閻魔庁の医務室うさぎ (ゲガント)
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登場人物説明

最新話までのネタバレを含んでいるので、もしまだ読んでない人がいらっしゃれば、先に本編を読むことをオススメします。
今回はメイン二人です。











それでもよい方はどうぞ。


月見(つきみ)

 

 

本作の主人公。閻魔庁を中心とした獄卒の医療関係の総括をしており、普段は閻魔庁の医務室長としての仕事をしている兎の神獣。鬼灯が補佐官になった頃にスカウトされたかなりの古株。

 

 

○ 容姿

 

 

【挿絵表示】

 

 

身長150cm程で少々華奢な体型をしている。要はショタ。

顔立ちも幼めかつ頭にうさみみが生えているためどこかファンシーな雰囲気があるが、うさみみの先端が青く燃えていたり顔半分が包帯で覆われたりしてるせいで非現実的なオーラに拍車がかかっている。

肌の見える部分は半分以上包帯などで隠されており、その下には火傷の痕が残っている。痛々しい見た目ではあるが痛みなどは無いらしく、ぴんぴんしてる。

少し長めの白髪で毛先だけが必ず少し黒くなっている。

基本的に無表情。

服装は、白い着物に革のベルト、下は黒いズボンにブーツといった感じ。腰にはいつも少し大きめのワニ革のポーチを提げている。

外出時には杵を持ち歩いている。

 

 

○ 出生

 

日本や中国で広く知られている伝承『月の兎』に出てくる兎本人。元ネタは釈迦の前世を書いたとされる本生譚(ほんしょうたん)の一つだが、本人曰く関係ないらしい。

今の妻である美穂と兄貴分である孫悟空と共に楽しく暮らしていたが、瀕死の老人を救うために自らを食料として捧げた。その後、助けられた帝釈天(インドラ)によって月に描かれた際、月天(ソーマ)の元に送られ神獣となった。

うさみみの先の炎や火傷、黒くなっていく髪の毛先は焚き火で自分を焼いた時の名残。治す気はない。

『月に描かれた』という事実により、月の光の権能を使えたりする。

日本に伝わる「餅つき」や中国の「仙薬作り」の伝承が有名になった事でそれらの権能も月見自身に備わることになった。

月に送られた後は中国地獄で少し雑用をしていたが桃源郷にて白澤と出会い、そのまま薬学を学ぶために弟子入りした。免許皆伝をもらった後、白澤を酔わせて桃源郷から落とした直後の鬼灯と知り合いそのままスカウトされた。

 

 

○ 性格

 

基本的に誰にでも丁寧で、底抜けたお人好し。伝承のように躊躇い無く自分を犠牲にするぐらいには自分に無頓着。かつ、それが及ぼす影響にほとんど気付かなかったり、自分の容姿が少し違う程度であると思っているほどに鈍感。仕事などもよく自分一人で終わらせようとして部下に止められる事もしばしば。

ただ、鬼灯と共に仕事した影響なのか、罪人や敵と認識した相手には容赦が無くなる。ついでに趣味である薬の研究に没頭する辺りも似ていたりする。

身内には甘く、特に古くからの幼なじみである妻の美穂や兄貴分の孫悟空にはタメ口になり、よく甘えたりしている。

感情は豊かだが、表情が動かないせいで周りに伝わりにくい…………と思っているのは本人だけで、本人が気付かないうちに耳が感情を表していたりするため、感情が周囲に駄々漏れになっている。

餅が大好物で、餅関係の料理を極めたり、自分で餅つきをする位には沼にはまっている。

それとは対照的に機械類が苦手で薬学関係の物以外の精密機械はかなり操作に時間がかかる。携帯電話もギリギリ電話が出来る位でメールすらよくわかっていない。

 

 

○ 能力

 

月炎(げつえん)

 

月見のうさみみの先端で常に燃えている炎。

対象に触れるたり、炎を飛ばす事で移すことが出来る。射程は最高で10m程。基本的には対象にしたものにしか燃え移らない。

 

月見が帝釈天を救うために飛び込んだ焚き火の伝承がそのまま能力になっており、そのため燃料となるのが通常のような可燃物ではなく、老廃物や病原菌、ストレス等と言った月見が健康に害ありと判断したものに限られてる。温度の調整も可能で、風呂レベルから電子レンジレベルまで自由に変えられる。

 

ただし、帝釈天が授けた本来の能力はかなり凶悪であり、それが「月見が害がある(・・・・)と思った物を燃やす」と言った物である。この能力、解釈次第では何でも燃やせるようになるため、やろうと思えば生物非生物関係なく全部消し飛ばせる。勿論魔術や呪いも問答無用で燃やせるため、魔術師にとっての天敵と言える。

 

月見もその事は承知しているが、特に使う気もないので人を癒すのに特化させて使っていたりする。

 

 

・月明かり

 

月見の姿が月に描かれ、月そのものと接続した結果手に入れた能力。他の月の模様組も持っていたりする。

月の光の伝承を表現したような感じであり、月見の場合は「狂わせる」事に特化しており、普段は月見が自身の中にで押し留めている。

使い方としては、相手や自分を狂わせて理性やリミッターを外して能力の向上を図る「狂化」、対象に狂気を含ませた月炎を纏わせる事で月見が見せたい物を直接脳に見せる「狂幻」、指定した箇所のみ感覚を狂わせて麻痺させたりする「狂気神経」など。

精神から身体まで色んな物に作用するためかなり汎用性が高かったりする。

ただ、月見本人はあまり使いたがらない能力でもある。理由としては、「制御しづらい」「人を傷つける事が多い」等だが、一番の理由は「使うと自分も狂って疲れるから」だったりする。

 

 

・身体のスペック

 

元々の身体が兎であるため足が速く、その上神獣になった際にスペックが爆上がりしたため、本気で走れば衝撃波が起きたりするスピードタイプ。それに加え沖田総司から縮地の手解きを受けてたり、チュンや鬼灯との手合わせもしているため、並の鬼程度なら蹴り一発で沈められる。腕力も杵を日常的に扱っている影響で見た目よりもあったりする。

五感は普通の兎と似ている。嗅覚と聴覚が鋭いが、視覚に関してはかなりの近眼かつ通常時は隻眼であるためあまり頼りにならない。整理作業の時は特殊な形をした眼鏡をかけている。

 

・武器について

 

主に使っているのは杵で、似たような物なら何でも使える。一応医療用メスを投げて遠距離攻撃も出来るが、走って殴った方が速いためあまり使う機会はない。

 

・ワニ革のポーチ

 

月の模様組の一角であるワニからもらった物を月神達が魔改造して出来たポーチ。見た目こそ普通のポーチだが、ポーチの口から先は時間が止まった異空間になっておりポーチに入れられる物ならいくらでも、何でも入る。この中には眼鏡や財布といった必需品は勿論のこと、携帯武器の警棒や医療用メス、救急セットなどが大量に入っている。中でも一番多いのが、おやつ用の餅菓子だったりする。

 

・狂乱化

 

数百年に一日ぐらいの頻度で起こる月の異常か、激怒した時のみになる状態。常に月明かりの狂気で狂っており、性格が通常時と全く異なる。能力の使用に躊躇いがなくなり重度の戦闘狂(バトルジャンキー)と化す。普段の無表情とは打って変わってニコニコとした笑いがデフォルトになり、どんな感情であろうと笑顔が伴った表情になる。能力の制御が緩くなり周囲にも狂気の影響が出る事もあるが、本人が気にし始めるのは狂乱化が解けてからである。

あと、表情を動かしまくるせいで必ず使用後に顔が筋肉痛になる。

 

 

 

美穂(みほ)

 

本作品のヒロイン。閻魔庁医務室副長として月見の補佐をしつつ、女性獄卒を相手に美容関係の仕事をしている神狐。鬼灯からスカウトされた月見と共に日本地獄で働き始めた。

 

○ 容姿

 

 

【挿絵表示】

 

 

身長165cm程でモデル体型。

顔立ちは綺麗7:可愛い3ぐらい。APP17ほどのかなりの美人。

金髪の中から覗く狐の耳や腰の辺りから生えるモフモフの尻尾が特徴的。

基本はニコニコと微笑んでいるが、時々目が笑っていない。

髪は後ろでリボンで纏められているが、気分によって髪飾りがかわったりする。

服装は派手な装飾のない着物で、赤か白を基調とした物を着て、月見と同じブランドのブーツを履いている。

所々に月に関係するアクセサリーを着けている。

 

 

○ 出生

 

『月の兎』に出てくる兎の友達の狐本人。この頃から月見に対して恋心を抱いており、月見が月に昇った際には数年間発狂したり無気力状態になったりしていた。

憐れに思った神の使いから月見が神獣化してあの世で仕事をしている事を聞いたことで復活。月見を神から奪い返すために自力で神狐にまで登り詰める。

一度現世の中国に長期視察で訪れていた頃に幼い妲己を月見と共に育てていたりする。

最終的にはインドや中国の神々と渡り合えるぐらいには強くなった。暫く暴れた後、ソーマから月見をインドラから逃がした事を聞いたためそのまま桃源郷に直行。鬼灯にスカウトされた直後の月見に突っ込んでそのまま夫婦になった。

 

 

○ 性格

 

誰にでも優しい………というのがイメージであるが、正しくは「月見に害がない人物には基本優しい」である。数百年溜め続けた月見への愛が抑えきれなくなった結果、物事の優先順位のダントツ一位が月見になった。妹分である妲己や古くからの友人である孫悟空などの例外はあれど、結婚した当時は生物を月見かそれ以外で区別するぐらいには病んでいた。なお、現在はいくらかマシになってはいるが、月見と数日間離れると発狂し始めるぐらいに手遅れ。あと最低でも週一で月見を食べている上、感情が高ぶりすぎると数日間ぶっ続けでヤッたりする。

ただ精神が安定してる時はまともで医務室勤めの職員や多くの女性獄卒からの信頼は厚い。

化粧品等の制作が趣味で、よく女性獄卒などにテストを頼んでおり、普通のものより質がいいと評判になった結果最終的に商品化した。

ただ虫が大嫌いで少しでも見た目が気持ち悪い虫がいると即座に固まり、蠢き出した瞬間月見に抱きついて離れなくなるか、暴走して虫を消し飛ばすかしないと止まらなくなる。昔起床した際に目の前に蠢く虫が大量にいたのがトラウマらしい。

 

 

○ 能力

 

・操作術式

 

美穂が神狐になる過程で作った、「非生物を自由に操る」術。印を組んで術式を呟くだけで対象の形を変化させて操作できる。規模も自由度が高く、小鳥程度から100m以上の巨大な物を作り出せる。普段は袖に仕込んだ紙束を使ったり地面等を変化させる。

「○律●式 ~~」

○→「自」や「独」を入れてどうやって動かすかを示す。

●→動かす物質を指定する。

~~→対象をどのような形にするか決める。

というような仕組み。

例)「自律紙式 隼」

 →紙で出来た隼を自分で操作する。

 「独律水式 悲苦吼処」

 →水で出来た首長竜たちが定められた動きをする。

  悲苦吼処の再現を行える。

 

・結界術式

 

名前の通り結界を張る術。単純な物に見えるが、美穂の場合付属効果が多種多様な上、精度が高すぎて破れる人物も限られるぐらい硬い。例えば炎がある場所に空気遮断結界を張るだけで結界内の生物を閉じ込めたまま死滅させる、といった事も可能になる。破れるのも鬼灯様などの規格外レベルである。

 

・狐火

 

美穂が操る赤い炎。月見の月炎とは違い、こちらは普通の炎と同等かそれ以上の威力で対象を焼く。普通の妖狐でも十分な威力が出せるが、妖狐の祖と言っても差し支えない美穂が使った場合は辺り一面を火の海にできる。

 

・身体のスペック

 

一見腕っぷしは強く無さそうだが、実際は鬼に負けないレベルには力があり数十キロの荷物も片手で軽く持ち上げられる。スピードは月見ほどではないが、術式を使えばどうとでもなるのであまり関係はない。それどころか身体強化も使えるので、油断すれば神も素手で瞬殺される。

 

・本能解放

 

神狐本来の姿を解放する。腰から生える尻尾が10本に増え、美穂から放たれる威圧感がとんでもなく強くなる。通常時に無意識に掛けられていたリミッターが外れるため、術式の規模や精度が最早規格外になる。強さや規模が異常なインドの神(本気)と真っ正面から渡り合うレベル。

ただ、名前の通り本能のまま動くため、最終的には性欲が勝って月見が食われる事になる。

 

 




おまけ 初対面

\うわー何か落ちてきたぞー!?/


「……まぁ…いいか…話もだいぶ聞けたし…そろそろ帰ろう。」
「どうかされましたか?」
「何でもありませんよ…………どちら様ですか?」
「申し遅れました、僕は月の神獣をしている月見と申します。」ペコリ
「これはご丁寧にどうも。私は鬼灯と申します。……所でその荷物は?」
「あぁ、これは僕の旅の荷物ですよ。白澤様から薬学の免許皆伝をいただきまして、これから様々な場所で見聞を深めようかと。」
「ふむ……でしたら一度黄泉にいらしてはいかがですか?今現在、地獄の整備を進めておりましてもしかしたら医療関係の仕事があるかもしれませんよ。」
「黄泉…ですか?確かあの…そうですね面白そうです。」
「それは良かった、私はそこで働いているのでまた会えたら会いましょう。………あぁ、そうだ一つ気になる事が。」
「何ですか?」
「何故そんな重傷なんですか?」









おまけその2 再会して5分で夫婦

「見つけたッ!」
「ふぇ?」
「やっと………やっと会えた…月見ぃ月見ぃ。」ガシッ
「ウグッ!?」
「離さない、もう離さないから………。」
「………………美穂?」
「そうだよ!貴方の美穂だよ!」
「うん、うん………久しぶりだね。」ギュッ
「!………あぁ、月見がちゃんとここにいるのが分かる……。」






「落ち着いた?」
「……………………。」ギュー
「何かして欲しい事はない?」
「………………って。」
「なにかな?」
「夫婦になって。」
「………………ふぇ?」
「今までずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッと我慢してたんだよ?もう今もギリギリナンダカラ……ネッ!」ガバッ
「ひゃっ!?…………美穂?」
「ツキミツキミツキミツキミスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキツキミツキミツキミ………。」
「………まぁ、うん僕は別に結婚しても構わないし…何だったら嬉しいよ。」
「!……フーッフーッ」
「だから、何というかその………












初めてだから優しくしてね?」
「ムリ♥️」


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勤務日記一頁目

どうもはじめましてゲガントです。
この度は、この小説を閲覧しに来て下さりありがとうございます。
初投稿なので拙い所もあると思いますが、優しく見守っていただけたら嬉しいです。


それでは、どうぞ。


ぼうぼう。めらめら。ぱちぱち。

 

炎が自分をつつんでいく。

 

「大丈夫、大丈夫。僕ができることをするだけだ。」

 

ぼうぼう。めらめら。ぱちぱち。

 

自分がどんどん焼けていく。

 

「大丈夫、大丈夫。これが僕にできることなんだ。」

 

 

ぼうぼう。めらめら。ぱちぱち。

 

 

だんだん意識が無くなっていく。

 

 

「こんな僕でもだれかを救えるんだ。」

 

 

ぼうぼう。めらめら。ぱちぱち。

 

 

左目は見えないし、もう痛みも熱さもかんじない。

 

 

「あぁ、でもなんだか…」

 

 

さみしいなぁ

 

 

 

気がつくといつの間にか月にいた。

 

「…………はぇ?」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「唐瓜さん、茄子さん、少し手伝ってほしい仕事があるのですかよろしいですか。」

 

食堂で食事を終えて、午後の仕事をしようとしていた二人に声がかかる。

 

「あっ、鬼灯さま!」「鬼灯様、どうされたんですか?」

 

「えぇ、今から医療部門の長の方と今年仕入れた薬草などの確認を行うのですが、かなりの数なので人手がほしいのです。」

 

唐瓜は「分かりました」と返事をするのだが茄子は首をかしげている。頭上に「?」が浮かんでいそうなくらいだ。

 

「おや、どうされたのですか。」

「いやぁ、医療部門っていうのがあるのは知ってるし、仕事してるのはみたことあるんだけど、その長の人ってみたことないなぁって。」

「そういえば、研修の時も他の人が説明してたんだったな。」

「あぁ、そうでしたね。あの時は今言った長の方が出張中だったので詳しい説明ができなかったんですよ。なので近いうちに新人獄卒を対象としたセミナーをするつもりです。」

 

返答に納得した様子の二人はそのまま歩きだした鬼灯に続いて廊下を移動し始める。その途中、ワクワクが隠しきれない茄子は鬼灯へと問い掛けた。

 

「ねぇねぇ鬼灯さま、その長の方ってどんな人なんですか?」

「とても優しい方ですよ。ただ他の方とは違った意味で癖が強いので、そこは覚えておいてください。」

 

 

 

 

 

 

「ここですね。」

 

鬼灯が立ち止まった扉の上には「医務室」と書かれた看板が掛けられている。

 

「へぇ~、閻魔庁ってちゃんとこういう場所あったんだ。」

 

「ちゃんと各庁にありますよ。裁判の時に亡者を抑えようとして怪我をしたり、備品などで事故が起こったりすることがあるので。」

 

まぁ閻魔庁では別の原因もありますが、と呟く鬼灯に嫌な予感がした唐瓜

 

「あのぉ、もしかしてここを利用するのが多いのって…「記録科です。」でしょうね!」

 

あそこの闇の深さはもう手遅れだと思う。

 

 

 

「おや、鬼灯様こんにちは。それと隣のお二人ははじめましてですね。」

 

 

後ろから声がかかる。

三人が反応して振り返ると、そこには白髪の少年がいた。身長は唐瓜と茄子より少し大きいぐらいだろうか。上はシンプルな長袖の着物で下はズボンにブーツを履いている。腰にはベルトにワニ皮っぽいポーチがつけられている。これらは別に問題ない。

 

問題なのは本人の状態である。

 

 

「こんにちは、月見(つきみ)さん。」

 

 

うさぎの耳が生えている。しかもなんか先端が青く燃えている。

 

 

「唐瓜さん、茄子さん、改めてご紹介します。」

 

 

その上、肌が見えるはずの部分の半分ぐらいが包帯まみれである。

 

 

「こちら、医療部門の長である月見さんです。」

 

 

「いや、一番重傷じゃないですか!」




次回予告
「だから「癖が強い」って言ったじゃないですか。」


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勤務日記二頁目

早速感想をいただきました!
嬉しい限りです。



とてもかんたんなあらすじ
「治療する側が一番重傷」


「?」

 

月見は首をかしげている。どうやら叫んでいる内容が自分の事ではないと思っているらしい。

 

「唐瓜さん、どうしようもない事実なのはわかるので落ち着いてください。」

「鬼灯様も認めちゃってるじゃないですかぁ!」

「まぁ事実ですし」

 

人にうさみみが生えている時点でツッコミ所があるのに、それが燃えているんだからそりゃこうなる。

 

「わぁ~、スゲェ!これどうなってんの~?」

「あぁ、この炎の事ですか?」

 

一方でマイペースな茄子は月見と会話を始めていた。わりと和やかである。

 

「というか、燃えやすい重要書類がたくさんある閻魔庁で耳(?)が炎上しているって大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ。絶対に紙なんかがあの炎で燃えるはずないので。」

 

唐瓜は鬼灯の言葉の意味がよく分からないようで難しい顔をしている。

 

「やはり初対面の方はだいたいそうなりますよね。」

「そうじゃない人が…あいつでしたね。」

「私も「あぁ、なんか燃えてるなぁ」位には興味を引かれましたし、篁さんなんか今の茄子さんみたいに月見さんを質問責めにしてました。」

 

その後、秦広王に怒られるまでが1セットです。と言う鬼灯とは対照的に唐瓜はすでに疲れていた。

 

「あと、あの炎は大抵の生き物にとって得しかないんですよ。」

「?どういうことですか?」

 

不思議そうにする唐瓜に対し、鬼灯様はすっと指をさした。

 

「ああゆうことです。」

 

鬼灯が指が指した方向をみる。

 

 

「あ~唐瓜~。みてみてすごいことなった~。」

 

 

茄子が燃えていた。

 

 

「ちょっ、おまっ!?」

 

目の前で友人が炎上しているのをスルーできるはずもなく、火を消そうと消火器を探す唐瓜を尻目に鬼灯は話を続ける。

 

「月見さん、私にもやって下さい。」

「はい、いいですよ。」

 

鬼灯様まで燃えだした。

 

「どぅえあっ!?」

 

唐瓜の口から言葉とはいえない声が出た。

 

「落ち着いてよ唐瓜~。俺なんともないしむしろ暖かくていい気分だよ」

「いやでも、絵面が…」

「大丈夫ですよ。」

 

今まで会話に参加していなかった月見が入ってくる。

 

 

「燃えているのはあくまで身体の中の老廃物とかですから。」

 

「まぁドクターフィッシュ的なものと考えていただけたらよろしいかと。」

 

「えぇ…」

「だから言ったでしょう。大抵の生き物にとって得しかないと。」

 

 

 

 

 

 

「落ち着きましたか?」

「まぁ、はい。」

「いきなりはダメでしたね、大丈夫ですか?…えーと…唐瓜くん?」

 

月見が申し訳なさそうに尋ねる。

 

「あっはい、大丈夫です!」

「面白いぐらいに動揺してたもんな。」

「あなたが何の前触れもなく燃え始めたのが原因では?」

 

唐瓜は茄子を一発殴ってもいいと思う。

 

「では、話を戻しましょう。」

 

鬼灯が手を叩いて

 

「改めてご紹介を。彼が閻魔庁及び全ての庁の医療関係の仕事を取り仕切っている月見さんです。」

「「月のうさぎ」の月見です。よろしくお願いします。」

 

そう言って月見が頭を下げる。それに伴ってうさみみも青い炎と共に前に垂れ下がる。

 

「月のうさぎ」

地獄からは見えないものだが、伝承ぐらいなら知っている者は多いだろう。唐瓜も茄子も現世視察で月をみたことのある者の内の一人だ。

 

「月のうさぎってたしか芥子ちゃんの講習で鬼灯さまがはなしてたやつだっけ?」

「あぁ、なんだったっけ…中国では「うさぎは月で薬草をついて仙薬を…」ってやつでしたっけ?」

「はい、よく覚えてましたね。」

 

すると鬼灯は懐からおもむろに一冊の本をだす。

小鬼二人がみたそれには、「今昔物語集」と書かれていた。

 

「これには日本版になった「月の兎」が入っていますが、本来は仏教と深く関わっている「ジャータカ」という本…日本語で言えば本生譚(ほんしょうたん)に出てくる物語ですね。」

「鬼灯さま、本生譚ってなんですか?」

 

物事を覚えるのが得意ではない茄子が問いかける。隣の唐瓜もしきりに頭をひねって思いだそうとしている。

 

「インドの方の書物なのであまり日本では馴染みがないんですよね。」

「はい、そして本生譚というのが仏教における重要人物である仏陀、ようはお釈迦様の前世を記したとされる物語集です。」

 

