイは答えた。

 

「誰だ? そいつは」

 

「Aクラスの可愛くて有名な女子だよ」

 

 本当に会わなかったのか?

 視線で訴えるグレイに肩を竦める。

 

「接触が有ったなら記憶にも残る。ソイツが出会った人の記憶に残らない呪いに掛かっていない限りな」

 

 古来存在する忘却の呪い。

 存在する者を存在しない者として扱い、誰からも認識されず人知れず朽ち果てる。

 そこに存在した痕跡と記録は残るが、人の記憶には残らない恐ろしい呪いだ。

  

「そんな恐ろしい呪い、当の昔に廃れただろ。第一禁術扱いだろ」

 

「好奇心から禁を犯す連中は居るだろ」

 

「まあ、確かにな」

 

 同意を示すグレイに、ガイは質問する。

 

「それで? 何か用でも有ったのか」

 

「あー、5時限目の休み時間にガイに会いに行くって飛び出したんだよ。それで暫くしたら凄え落ち込んで帰って来てよ」

 

 そういえばガイは廊下の角で誰かとぶつかりそうになった事を思い出す。

 しかしガイの身長からその人物の頭頂部が視界に映り込んだだけで、顔までは見る事は出来なかった。

 その件とは関係が無いと彼は結論付ける。

 

「出会ってもねえな。第一このタイミングで接触を謀るってことは対抗戦に向けてだろ?」

 

「正直に白状すればな。ミコトもクラスのために何かしたいって考えだったんだけどよ」

 

 告白するグレイにガイは、太刀を壁に掛け椅子に座り耳を傾ける。

 

「それが何で『ディアスさんに告白して来ます!』になるんだか」

 

 間の悪い告白。

 それは自分はあなたを籠絡しますと自ら語っているのと同じ事だった。

 この時期の他クラスの女子生徒からの告白は誰でも疑う。

 当然ガイもその内の1人だ。

 

「それでそんな質問を?」

 

「いや、意気揚々と飛び出したミコトが、予鈴と同時に泣きそうな顔で帰って来たからよ」

 

 グレイの話しにガイは思考を巡らせる。

 彼の口振りからミコトは、男子の間でも人気の高い女子生徒なのだと理解が及ぶ。

 そこでミコトが落ち込み、泣きそうな顔でAクラスに戻った。

 その間、廊下ですれ違った男子生徒はどう考えるのか。

 結論は至って単純だ。誰かがミコトを泣かせた。

 対抗戦に対する事情もお構い無しに。

 そこまで考えたガイは面倒臭そうに顔を顰める。

 

「一応聞くがミコトってのはどんな印象だ?」

 

「印象? 小柄でかわいい。あと小動物って感じがしてつい守ってやりたくなるそんな子だな」

 

「それが俺に会いに行った結果、泣き顔で帰って来た」

 

 確認するように訊ねるガイに、グレイは察した。

 そして親指を立て笑みを浮かべる。

 

「……あー、どんまい!」

 

 ガイはミコトに関して警戒を強めた。

 仮に告白が成功すれば、彼女は凡ゆる手を使って情報を聴き出す。

 そして告白が失敗すればそれはある意味で成功だ。

 彼女が男の庇護欲を掻き立てる人物なら、部外者は此れぞとばかりに騒ぎ立てる。

 まだ寮内で騒ぎが起こらないのも、対して情報が出回っていないからだ。

 それさえも時間の問題となる。

 

「策士か?」

 

「いや、たぶん天然だろ」

 

「これもAクラスの策略の一つか」

 

「おいおい、俺達の策略なら同室の俺も巻き込まれるって」

 

 グレイの言葉の全ては鵜呑みにできない。

 対抗戦に対する諜報戦は既に始まっているからだ。

 しかしガイは既にミコトに対する防御も導き出していた。

 ガイとミコトは接触していない。

 それを証拠付ける根拠と証言が有るからだ。

 そもそもガイは何故ミコトが泣き顔で教室に戻ったのか、その理由を知らない。

 その件はクラスの誰かに聴けば分かることと結論付け、鞄から教科書とノートを取り出す。

 

「おっ? 中間テストの勉強か」

 

「ああ、中間テストでも舐められんのは癪だからな」

 

 スラム街出身者は教養が無いと見られる。

 実際に幼年学校に通うだけの学費を工面できないからだ。

 しかし教育は劣るが、教会が恵まれない子供達に対して開く日曜学校が有る。

 そこで無料で受けられる授業が有るだけで、ガイが知識を得るには十分だった。

 それに自分は操縦士だ。いずれ学院に入学することになると分かっていたこそ、ガイは幼少期から備えていた。

 知識も教養も無いのでは学院から見限られと考えたからだ。

 実際にスラム街から操縦士になったのはガイ1人だけで、過去に遡れば少数ながら名を知ることができた。

 スラム街出身の操縦士は最前線で全員戦死していると記録も。

 同時に汚名を着せられ帝国に売り渡された操縦士も居るとクオン教官から忠告を受けていた。

 

 ガイにとって中間テストも卒業後の立場を固める土台、その基礎部分に当たる材料の一つでしかない。

 



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22話 放課後の勉強会

 髭を細長く伸ばした狐顔の男性教官──アルトハイム教官が黒板に、グランツ王国内で起こった歴史を書き足す。

 

「イストラル期0087年、グランツ王国は初代バルムンク王の手によって建国開始。当時は周囲諸侯との騎士人形戦が尤も活発であり……」

 

 アルトハイム教官の丁寧な説明にノートに書き足す生徒、心地良い声に惰眠を貪る者。

 これはテストに向けて復習を兼ねた授業だった。 

 ガイはノートにペンを走らせながら、それ以前の歴史に興味を向ける。

 イストラル期以前の古代文明は謎に満ちていた。

 世界各国に点在する古代遺跡、天空城、古代文明を解明した者は未だ誰もいない。

 唯一核心に迫ったというクローズ教授が17年前に謎の失踪。

 彼の愛弟子達も謎の死を遂げているという。

 

 ガイはぼんやりと図書館で調べた事件に付いて思い浮かべると。

 終鈴が鳴り響きアルトハイム教官が教科書を閉じる。

 

「これで本日の授業は終わりである。本日から1週間はテスト勉強強化期間、課題も出すゆえ励むように」

 

 最後に1週間分の課題を生徒達に配り、彼は教室から退室していく。

 

 時間がゆっくりと流れ、放課後を迎えた頃。

 各教科から出された課題が鞄を圧迫する。

 ガイは面倒臭そうに顔を顰めると。

 

「ディアスさんもバイト休みですよね?」

 

 もう当然の如くこちらの予定を把握しているリンに、ガイは振り返る。

 そこには既にお馴染の顔触れが揃い踏み。

 

「休みだが、面倒事じゃないだろな?」

 

 ミコトの件からここ数日の間、ガイは落ち着ける時間を過ごせなかった。

 非常に嫌そうな顔を浮かべるガイにレナが苦笑を向ける。

 

「ミコトの件は私達がちゃんと証言したからその内鎮まると思うわ」

 

「ディアスも災難だよなあ。でもエイブルも天然ってのが末恐ろしいわあ」

 

「その件はもう良いだろう。ミコトも謝ったんだしさ」

 

 今朝ガイはグレイ経由でミコトに呼び出され謝罪を受けた。

 諜報活動と間の悪さから正直た不幸な事故。

 ガイはそう結論付け、彼女の謝罪を素直に受け止めた。

 

「まあ、あたしが不必要に威圧したのも原因ですけど。ディアスさんからミコトはどうでした?」

 

 確かに庇護欲を掻き立てる性格をしていたと思う。

 それでもガイにはミコトの魅力が何一つ理解できなかった。

 

「何も」

 

 彼女に対して感じた事を素直に答えると。

 

「そうですか」

 

 リンは頬を綻ばせながら少しだけ笑った。

 最近のコイツはよく笑う。

 それが今のガイがリンに対して抱く印象だ。

 

「ねえ、カフェ・エンジェルスで勉強するって話だよね? ガイも一緒にどう?」

 

 マスターの淹れるコーヒーを一杯飲みながら勉強。

 それは非常に悪くない。

 寧ろ静かな時間が送れるとガイは考えた。

 

「構わねえよ。丁度給料も入ったばかりだからな」

 

 放課後の予定が決まったガイ達は早速、カフェ・エンジェルスに足を運んだ。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 カフェ・エンジェルスで4人席を確保したガイ達は、早速それぞれコーヒーを注文し、ノートと課題を広げた。

 

「なんで操縦科の課題が1番多いんだよ」

 

 項垂れるジンに、ガイは理解している範囲から解答欄を埋め始める。

 

「確認問題が殆どだ。有り難えだろ」

 

