呂布を名乗るウマ娘 (トマトルテ)
しおりを挟む

1章:赤兎(セキト)





『強い! 強すぎるぞッ! セキトッ!!

 皇帝も! 怪物も! 世界の並み居る猛者達も! 誰も追いつけないッ!!

 我に並ぶ者無しと、先頭を駆ける姿はまさに!!

 ―――天下無双のウマ娘だぁあああッ!!!』

 

 

 “最強(さいきょう)の世代”。

 この時代の名を、欲しいままにし、“三強”と言われた3人のウマ娘がいる。

 

 1人目は“怪物”の名で見るものを震撼させた、マルゼンスキー。

 2人目は“皇帝”の名でウマ娘達を悠然と率いた、シンボリルドルフ。

 そして、3人目が――

 

 “飛将軍”の名で文字通り、飛ぶように暴れまわったウマ娘、セキトである。

 

 

 

 “怪物”マルゼンスキーは彼女についてこう語る。

 

「セキトと私はね……きっと、お互いに初めて背中を見せた相手よ」

 

 “皇帝”シンボリルドルフは彼女についてこう話す。

 

「そうだね……私は皆を導く皇帝だ。だが、セキトだけはねじ伏せて従えさせたいと思ったよ」

 

 3人ともが、1つ時代がズレていれば最強を名乗れたウマ娘である。

 実際、今日(こんにち)までの最強論争で彼女達の名前が出なかった日はない。

 そんなウマ娘が同じ年にデビューし、競い合ったのだ。

 “最強の世代”と言われる所以(ゆえん)も分かるだろう。

 そして、誰が言い始めたか、彼女達の凄まじさを表すもう1つの言い方がある。

 

 “最凶(さいきょう)の世代”。

 彼女達と共に走った世代のウマ娘達へ向けられた、同情の言葉である。

 運が悪かったと、おみくじで大凶を引いてしまったようなものだと。

 そう、彼女達は言われている。

 

 もちろん、他のウマ娘達が弱かったわけではない。

 筆者一押しの素晴らしいウマ娘達もいるのだが、長くなりすぎるのでここは割愛させて頂く。

 

 とにもかくにも、他のウマ娘達が同情をもってそう言われるのには、三強に理由がある。

 栄えあるトゥインクルシリーズにおける、最高クラスの大会G1(ジーワン)

 当然、ウマ娘達はそれを目標に日夜努力を続けるのだが、彼女達は時代が悪かった。

 

 ―――21個。

 

 それが三強の合わせたトゥインクルシリーズ最初の3年間でのG1(ジーワン)勝利数である。

 ファンにとっては非常に見ごたえがあることに(他のウマ娘からすれば不幸なことに)。

 実は三強は全員が得意分野が分かれている。

 

 マルゼンスキーは短距離やマイルの大会を支配し。

 シンボリルドルフは中・長距離の大会を支配する。

 ならば、ダートに活路を見だせるかと言えば、セキトが邪魔をしてくる。

 

 しかも、この3人他の距離を走れないという訳ではない。

 実際、暮れの有馬記念では3人で3着まで独占し、全員が当時のレコードを破っている。

 その強さは、日程の都合やレースの被りを無くせば、全てのG1を支配していたと大真面目に語る解説者もいる程だ。

 筆者がウマ娘ならば、それはもう、ふざけんなよと叫んでいたこと間違いないだろう。

 

 まあ、これに関してはある意味で三強も被害者である。

 別々の時代に生まれていれば、もっと勝てていたのは間違いないのだから。

 これに関しては、別の記事で3人が語ってくれたことがあるので、その時の文を引用したい。

 

「もしも、あたしとルドルフ、セキトちゃんが別々の世代に居たらどうなってたか? そうねぇ、マルゼンの時代が来たぁああッ! て感じで、ウハウハ! イエーイ! って感じでブイブイ言わせてると思うわ。……でも、きっとその世界の私の心はチョベリグじゃないと思うのよ。だって、一人ぼっちで走っても……楽しくないじゃない? やっぱり、ライバルの存在って大切よ。ほら、最近流行りの『エースをねらえ』って漫画でも良いライバルキャラが……え、流行ってないの?」

 

 マルゼンスキーはハニかんでから、そう語り。(時折彼女の言葉で理解できないものがあったが、それはきっと彼女の感性が時代の7馬身先を走っているからだろう)

 

「ふむ。もしも、私達3人が別々の時代に生まれていたらか……そうだね、まず私の勝利数は今よりも多く増えているのは確実だろう。つまりは、より完璧な皇帝(こうてい)だ。だが、それは楽な行程(こうてい)を歩いたからに過ぎない。人々はその私をこう、(てい)するだろう。欠けたるものがない満月だと。しかし、それは違う。見せかけのスッポンに過ぎない。完璧な形状であっても、余りに卑小(ひしょう)浅薄(せんぱく)。そのような姿を見て、一体誰が肯定(こうてい)するだろうか。この私が三強(さんきょう)最強(さいきょう)であるとね。ここに断言しよう。もし、彼女達と出会わなかった私と、今ここに居る私が競えば必ず―――私が勝つ……とね」

 

 そう言って、シンボリルドルフは自信満々に笑ってみせた。(話がよく韻を踏んでいたのは、彼女の高い教養のなせる業だろう)

 

「フゥン、もしもなどありはしない。最強は常に一人、この呂布奉先(りょふほうせん)様だ」

 

 セキトは心底つまらなさそうに欠伸(あくび)をし、ソファーに寝ころんだままポテトチップス(コンソメパンチ)を頬張った。因みに、彼女が自分のことを呂布と呼ぶのは三国志にドはまりし、自分は三国志の英雄呂布の魂を宿していると思い込んでいたからである。

 

 要するに中二病だ。

 

 と、ここまで時代の寵児(ちょうじ)たる、三強について語っていたが本題であるセキトに戻りたい。

 本誌は、このセキトが駆け抜けたトゥインクルシリーズの軌跡を記すものなのだから。

 さて、それでは読者の方々も、道草を食うのに飽きてきた頃合いと思うので始めるとしよう。

 

 “飛将軍”セキトの英雄章を。

 

 

 

 

 

 端的に言えば、一目惚れだった。

 

 その走りを見た時、いや、パドックでの立ち姿を見た瞬間から。

 私の目は彼女に囚われたまま、抜け出せなくなっていた。

 パートナーを選ぶ大切な選抜レースだというのに、他のウマ娘のことなど眼中になかった。

 

 今思えば、他の娘には失礼なことを、自分のトレーナー人生には危険なことをしたと思う。

 だが、後悔などない。彼女のいない人生など、今となっては考えられないのだから。

 

「今回の選抜レースはどうなると思う? めぼしい子は見つかったか?」

 

 その時、トレセン学園の先輩トレーナーにそんな風に話しかけられたのだが、よく覚えていない。

 セキトを見ることに集中していてそれどころではなかったのだ。

 だが、優しい先輩はそんな私にも怒ることなく、気さくに話を続けてくれた。

 

「お前のお目当ては、あの長い赤髪の娘か。確かに体格も良いし、レース前なのに堂々としているな。確か……最近地方から編入してきたセキトとかいうウマ娘だったか…?」

 

 赤兎(セキト)

 先輩の話は半分以上は耳から零れ落ちていたが、その名前だけは私の魂に刻まれた。

 他のウマ娘よりも頭一つ二つ抜け出る長身で、尻尾と同化していると見間違う程に長く鮮烈な赤髪。

 他者を見下すかのような冷たい双眼。我こそが最強と言わんばかりの自信に満ちた(かお)

 その全てを目に焼き付けようと私は躍起になっていた。

 

「期待カブだな。だが、地方で成績が良かったからって、簡単に通用する程中央は甘くないぞ。中央を無礼る(なめる)なよ、舐めても甘くないからな……なーんてな」

 

 そう軽く冗談を飛ばして、私の背中をバシバシと叩く先輩トレーナー。

 前述したように、私は先輩トレーナーの話のほとんどを聞いておらずうろ覚えだった。

 しかしながら、この言葉と次に自分が返した言葉だけはハッキリと覚えている。

 

 

 ―――セキトを無礼るなよ。

 

 

「………ぷ、ハハハッ! なんだ、もう自分がトレーナーになったみたいだな?」

 

 そこで初めて、失礼なことを言ったと自覚した私は、慌てて先輩に頭を下げた。

 

「いや、それでいい。トレーナーってのは、担当ウマ娘の第一のファンじゃなくちゃいけない。トレーナーの特権って言い換えてもいいかもしれんな。とにかく、その気持ちを忘れるなよ。……勝つことに執着して、ウマ娘が好きだって心を無くしたらお終いだからな」

 

 どこか遠い目をしながら言われた言葉は今でも覚えている。

 私自身も事あるごとに、後輩達に伝えるようにしている言葉だ。

 

「と、もうこんな時間か。じゃあな、俺は担当の娘のとこに戻るよ」

 

 そう言って、私に背を向ける先輩。

 誰が勝つか見ていかないのか、と声をかけた私に先輩は冗談めかしてこう返した。

 

「おいおい、『セキトを無礼るなよ』……だろう?」

 

 思わず赤面する私を、カラカラと笑い飛ばした先輩の言うとおりに。

 いや、私の願望にも近い予想の通りに。

 選抜レースの勝者は、セキトだった。

 

 

 

 

 

 まるで、他のウマ娘を蹴散らして進んでいるようだ。

 

 あの有名な実況が示す様に、セキトは逃げや先行より、差し・追い込みが得意なウマ娘だ。

 他のウマ娘に当たり負けしない大柄な体格。

 一日に千里を走るなどと誇張交じりに語られる、天性のスタミナ。

 最後尾でそれを最大限にまで温存し、一気に爆発させる強力無比な末脚(すえあし)

 最終直線を大幅なストライドで一気に駆ける彼女の姿は、空を駆ける天馬とすら称される。

 

 恐らく、100メートル走などをさせればマルゼンスキーなどが勝つだろうが、レースでは別だ。

 彼女は本当の意味での全速力をレース終盤まで残しておける。

 終盤までは、彼女にとってのウォーミングアップに過ぎない。

 

 そう感じさせるレースをしたものだから、当然のことながら選抜レース後は彼女の周りには人だかりが出来ていた。もちろん、人だかりの人は全てトレーナー達である。私も出遅れないように、必死に割り込んで行ったのを覚えている。

 

 さて、この集団の中でどのようにして、私が栄誉あるセキトのトレーナーの座を掴み取ったのか。気になる人も居るだろう。しかし、残念なことにこの場で語ることは出来ない。なぜならば。

 

「有象無象が、うっとうしい……消えろ」

 

 セキト本人が余りにもふてぶてしい態度で、そう言い放ったからだ。

 これには歴戦のトレーナー達も固まり、唖然としていた。

 

 トゥインクルシリーズにデビューするには、必ずトレーナーがつかなければならない。

 これはどれだけ実力があっても絶対に変えられない規則だ。

 故に、デビュー前のウマ娘がここまで高圧的な態度で、トレーナーを突き放すなどまずない。

 もちろん、気性の荒い娘もいるが、トレーナーを選ぶために話ぐらいは聞く。

 

 だが、セキトは違う。

 お前らなど必要ないとばかりに、話も聞かずに一蹴したのだ。

 もはや、選抜レースとは何だったのかという話である。

 

「フゥン、用が無いなら帰らせてもらうぞ」

 

 ほとんど()いていない汗を軽くタオルで拭い、セキトは立ち去って行く。

 まだ、デビューもしていない若造が何たる無礼な。

 今思い返してみれば、そう思われても仕方のない立ち居振る舞いだった。

 だが、その時は誰一人として文句を言わなかった、言えなかった。

 

 彼女の纏うオーラが、すでに王者が纏うそれと同じだったから。

 

「おい、そこをどけ。通行の邪魔だ」

 

 このとき、彼女が私の前に来たのは偶然か運命か。

 冷たく人を見下ろす視線に、そのときの私は人間とウマ娘の種族としての絶対的な差を改めて認識したものだ。勝てない、負ける、殺される。今すぐ逃げ出さないと、そう思った。

 

 後でわかったことだが、このときの彼女は、私に敵意すら抱いていなかった。だというのに、私には走馬灯が走っていたのだから、情けないことこの上ない。

 

 だとしても、私は彼女を諦めたくなかった。

 だから、人生で最も勇気を振り絞った瞬間と、堂々と言える勇気をもって。

 セキトに自分の名刺を差し出した。

 

「……フン」

 

 そして、セキトは私の名刺を目の前で握りつぶしたのだった。

 それはもう、グシャーっと。

 ウマ娘の強力な握力で容赦なく。

 

「通るぞ」

 

 これ以上留まる気はない。

 そんな意思を込めた一言を放ち、セキトは私の名刺を潰した手を更に強く握りしめて、立ち去って行った。

 

「………その、元気出してください」

 

 呆然とする私に、同僚の女性トレーナーが肩を叩いて来てくれたが、その後のことはあまり覚えていない。ただ、周囲の視線がやたら同情的だったのだけは覚えている。

 

 ここだけ見れば、私はセキトのスカウトに失敗したかのように見えるだろう。

 しかしながら、現実として私はセキトのトレーナーである。

 これで終わったわけではないのだ。

 

 リベンジマッチが始まる。

 

 

 

 次の日、気合を入れなおした私は、下校時間になるのを見計らって、彼女の教室を訪ねた。

 やはりと言うべきか、彼女の周りには人だかりが出来ていた。

 昨日の不遜な態度のせいで数は減っているが、それでも多い。

 

「君なら3冠も不可能じゃない」

「あなたなら世界に通用する」

「俺に任せてくれれば、必ず栄光を掴める」

 

 様々な口説き文句が彼女に浴びせかけられている。

 自分も何か言って、彼女の気を引かなければならない。

 

 そう思ってみるのだが、どうにも言葉が浮かばない。当然だ。当時の私には他のトレーナーほどの経験もなければ、実績もなかった。だから、紡ぎだす言葉に迷ってしまったのだ。そうして、ああでもない、こうでもないと頭を悩ましていると、それまで黙っていたセキトがようやく口を開いた。

 

「フゥン……三冠も、世界も、栄光も、このオレ様がターフ(戦場)に出れば取れて当然のものでしかない。オレ様が聞きたいのは、貴様ら自身がこのオレ様に何を捧げられるかだ」

 

 傲岸不遜(ごうがんふそん)

 ウマ娘としての栄誉など取れて当然と考える態度。

 そして、その上でトレーナーよりも自分が上の存在であり、捧げる供物は何かと聞いているのだ。

 

 至って当然の反応として、カチンと来た表情で睨んでくる者達も居る。

 だが、それを受けても彼女は涼しい顔をしたまま、こちらを見下ろすだけ。

 その威風堂々とした佇まいに、イラっと来た者も何も言い返せないでいた。

 

「どうした? 話が無いのなら行かせてもらうぞ。次のレース(死合い)は既に始まっているのだ」

 

 誰も言い返さないのをいいことに、セキトは悠々と背を向けて歩き去っていく。

 何かを言わなければならない。しかし、前述したように私には誇れるものが無かった。

 それでも、彼女を逃したくなかった。だから、私はただ感情のままに叫んだ。

 

 

 ―――私の全てをあなたに捧げます。

 

 

 と、言い切った。

 そして、次の瞬間には自分は何を言っているのだろうかと、死にたくなった。

 

「……フゥン」

 

 さらに言えば、彼女の返答はと言えば少し大きく鼻を鳴らしただけ。

 それに羞恥心が倍プッシュされ、身悶(みもだ)えている間にセキトは去って行ってしまった。

 

「大丈夫です。きっと私みたいに良いパートナーが見つかりますから」

 

 そして再び、同僚の女性トレーナーに慰められながら、その日は終わってしまったのだった。

 

 

 

 翌日、再び私はセキトを探しに学園に赴いていた。

 やはり諦めきれないのだ。初めて彼女を目にした瞬間の衝撃を。

 セキトの走りに感じた焦げるような胸の熱さを。

 忘れられないのだ。

 

 自分勝手ながらに、私には彼女しかいないと思ってしまう程に。

 

 そのときの私の様子と言えば、未だに先輩からあれぞまさに、恋する乙女だったと言われる始末である。

 まあ、私のことをあまり長く語ってもしょうがない。問題はセキトだ。

 

 何故か、探しても見つからないのである。クラスに行っても、グラウンドに行っても、食堂に行っても見つからない。ならば、寮に籠っているのかと思い寮長に確認するが、そうでもないらしい。ただ、セキトは屋上で昼寝をしていることが結構あるらしいので、もしかしたらそこかもしれない、と聞くことが出来たので、校舎の屋上に行ってみることにした。

 

 はたして、寮長の言った通りにセキトはそこに居た。

 

 ただし、昼寝はしていなかった。

 夕日を睨むように見つめ、屋上に続く扉に背を向けたまま佇んでいる。

 その姿は、私にはまるで戦場に赴く戦士のように見え、思わず背筋を伸ばしてしまった。

 

「フゥン……やはり、貴様が来たか」

 

 ゆっくりと、神聖さすら感じる仕草で彼女が私の方を振り返る。

 セキトの赤い髪が夕日に照らされ、燃える様に輝く。

 そのあまりの美しさに、私は思わずため息を零してしまう。

 

「今日で3度目。フン、貴様の徒労に終わった時間に免じて、オレ様をスカウト(登用)に来た理由だけは聞いてやらんでもないぞ」

 

 セキトの冷たい双眼が虚偽は許さぬと、私を射貫く。

 だが、そのような眼差しに晒されても、私の心に沸いた感情は歓喜だけだった。

 

 ようやく、彼女の視界に自分が入ったのだと。

 彼女が私を見てくれたのだと。

 

 状況や雰囲気などというものに全く関係なく、喜び、満ち、溢れ。

 爆発した。ああ、やっぱり、私は――

 

 

 ―――彼女に一目惚れしたのだ。

 

 

「ひ、一目惚れだと…?」

 

 困惑したように繰り返す彼女に、私は恥も外聞も投げ捨てて、思いの丈をぶちまけた。

 

 まず、その堂々とした立ち姿に見惚れ。

 次に圧倒的な走りに、心をわしづかみにされた。

 セキトこそが、最強となるウマ娘だと。

 この出会いを逃してしまえば、もう二度と出会えはしないと確信した。

 故に私の全てを差し出してでも、トレーナーになりたいと思った。いや、決めたのだ。

 

「わ、わかった。もういい、もういいから、黙れ! こっぱずかしいわ!!」

 

 まだ語り足りなかったのだが、セキト本人に止められてしまったので、しぶしぶ黙る。

 情熱が足りなかったのだろうか?

 

「それは十二分に足りてるわ!? ……フゥン。だが、しかし……貴様の想いは十分に伝わった。流石に三度目なだけはあると言ってやろう」

 

 顔を若干赤らめていたセキトだったが、落ち着いたのか不敵な笑みを取り戻す。

 しかも、話の感じからして私に良い方へと進んでいそうだ。

 

「三度目だからな、三顧の礼と同じ三度だ」

 

 しかし、セキトはやたらと三度ということを押す。

 確かに三度目の私は、三顧の礼を尽くしたと言えるかもしれないが。

 

「かの諸葛亮(しょかつりょう)も、劉備(りゅうび)の三顧の礼によって仕えることを決めた。最強の呂布奉先(・・・・)の生まれ変わりである、オレ様は仕えることはしないが、まあ、貴様がこのオレ様に仕えることは許してやらんでもない」

 

 呂布奉先…? それに三顧の礼。

 まさか、今までセキトがトレーナーに冷たい態度を取っていたのは。

 ……三顧の礼を達成するまで、トレーナーをつけないため?

 

「フゥン、当然のことを聞くな。三顧の礼を超えた劉備と諸葛亮は、水魚の交わりと称される程の仲となったのだぞ? ならば、それと同等のものを求めるのならば、オレ様も三顧の礼をさせるのが当然。おかげで忠義心溢れるトレーナー(軍師)が見つかった。やはり、三国志は人生のバイブル(聖典)だな、フハハハハッ!」

 

 今明かされる衝撃の真実。

 セキトは重度の三国志ファンだった。

 しかも、自分を呂布の生まれ変わりと思い込んでいる痛いレベルの。

 

「そうと決まれば、行くぞ陳宮(ちんきゅう)!! この呂奉先の名をトゥインクルシリーズの歴史の頂点に刻み込んでやるのだッ!!」

 

 陳宮!?

 

「何を驚いている。呂布のトレーナー(軍師)と言えば陳宮(ちんきゅう)公台(こうだい)しか居まい。ならば、貴様は陳宮の生まれ変わりなのだ」

 

 更に明かされる衝撃の真実。

 私の前世は陳宮だったらしい。

 喜ぶべきか、悲しむべきか分からない微妙な線だ。

 

「覚えておけッ! 陳宮! オレ様が目指すは天下無双ッ!! 此度の生でこそ、最強の呂布奉先の名を永劫不変のものとしてやるのだ! フーハッハッハッ!!」

 

 こうして、私とセキトのトゥインクルシリーズが始まったのだった。

 

 

 

 

 

「次は桜花賞(おうかしょう)を取るぞ、陳宮」

 

 メイクデビューのレースが終わった直後、セキトは大して掻いていない汗を拭いながら話す。

 その内容に、私は少し頭を悩ませる。

 

 レース内容に関しては語るまでもない。

 セキトが最終200メートルで、最後尾から7人抜きをして圧勝だ。

 性格に多少難があるが、セキトの才能は疑う余地が無い。

 

「フン、何か言いたそうな表情だな。いいだろう、発言を許可してやる」

 

 主からの許可も出たので、口を開かせていただく。

 まず、トゥインクルシリーズには大きく分けて2つの路線がある。

 

 1つはクラシック方面。いわゆる三冠(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)を目指すものだ。

 2つ目はティアラ路線。こちらはトリプルティアラ(桜花賞・オークス・秋華賞)を目指す。

 

 双方ともウマ娘達にとって栄えある賞だ。

 どちらが上だの下だのと言うつもりはない。

 しかしながら。

 

「オレ様の適性が長距離の方が向いている? フゥン、確かに貴様の言うとおりだ」

 

 私の目から見てセキトの最も高い適性は長距離だ。

 もちろん、他が走れないわけではないが、この娘の桁外れのスタミナは長距離向きだろう。

 それは、セキト本人も分かっているようだが。

 

「だが、考えが甘いぞ、陳宮」

 

 分かっていないとばかりに鼻を鳴らされる。

 一体どういった理由だろうかと、私が耳を傾けると。

 

「皐月賞ウマ娘より、桜花賞ウマ娘と呼ばれる方がカッコイイだろう?」

 

 そんなことをドヤ顔で言われたものだから、思わずズッコケてしまう。

 理由が適当過ぎる。何より、天下無双を目指すのに冠は必要だと思うのだが。

 トリプルティアラでも十分だが、人は3冠の響きに惹かれるものだ。

 そう、セキトに言ってみる。しかし。

 

「フゥン、くだらん。仮にオレ様が3冠を取り、その後に他の娘に負けたとしよう。その時に、愚民共はどちらが強いと言うと思う?」

 

 セキトの冷ややかな目に当てられて、思わず黙り込んでしまう。

 

「答えは簡単だろう。最後に勝った者こそが勝者だ。漢の高祖が項羽に負け続けてもなお、最後に一度の勝利を拾っただけで歴史の勝者となったように。愚民共は過程など見向きもせん。どのみちクラシックもティアラも最初の道標に過ぎん。道が再び交わった暁には……このオレ様が冠ごと最強の名を奪い取って見せるわ」

 

 どちらに行っても最後に笑うのはこのオレだ。

 そう言わんばかりの獰猛な笑みに、私も思わず破顔する。

 

 才能に満ちたウマ娘は一度の挫折で、そのまま終わってしまうことがままある。

 だが、セキトならば何度でも立ち上がり、必ずや天下無双の名を手に入れるだろう。

 そう確信させてくれる言葉だった。

 

「そうだ、敗北続きから皇帝まで上り詰めた劉備しかり、あの曹操ですら手痛い敗北を何度もしているのだ。それでも最後に勝てばいいことを三国志は教えてくれる。やはり、三国志は人生の聖典だな」

 

 結局、最後は晋に滅ぼされて三国のどれも天下統一できなかったのも、逆に最後に勝てなければ意味がないことの証明になっているのかもしれない。

 

「フン、とにかくオレ様は桜花賞を取る。貴様は勝利インタビューの内容でも考えておけ」

 

 既に桜花賞は取ったも同然と語るセキトに、相槌を打ちながら予定を考える。

 桜花賞を大目標とするなら、小目標は“チューリップ賞”にして桜花賞の事前練習にするべきだろう。

 

「フゥン、いいだろう。軍師の意見だ。受け入れてやらんでもない」

 

 セキトも了承したようなので、“チューリップ賞”の参加準備を進めるとしよう。

 そう決めて、私は仕事に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

「陳宮! 次のレースは“スプリングステークス”に変更だ!!」

 

 その数週間後。

 セキトの突然の宣言に思わず、飲んでいたコーヒーを吹き出してしまう。

 

「食物を無駄にするな陳宮。兵站(へいたん)は戦において最も重要なものだぞ!」

 

 確かに行儀が悪かったと、謝りつつ落ち着いて問いかける。

 たしか、“チューリップ賞”に出る予定のはずだったが。

 

「だから、律義に変更だと伝えてやっているのだろう? 耄碌(もうろく)するには早いぞ、陳宮」

 

 そんなことを呆れた目で言われてしまい、本当に私が悪いのかと錯覚してしまう。

 しかし、すぐにそんなことはないと自分を奮い立たせ、理由を聞いてみる。

 ……これから始まるであろう、“チューリップ賞”への出走取りやめの書類の作成に目を瞑りながら。

 

「フゥン、貴様もオレ様の軍師ならば、もう少し世の情勢に目を向けるべきだな」

 

 ということは、気が変わって皐月賞に出ることにしたのだろうか。そう、一瞬思うがそれだと個人の意思なので世の情勢とは言えないだろうと思い直す。と、なると“スプリングステークス”そのものに何かあったのだろうか。

 

 そこまで考えたところで思い出す。

 チューリップ賞に出走登録をしに行ったときに、事務員の方がボヤいていたことを。

 

「フゥン、ようやく目が覚めたか? そうだ、今年の“スプリングステークス”は大会を開催できない程に人が集まっていない。あるウマ娘(もののふ)が早期に参加を表明したことでな」

 

 レースには規定人数というものがある。

 簡単に言えば、5人未満しか入るウマ娘がいないと、レース自体が中止になるものだ。

 基本的に起こり得ないことではあるのだが、多くのウマ娘がそのレースを回避し、別のレースに出ることがある。

 

 強すぎる娘と戦うのを避けるために。

 

「マルゼンスキー。フゥン、大言壮語にもこのオレ様を差し置いて“怪物”などと言われているようでな……実に不愉快だとは思わんか、陳宮?」

 

 マルゼンスキー。

 セキトよりも早くにデビューした、将来有望なウマ娘だ。

 デビューから今までのレースにおいて全て、2位を7馬身差以上つけて勝っている怪物。

 (ちまた)では、その赤い勝負服になぞらえて、ターフを疾走する“スーパーカー”とすら呼ばれている。

 

 そんな彼女が出走を表明しているものだから、“スプリングステークス”に人が集まらないのだ。

 

 走っても勝てない。

 自信が粉々に砕かれる。

 走ることに恐怖すら覚える。

 

 彼女と走った娘達は口々にそう言うのだ。

 まあ、トレーナーである私からしても、確かにそう思ってもおかしくないと思う走りだ。

 でも。

 

「怪物退治の偉業……フゥン、この呂布奉先にピッタリの称号ではないか」

 

 この娘(セキト)ならば大丈夫だ。

 

「陳宮! レースの出走登録をしておけ!! 少々距離が長くなるが、このオレ様にとっては誤差に過ぎん。関羽のように、酒が冷めぬ間に怪物(てき)の首を討ち取って来てやるわッ!!」

 

 勝つのはセキトだと確信し、私は(うやうや)しく(こうべ)を垂れる。(これをやるとセキトは喜ぶ)

 そして、抑えきれずに笑みを溢してしまうのだった。

 何のことはない。私自身もまた、2人が戦うのを見るのが楽しみになってきてしまったのだ。

 

 

 後日、ビクビクしながらレースの変更届を出しに行ったのだが、何故か感謝されて拍子抜けしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

「トレーナーちゃん……5人しか出場しないって冗談じゃないの…? 毎年10人以上は出るレースよね、これって」

 

 “スプリングステークス”の控室。

 そこで、怪物マルゼンスキーは普通の少女のように、エメラルドの瞳に困惑の色を滲ませていた。

 

「本当は私を驚かそうとして、ご本人登場! みたいにサプライズ登場するんじゃないの?」

 

 重くなった空気を誤魔化す様に、マルゼンスキーは茶化して言うが、彼女のトレーナーの表情は硬い。それが何よりも、5人しか出走しないことを裏付けていると理解したマルゼンスキーは、後悔するように唇を噛む。

 

「ねぇ……こんなに人が居ない理由って………私のせいよね?」

 

 女性トレーナーは誤魔化すべきか一瞬迷っていたが、すぐに無駄だと悟り、小さく頷いた。

 

「そう……あはは、ちょーっと勝ちすぎちゃったかしら。強すぎるのも考えものね」

 

 おどける様に笑い、強すぎてごめんなさいと胸を張ってみせるマルゼンスキー。

 だが、その姿からはいつもの快活さは感じられず、ただただ痛ましさだけがあった。

 その様子に思わずと言った感じで、女性トレーナーが声をかける。

 

「大丈夫よ、トレーナーちゃん! 心配しなくたっていつも通りブイブイとばして一番を取って来るわ! ……そう、いつも通りに」

 

 いつも通り、誰も並ぶことなく、ただ1人でゴール板を駆け抜ける。

 それは一体、1人で練習しているのと何が違うのだろうか?

 

 退屈という名の毒が、マルゼンスキーの心を(むしば)み、絶望へと近づける。

 だからだろう。本来の彼女ならば、決して思わないことを、言わないことを、しないことを。

 口に出してしまったのは。

 

「……でも、もし負けても―――一緒に走ってもらえるようになるならいいかも」

 

 マルゼンスキー!!

 大声でトレーナーに呼ばれて、ハッとした表情を見せるマルゼンスキー。

 

「ご、ごめんなさい、トレーナーちゃん。冗談よ、冗談! トレーナーちゃんのために張り切って1位を取らなくっちゃね! それじゃあ、そろそろパドックに行くわ」

 

 精一杯の笑顔を作り、逃げる様に控室から出て行くマルゼンスキー。

 その後ろ姿に声をかけようとするトレーナーだったが、その手は届かない。

 彼女に言いたかったのはそういったことではないのだ。

 

 勝つことではなく、楽しく走ることを優先して欲しい。

 スカウトを決めたあの走りさえ見せてくれれば、勝敗なんてどうでもいい。

 そう言いたかった。だが、現実として。

 

『唯一抜きん出て、並ぶ者なし』

 

 この言葉を体現する彼女を楽しませてくれる者など居るのだろうか?

 ただ走るのが楽しいという気持ちだけで、この先戦い続けられるのだろうか?

 このままでは、いつか取り返しのつかないことが起きてしまうのではないか。

 

 そんな不安が、彼女の心臓を大蛇のように締めあげるのだった。

 

 

 

 

 

「なあ、このレースで誰が勝つか賭けないか? 俺はマルゼンスキー」

「僕はマルゼンスキーが1着」

「私もマルゼンスキーかなー」

「マルゼンスキー一択ですね」

「おいおい、これじゃあ賭けが成立しねぇだろ。しゃあねえな、何馬身差つけて1着になるかに変えるか」

 

 観客席からそんな話し声が聞こえる。

 

解説の場主(ばぬし)さん。今日のレース、どう見ますか?

そうですね、バ場の状態も良好、天気も快晴と来ていますから、レース展開が荒れることはないでしょうね

そうなると、やはりマルゼンスキーですかね? 今回のレース

最有力と言って差し支えないでしょう

 

 解説席からは確信に満ちた声が聞こえてくる。

 会場に居る誰もかれもがマルゼンスキーが勝つと信じて疑わなかった。

 それは、彼女と走るウマ娘達も同じことだっただろう

 

さあ、各ウマ娘がゲートに入り準備が整いました

 

 ただ2人。

 

今、一斉にスタート!!

 

 私とセキトを除いて。

 

やはり、マルゼンスキー抜け出したぁッ!

いいペースですねぇ、レコードも狙えるかもしれませんよ、これは

 

 レース序盤。やはりと言うべきか、マルゼンスキーが後続を残して加速していく。

 私のセキトと言えば最後尾に位置づけ、他のウマ娘を値踏みするように走っている。

 当然のことながら、誰も彼女のことなど見ていない。

 なんなら、マルゼンスキーが派手に飛ばすせいでカメラに入り切っていないまである。

 

レース中盤、今まで足を抑えていたウマ娘達も徐々にペースを上げ始めてきました。場主さん、ここから1着争いに躍り出そうな娘はいますか?

どの娘も良い加速ですが、少し先頭から離され過ぎていますねぇ

やはり、マルゼンスキー強い。このまま独走状態が続きそうです

 

 本来なら徐々に盛り上がって来るレース中盤だというのに、会場は静かなまま。

 誰も競い合いが始まるなど思っていない。

 1着はマルゼンスキー、2位以下は無し。

 

 そんな状況が今現実に生み出されようとしている。後の楽しみは何秒でマルゼンスキーがゴール板を駆け抜けるかだけ。敗者へのヤジすら飛ばす気にもならない蹂躙劇。誰もがそれを信じて疑わない。そんな状況だからこそ。

 

 セキトのお披露目には丁度いい。

 

『最終コーナー! 5番セキトが、最下位から一気に躍り出てきたぁッ!』

 

 さあ、中央よ―――セキトを知るときだ。

 

 

 

 

 ざわめきが聞こえる。

 走っているマルゼンスキーには解説は聞こえないが、会場の空気の変化には気づけた。

 今まで起きたことのない変化に、彼女は少しだけ期待を巡らせる。

 

(誰かが追い上げてきたのかしら? でも、それでも……)

 

 勝つのはどうせ私でしょ?

 傲慢と諦観の混じった自信が、彼女の中の期待を一瞬でかき消す。

 何度も期待してきた。

 

 胸躍る闘争を。

 競い合える強敵を。

 真に心躍るレースを。

 

 だが、その全ては他ならぬ彼女の脚が踏み砕いてきた。

 だから、今回も同じ。

 期待するだけ無駄だ。

 

 そう、思っていた。

 

『伸びる! 伸びるッ! まだ、加速していくぞッ!! セキト!!』

『凄まじい末脚ですねぇ! 見事としか言いようがありません!』

『あれ程あったマルゼンスキーとの差が、みるみるうちに縮まって行くぞ!!』

 

 ゾクリと首筋に悪寒が走る。

 まるで、剣を喉元に押し付けられたかのような感覚にマルゼンスキーは、思わず振り返る。

 振り返ってしまった。

 

『振り返った! 振り返った!!

 あのマルゼンスキーが初めて後ろを見たぁッ!!』

 

 目に入ったものは(あか)

 まるで、真紅の旗のように長い髪をなびかせ、迫りくる巨体。

 その双眼は―――しっかりと怪物の首を狙っていた。

 

『逃げるマルゼンスキー! 追うセキト!

 両者の距離が徐々に縮まって行くぅぅうう!!』

『残り100メートル!! ここで決まりますよッ!!』

 

 迫る来る鮮血の刺客に、マルゼンスキーは足に力を籠める。

 やっと現れた好敵手なのだと。

 これからは何度でも競い合えるのだと。

 心を浮き立たせ、限界以上の速度を出そうとし――

 

 ―――本当に?

 

 孤独という恐怖がそれを邪魔した。

 

『並んだ! ついに並んだセキト!!

 そして、そのまま一気に―――差しきったぁああああッ!!

 勝ったのはセキトッ!!

 まさか、まさかの展開に会場のざわめきはやみません!!』

 

 電光掲示板に映し出されるセキト、マルゼンスキーの並び。

 アタマの差で1着になったのはセキト。

 誰もがお互いに死闘を繰り広げた結果の僅かな差だと思った。

 

唖然(あぜん)! 呆然(ぼうぜん)! マルゼンスキー! ただただ、掲示板の名前を見つめることしか出来ないッ!』

『初めての敗北ですからねぇ。しかも全力を出し切っての負けとなれば、相当くるものがあると思いますよ』

 

 しかし、マルゼンスキー、彼女のトレーナー。

 そして、セキトだけは違った。

 最後の瞬間。親しい者でなければ分からない領域で、マルゼンスキーは手を抜いてしまった。

 否、全力からその先を出そうとせず、勝ちに行こうとせず。

 

 ただ、粛々と敗北を受け入れてしまったのだ。

 

今、ゆっくりとセキトがマルゼンスキーに近づいていきます

握手でもするんでしょうか?

 

 セキトが歩いてくる。

 ゆっくりと、勝利の余韻など欠片もない無表情のままマルゼンスキーに近づいていき。

 

セキトが今、マルゼンスキーに友好の手を伸ばし――なぁッ!?

何をしているんだあの娘は!?

 

 彼女の胸倉を掴み上げたのだった。

 

 

 

「貴様、よくもこのオレ様相手に―――手を抜くなど舐めた真似をしてくれたな?」

 

 

 

 胸倉を掴まれ、身動きを取れなくされた状態で睨みつけられ、マルゼンスキーは声が出せなくなる。セキトの荒い吐息が鼻に当たる程に近い距離。ほんの少し踏み出せば唇が触れ合う程の距離で、巨大なウマ娘に睨みつけられているのだ。話せなくなるのも無理はない。だが、彼女が話せなくなったのは全く別の理由からだ。

 

「手を抜いて勝つのならば、それは強者の余裕だ。敗者に何かを言う権利などありはせん。だが、手を抜いて負けるとはどういう了見だ? レース(死合い)を舐めているのか?」

 

 マルゼンスキーが感じている感情は罪悪感だ。

 あの時、確かに死力を尽くさなかったのは事実だ。

 だから、何も言い返せない。

 

 また勝ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()のではないかと思った。

 事実を言ってしまおうかとも考えたが、意味はない。

 結局、それはセキトを甘く見た結果でしかないのだから。

 今は何を言われても、受け入れるしかないと思っている。

 

「フゥン……だんまりか、くだらん。この呂布奉先ともあろうものが、貴様のような(やから)に、本気を出してしまったとは……自分が恥ずかしいわ」

 

 もはや、怒りも失せたとばかりに、マルゼンスキーから視線を外して解放するセキト。

 そこへ、事態を見て慌てて駆けつけてきた彼女達2人のトレーナーが現れる。

 セキトは自分のトレーナーの叱責の声は右から左に聞き逃しつつ、マルゼンスキーのトレーナーへ侮辱の言葉を吐き捨てる。

 

「貴様が奴のトレーナーか? フゥン、ターフ(戦場)に立つ資格の無い輩を送り出すとはな。とんだ無能が居たものだ」

 

 そう言って立ち去るセキトに、マルゼンスキーのトレーナーは何も言えなかった。

 レース前に見せたマルゼンスキーの不安。それを見抜けず送り出したのは自分の責である。

 そう思ったのだ。

 

「……ちょっと、今の言葉取り消しなさい」

 

 だが、トレーナーを侮辱されたマルゼンスキーの方は黙っていなかった。

 自分の侮辱は受け入れられても、大切なものの侮辱は許せなかったのだ。

 そして、そんな様子にセキトも初めてマルゼンスキーに興味を持ち、足を止める。

 

 因みに陳宮はうちの娘がすみませんと全方位に頭を下げ続けている。

 

「フゥン?」

「あなたを失望させたのは、私のダメな走りのせいよ。そこに言い訳なんてしないわ。でも、これだけは言わせてもらうわ。トレーナーちゃんは無能なんかじゃないわ!」

 

 自分を選んでくれたトレーナーを。

 楽しそうに走る自分が好きだと言ってくれた彼女を。

 無能扱いなどさせない。

 

 マルゼンスキーの言葉がざわめきの止まない会場に響く。

 

「フゥン、ウマ娘(もののふ)の管理はトレーナーの責任。貴様の失態はそのままトレーナーの失態と同義だ、違うか?」

「そうね、そこは貴方の言う通りよ。でも逆に言えば、私の名誉はトレーナーちゃんの名誉よ」

 

 バチバチと火花が飛ぶ口論の中。陳宮はそれが分かっているなら、何故このような行動をとっているのかとセキトに問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。因みにセキトにとってのトレーナーはあくまで軍師なので、自分に仕える存在。むしろ、トレーナーの尻を拭ってやらねばと思っているのである。実際はこのありさまであるが。

 

「それで、貴様はどうするつもりだ?」

「あなた、次はどのレースに出るつもり?」

「桜花賞だ」

「そう、なら―――桜花賞であなたを叩きのめすわ」

 

 セキトの首を指さして斬るように腕を振り、ハッキリとした口調で告げるマルゼンスキー。

 その毅然とした態度に、初めてセキトが面白そうに口を歪める。

 

「ほぉ、宣戦布告か? この呂布奉先様に?」

「ええ、それと今日のレースで不甲斐ない勝負をした謝罪でもあるわ」

「フゥン、くだらん奴と思っていたが、少しは楽しめそうだ……いいだろう! 次の桜花賞で首を洗って待っているがいい!!」

「望むところよ……必ず、このマルゼンが勝つんだから」

「フゥン、せいぜい足掻くといい。行くぞ、陳宮!」

 

 マルゼンスキーからの宣戦布告を不敵な笑みで受け止め、セキトは会場を去っていく。

 ……文句を言ってくる陳宮(トレーナー)の首根っこを掴んで引きずりながら。

 

「ごめんね、トレーナーちゃん。勝手に次のレースを変更しちゃって」

 

 少し気持ちが落ち着いたのか、申し訳なさそうに眉根を寄せながら謝るマルゼンスキー。

 それに気にしないでと、女性トレーナーは首を振る。

 元々は皐月賞に出場予定だったが、こうなっては仕方ない。

 もしセキトから逃げれば、それはきっと一生拭えぬ傷となり残るだろうから。

 

「ありがとうね、トレーナーちゃん。……それとね、1つどうしても聞いておきたいことがあるんだけど」

 

 トレーナーの気遣いに笑った後に、真剣な表情に戻るマルゼンスキー。

 その変化に女性トレーナーの方も姿勢を正し、集中して耳を傾ける。

 一体何が彼女をそこまで駆り立てるのかと。だが。

 

 

「呂布って……だれ? あの娘の名前はセキトじゃないの?」

 

 

 その心配は杞憂に終わり、2人は首を捻りながら呂布、ひいては三国志を調べるのだった。

 

 




現代のサラブレッドと古代のウマを比べれば、肉体の差で現代のサラブレッドの圧勝だと思います。
ですが、ここはウマ娘世界。
あくまで名馬の魂を宿した現代のウマ娘なので、肉体的な差はないと考えています。
あくまで魂(才能)が違うだけなので、十分勝負になるかと。
後は史実じゃなくて演技基準で赤兎馬を考えています。

感想・評価よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章:好敵手(ライバル)

『ウィニングライブでまさかのセンターボイコット!?

 競走相手への暴力と侮辱行為の問題児セキト!

 次は桜花賞を獲ると宣言!!』

 

『怪物マルゼンスキー、桜花賞にてセキトへリベンジを誓う!!

 直前でのティアラ路線への変更は吉と出るか、凶と出るか!?』

 

 コンビニで適当に買ったスポーツ紙を読みながら、溜息を吐く。思っていたよりは非難されていないが、やはりセキトの扱いは問題児となっている。いや、むしろあれだけのことをやって、レースを失格にならなかったのを感謝するべきだろうか。

 

 いくら問題を起こしたといっても、所詮はクラシック級のG2。

 そこまで大きな扱いを受けないと言った所だろうか。

 そう考えれば、少しは安心して――

 

「どうした、陳宮? 苦虫を噛みつぶしたような顔をしおって」

 

 トレーナー室の机を我が物顔で占拠して、ポテチ(堅あげ塩)を食べるセキトに首を振る。

 ダメだ。どう考えても、G1でも問題を起こす姿しか思い浮かばない。

 すぐにでも策を練るべきだ。

 

「フゥン、このオレ様の記事の内容が気に食わんか?」

 

 その通りではあるのだが、事実しか書かれていないため怒ることも出来ない。

 むしろ、関係者の方への迷惑を思うと胃が痛くなってくる。

 今度、菓子折りをもって謝りに行こう。

 

「確かにオレ様の記事にしては扱いが小さいが……フゥン、案ずるな。次は一面を俺の名で飾ってやろう」

 

 そういうことが言いたいわけではないし、出来ればその内容を胃に優しいものにして欲しいのだがセキトには伝わらない。いや、伝わったところで、改善してくれるとは思えないのだが。しかし、これからはメディアへの露出も増えていくだろう。トレーナーとして、報道陣への対応をしっかりと教え込んでいくべきだ。なのだが。

 

「……前のレースでは、ついあの流れで会場を去ったせいで、ライブで踊れなかったからな。次はオレ様の華麗なダンスを愚民共に見せつけてやろう」

 

 どうにも不安が残る。

 セキトは端的に言ってアホなのだ。

 

 レースで見せる冷静さと、普段の高飛車な態度で、頭が良さそうな雰囲気を作っているがアホなのだ。バカではないが、アホなのだ。三国志の登場人物はほとんど覚えているのに、歴史のテストの点数は低いアホなのだ。なんか小難しい言葉と、高圧的な態度で初見の人は誤魔化せるが普段はアホなのだ。そんな娘が礼儀正しく受け答えなど出来るだろうか?

 

 少し両方のパターンを想像してみる。

 

今まで通り『今のレース? フゥン、朝飯前だ。どけ、時間の無駄だ』

礼儀正しい『今のレースですか? すいません、お腹が減っているので通してください』

 

 恐らくこんな感じになる。

 セキトは今まで傍若無人な態度で、カッコいいことを言っているように見せているが、一皮むけばあまり深く考えていないことがよく分かる。いや、下は下で人気が出そうだが、対外的には今のままの方が良いような気までしてきた。

 

「どうした陳宮? 何か(はかりごと)があるならば、主に伝えるべきではないか?」

礼儀正しい『トレーナーさん、何かお悩みですか? 私で良ければ相談に乗りますよ?』

 

 ……うん、やめよう。

 綺麗な口調のセキトなんて、まず私が耐えられない。

 まあ、一応本人の意思の確認だけでもしておこう。

 

「報道陣への対応だと? フゥン、勝手に言わせておけばいい。所詮やつらは誰からの信頼も得ることのできない蝙蝠(こうもり)に過ぎん。オレ様が勝てば味方になり、負ければ敵になる。せいぜい、オレ様の覇道のために利用してやればいい」

 

 よし、路線変更はなし。

 こうなったら、私も覚悟を決めてヒール路線を走り抜くとしよう。

 ……それはそうと。

 

「フゥン? トレーニング(修行)前に脂っこいものは食うなだと? 何を言っている、陳宮。ポテトはジャガイモ。すなわち野菜だ。へるしーなことこの上ない」

 

 セキトの食生活の適当さも、徐々に直していかなければと誓うのだった。

 

 

 

 

 

「どのレースも最下位からのごぼう抜きばかりって……これじゃあ、全力が分からないじゃなーい!」

 

 握っていたリモコンを放り投げ、マルゼンスキーは机の上に倒れこむ。

 そんな彼女とは反対に、女性トレーナーは投げられたリモコンを器用にキャッチして再びビデオの再生ボタンを押す。

 

 画面に映し出された映像は、今までセキトが出場してきたレースのもの。

 中央ではまだデビュー戦と、先日のスプリングステークスしか走っていないので、無理をして地方から取り寄せたものだ。

 

「最初はいつもビリ(けつ)。私とは正反対……トレーナーちゃん。セキトの走りはどんな風に見える?」

 

 私分かんなーい、と女性トレーナーに意見を求めるマルゼンスキー。

 それに対して、トレーナーは素直な感想を口にする。

 

「手は抜いてない……うん、そうよね。いつも最下位からスタートだけど、相手を舐めてるわけじゃない。どっちかというと……」

 

 相手の実力を見るために、あえて最後方に位置付けている。

 そして、勝てると見込んだ位置から追い込みをかけているだけ。

 

「私もそう思うわ。マルゼンみたいにガンガン行こうぜ! て、感じじゃなくて、確実に勝つために、命は大事にって作戦よねぇ」

 

 セキトのレースは大差で勝つことが少ない。

 普通の年であれば騒がれたかもしれないが、今年はマルゼンスキーという怪物。

 そして、()()()が居る。

 

 故に、今まで中央では騒がれなかったのだろう。

 そして、大差を狙わない理由は恐らく、彼女の信念によるものだろう。

 

「最終的に勝てばよかろうなのだぁー! て、ことなのかしら? そこら辺は結構ドライな感じなのね」

 

 結局、最後に勝てなければ過程など意味がない。

 三国志から学んだセキトのレース勘は、冷静そのものだ。

 それが彼女のアホな部分を隠しているのにかっているのだから、三国志様々である。

 

「………初めてよ。明確に勝利のイメージが描けないなんて」

 

 ポツリと、マルゼンスキーが零す。

 今まで勝ち続けて来た。敗北など味わったこともなかった。

 だから、いつだってイメージする自分が最速であり続けられた。

 だというのに、セキトの走る姿を見れば見る程に勝利が遠ざかって行く。

 

「トレーナーちゃん……あの娘の背中が目に焼き付いて離れないの」

 

 最速の景色しかなかった視界に映りこんできた、不愉快な背中。

 拭い去ろうとすればするほどに、色鮮やかな赫が浮かび上がってしまう。

 それが、彼女の絶対的な自信にクサビを打ち込んでいる。

 

「私……勝てるかしら?」

 

 だから、つい弱気になってそんな言葉を吐いてしまう。

 このままではいけない。危機意識を感じた女性トレーナーは口を開く。

 

「相手どうこうじゃなくて、まずは自分の走り? ……そうね。相手の弱点を見つけても、結局そこをつける力が無いと意味がないものね」

 

 確かにセキトは、全力を出し切ったことが無いのだろう。

 だが、それはマルゼンスキーとて同じはずだ。

 その言葉に、マルゼンスキーは少しの動揺を見せる。

 

「私も全力を出したことが無い…って、私はちゃんと、ちゃんと……」

 

 手を抜いたことが無いのは本当だろう。

 しかし、全てを出し切ってレースをしたことはないはずだ。

 セキトと同じように、彼女もまた負けたことが無かったのだから。

 女性トレーナーの瞳がマルゼンスキーを射貫く。

 

「はぁ……トレーナーちゃんには嘘はつけないわね。うん、私はきっと全てを出し切って走ったことがないの。だって、そうする必要がなかったんだから」

 

 トレーナーの言葉に観念したように頷き、マルゼンスキーは椅子から立ち上がる。

 

「でも、今は違う。私の全部を出し切っても、届かないかもしれない背中がある。……トレーナーちゃん。私、初めて分かったことがあるの」

 

 ゆっくりと目を閉じ、あの光景を思い出す。

 先頭に自分以外の存在が居て、自分以外の名前が勝者として映る。

 そんな待ち望んでいたはずの最悪の光景。

 

「負けるのって―――すっごく悔しいんだって」

 

 エメラルドの瞳に炎が宿る。

 怪物が初めて、()()()()()()

 貪欲に、獰猛に、血肉が欲しいと、勝利が欲しいと。

 腹を空かせて、(よだれ)をたれ流している。

 

「こうしちゃいられないわ! トレーナーちゃん、ガンガントレーニングするわよ! 次はあの娘をギャフンと言わせてあげるんだから!!」

 

 派手なポーズを取りながら、自分をせかすマルゼンスキーに女性トレーナーは笑みを溢す。

 どうなるかと思ったが、この様子なら大丈夫だろう。

 

 一応、追い上げが不可能なレベルまで相手をちぎる、大逃げという作戦を提示するつもりだったが、今回は何も指示をしないことに決めた。勝っても負けても、次のレースで彼女はきっと大きな成長を遂げる。そう、確信したのだから。

 

 後にトレーナーは語る。

 あの日、あの時こそが怪物の―――真の目覚めだったと。

 

 

 

 

 

『さあ、遂にこの時がやってまいりました。ティアラ路線、最初のレース、桜花賞。トリプルティアラの1つ目を手にするのはどのウマ娘になるのか』

 

 スタートはまだか、まだかと待ちわびる観客の熱が高まる阪神競馬場。

 毎年、穢れ無き桜の女王の誕生に沸くこの地だが、今年の盛り上がりは一味違った。

 

『場主さん、今年の注目株と言えば、やはりあの2人でしょうか?』

『マルゼンスキーとセキト、やはりこの2人から目が離せないでしょう』

『あの怪物マルゼンスキーを破った、新星セキト。スプリングステークスの騒動から数週間。2人の対決の行方に会場の誰もが目が離せません』

 

 単純な期待株2人の出場だけでなく、世間の注目を集める騒動の中心。

 その結末がどうなるのかと、誰もが胸を躍らせていた。

 

『パドックではウマ娘達が出走の時を今か今かと待ちわびています。……が、どうした? セキトの姿が見えないぞ』

『何かトラブルでもあったんでしょうか。心配ですね』

 

 しかしながら、肝心要の主役の姿、セキトが見当たらない。マルゼンスキーの方は既にパドック入りしており、姿の見えない宿敵の姿を探して、キョロキョロと辺りを見回している。もしや、何かトラブルでもあったのかと解説席、観客席にざわめきが広がって行く中。

 

「ん……え? ええ!?」

「は!? なんで、こんなとこに居るんだ!?」

 

 観客席からそんな素っ頓狂な声が聞こえてくる。

 それにつられて、まず近くの観客が声のした方を見て、さらに声を上げる。

 さらにそれに釣られた、遠くの観客が。事態に気づいた実況・解説が。カメラが。

 

 ―――観客席から現れたセキトの方を見る。

 

 煌びやかな装飾を施した鎧。

 それを一層際立たせる冠。

 手には方天画戟(ほうてんがげき)

 

 不敵な笑みと共にセキトは観客席から駆け出し、一息に塀を飛び越えてパドックに降り立つ。

 その姿は三国志を知っている者ならば一目で分かる。

 

『りょ、呂布だぁああああッ!!』

 

 三国志の英雄、呂布のコスプレだった。

 

 これがセキトのキャラ付けが確定した瞬間であると、陳宮は後年ため息交じりに語る。

 

『度肝を抜く派手な登場! 三国志の呂布を思わせる勝負服!! 場主さん、やはりこれは自分こそが最強であるという意思表示でしょうか?』

『ええ、非常に強気ですねぇ。気合十分、コンディションは絶好調といったところですかね』

『しかし、鎧とは走りづらくないんですかね?』

『大丈夫だと思いますよ。ウマ娘にとっては衣装の走りやすさよりも、自分の気持ちが高まる方が大切ですからね』

『なるほど、ではレースの方も期待できそうです!』

 

 想定外の連続にもかかわらず、上手く実況を続ける解説席に観客とウマ娘達が感心する中、マルゼンスキーはようやく現れた宿敵に話しかけていた。

 

「まったく、随分と予想外の場所からの登場ね。もしかして道にでも迷ったのかしら?」

「フゥン、オレ様の通った場所が道となるのだ。どこを通ろうとオレ様の勝手だ」

 

『おおっと! 早くも火花を散らす両者に期待が止まりません!!』

『レースの開始が待ちきれませんねぇ』

 

 売り言葉に買い言葉といった感じで睨み合う2人に沸く場内。

 誰もが、彼女達を見つめ期待し、熱気がコース全体を埋め尽くしている。

 ならば、これ以上の言葉は不要。

 

 どちらともに言葉を発することなくそれを理解し、ゲートへと向かっていく。

 

『さあ、各ウマ娘、一列にゲートに並びました』

 

 先程までのざわめきが嘘のように世界が静まり返る。

 それは一瞬でいて、永遠のようで。

 張り詰めた風船に、針を当てるような緊張感を会場に生み出し。

 

 一気に―――爆発した。

 

『スタートッ!!』

 

 瞬間、砲撃のような歓声がウマ娘達に叩きつけられた。

 桜花賞が初めての大舞台という娘も多い中でのそれは、出遅れという形で現れることになる。

 

『おおっと! 出遅れたウマ娘達が多いぞ!!』

『これは後半に大きく響きそうですねぇ』

 

 スタートの遅れは純粋なタイムとしての遅れだけでなく、焦りも生み出す。

 遅れた分を取り戻さねばと躍起になり、無理に飛ばしてかかってしまう。

 よくある光景だ。

 

『しかし、この娘にはそんなことは関係ない! 今日も快調に先頭を行くぞ、マルゼンスキー!』

『このままのペースを保って行って欲しいですねぇ』

『そして、セキトも焦りとは無縁の涼しい顔で走って行く』

 

 しかし、そんな良くある風景にこの2人が当てはまるはずもない。

 マルゼンスキーは外の歓声など興味が無いとばかりの集中力で、絶好のスタートを切り。

 セキトはどこ吹く風といった様子で自分のペースを保つ。

 

『先頭はマルゼンスキー、気になるセキトは後方に位置付けている。場主さん、やはり勝負は後半ということでしょうか?』

『走り方から見て、そういった作戦でしょうねぇ。セキトは勿論ですが、マルゼンスキーも抑えて走ってますからねぇ。最終400…200mが山場になりそうです』

『まだまだ先頭は射程圏内。2番手集団からの追い上げも期待したいところです』

 

 細長い集団となったウマ娘達が第1コーナーを曲がって行く。

 いつものマルゼンスキーならば、もう少し集団を引き剥がしているのだが今回は違う。

 観客達はそれは勝負を終盤に残しているからだと思った。

 

『レースは中盤を超えてきました。おっと! ここでセキトが徐々に順位を上げて来たぞ!!』

『仕掛けの準備に入りましたね。彼女の追い込みは強烈ですよ』

 

 次のコーナーからが本当の勝負だろう。

 解説はそう考え、セキト自身もそのつもりでいた。

 マルゼンスキーが振り返るまでは。

 

『おっとぉッ!? ここでマルゼンスキーが後ろを振り返った!! そして、それに応えるようにセキトがスピードをあげたぁッ!!』

『これは予想外の展開ですねぇ!』

 

 突如としてギアを上げて、マルゼンスキーを追い始めたセキト。

 盛り上がる会場とは反対に、彼女の心の内にあったのは。

 

(貴様…! このオレ様を挑発するとはいい度胸だな!!)