月見からのフォローが入り、鬼灯様が話を続ける。

 

「…ってことは月見さんってお釈迦様の一部なの?」

 

茄子の疑問に月見は恥ずかしそうに首を横に振る。

 

「いやぁ、その質問はよくあるんですが、あくまで本生譚はお釈迦様の前世「だろう」っていう物語を集めたものなので少なくとも僕は違うんですよね。」

「「釈迦の前世としてふさわしい活躍をした」ということですよ。」

「へぇ~、月見さんってすごいんだね。」

 

その鬼灯と茄子の言葉にさらに照れくさそうな雰囲気になる月見。とてもうさみみが荒ぶっていらっしゃる。

 

「「月の兎」ってたしかうさぎが自分の身体を犠牲にして老人を助ける話…で合ってましたっけ?」

「そうですね唐瓜さん。しかし、元祖である本生譚のほうでは、老人の正体がはっきり書かれているんです。」

 

その話の続きが気になったのか、茄子がすぐさま質問する。

 

「その老人の正体ってなんですか?」

「お二人とも聞いたことあると思いますよ。」

 

鬼灯が口を開く

 

 

 

 

 

「帝釈天、つまり神様です」

 

 

 

 

 

突然のビックネームに唖然とする二人。しかしそんなことも気にせず鬼灯は話を続ける。

 

「正体を隠して行き倒れていた神様に親友である猿と狐が食べ物を施していくのですが…」

「ここからは僕が話しますよ。」

 

鬼灯から話を引き継ぎ、月見が話し始めた。

 

「当時の僕はかなり不器用だったからその老人に対してなにもできなかったんです。ただ隣にいるしかできなかったんです。」

 

月見は懐かしげに目を細める。

 

「だから僕はどうすればいいかと考えました。どうしたらその人を元気にできるか考えました。」

 

 

 

 

 

ああそうだ

 

 

 

 

 

 

僕を食べさせたらいいんじゃないか

 

 

 

 

 

 

「…とまぁ、そういう結論に至りまして、自分から焚き火に飛び込んで焼きうさぎになりました。あとは物語のとおり、帝釈天様に行動を認められ、こんがりになりすぎた息絶えた僕の身体を月に昇らせました。」

 

おしまい、と月見が締めくくるが小鬼二人は唖然としたまま動かない。

 

「…刺激が強すぎましたかね?」

「いえ、大丈夫ですよ。ただ情報処理が追い付いてないだけです。」

 

鬼灯が手を叩くと二人がはっと帰ってくる。

 

「と、いうように本人の性格や人格はとても善良なものなのに、外見や過去が奇抜過ぎるのが月見さんです。」

「いや奇抜すぎますよ!?」

「だから「癖が強い」と言ったじゃないですか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばなんで月見さんってそんなに怪我してるの?」

「あ、僕が包帯まみれなのは火傷の跡を隠すためなんで怪我をしてるわけではないですよ。」

「追い討ちしないでください!」

 

やっぱり重傷じゃないかぁぁぁ!、と叫ぶ唐瓜に対し、自分はこれがデフォルトなんだけどなぁと思う月見だった。

 




帝釈天はインドラと同一視されている神様です。
Fate知ってる人には「アルジュナの父親」のほうが分かりやすいですかね?
ちなみに茄子と鬼灯様についてた炎はドクターフィッシュのくだりの後に消えているのでご安心ください。

次回予告
「とてもがんばりました」


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勤務日記三頁目

とてもかんたんなあらすじ
「茄子と鬼灯様が大炎上」


「落ち着きましたか?」

「…はい。」

「なんで俺まで殴られたんだろ。」

 

叫び続ける唐瓜のせいで話が進まないため、いい加減にしろと言わんばかりに鬼灯が金棒で唐瓜とうるさくなった原因の茄子を殴り付けている横で、月見は懐を探っていた。

 

「あったあった。お二人共、湿布つかいます?」

「あっどうも」

「わ~い、ありがとうございます。」

 

早速殴られた箇所に貼る二人をよそに、鬼灯が会話を始めた。

 

「取り敢えず本題に入りましょう。」

「あぁ、今回仕入れた薬草の整理でしたね。」

「あ、そういえばそうだった。」

「茄子お前なぁ…。」

 

そんな事言ってる唐瓜も忘れかけてたりする。

 

「では行きましょうか。ついてきてください。」

 

そう言って月見は医務室の中に入って行く。その後ろに三人がついていくと、医務室の全体が見えてきた。

 

「おぉ~、なんか病院みたい。」

「たしかにな。こんなとこがあったのか。」

「役割としては似たようなものですよ。」

 

そんな会話を交わしながら、てくてくと歩く月見についていく。

 

「でも月見さんってめっちゃうさぎっぽいよな~」

「?どういうことだ?」

 

茄子は唐瓜のほうを向きながら自分の顔を指差す。

 

「だってさっきの会話ずっと表情が「無」だったじゃん。」

「いやまぁそれはたしかにずっと気になってたけど…。」

「耳に感情が出てる分、彼は分かりやすいほうですよ。」

 

うさぎの中ではですが、と鬼灯が付け足していると、いつの間にか月見が足を止めて廊下のほうを向いていた。

 

「おや、どうされましたか。」

「すいません。どうやら仕事のようです。」

 

すると一人の鬼が月見に向かって走ってくる。首にかけている名札をみる限り、医務室の従業員のようだ。

 

「月見先生!脱走者です!」

「状況は?」

「一時間前にベッドに横たわって休息をとるように指示した2名の患者が「やりたい事がある」と騒ぎだして出口に向かおうとしています!」

「あぁ、いつものですね。」

 

冷静に対処している月見を見て、茄子が不思議そうに鬼灯に尋ねる。

 

「鬼灯様、今何が起こってるんですか?」

「ここの名物です。面白いので見てるといいですよ。」

 

そんな会話をしていると辺りが段々騒がしくなってくる。すると、奥から二人の男が大勢の鬼から逃げるように一行の隣を走って行った。

 

 

 

「うおぉぉぉぉ!こんなとこで寝てたらチャイニーズエンジェルの再放送見逃すだろうがあぁぁぁ!」

「やっと巨大ヤブ蚊ロボの設計図が頭のなかでインスピがレーションし始めたんだ!邪魔すんじゃねぇぇぇ!」

 

「いやお前らかよ。」

「烏頭さん…蓬さん…。」

「叫んでる内容があの人達らしいよな。」

 

鬼灯が思わずツッコみ、唐瓜は呆れ、茄子はケラケラ笑っている。

 

「知り合いですか?」

「子供時代からの友人です。まぁ遠慮なくやっちゃっていいですよ。」

 

鬼灯からそう言われた月見は「了解です。」と答え、そのまま力をためるようにしゃがみこんだ。クラウチングスタートのようなものだろうか。何をしているんだろうと頭に「?」を浮かべている小鬼達に対し、鬼灯が話しかける。

 

「お二人共、そこにいたら巻き込まれますよ。」

 

その言葉のとおりに月見から唐瓜と茄子が離れた瞬間、

 

ドパンッ!

 

大きな音と共に月見の姿がその場から消えた。

 

「!?」

「あれ、どこ行ったんだろ?」

 

目の前で起きた光景に驚きが隠せない唐瓜とどこに行ったのかを探す茄子。すると鬼灯が通り抜けた烏頭と蓬の方を指差す。

 

「ほら、あそこです。」

 

 

 

 

 

 

 

「おとなしく寝ててください。」

ドゴムッ「ごるぱぁっ」

 

烏頭の頭上にいつの間にか月見が移動しており、そのまま一回転して踵落としを決めていた。

 

「烏頭ぅぅぅぅ!?」

「あなたもです。」

ガンッ「うごあっ」

 

蓬が容赦なく鎮められた相方に驚いている間に前方に着地した月見が続けて蓬の顎に蹴りを入れる。

 

「「」」

「あれが医務室名物「患者の鎮圧」です。」

 

今見た光景に驚き過ぎてスペースキャットになった二人をよそに、鬼灯が話し始める。

 

「いつ見ても見事な蹴り技ですね。」

「いやめちゃくちゃ強いじゃないですか!」

「私がいつ月見さんが弱いと言いましたか。」

 

そんな会話をしていると月見が帰ってきた。

 

「お待たせしました、行きましょうか。」

「月見さん、すごいんだね~。」

「あぁ、今の奴ですか。」

 

 

 

「あれでも手加減しているほうなんですよ?」

 

へぇ~俺には真似できないや、と感心している茄子だった。その隣で唐瓜が顔を青くして鬼灯に質問していた。

 

「…あれで手加減ってマジですか?」

「彼、やろうと思えば蹴り一発で亡者をきたねぇ花火にできるので。」

 

さらに顔が青くなる唐瓜だったが、そんなことなど気にせず鬼灯は話を続ける。

 

「月見さんは自分を不器用と言っていましたがあくまでそれは生前の話です。」

「実は月に昇らせてくださった際、神獣のようなものになったんです。」

 

月見が恥ずかしそうに頬をかいている。

 

「まぁそれでスペックとか色々爆上がりしまして…」

「それを駆使して様々な事をしている月見さんを私がスカウトしました。」

 

管理職としては大助かりですよ、と言う鬼灯は言い忘れていたことを付け足すように口を開く。

 

「ただ月見さんはその時からなんでもできたわけでは無いんです。」

「そうなんですか?」

 

唐瓜の素直な疑問に月見が答える。

 

「あくまでスペックが上がっただけで、できることは生前と変わらなかったんですよ」

「そこから色んな方のもとに訪れ、出来る限りの事を覚えたのが今の月見さんです。」

「がんばりました。」

 

ふんすっ、と真顔で鼻を鳴らしながら胸を張る月見。小鬼二人はおぉ~、と感心したような声をあげる。

 

「…すいません、早く倉庫に行きましょうか。」

 

月見は恥ずかしそうに話を変える。

 

「そうですね、早めに仕事を終わらせましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここです。」

 

月見の目の前にある大きな扉には「医療部門薬品・備品倉庫」と書かれていた。

 

「では早速行きましょうか。」

 

 

 




話の中にあるとおり、月見には先生・師匠のような存在が結構います。鬼灯の冷徹のキャラクターも多いので、そのうちしっかり登場させます。


次回予告
「この人もだいぶぶっとんでんな」


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勤務日記四頁目

今回から、少しずつFateの要素を入れていきたいと思います。そういうのが苦手な方はご注意ください。
それでは、どうぞ。



とてもかんたんなあらすじ
「つきみさんわりとつおい」


月見が扉に手をかける。

 

「まぁまだ倉庫につくわけじゃ無いんです。」

 

扉の先の空間は職員で賑わっていた。広いの部屋に大きめのエレベーターの扉がいくつかとその隣に階段の入り口があり、反対側には壁一面のシャッター、部屋の中は薬草らしき物が積まれた箱やワゴン、どこかで見たことがある製薬会社のロゴが入った段ボールなどでぎゅうぎゅう詰めである。

 

「わぁ~!すっげ~!」

「こんなに広いのに倉庫じゃないんですか!?」

 

茄子は目を輝かせ、唐瓜はスケールの大きさに驚愕が隠せない。

 

「えぇ、あくまでここは搬入と搬送、選別を行う場所です。結構最近になってから改装したんですよ。」

 

そう言って月見はワゴンが5台ほど並んでいる場所へ歩いて行く。

 

「さて、お仕事の時間ですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…漢方薬用の冬虫夏草は揃ってる。新たに補充する葛根とオオバコも問題無し…。今年も良質なものが多いです。」

 

片眼鏡をかけた月見が手に持ったリストと実物を照らし合わせていく。

 

「鬼灯様、クコの実とかの木の実系統はあちらの職員に回してもらっていいですよ。」

「分かりました。あと、私の個人的な研究で欲しいものがあるのですが…。」

「一覧表をもらえるのでしたら明日あたりにまとめて届けます。」

 

ありがとうございます、と鬼灯が返すとそのまま二人は仕事に戻っていく。

 

「へぇ~。」

「?どうかしたのか茄子?」

「いやぁ、なんかすげぇ息合ってんなって。」

「まぁたしかにな。」

 

小鬼二人が不思議そうに見ていると月見が近づいて来る。

 

「唐瓜くん、茄子くん、そちらの調子はいかがですか。」

「あっ、はい!高麗人参などの乾物の整理は終わりました!」

「月見さん、この粉ってな~に?」

「唐瓜さん、ありがとうございます。あと茄子さん、それは(がま)の花粉を乾燥させた浦黄(ほおう)ですよ。」

 

唐瓜が首をかしげる。

 

「蒲?」

「因幡の素兎の怪我を治した植物です。浦黄はそれ単体で火傷などを治す薬になるんですよ。」

 

なるほどなぁ、と思う二人。その後、茄子は気になったことを尋ねる。

 

「そういえば月見さんって鬼灯様と仲がいいんですか?」

「?まぁよく話す仲ではありますけど。」

「へぇ~どうやって仲良くなったんですか?「いわゆる趣味仲間というやつですよ。」あっ、鬼灯様!」

 

自分が担当していた仕事を終えた鬼灯がいつの間にか近くまで来ていた。

 

「鬼灯様、趣味仲間っていうのは?」

「薬の研究です。私は和漢薬のみですが、月見さんは世界中の薬学について研究しているんですよ。」

「だからよく意見交換したりしてるんです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あと金魚草の研究も手伝ってもらっています。」

「なんで!?」

「いやぁ、あれって見た目は不思議ですけど含まれる成分は医師にとっていいものが多いんですよね。」

 

かなりの滋養強壮効果があるそうです。

 

「ところで月見さん、確認は終わりましたか?」

「大丈夫ですよ。唐瓜くんと茄子くんがやってくれたもので最後です。」

 

じゃあ運びましょうか、といいながら月見がワゴンを動かしだす。

 

「じゃあ私達も行きましょう。」

「分かりました。」「は~い。」

 

前を行く月見を追うように三人も自分の荷物を持ってついていく。そうして向かった場所の前にはエレベーターの扉があった。

 

「少々お待ちを。」

 

月見がそう言うとエレベーター横のボタンを押す。

 

 

 

 

チーン

 

 

 

「乗ってくださいな。」

「近くで見るとデッケェなぁ。」

「量が多い時もありますから、業務用のほうが便利なんです。」

 

全員が乗ったところで扉が閉まり、そのままエレベーターが下に降りていく。その最中、唐瓜が月見に対して尋ねる。

 

「そういえば、いつの間に眼鏡をかけてたんですか?」

「倉庫で仕事する時はいつもかけてるんで、皆さんと別れた直後ですかね。」

「あっほんとだ。どうしてかけてるんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

「うさぎって超がつくほどの近眼なんで眼鏡がないと遠くの人が何の作業しているかわかんないんです。」

「そういえば竜宮城で芥子さんが「景色を楽しめない」と嘆いていましたね。」

 

 

人の姿になってから少しおさまったんですけどね、と答えている間にエレベーターの扉が開く。

 

「月見さん、ちょうど着いたみたいですよ。」

「そうですね。今回しまう場所はFー10なので離れないようについてきてください。」

 

そうして4人が進んだ先にはとてつもない広さの部屋に一段3mの3段棚がズラリと並んでいる。

 

「地下にこんな所があったなんて…。」

「変成庁の方々と技術科の方たちがフルで動いた結果です。」

 

呆然とする唐瓜に対しこの空間ができた理由を説明していく鬼灯。そんな中、茄子は何かを思い出したように口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ!コス○コに似てるんだ!」

「そういえば技術科の皆さんがそんなこと言ってましたね。」

 

イメージとしてはだいたいそんなかんじです。

 

「…身も蓋もねぇな。」

「いいじゃないですか。分かりやすくて。」

 

そんな会話をしながら目的地まで運び終える一行だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした。これで終わりですよ。」

「唐瓜さん、茄子さん、ありがとうございます。」

「いえ、とても面白い体験でした!」

「色々スケールがでかかったよな。」

 

そんな中、月見に向かって一人の職員が呼び掛けてくる。小脇には白い蛇の絵が描かれた小さい木箱が抱えられていた。

 

「月見先生~!」

「おや、何かありましたか?」

「いえ、どうやら先生宛ての荷物が紛れていたみたいで…。」

「…あぁ!そういえばこの前サンプルを送ると言われたんでした。」

 

月見がいそいそと木箱を受けとるとそのまま蓋を開けて、中を覗き込む。おぉ、と声をあげている姿が気になったのか、3人もつられて中を見る。

 

「………小瓶?」

 

鬼灯が呟くように見たものを言葉にする。

 

「…白い蛇……薬……。」

 

そのまま思考の海に入っていった。

 

「さすがは医学の守護神ですね。一週間も経ってないのにもうギリシャから送ってくださるなんて。」

「あっあの!それって一体何なんですか!?」

「明らかにすげぇ物だもんな。」

「これですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「未完成の死者蘇生薬ですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「はい?」」

「はい、未完成のしsy「いやいやいやいや!とんでもない代物じゃないですか!」」

「しかもそれが郵便で届いてるもんな。」

 

大したことないように振る舞う月見とは対照的に動揺しまくっている唐瓜とさすがに冷や汗をかいている茄子。そりゃ持っている物が物だからこうなる。

 

「…そういえばこの前の出張先ギリシャでしたね。その時ですか。」

「はい、偶然アスクレピオス様にお会いしたんです。お話しているうちに意気投合しまして「サンプルを送ってやるから研究を手伝ってくれ」と言われたので喜んで引き受けました。」

「軽っ!?」

 

会話の内容と会わない軽さで話す月見に対して思わずツッコミを入れる唐瓜とあまり内容が理解できてない茄子だった。

 

「彼、趣味である薬の研究の事になると時々頭のネジが

吹っ飛んでいくんですよ。」

「いやそんな程度じゃないでしょうが!」

「やっぱこの人もだいぶぶっとんでんな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、そういえば鬼灯様。アスクレピオス様に金魚草の資料を見せたら大変興味を持たれていたのでそのうちこっち(日本)に来られると思いますよ。」

「おや、そうなのですか。なら歓迎する準備をしときましょうか。」

 




ここで一旦話を区切ります。続きは書くのでご安心を。
月見さんのイメージはそのうち描くのでしばらくお待ちください。


医神先生っていいですよね。


次回予告
「お久しぶりですね。」


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配達日記一頁目

月見さんのイメージ図が完成したので貼っておきます。鉛筆なので雑な部分がありますがお許しください。


【挿絵表示】



とてもかんたんなあらすじ
「月見さんは薬学狂い」


「…そういえばそろそろ研究用の金丹が無くなるんでした。」

 

自分の寝室兼研究所で試料の整理をしていた月見が呟く。

 

「仙桃も欲しいし一回顔を見せに行ったほうがいいですね。」

 

そう言って月見は作業用の外套と口を覆っていた布を外し、いそいそと外出の準備をする。

 

「土産は……これでいいかな。醤油と海苔とわさびも…あと一応甘いやつもつけとこ。」

 

風呂敷にそれらを包んで持ち上げる。

 

「じゃあ行きますかね。」

 

月見は腰のベルトにワニ革のポーチをつけた後、荷物を持って部屋を出ていく。

 

「…あっ、忘れるところでした。」

 

 

 

 

反対側の手に杵を抱えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「閻魔大王、こちらの書類で午前中の分は終わりです。」

「そうなの?鬼灯くん。なんだか心なしかいつもより少ないねぇ。」

「請求書などの処理が必要なものは昨日の内に終わらせましたから。」

 

閻魔大王と鬼灯がそんな会話をしていると、入り口の方から明るい声が聞こえてくる。

 

「鬼灯様~!」

「おや、シロさん。それに柿助さんとルリオさんも。」

 

桃太郎ブラザーズがそろって鬼灯の元へ近づいて来る。

 

「ねぇねぇ鬼灯様。今から俺たち桃太郎に会いに行くんだけど一緒に行かない?」

「お誘いは嬉しいのですが、午後から外部の方との打ち合わせがあるので今回は遠慮しておきます。」

 

その言葉に残念がるシロ。その右隣にいる柿助は別の事が気になっていた。

 

「その打ち合わせってどんなのなんですか?」

「簡単に言えば海外の神様が視察にくるんです。その予定を合わせるんですよ。」

「あぁ、そんな大事な予定があるんだったら仕方ないですね。」

 

ルリオが納得した声をだす。鬼灯はあっ思い出したといわんばかりに口を開いた。

 

「そういえば白澤さんに届けるものがあるんでした。代わりに持っていってもらえませんか?」

「うん!いいよ!」

「ありがとうございます」

 

鬼灯様から頼み事をされたことで機嫌が直ったようだ。

 

「閻魔大王、鬼灯様、こんにちは。」

 

その時、荷物を抱えた月見が廊下から現れる。

 

「月見くんじゃないか。薬の研究は順調?」

「はい、おかげさまで。」

「杵を持たれているということはどこかに向かわれるんですか?」

「桃源郷に少し用事があるので。」

 

月見の言葉にシロが反応する。

 

「えっ、桃源郷いくの!?俺も一緒に行っていい!?」

「おや、あなたは…。」

「おいシロ、いきなりは失礼だろ。」

「うちのシロがすいません。…え~と…。」

「大丈夫ですよ、お三方。はじめまして月見と申します。あなた方は?」

 

屈みながら桃太郎ブラザーズに話しかける月見。

 

「俺、シロ!」「柿助っていいます。」「ルリオです。」

「はい、お願いします。」

 

自己紹介を終えたところを見計らって鬼灯が月見に話しかける。

 

「ちょうどシロさん達も桃源郷に行く用事があるんですよ。せっかくならご一緒に行かれては?」

「えぇ、僕は構いませんよ。」

「本当!?やった~!」

 

シロがその場でとび跳ねる。その隣にいる柿助は別の事が気になっているようだった。

 

「あの~…月見さん、どうして杵なんて持っているんですか?」

「これですか?ただの護身用ですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出張先が危険だった事が多すぎて出掛ける時に持っていないと落ち着かないんです。」

「えぇ…。」

「そういえば「ギリシャヤバかった」みたいな事言ってましたねあなた。」

 

ギリシャ神話は血生臭い上にろくでなしが多いです。

 

「ねぇねぇ早く行こ!」

「そうですね。閻魔大王、鬼灯様、いってきます。」

 

月見が二人に礼をすると、桃太郎ブラザーズと共に桃源郷に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄側の門を通り抜けた一行は他愛のない話をしている。

 

「そういえば月見さん、その荷物って何が入っているんですか?」

「お世話になっている方へのお土産ですよ。おそらくあなたも食べられるものです。」

「じゃあ俺も食べていい!?」

「むこうの許可が出たらいいですよ。」

 

そんな会話をしていると道が交差している部分が視界に入る。亡者の姿もちらほらみえている。

 

「あら~、月見先生じゃな~い。」

「この前の青汁スッゴい美味しかったわ~。」

 

門番である牛頭と馬頭が月見に話しかけてくる。

 

「こんにちは牛頭さん、馬頭さん。お体の調子はいかがですか?」

「もうバッチリよ~。なんなら昔よりパワーアップしてるわ~。」

「この前やったアーティスティックスイミングもキレがでてたわ~。」

 