「本当に有り難えけども! 騎士人形の人格に対する感想を書け……詰みじゃん!!」

 

「ブルークスさん、他の生徒にも迷惑ですからお静かに」

 

 頭を抱えるジンを見兼ねたガイは。

 

「人格に対する感想だ。テメェが思った事を書けば良いんだよ。例えばいつまでも心を開かない照れ屋だとかな」

 

「な、なるほど」

 

 理解したのかジンは、騎士人形の人格に対する感想を書き出して行く。

 ガイは次の問題文で一瞬ペンを止めた。

 騎士人形の能力に対する戦術理論と対抗策を書け。

 流石は軍部の人間。

 ガイは少しだけ頭を悩ませながら、自分が見て実際に対応した能力、それらの有効活用から部隊戦を想定した戦術を書き始める。

 

「レナ、自機の機体はどの部類に入るのかという問題なのですが、これは後継機型などですかね?」

 

「そこは、結構最初の頃に触れた軽量型〜重量型のことじゃないかしら? ほら問題文に機体重量が何トン以下でこの分類って注釈がされてるでしょ」

 

「あっ本当ですね。ではあたしの機体は軽量型っと」

 

 個々で異なる騎士人形に対する解答は、模範解答が存在せず自分で考え正解を導き出す他にない。

 当然背部のブースター構造が全く異なる機体も存在するため、機体の特徴を抑えなければ点数が取れない。

 

「あっ。ブースターの出力に関する問題だけど、ネメシスは翼でマナを噴射してる訳じゃないのよね」

 

 ネメシスはブースターの代わりに翼が装備されている。

 推進力となるマナを翼が羽ばたく同時に放出。

 翼の後ろに圧縮された空気が風を引き起こし、機体を押し出すイメージだった。

 ペンの先を顎に当て悩んだレナは、ガイに視線を向ける。

 既に解答欄の半分が埋まった課題に、レナは彼に質問することに決めた。

 

「ねえガイ。自機のブースター搭載機における機動可能マナ出力は何パーセント平均か答えよって問題なんだけど」

 

 ガイは問題文を見て、

 

「そいつは機体の総体重量、核に蓄積されたマナ量から逆算すんだよ。そうすりゃあ機動可能に必要な平均マナ出力が割り出される」

 

「そっか。例えネメシスにブースターが無くてもそれなら割り出せるわね」

 

 レナはすぐに計算に取り掛かり、解答欄に答えを書き出す。

 操縦科のテストは自分の騎士人形に対してどれだけ理解しているのかを問われる。

 

「うっし終わり!」

 

 意外にも静かに黙々と解いていたデュランに、レナとリンが意外そうに驚く。

 

「意外と速いわね」

 

「えっ? ハーバーさんは勉強できたんですか」

 

「君達、失礼じゃないかね? とは言っても騎士人形の事は操縦士に選ばれてからずっと興味を抱いてからなあ。だから勉強に意欲的なんだ」

 

 次に解き終えたガイは、早速次の課題に取り掛かる。

 そんな彼の様子を見て、リンはコーヒーにひと口付けた。

 

「ディアスさんは判らない所って有るんです?」

 

「歴史の話になるが、クローズ教授の失踪理由だな」

 

「あーなるほど……って、それテストも何も関係無いですよ!?」

 

「だからガイは歴史の授業が上の空だったのね」

 

 ガイはコーヒーにひと口付け、コクのある味を舌で感じながら頷く。

 

「ディアスの気持ちはよく分かるけどよ、今は課題に集中しような」

 

「仕方ない、今度アトラスとじっくり語り合うか」

 

「えへへ、誘ってくれてありがとう」

 

 互いの趣味の付き合い。

 リンはそう理解しながらも釈然としない感情に囚われ、マスターに声を掛ける。 

 

「すみませんマスター! こっちに特製パフェを!」

 

「承った」

 

 マスターは短く答えると厨房に引っ込んで行った。

 パフェでも食べて気分を一旦変えよう。

 リンはそう考え課題に集中した。

 

「ここのデザートは全部マスターが?」

 

 ジンの疑問にレナはペンを走らせながら相槌を打つ。

 

「ええ、絶品よ」

 

 全員が課題に集中する中、ジンはバルラについて頭を悩ませる。

 念話魔術で会話を試みよとするが、返ってバルラと思われる呻り声。

 それは何処か赤子のような声でジンはまだまだ意思疎通には時間が掛かりそうだと1人肩を落とす。

 出来れば相談したかったが、ガイもみんな課題に集中していて大変そうだ。

 ジンの遠慮に、ガイは気が付きながらも敢えて何も聴かずにいた。

 

 静かな店構えマスターの淹れたコーヒー。

 落ち着ける場所での勉強は捗りを見せ、出された課題の殆どを終わらせるに至る。

 なお特製パフェはマスターが気を利かせたのか、4人前の大きさで運ばれるのだった。

 思い掛け無い伏兵にガイ達は苦戦を強いられながらも何とか完食するに至る。

 

「しばらく……パフェは沢山ね」

 

「ご、誤算でした。マスターが気前良すぎるなんて」

 

 とは言っても使った脳に糖分を送るには充分な量で、解散後の勉強も捗ると一同は考えのだった。

 



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23話 未来の不穏

 中間テストがいよいよ明日に控える中。

 クオン教官とエレナ教官は理事長室に呼び出されていた。

 ゼオンは2人に茶を出すと。

 

「その後テロに関する動きだが、西のアルダイム都市に潜伏しているとの情報が入った」

 

 ソファに座る2人に話を切り出す。

 

「このまま叩きに?」

 

 テロリストを野放しにして置く理由は無いが、まだそれが陽動の可能性が有るのも事実。

 

「前回のように陽動の可能性が高い。引き続き教官陣にはこの場で警戒して貰うことになるだろう」

 

 生徒と市民の安全が何よりの最優先事項だ。

 その事はこの場の誰もが理解していた。

 しかしエレナ教官は1つ切り出す。

 

「理事長、テロリストが次にどう動くかは?」

 

「残念だが連中に作戦と呼べる物は存在せん。連中にとってアドリブが作戦なのかもしれんな」

 

 存在しない作戦。

 どう動くか予想も推測もできないが、敵の穴を突くことは可能だ。

 しかしアドリブともなれば、その場凌ぎの対応で済まされてしまう。

 そもそも軍が敵を叩く際、相手がどう動くのか情報を入手しそれに応じて作戦を立案する。

 軍部にとって【解放者(リベルタ)】は厄介な敵なのもかしれない。

 クオン教官とエレナ教官が思考を巡らせると、ゼオンが思い出し様に呻る。

 

「ああそうだ。対抗戦にリリナ姫が観戦なさる」

 

 お姫様が兵器を使った試合の観戦。

 世間の評判もそうだが、テロ事件があったばかり。

 耳を疑いたくなる連絡事項にクオン教官は思わず聞き返した。

 

「それは本当なんですか?」

 

「あくまでもお忍び。生徒の試合を観戦するのは、偶然興味を示し立ち寄った高貴な御客人としてな」

 

 高貴どころの話ではない。

 クオン教官はそんな言葉をグッと呑み込んで、痛む額を抑えた。

 

「クオン君、仕方ないけど姫様のためよ」

 

「理解はしているが危険過ぎる」

 

 まだテロリストが壊滅した訳ではない。

 対抗戦中にテロリストが乱入するとも限らず、彼女の身に何か有ればそれこそ操縦士は後ろ盾を喪う。

 

「君の心配事も充分理解している。しかし姫様は生徒に寄り添いたい、自国の問題を早期に解決するための決断を成された」

 

「国王が黙って無いと思いますが」

 

「心配には及ばんよ。ヘクトリア王は対抗戦の前日から1週間ほどヤマト連合国で会議だ」

 

 国王不在の機会を狙ってリリナ姫が動いた。

 内政官や大臣が居るため問題も無ければ心配もない。

 唯一気掛かりなのはヘクトリア王の護衛だ。

 

「今回は誰が護衛に? 近衛兵から選ばれるとは思うが」

 

 クオン教官の質問にゼオンはわざとらしく肩を竦め。

 

「今回はヤマトの将軍も護衛に着くが彼は操縦士だ。であれば私が選ばれるのも必然と言えるだろう」

 

「選ばれちゃったんですね」

 

 エレナ教官は同情心をゼオンに向け、深いため息を吐く。

 ヘクトリア王の見栄に付き合わされる彼も大変だ、と。

 

「私の件はまだ良い……問題は秋の外交だ。今年はリリナ姫がデュネス帝国主催の通商会議に向かうことになっている」

 

 軍部の精鋭操縦士が護衛に着く。

 それだけならゼオンが頭を悩ませる様子を見せない。

 クオン教官は王立政府と何か有ったのだと悟り。

 