 

 ―――怒りだった。

 

『セキトが今、一気に追い上げて並んだ! 並んだ!! 

 そして、そのままがっぷり四つぅううッ!!』

『どちらが先に抜け出すのか!? 目が離せません!!』

 

 本来、セキトはもっと後に勝負を仕掛ける予定だった。

 だが、そんな考えはマルゼンスキーの目によって吹き飛んでしまった。

 

 彼女は振り向いた時に流し目を使ったのだ。

 艶っぽく、色っぽく、それでいて獰猛に。

 

(ねえ、私を―――襲って?)

 

 まるで、女が男をベッドに誘うように。

 私を襲うことも出来ない、意気地なしなのかと挑発し。

 追いついて、私の喉元にその歯と舌を這わしてみせろと。

 どこまでも扇情的に挑発してみせたのだ。

 

 一秒でも長く交わり(はしり)続けるために。

 

『笑っている! 嗤っているぞ!! マルゼンスキーッ!!

 まるで、獲物を前にした怪物のようだッ!!』

『そのまま一気に最終コーナー!!

 この直線で全てが決まりますッ!!』

 

 お互いに一歩も譲らぬデッドヒートの中、マルゼンスキーは嗤う。

 なんて楽しいんだろう。このまま永遠に2人の逢瀬を続けていたい。

 でも、最後(フィニッシュ)は自分が主導権を握ったまま終わらせたい。

 そんな普段の彼女からは想像できない、残忍な笑みを浮かべながら彼女は走る。

 

(オレ様を相手に笑ってみせるか…ッ! いいだろう! すぐにその顔を絶望で引きつらせてくれるわッ!!)

(ああッ! ゾクゾクしちゃう! そう、そうよ!! 私は()()()欲しかったのッ!!)

 

 セキトが一歩引き離せば、マルゼンスキーが一歩詰めてくる。

 マルゼンスキーがギアを上げれば、セキトも上げる。

 一進一退の攻防に、会場も一喜一憂しボルテージは最高に高まって行く。

 

『譲らない! 譲らない!! 譲れないッ!!

 両者、限界を超えたデッドヒートが終わらないッ!!』

『これは同着もあり得るか!?』

 

 獲物を舌で(ねぶ)るように、ねっとりとまとわりつくマルゼンスキー。

 それを引きちぎろうと、己が(あし)で突き放し続けるセキト。

 

 もつれあい、絡み合い、どちらが前に出ているかなど分からない大激戦。

 

『ゴール板が目前に迫る!! それでも2人の距離は変わらないッ!!』

 

(このまま永久に交わり(はしり)続けたい、終わりたくない。でも、最後は私が――)

(このオレ様をここまで本気にさせるか…! 認めてやろう、マルゼンスキー。だが、このレース(死合い)もオレ様が――)

 

 

「「―――勝つッ!!」」

 

 

『今! 2人並んでゴールイーーンッ!!

 どっちだ? どっちだぁあああッ!?』

『今、写真判定が行われています……どちらに勝利の女神は微笑むのか』

 

 冷めやまぬ熱狂が徐々に騒めきへと変わっていき、最後は沈黙と化す。

 誰もが固唾をのんでその瞬間を待ちわびる。

 1秒か、1分か、それとも1時間も経ってしまっただろうか。

 時間の感覚を失ってしまうような時が流れた後に。

 

 勝者の名が電光掲示板に映し出される。

 

 

 

 

 

 ―――マルゼンスキー。

 

「イィイイイヤッタァアアアアアッ!!」

 

『吠えた!! 今!! 勝利の雄叫びを上げるのはこの娘

 ―――マルゼンスキーだぁああああッ!!』

『見事としか言えない結果です!!』

『両手を高々と天に掲げ、怪物が咆哮を上げる!

 やっぱりマルゼンスキーは強かった!!』

『負けたセキトも、本当に見事な走りでした』

 

 天上が割れんばかりの喝采が降り注ぎ、万雷の拍手が勝者へと与えられる。

 勝ったのはマルゼンスキー。負けたのはセキト。

 その結果を無言で受け止め、セキトは歩き出す。

 ガッツポーズをして未だに興奮冷めやらぬマルゼンスキーの下へ。

 

『あっとぉ!? セキトがゆっくりとマルゼンスキーの下へ近寄って行くぞぉ!』

『大丈夫でしょうか、前みたいなことをしなければいいんですがねぇ』

 

 歓声の中に不安のざわめきが混じる。

 多くの者が、スプリングステークスでの再来となるのではないかと、不安視しているのだ。

 現に陳宮など関係者へのお詫びの品の注文をしつつ、いつでも飛び出せる体勢を作っている。

 いや、先に止めろよと言ってはいけない。人間はウマ娘に力では勝てないのだ。

 

「超気持ちいいッ!! 何も言えな――あ……」

 

 ハイテンションで叫んでいたマルゼンスキーもここで我に返る。

 マルゼンスキーは勝ったのだ。そう、勝ってしまったのだ。

 もう二度と、一緒に走ってもらえなくなるかもしれないリスクが生まれるのに。

 

「え、ええと……いい、レースだったわね」

 

 だから、勝者だというのに恐る恐るといった感じで声をかける。

 そして。

 

「貴様―――このオレ様に勝ったというのに、なんという態度だ!!」

 

 セキトからの叱責を受け、面を食らってしまう。

 

「へ…?」

レース(死合い)の勝者たるウマ娘(もののふ)が胸を張らんでどうする! 例え、ただ一度の勝利だとしても、この最強たる呂布奉先から奪ったのだぞ? 誇るがいい! そして、次のレース(死合い)までの三日天下を噛みしめておくがいいわ!!」

 

 負けたというのになんという傲慢な態度と、傍からセキトの話を聞いている者は呆れてしまう。

 しかし、当人であるマルゼンスキーだけは違った。

 

「三日天下ってことは……また、走ってくれるの?」

「フゥン、当然のことを聞くな。貴様が逃げようとも、このオレ様が地獄の果てにでも追って行き勝利の栄冠を奪い取ってみせるわ! 覚悟するがいい!!」

 

 ビシッと、マルゼンスキーの首を指さし、次はその首を取ると宣言するセキト。

 その姿にマルゼンスキーは思わずといった様子で破顔する。

 

「フフフ、それじゃあ勝ち続けないとダメね」

「フゥン、その顔も今のうちだけだ。オークスでは貴様の泣き顔が見ものだな」

「あら、泣くのはそっちじゃないの?」

「ほざけ、オレ様に二度の敗北はないわ」

 

 負けた直後だというのに、そう言い切るセキト。

 誰もがただの負け惜しみだと思った。だが、すぐに負け惜しみではないと知ることになる。

 なぜなら。

 

 

『勝ったのはセキトッ!! 今度はハナの差でマルゼンスキーを破ったぁああああッ!!』

 

 

 宣言通り、次のオークスではしっかりとリベンジを果たしたのだから。

 

「ああんもう!! 悔しいぃーッ! 次は絶対私が勝つんだから!!」

「フゥン、無駄な努力だと言っておこう」

「ムキー! 待ってなさい! すぐにギャフンって言わせてあげるわ!」

 

 後年、マルゼンスキーはこう語っている。

 勝って負けてを繰り返し、競い続ける相手。

 それはウマ娘たちにとって無くてはならないものであり。

 

 それを人は―――好敵手(ライバル)というのだと。

 

 

 

 

 

「ふむ……私がクラシック三冠を取っている最中にティアラ路線では、中々面白いことになっているね。しかし、ライバルか。マルゼンスキーが彼女の話をよくするわけだ。私も()()()()がいた()()()()だろうからね……ふふふ」

 

 

 




秋まではまだあるので、次回は他のレースはさみます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章:飛将軍(ひしょうぐん)

 私のトレーナー室には1枚の賞状が飾られている。

 持ち主は勿論、セキト。

 

 多くの人はその賞状がG1で初の1着になったオークス。

 もしくは、デビュー戦で得た始まりの1枚と思うだろう。

 しかし、残念なことにそのどちらでもない。

 

「1 着ではなく、2着の賞状でいいのかだと? くどい! これはオレ様が敗北の苦渋を忘れん為に飾っているのだ。臥薪嘗胆(がしんしょうたん)、このオレ様の闘いの軌跡に2度と傷をつけられんための覚悟だ。あの屈辱をオレ様は生涯決して忘れん…!」

 

 ギュッと手を握りこみ、1着になれなかった桜花賞の賞状を見つめるセキト。

 その瞳にはあの日の屈辱がありありと浮かび上がっており、先程の言葉が嘘でないことが(うかが)える。

 自分も彼女の気高さに見習い、さらに精進していかなければと気合を入れなおすのだった。

 

「さて陳宮。次はどうするつもりだ?」

 

 賞状から目を離して、セキトがこちらを向いてくる。

 どうするつもりか、というのは恐らく次のレースのことだ。

 このままティアラ路線を行くというのならば、秋華賞が大目標になるだろう。

 

秋華(しゅうか)賞か……フゥン」

 

 どこか不満そうに鼻を鳴らすセキト。

 最近分かってきたことがあるが、セキトが出走レースを選ぶ基準は他のウマ娘とは違う。

 他のウマ娘であれば、自身の適性やスケジュールを加味して考える。

 だが、彼女はそんな深い思考を持たない。

 名前がカッコいいか、カッコ悪いかだけだ。

 

「秋華賞……陳宮!」

 

 恐らく聞かれるであろうことを予測しながら返事をする。

 

「秋華とはなんだ…?」

 

 秋華とは中華の有名な詩人、杜甫や張衡が詩の中で用いた“あきのはな”を表す言葉だ。

 “秋”とは食物が実りを向かえる季節になぞらえ、クラシック級のウマ娘達の努力が実ることを意味する。

 そして“華”という字には、ウマ娘達の容姿を美しい花に見立てたり、名誉や誇りなどの意味がある。

 

 すなわち秋華賞とは、美しきウマ娘達が名誉や誇りをかけて競い合う舞台なのだ!

 

「それは全ての大会共に同じではないのか?」

 

 はい、その通りです。

 OPだろうと、G1だろうと、走るウマ娘達はみな何かを求めて美しく競い合っている。

 そこに大会の大小は関係ないのだと、私もセキトも思っている。

 

「フゥン、ならばオレ様が出る必要のある大会ではないな」

 

 秋華賞に興味を無くしたのか、つまらなさそうに欠伸をするセキト。

 セキトのトレーナーになって半年ほど経つので、この反応は正直のところ想定内だ。

 これがトリプルティアラで、既に2冠を達成している状態なら焦っただろうか、既にその可能性は絶たれているのである意味で気楽ではある。

 

「陳宮、このオレ様に相応しい大会はないのか?」

 

 ―――天皇賞(秋)。

 

「ほぉ…?」

 

 私の言葉が琴線に触れたのか、ピクリと耳を動かすセキト。

 

「確かに魅力的な名だが……オレ様が求めるものはあるのか?」

 

 カッコいい名前に釣られたのは見え見えだが、まだセキトは頷かない。

 内心では出ても良いと思っているが、素直に言うことを聞くのは恥ずかしいと思っているのだ。

 だから、私は前世の陳宮のように策を巡らせる。

 

「なに、盾が欲しくはないかだと? ただのトロフィーではないのか」

 

 天皇賞で一着を取ったウマ娘のみに与えられる盾。

 それは素手で触ることは許されず、皆一様に白手袋をはめて持つ。

 なぜならば、その盾は天皇陛下からいただく、唯一無二の盾なのだから。

 

「つまり、官位と同じだと言いたいわけか。フゥン、悪くはないがこの呂布奉先様は相手が誰であろうと平伏することはせん」

 

 誰から与えられるかなど関係はないと、興味があるのを必死に誤魔化そうとするセキト。

 しかし、耳と尻尾はワクワクとした感じで動いている。

 それに、後一押しだと感じ取り、とどめに殺し文句を放つ。

 

 ―――飛将軍ともあろうお方が、盾の1つも持っていないのはいかがなものか?

 

「………陳宮、貴様」

 

 ピタリと、先程までの喜びが嘘のように止まる、耳と尻尾。

 一瞬、しくじってしまったかと焦るが、すぐに杞憂に終わる。

 

「よくぞ言った! 貴様の言う通り、飛将軍の名には盾が似合う! フゥン、いいだろう! 次のレース(死合い)は天皇賞にしてやろう。陳宮、光栄に思え。このオレ様の盾持ちは貴様にやらせてやる!!」

 

 わっはっはと、絶好調な様子で笑うセキトにホッと胸を撫で下ろす。

 セキトは才能はあるが、興味の無いことには基本的にやる気がない。

 故に、こうして彼女がやる気が出るように目標を持たせてやる必要がある。

 

 そして何より、天皇賞(秋)はシニア級の先輩ウマ娘が集う舞台。

 セキトは自分が負けるなど欠片も考えていないが、世間は違う。

 いくら強くても所詮はクラシック級。上の世代と違い周りのレベルが低いだけ。

 そんな考えを抱いている人間も勿論居る。

 

 マルゼンスキーもシンボリルドルフですら、この侮りからは逃れられない。

 

 だからこそ、その侮りが過ちだったと証明してやらねばならないのだ。

 セキトの脚で。他の2人よりも早く。天下に覇を唱える必要がある。

 

 我こそが最強だと。

 

 それこそが、私の考える“天下無双の計”の序曲だ。

 

「しかし、天皇賞と言えば秋……それまでの間が暇ではないか」

 

 内心で、戦略を練っていたところで、そういえばとセキトが呟く。

 現在は5月後半で、天皇賞は10月後半。

 その間に何の大会も無いと気づいてしまったのだ。

 

 これが優等生なウマ娘なら、実力を底上げする期間だと考えてくれるだろうが、セキトは優等生という言葉から180度反対に位置するウマ娘だ。暇だ、やる気が起きないとすぐに中だるみしてしまう。しかしながら、その程度のことで陳宮たる私は慌てない。策はある。

 

「飛将軍の由来だと? 耄碌(もうろく)したか、陳宮! かの李広(りこう)が匈奴との戦いで連戦連勝を飾ったことで、恐れと敬意をもって呼ばれた名こそが飛将軍! その後漢代になり、この呂布奉先が引き継いだ勇名(ゆうめい)を忘れたとは言わせんぞ!!」

 

 忘れたわけではなく、確認をしただけなのだとセキトに弁明する。

 

「確認だと? 一体何のためにだ」

 

 まだ、飛将軍の名が世に広まっていない理由を明確にするためだ。

 

「フゥン……確かに、飛将軍の名で呼んでくる愚民共が少ないのは認めよう。それで? そのようなことを聞くからには、答えは分かっているのだろうな」

 

 答えは簡単。李広や呂布が連戦連勝で恐れられたのに比べ、セキトは負けがついている。

 要するに舐められているのだ。

 マルゼンスキーに劣ると。シンボリルドルフに劣ると。

 

「貴様…ッ」

 

 ギロリと圧のある目で私を睨んでくるが、そこで怯まない。

 あくまでも堂々と飄々と語っていく。

 我に策有りと。

 

「そこまで言うのならば、どのようにすればオレ様が飛将軍の二つ名を取り戻せるか、答えてみせるがいい!」

 

 ダートで重賞を3つ、大差をつけて取れば良い。

 

「ダートだと…? 重賞を大差で勝つのは分かる。単純に強さを証明するのだからな。だが、ダートでなければ飛将軍になれぬ理由はなんだ?」

 

 ―――呂布や李広が、芝の上をお上品に走っていたと思いますか?

 

「…! なるほど……平和ボケしたターフ(いくさば)ではなく、真のダート(いくさば)で勝ってこそ、愚民共に飛将軍の名を思い出させやすいと……つまりはそう言いたいのだな!」

 

 上手いこと納得してくれたので、頷いておくことにする。

 今のダートはどう考えても、当時の戦場に比べれば天国だというのは黙っておく。

 

 そもそもダートを勧めたのは、彼女のダート適性を腐らせるのがもったいないと思ったのと、様々なコースを走らせることで経験値を稼ぐためだ。まあ、後は個人的にも、芝で走る姿よりも砂埃を上げて走る姿の方が、将軍ぽいと思ったのもあるが。

 

「それで陳宮? 3つの重賞とはどのレース(死合い)のことだ」

 

 どのレースに出るかと聞かれたので、天皇賞が大目標ということを頭に置き、即座に3つの名前を答える。

 

「ユニコーンステークス、ジャパンダートダービー、シリウスステークス……か。フゥン、なるほどな。6月後半のG3のユニコーンでダートの足慣らし、そして7月前半のジャパンダートでG1を1つとる。9月後半のシリウスは天皇賞と同じ2000mで、調整も兼ねるという訳か。考えているではないか、陳宮。流石はオレ様のトレーナー(軍師)だと言ってやろう」

 

 ありがたき幸せと恭しく頭を下げる。

 それを見たセキトも上機嫌そうに鼻を鳴らす。

 ……さて、ここまでは前座だ。

 今ここからが、私が本当に頑張らなければならない事柄だ。

 

「なんだ? まだ何かあるのか? いいだろう、話せ」

 

 私の顔を見て、セキトが何かがあるのを察して先を促す。

 なので、私も言葉を濁さずに言うことにする。

 そう、私の肩にはトレセン学園の教師達、そして理事長の期待がかかっているのだ。

 

「……何? 先程までの計画を遂行するには、まず倒さねばならない敵がいるだと?」

 

 ここで話は逸れるが、トレセン学園について説明しよう。

 学園は基本的にウマ娘達がレースに出るために育成機関、言わばプロ養成学校。

 普通の学校とは大きく違う点がいくつもある。

 

 それらを全て羅列していくのは時間がかかり過ぎるし、何よりここで話すべき事柄ではない。しかし、同じ点を挙げるならば苦労はしない。そして、何より。夏を控えたこの時期に、全ての学生を恐怖のどん底に落とす魔王と言えば相場が決まっている。

 

「何を渋っている、陳宮! そのような輩など、この呂布奉先様が叩き潰してくれるわ!!」

 

 うん。本人もやる気満々のようなので、遠慮なく言わせて頂くとしよう。

 

「フゥン! 何が来ようとこの呂布奉先に、怖れと絶望の二文字はないわ!!」

 

 

 ―――将軍。期末テストで赤点を取ったらレースは無しです。

 

 

 セキトは絶望した。

 

 

 

 

 

「フゥン、貴様が大言壮語にも皇帝の名を語る輩か?」

 

 セキトとの出会いは唐突だったと、シンボリルドルフは語る。

 

 彼女がコースに出てトレーニングをしている時に、セキトは陳宮を伴い現れた。

 唯我独尊。不敵な笑みを湛え、皇帝を前にしても怯むことのない姿。

 天下無双。ただ1人であるが故の強さ。人々を率いる皇帝とは違う。

 皇帝(ぜったい)の反対の将軍(ぜったい)。それが目の前にあった。

 

「ああ、私が皇帝シンボリルドルフだ。そういう君は……セキトだね。オークスでの走りは見事だったよ。遅ればせながらおめでとう」

「フゥン。もっか無敗の2冠ウマ娘に言われても、嫌味にしか聞こえんわ」

「そんなつもりではなかったんだがね」

 

 社交辞令などいらぬとばかりに切り捨てるセキトにも、シンボリルドルフは笑みを崩さない。

 その余裕が癇に障ったのか、セキトは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「それで、見たところ私に(よう)があるようだが……何用かな」

「取引だ。貴様、併走相手の確保に困っているらしいではないか?」

「……確かに、君の言うとおりだが」

 

 一瞬言葉を切り、自らのトレーナーの方に目配せをするシンボリルドルフ。

 だが、男性トレーナーの方は首を横に振る。

 どうやら、彼女のトレーナーが話を通したわけではないらしい。

 

「フゥン、ネズミの足音であろうと、せわしなく駆けずり回っていれば自然と耳に入ってくるものだ」

「なるほど。すまないね、トレーナー君。私のために随分と苦労を掛けたようだ」

 

 自分のせいでいらぬ苦労をかけたと謝るシンボリルドルフに、男性トレーナーは慌てて頭を上げるように促す。担当トレーナーとして、ウマ娘のために努力をするのは当たり前なのだから、謝らないで欲しいと。

 

「確かに君の言うとおりだ。だが、他の娘でこうなることも珍しい。……やはり、私には親しみやすさというものが足りないらしい」

 

 しかし、そう言われてもシンボリルドルフの顔は浮かない。

 彼女が目指す皇帝とは“誰をも導く頂点となり、皆を導くウマ娘”。

 皇帝としての威信は溢れんばかりにあるが、誰もかれもが恐れ敬い近づこうとしない。

 もっと気楽に相談される立場にならなければというのが、彼女のここ最近の悩みだ。

 

 だが、そんな悩みなどこの娘には関係ない。

 

「くだらんな。親しみと言えば聞こえはいいが、要は舐められているということだ。キツネがネズミばかり襲い、決して牛を襲わないのと一緒だ。勝てぬから挑まぬ、それだけの話」

「本末転倒。それでは走る相手が誰も居なくなってしまうな」

「フゥン、案ずるな。オレ様は―――虎だ」

 

 牛が大好物のな。

 そう付け足して、セキトは獰猛な笑みを見せる。

 

「ふ…ふふふ。つまり、取引内容とは」

「オレ様が貴様の併走相手を務めてやる。光栄に思え」

 

 火花が散る。

 今まさに爆薬の導火線に火をつけようと熱く燃え上がる。

 爆発する。誰もがそう思った。だが。

 

「すまないね。ありがたい申し出だけど断らせてもらうよ」

「……なに?」

 

 シンボリルドルフは(あらわ)になりかけた闘志を抑え込み、涼し気に笑う。

 

「このオレ様では不服と言うことか?」

「そのような無礼千万なことはないよ。そうだね……君はお弁当を食べるとき好物を先に食べる派かい? それとも後に残す派かな?」

「食いたいときに、食いたいものを喰らう。それだけだ」

 

 セキトの答えを聞き、予想通りだとばかりにシンボリルドルフは頷く。

 そして、絶対零度の瞳をもってセキトを睨みつける。

 

「なるほど。私はね……君とは反対で―――楽しみを後に残す派なんだ」

 

 私達が戦うべきは、このようなちんけな舞台ではなく、もっと大きな舞台があるはずだ。

 そう、言外に告げるシンボリルドルフにセキトも思わず黙り込む。

 

「一日千秋。君と私の道が交わる時を楽しみにしているよ。そして、その時は……皇帝の力を存分にお見せしよう」

 

 勝つのは私だと。

 揺るぎのない絶対の意思を見せつけて、シンボリルドルフはコースを走るために背を向ける。

 セキトの方も一応の納得を見せたのか、カッコよく背を向けて立ち去ろうとする。

 

 だが。

 

「ん? 君はセキトのトレーナーの……陳宮でいい? そ、そうか。それで私にまだ何か用が……セキトにノートを貸して欲しい?」

「陳宮! 貴様! このオレ様を助けようとするなど出過ぎた真似を!?」

 

 陳宮に声をかけられたシンボリルドルフは戸惑いながら、ノートとはトレーニングノートのことだろうかと尋ねる。それに首を振り、陳宮は自分を止めようとするセキトに白目を向けながら当初の目的を話す。

 

「授業のノートをセキトに貸して欲しいと……まさか、それだけのことを頼むために、私に併走の取引を?」

「当然だ! オレ様は誰にも貸しを作らんし、庇われん!! ならば取引しかなかろう!?」

「君は……いや、何でもないよ」

 

 意外と愉快なウマ娘なんだねという言葉を、すんでの所で飲み込むシンボリルドルフ。

 それは皆を導く皇帝の名に相応しい、優しさと情けであった。

 

「しかし、何故わざわざ私に借りに? クラスは別なのだから、同じクラスの友人にでも頼めばいいのでは?」

「フ…フゥン……なぜオレ様が有象無象共と友好関係を結ばねばならぬのだ?」

 

 友達いないんですよ、この娘。

 何とか取り繕うとするセキトの言葉を、陳宮がバッサリと切り捨てる。

 その切れ味と言えば、青龍偃月刀にも負けず劣らず。

 思わず無関係のシンボリルドルフが、自分の交友関係を振り返ってしまう程だった。

 

「陳宮!! このオレ様に恥をかかせおって…! 覚悟は出来ているのだろうな!? なに? 授業中に眠るオレ様が悪いだと? フゥン、くだらん授業をする方が悪……他のやつらに出来ることが、最強の飛将軍には出来ないのかだとぉ!? ぐぬぬぬ…ッ」

 

 ばらした陳宮に食って掛かるセキトだったが、陳宮の煽りの前に歯を食い締めることしか出来ない。最近、セキトの扱い方を覚えたと共に、大分容赦がなくなった陳宮。そんな2人の愉快な光景に笑いをこらえながら、シンボリルドルフが口を開く。

 

「私は構わないよ。私などのノートで役に立つか分からないが、自由に使ってくれ」

「この呂布奉先! 相手が父母であろうと施しは受けん!!」

 

 カッコいいことを言っているが、この上なくダサいセキトに首を振るシンボリルドルフ。

 これは施しではなく、十二分にこちらにもメリットがあるのだと。

 

「いや、実は私もやってみたいんだ。私が不甲斐ないせいか、今まで一度もそういったことを頼まれたことが無くてね。なんなら、一緒にテスト勉強でもするかい? 他の子達がやっているのを見て、少し羨ましかったんだ」

 

 目を輝かせて提案するシンボリルドルフ。

 即答でお願いしますと答える陳宮。

 絶対に嫌だと叫び声をあげるセキト。

 シンボリルドルフの無邪気な姿に思わず涙を流す男性トレーナー。

 場は混沌を極めるのであった。

 

 後日。

 

貸し(かし)菓子(かし)で返す、か……やるな」

 

 生徒会室に送られた大量のポテチを見ながら、謎の闘志を燃やすシンボリルドルフの姿が見られたとか何とか。

 

 

 

 

 

 6月後半“ユニコーンステークス”大差で圧勝(レコード更新)。

 7月前半“ジャパンダートダービー”大差で圧勝(レコード更新)。

 9月後半“シリウスステークス”大差で圧勝(レコード更新)。

 

 結論から言えば、砂上にはセキトの敵はいなかった。

 最後尾から砂煙を上げて、一気に敵を抜き去っていく。

 その姿は目論見通りに、見る者に戦場を駆ける伝説の将軍の姿を彷彿とさせた。

 

『“将軍”セキト。当初は問題行動で注目されているだけと、非難されることもあったウマ娘ですが、今は誰も彼女の実力を疑いません』

『砂の上に敵が居ないことを証明した彼女ですが、今回の天皇賞秋で芝の上でも強さを証明できるでしょうか?』

『既にライバルの怪物は秋華賞を取り、ティアラ二冠の栄誉を手にしています。そして、直接対決のときが今か今かと期待されるあの皇帝も、無敗にてクラシック三冠を達成。ここで後れを取るわけにはいきません』

『しかし、天皇賞はシニア級の先輩達が集う舞台。1つの大会としてのレベルで言えば当然、上です。果たして、彼女の強さは同世代だけでのものなのか。それとも、世代を超越したものなのか。今から開始が待ち遠しいですね』

『ええ、そうですね。私としては年上を敬う礼儀正しさを捨てた、呂布のように()()()()()()()遠慮の無さに期待したいとこ――』

 

「陳宮、愚民共に飛将軍の名は広まっているか?」

 

 天皇賞秋、東京レース場の控室にて、スマホでニュースを見ているとセキトに声をかけられる。将軍の名は既に定着していると言って問題ない。しかし、どうにも飛将軍の響きは日本人には慣れていないのか、各メディアでもあまり使われていない。これは自分の策に問題があったと、認めざるを得ないだろう。私は臣下としての仕事が不十分だったと頭を下げる。

 

「フゥン、後一文字付け加えるだけではないか。貴様が案ずることはない。十分に働いた。後は、この最強たる……呂布奉先が此度のレース(死合い)で二つ名を完成させてやるわ!」

 

 臣下の不始末を片付けるのも主としての務めだと、セキトは豪快に笑う。

 一瞬、名乗るのを戸惑うように見えたが、恐らくは私の気のせいのはずだ。

 

「マルゼンスキーもルドルフの奴らも見ているはずだ。真の最強が誰かを教えてやる走りを見せてやらねばな」

 

 珍しく、他人を意識した発言をするセキト。

 直前までセキトと一緒に天皇賞に出ると、駄々をこねていたマルゼンスキーは分かる。

 しかし、シンボリルドルフまでも意識するのは意外だ。

 因みにマルゼンスキーは秋華賞の疲れが抜けていないと、彼女のトレーナーからのガチトーン説教を受けて泣く泣く諦めたらしい。

 

「ルドルフが気になるかだと? フゥン、違うな。ただ奴にはレースで貸しを返すだけだ」

 

 貸し? 併走すらしていないので、レース関係は何もないはず。

 それに以前の勉強を教えてもらった件は、大量のポテチを贈っていた記憶があるのだが。

 

「奴が! さらに! 菓子を贈り返して来たのだ!! 拒否しようとすれば『私だけでなく、生徒会メンバー。後は寮の皆におすそ分けしたので、これは彼らの分のお返し(おかえし)お菓子(おかし)でもある』などと言って、無理やり受け取らせよって…ッ。ええい、思い出しただけで虫唾が走るわ!!」

 

 ああ、なるほど。

 以前、セキトから無理やり渡された高そうな菓子折りは、そういった訳だったのか。

 一個だけ食べて、残りは手が付けていなかったのはセキトなりのプライドだろう。

 

「あの輩は、このオレ様を庇護対象に見ている節がある。故にレースで叩きのめして、オレ様を仰ぎ見させてやるのだ」

 

 やたらと、下に見られることを嫌うセキトの内心は分からないが、やる気があること自体は喜ばしい。だが、今は。

 

「フン、案ずるな。この呂布奉先、目の前の敵から目を離す程愚かではないわ。いつものようにノロマな弱者共に格の違いを見せつけてくれるわ!!」

 

 ならばよし。

 いつものように、最強を証明して来てくれ。

 

「フゥン、言われんでもな」

 

 そして、セキトの天皇賞秋が始まる。

 

 後に、飛将軍誕生の瞬間として語り継がれる一戦が。

 

 

 

 

 

『さあ、やってまいりました。天皇賞秋。唯一無二の盾を手にするのは、どのウマ娘になるのか。注目のウマ娘はズバリ誰でしょうか?』

『やはり、一番人気のセキトでしょうね。シニア級が相手でも、実力は飛びぬけています』

『皇帝、怪物に続き、将軍と呼ばれ始めている彼女の実力は、どれ程のものなのか。それを全ての世代に知らしめて欲しいですね』

 

 最前列でセキトの快走を待ちわびる、私の耳に実況が入ってくる。

 実況はああいった風に言っているが、観客席に近い私には分かる。

 

「なあ、誰が1着になると思う?」

「うーん、ジュニアからシニアまでずっと応援している子が居るから、その子だって言いたいんだけど……」

「あー……まあ、セキトに勝つ光景が見えないわな」

「うん。あたし、この前のシリウスステークスを見てたんだけどさ……なんて言ったらいいかな。違うんだよね」

「違うよなぁ……ああ、違う」

 

 誰もが、彼女を、彼女達のことを別格だと思っていることが。

 今まで見てきたどんなレースとも、ウマ娘とも違う。

 強靭、無敵、最強。どの言葉もその走りを表すにはあまりにも脆弱に過ぎる。

 

「強いよね、セキトって」

「マルゼンスキーもシンボリルドルフもな」

 

 強い。ただ強いのだ。

 幾千幾万の言葉を並べたてたところで、それを表すには物足りない。

 3人にはそう感じさせる何かがある。

 

「じゃあ、1着はセキトだな」

「私もそう思う」

 

 故に、観客席のほとんどの人間はセキトが勝つと思っている。

 そして、それはレースを走る他のウマ娘達も同じだった。

 

『今、全てのウマ娘達がゲートに入りましたが……一様に表情が硬いように見えますね』

『どんなレース展開になっても、簡単な戦いになることだけはありませんからね』

『その中で1人余裕の表情を見せるセキト。将軍以外の誰が盾を手にするのだと言わんばかりだ』

『これは期待が持てますねぇ』

 

 普通に戦うだけでは勝てない。

 そんな圧倒的実力差を今まさに肌で感じているだろう。

 

『さあ……今、運命のゲートが』

 

 だが、しかし。

 たった、それだけの理由で諦めるのなら。

 

『開きました!!』

 

 誰もこの場に―――立ってなど居ない。

 

『今、勢いよくスター……おっと、集団が後ろの方で密集しているぞ』

『セキトのペースに合わせるように団子状になっていますね』

『中心はセキト……これは、どういうことだ…!』

 

『……囲って抜け出せないようにしてますねぇ、これ』

 

 ―――強すぎると、全てのウマ娘が敵になる。

 

 これはただそういうことだった。

 

場主(ばぬし)さん! 囲うとはどういうことでしょうか?』

『飛びぬけて強いウマ娘が居ると、他のウマ娘がマークして集団を抜け出させなくする。そうすることで、終盤での直線勝負に持ち込める。立派な戦術ですよ、これは』

『なるほど。ただ戦うだけでは、セキトには勝てない。だから、勝ちの目が出る距離までは1人ではなく集団で戦うということですね? ある意味で強者への敬意と見ることもできますね』

『はい、セキトが本当に強くなければ、誰もこんなことはしません。後ろから抜け出ることすら許さないのは、もはや恐怖に似た感情を抱いているからでしょう』

 

 努めて冷静であろうとする実況が聞こえてくる。

 策を弄した者を褒めたたえ、それを引き出したセキトの株も上げる。

 そういった方向にもっていきたいのだろうが。

 

「うっわ、汚ねえな」

「1人に対して、いくら何でもそこまでやる?」

「後ろまで塞いでるとか、どんだけビビッてるんだよ」

「そんな勝ち方して楽しいかよ!」

 

 観客の方にはそうした意図は伝わらない。

 いや、伝わったところで何だという話なのだろう。

 勝つために来ているウマ娘と観客は違う。

 

 ウマ娘達にとっては勝負であっても、観客にとってはショーでしかないのだ。

 楽しみにしていたショーで、塩試合をされたら誰だって怒る。

 レースが進めば進むほどに増えていく、侮辱の混じった怒声がその証だ。

 

『レースは非常にスローペースで中盤に差し掛かってきたところです』

『最後の直線までは動きがありそうにないですねぇ』

『そこでセキトがうまく抜け出せるかがカギになりそうですね、場主さん』

『ええ、個人を応援するのは解説としていけませんが、頑張って欲しいものです』

 

 この場に負けに来た娘など1人もいない。

 私もレースに関わる者の1人だから、こういった作戦を取ることにも理解できる。

 正直に言って、私が他のウマ娘のトレーナーだったら、同じ指示を出しているはずだ。

 

「おーい! あんたセキトのトレーナーだろ!? 抗議しろよ! こんなの妨害行為だろ!!」

「そうだ、そうだ! こんなクソ試合中止になった方がマシだ!!」

「今まで応援してたのに……ガッカリしちゃうな」

 

 観客席のファン達から私に向けても怒号が飛んでくる。

 ウマ娘達の策に罪はない。だが、レースが興行なのも事実。

 正々堂々と勝負する姿を見に来たのに、実態がこれではファンが離れてしまいかねない。

 そういう意味では、他のウマ娘達が取った策は下策と呼べるのかもしれない。

 

 ああ、しかし、分からない。

 何故誰もが。

 

『レースはそろそろ終盤。セキト! 流石に苦しいか!?』

『こんなところで彼女の秋は終わってしまうのか!』

 

 セキトが負けるなどと思っているのだろうか?

 こればかりは、私の理解がまるで追いつかない。

 ひょっとして、他の人達は私の知らない言語で喋っているのだろうか。

 

「おい! トレーナー!! 聞いてんのか!?」

「このままじゃ負けちゃうよ!!」

 

 ああ、だが、もし、万が一にでも。

 セキトを甘く見ているのなら、これだけは言わせてもらおう。

 

「クソ! 何とか言ったら、どう――」

 

 

 ―――セキトを無礼る(なめる)な。

 

 

 私の愛馬は、天下無敵だ。

 たかが、17人のウマ娘に囲まれた程度で、一騎当千の将が止まるものか。

 

『なぁッ!? セキトが! セキトが!!

 今、空を飛んだぁああああッ!?』

 

 

 

 その光景をセキトのすぐ後ろで見ていたウマ娘は、レース後のインタビューでこう答えた。

 

「ずーっと見てましたよぉ。置いてかれないように一生懸命。それこそ、髪の毛の艶が分かるぐらい見てましたよぉ。……でも、あの瞬間は見失ったんです」

 

 目線を切ってしまったということでしょうか?

 

「いいえぇ。一度もそんなことは。でも、本当に消えたんです。それで、慌てて探したんですけどぉ、いないんです。前にも横にも後ろにも。それで、まさかぁと思って見たら……いたんですよぉ」

 

 見た? どこを?

 

()()()。セキト選手は―――集団を飛び越えて前に行ったんです」

 

 まるで、空を駆ける天馬のように。

 そう言って、彼女は恋焦がれるように溜息を1つ吐くのだった。

 

 

 

『あり得ない!? 集団を…集団を…飛び越えてセキトが前にッ!!』

『うそでしょ……うそ…え?』

 

 会場の誰もが息を呑んだ。

 解説席は我を失った。

 そんな中で1人、セキトは涼しげな顔で着地し、そのまま一気にゴール板を駆け抜けた。

 まるで、散歩でもするかのような気楽さで。

 

『……い、1着はセキトです。天皇賞秋を制覇したのは……セキトです』

『飛び越えるだけなら、ウマ娘の脚力なら理論上は可能……でも、着地して一瞬も止まらずに、そのまま走るなんて…あり得ない…あり得ない……』

 

 何とか我に返り、仕事を全うしようとする実況。

 放心状態で表向きの喋り方も忘れて、あり得ないと連呼する解説。

 

「…………」

「…………」

 

 先程までの怒号が嘘のように静まり返る観客席。

 誰も信じないだろう。これが天皇賞秋の光景だと。

 テレビをつけた誰もが疑うだろう。テレビの音量が壊れているのではないかと。

 

『人間は…ウマ娘は……凄いものを見た時に歓声を上げます。

 ですが、凄すぎるものを見た時、人は………言葉を失います』

 

 ようやく、流れて来た音は実況の声。

 会場の様子を表すかのような、自分の心の内をさらけ出すかのような言葉に、会場の誰もが頷いた。

 しかし、それでも会場の時は動きださない。

 いや、号令を待っていると言うべきだろうか。

 

 誰もが開戦の合図を、地にて仰ぎ見る将軍からの言葉を待っているのだ。

 

 だから、私が動く。

 観客と同じように動くことが出来ない、報道の人からマイクを借り、セキトの下へ行く。

 私の姿を見つけたセキトは、不敵に鼻を鳴らし、マイクを奪い取る。

 そして、ニヒルな笑みを浮かべてこう告げるのだった。

 

 

「次はせいぜい、上も塞いでおくことだな」

 

 

『秋の盾を手にしたのはこの娘!!

 “飛将軍”セキトだぁああああッ!!』

 

 瞬間、爆発する歓声。

 誰もが飛将軍の名を叫び、彼女を褒めたたえる。

 さながら、それは戦に勝った将軍の凱旋(がいせん)

 

「フゥン、ようやく愚民共も飛将軍の名を覚えたか」

 

 鳴りやまぬ飛将軍コールに満足そうに頷くセキト。

 その様子に、これなら下手なこともしないだろうと、私は報道の人を手招きする。

 それとマイクに関しては、セキトが放しそうにないので諦めてもらう。

 

「セキト選手、まずは天皇賞秋の制覇おめでとうございます」

「当然の結果だ。この程度で足を止めるオレ様ではないわ」

「なんと! 鮮やかな勝利の直後でも、もう次を見据えているとは素晴らしい向上心です!!」

「フゥン、当然だ。天下無双たるオレ様の強さを、さらに知らしめてやらねばならんからな」

「なるほど! それでは参考までに、次に出場予定の大会などがあれば、教えていただけないでしょうか?」

「新たなレース(死合い)か……決まってはいないな。後で陳宮に策を出させるとしよう」

 

 マスコミの人の全力のヨイショに、気持ちよさそうに答えていくセキト。

 この様子なら1人で任せても大丈夫だと判断し、私は控室で帰りの支度をしようと通路に足を向け。

 とても見覚えのあるウマ娘の姿を認めるのだった。

 

「それなら―――ジャパンカップに出場してみる気はないかな? 飛将軍殿」

「貴様は…! ルドルフ…ッ」

 

 ざわめきが辺り一体に広まる。

 何故、ここにシンボリルドルフが居るのか。

 どうして、インタビューの場に突撃して来ているのか。

 色々と謎は多い。だが、その答えは誰もが聞かずとも理解できた。

 

「宣戦布告。今回のジャパンカップ、既に私は出走登録をしてきたよ」

「ほぉ、皇帝陛下が自ら言いに来るとは……高く買われたものだな」

「ああ、君の今日の走りを見て……私も我慢できなくなったのさ」

 

 お前を叩きのめして、(こうべ)を垂れさせると皇帝直々に告げに来たのだ。

 この展開に盛り上がらない報道陣と観客ではない。

 最高まで高まっていたはずのボルテージが、さらにもう一段上がる。

 

「絶体絶命。私は君があの包囲網を抜けるのは、絶対に不可能だと思った。予測不能。しかし、君は悠々と乗り越えて行った。つまり、君は私の中の絶対を超えたんだ」

「それがどうしたと言うのだ?」

 

 バチバチと普段の彼女から考えられないような、熱い視線を飛ばす、シンボリルドルフ。

 普通のウマ娘ならそれだけで、怖気づいてしまうことだろう。

 だが、セキトは欠片も怯まない。

 むしろ、シンボリルドルフより高い身長を生かして見下ろしているぐらいだ。

 

「己が首に届き得る刃は、未熟なうちに手折っておくべきだとは思わないかい?」

「フゥン、オレ様が怖いか? 皇帝(ルドルフ)

「ああ、クーデターを起こされては困るからね、将軍(セキト)

 

 お互いに寒気のする笑みを浮かべて微笑み合う2人。

 そのまま一戦始まるのではないかと思う程の緊張感の中、先に動いたのはセキトだった。

 いつものように、相手の首を指さし切り捨てるように振り切る。

 

「いいだろう。このオレ様に戦いを挑む蛮勇を称え、その宣戦布告、受けてやる!」

「ありがとう。今から君が私の覇道の礎になると思うと、興奮が抑えられないよ」

「ぬかせ。礎となるのは貴様の方だ」

「ふふふ、ジャパンカップの舞台で待っているよ」

 

 こうして、セキトとシンボリルドルフのジャパンカップでの対決が決まったのだった。

 

 




会長が授業を受けているのはオリジナルです。
……いや、“生徒”会長なのに授業も受けてないとか原作でもちょっと謎ですし。
年齢とかもデビュー年、どうなってるんだという話なのでセキトと合わせてます。

マルゼンスキー? 免許って……18歳からですよね(白目)
ウマ娘世界では早めにとれるのならセーフですけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章:皇帝(こうてい)

実況フォントを変更しました。


「ああーん! 私のセキトちゃんがルドルフに寝取られちゃったー!!」

「陳宮、今すぐこの馬鹿をつまみ出せ」

 

 およよー、と自分の肩にしなだれかかるマルゼンスキーを、心底鬱陶しそうに押しのけながらセキトが唸る。私のトレーナー室なので、もちろん私にその権限はあるのだが、せっかくの来客なのだ。すげなく追い返すわけにもいかない。これは大人としての立派なマナーである。それはそれとして、このティラミスは非常に美味しい。

 

「ええい! 陳宮、貴様何を敵のトレーナー(軍師)が持ってきた土産に釣られている!?」

「ほらぁ、セキトちゃんも一緒に食べましょ? せっかくトレーナーちゃんが買ってきてくれた、ナウいスイーツなんだから、食べなきゃノンノン」

「オレ様は喰らいたいものしか食わん!」

「もおー、食わず嫌いはねるとんだけで大丈夫よ。ほら、あーんして。私が食べさせてあげる」

「ぐぬぬぬッ! この! いいから肩から手を離せい! 施しなど受けてたまるものか!!」

 

 その細身ではとても考えられない程の力で、ガッチリとセキトの肩をロックするマルゼンスキー。

 突き出されたフォークを握る手を抑え込み、何とかアーンを阻止するセキト。

 なぜ、ティラミス1つでこのような面白い光景が繰り広げられているのかは分からないが、友達の居ないセキトにはこうした触れ合いも必要だろう。

 

 決して、この光景の続きをもう少し見たいがために担当ウマ娘を売ったわけではない。

 決してあり得ないのだが、ティラミスに釣られて何もしていないのではない。

 決して、決して、知りたいわけではないが、これはどこの店で売っているものなのだろうか?

 

「あ、欲しかったらお代わりもあるわよ。陳宮さん」

 

 おかわりいただけるだろうか。

 

「愚か者! それは孔明の罠だ!!」

 

 さて、押されると意外と弱いというセキトの弱点を把握したことでもあるし、そろそろ本題に移ろう。マルゼンスキーとそのトレーナーは一体、何のために訪ねて来たのか。シンボリルドルフのように宣戦布告にでもしに来たのだろうか。

 

「私はそうしたい気持ちでいっぱいなんだけどー、トレーナーちゃんがダメだって言うのよねぇ」

 

 つまり、マルゼンスキーはジャパンカップには出走しないということだろうか?

 私の問いに対して、女性トレーナーはコクりと小さく頷く。

 見たところ、怪我や疲労が抜けていないという訳ではないようだが、どういう考えなのだろう。

 

「マルゼンさんは出たくて出たくてしょうがないわよ? だって、このままじゃ、セキトちゃんのアベックをルドルフに取られちゃうもの。でも……トレーナーちゃんにはもっと先が見えてるの」

 

 コクンと頷き、女性トレーナーは短く口を開く。

有馬記念で2人を倒す。

 

 その言葉に思わず口角が上がってしまう。

 そして、それは私だけでなく、セキトも一緒だった。

 

「フゥン……1人だけ体力を温存し、漁夫の利を狙うか? 弱者にお似合いの賢しい考えだと言っておいてやろう」

「違うわよぉ。確かに私の方が日程的には有利だけど、その程度で勝てるなら私はあなたをライバルだとは言わないわ」

 

 失礼しちゃうわ、と頬を可愛らしく膨らませるマルゼンスキー。

 非常に可愛らしい姿であるのだが、私にはその陰でチラつく怪物の牙が気になってしょうがなかった。

 

「勝手に言っておけ。何をしてこようとも、勝つのはオレ様だ」

「うふふふ。そう言っていられるのも、今のうちよ。ちゃーんと、秘策があるんだから」

「フゥン、せいぜい楽しみにしておいてやろう」

 

 マルゼンスキーの言う秘策というものが何なのか、非常に気になるが勿論詮索はしない。

 聞いたところで答えないだろうと言うのもあるが、本質は違う。

 何が来ようとも、セキトなら打ち破る。そう、信頼しているからだ。

 きっと、この気持ちは、シンボリルドルフやマルゼンスキーのトレーナーも同じだろう。

 

「ええ、楽しみにしておいてね。だから、ルドルフに負けちゃあダメよ? ルドルフに先を越されたら、せっかくの策が目立たないもの」

「無用な心配だな。()()()()()()走れば勝つのはオレ様だ」

 

 特にシンボリルドルフなどは自ら皇帝を名乗るように、王道を好む。

 奸計を好まず、逆に相手の策を真正面から踏みつぶしていく覇道を良しとする。

 誰が相手であろうと、自らの道を曲げない。

 いつもいつだって、完璧なる皇帝であろうとする。

 つまり。

 

 

 ふと、閃いた! この策は、シンボリルドルフとのレースで活かせそうだ。

 

 

「さて、言いたいことはそれだけだな? ならば、とっとと帰れ」

「何言ってるの? お菓子を食べたらセキトちゃんに勉強を教えるって約束よ。ね、陳宮さん?」

「一言も聞いておらんぞ!?」

 

 いや、言ったら逃げることは間違いないので。

 

「陳宮!! 貴様、主を(たばか)るとは何事か!?」

 

 良薬は口に苦し。

 主君のためを思って、主に苦難を課すのも私の仕事だ。

 

「ええい! そもそも、勉学などせずともオレ様は最強なのだから、別によかろう!!」

 

 将軍。関羽を討ち取った者が誰かをお覚えですかな?

