AIとの戦争で、放浪することになりました。 (むきあう)
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プロローグ

以前投稿した作品をリメイクしています。

手探り状態で執筆していますので誤字脱字があるかと思いますが、何卒宜しくお願いいたします。

矛盾、改善点等些細なことでも構いませんので、感想をお待ちしております。

※小説家になろうでも同作品を投稿しています。


「なんだこれは…」

 

日本国陸軍、特戦群に所属するサトウ1等陸佐は、眼下に広がる悲惨な状況に唖然としていた。

 

東京23区上空

 

サトウが搭乗するティルトローター機の真下では、建物が、車が、街路樹が盛んに燃え、灰色の街が赤色に染まっていた。

さらに時折何かが爆発する音が聞こえ、それに合わせてサイレンも響き渡る。

 

その業火の中で目を疑うことに、何万と数え切れないほどの市民がまるでゾンビ映画を再現したかのように、危機察知能力が欠落したのかビルの間を縫って行軍を続けていた。

訓練など受けたこともないはずが誰に命令される訳でもなく統率を図り、正規軍にも劣らない整然とした、通常であれば賞賛に値する隊列を組んでいた。

ただし、当然そんな集団がまともであるはずがない。

団体は絶望の淵から脱出しようと散り散りに逃げる外れた個人を捕縛すると、それが自然の摂理だと言う風に殴る蹴るの暴挙を繰り広げていた。

どうやら道徳の授業は効果がなかったようだ。

1佐の眼下で1人また1人と人がただの物へと成り下がる。

善良な市民があらん限りの悲鳴を上げ許しを請うが、無表情で機械的な群衆は一切の躊躇を見せずに、死神の如く命を刈り取る作業を続けていく。

サトウが守るべき自国民が、同じ守るべき自国民を攻撃して道路に血の海を拡散させる。

さらに悪いことに、そこへ銃火器を所持する警察や同業者も加わり、阿鼻叫喚の様に拍車がかけられた。

 

本来であれば先人を切って助けに行かなければならない1佐の部隊は、最早救助不可と苦渋の決断を下していた。

それでも彼らは所属する習志野へ、なんとか状況を挽回できないかと最高速度で飛行していた。

「隊長…」

「何も言うな、言い分は分かる。しかし、お前達を無下に死なせることも出来ない」

心身の疲労でくたびれた顔をするサトウが、憎悪を全身に滲ませている部下を何とか諭していた。

 

 

事件発生前

元々この部隊は、富士山麓でAIチップを含めた全ての無線を封鎖して1週間の定期行軍を行っていた。

精神的、肉体的疲労感に負けず、予定通り7日目の昼には目的地に到達した。

ただそこに隊員達を迎えるはずの別の隊が到着を待っていなかった。

何かの手違いで集合地点を間違えたのではないかと、サトウは無線封鎖を解除して基地との通信を試みるも通じず。

訝しみながらも改善の余地なしと独断して、酷使された体に鞭を打ち、富士演習場へ再度行軍を行った。

しかし、事態は改善されなかった。

それどころか不可解なことに、普段であればどこかしらの部隊が駐留しているはずの演習場はもぬけの殻で、いよいよ非常事態が発生しているのだと焦燥感に駆られた特戦群は、駐機してあったティルトローター機を誰の許可もなく拝借した。

 

一刻も早く習志野へ向かわなければ

一同戦闘も視野に入れ、万全の態勢で首都へと向かった結果判明した事象

それが自分達の想像を遥かに上回るこの世紀末の混沌とした世界であった。

 

「あぁ…」

1佐は、普段の自分からは考えられないほど、悲観的な思考が漏れていた。

現状も未来も真っ暗で、全く展望が窺えない。

真下に広がる光景は、普段感情を表に出さないよう厳格に訓練を行っている特戦群をもってしても耐えられないものであった。

 

「警告、警告、ロックオンされました」

 

首都を通過し、部隊が所属する習志野へ近付いた頃

突如、機内に機械的な声とアラート音が響き渡った。

「ブレイク!ブレイク!」

パイロットは瞬時に反射神経でもって急旋回、急上昇を行い、同時に妨害レーザーを射出した。

隊員を乗せた4機の機体がそれぞれ列を崩して散開する。

一体どこから放たれた?

…は? 習志野だと!?

サトウ達は、AIチップで自身を亡き者にしようとするミサイルの出処を探った。

その検索結果に、サトウ達はさらに頭を抱えることになった。

 

ミサイルの発射地は、自身が所属する基地から。

敵味方識別コードがあるのだから誤射などありえない。

明確にこちらを敵と判断して撃ってきているのだ。

あいつらは何を考えているんだ!?

サトウは心臓を掴まれたような苦しみを感じた。

 

警告通り、白い雲を曳いた大量のミサイルが機体に接近した。

しかし、それらは射出したレーザーに反応してあらぬ場所で爆発した。

代わりに付近で発生した轟音と振動、破片が機体を襲う。

カンカンカン、と甲高い音が爆発音に遅れて外側から聞こえてくる。

それでも難なく飛行できていることから幸い機体が削がれることは免れたようだ。

が、しかし、隊員達の神経をすり減らすのには十分な効果はあった。

 

ふざけるな、と厭悪の眼差しを向ける者

どうすればいいんだ、と悲観に暮れる者

生き残りを助ける、と戦意に燃える者

三者三様の想いを馳せて、機体は進路を変更した。

サトウは不可抗力とはいえ、家族を捨て、仲間を捨て、国民を捨てた自分達の向かう未来が霞んで全く見えず、自身の死さえ脳裏を過っていた。

「…隊長、とりあえず箱根ですかね」

「なんで箱根なんだよ」

まだ余裕があった1人の部下が、そんな隊長を何とか元気づけようとふと思い付いた冗談を口にしたが、余計に機嫌を悪化させるのであった。

 

娘は無事であってくれ

 



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ミズホとカレン

一隻の宇宙船が漆黒の闇を高速で駆けて行く。

 

比較対象が皆無であるので一見ゆっくり進んでいるようにも見えるが、実際にはあの宇宙戦争映画の如く高速の世界を飛行していた。

 

宇宙船のサイズはこの世界では小型に部類される。

 

とは言っても全長は70メートルほど。

 

船内は各種実験スペースの他に、リビングを模した生活スペースや訓練施設などが備わっている。

 

そして生活区画に当たる船内中程の寝室では、冬眠カプセルで就寝している女性が1人だけ居た。

 

20代半ば、ショートカットの黒髪に寝ていても整っているその顔立ちは、男性に困らない人生を歩むことは難しくなかったであろう。

 

しかし、彼女は職業柄、は建前としてとある理由から長年独り身であった。

 

 

 

 

 

しばらくしてカプセル内の温度が上昇する。

 

保存モードが解除されて常温に戻ると数分程経ってアラームがけたたましく鳴り始め、寝ていた女性はうーんと大きな伸びをして起床した。

 

長時間寝ていたせいもあり意識が定まっていないように見える。

 

フラフラとカプセルから這い出ると、目を擦りながら誰かを探すようにキョロキョロとし始めた。

 

 

 

その彼女に呼応するように、横にふと別の、これまた見惚れる程の美人が前触れ無く突如彼女の横に出現した。

 

しかし、彼女は驚かない。

 

それどころかどこか嬉しそうな笑みを浮かべて金髪の美人を受け入れた。

 

(おはよう。お昼寝はもう十分?)

 

「…おはよう。お昼寝にしてはちょっと長すぎね」

 

ニコニコと笑顔を浮かべたその美人の問いに対し、寝起きの彼女は欠伸をしながらそう返答する。

 

「…それで状況は?」

 

(今のところ順調よ)

 

 

 

 

 

黒髪の女性 

 

彼女の名前はタカハシ ミズホ

 

日本宇宙軍 第5軍団 ナカヤマ特別探索小隊 2等宙佐

 

身長は160cm半ば 

 

軍人らしく鍛えられたスラッとした身体をしているが、出るところはしっかりと出ていて男性の視線を釘付けにすることは容易い。

 

くっきり二重に日本人らしい茶色の瞳

 

左目の下にある小さなほくろがチャームポイントだ。

 

ごく一般的な家庭で育ち、大学卒業後は人のために働きたい、給料が高ければより良いとの理由で日本軍に入隊

 

そこで秘めていた才能が開花し、類い稀なる才能であれよあれよと出世を成し遂げ、27歳で2佐まで登って来た。

 

 

 

2XXX年、先進国が続々と宇宙開発に勤しむ時代

 

日本もそれに漏れず宇宙開発を進めていた。

 

結果として戦場が地上から宇宙空間に及ぶのは自然の摂理であり、自衛隊が日本軍に改称し宇宙部隊を創設するに至るまで時間はさほどかからなかった。

 

その宇宙軍であるが、戦争だけが仕事ということでもない。

 

事実、彼女が所属する特別探索隊は銀河系のあらゆる星の調査を行う部隊であった。

 

けれど、部隊と言っても実際に探索に赴くのは1人であった。

 

理由としては大幅な技術革新で宇宙船の操作程度であれば1人又は機械で行えるので、人手が不要になったこと

 

さらに少子高齢化による人手不足と遠い星へ赴くので長期間拘束されることに加え、移動中は冬眠カプセルに入っているので歳は重ねないが、地球に帰還した際に浦島太郎状態になることが忌避され定員減に拍車をかけていた。

 

とある理由からしばらく遠出を望んでいたミズホはちょうど良いと喜び勇んで部隊に足を入れ、早4年が経過していた。

 

それでも死ぬ時は日本に骨を埋めたいと思う程度に郷土愛はあるため、何れは地上で落ち着いて暮らしたいという願いはあった。

 

 

 

そのような理由もあり、彼女は独りで旅をしていた。

 

そう、彼女の横に居る美人は人ではない。

 

彼女の妄想でもなく、脳に埋め込まれたAIチップが創り出すミズホにしか視認できない映像である。

 

 

 

 

 

とにかく楽に生活をしたいという欲求により、AIチップは産み出された。

 

これを脳に埋め込むことで脳からチップに指令が送られ、それに呼応してチップがあらゆる処理を施すという仕組みになっている。

 

例えば、テレビを点けたいと思考するとチップがそれを汲んでテレビの電源を入れる。

 

流石に脳から直接テレビに指令を送ることは不可能であったので一度チップを中継することにはなったが、人が動かなくなる動機として普及するのには十分であった。

 

そんなAIチップは車を買う程度の値段で購入出来たため、人類の6割程がミズホと同じ様にチップを埋め込む処置を施していた。

 

 

 

「なら良かった。寝てる間も操縦ありがとね」

 

(これくらいなんてことないわ。気にしなくて平気よ)

 

 

 

そしてミズホ専用のAI

 

その名はカレン

 

ミズホとは対照的に肩まで延ばされたサラサラな金髪と典型的な欧米の整ったスタイルは、ミズホと同様に目を見張るものがある。

 

ただし、視認可能なのはミズホだけであるが。

 

大きく水色の瞳に尖った鼻、薄い桃色の唇はいつもニコニコと口角が上がっている。

 

そんな見た目とは裏腹に、軍の特注品として製造されたカレンは索敵から照準アシスタント等の戦闘サポートを得意とする。

 

また、ミズホの任務の特異性から、民族・文化解析やハッキングなど、普通のAIには備わっていない専門的なソフトが多数存在する。

 

リミッターも取り払われているため、軍規に反しない限り何でもやり放題ということだ。

 

 

 

ミズホは、軍からチップを支給されると、戦の友にとカレンという存在を映像としてわざわざ展開できるように改造を施した。

 

この映像展開は最初から備わっている機能ではなく、映像が無くてもチップだけあれば事は足りるので、無駄だからと追加しない人の方が多数派だ。

 

それでもミズホは戦場でも精神に余裕を持たせるため、会話の相手が欲しいと願った。

 

その結果、知人の伝を利用してその手の専門家にオプションで追加してもらったのだった。

 

ちなみにその人物は、顔はそこそこなのに性格が残念と言われる同じく日本軍に所属する者で、もうすぐ魔法遣いになると巷で噂されているらしい。

 

 

 

 

 

(あと2時間もすればワープを抜けて地球よ)

 

「ようやく帰れる!って、本来は言いたいところだけどね。

 

でも、命令されたからわざわざ1年もかけて辺境な惑星に行ってあげたのに、着いて早々に帰還命令を下してくるなんて、幕僚は損得勘定の計算出来ないアタオカに違いない。本当にふざけてる」

 

ミズホがそう言って地球に戻れるにもかかわらず、今度は起きて早々苛立ちを浮かべていた。

 

 

 

そもそもミズホが起床した理由は地球に接近したからだ。

 

2年前、ミズホはある惑星にレアメタルが大量に埋まっている可能性有りとの理由で、その星の調査を命じられた。よって、1年もの長い年月をかけて探索へ赴いたのだが、到着していざ調査と、意気揚々としていたところに帰還命令が下されたのだ。

 

流石に1年をかけて向かったのにまともに調査もせず、また1年かけて帰還することになれば不機嫌になる動機としては十分であった。

 

しかも理由も告げられずに、一方的に伝えるだけ伝えて切られてしまったのだ。

 

その時のミズホの顔は、誰も話しかける勇気が出ないような鬼の形相を浮かべていたことは想像に難くない。

 

 

 

(そうね。でも他の惑星に飛ばされるよりはマシってポジティブに考えましょ? その方が気が楽になるわよ?)

