二人の支配者 (秀沢)
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現実編
宝物


「山川君!!」

上司から怒声が聞こえる。無視したいところだが、そうした場合の事を考えると答えたほうがいいだろう。

 

「何でしょうか。」

声には出さないが、内心は非常に陰鬱である。今日の説教には、目の前の上司の機嫌から解放されるのはいつになるだろう。

「何でしょうかではない!君の部下が取引先で失礼を働いたそうではないか!」

それを聞き、驚愕の感情と怒りの感情が生まれる。部下の責任は上司の責任と言えるが、報告もされていない初耳の俺にどうすればいいのか。

佐藤とか言う、無能には非常に怒りがわく。ただの無能だけではこんなに怒りはわかない。失態は改善してもらえればいいのだ。しかし、報告もしない改善もしない者の相手をどうすればいいのか。

 

怒りや諦めなど色々な感情が心を満たされてくるが、上司の相手をしなければならない。

「それは、誠に申し訳ございません。すべて上司としての責任を果たせない私の責任です。その取引先にもこれから部下と直々に出向き謝罪をし、この失態を償いと思います」

そのことに関して、初耳と言う事は上司に言っても余計に無駄な時間を消費するだけなので、言わないのが賢明である。

 

「これで何回目だと思っている!山川君、君は部下の管理もまともにできないのか!」

 

「はい。自分の無能さを呪うばかりです。部長にも多大な迷惑をかけて申し訳ございません」

これでも、課長という管理職についているので様々な責任がついている。

平社員の時代、死ぬ気で働きその功績が認められ課長という役職を進められたときはとても嬉しかった。しかし、あの時の選択は今考えても後悔しかない。

管理職というのは部下の失態も自身の失態と同義なので、毎回部下の後始末をしなければならない。無能な部下がいるとより大変である。

 

その後も、部長の説教は続きまともに聞いていると、こちら側が疲れるだけなので聞き逃し怒りがおさまるのを待った。

地獄の時間から解放された後は、後始末をしに無能な部下と一緒に取引先に謝罪をしにいかなければならない。

 

 

 

「はぁぁ―――」

やっと仕事から解放され大きなため息が出る。

(先方があまり怒ってなかったからよかった...あいつ、全く反省してなかったな)

無能な部下の事を思い出すと、また怒りが湧き上がってくるので思考を切り替える。

 

(今日も予定より遅くなったけれど、モモンガさん待ってくれてるかな)

ユグドラシルで自分が来るのを待っている友人のことを思い浮かび、申し訳ない気持ちに満たされる。

 

(ちゃんと謝ろう...でも、何も言わず許してくれるだろうな、あの人優しいから)

自分の甘えた考えに、自嘲する笑いがはめているガスマスクから漏れる。

 

ユグドラシルの事を考えると今までの不快な気持ちが消えていき高揚感に包まれていく。

しかし、最近発表されたユグドラシルが終了することを思い出し再び陰鬱な気分になっていく。

(ユグドラシルも終わりか.....)

 

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓。ギルド、AOG(アインズ・ウール・ゴウン)がつくりあげた不落の要塞。

その地下、10階層の一部屋。部屋の中央には黒曜石の輝きを放つ巨大な円卓が鎮座しており、そこを四十一人分の豪華な席が囲んでいた。

その席のほとんどが空席であり唯一座られているのは一つである。そこには、豪奢な漆黒のローブを羽織っている死の支配者(オーバーロード)が座している。ぽっかり開いた空虚な眼窩には赤黒い光が灯っている。

 

「遅いな、カエルムさん...」

鈴木悟ことモモンガは、AOGのメンバーの一人であり今日約束していた友人の名前をつぶやく。友人であるカエルムが遅刻するのはよくあることなので慣れてはいるが、今回はいつもより遅いのでつい心配してしまう。

 

(....カエルムさん、仕事長引いているっぽいな)

カエルムは遅刻することはあっても約束を破ることはないので来ないと言う事はないだろう。

AOG全盛期であれば、モモンガ以外にも他のメンバーがカエルムや遅刻するメンバーをみんなで話しながら待っていたが今はほとんどのAOGメンバーが引退していったためにモモンガ一人で待つしかない。

AOGだけでなくユグドラシルもユグドラシルサービス終了のお知らせが運営から発表される前からほとんどのプレイヤーが引退していき離れていったために過去の賑わいはなくなってしまった。

 

(もう、まともに遊んでいるのはAOGの中では俺とカエルムさんだけか...)

ほとんどのメンバーが引退してリアルに戻っていたことをモモンガは寂しく感じるが、カエルムという友人が一人じゃないという大きな安心感を与えてくれる。

残ってくれているという嬉しい気持がある反面、カエルムもリアルを選んでAOGを引退してしまうのではないかという恐怖が時々駆け巡る。

モモンガはそれを否定するが、その恐怖はなくならない。

 

(カエルムさんがいなくなったら...俺は一人....)

心が恐怖の感情に支配されていくが友人が来たことが分かりその感情がなくなり、幸せな感情に満たされる。

 

 

「モモンガさん、遅れてすいません!ちょっと、仕事が長引いてしまって..」

慌てて円卓の間に転移してきた存在は、AOG四十一人の一人でありプレイヤー名はカエルム・ジン。種族は精霊であり分類は風の精霊。また、その上位種である風の精霊王でもある。

体は装備でおおわれている。戦士系の装備であり、鎧は全体的に落ち着いた雰囲気で肩には渋い緑のマントがかかっている。

頭部以外に装備してある鎧は少し刺々しい部分があり濃紺色で包まれているが、所々に金色の模様があり重々しい。上と下を分けている、金属製のベルトの中心から地面に向かってマントと同じ色の布が垂れており、そこには金色で描かれている三重の円のマークがある。

髪の毛は薄い黄緑色、若葉色になっておりその先端は緑色である。目も髪色と同じく鮮やかな緑をしている。

 

 

 

モモンガは友の声を聞き嬉しく思いながらも、返事をする。

「大丈夫です、カエルムさん。私もさっき来たばかりですし...」

ユグドラシルでは表情は動かない。だからこそ感情を表現したいときは、感情(エモーション)アイコンを操作する。

ピョコンと感情(エモーション)アイコンの一つ、笑顔マークがモモンガの横に浮かぶ。

 

それを聞いてカエルムはホッとした様子でモモンガの側の席に座り、喜びの感情を含んだ声で話し始めた。

「ありがとうございます...またうちの部下がやっちゃいまして」

 

モモンガはそれを聞き、カエルムを可哀そうに思う反面その部下に対して不快の感情を向ける。

友人であるカエルムに毎回迷惑をかけるその部下にはモモンガも良い感情をもっていない。

(会ったことはないんだけどね...)

 

少しの世間話を済ませた後、今日の方針を話し合うことになった。

 

「で、カエルムさん。今日は何処に行きます?」

ユグドラシルが終わりに近づいているために、イベントはあるものの昔のような量ではなく少ししかない。それでも、モモンガは友人とユグドラシルで遊ぶことは嬉しく幸せである。

(最近は、あまり面白いイベントもないよな...カエルムさんもそう思っていると思うし....)

モモンガはカエルムの反応を見るが、やはり表情は動かないので何も分からない。しかし、カエルムが先ほどから沈黙しているので疑問を感じる。

 

(カエルムさん、どうしたんだろう.....まさか、寝落ち!?)

モモンガはそう思いカエルムに呼びかけようとするが、その前にカエルムが口を開いた。

 

「モモンガさん。前から思っていたんですけど...」

カエルムの声を聞き安心したが、その先を言いづらそうにしているのをみて不思議に感じる。

 

「どうしました?」

モモンガの疑問の声を聞き、カエルムはその情熱を表すように前のめりになって口を開いた。

「私、ずっと思っていたんです。自分のNPCが欲しいと。それで、モモンガさんに協力してほしいんです。我儘だと分かっていますけどナザリックをつくった時から夢だったので...」

 

モモンガはカエルムのNPCが欲しいという願望を聞き、唐突のことで呆然とする。

(そういえば、ナザリックをつくった時NPCを誰がつくるかくじ引きで決めたあと当たらなくてすごい落ち込んでたなー...)

懐かしい思い出がよみがえり思い出し笑いをしそうになる。

(そんなに欲しかったんだ...でも、面白いかもしれないな...)

モモンガはAOGみんなで楽しんだ時ことを思い出す。また、同じように目標に向かって楽しめるかもしれないと思い笑みがこぼれる。

 

自身の思考に浸っていたモモンガはカエルムに対して返事をしていないことを思い出した。

「すいません。ちょっと唐突でびっくりしちゃって.....いいと思いますよ。カエルムさんのNPCづくり。私も協力します」

モモンガは笑顔のマークを出す。

 

それを聞いたカエルムは感極まったようにしている。

「本当ですか!....ありがとうございます、モモンガさん。じゃあ、早速今日行きましょう。昨日調べまして今日、二人でもクリアできそうなNPC製作可能レベルを増やすアイテムが報酬のクエストがやっているんですよ。」

モモンガはカエルムの久しぶりにみた熱い姿に動揺したが、モモンガ笑いながら快諾の返事をする。

 

「昔だったら、二人だけだったらすぐにPKされてましたけど、今はプレイヤーの数も少なくなっているので大丈夫だと思いますよ...けれど、油断は禁物です。対策を整えたいのでそのクエストの詳細を教えてください」

モモンガは頭を切り替え準備に取り掛かる。カエルムもいつの間にか兜をかぶっており完全武装の姿になっている。モモンガはその事を笑いながら、カエルムと情報の共有を開始する。

 

AOGはメンバーは二人しかいないが、久しぶりの賑わいをみせる。モモンガも友との久しぶりの冒険に高揚感に満たされる。

 

 

(.....ああ、本当に楽しみだ)

 

 

 

 




指摘やアドバイス等あったら是非教えていただきたいです。
よろしくお願いします。


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提案

「....モモンガさん、どのような作戦で行くか決まりましたか?」

カエルムはモモンガにイベントの詳細を伝え、モモンガが作戦を考えている間自分だけ何もしないのは申し訳ないと思い、宝物殿に行き必要な武器やアイテムを取りに行っていた。

その後、円卓の間に戻りモモンガが終わった雰囲気だったので話しかけた。

 

「はい。いつものように、後衛は私がやります。前衛はカエルムさんによろしくお願いします....イベントの内容から低レベルのモンスターを大量に倒した後にボス戦なので、私はMPをボス戦に備えて残さないといけないので最初の弱いモンスターは、カエルムさんにお願いします。勿論、私も後ろから援護します。それから、カエルムさんもスキルはできるだけ使わないで残しておいてください」

 

カエルムはギルドのチームの中でその他役(ワイルド)に分けられていた。カエルムは風特化の魔法職と、風属性の聖騎士の戦士職をとっていて全体的に風属性を特化しているクラスが多い。しかし、レベルがカンストしてから自分のビルドを一部改良したおかげで純粋の魔法職や戦士職と比べれば劣るが、かなりガチのビルドとなった。

ビルドを改良した後でも、風に特化したままなので敵が風属性に対して耐性を有していた時はカエルムが大きく不利になる。

 

聖騎士は、基本他の戦士職と比べて攻撃力は低いが防御力が高くなる。しかし、風騎士はその逆で攻撃力が高くなる代わりに防御力が低くなる。風に特化したの魔法職は魔法火力は低いが燃費は非常に良い。

 

プレイヤーの中では一般的に、風属性の魔法は攻撃力が弱いと思われているが高位階の魔法の中には、攻撃力が高い魔法もある。また、低位の魔法の中にも風魔法は行動阻害や相手と距離を離す効果をもつものがある。

カエルムは、この魔法がお気に入りで相手がひるんだ隙に攻撃をするのがカエルムの得意な戦術である。

モモンガはドリームビルダーだが魔法をプレイヤーの倍の数習得しており、そしてすべて暗記している。状況対応能力もギルドで一番であるために後衛として、最適な行動をとることができる。

ガチビルドのプレイヤーで構成されたチームとは劣るが、全体的にみても連携が取れていて強い部類にはいるチームである。

難易度が高いクエストやイベントなら二人だけのチームなど簡単に崩壊するが今回は難易度が低くボス以外は雑魚ばかりなので問題はない。

 

カエルムは作戦や戦略は自分より上手なモモンガに任せている。しかし、毎回任せっぱなしになっているので申し訳ない気持ちでいた。

「...毎回モモンガさんに任せちゃってすいません。特に今回は私が我儘言って協力してもらっている立場なのに...」

 

「これくらい大丈夫ですよ、カエルムさん。それに私も好きでやっている事ですし...カエルムさんも毎回必要な装備を用意してくださるのでお互い様ですよ」

 

モモンガの優しい声を聞き、カエルムは目も前の骸骨の顔が微笑んでるような錯覚に陥る。

(モモンガさんって、たまに乙女に見えるよな....)