「まさか今年は軍部から人員を動かすなと?」

 

「あぁ秋の護衛にガイ・ディアスが選ばれることが決まった」

 

 予想外の名にクオン教官は眼を見開く。

 エレナ教官は赤茶髪で髪をラフに纏めたガイの顔を浮かべ、クオン教官に振り向いた。

 

「ディアスって……クオン君の生徒よね」

 

「ああ、政府は彼を指名した」

 

「バカな! ディアスはまだ1年生で姫様の護衛など」

 

 早過ぎる。

 それ以前にガイの性格上、王族の護衛を引き受けたがらない。

 しかし政府の命令となれば操縦士は逆らうことができない。

 

「……王と政府の考えはこうだ。姫様の身は何が有っても守り、身の安全の保証を得なければならない。そこで政府はこう考えたのだ、都合の良い捨て駒が必要だと」

 

 クオン教官は拳を強く握り締めた。

 滲む血が理事長室の床に垂れようがお構い無しに、怒りを露にする。

 

「捨て駒? わたしの生徒を捨て駒扱いする気か! この国は!」

 

「少佐の怒りも理解できる。そこで秋の護衛に少佐をどうにか挟み込むことはできた」

 

「クオン君は閣下と並ぶ英雄ですからね。バカな政府も下手な行動には出られないと」

 

 クオン教官は英雄という呼ばれ眉を寄せた。

 

「その呼ばれ方は嫌いだ。しかし、ディアスの安全もわたし次第ということか」

 

「姫様もディアス君、そして少佐が無事に帰還出来るのであれば、戦争の火種にならない程度ならば手段を問わない」

 

 クオン教官は安全策を考えた。

 秋の護衛に必要な人材、影から守護できる人物を。

 この国で思い当たる人物は幸いにも1人だけ。

 しかし彼女も自分の生徒だ。

 

「理事長、リン・ナギサキも護衛に組み込むことは可能ですか?」

 

 クオン教官の姪の名にゼオンはしばし考え、結論を出す。

 

「まだ可能だとも。では早速私は政府の下に向かうとしよう」

 

「理事長の留守は私達にお任せください」

 

 エレナ教官の見送りの言葉にゼオンは神妙に頷き、王都に飛び立つことに。

 理事長室に残された2人は息を吐く。

 クオン教官は怒る気持ちを抑えながら、冷静に気持ちを切り替えた。

 そんな彼にエレナ教官が。

 

「クオン君、頬の傷消えたわね」

 

 彼女の指摘にクオン教官は眉を歪める。

 怪我の原因はリンドウ教官との鍛錬だった。

 お互い熱が入り過ぎた結果、互いに傷を付け合うことに。

 

「……彼女と鍛錬するとどうも熱が入る」

 

「だからって怪我はしないように。あんまり無茶な事すると薬を錬成してあげないわよ」

 

「それはリンドウ教官にも言ってくれ」

 

「ふふん、大丈夫よ。リンドウ教官は……こってり絞ったから」

 

 微笑むエレナ教官に、クオン教官の肩が震えた。

 お淑やかに見えて一度怒り出すと彼女を止められる者はいない。

 それが英雄と呼ばれ他国に恐れられたゼオンであろうとも。

 

「……気を付けるようわたしの方でも注意しよう」

 

「そうしてちょうだい。それにしても明日のテストが楽しみねぇ」

 

「中間テストだが?」

 

「結果次第では期末試験を難しくできるもの」

 

「カリキュラムの範囲内で程々にな」

 

 エレナ教官はやんわりと微笑んだ。

 こうなった彼女は何を言っても無駄。

 長い付き合いになるクオン教官はその事を理解しているため何も言わず、理事長室から退室するのだった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 同時刻、ラピスの古代遺跡内部。

 かつて偽装による立入禁止にされた遺跡調査を正当化するため、ガイ達を臨時の助手にした考古学者は。

 遺跡の下層部まで降り進んでいた。

 降りれば降りるほどマナが無くなる様子に彼は訝しんだ。

 

「遺跡の下層部ではマナが無くなる。何故龍脈を流れるマナが感じられ無くなるのか?」

 

 何処の古代遺跡もそうだった。

 遺跡下層部はマナが無くなる不自然な現象。

 誰も解明に至らない。あのクローズ教授ですらそうだった。

 考古学者は薄暗い通路を慎重に進む。

 やがて聴こえる風の音、そこにわずかに紛れ込む様な獣の呻り声。

 

「……この音。音の方向に進めば階段が有るか」

 

 考古学者は壁伝いに音は方向に進む。

 やがて通路の最奥に到着すると、そこには最下層へ続く階段が有った。

 

「やはり……ラピスの遺跡にも」

 

 考古学者は階段を覗き込んだ。

 そこに広がるのは闇。何も光も通さない闇だった。

 ランタンの火で照らそうが、何故か闇が光に照らされない。

 そして闇の底から複数の呻り声が響く。

 何かを叩き付ける音、それが次第に強まり不快な音が考古学者の耳に響く。

 

「明らかにこの先に何か居る! 学者の間で議論が交わされ続けた古代生物が!」

 

 考古学者は知的好奇心から階段を一段、足を付けると。

 不意にクローズ教授のあの言葉が蘇る。

 偉大な人物の警告が男の足を止めるには十分だった。

 遺跡内部に潜む古代生物。その正体と生態系の調査。

 何故遺跡内部で生きながらえたのか、マナが消失する空間と何か関連性が有るのか。

 考古学者は溢れ出る好奇心に息を呑む。

 我々には解明しなければならない歴史が有る。

 考古学者は迷いを振払い進捗に階段を進んだ。

 闇の中を進むと何か壁のような物に行き着く。

 両手で壁らしきものを触れる。

 鉱石、石、木、魔術結界。そのどれでもない感触に考古学者は落胆した。

 

「やはり最下層には進めないか。きっと何処かに鍵があるはず」

 

 考古学者が来た道を引き返そうと振り返る間際。

 闇の中でこの世のものとは思えない、冷たく冷え切った眼孔と眼が合う。

 考古学者は闇の中で倒れた。

 恐怖心か? 

 身体から抜け出る脱落感と何故倒れたか理解が及ばないまま、男の心臓は生命活動を停止させた。

 

 彼の死が事件を齎す事をまだ誰も知らない──

 



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24話 教官陣の採点

 3日のテスト期間を終え、担当教官が教室で採点に勤しむ。

 クオン教官は自らが出したテスト問題に採点を付け始める。

 出席番号順に並べられたテスト用紙。

 中間テストの操縦科は如何に己の騎士人形に理解しているのか。

 それを主題に問う問題構成だった。

 

「さて今年のわたしのクラスの成績は如何だろうか?」

 

 ここで赤点を出そうともまだ期末試験が有る。

 そこで十分挽回可能だが、赤点者には恐ろしい補習が待ち受ける。

 クオン教官は問題用紙に赤ペンを走らせた。

 順当に採点が進む中、彼の手はガイの問題用紙に不意に手が止まる。

 彼は苦難の渦中に曝される。

 それが望まなくしても、国がそうさせてしまう。

 クオン教官は自身の思考を遮り、採点を再開させる。

 

「……ほう」

 

 思わず感心の声が漏れる。

 出題の中に如何にして自身の機体の欠点を補うかどうかを問う問題が有った。

 それに関して彼は、試作型(プロトタイプ)のオルディスの欠点を補うのでは無く、操縦士の可能性を広げる事を挙げた。

 しかしそこに留まらず、字数制限を守った上でオルディスに対する外部装備の考案。

 主に特殊能力が使えない機体ならではの追加武装。

 欠点を補うと同時に軍部にも有用性の高い凡庸性を求めた追加武装。

 機体重量は増すが、追加装甲の増設することで意識ダメージを抑える。

 しかし現状の軍部では追加武装の開発、研究が難航していた。

 単に予算も研究資金も出されないからだ。  

 その事を踏まえてクオン教官は笑みを零す。

 

「面白い事を考える」

 

 クオン教官は彼の答案に丸を付け、赤文字に後日具体的なレポートを纏めるようにと付け加える。

 そして次のある意味で問題児のジンの採点に入ると。

 そこにはまだ意思疎通ができないながらも、彼なりの機体に対する理解と寄り添い方が伝わる解答だった。

 そういえば彼は、ガイ達と共に勉強会を開いていたとクオン教官は思い出す。

 

「勉強の成果が良く出ているな。しかしまだ正解には程遠い解答も……惜しいな」

 

 丸は付かないが減点点数の問題が多数。

 それでも点数を取るべき問題を抑え、赤点は回避している。

 まだ彼は自分が兵器を扱っているという認識が欠如している。

 テロリストの本命とも言うべき彼には今以上に成長して貰わなければ困る。

 

