妖怪ウォッチバスターズ『FUTURES!』 (妖怪紳士奴)
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【第1章】すべてが新たに動き始める
1.依頼者の名は……


 鬼時間……悪しき妖怪が暴れ回る、おそろしい現象……。

 次々と起こる鬼時間に、恐怖のどん底にたたき落とされる妖怪たち。

 だが、正義の心に燃える妖怪たちが立ち上がった……! 

 彼らの名は……『妖怪ウォッチバスターズ』!!

 

 

 

 

 

 『バスターズ』と呼ばれる者らは、鬼時間に潜んだ強大な力を持つ危険妖怪『ビッグボス』を討伐し、発生した鬼時間を終わらせることやその他依頼を受けて解決することなどを仕事とする、例えるなら万屋+防衛軍のような存在。

 

 

 その中でも、『赤猫団』『白犬隊』の2チームが頭ひとつ抜けて有名だと言えよう。

 

 

 その2チームは、凶悪なビッグボスである“ウィスマロマン”撃破や、ラスボスの異名に相応しいビッグボスの中のビッグボス“ブシ王”を退ける、さらに妖怪たちの王である存在“エンマ大王”直属の依頼を完璧にこなすなど、A級のバスターズチーム(チームには実力に応じてE<D<C<B<A<S級と分類されるバスターズスコアがあり、それとは別で功績に応じ1~99の数字で表されるバスターズランクというものもある)と遜色無い活躍を見せる実力派チームだ。

 

 

 今日も、彼らをはじめとするチームごとにあるアジト、バスターズハウスには数多くの依頼が入り込んでくる。

 

 

 しかしこの日の依頼は珍しく少なく、午前中は鬼時間の発生も見られなかった。その時間だけを切り取れば、平和と呼ぶに相応しい。

 

 

 そろそろ昼飯時だ。バスターズハウス内が賑やかになる頃、呼び鈴が鳴る。微妙なタイミングに、どうやら来客のようだ。

 

 

 赤猫団のリーダーである、赤いネコ妖怪“ジバニャン”が扉を開けると、嫌な生ぬるい風が室内に入り込んだ。そこには金髪に黄色の瞳、少し装飾の施された赤いワンピースを着た妖怪が立っている。

 

 

 その見た目からは、かのエンマ大王を連想する。が、彼よりも大人らしく、何より、可愛さも残った美しい女性である。それを踏まえてなお大王と似た雰囲気を醸し出す彼女は何者なのか。不思議な感覚がジバニャンを襲い、へんてこな混乱へ導いた。

 

 

 だが悶々とさせる感覚以前に、彼女は来客だ。まずは対応をしなければいけない。

 

 

 

「と、とりあえず入るニャ。3階のソファで座って待っててニャン」

 

 

 

 とりあえずジバニャンは彼女を招き入れた。

 

 

 彼女は何やらにこにことしているが、その瞳にはどこか少し暗い雰囲気がある。容姿とは不相応な闇を孕んでいるらしい。

 

 

 

 

 

 3階、談話室。休憩室とでも例えるべきか。軽いシャワールーム、トイレ、寝室があり、中央には向かい合った2つのソファや、テレビなどが置かれてある。冷暖房設備もしっかりしておりボードゲームまである、休憩するぶんには困らない場所だ。

 

 

 片方のソファに客人を座らせ、向かい側にはジバニャンや、赤猫団の隊長兼教官“ブリー隊長”が座る。その形相は、やはり真面目なものだ。

 

 

 ブリー隊長は全バスターズをまとめる組織『バスターズ協会』から、赤猫団を育て上げるために派遣された者のひとり。一昔前に「伝説のバスターズ」とも謳われた最強最高のS級チーム『特攻野郎Bチーム』リーダーだった超実力者だ。バスターズランクは解散時89、そこまで登り詰めたのは歴代で彼らのみ。

 

 

 聞き手の準備が整ったところで、彼女はふと話し始めた。

 

 

 

「ボクは“ゲンシャ”。パパ――先代閻魔大王の娘で、立場的にはエンマちゃん――現エンマ大王のおば(・・)にあたるのかな?人間感覚で考えればまだまだ成人まもなくって感じで若いんだけどなー」

 

 

「ニャ……ニャンですとぉー!?」

 

 

 

 唐突にぶち込まれた衝撃発言にジバニャンはそう叫ぶしかなかったが、ブリー隊長は「なんだ知らなかったのか……」と、少々呆れ気味な表情で苦笑していた。

 

 

 彼女の依頼から、次なる序章が幕を開ける。深い絶望と微かな希望、思いがけない真実、複数度の決戦。全てが終わる頃、また上へ上へと成長するだろうか。それとも、悪夢に首を折られ霧散するのだろうか。

 

 

 赤猫団の、バスターズの、妖魔界の、人間界の、全世界の、総てを背負う新たな戦いは、ここから始まった。



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2.新ミッション、いざ始動!

 閻魔大王一族のひとり、“ゲンシャ”はへらへらと語る。

 

 

 

「やだなぁ、そんなに驚くこと? 今までにエンマ大王とかも来てたんでしょ?」

 

 

「ニャ……ニャンというか……こーゆーのは慣れないニャンねぇ……」

 

 

「あはは」

 

 

 

 表情を可笑しくこわばらせるジバニャンに向かって、ゲンシャは子供のような、眩しいくらいに無邪気な顔で笑う。やはりさすがは閻魔大王一族か、その顔だけで一級の価値があると思わせるほどの可愛さが溢れていた。それでも、忍ばせた暗闇だけは明るく灯されない。

 

 

 引き千切れる限界まで張った糸のような緊張感が少しずつ和らいできた頃、仕事から逃げた不真面目大王と赤猫団のトラブルメーカーが、薄紫色の煙と共に現れた。

 

 

 

「うぃっす……ビッグタイトルの付き添いは疲れるでうぃす……」

 

 

 

 ゆで卵のように白い、見るからに『オバケ』っぽい容姿の妖怪。彼はウィスパー。赤猫団の移動手段である、亜空間を走行しイチ早く目的地へ辿り着くための特別車「バスターズビークル」の運転手(ドライバー)である。ジバニャンと同じ、ある『普通の人間』と友好関係を持つ自称敏腕妖怪執事。頭上と足に当たる部位にあるフヨフヨがトレードマーク。

 

 

 

「ようお前ら、遊びに来……たぁ…………あ〜……なんでゲンシャが」

 

 

「なぁにぃー? “コウ”ちゃあん……?」

 

 

「……ゲンシャ姉ちゃん(・・・・)がここにぃ…………」

 

 

「よろしい」

 

 

 

 ゲンシャを見た途端に汗を吹き出すイケメン大王。金髪金眼に和服と洋服の中間のようで、腰にベルトのついたワンピースのような赤い服を着た彼。

 

 

 彼こそ全妖怪の王、エンマ大王である。よく仕事をサボり、人間の姿に化けて人間界を練り歩く。作るのは少々あれだが、人間の食べ物を広く好む。

 

 

 人間と妖怪の繋がりを大切にし、最終的にはそれが当たり前である世界にするのが彼の夢であり最大の目標でもある。ちなみに閻魔(エンマ)は姓であり、名は“煌炎(コウエン)”。だが名乗りは基本エンマ大王であり、閻魔一族に関連する者くらいしかその本名を知らない。

 

 

 エンマ大王は、どうやらゲンシャには逆らえないらしい。というのも、関係が少し複雑なのだ。

 

 

 先代閻魔大王様は、次期の王にするために子を複数作ったが、それはみんな女の子だった。なぜだかはわからないが、女性は『受け継がれる大王の力』が弱かったらしい。そのせいで王位継承が先送りになる中、次の子供が男の子である可能性が出てきた。だがそんなタイミングで、娘のひとりが男の子を産んだのだ。

 

 

 それが、エンマ大王。つまり、エンマ大王は先代閻魔大王様の孫、の立ち位置に当たる。そして遅れて産まれた先代の実の子に継承されるはずだった力はエンマ大王に渡ってしまい、面倒な問題となったりした。

 

 

 そんなことがあったため、エンマ大王とゲンシャの年齢はそう離れておらず、姉のような存在であったゲンシャには本能的なものなのか、いつの間にか逆らえないようになってしまった。

 

 

 だけどそれは別の話だよね、と言いたげに、ゲンシャは手を上下に振って、エンマ大王に「こっち来て」と催促する。

 

 

 

「話を戻すけどね、ボクはある依頼を頼みに来たんだ。“ウィルオーウィスプ”って知ってるかな……?」

 

 

「なっ……! 待て! ゲンシャ姉ちゃん、その話をするってのか!? そいつはオレたちの中でも一部しか知らない話だぞ!」

 

 

 

 エンマ大王は焦るように言った。その名前は、それなりの機密事項なのか。

 

 

 ゲンシャのその表情は、覚悟を決めたものだ。それも、今まで一緒にいたこともあったエンマ大王ですら初めて見るような、真剣で、固い意思を持った顔。

 

 

 ため息ひとつ、そのあと「全く……どうなっても知らないぞ」とエンマ大王は呟き、制止しているように出していた右手を素早く収める。

 

 

 ゲンシャは、深呼吸をしてから話を再開した。

 

 

 

「多分、聞いたことないよね。それも当たり前、妖魔界の歴史から消された存在だから。知ってるのは、ボクやコウちゃ――エンマ大王、あとほんの一部の上層部だけ。

 

 その妖怪は、ボクたち閻魔大王一族の前に妖魔界を統一していた“鬼族の歴史”よりも更に前の……()()()()()()()()()なの。その名前が、“ウィルオーウィスプ”。

 

 そんな昔のことなんて知らないってなるだろうけど、大事件よ。実は、閻魔の血に流れる『受け継がれる大王の力』が失われてきている。閻魔大王一族に伝わる伝承では、『始まりの者目醒めし時、時代の王、力を返されし。始まりの者立ち上がりし時、時代の王、世界を返されし』とあるわ。

 

 ……これはボクの考えすぎ、なのかもしれない。そうであってほしい。けどこんな事例が目に見えだしたことは今まで一切なかったの。だから、お願い。あなたたちに情報収集を手伝ってほしい。もしかしたら強敵と戦うことになるかもしれないけど…………」

 

 

 

 話すゲンシャの手は、震え続けていた。下手に発せば抱え切れない混乱を招くであろう秘密、それを抱える重圧は、筆舌で尽くすことなどできない。そいつを解放しようと言うのだ、一種の恐怖心すらも覚えてしまう。

 

 

  誰もがわかるくらいにズシッと空気が重くなる。それなりに話と責務が重いからだ、当然のこと。

 

 

 だがそんなじめじめした空気、赤猫団には似合わない。

 

 

 

「ボーノボーノー! そんなのは決まってるボーノね」

 

 

 

 談話室の空気を和ませる根っからのヒーラーの黄色い雲妖怪“ホノボーノ”、通称“ホノボーノさん”が、まるではじめからわかっていたかのような態度を見せる。場の空気を良くし、まとめるのはホノボーノさんの得意技だ。同時に、良い流れも作る。

 

 

 

「ニャニャ! こんなこと、みなまで言わなくてもわかってほしいニャン!」

 

 

「そうでウィス! ワタクシたちを誰だと思ってるんでウィッスか?」

 

 

 

 ジバニャンとウィスパーは胸を張り、似たようなポーズで自信満々な顔をする。

 

 

 

「ああ! そうだ! オレたちは妖魔界の誇り、バスターズ! 今から拒否・取り消しなんて無駄だ! 一度頼まれた依頼、この赤猫団がキッチリ請け負うぞ!」

 

 

 

 ブリー隊長の活気溢れる言葉に、この場の全員に気合いがみなぎってくる。

 

 

 ゲンシャは自身も知らぬ間に流していた一筋の涙をこすり取り、エンマ大王と顔を見合わせる。そのエンマ大王も、どこか誇らしげな感じがあった。

 

 

 

「行くぞお前ら! 赤猫団の新ミッション、始動だ!」

 

 

「「おう!!」」

 

 

 

 世界を揺るがすミッションの火蓋が、今切られる。



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3.ある聖地からのSOS

「ウィルオーウィスプ……ウィスパーに似てる雰囲気があるニャン」

 

 

「それはそれは、さぞかしイケメンなんでウィッスかね?」

 

 

「それはニャい」

 

 

「んッだとこのジバヤロォー!!」

 

 

 

 ジバニャンとウィスパー、2人はいつもの調子で言い合いを始める。それも客人、しかも閻魔大王一族の前で、だ。

 

 

 エンマ大王はその様子を日常のように楽しみ、ゲンシャはこの先が心配であるような表情で苦笑している。

 

 

 中身のない喧嘩が始まって数分後、バスターズハウス内は赤い光とサイレンの音に満たされる。慣れた感じでジバニャンは階段で地下1階“さすらい闘技場”へ下り、ウィスパーは1から4階までを貫通する下り用ポールの穴を浮き伝って4階、“指令室”へ向かった。

 

 

 このサイレンは“バスターズSOS”、大きな事態が起きた際にバスターズハウスに鳴り響く緊急コードである。もちろん、これが鳴った結果は緊急事態以外の何者でもない。「最悪の緊急コード」とも呼ばれる。

 

 

 地下の“ひみつのクローゼット”から専用装備(橙色の特注スーツ“Bジバスーツ”とランドセル型“鬼玉”保管かばん、チューブでそれと繋がった片手武器“(バスターズ)ランチャー”のセット装備。鬼時間内での活動可能時間延長や全体能力アップ効果を持つ。)を着こなしたジバニャン――改め“Bジバニャン”は、どこかやる気が入っているように見える。

 

 

 1階“エントランス”から上がってきたバイト受付嬢“ふぶきちゃん”は円卓型の機械に文字をタイピングする。

 

 

 黄の帯で締めた、薄水色と白で雪をイメージした着物と氷点下レベルの氷のかんざし、赤い縁のメガネが特徴の彼女は、ブリー隊長とホノボーノさんと同じ、特攻野郎Bチームの元メンバーであり、相応の実力を持つ。容姿の可愛さから、一般妖怪から同じバスターズにまで、老若男女問わず全体人気が高い。

 

 

 

「どうだ、姫。発信源は」

 

 

「ええ、もう調べたわ。人間界のアオバハラからよ」

 

 

 

 アオバハラ。人口密度の高い、オタクの聖地だ。有名なアニメ『宇宙美少女セラピアーズ』のグッズショップや、ジバニャンもお気に入りの大人気アイドル『ニャーKB48』のライブ会場、その他レトロ・オカルトグッズなどがある横丁、メイドカフェ、探偵事務所などが混在する地域だ。

 

 

 

「よし、お前ら行ってこい! だが何があるかわからん、気を引き締めておくんだぞ!」

 

 

「了解ニャー!」

 

 

 

 人が多いので、鬼時間に巻き込まれる人間も少なくはない。だが、本来のアオバハラの鬼時間で現れる“ビッグボス”(その鬼時間の中枢となる強力な妖怪。撃破すれば鬼時間が終了する。)は緊急で要請が必要になるほどの強さではないはずなのだ。

 

 

 ゲンシャはこれまた心配していたが、現状に対し笑う余裕のあるエンマ大王、そして何より先程までとは全く違うジバニャンの自信ありげな目つきがその感情をかき消した。

 

 

 

「お2人は待っててくださウィス、談話室のテレビからこっちの映像を繋げれるので見てるでウィッス! ワタクシたち赤猫団の実力を!」

 

 

 

 ウィスパーは自信満々な意気込みを残し、ジバニャンの待つビークルの運転席へ乗る。

 

 

 とは言ったが、あくまでもドライバー。

 

 

 戦うのはジバニャンであって、ウィスパーではないのだ。

 

 

 エンマ大王とゲンシャには、「お前も戦えばいいのニャ」と幻聴が聞こえた気がして、なんだか複雑な気分になる。いや、ジバニャンは恐らく実際にそう言っただろう。

 

 

 ビークルの電力モーター音が、少しずつバスターズハウスから遠ざかっていく。本件に纏わる不可思議の初陣、開始だ。



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4.ビッグボス“極”

 “妖力”。妖怪の持つ特有の能力であり、どこにでも漂う“妖気”と呼ばれるエネルギーを転換する力。魔法のための魔力と思ってくれて遜色ないだろう。

 

 

 どこにでもあるはずの妖気の中でも特殊なものが、分ければ2種類ある。特定の土地に存在する定着型妖気と、妖怪自身にある潜在型妖気だ。前者は場所の曰くやそこにいる人々などにより量や特性を変え、後者は妖怪そのものの認知や才・果ては危険性など、本人に関連するもので量や特性を変える。

 

 

 妖力は妖怪の力そのものだ。妖力が多いほど、単純に強い力が上乗せされる。それは、行う戦闘にも与える影響にも言えることだ。

 

 

 

 

 

 ビッグボスには、ある現象が起きることがある。

 

 

 “(ごく)進化”、簡潔に言えば「強化と狂化」だ。ただでさえ強力で狂暴なビッグボスを更にパワーアップさせる現象。それは前述の定着型妖気の影響により、自然に起きることもある。そして、故意的に起こすことも可能なのだ。

 

 

 それを行うアイテムの名は“極玉”。高密度な妖気の真球状の塊である。発生源は不明だが、ビッグボスの種類と同数の種類があることから、彼らの妖気を一定数凝縮してできると考えられている。そんな謎も多い極玉は複製も難しいレア物であるため、基本的には、全バスターズの中枢であるバスターズ協会に保管されている。

 

 

 

「ニャぁんですとぉー!?」

 

 

 

 ビークルの窓から外を見ていたジバニャンは驚きを隠せなかった。

 

 

 そこには、2本のねじれた金色のツノが特徴の、筋肉質で巨大かつ漆黒の肉体を持つビッグボス“黒鬼”がいた。だが、それだけでは驚くことではない。気配が普通では、尋常ではないのだ。

 

 

 錯乱するほど真っ赤に光る瞳と、酔いそうなほど高密度な妖気の、鮮やかな紫のオーラ。それは間違いなく、“極”・黒鬼だった。

 

 

 何種類かいる鬼の中で特に強力な黒鬼が、狂化暴走している。SOSも妥当の、超が付く厄介者だ。

 

 

 

「なっなぜヤツがこんなとこで極状態なんでウィッスゥ!!?」

 

 

「わからないニャン! だけど今からやるべきことは、アイツを倒す! それだけニャ!」

 

 

 

 2人は意気込み、まずジバニャンが飛び出る。

 

 

 

「え――ぐふぅっ!?」

 

 

 

 それと同時に車内のウィスパーへ向かって、人型の9尾の狐妖怪が吹き飛ばされてきた。察するに、黒鬼の金棒スイングをモロに受けた、と言ったところだろうか。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「君は……ジバニャンか……援護に来てくれたのか……っ!」

 

 

 

 彼は“キュウビ”。前述の通りの狐妖怪であり、ハーレムで有名なA級バスターズチーム『ナインテイルズ』のリーダー。炎の妖術を得意とする、また相当な実力者だ。赤猫団の先輩でもあり、容姿や強さゆえに男女ともにモテモテでもある。

 

 

 

「ウィスパー! 今すぐ傷の手当てをするニャン! オレっちは前線に!」

 

 

「りょ、了解でウィッス!」

 

 

 

 100メートル以上先にいる黒鬼の元へ、ジバニャンは走る。

 

 

 先んじてそこで戦闘していたのは、2人の妖怪だった。

 

 

 

「もんげー! ジバニャンが援護に来てくれたズラか!」

 

 

「兄ちゃん! 攻撃がくるズラ!」

 

 

 

 彼らは“コマさん”“コマじろう”兄弟。赤猫団の同期『白犬隊』のリーダーと副リーダーであり、なにかと縁のある2人だ。兄のコマさんは白、弟のコマじろうは薄茶の狛犬の妖怪である。コマじろうは“KJ”と言う異名を持っており、妖魔界イチの有名ラッパーでもある。コマさんは優しくおっとりとした性格であり、コマじろうは社会でも通ずるほどのしっかり者だ。まさに、ふたりでひとり。コマさんは炎と回復、コマじろうは雷の妖術を得意とする。

 

 

 

「グゥゥゥルゥゥォォォォオオオオア!!」

 

 

 

 恐怖心を煽る声で黒鬼は叫ぶ。

 

 

 その漆黒の肉体に白い模様――《憤怒の紋様》を浮かび上がらせ、更なる身体強化を見せた。

 

 

 風が吹き荒れ、赤灰色の曇り空から大粒の雨が降り始める。雷も鳴り始め、荒れる天気の中で多くの建物のネオンがキラキラと輝く。

 

 

 戦いはまだ始まったばかり。



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5.戦闘、vs.黒鬼!

 黒鬼の放つ金棒スイング(金棒をスイングするだけの技)がジバニャンを襲う。完全な受け身の構えであったのに耐えきれず、来た道を戻るような軌道で吹っ飛ばされる。

 

 

 

「おっと……」

 

 

 

 そこを受け止めたのはキュウビだった。満身創痍であるはずだが、それでも最低限の余力を残してあるのは流石と言う他ない。その技術はジバニャンにはないもので、やはり経験の差があるらしい。

 

 

 

「出オチキャラだけは嫌だから……ねぇっ!」

 

 

 

 傷だらけの状態でありながら、全力でジバニャンを投げ返した。その速度・方向、完璧な流れだ。

 

 

 空振りのパンチを数回繰り返し、大きく息を吸う。息と心拍数を整え、全身に妖力をたぎらせ、黒鬼に手が届きかつ相手の攻撃が自分に届かないギリギリのタイミングを見定め、溜めた力を解放する!

 

 

 

「くらうニャ黒鬼! 必さーつ! 《ひゃくれつ肉球》!! ニャニャニャニャニャニャニャニャーっ!!!」

 

 

 

 ジバニャンは装備の片手用ランチャーを背中の奥突起(おうとっき)に収納し、己の拳で渾身の必殺技を放つ。

 

 

 自然の定着型妖気を自らの妖気と調和させることにより一時的に能力の底上げをする技術、通称『妖気ゲージチャージ』により、一時だけ能力を爆発的に上昇、特有の“必殺技”を使うことができる。妖怪の数ほど様々な得意とする種類があり、ジバニャンの場合は「目にも留まらぬ早さでパンチを放つ」技、名は《ひゃくれつ肉球》だ。走行中のトラックと正面衝突しても数十秒()()()ほどの威力を誇る。まぁその場合のオチはお察し。

 

 

 白い紋様がスゥーッと体から消える。黒鬼は相当なダメージを蓄積しているようで、膝をついて金棒を手から離した。

 

 

 

「もんげー! さすがジバニャン、ちょっと会わないうちにまた強くなってるズラー!」

 

 

 

 コマさんは驚いた様子を見せる。それもそうだ、最後に共闘した【ブシ王最終決戦】から半年は経過している。いつ平和が乱されても対応できるように特訓を欠かさない彼らバスターズは、3日会わざれば別人、いや別妖怪なのだ。

 

 

 だがビッグボスを見くびるなと言わんばかりの爆声をあげ、黒鬼が再び立ち上がろうとする。

 

 

 

「フンッ潔いほうがまだ美しいだろう? 《紅蓮地獄》!」

 

 

 

 そこに現れたキュウビの必殺技《紅蓮地獄》によって、再び黒鬼の動きを止める。

 

 

 練り上げた妖気を灼熱の炎に変換して攻撃する、特に妖術を得意とするキュウビのそれはバスターズ内でもトップクラスの威力だ。それを受ければ、たとえ誰であろうともひとたまりもないだろう。

 

 

 が、忘れてはいけない。あれは極化した状態であることを。

 

 

 

グゥゥゥゥゥゥゥゥルヮァァァァァァアアアア!! クゥルァァァァアアアアア!!!

