カズとリサ (鳩ポッポ)
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一話

 

 

 

(ああ言っちゃったけど……弾けるかなぁ)

 

 今井リサは、さっき氷川紗夜に言ったことを思い返しながら歩いていた。カウンターにベースを借りに行くのだ。ラウンジを抜けてカウンターの方を見る。すると、一人の少年がいた。

 

「すみませーん♪」

 

 明るい感じでリサは話しかけた。少年がビクッとして顔をあげた。

 

「え……っと、……どう……されましたか……?」

 

 新しくバイトに入った人なのだろうか、答え方がオドオドしている。

 

「ベースを貸して欲しいんですけど……」

 

「……はい、ベース、ですね」

 

 ベース、ベースと小さい声で反芻しながら、少年は一旦スタッフルームに入って行った。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

「ベース、ベース……」

 

 少年がブツブツ呟きながらスタッフルームに入ると、電話対応中の月島まりながいた。その側を通り過ぎて楽器の置いてある区画へ歩いていく。

 

(えーっと、これがドラム。んでキーボードにマイク……)

 

「多分こっちがベースだったよな」

 

 そう呟きながら楽器を抱え上げた。彼はまた、電話対応中のまりなの横を通り抜けて行く。

 

あっ、それベースじゃない

 

 まりなの呟きは彼に届かなかった。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

「すみません。お待たせしました」

 

 しばらくして少年が戻って来た。リサは楽器を手渡された。

 

「あれ? これ違う……」

 

 少年の手に握られていたのは、大きさも弦の本数も違うギターだった。

 

「えっ? ……す、すみません!」

 

 少年は頭をブンっと下げた。

 

「すぐ変えて来ますので……」

 

「カズくんベース!」

 

 とその時、スタッフルームからまりなが飛び出して来た。その手にはベースが握られている。

 

「ごめんねー。この子まだバイト始めて日が浅いから……」

 

 リサにベースを手渡してまりなはそう言った。

 

「すみません……」

 

 少年はまた頭を下げる。

 

「大丈夫ですよ〜! アタシ行きますね!」

 

(あこのためにも、頑張らないとね)

 

 そう切り替えながら、リサはスタジオに戻って行った。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

「はぁ……」

 

 少年、月島一優(つきしまかずや)はため息をついた。

 

「カズくんドンマイ!」

 

 後ろから、彼の従姉に当たるまりなが励ます。

 

「やっちまったなぁ……」

 

 一優(かずや)は失敗を引きずってしまう(たち)だ。今も、頭を抱えて椅子に座っている。

 

「誰でも、失敗はあるって。次しないように気をつけよ!」

 

 まりなはそう励まし続ける。

 

(この性格が問題よね……)

 

 まりなは彼を案じている。元々、ここライブハウスCiRCLEに彼をバイトとして迎え入れたのは―人出が欲しかったこともあるが―そのためでもある。ここであれば、まりながカバーしてやることができる。彼が、()()()のようにならないために。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 オーディションと練習が終わって、リサは他のバンドメンバーと一緒にCiRCLEのロビーに出てきていた。

 

(凄かった……)

 

 四人でセッションして感じた胸の高鳴りはまだ収まらないででいた。

 

「今井さん。ベースを返すのでは?」

 

 バンドメンバーの氷川紗夜にそう言われて、リサはまだベースを返していないことに気がついた。

 

「あっ、そうだった。ちょっと行って来るね〜♪」

 

 カウンターには、さっきの少年がいた。歳はリサとそう変わらないくらいに思われる。身長は男性にしては低めで、リサより少し高いくらい。眼鏡をかけていて、猫背になっている。

 

「ベースを返しに来ました〜♪」

 

「さっきは、すみませんでした」

 

 少年はまたさっきのことを謝ってきた。

 

「いえいえ全然気にしてませんから〜♪」

 

「……そうですか」

 

 少年はまだ、申し訳ないと思っているのか、暗い表情をしていた。

 

「本当に大丈夫ですよ……」

 

 お節介なリサが心配になるくらいに。

 

「リサ」

 

 ここでバンドメンバーで幼なじみの湊友希那から呼ばれる。

 

「は〜い♪ 今行く〜♪ えっと、ありがとうございました〜♪」

 

 リサは、バンドメンバー達の方に向かった。

 

「ご利用、ありがとうございました……」

 

 彼の申し訳なさそうな声が後から聞こえてきた。

 

 ──────────────────────

 

 これが、リサと月島一優(つきしまかずと)の出会いだった。

 

 

 




〜設定置き場〜

月島まりな

我らが主人公月島一優(つきしまかずと)の父親の兄の子ども。つまり、従姉。



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二話

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ピピピ、ピピピ

 

 スマホのアラームが鳴る。一優(かずと)は上体を起こして止める。しかし、止めるとまた布団に沈む。これをかれこれ二回は繰り返している。

 

「カズく〜ん。そろそろ起きて〜」

 

「……うん……今、行く」

 

 と言いながらも顔はまだ枕に埋まっている。しかしそこから、意を決したようにガバッと起き上がった。そして、眼鏡をかけて下へ降りる。

 

「おはよう……()()()()()()()()

 

 今、彼は伯父夫婦の家でお世話になっている。

 

「おう、おはよう」

 

 と、伯父。

 

「ご飯出来てるよ」

 

 と、伯母。

 

 三人は食卓についた。

 

「今日バイト?」

 

 と、伯母。

 

「うん」

 

 と、彼は頷く。

 

「こき使われてない? しんどくない?」

 

「大丈夫だよ。まぁしんどい時はしんどいけど……

 

 彼としては大助かりだった。バイトを探していた時に、

 

「うちでバイトしない? するよね!!」

 

 とありがたくも(半ば強引に)CiRCLEで雇って貰えたのだから。

 

「そういえば、学校はどうだ?」

 

 と、今度は伯父が話を振ってきた。

 

「まぁ、ぼちぼちやってるよ」

 

 彼はそう答える。そして、会話は続いていく。

 

 彼は、この時間が好きだった。家族での団欒なんて数ヶ月前には考えられなかったことだから。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

「行ってきまーす」

 

 一優は、誕生日プレゼントにと伯父に買ってもらった スポーツタイプの自転車に跨り、強くペダルを踏む。二十分程走れば学校が見えてくる。私立豊崎(とよさき)高校。ここが四月から通っている転入先だ。

 

 正門を通って、玄関を通り過ぎ、二階へ。二年一組の扉をガラッと開く。

 

「おう」

 

 席の近くまで歩いていくと、いつも通り声がする。

 

「おはよう」

 

 そう返して、声の主を見る。一つ前の席の田村竜生(たむらりゅうせい)だ。自分の席に座ってリュックから筆記用具と今日の提出物を机に出す。

 

「あれ? それ今日提出だっけ?」

 

「そう。一限」

 

「やべ! やってねぇ」

 

 またか、と思う。竜生は手を合わせて懇願してきた。

 

「見して」

 

「へいへい」

 

 竜生が宿題をやり忘れた時や、授業で寝てノートを書いていない時に見せるのは、この二週間で一優の役目になっていた。

 

「そんな甘やかさないでいいよーそいつはー」

 

 横から声が入ってくる。里崎侑良(さとざきゆら)だ。竜生とは小学生からの腐れ縁らしい。

 

「侑良は黙ってろよ」

 

「あんたこの間も忘れてたじゃん」

 

「俺も色々と忙しいのー」

 

「どこが忙しいのよ! 遊んでるだけでしょ!」

 

 いつも通り喧嘩を始める。一優はリュックに手を突っ込んで文庫本を取り出し、読み始める。

 

「おはよう」

 

 ここでさらにもう一人。

 

「あっ、ミッチー!」

 

「……竜生さぁ、その女っぽいあだ名で呼ぶのやめろよな」

 

 外村充(とむらみちる)。一優の席の一つ後ろで、竜生の友人だ。

 

「それより侑良をどうにかしてくれよー」

 

 竜生が充に助けを求める。

 