その様子を見ていたシロが声をかける。

 

「二人共、月見さんと仲いいの?」

「あらシロちゃん。月見先生はね、相談したらその相手に合った健康食品をすすめてくれたり、作ってくれたりするのよ~。」

「おかげで私達、とっても毛並みとかがよくなったわ~。」

 

シロ達が門番二人と話しているとふと遠ざかるような足音が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

亡者が何人か、天国の門に行こうとしている。

 

「あら、お仕事しなくっちゃ。」

「お手伝いしましょうか?」

「本当?ありがたいわぁ~。」

「構いませんよ。…そうだ、柿助さん。」

 

直後、柿助に向かって風呂敷包みが投げ渡される。

 

「はい?っとぁ!?」

「おい危ねぇぞ。」

 

取り落としそうになるがルリオの補助もあり、受け止められたようだ。

 

「すいません。すぐに戻ります。」

「あ、あのって速っ!?」

 

牛頭馬頭と同じスピードで走り出す月見に驚く三匹だった。

 

 

 

 

「5人もいますが、自分は誰を狙いましょうか?」

「なら一番離れてる人をお願いしようかしら。」

「他は私達に任せてちょうだい?」

 

了解です、と答えた瞬間、月見が強く踏み込んで前方の柱に向かって跳ぶ。

 

「……目標捕捉……。」

 

朧気ながらに捕まえるべき相手を見つけた月見が何回も柱の側面を足場にして、さらに前へ跳んでいく。

 

「地獄なんて行ってたまるかぁっ!」

 

そうわめく先頭の亡者の頭上まで追い付いた。そのまま体を縦に回転させて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぺったん。」

 

ゴンッ

 

「ごはぁっ!?」

 

回転の力をのせた杵で亡者の頭をぶん殴った。

 

その場で沈む亡者と反動を利用して跳んで上手く着地したうさみみ付きの少年という光景に他の逃走者の足も止まる。

 

「あなた達~?そっちに行っちゃダメよ~?」

「月見先生のおかげで大分楽できちゃったわぁ~。」

 

その隙を門番二人が逃す筈もなく、残りの亡者もフルボッコダドンされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月見さ~ん!!」

「あっシロくnっわぷっ!?」

「すごかった!!あれどうやってやるのー!?」

「おいシロ!迷惑かけるなよ~。」

「月見さんうちのバカ犬がすいません…。」

 

興奮したシロが尻尾を振りながら月見に向かって跳びかかる。残りの二匹も荷物を持って近づいて来る。

 

「大丈夫ですよ、お二方。荷物ありがとうございます。」

 

シロを地面におろして荷物を受け取る。

 

「月見先生ありがとねぇ~。」

「助かっちゃったわぁ~。」

 

亡者の案内とお仕置きを終えた牛頭と馬頭が歩いて来る。

 

「いえいえ、お役にたててなによりです。」

「これからお仕事?」

「僕は個人的な用事で、お仕事はこの子達ですよ。」

「うん!白澤さんに届け物があるんだ!」

「あら、そうなのぉ~。」

 

なごやかに会話をしている一行。

 

「月見さん、そろそろ行きましょう。」

「そうですねルリオさん。」

「あらそう?だったらあんまり話してちゃダメね。」

「シロくん達もお仕事頑張ってねぇ。」

「うん、ありがと!」

 

そう言って一行は天国の方へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ。シロくん。」

「な~に~月見さん?」

「だいぶ脂肪がついてるようなんで、低カロリーのおやつでも紹介しましょうか?」

 

月見のその言葉にシロが石になったかのように固まる。隣で聞いていた柿助とルリオは思わず吹き出していた。

 

「?どうしましたか?」

「いやっ!?えっなんで!?なんでそう思ったの!?」

「シロくんが飛び込んできて抱えた時にお腹がぷにぷにだったので。」

「………ッ!」←口を押さえて我慢している柿助

「ククッ…おいシロ、一発でばれてんじゃねぇかww。」

「うるさいよっ!」

 

シロがルリオに跳びかかっていってじゃれついている。

 

「お二方、早く行かないと日が暮れますよ。」

(原因この人だよな…。)

 

善意で心配しているだけなため自分が原因であることに気付いていない月見だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれっ?」

「ん~?どうしたの桃タロー君。」

 

桃源郷にある薬局、「極楽満月」。そこの従業員兼修行中の薬剤師である桃太郎と店主の白澤が薬の下準備をしていた。

 

「いや…次に磨り潰して粉にする薬草がないんですよ。」

「どれのこと?」

 

問われた桃太郎が目的の薬草の写真を見せる。

 

「これなんですけど…。」

「あ~たしか昨日のやつで最後だったはずだよ。」

 

白澤の答えに焦る桃太郎。

 

「えっ!?じゃあ早く採りに行かないと!」

「無駄だよ。地獄に生えてるやつだから今から行っても今日中には間に合わない。」

「これの納期今日ですよ!?」

「大丈夫大丈夫。」

 

白澤がうさぎ達に500円玉を渡している。

 

「もうそろそろ届くから。」

「?届くってなにが……。」

 

 

 

 

トントン ガラッ

「失礼します。」

「ほらね。」

 

入り口から月見と桃太郎ブラザースが入ってくる。

 

「桃太郎~!遊びに来たよ~!」

「おいシロ…。」

「先に用事済ませるぞ。」

 

柿助とルリオから言われたシロが思い出したかのように白澤に近づいていく。

 

「そうだった!白澤さん!お届け物です!」

「はい、ありがとね。」

 

 

 

 

 

「それにこないだぶりだね月見君。」

「一年近く経ってますよ白澤様。お久しぶりです。」

 

シロが持ってきた荷物を受け取っている桃太郎が不思議そうに月見を見ている。

 

「あの~白澤様?そちらの方は?」

「そういえば会った事無かったね。」

 

白澤が月見の方を示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕の一番最初に出来た弟子、つまり君や芥子ちゃん、ここにいるうさぎ達の兄弟子だよ。」




月見さんの出張先は多岐にわたるため、危険な目にあう頻度が高いです。ただ、メリットもあるので止めたいと思ったことはあまり無いそうです。


次回予告
「つまりすごい人ってことだね!」


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配達日記二頁目

とてもかんたんなあらすじ
「月見さんは白澤様の初弟子」


「えぇっ!?その人がですか!?」

「はい、一時期お世話になっていました。」

 

月見がぺこりと頭を下げる。

 

「改めまして、月見と申します。以後お見知りおきを。」

「あっはい、ご丁寧にどうも…。」

 

戸惑いながらも言葉を返す桃太郎。知らされていなかったお供三匹も目を丸くしている。

 

「あれ?月見君、この子達に説明してなかったの?」

「…あぁ、そういえば言ってませんでしたっけ。」

「聞いてないよ!?」

「そういや、鬼灯様や閻魔大王からも気軽に話しかけられてたなぁ。何者なんだこの人…?」

「…いや…もしかして…。」

 

驚きを隠せないシロや疑問が尽きない柿助をよそに、ルリオがなにかを思い出そうとしている。

 

「っ!そうだ!こないだの健康診断の時だ!」

「うえっ!?いきなりどうしたのルリオ!?」

「確かにこの前動物獄卒の健康診断をまとめてやりましたね。僕があれの責任者ですよ。」

「責任者…?だとしたら結構高い地位の人なんですか?」

 

未だに混乱している桃太郎達に対し、白澤が助け船を出す。

 

「月見君、役職名言ってあげた方がいいよ。」

「それもそうですね。」

 

そう言って月見は桃太郎の方へ向き、話し出す。

 

 

 

 

 

「閻魔庁医務室長兼医療部門の統括及び各庁の医療関係の責任者をしております。」

「多っ!?」

「………?…………???」

「…おいシロ、顔がかなりアホっぽくなってるぞ。」

「仕方ないだろ~、完全にキャパオーバーしてるし。」

 

スペースキャット状態の犬が完成したが、しばらくすると戻ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりすごい人ってことだね!」

「そうですかね?」

 

思考停止しただけのようだ。目がぐるぐる回っている。

 

「まぁあの闇鬼神(鬼灯)直属の部下だと思えばいいよ。」

「それってかなり地位が高いってことなんじゃ…。」

「気にしたら負けだよ。」

 

白澤がケラケラと笑って話を流す。

 

「ほら桃タロー君、シロ君が届けてくれた薬草が足りないやつだから作業を続けていいよ。」

「えっ?あ、本当だ!」

 

白澤から言われた桃太郎は急いで薬草を磨り潰していく。その隣で月見が白澤に話しかける。

 

「白澤様、金丹ってありますか?あと仙桃も買い取りたいです。」

「いいよ。他にはなんかある?」

「えーと…。あっそうだ。」

 

月見が持っていた風呂敷包みを開きにかかる。

 

「白澤様へのお土産を一部シロくんにあげてもいいですか?」

「別にかまわないよ~。おそらく大量にあるだろうから。」

「本当!?やった~!」

 

その言葉を聞いたシロがその場で跳び跳ねて喜んでいる。その様子を見ていた柿助が月見に対して質問する。

 

「ずっと気になってたんですけど、それの中身ってなんですか?」

「まだ言ってませんでしたね。」

 

そして月見が風呂敷を開き、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「餅です。」

 

大量の切り餅がでできた。少なくとも50個以上はありそうだ。

 

「多っ!?」

「毎年思うけどよくこんな量一人で作れるねぇ~。」

 

白澤の言葉に驚く桃太郎ブラザーズだったが、月見はそんなの関係ないと言わんばかりに話し続ける。

 

「これでもまだごく一部ですよ。」

「マジで!?なんでそんなに餅あんの!?」

「餅つきが趣味なので…。」

「たしかネットで売ってたよね。」

 

閻魔庁のHPで「月のうさぎの切り餅 1kg(税込700円)」みたいな形で売ってます。

 

「皆さん結構買ってくれますよ。収益の半分ぐらい各庁に納めたら感謝状もらいました。」

「そこら辺の餅屋より美味しいからね。」

 

その白澤の言葉を聞いたシロがさらに目を輝かせる。

 

「月見さん!月見さん!食べてもいい!?」

「まだ焼いてませんよ。」

 

そんな会話をしていると誰かが扉を開けた。

 

「すいませ~ん。薬受け取りに来ました~。」

 

若い女性の声がする。それに白澤が反応して返事をする。

 

「あぁ、ごめんごめんあと煎じるだけで完成するからお茶でも飲んで待っといてもらえるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖田ちゃん(・・・・・)

「おや、そうなのですか?だったらお茶請けもください。」

「そうだねぇ…。月見君、シロ君の分と一緒に作ってくれない?」

「簡単なやつでいいなら構いませんよ。道具借りますね。」

「冷蔵庫のやつ自由に使っていいからね~。」

 

月見が店の奥に進んでいく。

 

「おぉ!久しぶりの月見くんのお菓子!これは楽しみです。」

「ねぇねぇお姉さん!」

「?どうしましたか白い犬くん?」

 

沖田と呼ばれた女性にシロが話しかける。

 

「月見さんの作ったお菓子ってそんなに美味しいの?」

「えぇ、そりゃぁもう!百年前ぐらいに彼が「技を教えて欲しい」って教えを乞いに来た時に作ってくれたことがあるんですが、一緒に指導してあげてた気難しい方も気に入ってましたから。」

 

へぇ~楽しみ!、と盛り上がっているところに話に置いていかれていた二匹も入ってくる。

 

「なぁシロ~、さすがに名前ぐらいは聞こうぜ?」

「大丈夫ですよお猿さん。皆さんのお名前は?」

「あっ柿助です。」「雉のルリオです。」

「俺、シロ!お姉さんは?」

 

シロに問われた女性が答える。

 

「私は沖田総司と申します。よろしくお願いしますね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしましょうか。」

 

月見が調理台の前に立つ。

 

「…ここレンジ無いんでした。…油はあるっぽいですね。」

 

レシピを考えながら冷蔵庫の中を確認していく。

 

「…あんまないですね…おや、春巻の皮?買いすぎたんでしょうか。」

 

正解だよby白澤

 

「まぁありがたく使わせていただきましょう。」

 

そう言って月見は調理を始める。

 

「餅は…5つぐらいでいいですかね。」

 

持ってきた切り餅を縦に二等分していき、それをそのまま水と共に容器に入れて耳の炎を移して容器ごと燃やしていく。

 

「なんでか知りませんか丁度よくレンジみたいにできるんですよね。」

 

餅が少しゆるくなるまでに油をフライパンに1cmぐらい入れて温めておく。

 

「600wで1分半…これでいっか…。」

 

春巻の皮の端に餅をのせる。さらに自分で持ってきたこし餡を餅の部分に多めにのせてのばす。

 

「一応持ってきて良かったです。」

 

そうしてそのまま春巻と同じように包んでいく。見た目はほとんど春巻である。

 

「ごま…ごま……あった。」

 

外側にといた卵白をぬり、全部にごまをつけていく。

 

「温度は大丈夫そうですね。」

 

温めておいた油で材料を揚げ焼きのように火を通していく。

 

「ついでに揚げ餅作りましょう。」

 

春巻のとなりでかなり小さめに切った餅を軽く揚げていく。

 

 

 

狐色になってきたため、油から網にひきあげて油を切っておく。

 

「揚げ餅の方は塩でいいかな…。」

 

完成したものを皿に盛っていく。

 

「持って行きましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~、沖田さんってしんせんぐみって所ではたらいてたんだね!」

「えぇ!私はそこの一番隊隊長だったんです!」

 

胸を張ったどや顔状態の沖田さんと純粋に目を輝かせるシロ。他の二匹も興味深そうに聞いている。

 

「そういえば今はなにをやっているんですか?」

「生前と似たようなものですよ。」

 

その言葉にルリオが反応する。

 

「新撰組ってたしか警察みたいなやつでしたよね。」

「はい!今は烏天狗警察に勤めています。」

「?沖田さんって烏天狗じゃないよね?」

「私はれっきとした人間ですよ。

 

 

 

 

 

 

ただ地上だと私の方が速いんで採用してもらえました。」

「人間技じゃないね!」

「確かに私レベルの縮地ができる方あんまりいませんしね。」

 

ほんわかと会話する一人と一匹だった。そこにお菓子を持った月見が現れる。

 

「お待たせしました。ごま団子もどきですよ。」

「待ってました~!」

「いい匂いですね!」

 

すぐさまシロと沖田さんが反応する。柿助もいそいそと受け取っていた。

 

「ルリオくんには一応揚げ餅用意してますよ。」

「!ありがとうございます。」

 

全員が一斉に食べ始める。

 

「モチモチしてて美味しい!」

「ごまの香りがあんこをさらに引き立ててますね。」

「すごいなぁ。餅の味が負けてない。」

「確かに餅の材料の香りとかがしっかりと生かされてるな。」

「餅料理は得意なんです。」

 

心なしか月見の顔がどや顔に見える。耳は荒ぶっております。

 

「沖田ちゃーん、薬できたよ~。」

「あっはい!ありがとうございます。」

「白澤様も揚げ餅食べますか?」

謝々(シェシェ)、ありがとね。」

 

そう言って白澤も揚げ餅を口に入れる。

 

「桃太郎もお菓子食べる?」

「いいのか?………うわ美味いっ!」

「お口に合ったようでなによりです。」

 

 

 




FGOやってる友人が何人かいるんですが、そのうちの一人の嫁鯖が沖田さんです。100レベスキルマフォウマでした。


次回予告
「一応年上なんですが。」



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配達日記三頁目

とてもかんたんなあらすじ
「沖田さんご登場」


「ありがとうございました!」

「また薬が無くなったら来てね~。」

「あと店の前の木一本薪にしていいですか?」

「?別にかまわないけど…何するの?」

 

おやつ時を少し過ぎたあと、月見と桃太郎ブラザーズが用事を済ませて帰ろうとした時、沖田がおかしなことを言い出した。白澤もあまり意味を理解出来てないようだ。

 

「OKってことですね。月見くん!今から縮地の訓練をつけてあげますよ!」

「いいのですか?」

「さっきのお菓子のお礼です!」

 

そう言われた月見は桃太郎ブラザーズに離れてるように伝えると沖田と共にとある木から10mほど離れた場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「まずは今どんな感じなのか見せてください。目標はあの木で。」

「分かりました。」

 

月見が片手に持つだけだった杵を両手に構え直し、深呼吸で息を整える。

 

「いきます。」

 

そのまま倒れこむように前に進み出す。

 

 

 

一歩  流れるように踏み込む

 

 

 

二歩  杵の先を体を捻りこむことで後ろに回す。

 

 

 

三歩  爆発的な力を込めて地面を駆ける

 

 

 

そして目標が目の前に来る。それに応えるように体の捻りを利用して杵に最大限の力を伝えて上から解き放つ。

 

 

 

 

「セイッ!」

 

 

 

 

バキュッ!

 

 

木のど真ん中に見事なクレーターを作っていた。的となっていた木の葉っぱはすさまじく揺れている。

 

 

「…こんなもんですか?」

 

そう言って月見は沖田の方に振り返る。

 

「ふーむ、前より一撃が鋭くなってますが…まだ甘いですね。もう少し溜めてからでもいいかと。」

「あぁ…なるほど…。」

「ふふん!沖田さんが手本を見せてあげましょう!」

 

沖田は腰に差していた木刀を抜刀するとさらに離れた場所で立ち止まって構える。それを見ていた月見は桃太郎ブラザーズ達の元へ移動した。

 

「へぇ、結構すごいじゃない月見君。」

「いえいえ、僕はまだ未熟ですよ。」

「…あれで未熟だったら自分って…。」

 

心なしか桃太郎が小さくなった気がする。お供たちは静かに慰めていた。

 

「今から沖田さんがする事を見てたら分かりますよ。」

 

そう言われた桃太郎達は月見と白澤の目線の先を見る。

 

 

 

「………ハッ!」

 

声が聞こえた瞬間、沖田の姿がブレて消える。

 

「えっ!?どこにいったの!?」

 

シロが驚いた声をあげている。月見と白澤以外は似たようものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズガガガンッ!!

 

とてつもなく重い音が響き渡る。

 

慌てて音源を確認する桃太郎とお供達。

 

 

 

 

 

 

的にしていた木が半ばでへし折れている。

 

「ふ~、こんなところですかね!」

「さすがですね沖田先生。」

「いや~先生だなんて恥ずかしいですよ~。まぁ?沖田さんだったら?これぐらいよゆu

コファッ!!!???」

「あ、吐血した。」

 

いつものです。

 

「ほら、薬飲んでない状態でそんな動くから…。はい、お薬ですよ。」

「コフッコフッ…あぁそうでした。すいませんね月見くん。」

 

そんな二人にシロ達がおそるおそる近づいてくる。

 

「沖田さん…大丈夫?」

「大丈夫ですよシロくん。生前から病弱でしたし、これでもましにnnコファッ!?」

「いやそうは見えないんですが…。」

 

桃太郎が引きながら話しかけている。

 

「本当だよ桃タロー君。これでも最初よりだいぶ症状が軽くなってるんだよ。」

「白澤様でも治せないんですか?」

「私の吐血ってもはや癖なんで…。」

 

そう言って沖田が受け取った薬を抱える。

 

「それでは私はこれで!」

「僕達も帰りましょうか。」

「あっはい!」「分かりました。」

「ねぇねぇ!沖田さんも一緒に帰ろ!」

 

月見が買った品を持って帰ろうとする横でシロが沖田に話しかけていた。

 

「いいですかね、では途中まで一緒に行きましょうか。」

「ホント!?いやった~!」

「他の皆さんもいいですかね?」

「大丈夫です!」

「かまいません。」

 

柿助とルリオが答えるが月見は何か悩んでいる様子だった。

 

「?どうしたんですか月見くん。」

「いや…なんか忘れてる気が………。あっそうだ頼まれごと。」

 

その場で白澤の方に振り返り、進んでいく。

 

「?どうしたの、月見君。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぺったん」

 

バキュッ!