 

 

 

 憤怒の紋様を浮かび上がらせ、また立ち上がる。それと同時に黒鬼の最恐の必殺技《悪夢の金棒》が襲いかかる。こちらに必殺技が使えて、相手に使えぬ道理はなし。

 

 

 金棒を強く振りかざすだけ、それだけが一帯を崩壊させる強大な一撃となるのだ。だからこそ、()()

 

 

 ジバニャン、コマさん、コマじろう、キュウビ、全員が一縷の可能性をかけたカウンターの体制をとる。避けようとも衝撃で隙が生まれ、まともに受ければ大怪我では済まない。決まるかもわからないカウンターに結末が託されようとしかけていたその時。

 

 

 

「《ど根性ストレート肉球》ーッ!」

 

 

 

 イケメンボイスと同時に放たれたその一撃の拳は、傷付くことすら滅多にない頑丈な鬼の金棒を砕き、4人の心に反撃の狼煙(のろし)を上げた。

 

 

 

「世界はトモダチ! オレが……! ゼンブ守るぜ! ガッツ!」

 

 

 

 真っ赤なマントに渦巻き模様のベルトをつけた、青い猫妖怪“フユニャン”の必殺技は、ギリギリながらも黒鬼の必殺技を見事に相殺しきった。もう少し遅れていれば、勢いがついた金棒を止めることはできなかった。紙一重。

 

 

 前振りもなく現れた新たな戦力を加え、黒鬼討伐を再開する。

 

 

 たとえ現実世界に影響の与えない鬼時間であっても、文化のうごめくこの街(アオバハラ)には未だひとつも傷は付かせていない。それはバスターズたる者の矜恃(プライド)



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6.「世界が大きく動く」

 フユニャン。彼は、約60年前にひとりの少年と生きた妖怪だ。(ひたい)の斜め十字傷は、少年と出会う前に『他の人間からつけられた』傷と『“怪魔”につけられた』傷でできている。本人は「名誉の負傷だ」と言っており、実際その過去を超えて良き今がある。ちなみに時間を行き来できる便利アイテム『マキモド石』で過去と現在を移動するが、これがいずれ重要なアイテムとなることを知る者はいない。

 

 

 彼は何より、バスターズ創設者として名高い。ある事件をきっかけに、街を守る“ガッツ仮面(ヒーロー)”が必要だと考えたフユニャンがその時代に開設した組織、それがバスターズなのだ。今はジバニャンとコマさんが引き継いだ(・・・・・)赤猫団・白犬隊だが、この2つは始めに創られたバスターズチームであり、その話は例の事件について話せばならなくなるが、今はのみ込んでほしい。

 

 

 怪魔は同じく約60年前に存在した妖怪だが、今は全滅している種だ。悪意や恐怖心に取り憑く。これも例の事件が関わっているが以下略。

 

 

 

「フユニャン……どうしてここに?」

 

 

 

 キュウビが、皆の思った疑を問う。

 

 

 

「そこはのみ込んでくれ! と言いたいところだが……いや、今は先に、目の前の敵に集中しよう。話はそれからだ…………」

 

 

 

 「そこはのみ込んでくれ」、いつもフラッとタイミング良く現れるフユニャンの口癖だ。だが、その言葉では解決できない事態があるからこそ話を後にしたのだろう。フユニャンのこの言葉から察するに、極・黒鬼自体が関連することではないがそれに匹敵するほど重要な話だと言うことだろうか。

 

 

 

「クルォォォォォォオ……ッ!」

 

 

 

 砕け折れた金棒を重りのようにして、ハンマー投げの要領で回転する。遠心力でスピードが増し、竜巻のような状態になり突進する技、《金棒トルネード》。高速スピンするあれに突撃されればたまったものじゃない。

 

 

 反撃開始、5人全員が別の方向に散る。黒鬼が標的としたのは、フユニャンだった。

 

 

 通常より動きの早い金棒トルネードはフユニャンを捉え、その衝撃で受け側にできる一瞬の隙を利用した超多段攻撃が襲う。

 

 

 相当量のダメージをフユニャンに与え、黒鬼は動きを止めた。だが瞬間で止まったことにより行き場を失った先程までの運動エネルギーは漆黒の竜巻の波動となり、真逆の位地にいるコマじろうの方向へ向かう。

 

 

 

「《風雷サンダー》!」

 

 

 

 妖力を強力な複数の雷に変換して攻撃するコマじろうの必殺技《風雷サンダー》で相殺を試みるが、圧倒的な力の差により押し負ける。

 

 

 

「くらうズラ! 《ひとだま乱舞》ー!」

 

 

 

 危険を感じたコマさんが追撃に、妖力そのものを青白い人魂の炎型にして攻撃する必殺技《ひとだま乱舞》で波動を塞き止めようとするが、それでも威力の差は埋められない。コマじろうは、助けに入ったコマさんもろとも大通り突き当たりの建物に吹き飛ばされた。ネオンの輝く巨大な看板に2人して突撃するが、背中に背負う風呂敷で衝撃が吸収されたことにより大事には至らなかった。それでも小さくないダメージは負ってしまっただろう。

 

 

 窮地に立たされ、敗北の可能性がまたもや大いに出てきたその時、無駄にエンジンを噴かせる音が鳴り響く。

 

 

 ウィスパーの運転するビークルが、黒鬼に猛突進する。奴が気づいた時にはもう遅く、強大なその突撃は、今まで蓄積されていたダメージのダムを決壊させた。

 

 

 

「グ……ロォォォゥウ…………」

 

 

 

 黒鬼は崩れ落ちるように倒れ、巨大な煙とともに消えた。これにて討伐、完了。

 

 

 

「ニャんか……珍しくウィスパーに美味しいところを取られた気分ニャン……っと」

 

 

 

 煙の晴れた場所に残されていたのは、ツノが2本ある橙色の大きな球体、“鬼玉”だ。ビッグボスを討伐した際に現れる、妖気の塊であり、バスターズ内では通貨や武器の素材など様々な用途で使用される。バスターズスコア及びランク上昇の条件としても、一定以上の鬼玉総合入手量などがある。バスターズにおいて重要なアイテムだ。

 

 

 敵の強さからも予想はできたが、今回のはその予想以上の大物であり、通常時の平均が10だとすればこれは1000を超えるだろう。赤猫団・白犬隊・ナインテイルズで3等分しても充分なほどで、さすがは極ビッグボスだと言うしかない。

 

 

 ジバニャンはランチャーの側面の数字ダイヤルを『3』に設定し、丸いボタンを押す。ボタンが鮮やかなオレンジ色に蛍光してから鬼玉に銃弾口を近づけ引き金を引くと、鬼玉が3分の1だけ吸収され、繋がったゴムパイプを通って背中の鬼玉収納かばんに送られる。コマさんとキュウビは専用の小箱に入れ、各々風呂敷の中や尻尾の中に保存して持ち帰るようだ。

 

 

 赤黒い空は元の透き通る青に戻り、灰色の街も彩りと人を取り戻した。鬼時間が閉じた、終わったのだ。

 

 

 解散直前、フユニャンが全員を引き留める。

 

 

 

「待ってくれ、話があるんだ。全妖魔界……いや、人間界をも含む全世界が大きく動くほどにまずい話が…………」

 

 

「なっなにがあったんでうぃす……?」

 

 

 

 ギリッと擦る音が聞こえるほどに歯を強く噛み締め、深く呼吸してから声を引き出す。

 

 

 

「落ち着いて聞いてくれ……会長が、“マスターニャーダ”が先の戦闘で……亡くなったんだ…………ッ」

 

 

「「!?」」

 

 

 

 全員が絶句した。その字の通りに言葉を失い、開いた口が塞がらない。

 

 

 マスターニャーダ……彼はフユニャンと同じ時代に生きた黒茶斑柄の猫妖怪であり、バスターズ協会会長。元は最強の猫妖怪やら伝説の猫妖怪と言われていたが、60年前の時点でヨボヨボおじいちゃんであり、全盛期の本気モードを出すのは10秒間が限界で以降バテてしまうほどだ。それでもその10秒で半端な敵はなぎ倒せる確かな実力もあった。

 

 

 バスターズ協会会長を失う。それはこの妖魔界だけでなく人間界にも影響を与える。当然だろう、鬼時間が起きるのは人間界でもあり、それを解決に導く団体の最高責任者の消失は多大な混乱を招くことにも繋がりかねない。

 

 

 野放しになった鬼時間は時間が経つほど人々を飲み込んで、閉じるまで永遠に出れなくなってしまう。新たな会長、と言っても、初代会長でありながら今の今まで勤め続けていたマスターニャーダ以上の適任がそうそうおるわけもなく、どうにもならない。

 

 

 とにかく、早急に対処のできない大事態なのだ。

 

 

 フユニャンは事の経緯を、少しずつ丁寧に話し始めた。



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【第2章】不穏なる始祖の魂
7.伝説の最期と最恐の開幕


   《 《 前 書 き 》 》

 今までは第三者視点での展開となっておりましたが今回のみ、今回のみはフユニャンからの視点(・・・・・・・・・・)となります。今までの回よりちょっと長いです。あらかじめ、ご了承ください。

 あと下手ですが挿絵付きです。自作ですね。

 これからも本編をお楽しみ頂けますと幸いです。

 それでは、どうぞ。







 オレは、マスターニャーダとともにあるモノの調査に行っていた。いや、「呼ばれた」と言ったほうが正しいか。

 

 

 そいつの名前は、ウィルオーウィスプ……戦闘の際、奴は自らを“始まりの妖怪”と称していたが、その意図はわからない。

 

 

 事の始まりと言えば、奴がバスターズ協会に複数個の極玉を送ったことだ。それだけで異常だ。知っているだろう、極玉はそうひょいひょい手に入るものじゃないんだ。それに同封されていた地図には、人間界のそよ風ヒルズと言う場所の北西部にあるもののけ道から続く山中にある、どんこ池の中央に印と時間が書かれている。ここは頻繁に濃い妖気が満ちていることでも有名だ。

 

 

 書かれていた時間ピッタリに、そよ風ヒルズで鬼時間が発生した。高級住宅街の並ぶそよ風ヒルズでの鬼時間と言うのは全くない、とは言えないものの珍しいことだった。

 

 

 その事を知ったマスターニャーダは、自身の足で行く決意をしたと言う。だがご老体のマスターニャーダ1人には任せられないと思って、オレも同行することになったんだ。

 

 

 目的地で待っていたそいつは、しょぼい人魂だった。少しの風で揺らめき、今にも消えそうなくらいに。

 

 

 だが、その中身は違った。

 

 

 異様だったんだ、妖力の全てが。

 

 

 皮膚で感じられるような、目で見えてしまえそうなほど高密度な妖力がそいつから溢れ出していた。今まで、オレは数多くのビッグボスと対峙してきたつもりだ。赤猫団や白犬隊とともに最強と言われるビッグボスとも戦った。彼らとともに、エンマ大王から与えられた試練も乗り越えた。ビッグボスの王と名高い最凶のビッグボスも倒した。

 

 

 もう、これ以上の強敵はないと思えるくらいの奴らと戦ったんだ。なのに、それらを簡単に跳び越えられる。小さなため息をつくくらい一瞬の時間で、今まで培った経験が無駄だと思えちまったんだ。

 

 

 マスターニャーダも同じことを思ったのか、地獄の底に落とされたような、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

 

 あの時、「最悪だ」と思えた。いや、正直今でもそう思っている。あんな奴が存在していたら世界が乱れてしまう。鶏の群れに空腹のライオンを放つって貧相な例えを思い付いたが、それより酷い。

 

 

 奴は肉体を型取り変化させることができた。存在が気持ち悪いくらいだったが、変化後はさらに気持ち悪い。肉体における全ての要素が限界まで裂けた、少し失礼だがトカゲ型のウィスパーとかウィスパゲリヲンとかと思ってくれると良いかもしれない。あれは妖怪として認められない、ただの異形の物体と思いたい。あれが妖怪なら、オレたちはなんなんだってくらいだ。いや、逆か? オレたちが妖怪で、あれはなんなんだ。

 

 

 気づいたときには、マスターニャーダは奴に攻撃を仕掛けていた。

 

 

 

「ホァタタタ! アイーン!!」

 

 

 

 よくわからないが力のある掛け声を出しながら、限界である10秒のうちに倒そうと本気で動いていた。オレは参加できない……いや、それ以前に目でも追えなかったんだ。1秒が10分、30分、1時間のように感じられる光景。誇張表現だと思うだろ? だが本当に、そうとしか思えなかった。

 

 

 だが10秒ってのは長いようで結局短かった。長く感じたが、終わってみれば一瞬だった。池の、1人乗れるかって程度の小さな岩の上で、いつの間にかマスターニャーダは息を整えてたよ。今思えば、限界以上戦うつもりだったんだろう。疲労はあれど、傷はなかった。そして奴は、疲労も傷も、なにひとつない。もしかすると触れれてもいなかったのかもしれない。

 

 

 池の上を当然のように4足で歩くそいつが、マスターニャーダの首を喰い千切ろうとするような気がして、反射的にオレの体は動いた。

 

 

 

「くそ! 行くぜ《ど根性ストレート肉球》ッ!!」

 

 

 

 この瞬間、もしオレが動かなければ2人して殺されていたかもしれない。オレは本当の、最大の一撃を入れた。 はずだった。

 

 

 その拳は、確かに命中した。あの異常な肉体に渾身の一撃を放ち、奴の頬にめり込ませ貫通させる勢いでかました感覚があった。触れた感覚が確かにあった。

 

 

 なのに受けた奴の目下、頬には、痕のひとつも残っちゃいない。

 

 

 ありえない動きをする奴の紅い瞳の奥にはオレが映っていた。その中のオレは、全身が深い傷にまみれた状態で光のない目をどこか遠くに向けている、そんなように見えた。

 

 

 ふと我に帰った瞬間、奴の口はオレの頭を喰おうと大きく開けていた。限界まで裂けた奴の口の可動域はこれまた異常で、常に浮かんでいるから足を使うことのないオレでも、「足がすくんで立てない」感覚を味わった気がした。蛇に睨まれた蛙の気持ちがわかる。

 

 

 オレの首が胴体から独立しようとした直前に、全身が金色の激しいオーラに包まれているマスターニャーダが、愛用の木の杖で奴の右胸を突き刺した。その時、奴は初めて狼狽えたように見えた。

 

 

 あれは『(グレート)化』だった。30秒から1分間、全能力が大幅に上昇するものであり、正義の気持ちや仲間への真摯な想い、悪に屈しない精神に呼応して生まれる光輝く玉“G玉”を吸収した状態でだけなれる、限界突破モード。

 

 

 

「構えるのじゃ、フユニャン! 《無限のホースパワー》ー!!」

 

 

「はあ……ッ……行ける! もう一発! いや何度でもやる!! 《ど根性ストレート肉球》ーッ!!!」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 マスターニャーダの、妖力を具現化して放つ同系統内でも特に高威力な必殺技《無限のホースパワー》はG化による強化とオレの拳による衝撃で回避不能になったのもあって、ついに奴に有効打を与えた。

 

 

 動きの制止のため刺しっぱなしだった杖は駄目になったが、奴にダメージをようやく与えられたことを考えると安い代償かもしれない。

 

 

 

「――――――――――――!!」

 

 

 

 奴の言葉にならない絶叫が池に、山に、街に轟く。

 

 

 奴は地面を這うように歩いていた水面から滑り落ち、濁りきって見えない底に沈んだ。

 

 

 

「大丈夫なのか、マスターニャーダ……地面に一旦戻ろう、あれを倒せたという確証がない。水上は危険だ」

 

 

「奴はまだ生きとる……わしっちのG化が消えるまでは奴が死んでいようと攻撃をやめ────っ!?」

 

 

 

 どうしたのか、と問おうとしたが、奴はオレたちに一時の勝利の余韻に浸る間すら与えてくれなかった。違うな。勝利なんてものすらくれなかった。

 

 

 ゴポゴポ……と池の中から聞こえ、呼吸でもしているのかと思ったが、それは全くの的はずれだった。

 

 

 池が、高熱で蒸発していたのだ。

 

 

 高熱、その例えはやはり少し違うかもしれない。オレの赤いマント、マスターニャーダの緑のローブに火がついた。水上と言っても、浮いて6メートルは離れている。熱さを感じるならばともかく火がつくのは異常以外の何者でもない。高熱なんてレベルじゃなかった。

 

 

 ものすごく速い速度で下から、なにかが跳んでくるような変な感覚があった。気づけたのは偶然だ。直感ってやつかもしれない。

 

 

 真下から、オレたちに向かって垂直に向かってくるウィルオーウィスプ。全身の裂き傷が開き、見ていられないほど痛々しい状態だ。だが、そこから流れるのは血ではなく煮えたぎる池の水。

 

 

 

「まずい! マスターッ!」

 

 

「ぬぅおっ!?」

 

 

 

 驚きながらも、妖力を風に変化させて放つ“妖術”《嵐の術》で微量のダメージを与えながら(効いているかは正直のところわからないが、効いていると思うことにした。)池に押し返すのはさすがと言えよう。もしマスターニャーダが対応できなければオレたちの下半身はお別れしていたかもしれない。と言うかしていただろう。オレも《嵐の術》の使用はできるがマスターニャーダほどの威力が出ないしわずかな隙ができてしまう。

 

 

 

「奴は危険じゃ……フユニャンは今すぐ逃げるの……ゴホッ」

 

 

「マスター……ニャーダ……?」

 

 

「わしっちがやる。やらなくてはいけん。だから退け」

 

 

 

 だがそんなこと、オレには聞けなかった。聞けるはずがなかった。

 

 

 

「ガッツ仮面は……みんなのヒーローは『ゼンブ守る』と言った! それで今! オレが退いてどうするんだ! これじゃ“ケイゾウ”に合わせる顔もない!」

 

 

逃げなければもう会うことすらできんぞ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)!! 妖怪の死と人間の死は違う……今ならまだ妖怪となったケイゾウと会える可能性があるだろうが、フユニャン! お主が死ねばケイゾウとは二度と会えんのじゃ!!」

 

 

 

 息をする度、ヒューヒューと鳴るような疲労困憊な状態のマスターニャーダを、オレは、オレは、オレが――――――

 

 

 

  ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 気がつけば、山の中間地点にある、おおもり神社の前で眠っていた。どうやら、別で救助が来たらしい。

 

 

 マスターニャーダは、オレを庇って…………二度と会うことすらできなくなってしまった。その亡骸は見ることも躊躇うほどに凄惨だったが、オレは目を背けられなかった。背けてはいけないと思った。

 

 

 告別式は、明日行われるそうだ。

 

 

 マスターニャーダの最期、これだけは、オレから伝えるべきだと思って、ジバニャンたちに会いに来たんだ。

 

 

 オレはマスターニャーダを守れなかった……護るべき存在に守られ、生き残ってしまった…………

 

 

 なあ、ケイゾウ……これからオレはどうやって生きてたら良いんだ……?

 

 

 教えてくれよ…………どんな顔して、お前の墓の前に――――――そしてマスターニャーダの墓の前にいれば良いんだよ…………!



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8.仄暗い一部夜(へや)

 バスターズハウス内の雰囲気は、絶望的である。

 

 

 極・黒鬼戦での疲労やマスターニャーダの訃報で手一杯な彼らは冗談も開かず、ただソファに、魂が抜けた殻のように座る。雰囲気の要であるホノボーノさんは、ブリー隊長とともにバスターズ協会へ出ているため、重く暗い空気を拭えないでいた。

 

 

 

「あの……」

 

 

 

 口を開くのは、ゲンシャ。

 

 

 だがそれに反応を示す者はいない。ムードメーカーのエンマ大王すら、その右腕“ぬらりひょん”により連れて行かれ、ここにいないせいで暗い雰囲気にも磨きがかかっている。ちなみに連れて行かれた理由は「仕事、まだ半分も終わってませんよね? 時間置いてるうちに多分増えてましたよ、大王様」とのこと。

 

 

 だが、彼女は大王の一族。一度決心したならば折れていてはいけない。

 

 

 ゲンシャの妖術はコマさんと同じ“回復”“炎”の属性であるが、その妖力はコマさんとの比にならないほど強大だ。さらに、『同時に妖術を重複させ、効果を累乗させる』といった器用なことも可能であり、広域に回復作用を効かせる《円陣回復の術》を重ね重ね発動させることで、ホノボーノさんのような癒し効果をバスターズハウス全体にもたらせた。

 

 

 その影響力は凄まじく、ピリピリと張り詰めた空気が緩和されていくのをジバニャンたちは肌で感じられた。先の戦いで生死の境目を彷徨ったフユニャンの身体的損傷は、既に完治と言っても過言ではないほど回復しきっている。

 

 

 寝たきりの彼らが起き上がり、床に半分埋まったウィスパーが呑気にいびきをかき出した頃、ビーグルのエンジン音が元ある場所へ帰ってくる。

 

 

 帰ってきたふたりの表情は、やはりどこか悲しげだ。それも当然だろう、現役時代に時間を共に過ごした旧友の死を、そう易々と受け入れられるような軽い心意気ではないのだ。

 

 

 心の傷は、ゲンシャにも手を出せない。己の無力さに苦しみながらも、それでも回復の手だけは中途半端に終わらせることはなかった。これくらいしかできない、だからこそこれくらいしなければいけない、と。

 

 

 

「――まっ……さか、こんなことになるなんてな」

 

 

 

 ブリー隊長の言葉には、何とも言い難い感情がこもっているのを感じられる。王族の妖力があってしても、死と言うものは重く、深く、そして暗いものだ。

 

 

 人間の死と妖怪の死は違う。人間の場合は、死後、妖怪になるなり即成仏するなり天国か地獄に魂を置かれるなり、様々だ。だが、妖怪の死――正確には事切れる(・・・・)と言うが、その先はない。基本は事切れる前に“転生”という形で新たな命を得るのだが、事切れてしまえばもう何も残らず、文献のような記録物がない限り、当人の存在のことは、人間の、動物の、妖怪の、全ての記憶から少しずつ、確実に消える。

 

 

 マスターニャーダの魂は先なく、虚しく消え去る。

 

 

 彼は文献に残されるような偉大な妖怪ではあるが、それでも限りはある。いずれ消えるのは、もうどうしようもないことではあるのだ。ただ、伝説だけは残るだろう。真の意味で()()となって。

 

 

 

 

 

 そのまま精神面ではあまり快くない雰囲気で、一夜は越えてゆくらしい。

 

 

 朝日が照らす頃には少しでもマシになっていてほしい、その一心で、ゲンシャは用意された部屋でひとり眠りについた。

 

 

 この日彼女は、酷い悪夢に(うな)された。不愉快な気分は汗とともにじんわり残る。悪夢以上の現実、それも知らないまま、一瞬で内容を思い出せなくなってしまった。



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9.72時間の仕事

 ゲンシャのその一言から、今日は始まった。

 

 

 

「赤猫団の仲間って今どこにいるの?」

 

 

「……ニャニャ、そーいえば…………あれぇ……?」

 

 

 

 仲間。砂でできた素直なヒーラー妖怪“砂夫”、すべて否定する城壁のタンク妖怪“ムリカベ”、常に引き籠もる蝙蝠(こうもり)のレンジャー妖怪“ヒキコウモリ”。ジバニャンと長く苦楽を共にした初期メンバーの3人だ。

 

 

 バスターズには、個々に役割というものがある。攻めて攻めて攻めまくる攻撃役、アタッカー。敵の注意を引いて攻撃を受け付ける防御役、タンク。傷ついた仲間を癒したり強化系取り憑きで援護する回復役、ヒーラー。弱体化系取り憑きや罠などで相手を翻弄する邪魔役、レンジャー。この4種の役割で補い合いながら、強力なビッグボスと戦うのだ。

 

 

 ビッグボスの王と呼ばれる妖怪を撃破した後、みんなどこかへ言ったのだ。そしてそれを、彼らは今の今までそのことを忘れていた。不審な程に。

 

 

 

「これはまさしく妖怪の仕業!」

 

 

 

 ウィスパーがそう言うが、ゲンシャには少し違和感があった。「忘れた」と言うよりは「知らない」に近い雰囲気だからだ。記憶が抜けたような、そんな感じではない。どちらかと言えば元からない感じの、理解し難い感覚であった。

 

 

 そんな時だ、ブリー隊長は現状でありえない言葉を吐き出した。

 

 

 

「ジバニャン、ウィスパー。お前らには1週間――いや、3日だ。3日間の休暇を与える」

 

 

「うぃっすぅ〜〜〜!?」

 

 

「どどどっどういうことニャ!? それも今!」

 

 

 

 3日間の休暇。まあ普通だったら問題ないだろうが、現在、謎の妖怪ウィルオーウィスプの出現、バスターズ協会会長の殉職等の問題があり、そして依頼者である、ゲンシャの前で言うことではないのは確かだ。

 

 

 

「いーんじゃない? せっかくなんだしさ。休みも仕事よ?」

 

 

 

 受付嬢の氷姫ふぶきちゃんは呑気にそう言うが、その目には何らかの意志が込められているように感じられる。それを読んだのか、ウィスパーが率先して誘導する。

 

 

 

「…………そぅれではワタクシたちはオヤスミしますかぁー……せっかくですしゲンシャさんも一緒に行きましょう、さあさあ」

 

 

 

 ぶーぶー文句を言うジバニャンの背中を押してそそくさと外へ出る。

 

 

 

「ゲンシャさん、なにか思うことがあればバスターズ協会に行ってくれ。そこならヒントがあるかもしれん」

 

 

 

 ゲンシャは軽く頭を下げ、先に出たウィスパーたちを追いかける。

 3人が外へ出た後、彼らは動き出す。

 

 

 

「ありがとな、ウィスパー…………さて、動くぞ。マスターをやったウィルオーウィスプを、捜索する。深追いはするな、調べ尽くし万全を期して奴を潰す! 行くぞ野郎ども! 特攻野郎Bチームとして仇を討つッ!」

 

 

「りょーかい」

 

 

「まずは“親方”を探し出す(・・・・)ことからボーノ」

 

 

「ああ……店長、店長ー?」

 

 

 

 ブリー隊長は2階のショップ/トレーニングルームに降りながらショップカウンター内に立つ忍風の影の妖怪のことを呼ぶ。

 

 

 

「店長! “ジミー店長”!」

 

 

「はっはい……地味に気付かなくてごめんなさい…………」

 

 

 

 彼はジミー。街や人混みに出ても誰も気付かないほど、影の薄い妖怪で、自分のことを地味で駄目な奴だと思っている。『影が薄い』、たしかに地味な能力だが、“取り憑いた”相手は誰にも全く存在を気付かれなくなる、と効果は意外にも強力である。

 

 

 取り憑く、全妖怪がもれなく持つ能力だ。対象は人から物まで基本どんなものにでも効果を発する。妖怪によって、良かったり悪かったりその内容は様々だ。

 

 

 その彼はここのショップで多くの物を売買してくれる。大体の消耗品はここで揃う。武器や使い捨ての罠、装備品などをオリジナルで造り発売・強化をしてくれる“でんじん親方”とはコンビで商売をしている。そのでんじん親方はBチームメンバー最後の一人であり、現在は行方不明(・・・・)である。

 

 

 先週の鬼時間直前に、「バスターズ協会に行く」と言って出たきり今もまだ帰らず、なぜか誰も姿を見ていないのだ。

 

 

 

  ※  ※  ※

 

 

 

 ジバニャンとウィスパーはゲンシャを連れ、ある人間の住む家へ行く。その表札には『天野(あまの)』と刻まれている。

 

 

 

「ただいまニャー」

 

 

「うぃっすぅー帰ってきましたよケータきゅ〜ん! もンの凄ぉ〜いお客さんを連れてきたでウィスよー? ケータきゅ……ん……あれ…………? ケータ…………くん……? ケータくんがいないでうぃすぅーっ!?」

 

 

 

 素早く2階の部屋へ登る。手前の部屋では天野両親が寝ているようだ。そこに違和感はない。

 

 

 奥の部屋。三人は言葉も出ないほど驚愕した。

 

 

 そこはベッドのカバーがぐちゃぐちゃに丸まり、机の周辺には小物が散乱、クローゼットの扉は倒れ、バルコニー窓は開き、荒れに荒れていた。何かが、起きたのだ。

 