いつも通りスルー……自分でどうにかしろー」

 

「ぇぇぇぇ」

 

 適当にあしらわれる。

 

「よくカズはこの状況で本が読めるな……」

 

 呆れ半分感心半分と言った感じで充は一優に言った。

 

「慣れた」

 

 と、一優は一言。

 

「……さいですか」

 

 充も席に着く。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 予鈴が鳴り響くと同時に、竜生の顔に焦りが浮かぶ。

 

「どうしてくれんだァァァ!!! あいつうるせぇのにィィィ!!!」

 

「竜生ざまぁwwww」

 

「泣かせてやろうかこの野郎」

 

 まだ竜生と侑良は言い争っている。その時、教室の扉がガラッと開いた。

 

「おいそこ座れー。朝礼するぞー」

 

 やる気無さげな声とともに担任が登場。ここで竜生と侑良は一時休戦となる。

 

「後で覚えとけよ」

 

「そっちこそ」

 

 互いに一言づつ残して着席する。

 

 ここまでが毎朝のお決まり(テンプレ)で、一日の始まりだ。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

「おーい。授業終わったぞー」

 

 今日もなんやかんや放課後になった。一優は前の席で寝ている竜生を起こす。

 

「……あれ? 今何限?」

 

「もう放課後」

 

 寝ぼけ眼で聞いてくる竜生に一優は答えた。

 

「あんた昼休み終わりからずっと寝てたじゃん」

 

 侑良は竜生にそう言う。

 

「マジ?」

 

 一優は大きく頷く。

 

「まぁ、充とゲーセンにでも行くかぁ」

 

 竜生はとても切り替えが早い。一優はまたノートを見せることになりそうだと思っていると、

 

「お前も行くか?」

 

「バイトあるから」

 

「そっか」

 

「私は部活!」

 

「お前には聞いてねぇけどな」

 

 一優が竜生の誘いを断っていたら、侑良も乱入してくる。そして、朝と同じようにいがみ合いが始まったようだ。

 

「そういえばさぁ」

 

 竜生達のいがみ合いはさておき、一優には気になることがあった。

 

「なんで部活してないのさ?」

 

 竜生は運動がかなりできる方なのに、なぜ帰宅部なのか前々から気になっていたのだ。この質問に竜生の顔が曇った。

 

「……中学の時、サッカーしてたんだけど……膝やっちまって……もう本気(マジ)で出来なくてな」

 

 竜生は悔しそうに言った。どうやら辛いことを聞いてしまったようだった。

 

「その……すまん」

 

「別に気にしてない」

 

 居た堪れない雰囲気になってしまった。一優がどうすべきか考えていると、

 

「あんた、充が待ってるよ」

 

 沈黙を破ったのは侑良だった。

 

「……あぁ、んじゃな」

 

 竜生は、充と一緒に教室から出ていった。

 

「……その、ありがとう」

 

「別にいいわよ」

 

 一優は侑良にお礼を言う。

 

「気にしてないって言っておいて、未だにサッカーに未練タラタラよ。あいつ」

 

「未だにサッカーの練習羨ましそうに見てるし。サッカー辞めてからのあいつ、なんて言うか、抜け殻なのよね」

 

 侑良は怒っており、失望しているようだった。一優はそれを黙って聞いていた。

 

「前は、もっと、かっこよかったのに」

 

 侑良は最後にそう呟いた。

 

「ごめん。愚痴聞かせちゃって」

 

「いや、大丈夫」

 

「バイト頑張ってね」

 

「うん。じゃあ、また明日」

 

 一優は教室を出る。下に降りて玄関を通り過ぎ、駐輪場で自転車に跨る。そして、CiRCLEへの道を漕ぎ始めた。

 

 

 




オリキャラしかいねえ(次こそ出てくるはず)
サブタイトルが話数になりました(毎回考えるのを諦めた)
最後まで読んでいただきありがとうございました。


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三話

 

 

 

 一優(かずと)が自転車で10分ほど漕ぐと、ライブハウスCiRCLEが見えてくる。裏に回って自転車を停める。

 

「こんにちはー」

 

「あっ、来たね! 着替えてきて〜」

 

 一優はまりなに挨拶を済ませると、スタッフルームへ。着替えると言っても、学校の制服の上に『CiRCLE』と印刷されたTシャツを着るだけだ。

 

「ラウンジの掃除をよろしく〜」

 

「はーい」

 

 一優は再びスタッフルームへ行き、その奥のロッカーを開く。中からモップとバケツ、そして雑巾を取り出す。そして、水道で水を汲んでカウンターの外に。カウンター横のドアを開く。このラウンジは、主にスタジオの利用者が休憩する時に使われる。大人数で座れそうなソファと大きな丸テーブルが中心に置いてあり、ちょっとしたパーティーが出来そうな広さがある。まず、一優は雑巾で丸テーブルを拭き始めた。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「こんにちは」

 

「あっ、いらっしゃい!」

 

 今日も友希那達が練習にやってきた。それをまりなが応対する。

 

「そういえば、友希那さん。他のメンバーの名前って……」

 

 友希那はCiRCLEの常連だが、まりなはまだ他の三人の名前を聞けていなかった。

 

「氷川紗夜です」

 

「今井リサです☆」

 

「宇田川あこです!」

 

 それぞれ自己紹介をする。

 

「うんうん。ありがとう♪ Bスタジオにどうぞ! 練習頑張って!」

 

 四人はカウンター横のドアを通って行った。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 ガチャ

 

 ラウンジのドアが開く音がした。床のモップ掛けをしていた一優は顔を上げる。昨日の四人だった。

 

「い、いらっしゃいませ」

 

 やはりまだ声が上ずってしまう。自分の情けなさに唇を噛んだ。

 

「どうも」

 

 四人はスタジオに繋がるドアへと入って行った。一優はその様子を見届けてまた掃除に戻る。

 

 一優はバイトを始めて日が浅い上、引っ込み思案であるために、接客が得意ではない。そして、それ以上に……

 

(やっぱり怖いな)

 

 一切の妥協を許さず、ひたすら練習をする彼女達に畏敬の念を感じていた。しかし、それ以上に、()()()()()自分の情けなさを責められているようで……心が痛んでいた。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

「ぅぅ……もうクタクタ」

 

「クレープ……」

 

 練習後、あことリサは受付前の椅子にへたりこんでいた。

 

「そろそろ課題曲を増やしましょう」

 

「ええ。私も湊さんと同意見です。この選曲なら実力の底上げもできそうですし……」

 

「全員。来週までに練習して来て」

 

 しかし、友希那と紗夜はまだ元気そうだ。

 

「「はーい……」」

 

「お先に失礼します」

 

 練習でヘトヘトな彼女達の後ろから声が聞こえた。バイトを終えた一優だった。

 

「……お疲れ様です」

 

 そう言い会釈して、さっさと外に出ていった。

 

 リサは不思議に思った。普通に通ればいいのに、なぜか彼がビクビクして通り過ぎて行ったからだ。

 

「今井さん。帰りましょう」

 

「うん。わかった」

 

 紗夜に促されてリサも立ち上がり、家路に着く。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 一方その頃、一優は頭を抱えていた。何故なら、自転車の後輪がパンクしていたからだ。

 

「嘘だろ……来る時なんか踏んだか……?」

 

 残念ながら、パンク修理キットや替えのチューブなどは持っていない。

 

「……歩いて帰るか」

 

 パンクした自転車を押して、CiRCLEの裏の駐輪スペースから出ると、ちょうど少女四人も出てきていた。

 

「あれ? 乗らないの?」

 

 リサが思わず尋ねる。

 

「あ……ぇ……え、っと、パンクしちゃったみたいで」

 

 まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、一優はしどろもどろな口調で答える。友希那と紗夜は家路を急ぐため、彼の横を素早く通り過ぎて行き、あこも遅れないように続く。リサは一優の横に付いてきた。

 

「家まで遠いの? 大丈夫?」

 

 リサは心配そうに一優に話しかける。

 

