100年戦争の革命浪漫譚 (紅乃 晴@小説アカ)
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序章.百年戦争の救世主と革命者

 

 

 

 

 

 

「君はマフティー・ナビーユ・エリンのことを好きじゃないのかな?」

 

 

浜辺で仲間を待っていたハサウェイは、突然話しかけられた相手に驚きを隠せないでいた。驚愕する表情をなんとか押し殺して、混乱するなと自分に言い聞かせ、語りかけてきた相手を注意深く観察する。

 

スーツ姿である時点でこの近辺に住む現地民ではない。整った顔立ちで、この強い日差しの中でも日焼けをしていないところを見ると、地球連邦の関係者か、それに準ずる何かだと結論をつける。

 

警戒心を持っているハサウェイを察したのか、話しかけてした相手は「おっと」と声を出すと胸ポケットから手帳型のケースを取り出し、それを開いて見せてきた。

 

ケース内に収められている身分証は一目で連邦軍のものだと理解できてしまって、ハサウェイの警戒心は一気に跳ね上がった。

 

 

「失礼、私はこういうものだ。最近は海岸線のゴミ掃除とかに駆り出されている海岸警備隊だよ」

 

 

噂では聞いたことがある。

 

第二次ネオジオン戦争以降、目立った武力交渉がなくなった地球軍は、あまりある戦力を持て余すようになったのだと。オエンベリの軍事基地のように機能する部隊もいるだろうが、その大半は飼い殺し状態であり、役立たずになったパイロットや宇宙艦隊のクルーたちは日夜、地球の海洋汚染に対する清掃作業を行っていると。

 

語りかけてきた相手は、そんな海洋清掃を行う地球軍人の隊を率いる人間であるようだ。

 

 

「なぜ、貴方のような人がここに?」

 

「知っての通り、ここは島国でね。基地自体も海からはさほど離れていない。本来ならゴミ掃除を命じられている私がこのような場所に来るのはお門違いなのだが」

 

 

そう申し訳なくいう彼は、ケースから二枚の写真データを取り出してハサウェイに見せた。それは、大気圏内でハサウェイや地球政府高官を乗せたシャトルを襲撃したハイジャック犯たちが使用したポッドの残骸や、飛び去った接舷用の機体の影が捉えられたものだった。

 

 

「あのマフティーと名乗るハイジャック犯のコンテナが見つかりましてね。今は事情聴取で忙しいマン・ハンターのお偉いさんに話をしにきたわけだよ」

 

 

まぁ、事情聴取や高官の相手に、近々行われるアデレード会議までの準備や送迎でピリピリしていたので写真を見せる間も無く放り出されたのだがね、と彼は困ったように笑う。その仕草の一つ一つをハサウェイは注意深く観察していた。

 

 

「一仕事終えて迎えの者を待っていた時、君を見かけた。シャトルの中でハイジャック犯相手に大立ち回りをした君を、ね」

 

 

チラリとハサウェイは海を一瞥した。青い海には誰もおらず、それはまだ〝彼〟への迎えが来ていないことを示していた。ここで迂闊な言葉を選べば最悪拘束とあり得る。だが、ハサウェイには何か疑問があった。理詰めの疑問ではなく、ニュータイプ的な……感覚的な疑問が。

 

 

「……待ちぼうけのフリをしてサボりでもしてるのですか?」

 

「はははっ、まさか。これでも税金で働いている身分なのでね。そう言った真似はただでさえ地に落ちている連邦軍の評価を下げる原因にしかならんよ」

 

「マフティーはそういう評価を下される腐敗した軍をも浄化しようと動いているのではないのですか?」

 

 

思わずそう言ってしまったハサウェイに、彼は「マフティーとはそんなに高徳的な組織だったのかな?」と疑問をぶつけるように言った。

 

 

「彼らが本物のジャンヌ・ダルクならまだ良いのかもしれないな。彼女は戦場に立ちながら旗を持って祖国の兵たちを鼓舞した英雄だ。だが、マフティーは旗ではなく武器を手に訴えかけている。地球の汚染を広げているのは地球に住む人々だと言ってね」

 

 

神の声を聞く預言者などと言われてきたジャンヌ・ダルクとマフティーが似ているなんて思えないと男は言う。良いところで思想が違う敵に立ち向かう勇気と無謀さくらいではないかとも。

 

 

「民衆はそれを面白がってもてはやしているだけだ。熱しやすく冷めやすいのが彼らの本質。その存在が自分たちの生活に害を及ぼさなければ道楽としか捉えないものだ」

 

「それは……!」

 

 

身構えたハサウェイを、男は鋭い視線で黙らせる。ゾワリとハサウェイの感覚が男の正体を掴んだような気がした。

 

 

「マフティーが真に地球人への革新を求めるというなら、武器を取るなどというミクロな行いは初めから破綻している。そんな真似をしても民衆の本当の心は動かせれない。人は誠意を前にしてようやく誠意を示せる」

 

 

故に、人はジャンヌ・ダルクという存在を失っても敵に勝つことができたのだから。そう言った男に、ハサウェイは確信が持てた。この男は、自分を「マフティー・ナビーユ・エリン」だと弁えて話かけてきたのだと。

 

そして、この男が純粋な地球連邦の軍人ではないと言うことも。

 

 

「貴方は一体……」

 

 

そうつぶやくハサウェイは湾に到着した迎えの貸船にも気づいていなかった。

 

男は貸船を一瞥してから、小さく笑ってハサウェイ見て、こう言った。

 

 

「ようやく出会えたな、マフティー・ナビーユ・エリン。……私はマクシミリアン・テルミドール。君と同じく、人類の革新を信じて行動を起こすものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は、宇宙世紀0105年。

 

のちにマフティー動乱と呼ばれる時代の節目に、本来存在しないはずの組織が現れていた。

 

革命者、マクシミリアン・テルミドールが率いる反体制組織「ORCA旅団」。響きは悪くないと思ったのは、同志たちがその考えに賛同してくれた時だった。

 

グリプス戦役、第一次ネオジオン戦争、そしてシャアの繰り広げた第二次ネオジオン戦争と、アクシズの隕石落とし。数々の戦場を渡り歩いてきたからこそ、この組織を作り出す土壌と力を持てたのだと思う。

 

合流した構成員に囲われる形で、マフティーという組織の冠に祭り上げられたハサウェイと共に、俺はマフティーが根城とする沖合の廃船へとやってきていた。

 

中はなかなかにしっかりとしていて、マフティーという組織がどう言った後ろ盾を持つのか察するには充分なほどであった。

 

 

「まさか、連邦軍の閑職に回された人が反体制組織の親玉だなんて誰も思いませんよ」

 

 

簡単なプレハブの中に設けられた応接室に通された俺は、ハサウェイと眼鏡をかけた彼の側近的な構成員の間を行き来するような視線を見せてから肩をすくめる。

 

 

「だろうね。だが、その方が都合が良かった。連邦軍基地の司令官なんぞにされたら身動きなど取れず仕舞いだったからな。この仕事なら適当な休職届さえ出せばどうにでも誤魔化せるものだ」

 

 

特に海洋汚染の清掃に回されるような奴らは軍内部でも扱いの難しい者たちばかりだ。爪弾き者に異端者、一匹狼にすぐ暴力沙汰を起こす奴、金銭感覚が一年戦争時代から止まってる博打狂いなど様々。俺は過去の経歴から連邦内でも扱いがめんどくさいらしく、体よく閑職の指揮官として放り込まれたと言ったところだった。

 

願ってもないことでもあったが、連邦内部が大きな戦争を経てどれほど歪な保守的体制になっているのかよくわかる構図だった。言うことを聞く凡兵を足元に置き、言うことを聞かない奴や厄介な奴は端に追いやる。組織が大きくなればなるほど、よくあることでもあった。

 

こちらとしては好都合ではあったが。

 

 

「反体制組織ORCA……貴方たちの目的はなんですか?」

 

 

ORCAを率いる「マクシミリアン・テルミドール」相手にズカズカと言ってくる眼鏡をかけた構成員の少年。まったく隠そうとしない嫌悪感と警戒心を感じて、俺は小さく笑ってしまった。

 

 

「単刀直入だな、少年。その好奇心は認めるが、探りを入れるタイミングというものを探らなければならない。彼のようにね」

 

 

そう言って俺はハサウェイを見る。彼はじっとこちらを見ていた。まるで動きが悠久的な植物を観察するように、その目はひどく冷静でどんな些細な変化も見逃さない強い意志を感じられた。

 

 

「別段、隠し事をするわけじゃない。君たち、マフティーがしようとしていることこそ、本来の我々の(目的)なのだから」

 

 

そう。別に何かを隠しているわけでもないし、今世間を騒がせているマフティーという組織を白昼の元へ引きずり出すようなつもりもない。

 

ただ、単純に彼らの在り方が、俺が率いるORCAと被っていたから。故に俺はハサウェイやマフティーの人間に会う必要があったのだ。

 

 

「咎……?」

 

「マフティーという組織がマフティーたらしめる所以。オエンベリは君たちが行動を起こす以前に反体制的な思想の坩堝だったわけさ」

 

 

大気圏突破直後に行われたハイジャック事件。その犯人は自分をマフティー・エリンと名乗っていたが、事実は異なる。彼らは単に金欲しさと卑しさでその名を使った盗賊にすぎない。だが、そう言った者たちが今の地球には溢れている。とくに、オエンベリはひどいものだ。マン・ハンターの監視に抗うように反政府を掲げるゲリラはそこら中を跋扈している上に、彼らは利益や目先の資金のために平気でマフティーの名を語るのだ。

 

人類の革新を求めるお題目を立てたマフティーという組織は、そう言った短絡的で利益を優先するようなゲリラ組織にとって恰好の隠れ蓑になっているのだ。

 

そんな副作用を彼らが求めていなかったことは重々承知している。故にマクシミリアン・テルミドールはハサウェイをリーダーとするマフティーと交渉をしにきたのだから。

 

 

「私の目的は単純だ。……我がORCAにマフティーの咎を明け渡して欲しい」

 

 

俺の言葉を理解できなかったのか、眼鏡の構成員は呆気なく取られたような顔をしていたが、ハサウェイだけは俺の言葉の本質を理解していたようだ。

 

 

「……どういう意味だ」

 

 

申し訳ない程度に出されたミネラルウォーターを一口飲む。チャポリと波打ったペットボトルに入る水を眺めてから、俺は言葉を続ける。

 

 

