男社会人、JKにJCと間違われる (ブラウンドック)
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きっかけ





 

我ながら、誕生から現在に至るまで実に有り触れた人生を歩んできたと思う。

 

ちょうど二十歳の僕が人生を語るには未熟もいい所だが、高卒から直ぐに就職の道を選んで約二年。大きな事件等は起こさずに真面目に働いてきた。きっと、それは今後の人生でも不変なのだろうと心のどこかで感じている。

 

学生時代は友人達と馬鹿のように騒いで、女っ気ひとつ無い青春ではあったが満喫はしていた。社会人になってからは友人達と遊ぶ回数は減ったが、収入があるということで会う度に遠くに遊びに行ったりと、それなりの関係を保ってる。

 

――嗚呼、本当に "普通" だ。

 

儚くもないし、美しくもない。有り触れた "普通" の人生を歩んできた筈だ。

 

()()()()()()()()()()()()

 

別にブクブクと太ってはいないし、顔だって自分では不細工だとは思ってない。性格だってそこまで捻くれてるわけじゃないし、趣味やセンスだって人並みの域を出ない。

 

じゃあ欠点とは何か?

 

それは外見だ。

 

成人男性よりも圧倒的に低い身長。数値にしたら150センチだ。…サバを読んでるかと聞かれたら黙秘権を行使するが。――閑話休題。それに伴うように華奢な体と、超が付くほどの童顔で女顔。本当に声変わりしたのかと疑いたくなる程、男だとは思えない高い声。

 

端的に言えば、見た目が()()()()()なのだ。

 

お酒を買おうとしたら必ず身分証明をしないといけないし、車に乗る度に警察から止められる。理由はお察しの通りだ。深夜に出歩くと高確率でパトロール中の警官か太ったオッサンに声をかけられる。…後者は犯罪だよね?いや、二十歳で男だから犯罪かと聞かれるとグレーゾーンだけど。

 

せめて出勤時や帰宅時に男性用のスーツでも着ていたらマシに見えるかもしれないが、うちの職場は全員私服なのだ。私服で制服やスーツは流石に着ない。あまり雄々しい格好をしたら会社の女性先輩達から彼氏の服を着てる彼女さんみたい、と揶揄われたので出来るだけ中性的な服を着てる。

 

 

さて、前置きが長くなって申し訳ない。

 

これから始まるのは、二十歳にもなって何故か女子高生達と関わるようになった社会人のお話。

 

文字にすると余計何を言っているのか分からない怪文だが、内容としては間違っていない。

 

 

じゃあまずは、そのきっかけとなった出来事を話そう。

 

 

――――――――――――――――――――

 

それはいつもの帰り道。

 

時刻は午後五時半、夕日が帰路を真っ赤に染める。ゆっくりと散歩でもするかのように歩いているのは僕――柏木(かしわぎ)遊兎(ゆう)と会社の同僚だ。同僚は無駄にガタイが良くて高身長の男なので、一緒に居ると自分の低身長が際立つ。

 

今は会社からの帰り道だ。

 

同僚とは帰り道が途中まで同じなので、帰りは同行している。最近は宝くじが当たったらしく、頻繁にご飯を奢ってくれるのだ。二年も同じ職場で働いてる仲だし、今更遠慮なんてしないで堂々と奢ってもらってる。

 

「なあ、柏木」

 

「ん、何?」

 

歩きながらスマートフォンのゲームアプリを起動していると、同僚が声を掛けてきた。顔は向けずに返事をする。その程度で無礼だと騒ぐほど、彼も器は狭くない。

 

「今日も晩飯行かないか?勿論俺の奢りだ」

 

「そりゃあ誘われたら断る理由は無いけどさ、良いの?宝くじが当たったって言ってたけど、毎日奢ってたら直ぐにお金無くなるよ?」

 

宝くじが当選した、と言えば大金持ちにでもなった風に聞こえるが、金額は約十万円程度だ。学生時代には大金に聞こえてきた単位なのに、社会人になったら毎月それ以上のお金が手に入るのだ。結局、その程度でしかない。

 

毎日奢ってたら直ぐに無くなる。

 

「いいんだよ。俺が金持ってたって、使い道なんてねぇんだし。それに、独り身で一人暮らしだと飯が味気ないんだよ」

 

「へぇ、最近一人暮らしを始めた僕からしたら、毎日奢ってもらってるから寂しさとかよく分からないなぁ。朝ご飯は会社で食べるし、昼も会社。一人で食事とか、最近は殆ど無いかも」

 

「柏木も大人になったら分かるさ」

 

「おいコラ、僕もお前も同い歳だろ!頭ポンポンするな!子供扱いするなぁぁ!!」

 

頭に手を乗せる同僚の手に噛み付く。だが、何故か厚いゴムでも噛んでるような感触がした。筋肉か?筋肉が僕のせめてもの抵抗を無に帰すのか?この筋肉ゴリラが!!

 

 

きっと、僕と彼を遠巻きに見たら親子とかに見えるんだろうな。

 

ガタイの良い同僚は、近くで顔をよく見れば年相応で若いが、遠くから見たら三十代か四十代だ。その隣に居るのは低身長と童顔のせいで子供にしか見えない僕。

 

親子かアヤシイ関係にしか見えない。

 

嗚呼、せめて後20センチくらい身長が増えたら。あと童顔もなんとかなればいいのに。歳をとった人が若く見られたいというのは分かるが、僕の現状での心境は逆だ。二十歳にもなって女子中学生と間違われる始末だ。

 

「はぁ…お前のガタイが羨ましいよ」

 

「…いや、んな事言われてもなぁ。柏木はタダでさえ女顔で、更には童顔なんだぞ?それが俺みたいな体型になったら、歪も良いとこだぞ?」

 

「せめて年相応でいたいって話だよ。ついでに正しい性別でも見られたい。……いっそのこと坊主にでもしようかな?」

 

「心底似合わねぇから止めとけ」

 

現在の僕の髪型は、所謂ショートボブだ。激安な床屋さんで『適当に短くしてください』って言ったらこの髪型になった。激安なだけに文句も言えず、しかも会社の人には似合ってると絶賛されたから自分で勝手に切りずらい。

 

 

――こんな風に雑談をしながら歩いていると、これから始まる物語の『きっかけ』が起こった。

 

 

「あ、あの!」

 

「「ん?」」

 

唐突に背後から声が聞こえ、僕と同僚の彼は振り返った。

 

そこに居たのはピンク髪の少女だった。顔を赤らめた少女は何故か同僚を睨み、僕には哀れみの目を向ける。……てか胸でか。服の下にメロンでも入れてるの?こんな外見だから勘違いされやすいけど、ちゃんと人並みの性欲はあるからね?少なくとも目の前のメロンⅹ2をチラリと横目で見る程度には。

 

「な、何か用かな?」

 

同僚が吃りながら問い掛ける。おい、ガタイは立派なくせに吃るなよ。いくら女子と話した経験が少ないって言っても、簡単な受け答えくらいは問題ないハズだけど。どうせ僕と同じように、メロンに夢中なんだろうけど。失礼だから止めなさい。

 

どんなにコミュ障気味の同僚の言葉でも、元からの声の低さと外見的な意味でも威圧感がある。一言の問いかけだけで少女は涙目になって後退る。

 

「そ…そういうの!だ、ダメだと思います!!」

 

「…はぁ?」

 

「ひぃ!?」

 

同僚が何言ってるんだと言いたげに声を漏らすと、少女は更に脅えた。だから怖いんだって、お前。僕の目にも、逆ギレした巨漢にしか見えなかったもん。あ、ほら。顔色も悪くなってきてるし…今ので後退りが二歩目となりました。

 

さて、後退りカウントも良いが、流石に気の毒に感じてきた。……少女もだが、変に怯えられて絶賛傷心中の同僚も。

 

「あの、僕達用事があるので」

 

「大丈夫。君のことは私が守るから…!」

 

「はい?」

 

「もう、そんなことしないでも良くするから…!!」

 

「はい?」

 

この巨乳さんは何を言ってるんでしょうか?ご飯を食べに行くだけなのに、何から守られるの?これから起こる災害とか?恐らく、神のお告げとか聞いちゃった系女子だな。または未来から来ました系とか。すみません、自分そういうのは信じない派でして…

 

冗談は置いといて、多分何か勘違いをしている。

 

こんな外見で巨漢と歩いているのだ。勘違いしても不思議はない。寧ろ僕が別の立場だったら絶対に勘違いする。

 

「?」

 

視線を正面に戻したら、巨乳さんが此方に近づいてきた……けど、慌てた様子の同僚が少女の肩に手を置いた。いや、この状況でまだ窘めようとしてるの?

 

「ま、まあまあ…お嬢さん?一旦落ち着いてお話でも…」

 

「ひぃっ!?人前で堂々と誘拐ですか!?」

 

「……こころおれそう」

 

あーあ、身の丈に合わないことするから。ドンマイ。倒れゆく同僚にかけられる言葉は、それだけだった。いや、倒れてないけど。軽く鬱状態になりかけてるだけですけど。そりゃあ、同僚だって僕と同じ二十歳だ。更に言えば高校を卒業してからまだ二年しか経っていない。なのに現女子高生から怯えられ、挙句の果てには誘拐犯として扱われる。僕だったら泣いてるね。

 

「け、警察呼びますよ!!」

 

「どっちかと言うと医者とかセラピストを呼んだ方がいいと思う。巨漢が涙目だよ」

 

見るに堪えないとまでは言わないが、見ていて癒されるようなものでもない。鬼に金棒の類語で、巨漢に涙という言葉でも造語しようか。そして某青い鳥のアプリでばら撒くんだ。うん、流行語大賞も目の前だな。

 

近い未来での授賞式のスピーチを考えていると、服の袖が誰かに引っ張られた。

 

「今のうちに!!」

 

「へ?…ちょっ、うわあぁぁぁぁぁ!?」

 

悲報、男社会人が女子高生に誘拐された。

 

袖を千切れるギリギリまで引っ張られ、ただでさえ小柄な僕がその場に留まっていられる訳もない。僅かな抵抗を最後に、僕と少女はその場から退場した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……かえろ」

 

傷心中の同僚を残して。

 

――――――――――――――――――――

 

「――ん…?」

 

上原ひまりが()()を見たのは、微かな違和感と疑問だけが妙に頭をよぎる光景。

 

ふと向けた目線の先には一組の男女が居た。

 

一人は大柄で、厳つい顔な男。 服の上からでも分厚い筋肉を纏ってるのが容易に想像できる。隣に居るのは黒髪でショートボブの少女。幼い顔立ちや低身長から察するに、恐らく中学生だろう。

 

大柄な男と小柄な少女。異様なその組み合わせは親子か、将又美女と野獣ならぬ美少女とゴリラだ。

 

最初に目を向けた感想は『可愛い子がいるなぁ』程度のものだった。

 

それ故に、隣の巨漢との異様な組み合わせが際立った。

 

(…親子…では無いよね?)

 

巨漢が少女の頭を撫でたり、少女が巨漢の手に噛み付いたりと、スキンシップが多い。だがまったくの無遠慮という訳でもなく、その関係は、とてもじゃないが親子関係には見えない。

 

――歳の差。

――それでも尚対等な立場。

――親しく見えて、何処か遠慮も見える。

 

(……何だろう?)

 

やはり違和感が残る。もしも巨漢と少女が親子関係とまでは言わずとも、血縁関係にあるなら苗字では呼ばないだろう。先程から微かに会話が聞こえてくるが、男は少女を『かしわぎ』と呼んでいる。『かしわぎ』というのは考えるまでもなく名字だ。

 

ならば、親子や親戚等の血縁関係は無いことが分かる。

 

何処か友人関係に似た雰囲気も感じるが、普通に考えて女子中学生(推定)と二十代後半から三十代前半(推定)の巨漢が友人関係の筈がない。

 

大して頭が良い訳でもないのに、変に頭を回したひまりが辿り着いたのは――

 

(ま、まさか…!援交!?)