「えっと……自転車で二十分だから……歩きで……三十分くらいですかね」

 

 正直、いつも自転車で通っているあの道を、三十分で歩けるかどうかは如何せんやったことが無いので分からなかった。

 

「ええっ! 結構歩くね……」

 

 リサはそう聞いて驚く。

 

 一優は何か話したほうがいいかと言葉を探していた。しかし、見つからずに黙っておらざるを得なかった。

 

「あっ……そういえば! 自己紹介してなかったね♪」

 

 一優が何を話せばよいか迷っているのを知ってか知らずか、リサはそう切り出した。そういえば、昨日も会ったけれども、お互い名前を知らない。

 

「アタシは今井リサ! よろしく♪」

 

「えっと……月島一優です」

 

「一優ね♪ よろしく!」

 

 まさかいきなり下の名前で呼ばれるとは思っておらず、面食らった様子だったが、

 

「……よろしくお願いします。今井さん」

 

 少し笑いを見せてそう言った。

 

「そんなに堅苦しくなくてもいいのに〜」

 

 リサは笑顔で続ける。

 

「前を歩いている銀髪の子はアタシの幼なじみの湊友希那で、翡翠色の髪の子が氷川紗夜、紫色の髪の子が宇田川あこね」

 

 リサは、前の三人の紹介もまとめて分かりやすく説明した。

 

「えっと、皆さん駅に向かってるんですか?」

 

 ここでようやく一優が話しかけた。

 

「そうだよ〜……というか一優って何年生?」

 

「高二です」

 

「アタシと同学年なんだね〜!」

 

 そんな風に色々と話をしているうちに、T字の交差点に差し掛かった。

 

「僕、ここで右なので……」

 

「うん! 話に付き合ってくれてありがと! 気をつけて帰ってね♪」

 

 そこで二人は別れる。

 

 リサは前にいる友希那達を追いかけて行った。

 

(今井さんか……可愛かったな)

 

 そして、普通の男子高校生らしい感想を浮かべて、一優は自転車を押し続ける。

 

 

 




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四話





 

 

 

「行ってきます」

 

 家から出た一優は、駅へと向かう。自転車のタイヤチューブはネットで注文したので、それが来て交換を終えるまでは電車通学だ。

 

 十分程歩くと駅に着く。すると、駅のホーム上に知っている顔が並んでいた。

 

(今井さんに湊さんだ)

 

 一優は楽しそうに話をしている(リサが一方的に話している感じにも見えるが)彼女達に声を掛けようか迷う。

 

(知り合ったばかりだし気安く声をかけていいものか……)

 

「あっ、一優(かずと)じゃん! やっほー☆」

 

「あっ……ぇ、お、おはようございます今井さん」

 

 迷っていたら、振り返ったリサが声をかけて来た。友希那も振り返ってこちらを見ている。

 

「同学年なんだし、タメ口でもいいのに〜」

 

「 ……はぁ」

 

 一優は生返事で返す。そういうものなのだろうか、と疑問符が頭の中を飛び交っている。

 

 リサは会話を続ける。

 

「あの後、大丈夫だった?」

 

「ええ。なんか、チューブに穴が空いてたみたいで……。とりあえず、替えのチューブは注文したので明日直します」

 

「自分で直せるの?」

 

「はい。道具さえあればできるので……」

 

「へぇ〜すごいね!」

 

「そうですかね……」

 

 リサが積極的に話しかけてくれるおかげで、一優としてはとても気が楽だった。自分から話しかけるのが苦手であるからだ。一方、友希那はその横で静かに話を聞いている。

 

「そうだよ〜☆

 

 そういえば、一優って家ここら辺なの?」

 

 ここでリサは話題を変える。

 

「……えぇ、一応」

 

「ここら辺から豊崎まで自転車で通ってるの?」

 

「はい。雨の日以外は」

 

「少し遠くない?」

 

 一優の通う豊崎学園高校は、ここからだいたい七から八キロ離れている。確かに言われてみればそうかもしれない。

 

「まぁ、慣れたら大丈夫ですよ」

 

「CiRCLEからも距離あるよね……

 

 昨日、帰るの大変だったんじゃ……」

 

「はい……ハハハ」

 

 一優は苦笑いで答える。CiRCLEから家だと、おそらく八キロは余裕で超えている。実際、昨日帰った時はいつもの二倍程の時間がかかった。

 

「お疲れ……」

 

 リサも同じく苦笑いでそう労った。

 

 ピリリリリリン

 

 列車の接近チャイムが流れる。三人は止まったそれに乗り込む。

 

 乗り込んでからまたリサが話しかける。

 

「そういえば、雨の日は電車なんだよね?」

 

「はい」

 

 さっきと変わらず、リサからの問いに一優は答えていく。

 

「去年は、一優と駅で会ったことないよね?」

 

 そのリサの何気ない問いに、一優はドキリとする。

 

「……そうですね」

 

「今年、こっちに引っ越して来たとか?」

 

「……まぁ、そんな感じですかね」

 

「どうし「そういえばお二人は!」

 

 ついに、一優はリサの質問を遮ってしまった。

 

「ぁ……えっ……と、あの……」

 

 遮ったのにも関わらず、話すことを何も考えていない。言葉が出てこない。

 

「お、お二人は、どこの学校に通ってるんですか?」

 

 二人の制服が同じであることに気づいて、なんとか当たり障りのない質問をする。

 

「あっ、アタシ達? 羽丘だよ」

 

「羽丘女子学園ね」

 

 リサに続いて、友希那も答える。

 

「女子校なんですね」

 

「そうそう」

 

 一優はなんとか話を逸らすことに成功し、また、他愛ない話へと持っていく。

 

 その後はまたリサが話をリードする形となる。リサは、さっきまで会話に参加できていなかった友希那も巻き込んで話し始めた。学校内での友希那の様子を一優に話し始めたのだ。

 

 恥ずかしがりながらリサを止めようとする友希那は、案外とても可愛らしい。リサの話で、クールなイメージがあっという間に崩れていった。リサは、友希那をそうやって弄りながらも、随所に友希那のことを大切にしているのが分かる。なんだか保護者のようだ。

 

 

 

 あれこれ話しているうちに、羽丘女子学園の最寄り駅に到着する。

 

「じゃあ、一優! またね〜☆」

 

 そう言って彼女達は降りていき、一優は一息ついた。

 

(やっぱり、逃げ続けてるなぁ)

 

 思わずリサの話を遮ったことに後悔する。するとまもなく、豊崎高校の最寄り駅に到着する。彼女達が降りてからほんの一駅である。一優は電車から降り、豊崎高校に向かう。その頭の中には、さっきの後悔がぐるぐると回って居座っていた。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

「彼の前で、あんな話をしなくてもいいじゃない」

 

 友希那とリサは学校へと歩いていた。歩きながら友希那は、まだ頬を薄赤く染めて、さっきの電車内での話についてリサに抗議していた。

 

「……うん」

 

「聞いているのかしら」

 

 はっきりとしない返事をしたリサの方に、友希那が顔を向けると何か考えている様子だった。

 

(どうしたんだろ……?)