 

 明日は月曜で学校があり、現時刻は23時25分。その部屋に、天野 景太(けいた)――ケータはいなくなっていた。



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+番外編α.コマさん(かんしゃ)タクシー

   《 《 前 書 き 》 》

 ⚠⚠⚠この前書きに必ず目を通してからお進みください。


 今話は蛇足的メタ・ネタ要素で、正史と関連はございません。本編のみ進めたいという方は、この前書きをご覧の後に飛ばすことを強く推奨いたします。


 +番外編は読み飛ばしても支障のない回です。が、『ゲーム妖怪ウォッチシリーズ』のストーリーを履修していない方のためにこの場で番外編【旅路】と題し、軽く纏める回がございます(今回は別です)。その際は前書きを見てもらえばわかるように設定いたしますので見逃さぬようご注意を。「これまでの経緯・ストーリーを知らない」「忘れてしまったので、今一度確認をしたい」等あれば、その際はどうぞご覧ください。できる限り忠実な話の流れ・設定のまま文に起こしたいと思っております。


 以下、読み飛ばす方向けの今話の情報を少し。興味ない方は下本文もしくは次話へどうぞ。


 好きなキャラが出てこない、活躍が少ない……。まあ、全キャラを網羅することはできません。しゃーない。しかしその申し立てをしたい場合、この作品の感想または、俺のユーザーページから妖怪紳士奴用TwitterにDMを送る形で申してください。できる範囲で登場・活躍の機会を作らせていただく場合があるかもです。


 出して欲しいキャラは自作のでも構いません。例えばオロチの新形態や、オリジナルの妖怪等、キャラの画像・設定を送っていただければ、それにも活躍の場を設ける可能性があります。少し無茶な設定であろうが、どうにか頑張って落とし込みます。この場合には登場の際に本人様への確認の上で経緯を表すためTwitterIDまたはユーザー名を乗せる場合がございますので、ご留意ください。


 同じような感じで、物語に関する質問も受け付けます。「ここはどういうことなのか」とか、「この展開は必要なのか」とか。必要になる予定があるから書いてるんだがね、忘れる時もあるかもしれんから。


 長くなりましたが以上です。続きをお楽しみください。







 ────小説に感想が来た阿呆作者“妖怪紳士奴”の前に現れる、1台の車。その名も、コマさんタクシー…………

 

 

 

コマさん

「今回はご一読いただき、ありがとうございますズラ」

 

 

コマじろう

「ありがとうございますズラ」

 

 

コマさん

「この回は番外編(・・・)というか完全ネタ回、原作アニメのコマさん(ざんげ)タクシー同様にメタ発言が多い(・・・・・・・)ので注意して欲しいズラ。あと、あくまで阿呆作者の自己満足ズラ、あんまり見なくても大丈夫ズラ。

 

 今回はまさかのコマさんタクシー、記念すべき(?)第一回ズラ」

 

 

コマじろう

「兄ちゃん、続くかわからないからあまり言わないほうがいいズラ……」

 

 

コマさん

「とりあえず一言付き評価(おたより)をふたつ紹介するズラ。名前はわかりにくいようになってるから安心ズラよー」

 

 

コマじろう

「一言付き評価を見たらわかるから意味ない気するズラ……コメ主さんには先に謝っておくズラ」

 

 

コマさん

「TKさんより『ゆっくりゆったり待ってま〜す』

 

 Kさんより『まだ先読めないけどおもろいから頑張ってくれぇー!』

 

 …………ありがとうズラありがとうズラ……面白いだなんてこんな稚拙な物書き相手にもったいない言葉ズラ……感謝で阿呆作者も嬉しがってるズラ……!」

 

 

怪し奴(中の人)

「ありがとうございますありがとうございます……心から感謝致します…………!」

 

 

コマじろう

「中の人が出るのはアウトズラ。これ以上読者様にご迷惑をかけるわけには行かないんズラよ?」

 

 

コマさん

「デデーン、駄目よりのあうとズラ(REVEL5の使いやあらへんでズラ!−作者が出てはいけないコマさんタクシー72時)」

 

 

怪し奴

「スイマセンデシタホントニモウシワケアリマセンデシタ」

 

 

コマさん

「閑話休題ズラ。これは質問ズラね。ありがたいことに、これもTKさんからズラ。

 

『読み始めてまさかあんな事が起こるとは…(中略)

そしてウィルオーウィスプの見た目がどうしてもトカゲのウィスパーを想像するよりもエヴァ型のウィスパーを思い出してしまう…他の見た目の特徴とかはありますか?』

 

 読み始めてくれてありがとうズラ。今回はゲストとしてある方に来て頂いてるズラ」

 

 

怪し奴

「流れ的にこれは俺だn」

 

 

コマじろう

「【妖怪ウォッチバスターズ『FUTURES!』】ラスボス候補として名高い(怪し奴調べ)、“ウィルオーウィスプ”ズラ」

 

 

怪し奴

「おい待て待て待て! 普通現時点での最終目標であるボスキャラを番外編で出す奴がいるか!? コマさんタクシーに乗らす阿呆がおるかああああああああ!!!」

 

 

ウィルオーウィスプ

「黙れ……と言いたいが、我がこのような場所いるのが理解できんのは同感だ。そしてなんだ!? この気持ち悪い肉体は! 受肉させるとほざくなら我に相応な肉体が他に存在するだろう!!!」

 

 

コマじろう

「ウィスパーの見た目ですがこれはあくまでウィルオーウィスプズラ」

 

 

怪し奴

「挿絵もねーのにわかるかあ! あ、もしかしたら挿絵付けるかもしれません。絵なんてほぼ描かなくなったから付けない可能性のほうが高いですが…………」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ↑ 付 い た わ 挿 絵

 

 

 

ウィルオーウィスプ

「黙れ、ド低脳の腐れ脳ミソめ」

 

 

怪し奴

「アッハイ」

 

 

ウィルオーウィスプ

「しかし■■■■……あの■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■…………■■■■■である■■■■■■■■

 

 

コマじろう

「さすがにこいつに喋らせたらネタバレ祭りで危ないからほぼ伏せ字かもしれないズラ」

 

 

コマさん

「ウィルオーウィスプさん、見た目の特徴は他になにかあるズラ?」

 

 

ウィルオーウィスプ

「我の容姿の情報が欲しいと? 笑わせるな。我は妖にして妖に(あら)ず、怪にして怪に非ず、人にして人に非ず、神にして神に非ず、我であり我に非ず────この我が、物質如きにしがみつがなければいけない程度に弱く(やわ)い魂だと、そう言いたいのか? まあもっとも、我の■■■■■■■■、今を生きる■■■■■■■■だろうがな……それも当然だろう。■■■■■■■■■■■■■であり、我にとって最大の■■■■■■■■な…………」

 

 

怪し奴

「ほぼわからねえわ。考察勢でも役に立たせれねえだろこの情報。■=一文字が入るとしても埋めれる奴いねえよ。これ投稿する時には俺も忘れてるわ!」

 

 

コマさん

「メタすぎると数少ない貴重な貴重な読者様を失うかもだから程々にしてほしいズラ。このままじゃこの回自体がデデーン(REVEL5の使いや以下略)になるズラ」

 

 

怪し奴

「すいません皆様……やりすぎました…………」

 

 

 

『妖怪紳士奴   反 省』

 

 

 

コマじろう

「ここまで見ていただきありがとうございますズラ。これはおまけのお知らせズラ」

 

 

コマさん

「読者様の好きなキャラクターが出てくる、活躍するかもズラ。バスターズ赤白月までのキャラなら採用確率も高いズラよ」

 

 

ウィルオーウィスプ

「一般妖怪から人気妖怪にマイナー妖怪、レジェンド妖怪、ボス妖怪まで様々だ。画や設定があるのであれば、いつしか授業ノート(じゆうちょう)に描き殴っただろうオリジナル妖怪(・・・・・・・)なんかでも構わんぞ、画や設定があるのであればな。どれだけ下手な画でも、能力や恋沙汰等ちと無理のある設定でも良い。そこはどうにかしてやる。良作が届けど、この作品には似合わないからな……!

 

 結局、我と相対(あいたい)するようなやつは存在せんだろうがな…………」

 

 

怪し奴

「この小説に「このキャラお願いします」などとコメントするか、コメント残したくないとかがあれば俺のユーザー情報ページにTwitterリンクを置いておきますから、そこから俺にDM(ダイレクトメッセージ)で送ってくれるとOKです。と言っても高確率と言えど採用確実ではないですし、そこまでする方なんていないと思いますが……あれ、なんだろう。目から汗が…………」

 

 

コマさん

「それでは……」

 

 

コマさん&コマじろう

「「本日はご乗車、ありがとうございましたズラ!

 

 MERRY(メリー) XMAS(クリスマス)ズラ!!」」




コマさん(かんしゃ)タクシー   つづく……(続かない)


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10.不明瞭

「ケータくん! どこですかケータくん!!」

 

 

「ニャんでケータがいないのニャ!?」

 

 

「二手に分かれて探すでウィス!」

 

 

「了解ニャ! ゲンシャさんはここで待っててほしいニャン!」

 

 

 

 さくらニュータウン全体が捜索範囲、暇していたコマさん&コマじろうにも手伝ってもらいながら町中を奔走する。

 

 

 少しずつ範囲を拡げていく。おおもり山、団々坂、さくら中央シティ、おつかい横丁、そよ風ヒルズ、くまなく見てもケータは見つからない。

 

 

 いや、それだけじゃない。妖怪すらいない(・・・・・・・)。妖怪は化けてたり普通に立ってるだけだったり、とにかく案外どこにでもいるものだが、なぜかどこにもいない。

 

 

 

「人はいるのに妖怪はいないズラ……」

 

 

「あ、みんなごめんズラ。友達(ダチ)と約束があるから帰るYO(ヨー)!」

 

 

「大丈夫ズラ、行ってらっしゃいズラコマじ――けーじぇーさん」

 

 

 

 コマじろうは妖魔界のニュー妖魔シティ――赤猫団バスターズハウスのある街にクラブハウス『クラブMONGEE(モンゲー)』を持っており、クラブ名にもある“KJ”としてそこで活動しているのだ。その人気は凄まじく、活動時は連日満員。エンマ大王の右腕である、No.2“ぬらりひょん”議長の側近“犬まろ”&“猫きよ”からは「妖魔界の経済を動かせる特異で最高のクラブハウス」とお墨付きを頂いた唯一無二の存在だ。

 

 

 コマじろうはバスターズとKJを兼用しているので忙しいが、それに見合う実力がある、最強のエンターテイナーなのである。

 

 

 

「さすがKJ、忙しいんでウィッスねえー」

 

 

「そうズラ、コマじろうはオラの誇りズラよ!」

 

 

 

 さくら中央シティ桜中央駅前の金の卵(目印に適したモニュメント。縦2メートルを越える金色の卵)付近で集合したその時だ。でんじん親方特製の“鬼時間タイマー”が反応した。腹に響く音と共に3,2,1,とカウントが始まり、勾玉型の四色模様が開き、赤黒い背景に『鬼』の字が刻まれた柄に変化する。このタイマーの針が一周するまでが、ビッグボス撃破のタイムリミットであり、その時間はビッグボスや鬼時間の規模によって様々だ。それに伴って速度の変わる時針が一周を超えれば逃げられてしまう。

 

 

 

「もんげー!! 鬼時間ズラー!?」

 

 

「ニャんですとぉー!?」

 

 

「ふろしきに念の為、汎用Bスーツを2着入れてて助かったズラ……ジバニャンも使うズラよ」

 

 

「あのぅーワタクシの分は」

 

 

「ないズラ」

 

 

「もんげーでうぃす……」

 

 

 

 今回はいつも以上に赤く、煤焼けたような空気。灰が虚空を舞っていて、今にも()せてしまいそうになる。

 

 

 

「せっかくならモグモグバーガーでソフトクリーム食べたかったズラ……」

 

 

「何だ、ハンバーガーを食べに来たのではないのか」

 

 

「あ、あなたは“オロチ”でうぃす!?」

 

 

 

 コマさんのぼやきに反応したのは、エリート妖怪のオロチだ。キュウビと並ぶA級バスターズチーム『大蛇隊(おろちたい)』のリーダーであり、女性人気はナインテイルズに少し劣るが、子供層からの人気は絶大だ。「ばすたーずになりたい!」と言う妖怪は大抵、大蛇隊の影響だったりする。

 

 

 そんなオロチは、元は人間だった。

 

 

 ある村の人間だった子供の頃のオロチは、妖怪とは一切関わりのない人生を送っていた。田舎とかではなく、本当に“村”である。だがその村を襲ったのは、筋骨隆々の赤い妖怪…………一体のビッグボスだ。その一体により村は完全に壊滅。唯一生き残ったオロチは、希望の崩壊、魂の覚醒により、生きて自分の肉体を持ちながら妖怪化したイレギュラーな存在だ。

 

 

 覚醒した魂から発生したオーラで形創られる青白い龍のマフラーと、便利な機械などのない過酷な生活の賜物で、戦闘力は全妖怪の中でもトップクラス。それは先代閻魔大王と親しい仲を許される程。

 

 

 

「どちらにせよ、“奴”は私の相手だ」

 

 

「奴……とは…………?」

 

 

 

 深い地響きが鳴る。細かい砂埃が舞い散る。ダイナマイトの爆破音が響く。

 

 

 

「あ……ああ……あいつは……!?」

 

 

「ああ……奴だ……ッ! 早急にケリを付けてくれる、《やまたのおろち》!!」

 

 

 

 2(つい)の龍が噛みつき突撃を連続で決めるが、その血塗られた筋肉質の巨体は両腕で(うま)くいなす。

 

 

 それはどこからか出したダイナマイトを4人に向けて投げた。龍が跳ね返そうとするが、着弾する前に大爆発を起こす。

 

 

 

「ニャニャニャニャー!?」

 

 

「もんげー!! あれは“レッドJ”ズラかー!?」

 

 

「ムムッ! 見えますよ! あの気分を害すほゲホッゲホッど密度の濃い紫の妖気……! 一体なゲブホッなぜ!? また“極”状態です!」

 

 

「まさか……私の(妖気)が奴の爆発に抑え込まれるとは…………」

 

 

 

 金切り声で、気性の荒い猫のような声を上げる極・レッドJ。レッドJの戦い方は先の黒鬼とは全く違う。黒鬼は鈍く重い攻撃だが、レッドJのは素早く深く、低く軽く、時には爆撃など、型の読めない動き方をする厄介な相手だ。その手の運動選手のように(しな)やかに動くため、物理攻撃をいなされることも多い。

 

 

 

「ジバニャン……ウィスパー……これってまさか鬼時間?」

 

 

「ニャニャっ!? ゲンシャさん来てはいけニャい!!」

 

 

「いや、大丈夫だ。あの人は本来は私たちより強い。なぜあの人がいるのかは知らないがそれよりもレッドJ…………貴様は私が必ず殺すッ!」



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11.再臨せよ、伝説のバスターズ

 特攻野郎Bチーム。それはいつしか、伝説と呼ばれたバスターズチームの名だ。それ以前も以後も、誰も彼もが“伝説”と認めうるチームは存在しない。

 

 

 ブリー隊長、ふぶきちゃん、ホノボーノさん、そしてでんじん親方。ひとりひとりがその役割内のプロであり、4人揃えば文殊の知恵程度を簡単に超越するだろう。

 

 

 そんな彼らは引退後、様々に暮らしていた。

 

 

 彼らを再び引き寄せることになったのは、落ちこぼれ弱小バスターズチーム『赤猫団』受付のバイトとなったふぶきちゃんだった。

 

 

 ふぶきちゃんが、まだ弱かったジバニャンらを心配し、鍛えられるように協会へ人生を送ったのだ。以降、隊長兼司令官をブリー隊長が(つと)め、適切なメンバー組み換えなどをホノボーノさんが決め、適切な装備開発をでんじん親方が作成するようになり、(またた)く間に一人前のバスターズになっていった――――――

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「クソッ……情報を求めに人間界(あっち)に行ったが妖怪がいなかったぞ……どこかの地域では鬼時間もあったらしいが…………姫、親方の情報はなにか掴めたか?」

 

 

「駄目ね、親方の妖波でレーダー探知しても全く反応がないわ。ホノボーノさんは?」

 

 

「なかなか苦しいボーノー……どの書類にも役立てそうなものは…………

 

 ……どこ行ったんボーノ? でんじん親方…………」

 

 

 

 3人はバスターズ協会地下2階舞台下部屋にいる。理由は勿論、消えたでんじん親方を捜索するためだ。それも、ウィルオーウィスプを探すために必要である。彼の開発力があれば、未確認であれ妖怪ひとりの情報を得るなんて容易い。奴が妖怪であれば、確実に。

 

 

 この部屋は、危険性のある妖怪の情報を絞り出すための部屋だ。この2階上の舞台では、数多くのバスターズが集まり、時に事件解決のためにまとまり、情報の共有を行う。そのため、確実かつ最大限の情報が必要であり、次いで迅速に対応できるように、比較的安全な地下にある。人間界であれば地下だと電波どうこうで難しいだろうが、ここは妖魔界。電波ではなく、()を詠む“妖波(ようは)”を使用する。

 

 

 妖波、ある天才妖怪が見つけ出した、魂から発せられる特殊な波紋(・・)だ。これのおかげで、ご都合主義感の拭えないレベルのちょっとした無茶は通用するようになった。まさに革命のような発見だ。

 

 

 しかしそれを持ってしても、でんじん親方はなぜか見つからない。

 

 

「考えたくないが、やはりそういうことだと、そういうことだと言うのか…………ッ!」

 

 

「そ、それだけは、ありえないボーノ……」

 

 

「だけどそうとしか思えないわ……」

 

 

「だが憶測では埒が明かない…………仕方ないな……“あそこ”に行くぞ」

 

 

 ここよりさらに地下、協会最深部屋には、紅白で対となった巨大像がある。名はそれぞれ、“赤魔寝鬼(あかまねき)”と“白古魔(しろこま)”。赤猫団と白犬隊を司ると言われており、実は、このふたつのチームからバスターズは始まり、約60年間引き継がれ続けてきたのだ。

 

 

 この像は特殊な力を持っていると信じられ――いや、実際に特殊な力がある。それも、0を1にできる巨大な力だ。

 

 

 0を1にする。言葉にすれば単純だが、1を100にするよりも桁違いに難しい。有をただ増やすのではなく、無を有にする。0%(絶対にない領域)1%(可能の範囲)に改変させる。その影響力は神の御業と呼んで差し支えない。

 

 

 その神に求めるは、裏切に対する鎮魂(・・・・・・・・)

 

 

 同時に、引き抜いた存在に対する、罰を。

 

 

 彼らは最悪の場合を、ウィルオーウィスプに(ほだ)された可能性を考えるしかなかった。

 

 

 

  ※  ※  ※

 

 

 

「なぜだ……なぜ……私にはこいつを倒すことができないと……そういうことだと言うのか…………!?」

 

 

 

 2対の龍を従える妖怪はそびえ立つ巨大な敵の前に膝をつく。妖気が底を尽きかけ、龍は力なく大地に伏せている。

 

 

 傷だらけのオロチへ向けて、低く出の早い《カミソリ足払い》が飛ぶ。

 

 

 

「喰らうニャ! 《アカネコ(ビーム)ランチャー》!!」

 

 

 

 Bスーツ付属の小型ビームランチャーから放たれた橙色のジグザグの軌道を描くビームがレッドJの巨体めがけて多段ヒットするが、頑強な筋肉がそれを跳ね飛ばす。それでも、オロチに対するトドメの一撃(・・・・・・)は防ぐことはできた。

 

 

 

「熱熱熱熱うぃぃぃぃぃぃいっす!!?」

 

 

 

 ウィスパーを襲うのは、直下の地を割って炎が連続的に噴出する《獄炎ストーカー》。高速的で回避の難しい技はレッドJの十八番(オハコ)である。

 

 

 

「オロチさん大丈夫ズラ!?」

 

 

 

 隙を見てオロチを《回復の術》で回復させる。完全に傷を癒せ、尽きかけの妖気を回復させるほど有能な技ではないが、それでも幾分マシにはなる。

 

 

 

「くっ……すまない、コマさん。もう、大丈夫、だ」

 

 

「駄目ズラ! 今の身体じゃまともに戦えないズラよ!?」

 

 

 

 相当消耗したとしても彼らを、レッドJは待ってくれることはない。

 

 

 レッドJの必殺技《地獄の怨念玉》がこちらに向けられる。必中の紫玉は一撃で大型車を廃車に変え、高耐久のタンク妖怪すらも瀕死にする。

 

 

 全員が死を自覚するような、覚悟するような間もない。ただ確実な敗北だけが彼らを襲う――――――

 

 

 と、思われた瞬間。渾沌(こんとん)としたエネルギー弾が凍りつき、目前で地に墜ちた。



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12.髪留めに映る記憶

 “ウィスマロマン”。多くのバスターズを叩きのめしたビッグボス。その生命力は凄まじく、分裂・縮小した存在である“ミニマロマン”から別個体を生み出すことすら可能とする。

 

 

 それは度々『ムゲン地獄』に()とされるが、時が経てば、当然のように底から這い上がってくる。たとえ、閻魔の目が向いていようとも、何故か確実に脱出される。

 

 

 だからと言って放っておくわけにもいかず、だがこればかりはどうしようもない。できることと言えば、毎度、強力な封印妖術とともに地獄に堕とし続けるだけ。しかしバスターズには鬼時間の対処があるため、そこまで余裕がない。だからこそ駆り出される頻度をある程度抑えるため、マスターニャーダ直々に、最大出力で封印するのだ。

 

 

 だが誰もが認知する通り、マスターニャーダは歳を重ねすぎてしまっている。そこで軍配が上がったのが、特攻野郎Bチーム結成前の、単独でバスターズをするブリー隊長であった。それが、30年以上前の話。

 

 

 

「そのメタボボディはいつになれば引き締まるんだ!」

 

 

「ブリーよ、あれは封印しきれん大きさじゃ……一体どれほどの妖力を吸ったと言うか……!」

 

 

 

 一定の条件下にある妖怪の妖力を吸い上げて肥大化する、ウィスマロマンの能力のひとつだ。その条件がわかれば対処は容易いが、そう簡単ではなく、赤猫団・白犬隊や仲間たちの尽力により月へ吹き飛ばした今現在でさえ判明していない。ミニマロマンにも同じ能力が備わっており、いざ追い詰めたとて分裂、散乱されれば一瞬で元通り……時には強化さえして返り討ちにあう可能性もある。ジバニャンたちが倒し、宇宙に飛ばすことで再起不能にさせることができたのは、本当に奇跡としか言いようがなかったりする。

 

 

 

「うぃっすっすっすっす…………まだ足りない(・・・・・・)……足りないでうぃっすぅ〜〜〜!!」

 

 

「っ! まずい!」

 

 

 

 ウィスマロマンが見据えた先、マスターニャーダとブリー隊長の遥か後ろには、少女――“ゆきおんな”がいた。彼女は『進化する妖怪』の中でも特異な種類に位置しており、『白銀の髪留め』と呼ばれるアクセサリーを所持することで“ふぶき姫”へと進化し、手放せば簡単に元に戻る。進化は基本的に一方通行である中でのイレギュラーだ。

 

 

 

「うぃっすううううううううう〜〜っ!! 奴の妖力も喰らうぃすううう〜〜〜!!!」

 

 

 

 振りかぶった腕から、野球の投手のように、数十数百体のミニマロマンを高速で放出させる。狙いは勿論、ゆきおんなの妖力だ。進化のイレギュラーゆえか、彼女自身、相当の妖力を持っている。それを奪ってしまえば超強化してしまい、ビッグボスにとっての邪魔者、バスターズを壊滅させることになるだろう。

 

 

 

「マスター!」

 

 

「わかっておる! 《無限のホースパワー》!!」

 

 

 

 杖から電撃のような妖術が放たれる。その攻撃は敵に応じ、ほんの少し軌道を自動的に変えることで、多数の雑魚敵を簡単に撃墜させる。しかし、あまりにも数が多すぎた。少数のミニマロマンを通してしまう。

 

 

 だがミニマロマンの動きより早く、ブリー隊長は走る。怯える少女の前に立ち、最大限の渾身の一撃を放つ!

