その後の三人(PARQUET) (_Aster_)
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その後の三人(PARQUET)

 

「……ぷぁ」

「今日は、やけにペースが早いな?」

 

 仕事を終えて家に帰り、いつも通りの晩酌。

 仕事中特に機嫌が悪そうだとかは無かったはずだが、茨木さんの飲むペースはいつものそれより早かった。

 

「まぁね。たまには、ただ酔いたい時もあるってこと」

「そういうものか」

 

 正直、俺は飲酒に良いイメージがない。

 最初で最後の飲酒。

 あれ以来、酒には口をつけてもいない。

 

「伊吹君も、飲む?」

「いや、俺はーー」

「良い思い出がないのは、分かってる。私が介抱したんだし。でも、そろそろお酒の楽しみ方っていうのも知って良いんじゃない?」

「それは……」

 

 まぁ、茨木さんの言う通りだ。

 一度失敗したからといって、それから一生関わらないというのも情けない。

 ……失敗の原因は流石に分かっているようなものだしな。

 

「たまには……つ、付き合ってよ」

 

 子供がわがままを言うように、頬を膨らませる。

 顔が真っ赤なのは、酔っているせいだけではないだろう。

 

「じゃあ、少しだけ」

「ホント? 言い出した私が言うのもなんだけど、無理はしなくても良いから」

「あぁ。流石に同じ過ちは繰り返さない。……はずだ」

 

 あの時の俺は勢いのままに結構な量を飲んでいた。

 量も、ペースも気をつけていれば同じようにはならないはずだ。

 

「じゃあ、私が飲んでるのは……少し強いか。あ、そだ。冷蔵庫に前買った甘めのがあったかも…………あったあった。はい、コレ」

「ありがとう」

「それなら度数も低いし、甘くてジュースみたいだから大丈夫だと思う」

 

 茨木さんから手渡されたのは、フルーツがプリントされた缶。

 ……ん? 俺が前飲んだ缶も、フルーツがプリントされていたような……。

 

「伊吹君が前飲んでたのに比べれば全然大丈夫だってば。私が信頼できないなら……いいけど」

「いや、いただくよ」

 

 カシュ、と子気味いい音が響く。

 俺はそのまま、缶に口をつけた。

 

 この頃、茨木さんの言動は少し変わった。

 意地が悪くなったと言うか、試すような言葉が増えたと言うか……。

 丁度、あのキスをされた後からだ。

 

「どう?」

「……うん、甘い。これくらいなら大丈夫そうだ」

「そ、良かった。ん、はぁっ」

 

 茨木さんも、グラスの焼酎を飲み干す。

 あれで俺のものより度数が高いというのだから驚きだ。

 

「ね、私もそっち少し貰っていい?」

「あぁ。構わないが」

「……アリガト」

 

 缶を手渡す。

 茨木さんは受け取った缶を一度は口元に近づけるが、すぐに手を下ろす。

 そのまま固まってしまった。

 

「? 飲まないのか?」

「……はぁ。まぁ、気付かないか」

「?」

「何でもない。いただきます」

 

 茨木さんがお酒を飲んでいる姿が妙に色気をもつように見えてしまったことは言わない方がいいだろうか。

 

「んっ……ん……ぁっ」

「どうだ?」

「すごく……甘い」

「そんなにか」

 

 そこまで言われると、茨木さんが飲んでいる方も気になる。

 茨木さんが焼酎を美味しそうに飲んでいる姿はよく見れど、俺は試したことが無かった。

 

「俺も、そっち少しだけ貰っていいか?」

「挑戦的だね。大丈夫?」

「少しなら、たぶん」

 

 俺も多少は酔いが回っているのだろうか。

 怖さよりも、好奇心が勝った。

 怖いもの見たさと言うべきか。

 

「わかった……ちょっと待ってて」

 

 そう言うと、茨木さんはグラスを傾ける。

 

「んくっ……ん……ぷっ、はぁぁぁ…………座ってて、いいから」

「?」

 

 言葉を意味を測りかねていると、茨木さんは再び焼酎をグラスへ注ぐ。

 そしてそのグラスをーー飲み干した。

 

「茨木さん?」

 

 声をかけるも、茨木さんは無言のまま立ち上がり俺の方へ近づいてくる。

 そして、俺の前で立ち止まった。

 ソファに膝を乗せ、茨木さんの顔が近づいてくる。

 

「酔ってる……のか?」

 

 トロンとした瞳をして、頬に手が触れる。

 そして、唇を柔らかい感触が襲った。

 

「ん……んっ……」

「ーーっ」

 

 直後に冷たい液体が口内へ入ってくる。

 突然のことに、俺は何が何だか分からなくなっていた。

 

「ふっ……ん……っぁ……」

 

 呼吸も忘れて、渡される液体を飲み下す。

 

「んっ、んん……は、ぁ……」

「ぷ、はっ……い、ばらき、さん……?」

「……リノって呼んで」

「…………、リノ?」

「ッーーん、むっ……」

 

 体が、喉が、熱い。

 再びの感触に、どうリアクションを取っていいかわからずひたすらに硬直してしまう。

 

「ふっ……ぁ……」

「はぁ……はぁ……」

「私も、カナト、って呼んでいい?」

「あぁ……構わないが」

「…………カナ、ト」

 

 名前を呟き、俯く。

 少しの間二人とも動けず、静寂が襲う。

 

 ーー先に限界が来たのは、リノの方だった。

 

「ーーっ、私、もう寝るから!」

 