 程なくしてクラスの採点を終えたクオン教官は、ひと息付くべくコーヒーに口を付けた。

 

「貴方の方はどうなのか?」

 

 事ある毎に競うリンドウ教官の勝気な表情に、彼は不敵に笑う。

 Cクラスの操縦科のテストは100点を誇る生徒が18名。

 残り3名、ジンを抜いた生徒は97点代を叩き出していた。

 これなら期末テストを難しくしても問題無いだろう。

 そんな事を考えながら彼は。

 

「18人の生徒が満点だった」

 

「……こっちは満点17人よ。また負けたわ」

 

 しかし彼女は対抗試合では負けない、と強気な眼差しでクオン教官に挑む。

 彼女のそんな眼差しを彼は受けて立つと同じく視線で返すのだった。

 

「今年もクオン教官とリンドウ教官の勝負ですかな」

 

「Bクラスだって負けはせんぞ! 筋肉と力技は裏切らない!!」

 

 筋肉猛々しいBクラスのマキシム教官の声に、教官陣は苦笑を浮かべる。

 毎年入学式からこの時期の彼は熱血だ。

 脳筋と評しても差し支えないが、担当クラスが脳筋一色に染まる危険性も有る。

 それでも毎年マキシム教官のクラスはベスト3に食い込むほどだ。

 

「マキシム教官、そろそろ戻しては?」

 

 しかしそれとこれとは別に彼は暑苦しい。

 彼が筋肉を脈動させる度に熱気を放つ程。

 

「無理だぁ! 今の俺は筋肉! うおおぉ筋肉万歳!!」

 

「雄叫びを挙げるのは良い。しかし早急に採点を済ませたまえ……今年も飲みに行くのだろう?」

 

 リンドウ教官の言葉に、マキシム教官は突如真顔を浮かべ作業に戻る。

 見慣れた光景とはいえ彼の切り替えの速さは目を見張るものが有る。

 

 こうして生徒達の採点は終わり、テストの結果に泣きを見る者、満足する者、動じない者。

 そして期末試験を見据える者と生徒の反応は様々だ。

 

 彼らは土曜に控える対抗試合に向けて最後の詰めに入る──



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25話 蒸気列車の中で

 まだ日が昇らない土曜の早朝。

 1年生は蒸気列車に乗り、対抗試合が行われる会場に移動するために。

 列車が汽笛を奏で、軍の護衛部隊に護られながら遺跡都市ラピスを出発する。

 

「皆さん、リンさんが集めた情報を基に立てた作戦は覚えましたね?」

 

 指揮官のエレンの言葉にCクラスは肯く。

 部隊戦以降、各クラスは連携や戦術を主軸に置いた鍛錬を積んで来た。

 その期間は短いながらも部隊運用としては形になる程度のもの。

 しかしクオン教官の指導が生徒の自信に繋がり、特に彼らは優勝の褒美にやる気を出していた。

 

「もちろんだ! 何せ優勝クラスには屋内プールが優先的に使えるんだからな!」

 

 気迫を宿したデュランの声に、Cクラスの女子生徒は何とも言えない表情を浮かべる。

 どの道水練が始まれば水着になるのは必然。

 だが、こうも堂々と男子から言われては羞恥心が芽生える。

 

「ハーバーさんは、えっちな残念な人なのでこの際無視しましょう」

 

「そうねぇ。年柄だから理解はできるけどオープンは頂けないわぁ」

 

 女子の非難の視線がデュランに集中する中、ガイはクラスメイトの男子に視線を移す。

 

「良かったろ? 口に出さずに済んで」

 

 鼻の下が伸び切った彼らに苦笑を浮かべる。

 

「そう言うガイだって気合い入ってるじゃん」

 

 ジンの指摘にガイは鋭い笑みを浮かべた。

 

「同室のグリアーゼの勝ち誇った顔が癪に触るからな」

 

「そっちかぁ。それにしてもナギサキは良く情報を集めたよな、偉いぞ〜」

 

「おやおや、ブルークスさんもあたしの頑張りを理解しているようですね。ディアスさん? 素直に褒めて良いんですよ」

 

 リンはガイに歩み寄り、つま先を伸ばしながらも頭を差し出した。

 しかし当の彼はため息を吐くばかりで。

 

「勝ったらマスターのコーヒーを奢ってやる」

 

「コーヒーですか? パンケーキも付けてくださいよ」

 

 主従として命令を出す形になったが、リンはそれを抜きにしても良く動いてくれた。

 彼女の何がそうさせるのかは判らないが友人としてもここは一つ奢るべきだろうと結論を出す。

 

「仕方ねえな」

 

 安い報酬にガイは肩を竦めつつも、背中に向けられる生温かいレナの視線に顔を歪めた。

 

「なんだアトラス?」

 

「微笑ましいなぁって」

 

 ガイは嫌そうな顔を浮かべ黙りを決め込む。

 学生の、しかも最底辺の身分が忍びと主従関係を結んだ。

 結んでしまった以上ガイの地位は上を目指さなくてはならない。

 元々底辺だ。あとは上を見据えて登り詰めるだけの話しが余計なものも背負ってしまった。

 

『相棒は何だかんだ言って意志の強い奴が好きだからなぁ』

 

『そんな事はねえが、いつの間にか個の強い奴が周りに集まって来るだろ』

 

 ガイはスラムの知人の顔を浮かべ小さく笑う。

 そんな彼の表情を見ていた、

 

「あっ、珍しく笑ってる」

 

「きっとオルディスと会話中なんですよ」

 

 レナとリンは少しだけオルディスを羨んだ。

 ガイはいつもは表情をあまり崩さない。

 確かに笑うこともあるが、その笑みには企てが含まれていた。

 あとは嫌そうな顔、仏頂面と面倒臭そうな表情が目立つ。

 特に良く知らない者から見たガイは、非常に愛想が悪く恐い人と印象を受けるだろう。

 2人がそんな事を浮かべているとエレンが手を叩き、注目を集める。

 そして彼女は僅かにBクラスとDクラスが乗る車輌に視線を向け、

 

「皆さん、詰めに入りますよ。今回の作戦の要はディアスさんですからね」

 

 作戦について話し出した。

 走る列車の窓に張り付いたハエ。

 リンはそのハエに気付くとエレンの話に合わせる。

 

「そうですね。ディアスさんのオルディスが融合合体を果たし他クラスの騎士人形を蹂躙。我々は後方から撃ち漏らしを片付ける簡単なお仕事です」

 

 わざとらしいリンの仕草にCクラスは頷いて見せる。

 会場の古戦場跡に到着するまでの2時間。

 長い蒸気列車の旅の最中、諜報戦がせめぎ合う。

 だからこそこの男は何も変わらない態度で。

 

「試合会場の古戦場跡は、森、山岳地帯、平原が拡がっていたな」

 

「うん、都市メルトアと遺跡都市ラピスの境に在る場所だったわね。そこにも古代遺跡が有るけど」

 

「潜伏しながら進むには絶好の土地だな。此処で一度試合のルールを確認しておくか」

 

「確かルールには騎士人形の召喚及び登場は操縦士の任意と有りましたね」

 

 確認するように呟くエレンにガイは相槌を打つ。

 作戦を決めたのは試合のルールが知らされる前だった。 

 当初は全員が騎士人形に登場しそれぞれ動く段取りだったが、任意となれば話が変わる。

 

「こいつは陣営に設置されたフラグの取り合い。だが指揮官を失ったクラスは即敗北だ」

 

 フラグを取りに敵陣に攻め込む部隊。

 フラグと指揮官を守る守備部隊が必要になる。

 ガイ達はルールの確認を含め、到着のまでの時間を適度に話し合う。

 嘘と真実を織り交ぜるながら虚言の作戦が各クラスの耳に届くように──

 

 



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26話 王国の宝と対戦表

 試合会場に生徒達よりもひと足早く到着していた集団が居た。

 兵士に案内される形で桜色のスカートドレスを着こなした少女が段差を上がる。

 腰まで届く白髪、帽子を被り分け目が片目を隠した少女は用意された席から試合会場を見渡す。

 古戦場跡の全体を見渡せる山頂の古城。

 少女は今か、今かと心を躍らせていた。

 そんな彼女の様子を見兼ねたメイド服を着こなした青髪の少女が、

 

「リリナ姫、もう直ぐですから」

 

 静かな声で論じ、少女──リリナは小さく頬を膨らませる。

 

「分かってますとも。でもこの場で姫はダメよ、レイ? 昨日散々練習したでしょ」

 