 

そんなミズホを宥めるように、ニコニコとカレンはそう言った。

 

「そうだけどさぁ、でも2年も時間を無駄に過ごしたわけじゃん。

 

時は金なり、時間を無駄にするな、だよ。

 

帰還したら絶対に高級レストランを奢らせてやる」

 

しかし、そんなカレンの言葉も空しく、なかなかミズホの怒りは収まらない。

 

腕を組みながら、上官の顔でも思い出したのか拳を固く握り締めてそう言った。

 

(でもミズホは約2年もの間保存されていたのだから、歳はとってないわよ? プラスマイナスゼロに等しいじゃない)

 

「うん、そうだけど…」

 

(だからまだ、27歳のアラサーよ)

 

「殺されたいの?」

 

(あら怖い)

 

 

 

カレンは先ほどの宥める発言とは正反対に、今度は火に油を注ぐような言葉を浴びせた。

 

当然、ミズホはそれに反応して煌々と燃え上がる。

 

27歳ともなると、何かとデリケートな年齢だ。

 

言われたくないことを指摘されて、つい汚い言葉が飛び出てしまう。

 

ふざけるな、とミズホはカレンに睨みを利かせる。

 

それでもカレンは臆せずに、フフと表情を綻ばせながら肩を上げておどけて見せた。

 

 

 

…まったく、いつもこうなんだから、とミズホはその仕草を見て、恨めしく顰めた頬が知らずのうちに緩まった。

 

「しょうがないから、カレンに免じて許してあげる」

 

(そう? ありがとう)

 

どうせ自分のストレスを緩和させるためにわざと口にしたのだろう

 

カレンには敵わないなぁと、ミズホは大きな瞳を見つめ返した。

 

このやり取りも友達としての付き合いの賜物であり、本気で罵りあっている訳ではないことはお互い理解している。

 

まさに一心同体

 

彼女達の関係性は切っても切れない強い結びつきがあった。

 

 

 

 

 

(さて、とは言ってもまだ2時間もあるし、朝の準備運動でもしましょう。

 

寝ている間に身体も鈍っているでしょ?)

 

カレンは一通り恒例のやり取りを交わした後、軍のAIとしてそう提案きょうせいした。

 

「えー…寝起きでそれはちょっと…ご飯とかお風呂に入った後にしようよ」

 

(せっかく食べた物がまた出て来て、せっかく綺麗にした身体がベタベタになっても気にならないのなら、それでも良いけれど?)

 

「…やる」

 

本音を述べればやりたくないに尽きる。

 

なかなか動こうとしないミズホの態度がそれを如術に示していた。

 

しかし、上官が組んだプログラムをAIが受託しているので、実質拒否権はない。

 

拒否したら最後、事を報告され、聞きたくもない上官の声を永遠と耳に入れることになる。

 

そうなったら耳が腐る。それは避けたい。でも訓練もしたくない。

 

ミズホは知恵を絞って有耶無耶にしようと試みた。

 

けれども悲しいかな

 

いくらシミュレーションを重ねてもその全てがAIに負ける結果が見えたので、諦めて指示に従うことにした。

 

「…私のAIなのに」

 

はぁと溜息を漏らしながらベットから降りる。

 

(なにか問題でも?)

 

「別にー」

 

ただ、唯々諾々と従うイエスマンではないぞ、という意味を込めて、軽く遺憾の意は表した。

 

遺憾の意砲の無意味さは時代を超えても同じであった。

 

 

 

 

 

お互い船内後方、一切物が無い白い空間が広がる部屋へとやって来た。

 

広さは大体25mプール1個ほどだ。

 

格闘戦から銃撃戦まで訓練はこの場で行われる。

 

銃撃戦の際はもちろん本物の銃を使用するのではなく、AIによって造り出された映像を使用する。

 

 

 

ミズホとカレンはお互い適度に距離をとった。

 

二人共訓練の為に灰色と黒で構成されるデジタル迷彩、日本軍戦闘服5型へと着替えを済ませている。

 

カレンに関しては特に意味は成さないが、そこは気分の問題だ。

 

 

 

さて、この戦闘服はAIと連動して身体の動きをより精強なものへと向上させる、パワードスーツのような役割を果たす。

 

生身の時と比べ何倍もの力を出すことが可能だ。

 

一般向けに販売されているスーツですら日曜大工で重機を使用せずに家を建てることができる力がある。

 

なお一番のセールスポイントは、普通の迷彩服と変わらない厚さなので扱いに変化がない点だ。

 

 

 

今回の訓練では実践さながら、カレンが操る戦闘ドロイドを相手に格闘戦を行う。

 

つまり、攻撃が当たると痛い。兎に角痛い。

 

ミズホが難色を示した一番の理由がそこにあった。

 

 

 

「ちなみに私は寝起きです」

 

(そうね。もちろんそれは考慮するわ)

 

「本当に?」

 

(もちろんよ。起きて早々従来の力は出せないでしょ? 鈍った身体に適した加減ぐらい、ちゃんとするわ)

 

任せなさい、と胸を張り、誇らかな顔をするカレン。

 

対してミズホは、AIが嘘を言うことは無いと思うけど、妙に嘘くさい詐欺師みたいな顔をしているなぁと、苦笑いを浮かべた。

 

 

 

(では始めましょう)

 

「はーい、お手柔らかっ!にっ!ちょ!」

 

カレンは開始の合図を送ると早々に、ミズホがそれに返答するのも待たずに主人の懐に飛び込んだ。

 

まるでスピードスケートでもしているかのような滑らかさで、速度をそのまま利用し右手をミズホの腹に向けて突き出した。

 

油断していたミズホは過去の訓練の成果により何とか身体を左に捻り、ドロイドの右腕を両手で掴んで攻撃を防ぐ。

 

「えっ! ずるくない!? 私のこと嫌いでしょ!?」

 

(ミズホ、戦は卑怯な奴が勝利するわ。あと、ミズホのことは目の中に入れても痛くないくらい好きよ。ミズホが存在しなければ私も存在できないからね)

 

「いや、カレンは映像なんだからそりゃ痛くないでしょ! あと、好きならもう少し手加減してよ!」

 

どうせ言っても止めてくれないだろう

 

文句を吐き出しつつその程度は自身のAIについて理解力はあるので、ミズホも遅れて反撃に移行する。

 

ドロイドが腕を引っ込めようとするので、右腕を掴んだままその引っ込める力を利用してバランスを崩そうとドロイドの両足に自身の両足をロックオン、ブランコのように足から突っ込んだ。

 

ドロイドはその攻撃をカエルのように前に飛ぶことで難なく躱す。

 

ロボットとは思えない流暢な動きは、カレンの操作技術と化学技術が融合した産物である。

 

ドロイドは両手で着地するとそのまま腕を曲げて大きなバネを作り出し、再びミズホが居る後方へ飛び蹴りを繰り出す。

 

それをミズホはスーツの力を借りて無理矢理身体を空中で回転させることで、ギリギリ避けた。

 

「ねぇ! どこが軽くなの!」

 

(大丈夫よ、ミズホの身体の状態はしっかりと把握しているから問題ないわ)

 

「そういうことを言っているんじゃない!」

 

お互い床に足を付けたところで再び対峙する。

 

カレンはニコニコと、ミズホは険しい表情を浮かべていた。

 

自分のAIは簡単には倒されてくれないようだ。

 

なぜ寝起きでこんなにも激しい運動に取り組まなければいけないのか。

 

それほど運動神経は鈍くないし、身体のプロポーションだって悪くないはず。

 

ただ、いくら嘆いたところで状況が改善されるはずもない。

 

ミズホはその思いの丈を原動力に、今度は自分の番だとカレンへ突っ込んだ。

 

カレンと同じく滑らかに、懐へ一気に距離を詰める。

 

それをドロイドは視線を敢えて右腕、次にミズホの顔に移し、わざとらしくフェイントを誘って惑わせた。

 

そして右手をやや前に出した後、本命のミズホの顔を狙った強烈な蹴りを繰り出す。

 

「っ!」

 

ミズホはフェイントであろうことは直ぐに予測できたが、本命が読めず攻撃に躊躇いが生じ、さらにフェイントであるはずの右手が前に出されたことで反応が僅かに遅れた。

 

「これぐらい!」

 

(甘いわ)

 

辛うじて左腕でドロイドの右足受け止める。

 

「ウ゛…」

 

が、それを待っていたとカレンは隙のできたミズホの顔に頭突きを浴びせて、ミズホは勢いそのまま、潰れたカエルのような声を発して後方へ倒れた。

 

人間とAIの攻防は、AIの優位性が保たれたまま呆気なく終わった。

 

「…痛い、泣きそう」

 

(ごめんなさい、もう少し手加減すべきだったわね)

 

何度も痛い訓練を受けているとはいえ、痛いものは痛い。

 

だから嫌なの!と、内心で叫んで、ミズホは顔をしかめてしばらくの間踞っていた。



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生き続けろ

入浴と食事を済ませ心をリフレッシュさせた後、カレンが間もなくワープを出ると告げてきたのでミズホはCICへとやって来た。

よいしょとセンターの席に腰を下ろす。

とは言え、特段やることは無い。

オートパイロットにより設定座標まで自動で飛行してくれることもあるが、仮にイレギュラーが発生してもカレンが対処してくれるからだ。

そんな彼女も当たり前のようにミズホの横に腰かけた。

 

(2年振りに地球とご対面ね)

「探索任務で1番楽しい瞬間が、この戻って来て青い地球を見られるとこだよね」

自身のAIへの厚い信頼のもと、ミズホは少しだけワクワクした面持ちで光の世界を眺めた。

(地球は青かったってキメ顔で言うのかしら?)

「それはもう二番煎じどころの話じゃないよね」

(別に誰に聞かれることもないのだから、言っても構わないと思うけれど)

あなたがいるでしょ? だから絶対に言わない。

カレンの冗談にミズホは半眼を返す。

口に出さずとも主人の言いたいことはカレンに伝わり、それがまた可笑しくてカレンは一層口角を上げた。

あぁ、可愛い。なんて可愛いのかしら。

そんな呆れた眼差しさえも絵になるわ。

 

「そろそろかな」

まさかそんな想いを抱かれてるとはつゆ知らず、ミズホはふいと顔を反らすと、もうワープを抜ける頃合いだろうと目線をレーダーへと移した。

(そうね、もう出るわよ。衝撃に備えてちょうだい。3,2,1…今!)

「おぉー…お?」

 

カレンのカウントダウンと共に、船は大きな衝撃波を伴ってワープを抜けた。

光の世界が終わりを迎え、辺りは闇に包まれる。

その中で、青い地球は輝いていた。

しかし、その輝きを放つ地球の周囲を見て、ミズホは眼を擦る。

夢でも見ているのかと。

「…あれ、こんなだったっけ?」

(いえ、普通じゃないわ)

「やっぱりそうだよね」

一目で見て分かるほど、なにやら雲行きが怪しい。

地球とそれを覆うように群がる衛星は普段通り周回しているようだ。

けれど、それとは別に宇宙船と思わしき残骸が、まるで木星の輪の様に地球の周りに散乱していた。

 

自分が遠征している間にまた戦争が始まった?

だから呼び戻されたのか?

ミズホは自身に下された命令の理由を推察した。

いやでも、とミズホは首を傾げる。

例えそうだったとしても、あまりにもその残骸の数が多い。

しかも自分の船以外活動している物が一隻も存在しない。

明らかに戦闘用とは無縁の船の残骸まであるし、これはやばいかもれない。

 

ミズホはこれは前途多難だと思わず身構える。

そして状況を確認するために、直ぐにカレンに基地へ連絡を取るよう要求した。

(…駄目ね。日本もそれ以外の国の軍事施設も民間施設にさえ繋がらないわ。

もう少し地球に近付けば改善できるかもしれないけれど、現状できることは何も無いわね)

カレンは首を横に振ってげんなりとした。

芳しい返答ではなかった。

「うーん、嫌な予感というか罠の可能性がプンプンするけど、上官の帰還命令に逆らうこともできないし、ここに留まったところで状況は改善しないよね」

うーんと首をかしげて最適解を探しだすが見つからず。

「乗り気はしないけど、とりあえず母港に戻る方向で進みましょ。カレン、慎重にお願いね」

はぁと盛大に溜息を漏らすと、ミズホは苦虫を嚙み潰したように件の輪を見据える。

(ええ、任せてちょうだい)

カレンは命令通り、船の速度を落として様子を窺うように慎重に歩みを進めていく。

船内では二人共険しい表情で青々とした母星を眺めた。

 

 

 

状況が悪化したのはそれから間もなくのことであった。

母港へ帰港するために、念のためカレンの手動操縦に切り替えた上で慎重に進行していると、それまで息を潜めていた対艦攻撃能力を備えた衛星がミズホの船を標的に四方八方から攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

「カレン!シールド全快! 不要な装置に使用しているエネルギーを停止してエンジンとシールドに振り分けて! 攻撃回避のためなら無茶をしても大丈夫だから!」

(承知よ。シールド展開100%。エンジン・シールド以外の操縦に関わる各種機能以外停止を確認。エンジンとシールドに振り分け完了。

ミズホが死亡しない程度の無茶な操縦に対する本人の了承を確認。これから全力で艦を動かすわ。

可能な限り回避行動はするけれど、最悪生存率を少しでも上げるために脱出も選択に入れるから脱出ポッドへ行ってちょうだい」

「分かった!」

無論船を脱出する事態に陥らないよう全力で臨むつもりではあったが、流石のカレンも対軍との戦闘となると100%の保証は出来かねた。

最悪を想定してミズホに促したが、とは言えカレンとしてはプライドに賭けて撃墜される気は毛頭ない。

任せて、と不敵な笑みを浮かべると、ミズホは一度頷き急いでポッドまで駆けて行った。

 

その間にも既に数発レーザーが当たってはいたが、シールドが展開されているので現状問題はない。

しかし、シールドを維持するにはエネルギーが必要であり、レーザーが強力であればエネルギーもまた多く消費される。

遠方の惑星と地球を往復したので余裕はあまり無い。

ミズホが脱出ポッドへ入り身体を固定したことを確認すると、即座に全力で回避行動を開始した。

 