「血濡れた宇宙世紀が始まり100年。そう、100年も経った。一年戦争、グリプス戦役、ネオジオン戦争……そしてアクシズ落とし。たった100年でどれほどの人が死んだ?旧時代の世界大戦の数倍近くが、半世紀にも満たない20年余りの時間で失われている」

 

 

宇宙世紀は100年と言う節目を迎えたと言うのに、人々はそれを祝うわけでもなく、ただ漫然に今の生活を維持することに必死なのだ。あれほどの犠牲を支払った戦いの歴史は、人々から宇宙という名のフロンティアへ憧れるような心を奪い去ってしまったのかもしれない。

 

 

「マフティー、物事をもっと本質的に見つめるべきなのだ。君たちの行いは〝間違っている〟と心のどこかでは認められているはずなんだ」

 

「貴様……!!」

 

 

本質を突いた俺の言葉に眼鏡の構成員が立ち上がり、懐にしまっている何かに手をかけたが、その行動をハサウェイは手で制した。

 

 

「待ってくれ!!……それと、マフティーを明け渡すという言葉にどう言った意味があるというのだ」

 

 

なるほど、そこまで嫌悪感をハサウェイが持っていないことは予測通りだったな。俺は苛立った様子の構成員を横目で見ながら、注意深くハサウェイに言葉を紡ぐ。

 

 

「その咎を背負うべきは我々だと言っているのさ。マフティー・ナビーユ・エリン。君には文字通り、正当な預言者の王になってもらいたい」

 

「……なにを言ってるんだ?」

 

「思ったことはないか?こんな武力に頼った方法よりも別の方法があるなら教えてくれ、と」

 

 

途端、ハサウェイの顔が苦々しいものとなった。なんだ、わかっているじゃないか。だったら話は早く済む。トン、と俺はミネラルウォーターが置かれる机に指を置く。

 

 

「あるのさ、その別の方法が……簡単な話だ。君が地球を統べる王になれば良い」

 

 

にこやかに言った俺の言葉に、ハサウェイは信じられないと言った目を向けた。なにを言っているんだ?と目で訴えかけてくるハサウェイの声を代弁するように、眼鏡の構成員が悲鳴のような声をあげる。

 

 

「馬鹿げてる!そんな話など!!」

 

 

馬鹿げている?そんなことを俺は言ったか?

 

 

「地球に住む人々を宇宙に導くなら指導者が必要だ。その指導者はどうやってその地位に上り詰める?武力か?シャアと同じように隕石落としでもして地球政府を揺さぶるか?いいや、無理だ。そんな真似をして素直になれるほど地球政府は単純なものではない」

 

「だから、僕らは武器を手にして……!」

 

「連邦の凝り固まった血族の高官どもを殺して回っていると正当化するか?そんなもの、ただ政府からの恨みを買うだけの所業に過ぎないよ」

 

 

だから、マフティーのやり方は間違ってるなんて思うし、その真実から目を逸らしてしまう悪循環に陥っているのだ。覚悟や迷いを捨て去るなんて、そんなもの思考停止以外の何物でもない。

 

 

「つまり、貴方のいうマフティーを明け渡すという意味は、汚れ役を買うということなのですか?」

 

 

しばらく沈黙していたハサウェイは、まるで確認するのかのように俺にそう言った。ニヤリと思わずほくそ笑む。やはり彼こそが「預言者の王」に相応しいと、改めて実感する。

 

 

「……鋭いな。さすがは、ブライト艦長の息子さんだ」

 

「……父を知っているのですか?」

 

「ああ……敵でもあり、仲間でもあり、同僚だった時期もあった」

 

 

グリプス戦役では敵。第一次ネオジオン戦争では不運な接触から敵ではあったものの、最終局面では味方として彼の指揮下に入った。

 

第二次ネオジオン戦争は、俺はもともとロンドベルの下部隊の指揮官だったし、アクシズ落としの戦場ではブライトがアクシズ内に核を仕掛けるまでの護衛を任されていた。

 

結局、俺にはアクシス落としを止めることはできなかったし、多くの悲しみを生み出す戦争を止めることすらできなかったただ一人の軍人でしかない。

 

だが、目の前にいるハサウェイ・ノアは俺にはない確固たる資格を有する人物だ。

 

 

「君という存在はターニングポイントなんだよ、ハサウェイ。君にしかできない。君だからこそできるんだ」

 

 

シャアもアムロも、君のお父さんもできなかったことを。

 

 

「我がORCAはその準備がある。すでに手筈は整えている。アデレードで高官を虐殺し、連邦の政治体制をズタズタに引き裂く。そして君がカリスマ的存在として立つのだ。かつて、サイド3で立ち上がったジオンの父、ジオン・ズム・ダイクンのように」

 

 

それこそが、俺がオルカを立ち上げた真の目的であり、これから先に待つ地球圏の動乱を防ぐ唯一の手段だと確信できているから。

 

 

「君には我が反体制組織ORCAが切り開いた血路を歩んでもらう」

 

 

そう告げて、俺はハサウェイに手を差し出した。俺は強制はしない。ただ、彼が選ぶことを待つだけだ。だが、この手を……ハサウェイが……いや、マフティー・ナビーユ・エリンが手に取ったのなら。

 

 

「頷けば、君はもうマフティー・ナビーユ・エリンに戻ることはない。永遠にな」

 

 

歴史は、確実に変わるのだから。

 

 

 

 

 

 



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第一話 救世主の跡に

※若干の閃光のハサウェイのネタバレが含まれます。


 

 

オーストラリア、アデレード。

 

かつての動乱があった地はオエンベリから3000キロ近くも離れていて、あの基地で過ごした日々がどこか遠く、懐かしく思えた。

 

マフティー動乱から10年。

 

破綻した地球連邦政府は新たなる血を注がれ、その身をなんとか立ち直らせようと必死にもがいているように思える。だが、それは一般的な民衆による客観視の結果であり、政府の中核を担う者たちからすれば、血族や権威、汚職にまみれた政府が腐り落ち、折れた大木から新たなる芽が芽吹いている最中だと感じられる。

 

マフティー・ナビーユ・エリンは確かに成し遂げた。脆弱たる地球連邦政府の高官を殺戮し尽くして、新たなる命を地球政府に委ねた予言の王として……。

 

 

 

 

アデレード、現大統領政府官邸。

 

SPや政府関係者の目に晒されないこの部屋は、自身のプライベートが確約されている唯一の部屋だと思える。もちろん、外には厳重な警備と、24時間体制の警備兵が警護を続けてくれているが、それでもまだこの部屋はマシなように思えた。

 

 

「またコロニー公社からの予算請求か……軌道エレベーターの建設もある。ままならないものだな」

 

 

電子データ化された書面を見て小さく唸ってしまう。書類の山に悩まされることは無くなったが、それは紙媒体から電子媒体に変わっているだけで、仮想空間内に自分の処理を待つ書類が山積みされていると思うと気が滅入ってくる。データ容量の圧迫指数は変わらないし、処理しても処理しても新しい案件の書類が倍になって押し寄せてくるのだ。

 

おかげでMSなんかに乗る暇もなく、すっかり今の技術トレンドに置いて行かれている。技術スタンダード化がされているとはいえ、今の最新鋭機に乗ったところで過去の自分のような操縦センスを発揮することはできないだろう。

 

アムロやシャアも、こんなことになるのが嫌だから上に立つ人間になりたがらなかったのではないか?そんなくだらない事を考えてしまうが、当たらずも遠からずという確信めいた何かを感じられてならなかった。

 

 

「お疲れ様の様子だな、ノア大統領?」

 

 

木製のドアをノックする音にだらしなく執務用の椅子に預けていた顔をあげる。今では見慣れた小洒落たスーツ姿のケネス・スレッグが手土産の酒を片手に部屋の入り口に立っていた。

 

そう。

 

僕は……ハサウェイ・ノアは、もうマフティーではない。マフティー・ナビーユ・エリンを名乗る資格もない。

 

その道を降りて、今は地球連邦政府の大統領なんてものをやっていた。

 

この地位に腰を下ろすことになるまで、様々な話や経緯はあるが、1番僕を手助けしてくれたのは、かの初代大統領を務めたリカルド・マーセナスの直系子孫でいるリディ・マーセナスの政治的な助力があったからこそだと思う。軍歴もある彼は政府関係者や連邦軍内にも精通する幅広い人脈を持っている上に、マーセナスというとびきりの看板を持っている。

 

僕は一度、彼に聞いたことがある。

 

なぜ貴方自身が地球連邦の大統領の席に座らないのですか?、と。

 

すると彼は少し遠くを見るような目をしてから苦笑いを浮かべて答えた。私のように自己に固執してしまうような男に人を導くほどの器量はないのさ、と。

 

 

「ケネス。また秘書官に怒られるぞ?」

 

「いいじゃないか、ここには誰も来ないのだからさ。大統領官邸に帰っても仕事かい?たまには休まんと、また過労で倒れるぞ」

 

 

そう言われるとぐうの音もでない。つい数ヶ月前に寝不足が祟って会議中に倒れたばかりなのだ。医者からも静養するべきだと言われているのだが、地球圏の混乱は未だに続いており、マフティー動乱で空いた特権階級高官らの穴埋めをするのに政府は必死だ。そんな中、大統領が静養なんてすれば戻ってきたら別の誰かが大統領になっていたなんてこともありうる。

 

 

「肝に銘じておくさ」

 

 

そうは言ってみるが、ケネスは信じてないと言った顔だ。その顔に出る癖を直せよ、というがあいにく生まれつきだとはぐらかされてしまった。そんなことだから、彼は政府関係に身を置かず地球連邦の軍籍のままだったりする。

 

 

「軌道エレベーターの建設も進んでいる。と言っても、地方からの反対姿勢は変わってはいないが。なんとか戦争になる前には食い止めてみせるさ」

 

「助かるよ、国家防衛局長官殿」

 

「そう言われると未だに歯痒いのでどうにかしてくれないものかね?」

 

「ケネスもそろそろ諦めて権力の椅子に腰を下ろしておけよ」

 

「お偉いさん方の腹の探り合いより、手が出るのが先なのでごめん被るね」

 

 

そう言ってケネスは無遠慮に持ってきた手土産の酒を開けて、戸棚からグラスを取り出す。勝手知ったるなんとやらで、ここに訪れるのは側近を買って出てくれたリディの次にケネスが多いように思えた。

 

次いで来訪が多いのはアナハイムの最高責任者となっているアルベルト・ビストである。彼とは件の軌道エレベーター建設計画をアナハイムとコロニー公社共同で進めているため、色々と厄介な案件の話をするためだったりする。来るたびに彼が痩せていってるのは気の毒に思うが、これも地球圏の平和のためなのだから何とか踏ん張ってほしいところだ。