 

「.........これが萌えっていうのか」

 

「え?...」

モモンガはカエルムの呟いた小さな声が聞こえなかったらしく聞き返した。

 

「いえ、何でもないです」

自身が声に出していたことに気づいたカエルムは、モモンガに聞かれなかったことに安堵しつつ、そっと息を吐く。

(....まさか、あのペロロンチーノの言っていたことを理解できる日が来るとは、)

 

いつもカエルムにエロゲなるものの良さを伝えようと必死になっていた友のことを思い出すと、カエルムはもう少し優しくすればよかったと後悔する。

カエルムは、昔はペロロンチーノの言っていることが全く理解できなかったために興味を感じず真剣に扱ってなかった。

その時と比べれば、理解できるようになったカエルムは大きく成長しただろう。

 

 

(...昔は、こんな感情豊かじゃなかったのにな....ふふ)

カエルムはユグドラシルを始めたおかげで、自分の感情が豊かになったことに対して感慨深いものを感じ笑みがこぼれる。

過去の自分を思い出して、思い出に浸ってるとそれをよそにモモンガが詳しい作戦の内容を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

ここは、ユグドラシルの九つある世界のうちの一つ。ムスペルヘイム。

ムスペルヘイムは異業種に有利な世界であり、中央から離れ辺境に近づくほど危険が多くなる。

また、この世界にはAOGに匹敵するギルドの居城、炎巨人の誕生場がある。

 

今回、この世界の中心で運営がだしたクエストが開催されている。

しかし、そのクエストの場所には数えれる程度のプレイヤーしかいない。いつもなら、報酬のいいクエストやイベントがあると誰が先にダンジョンに入るかプレイヤー同士で争い賑わっていた。

運営がユグドラシルのサービス終了の発表を受けて、ほとんどのプレイヤーが離れていき新しいゲームに乗り換えていった。それとは関係なく運営が発表する前から、ユグドラシルをやめるプレイヤーは増えていた。

 

粛然とした雰囲気の中、一部のプレイヤーがざわめいていた。なんだ、なんだと気になったプレイヤーがざわめいているプレイヤーの視線の先をたどる。

 

そこには、この世界では珍しくもない骸骨のアンデットと頭全体がつつまれている細いスリットのあるヘルムの額にある金緑色の三重円のマークが目立っている、渋い紺色のフルプレートの戦士がこちらに向かって歩いていた。

 

「お、おい!.....あれって!?」

 

「....あれって、AOGの!!」

一人のプレイヤーが骸骨のプレイヤーの装備から思い浮かんだ人物の名前を叫ぶ。

 

「あのAOGのギルマス、モモンガじゃないか!!」

 

「あの運営非公式のラスボスか!」

その名前を聞き、周りのプレイヤーが様々な反応をみせた。

 

「AOGって1500人の討伐隊を殲滅したあの伝説の!?」

 

ギルド、AOGは元々頭のおかしいメンバーが多いDQNギルドで有名だったが、あのAOG討伐隊が殲滅されて以降その名はユグドラシルでは知らぬ者がいないほど有名になっていた。

また、プレイヤーの中には伝説をつくったAOGに憧れているものも多くおり人気も高い。

ユグドラシル終了が近づき、たくさんのプレイヤーが引退していてもその知名度は高く伝説とされている。

 

「.....でも、確かAOGのメンバーってほとんど引退したって聞いたぞ」

一人のプレイヤーがそう口に出したが、それは他のプレイヤーの叫びにかき消された。

 

 

「おい!!その横にいるのって、あのロボット精霊じゃないか!?」

 

「本当だ!!あの変なヘルムは間違いね――」

 

AOGのメンバーは、ほとんどが知れ渡っている。そのメンバーであるカエルム・ジンも例外ではない。

カエルムは上手く風魔法を使いこなすプレイヤーとして有名だが、それ以上に感情がないことが他のプレイヤーの中では有名でありロボット精霊という不名誉な二つ名がついている。

 

カエルムとしては、不本意な二つ名である。しかし、その二つ名はまだカエルムがAOGに入って初期、まだメンバーからもロボットだと思われていた時に定着したのでカエルムに原因がないとは言い切れない。

また、カエルムのマークがついているヘルムは傍から見たらダサく印象に残りやすいので知名度は高い。

 

周りのプレイヤーが騒いでいる中、その話題の中心の二人は気にすることなくダンジョンに入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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ダンジョン

モモンガとカエルムの二人はダンジョンに入り、周囲を警戒しながら進んでいた。このダンジョンはユグドラシルには滅多にない難易度が低いダンジョンである。これはユグドラシル全盛期の時に珍しかっただけで、今となっては珍しくなくクエストやイベントでできたダンジョンはほとんどが難易度が低い。

それはユグドラシルの終わりが近いから運営のサービスなのか、管理が面倒くさくなったのか原因は分かっていない。

 

カエルムは前衛としてモモンガの前に立ち、モンスターを倒していく。

 

このダンジョンは、炎に特化した悪魔やスライムなどの種族で構成されている。ほとんどのモンスターが低いレベルの雑魚ばかりだが、一部高レベルのモンスターが存在するために油断はできないためにカエルムは相手の強さから判断して攻撃していく。

 

モモンガは、炎対策としていつも身に着けている神器(ゴッズ)級を装備している。当然だが、ギルド崩壊の危険性があるギルド武器は外に持ち出さずナザリックに保管してある。

一方のカエルムは、炎は弱点ではないために対策はしていない。しかし、闇属性の魔法が弱点なのでカエルムはいつも神器(ゴッズ)級の装備で耐性を獲得している。今回も、悪魔がはなつ闇魔法に備えて装備している。武器は、いつもの剣とは違いボスの対策として、神聖属性の剣を使っている。

 

カエルムは強い敵を警戒しながら、後ろから援護しているモモンガをみる。モモンガは、ダンジョン前で騒いでいたプレイヤーのAOGに対する反応をみてご機嫌になっていた。

 

(......そんなに嬉しかったんだ、モモンガさん。しかし、あいつら馬鹿だな。俺らに気を取られてダンジョンに先に入らないとは....)

 

モモンガのチョロさに面白く感じ笑いがこぼれるが、それと同時に先ほどのプレイヤーの行動を思い出し愚かに思う。

ダンジョンは、誰が先に入るかでその報酬の数も変わる。それなのに、後から来たカエルムたちに何も言わず譲るとは親切だなと思い嘲笑がもれる。

 

(....いや感謝しなければならないな....ふふ)

皮肉な笑みがでるが、高レベルのモンスターが現れたために気持ちを切り替える。

 

その強い敵もカエルムは、モモンガと連携して倒しその先に進んでいく。

 

 

 

先に進んでいくと前にモンスターの集団が現れた。モモンガは魔法で範囲攻撃しようと考えるが、ボス戦に向けてMPを蓄えておかなければならないため迷いが生まれる。

 

「<風斬>」

その声とともにカエルムの剣が振るわれ、敵が一匹残らず消滅していった。死んだモンスターたちはドロップしたクリスタルを残した。

 

「ありがとうございます。カエルムさん」

モモンガはカエルムがモモンガのMPを消費しないようにスキルを使う配慮に嬉しく思いながら感謝の言葉を口にする。

 

モモンガたちのチームは人数が二人と通常のチームと比べれば数は少ないが、それを連携した動きで補っていた。モモンガはその事にも誇らしく思う。

 

「いえ、大丈夫ですよ」

カエルムはあまり気にしてないような返事をを聞きながらモモンガは感傷に浸る。

 

(.....本当に楽しいな。友人がいるだけで毎日が輝いてみえる)

モモンガはその些細な友人との会話を幸せに感じながらも先に進む。

 

 

モモンガたちがダンジョンの先に進んでいくと大きな扉のようなものが見えてくる。

カエルムはそれを見て、口を開く。

 

「モモンガさん。そろそろボスみたいなので準備しましょう」

その言葉を聞き、モモンガも気持ちを切り替え戦闘準備に入る。

 

 

「わかりました。カエルムさんは補助魔法をかけ終わったら、作戦通りにお願いします」

カエルムが了解の返事をし補助魔法をかけていくのをみて、モモンガも自身に補助魔法をかけていく。また、ここまで消費したHPも回復する。

 

イベントやクエストではたまに情報を全く開示しないものもあるが、今回は出現するモンスターやボスの情報が一部開示されていたのでモモンガたちはそれを参考に作戦を立てた。

モモンガは作戦通りにいけば、倒せるという確信があるがボスが予想以上に強かった時の作戦も考え、事前にカエルムに伝えておいた。

 

補助魔法をかけ終わったモモンガはすでに準備を完了しているカエルムに伝える。

 

「カエルムさん、準備OKです」

 

それを聞いたカエルムは、腰にある剣を抜きボスにつながる扉を開ける。扉はゆっくりと開かれていきボスの姿をあらわにする。

その扉の向こうには、炎をまとった巨大な悪魔が堂々と待ち構えており、その顔は邪悪に歪んでいた。

 

ボスを確認したカエルムはすぐ剣を構え、その悪魔に向けて切り札の一つを発動させる。

 

 

「<神風>!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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戦闘開始

カエルムがスキル<神風>を発動した直後、ボスの悪魔に巨大な竜巻が襲う。

悪魔はダメージを受けた気配はないが、その攻撃によって行動が阻害されている。その悪魔が、行動阻害の耐性を持っていないのではなくカエルムの切り札、スキル<神風>が耐性を突破したからである。

 

<神風>は、隠し職業によって得られるスキルである。

風の精霊を種族として選び、風に特化した魔法職と戦士職で構成された風系統を極めたビルドで初めて就職できる<アネモイ>の限界レベルである5に到達した者のみが60時間に一度使える特殊スキルの一つである。

<神風>は行動阻害の耐性をもっていても、相手の動きを縛り行動阻害の状態にできる。しかし、スキルの攻撃範囲に相手が入っていなければならない。また、効果時間も限られている。

 

敵が行動を制限されている間、カエルムは無駄な時間を消費しないように全力で悪魔に攻撃をしかけていく。

 

「スキル発動<永久嵐>!」

このスキルも、隠し職業<アネモイ>で獲得したスキルであり相手に無限に続く、竜巻による風属性の斬撃をあたえる。効果時間に制限がなく強力なスキルだが、範囲内から回避されれば何の効果もない。

カエルムは斬撃が続く竜巻の中に突撃していく。風の完全耐性があるカエルムにとって何のダメージにはならない。

これらの攻撃の連続は、カエルムの戦闘時の十八番である。

 

(....ボスが風属性の耐性をもっている可能性も考えて、対策も考えたが杞憂に終わったな)

 

カエルムはそのことに安心しながら、敵に高位階の魔法と全力の攻撃を加えていく。悪魔は神聖属性が弱点であるのでカエルムの持つ神聖属性の剣は、相手に大きくダメージを与える。

 

 

「<心臓掌握(グラスプ・ハート)>」

連続で敵に攻撃している中、後ろから第九位階の死霊系魔法が発動される。しかし、目の前の悪魔には魔法が効いた様子はない。

 

その事に疑問には思わない、ボスなど強いモンスターはだいたい即死対策はしてあるからである。しかし、たまに即死対策がされてないモンスターがいるために一概には言えないので試す必要がある。

 

モモンガは次に敵の弱点を探るために、雷の第九位階魔法を発動する。神聖魔法は一部を除きすべての悪魔が弱点だが、モモンガは信仰系の魔法職に就いてないため使えないために、最初に弱点の可能性が高い雷の魔法を試した。

 

 

「<魔法最強化(マキシマイズマジック)万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)>」

それをくらった悪魔は悲痛な叫びをする。カエルムは<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>を発動して悪魔のHPをみると、通常よりもHPが減っていることが分かる。

相手が<虚偽情報・生命(フォールスデータ・ライフ)>使用している可能性を考えるが、モンスターは虚偽の行為をしないので自分の頭の中に浮かんだその可能性をすぐに否定する。

 

 

(雷が弱点か....モモンガさんが魔法をくらわせている間に俺もできるだけHPを削らないと...)

カエルムは相手の弱点が分かったために、攻撃に雷系の魔法も追加して敵にダメージを与え続けていく。

 

敵に弱点が分かったモモンガも悪魔に雷を中心に魔法を発動する。

 

 

 

「<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>」

カエルムはもう一度魔法を発動して相手のHPを確認する。

 

(...スキルの効果時間が終わるな。ボスのHPはほとんど削れたが.....)

スキルの効果時間までにボスを倒せないことが分かったカエルムは、それをモモンガに報告する。

 

『モモンガさん、30秒後くらいにスキルの効果が切れます。その間にボスは倒せませんけど、どうします?』

 

少し間をおいてモモンガが話し始めた。

『カエルムさんは、私が召喚したモンスターと一緒にボスと戦って時間を稼いでください。私が超位魔法で倒します』

 

『分かりました。その作戦でいきましょう』

カエルムが了解の返事をした後<伝言(メッセージ)>を切り、カエルムの元にモモンガが召喚した四体のアンデットがくる。

 

 

 

「グオォォォォォオオ!!!」

スキルの効果が切れたのを合図に眼前の悪魔が重い雄たけびをあげる。悪魔は召喚モンスターらをなぎはらいながら周りに魔法をはなつ。

 

その範囲攻撃にHPを削られるが、カエルムはスキル<永遠の嵐>を解除した後すぐに召喚モンスターと一緒にボスに攻撃していく。

 

悪魔はカエルムとアンデットたちに魔法でダメージを与えていき、四体のアンデットの内の二体を滅ぼす。

カエルムは防御したが、予想以上にダメージをくらいイラつくが残ったスキルをすべて使いダメージを与える。

 

「<狂風>」

そのスキルの発動で悪魔に荒れ狂う風が襲い、鋭い斬撃をくらわせる。

 

 

(....あと20秒くらいか)

カエルムは時間を稼ぐ戦法をとり、悪魔と防御をメインに戦っていく。

 

 

 

「オオオォォォォ!!」

その叫びと同時に悪魔の巨大な腕がふるわれ、カエルムたちに大きなダメージを与え、召喚モンスターのすべてが消滅する。

 

(チッ.....!)