 

――という結論だった。

 

馬鹿なくせに想像力だけは一人前なひまり。一度間違えたら、間違いに気が付かないまま推理(笑)を続ける。ただ一つだけ確実に言えるのは、ひまりが思春期だということだけだった。

 

思春期特有の思い込みと年齢相応の性知識。たったそれだけが、ひまりの背を押して行動を起こさせた。

 

「あ、あの!」

 

「「ん?」」

 

後ろから声を掛けると、二人が振り返った。何となく男の視線が斜め下に向いてる気がして、嫌悪とまでは言わずとも、目の前の男に対する警戒レベルを上げた。

 

「な、何か用かな?」

 

男の声は、想像よりも低く、薄暗くなった道に響く。目の前の巨体や厳つい顔つきとも相まって、ひまりの恐怖心をより増大させた。

 

それでも飲み込みそうになった言葉を吐き出す。目の前の少女を助けたい、そんな一心で弱き心を奮い立たせるのだ。震える手を握りしめて、声を大にして叫ぶ。

 

「そ…そういうの!だ、ダメだと思います!!」

 

ひまり自身、女子高生ということもあり堂々と大声で援交と口にするのは無理だった。だが、目の前には当事者が二人。そういう行為に及ぶのならば、当然ながらバレる等の可能性だって頭にはある筈だ。

 

「…はぁ?」

 

「ひぃ!?」

 

怖い。やはり、真正面から厳つい男と話すのは怖かった。女子高生の自分ですら怖いのだから、男の隣にいる少女はもっと怖かったに違いない。それなのに、恐怖心を抑えて笑顔を貼り付ける健気な少女。――絶対に助ける。

 

「あの、僕達用事があるので」

 

少女が不安そうに顔を顰めて、諭すように優しく声を掛けてきた。自分のことはいいから、早く逃げろと言うように。

 

(――はぁ…情けないね、私。年下の女の子を助けようとして、逆に心配されて…)

 

泣きそうな自分に、逃げるための免罪符をくれる健気な少女。年上として、情けなくて恥ずかしい限りだ。……だから、()()()()()()

 

「大丈夫。君のことは私が守るから…!」

 

「はい?」

 

それは自分を縛る『制約』だ。縛るのは弱気で泣き出しそうな自分。

 

「もう、そんなことしないでも良くするから…!!」

 

「はい?」

 

これは奮い立つ為の『鼓舞』だ。口に出して言葉にすれば勇気が湧く。

 

――まだ怖い。でも、勇気は湧いた。今の自分がするべきことはもう分かってる。自分を犠牲にし続けてきた少女を救い、力の限り抱きしめること。

 

少女の手を引き、この場から離れようとしたら――

 

「ま、まあまあ…お嬢さん?一旦落ち着いてお話でも…」

 

「ひぃっ!?人前で堂々と誘拐ですか!?」

 

女子中学生と援交する程のゲス男だ。彼の言う『お話』も言葉通りなわけが無い。誘拐されて拉致監禁されるか、無理やりホテルに連れていかれて穢されるか…嫌な想像だけなら湯水のように溢れてくる。

 

「……こころおれそう」

 

男が何かを呟いていたが、今は少女を連れて逃げることに全神経を注いでいた。何か隙でもあれば…

 

よし、()()()を使おう。

 

「け、警察呼びますよ!!」

 

大人ならば犯罪者に限らず、誰もが一瞬は怯む言葉だ。

 

その言葉を最後に、ひまりは少女の袖を掴んで走り出した。無理やり少女を連れていくことになったので申し訳ないとは思ったが、あの男について行くよりは何倍もマシな筈だ。

 

(もう、大丈夫だからね)

 

ひまりは心の中で小さく呟いた。

 

 







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袖が伸びる…


感想と評価を貰えてうれぴぃ。


 

――マズイ。

 

柏木遊兎は少女に腕を引かれながら、もう片手を額に添えた。べつに頭痛諸々なんて無いが、悩みの種は発芽している。

 

(やべ…完全に言うタイミング逃した。いや、何となく察してはいたよ?勘違いされてるって)

 

だけど、最初に言い訳だけさせて欲しい。僕だって何年もこんな外見で生きてきたのだし、既に勘違いされることに慣れている。けれども、慣れているからといって即座に適切な対応できるかと聞かれたら、そうとは言い難い。今回に関しては寧ろ対応が遅れた。慣れは最大の敵、とは良く言ったものだ。

 

「はぁ、はぁ…!」

 

息が切れてきた。最近は運動不足だったからか、ほんの少し走っただけでもこんな有様だ。明日は筋肉痛間違いなしだろう。……この際だからランニングでも始めようかな?ほら、運動したら身長が伸びるって言うし。それにさ、稀にいるじゃん。大人になってからも身長が伸びた人とか。

 

身長が伸びた未来の自分を妄想していると、引っられていた袖が急に離された。大丈夫?袖、めっちゃ伸びたりしてない?伸びるのは身長だけでお腹いっぱいです。

 

「これで大丈夫…だよね?」

 

少女は問い掛けるように呟いた。もしかして袖の話…では無いですよね、はい。

 

「あ、あの〜」

 

声を発してすぐ、言葉が口から出てこなかった。

 

思えば、僕は女っ気一つない青春を送ってきた。だからなのか、JKという生き物とはあまり接点がなかった。だから言葉に躓くのは、経験に乏しく、寧ろ記憶を辿っても数える程度しかないことなので仕方が無いと言うか…つまり、女子高生が怖いです。JKって未知じゃん…人間って未知を恐れるって言うじゃん。

 

誰も得することの無い自己肯定をしながら何を言おうか迷ってると、先にピンク髪さんが口を開いた。仕方がない、現役JKのコミュ力に甘えるとしよう。

 

「君、中学生だよね?何年生?」

 

「………はぁ」

 

無意識にため息が漏れ出た。

 

やっぱり勘違いされてた。何となく察していたとはいえ、二十歳にもなって中学生と間違われるのは精神的にキツい。これは慣れとかそういう問題ではないのだ。

 

――さて、この際だからハッキリと言おうじゃないか。

 

「二年生だよ。しゃ・か・い・じ・ん!!二年生、ね?」

 

めちゃくちゃ『社会人』を強調した。これで、余程難聴でない限りは理解した筈だ。鈍感系主人公だって言語が違わない限りは聞こえる程の声量とハッキリとした滑舌だし。ってか、これで理解してなかったら本気でバカでアホなマヌケだ。

 

「あはは、中学生二年生ね。ナイスジョーク!」

 

悲報、目の前にバカでアホでマヌケが居ました。

 

何だか目頭が熱くなってきた。今の女子高生は見た目だけで全てを把握したつもりでいる、通称哀れな生き物なのだと思うと、日本の未来を憂いて涙が出てくる。まあ、もしも目の前の彼女が実は小学生だとか言われても僕は信じないけどね。首と腹の間に着いているメロンが良い証拠だ。

 

「ほら、免許証。ちゃんと二十歳でしょ?」

 

「…お兄さんの免許証にイタズラしたらダメだよ?ほら、歳も性別も違うし」

 

違くないんだよなぁ…

限りなく本人で、何処までも本人なんだよなぁ…

 

さて困った。

 

免許証を見せて無駄なら、保険証等を見せても無駄だ。つまり、僕が何を言おうと彼女にとっては中学生の戯言でしかない。

 

身分を証明したくても出来ないので――遊兎は考えるのをやめた。いや、何処の究極生命体だよ。

 

 

「…何で、あんなことしたの?」

 

ピンクさんが目を真正面から見つめて、真剣な面持ちで問い掛けてきた。…なんだろう、急にシリアス展開に移るの止めてもらってもいいですか?

 

別に疾しいことなんてないし、普通に話すけど。

 

「ご飯食べたかったから」

 

「っ…!お腹、空いてるの?」

 

「そりゃあ、働いてきたばかりだからね」

 

「………」

 

………えっ、それだけ?聞かれたことに答えたら無視された件について。Siriさんに聞いたら返ってくるかな?いや、僕は知ってるぞ。Siriさんは万能じゃないんだ。変な事聞いても『よく分かりません』か『○○について検索しました』の二択だ。バーチャルアシスタントが聞いて呆れる。

 

数十秒の無言を過ごして、ピンクさんは再び僕の袖を掴んだ。ちょっ、また伸びるから止めてもらってもよろしくて?最近のJKは他人の袖を伸ばすのが趣味なの?

 

「私の家に行こ?」

 

再度悲報、ピンクさんは淫乱ピンクさんでした。

 

出会って数十分の男を家に誘うって…きゃっ、やらしぃ!……まあ、男だって認識されてるかは怪しいところだけど。あ、もしかしたらロリコン様?僕を家に誘うなんて淫乱かロリコン様の二択だぞ。…自分で言ってて悲しくなってきた。

 

そもそも行かないけどね。

 

「お断りします」

 

残念ながら、僕は同僚とご飯食べに行くんだ。約束守る系男子の僕が先にした約束を見て見ぬふりして女と遊びに行くわけが――

 

「ご飯、一緒に食べようよ!」

 

…何て甘美な響きだろう。

 

ご飯を?誰と?女の子と?…彼女いない歴=年齢の僕が初めて、会社の先輩以外の女子とお食事?くっ、ごめん同僚よ…お前を置いて女子を優先する罪深き僕を許してくれ。

 

「め、迷惑じゃなければ…」

 

これで『えっ、社交辞令だったんですけど』とか言われたら泣く。言葉のナイフってめちゃくちゃ刺さるんだよ?少し前に同僚もその餌食になったし。

 

「うん、早速行こう!!」

 

ピンクさんは、また服の袖を引っ張って走り出した。

 

(だから、袖は引っ張らないでぇぇぇ!!)

 

 

 

この後、少しだけ袖部分が伸びていた…

 

――――――――――――――――――――――

 

ひまりが少女を巨漢から救い出して、十数分が経っていた。短いようで、中々に長い時間だ。

 

少女といくつか言葉を交わして、何となくではあるが少女の人柄について知ることが出来た。

 

(活発で話しやすい娘…お兄さんの免許証にイタズラしたりしてるけど、お茶目だって考えれば普通の中学生だね)

 

きっと、幼馴染の羽沢つぐみのような人懐っこさを持ち合わせており、尚且つ同じく幼馴染の巴の妹、宇田川あこに近い性格だと思った。

 

話していて、少しではあるが緊張が溶けた。今なら、少しだけ踏み入った話もできる気がする。

 

「…何で、あんなことしたの?」

 

あんなこと、とは援交のことだ。この少女がお金の欲しさや、ましてや性欲を満たすために援交をするなんて考えずらい。何か事情がある筈だ。

 

あの巨漢に脅されているなら、警察に通報しよう。学校とかで虐められて強制されているなら、絶対に助けてあげたい。既に、ひまりにとって目の前の少女は知らぬ存ぜぬで見捨てられる程度の存在では無いのだ。

 

ひまりの問に、少女は戸惑う様子もなく答えた。

 

「ご飯食べたかったから」

 

「っ…!」

 

ご飯の食べたさに体を売る。それはきっと、ひまりの感じてるような、運動後の空腹とは比べ物にならない程の飢餓なのだろう。どうやら、彼女の歪んだ倫理観は家庭環境によるものが大きいらしい。ひまりは、自分の考えの甘さを後悔した。

 

「お腹、空いてるの?」

 

「そりゃあ、働いてきたばかりだからね」

 

「………」

 

働く。それは恐らく、比喩などではなく言葉のままの意味なのだろう。中学生が生きるために働く、それは異常だ。

 

(さっきの免許証…多分、働くために必要だったんだね。中学生を雇う場所なんて、そもそも無いと思うし……)

 

自分が友達と馬鹿みたいに笑い、大好きなコンビニスイーツを食べてる間にもこの少女は苦しんできたんだ。そう思うと、余計に自分の浅ましさが際立った。

 

これは、自分ごときが解決できるような問題ではない。

 

たかが女子高生でしかない自分が、彼女を何年も養ったり、彼女を取り巻く環境の改善をするには力不足で役不足だ。――でも、()()()()()()()()

 

「私の家に行こ?」

 

良い考えなんて無いけど、まずは家に連れて行こう。

 

一緒にご飯を食べて、沢山話して、人の暖かみを知ってもらうんだ。それが自分にできる精一杯。楽観視でもなんでも良い、全ては行動から始まるのだ。

 

少女は一瞬驚いたような表情を浮かべ、その後に悲しそうな表情で『お断りします』と言い切った。

 

「ご飯、一緒に食べようよ!」

 

それでもひまりは、務めて明るく言い放つ。何度だって言う。何回だって誘う。諦めないことが、ひまりの唯一できることだから。

 

笑顔で誘うと、少女は遠慮がちに了承してくれた。

 

それが、少女が自分を受け入れてくれたように感じられて、どうしようもなく嬉しかった。ひまりは手早く母にメッセージを送り、晩御飯をもう一人前増やしてもらえるように頼んだ。

 

そして親からの了承を得ると、ひまりは少女の袖を掴んで走り出した。

 

「うん、早速行こう!!」

 

 

 

その時の少女は、何とも言えない微妙な表情をしていたのが妙に印象に残った――

 

 

○○○○○○○

 

――柏木(かしわぎ)遊兎(ゆう)――

・現在二十歳の会社員。高校卒業後は面倒臭いから、という理由で就職した。髪型は黒髪ショートボブで、華奢な低身長に童顔女顔。例えるならば、女子中学生のような外見。そのせいで割と勘違いされた経験はあるが、間違いを訂正する能力よりも勘違いを許容する能力が伸びた。それでも勘違いされたくないのは、こんな外見でも男だから。

 

 

――同僚――

・名前はあるが、今のところは出す予定のない巨漢。全身の筋肉力は平凡な会社員とは思えない程。例えるならゴリラ。年齢は一応遊兎と同じ二十歳だが、二人が並んでる姿はとても同年だとは思えない。仕事終わりは遊兎と二人で晩御飯を食べに行くことが多いが、よく警察官から止められる。理由はお察しの通り…

 

 





同僚の名前、出したい?


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優秀な遺伝子


感想や評価が沢山きてて嬉しいです!