 

 

「大統領になって5年。僕の意思を継いでくれる者も育てられたけど、まだまだ難しいことだらけだ」

 

「そりゃあ、そうだろう?全人類を宇宙にあげようってんだ。早くても50年、なだらかな移民を進めても1世紀は掛かるって専門家も言っているしな」

 

 

ケネスから渡されたグラスを受け取って電子書類を閉じる。コロニーが落下したシドニーには、今まさに第一軌道エレベーターが建設されようとしていた。

 

これは、地球の衛星軌道上に建設されるリング状コロニーである「オービタル・リング」計画の足がかりに過ぎない。シドニー、サンフランシスコ、北京、モスクワ、イスラエル、アフリカ、ヨーロッパ。各主要都市から登るエレベーターを柱に、軌道上に展開される大規模な生活圏は、地球を巣立つ人類の新たなるゆりかごとなる。

 

既存の宇宙コロニーは建設からもう30年が経過しており、あちこちにガタが来ている。コロニー公社筆頭に、各企業がコロニー再生計画を進めているが、それを続けても大規模な宇宙移民に耐えれるコロニーは圧倒的に不足している。ならば、新しく作ってしまえばいいというのが地球連邦政府の採決の結果だった。

 

 

「宇宙世紀前半に行われた大規模な宇宙移民を真似れば済む話だと誰もが楽観視していたが、あれは口減らし……いわゆる棄民政策みたいなものだ。特権階級の奴らも宇宙にってなれば、そりゃあ話が違ってもくるさ」

 

「わかってるさ。こういうのは焦ってやれば綻びも出る。しかし、のんびりしていたから法の穴を抜けて地球に縋り付く輩も出てくるんだ」

 

 

現に法改正の穴を狙って地球への永住権を迫った特権階級の親族もいた。もちろん、そんな利己的な言い分が通らないように補助的な法案は前もって可決されていたので、彼らの地球永住の夢はあっけなく崩れ去ったわけであるが。

 

特権階級の親族らや、地球政府の高官との折り合いもかなり手こずっている。彼らは何故そこまでして地球に住むことをこだわっているのか、と疑問を持ちたくなるのだが理由はおそらく単純なのだ。彼らは地球という星を見下ろせる場所から宇宙に住む人々を見下したい、そんな稚拙な思惑から地球に住むという強迫観念に追われ続けているのだろう。

 

全く、呆れた理由だ。

 

すでに地球にあるのは豊かな自然と空気、水くらいで政治的な利用価値などほとんど残っていないというのに。

 

 

「旧世紀の地球と宇宙の立ち位置をひっくり返そうって言うんだ。軌道エレベーターもそう言った理由なんだろう?」

 

 

ケネスの言う通り、軌道エレベーターは衛星軌道上のコロニーの柱以外にも役目がある。それは人類が巣立ったあとの地球という星の管理や調査のためだ。

 

 

「地球から全人類を追い出す。しかし、地球を人類の管理下に置かなければならない。軌道エレベーターは、宇宙から地球を監視するためのシステムにしたいんだ」

 

「……強欲だな、人類っていうのは」

 

 

グラスの中のシャンパンを一回りさせながらケネスは呆れたように言う。すると、この部屋から寝室につながる扉が静かに開いた。

 

 

「そんなこと最初からわかっていたことだよ、ケネス。じゃなかったから、人類は地球から巣立たなきゃならない、なんて言い出さないよ。人って生き物は」

 

 

出てきたのは、バスローブ姿のギギ・アンダルシアだった。まさか寝巻きのまま出てくるとは思ってたなかったのか、思わず顔をしかめると、彼女は「嫉妬してるんだ」と楽しげに目を細めた。ちがう、そうじゃない。

 

ちなみにケネスは結婚している。

相手は何と自分の妹だ。

 

マフティー動乱後にノア家と会う機会があったらしく、その時に妹であるチェーミン・ノアと恋仲になり結婚。今では母と同じくしっかり者の妹に手綱を握られているのだ。

 

 

「ギギ、寝たんじゃないのかい?」

 

「ケネスが来ると騒がしいもの」

 

「ひどい言われようだな」

 

 

そう言ってケネスはもう一つのグラスを取り出してギギに手渡した。

 

あれから10年。

 

まさか、こうやって3人で話ができるなんて……考えもしなかった。マフティーに加わっていた他のメンバーも今や政府関係者となって地球を忙しなく飛び回っている。マフティーという組織は解体され、新たに地球政府をリボーンするためのドクトリンとして機能するように導入された一種のワクチンのように思えた。

 

きっとあのまま進んでいれば、自分は地球連邦に捕らえられ死刑。マフティーの生み出した思想や願いも、何の意味もなさないまま潰えて行くことになっただろう……。

 

マフティー動乱。

 

かのマフティー・ナビーユ・エリンを語る革命家、マクシミリアン・テルミドールが起こした地球政府に対する反乱行為。

 

このアデレードの地を地球連邦高官や、特権階級をもつ血族の血で染め上げた地獄を生み出した彼は、動乱以降は驚くほど早く、そして何の痕跡も残さずに消え去った。

 

地球政府に政治的な混乱のみを残して。

 

マクシミリアン・テルミドールが率いたオルカなる組織は、また地球圏が混迷や私利私欲に溺れた人間によって汚されれば蘇るのだろうか。

 

彼らはいまどこで何をしているのか。

 

マフティー・ナビーユ・エリンという名と引き換えに、この未来を手にした自分に、それがわかることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 



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第二話 作戦前譚

ノリで描いてるので好き勝手にやってます笑


 

 

 

 

 

諸君、ブリーフィングを開始する。

 

昨日、私自身が地球の反政府勢力であるマフティーなる組織と接触したことは、諸君らの知るところ通りだ。交渉は予測通り決裂した。

 

彼らはマフティー・ナビーユ・エリンという神輿を下ろすつもりはないらしい。その信仰や考え方を変えるつもりもな。だからこそ、私は彼らを直接見る必要があったと言える。

 

彼らが望むか望まないかは重要ではない。もはやマフティーという組織の必要性は無くなっている。彼らは体良く使われた政治闘争のパーツに過ぎなかったのだ。地球圏という場所が高官、特権階級の者たちが住まう楽園に仕立て上げるための道化さ。

 

マフティーという組織が正常に機能すればするほど、彼らが掲げる理想からはかけ離れ、彼らが危惧する現実が確固たる足場を作ってゆく。まったく皮肉なものだ。

 

すでにアナハイムや地球連邦政府とは話はついている。水面下では、オーストラリアの各基地は丸裸同然だ。彼らは自身らの権力が及ぶ範囲とオーストラリアに残された兵力で対応を迫られることになる。だが、そんなことは最早問題ではない。

 

マフティーがどうであれ、アデレードに集まる高貴なる者たちがどうであれ、オーストラリア駐留地球軍がどうであれ、我々のプランが動き出した以上、結果は自ずと出る。

 

我々ORCAは作戦通りに前哨戦たる作戦のフェーズ1を開始する。

 

ブリーフィング終了と共に、1700時を持って状況を開始する。

 

アナハイムからの情報によれば、マフティーは組織のイコンとして〝ガンダム〟を受領するらしい。そこを我々は叩く。

 

ガンダムが封印されたポッドのさらに上空を取り、受領に現れたマフティーとオエンベリから出た地球軍のガンダムを両方の頭を抑える。

 

ノーネーム隊は艦からの出撃後、大気圏を突破。突入ポッドから各機離脱後、地上のゲタ部隊も同時に動き出す。両面作戦だ。速やかに交戦する両武装兵力を鎮圧。抵抗するなら撃墜も許可する。

 

ただし、マフティーの乗るガンダムは鹵獲することを最優先とする。彼は我々の人質として必要だからな。

 

任務達成後、待機するジュノー級潜水艦に合流。収容後にハワイ諸島方面に離脱し、本隊と合流する。作戦の第二段階に移行するまでは待機となる。

 

ノーネーム隊は〝ミスターJ〟、君に先陣をきってもらう。残り2名を人選したのち、私に報告をしてくれ。

 

さて、最悪の反動勢力……ORCAの御披露目だ。諸君、派手に行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にやるつもりかね?マクシミリアン・テルミドール」

 

 

ブリーフィングを終えたあと、オルカの支援者でもある彼はそんなことを言ってきた。マフティー創設にも力を貸しておきながら、よくもまぁ言えたものだと思うと、彼は察したように普段から浮かべる笑みのまま、なじるように言葉を発した。

 

 

「君が私をあの場から連れ出した段階で、こうなる未来は予見できたはずだろう?なにより、今の地球連邦政府のあり方は私の思想とは異なるのだ。特権階級に縋りついた老害どもに地球を好き勝手されたらたまらんからね」

 

 

巷でクワック・サルヴァーと名乗る彼は、ハサウェイ率いるマフティーの創設者ではないかと噂されている。事実そうであれど、あれは最早、単なる反政府組織からは逸脱した存在になりつつあるのは事実だった。

 

彼らは体良く利用されている政治闘争のコマに過ぎない。小綺麗な言葉で自身のあり方や革命の善性を示したところで、それが地球に住む人々からすれば道楽の一つに過ぎないと言う認識のされ方しかしないというのは、政府関係者から見れば明らかであった。

 

にも関わらず、彼らがオーストラリアで勢力を伸ばしているのは、ひとえにアデレードで行われる政府の議会の影響力を強める目論見があったからだろう。

 

政府からすれば、特権階級の者たちを一箇所に集めれば、反政府勢力と掲げる者が群がるのは当然のことであり、そこでマフティーを叩きさえすれば、地球内部の政治不満や、政治家たちの無駄な派閥争いの捌け口にできる上に、地球への永住権を難なく可決できるように土台を整えることができるのだから。

 

マフティーはテロリストと名指されているが、実際政府からすれば都合のいい捨て石程度にしか認識されていない。そしてマフティーという高貴なる思想を持った組織の誰もが、そんなどす黒い世界の思惑に気が付いていないのだ。

 

 

「気に入らんな」

 

 

壮麗な年頃となったクワック・サルヴァーは、旗艦でいるネェル・アーガマのブリッジから地球を睨みつけながら呟く。

 

彼からすれば、マフティーへの投資は現地球政府に対する政治的な駆け引きと、彼らの危機察知能力のテストという意味合いもあった。

 