 

呂蒙(りょもう)だろう? なんだ、三国志の勉強ならば受けてやらんでもないぞ」

 

 話題が三国志になった瞬間に目が輝きだすセキト。

 彼女のこうしたオタク根性は立派な美点だと私は思う。

 だからこそ、それを利用しない点はない。

 

「呂蒙が関羽を捕らえることに成功した理由か……すぐれた武力、そして関羽を油断させ孤立させた知略だろうな。商人に扮しての騙し討ちなども効果的だった」

 

 呂蒙はセキトの言うように、文武に長けた名将だった。

 しかし、初めから両方の分野に精通していたわけではない。

 

「“呉下(ごか)阿蒙(あもう)”の意味? いつまでも成長しない愚か者のことだろう」

 

 呉下(ごか)阿蒙(あもう)

 直訳すると、おバカな蒙ちゃん。それはかつての呂蒙への侮辱の言葉だ。

 彼は孫権に仕え始めた時から、猛将として名を馳せていた。

 だが一方で、文字の読み書きすら出来ない程に学が無かった。

 

「フゥン……続けろ」

 

 しかし、ある時に呂蒙の才を高く買っていた主の孫権より、勉学をするように命じられる。

 全くもって、学に明るくなかった呂蒙は当初は自分には無理だと反論した。

 だが、それを主君からの期待だと知った彼は心機一転して、猛勉強を行う。

 

「士別れて三日ならば、即ち更に刮目して相待つべし。日本語で言う所の“男子三日会わざれば、刮目して見よ”だな」

 

 彼は既に呉下(ごか)阿蒙(あもう)にあらず。

 論語を暗唱できる程に成長した呂蒙の姿に、呉の軍師の魯粛(ろしゅく)は大変感心したと言う。

 いつまでも、呉下(ごか)阿蒙(あもう)と呂蒙を見くびっていた関羽と違い。

 

「…………」

 

 呂蒙も勉強したんだから、お前も勉強しろと言われることを察したセキトは黙り込む。

 まあ、昔の偉人がやったんだから、お前もやれでやる気を出すなら、全国の二宮金次郎像はもっと重要な扱いになっているだろう。

 

 だから、出来る限りセキトが好む中二病風に言う。

 

「関羽と虎が戦えばどちらが勝つかだと? くだらんことを聞くな。虎如きに後れを取るならば、軍神などとは呼ばれておらんわ」

 

 そう、軍神関羽にはただの猛将(トラ)では敵わない。

 故に虎は―――知識をつける(翼を生やす)必要があったのだ。

 

「…ッ!」

 

 地を這うだけの虎は、天駆ける翼を手にし、龍となった。

 龍の飛翔(ひしょう)軍神(かみ)の首すら切り落とし。

 やがてその血潮は、劉備(皇帝)を飲み込み滅ぼす濁流へと姿を変えたのだ。

 

「フゥン、つまり貴様はオレ様に―――龍となれと言うのだな!」

 

 さあ、飛将軍(ひしょうぐん)。あの蒼天へと羽ばたいて参りましょうぞ。

 

「ハーハッハッハッハ!! いいだろう! 国語でも数学でも何でもかかってこい! この飛将軍の羽ばたきを止めることなど、誰にも出来んのだぁッ!!」

 

 さて、セキトもやる気を出したようなのでマルゼンスキー先生、後はお願いします。

 

「陳宮さんって、詐欺師の才能があると思うわ」

 

 誉め言葉として受け取っておくとしよう。

 

 

 

 

 

「あれ以来か、ルドルフ。いつにもまして身なりが良いな。特に()()()()()()()()()()()()()

綾羅錦繍(りょうらきんしゅう)。身だしなみは常に完璧さ。王の凱旋がみすぼらしいものでは興醒めだからね」

「フゥン、敗走の際に邪魔にならんといいがな」

「君の方こそ。将軍をクビにならないといいね。ああ、よければ私の軍門に下るかい? 待遇は良いものにするよ」

「ぬかせ、敗軍の将となるのは貴様の方だ」

 

 ジャパンカップ目前の記者会見。

 眩いばかりのフラッシュがたかれる中、皇帝と将軍が対峙していた。

 

 もちろん、彼女達以外にもそうそうたる面々が出走する。

 だが、世間の誰もが注目するのは、やはりこの2人だ。

 

「悪いね。()()()()ですかと敗走(はいそう)が出来るほど私は弱くないんだ」

 

 ホープフルステークス、皐月賞、日本ダービー、菊花賞。

 デビューから無敗のままに、獲得してきたクラシック三冠を含む4つのG1。

 向かう所敵なし。人は言う。彼女こそ、三女神の寵愛を一身に受けたウマ娘だと。

 

 常勝無敗の皇帝、シンボリルドルフ。

 

「フゥン、オレ様の居ないコース(戦場)でせこせこと稼いだ冠で、よくそれ程までに胸が張れるな」

 

 オークス、ジャパンダートダービー、天皇賞(秋)。

 獲得してきたG1の数ではシンボリルドルフに劣るが、その鮮烈さでは欠片も劣らない。

 彗星の如く地方から現れ、紅蓮の怪物(マルゼンスキー)を討ち取って名を上げ、天皇賞(秋)では人々の常識を軽々と飛び越えたウマ娘。

 

 一騎当千の将軍、セキト。

 

「確かに、三冠ウマ娘が生まれる年は、他に強いウマ娘が居ないと言われることもある。だが君との戦いで、そんな声は綺麗さっぱりなくなると、私は確信しているよ」

「オレ様という、真の最強の存在を知ることになるからな」

「至極同感。君と言う強者を打ち倒す武功が、この皇帝の偉業に加えられるのだからね」

 

 皇帝の絶対零度の視線と、将軍の灼熱のまなざしがぶつかり合う。

 それだけでも、相当な絵面になるのだから、放送関係者も喜ぶことだろう。

 

 だから、事前の打ち合わせを完全に無視して、セキトが喋り始めたことは許してください。

 今度、おすすめのティラミスを持っていきますので。

 

「……さて、このまま君と話すのもいいが、私達の声を待っている者が居る。道草を食うのも程々にしようか」

「フゥン」

 

 アドリブでセキトに対応していたシンボリルドルフが、ここで司会に助け舟を出す。

 セキトの方も満足したのか、鼻を鳴らして一応の了承を見せる。

 思わず、神様仏様皇帝様と祈りたくなるほどの完璧な対応だ。

 実際、舞台袖でスタッフの人が祈っている姿が見えた。

 

「お二方とも、闘志満々で意気込みについては聞くまでもないと思いますが、ずばり調子の方はどうでしょうか?」

「幸運にも私には優秀なトレーナーがついていましてね。ここ最近は不調というものに陥った記憶が無いのですよ」

「なるほど。シンボリルドルフ選手の調子は絶好調だと。では、セキト選手はどうでしょうか?」

 

 自らのトレーナーを立てるシンボリルドルフ。

 その姿に、私の所では決して見られない光景だろうなと、少し遠い目になる。

 

「オレ様はオレ様だ」

「……え、えっと」

 

 そして、いつものように相手のことなど考えない台詞を吐くセキト。

 司会の人が、お前の担当ウマ娘なんだから、なんとかしろと目で訴えかけてくるので、心の中で謝罪しつつフォローに入る。

 

「なるほど。つまりは、不調だろうと、好調だろうと自分が勝つと……凄い自信ですね!」

「当然だ。走る前から負けることを考えるなど、それこそが既に負け犬の発想だ。調子の良し悪しなど関係ない。走る前から既に勝っている。天下無双の心構えとはそういうものだ」

「実に自信に満ちた心構えですね。まさに、セキト選手の走りそのものと言えるかもしれません。シンボリルドルフ選手はレース前に何か心構えのようなものをしますか?」

 

 いつもの中二病成分が出てきて、いい感じに口が回り始めたセキト。

 これならば、フォローをせずに会見を終えられるかもしれない。

 そんな淡い期待が私の胸に宿る。

 

「心構え……レース前に何か特別な心構えがあるわけではないですが、いつも心に掲げているものならあります」

「ずばり、それは?」

「全てのウマ娘が幸福に暮らせる世界を……と。まだまだ、卑小な私には大言壮語に聞こえるでしょうが、いずれは叶えてみせます」

「何と素晴らしい! まさに皇帝の名に相応しい心構えですね!」

 

 シンボリルドルフが掲げる目標を聞き、素で感動した様子を見せる司会の人。

 正直に言って、私も感動したくなる程の言葉で、彼女にはそれを実現させると思わせる凄みがあった。

 

「くだらんな」

 

 もっとも、うちの問題児の心には欠片も響かなかったようだが。

 

「ふむ、何か君の気に障るようなことでも言ったかな?」

「フゥン、なに。貴様はオレ様の幸福のために負けてくれるのかと思ってな」

 

 微笑みを湛えて、問いかけるシンボリルドルフに、セキトはつまらなさそうに返す。

 

「もし、貴様が他人のためなどと言って、勝利を譲るのなら興醒めだ」

「なるほど……君は私が手を抜かないか心配なんだね?」

「フン、レース(死合い)の勝者は常に1人。敗者に栄光はなく、勝利の美酒には限りがある。それをくだらん同情などで分け与えるのではないかと思っただけだ」

 

 セキトの言葉にスプリングステークスでの出来事を思い出す。

 セキトはマルゼンスキーに、勝利を譲られたことを激怒していた。

 与えられたものに価値などない。自らの手で掴み取ってこその勝利。

 そんな強迫観念にも似た信念が、彼女の芯になっているのだ。

 

「オレ様の勝利の美酒の中に、一滴でも泥を混ぜてくれるなよ? 泥水を飲む趣味はないからな」

 

 手を抜くな。

 本気で来い。

 偽物の王冠など、こちらから願い下げだ。

 

 そんなセキトの言葉に、珍しく驚いたような表情を見せるシンボリルドルフ。

 だが、すぐにそれは笑みに変わる。

 

「心配ご無用。言ったはずだよ、私は全てのウマ娘の幸福を願うと」

「つまり」

「もちろん、全ての中に―――私の幸福も含まれている」

 

 ただし、その笑みはいつものような柔和な笑みでなく。

 威嚇にも似た獰猛な笑みだった。

 

「ただ、導くだけではない。時には自らが剣を持ち、強敵を討ち取って行く。私が理想とする皇帝とはそういうものだよ。三国志の英雄呂布を名乗る君に分かりやすく言えば、光武帝(こうぶてい)のようなものかな」

 

 光武帝劉秀。漢の中興の祖と名高い皇帝だ。

 皇帝という身分にありながら、田舎の役人から面と向かって侮辱されても笑って許し。

 門限を破り続けて、業を煮やした部下から門を閉められて自らの宮中の外で野宿(2回)。

 オヤジギャグが大好きで、部下に披露しては奥さんにあんたの冗談はつまらないと言われたり。

 上記のように皇帝とは思えない、異常なまでの親しみやすさを持つ。

 

 しかしながら、その実力は中国最高の名君の1人に数えられる程である。

 彼の偉業に関しては上げて行けばキリが無い。

 

 皇帝なのに最前線の戦場に出て敵を討ち取り、過労死レベルの仕事量に部下や息子に休めと言われても、好きでやってるから大丈夫と笑顔で応える。

 腹違いの兄弟という、どう考えても後継者争いになる2人の息子を争わせずに育て、完璧に引き継ぐ。

 劉邦と違い部下の有能エピソードが無い理由を、後世の諸葛亮から『光武帝は本人が優秀過ぎて問題が起こる前に全て解決し、劉邦は本人が部下に任せっきりにしたので部下は華々しい逸話が世に残った』と語られる。

 

 おまけにこれだけしておいて、死ぬ前の言葉が『民のために何もしてやれなかった』と悔いるという絵に描いたような名君である。

 

「唯一抜きんでて並ぶ者無し。そうなりたいし、そうなるために勝ち続けたいという願いもある。特に君のような強敵相手にはね。むしろ、私の方こそ心配なぐらいさ」

「フゥン?」

「いや、なに。呂布と言えばその武勇と同等に裏切りが有名だろう? 丁原・董卓の2人の父親を殺した裏切り。その他にも劉備を裏切ったりなど、裏切りエピソードには事欠かない」

 

 父親殺しの裏切り。

 その言葉に、自信満々だったセキトの顔が僅かに歪む。

 

「つまり……何が言いたい…?」

「私の君に対する期待までも裏切られないか、心配だと言うことさ」

 

 お前は本当に、私の期待に応える疾走り(はしり)を見せてくれるのか?

 

 不意に、私は玉座を幻視した。

 皇帝が腰かけ、下々達を見下ろす王の間の光景。

 セキトの方が背が頭1つは高いというのに、その時ばかりはシンボリルドルフの方がどうしようもなく大きく見えてしまった。

 

「フン……」

 

 いつものセキトならば、中二病感に溢れた台詞で言い返していただろう。

 だというのに、先程の言葉で気圧されてしまったのか、言葉が詰まっている。

 これではいけない。セキトの言った通り、戦う前には勝っていなければならない。

 

 だから、私が代わりに口を開く。

 

 

 ―――必勝の策はあります。

 

 

「ほぉ……必勝の策とは大きく出たね。よければ、どんなものか聞いても?」

 

 面白そうにこちらを見るシンボリルドルフ。

 逆に驚いたような目を向けるセキト。

 そんな視線を受けながら、私は言葉を続ける。

 

 ―――シンボリルドルフには弱点がある。

 

 レースではそこを突けば必ず勝てる。

 私の言葉に今度はシンボリルドルフのトレーナーの表情が変わる。

 まあ、挑発染みたことを言ってしまったので、それはしょうがない。

 あちらにも言いたいことを言って貰おう。

 

 

 ―――レースに絶対はないが、ルドルフには絶対がある。

 

 

「これは……弱点はあると宣戦布告する、セキト選手のトレーナー。皇帝は絶対だと揺るぎの無い自信を見せるシンボリルドルフ選手のトレーナー。今回のジャパンカップ、ウマ娘達の走りだけでなく、トレーナー達の戦いにも要注目です!」

 

 そして、運命のジャパンカップの開催の日を迎える。

 

 

 

 

 

『まるで、空が泣いているような雨が試練となり、この府中に集った世界のウマ娘達に降り注ぐ。今年のジャパンカップ、どんな結末が待ち受けているのでしょうか』

『バ場の状態は最悪と言ってもいいかもしれません。このレース、荒れる展開になりそうです』

 

 降りしきる雨。ぬかるみ、滑りやすくなった芝。

 絶好とは真反対のターフ。だというのに、観客席には雨粒1つが入り込む隙間すらない。

 超満員のレース場。そこに集まる者達の視線が集まる先には2人のウマ娘。

 

『本日の1番人気は、やはりこの娘。常勝無敗の皇帝! シンボリルドルフ!!』

 

 雨音にも負けぬ歓声に応えるように、シンボリルドルフが手を掲げる。

 その姿、その威信は雨に濡れていようとも、欠片も揺るがず。

 どこまでも絶対な姿がそこにはあった。

 

『2番人気はこの娘! 一騎当千の将軍! セキト!! その矛は皇帝の首に届くのか!?』

 

 続いて、シンボリルドルフにも負けず劣らぬ歓声。

 方天画戟を派手に振り回し、パフォーマンスを行うセキト。

 雨に濡れてもその顔の自信に一点の曇りもない。

 

『解説の場主(ばぬし)さん。日本の有望なウマ娘に世界のウマ娘がそろうジャパンカップですが、ずばり誰を注目しますか?』

『シンボリルドルフ、セキト。やはりこの2人しか居ません』

『やはり、その人気と実力に偽りはなしということですね』

 

 群雄割拠するトゥインクルシリーズ。

 天下に名だたる名ウマ娘・名トレーナーは居ても、英雄と呼べるウマ娘は2人しか居ない。

 (セキト)(ルドルフ)だ。

 

『それでは場主さん。今回のレース、どちらが有利だと思いますか?』

『そうですねぇ。パワーとスタミナはセキト。スピード、レース運びはシンボリルドルフと言ったところでしょうか。総合力で言えば、双方同じぐらい。このレースお互いの得意分野を相手に押し付けた方が勝ちそうです』

『となると、これは天候も結果に大きく作用しそうです』

『お互いにこれだけの雨の中のレースは初めてですからねぇ。もちろん、雨の日の練習はしてきているでしょうが、練習と本番は違いますよ』

『シンボリルドルフがレース運びの上手さで、泥のターフを攻略するか。セキトが持ち前のダートの経験を活かし、泥にも負けぬ走りを見せるか、注目です』

 

 あれだけ舌戦を尽くした記者会見とは打って変わり、2人の間に会話はない。

 粛々とレースの始まりに備え、ウォーミングアップをするだけだ。

 見る者からすれば、それはまるで積もる話は走りで語ろうと言っているように感じられた。

 

『さあ、この雨は一体どのウマ娘にとっての祝福の雨となるのか』

『各ウマ娘のレース運びに注目です』

『運命のゲートの前に皆一列に並び……今開いた!!』

 

 全てのウマ娘達が一斉に水しぶきを上げながら踏み出していく。

 

『先頭に躍り出たのは5番! その後ろに一纏まりになった集団が続く! 一番人気、シンボリルドルフは普段通りに集団の中で先頭を差す態勢を見せる!』

『いつものような絶対的な走りを期待したいものです』

 

 まるで軍団の統率者のように、シンボリルドルフは悠々と集団の中央を進む。

 先行部隊を進ませ、道を整えてから最後に皇帝自らが躍り出る。

 余裕綽々。いつもと変わらぬ頂点としての誇りを胸に、シンボリルドルフは走る。

 

『その後ろに2番人気セキト。こちらも普段通りに後方で追い込みを狙う姿勢か?』

 

 一方のセキトはシンボリルドルフよりも後ろの方に位置付け、追い込みの姿勢を見せる。

 

『……いえ、普段よりも少し前に位置付けてますねぇ、これは』

 

 そう、思わせていた。

 

『確かに、場主さんのおっしゃる通り、いつもより若干前目に位置しています。おっと、さらに少し前に出たぞ、セキト』

『これだと、追い込みではなく差しの態勢ですねぇ。何かの作戦でしょうか』

 

 いつもとは少し違う走りを見せるセキト。

 その姿に実況解説共に首を傾げるが、驚くほどではない。

 追い込みと差しは作戦としては近いものだ。

 

 体格が小さいウマ娘なら当たり負けするが故に、集団に飲まれる差しは不利だがセキトには関係ない。彼女の背はこのレースに出ている娘の中でも一番高く、当たり負けすることはまずない。故に、若干位置が変わっただけと観客達は考える。

 

 が、次の瞬間にその考えは打ち砕かれる

 

『おっと、セキトがさらに位置を移動し―――シンボリルドルフの真後ろについたぁッ!?』

 

 ピッタリと、まるでシンボリルドルフの影となるように張り付くセキト。

 それに気づき、思わずと言った感じで後ろを振り向くシンボリルドルフ。

 そんな彼女に向けてセキトは。

 

『これは、間違いなく挑発ですねぇ』

 

 ニヤリと口角を吊り上げてみせた。

 

『場主さん! 挑発とはどういうことでしょうか?』

『簡単に言えば、プレッシャーをかけてるということですねぇ。後ろに張り付いて相手のペースを乱させるのが目的でしょう。無理に引き剥がそうとすれば、かかってスタミナを失いかねません』

『そして冷静さを失った相手を最後に差し切るという訳ですね。これが記者会見で言っていた秘策か!? 皇帝の背を今か今かと、赫い刺客が狙っているぞぉおおおッ!!』

 

 雨音をしのぐ歓声がレース場を包み込む。

 これだけでも並みのウマ娘ならば、動揺を生みかねないものだ。

 現に、ペースを乱し始めるウマ娘が現れている。

 

 だが。

 

『しかし揺るがない! 皇帝の道筋に一切の歪みなし!!』

『流石の精神力です。見事としか言いようがありません!』

 

 その程度のことでは皇帝(ぜったい)は揺るがない。

 どれ程のプレッシャーをかけられても、その脚にかかる重さは変わらない。

 まるで、この程度は慣れたものだとでも言うように。

 

(まさか、私にプレッシャーをかけようとはね。驚天動地。正直に言って驚いたよ)

 

 後ろ目にセキトを入れながら、シンボリルドルフは内心で呟く。

 

(私にプレッシャーをかけられる者など、君以外に居ないだろう。それ程までに君は強い。だが、そんな小細工では私には届かない!)

 

 如何なる策を使われようとも、それを真正面から打ち砕いていく。

 それこそが我が覇道。王の進む道。

 自らを絶対と呼ぶ由縁だ。

 

『残り1000メートル! シンボリルドルフの走りはいつも通りだ。やはり今日も、絶対は揺るがないのか!?』

『セキト選手の予想と外れてしまいましたねぇ。それに今日の天候だと、前のウマ娘が蹴った泥が跳ねて走りづらいですよ。失策だったかもしれません』

 

 依然変わることなく、皇帝はシンボリルドルフ。

 そんな空気が会場を包み込む。

 

 それに解説が語るように、シンボリルドルフが蹴った泥がそのままセキトの鎧を、髪を、顔を黒く染め上げている。ウマ娘によってはそれだけで調子を落とすこともある光景だ。それどころか、ウマ娘が蹴り上げた泥は散弾銃にも等しい。下手をすると、失明すらしかねない。

 

『残り500メートル! 遂にセキトがシンボリルドルフの後ろから横にズレた!』

『ペースを乱せなかった以上、いつも通りに勝負するしかありませんからねぇ』

 

 ここで、これ以上泥をかぶるのを嫌ったのかセキトが横に動く。

 誰もが確信した。セキトはシンボリルドルフのペースを乱すことが出来ず。

 シンボリルドルフは()()()()()()走ることが出来たのだと。

 

『セキトとシンボリルドルフが横一線に並ぶ。ここからは素の実力勝負になりそうです!』

『策が失敗したとはいえ、最終直線での末脚はセキトも全く劣っていませんからね。真っ向勝負に期待です』

 

 策は失敗に終わった。

 皇帝の無敗記録は続いて行く。

 シンボリルドルフのトレーナーは、そう胸を撫で下ろす。

 近くの席でレースを見ている陳宮に、こちらの勝ちだという目線を送る。

 ルドルフ本人も、後はいつもと同じように勝つだけだと気を引き締めている。

 

『おっと、セキトがもう一度シンボリルドルフの方に寄ったぞ』

『これは……何かささやいているのでしょうか?』

 

 そこへ、セキトが近づき。

 一言、シンボリルドルフに告げるのだった。

 

 

 

「―――射程圏内だ」

 

 

 

 ここからお互いに、()()()()()()走れば勝つのはオレ様だ。

 そう、付け加えて。

 

『一気に突き放したぁあああッ!!

 飛将軍が皇帝を置き去りにするッ!!』

『流石の()()()()です! ここまでため込んでいましたね!』

『普段と違い内から攻めるが、その()()()の前には他のウマ娘など居て居ないようなものだ!!』

 

 いつものように、終盤からの化け物染みた追い込みを見せるセキト。

 その姿に負けじとシンボリルドルフもついていく。

 彼女の末脚は皇帝の名に負けぬ素晴らしいものだ。

 だが、他のウマ娘を抜くのと同じようにはセキトは抜けない。

 

(しまった…ッ。私はいつも通りに走っていたのではない! ()()()()()()()()()!)

 

 今になって気づく。失策、否、傲り(おごり)

 それに気づいたのは彼女だけでなく、彼女のトレーナーもだった。

 ガタりと立ち上がり、悔し気に頭を掻きむしる。

 

 そして、近くの席で静かに微笑む陳宮をもう一度見る。

 

 

 ―――策を練らねばならぬのは、()()()()()()。皇帝陛下様?

 

 

 セキトの方が強いのだから、策を練らなければ(いつもと違うことをしなければ)ならないのはそっちだったのだと。

 そう、陳宮の目は語っていた。

 

(そうだ、陳宮! 貴様の言うようにオレ様に策など必要ない!!)

 

 そして、セキトは陳宮の言葉を思い出すのだった。

 

 

 

 

「で、必勝の策とは何なのだ? 陳宮」

 

 ―――ありませんよ、そんなもの。

 

 記者会見の後、必勝の策について聞いたセキトを待っていたのは陳宮のあっけからんとした言葉だった。

 

「な…! 貴様、はったりをかましたのか!?」

 

 オレ様を騙したのかと、胸倉を掴んでくるセキトを宥めながら陳宮は語っていく。

 千人の敵兵に対し万人の軍隊を差し向けることを策とは言わないと。

 

「つまり……いつも通りに戦えばオレ様が勝つと言いたいのだな?」

 

 服を軽く整えながら陳宮は軽く頷く。

 世間では2人の実力は、同等もしくはルドルフの方が上だと思われているが、陳宮の見立てでは贔屓目抜きで、同等もしくはセキトの方が上なのだ。

 

「フゥン、理由は?」

 

 片目をつぶって尋ねるセキトに、陳宮は指を3つ立てる。

 

 1つ。ジャパンカップ当日は雨天が予想され、パワーや泥はねの対処が要求される。

 シンボリルドルフとセキトならセキトの方がパワーは上。

 またダートの経験で泥への対処も経験がある。

 

 2つ。同格以上との対戦経験がセキトの方が豊富。

 シンボリルドルフは戦績で言えば、セキトより上だが、その内容に死闘はない。

 最後の競り合いとなれば、セキトのマルゼンスキーとの対決の経験が生きる。

 

「なるほどな、流石の分析力だと言ってやろう。それで、3つめはなんだ?」

 

 シンボリルドルフには弱点がある。

 

「フゥン、それは会見の時にも言っていたが、本当のことか。聞かせてみろ」

 

 奴に欠点などあるのかと、若干興味を持ったように聞いてくるセキトに陳宮は笑って答える。

 それはどれだけ対策しようとも、努力しても決して拭えぬ弱点。

 強すぎるが故に生じた、ウマ娘(もののふ)としての欠陥。

 

 ―――シンボリルドルフは、()()()()()()()

 

 

 

 

(会見での私に弱点があると言った発言も…! レース序盤の見え透いた挑発も…! 全ては私に普段通りに走らせるためッ! 私の皇帝としての矜持を利用したもの!!)

 

 雨と泥にまみれて、セキトの背中を追いながらシンボリルドルフは内心で叫ぶ。

 全てはあの軍師の掌の上にあったのだと、歯を食い締める。

 軍師に誤認させられた。挑む側と挑まれる側を。

 対策を練らねばならないというのに、胸を貸すつもりで相手をしてしまった。

 

(弱点があると言われれば、私は…私達はいつも通りに絶対の走りを見せようとする! 相手が自分よりも強いと考えず、自信と慢心を取り違えてしまった…ッ)

 

 シンボリルドルフは勝ち続けていた。つまり、変化がなかった。

 勝利を重ねる度に、今のやり方を変えることへの恐怖が大きくなっていく。

 

 変化の必要が無いと言えば聞こえはいいが、それは停滞とも取れる。

 停滞している限り、大きな環境の変化が起きた時に対処が出来ない。

 例えば、自らと同等の存在が現れるなどの変化が。

 

(自らが頂点であると誤認し、身を守る剣を捨てていた…! 彼女を自分の喉元に届く刃と言いながら、何たる失態!)

 

 彼女は外敵が居ない島に、王として君臨する飛ぶことを忘れた鳥。

 だが、そこに獰猛な猛獣が現れた。鳥が飛ぶ練習を再開していれば逃げられただろう。

 しかし、王は慢心してしまった。自分ならば飛ばずとも猛獣に勝てるだろうと。

 

 その結果がこれだ。

 

 猛獣よりも弱い鳥は、哀れに食い殺されるだけだ。

 

(後悔などしないように生きてきたつもりだが……難しいものだな)

 

 このままいけば滅びは免れ得ない。

 そして、その滅びの時は近づいてきている。

 もう、諦めていいかもしれない。

 

 そう、思った所で。

 

「まだ…だ…ッ」

 

 負けたくないと。

 いつの日にか忘れてしまった心に火が灯る。

 彼女が無敗を貫いていたのは才能もあるだろう。

 

 しかし、それ以上にシンボリルドルフは、いや、()()は。

 

 

「―――絶対は、私だッ!!」

 

 

 究極の負けず嫌いである。

 

『あのシンボリルドルフが吠えた!?

 咆哮と共にシンボリルドルフが追い上げてくる!!』

 

 雨空に(かみなり)が鳴り響く。

 それは反撃の狼煙。神なる(かみなる)皇帝の神威。

 無敗ゆえに限界を知らなかった皇帝が、限界を超えようとする光景。

 

『雷鳴を合図にするかのように、皇帝の逆襲が始まったァッ!』

『ラスト100メートル!! セキト! 逃げ切れるか!?』

『何という末脚!

 まるで翼が生えたようだ!!』

 

 誰もが彼女の背に稲妻の翼を幻視した。

 敗北を直前にして、シンボリルドルフはその才能の全てを解放する。

 脳で考えるよりも、体が先に動き、全てを勝利という1点に注ぐ。

 

『並んだ!! 並んだぞッ!!

 皇帝の無敗神話は続くのかぁあああッ!?』

 

 遂にシンボリルドルフの脚がセキトと並ぶ。

 

 解説席から絶叫が上がる。

 観客の全てが我を忘れて、2人の疾走に目を奪われる。

 ルドルフのトレーナーが観客席から、落下しそうになる程に身を乗り出す。

 

 このまま皇帝が飛将軍を抜き去っていく。

 全ての人間がそう思い、ゴール板へと熱い視線を送った。

 そして。

 

 

 

「フゥン、奥の手とは、先に出した方が負けるのだ」

 

 

 

 セキトが()()()()()ギアを上げて、一気に引きちぎった。

 

『ルドルフの戴冠を阻んだのは、やはりこの娘!!

 飛将軍ッ! セキトォオオオオッ!!』

 

 拍手が、喝采が、天上の神々を叩き起こす様な大歓声が響き渡る。

 誰もが信じられぬ死闘激闘に、冷めやらぬ興奮を持て余して叫んでいる。

 もっとも、陳宮だけは当然と言った表情を一切崩していなかったが。

 

『今! あの皇帝がターフの上に仰向けに倒れこんでいます!! その頬に流れるものは雨か汗か、それとも涙か。死闘の果てに何を感じる!? シンボリルドルフ!』

 

 いつ、どんな時でも、優雅で、悠然と、完璧に振舞う皇帝はそこには居なかった。

 泥にまみれて、豪華な衣装も薄汚れ、無様に地べたに這いつくばる敗者の姿だけがあった。

 

『そして、崩れ落ちる敗者を背に悠然と佇むのは飛将軍セキト! その鎧についた泥は、数多の勲章よりもなお輝く!! 世界よ、見よ!! 強さとは! かくも美しいッ!!』

 

 対するセキトも泥にまみれていない部位などない。

 だが、天に高々と右腕を突き上げる彼女の姿は誰が見ても美しかった。

 滝のように流れる汗がウマ娘特有の高い体温により蒸発し、オーラのように漂う。

 そして、彼女の赤く長い髪は泥にまみれてもなお、宝石のように輝いている。

 

『今、セキトがゆっくりとシンボリルドルフに近づいていきます』

『今回ばかりは友好の握手でしょう、ええ』

 

 一頻り観客席にアピールしてきた後に、セキトは倒れこんだままのシンボリルドルフの下に行く。普段ならばルドルフは、結果がどうであれ立ち上がっているだろうが、今回ばかりはそうもいかないらしい。

 

「どうだ、皇帝(ルドルフ)。泥に塗れて空を見上げる気分は?」

「……存外、悪くない気分だよ。上を見上げるというのは楽しいものだね」

「フゥン。皇帝様にも奇特な趣味があったものだな」

「ああ、私も自分に驚いているよ。全力で走るとこうも疲れるものなのかと」

 

 初めて全力で走ったと、どこか清々しい表情で元無敗は語る。

 そんなルドルフに何を思ったのか、セキトは一瞬考え込む仕草を見せ。

 ルドルフの方に手を突き出す。

 

「それは?」

「見てわからんか?」

「私の知っている人を助け起こす手というのは、指を2本立てた状態じゃないよ」

「オレ様が何故、貴様を助け起こさねばならんのだ。自分で立て」

「ははは……手厳しいね。手だけに」

 

 寝転がった状態で、立てられた2本の指を見つめていたシンボリルドルフだったが、やがてそういうことかと納得をみせる。

 

「私の真似だね? 秋シニア“三冠”を指で表している。2本は“天皇賞(秋)”、“ジャパンカップ”を取った証。そして、3本目は……」

「宣戦布告だ。有馬記念にオレ様は出る。貴様が自分の真似をされたくないというのなら……挑みに来い。今度は雪空を仰がせてやる」

「それは嫌だね。深い衝撃でショックを受けてしまいそうだよ」

 

 苦笑しながらも、自分の脚でしっかりと立ち上がるシンボリルドルフ。

 そんな姿にセキトはどこか満足そうに鼻を鳴らし、背を向ける。

 

「フゥン、それでいい」

「ふふ、これは貸しが出来てしまったかな。いずれ返さなければね」

「いらんわ。そんなことに頭を悩ます暇があったら、有馬記念で無様な姿を見せぬことに使え」

 

 貸しを返すという言葉に心底嫌そうな顔をしながら、控室に戻ろうとするセキト。

 そんな後ろ姿を黙って見送るシンボリルドルフ。

 だったのだが、どうしてもあることが気にかかり声をかけてしまう。

 

「セキト、有馬記念と言えば年末だが……」

「フゥン、それがどうした?」

 

 

「君―――二学期の期末テストは大丈夫そうかい?」

 

 

 無言のまま固まるセキトの姿に、第2回テスト勉強会の開催が決定されたのだった。

 




次回は3人の有馬記念と勉強会を書く予定です。
亀更新ですが、気長にお付き合いくださると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章:三凶(さんきょう)

登場するキャラは名前が出ない限りは現状ではモブ扱いです。
デースとか言ってる子が居ても、ペガサスの因子を継承したモブだと思っておいてください。


 ──―彼女が速いのではない。世界が遅すぎるのだ。

 

早い! 速い! はやい!!

マルゼンスキー! 今日も独走! 怪走! 一人旅!!

彼女について来られる存在はいないのか!?

 

 ──―女神の寵愛か悪戯か。それとも彼女が神なのか。

 

今日も始まる前から、全てが分かっていたかのように差し切る!

シンボリルドルフ! 神と呼ばれたウマ娘を超えるのはやはり彼女か!!

皇帝の走りは今日も誰にも止められない!!

 

 ──―常識など、彼女をはかる物差しにもならない。

 

セキトが! セキトが!! 今、空を飛んだぁあああッ!?

あり得ない!? 集団を! 集団を飛び越えてセキトが前にッ!!

世界よ、見よ!! 強さとは! かくも美しいッ!!

 

 

 ──―有馬記念。12月25日、新たな神話が生まれる。

 

 

 

 

 

「うわー! 今度の有馬記念のCM、すっごくかっこいいね!」

「ええ、そうですね。思わず私達も走りたくなってしまうような……そんなCMです」

「よーし! 私達もいつか追いつけるように頑張らないと!!」

 

 トレセン学園食堂。

 多くの夢追い人が利用するそこで流れた有馬記念のCM。

 同じ学園の生徒が映し出されたそれは、やはりと言うべきか大きな注目を集めていた。

 

「マルゼンスキーさん、シンボリルドルフさん、セキトさん。まだ、クラシック級なのに完全に主役扱いですね」

「シニア級にはめぼしい人が居ないのかー」

「いいえ、本来なら三冠馬であるあの人が、3人を迎え撃つ構図だったはずよ。ただ、今は怪我でリハビリ中らしいから、今回の有馬記念には出走しないわね」

 

 ミスターシービーの話が行くが、彼女は今は爪の怪我の悪化でリハビリ中。

 残念ながら有馬記念を走ることは出来ない。

 だからこその、このCMの構造なのだろうと納得し、話は今回の出走者達に向く。

 

「ねえねえ、みんなは誰が勝つと思う?」

「えーと、私はマルゼンスキーさん! だっていつもお世話になってるし!」

「それは予想というより、願望だと思いますけど……私もマルゼンスキーさんですね」

 

 マルゼンスキーに勝って欲しいと2人が言うと、別の娘が反論する。

 

「あら、でもマルゼンスキーさんの適性はマイルから中距離。長距離の有馬記念だと少し難しくないかしら」

「やっぱり、生徒会長じゃないかな。菊花賞での走りは、後1000メートルでも余裕って感じだったし」

 

 マルゼンスキーでは長距離が不利。

 よって、3000メートルの菊花賞を制したシンボリルドルフが有利だと言う2人。

 が、ここでも反論が入る。

 

「みんなが何やら面白いことを話してると思ったら、全然分かってないデースっ! ダートを制するものは世界を制するという格言を知らないんですか?」

「そんな格言は聞いたことが無いのは置いておいて、あなたはセキトさんを推すんですか」

「デース! 天下無双を名乗るセキトさん。つまり世界最強を目指す上での壁! こんな所で負けて貰ったら困ります!」

「まあ、マルゼンスキーさん、シンボリルドルフさんの両名を破っているのはセキトさんだけなのは事実ですねぇ」

 

 今の所、この3人の中で直接対決で最も勝っているのはセキトだけ。

 故に、3人の中で一番強いのはセキトだと反論が入る。

 

「まあ、私達がどれだけ予想したところで、結果は変わらないだろうけどねぇ」

「それを言ったら予想なんて全部意味ないじゃない」

「あはは、そだねー。そう言えば、セキトさんってどんな人? 話したことないんだよねぇ」

 

 色々と予想しても結局の所、本番まで分からないという身も蓋もない意見が入り、今度はレースではなく、どういったウマ娘なのかの話に移る。

 

「私もないわ。傍目には一匹狼って感じには映るけど」

「あー、群れるのは弱者の証とか言いそうだねぇ」

 

 いつも1人で過ごしているセキトの姿は、後輩からすれば孤高の一匹狼。

 しかしながら、実態はただのボッチである。

 

「私としては走りもですけど、武の腕も競ってみたくはありますね」

「ケ? あれってただのパフォーマンスじゃないんですか」

「いいえ、私には分かります。あの矛捌きは天賦の才と血の滲む努力の結晶……ふふふ、胸が高鳴ってしまいます」

 

 方天画戟の扱い方を褒められたと聞けば、セキトは喜ぶだろう。

 矛の練習のために、度々走りの練習をサボられる陳宮の胃痛と引き換えに。

 因みにお気に入りの技は『(えい)! (えい)! (むん)ッ!!』の突き・突き・薙ぎ払いの3段攻撃らしい。

 

「うーん、私も話したことはないけど……ただ」

「ただ?」

「マルゼンスキーさんがセキトさんのことを話すとき……とっても怖い笑顔になるの」

 

 そう言って、少女はブルりと体を震わせる。

 マルゼンスキーは基本的に後輩達に対して優しい。

 後輩達からも、優しいおばあ…お姉さんとして人気を博している。

 

 そんな彼女が時折覗かせる狂気の笑み。

 怪物と呼ばれるに相応しいそれは、少女のちょっとしたトラウマになっていた。

 

「ふふふ、きっと闘争心を抑えられないんですね。私にも分かります」

「あー、今の顔ですね。身の毛もよだつ笑顔デス」

「……あちらで少し、食後の運動でもしませんか?」

「藪蛇デース!?」

 

 キャッキャッと年頃の女の子らしい会話が繰り広げられていく一方。

 件のセキト達とはいえば。

 

 

 

「ちょっとおッ! 逃げないでお勉強するわよ、セキトちゃん!」

「マルゼンスキーの言うとおりだ、セキト。逃げずに勉強会に戻ろう!」

「オレ様は逃げてなどいないわ! ただオレ様の道を突き進んでいるだけだ!!」

 

 廊下で楽しく追いかけっこをしていた。

 まあ、実際の所は勉強会の最中に脱走を図ったセキトを、マルゼンスキーとシンボリルドルフの2人が追っているという状況なのだが。

 

「まさかセキトちゃんがこんなわんぱくガールだったなんて……ちゃんと勉強する気にさせてた陳宮さんって凄かったのね……」

「ならば、彼女のトレーナーに説得を頼むのはどうだろうか?」

「今は理事長さんに呼び出されて理事長室に行ってるわ!」

隔靴搔痒(かっかそうよう)! 何事も思い通りに行かないものだな。となれば、私達でどうにかするしかないか」

 

 結構な速度で走っているはずだが、それを感じさせずにマルゼンとルドルフは会話を続ける。

 そのスタミナは、まさに時代の寵児たると言えるものだが、今回は相手が悪い。

 逃げるセキトのスタミナはこの3人の中でもトップクラス。

 このまま追って行くだけではジリ貧だ。

 なので、ルドルフは自慢の頭脳を活かした作戦を試みる。

 

「セキト! 君がどれだけ逃げたところで、期末テストの日は必ず訪れる! ならば、君がすべきことは現実逃避ではなく、敵を討つための力を蓄えることではないか? 安心してくれ。君にはこのシンボリルドルフ作『爆笑ゴロ覚え歴史年号108発!!』を伝授する。大船に乗ったつもりになっていい」

「貴様が爆笑とつけたものなど、泥舟に決まっているわ!」

 

 普段は謙虚な姿勢を崩さないくせに、自分の駄洒落には何故かオープンに絶対の自信を持つルドルフが作ったゴロ覚え集。それは彼女の優秀な頭脳により、非常に分かりやすい内容になっている。因みに笑えるかどうかと聞けば、彼女のトレーナーがそっと目を逸らす程の超傑作になっている。

 

「待ってくれ! 今なら『爆笑ゴロ覚え英単語集2000!!』もセットでつく。こちらも私の自信作だ! 笑いながら楽しく英単語を覚えられる優れものだ! さらに今なら『傑作ダジャレ全集~ダジャレを言うのは誰じゃ~』もあげよう。もちろん、私渾身の力作達だ!!」

「ええ~っ! でも、お高いんでしょう?」

「フフフ、それが今なら私と一緒に勉強をすれば、なんと無料で進呈だ!」

「やだ! おっ得ぅ~!!」

「貴様ら! コントがやりたいならオレ様を置いて他所でやれ!!」

 

 何故か走りながらコントを始めるルドルフとマルゼンに、セキトは怒鳴り散らす。

 だが、言葉とは裏腹に思考は冷静に現状を捉えていた。

 

(フゥン、ふざけているがこいつらの脚はオレ様も認めるところ。このままでは振り切れないか……ならば)

 

 陳宮が見れば、その集中力をどうして勉強に発揮してくれないのだと嘆く程に思考を巡らし、セキトは考えた。どうすれば、このうっとうしい追跡者共を振り切れるのかと。そして、行く手に迫る壁を見つけニヤリと唇を歪ませる。

 

(なるほど、くだらん会話でオレ様の注意を引き、行き止まりに気づかせずに追い込む算段だったのだろうが……この呂布奉先も甘く見られたものだな!)

 

 不可能とは臆病者の言い訳だ。

 英雄とは常人では打破できぬ壁を打ち破るからこそ、英雄なのだ。

 

「そうね、お芝居はお終い。この先は行き止まり。もう逃げられないわよ、セキトちゃん」

「行き止まりか……フゥン、このオレ様の二つ名は知っているな?」

「飛将軍でしょ? それとこれの何が……」

「地に道が無いのなら、天の道を行くまでよ!!」

 

 カッコづけした台詞を放ち、セキトは勢いを一切緩めず行き止まりの壁に向かう。

 そして──―その壁を駆けのぼり、反転するように勢いそのままに天井を駆け抜けた。

 

「ああ!?」

「フハハハ!! 天下無双のオレ様に歩めぬ道などないわぁッ!!」

 

 高笑いを上げながら、空中でクルッと猫のように体を回しスタッと地面に着地するセキト。

 そして、秋天で見せた走りのように立ち止まることなく走り去っていく。

 対するマルゼンスキーは、驚きプラス真逆の方に動くという反動から足を止めてしまう。

 これで自らを追うことは出来まいと、セキトは後ろ目に立ち尽くすマルゼンスキーを見てほくそ笑む。

 

(──―待て、ルドルフはどこだ?)

 

 そして同時に気づく。

 マルゼンスキーと共に居るはずのルドルフの姿が見えないことに。

 

「なるほど。これは君のように、桁外れに強力な脚力とボディバランスがなくては、なし得ない技だな。常人では真似できまい。……もっとも、私も常人ではなかったようだが」

「貴様…ッ。このオレ様の真似事をするかッ!」

セキト(将軍)に出来ることが、ルドルフ(皇帝)に出来ないとでも?」

 

 先程のセキトの動きをコピーするかのように、華麗な動きで天井から着地するルドルフ。

 ちょっとドヤ顔をしているのは、自分でも決まったと思っているからだろうか。

 

「ちょっと2人とも! 女の子がスカートで飛んだり跳ねたりしたらダメでしょ!!」

 

 少し離れたところから、マルゼンスキーの至極真っ当な意見が飛んでくるが2人は無視する。

 ルドルフの頬がほんの少し染まっているが、それはきっと走って息が上がっているからだろう。

 何はともあれ、これで鬼ごっこは振出しに戻った。

 

 再び終わりの無いレースが開催される。

 そう、3人が思った所で。

 

「こらーっ! そこの3人止まりなさぁーい! 怪我でもしたらどうするんですか!?」

 

 緑のスーツを着た女性に呼び止められてしまう。

 否、マルゼンとルドルフはそれで止まったが、セキトは天は我に味方をしたとばかりに駆け始める。

 だが。

 

「こら、セキトさん! 逃がしませんよ!!」

(バカな!? ただの()()がオレ様に追いついただと!?)

 

 緑の女性は人間とは思えぬ瞬発力をもって一瞬でセキトに追いつき、その肩を掴んでみせた。

 いくら、トップスピードに達していなかったとは言え自分はウマ娘で相手は人間。

 あり得ない事象の連発に、セキトは無意識に足を止めて振り返る。

 

「貴様は一体…!」

「まったく、あんなに無茶な走り方をして……ウマ娘は人間よりもずっと頑丈ですけど、人間と同じように些細なことでも怪我をするんですよ?」

 

 脚を止めたセキトに対し、怪我に対する意識が低いとこんこんと説教を始める女性。

 そんな彼女の下に、マルゼンとルドルフが溜息を吐きながら近づいてくる。

 

「たづなさん、セキトを捕まえてくださり、ありがとうございます」

「バッチグーよ! 花丸あげちゃう!」

「私が注意しているのはセキトさんだけじゃなくて、あなた達もですよ! 3人共お説教です!」

「ガビーン!? マルゼンさん超ショック!」

 

 飛将軍、皇帝、怪物をまとめてお説教する緑の瞳の女性。

 彼女の名前は。

 

「いいですか? まずあなた達は、どれだけ強くてもただ一度の怪我で選手生命が終わることを理解しないとダメです」

 

 駿川たづな。

 学園理事長の秘書であり。

 どんな時でも決して緑の帽子を取らない、ミステリアスな女性である。

 

 

 

 

 

「訂正! 提出前に書類の確認を怠らないようにな!」

 

 目をパチクリとさせる私の前では、頭に猫を乗せた金髪青眼の少女…訂正。

 私の上司であるトレセン学園理事長、秋川やよいが『訂正!』と大きく描かれた扇子を広げて立っていた。

 

 てっきりセキトが何かをやらかして、その叱責を喰らうものと思っていたので私としては面を喰らっている。とはいえ、提出した書類が間違っているというのならすぐに訂正しなければならない。そのため、一度じっくりと書類に目を通す。

 

 内容は正月テレビ番組の出演依頼についてである。何でも、お年玉企画として抽選で当選した小学生をトレセン学園に招待し、次代をときめく三強(セキト、マルゼンスキー、シンボリルドルフ)と模擬レースをするというものらしい。

 

 教育者の私としても、次代の有望株に夢を与えるという仕事は大歓迎である。

 セキトの方も問題ないということだったので、出演をすることに決めて書類を提出したのだが……はて、一体どこに間違いがあるのだろうか? 目を通した限りでは訂正をする部分が見当たらないのだが。

 

「署名! 君の名前の部分を確認するのだ」

 

 理事長の扇子に指し示されて、自分のサイン欄を見る。

 陳宮公台……ふむ、誤字脱字などなく書けているはずだが。

 

「忘却!? 君は自らの本当の名前を思い出すべきだ! ご両親が悲しむぞ!」

 

 ………?

 ……………………!

 そ、そうだった。私の戸籍に登録されている名前は別だった。

 急いで名前の上に斜線と印鑑を加え、その横に■■■■■と書き込む。

 

「ふぅ……まさか君がそこまで役に入り込んでいるとは想定外。いや、たづなの一次チェックを何事もなく通過したのだから、君への世間の認識が変わっていると見るべきか」

 

 ご迷惑をおかけしてすみません。

 今度、役所に氏名の変更が出来ないか尋ねてみます。

 

「た、担当ウマ娘のためとは言え、そこまでやるのはあっぱれと言うべきか……何というべきか」

 

 理事長のあっぱれという言葉に首を捻る。

 担当ウマ娘の希望を叶えるのは当然のこと。

 

 別に私がミスしたからといって国際問題になるわけでもなく、性別を入れ替えないといけないわけでもないし、日夜発光するわけでもない。随分と気楽な方である。トレーナーたるものこのぐらいはしなければならないと、私は先輩から学んできたし、これからは後輩にも伝えていくつもりだ。

 

 一度、取材を受けた記者の方もこの考えに熱烈に感動してくれたので、間違っていないはずだ。

 

「驚愕! 私はこの学園のことを誰よりも理解していると思っていたが、それは傲りだったようだ。査察! どうやら一度トレーナー諸君と面談をする必要がありそうだ」

 

 理事長も私の考えに深く感銘を受けてくれたようで、より学園の管理に励んでくれそうだ。

 しかし、若干引きつったような笑みを浮かべているのは何故だろうか?

 忙しい所に無駄な時間を使わせてしまったせいだろうか。

 本当に申し訳ない。

 

「実行! 思い立ったが吉日! 最初の面談は君に決めた!」

 

 しかし、理事長はその忙しい中でもこうして時間を割いてくれる。

 私の中での理事長への尊敬度合が一気に上昇する。

 若干、目が荒んでいる気がするのはご愛敬だ。

 

「うむ、ズバリ! 最近何か悩みや困っていることはないかね?」

 

 ざっくばらんな質問に思わず考え込んでしまう。

 普段なら特にありませんと答えるのだが、今の私の中での理事長株はストップ高だ。

 なので、普段は言うことの無い悩みを打ち明けてみよう。

 

「最強のウマ娘が幸せかどうか……ふむ」

 

 多くのウマ娘を見て来た理事長に聞いてみる。

 今まで多くのウマ娘が歴史に刻まれてきた。

 その中で、最強と言われる者達も多くいた。

 

 原点にして頂点、始まりの三冠馬セントライト。

 地上に降りた神と呼ばれたウマ娘、2代目三冠馬、シンザン。

 そして、シンザン以来19年ぶりに三冠馬となったミスターシービー。

 

 他にも挙げればキリがないが、どの時代にも圧倒的な力を誇り最強を名乗ったウマ娘がいる。

 ファンは間違いなく楽しかっただろう。その走る姿を見れて幸せだっただろう。

 だが、しかし。

 

「つまり……絶対的な強さを持ち、天下無双……並び立つ者が居なくなったウマ娘が幸せかどうか聞きたいのだな、君は?」

 

 理事長の言葉に頷きを返す。

 セキトは最強だ。きっと私などがついていなくとも、彼女は目標たる天下無双になれる。

 それは私とセキトの中での確定事項だ。

 

「見事! まずは君の担当ウマ娘を信じる心を褒めよう」

 

 しかしながら、そこに不安が無いわけではない。

 辿る道筋ではなく、辿り着いた果てに恐怖があるのだ。

 最強、無敵、無双。誰もが憧れるその言葉は、往々にして孤独が付きまとうものだ。

 

「さて……質問だが、実に難しい質問だな。強すぎるが故に孤独に荒む者も勿論居た。しかし、確かなライバルや友を持ち、幸せだった者も確かに居る」

 

 以前、セキトに聞いたことがある。

 なぜ、天下無双になりたいのかと。

 その時のセキトの回答は、今も私の心に引っかかったままだ。

 

 セキトは言った。

 

 ──―並ぶ者が居ない程に強くなれば、誰もオレ様を守ろうとしないはずだと。

 

 その時に見せた、普通の少女のような弱気な顔を……私は忘れられない。

 

「謝罪! 幸せかどうかの答えは私には答えられない。その答えは孤独(最強)になったものにしか分からないだろう」

 

 理事長が“無念”と書かれた扇子を広げて頭を下げる。

 それを慌てて止めながら、私は内心で溜息を吐く。

 やはり、個人個人で違う心の違いなど誰にも答えが分からないのだろう。

 そう、諦めかけたところで。

 

「だが!!」

 

 バッと翻された扇子に“希望”と新たな文字が映し出される。

 

「私は確信している! 彼女は最強にはなっても孤独にはならないと! 何故なら」

 

 そして、その勢いのままに私の方にセンスが突きつけられる。

 

 

「──―君が居るッ!!」

 

 

 自信満々に言い切る理事長。

 ポカンと口を開けたままで固まる私。

 

「誰よりも担当ウマ娘を信じ、案じる君が居るのならば私も安心だ。君が今こうして悩んでいることこそが、彼女が孤独でない何よりの証拠。君のようなトレーナーを見いだせたことは私の誇りだ」

 

 物凄く褒めてくれる理事長に、過分な信頼だと私は首を振る。

 そもそも、彼女が天下無双になった証には私ですら隣にいないはずだ。

 

「隣がダメなら、後ろで背中を押せばいい。1人で戦場に出向いた将軍など、それこそ歴史上に1人もいない。その背にはいつも人が続いていたはずだ」

 

 隣に立つことが出来ないなら、後ろから背中を押してやればいい。

 その言葉が私の心にスッと染みわたっていく。

 なるほど……道理である。

 

「宿敵! セキト君にはライバルがいるだろう。マルゼンスキー君もシンボリルドルフ君も一人勝ちなどさせないだろう。これで3人だ。彼女を孤独にしない者達が3人もいる。悲観することなど何もない。どんな困難が来ようとも君達ならば乗り越えて行ける! 自信を持つのだ!!」

 

 そうだ。思えば彼女達も居るのだ。

 同じように、その速さ故に孤独になりかねなかったマルゼンスキー。

 絶対という言葉の重みを、1人で背負い続けていくはずだったシンボリルドルフ。

 

 もしも、彼女達の生まれる時代が違えば皆孤独だっただろう。

 だが、そうはならなかった。同じ時代に生まれた。

 同じ時代に生まれた以上は、お互いにぶつかり合い共に成長していくだろう。

 何も心配することはない。私はその景色の背を押してやればいいのだ。

 

 ──―全力で、命を賭して。

 

「解決! その表情を見るにもう悩みはないようだな。では、有馬記念を期待しているぞ!」

 

 理事長に見送られながら部屋を出る。

 覚悟が決まり、気力が止めどなく湧いてくる。

 こうしてはいられない。

 まずは、トレーナー室に戻ってトレーニングプランを練り直して──

 

 

「やった! グッドタイミングよ、陳宮さん! セキトちゃんが今日2回目の勉強会脱走をして、今は制服のままルドルフとレース場を追いかけっこしてるから連れ戻すのを手伝ってちょうだい!」

 

 

 ………訂正、まずは期末テストを乗り越えることに集中しよう。

 

 

 

 

 

『あなたの夢は何ですか? そう聞かれたのなら、私はこう答えましょう。今ッ! ここにあるとッ! 夢のグランプリ有馬記念! ここに開幕です!!』

 

 晴れ渡る冬空の下。

 中山レース場は、夏かと勘違いしてしまう程の熱気に包まれていた。

有馬記念。年末の大一番。

 ファンの投票によって選ばれたウマ娘達が揃うそれは、まさにファンの夢の結晶。

 そして、このレースで栄光を掴むという全てのウマ娘達の夢である。

 

場主(ばぬし)さん。ついに、ついに! この日がやって参りましたね!』

『はい。私も前日は興奮で寝付けませんでした。ですが、何も問題はありません。夢は布団の中でなく、ここで見ればいいのですから』

 

 選ばれたウマ娘達はシニア・クラシックで活躍する優駿達。

 それもただの猛者ではない。どの娘も実力と人気が抜きんでたウマ娘である。

 シニア級はトゥインクルシリーズの荒波を乗りこなして来た歴戦の猛者達。

 クラシック級は、その猛者達を打ち倒さんと牙を研ぐ新たな風達。

 

 否、今年のクラシック級は風ではなく──―嵐だ。

 

『さあ、それでは本日の人気の紹介といきたいのですが、なんと1番から3番までをクラシック級の彼女達で独占しています!』

『ミスターシービーが居れば結果は変わったでしょうが、今や3人はトゥインクルシリーズの顔! 何も驚くことはありません!』

 

 誰もがその強すぎる風が吹き抜ける先を、見ずにはいられない。

 見たくなくとも、風が自らの進行方向に無理やり人を振り向かせる。

 人知を超えた強き風は厄災となり、嵐と名を変える。

 

『まずは3番人気! 怪物ッ! マルゼンスキー!! 秋華賞からレースに出ていないので、この人気ですが実力は全く引けを取りません!!』

『これ程長い距離は初めてですが、彼女の潜在能力を思えば心配するだけ損かもしれません!』

 

 観客席に向けて陽気に手を振るのは、真っ赤なスーパーカーマルゼンスキー。

 一件緊張感が無いようにも見えるが、その瞳は全く笑っていない。

 獲物を見定め、冷静に距離を縮める怪物の姿がそこにあった。

 

『2番人気はこの娘! 皇帝ッ! シンボリルドルフ!! ジャパンカップでは初の敗北を喫してしまいましたが、彼女の実力は誰も疑っていないことが、この人気に表れています!!』

『負けはしましたが、それが彼女を一回り大きくしたのは一目で分かります。きっとこのレースで、皇帝の威信を取り戻してくれるでしょう!』

 

 ただパドックに立ち、手を振っているだけだというのにそこには神聖さがあった。

 そして、内に潜められた禍々しいまでの闘争心。

 誰もが跪いて、首を垂れたくなる皇帝の姿がそこにある。

 

『そして1番人気! 飛将軍ッ! セキトォオッ!! 怪物と皇帝を打ち倒した将軍が堂々の1番人気! 誰もが知っている! 彼女は! 本物だ!!』

『彼女に言うことは何もありません! 私の予想の範囲を彼女は容易く超えて来る!! 前代未聞のクラシック級での、秋三冠を成し遂げてくれるでしょう!!』

 

 誰もが戦場を幻視した。

 具足の音を立てて近づいてくる鎧武者を。

 自らの首を刈り取りに来る最強の将軍の姿を。

 

 そう、誰もが飛将軍の再来に恐怖した。

 

『さあ! 今ゆっくりとウマ娘達がゲートの中に入っていく!』

『今まで数え切れないほどのレースを見てきましたが、始まる前からドキドキする、こんなレースは初めてです!』

 

 世界から音が消える。

 大観衆が居るというのに、物音ひとつ聞こえない。

 誰もがゲートという一点を見つめている。

 

 まるで、1つの生き物になったように。

 

『……今、全てのウマ娘の準備が整いました』

『…………』

 

 息が出来ない。まるで、深海にいるかのように空気が重い。

 咳どころか、息を吐く音ですら咎められるような空気。

 そんな時間が1秒、10秒、いや、そもそも時間は進んでなどいないのかもしれない。

 ゲートが開かれる、その瞬間まで。

 

 

『―――スタートッ!!』

 

 

 それを合図に、空気が爆発したような凄まじい歓声が響き渡る。

 そして、その歓声よりもなお速く──―赤い弾丸が飛び出していく。

 

『飛び出したのはマルゼンスキー!!』

『これは大逃げをかますつもりでしょうか!?』

 

 一瞬の加速で他のウマ娘達を取り残して、先頭に躍り出るマルゼンスキー。

 逃げるのはいつものことと言えばいつものことだが、今回はその質が違う。

 

『ぐんぐん離す! グングン離す! マルゼンスキー、早くもアクセルをフルスロットルだぁあああっ!!』

『スタミナが持つか心配な所です!』

 

 通常の逃げよりも早くに仕掛けて、後続を大きく引き離す大逃げ。

 通常よりも距離を広げやすいが、その分大きくスタミナを消費してしまう諸刃の剣。

 故に、実戦でそれを実行する者はほとんどいなければ、使える者も少ない。

 

 だからこそ、解説も観客もスタミナ切れという言葉が、早くも頭に浮かび上がる。

 

『場主さん、マルゼンスキーは大きな賭けに出たと言った所でしょうか?』

『そうですねぇ、この策が吉と出るか凶と出るかは分かりませんが、思い切った策なのは間違いないでしょう』

『なるほど、では逆に後続のウマ娘達はどのような対応をしていくべきでしょうか?』

『出来るだけ離されないようにするのは当然ですが、マルゼンスキーもあのスピードをいつまでも維持できるわけではありませんからね。スピードが衰え始めた時、そこで仕掛けられる脚を残しておくべきでしょう』

 

 大逃げしたから、否、逃げたからといって、ゴール時点での距離が大きく開いていることは意外に少ない。結局スタミナは有限であり、作戦というのはどこでそれを使うかの違いが一番の差なのだ。いずれ、落ちてくる。

 

 故に、ここは全力を出さずにある程度の距離でついていき、最後で差し切る。

 それが最も合理的な作戦だ。

 ──―常識ならば。

 

『おっと、ここでシンボリルドルフが前に…!?