 

「っ…!」

 

驚きのあまり、絶句する。

 

目の前の光景を僕の低い語彙力で表すなら、()()()()()()だ。もはや神々しさすら覚えるそれは、無言で鎮座するように、優秀すぎる遺伝子を物語っている。

 

(で、デカすぎんだろ…)

 

思わず某テニス漫画のセリフを脳内で呟いてしまった僕を、誰が責められようか。

 

話はピンク巨乳ちゃんこと上原ひまりの家に誘われた時から始まった。最初は出会ったばかりの男を家に連れ込む淫乱ピンクだと思ったが、よく良く考えれば彼女は高校生だ。家には家族だって居るだろう。ピンクさん曰く、家には母と姉が居るらしい。父親は単身赴任だって。

 

さて、何故僕が冒頭からいきなり絶句したかと言うと――その()()()()()()

 

目の前に居るのは上原ひまり、上原母、上原姉の三人だが…まあ、端的に言えば全員デカいのだ。身長ではなく、暴力的なまでの胸部が。二度見超えて三度見したね。一人に三度見で計算すると、僕は一瞬で九回も異性の胸を見たことになる。…別に変態じゃないよ?男の本能が勝手に働いただけだよ?

 

きっと上原御先祖は万人を救い導いたのだろう。ジャンヌ・ダルクのように。じゃなければ、世の中の女性が不公平さに泣き喚く。胸の大きさは気にしない主義で、寧ろ美乳主義の僕だから良かったものの、他の巨乳信者の男が見たら喜びのあまり発狂しながらお礼を言うだろう。

 

「遊兎ちゃん、ハンバーグは好きかしら?」

 

話しかけてきたのはボス巨乳…じゃなくて、上原母だった。見た目若すぎない?fortyとfourteenを間違えちゃったかな?いや、流石に14歳には見えないけどさ。

 

「あ、はい。好きです。……あと、ちゃん付けは止めてください」

 

「ふふっ、照れ屋さんね」

 

母娘揃って頭に花でも咲いているのだろうか?今の僕の表情を真正面から見ても尚、照れてると思えるなんて一周まわって凄い。嫌悪を惜しむことなく正面に出しているのに。あと、上原母の胸が凄く揺れてました。

 

「うわぁ〜、この娘ひまりの後輩?かっわいぃねぇ!!」

 

上原姉が上から見下ろし、僕の頭に手を向けてきた。おいコラ、人の頭を撫でるな。年上のお兄さんにそんなことしたら、お兄さん勘違いしちゃうよ?あと、上原姉の胸が凄く揺れてました。

 

「でしょー!遊兎ちゃん可愛いよね!!あーもう、このまま妹にしようかな?」

 

上原次女がドヤ顔で答える。…何で君がドヤってるの?現在進行形で僕の心を削ってることに誇りでも覚えてるのかな?お兄さん悲しいよ…あと、上原次女の胸が凄く揺れてました。

 

現在の僕の状況を簡単に言うならば、『玩具』だ。アダルトと付かないタイプのね?

 

上原姉妹に撫でられたり、抱きつかれたり…メロンが当たってるなんて口が裂けても言えない。おんなのこってすごい…なんて小物感を出してみたり。

 

せめてもの救いは、上原母が料理中なことだろう。もしも第三のメロン持ちがスキンシップをしてきたら……考えるだけでも恐ろしい。余談だけど、学生時代の友達が『これがスキン()()()だ!!』って言いながら女子にセクハラしてた。そして一ヶ月の停学になってた。今では立派に監獄の中で日々生活を……なんてことは無いけど。普通に会社勤めのサラリーマンだよ、彼。

 

 

「みんなー、ご飯できたわよー!!」

 

台所から上原母の声が聞こえてきた。どうやら今夜の晩飯が完成したらしい。

 

上原妹に手…というか、袖を引かれて台所へ向かう。おい、何で君は僕の袖を引っ張りたがるの?そんなに袖を伸ばしたいのかい?もしかして本当に女子の間で袖を伸ばすのが流行ってるの?ごめんね…お兄さん、そういう流行とかに疎くて…って、誰が騙されるか。袖を伸ばす流行なんてあってたまるかよ。

 

眉間に皺を寄せ、超不機嫌ですアピールをする。

 

…ん?上原次女さん?何で立ち止まるの?まさか、初めて僕の心の訴えが通じたとか…?おお、これは大きな進歩だ…!

 

「ねぇ、遊兎ちゃん」

 

この娘、何がなんでもちゃん付けは止めないらしい。はは、怒りを通り越して笑えてくる。

 

「…私達のことは本当の家族だと思ってもいいんだよ?困ったこととかあれば相談に乗るし、ご飯だって毎日食べに来てもいいからね?」

 

「っ…!」

 

――驚いた。

 

嗚呼、本当に驚いたとも。不覚にもポーカーフェイスの遊兎と言われてた僕が表情を崩してしまった。…本当はそんな渾名なんて無いけど。それは兎も角…

 

良くも悪くも、()()()()()()()()()()()だ。

 

あーあ、上原次女さんが変な事言うから、つい驚いたじゃん。どうせあれでしょ?明日も来たら『あ、本当に来たんだ…』って愛想笑いするんでしょ?さっきまでの僕みたいに。そして帰ってから『本当に来るって有り得なくなぁい?』って悪口を言われるまでがテンプレートさ。

 

この悪女め!

 

僕が上原次女を精一杯睨みつけていると――

 

「ふぎゅっ…!?」

 

えっ、何で()()()()()()()()()

 

ちょっ!?止めてください切実に!!服とかブラジャーの上からでも柔らかいアレが当たってるんですよ!さては貴様、僕を社会的に殺すつもりだな!?社会人になって学生にセクハラしたとか……マジで無職案件なんですよ!!

 

 

――いや…クールになれ、柏木遊兎

 

 

これでは悪女こと上原次女の思うツボだ。ここは寛容で大人の余裕を持ち合わせてる所を見せつけてやろう。

 

「ありがとう、でも大丈夫だから」

 

優しく社交辞令を断る僕、超大人じゃない?見た目は幼くとも、心まで幼くはない……ハズ。若干棒読みになった気がしなくもないけど、まあ許容範囲内だ。

 

やべっ、顔が汗でびっちょりだ…

 

滝のように溢れる汗を見られるわけにはいかない。だって…変にカッコつけたせいで、さっきのこと意識してるとか悟られたらかっこ悪いじゃん。

 

「ほら、早く行こうよ。君のお母さんがご飯できたって言ってるよ」

 

ピンクさんを急かし、僕は一瞬で後ろを向いた。ふっ、後ろ向き全国大会があるなら第三位にはなれる自信があるね。……大会名、なんかネガティブに聞こえるのは僕だけかな?

 

あ、ごめんなさい。急に後ろ向いたから汗飛んだかも。まあ、僕は知らぬ存ぜぬで通すけどね!

 

「…ぜ……いに、……るか…ら…」

 

ん?上原次女が何か呟いたような…まあ、いいか。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

――それは唐突だった。

 

先程までは何事も無い平和な時間だった。私とお姉ちゃんで遊兎ちゃんを撫でたり抱きしめたり…遊兎が照れていて可愛かった。まるで小動物を思わせる小柄な彼女を、私達は気が付いたらもう一度撫でていた。恐るべし女子中学生だ。

 

『それ』が起きたのはその後だ――

 

「みんなー、ご飯できたわよー!!」

 

台所からお母さんの声が聞こえて来た。私が遊兎ちゃんの腕を引き、台所に向かうと、遊兎ちゃんは()()()()()。そこには何かを訴え掛けるような、それでいて逆に隠そうとする意図も感じられる。

 

急なことに混乱しながらも、ひまりは遊兎の現状について考えてひとつの答えへと至った。

 

(…そっか、遊兎ちゃんは知らなかったんだね。人の温もりとか、無償の愛とか…)

 

彼女の人生は、きっと苦痛に満ち溢れていた。幼いながらも厳しい社会に出る以外の選択肢は与えられず、それでも生きていくために体を売って、無償というには程遠すぎるモノを小さな体に受け続けていた。

 

――だから、ひまりは遊兎に寄り添う。

 

「ねぇ、遊兎ちゃん」

 

名前を呼ぶと、歪めた顔を一瞬で微笑みに変える。まるで()()()()()()()()()()()。可愛らしく、あどけない笑みだが……でも、ひまりにはその笑みが痛々しく、彼女が自身の何かを削って出来てるモノに見えた。彼女の歪みの一部を垣間見てしまった。

 

「…私達のことは本当の家族だと思ってもいいんだよ?困ったこととかあれば相談に乗るし、ご飯だって毎日食べに来てもいいからね?」

 

少女の歪んだ顔が、ひまりの言葉を受けて驚きに染まる。まるで、『本当に居ていいのか?』と問うような、同時に『また裏切られるんじゃないか?』と疑うように。――ひまりは堪らず遊兎を抱きしめる。

 

「ふぎゅっ…!?」

 

十数秒の一方的な抱擁を交わして、ゆっくりと離れた時には――()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ありがとう、でも大丈夫だから」

 

 

突き放すような冷たい言葉と、抑揚のない声だった。

 

何で?……何で、そんなに離れていくの?私のやってることはありがた迷惑だったの?自分の価値観だけで彼女に生半可な同情を寄せて、結局何も成し得ていない自分が恥ずかしくなった。

 

「ほら、早く行こうよ。君のお母さんがご飯できたって言ってるよ」

 

変化はなく、抑揚のない声で話しかけられる。俯いていると、視界の端に『それ』は映った。

 

何処から漏れ出たのか、一瞬空中を舞い、その後は重力に従って落ちていく小さな水の粒。――ああ、これは彼女の『涙』だ。

 

不器用な彼女から唯一溢れた信号。

 

「…絶対に、助けるからね」

 

小さく、けれども何よりも大きく呟いた。

 

 

 

同情かと聞かれたら、そうなのだろう。彼女の不幸を勝手に嘆いて、自己満足のために家まで連れてきた。それがどれだけ残酷なことだろうと、ひまりは辞めないし止まらない。

 

結局は自己満足だが、ひまりが満足するのはハッピーエンドだけだ。柏木遊兎という名の少女が心の底から笑い、明日を楽しみにできるような――それを望む。

 

助ける術なんて持ち合わせていないし、彼女の事情を家族や友人に勝手に話す権利もない。

 

――だから、精一杯を。

 

届かない、では終わらせない。届かせるまで何度だって、何百回だって続ける。それでもきっと、彼女の感じてきた苦痛と比べたら…いや、比べるのも烏滸がましいのだろう。

 

でも、諦めない。

 

 

だって、『絶対に助ける』と言葉にしたから――

 

 

 





誤字報告ありがとうございます。


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涙が止まらない…


不思議と遅くなりました。



 

――翌日。

 

「はぁ〜〜…」

 

隣人からため息が漏れている。同僚だ。分かりやすく言うと、女子高生に罵倒されて心が折れた同僚だ。彼は隣の席でパソコンのキーボードをカタカタと鳴らしながら、不幸をアピールするかのように本日二十回目となるため息をついた。

 

「ため息なんてついたら幸せが逃げるよ?」

 

「幸せが逃げたからため息ついてるんだよ。柏木には分からないだろうな、女子高生に『ヒィッ!』とか『警察に通報しますよ!』とか言われた俺の気持ちなんか…」

 

「理解したくても出来ないんだよね。なんせ、僕は巨体じゃないし、筋肉もないし、厳つくもないし……泣いてもいい?」

 

「泣きたいのは俺だって」

 

仕事中に男二人が泣き出す…うん、超シュールだ。方や巨漢、方や低身長童顔。ある一定層には需要ありそうなのが逆に怖い。おい、そこの先輩女社員さん。ニヤニヤするな!目を輝かせるな!!