 

 リサは、さっきの一優について考えていた。一優が今年こっちに引っ越して来たという話を聞いてから、一優の様子が変わった。さらに聞こうとすると、話を遮られてしまった。まるで、それ以上は話せない、というように。

 

 こんなことを考えていたからか、友希那の抗議は、リサに響いていなかった。

 

 

 




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五話

 

 

 

 一優(かずと)は電車から降りると、駅から歩き始める。そして、さっきの出来事に自己嫌悪を感じ、後味悪い気分で学校へ向かっていた。久しぶりに歩いてみると、豊崎学園はかなり駅から近いことがよくわかる。

 

 学校に着いて校門を通っていると、後ろから呼び声がした。

 

「よっ!」

 

 振り向くと竜生(りゅうせい)が走って来ていた。

 

「おう」

 

 一優は手を挙げて応える。竜生が追いつくと、二人は並んで昇降口へと歩いていく。

 

「今日チャリじゃねぇの?」

 

「昨日パンクしてさぁ……」

 

 竜生の問いに答えて、一優は昨日の経緯を話した。

 

「そりゃ災難だったな……しばらくは歩きか?」

 

「今日の夜には直せると思うから。明日からはいつも通り」

 

「おう、良かったな!」

 

 そんな感じで色々話しながら二年一組の教室に入る。

 

「おっはよ〜!」

 

 教室には侑良がいた。今日もまた竜生と侑良の掛け合いが見られることだろう。これに制止役の充も、もうすぐ来るはずだ。

 

 いつも通り今日も楽しくなりそうだ。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 昼休み。

 

 四限目の授業が終わると、我先にと食堂・購買部へ飛び出して行く者達と、弁当持参派に別れる。一優達四人は? というと、全員弁当持参派である。そして、近くの空いている机をくっつけておしゃべりしながら食べるのだ。

 

「さっきのプレーすごく良かったな!」

 

 今日の話は、先程の体育でのサッカーのことだ。竜生が切り出す。

 

「たまたまだよ」

 

 そう一優は言いながらも、少し照れくさそうにしている。

 

「カズって結構動けるよな」

 

 充のその言葉に侑良も頷き、こう続ける。

 

「横から一気に上がってきて……あれ誰も気づいてなかったでしょ」

 

「竜生にしか注目集まってなかったから……いけるかなぁって思って」

 

 竜生はサッカーを怪我でやめてしまってからも、本気が出せないだけで上手いことは周知の事実だ。だから、体育のサッカーでも、竜生がマークされるのは当然だった。いくら上手くても、多人数を一人で相手取るのは容易ではない。だから必然的に、抜け出してきた一優にボールが回ったのだ。

 

「運動部入ればいいのに」

 

 充はそう一優に言ってみる。

 

「練習についてけなさそうだしなぁ……」

 

 一優は少し俯いて言った。

 

「大丈夫じゃない? カズ真面目だし、喰らいつけるでしょ」

 

 侑良がそう言った。

 

「……俺、真面目なんかじゃないよ」

 

 一優は、少し俯き気味にそう言う。

 

「……それに、もう俺が入れるようなところないだろうし」

 

 一優としては、竜生達の輪の中に入れたのを運が良かったと感じている。高校二年生にもなれば、交友関係は大体固定されているだろうから。

 

「おまけにバイトあるし」

 

「そんなに詰め込んでんの?」

 

 一優のこの発言に、充は聞いた。

 

「そこまで詰め込んでる……ってわけじゃないけど」

 

「じゃあなんでさ?」

 

「俺、不器用だから両立できるような能力無いし……無理だよ」

 

 そう言って一優は首を横に振る。

 

「大丈夫よ! あたしだって吹部行きながらバイトしてるし」

 

「俺だってバンド練習しながら、バイトしてるぞ!」

 

 侑良と竜生がそれぞれそう言う。

 

「あれ? 竜生ってバンドしてるのか?」

 

 一優はそのことをはじめて知って、目をぱちくりさせている。

 

「おう! 最近始めたんだ! ……と言っても、まだメンバー揃ってないんだよな」

 

「そうなのか?」

 

「バンドメンバーは、ギターの竜生、ドラムのアタシ、そしてキーボードの充だけ」

 

 侑良が、竜生に続けて説明する。

 

「充もやってるんだ」

 

 さらに一優は驚いた。まさか、充までメンバーとは。

 

「でも、ボーカルとかベースがいないのよねー……こいつに歌わせるの嫌だし」

 

 そう言って、侑良が竜生を指さした。

 

「なんで?」

 

 一優は首を傾げる。

 

「こいつ……壊滅的な音痴なのよ」

 

「音痴で悪かったな」

 

「アンタのはただの音痴じゃなくて、()()()()の付く音痴よ」

 

「なんだとぉ!」

 

 また二人のいがみ合いが始まる。その間に一優は昼食を食べ終わっていた。

 

「あっ、いっその事カズがボーカルやる?」

 

 三人はいい案が出たというように、目を輝かせて一優の方を見る。

 

「……パスで。俺、音楽系苦手だし」

 

 一優としては、学校の音楽で悪い思い出しか味わって来なかったので避けておきたかったのだ。だから、まりなにCiRCLEでのバイトも荷物の運搬や掃除など、音楽とは関係の無い業務だけにしてもらっている。

 

「そういえば二人とも、もうすぐ予鈴だぞ」

 

 そう言って、一優より先に食べ終わっていた充が止めに入る。

 

「「ちぇ(ふん)」」

 

 そう言うと、二人は食事に戻っていそいそと食べ始める。侑良は残っている量がさほどではないので、すぐ食べ終わっていた。しかし、竜生の方は……

 

「あ、今日新しいバイトの面接だ」

 

 竜生がボソッと言った。

 

「もしかして……今、思い出したのか?」

 

 充が呆れながら聞いた。

 

「いやー危ねー」

 

 そそっかしい奴だと一優が思っていると、

 

「あれ、アンタ、バイト先増やすの?」

 

 侑良が不思議そうに聞いた。

 

「違う違う。俺のバイト先の喫茶店が店畳んじまうんだよ」

 

「あー、確かにあのじいちゃん、大分お年だもんな」

 

 充が訳知り顔でそう言う。行ったことがあるようだ。

 

「だから、新しいバイト先探してるんだ」

 

「どこなんだよ」

 

 一優は竜生に尋ねる。

 

「まだ、決まったわけじゃないからな。決まったら教える」

 

 竜生は少し持ったぶっている。表情を見る限り、楽しみにしているのだろう。生き生きしている。

 

 ポーン

 

 授業五分前の予鈴が鳴った。

 

「やべ」

 

 竜生は急いで残りをかき込んだ。すると、ごほっとむせていた。本当に、そそっかしい奴だ。一優は大丈夫かと声をかけながらそう思っていた。

 

 

 




最後までお読みいただきありがとうございます!
……ん?オリキャラばかりでバンドリキャラが出てない?
次回は必ず出しますm(__)m


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六話

 SHR(ショートホームルーム)が終わって、放課後に入った。これからバイトの面接なのに教師からの呼び出しを喰らってしまった竜生や、吹奏楽部の練習に行く侑良、実家のラーメン屋の手伝いをしているらしい充と別れる。今日、一優は徒歩でCiRCLEへと向かう。歩きながら、朝のことがある手前、今日リサと会うのは気まずいのではないかと思っていた。しかしバイト中は、あちらがお客さんで、こちらはただの従業員であるから気にしないようにすると心の中で決意した。しかし、十字路を曲がろうとしたところだった。バイトに入る前にリサ達と鉢合わせしてしまった。今日は徒歩であるから、リサ達の来るタイミングと被ってしまったらしい。

 

「あっ、やっほー♪」

 

 そう声をかけてきたリサの隣には、友希那とあこがいる。

 

「どうも」

 

 会釈をしようとすると、首だけでお辞儀をする格好になってしまった。

 

「あはは、相変わらず固いなぁ☆」

 

 リサにそう言われつつ、CiRCLEまで一緒に歩くことになる。

 

「あ……そうだ。朝、何か嫌なこと聞いちゃった?」

 

 どうやらリサに気づかれてしまっていたらしい。リサは、心配そうにこちらを見ている。

 

「いや……そんな……気にしないでください」

 

 一優は困る。これはあくまで自分の問題だから。むしろ気にさせてしまったことに申し訳なく感じた。

 

「と、ところで、今日も練習なんですね。どれくらいの頻度でやったいるんですか?」

 

「ほぼ毎日ね」

 

 友希那が言った。

 

「凄いですね……」

 

 一優が思わずそう言うと、

 

「立ち止まっている暇はないわ。ライブも近いし、最高の状態にしたいもの」

 

「……そう……ですか」

 

 一優は、そう言った友希那とバイトメンバーの人達がとても大きく立派な存在に見えた。その逆に、全てを諦めてしまった成れの果てにいる自分が、酷く情けなかった。

 