 

 

 

「ビクトリアーーーンッ!!」

 

 

 

 轟声で気合の入ったその拳は大気を揺らし、波動を生む。触れなかったミニマロマンでさえ耐えず消滅した。

 

 

 

「全く……不用意に出歩くのは危ないぞ、嬢ちゃん。バスターズ協会から注意令が届いてるはずだしな。何? 気になっただ? だったら眼鏡か双眼鏡を買って、遠くから見ることだな」

 

 

「妖力の半分を使うのが悪かったか……油断したうぃす……だがまだ誰かの妖気を奪えば…………ワタクシはまだ終わっ――」

 

 

「終わりじゃよ。封印される可能性があることを、一向に学ばんのう……それはそれは楽で良いのじゃが。できるだけわしっちを(いたわ)ってほしいわい」

 

 

 

 人間が使うのとはまた違った文字が刻まれた紙札に、妖力を込める。『強封妖術式札(きょうふうようじゅつしきふだ)』、一時的に対象の肉体を封印し、数時間後に肉体は開放されてしまうが、同時に妖力の99%を強制封印する札。数ある封印妖術式札の中でも特に強力で、妖気の洗練された妖怪でしか扱えない高等なものだ。

 

 

 

「マスター。俺はこいつを送るから、後は頼みます」

 

 

「うむ」

 

 

 

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

「――なんか懐かしいのを想い出す光景ね。違うのは、私が護る立場ってとこかしら?」

 

 

 

 仲間を背にして、レッドJの前に立ちはだかるのは、いつか少女だった妖怪だ。

 

 

 

「ふぶきちゃん! なんでここにいるニャ!?」

 

 

「ふぶき……か。油断するな、奴は予想以上に強い…………あの紫の弾には気をつけろ……」

 

 

「別の調査をしていたはずでうぃすがなぜここに!? それにいくらふぶきちゃんでも……」

 

 

 

 ジバニャンは驚いている様子を見せる。ウィスパーの言うように、別行動をしていたからだ。状況を飲んだオロチは、早々に《地獄の怨念玉》の注意をする。

 

 

 

「あなたたち、せっかくの休暇なのにね…………全く……不用意に出歩くからこーなるのよ。それにウィスパーは忘れたわけ? 私は元特攻野郎Bチームの“キラ雪姫”よ」

 

 

 

 眼鏡のレンズを丁寧に拭きながら、ふぶきちゃんは豪語した。

 

 

 透き通る美しい氷が、周囲を凍結する。

 

 

 掛け直した眼鏡の角度を調整し、一言、呟く。

 

 

 

「私たちと相対したことを後悔させてあげるわ、ビッグボス」



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13.キラ雪姫の術

 反撃開始の瞬間、レッドJの左脚が凍りついた。表面だけでなく、芯から凍っている。ふぶきちゃんの足元から拡がる、連山状の氷属性の妖気に触れたのだ。

 

 

 

「もんげー! ビッグボスの足がかちかちになっちまったズラー!?」

 

 

「これが、《零凍(れいとう)の真術》……流石はふぶき、と言ったところか」

 

 

 

 妖術には、段階がある。全属性に例外なく、三段階の妖術があり、例えば火属性には《火花の術》、《火炎の術》、《れんごくの術》があるが、さらに各“秘術”と呼ばれるものがある。妖気の量が多いと可能な、通常より広範囲に出せるようになる技術だ。

 

 

 レッドJの《獄炎ストーカー》は、《れんごくの秘術》の一種である。対象の真下に連続で炎を吹かす、広範囲で使用できる秘術ならではの使い方だ。

 

 

 だがその上で、超高密度の妖力を持つ者だけが使える“真術”がある。火属性のそれは《火竜(かりゅう)の真術》、下から上に突き上げる炎の竜巻で攻撃する、火属性最高威力の妖術となる。選ばれし妖怪しか使えないと言っても過言ではない技。それが、真術だ。

 

 

 ふぶきちゃん以外で使用できる妖怪が数少ない《零凍の真術》。それは《あられの術》、《氷結の術》、《ふぶきの術》とある氷属性内での最上位妖術。真術の前には、誰もが熱を持っていられない――――――

 

 

 

「糞牝がァーッ!」

 

 

 

 レッドJが暴言を発する。簡単には潰せないと理解すると同時に、その力が奴の逆鱗に触れたらしい。

 

 

 コマさんが「もんげー! 喋ったズラ!」と喚いている。それほどの元気があるのならまだ戦えるような気もするが、余りある元気と底尽きた妖気、それらは比例するとは限らないらしい。

 

 

 周囲に、肌に突き刺さるような冷気が(ほとばし)る。名に地獄を関する妖力弾も、造り出した途端に凍って使い物にならなくなる。

 

 

 魂を喰らう紅き獣は、圧倒的な差を前に、けたたましく()える。広い回転足払いをするが、氷がその衝撃に耐えるはずもなく――凍る右脚が粉々に砕け散った。感覚が麻痺していたのかその事に気付かず、存在しない足で追撃の動きを見せる。

 

 

 その瞬間を見逃すはずもなく、奴の全身に極低温を滲み付ける。が、ジバニャンが、(とど)めを刺してしまう前にそれを牽制した。

 

 

 

「待つニャ! ……レッドJ、誰から極玉を与えられたのニャ? 黒鬼と連続的に自然の極進化が起きるなんてありえニャい」

 

 

「ふっ……! 負けたからとそれを言うほど、我らは良心的でない」

 

 

「じゃあケータは、ケータは知らないズラ?」

 

 

「変な寝癖の付いた、ふっつーの人間でウィッス」

 

 

「なんだ貴様、ケータを(さら)ったのか……?」

 

 

 

 返答はない。だが否定しないのは、つまりそういうことなのだろうと考えられた。

 

 

 だがそれに異を唱えるのは、ゲンシャだった。

 

 

 

「違うよ……この妖怪は違う。多分、極玉を流している奴が攫ったと思う。まあボクの勘なんだけど、自分で言うのはあれだけども正直よく当たるんだ。もしそうだとしたら、犯人はウィルオーウィスプ…………!」

 

 

「――閻魔の血族サマは味方してくれるのかァ? 嬉しいねェ」

 

 

 

 瀕死に限りなく近い状態でありながら、全筋肉を奮わせ、大きく跳ぶ。火属性の妖気、それで時間をかけ()かしたのだ。

 

 

 

「やばっ逃したら隊長に怒られる」

 

 

「ガハハッ! 良いぞ……閻魔の血族に免じて教えてやろう……! ウィルオーウィスプには関わらねェほうが身のためだ! そしてあれは妖怪なんてちゃっちい存在じゃない……奴こそ始祖の――ッ!?」

 

 

 

 前触れもなく、強大な青い炎が、レッドJの内側から爆した。(またた)く間に全身を包み込み、足先から灰となっていく。

 

 

 

「野郎が……俺の極玉に細工してやがったかッ!」

 

 

「何だと!? ふざけるな! 貴様にはまだ聞くことが――」

 

 

「糞ッ! 元から利用するためだったってのかッ! 糞がァッ!! あの方に手出すのだけは許さねェぞ! ウィルオーウィスプ! ()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!!」

 

 

 

 断末魔とともに、レッドJは消滅した――――――

 

 

 

「あの方…………恐らくマイティードッグだろう。奴はその部下だ」

 

 

「ってか何よあいつ? ウィルオーウィスプ・ウィスパー? ウィスパーあんたまさか……」

 

 

「何でぇーっ!? ケータきゅんに誓って、ワタクシが犯人なんてありえないでウィス!」

 

 

「もしかしてゲンシャ様もわからないわけ?」

 

 

「ウィルオーウィスプ……奴に“ウィスパー”なんて姓名(なまえ)があるなんて聞いたことないけど……?」

 

 

「よ、よくわかんないことになってきたずら……」

 

 

「ああ。それに、結果的に奴を討伐したと言うのに、()()()()()()()()

 

 鬼玉は、鬼時間内の定着型妖気の結晶だ。鬼時間に活動するビッグボスがそれを吸収して自分の妖気とした時に出る結晶の絞りカス……討伐の際にそれが出ないだなんて、見たことも聞いたこともないぞ……!」

 

 

 

 いつの間にか開始していた鬼時間は、これまたいつの間にか終了していた。

 

 

 まだ何ひとつ解決していないが、謎だけが無限に増えていく。



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14.天野景太捜索大作戦

 レッドJを撃破した後、解散した。ジバニャン、コマさん、ウィスパーは消えたケータの捜索。ふぶきちゃんはブリー隊長らのところへ戻り、オロチは大守(おおもり)山の山頂へ、ゲンシャは宮殿で伝承を調べ直しに行った。

 

 

 ふぶきちゃんが来たのは、ゲンシャが連絡したからだったらしい。いつの間に連絡手段を得ていたのか、しかしそれに救われた。もし来なかった場合を考えれば、感謝しなければいけない。

 

 

 

「とにかくワタクシたちはケータくんを(さが)さなくては! もし妖怪ウォッチを使える状況であればトモダチ妖怪を召喚するはず……それを考えれば、非常にまずいかもしれません!」

 

 

「ウィスパーが頭を使ってるニャ……!?」

 

 

「明日は雪が積もるズラよ……!」

 

 

 

 ギャーギャーと(わめ)く茹で卵の頭を開け、中から妖怪Pad(パッド)を取り出す。ウィスパーの生態は謎だらけ。

 

 

 妖怪Padとは、簡潔に言えば妖怪版タブレットである。情報検索は勿論、電話も可能だ。

 

 

 

「もしもし妖魔界のポリスメン」

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

『ユーはジバニャン? 珍しい、どうしたダニ?』

 

 

「久しぶりニャ、“USA(ウサ)ピョン”」

 

 

 

 USAピョン、それは一人の仲間の名だ。ブリー隊長直々にバスターズへの誘いを受け、共に多くのビッグボスと戦った。

 

 

 精鋭を集めたドリームチーム、バスターズ特殊部隊GETTO(G「ガッツのある限り!」、E「エンマ大王様のために」、T「とことん」、T「戦い続ける」、O「男たち!!」)――またの名を“月兎組(げっとぐみ)”――が役目を終えた後、「妖魔界を守る存在がバスターズ以外にも必要だ」と言う考えが生まれ、その(もと)、新たなる私営組織“Futures(フューチャーズ)GETTO(ゲット)”を創り出す一人となった。

 

 

 この組織は、名を引き継ぎ、月兎組と呼ばれる。バスターズほど実力が必要というわけではなく、ここから新たなバスターズチームができることもあるので、数多い妖怪が月兎組に入隊する。組織されてから長い時間が経ったわけではないが、既にバスターズの倍の全体数を誇る。

 

 

 12種の階級があり、USAピョンは最高階級である“師走(しわす)”だ。察しの通り、階級名は和風月名から取られている。

 

 

 

「ちょっと手伝ってほしいことがあるのニャ。ケータが、攫われたかもしれニャい!」

 

 

「どっどういうことダニ!?」

 

 

 

 ジバニャンは、事の顛末(てんまつ)を全て話した。

 

 

 

「ウィルオーウィスプ……実は、ついさっきエンマ大王様からもその存在が伝えられたダニ、まさかこんなことが…………了解、ミーたちも協力するダニ!!」

 

 

「ありがとニャ、オレっちたちも動くニャン!」

 

 

 

 捜索範囲は拡大し、電車移動のさくらぎ、こひなた、福の宮を通ってケマモト、ナギサキ。月兎組から弥生(やよい)長月(ながつき)の7階級の妖怪らが全体を練り歩き調査する。更に隣県にまで足を運び、二大首都のトイキョー都・ダイサカ府にも手を伸ばした。北のホンカイ道から南のオケナワ県まで、全国各地。

 

 

 USAピョンのトモダチの人間である“未空(みそら)イナホ”にも協力を要請した。「イナウサ不思議探偵社最大の事件キター!!」と元気になっていたが、情報が来てないことを考えると、あまり進展がないらしい。

 

 

 そんな中、たった一つだけ情報が来た。

 

 

 改造を受け機械化した、ある未来のジバニャン、“ロボニャン”だ。高性能AIの行動・思考補助によって捜査を着実に進める、月兎組の優秀な人材――改め猫材。階級は長月で、今回は全体を纏め上げる役割を持つ。

 

 

 

「白い妖怪ウォッチが……その妖怪ウォッチだけが、見つかった。解析の結果、ケータのもので間違いはないだろう…………」

 

 

 

 妖怪ウォッチ、それは人間と妖怪を繋ぐ腕時計。エルダ、エルダ零/神、零式、初期型、初期型懐中時計タイプ、Uプロト、U、ドリーム、オーガ…………大昔の遺物であったり、一人の少年が作り上げた絆の象徴であったり、常に進化し続ける物であったり、心に呼応して生まれた特殊型であったり、様々なものがある。

 

 

 初期型、それは初めての量産型妖怪ウォッチであった。と言っても大量に作れるものではないが、ある程度の性能を保ってかつ複数個作れることは、革命的なことだった。

 

 

 その中のオリジナルが紛失し、なぜか190年間ガチャに封印されていたウィスパーがそれを所持していて、たまたまそれを引いたケータがそれを保持することとなった。不可解ではあるが、まるで運命が仕向けたようだ。

 

 

 その初期型のオリジナルが、発見された。つまりケータは今、妖怪ウォッチを持っていない。

 

 

 いつであったろうか。ある妖怪のせいで、妖怪ウォッチの概念が消滅したことがあった。その副作用として、ケータから妖怪たちと過ごした記憶が、妖怪たちからケータと過ごした記憶が、一時的に忘れ去られていた。人間と妖怪を繋ぐ、絆の力さえなくなっていたからだ。

 

 

 もし、その時のような何らかの副作用があれば。

 

 

 ケータは今となっては、妖怪から見て人間代表のような、重要な存在だ。妖怪と交流のある人間がどれほど集まろうと、ケータの代わりには成りえない。

 

 

 

「ケータきゅん……」

 

 

「ケータ……」

 

 

「……大丈夫ズラ! ケータさよくもんげーことに巻き込まれけど、全部はねのけてきたズラ! 今回もなんとかなるズラよ! いっぱい助けて、いっぱい助けられたんズラ、今またオラたちがケータのことを助けるんズラ!!」

 

 

「コマさん……! そう、そうニャ! オレっちたちが何もしなければケータは変な奴に奪われたままニャ!」

 

 

「ええ、そうでウィス! 今こそワタクシたちバスターズの出番ではあーりやせんか! ケータくんを助けて、ウィルオーウィスプを討伐する! それで全部解決でウィッスゥ!」

 

 

 

 彼らは、諦めはしない。

 

 

 バスターズは、何度でも立ち上がるのだ。

 

 

 これまでそうして、強くなってきたのだから。




 バスターズ特殊部隊GETTOの意味を表した「ガッツが(略)」のやつは、公式設定です。妖怪ウォッチバスターズ月兎組アップデートで追加されたストーリー内で語られるので、気になった人は見てみるのも良いかもしれません。


 持っていない方/壊れて見れない方もご安心を。YouTubeで月兎組ストーリーと検索すれば動画が色々出ますが、それを説明しているシーンが写っているかもしれません。まあ実際写ってる動画はあるんで、これを機会に色々見てみるのも……?


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+番外編β.【旅路】−運命の出逢い−

   《 《 前 書 き 》 》

 今話は【旅路】と題し、『ゲーム妖怪ウォッチシリーズ』のストーリー────つまり現在の過去にあたる話を大雑把に纏めるシリーズとなります。


 主人公が妖怪ウォッチを手にする、ウィスパー・ジバニャンと出会う軌跡の話です。存じてある方は読み飛ばしていただいて構いません。「知らない」「忘れた」「今一度理解を深めたい」等想う方は、どうぞご覧ください。


 以降番外編では【旅路】と題して時々、ゲーム内の話である過去のストーリーを纏めていきます。【旅路】が付いていない場合は、他の内容であるとお考えください。


 以上です。続きをどうぞお楽しみくだされば、幸いです。







 夏休みのある日、小学5年生の少年■■■は大守(おおもり)山に出ていた。虫取りをしに来ていた。

 

 

 この山の中間地点辺りに、神社がある。(やしろ)の右奥を通った先にある御神木(ごしんぼく)前の鳥居は柵で塞がれており、そこは通行不可となっていた。

 

 

 そこの周囲で珍しい虫を探す。友達と虫取り勝負しており、それに勝つために、できるだけ珍しいのを捕まえようとしているのだ。だが木の上、草の中、どこを見てもミンミンゼミとアブラゼミとダンゴムシしかいない。そんな簡単に見つかるものなら珍しいと言われないのだから当然だろう。

 

 

 すると一匹、カブトかクワガタか、黄金に光る虫が飛ぶのを見つけた。それは鳥居を通って、御神木の方へ消える。

 

 

 それを追いかけるように、■■■も鳥居を(くぐ)る。いつの間にか柵がなくなっていることには違和感を覚えたが、元から存在していなかっただけなのかもしれない。そう割り切った。

 

 

 御神木、予想以上にそれは大きかった。確かに何らかの神が宿っていても不思議ではない、むしろ宿っていないはずがないと思わせる力がある。周囲は森ではあるが、御神木を中心に半径数十メートルの円を描いて木が生えていない空間がある。その中心には、根と一体化しかけたガシャ(・・・)が置かれていた。まるで石のようで、中身のカプセルも黒い石に見える。

 

 

 

『いぃ〜れぇろぉ〜いぃれぇろぉ――』

 

 

 

 前触れもなく、謎の声が響く。

 

 

 

『いぃ〜れぇろぉ〜いぃれぇろぉ〜いれろぉいれればいれずんば――――――』

 

 

 

 また、謎の声が響く。■■■は本能的に、100円玉を一枚、普通の小さな手に握りしめた。

 

 

 硬貨を入れ、つまみを回す。1回、2回、3回、手首を捻り回す。

 

 

 そこから出たのは、石ころひとつ。だがよく見ると、それはちゃんとしたカプセルであった。

 

 

 本気で力を入れ、カプセルを開く。その際の衝撃により、しりもちをついた。

 

 

 中から出てきたのは、白い、頭にふよふよのついた幽霊のような形の、よくわからない何かだった。それは「ウィスパー」と名乗った。自らを妖怪だと言う。

 

 

 ウィスパーは■■■に時計を手渡す。妖怪ウォッチ、と言う時計だ。それを介して妖怪に干渉できるらしいが、そうやすやすと信じられる話ではない。

 

 

 

「フッフッフッ……妖怪たちはあなたの暮らすこの町のいたるところに(ひそ)んでいます! あんなところや、そんなところや、こんなところにまで! あなたの知らない妖怪たちがい~っぱいいるのです! 妖怪ウォッチを使って、たくさんの妖怪とともだちになりましょう! うぃす!」

 

 

 

 長い話を終え、それになんやかんやあり、ウィスパーは執事として■■■に添うこととなった。

 

 

 

 

 

  ※  ※  ※

 

 

 

 

 

 魚屋前の交差点に、ある猫の妖怪がいた。二足歩行する、二頭身の赤い猫妖怪だ。右耳が少し欠けており、二股に別れた尻尾の先には人魂が灯っている。首輪は飼い猫だったからだろう。黄色の腹巻きはタイヤ痕かと不穏な思考をしたが、それは関係ないらしい。寒いから着けているということか。しかし死因はトラック。

 

 

 その猫妖怪は地縛霊。交差点の呪縛があり、ここから離れることができない。ただ、毎日毎日、ここを通るトラックに正面から殴りかかり、何度も敗け、それでもいずれ「トラックに勝つ」ことを夢見ている。

 

 

 助けになりたい。■■■はそう思った。それを伝えれば、猫妖怪――ジバニャンが、「盗られたエミちゃんの写真を取り返してほしい」と懇願した。

 

 

 エミちゃん。生前の飼い主の名だ。その写真が、彼を束縛するのだろうか。否、束縛したのは、彼女の言葉であった。

 

 

 

『車に轢かれて死ぬなんて…………ダサっ――――――』

 

 

 

 だがそれは本来、エミちゃんの、目の前でジバニャン――アカマルを(うしな)った、自分を守るために突き飛ばし、代わりに犠牲となってしまったアカマルへの悲しみからの言葉の一部であった。だがそれを忘れてしまったジバニャンにとっては、己を現世に、死した場に足を離せない呪いなのだ。

 

 

 それでも、彼女を愛している。トラックに勝利する、ダサくない自分になってから、また、会いに行こうとしている。

 

 

 

 

 

 路地裏にいた妖怪が例の写真を持っており、■■■はトモダチ妖怪の力を借りてそれを取り返した。写真には、優しそうなツインテールの少女がいる。

 

 

 ジバニャンは感謝を見せる。だが「写真すら取り返せないオレっちはダサい」と言葉を連ねる。しかし■■■は、そこで終わるのを拒んだ。

 

 

 

「全然ダサくなんてない、むしろすごいと思う! 見返すんじゃなくて見直してもらうためにあきらめずにトラックに挑むなんてさ! オレには絶対できないよ」

 

 

 

 その優しい言葉が、ジバニャンの、地縛霊の呪縛を解いた。

 

 

 ■■■はジバニャンの妖怪メダルを手に入れた。妖怪メダルとは、人間と妖怪の絆。妖怪ウォッチにそれを挿入することで、妖怪を召喚することができるアイテムだ。

 

 

 ひとつの長い夏休みに起きた、ちょっと違う普通の日常。それはいつしか、一種の伝説とすら語り継がれる物語に繋がる。これらが、全ての始まりだった。



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【第3章】囁く火の人魂(たま) −ウィルオーウィスプ−
15.過去からの手掛かりと……


■■を嫌う(ヘイトピー)記憶保管所(アーカイブス)

 

 

 

 見つかった妖怪ウォッチは、破損箇所があった。

 

 

 レンズが右半分割れ、それを開くボタンは壊れて撥条(ばね)が露出している。ベルト部分が引き千切られ、全体的に擦ったような傷が刻まれ、熱で少々変形していた。血液が付着してないのは唯一の救いであるが、これ程の惨状では何があっても不思議ではない。むしろ何をすればここまで酷くなるのか。

 

 

 

『抜け殻、綿すらない縫包(ぬいぐる)み。貴様からは何も得れない、故に何も与えない』

 

 

 

 一帯には毛の末梢すら痕跡が残されていない。頼りの綱は始めから繊維が解けている、御粗末な事態。

 

 

 

『“我が名”と“記憶”を剥奪する。(ただ)し……』

 

 

 

 しかし誰がどう口を出し、胸倉を掴み首を振り、絶望の淵へ手繰り寄せるとしても、ケータが確認されるまでは止まることを知らない。例え最悪な終焉を迎えることになろうが、助けられる可能性がゼロでない限り、世界中の全空間を踏み歩いてでもどうにかする。

 

 

 

『但し相応の貢献に基づき、返して()らぬこともない』

 

 

 

 どうにかしなければいけない。

 

 

 ケータの代わりなんていない。ケータでないといけない。ケータを失うなんて、有り得ない。

 

 

 

『堪えない事実は(うま)い真実で塗り替えろ』

 

 

 

 バスターズは今、

 

 

 

『天野 景太を見殺せ』

 

 

 

 人間と妖怪の未来をこれからも紡ぐため、

 

 

 

『偽れ、ヘイトピーアーカイブス・ウィスパー。我が霊よ、隷よ。令に従え』

 

 

 

 これ以上ない終末の手前に立たされている。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「ぎゃあぅええぇぇぇええうぃいいすぁぁぁぁあ!!!!」

 

 

 

 

 

 悪魔が叫ぶような断末魔をあげたのは、ウィスパーだ。

 

 

 主のいない部屋にひとり、恐怖を織り込む悪夢だけに満たされる。同時に、記憶の小分けられた棚の鍵が、幻の中に現れるようになった。

 

 

 それは、ウィルオーウィスプに関する重要な鍵となる。

 

 

 

  ※  ※  ※

 

 

 

「何かあったかニャ? ウィスパー、顔色が悪いニャン」

 

 

「あ、えぇ……少し気分が良くありませんが…………大丈夫です」

 

 

「ウィスパーがまともな口調になるのはかっこいい時か何かある時ズラ」

 

 

「うぅむ……」

 

 

 

 夢は記憶に定着しにくい。他の要因に意識が持っていかれている場合は尚更だ。無理に記憶を抉じ開けようとするが、生憎ウィスパーはそこまでハイスペック妖怪でないのは察しの通り。

 

 

 “記憶を思い出させる妖怪”は存在する。が、そう都合良く出てくるのは()っすい物語の世界だけだ。妖怪ウォッチがあれば話は別なのだろうが…………

 

 

 その時だ、ロボニャンを介し送られてきた連絡。USAピョンからの救援要請だった。「ミツマタノヅチの大量発生」、まさに地獄と呼ぶに相応しい響きである。

 

 

 

 

 

  ※  ※  ※

 

 

 

 

 

 “ミツマタノヅチ”。3つ首のビッグボス。首頭のどれかに弱点の目玉が守られているが、下手な攻撃ではびくともしない頑強な皮膚に覆われており、効率良くダメージを通さなければ倒すのに苦労する相手だ。

 

 

 それ自身の出没頻度は多く、場所によれば結界に閉じ込める等の対策がされる程だ。が、以前に、幸運を呼び寄せる妖怪“ツチノコ”が関わることにより対策を無碍にされたことがある。

 

 

 バスターズを一度は半壊させた凶悪なビッグボス、ウィスマロマン特製の謎のお菓子“魔シュマロ”を3体のツチノコが接種した瞬間、それがミツマタノヅチへ変貌する奇妙なマジックに東奔西走、それはそれは見事に翻弄されていた。

 

 

 とにかく、今回もそれに近い現象が引き起こされたのだろうと推測できる。場所は現在いるさくらニュータウン、その西の団々坂、更にその南のおつかい横丁。そこら一帯に大量発生したと言う。

 

 

 

「どこにもいないズラよ?」

 

 

 

 犬も歩けば棒に当たる。コマさんも角を曲がればビッグボスに当たる。

 

 

 

「もんげー!!」

 

 

 

 咄嗟(とっさ)に脇道に逸れる。その先に待つは、同じく。

 

 

 

「も……もっ…………」

 

 

 

 気付けば、いつの間にか孤立してしまったコマさんは既に囲まれていた。

 

 

 纏うのは例に漏れず紫の濃ゆいオーラ。極玉をふんだんに盛り込んだ贅沢極状態フルコース祭り−ミツマタノヅチ編−開催。どうやら、簡単に合流することは許されないらしい。

 

 

 

「もんっもっもんげええええええええええ!!!」

 

 

 

 一斉に吐き出された火炎放射がコマさんを襲う。

 

 

 しかしこれでも、バスターズチーム白犬隊隊長なのだ。この程度の炎攻撃なら正直どうとでもなる。同じ火属性を持つので尚更だ。だが当然そんなに甘くはなく、大滝・雷・竜巻・地割れ・吹雪、目まぐるしい数の妖術が田舎の狛犬妖怪一匹に向けて猛威を(ふる)う。

 

 

 この妖術の異様な多彩さは恐らく、属性(こん)によるものだろう。

 

 

 そもそも、ここでの(こん)と、一般的な生命エネルギーの塊である(たましい)とは少し違う。妖怪の形態のようなものだ。

 

 

 厳密に言えば、妖術を練れる稀有(けう)な人間が妖怪に対して外部的に《(こん)へんげ》と呼ばれる術を使うことで、拳ほどの大きさの物質に変化した状態。その元となる妖怪の特性により、特殊な効力を持つ。元の姿に戻すことは可能とされてはいるが、基本的には一方通行である。本来は強制成仏の最終手段として用いられていたとの話が有力だが、実際は不明。

 

 

 その(こん)の中でも、複数種を混ぜ合わせることで稀に完成する“レア(こん)”があり、属性(こん)はその一種。込められた妖気の属性に応じて、自身の妖術属性が変化する珍しい能力がある。

 

 

 だがそれがこれだけ使われているとなると、相当数の妖怪が下敷きになったと思われる。この程度のことのために……これは悪魔の所業そのものだ。

 

 

 

「こんなの……あってはならないことズラ! ありえないことズラ! こんなひどい妖怪は、オラがバスターズとして粛清してやるズラーッ! 《ひとだま乱舞》!!」

 

 

 

 極ミツマタノヅチは、未だ大量の仲間を抱えて()()()へ移動している。



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16.色を捉えろ!