 リリナの指摘にレイは小さく口元を抑え、周囲に視線を向ける。

 護衛の操縦士が自分は何も聴いて居ないと言わんばかりに視線を背ける。

 彼らの行動にレイの頬に熱が帯びる。

 失敗による羞恥心、それも有るが主君に対して名を呼ぶのは恐れ多く、何よりも恥ずかしい。

 それでも期待の眼差しを向けるリリナに従者としてレイは答える。

 

「り……り、リリナ」

 

 やはり恥ずかしい。

 レイの顔は赤く染まり、名を呼ばれたリリナが喜びを顕に手を叩く。

 

「はい! リリナです!」

 

「……こほん。それにしても落ち着きませんね」

 

 レイの指摘にリリナは小さく笑みを溢す。

 楽しみ過ぎて昨夜は寝付けず、騎士人形の資料を遅くまで読み漁った。

 兵器として注目され国の戦力として利用される騎士人形。

 リリナは騎士人形に別の可能性を感じ取っていた。

 ただの兵器としてではなく国を守る守護神としての側面を。

 

「この対抗戦も戦争を想定したものと聴いていますが、生徒の皆さんは勝つために試合に挑むのでしょう?」

 

「えぇ、何でも優勝クラスにはご褒美が与えられるとかで生徒の皆様はやる気に満ち溢れているとか」

 

 何かを得るためにクラスが一丸となる。

 操縦士でも人並みの青春を謳歌できるのは、王族としても喜ばしい限りだ。

 それでも王族として彼らに選択の自由を与えられないかと悔やむばかり。

 

「……青春も良いですけど、彼らは自由なのでしょうか?」

 

「自由とは何か? それを問うには人の自由の在り方を理解しなければなりませんよ」

 

 レイの知的を感じさせる物言いにリリナは耳を傾ける。

 

「例えば放課後に学生がアルバイトに励み、得た給金で何かを買う。これも人並みの自由と言えるでしょう」

 

「縛られた中でもですか?」

 

「縛られているからこそ、自由の在り方が良く判るのではないでしょう」

 

 本当に彼らを理解するには同じ土俵。

 操縦士に選ばれなくてはならない。

 騎士人形と邂逅するかどうかは運命だ。

 例え操縦士に成れ無くとも彼らを理解し寄り添う事はできる。

 人はこの考えを傲慢と言うだろう。

 自分には身分も地位も有る。

 他人にとって操縦士に寄り添う姿勢は、ただの同情心。

 あるいは王族の戯れにしか見えないのかもしれない。

 幾らリリナが否定しようとも他人の眼から見た評価とは、所詮そんなものだ。

 

「生徒の皆さんとお話し機会するが有れば良いのですが」

 

 何かを考え結論を出したリリナにレイは思考する。

 どうにか時間を作れないか。

 しかしこの観戦もゼオンに相当無理を言って頼み込んだこと。

 ふとレイは一つ思い出す。

 そう言えば秋の護衛に選ばれた者が生徒の中に居たと。

 

「生徒全員は無理でもリリナの護衛となる者ならば、もしかしたら話はできるかもしれません」

 

「まあ! それは是非ともお話ししたいですね」

 

 2人の会話を聴いていた護衛の操縦士は渋い顔を浮かべた。

 件の生徒は操縦士部隊の間も有名だが、歩兵部隊をはじめとした一般兵にとって彼は面白くない存在だ。

 最近警察までもが例の生徒の周辺を嗅ぎ回っているとの情報も有る。

 そんな中で彼と姫様が出会えばどうなるか。

 兵士の1人がわざとらしく咳払いを鳴らす。

 

「姫様。無礼を承知で発言のお許し頂きたい。……例の彼にも立場や様々な問題が有ります。今は接触を控えるべきかと」

 

 リリナは兵士の言う事も一理あると考え、渋々ながら納得する。

 

 風に乗って聴こえる汽笛の音にレイは手を叩く。

 

「あっ。リリナ、そろそろ時間のようですよ」

 

 彼女の知らせにリリナはいよいよ心を躍らせた。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 試合会場に集まった生徒達は、山頂の古城に眼を奪われる。

 テラスの椅子に座るグランツ王国のお姫様が護衛と共に、そこに居たからだ。

 王族と何度か会話を交わす機会に恵まれていたレナとザナルもやはり驚きが隠せない様子で。

 

「えっ!? どうしてリリナ様が……」

 

「姫様は操縦士に強い関心を持っていると噂は聴いたことが有るが、まさか観戦に?」

 

 たちまち生徒の間で響めき声が上がる。

 古城よりも周囲を見渡す1人を除いて。

 

「で、ディアスさん? あそこに居る人よりも周囲の環境が大事ですか?」

 

「試合と王族の道楽。優先順位は試合に勝つことだろ? 分かったなら少しでも地形を頭に入れておけ」

 

 王族が見守る中、ブレないガイにリンは頼もしさを覚えながらも不安に駆られる。

 青髪のメイドがガイをずっと遠目から凝視しているからだ。

 

「ディアスさん、一応確認しておきますね。王族の従者、その関係者に無礼を働いた覚えは?」

 

 リンの突拍子もない質問にガイは記憶を探る。

 スラム街にわざわざ足を運ぶ物好きは、老紳士の貴族ぐらいだ。

 それ以外でガイに心当たりは無かった。

 

「いや、覚えがねえが……」

 

 それでもメイドの視線が本人に知らずの内に何かしたのでは無いのか?

 そう錯覚させるには充分で、ガイは悩む素振りを見せた。

 悩む彼を他所に開会式が始まり。

 

「諸君も既に気になっているとは思うが、彼女は本来この場に居るべきお方では無い」

 

 リンドウ教官の凛とした声が響く。

 やがて彼女はわずかに息を吐き、

 

「では彼女が何者なのか? 答えは簡単だ。偶然観戦に訪れた高貴なお方、それ以上でもそれ以外でもない」

 

 彼女の説明に生徒は唖然とした。

 それは幾ら何でも無理が有る。

 第一不敬では無いのか?

 不敬罪として処されないのか。そんな不安を宿す生徒達に観客席の少女はただ微笑むばかり。

 事前に姫様には詳細なルールを説明しておいた。

 リンドウ教官は説明の手間を省き、迅速に会を進める。

 唖然とする生徒にリンドウ教官が咳払いを鳴らし、ポケットから折り畳んだ紙を広げる。

 

「これより対戦表を発表する。……第一試合、Aクラス対Cクラス! 第二試合、Bクラス対Dクラス!」

 

 最初に呼ばれたCクラスが対戦相手に顔を向けると。

 彼らは強い闘志を滲ませていた。

 

「クラス代表は速やかに前に出るように!」

 

 リンドウ教官の指定にレナが前に出る。

 同様にAクラスからグレイが前に出た。

 Bクラスから紫髪で気弱そうな生徒が。

 そしてDクラスからは筋肉猛々しい生徒が前に出る。

 それに対してリンドウ教官は平然とくじの入った箱を差し出す。

 

「このくじには諸君が選ぶ陣地が書かれている。何処の陣地を引き当てるかは運命次第と言えるな」

 

 リンドウ教官の話にレナは思考を巡らせる。

 潜伏が容易く罠を仕掛け易い森の中が陣地として適している。

 同時に山岳地帯の砦も風下を取れる関係から有利と言えるだろう。

 そして遺跡群が遮蔽物が多く3つの陣地の背後を取る位置に在る。

 一番の外れはどの陣地にも挟まれた平原だ。

 ここは平原を避けるべきだと判断してレナはくじを一枚手に取る。

 そして彼女はくじを勢いよく引き抜く!

 

「……ほう、Cクラスの陣地は平原か」

 

 最悪の陣地を引き当てたレナはその場で崩れ落ちた。

 そしてCクラスの生徒に向けて彼女は精一杯叫ぶ。

 

「ごめーん!!」

 

 こればかりはレナを責められない。

 彼女は運に負けた。

 ならば実力で勝て問題無い。

 ガイ達は改めて決意を固めると。

 

「アトラスは運に見放されたな」

 

 笑いを堪えながらグレイがくじを引く。

 山岳地帯か森か。

 一年生に緊張が走る中、リンドウ教官がくじを読み上げる。

 

「ふむ。Aクラスの陣地は遺跡群か」

 

 若干嬉しそうな口調で語るリンドウ教官に、クオン教官がジト目を向けた。

 そんな教官達の様子を他所に気弱な生徒──リクがくじを引く。

 

「Bクラスは森だな。地形を巧く使った戦術に期待する」

 

 そして最後に残された一枚のくじをリンドウ教官が引く。

 

「Dクラスは山岳地帯だ。くれぐれも山頂に座すお方を戦闘に巻き込まないように」

 

 彼女の忠告にDクラスは神妙に頷く。

 ある意味で一番やり辛い場所をDクラスは得た。

 

「さてクラスの陣地も決まったな。これより各クラスは陣地に移動し、第一試合開始15時まで陣形を整えるように」

 