 

「ボベラッ!?」

 

月見が左手で持ってた杵をフルスイングする。反応出来なかった白澤はぶっ飛ばされた。

 

「いきなりなにすんのっ!?」

「この間チュンさんから「次あの浮気ヤローに会ったら一発ぶん殴っておいてほしいヨ」って依頼されたので。」

 

白澤がぶっ飛ばされた先から抗議するが月見は淡々と返していく。

 

「じゃあ僕がアイツ(鬼灯)を殴ってくれって言ったら君はしてくれるの?」

「くだらない理由でしょうから遠慮します。」

「なんでだよ!」

「どうせあなたが何かやらかしたんでしょう?逆恨みに協力するのは嫌です。」

 

とりつく島もない月見に対し、白澤が頭を抱える。

 

「君どんどんあの闇鬼神に似てきたよ…。」

「昔僕をナンパした女性が怒って来た時の隠れ蓑にしたあなたに似るよりましです。」

「うぐっ!?」

 

いきなり始まった暴力に目を丸くしていた一行は全員月見の言葉を聞いて呆れた目線を白澤に向ける。桃太郎は白澤の肩をポンと叩き口を開いた。

 

「白澤様…諦めてください。」

「では僕は失礼します。」

 

月見はため息をついている白澤をよそに桃太郎ブラザーズと沖田と共に帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、月見さんって沖田さんの教え子なんですよね?」

 

帰り道の最中、ずっと気になっていたことをルリオが二人に問いかける。

 

「えぇ、そうですよ!私にとってはかわいい弟分です!」

「…一応僕の方が年上なんですが。」

 

自信満々に言い放った沖田が月見の言葉に固まる。

 

「…え?え?あなたここ二百年あたりで生まれた妖怪じゃ無いんですか?」

「沖田さんそんな風に捉えてたんですか。道理で初対面で斬りかかって来たんですねあなた方。」

「ナニソレシラナイ。」

 

その場には土方さんやほかの新撰組隊員がいたそうです。

 

「月見さんはね!お月さまのうさぎなんだよ!」

「?どういう…?」

「簡単に言うと……。」

 

 

 

~説明中~

 

 

 

 

「ホンットにすいませんでしたぁぁぁ!」

「いや、あの、困るんで頭あげてください…。」

 

沖田の見事な土下座に月見は困惑している。

 

「いや本当に色んな失礼を……あなたに斬りかかった他の方も後日謝罪に向かわせるんで……。」

「気にしてませんし、事情を話してなかった僕も悪いんで大丈夫ですよ?」

 

困惑で心なしか月見の表情が動いた気がする。

 

「うぅ…。」

「ほら、立ってください。」

 

ようやく立ち上がった沖田にシロが話しかける。

 

「大丈夫?沖田さん。」

「いえ…昨日まで弟分だと思っていた子がまさか十倍近く年上だったなんて…。」

「重傷だなぁ。」

「…質問しなけりゃよかったな。」

 

そんなこんなで朧車タクシーの前まで来た。そのまま沖田は行き先を告げて朧車に乗り込む。

 

「それでは…。」

「今度気合い入れて作った餅菓子差し入れますね。」

「ホントですか!?楽しみにしてます!」

 

一瞬で元気が戻った沖田を見送った一行はそのまま閻魔庁へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

「おや、お帰りなさい皆さん。」

「「「ただいまかえりました!」」」

「鬼灯様、お土産の仙桃です。」

「あぁ、ありがとうございます。」

「………閻魔大王は何を…いえ、閻魔大王()なにをなさってるんですか?」

 

鬼灯の隣には柱にくくりつけられた閻魔大王がいた。

 

「ちょっと、鬼灯くん!これ外してよ!」

「いえ、閻魔大王(このバカ)が仕事中に漫画を読んでて…

 

 

 

~一時間前~

 

「ねぇ鬼灯くん。この縮地っていうのカッコいいよねぇ~」

「閻魔大王、仕事中ですよ。」

「えぇ~ノリ悪いなぁ~。君もさぁ男子なんだからこういうの気にならないの?」

「私は出来るので興味ないです。あと仕事してください。」

「ホント!?いっかいでいいから見せてよ!」

 

イラァ

 

「……ええ、いいですよ是非体感してください(・・・・・・・・)。」

「?それってd…ちょ、ほ、鬼灯くん?そのロープって何?」

「避けられると困るので。」

 

 

 

いやぁ~~~~~~!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

ということがあったんです。」

「無視!?」

 

どうやらこれから過激なお仕置きが始まるらしい。

 

「へぇ~鬼灯様もしゅくち出来るんだね!」

「月見さんに見せてもらいましたか?」

「うん!あと沖田さんにも!かっこよかった!」

「良かったですね。」

 

鬼灯はシロを一撫でして閻魔大王の方に向き直る。

 

「鬼灯様、僕はこれで。」

「あぁ、引率ありがとうございました。」

「ちょ、ちょっと!月見くん!見てないで助けてよ!」

「?縮地を見られるどころか体験出来るならいいのでは?」

 

そう言って月見はその場をあとにした。部屋に行く途中、叫び声が聞こえてきたがまぁ大丈夫だろう。

 

 




縮地は実際にある古武術式で、仕組みとしては「踏み込んで」ではなく、「体の重さを利用して」移動するらしいです。達人レベルになると走りだしが見えなくなるみたいですよ。

次回予告
「ヤダ、それ誉めてる?」


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放送日記一頁目

皆さん誤字脱字の報告ありがとうございます。




とてもかんたんなあらすじ
「縮地まつり」


「「月のうさぎの健康講座」?」

「えぇ、あなた宛にテレビ局から仕事の依頼です。」

「…大丈夫ですかね?僕なんかで。」

 

仕事用の机で作業していた鬼灯から紙束をもらった月見がそれを見て何かを悩んでいる。渡された紙束の一番上には「企画書」と書かれている。

 

「大丈夫じゃなかったら依頼なんて来ませんよ。」

「でもこれお昼の情報バラエティーじゃないですか。」

「何か不安でも?」

 

鬼灯にそう問われた月見は困ったような声色で答える。

 

「いやぁ…ほら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕無表情しか出来ないから画面が寂しくなるんじゃって思うんです。」

「表情以外で補えてると思いますよ。あと気にするとこもっとあるだろ。」

 

燃えたうさみみ+全身包帯です。

 

「そうゆうもんですかね。」

「そうゆうもんです。それにあなた一人じゃありませんよ。」

「鬼灯様も出るんですか?」

「別のコーナーのコメンテーターとしてですけどね。」

 

そう言って鬼灯が別の紙束を差し出す。

 

「………あぁ、金魚草特集ですか。納得です。」

「はい、ただそこだけ出るわけではないんですが。」

「…まさかフルですか?」

「あなたもですよ。」

 

ふむぅ…、と月見が黙りこむ。

 

「鬼灯様月見さん」「なにやってるの」

「おや」

 

上から声がかかる。二人がつられて見上げると、座敷童子たちが並んで天井に立っていた。白髪の二子は何かを抱えていた。

 

「どうされましたか座敷童子さん。」「こんにちは童子ちゃん。」

「こんにちは」「さっきまで」「お薬倉庫の手伝いしてた。」「あと月見さんにお届け物です。」

 

二子から封筒を受け取って月見が中身を確認した。

 

「あぁ、ナイチンゲールさんからの手紙ですね。手伝いの件も含めてありがとうございます。お礼はこちらでよろしいですか?」

「!あんこ餅!」「食べる!」

 

月見は腰のポーチから笹の葉にくるんだ餅菓子を差し出す。

 

「鬼灯様も食べますか。」

「いただきますが……毎度思うんですけどそのポーチどれだけ物入るんですか。」

「あー…これ貰い物なので自分も把握出来てないんです。」

「貰い物?」

「ツクヨミ様にアルテミス様…その他様々な月の神様が制作に関わっているので…。」

「豪華すぎません?」

 

鬼灯がモソモソと餅を食べているうちに座敷童子たちは走り去って行った。

 

「どうやら孫みたいに思われてるらしくて。」

「なるほど「かわいい孫のために頑張っちゃう祖父母」みたいなやつですか。」

「この口から入れる事が出来るものはいくらでも入るみたいですよ。」

「便利ですねぇ。」

 

鬼灯が餅を食べ終えると同時に質問する。

 

「そういえばあなたナイチンゲールさんと文通してるんですか?」

「文通というより情報交換ですよ。彼女もなかなかの医術狂いみたいなものですから。」

「どこで知り合ったんですか?」

「医療関係のコミュニティに居たんです。最近それを知って入ったアスクレピオス様と意気投合してました。」

 

めっちゃがっちりと握手したそうです。

 

「………まぁそれはどうでもいいです。」

(面倒臭くなったかな?)

「で、どうしますか月見さん。」

「…うだうだ言い続けてもいいことないと思うので受けますよ。」

 

鬼灯はそうですか、と返しそのまま立ち上がって外出準備をし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テレビ局に来たのは初めてです。」

「世界中飛び回って忙しいですからね。」

 

そんな会話をしながら二人はテレビ局内を歩く。

 

「現世では、飛行機を利用しまくった人をよく探してテレビで紹介してましたよ。」

「僕は月に2往復するぐらいですよ。まぁポイント制度なら存在してほしいと感じたことはありますけど。」

「そういうのないんですね。気にしたことありませんでした。」

 

そんなこんなで目的の場所に着く。

 

「この会議室ですね。」

 

そう言って鬼灯は目の前の扉を開けて中に入る。

 

「あら?久しぶりじゃない!鬼灯ちゃん、月見ちゃん!」

「ご無沙汰してますカマーさん。」

「転職して以来ですね、釜彦さん。」

「やぁねぇ、カマーって呼んでよ月見ちゃん。」

 

懐かしさからかカマーの口から次々と言葉が出てくる。

 

「火傷があるのは変わらないわねぇ。せっかく顔がいいのに~もったいないわぁ~。」

「一応消せますけど一時間ぐらいで体力が全部消し飛ぶんです。」

「そういえばあなた人化の術つかってるんでしたね。」

「はい、ただ元になる体の状態をそのまま移すのが楽なんで火傷は消せません。」

「色々気になること言ってた気がするけど…まぁいいわ。」

 

会話が途切れたところで月見がカマーに質問する。

 

「そういえばカマーさんってレギュラーでしたっけ。あまりテレビを見ることが無いんでよく分からないんですが…。」

「ええそうよ、街の子たちのファッションチェックやってるの。」

「なかなかの人気ですよ。」

 

机に置いてあったお茶を飲んでいた鬼灯が続ける。

 

「貶すことは無いんですが褒め方がこれでもかと言う位に独特なんです。」

「ヤダ、それ褒めてる?」

「ちなみに僕の耳の場合、どうなるんですか?」

 

そう言われたカマーはすぐさま口を開く。

 

「「二泊三日のキャンプで1日目の夜で一番盛り上がった時のキャンプファイアーみたい」って感じかしら。」

「僕の耳の炎青なんですが。」

「気にしたら負けですよ。」

 

月見が少し首をかしげていた。その最中、カマーが何かを思い出したようだ。

 

「そうだ月見ちゃん、あれやってくれない?最近仕事詰めでつかれちゃって。」

「良いですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「月のうさぎの健康講座」?」」

「そ、君達が出る番組で補助をするコーナー。」

 

同じ頃、アイドルのまきみきとそのマネージャーがテレビ局内を歩いていた。まきみきの手には月見が受け取っていたものと同じような紙束がある。

 

「進行が……月見さん?聞いたことないけど…。」

「横に書いてある役職からして鬼灯様と同じ職場であることは分かるニャーン。」

「えっ?あ、ホントだ閻魔庁医務室長兼医療部門統括責任者………長いわっ!」

「マキちゃん……。」

 

難しい漢字が並んでいる事に対して拒絶反応を起こしかけてるマキだった。

 

「よくよく見ると金魚草特集のコーナー鬼灯様もいるし。」

「マキちゃんも出るの?」

「金魚草大使としてね…。」

「なんかゴメンにゃん。」

 

目が死んでるマキに謝罪するしかなかったミキだったが、そんなの関係無いと言わんばかりにマネージャーが話を続ける。

 

「二人には他のコーナーにもコメンテーターとして出てもらうから。」

「うぅ…体をはる企画じゃない分まだましなのかなぁ。」

「もう言ってる事が末期なんだニャーン。」

「今から打ち合わせなんだからしっかりしててよ。」

「あんたのせいでしょ!」

 

そんな会話をしている間に会議室に着いた三人だったが、ふとミキが扉を見て違和感を感じていた。

 

「……?」

「どうしたのミキちゃん?」

「いや、気のせいかな。(ここの曇りガラスこんな青かったっけ?)」

「どうでもいいから早く挨拶しながら入りなよ。」

((こいつあとでぶっ飛ばそうかな……。))

 

マネージャーに軽く殺意を覚えたまきみきの二人だったが言われた通り中に入ろうとする。

 

「失礼しまーす。今回共演させていただくマキで………。」

「?マキちゃん?どうかしたのかニャ………。」

 

「あら~マキちゃんとミキちゃんじゃな~い。よろしくね~。」

 

挨拶してきたカマーが月見の炎で物理的に燃えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「イヤァァァァァァア!!!???」」

「あっ、そういえばこの子達これ見るの初めてだったわね。」

「唐瓜さんも似たような反応してましたね。」

「そんなに心臓に悪いんでしょうか、これ。」

 

いきなりとんでもない光景を見て悲鳴をあげるまきみきの二人とは対照的に会議室にいた三人はのほほんとした会話をしていた。

 




FGOでオベロンがガチャに来ましたが、とてもいいキャラしてますよね彼。マイルームの会話が面白いです。

追伸 友達が爆死してました。



次回予告
「また弱み握りそこねたぁ!」


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放送日記二頁目

とてもかんたんなあらすじ
「まきみきと衝撃的な出会い」


「いや~ごめんなさいね。昔時々やってもらってたエステを久しぶりにお願いしてたのよ~。」

「僕のこれ()エステだと思ってたんですか?」

「効果で見れば似たようなもんですよ。」

 

炎が消えたカマーから話しかけられるまきみきの二人だったが、目に見えて疲れている。

 

「はい………ご無事ならなによりです……………。」

「心臓に悪いんだニャーン…………。」

「すいません?」

 

なんとなく謝っておく月見。

 

「ほら、さっさと自己紹介して。」

「コイツ…………はぁ。」

「マキちゃん、マネージャー(私達のことを道具だと思ってるやつ)になに言っても無駄だにゃん。」

 

意気消沈していようが容赦なく働かせようとしてくるマネージャーに二人はため息をついていた。

 

「では改めまして…アイドルやってますまきみきのマキです!」

「ミキですにゃ。」

「どうもはじめまして、閻魔庁医務室長…獄卒専門の医者をやっている月見と申します。」

 

はじめて会う者同士の挨拶が終わったところで鬼灯が話しかけてくる。

 

「どうでしょう、お近づきの印として燃やして差し上げては?」

「いやいやいやいや結構です!」

「大丈夫です!大丈夫ですから!」

「いや是非ともやって下さい。」

「「なにカメラ構えてんだ!」」

 

全力で拒否していたまきみきの二人の隣でマネージャーが起動したカメラを構えていた。

 

「アイドルが炎上(物理)してる動画だよ?バラエティーでそのうち使いそうだから撮ってるんだよ。」

「二人とも、別に怪我するとかじゃないから大丈夫よ~。」

 

マネージャーから言われた事に言い返そうとした二人だったが、カマーからフォローが入って来たため何も言えなくなってしまう。

 

「ホラ、百聞は一見にしかず、百見は一触にしかずよ。一回やってもらいなさい。」

「うえぇ?…カマーさんがそこまで言うなら…。」

 

マキがおそるおそる月見に近づく。

 

「じゃあ、お願いします…。」

「きつくなったらすぐに言ってくださいね。」

 

依頼された月見は耳の炎を手に移し、軽くマキの方に振るう。すると、炎に当たったマキが青い炎に包まれていく。

 

「あつっ!?………くない?」

「マキちゃん、大丈夫なのかニャーン?」

「うん、むしろなんか暖かくて癒される感じがする。」

「僕の数少ない自前の力なんです。」

 

困惑している二人に対し、カマーが話しかける。

 

「ほら、大丈夫だったでしょ?ミキちゃんもやってもらっちゃいなさい。」

 

 

 

その後、青い炎に包まれている二人組アイドルという中々にヤバい絵面が完成した。

 

「はふぅ…。」

「癒されるぅ…。」

 

当の本人達はとてもリラックスしている。一連の出来事を見ていた鬼灯が隣にいる月見に対して質問する。

 

「月見さん、心なしかカマーさんの炎より色が暗い気がするのですが。」

「ストレスを燃やしてるんです。」

「精神にも作用が?」

「はい、「生き物にとって害があるものを燃やす(・・・・・・・・・・・・・・・・・)」炎なので、ストレスとか心の闇とかもついでに燃やします。」

「便利ねぇ。」

「重宝してますよ。」

 

そんな会話をしている三人をよそに、マネージャーが渋い顔をしながらまきみきに話しかける。

 

「面白くないなー。もうちょっと慌てろ演技でいいから。」

「あんたは私達をどうしたいんだ!?」

「いい加減にしろよお前!」

 

キレた二人が暴れた拍子に火の粉がマネージャーの方に飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マネージャーが凄い勢いでドス黒く燃え始めた。

 

「「うひゃあ!!??」」

 

目の前で勢い良く燃え盛る黒い炎に驚く二人。やり取りを見守っていた三人の目も丸くなっている。

 

「月見さん、何かしましたか?」

「いえ…どうしましょうこんな現象初めてです。少なくとも炎は透ける筈なんですが…。」

「ちょっと大丈夫なのこれ?」

 

月見が頭を悩ませていたが、ふと顔を少し歪ませる。

 

「いや……でも……。」

「とりあえず消しましょうか。」

「…すぐに終わらせます。」

 

月見がそう言うとすぐに炎に近づいていく。ちなみに今の間、燃えているマネージャーはなにかを喚いているが炎が弾ける音で掻き消されている。

 

「ほい。」

 

月見が炎に触れた瞬間、ドス黒い炎は霧散したがマネージャーから何も反応がない。

 

「?……気絶してる。」

 

月見がバイタルチェックを行おうとして顔を見るとマネージャーは涙や鼻水でぐしゃぐしゃに濡れた上で白目を剥いていた。

 

「…そういえばマネージャーって暗闇がトラウマなんだっけ。」

「この前もガチ泣きしてたもんね。」

「あぁ罰ゲームの時の。」

 

そんな後方待機組の会話を聞きながら月見は応急処置をしていく。

 

「あとは気付け薬でいいですね。」

 

そう言うと、月見がポーチから一つの小瓶を取り出した。それをそのままマネージャーの鼻の近くに持ってくる。

 

「……………うがっ!?」

「はいおはようございます。」

「あっ!?また弱み握り損ねたぁ!」

「待ってもらえばよかったぁ!」

 

まきみきの叫びにカマーは苦笑いしている。

 

「大丈夫ですか?」

「…あぁすいません、助かりました。」

 

マネージャーが無事戻って来たところで他の出演者が集まってくる。まきみきは肩を落としながら、カマーは共演者に明るく挨拶しながら自分の席に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕達の席はどこでしょうか?」

「向こうですよ。まぁそれとは別に聞きたいことが。」

「?なんでしょうか?」

「ぶっちゃけ何であんなことになったんですか?」

「………どれでしょうか。」

「全部です。おそらく理由もわかってるんでしょうし。」

 

月見はため息をつくように話し始める。

 

「……さっきも言ったように、僕の炎は心の闇を燃やせるんですけどあの方の場合心の闇が深すぎた……濃すぎたんです。」

「ほう?」

「あの状況を簡単に言えば…

「常温で気体化する油をぶっかけた固形燃料にマッチの火を近づけた。」

っていうことです。」

「あぁ、そりゃあんな風になりますね。」

 

 




マネージャーのトラウマについては原作第202話を参考にしています。他の話で鬼灯様から「真性」と言われるレベルなので、これくらいだろうってことでこんな形になりました。
ちなみに鬼灯様が普通だったのは、感情の湿度がほとんど正常に近かったからです。



次回予告
「イメージって怖いですよね。」


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放送日記三頁目

とてもかんたんなあらすじ
「一人だけ燃え方おかしい。」


会議室にて始まった打ち合わせだったが月見は時々チラチラと周囲に目線をよこしている。

 

「どうしました月見さん。」

「いえ、テレビをあんまり見ない自分でも知ってる方が沢山いるなぁ、と。」

「それはそうですよ。昼の番組の中でも一番視聴率いいんですからその分有名な方がオファーを受けやすいんです。」

 

そんな他愛のない話をしたりしているうちに、話がこちらに回ってくる。

 

「いや~お二方とも、今回は来ていただいてありがとうございます!」

「いえいえ、こちらこそ呼んでいただき、ありがたい限りです。」

「………プロデューサーさん、少しお聞きしたいことがあるのですが。」

 

月見がおそるおそるといった様子で問いかける。

 

「僕の担当するコーナーの内容ってどんなのがいいですかね。」

「あぁ~、そこは自由に選んでもらっていいですよ。」

「……………いいんですね。」

「何か問題でも?」

「月見さんを医療関係で自由にしたら視聴者とタレント全員置いていくマシンガントークが始まりますよ。」

「出来たら家庭でもできる簡単な健康法とかを分かりやすくお願いします!」

 

焦るプロデューサーとは対照的に月見は少し残念そうに耳を垂れさせてた。

 

「せっかく思う存分語れると思ったのに………。」

「補助をしてくれるまきみきのお二人が可哀想なんで止めて下さい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………それでは内容の確認をしましょうか。」

「はーい!」「分かりましたニャーン。」

 

全体での打ち合わせが終わった後、そのまま月見がまきみきに対して説明し始める。隣では鬼灯達が金魚草の話で盛り上がっていた。

 

「もらったテーマが「家庭でもできる簡単な健康法」なんですよ。なので、今回は「食べ合わせ」をメインにしていこうと思います。」

「食べ合わせ?ニラレバとかですか?」

「はい、そうですね。」

 

そう言って月見は二人に簡単にまとめた資料を渡す。

 

「手書きかつ急いで準備したやつなのでわからない所があれば聞いてください。」

 

二人が資料に目を通し始めたのを見て、月見は話しだす。

 

「まずは体に良いとされるものです。」

「あの~すいません。」

「どうしましたかミキさん?」

 

説明し始める月見だったが、そこにミキがおずおずと手を挙げて質問する。

 

「この目次にある「うなぎと梅干し」って体に良い枠でいいんですか?」

「どういうことなのミキちゃん?」

「なんか…どっかでこれらを一緒に食べると胃腸に良くないって聞いたことが……。」

「あぁ、世間の一般論になってる話ですね。」

 

月見はポーチから折り畳み式のホワイトボードを取り出す。

 

「現世では「うなぎの脂と梅干しの酸が同時に内臓を刺激して消化不良を起こす」なんて言われてます。地獄も似たようなものですね。」

「違うんですか?」

 

そう問われた月見は広げたホワイトボードに円を2つ描きその中にそれぞれ脂、酸と書いていく。

 

「別に脂と酸は互いを邪魔する関係じゃないんです。むしろ、酸は脂の吸収を助けてくれます。」

 

説明したことを図にしていく。

 

「単純に並べてもいいですし、うな丼とかならご飯を炊く時に梅肉やだしを入れても美味しいですよ。食欲増進にもつながります。」

「なんか…普通にお腹空いてきた…。」

「大福持って来てますけど食べます?」

「いいんですか!?」

 

わぁーい、と言いながら受け取るマキと(どこに持ってたんだろ……)と思いつつ受け取ったミキだった。

 

「他にも色々ありますよ。」

「ホントだ、「焼き魚と大根おろし」、「唐揚げとレモン」……良く見る組み合わせも多いですね。」

「体にいいから残るっていうのはよくある事なんですよ。単純に相性が良いものが多いですし。」

 

ミキの言葉に返答しながらホワイトボードに簡単な絵を描いていく。

 

「そういう食材たちの対極にあるのが牛乳ですね。」

「?」

「他の食材と一緒にとると消化が遅くなるんですよ。」

ふぉうふぁんふぇふふぁ(そうなんですか)!?」

「マキちゃん、ちゃんと食べてから話そ?」

 

ずっと食べてました。

 

「もちろん牛乳自体は悪いものではないですし、むしろ栄養価的にはとても良いものですよ。ただ食い合わせが異常なまでに悪いんです。

「単体で飲めばいいってこと?」

「マキさん正解です。」

 

月見はホワイトボードの絵を全て消して「食い合わせ✕」と書いていく。

 

「同じような理由でヨーグルトも酸味の多い食材……フルーツとかと一緒に食べるのはオススメしません。」

「嘘!?良くやってるんですけど…。」

「時々ならいいんですけどね。美味しいし。」

 

他にも……、と例を挙げながらホワイトボードを片付けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなとこですね。」

「普通に勉強になりました!」

「それは良かったです。」

「そういえば気になってたんですけど…。」

「なんでしょうか?」

 

金魚草組と合流しようした所でミキが月見に問いかける。

 

「さっきのうなぎと梅干しの話ってなんであの組み合わせが悪いものとされてるんですか?」

「あ!それ私も気になってた。」

「そうですね……元は梅干しじゃなくて銀杏だったとか色々諸説あるんですが、一番有力なのがちょっとした笑い話なんですよね。」

「「笑い話?」」

「梅干しって食欲増進作用があるんですけど、

そのせいで高級食材であるうなぎを食べ過ぎたりする人が多かったので噂流して実質禁止状態にしたらしいんです。

「えぇ……。」

「その噂が残り続けてたんですか………。」

「よくある話ですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~一週間後~

 

「………どうしましょう。」

「どうしましたか月見さん?お行儀悪いですよ。」

「鬼灯様。」

 

とんかつ定食を食べながら何かの紙束を見ていた月見に中華定食の乗ったお盆を持った鬼灯が近づいてくる。

 

「それは?」

「あぁ……この間のコーナーが話題になったらしくてまたオファーをいただいたんです。」

「ほぉ、良かったじゃないですか。」

「いやまぁありがたい限りなんですけど……。」

 