カエルムは一人で相手をしなければならないことに焦るが、後ろのモモンガをみて安堵する。

 

 

超位魔法の発動準備時間が完了したモモンガは、悪魔に向かって魔法を発動する。

 

「超位魔法!<失墜する天空(フォールンダウン)>!」

その詠唱がされたあと、超位魔法にふさわしい大ダメージをボスである悪魔に与える。

 

 

「ウオオォォォォ!!」

そして、悪魔が悲痛な叫びをあげながら消滅していった。

 

 

ボスが倒されたのをみて、カエルムは解放感と高揚感に満たされる。そのまま、モモンガの所まで行き話しかける。

「やりましたね、モモンガさん!今回は私の我儘に付き合ってもらってありがとうございました」

 

「いえ!...こっちこそ楽しめたので大丈夫ですよ。カエルムさんの方こそお疲れさまでした」

 

モモンガとカエルムは互いの健闘を称えあった後、感情をそのままさらけ出し二人で笑いあった。

 

 

 

 




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帰還

ナザリック地下大墳墓に戻ってきたモモンガとカエルムは、クエストクリアの報酬を二人で分け合っていた。

カエルムは、NPC製作レベルが増やせるアイテムがもらえればいいと思っていたので他のアイテムなどは、モモンガにすべて譲ろうと考えていた。

しかし、それはモモンガが断ったのでNPC製作レベルのアイテム以外は平等に分けられることなった。

 

協力してもらった立場なのに、同じ分け前は申し訳ないとカエルムは思っていたが本人が断ったため何も言えなくなってしまった。思うところはあるが、ひとまずその問題は落ち着いた。

 

 

 

カエルムは手に入ったクリスタルやアイテムなどを整理していた。モモンガはナザリックの調整をしていた。

ひと段落したカエルムは、モモンガに気になっていたことを聞く。

「モモンガさん、私たちがいない間ナザリックにプレイヤーは侵入してきましたか?」

 

AOGはPKやPKKを行うことを主としていたので多くのプレイヤーから恨まれている。

そのため、ギルド拠点にプレイヤーがいないと分かれば、好機だと思い攻めてくるプレイヤーは多いだろう。伝説となったAOGを攻略して名誉を得ようとしている者も少なくない。

 

こうして、ナザリックが無事のため侵入したとしても被害は少ないと思うが、それでも心の中にある不安や心配する気持ちは消えない。

(....いや、罠と考えて攻めてこない場合もあるか.........こういう時は何も考えてない愚かなものが得するわけか)

 

 

カエルムの心配を見透かしたように、モモンガは安心させるような落ち着いた雰囲気で答えた。

「安心してください、誰一人侵入してきませんでしたよ」

 

 

「そうでしたか。よかったです」

それを聞いたカエルムは、自分の心配が杞憂に終わったことに安堵する。

 

カエルムが安堵している中、モモンガが口を開いた。

「ところでカエルムさん。NPC製作レベルは増やすことができましたけれど、どうやってつくるつもりなんですか?NPCのデザインなど担当してくれていたヘロヘロさんや他のギルメンはいませんけど......」

 

モモンガのその疑問も当然である。

AOGのほとんどのNPCは一部のギルメンがデザインやAI作成などを担当していたので、そのギルメンがいない今カエルムはNPCの製作を頼むことができない。

 

しかし、カエルムはその事もしっかり考えていた。

「大丈夫です、モモンガさん。しっかり考えてますよ......モモンガさんは私に弟がいることは知っていますよね?弟が意外と有名なプログラマーなんで、その弟にAIの作成を頼んでみるつもりですし...あと知り合いのイラストレーターにデザインは頼んでみるつもりです」

 

カエルムはリアルでは会社で課長という位についていて、築いたその豊富な人脈はカエルムにとってひそかな自慢である。

 

山川空の弟、山川大地はリアルでは有名人であり貧困層出身にして会社の社長の位についておりギルメンの中にも、その下で働いている者が数人いた。その成功している弟とよく比べられることがあるが、カエルムはまったく気にしていなかったし、弟の事は誇りに思っている。ギルドの中では、弟がいる同士ぶくぶく茶釜とは仲が良かった。やまいことも境遇が似ていたため、気が合っていた。

 

 

「ああ、そうでしたね。カエルムさんあの人のお兄さんでしたね....なら、大丈夫ですね......あの、もし困ったことがあったらいつでも相談してください。私も協力しますから」

 

モモンガの裏のない親切な言葉にカエルムは感動する。

(.....大地のことを聞くと、媚びを売ってくる人間が多いけれど...モモンガさんみたいな心がきれいな人と話すと心が安らぐな)

 

「ありがとうございます、モモンガさん。その時はよろしくお願いします......それと、今日は付き合ってくださってありがとうございました。モモンガさんも何かやってみたいときは遠慮なくいってください。私も全力で協力します」

カエルムは友人としてそう約束する。

 

「はい、その時はよろしくお願いします」

 

その返事を聞いたカエルムは明日の仕事に備えて準備をするためにログアウトする。

「では、お疲れさまでした。またここで会いましょう」

 

「はい!....また、ここで」

 

  『カエルム・ジンさんがログアウトしました』

 

 

 

 

 

 

「ふぅ――.........さて」

ログアウトし後ろにつながっているコンセントを抜いた後、山川空は少しの休みをとり気持ちを切り替えた。

 

明日の仕事に必要な書類などを準備し確認作業を終えた後、シャワーを浴び目覚まし時計を設定し明日の朝に備えた。顔の筋肉が緩み、だんだん頭が動かなくなっていく。

脚に顔をこすりつけてくるペットの猫をなで終わり、寝る準備に入っていく。

 

「明日は4時起きか......大地にメールしておかないとな。あと、田崎君にも頼んでおかないと」

 

弟の大地と友人にメールを送った空は、ベットに体を預け眠りについていった。

 

 

「......にゃー」

 

 

 




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傷心

ユグドラシルとは全く関係ないです。


朝五時に起き会社に向かった山川は、いつも通り身分証明をみせ二階にあるオフィスに向かった。部下たちの様子を確認し昨日ミスした無能な部下に注意した後、自席に座ってすぐ異変気づいた。

 

部長の姿がない。毎日仕事の確認にくるあの部長がいない。山川は自分の嫌いな人ランキング三位の人物がいないことに素直に喜んだ。

しかし、喜んでもいられない。この会社は、他の会社と比べてそこまでブラックではなく休みの日がもらえる。それでも休日以外は休むことは許されておらず、どんな理由でも休んだ場合はペナルティが課せられる。部長にも休日をあるが今日はその日ではない。

 

山川は何故という疑問に思い、仲の良い部下に聞いてみる。

 

「吉田君、今日部長いないみたいだけど何か聞いてる?」

声をかけられた部下の吉田は、こちらを振り返える。部下の吉田は女性にしては珍しいズボンのスーツを着ておりショートカットの髪型である。顔立ちはそんなに良くはないが、初対面の人に好印象をもたせる顔をしている。

 

「え?...あ、本当ですね。何も聞いてないです。あの部長が休むなんて珍しいですね」

 

(.......まさか)

その答えを聞き、少し心に胸騒ぎがするが普通に休んだということも考え自分の最悪な可能性を否定する。

 

「そうか、何も聞いてないか...吉田君、ありがとう。仕事に戻っていいよ」

それを聞き、吉田は通常の仕事に戻る。

 

部長の事を気づいてなかった吉田は、普段の仕事でもたまにミスをするしポンコツだが山川は悪感情を抱いてない。それはミスをしても改善し二度と同じ過ちをしないし、しっかりと反省しているからだ。

それに、熱心に分からないことを聞いてくる吉田には好感を抱いていた。二人で昼食を食べに行くなど仲が良い。

 

 

そのあと、部長がいないので代わりに山川が今日の仕事を各部署に知らせに行き、部下に指示をした後山川も自分の仕事をしていく。

 

そのまま部長が来ないまま、昼が過ぎ誰もがそのことに忘れていた時山川の部署に会社の役員の一人が入ってきた。

 

山川は疑問に思いながら、席を立ちその役員の所まで小走りで向かう。その役員は少し太っており高級そうな服を着ている。山川とは初対面ではないが、覚えていないようだ。

 

「これは川崎様。課長の山川と申します。こんなところまでいかがなさいましたか?」

その役員の名前を思い出した山川は、言葉遣いに気をつけながら話した。

 

「君が山川君か、君の噂は聞いている」

 

自身の活躍か弟の大地のことかと考えるが、当然後者だろう。瞬間、弟の活躍を誇りに思うがこれは嫌味として言っていることに気づいたので少し不快な気持ちになる。

 

「ありがとうございます」

不快な気持ちは一切表に出さず、感謝の言葉を告げる。

 

 

「.....今日は君に吉報を知らせにくるためにここに来た」

山川はその言葉に疑問を思ったが、思い当たることがあり背中に冷や汗が流れる。目の前の役員は言葉をつづけようとするのをみて、その先に続く言葉が自分の考えている事と違うことを祈る。

しかし、その願いは無慈悲にもかなわなかった。

 

「山川君、今日から君は部長に昇進だ。元の課長の位はまだ決定していないために決まるまで引き続きその仕事は君がやってくれたまえ......以上だ」

端的に話した後用は済んだとばかりに川崎は、山川の様子も気にせずその場から去っていった。

 

呆然としたまま見送った山川はそのまま自分の席に戻った。

 

その様子をみて部下の吉田が心配しているが今の山川にはその事に気にする気力もない。

 

部長の昇進が決定し山川がこんなに落ち込んでいるのは、部長が酷な役職だからである。課長は自身の部下の管理や教育を任されているが、部長は社員の管理とリストラや役員の接待を担っている。

 

リストラする人間は自分で選ぶことはできず、上からの言うとおりの社員をリストラしないといけない。その時、無能なあいつが選ばれるのはいい。しかし、それ以外の可愛がっている部下たちが選ばれないとは限らないではないか。

 

給料は高くなるためにクビになったお金が大好きの部長ならば何とも思わないかもしれないが、山川にとっては心身を削られる仕事である。

 

このままではいけないと思った山川は心配してくれた吉田に大丈夫と伝えた後、先に事を考え始める。

 

(....最悪だ、どうするか。転職するか......しかし、高い役職についていたものは基本違う会社には雇ってもらえないからな..............大地を頼るか)

 

未来への対処を考えていくが、今考えてもしょうがないと思い直しその時になったら考えようと問題を先送りにした。

課長から新しく部長となった山川は、思考を切り替え部下たちに部長になった事を話す。部下たちの反応は様々だが、勘の鋭い者は山川の事を憐れんだ目で見てきた。

それ以上憐みの目を向けられたくないので話をかえ、仕事に戻らせた。

 

そのまま沈んだ気分のまま仕事を終え家に帰った山川は、鍵が開いていることに気づく。

家の中に誰がいるのか思い至った山川は沈んでいた気分が急上昇するのを感じる。そのまま扉をあけ自室に向かっていくと一人の若い男が座って待っていた。

 

「ただいま、大地」

 

 

「おかえり、兄さん」

兄の声を聞いた大地は、笑顔でそう応えた。

 

 

 




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「兄さん、大丈夫?顔色悪いけど」

家から帰ってきてスーツから普段着に着替えている兄に話しかける。

 

いつも兄は疲れた顔をしている。週に四日は兄の家に遊びに行くが、いつも疲れているので本当に心配してしまう。

兄が疲れているのは昔からそうだ。そんな兄の姿が大地は好きだった。

 

空と大地の家は貧困層にしては裕福な家だった。お金があったおかげで、二人とも学校に行けて満足に教育を受けていた。

学校に行けていない子供が多かったのは知っていたが、当たり前のように生活していた。

しかし、その日常は兄が中学生、弟が小学生の時に簡単に崩れ去った。両親の仕事が失敗したのだ。二人の学費が払えなくなり、毎日の生活も満足に過ごすこともできなくなった。

 

 

その時母と父は必死に謝っていた。両親は言わなかったがこのままじゃ生きていけなくなることも理解できた。

そこで兄さんは中学を中退して仕事を探し始めた。僕も働くと言ったが兄さんは許してくれなかった。その時は理解できなかったけれど、僕の学費を兄さんが払ってくれて学校の行けるようになった時兄さんは僕のために働き始めたと理解できた。

兄さんは金持ちになるという夢があったし元々大きな野心があった、その野心を実現する才能もあった。それなのに、僕のためにその夢を諦めた。

罪悪感に苛まれたが、それ以上に兄さんが僕を優先してくれたことに大切に思われていると感じすごく嬉しかったし、今まで以上に兄さんの事が大好きになった。

 

僕は中学を卒業した後、兄さんの期待に応えるために会社を立ち上げてお金を沢山稼いだ。この稼いだお金は、両親に家をプレゼントして親孝行に使ったし残りは兄さんにあげようと思っている。

でも、断わられたのでひとまず諦めたけど諦めてない。その時も改めて兄さんの優しさを感じた。

 

兄さんが趣味でユグドラシルを始めて、だんだん感情を家族以外にも見せていく兄をみてとても嬉しくなった。僕も最近同じユグドラシルを始めてたまに兄と一緒に遊んでいる。

だけど、兄さんが他の人との話を嬉しそうにすると心に激しい嫉妬の感情が生まれてしまう。ダメだと分かっているけれど、抑えられない。嫉妬はあるけど、兄さんのお友達には感謝している。

 

仕事も今のブラックな会社から僕の会社に来てほしいと言っているんだけどなかなか承諾してくれない。理由は分からないけど、あんな会社よりこっちの方が勤務環境がいいのは間違えないし兄さんのために仕事が少ない高い役職を用意している。職権乱用だけど、そんなもの今の世界には普通だ。その条件も話したけど、「大地のヒモになるから駄目だ」と言われた。ヒモになってもいいのに......

このように、大地は小さい時から大のブラコンである。

 

大地から心配された兄の山川は、困ったような顔をして答えた。

「やっぱり、大地にはバレちゃったか....会社で部長に昇進したんだけど、頭のいい大地にならこれが何なのか分かるだろ?」

 

大地は兄から褒められたと思い気分が上がるが、その原因に思い当たり気分が沈み怒りの感情がわきあがる。

 

(兄さん可哀そう.....チッ!あのクソ会社が!!)