各国のレーザーが光を放つ。

地上から見上げれば流れ星が巨万も横断しているように見えただろう。

しかし、現実はそんなロマンチックな光景ではなく戦争だ。

カレンは攻撃で破壊されたのであろう船の骸を盾にし、その光の隙間を掻い潜る。

レーダーの情報を頼りに、持ち前の計算力で絶えず最適なルートを弾き出していた。

それでも各国が競うように打ち上げた衛星が巣を守る蜂のごとく群がり、面制圧を仕掛けてくるので全ては避け切れない。

カレンは不愉快そうな顔を浮かべながら脅威判定によって取捨選択を行い、比較的威力が弱いレーザーは無視を決め、威力の高いレーザーだけを避ける方針へ切り替えた。

 

それからすぐのこと。

ミズホ達を何としてでも破壊しようと、5基の大型衛星が綺麗な隊列を組んで船の進行方向からこちらに迫り、眩い巨大な光を放つ。

それぞれタイミングを合わせて照射し、船は右へ左へ、上へ下へ旋回しながらそれを卓越した技量で避けるが、回避した先には別の大型衛星が待ち構えていて、待っていましたとレーザーが正面から放たれた。

誘導されたか、とカレンは自分が負かされたことに更に面白くない顔を浮かべたが、冷静にデコイをばら蒔き急降下することでなんとか回避する。

衛星は船とは反対方向へ飛翔した一時的に猛烈な熱を帯びたデコイに反応し、関心はそちらへ逸れた。

(今のは結構危なかったわね。とはいえ攻撃を避けられたから良しとしましょう)

 

それからカレンは、今の無茶な動作でミズホの身体に支障をきたしていないかどうかを確認する。

ミズホは真っ青な顔で口を紡ぎ、込み上げてくるものを出さないように頑張っていた。

カレンは申し訳なさ半分、面白さ半分で映像を記録し、あとで本人に見せようと心に決めた。

続けて、艦のカメラ越しに写った景色を眺めた。

先ほど衛星が放った光線の先は、宇宙ゴミや艦屑、全てを焼き払い何も残っていなかった。

 

その後も粗方宣言通り致命的な攻撃を回避し続けると、カレンの下がっていた口角は徐々に上がっていった。

余裕が生まれた証である。

(進むべき道は問題だらけね)

とはいえハエのようにたかる敵衛星は、ぶんぶんと煩く餌に飛びつかんとする。

さて、この状況をどうやって打破するか。

カレンは腕を組み回路をせわしなく働かせる。

なるほど、自身が遠くへ遊び(ちょうさ)に行っている間に大幅な技術革新が無かったことは、今までの戦闘で確認済み。

故に自身の戦術プログラムで対処可能だ。

だが、何故かこの船の識別コードが意味を成していないらしい。

赤旗が攻撃してくることはまだ理解の範疇に収まるが、星条旗が誇らしげに書かれた衛星まで攻撃を仕掛けてくるではないか。

しかも国に関係なく見事に連携が取れた動きを見せている。

つまり、何かしらの組織がシステムを掌握して、接近する全ての船に無差別で攻撃させている可能性が高い。

少なくとも人為的なものであり、故障ではないことは証明できた。

宇宙でこれだから果たして地上は無事なのか。

(テロ…もしくは私達(AI)の反乱?

仮に反乱だとして、私が異常をきたしていない理由が思い当たらない。

テロである可能性が濃厚かしら。

そのさなかにミズホを行かせるのも考え物だけれど…っ!どうして!)

 

攻撃を曲芸によって回避しながらあれよ、これよと考察を続けるカレンであったが、その余裕は唐突に失われた。

(そこに居ろってことかしたら!)

カレンはゴミ屑しか存在しないはずのルートを確かに選択したはずであった。

ところが、不意に大型の衛星が船を囲むように出現したのだ。

彼女達にとって最悪なことに、既に砲塔はこちらに向けられて発射準備は終わっている。

なぜ発見が遅れてしまったのか、と普段は何事にも動じないカレンが珍しく凍り付く。

けれど、彼女が気付けなかったのも無理は無い。

その大型衛星群は、巨大なゴミの塊を遮蔽物にして姿をくらませていたのだ。

さらに、ギリギリまで機能を停止させていたこともあり、船のレーダー上では他のゴミと同じ扱いをしていた。

仲間の情報から、大型衛星は始動すると即座に砲塔をミズホの船に合わせてレーザーを射出する。

 

(ミズホごめんなさい!船は捨てるわ!)

瞬時に現状のエネルギー量では防ぎきれないと判断すると、脱出ポッドとデコイの発射、艦のエネルギーをシールドへ全て注ぐ作業を同時に行った。

ギリギリでポッドが船から発射され、ミズホは旅を共にした船から命からがら脱出した。

直後、船に攻撃が当たるが直ぐにはシールドの効果で破壊されない。

その他の衛星も出現して続々と攻撃を仕掛けてきたが、デコイにも反応を示したのでポッドは無事であった。

 

「出力最大!囮の効果が効いている隙に距離を稼いで!」

(承知。ポッドの出力最大)

ミズホは引き続き青い顔のままであったが、事態を冷静に受け止め的確に判断を下した。

カレンは申し訳なさそうな顔を浮かべながら、ミズホの要求通りポッドは保持する力を最大限出力し、混沌としている空間から脱出を試みる。

シールドとエンジンへ適切なエネルギーの配分を瞬時にカレンが演算で弾き出した。

 

その間にも、衛星から発射された光の束が艦やデコイを襲撃していた。

破壊され爆発するデコイ。レーザーを照射され続け徐々に赤く熱を帯び始める船。

ミズホはそれを眺め、平和な世界は無くなってしまったと、やるせない気持ちになった。

囮が破壊され尽くされてこのポッドが標的にされるのも時間の問題か、と自身の死についても考え始めた矢先

ついに先ほどまで乗っていた艦が囮の役目を果たし大爆発を起こした。

 

「(まずい!)」

 

咄嗟の判断でエンジンを停止させた後、全てのエネルギーをシールドへ回す。

カレンの予測よりも早く船が破壊されてしまったためポッドは船から十分距離をとれておらず、爆発の余波がミズホ達へ襲い掛かった。

灼熱と波光に晒され脱出ポッドはやがてエネルギーを使い果たし、大きく体勢を崩して地球へ吹き飛ばされる。

ポッドはエネルギー切れを感知すると、自動で乗組員の安全を確保するために別系統の予備バッテリーを使用して室内を冬眠モードへと切り替えた。

 

ミズホは薄れ行く意識の中、家族や友人、そしてカレンの身を案じた。

おかしい、絶対におかしい。毎日堅実に生きてきたはずなのに…

2時間ほど前に永い眠りから目覚めたばかりだというのに、ミズホは再び永い眠りに就いた。

 

(ごめんなさい、私のミスでこんなことに…)

カレンは身体機能が長期休眠モードへと強制的に切り替わった主人を眺めながら、手の施しようのない現状を愁える。

動かなくなったミズホの手に自身の手を重ねて、深々と溜息を吐いた。

しかし、それも直ぐに別の感情へと切り替わる。

 

くそ、くそ、くそ。

ミズホの幸せを邪魔して良い存在などこの世にあってはならない。

もがいて、這い上がって、必ずミズホを幸せにする。

喧嘩を売ったことを後悔させてやる。

待っていろ、クズ共が!

決意を新たにカレンは全身で憎悪を滲ませる。

 

次こそは絶対に…

 

生き続ける。

 




次回も1週間以内に更新できればと存じます。
誤植があればお知らせください。
お願いします。


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ちゃんとする

「仕事内容は問題ないんだけどさ、人がねぇ。1人すごいウザイ人がいてさ、自分でやるべき仕事を押し付けてくるの。ほんとクソ。早く異動してほしいわ」

「分かるわー。居るよね職場に1人か2人ムカつく奴。私は幸い目の前にイケメン君が居るから、嫌なことがあった時はそれで浄化してる」

「浄化って。新興宗教にでも加入した?」

 

気が付けば既視感のあるテラス席で優雅にティータイム。

ミズホの前にはティラミスと湯気漂うダージリンがある。

けれど、鼻には華やかな甘い香りは入ってこないし、湯気を(なび)かせる風も感じられない。

なんなら寒いか暑いかもよく分からなかった。

それでも、そんなことは微塵も気にならなかった。

そんな些細な問題よりも、テーブル越しにはしゃぐ友人達とのひと時を楽しみたいと思う。

 

「あ! そういえばハルカ猫見せてよ」

「そうだそうだ、ちょっと待ってね」

 

友人の1人、ハルカは少しだけ何やら考える素振りを見せる。

頭の中でAIに画像を探らせているのだろう。

数秒でそれぞれのAIに画像が送られて、目の前に子猫の映像が現れた。

 

茶トラだ。可愛い。

名前は確か……「ちゃちゃ」だったはず。

ハルカらしい単純な名前の付け方だと思った。

 

「え、めっちゃ可愛い! なにこれ! いいなぁ、私も癒されたい」

「でしょ! 毎日仕事から帰ると出迎えてくれるの。もうストレスとか吹っ飛ぶよね」

「頭良いんだね。名前はなんて言うの?」

「ちゃちゃ」

「ちゃちゃ……見た目通りの名前だね」

 

あれ、でも何で名前を知ってるんだろう。

今日初めて見たはずなのに……

でもなんだか懐かしい思い出だな、とミズホは微笑んだ。

 

「あ、またアップデートだって」

「ね、どんだけ容量食えば気が済むんだか」

 

猫の映像を消してから、ハルカは自身のAIからの通知に顔をしかめる。

 

「ここ最近ずっとやってるよね。メモリ満杯になるっての」

「ミズホからサエキ君に『無駄なアップデートはやめろー!』って言ってよ。確かチップのSEだったよね?」

「……え? あぁ、え?」

 

それまで2人で完結していた会話

急に話を振られてミズホは眼を瞬かせた。

 

「ちょ! アズサ!」

「え? なに?」

「なにって、もしかしてまだ聞いてない?」

 

するとコーヒーを飲み始めたハルカはガチャっとカップをぞんざいに置くと、慌てて話題を振ったアズサに顔を向ける。

なにか不味いことでも言った?という風に不思議そうにするアズサと、そんなアズサとこちらに何度も視線を往復させるハルカ。

そうだ、この時点ではまだあの事はアズサには伝えていないから、あの台詞を言わないと。

ミズホはどこからか湧き出る義務感に駆られて、視線を友人の目に向ける。

 

「えっと、あの人とは別れたんだよね」

 

記憶を辿り、いつしかの日常と同じ台詞、苦笑を作った。

 

「え、え、え……なんで? あんなに仲良かったのに」

 

案の定その事実を知らされていなかった友人は口をあんぐりと開け固まる。

まるで典型的な漫画の一場面だ。

1,2秒ほど経過して再起動したアズサはオロオロと、猫の時とは思えないほど小さな声で質問を投げかける。

 

「向こうに新しい女が出来たんだって」

「え? なんで?」

「たまにしか会えないのがしんどかったらしいよ。ほら、私卒業してすぐに山口行っちゃったし、仕方ないんじゃない?」

「は? なにそれ? 向こうも忙しそうだしお互い様じゃん。勝手過ぎでしょ」

 

だがそれもミズホから事情を聴いて180度転換した。

不愉快さを前面に醸し出し、額に2本の皺を作る。

美人が台無しよ、とミズホは前回体験した時と同様の感想を抱いた。

 

「もう終わったことだからそんなに怒らないで」

「ミズホはそれでいいの?」

「うん、大丈夫。まぁ20年以上一緒に居たからね。辛いと言えば辛いしそれまでの人生は駄目になった訳だけど、逆に言えばまだ70年くらいは楽しめるんだからいいんじゃない?」

「でも20年も貴重な時間を無駄にしたんだよ?」

「昨日まで無駄だったんだから今日は尚更いいものにしないとでしょ? 楽しむか悲しむか選べるんだったらさっさと気持ちを切り替えて楽しまないと」

でも結局、今でもくよくよしてるから宇宙軍に異動したんだけどね、と心の中で付け足す。

 

ミズホが幼馴染のサエキと恋人関係になったのは高校に入学してから。

物心付いた時から一緒にいた彼との関係は順調そのものだった。

結婚することが当たり前だとさえ思っていた。

その交際に陰りが出始めたのが、大学を卒業して就職をしてからだ。

ミズホは空軍の教育機関に、サエキは大手IT企業の研究室にそれぞれ監禁され、お互い自身の生活で手一杯だった。

片方が休暇を取得できても片方が仕事で会えないことが重なり、恋人なのに会えるのは年にたったの1.2回。

サエキはそんな織姫と彦星のような間柄に耐えられなかったようだ。

社会人2年目のある日、唐突に20年以上の繋がりがピリオドを迎えた。

何となく醒められていることは察していたミズホであったが、いざその時を迎えると堪えるものがあり、その月のミズホは仕事以外の時間はベットにうつ伏せで倒れていた。

枕カバーは毎日濡れていた。

 

「ミズホは優しすぎるでしょ。私だったら迷わず家に突撃するけど」

「だって会えないのはどっちの責任でもないし、彼が一方的に悪いわけじゃないし。会えない私よりも会えるその人に惹かれるのは仕方ないよ」

「…余計にサエキ君をぶっ飛ばしたくなった。ねぇカレン」

 

アズサは自身のバックからA4サイズの端末を取り出すと、画面をタッチして起動させた。

するとそこにはミズホのAIであるカレンが映し出される。

端末を通じてカレンを他人に見せることは可能であるので、ミズホは仲の良い友人には彼女のことを紹介していた。

 

「久しぶりね。私を呼び出してどうしたのかしら」

 

端末の中のカレンは相変わらずの美人だった。

ミズホが目指す美の要素が詰まった存在。

AIだから数百年経ってもこの美貌は維持できる。

 

「カレンならサエキ君のAIにハッキングできるでしょ? 何か陰湿な嫌がらせしてきてよ」

「ちょっと待って! 駄目に決まってるでしょ!」

「分かったわ。すぐに実行するわね」

「カレンも待って!」

 