「なお第二試合は第一試合の決着後となる」

 

 つまり第一試合が長引けば長引くほど生徒は、古戦場跡でサバイバル生活を送ることになる。

 

「ああ、そうだ。各陣地には生徒の兵糧を配備してあるが、くれぐれも消失しないように」

 

 兵糧攻め。

 戦場に於いて有効な戦術の一つだが、Cクラスは平原。

 多少のおうとつした地形は有るが、兵糧攻めを考慮しなければ後の試合に支障が出る。

 

「レナ、ここは一先ず陣地に移動しましょう」

 

 エレンの掛け声にレナは頷く。

 そしてエレンとレナは、非常に悪い表情を浮かべるガイ達を決して見逃さなかった。

 

 こうしてCクラスは平原の陣地に移動し、偵察部隊を出しつつフラグ周囲の防備を固めるのだった。



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27話 第一試合

 開始時刻まで用意できることは限られている。

 ガイはエレンの指示で部隊を率いながら進軍していた。

 森を生身で疾走し、木々の至るところに魔術を刻んで行く。

 

「ディアスさん、あたしは予定通りに!」

 

 リンの合図にガイは頷いて返す。

 太い木の枝を足場に跳躍していく彼女の姿に、感嘆の声が聴こえる。

 

「すげえ身のこなしだな。しかもスカートの中が見えないように動いてるんだぜ?」

 

 デュランの信じられるかよ、と言いたげな様子にガイ達は呆れた眼差しを向ける。

 こいつは何処までも欲望に忠実で、動体視力を無駄に発揮する。

 ガイは相変わらず残念な奴だと思いながら。

 

「身体がクナイの山だらけになりたくなかったら、準備を進めるぞ」

 

 森の至る所に起爆魔術を仕掛け、試合開始までに陣地に戻らなければならない。

 開始時刻まで戻らなかった部隊は即失格となり、頭数で不利に陥る。

 それだけは避けなければ、とガイは作業を急がせた。

 

「了解。指揮官殿の指示は絶対だからな」

 

 デュランはわざとらしく戯けるように言うと、茂みが揺らぐ。

 ガイは揺らいだ茂みに対して太刀を引き抜く。

 そのまま茂みを斬り払うと。

 そこにはAクラスの女子生徒が身を潜めていた。

 ガイに睨まれ怯える女子生徒にガイは容赦なく近付く。

 太刀の刃が陽光を反射し煌めく中。

 

「偵察か。これは都合が良い」

 

 彼の声を合図にデュランとジンが女子生徒の背後に周り込む。

 退路を塞がれた女子生徒──リノンは大声を叫ぶべく息を吸い込んだ。

 しかしガイは見逃さず、彼女の口を掴むことで塞ぐ。

 

「選べ。このまま脱落するか、情報を吐くか、背後のハーバーは絶賛女に飢えてる危険な奴でな。どうなるか保証はできねぇぞ?」

 

 ガイの脅し文句にリノンは震え涙を浮かべる。

 そんな様子にデュランが心外そうに睨む。

 

「5秒待つ」

 

 彼がそう言い放つと太刀に炎が宿る。

 同時に掴まれた口に圧力が加わる。

 リノンはガイが本気でこちらを排除すると悟った。

 それでもクラスの情報を吐く訳にはいかない。

 強情心を見せるリノンにガイは口角を吊り上げる。

 

「Aクラスの指揮官はエイブルだな? 攻めの要はグリアーゼ。防衛の要はエルスタン……」

 

 Aクラスの情報を話し出す彼にリノンの身体が強張った。

 この日のために情報はクラス内だけで共有してたはずだった。

 なのに情報が漏れている。

 誰が情報を漏らしたか、それともCクラスには諜報に長けた人物が居る。

 そして目の前のCクラスの指揮官。

 彼は間違いなく後方に控えるような人じゃない。

 リノンの様子にガイは太刀を握り締める。

 

「選択と対応を間違えたな」

 

 その言葉を最後にリノンの後頭部に強い衝撃が走る。

 試合用の拘束魔術で拘束したリノンを森の中に放置したガイは、遺跡群の方に視線を向ける。

 

「なあガイ。あんな脅し方はちょっとどうかと思うぜ」

 

 ジンの抗議にガイはお優しい奴だと肩を竦めた。

 

「ここが本物の戦場ならアイツは基地にでも連れて行かれ拷問を受けていただろう。そこを揺さ振るだけで済ませたんだ、優しい方だろ」

 

「分かってはいるけど。それでも納得はできそうにない」

 

「ブルークスは女子に優しいよな。正義感ってやつ? けどよ自分を貫くのは大事だけど今は試合中だろ」

 

 デュランの論じる言葉にジンは漸く納得する姿勢を見せる。

 どうにもガイとジンは根本から馬が合わない。

 勝つためなら必要最低限の非道を行えるガイ。

 勝負は正々堂々と非道を許せないジン。

 デュランは2人の異なる性格に肩を竦めた。

 どうにか自分が2人を取り待たなければならない。

 とはいえ、試合開始後はそれぞれバラバラに動く手筈だ。

 

「頼むから2人とも仲良くしてくれよ」

 

「俺はいつだって友好的だがな」

 

 仏頂面を崩さず冗談を飛ばすガイにデュランは叫んだ。

 

「とても友好的には見えねえけど!?」

 

「……デュランはもう少し落ち着くべきだな。現に今だって倒れたリノンのスカートに視線向けてるし」

 

 見たそうで見えない絶妙な角度にデュランは視線を忙しなく向けていた。

 その事を指摘されるとガイがため息を吐く。

 

「倒れた女子に不埒を働くってのは犯罪だ。頼むからクラスメイトから罪人を出さないでくれよ」

 

 こういう時だけは2人の仲は途端に良くなる。

 何故だろうか?

 デュランが悩むのを他所に、2人は作業を再開させた。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 リンは気配を殺し遺跡の壁際に身を潜める。

 周囲に細心の注意を払いながら物影から覗き込む。

 

「リノンが偵察に向かったが相手はガイだ。恐らく無事で済まされないだろ」

 

 グレイの言葉にAクラスの面々が顰める。

 

「ディアスさんは可能な限り早急に堕としたいですよね」

 

 ミコトの指摘に同意を示すように頷くAクラス。

 そして彼女は空を見上げながら。

 

「指揮官のディアスさんを堕として次の試合に備えなければなりません。ですけど、敵陣を攻める事も忘れないように」

 

 ミコトが指揮官らしく話を広げ、リンは仕入れた情報が正しいのだと結論付けた。

 そして敵陣の真ん中に設置されたフラグ。

 そこを守るように警戒するAクラスの二つの少数部隊。

 3人編成の部隊だ。攻めてとなる部隊は4部隊。

 しかしAクラスの生徒は20名。

 何処かの部隊は2人だけになる。

 それとも単機編成で向かって来るのか。

 リンは別の物影に移動し情報を続ける。

 

「俺達はガイが指揮官だって情報を元に作戦を練ったが、アイツは指揮官に向いていると思うか?」

 

 同室のグレイが知るガイという男は、面倒臭がり屋だ。

 特に誰かを引っ張って行動するよりも自分で行動した方が早い。

 そういう男だと確信を抱いていた。

 だから彼は真っ先に敵陣に突っ込む筈だ。

 グレイはそう思考しながらミコトに視線を向ける。

 

「グリアーゼさんの懸念も判ります。ですが他の指揮官に該当する人物は、アトラスさんぐらいでしょうか?」

 

「ウチもそっちの線が濃厚だと思うなぁ。でもCクラスにはパステカルの魔術師も居るし、油断できないかもぉ」

 

 鋭い意見を飛ばすAクラスにリンは興味深に観察する。

 武器と機体は既に割れている。

 同時にリンは壁と集められた兵糧に魔術を2種類施す。

 

(これがどう転ぶかはエレン次第ですね)

 

 同時にこの手は一試合に限られる。

 既に他のクラスが偵察部隊を出し、此方の試合を観戦しているからだ。

 リンはここに来る道中、お粗末な隠形を見破りながら姿を悟られず行動した。

 

「……結局指揮官を割り出すよりも敵陣のフラグを奪った方が速そうですね」

 

「だな。戦術よりも各個撃破が性に合うよな」

 

 リンは内心で、それで良いのか? Aクラスと突っ込みを入れながらその場を静かに立ち去る。

 

 そして彼女は陣地に戻るとすぐさまエレンに持ち帰った情報を伝えるのだった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 15時を迎え、拡声魔術からクオン教官の声が響く。

 

『刻限だ! 第一試合開始!』

 

 彼の号令にガイとリンは同時に駆け出す。

 

『いやいや、まさかの2人だけの部隊なんてなぁ!』

 