自分の燃え上がる感情を一切表に出さず口を開く。

「うん。分かるけど.....やっぱり、兄さんが苦労するだけじゃんその会社。うちに来ればいいのに....」

 

「はは..大地は優しいな....可愛がっている部下もいるし、どうしてもって時に大地に頼ろっかな」

優しい声で話しながら自分の頭をなでてくれる兄に大地は恍惚な表情を浮かべる。

 

なでおえた山川は苦々しい表情をした後、陽気な表情にかえ話し始める。

「もう、暗い話はやめにしよう.....今日はメールで頼んだAIの作成をしにきてくれたんだろう?準備するからちょっと待ってろ」

 

大地もそのつもりで来たが、すぐ終わるために兄とのふれあいがメインでAI作成はついで感覚だった。

 

「うん。分かった。すぐつくれると思うよ」

 

その返答を聞きながら山川は準備をし、大地の好きなショートケーキと飲み物を用意した。大地は好物をみて喜びながら食べ始める。

ここに来る楽しみとしてこのことも含まれている。楽しみな事とは、一人でショートケーキを食べることではなく兄と一緒にショートケーキを食べる事である。

 

「じゃあ、俺のパソコンは勝手に使ってくれてもいいから。大地、頼むな」

 

「!!兄さんのために頑張るよ!」

 

兄さんから頼られたと思い大地は、目を輝かせ全力で取り組んでいく。

早速取り掛かり始めたが、兄から声をかけられ一旦手を止める。

 

「NPCの動きは大地に任せるけど....新しく部屋増築しようと思うからそれは俺も協力しながらやるけどいい?」

 

プログラムは難しいものはできないものの大地から指導を受けたことがあるので少し程度なら山川もできる。

自分がこだわりたい事は納得するまでやる性格なので山川は、自分も関わりたいのだろう。

 

大地はそんなことも考えず、兄さんとの共同作業と喜び快諾の返事をする。

 

「もちろんだよ!兄さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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田崎

二人でプログラムの作業しているといきなり、難しい部分を担当している大地が口を開いた。

 

空の弟、大地はまだ二十代で若く雰囲気は兄と似ているが、童顔で庇護欲をさそう顔をしており女性にモテる見た目をしている。

天才肌で空よりも能力は高いが、空気を読むことや他人の感情に疎いなど共感力が劣っている所がある。

 

「兄さん、これだけ大きい部屋増築するとそれなりのお金も必要になるけど大丈夫なの?」

 

大地の最もな意見を聞き、高揚していた気分が一気に冷める感覚を覚える。

空も、お金がかかることは知っているがそれ以上に得るものがあると考え、自分の心を納得させていた。しかし、お金のことを言われると水をさされたような気分になる。

 

 

「..........................大地が金のことを気にする必要はない」

少し不機嫌になった空は、気づかず若干苛ついた声で答えてしまう。

その声を聞いた大地は顔を恐怖で凍り付かせていた。

 

「ごめんなさい!兄さん!余計なこと言って........」

その泣きそうになっている顔をみて空は、自分が苛ついた声音で話していたことに気づいた。

 

「いや!.....大地に怒ってない....ただ..そう、少し嫌なことを思い出してしまっただけ。大地が謝らなくていいよ」

非常に狼狽している空は、とっさに思いついた苦しい言い訳をする。

空は弟の大地の事を、兄として愛しているし誇りに思っている。

その可愛がっている弟が突然泣きそうになっている、しかも自分に原因があると分かれば、苛む気持ちが生まれ自分を罵る。

 

(..........可愛い弟を泣かせて、何をやっているんだ)

 

そんな狼狽し申し訳ない顔をしている兄をみて大地は、目に見えて安心した様子になった。それを見て、空も安堵のため息をこぼし落ち着きを取り戻すが大地が話そうとする様子をみて聞く態勢に入る。

 

「そうなんだ、よかった............ところで兄さん、その嫌なことって何?」

 

「え?..............えー......ま、大地が知らなくていいことだよ」

大地のその言葉に不意をつかれて非情に慌てるが、咄嗟に誤魔化す。しかし、大地の納得していない様子で真顔のままこちらに疑念の念を向けている。

 

「...........家族なんだし、知っておいたほうがいいと思うよ。僕にも相談できると思うし........」

 

 

空はこの状況を打開する考えが思いつかず、全身から汗が出てくるような感覚を感じる。

ここで嘘だったと伝えるのは簡単だし、大地も笑って許してくれるだろう。しかし、嘘をついたと分かれば兄の威厳としての傷ついてしまう。弟にはカッコいい姿をみせたいし、幻滅されたくない。

 

空が沈黙し続け、気まずい空気が流れる中救いの音が流れる。

 

「プルルルルルルル」

 

部屋に電話の着信音が響く。この状況を打開してくれた相手に感謝しながらも、携帯をとり相手を確認する。

 

(田崎君か..........)

「大地、電話かかってきたから話は今度な」

携帯をとって部屋を出ようとする空は少し口を緩ませながら伝える。大地は不満顔になるがすぐ明るい笑顔に戻り、口を開いた。

 

「............分かったよ、兄さん」

 

 

 

廊下に出た空は鳴っている電話にでる。

『もしもし、田崎君?』

 

空が電話にでると、携帯から明るい声が聞こえてくる。

『あ!もしもし、山川さん。俺です、田崎です。こんな時間にすいません』

 

そのハイテンションな雰囲気に相変わらずだなと、笑顔がもれるが謝罪に対しての返事をする。

『いや、大丈夫だよ。私が頼んだことだし........電話してきたのは完成したからなんだろう?』

 

田崎は仕事としてイラストを描いており、空とは仕事関連で知り合った。ユグドラシルも田崎の紹介で始めてカエルムのデザインも田崎がタダで描いてくれたのである。田崎と空は友人になってからたまに食事をさそいあったりしている。

昨日の夜、メールでイラストの依頼とその詳細も伝え出来上がるのを待つだけであった。しかし、こんなに早く出来上がるとは思ってもなかった。

 

『はい!できました!自信作ですよ。後でパソコンの方に送っておきますね』

 

その言葉を聞き実感がわき、自分の心が歓喜につつまれるのを感じる。

 

空はナザリック地下大墳墓を手に入れたときから、長年夢だったNPC作成が叶うと思い喜んだ。だからくじ引きでハズレを引いたとき、ひどく落胆したし自分の不運を恨んだ。

しかし、今その望みが眼前まできたことを感じ高揚感に満たされた。

 

『そうか!ありがとう、田崎君。後で振り込んでおくよ』

田崎と山川は友人関係だが公私混同はすべきではないと考えているので、しっかりと報酬は支払う。

 

それを聞いた田崎は慌てた雰囲気でこたえた。

『いや!報酬は大丈夫です!.......山川さんには色々世話になりましたし、第一僕たちの仲じゃないですか』

 

『うーん、それじゃあ悪いから、今度私の奢りで飯でも行こう』

 

『はい!じゃあ、その時はよろしくお願いします』

そう電話越しで笑いあった後、電話を切った空は期待に胸を膨らませながら部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

 




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創造

空が部屋に戻ると、無言で作業している大地の姿が目に入る。先ほどの話を戻されてはかなわないのでこちらから話を振ることにした。

 

「大地、イラストレーターの友人に頼んでおいたNPCのイラストが完成したから、一緒に見てみるか?」

 

大地は一瞬無機質な表情から笑顔に変わり、そのまま口を開いた。

 

「うん。僕も興味あるし見ようかな、兄さん」

その様子に空は安堵するが、それ以上にこれからの事に期待していた。

 

「そうかそうか、やっぱり大地も見たいか.......もちろん見てもいいぞ」

 

空は自分のパソコンを開いて上機嫌にマウスを動かす。

 

イラストレーターの田崎に依頼したイラストは五つ。女性のイラストが二つ。男性のイラストが二つ。それ以外を一つ。

空はNPCに自分の趣味を詰め込みたいと思ったので、田崎に自分の女性のタイプなどを知られてしまった。そのことを空は仕方がないと納得したが羞恥心は強烈だった。

 

(大きな代償を支払ったが、それも今報われる!)

マウスを動かして田崎からの送られてきたイラストの画面まであとクリックするだけとなった。兄の方は画面に向かって前のめりになっている。それに対して弟の方は画面ではなく兄の方に視線をむけていて笑みを浮かべている。

しかし、兄の空は画面に夢中でそんなことは気にもせずその先を見ようとする。

 

空の右手にあるマウスがクリックされ、画面が開き待ち望んだ光景が視界に入った。

 

「おおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

それらが目に入った時、体に雷光がはしる感覚を感じ無意識に声が出てしまった。空の心には三つの感情が爆発的に生まれた。感謝と歓喜、驚愕。

ここまでの物を描いてくれた田崎への感謝と、自分の頭に浮かんでいたものが形になった事に対しての歓喜、そして....................

 

 

(おおおぉぉぉ!.........................................めっちゃドストライク)

一人の女性NPCが凄く自分のタイプだという驚愕。

空は他のNPCのイラストにも満足しているし、その出来に感動している。しかし、どうしても一つのイラストに目がいってしまう。趣味をすべて詰め込んだから自分のタイプになるのは当たり前だが、こんなにドストライクになるとは予想だにしていなかった。

勿論、空が恋愛経験がなく綺麗な女性のイラストに見とれたというわけではない。

空の目には、このイラストの女性は一番綺麗な女性に見えている。

 

 

その一番綺麗な女性に見えるという女性のイラストは客観的にみても美人といえるだろう。一番と言ったら審議は問われるところだが空にとっては一番である。

イラストに描かれている女性は、髪は赤茶色で下に綺麗にながれており肩まで伸びている。目は綺麗な琥珀色である。

顔の造形は端麗で淑やかな雰囲気がある。全体的に穏やかで婉容な見た目である。

 

唯一欠点があれば、貧乳であるという身体的特徴があるだけである。しかし、それも貧乳好きの空にとっては何の欠点にはならず加点となる。

貧乳が好きなのはAOGに入った初期の昔から変わらず本人は決して認めないが、そこだけはペロロンチーノと趣味が合っていた。

 

服装は事前に用意してあるものを着せようと思っているので、適当な服が着せられている。

 

 

空が周りを気にせず、夢中になっているとだんだん後ろから呼びかけてくる声が聞こえる。

 

「..........さん....いさん、兄さん!!」

 

「!!あ.........あ、おう。大地どうした?」

大地の声にようやく戻ってきた空は驚いた影響もあって曖昧な返事をしてしまう。

 

その返事に大地は安心したような呆れたような表情をする。

「はぁ...........僕がずっと呼んでたのに全く反応しなかったんだよ」

 

弟に叱られたような感覚を覚え、少し羞恥心を感じるが夢中になるほど素晴らしい絵だから仕方がないと思う心もある。

「ごめん、夢中になっていた...........で、大地はどれが一番いいと思う?俺はこのイラストがいいと思うんだけど.........」

 

再び熱を取り戻し、他のイラストにも意識が向いていく。

 

(むー...............いいな、一番はもちろんあれだけど.......他のイラストも傑作ばかりだ)

その他のイラストに満足しながら、友人の田崎に任せたことを良かったと思う。

 

もう一つの女性のNPCのイラストは、さっきのイラストと似て知的な雰囲気の青髪で青目の秀麗な美女である。大人びた印象だが、見た目は二十代前半くらいに見え若い。

また、綺麗な青髪は肩まで伸びておらずショートヘアである。この女性も依頼人の希望通り貧乳となっている。

 

次の一人の男性は緑がかった青の藍色の髪で短髪、瞳は髪色とは違い黒で少し吊り目になっている。雰囲気は優雅で物語の中にいる王子様のようで英姿颯爽している。

男女差別さず、色々細かい要求をし頼れる男のイラストにしてもらった。

 

もう一人の男性NPCは黒髪黒目で少し髪が長い。中世的な顔で整っていて二枚目だが、無機質で感情がなく陰の印象が強い。

全体的に暗い印象だが堂々としていて威容な姿を誇っている。中性的な顔なので知っていなければ男か女か判別しづらい。

 

最後のNPCは、丁寧に描かれた大きなクマバチである。見た目は分からないが、細部まで描きこまれていて柔らかい印象をうける。

空は見た目が人間じゃないNPCもつくろうと考えたので、昔一時期飼っていた理由で蜂を選んだ。飼っていたのは種類が分からないが、クマバチを選んだのは見た目が可愛かったからである。

 

これらのイラストの中で一番気に入っているのはドストライクな一番最初のイラストだが、すべて空が細かく要望し創りこまれた作品である。

 

空と一緒に見ていた大地が質問に対しての言葉を伝える。

「うーん、兄さんが考えて創ったものだから全部いいと思うよ」

 

当たり障りのないお世辞のような言葉に少し不満に思うが、褒められたことに変わりはないので嬉しく感じる。

気分が上がった空は可愛いと思ったNPCを紹介する。

 

「大地、この蜂のイラストはどう思う?意外と可愛くないか」

上機嫌の空とは反対に、大地がいきなり顔をしかめて嫌悪感を示したので、その事に不思議に思うが昔のことを思い出し原因を悟る。

 

 

(あ..........大地虫嫌いだった)

 

「......ごめんな、大地」

その後不機嫌になった弟から、機嫌が直るまで無視され続けた。

 

 

 

 

 

 

 




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転移編
転移直後


現実編から間をすっとばして、転移編展開。



アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ

 

楽しかったな……

 

カエルムが目を閉じ、感慨に浸っていると、突如脳内に異様な情報が入り込んでくる。

 

!?

 

風の音、動物の鳴き声、森のさえずり。

 

カエルムは驚き目を開ける。

すると、先ほどまでナザリック地下大墳墓の玉座の間にいたはずだが周りを見ると森林であった。

 

「え、、、、どういう、、転移?か、敵の攻撃?」

ユグドラシルでのゲームの感覚で様々な考えが脳裏に浮かんでくる。

 

 

(いや、まて。ユグドラシルはサービス終了したはずだ。ということは、、、、運営の不手際か、ユグドラシル2か、、、)

 

異常な事態に考えが出てこなかったが、落ち着いていき今の状態を確認していく。

 

「まずは、現在の状態の確認。次に、情報の収集。」

 

カエルムは状況を把握すべく魔法を発動しようとする。

 

(!!、、、、なんだこの感覚。魔法がコンソールなしで発動できる、、それに立って歩くように、自然と魔法を発動できるようだ。、、、、しかも、なぜわたしは状況の確認のために当たり前のように魔法の手段を使おうとしたのか、、、)

 

何か異様な感覚に薄ら寒い感じを覚えるが、頭を振り払い魔法を発動していく。

 

<下級精霊召喚>

 

その発動と同時に風の具現化である下級精霊が誕生する。

 

カエルムはその召喚モンスターに繋がりを感じ違和感を覚えるが、感覚に任せその下級精霊に思念を送り、行動させた。

 

<風の纏い><超感覚>

 

召喚モンスターに視覚をつなげる前に、自身の身を考え魔法とスキルを発動する。

 

精霊が種族特性を利用して、空を飛び周辺を確認する。

 

(よしよし。とにかくここは、どこかのワールドのようだな。ペナルティがかかっていないことを考えると異種族に不利なワールドではないようだな。

それにしても、本当にユグドラシルなのか?とても、仮想世界で再現できるような森林には見えない、、、、)

 

一つの疑問がカエルムが出てくるが集中して、情報収集していく。

 

(周りにモンスターがあまりいない。そういうワールドなのだろうか。)

 

情報収集を一通りおえ、先ほど後回しにした疑問を考える。

 

(仮想世界なのかということだな。、、まさか、現実ということはありえないだろう。魔法が使えるのだから、、、、とすると、まさか、私は睡眠状態であり夢を見ているのか。夢と言う事を認識できる正夢というやつなのか?)