鬼灯にそう言われるが月見はどこか浮かない様子である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「医療関係じゃなくてお料理番組の解説役として呼ばれそうなんですけどどうすればいいですかね。」

「知りませんよ。」

 

 

 




ちなみに月見さんは金魚草特集にも出てます。

あと月見さんは普通に肉食えます



次回予告
「さすがに想定外です。」


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接待日記一頁目

今回からガッツリ鬼灯の冷徹以外の作品の設定を出していきます。


とてもかんたんなあらすじ
「ほぼほぼ料理番組」


「いや~!日本なんて初めて来たわ~!」

「そうだな!ここの花街っつう場所にはきれいなお姉さんが沢山いるらしいからな!いやぁ~たn「ダ~リ~~ン?」いやちょっ、嘘なんで首絞めないdいでででででで!?」

 

日本地獄空港の入り口でドレスを着た白く輝く長髪の美女が、筋肉隆々の大男の首を絞めている。少し後ろにはフードで覆われた頭を抱える黒コートの男がいる。

 

「はぁ…….だから連れて来たくなかったんだ………。」

「お~い!早くしないと置いてっちゃうわよ~。」

「…………はぁ、分かってるよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルテミス叔母さん。」

「ちょっと!叔母さんって呼ばないでっていつもいってるでしょ!?」

(コイツホント怖いもの知らずだよなぁ。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?あそこにいるの月見さんじゃ?」

「あっホントだ!おーい月見さーん!」

「おい待てシロ。」

 

ルリオの静止を聞かずにシロが月見に走って近づく。それを追いかけるように柿助とルリオもついてきた。

 

「ねぇねぇ月見さんなにしてるの?」

「おやシロくん。元気そうで何よりです。」

「おいシロいきなり走るなよ~。」

「うちのバカがすいません月見さん。」

「いえ、大丈夫ですよ。」

 

シロの頭を一撫でして月見が話を続ける。

 

「これから僕のお客様がいらっしゃるんです。」

「お客様?」

「この前鬼灯様が話してたやつですか?」

「海外の神様と言っていたのならそれですね。」

「へぇ~神様……神様!?」

 

いきなり出てきた「神様」というワードに驚く三匹だったが、いち早く復活したシロが尻尾を振りながら月見に尋ねる。

 

「ねぇ!俺も行っていい!?」

「おいシロっ!」

「さすがにダメだろ~。」

「邪魔さえしなければ向こうも許してくれると思いますよ。」

 

まさかの許可にシロは喜び、他二匹は言葉から感じる不穏さに嫌な汗をかく。

 

「ちなみに……邪魔になることをしたら?」

「治療や医療関係でやったらおそらくメスでぶっ刺されますよ。」

「怖っ!?」

 

月見からの返答に思わず叫ぶ柿助。

 

「大丈夫だよ!俺そんなことせずちゃんと待てるから!」

((不安なんだよなぁ。))

 

元気よく宣言するシロだったが柿助とルリオからの視線は冷たいものである。

 

「とりあえずご本神に聞いてみましょう。」

「はーい。」

「あの~、大丈夫なんですか?俺たちがついていっても。」

 

ついてくる桃太郎ブラザーズに対して月見が言う。

 

「彼、医療関係でなければ結構常識的ですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………来るのはあなただけと伺ってたんですが?」

「許せ、叔母さんに話を聞かれたのが運の尽きだ。」

「月見ちゃぁ~~~~~ん!久しぶりぃ~~~~!」

「とりあえず助けて下さい。アルテミス様がいるのはさすがに想定外です。」

「嫌だし無理だ諦めろ。」

 

現在進行中で月見が美女に抱きつかれている。体格に少し差があるため、月見が苦しそうに隣に来た黒コートの男に話しかけている。

 

「おいおいアルテミス、そいつが苦しそうだからそろそろ離してやろうぜ。」

「あらそう?ごめんね月見ちゃん。」

「ゴホッゴホッ……大丈夫ですよアルテミス様……。オリオンさんもありがとうございます……。助かりました。」

 

一連の出来事に固まっていた桃太郎ブラザーズだったがふと黒コートの男がすぐ近くに来ていたことに気がつく。

 

「おい月見、コイツらはなんだ?」

「僕らと一緒に行きたいと言ってきた子達ですよ。」

「……まぁいい。」

 

興味無さげに流されたが、シロはそんなの関係無いといわんばかりに話しかける。

 

「ねぇねぇ!俺、シロ!お兄さんは!?」

「……アスクレピオス。」

「向こうの二人は?」

「……右の頭お花畑っぽい女がアルテミス、左の筋肉達磨がオリオンだ。」

「へぇ~。」

 

周りで騒がれるよりもさっさと答えたほうがいいといった感じだったアスクレピオスだが、ふとなにかを思いついたようだ。

 

「おいお前ら。」

「?なぁに?」「なんでしょう?」「どうされました?」

「これから地獄を巡る際、あの二人の相手をしてろ。それが同行の条件だ。」

「うん!いいよ!」

「素直なやつは嫌いじゃないぞ。」

 

そう言ってアスクレピオスは会話している月見達の元へ近づいて行った。

 

「シロお前~めっちゃヒヤヒヤしたんだからな!?」

「でも同行してもいいって言ってくれたよ!」

「どっちかって言うと面倒を押し付けられただけの気もするが…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうそろそろ目的地ですよ。」

 

月見を先頭に大叫喚地獄の刑場を歩く一行。今回の目的以外興味がないアスクレピオスはともかく、アルテミスとオリオンは周りがとても気になって仕方ない様子だった。

 

「へぇ~すごいわね~。」

「日本にもこっち(ギリシャ)みたいな動物がいるんだな。」

「ねぇねぇアルテミスさん。」

「ん?どうしたの?白いワンちゃん。」

「なんでずっとオリオンさんの首に腕をまわしてるの?疲れない?」

 

柿助やルリオが怖くて、月見とアスクレピオスはいつもの事だから聞いてなかった事を容赦なく聞くシロ。それに対し、アルテミスは笑顔のまま答える。

 

「ダーリンが他の女の子に色目を使った瞬間首をキュッってするためよ?」

「アルテミスさんはオリオンさんが大好きなんだね!」

「も~テレるじゃな~い。」

 

なおすでに5回ぐらい絞められてます。

 

「あーところで質問なんだか、あのデッケェ鳥って何なんだ?」

「あれは金剛嘴烏処(こんごうしうしょ)という刑場で働いてくれてるカラス達ですよ。嘴が金剛………ダイアモンドでできてるんです。」

「ギリシャにいたら真っ先に狩られるだろうな。」

「あっそれわかるかも~。」

 

心なしかカラス達が離れていった気がする。

 

「あの…俺の先輩を狩ろうとしないでいただけますか…。」

「おおすまん、狩人としての癖でな。えーと?」

「ルリオです。」

 

案外気さくに話しかけてくれる二人に一応安心してる柿助とルリオだった。

 

「そういえばここってウチ(ギリシャ)でいうタルタロスよね?どれだけ罪を重ねたら堕ちちゃうの?」

「色々種類はありますが、ここら辺は主にひどい嘘つきが堕ちる所ですよ。」

 

そう月見に返されたアルテミスは笑顔が少し困ったような形になって、オリオンから降りた。

 

「どうしたんですか?」

「んー、ちょっとね。みんなの事思い出してたの。よくよく考えてみればましな子って少ししか居なかったからね。」

「……神様連中半分ぐらいアウトだし人間のなかでもそれっぽいヤツいるしな。」

「ハッ、あの(ゴミ)どもが苦しむ姿は見物だろうな!」

 

今まで会話に入っていなかったアスクレピオスがいきなり毒を吐いた事に驚く三匹。

 

「ねぇオリオンさん…。アスクレピオスさんってなにがあったの?」

「あぁ。あいつな?勘違いで父親の神が母親を殺したり、あいつ自身もゼウスに殺されているから神が基本大嫌いなんだよ。」

「?でもアルテミスさんとは普通に話してますよね?」

 

そう柿助が言うとオリオンは頬を掻きながら答える。

 

「あー…オレが死んだ原因がアスクレピオスの父親……アポロンなんだよ。」

「なるほど、恨みの対象が同じなのか…。」

 

納得するルリオ。オリオンは小さな声のまま続ける。

 

「死にたくないならあいつらの前でアポロンの話をするんじゃねぇぞ?」

「「「了解です…。」」」

「ダーリンなにやってるのー?置いてっちゃうよー?」

「おーう、今行くー。…じゃ、さっさと行くぞ。」

 

オリオンは桃太郎ブラザーズと共に月見達の後を追っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが受苦無有数量処(じゅくむうすうりょうしょ)です。そしてあの亡者に生えてるやつが目的の植物ですよ。」

「ほう…これがか。」

 

心なしかアスクレピオスの目が輝いている気がする。月見とアスクレピオス以外は少し離れた場所で採取の様子を見ている。

 

「ねぇシロくん、ここってどんなとこなの?」

「え?えーと…なんだっけルリオ。」

「………たしか嘘のでっち上げで目上の人を騙した人が堕ちる地獄だったはず…。」

「色々種類が分かれてるの?」

「たしか272ぐらいありますよ。」

「……多くね?」

 

そこら辺にある木に腰掛けていた一柱と一人と三匹は他愛のない会話で暇を潰していた。

 

「あれ、こっちにきてる。おーい、終わったー?」

 

アルテミスが近づいて来る二人に対して呼び掛けた。

 

「あぁあとは閻魔庁に行くだけだ。さっさと戻るぞ。」

「えぇ~!?もうちょっと刑場見てみたい~!」

「戻るって言ってるだろ、アルテミス叔母さん。」

「だから叔母さんはやめてって!」

 

口論になりそうになるアスクレピオスとアルテミスだが、月見が一言告げる。

「アスクレピオス様、刑場にいる亡者なら実験し放題ですし、他では見られない傷口とか症状をみれますよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をぼさっとしている?さっさと刑場に行くぞ。」

「いや変わり身はえぇよ。」

 




医神様は第一再臨-ペストマスク
月の女神様は第一再臨のドレス(露出控えめ)
狩人さんは第三再臨のズボン+キトン
みたいな感じです。

次回予告
「参考になった。」


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接待日記二頁目

いつの間にかお気に入りが500を超えてた………。
ありがたい限りです。


とてもかんたんなあらすじ
「医神と女神と狩人が来た。」


「近場からでいいですか。」

「構わん、早く案内しろ。」

 

既にデジタルカメラを起動しているアスクレピオスに対し、オリオンが若干引きながら話しかける。

 

「お前…なんでそんなに興奮してんの?」

「ククッ、これが興奮せずにいられるか!」

 

振り向いたアスクレピオスの目がギラギラしてる。

 

「タルタロスはハデスのせいで入れないがここ(日本地獄)は今いくらでも見る事ができるのだぞ!?それに月見にも聞いたが拷問の仕方も多種多様だと聞く!つまり普段では診られない怪我の診察ができるんだ!」

「亡者で実験していいと鬼灯様から許可もらってますよ。」

「ハッハッハッ、あの鬼も粋なことしてくれるじゃないか!」

 

遂に高笑いし始めたアスクレピオス。甥っ子がとても元気そうな事と自分の要望が通った事でにっこにこのアルテミスだった。

 

「ねぇねぇ月見さん……。なんであんな事になってるの?」

「あぁ彼、医療の発展につながりそうな事だったら基本的に何でもするので。」

「おい、さっさと行くぞ。」

 

シロの質問に答える月見だったが、アスクレピオスに急かされて移動し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吼吼処(こうこうしょ)です。恩を仇で返したり、信頼してくれてる人を裏切ると堕ちます。」

「ほう、毒で爛れてる上にさらに毒虫がたかっているのか……結構ありきたりだな、次行くぞ。」

 

 

 

 

異々転処(いいてんしょ)です。占い関係で嘘をついたり詐欺ったら堕ちます。」

「…おい、この川はなんだ?」

「水に見える灼熱です。他にも回転ノコギリっぽいもので切り刻んだりします。」

「なるほど、中々興味深い……撮っておくか。」

 

 

 

如飛虫堕処(にょひちゅうだしょ)です。転売したり横領したりすると堕ちます。」

「おや?月見さんじゃありませんか?お久しぶりで~すね。」

「こんにちは芥子ちゃん。」

 

亡者の拷問を終えて休憩していた芥子が一行に近づいてくる。

 

「シロさんに柿助さんにルリオさんに……残りのお三方はどちら様で?」

「僕のお客様のギリシャ神話の方々です。」

「あら~可愛いうさちゃんね~。」

 

アルテミスが芥子に近づいて抱き上げる。

 

「こんにちは芥子と申します。」

「アルテミスよ~。よろしくね~。」

 

一方アスクレピオスはそこらに落ちてる亡者の様子を観察していた。

 

「ん?なんだこの赤黒い物体は。」

「そこのお方、それは私特性の芥子味噌ですよ。」

「あ、この辛い匂いの原因お前なの?」

 

オリオンはずっと鼻をつまんでいる。その隣にいた月見は説明を始める。

 

「彼女はここのエースなんですよ。とても優秀で可愛い妹弟子です。」

「いやぁ~そんな、恥ずかしいですよ。」

「へぇ~こんなちっこいのがねぇ。」

 

オリオンは不思議そうに芥子を見つめ、アルテミスは芥子を撫でる手が速くなった。

 

「一回実践してもらえますか?」

「いいですよ。」

「アスクレピオス様、危ないので一度戻ってください。」

 

今から拷問が始まると理解したアスクレピオスは素直に戻って来た。

 

「ねぇねぇアルテミスさん。」

「どうしたのシロちゃん?」

「鬼灯様が言うにはね、ここの人達って()親父って言うんだって!」

 

その瞬間地面に降りていた芥子の動きがピタッと止まる。

 

「………おのれ狸おのれ狸おのれ狸おのれ狸おのれ狸っ!

「おいシロ、わざとだろ。」

「うん。」

 

スイッチが入った芥子が飛び出して行く。

 

 

「狸めぇぇぇ!!」

 

ドゴッ バキュッ

 

周囲の亡者達に襲いかかる芥子を見るアスクレピオスは感心するかのような声を出す。

 

「なるほど、激しい打撲や火傷跡に刺激物を塗り込むことで更なる苦痛を促すわけか…よくできてるじゃないか。」

「いや…それより気になることねぇの?」

「ん?確かにあの芥子味噌とか言うのは気になるが?」

「そっちじゃねえよ!」

 

狸でいきなり豹変した芥子に何も突っ込まないどころか冷静に観察しているアスクレピオスに呆れるオリオンだった。

 

「すごいわね~あの子、何があったらあんな殺意まみれになっちゃうのかしら。」

「恩人を殺された恨みはとてつもなく深いってことですよ。」

「頼んだらあの色ボケも潰してくれないかしら。」

 

アルテミスと月見はほのぼの会話している。

 

「フーッ!フーッ!………ふぅ、皆さんお待たせしました。」

「構わん、参考になった。」

「おやそうですか。」

 

狂戦士(バーサーカー)状態から戻って来た芥子がこちらに話しかけてくる。

 

「皆さんはこの後どちらへ?」

「他の部署もまわって閻魔庁に戻ります。」

「そうなのですか、私も鬼灯様に提出する書類があるのでご一緒しても?」

「いいですよ。」

 

~芥子が仲間になった!~

 

「なんだ今の。」

「ダーリンどうしたの?」

「いや…何でもない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「芥子とか言ったな。」

「どうしましたか黒コートさん。」

「アスクレピオスだ。…少しばかりお前の芥子味噌とかいうやつに興味が出てな、資料があれば見せてもらいたい。」

「いいですよ。はい。」

 

そう言って芥子は鞄から一冊の本を取り出してアスクレピオスに渡す。

 

「感謝する。」

「いえいえ、大丈夫ですよ。何に使うんですか?」

「唐辛子の成分を医学に転用できるか考えるための参考だ。」

 




うさぎ組は芥子ちゃんが修行中だった頃からの顔見知りです。よくお茶してます。


次回予告
「さすがに変態を敬いたくないです。」


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接待日記三頁目

とてもかんたんなあらすじ
「医神先生の地獄めぐり」


「いかがでしたか?」

「あぁ貴重なサンプルが取れた。満足だ。」

「なら良かったです。」

 

閻魔庁前の階段を登りながら月見とアスクレピオスが話しており、後に続くように他全員が歩いている。

 

「く、首が……。」

「ダーリンが他の女の子に色目使うのが悪いんだからね!」

「オリオンさんの首すごい音出てたね。」

「……まぁ自業自得ですし。」

 

衆合地獄を案内してた際、10回ぐらい首を絞められて苦しそうなオリオンとプンプンと怒るアルテミス。その二人の様子を桃太郎ブラザーズと芥子が呆れたように見つめていた。

 

「閻魔大王こんにちは、鬼灯様の場所知りませんか?」

「あぁ月見くん、鬼灯くんなら、ついさっき食堂に行ってたよ。あと、そっちの三人は鬼灯くんが言ってたお客さんかな?」

「はい、ギリシャからいらっしゃった僕の友人です。」

「アスクレピオスだ。」

「アルテミスでーす。」

「オリオンだ。……でけぇな。」

 

閻魔庁に入った所で閻魔大王と遭遇した月見一行。他愛のない会話をしてから別れ、鬼灯様の元へと向かう。

 

「ねぇ月見ちゃん、鬼灯っていう人……鬼かな?ってどういう鬼なの?」

「あまり感情が分かりませんがとても愉快な方ですよ。」

「すげぇな月見さん、鬼灯様の説明を愉快で済ませたぞ。」

「ある意味あの人も大物だしな。」

 

閻魔庁の廊下を歩く一行だったがふと前方から「縁起悪ッ!」

という女の叫び声が聞こえる。

 

「あれっ?今の声食堂からじゃない?」

「そうですねシロくん。ちょうど目的地なので行ってみますか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お騒がせどころかヘラはゼウスの愛人とその子供をよく血祭りに上げます。」

「え~何々お父様の話?」

 

唐瓜とその姉甜瓜(てんか)、茄子に対して話をしていた鬼灯に対しアルテミスが話しかける。どうやら彼らの話題に反応したようだった。

 

「おやアルテミスさんではないですか。そちらは…オリオンさんですか。」

「あら?私達のこと知ってるの?」

「この前の月神集会の写真を月見さんに見せてもらったので。」

 

月関係の神や逸話を持つ英雄が年一で集まってるそうです。

 

「ちょうどあなた方(ギリシャ神話)の話をしていた所ですよ。正しくはゼウスとヘラですが。」

「あ~お父様とヘラさんね…。」

「…ゼウスのことを「お父様」って…まさか神様!?」

「そうですよ甜瓜さん。彼女はアルテミス、ゼウスの娘の一人です。」

「アルテミスでーす。よろしくね~。」

 

フランクに挨拶してくるかなり高位の神様に開いた口がふさがらない三人。

 

「ところで何故日本に?」

「甥っ子が日本地獄に行くって聞いたからついて来ちゃった!」

「断ると面倒だから連れてきた。」

「シロくん達が案内を手伝ってくれたので大丈夫ですよ。」

「そうですか。」

 

話が途切れたところでシロが話す。

 

「ねぇねぇ鬼灯様!俺達もここで食べていい!?」

「私は構いませんが…。」

「俺は大丈夫です。」「俺も~。」「…私もちょっと話聞きたいなって…。」

 

鬼灯の確認に返答する三人。

 

「大丈夫ですね。あぁ、お三方も食堂を利用してもらっても構いませんよ。」

「だってさダーリン!私何にしようかな~。」

「…俺サイズの食器あんのかな。」

「大丈夫だよ!閻魔大王も使ってるから!」

 

アルテミスがオリオンと桃太郎ブラザーズと共に券売機に向かって行った。

 

「アスクレピオス様、僕達も行きましょう。」

「……あまりあの下半神の話は聞きたくないんだが。」

「鬼灯様の事なのでおそらく貶すだけですよ。」

「……………まぁいい。」

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばアルテミス様、ゼウスのことはお父様って呼んでたのに何でヘラのことはヘラさんなの?」

「?私のお母様はヘラさんじゃないわよ?あっこれ美味しい。」

「はい?」

「アルテミスの母親はレートーっていう別の神様だぞ。」

 

半分以上が頭に?を浮かべる。

 

「さっき私がゼウスが浮気王であるという話をしましたよね。その浮気で出来た子供のうちの一柱がアルテミスさんなんですよね。」

「それにお母様私が産まれる前にヘラさんに殺されかけたって言ってたわ。」

「……もう夫婦揃ってGPSでもつけとけばいいんじゃない?」

 

質問した茄子がなげやりになった。鬼灯と月見とギリシャ組以外がなんとも言えない雰囲気になる。

 

「その上で甜瓜さんに聞きます。この結婚の神(ヘラ)の話を聞いても尚、あなたは結婚したいと言いますか?」

「アンタは絶望の神かなんかか。」

「こいつは何をどうしたいんだ?」

 

鬼灯の無慈悲な発言に対し、甜瓜はツッコみ、アスクレピオスは鬼灯の思考回路がどうなっているかを知りたくなっていた。

 

「そもそも日本の鬼がうち(ギリシャ)の神に祈るってのが可笑しな話なんじゃねえの?」

「それもそうですね。」

 

オリオンからの指摘で解決になりそうな話を考える鬼灯。

 

「日本の縁結びの神様ならちょうど良い方がいますよ。」

「誰だろう?」

「あ~彼ですか。」

「えっ芥子ちゃんわかったの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「大国主命(おおくにぬしのみこと)」」

「日本の浮気王(ゼウス)じゃねぇか。」

「日本にもそういう神いるのね~。」

 

甜瓜がツッコむ横でアルテミスがのほほんと呟く。

 

「そもそも不倫関係の地獄が多いんですから仕方ないと思いますよ。」

「どれぐらいあったっけ?」

「ざっと五個以上は有りますよ。」

 

シロの質問に答える鬼灯とは対照的に甜瓜はげんなりしてる。

 

「そんなにいらないでしょ?」

「残念ながらこれでもまだ細分化が検討されてるレベルですよ。」

「人間はうさぎ以上に発情してるって言われてますよ?」

「奈落じゃねぇか。」「ろくでもないね!」「猿より秩序がないって………。」

 

鬼灯と月見の言葉に桃太郎ブラザーズまでげんなりし始めた。

 

「あー誤解の無いように言っておきますけど、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結婚というのは絆と信頼で結ばれる神聖な契約です。」

「信じられるか。」

 

思わずツッコむ甜瓜だった。

 

「仲がいい夫婦もいますよ。ここに。」

 

そう言ってアルテミスとオリオンの方を示す月見。

 

「そういえばダーリンって言ってましたね。二人はご夫婦何ですか?」

「はーい、そうでーす。」

 

唐瓜の問いに対して笑顔でオリオンに抱きつきながらアルテミスが答える。

 

「実際神話の中でも仲の良さが書かれてましたね。」

「まぁ式っぽいことしたのは俺が死んで星座になってからなんだが。」

 