 セキトだ!? セキトもルドルフに続くように上がって行くぞ!!』

『先行でも行けるシンボリルドルフはともかく、セキトまで共に上がっていくのは驚きです!』

 

 観客席から悲鳴が上がる。

 それらはシンボリルドルフとセキトを応援していた者達の悲鳴だ。

 

『大きく離されるのを嫌ったか、シンボリルドルフにセキト?』

『これは……有力な選手の脚が早々に潰れてかなり荒れるかもしれませんねぇ』

 

 大逃げをうつウマ娘がいると、偶に起こることがある。

 大きく離されることを嫌って、集団が無理についていき、結果全員がスタミナ切れを起こして、誰も期待していなかったダークホースに勝利をかっさらわれる。

 観客と解説の頭の中に、そんな嫌な光景がありありと映し出された。

 

「ムリについていかないでよー! カイブツだってすぐに落ちてくるよー」

「末脚が武器の2人がここで前に出ては、せっかくの武器を殺すことになりかねませんわ……」

「マルゼンスキーさん……あんなに飛ばして大丈夫なのかな……こんなペース普通じゃないよぉ…」

 

 不安、困惑、呆れ。

 そんな感情のこもった声が会場の至る所から聞こえてくる。

 

 どうせ、すぐにガス欠になる。

 後ろの他のウマ娘が追い抜いていく。

 期待して損した。

 こんなレースで勝てるわけがない。

 

『さあ、マルゼンスキーはどこまで持つのか』

『シンボリルドルフとセキトも後半の戦いが苦しくなりそうです』

 

 500メートルまでは失望の声が大きくなっていた。

 

『さあ、1000メートルを通過しました。常識で考えれば、そろそろ落ちてきそうなのですが、マルゼンスキーは未だにスピードを落としません』

『後ろの2人もしっかりとついていっていますねぇ……』

 

 1000メートルまで来ると声が小さくなっていく。

 

『これは……まるで衰えません、マルゼンスキー! 1500メートルもの間、あのペースを保っています!!』

『ついて来ているのはセキトとシンボリルドルフだけ! もはや、後続は米粒のようです!』

 

 1500メートルを超えると、既に声は失われ足音だけが響いていた。

 誰もが声を失い、呆気に取られて先頭を進む彼女、否、()()を見る。

 そして理解する。理解させられた。

 

『まさにモンスターエンジンッ!!

 我々は怪物をまるで理解していなかったッ!!』

 

 怪物とは、人の世の理に縛られぬからこそ、怪物なのだと。

 

『もはや独走! 中山の空に紅の足音が響き渡るッ!』

『私は恥ずかしい! 彼女を理解できるなどと思い違いをしていました!』

 

 先頭を行く赤い怪物の足音が堂々と、それでいてどこか不気味に観客の鼓膜を叩く。

 このまま怪物が何者も寄せ付けることなく圧勝する。

 そう誰もが思い──―

 

『ここでシンボリルドルフとセキトが仕掛けてきたぁッ!!』

 

 ──―否定させられる。

 

 先程までの差が夢だったのでは思う程の速度で、2人が一気にマルゼンスキーに近づいていく。そして、そのまま一気に抜き去ろうとするが、マルゼンスキーも譲らない。縮まった距離を元に戻すべく、嗤いながら速度を上げていく。

 

 だが、そうすればシンボリルドルフが全く同じように脚の回転を速める。

 セキトが知ったことかとばかりに、抉るように大地を蹴りこむ。

 

『残り1000メートルもあるというのに既に最終直線さながらの競り合いだっ!!』

『もはや何が何だか分かりません!!』

 

 怪物を追い立てる足音は、皇帝と将軍。

 それはある意味で当然のことなのだろう。

 人々を食い荒らす怪物を打ち倒すのは、有史以来、王や英雄の役割なのだから。

 

『さあッ! 怪物退治の始まりだッ!!』

『いえ! このまま怪物が全てを喰らうかもしれませんよ!!』

 

 観客の目には、並ぶようにマルゼンスキーを追う2人が協力しているように見えた。

 まるで、英雄章を見ているようだと、誰もが幼い心を思い出していた。

 だが、実際に走っているシンボリルドルフとセキトと言えば。

 

(オレ様の道の邪魔をするな! ルドルフッ!)

(邪魔をしているのは君の方だろう! セキトッ!)

 

 お互いにとっとと落ちて行けとばかりに牽制し合っていた。

 マルゼンスキーを追うのは勿論だが、どちらか片方が抜け出そうとすればすぐに隣に付き離れない。

 

 怪物に矛と剣を向けながら、空いている方の手で殴り合っているようなものだ。

 仲間割れにも思えるが、そもそも敵同士なので仕方がない。

 

 そんな状況なので、マルゼンスキー1人が漁夫の利を得るようにも思えるが。

 

(ちょっと! 2人でばかりイチャイチャしてないで私も混ぜなさい!)

(安心するがいい!! 貴様の首はオレ様の手柄首になると決まっているッ!)

(は? 怪物退治の栄誉は皇帝のものなのだが?)

 

 どういう訳か、マルゼンスキーも参戦して3人での殴り合いになっていた。

 まあ、シンボリルドルフとセキトはお互いに殴り合いながらも、マルゼンスキーが一瞬でも隙を見せれば首を撥ね飛ばす気満々なので、当然と言えば当然なのだが。

 

『怪物が逃げれば将軍が追う!

 将軍が前に出れば皇帝が差す!

 皇帝が抜け出れば怪物が突き放す!

 まさに三つ巴ッ! 天下三分の計ッ!!』

 

『天下を掴み取るのは一体どの娘になるのでしょうかッ!?』

 

 逃げ、逃げられ、抜き、抜かれ、追い、追われ。

 一瞬たりとも1人が抜け出ることを許さない。

 

(消えろ!!)

(跪けッ!!)

(楽しい!!)

 

『残り400メートル!! もはや3人だけの世界が広がるッ!!』

『このままいけば、全員がレコード更新タイムで間違いありません!』

 

 団子状態のまま最終コーナーにもつれ込んでく3人。

 誰もが3人の意地の張り合いに夢中になり、()()()()()何も見ていなかった。

 

『ついに、最終直線だ!! 中山の直線は短いぞ! 誰が最初に仕掛ける!?』

『仕掛けどころが非常に難しい展開となりましたねぇ!!』

 

 310メートル。

 最後のコーナーが終わりを告げ、運命の直線が姿を現す。

 そして、その直線で先陣を切ったのは。

 

 

 

「さあ、スーパーカーのお披露目よ!」

 

 

 

 やはりと言うべきか、マルゼンスキーだった。

 

『マルゼンスキーが抜け出たぁああっ!!』

『突き放すか!? 逃げ切るかッ!?』

 

 どこにそんなスタミナを残していたのか。

 それとも、今までの走りは全力ではなかったのか。

 そんな思考が観客と解説の頭に浮かんでくるが。

 

 ──―遅すぎる。

 

『早い! 速い! 迅い(はやい)!! はやすぎる!! もはやスピード違反!! 誰も彼女を捕まえることは出来ないのかッ!?』

『目にも止まらぬとは、まさにこのことですねぇ!!』

 

 考えている暇などない。

 ただただ、目を凝らして見つめていなければ彼女を見失ってしまう。

 世界を置き去りにして、スーパーカーがターフを駆け抜けていく。

 

 だが。

 

(フゥン、ここまでのレース(死合い)展開は──―予想通り(期待通り)だ)

 

『逃がさない!! セキトが逃がさないッ!!』

『広げられた差を元に戻し、そのまま行くのかセキト!?』

 

 世界を置き去りに出来ても、たった1人のウマ娘は置き去りに出来ない。

 

 具足が鳴り響く。

 それは英雄(死神)の足音。

 戦場において、それを聞いた者の末路は1つ。

 

 ──―敗北()だ。

 

『ついに! 遂に! セキトが先頭に立ったッ! 凶器の末脚は今日も健在だぁあああっ!!』

『残り100メートル! マルゼンスキーも食い下がっているぞ!!』

 

 方天画戟が振り下ろされる。

 怪物の息の根を止めるべく、容赦なく無慈悲に。

 天下無双の将軍の一撃が。

 

 

 

「おっと、私の獲物を横取りしてくれるなよ?」

 

 

 

 怪物の首が落ち、続いて将軍の胸には皇帝の雷の剣が突き刺さる。

 それはまるで、謀反を起こした部下を始末する王のようで。

 否、その姿は不届き者に裁きを下す──―神そのものだった。

 

『何とここでッ! シンボリルドルフが差して来たァアアアッ!!』

『この展開、このタイミング! 完全に読んでいたとしか思えません!!』

『皇帝が威風堂々と怪物と将軍を従えるッ!!』

 

 

 怪物と飛将軍の間を縫うように、皇帝が栄光の赤い道へと躍り出る。

 2人とて意識していなかったはずはない。

 だというのに、完全に虚を突かれたタイミング。

 生まれないはずの隙を、狙いすませて撃ち抜いた皇帝の頭脳。

 

 それが勝負の決定打となった。

 

『ゴールは目前ッ!! これで決まりかぁあああッ!?』

『セキトの秋三冠の夢はここで途絶えるのか!?』

 

 ()()()()()

 

 

 

「──―オレ様を無礼るなよ」

 

 

 

 たかが一太刀喰らった程度で倒れる者が、飛将軍などと呼ばれるか。

 

 ギロリと金色の瞳を輝かせ、セキトが地面を蹴りこむ。

 芝が抉れ、下に隠れていた土があらわになる。

 今の彼女は走っていない。今の彼女は──―空を飛んでいる。

 

 飛将軍。その通り名の通りに。

 

『飛将軍だ!! 飛将軍がターフを駆け抜ける!!』

『空ですら、飛将軍の征服地だとでも言うのでしょうか!』

 

 怪物の首を取り、皇帝を打ち倒した将軍。

 誰もが彼女を称えるだろう。

 最強の飛将軍。天下無双の英雄だと。

 

(見ているか、陳宮! ……()()。オレ様が、オレ様こそが! 天下無双だッ!!)

 

『これぞ! この走りこそが!!

 飛将軍だぁあああッ!!

 秋三冠の栄光が今!

 飛将軍セキトの手に』

 

 

 

 

 

「もしかして、首が落ちた程度で──―怪物が死ぬなんて思っちゃった?」

 

 全身の毛が逆立つ。

 本能が命の危機を察知し、逃げろとわめき散らす。

 ゴール板を駆け抜ける一瞬前。

 

 セキトの目は捉えた。

 逃げてなお差してきた。

 ──―異次元の怪物の姿を。

 

『…………え?』

 

 訳が分からないと、実況の間の抜けた声が聞こえてくる。

 だが、誰もそれを責められる者はいないだろう。

 だって、怪物は理解できないからこそ──―怪物なのだから。

 

『い、今、正式に結果が出ました。1着マルゼンスキー、2着がハナ差でセキト。3着が同じくハナ差でシンボリルドルフ。全員がレコードを更新しています。そして、今遅れて他のウマ娘達がゴールしてきます』

『……序盤で大逃げをし、中盤でさらに加速。その上で最後は差してくるとは……いやはや、理解できませんね』

 

 3着という人生初の屈辱も忘れ、シンボリルドルフはマルゼンスキーを見つめる。

 自分達2人と違い、ジャパンカップに出ておらず休養が完全だった。

 マルゼンスキーのトレーナーと練っていた作戦が上手くはまった。

 他にもマルゼンスキーの勝利の理由は多くあるのだろう。

 

 だが、観客も解説も、共に戦ったセキトもこう言うはずだ。

 彼女が勝った理由は。

 

「あら、そんなに見つめて、お姉さんに見とれちゃった?」

「……化け物め」

 

 ──―怪物だからだと。

 

「もう、乙女に向かってそんなこと言ったらダメよ。私以外の子だったら傷つくわよ」

「君にとっては誉め言葉だろう、なあ、セキト?」

「フゥン、くだらん。そんなことよりも、次のレース(死合い)にまで更に腕を磨いておくことだ。首を落とすだけでは足りんのなら、次は心臓も潰してやる」

「あら、だったら次は2人ともペロッと丸のみしちゃうんだから」

 

 ブイブイと両手で親指を立てて、はしゃぐマルゼンスキー。

 負けた悔しさでこめかみをピクピクとさせながら、いつもの強気の発言をするセキト。

 

 そんな2人を見ながらシンボリルドルフは思う。

 負けたことは、それこそ死ぬほど悔しいし、2人には絶対にやり返すと決めているが。

 今までの敵が居なかった頃に比べて、ライバルの居る今はなんと。

 

「ふふふ、それは楽しみだな」

 

 楽しいのだろうかと。

 そう、思っていた。

 

 

 

 だが、それは。

 

「4着か、よく頑張ったな。入賞おめでとう!」

「トレーナー……あたし……レースやめる」

「………は? きゅ、急にどうしたんだ?」

 

 シンボリルドルフもまた、マルゼンスキーと同じ側だったからに過ぎない。

 ただの凡人には、ただの天才には。

 火のついていなかったマルゼンスキー相手にすら逃げていた者達には。

 

 

「だって…だってよッ……あんな化け物共に──―勝てるわけないだろッ!!」

 

 

 地獄でしかなかった。

 

 “最強(さいきょう)の世代”と呼ばれる彼女達の世代が、“最凶(さいきょう)の世代”と呼ばれる所以がここにある。

 彼女達のレースをファンとして見ていた下の世代は、歴代でも最多の人数がトレセン学園を受験している。

 

 だが、一方で。

 彼女達と実際にレースで戦った世代は。

 歴代で最多の人数が──―トレセン学園を去っている。

 

 故に、彼女達“三強(さんきょう)”は影でこう呼ばれることがある。

 怪物、皇帝、将軍の三つの強さという名の(わざわ)い。

 

 

 

 ──―“三凶(さんきょう)”と。

 

 

 




大変お待たせしました。
色々とあって遅くなりましたが、これからも頑張って行こうと思います。
お待たせした、お詫びと言っては何ですが

オレはカツラギエース
https://syosetu.org/?mode=ss_detail&nid=281712

シービーの永遠のライバル、カツラギエースの短編を書いたので
気になる方は読んでみてください。
情報ページに飛ぶようにしているので、警告タグなどを先に確認して読んでください。
もしくは匿名を解除したので、作者ページから飛んでもらえれば読めます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章:逆襲(ぎゃくしゅう)

 トレセン学園を去っていった1人の生徒。

 彼女の最後に残した言葉は、シンボリルドルフの心に暗い影を残していた。

 

 

 ―――私にとってあなた達は太陽だった。

 

 

 一見すればそれは憧れと尊敬の念を込めた言葉に見える。

 だが、実際の所は呪いと怨嗟の言葉だった。

 

 遠くから見ている時はとても綺麗なものに見えた。

 だからそれに近づこうとした。

 神話のイカロスのように夢中になって、蠟で出来た翼をこしらえた(一生懸命に努力した)

 

 でも、近づけば近づくほどに理解させられた。

 偽りの翼では、近づくことすら許されず焼き尽くされるだけだと。

 自分達は、飛んで火にいる羽虫程度の存在でしかなかったのだと。

 嫉妬の炎に身を焦がされながら理解した。

 

 太陽とは、触れてはならぬ三凶(タブー)だったのだと。

 

 

 ―――知っていますか? 星は昼間に光っていないんじゃないんです。ただ太陽の光が強すぎるから、()()()見えてないだけなんです。

 

 

 強すぎる光は、他の光を塗りつぶす。

 彼女達が影ならば存在することも出来ただろう。

 だが、彼女達はしっかりとした才能()を持っていた。

 それ故に、昼間の星々は誰からも見られることがない。

 

 

 ―――罵倒ならいくらでも耐えられる。でも、誰からも見向きもされないのには耐えられないんです。

 

 

 三凶(タブー)に負けても、誰も非難したりしない。

 だって、初めから誰も期待なんてしていないから。

 触れる方が馬鹿だとみんな知っているから。

 罵倒よりも、非難よりも、無視というものは人の心を深くえぐる。

 

 

 ―――恨みます。あなた達と同じ時代に生まれてきてしまったことを。

 

 

 きっと、その想いは彼女だけではないのだろう。

 他の同じようにやめて行ったウマ娘達。

 いや、それだけでなく、まだ走っているウマ娘達でさえ。

 

 

 ―――もしも叶うなら、私もあなたのような……日輪になりたかった。

 

 

 太陽を呪っている。

 

 

 

「……ルフ……ルドルフ! ボサっとするな!!」

 

 セキトの怒鳴り声で、思考の海から目を覚ましたルドルフは一度瞬きをする。

 それだけで、いつもの冷静な思考に戻るには十分だった。

 

「ああ、すまない。少し考え事をしていた」

「フゥン、貴様が何を考えていようが、オレ様の知ったことではない。だが、このオレ様の時間を無為にすることは許さん」

「すまないね。だが、撮影には一切の支障はないよ。小学生へのお年玉企画だというのに、お年玉(私達)が貧相なものでは申し訳が無い。誠心誠意をもって相対しよう」

「フゥン……」

 

 いつものように外面は完璧なルドルフに、セキトは何か言いたそうに目を細めるが、結局は何も言わずに鼻を鳴らすに止める。今日は、以前に陳宮が名前の修正を食らった正月テレビ番組の撮影の日である。中二病な所のあるセキトは、テレビで目立てる機会を何だかんだで楽しみにしているのかもしれない。

 

「ほら、2人ともあっちでスタッフさんが待ってるから行くわよ。まずは、おチビちゃん達からの質問コーナーをやるんですって。フフフ、バッチグーな回答を連発しちゃうんだから!」

「貴様は、まず砂利(じゃり)共に分かる言葉で話せ」

「分かってるわよ。ナウでヤングな言葉はもう少し大人になってからよね」

「………行くぞ」

 

 違うそうじゃない、と言いたそうな顔をするセキトだが我慢する。

 砂利などと子供達を見下す呼び方をしているが、一応は子供達を待たせないという年上としての気遣いぐらいはするらしい。

 

和気藹々(わきあいあい)とした姿の方が、子供達の目には良く映るだろう。以降(いこう)は喧嘩は無しで行こう(いこう)

「…………」

 

 ルドルフが何か言っているが、セキトは無視をする。

 

「? ああ、今のは以降と行こうをかけてみたんだが」

「自分から説明をするな!! ただでさえつまらん洒落が、さらにつまらなくなるわ!!」

「馬鹿な…! 私の妹なら『良く分かんないけど、面白ーい』と言って喜んでくれるというのに…ッ」

「貴様、まさか砂利共に今のを披露するつもりだったのか…?」

 

 子供達と距離を近づけるために、今日のために、休憩時間を削りながら考えて来た駄洒落を否定されショックを受けるルドルフ。最近、謎のコンディション低下で悩んでいたルドルフのトレーナーに謝って欲しい。

 

「砂利共が会いに来たのは、画面越しに見ていたオレ様だ。ヒーローのマスクの下を雑に見せられても興醒めするだけだ。知りたいのなら、そっちが実力で仮面を剥ぎ取ってみせろ」

「さっすが、セキトちゃん。ヒーローの素顔があらわになるのは、敵との死闘の最中って相場が決まってるものね」

「なるほど……私達と同じ場所に立った時のお楽しみという訳か。ならば、今日は愉快で親しみ易いルドルフお姉さんではなく、皇帝シンボリルドルフとして接するとしようか」

 

 子供達は憧れのヒーローに会いに来ているのだから、キャラ崩壊はやめろ。

 そういうのはもっと親しくなった時に見せればいい。

 セキトが言ったのはそういうことである。

 

 人によっては違う意見もあるだろうが、今回ばかりはマルゼンスキーも同意する。

 カッコいい皇帝がいきなりオヤジギャグを連発してきたら、そりゃ子供も面を喰らう。

 中にはツボにはまるブロンズコレクターも居るかもしれないが、それはそれだ。

 

「……もっとも、彼女達が絶望しない程度にだが」

 

 最後にポツリと、2人に聞こえないように小さく呟くルドルフ。

 だが、それが2人に本当に聞こえなかったたのかは分からない。

 

 セキトは鼻を鳴らして、部屋から出て行き。

 マルゼンスキーは少し心配そうな瞳を向けてから、セキトの後を追ったのだから。

 

(ダメだな、私は……心の中の呟きを口に出してしまうとは……)

 

 自らの失態に軽く頭を振り、ため息をつくルドルフ。

 それでも、すぐに皇帝らしい堂々とした顔を作れる辺り、彼女は生まれながらの王だろう。

 

(子ども達は世間一般のように、私達を温かな太陽だと思っているだろう。だが、もし……共に走ることで、子ども達が私達の正体が一切の生命を許さぬ死の星だと知ってしまえば……)

 

 先に行った2人を追うように扉を開けながら、ルドルフは願う。

 どうか子ども達が、太陽の強すぎる光で目を焼かれてしまわぬようにと。

 

「ああ…勝利とは…こんなにも……重いものなのだな」

 

 

 

 

 

 Q「はいはーい! 質問でーす! コーテー達はどうやってそんなに速くなったの?」

 

 A「勤倹力行(きんけんりっこう)。日々のトレーニングや学業・仕事を地味でも精一杯に努力することの積み重ねだな。分かりやすく言えば、千里の道も一歩よりから、かな。目標があるなら、まずはそれに向けての小さな目標を作ることが大切だ。もし、トウカイテイオー君がタイムを10秒縮めるという目標があったのなら、まずはそれを大目標とする。次にタイムを1秒縮める小目標を立てる。小目標が達成すれば、残り9秒分を同じように繰り返していく。そうしていけば、いつかは10秒のタイムが縮まっているという訳だ」

 A「そうねぇ。私はよく遊んで、よく食べて、よくお勉強した結果ね。どんなことも、全力で取り組んで行けば、自然とイケイケな自分になってるわよ!」

 A「虎は虎ゆえに強いのだ」

 

 

 

 Q「し、質問です! 私もマルゼンスキーさん達みたいになれますか?」

 

 A「モチのロンよー!! ええっと、お名前は……サクラチヨノオーちゃんね。チヨちゃんなら、きっと私達と同じように……いいえ、私達より速くなれるわ! だから、まずは自分を信じて走ってみて。大丈夫! この私、マルゼンスキーが保証するわ」

 A「……なれるとは言わない。だが、なれないとも言わない。未来の可能性は無限大だと私は信じたい。いつの日になるか分からないが、私は君達が同じ舞台に立ち、対等に戦えるようになる日が来ることを心の底から祈っているよ」

 A「フゥン、超えるぐらいは言ってみせろ。貴様がオレ様の立つ場所に来た時には、オレ様はさらにその先へと進んでいるわ!」

 

 

 

 Q「御三方に質問がありますわ。その……レースにおいて体重管理は重要な面だと思いますが、どうしても! どうしても! スイーツが食べたいときなどは、どうしていらっしゃいますか?」

 

 A「そうだね。確かに体重管理は難しい面だ。食べたいものを食べられない。逆に食べたくないのに食べなければならない。そんなことは往々にしてある。だが、覚えておいて欲しい。勝利の美酒というものは、何ものにも代えがたい味をしているのだと。その味を一度覚えてしまえば、他の味など大差がなくなってしまうのだよ」

 A「大好きなものを我慢できるなんて偉いわねぇ! でもね、我慢我慢の連続じゃ、いつかは壊れちゃうわ。だからね、甘いものでもナタデココみたいなカロリーの低いものを食べるとか、コンニャクとかのカロリーゼロの食材を使って作るとかして、欲望をこまめに開放するのよ!」

 A「食いたいときに、食いたいものを喰え。オレ様も普段は菓子しか食わんが、実績は貴様が目にしている通りだ。……まあ、陳宮が毎日うるさく言ってくるのが、玉に瑕だがな。まあ、勝ち続けていけばそう言った文句もなくなるだろう」

 

 

 

 Q「えと、質問っス! セキトさんのそのスゲーカッコいい勝負服は、どうやって作ったんすか?」

 

 A「フゥン……砂利にしては少しは見込みがあるな。この勝負服(よろい)は、このオレ様が直々にデザインしたものだ。何度も作成者にダメ出しをしては、オレ様のイメージに近づくように仕上げていったのだ。原案のデザインでノートを3冊ほど潰したのは、今となっては良い思い出だ。無論、方天画戟とは別腹だ。方天画戟の方はノート1冊だったな」

 A「ねぇ、私も話していい? 私の勝負服は私の愛車の赤いスーパーカーとお揃いの赤にしたの。それに赤って何だか見ていて気分がアゲアゲになるじゃない? それとね、赤色と緑色…ターフの色ね。これって反対色って言ってすっごく目立つ色なの。だから、私がターフに入ると、みんな私に大注目ってわけなの」

 A「私の勝負服は皇帝としての威厳が出るようにだな。色は、マルゼンスキーとは逆の緑だが、私はこの色が気に入っているよ。まあ、最近は威厳よりも気安さを重視すべきだったかなと思ったりしているがね。君も勝負服を作るときはよく考えた方が良い」

 

 

 

 Q「質問です! 3人の中で1番なのは誰ですか?」

 

 A「無論、私だ」

 A「正解は私よ」

 A「オレ様だが」

 3人「「「はぁ?」」」

 

 一触即発の事態になったが、トレーナー達が割り込んだことでどうにか鎮静化する。

 なお、その後トレーナー達も舞台裏で同じ議題で争ったのを知る者は少ない。

 

 

 

 Q「あ、あの! 趣味や特技はありますか?」

 

 A「趣味はダジャ……言葉遊びを考えることかな。コホン、まあ、おしゃべりが好きだと思って貰えればいい。それと特技という程ではないが、人の顔を覚えるのが得意だね。一度見た人物の顔を忘れたことはない。もし、君達とまたどこかで出会うことがあるのなら、その時は私の方から声をかけてみせよう」

 A「私は趣味も特技も走りよー。ふふふ、特技はみんなが知ってる通りの走りで、趣味の方は愛車のスーパーカーのたっちゃんでブイブイ飛ばすことね! みんなも大きくなったらドライブをしてみてね」

 A「特技か、聞くまでもなかろう。武全般がこの呂布奉先様の特技よ! もっとも、弓に関しては当たるのが当たり前で、つまらんから最近はやっていないがな。趣味はやはり三国志を読み解くことだ! ほぉ? 貴様も読んでいるか。見どころのある砂利だ。ならば、次は水滸伝も読むのだな!!」

 

 

 

 Q「パパの言うことを聞きたくないんだけど、どうしたらいい?」

 

 A「ふ、フフフ。ああ、すまないね、微笑ましくてついね。さて、かく言う私にも親の言うことを聞きたくない時期はあった。そういう時は自分も元々そうするつもりだったと思って、親ではなく自分の意思でやると思い聞かせていたかな」

 A「元気でわんぱくな子は好きよ。私のお母さんもちょっとぐらいやんちゃでも元気な子の方が良いっていつも言ってるもの。でも、たまにはお父さんのことも聞いてあげてね? じゃないと、お父さん泣いちゃうわよ」

 A「フン、ならば殺すか? この呂布奉先(オレ様)のようにな。そう、わめくな………冗談だ。父親は大切にしろ……」

 

 

 

 

 そんなこんなで、質問コーナーは無事に終わったのだが、いざ本題のレース(芝:1000m:直線のみ)に行こうとする場面で問題が起こった。

 

「で、この死合い(レース)の名前は何なのだ?」

 

 セキトが、割とどうでもいいことを気にし始めたからだ。

 これにはテレビスタッフの方々も困惑顔。

 陳宮が早くも土下座の構えを見せている。

 

「何だ決まっていないのか? フゥン、ならばオレ様は帰るぞ」

 

 そして、用は無くなったとばかりに鼻を鳴らして、帰路につこうとする。

 これに慌てたのはスタッフとトレーナー達だ。

 陳宮は恥も外聞も投げ捨てて、カメラの前で君主へひたすらに頭を下げている。

 加えて、他のトレーナーは番組プロデューサーにあれはフリじゃなくて、マジだから何か名前をつけてとお願いしている。

 

 ルドルフとマルゼンは少しに苦笑いしながら、子ども達にあれはそういうコントだから安心してと教えている。まあ、トレーナー達と違ってこの2人はいざとなれば、セキトに『え、もしかして私に負けるのが怖いの?』と挑発をすればいいだけなので気楽なものである。

 

「なに……お正月記念…だと? フゥン、このオレ様に相応しい名ではないな。陳宮、いつまでそんな所で頭を下げているのだ。とっとと、行くぞ」

 

 プロデューサー、己のネーミングセンスの無さを呪う。

 しかし、捨てる神あれば拾う神ありと言うべきか。

 今回の主役たる子供達の中から救いの声が上がる。

 

「じゃあさ、じゃあさ! ボクが名前を付けてもいいー?」

「ほぉ、大きく出たな。砂利が」

「砂利じゃなくて、トウカイテイオーだよ!!」

「フゥン、オレ様に名を覚えて欲しければ、実力を示すのだな。……まあ、オレ様に立てつく無謀さに免じて聞くだけ聞いてやろう」

 

 ぴょんぴょんと跳ねながら、抗議してくるトウカイテイオーを鼻で笑いながらも腰を下ろすセキト。コラ、女の子がスカートで胡坐をかいたらいけませんと、マルゼンスキーが言ってくるが無視だ。

 

「このテイオー様が走るんだから、テイオー賞で決まり!」

「オレ様が取る予定の6月の帝王賞と被るな。却下だ」

「ええー! じゃあ、どんな名前が良いのさー」

「フゥン、このオレ様が勝利を飾るレース(死合い)なのだ。飛将杯(ひしょうカップ)で決まりだ!!」

「ええー、ダサくない?」

「なんだと、貴様!?」

 

 ドヤ顔で言った名前を、あっさりダサいと言われて憤慨するセキト。

 そんな様子に周りは子供同士の喧嘩かと思うが、ややこしくなりそうなのでお口をミッフィーちゃんにする。

 

「いいか、砂利? この飛将杯(ひしょうカップ)飛将(ひしょう)飛翔(ひしょう)をかけているのだぞ。こ・の・オレ様が、貴様ら砂利共の飛翔も願ってやっているのだ。貴様らは黙って感謝の念に打ちのめされるがいい」

「ボクは別にそんなこと頼んでないよ。それに、どーせ名前を付けるんならコーテーにつけてもらった方がいいもん! 皇帝賞(こうていしょう)なんてどお?」

 

 自分がファンである皇帝の名前を冠したものの方が良いと言って、トウカイテイオーはシンボリルドルフに期待のまなざしを向ける。しかしながら、視線を向けられた皇帝陛下と言えば。

 

皇帝(こうてい)行程(こうてい)肯定(こうてい)……くっ、ダメだ。皇帝が肯定する賞というのは、意味的には悪くないが飛翔の方が願いが伝わりやすい…! いっそのこと皇太子杯(こうたいしはい)の方が次代への期待がストレートに伝わりやすいか? だが、皇太子では上手い語呂が思いつかない…ッ」

 

 なんか、1人でどうでもいい敗北感を感じていた。

 この時点で、もはや会場の空気は大喜利大会へと変わっていた。

 

「じゃ、じゃあ、マルゼンスキーさんの異名であるスーパーカーをとって……スーパーカー(カップ)は…ちょっと長いかな……そうだ! 2つを合わせてスーパー(カッ)――」

「チーヨちゃん。ちょっと、そのお名前は色んな人に迷惑をかけちゃうかもって、お姉さん思うなぁ」

「え? ……あ! そうですね、アイスの名前と一緒になっちゃいますもんね! 流石、マルゼンスキーさんです! 亀の脚よりの脚、ですね!」

「それって亀の甲より年の劫ってこと…? 昔の言葉を自分流に言い直すなんて、まさに流行の最先端を行くナウでヤングなガールね、チヨちゃんは」

 

 高校生と小学生達がワイワイガヤガヤと話し合う。

 非常に微笑ましい光景だが、このままでは撮影が続かない。

 そんな危機感と、多少のやけくそ感を込めて番組プロデューサーが叫び声をあげる。

 

 ―――もう、1着になった子の好きな名前にしよう。

 

「フゥン、つまらん奴かと思っていたが、なるほど。愉悦というものを少しは理解しているようだな。いいだろう、どうせオレ様が1着となるのだ。その勝負に乗ってやろう」

 

 騒動の原因であるセキトがまず最初に納得を示す。

 

「私もいつかは、自分の名前を冠したレースを作ってみたかったからね。それで、構わないよ。……ただ、名前についてもう少し考える時間が欲しい。トレーナー君にも意見を聞かなければ」

 

 そして、未だに良い感じの語呂が思いつかないルドルフが頷く。

 

「私は最初から不満なんてないわよ。でも、そうね。せっかく、自分で決められるんだから、最高にイケてる名前にしなくちゃ! ヤングやイケイケ、バブリーを入れるのもいいわね」

 

 マルゼンスキーは朗らかに笑い、名前を考え始める。

 番組スタッフ達から、『あれ? この人が勝ったらマズいのでは?』という視線が送られているが、気づかない。彼女はいつだって時代に周回差をつけるのだ。

 

「よーし! それならボクが名前つけちゃうもんねー!」

「私も頑張ります! 勝って、マルゼンスキーさんの名前を入れます!」

 

 そして、子ども達もいい感じに盛り上がっている。

 もちろん、本格化も迎えていない子供達が三凶に勝てるわけがない。

 それぐらい、子どもにだって分かる。

 

 だから、今回のレースには当然のようにハンデがある。

 

「それで、レースはこの重りのついた服を着て走ればいいのね」

「合計で50kgか……これはトレーナー君を背負って走るようなものかな」

 

 重りである。

 バトル漫画で、そろそろ本気を出させてもらうぜ、的な展開で大活躍する重りである。

 重さとしては3人のトレーナーの体重の平均値ぐらいになっている。

 

 そう、3人はトレーナー達からの期待を物理的に背負って走るのだ。

 これならば、小学生ともいい感じの勝負になるだろうという考え。

 そしてこのぐらいなら、本格化したウマ娘ならば怪我にもつながらないだろうという考えのもとである。

 番組はしっかりと、怪我への対策も考えてきているのだ。

 

 だが。

 

「フゥン、もう1セット持ってこい」

 

 そんな気遣いをセキトがぶち壊しにする。

 

「合計100kgになる? そのぐらいの計算はできるわ! 50kgでは勝負にならんから持ってこいと言っているのだ!!」

 

 慌てたスタッフが止めるようにやんわり諭すが、セキトは聞かない。

 むしろ、周りに止められるような無茶な修行をする、主人公ムーブを楽しんでいる。

 だが、これは流石に不味いと感じた隣の2人も止めるのに加わる。

 

「セキト、余りスタッフさんを困らしてはいけないよ」

「そうよ、それにこれ市販のものじゃなくて特注みたいだから、もう在庫も無いと思うわ」

 

 完全に妹を叱る姉のような形になっているルドルフとマルゼンだが、残念なことに彼女達はセキトの姉ではない。ライバルだ。

 

「逆に聞くが、貴様らはこの程度の重りで、砂利共に勝機が生まれると思っているのか?」

「それは……」

 

 言いよどむマルゼンスキー。

 ハンデがあった所で、自分が子供達に負けるわけがない。

 そんな慢心とも言える自信と実力を、彼女達が持っているのはどうしようもない事実だ。

 

「蹂躙も接戦も、所詮は同じ死合いだ。どう殺そうとも勝者の自由。だが、オレ様とて情けはある。初陣も済ませていない砂利…子供に対して勝ち目のない死合いをさせるのは酷だろう?」

「それはそうだが……私達のコンディションに影響を及ぼしかねない行為は、全方面に不幸を呼ぶことになりかねない」

「フゥン、くだらんな。そうして手を抜いた相手に勝って何が楽しい? 砂利共相手だけなら、何をしても勝つ以上、強者の余裕として手を抜いてやってもいい。だが……貴様らもいる以上、オレ様は腑抜けた走りをするつもりはない」

 

 子供達のためだのなんだのとゴチャゴチャ言っているが、本音は簡単。

 自分はライバルとのレースで、手を抜いた走りなどする気はないということだ。

 しかし、それだけならば手を抜くなと言うだけでいい。

 わざわざハンデを増やす理由はない。

 では、何故なのか。

 

ハンデ(斤量)を増やせば、砂利共とオレ様達の距離は縮まる。だが、オレ様達自体は本気でやれる。これならば、砂利共も絶望はせんだろうよ」

「…ッ! セキト、君は……」

 

 まさか、自分の心の闇に気づいて気を使っているのかと、ルドルフが目を見開く。

 

「フゥン、勘違いするなよ? 貴様らのためなどではないわ。……他人からの施しなど、譲られた勝利など、反吐が出るというだけだ」

「セキトちゃん……」

 

 オレ様は弱者のことなどどうでもいいが、貴様らがそれを気にして走れんのなら配慮程度はしてやる。そんなツンデレ発言にマルゼンスキーはちょっと申し訳ない顔をする。一度、手を抜いて勝利を譲ってしまったことがある身である故に、強くは言えないのだ。

 

「セキト、君の心遣いは素直にありがたい。だが、無茶な重りをつけたことが分かれば、番組スタッフや学園関係者に迷惑がかかる可能性が……ん? トレーナー君? 何か考えがあるのかい。……私達のスタートする時間を遅らせればいい? なるほど、それならば」

 

 話がまとまりかけた来たところで、様子を見ていたトレーナー陣が助け舟を出してくる。

 結局の所、子ども達相手に差をつけ過ぎない。3人は全力のレースをする。

 この2つを達成すればいいだけなのだ。

 

 なら、ハンデの条件を変えてやればいい。

 3人の負担になるハンデは重り50kgから変わらない。

 だが、子ども達へのメリットとなるハンデは10秒遅れスタートで増える。

 これならば、目的を両方達成することが可能だ。

 

「重りは勝負服の下に隠してつけて、おチビちゃん達には10秒遅れでスタートするのがハンデになったって伝えればいいわね。うんうん、これなら勝負服で走ってあげるサプライズにもなるわね」

 

 公式試合ではないので、体操服で走る予定だったが勝負服を持ってくれば、子ども達も喜ぶ。

 そうすることで、子供達の目を逸らしつつハンデを増やすことが可能になる。

 大人のトレーナー達が考えたちょっとばかりせこい手だ。

 

「フゥン、ならば決まりだ。飛将杯の初代優勝者の名前欄に、この呂布奉先の名を刻み込んでやるわ!」

 

 こうして、色々と揉めたが、無事レースが開催されることになった。

 

 

 だが、この時。

 三凶も、トレーナー達も気づいていなかった。

 最強同士が、自分達が、全力で戦い続けると一体何が起こるのかを。

 

 

 

 

 

「あーもー、くやしいぃーッ!」

「やっぱり、追いつけない……でも、いつかは…ッ」

 

 レースは当然と言うべきか、三凶が勝って小学生達が負けた。

 では、3人のうち誰が勝ったのかと言えば。

 

「おい、写真判定が無いとはどういうことだ? カメラが壊れたとでも言うつもりか?」

「落ち着くんだ、セキト。トレセン学園のゴールにもカメラはついている。だが、普段の練習や模擬レースで使うことはない。経費削減という奴だ」

「世知辛いわねー。でも! せっかくのテレビ撮影何だし、そっちの映像で見直せばいいんじゃない?」

 

 分からなかった。

 れっきとした公式レースならば、写真判定で分かっただろうが今回は使われなかった。

 故に、微妙な差が分からず三凶の同着ではないか? という話になっている。

 テレビ的には美味しいし、下手に誰かが下という構図を作らずに済むので大助かりだ。

 だが。

 

「ここを見ろ! オレ様の方がハナ差で勝っている!!」

「見る目無いなぁ。ほら、ここここ! コーテーの方が前だよ!」

「えーっと、私にはマルゼンスキーさんの方が速いように見えます……」

 

 天下無双、並び立つ者が居ることを許せないセキトは認めない。

 子供達と混ざって画面の前にかじりつき、あーだこーだと言い合っている。

 その姿は完全に体だけデカくなって、心が成長していない子供であった。

 

「もう、1人だけおチビちゃん達と一緒にはしゃいで私達を除け者にしちゃって」

「ふむ……子供特有のノリというやつだな。金科玉条(きんかぎょくじょう)、どれ、私達も混ざってみようか」

 

 そんな同級生の様子に苦笑いしながら、マルゼンスキーとシンボリルドルフも輪に加わる。

 なお、マルゼンスキーが行くと『お姉ちゃん、見て見てー!』という反応で囲まれ。

 シンボリルドルフが行くと『あ……ど、どうぞ』という反応で道を開けられた。

 

 ルナちゃん、ちょっと泣きそうになる。

 

「あ、コーテー! 見てよ、これ。どーみてもコーテーの方が速いでしょ?」

「ふ、ふふふ……そうだな、私の方が速くゴールを駆け抜けたはずだ」

 

 だが、そんなことは露知らないトウカイテイオーが、ルナちゃんの手を引いて画面の前に行く。

 もう、これだけでルドルフからテイオーへの好感度は天元突破だった。

 何なら既に、生き別れたもう1人の妹ぐらいには思っている。

 

「うーん……やっぱり上からの写真判定がないと、私が勝ってるって言い切れないわね」

「ぬかせ、オレ様の勝利だ」

「2人とも落ち着け。テイオーの言うとおりに、私の方が勝っているだろう?」

「「「…………」」」

 

 おい、決闘(レース)しろよ。

 視線からありありとそんな言葉が伝わってくるが、子ども達の手前ギリギリで踏み止まっている。しかし、子どもというものは空気に敏感なもので、若干あわあわとした雰囲気が漏れている。

 

「あ、あの!」

「あら、どうしたのチヨちゃん?」

 

 そんな空気を壊すために勇気ある一歩を踏み出したのは、サクラチヨノオーだった。

 ジロリと3人から見つめられて、少し怯えながらもチヨノオーはハッキリと答える。

 

「こ、今回のレースの名前は―――“また来年走りま(しょう)”! なんて、どうでしょうか?」

 

 彼女の提案。

 つまりは来年また走ることにして、この場は収めようという話。

 早い話が問題の後回しである。

 

「ほ、ほら! 桜餅はデザートに残すって言いますし。楽しみは来年に取っておいても……いいんじゃ…ないかなぁ……あ、あはは」

 

 説得力を増やそうとして、言葉を続けるチヨノオーだったがセキトには睨まれ。

 シンボリルドルフには何やら小難しい顔を向けられて、尻すぼみになっていく。

 因みに、マルゼンスキーはそんな2人に対して、たしなめる様な視線を送っている。

 

「砂利、オレ様は食いたいものは食いたいときに食ら――」

「フ、フフフ、“また来年走りま(しょう)”か……うん、いいんじゃないかな。私は君の意見に賛成だよ……フフフ」

 

 当然、セキトは反論しようとするが、その前にルドルフが笑いながら許可を出す。

 どうやら、先程の小難しい顔は“また来年走りま(しょう)”にツボったかららしい。

 これにはテイオーも困惑顔。

 

「私もチヨちゃんの意見に賛成よ。セキトちゃんはどうする? 今なら勝利を譲ってあげるけど――」

「譲られた勝利などこちらから願い下げだ!! 何人たりともオレ様を下に見ることは許さん!!」

 

 そして、ルドルフに乗じたマルゼンがセキトを煽って、一気に問題の解決に持っていく。

 番組プロデューサーの方は、これは自分の判断で決めて良いことなのかとちょっと顔を青くしているが、もう諦めて欲しい。

 

「フゥン、この勝利は来年まで待ってやろう。だが、砂利共よ、覚えておけ! 三強の中で、このオレ様こそが最強であるとな!!」

「えー、やっぱりコーテーだよ!」

「マルゼンスキーさんです!」

 

 勝負は後回しでも、自分が最強であると認めさせるのは忘れない。

 セキトはガキ大将のように子供達へ、自分が最強だと言い聞かせるが、そう上手くはいかない。

 熱烈なルドルフファンであるテイオーと、マルゼンファンのチヨノオーに反対を受ける。

 

「ええい! ならば、次にオレ様が出走するレースを見ておけ!! ……ルドルフ、直近のG1レースはなんだ?」

「2月にある“フェブラリーステークス”だよ。まあ、ダートなので私は出ないが」

「私もそこは厳しいわね。狙ってるのは3月の大阪杯ね……ルドルフと同じで」

「ならば砂利共! “フェブラリーステークス”を見ておけ! こいつらが居ないのは不満だが、そこで天下無双の走りを見せてくれるわ!!」

 

 ならば、実力で黙らせると言わんばかりに、セキトは次のレースを見ろと言う。

 陳宮への相談を一切せずに、次のレースを決めながら。

 

「フゥン…ではな、砂利共。陳宮! ここにもう用はない、帰るぞ!!」

 

 これにはフェブラリーステークスという名前的に、出走はないだろうと高をくくっていた陳宮も、後で聞いて宇宙猫になる。なった。

 

「まあ、彼女の性格はともかく、走りは私からしても参考になる。君達もレースの道を志すのなら見ておいた方がいい」

「そうね、それで諦めずに私達の背中を追って来てくれると嬉しいわ」

 

 こうして、撮影は子供達の心に夢を残し、無事に終わることになった。

 しかし。

 

(…? 何やら脚に痛み……いや、違和感があるな)

(あら? ちょっと、重りがキツかったかしら? 少し脚がだるいわ)

 

 残ったものは夢だけではなかった。

 自らの身体に微妙な違和感を感じる、ルドルフとマルゼンスキー。

 それは本当に小さな違和感。5%にも満たない失敗の予感。

 無視をする者だっているだろう。

 しかしながら。

 

(ふむ、トレーナー君には後で報告しておこう。彼なら何か分かるかもしれない)

(トレーナーちゃんに言って、少し休ませてもらおうかしら)

 

 2人は(おご)ることなく、自らのトレーナーに相談することを選んだ。

 彼女達は2人で1つ。パートナーという存在を信頼しているが故に。

 そうして相談するからこそ、彼女達は当たり前のことに気づくことが出来た。

 一切手を抜かずに、全力で走り続ければ、どんな天才でも疲労と負担が溜まっていくのだと。

 

 お互いに最強同士だからこそ、手を抜けずに起きた体の異変に気づけた。

 

「何だ陳宮? そんな、不安げな視線を向けてきおって。この呂布奉先が怪我でもすると思っているのか。フゥン、貴様は何も心配せずにこのオレ様の従っていればいいのだ。そうすれば、栄光など思うままよ! ハーハッハッハッ!!」

 

 だが、セキトは何も相談しなかった。

 ルドルフ達と同様の違和感を覚えながらも、気のせいだと切り捨てた。

 セキトと陳宮は並び立っていない。セキトが主で、陳宮が臣下。

 故に、セキトは陳宮を守ろうとは思っても、守られることを決して認めない。

 意見を許しても、それを受け入れるかどうかは(セキト)次第なのだ。

 

 

 皆様は三国志の軍師、陳宮公台の最後の言葉を知っているだろうか?

 

 味方の裏切りによって、曹操に捕らえられた陳宮。

 もとは自らの部下であり、陳宮の能力を高く買っていた曹操は尋ねた。

 

『なぜ、君程の者がこのように無様に敗れたのか?』

 

 それに対し、陳宮は同じく捕らえられた呂布を指差し、呆れたように言い放ったという。

 

 

 

『この男が、私の言う事を聞かなかったからだ』

 

 

 

 

 

『こんなことがあるのか? こんなことがあっていいのか!? G1レース芝2000m大阪杯! とんでもないことが起きています!!』

 

 実況がレースが始まる前だというのに、騒ぎ立てている。

 だが、それを誰も責めることは出来ないだろう。

 

『大阪杯、春の三冠の始まりのレース。例年ならば9つのゲートは全て満杯の18人立てで行われるのが普通です。ですが、ですが! 今回集まったウマ娘の数は“8人”! 8人です!! ゲートが埋まってすらいませんッ!!』

 

 解説に乗せられるように、会場に異様な空気が広がっていく。

 誰もが憧れる夢の舞台G1レース。

 だというのに、その舞台に立ったウマ娘はほんの一握り。

 競争で削られたのではなく、競争を逃げたが故に生まれた異例の事態。

 

『場主さん! この原因はやはり?』

『……ええ、三凶…失礼。三強の影響でしょうね。この3人が揃ったレースでは勝ち目が無いと、多くのウマ娘が出走を回避して別のレースに焦点を当てているのでしょう』

 

 皇帝、将軍、怪物。

 この三凶が揃ったレースでは、まぐれで勝てることすらあり得ない。

 対策を取ろうにも、3人共に脚質がバラバラ。

 囲い込みも、既にセキトが常識外れの方法で突破している。

 

 だから、誰もが勝てないと諦めている。

 出走している三凶以外のウマ娘も、勝つためというより入着狙いがほとんどだ。

 

『いやぁ……私も長いこと解説をしていますが……こんなレースは初めてです』

『強すぎる力は災いとなる。そんな映画の中でしか見たことの無い台詞が、今ここに現実となっています!』

 

 もしも、三凶が同じ時代に生まれなければ。

 1つの最強として君臨しているだけならば。

 人々は倒すべき目標として、魔王として挑んできただろう。

 

 だが、運命は。

 3女神の悪戯は、何の因果か3人を同じ時代に産み落とした。

 他の全てのウマ娘の幸福と引き換えに。

 

『ですが! そんな厄災に挑む者はいます!! もはや、誰もが知っている三強の説明は不要! その代わりに今日は彼女を説明しましょう!!』

 

 それでも、それでも。

 本気で三凶に挑もうと、勝とうとしている者はいる。

 犯してはならぬ()()()を犯す者。

 

 人はそれを勇気と言うか、無謀と言うか。

 

『待ち望まれた王の帰還!! 三凶(タブー)とは人が作ったものに過ぎないと証明してみせるのか!?』

 

 パドックに1人のウマ娘が姿を現す。

 まず、目に入るのは清楚な白色の勝負服。

 だというのに、上半身は清楚さを台無しにする剥き出しの肌色。

 美人しかいないウマ娘の中でも、絶世の美女と言われる美貌。

 絹のような髪に、小さな小さなアクセント。

 

 白いシルクハットに刻まれたC B(アルファベット)

 

 

『ミスターシービーッ!! 前年の三冠王が満を持して復活だッ!!』

シービーする(代名詞)の末脚は顕在か? セキトとの追い込み対決に大注目です!!』

 

「やあ、今日は楽しいレースにしようか。三凶さん?」

 

 ミスターシービー。

 その容姿と最後方から一気にまくる派手な追い込み戦法で、絶大な人気を誇るウマ娘。

 シンボリルドルフの1つ先輩の三冠馬

 前時代の覇者。

 

「シービーか……宣戦布告というわけかな?」

「さあ? そんなことより、みんなもっとリラックスしなよ。ルドルフもマルゼンスキーも、可愛い顔が怖くなっちゃってるよ。セキトは……怖いのはいつも通りか、流石は飛将軍様だね。ルドルフ流に言うなら常在戦場ってやつだね」

 

 足の爪の怪我で離脱していたが、遂に完治して戻ってきた王が三凶の前に現れる。

 だが、言葉からは闘志が見られず、他のウマ娘達のように諦めているように見えた。

 しかしながら。

 

「フゥン、リラックスだと? 笑わせてくれるわ。鏡を見てみろ、そこに―――悪鬼がいるぞ?」

 

 その顔には鬼が宿っていた。

 

「あはは、バレちゃった? ところでなんだけど、セキト。君は自分が勝った相手の名前を憶えてる? 例えば有馬記念4()()()()()()とか」

「オレ様を認めさせる実力があったならばともかく。何故、雑魚のことを脳に止めねばならんのだ?」

「うん、そう言うと思ったよ。だから―――今日はアタシの名前を君達の魂に刻んでもらう」

 

 君達の敗北と一緒にね。

 

 そう言って嗤い、シービーはゲートに向かっていく。

 観客からはその表の姿は、いつもの飄々とした姿に見えた。

 だが、三凶から見たその背中は。

 

「仇討ちというわけか……フゥン、面白い」

 

 自らの同期の無念を背負う、敵討ちの姿にしか見えなかった。

 

『さあ、今8人のウマ娘達がゲートに入りました』

『三強達がその実力を示すのか。それともシービーが自らの世代の意地を見せるか。このレース、目が離せません』

 

 いつもよりも少ないゲートに、いつもよりも多い視線が集まる。

 そして。

 

『そして、まもなく! 運命のゲートが開かれます!!』

 

 誰も見たことの無い大阪杯が始まった。

 

 

 

 

『前日の雨でぬかるんだターフを蹴り上げ、ウマ娘達が走り始める!』

 

 前日の雨でぬかるみ、地面が緩くなったターフ。

 ウマ娘達が一歩踏み出すたびに、跳ね上がる泥、今にも抉れそうな芝。

 雨こそ降ってはいないが、バ場状態は最悪の中の最悪である。

 

『まず、先頭に立ったのは当然マルゼンスキー! 先頭の景色以外には興味が無いと言わんばかりだ!』

『これはいつも通りに走れば、自分が勝つという自信の表れですね。しかし、これだけの重バ場を見ると、去年のセキトとシンボリルドルフの対決を……あの“ジャパンカップ”を想い出します』

『はい! 思い出しますね、“ジャパンカップ”の感動を!! もう一度、2人の対決を!! そう、思わずにはいられません!!』

 

 故に、誰もが思い出す。

 あの日の土砂降りのジャパンカップで、セキトがルドルフを打ち倒した伝説を。

 だから、観客の目は自然と最後方に位置するセキトへと移される。

 

『あのジャパンカップとは違いますが、最後方で堂々と敵を睨みつけるセキト。その隣には、同じく追い込みのミスターシービーが…?』

 

 そして、気づく。

 追い込み作戦ならば、セキトの近くに居るはずのミスターシービーの姿が無いことに。

 

 ならば、差しで走っているのか? 少し前に目を動かすが居ない。

 では、デビュー戦と同じような先行策か? そこにも存在しない。

 ならば、いるべき場所は1つ。

 

『なぜ! どうして!? シービーが逃げているッ!?』

 

 マルゼンスキーに迫るように先頭付近。

 大逃げのマルゼンスキーについていける唯一の作戦。

 

 ―――逃げだ。

 

『勝ち逃げなどさせるものかと、ミスターシービーがマルゼンスキーに食らいついていくゥウウウッ!!』

 

 誰もが驚きで困惑の声を上げる。

 追い込みのシービーしか知らないライトなファンも。

 デビュー戦から見ている古参のファンも。

 初めて見るその姿に度肝を抜かれた。

 

『場主さん! これは一体どういうことでしょうか!?』

『……本来の適性を発揮したと見るべきでしょうねぇ』

『ミスターシービーの本来の……適正ですか?』

 

 だが、多くのレースに携わってきたプロには分かる。

 これは異常な作戦ではなく、通常の作戦なのだと。

 

『彼女の強力な末脚は、本来スプリンターによく見られる短い距離を走るための脚です。本来ならマイルまでが彼女の適性距離。脚質も逃げの方が向いています』

『ですが、彼女は言わずと知れた三冠王ですよ?』

『中距離、長距離を本来マイルまでの脚で、どうやって勝ってきたのか。それこそが、彼女の今までの走りにあります』

 

 解説の言葉を聞いて、多くの人間がハッとする。

 長い距離を全力で走ることが出来ない者がすることは皆同じ。

 脚を溜めること。終盤まで後ろに控えていること。

 つまり。

 

『つまり! 今までの追い込みは全て、脚を残すための策だったと!?』

 

 彼女の代名詞の派手な追い込みは、全て計算づくで行われていたのだ。

 

『でしょうねぇ。本来なら、追い込みは前に離され過ぎたら厳しいのですが、誰もが彼女の鮮烈な末脚を恐れてスタミナを終盤まで溜めたがる。それが結果として、ミスターシービーの脚を残すことになり、追い込みでまくられる。これを考えたシービーは……いえ、トレーナーは相当な食わせものですよ』

 

 大したものだと、シービーのトレーナーを褒める解説。

 陳宮達の先輩トレーナーというだけあって、その実力は確かなものらしい。

 何故ならここまで解説されても、シービーは本来スタートが苦手という弱点を隠し通しているからだ。

 

 追い込みでスタートの下手さを隠しつつ、スタートが上手く行ったときは奇策を用いたと相手を混乱させられる。どういこうとも、全ては手の平という訳だ。

 

 しかし。

 

『ですが、場主さん。今までの話通りならば、逃げでは2000mの中距離を走るスタミナが持たないのではないでしょうか?』

 

 大前提にあるのが、マイル以上で逃げを打てばシービーの脚は持たないということだ。

 そもそも、スタミナが持つのならば、このような策など用いる必要は無いのだから。

 

『ええ、そればかりは私も失策かと思いました。ですが』

 

 カメラが走っているミスターシービーの正面を捉える。

 いつもの、飄々とした空気はない。

 楽しそうな笑みもどこへやら。

 

 逃げを打つ、ミスターシービーの表情は今。

 

『この顔を見て、負けに来たと思う人は居ないでしょう』

 

 どこまでも鬼気迫るものだった。

 その姿はまるで。

 

『なんと!! ここでミスターシービーがマルゼンスキーを抜いたぁああッ!! それを見て、シンボリルドルフとセキトも上がって来たぞぉおおッ!!』

 

 ―――大切な何かを背負っているようだった。

 

『まるで、三強に蹴散らされた他のウマ娘達の無念を晴らす様に、ミスターシービーが3人をおいていくぞ!!』

『これは史上最大の下剋上が起こるかもしれませんよ!!』

 

 いつものように三凶が主役のレースだと思っていた、観客の動揺と興奮の声が広がっていく。

 大番狂わせを期待する声。

 必ず勝つだろうという慢心が崩され、真剣に応援する声。

 ただ純粋にレースを楽しむ声。

 

 そんな声の中でも最も大きな声は。

 

「いッけー!! シービーッ!!」

三冠馬の意地見せたらんかいッ!!」

「待っていたぞォー!! シービーィイイー!!」

 

『聞こえるでしょうか! この会場を震わせんばかりのシービーコールが!!』

 

 ミスターシービーへの応援の声だった。

 

『既に取っている冠の数では三強が上ですが、この人気、この歓声こそがミスターシービーの凄みを感じさせますねぇ』

『誰もが待ち望んでいた復帰! その初戦で偉業は成し遂げられるのか! 才能はいつだって非常識だと、我々に再び教えてくれるのか!?』

 

 レース人気を一気に引き上げたとまで言われる、元祖アイドルホース。

 彼女ならやってくれる。彼女なら成し遂げる。

 そう思わせる何かが、ミスターシービーにはあった。

 

(ふーん、面白いじゃない!)