 

視覚を戻し、考えるように空を見る。

そこには、仮想世界では決して再現出来ない、現実世界では環境汚染で失われた誰の手も加えられていない輝く夜空があった。

 

(まさか、、ありえない。、、、ありえないとは思うが、もしかしてここは現実なのか?)

 

焦りと不安で、心が徐々に蝕まれていく。

自分の信頼している常識が、その憶測を拒絶しているが、一度考えた以上見過ごすわけにはいかない。

 

(よし、、、一度この世界を現実だと仮定しよう。それを前提に行動する。、、是非は置いておこう)

 

思考が停止してしまう問題を後回しにし、情報収集の続きを再開する。

プレイヤーらしき姿も確認できず、ただ低レベルのモンスターや物も言わぬ植物しか確認できない。

それ以上の情報が確認できないと判断したカエルムは召喚モンスターをある程度発見しづらい場所に置き、視覚を戻す。

そして、〈中級精霊創造〉によって"残虐なる妖精"を召喚する。

 

"残虐なる妖精"は見た目が邪悪で不気味な10体の妖精であり、集団で動く方が強いが、個体で動くことができる。また、俊敏であり隠密にも優れているため、敵の警戒網を構築するのに重宝されている。

 

その妖精たち—見た目は妖精とは反するが—を、カエルムを囲うように円状に配置する。

 

 

 

 

「、、、、さて、どうするか。、このまま、おびえていても仕方がないが、といっても慎重に期したことはない」

 

方針を固めてカエルムは、もう一度精霊を召喚し、今度は逆の方向に向かわせる。

また、一体の精霊と離れたところに、視覚接続していないもう一体の精霊を配置して追跡させる。

 

すると、少し進ませたところで、何者かの手が加えられている場所に入った。

 

新しく情報が入ると思ったカエルムは少し息をつき、肩の力が抜けていくのを感じた。

 

「お!、、なんだ?、人間種か、、倒れている?」

 

やっとこの世界の知性を持っているかもしれないものを発見したと喜んだのもつかの間、おかしな現象に選択を迫られた。

 

(、、、なんだ、この人間の子供、血を流している。、、なぜ、ユグドラシルなら血なんて流れないはずだが、、、それに人間の子供?、ん?人間?)

 

ただの子供を人間の子供と言うことに、強烈な違和感が襲い、疑問の渦に飲み込まれ、体を不安で蝕む。

 

(待て!、、何を考えている。それは後だ。、、それよりも、また状況が急変したみたいだな)

 

倒れている人間の娘の後ろから、騎士風の男二人組が向かってきている。

娘の背後に立った一人の男は、何か言いながら剣を構えようとしていた。

 

「、、、、、、、、、やってみるか」

 

思案したカエルムは、追跡させていた精霊を騎士二人に襲わせた。

すると、騎士たちは驚愕した様子で反撃しようとしたが、なすすべもなくHPがなくなり死んだようだ。

 

(、、は?よわ、、え?プレイヤーではないのか?、、、!それより、あの娘を)

 

娘が弱っていく姿を見たカエルムは、魔法を発動させる。

 

<転移門>

 

 

 

 

 

 

ドブの大森林の近くのカルネ村。

早朝に起き、畑の様子を見に行き、指定された場所を耕す。そして日が沈むと同時に寝る。毎日その繰り返しだった。片親であったため収穫量がが少なく幼いころから働いていたが、不満のない生活をしてきた。

 

ある朝、いつも通り自分の畑にいて作業していると遠くから声が聞こえる。何だろうと不思議に思うも、気にせずに作業を続けていると、今度はさらに大きな声というより悲鳴が聞こえた。

何がなんだかわからず立ち止まっていたら、お母さんが、帝国の騎士が来た、逃げろ、と言い、私の腕を引っ張り家に連れて行く。その後は。ただただお母さんと一緒に森の方に逃げていった。

 

森に入ったところで、後ろから帝国の騎士二人が追いかけてきているのが見えた。お母さんは、森の奥に向かって走りなさいと言った後、二人の騎士に向かっていった。

私は、お母さんを助けたらいいのか、お母さんの言う事を聞いたらいいのか分からなかったが、お母さんの怒った顔を見て、すぐに私は森の中に突き進んでいった。

 

ただ、現実は無常なもので、ただの村娘の足の速さでは、大人の騎士に勝てるわけではなく、すぐに追いつかれてしまったのだ。

 

「手間取らせやがって...おい、これ以上抵抗しなければ、苦しまず殺してやるよ」

 

「....こいつの母親のクソ女が俺たちへ無礼を働いた報いを受けさせるべきじゃないですか」

 

「...それもいいと思うが、命令は迅速に行動することだ。すぐ殺していくぞ」

 

騎士二人が何か言っているが、自分の心臓がうるさくて聞こえない。

どうして、私たちを襲うのか。どうして殺すのか、と疑問が出てくるが、死の恐怖で頭が働かない。

 

一人が私の左腹を剣で刺す。

瞬間、激痛が襲い、その恐怖から地面を這いながら騎士から逃げるが、激痛が押し寄せ体が動かない。

 

痛い、痛い。

死にたくない。

誰が助けて。

様々な感情が交錯し、ここにきて、初めて涙がでる。

しかし、その抵抗する姿に不快に思ったのか、騎士の一人が剣を持ち上げ、仕留めようとする。

 

その振り上げられる剣に、死を感じだが血が出過ぎて、うまく体が動かない。

そして、ただ死にたくないの一心で体を小さくして目を閉じる。

 

 

.........……

 

(.....あれ?)

痛みが来るのを今か今かと待っていたが、一向に痛みは感じないし、異様に周りが静かだ。

 

不思議に思って目を開けると、そこには二人の騎士はおらず、代わりに見たことのないものがいた。

 

背景の緑の木々や地面と同化してるようで、そこだけ何か別のものでできている。

よく見ると、ナニカの立っている下には、風が舞っており、ナニカは渦巻の中心にいるようだった。

 

「......あ、あの」

 

その明らかに人間ではないものに、話しかけようとすると、今度はそのナニカの後ろに、底のない闇が広がった。

 

そして、その暗闇からまた知らないナニカが出てきた。

 

____________________________________________

 

〈転移門〉を開いて、目的地につくとその少女がこちらを見て固まっていた。

視線を感じながらも、カエルムは転移門を閉じ、少女に向き直った。

 

「......大丈夫?...怪我をしてるみたいだから、治癒魔法をかけるよ。いいかい?」

 

この世界を知らないカエルムにとって、相手が何なのかは当然分からず、どんな態度でいればいいかも分からないため、自然と子供に対しての喋り方になっている。

 

そのカエルムの問いかけに固まっていた少女は、口を開く。

 

「.....あ、えっと、あなたは何ですか。」

 

カエルムはその意図がわからない変な質問に、内心首をひねるが、そのまま答えることにした。

 

「...えっと、私は、山田空と言う。ユグドラシルのプレイヤーで、種族は風の精霊。あの下級精霊は私の召喚モンスター。」

 

ありのまま答えだが、少女にとっては余計に分からなくなったのか、痛みとでしかめ面のような変な表情になった。

 

その進まない状況に苛立ったカエルムは、話の主導権を握ることにした。

 

「...自己紹介も終わったことだし、回復をしよう。〈大治癒〉」

 

カエルムは少女に向けて、魔法を発動させる。

カエルムはドルイド職を修めていて、信仰系魔法詠唱者だが、範囲攻撃特化型であり、魔法も攻撃主体である。そのため、回復系などはあまり修めていないが、第六位階の〈大治癒〉など比較的低位の魔法は少ないが習得している。

 

魔法を受けた少女は、さっきまで痛かったのが治り、肉が出ていた部分も修復されていることに驚いている。

そして、自分の体中を確認した後カエルムの方へ向き、顔を上げた。

 

「.....助けてくれてありがとうございます。風様。」

 

カエルムは、最初少女の言っている風様とは何だろうと思ったが、それが自分のことだと気づき、その呼び方に苦笑い―顔は動かない―する。

 

少女は安心したのか目に見えて脱力しているが、何か思い出したように急いで話し始めた。

 

「.....風様。助けてもらった上に、さらにお願いを言うのは、とても図々しいと思います。でも、どうか私のお母さんを助けて下さい。」

 

その少女の願いに、カエルムは考える。

そもそも、今この状況が何なのか分からないのに、非力な少女を守りながら行動するのは危険だ。安全を考えるならば、今すぐにでも、この場を離れるべきだ。

 

しかし、現実世界では弟思いであり、子供にはとことん甘いカエルムにとって少女の願いを聞き届けない選択肢は元よりなかった。

 

(……まず、この少女の身の安全。次に、少女の母親の捜索か。………その前に、ひとまず戻るか)

 

「……一度、君を連れて拠点に戻る。安心して、必ず君のお母さんは見つけ出すから。」

 

少女が頭を下げているのを見ながらカエルムは、少女に防御魔法をかけはじめる。

 

カエルム自身は逃走に徹すれば、誰であれ必ず逃げ切れるため自身に強固な守りの魔法はかけていないが、少女と一緒と言うと話は変わってくる。

 

黙々と魔法をかけているカエルムは、少女がじっと見つめてくるのに気まずく思うが、そのまま進める。

 

「……よし、終わった。転移、えっと移動するから近くに来なさい。」

 

少女がカエルムの鎧に思い切り抱きついてるのを見た後—そこまでしなくてもよかったんだがと思うが—すぐに転移した。

 

 

 

 

 

 

転移したカエルムは、魔法によって小さい洞窟をつくり、その周辺を草などで隠す。

また近辺を"残虐な妖精"以外に魔法で召喚した強力なモンスターに警備させた。

モンスターが勝手にこちらの言っていることを理解して、行動することに再び思考が停止しそうになる。

しかし、その疑念を後回しにすることで現場に集中でき、ただ自分の感覚に任せることにした。

 

 

作業をしている間、少女は疲れたのかうとうとしていたため、洞窟の中に丸太と草で即席のベッドをつくり横に寝かせた。

少女は、無理やり起きていようとしていたが睡魔に耐えられず、見た時には寝ていた。

 

仮拠点をつくるために、魔法で召喚したモンスターに指示を出し、建設を進めていたカエルムは、少女の母親の行方を召喚モンスターに探させた。

発見までには時間がかかるだろうと踏んでいたが、すぐに発見された。

 

(………死んでしまってるか)

 

母親の遺体を回収したカエルムは、少女にどう伝えるか考える。

幼い子供ではないだろうが、15歳くらいの子供に母親の死は堪えるだろう。

しかし、このまま伝えずにずるずる行って母親の安否を心配し続けるより、すぐに話した方が楽だとも思う。

 

伝えるにしても、少女が起きるまで待たなければならないためカエルムは、作業の指示をひと通り伝えた後、洞窟を包むように結界をはる。

 

〈風の結界〉

 

"風の結界"は外部からの侵入は防げないが、情報系魔法や野伏の知覚能力などの探知から完全に防御できる。

 

ある程度安全を確保できたと思ったカエルムは、やっと落ち着いて現状を考える時間ができた。

 

(…………この世界が現実世界なのは間違いないだろう。なぜ、ゲームが現実になったのかは分からないが、現実だ。…あと、この体だ。器だったものが、自分の今の身体だと認識できる。)

 

改めてこの体を見ると、現実ではありえない構造にも関わらず自分の体だと認識でき、それに疑問も湧いてこない。

それに、この世界で異常事態にも関わらず、なぜか落ち着いているし思考もいつもより明瞭だ。

 

(……身体だけでなく、精神までも変質していると思うべきか。あの少女を人間の女と思い、騎士たちを殺しても何も感じなかった。……自分は人間ではないものと無意識のうちに考えてしまってるのか。)

 

身体だけでなく精神まで変容するならば、それは自分なのかと哲学的な疑問が出てくるが、我思う故に我ありのデカルト的理論で自己を確立できる。

そこまで考えなくても、性格などは変わっていないため、以前と同一人物と思ってもいいだろう。

 

(……ここは現実で、自分は山田空だ。何故という疑問はあるが、考えても仕方がない。)

 

分からないことは分からないことにして、そのままにしておいて、頭の中にある疑問を順次解消して、整理していく。

 

 

「……風様!寝てしまってごめんなさい!」

 

熟考して集中して周りが見えていなかったカエルムは、少女が起きたことに気づかったため、驚く。

 

「おぉ!……構わないよ。疲れていたみたいだし」

 

「本当にすいません!……あの、ここはどこですか?風様の家ですか?」

 

カエルムは、少女の寝ぼけているがソワソワしている様子を見ながら、この少女に疑問に思っていることを聞くことにした。

 

「……ここは君を助けた所から、ちょっと行った場所だよ。まあ、私の家、拠点のようなものかな。」

 

「そうですか。………あの、本当にありがとうございました。」

 

「いや、たまたま見かけたからね。恩に着せるものではないよ。……それより、君は人間なのに、私のことを怖がらないよね。それは何でかな?」

 

この少女の助けた人が誰であれ感謝する姿はとても殊勝だ。

しかし、矛盾しているが身も知らずの得体の知らないモノに、すぐ身を預けるこの少女の順応性はおかしい。

それに、助けた直後と話し方が違うが、緊張から解放されたのだろうと一人で納得する。

 

カエルムからの質問に、少女は何の躊躇いもなく答えた。

 

「風様は私を助けてくれた方です!怖がることなんてないです!」

 

(怖がらない理由を聞きたかったんだけどな……)

もう一度聞こうかなと思ったが、少女がポツリと話し始めた。

 

「………最初は怖かったです。でも、風様が私を心配してくれてることを感じれて安心できたんです。……それに、風様は森の神様ですよね。」

 

少女の正直な感情に若干の気恥ずかしさを感じたが、いきなりおかしな事をぶっこまれ驚いた。

 

(ん?……森の神様?)