「Roseliaのライブは、なんて言うか……ドーン、バーンって感じで、すごくかっこいいんだよ!」

 

 ここであこも話に入ってくる。

 

「は、はぁ」

 

 ドーンバーンと言われてもいまいちイメージの湧かない一優は、首を傾げて曖昧に相槌を打つだけだった。

 

「そうだ! 一優もライブ来ない?」

 

 リサはそう言って一枚の紙を取り出した。そこには、Roselia初ライブの文字と、場所、日時が示されていた。

 

「は、はぁ」

 

 これにも一優は歯切れ悪く相槌を打つだけだった。何せ、今までライブなんてものに行ったことが無いのだ。気持ちが身構えている。

 

「行きたくなったらでいいよ〜。チケットは用意できるし」

 

 リサにそう言われて悩んでいるうちにCiRCLEに辿り着いた。

 

「……では、僕バイト入りますので」

 

「頑張ってね☆」

 

「ありがとうございます。そちらも頑張ってください」

 

 一優はリサと軽く言葉を交わし、カウンターのまりなの元に向かう。リサ達は、まだ来ていないメンバーをカウンター前のテーブルで待つようだ。

 

「まりなさん。よろしくお願いします」

 

 一優は、そう従姉のまりなに声をかける。まりなは少し困惑したような顔をするが、そのことには納得している。どういうことかというと、流石にバイト中にいつものように『まりな姉』と呼ぶのはまずいように思われるのだ。一優はあくまで雇われの身であるから。だからバイト中は敬語と決めている。

 

「今日は、カウンター番よろしく。あ! 新しく入る子の面接をするから来たら教えてね」

 

「え? 新しく誰か入るの……ですか?」

 

 驚いた拍子に危うくタメ口で言いそうになって言い直す。

 

別に気にしなくてもいいのに。そうそう。あれ? 言ってなかった?」

 

 一優は「人員不足が……」とボヤいていたまりなを思い出して納得した。

 

「いつ頃来るんです?」

 

「そろそろだと思うんだけど……」

 

 カランカランと入り口の開く音がした。紗夜が来たのだ。

 

「揃ったわね。今日も練習始めるわよ」

 

 友希那がメンバーにそう声をかけてカウンターにやってくる。

 

「予約を入れていた湊です」

 

「はい。Aスタジオにどうぞ……」

 

 そう言って、友希那達を通そうとした矢先だった。

 

 カランカランガタンとやや騒がしく入ってきた人物があった。

 

 それに驚いてRoseliaの面々も動きを止める。慌てて入ってきた様子のその人物は、下を向いてぜーぜーと肩で息をしている。一優と同じく豊崎高校の制服を着ており、もしかすると知り合いだろうかと思った矢先に、その人物が顔を上げた。

 

「え! 竜生……」

 

 そう、先生から呼び出しを食らって「バイトの面接が!」と発狂していた竜生その人だった。

 

「もしかして……」

 

「あっ、キミが田村竜生君?」

 

「は、はい……そうです」

 

 息も絶え絶えに竜生が答える。

 

「とりあえず、少し落ち着いたら面接しようか。カズ君。竜生君が落ち着いたら、スタッフルームまで案内してあげて」

 

 そう言ってまりなはカウンターの奥に入っていった。

 

「次のバイト先ってここだったのか……」

 

「まさかカズがここでバイトしてたとはな……あ」

 

 竜生と何事かとこちらを見ていたRoseliaの面々の目線と、竜生の目線が交差した。

 

「あのライブの……ギタリスト」

 

 そう言って、竜生はRoseliaの面々に近づいていく。そして、

 

「俺を、弟子にしてください!!!」

 

 急に紗夜に向かって頭をブンと下げたのだ。その場の全員が呆気に取られていた。

 

 

 

 




最後までお読みいただきありがとうございます。

※2022/9/22(木)修正かけました


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七話

 

 

 

 さて、どうしてこうなってしまったのか……? 

 

 竜生から急に頭を下げられた紗夜もポカーンとしている。

 

「い……一体なんなんですか!?」

 

「お、俺は、豊崎高校一年生の田村竜生であります! この間のライブで、紗夜さんの演奏に感動しまして、どうかそのテクニックをご教授頂けないかと……」

 

 どうやら、今の話から察するに、憧れていた紗夜に会えてこうなったのだろう。例えると会いたいと思っていた芸能人に会えた時の心情か。ただ口調が……。お前は軍隊か何かか。一優はそんなツッコミが頭に浮かびつつも、どうしたものかと悩んでいた。

 

「……演奏を褒めていただけるのは嬉しいですが、私は今忙しいんです。あなたのような馬の骨にギターを教える義理はありません!」

 

「グホッ」

 

 あーあ。馬の骨って言われてるよ。紗夜の言葉の前に竜生が轟沈するのを見ながら、一優はそのように憐れんでいた。

 

「行きましょう湊さん。練習時間を無駄にしてしまいます」

 

 そう言って紗夜はRoseliaの面々とスタジオに向かった。友希那は興味なさげだったが、リサやあこは気の毒に思ったのかこちらをチラチラ見ながら去っていった。

 

「……まぁ彼女達、ライブ近くて忙しいっぽいから諦めろよ」

 

「ヤダ」

 

「ガキかよ……なんでそこまで……」

 

「もっと、もっと、上手くなりたいんだ。ギター」

 

 そう語る竜生の目は、真剣だった。一優は思わず目を逸らした。

 

「というか、それより面接だろ」

 

「そうだな……もしココでバイトできるようになったら、また紗夜さんと会えるもんな……うん」

 

 諦めの悪いやつだ。そう思いながら、スタッフルームの奥へと案内しようとしたが……

 

「アイタタタ……」

 

 何事かと思って後ろを見ると、右膝を竜生が押さえている。

 

「ここまで来るのに、全力疾走したからな……ハハッ」

 

「大丈夫なのか?」

 

「しばらくの間、激しく動かさなきゃいいだけさ。それより、面接するとこに連れてってくれよ」

 

「あ、あぁ。肩貸そうか?」

 

「そこまでじゃないから」

 

 竜生をスタッフルームの奥の部屋の扉の前まで案内した。

 

「それじゃ。俺戻るし」

 

「おう。ありがとな」

 

「ヘマすんなよ」

 

「大丈夫だ!」

 

 竜生がサムズアップをしながら、扉の向こうに消えていくのを見送って一優はカウンターに戻った。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

 今日の一優のカウンター業務は、特にトラブル無く時間が経っていった。そもそも、受付に来たのが一組だけだったからだ。驚いたことと言っても、その一組のうちの一人が黒髪の一部を赤く染めていて……尖ってるなぁと思ったぐらいである。

 

 ガチャッ

 

 スタッフルームの奥のドアが開く音がした。

 

「お疲れ」

 

 一優はそう声をかける。竜生は嬉しそうな顔で一優のところに来た。

 

「明日からよろしくだってさ!」

 

「……は?」

 

「おう、びっくりしたか?」

 

 一優は驚いた。面接した後、数日間は結果待ちがあるものだと思っていたからだ。ただ、一優は自分の時を思い出した。まりなに「バイトしてみない? 体験来る?」と言われて試しに行ってみたら、「明日からよろしく!」と笑顔で言われたのだ。……部員不足で廃部寸前の部の勧誘並に強引である。まさか自分以外にもやっていたとは……。

 

「カズくんお疲れー」

 

 まりなが奥から出てきた。

 

「今から竜生くんに、バイト内容とかを詳しく教えて来るつもりだから。引き続きカウンター業務よろしく!」

 

「了解です」

 

「それじゃあ行こうか!」

 

「はい!」

 

 二人は再びスタッフルームの奥の方に入っていった。

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 

「お疲れー」

 

「ヘトヘトー」

 

 どうやら練習が終わって、Roseliaの皆が出てきたようだ。先程、一優もバイトを上がったところで、さらに、ちょうど説明を受け終わった竜生と一緒に帰ろうとしていたところだった。そこにリサが声をかけてきた。後ろにあこもいる。