 場は乱戦を極めていた。

 

 

 さくらニュータウンにジバニャンとウィスパー、そこから南西のおつかい横丁にてUSAピョンとロボニャン、そしてその北に位置する団々坂でコマさんが戦っている。抑えきれない数の暴力は月兎組員に耐え忍んでもらい、その隙に1体ずつ討伐する……それができればスムーズに事が運んだだろう。だが属性魂の影響で多様な妖術を扱うようになったのが相手であれば話が別だ。

 

 

 そもそもミツマタノヅチは3頭から妖術を出す、単純計算で3倍の威力・範囲がある。代わり映えのない火炎放射を対処するのは簡単だが、複数体の様々な妖気が同時に来てしまえば、受け流すのは容易ではない。特に水と雷のような相性の良い掛け合わせが飛んできたとなれば、ダメージは避けられない。

 

 

 

「ま……まずいズラ…………このままじゃあじひりん(・・・・)ってやつズラよ……!」

 

 

ジリ貧(・・・)、徐々に余裕がなくなっていくことを指す言葉だ。ロケットパーンチ!」

 

 

 

 脈絡なく攻撃をかましたのはロボニャン。言葉の通り、拳がロケットのように飛び出す技を連打する。飛ばした拳が即補充されるのは未来のスーパーテクノロジー。現代では仕組みを理解できないが、考えるのは野暮、というものだ。

 

 

 

「USAピョンが“ベイダーモード”へと移行した! あれは想像以上の体力を消費する、だから私は君のところへ来たのだ!」

 

 

 

 ベイダーモード、それは暴走一歩手前を自ら作り出す状態だ。宇宙服を模したヘルメットの下部に2箇所設置されたボタンを同時押しすることで、中に特殊な黒煙が発生する。そこに赤い糸目が灯されればベイダーモードとなり、身体能力の超上昇と擬似半狂乱状態に変貌する。

 

 

 だが大いなる力には大いなる代償が伴うと言うように、スタミナと精神力がガンガン削られる。故に短期決戦となるのだが、まぁまぁな高耐久のミツマタノヅチには相性が悪く、更にそれが大量発生しているともなれば長期戦は免れない。

 

 

 その為に回復妖術を使用できるコマさんがいれば助かる、というわけだ。本来ならば回復を専門とするヒーラーが最適なのだが、月兎組はバスターズと違い戦場の慣れがあまりなく、最良の回復能力を選択する冷静さなどが足りないので、コマさん以外に頼れる回復役がいない。

 

 

 

 

 

 それと同じ頃、ジバニャンは苦戦を強いられていた。

 

 

 

「食らうニャ! 《ウィスパーヨーヨー》!」

 

 

「ぶべらっ!!」

 

 

 

 ウィスパーの伸縮性を活かし、ヨーヨーの要領で連続攻撃を繰り出す技。効果はあれど、結局ウィスパーが一番ダメージを受ける、割りに合わない技だ。なのにいくつかの派生技があるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

「《ウィスパーヨーヨー》! 《ウィスパーヨーヨー》!!」

 

 

「ぶびっぐべっ」

 

 

「《ウィスパーヨーヨー》ーーーッ!!!」

 

 

「もういいやろが! こンのジバ野郎!!」

 

 

「くっ……ウィスパーが見るも無惨な姿に……仇は取ってやるニャン!」

 

 

「オメーがやったんでしょーがァい!!」

 

 

 

 遊ぶ程度の余裕はあるらしい。だがその油断が悲劇を招くのを、今はまだ知る(よし)もない。

 

 

 

  ※  ※  ※

 

 

 

 “電撃の巨人”――特攻野郎Bチームの雷神こと、でんじん親方の二つ名。強靭な筋肉はブリー隊長には及ばないものの、それを覆う脂肪が衝撃を遮断するクッションとなり、また別の利点を生み出す。巨体から放たれる電撃を纏った拳は、巨人の振りかざす一撃にも劣らないとまで語られる。ただそれはある程度の脚色を仕組まれた結果の伝説ではあるが、(あなが)ち間違いでもないのもまた事実だ。

 

 

 それはいつのことか、認識する間もなく音沙汰無くなった。ふぶきちゃんの一時的な離脱以外は、ジバニャンたちの休暇を言い渡して以降ずっと妖波とにらめっこ状態。バスターズに来た今までのどの探索任務よりも、絶望的な雰囲気が空間を指揮していた。

 

 

 だが、ふぶきちゃんが持ってきた()が、少し後に状況を打開する(すべ)となる。

 

 

 

「ウィルオーウィスプ・ウィスパー(・・・・・)だと?」

 

 

「ええ、奴は確実にそう言ったわ」

 

 

「たしかにウィスパーの出自は謎だらけだが……なにか関係があるのか?」

 

 

「流石にないとは思うけどね…………」

 

 

「ふたりとも! これを見るボーノ!」

 

 

 

 話に割り込む形でホノボーノさんが声を荒げ、妖怪単体では読み難い(かす)かな妖波を識別する機械に指差す。

 

 

 半球状の機械に地図が映っており、一般妖怪の青・ビッグボスの黄・正体不明の赤で妖怪と位置を示す。ほぼ全妖怪のデータを内蔵しており、反応を解析すれば大抵の正体はわかる。ちなみに人間は白。この機械はバスターズハウスの基本設備ではあるが、ここバスターズ協会地下2階にある特注の巨大機は全てにおいて性能が段違いだ。

 

 

 そこには、識別不能の反応が赤く灯っていた。その場所は、ナギサキ。少し遠い場所にある小さな港町だ。

 

 

 同時に、桜町(さくら中央シティを含め、それに隣接する全区域の総称。過去にそう呼ばれていたことから、全区域を指す場合にはこの名称が用いられる。)の一帯に大量の反応があった。色は黄。データ解析の(すえ)、ミツマタノヅチであることがわかる。

 

 

 

「うっそぉ……ジバニャンたち全く休めてないじゃない」

 

 

「ホノボーノさんはミツマタノヅチの方に行ってくれ! 俺たちが赤の反応を追う…………!」

 

 

「了解ボーノ!」

 

 

「行くぞ、全員出撃だーッ!」

 

 

「「「GO! バスターズ!」」」



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17.海辺の雷雨警報

 さくら中央シティにある桜中央駅から5駅通過し福の宮駅へ、乗り換えで更に5駅、その道を経て着くのは那岐埼(なぎさき)駅。

 

 

 ナギサキ――目立つものは特にない、海岸沿いの小さな町だ。だからこそと言うべきか近所間の繋がりは強く、海産物の共有は日常茶飯事。今となっては珍しい、長閑(のどか)な旧き善きを感じられる空間。

 

 

 その北東端に、「人魚が棲んでいた洞窟」と語られる場所がある。海辺にあることから、“海辺の洞穴”と名付けられている。まぁ正確には棲んでたのではなく()()()()()()()()()だけで、いや現在は一応別の人魚がある妖怪と()()()はいるが……それはまた話がズレる。

 

 

 この区域に筋肉質の鬼と優雅な冷姫は、場違いと言う他ない。しかしウィルオーウィスプがいる可能性があるとなれば帰るわけにもいかず、とりあえず一旦は二手に別れた。

 

 

 ふぶきちゃんは駅からすぐの崖に建つ廃屋、ブリー隊長は例の洞穴へ向かう。

 

 

 廃屋に行って、何か特別なものでもあるのか? 答えは肯定(YES)

 

 

 内側が異空間へと繋がっており、名は“あやかし通り”。全方向どこを見ても長い道路が敷かれており、四角の穴に落ちるか暗闇の中に入るかで、また別のところへ移動ができる。一定の条件を踏めば特別な両引き戸や宝箱、妖怪ガシャが出現する。そんな場所だからこそ、何かある可能性があった。

 

 

 

「うーん……何もないかな――っ!?」

 

 

 

 行く道征く路全てを確認していると、まるでブラックホールに魂を吸い込まれるかのような感覚がふぶきちゃんを襲った。

 

 

 小石が肌を刺激する。彼女が目を開いた時には崖下。“潮騒(しおさい)の岩屋”と呼ばれる崖の窪みに身を寄せ、空を見上げる。赤く染まって、手持ちの時計に鬼の字が浮かび上がっている。どうやら、鬼時間に反応して(はじ)き出されたらしい。

 

 

 それと同時刻に、目が(くら)む程の光と共にズ・ゥゥウ――ン……と砕け崩壊するような重い音が響いた。洞穴の方からだ。

 

 

 

「――――――まさか!」

 

 

 

 ふぶきちゃんは焦りを感じていた。歴戦の勘が(しら)せる、巨大な危機感。栄養薬水(エナジードリンク)のスタミナムを一気飲みし、有り余る妖力の粉雪を散らしながら全速力で飛ぶ。

 

 

 

「ぐっ……お、おォォーッラァッ!!」

 

 

 

 光の正体である雷を掴み、目の前の洞穴内に投げ込む。それは雷属性の妖気を持つブリー隊長だからこその対応であった。

 

 

 電撃が乱反射された空間から無傷で出てきた神鳴りの主は、でんじん親方。やはりと言うべきか、最悪の場合と言うべきか。強敵である以前に仲間、有効打を撃てずにいる。しかし危惧すべきは紫のオーラ。極玉を与えられたビッグボスと似て非なる、形を()ったオーラだ。パンチが少し届かなければそれが伸び、避けられればそれが追跡してダメージを確実に入れ、命中すれば更に追撃をかます。回避や防御すら許してくれない。

 

 

 

「クソ! 目を覚ますんだ親方! 想い出せっ俺たちの今までを!! 仲間だろうが!!!」

 

 

 

 “鬼の教官”と称されたままの、腹と心の底から湧き上がる声を吐き出す。しかしそれが届くことは――――――

 

 

 

「届くことはない。貴様ら強者なら当然わかっているだろう?」

 

 

「ンの野郎……!」

 

 

「やっぱりウィルオーウィスプ! 消えなさい……《キラキラ雪化粧》!!」

 

 

 

 ふぶきちゃんの必殺技の掛け声に合わせ、巨大な氷塊が地面から生える。でんじん親方にとっては慣れ親しんだ技であるので簡単に避ける。だが狙いは後ろ、ウィルオーウィスプだった。が、人魂の(かたち)をした奴は霧のように舞い散り、氷が砕けたところにまた寄り集まり元に戻る。この一瞬の動作が、ふたりに勝機のない事実を押し付けた。

 

 

 

「クク、自ら顔を出してもう終いと(おのの)くか。今日び己が血と仲間の術による雷雨警報に耳塞ぎ目を背けることだ……貴様らのような妖怪内のみで謳われる程度の仮称強者はな!」

 

 

 

 また雷が落ちる。“雷神”の腕に帯電し、その拳に全妖力を乗せる。それに対抗し、自らに取り憑き攻撃力を底上げしたブリー隊長の拳が振るわれる!

 

 

 

「起きろぉぉぉぉぉお親方ぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 

 

 

 両方の最大威力を込めたパンチがぶつかり合い、幾度となく鳴る雷よりも大きな爆音が起きる。純粋な力と力の衝突! たった一撃の本気、その一撃で勝敗は決まった…………。

 

 

 

「たい、ちょ…………ブリー隊長ーっ!!!」

 

 

「クク、ハハハハハハハハーッ!! 凄まじき! ()()()()()()()なのが悔やまれる! 最っ高の()()()()だ!!」

 

 

 

 顔のない人魂が、ない口を開けて(わら)う。激しく燃え高り、それはもう小さな火柱のような形状になっていた。

 

 

 ブリー隊長の右腕はあからさまにボロボロで、骨の粉砕だの肉の断裂だの字面だけでまずそうな具合。橙色の体表は青黒さのある不快な紫に変色し、形も腫れ上がりの不細工なさまに仕上がった。余力を残す暇のない一撃に全てを懸けていた心身は限界を迎え、生命力も覇気もない前屈の立ち姿で止まって動きを見せない。

 

 

 対する親方はオーラが鎧となり、損傷なし。怪我ひとつ確認できなかった。

 

 

 完敗。

 

 

 ただ、それだけ。

 

 

 ありえない、と震えた言葉を漏らすふぶきちゃん。

 

 

 

「ハ、最高の宴であったわ! うむ、景品として面白い報をくれてやろう。

 

 我が名はウィルオーウィスプ・ウィスパー。始まりの存在。閻魔より前に妖魔を()べた鬼族より更に前、それら全てを生み出した存在……無責任に言い放ってしまうならば、『我は神だ』!」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 鬼時間の明けに合わせ、黒幕とでんじん親方は消えていった。伝説と語られる戦力を完全に削がれたことと、引き換えに。



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+番外編γ.【旅路】−魔界議長の陰謀−

   《 《 前 書 き 》 》

 はい、ゲームのストーリーを軽くおさらいするための【旅路】シリーズです。今回で初代妖怪ウォッチは細かいとこ以外ほぼ履修完了したので、次は2ですかね。では、以下お楽しみください。

 あ、注意事項がひとつ。オロチの一人称が()ではなく()()になってるけどもミスじゃないです。と言うのも、最初期のオロチは一人称がオレの設定になってるんですねぇ〜。中学校高学年くらいのマセガキに話してみなさい、「お前まだそんなクソコンテンツ引っ張ってんの?www」と言われます。その際は丸くなるまでブチ転がしましょう。



 少し話がズレるので飛ばしてもらっても構わない話題です。不要な方は下本文まで行きまっしょい。

 本日2022年7月29日で妖怪ウォッチバスターズ『FUTURES!』1周年です。めでたいね。一体どれくらい進んだんだろうか…………38936文字? 全19話? あ、今回合わせたら4万字20話か。少な! ()っそ!! 嘘だろ! 1年でこれだけぇ!? 本来なら10万はいけるはずだろ! 倍以上いけるはずだろ!!

 まぁ俺がサボってただけなんですけどね。ちゃんと決まった曜日に定期的に更新とかしてたら見てくれる人も増えたはずなのに、な。


 とにかく、ご愛好ありがとうございます。ここまで続けれたのも皆様のおかげ、といえば過言(誰も見てなくてもやり終えたいと思ってるんで)ではありますが、結局見ていただけるのは本っっっ当に嬉しいことこの上ないんでほんと見てください投稿しても最新話に追いつけるのひとりふたりしかいないんでいやブクマしろって言ってるんではなくてでも(しおり)付けながら最後まで追ってくれれば嬉しいんでほんともう見てください更新に支障ないけどメンタル弱いからすぐやられちゃうんだけど感想つけろとか星つけろとかいうわけではなくてそれに関しては馬鹿正直に嘘偽りなく思ったことでやってほしいしでもせっかくだからとりあえず知ってほしいなって思ってたり思ってなくなかったり思ってるんですけど。



 お長々と申し訳ございません。以降お楽しみくだされれば幸いです。

 これからも更新頑張りますんで。ではまた次に────







 妖怪の力を借りて町の悩み事を解決する■■■。その裏では、妖怪が凶暴化する事件が頻発していた。

 

 

 さくら第一小学校から出てきた謎のサラリーマンが「結界が――」と呟いて歩いており、それから付近の妖怪が凶暴化した事案があった。

 

 

 それを解決するため、雨の中、“こやぎ郵便”と“こぶた銀行”と“桜町公民館”にある媒体(郵便ポスト、豚の貯金箱を模した置物、石碑)前にいた妖怪を打ち倒した。その妖怪らは結界を消すことにより、人間界と妖魔界の境目をなくし、人間界を妖怪の手中にしようと動いていたのだ。

 

 

 町にはもうひとつ結界媒体がある、それがさくら第一小学校の石像だ。町を包む、妖怪を凶暴化させる妖気。それはここから出ていた。結界を正常化させようとしたその時、現れた妖怪はミツマタノヅチ。結界の力で封印されていたが、力が弱まった結果出てきてしまったらしい。

 

 

 それを退けた■■■らだったが、ミツマタノヅチは最後の足掻きを見せた。巨大な火炎放射は、油断していた■■■とウィスパーを返り討つには充分…………しかしそれを止めたのは、龍状のオーラを纏った謎の妖怪。妖力の壁で炎を捌き、何も言うことなく消えていった……。

 

 

 

 

 

 銭湯の豚、鬼時間、池の主、ナワバリ荒らしの巨人、学校の怪談蜘蛛、危険な医師――――――彼らは多くの障壁を乗り越える。

 

 

 その道中に、黒幕に近づく事態が起きた。

 

 

 『全てを見通す“正天寺”の水晶玉』と巷で呼ばれている妖怪、りゅーくん。龍の子である彼の頭に乗せた水晶玉は、知りたいことを目にできると言われており、それは実際に黒幕の目的を見せた。

 

 

 

『まぁこの〜これはついに! 我々の時代が来たんじゃなイカ? 皆さんこのへんで……立ち上がってはイカがかな〜?

 

 まぁこの〜イカんともしがたい人間に我々のイカりを見せてやろうじゃなイカ! いや! 見せんとイカん! ワ〜ハッハッハッ!』

 

 

 

 灰を被ったように白い容貌の妖怪たちの前で演説するは、人間界への侵攻を(たくら)むグループのボス“イカカモネ・ソウカモネ”。先代の閻魔大王が急死したのを機に魔界議長と名乗り、裏で陰謀を進めていた妖怪だ。

 

 

 だがそれを止めるのは、こちらから手を出すのはできない。そんな中で話をしにきたという■■■の友達、日影(ひかげ) 真生(まお)が現状を打破する機会を持ってきた。「謎の夢を見た」という話とともに。

 

 

 ■■■と一緒に妖怪たちの世界へ出かける、という夢。話しながら出したのは、“妖怪エレベーターの鍵”だった。おおもり山のガシャの奥に隠されたエレベーターの先に、妖魔界がある。そのことを知らずに、彼は子供の頃からそれを持っていた。

 

 

 鍵とウィスパーによって開けられた扉をくぐった先にいたのは、謎の妖怪――オロチだった。彼は「そいつはオレたちの最後の希望」と、マオに目を向ける。先に進ませられないと戦いになり、結果勝利した。そして、先に進むなら真実を知る必要がある、と彼は口を開く。

 

 

 

「かつてこの妖魔界に暮らす者たちはエンマ大王のもとで平和に暮らしていた……。

 

 オレたち妖怪の寿命は人間よりずっと長い。それでも、終わりはやってくる。エンマ大王が亡くなったあと、妖魔界は悪しき野望を持つ妖怪に支配された。それが、魔界議長イカカモネ・ソウカモネとその一派だ……。

 

 亡きエンマ大王は、人間と妖怪が仲良く暮らす世界を望んでいた。■■■……おまえが持っている妖怪ウォッチもそのために生まれたものだ。エンマ大王はオレたち妖怪にその意志をたくして亡くなった。

 

 だというのに……イカカモネは妖魔界の王になり、平和を乱した。そればかりか、アイツらは妖魔界のみならず人間界までも支配しようとしているんだ。

 

 亡きエンマ大王にはひとり息子がいた。しかし、彼の力はまだ目覚めていなかった。彼はオレたち妖怪の希望だった。だから彼の力が目覚めるのを待つ事にしたんだ。

 

 オレたちは彼の記憶を消し、平和な人間界に逃した。

 

 イカカモネの魔の手が伸びないように。

 

 ■■■……おまえは他の人間たちと違い、妖怪の存在を受け入れた。そんなおまえなら、()()()()()()()()()()()()()を任せられると信じていたんだ。

 

 イカカモネを倒してくれ。■■■」

 

 

 

 オロチの頼みを心に刻み、マオくんを人間界に上がらせてから歩みを進めていく。

 

 

 

 

 

 壱、弐、参の門を抜けると、以降の道は真っ白に塗り潰されていた。水晶玉で見た白い妖怪たちもそこにおり、人間に牙を剥く。

 

 

 かつてエンマ大王が居座っていたのであろう大王の門の向こうにいたのは、やはりイカカモネだった。邪魔させまいと戦闘に入り、全身全霊全力勝負の末に勝利を掴み取った。

 

 

 

 

 

 さくら第一小学校で待つマオくんにその旨を伝えるが、「なんだか、嫌な予感がするんだ。まだ何も終わってない、これから始まるって予感が」と。

 

 

 その時に、巨大な妖気が町を包んだ。結界の事件よりも更に濃く大きい妖気が満ちていた。“ナワバリ荒らしの巨人”の際に顔を合わせたキュウビいわく、奴の手下が町の結界を壊したと言う。

 

 

 それにより、再度ミツマタノヅチが復活することになった。結界の完全崩壊と妖気の充満により前とは比にならない強さとなっていたが、これに勝利。

 

 

 しかしそれで終わらず、妖魔界の奥で眠っていた妖怪が人間界を目指し、蘇ったイカカモネが一帯の妖気を狙っているらしい。どうやら、ここらはそれ程の妖気を持ったパワースポットのようだと言う。

 

 

 ウィスパーは、苦肉の策を提示した。

 

 

 

「……残された手段はひとつしかありません。妖怪エレベーターを閉じましょう!」

 

 

「おやおや、思い切った決断だね。本当にいいのかい?」

 

 

「そんなことをしたら、オレたちみんな人間界にはいられなくなってしまうんだぞ」

 

 

「どういうこと……?」

 

 

 

 ■■■の問いに、ウィスパーは答える。

 

 

 

「妖怪エレベーターはふたつの世界をつなぐ扉のようなものなのです。そこを閉じれば、ふたつの世界のつながりは完全になくなります。現在、人間界で暮らしている妖怪たちも妖魔界に封じ込められる事になるでしょう。

 

 迷ってるヒマはありませんよ■■■くん。こうしている間にも、妖怪たちは人間界にあふれ出して来ています。人間たちは、まだ気づいていませんがそれも時間の問題です。

 

 いいですか、■■■くん。この町全体に結界を張り直すのです。

 

 もともとあった物よりも、はるかに強力な結界を。

 

 さくらニュータウンに桜を咲かせるのです!」

 

 

 

 ウィスパーは妖怪花さかパウダーと言う粉を取り出した。これにより木に桜を咲かせ、新たな結界とする。漏れ出た妖怪たちの足止めはオロチとキュウビに任せ、凶暴化した白い妖怪を倒しながら順調に結界(さくら)を咲かせていった。

 

 

 結界によって押し出された邪悪な妖気は、おおもり山に向かって逃げていく。それを追うと、そこにはイカカモネが立っていた。

 

 

 

「結界が再生したか……だが、もはや私を止めることはできん。この地に流れる妖気を我が物とし私は妖魔界と人間界の頂点に立つのだ! こんな結界など、イカにも無意味だ!

 

 イカーッカッカッカ! 私の真の力を見せてやろうじゃなイカ!

 

 妖怪が人間などの味方をするのはイカがなものかと。いイカ? 私に協力すれば人間界を手にする事も可能なのだぞ」

 

 

「そのようなものに興味はありません。(わたくし)たちは人間と共存し生きていく道を選びます」

 

 

「そうニャ。エミちゃんの暮らすこの町をおびやかす訳にはいかないニャン。エミちゃんや■■■の生活はオレっちが守るニャ!!」

 

 

「そ、そうズラよぉ……。悪いことしたらダメだズラ……!」

 

 

「飼い慣らされ、妖怪の誇りを忘れるのはイカがなものかと。もはや話すことはなにもない。人間界はこの私のものとなるのだ。全世界の支配者となる私の力を、その身をもって思い知るがいい! 覚悟はいイカ!!!」

 

 

 

 第二形態となったイカカモネとの戦闘となり、激闘の末、辛くも勝利を手にした。

 

 

 

「イカん……なぜこの私が……! こんな結末は、イカんじゃないかと……。お前たちのように、人間と馴れ合い誇りを失った者たちに、なぜ私が……」

 

 

「妖怪の誇りってなんなんでしょうねえ?