『その方が都合良い。それに1人削った』

 

 念話魔術でオルディスと話しながらガイは速度を緩めず森に向かって疾走する。

 それに続くリンは彼の隣を並走し。

 

「やぁ、まさか主従で行動できる日が来るなんて忍び名利に限りますね」

 

「油断するなよ。グリアーゼは恐らく一筋縄でいかねえ」

 

 ガイの警戒にリンは頷く。

 性格はおちゃらけているが、彼が扱う大剣と魔術は単純に1年生の中で頭ひとつ飛び抜けていた。

 それにガイも負けてはいないが、部隊戦となると勝負は分からない。

 

「さっき程伝えた通りですが、向こうは指揮官に確証を持たなかった様ですね」

 

「逆にこっちは指揮官を知ってる」

 

 森の中に入り疾走を続けていたガイとリンは、不意に足を止める。

 Aクラスの少数部隊と遭遇したからだ。

 彼らは同時に動き出す。

 

『来いオルディス』

 

『お願いしますよイルソン』

 

 ガイとリンは森の頭上に騎士人形を召喚した。

 

「う、嘘だろ!?」

 

「た、退避しろ!」

 

「立て直して召喚を!」

 

 その場から慌てるように逃げ出すAクラスの小隊に、2機の落下衝撃が襲う。

 

 森から響いた轟音を合図にエレン達も同時に動き出す──

 



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28話 攻防

 Aクラスは小隊を複数方面に分け同時に侵攻していた。

 森を侵攻したハルミトン小隊から念話が届く。

 

『こちらハルミトン! ディアスとナギサキと接敵! あっ!?』

 

 彼からの念話はそこで途絶え、グレイは小さく舌打ちする。

 先に召喚したガイとリンに、生身のハルミトン小隊が拘束魔術で捕縛された。

 1小隊の壊滅はAクラスに数の振りを齎す。

 グレイは白亜の騎士人形ジルクスを方向転換させ、森方面に飛ぶ。

 

『ミコト、ガイ達はこっちで抑える』

 

『了解しました。森には罠が張っていると考えてください』

 

 まだ森を走行するオルディスとイルソンにミコトは警戒を告げる。

 グレイは罠に留意しながらブースターを噴射させ、戦場に急ぐ。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 剣戟と魔術が飛び交う戦場。

 遠距離から放たれる魔術をエレンの防御魔術が防ぐ。

 平原を直視するAクラスの小隊にレナ、リリィ、リュウが迎撃に向かい、激しい攻防を繰り広げていた。

 同時に山岳地帯を侵攻する2小隊にフォンゲイル小隊とブルークス小隊が迎撃に向かった。

 エレンは戦況を冷静に見渡す。

 何方も決定打に欠ける展開、そしてガイとリンが白亜の騎士人形に抑えられている。

 

 Aクラスが攻勢に出た人数は13名。

 その内3名はガイとリンが速攻で捕縛。

 攻めては残り10名。

 そして陣地防衛には6名だ。

 まだ自軍に被害は無いが、それも時間の問題だ。

 もしも今の攻めてが陽動なら背後に警戒しておく必要が有る。

 こちらの陣地の背後を取るには、山岳地帯と森を大きく迂回する必要が有るが、隠密は単独で行うもの。

 

「背後に警戒しつつ、エルトナムさんは支援砲撃の用意を」

 

 ネビル越しから指示を出す彼女にヴォイドが頷く。

 

「任せてください。既に錬成陣は構築済み、あとは味方に誤射しないようにするだけ」

 

 地面に刻まれた錬成陣から大砲が作り出され、ピュリアとキルセインが配置に着く。

 こちらに錬金術師が居るようにAクラスにも居る。

 ピュリアとキルセインが射角を調整する中、シズナの声が響く。

 

「向こうに動きが有った!」

 

 彼女の警告にエレンは千里眼の魔術で遺跡群に視線を向ける。

 するとそこには、長身の砲台に魔力を込める青紫の騎士人形が構えていた。

 

「エイブルさん……長距離砲撃で狙い撃つつもりですか!」

 

 長距離砲台にマナが装填される中、ネメシスが翼を羽ばたかせ飛翔する。

 彼女は防御結界で受け止めるつもりだ。

 

『レナさん、頼みます』

 

『任せて、支援は頼んだよ』

 

 レナの念話にエレンは指示を出す。

 

「平原を直進中の敵小隊に対して砲撃開始!」

 

 大砲が火を放ち、装填されたマナ鉱石の鉄球を撃ち出す。

 それは放物線を描き、平原を進軍中の小隊に降り注ぐ。

 2発の鉄球が平原に着弾する中、Aクラスの長距離砲撃が火を噴いた。

 雲を突き破り空に向けて放たれた砲撃は、成層圏まで届くかというところで砲弾が消滅した。

 不自然な消滅の仕方に両者は訝しんだ。

 成層圏に届き得る砲撃にも驚きだが、何故消滅したのか。

 

「消滅? 一体なぜ……」

 

「エレン、魔術師として気になるだろうけど今は!」

 

 エドの声にエレンはすぐさま思考を振り切る。

 一先ず分かったことは成層圏を超える砲撃は無力化されてしまう。

 

「あの地形では直線に撃つことは無理です。ですが砲撃支援には警戒を」

 

 各機がそれぞれ応じる中、森から衝撃が伝わる。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 ガイはグレイの手強さに舌打ちしていた。

 

『チッ、罠は今ので全部か』

 

『はい。全部回避されましたね』

 

 まだジルクスは能力を温存している。

 責めて罠でマナを消費に追い込みたかったが、当てが外れたことにオルディスは太刀を構え直す。

 大剣を肩に担ぐジルクスからグレイの声が響く。

 

「やるじゃねえの。突破した出来たところで厳しいな」

 

「面倒臭えから降参しろ」

 

「無理だね。こっとらリンドウ教官の泳ぐ姿を胸張って拝みたいんだよ」

 

 ジルクスが振り抜く大剣をオルディスが太刀で捌く。

 鉄の衝突音と散る火花。

 そして平原方面から聴こえる戦闘音。

 オルディスが木々を盾にスラスターを噴射させ移動すると、ジルクスが一太刀で木々を薙ぎ払う。

 そこにイルソンのクナイが飛ぶ。

 ジルクスの背後から放った必殺の一撃。

 リンは確実に当たると確信を抱く。

 しかしジルクスがブースターを噴射させ、マナの勢いでクナイを落として見せた。

 

「そんな防ぎ方も有りなんですね」

 

「騎士人形のマナ噴射は激流だからな」

 

 笑うように答えるグレイにイルソンは鉄球を取り出す。

 ジルクスの右横合いに移動するオルディス、背後のイルソンにグレイは苦笑を浮かべる。

 本当に手強い。

 手堅い2人にグレイは噛み締める。

 

「これなら流せませんよね」

 

 容赦無く鎖付きの鉄球を投げるイルソンに、ジルクスはスラスターを左後に向かうように噴射させ避けた。

 地面を深く抉る鉄球、それを引き戻さずイルソンが動く。

 札に魔術が刻まれたクナイを取り出す。

 警戒するジルクスにオルディスが一刀振り下ろす。

 繰り出される兜割りをジルクスが大剣で弾く。

 そこにオルディスの膝蹴りが放たれ、ジルクスの腹部を打つ。

 

「ぐはっ!? お、おまっ」

 

「俺が剣術だけだと思ったか?」

 

 森の中だから炎系統の魔術は使えない。

 使えばたちまち森が火災に見舞われるからだ。

 そう考えるグレイを他所にガイの声が響く。

 

「《天より出る雷よ、刃と人に宿れ》」

 

 雷の付与魔術を唱えたガイにグレイは呻る。

 

「やられた!」

 

 ガイは今まで他の魔術を使用して来なかった。

 この日の為に使える魔術を誰にも見せずに温存していたのなら彼は策士だ。

 

「ディアスさん? あたし達にも内緒にしてましたね」

 

「炎ってのは使い勝手が良い。その上何処までも威力を増大させることが可能だからな」

 

「つまり好みで?」

 

「あぁ、好みはデカいだろ」

 

 単に好みで使用していた。

 それだけの事実にグレイから笑い声が漏れる。

 

「やっぱお前は面白いな!」

 

 素直な感想を送るとグレイの笑みは消える。

 能力を発動しなければ負ける。

 例え発動したところで勝ち切れない可能性が高い。

 此処でガイとリンを堕とす意味が大きい。

 グレイは自身の勝利に賭けに出る。

 頭の隅でいつ融合合体を披露されるのか、それも念頭に置きながら。

「《恵み豊かな大地よ、我が機体に加護を》」

 