 

「えっと、私は森の神様ではないよ。……風の精霊、分かりやすく言うと風の塊みたいなモノだよ。」

 

「……そうなんですか。でも、私にとって風様は助けてくれた命の恩人で神様みたいな人です!」

 

「……あ、ありがとう。」

 

純粋な少女の瞳に居た堪れない気分になったカエルムは話題を変える。

 

「外ではなんだから、中で話そう。」

 

「あっ!お気遣いありがとうございます。」

 

二人で洞窟の中に入り、カエルムは座る物を探す。

カエルムは警備担当のモンスター以外は再召喚していないおらず一体も雑用がいない。そのため、仕方なく在庫の丸太を切り取り二つの椅子—ただの丸太—を並べた。

 

少女が申し訳なくして私がやると言い出したが、非力で木は切れないと思ったカエルムはただ切った丸太を並べさせるのみにした。

 

「よし、君……えっと、君のなまえを聞いてなかったね。名前は?」

 

何故今まで聞かなかったのかと疑問に思うが、自分も一杯一杯だったからと納得する。

 

「すいません!私の名前は、スミ・ファスティマです。」

 

「スミ・ファスティマね。…ファスティマが姓だね?」

 

「はい!そうです。……風様、どうかスミと呼んで下さい!」

 

(……スミか、日本語っぽいな。)

カエルムは少女の名前に引っかかるが、それ以上にスミの明らかに興奮した話し方に違和感がある。

 

「いいよ、でスミちゃんでいい?……ありがとう。スミちゃん、何か体に異常とかはない?」

 

「ないです!大丈夫です。」

 

「そう、なら良かった。……」

 

カエルムはこのままスミの母親のことを伝えようと思ったが、純粋で慕ってくれている少女の顔が曇ることに気が引ける。

 

「?……風様、どうしたんですか。」

 

黙り込んだカエルムを見て、スミは疑問に思ったのか心配した顔を向ける。

 

「いや、なんでもないよ。………スミちゃん。君のお母さんなんだけどね、私が見つけた時は死んでしまってたんだ。助けれなくてごめんね。…」

 

カエルムはスミがどれだけ悲しむか心配するように、顔を見る。

すると、スミは小さく泣き始めた。

 

「……すみません。風様は謝ることはないんです。分かっていたんです。お母さんが騎士に向かっていったときから。死んでるって。……でも、もしかしたらって思って。だから……」

 

スミの涙を流す様子を見て、どうやってなだめようか慌てたカエルムは、ハンカチを取り出し少女の涙を拭う。

 

「……お母さんは、スミちゃんを助けるために死ぬと分かって向かって行ったんだと思うよ。だから、スミちゃんが助かって安心してるよ。」

 

下手な慰めの言葉しか言えないが、カエルムはスミを落ち着かせようとする。

 

「……ありがとうございます。風様。」

 

5分ぐらい経った後、カエルムが言ったことで泣き止んだのかどうか分からないが、スミはある程度落ち着いたようだった。

 

「……落ち着いた?」

 

「はい。ありがとうございます。……あの風様、私はこれからどうすればいいでしょうか?お母さんがいなくなって、あの村での生活はもうできません。」

 

(……どうすればいいか、か)

 

スミの発言の意図を考えるに、どうやって生きてけばいいか知りたいのだろう。

しかし、この世界の初心者であるカエルムにとって答えれるはずもない。

 

それでも、大人としてこの少女に、ためになることを言うべきだろう。

 

「………私の意見だけどね。スミちゃんがいいと思ったことをすればいいんだよ。夢に生きていっててもいいし、現実的に生きていってもいい。全てはスミちゃん次第だよ。」

 

そのカエルムの言葉に、スミは顔を下に向け考え込み始めた。

 

「もちろん、私もスミちゃんに協力するから。……」

 

スミはそのカエルムの申し出に感謝した後、再び熟考し始めた。

 

「……今じゃなくてもいいんだよ。時間はたくさんあるから、じっくり考えるといいよ。……じゃ、私はちょっと外でやる事があるから、出てくよ。」

 

カエルムは返事をしたスミを洞窟に置いて、外に向かっていった。

 



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ナザリック内部

NPCたちとモモンガの反応と行動。

イデア①
【挿絵表示】
アリシア①
【挿絵表示】
アリシア②
【挿絵表示】



 

ユグドラシル時代、カエルムが創造したNPCは4体存在し、イデア、カイ、メリサ、メリサはその四体だ。その四体は自分たちの父親同然であり神同然であるカエルムがいなくなったことに最初は戸惑ったが、徐々に落ち着き探しに行こうとするが、他のNPC達に止められて自由に行動できない状態にあった。

 

 

カエルムが消えてから三日が経ち、カエルム捜索を守護者達に任せていたモモンガは全く手がかりがない状況に苛立ち、自ら捜索を行おうとした。

しかし、モモンガ自身で外に出ることは危険と理由で止められ、ナザリックから出るとなると大規模になり隠密では行動できない。そのままならない状況にモモンガはNPCたちに不信感を募らせ始めていた。

 

そこでNPCたちも、ふがいない自分に苛立ち、モモンガに失望されることを恐れ焦り始めていた。

 

カエルムのNPCであるイデアは、カエルムの補佐官という特殊な立場ではあったが単なる領域守護者であり、そのことを自覚していたため自由にカエルム捜索に参加することができなかった。それでも、各方面と連携して行動しており最新の情報を逐一受け取っていた。

しかし、極力自分の与えられている権限しか行わないと設定されているイデアでさえ、他のNPCたちと例外でなく苛立ち、それ以上に創造主に会いたかった。そこで、イデアは直轄のカエルムのNPCたちを招集し、ある事を議題にかけることにした。

 

三人の会議構成員の部下たちに伝言で招集を命令をしたあと、そのまま会議室に向かう。といっても、会議の構成員―カエルムのNPCたち―は例外なく、それぞれ会議の周辺に部屋が存在していたため、すぐに参集できるだろう。

会議室に入ったイデアは、先に到着していた二人、カイ、メリサに礼され、それに答えた後自身の決まった席に座った。

 

イデアは、若く見えるが、落ちついた印象を受け、髪色は赤みがかっている茶色で、肩にかかっている。美しく清らかである。

カイ・シーアは、アンデットのアストラル系の種族に属しているが、実体化している見た目は人間と区別つかない。基本役職は暗殺者と設定されているが、現在は守護者たちとの連絡を任されている。

完全に見た目がクマバチであるメリサ・スーイは、虫の異業種であり、カエルムのNPCの中で一番立場が低く、周りか後輩的な扱いを受けている。メンバーからの報告を受け取り、情報共有を担当している。

 

 

「イデアさん。.....アリシアがまだ来ていませんが、知りませんか?」

カイが遠慮がちにイデアに言い、メリサも同様に不思議に思っている―表情は分からないが―ように思える。

しかし、アリシアの上司であるイデアは、当たり前にその疑問の答えをしていたため、すぐに答える。

 

「アリシアは、今私の指示で色々動いてもらっています。...アリシアにも連絡したので、間もなく来ると思いますよ。」

 

そう言い終えたイデアは、本来の召集の目的とは違うが、指示を伝えるために姿勢を正す。

 

「アリシアが来るまで、情報共有をしておきましょう。....メリサから集成された情報を聞いていますので、私が伝えます」

 

それから、カエルムの捜索、モモンガやNPCたちの状況などを共有していった。

そうしているうちに、アリシアが部屋にノックする音が響いた。

 

「....遅れました。申し訳ありません。」

 

全く申し訳なさがなく形だけの謝罪をして、素っ気なく長身の青髪の女性が入ってきた。

当然、待っていたアリシアである。アリシア・シーアは、髪は肩までは伸びておらず短髪で、容貌は美しく、できる女の印象を受けるが、若々しい。優秀ではあるが、ナザリックトップ層であるアルベド、デミウルゴス、イデアよりは劣っている。

それでも、現在各階層との連携のために走り回っている。

 

「いえ、大丈夫ですよ。.....私があなたに仕事を頼んでいたわけですから。さ、全員そろいましたので始めましょう」

 

席に座ったアリシアと他のメンバーは、イデアのその言葉とともに頭を下げる。

そして、今回の議長であり主催者であるイデアが話始める。

 

「...まず、皆さん。我らが創造主であるカエルム様が、何らかの原因でナザリックからお消えになってから三日たちました....みんな、もう我慢できないと思う。私もカエルム様にお会いたい。今すぐ会いたい。会って不甲斐ない私を叱ってほしい。......皆さんも、私と同じような気持ちだと思います。そこで、私はカエルム様からのご意思で自身の権限から逸脱しないように行動してきましたが、カエルム様をお救いするという大いなる目的を遂行するために、カエルム様のご命令に背きます。」

 

イデアの苦悩の末下した断固とした決断に、三人は張り詰めて、話の続きを聞き始めた。

 

「....私はモモンガ様に、カエルム様の救出のご許可をいただこうと思います。私はシモベの中で、一番カエルム様を理解していると自負していますので、それをもとにモモンガ様に納得させていただきます。」

 

「...私からは以上です。意見があれば聞きます」

イデアの話を聞いた三人の反応は様々だが、最初に口を開いたのはアリシアだった。

 

「.....イデアさんの主張は分かりました。私もカエルム様を捜索することには何を変えても参加したいですし、大賛成です。....私もご一緒してもよろしいですか?」

 

アリシアだけでなくカエルムのNPCたちはカエルムに対して高い忠誠心をもっている。そのうえ、アリシアは高い積極性をもっているため、嬉々として賛成した。

 

「...ちょっと、待ってください。もし、モモンガ様がご納得なされずにご不快に思われ、僕たちの行動を制限されカエルム様の捜索が滞る可能性があります。もう少し、慎重に進めていくべきだと思います。」

 

慎重意見を提言したカイは、慎重な性格と設定されており、積極的なアリシアと対称的であり意見も対立するようにされている。ただ、意見が対立するように設定されているだけで、アリシアとカイの仲は良好であり親友である。

 

カイも、何も考えずにカエルムのために行動したいと思っているが、慎重派として気になる点を言わなければならない。

その慎重意見に反論するのは、当然対称なアリシアである。

 

「カイ。それは無駄な心配だよ。...いいですか。モモンガ様は何も進んでいない状況にご不満を感じ、何かこの状況を打開することを望んでいると思われます。だから、イデアさんからの提案を拒否なさることは絶対にないと思うんです。」

 

アリシアがカイを含め周りに話すのを聞きながら、イデアは頷いている。

 

カイはアリシアの言葉聞き、納得して同意の返事をした。

そこで、今まで沈黙していたメリサが口を開いた。

 

「....でも、そうなると現在の捜索メンバーを疑っていると言う事になりませんか。」

 

メリサは会議では書記の役目でもあるが、何も立場がない立場から発言をし議題の新しい問題点を提起する役目を担ってもいる。

しかし、そのメリサの疑問はまたもやアリシアによって答えられる。

 

「メリサ。それは当然だよ。...だって、今のメンバーでは三日の猶予がありながら、カエルム様を見つけれていない。この事実だけで、もう実力不足なのは明らかだし、疑われるのも当たり前だよ。」

 

カルマがマイナスであるのにふさわしい冷酷な言葉に、モモンガやカエルムであれば少し思うところがあるが、この会議にいるメンバーはアリシアの言葉を聞き、それもそうかと納得した。

 

「....では、意見もまとまった事ですし、アポイントも取ってあるので今から私一人で玉座の間に向かいます。追随は結構です。」

 

その言葉にアリシアは異言を言おうとしたが、イデアがこちらを気遣っていることを察し、若干ムカつくが納得せざるをえず、頭を下げる。

 

「万が一の時は、規則に則って行動しなさい」

 

そう言い残してイデアは玉座の間に向かった。

 

_______________________________________

 

 

「はぁーーーーーー」

 

玉座の間にはモモンガが遠隔の鏡を扱うのに苦心しており、そのそばにセバスが控えている。

 

モモンガは、今の状況に焦りと不満を感じながらも、NPCたちに止められて何もできず、こうして自分ができることをしている。

カエルム捜索の総指揮をモモンガ取ることも考えたが、デミウルゴスに任せた方が進捗すると思い全権を委任している。

 

(......俺は何をしているんだ。カエルムさんが何もわからず困っているかもしれないというのに)

 

このNPC達への不満よりも、何もできない不甲斐ない自分に腹が立ち、さらに憂鬱になっていき、今回三回目の溜息がでる。

 

遠隔の鏡の扱い方を取得して、セバスに褒められている間にアルベドから伝言が来る。

 

「モモンガ様。お忙しい中、申し訳ありません。イデアが拝謁の許可を求めていますがよろしいでしょうか。」

 

それを聞き、イデアが今日面会を求めていたことを思い出し、アルベドに許可を出す。

 

「.....よろしい。玉座の間まで来るよう伝えろ。」

 

動かしていた遠隔の鏡をセバスに片付けさせてから、イデアの入室の許可を出す。

アルベドも同席を求めていたため、許可を出すと玉座の隣に控えている。

 

イデアは玉座の間に入り、最敬礼をした後跪いた。

「....ナザリック最高支配者にして我らが至高の主であるモモンガ様におかれましては―」

 

「イデアよ、それぐらいでいいだろう。....ふぅ、さて、本題を話せ」

 

イデアの前置きが長くなるような気がしたため、止めたモモンガはイデアに先を進める。

 

イデアはカエルムのNPCであることは知っているが、性格を詳しくは知らない。また、直接顔も合わせていない。そのため、モモンガはイデアに対して何の思いも持っておらず、ただカエルムのNPCであるから無意識に特別視している。

 

「はい。モモンガ様。...只今、進行しているカエルム様捜索について、お聞き入れいただきたいことがございます。何卒、お願い申し上げます。」

 

イデアのその嘆願に対して周りの空気が張り詰めた。疑心を抱いただけのセバスとは対照的に、アルベドはイデアの言いたい事が分かり、笑顔の下に怒りの感情がにじみ出ている。

 

「.....イデア、お前が望むことを話すことを許す。」

 

モモンガに許可を出されたイデアは、それに対して感謝し、何も変わらない表情のまま話し始める。

 