 

「あ、そういえば」

 

僕が無言で先輩女社員に圧を送っていると、同僚が何かを思い出したように声をかけてきた。

 

「昨日、あの後どうだったんだ?」

 

昨日――ピンクさんに誘拐擬きをされた時のことだろう。彼女の家で食事した後は普通に帰ってきただけだ。泊まってもいいと言われたけど、流石に遠慮した。まあ…遠慮というか、僕にはハードルが高すぎたんだよね。

 

「普通にご飯食べて帰っただけ。むしろ、そっちはどうなの?」

 

「帰って酒飲んで寝た」

 

「……今度、飲みに行こうね」

 

独り身の彼は、女子高生に罵倒されて傷ついた心を酒で誤魔化すしか出来ない。悲しいというか、虚しい…後で酒でも奢ってやろう。

 

同僚と一緒にドデカい溜息をつき、それと同時に午前中の仕事を終えた。つまり昼休みだ。自分の席で弁当を食べるもよし、外に食べに行くもよし、なんなら食べずに働くドM社員だって居る。噂によれば、そのドM社員さんの体には亀甲縛りの痕が……おっと、これ以上はやめよう。彼のためにも。

 

僕と同僚は、外にご飯を買いに行くことにした。外で買ってから社内で食べるのも、立派な選択肢のひとつだ。

 

「何か食べたいのあるか?今日こそは奢ってやるよ。昨日は…まあ、忘れよう。俺の涙腺が崩壊するから…」

 

「これ、むしろ僕が奢った方がいいんじゃない?憧れてたんだよね、落ち込んでる友人にご飯を奢ってやる友情イベントとか!」

 

「や、やめてくれ!柏木に奢られたら、会計の時に店員が屑とかゴミを見る目になるんだよ!!」

 

それもそうだ。女子中学生にご飯を奢らせる悪人巨漢の図が、頭にハッキリと浮かんだ。なんと言うか…虚しかった。むしろ自分の性別年齢に関わることなので、泣きたくなった。…なんか今日、泣いてばかりじゃない?いや、実際に泣いては無いけど。心が泣いているんだよ。僕の心はレイニーさ。rainとrainyの使い分けは分からないけど。あーあ、これだから英語は苦手なんだよ…

 

「どうした?いきなり顰めっ面なんてして」

 

「世の中の理不尽さに打ち拉がれてた」

 

「今の会話がどう発展したんだよ…」

 

そもそも、何で僕は日本人なのに英語なんて学ばなくちゃいけないんだ?Don't mindなんて英文?英単語?があるけどさ、別にドンマイで良いと思う。勘違いしないで欲しいが、僕は外国を批判してるとかじゃなくて、寧ろ日本の教育方針を否定しているんだ。日本語バンザイ。英語なんてクソ喰らえ。これが日本人のあるべき思考なのだよ。

 

「ほら、いいから外行くぞ。柏木だって腹減ってんだろ?」

 

「僕が満たされるのは、日本から英語が消えた時だけさ…」

 

「何の話だよ」

 

黄昏れる僕に、同僚は呆れたような視線を向けてきた。まあ、お前じゃ分からないか…この領域(レベル)の話は。…って、僕はどこの魔法を学ぶ学校の劣等生だよ。厨二病はもう卒業したんだ。だから『爆ぜろリアル!弾けろシナプス!!』なんてもう言わないんだ!

 

在りし日の憂いを胸に嘆きを浮かべると、自然とため息が漏れ出た。今日はため息Dayだね。

 

「はぁ…仕方ないな」

 

「ちょっ!?う、うわぁぁぁ!?」

 

埒が明かないと悟ったのか、同僚は僕を肩に担いで歩き出した。僕、高所恐怖症なんだけど…?たかいところこわい。じめんこいしい。この筋肉ダルマ…!ゴリラ!馬鹿野郎!身長分けろ!!おっと、最後のは願望でした。

 

同僚は無抵抗の僕を担いだまま会社を出て、商店街に向かう。意外と会社から近いんだよね、商店街。

 

「どこに向かってんの?」

 

「パン屋。地味に二日酔いだし、昼飯は軽めにしたいんだよ」

 

oh……酔いつぶれるまで呑んでたらしい。どんだけショックだったんだよ。せめて同僚がドMだったらJKに罵倒されたというシチュエーションに歓喜していただろうけど、残念なことに同僚は普通だ。ちょっとゴリラってるだけの一般男性だ。

 

「…やっぱり奢る?」

 

「そんなに俺を泣かせたいのか?」

 

「あっ、はい。ごめんなさい」

 

同僚の一言で僕は悟った。それはもう、悟りの遊兎と呼ばれるほど悟った。兄さん…なんだか涙が止まらないんだ。……だから泣いてないって。

 

「てか、そろそろ下ろしてよ。この歳になって肩に担がれてるとか…微妙に恥ずかしいんだよね」

 

「大丈夫だろ。どう見ても年相応の外見じゃな――」

 

「何か言った?」

 

「……いや、何でもない」

 

同僚の戯言を一刀両断した。なんかさ、一刀両断って単語カッコイイよね。中国の朱子って儒学者の言葉で、『自分の欲望を抑制するには根源からの一刀両断に限る』ってのかあるらしく、それが一刀両断の由来なんだってさ。うん、よく分からないね。

 

肩から降ろされた僕は、地面のありがたさを感じながらパン屋に歩を向けた。とある先生が言っていた。『目が前向きに付いているのはなぜだと思う?前へ前へと進むためだ!』…と。僕も前に進もう。大人の余裕を見せて、同僚の戯言も忘れてやろう。さあ、僕は前へ進むのだ。

 

「……逆方向だぞ?」

 

「……うん」

 

仕方ないじゃん。そもそも商店街に来ないからパン屋の場所なんて分からないんだし。僕は言い訳がましく心の中で呟いた。

 

「それで、結局どこのパン屋に向かってるの?」

 

「やまぶきベーカリー」

 

同僚は店名を呟くように告げた後に続けて言う。

 

「知名度とかはそこまで高くないんだが、味は保証するぞ。俺の基準で言えば、所謂隠れ名店ってヤツだな。噂によれば、そこのパン屋には毎日チョココロネを買い占めるバケモノもいるらしいぞ。きっと、狂うほど美味しいんだろうな!」

 

「うわぁ…ここ最近で一番の笑顔だね」

 

笑顔は世界を平和にすると言うが、厳つい巨漢の笑顔はそんじょそこらの笑顔とは迫力が違う。子供を泣かせるどころか、泣く子も黙りそうな笑みだ。

 

 

雑談をしながら歩くこと数分、同僚が立ち止まった。どうやら目的地に到着したようだ。

 

入店すると小気味良い鈴の音が響く。

 

「いらっしゃいませー!」

 

可愛らしい声が聞こえてきた。店員かと思って視線を向けると、そこに居たのは一人の少女だった。高校生くらいだろうか、アルバイトか両親の手伝いかだろう。経営する側には見えない。

 

「っ…」

 

「ん、どした?」

 

同僚が肩をびくり震わせた。

 

「い、いや…昨日のことがあったからな」

 

成程、つまりチキってるらしい。昨日の罵倒事件があったせいか、女子高生を目の前にしたら動揺してしまう、とのことだ。

 

別に情けないなんて思わない。これでも僕は同僚の心情を理解してるつもりだし、何よりも心に傷を負ったのは昨日だ。まだ二十四時間すら経ってないし、酒で誤魔化しても傷は癒えない。同僚は絶賛ビビり中なのだ。

 

「あ、あの…何かトラブルでも?」

 

アルバイト(推定)の少女はビクつく巨漢を不審に思ったのか、戸惑いながらも声をかけてきた。うん、前言撤回。めっちゃ情けないね、コイツ。もしも相手が某霊長類最強系女子だったら、チキるどころか恐怖に戦き泣き喚いても仕方がないと許容できる。だが、相手は普通の女の子だ。それも性格が良さそうな部類の女子高生。男ならば内心歓喜するのが普通というものだ。僕?僕は女子と話し慣れていないから例外にして下さい。取り敢えず同僚は駄目だね。経験はなくても筋肉があるし。筋肉が…あるし…!

 

そうだ、ここは同僚に全て任せよう。

 

別に筋肉に嫉妬してるわけじゃない。そう、決して私怨では無いのだ。同僚の対女子戦への健やかな成長を願って、僕は心を鬼にして黙り込むのだ。なんと素晴らしい自己犠牲心だ。何も犠牲にしてないけど。寧ろ他者犠牲心の塊だけど。まあ、些細な問題だ。考えるにも値しない小さな点だ。よって、僕は同僚に女子高生と話すことを押し付ける。ほら、響きだけならご褒美っぽいし、セーフだ。

 

「………」

 

「な、なんだ?無言で袖引っ張るなよ」

 

「ん」

 

僕が無言で指さす先には、茶髪のパン女子(遊兎命名)。同僚は更に混乱する。この中に、同僚が困ってるのに笑ってるヤツいる?いねえよなぁ!?同僚困らせるぞ!!(矛盾)…なんて漫画を最近読んだ。うん、バトル物の漫画とか読んだら自分が強くなったような気がするよね。これが厨二病への入口だったんだよなぁ。経験者は語るよ。

 

「…?柏木、俺に何求めてるんだ?」

 

はぁ、なんと察しの悪い同僚なんだろう。ただ少女の言葉に応じて、その後にパンを買うだけのお手軽作業なのに。やはりゴリラか?

 

仕方ないな、同僚の手にお金でも置けばパン程度なら買って来れるはずだ。200円ぐらい…あ、小銭無い。お札でいいや。財布の中には…二千円札と一万円札。……えっ、二千円札!?なにこれ初めて見た。いつの間にか持ってたらしい。…………仕方がない、ここは一万円札を渡すとしよう。お釣りは返しなさいよ?

 

「っ!?か、柏木…さん?」

 

「ん」

 

バカでかい手に諭吉さんを乗せると、再度女子を指さす。はよ話せ、そしてパン買ってこい。

 

「えっ…!?」

 

ほら、同僚が動かないから少女も固まった。あーあ、僕知らないよ。

 

僕と時計以外が停止した店内で、僕はそっと同僚の後ろに隠れるのだった。そう、全ては同僚の成長のために。成長には苦難が必要不可欠なのだよ、と言わんばかりに。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

その日、山吹沙綾は家の手伝いをしていた。

 

手伝いの内容は家で営業してる店での接客。幼い頃から両親の背を見て育ったので、接客には多少自信がある。

 

その店は、やまぶきベーカリーという名のパン屋だ。母親は体が弱いので休ませており、父親は厨房でパン作り中。今日は土曜日なので、昼頃とは言えど平日よりは客足が少ない。現に、今は店内に沙綾以外の人影は無かった。

 

――チリィーン。

 

小気味良い鈴の音が先程まで静かだった店内に響く。店の正面ドアに付けられた鈴だ。

 

来客の合図。

 

「いらっしゃいませー!」

 

いつも通り、明るい声質を意識した挨拶で出迎える。誰だって、暗い声で無愛想に挨拶されるよりも、明るく元気に挨拶された方が気持ちが良い筈だ。ラーメン本格店ならば無愛想な店主の挨拶が似合いそうだが、ここは商店街のパン屋。無愛想な挨拶なんて似合わない。

 

視線を向けると、そこには一組の男女が居た。

 

最初に目に入ったのは、格闘技でも極めていそうな筋肉を纏った男性だった。一歩ずつ歩く度に、圧のようなモノが重力のように全身を抑える。

 

(す、すごく大きい…!)

 

一人だけ画風が違う気がした。北斗の拳やジョジョの奇妙な冒険に出てくるタイプの人間だ。

 

そして、その隣にいるのは――

 

「……」

 

小さな少女だ。小さいと言っても、多分中学生くらいだろう。巨漢の横に居るので、パッと見でも140センチ代後半はありそうな身長が更に小さく見える。

 

その娘は、入店時に隣にいる男性と小声で何かを話したあとは一言も発しない。店内には、気まずさすら覚えるほどの静けさがあった。

 

(……パン、買いに来たんだよね?)

 

パン屋に来たのだから当たり前といえば当たり前なのだが、男女の視線は一切パンに向いていない。最初挨拶をしてから、男性がビクリと驚いて固まったきりだ。

 

両親に接客を任せてもらってる手前、客のトラブルは無視してはいけない。沙綾は巨漢の圧に耐えて、勇気を振り絞りながら声をかける。

 

「あ、あの…何かトラブルでも?」

 

「………」

 

少女は、無言を貫く。その代わりなのか、男の袖を引っ張りこちらを指さす。もしかしから、少しだけ人とのコミュニケーションが苦手な娘かもしれない。だから隣の男性に、代わりに話して欲しいとお願いしてるのだろう。

 

そう思うと、なんだか目の前の少女が無性に可愛らしく感じられた。

 

「な、なんだ?無言で袖引っ張るなよ」

 

「ん」

 

「…?柏木、俺に何求めてるんだ?」

 

今度は先程もよりも強く、男の人の袖を引っ張った。察し悪さに少しだけ焦っているのだろうか。

 

(か、可愛い…!)

 

その必死な姿が、沙綾には愛らしく見えた。まるで父親に甘える子供のようで、それでいて人目を気にして最低限の接触でも察して欲しいという年相応の我儘。その理由が羞恥だと分かると、ついつい頭を撫でたい衝動に駆られた。勿論自制したが。

 

恥ずかしがり屋な少女は軽く睨むように男の人を見つめると、しゃがみこんで鞄の中に両手を突っ込み――

 

「っ!?か、柏木…さん?」

 

「ん」

 

「えっ…!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()。それも当たり前と言わんばかりに、無表情で乗せると再度こちらを指さしてきた。勿論無言で。

 

(ま、まさか…)

 

少女以外の全員が固まった店内で、沙綾の体も例外なく固まった。少女の小さな体と、当たり前のように出てきた一万円札とのギャップに体が追いつかなかったのだ。

 

そして、沙綾は一つの答えを出した。

 

 

(この娘、もしかして何処かのお嬢様ぁ!?)