 グレイの詠唱にジルクスの機体が淡く発光する。

 能力【大地の加護】を発動させたジルクスにオルディスが真っ先に動く。

 雷では相性は最悪だ。

 雷を纏った太刀の一刀がジルクスに触れる直前、刃と機体に付与していた雷が大地に流れてしまう。

 同時に付与を失った刃はジルクスの装甲に弾かれた。

 地面を斬ったような感触にガイは眉を歪める。

 

 装甲にダメージを与えられない程に硬い。

 

 ジルクスは謂わば大地の鎧を纏った状態に有る。

 イルソンが背後から投擲したクナイでさえも、その装甲に弾かれるばかり。

 

「魔術師が有効打ですが……厳しいですね」

 

 しかし方法が無い訳では無かった。

 大地とは謂わば地属性の塊だ。

 地属性に他の属性を加えることにより属性に変化を齎す。

 ガイは魔術の基礎を頭の中で浮かべながら、魔術を唱える。

 

「《水よ刃に宿れ》」

 

 水流に包まれる刀身にジルクスが一歩後退する。

 

「チッ、能力の弱点を的確に突きやがる」

 

 グレイの舌打ちにオルディスとイルソンが同時に動く。

 左右から挟み込むように太刀と小太刀が振われ、甲高い音が森の中に響き渡った。

 

 大剣が太刀を受け止め、ジルクスの装甲が小太刀を弾く。

 しかしリンは隙を見逃さず、先程取り出していた札付きのクナイを投擲した。

 

「無駄だ」

 

 放たれるクナイにオルディスが距離を取る。

 クナイは真っ直ぐジルクスの装甲に当たるや否や。

 札に施された魔術が光りだす。

 クナイが爆発し、爆風は周辺を巻き込んだ。

 爆風によってジルクスが煽られ体勢が崩れる。

 

「なんつう威力だよ!?」

 

『相棒! 仕掛けるなら今の内だぜ!』

 

 オルディスの声にガイは頷く。

 霞の構えから放たれた一閃がジルクスの装甲を斬る。

 大地の加護によって刃が防がれる中、水流が流れ込む。

 瞬間、大地の加護は水流を受けたことにより錬成陣が起動する。

 

「こいつは!?」

 

 錬成によって大地の加護の性質が造り替えられた。

 水流によって大地は泥となり、ジルクスの装甲に変化を齎す。

 

『機体性能著しく低下……グレイ、能力の切断で対応するんだ』

 

 頭の中に響くジルクスの声にグレイは従う。

 ジルクスから能力が消えた、わずか一瞬。

 オルディスの刃がジルクスに迫る。

 ジルクスは咄嗟に大剣の腹で刃を受け止めた。

 火花が散る中、オルディスの太刀に炎が煌めく。

 

「魔刀流のとっておきだ」

 

 太刀に集い圧縮されだす炎にグレイは冷汗を滲ませる。

 大気に漂うマナがオルディスの太刀に集い、炎が一定間隔で鼓動しだす。

 それは規則正しく荒れ狂う炎が刃の一点に集中する様子だった。

 グレイは咄嗟に防御魔術を唱え、一撃に備える。

 膨れ上がり膨張を始める炎にオルディスが太刀をそのまま振り抜く。

 瞬間。一点に収束された炎が一気に解き放たれ、凄まじい熱線がジルクスごと森の彼方まで呑み込んだ。

 

 爆音と破壊が広がる光景にリンは冷や汗を流す。

 

「グリアーゼさんは生きてますか?」

 

「威力は人体が火傷程度に抑えた。実際は爆破の衝撃で意識が奪われるだけだ」

 

 火災に見舞われる森にリンは息を吐く。

 それにしては随分と派手な一撃だった。

 ジルクスを捜すべく周囲を見渡した。

 と、リンはジルクスが薙ぎ倒された木々の上に倒れている姿を見付ける。

 機体が消えずそのまま残されていることら、グレイは間違いなく生きている。

 安堵の息が漏れる中、オルディスが遺跡群の方に振り向く。

 

「このまま直進する」

 

「予定より大分遅れましたが……」

 

 焼けた森を2機が飛翔すると。

 

『ジン・ブルークスがAクラスのフラグを奪取!』

 

 クオン教官の声が戦場全体に響き渡った。

 

『よって第一試合はCクラスの勝利。だが、迅速に森の鎮火作業に当たるように!』

 

 クオン教官のそんな声にガイは操縦席で肩を竦め、ひとまずの勝利に息を吐く。

 



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29話 観戦者

 第一試合が終わり、現在時刻は17時を迎えていた。

 第二試合は明日の8時に行われることに。

 リリナは第一試合に興奮冷めぬ様子で感嘆の息を漏らしていた。

 

「はぁ〜、すごい試合でしたね」

 

 Cクラスは真正面から進軍する小隊をアトラス小隊が討ち破り、そのまま遺跡群に進軍。

 陣地防衛部隊に接近するや否や、錬成された長距離砲を破壊し後退して見せた。

 そこでAクラスは背を向けるアトラス小隊の追撃に入り、彼女の部隊を徐々に追い詰めた。

 進軍の要を抑えたと油断したAクラスに、Cクラスは布石を投じ勝利を収める。

 

「まさか漆黒の騎士人形が姿を消す能力を持っているとは予想外でしたね」

 

「えぇ。彼の活躍でCクラスは勝利できたと言えるでしょう」

 

 事実アトラス小隊の進軍に合わせ、Aクラスは山岳地帯からの侵攻を強め、徐々に陣地に差し迫っていた。

 特に森でジルクスが2機を相手に奮戦した影響はあまりにも大きい。

 しかしリリナ姫は、森の戦闘が脳裏に焼き付き離れなかった。

 オルディスとイルソンの連携、2機に対して巧く立ち回り的確に捌くジルクス。

 特に彼女に強い印象を与えたのが、力強くも鮮やかな太刀捌きを見せるオルディスだ。

 

「最後の一撃は凄まじいものでしたね」

 

 森を一瞬で焼き払った魔刀流の一撃。

 あれでは騎士人形が兵器として恐れられる理由も良く分かる。

 だけどとリリナは息を吐く。

 どんな兵器も力も所詮は使い手次第で変わると。

 

「……騎士人形の恩恵も有るのでしょうが、早々放てないようですね」

 

 確かにあんな一撃を何度も放っていれば、たちまちマナ切れを引き起こす。

 リリナは興味深そうに平原を陣取るCクラスに視線を向けた。

 遠目から見えるガイとリン、そしてレナとデュランの姿がそこに在った。

 何かを真剣な顔で話し合い、時折笑い合う彼ら。

 

「楽しそうですね」

 

 あんなに笑顔で、1人だけ仏頂面だが楽しそうにしている様子を見るとやはり、彼らを兵器として扱う風潮は間違っていると改めて強く思う。

 

「レイ、試合が終わりましたら早速動きましょう」

 

 操縦士を兵器を操る恐ろしい存在に仕立て上げてしまった王家の1人として。

 政治の道から彼らの印象を世論を変える。

 

「リリナ……敵は国家の中枢ですよ」

 

 こちらを案じるレイにリリナは決意が固まった眼差しで微笑んだ。

 

「大丈夫。この機会にお父様も政府中核を一新しなければと思っていましたから……テロの無い国にもしませんとね」

 

 テロリストを生み出した元凶が王家の怠慢だ。

 だからこそリリナは王家として過去の罪を清算しなければならない。

 ふとレイを見ると彼女は考え込むように、夕焼けに染まった空を眺めていた。

 その事が気になり、彼女を覗き込むと。

 

「あっ、失礼しました」

 

「いえ。何か気になる事が?」

 

「成層圏に到達した砲撃が消失した理由に付いてです。天空城調査部門が未だ騎士人形で到達できない理由、それは成層圏に隠されているのではないのかと思いまして」

 

 確かに騎士人形は成層圏まで飛べると想定されているが、天空城に到着した機体は無い。

 しかし成層圏で砲撃が消失。

 あの砲撃はマナを装填し、砲弾に変換させた物。

 謂わばマナの塊だ。

 リリナはそこまで考え、遺跡に付いて思い出す。

 遺跡の下層はマナが途絶え、魔術が一切使用不可能になる。

 

「成層圏と遺跡の下層部……何か因果関係が有るのでしょうか?」

 

「……分かりませんが、やはりクローズ教授の失踪は」

 

 レイがそこまで言うと、護衛の兵士が側に駆け寄り。

 

「お2人とも食事の準備が整いましたので此方へ」

 

 軍部の護衛と教官陣を交えた軽い会食。

 リリナとレイはその場から歩き出した。

 

 こうして2人は会食に集った教官陣に試合の感想、これからの事を話し合うのだった。

 生徒の未来と操縦士の行末のために ──

 

 



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