 

 (わたくし)は■■■くんの執事になれたことを誇りに思っています」

 

 

「オレっちだって後悔してないニャン!」

 

 

「おらもズラ!」

 

 

「エンマ様はよく言っていましたよ。この世に最も必要なのは支配などではなく、友情なのだと。思い知ったでしょう。これが(わたくし)たちの友情パワーです!」

 

 

「う、ぐわあああああああ!!!」

 

 

 

 御神木の前から始まった不思議な物語は、御神木の前の戦いでようやく終わりを迎えた。だが――――――

 

 

 

「いいえ、まだ終わっていません。(わたくし)たちには、妖怪エレベーターを閉じるという大仕事が残っています。

 

 イカカモネがいなくなっても妖魔界はいまだ混乱しているはずです。その混乱の影響で、悪い妖怪たちが人間界に来ようとするはずです。それを防ぐためには、妖怪エレベーターを閉じるしかないのです。

 

 ■■■くん。出会いには別れがつきもの。ここで出会った時から、(わたくし)たちが別れる事は決まっていたんですよ。

 

 さあ、妖怪執事ウィスパー。最後の仕事です……! うぃす!!」

 

 

 

 ウィスパーは妖怪エレベーターの目の前で念じ始める。

 

 

 

「むむむむむむ……はっ!」

 

 

 

 紫の煙とともに、一枚の御札が現れた。

 

 

 

「この封印で、妖怪エレベーターが使えなくなるはずです。閉じろ……妖怪エレベーター!」

 

 

 

 御札を扉に貼り付けると、文字が多重帯状に円となって浮かび上がり、少しずつ、周りにいた妖怪たちが光に包まれていった。そして、消えていく。

 

 

 

「執事の役目は、これで終わりです。(わたくし)たちは、元の世界に帰ります。

 

 ですが、悲しむことはありません」

 

 

「バイバイニャー……」

 

 

「きっと、またどこかで会えますよ」

 

 

 

 光は妖怪ウォッチにも現れ、天に登るように消え去った。

 

 

 

「……これでお別れですね。

 

 ばいなら…………」

 

 

 

 (まばゆ)い光を発し、落ち着く頃には全て白紙に戻っていた。各地の満開の桜を残して――――――

 

 

 

  ※  ※  ※

 

 

 

 またいつもの毎日がはじまった……ごくふつうの…………

 

 

 ■■■は後ろに目を向ける。そこには誰もいない。また、前を歩く。もう一度、誰もいない後ろを向く。するとその道の横には、先にひとだまが点いた尻尾があった。

 

 

 そこに駆ける、走る。

 

 

 

「……ニャハハ」

 

 

 

 ジバニャンが、■■■に笑い掛けた。

 

 

 

 また、いつもの毎日がはじまった。妖怪たちのいる、ごくふつうの毎日だ。

 

 

 

「なぜ妖怪たちが帰ってこれたのか。“ムゲン地獄”と呼ばれている場所が関係するらしいけど。また出会えたんだから別にいいや」

 

 

 

 物語は、まだまだ続く。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 



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18.大・掃・討

 ブリー隊長らがナギサキの戦闘に身を投じるのとほぼ同時刻。

 

 

 大量のミツマタノヅチに奮闘しつつも、余裕ひとつない状況へ悪化していっていく。

 

 

 

「《回復の術》ズラ! もう少し耐えて欲しいズラよ!」

 

 

「フーッ、フーッ…………」『ヴゥゥウン――ヴェイダーモーゥド――』

 

 

 

 四方八方十六方、空へ撃たれた赤い光線がハザードランプのように光る。それは、離れた箇所からも目視できた。

 

 

 

「ニャニャ、あれはUSAピョン……かニャ?」

 

 

「ビームの色が変色していますね、あれはベイダーモード……そこまで追い詰められていると言うのですか……!?」

 

 

「オレっちたちも遊んでる暇はニャい……っ!」

 

 

「いや遊んでたのはあんただけでウィス」

 

 

 

 全体の戦意が下がってきていたが、いつの時も頼りになるのは“伝説のバスターズ”である。

 

 

 

「ボーノ! みんな頑張るボーノー!」

 

 

 

 “ほほえみの伝道師”ホノボーノさん。完全上位互換《極楽の術》を超える癒しを与えた《回復の術》と、その効力を100%保ちながら効果範囲・時間を拡げる《回復の陣》の発現は妖術界隈を大いに沸かせる結果を(もたら)す革命だった。次元の違う回復妖術は『女神のほほえみ』とすら呼ばれ、それを生み出し広めた彼は、()()()()()()()()なのである。

 

 

 急遽駆けつけたホノボーノさんの元祖であり本家、かつ妖術界の真打である《回復の陣》。それが全体に行き渡り、戦況を改善するのに時間はかからない。

 

 

 実際、事足りない戦力を補う最善の策になった。もし来たのがブリー隊長やふぶきちゃんであれば、敗走はしないものの多少の被害は免れなかっただろう。強力な隊員を前線に出す、それだけが戦闘の全てではない。教官・隊長たる所以(ゆえん)は、緊急事態にも屈しないその判断力だ。

 

 

 

「よし……ウィスパー時間稼ぎニャン!」

 

 

「戦闘力がなくても()()()()()()()があるでウィッス! “でんじんトラップ”! “スーパーメラメラボム”! “ロボニャンパンチF”! “フォースバスターG”!」

 

 

 

 ビッグボスの動きを数秒止める電磁罠でんじんトラップ、時間差で大炸裂する設置爆弾スーパーメラメラボム、対象を追跡して確実に攻撃する投擲(とうてき)爆弾ロボニャンパンチF、一直線の大ビーム砲を放つ使い捨て光線銃フォースバスターG。様々なアイテムを駆使してミツマタノヅチの目玉を露出させる。弱点のそこに、巨大な一撃を。

 

 

 

「ネ〜コォ〜…………パーーンチ!!! “(ホムラ)”ぁっ!!」

 

 

 

 いっぱいの力を溜め放つ《ネコパンチ》。そこに炎属性の妖気を織り交ぜたことで、言葉通り火力アップ。

 

 

 

「ギョルォロロロロロロォォオ――」

 

 

 

 相当(こた)え、叫びながら3つ首を地面に落とした。ぼるんっと消えて、残った鬼玉は中々の大きさがある。

 

 

 ウィスパーが大量のアイテムとともに保持していた(バスターズ)ランチャーでそれを吸収し、やりきった感だけは満ち足りた。だが残念ながら、倒すべき相手は数体程度ではないのだ。

 

 

 だが常時回復のバフがある現時点では、苦戦する要素と言えば精神的疲労だけの単調な掃討戦。各地で脅威が消えていく、今回も勝利を得た。

 

 

 

 

 

 ――――――誰もがそう思っていたが、どうも()()()はそれを許してくれないらしい。飛ぶ鳥を落とす勢いで向けられた指を折り曲げ()り潰す、出鼻を挫かれるなんてものじゃない悪意が月兎組たちを襲う。

 

 

 

「ヨォ、貴様らが求める()()の登壇だ。歓声を吐け雑魚共!」

 

 

 

 ゲロりそうな程の高密な妖気を纏わせた人魂が、音もなく、しかし声を荒げて、予告もなく現れた。それを目前にしたのは、コマさんとUSAピョンとロボニャンの3人。

 

 

 

「どうだ、開戦嚆矢(こうし)の前祝いは楽しめたか? であれば結構、でなければ『YES』の白旗を滲んだ天国(ディストピア)()げるまで脅そう」

 

 

「…………2人とも気を付けろ、恐らくコイツがウィルオーウィスプだ」

 

 

「な、なんて妖力ズラ……一刻も早くブリー隊長に!」

 

 

「歓迎ムード、ではないな。それにブリー隊長とやらはもう使い物にならんさ」

 

 

「ッ! まさか、そんな筈はない! クソっ私のデータで分析し得ない相手と言うのか!!」

 

 

野郎(ヤロー)…………テメー許さないダニっ!!!」『プシュッーヴゥウウウウン――ヴェイダァモーゥド――』

 

 

 

 怒り心頭を発す。肉体への影響を顧みない、黒煙が漏れ出てしまう程の量のドーピングで光線銃を構え、乱射乱乱射。正気の沙汰でない、だがそれはお互い様だ。

 

 

 

「あの時、我は4の存在を作った」

 

 

 

 撃たれるビーム全てを自身に歪曲させ、吸収する。かと言ってもそれを返すカウンター攻撃の気配はなく、まるで天才気取りが最高級のワインを味利き(テイスティング)するかのようにただ飲み込む。

 

 

 

「ひとつは、不適切な闇と(さだめ)()じた“地獄と極楽”。

 

 ひとつは、雑多な運命に狂う厄災“黒い太陽”。

 

 ひとつは、人間と妖怪の数奇で奇貨な“繋がり”」

 

 

 

 ロボニャンの機械の体にまでヤバいと直感させる悪寒が迸る。誰かに睨み殺されるような、根源的恐怖にも似た悪寒。

 

 

 

「ひとつは、分身または奴隷もしくは亡霊。さて、そろそろ起きないか? 我が“記憶(ウィスパー)”よ。その瞬間だ! 運命らの()()()は…………!!」

 

 

 

 奴は強く囁いた。



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19.流れぬ停滞前戦

 ミツマタノヅチの大群を蹴散らしてから、ほんの(わず)か数分が経過した頃。

 

 

 

「ニャにが……あったのニャ…………?」

 

 

 

 突然ロボニャンの通信が完全に途切れたことで、ある程度の事態は想像でき、ある程度はそれらを飲み込める脳になっているはずだった。だがある程度、から逸脱し過ぎていれば、飲み込むどころか吐き戻す場合がある。

 

 

 場所は、おつかい横丁最南西部に建てられた団地の前、パンダ遊具がひとりでに動くなどと噂される以外の特色がない小さな公園。今も尚、そこ()()に異常は一切見られない。ましてや、戦闘の跡など。

 

 

 ジバニャンの前で、自身によく似た容姿の機械が廃品になっていた。首元の赤い玉は粉々に散り、腹巻き以下は確認できず、内部の機構やパイプ類が破壊・ショートしている、目に余る惨状だ。頭部左の表面装甲が剥がれ、メカメカしい面が露出。目がチカ、チカと点灯消灯を繰り返していることからも、明らかに中が駄目になっているのがわかる。他部分も細かい傷や塗装剥げ、動作不良等……それをロボニャンであると判断するのは、多少の葛藤を必要とした。

 

 

 ベンチでは白い狛犬の妖怪が、小さな傷ばかりを全身に作って寝伏せている。ガラクタや食べ物が散乱した状態と風に吹かれる風呂敷を見るに、打つ手は全て出したらしい。深い痕は見当たらない。ただ、起きる様子もない。赤猫団に並ぶバスターズの白犬隊隊長(コマさん)の回復が間に合わず脱落、タンクやヒーラーではないにせよ相当の戦闘力を持つと言うのに、考えにくいことだ。考えたくもない。

 

 

 簡素な滑り台下に腰を預けて力尽きている、宇宙服のナメ吉兎。その肝心の宇宙服が意味を成さなくなっていた。銃はパーツ単位で(ひしゃ)げており、異様な力のかかり方をしたことが(うかが)える。特に背中のタンクは今すぐにでも暴発しそうな、まともではない形状に変形していた。どのような無茶をしたのか。それを聞こうにも、いつになればUSAピョンが口を利けるまで改善するのか。

 

 

 幸いなことに、誰も事切れてはいない。と言うよりは情けをかけられ生かされた、と考えるべきだろうか。ホノボーノさんらヒーラーによる、急場を凌ぐ為の回復作業を進める。

 

 

 だが一瞬の心的休息は無情にも踏み(にじ)られた。現状、心の余裕すら許されはしない。

 

 

 

「誰か! 今すぐヒーラーを手配して!」

 

 

 

 切羽詰まった表情で飛んできたのはふぶきちゃん。妖怪にとってのワープはそこまで特別な能力ではないが、落ち着いた心身と妖気の多量消費が必須となり、彼女は前者ができなかったようだ。それ程までに焦らされる原因は、背負った重傷者が想像以上に残息奄々(ざんそくえんえん)となっていたからだ。

 

 

 

「隊長が! ブリー隊長が!!」

 

 

 

 震えた声で叫ぶのに感化されたか、全体の冷静さが一気に欠けた。魔王討伐に向かった最強の勇者御一行がほぼ壊滅して戻ってきたのを眺めることしかできない無力な村人のような感覚に(さら)されている、好きで手を出さないわけではない者を責めることはできない。

 

 

 

「わ……(わたくし)、なんだか目眩(めまい)が…………」

 

 

「オレっちも……さすがにしんどいニャ……」

 

 

「もうみんな限界ボーノー…………」

 

 

 

 とっくに、限界は超えていた。

 

 

 

  ※  ※  ※

 

 

 

 バスターズハウス屋上。妖怪ガシャの前に、迷彩柄のヘルメットを被ったナメクジがいる。“ナメクジ軍曹”、彼はブリー隊長の親友だ。

 

 

 

「隊長のおかげで、あれ以降ウィルオーウィスプやビッグボスによる被害情報があまり耳にしないであります……早く…………帰ってきてほしいのであります……!」

 

 

 

 約1週間が経過した現在、異様な数の極ビッグボスはおろか、鬼時間すら起きていない。平和そのものだと言えよう。

 

 

 ロボニャンは現在修復中だが、そもそもが未来のテクノロジーゆえ現代技術では時間がかかってしまう。“うんがい三面鏡”の力を借りて未来へ行きそこで修復をする方法もあったのだが、そのうんがい三面鏡が調子が優れないらしい。現代と行き先の境目が乱れる程、タイムスリップは難しくなる。ではどうして乱れるのか、それは過去や未来が急激な変化をしている場合の現象だ。しかし向こう側は見えない、何が起きているのは完全に把握することができないので判断は不可能。

 

 

 コマさんは体の傷に関しては完治、だがまだ目覚めず。USAピョンも同じで、いつ目覚めるのかはまだわからない。2人してまるで植物状態のようになっている。

 

 

 そして、ブリー隊長。腕の怪我は治療が進まず、悪化を防げてもなぜか回復を促すことができない。傷口からはウィルオーウィスプの悪意が滲み出ている気がしてならず、そしてやはり目は覚ましてくれない。

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 

 

 あまり良いとは言えない空気に足を踏み入れたゲンシャ。右手の手提げ鞄の中には大量の書類が入っている。彼女は時間を犠牲に、色々なものを独自に調べていた。そして、何かを掴んだらしい。



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+番外編δ.【旅路】ー地獄釜道ー

   《 《 前 書 き 》 》

 申し訳ございません。番外編多いですね。

 しかし、「本編の構想ができず滞っている」わけではないです。ではなぜか? 至極単純、楽しいからですねぇ、はい。

 冗談は抜きで理由があり、「前情報があったほうがいい」からです。全員が全シリーズのプレイをしていることはないでしょうし、忘れた人も勿論いるでしょう。

 例えば、今回の場合では“ムゲン地獄”についての話(初代妖怪ウォッチのエンドコンテンツ)となります。しかし本編でしっかり説明を入れるには文字数を必要とし、しかしggrksとも言えるわけなく…………だからこのような機会に、説明としても【旅路】を設けるわけです。

 でも正直言うと、理由の7割近くはこれをやっててめちゃくそ楽しいからなんですよね……まるでわちゃわちゃプレイしてた子供の頃に戻っている、追体験ってやつの、そんな感じがするんですよ。

 だから、「楽しんで作ってるんだなぁ」的な雰囲気で見ていただければ幸いです。決して本編のネタ切れではないので、ご安心ください。投稿頻度は遅いですけどね。

 では、本文へと。







 ■■■の日常に、妖怪たちが戻ってきた。

 

 

 人間と妖怪の間をマオが取り持ってくれたおかげで、()()()()()()()()()()()()()妖怪エレベーターを再度開くことができたらしい。

 

 

 しかし時を同じくして、奇怪な現象が起きている。

 

 

 

「暑いからと言ってダラダラしてばかりではいけません。心頭滅却すれば火もまた涼しと言います。このような日こそ、しゃきっとしましょう。

 

 いやあ、こんなに暑いとあの日のことを思い出しますね。■■■くんにお別れを告げ、人間界を去ったあの日のことを。

 

 …………■■■くん。妙だと思いませんか?

 

 マオくんが妖怪と人間の仲を取り持ってくれたおかげで戻って来られましたが、妖怪エレベーターが再び開かれるまで、(わたくし)たちはかなりの時間を過ごしました。それなのに、人間界ではまだ夏休みが続いています。

 

 長い! 夏休みがあまりにも長すぎます!

 

 ……実は心当たりがあるのです。(わたくし)たちが人間界に戻るまでの間には、かなりのいざこざがありました。そのいざこざのドサクサで、あの地の封印が解けてしまったに違いありません!

 

 その名も『ムゲン地獄』!

 

 妖魔界のどこかにあると言われていますが、どこにあるのかは誰も知らない未知の場所。そこに封じられた妖怪が目覚めると、世の秩序が乱れると言われています。妖魔界から妖怪があふれ出たり、同じ時間を繰り返したり……そう、まさに今の状況ではありませんか!

 

 妖怪マル秘情報によると、どこかのお金持ちが情報を持っているようです。……と言うわけで、■■■くん。そのお金持ちとやらを探しに行きましょう」

 

 

 

 少々ツッコミどころはあれど、時間が繰り返すと言う謎の現象の手がかりを探しに出る。運が良いのか悪いのか、時間はいくらでもある。新たな妖怪に出会いながら、地道に情報をかき集めていった。

 

 

 その結果、ある豪邸に辿り着く。閑静(かんせい)な高級住宅地そよ風ヒルズ、その北東端に建つ蔵岩(くらいわ)邸。そこを尋ねると、大黒柱の蔵岩社長が少し話を聞かせてくれた。

 

 

 

「こんなことを言っても、誰にも信じてもらえんと思うが……若い頃から決まって、いつも同じ夢を見るのだ。団々坂の西のトンネルを先に進んで抜けると、そこには……

 

 そこには美しい草原と青空が広がっていて、ポツンと、小さな小屋が建っているのだ。

 

 ただ、それだけの夢なのだが妙に気になってしまってな。

 

 探してみても見つからなかったが本当にあるのなら、行ってみたいものだ」

 

 

 

 ただの、お金持ちのおじさんの夢の話。だがそれが、ウィスパーの超絶敏腕(びんわん)紳士センサー(仮)に反応したらしい。そこに行ってみようと豪邸を後にしようとした時、蔵岩夫人に呼び止められた。何か、思うところでもあったのだろうか……なんて考えたが、その思うところとやらが想像以上の収穫になる。

 

 

 

「あの……すいません。ちょっといいですか?

 

 実は、あの人が夢と言っていたことは夢ではないんです……

 

 たしかに、私たちはあの場所に行きました。それはとても素晴らしい風景でした。あの人も、とても満足していましたし、今でも私たちの思い出の場所でもあります。でも……

 

 ある時、その場所にあった小屋からとてもまがまがしい何かを感じたのです。実は私には見えるんです。あなたのそばにいる、アヒル口の妖怪さんも。

 

 あれ以来、私たちがあの地を訪れることはなくなりました。あの人が、夢と思うようになったのも、まがまがしい何かのせいかもしれません。

 

 でも、そんなことはどうでもいいんです。私たち二人の思い出として、あの風景は、心に残っているのですから。

 

 あの日、あの場所でカギを拾いました。カギが落ちているなんて不自然ですよね。でも、私は誘われませんでした。

 

 あなたには、妖怪のおともだちがたくさんいるようですね。あなたに、このカギを差し上げます。

 

 あなたが、今日ここに来られたことに、なにかしらの意味を感じます。

 

 そのカギを使うか使わないかはあなた次第です」

 

 

 

 この話にウィスパーの超超絶凄腕敏腕執事センサー(笑)が、今度は「今までにない何か」を感じ取ったらしい。信用に足るかは、わからない。だがこれが重要なヒントであったことは、■■■にもわかった。

 

 

 

  ※  ※  ※

 

 

 

 団々坂の西のトンネル――――――

 

 

 ガードレールが一部壊れており、その先の木々を少し抜けると、それは確かにあった。そうあまり長くはない、古びたトンネルだ。

 

 

 そこを通り抜けた先にあったのは、一面に広がる草原と大きな青空。草が暖かい風に揺れ、入道雲が遠くに見え、少し進めば透き通る小川が流れている。人の手で作られたトンネルの先にあると思わせない、それはまさに異世界だった。いや、本当に異世界なのかもしれない。団々坂は高場になっており、北西の道路から見下ろせば住宅地が見える。だがそれからあまり離れていないはずのここには、人気(ひとけ)はおろか高低差もない。あるとすれば、果てに見える山。考えてみれば、それはおかしいことだろう。

 

 

 その中で、トンネルを通り抜けて直線数十メートルの場所。見るからにそれらしい木製の小屋があった。手前にトタン屋根が出っ張り、戸には巨大な金属の錠がされている。その前に立つと、()()()()()()()()()()()()()()()()が溢れ出ていた。

 

 

 ゆっくりと扉を開く。すると、下へ下へと続く梯子(はしご)があった。怪しい妖気が濃く満ちている空間には似合わない、黄金の光がそこから漏れている。

 

 

 おそるおそる、一寸先が闇の場所に降りる。

 

 

 そこにあったのは、赤みを帯びた禍々しい空間に浮く、大きな緑の畳だった。足を踏み入れるが、不安定に揺れるなんてことはない。不思議なことに地面として成り立っている。

 

 

 周囲を見渡せば、同じような地面が上下左右前後360度いろいろな場所に浮いていた。覇気のある強そうな妖怪たちが、そこら中にいる。

 

 

 時々ある少し華やかな橋を渡りながら進む。すると道中、先のない(ふすま)があるではないか。形状が、鬼時間から脱出する際にくぐり抜ける襖と酷似している。

 

 

 それを開けば、辺りは光に包まれ、気付けば別の場所。普通のは別の畳上にワープするが、なぜかと言うべきかやはりと言うべきか、鬼時間が発生した町にワープするのもある。その場合は鬼時間脱出の襖を開けると、また別の畳の上に移動する。

 

 

 進む先々、今まで相対したボスたちに似た妖怪と戦った。皆共通して黒が基調となった毒々しい色をしており、そして今までのとは比べ物にならない強さを見せた。例えば第1階層のボス、“()(ごく)(おお)(さん)(しょう)”。姿形はミツマタノヅチだが、分厚く頑丈なだけだった皮が、鋼鉄より硬く、ゴムより(しな)やかになっている。そもそもの耐久力に加え衝撃の吸収が合わさり、その防御力は桁違いなものだった。弱点の目を露出させる前に全滅――なんてのもありえないものではなかった。

 

 

 地獄大山椒を筆頭に7体のボスを倒し、()()最下層の、第8階層へ下がっていく。すると長い橋が続き、奥には広い間が待っていた。左右には等間隔に(びょう)()が並べられている。この最果てに、ありえないほど巨大な釜があった。蓋には『封』と赤字で刻まれた3枚の御札が貼られているが、1枚が濃い(しょう)()(なび)いている。剥がれていたのだ。

 

 

 これが原因で封印が解かれ、今のような現象に繋がっていたのだろうとウィスパーは推測し、封印し直そうと、いけしゃあしゃあと呪文を唱えようとした。だが、敏腕執事の唐突のくしゃみの衝撃により、その封印は完全に解かれる。そこまで封印が限界状態になっていたのであれば、どちらにせよ戦闘態勢になるのだろうが……何とも、締まらない。

 

 

 ググッと蓋を押し上げたのは、丸々とした漆黒の塊。眼を赤青に光らせ、細長い手を伸ばし、不気味な白い歯を見せた。

 

 

 “どんどろ”。昔々から始まり60年前についに幕を閉じた戦『平釜平原の大合戦』で散った妖怪たちの塊でできたとされる、悲惨な負の怨念が凝縮された妖怪。かつて妖魔界を襲い、その当時の妖怪たちが全ての力を出し切ってようやく封印した厄災。その名は禁句とされていることもあり、どれだけ大きな影響を与えたのかは容易に想像がつく。

 

 

 だが長い期間が経過したことや()()()()()によりひどく弱体化していたのか、■■■らの尽力により撃破。そう強力な力でではないが(ひと)()ずの再封印を果たした。

 

 

 これにより、永遠に終わらない夏休みは、終わりを迎えられる。

 

 

 

 

 

 しかし時を経たずして、更なる物語が繋がれ始めた。それは『妖怪ウォッチの()()』から始まり、歴史を変えうる大事件へと発展する――――――



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20.下層の王

 ようやく、待ちわびた“情報”が現れる。だがそれは思ったよりも大きく、(ネギ)を背負った(カモ)(まな)板の上まで歩いてくるような。それも、特段美味な、(たち)が悪い奴だ。

 

 

 

「ロボニャンの録画データを確認させてもらったわ。あれは……あまり心地よいものではなかったけど、ヒントは掴めた。

 

 録画内で最後に言った言葉、なんだか違和感があったの。奴の、『我がウィスパーよ』って言葉に。

 

 自分の姓で呼ぶのは違和感あるでしょ? 予測だけど、ボク達の前に現れるウィルオーウィスプ・ウィスパーは()()のかもしれない。勘でしかないんだけどさ」

 

 

 

 そこに、ふぶきちゃんが言葉を重ねる。

 

 

 

「勘でしかなくても、やれることはやるのよ。

 

 それと、あれからミツマタノヅチの動きを調べたら面白いことがわかったわ。全体が少しずつ、“ムゲン地獄”入口――団々坂西方向に移動してたのよ。何かあるかもしれないわねー」

 

 

「とにかく…………もうエンマ大王から“獄中特殊権限”を借りてるから、ムゲン地獄に行きましょう。それも侵入不可の、第9階層へ! いろいろ調べたこともあるけど、それは『彼』と合流してからにしようか」

 

 

 

 そう言いながら首にかけたペンダントには、白い小さな装飾がひとつ付いていた。形は鬼玉だが、そこから感じるのは妖気とかとはなんだか違う感じがある不思議な物体だ。

 

 

 

「…………あのぅ……申し訳ございませんが、(わたくし)は遠慮させてもらいます」

 

 

 

 この状況での行動拒否。ウィスパーの遠慮とやらは、バスターズとしては褒められたものではない。だが、今はバスターズとしてではなく、個人として、何かに思考を張り巡らせている。

 

 

 ここにいるメンバーは皆、それを察せられない程度の関係ではない。特に、ウィスパーが真面目に頭を働かせている間は馬鹿じゃなくなることを、ジバニャンはよく知っている。これでも彼は(れき)とした『敏腕執事』であるのだから。

 

 

 

「じゃあオレっちが行ってくるニャー」

 

 

「オラも行くズラ」

 

 

「じゃあ行ってく……ニャニャ!? コマじろういつからいたニャ!」

 

 

「ゲンシャさまと一緒に来たズラ。

 

 あの時離れてなかったら、結果は変わってたかもしれないズラ…………オラは、オラが兄ちゃんの仇を取らなければいけないんズラよ!」

 

 

 

 コマじろうはしっかり者であり、いつもコマさんを支える立場にある。だがそれを成せるのは、コマさんの溢れんばかりの優しさがあって、支え()()()いたからだ。その芯は今、凶運に折れてしまっている。彼はその仇を果たさずにはいられない。身に()みる兄の優しさは、弟にも強く刻まれていた。

 

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

 

 

  ※  ※  ※

 

 

 