「モモンガ様は簡潔に述べることを望まれていらっしゃるので、本題から入らせていいただきます。....我が創造主であるカエルム様の捜索に対する全権をこの私にお与えいただけますでしょうか。」

 

イデアのその願いはカエルムを一刻も早く見つけたいモモンガにとって、魅力的に聞こえた。創造主とNPCとの関係は深い。そのため、カエルムのNPCであるイデアなら、もしかしたらという思いが芽生えた。

 

(.....カエルムさんのNPCなら信頼できるし、いいかもしれないな)

 

イデアの話を聞きながら働いているモモンガの思考が、アルベドの怒声によって遮られた。

 

 

「イデア!あなた、今言っていることを理解しているの?.....それは、現在の捜索の全権であるデミウルゴスに対する侮辱であり、デミウルゴスにお任せになったモモンガ様に対する不敬になるわ。それを理解しながら、言っているとしたら守護者統括として見過ごせないわ」

 

アルベドがイデアに対して文句を言っているが、それがモモンガにとって煩わしい。それに、全く進んでいない現状にNPCに対して不信感があるのはモモンガも同様である。

 

「アルベド!...口をはさむな。」

 

 

「申し訳ございません!モモンガ様!」

その厳しい言葉に、アルベドは即座に謝罪し、恐怖で震える。

 

そんなアルベドの姿を視界に置きながら、モモンガは先を促す。

 

「イデアよ、続きを述べよ」

 

「はっ、ありがとうございます。モモンガ様。......第一に、私がカエルム様のNPCであり、その中でも特にカエルム様を理解していると自負しております。そのため、カエルム様がどのように考え、どんな行動に出るかは予想ができます。そして、私はカエルム様より情報収集と人的運用の高い能力を与えられています。以上のことより、デミウルゴス様より効果的に捜索を運用できると愚考した次第であります。」

 

その淡々とした受け答えに、若干意外に思うが、それよりイデアが言った根拠について考えをめぐらす。

 

(....10人中8人が納得するような答えだな。まぁ、優秀デミウルゴスと張り合うだけでも難しいか。.....それでも、捜索の対象の考えが分かるというのは大きな利点がある。やっぱり、一石投じてみるか)

 

考えがまとまったモモンガは、平伏しながら答えを待っているイデアに視線を向ける。

 

「....イデアよ、お前の言、確かに納得できるだけのものがあった。お前に捜索の全権を与えよう。しかし、デミウルゴスにはナザリック周辺の情報収集をさせる。それとは別の捜索部隊をイデア自身が編成し、指揮を取れ。....カエルムさん捜索が最優先であるため、人材、資金など様々な方面からイデアが望むものを優先的に与えるように。以上だ。」

 

そのモモンガの言葉に周りのNPCたちは、了解の意をしめした。

 

「はぁ!ありがとうございます!モモンガ様!必ず、私の創造主であるカエルム様をお救い申し上げます!」

 

モモンガから権限を与えられたイデアは、初めて感情をみせ、歓喜の表情をした。

そして、そのやる気に満ち溢れた姿はモモンガを期待させるのに十分だった。

 

「うむ、イデアよ。私の期待に応えてくれることを楽しみにしているぞ。...必ずカエルムさんを見つけ出すのだ。」

 



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カエルムとイデア

カエルムとスミ、イデアとアリシアの複数場面。


 

洞窟から出たカエルムは警備しているモンスターを再召喚して、補充する。

 

(……めんどくさいな)

 

不足したら充填する。それをこの場にいる限り、繰り返さなければならない。

同じことを続けるのは精神的につらく、いつかどこかで綻びが出る。

 

何も分からない状況で、慎重に越したことはないが、怯えて中にずっと篭っているよりいい加減行動するべきだろう。

 

(でもな…死ぬのは嫌だし)

 

この世界を現実だと認識したカエルムにとって、何も分からないこの状況は最も恐怖するものである。

 

 

(……デメリットがデカすぎる。…もっと自分の能力を把握してからの方がいい)

 

二つに板挟みになっていたカエルムは、結局情報不足を理由に先送りにすることにした。

 

(……ここが現実は理解できるが、あのスミちゃんはどういうことだろう)

 

 

プレイヤーという言葉自体を理解していなかった。それはプレイヤーではないと取っていいのだろうか。それとも、言葉を知らないだけなのだろうか。

 

(……プレイヤーにしては弱い。それでもNPCではないのは確かだ。………それとも、認識が間違ってるのか)

 

ここはユグドラシルの延長だと思っていたが、ユグドラシルとは全く違う世界で、自分が異質なだけかもしれない。

そうすると、スミはプレイヤーやNPCなど関係なく、ただの世界の住人なのだろう。

 

カエルムは自分の思いついた予想が思いの外、当たっているような感じた。

 

(なんであれ、私がスミちゃんを守ることは変わらない。……)

 

初めて異世界で出会った幼気な少女。母親の死を心から悲しみ、我慢する姿にカエルムは心惹かれ始めていた。自己保身から自己犠牲へ傾いていき、この少女のために死ぬことに価値を見出していた。

 

召喚の補填を終了したカエルムは、先の予定については保留にし、そのまま少女のいる洞窟へ戻った。

 

__________________

 

 

ナザリック地下大墳墓。第九階層のある会議室についている執務室。

カエルム捜索の責任者たるイデア・A・レースは、その場所を中心に行動していた。

 

そこにはイデアとアリシアがつめており、机上にはナザリック周辺の地図が置かれている。

 

「アリシア、もう一度確認しますよ。……貴方は、カイを副官として6体のハンゾウ、私が召喚する精霊を率いなさい。また、アウラ様とマーレ様と並行して捜索しますので、情報共有をマメにしなさい。」

 

「はい。分かっています。……イデアさん、あなたは直接行動しなくていいのですか?」

 

アリシアは変わらず青色の長髪を後ろで一つに結んでいるが、目に見えてやる気に満ち溢れている。

補佐官イデアの次席であるため、緊急時ではイデアの代理として動き、組織管理や指揮能力など相応しい能力を備えている。

 

「大丈夫です。私は情報を精査するのが役目ですので。……気にすることはありません。…それより、この地図はアウラ様のおかげで得ることができましたが、正確ではないので注意して下さい。」

 

地図はカエルム捜索と並行で行われた。ナザリック周辺は綿密に作成されているが、近隣の森林は細部は描かれていない。

 

それでも、貴重な情報源であるため各部門に配られている。また捜索とは別に地図制作部門が設けられ、改善制作が行われている。

 

「……理解しました。では、第六階層に行きアウラ様マーレ様と事前に打ち合わせがありますから失礼します。」

 

アリシアは淡々と話した後、席を立ちあがろうとするが、その前に引き止められた。

 

「アリシア、これに私が召喚するモンスターの情報が書かれています。頭に入れておいてください。…………頼みにしていますよ」

 

「…ありがとうございます」

 

イデアはアリシアに言葉通りの感情を向けているが、アリシアは何の感情も見られない。これは、アリシアの性格が一因でもあるが、イデアへの対抗意識すなわち嫉妬が主因である。

 

その感情は醜いものであると本人自身が自覚しているが、どうしても抑えることができない。しかし、自分の創造主であるカエルムを、補佐する即ち助け補うことである別格な役目を持つイデアを羨望することは不思議ではない。それでも蹴落とすことはせず、同じ創造主であるNPC同士で足を引っ張ることは決してしない。

 

アリシアが退出した事を見届けた後、イデアは腕を上げ体を伸ばし息を吐いた。そして、すぐに任務に取り掛かり部屋は熱気に包まれた。

 

 



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整理と判明

カエルムとスミの場面。仲を深め始める。


 

コツン‥‥ガチャカチャ

 

静けさが発せられる音を際立てている。外から光は与えられないが、〈永続光〉により洞窟内では光が溢れている。中心には即席の焚火がしてあり中を暖かくしている。

 

カエルムはアイテムボックスからアイテムを取り出し一つ一つ整理して、石机に並べている。茶色の外套、無地のブーツや手袋、銀色の手首バンド。どれもマジックアイテムだが、階級は低く遺産級である。

 

「………はぁ、バカだな」

 

木で作られた──召喚モンスターが作った──寝台に寝ているスミの安らかな寝顔がカエルムの疲れ切った様子を際立てる。

何の表情も窺え知れない精霊からはかけ離れたサラリーマンの姿を幻視させる。

 

「これも知らない、これもこれも。あれも知らない。……何も分からない。」

 

カエルムは整理していたアイテムを、鑑定の魔法をかけるまで、殆ど何なのかが分からなかった。それだけでなく燃え続けている火も、内部を暖かくするなら焚火という原始的な非魔法的な方法ではなく習得していた魔法が使えば足りた。

 

カエルムはこの目の前に突きつけられた自分の適応不足、無知に打ちつけられた。ゲームの時は現実ではないため何も気にしなかったが、現実となった世界ではそうもいかない。

 

(……早く何とかしないとな。確か〈百科事典〉に取得した魔法は書かれてた。全部は頭に入らないが、必要分だけ絞って頭に詰めていこう。)

 

ペラ……ハァァ……ペラペラ

 

 

「……しっかり眠れた?もっと寝ててもいいよ」

 

寝ぼけた頭を動かしながら、スミがこっちをジッと見ていた。

 

「大丈夫です、眠れました。ありがとうございます!……私だけ休んで申し訳ないです。」

 

「…いや、私は眠る必要はないからね。大丈夫だよ。」

 

スミはもう一度お礼を言った後、自分にかかっていた毛布をたたみ、寝床から出てこちらの傍に近づいてきた。

 

最初は戸惑ったが気にせず読んでいた。だが、さすがに視線が痛かったため元々の準備した事を前倒しすることにした。

 

「スミちゃん、この机の上にあるアイテムを身につけて欲しいのだけど着てみてくれる?そのままで大丈夫だよ。」

 

「分かりました!すぐ着替えます!」

 

スミはすぐに石机の上から丁寧に取り、着替え始めた。

 

(……そんなに急がなくてもいいんだけど。……やっぱり、性格が変わっている気がするんだけど)

 

初めに会ったリスような少女からイヌになったように感じるが、打ち解けた結果だと自分で納得した。

そう疑問に思っていた内に、着替え終わっていた。

 

「いかがですか?…この服はカエルム様のですか?」

 

「…私のじゃないよ。それはスミちゃんにあげようと思ったから、合うか確認したかっただけだよ」

 

「えっ!いや、そんな私なんかに勿体ないです。お気持ちはとても嬉しいですけど、受け取れないです。」

 

予想していた反応のためカエルムは用意していた答えを出す。

 

「……それは君を守るために万全を期すためのものなんだよ。受け取ってくれないと、私が困っちゃうよ。ちなみに返さなくていいからね。」

 

「……ありがどうございます。受け取ります。」

 

受け取ってもらった事に安心したカエルムは、落ち着いて着替えたスミの姿を見た。

 

(……スミちゃんが装備できる中で最大の魔力量のものだけど。職業とかのビルドは無視してるから、後から調整しないとな)

 

「風様、何か私ができることはないですか?私、風様に何から何までしてもらってその恩返ししたいんです!」

 

特にしてもらうことはないと思うが、スミの様子を見るに過剰な優しさに心が耐えられないように見える。カエルムはスミにできる仕事を考えた。

 

「………うーん、私はこの世界の事を全然知らないから、色々知りたいことがあるんだ。教えてくれる。」

 

「分かりました!風様!全てお伝えします!」

 

カエルムの言葉に満面の笑みで答えたスミは、すぐに自分の村や国、また魔法など自分がわずかに知っていることを話し始めた。

 

 

(……よし、少しは情報を集めれるかな)

 

子供であるため期待はできないが、少し期待しているカエルムは聞きながら、情報を整理していった。

 

 

 



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アウラとアリシア

カエルム捜索部隊の場面。


 

ドブの大森林。奥深く内部に、カエルム捜索隊は暗闇の中で行動していた。

 

「……アリシアー、もっと落ち着いたら?気を張り詰めすぎたよ。」

 

カエルム捜索隊の別部隊であり、地図制作を同時に進めているアウラとマーレはアリシアたちと一緒に動いていた。

 

アウラは自身の魔獣を従え、マーレとはある程度離れていた。アウラとアリシア、マーレとカイが二つのグループに分かれて捜索していた。

 

「……お気遣いありがとうございます。アウラ様。……すみません。警戒しすぎました。」

 

 

(……アリシアの気持ちも分かるけどなー。)

アウラは、少し落ち着いたアリシアを見ながら自身も緊張しているのを感じる。

配下である自分達の不甲斐なさにモモンガがイラついているのを感じ、そのため全ての配下達はモモンガ様に見捨てられるかもしれないと怯えている。

 

その感情だけでなく、アウラは自分の創造主であるぶくぶく茶釜と特段親しかったカエルムが行方不明であることに、イデアやアリシアたちよりは劣るが不安と心配を感じていた。

 

「アウラ様。イデアさんから指示が来ましたため、一度撤退いたします。アウラ様はマーレ様と合流して別に行動してください。」

 

「え!ナザリックに戻るの?イデアの指示で。」

 

全くカエルムの手がかりを見つけられない中で撤退するのは悪手だと思うが、デミウルゴスやアルベドと同等の知能を持つイデアの事だから考えがあるのだろう。

 

(何か手掛かりが見つかったのかな?……まあ、私たちはアリシアの言う通り別で動けばいいか)

 

「はい。一度ナザリックに戻ります。……すぐにマーレ様たちと合流しますので、その後撤退します。」

 

アウラはマーレが合流してから新しく部隊を編成するために配下の魔獣達を集める。アリシアもまた配下のハンゾウや精霊達を集めて、得られた情報を収集している。

 

その間にカイとマーレと合流した後、イデアが開いただろう〈転移門〉が出現した。

 

「じゃあ、イデアによろしくね。私たちはこのまま続けるけど、指示があったら戻るから」

 

「あ、アリシアさんとカイさんも、えっと…頑張って下さい。」

 

「はい。ありがとうございます。失礼します。」

 

「………失礼します。」

 

アリシアとカイが戻った後、〈転移門〉が閉じた。

 

 

 