マフティーという組織に政府が慌てふためくならば、その程度だと判断できるし、政府がマフティーを利用する方向に舵を切るなら、それもまたオルカという組織に拍車が掛かることになるのだから。

 

 

「私は、これからの後の世は女性が主体となって構築するべきだと考えていた。だが、その結果待ち受けていたものが、私個人の敗北と組織の崩壊であった」

 

 

遠き宇宙戦争を思い返しながら呟く彼は、かつて自身を敗北に追いやった少年のことを思い返す。彼のような直情的な人間がいるからこそ、世界は一握りの天才の思うようには進まないと知らしめられた。

 

 

「だが、連邦政府のバカどもは歴史から何も学ばぬ。彼らがのさばっていられるのはひとえにジオンに勝利した利権を切り崩してやり繰りしているに過ぎんというのにな」

 

 

このままいけば、地球圏は当面は平和を享受できるだろう。反論する者の武器を取り上げ、その思想を根こそぎ駆逐した上で成り立つ仮初の平和ではあるだろうが。

 

だが、その平和は決して長続きはしない。抑圧された世界は再び反乱と新たなる思想によって決起したインテリ共のせいで戦乱の世へと逆行するのが世の常なのだから。

 

 

「だからこそ、ここで楔を撃たねばならんのだよ。マクシミリアン・テルミドール」

 

 

そのために、オルカという組織は必要なのだ。そう告げた彼は、立ち上がって宇宙から地球を見下ろす。

 

すでに計画は始まっている。地球圏から人々を宇宙へと押し上げるための計画が。

 

その計画にマフティーという組織は力不足すぎる。ハサウェイという少年の器量程度では地球連邦政府の政治闘争という内輪揉めからも脱することはできないのだから。

 

 

「テルミドール、メンバーは集まったぜ?」

 

 

ブリッジに上がってきたパイロット、ミスターJ。彼もまた、テルミドールがグリプス戦役から懇意にしている元地球連邦軍のパイロットの一人だ。今では名前すら偽っているが、彼らは自身の生活を投げ打ってでも、テルミドールとクワック・サルヴァーが組織したオルカへ加わってくれたのだ。

 

 

「まったく、この歳になってMSで降下作戦をするとはな」

 

「ミスターK。また欲張って突入限界まで行くんじゃないぞ?あの時みたいに〝隊長〟はいないのだからな」

 

「そう言ってやるな、J。それに今の私は隊長ではない。マクシミリアン・テルミドールに過ぎん」

 

「相変わらずその言い方は似合わないぜ、アンタは」

 

 

困ったようにいうJの様子に隣に立つミセスMが小さく笑った。彼女とJの間には子供がいるのだから二人の作戦参加に最初は難色を示したのだが、ミセスMから「子供たちも自分で物事を考えられる歳になっているのだから、問題はない」と余計な心配だと遠慮されてしまった。

 

久しぶりに再開した部下との会話もさておき、彼らと共に格納庫へと移動する。ネェル・アーガマのハンガーには地球降下作戦用の機体が既に準備されていた。

 

 

「おいおい、この機体で地球に降りるのかよ?」

 

「不満か?私が手ずから調整した機体だぞ」

 

 

不満げにかつての愛機を見上げるJに、クワック・サルヴァーは自信満々にそう切り返した。

 

ハンガーに並べられていたのは3機のRX-160バイアランだった。元はティターンズの試作MSであったが、今組織のスポンサーでもあるアナハイムのアルベルト・ビストと、機体配備の改修に参画したクワック・サルヴァーの意向で用意された特別機となっている。

 

外観は腕部をマッシブな形状にした以外は当時のままであるが、スラスターや駆動部、コクピットレイアウトが最新のものに更新されており、機体燃料効率も格段に向上している。カタログスペックでの空戦能力は、現行のゲタ無しでも30分は対応可能という破格の空戦能力を獲得している。

 

 

「外観はクラシックだが中身で勝負というやつだな」

 

 

そう言って俺はハンガーの通路柵に足をかけて無重力に飛び出す。バイアラン3機の奥にシートが被さっている機体がある。それこそが、共に地球へ降下するマクシミリアン・テルミドールが「ガンダム」を抑えるために用意した機体でもあった。

 

 

「隊長、こいつは……」

 

「相手がガンダムなら、こちらも相当なもてなしをするのが礼儀だろう?」

 

 

ひきつった顔をするJたちをよそに、自身の手で魔改造した機体の姿を見て満足するクワック・サルヴァー。

 

俺が引き剥がしたシートの下には、アナハイムの失われた計画の中で建造された〝最初の試作ガンダム〟が眠っていたのだった。

 

 

 

 

 



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第三話 マフティー奪取

 

 

 

ペーネロペーから解放されたガウマンを空中で受け取ったハサウェイは、安堵する間も無く驚愕に晒されることとなった。

 

ガウマンを回収し、ここからが地獄だと覚悟した時。頭上にいた二機のグスタフ・カールの脳天から股下へとビームが迸り、前触れなく爆散したのがきっかけだった。

 

上を見るまでもなく感じるプレッシャー。単なる連邦の兵士ではない。ハサウェイはそのプレッシャーを知っていた。宇宙で、アクシズ落下の最中に感じたベテランパイロットたちが放っていたプレッシャーと酷似していたのだ。

 

恐れるように目を見開いて上を見上げる。そこには、三機のバイアランがスラスターの光を連れて空中を滑空していたのだ。

 

こちらと同じように、意表をつかれたレーン・エイムのペーネロペーも応戦に機体を弾かせるが、全くと言っていいほど相手になっていない。弄ばれている以前の問題だ。三機のバイアランが巧みに機動を取っては、ミノフスキークラフトさえ積んだペーネロペーを弄んでいる。

 

その光景に呆気に取られていると、持つ一つのプレッシャーが前触れなくマフティーになる決意を固めたハサウェイの前に降り立った。

 

 

「アナハイムの道楽に付き合う義理はないが、利用できるものは利用しなくては……勝てる戦いも勝てない、か」

 

「ガンダム……だと……!?」

 

 

秘密裏にアナハイムからクスィーガンダムを受け取ったハサウェイは、目の前にいる二つのカメラアイとブレードアンテナを持つ機体に目を奪われる。ガウマンに気付かされるまで、手が止まってしまうほど精錬されたその機体は、ライブラリーのどこにも載っていない機体で、機体照合をかける暇もなく、ハサウェイが駆るクスィーは謎のガンダムから攻撃を受けた。

 

 

「見たこともない機体だ……!あれは一体何だ!?」

 

 

彼の驚きも無理はなかった。

 

目の前に現れたのは宇宙世紀0083には計画が破棄されたはずの計画、それも計画初期段階で開発された幻の試作0号機ガンダムだった。

 

機体名、試作0号機、ガンダムブロッサム。

 

開花を意味するその機体は、失われたガンダム開発計画の中で生み出された全てのガンダムの原点とも言える機体ではあったが、性能が十全に機能した機体とは言い難い代物であった。当時のアナハイムが持つ技術を惜しげもなく投じられたブロッサムは、その技術力に傾倒した結果、操作性が劣悪なものと化していたのだ。

 

機体コンセプトは他のGPシリーズに引き継がれたまま、開発計画の破棄とともに廃棄倉庫の奥底に眠っていたところを、体の良い機体を探していたアルベルト・ビストによって発見され、極秘裏に持ち出されたのち、アナハイムの秘密工場にてクワック・サルヴァー率いる技術チームによって改造が施されたのちに蘇ったのだ。

 

無論、時代遅れとなった装備類は全て見直され、大型ビームライフルも取り回しの都合上、標準サイズのライフルへと換装されている。機体のコンセプトはビームライフル、シールド、サーベルとシンプルなものに仕上がっているが、その機動性や運動性は現行のガンダムタイプとも引けを取らない化け物に仕上がっていた。

 

 

「君がその機体に乗ることは分かっていたさ、ハサウェイ!」

 

 

戸惑いを隠せないハサウェイに追撃をかけながら、コクピットに座るマクシミリアン・テルミドールはフットペダルを踏み込み、一気に距離を縮めた。

 

 

「マフティーが世界を浄化すると言うなら、シャアの言った通り、全人類にその叡智を授けてみせろよ!!」

 

「貴様……マクシミリアン・テルミドールか!!」

 

 

肩部に備わる大型のビームサーベルを引き抜いて応戦するハサウェイは、ブロッサムから放たれるプレッシャーを感じ、その機体に乗る人物のイメージを受け取っていた。

 

間違いない。

 

今、目の前にいるのは自分からマフティーという存在を奪おうとする存在、オルカのマクシミリアン・テルミドールであると。

 

 

「結局は武力でしか事を示せない……過ちを正すと言うならば、その行いを自ら裁いて、贖罪しなければならない!!」

 

「はん!そのガンダムをイコンにできるほど、高徳なものではあるまいよ!!」

 

 

ビームサーベルで切り結びながら、感応波で互いを感じ取るハサウェイとテルミドール。ハサウェイのマフティーらしい言い分を、テルミドールは鼻で笑い飛ばした。

 

 

「結局、お前たちオルカも武力でしか行動を示さないくせに!!」

 

「方法を教えてくれと求めているのは貴様だ、マフティー!暴力でしか解決できないと言う結論に至った貴様に、それ以外を言ったところで!!」

 

「それ以外にこの世界を正す術がないから!!」

 

「なら、貴様が政治を指揮すればいい!シャアもアムロも人の上に立つことから本質的に逃げた人間なのだから!!」

 

 

また、そんな夢物語を語る!!ハサウェイの怒りは頂点に達していた。そんな言葉を平然と語れるから、大人は地球を平気で潰しもするのだ!そんな嫌悪感が、ハサウェイを突き動かす原動力になってしまっていた。

 

 

「そんな夢物語など……!!」

 

「逃げないという覚悟と曲げない信念を持てば、世界は変えられるはずだ!!」

 

 

アムロも、シャアも、これまでガンダムに深く関わってきた者たちは皆それぞれの反骨精神を持って戦いと向き合ってきた。だが、結果的にその精神が人を導くという道から人を遠ざけて、ガンダムという機体を戦争に多大なる影響を及ぼすマシーンにしかしてこなかった。

 

テルミドールは言う。ハサウェイがそのジンクスを破壊する人間になるべきなのだと。

 

 

「地球を食い物にする政治家が気に食わないと言うなら、そうならない政治家に貴様がなればいい!!クリーンな行いをすれば、おのずと地球は!!」

 

 

そこで思念が途切れて、再びクスィーとブロッサムのビームサーベルが激突する。激しい空中戦繰り広げるさらに上空では、ペーネロペーが三機のバイアランを相手取って戦いを挑まされていた。