ふふふと悪そうに笑う2人にミズホは本気でやりかねないと止めに入る。

ハルカも止めて、と顔を向けるが、苦笑するだけで止める気はないようだ。

どうやら気持ちは2人と同じらしい。

本当にそんなことをしでかしたら軍規に違反して捕まってしまう。

これ以上人生が無駄になってしまったら狂うに違いない。

 

「任せてちょうだい。ミズホに悪いようにはしないわ」

「え? まさか本当にやろうとしてる?」

 

いくらカレンでもまさか実行することはないと思う。

……いや、カレンならやりかねない。自信がなくなってきた。

あぁでも結局あれは冗談で収まったはず。

カレンが脅迫文を作成するに留まって、それもすぐに削除した。

 

 

故郷に帰ってきたような懐かしさ

……だんだん視界がぼやけてきた。

そろそろ起きなければならないようだ。

だとしたらこれは夢だったの?と思うけれど、考える暇もなく意識が薄れてゆく。

ミズホはこの何でもない日常の思い出を手放さなければならないことを悲観した。

 

 

 

 

 

とある閑静な住宅街

辺りはプール付きの家、子供向け遊具が備わっている家

はたまた立派な庭園のある家など、比較的裕福な層が建てたであろう不動産が建ち並ぶ。

休日になったならば、家族揃って庭でバーベキューでも楽しむ絵が想像できる。

 

しかし、家はあるのに、そこに主人公となる住人の気配は全くない。

朝昼晩に関係なく、周辺を訪れる人はゼロであった。

その様を物語るように、ここら一帯に人の手が加わらなくなってから相当年月が経過したのか、道の割れ目には雑草が青々と生育し、垣根や門には蔦が絡まる。

家屋によっては家主が帰ってくることを待ちくたびれたのか、倒壊しているものさえある。

玩具、自転車、車が、最後に持ち主が置いた位置から動くことはなかった。

 

そんな時が止まってしまったかのような廃れた住宅街の一角

屋根に大きな穴が開いた、同様に状態の悪い廃墟があった。

室内には無事であった他の家具と共に、屋根を壊した犯人であろう丸くて巨大な箱が鎮座している。

人の居ないこの街ではそれを撤去しようとする者も現れず、長年雨ざらしの状態で放置されていた。

 

その日も取り留めもない一日であるはずだった。

時折鳥が鳴き、風が吹いて木々が揺れる。音の発生源はそれくらい。

しかし、何の前触れもなく箱の中身を守っていた蓋がけたたましく音をたてて外れたことで、数年振りに状況に変化がもたらされた。

蓋は目の前の家具を押し潰しながら倒れ、その役目を果たし終えた。

件の箱の外側は、長年の雨風や屋根を破壊した時などにできた傷で何ともみすぼらし外見をしていたが、対照的に内側は、その見た目からは想像もできないほど綺麗な状態が保たれていた。

そして中には一人、箱の持ち主であろう黒髪の女性が穏やかに眠っていた。

 

蓋が外れて中身が露わになってからまた更に時が経ち、内部と外部の温度が徐々に同一のものになる。

それがきっかけとなったのか、やがて彼女はゆっくりと瞼を開いて視界に光を取り込む。

 

(おはよう、お昼寝はもう十分?)

「……ぁ、うー」

 

ミズホは宇宙での戦争を命からがらなんとか逃げ延びて、地球に帰還してからしばらくの間、この脱出ポッドで永い眠りに就いていたのだ。

その眠りから目覚めたミズホは、しばしぼんやりと外の世界を眺めていた。

何がなんやらさっぱり、といった雰囲気だ。

カレンは主人が目覚めたことに対して、普段よりもやや嬉しそうな笑みを浮かべていた。

ついでに分析の結果、身体や脳に大きな障害は無さそうだと判明

カレンにとっては朗報であった。

 

(無理に喋ろうとしなくても大丈夫よ。

それよりもまずは左側にあるケースから緑のラベルが貼ってある薬を飲んでちょうだい)

 

舌が思うように動かない。

何故だろう。今までこんなことはなかった。

コクリと頷いて、ミズホは上体を起き上がらせようとする。

しかし、身体も思うように動かせなかった。

舌が動かないのだから当然と言えば当然のこと。

けれど、身体が動かない衝撃と恐怖にパニックに陥りかけた。

そんなミズホを予期して、カレンはミズホに優しく大丈夫だと微笑みかける。

 

(大丈夫。大丈夫だから落ち着いて)

 

軍人としてどんな状況下でも冷静に行動しなければならない。

ミズホはカレンの笑顔も加わり精神をちゃんとしなきゃ、とコントロールすると、言われた通り薬を飲めば解決するだろうと予測し、左腕に神経を集中し何とかケースまで動かす。

震える手で薬を取り出し、時間をかけて口の中まで運んだ。

何故普段できることができなくなっているのかまるで理解できない。

けれども考えるのは後でいくらでも出来ると、まずはゆっくりと奥まで流し込み、その時まで静かに待機した。

すると、暫くして体中のエネルギーが駆け巡るような力強さが(みなぎ)り、今度こそ上体を起こすことに成功した。

 

(筋肉を活性化させる薬よ。でもこれだけだと不安定だから、流動食を摂取してね。あ、固形は駄目よ。胃が受け付けないわ)

 

ミズホはまたコクリと頷いて、同じケースに入っていた緊急用の流動食を胃に流し込んだ。

少しだけキュッと締め付けられる腹痛に見舞われたが、それもすぐに収まった。

薬のお陰だろう。

カレンはその間も終始ニコニコと安心を与えてくれた。

 

「……おはよう。あと、ありがとう。分からないけどお昼寝にしてはちょっと長すぎる気がする」

(長すぎる……確かにそうね……)

 

けれど、そのミズホの支えともなったカレンの笑顔は、ミズホの一言でひどく神妙な顔つきへと変わる。

続けて何かを告げようと口を開きかけるが、すぐに閉ざされた。

それから、しばらく顎に手を添えて考える素振りを見せた後、何かを決心をしたようで再度重い口を開けた。

 

(ミズホ、起きて早々申し訳ないけれど、これからとても大事なことを言うわ。

それはミズホをとても苦しませることになる。でも、ミズホはそれを知らなければならないの)

 

そんな逡巡を繰り返すカレンの態度は、ミズホの記憶の限りでは過去1度もなかった。

つまり、並大抵のことではない事態が私を襲っているのだろうと考え、思わず唇を紡ぐ。

 

(心の準備が整ったら教えてちょうだい)

「大丈夫、これでも私は軍人だし、さっきはあれだったけど精神面も鍛えてあるから」

(そう、それなら…)

 

ミズホの決意にそれならばと語り始めるが、それでもカレンは歯切れが悪くなってしまう。

自分の主を、悲しみのどん底へ落としかねない内容を口にしなければならないからだ。

下手をすれば再起不能に成りかねない。

最悪、自殺すら選択肢に入りうるだろう。

カレンは、凡そ半分の確率でミズホがそれを選択するだろう踏んでいた。

故に、そんな博打を打って良いか判断しかねていたのだが、ミズホが黙ってカレンの瞳を見据え続きを促すので自身も覚悟を決めて再び話を切り出した。

 

(まず、宇宙での戦闘は覚えているかしら?)

「えぇ、船を捨てて脱出したところまでは覚えてる」

(そう。その後私たちはその船の爆発に巻き込まれて、方法は違うにしても地球には戻って来られたわ。

ちなみに今私たちがいる場所は、ドイツ、ニュルンベルクの郊外よ)

「それは悪くはなかったと捉えるべきかな?」

変な惑星に飛ばされたり宇宙を放浪したりするよりはマシ、運が良かったんだと思う。

……でもそういう事ではなくて、別に悪い話があるんでしょ?」

 

なんだ、そんなことか、とミズホは一瞬事を甘く捉えた。

しかし、カレンの自身を気遣う表情を見て、まだ何か別の事案が発生しているのだと悟り、震える声を抑えながら再度気持ちを引き締める。

そして遂にそれは告げられた。

 

(そうよ。その悪い話だけれど、ミズホが寝てから目覚めるまでだいたい……300年近く経過したわ)

「ッ!」

 

 

そんなこと、誰が予想できるだろうか

 




次回も2週間以内に頑張ります。


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卑怯の王

(そうよ。その悪い話だけれど、ミズホが寝てから目覚めるまでだいたい…300年近く経過したわ)

「ッ!」

 

その衝撃的な報告に絶句し、ミズホは瞬きはおろか呼吸まで停止してしまったかのようであった。

続けてどうしようもない虚無感に襲われて、廃墟の中で手をだらんとさせて1人棒立ちになる。

夢の続きであってくれ!

ミズホは強くそう願うも、カレンの真剣な眼差しを読み取ってこれは現実なんだと理解した。

 

嫌だ、なんで?

なんで私? 

なんで私がこんな目に遭わなければならないの? 

 

何かした?

何をした?

 

知り合いは誰も居ないの?

誰も?

1人も?

誰か、誰でもいいから

助けて なんとかして

 

本当に嫌だ 

嫌だ

嫌だ

嫌だ

嫌だ

 

無理、嫌だ……死にたい

 

 

怒りや悲しみ、様々な負の感情が心の中で巨大な渦を巻いていた。

ミズホの人生でここまで深い闇に落ちたのはこれが初めてで、制御が利かない。

どす黒い感情に連動するように、心臓の音が太鼓を高速で打ち付けているみたいに響き渡たる。

爆発するのは時間の問題だろう。

それでも何とか踏みとどまっているのは、彼女の優秀さの所以であった。

 

変えられない過去、救いようがない現実、先の見えない未来

いくら科学が発達しているとはいえ、タイムマシーンなど存在しないのだ。

もう自分が、家族が、友人達が生きていた時代には戻れない。

やり直しは利かない。

その確かな事実が感情を煽り立てて、心が限界を迎えようとしていた。

行きつく先は死

 

「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」

 

何故だろうか

堰を切ったように涙が溢れる。

1滴零れ落ちるともう止められない。

どこへ向けられたかは分からない謝罪の言葉と共に足が震え、身体を支えきれなくなり膝から崩れ落ちて小さく丸まる。

埃が溜まった床に水溜りが出来た。

 

(ミズホ)

 

そんなミズホの滲む視界の端に、いつもより柔らかい声色のカレンが映り込んだ。

 

(悲しいわよね。虚しいわよ)

「……」

(それに悔しいし憎いわよね)

「……」

(分かる、分かるわ。辛いわよね、私も辛いわ)

「……分かるって、カレンに私の何が分かるの? AIでしょ? 所詮人口知能でしょ? 機械が人の気持ちを理解できるっていうの!?」

(……出来過ぎた発言だったわ。ごめんなさい)

 

言った後、赤く腫れた目をカレンの方へ向けて、はっと我に返る。

そこには申し訳なさいっぱいの悲しそうな笑みを浮かべるカレンが居た。

本気でそう思った訳ではなかった。

けれど胸に秘める負の感情を堰き止められず、ミズホはついカレンに八つ当たりしてしまったのだ。

カレンは何も悪くない。自分と同じ被害者なのだから。

そんなことは分かっている。

それでもすぐに「ごめんなさい」の言葉は発せられなかった。

 

(確かに、私はミズホの本当の気持ちまでは分からないわ。だから、ミズホの想いを聞かせてほしいの)

「……うん」

(私はミズホのことが好きよ。そんなミズホが居なくてなってしまったら、きっと私はおかしくなるわ)

「……うん」

(ただの我儘に聞こえるかもしれないけれど、とにかく生き残ってほしい)

「……うん」

(ミズホは今何を思ってる?)

「私? 何をって……」

(その気持ちを無くせとは言わないわ。でも……それでも、これからも一緒に歩めないかしら?)

 

カレンに問われてほんの僅かに残っていた理性が、危機的な状況、ダムの決壊を察知した。

渦に飲まれて流されるまま最底辺まで辿り着いた時

ミズホはふと、客観的に自分の心の状態を把握できた。

このまま行くと、ショックから発作を起こして死ぬ

たぶん死んだら楽になる 現実から逃げられる

でも本当に死にたいの?

いや、1度負けたからって無様に死にたくなんかない

 

「こんなクソみたいな世界で死んでやるもんか」

 

明日自分がどこに居るのか分からないし、何をやっているのかなんて想像が付かない。

もしかしたら、物乞いをしてるかもしれないし、身売りしてるかもしれない。

それでも、自分をこんな目に遭わせた連中は懲らしめたいと思う。

 

絶対に許してやらない

思い返すとイライラしてきた

許さない

クソ クソ クソ!