 

「あっ、一優も今帰り?」

 

「ええ」

 

「なら、また一緒に帰ろう!」

 

「はい。ただ、今日はこいつがいますけど」

 

 そう言って、一優は隣の竜生に目を向けた。

 

「あっ、どーも。田村竜生でーす! よろしく!」

 

「アタシは、今井リサ。よろしく〜☆」

 

 やはり、明るい者同士だからか、はじめましてがスムーズだ。

 

「うーんと……後ろの人たちは……?」

 

「我が名は! 闇の波動が……ええっと……あれする……その~……」

 

「……宇田川あこ!」

 

 ちょうどいい言葉が浮かんでこないのか、うーんと唸っていたあこは、最終的に名前を言って勢いでゴリ押すことにしたらしい。一優は、その変わった自己紹介に面食らったが……。

 

「我が名は……龍神の啓示を受け、人間界に降誕せし神人類……田村竜生だ。よろしく!」

 

 お前もか……。まさか竜生がそれに合わせていくとは思わず、さらに面食らった。

 

「すごいすごい! カッコイイ! ねぇねぇ竜兄って呼んでもいい?」

 

「ふっふっふ……同志の頼みなら大歓迎さ」

 

「わーい!」

 

 あこと竜生の自己紹介が終わったところで、リサがまた話し始める。

 

「竜生って、豊崎なんだね〜♪ 一優と一緒だ」

 

「そうそう! なんならクラスも一緒」

 

「へぇ〜そうなんだ〜」

 

 リサと竜生の二人が談笑しているのを見ていると、カウンターの方から、友希那と紗夜が歩いてきた。

 

「あなたは……さっきの……」

 

 友希那はそう言って、竜生をキッと睨んで言った。

 

「紗夜を引き抜くのは許さないわ」

 

「別に俺は引き抜くつもりなんて……」

 

 

 

 

 

 

 

 竜生は友希那の目線に気圧されている。

 

「あなたの言う通り、そのつもりでなかったとしても……私は、あなたのお遊びの相手をしている暇はありません!」

 

 さらに、紗夜からキツく言われる。流石に諦めただろうかと一優は竜生の様子を窺う。すると、竜生は普段の馬鹿っぽい姿からは想像もつかないほどの鋭い目付きで、紗夜のことを睨んでいた。

 

「お遊びじゃありません」

 

 そして竜生は、低くドスの効いた声でそう言った。みるみるうちに雰囲気が悪くなった。

 

「あー……えっとー……ごめんね竜生。紗夜にも悪気は無いから……。それと、アタシたち、ライブが近いからホントに忙しいんだ……」

 

 リサがフォローに入った。

 

「……ごめん。大変な時に」

 

 竜生がそう謝ってこの場は収まる。ただ、紗夜と竜生の間には、緊張が残った。

 

「竜生、Roseliaのライブ行けば?」

 

 一優はそう言ってみる。さっき、リサからもらった紙を竜生に見せる。

 

「行く」

 

 即答だった。やはり、紗夜のギターは聴きたいらしい。

 

「カズは行くのか?」

 

「俺は……」

 

 さっき、リサに誘われた時は返事を濁してしまった。ライブには今まで一度も行ったことがない。だから、躊躇してしまった。

 

「俺も行くよ」

 

 一優は、竜生について行くことにした。Roseliaの演奏はやはり気になる。それに……何か得られるものがあるかもしれない、何故かそう思ったのだ。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 数日後、一優と竜生は、同じ時刻でCiRCLEのシフトに入っていた。この日、一優はまりなからのお達しで、竜生にカウンター周りの説明をすることになっていた。

「こんにちは」

「あっ、いらっしゃいませ」

 一優がいらっしゃいませと言うと、竜生も遅れていらっしゃいませと合わせる。今日も今日とて変わらずRoselia皆が練習にやって来た。……しかし、いつもと違う点が一つある。いつもの四人の他に、一人、黒髪ロングヘアの女の子があこの横にいた。その子は、一優と目が合うと、目線をサッと逸らした。どうやら、人見知りのようだ。

「今日はどこを使えばいいかしら?」

 友希那が一優と竜生に尋ねる。

「えっと……」

 今日応対するのは、主に竜生。竜生は、パソコンの予約表を確認する。それを一優は補助する。

「はい。Aスタジオにお願いします」

「ありがとう」

 いつも通り受付を済ませた友希那は、カウンター横のドアへと歩いていく。そして、残りの四人もそれについて行った。

「あの子、誰だろ?」

 一優がさっきから頭に浮かぶ疑問を、横の竜生に投げる。

「……さぁ? でも、新メンバーじゃないか?」

 竜生は意外と落ち着いた様子でそう返した。

「新メンバー?」

 なんで? という顔で一優がまた聞き返した。

「いや、ギターの紗夜さん、ボーカルの友希那さん、ベースのリサさん、ドラムのあこちゃんで、四人だっただろ? そこに、キーボードとかが入ってくれた方がリズム隊が安定するし、演奏の幅も広がるんだ」

「へぇ……そうなんだ」

 一優は、竜生の説明を聞いて感心していた。竜生にしては珍しく筋の通った真面目な回答だったからだ。

「竜生でもマトモに推測できるんだな」

「お前ひどくね……?」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 その日の帰り、いつも通りに一優は、竜生とRoseliaの皆と一緒に帰っていた。どうやら竜生の見立て通り、黒髪の女の子は新メンバーで、キーボード担当だったらしい。名前は白金燐子(しろかねりんこ)。かなりの人見知りで、竜生と一緒に自己紹介している時も、ビクビクしていた。

「これで全員揃ったよ〜」

「キーボードの人、探してたんですね」

 一優は、今日もリサと話していた。リサとなら話しやすいのだ。

「いや〜よかったぁ〜……これで友希那の目標に近づいた感じ」

FWF(フューチャーワールドフェス)でしたっけ」

「そうそう」

「やっぱり四人と五人だと違うんですか?」

「……うん。全然違う。今日初めて合わせたんだけど……四人の時より、更によかった……」

 リサは、一優への返答に目を細め、嬉しそうにしながら答えていた。そして……

「でもFWFの前に、CiRCLEでのライブをしっかり成功させないとね。楽しみにしててよ〜☆」

 リサは決意に輝く目を一優に向け、そう言った。

「はい!」

 そして、一優もそれに笑顔で元気に応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後までお読みいただきありがとうございました!評価、感想などございましたらよろしくお願いします!

※2022/9/22(木)加筆修正しました


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八話

 

 

 

「これでどうですかー」

 

「うーん、もうちょっと右かなー。カズ君の方はどう?」

 

「終わりましたー」

 

「ありがとう! じゃぁ次は……」

 

 一優、竜生、まりなの三人は、ライブの設営を行っていた。時計の針が二回転ほどすれば、今日のライブが始まる。

 

「カズ君! 受付、新田(にった)さんと代わってきてー」

 

「はい!」

 

 一優は、まりなから事前に言われていたことを思い出していた。おそらく、今から音響や照明のチェックをチェックするのだろう。ライブの行われる地下から、受付カウンターのある地上に上がる。

 

「新田さん! まりなさんが呼んでます」

 

 カウンターにいる若い女性に声をかけた。

 

「分かった。じゃ、ここはよろしくね!」

 

 そう言って、新田さんは地下に下って行った。事前にまりなから聞いていた話では、これから出演者と、音響や照明の調整に入るとのことだ。これは、CiRCLEの管理人のまりなと、専門知識のある新田さんが中心に行うらしい。竜生も楽器についての知識があるので、サブとして入っている。

 

 外のカフェテリアを見てみる。すると、ライブまで二時間弱あるというのに意外と人が集まっている。当日券の準備や他の雑用をしながら、チラチラと見ていると、時間を追うごとに増えていく。もうこの時点でかなりの人が集まっている。

 

 さらにしばらくして、新田さんが受付に戻ってきた。

 

「おー。集まってるねー。Roselia効果かな」

 

「え?」

 