 

 

「また訳の分からないガンダムが増えて!!だが、このペネロペーの敵ではない!!」

 

「ええい、羽付きのガンダムか!!アナハイムの強欲の権化が偉そうに!!」

 

 

言葉では立派だがなぁ!コクピットの中で息を呑んだミスターJは、Kの操るバイアランと卓越したコンビネーションを発揮し、機体性能では十二分に勝るペーネロペーを徐々に追い詰めていった。苦し紛れに構えようとしたビームライフルは横合いから刺されたミセスMからの援護射撃によって吹き飛ばされ、レーンの持てる手札は徐々に削り取られてゆく。

 

ええい、サイコミュの設定もまだ微調整レベルだというのに。そんな弱音を吐いたところで、敵が手加減をしてくれるわけもなく、三機の連携に右往左往し始めた瞬間、真上から踏みつけられたペーネロペーは、姿勢を大きく崩した。

 

ミノフスキークラフトがあると言っても、それはただ浮遊する力場を作る作用を持つユニットでしかない。スラスターで姿勢制御をしたレーンの目の前には、至近距離に接近したバイアランのモノアイが揺らめていていた。

 

 

「う、うわぁああ!?」

 

 

咄嗟にバルカンを放つが、その合間を縫ってJのバイアランによるコクピット蹴りが炸裂。一瞬で意識を持っていかれたレーンのペーネロペーは、糸が切れた人形のように海面に叩きつけられ、そのまま沈んだ。

 

 

「たった少しの時間で結果が出れば、人は戦争などしないのさ、マフティー・ナビーユ・エリン!!」

 

 

完全なる実力差からの勝負が決したペーネロペー戦と同じように、ハサウェイの駆るクスィーも苦境に立たされつつあった。ビームサーベルの根本から両断され、コクピットにブロッサムの拳が叩きつけられる。

 

 

「がっ……」

 

 

凄まじい衝撃がハサウェイを襲い、隣でシートに捕まっていたガウマンは吹き飛ばされ、全天周囲型モニターに頭を打って伸びてしまった。

 

 

「その短絡的な思考が革命などと……笑わせる!!」

 

「それでも、なんとでもなるはずだ!!」

 

「世界を良くする覚悟もない男が口にする言葉か!!」

 

 

失ったビームサーベルを捨て、シールドから発せられるIフィールドでブロッサムの刃をなんとか凌ぐ。眩いプラズマの光に目を細めながら、ハサウェイは歯を食いしばっててるに叫んだ。

 

 

「それでも、マフティー・ナビーユ・エリンが人類の罪を粛清する!!」

 

「それは一人前の男のセリフだ!!貴様らの行いは癇癪を起こす子供だ!!その行動のどこに正義がある!!この革命のどこに勝者と敗者がいるというのだ!!」

 

 

シールドを蹴り上げられ、ついでビームサーベルが閃く。クスィーの構えていた盾は腕ごと切り落とされ、海面に落下していく。

 

ハサウェイが、あのアクシズ落下の中で何を感じたのか。ニュータイプであったクェスとの交流が、ハサウェイの何を変えたのか。シャアの生き様や、アムロの在り方。その全てが彼に何をもたらしたのか。

 

だが、少なくとも。

 

そう言ったイメージに影響を受けた男の子を、もてはやすことくらい誰にもできる。マフティーという神輿は、そんな存在にしかなれない。

 

その程度の存在にしか。

 

 

「なんだ、こいつは……!!」

 

「威圧で人を屈服させても、待っているのは反乱と動乱なのだぞ、ハサウェイ」

 

 

そんな優しい声が、ハサウェイの思考に届いたような気がした。次の瞬間、ブロッサムのシールドごと叩きつけられた衝撃で、ハサウェイはひどく浸透し、意識を手放すことになる。

 

沈黙したクスィーの手を取って、迎えのゲタに乗ったブロッサムの中で、テルミドールは呟いた。

 

 

「最初から間違っていたのさ。シャアも、ジオンも、連邦も、何もかもが……」

 

 

間違ったまま宇宙世紀になって、間違ったまま戦争になって、間違ったまま今のところまで来てしまった。

 

シャアの言葉を借りるならば、まさに人類は自分の手で自分を裁いて、自然や地球に対して贖罪をしなければならないのだと。

 

だからこそ、そんな言葉に踊らされたハサウェイを、テルミドールは否定する。

 

 

「ああ、否定してやるよ。その否定が間違っているとしても……俺は貴様を……マフティーを……いや……ハサウェイ・ノア、貴様を俺は否定する」

 

 

 

静かになったオーストラリア沖合で起こった事件。本来ならば、クスィーガンダムに乗り込むマフティーによって為される動乱の狼煙となる日であった今日。

 

マフティー・ナビーユ・エリンは、歴史の表舞台に立つことなく、その存在が奪われてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 



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第四話 ようこそ、高貴なる者たちよ

 

 

「ケネス!!あのガンダムはどうなったの!?」

 

 

オエンベリの司令室でようやくまとまった「謎の武装勢力襲撃事件」の詳細報告書を読んでいたケネスのもとに、血相を欠いた様子のギギが飛びこんできた。おそらくそろそろ来るだろうと踏んでいたケネスの予想通りで、彼女の焦り具合もまた当然と言えた。

 

 

「ギギ、レーンが遭遇したガンダム……どう思う?」

 

「わからないよ!それよりも……」

 

「やはり、あの機体にはハサウェイが乗っていたのだな?」

 

 

その言葉でギギが息を呑む。やはり、か。ケネスは贅沢な椅子に体を預ける。ハイジャック事件の身のこなしといい、彼の感性の鋭さは目を見張るものはあったが、同時に危うさと危険も感じていた。

 

マフティーと無関係というなら、目の前にいるギギと同じよう、あの手この手を使って自身の手元に置いておきたいほどの逸材であったし、彼ならば停滞した連邦軍内で開発された最新鋭MSを十全に扱えるとも思っていた。

 

 

「ギギ、君を女神としてキルケー部隊の側においたのは間違いではなかったと言うわけか」

 

「……私をマフティーのスパイとして拘束するつもり?」

 

「まさか。君はハサウェイとは個人的な関わりだった。マフティーという組織の人間なら、もっとしがらみや配慮といった警戒心がある。だが、君は純粋すぎるんだよ。ギギ・アンダルシア」

 

 

警戒心をあらわにしたギギにケネスは本心で答えた。彼女の様子や纏う気配も魅力的ではあるが、ケネスには情思のような邪心はなく、純粋に彼女が呼び込む運命のようなものが今後の自分達、ひいてはキルケー部隊の未来を左右すると感じられたからだ。

 

ケネスの本心に気づいて警戒心を解いたギギは、青ざめた表情のままソファに腰を下ろして熟考する。

 

 

「……あの機体に、仮にハサウェイが乗っていたとしても。彼を連れ去った誰かの思惑が全くわからない。たしかにマフティーのやり方は正しくないとは思うけど……あの敵の意味がよくわからない」

 

「そうか……」

 

 

たしかにそうだな、とケネスも同意見だった。オエンベリの司令となってマフティーの殲滅を命じられた彼にとって、その敵組織を連れ去る謎の勢力など、謎を纏った何かにしか感じられない。

 

彼らの目的はなんだ?なぜマフティーを連れ去り、地球連邦軍と敵対する必要があった?反抗組織であるマフティーを粛清するなどという馬鹿げた目標を掲げる組織だというなら、連邦軍とわざわざ敵対する必要もあるまい。

 

ケネスは報告資料の一部に目を落とす。そこには、襲撃時の唯一の生き残りでもあるレーン・エイムの報告が記されていた。

 

彼の乗るペーネロペー以外、グスタフ・カールも随伴したベースジャバー部隊も残らず撃墜されている。それもほとんどがコクピット部を的確に破壊されているという有様で、パイロットの生存は絶望的だった。

 

レーンが生き残れたのは、ペーネロペーの性能もあるだろうが、彼自身の運も良かったのだと思う。大きく戦力が削がれのは痛いが、最新鋭機がスクラップにならずに戻って来れたことはケネスにとっては僥倖であった。

 

 

(レーンは前戦争の亡霊だとかほざいてきたな。ティターンズ時代の試作MS。それに、データにないガンダム。マフティーを語る他勢力とは考えられない。ならば……)

 

「彼らはマフティーを乗っ取ろうとしてるのよ!」

 

 

思考を巡らせていたケネスをよそに、ギギはソファから立ち上がって気が付いたように声を上げた。いきなり立ち上がった彼女に目をむくケネスなど気にしない様子で、パズルのピースがはまったと言わんばかりの様子を見せるギギは、言葉を連ねた。

 

 

「そうよ、きっとそうに違いないわ!だって、それくらいしか理由がないもの。マフティーなんていう組織を襲うなんて!」

 

「ギギ、仮に彼らがマフティーを乗っ取ったとしても、そこにどんな理由があるというんだ?」

 

「決まってるわ」

 

 

ケネスの懐疑的な目に、ギギは全くぶれない確信めいた目を走らせて頷く。

 

 

「もっと……怖いことをするつもりなのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆらゆらと光が最初に目に入った。覚醒と同時に湧き上がってくる痛みに顔をしかめる。どうやら椅子に座らされているようで、後ろに回された手には手錠がはめられ身動きは取れない。あたりはコンクリートの壁で囲われていて窓はなかった。

 

揺らめく灯りは旧時代の白熱球で、ぼんやりとした明かりが自分の周りだけを照らしている。素早く状況確認はできたが、それで何かできるわけでもない。着ていたはずのノーマルスーツは脱がされていて、安物のシャツとズボンに着替えさせられていたところを見ると、自分はかなりの間意識を失っていたようだ。

 

それが、クスィーに搭乗していたときに受けた衝撃のせいか、それともその後に投与された薬物のせいか。鈍い痛みに悩まされる頭では、どちらか判断することはできなかった。

 

 

「お目覚めかな?ハサウェイ・ノア」

 

 

白熱球の光によって生まれる影の中から、声が響いた。ハッと顔を上げると、影の中からゆったりとした歩幅で壮麗な老人が姿を見せた。

 

 

「あなたは……クワック・サルヴァー」

 

 

ハサウェイは、現れた人物を見て目を見開いた。クワック・サルヴァーとは面識があったからだ。ハサウェイが第二次ネオジオン戦争で負った傷を癒すために地球に降りたときに、クワック・サルヴァーと名乗る老人と出会っていた。

 