 罪を犯した者や災いを閉じ込める空間、ムゲン地獄。降り進むに比例して凶暴強力なのが蔓延している。下には第8階層まであるとされているが実際は更に奥が存在し、以下の正式名称はないが便宜上9の番号を振られている。本当の底は誰も知らない、真の意味で無間無限なのだ。

 

 

 第7階層の、第8に下る梯子。それを無視して突き当りの透明の壁に手を当てると、赤い波紋がうねる。

 

 

 「どうするんだっけ」と少し困惑しながら、例のペンダントをかざす。すると、激しめに弾ける音とともに透明の壁が消えた。そのまま落下するゲンシャを追って、ふたりは着地点の見えない亜空に身を投げ込んだ。

 

 

 

  ※  ※  ※

 

 

 

 想像よりもすぐ、地面に足を着ける。重力が狂っており、落下の衝撃なんてものはなかった。

 

 

 

「もんげー……もの凄い圧ズラ…………」

 

 

「冷や汗が止まらニャい……」

 

 

 

 凶悪で強大な物者がいる場所に入ったからか、逃れられないプレッシャーが呼吸器に溶け込んでいる。ゲンシャも効くところがあるらしく、良い表情はしていなかった。

 

 

 下への重力に囚われないことの副産物か、90度回転している畳の面にも立つことができた。どの方向にも畳はあり、勿論ここ以下にも多く点在している。この空間全てを総括して第9階層であり、どこを見ても壁底無しの無限空間。吸い込まれそうだと言う感想を述べた頃には、既に一手遅れとなっているだろう。

 

 

 

「…………あった、あの檻ね」

 

 

 

 色々な場所に点々と牢獄が建てられ、中でも一際強い漆黒を孕むものが目前にある。

 

 

 中には容姿の乱れた、いつかの男がいた。

 

 

 

「ニャニャニャ、お前は!」

 

 

「キミの力を借りたいわ、“(りん)()”」

 

 

 

 ゲンシャはその妖怪がいる檻の欄干(らんかん)に触れ、高圧的な声色を演じながら話しかける。

 

 

 “輪廻”。()()()()を境に、エンマ大王へ反旗を翻そうとした妖怪。ここムゲン地獄に閉じ込められた、超大な力を持つ“極妖怪”たちを開放し率いて大事件に発展する直前にまで至ってしまった。(極妖怪は極ビックボスとは似て非なるもの。究()の妖力を持ったビッグボスと違い、究()()を持った妖怪を指す。具体的には“極オロチ”、“極ふぶき姫”、“極ツチノコ”、“極ブシニャン”、“極なまはげ”の5体。皆が何らかの過去を背負い、無念と後悔、復讐の為に誰彼の命を奪う。危険な存在とされ、この場に投獄されていた。)

 

 

 だが現在はそれも丸く収まり、全員が罪を受け入れて自らここへ()りた。

 

 

 極妖怪らの武力は並外れており、ひとりひとりが今の赤猫団と戦っても勝敗がわからない程に強い。心に巣食う深い闇が、妖力を底上げているのだ。言うまでもなく、輪廻自身はその極妖怪よりも強力で、まさに次元が違うレベルだ。だからまず彼に声をかけた。まともに戦えるのはブリー隊長のような、バスターズ内でも上澄みの者だけだろう。

 

 

 

「おや。まさかこの私に話を? 面白い、お聞かせ願いましょう――と言いたいところですが……厄介な客が来てしまったようですね」

 

 

「「「!!!」」」

 

 

 

 3人が後ろに振り向く。そこに浮いていたのは、青い人魂。

 

 

 

「ま、まさか……」

 

 

「ウィルオーウィスプ……!!」

 

 

「御機嫌如何(いかが)か、六道輪廻の(あやかし)。いいや返答の必要はない。我が力で転生術師の洒落頭(しゃれこうべ)に『()』と言うものを刷り込んでやろう」

 

 

「フフ、私は以前言ったでしょう。『運命に二度目はない』と!」

 

 

 

 首に架せられた鎖を難なく破壊し、いざ立ち向かう。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 人魂は姿を変えながら、牙を剥いて(わら)った。



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21.進撃、パックプキス

 赤と青の煙が混ざったような珠を中心に、汚い灰色の、複数の関節がある長い左手が、奴の後ろから大量に湧き出る。まるで暗い排水口に引きずり込まれるようで、多大なる嫌悪感を散らした。

 

 

 

「元よりここを出る予定はなかったのですが……大王よ、今だけはお許しいただきたい」

 

 

 

 それを全て、輪廻に備わる素の闇妖力だけで跳ね除けた。

 

 

 

「――残念ですが、名誉なく薄汚れた手を握る下卑た趣味はありません」

 

 

 

 その言葉に、人魂がふわっと揺らぐ。

 

 

 地獄に風は吹いていない。だが、勝利への追い風はこちらを助けるように吹いているように感じられた。

 

 

 今度はほぼ真透明の右手を、千手観音と見間違えるくらいに吐き出す。術にせずとも驚異的な圧を持った輪廻の妖力に、反応する素振りは特にない。さっきとは性質自体が違う。だがそれも易々と貫くのが、輪廻だ。

 

 

 

「貴方に効くと良いですが」

 

 

 

 その瞬間、溢れ出た妖気が奴を包み、直後にすべての時間が止まった。圧倒的な力に驚くジバニャンとゲンシャだけでなく、ウィルオーウィスプでさえも出した手の指1本動かせない状態。

 

 

 誰も瞬きすらできない中で、輪廻だけが静かに言葉を連ねる。

 

 

 

「《地》《人》《畜》《餓》《修》《天》――――――」

 

 

 

 言葉に応じて字を、丸く固まった妖気の上に発光させる。

 

 

 

「――《六道法輪・輪廻》。さぁ、永久に苦しみなさい!」

 

 

 

 奴を取り巻く妖気が破裂した。中からウィルオーウィスプが出てきたと同時に、時間が動き出す。

 

 

 《六道法輪・輪廻》。対象ひとりを闇の妖気で包み込み、『地獄の魔力』を強引に引き出す必殺技。その影響で時間停止が起きるが、輪廻自身も動くことはできず、状況の認識と詠唱以外の術はない。魔力は現世の何にも似通らない独特な渾沌を持ち、それこそ『地獄の魔力』以外での表現できない異端な力。対象は魔力を受け、避けられないダメージを刻まれる。

 

 

 メカニズムは不明だが、『六道輪廻』の力を扱える輪廻ならではの技だろう。六道輪廻、単純に言えば「全てのものが生と死を繰り返し転生し続ける概念」。その一端を彼は持つ。“アミダ極楽”の主が生前の運命を操り、輪廻が死後の道を導くのだ。

 

 

 

「あァ゙…………素晴らしい……力だ…………」

 

 

「おや、終わりですか? あまりにも呆気ない。この程度なら脅威にもなり得ないでしょうに」

 

 

 

 ほんの少しの時間で、今まで苦戦し続けた敵を容易に捻じ伏せた。これが、極妖怪を掌握した者の実力。

 

 

 

「す、すごいニャ……」

 

 

「いえ、まだよ。ウィルオーウィスプ。()()()()()()?」

 

 

 

 高圧的な雰囲気を出しながら、ゲンシャがそう問いかけた。その言葉の意味を理解できないジバニャンは頭上にハテナを浮かべている。随分と火の小さくなったウィルオーウィスプは、なぜか機嫌が良さそうだった。

 

 

 

「……クク、ハハハッ! 何を言う、我らみんな本物だ(・・・・・・・・)

 

 どうせすぐにわかること。今、我から答え合わせをしてやろうか。そもそも勿体振る話でもない。

 

 肉体の“変り身の仔(パックプキス)”、記憶の“■■を嫌う記憶保管所(ヘイトピーアーカイブス)”……魂の“囁く火の人魂(ウィルオーウィスプ)”――我はこの三位一体のひと欠片に過ぎない。全て“(ウィスパー)”だ。むしろ我をウィルオーウィスプと呼ぶ貴様らの認識が間違っていると言うのに。意識して合わせるのに苦労してしまうしなァ」

 

 

 

 結局ウィルオーウィスプが言いたいのは単純、「我を圧倒する程度では何も変わらない」こと。そこにハッタリはなく、何をせずとも打倒できる神のような力でなければ、恐らく完全な状態の奴には勝てないのだろう。

 

 

 

「しかし、あれだ。貴様らを下に見ていた考えを改めよう。バスターズは『取るに足らない弱小一派』『ウィルオーウィスプ以上』であるとして、徹底的に踏み潰すことにした。悪くないだろう? パックプキス」

 

 

「…………まずいですね……」

 

 

 

 ゴゴゴゴゴ……そんな漫画らしい幻聴が聞こえそうな、魔王を前にしたような、きつく張り詰めた空気が流れる。

 

 

 嫌な予感を考えさせた直後、下から巨大魚の形をしたモノが、一定の強度があるはずの畳の床を突き破り高く飛んだ。そのままウィルオーウィスプを喰らい、肉体に取り込む。

 

 

 

「た、多分あいつ、()()だニャ……! フユニャンが言ってた、マスターニャーダを殺したヤツ……!!」

 

 

「まさかパワーアップって感じの…………?」

 

 

 

 粘土のように自在に人型に変形していき、奇を(てら)う化物と成った。(いびつ)で細くも筋肉質、ウィスパーを模した顔、高さ3メートルはありそうだ。その姿は、いつかウィスパーが変化した状態“ウィスパゲリオン”と酷似している(ウィスパー自身が物理的に自由自在な変化を可能としている。ウィスパゲリオンとはその中でも類を見ない、一種の暴走・狂乱形態)。

 

 

 

「グォァァァァァァァァァァァァァッッ!!!」

 

 

 

 口を開き、鼓膜を引き裂ける大きさの叫びを上げる。

 

 

 右腕を上に掲げ、地面に叩きつけた。

 

 

 

「あぶニャい! 畳が保たんニャあ!」

 

 

「2度も使わせてくれるとは! 《地》《人》《畜――っ!!」

 

 

 

 一瞬で妖気が奴を囲み、また止まった時の中で詠唱をした。しかし奴は時間停止中であるにも関わらず妖気を喰らい、必殺技を強制的にキャンセルさせる。予想外の展開に一瞬の隙を見せた輪廻の目の前に瞬間移動、鞭のように(しな)った脚で強烈な蹴りを与えた。

 

 

 別の畳が壁になってくれたおかげで止まったが、それがなければ、確実に地獄の星屑となっていた。クッションになった畳も原型を留めていない。いや、()()()()()()()()と称賛すべきか。

 

 

 

「なんて……デタラメな力を……!」

 

 

「ふっふざけてるニャっ! こんなのっ!」

 

 

「ここは逃げないと! ジバニャンっ!!」

 

 

 

 冗談なく神に等しい力でないと勝てないと思わせる、見た目と比例するふざけた“差”に圧倒される。数分前まではこちらが押していたことを忘れてしまいそうになる。どう動くにも、それを通してくれる余裕はない。

 

 

 ここで、終わる。ウィルオーウィスプと同化したパックプキスによって、物語は絶望の終焉を迎える。

 

 

 かの大王が、いなければ。



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22.反撃の()

 立体的な地の獄を飛んで走って、3人は白き人型の悪魔から逃げ惑う。その間は約20メートル、立ち止まれば一瞬で埋まるほどの小さな差だ。

 

 

 

「駄目ニャ! もう終わりニャあああ!」

 

 

「まだチャンスはある! それまでは逃げるのよ!」

 

 

「なにか案でもあるのですか? あれ(・・)は私にはどうもできませんが……」

 

 

「チャンスは絶対ある……はず!」

 

 

「無理ニャああああああああああっ!」

 

 

 

 チャンス。ゲンシャはそう言うが、頼みの綱である輪廻は妖力を激しく消耗している。合流のために自分を妖術の勢いで飛ばしたが、そもそもムゲン地獄で分断された仲間と合流できた事自体が奇跡。残り(かす)も残さず力を使い切った輪廻は、そう長い時間逃げられないだろう。

 

 

 ゲンシャは桁違いの妖気を持っている。回復妖術もある。だが戦闘経験の練られていない攻撃は「下手な妖怪より強いね」程度で、同時に回復の隙もくれない状況。ジバニャンはひとりでは強く出れず、仲間がいてこそ全力を発揮する。今までそうして難敵を撃破してきたのだ。今やそれが(あだ)となっていた。

 

 

 戦闘開始から5分も経っていない。しかし、彼らの限界は目の前にある。

 

 

 

「影……進行方向の先に誰かいますね」

 

 

「挟み撃ちされニャああああああああああっ!!」

 

 

 

 輪廻は今更進行方向を変える余裕もなく、ジバニャンは最悪の想定に泣き叫ぶことしかできない。ただゲンシャだけは、違う者を見ていた。

 

 

 

「コウ……ちゃん…………!」

 

 

「――人前ではやめてくれって、いや、それより。よく耐えてくれた……ここからはオレが戦う、反撃の時間だ!」

 

 

 

 遠くの影の正体――エンマ大王は両(てのひら)に、山吹色に光る弾を創る。妖気を圧縮したエネルギー弾《エンマ玉》だ。自動追尾能力を兼ね備えた高威力の弾。それをウィルオーウィスプに投げた。

 

 

 

「ハァッ!」

 

 

 

 奴は長い手足を駆使し、()()()ギリギリで避けながらも距離を近づける。

 

 

 敵意をエンマ大王に向けるため、ジバニャンたちと奴の間に瞬間移動し、肉弾戦へ移行した。

 

 

 

「こいつ何者だ、全く隙がない……!」

 

 

 

 攻撃のリーチはウィルオーウィスプにある。それでも防御に徹するのではなく、受け流してカウンターのチャンスを常に狙っていた。

 

 

 隙ができたその時、エンマ大王が奴へ一撃を与えるその時。

 

 

 

「な――――――ぐあっ!!」

 

 

 

 奴はわざとらしく避けていたエンマ玉を右足で蹴り、それに気を取られた瞬間に、鉄のように重い左足の薙ぎ払いを受けた。回転により勢いを増した攻撃は、様子見に近かったお互いの流れを変える。

 

 

 

「来い! “魔笛(ブレス)”!」

 

 

 

 エンマ大王の言葉に反応して、どこからともなく“覚醒閻魔魔笛(ブレス)”が飛んできた。妖怪ウォッチによく似た形状の周りには青いオーラを模した修飾があり、笛ながら丸いシルエットをしている。風を切りながら音を響かせ、それに合わせてエンマ大王の姿が変わっていった。

 

 

 髪は白く、(ひたい)に第三の目を開眼させ、赤い服はグラデーションがかった紫に。そして炎のような形をした領巾(ひれ)を纏う。

 

 

 

「見せてやるよ、本気の“覚醒エンマ( オレ )”の力! ハァァァッ!!」

 

 

 

 さっきのように、両手にエンマ玉を創る。だが威力・密度は比べ物にならない。赤を経て紫にまで変色した《覚醒エンマ玉》がものすごい速度で放たれ、ついに奴の守備を突破した。

 

 

 

「オ、オオォ……!!」

 

 

「フッ! まだまだァ!」

 

 

 

 ただのパンチ、ただのキック。それすら必殺技に劣らぬ威力に強化され、余すことなく振るうその力で圧倒していく。

 

 

 

(ブレード)!」

 

 

 

 呼びかけに応え、またどこからか“エンマブレード”が飛んでくる。埋め込まれた3色の宝玉が赤い刀身に力を与え、どれほど邪悪な闇でも断ち斬るのだ。

 

 

 

「《獄滅エンマブレード》ォォオッ!!!」

 

 

 

 縦横無尽に斬り刻み、最後に左胸に投げ刺す。

 

 

 少し離れ、即座にエンマ玉を創り出した。全力、必殺のエンマ玉。紫よりも黒く、黄金の妖気を纏って輝く。

 

 

 

「消えろッ! 《魔眼獄滅波》ァァァァァッッ!!!!」

 

 

「ガァァァァァッ!!」

 

 

「だァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 

 奴は強い光に呑み込まれる。その余波は大きく、ムゲン地獄を眩しく照らす――――――

 

 

 

 

 

 それが止む頃、光の中心にはボロボロのウィルオーウィスプがいた。損傷を負っていない箇所を探す方が大変なくらいにダメージを与えた。畳は用意周到に重ねられていたようで、最下の1枚がかろうじて形を保ってくれている。

 

 

 時を同じくして、力尽きて“覚醒”が切れる。肩を上下させて呼吸する動きが、体力の消耗を表していた。

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……粉々にしたつもりだったんだがな…………」

 

 

「あれが、エンマ大王の本気……圧巻ですね」

 

 

「ニャはぁ……助かったニャーン…………」

 

 

「これが…………コウちゃんの……」

 

 

「あ……ぐぁっはあ…………」

 

 

「「「「!?!?」」」」

 

 

 

 ウィルオーウィスプが体――パックプキスから出る。また随分と小さく、弱々しい。

 

 

 

「くそ……倒し切る力も出てこねぇ……」

 

 

「クク、お互い様だな。痛み分け――と言うには少しこちらの()()を取ってしまったが…………さすがの我、我々も限界だ。やはり貴様も実に素晴らしいなァ……!

 

 また会おうか、閻魔ども……!」

 

 

 

 炎が揺らめき、吹かない風に乗って消えた。パックプキスも、液体のように地に吸われて消える。激闘の末の、余韻ひとつ残さない終幕。とりあえず危機は脱した。かに思えたが、それは全くの見当違いである。

 

 

 

「すまない、みんな。逃しちまった………………ああ、そういえば…………()()()()()()()()()()()()()()()()? 2人も来たと聞いてたんだが……」

 

 

「「…………え?」」

 

 

「まさか、『こちらの有利を取ってしまった』、と言うのは……」

 

 

 

 ジバニャンとゲンシャの困惑。そこには、微妙で奇妙で大きすぎる違いがあった。



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【第4章】進展と喪失のグラフ
23.「兄」


 光のない世界。そこに白も黒も在りはしない。(まぶた)を閉じるより暗く、太陽を凝視するより明るい。うまく認識もできない場所に、コマじろうはひとり迷っていた。

 

 

 タイミングとしては、ウィルオーウィスプが現れた時からだろうか。決してフラフラと道を外れてしまったわけではない。何らかの能力に嵌められたのだ。

 

 

 

(ここはどこなんズラ……)

 

 

 

 声を出しているはずだが、それも己で認識できない。だがそんな時間も1、2分で終わる。

 

 

 輪廻たちの前にパックプキスが突如出現したのと同時に、こちらにも動きがあった。

 

 

 何も映らなかったコマじろうの目に、ぼやけた輪郭が映る。丸く、その上下に蜷局(とぐろ)が巻いている、その特徴的なシルエットを見た瞬間に景色が晴れた。

 

 

 目の前には、1メートルにも満たない小さな砂塊の祭壇が建てられていた。装飾はなく、深い漆黒の炎だけが灯し祀られた謎の祭壇。騙し絵『ルビンの壺』に似たような、気味悪い違和感を纏う。

 

 

 

「砂漠化した周辺、壊れた石の建物…………何かの遺跡ズラか……?」

 

 

 

 ――ここは、我らが生まれた地――――――

 

 

 

「もんげっ!?」

 

 

 

 脳内に直接響く声の主は、ウィスパーだ。だが感情豊かな抑揚がなく、平坦で気持ち悪い声だった。

 

 

 まるでウィスパーではないような――我が名はヘイトピーアーカイブス――雰囲気に、思考に割り込む他人の声に、コマじろうは困惑し始める。

 

 

 

「本当にウィスパー、じゃないんズラか……?」

 

 

 

 ――我ら(ウィスパー)の記憶を司る存在――

 

 

 ウィルオーウィスプが挙げた中のひとつを名乗る。存在を保つ肉体、自身を保つ魂、記憶を保つ媒体。目の前のそれは、媒体だと言う。

 

 

 ウィスパー姿の更に奥には、砂像と壁の妖怪が(たお)れている。

 

 

 

「あれは誰……ズラ…………?」

 

 

 

 あれは赤猫――計画は半世紀前から始まっていた――団のメンバーたちのはずだ。だが、赤猫団にはも――討伐者(バスターズ)は赤猫団が最も『厄介』――うひとりいる。“ヒキコウモリ”が見当たらない。ヒキコウモリだけが危機を脱した? それは考えにくい。空を飛べるとはいえ、運動・戦闘能力が高いわけではなく、姿を10秒間隠す《隠密》状態になれるとしても、奴らの目を(あざむ)けるとは思えない。

 

 

 ――赤猫団は仲間がいなければ邪魔になることはない――

 

 

 ――次は白犬隊だ――

 

 

 ――ここで(コト)()れてもら

 

 

 

「陰湿白玉! 真っ二つ斬りィイイ!!」

 

 

「ブ、ブシニャン!?」

 

 

 

 喋っている途中にも関わらず奇襲を仕掛けたのは、兜を被って鎧を纏った青い猫妖怪“ブシニャン”。一般妖怪より頭ひとつ抜けた実力を持つ“レジェンド妖怪”の一角だ。常に(たずさ)えた刀『名刀・満月丸』は鉄から妖怪大辞典の説明文まで、大体なんでも一刀両断する切れ味を持つ。

 

 

 その刀で、ヘイトピーアーカイブスを縦一閃に()った。断面までウィスパーと同じだが、それを目視する余裕なぞはない。

 

 

 

「あの者殿は目覚めぬ! ウィスパー殿を名乗るあ奴は危険でござる!!」

 

 

「何がどうなってるんズラー!?」

 

 

「理屈はわからぬが……奴は妖怪を事切れさせた! (それがし)らがあれらを思い出せぬのは……そういうこととしか考えられぬ!」

 

 

 

 妖怪が事切れるのには方法がある。妖怪の心臓でもある“(こん)”を破壊されるか、そこに致命的なダメージを受けた状態で死ぬか、だ。それさえなければ転生、あるいは復活することができる。しかしそれは文字を見て思うほど簡単なことではない。人間で言えば「心臓と脳()()をぐちゃぐちゃに損傷させて殺す」ようなもので、魔法でも使わない限り叶わない話だ。

 

 

 だが、もうひとつの方法が問題だ。“エンマノート”……閻魔の一族に伝わる、名を書くだけで妖怪を事切れさせる危険な代物。エンマブレードでノート本体を斬る以外の対抗策がないそれは、者々の()()()()()()()

 

 

 いつしか「文献のような記録物がない限り、当人の存在のことは、人間の、動物の、妖怪の、全ての記憶から少しずつ、だが確実に消える」と説明された。この通り、妖怪が事切れることは記憶にまつわる死なのだ。神が信仰心で存在するように、妖怪は認知されて存在する。その逆も然り、妖怪は死ねば認知が消えていく。先代閻魔大王こと“業炎(ごうえん)”のように、皆の記憶に強く刻まれた妖怪はその影響を受けないが、例えばマスターニャーダは『謎多き伝説の猫妖怪』であったがゆえに、薄くしか認知されていない。だからバスターズのような関わり深い者以外でマスターニャーダを記憶に残す者は多くなく、いつか忘れ去られてしまう。

 

 

 そしてエンマノートの力は、その記憶からスッ飛ばす。関わるすべての記憶を消すことで消滅させる――本来とは逆の順序により、存在を消すのだ。

 

 

 ヘイトピーアーカイブスは、エンマノートと同様の能力を持つのだろう。いや――ゲンシャがジバニャンに仲間を問うた時、存在がわからないような反応を示していた。勿論、関わりが浅かったなんてわけではない。もしかしたらエンマノート以上の効力を発揮できる可能性もある。

 

 

 

 

 

 突然、前触れもなく、コマじろうが倒れた。

 

 

 

「ど、どうしたでござる殿! このままでは逃げ切れぬ……逃げ……なっ!」

 

 

 

 コマじろうの足には、ウィスパーの――ヘイトピーアーカイブスの手が掴んであった。刀を抜きそれを切るが、もう手遅れであることはブシニャン自身が最もわかっていた。

 

 

 

「無念…………! 名もわからぬ者よ、(それがし)はどうすれば良かったのだろうか……? どうすればお主を助けられたのだろうか……お願いでござる…………早く応えよっ……!」

 

 

 

 戦意を失いかけたブシニャンにも、終わりが近づく。

 

 

 

「ン、まだ生き残りがいたか? ヘイトピーアーカイブスのみの戦闘能力が低いとしても、時間がかかり過ぎだろう」

 

 

「む、何奴(なにやつ)! 気配が完全に消えていた……新たな敵か!」

 

 

「おお、そうかそうかハジメマシテか。ならば自己紹介としよう。我が名はウィルオーウィスプ、姓はウィスパー。そして貴様を詰める者の名はパックプキスだ」

 

 

「ぬうっ!? とりゃあッ!」

 

 

 

 違和感を覚えた地面に、刀を振るう。海を割れる勢いがあったが、砂以外は捉えられなかった。その隙に筋骨隆々の首なし人形が、死角からブシニャンを殴り飛ばす。咄嗟に刀で受けるが、本当の狙いに気づいた時には事が終了していた。

 

 

 風妖術を駆使しようにも間に合わず、そのままヘイトピーアーカイブスにぶつかる。

 

 

 

「あああ………………何を考えてるのでござる……ウィスパー……殿ぉ――――――」

 

 

「クク、手を煩わせたにしてはしょぼくれた最期だなァ? 誰からも忘れられ死にゆけ、時代遅れの武士よ」

 

 

 

 全てが突然に終わり、ウィルオーウィスプとパックプキスは消え去った。

 

 

 ヘイトピーアーカイブスは、自ら斃した妖怪の屍を1箇所に集める。特になにかするわけでもなく、ただ重ねる。

 

 

 この時、コマじろうにだけ、なぜか息があった。虫の息より弱々しく空気を吸い、風にかき消されそうな声で助けを求める。

 

 

 

」「助けてズラ

ジバニャン」「ケータ

 

みん」「

 

 

 

 

 

ちゃ

 

 

 

 その声は、強い絆を辿って届く。



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24.鋤焼会議

 『妖怪は死なず、病気もない』との認識は間違いである。妖怪は死に、重篤な病気にも罹る。人間界に蔓延るインフルエンザから、他者との繋がりを消滅させる妖怪特有の奇病グデングデン熱まで。

 

 

 中には、対策できる病もあろう。そこで建てられたのが、妖魔界の数少ない病院“ひらひら病院”。回復に徹した妖術を扱う妖怪たちが、病も怪我も治療してやる場所だ。

 

 

 多くの妖怪がそこを使うとなると、あまりにも規模が大きくなりすぎる。なのでこの病院は、廃れたひとつの妖魔界全域(・・)を基盤に造られた。魔界議長イカカモネ・ソウカモネの支配から開放されたおおもり神社御神木の妖魔界が、高級料亭「妖楽」に改装されたのと同じイメージと考えればわかりやすい。

 

 

 その病院に、コマさんはいた(・・)

 

 

 

「大変ねぇ、コマさんが脱走したわ」

 

 

「もぉうバカ! 何かあったらコッチの責任なのよ!?」

 

 

 

 小さな雲の上に座る色黒のご老妖怪“(しん)オバア”と、虹色のグラデーションがかかった羽を持つ蝶の妖怪“アゲアゲハ”がそう話す。こと後者に関してはここの最高責任者でもあり、それゆえに問題を大きく見ていた。

 

 

 コマさんが無断で外に出た件。そもそも目覚めていたことすら確認できておらず、運ばれてからずっと各所に包帯を巻かれて点滴を打たれていた状態だった。肉体的な傷はほぼ全回復してはいるが、精神的部分を診ることすらできていない患者を外に出すのは危険が多すぎる。

 

 

 

「探しに出るついでに警察にも連絡を入れるわ! ここの指揮はセーラーニャンとヤマオカミに任せるからね!」

 

 

「了解ニャ〜」

 

 

「あたしたちに任せて……」

 

 

 

  ※  ※  ※

 

 

 

「ニャあ……つまりコマさんの弟“コマじろう”の存在がオレっちの中から消えて…………ムゲン地獄に来てないはずのウィスパーが来てるとエンマ大王さまは伝えられていて…………?