 

 だが、そんなことは彼女(怪物)には関係ない。

 

(また、寂しいレースになるかと思ったけど……私の心配過ぎだったわね。セキトちゃんと初めて走った時のことを思い出すわ)

 

 例年よりもごっそりと人数が減ったレース。

 それは、あの“スプリングステークス”を思い出させたが、マルゼンスキーはあの時とは違う。

 

(変に手を抜こうとしなくたって、私について来てくれる子は必ず出てくる。そうよ、そう)

 

 負けてやろうなどと、1ミリたりとも考えていない。

 己の強さに絶望していたあのころとは違う。

 今は競い合うライバルが居る。少なくとも挑んでくる敵がいる。

 そして何より。

 

「マルゼンスキーさーん!! がんばれぇえええッ!!」

 

『離されていたマルゼンスキーが、距離を戻してくる!!』

『これです! 逃げてなお差す! これが怪物です!!』

 

 自分の背中を目標にして追ってくる、小さくも勇敢な者達が居る。

 ならば、このような所で情けない走りを晒すわけにはいかない。

 

(さあ、その冠を寄越しなさいッ!!)

 

 赤いスーパーカーが三冠馬に迫っていく。

 レースの主役は完全に彼女達2人。

 

『ルドルフ来た! ルドルフ来た! シービーのすぐ後ろにつく!!』

『史上初の三冠対決の行方にも目が離せません!!』

 

 なんてことにはならない。

 主役はこの私だと言わんばかりに、皇帝が差してくる。

 

『玉座は1つ!! それに腰かけるのは私だと言わんばかりの走りッ!!』

『王道に逃げなどないと挑発するような、素晴らしい差し脚ですねぇ』

 

 お前の走りでは決して私に勝てない。

 ピタリと後ろについた、ルドルフの鋭い眼光がシービーの背中を射貫く。

 並みのウマ娘であれば、それだけで冷静さを失い過呼吸状態になりかねない程のプレッシャーだ。

 

『だが! 譲らない! 譲らないッ!

 スタミナなど知ったことかとさらに速度を上げる!!』

 

 しかしながら、ミスターシービーは先頭を保ち続ける。

 いつものレース中に浮かべる笑顔はない。

 全身全霊。全てをこの脚に、この胸に宿して走っている。

 

 まるで、彼女達とは命を懸けて初めて対等になれると言わんばかりに。

 

『速い速い!! まるで足が4本になったようだ、シービーッ!!』

『ラスト400m、このまま逃げ切れるか!?』

 

 歓声か悲鳴か良く分からない声が、場内の至る所から湧き出てくる。

 誰もが、先頭の3人に目が向かっている。

 そんな状況、そんな展開で。

 

 ―――全てをひっくり返すから、追い込みウマは人気が出るのだ。

 

『セキト来た! セキト来た!! ここから一気にまくるのか!? ミスターシービーを相手に後方追込(シービー)するのか!?』

『普段よりも仕掛けるのが遅いですが、その分脚は残っているはずですよ!!』

 

 鎧についた泥を輝かせながら、セキトが一気にまくり上げて来る。

 その姿にドッと歓声が沸き起こる。

 

 現代レースでは追い込み戦術は通用しない。

 かつて、まことしやかに言われていた常識を打ち破ったのが、ミスターシービーならば。

 追い込みを圧倒的に強いと思わせるようにしたのがセキトだ。

 

『一歩、また一歩と踏み込むたびに前との距離が縮まっていきます!!』

遼来来(ちょうらいらい)! いえ、呂来来(りょらいらい)と言った所でしょうか! 泣く子も黙る走りで、今セキトが3人に背に指をかけるッ!!』

 

 いつものように、千里をかける脚で前を行く者に近づく。

 そして、いつものように抜き去っていく。

 

 はずだった。

 

 ―――芝が(えぐ)れる。

 

 雨で緩んだ地面と芝が、前を走るシービー、ルドルフ、マルゼンの脚力で宙に浮き上がる。

 狙ったわけではない。ただ、常識外れの力に大地が耐えられなかっただけ。

 だが、3人がどう思おうとも。

 ウマ娘の脚により蹴り出された芝の塊は、散弾銃に等しき威力で。

 

 ―――後方のセキト(ウマ娘)を襲う。

 

『ああッと!? 雨で脆くなった芝がセキトの右目に直撃する!!』

『重バ場に定評のあるセキトが、避けられないとは予想外です!!』

 

 会場から悲鳴が上がる。

 前を走る、ルドルフとマルゼンが一瞬だけ視線を後方に向ける。

 シービーは耳すら向けない。

 

『セキトは足を止めない! ですが、右目からは赤い血が流れています!!』

『いえ、あの血の流れ方はまぶたの上の、皮膚が薄い部分を切ったものでしょう。心配ですが、眼球そのものに当たったわけではないはずです』

 

 失明の可能性を心配する実況を、解説が冷静に諭す。

 

『恐らく、直撃の瞬間にギリギリで反応して眼球への直撃は避けたのでしょう』

『それは良かった!! ですが、これはセキトにとっては大きなハンデになりそうです!!』

『片目が見えないと遠近感が狂いますからね。他のウマ娘とぶつからないように注意する必要も出てきます』

 

 滴る血を汗のように、緑のターフに落としながらセキトはかける。

 姿だけ見ればいつもと変わった所は見られない。

 だが、何度も戦ってきた2人には分かる。今のセキトは、否。

 

 今日のセキトはどこかおかしい。

 

(なぜだ、セキト? ジャパンカップで私の真後ろについて来れていた君なら、目を瞑ってもよけられていたはずだ)

 

 いつものセキトならば、この程度なら避けられていた。

 シンボリルドルフは走りながらも、思考の隅でそう考える。

 そもそも、いつものセキトならばもう少し早めに仕掛けていたはずだ。

 だが、今日は遅かった。

 

(判断力が低下している…? あのセキトが? 考えられる理由があるとすれば……)

 

 全体的な判断力の低下。思考速度の遅れ。

 そうした諸症状の原因となる、一般的なものは。

 

(疲労だな……セキトのことだ。トレーナー相手にも隠していたな)

 

 疲労である。

 思えば、三凶の中でセキトだけが連戦を続けている。

 

 スプリングステークス、桜花賞、オークス、ユニコーンステークス、ジャパンダートダービー、シリウスステークス、天皇賞秋、ジャパンカップ、有馬記念、フェブラリーステークス。

 

 数で言えば、10個の重賞レース。獲得G1数5つ。

 さらに言えば、レースの間に間隔が無い。

 3月,4月,5月,6月,7月,9月,10月,11月,12月,2月、そして今月3月の大阪杯でのレースに出走している。

 逆にレースに出ていないのは8月と1月だけ。

 

 おまけに、菓子などばかりを食べて、ちゃんとしたものを食べない。

 天性の頑丈さを持つセキトであるが、それらのツケがここに疲労となり襲ってきたのだ。

 

『傷を負ったセキトを置いて、3人はただ前だけを見て走っていく! 誰1人として手を緩めないッ! これが勝負の世界の厳しさか!? それとも、相手への最大限の礼儀か!?』

 

 セキトが怪我を負ったことを3人共理解した。

 そして、その上で振り返ることもなく走っていく。

 薄情に見えた。非情に見えた。

 

 特にセキトと交流が無く、自らの勝利以外は眼中に無いシービーはともかく。

 普段から関わりのあるルドルフとマルゼンは、心配してもいいのではないかと観客の中には思う者も居た。

 

『ゴールまで後少し!! セキトはこのまま沈んでしまうのか!?』

『不運がありましたが、運も実力のうちです。泣き言は言っていられませんよ』

 

 誰もが、このままセキトは終わると思った。

 

 

「今の痛みで―――ようやっと目が覚めたわ」

 

 

 ―――シンボリルドルフとマルゼンスキー以外。

 

『セキトが息を吹き返してきたァアアアッ!!』

 

 流れる血など忘れたかのように、セキトが本来の末脚を発揮する。

 戦場で無傷でいられる保証などどこにもない。

 むしろ、傷を負ってなお勝ってこそ武人の誉れと言うものだ。

 

『汗のように血を流しながらセキトが駆ける!! まさに汗血馬(かんけつば)ッ!! 戦場(いくさば)に真紅の華が咲き誇るッ!!』

『外に移動しました! このまま外から一気に差し切るつもりでしょう!!』

 

 復活したセキトの姿に、会場のボルテージが一気に上がる。

 その声を聞いても、ルドルフもマルゼンも一切の動揺はない。

 それもそうだろう。

 2人が脚を緩めることも、心配することもなかった理由は実に単純なのだから。

 

 この程度で、私の好敵手(ライバル)が終わるわけが無いと信頼していたのだ。

 

『一歩、また一歩とセキトが距離を詰める!! 先頭はミスターシービー! 続いてマルゼンスキー! ほぼ並んでシンボリルドルフ! もつれにもつれてどうなるか全く分かりません!!』

『誰が勝っても全くおかしくありませんよ!!』

 

 大歓声が鼓膜を破らんと全力で叩きつける。

 もはや、実況の声も届かない程の熱狂の渦。

 そんな中で先頭を走りながら、シービーは1人漠然と思っていた。

 

 世界がとても静かだと。

 まるで、自分1人しか世界に居なくなったように感じていた。

 それは、彼女がどこまでも集中しているという話。

 

 今まで踏み入れたことの無い領域(ゾーン)に、彼女は踏み込んでいく。

 

(楽しく走れたらそれでいいと思ってた。自由に気ままに、勝敗なんて度外視で。……でも、今日だけは、この3人だけには負けられない…!)

 

 いつだって自分のために走ってきた。

 でも、今日だけは違う。

 三凶という災いに敗れ、去っていった者の想いを背負っている。

 同期の恨みを、好敵手(ライバル)の無念を。

 世代最強(アタシ)が晴らさずに、誰が晴らすのか。

 

 観客達よ、目を見開いてみろ。

 これはアタシ達の逆襲だ。

 

 三凶よ、耳をかっぽじって聞け。

 世代の主役、ライバルが何度も呼んでくれたこの名前を魂に刻み込め。

 

 

「―――アタシはミスターシービーッ!!」

 

 

『大地が! 大地が弾んでッ! ミスターシービーだッ!!』

『ここでシービーが後続を突き放す! これは決まったか!?』

 

 大地を蹴り上げる。

 否、大地が自ら弾んだかのような加速を見せ、シービーが前に躍り出る。

 王の歩みを阻める者など、どこにも居ない。

 

「―――王は1人で十分。君もそう思うだろう?」

「シンボリ…ルドルフ…ッ!」

 

 ただ1人。同じ王という例外を除いて。

 

『だが、そうはさせじとシンボリルドルフが並ぶ!! 三冠王が並ぶ!! 玉座は1つ!! 王は2人も不要ッ!!』

『最後はこの2人での決着になりそうです!!』

 

 最後の最後でこのレースの主役は2人の王に絞られる。

 勝った方が新たな時代を築き上げる。

 これは王としての意地の張り合いだ。

 

(シービー……君にも背負うものがあるのだろう。その背中を見れば分かる。だが、私にも背負うものが…ある!)

 

 ルドルフは思い出す。

 テレビ撮影の日にトウカイテイオーと交わした会話を。

 

 

 

 

「ねえねえ。ボク、コーテーのサインが欲しいなぁー!」

「フフフ、ああ構わないよ。しかし、今は手元に色紙が無いな……」

「じゃあさ、じゃあさ! ボクの服に書いてよ!」

「それは……君がご両親に怒られないなら構わないが」

 

 誰もが気後れする皇帝を相手にも、グイグイと来るテイオー。

 そんな姿に癒されながらも、少し戸惑い気味にルドルフは笑う。

 正直に言って、こんなにも懐かれる経験は妹以外になかった。

 やはり、テイオーは生き別れの妹ではないか説が、ルドルフの中でまた1つ強化される。

 

「それにしても、君は私のことが好きだな。嬉しい限りだが、マルゼンスキーやセキトも良いウマ娘だ。彼女達のサインはいいのかい?」

「えー! ボクはコーテーのサインが良いの! ボクの憧れは、強くてカッコいいコーテーなの! いつか、ボクもコーテーみたいになってレースに出て、それでコーテーを超えるテイオーになるんだ!」

 

 自分を超える。

 その言葉に面を食らった顔をするルドルフ。

 子供ならば現実を知らずに、そういった大それたことを言うのは珍しくない。

 

 だが、自分の強さ故に去って行く者達を直近で見たルドルフは、複雑な気持ちになる。

 

「……それはとても厳しい道になるよ?」

「わかってるよ。でも、ボクはぜーったいコーテーを超えるんだ! だからさ、それまで信じて待っててよ!」

 

 現実は甘くない。

 そう一蹴することも出来る。

 だが、そう語るテイオーの瞳はあまりにも強く澄んでいて。

 

「……信じる…か」

 

 魂から信じたくなる何かがあった。

 

「ただ導くだけでなく、時には信じて試練を乗り越えるのを待つ……私に無かったものだな」

「どうしたの?」

「いや、何でもないよ。それより、サインだったね」

 

 何かを決めるように瞳を閉じ、ルドルフは勝負服の()()()()()()をはずす。

 そして、その左の手袋にさらさらとサインを書き込んでいく。

 

「さあ、トウカイテイオー……この手袋を受け取る気はあるかい?」

「いいの!? やったー!! パパに言って家の家宝にしてもらおーっと!」

「家宝は流石に……」

 

 ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶテイオーに苦笑しながら、ルドルフは思う。

 去って行く者達のことばかりを考えても仕方がない。

 

 信じて待とう。

 自分の後ろに続く者達が、いつの日にか自分達と同じ場所に立てる日を。

 だから、それまでの間。

 

「……強くてカッコいいコーテーで居続けなければな」

 

 自分は負けるわけにはいかない。

 

 

 

『逃げるシービーッ!! 追うルドルフッ!! どっちだ!? どっちが来るッ!?』

『最後に勝るのは王の意地か!? 皇帝の矜持か!?』

 

 王や皇帝とはどういった存在か。

 そう尋ねたら、多くの答えが聞けるだろう。

 偉い人、代表者、統率する者。

 

 答えは千差万別。

 だが、1つだけ言えることがある。

 王という存在は、人が集まることで初めて必要とされる存在。

 臣下も、民も居ない王など笑い話にもならない。

 故に、王の真価とは。

 

 

「負けるなぁああ!! コーテーッ!!」

 

 

 どれだけ多くの者を、その背中に憧れさせることが出来るかだ。

 

『割れんばかりの皇帝コールを背に受け! 今ッ!

 シンボリルドルフがゴール板を駆け抜けたぁああッ!!』

 

 まるで、声援に押されたかのように、ルドルフは最後の一歩でシービーを突き放しゴールする。

 2レースぶりの勝利。

 まさに皇帝の逆襲と呼ぶに相応しいレースに、涙と嗚咽の混じった歓声が響く。

 

『王とは! 皇帝とは! 人をその背に従えるものだと言わんばかりに、誰よりも前に立って見せました! シンボリルドルフ!! 王冠は今、皇帝に輝くッ!!』

 

 脚が折れそうに痛み、肺が潰れそうに締め付けられる。

 それでも、勝者が情けない姿を見せるわけにはいかないと、ルドルフは気丈に倒れることなく、ゆっくりとコースを回りファンへと手を振っていく。

 

 そして、観客席の中に小さな見覚えのある姿を見つけて、柔らかく微笑むのだった。

 

(どうだい、テイオー。私は強くてカッコいいコーテーだったろう?)

 

 勝者は高らかに謳い、勝利の美酒に酔いしれる。

 どれだけの贅沢な趣向をこなそうとも、この多幸感は勝利以外では決して味わえない。

 

『レース結果は1着がシンボリルドルフ! 2着はミスターシービー! 3着はマルゼンスキー。そして、セキトは4着! 今まで2着以上を逃したことも、連敗も無かった、あのセキトが4着です!!』

『右目が見えなくなったことで、内に入り込めなくなったのが痛かったですねぇ。ですが、4着と言ってもアクシデント有りで、1着から1バ身しか離されていませんよ。立派な成績です』

 

 反対に敗者は無様に倒れ、汚泥をすすることしか許されない。

 どんなレース結果でも笑っていたシービーが、誰かの名前を呟いたきり俯いて顔を上げず。

 セキトは流れる血も止めることなく、呆然と掲示板を見つめ。

 マルゼンスキーはそんな2人を心配そうに見ているが、声をかけることはしない。

 

 声をかける権利があるとすれば、それは。

 

「セキト、君はいつまで1()()()走っているんだい?」

「……何が言いたい、ルドルフ」

 

 勝者だけの特権だ。

 

「一騎当千、万人敵。君は1人でもそれだけの強さを誇る。だが、所詮は1人だ。1人ではどんな天才でも限界がある」

「フゥン、意味の分からんことを。貴様とて、ターフ(戦場)では1人だろう」

「いいや、私は皇帝だ。君は私と私の背に続く者達全てを相手しなければいけない」

 

 一騎当千なら万の軍を差し向けられる。

 万人敵なら10万の軍を差し向けられる。

 それが、皇帝と戦うと言うことだ。

 

 かつて、国士無双と謳われた軍師韓信は、皇帝である劉邦にこう言ったという。

 自分は100万、1000万の兵を操ることが出来るが陛下は10万程度が限界だと。

 

 それに対して劉邦は、では何故自分に仕えているのかと問うた。すると韓信はこう答えた。

 自分は所詮は“兵の将”の器であり、皇帝は“将の将”たる器であると。

 

 天下に並ぶ者が居ない国士無双の将であっても、所詮は1人。

 将を従える皇帝からすれば、他の将を100人でもぶつければ済むだけの話なのだと。

 そして結局の所、韓信は謀反を企てたが皇帝に処刑されることで、その生涯を終えている。

 

 天下無双であっても、1人で出来ることなど高が知れている。

 

「ならば、貴様ごと全てを斬り伏せるまでよ」

「どうやってだい? 無様に泥をなめることしか出来ない君が、どうやって?」

 

 煽るように発破をかけるように、ルドルフがセキトに畳みかける。

 その勢いにさしものセキトも口をつぐむことしか出来ない。

 

「いつまで何も見ないつもりだ。いつまで何も聞かないつもりだ。いつまで何も言わないつもりだ。君の傍には真に君を想う者がいるだろう」

 

 かつて、呂布に仕えた高順という忠誠心の非常に高い武将が居た。

 裏切りの代名詞で有名な呂布と違い、高順は真逆。

 どれだけ呂布に疎んじられようと恨み1つ言わず仕え続けた。

 そんな高順だが、呂布に対して諫言(かんげん)を度々行っていた。

 その中の1つにこのようなものがある。

 

 将軍、腐敗した王朝の中でも、正しき意見を言う者が1人もいないわけではありません。

 ただ、その意見を聞き入れないだけなのです。

 そして、それを繰り返した結果として、滅んでいるだけなのです。

 

 皮肉にも高順の言った通りに、呂布は陳宮や高順、張遼ら真の味方の意見を無視して、その身を滅ぼした。

 

「人を頼るんだ、セキト。誰かを信じてみるのも、そう悪い気分じゃない」

「……黙れ、オレ様は誰にも頼らん。誰にも庇われん。誰にも……守られん」

 

 話は終わりだ。

 そう、暗に示す様に背を向けてセキトは控室に歩いていく。

 

「私では力不足か……やはり、信じて任せるしかないか」

 

 そんな後ろ姿を見つめながら、ルドルフは小さく溜息を吐く。

 セキトには人を頼れと言ったが、自分も人のことは言えない。

 何でも1人でやろうとするのは、きっと似た者同士なのだろう。

 だが、それでも。

 

(待っているよ、セキト。君は必ずさらに強くなって帰って来る。君は私の初めての敗北を奪った相手で、私達の―――永遠のライバルなのだから)

 

 彼女は信じて待つことに決めたのだった。

 

 

 

 

 

 控室に戻ったセキトがまず目にしたものは、土下座した私の姿だった。

 

「陳宮…? 何を……している…?」

 

 困惑したセキトに目を合わせることもせずに、私は土下座を続ける。

 今回の敗北は全て私の責任だ。

 

 分かっていた。セキトに疲労がたまっていることも。

 食事での体作りが不十分であったことも。

 レース前に集中力がいつもより欠けていることも。

 全部わかった上で、セキトなら勝ってくれると慢心して見逃していた。

 

 その結果がこれだ。

 

 セキトに再び敗北を刻んでしまった。

 自分が嫌で嫌でしょうがない。

 

「出しゃばるな、陳宮。負けたのはオレ様のせいだ。……運もあったのだ、貴様はよくやってくれた」

 

 セキトがあくまでも自分の責任だと言うが私は首を振る。

 

 違うんだ。

 運が悪かったとか、君のせいとかじゃない。

 私が悪いんだよ、セキト。

 

「……やめろ」

 

 もっと、セキトを乗せて言うことを聞かせればよかったのに、現状に甘えてしまった。

 最強であるセキトの才能を輝かせてやれなかったのは、全部私のせいだ。

 責を取るべきは、腹を切るべきは私だ。

 

「庇うな……」

 

 セキトが敗北したのは私のせいだ。

 

「―――オレ様を庇うなッ!!」

 

 首根っこを掴まれ、セキトの顔付近まで引き上げられ、上目遣いで見上げる形になる。

 そこで私は初めてセキトの顔を見る。

 怒っていると思っていた。

 だというのに、彼女の表情は。

 

 今にも泣きだしそうな顔だった。

 

「オレ様は…オレ様は…! 誰かに庇われる程……弱くない…弱くてはいけないのだ……」

 

 血か涙か、ポツリとしずくが私の頬を濡らす。

 いつもの、どこまでも強者の自信に満ちたセキトは居なかった。

 居るのは、迷子になって不安で泣き叫びたいのに、必死に我慢している小さな子供。

 

「オレ様は最強だ…天下無双だ。でなければ…また守られる…また庇われる…また失う」

 

 ブツブツと自己暗示をかけるように呟くセキト。

 今にも壊れかけになっているのが、医療の専門家でない自分でも分かった。

 

 セキトを守るために必要なのは、彼女の言葉を肯定してあげることだろう。

 いつものように、君こそが天下無双だと言ってあげればいい。

 だが、きっとそれではダメなのだろう。

 

「何を…?」

 

 グッと足に力を籠めて、セキトに掴まれていた状態から脱出する。

 そして、逃げられないように彼女の肩を掴んで真正面から言い切る。

 

 

 セキト、今のキミは―――弱い。

 

 

「陳…宮…?」

 

 嘘だ。

 あなただけは自分の味方だと信じていたのに。

 裏切り者ッ!

 

 そんな絶望の想いがありありと籠った視線が私を貫く。

 だが、そこで引くことはしない。

 

 私達は今の関係ではダメだ。先に進めない。

 新しい関係を築くために、今までの全てを壊す必要がある。

 だから、教えて欲しい。

 

「何を…?」

 

 セキトがなぜ、病的なまでに、庇うこと守られることを嫌うのか。

 そして、きっとその根本にあるだろう出来事。

 ―――父親の死を。

 

「…………聞いても、面白いことなど何もないぞ」

 

 それでも知りたいのだ。

 君の全てを。

 

「貴様になら……いいだろう。馬鹿で愚かで間抜けで、おまけに貧弱なガキの話を……してやる」

 

 普段は絶対に見せない弱々しい声で。

 怯えと恐怖の混じった顔で。

 ポツリポツリとセキトは語り始める。

 

 

 

「13年前のある日……オレ様は―――父親を殺した」

 

 

 

 

 

『ねえ、パパ! パパ!』

『どうした、セキト?』

『おおきくなったら、セキトはパパのおよめさんになるの!』

『ハッハッハッ! オレ様のお嫁さんか! それは楽しみだな!!』

 

 ―――子どもの頃はパパに恋してた。

 

 




次回、過去話とレース


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7章:呂布(りょふ)

呂布の命日は建安3年12月24日。


 ―――子どもの頃はパパに恋してた。

 

『ねえ、パパ! パパ!』

『どうした、セキト?』

『おおきくなったら、セキトはパパのおよめさんになるの!』

『ハッハッハッ! オレ様のお嫁さんか! それは楽しみだな!!』

 

 将来の夢はパパのお嫁さん。

 パパのことが大好きで、パパもセキトのことが大好き。

 

『ところで、セキト。ママのご飯は全部食べたか?』

『………おやさいいがいは』

 

 でも、お野菜を残すと叱って来るところは嫌い。

 

『こら、野菜を食べないと強くなれないぞ』

『いいもん! セキトはじゅーぶんつよいんだもん!! このまえのレースでも1番だったもん!!』

 

 好きなものを食べるだけでも、セキトは十分強いの。

 だって、セキトはレースで負けたことがないんだもん。

 セキトは最強無敵のウマ娘様! えっへん!

 

『フゥン、そうかそうか。レースで1着だったのは凄いぞぉ、セキト』

『えへへへ』

 

 えらいえらいと言ってパパは、セキトの髪を撫でてくれる。

 レースで1番になったら、パパが褒めてくれるから嬉しい。

 だから、セキトはレースに出るのが好き。

 いっぱいレースに出て、いっぱい勝って、いっぱいパパに褒めてもらうの。

 

『でも、好き嫌いばかりしてると、もっと強くなれないぞ』

 

 そんな優しいパパだけど、お残しは許してくれない。

 ママはセキトがお残ししても、食べたくなかったら食べなくていいよって言うのに。

 パパはもっと、太っ腹ーッ! に、なったらいいのに。

 ……でも、太ったパパはちょっと嫌かも。

 

『なんで! なんで! セキトより強い子なんて、セキトみたことないもん!!』

『いるさ。いいか、セキト? 世界は広いんだ。セキトより強い人は必ずいる』

『えー、どこにもいないよー』

『フゥン、何を言っているんだ? 目の前にパパが居るじゃないか』

『フゥン?』

 

 そう言ってパパはフゥンと胸を張る。

 真似してセキトもフゥンと言ってみる。

 パパの真似っこは楽しい。それと、真似をすると何だかパパの機嫌がよくなるの。

 

『……信じてないな、セキト。パパは天下無双のレスラーだったんだぞ?』

『うっそだー。セキトのほうが足がはやいよ? それに力だってパパよりつよいもん!!』

『ハッハッハ! 呂布の生まれ変わりのマスク・ド・呂布より強いか。セキトは凄いな!』

 

 パパのことは大好き。

 でも、強いのはセキトの方だもーん。

 かけっこだってパパには負けたことないしー。

 セキトは誰よりも強いんだもん!

 

『だから、セキトがパパのことまもってあげるの! ママもおじいちゃんもおばあちゃんもみーんな! セキトがまもってあげるの!!』

 

 セキトは世界で一番強いから、大好きな人達みんなを守ってあげる。

 パパはよく、パパのことを天下無双って言うけど良く分かんない。

 昔は今呂布って言われるプロレスラーだったって言ってるけど、セキトは見たことないし。

 

 ママが言うにはマスク・ド・呂布は呂布の生まれ変わりって設定なんだって。

 でも、呂布って誰か知らないから、関係ないし。まあ、マスクはカッコイイと思うけど。

 とにかく、セキトの方がきっと上! セキトがパパを守ってあげる!

 

『そうかそうか、それは楽しみだな。よし! じゃあ、パパをお野菜から守ってくれ!』

『ア、パパ、チョウチョー』

『今は冬だぞ、セキト』

 

 でも、嫌いな食べ物とは戦いたくない。

 

 

 

 

 

 サンタクロースをつかまえてきます。

 パパとママにもいっぱいプレゼントをあげるからね。

 

 

 12月24日の夜。

 セキトはそんな書置きを残して家を出た。

 もちろん、パパとママには内緒だ。

 だってパパとママには、夜に1人でお外に出たらいけないと言われているから。

 

『まっててね、パパ、ママ。サンタをつかまえて、パパとママにもプレゼントをあげるんだから。パパとママもいい子だったのに、プレゼントがもらえないなんておかしいもん』

 

 サンタを捕まえて、パパとママの分のプレゼントをぶん捕ってやる。

 良い子にしてた大人がプレゼントをもらえないのはフビョードーだ。

 

 そんな怒りと覚悟を胸に、意気揚々と片田舎の雪道を歩くセキト。

 セキトの故郷は雪が積もりやすい田舎で、街灯の明かりもまばらな地域だ。

 夜になると人通りもほとんどない。

 

 不気味で、陰鬱な寒々しい道。

 普通の子供なら、立ち止まって泣きだすか、回れ右をしている景色。

 

(さむくても、くらくてもセキトはへっちゃら! だって、セキトはつよいんだから!!)

 

 だが、自分の強さに過剰なまでの自信を持っていたセキトは、ずんずんと前へ進む。

 

(パパとママ、セキトがサンタをつかまえてきたら、おどろくかな?)

 

 普段のセキトの両親ならば、子どもが勝手に外に出れないようにしているし、何なら一緒に布団で寝ている。だが、今日はクリスマスだ。子供のために、親がサンタクロースになる日なのだ。

 

 サンタが来るから、早く寝なさいと言って子供が寝ている間に準備をして。

 家には煙突がないから、サンタが入れるように窓の鍵を開けてと言われれば断れない日。

 サンタを待ち伏せにした方が確実という、悪知恵すら働かない子供の純粋さ。

 

 それら全てが重なって、不幸は起きていた。

 幸せの青い鳥はすぐ傍に居るというのに。

 

(サンタってトナカイに乗って飛んでるから、高い所に行けば見つけられるかな?)

 

 考えなしに飛び出て来たセキトが、なんとなしに山の方を見る。

 そして、夜の山の危険性にも気づくことなく、いそいそと山の中に入っていく。

 小さな足跡を、雪の上に残していきながら。

 

 

 

『……どうしよう、パパ…ママ……』

 

 案の定と言うべきか、必然と言うべきか。

 小さなセキトは見事に山の中で迷子になってしまった。

 

 次第に強くなっていく雪。

 山の木々が風に吹かれてしなる不気味な音。

 ぽっかりと底が抜けたような深い闇。

 

 大の大人でさえ、不安になり恐怖を覚える環境。

 そんな中に1人取り残された幼い子供が取る行動など1つ。

 

『ぐすん……パパぁ……ママぁ……ごべん…なじゃい…ッ』

 

 親を求めて泣きじゃくるだけだ。

 

 どうしてこんなことをしてしまったのだろう。

 家にいればよかったのに。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 

 初めの頃の、まるで冒険にでも行くようなワクワク感は、とうの昔に消えている。

 今、心にあるのは寂しいという感情だけだ。

 自分でも訳も分からずに泣くしかない、そんなどこにでも居るか弱い子供。

 

『さむいよぉ……手がいたいよぉ……』

 

 子供特有の高い体温も、ウマ娘の頑丈な体も。

 大自然の猛威の前では何の意味もなさない。

 自然は平等だ。誰に対しても公平に接する。

 弱き者を殺し、強き者だけを活かす。子供も大人も関係なく。

 

 故に、弱き者は自然の流れに沿ってこのまま死んでいくだけ。

 だが。

 

『無事か、セキトッ!?』

『パパァーッ!!』

 

 そうさせないために、親が大人が弱者(こども)を守るのだ。

 

『セキト! どうして、パパとママとの約束を破って1人で外に――』

『パパ! パパ…ッ パパぁ……!』

『………フゥン。大丈夫だ、パパはここに居るぞ』

 

 何故、外に1人で出たのかと叱ろうとする父親だったが、泣きじゃくる我が子を見て、ただ抱きしめることにする。叱るのは家に帰ってからで十分。今はただ、この小さな温もりが失われなかったことに安堵していればいい。

 

『さあ、セキト帰ろう。ママが家で心配して待ってる』

『ゔんっ……』

 

 何はともあれ、今はこの子と一緒に家に帰らなければならない。

 その前に妻に一報を入れよう。そう思い、携帯を見るが生憎の圏外。

 妻には一定の時間が経っても、自分が戻って来なければレスキューを呼ぶように伝えているが、そうならないに越したことはない。

 

『セキト、パジャマのままだと寒いだろう? パパの服を着ていなさい』

『うん!』

 

 涙と鼻水でグチャグチャになっている、愛娘の顔を拭いてやりながら自分の上着を着せる。

 冬の夜風が我が身を突き刺すが、娘の寒がる姿を見るのに比べれば数百倍マシだ。

 

『フゥン、後は山を下りるだけ……』

 

 ここに来るまでにつけてきた足跡を見ようと、雪の積もる地面にライトをかざす。

 セキトを見つけることが出来たのも、彼女の小さな足跡を追うことが出来たからだ。

 

『足跡が……ない?』

 

 だが、地面には足跡がなかった。

 いや、正確には新しく積もった雪でかき消されていたのだ。

 

 その事実にハッとしてセキトの父は空を見上げる。

 月も出ていない雪の降る夜。

 ただ、その雪は今や完全に吹雪と化していた。

 

『パパ…?』

 

 不安そうにこちらを見る娘の頭を撫でながら、セキトの父は考える。

 次第に強くなっていく雪と風。

 おまけに帰り道も分からなくなっている。

 

 遭難と言って差し支えないだろう。

 そして、山で遭難した時は降りるのではなく登れと言う。

 自分1人なら可能だが、小さな子供をつれて登るのは利巧とは言えないだろう。

 それに、現在地がそこまで高い場所だとは考えられない。

 

 ウマ娘と言えど、子どもが登れる範囲で自分が追いつける距離。

 ならば、レスキューを待つか、明るくなるまで耐えて現在地を把握するのが確実。

 そう考え、セキトの父はしゃがみ込んでセキトと目線を合わせる。

 

『セキト、落ち着いて聞いてくれ。雪が強くなって、今の状態だと帰れそうにない。だから、雪が弱まるまでここで待っていようと思うんだが……我慢できるか?』

『……だいじょぶ、だってセキトはつよいから。パパは1人でかえってもいいよ』

『フゥン、馬鹿を言うな。セキトを置いて帰れるわけないだろ』

 

 先程まで大泣きしていたというのに、意地を張る我が子に苦笑しながら父は頭を撫でる。

 例え、本当に1人で大丈夫だったとしても、愛する娘を置いていく父親が居るものかと。

 それに対し、幼いセキトは自分が小さく弱いから父が安心出来ないのだと勘違いし、1人むくれる。

 

『セキト、あの大きな木の下に行こう。あそこなら風が少しは防げる』

『わかった』

 

 親子は一本の大木の下に行く。

 ここで、雪が弱まるまで待とう。

 父はそう思っていた。

 

 パパが居るからきっともう大丈夫。

 娘はそう思っていた。

 

 だが、しかし。

 

『……風が強くなってきたな。セキト、パパが抱っこしてあげよう』

 

 状況は一向に改善しないどころか、さらに酷くなっていく。

 凍えろとばかりに雪は勢いを増し、風は彼らを探す獣のように木々をすり抜け容赦なく2人を襲う。

 

『セキト、寒くはないか?』

『パパがだっこしてくれてるからへいき!』

『そうか、そうか。セキトは強い子だな』

『パパはさむくない?』

『フーハッハッハ! オレ様は天下無双の呂布だぞ? ……寒さなんてへっちゃらだよ、パパは』

 

 無理にでも下山をするべきだったかと、後悔するがもう遅い。

 今から動いても逆効果だろう。

 ならば、するべきことは娘を守ることである。

 

 父は木と自分の身体の間に娘を置くように抱きしめ、バリケードを作る。

 これで、少しは風が防げるだろう。

 

『セキト、何かお話をしてくれないか? パパは少し眠たくなってるんだ』

『じゃあ、このまえのレースでセキトが1番になったおはなしをしてあげる!』

『……ああ、楽しみだな』

 

 この吹雪では、救助も二次災害を出さないために来ることはないだろう。

 耐えるしかない。守るしかない。

 

『ねえねえ、パパはぷろれすらーだったんだよね?』

『ああ、そうだよ。パパは悪名高いマスク・ド・呂布というレスラーだったんだぞ』

『あくみょう? あくみょうってなに?』

『……パパが強過ぎて、みんなが名前も呼びたくないってことだ』

『パパすごーい!』

 

 妻は今頃、どんな気持ちで自分達の帰りを待っているだろうか。

 もしも、自分と娘がこのまま帰らなければ――。

 1人涙にくれる妻の姿を想像し、既に限界まで冷えていた体が、更に冷たくなって気がした。

 何としてでも、この子だけでも無事に返さなければ。

 

『……パ…パパ! もう、おはなししようって言ったのはパパなのに、ねちゃうなんてサイテー』

『…ッ! あ、あはは……悪いね。それで……何のお話だったかな?』

『リョフってだれ?』

『呂布はね……三国志という物語に登場する、とっても強い武将のことさ。パパの子供の頃からの憧れでね。帰ったら、パパの書斎の横山三国志を読ませてあげよう』

『ふーん、つよいってどれくらい?』

『天下無双さ』

 

 時間の感覚まで凍ってしまったかのように、今が何時かも分からない。

 それでも、腕の中の温もりを守るためならば耐えられる気がした。

 

 今夜が聖夜だと言うのなら、奇跡をください。神様。

 

『パパはよくテンカムソーって言ってるけど、てんかむそうってなにー?』

『……誰よりも強い人のことだよ』

『セキトよりも?』

『ああ……ずっと…ずっと…強い』

 

 神様お願いします。

 神様お願いします。

 神様お願いします。

 

 私に強さをください。

 この子を守れる()()()強さを。

 

 私には救いは要らないから(他には何にもいらないから)

 

『あ! パパ、空が明るくなってきたよ』

 

 どうか、どうか、どうか…! 

 この子に奇跡を、神様。

 

『……パパ? 眠っちゃったの…?』

 

 聖なる日に、()()()()()()()()を。

 

 

 

 12月25日、朝。

 レスキュー隊によって、1人のウマ娘が冬の山の中から救出された。

 ……凍死した父親から、守るように抱きしめられた状態で。

 娘を凍死から守った父親を見た、とあるレスキュー隊員はこう語ったという。

 

 彼はまがうことなき―――()()()()()()

 

 

 

 

 

『運が悪かっただけよ』

 

『セキトのせいじゃない』

 

『自分を責めないでいいよ』

 

『ごめんね、セキト……全部ママが悪いんだよ』

 

 違う。

 誰も悪くなんてない。

 悪いのはセキトだけ。

 

 セキトが殺した。

 セキトがパパを殺した。

 セキトが大好きなパパを殺した。

 

 お前が殺した。

 お前が父親を殺した。

 お前が弱いから父親が死んだ。

 

『パパ…パパ…どこ…?』

 

 あの日以来、セキトは父親の書斎に籠ったまま外に出なくなっていた。

 食事もとろうとしないので、母や祖父母はこの際()()()()()でもいいからと、泣きながらセキトに食事をとらせようとした。その結果、将来に偏食家になる可能性も忘れて。

 

『セキトが…セキトが弱いから……みんながセキトをかばう』

 

 そして、そのことが余計にセキトの心を苦しめていた。

 

『弱いから……まもられる』

 

 セキトが帰ってきたからというもの、誰も彼女のことを叱ったりしなかった。

 

 みんながセキトを(かば)った。

 父親の死で、茫然自失としているセキトを守ろうとした。

 母も祖父母も、近所の人も。

 

 ()()()()()()()()()セキトを責めることは一切しなかった。

 

 みんなが口々に言う。

 セキトは悪くないよと。

 

 みんなが甘やかす。

 今は辛い時期だからそっとしておこうと。

 

『ぜんぶ…ぜんぶ…セキトのせいなのに……』

 

 そのことが余計にセキトを追い詰めていた。

 

 お前は弱いのだと。

 か弱き守るべき存在だから、母親を泣かせた。

 弱いから、みんながお前を庇い、守ろうとするのだと。

 自分は強いから、みんなを守ってあげると言っていた幼子に、容赦なく現実を突きつける。

 

『セキトが弱いから……パパは死んだ』

 

 誰も叱らないから、勘違いを正せない。

 

『セキトが弱いから、パパがセキトをまもった……』

 

 自分が弱いから、父親に守られたのだと。

 親が子に注ぐ当たり前の無償の愛を否定する。

 

『セキトが弱いから、みんながセキトをかばう……』

 

 優しさを、愛情を、弱者への憐れみだと思う。

 なぜ、このようなことになったのかという、根本的理由から目を逸らす。

 

『セキトが強かったら……きっとパパは死ななかった』

 

 全ての原因は弱さにあると。

 自分が強ければ、父は死ぬこともなく、母も見当違いに自分を責めて泣かなかったはずだと。

 

『強くなる…強くなる…だれよりも……強くなるッ』

 

 強くなれば、きっともう誰も自分を庇わない、守らない。

 大切な人を失うのはもう嫌だから、誰よりも強くなる。

 そうしたら、きっと―――誰も死なない(誰も守ろうとしない)

 

『パパみたいに、パパよりも強く―――()()()()になるんだ!』

 

 思い描くのは父親の大きな背中。

 自分が知る中で、誰よりも強い人。

 その人に追いつくために、その人になるためにはどうすればいいのか。

 

『パパのマネをすれば……強くなれるかな?』

 

 思いついたのは真似をすること。

 父親になることを目指していれば、いつかは父親と同じ天下無双になれるはずだ。

 

『パパになるんだ。パパみたいに強くなってセキトは……ううん、()()()は……パパ(呂布)だ』

 

 父が好きだと言っていた、本を手に取る。

 父親の言葉遣いを真似してみる。

 

 裏がなければ、同じ年頃の子供の多くがやっていることだろう。

 だが、セキトがやっている行動は酷く気味の悪いものだった。

 母親が死んだ夫の真似をする娘を見て、罪悪感から胃の中のものを吐き出してしまう程には。

 

『“三国志”ってこれのことかな?』

 

 三国志を読む。

 まるで、罪人が贖罪を求めてバイブル(聖典)に縋るように。

 

『これ……パパの現役時代のDVD』

 

 父親のレスラー時代のDVDを見る。

 まるで、そこに映る誰かとなり替わろうとするように。

 

 現代に蘇った呂布という設定のヒールレスラー、マスク・ド・呂布。

 そこに映る父親の話し方、性格。

 そして、大本になった三国志の呂布。

 

『オレ様は……天下無双の……呂布奉先』

 

 それらを混ぜ合わせて、呂布(パパ)の生まれ変わりであるという仮面を作る。

 

 弱い自分はいらない。死んでしまえ。

 必要なのは、理想の自分だけ。強い自分以外は必要ない。

 天下無双(セキトのパパ)であることを自らに強いろ。

 

 そうした独りよがりな贖罪の果てに、セキトは。

 

 

「覚えておけッ! 陳宮! オレ様が目指すは天下無双ッ!! 此度の生でこそ、最強の呂布奉先の名を永劫不変のものとしてやるのだ! フーハッハッハッ!!」

 

 

 ―――()()()()()()()()()となった。

 

 

 

 

 

「……どうだ、くだらん話だっただろう?」

 

 セキトの話を聞き終わり、私は深く目を瞑る。

 今の話で大体わかった。セキトは父の死の理由を自らの弱さに求めたのだ。

 そして、自らが最強と信じる父の真似をして、天下無双になろうとしている。

 

 ……今度は誰にも守られないよう、庇われないよう。

 そうすれば、きっと大切な人を二度と失わないから。

 

「だが、これで分かったはずだ。オレ様は同じ過ちを繰り返さないように、天下無双にならねばならないのだ」

 

 最強を目指す彼女の意思は固い。

 だが、彼女は決定的な思い違いをしている。

 

「強くなれば…天下無双になれば…! オレ様が強ければ…ッ」

 

 父親がセキトを守った理由を。

 

パパ()セキト(オレ様)を守らなかった!!」

 

 

―――この大バカ者ッ!!

 

 

「ひッ…!」

 

 私の怒声に気圧されて、セキトが子供のような悲鳴を上げる。

 いや、実際に子供なのだろう。セキトは、彼女はあの日から何も成長していない。

 心が成長せずに、図体だけがデカくなっただけの子供。

 それが今の彼女だ。

 

 そうだ。だからこそ、勘違いを正して成長させないといけない。

 

「か、勘違いだと…? このオレ様が…何を……」

 

 セキトが強ければ守らなかったなど、余りにもバカげている。

 仮に昔の彼女が今のセキトよりも強かったとしても、彼女の父はセキトを守ったはずだ。

 

「何を……強き者を守る理由など、どこにも存在しないはずだ」

 

 いいや、愛する者を守るのに強い弱いは関係ない。

 大切な誰かを守るのに、そんなことを勘定にいれる者はいない。

 

「愛…だと?」

 

 そうだ。人類が、ウマ娘が、この世界に生まれて来てから、それは一度も変わらない法則だ。

 ウマ娘より弱い人間が、ウマ娘を守るために命を投げ出す。

 親より弱い子が、親を守るためにその身を盾にする。

 愛は合理性などではない。抑えきれぬ感情なのだ。

 

 ましてや、我が子への愛だ。セキトが何歳になろうとも、同じ状況になれば父は必ず守る。

 

「なんで…! ()()()()()を愛していたって分かるの…!? セキトが殺したのにッ!!」

 

 罪悪感から、無償の愛すら否定しようとするセキトに、ハッキリと言い切ってやる。

 

 

―――私も君を愛しているからだッ!!

 

 

「……へ? あ、愛…?」

 

 彼女の父と比べれば卑小な愛だろう。

 だが、私とてセキトのためなら、全てを投げ出せる覚悟を決めている。

 何なら今ここで腹を切って証明してみせてもいい。

 

「やめてよッ! 陳宮まで死んじゃったら、セキトはどうしたらいいのッ!?」

 

 まあ、腹切りはともかく、同じ愛を注ぐ者だからこそ分かる。

 私だって同じ状況になれば、セキトを守るために命を懸ける。

 強さなんて関係ない。愛する者を守るのは人の本能なのだから。

 

「でも…でも…それじゃあ…! パパも陳宮も死んじゃうよ!? セキトを守ったせいで死んじゃうよ!! そんなの嫌だッ! どうしたらいいのッ!?」

 

 君が守ってくれ。

 私が君を守るから、君は私を守ってくれ。

 

「……そうだ。セキトは……みんなを守ってあげるって……」

 

 いつの日にか忘れてしまっていたことを想い出し、セキトは目を閉じる。

 最初は強いから守ってあげようと思っていたのに、いつの間にか自分だけを守ろうとしていた。

 誰かを失いたく一心で、1人の殻に閉じこもろうと藻掻いていた。

 

 ―――何かを守るためには、強さも必要なのは事実だ。

 

 ここまで言ってきてなんだが、彼女が強ければ父親は死ななかったというのは否定しない。

 お互いが守り合うことで、危機を乗り越えるのもまた人の本能だ。

 

「だったら……セキトは何も間違ってないじゃん……痛ッ!」

 

 むくれて頬を膨らませるセキトに対し、私は強めのデコピンをお見舞いする。

 彼女はまだ勘違いをしている。いや、現実から目を逸らしているとでも言うべきか。

 ここから先は、彼女の父が本来行うはずだったことだ。

 私などで代わりが務まるか心配だが、私がやるしかない。

 

 きっと、彼女にとって一番必要なことなのだから。

 

 ―――セキト……どうして、パパとママとの約束を破って1人で外に出たんだ?

 

「あ………」

 

 セキトの目を真っすぐに見つめながら、静かに叱りつける。

 彼女の顔がサッと青く染まるが、私はその肩を掴み逃がさない。

 

 彼女は誰かが叱ってやらなければいけない。

 人の言うことをちゃんと聞かないとダメだと叱ってやらねば。

 そうしなければ、セキトは永遠に12月24日に囚われたままだ。

 

 ―――1人でお外に出るのは、危ないからダメだよって言ったよね?

 

「その……えっと……」

 

 本当にあの日のままなら、パパとママのためにサンタを捕まえに行ったと言うだろう。

 だが、高校生になった彼女は知っている。サンタクロースなんて実在しないことを。

 ありもしない幻想を追って本当に大切なものを失った愚か者を。

 他ならぬ自分が、そのサンタクロースを殺してしまった悪い子だと知っている。

 

 ―――セキト。

 

 だとしても、言わなければならない。認めなければならない。

 自分が人の言うことを聞かなかったせいで、不幸が起きてしまった事実を。

 認めなければならない(謝らなければならない)

 

「ごめん……なさい……約束を破って……ごめんなさい」

 

 掠れるような声で、されどもしっかりと謝罪の言葉を告げたセキトを抱きしめる。

 今のは、彼女の父が言わなければならなかった言葉。

 そして今度は、言いたかった言葉だ。

 

 ―――よく言えたな、偉いぞ、セキト。

 

 抱きしめたまま、あやす様にポンポンと背中を叩いてあげる。

 小さな嗚咽が聞こえて来たので、彼女の顔を胸に押し付ける。

 

 ―――それと、生きててくれてありがとう。安心したよ。

 

「ごめん…なさい…! ごめんなさい…! 心配かけて…ごめんなさい…ッ! パパ!!」

 

 そのまま子供のように、泣きじゃくるセキトを抱きしめ続ける。

 きっと、彼女の父が生きていれば、こうしていただろうから。

 

「もう…しないから! パパとママの言うことを……ちゃんと聞くから…! 好き嫌いしないで…野菜も残さず…食べるから…ッ! ちゃんと…いい子にするからぁ…ッ」

 

 お願いだから帰って来てよ、パパ。

 

 そんな声にならない言葉を受け止めながら、私は誓う。

 死者は蘇らないし、私もセキトのパパにはなれない。

 だから、前に向かって歩んでいくしかない。

 だが、その道の中で必ず。

 

 ―――セキト。

 

「……なぁに?」

 

 

 ―――2()()()天下無双になろう。

 

 

 天を飛ぶウマ娘の異名通りに、空高く舞い上がって。

 天国にいるお父さんにも届く程の歓声を浴びよう。

 私達が、天下無双だと。

 

「フ…フハハハハ! 天下無双だというのに2人でだと? 2人と無いという意味が矛盾するぞ。ああ……だが、その無謀を平然と告げるからこそ、オレ様の――」

 

 普段の調子を取り戻し、上目遣いでこちらを見上げセキトが笑う。

 それは子供のような無邪気な笑みでも、いつもの傲岸不遜な笑みでもない。

 

 

「―――()()()()()だ」

 

 

 1人の魅力的な女性の笑みだった。

 




セキトは呂布ではなく、赤兎馬なのです。
赤兎馬は主を2回失ってるんですよね(呂布、関羽)

さて、丁度1万字ぐらいで綺麗に過去編が終わったので、レースは次回になります。
次回はシービーとの再戦。追い込み対決です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8章:天地迅(てんちじん)

 

「放送席、放送席。こちら見事、天皇賞春を制したシンボリルドルフ選手のインタビューになります。まずは天皇賞優勝おめでとうございます!」

「ありがとうございます。これも応援してくださるファンや学園関係者、それに常に傍で支えてくれるトレーナーのおかげです」

 

 天皇賞春の勝者、シンボリルドルフへと数えるのも馬鹿らしくなる程のマイクが向けられる。

 無数のフラッシュは、もはやビームか何かと思いたくなる程だが皇帝は身じろぎ1つしない。

 民草が偉大なる皇帝の前にくれば感動のあまり、我を失うのは当然のこと。

 それを許してやるのが王としての器というものだとでも言うように。

 

「大阪杯に続き、ミスターシービー選手を下してのG1連勝。そして、大阪杯、天皇賞春とくれば、狙うは宝塚記念での春三冠の偉業だとファンの間では早くも期待の声が寄せられていますが、ズバリ今後の展望はどのようにお考えでしょうか?」

「展望と呼ぶかは分かりませんが、質問にお答えする言葉があるとすれば1つ──―無論だ」

 

 シンボリルドルフの強く言い切った言葉に、取材陣からは一斉に声が上がる。

 やはりか、今度の号外はこれで決まりだな。

 そんな声を聞きながら、ルドルフは内心で1人ほくそ笑む。

 この流れならば、私が期待している質問も必ずしてくるだろうと。

 

「素晴らしい意気込みです! 私、1ファンとしての情熱が抑えきれません!!」

恐悦至極(きょうえつしごく)。楽しみにしていただけるのなら、私も喜ばしいことです」

「しかし、宝塚記念となれば今回は出走しなかったマルゼンスキー選手、そしてセキト選手といったライバルが出走してくるかと思います。特に今回、本命と言われていたにも関わらず不在のセキト選手ですが、もしや大阪杯での怪我が良くない方向に向かっているのではないかと噂になっております」

 

 今回の天皇賞ではマルゼンスキーとセキトは出走していない。

 間近に控えた“ヴィクトリアマイル”に出走予定のマルゼンスキーはともかく、セキトの方は音沙汰がない。

 

 今まで、無秩序にレースに出走していたセキトがピタリと出なくなっている。

 これは何かトラブルがあったのではないかと、見る関係者がほとんどだ。

 そして、この件について自分も何かを聞かれると考えていたルドルフの予想通りだ。

 

「まず初めに、セキトはすこぶる元気です。皆さんが思っているような事態にはなっていません」

 

 ハッキリと言い切るシンボリルドルフ。

 その物言いに今度は驚きの声が上がる。

 いくらライバルとは言え、他陣営のウマ娘の状態に対してそこまで言い切れるのかと。

 

「あの……それは本当に?」

 

 なので、当然記者達は疑ってかかる。

 だが。

 

「──―私の言葉を疑うか?」

 

 一蹴される。

 たった一言で、あれ程ざわついていた記者達は水を打ったように静まりかえる。

 誰もが皇帝への失言は死に値すると悟ったが故に。

 

「ああ、威圧するつもりはなかったんだ。すまない。だが、セキトの状態は今言った通りなのは事実だ。何も心配することはない。そう、何も」

 

 普段の礼儀正しい敬語は消えた。

 だが、誰もそれがおかしいとは思わなかった。

 皇帝(頂点)に立つ者が、誰かを敬うなどそちらの方が余程おかしいだろう。

 

「それにね、私達は最近少し考えを変えたんだ」

「それは一体、どういったお考えで?」

「皆が私達から逃げるなら、私達の方から皆の所に足を運ぼうとね」

 

 皇帝シンボリルドルフからの現状に対しての苦言。

 栄えあるG1レースであっても、三凶が揃うレースには他のウマ娘は出走しない。

 これでは長期的に見ればトゥインクルシリーズ全体の損益に繋がりかねない。

 そのためにどうするかの答え。

 

 ただ、三凶が勝つという構図ではなく、別の構図にして盛り上げてやればいい。

 

「つまりそれは…?」

「中・長距離は皇帝の領土。短距離・マイルは怪物の縄張り。ダートは将軍の征服地」

 

 つらつらと、たんたんと。

 それが事実であることに疑問など抱くことすらなく、ルドルフは語っていく。

 

「私達が全てを支配しよう。他の者の安寧の地など、もはやどこにもありはしない」

「もしかして……それは、3人の出走レースをばらけさせ……他のウマ娘達の逃げ場を潰すということでしょうか…?」

 

 ルドルフは記者の問いに答えない。

 当たり前のことに、返事をする必要などあるのかとばかりに。

 ただ、冷徹に玉音を繋げていく。

 

「もう私は、レースを3人で勝って、3人で喜ぶのに飽きているんだ」

 

 ヒヤリとした怒りが会場全体に広がる。

 続いて溢れ出る、傲慢な程に絶対的な自信。

 

 獅子がウサギを狩れることに疑問など抱くはずもない。

 私達が走れば勝つのは当たり前のこと。

 シービーですら、もはや敵と見なしていない。

 だからこその、退屈というの名の怒り。

 

「太陽のように照らすだけでは君達を導けない。時には北風も必要だと私は悟った」

 

 太陽が分厚い雲に覆われて隠れていく。

 そして、日差しの代わりに冷たく鋭利な北風が吹き荒れ始める。

 まるで、自分の方が強い厄災だと()()()()()()()

 

太陽(皇帝)は、しばし休養だ。今からは……」

 

 おもむろにルドルフは、勝負服の()()()()()()をはずす。

 そして、その手袋を無数のカメラの前へ──―投げつける。

 

 

「──―北風(魔王)シンボリルドルフだ」

 

 

 左手の白い手袋。

 それを投げつけるという行為は、古来より。

 

「さあ! 存分に抗い、歯向かい、楯突き、反抗するがいい!!」

 

 決闘の申し込みの作法とされる。

 つまりシンボリルドルフは、この会見で、この瞬間に。

 三凶以外の全てのウマ娘を相手に。

 

 

「君達もそろそろ──―逃げるのに飽きてきただろう?」

 

 

 喧嘩を売ってみせたのである。

 

 

 

 

 

「フゥン……面白いことをするではないか、ルドルフの奴め」

 

 スマホでルドルフの生中継を見ながら、セキトが不敵な笑みを浮かべる。

 事前に迷惑をかけると、ルドルフのトレーナーに伝えられていたが、実際に見てみるととんでもないことをしたものだと改めて実感する。

 

「全てのウマ娘(もののふ)を敵に回すとは……胸が躍るな陳宮!」

 

 セキトの言うように、これは三凶以外への宣戦布告。

 余りにも三凶が勝ちすぎるために、トゥインクルシリーズ全体の人気の低下を招きかねない。

 それを危惧したシンボリルドルフが打ち出した策。

 

 トゥインクルシリーズ全体の構図を、三凶(魔王)に立ち向かう他のウマ娘(勇者達)というものに変えるという奇策。

 

 勝利を望まれるヒーローから一転、その身をヒールに堕としてでもトゥインクルシリーズを守ろうとする、ある意味で彼女らしい自己犠牲の精神。そして。

 

「しかし、奴にしては随分と悪辣な手だ。他のウマ娘(もののふ)の逃げ場を奪っているのだからな」

 

 他のウマ娘達の退路を完全に塞ぐ、悪知恵だ。

 

「これでオレ様達の出るレースで、数が少なくなればマスコミや愚民共から逃げたと言われるのは明白。フゥン、否応にも背水の陣を敷かねばならんということだ」

 

 今までならば、ヒーローが三凶だった。敵が逃げても誰も気にしない。

 だが、今度は彼らがヒーロー側に立たされた。ヒーローに逃げは許されない。

 全ての人を幸福にしたいというルドルフらしからぬ策ではある。

 

 しかし、全体主義の彼女の行動と考えれば納得もいく。

 直接、三凶と戦わねばならないのは、彼女達の同じ世代がメイン。

 だが、トゥインクルシリーズの人気が下がれば、それよりも遥かに多くのウマ娘に影響が出る。

 より大きな視点から、個よりも全を優先しただけなのだ。

 

「………だが、奴が最も目立つと言うのは気に食わんな」

 

 しかし、セキトは知っている。

 ルドルフの本質は優しさであると。

 

「オレ様が動けん間の人気の独り占めでもするつもりか……フゥン、いらんことをしよって」

 

 三凶対それ以外と名を打ってはいるが、これだけやれば矢面(やづら)に立つのはルドルフだ。

 他の2人に迷惑が行かないように配慮している。

 さらに言えば、こうした行動の背景にはセキトの復帰までの時間稼ぎの側面もある。

 

 ルドルフ本人は決して言わないが、セキトが再び他の三凶と戦える力をつけようとしているのは知っている。そして、私が納得のいく肉体になるまで、セキトに他の2人とのレースを禁じたことも。3人のレースをばらけさせると言ったため、セキトが2人との対決を避けても何も言われないという気遣いなのだろう。

 

「待っているがいい。すぐに、その調子に乗った面を歪ませてやるわ」

 

 それが分かっているからか、セキトは気に入らなさそうに鼻を鳴らす。

 以前ならば、勝手なことをするなとルドルフに怒鳴りこみに行ったかもしれないが、今は違う。

 若干ではあるが、誰かに頼ることを覚え始めている。

 

「陳宮! 怠けている時間はないぞ! すぐに修行を再開させろ!!」

 

 だが、気に入らないものは気に入らないらしく、トレーニングを再開すべく勢いよく立ち上がる。

 その姿勢は私も大いに助かるのだが、残念なことにすぐに再開という訳にはいかない。

 

「なに? 飯がまだだと…? も、もう今日は3食も食ったではないか!」

 

 たんぱく質をメインとした、私特製の弁当を取り出すとセキトが途端にうろたえ始める。

 これからは、毎日6回の食事を摂ってもらうと言ったことを、もう忘れたのだろうか?