それをきっかけに、ハサウェイがマフティーという組織と、その思想を知るきっかけにもなったこともあるのだが、まさか彼が自分たちを襲う側に回るとは考えもしていなかった。

 

 

「……どういうおつもりですか。貴方が、僕をマフティーに引き込んだというのに」

 

「ああ、君ならばマフティーにとって有益な存在となれるだろうと確信があったからね。たが、事態はそんな悠長なことを言ってる場合ではなくなったのさ」

 

 

後ろに手を組んでそう言った老人は他者を老いても磨きが掛かったカリスマ性と人を惹きつける魅力を持っていた。ハサウェイもその魅力に引き寄せられた一人と言えよう。彼が後援したマフティーという組織に加わった若者の多くも、クワック・サルヴァーが語った思想やマフティーの在り方に共感し、未来に希望を持つ者がほとんどだ。

 

そんな彼が焦っている?ハサウェイは余裕さと笑みを浮かべる老人の中から漏れ出るそんな気配を僅かに感じ取っていた。

 

 

「連邦議会は着々とアデレードでの会議の準備を進めている。連邦政府の一握りのエリートによって地球という星を完全に支配しようとする野望のためにな」

 

「だから!それを防ぐためにマフティーは……!!」

 

「君たちの組織力で抵抗したところで地球連邦政府の意向を挫くことなど……ましてや、彼らの地球征服という野望を打ち砕くなどできやしまいよ」

 

 

なんだって……!?ハサウェイは混乱した。その野望や野心をどうにかするためにマフティーという組織は生まれたはずだ。彼はそれを後援したというのに、その思想を語り多くの若者を引き込んだというのに、その本人がマフティーが掲げる目的が達成できないと諦めるなんて。

 

混乱を隠せないハサウェイを見て、クワック・サルヴァーは改めて声を正した。

 

 

「マフティーという組織力では彼らにとっての単なる活性化剤に過ぎないということだよ。ハサウェイ・ノア君。いくらマフティーを名乗ってオーストラリアでテロ活動をしても、それは連邦政府の団結力をより強め、一握りのエリートが地球に住むという土台を確固たるものにする行いに過ぎん」

 

「僕らの活動が、地球圏の特権階級の者たちにとって都合が良いと……いうのですか」

 

「察しが早くて助かるよ、さすがはあの艦長の息子さんだ」

 

 

すでにその構図が出来上がっている以上、マフティーという組織を維持しても地球連邦政府の都合の良い存在でしかない。故に、クワック・サルヴァーは大きな方針の転換を決意したのだ。

 

 

「だからこそ、私はマフティーを上回る力と武力を持って政府組織に恐怖を植え付ける必要性を感じた」

 

「……恐怖?」

 

「彼らが地球という星を支配しようと目論むのは、ひとえに恐怖心からなのだよ。恐怖は人の視野を狭め、そして保守的な思考に切り替えてゆく。地球連邦政府は恐れているのさ。一年戦争やアクシズ落としを行う宇宙に住まう人々をな」

 

「……マクシミリアン・テルミドール」

 

 

そう、その通りだ。ハサウェイが口ずさんだ名前を聞いた老人はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「彼は私が用意した「革命者」だ。マフティー・ナビーユ・エリンが「予言の王」と据え置くなら、彼はマフティーが予言した未来を覆すために立った革命家さ」

 

「革命……」

 

「君にできるかな?革命のためにオーストラリアに住むすべての人を殺すことが」

 

 

その衝撃的な言葉にハサウェイは息を呑む。

 

反抗組織と、革命者は明確に違う。それはクワック・サルヴァーが兼ねてから言い続けてきた言葉だった。反抗組織は相応に巻き込まれる人々のことや、ゲリラ的なテロリズムに対して配慮を行う。むろん、そう言った人道的な配慮を信仰心や狂気的な組織秩序でマスキングする組織もあるだろうが、少なからずそう言った配慮に悩まされる側面はあるし、それで市民から反感を買えば、目標と掲げる反体制力の活動すら危ぶまれる。

 

だが、革命は違う。

 

彼らはテロリズムなどという生優しい言葉使わない。王座に座る者を引き摺り下ろし、断頭台にかけて、首を刎ねる。そうやって王座に就くのが革命者だ。彼は配慮などしない。目的は王座に座る者の抹殺なのだから。

 

 

「君たちのマフティーにはそれができない。だが、マクシミリアン・テルミドールにはそれが出来る。それを可能にする覚悟と準備がある」

 

 

地球連邦政府と交渉?そんなもの鼻からするつもりはない。彼らの野望を打ち砕くために、マクシミリアン・テルミドールは手を血に染めて革命を起こす覚悟を持っているのだから。

 

 

「オーストラリアを……アデレードを火の海にするつもりなのですか!!」

 

 

唯一ある扉から入ってくる人影を一瞥するハサウェイは、最後にクワック・サルヴァーへそう声を荒げる。だが、彼はそんなことなど気にも留めずに、ハサウェイに微笑んだ。

 

 

「……ハサウェイ・ノア。その後の世界を統べる予言の王である君が、それを背負うことも、目撃する必要もないのだよ」

 

 

次の瞬間、頭から被された黒い布袋によってハサウェイの視界は再び暗闇へと落ちてゆくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙世紀0105年4月。

 

反地球連邦組織マフティーによる粛清行為に同調する地球圏の住人たちにとって、そしてそれを政治的な駒として扱おうとした地球連邦政府。多くの人にとって、それは突然の出来事であった。

 

第二次ネオジオン戦争後、仮想敵国が居なくなった地球連邦軍は武力、精度ともに消極的な立ち位置に追い込まれている最中。

 

突如としてオーストラリアに展開される地球連邦軍各基地を所属不明のモビルスーツが襲撃。

 

ダーウィン。

 

アリス・スプリングス。

 

トリントン。

 

オエンベリ。

 

ヒューエンデン。

 

ポートモレスビー。

 

メルボルン。

 

オーストラリア大陸に連なる地球連邦政府の勢力圏は瞬く間のうちに制圧され、大陸に波及していた地球連邦政府の統制力は大きく揺るがされた。抵抗した地球連邦軍の兵力は、強力なモビルスーツとORCAの前に惨憺たる敗北を喫した。

 

そして、反地球連邦組織であったマフティーを吸収したという声明を発した革命者「マクシミリアン・テルミドール」の名で、ニューギニア方面へ逃げおおせた地球連邦政府高官、ならびに、包囲されたアデレードに取り残された特権階級の政府関係者、地球連邦政府へ、ごく短い声明が発信される。

 

 

To(高貴なる) nobles.(者たちよ)

(高貴なる者たちよ)

 

Welcome(穢れた) to(地上) the() earth.(ようこそ)

(汚れた地上へようこそ)

 

 

 

それは、地球というゆりかごを我が物にしようと画策していた地球連邦政府への明確な宣戦であった。

 

地球連邦政府ならびに連邦軍は狂気の反勢力に対することを余儀なくされ、マフティーら勢力を楽観視していた人々は自分たちが置かれている状況に初めて気がついたように、ただ現れた敵に恐怖するしかなかった。

 

 

 



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第五話 絶対防衛網

 

 

 

 

「第5攻撃隊、撃破されました」

 

 

オペレーターの報告を受けて、ケネスは臨時で用意された作戦司令室の中で陰鬱な息を吐き出した。同時になけなしのMS部隊ではどうにもならないか、という諦めも見えてくる。かき集められた旧式のMS混成隊でオーストラリアの主要拠点を奪還しようと言うのだ。

 

オペレーターの報告通り、どの部隊も拠点にたどり着く前にレーダー上から姿を消している。空輸部隊の生還も絶望的だろう。

 

 

「マウントサプライズ……クイーンズランドから北西には、やはり進めんか」

 

 

オエンベリ、悪夢の急襲から一夜明けた。

 

たった4機のMS相手にオエンベリ基地のMS隊は壊滅。ベースジャバーで脱出できた将校も少なく、司令部付きの下士官も過半数が襲撃時に戦死した。その組織的な電撃作戦は相手の所有するMSもさることながら、過去にトリントン基地を襲ったジオン残存軍の攻撃が瑣末に見えるほど強力であり、そして劇的な作戦だった。

 

ケネス自身も、事態を把握した頃にはすでに基地の大部分が占拠された状況で、共にいたギギをベースジャバーに押し込めて燃え盛る基地を後にするしか無かったのだ。

 

逃げおおせた大半のオーストラリア連邦軍は再編成され、ニューギニア作戦司令部とインドネシア作戦司令部の二分指揮下に再配置されるに至った。ニューギニア連邦軍、オエンベリ奪還部隊。聞こえは良いが、逃げ出した地球軍の寄せ集めに過ぎない混成部隊などでは、練度の差や意思統率も困難を極める。

 

 

「スレッグ大佐、レーン・エイム中尉からペーネロペーの出撃許可の打診が」

 

「これで6度目だぞ、まったく。変わらず現場待機だと伝えておけ!」

 

 

呆れたように息をついてケネスはそう切って返した。オエンベリでケネス達が離脱できたのは独断で発進したレーンの駆るペーネロペーの活躍があったからだ。修理中で本来の性能の半分程度でしか対応できなかったというのに、あの男はよくやってくれたとケネスは思う。だが、今ペーネロペーを使ってオーストラリア各拠点の奪還作戦をするのはナンセンスだった。

 

 

「しかし……作戦本部からはオーストラリア東部の奪還命令を厳命されていますが」

 

「状況が状況だ。奴らはあんな兵器を配置しちまったんだ。我先にと先陣を切った大将たちの部隊がどうなったか忘れてはおらんだろ?」

 

 

手柄欲しさに生き勇んでオーストラリア奪還に揚々と出撃した大将が乗るペガサス級は、オーストラリア大陸に上陸する前にブリッジがメガ粒子砲で狙撃されて撃沈されている。随伴した駆逐艦もほとんどが大陸に足をつける前に海の藻屑と化した。

 

大型輸送機でのアプローチも失敗し、今は少数の無人機とMS部隊での潜入作戦を実施しているのだが、効果は良いものとはとても呼べなかった。

 

 

「マウントサプライズ線から北西に向かおうとした部隊は片っ端から餌食になったのだ。あんな旧式の兵器を持ち込むとは……マクシミリアン・テルミドールという男は相当に頭が切れる男だ。まったく、マフティーのテロ行為が赤子の遊戯に見えてくる……」

 

 