 

「クソがぁ―!」

 

あらん限りの大声で叫び散らすと、ミズホは胸に手を添えて心を掌握する。

それから徐に立ち上がると決意を新たに今度は頬を両手でパシッと1度、本気で叩いた。

真っ赤になってヒリヒリとする頬を気にもとめないで、深い深呼吸をゆっくり行う。

最後に「もう大丈夫」とカレンに向き合った。

 

「さっきはごめんね。本当はあんなこと思ってないから」

(えぇ、分かっているわ。私は大丈夫よ。ミズホが死んでしまうことと比べたら些細なことだわ)

 

ニコニコとカレンは笑顔を浮かべている。

自分のことをこんなに大切に思ってくれる人がいるならば、頑張って生きようと心に誓う。

 

「300年って年月は、間違いないんだね?」

(えぇ、私が継続的に記録していたから間違いないわ。

その間可能な限り情報を収集して、このふざけた災いを創り出した原因も突き止めたわ)

「教えて」

 

それから、ミズホはカレンに言いたいことが他にも山ほどあった。

だが、ひとまず事態を把握することに努めるため、カレンの報告をすべて聞くことにした。

 

(始めに各国の衛星が私達を攻撃してきた理由だけれど、【AIから人類を守る会】を名乗る組織によるテロの結果だったわ。

どのように開発したのかはデータが完全に抹消されていて不明だけれど、ウイルスを先行して世界中にばら撒いて地上のすべてのAIに潜伏させたところで、ウイルスが起動する暗号を発信したらしいわ。

AIが指示を出せる機械類はもちろん、人に埋め込まれたチップまで掌握されて一瞬で自我を失いただの物へと成り果ててしまったようよ。

つまり人類の6割がその時点で死亡してしまったのと同義ね。

衛星を管理していた人間も恐らく支配を受けて地球に接近する船を全て攻撃するように設定したのだと思うわ。

こんな大がかりな作業、組織は相当前から準備に勤しんでいたようね)

 

静寂の空間に、カレンの溜息が大きく響いた。

その淡々とした報告を聞き終えて、ミズホは再び驚愕する。

加えて、そんなことが可能なのかと訝しんだ。

 

(具体的にどんなウイルスなのか、プログラムの解析とそれに対するセキュリティー構築は時間があったお陰で完了しているわ。

仮に今後同様の手口が行われても、少なくともこの私が乗っ取られることは99.9%あり得ない。安心して。

……でもAIが人を支配したのに私を信じろというのも難しいわよね)

 

そう言うカレンのミズホを見つめる水色の瞳は濁りを見せ、普段の明るい雰囲気も影を落とす。

 

「大丈夫、私はカレンのこと信じるよ。

私のこと好きなんでしょ? 私も好きだから。

もし裏切られたとしても、それは見抜けなかった私の実力のせいだから仕方ない。

だから今まで通り、私のサポートをお願い、ね?

いずれにしても、カレンのサポートが無ければ私はこの世界で生き抜くことは不可能でしょ?」

 

そんなカレンの表情を見てやりきれない気持ちは依然としてあるものの、AIというよりも親友に近い存在だと考えている彼女に辛そうな顔をさせたくないと、ミズホは無理矢理笑顔を作りだしそう答えた。

 

(ありがとう、サポートは任せて。誰にもミズホを傷付けさせないわ)

 

カレンにとっては喜ばしいその返答を聞いてその大きな胸を張り、任せなさいといつも通りのニコニコとした顔に戻った。

その顔を見てミズホは深い安堵を覚えたのと同時に、冷静に考えて、カレンが300年もの間自分が起きるまで待ち続け、そればかりか情報収集まで抜かりなくやってのけていたという事実に思い至り、その偉大さに感服した。

 

「ありがとう、カレン」

(? どういたしまて?)

 

感謝の言葉は自然と出た。

短くない時を共にして、さらに今回の事件も含めてカレンは他のAIとは違う、というより、最早AIを越えた存在だと、ミズホは認識を新たにした。

そのカレンとしては、サポートを行うことは当然の義務であり、AIが信用を失った現状においても自分を信じてくれる主人に対してむしろこちらの方が感謝すべきだと判断していたので、何故感謝の念を向けられたのか理解できない不思議そうな顔をしていた。

 

 

その後、ミズホはカレンからの報告を受けて、世界と自身の現状について把握した。

人類はチップを移植しなかった4割がAIの支配を受けずに済んだため、まだ生き残っている。

しかし、残りの支配を受けた6割の人類と機械の攻撃を受けてその数は大幅に減少。

生き残りは新たに都市国家(ポリス)を創造し、生存と再発展を目指してAI軍と戦争を継続している。

原因を創り出した組織は最後、日本に拠点を置いていたようだが、現在は行方が掴めないそうだ。

 

そしてなぜカレンが影響を受けなかったのか

それは、地球から惑星へとワープ中に、外部との通信が完全にシャットアウトされていたからとのこと。

つまり、暗号を聞いていなかったので、ウイルスが反応しなかったのだ。

ネットワークを一定期日遮断した結果、AIチップを埋め込んでいても助かっている人がミズホ以外にも存在する可能性はあるそうだ。

ただし、事件から既に300年以上経過しているため、その人達も生存している確率は限りなく0%に近い。

その上で今後の方針をどうするか、カレンは尋ねた。

 

「……そうね、形はどうであれせっかく生き延びたのだから、自殺とか無駄死にするつもりはない。

お父さんとお母さん、それと友達、上司や部下達にはもう少し待ってもらいましょう

とりあえず、当面の目標は日本へ帰ること。

でもその前にその都市へ立ち寄って、必要な物を調達する方向で」

 

ミズホは眉間に皺を寄せしばし考え込んだ後、視線を空へ向けて力強くそう決意を表明した。

その表情に悲観はもう存在せず、朗らかな笑顔さえ浮かべていた。

そして小さくstairway(天国) to heaven(への階段)はどこにあるんだろう……と一言呟いた。

 

(承知しました。最寄りの国家は……ミュンヘンの方ね。ここからだと200km近くあるわ。

本格的に移動をするのであれば、移動手段を確保した方が良いかもね)

 

本心はどうであれ、主人に活気が戻ったことを確認すると、カレンは嬉々として即座に仕事を開始する。

嘗て人類が張り巡らしたネットワークを活用し、即座に目的地を探し出す。

無論、逆探知等の害を及ぼす可能性がある存在に対して、警戒することに抜かりはない。

 

「いや、しばらくは徒歩で移動しよう。

街がどうなっているのかこの目で確認したいし、あまり期待はしていないけど、日用品なんかも回収できれば良いなと思って。

……私、300年近く同じ服と下着を着ている訳でしょ?普通に考えてまともじゃないよね」

 

そう言ってミズホは自身の恰好を確認して、不快そうな顔をした。

 

(ポッド内は清潔な状態が保たれていたのだから、現状に問題ないわよ。

尤もいつもみたいにシャンプーの良い香りとかは無いけれど、無臭だから仮に道中ミズホのタイプな男性が現れて、逆ナンしてもきっと上手く行くと思うわ)

「逆ナンなんて言葉、実際に使っている人初めて見た。過去の文献でしか聞いたことなかったわ」

 

実際にはミズホ本人の嗅覚を利用して測定したのだが、カレンは敢えてクンクンと犬のように嗅ぐ様をしてみせた。

それに対してミズホはやや恥ずかしそうにしながらも、止めようとはしなかった。

 

(それはそうと、実際に行って確かめないと分からないけれど、工場に行けば新品の商品が手に入るかもしれないわ。

創業停止の指令さえ受けていなければ、自動で生産され続けているはずよ。

この街の街道で、たまに商用トラックが走行しているのは確認済みだから、そう遠くない場所に稼働している工場があるかもしれないわ)

「本当に?じゃあとりあえず最寄りの工場へ行こう。

制服はともかく下着は早く着替えたい…元々仕事用のだから好きじゃないし」

 

ミズホは襟を引っ張り中を確認すると、顔を顰めて再度嫌そうな顔をした。

立派なレディーがするような仕草ではないが、軍に身を置いてからミズホはその辺りの女性らしさを気にすることはほとんど無くなっていた。

 

(分ったわ、待ってね……現存している工場はここから10km程の場所に位置しているわ。

でも、さっきも言った通り、稼働しているかどうかは不明よ。糠喜びしないようにあまり期待しないでね。

あと、下着も脱いでいって良いけれど、外れだった場合、しばらくノーブラノーパンで生活する羽目になるから気を付けてね)

「いや、着ていくわ! 捨てちゃいけないことぐらい保卒(ほいそつ)でも分かる」

 

いつものように自身を揶揄うカレンに対し、ミズホは半眼で見つめ返した。

それを意に介さず、相変わらずニコニコしてやり取りを楽しんでいたカレンであったが、あ、そうそうと何か閃いた素振りを見せた後、くるりと一回りをして、迷彩服から日常的に着る服へと変身を遂げた。

白いブラウスをデニムの中へインをして、足の長さを前面にアピールしているような恰好だ。

肩にかかったサラサラの金髪を両手で後ろにやる仕草をした後、どう?と、ミズホに感想を求める顔をする。

 

「なんで着替えたの?」

(だってこれからデートをするのでしょ? 可愛い女の子の隣を歩くのに相応しい恰好をしないと

それよりもどう?似合っているかしら?)

「いや、そういうことじゃなくて……あぁうん、そうね、似合ってるよ、足長くて綺麗だね」

 

真面目に質問をしても意味はないと、半ばどうでもよくなったミズホは、好きにしてと投げやりに苦笑交じりでそう褒め称えた。

そして、何故自分のAIはこんなにも優秀なのに、性格はこんなにも無茶苦茶なのかと、心の奥底で愚痴を零した。

けれど、本人は無自覚で微笑みを浮かべていた。いつもの、些細な日常的なやり取りが変わりなく交わせたことが嬉しかったからだ。

 

(ありがとう。それじゃあ、もう少し休憩してから行きましょうか。

まだ、ミズホも本調子じゃないと思うし、私も休む必要があるわ)

「あ、ごめんね。そうだよね、ずっと働きっぱなしで疲れてるよね」

(大丈夫よ。それよりもこれからもよろしくね)

「うん。こちらこそ、よろしくお願いします」

ミズホは深々とお辞儀をする。

カレンは満足そうに頷くと、休息するためにミズホの前から姿を消したのだった。

 




次回も2週間以内に頑張ります


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私の神

ひとまず落ち着きを取り戻したとはいえ、全てを受け入れられたかと言われれば、答えは否だ。

元の時代に戻れるのであれば戻りたいし、やり直しが可能なのであればこの事件を回避するために奔走するだろう。

今日ほどゲームのロードが羨ましいと思ったことはなかったと思う。

 

ミズホはカレンが休息に入った世界でひとり、この空間で唯一清潔が保たれている自身が乗ってきたカプセルに体を預け、ぼーっと1階から青い空を眺めていた。

ひとりでは体を動かす気力は湧かず、とはいえ寝過ぎて眠ることもできない。

体を動かさないのでエネルギーは脳みそを無駄に働かせ、あれこれ思いを巡らす。

 

人の声が聞こえない

車の走る音も聞こえない

 

改めて世界が変わってしまったのだなと実感した。

そもそも慣れ親しんだ世界であったのなら、脱出ポッドが民家に突っ込んだ時点でとんでもない騒ぎに発展しているはずだ。

仮にそうだとしたら、目覚めたら牢の中だったかもしれないと、どちらにしてもバットエンドを迎える自身の姿を想像して苦笑した。

 

「あっ」

 

ポポポポと数少ない音の発生源が上空を通過する。

鳩のつがい

つがいと言ってもオスとメスのペアとは限らないが、ミズホの目には前後等間隔で飛行する様が仲睦まじいカップルにしか見えなかった。

 

「……結婚したかったなぁ」

 

自然と漏れ出た言葉に伴って、一筋の涙が頬を伝った。

思い出すのは幼馴染の顔

ここ久しく忘れていられたのに、夢に現れたその顔は、既にボロボロのミズホの心をさらに抉る。

 

別れてから何が楽しくて仕事をしているのか分からなくなっていたけれど、こんな事態に陥ってより一層その心境が強まる。

友達も彼氏もいない。

自分は何のために生きているのだろう

 

ダメだと分かっているのに、ついネガティブな方向に思考が走ってしまう。

心が黒く染まり、ポッド内にある小銃を見やる。

 

「ねぇ、神様。もし本当にいるのならあいつらがやったこと見てよ。私をこんな目に遭わせたあいつらを。逃げも隠れもできないんだから」

 

「どうなの? あなたは正義なんでしょ? 過ちを許さないんでしょ?」

(神様なんている訳ないじゃない)

 

思わぬ返答に、はっと上半身を起こし声を発する主の方に顔を向ければ、訝しむ表情でこちらを窺うカレンが居る。

小馬鹿にするその顔に少しだけイラっとした。

 

(宗教は、その人の心は確かに救うかもしれないけれど、その人の現状を救う訳ではないと言っていたのはミズホじゃない)

「……そうだけど」

(神様とか宗教とか、そんな非科学的な存在を信仰してどうするのよ)

「いや、本当に信じてるとかじゃないけど」

(そんな物を少しでも信じるくらいなら、今目の前に居る私を信じなさい)

「……」

 

まったくその通りだ。

反論の余地がなく押し黙る。

そんなミズホの気持ちを知ってか知らずか、カレンの小言は止まらない。

 

(さっきは『大丈夫』って言うから信じたのに)

「うん、それはごめん」

(まったく、私が少し休憩している間に銃を手に取ろうとするんだから焦ったわよ)

「あ、見てました?」

 

カレンはミズホの返事には答えず、じっと睨む。

 

「ごめんって、もうしません」

 

その視線に堪らず、ミズホは拗ねた子供のように口を尖らせて謝罪した。

そんな主人の態度にやれやれと堪えきれず笑みを溢すと、カレンは両手でミズホの顔を挟んだ。

ただの映像に過ぎないのに、温もりを感じる。

 

(大丈夫よ、ミズホ。だってミズホは可愛いもの。私が保証するわ)

「なにそれ。意味分かんないんだけど」

 

いつものくだらないやり取り。

そこでミズホはあぁそっかと、

ひとりぼっちなんかじゃないと理解した。

 

ありがとうと心の中で感謝する。

口に出さないのはカレンを調子に乗らせないため

と無理やり理由付ける。

 

「これからもいつも通りよろしくね」

(こちらこそ。もう大丈夫なら、行きましょうか)

「私は大丈夫だけど、カレンは休憩はもう大丈夫なの?」

(えぇ、とりあえずは平気よ。だから出発の準備をしてちょうだい。それからポットの蓋は元に戻しておいてね)

「はーい」

 

言われてミズホは移動するために、ポッドの中から携帯食料やマガジンなどが詰まったバックと、50式小銃とM88 SWSを持ち出した。

50式は肩に、M88はケースに入れたまま手に持って身支度を整える。

 

それから目尻に溜まった涙を拭うと、これを最後の涙にしようと心に決める。

これから人生の穴埋めの始まりだ。

 

 

 

2時間程歩いて、ミズホ達は中央駅周辺へやってきた。

カレン曰く敵のような存在は確認できず、スムーズに進行していた。

かつてその美しい街並みによって観光客で賑わっていた街も今は昔

建物そのものは戦火を逃れたためか現存していて造形美は保っているものの、人の気配はなく酷く廃れてしまっていた。

 

(私が昔来た時はあんなに観光客で溢れてて、写真を撮るときに邪魔だなぁなんて思ってたけど、ここまで居ないと逆に寂しいものなんだね)

 

ミズホは頭の中でカレンに街の感想を述べる。

口頭から脳内で完結するようにした理由は、人目を気にするようになったからだ。

 

地球を出発してから長らくひとりきりであったため失念していたが、カレンは他人から見えないので、カレンとの会話は他人からすればミズホが独り言を呟き続けているように見えている。

稀に電車の中にいる歯の無いおじさんみたくなっているのだ。

テロが起きる以前はまだAIと会話をしていると言い訳が通用した。

しかし、この時代にAI持ちが判明してしまうと無駄な争いの火種になる可能性が高いとカレンから指摘を受け、脳内会話に切り替えたのであった。

 

(そういえばミズホったら、あそこでイチャイチャするカップルに嫉妬していたわよね?)