 

 

心の中で、精一杯叫んだ。

 

○○○○○○○

 

同僚が不憫(笑)、というコメントを多数頂いたので名前公開しましょう(思い付き)。

 

――東堂(とうどう)(りょう)――

同僚のフルネーム。お気づきの人もいると思うが、最初の『東』をとって読んだら、『堂涼』。つまり、『どうりょう』だ、『同僚』だったのだ。端的に言えば、東堂涼は最初から同僚だった。それ以上でもそれ以下でもなく、最初から工程を含め最後まで、東堂涼は同僚だった。それだけの話です、はい。

 

 





ひまり「可哀想な援交少女!」
沙綾「何処かのお嬢様!?」(New)


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再起動


再起動。二つの意味で再起動。

作者自身、主人公の名前容姿諸々を忘れるくらい遅くなりました。



 

――時が止まった。

 

これは僕が…柏木遊兎が目醒めたに違いない。所謂異能ってやつに、ね。心做しか、背後に星の白金(スター○ラチナ)世界(ザ・ワー○ド)が出現してる気がする。……おい、僕の背に立つな。身長差が目立って惨めになるだろ。

 

…なんてことは、勿論冗談だ。

 

現実には星の白金(スター○ラチナ)世界(ザ・ワー○ド)も居ないし、そもそも時だって止まってない。

敢えて別に表現するなら、()()()()()とでも言おうか。固まる店員さんと、固まる同僚。視線は僕の手から同僚の手に渡された諭吉さん。

 

「………」

 

おい、誰か喋ってよ。気まずいじゃん!

 

無言というのは存外、苦痛になり得るのだ。その絵面にマッスル巨漢が居るのであれば余計に。唯一の癒しはやまぶきベーカリーの店員さんだけだ。昨日の淫乱ピンクさんと言い、この町って美少女が多いよね。あと髪色が奇抜な人が多い。

金髪ならまだ許容する。若気の至りか、将また外国人の血でも混ざっているのか。少なくとも、有り得ないと断言出来るものでは無い。

 

でもこの町には、ピンクやら水色やら、紅や銀。紫にオレンジまで揃ってる。何で日本なのに黒髪の方が少ないんだろうか?ピンクさんの家族は全員ピンク髪だったので、恐らくは地毛なのだろう。家族総出でピンクに染めていたら一種の宗教じみてるし。

そう考えると、目の前の店員さんが茶髪なことに癒しを感じてしまう。清楚な黒髪と元気いっぱいな茶髪には悪人はいない。ハッキリわかるんだね。

 

 

「か、柏木…?」

 

あ、やっと同僚が再起動した。

 

ん…(さっさとパン買え)!」

 

絶賛、同僚教育キャンペーン中の僕は喋れないし、指差しや手振り身振りで物事を表したりしか出来ない。アレもコレも、同僚がトラウマを解消するためだ。恨むなら己の高身長と筋肉にしてくれ。そして叶うなら、その両方を僕に分けてくれ。いや、本当に。切実に…!

 

僕はまだ身長180cmを諦めてないからな。

 

てか同僚、女子高生にチキるなよ。世の中の全員がお前に対して罵倒をぶつけるわけじゃないんだぞ。それに店員さんは温和そうだ。同僚がセクハラでもしない限りは罵倒なんてしないハズ。

 

無理やり万札を握り締めさせて、パン売り場を指差す。我、今宵はメロンパンを所望する。あとチョココロネ……ん?チョココロネだけ売り切れてない?

何度見てもチョココロネの欄だけ何も置いてない。まあ、売り切れなのは明白だけど。おかしな事もあるものだ。チョココロネ好きの妖怪でもいるのだろうか。

 

「っ!っ…!!」

 

「わ、分かった!分かったから脹ら脛蹴るな!ったく…ズボンが汚れるだろ」

 

あの野郎、鉄でも食べてるのか?なんで蹴った僕の方が痛いんだよ。筋肉か?コレも筋肉が成した技なのか!?……筋トレしよう。どうせ筋肉なんて付かないけど、メタルなボーイを目指して筋肉しよう。

 

 

僕の足を代償に、やっと同僚はパンを取りに行った。

 

この店では、店頭に並ぶパンをトレーに乗せてレジまで持っていく仕組みらしい。有り触れていると言えば有り触れている。

店内は香ばしいパンの匂いで溢れていた。今も店の奥ではパンが焼かれているのだろうか。同僚が隠れ名店だと絶賛していたことを思い出した。確かに客足は多くない…というか僕と同僚しか居ないけど、きっとリピーターは多いのだろう。何といえば良いのだろうか。パンの美味しいか否かはまだ分からないけど、居心地の良い空間だと思う。

 

店屋でありながら、何処か家庭的な暖かさも感じる。掃除も行き届いていて、店内にはゆったりとした洒落てる音楽が流れている。

 

ここが喫茶店とかだったら、きっと毎日通ってた。

 

「あ、あの…」

 

「…?」

 

雰囲気に浸ってると、急に声を掛けられた。

 

相手は店員さんだった。あまりボーッとしていたから、営業妨害だと言われるのだろうか。妨害をしてるつもりは無いけど、相手がそう言うのでれば否定は出来ない。事実、店の真中でボーっとしてる現状だし。

 

「あー、うん。お邪魔してすみません。あの男のパンセレクション終わったら早々に帰りますんで」

 

「しゃ、喋った!?」

 

この店員さん、人をなんだと思ってるんだ?話し掛けといて驚かんといてや。お兄さん、泣いちゃうよ。泣かんけど。

 

「そりゃあ喋るよ…人間だし」

 

「あ、いえ!そういう事じゃなくて…あまり話していなかったので、てっきり人見知りなのかと思ってました」

 

「ああ、そーいうことか。すみません、今はそーいうキャンペーン中なものでして」

 

「キャンペーン…?」

 

同僚をイジる…もとい、女の子に慣れさせるキャンペーン中なのだ。だいじょーぶ、同僚なら乗り越えられるってお兄さん信じてるから。

まあ、同僚が慣れたとしても巨漢と少女が話してる図は控えめに言って、事案なんだけどね。ごち○さのキャラと北○の拳のキャラが立ち会ったくらい犯罪的だ。僕なら通報する。

 

 

…ていうか思ったんだけど、何でこの店員さん敬語なんだろう。

 

いや、確か僕の方が年上で、その上客だっていうのは理解してる。年上もお客様も、総じて敬うものだ。でも僕の外見は…非常に遺憾ながらも幼く見えがちだ。共に外出した同僚が警官に職質される程度には幼く見えるらしい。

 

店員さんは恐らく高校生だろう。

対して僕の外見は中学生だ。そんな僕に敬語を使うだなんて、割と珍しいのだ。少なくとも、初対面のピンクさんがタメ口をきくくらいだ。

 

この店員さん、礼儀正しさが限界突破してるのだろうか。誰だ、現代っ子は礼儀知らずとか言った奴。最後に『諸説あります』って言わないとアンチテーゼ特攻隊が出てくるぞ。

 

 

――さて、礼儀には礼儀で返すのが『大人』ってやつだ。くらえ!僕の渾身のKE・I・GO☆

 

「ご機嫌麗しゅう、マドモアゼル」

 

「っ!?ご、御機嫌よう…です!」

 

「貴店の麵麭は美味であるとまとこしやかに噂されているでおじゃるな。この香ばしい麵麭の匂い…噂と相違無きと麻呂は確信したぞよ。某の売る麵麭を、朕は絶賛しよう!まだ食べてないけど!!」

 

「ま、まろ…?それがし?ちん…?」

 

あれ…敬語って何だったっけ?なんか適当にそれっぽいこと言ってたら、店員さんが混乱しちゃった。ついでに言ってる本人もメダパニってます。

まことしやかって何やねん。おじゃるっていつの時代だよ。麻呂も朕も、国から時代から全部バラバラじゃん。某って初めて言ったよ。挙句の果てに『食べてないけど美味しいね!』的なこと言ってるし。

 

ダメだ、僕の方が混乱してきた…

 

ほら、店員さんもめちゃくちゃ頭抱えてるじゃん。コダックくらい頭抱えてるよ。

 

長考の末、店員さんは作り笑顔でこう言った――

 

「て、テンキュー!」

 

「あっ、うん…」

 

悲報、そもそも日本語って認識すらされてなかった件。

 

いや…所々おかしい点はあったけど、終始日本語だったよね。マドモアゼルのクダリ以外は。店員さん改め茶髪さん、相当混乱なさってるらしい。

 

「………」

 

「………」

 

うん、素直に言うよ。めっちゃ気まずいです。そもそもの話、元来より僕という人間は女性と話すのが苦手だ。一重に経験不足なのだ。

男子校に通ってたせいか、JKという生き物の生態について詳しくないのだ。話すだけならまだしも、話題を膨らませるのが苦手…いや、不可能だ。

 

JKとはまさに未知。そして人間とは未知を恐れる。

 

ごめんよ同僚、僕もJK恐怖症だよ。

 

「お、お邪魔しました〜」

 

 

店内に残る同僚を横目に映しながら、僕はそっと踵を返し出入口へと向かった。

 

――――――――――――――――――――

 

(やっちゃった…)

 

山吹沙綾は落ち込んでいた。

 

原因は先程店を出て行った少女への、自分の対応だ。店員としてお客さんに気まずい思いをさせてしまったのが申し訳なくて、その前に彼女が話していたお嬢様言葉(仮)に対して拙く『テンキュー!』と返してしまったことも猛省している。

あまり聞き馴染みのない言葉の羅列だったが、きっと上品な言葉遣いだったのだろう。特に『朕』という一人称は、偉い人が使うようなモノだった気がする。

 

つまり、あの少女はお嬢様だということだ。

 

(はぁ…勉強不足だなぁ。あの娘の言ってる言葉、全然理解出来なかった…多分、パンについて褒めてくれたんだけどなぁ)

 

そもそも、何で自分は明らかな日本語に対して『テンキュー』と返したのか。いくら戸惑っていたとしても、日本語と英語の区別くらいはつく。これなら、まだ『エクマザクトマン(それな!)』と答えた方がマシだ。それ以外にも、もっと上手い返事はあった筈だ。

 

 

まず前提の話だが、沙綾が()()()()で少女に浮かべたイメージは『人見知り』だ。

高身長に広い肩幅、溢れ出る筋肉を纏った男性の後ろに隠れる少女は大人しい雰囲気を醸し出していた。その上、巨漢が離れるまで一言も発しない徹底さ。沙綾でなくとも人見知りだと思うに違いない。

 

だがそれも、数分で崩れた。

 

沙綾が男の人が離れた隙に話し掛けたら、帰ってきた言葉は流暢。吃りもしなければ、声も小さくないし早口でもない。人見知りなイメージは一瞬で消え去った。

 

それが一番の要因だったのだろう。

 

幾らでコミュニケーション能力に長けた沙綾でも、相手のイメージが根幹から崩れ去った瞬間は頭が真っ白になる。

 

 

(…どうしよう。追いかけて謝る?…う〜、逆に迷惑だよね。でもモヤモヤする…!……うん、よしっ!追いかけよう!ちゃんと話せば、きっと仲良くなれるよね!)

 

少しの間、店を空ける事になるのは申し訳ないと思う。でも店奥に居る父親を呼べば短時間くらいなら店番を代わってくれるだろうし、何よりもお客さんに不快な思いをさせたまま帰って欲しくない。

 

取り敢えず父親を呼ぼうとしたら――

 

「あの、すみません…」

 

「ひゃっ!?」

 

野太く、地の底まで届きそうな声が斜め上から聞こえた。驚きのあまり変な声が出てしまう。

 

「………」

 

「あっ、すみません!お会計ですよね?」

 

少女と共に来店していた巨漢について完全に忘れていた。彼の持つトレーの上には、犇めく筋肉とは不似合いなスイーツ系のパンが複数個乗せられている。

手早くレジへ向かい、受け取ったトレー上のパンを紙袋へと移す。

 

「お会計、620円になります」

 

「……丁度で」

 

(…あれ?あの娘から受け取った1万円札、使わないんだ。やっぱり返すのかな?)

 

あの娘と彼の関係は知らないが、友人関係や親子では無いということくらいは解る。多分、お嬢様とボディーガードとかなのだろう。

そうでなければ、この以上発達した筋肉が意味不明だ。どの格闘技に対しても真正面から打ち勝てそうだ。一人だけ画風が違う気もするし、やっぱりあの娘の護衛なのだろう。

 

「ご来店ありがとうございました!」

 

会計を終えた男の人は、早足で店を後にした。

 

 

 

また静かになった店内で沙綾は小さく溜息をこぼす。

お嬢様と話すのも緊張するが、肩幅だけでも自分の倍はありそうな巨漢と話すのも疲れる。大して言葉を交わしてもいないが、やはり緊張は拭えない。

 

友人でありお嬢様でもある弦巻こころと話す分には気軽なのだが、彼女は少々特殊だ。通常の『お嬢様像』とは掛け離れている。

 

「不思議な二人組だったなぁ……あっ、そうだ!あの娘に謝らないといけないんだった!」

 

 

駆け足で店を出たが、もう少女は見当たらなかった。

 

 

 

◆◆◆オマケ◆◆◆

 

同僚「あの、すんません…」

 

沙綾「ひゃっ!?」

 

同僚(デジャビュ…)

 

 

年下女子に話し掛けると悲鳴をあげられる成人男性(二十歳)。老けてる…もとい、渋い見た目だなら仕方ないね!JOJOと刃牙と北斗の拳を足したようなハイブリッドです。

 

 





洒落たことを言いたい。

尚、語彙力皆無なので無理な模様。龍玉を集めて語彙力と文章力と表現力を貰うんだ。三つまでは叶えてくれるらしいし!