オリオンの言葉に小鬼組と月見を除いた動物組が驚く。

 

「……………あの糞神が原因だったな。」

「そうよ、あの糞兄のせいなの。」

あっヤベ落ち着けー二人共ー。」

 

急に冷たい雰囲気になるアスクレピオスとアルテミスをなだめるオリオン。そんな中、月見が気にせず続ける。

 

「あぁアポロン様ですか。この前ぶん殴りましたけど。」

 

その言葉に鬼灯と月見以外が固まる。

 

「たしか帰ってくる1日前にお会いしたと言ってましたね。」

「はい。

 

 

 

~半年前~

 

「まさか出張先で気の合う方がいるなんて………。世界って不思議なものですね。」

「ちょっとそこの君。」

「薬草も採取できたしそろそろ帰りましょう。」←気づいてない

「そこの耳が燃えてる君!」

「………なんでしょうか?」

「ああ!なんて可愛い少年なんだ!………失礼取り乱した。すまないが一つお願いがあるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと私の眼球、舐めてみなーい?☆」

 

 

 

~~~~~

 

ってことがありまして、その上追っかけて気持ち悪かったんで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全力でフルボッコにした上で地面に埋めて来ました。」

「「「ブフォッ!?」」」

 

ギリシャ組が一斉に吹き出した。

 

「いや神様相手に何やってるんですか!?」

「さすがに変態を敬いたくないです。」

「フッハハハハハハ!!」

「あっはははは!!」

 

唐瓜と月見のやりとりにアスクレピオスとアルテミスの腹筋が崩壊した。




今回は第197話を改編した話でした。
Fateのアポロンはショタコンだったのでこの小説でも採用しました。

次回予告
「どういう仕組み?」


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接待日記四頁目

とてもかんたんなあらすじ
「神たちは基本ろくでなし」


「クックックックッ……。」

「いつまで笑ってるんですか?」

「いやすまないな、あの色ボケが地面に埋まってるのを想像するとどうしてもな。」

 

食堂で動物組、小鬼組と別れた月見と鬼灯はギリシャ組を連れて閻魔庁内を歩いている。

 

「ついでに土踏みまくって固めておきました。」

「そういえばうさぎは威嚇で足踏みするんでしたね。」

「だからしばらくあのシスコン糞兄貴見なかったのね~。」

 

アルテミスがいい笑顔を見せる。アポロンが惨めなことになっているのが余程嬉しいようだ。

 

「ところで、今どこに向かってるんだ?」

「アスクレピオスさんの希望したものを見に行くんですよ。」

「おお、あのとち狂ったとしか思えない動植物か。」

 

アスクレピオスは楽しみで仕方がない様子で歩いている。彼の性格からして植物観賞などしないことを知っているオリオンが疑問を口にする。

 

「アスクレピオスが興味を持つ植物何てだいたい薬草ぐらいだろ?」

「………あれを見て同じ事が言えるかどうか楽しみだ。」

 

アスクレピオスは先程とはまた違った笑みを見せる。どうやら愉悦が混じっているようだ。

 

「ねぇ月見ちゃん?今から見に行くのって結局なに?」

「金魚草ですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おぎゃあ!おぎゃあ!!おぎゃあ!!!

 

 

 

「ふむ、写真や資料で想像したものより大きいな。」

「いや金魚草つってもさすがにこれは予想出来るはずねぇだろ………。」

「わ~。なにこれ~、変なの~。」

 

目の前に広がる金魚草達。それを初めて見るギリシャ組だったが、引いてるのはオリオンだけでアスクレピオスは事前に知らされていたため特に驚く事もなく、アルテミスに関しては変なので済ませていた。

 

「あぁ、現世の金魚草を想像してましたか?」

「いや普通こんなの予想できるわけねーだろ。ギリシャにも中々いないぞあんな珍妙なの。」

「これでも愛好家はたくさんいるんですよ。」

「…………こんなのに?」

 

オリオンは鬼灯から日本地獄で人気の趣味を聞かされてげんなりしている。鬼灯は金魚草に水を与えている真っ最中だ。

 

「金魚草コンテストもやってますよ。」

「……日本って時々うち(ギリシャ)よりぶっとんでるよな。」

「ちなみにこの金魚草の発見者は私です。」

「お前が元凶かよ。」

 

鬼灯とオリオンがそんな会話をしているとアスクレピオスが話しかけてくる。

 

「おい。」

「おや、どうされましたか?」 

「あそこで叔母さんと一緒に飛んでるガキはなんだ。」

 

そう言われた鬼灯が顔を向けると、アルテミスと共に大きな弓に腰掛け、空を飛んでいる座敷童子がいた。

 

「あぁ座敷童子さんですよ。福を呼び込む日本の妖怪です。」

「あら~この子達そんな名前だったのね~。」

「座敷童子の一子」「同じく二子」「ふわふわしてるのとても楽しい」「もっと高くもっと高く」

「そう?じゃあ遠慮なくいっくわよ~!」

 

わあーーーーーという座敷童子達の棒読みの歓声と共にアルテミスの弓が高速で飛んで行った。

 

「あんな武具ありましたっけ。」

「あれはアルテミス自身の能力で飛んでるだけだぞ。」

「やはり神というのは規格外ですね。」

 

飛んで行ったアルテミス達を眺めていた鬼灯達だったが、そこにいつの間にか居なくなっていた月見が近づいてくる。彼の腕には大量の資料が抱えられていた。

 

「?アルテミス様は何処へ?」

「座敷童子さん達と遊んでもらってます。」

 

なるほど、と耳をピコピコ揺らしなが返事をする月見だった。

そんなことはさておき、月見がアスクレピオスに資料を差し出す。

 

「アスクレピオス様から頼まれてた金魚草の成分表と特殊な化学反応を纏めたものです。」

「ふむ………確かに貰ったぞ。中々研究し甲斐がありそうだ。」

「あと例の蘇生薬を僕なりに改造したものも纏めときました。」

「ほう?」

「………え?まだやってたのお前?」

 

オリオンが呆然と呟いたが資料を渡されたアスクレピオスは気にする事なく目を通す。

 

「…なるほど死んでから使うのではなく先に使って死ににくくしてるのか、アリだな。」

「まだ理論上の話ですよ。金魚草エキスも使いました。」

「いや発想は中々良いものだ。僕の目指すものとは少々違う物だが試して見る価値はある。」

「いやいやいやいやいや!?お前、自分の死んだ理由忘れたのか!?」

「そんな物より医学の発展だ!」

 

月見とアスクレピオスの会話がかなりヤバイ方向に舵を切り始めた所でオリオンからのストップが入る。が、アスクレピオスは聞く耳を持たない。

 

「アスクレピオスさん。」

「ん?なんだ鬼神、僕はやめんぞ。」

「いえ、金魚草の株をお渡ししようかと「感謝する。」栽培方法は月見さんの資料に載ってますよ。」

「いや止めてくんねぇの!?」

 

オリオンが喚く中、アスクレピオスは鬼灯から金魚草を受け取ろうとするが、その瞬間鬼灯が反対の手でアスクレピオスの腕を思い切り握る。

 

「……何のつもりだ。」

「いえ、一つ忠告を。」

 

アスクレピオスの腕を握る力を更に強める鬼灯。

 

「研究を続けるのは別に止めません。しかし完成した場合は使う事を控えていただきたい。」

「何故だ?使わなければ意味が無いだろう。」

「現代に適合してないからですよ。」

「…………。」

 

アスクレピオスは無言で続きを促す。

 

「貴方が人だった時代では神という規格外の存在が身近にいたため、貴方の技術には驚きはあれど人間には受け入れられていたのです。」

「…………。」

「しかし今現在、死者蘇生は空想のものでありそれが当たり前となっています。そんな中である日突然完全に死んだのに生き返った人間が出たらどうなるか。」

「………恐怖の対象である異端者の排除か。」

「その通りです。人間は他の生物と比べてその傾向が強い。そうなったら死者蘇生が救いではなくなってしまいます。」

「…………。」

「あとハデス様も言っていた通り私達地獄側も混乱するので。」

 

しばらくにらみ合っていた二人だったが根負けしたのかアスクレピオスがチッと舌打ちをしてから話し出す。

 

「………わかった僕が引いてやる。」

「お分かりいただけたようで何よりです。まぁ作る分にはかまいませんから。」

「こうなればやけだ、完成までは消されても生きてやる。」

 

少し離れて見ていたオリオンがほっと胸を撫で下ろす。

 

「僕を止める何かしらの対価はあるんだろうな?」

「薬の試験で日本地獄の亡者使ってもいいですよ。あと金魚草です。」

「………月見に頼むか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダーリンただいま~。」

「速かった」「面白かった」

「やっと戻って来たか、さっさと帰るぞアルテミス叔母さん。」

「だから叔母さんって呼ばないで!」

(ホントこいつのメンタルどうなってんだ。)

 

弓に乗ったアルテミス達が戻って来たところで鬼灯が話しかける。

 

「アルテミス様、オリオンさん、ぜひこちらを。」

「これは?」

「地獄土産の詰め合わせです。」

 

わーい、とアルテミスが土産を受け取る横で月見とアスクレピオスが会話していた。

 

「……というわけで時々お前に実験を頼むことになる。」

「かまいませんよ。元から協力する気満々でしたから。」

「すまないな。」

「所でずっと気になってたんですが眷属のあの蛇の子は?」

「あぁあいつか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空港であいつを連れていける設備がなかったから置いてきた。」

「あらら。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば月見さん。」

「なんでしょうか鬼灯様。」

「白澤さんの所に連れて行かなかったんですか?色ボケですが一応あいつも薬剤師ですよ。」

「あぁアスクレピオス様の希望ですよ。」

「ほう?」

「「色ボケな所があの糞親父(アポロン)を思い出して殺意が沸く」だそうです。」

「なら仕方ないですね。」




FGOではカルデアで蘇生薬作ろうとしてたのでこれぐらいしそうかなと思い、少し執着させました。



次回予告
「単なる努力ですよ。」


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年末日記一頁目

とてもかんたんなあらすじ
「蘇生薬使用禁止」


貴方はとても優しい子だった。

 

 

いつも誰かを助けようと動くのは貴方だった。

 

 

その優しさがとても心地よかった。

 

 

貴方と生きるのがとても楽しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど貴方は死んでしまった。

 

 

その優しさが貴方自身を蝕んでいた。

 

 

「自分にも何かできることはないか」そう考えた結果なのだろう。

 

 

私達が止める事もできず貴方は焼け死んだ。

 

 

貴方の行いが神に認められたのは喜ばしいことなのだろう。

 

 

でも貴方を返してはくれなかった。

 

 

 

私は何も考えられなくなったし、友人は呆然と何処かへ去って行った。

 

 

とてもとても寂しかった。

 

 

しかし死ぬこともできず生きていたある日、あの神様が私に告げた。

 

 

「彼は月の神獣としてあの世で努力し続けている。」

 

 

だから私はまた貴方と共に歩けるように努力した。

 

 

だから今度は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私を置いて行かないで。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、やはり忘年会は飲酒で体調を崩す方が一定数いますね。」

「お疲れ様です、月見さん。」

 

泥酔して倒れたり何かにぶつかって怪我をした人達を医務室に運び、眠らせ終わった月見に鬼灯が話しかける。

 

「後でまとめて指導するので泥酔したやつらのリストください。」

「新年会でも出てくると思うのでその後渡しますね。」

 

どうやら反省文100枚のペナルティを課されるようだ。

 

「ちょっと鬼灯くん月見くんちゃんと飲んでる?せっかくの忘年会なんだからもっと楽しもうよ。」

「いえ……僕が持ち場を離れたら医務室の仕事が溜まるので………。」

「閻魔大王、あなたも医務室送りにして差し上げましょうか?」

 

その鬼灯の言葉にビクッとなってそそくさと逃げて行く閻魔大王だった。するとそこに今度は茄子と唐瓜が近づいてくる。

 

「鬼灯様~月見さ~ん、何やってるの?」

「おや茄子くん、それに唐瓜くんも。」

「いや~どうも。」

「お二人共適度に楽しんでますか。」

 

はい、と返事をする二人だったがふと茄子が気になっていたことを尋ねる。

 

「そういえば月見さんって飲まないんですか?」

「まだ仕事が終わってませんし僕あんまり飲めなくて…。」

「仕事?」

「泥酔した人の介抱ですよ。」

 

月見の言葉に納得する二人。

 

「皆さんが落ち着いたらゆっくり楽しみますよ。」

「月見、医務室の患者は全員眠らせたよ。」

 

会話していた月見の元に一人の女性が近づいてくる。月見より10cmぐらい背の高い美人だ。しかし、頭に生えた動物の耳と背中側にあるもふもふの尻尾が明らかに人間や鬼ではないことを示している。

 

 

「あぁありがとね美穂(みほ)。」

「いいんだよこれくらい、これで仕事もほとんど終わったから他のみんなも飲みに行かせたよ。」

「そう?なら良かった。僕達も参加しようか。」

 

いきなり砕けた口調で話し始めた月見に驚く小鬼組。鬼灯は知っているため気にせず自分用の酒を取りに行った。

 

「所でこの子たちは?」

「あぁここ数年で入ってきた新人くんだよ。」

「あっ!はい!初めまして唐瓜です!」

「茄子っていいます!」

「初めまして。医務室で月見の補佐をしてる美穂と申します。よろしくお願いしますね。」

 

そう言って笑顔を見せる美穂。色々と情報処理が追い付かない唐瓜と茄子だったが、そこに大量の料理と酒を持って帰ってきた鬼灯が現れる。

 

「そういえばお二人共美穂さんにお会いしたことなかったですね。」

「いやぁ医務室に行くことがほとんどないもので……。」

「気になさらないでください。健康であることが一番ですから。」

「医務室の常連になられるより何倍もましです。」

 

頭を掻きながら恥ずかしそうに答える唐瓜だったがそこに美穂と月見からのフォローが入る。しかし茄子は別のことが気になるようだ。

 

「そういえば月見さんと美穂さんってとても親しげだけどなんでなの?」

「あぁ、彼ら幼なじみなんですよ。」

「へぇ~……ええ!?」

 

茄子の疑問に対する鬼灯の答えに驚く唐瓜だったが鬼灯は気にせず続ける。

 

「月見さんの伝承についてはこの間話しましたよね?」

「たしか「月のうさぎ」でしたよね。」

「それに出てくるうさぎの友達の狐が美穂さんです。」

 

あっさりと告げられた事実に固まる唐瓜。しかし茄子はさらに質問する。

 

「でも…月見さんは月に昇って普通のうさぎから神獣になったんだよね?美穂さんはどうやってここに来たの?」

「単なる努力ですよ。」

 

鬼灯の言葉に更に頭に?が重なる小鬼二人だったが、鬼灯は月見と並び立っている美穂の方を示す。

 

「彼女、自力で神狐に至ったんですよ。つまりは月見さんと同じ神獣のうちの一柱です。」

「千年かかりましたが意地でなんとかしました。」

「いや、超がつく大物じゃないですか!?」

 

あっけらかんと笑顔で答える美穂に対し、叫ばずにはいられなかった唐瓜だった。

 

「あと月見さん、まだあの事彼らに伝えてないでしょう?」

「あぁそうでしたね。では改めて………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の妻の美穂です。」

「いやあんた結婚してたの!?」




美穂さんのイメージもそのうち描きます。


次回予告
「ザ・お母さん」


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年末日記二頁目

UAがいつの間にか30000を越えてました。見に来てくださりありがとうございます。

とてもかんたんなあらすじ
「既婚者な月見さん」


「そこまで意外でしたか?」

「いやなんというか、こう、いまいちイメージができなくて…。」

「月見さんなんか地獄でも非現実的な雰囲気だもんな。」

 

月見の問いに唐瓜が曖昧に返し、茄子も似たような感想を述べる。ちなみに月見は後ろから美穂に抱きつかれて耳の間に頭を置かれてる。美穂の顔も緩んでおります。

 

「……人前でやるもんじゃないよ。」

「もう仕事ないんだしいいでしょ?うりうり」

「や~め~ろ~。」

「公衆の面前でいちゃつかないでもらえます?」

 

両手で月見の頭をわしゃわしゃかき混ぜる美穂に対し鬼灯からつっこみが入る。忘れてるかもしれないが今月見達がいるのは宴会場となった閻魔庁のエントランスである。

 

「すいません、隙あらば抱きつこうとしてくるので……。」

「どんな癖ですか………。」

「月見さんも明確に拒まないあたり満更でもないんだな。」

 

されるがままの月見にげんなりする唐瓜とケラケラと笑う茄子。そんな茶番劇じみた光景に近づく人物がいた。

 

「あら~月見ちゃんと美穂ちゃんと鬼灯様じゃな~い。あら?初めましての子達もいるわね。」

「おや樒さん。」

「樒様、ご無沙汰しております。」

「あっ!この間はありがとうございました!」

 

とても自然に樒が混ざって来たことで美穂がいつの間にか纏っていたピンク色のオーラが何処かに行った。

 

「えーと……鬼灯様この方ってたしか……。」

「あぁ唐瓜さんは十王の会食の手伝いをした事がありましたね。第四裁判所五官庁の第一補佐官の樒さんです。」

「二人共よろしくねぇ。」

「「はい!」」

 

樒のおかげで雰囲気が和やかな物になって来た。

 

「そういえばどういった用事で閻魔庁まで?」

「あ、そうだった。年越しに食べるうどんを作りすぎちゃってね、おすそ分けにきたの。50人分はあるわ。」

「手作りですか流石ですね。」

「樒先生今度作り方教えてもらえませんか?」

「先生?」

 

美穂の発言に唐瓜が疑問を持つ。

 

「樒さんは料理が大の得意でしてね、五官庁の食堂のメニューは全部彼女の考案です。」

「「すげっ!?」」

「得意料理は唐揚げとハンバーグよ。」

「その上口癖が

「大丈夫?ちゃんと美味しいもの食べてあったかい布団で寝てる?」

ですから。」

「本当に先生「ザ・お母さん」って感じですよね。」

 

鬼灯が美穂の方に向き直る。

 

「そういえばあなた樒さんの料理講座受けてましたね。」

「彼女私の弟子一号なのよ~。」

「いやぁ……アハハ。」

 

美穂が恥ずかしそうに頬を掻いている。尻尾が揺れているあたり、嫌というわけではなさそうだ。

 

「お恥ずかしながら私神狐になるまでまともな料理をしたことがなくて……最初はかなりやばかったんです。」

「二分の一ぐらいで炭になってたもんねぇ。」

「へぇ~そうなんだね。月見さんも知ってたんですか?」

 

そう言って茄子がいまだに抱きつかれている月見に話題をふるが、当の本人からは何も反応がない。しかも耳の炎が消えかけている。周りも不審に思い始めたようで、頭に疑問符を浮かべている。

 

あっもしかしてお~い、月見起きて~。」

「……………………ふぁ!?」

「そういえばあなたうさぎだったわね。」

 

後ろから美穂に揺すられた月見がいきなり変な声を出して耳をピンと立てる。ちょうど美穂の顔に当たったようで不意打ちもふもふを楽しんでいる。

 

「うさぎは外敵から身を守るために目を開けて寝ます。」

「へぇ~初めて知った。」

「今も残ってるんですか?」

「人間の姿でやっちゃいけないやつ以外は時々………。食糞とか見た目的にアウトなんで。」

「「あぁ……。」」

 

なんか気まずい気持ちになった月見が鬼灯に話をふる。

 

「そういえば鬼灯様、昨日蕎麦が大量に送られて来ませんでしたっけ。」

「篁さんが秦広王が作りすぎたからと押し付けられましたね。」

 

そう言って鬼灯は懐から一枚の写真を取り出して見せてくる。そこには、箱に詰められた生麺の蕎麦が撮られている。見る限り、10箱以上はありそうだ。

 

「めっちゃ張り切ってるじゃないですか。」

「食堂の方々はわざわざ準備しなくていいから助かると言ってたんで問題ないかと。」

「私もさっさと届けちゃうわね~。」

 

樒は自分の持って来た荷物を持ち上げ、食堂の方へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「年越しの品、蕎麦かうどんか選べそうですね。」

「トッピング何にしましょう。」

 

割と食い意地が張っている鬼灯と月見が話し合っている。しかし、美穂は月見の体を尻尾で持ち上げるとそのまま座る。月見は尻尾の上に乗せられたまま問いかける。

 

「どうしたの?」

「このまま一回寝ちゃいなさい。明日は朝一番から仕事があるし疲れも溜まってるんでしょ?」

「………じゃあお言葉に甘えて。」

 

そのまま月見はぽすっと頭を美穂の尻尾に乗せて寝息をたて始めた。耳の炎も完全に消えている。それを確認した美穂はいつの間にか持っていた酒を器についで静かに飲み始めた。

 

「あの耳の炎消えるんですね。」

「月見さん曰く、「意識の明確さで変わる」らしいです。」

 

そう言って鬼灯は自分の懐中時計を見る。

 

「さて、来年に変わるまであと5時間ほどあるのであなたがたも楽しんでください。」

「鬼灯様は?」

「私は少し用意するものがあるので。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………。」

「おはよ、よく眠れた?」

「うん……。」

 

月見の耳の炎が少しずつ大きくなり始めて体も動き始める。まだ少し寝ぼけ眼だが、あと10分もあればいつもの表情になるだろう。

 

「今何分?」

「23時半よ。そろそろ年越しそばの準備がはじまるんじゃないかしら。」

「そう……早めに行っとこうか。」

 

そう言って月見が立ち上がり、それに合わせるように美穂も立ち上がる。周囲はまだどんちゃん騒ぎが続いている。

 

「元気だなぁ……。明日も似たような事するのに。」

「楽しそうだから良いじゃない。たまには月見も飲みましようよ。」

「お酒……。やっぱりあまり好きじゃないかなぁ。」

(…………酔わせてベッドインしようかと思ったのに。)

 

美女が野獣の典型例みたいな考えをしている美穂だったが、そんなこと知らない月見は美穂の手を握って歩き出す。

 

「行こうか。」




こういうのが大好きです。

次回予告
「どんだけ餅大好きなんだあんた。」


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年末日記三頁目/年始日記一頁目

美穂さんのイメージはこんな感じです


【挿絵表示】


とてもかんたんなあらすじ
「月見さんはとても眠い」


「おや、おはようございます。」

「まだ朝まで時間ありますけどね。」

「月見さんと美穂さんだ」「おそようございます」

「あら、座敷童子ちゃん達一緒にいたんですね。」

 

食堂に向かった月見と美穂は列の最後尾に並ぶ鬼灯達と合流する。食堂のメニューはうどんか蕎麦のみになっており、一部の机にはかなりの量のトッピングが揃えられている。

 

「今年は自由に取って良いらしいですよ。」

「昨年どんな感じでしたっけ。」

「たしか………

 

 

~~~~一年前~~~~

 

 