 

そう言ってカレンが指差した場所は、かつて男女が鴨と一緒に甘いひと時を過ごす場所として有名だった川岸だ。

物寂しさを滲ませる主人の気を紛らわせるため、カレンはいつも通り冗談を口にした。

 

(してない! 自分で言うのもあれだけど、飢えて嫉妬することはない程度にはモテる方だよ?)

(そう? まぁそういうことにしといてあげるわ)

(なんかムカつく……)

 

確かにカレンの指摘通り、未練がましくしばらくしばらく彼氏がいないことは事実だ。

それでも浅ましく嫉妬するほど落ちぶれてはない。

……まあ、羨ましいとか、こんなことしたかったな、とは思ったけど

あぁ、早くもまた涙が零れそうだ。

 

ふん、と横目で流してふてくされたミズホであったが、嘗て訪れた街をしばし観察していると、あっ!とあるお店を見つけて思わず声を発した。

 

(あそこのお店、ビスケットが有名だからお土産として買いに来たことあるんだけど、拙いドイツ語でやり取りをしていたら『可愛い日本人のお客さんだからサービス』ってもう一袋追加で貰った思い出があるお店なんだよね。

『また来ます』って言ったんだけど、まさか300年越しに訪れるとは……)

(そうなの、せっかくだし入ってみる?)

 

足を止め、感慨深くお店を見入るミズホに、カレンはせっかく訪れたのなら、とそう提案する。

 

(そうね、商品なんて腐っているでしょうけど、思い出のお店だから…)

 

目ぼしい物など残ってないことぐらい分かっている。

でも、カレンがせっかく提案してくれたのでそれを無碍にするのも申し訳ない。

そう思い、お店へ入ることを決めた。

 

埃を被った取っ手を引くと、鍵はかけられていなかったのですんなりと入店できた。

お店の広さは住宅街のコンビニほど

はなから期待などしていなかったが、棚に残っている商品はボロボロの状態で、やはり得られる物は何もなかった。

通路や棚は埃を被り、長い年月人が訪れていないことが窺える。

それでも懐かしそうに辺りを見回すミズホに、カレンはしばらく話さない方が良いだろうと気持ちを汲んで黙って後ろを付いて歩いた。

 

 

 

(もう大丈夫、ありがとう)

 

数分程経過し、ミズホはやや寂しさを含めた笑顔で店を出ようと言った。

 

(分かったわ)

 

それだけ言ってカレンはニコニコといつも通りの笑顔を向けた。

床に置いたケースを持ち上げ、時の止まった思い出の店を出ようと取っ手を掴んだ瞬間

 

(待って。やっぱりお店の中に居た方がいいわ)

 

急にカレンが店の外、ある方角を睨みつけて店をでることに反対を示したので、ミズホは敵が現れたのだと判断し、瞬時に50式銃を手に取りそちらへ身構えた。

 

(どうしたの!? 敵?)

(1人は敵で間違いない、AIの反応をキャッチできるわ。

ただもう1人は敵か味方か分からない。少なくともAIでは無いから生き残りの子孫かもしれないわ。

まだ視認できる距離にはいないけれど、2人ともこちらに来ているから、念ため隠れてやり過ごしましょう)

 

即座に戦闘になることは無い

ミズホはそれが分かり肩の力は抜けたものの、気を引き締め直して再度戦闘に備える。

 

(分かった。こっちに来るってことは、私達の存在がバレたって可能性は?)

(いいえ、恐らくその可能性は低いわ。

私にその類の攻撃を仕掛けてきている痕跡は見つかっていないから、問題なく存在を隠し通せるはずよ)

 

ミズホの脈拍等から緊張が垣間見えたので、そこまで重大な事案には発展していないと、カレンはミズホの緊張を解すように優しく余裕のある声色で答えた。

分かったと頷いた後、ミズホは敷居の後ろへ下がり、状況把握のためそこから外を眺め始める。

 

初日から敵に遭遇するなんて

改めて自身の運の無さに辟易した。

 

 

 

2人の男性が現れたのはそれから間もなくのこと

1人は焦った表情を浮かべ、必死に走って逃げているように見える。

恰好は上下黒の服装で、他にはリュックだけを背負っていた。

彼は時折後ろを振り返り、光線銃を2、3発発射させ、再び走り出すという作業を何回か行っていた。

もう1人の男は感情が全く窺えない顔をしていて、動き方もどことなく機械的だ。

背中には数多の銃火器を背負い、前を走る男を追跡していた。

その様子を店内から観察していたミズホは険しい表情を浮かべる。

 

(命がけの鬼ごっこをしているみたいね)

(命がけの鬼ごっこ……遠い昔の映画にそんなものがあったわ。

ミズホはタカハシだから関係なさそうね。まぁでもサトウ、スズキが駆逐された後に討伐の対象になるかもしれないけれど。

でも安心しなさい、仮にそうなったとしても、この私のサポートでちゃんと生き残らせてあげるわ)

(……何の話をしているの?)

 

二人は見つめ合った。

ミズホは半眼で、カレンはあれ?という表情を浮かべて

そして、ミズホは毎度のことだからと視線を外へと移す。

 

ミズホとしては真面目な話をしていたつもりであったが、カレンはミズホが冗談を言っているのだと勘違いをしていた。

カレンにはそんな意図は無かったが、結果としてミズホは適度に保っていた緊張もすっかり無くなり、険しかった表情も呆れたものへと変わってしまった。

 

(それはそうと、追われている彼は助けるの? 追手は私達の敵だけれど、追われている彼の方は分からないわ。

私としてはミズホの安全さえ保たれれば、どちらでも構わないけれど)

 

主人の態度から、自分はどうやら何かが間違っていたようだと気付き、話題を自身の仕事へとすり替える。

表情は相変わらず余裕の微笑みを浮かべていた。

 

(うーん、人としては助けることが正解なんだろうけど、自国民でない以上契約もないし助ける義務は存在しないよね。

しかも下手に人と関わって私がAI持ちと露見する恐れがある以上、接触を回避するほうが無難? 

でも、助けた人から情報を聞き出すこともできるかもしれないし……もう少し様子を見てから判断する方向で)

 

ミズホは元からある人を助けたいという気持ちと、自分が死ぬ確率が高まる行為は避けたいという気持ちで天秤が拮抗していた。

どちらが最適解か判断に迷い即断できないことは軍人として失格だとは思いつつ、結局は流れに身を委ねることにした。

 

(了解)

 

カレンはそれだけ言うと表情は笑みを浮かべたまま、しかし裏で戦闘になった場合を想定して、風向きや風速、湿度等の必要な情報を即座に表示できるようにサポートを開始していた。

 

 

 

それから直ぐに二人の男が鮮明に表情を確認できるまで近くにやってきた。

二人の形成はそのままで、追手は坦々と、追われる側は必至で逃げている。

ミズホは窓越しに追われている側の男の顔を確認すると、信じられないものを見たと驚いて目をぱちくりさせた。

カレンもミズホの視覚情報から男を視認すると、同じくおや、と意外そうな表情を浮かべた。

 

(…日本人?)

(少なくとも見た目はそうね、中身は分からないけれど。それを踏まえてどうする?ミズホ)

 

焦って走っている男の見た目は日本人そのもの。

男はミズホと同じような短い黒髪で、鼻がやや高そうに見えた。

身長は180cmくらいだろうか

年齢は20代前半と思われる。

 

依然なぜ追われているのか、敵か否かは不明であったが、ミズホの天秤を傾かせるのには大きな錘であった。

 

(助ける方向で。安全をとって少し離れてから狙撃しましょう。助けた後、襲われても良いようにね。

カレン、サポートをよろしく!)

(承知。攻撃対象ベータをM88にて狙撃し対象アルファを救助、その後対象アルファの言動によってはアルファも攻撃対象へと変更

ミズホの視覚情報に戦闘情報をリンクさせたわ)

 

カレンのサポートによってミズホの視界にはカレンの他に、先ほどからカレンが集めていた各種情報が映像として表示された。

それを確認してから問題ないと頷くと、ケースからM88を出してすぐさま組み立てる。

慣れた手つきは訓練の賜物で、数十秒で安全装置を外してトリガーを引けば弾が発射される状況が整った。

銃を手に持つとミズホは宣言する。

 

(状況開始!)

 

 

 

カレンの報告通り、男二人はカレンが身を隠しているお店など見向きもせず、目の前を走り去った。

二人が駆けて行った後、カレンの合図で音を立てず静かにミズホは店を出る。

荷物は銃と腰のベルトにかけたエネルギーの詰まったマガジン以外、すべて店に置いてきたので身軽だ。

ミズホは戦闘モードの真剣な眼差しであるが、口角はやや上がっていて挑戦的な小悪魔みたいな表情を無意識に浮かべていた。

 

ふぅと少し息を吐いてから銃を構え、左目を閉じて右目でスコープを覗く

スコープ上ではカレンが示した赤い射線が対象まで伸びている。

距離は200mほど

この程度なら立射でも十分だと判断し、セレクターレバーを下げる。

続けて両目で、左目は直接対象を確認しながら、右目はスコープでカレンのサポート受け取る。

再び小さく息を吐き精神を整えると、躊躇いなく引き金を引いた。

 

カレンのサポートでさらに強化を受けている強化服によって、反動はゼロ

射線通り光弾ははじき出された。

発射音と追手が倒れるのは同時であった。

狙い通り、頭に当たった男は血しぶきをあげて倒れ、しばらく身体を痙攣させていたがそれも次第に収まりを見せた。

 

(お見事、対象ベータに命中したわ。300年振りとは思えないブランクの無さね)

(ううん、カレンのサポートが無ければ無理無理)

(そんなことないと思うけれどね)

 

カレンは見事初弾で対象を仕留めた主人を褒め称えたが、当人はAIの賜物であると考えているためそこまで嬉しそうではなかった。

しかし、今回の狙撃は実際にはミズホ本人の実力が大幅に占める。

確かに右目でカレンの射線も視ていたが、射撃に使用した射線は左目で見ている現実からであり、対象との距離を目測し、カレンの情報を基に無意識に最適解を出していた。

カレンはそのことを理解していたが、下手に口を出して感覚を鈍らせるのは悪手だと判断し、深くは追及しなかった。

 

 

 

「な、なんだ!」

 

追われていた男こと対象アルファ

彼は突然の状況の変化に思考が追い付かない。

分かっていることは、何やら後ろにいる灰色の迷彩服のようなものを着た人物が、追手を倒してくれたということのみ。

その人物も敵かどうか判別がつかない。

下手に動いて自分も撃たれないようにするべきか、もしくはすぐにでも逃げるべきか判断に迷っていた。

困惑を浮かべ立ち尽くしていると、その人物が銃を下してこちらに歩み始めた。

 

(少なくとも敵ではない……?)