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悪魔との出会い


投稿を再開してから、また一週間以上放置してた作者がいるってマジ?…はい、ワタクシで御座います。



 

 

――休日。

 

それは自由でフリーなリベルタの日。寝るも良し、外出するも良し。休み、故に誰にも文句を言う権利はない。

 

会社の同僚が筋トレ日和にする様に、ドエーム先輩が身体に荒縄を巻く様に、腐乱系の先輩がBなLの本を嗜む様に―――休日とは自由なのだ。

だが其れ故に、どのように時間を有用に活用するかによって、その日の満足度は天と地ほどの差が出来る。

 

例えば、一日を寝て過ごすとしよう。

 

寝たのは昨日の夜。でも二度寝三度寝を繰り返した挙句、時計を見たら夕方を差していた。この時、きっと君達はこう思う。『ああ、無駄に過ごしたなぁ…』と。

 

何も、全員が同じ価値観だとは言わない。其れを押し付けるだなんて以ての外だ。

 

だが多半数はこう思ってるのもまた事実。人間とは日々を怠惰に過ごしながらも、こと日常生活に有り触れている『無駄』を嫌う。

きっと、理屈では無いのだ。自分が何に満足して、何に不満を抱くのか。その日のコンディションよる、とも言える。お腹が痛いから腹痛薬を飲む。じゃあ初めから腹痛を起こしたくないから、と言って最初から薬を飲む訳では無い。逆も然り。

 

先程の例を再利用するとしたら、一日を寝て過ごしたら『無駄』と断言する人もいる。だが、前日までに物凄く疲労が溜まっていて、その分を寝て過ごしたとしたら、きっとそれは有意義な時間なのだろう。

価値観は人によって異なる。然れども、その個人個人でも日や状況、状態によって答えが異なる。

 

 

長々と語ったけど、つまる話――

 

「休日、ヒマ〜!」

 

選択肢が多ければ多いほど、逆にやる気が削がれるという事だ。

 

「あー、暇。本当に暇。暇、暇、暇。ヒマワリに負けないくらい暇。…けど、動きたくない。外に出たくないし、そもそも着替えるのも億劫。……ひま」

 

暇人と化した僕。言葉では暇だのやる事ないだのとほざきながらも、全く行動に移さない。いや、移せないんだ。布団が僕を掴んで離さない。まるで蟻地獄だ。

 

暇をクラッシュしたいと考えてる反面、温もりを含む布団から出たくないと駄々をこねる僕もいる。

もしや、布団メーカーの陰謀なのか?中毒性を孕む温もりで人々を布団に閉じ込め、外に出さない作戦なのか?そーだ、そうに違いない。じゃなければ、勤勉の鬼と知られる僕が布団から出られないだなんて有り得ないんだ。

 

「おのれ布団メーカー…」

 

きっかり8時間も寝た僕には、もう眠気など欠片も残っていない。

 

故に暇なんだ。

 

「……お腹空いた」

 

動く気力は皆無だけど、それでもお腹が空くのはどうしてだろうか。僕の内蔵バッテリーは劣化してるのか?いや、ロボじゃないけど。バッテリーなんて内蔵してないけど。

 

よろよろと立ち上がり、冷蔵庫を開けるが…

 

「…昨日の僕よ、何で買い足ししておかなかったんだよ。小麦粉と以下調味料諸々で何を作れと…?」

 

せめて卵は最低限欲しかった。

 

腹は減るが、食材はない。つまり、外出しないといけない。たかが近所のスーパーに行くだけなのに、風呂に入ったり着替えたりするのは、どうにも億劫だ。

ブツブツと昨日の僕に怨恨を送りながら、手早くシャワーを浴びて出掛ける準備をした。

 

適当なパーカーと適当なジーンズ。適当なトートバッグを装備した。

 

外に出ると、眩い日差しが僕の体を焼いた。僕が長男だったから耐えられたけど、次男だったら溶けてたね。ちなみに一人っ子です。中学生の時に意味も分からず両親に『妹が欲しい!』って言ってしまった黒歴史を持つ一人っ子です。僕が女騎士だったらくっ殺してたね。

 

照りつける日差し――と表現するには些か照りが足りないけど、眩しさだけなら十二分。

 

 

時刻は昼前。

 

車や電車の騒音に目を瞑れば、鳥の囀りや小川の粼が聴こえて……来ねぇや。鴉の煩わしい鳴き声と用水路のジャブジャブ音くらいだ。現代日本の悲しいところだね。

 

お散歩気分で歩いていると、通りすがる人々の会話も自然と耳に入る。

 

隈が濃いサラリーマン男性曰く、サービス残業なんて当たり前。三徹明けからが本番。エナジードリンクが恋人です。

 

厚化粧のキャリアウーマン曰く、誰が御局様だ。ゆとり世代は碌に仕事も出来ないのにほざいてんじゃねえよ。

 

元気いっぱい男子小学生曰く、諸行無常。こと世の中に置いて、『同一』など一瞬たりとも有り得ぬ。人、物、空。総じて『変化』には抗えるのだ。

 

…最後の小学生くん?元気いっぱいに何を悟ったの?お父さんの御本にでも影響されたのかな。

 

――そんな騒音入り混じる道に、()()()()()()()()()()()()()

 

「おねーちゃん!あの男の子、すっごくるんっ!ってくるね!あれは男の子…いや!男の娘だね!!」

 

「…?日菜、あの娘は女の子でしょう?その間違いは失礼に値するわ」

 

「えー?男の娘だと思うんだけどなぁ〜。なんて言うのかな?すっごく女の子っぽいけど、骨格?見たいなのが仄かに男の子なんだよね。ほら、るんってするし!」

 

「…その独特な感性で私が納得するわけないでしょう?そもそも、実際はどうであれ、私達には関係の無いことよ」

 

…なんだろう。めっちゃくちゃ視線を感じる。横目には気狂いの如く水色髪の姉妹が映っていた。なんて髪の色だ…驚くを通り越して慄いた。いや、そもそもピンク髪が存在する時点で発狂モノだけど。

 

この街はカラーギャングでも存在するのかもしれない。そうなると、あの水色姉妹は『青』のカラーギャングに属する双子の悪魔的なやつか?蒼血のツインデビルって名乗ってそう。

 

「おーい!」

 

そんな事は置いといて、今日の昼飯兼朝飯は何にしようか。昼間っから手の込んだ料理をするのは億劫だし、適当な麺類で片付けたいところだ。

そうなると、素麺か焼きそば。袋ラーメンに卵を入れるのも美味しそうだ。

 

「おーい、聞こえてるー?」

 

「ちょっと日菜、他所様に迷惑をかけないで!」

 

どうせ袋ラーメンにするなら、お惣菜のチャーシューも乗せたいことろだ。モヤシとかキャベツをごま油で炒めたヤツも乗せたい。……うん、やっぱりラーメンだ。僕の空腹を満たせるのは袋ラーメンしかない。

 

袋ラーメンほど簡易に出来て、その上アレンジも容易いのは他に無いと思った。流石ラーメン。某ラーメン男はブロッケン男をラーメンにして食べたっていう逸話もある。どーゆーことやねん。

 

「…むっ、これは所謂完全無視ってやつ?ムムム〜!こうなったら…日菜ちゃんホールド!!」

 

「あっ、コラ!!」

 

「ぐぶぇぅ!?」

 

悲報、背骨が折れました。

 

実際は折れてないけど、甚大な被害が出ております。まるで筋肉ダルマに背中をラリアットされた様な…ごめんよ、ラーメンティウス。どうやら、君の元には辿り着けそうにないよ。

……ついカエルが潰れるような声を出してしまったけど、せめて叶うのであれば…もっとカッコイイ声を吐き出したかったものだ。または動じないフィジカルが欲しい。

 

「…だ、誰…?」

 

「あっ!やっと反応した〜!無視するなんて酷いよー?」

 

か弱き僕の背骨を攻撃したのは、水色の悪魔だった。人の背骨を折かけてこの笑顔…サイコパスかな?警察って110番だっけ?いや、119番だった気もする。ちなみに177番は天気予報。

 

「人の背骨を駆動範囲外に曲げといて…酷いのはどっちだよ…」

 

「あははー、どっちだろーね?」

 

「……生まれて初めて、年下女子を殴り倒したいと思ったよ」

 

このクソガキはナメてるのか?お兄さんがもっと筋肉質で高身長だったら、"わからせ"の薄い本になってるところだったな。…はい、そんな度胸も気力もありませんけど。どーせチキンボーイなサクランボーイですけど!チキンとサクランボって…ゲテモノかよ。

 

「い、妹がすみません!」

 

もうひとり みずいろ が あらわれた !!

 

何か凄く姉感が凄い。凄く凄いのです。あれはベテラン姉だな。きっと進研ゼミで姉について学んだのだろう。またはベネッセ。

そのくらい姉々しい。…また新たな造語が生まれてしまった。某青鳥アプリで広めて流行語大賞にでもなろうか。使う場面は酷く限られてるけど。

 

それは兎も角――

 

「…わぁ、超変人ちゃんのマトモ成分を全て吸い取っとかの如くマトモだぁ…!」

 

「こらこら、誰が超変人ちゃんかな?」

 

「えっ……お姉さん、あなたの妹さんは自身すら理解出来てませんよ?精神科とか紹介します?」

 

「あははっ!ぶっ転がすよ?」

 

このクソガキ…!寛大な僕だって怒る時は怒るんだからな!!二〜三言くらい交わしたけど、残念ながら僕と彼女は壊滅的に性格が合わないらしい。

取り敢えず泣かせたい。大人気なく泣かせて、勝ち誇りたい。そして泣きっ面に蜂をぶち込みたい所存。

 

「日菜!迷惑を掛けたんだから謝りなさい!」

 

姉って言うよりもお母さん感もあるな。この人…ハイブリットか…!?

 

「えー、でもおねーちゃん。コイツ、すっごく生意気だよ?」

 

「初対面の方に"コイツ"っていうのも止めなさい」

 

「生意気なのはどっちだよ。年上には敬語を使うって習わなかった?このアンポンタン!」

 

「年上…?何処の誰が?」

 

「目の前に居る高身長かつ筋肉質な凛々しい漢」

 

「おねーちゃん、この子…眼科に連れて行かない?鏡すら見えてないよ!!」

 

「HAHAHA!ぶっ転がすぞ?」

 

ほーら、お姉さんが頭を抱え始めたよ。不出来な妹を持つと疲れるらしい。これには流石に同情した。

僕と青髪妹が睨み合ってると、青髪姉が溜息をつく。一種のピタゴラスイッチかな。なお、成功するかは確率によります。

 

「「ぐぬぬぬぅ〜!」」

 

「……私、先に帰ります」

 

「えっ、ちょ!おねーちゃん!?」

 

お姉さんは疲れた表情を浮かべて、踵を返した。これには妹も驚きを隠せない。やーい、見限られてやんの。取り敢えずざまーみろと満面の笑みで告げたいところだけど…

 

「お姉さん!帰るならこのガイジちゃんも持って帰ってよ!?こんなの捨てて帰るだなんて、環境汚染にも等しいですから!」

 

「な・ん・だ・と〜!」

 

「おっとっと、つい本音が…」

 

「オーケー、オーケー。ちょっと()()()()しようか。おねーちゃん、先に帰ってて♪」

 

「……あまり、公衆の面前で変なことはしないでちょうだい。貴女はただでさえ、目立つ立場なんだから」

 

「わかってらーい!あたしだって馬鹿じゃないもんね〜」

 

「馬鹿はみんな、馬鹿じゃないって言うんだよね。あぁ、他意はないよ?ただの知識垂れ流しお兄さんになっただけだから、気にせんといて」

 

「不確定な事象について説明する時は『諸説あります』って付け加えないとね。じゃないと、あたしをバカだって言ってるようなものだよ?」

 

「そう言ってるんだよなぁ」

 

「何だとこんにゃろー!」

 

水色妹と睨み合っていると、いつの間にかお姉さんが居なくなっていた。呆れて帰ったのだろう。この愚妹を置いて帰るとは、中々の魂胆だ。

 

さて、まず初めに言っておくけど…僕は女の子と話すのが苦手だ。昨日の茶髪店員さん然り、一昨日のピンク髪少女然り。返事応答に関しては問題は無いと信じたいけど、そもそも話題作り自体が苦手だ。話す内容があれば話せるのに、なんと不幸なことか。慣れないことをするから頭が真白ホワイトなビアンコだ。

 

「………」

 

はい、毎度の如く気まずいです。

 

いやね?さっきまで普通に話してたじゃんって思うでしょ?僕も思う。でも何故か、一瞬でも間が空いたら話しずらくなるんよねぇ。ふっしぎー。

 

「……よし、解散で!」

 

「帰さないよ?」

 

なんでやねん。

 

「どーして自然に帰ろうとするかなぁ。君のせいであたしまで暇になったんだよ?おねーちゃんには置いて行かれたし!君にはあたしの暇を潰す義務があります!!」

 

「そんな義務、泥水で洗ってからクーリングオフしてやる!そもそも、そっちがいきなり体当たりしてくるからじゃん」

 

「話しかけても無視するからじゃん」

 

無視するとか依然に、ラーメンに想いを馳せていた僕に雑音が届くとでも思っているのだろうか。

 

「それで、君の名前は?」

 