「鬼灯様!届けもんだ!」

「おや、葛さんわざわざ閻魔庁までどうされました?」

「今年は米が豊作過ぎてな、倉庫に収まり切らないから余った分をこうやって各庁に渡してんだ。」

「つまるところ「保存出来ないからお前らでさっさと処理してくれ」ということでいいですか。」

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

ということがあってセットでおにぎりかいなり寿司がついてましたね。今年はしないそうですが。」

「………そういえばそうだった。」

「え~今年いなり寿司ないんですか……。」

 

しゅんと耳と尻尾を垂れさせた美穂。それに伴い、いつの間にか美穂の尻尾に抱きついていた座敷童子たちが振り落とされて着地する。

 

「こらこら、勝手に人の尻尾に抱きついちゃいけませんよ。」

「大丈夫ですよ鬼灯様、時々尻尾のブラッシング手伝ってくれてるのでそのお礼です。」

「美穂さんの尻尾ふかふか」「抱きつくととても気持ちいい」

「この子達、なかなか上手いんです。」

 

月見がそう言って腰のポーチから櫛を3つ取り出し、一本ずつ座敷童子に渡すと一緒に美穂の尻尾に櫛を通し始めた。

 

「はい終わり。座敷童子ちゃん達に報酬のミニ煎餅をあげましょう。」

「わぁい」「あまじょっぱい」

 

しばらく雑談していると鬼灯達の順番が回ってくる。

 

「私は蕎麦にしますが皆さんはどうされますか。」

「じゃあ…僕はうどんで。」

「私は蕎麦でお願いします。」

「蕎麦がいい」「うどんがいい」

「はい!わっかりました~。」

 

注文を終え、それぞれが自分の品をもらうとトッピングを取りに例の机に向かう。

 

「「海老天!卵!」」

「元気ですね。」

「そりゃ今からが妖怪の時間ですからね。あと月見さん、餅で半分埋めないで下さい。どんだけ餅大好きなんだあんた。」

「鬼灯様だって麺大盛な上にトッピングで麺見えてませんよ。」

「……普通にきつね蕎麦にしときましょ。」

 

トッピングも終わり、何処ど食べようかと席を探していると、先頭を歩いていた鬼灯に声がかかる。

 

「鬼灯様、こっち空いてるわよ。」

「おやお香さん。それに唐瓜さんに茄子さんも。」

 

ちょうど全員が座れる場所を確保できていたため、いそいそと席に座る一行だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうねお香さん。」

「いいのよ美穂さん。人数は多い方がいいでしょ?。」

 

隣同士で仲良く話す女性二人に茄子が質問する。

 

「あれ?美穂さんとお香姐さんって仲良いの?」

「あら、知らなかったかしら?美穂さん、美容液とか化粧品とかの開発もやってて試作品とかを女獄卒のみんなに配ってるのよ。」

「へぇ~。」

「美容とかに詳しいし、相談したらきっちり解決してくれるから衆合地獄のみんなから頼りにされてるわ。」

 

会話を聞いた美穂は少し恥ずかしそうに頬をほんのり染めながら油あげをかじっていた。

 

「なんで化粧品の開発を?」

「むぐ………ほとんど趣味なんですけどね。それが高じて商品にしてるんです。」

「月見さんの餅と同じように閻魔庁のHPから買えますよ。」

 

美容液「天の狐 (税込)1800円」などがあります。

 

「なんというか、夫婦揃ってわりと万能ですよね。」

「いえ、ちゃんと出来ないこともありますよ。」

 

うどんにのせた餅5つを含めほぼほぼ食べ終わっている月見が唐瓜の言葉に反応する。

 

「薬草関係とか餅とかは自分の持つ権能みたいなもので後押ししてるだけです。」

「権能?」

「「月の兎は月で○○をついている。」というようなイメージのことですよ。」

「月見さんなら「餅つき」と「薬草」、この前話をしたゼウスだったら「雷」みたいな感じですかね。」

 

その鬼灯の言葉に納得する唐瓜で茄子。

 

「僕の戦闘技術に関してはまぁ、あちこち出張行った副産物として考えていただけたら………。」

「私も一緒に行ってるんですけど場所によってはいきなり襲いかかってくる所もあるので………。」

 

自分の分を食べきった二人がげんなりしてる。

 

「それに僕機械が苦手でして……。」

「へぇ~意外。」

「医療関係以外複雑なものはまともに使えないんです………。」

「そこで医療器具使えるあたり流石ですね。」

 

うさみみの炎が心なしか弱くなった気がする。

 

「私の場合は虫が苦手で………。」

「あら、そういえばそうだったわね。」

「蚊とかは大丈夫なんですけど、明確に虫ってわかるものが動いていたら動けなくなっちゃって………。」

 

こちらも耳と尻尾がしゅんと垂れた。

 

「お二人ともそこら辺は昔から全く変わってませんよね。」

「うぅ……。」

「ちょっと先に準備してきます………。」

 

目が死んでる二人が立ち上がるとそのまま器を返却口に返して何処かに行ってしまった。

 

「なんかスッゲェダメージ受けてたな。」

「本人達にとってはトラウマなんだろ……。」

「さて、もう一時ですか。」

 

退場していった二人の方を見ていた小鬼組をよそに、三人前はあった蕎麦を食べきった鬼灯は懐中時計を見て何か呟いている。

 

「「ごちそうさまでした」」

「そうだ、これから明日の新年会のイベントの準備があるんですが座敷童子さんも行かれますか。」

「何するの?」「面白いこと?」

「ええ、面白いものが見れますよ。」

「「やる」」

 

鬼灯はそれを聞いていた三人にも話題をふってくる。

 

「お三方も手伝っていただけますか?イベントを特別席で見れますよ。」

「?イベントってなんですか?」

「元旦………いや、正月らしいことですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガシュッ ガシュッ

 

「なぁ唐瓜。」

「なんだ茄子。」

 

ゴリゴリ ゴリゴリ

 

「なんで俺たちこんな早朝にきな粉作ってるんだろ。」

「いや知らねぇよ。」

 

閻魔庁とは違う場所に連れてこられた茄子と唐瓜は鬼灯に言われるがまま大量の大豆を石臼で挽いていた。近くではお香や座敷童子が何かを調理している。他のスタッフもせわしなく動いていた。

 

「調子はいかがですか。」

「あっ!鬼灯様!」

「………その金魚草なんですか?」

「あぁ、具材の一つですよ。今から捌きます。」

 

そう言って鬼灯は近くの調理台に1mほどの金魚草を置いて解体し始めた。

 

「小鬼ちゃん達、そっちは終わったかしら?」

「お香姐さん!」

「終わったよ~。」

「じゃあ向こうまで持っていきましょうか。」

 

大量のきな粉や小豆を調理し終えた三人はそのまま火が焚かれている場所まで向かう。

 

「ねぇねぇお香姐さん、今なにやってるの俺たち。」

「あら?鬼灯様から聞かされてない?」

「え?はい……。」

「そうねぇ……強いてヒントを言うなら月見さん関係ってとこかしら。」

「月見さん関係?」

 

唐瓜はお香の言葉に疑問符を浮かべていたが、茄子は何かを思い付いたようだ。

 

「あっ、わかった!餅つきだ!」

「大正解よ。」

「あぁ、だからこんなに餅に合いそうなものばっか………。」

 

蒸し器の中のもち米の様子を見ている最中、お香が話を続ける。

 

「このイベントの参加って抽選式なのよ。」

「なんでですか?」

「希望者は沢山いるんだけど全員分はないからって言ってたわ。」

「ただの餅つきに?」

 

唐瓜からそう言われたお香はくすりと笑う。

 

「ただの餅つきじゃないからみんな集まるのよ。」

「「?」」

「その餅つきを担当するのが月見さんと美穂さんなんです。」

 

金魚草の解体が終わったのか鬼灯が座敷童子と共に近づいてくる。

 

「あのお二人は地獄で働いてますが立派な神獣です。そんな存在がつく餅なんですからご利益があると話題になったんです。実際加護みたいなものもあるみたいですし。」

「だからかなり前に抽選式になったの。」

 

ほぇ~、といったような表情をした小鬼組だった。

 

「裏方を担当してくれた方々にも餅が回ってくるのでスタッフになりたがる人も多いんですよ。」

「マジすか!?」

「わ~い、やった~!」

 

自分は食べれないと思っていた二人は鬼灯の言葉に驚いて喜んだ。その様子を見ていた鬼灯はさらに付け足す。

 

「それに餅つき自体もとても人気なんですよ。何せあのお二人が全力でやるんで。」

「どんな感じなんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とにかく迫力満点ですし幻想的ですよ。」

 




月見さんは医療目的以外で電子機器を使おうとしたら一時間ごとにフリーズします。スマホも電話ぐらいしか使えません。
美穂さんは小さな物は大丈夫ですが、蠢く虫を見たら月見さんに飛び付いて顔を埋めるかそのまま気絶するか全力で暴れ始めます。


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年始日記二頁目

とてもかんたんなあらすじ
「イベント下準備なう」


「もうそろそろ時間ですね。蒸し終わった物は運びましょうか。」

 

鬼灯は蒸し器の蓋をあけ、調理が完了したもち米からカートに乗せて運び始める。

 

「広場まで行くので急ぎましょう。」

「わかりました!」

「はい!」

 

先を行く鬼灯についていく唐瓜と茄子だったが次第に増えていく周囲の鬼に驚きを隠せない。

 

「スッゲェ、パッと見300人以上はいるぞ。」

「みんな広場の中心みてるな。」

「目的地はそこですよ。」

 

周りなど気にせず突き進む鬼灯に慌ててついていく二人だったが、いつの間にか開けた場所に出る。

 

「あれ?」

「急に人が居なくなったな。」

「少し離れないと巻き込まれますからね。」

 

鬼灯の物騒な発言に背中に嫌な汗が流れる二人。しかし、そんなもの知らんと言わんばかりに鬼灯は目的の人物に声を掛ける。

 

「あとはお願いしますね、月見さん。」

「はい、任されました。」

 

そこには着飾った月見がいた。普段の服と似てはいるが、何処か神事のような雰囲気を感じる。そして何より包帯をしておらず火傷の痕も見えない。

 

「ねぇ月見、そろそろ始める?」

「そうだね美穂。」

 

月見が向いた先には臼の横に立つ美穂がいた。こちらも先程までの服が更に豪華になったような衣装だ。

 

「お二人共、さっさと離れますよ。」

「え?どういう……。」

「さっき言ったでしょう。巻き込まれますよ。」

 

言い終えると鬼灯はすたすたと周りの輪のなかに混ざってしまう。置いてかれた二人も慌ててついていく。

 

「………てか一つ思ったんだけどさ。」

「なんだよ茄子?」

 

鬼灯の元へいく途中茄子が唐瓜に話しかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やけに臼でかくなかった?」

「………まぁなんとかできるんだろ。」

 

 

横の直径が普通の臼の3倍ぐらいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは始めさせていただきます。」

 

月見がそう言うと、美穂と共に周囲の観客に礼をする。その後、二人が臼を挟んで立つ。すでに月見の手には杵が握られている。

 

「自律水式 玉。」

 

美穂が両手で印を結びそう呟くと、臼の上に直径10cmほどの水の球体が浮かび上がる。その様子を見ていた月見は持っている杵の杵頭を臼の真上にくるように構え、自分の炎を杵と臼に移す。青から少しずつ黄金に変わる炎を見た観客は緊張したように息を飲んでいる。

 

「てい」

 

月見が燃えている杵を振り上げ、そのまま水の玉に叩きつけるように振り下ろす。振り下ろされた杵が水の玉と共に臼に触れた瞬間

 

 

臼が纏っていた炎が弾けとんだ。

 

 

 

 

 

 

「下準備が終わりましたね。」

「今の下準備だったんですか!?」

 

端から見ていた鬼灯が呟いた言葉に反応する唐瓜。

 

「餅つきをする際には事前に杵と臼をお湯で温めて置かないといけないんですが、それを月見さんの炎で省略してるんですよ。」

「というか美穂さんもすごい事してましたけど……。」

「なんか水の玉が浮いてるな。」

「美穂さんが独自に編み出した術らしいですよ。」

 

先程の光景に冷や汗をかいている唐瓜としきりに感心して絵のテーマに出来ないか考える茄子だった。

 

 

 

 

 

 

 

あたりに金色の火の粉がまだ舞っているなか、美穂が着物の袖から何十枚もの人形の紙を取り出すとそのまま放り出す。その直後、印を結びまた何かを呟く。

 

「自律紙式 人紙。」

 

瞬間、宙を舞っていた紙がその場で止まり、ピシッと立った。美穂が印を解いて置いてあったもち米の方に指を振るうと紙が一斉に動きだし、そのままもち米の入った器の下に潜り込んで持ち上げる。

 

「ほいっと。」

 

美穂が紙を操作し、温められた臼のなかにもち米をぶちこむ。

 

「てい。」

 

空になった器を紙が運び出した直後、月見が杵でもち米をこね始める。軽く十五合以上はあるはずなのに、ものの数十秒で纏まりはじめた。

 

「美穂。」

「はいはいっと、独律水式 数珠。」

 

美穂が印を結ぶと月見の背後にいくつもの水の玉が浮かんだ。縦に円を描くようにゆっくり回っており、正面から見ると水の玉を背負っているように見える。月見はその水の数珠に自分の炎を移す。

 

 

バシャッ

 

 

月見がもち米をこねる途中、急に背後に浮かんでいた水の玉の一つを杵で叩いた。叩かれた水の玉は弾けて杵を湿らせる。それを確認した月見はすぐにこねる作業に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええっと………今のは?」

「単純に杵にもち米が付かないようにお湯で濡らしてるだけですよ。見た目が派手なので何か複雑なことやってるように見えるんです。」

 

困惑している唐瓜に鬼灯が答える。どうやら見慣れてるようで、真顔で解説していた。

 

「というかまだつかないんですか?」

「茄子さん、餅つきはこのこねでもち米をしっかり潰さないと出来上がりが悪くなるんですよ。」

「へぇ~、知らなかった。」

「…まぁもうそろそろつき始めるみたいですね。」

 

鬼灯のその言葉に二人は改めて月見達の方を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「独律水式 悲苦吼処、断律木式 纏。」

 

美穂が呟いた後、二人の周囲に水でできた首長竜(首から上のみ)が三体現れ、月見の持っていた杵が二倍ほどの太さになった。いきなり現れた竜達に周りの観客は大きく盛り上がる。

 

「燃えあがれ。」

 

自分の手から杵に炎を移した月見が一発餅に向かって打ち込む。いつの間にか炎の色は赤に変わっていた。

 

 

「ぺったん。」

 

 

力を込めず、重さを最大限に生かして振り下ろされた杵の頭が餅に直撃した瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

焔があたりに広がった。火の粉が宙を舞っていた。

 

角度を変えながら何度か餅をつく度に杵の先から炎と火の粉が舞い上がる。少し後、今まで佇んでいた水の竜たちが餅に頭から突っ込んだ。臼と餅の間に水でできた舌を入れて餅を真上に放り投げ、体を上手い具合に捻らせて餅を空中で折り返す。

 

 

「ぺったん。」

 

 

いつの間にか跳んでいた月見が縦に一回転してその力を杵に乗せて思い切り餅をつく。空中にあった餅はすごい勢いで臼に戻った。杵頭が纏う炎が軌道を描くほどの速さで振るわれており、衣装のこともあって何処か舞のような雰囲気がある。

 

 

「ぺったん、ぺったん。」

 

 

着地した月見はその場で体を横に回転させてその勢いを乗せて斜め上から杵を振り下ろす。そして数回ついたらまた竜たちが餅を空中で畳んでそれを月見が打ち落とす。何回も繰り返されているうちに餅の方も粒がなくなって滑らかになっていた。

 

「美穂、終わるよ。」

「了解~。」

 

一瞬で会話を終わらせた月見と美穂がそれぞれ動きだす。

 

「そーれっ!」

 

美穂が三体の竜の操作を行い餅を真上へ天高く投げ飛ばした。直後、月見が勢いよく跳躍する。

 

 

 

 

 

「ぺったん。」

 

何の遠慮もなくとてつもない速度で杵を振り下ろす。それに伴って餅が真下へ落ちていく。

 

「断律木式 盃、断律紙式 神皿。」

 

餅の落下地点に美穂が器を作り出す。そうして落ちてきた餅がその器に衝突した瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシュン!

 

地面から生えていた水の竜が爆発し辺り一面に水を撒き散らす。先程までの作業で舞っていた火の粉の光を屈折させ、キラキラと輝いている。観客に水がかかってないあたり、配慮はしっかりしているようだ。

 

 

「よっと。」

 

 

少し遅れて月見が軽く音を立てて餅のそばに着地する。美穂もゆっくり月見の方へ移動する。

 

そして二人が並び立つと観客へ向き直る。

 

 

 

 

「「以上で終わりです。ご覧いただきありがとうございました。」」

 




※餅つきです

美穂さんの技について

「○律●式 ~~」
○→「自」や「独」を入れてどうやって動かすかを示す。
●→動かす物質を指定する。
~~→対象をどのような形にするか決める。

みたいな仕組みです。

次回予告
「スケールが違いすぎる。」


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年始日記三頁目

とてもかんたんなあらすじ
「アクロバティック餅つき」


餅つきを終えた二人が礼をすると辺りが歓声につつまれる。観客達が二人に拍手を送るなか、スタッフの何人かが事前に調理していた物をワゴンに乗せて持って来た。お香も大量の食器を乗せたワゴンを動かしている。

 

「つきたてのお餅が欲しい方はこちらにお並びくださ~い。」

 

その声を聞いた観客たちがワイワイガヤガヤと話しながら何列かに別れて並びはじめた。その様子を端から見ていた鬼灯は小鬼二人に話しかける。

 

「唐瓜さん、茄子さん、私達の分は後で出るので先に片付けを終わらせましょう。」

「あっはい!」

「え~まだ食べれないの~。」

「おいおい茄子…。」

 

鬼灯の言葉に返事をする唐瓜だったが、食い意地の張った相方に思わず呆れてしまっていた。

 

「ちゃんと働かないと餅配りませんよ。具体的に言えば働かない奴を縛り上げてその目の前で餅を全て食します。」

「はい……。」

「鬼灯様、ここにいらっしゃったんですね。」

 

鬼灯から諭され落ち込む茄子。するとそこに餅の切り分けを終えた月見と美穂がやって来る。

 

「あぁ、お二人ともお疲れ様でした。今年もご協力ありがとうございます。」

「いえいえ、毎年恒例の行事ですから。」

「たまには全力で遊びたい時もありますし。」

 

その美穂の言葉に小鬼二人が反応する。

 

「「遊び?」」

「あー……そうですね。言われてみればそんな感じなんですかね。」

 

月見の返答にさらに頭上に疑問符が重なっていく唐瓜と茄子。その様子を見ていた鬼灯が二人に向かって話しだす。

 

「この新年の餅つき、千年程前からやってるんですが最初はただの餅つきだったんです。」

「え?そうなんですか?」

「本当ですよ。その頃から僕と美穂でやってましたから。」

「じゃあなんであんな派手に?」

「それは………なんでだっけ。」

「覚えて無いんですね……。」

 

頭をかしげる美穂に対して月見が話しかける。

 

「ほら………500年前ぐらいに「新しい術式完成した~。」て言って餅つきの返しを紙式でやり始めた時だよ。」

「あ、そうだった。」

「そっからどんどん改造を重ねていって今に至ります。」

「へ、へぇ~………。」

 

やっていることがぶっ飛んでいることに引いている唐瓜だったが、そんなのに構うことなく鬼灯は話を続ける。

 

「「やらなくてもいいことを全力でやっている」んですよ。つまり全力全霊でパフォーマンスして遊んでるんですこの二人。」

「やることのスケールが違いすぎる……。」

 

げんなりしている唐瓜の横で茄子が月見に話しかける。

 

「そういえばさ月見さん、なんで包帯巻いてないの?火傷の痕も見えないし。」

「あぁ………言ってませんでしたっけ。一応僕人化の術使っていつもの姿になってるんで応用で色々出来るんです。」

「人化の術?」

「簡単に言えば……「人とは遠い姿をした存在を人に近い容姿に変化させる」というものです。白澤様に教えて貰いました。」

「そういえばそうだったね。」

 

月見は時々眠そうに目をこすっている。

 

「というか大丈夫ですか月見さん。もうそろそろ限界なのでは?」

「………やはり鬼灯様は察しがいいですね。美穂、後頼める?」

「?………あ、そういうこと。いいよ、おいで。」

 

美穂がそう言った瞬間、月見の体が青い炎に包まれる。突如起こった人体発火に呆然とする唐瓜と茄子をよそに、鬼灯が美穂に話しかけた。

 

「とりあえず速く自室に連れ帰って休ませて下さい。前回より短かったので起きるまで時間はかからないと思いますが。」

「分かってますよ。」

 

鬼灯に返答した美穂は燃え続けている月見に向き直る。すると急に炎が弾け、中から出てきた月見が美穂の方へ倒れ込んむ。先程までの姿ではなく、火傷の痕が至るところに見られるいつもの姿だ。耳の炎が消えている事から、意識が無いことが分かる。

 

「よっと。」

 

美穂が倒れ込んできた月見を抱き止める。

 

「鬼灯様私達はこれで失礼します。」

「ええ、お疲れ様でした。ふふっ♪

 

そう言って美穂は月見を抱え直し、踵を返して閻魔庁の方へ歩きだした。

 

「あぁ、美穂さん一つ言っておきます。」

「?……なんでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは据え膳(・・・)ではないので間違わないようにしてください。」

「……………ソンナコトシマセンヨ?」

「前科何犯でしたっけあなた。少なくとも一昨年やらかしてしばらく月見さんが再起不能になったの忘れた訳じゃないでしょう?」

「…………………………むぅ。」

 

すぴこら眠る月見を横抱きにしている美穂が肩を落として去って行った。

 

「これでよしと。」

「鬼灯様~、こっちは終わったわよ~。」

「あぁありがとうございますお香さん。」

「あら?この子達どうしたのかしら。」

 

お香の言葉に小鬼二人の方へ顔を向ける鬼灯。ちなみに唐瓜と茄子は月見が炎上した時点からずっと固まっている。

 

「どうしましたか?」

「いやいきなり人体発火するのは慣れてないです。」

「びっくりした~。」

 

二人とも少し顔が青くなっている。

 

「月見さん大丈夫かなぁ。」

「単純に極限まで疲れてるだけで命に別状はありませんよ。」

「そうなんですか?」

 

心配そうな二人に鬼灯からフォローが入る。

 

「先程の月見さんが人化の術を使っているという話は聞いてましたか?」

「まぁ一応……。」

「普通、人化の術は使う前の姿を参考に変化する技でして、それが月見さんの場合いつもの姿なんです。」

「?でもさっきまで火傷なんてありませんでしたけど。」

「別の術も合わせて強制的に変えてるんですよ。」

 

そう言って鬼灯は美穂と月見が去って行った方向を見る。

 

「そもそも彼、体質上術を使う事自体合って無いんです。」

「「?」」

「片付けしながらでいいなら話しますよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月見さんの耳って常に燃えてますよね?あれが月見さんが数少ない自由に使える術の一つなんです。」