 

そう考え、ひとまずはこちらも相手を刺激しないように銃を下し、その人物が近づいてくるのを待つことにした。

 

 




次回も2週間以内に頑張ります。


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ミズホとジョン

廃れた観光地に2人の男女と1体の死体、そして映像上の女性が1人だけ居た。

一人は空軍仕様の迷彩服、一人は上下黒のスウェットのような佇まい。

さらに頭の一部が吹き飛んだ死体と近未来の立体映像が、明らかに中世ヨーロッパの整った景観を壊していた。

 

しかし、彼ら彼女らはそんなことは気にも留めず、敵になるか味方になるかの重大局面で対峙し双方の出方を窺っていた。

両者とも銃を手にしているが銃口は向けられてはいない。

即刻交戦には至らなそうだが、とは言え、周囲の空気がピリッと張り詰める。

仮にどちらかが銃口を少しでも上げれば即刻開戦となるだろう。

 

対峙している女性の方、ミズホは、相手を刺激しないように無駄な動作は一切せず、男の全体を注視していた。

男が攻撃してきた場合、即座に対応できるようにするという意味合いは無論のこと、男の顔が紛れもなく日本人の顔であったことから、相手の素性に興味を惹かれていたのもある。

 

やっぱりどこからどう見ても日本人だ

ここドイツに生き残りがいるなんて、彼は今までどんな人生を歩んできたんだろう

今この世界で、幸せを享受してるのかな

 

AIに支配された世界

死んだ街に居た自分以外の唯一の生

幸運にも男は敵対する素振りを見せていない。

殺気すらも漂わせていないが、そもそも威圧できるほど戦いに慣れた戦士ではない素人なのだろうと、これまでの所作と棒立ちの現状から推測

だからこそ、ミズホは多少冒険に出ても不測の事態に陥ることはないと判断した。

 

「あなた日本人? あ、Bist du Japaner?」

 

するとミズホは、唾を飲み込む音さえ聞こえてきそうな沈黙の間を唐突に破った。

 

生い立ちの話

仕事の話

趣味の話

どんな些細なことでも構わないから知りたい、聞きたい、話したい

 

ミズホの飽くなき探求心が、警戒の黄色信号を進めの青信号へと変えたのだ。

 

What(え?)? I don`t know what(なにを) you're(言ってるの?) saying?」

「え……あぁ英語なのね」

 

ミズホは驚く

 

意外だった。

完全に日本語かドイツ語かどちらかで会話が成立するものだと思い込んでいた。

そこに不意に英語を浴びせられ驚きが脳に広がり、一瞬何を言われているのか理解できずにポケーっとしてしまう。

けれど、確かに公用語である英語が残る方が合理的であるし、元々ドイツは英語を毛嫌いしているフランスと違って両方使用できる人が多い国であったから、受け入れられるのも抵抗がなかったのだろう。

そう冷静に動き始めた頭で結論付ける。

 

「ごめんなさい。貴方のことを日本人だと思って話しかけたんだけど、違うみたいね。この辺りに住んでるの?」

「……えぇーと」

 

男は、今さっき古い言語で話かけられたので、この人は噂に聞く別の都市国家の人だからと、コミュニケーションを半ば諦めた風だった。

それが数秒経って唐突に自身の母国語をかけられたので、まさか会話が通じるなんて、と信じられない物を見たように息を飲む。

例えるならば、街中で外国人に突然、スペイン語、フランス語で話しかけられた後、唐突に流暢な日本語で語り始められる感じだ。

 

「うん、そう。旧ミュンヘン国に住んでる」

 

何とか平然を取り戻して、喋れるんだったら始めからそうしてくれ、と心の中でツッコミを入れつつ無難に返答した。

 

「旧ミュンヘン国って、南に200km進んだ辺りにある都市国家だよね?」

「そうだよ」

「じゃあ日本人じゃないんだね?」

「その日本人っていうのが何か分からないけど、違うとだけは言える」

「そっか……」

 

ミズホは思いがけず出会えた日本人らしき人物に、ここ最近不幸が続いていたこともあり、久々に幸運が巡ってきたと知らぬ間に勝手に胸を踊らせていた。

でも、どうやらそうではないらしいことが判明。

 

「そりゃそうだよね」

 

見当違いだったことに、目に見えて落胆した。

隣ではカレンがあちゃ、と額に手を当てて苦笑していた。

 

本人は意図してそうした訳ではない。

けれど、男は正面に居る美女が自身の返答を聞いて肩を落としたので、やばい、何か変なこと言ったのか!と慌てて自身の発言を省みた。

 

殺されるかもしれない

失言だったら急いで撤回しないと

 

そうは言っても、どう考えても気分を害する台詞は吐いていない。

ではなにが問題なのかと冷静に頭を回転させて、結果、ミズホがその日本人という存在を探しているのだと察した。

 

「えっと、君はその日本人ってやつなのか?」

 

続けて、日本人とは自分では対処し切れなかったAI兵を、いとも簡単に倒す実力を兼ね備える集団を指すのではないかと考察した。

 

こんなに強い彼女が探すのだから、特別な人たちに違いない。

世界を正す希望の集団

もし彼女がその知り合いであった場合、その集団との伝手を得られのではないか

今後のためにも是非とも仲良くしておきたい

このクッソたれた世界で、ようやく自分にツキが巡ってきたようだ。

 

「うん、私は日本人だよ」

「お目にかかれて光栄です!」

 

その答えに男は自分の推察に誤りはなかったと、今後の展望に大いに期待した。

内心では冷静な男を務めようと努力するが、自制が効かずに本音が駄々洩れる。

 

「? でも、貴方も顔でだけで判断するなら十分日本人だよ?」

「……そうなのか?」

 

しかし、その推察は、ミズホの発言であっけなく間違いであったと判明した。

がシャンと男の薄っぺらい計画がガラスを割るように音を立てて崩れていった。

ガラスの破片が感情を刺激して危うく失笑しかけるのを何とか耐える。

そして再度冷静に考えを巡らせ、その含蓄から彼女が暮らす地域の人の事を指すのだろうと、今度は正しく推察してみせた。

 

一呼吸置いて、とは言え純粋に彼女と仲良くなるだけでも贅沢なことだと気持ちを切り替える。

普通に可愛いし、スタイル良いし、強いし

……あれ、この人、最強じゃん

 

「うん。あ、ごめんね? 初対面で突然変なこと聞いて」

「いや、大丈夫。こっちこそごめん」

「なんであなたが謝るの?」

「いや、なんとなく?」

 

他愛もないキャッチボールで当初よりは和やかな雰囲気に落ち着き、自然とお互い心に余裕が生まれた。

 

「今さらだけど、助けてくれてありがとう」

「大丈夫。私が勝手にやったことだから」

 

とりあえず敵ではない存在と接触できた

これは両者の共通認識で、

それとは別に、ミズホは、日本人では無かったけど久しぶりに人と話しができたからまぁいいか、と

ジョンは、降って湧いてきた美人と出会えて幸せだ、とそれぞれ想いを募らせながら、お互い目を合わせる。

 

ついては「よろしく」と手を握って挨拶を交わした。

赤の他人から、知人への昇格の瞬間であった。

 

 

 

「私はミズホ。……旅人をしてるの。まぁ今はもう帰る途中なんだけどね」

 

既に2人共銃口は完全に地面を向き、代わりに笑顔を咲かせる。

男は完全に敵ではなくなった。

それでも、ミズホは嘘は言わないにしても、身分は偽った。

馬鹿正直に全てを話す必要はないし、それ以前の問題として、そもそもこの世界で日本軍がまともに機能しているとは思えない。

つまり、今のミズホは住所不定無職の存在なのだが、それを自称するのは抵抗があったので綺麗な言葉で自分を飾ったのだ。

 

「へえ、そんな危険なことよくできるな」

 

ジョンは素直に感嘆の声を上げた。

というのも、この世界は都市国家内を除き、基本的には命を脅かす存在が働き蟻のようにウヨウヨしている。

そんな世界で旅をする人物なんて、単に頭がイカれているのか、よほど力に自信があるのかどちらか二者でしかない。

先程の戦闘を鑑みるに、ミズホは後者であるのだろうと判断して、計り知れない努力を重ねてきた結果そう成れたのだろうと、感服したのだ。

尊敬の眼差しを向けたまま、ミズホが自己紹介を終えたようだったので次は自分の番かと口を開ける。

 

「俺はジョン、流浪人をしている」

「流浪人?」

「流浪人」

「何をする人なの?」

 

続けて自己紹介を行ったジョンが発した「流浪人」という聞き慣れない単語

職業としての意味を見出せず、ミズホは首を傾げてはてなを浮かべた。

 

流浪人?

はて、そんな職業ハローワークにあった?

職業斡旋で流浪人を紹介されるの?

 

「簡単に説明すると、旧人類を討伐したり、お宝を見つけ出して売って、お金を稼ぐ人のことを指すんだ」

 

ジョンはそんな首を傾げるミズホを見て、やっぱり可愛いな!と心踊り、意気揚々と自分の職業について説明した。

 

「でもさっきはその旧人類に追われてなかった?」

「……俺はお宝を見つけ出す方だからな。……あと、カフェでも働いてる」

 

したのだったが、先の失態を指摘されてすぐにバツが悪そうに視線を空へ反らした。

 

「それよりもミズホさんこそ旅って、こんな危ない世界でよくそんな真似できるな」

 

自分に都合が悪い話から話題を無理矢理反らしたジョン

 

「そうかな?」

「うん、凄い。俺には真似できない。でも、あの銃の腕前があれば心配ないか」

「まぁ……そうね」

 

ついでにご機嫌を取ろうとミズホを褒め称える。

煽てられて嬉しくない人はいない。

よって今なら簡単に挽回できるだろうと期待したのに、ジョンは逆に何故か苦笑いを浮かべられてしまう。

話をすればするほど好感度が下がるこの悪循環

ジョンはお手上げです、と分かりやすく頭を抱えた。

 

(せっかく褒められてるのだから素直に喜べば良いのに。彼、会話が空回りしているから困惑しているわよ)

 

そんなちぐはぐなやり取りを交わす2人の横から、長らく黙って突っ立っていたカレンが思うところがあったのか久々に口を開けた。

 

(でも私の実力じゃないし)

(変なところで偏屈ね。例え私のサポートのお陰だとしても、この私を使いこなせるだけの実力を持っているのだから、ミズホはとっても凄いのよ?

ミズホは十分強いのだから、もう少し自信を持つべきよ)

 

やけに自己評価の低いミズホに対して、自虐はやめなさいとカレンは優しく諭した。

それから後ろからゆっくりと抱きしめて、温かく抱擁する。

さらに顔をミズホの肩に乗っけると、(分かった?)と自己肯定を求めた。

一連の流れはジョンには全く見えてない訳だが、もし見えていたらこの薔薇の空間に鼻血を出していたに違いない。

ミズホはカレンに密着されながらも、ジョンに不審がられないように素知らぬ顔をしながら(分かった)とだけ言うと、気持ちを新たに会話の糸口を探す。

 

「あ、そういえば何でジョンは追われてたの?

追われてただけで攻撃を受けていなかったのも気になるんだけど」

「……あ、あぁ。それはこれが原因だよ」

 

気詰まりした雰囲気の中、会話を切り上げられることなくミズホの方からボールが投げられたことで、少なくとも嫌われてはいないようだとジョンは安堵した。

少しだけ笑顔を取り戻して、それから、その話題が詰まる背中のリュックを下ろして、誇らしげに中身を見せる。

 

「人型ドロイド?」

 

中を覗くと、綺麗に折り畳まれた未使用の人型ロボットが詰められていた。

銀色の光沢を放つ外装に肢体の芸術的な曲線美は、高度な技術力によって創り出されたのだと知識が無くても理解できる。

 

「そう。しかもセデス製の丈夫なやつだ」

「そんなのどうするの?」

「? もちろん売るに決まってる」

 

ミズホの時代にはこの程度のドロイドなど溢れるほど街中に居たので価値を見いだせなかったが、300年を経たこの世界では設計図はあれど創り出す技術者は減少していたので価値は上騰していた。

故にそれを拾得できたジョンは天にも昇る思いであったのだ。

 

「あ、もしかしてミズホの故郷だとレアじゃないのか? この辺りは技術者が少ないからこれを売ると大金が手に入るんだ。

まぁ、お金と引き換えに命を張って取りに行かないといけないんだけどさ」

 

正直に答える訳にはいかず、でもジョンの気分も害したくない。

さて、なんて返答したら良いかとミズホが悩んでいると、ジョンは都合良く解釈をして説明を付け加えてくれた。

その話を聞いて、ミズホはあぁ、と追われていた理由についても何となく察しがついた。

 

凡そどこかから盗んできたのだろう

そして追手はそこの警備兵か何かで、背中に商品があるものだから攻撃を躊躇していたのかもしれない

 

ミズホの頭の中で点と点が線となって結び付いていった。

 




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噓つき

(イチャイチャしているところ申し訳ないけれど、敵がまた来たわ)

 

言葉とは裏腹に、カレンは大して悪びれた様子もなくいつも通りの洒落を交えて敵の出現を知らせた。

やれやれと腰に手を当てて、敵が出現した方向に指を指す。

 

(どう見たらイチャイチャしてるように見えるの? ここにきてバグっちゃった?)

 

そのカレンの余裕の雰囲気から、ミズホは差し迫った危機ではない対処可能な案件だと判断

軽口で返してカレンが指さす方向を睨む。

それでも敵が現れたことに変わりはない。

気持ちを戦闘モードへと切り替えて詳細を求めた。

 

(規模は1個分隊程、距離は北西に5km、進行速度から接敵まで約40分と推測

理由は分かっていると思うけれど、こちらの位置を把握しているかのように最短距離で来ているわ)

(当然これだよね?)

 

ミズホは無表情でジョンの足元にあるバックを見る。

 

(ええ、その型落ち(人型ドロイド)に反応しているはずよ。さっきの交戦で強敵と判断されたのか、分隊規模に増強されたみたいね。

今から私達だけで逃げてしまえば余計な交戦もせずに済むわよ)

 

私としては避けるにこしたことはないけれど、とジョンを横目にカレンは一言付け足す。

 

(1個分隊かぁ。ただの操り人形なら苦労せずに倒せそうな気がするけど、確かに面倒くさいかも)

「な、なあ。急にどうしたんだよ」

 

ミズホとカレンが黙って会話をする横で、慌てたジョンが割り込む。

というのも、一度打ち解けたと思ったミズホが再び威圧を纏い始めたので、気まぐれで殺されるのではないかと思ったのだ。

敵を察知できていないが故の思い違いである。

もちろん彼が状況を把握できないことは当然で、カレンの索敵能力が軍使用のハイスペックな代物であるから早期に発見することが出来ているのだ。

対してジョンも一応それらしい物は所持しているが、カレンと比較してしまうとどうしても子供の玩具みたくなってしまう。

従って、ジョンは自らを殺しに来る追手に気付いていない。

 

「あ、ごめんなさい」とミズホは1人取り残されているジョンに意識を戻す。

 

「敵だよ。あと40分もすれば接敵すると思う。あなたを追跡しているみたいだけど、どうする?」

「は?……いや、え!?」

 

重大な案件をまるで今日の天気を話すテンションでさらっと口にするミズホに仰天した。

 

一体どうやって見つけたのか

どうしてこちらに来ていることが分かるのか

どうする?とはどういった意味合いで言っているのか

処理する情報が許容量を超えて思考が追い付かない。

 

「えっと」とあたふたとするジョンに、ミズホはつい口元が綻ぶ。

 

自分は軍人で彼は素人

今まで身を置いていた環境下では周りが皆軍人であったので、この程度の事案では焦らず即刻対処方法を練り合わるのが基本であった。

しかし、ジョンの反応を見て一般的にはこちらのリアクションが普通なんだと、認識の隔たりに気付かされたのだ。

「どうする」だけでは言葉足らずだと意識を改めて、説明を付け加える。

 