 パッ、と離れると、俺が声をかける暇もなくリノはテキパキと焼酎とグラスを片付け、階段を登って行ってしまった。

 

「お風呂出たよー、っとと」

「っ、ツバサさん、ごめん」

「あぁ、大丈、夫……?」

 

 急いで駆け上がった階段の先で、城門さんと衝突しそうになる。

 リノは軽く謝罪の言葉を口にすると、すぐに部屋の中へ入ってしまった。

 

「ふぅ。リノ君、妙に急いでいたけど。何かあったのかい?」

「いや。何かあったと言えば……あったな」

「? そういえば、今日は伊吹君も飲んでいるんだね? 珍しい」

「あぁ。誘われてな」

 

 城門さんが立ったまま首を傾げる。

 

「随分飲んだみたいだね。二人とも顔が真っ赤だ」

「そうでも……ないはずなんだが」

 

 顔が赤い原因は、お酒のせいではないだろう。

 

「……リノは、飲み過ぎかもな」

「……んん? もう一度、言ってもらっていい?」

「? 飲み過ぎかも、な」

「その前」

「誘われたから?」

「違う違う! リノ君のこと!」

「リノのこと?」

「……なるほど」

 

 今度は納得したような顔をすると、すぐに考え込んでしまった。

 どうやら、俺が知り得ないところで城門さんを悩ませてしまっていたらしい。

 

「ふーん……何があったのか、大体わかったよ」

 

 城門さんは、ジッとした目でこちらを見るのだった。

 

 

 

「入るぞ」

 

 返事のない部屋のドアを開ける。

 いつも通りベッドには二人の姿があった。

 

「二人とも、朝だ」

「ん……んー?……」

「む、にゃ……逃げないで……」

 

 幸い、度数が低いのと少量だったからか吐いたり寝づらいだとかはなかった。

 今後も気をつけて付き合っていこう。

 

「ボクの……パフェ……」

「んんっ……こ、らぁ……くすぐったい……」

 

 相変わらずリノは城門さんに啄まれていた。

 

「下で待ってるぞ」

「はむはむ……」

「ちょっ、噛むなぁ……カナ、ト助け……!」

 

 少なくともリノは起きたようだし、下で待っていれば良いだろう。

 

 

 

「おはよう」

「おはよう、リノ」

「っ、……」

 

 一足先に降りてきたリノと挨拶を交わす。

 何気なく言ったつもりだが、リノは驚いたように止まってしまった。

 

「リノで……いいんだよな?」

「……ん。そのままで、いい」

 

 良かった。

 昨夜の記憶自体はしっかりと残っているらしい。

 

「んん……おはよぉ」

「あぁ、おはよう城門さん」

 

 城門さんとも、朝の挨拶を交わす。

 目が覚めた様子のリノとは対照的に、城門さんは未だに眠そうであった。

 

「はぁ……今日は一段と大変だったかも」

「あはは、ゴメンゴメン。今日は美味しいスイーツの夢だったんだよ」

「私を食べていい理由にはならないんだけど」

「リノ君は、いい匂いがするからさ」

「…………」

 

 納得のいかない表情で口先を尖らす。

 城門さんのことを嫌いなわけではないだけに、複雑な心情のようだ。

 

「ね、伊吹君」

「うん?」

「リノ君は、いい匂いだろう?」

「あー……」

「カナトは、いいから。答えなくて」

「あぁ、うん」

 

 以前も同じような会話をして、キモがられた覚えがある。

 ここはリノの言う通り何も答えないのが得策だろう。

 

「カナト……?」

 

 なにやら引っかかるところがあるらしく、城門さんが顎に手を当てる。

 

「ちょっと待って。伊吹君はリノ君のことをリノ、リノ君は伊吹君のことをカナト、って呼んでるの?」

「あー……まぁ、うん。そう」

 

 キッカケがキッカケだけに、気まずそうにするリノ。

 恥ずかしがってもいる彼女とは対照的に、城門さんは頭を抱えて悩みだしてしまった。

 

「てっきり、伊吹君が一方的に呼んでいるだけかと思ったのに……昨日の朝は違ったはず……」

「……城門さん?」

「……るい」

「?」

「ずるい! ボクのことも、名前で呼んでくれ!」

 

 膨れた顔で詰め寄ってくる。

 すっかり目は覚めたようだ。

 

「伊吹君は、ボクのことをツバサ、ボクは伊吹君のことをカナト、って呼ぶんだ」

「俺は、構わないが……」

「……なんで私の方見るの。カナトがいいなら、いいでしょ」

「カナト、っ」

 

 犬のように名前を呼ばれるのを待つ城門さん。

 

「ーーツバサ?」

「!……うぇへへ、なんか……恥ずかしいね」

「ふーーん……」

 

 ジトっとした目でリノから見られる。

 ……悪いことは何もしていないはずだが、居心地が悪い。 

 

「それじゃあ、ボクは仕事に行かないと。いってきます! リノ君、カナト」

「ん、いってらっしゃい」

「ーーあ、一つ忘れていたよ」

 

 ツバサが踵を返し、俺の方へ近づいてくる。

 ーー次の瞬間、俺の唇に柔らかい感触が触れた。

 

「行ってきますのキス。ふふ、これで一手先取だ」

「あ……っ」

 

 硬直している俺に、はっ、として気恥ずかしそうにチョーカーを触るリノ。

 絶妙な空気が三人の間を流れた。

 

「…………ちょっと待って? その反応……ボクの知らないところで進展してないかい!?」



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