「どこから派生して"それで"が発生した?……柏木遊兎。遊ぶ兎で"ゆう"です」

 

「へぇー、あたしは氷川日菜だよ。親愛と尊敬を込めて日菜ちゃんって呼んでね♪」

 

「軽蔑と嫌悪を込めて氷川さんって呼ぶね♪」

 

「性格悪いなー」

 

仏とまで呼ばれたこの僕が性格悪い?不思議なことを言うものだ。頭の中まで蛍光色なのかな。

 

「じゃああたしは遊兎くんって呼べばいい?」

 

「さんをつけろよデコ助野郎!」

 

「急にどうした!?」

 

「…いや、言わないといけない気がして。って言うかさ、年上は敬おうよ。僕、としうーえ。君、とししーた。オーケー?」

 

「のっとおーけー」

 

「ほら、免許証」

 

免許証とはなんと便利なのだろうか。たかがカード如きと侮ることなかれ、それ一枚で身分の証明が容易く出来る。免許証万歳。免許証を崇めよ。

 

氷川さんの目の前に免許証を翳す。それはもう、水戸黄門のごとく翳した。

 

「…あのね。免許証の偽造は犯罪だよ?偽造した運転免許証を使用した場合とか、偽造公文書行使罪として免許証を偽造した場合は有印公文書偽造罪として、1年以上10年以下の懲役なんだよ?刑法第155条1項、2項とかだったっけ」

 

「モノホンだよコノヤロウ!」

 

「野郎じゃないんですけど」

 

何を言うか、この女は。善良な一般市民たる僕が、免許証の偽造なんてするわけが無いだろ。この純粋に煌めく瞳が見えないのか。人類の善性を受け持った僕が犯罪なんてするわけが無い。

 

「うーん、不毛。これ以上は平行線上じゃない?」

 

「僕の善性を信じようよ…」

 

「優しい嘘ってやつ?」

 

「飽くまでも嘘だと決めつけるか!寛大な僕だって怒るんだぞ!!」

 

「いや、出会った瞬間から割と怒ってたよ」

 

出会い方の問題だよ。出会い頭に空中キャメルクラッチを喰らって笑顔なヤツは、単なるサイコパスか仏さんだけだ。

 

 

こうして、僕の平和な休日は崩れ去った。

 

 





感想や評価、誤字報告ありがとうございます!

ホーム画面に戻るとね?誤字報告が複数来とるんよ。己の日本語力を疑うね!もしや、私は米国人だった…?


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ひーまー


前回のあらすじ。

蒼血のツインデビルが襲来した。そして姉蒼が妹蒼を置いて帰った。意味の理解は無謀に等しい。



 

姉々しい氷川お姉さんが帰ったあと、何故か僕と生意気氷川妹が残された。

 

つい十分前まではラーメンに思いを馳せていた筈なのに、今は精神的に疲労困憊だ。精神が疲労骨折しちゃうよ。

……っていうか、氷川さんめ。どこまで着いてくるつもりだ?走っても駆けても瞬歩してもピッタリと後ろに着いて来やがります。新手の妖怪かな?

 

「…………」

 

「遊兎くん、あーほーぼー?ひーまー!暇暇暇暇、ひぃーまぁー!!」

 

「じゃあ帰ったら?あ、交番の場所教えてあげる?なーんて、交番に行ったら捕まっちゃうかぁ。あと、さん付けろよデコ助」

 

「あはは、過激な冗談だなー」

 

何を言うか、この問題児め。僕の背骨を折りかけておいて、どうして平然と遊ぼうと出来るのか。ってか、男子校出身で自分の外見以外には女っ気ない生活を送ってきた僕が花の現女子高生と遊べるとでも?

はぁ?誰が外見中学二年生女子だよ。……まあ、僕を女の子と間違ってないのは唯一評価してやろう。ピカピカのギザ十でもあげようかな。鏡面みたいに磨いたヤツ。

 

「それで、遊兎(ゆう)くんは何処中学なの?」

 

「絶賛御怒り中だよ?」

 

「学が消えてるよ?あ、別に学も教養もない馬鹿だって言ってる訳じゃないからね!」

 

「ははっ、氷川さんに言われるまで思いもしなかったっての。喧嘩売ってるなら良い値で買うぞコンニャロー!!」

 

「え、沸点低っ…あと野郎じゃないから。どっちかと言えば女郎だからね」

 

前言撤回、誰が中学生か。こんなクソガキにはピカピカのギザ十なんてお宝は絶対にあげないぞ。磨くのに結構時間かかったんだし。

 

まったく、こんな問題児を置いていくだなんてお姉さんの正気を疑う。真面目っぽいのに、流石は髪を青く染めてるカラーギャグだ。胸のデカイピンクさんを見習って欲しいものだ。

氷川姉妹は絶対に蒼血のツインデビルとか呼ばれてる。むしろ、僕が広めてあげるのも吝かではない。

 

「むむむ〜?なーんか、失礼な事を考えてるでしょ」

 

「滅相もない。蒼血のツインデビルの名を世に知らしめてやろうと画作してるだけさ。青い鳥と赤い再生ボタン、どっちがいい?個人的には前者がオススメ」

 

「Twit○erもYouTu○eも却下だよ?っていうか、何その厨二病的な名付けセンス。あんまり、るんって来ないかも」

 

「ぐふぉっ!?……ちゅ、厨二病じゃあらへんしぃ…そ、そんなのは遠い過去に捨ててきたんですしぃ?今更掘り返しても、ももももう土の栄養分としてバクテリアに分解されてるしぃ!?」

 

「効果抜群!?可愛い顔が冷や汗まみれになってるよ!?」

 

こんのぉ…蒼血のツインデビルめ!僕の過去まで踏み込んでくるとは、恐ろしいヤツだ。一年前までの僕なら、この禍々しい言霊にボッコボコにされてたね。

でも、僕は負けない!沢山の友を失ったんだ……女子高生に本意気で怯えられた同僚。仕事帰りにお巡りさんに職質された同僚に、吃り過ぎてパンも碌に買えない同僚。

 

全部同僚じゃん。僕はあの筋肉ダルマが傷付いても憐れむだけだし。つまり、辛くも厨二病卒業から成長出来てないから、氷川さんの言葉は僕に死ぬほど効く。

 

「………グスン」

 

「なんか泣きだした……感受性豊かだね」

 

「誰が情緒不安定だ!」

 

「言ってないね」

 

「だ、誰が嘘吐き遊兎だ!金輪際二度と絶対に何があってもその名前で呼ぶな!!」

 

「だから言ってないよ。っていうか、嘘吐き遊兎って呼ばれてたんだ」

 

「違います人違いです」

 

「わぁ、ホントーに情緒不安定なんだね」

 

やめて。不視透明(アンタッチャブル)なcoltelloで僕のheartを滅多刺しにするのはやめて。ピンク家族に袖を伸ばされたのと同じくらい傷付くから。

と言うか、嘘吐き遊兎なんて呼ばれてないし。三割虚言の遊兎とは呼ばれてたけど、嘘吐きではないし。

 

「遊兎くん、お菓子いる?」

 

「わー、ほーら見たことか。偶にいるんですよねぇ、子供には取り敢えず菓子類でも投げとけばいいとか考える浅はか野郎が。はぁ?誰が子供だよ。ぶっ飛ばすぞ」

 

「野郎じゃないって。それに、子供じゃなくてもお菓子は食べるでしょ!ってか、あたし一言も遊兎くんを子供だって言ってないし」

 

「けっ、誘導尋問が趣味ってか?」

 

「やさぐれすぎでしょ。過大評価で被害妄想だよ、それ。無差別な反骨精神に見境って言葉を教えてあげなよ」

 

「はいはい、どーせ全部僕が悪いんだよ。つまり連帯責任で君も同罪だね」

 

「自己嫌悪に陥ったと見せかけて死なば諸共根性の自爆テロやめて?」

 

此奴……もしや呆れツッコミを生業としてるタイプか?同僚が面倒臭がってコンビニで買ったフランクフルトを僕の口に突っ込む程の戯言を、全て斬り伏せた。

 

天然ボケだと思ってたんだけどなぁ…人の内面ってのは分からないものだ。僕がこんな外見でも中身は超絶大人びたハイパー好青年であるように、氷川妹さんも内心では世の中における全て事象にツッコミを入れているに違いない。

 

「あははっ、遊兎くんっておもしろいなー!あたしの周りには居ないタイプのお友達かも♪」

 

「うん、僕の周りにも明確なツッコミ役なんて居なかったから新鮮だよ。あと、さんをつけろよデコ助女郎」

 

「あっはは、こーんなに噛み合わない子っているんだね!持ち帰ってもいいかな?」

 

「やめて。捕まるよ、僕が」

 

「独特な思考回路だね〜」

 

二十歳のダンディー青年が女子高生の家に行けるわけがないだろうに。上原さん家は知らん。寧ろ僕が拉致されたんだし、無効だ。

てか、ご飯を食べに行っただけだし寧ろ健全でしょ。六個のメロンは知らない。アレは勝手に目に入ってきたんだ。

 

「で、お菓子は?」

 

「結局欲しがるんだね。カバンの中には……歌舞伎揚げとイカの姿フライ!あとは蒲焼さん太郎だね」

 

「女子高生にしては渋いなぁ。じゃあカバンの中にあるイカの姿フライを全て出しなさい。疾く早く、ほらジャンプして。まだ隠してるだろ」

 

「カツアゲかな?まー、別にいいけど。ほらほら!たんとお食べなさいな」

 

イカの姿フライを備えているとは、中々に見込みがあるね。別に何を置いても大好きとは言わないけど、菓子類の中ではトップクラスに好きだ。甘い物より煎餅とかの方が好きだし。

 

カバンの中から数袋のイカの姿フライを取り出す氷川さん。ん?そもそも、なんでこの人は駄菓子をカバンに入れてんの?

まー、変人の考えることは想像出来るモノじゃないし。氷川さん程になればポケットに泥団子とか電球とかペットボトルのキャップとか入れてても全然おかしくない。

 

「遊兎くん、遊兎くん」

 

「さんをつけろよデコ助女郎」

 

「遊兎くんって何してたの?急に声掛けちゃったけど、何か用事とかあったんじゃないの?」

 

「あー、なんだっけ。確か……あ、思い出した。お腹空いたからテキトーに材料買いに来たんだ。袋ラーメンに色々と乗せようとしてたんだっけ」

 

「へぇー」

 

「聞いといて興味なしかぁ……イカの姿フライをくれてなければ顔面に缶ジュースぶっかけてたね」

 

「ファインプレーだったねー。あげたって言うよりも根刮ぎ奪われたんだけどね」

 

「へぇー」

 

「奪った本人が無興味でキョトンとしてるし」

 

奪われただなんて大変だ。世の中にはおっそろしい人がいるもんね。蒼血のツインデビルとか、女子高生に慟哭されて泣く巨漢とか、二十歳の青年を無理やり誘拐するビックむーねのピンクちゃんとか。

 

怖いなぁ。

 

 

 

この後も氷川妹さんは日が暮れるまで僕に付いて来た。……まさかラーメン三郎まで来るとは。僕のお気に入りヤサイマシマシカラメマシアブラスクナメニンニクスクナメを食べきってた。素直に尊敬するね。

 

ラーメン友として某トークアプリのIDを交換した。またラーメン食べる時は誘おう。

 

――――――――――――――――――

 

るんっ!ときた。

 

あたしの感性は、お姉ちゃんが言うには『独特で理解に苦しむ』らしい。別に理解も理論も理由もないし、なんだったら小学一年生の勉強よりも余っ程簡単だと思うのに。

 

本能、と言うほど野性味は帯びてないけど。直感みたいなものだ。

この感覚に従うと、楽しい事が起こるし大好きな人にも会える。あたしは『わからないこと』が大好きで、るんっとするのはいつだって『わからないこと』だ。

 

Pastel*Palettesのみんなは個性的だし、あたしに『わからないこと』を見せてくれる。るんっ♪とするんだ。

 

そんな意味では、柏木遊兎くんを一目見たときから溢れ出たるんっ!は正しい感性だったのだと自分でも感心した。

最初は可愛い男の子……ううん、男の娘がいるなーってだけだった。言ってしまえば、その程度の認識でしかなかった。

 

 

――とっても面白い子だった。

 

ちょっと毒舌でジョークの重い子だったけど、あたしの周りにはいないタイプだ。

 

 

 

最後の最後まで通ってる中学校は教えてくれなかったけど、あの子とのウィットに全振りした意味のない会話はあたしに『暇』を寄せ付けなかった。

情緒不安定だし、何故かあたしを年下だと勘違いしている節はあるけど。それも含めて遊兎くんはサイコーだ。

 

ただ一つだけ言わせて欲しいのは……あの子、めちゃくちゃ食べるね。

 

一緒にラーメン三郎に行ったんだけど、よく分からない世界だった。だから遊兎くんと同じのを注文した。そしたら『山』が出てきたね。

いや…無理して全部たべたけどね?でも、たっくさんのイカの姿フライを食べた後に余裕でアレを食べきった遊兎くんは異常だと思う。

 

目測で150未満っぽい身長なのに、なんであんなに入るのか。うんっ、これも『わからないこと』だね♪

 

連絡先も交換したし、出歩く服装とか道の詳しさとかで推理するに家もこの辺だと思う。会おうと思えばいつでも会えるって、とってもるんってするね!