ケネスたち作戦司令部の頭を悩ませていたものは、各拠点に多数配備されたメガ・バズーカ・ランチャーを二門横並びにした高射砲だった。動力は基地内部の発電施設に直繋ぎされており、MSなどでの運用は考慮されていないが、常にエネルギー充填状態で、こちら側が接近しようものなら最寄りの拠点から即座に狙撃砲が飛んでくる。射程も威力も想定外の代物であり、大将が乗ったペガサス級をたった三発で撃沈した代物の脅威はとてつもない効果を発揮したのだ。

 

あんなものを当てられれば並のMSや艦船などひとたまりもない。

 

 

「ヌランベイから上陸を試みているブラッド・レービェ大佐の部隊はどうなっている?」

 

「十分前から交信不能です」

 

「だろうな」

 

 

別方向から展開していた上陸部隊も通信途絶。オーストラリアの南側の上陸ポイントが抑えられてある以上、大きく迂回し東西側から上陸するルートが絞られてくる。相手が防衛陣地を構築する前に、と迂回した部隊もあったが、こちらはMSの狙撃タイプによって見事に轟沈させられている。

 

つまり、大気圏内で正攻法で現状のオーストラリア奪還は事実上不可能だった。

 

 

「……オエンベリをあんな瑣末なMS部隊で奪還できるものかよ」

 

 

ケネスの呟きに答えられる士官はいなかった。敵が使用するMS……皮肉にもその大半が地球連邦が二分された戦い「グリプス戦役」時代に活躍したものが多く、最初の将校の多くが過去のジオン残存軍のようだと過小評価したのだが……その結果は惨憺たるものであった。

 

あれは外側が旧式機で中身は現行の最新鋭機と変わらないチューニングや調整、改造が施されている機体ばかりだ。

 

トリントン基地の反撃の狼煙となったバイアラン・カスタムと同じように、あの時代のMSは適切な改修を加えれば現行機と同等の性能を発揮できる傑作機ばかり。そこにベテランのパイロットが合わせれば日本の諺で言う「鬼に金棒」といった恐ろしさを有する機体となる。

 

ペーネロペーですら脱出するベースジャバーの護衛に徹することしかできなかったのだから、その技量の高さは言うまでもない。

 

 

「大佐、奴らは本気なのでしょうか?」

 

 

ふと、ケネスの隣に立つ副官がそう言ってくる。敵の展開までの情報を可視化したマップを見つめながらケネスは頷いた。

 

 

「本気でなかったら我々をオエンベリから追いやったりはしないさ」

 

 

ごく短い声明文と共にオーストラリアを支配下に置いたオルカ、そして革命者マクシミリアン・テルミドール。彼らのやり口は鮮やかで、劇的で、その存在を知らしめるには充分すぎる結果をもたらした。仮想敵国を見失っていた地球連邦軍が足元をすくわれる形となったのは必然と言えたのだろう。

 

 

「本気でオーストラリアにジオンもどきの国を建国しようっていうのだ。ニューギニア方面や、インドネシア方面に追いやられたダーウィンや、トリントン、メルボルンの上層部は破裂する直前のポップコーンみたいなものさ」

 

「大佐」

 

「すまん。しかし……そうでも言わんとやってられんさ。マクシミリアン・テルミドールという革命者のやっていることに目を向けるとな」

 

 

ケネスにはわかっていた。彼らは交渉などしない。本気でオーストラリアに巣食っていた連邦勢力を狩り尽くして制圧するつもりだ。アデレードには多くの政府高官が取り残されており、軍が要人奪還作戦を展開しようにもそもそもオーストラリアの主要拠点を奪還できていないのだから、どうしようもなかった。

 

マクシミリアン・テルミドールは見事に連邦政府の面子を丸潰しにしたのだ。それに怒りを露わにしない政府ではない。下手に事が進めば、政府高官はオーストラリアに核でも打ち込む算段をつけかねないのだから。

 

 

「テロリストの次はインテリの革命者ですか。オーストラリアの安泰は程遠いですな」

 

 

コロニーが落とされたあの日から二十年。悲劇の地であるオーストラリアに平穏が訪れることはなかった。あるときはジオンに犯され、あるときは連邦軍に犯され、島国は多くの政治的思惑と権力争いによって混沌を極めていた。そして今回の革命事件だ。良い加減にして欲しいと息を吐くのも仕方ないことだった。

 

 

「スタッグ・メインザー中佐より入電!第6部隊の出撃を開始するとのことです」

 

「無人機も使い切ったのだ。これ以上の人的損耗はオーストラリアの奪還作戦に影響を及ぼす。第6部隊は偵察が最優先だ。生きて確実に情報を持ち帰るよう伝えろ!」

 

 

ここまで来てしまったらそうするしかない。ケネスの判断は現状を見続けてきた軍司令部の総意でもあった。第6部隊は射程距離ギリギリまで接近し、オーストラリアの現実を持ち帰る事に専念することになる。

 

椅子に深く座るケネスはモニタリングされる戦況を眺めながら思考を巡らせる。

 

 

(マフティー・ナビーユ・エリンが革命者に化けたか……?そうは考えにくいが……)

 

 

そんな考えが基地襲撃の際から脳裏を掠めていたが、隣に座ってきたギギはケネスの考えを真っ向から否定した。

 

 

『マクシミリアン・テルミドールは、マフティーじゃないよ』

 

 

それは確信めいた言葉の音色だった。彼女の並外れた観察眼とセンスに賭けたケネスだから、そのギギの言葉が深く突き刺さる。

 

 

(彼女の言葉を信じるかどうか……どちらにしろ、今ここで戦力を投入してもどうにもならない。ペーネロペーを出したところで、いい的にしかならん……)

 

 

ハリネズミのような防衛能力を有するオルカの勢力圏を睨みつけながら、ケネスはマフティーに近しい男であった相手のことを考えた。

 

 

(ハサウェイ……お前は今、どこで何をしている)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそぉおー!!開けろ!!開けろってんだよぉ!!」

 

「無駄だよ、ガウマン。連中聞く耳も持ってないさ」

 

 

鹵獲された基地の収容施設に放り込まれたマフティーの構成員たちは、自分たちの置かれている状況を理解する事で必死だった。なにせ、支援者であったクワック・サルヴァーからの裏切りとも言える行為だ。

 

暴れ回るガウマンの気持ちもわからないでもないが、暴れたところでこの牢獄から解放されることなどないのだ。

 

 

「マフティーの座を明け渡せ。それを断ったら武力でねじ伏せるか……あいつらも、やってることは地球連邦となんら変わらないじゃないか」

 

 

ハサウェイの参謀的な役回りを担っていたイラム・マサムは苛立ったように呟く。エメラルダや他のパイロット、船の艦長も全員まとめて捕まったのだ。マフティーという組織はすでに死んだも同然だった。

 

 

「ハサウェイ、これから私たちはどうなるのでしょうか……?」

 

 

眼鏡をかける少女、ミヘッシャ・ヘンスは不安げに同牢獄に囚われるハサウェイに問いかける。彼は何も言わずにただじっと座っていて、ミヘッシャの言葉にようやく口を開いた。

 

 

「少なくとも、マフティー自体を殺す気はないと僕は思う」

 

 

その言葉に暴れまわっていたガウマンやイラムたちも懐疑的な雰囲気となった。

 

 

「正気か?ハサウェイ」

 

「奴らは僕らマフティーを「予言の王」に持ち上げるのが魂胆だ。彼らはあくまで革命者で土壌である場所を更地にする役目にしか興味はないらしい」

 

「おいおいおい、じゃあ何か?奴らは本気でオーストラリアを更地にするってのか?」

 

「彼らはそうする。いや……マクシミリアン・テルミドールなら確実にそうするはずだ」

 

 

クワック・サルヴァーが嘘を言うような男だったら、ハサウェイ自身もマフティーなどという組織に身を置くことはなかった。きっと彼が用意した「革命者」は自身の役目を完遂するまでマクシミリアン・テルミドールを名乗り続けるのだろう。

 

 

「……解せねぇな。なら、わざわざ何で俺たちを捕まえておく」

 

 

ハサウェイの推測に苦言を申したのはガウマンだった。たしかに、とイラムも言葉を続ける。

 

 

「オルカの仲間になってオーストラリアに点在する地球連邦の拠点を共に叩くのも手段の一つだったはずだ。彼らには劣るが、マフティーにはその戦力はあった」

 

 

地球連邦という途方もない戦力相手に戦うというなら戦力はどんな形でも必要なはずだ。ならば、自分たちを押し込めるよりも仲間として懐柔した方が結節出来はないか、と構成員たちは言った。だが、ハサウェイにとってそれは違うものだった。

 

 

「逆だよ。彼らからして、マフティーという戦力は邪魔者でしかなかった」

 

「どういう意味ですか?」

 

「考えてもみてくれ。彼らは短時間でオーストラリアの各拠点を制圧した。僕らが散発的に行っていたテロ行為も真っ青になるほどの速さで。そして基地拠点各所に高射砲を設置する展開力も持っている。機体は旧式のはずなのに、恐ろしくスマートで……迅速だった」

 

 

テルミドールはすでに、オルカという組織のみでオーストラリアを陥落される目論見を立てていた。故に、不確定要素であるテロリスト集団は邪魔者でしかなかった。

 

 

「マクシミリアン・テルミドールがわざわざ僕の元に来て、マフティーの座を明け渡せといった理由も説明が付く。マフティーの組織を管理下に置けば、そもそもの不安要素を取り除くことができるのだから」

 

 

それを断った故に、ハサウェイたちマフティーは捕えられた。テルミドールが思い描く革命という行為を完遂する障害にならないために。

 

だが、ハサウェイには疑問が残った。

 

 

(彼らが本気で僕らを……僕自身を予言の王に据えると考えているなら。これから先に何をするのか……。アデレードで人質に取った要人たちは確実に殺される。一人残らず)

 

 

そうする「覚悟を持った」相手なのだ。マクシミリアン・テルミドールという存在は。ならば、その後に語った予言の王に自分を据えると言う言葉もまた、彼にとって完遂するべき目標のひとつなのかもしれない。マフティーという組織全てを邪魔者として捕らえる。それはまた別の意味を有することになる。

 

 

(だとすれば……時が動くのはその後……か)

 

 

牢獄の窓から見える空は青く高い。

 

その空は、オーストラリアの暑い夏が終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 



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第六話 オエンベリ基地奪還作戦(1)

 

 

 

「革命者として、アンタは何を為す?」

 

 

ジャーナリストでもあり、政治経済の暗部にも深く広い人脈を有する男、カイ・シデンは軍の極秘通信サーバーを経由して連絡を寄越してきたマクシミリアン・テルミドールにそう問いただした。