「あれ? 知らない? Roseliaの友希那さんって、今までずっとソロで有名だったんだよ。だから、皆、あの友希那がバンドを組んだって驚いてるんだよ」

 

「へぇ、そうだったんですか……」

 

 一優がここでバイトを始めて二週間ほど。その期間中に友希那にもう何度も会っている。そこで感じたのは、どこまでもストイックであること。練習後のRoseliaの会話で、他のメンバーについていけなければ抜けてもらうと、なかなか厳しいことも言っていた。確かにあれについていける人は少ないだろう。ソロと言われた方がしっくりくる。

 

「あっ、そろそろ入場開始しようか。皆待ってるし」

 

「はい!」

 

 新田さんが、CiRCLEのドアを開放して呼びかける。

 

「お待たせ致しました! 開場します!」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「フゥー。たくさんの人が来るとは思ってたけど、まさかこれほどとは……」

 

 並んだ人達をさばき終えて、新田さんがそうこぼした。

 

「すごかったですね……ふぅ」

 

 一優も新田さんと分担していたとはいえ、なかなかの人の多さに疲れていた。

 

「そろそろ行ってきなよ」

 

「もう大丈夫ですかね……」

 

「大丈夫、大丈夫。お客さんの大半はもう来てるはずだから。もう一人で捌ききれるよ。ここは任せて下に行ってきな!」

 

「ありがとうございます……!」

 

 新田さんにお礼を告げて、地下のライブ会場へ。新田さんの言う通り、もうライブは始まって熱気に包まれていた。その熱気に気圧されるも、とりあえず竜生を探す。

 

 会場の一番後ろの壁伝いに歩いていくと、竜生が、まりなが操作するPA卓のそばで、こちらに小さく手を振っていた。PAというのは、ライブ中の音声を調整するとかなんとか……それについて、一優はよく知らないがかなり重要な役らしい。それをするための機械が据え付けられた作業机をPA卓と言っているのだろうと思う。

 

 一優は竜生に声をかけようと口を開こうとした。しかし、竜生は首を横に振り、ステージを指さした。とりあえず一緒に聞こうと言うことだろうか。一優はステージの方を向いて、演奏が終わるのをとりあえず待つことにした。

 

 演奏が終わる。一組目のバンドが片付けて撤収している間に、竜生に話しかける。

 

「もう俺らの役割、最後の掃除だけか?」

 

「ここでライブを聴くのも大事な役割だぜ!」

 

 サムズアップして竜生が答える。

 

 二週間ほど前、一優と竜生はRoseliaの初ライブを聴きに行くとリサに返事をした。それを数日後にまりなに話すと、「Roseliaのライブ、ここでやるから、ステージの設営と入場案内を済ませれば、後はPA卓のそばで聴いててもいいよ。だからシフト入れよう!」とのことで、今日に一優と竜生の二人のシフトを(半ば強引に)入れてくれたのだ。

 

 二組目のバンドが準備を終え、演奏を始める。会場の熱気がさらに増していく。一優も演奏に耳を傾けた。Roseliaの出番は、最後だ。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 わーっという歓声と拍手が送られる。演奏を終え、バンドメンバーが引き上げていく。

 

「次は、Roseliaだな」

 

 竜生は興奮した様子で言った。会場全体が、これまでのバンド演奏による盛り上がりと、次のRoseliaへの期待で満ちていた。

 

「おっ、『孤高の歌姫』様のお出ましだ」

 

 ステージ袖から出てきた友希那を見て、竜生が呟いた。その後ろに、リサ、あこ、燐子、紗夜が続いて出てくる。

 

「孤高の歌姫?」

 

「ああ……カズは知らないか。友希那さんってすごく歌上手くて、ここら辺じゃ『孤高の歌姫』って呼ばれて有名なんだよ」

 

「……そんなに上手いんだ」

 

「それに紗夜さん。彼女のギターは正確無比にギターを弾ける技量がある。本当にすごいんだよ……」

 

 恍惚とした表情で竜生が語り始めた。

 

「それで弟子入りを頼んだと」

 

 一優がそう言うと、竜生は首を縦に大きく振る。

 

「そして馬の骨認定されて返り討ちに遭ったと」

 

「ぐぼへぇ!」

 

 一優の言葉がクリーンヒット。竜生はその場に膝をつく。

 

「それは言わないでくれ……」

 

「そろそろ始まるんじゃないか?」

 

「聞けよ……」

 

 一優は項垂れている竜生を他所に、ステージの方を向いた。Roseliaの皆が準備を終え、構えている。そしてマイクの前にいる友希那は……黙ったままだ。ざわついていた聴衆が、静まり返った。

 

「Roseliaよ。今日は、来てくれてありがとう」

 

 友希那がようやく口を開いた。演奏をするのは、彼女達であるはずであるのに……緊張する。Roseliaが、この空間を完全に支配していた。

 

「一曲目──ー」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「すごかったな……」

 

「ああ」

 

 一優と竜生は、ライブ後フロアを磨いていた。Roseliaまでのバンドも良かった。けれども、それが霞んでしまうほど、Roseliaの演奏が深く刻み込まれたのだ。

 

「やっぱり、俺、紗夜さんにギター教えてもらいたい」

 

「また返り討ちにされるぞ」

 

「……もうちょっと、もうちょっと仲良くなったら行ける……気がする」

 

「まぁ……頑張れよ」

 

 あんな演奏を聴かされたなら、そうなってしまうのは仕方がないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 逆に、一優がこの時考えていたことはなんだろう? 

 

 

 

 

 

 

 

 ──なんで、こんなに俺はダメなんだろう

 

 

 

 

 

 

 

 それは、劣等感だった。

 

 

 




最後までお読みいただきありがとうございます!


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九話

 

 

 

「ラウンジの掃除終わりましたー」

 

 竜生がバケツとモップを持ってドアから出てくる。

 

「お疲れ様ー。そろそろ時間だし、二人とも上がっていいよ」

 

「「はい!」」

 

 カウンター番をしていた一優は、椅子から立ち上がって伸びをした。今日も、竜生と同じシフトに入っている。二人はスタッフルームの中に入る。そこに置かれているロッカーから荷物を取り出す。そして、制服のカッターの上に着ていたスタッフ用のTシャツを脱ぐ。ロッカーの中にそれを掛けて、スタッフルームから外に出ていくと……

 

「お疲れー☆」

 

 ちょうど、リサがカウンター横のドアから顔を出した。Roseliaの練習終わりの時間と、一優と竜生のバイト終わりの時間は被っているのだ。その後に、Roseliaの残りのメンバーが続く。友希那はカウンターのまりなの元に向かい、残りの四人は一優と竜生の元にやってきた。そうすれば当然、紗夜と竜生の目線が交錯するわけで……辺りが張り詰めた空気になる。

 

「ふ、二人とも?」

 

「おい、竜生……」

 

 リサは紗夜を。一優は竜生を心配になって声を掛ける。

 

「おい、睨み返してどうすんだよ。紗夜さんにギター教えてもらうの諦めてないんだろ?」

 

「仕方ないだろ。あっちが睨んでくるんだから」

 

「なんでメンチ切り返してんだよ」

 

「目があったらポ○モンバトル」

 

「ふざけてんのか」

 

 一優と竜生が、小声でそんなやり取りをしていると、紗夜の方が先に口を開いた。

 

「先日は、すみませんでした」

 

 そう言って頭を下げる。一優と竜生は顔を見合わせた。

 

「あの時は、強く言いすぎてしまいました。ごめんなさい」

 

「じゃあ……」

 

 竜生の顔がパァッと輝いた。

 

「しかし、ギターを教えることに関しては引き受けられません」

 

「え」

 

 竜生の期待は、儚く砕け散った。

 

「私達はFWF(フューチャーワールドフェス)の準備で忙しいので」

 

「あのFWFに出るんですか!」

 

 落ち込んだと思ったら、今度は驚く。

 

「そうよ。だからあなたに構っている暇はないわ」

 

 紗夜の後ろから友希那がそう言う。

 

「……」

 