 

「覚えておるわ! ただ、毎日6食も取る必要が本当にあるのかと聞いているだけだ! 流石にそろそろ吐きかねんぞ!?」

 

 吐いた場合はちゃんと吐いた分だけ、新しい食事を用意するので問題はない。

 

「……鬼か、貴様」

 

 ドン引きした顔で後退るセキトだが、私は気にしない。

 元々、菓子ばかり食べて少食だったセキトは、あまり食べるのが好きではないらしい。

 だが、こればかりは心を鬼にして徹底させなければならない。

 私は辛抱強く丁寧に、再度説明を始めることにした。

 

「空腹状態で運動すると、筋肉が分解される。それを防ぐため空腹にならないように、朝食・10時・昼食・15時・夕食・就寝前の6回に分けて飯を取る……分かる。分かるのだ、貴様の言っていることは! だが、それならば1日の食事量が6分割されるだけではないのか? 明らかに以前よりも量が増えているではないか!! 太るぞ!!」

 

 セキトの言うように、本来は食事の回数を増やすだけで量を増やすことはない。

 過剰なカロリーは当然、健康への被害を生み出すものなのだから。

 だが、大前提として今までのセキトの食事量は()()()()()()()

 

 そのせいでセキトは、ウマ娘だというのに胃の容量が普通の女子高生ぐらいしかない。

 何も力士のように吐くまで食べて、胃を大きくしろとは言わないが、とにかくは今は多く食べられる体に改造したい。

 

 これも元はと言えば、私のトレーナーとしての能力が低かったために起きたことなので、彼女には申し訳ないことだが、だからといって弱くなる習慣を続けさせるわけにもいかない。何より、摂取したカロリーを消費するだけの練習メニューは組んである。間違っても太り気味になることはない。

 

「な、ならば、修行の組み立てを変えることは出来んのか? 最近は筋力と体力ばかり鍛えて、他が疎かではないか!」

 

 確かに最近のトレーニングは、肉体づくりを目的としたものに重きを置いている。

 バランスが悪いと言えば悪いのは事実だ。

 

「そうだろう! そうだろう! ここは1つ賢さでも鍛えて、いやレース(死合い)で速さを鍛えても──」

 

 

 ──―賢さでルドルフに、速さでマルゼンに勝てるとでも?

 

 

「…! ………ッ」

 

 反論をしようとして、口を開くが大阪杯を想い出して、苦々し気に口を閉じるセキト。

 

 シンボリルドルフのレースを読む力。

 マルゼンスキーの脚の速さ。

 ハッキリ言って、それらは天賦の才を持つ者しかたどり着けぬ領域(ゾーン)だ。

 同じ方向性で鍛えても追いつけはしない。

 

 だからこそ、こちらもセキトだけの領域(ゾーン)に。

 否、領域の先の開かずの扉の先の()の領()

 

 ──―神域(タブー)に踏み込む必要がある。

 

「ッ! オレ様は……力と体力で奴らを超えろと言うことか?」

 

 戦いというのはいつだって、自分の得意を相手に押し付けるものだ。

 ならばセキトは、他の2人よりも秀でているフィジカルを更に強化するのが一番だ。

 

 わざわざ相手の得意に乗ってやる必要はない。

 何より横綱相撲とは、相手が自分より弱い時にのみ出来る行為だ。

 故に、今の()()()であるセキトにそれを行う資格はない。

 

「ぐッ……いいだろう。オレ様は…オレは……弱い。貴様の言うとおりにしていれば……強くなれるのだな?」

 

 必ず私が君を天下無双のウマ娘にする。

 

「フゥン、そこまで言うのなら……いいだろう。このセキト! 食も敵も全てを喰らい尽くしてやろう!!」

 

 私との会話でやる気が回復したのか、セキトはちょっと涙目になりながらも箸を手に取る。

 その姿に私も安心し、次のトレーニングプランを見直そうとしたところで。

 

 

 グギュるるるるるるるるる……

 

 

「……なんだ、陳宮。オレ様ではないぞ、貴様の後ろの白い奴だ」

 

 突如として聞こえてきた()()の唸り声。

 否、特大のお腹の音。

 一体誰のものだと、私はセキトの言うように後ろを振り返る。

 するとそこには。

 

「すまない。盗み聞きをするつもりはなかったんだ。ただ……」

 

 長い葦毛(あしげ)のウマ娘が申し訳なさそうに立っていた。

 葦毛の娘は申し訳なさそうに瞳を細めた後に、意を決したように尋ねて来る。

 

「1日6食という話が聞こえてきて著しく冷静さをかいてしまった。すまないが、私に詳しくその話を聞かせてくれないか?」

 

 どうやら、私達の話を聞いていたらしい葦毛のウマ娘は、1日6食という話に興味を持ったようだ。なんと練習熱心な娘だろうと私は感心し、構わないと頷こうとし──

 

 グギュゴゴゴゴゴゴゴォ……

 

「……おい…食うか?」

「いいのか!? すまない、道に迷ってお腹が空いていたんだ! 恩に着る」

 

 再び響いたお腹の音に考えを改める。

 この葦毛の娘は練習熱心なのではない。

 ただ、食べるのが大好きな娘なのだ。

 

「そうだ、まだ名前を言ってなかったな。私は──」

 

 セキトに出された弁当に涎を流しながらも、葦毛のウマ娘はまだ名乗っていなかったと、律義に名乗りをあげる。

 

 

 

「──―オグリキャップだ。よろしく頼む」

 

 

 

 

「そうか………1日6食と言っても、分割するだけで、食べられる量が増えるわけではないんだな………」

 

 私の説明を聞いたオグリキャップはしゅんとした表情で耳を倒す。

 因みに、セキトがあげた弁当は手品かと思う程の速さで消えた。

 これには流石の私とセキトも目を点にするしかなかった。

 もはや早食いという次元ではない。

 

 擬音にすると、モッ、ペッの2音で終わっていた。

 

「1日6食なら、お腹いっぱい食べられると思ったんだが……トレーニングというのは難しいな」

「フゥン、オレ様には3食でも多いぐらいだ。戦場(いくさば)でいつも食えると思うなよ、砂利」

「そうか? トメさんも、腹が減っては戦は出来ないとよく言っていたぞ」

「………フゥン」

 

 明らかに大食いのオグリキャップに、呂布っぽくマウントを取ろうとするセキト。

 だが、オグリキャップの戦という言葉を使った返しに、すぐに何も言えなくなっていた。

 因みにオグリキャップは少しも気分を害しておらず、どうも天然で返したらしい。

 

「それで、貴様は何故オレ様達の下に来たのだ? トレーニングなら別の場所でやれ。オレ様は忙しいのだ」

「ああ、そうだ! 1日6食の衝撃で忘れてた。これから生徒会室に()()()()()の申込書を出しに行く途中だった。思い出させてくれてありがとう」

 

 ポンと手を打ち、セキトの邪険な態度もまるで気にせずに礼を言うオグリキャップ。

 そんな態度にセキトは何とも言えぬ顔をするが、これ以上関わる気はないとそっぽを向く。

 

「お弁当をありがとう。とても美味しいかった。それじゃあ、私はこれで」

 

 私とセキトに丁寧に頭を下げ、オグリキャップは歩き去って行く。

 ……何故か校舎とは真反対のグラウンドに向かって。

 

「……おい、待て。貴様どこに行くつもりだ」

「…? 生徒会室だが…?」

「そっちは真逆だ! そもそも生徒会室なのだから、校舎にあるに決まっているだろう!!」

 

 思わずといった様子でツッコミを入れるセキト。

 だが、とうのオグリキャップは不思議そうに首を傾げるばかりだ。

 よくよく考えると、生徒会室に行く途中に練習グラウンド付近を通るわけがない。

 最初からオグリキャップの行動はおかしかったのだ。

 

「言われてみれば……ありがとう。どうにも都会やトレセン学園は迷路みたいで困る」

「建物でも目印にすればいいだろう。バカか、貴様?」

「建物か……都会の建物はどれも同じ見えてしまうんだ。笠松の木や土なら分かりやすいんだが」

 

 笠松……確か地方のトレセンがあった場所だ。

 どうやら、オグリキャップはセキトと同じように、地方からやってきたウマ娘のようだ。

 つまり、地方には()()()()()()()()()()に中央に来た猛者の可能性がある。

 

「しかし困ったな……このままでは迷子になって(うち)に帰れなくなりそうだ」

「………迷子」

 

 どうしたものかと頭を悩ませるオグリキャップ。

 そんな姿にセキトはどこか苦々し気な顔を浮かべる。

 ……恐らく、自分が迷子になって、父親を死なせてしまった過去を思い出しているのだろう。

 

「地図だと北が上だから、このまま前に進めば……うん? それだとさっきと同じなるのか?」

「…………」

 

 案内してあげたら?

 そう言おうかと思ったが、グッと堪える。

 私が言っても意味がない。

 ここはセキトの成長を見守ることにしよう。

 

「……おい。ついて来い」

「いいのか? 練習の途中じゃないのか」

「フゥン、ルドルフに文句を言う予定を忘れていただけだ。貴様はついでだ」

「ありがとう! セキトは優しいんだな!!」

「…! ……フゥン、陳宮少し待っていろ」

 

 御意に。

 私は(うやうや)しく一礼し、セキトとオグリキャップの後ろ姿を見送る。

 さて、セキトが生徒会室に言っている間に、オグリキャップにあげた弁当の代わりを用意してくるとしよう。セキトはオグリキャップに弁当を上げることで体よく逃げられたと思っているかもしれないが、甘い。

 

 私はもう彼女を甘やかさない。

 

「おい! 貴様何故案内しているのに別の方に行くのだ!?」

「すまない、あっちから美味しそうな匂いがしたんだ」

「そっちは食堂だ! そもそもすぐ前に食ったばかりだろう!?」

 

 ……それはそれとして、彼女達は無事に生徒会室にまでたどり着けるだろうか。

 

 

 

 

 

「やあ、生徒会室に何かごようかい? ルドルフに用なら少しして出直した方がいいよ」

「……()()()()()()()()、何故貴様がここに居る?」

 

 オグリキャップを伴い、生徒会室に訪れたセキトを迎えたのはシンボリルドルフ。

 ではなく、別の三冠馬ミスターシービーだった。

 

「アタシも生徒会のメンバーだよ。まあ元だけど」

「フゥン、まぁいい。それに用があるのはこの葦毛の砂利だ」

「うん? ああ、選抜レースの申込書か。それだったら、ここに置いておけばいいよ。後はルドルフがやってくれるから」

「分かった、ありがとう」

 

 オグリキャップがいそいそと申込書を出しているのを横に、シービーはセキトに話しかける。

 

「へぇ……キミが後輩の手助けなんて珍しいこともあるんだね」

「フゥン、暇だったから付き合ってやっただけだ」

「その割には、如何にも練習途中で抜けてきたような恰好をしてるね」

「…………」

 

 シービーのからかうような言葉に対し、セキトはこれ以上は何も話す気はないとばかりにそっぽを向く。その様子をしばらく楽しそうに眺めていたシービーだったが、やがてスッと目を細める。

 

 まるで、獲物を見定めるように。

 

「ねぇ、セキト。キミは次はどのレースに出るの?」

「……未定だ」

「だったら、アタシと勝負しない? この前は逃げだったけど、今度は追い込みでキミに勝ってみたいんだ」

 

 アタシとキミ、どっちの追い込みが上か試してみようよ。

 

 そう言って、ミスターシービーは挑発するようにウィンクを送る。

 まるで、男を誘惑する女のような色気をもって。

 

「フゥン……いいだろう。このオレ様を挑発したことを後悔するがいい!」

 

 その挑発にセキトはいつものように乗ってみせる──

 

「と、言いたいところだが……トレーナーに確認を取らねばな」

 

 ということはなく、自らの携帯を取り出し陳宮へと連絡を入れ始める。

 そんな、以前のセキトらしからぬ姿にシービーは目を丸くする。

 

「……………というわけだ、陳宮。可能か? ……ルドルフ達が出てきそうなG1以外ならいいか。フゥン、つまらん。……だが、貴様のことだ。何か考えがあってのことだろう。いいだろう、従ってやる」

 

 少し不満げではあるが、陳宮の指示に頷くセキト。

 そして、携帯を切りシービーへと向かって憮然(ぶぜん)と言い放つ。

 

「GⅠ以外なら受けてやる。それ以外なら他所を当たれ」

 

 人の言うことをちゃんと聞き、あまつさえ売られた喧嘩をスルーする宣言をするセキト。

 まるで牙を抜かれ、飼いならされた獣。

 脅威などまるで感じない大人しい犬。

 

「キミは……変わったね」

 

 だが、シービーにはそれが何よりも恐ろしく見えた。

 言うなれば、前のセキトは本能のままに狩りをしていた一匹狼。

 そして、今のセキトは狩人と完璧に連携が取れる猟犬。

 

 いたずらに暴を振りまく嵐ではなく、狙いを定めて対象を殺す雷だ。

 

「うん──―ますます、楽しみになったよ!」

 

 だからこそ、ミスターシービーはゾクゾクとした表情で嗤う。

 それでこそ、勝負のしがいがあると。

 

 同じ脚質の頂点を決める戦い。

 相手が強い方が楽しいに決まっている。

 

「GⅠがダメなら、GⅢの鳴尾記念(なるおきねん)はどうかな? 芝2000m、宝塚の前哨戦……なんて言葉をひっくり返すレースにしようか」

「フゥン、走る以上は勝つのはオレ様だ」

 

 他のウマ娘には不幸なことに、ここに三冠馬と将軍の参戦が決まる鳴尾記念。

 このことを知れば、如何なるウマ娘も注目を避けられないだろ──

 

 

 グギュるるるるるるるるる……

 

 

「話の途中にすまない。お腹が空いてつい」

 

 訂正。ここに食い気の方を優先しているウマ娘が居る。

 

「……ついて来い。食堂まで案内してやる」

「本当か!? すまない、恩にきる!」

「あははは! こんなに大きなお腹の音を聞いたら、アタシも何か食べたくなっちゃたな」

 

 剣呑な空気は消え、3人のウマ娘は仲良さげに食堂の方へと消えていく。

 そして、誰も居なくなり静かになった生徒会室に主が帰って来る。

 

「今戻ったよ、シービー……留守を頼んでいたはずなのだがな。まあ、そんな気はしていたが」

 

 生徒会室に戻ってきたシンボリルドルフは、居るはずの人間の姿を探すが見つからずにすぐに諦める。ミスターシービーを1つの場所に縛り付けて置くなど、そもそも無理だったのだと溜息を吐きながら。

 

「ん、この申込書は……そうか、彼女が来たのか。さて、どれ程のものか、お手並み拝見だな」

 

 気を取り直して、生徒会長の椅子に座った彼女の目に入ってきたのは1枚の申込書。

 それを手に取りながら、シンボリルドルフは小さく笑う。

 

「──―葦毛の怪物」

 

 

 

 

『阪神レース場、春のGⅢ鳴尾記念。今ここに開幕です』

『春のグランプリ、宝塚記念の前哨戦となる戦いに今回も有望なウマ娘達が集まっています』

『注目は何と言っても、三強の一角セキト。そして、ミスターシービーの2名でしょう。この2人の戦いに例年よりも多くの観客が詰めかけています』

 

 ザワザワ、ガヤガヤとGⅠレースと遜色のない賑わいが阪神レース場に響く。

 三凶が出走するときに見られた、ゲートの人数割れも特には起きていない。

 至って、正常に見えるレースだ。

 

『ヴィクトリアマイルを制覇したマルゼンスキーに続き、今回のセキトも1人での出走。シンボリルドルフの宣戦布告通りに三強が揃うレースはまだありません』

『宝塚では流石にマルゼンスキーとシンボリルドルフは揃うでしょうが、セキトは帝王賞の方を優先すると噂も流れていますからねぇ。3人揃うよりは他のウマ娘達は気が楽でしょう』

『三強が全員揃った場合は勝ち目がほぼありませんからね』

 

 実況と解説が何気ない会話を行う。

 それを聞いた観客達も何気ない事実を言っているだけだと、特に気に止めない。

 だが、ウマ娘やそのトレーナー達は違う。

 

 無意識下でなめられているという事実。

 大人が子供相手に手を抜くような、誰も侮辱とすら思わないような自然な見下し。

 それらに対して一言では表せない苦い感情を抱いている。

 

『さあ、この中から三強の背に追いつけるものは出てくるのか、注目です』

『ミスターシービーに期待です。彼女なら大阪杯の時のようにセキトに勝ってくれるかもしれません』

『あの時は逃げでしたが、今回は是非とも追い込みでの対決が見てみたいものですねぇ』

 

 期待を寄せられるのはミスターシービーぐらいのもの。

 会場の誰もが2人の追い込み対決にしか期待していない。

 誰1人として、新しいヒーローが誕生するとは考えていない。

 

『さあ、今1番人気のセキトがゲートインしました』

『大阪杯の敗北から、明らかに鍛えなおして来たバ体ですねぇ。ほれぼれするような見事な仕上がりです』

『さあ、セキトがその名実に相応しい走りを見せてくれるのか……全ウマ娘がゲートに入りました』

 

 それにさらに拍車をかけるのが、セキトの状態だ。

 いつもの鎧ではなく、体操服になり惜しげもなく晒された脚は遠目にも分かる程に筋肉がついて来ている。さらに、精神的にも僅かに成長したおかげか、表情もより研ぎ澄まされたものへと変化を遂げていた。

 

 どこの誰が見ても大本命の1番人気である。

 

『そして今、運命のゲートが……』

 

 だが、シンボリルドルフに絶対はあっても。

 

 

『開かれたッ!!』

 

 

 レースに絶対はない。

 

『全てのウマ娘達が一斉に駆け出していく! 注目の1番人気セキトは最後方。そして、ミスターシービーも……後ろだッ!』

『これは間違いなく追い込み対決、レース終盤での競い合いに注目です!』

 

 出遅れか?

 観客を不安にさせる程に後方に位置付けるセキトとシービー。

 だが、2人の顔に焦りなど欠片もない。

 

『まるでお互いが譲り合うように最後尾につく、セキトとミスターシービー。場主さん、これは一体?』

『ただ単に勝つ。というだけでなく、どちらの末脚が上かを示す戦いでしょうねぇ、これは』

『つまり?』

 

 どちらの追い込みの方が優れているのか。

 それを万人に証明するにはどうするのが一番効率的か。

 

 タイム? 速度? 勝利?

 全て違う。どちらが追い込みにおいて上かを証明するシンプルな手段。

 それは。

 

『お前を抜いて勝つ、ということです』

 

 相手を追い抜いて勝利すること。

 

『なるほど! ですが、そうなってくると必然と終盤まで前に出ることが出来ません。これはレース展開として非常に厳しいものではないですか、場主さん?』

『はい、おっしゃる通りです。レース全体でなく、個人しか見ていないようなものですからね、これは。危険なレース運びです』

 

 お互いの実力が近ければ近い程、先に仕掛けた方が有利なのは事実。

 しかし、先に仕掛けては自分の方が上なのだと証明できない。

 だが、あまりにそれに固執すると他のウマ娘達に追いつけなくなってしまう。

 

 これはチキンレース。

 先に仕掛ける方が安全で、勝つ確率も上がる。

 だが、それでは意地の張り合いに負けてしまう。

 

『名を取るか、実を取るか。それとも、どちらも取れずに負けてしまうのか? この勝負、目が離せません!』

 

 誰もが先頭を行くウマ娘でなく、最後方の2人を見つめる。

 並び合う2人、どちらが先に仕掛けるか。

 その瞬間を今か今かと待ち望み。

 そして。

 

 

『レース後半300m!! ここでセキトが先陣を切ったぁッ!!』

 

 

 まず、セキトが先手を取った。

 遥か彼方に見える先頭の背に見据えて、グンッと脚に力を込め天に舞い上がる。

 

『そして! ミスターシービーも待ってましたとばかりに加速するッ!!』

 

 それに続き、ミスターシービーが追い上げる。

 弓のようにしならせた脚で大地を揺らし、空を駆ける天馬を撃ち落としにかかる。

 

『痛烈っ! 爽快ッ! 一閃ッ!!

 天地を駆ける2人が他のウマ娘を引きちぎっていくッ!!』

 

 前を行くウマ娘達との差など、もはや幻だ。

 天を駆けるウマが我が物顔で先頭を行き、地を震わせるウマがそれを追う。

 

『さあ、どちらが勝つのか! どちらが誇りを証明するのか!?』

『残り200m!! 我こそが追い込み最強だと高らかに叫ぶのはどちらだ!?』

『もはや誰もこの2人の勝負には入り込めなーいッ!!』

 

 どちらが勝つのか。

 天と地を走るウマ娘、どちらが強いのか。

 誰もがそれ以外のものを視界から外した、その瞬間。

 

 白い何かが視界の外を走り抜けた。

 

『いや! 追っている! え!? 追っている!?

 5番が5番が! 2人の怪物を追走しているッ!?』

 

 ザワリと場内の空気が変わる。

 2人だけの世界、セキトとシービーだけの勝負。

 そう誰もが思っていたのに、突如として同じ世界に分け入るウマ娘が1人。

 

『速い! 迅い(はやい)ッ!! まさに天と地の間を駆け抜ける雷がごとし!!』

『予想外ッ! 想定外ッ! まさか2人に食らいつけるウマ娘が居るとは思ってもいませんでした!!』

 

 天と地のウマの間を葦毛のウマ娘が駆け抜ける、追い込んでいく。

 そのあり得ない事態に、まずシービーが驚いて振り返り──―抜かれる。

 

『シービーを抜いた!? あのミスターシービーを追い抜いたッ!?』

『誰だ!? このウマ娘は!?

 誰だッ! この()()はッ!?

 誰だ!? この――ッ』

 

 興奮と困惑、驚愕の声が場内の至る所から湧き上がる。

 それを聞いてか、セキトも憮然とした表情で振り返る。

 そして、その目に映す。

 

 白い葦毛の毛並みを。

 透き通るような青い瞳を。

 その──―信じられぬほどに()()()()()を。

 

 

 

『―――白い稲妻はぁあああッ!?』

 

 

 

 天と地の間を駆け抜けるのは白い稲妻。

 まさに雷のような衝撃を見るもの全てに与えた葦毛のウマ娘の名前は。

 

『タマモクロスッ!! タマモクロスッ!! タマモクロスッ!!』

『5番タマモクロスが先頭を行くセキトに肉薄するッ!!』

『まさに疾風迅雷!! ターフを駆け抜ける稲妻がこの阪神レース場に波乱の嵐を巻き起こす!!』

 

 葦毛のウマ娘、タマモクロスが一歩、一歩と前へと踏み込むたびに場内が揺れる。

 目に見えるようにセキトに近づく度に空気が震える。

 さながらそれは、小さな巨人の進撃。

 史上最大の下剋上。

 

『残り100m!! 聞こえますかッ!! この万雷の歓声が!! 魔王(さんきょう)を打ち負かさんとする小さな勇者へのエールが!!』

『起こるかもしれません!! 今日ここで!! 下剋上がッ!!』

 

 突如彗星のように現れたルーキーの存在に誰もが狂喜する。

 まるでGⅠレースのような盛り上がりで、観客達が立ち上がり歓声を飛ばす。

 そんな中、ただ1人。

 

 ──―陳宮だけはすました顔で笑っていた。

 

『さあ! ゴールは目前だ!! このままタマモクロスが差し切るか!? 大金星をあげるかッ!?』

『それともセキトが三強の意地を見せるか!?』

 

 ゴールまであと僅か、そんな中でタマモクロスは内心で勝利を確信していた。

 

(いける! このまま差し切ればウチの勝ちや!!)

 

 自分の脚ならば超えられる。目の前の強敵を打ち負かせる。

 もっと上の領域(ゾーン)に踏み込める。

 そう、慢心ではない確かな自信を抱いていた。

 

(三凶がなんや! 体がデカいのがなんや! レースで勝つんは……強い方やッ!!)

 

 そして、今。

 セキトを追い抜くべく、最後の力を脚に込めて──

 

 

 

「―――調子にのるな」

 

 

 

 ──―自らの首が斬り落とされる瞬間を幻視した。

 

『今、セキトが先頭でゴールしました!! 三強はやはり、そう簡単には負けてくれない!!』

『ここはしっかりと意地を見せつけましたねぇ。ですが、負けたタマモクロスも本当に素晴らしい走りでした。ミスターシービーを相手に先着したのは大金星と言って差し支えないでしょう』

 

「タマモクロス惜しかったなぁ、()()の差だったのになぁ」

「でも、いざ三凶が負けそうになると、応援しそうになるよね」

「ああー、その気持ちわかる」

 

 歓声に沸き、興奮気味に感想を言い合う観客達。

 そんな中、タマモクロスは1人俯き、震える手で自らの(くび)を抑えていた。

 

(なんや…? なんや今のは…!?)

 

 呼吸はレース中以上に荒く、汗は冷たくべっとりとしたものが流れている。

 本気で殺されたと思った。

 だから、最後の最後で怯んでしまいクビ差で負けてしまった。

 まるで、その部分だけ切り落とされてしまったかのように。

 

「おい……砂利。貴様の名は?」

 

 そんなタマモクロスの下にセキトが声をかけて来る。

 長身のセキトと小柄なタマモクロス。

 誰が見てもセキトの方が大きい。

 だが、今のタマモクロスには、そんな物理的な身長差以上に。

 

(これが…三凶…ッ)

 

 セキトが禍々しく大きく見えた。

 例えるならそれは、血に染まった髪に、冷たい金色の瞳を持つ魔物。

 

 自身の理解の範疇(はんい)を超えた慮外(りょがい)の怪物。

 人は分からないものを恐れる。

 その本当の意味をタマモクロスは今初めて理解した。

 

 だが、それでも。

 

「タマモクロスや! 文句あっか!?」

 

 負けてなるものかと小さな体で、大きな勇気をもって吠えたてる。

 弱い犬程よく吠えると言われても仕方ない。

 だが、彼女は立ち向かうことをやめない。

 

 吠えるのをやめた時こそが、本当の敗北だと理解しているから。

 

「フゥン……タマモクロスか」

 

 タマモクロスの名前を聞き、セキトはほんの少しだけ嗤い、背を向ける。

 そして。

 

「せいぜいオレ様の背を見失わんことだな、タマモクロス」

「…ッ! 言われんでも、すぐに追い抜いたるわ!」

 

 以前のセキトからは考えられないエールを送り、歩き去って行く。

 そこへ、ミスターシービーが笑いながら声をかけて来る。

 

「いやぁ……完敗だね。まさか君以外にも負けちゃうなんて」

戦場(いくさば)でオレ様しか見んからだ。流れ弾で死んだ名将は数知れんぞ」

「あははは、こればっかりは反省だね。アタシと違って君は初めからあの葦毛の子を警戒してた。そもそも、アタシより先に仕掛けたのも油断してなかったからかな」

 

 セキトに集中するばかりに他のウマ娘への対策が疎かだったと、シービーは反省する。

 他のウマ娘もセキトは研究していた。さらに、どちらの追い込みが上か勝負しようと煽られたうえで、さっさと仕掛けて勝利を取りに行った。油断も慢心もなしに勝ちに徹したのだ。

 

「フゥン、知らんのか。『策を練らねばならぬのは、弱い方だ』とな」

「…! アハハハ! そっか、そうだね。それじゃあ、今度はアタシが策を練る番だ」

 

 以前、貴様(シービー)に負けた弱い方(セキト)が策を練る。

 そんな当たり前のことをしたから勝っただけだ。

 そう告げるセキトにシービーは大いに笑う。

 やってやられて、その繰り返しがレースの醍醐味だと。

 

「ところで……()()()()()()()()は、何なのかな?」

「フゥン……()()()()()()()()()

 

 最後に何やら意味深に尋ねるシービーだったが、セキトは答えを言う必要は無いと背を向ける。

 

「……なるほどねぇ。アタシもがんばろっか」

 

 そんなセキトに対して、シービーは初めて笑顔を引っ込め何やら真剣な顔で頷くのだった。

 もう一段上の領域(ステージ)へと昇るために。

 

 

 

 

「陳宮、今戻った」

 

 おかえり、それと勝利おめでとう。

 

「フゥン、当然の結果だ。貴様が策を練り、このオレ様が走ったのだぞ?」

 

 それでも私は嬉しい。

 何度見ても愛馬の勝利というのは格別だ。

 

「フゥン……好きにしろ」

 

 若干照れているのか、耳をピクピクと動かしながらそっぽを向くセキト。

 非常に可愛らしいのでこのまま眺めていたいのだが、気づくと拗ねるので話題を変える。

 

「走った感覚はどうかだと? 悪くはない。だが……何かに気づけそうなのだ。もう一戦すれば、その何かが分かる気がするのだがな」

 

 何かに気づけそうだと語るセキトに、私は帝王賞に出るかと提案する。

 

「いいのか? GⅠは出さないのではなかったのか?」

 

 それはシンボリルドルフやマルゼンスキーが出る場合だ。

 2人が出る以上はセキトは否応なしに限界を超えた走りをする。

 それは今の身体づくりの期間には控えたい行為だ。

 だから、2人が出ないレースならGⅠで出走も可能だ。

 

「フゥン、ならば出て良いのだな。そろそろ土の上を走りたいと思っていたところだ」

 

 嬉しそうに尻尾を上下に振るセキトに癒されながら、頭の中で帝王賞までのメニューを考える。

 

 

 

 そして、数週間後に無事に帝王賞を制覇したセキト。

 彼女はその走りからある事実に到達するに至った。

 

「陳宮……オレ様は紆余曲折を経てようやっと気づいた……この世の真理にな」

 

 何やら真剣な顔で語る姿に私もゴクリと唾を飲む。

 セキトが激闘の果てに辿り着いた真実……それは。

 

 

 

「鎧を着ていると──―走りづらいのだ!!」

 

 

 

 セキトは父親の死とは関係なく、アホの子だということだった。

 

 拝啓、天国のセキトのお父さんへ。

 私はあなたの娘の将来がとても心配です。

 




次回は天皇賞秋、墓参り、ジャパンカップ。
天皇賞秋はルドルフ、マルゼン、シービーの対決をちょろっと書く予定。
セキトはジャパンカップから。

鎧が走りづらい云々は、呂布から赤兎馬に戻った影響です。
鎧はあくまで呂布のものなので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9章:天下無双(てんかむそう)

 

『ミスターシービー!! ミスターシービーが先頭に立った!! だが、負けじとマルゼンスキーとシンボリルドルフが食い下がるッ!!』

『今年の天皇賞秋! 去年のセキトに引き続き伝説が生まれるかもしれません!?』

『このまま行くか!! このまま終わらせるか!! 三強の時代を終わらせるのは、やはりこの娘か!?』

 

 楽しい。

 楽しくて仕方ない。

 ただただ、走ることが楽しくてしょうがない。

 

『さあ、最終コーナーに来たぞ!! ミスターシービーが――アッと!?』

『何ということでしょう!? ミスターシービーが大きくバランスを崩して――いやッ!?』

 

 大きく体を傾け、地面に倒れ行くシービーの姿にレース場全体から悲鳴が上がる。

 しかし、当の本人の顔はどこまでも晴れやかだ。

 そして、それを証明するように彼女は決して地面に崩れ落ちない。

 

『違う! 違います!! ミスターシービーはバランスを崩したのではなく、大きく体を傾けることで減速抜きでカーブしました!!』

『信じられない技術です! 普通は出来ませんし、出来てもやりません!!』

 

 定石なんてどうだっていい。

 やったらいけないことなんてアタシは知らない。

 タブーなんて知っても無視するだけ。

 踏み込んだらいけない場所にスキップで入っていく。

 

『そして今度は直線で一気に加速していくッ!!』

『細かくステップを踏み、一気に加速する走り方はマルゼンスキーを彷彿させますねぇ!』

 

 こんな走り方をしたら面白そうだなぁ。

 彼女みたいに出来たら便利そうだなぁ。

 よし! じゃあ、やってみよっか。

 

『おっとぉッ!? 今度は大幅なストライドに変わったぞ!!』

『この飛ぶような走り方は……まるでセキトのようです』

『悠々と先頭を行くミスターシービー! しかし、後続の2人も決して離されない!! まだ逆転の可能性はあるぞッ!!』

 

 うーん、後ろが邪魔だなぁ。

 よし、ルドルフの技でも借りてみよっか。

 

『だが許さない!! 完璧なコース取りで後続の追い上げを邪魔する!!』

『これは……シンボリルドルフがよく見せる技術ですね。相手のコースを予見して先に潰す。そうすることで逆転の目を潰す嫌らしい技です』

『なるほど! 今のミスターシービーはマルゼンスキー、セキト、シンボリルドルフの走りを真似ていると………え?』

 

 今なら何でも出来る気がする。

 いーや、何でも出来るんだ。

 ならやってみよう。

 

 使う必要? 使う意味?

 そんなの―――知ったことじゃない!

 

『場主さん、つまりシービーの今の走りは…?』

『ライバルの技術を……いえ、今まで見たことのある技や思いついた走り方を』

 

 アタシのライバルだって言ってたじゃないか。

 アタシのレースで重要なのは、アタシの走りで大切なのは――

 

『―――好き勝手に試していますね』

 

 

 ―――楽しいか、楽しくないかだけッ!!

 

 

「アハハハハハハハッ!!」

 

 

『笑っている…ッ!? 笑っています!! 走っている最中だというのに、放送席まで聞こえる程に声を上げて、ミスターシービーが笑っていますッ!!』

『常識破りで型破り、だというのに一切の隙が無い……まさに天衣無縫』

 

 さあ、あれをやろう。次はこれをしよう。

 何でもできる、何でもやりたくなってしまう。

 楽しくて楽しくて、笑いが止まらない。

 

 出来ないことなんてなんにもない。

 まるで自分が―――()()()()()()()()()()

 

『そして今! 笑い声をあげたまま―――ミスターシービーがゴールしたぁあああッ!! 遂に! 遂に! 三強を打ち負かす娘が現れましたッ!! その娘の名前はミスターシービー!! ミスターシービーです!! 大阪杯、天皇賞春、鳴尾記念、宝塚記念の長い長い冬を乗り越え、自らの世代の意地を証明してみせましたッ!!』

 

 長きに渡る帝国(さんきょう)の圧政からの解放。

 偉業を為した英雄へと向けられる、怒声にも似た歓声。

 それを浴びながら英雄たるシービーはゆっくりと勝利の凱旋を行う。

 ()()()()()

 

『どうしたシービー!? なぜ止まらないッ!?』

『ゴールを超えたことに気づいていないんでしょうか!?』

 

 シービーは走り続けていた。

 まるで、レースが終わったことなどどうでもいいように。

 まるで、神か物の怪に憑りつかれたように。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

『まさか…ッ。これがシンザンの自伝に載っていた……』

 

 シービーの暴走に騒然とする中、解説がポツリと呟く。

 会場のざわめきの中では、誰にも聞き取れないだろうに、それでも。

 

 

『―――神域(タブー)

 

 

 誰にも聞かれてはならぬ忌み名を話すように、小さな声で。

 

『いけません! 意識がもうろうとしているのか!? 観客席にツッコんできます!!』

『シービーのトレーナーが慌ててターフに飛び降りて、追って行きますが間に合いません!?』

 

 勝利の余韻はどこへやら、不安とざわめきが会場を支配し悲鳴が上がる。

 誰もがこれから起きる凄惨な光景を想像し、目を瞑る。

 そして―――

 

 

「オレ様に一度でも勝ったウマ娘(もののふ)が無様を晒すな」

 

 

 観客席から飛び降りて来たセキトに、その身を受け止められるのだった。

 

『……と、止まりました。止められました、シービー! あの赤髪は間違いありません! セキトがシービーを受け止めました!』

『遅れて追いついたトレーナーがシービーの状態を確認していますが、ひとまず意識はありそうですねぇ。しかし、油断はできません。一度、救護班に見てもらうのがいいでしょうねぇ』

 

 まさかの登場と顛末にざわめきがやまない会場。

 だが、突如として現れたセキトの方は、いつものようにふてぶてしい態度を隠さない。

 

「……あれ? やあ! セキト。キミもアタシのレースの応援に来てくれたの?」

「フゥン……冗談を飛ばす元気はあるようだな」

 

 今までの暴走など秒で忘れたとばかりに、ひょうきんな笑顔で話しかけるシービーに、セキトは呆れとも安堵とも似つかぬ表情を浮かべる。しかし、それも一瞬。シービーが無事なのを確認すると、さっさと離れろとばかりにシービーのトレーナーの方にシービーを押しつける。

 

「もう帰っちゃうの? 何か言いたくて出て来たのかと思ったのに」

「貴様が力に振り回されてなければ、出て来んかったわ! ……だが、まあ……1つ言うことがあるとすれば」

 

 スカートを(おど)らせて観客席に飛び戻りつつ、セキトはチラリと振り返り、小さく呟く。

 トレーナーの腕の中で猫のように力を抜いているシービーに。

 そして何より、こちらに獰猛な笑みを向けているマルゼンスキーとシンボリルドルフへ。

 

 

「次は―――三凶(オレ様達)が相手だ」

 

 

 ジャパンカップへの出走を宣言してみせるのだった。

 

 

 

 

 

『わたしの強さの秘訣か……あなたは領域(ゾーン)という言葉を知っているかな?』

 

 2代目三冠馬シンザンの言葉に私は勿論と頷きを返した。

 領域(ゾーン)とは簡潔に言えば、極度の集中状態のことを指す。

 目の前のことにだけ集中した状態で、一流のスポーツ選手はほとんどがこの状態を経験している。

 

『そう、領域(ゾーン)に入ることは何も珍しいことではない。わたしだけでなく、多くの他のウマ娘もそれを経験している。もちろん、ウマ娘だけでなく人間のアスリートもだ』

 

 シンザンの語るように領域(ゾーン)とは難しいが、一定のレベルの強者ならば誰でも出来る状態だ。しかし、強さの秘訣を聞かれて領域(ゾーン)は特別でないと言うのは、それ以外に強さの秘訣があると言うことだろうか。

 

 そう尋ねると、シンザンは朗らかに頷いた。

 

『ああ、そうだ。科学的に言えば領域(ゾーン)なのかもしれないが、わたしのそれは全くの別物……いや、上のものだったのだと思う』

 

 領域(ゾーン)の上、それは一体?

 

『それを話す前に、わたしがそう呼ぶに至った理由を話そうか。あなたはレースの起源を知っているかな?』

 

 これは、諸説別れるので断定は出来ないので、私は最も有名な話を上げる。

 

 それはヨーロッパに伝わる古い伝承。

 三人の女神に「誰が最も美しいか?」と問われた少年が「一番足が速い人」と答え、女神達に足の速さを競わせた神話が元と言われている。

 因みにその少年には、どう考えても1人を選ぶと厄ネタなので、勝負は1回では確定できないので、3回勝負。なおかつ、単距離・中距離・長距離で分けて勝負するという条件を出して、永遠に引き分けとなるようにして寿命まで逃げたキレ者だった説と。

 本当に足の速い女性が好みで、現代で言うトレーナーの起源になったという説がある。

 

『その通りだ。日本でも似たような話が伝わったおり、古くから祭りの際にはレース……当時の言い方で言えば競馬が行われていた。1着になったウマ娘には神が乗り移り、現人神として豊穣を約束してくれる。日本でウィニングライブが広く受け入れられているのは、当時もレース後に神楽を踊っていたから……などなどだ』

 

 シンザンの話は非常にためになるが、一体これがどう強さの秘訣と関係があるのか?

 

『つまりだ。わたしが言いたいことはレースは元々神事であり、三女神の模倣をしているということ。そして―――極めれば()()宿()()ということだ』

 

 神が宿る…?

 

『医学的にはトランス状態、日本風に言えば入神状態。まあ、わたしはこれを神域(タブー)と呼んでいるがね』

 

 神域(タブー)……しかし、トランス状態というのはあくまでも、精神的なものだけで、現実では体が動いていないものなのでは?

 

『そこは諸説あると言っておこう。それになにより、あくまでわたしが神域(タブー)と名付けた状態の話だ、これは。案外単なるゾーンでわたしの勘違いかもしれないしね』

 

 なるほど、それでその神域(タブー)とは一体どのような感覚なのか?

 

『話が早くて助かるよ。

 感覚としては、まず一切の恐怖心を忘れた高揚感。

 とにかく愉快で楽しくてしょうがなくなる。

 次に全能感。まさに自分が神になったような感覚になる。

 実際思いついたことは全て出来るのが質が悪い。

 そして、最後に痛覚以外の感覚が研ぎ澄まされる。具体的には第六感的な予測で背を向けたまま相手を動きを察知したり、地面のどの部分を踏めば最も速く走れるか分かったり、自分の殺気を相手にぶつけて調子を落とさせたり……わたしは(なた)のイメージを相手にぶつけたりしていたね』

 

 ……もしかして、クスリでも決めておられましたか?

 

『失礼だね、あなたは。もっとも……似たような感覚だから言われても仕方がないのだが。とにかく、神になったような状態で走れるのだから、まあ強い。わたしについた神馬というあだ名がその証拠だよ』

 

 なるほど、そのような状態になれるからお強かったのですね。

 しかし、そうなると今の選手達も神域(タブー)を使うべきなのでは?

 

『それは、お勧めしないね。そう簡単に神を降ろせたら、わたしの立つ瀬がないのもあるが何より……人は神には決してなれないし、なってはいけない』

 

 軽く腰を擦り、思い出す様に足を見つめてシンザンは溜息を吐いた。

 

『三冠を達成した際にわたしは神域(タブー)に至った。そして、御存じの通り爪の怪我と腰痛で次の出走は延期になった』

 

 相当体に負担があったということでしょうか?

 

『自論だが、恐らくは神域(タブー)に踏み入っている時は体の様々なリミッターが外れるのだと思う。これ以上は体が壊れるからやめろと言う、痛みなどの生きるために必須のものがね。わたしが言うのもなんだがね、本来、人は神の領域に踏み入ってはいけないんだよ』

 

 故に触れてならぬ、神域(タブー)と名付けたのですか。

 

『その通りだ。だが、もし、それでも神の領域に来たいというのなら……上手く使いどころを考えるか。神のような頭脳で、壊れないギリギリで無理やり制御するか。それか、体を鍛えに鍛えて壊れないようにする。もしくは神を超える怪物として生まれて来るかだね』

 

 なるほど、因みに現役時代のあなたはどうしていたのですか?

 

 

『わたし? わたしは勿論―――全部さ』

 

 

 そう言って、シンザンは高らかに笑うのだった。

 

 

【シンザン~神と呼ばれたウマ娘~】

 

 

 

 

 

「おい陳宮! いつまで本を読んでいる、すぐに着くぞ」

 

 セキトの声に答え、私は読んでいた本を鞄にしまい、電車を降りる準備を始める。

 

 父親の墓参りをしたい。

 そんなセキトの言葉に従い、私はセキトの故郷に来ていた。

 古ぼけた駅から出ると、辺り一帯の昔ながらの街並みがよく見渡せる。

 私の故郷とは違うが、どこか懐かしさと哀愁を覚える。そんな町だった。

 

「……フゥン、行くか」

 

 セキトの故郷をもっとよく知ろうと、辺りを見渡す私を尻目に、セキト本人はズンズンと歩いていくので、私は慌ててその背を追う。

 

「どこに行くのかだと? 惚けたか、陳宮。墓以外にあるまい」

 

 それは知っているのだが、何も直行することはないだろう。

 せっかくの故郷なのだから、実家に顔を出すべきだろうし、私もセキトの母親に挨拶がしたい。

 私がそう提言をするが、セキトの足は一向に止まらない。

 むしろ、母親という言葉が出たところでより一層早まる。

 

「フゥン、ジャパンカップまでの僅かな合間を縫ってきたのだ。やることをやったらサッサと戻ってトレーニング(修行)をするぞ。オレ様がこうしている間にもマルゼンやルドルフはトレーニングを積んでいるのだからな。貴様とて、オレ様の急な言葉で計画が崩されて困っているだろう。フン、困っているはずだ。つまりだ。これはオレ様なりの気遣というわけだ、身に余る光栄を感謝するがいい」

 

 言っていることは正しいのだが、どうにも早口で言っていて信用がない。

 そもそも墓参りに関しては、セキトの心の根幹に触れる部分なので、私から何かをせかすようなことはしない。それに、墓には父親の骨はあっても思い出はないだろう。やはり、実家に顔ぐらい見せるべきでは?