 

 あーもー意味分かんニャい! 何が起きたのニャ!」

 

 

「俺たち“王族”に効いてないだけで、コマじろうの消失は全妖怪に起こってるのかもな……」

 

 

「コマさんに聞けばわかるかも……」

 

 

「しかしまだ昏睡状態なのでしょう? 他の策を練るしか……」

 

 

 

 地獄を脱して一度帰還したジバニャン・ゲンシャ・エンマ・輪廻は、ニュー妖魔シティを歩きながら状況を整理しようとしていた。

 

 

 バスターズハウスから歩いて最も早く目立つ建物、KJが主役を張るクラブMONGEE。それが()()ことに()()()()()()()()()()()()通り過ぎ、更に奥の店「SUKIYAKI 浄土」へ入る。

 

 

 SUKIYAKI 浄土は、60年前の事件の首謀者“トキヲ・ウバウネ”が経営している店である。理由は罪を償うため、言葉を変えれば刑罰。しかしそれが成り立つのは、ウバウネを取り巻く環境――想いの変化の賜物なのだ。ちなみにここら一帯のことをグルメエリアと呼び、近くにある「TEMPURA 大往生」「SUSHI 輪廻」はイカカモネが仕切る店だ。理由はウバウネと同じ。

 

 

 

「いルァっしゃァ!」

 

 

 

 巨大な角と薄赤紫のマフラーが目立つ《怒り》の上級怪魔“破怪”により畳座敷に案内され、丸机を囲んで座る。

 

 

 

「いつものすき焼き4……いや5人前で頼むニャ〜♪」

 

 

 

 机の中央の蓋を外し、コンロが露出する。そこに鍋を置き火を付け、牛脂を引いて長ネギを焼く。香りが出る頃に『限界を超えた肉』の薄切りを焼き、火が程々に通ったところで『伝説のしいたけ』・『黄金の大豆』製豆腐を入れ、『世界一の割り下』を回しかけて煮込む。全体に火通り味染みたなら、溶いた『幻想の卵』にくぐらせ、『究極スキヤキ・怪』を心ゆくまで召し上がれ――

 

 

 

「はふ、はふ……ほれれむぉ、かいきぇふのふぁくはあうお?」

 

 

「…………エンマ大王、彼女の行儀は治せないのですか?」

 

 

「“治す”っつってもなぁ……元が駄目だから」

 

 

「コウちゃぁん?」

 

 

「どーでもいーニャ。それよりウィルオーウィスプ対策ニャン!」

 

 

「対策、できるの? あのバケモノ相手に」

 

 

「数の利は見込めませんね。力及ばぬ者が無謀に手を出したとて消されるでしょう、今回の件のように」

 

 

「少数精鋭、か。だが『覚醒状態の閻魔大王(オレ)と同等以上の実力者』を何人も集められるのか? そこらの奴らじゃあ歯も立てられない」

 

 

「“イチジテ(いし)”で止めた隙に攻撃できないかニャ?」

 

 

「効くかわからないアイテムに賭けるのは危ないですね」

 

 

「だが案はいいな、手段のひとつにはなりそうだ」

 

 

「例の“別世界のエンマ大王”に力を借りることはできないのですか?」

 

 

「世界はそう簡単に繋げられない……あの時はヌー大陸の神秘がもたらした奇跡ってやつだ、頼りにはできない」

 

 

「やっぱりブリー隊長の回復を急ぐべきかな? ロボニャンからの分析も聞きたいね」

 

 

「今以上に強くなって再戦、しか有効打がないのはまずい……」

 

 

「ニャあ! そういえばゲンシャさんが言ってた『調べたこと』まだ聞いてニャい!」

 

 

「あ……そう、そうだ! 忘れてた! ごめんね〜そんな余裕なかったから…………

 

 で、調べると()()()()()新しい情報を見つけたの。ほんと山ほどある言い伝えを記した書の大半漁ったけど、労力に見合わない結果だね……

 

 ひとつは、『()の者、妖魔創生が(はじめ)』――『妖怪(ボクたち)の祖先はウィルオーウィスプである』って話。事実だったら勝てる気しないよ。

 

 もうひとつ、こっちが大事。『(ハク)(タビ)()()()炎魂(エンコン)()(タマ)フ・(サン)(カワ)ラル()(ノケ)()()(ツヅ)キ・人妖(アヤビト)(スベ)余世(ヨヨ)(イシ)()()ク』――つまり、『99回目の死で、魂が3つに分かれて独立して、人と妖怪の力で石に封印された』ってこと」

 

 

「ウィルオーウィスプを何らかの方法で封印することができたことがあるのか……(にわか)には信じられないな。だが肝心なのはその方法だ」

 

 

「そこまではわからなかったけど、ちょっと希望が見えたね」

 

 

「石……ニャぁんか引っかかるぅ……」

 

 

「おや、何か覚えでも?」

 

 

「妖怪が封印されてる石がもンのすごく身近にあった気がするニャンけど、思い出せニャ〜い……」

 

 

「…………そうか! 妖怪ガシャ! あれは石のカプセルに妖怪を封印しているんだ! よく思い付いたな最高だぞジバニャン!!」

 

 

「ニャはは〜それほどでもあるニャ〜♪」

 

 

「では次の目的地は正天寺(しょうてんじ)ですかね」

 

 

「そのお寺ってたしか“全てを見通す水晶玉(りゅーくん)”が名物じゃなかった? ついでにこれからを見通してもらえたら、新しいヒント得れるかも」

 

 

「善は急げ、だな。今すぐにでも行くぞ」

 

 

「食べ終わってからね〜♪」

 

 

 

 対抗の手を求め、方向を固め始める。この手段は吉と出るか、凶と出るのか。

 

 

 どうであれ動かなければ何も起きない。いざ往け、バスターズたちよ。日常・ケータ・コマじろう……返してもらわねばならぬものが多いのだから。



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25.未来の姿

 さくらニュータウンの西に位置する土地、団々坂。昔懐かしの駄菓子屋や銭湯、古いアパート、時計屋、寺などで有名な場所だ。そこの寺こそが正天寺である。

 

 

 それなりの大きさがある木造の寺の奥には小さな墓場がある。墓場はここら一帯でも珍しいもので、そのせいか異様な雰囲気が際立つ。

 

 

 ここの坊主“和尚(おしょう)さん”は『妖怪を合成進化させられる』なんて特別な力を持っているが、曰く「坊さんってのは昔から妖怪たちと付き合いが深いからの〜」だと。噂では妖怪をガシャに封印した経験もあるとか。もし協力を得られるなら、光明が見える。

 

 

 しかし最もネームバリューとなるのが『全てを見通す水晶玉』。竜の子の妖怪“りゅーくん”が頭上に乗せてある水晶玉のことで、言葉通りの能力がある。イカカモネ議長の件において、実際に黒幕がそれであることを見抜いた確かな実績もあり、信用に足る存在だ。

 

 

 

「お邪魔するニャ〜……アレ? 和尚さんはどうしたんだニャ?」

 

 

「ジバニャンとエンマさまが来ることは、りゅーくんは気付いてたのだ。でも和尚さんは昨日から出てて、明日帰ってくるって言ってたのだ」

 

 

「残念だな……だが話が早いな、りゅーくん。早速だがウィルオーウィスプって奴のことを見せてくれないか?」

 

 

「のだ」

 

 

 

 水晶玉から紫の煙が湧き、晴れていくに連れて白い何かが映ってくる。見覚えのあるそれは――

 

 

 

『――貴様ら妖怪に我々のイカりを見せてやろうじゃなイカ……と、懐かしさに悶えることはできたか? 覗き猫』

 

 

「ウィルオーウィスプ……!」

 

 

 

 そこに映るのは、期待通りの人魂だった。

 

 

 

『懐かしい、と言うのも可笑しいか? 時は過ぎても年が過ぎないのだからな』

 

 

 

 ジバニャンの脳裏に浮かんだのは、ウィスパーが「ムゲン地獄の封印が解かれたことにより夏休みが繰り返されている」と断定した、あの時の記憶。

 

 

 

「どういう……ことニャ?」

 

 

『ほォう、予想が固まっていながら聞くか? ならば少し応えてみよう。我こそがあの頃から同じ時を繰り返し、2010年に閉じ込めさせていたことをな。

 

 時の流れは残酷なのだ……未来も、過去も、すべて改変される運命にある。その運命は変えられない。我が力より強大な、運命。不服ながら、それに怯える瞬間が永く続いたものだ…………。

 

 しかし……それも終わりだ。これより世界は進む。進ませないが為に、決定した運命が訪れないように、破滅する最後の日まで……!』

 

 

「よく知らないけど、そんな勝手はさせないわよ!」

 

 

「ああそうだ、させてやるもんか。オレたちが見届けるぜ、お前の最後の方をな!」

 

 

『フフフ……ならば、期待しておこうか』

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 一瞬だけパックプキスの姿が映り、水晶玉に大きな亀裂が入り、接続が消えた。

 

 

 

「割れっ! 割れたのだあ!! えええええ!?」

 

 

「水晶玉ってさ、未来を一方的に覗き見できるんじゃなかったっけ……当たり前みたいに返事してたけど」

 

 

「それに、あの時から姿が変わっていた……嫌なものを見たな」

 

 

 

 虚弱な2本の複手、首周りから流れる黒布、鎖骨から繋がって生える鰭や翼に似た形状のもの、下腹部の柄、そこから全身に入った邪悪な紋様。柄は妖怪ウォッチのデザインと同系統の、しかし渦が逆方向の模様に見えた。

 

 

 パックプキス、奴は元から形状変化の習性があったが、それとは少し違う気配がある。例えるなら、それは順当な強化形態。

 

 

 遅れて、輪廻が門を潜る。

 

 

 

「どうでしたか? 水晶玉は。外は妙に面白いこととなってますが」

 

 

「ああ、どうだろうな……って、面白いこと?」

 

 

「転がっているのですよ、巨大カプセルが」

 

 

「はぁあっ!?」

 

 

「鬼時間! それもガシャどくろ系統の奴ニャン! カプセルに触れると閉じ込められるニャンよ!!」

 

 

「ほう、これが……鬼時間、初めての経験ですよ」

 

 

「いつも通りなら学校の屋上から来てるはずニャ!」

 

 

「では、先に向かってください。私は彼に用がひとつ」

 

 

 

 りゅーくんを指す輪廻を置き、3人で東へ、坂上へ、“さくら第一小学校”へ足を運ぶ。ジバニャンは道中、バスターズハウスへ現状の報告をした。

 

 

 

「さて、水晶の玉よ」

 

 

「りゅーくんの水晶玉はしばらくおやすみになるのだ……」

 

 

「おや、そうでしたか」

 

 

「だけど……()()()はいつか役に立つのだ」

 

 

「……その根拠は?」

 

 

「りゅーくんは竜の子なのだ、水晶に頼ってなくとも!」

 

 

「ふっ……そうですか……! 感謝しましょう、竜の子。貴方の未来視、信用させてもらいますよ。では、また」

 

 

 

  ※  ※  ※

 

 

 

 カプセルに捕まることなく、屋上へ足跡を付けた3人。

 

 

 雲に乗る黄金の餓者髑髏、“ガシャどくろG”。眩い骨々はどれくらいの価値があるのだろうか。横に抱えるガシャを回しながら、それは空っぽの目でこちらを睨んでいる。やはり当然のように紫のオーラを纏う、極状態。

 

 

 

「ナメてかかる道理はない! さっさと《エンマ玉》の弾幕に折れることだな!」

 

 

「ボクだって一応、それくらい撃てるんだからね!」

 

 

「オレっちも負けてられニャい! 気合いの必殺《ネコパンチ》を受けるニャー!」

 

 

 

 猛攻に対し黄金らしい耐久力で怯むことなく、ガシャを回す。出てきたカプセルは《燃えさかる赤玉》。すかさず開けて、天から溶岩を降らせた。

 

 

 

「おいおい、火の扱いに長けた大王へそれは悪手だなっ!」

 

 

 

 反撃の火炎がガシャどくろGを燃やし、弱点の左胸(ハート)を守る絆創膏を尽かせた。

 

 

 

「一点めがけて《ひゃくれつ肉球》! ニャニャニャニャニャニャニャニャーっ!」

 

 

「ガッシャアアアアアアアア…………!!」

 

 

 

 ビッグボスが崩れ落ちるのは、迫力がある。

 

 

 苦戦はまっったくない、バスターズにとって久しい完勝を気持ち良く終えた。

 

 

 

 

 

 

 数手遅れた輪廻を除いて。



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26.無窮に()雷霆(らいてい)

 正天寺を出て左へ道なりに行った場所にある高い階段、この高低差が“()々坂”たる所以である。

 

 

 輪廻が寺を出て完全に別行動となった瞬間、見計らったように、その階段の上から電磁砲(こぶし)が向けられる。少し距離のある場所からの狙撃。空振りのシャドーボクシングが衝撃となって、術者の強力な飛び道具と化した。

 

 

 虚を突いた一撃、輪廻はそれを容易くかき消す。飛んで来た方向にいるのは、でんじん親方だ。

 

 

 

「あれが、例の“巨人”ですか。致命傷を与えず、そして逃さず保護しなければいけない……なんと面倒な」

 

 

 

 反撃に、妖気の弾を放つ。威力はエンマ玉と遜色なく、速度だけを見ればむしろ超えている。軽いジャブと言っても、その効力を馬鹿にはできない。だが、相手もまたヤワではない。

 

 

 それを普通に掴み取り、勢いを保つまま投げ返す。輪廻自身が弾から分散させ消滅させたので不毛なキャッチボールにはならなかったが、桁外れに強いことをわからせるのには充分だった。

 

 

 

「ウィルオーウィスプ、奴が力を与えて…………?」

 

 

 

 図体に見合わぬ速度で距離を詰め、雷鎚(いかづち)のような拳を振りかざされた。間一髪で避けるが、第2第3の攻撃が絶え間なく続く。機会を与えない、息をつかせない連撃。命中こそしなかったものの、一方的に輪廻の体力と集中力を削いだ。

 

 

 

「まさに雷のようですが、当たらなければッ!!」

 

 

 

 落雷は下から上へ昇るものであり、それに倣うならば予測できる攻撃ではあった。最初のダメージは、腹部への膝蹴り。意識を飛ばすのに事足りる衝撃が奔る。

 

 

 

「うッ……ぐ、なんと、まさかこれ程とは……!」

 

 

「……」

 

 

「一旦距離を……いや、詰められるのならば逆に踏み込んで」

 

 

 

 親指、人差指、中指の先へ妖力を込める。高密なオーラは、指をまるで黒鉄の鉤爪かのように見せる色だ。

 

 

 大気を割る勢いで突進し、首根っこへ爪を立てる。有効打になりはしない、それどころか命中もしない。はずだった。

 

 

 

「あの鬼教官は貴方の手で死んだのでしょう?」

 

 

 

 ―――嘘だ。死んではいない、そう易く死にやしない。ただこの言葉が、でんじん親方の動きを止めた。コンマ秒に満たない躊躇い、強者同士の戦いではその刹那が結末を分ける。

 

 

 

「あぐ……ッ」

 

 

「おや、想像以上に効きましたか。理想的なことです、これで停止する精神状態ならば“希望”が見えますね」

 

 

 

 「致命傷を与えず」、つまり輪廻は元より、攻撃を弱めていたつもりは一切ない。肉を穿うて血に染まった手がそれを示している。

 

 強く睨まれたことへ返すように顎を蹴り上げ、木々の方向へ飛ばすよう追撃。ガードレールを破り、更に奥のトンネルへ入っていく。

 

 でんじん親方を追ってそれを抜ければ、待っていたのは、らしからぬ青空と草原だった。トンネルを境にして広がる別世界、小屋以外に人の手は感じない空間。

 

 

 

「地獄の入口とは思えない、むしろ天国、そうは思いませんか?」

 

 

 

 水生生物の気配がする小規模の川に腰を落とす敵へ、皮肉めいた言葉をかける。しかし返答は、想像とは違った。

 

 

 

「ああ、全く以てそうだ。ワシには不釣り合いな……」

 

 

「! ……戻った……のですか…………?」

 

 

「……ああ」

 

 

「ならば、治療に行きましょう。ジバニャンたちにも伝えておかねばなりませんし、さあ」

 

 

「……いや、いいや、それ以上に優先することがある。…………ブリーの場所へ、行かなくちゃな」

 

 

 

 ふらふらと足を進めようとする、でんじん親方。ウィルオーウィスプの力が、暴走しそうな妖気が消滅したことで、反動が来ているのだろう。

 

 

 

「しかしなぜ、なぜここに来て突然、奴の力が及ばなくなった? もしやここには、地獄以上の“なにか”があると……?」

 

 

 

 振り向く輪廻が目にしたのは、川の向こうで立つ人間であった。彼の衣服はいつも赤を主として、3つ逆立つ髪型もあり、少し距離があろうとよく目立つ。

 

 

 その人間は、左手の腕時計を構え、うねる円盤状の影をポケットから取り出す。これはまるで、ともだち妖怪を召喚するかのような動作だ。

 

 

 

「―――貴方は今すぐ学校へ向かってください。さくら第一小学校の屋上、皆がそこにいるはずです。早く、たったの一度も止まらずに」

 

 

「いきなりどうし…………! お前だけじゃ無理だ! 嫌な気配がする!」

 

 

「移動ができない程に枯渇した妖力で何ができる!! 一刻も早く行きなさい!! 親方ッ!!!」

 

 

 

 小さな妖気の弾をいくつか発し、それをぶつけて強引に吹き飛ばした。寺の石垣に身体を打ちつける勢いで、でんじん親方を吹き飛ばしたのだ。満足に動けない者を労る余裕すらない。輪廻は、ムゲン地獄でウィルオーウィスプにしてやられた(・・・・・・)あの時に近い緊迫感に意識を駆らされていた。

 

 

 

「この私を勧誘する必要があったとは思えませんね……今頃嗤っているのか、ウィルオーウィスプ…………! 全て利用してやろうと、人と我々の未来を繋ぐ彼までも戦場に置くか!! ウィルオーウィスプ!!!」

 

 

 

 でんじん親方がジバニャンたちと合流したのは、団々坂とさくらニュータウンを繋ぐ橋の手前の駄菓子屋。時間にして4分後。そしてすぐに例の場所へ戻ったが、そこに残るのは、自身の血で川を染める輪廻だけだった。



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27.Bの目覚め……!

「この地を、調べてください……“平釜平原”と呼ばれていた……その頃を知る妖怪を…………」

 

 

 

 輪廻は、そう言って意識を失った。直後病院へ担がれるが、幸いというか流石というか、死に繋がるような重篤さはなく、動ける状態ではあるらしい。しかし、動ける=動いても良い、ではない。無理は控えるべきだとされた。

 

 

 それが、2日経った現時点の話である。

 

 

 

「ワシには思うところがある……ウィルオーウィスプ、野郎はわざと面倒なマネをしおっとるんじゃあなかろうか」

 

 

「親方もそう思う? 私も似た意見かな〜。いちいちクソダサウィスパーの名前騙ったり、ケータを出す目的がわからないわ」

 

 

「ジバニャンたちが動いてるのとは別で、こちらからも情報を煮詰めるべきボーノ……」

 

 

「さて、どうすべきかしらね……」

 

 

 

 潔白の一室。点滴に甘んずるでんじん親方、思考を砥いで澄ますふぶきちゃんとホノボーノさんが会し、憶測を組み立て始める。

 

 

 

「輪廻は、あの場所に特別な何かを感じ取っていたが」

 

 

「あそこの直下にムゲン地獄があると思えば不思議でもないボーノー」

 

 

「ふぶきは何かあるか?」

 

 

「……ウィスパー、あれから態度塞ぎっぱなしだけど、そこも片付けたほうがいい気はするわ。謎も多いし」

 

 

「ボノ〜……仲間の過去を洗うようなことになってほしくはなかったボーノ…………」

 

 

「仕方ないわよ、『わからない』がある内はね。でも……それをわかるようにするのも、私たちの役目」

 

 

 

 一退はあれど一進すら難しい。帰ってきたでんじん親方も敵の情報は持たず、マイナスからひとつ戻ったに過ぎない。プラスへ乗るには、あとどれくらいの犠牲が必要なのだろうか。

 

 

 そこに、傷舐め治療を得意とする看護師のなめこ妖怪“キズナース”が入る。

 

 

 

「皆さん、ブリーさんが目を覚まし……あっでんじんさん勝手に点滴外さないでください! はしっ走ってはいけません〜!」

 

 

 

 3人は反射的に部屋を出て、廊下を駆け抜ける。

 

 

 

「隊長っ!」

 

 

 

 押し入った個室の中では、ブリー隊長が腹筋をしていた。1分70回の記録を誇った全盛期と比べると半分未満のペースで、付き合いの長い彼らには運動能力の低下を痛感できた。

 

 

 しかし当の本人は、それによる気分の落ち込みを感じさせない雰囲気だ。

 

 

 

「おお、待たせちまったな!」

 

 

「よ、良かった……」

 

 

「なんだかどっと疲れが出てきたボーノー…………」

 

 

「ハハハ! ……親方も」

 

 

「…………ああ、ブリー、本当に申し訳なかった……! この件が終わったら必ず償う!」

 

 

「何だ何だ、水臭いじゃないか? ん? ……おかえり、親方」

 

 

「……おう……!」

 

 

「隊長あんたもでしょ?」

 

 

「ハッハッハ! そうだな! みんな『ただいま』!

 

 さァて……現状を聞こうか」

 

 

 

 ブリー隊長が倒れていた10日間で起きた情報をすべて共有する。ミツマタノヅチ掃討戦の結末、輪廻への協力要請、コマじろうの存在消滅とコマさんの失踪、水晶玉を通じたウィルオーウィスプの主張、輪廻とでんじん親方が見たケータらしき人影。

 

 

 

「コマさんは月兎組が、コマじろうについてはエンマ大王さまたちが調査中ボーノ」

 

 

「平釜平原跡はジバニャンらが行っているぞ」

 

 

「奴の話も気になるな……姫、どう考える」

 

 

「あ、私? 繰り返しってゆーのは、どんどろの封印が弱まっていたのが原因とされてたあの時のことかしら。ウィルオーウィスプは、運命に恐怖を感じていたと聞くわ。……まるで、余命宣告に怯える患者みたいにね」

 

 

「運命か……奴はなぜそこまでするんだ? 『改変される変えられない運命』とはどういうことだ? 不明な点ばかりだが……『わからない』をわかるまで足掻くのも、オレたちバスターズの役目だな。そうだろうお前ら!!」

 

 

「ヘェ、ふぶきも熱心なこった」

 

 

 

 じとり、とふぶきちゃんを横目に見るでんじん親方。ホノボーノさんも、ようやく追いついたキズナースまでもがにやけ笑っている。似たような言葉を、おそらくここからの受け売りであろう言葉を聞いていたからだ。

 

 

 

「うっ……うるさいわね……!」

 

 

「ボーノボーノ〜! 笑っていられるうちに笑うのはいいことボーノ〜!」

 

 

「よ、よくわからんが……大変らしいな、姫」

 

 

「〜〜〜〜〜っ!!!」

 

 

「ガハハハハハ!」

 

 

「まったく! 水を差すようで悪いですけどでんじんさん、せめて点滴ごと移動してください! ブリーさんに関してはしばらく安静に! 筋トレもだめ、絶対にですよ!!」

 

 

「それはいつまでだ?」

 

 

「3日は様子を見たいので……」

 

 

「……わかった、ならば明日から!」

 

 

「え゙っ゙」

 

 

「特攻野郎Bチーム! 復・活・だァーッ!!」

 

 

「「「応!!!」」」

 

 

「何も! わかってない! じゃないですかあぁ〜っ!!」

 

 

 

 キズナースもまた彼らと同じ、救う側の者。しかし今は、休むべき患者に対して、怒りの業火を焚き上げるのみであった。



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