 

彼の名は、今じゃ政治界隈じゃ知らない者はいないほど強大なものとなってしまっている。理由は単純で、テルミドールがアデレードで人質にする政府高官だ。最も、革命者である彼からすれば、彼らは人質という土俵にすら上がらない存在でしかない。アデレードの政府高官を利用した政治的な取引をテルミドールは望んでいない。

 

彼らは〝手段〟ではなく〝目的〟に過ぎないわけだ。

 

一年戦争から今日まで生き延びる強かさを持ち、持ち前の洞察力と推論でそこまで見切っているカイだからこそ、テルミドール自身が秘匿通信で連絡をよこしたのだから、カイの確信的な疑問にテルミドールは小さく笑った。

 

 

「ジオンと同じく、独立を目指すか。あるいはエゥーゴ、ティターズのように権力内での主導権を争うか。あるいは……」

 

「シャアのように地球に住む人々を粛清する、とか?」

 

 

その推論に上乗せする形でテルミドールは嘯く。ならば人類を大地から引き剥がす叡智を与えてみせろ、と。シャアはそれが出来ないと人類に絶望したのだから、アクシズ落としまで手を出してしまったのだ。

 

 

「あいつは……あの男は、それほど強い男じゃなかった。せいぜい誰かと添い遂げて幸せに暮らして、そして死ぬべき男だった。ジオンだとか、遺児だとか、ニュータイプだとかでもてはやされて、便利のいい時の人になって死んでいった大馬鹿野郎に過ぎんよ」

 

 

シャア……キャスバル・レム・ダイクンには、そんな大役を務める器など元から無かったのだとテルミドールは話す。シャアがシャアたらしめた所以は、彼の生まれと歴史の歯車の噛み合わせが具現化した結果でしかない。その具現化した偶像にジオンも連邦も地球もコロニーも待望を勝手に抱いて、勝手に押し付けて、シャアという〝組織を束ねるのに適した偶像〟を作り上げた。

 

その偶像を失った彼の姿は、雲の上のような人格者ではない。もっとリアリティとエゴイズムにまみれた、単なる人間に過ぎない、と。

 

 

「……古くから彼を知っているような言い草だな?テルミドール」

 

「古い友人…とでも言っておこう。アムロ・レイも。そして奴も」

 

 

テルミドールはそう言って目を細めた。はっきり言えば、彼らとは一年戦争からの付き合いだ。出会いはソロモン。悲劇の始まりの地で、彼らは出逢った。本当に、単なる偶然で、偶発的で、運命的に。

 

そのまますれ違ったまま、数年が過ぎたのちに始まったグリプス戦役。その時は、シャアとアムロと敵対する立場となっていた。死闘に次ぐ死闘。シャアとアムロ、僅かにだが心を通わせ、戦友となっていた二人の時間は長くは続かなかった。

 

今になって、テルミドールはあの瞬間を悔いる。シャアという男が、結局のところクワトロすら演じられなくなって逃げ出したのだ。それを引き止める責が自分にもあったのではないか、と。

 

アクシズ落としの時、シャアはテルミドールに問いかけた。

 

人類を空に上げるには地球に住む者たちを粛清し、罪を償わせ、地球に対して人類は贖罪をしなければならない。だからこそ、アクシズ落としという業をシャア・アズナブルが背負おうと言うのに、それを何故止めるのか、と。

 

 

「さて、我々の目的はそんな目先の話ではないのさ。カイ・シデン」

 

 

そう、シャアにも言った言葉だ。人類の粛清と地球への贖罪は結果の先にある事象に過ぎない。それを目的にした段階で、シャア自身のやり方は破綻している、と。

 

 

「地球連邦政府のスキャンダル……あるいは土台の解体……要は内部構造の解体が最終目的ってところかな?」

 

 

カイの着眼点は中々に良いところではあるが、それが今地球が抱える問題点の一つでしかない。

 

氷河の一角でしかない問題を解決したところで、地球と政治が抱える問題の根本的な解決には至らない。まずは悪性の腫瘍を取り除く外科的手術が必要だとテルミドールは続けた。

 

 

「政府は大きくなりすぎた。それもそうだろう。一年戦争でジオンに勝利した地球軍はその手を宇宙に広げた結果、こぼれ落ちた範囲で争いが頻発。結果的に管理が杜撰となった上、シャアのアクシズ落としまで許す失態を犯した」

 

 

旧世紀の政治闘争でもままあったことだ。手広く世界を支配しようなんて考えるから辻褄が合わなくなって、その帳尻合わせのためにどこかが無法地帯になる。彼らは支配者が捨てた武器を拾って決起し、それを打ち倒そうと足掻く。そうやって複雑に支配私欲が絡んだ世界は歴史を繰り返してきた。

 

宇宙世紀に入って百年経って人類が得た教訓があるとするなら、「人は歴史から何も学ばない」という愚かな点くらいだろう。

 

 

「ゆえに、地球はやり直すきっかけが必要なのさ。一年戦争で負った全ての間違いを正すためのやり直しをね」

 

 

スタート時点から何もかもが間違っていた。そうテルミドールは言葉を紡ぐ。闘争と反発、抑圧と弾圧、それに抵抗する武力と新たなる思考。スタート地点は宇宙移民ではない。争いが起点になって、今日の宇宙世紀は形作られているのだから。

 

 

「グリプス戦役も、第一次、第二次ネオジオン戦争も……アクシズ落としも。そのやり方を間違えていたんです。簡単言えば誰もが急ぎすぎた。インテリも、陰謀屋も皆んな皆んな」

 

 

間違っていた。なにもかもを。人類に叡智を与える以前の話だ。何もかも間違った上で正そうというのだ。それも間違った手段で。そんなことをしても何も得はしないというのに。

 

 

「数世紀経て、人類はやっと宇宙に居住権を手にしたのです。ならば、人類すべてが宇宙に上がるというならば、その倍、それよりも多くの時を有するという覚悟を持たなければならない」

 

 

シャアにも、そしてアムロにも、その時間と戦う覚悟がなかったとテルミドールは断言する。

 

時間という刻を支配できるなんていうニュータイプの幻影に魅せられた結果、数世紀かけて宇宙へと進出した人類の過去を飛び越えて、人は宇宙へ上がれる……などという幻想に取り込まれた。その結果が、一年戦争や、アクシズ落としという副産物を生んだのだ。

 

その時間と向き合う存在こそが、人類を導くに値する王だとテルミドールは呟く。

 

 

「今回の革命は、そのための土壌作りに過ぎない。人類種が急きすぎた結果、自らを裁き、地球というゆりかごを牢獄にしないためにも」

 

 

きっかけは全てに通ずる。

問題は何を起点に進めていくかだ。

 

 

「宇宙世紀の歴史は、血濡れた事柄から始まっていった。だからこそ……その咎を清算するところから始まるのだ。人類種が穏やかな壊死を迎える前に」

 

 

カイはテルミドールの言葉を黙って聞いていた。しばらく、すっかり冷めたコーヒーが入るマグカップが乗るテーブルを指で叩いた彼は、テルミドールを見つめながらこう言った。

 

 

「アンタは昔から変わらないな……」

 

 

テルミドールは困ったように笑って肩をすくめ、こう答えた。

 

 

「カイさん。今の俺はマクシミリアン・テルミドールだ。それ以下にも、それ以上にもなるつもりはないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

対オルカ部隊として再編されたキルケー部隊のパイロット、レーン・エイムはフライトユニットをパージしたオデュッセウスガンダムのコクピットの中でため息を吐いた。

 

 

「ペネロペーをこのような作戦に使用することになるなんてな……」

 

 

現在、オーストラリア南東部のゴールバーン諸島を経由し、ノーザンテリトリー州へと上陸したMS部隊は、潜水用オプションを取り外して陸路での移動を余儀なくされていた。フライトユニットは後方のニューギニア基地内にあり、作戦が進行すればICBMの発射装置から放たれ、大気圏外からのアプローチを行う手筈となっている。

 

ただし、それはオルカによって占拠されたオエンベリ基地の奪還が成功したらの話だ。他の水陸用MS部隊も別方向からアプローチはしているが、陸路での移動距離ならレーンがいるキルケー部隊の方が早く範囲内に侵入できるはずだ。

 

 

「仕方がない、エイム中尉。我々の目的はオエンベリを足掛かりにし、オーストラリア拠点の奪還なのだ。まずは最初の課題をクリアするしかあるまい」

 

 

キルケー部隊に配置されることになったのは、ロンド・ベルから出向してきたエースパイロットの3人、通称「ロンド・ベルの三連星」だ。隊長であるナイジェル・ギャレットの言葉に、レーンはムッとした表情で通信に応じる。

 

 

「ペネロペーユニットを外したオデュッセウスなど、単なる陸戦兵器と何ら変わりないではありませんか」

 

 

ペーネロペーはあのミノフスキー・クラフトが搭載された巨大ユニットがあるからこそ生かされる機体でもあると、レーンは豪語する。それを外されたオデュッセウスであれば、性能は確かに高いがトライスターが乗るジェスタ後期モデルと大差はない。

 

不貞腐れた新兵の言い分に、ナイジェルの後ろにいるワッツ・ステップニーが快活な笑い声をあげて言葉を続けた。

 

 

「制空権が奪われてるのさ。輸送隊もゲタも使えないとするなら、こういった作戦になるのも……」

 

 

最中、レッドアラートがコクピットに表示される。そんなバカなとレーンはあたりを見回した。まだ基地の索敵範囲の外のはずだ。守備に徹する敵がこんな場所にいるはずがない。そう自分に言い聞かせるものの、事態はより悪い方向への転がってゆく。

 

 

「ミノフスキー粒子が散布された!?気付かれた!!」

 

「各機、戦闘隊列!こちらは地上戦だ!航空戦力に注意!」

 

 

陸戦仕様の各機が戦闘態勢に移行しようとする中、索敵を行なっていたダリル・マッギネスが引き攣ったような声で応答する。

 

 

「いえ、隊長。こいつは……」

 

『あは、ダーリンが言った通り本当に地を這って敵が来たわね』

 

 

その声は誰に聞こえたのか。山間を抜ける形で陸路を進んでいた4機の前に巨大な影が立ちはだかった。黒と赤の配色が施された巨大な人形MS……全長は40Mに達するそれは、当時の巨大全高を持つオデュッセウスすら見上げるほどのものだった。

 

 

「サイコ……ガンダム……!!」

 

 

ティターズの産んだ狂気のニュータイプ専用MSが、四機の前に立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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