 

「あー……()()にはオレ様が帰るとは告げておらんのだ。きゅ、急なことだったからな! 故に顔を出しても迷惑なだけだろう!」

 

 苦し紛れな言い訳としか聞こえない言い分に、私は察する。

 セキトは母親と会うのが気まずくて逃げているのだ。

 

 まあ、今まで父親の真似をして現実逃避をしていた期間を考えればさもありなん。

 ママではなくお袋という呼び方から考えても、本心を出せずにギクシャクした関係になっていたのかもしれない。

 ……うん。なおのこと、セキトを母親の前に連行する必要が出てきた。

 さて、後はどうやって本人を説き伏せるかと考えていたところで。

 

「……もしかして、セキト?」

 

 背中から、か細い声が聞こえた。

 それと共に、前を歩くセキトの尻尾がビクッと跳ね上がり、全身の毛が逆立つ。

 と、なるとこの声の主は恐らく。

 

「それにあなたは……セキトのトレーナーさんですか?」

 

 ―――彼岸花のような女性だった。

 

 セキトと同じ燃える情熱のような赤い髪。

 しかし、そこに混じる数本の白い毛がどこかあきらめにも似た、儚さを醸し出す。

 

 表情もどこか物悲しげで、覇気を感じ取れない。

 優し気に細められた瞳は笑っているというよりも、泣いているのを隠しているかのように思える。

 なんというか、色々と心労がある人なのだなという印象を受けた。

 

「セキト……帰って来るならちゃんと……いいえ、それより今日はどうしたの? 何かあったの?」

 

 物憂げな表情が消え軽い笑みを浮かべて、連絡ぐらい寄越しなさいと言おうとするセキトの母。しかし、すぐに何かを思い直したように叱るのを止め、再び物憂げな表情に戻る、否、戻してしまう。その様子に、私はセキトの性格が何故子供のままだったのかを理解する。きっと、この母親は上手く叱ることが出来なかったのだろう。

 

 罪悪感か、あるいは元々は父親が叱る役目だった影響か。

 何はともあれ、このままだと色々とダメだと思うので、セキトの名前を呼んで促す。

 セキト、セキト。いつまでも私の背に隠れていないで早く出てきなさい。

 

「あー…うん……その……」

 

 隠れていた私の背中から母親の正面に立ったセキトは、所在なさげに尻尾を振る。

 それを母親が同じように、不安そうに尻尾を揺らしながら見つめる。

 途轍もなく空気が重いが、私が口を出すわけにもいかないので、ジッと耐え忍ぶこと数分。

 ついに。

 

「………パパのお墓参りに来たんだ……ママ」

 

 セキトが子供のころのような話し方で、母親に声をかける。

 

「セキト…ッ」

 

 ママと呼ばれた瞬間、驚きから口を押えて細めていた目を見開くセキトの母。

 相当久しぶりに、その呼び方をされて驚いたのだろう。

 きっと、セキトが父親を真似するようになってから初めて。

 

「えっと…ママ? その……えと…………ごめんなさい」

 

 ようやく腹をくくったのか、セキトがか細い声ながらもごめんなさいと口にする。

 何も言わずに帰ってきたことか、それとももっと別の理由か。

 私にはそれが何なのかを思い知ることは出来ない。

 だが、母親にはそれだけで十分だったようだ。

 

「……いいのよ、セキト。さ、立ち話も疲れるし、お家に帰りましょう? トレーナーさんもぜひ家に来てください。お話したいことが……たくさんあるんです」

 

 花の咲くような柔和な笑みを浮かべるセキトの母に、私は大きく頷き返すのだった。

 

 

 

 

 

「セキトにもやっとお友達が……ふふふ。あ、すいません。嬉しくて、つい……」

「やめてくれ、陳宮。その話はオレ様に効く。やめてくれ」

 

 セキトの実家に招かれた私は、お茶を飲みながら三者面談をしていた。

 セキトがまさに借りて来た猫(実家)状態で、顔を真っ赤にしているが私は気にしない。

 何もかも、母親と連絡をほとんど取らずに心配させていたセキトが悪いのだから。

 

「この子ったら、昔から担任の先生から友達が居なくて心配だって、いつも通知表に書かれてて……でも、今はちゃんとお友達がいるんですね」

 

 まあ、マルゼンスキーとシンボリルドルフの2人しか私も把握していないのだが。

 

「ふふ、数は関係ありませんよ。心を許せる人が居る……それが重要なんですから」

 

 そう言って、セキトの母は優しく娘の頭を撫でる。

 身長はとっくに娘の方が高くなっているのだが、それでも今のセキトは子供にしか見えなかった。

 いや、実際に親にとってはいつまでも自分の子供なのだが。

 

「もっと、この子の話を聞かせてもらえませんか? この子、自分の話はほとんどしなくなったから心配で心配で……」

 

 任せてください。

 何なら、一日中でも話せます。

 

「や・め・ろッ! フゥン! オレ様はパパの墓参りに行ってくる! 戻ってきたら学園に帰るからな!!」

 

 これ以上、自分の黒歴史を掘り返されるのが嫌になったのか、セキトは離脱を決め込む。

 三十六計逃げるに如かずとはまさにこのことだろう。

 

「ええ、いってらっしゃい。ちゃんとパパにトレーナーさんのことを伝えて来るのよ」

「………うん」

 

 小さな子供のような声で頷き、部屋から出て行くセキト。

 その姿をしばらく見送っていたセキトの母だが、やがて私に向かって深々と頭を下げてくる。

 

「ありがとうございます。トレーナーさん」

 

 その突然の行動に慌てて、頭を上げるように言うがセキトの母は中々頭を上げてくれない。

 

「あなたですよね……あの子をちゃんと叱ってくれたのは」

 

 感謝と後悔。

 そんな感情の入り交ざった重い言葉。

 それを謙遜で躱すのは余りにも無粋に感じ、私は静かにはいと答えた。

 

「ありがとうございます、本当に……ありがとうございます。本当は分かってたんです……ちゃんと叱らないとダメだって。でも……()()()の真似をするセキトを見ていたら……壊れちゃうんじゃないかって怖くて…怖くて……親としての義務からずっと………逃げていたんです」

 

 仕方がない。

 私はあくまでも他人だから、言うことが出来た。

 家族である彼女から言うのはとても難しかったのだから、気に病む必要は無い。

 それに母親がセキトの逃げ場所を残していなければ、セキトは私に会うまでに潰れていたかもしれない。

 

 セキトはまだ年端の行かない子供なのだから。

 

「ちゃんと見ていてくれているんですね、あの子のことを」

 

 セキトのトレーナーですから。

 

「あの子は自分を強く見せようとしているけど、本当は不器用で弱い子だったんです」

 

 それは、よく知っています。

 今まで仮面が剝がれなかったのは、セキトに才能があったから。

 天賦の才があったが故に、彼女は強い自分を演じきれてしまった。

 

「でも……今のあの子ならきっと……本当の意味であの人と同じように強くなれる。そう信じています。いいえ、信じられます。あなたがあの子の背中を押してくれるから」

 

 大切なあの人を想い出しながら、瞳を閉じるセキトの母。

 その顔はとても穏やかで、強さなど欠片も感じられない。

 だというのに、私はこの人はやはりセキトの母なのだと強く思えた。

 

「あなたがセキトのトレーナーで、本当によかったです」

 

 もう一度、深々とした礼。

 それに対して、私は無言であるチケットを差し出す。

 

「これは……ジャパンカップの観戦チケット?」

 

 次のジャパンカップにセキトは、否、()()()出走する。

 

 世界の強豪が集う舞台で。

 親友(ライバル)達を相手に。

 それを打ち破った強敵を打ちのめし。

 

 ―――天下無双を証明する。

 

「……! 出来ますでしょうか…? あの子に…? セキトに」

 

 出来ます。

 ―――セキトと私が一緒なら絶対に。

 

 だから見に来てください。

 セキトが天下無双になるレースを。

 天国の父にその名を届ける瞬間を。

 見届けに来てください。

 

「……はい…必ず」

 

 まるで宝物に触れるかのように、セキトの母はチケットを優しく握りしめ胸に抱く。

 そして、最後にもう一度、2()()()の感謝を込めて礼をする。

 

「トレーナーさん……セキトのことをよろしくお願いします」

 

 当然ですと、私は深く頷きを返すのだった。

 

 

 

 

 

『空は快晴。雲一つない絶好のレース日和。さあ、世界の強豪相手に見事、日本晴れと行くことが出来るのか、日本勢!』

『18人の世界最高のウマ娘達がここに集いました! ジャパンカップ、いよいよ開催です!!』

 

 もう秋だというのに、夏を思わせる日差しと狂気的な熱気。

 去年とは打って変わっての良好なバ場状態。

 力強く天を向く芝を踏み、舞台に集いし猛者達が姿を現す。

 

『さあ、それでは歴代最高のメンバーと名高い日本勢の紹介と行きましょう!』

『まずはこの娘の紹介からでしょう!』

 

 初めに紹介されるのは、このウマ娘。

 

『ミスターシービー!! 永遠に続くかと思われた三強の牙城を遂に落とした娘!! 今回も天馬行空(てんばこうくう)の走りを見せてくれるか!?』

『多くは語りません。本日、堂々の1番人気! 私が最も期待するウマ娘です!』

 

 観客など居ないように。

 舞台になど上っていないかのように。

 少女はどこまでも自然体で呑気に鼻歌を歌っている。

 だというのに、その姿には一部の隙も無い。

 まさに、天衣無縫(てんいむほう)

 

 それがミスターシービー。

 

『続きましてはこの娘! マルゼンスキー!! 天皇賞秋では苦渋を味わいましたが、その前戦のスプリンターズステークスでの走りは圧巻の一言! 短距離・マイル・中距離・長距離を制した怪物に戦場など関係ない!!』

『去年の有馬記念でセキトの秋シニア三冠を。そして今年の宝塚記念でシンボリルドルフの春シニア三冠を阻んだ、グランプリウマ娘にして“三冠キラー”! ここでも三冠キラーの実力を発揮出るか!?』

 

 超軼絶塵(ちょういつぜつじん)

 他の誰よりも速く、塵1つ立てることのない光速の走り。

 同じ種族、性別だというのに、嫉妬すら追いつけぬ怪物。

 世界を置き去りにするのなら、このウマ娘以外に居ない。

 

 見るもの全てに、そう思わせる娘がマルゼンスキー。

 

『それに対抗するはこのウマ娘!! シンボリルドルフ!! 無敗神話を破られた去年の雪辱を晴らすべく、今年もジャパンカップの舞台に舞い戻ってきました!! 誇りを取り戻すことは出来るのか!?』

『敗北を知り、ライバルを得た今、去年の何倍も強くなって帰ってきました。魔王としての役割を終えた彼女がどんな走りを見せてくれるか。今から楽しみで仕方がありません』

 

 魔王は破れた。

 北風は吹き止み、太陽がその姿を現す。

 だが、勘違いしてくれるなよ。

 北風と太陽。

 

 果たして、()()()()()()()()()()()

 

 彼女は憧れも嫉妬も丸ごと焼き尽くす太陽。

 他の光の全てを飲み込む漆黒の極光。

 

 天資英明(てんしえいめい)

 生まれた時から、才と知を兼ね備えた存在。

 神より王権を授けられた、絶対皇帝。

 

 それがシンボリルドルフだ。

 

『そして最後にこの娘! 前年の覇者セキトォオオオッ!! 連覇を為して天下無双の名を欲しいままにするか!?』

『満を持して、三強の最後の一角が登場です。勝負服を新調しているのは意気込みの表れか?』

 

 天下無双(てんかむそう)

 天下に我と並ぶ者など1人として無し。

 そう自らを語る彼女の姿は、大きく様変わりしていた。

 

『いつもの鎧は跡形もありません。来ているのはシンプルな黒のインナーと丈の短いズボンのみ。ハッキリ言って体操服よりも地味です』

 

 実況の言うように、セキトの勝負服は以前の豪華絢爛な鎧とは打って変わって地味だ。

 胸元までしかない黒のインナー、太ももが隠しきれない黒のスパッツ型のズボン。

 部屋着のまま来たと言われたら、ほとんどの人が信じてしまうだろう。

 だが。

 

『ですが……美しい』

 

 その姿は、誰よりも何よりも。

 ―――美しかった(強かった)

 

『一目見れば分かります。今までの彼女の努力を! 鎧などいらぬとばかりに鍛え抜かれた腹筋。我が脚こそが矛と言わんばかりの磨き抜かれた両脚。これ程のバ体を、私は今まで見たことがありません!』

 

 鎧を脱ぎ去り、焼けた肌を露出したセキトの姿は、見る者全ての視線を釘付けにする。

 

 我が身は鎧。一切の防具を捨てた彼女に浮かび上がる筋肉は獣のそれ。

 我が脚は矛。矛を捨てた彼女の脚は刃よりもなお鋭く美しく。

 我が心は鋼。その瞳にかつての揺らぎはなく、ただ勝利(一点)のみを見つめる。

 

 さあ、天下に嘶き(いななき)を轟かせろ。

 ウマ娘の中にセキト有りと。

 

『さあ、今ここに世界最高のメンバーがゲートインしました!!』

『まもなく、運命のゲートが開かれます!』

 

 ミスターシービーが。

 マルゼンスキーが。

 シンボリルドルフが。

 セキトが。

 世界の名だたる強豪達が。

 

 今、一直線に、対等にその身を並べる。

 

 そして。

 

 

『     ッ!!』

 

 

 スタートの音を塗りつぶす大歓声と共に、ウマ娘達が一斉に飛び出していく。

 否、一斉ではない。

 

『毎度おなじみの弾丸スタートッ!!』

『マルゼンスキー! 誰であろうと世界であろうと先頭の景色は譲りません!!』

 

 影すら踏ませぬスタートダッシュ。

 いつものように怪物は唯一抜きん出ていく。

 しかし、そのままで行くほど世界は甘くない。

 

『だが! そうはさせじとシンボリルドルフが後についていく!!』

『さらにその後ろから、他の先行勢も負けじとくらいついていきます。怪物と言えど世界を置き去りにするのはそう簡単にいきません!』

 

 ピタリと、まるでそう出るのは初めから分かっていたとでも言うように、シンボリルドルフが後を追う。そして、その後ろに世界の強豪が続く。マルゼンスキーと違い、圧倒的な差をつけているわけではない。

 

 しかし、その揺るぎない自信の籠った表情を見れば分かるだろう。

 ルドルフは他のウマ娘に後を追われているのではなく、彼女達を率いているのだと。

 世界を制する軍を率いる皇帝として。

 

『さあ、先頭をマルゼンスキーに据えて、その後ろにシンボリルドルフが率いる先行勢が続く。後続のミスターシービー、セキトはまだ不気味に息を潜めたままだ。場主さん、この展開どう見ますか?』

『まだレースは始まったばかりですからねぇ。どのウマ娘も焦る必要はありませんよ。それにマルゼンスキーも後方のミスターシービーを警戒してか、いつもよりは逃げ足が抑えめです。スタミナを後半まで残しておくつもりでしょう』

 

 見所はレース後半になるだろう。

 そう、常識的な判断を下した説明に会場の熱気が少しだけ下がる。

 

『それはやはり、天皇賞秋での敗北の結果を踏まえてでしょうか?』

『恐らくは。このレース、ミスターシービーの仕掛けどころがそのままレースの分岐点になりそうです』

 

 状況が変わるのはミスターシービーの仕掛ける瞬間。

 つまり、追い込みが本領を発揮する中盤から後半にかけて。

 何も間違っていない判断。むしろ、そのセオリーを破る方がおかしい。

 だが。

 

『おっとおッ!? ミスターシービーが前に出たぞ!?』

『ここで強行策に打って出るとは!? 全くの予想外です!!』

 

 このウマ娘に常識など通用しない。

 

『ミスターシービーの暴走により、一気にレースの均衡が崩れ去る!!』

『これではミスターシービーも苦しい戦いになるでしょうに、一体何を考えているのか!? 何を企んでいるのか!? 我々には皆目見当もつきませんッ!!』

 

 レース序盤から勝負を仕掛ける追い込みウマ娘という、不可解な行動に会場には困惑のどよめきが広がる。そして、そんな状況を生み出した当の本人が何を考えているかと言えば。

 

(アハハハ! なんか走りづらくなっちゃった!)

 

 何も考えていなかった。

 

『あーっと、全体のペースが乱れて先行勢にかかり気味のウマ娘が増えていますね。ペース配分が完全に狂わされています』

『逆にミスターシービー以外の差し・追い込み勢はペースを保つために前と距離を置いていますね。セキトに至っては最後尾にポツンと1人です』

『海外勢は完全にミスターシービーの行動が読めずに面を喰らっていますねぇ。逆によく知ってる日本勢に動揺した様子は見られません』

 

 不可解な行動によるプレッシャー。

 それを海外勢に与えたミスターシービーだが、本人は欠片も狙っていない効果だ。

 それなら何故、強行策に打って出たのかと言えば。

 

(ま、面白いからいっか♪)

 

 面白そうだったから。

 ただ、それだけである。

 

『おっと、ここでマルゼンスキーがペースを上げたぞ! 距離を詰めて来た後続を警戒したか?』

『そろそろ中盤ですからねぇ。逃げウマ娘としては、後続にあまり近づかれたくない所です!』

『反対にシンボリルドルフはペースを上げず静観か? 先行集団の先頭から僅かに位置を下げます』

『勝負はあくまでも終盤。どこまでも冷静な思考です。これはシンボリルドルフを基準にレースを勧めた方がペースを崩さずにすみそうです』

 

 先頭は速度を上げ、2番手集団は前に行く者と残る者に分かれる。

 そして、最後尾にはセキトがポツンと1人。

 とても細長い列の形を成して、レースは続いて行く。

 

 そんな中、今の状況を生み出したミスターシービーと言えば。

 

「やあ、やっぱりルドルフについていくと走りやすいね」

 

 ちゃっかりとシンボリルドルフの後ろに付き、呑気に話しかけていた。

 これをルドルフは華麗にスルーするが、常識外れの行動に海外勢はギョッとした顔を隠せないでいる。

 後に日本のウマ娘は変態だと語られることになるが、その大半はシービーの責任だろう。

 

『さあ、遂にレースは終盤へと突入しますよ!!』

『先頭は変わらずマルゼンスキー! 2番手集団にシンボリルドルフ! そのすぐ後ろにミスターシービー! そして、最後尾は相も変わらずセキトだ!』

『セキト、流石にこの距離をひっくり返すのは辛いか!?』

『いえ、ここまで息を潜めていたのは間違いなく作戦でしょう。ここからが彼女の仕掛けどころです!!』

 

 はたして、解説の言葉通りだった。

 終盤の直線に差し掛かったところで、マルゼンスキーがバッと後ろ振り返る。

 

(……来るッ!)

 

 マルゼンスキーの視界が捕らえるのは、すぐ後ろのウマ娘でも。

 比較的近くにいるシンボリルドルフでもミスターシービーでもない。

 彼女の視線が向く先は一点。

 

 

「―――我天下無双也(われてんかむそうなり)

 

 

 最後尾から視線の矢を飛ばして来たセキトだ。

 

『マルゼンスキーが振り返る!! そしてセキトが遂に仕掛けて来たぁああッ!!』

『去年の王者が遂にその牙を剥いてきたかッ!!』

 

 まるで、羽で撫でたような踏み込みだった。

 以前までの荒々しさは息を潜めた、否、無駄な力を省いた軽やかな足取り。

 一点に凝縮された暴力は、一見してそよ風のように見える。

 だが、そよ風と呼ぶにはその風は余りにも―――強すぎた。

 

『まずは1人! そして間髪を置かずに2人目、3人目を切り捨てるッ!!』

『この程度、彼女にとってはまだまだ序の口でしょう。見てください、あの表情を先頭しか見ていません!』

 

 あいさつ代わりに数人を切り捨てると、セキトは準備運動は終わったとばかりに速度を上げる。

 反対に彼女に追い抜かれたウマ娘達は、息を乱し速度を落とす。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『さあ! セキトが更に位置を上げて来るぞ!!』

『4人目! 5人目! 6に……いえ! 一気に10人目まで抜き去った!!』

『一刀両断ッ!! セキトの脚が世界のウマ娘達をまとめて撫で切っていくぅうううッ!!』

『まるで、他のウマ娘を蹴散らして進んでいるようだッ!!』

 

 断末魔すら残さないとばかりに、セキトの白刃は一撃で敵を葬り去って行く。

 

 貴様らなど肉壁にすらならん。

 まるでそう語るように、セキトは並んだ敵の首を一瞬で斬り落とす。

 そして、敵の返り血すら浴びることのなく前へと進んで行く。

 

『セキトの前には残り7に―――失礼!

 たった今、残り5人になりました!!』

『止まらない! 止めらない!! このウマ娘を止められる者は世界のどこにもいないのかぁッ!?』

 

 誰もがセキトの醸し出す殺気に飲まれて身体を固くする。

 自らにぶつけられた濃厚な死のイメージに、本能が生存以外の全ての能力を放棄するのだ。

 

『そして、遂に! 遂にッ! 残り3人の所まで抜き去ってきました!! セキトの前に居るのはミスターシービー! シンボリルドルフ! そしてマルゼンスキーだぁあああっ!!』

『いつものメンバーがこのまま世界を蹂躙するのか!?

 それともここから他のウマ娘の逆襲があるのか!?

 ああッ、瞬きすら鬱陶しいッ!!』

 

 神域(タブー)に踏み込んだセキトの力は実に単純だ。

 自分と並んだ相手に死のイメージをぶつけ、速度を落とす。

 そして、抜き去る際に自らは加速していく。

 

 天下無双のウマ娘は決して、他者が並び立つことを許さない。

 ただ、それだけだ。

 

『このまま17人全員をごぼう抜きにして、天下無双を証明してみせるか! セキトッ!?』

 

 死への恐怖は生物の生存に欠かせない機能だ。

 仮に、それを踏み倒せる存在が居るのならば。

 それは、特殊な訓練を積んだ兵士や生まれながらイカれた人間。

 

 もしくは。

 

「アハハハハ! 楽しいレースだね、セキト?」

「貴様も……入って来たか、シービー」

 

 ―――生物を超越した神という存在だろう。

 

『並んだ! まずはミスターシービーとセキトが並んだぞ!!』

『流石のセキトもミスターシービー相手は、そう簡単にはいかないか!?』

『つかず離れず、並び合って2人が走っています!! どちらが先に抜け出すのか!? それとも、このまま先頭のマルゼンスキーが逃げ切るのか!?』

 

 恐怖という感情を忘れたシービーには、死ですら脅しにはならない。

 故に、2人の優劣をつけるのは心技体の心を抜いた技と体。

 

『セキトが抜け出した!! 今、ミスターシービーを強引に引きちぎって前に出たぁあああッ!!』

『そして! そして! そのまま勢いでシンボリルドルフとマルゼンスキーを抜き去るッ!! 先頭はセキト!! 先頭はセキトですッ!!』

『セキト!! 遂に最後尾からの17人抜きを達成ですッ!! これはもう勝負が決まったでしょう!!』

 

 そして、2人の勝負は体を極めたセキトの勝利だった。

 ただ、身体能力の向上に特化したトレーニングを積み続けて来た。

 言葉にすればそれだけ。

 

 しかし、それを行ってたのが圧倒的な肉体的才能をもって生まれたウマ娘ならば、話は変わる。

 今のセキトは翼を授かった虎だ。

 彼女を止められる存在など居るはずもない。

 

『脚色は衰えない、セキト!! もはや独走状態だ!!』

『もはやゴールは目前! このまま駆け抜けるでしょう!!』

 

 何にも縛られることなく、大空を駆ける虎の背をただ人は見つめることしか出来ない。

 空を行く者をただの人間が、ウマ娘が、止められるはずなどないのだ。

 

「なるほど……」

「つまり……」

 

 だから。

 

 

 

「「こういうことか?」」

 

 

 

 皇帝と怪物も同じ神域に踏み込んでくる。

 

『あッ!? まだです! まだです!! まだ誰も諦めていませんッ!!』

『シンボリルドルフとマルゼンスキーが差し返してくるッ!! さらにミスターシービーも負けじと追って来るぞ!! 他のウマ娘はもはや追いつけないッ!!』

 

 皇帝(りゅう)逆鱗(さかさうろこ)を逆立たせ、怒りの咆哮を上げる。

 怪物が牙と爪を打ち鳴らし、獲物を刈り取らんと涎を垂れ流す。

 

 まだ何も終わっていない。

 むしろ、今からが本番だとでも言うように、2人は速度を上げる。

 

『シンボリルドルフが一気に追い上げて来る! こんな末脚、見たことがありません!! これぞ皇帝の意地! 誰にも負けたくないという想いが痛い程に伝わってきます!!』

『マルゼンスキーも一切譲らない!! どこにそんなスタミナを隠し持っているのか!? それとも、彼女の辞書に限界の二文字はないのかッ!? 怪物はいつも我々の想像の先を走ります!!』

 

 龍が虎を絞殺さんと大きく首をもたげる。

 怪物が虎の(はらわた)を食い破らんと大顎を開ける。

 そして、そのまま虎を――

 

「邪魔だ」

 

 捉えることなく、()()()()の一振りでその首を斬り落とされた。

 

『だが、譲らない!! セキトが先頭を譲らないッ!!』

『最終直線での競り合いこそ彼女の真骨頂ですからねぇ!!』

『もう、距離はない!! これで決まりかッ!?』

 

 先頭のセキトと後続の距離は縮まらない。

 このまま行けば、どう足掻いても皇帝も怪物も追いつけない。

 

 

 

「「で、それが?」」

 

 

 

 だが、その程度のことで諦める機能は、残念ながら彼女達にはついていなかった。

 

『まだ…! まだ上がるのかッ!?』

『限界などないのか!! シンボリルドルフとマルゼンスキーが遂にセキトに並んだ!! そして、このまま一気に引きちぎって行くゥウウウウッ!!』

 

 首を落とされた程度で龍が落ちるか、怪物が足を止めるか。

 神の領域に踏み込んだ存在に対して、その程度では片手落ちだろう。

 せめて、我が首を貴様の墓の手向けにするがいい。

 

 

「フゥン、誰が一振りしか持っていないと言った?」

 

 

『いやッ!? セキトだ! セキトだ!! 2人を突き放したのはセキトだ!! まさに快刀乱麻!! 皇帝と怪物を鮮やかに切り裂いたッ!!』

 

 キラリと閃光が走り、一振りの刀が血に染まる。

 そして同時に、心臓を貫かれた龍と怪物は息の根を完全に止める。

 それを為したのは方天画戟とは別の武器。

 

 セキトというウマ娘は2本の両脚(ぶき)を持っている。

 1つは方天画戟。そして、2つ目は()()()()()

 三国志の英雄、()()関羽の武器である。

 

 

 

『強い! 強すぎるぞッ! セキトッ!!

 皇帝も! 怪物も! 世界の並み居る猛者達も! 誰も追いつけないッ!!

 我に並ぶ者無しと、先頭を駆ける姿はまさに!!

 ―――天下無双のウマ娘だぁあああッ!!!』

 

 

 

 先頭でゴールを駆け抜けたセキトに万雷の拍手が降り注ぐ。

 天上にも届くような歓声の中、セキトはキョロキョロと観客席を見渡す。

 

『セキト! ジャパンカップ連覇の偉業を達成ですッ!! もはや誰も文句を言わないでしょう。天下無双の称号は彼女にこそ相応しいと!! 天下無双コールが会場の空にまで響き渡っています!!』

『見事です! 本当に強い走りでした! ……おっと、セキトが観客席に駆け寄って行きますね。トレーナーでも探しているのでしょうか?』

 

 そして、お目当ての人物を見つけたらしく、喜び勇んで観客席に飛び込んでいく。

 そこで、驚いたような嬉しそうなような表情をしているのは、トレーナーである陳宮と。

 

 夫の遺影を抱えたセキトの母だった。

 

「ねえ、ママ………パパ、ちゃんと見てた?」

「ええ…ええっ……ちゃんと見てたわよ。セキトが天下無双になるところ……パパと一緒に…っ」

 

 子どもの頃、レースで1番になって帰ってきたあの時と同じように。

 でも、あの時とは違って子どもは大きくなって、父親も遠い空の向こうに行ってしまって。

 色々と変わってしまった。

 

 それでも。

 

「パパ……褒めてくれるかな?」

「パパがセキトを褒めなかったことなんてないでしょ?」

「うん……そうだね」

 

 1番になって褒めてもらう嬉しさは変わらない。

 セキトは蒸気した頬ではにかみ、父の遺影を胸に抱く。

 そして、雲一つない空に向け、ポツリと呟くのだった。

 

 

「聞こえる、パパ…? みんなの声が。

 オレ様を…ううん…セキトのことを―――天下無双だって言ってる声が」

 

 

 セキトは真っすぐに空を見上げ続ける。

 まるで、その瞳から涙が零れないようにするように。

 

 次の日のスポーツ紙の一面はセキトのそんな姿を飾られることになった。

 そして、その見出しにはこう書かれていた。

 

 

 ―――人中の呂布、馬中のセキト

 

 




神域(タブー)
オリジナル設定。ゾーンの1つ上の領域。
天衣無縫の極みみたいなものと思ってください。ゾーンの奥の扉を開いた的な。
着想はシンザンの神馬というあだ名と、オグリの「神はいる、そう思った」のフレーズ。後、ネーミングはシービーのタブー。
ゲームシステム的には第二固有スキル。
まあ、雰囲気で読んでください。

さて、ストーリー的には次回のURAファイナルで終わりです。
因みに本当にアプリで育成できるなら、有馬記念に出走するとUGルドルフが出てきてボコってきます。

URAファイナル書いたら、そこで一区切りにして、アオハル杯でテイオー、チヨちゃん、オグリとかとの書きたいレースを書いてみようかなと思っています。
アオハル杯なら学園生徒ならドリームでも、トゥインクルでも出れるでしょうし。


まあ、その前に久々にワンピースにはまったので、ワンピースで何か書くかも。
ゾロが勇者として異世界に転移して、ファンタジスタな迷子でRTAする話とか考えてます。

女神(ナビ)「勇者ゾロ、まずはお城に向かい王様から武器と資金を受け取ってください」
ゾロ「城だな(目の前にある城をスルーして魔王城に直行)」
女神「いえ! そちらではなく北にある方です!!」
ゾロ「北か(城壁を登って隠し部屋に辿り着く)」
女神「いや! ですから、普通にこの道を右に曲がってくださいって!?」
ゾロ「耳元でわめくな! 大体、お前の説明が悪いんだろうが」
女神「ハッ倒すぞ、てめぇ」

こんな感じで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10章:デッドヒート

 

「「メリークリスマス!!」」

「な、なにごとだ!?」

 

 バーンと開かれた自室の扉に目を白黒させながら、セキトがベッドの上から飛び上がる。

 その姿はさながら、キュウリを背後に置かれたのに気づいた猫のようだった。

 

「迅速果断。セキト、すぐに準備を整えてこのシンボリルドルフ改め、赤鼻のルドルフについて来て欲しい」

 

 侵入者その1。赤い鼻のトナカイのコスプレをしたシンボリルドルフ。

 サンタクロースのトナカイの名前が、同じルドルフなのが決め手だろうと誰もが察せられる理由だ。

 

「恋人はサンタクロース…てわけにはいかないけど、マルゼンサンタとトナカイルドルフが後輩ちゃん達にプレゼントを届けるわよー!」

 

 侵入者その2。真っ赤な服に赤い帽子。チャーミングな白いひげをつけたマルゼンスキー。

 普段の勝負服とイメージがあまり変わらないとか言ってはいけない。

 

「……フゥン、そうか、頑張って来るがいい」

 

 当初は突然の侵入者に、尻尾の毛を逆立てて警戒していたセキトであるが、顔見知りであると判断すると胸を撫で下ろし、手に持っていた三国志演義を再度読み始める。

 

「応援ありがとー! ……て! セキトちゃんも行くのよ!」

「フゥン? なぜ、オレ様が貴様らに付き合わんといかんのだ?」

 

 お前も行くんだよ、とばかりにツッコミを入れるマルゼンスキー。

 しかし、セキトの方にはそんな約束をした覚えがないので、スルーする。

 

()()()()()()……フフフ、やはりクリスマスは天からの贈り物が降りて来るな」

「真冬に寒々しい話をするな。オレ様は本を読むのに忙しい。サンタ役は貴様らだけで十分だろう」

「何を言っているんだい。まだソリ役がいないだろう?」

「ソリ!?」

 

 サンタとトナカイが居るのだから、もう十分だろうと言うセキトにルドルフが真顔で返す。

 

「ああ、本当ならばマルゼンスキーのスキー部分をかけて、ソリ役をやってもらうつもりだったのだが、サンタ役の方が良いと言われてね」

「おい、オレ様に選択肢はないのか?」

「ごめんね、セキトちゃん。これ、有馬記念での着順で選択権があるの」

「1着の私、2着のマルゼンスキー、そして3着のセキトの順という訳だ」

「この暴君めが」

 

 いつの間にか勝手に決められていた選択権に、セキトは青筋を立てる。

 というか、つい先日の結果とは言え自分が勝ったレースを基準にするのは、せこくないだろうか。

 

「まあ、一応ソリ以外の選択肢もあるにはあるのだが」

「なら、せめてそっちにしろ」

「そうか! なら、私一押しのクリスマスツリーの服を君に――」

「ソリの方がマシだ! いや、そもそもついていく気もないが」

 

 にこやかな顔で差し出された、クリスマスツリーの衣装を叩き落しつつセキトはどうやって2人から逃げるか、思考を巡らせる。

 

「大体、なぜオレ様を誘うのだ! オレ様はクリスマスが……嫌いだ」

 

 クリスマスになると思い出すのはいつもあの日のこと。

 だから、セキトはあの日から父親の命日(クリスマス)を祝ったことがない。

 毎年12月24日は寮の自室に引き篭もっているだけだ。

 そして、今年もそのつもりだった。

 だが。

 

「知らないの、セキトちゃん?」

 

「クリスマスという日は家族や――」

 

「「友達と一緒に過ごす日」」

 

 彼女の友達はそれを許さなかった。

 

「セキトちゃんが居ないと、せっかくのクリスマスが退屈になっちゃうじゃない」

「画竜点睛を欠くとはまさにこのことだ。私達は3人揃ってこそだろう?」

 

 ニコリと笑って手を伸ばす2人に、セキトは嬉しさと悲しさと切なさの籠った表情を見せる。

 友達がいる嬉しさ。あの日の悲しい記憶。

 そして、この友達を紹介出来たかもしれない、ありもしない未来への切なさ。

 

 そんな複雑な感情の中からセキトが選び取ったものは。

 

「フゥン………そこまで言うのなら……付き合ってやらんでもないわ」

 

 友と共に過ごす嬉しさだった。

 

「よし! そうと決まれば早速出発よ!! たくさんのプレゼントで後輩ちゃん達の気分をアゲアゲのノリノリにしちゃうんだから!」

「それじゃあ、セキト。君は荷物持……ソリの役目を頼む。なにぶん量が量なので、頑張って欲しい。寮生全員分はあるからね」

「おい、貴様。今、荷物持ちと言ったか?」

「気のせいだろう。それとも、流石の飛将軍様にも文字通り荷が重かったかな?」

「まとめてかかって来いッ!!」

 

 こうして、三凶によるプレゼント大作戦が始まるのだった。

 

 

 

 

「………で、最後に残ったこのニンジンの山はプレゼントなのか?」

「ああ、ニンジンをお腹いっぱい食べたいと希望があってね」

「凄い量ねぇ、これなら学園みんなでニンジンパーティを開けそう」

 

 塵も積もれば山となるというが、ニンジンが積もった山は巨峰であった。

 大食いのウマ娘から見ても、どこの業者の仕入れシーンだと思う量。

 それほどのニンジンを。

 

「……もう一度聞くぞ、ルドルフ。これは1()()()()?」

「ああ、その通りだ。プレゼントを待っている子はオグリキャップという葦毛のウマ娘だ」

「ねえ、ルドルフ。本当に1人で食べきれるの? 私達3人がかりでも辛い量だと思うんだけど……」

 

 ただ1人のプレゼントとして贈ろうとしていた。

 

「無論だ。私も食堂のコックの方々に何度も聞きなおしたが、いわく『入学初日にこれぐらい食べた』と言われたよ」

 

 あの食べっぷりはまさに怪物だったとは、この道30年の料理長の言である。

 

「フゥン……よく食うとは思っていたが、そこまでだったか」

「とっても元気な子なのね、その子。それで、これをどうやって運ぶの?」

「そもそも部屋に入り切るのか、これは?」

「運ぶのは小分けにして運べば私達3人ならいけるだろう。量も部屋に入りきる量のはずだ、抜かりはない。さあ、サンタクロースとして最後の大仕事だ。誠心誠意取り組むとしよう」

 

 そして、遂にオグリキャップとタマモクロスの部屋に運び込まれ始める大量のニンジン達。

 寮長に頼んで合鍵を手に入れていたルドルフにより開かれた先に広がるのは、一見すれば普通の部屋。

 しかし、運び込まれるニンジン達にしてみれば怪物の胃袋に等しい。

 

「……メリークリスマス」

 

 小さな声と共に、小さいとは口が裂けても言えない袋が置かれる。

 農家や市場ではないとなかなか見られないサイズの人参入りの袋。

 

「フゥン……メリークリスマス」

 

 それが1つではない。

 三凶がバケツリレー方式で次々と部屋に運んでくるのだ。

 

「メリークリスマスよ、後輩ちゃん」

 

 何度も何度も、何度も何度も。

 何度も、何度も、何度も何度も何度も。

 何度も―――

 

「て! どんだけあんねん!? ウチのスペースまで侵入してきとるやないか!?」

 

 そして、遂にタマモクロスのベッドの足元にも置かれ始めたところで、耐えきれずにタマモクロスがツッコミを入れる。なお、寝ているオグリキャップを起こさないように、その声は小さなものだった。

 

「なんだ、タマモクロス。良い子は寝る時間だぞ」

「いや、ウチかて空気読んで寝たふりしとったわ。でもなぁ……これはツッコまなあかんやろ。この量は!」

 

 ニンジンを運び込む手を止めることなく、セキトは適当にタマモクロスの相手をする。

 タマモクロスの方もツッコミを入れてはいるものの、本気で止める気はないのかそれを咎めることはしない。

 

「フゥン、案ずるな。貴様の分の贈り物もちゃんと用意してあるわ」

「え、ホンマ? おおきになぁー……て、言いたいのはそのことやないわ!」

「漫才がしたいなら大阪に帰れ」

「あんた、いてこましたろか!?」

 

 タマモクロスの相手をするのが面倒なのか、若干辛らつに返すセキト。

 それに対し、勢いよく食って掛かるタマモクロス(小声)。

 無視して、タマモクロスのベッド横にニンジンを積み上げていくセキト。

 バリケードと化したニンジンの山に隠れて、姿が見えなくなるタマモクロス。

 さらに、うず高くニンジンを積み上げていくセキト。

 だんだんと不安になってくるタマモクロス。

 

「……なぁ、これホンマに入りきるんか。そもそも、ウチは部屋から出れるんか、これ」

「フゥン、いざとなれば葦毛の砂利を起こして食わせればいい。道を切り開くだけなら30分もかからんだろう」

「あかん。そんな食えるわけないやろって人として否定したくても、あっさり受け入れてしまうウチがおる」

 

 不可能だと思っていても、それでもオグリキャップなら出来ると信じられてしまう。

 まるで主人公のような信頼の寄せられ方だが、実際の所はただの腹ペコオグリンである。

 

「セキト、これで最後のニンジンだ。作業が済み(すみ)次第、(すみ)やかに撤収しよう。最後にミス(みす)をするのは見過(みす)ごせないからな」

「後はニンジン食して天命を待つね」

「……ウチはどっからツッコんだらいいんや?」

「無視しておくがいい。時間の無駄だ」

 

 ボケの渋滞に頭を抱えるタマモクロス(ニンジンの壁の向こう側)。

 そんな彼女を1人残し、三凶達は良いことをした後は気分が良いぜと言わんばかりの満足顔で部屋から出て行く。

 

「ああ、そうだ。タマモクロス」

「なんや?」

「窓の鍵が開いていたから閉めておいたぞ」

 

 いつもと変わらない平坦な口調。

 故にニンジンの壁に囲まれて、向こう側が見えないタマモクロスには分からない。

 

「あー、オグリが『サンタさんが入って来れるように』って言ってたわ。そう言えば」

「………そうか。なら、オグリキャップに伝えておけ」

 

 何でもないように伝言を残す。

 

「サンタは窓など開けなくても、ちゃんと来てくれるとな」

 

 セキトがどんな表情をしているかなど。

 

 

 

 

 

「かんぱーい!」

「本来、夜更かしはご法度だが……今日は神様もお目こぼししてくれるだろう」

「オレ様はとっとと帰って寝たいのだが?」

 

 誰もが寝て、静かになったトレセン学園屋上。

 そこには、ノリノリでコーラを片手に乾杯をするマルゼンスキー。

 コーラを持つ姿が、どこか不似合いに見えるシンボリルドルフ。

 仏頂面で乾杯を待たずにコーラを口にするセキトがいた。

 

 お前ら真冬の屋上でコーラとか寒くないのかと、言いたくなるがそこは若いウマ娘。

 高い体温とテンションで相殺する。

 若さとは良いものである。

 

「気分はアッゲアッゲよー! フー! 超気持ちいい!!」

「アルミ缶…アルミ缶……アルミ缶の上にあるミカン……フフフ」

「冬の夜空と言えば、孔明が死んだ場面を思い出すな」

 

 ただし、性格が若いとは言ってはいない。

 

 1人は語彙力が7馬身先に進んでいる怪物。

 もう1人はオヤジギャグが大好きな皇帝。

 そして、最後の1人はファッション誌よりも三国志を愛読する将軍。

 

「あ、そうだ。サンタの手伝いをしてくれたいい子ちゃんにプレゼントをあげないと」

「トナカイからもプレゼントだ。私達のぱかプチだ。私達だと思って大切にして欲しい」

「なに? 待て、プレゼント交換などオレ様は聞いてないぞ」

 

 そんな、ある意味で感性が周りからズレている3人だからこそ。

 友達になれたのかもしれない。

 

「あら、サンタクロースはプレゼントを配る人で、貰う人じゃないわよ。3着の可愛いソリちゃんを労ってあげないと」

「トナカイも右に同じだ。……それに私は有馬記念の1着を既に貰っているからな」

「貴様ら……喧嘩を売っているのか?」

 

 優しいマルゼンスキーと、他者へ配慮を欠かさないシンボリルドルフ。

 その2人が軽口を叩きながら、セキトを煽る。

 それがどれだけ珍しいことか、見る者が見れば分かるだろう。

 もっとも、当の本人であるセキトは青筋を立てているだけなのだが。

 

「いやねぇ、喧嘩なんて売ってないわよ。3着ちゃん」

「まったくだ。3着とて全力を出した結果。バカにするなどあるはずがないだろう。まあ、私は1着だったんだが」

「いいだろう、貴様ら。今すぐターフ(戦場)に行くぞ。そこで、叩きのめしてくれるわ」

 

 女三人寄れば(かしま)しい。

 その言葉を体現するかのように、夜の屋上はワイワイガヤガヤとうるさくなる。

 

 こんなことをしていると生徒会が叱りに来る?

 残念。ここにいるのが生徒会会長ご本人様だ。

 

「あら、いいわねぇ。クリスマスのターフを走るなんて如何にもナウい感じじゃない」

「フフフ、今宵の私は赤鼻のルドルフ。世界を一晩で駆けるトナカイに勝負を挑む無謀を理解してのことかな?」

「フゥン、プレゼントのお返しをどうしてやろうかと思っていたが、存外簡単に決まったな。貴様らに敗北の苦渋をプレゼントしてやるわ!」

 

 1人で居るときには、いやこの3人で居るとき以外は決してしない行為。

 後先考えない若さに任せたノリと勢い。

 

「距離はどうするの?」

 

 怪物の肩書も。

 

「次のURAファイナルが2400m左回りだから、それでどうだい?」

 

 皇帝の威厳も。

 

「フゥン、何メートルでも同じ。オレ様の勝ちだ」

 

 将軍の異名も。

 

 彼女達には関係ない。

 彼女達を表す言葉は二文字で十分。

 3人は――

 

「OK牧場よ!」

「なら、いざ尋常に!」

「勝負ッ!!」

 

 ―――友達だ。

 

 

 

 そして、その後3人の友達は巡回中のたづなに見つかり、コッテリと叱られることになるのだった。

 

 

 

 

 

 ―――汝、自らの最強を証明せよ。

 

『怪物が逃げれば将軍が追う!

 将軍が前に出れば皇帝が差す!

 皇帝が抜け出れば怪物が突き放す!

 まさに三つ巴ッ! 天下三分の計ッ!!』

 

 ―――頭上に戴く冠は、それぞれ7つ。

 

『まさにモンスターエンジンッ!!

 我々は怪物をまるで理解していなかったッ!!』

 

 ―――分け合うのではなく、奪い合ってきた勝利の勲章。

 

『王とは! 皇帝とは! 人をその背に従えるものだと言わんばかりに、誰よりも前に立って見せました! シンボリルドルフ!! 王冠は今、皇帝に輝くッ!!』

 

 ―――対等ではあっても、並び合うことなど誰も望んでいない。

 

『我に並ぶ者無しと、先頭を駆ける姿はまさに!!

 ―――天下無双のウマ娘だぁあああッ!!!』

 

 ―――さあ、唯一抜きん出てみせろ。

 

 

 ―――URAファイナル、決勝。まもなく開催。

 

 

 

「焼きそば、タコ焼き、ポップコーン、フライドポテトにフランクフルト、それにチキン。カレーライスもいいな。後はデザートにソフトクリーム……は、溶けるから後で買うとしよう。よし、これだけあれば、レース開始()()()持ちそうだな」

 

 売り子でもここまでは持つまい。

 そう思う程の大量の食べ物を抱えて動くものだから、知ってか知らずかオグリキャップは周りの注目を集めてしまっている。

 

「さて、どこに座ろうか。トレーナーが迷子にならないようにわかりやすい場所の方がいいな」

 

 しかし、当の本人は自分が注目を集めていることなど気づいてもいない。

 それどころか、自分のことを棚に上げて、先輩への挨拶に行ったトレーナーが迷わずに戻って来れるかなど心配している。

 もっともトレーナーの方は、食べ物が山になっている場所を目指せばいいので迷子になる心配はないだろう。

 

「いいえ! 勝つのはマルゼンさんです!!」

「いーや! 勝つのはぜーったい! カイチョーだもんね!!」

 

 そんなオグリキャップの耳に、何やら言い争う声が聞こえてくる。

 しかも、片方は聞き覚えのある声だ。

 

「どうしたんだ、チヨノオー? 喧嘩はいけないぞ。勝っても負けてもお腹が空くだけだ」

 

 これはいけないと思い、オグリキャップは言い争う2人の間に割って入る。

 因みに、2人の方は突如として目の前に現れた山盛りタワーの存在にビクッとしている。

 

「あ、オグリさん。えーと、その喧嘩ではないんですけど……ただ、そちらのテイオーさんと」

「コーテーとカイブツ、どっちが勝つか予想してただけだよ……ちょっと言いすぎちゃったかもしれないけど」

「それを言うなら、私の方こそ熱くなりすぎちゃいました。ごめんなさい」

「ううん、ボクも言い過ぎたかも。ごめんね、チヨちゃん」

 

 第三者の介入により、冷静になった2人はお互いに謝り合う。

 その様子にホッと胸を撫で下ろすオグリキャップ。

 そして、グーッと彼女にしては控えめに鳴るお腹。

 

「安心したらお腹が空いて来たな。2人も食べるか?」

「え? いいの! ヤッター!!」

「い、いいんですか!? オグリさんの分が減るんじゃ……」

 

 一緒に食べようと自分の食べ物を差し出すオグリキャップ。

 オグリキャップのことをそれ程知らないため無邪気に喜ぶ、トウカイテイオー。

 逆に、オグリキャップのことを知っているので、その異常性に驚くサクラチヨノオー。

 

「いいんだ。料理はみんなと一緒に食べた方が美味しいからな。それに足りなくなったら、また、買いに行けばいい」

「オグリさん……はい! ありがたくいただきます!」

 

 ちょっと、ほんのちょっと、ホントにホントにちょっとばかり名残惜しそうな顔を食べ物に向けるオグリキャップだったが、ウマ娘に二言はない。3人で仲良く並んで座って食べ始める。

 

「ねえねえ、オグリは誰を応援しに来たの?」

「あの……テイオーさん。さっきそれでオグリさんに止められたばかりですよね?」

「もう、喧嘩なんてしないって。誰が誰を応援してもボクはカイチョーを応援するだけだもん」

 

 焼きそばで口を膨らませながら、ニシシと笑うテイオーにちょっと困った顔をするチヨノオー。

 しかし、聞かれたオグリの方は気にした様子もなく、掃除機のように食べ物を吸い込んでいた口を止める。

 

「ムグ……ゴクン…! そうだな……私はトレーナーに誘われて来たんだが、応援するのはタマだな。タマは友達でいつも世話になっている」

「タマモクロスさんですか? 突如、稲妻のように現れたダークホースと話題になっていますよね! 稲妻でダークホース……まさにブラックサンダーというわけですね!」

 

 ドヤッとした顔で、思いついた異名を口にするチヨノオー。

 なお、それが商品名に当たることを突っ込んでくれる者は、ここにはいない。

 因みに、タマモクロスの異名である白い稲妻(ホワイトサンダー)も普通に存在する。

 

「ブラックサンダー……あのザクッとした触感が堪らないな。想い出したらお腹が空いて来たな。後で買ってこよう」

「ええぇッ!? 食べてる最中なのにお腹が空くの!?」

「甘いものは別腹だと、トメさんもよく言っていたぞ?」

 

 普通のウマ娘ならば、お腹がいっぱいになる量をペロリと平らげながら、そんなことをのたまうオグリキャップの姿に、さしものテイオーもドン引きする。

 

「分かりますよ、オグリキャップさん。過ぎたるは猶及ばざるが如し、されど桜餅は別腹と言いますものね!」

「いや、そんな続きのあることわざじゃないってー」

「桜餅か……あの餡子の甘味と葉っぱのしょっぱさがまた堪らないな。よし、帰りに買って帰ろう」

「もー! 2人とも食べ物から離れてレースの話をしようよ! ほら、カイチョー達がパドックに出て来たよ!」

 

 ボクってこんなツッコミ役だったっけ?

 そんなことを思いながら、食べ物の話から何とかレースの方に話題を戻すテイオー。

 

「あ、マルゼンスキーさんだ! 頑張ってくださーい!! マルゼンさーん!」

「タマもいるな……がんばれ」

「カイチョー!! ぜーったい勝ってよね!!」

 

 URAファイナル決勝まで駒を進めてきた猛者達の登場に、会場の全ての視線が一点に集中する。

 並みのウマ娘ならば、これだけで緊張で上がってしまうだろう。

 だが、しかし。

 

 並みの存在などここには1人たりともいない。

 

『URAファイナル決勝!! ここまで勝ち進んできた18人の優駿達が今、姿を現します』

『どの娘も皆いい表情をしていますねぇ。さあ、18人の紹介を……おや、いえ、失礼しました。早速、()()()娘達の紹介をしていきましょう』

 

 パドックは一言で言えば、魔境だった。

 

『ミスターシービー! 引退も囁かれる年齢ですが、まだまだ後進に道は譲らないとばかりに決勝まで進んでまいりました!! 世代交代(せだいこうたい)ならぬ世代後退(せだいこうたい)となるか!?』

 

 本来、G1は1つとりさえすれば、それだけで一生誇れるものだ。

 だというのに、この場にいるウマ娘の過半数はそれを持っている者達ばかりだ。

 煌びやかな王冠達。それは強さと誇りの証明に他ならない。

 だが。

 

『タマモクロス! 葦毛(あしげ)のダークホース!! G1未勝利、今大会出場ウマ娘の中で最小のバ体。だというのに、それを感じさせぬ走りで並み居る大敵を破ってきた白い稲妻! この快進撃は大番狂わせか? それとも新時代の覇者の到来か? 葦毛は走らないなど誰が言った!!』

 

 それだけでこの場に立てると思わないことだ。

 強者は常に自らを狙う凶弾を意識しなければならない。

 そして何より、挑戦を続ける気概を失ってしまえば、たちどころにその立場を奪われてしまうだろう。

 

「流石だな、タマは。私が今までで見た中で一番の仕上がりだ」

「確かに凄い仕上がりです。こう……バチバチーって音が聞こえてきそうです!」

「むむむー……でも、カイチョーだって負けてないもんねー!」

 

 上の世代からの圧力に押し潰されず。

 下の世代からの押し上げに足を掬われず。

 横の同期との席の奪い合いに負けず。

 

 何より。

 

『そして、会場の期待と興奮を一心にその身に受けるのはこの3人!』

 

 三凶(たいよう)の光に飲み込まれなかった真の強者だけが。

 今、この場に立てる。

 

『皇帝シンボリルドルフッ!!』

 

 ただ名前が呼ばれただけだというのに、ピタリと会場のざわめきが止まる。

 皇帝の一挙手一投足に誰もが目を奪われる。

 威光を見る。威厳を感じる。何より―――恐怖を感じる。

 

『ホープフルステークス、皐月賞、日本ダービー、菊花賞、大阪杯、天皇賞春そして有馬記念。無敗の三冠など途中経過に過ぎぬとばかりに、積み上げてきたG1勝利数は7。その強さ気高さを見た者は彼女をこう呼びます。“皇帝”と!! さあ、その2つ名の通りに優駿達の頂点に立って見せるか!? シンボリルドルフ!!』

 

 普段は誰に対しても物腰が柔らかく、全てのウマ娘の幸福を祈る優しい生徒会長。

 だが、同じパドックに入った者だけが、彼女の真の姿を知ることが出来る。

 

 彼女は唯一神だ。

 

 自らの下に居る人間に平等に愛を与える神。

 されど、自らと並び立つことだけは絶対に許さない嫉妬の神。

 ウマ娘は皆、(わたし)(した)において平等(はいしゃ)であると。

 

 気の弱いウマ娘では、意識すら保つことが出来ない威圧感を飛ばす暴君が本当の彼女だ。

 

「カイチョー!! ガンバレー!! 絶対はカイチョーだって証明してみせてよ!!」

「すごい…! これが本気の皇帝シンボリルドルフ……私なんかじゃ足元にも及ばない」

「ルドルフは……やっぱり凄いな。うん、一緒に走ってみたいな」

 

 神の如き皇帝。

 それだけでも、普通のウマ娘にとっては絶望的だが。

 

 三凶(さいやく)は1人だけではない。

 

『怪物マルゼンスキーッ!!』

 

 どよめきが起きる。

 しかし、それは声を上げたからではない。

 会場の観客全てが息を止めた音の変化からだ。

 なぜ? 理由は簡単。

 

 捕食者(かいぶつ)を前にすれば生き物は皆、息を潜めるものだ。

 

『朝日杯フューチュリティステークス、桜花賞、秋華賞、有馬記念、ヴィクトリアマイル、宝塚記念、スプリンターズステークスの7つの栄冠! そして何より、短距離、マイル、中距離、長距離という前代未聞の全距離G1制覇を成し遂げた“怪物”!! 今日も私達の常識を超えた走りを見せてくれるか!? マルゼンスキー!!』

 

 葦毛の怪物、シャドウロールの怪物。

 怪物という2つ名のつく者は多い。

 だが、全て()()()()()()()()

 

 断言しよう。本物に、枕詞はつかない。

 なぜか? 本物は脚色する必要などないからだ。

 

 ただの固有名詞で十分。

 本来ならば怪物という名も不要だろう。

 何故なら、マルゼンスキーという名前そのものが――

 

 ―――最速の称号だから。

 

「フレー! フレー! マルゼンさーん!! 今日もスーパーカーの走りを見せてください!!」

「ぐぬぬぬぬ……すっごい仕上がりだけど、勝つのはカイチョーだもんね!」

「ここから見てるだけでも強さが良く分かるな。もし、あの人達と走れるなら……うん、楽しそうだ」

 

 ここまでに17人のウマ娘の紹介が終わった。

 残るウマ娘は1人。

 だが、そのウマ娘の姿はどこにも見当たらない。

 

「……あれ? セキトさんはどこにいるんでしょうか?」

「迷子じゃないか? 私もここに辿り着くまでに何度か迷ったからな。心配だ」

「ふふーん、きっとコウテーに恐れをなして逃げたんだよ」

 

 最後の1名が現れないことに、観客達の間でざわめきが広がって行く。

 何かあったのだろうか。そんな声が聞こえてくるが、意外にもその声は小さい。

 その理由は簡単。

 

 セキトのファンならば、桜花賞を見た者ならば、ある可能性に辿り着くのだから。

 

「誰が逃げただと? 砂利が」

「わプ!?」

 

 得意満面の顔をしていたテイオーの頭を、大きな手がぐしゃりと撫でる。

 

「ええええぇッ!? どうしてこんなところにいるんですか!?」

「よかった、間に合ったんだな」

「ちょっと誰!? ダレ? はなしてよぉ~!」

 

 隣でチヨノオーが驚いた声を上げ、オグリが安堵の息を吐いている。

 しかし、頭を抑えつけられているテイオーには、その人物が何者かが分からない。

 

「フゥン、主役は遅れて登場するものだと相場が決まっているものだ。砂利共は、そこで黙って見ているがいい。このオレ様の――」

 

 フッと頭を抑えられていた手が退けられて、テイオーはやっとのことで頭を上げる。

 そして、このテイオー様に無礼なことを働いたのは誰だと、視線を前に向けて目撃する。

 

 ―――(あま)()ける真紅の髪を。

 

「―――天下無双の走りをな」

 

 セキトがパドックに降り立つ。

 ただそれだけで、会場の者達がドッと沸き立つ。

 これで役者は勢揃いしたと。

 

『飛将軍セキトッ!!』

 

 地鳴りのような歓声が響く。

 否、それは歓声ではなく開戦を知らしめる銅鑼(どら)の音だ。

 

『オークス、ジャパンダートダービー、天皇賞秋、ジャパンカップ、フェブラリーステークス、帝王賞、そしてジャパンカップの連覇。芝もダートも関係ない! 戦場ならば等しく将軍の征服地!! さあ、このURAファイナルの地もまた、飛将軍が征服してしまうのか!?』

 

 派手な登場、傲岸不遜な笑み。

 だというのに、今の彼女に隙というものは一切ない。

 戦場(いくさば)こそが我が大地、我が故郷、我が住処(すみか)

 

 自分の家で肩肘を張る者など居はしない。

 たとえそれが、魑魅魍魎(ちみもうりょう)のねぐらであろうと。

 将軍の心はさざ波1つ絶たない。

 

「すごいな、セキトは。こんなにワクワクする舞台なのに、いつも通りに地に足がついている」

「気負い1つなさそうなのに、あの自信満々の笑顔……これがヤエノさんが言っている火水合一というものでしょうか」

「ふーんだ。カイチョーだっていつも通りゼッコーチョーだもんね!」

 

 皇帝、怪物、将軍。

 三つの災厄(さいやく)がここに揃う。

 

「フゥン、貴様らか。わざわざ、このオレ様に負けに来たのは」

「あら、わざわざ怪物の餌になりに来たの間違いじゃないの?」

「よさないか、2人とも。小型犬のように吠えてみっともない」

 

 そして、それを討ち滅ぼさんとする勇者達も。

 

「調子に乗ってられるのも今のうちやで。いつまでも伝説がのさばっとったら時代が前に進まんやろ?」

「ふーん。でも、逃げ切っちゃえば追いつけないよね? と言っても、アタシも追い込みだけど」

 

 時代の頂点。

 優駿の頂点。

 いや、そんな大層なものではない。

 

 ここで決まることはただ1つ。

 

『さあ、全てのウマ娘がゲートに入りました!! まもなく決まります! 誰が一番強いか!? 誰が頂点(てっぺん)に立つかが!! この一戦で決まります!!』

 

 誰が一番強い奴か、それだけだ。

 

『さあ! 始まりますよ!!』

『URAファイナル決勝! 芝2400m! 左回り!』

『『最強を決める運命のゲートが今ッ!!』』

 

 さあ。

 

『―――開かれますッ!!』

 

 

 ―――勝者(シロ)敗者(クロ)つけようぜ。

 

 

 

我天下無双也(われてんかむそうなり)!!」

Mr. Crazy Breaker(じょうしきなんてひとのかってでしょ)!!」

 

『あっと!? どういうことだ!? 全員が出遅れたぞ!!』

『いえ! セキトとミスターシービーだけが出遅れていません! 抜群のスタートを切って先頭に躍り出ています!!』

『追い込みの代表格がまさかの逃げに打って出たのか!?』

 

 スタートの瞬間だった。

 ゲートという檻に囲まれ、ある種の安心感を得ていたウマ娘達にセキトが強襲をしかけた。

 普段ならば後半から入る神域(タブー)にいきなり入った、セキトの殺気。

 

 それを心に鎧を着こむ前にもろに食らったウマ娘達は大きく出遅れた。

 レースにおいて、一度たりともハナを取られたことのないマルゼンスキーですら例外ではない。

 ただ1人。

 

「アハハハ! うん、やっぱりキミ達とのレースは最高だ!!」

 

 どこまでも自然体でいる天衣無縫のウマ娘(シービー)を除いて。

 

 殺気? プレッシャー? それがアタシの走りに何か関係あるの?

 彼女に常識など通用しない。だって、彼女が興味があることは1つ。

 楽しいか、楽しくないかだけなのだから。

 

『先頭はミスターシービー! その後ろにセキト! 抜群のスタートを切ったものの、逃げという訳ではないようです。反対にミスターシービーはそのまま行くつもりか?』

『作戦通りとしたら見事なものですが、彼女のことですからねぇ。単に気まぐれかもしれませんよ』

『どちらにせよ、ミスターシービーの動向からは目が離せません。おっと、ここでシンボリルドルフが上がって来たぞ! マルゼンスキーは中団のままだ! 大丈夫か!?』

 

 少し速度を落とし、いつものように脚を溜める態勢に入るセキト。

 逆に、ガンガン行こうぜとばかりに先頭を譲る気のないミスターシービー。

 そこへ、出遅れたシンボリルドルフがゆっくりと不気味な足取りで近づいてくる。

 

『シンボリルドルフが上がって来る! 上がって来る! そして、そのままミスターシービーの前に躍り出た!!』

『これはいつもに比べて大胆な作戦を練っていましたね! いや、それともこの荒れたレース展開を即座に組みなおしたのか!?』

『先頭はシンボリルドルフ! 2番手集団にミスターシービーとセキト!! そして3番手にマルゼンスキー! 注目のタマモクロスは最後尾につけたままだ! このまま地力の差を、むざむざと見せつけられて終わってしまうのか!?』

 

 まだ、序盤だというのに先頭に立ったシンボリルドルフ。

 その普段らしからぬ行動に後方のウマ娘達は警戒し、様子見に徹する。

 ただ1人の、破天荒を除いて。

 

『ミスターシービーが仕掛けた! ハナは譲らないとばかりに速度を上げる!』

『このまま集団に居ては危険と判断しての、脱出術ですねぇ。野生の直感と言った所でしょうか!』

 

 再び先頭に躍り出ようと、ミスターシービーが速度を上げる。

 それに付随するように、先程まで尻込みしていたウマ娘達も徐々に前へと進出していく。

 

『ミスターシービーに続けとばかりに集団が前へ前へと上がって行くぞ!』

『対するシンボリルドルフに目立った動きは無し。やはり、レース展開を立て直すのが目的で先頭に立ったのでしょう』

『後は集団の先頭付近でやり過ごし、最後に差し切るいつもの王道展開を狙っている。ということでしょうか?』

 

 解説や観客達はその動きを見て、先頭集団が団子状態になると思った。

 シービーが荒らした展開をルドルフが立て直し、よく見るレース展開に戻る。

 そう、思っていた。

 

 

「―――絶対帝政(ひざまずき、こうべをたれよ)

 

 

 だが、縮まらない。

 

『しかし、変わらない! シンボリルドルフと後方の距離は変わらない!』

『後方のウマ娘が速度を緩めたのか? それともシンボリルドルフが先頭に立ち続けることを選んだのか?』

 

 観衆から見れば、ただ何も起こらなかっただけ。

 何も変わらなかっただけ。後方が仕掛けるのをやめただけにしか見えない。

 しかし、走っているウマ娘達だけは分かった。

 

(ルドルフめ…! こちらが仕掛ける道筋を全て事前に潰してきおって!)