 竜生は口を噤んだ。

 

「なぁ……FWFって何?」

 

「知らないのか!?」

 

 一優が小声で竜生に聞くと、竜生はそう素っ頓狂な声をあげた。

 

「バンドをやってる人なら誰もが憧れる夢の舞台……。出場予選は、プロでも落選してしまうほどの最高峰のイベントをご存知無い!?」

 

 食い気味にそう言われても、一優は「知らない」としか言いようがない。今までこの業界には関わりが無かったから。

 

「……まぁとにかく、この業界最高峰のイベントに出るってことなんだ。俺、応援しますよ!」

 

 竜生はそう言った。これで竜生と紗夜が仲直り(?)をしたからか、一触即発の雰囲気がなくなったことで、一優もリサも胸を撫で下ろした。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「いやぁー。仲直りできて良かったよー♪」

 

「そうですね……」

 

「一優も心配してたね」

 

「目の前で争われるのは、気持ちよくないですから……」

 

 一優の自転車のパンクはもう直っていたが、今日も自転車を押して、リサ達と話しながら帰っていた。その方が楽しいのだ。

 

「優しいんだね」

 

「優しくはないですよ」

 

「えー。照れなくてもいいぞっ☆」

 

「……スタッフとお得意さんのバンドの人が揉めて来れなくなってしまったら、CiRCLEにとっての損害になります。僕達は雇われている身ですから、迷惑かけちゃいけないってだけです」

 

「やっぱり優しいよね?」

 

「あくまで自分達のためですよ」

 

「頑固だなぁ」

 

 この間よりは、一優も気楽に話せるようになっていた。前方では、あこと竜生が何やら話をしている。そこに、物静かそうな燐子が混じっている。話すのは今日がほとんど初めてのはずだが……やはり、竜生はコミュニケーション能力が高い。

 

「この間は、ありがとうございました」

 

「え?」

 

「ライブに誘ってくれたことですよ」

 

「ああ! でも、お礼を言われるほどのことじゃ……」

 

「凄かったです……ライブ。……あの会場全部を興奮で包み込んで……その、本当に感動しました!」

 

 一優はリサにあの時の感動を伝える。しかし、上手く表現できない。自分の口下手さを恨んだ。

 

「ごめんなさい。表現するの、下手くそで……」

 

「大丈夫だよ☆ちゃーんと伝わってるし。こちらこそありがとね!」

 

 話しながら歩いていると、時間はあっという間に経過しているもので、T字路に差し掛かる。

 

「じゃあ、僕はこの辺で……」

 

「うん。じゃあね☆」

 

「また明日なー」

 

 リサと竜生の声を背に自転車に跨る。このタイミングで、ふと、あることを思い出した。後ろを向いて竜生を呼ぶ。

 

「どうした?」

 

「明日、古典の宿題提出だぞ」

 

 言った瞬間、竜生の顔が青ざめていく。

 

「忘れてたァァァ!」

 

「近所迷惑ですよ!」

 

 叫んだ竜生を紗夜が注意する。何せ今は夜である。

 

「ぅぅぅ……すみません。もうちょっと早く言ってくれよ……」

 

 呆れている紗夜。澄ました顔でイマイチ何を考えているか分からない友希那。苦笑いのリサ、あこ、燐子。そして、絶望に顔を染めた竜生。

 

 全員の反応を見て、もうちょっと話していたかったなと惜しみながら、一優は自転車を漕ぎ始めた。

 

 

 




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十話

 

 

 

「なぁなぁコレ見たか?」

 

「ん?」

 

 今日も今日とて、一優と竜生は一緒にシフトに入っていた。一優がカウンター前の掃除をしていると、竜生が声を掛けてきた。一優はモップ掛けをしている手を止めて、竜生の方に向いた。

 

「新生バンド、Roselia!」

 

 カウンターの椅子に腰掛けている竜生が見せてきたのは、ある雑誌の記事だった。

 

「なになに……孤高の歌姫(ディーヴァ)友希那がついにバンドを結成……?」

 

 見開き一面にその文字がデカデカと踊っていた。友希那が有名であることは、前に新田さんや竜生から聞いていたが……雑誌の一面を飾ってしまうとは。一優は、友希那の凄さを改めて知った。

 

「すげぇな……Roseliaってめちゃくちゃ注目されてるんだな……」

 

「うん……それはそうなんだけどさ……。この写真見て、なんか気づかないか?」

 

 竜生はそう言って、記事中の一枚の写真を指さした。その一枚を一優は注視する。

 

「……あ」

 

 それは、演奏しているところを撮ったものだった。その中で……リサだけが、妙に浮いて見えた。

 

「気づいたか?」

 

「……浮いてるな」

 

「一人だけすげーギャルっぽいんだよなぁ……」

 

 竜生が苦笑いで言った。そう、とてもギャルっぽいのだ。元々のリサの髪型や、胸元近くまで見える肩出しの服に、ウサギのピアス。ギャルっぽく見える要素がフルコンボである。一優が竜生に尋ね返す。

 

「どうする……? 後で言ってみるか……?」

 

「言い出しづれぇ……」

 

「だよなぁ……」

 

 ちなみに、今日もRoseliaの皆は練習に入っている。だから、後でこのことについて言及するのも可能ではある。……が、どちらともやはり言い出しづらいと思っていた。

 

 二人がカウンターで話していると、カウンター横のドアが開いた。紗夜だった。

 

「あれ? 紗夜さん? まだ練習は終わってないんじゃ……」

 

「今日はお先に失礼します」

 

 竜生が不思議になって紗夜に話しかけるが、紗夜はそれだけ答えて、足早にCiRCLEを後にした。

 

「どうしたんだろ……?」

 

 竜生が心配そうに言う。一優も気になったので、心の中で後でリサ達に聞こうと決めた。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「『憧れられるほうがどれだけ負担に思っているかわかってるの!』か……」

 

「氷川さん、それで出ていったのか……」

 

 CiRCLEからの帰り道。一優と竜生はリサ達から、紗夜が出ていった顛末を聞いていた。

 

「氷川さんって、妹さんがいるんですね」

 

「うん。日菜っていうの。アタシと同じクラスなんだ」

 

「妹さんと、何かあるんですかね……?」

 

「そうかも……。日菜が、紗夜はバンドのこととか話してくれないって……」

 

 一優の言葉に、リサが答える。

 

「あこ……お姉ちゃんの負担なのかな……」

 

「そんなことないって! 巴はそんなこと思わないよ!」

 

「うん……」

 

「あこちゃん……」

 

 リサがあこを慰め、燐子は心配そうにあこに寄り添う。

 

「日菜……日菜……。どっかで聞いたことがあるような……」

 

 竜生が首を傾げ、腕を組んでブツブツ言い始めた。

 

「何か知ってる?」

 

 その様子を見てリサが尋ねた。

 

「なんだっただろ……何かで見たんだよな……うーん」

 

「何かでで見たって……何で見たんだよ」

 

「ポスターだったかな……? でも何のポスターだったかなぁ……」

 

 一優はポスターで見たと聞いて、試しに『ひかわひな』とスマホで検索をかけた。

 

「……あ。もしかしてこれか?」

 

 竜生に、検索結果に出てきた画像ポスターを見せる。

 

「ああ! これこれ!」

 

 竜生の横からリサ達が覗いてきた。リサ達にもそれを見せる。

 

「新生アイドルPastel*Palette。ギター『氷川日菜』……日菜。ギター弾けるんだ……」

 

 リサは驚いて目を丸くする。どうやら知らなかったようだ。

 

「日菜さんが紗夜さんに憧れてギターを始めたってことだろうな……」

 

「もしかしたら、氷川さんもそれをどこかで知って焦ったのかも……」

 

 竜生と一優がそれぞれ言った。皆、どこか沈んだ空気のまま、いつものT字路に差し掛かった。

 

「あの……それじゃ、また」

 

「うん。気をつけてね」

 

「また明日な」

 

 自転車に跨って、一優は走り始めた。

 

 

 



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