 

 

そんなことをお姉ちゃんに熱弁して、ちょっぴり怒られた。まだ四回目だったのに。

 







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再会


一人称視点から三人称視点に。

こっちの方が慣れてて書きやすかったり。


 

――ある日の出来事。

 

童女顔低身長こと柏木遊兎が氷川日菜に絡まれた日から数日が経ち、また休日が巡ってきた。何事もない日常が淡々と過ぎ、巨漢同僚の耳から某ピンクの少女の悲鳴と罵倒が離れきった頃。

 

「あっ!」

 

「………げっ」

 

遊兎の口から苦々しい声が漏れる。

 

借りているアパートの個室から、財布と携帯端末のみを持って外出してから数十分。休日を利用してリサイクルショップでも漁ろうかと画作してた遊兎が出会したのは、良くも悪くも遊兎の心象に深く刻み込まれた人物だった。

澄んで透き通った芽吹色の瞳に、見るものに深く印象付ける桃色の頭髪。

 

初めて会ってから二週間は経っただろうか。其れでも一目で記憶を掘り起こすのは、やはり彼女の活発且つお人好しな性格故か、若しくは特徴的に発達した女性的体つきか。

 

「遊兎ちゃん!」

 

「ヒッ、ヒトチガイデス」

 

「久し振り〜!何処かにお出かけ?あ、そう言えば今日ってこの後に雨降るらしいよ!見た感じ傘持ってないけど……折りたたみ傘もないよね?」

 

「………持ってない…です」

 

「そっかー。あ、そうだ!また私のお家においでよ♪雲行きも怪しいし、雨宿りできるよ!あと敬語はいらないよ?」

 

「あー、すんませんです。この後は用事があるから…」

 

咄嗟に、遊兎の口から嘘が吐き出される。元より暇で、時間が余ってるからこそリサイクルショップで暇を潰そうとしていた身。

然しだからと言って二十歳の青年が意気揚々と女子高生の家に遊びに行くだなんて、少なくとも女性という生命体とのコミュニケーションに乏しい遊兎には無理だ。

 

それに加え、何度も否定し訂正したとは言え、まだ上原ひまりは遊兎を中学二年生女子と勘違いしているのだ。

続けての訂正は不毛であると判断し、ならばもう関わりを持つべきではないと決心している。

 

「……用事?………それって、あの男の人と…」

 

「え?…あー、うん。ソーダヨー」

 

一方で、ひまりが浮かべるのは筋肉質な巨漢だ。少女は無論知る由もないが、遊兎の同僚こと東堂(とうどう)(りょう)は目の前の人物と同年齢であり、彼女の妄想する()()()()()ではない。

 

だが逞しい妄想力によって故事付けたモノが、二週間の間に解消される訳もなく。

 

「………だめ」

 

「え?」

 

「絶対だめ!遊兎ちゃんはこれから、私の家に来るの!あんな人と会ったら駄目なんだから!!」

 

「あの…上原さん?」

 

「――分かった。もう遊兎ちゃんの言うことなんて聞いてあげない!私が勝手に遊兎ちゃんを…引き摺ってでも家に連れて行くんだから!!」

 

「えっ、ちょっ!また袖を引っ張らないで!?伸びる!袖が伸びるからあぁぁ!?」

 

怪しい空の雲行きを言い訳にして、少女は己の我儘に従う。きっと、相対する人物の気まずそうな表情は()()()()()()が良くない事なのだと分かっているからだろう、とひまりは解釈する。

 

ひまりの頭に浮かぶのは、二週間前に初めて会った遊兎が言っていた言葉――『ご飯食べたかったから』。巨漢に体を売るのはご飯を食べるためであり、命を繋ぐために。

身も心も削って、足掻いているのだろうと。そう、ひまりは認識しているのだ。無論、事実とは異なるのだが。

 

パラパラと降り始める雨に急かされて、ひまりは更に強く遊兎の()を引いた。

 

―――――――――――――――――――

 

「うぅ〜、間に合わなかったね…」

 

「…………」

 

「雨、激しいね。すっごく濡れちゃった…お母さんもお姉ちゃんも居ないし。待っててね、タオル取ってくるから!」

 

「あ、うん……はぁ」

 

洗面所に入って行く少女を見送り、遊兎は深く深く溜息を零した。もう二度と来る筈ではなかった上原家。色々と修復不能な爪痕(勘違い)を残したまま、今に至っているのだ。憂鬱にもなってしまう。

 

「…………よしっ、逃げよう!」

 

まだ少女が戻って来る気配はない。

 

逃げるのであれば今の内だろう。幸い、ドアの形状からして閉じたり開いたりした際に極端に大きい音が鳴る仕様ではない。

慎重を心がければ、下手を打たない限りは見つからずに外には出れるだろう。

 

「お邪魔しましたー」

 

小声での挨拶を残して、遊兎はそっと上原家から脱出した。

 

 

 

 

そして数分後に無事捕まった。

 

「ねえ、どうして逃げるの?……遊兎ちゃん、私はあの男の人と違って遊兎ちゃんを傷付けないよ…?」

 

「ひぇっ…」

 

「……ね、一緒にご飯食べよ?私…ちゃんと遊兎ちゃんに寄り添うから!お願いだから…私を拒絶しないで……そんな寂しいこと…しないでよ……ッ」

 

「あっ、えっと…ち、違くて…」

 

困惑と焦燥の混ざった色は綺麗だった芽吹色の瞳を濁らせる。追い付くまでの道程を見なくとも、彼女の心情を察するのは容易い。

 

遊兎には()()()()()。どうして、たった二度しか会っていない自分にここまで執着するのか。遊兎が学生だった頃に同じようなシチュエーションになったとしても、ここまで相手に干渉したりはしない。

分からないから、彼女に対して恐怖心にも似た感情を覚えてしまった。内面では気の強い彼には不似合いの感情が。

 

「そ、そうじゃなくて……あ、アレだよ!上原さんに迷惑をかけるのは心苦しいなーって思いまして!」

 

「…思わないよ。遊兎ちゃんは大切な…とっても大切なお友達だものっ」

 

「う、ウレシイナー」

 

「体冷えちゃうから、お家に戻ろうよ。風邪引いちゃうし…ご飯も作るから、一緒に食べるよね?」

 

「あっはい」

 

残念ながら、ここで断るほどの度胸を遊兎は持ち合わせてはいない。恐怖心を硬い微笑で誤魔化しながら、遊兎はまた袖を伸ばされた。

 

家の中に引き摺られてから、遊兎は真っ先に風呂場に放り込まれた。洗濯機に入れられた服の代わりに渡されたのは、彼女が数年前まで使用していたけれども、勿体なくて捨てれなかった兎のぬいぐるみパジャマだ。

大凡の二十歳の男がするような格好ではないが、もうここまで来て自分の性別と歳を再度説明しても無駄だと悟った遊兎は、小さく涙を流して兎のぬいぐるみパジャマを受け入れた。

 

 

 

遊兎が寒さとは別の理由で震える体を温水で温めている最中、ひまりは台所に立っていた。

 

母のように手馴れてはいないが、人様に出せる程度の料理ならばひまりにだって出来る。昼時であり、冷蔵庫にも少なくない食材が詰まっている。

ベーコンや卵、鶏胸肉に各野菜。冷凍庫にはミックスベジタブルやいつかの料理で余ったシーフードミックス。乾物のカットワカメや切り干し大根もある。

 

「うーん、どうしようかなー。短時間で作るなら…オムライス?鶏胸肉もあるし、ケチャップライスは具沢山にしよう!後はワカメと中華だしでワカメスープも良いかな」

 

一通りの食材を取り出すと、フライパンの上に適量にカットしたバターを乗せて熱する。香ばしいバターの匂いと鼻歌を混ぜながら、二人分のケチャップライスを完成させ、軽く洗ったフライパンに薄くサラダ油を敷き、キッチンペーパーで塗るように伸ばす。

そのまま十分に熱したことを確認してから、二回に分けて卵を流し、ケチャップライスを包む。

 

そうした作業を洗い物を挟みながら進めていると、リビングのドアが遠慮がちに開かれる。

 

チラリと視線を向けると、期待した以上の光景が広がっていた。白とピンクで編まれた、ゆったりとした全身を包む布地。今は被ってないが、首の後ろには長い耳が付いたフードが隠れている。

遊兎の『兎』という文字に当てて兎のぬいぐるみパジャマを引っ張り出してきたひまりだったが、其れが正解だったと自分自身を褒めたくなる衝動に駆られた。

 

「遊兎ちゃん!」

 

「ふ、風呂…いただきました」

 

「うんっ、遊兎ちゃんの服は乾燥機にかけてるから乾くまでまだまだ掛かっちゃうかも。……それはそうとして、やっぱり可愛い♡遊兎ちゃんは中性的な服が好きっぽいけど、私的にはもっと女の子っぽい格好が似合うと思うな〜♪」

 

「うげっ……か、勘弁して。ホント、精神が削れるから…」

 

「…そっかー、残念だけど無理やり着せられるのは嫌だよね。うん、遊兎ちゃんは遊兎ちゃんの好きな格好をすればいいと思う!あっ、もう少しでご飯出来るから、テレビでも見ながら待っててね」

 

「わかった…」

 

疲れた様子でテレビ前のソファに向かう遊兎を微笑ましく眺めながら、ひまりは料理の仕上げに取り掛かった。

 

 

 

(めっっっっちゃ帰りたい)

 

遊兎が心の中でそう呟くのも、もう何十回目か。テレビに視界を流すが、情報は断片的にしか入ってこない。スカイダイビングしながらバンド演奏をしているヤベー奴らが映ったり、五人組でカラフルな髪色のアイドルバンドがバラエティ番組に出ていたり。

普段ならば多少なりとも興味を引く番組も、やはり今ばかりは頭に入ってこない始末。

 

帰るにしても、今の服装では外には出られない。服が乾くまで待つ必要があり、それもどれくらいかかるものか。

 

遊兎のアパートにある洗濯機の乾燥機能は、服の材質にはよるが、一時間使用しても完全には乾ききらない。

それを基準にするのであれば、最低でも二~三時間は待たないといけないことになる。

 

「遊兎ちゃん、オムライスできたよ〜!」

 

「あ、うん。ありがとう…」

 

所々が薄茶色に焦げたオムハット。無難な細い楕円形をなぞってかけられたケチャップ。手作り感が満載のオムライスは、遊兎の食欲を刺激した。

 

思えば、遊兎が人の手作り料理を食べるのはいつ頃ぶりか。一人暮らしを始めたのはほんの最近だが、実家に住んでいる時も殆ど自分で作って自分で食べていた。

仕事人間の両親は良くも悪くも放任主義であり、遊兎もまたそれに何思わず、むしろ今でも其れが普通であると信じて生きている。

 

だから、例え相手が年下の高校生だったとしても。嬉しいものは嬉しいのだ。

 

「いっただきまーす!」

 

「い、いただきます…」

 

椅子に座り、両手を合わせてから食べ始める。一口二口と食べて、ほんの少しだけ目を見開いた。

 

特段と変わった味付けではない。店で出るような洒落た感じではないし、料理の腕を比べるのであれば遊兎の方が勝っているだろう。

でも、温かい。温度は違う、籠っている何かがあるのだ。愛情とか思い遣りとか、きっと遊兎には形容するのも難しい何かだ。

 

「美味しい?」

 

「……うん、すごく…」

 

「良かった!一応味見はしたけど、味付けって合わない人は合わないからね。私もシイタケはどうにも苦手で…」

 

「好き嫌いは人それぞれだからね。僕も、パクチーとか苦手だし」

 

「あっ、パクチーも好みが極端に別れるよね!好きな人はパクチー満載のパクチーサンドとかにして食べるし、苦手な人はちょぴっとスープに入ってるだけでも嫌がるし」

 

気の置けない会話を通して、遊兎は少しだけ上原ひまりという人物が見えてきた。

 

要するに、空気を読むのが苦手な天然少女なのだ。雰囲気を作る中心、とも言えよう。人を取りまとめるタイプではないが、押されて共に進めるタイプ。

自分に対する執着もまた、彼女なりに何かを成そうとしているのだろうと察せれる。

 

不思議だと思う気持ちは晴れないが、もう善人である彼女に対する恐怖心はなかった。

 

不器用なのに、人を想い行動する性格。そんな友人が遊兎にもいる。一人で突っ走って損をして、友達に支えられる。

彼女もそうなのだろう。強引なところは玉に瑕だが、世の中にはそれで救われる人だって大勢いる。

 

もしも彼女と遊兎が同い年で、同じ学校に通っていたら。きっと男女の枠を超えた親友にもなれただろう。そんな優しい彼女の言葉に短く相槌を打ちながら、遊兎は温かいスープを口に含む。

 

 

その後、服が乾き雨が上がるまでお邪魔した後に、話し疲れて寝てしまったひまりに小さく挨拶を残して家を出た。

 





内面はイキリっ子。
外面は大人しい子。
親しい人の前では毒舌っ子。


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