 

 シンボリルドルフは何もしていないのではない。

 ()()()()()()()()()()

 

『しびれを切らせたミスターシービーが仕掛ける! が、変わらない! 速度を上げても! 内を突こうと! 外に回ろうと! 先頭はシンボリルドルフだ! 依然変わることなく!!』

『これは…!? 相手の動きを全てを読み切って、事前にその道筋を全て潰しているとしか思えません!! 彼女には未来が見えているとでもいうのか!?』

 

 何も起きていないように見える理由は簡単。

 目で耳で肌で感じ取った相手の動きを超越した頭脳で事前に予測し、先に手を打っているだけ。

 

 相手が速度を上げれば、同じだけ自分も速度を上げる。

 内に動くのなら、自分も内に。外に行くのなら外に。

 ただ単純に。されど、他者には未来視としか思えない精度で。

 

 後方に居る全員のウマ娘達の仕掛けを全て、事前に潰しているだけだ。

 

『おっとどうしたぁッ!? 後方のウマ娘達がみるみる速度を落としていくぞ!?』

『これはかかって無理にとばした結果、スタミナを失っているとしか思えませんねぇ。初歩的なミスと言えば初歩的なミスですよ』

『URAファイナル決勝に集まった者達が、こうもいいようにされるのは、それだけ皇帝の威圧感が凄まじいものということでしょうか!?』

 

 そして、何をやっても潰されるという状況は焦りを生み出す。

 これがダメなら、次の手段だ。それでもダメならとやっているうちにペースを乱す。

 さらに、質が悪いことに前との距離が変わらないことで、本人に無理をしている自覚がない。

 

 そして、気づいた時にはこうして全てのスタミナを失い、苦し気に(こうべ)を下げるしかない。

 まさに皇帝。逆らう者の力を奪って跪かせ、自らにその首を晒させ屈服させる。

 人の頂点。全てのウマ娘を従えるべくして生まれた存在。

 

『誰も追いつけない!! 誰も隣に立てない!! なすすべ無し!! 人は皆、皇帝に従うしかないのか!?』

『万人に逆らうことすら許さない絶対の走り!! これぞ皇帝!! これがシンボリルドルフだッ!!』

 

 

 

「―――I am Monster(アイ アム モンスター)

 

 

 

 だが、所詮。それは()()()()

 

『マルゼンスキー! マルゼンスキーだ!?

 ここでマルゼンスキーが一気に駆け上がって来たぞ!!』

 

 怪物に人の道理など通用しない。

 自分の次の手が読まれる? 知るか。とばかりに速度を上げていく。

 そこに技巧はない。純然たる力押し、上位種としての傲慢(ごうまん)慢心(まんしん)

 特殊能力などない。ただ速く走る、それだけ。

 

『当然シンボリルドルフも速度を上げる、が! 間に合わない! 間に合わない!! 怪物の疾走は誰にも止められないッ!!』

『先頭の景色は私のものだとばかりに、先頭(ていいち)に返り咲きました、マルゼンスキー!!』

 

 そんな力業だからこそ、皇帝の未来視は打ち砕かれる。

 

 原理は簡単。

 皇帝に自らの行動を読まれたとしても、止められない速度で走ればいい。

 未来が見えても、変えられなければ何の意味もないだろう?

 

 そう、あざ笑うかのように怪物は皇帝(かみ)の秩序を軽々しく踏みつぶしていく。

 

 だが、忘れることなかれ。

 怪物の進撃は―――英雄(にんげん)に止められる定めだと。

 

『しかし、マルゼンスキーの独走は許されない!! セキトがすぐさま後を追い、牽制をする!!』

『マルゼンスキーがシンボリルドルフの囲いを破って出来た隙を見逃しませんでしたねぇ!』

 

 マルゼンスキーの背中に隠れるように、ピッタリと張り付くセキト。

 まるで風よけのように怪物を利用しながら、自身も皇帝の視界から逃れる。

 そして、一度でも皇帝の前に行けばこちらものだとばかりに、クーデターを開始する。

 

『セキトがマルゼンスキーに並ぶ! 並ぶ!! そして! 一気に先頭に立ったぁッ!! いつもは終盤まで最後尾で控えているセキトが既に首位です!!』

『これは大胆な作戦にでましたねぇ! この優駿ひしめく舞台で勝つための計略か? それとも単なる苦し紛れか? この展開が吉と出るか凶と出るか、目が離せません!!』

 

 中盤では普段なら最後尾にいるウマ娘が先頭に。

 普段は先頭を駆けるウマ娘が、虎視眈々と息を潜める。

 ピラミッドの頂点が入れ替わるかのような大混乱(クーデター)

 

『まだレース中盤ですが、既にレースは大混戦を極めております!! 誰が一番に抜け出るのか!? 誰が主導権を逃げるのか、私には欠片も予想できません!!』

 

 荒れるレース。

 しかし、よくよく見れば前に居るのはいつもの面子である。

 それもそのはず。これはクーデター。

 

『先頭はセキト! 後ろ1バ身差でマルゼンスキー! その後ろにはシンボリルドルフとミスターシービーの2人の三冠バが競い合うように続く! この4人に続く後方集団は、3バ身差で集団を形成しています。このままいつもの4人の勝負となるのか!?』

 

 クーデターは支配層の中での権力闘争に過ぎない。

 ピラミッドの上部が入れ替わるだけ。

 

 だが革命は違う。

 革命とは被支配層が支配者を打ち破るということ。

 ピラミッドの底辺が頂点に入れ替わること。

 すなわち―――弱者の反乱である。

 

『いや!! 後方集団から葦毛が! タマモクロスが飛び出て来たぞ!!』

『ここが仕掛けどころと判断したんでしょう!! レース終盤に入りかけで面白い展開になってきました!!』

 

 一際目立つ葦毛が、誰もが見落としがちなちっぽけなウマ娘が。

 頂点達(てっぺん)に反逆を仕掛けた。

 

『待ってましたとばかりに、タマモクロスがシンボリルドルフとミスターシービーの背中に近づいていく!』

『素晴らしい追い上げです! ですが、シンボリルドルフの前に出るのは容易なことではありませんよ』

 

 先頭から落ちたと言っても、シンボリルドルフの先読み能力が失われたわけではない。

 ましてや、若造に自分の道を譲ってやる気など毛頭ない。

 いつものようにシンボリルドルフは生意気な民草(ウマ娘)を潰そうとする、が。

 

 

「―――雷様(かみなりさま)のお通りや!!」

 

 

 極白の電光が皇帝の掌をすり抜けていく。

 それに()()()、シンボリルドルフの目が見開かれる。

 まさか、彼女は既に至って()()()()()()と。

 

『抜いた!! タマモクロスがシンボリルドルフとミスターシービーを抜いたぞ!? まるで針の穴を縫うような挙動で抜き去ったぞッ!!』

『これは予想外でした! まさに今大会のダークホース!! そして、そのままマルゼンスキーの背も射程圏内に捉えたぞ!!』

 

 目の前に雷が落ちれば誰だって、それに目を奪われる。

 今、レース場の全ての視線を奪っているのは、もっとも小柄なウマ娘だった。

 

「目ぇ、かっ開いてよう見ときや!

 ウチがタマモクロスやッ!!」

 

 雷鳴が轟き渡る。

 おどろおどろしい雷神の声が全てを威圧するように、他のウマ娘に襲い掛かる。

 そして、それは人の理を超えた怪物ですら例外ではない。

 

『タマモクロスがマルゼンスキーを抜いた!! タマモクロスが2番手に躍り出たぞ!! さあ、残るはセキトだけだ!! このまま一気に下剋上を成し遂げてみせるのか!?』

 

 雷、かみなり、神成り(かみなり)

 URAファイナル決勝の舞台にて、タマモクロスは神へと成った。

 その才は三凶よりもなお速く、神の領域へと彼女を押し上げた

 

『タマモクロスがセキトに並ぶ! 並ぶと分かるその差! まるで大人と子供の身長差です!!』

『ですがレースに身長は関係ありませんよ! 重要なのはどちらが速いか!! ただ、それだけです!!』

 

 以前は並ぶことが出来なかったその背に並ぶ。

 あの時は、セキトの殺気に怯えて負けてしまった。

 だが、今のタマモクロスに怯えはない。

 

 ()()()()()()()()()

 心にあるのは全能感のみ。

 まるで、自分が神になったような。

 

『タマモクロスが一気に仕掛ける!! ここは通過地点に過ぎないとばかりにセキトを抜き去っていく!!』

『先頭はタマモクロス! タマモクロス!! このまま史上最大の下剋上となるかぁあああッ!?』

 

 タマモクロスがセキトを抜き去り先頭に立つ。

 そして、さらに速度を上げて後方を突き放しにかかる。

 

「……フゥン、見事だ」

 

 いつもなら、まだ足を溜めている段階だというのに。

 

「このセキトが認めてやろう。貴様はこのオレ様を超える才を持っている」

 

 偽りの全能感に従い、足場の見えない闇に踏み込んでいく。

 

 スタミナは持つか? いける。

 脚はこの速度に耐えられるか? たぶんいける。

 作戦もなくただ走るだけで勝てるのか? きっといけ――

 

「だが―――それは今ではない」

 

 ―――いけるわけがないだろう。

 

『あっと!? どうしたタマモクロス!? 急激に速度を落としたぞ!?』

『これは心配ですねぇ。どこか怪我をしたのかもしれません!』

 

 世界一速い車だって、燃料が無くなったら徒歩にも劣る。

 どんな強固な鎧だって、無防備に攻撃を受け続ければ壊れる。

 百獣の王のライオンだって、ただ獲物を追うだけでは逃げられる。

 

 神になったような全能感?

 愚か者め。そんな小さな器に神が降りられるわけがないだろう。

 

「もっと飯を食うんだな」

 

 (うつわ)を鍛えなおせ。

 そう、言い残してセキトは無表情でタマモクロスを置いていく。

 

『急速に速度を落としたタマモクロスを尻目に再びセキトが先頭に躍り出る! そして、マルゼンスキーも抜いていく! やはり、何かトラブルがあったのでしょうか? 非常に心配です』

『期待していたんですが、非常に残念な結果になってしまいましたねぇ。後は後遺症が残らないように、すぐにメディカルチェックをしてもらいたいですねぇ』

 

 その横をマルゼンスキーが通り過ぎ、続いてミスターシービーとシンボリルドルフが続く。

 そして、ルドルフはやはりこうなったかと1人内心で嘆く。

 

 神域(タブー)は簡潔に言えば、脳のリミッターの解除。

 限界を超えると言えば聞こえはいいが、要は暴走だ。

 

 ルドルフのように超越した頭脳で筋肉の1つ1つを無理やり制御するか、シービーのように第六感(野生の感)で使い分けるか、セキトのように体を鍛えに鍛えて限界を超えた出力でも壊れないようにする。もしくはマルゼンスキーのような生まれながらの怪物ならば耐えられるだろう。

 

 そうではなければ、目の前の惨状という訳だ。

 

『トラブルがありましたが、レースは終盤! この激戦も残り数百メートルで終わってしまいます!』

『セキトがこのまま逃げ切るのか。マルゼンスキーが差すのか。それとも、シンボリルドルフかミスターシービーが追い抜くのか。私にも全く分かりません!』

 

「……………な」

 

 惜しいことだ。1年早く生まれていれば、(うつわ)が完成していたというのに。

 そうすれば、自分にとってもタマモクロスはライバルになっていただろう。

 

「…………んな」

 

 だが、彼女は神域(タブー)に辿り着くのが早すぎ――

 

 

「―――ウチをなめんなッ!!」

 

 

 瞬間、再び響き渡る雷鳴。

 すでに死んだと思っていた。

 終わったはずだったのに、稲妻は息を吹き返した。

 

『おっとぉッ!? このまま落ちていくだけだと思っていたタマモクロスが踏み止まったぞ!?』

『そして、あろうことか再度順位を上げていっています!! いやぁ、完全に終わったと思っていたんですがねぇ! 体は大丈夫なんでしょうか!?』

 

 力一杯に踏みしめられた芝が抉れる。

 そして、死んでいた瞳に再び青い光が宿る。

 そのあり得ない事態に、さしものシンボリルドルフも目を見開くしかない。

 

(再び神域(タブー)に踏み込んできただと? あの状態からどうやって……いや、そうか!)

 

 どうやって、再度神域(タブー)に入ったのか。

 そう考えるルドルフだったが、すぐに自らの勘違いに気づく。

 

(今の彼女は神域(タブー)ではなく、領域(ゾーン)を展開しているだけだ)

 

 失った体力はどう足掻いても戻らない。

 先程と同じようには走れない。

 ならば、先程より抑えて走ればいい。タマモクロスはそう考えたのだ。

 そして、それを為すために彼女は。

 

(荒唐無稽。そう思いたくなるが、間違いない。彼女は神域(タブー)領域(ゾーン)を使い分けている!)

 

 力を常時開放するのではなく、必要に応じて使い分けている。

 そうすることで、体の崩壊を未然に防いでいるのだ。

 

「へぇ、面白いことしてるね、キミ」

 

『タマモクロスがシンボリルドルフとミスターシービーを抜き、再び3位になる!! そしてぇえッ! ここでミスターシービーも続くッ!!』

『ここが勝負どころだと判断したんでしょう! 対するシンボリルドルフは、まだ早いとばかりに抑えたままです! この判断が勝負の明暗を分けるかも知れませんねぇ!!』

 

 ここに来て、火事場のクソ力を発揮したタマモクロスに、ミスターシービーが面白そうに語りかける。それに対して、タマモクロスの方は何の反応も返さないがミスターシービーは気にしない。むしろ、1人で勝手にテンションを上げている。

 

「じゃ、アタシも―――奥の手を見せよっか

 

 瞬間、ミスターシービーの姿がぶれる。

 否、残像が見える程の速さで一気に加速したのだ。

 

『競り合うタマモクロスとミスターシービー! 先に抜け出たのはミスターシービーの方だ!! タマモクロスを置いて、2番手のマルゼンスキーに一気に並びます!!』

『マルゼンスキーも引き剥がそうと加速するが、まるで影のように迫り、ピッタリと離れません!! ミスターシービーッ!!』

 

 不自然な程に急激な加速。

 ただ単に神域(タブー)を使っただけではこうはならない。

 まるで、全てのステータスをスピードだけに割り振ったかのような不自然な挙動。

 

(まさか…! そういうことか!?)

 

 その異常性に心底驚くシンボリルドルフだったが、彼女の頭脳は一瞬でその仕組みを理解した。

 

(体中のエネルギーを集めて全て脚に回しているとはな! 考えたな、シービー!!)

 

 ミスターシービーのやっていることは簡潔に言えば、ウマソウルの力の一点集中化。

 仮にゲームのようなものに例えるとすれば、スピードのステータスに他のステータス分の数値を移動させてきているのだ。スピード1600、パワー1600のステータスをスピード2000、パワー1200と言った風に。

 

『マルゼンスキーを抜いた! マルゼンスキーを抜いた!! ミスターシービーがマルゼンスキーを抜いて2位になったッ!!』

『そのまま間髪を入れずに、セキトの首を狙いに行く!! その後ろにタマモクロスが負けじと続く!!』

『旧時代の意地を見せるか、ミスターシービーッ!?

新時代を呼ぶ嵐となるか、タマモクロスッ!?』

 

「アハハハ! さあ、もっともっとモットッ! 楽しもっか!!」

「やかましいッ! どいつもこいつもまとめて、ウチがいてこましたるわッ!!」

 

 古き世代の想いを背負ってミスターシービーが駆ける。

 新しい世代の到来を告げるかのようにタマモクロスが吠える。

 最強は己だと、見るもの全てに証明するように走る。

 

『シービーがセキトに並ぶ!! タマモクロスもだ!!』

『抜きました!! 今、セキトを抜き去りミスターシービーが先頭に、そしてタマモクロスがハナ差で続くッ!! しかし、セキトも諦めない!!』

『セキトとマルゼンスキーが並ぶ! そして、負けじとシンボリルドルフも並んでくる!! 3人が横並びで先頭を目指す! しかし、先頭は依然ミスターシービーとタマモクロスのままだ!! 最強の称号はこの2人のどちらかの手に渡るのか!?』

 

 最強の称号まであと少し。

 この最終直線で全てが決まる。

 誰もが、ミスターシービーとタマモクロスに目線を集中させる。

 

 舞台の中心はまさに2人だけ。

 このまま勝負が決まる。

 もはや、2人を止められる者など――

 

 

 

ゆいいつ(Eclipse)

抜きん出て(first)

並ぶ者(the rest)

 

 

「「「無し(nowhere)」」」

 

 

 ()()()3()()()()()()()

 

 

『いえッ! まだです!! まだ三強(さんきょう)の脚が残っていました!!』

『最強の座は譲らないとばかりに3人で並んで加速していきます!! まるで3人で協力し合っているような加速ですッ!!』

 

 最強(さいきょう)? それがどうしたこっちは最凶(さいきょう)だぞ。

 そう言わんとばかりに三凶(さんきょう)がマルゼンスキーを筆頭に先頭に迫って行く。

 

「ッ! やっぱ、あんたらはまだ終わらんわな…!」

「うふふ、当然よ。この程度で終われるなら、(わざわ)いなんて呼ばれてないわ!」

 

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)百鬼夜行(ひゃっきやこう)。もしくは地獄の軍勢か。

 たった3人に詰められているだけだというのに、タマモクロスにはそうとしか見えなかった。

 

『どんどん速くなっていく! どんどん加速していく!! 三強が信じられぬ速度で猛追していきます!! 一体どこにそんな力が眠っていたのでしょうか!?』

『お互いがお互いに負けてたまるかと、根性で速度を上げ続けているんでしょう! いやぁ、これ程の追い比べは私も初めて見ました!!』

 

 三凶が並んだ途端に速度を上げ続け始めた理由は簡単。

 お前だけには負けられないと、負けん気を発揮しているからだ。

 セキトが前に行けば、シンボリルドルフが追い、それをマルゼンスキーが邪魔をする。

 

 自分以外の2人を追い越すために限界を超えれば、相手も限界を超えて来る。

 覚醒に対して覚醒で対抗してくるために起きる現象。

 ラスボスが主人公補正を持てばこうなるという、相手にとっての最悪の悪夢。

 故に最凶。

 

「シービー、タマモクロス。1つ忠告をしておこう」

 

 シンボリルドルフが静かに語りかける。

 レース中だというのに、まるで茶の間で優雅に寛いでいるかのような気軽さで。

 

「『奥の手とは、先に出した方が負けるのだ』」

 

 去年のジャパンカップで、セキトに言われた台詞を告げるのだった。

 

『シンボリルドルフがここで三強の先団を抜け出した!! まるで先程のミスターシービーやタマモクロスのような急加速です!』

『タマモクロスとミスターシービーを抜き去り! 一気に先頭に立つシンボリルドルフ! このまま決まるか!?』

 

 そして、タマモクロスが見せた領域(ゾーン)神域(タブー)の使い分け。

 ミスターシービーが使った能力(ステータス)の一極化を使用してみせる。

 

「こんな風に、真似をされてね…?」

「アハハハ! 流石は皇帝様だね。でも―――」

 

 ルドルフに真似をされるのは想定内だったのか、まだ勝気な笑みを崩さないシービー。

 その不敵さこそが彼女の心理的アドバンテージなのだが。

 

『だが終わらない!! 終わらせない!! 1人勝ちは許さないとばかりに、セキトとマルゼンスキーも()()()()()駆け上がってきた!! 先頭は三強ッ!! 再び三人が横並び一線になったッ!!』

 

「ルドルフに出来てオレ様に出来んことなど、何もないわ!」

「へぇ、こんな走り方もあるんだ。ありがとね、タマちゃんにシービーちゃん」

「………うそぉ」

「バケモンや……あんたら」

 

 流石に3人全員にコピーされては、タマと一緒に引きつる顔を隠すことが出来なかった。

 

『やはり! 期待通りに! 約束通りに!! 最後はこの3人だ!!』

『シンボリルドルフか!? セキトか!? それともマルゼンスキーか!? 頂点に立つのは3人のうちの誰なのか!?』

 

 桁が、格が、世界が、違う。

 憧れ、怖れ、敬われ、誰もが彼女達の走りを、その目に脳に焼き付けた。

 故に人々は彼女達のことを、こう言う。

 

『“最強(さいきょう)の世代”ッ!! その玉座は誰の手に渡るのかッ!?』

 

 “最凶(さいきょう)の世代”と。

 

『残り100メートルゥッ!! 先頭は変わらず三強(さんきょう)ッ!! ミスターシービーとタマモクロスも必死に追うが、縮まらない! 縮められない!! 距離以上の差が彼女達にはある!! これが三強!! これぞ三強!!』

 

 いつの日にか、彼女達と戦ったウマ娘達は胸を張って言うようになるだろう。

 悔しさを押し殺し、憧れと嫉妬に胸を焦がしながら。

 

 

『この時代の名が―――三凶(さんきょう)だッ!!』

 

 

 私達は―――三凶(さんきょう)に負けたのだと。

 

「「「――――ッ!!」」」

 

 声にならない雄たけびを上げ、三凶が走る。

 マルゼンスキーが前に行ったと思えば、シンボリルドルフが差す。

 シンボリルドルフが抜け出たと見れば、すかさずセキトがまくり上げる。

 セキトが追い抜いたと瞬間に、マルゼンスキーが差し返してくる。

 

『ゴール板まで後少し! 後少しッ!! セキトか!? マルゼンスキーか!? シンボリルドルフか!? ハナ差も離れていないぞ!!』

『誰だ!? 誰だッ!? だれだッ!! 先頭はッ!!』

『横並び一直線ッ!! 大接戦デッドヒートォオオオッ!?』

 

 一進一退。否、本当は誰かが前に出たりなどしていないのではないか。

 そもそも、3人は本当に別人なのか。同一人物なのではないかと思う程に近く。

 もつれにもつれたまま、3人が最後の一歩を踏み出す。

 

 さあ。

 

「勝つのは――」

 

 三人の女神が微笑みかけるのは。

 

「最強は――」

 

 勝利の女神が口づけを送るのは。

 

「―――オレ様(わたし)()ッ!!」

 

 

 

 

 

 ここで決めるには距離が短すぎる。

 

 

 

 

 

『同着です! 同着です!! なんと、3人が同着という結果になりました!! 繰り返します! 写真判定の結果はセキト、マルゼンスキー、シンボリルドルフの同着ですッ!!』

 

 ざわめきが会場を埋め尽くす。

 だが、それは熱気に包まれたものではなく、どこか冷めたものだった。

 

『いやー……まさかまさかの展開です。3人同着は過去にもありましたが、まさかこの大舞台で見ることになろうとは……完全に予想外です』

『URA公式ルールでは同着の場合は、同着となった全員を1着として扱うことになっています。つまり、セキト、マルゼンスキー、シンボリルドルフが1着。そこから4着5着と決まります』

 

 困惑、動揺、そのどちらとも似つかぬ感情が観衆の心の中に渦巻く。

 こんな、こんな結末でいいのか?

 こんなありふれた結末で?

 仲良くおて手を繋いで一緒にゴールなんて、そんな幼稚な結末など。

 

「認められるかッ!!」

 

 認められるはずなどない。

 

「私達の結末がこのような無味乾燥で無味単調な興味索然としたもので終わっていいのか!? いいはずがないだろうッ!!」

 

 静まり返った会場に怒れる獅子の咆哮が響き渡る。

 そこにはいつもの完璧を絵にかいたようなシンボリルドルフはいなかった。

 居るのは獅子(ライオン)だ。

 

 (たてがみ)を振り乱し、見るもの全てを怖気づかせる表情で怒声を上げる。

 その普段からのあまりの代わり様に、彼女の本性を知らない人間は驚愕で唖然とし、逆に彼女の本性を知る人間は、優等生を取り繕うことも忘れたその怒りの大きさに震えあがる。

 

「ちょ、ちょっと、ルドルフ! 落ち着きなさい!」

「これが落ち着けるか! それともマルゼンスキー。君はこんな終わり方で良いとでも言うのか!?」

「それは………」

 

 暴走気味に叫び声を上げるルドルフを慌てて諫めるマルゼンスキー。

 しかし、こんな終わり方でいいのかと食って掛かられると、声を詰まらせる。

 

「どうなんだ!? ハッキリと言え!!」

「………いいわけないじゃない。私だって、白黒つけたいわよ!」

 

 そして、本音を吐露する。

 彼女だってそうだ。

 この日のために、ライバルに勝つために努力を積み上げてきた。

 

「あなたに! セキトちゃんに! 勝つために今日まで走ってきたんだから!!」

 

 全ては勝つため。全ては勝利のために。

 今までただひたすらに駆け抜けてきたのだ。

 

「私だってこんな中途半端な結果は納得いかないわ!! でも――」

 

 それでも予め決まったルールで、それを承諾して選手として戦ったのだ。

 一度出た結果は何があっても変えられない。

 それはスポーツ選手として脅かしてはならない鉄則だ。

 だから。

 

「フゥン、貴様らは勉強は出来るようだが、どうやらオレ様より頭が悪いらしいな」

「セキトちゃん?」

 

 このレースが引き分けなのは仕方がない。

 だが、しかし。

 

マッチレース(優勝決定戦)だ」

 

 勝手にもう1レースする分には構わないだろう?

 

「…! そうか、そうだな。私達3人でのマッチレースなら……決着をつけられる」

「待って! 確かにそれなら決着はつくけど、URAのルール上は出来ないわ」

 

 マッチレースとは一対一での勝負。または、少数での対決を指す言葉だ。

 映像技術が未熟だった時代などは、同着だった場合に優勝決定戦として、同着同士でマッチレースが行われていたりもした。

 しかし、原則5人以上でなければレースを行えない現代日本では、公式では行われることはない。

 

「別にオレ様達だけでやるのだから、トレセン学園でやればいいだろう」

「………そうね、それなら誰にも迷惑をかけないわね」

 

 そのマッチレースをやろうと言うのだ。

 公式が許さないのなら、非公式に自分達だけで。

 ―――観客なんて1人もいない状態で。

 

「ええっ! トレセン学園でもう一回やるの!? 早く戻って見に行かないと!」

「え? 今すぐなんですか!? わわ! 早く帰る準備をしないと!」

「……このままここでやらないのか? なら、学園に帰らないとな」

 

 誰かが呟いたトレセン学園に早く行こうという言葉。

 それはあっという間に観衆たちの間に広がって行った。

 

「トレセン学園で続きをやるのか? なあ、トレセン学園ってどうやって行くんだ?」

「マジかぁ……私トレセン学園の生徒じゃないけど入れるかな」

「おいおい、急がないと乗り遅れるぞ!」

「入場制限があるって本当か? 冗談じゃないぞ! こんな面白いものを見落とせるか!!」

 

 誰も確かな情報を持っていない。

 それぞれが憶測交じりに話すから、話がどんどんとあらぬ方向へと膨らんでいく。

 あっという間にレース場は大混乱へと陥りかける。

 

「こうしちゃいられない! 早く行かないと!!」

「ちょっ! 押すなって危ないだろ!?」

「だ、誰かうちの子供を見ていませんか!? 栗毛の子なんです!」

「パパー! ねぇ、パパどこー!?」

 

 このままではあわや暴動になる。

 その事態に気づいたルドルフが我に戻り、慌てて止めようと動き出すが。

 彼女の声が届く前に。

 

「皆のもの! 静粛にッ!!」

 

 幼くとも威厳のある声が、拡声器によって会場全体に届けられる。

 

「清聴!! 私はトレセン学園理事長! 秋川やよいであるッ!!」

 

 秋川やよい。トレセン学園現理事長にして、このURAファイナルの発案者である。

 見た目は幼児だが、URAファイナル発足当初から前面に出てアピールしてきた彼女を知る者は多い。

 故に、暴動寸前までいった観客達も我に返り彼女の声に耳を傾ける。

 

「感謝! 私の話を聞いていただき、感激の極み!

 結論!! 彼女達のマッチレースは()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 学園理事長直々の禁止令。

 当然、生徒であるセキト達には逆らうことなど出来ない。

 しかし、そうは言われても納得など出来るはずがない。

 

「秋川理事長! それは横暴というものだ!! 例え三女神であろうとも、私達の決着を邪魔立てなどさせるものか!?」

「ル、ルドルフ! 理事長さんに失礼よ!」

「フゥン、今回ばかりはルドルフの意見に全面的に同意だな。オレ様の邪魔をするなら女神も悪魔も諸共に斬り伏せるだけよ」

「セキトちゃんまで!」

 

 今だ興奮が冷めずに、ライオンモードで食って掛かるルドルフにそれに便乗するセキト。

 生来の常識人ぷりで、何とか場を収めようとするマルゼンスキー。

 そんな3人に対して理事長は怯むことなく言葉を続ける。

 

「陳謝! 説明が足りなかった。君達の決着は―――ここでつけてもらう!!」

 

 理事長の宣言。

 それに一瞬、会場が静まり返ったかと思うと、すぐに爆発するような歓声に包まれる。

 

「秋川理事長………不躾な真似をして、申し訳ございませんでした」

「私情! 君達の決着が誰の目にも映らない場所でなど、あまりに惜しい!」

 

 冷静になり謝罪するルドルフに微笑みかける理事長。

 

「フゥン……悪くない」

「世情! このままでは観客に不慮の事態が起きかねないと判断!」

 

 不敵に笑うセキトに、幼いながらも冷静な判断を見せる理事長。

 

「ご、ごめんなさいね、私達のせいで」

「責任は全て私が持つ!! 君達ウマ娘は全身全霊で駆けてくれればいい!! それこそが私の願いだッ!!」

 

 マルゼンスキーの謝罪に、気にするなと胸を張る理事長。

 

 彼女は全てのウマ娘を愛している。

 そう言っても過言ではない理事長のウマ娘愛の前に、責任という2文字はあまりに軽すぎた。

 否、そもそも彼女は既にそれを背負っているからこそ、トレセン学園理事長なのだ。

 

「最終確認!! このレースは非公式! 歴史には残らない一戦! 記録としてはURAの公式ルールとしての同着として扱うことになる。順位もトロフィーも賞金も、今から行われるレースには何一つとして影響を及ぼすことはない。それでも、それでも! 君達は走るのか!?」

 

 手に持った扇をビシリと差し向け、3人に心を透かすような瞳を向ける理事長。

 一転して物音一つしなくなる会場。

 観客は息も忘れ、セキト、ルドルフ、マルゼンの返答を待つ。

 

 数瞬か数刻か、あるいは那由他の時が流れたのか。

 時計すら針を刻むのを忘れたかのような静寂の後、3人の口が開かれる。

 

「地位も」

 

 シンボリルドルフが。

 

「名誉も」

 

 マルゼンスキーが。

 

「財産も」

 

 セキトが。

 

「いらない」

 

 口にする。

 

「欲しいものは」

 

 心に、魂にたぎる。

 

「ただ1つ」

 

 願いを。

 

「「「―――勝利」」」

 

 頂点に立つ。

 そんな、どこまでも純粋な宝物の様な想いを。

 その胸が張り裂けんばかりの情熱を込めて。

 

「「「君に勝ちたいッ!!」」」

 

 謳い上げる。

 

「いいぞー!! その言葉が聞きたかった!!」

「最高の勝負を!! 最高の結末を見せてくれー!!」

「セキトーッ! マルゼンスキーッ!! シンボリルドルフーッ!!」

「いつか…いつの日か……私も……あんな風に」

 

 3人の言葉が導火線につける火だったのか。

 大歓声と涙が爆発する会場。

 そんな中、3人は新たに準備されたゲートに入る前に、それぞれのトレーナーの下に向かう。

 

「すまないね、トレーナー君。こんな大事にしてしまって」

「ごめんなさいね、トレーナーちゃん。またわがまま言っちゃった」

「陳宮……いや、トレーナー。今回は文句を言うな。()()()()

 

 マッチレース、優勝決定戦。

 字面で言えば、非常に盛り上がるものだ。

 だが、全力で走った後にすぐに再戦するというのは、体に非常に負荷がかかる。

 

 このレースが現在においてほぼ行われていないのは、過去このレース中に再起不能になったウマ娘が出たからである。

 

 勝ったところで何のうま味もない。

 むしろリスクが増えるだけ。

 故にトレーナーとしては止めるべきだ。

 3人共頭では、そう結論が出ていた。

 だが。

 

 ―――勝て。

 

 口から出たのはそんな言葉だった。

 

「…ッ! ああ、絶対を証明してこよう」

「ええ、ブイブイ飛ばしてぶっちぎってくるわ!」

「フゥン、誰にものを言っている。オレ様は天下無双だぞ?」

 

 トレーナーだってウマ娘達と同じだ。

 

 君と勝ちたい。

 君に勝ちたい。

 君を勝たせたい。

 

 その心にだけは嘘をつくことが出来ない。

 

『さあ!! 再びシンボリルドルフ、マルゼンスキー、セキトがゲートに入りました!! 僭越ながら実況は私が、解説は場主さんがこのまま続けさせていただきます!』

『再び2400mを走ることになる3人ですが、とにかく無事に走り切って欲しい。それだけです』

 

 三凶が、否、ただの3人のウマ娘がゲートに並ぶ。

 全力で走った後、完璧には程遠いコンディション。

 だが、完璧でないからこそ完璧を超える走りができる。

 

『本日2度目のゲートが、夢の続きへの扉が今――』

 

 そんな偽りの全能感に3人は。

 

『―――開かれますッ!!』

 

 身を任せる。

 

『3人同時に飛び出した! そしてそのまま横並びに駆けだしていく!! 作戦などない!! 最初から全速全開!! これは意地の張り合いだと言わんばかりのデッドヒートッ!!』

『ここまで来れば技術よりも根性。意志の力が何よりも試されますよ!』

 

 並んだまま走り出していく3人。

 脇目などふらない。相手も見ない。

 ただ、まっすぐにゴールだけを目指して走って行く。

 だというのに、3人にはお互いの考えていることが分かった。

 

『速い速すぎるぞ! レースはあっという間に中盤に差し掛かります!! そして、ここまで3人共が前に出ることも後ろに下がることもしていません!! まるで少しでも引けば、そこで終わりだと言わんばかりの気迫ッ!!』

『3人共体力の限界に近いというのに、よくやるものです!』

 

 思えば、自分達が出会ったのは奇跡だったのかもしれない。

 

絶対(さいきょう)を証明してみせろ! 皇帝シンボリルドルフ!!』

 

 もし、君達と出会わなければ私は孤独(ぜったい)な皇帝だっただろう。

 レースに1人で勝って、1人で喜ぶ。

 強すぎるが故に退屈だと言われる、誰も魅せられない孤高の絶対王者。

 

『モンスターエンジン全開だ! 怪物マルゼンスキー!!』

 

 もし、あなた達と出会えなかったら、私はただ恐れられるだけの怪物だった。

 誰もついてこれない。誰も一緒に走ってくれない。

 強いだけで何の楽しみも無い走りをするだけ、そんな心が空っぽのモンスター。

 

『天下無双の走りはここに! 飛将軍セキト!!』

 

 もし、貴様らと出会わなければ、オレ様は強さを勘違いしたままの将軍だった。

 ただ弱者を踏みにじるだけで、守る強さを知らない。

 敗北を知らないままに生き、その心の脆弱さから一生目を背けたままの愚将。

 

『現在1600m! やはりと言うべきか、ここまで誰も脱落していません!!』

『これはこのまま最終直線までもつれ込みそうですねぇ!』

 

 君達に出会って敗北の悔しさを知った。

 あなた達に出会って勝利の喜びを知った。

 貴様らに出会って競い合う楽しさを知った。

 

『2000m!! ひょっとして、このまま、また同着になってしまうのか!? 体力の限界を超えているはず! それとも、限界などないのか!? いや、3人で限界を超え続けているのか!?』

 

 ―――ありがとう。

 

『肩が触れ合う程に近く! 荒い心臓の音が聞こえそうな程に3人の距離は近い! 僅かな差すら私の目には見えません!!』

『さあ! 最終コーナーに入ってきましたよ!! ここから抜け出ることが出来るのでしょうか!?』

 

 君達に出会えたから。

 あなた達に出会えたから。

 貴様らに出会えたから。

 

 ―――ここまで強くなれた!

 

『最終直線! 笑っています!! 笑っています!! これ程の死闘の最中に! まるで子供のように!! 子どもが無邪気にかけっこをするかのように! 3人が笑っていますッ!!』

『なぜでしょうか! 私、涙が止まりません!!』

 

 ありがとう。

 友達になってくれて。

 

 ありがとう。

 ライバルになってくれて。

 

 ありがとう。

 傍に居てくれて。

 

『ゴールまでもう僅かッ!! 誰か抜け出るのか!? それとも、このまま決着がつかないのか!? 何度でも戦い続けるのか!?』

『どんな結末でも! どんな結果でも! 私はこのレースを一生忘れませんッ!!』

 

 ありがとう。

 この気持ちに嘘はないし、一生忘れないわ。

 だが、例え友であっても。

 

 ―――勝利だけは譲れない!!

 

「オオオオオオッ!!」

「ハァアアアアッ!!」

「うぉおおおおッ!!」

 

 技術も体力もない。

 あるのは気力だけ。

 そんな中で3人は血反吐を吐くような叫びを上げながら、踏み込んでいく。

 

『シンボリルドルフか!? マルゼンスキーか!? それともセキトか!? はたまた同着か!?』

 

 もはや、ゴールまで両手の指で数えられる程の歩数しかない。

 3人は直感した。このまま行けば再び同着だと。

 そして、それならまた走るだけだとも思った。

 常識的に考えれば、この予測は裏切れない。

 だから――

 

 

 

「飛べぇえええええッ!! セキトォオオオッ!!」

 

 

 

「陳宮ゥッ!!」

 

 ―――常識を飛び越える必要がある。

 

『なッ!? セキトがその身をゴールに投げ出したぁああッ!?』

 

 耳に飛び込んできた陳宮の金切り声に対し、一切躊躇することなくセキトは飛ぶ。

 ゴールの地面に顔面からツッコむ形になろうとお構いなしに。

 飛将軍、その名の通りに空を飛ぶ。

 

 そして。

 

 

 

 

 

『セキトです! セキトです!! セキトですッ!!

 1着はセキトですッ! セキトの勝利ッ!!

 セキト1着! セキト1着!! セキト1着ッ!!』

 

 泥に塗れ、地面に顔を押し付けたままセキトは自身の勝利を知った。

 

『URAファイナル決勝・優勝決定戦! 勝者はセキトです!!

 2位はシンボリルドルフとマルゼンスキーの同着です!!』

『今、セキトのトレーナーが倒れ伏したままのセキトの下へ駆け出していきます。そして、シンボリルドルフとマルゼンスキーのトレーナーも自らの担当の下へと一目散に向かっていきます』

 

 地面にうつぶせになったまま動こうとしないセキトに心配が集まる中、陳宮は大声で呼びかけながら走って行く。

 

「……案ずるな、陳宮。疲れ果てて動く気がせんだけだ」

 

 陳宮がセキトを助け起こすと、当の本人は周りの心配とは裏腹に憮然とした表情で返事を返す。

 しかし、心配なものは心配だと、陳宮はなおもどこか怪我はしていないかと念入りに確認しようとするのだが、大丈夫だとばかりに本人にその手を抑えられてしまう。

 

「良いと言っている。そんなことよりもだ、陳宮………オレ様は強かったか?」

 

 まるで大人の貴婦人のような、普段の彼女からは想像できない柔らかな笑み。

 それに対し、陳宮は子供が泣くのを我慢するように、顔面をくしゃくしゃにして鼻をすする。

 そして、気を抜けばすぐに漏れ出てしまう嗚咽を抑え、万感の想いを込めて答えるのだった。

 

 

 ―――天下無双にございます!

 

 

「……フゥン、知っている」

 

 陳宮の手を取り立ち上がりながら、セキトは満足そうに1つ温和な笑みを溢す。

 そして、今度は一転してガキっぽい笑みを浮かべて、ルドルフとマルゼンに声をかける。

 

「どうだ? これがオレ様からのクリスマスプレゼントのお返しだ!」

「………君は意外と根深いな。うむ、陰湿と言い換えてもいい」

「そうねぇ、まだまだお子ちゃまって感じねー」

「はり倒すぞ、貴様ら」

 

 そんなセキトに対し、2人は若干おどけた感じで返事をする。

 敗北に対してさほど堪えていないように見えた。

 が、それもつかの間。

 

「だが、そうか……私の負けか……」

「そうね、私達の負け……」

 

 まるでダムが決壊したかのように肩を震わせ始め、小さな小さな声で呟く。

 

「どんな終わり方でも…誰が勝っても……笑顔でおめでとうと言うつもりだった」

「私も……そうね。でも……無理ね。だって……」

 

 全てを出し切った中でも最後に残った、否、最後に湧き出て来た感情を。

 勝者への賛辞として吐き出す。

 

「悔しいなぁ…!」

「悔しいわ…ッ」

 

 ボロボロと意思とは無関係に零れ落ちてくる涙。

 それを必死に止めようと拭いながら、2人は祝辞(うらみごと)を述べる。

 

「勝ちたかった……勝ちたかった…! 他の誰でもない…君達に勝ちたかった…!!」

「生まれて初めてよ……こんなに悔しいと思ったのは…ッ。ああ! どうして! どうして!?

 どうして私の足はあと一歩が踏み出せなかったのッ!?」

 

 一度溢れ出した涙は、悲しみは決して元には戻らない。

 子どもどころか幼児に戻ったように、2人はわんわんと大泣きする。

 そして、それにつられた様にセキトの目にも涙が溢れて来る。

 

「フ……ハハ…ハハハッ!! ざ、ざまあみろ! オレ様のガヂだッ!!」

「ああ…! そうだ…悔しいよ…ッ!」

「ぐやじいわ……しぬほど…ッ」

 

 3人は誰が言うまでもなく、抱きしめ合い涙と鼻水を流す。

 

「セキトの勝ちー!」

「悔しいなぁッ!!」

「悔しいわぁッ!!」

 

 皇帝が、怪物が、将軍が。

 目を真っ赤に泣き腫らして、周りのことなど気にせずに泣き叫ぶ。

 少女が赤子のように泣いているだけ。

 だというのに、それはどこか絵画のような美しさがあった。

 

「次は私が勝つッ!!」

「いいえ! 勝つのは私よッ!!」

「フハハハハ!! 何度でも返り討ちにしてくれるわッ!!」

 

 一頻り泣き合った後、ルドルフとマルゼンが自分達のトレーナー、そして陳宮に目配せをする。

 それに無言で頷き、トレーナー達はセキトの下へと近づいていく。

 そして、集まった全員でおもむろにセキトを抱き上げるのだった。

 

「ぬわ! な、なんだ!?」

「胴上げよ。しっかり宙を舞いなさい」

「ああ、堂々としていないと、うっかり手を滑らしてしまうかもしれないぞ」

「フゥン! 誰にものを言っている。天下無双の胴上げを見せてくれるわ!!」

 

 天下無双の胴上げってなんだよ、とツッコむ人間はここにはいない。

 もう、なんかみんなテンションがおかしくなっていた。

 トレーナー陣も顔にしっかりボロ泣きをした跡が残っているのだから、冷静な人間はどこにもいない。

 そして、それは観衆も同じだった。

 

「おめでとー! ショウグン! カイチョーが負けたのはすっごく悔しいけど、それでもおめでとー!!」

「おめでとうございます! セキトさん! 私なんかが語るのもあれですが……とにかく感動しました!!」

「おめでとう、セキト! いつか、私も……君達のような人の心に残るレースをしたい」

 

 まだ顔しか見えぬ芽吹きが祝福のエールを送り。

 

「かぁー! 見せつけてくれよって! これが大根役者と千両役者の違いかいな」

「白い稲妻だけにってやつ?」

「そうそう、うちの髪の毛が真っ白ーい大根とそっくりで、て! 誰が白い大根や!!」

「アハハハ! いい、ノリツッコみ。ま、期待してるよ、アタシの後継者として。……千両役者だって、誰でも最初は大根役者なんだから」

「なんや、応援してくれるんか……ん? 後継者? は? あんた引退するん?」

「あ、エースも来てたんだ。おーい! エース!」

「て、説明ぐらいしていかんかい!?」

 

 古い時代の落ち葉が地に落ち、新しい時代の花の養分となる。

 

「感動をありがとう! この日を私達は一生忘れません!!」

「ありがとう! セキトありがとう!」

「シンボリルドルフもマルゼンスキーもカッコよかったぞー!!」

「すごかったです! もう! 本当に! すごく、すごかったです!!」

「ねえ、パパ! 私もいつかこんなレースできるかなぁ!!」

「……ああ、出来るさ。パパの娘なんだから、絶対に」

 

 そして、それを見守る人々が大いなる実りに歓喜の声を上げ、自らの夢を乗せる。

 

『今! 高々とセキトが宙に舞います!

 いえ、飛びます!

 飛将軍セキトが高々と空を飛びます!』

『1回! 2回! 3回!! まだ飛び続けます! 余程嬉しいのでしょう!!』

 

 このレースは、この結果は記録には残らない。

 ただの自己満足のための戦いだった。

 だが、それでも。

 

『先に謝っておきます! 私がこれから叫ぶのは非公式の結果です!!』

『ええ、ですが私達の心の中の真実です!』

 

 この場に居る全ての人々の記憶に残り続けるだろう。

 セキトこそが。

 

 

『URAファイナル決勝のただ1人の勝者は!!

 紛うことなき優駿の頂点に立ったのは!!

 天下無双の飛将軍! セキトだぁあああッ!!』

 

 

 最強のウマ娘であると。

 

 

 

                   ~FIN~

 

 




一旦完結です。別シナリオは考え中。
感想・評価をお願いします!

下は後書きになります。




〇全体総括
 レースって難しいですね。同じ展開を無くそうと書いたらアイディアが無くなる。
 解説の言葉回しも、使えば使う程にアイディアが無くなるし。
 昔はスポーツ漫画を読んで、「5秒の間にどれだけ考えてんだよ(笑)」とか思っていましたが、今なら分かります。
 そうでもしないと色々と書けない。
 ただ、解説や実況を入れれば、台詞での説明をいわゆるモブに解説させすぎ問題が解決できることが分かりよかった。仕事としてやらせれば、誰も違和感持たないよね。


キャラ解説

〇セキト
 最初は海馬社長がブルーアイズホワイトホースのトレーナーになって、トウィンクルシリーズを遊戯トレーナー達と戦う予定でした。でも、名前が長すぎるので没に。後、トレーナーの方が絶対目立つのでやめました。その後、紆余曲折を経て赤兎馬を元ネタに書くことに。
 海馬社長はセキトの性格のモチーフとなりました。因みに、セキトのモチーフの1つには、うちはマダラも混ざっています。まあ、砂利呼びぐらいにしか生きていませんが。
 性格はオレ様系だけど、ギャップが出るようにアホの子に。まあ、アホの子成分がないとただのラスボスになるので。またアホの子にするために、親殺しの罪で内心ナイーブな所があるように、序盤から仕込んでおいて、内面は子供のままに調整。後、ボッチ。
 女の子なので作者の信念的に酷いことはしたくないので、過去編はちょっと泣きながら書きました。男主人公ならウッキウキで地獄に蹴落とせたのに。やっぱり屈強な男を曇らせる方が作者にはあってます。

〇陳宮(トレーナー)
 本名・性別共に不明の存在。ウマ娘化したらメイショウフメイになる。
 読者のアバターにしようと書いていたんですが、何か濃いキャラになった。まあ、モルモットに比べれば普通の人間なので、そのまま行くことに。
 なんか予定になかったけど、感想欄で死ぬのではと予測する読者が多かったので、期待に応えて始末しようとしたけど、セキトのパパが死の運命を陳宮の分まで持って行ってくれたのでセーフに。(メタ的には死にかけてもセキトが救うのは決まっているので、正直書くのは蛇足かなと思って没に)
 ただ作者にウマ娘がダメなら、トレーナーを曇らせればいいという発想を与えてくださった読者の皆様には感謝の言葉しかありません。次回作に活かします。

〇マルゼンスキー
 何気に書くのが難しいナウな言語。
 やはり、彼女は時代の7馬身先を行っている。
 セキトの初めて(敗北)の相手。シナリオを見て、対等なライバルが居るイケイケマルゼンさんを書きたいなと思って、セキトのライバルに。
 ボケにツッコみにフォローとありとあらゆることを書ける、ゲキマブな女性。
 因みに、作者的には一番の才能の持ち主ということで設定しています。
 有馬記念はもし、有馬記念を走っていたらの妄想で書きました。
 生来の優しさでみんなのお姉さんをしているけど、一皮むけば怪物に。
 そんなお姉さんは好きですか?

〇シンボリルドルフ
 四字熟語、ギャグと何気に書く際に要求してくることが多い暴君。
 ただ、少々暴走しても、お茶目ですませられるキャラなので助かります。
 『オレはカツラギエース』の方でも書いていますが、ライオンモードが見たいのでライバルいっぱいな環境にぶち込みました。やったね、ルナちゃん!
 ジャパンカップを負けさせたことで、多分作者はブラックリスト入り。
 合計3回もルドルフのジャパンカップ負けを書いているのは自分だけという自信があります。
 お茶目で頼りになる会長。でも、本気で喧嘩が出来る相手にははめをはずす。
 煽り過ぎ? ルナちゃんだって今まで対等の友達がいなくて距離感掴み損ねてるんだよ……。
 後、身近に参考に出来そうなのが、シリウスという会長には全力煽りしてきてる子しかいないので、そういうものかと天然で思ってそう。

〇ミスターシービー
 ルドルフ世代書くなら、自ずと書きたくなるので登場させました。
 実装おめでとう! 取りあえず80連ほど回したら3冠馬が2体来てくれました。
 ナリタブライアンっていう子なんですけどね。後、無料でラモーヌお姉様。
 取りあえず、天上分は溜めてあるので気楽に追うつもり。
 まあ、ガチャ事情はともかく、シービーは割と気を使ったキャラです。
 サポカとかチヨちゃんシナリオを参考に書きましたが、未実装だったのでこれでいいのかと試行錯誤。心の中のカツラギエースに度々ダメだしを喰らいながら書いていました。
 後、どうしても負け役になるので何とか活躍させようともがいていました。
 自分の中ではルドルフ>>>シービーの式があるので、史実勝ち馬の天皇賞秋以外では絶対にルドルフに勝てないようにしていました。そして、そうなるとルドルフの同格のセキトとマルゼンスキーにも勝てない形に……。
 カツラギエースものをまた書いて活躍させたいです。

〇タマモクロス
 昭和最後の名馬として登場させたかったので書きました。
 まあ、年の差もあって余り書けなかったのもありますが。
 最後のURAファイナルに出れたのは、まあデビュー自体は早かったということで。
 育成だと3年目で限界迎える程度には、デビューがギリギリですし。
 まあ、ぶっちゃけるとゲームだと普通に3年目以下の子も出てる気がしますし。
 モブとして出る名有りキャラとか。テイオーの日本ダービーでぶち抜いてくる会長とか。
 とにかく、もう少し書きたかったなというのが本音。
 次のシナリオでは暴れてくれそう。

〇サクラチヨノオー
 次世代代表として登場。
 活躍は次のシナリオ以降。
 格言を作る作業で作者を苦しめているのは現在進行形。でも、かわゆいので許しちゃう。
 後、マルゼンがティアラ路線に行った影響で、ティアラ路線を目指す。
 オークスをセキトが取ったので、マルゼンの代わりにオークスを取るのが目標。

〇トウカイテイオー
 次世代代表として登場。
 割と書きやすく、カイチョーがらみだとどこにでも出没させられる。
 カイチョーの無敗記録を破ったセキトが嫌いなので、割とセキトと絡む。
 そのせいで、ポツンと取り残されるルドルフの寂しげな顔には気づかない。
 自分の友達同士が思った以上に仲良くなって疎外感を感じるあれ。
 友達の少ないルナちゃんには割と特攻。

〇オグリキャップ
 次世代代表として登場。
 腹ペコオグリン。
 ゲームを基準に書いているのでダービーに出れない縛りとかないです(無慈悲)
 史実でもクラシック出れてたら、多分主人公じゃなくてラスボス扱いされてる。
 因みに、クリスマスプレゼントは当日中に平らげました。




以後本編関係ないウマ娘

〇ダイワスカーレット
 本編に出てない?
 三強への質問コーナーで質問してただろ!
 作者の最推し。彼女との出会いが作者をウマ娘の沼に沈めてくれた。
 初ログイン以来、スカーレットがずっとホームで待ってくれてます。
 後、ウマ散歩もスカーレットとしか行ってないです。
 早く、チャンミでスカーレットのミスヴィクトリアを聞きたい……。
 個人的にはチャンミの楽しみ方は推しのヴィクトリアを聞くこと。
 現在はパーマー、フラワー、タイキが聞けました。
 来月は中距離なので通常スカーレットで頑張ります。

〇ウオッカ
 本編に出てない?
 三強への質問コーナーで質問してただろ!
 クリスマス衣装の時に、スカーレット狙いに行ったときにスカーレットが180連目で来るまでに4人来てくれた良い子。多分、3体目ぐらいから凄い気まずそうな顔で、通常服のスカーレットをチラ見しては、めちゃくちゃ怖い笑顔で睨まれてたと思う。
 肝心のスカーレット? 2回天井して☆5まで上げましたけど(半ギレ)

〇メジロマックイーン
 本編に出てない?
 三強への質問コーナーでry
 特にピックアップで引いたりしていないのに、何故か全衣装でうちに来てくれた子。
 マックちゃん、うちにあるパフェ全部食べていいよ。

 ところで、実馬祖父のメジロアサマの不妊治療の話ってウマ娘になったら、エモくないですかね?
 レースを続けるための投薬で不妊になる。引退後は石女と周囲に笑われても諦めずに不妊治療を続けて、その娘のメジロティターン。そして孫のマックイーンで天皇賞を親子三代で勝つとか、ヤバい。

 そして、アサマの結婚相手はトレーナーで、メジロの当主に天皇賞を勝たせてくれた大恩あるトレーナーには、子供の産めない娘をやるのは忍びない、他の娘はどうかと勧められたのを「アサマの子、そして孫で、天皇賞を勝つのが私の夢です」と啖呵を切って欲しい。
 後、プロポーズの言葉は「君を必ず孕ませる」という最低で最高のものがいい(早口)

 ウマ娘は女の子になるとヤバくなるエピソードが多くて好き。
 ドリームジャーニーの池添さんを壁際に追い詰めて、殺す気で首に嚙みついたドン引きエピソードですら、美少女に変換したらヤバい。
 しかも、その一件で逃げなかった池添さんを認めたとかヤンデレヒロインじゃん。
 さらに自分で噛みついた出た血を自分で舐めとってもらうと私の性癖に合致しますね。

〇カツラギエース
 最初は君に出会うのが怖かった。
 勝手に抱いていたイメージが壊れるのが怖かったから。
 そして君に出会った。イメージは壊れて、もっと君が好きになった。
 声も思っていたものと違う。でも、心が体が君がカツラギエースだとすんなり認めた。
 
 エース、エース、カツラギエース。


 あの“ジャパンカップ”を想い出します

 “ジャパンカップ”の感動を!!

 もう一度、君とミスターシービーの対決を!!


 天国のようで、天国でないこの世界で。



 なんか、気持ち悪く書いていますが、カツラギエースの実装でテンションが異常に上がっております。実はこの小説ではセキトが居る影響でカツラギエースがめちゃくちゃ割を食っているのです。ジャパンカップ連覇などその最たる例です。
 なので、その罪滅ぼしで『オレはカツラギエース』をちょうど一年前に投稿したりしたのですが……今からエース貯金をしないとですね!


〇トマトルテ(作者)
 作者名そのままでゲームやってます。
 ルムマやチャンミで会ったら正々堂々戦いましょう(デバフ2体用意しつつ)


これにて後書きは以上になります。
駄文でしたが、お付き合いいただきありがとうございました。
また機会がありましたら、どこかでお会いしましょう。
ご愛読ありがとうございました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。