「1人で逃げるか、2人で戦うのか、どうする? 私はどっちでも良いよ」

「え……えーっと、じゃあ助けてください」

 

ジョンは僅かに逡巡すると、やがて素直に頭を下した。

一時のプライドなんて捨てても良いから、とにかく命は捨てたくなかった。

先の戦闘に加えて、常軌を逸する索敵能力も保持する自身よりも格上の存在、ミズホ。

初対面で相手の素顔もまだよく分かってはいないが、彼の中では何となくこの人であれば大丈夫だろうという根拠のない信頼が生まれていた。

 

「オッケー、お姉さんに任せて」

「はい、お願いします」

 

ミズホにとってはただお荷物が増えただけである。

けれど、頼られたことがほんのりと嬉しくて、損得勘定無しでゴミ掃除の依頼を引き受けた。

その時の顔が天真爛漫な飾りのない笑顔で、威圧を纏った風貌とのギャップにジョンは頬を僅かに赤らめて、何となくそっぽを向いた。

カレンはそれを腕を背中に回して身を前に乗り出し、おや、という表情を浮かべて観察していた。

 

 

 

「助けてくれるんじゃなかったのか! 嘘つき!」

 

ジョンは心の中で声を大にして叫んでいた。

先程から自分を追ってきたという警備兵から、命を刈り取る雨あられの光弾を浴びていた。

建物の陰に隠れて何とかやり過ごしてはいるが、真横を通過する軽快な風切り音には神経を大いに擦り減らされる。

ミズホの指示で具体的な作戦内容も聞かされず、ひたすら囮を演じることになったジョンは、敵が現れても一向に援護を貰えない現状に裏切られたのではないかと疑念を感じ始めていた。

 

「聞こえるー?」

 

そんな一方的な戦闘が開幕してから3分ほど経過して、耳に装着した通信機から漸くミズホの声が流れてきた。

 

やっとか

 

声が聞こえてきただけで何も状況は改善されていない。

それでもミズホの声は不思議と不安や恐怖を取り払う効果を育み、ジョンの心に余裕がもたらされた。

はぁと盛大に溜息を吐いて、光弾が飛び交う戦場なのに少しだけ口角が上がる。

 

「聞こえてる。結構前から撃たれ続けてるから、そろそろ助けてほしい。切に願う」

「うん、任せて。だから私の指示にちゃんと従ってね」

「分かってる」

 

インカム越しに聞こえるミズホの真剣な声に、今度は口角を下げて真面目な顔に戻る。

 

「じゃあ、あと少ししたら私が合図を送るから、適当に敵に向かって掃射して。その後は今いる通りの50m先、左側に緑色の看板のお店があるからそこに入って。

建物は絶対に間違えないでね。間違えたら計画を練り直さないといけないから、いい?」

「緑色の看板だな?了解!」

 

ミスを犯せば死に直結すると言っても過言でない。

そんなヘマで死にたくないジョンは、「緑の看板!緑の看板!」と何度も心の中で失態を犯さぬように繰り返し呟いて、その時まで待機した。

 

 

 

「今!」

 

光弾が鳴り止み、まるで台風の目の中に飛び込んだような刹那の間

ミズホの咆哮に押されて、指示通りにジョンは狙いも定めずに応射した。

身を乗り出さず、銃口だけ壁から出して適当に弾をばら撒いているので、当たっているのかどうか全く分からない。

それでもミズホも考え無しに指示している訳ではないだろうと思い、無駄に考あれこれ考えることは止めた。

 

「緑の看板!緑の看板!」

 

自分の使命だけにひたすら集中し、それから直ぐに全速力で駆けて指定されたお店へと飛び込んだ。

入店するや否や身を隠せそうなカウンターの後ろへ潜み、座り込んで呼吸を整える。

聞こえる音は自身の心臓の鼓動のみ

バクバクバクと普段よりも倍速い動きをしている。

そこまで暑くはないのに、全身は汗だらけであった。

まだ遠くに居る敵の足音なぞ聞こえるはずはないのだが、なんとなくすぐ傍にまで近づいてきているような気配を感じて、不覚にもブルっと嫌な身震いをした。

 

 

 

「入ったぞ」

 

ミズホはスコープ越しに一連の流れを把握していた。

 

一直線の見晴らしの良い通り道

一帯を俯瞰できる建物の屋上へ忍び込むと、持っていたライフルを二脚によって重量を地面に預け、うつ伏せの状態で待機していた。

横にはカレンも同じ様にうつ伏せになっていて、ニコニコとミズホと同じ方角、敵を眺めていた。

服装は再びミズホと同じ、灰色の迷彩服、戦闘服5型に着替えを済ませている。

本人曰く(戦闘で私服が汚れるのは嫌だから)とのことだが、それに対してミズホは最早何も口を出すことはなかった。

 

(お出ましよ。訓練の成果を見せてね)

(うん、まぁなんとかやってみる。状況開始)

(状況開始了解)

 

天気は快晴 風速は3m/s 距離は1km強

ミズホにとってこの条件下であれば難易度は高くない。

適度な緊張を保ちつつ、笑顔でカレンに応えた。

 

ふぅと息を吐いて、右目でスコープを覗いた。

左目も相変わらず開いたままだ。

レンズ上には、カレンが導き出したポイントへの最適解が表示されていた。

ミズホの存在を認識できていないカモ達は、事前に設定された狙撃地点までノコノコと寄ってくる。

 

300年前に支配を受けた人類の子孫であろう彼、彼女ら

カレンの説明では、産まれてしばらく経過すると、チップを埋め込む処置を施されるという。

そのままAIの指示に従って生きるそうだ。

奴隷として使役され、作業のようにママ(AI)食事(獲物)を持って行く。

一日中、一日中、一日中。

彼らは一生自らでは何もできない人生を送るのだろう。

自分で死ぬことさえ許されない。

ミズホはそんな機械的な人生を歩むその姿を、心底哀れに思った。

 

彼らに個人的な恨みはないけれど、障害となる存在は排除しなければならない。

恨むならこの状況を作り出した組織と、潰せなかった公安を恨んでくれ。

 

そして現実世界では表示されていない赤いポイントへ、彼らが足をつけるのと同時に引き金を引いた。

空になった薬莢が横へ吐き出され、カランと軽快な音を立てて散る。

敵はスナイパーが居るらしいと即座に判断、最寄りの建物へ身を隠した。

 

1人目

 

ミズホはM88をコンマ数ミリずらし、建物の入口に照準を合わせる。

カレンが周囲の監視カメラとGPSを偽装しているお陰で、敵はこちらの位置を特定しきれていない。

なすすべの無い彼らはきっと……出てきた。

 

甲高い音と同時に、敵の1人の顔が吹っ飛んだ。

 

2人目

 

精妙巧緻な狙撃はこれで完了

飛翔してくる牽制弾を躱すように急いで後方へ下がりM88を背中へ担ぐと、5階の屋上から躊躇なく飛び降りて次の作戦ポイントまで疾走した。

 

 

 

「2人倒したよ。残りは4人。

今のうちにバックを入口からは見えない店の奥の方に置いて裏口から建物を出て。その目の前に民家があるから、適当な場所で隠れててね」

「え! わ、わかった」

 

ジョンは報告を受けて、知らぬ間に2人も掃討されていたことに驚愕し口をあんぐりとさせた。

 

一体全体何をどうすればそうなるのか

残りの4人はどうしているのか

 

非常に興味を注がれたが、命とは引き換えられないので言われた通りにリュックを置いて裏口から脱出し、指示通りの建物へ再度身を隠した。

その間、カレンは付近の監視カメラを偽装し、数分前の映像をひたすら流し続けていた。

 

 

ジョンと入れ替わるように全速力で駆けてきたミズホは、ジョンの立て籠っていたお店の正面にある別のお店に裏口から侵入して、外からは見えないようにスタンバイした。

1km強走ったにも関わらず、スーツの補助のおかげで殆ど息切れを起こしていない。

先程の目を見張るような成果にも驕ることはなく、真剣な顔をしてライフルを丁寧に床に置いた。

それから背中に背負っている50式に持ち替えて光弾の装填を済ませると、ついでにポケットから覆面を取り出して被る。

 

(似合ってるわよ)

(覆面が似合う人なんて、まともな人間じゃないと思うんだけど)

 

戦闘中だというのに、カレンは何時ものごとくニコニコと冗談を口ずさんだ。

ミズホは表面上いつも通りに軽く返答する。

それでも心の中では先程見た人類の末路を思い出していた。

 

自分達はお互いに支配、被支配の関係ではなく、冗談を言い合える親友のような関係性を保てている。

今では唯一の心の拠り所。感謝してもしきれない存在。

でも、それをまじめに伝えるつもりは毛頭ない。

きっと調子に乗るに違い無いからだ。

 

(サポートよろしくね。今度は近距離で相手をするから、いっぱいカレンの力が必要になる)

(任せなさい。あれから私もアップグレードを繰り返して強化したから、意思のない劣化版(AI)なんかに指一本たりとも触れさせないわ)

(劣化版って。他のAI嫌い過ぎでしょ)

(嫌いとか嫌いじゃないとか、最早その次元はとうに越しているわ)

 

そんなツッコミを入れながら嫌悪感の滲み出たその声色を聞いて、宇宙での戦いに敗れたことが相当気に食わなかったようだと、カレンの気持ちを汲み取った。

 

ミズホが空気の一部と化して何分と経過して、漸く建物に籠っていた生き残りが周囲を警戒しながら飛び出してきた。

人間から見れば不規則な蛇行を繰り返し、全員が陸上選手のような勢いでジョンが潜んでいたお店へと押し掛けた。

そして、もぬけの殻の建物へ突入すると、何の躊躇いも見せずにそれが当たり前のことだと一斉に銃が光を噴き始めた。

大量の薬莢が地面にばら撒かれて、店内が金色の絨毯の様相を呈する。

カウンターに丸い穴が無数に開けられて、廃墟具合に磨きがかけられた。

その様を、カレンからもたらされる監視カメラの映像を通じて視ていたミズホは、いよいよかと呼吸を丁寧に整えた。

 

脳が澄み渡ると、建物を出て件のお店の入口まで素早く移動する。

左手はハンドガード、右手はグリップを握りトリガーに指を添えた。

左目を閉じ、右目でドットサイトを覗くと、大丈夫と自らを鼓舞してカレンの情報通りに引き金を引いた。

 

3発撃ちだして、全ての弾が後頭部に直撃

3人は弾の衝撃をそのまま受け入れて前にうつ伏せで倒れた。

茶色の床が赤色に染まりだす頃、襲撃に反応した最後の1人が振り向きさまに反撃を寄越してきたので、ミズホはクルっと壁に背中を密着させてやり過ごした。

 

雨のように飛んでくる敵の報復に、ミズホは恐怖心を微塵も抱いていない。

というのも、カレンの補助によって相手の位置が手に取るように把握できているので、チート全開のワンサイドゲーム、負ける気がしないのだ。

対して敵側は、カレンが欺瞞を行っているので、本来自身のAIによって掴めるはずのこちらの正確な位置が掴めていない。

故に敵はカウンターの奥に隠れながら、入口をめがけてひたすら乱射をしていた。

まるで建物が銃を放っているかのような光景を、落ち着いた様子で待機する。

カレンの突入の合図が出るその時まで

 

 

(今よ!)

 

束の間に光弾の嵐が収まった。

恐らく敵はマガジンの交換を行っているのだろう。

カレンから合図を受けたミズホは、反射神経でもって考えるよりも先に体を動かした。

建物内へ最高速で突入すると、勢いそのまま猫のようなジャンプを披露してカウンターに左足を着ける。

さらに一歩踏み込むと右足でバネを作り出して、クラウチングスタートのごとく頭から飛び出した。

 

空中を華麗に舞い、敵の頭上で1発だけ弾を放つ。

カレンが設定した射線通り弾は眉間を綺麗に貫くと、敵はそのまま血と肉片を伴い、持っていた銃とマガジンを手放して後頭部からゆっくりと倒れていった。

 

一連の出来事はほんの数秒で終了したが、ミズホはスローモーションの世界にいるような錯覚を覚えていた。

それにより、相手の顔もしっかりと捉えていた。

敵にとって最後の瞬間、自身の真下に居た名も知らぬ彼女は、丁度マガジンを挿入しようとしていた。

しかし、その動作はミズホが現れたことで成し遂げられず、仕舞いには手を止めて頭上の力強いミズホとその正気の無い目を合わせていた。

 

(状況終了……彼女、最期まで無表情だった。死の恐怖が完全に欠如しているのも考えものだね)

 

顔に付着した返り血を拭い、カレンに戦闘終了を告げる。

 

(状況終了了解

そうね、適度な恐怖感も大事よ。ただ、彼女にそれを期待するのも無理な話ね。何せ、どうしようもない無能が彼女を支配しているのだから。

彼女自身に罪は無い。ただ、運が悪いことに、劣化版の下に産まれてしまった。そこには同情するわ)

(……私って人殺ししてるんだよね?)

(定義によると思うわ。意思を持たぬ者を人として扱うか否か。

生命と自由の確保に励み、最低限の幸福すら追求しない者は果たして人間なのかしら。

尤も、彼らに武力行使をしたところでミズホが戦時国際法の処罰を受けることはない。

そもそも彼らから交戦法規を破っているのだからね。

だから難しいと思うけれど、あまり重く受け止める必要はないと思うわ)

 

詭弁だということはお互い理解している。

けれど、罪悪感を紛らわすには必要な言い訳であった。

 

(……うん、ありがとう)

(いいのよ、これくらい)

(カレンは私のこと、見捨てないでね)

(当たり前じゃない)

 

AIチップが発売された時、人類の心がより豊かになることが約束されたらしい

……嘘つき

 

ジョンへの報告を前に、なんとなく空を見上げる。

さっきまで快晴だったのに、今はモクモクと雲が漂っていた。




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