〈転移門〉を潜りナザリックに帰還したアリシアとカイを見てイデアは腰を上げた。

 

「苦労をかけましたね。……会議を行うため座って下さい。」

 

イデアの呑気とも取れる言葉にアリシアだけでなくカイも不満を滲ませた。カイはともかく、アリシアは我慢できずに口を開いた。

 

「イデアさん……それは怠慢ではないですか。カエルム様を早くお見つけ差し上げなければないないのに。」

 

「……それについては今から話します。ですから、座って下さい。」

 

それに応えて二人は渋々として自身の席に座った。

 

「では、二人を呼び戻した理由ですが、カエルム様の居場所がおおかた推測できたからです。次の行動に移るため会議を開きました。」

 

イデアのその言葉に二者同様の反応を示した。

 

「ぇ、あ!本当ですか!?それは。………カエルム様が見つかる……手がかりが一切無かったはずなのに」

 

「そうですよ!そうです。……アリシアも僕もだから精一杯捜索をしてたんです。」

 

自分の切望が急に目の前に出された事で、二者の慌てぶりは目に見えるほどである。

 

アリシアの普段の私生活は、冷静沈着な公的な場とは違い、緩く寛大に生活している。また、カイも淡く静かに過ごしている。

カエルムのNPCは公私が徹底的に区別され、公私混同が固く禁じられている。

しかし、私の部分が時々公の時に現れる。

 

その二者の動揺を見ながら話し始めた。

 

「二人の疑問も尤もです。……まず、皆さんにも渡しましたが前任の部隊から得られた情報と地図、また二人に指示した調査から独自に森林にいると仮定して場所を考察しました。……そして、考察した場所に私の精霊モンスターを向かわせたところ、異なる精霊に排除されました。……これまで得られた情報から私の召喚霊を倒すほどの者がいるとは考えられません。そこから、その精霊はカエルム様系譜の者だと判断しました。」

 

カエルムの場所に辿り着くまでの過程を着々と説明していった。アリシアはただ顔をイデアに向けたままだが、カイは自前のメモを取り出し付け出した。

 

イデアの話が終わった後──カイはメモの途中──アリシアはある感情を解消する為に、その過程の疑問をイデアにぶつけた。

 

「イデアさんはカエルム様が森林のその場所にいると、どうやって推測できたのですか?……私たちは幾ら探しても手掛かりさえ見つけられなかったのに」

 

「……それは私がカエルム様の一番の理解者だからです。カエルム様が思考し行動なさるのを計り取ることは、カエルム様の補佐官として当然の能力です。‥‥……と言っても、二人に落ち度はありません。カエルム様の能力に探知系魔法や知覚を阻害するモノがありますから。」

 

その自慢とも自負とも取れる言葉には、誇りの感情が滲み出ていた。

イデアには、自身に与えられた補佐官の役職やそれに対応した能力に理想という名前に相応しくプライドがあった。また、自分がカエルムから特別な役割を任されたことに自慢の思いがあった。

そのカエルムの望む理想の像に自身を型はめる意志があり完璧主義である。

 

それを察したかどうかは分からないが、アリシアだけでなくカイも淡い羨望と嫉妬の感情を出していた。

 

「……はい。では本題に入ります。これから、私が指揮し捜索隊を率いてカエルム様をお救い申し上げます。二人は私の下に着きなさい。メリサは引き続きナザリックとの中継役です。……ちなみに、失敗した場合も鑑みてモモンガ様には報告致しません。」

 

イデアの作戦伝達とともに〈転移門〉──桜花領域に事前伝達した──が開かれ、三人は大森林へ入った



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撃退と思案

カエルムと捜索隊の場面。


暗闇の森林の奥深くにある洞窟。その中では二人の話し声が響き続いていた。

 

スミは最初は義務感から身の回りの話をしていたが、だんだんと自分の恩人であるカエルムと話すことが楽しくなり談笑へと変わっていった。カエルムもまた、情報収集の目的から気を緩めて楽しんでいた。

 

カエルムは夢中で気付かなかったが、談笑の中二人の周りを風が舞い始め、それが縮小し円状となり上昇しスミの頭上に移動した。その後頭上で自然と消えた。

 

この間も後も二人は談笑し続けていた。この時だけは、スミも母が死んだ悲しみを忘れ夢中になることができた。

 

 

カエルムは洞窟外部の警備防衛で、洞窟を囲い召喚モンスターを配置していた。また、基本は自動迎撃だが非常時は知能の高い召喚モンスターが司令塔として機能し召喚モンスターはその司令塔と繋がる事になっていた。そのため、司令塔が撃退されない限りカエルムに伝達される事はない。

 

それは一々召喚モンスターに気をつかうことがないようとした事であった。しかし、防衛の面では非常に無防備であった。

 

 

 

そして、その防衛円状の最外部のモンスターが撃退され始めた。

一層、二層と削られていった。

 

「……これでもカエルム様がお気付きにならないのはおかしいですね。この召喚モンスターの存在がカエルム様の御存在を示していると思いますが。……アリシア、どう思いますか?」

 

側に控えていたアリシアは、少し顎に手を据え考えた後答えた。

 

「………はい。意図的に無視なさっているか、この事態を感知なさっていないか、のどちらかだと思います。」

 

「私もそう思いますけれど、何か手が離せない状況におかれているかもしれません。……とにかく、このまま召喚モンスターだけ撃退していきます。」

 

「イデアさん。……思ったのですが、勝手にカエルム様の召喚なさったシモベを殺してしまって大丈夫なのですか?この結果、カエルム様が転移なさったり、こちらを敵と判断して攻撃なさる事となったらどうするのですか?」

 

アリシアの疑問は、先の会議で伝えられた段階で出たことだがアリシアとカイは未だに混乱中だったため話すことが出来なかった。現場で指揮しているカイも、この作戦に疑問を感じていた。

 

「カエルム様は必ずシモベが撃退されたとお分かりになかったならば、敵を探知されます。そして、知能の高いシモベをぶつけると思われます。……私たちを気づかないことは無いと信じたいですが、万が一カエルム様自らこちらを敵とみなした場合は逃げます。……それに、シモベに害を与えず直接接触した場合、カエルム様は一目散に転移なさると考えます。ですので、同じ召喚モンスターをぶつけて私たちは隠れて様子見をします。」

 

カエルムの性格を理解しているイデアだからこそ、立案できるリスクの少ない慎重な作戦である。この意図を理解したアリシアは、情報共有すべくカイに〈伝言〉を発動した。

 

イデアの作戦はカエルム発見の成功率の非常に高いものであるが、カエルムの状況を鑑みると致命的なミスがあった。

 

その事に誰も気付かないまま、第三層、第四層──最終層──まで削り、ついに司令塔を召喚モンスターだけで倒すこととなった。それは直ぐにカエルムの知る事となり事態は予測できない方向へ急変して行く。



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イデアとアリシア

前回の短い続き。


イデアの想定通りに事が運び、司令塔の精霊モンスターが倒された。これをイデアとアリシアは、現場とはかなり離れた場所で待機し、探知の魔法で見ていた。

 

「イデアさん……司令塔が倒れましたが、カエルム様が出てくる気配はないです。このまま黙って待つだけで、大丈夫なのですか」

 

アリシアは司令塔が倒れた後、いっこうにカエルムの姿が現れないことに対して、本当にこのまま待っていて大丈夫なのかという不安とイデアへの疑心を感じていた。

これに対して、イデアは平然として成り行きを見守りながらアリシアの問いに答えた。

 

「アリシア、あなたの考えもわかりますが、このままで問題ないです。……カエルム様がいずれかの行動を起こすと同時に、私自ら転移し、私の存在を探知していただくことで解決します。問題はまた違う場所にカエルム様が転移なさる場合ですが、それも――」

 

イデアが話すを遮るように<伝言>の魔法が頭に響く。アリシアに待機の指示を出し、応えた。

 

司令塔が倒されるまで、カエルムが傍観を貫いたのは、相手の情報を不明なため情報収集につとめたためか、そもそも敵襲に気付かなかったかのいずれかである。そして、イデアが推測したカエルムの次の行動は、司令塔より強い召喚モンスターを送り込むということであった。この予想はアリシアも同意見であったが、カエルムがイデアの存在を認識するだけで万事解決というのは異なる。

そこにはイデアのカエルムの一番の理解者であり、カエルムも自分を理解しているという過信がにじみ出ているように思えた。ナザリックの知恵者であるイデアが、この世界はユグドラシルとは違い、どんな異常なことも起こりえるという前提を考え損ねてしまうほど、カエルムへの執着が隠れ見えた。

 

アリシアはこの気がかりを、イデアに報告しようとしたが、その前に事態は進行していってしまった。

 

「アルベドいえ、モモンガ様より指示がありました。カエルム様が行動を起こすと同時に、ナザリックより編成された部隊がそれの対処にあたります。私とアリシアは、アルベドの指揮下に入るとのことです。」

 

アリシアはその突然の命令やモモンガらしからぬ命令に驚くとともに、自分たちの手でカエルムを発見できなかったことに憤りを感じた。感情を抑えて、イデアに指示を仰ごうとしたが、イデアの顔は変わらないが異様な雰囲気の姿に何も言えなかった。

 

「……時間をかけすぎたか」

 

イデアは何の感情もこめず、その言葉をこぼした。

 

 



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急変

ナザリックとカエルムの接触。


外の状況などつゆも知らず、談笑を続けていたカエルムとスミは、ある意味互いに突然違う世界に放り込まれた身として、この心地よい空間に浸り続けることを望んでいた。

カエルムは、話しているうちに腑抜けてしまったが、理性の一部がスミから聞いた情報を整理していた。

 

(この世界はユグドラシルとは確実に違う…元いた世界とも違う…でも、ユグドラシルの魔法が使えて、人格も元のままだ…なんなんだろうな、この世界は。)

 

カエルムはスミから聞き、この世界に属している周辺の地域について概ね知ることができた。ここがドブの大森林で、スミは地球の中世国家程度の文明を築いているリ・エスティーゼ王国という国に属している。しかし、カエルムが転移直後から放置していたこの世界が何なのかという疑問には、解答が得られなかった。

 

だが、この世界が現実であり、自分もスミも生きているということがわかると、自ずとやることは決まる。

 

(…スミを保護しながら、この世界を周る。そして、この世界のことを知るか)

 

カエルムが、自分の心を整理しながら、スミの話を聞いていると、一つの情報が頭に入ってくる。防衛網の指揮を任せていた司令塔の精霊モンスターが消滅した事実だ。

カエルムはその情報をかみ砕き、飲み込むまで、行動を起こせなかった。スミはどことなく焦っている雰囲気のカエルムを心配しながら見ていた。

 

(…まず、逃げるよりも状況を確認しなければ。それで、行動する、よし)

 

計画を立てたカエルムは、素早く<上位精霊召喚>の一日の召喚回数が限られているスキルを発動し、感覚を共有して外に送った。

 

上位精霊が防衛網の二層あたりに到達して、周りの森林に隠れているであろう敵を警戒していると、突然感知できず、背後からダメージを負った。カエルムは上位精霊のダメージから、70から80レベルの隠密型のプレイヤーかモンスターと考えた。次に、上位精霊に<森林同化>という感知系のスキルを使わせ、警戒にあたらせた。すると、周囲に感知できる高レベル体が3から4体いた。上位精霊は、カエルムの指示通りに感知した攻撃をそのまま受け、<超酸の霧>の魔法をスキルで強化して発動した。また、後続の探知特化の上位精霊にこの攻撃によるダメージを調べさせると、4体中3体は大きなダメージがあるが、残りの1体は比較的少なかった。カエルムは、この情報から、この1体がより高レベルの指揮官か、酸に対して耐性があるかだと考え、上位精霊にその1体に対して、斬撃や打撃などの攻撃をさせる。この攻撃に対して、ダメージが考えていたより、大幅に少なかったために、高レベルの指揮官だと絞り込んだ。

 

(敵側のブラフということもあるが、一応仮定しておくか。…ああ、上位精霊1体やられたな。残りは2体か)

 

高レベル体の連続の攻撃を受けて、上位精霊1体が消滅した。カエルムは感知型の上位精霊から情報を得て、カエルムとスミのいる洞窟を中心に包囲網が完成していることがわかり、脱出を最優先に考え始めた。最初に転移を考え下位精霊に対して魔法を発動させたが、ある境から向こう側に転移できなかった。そうすると、方法は一つであり、交渉に出るか、一点突破の脱出である。

 

(…交渉も可能性はあるが、無理だと思うな。やっぱり、一点突破しかないな。……どうするか、転移阻害は特に問題ないが、切り札を使うにも状況を見ないとな)

 

一点突破の作戦を頭で組み立てていくと、感知型の精霊から情報が入り、連結していた視覚をつなげる。敵の姿が薄っすらと見えるため隠密型であり、ユグドラシルのハンゾウという召喚モンスターだとわかった。

また、はっきりとした視界ではないが指揮官だと思しき1体も見え、見た目から悪魔かエルフであり、服装からプレイヤーか異世界人だとわかる。

 

(プレイヤーだったら交渉したいけどな…どうなるかわからないし、やめとこう。…悪魔に2体の上位精霊を奇襲させて、俺がさっきダメージを与えた指揮官がいる部分に奇襲して一点突破するか)

 

カエルムはスミに、敵襲のことやこれから脱出することを伝えると、スミは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに納得してカエルムの指示に従った。スミは防御特化型の上位精霊に担がれて、カエルムのそばに待機した。

 

(…敵の戦力が予想以上だったら、後先考えずに切り札。一度、敵に大きなダメージを与えてからの、離脱。)

 

カエルムは立てた作戦を頭で精査して、現場にいる2体の上位精霊に対して奇襲の指示を出した。そして、時間差でカエルムが自分とスミを担いだ上位精霊に魔法をかけた。

 

 

(<遅延転移>かけたるかな…罠だったらどうしよ)

突然、不安になったカエルムに関係なく魔法が発動した。

 

<上位転移>

 

包囲網の1か所に転移したカエルムは、即座に前方にいる敵に時間を与えずに、スキルと魔法を発動した。

 

<永久嵐>

 

敵に斬撃属性のついた暴風が襲った。

 

 

 



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