「?」

「まぁそれらに特化しすぎているとも言えますが。」

 

会場のゴミを回収する最中、鬼灯が二人に説明を始める。

 

「彼の炎は彼自身が焚き火に飛び込んだ理由が能力の元になっています。」

「確か老人を助けるためでしたっけ?」

「ええ、なのであの炎は人を助ける事から転じて人に害がある物のみを燃やします。」

 

鬼灯は地面に落ちていた紙皿をトングで拾ってゴミ袋にぶちこみながら話を続ける。

 

「あともう一つありますが……まぁ月見さん自身があまり使いたがらないものなので省略します。」

「そんなのがあるんですか?」

「月に関係しているとだけ言っておきますが、あまり詮索したらいけませんよ。」

「「アッハイ」」

 

話しながら缶を潰した鬼灯だった。

 

「まぁいいです、話を戻しましょう。」

 

先程潰した缶をゴミ袋にぶちこむ。

 

「月見さんは自身の体に宿る力を操作する事には長けてるんですが、他のものに変換するのが苦手なんです。」

「どういうことですか?」

「染まっている水を透明に戻すのは大変でしょう?」

「あ~、そっか。」

 

鬼灯の言葉に茄子が納得したようだ。

 

「どういうことだよ茄子?」

「つまり月見さんの力はあの炎を操ったりするのに適合しすぎて他の事に使えないんだよ。」

「ええ、その認識で構いませんよ。」

 

目に見えるゴミを全て拾い終わったのか、鬼灯はゴミ袋の口を縛りだす。

 

「ゲームで例えましょうか。」

 

そう言って鬼灯はゴミをまとめている場所へ歩き始める。すぐ後ろには小鬼二人がついて来ている。

 

「ファイアーボールという魔法があるとします。その魔法を使うにはMPが通常の人なら3必要です。」

「通常?」

「プロの美穂さんはMP1で使うことができます。」

「そういえばあの人色々してたな。」

「さてここで問題です。月見さんが使う場合はMPがどれぐらい必要になると思いますか。」

 

いきなり質問が飛んできた唐瓜と茄子が驚きながら頭を悩ませている。

 

「えーと……10ぐらい?」

「じゃあ思い切って30で!」

「答えは3です。ただしMPでファイアーボールを使える仕様にするためにHPを50消費します。」

「「はい?」」

 

あっさりと告げられた答えに唖然とする二人。鬼灯はそのまま続ける。

 

「それぐらい向いてないんですよ。人化の術は神獣の標準装備なのでなんとかなったみたいですけど、さっきは火傷の痕を隠すために変化の術まで使ってましたから。」

「そっか、HP切れたから倒れたのか。」

「その認識で大丈夫です。」

 

そんな会話をしていたらいつの間にか他のスタッフが集まっている場所の近くまで来ていた。

 

「ほら、さっさと餅食べますよ。」

「え?あっ、はい!」

「わ~いやっとだ~!」




月見さんは基本受けです。


次回予告
「たすけてぇ。」


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年始日記四頁目

とてもかんたんなあらすじ
「月見さんは燃費が悪い」


「うまっ!?なにこれ!?」

「うわスッゲェなぁ。ここまで餅って美味くなるんだな。」

「月のうさぎ本人が作ってますからね。本物の加護なんかも付いてますよ。」

「実際運気とかも良くなるみたいよ。」

 

イベントの片付けも大体終わり、スタッフ達が談笑しながら餅を食べている。鬼灯・唐瓜・茄子・お香も例外ではなく、それぞれが好きな味付けで餅を楽しんでいる。向こう側では座敷童子達がお汁粉をすすっているのが見えた。

 

「にしても月見さんあんな動いてよく体力もったよな。」

「あぁ、さっきの話を聞いた限り体力削られながら太い杵ぶんまわしてたって事だもんな。」

 

餅を食べている途中、ふと茄子が呟く。唐瓜も同意するように頷いている。

 

「あら、月見さんの話?」

「ええ、彼の使う力について詳しく話したところでしたので。」

「あの炎の事かしら。それとも月見さん自身の身体能力の事?」

「前者の方ですね。後者もある程度関わっていますが。」

 

お香と鬼灯の会話を聞いていた茄子が口を開く。

 

「術を使うことと身体能力って関係あるんですか?」

「月見さんが特殊なんですよ。」

 

鬼灯が自分の持っている雑煮の汁をすする。

 

「先程もお話しした通り、月見さんは術を使うのにも体力が必要ですが、かなり燃費が悪いんです。それを補うには効率をよくするか、体力を増やすしかありません。」

「なるほど、だから身体能力ですか。」

「あなた方も見たことあるでしょう?あれが体力の増強のため鍛えまくった結果ですよ。」

 

唐瓜と茄子は医務室で見た捕獲劇を思い出し、納得したような顔になる。

 

「それでもぶっ倒れるんですね……。」

「美穂さんに習って術の改善もしたらしいんですが、変化の術はせいぜい一時間が限界みたいです。」

「でもかなり長くなった方よ。」

「どういうことですか?」

 

会話に参加してきたお香の言葉に疑問を持つ唐瓜。

 

「鬼灯様は知ってると思うけど1000年前は5分保つのでいっぱいいっぱいだったのよ。」

「月見さんが様々な方に教えを乞うようになったのもそこあたりでしたね。」

「へぇ~。」

「やっぱり努力してんだな~。」

 

二人はしきりに感心していたが、今度はお香が首をかしげている。

 

「でも……なんで月見さんはわざわざ火傷を消しているのかしら?別に火傷の痕が見えてても醜いわけでもないし……。」

「そういえば……なんでだろ。」

「本人曰く、「めでたい所で怪我してるように見える人が主役だったら全員の縁起が悪くなりそうだから」だそうです。」

「それはなんともまぁ月見さんらしいっていうか……。」

「特に他人の為にやるあたりな。」

 

全員が無言になって手に持つ器の中身を食す。どうやらもうすぐ食べ終わるようだ。

 

「さて、これを片付けたら閻魔庁に戻りますよ。」

「「分かりました。」」

「私も衆合地獄のみんなの様子を見に行くわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………。」

 

閻魔庁にある二人の自室に月見を抱えた美穂が入って来た。抱えられている月見は穏やかな雰囲気で眠っている。

 

ポスッ

「……これでよしと。」

 

美穂が抱えていた月見をベッドに降ろす。月見は特に起きる気配も無い。美穂はベッドの縁に腰かけると月見の頭を撫で始めた。

 

「お疲れ様、月見。」

「……………………んむぅ。」

 

寝ている月見が触れられた事に反応して身を捩らせる。その様子を美穂は愛おしそうに見ていた。

 

「………あんまり無理してほしくないんだけどなぁ。もう死なないってことは分かってるんだけど……。」

 

美穂が自分の尻尾を布団のように被せる。心なしか月見の表情が緩んだ気がする。

 

「かわいいなぁ。……名残惜しいけどさっさと着替えなきゃ。」

 

そう言って美穂が立ち上がろうとする。

 

 

 

 

 

 

「…………ん。」

ギュム

「へ?」

「むふー…………。」

 

 

 

 

月見が寝惚けて自分に乗っていた美穂の尻尾に抱きつく。いきなり抱きつかれた美穂は驚いているが月見はとても満足そうだった。

 

「あ、あのぅ月見?ちょっと放してほしいなぁって。」

「………………………。」

 

返事はない。思い切り眠っている。

 

「………どうしよう。」

「…………………………みほ……………….。」

「?」

 

美穂が途方に暮れていると月見が何かを呟く。

 

「私?」

「…………………………みほぉ…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しゅきぃ。」

「」

「むふふん…………………。」

 

満足げに尻尾にしがみついている月見の寝言に美穂の体がピシリと固まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………。」

「すぴー…………。」

 

月見はすぴこら寝ている。美穂の体がぷるぷる震え出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふーっ!ふーっ!……………………月見?」

「みほぉ………………………。」

 

心なしか月見が笑みを浮かべている気がする。美穂の震える速さが増した上に息が荒くなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だいしゅきぃ。」

 

 

 

「………………断音結界。」

 

美穂が何かを呟くと部屋の壁に光る幾何学模様が現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月見いいいいいいいいいいいいいいわたしもしゅきいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!」

「ぶふぉあっ!?」

 

美穂が叫びながらとんでもないスピードで月見に突っ込んで行った。抱きつかれた月見はいきなり叩き起こされて変な声が出た。

 

「月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見ぃっ!!」

「?みほ?」

「あああああああああああかわいいいいいいいいいよおおおおおおおお!!」

 

月見をがっちりホールドした美穂が月見に頭を擦り付ける。

 

「みほ、まって。」

「誘ってる?誘ってるよね?明らかに誘ってるもんね?誰がどう考えても誘ってるよね!?」

「みほどうしたの。」

「ああごめん!ちゃんと合意してくれたのに気づかなくって!責任とってしっかりとメチャクチャにしてあげるから!!!」

「はなしきこ?」

 

頬を赤く染めて口をだらしなく開き完全に目がおかしくなっている美穂。月見は寝起きのせいかまだ疲れが残っているのか呂律があまり回って無い。その月見の声を聞いてさらに美穂が暴走する。

 

「ああもうこの布邪魔っ!私と月見の姫始めができないじゃない!」

「ひめはじめ?」

「月見待ってて!今すぐ私たちを隔てるこの布を取っ払って神聖な行いができるようにしてあげるから!!!」

「やぶかないで?あとひめはじめはあしただよ?」

「え!?明日までやる!?まったくもう!そんなこと言われたら張り切っちゃうしかないじゃない!!」

「ぼくしぬよ?」

 

今現在元日の午前10時です。

 

「大丈夫よちゃんとこの前買った薬飲ませるから!」

「しごとが………。」

「紙式達にやらせるから問題ない!さぁ私たちを拒むものなんてなにもないわ!速く始めましょう!!」

「たすけてぇ。」

 

もちろん助けなんてくるはずもない。

 

「イッタダッキマース!!!」

「あっ(死ぬ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なんだあれ?」

「どうしましたか唐瓜さん。」

「あっ鬼灯様。」

 

廊下で呆然としていた唐瓜に鬼灯が話しかける。

 

「いやあれについてなんですけど…。」

 

そう言って唐瓜が指をさす。鬼灯がその方向に目を向けると大量の紙が宙を舞っている。よくよくみると一つ一つがしっかりと自律して動いている。ついでに言うと何か人らしきものを運んでいる。なにが起こっているかを察した鬼灯は呆れたようにため息をつく。

 

「…………………………ハァ。」

「あの~鬼灯様?」

「いえ、お気になさらず。……あれは医務室の搬送係の代理のようなものと考えて下さい。」

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………………………………。」

「大丈夫ですか?」

「………………大丈夫に見えますか?」

「見えませんが。」

 

1月3日の昼、食堂の机の一つでうどんの器が置いてある横で突っ伏している月見に鬼灯が話しかける。

 

「いえこっちの方がいいですね。"ゆうべはおたのしみでしたね"」

「だれが勇者ですかぶっ飛ばしますよ。」

「あんたはどっちかって言うと姫側だろ。」

 

横抱きされて部屋に連れ込まれたのは月見の方である。

 

「あなたの奥さんは?」

「満足そうに寝てますよ。」

「三年に一度はこんなことになるんですからちゃんと制御してくださいよ。」

「無事な年も毎回ギリギリなんですけど………。」

「というかあなたの体力が増えた理由半分ぐらい美穂さんじゃないんですか。」

「…………………………言わないで下さい。」

 




美穂さんの月見さんへの愛は深海よりも深いです。
ちなみに医務室勤めの皆さんは事情を知ってるので生暖かい目で見守っています。



次回予告
「もうちょっとオブラートに包も?」


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訪問日記一頁目

時系列は勤務日記の少し前あたりです。

とてもかんたんなあらすじ
「月見さん食べられる(意味深)」


「ふむ………魔女の谷………EU………。」

「どうしたの~月見~。」

 

自室で何かの紙を見ながら唸っている月見に寝起きの美穂が話しかける。

 

「あぁ、アスクレピオス様からの手紙だよ。何でも最近魔女の薬の規制が少し緩くなったらしくてね。」

「へぇ~、あの医神様が注目するレベルなの?」

「アスクレピオス様薬とかがからむとすぐ動くから。それに手紙の内容で「悪くなかった」って言ってるから満足してそうだし。」

 

ふーん、と月見の横から手紙を覗き込む美穂。そこには中々達筆な文字で魔女の薬の効能がつらつらと書かれていた。

 

「………ギリシャ語?読めないんだけど……。」

「僕昔外国の薬学書読むために色々覚えたから。」

「月見もアスクレピオスさんのこと言えないと思うよ?」

 

月見さんは薬の研究が趣味です。

 

「にしても魔女の谷かぁ………行ってみたいなぁ。」

「美穂も興味あるの?」

「うん、美容関連も色々充実してるって聞くし。」

「……近々鬼灯様と相談してみようか。」

 

そう言って会話を切った月見は寝巻きから着替えるために奥へ引っ込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかされたんですか?」

 

月見が書類を提出するために閻魔大王の元に来ると、鬼灯が何かの紙を見て少し殺気を漏らしていた。

 

「おや月見さん。いえ、サタン王から大分こちらをナメ腐った親書が送られて来たのでその対応をしにEU地獄へ行こうかと思いまして。」

「いや鬼灯くん穏便に済ませてよ………?」

 

閻魔大王の言葉をガン無視し、鬼灯が月見に親書を見せてくる。

 

「ざっくり言うと「仕事と金と土地よこせ」ってことでいいですか?」

「ええ、そうです。」

「…………お一つ相談なんですがそれに僕と美穂も同行してもよろしいですか?」

「構いませんよ。多少荷物があるので手伝って下さい。」

「ありがとうございます。」

 

耳がぴこぴこ嬉しそうに揺れている月見に対し、今まで放置されていた閻魔大王が話しかける。

 

「いきなりどうしたの月見くん。鬼灯くんについて行きたいなんて。」

「あぁ、最近仲良くなった方から魔女の谷についての話をお聞きしまして……ちょうどいつ行こうかと美穂と話してたんです。」

「なるほど目的は魔女の薬ですか。」

 

鬼灯の言葉にはい、と頷く月見。鬼灯は少しの間考え込んでいたが顔を上げて月見の方を見る。

 

「私も今度の視察に必要な薬があるので帰りに寄りましょうか。」

「分かりました、ありがとうございます。あ、閻魔大王、これ昨日の分です。」

 

月見はそう言って閻魔大王の机に持って来た書類を置くとペコリと一礼して医務室の方へ去って行った。

 

「相変わらず、薬のことになるとアグレッシブになるよねあの子。」

「月見さんにとっての薬は私にとっての金魚草みたいな物ですし。」

「あぁ……たしかにね。」

 

少しげんなりしている閻魔大王に鬼灯が話しかける。

 

「そういえばそちらの書類は?」

「あぁ月見くんが持ってきたやつ?えーとどれどれ……。」

 

書類に目を通した閻魔大王がゆっくり口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………医務室常連ブラックリスト。」

「そういえばそんなのありましたね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがサタン王の城ですか?」

「ええどうです?あからさまでしょう?」

 

次の日、鬼灯と月見と美穂が並んでサタン城を見上げていた。

 

「………なんというか。」

「正直におっしゃっていいんですよ美穂さん。」

「ださいですね。」

「もうちょっとオブラートに包も?」

「まぁそんなことはどうでもいいです。先に行くので後からついて来てください。」

 

そう言って鬼灯はさっさと歩いて行ってしまう。

 

「………どうする美穂?」

「………ゆっくり歩いて行こっか。」

 

立ち止まっていた二人だったが、すぐ後に城の中に入って行った。

 

月見は大きな荷車を引きながら。

 

 

 

 

 

「多分あそこかな。」

「……鬼灯様の声が聞こえたしそうだと思う。なんか別の人の怒鳴り声もあるけど。」

 

何故かドアが無い部屋の周りでわたわたしてるメイド達を見て目的地を特定する二人。とりあえず近くに荷物を置いて部屋に入ると鬼灯がドアに押し潰された蠅の羽が生えた男に雷おこしの箱をぶつけているところだった。

 

「おや、ちょうど良かった。」

「鬼灯様なにされてるんですか?プロレス?」

「違いますよ月見さん。ただベルゼブブさんをひっぱたきたかっただけです。」

「そんな曖昧な理由で俺を痛め付けるな!!」

 

ベルゼブブが喚いていると鬼灯が懐から一枚の紙を取り出す。昨日鬼灯が月見に見せた親書だ。

 

「ちゃんと理由ならありますよ。この親書を読んでたらあなたの顔思い出して腹立ったので普通書面だけのところを直接ひっぱたきに来ました。」

「親書だぁ~?……俺はこんなもの知らないぞ。」

「え、知らないんですか?」

「知らん!サタン様の独断だろ。」

 

 

鬼灯がベルゼブブに尋ねるが想像していた回答と違っていたようでそちらの話しがヒートアップしている。暇だった月見と美穂は後ろで金髪の女性に話しかけられていた。

 

「ねぇ、あなた達は誰かしら?」

「?……あぁ申し遅れました。閻魔庁の医務室長をやっている月見です。」

「補佐の美穂です。」

「私はリリスよ。よろしくね。」

「リリス?」

 

美穂がリリスの名前に反応する。

 

「あの~もしかして「リリスのルージュ」って………。」

「あら、私の持ってるブランド知ってるのね。」

「やっぱり!私も色々化粧品作ってるんですけどあのブランドのものを時々参考にしてるんです!」

 

興奮した美穂がリリスの手を握る。リリスの方も何か心当たりがあるようで、美穂に問いかける。

 

「もしかして「狐シリーズ」?」

「知ってたんですか?」

「妲己がこの前送ってくれたのよ~。「知り合いの化粧品買ったからオススメを送ってあげる。」って。」

「あ~きぃちゃんですか。」  

 

納得するような仕草をする美穂。リリスは気になったことを尋ねる。

 

「あら?妲己と知り合いなの?」

「知り合いというか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年の離れた妹みたいなものですね。」

「それはさすがに予想外よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(暇だなぁ。)

 

妻が化粧品談義に入って置いていかれた月見は一人で杵の整備をしていた。

 

「よいしょ、よいしょ。」

(?山羊?)

 

下から声が聞こえてきたためそちらを見てみると、二足歩行の山羊がボロボロのドアの片付けをしていた。

 

「……………手伝いますね。」

「へ?あ、あぁありがとうございます。」

「いいですよ暇だったんで。」

 

そう言って月見は持っていた杵で中途半端に折れていたドアを完全に二つ折りにする。

 

「紐とかってありますか?」

「ええ、こちらです。」

「ありがとうございます。」

「………あのぉ、お名前をお伺いしても?」

「月見です。」

「そうなのですか。あっ申し遅れました、私ベルゼブブ様の従者をしているスケープと言います。」

 

月見とスケープが互いに礼をする。それが終わると月見はスケープに話しかけてながら作業に戻る。

 

「僕の上司が散らかしてすいません。」

「いえ………話を聞く限り元々はこちらが何か粗相をしたみたいなので………。」

「気にしなくていいですよ。鬼灯様は無礼には無礼で返しますから。」

 

二つ折りにしたドアをさらにぶっ叩いて四つ折りにして紐でくくり始める。

 

「閻魔大王は曖昧な返事しかしなかったのであれは鬼灯様の独断でしょうし。」

「それって大丈夫なんでしょうか……。」

「事実それでなんとかなるので大丈夫ですよ。」

 

スケープは苦笑いをしている。

 

「それに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕らにとって害になる事をしてきたらその時に潰せばいいんですし。」

(………やっぱり鬼灯様の部下らしいなぁ。)




月見さんは基本優しいですが、一定のラインを越えたら容赦が無くなります。

次回予告
「万能土産があるので問題無いです。」


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訪問日記二頁目

とてもかんたんなあらすじ
「月見さんEU地獄へ」


「クソッ……こいつと話してると頭がおかしくなりそうだ……。」

「それが目的なので特に問題ないですね。」

「お前もはや外交する気ねーだろ!」

 

ベルゼブブが激昂して鬼灯に指を突き付ける。が当の本人は涼しい顔で会話を続ける。

 

「失敬な、地獄(くに)のためですよ。日本には「将を射んとせば先ず馬を射よ」という諺があるのでそれに倣っただけです。」

「射ろうとするな!言葉を使え!」

 

一連のやり取りに疲れたベルゼブブが崩れ落ちる。

 

「…なんで日本の地獄はお前が補佐官で納得してるんだ……。」

「さぁなんででしょうかね。お二人はどう思います?」

 

そう言って鬼灯が雑に月見と美穂に話を振ってくる。

 

「……あなた以上に補佐官が務まる者がいないからでは?」

「人望が圧倒的過ぎますし。」

「そんなものですかね。」

 

鬼灯は首をひねっている。すると先程から黙っていたサタンが話に入ってくる。

 

「………ところでさっきから気になっていたんだがそいつらはなんだ?」

「日本地獄で働いてもらってる私の部下みたいな方々ですよ。偶然近くに用事があったらしくてついてきてもらいました。」

「はじめましてサタン王、日本地獄で医師兼薬剤師をしている月見と申します。」

「月見の補佐の美穂と申します。」

 

鬼灯の紹介に合わせて自己紹介する二人。その様子を見てベルゼブブはふん、と鼻を鳴らす。

 

「なんだ、案外まともそうな奴も居るじゃないか。」

「心外ですね。それでは私がまともでは無いと言っているようなものじゃないですか。」

「そう言ってんだよ!」

「まぁ自覚してますけど。」

「お前ホントぶっ飛ばすぞ!?」

 

のらりくらりとしている鬼灯の態度にベルゼブブがキレる。が、そこでいつの間にか机でのんびりしているリリスが会話に入ってくる。

 

「アタシはそういうのも悪く無いと思うけど?」

「リリス!」

「個性的で良いじゃない、鬼灯様のそういうとこ好きよ。もちろんアナタも。だから仲良くしてね?」

 

リリスは笑いながら話しかけて来るがベルゼブブはあまりいい顔をしていない。

 

「あのな~リリス、これは国の問題で………。」

「国の問題に口は挟まないけど貴方が怪我したりしたらイヤッ」

「何ィ~~可愛い奴め。」

 

一瞬で顔が緩んだベルゼブブだった。

 

「なるほど、彼女がここの黒幕ですか。」

「そうですよ美穂さん。」

 

ひとしきりやりたい事が終わった鬼灯は話を始める。

 

「そもそも私も別に喧嘩売りにきたわけじゃないんですよ。」

「イヤ売ってるだろ。」

「ところで遅れましたが親善の品を持って来たんです。月見さん美穂さん、手伝って下さい。」

「一通り俺を痛め付けて満足してから外交思い出してんだろお前。」

 

少し待つと鬼灯が月見と共に大量の袋や箱を持ってくる。

 

「大体俺は土産何かで懐柔されんぞ?」

「まぁそう言わずに是非飾って下さい。」

 

そう言って二人は中身を取り出した。内容は閻魔庁のレプリカ(温度計付き)、こけし、木彫り野干、市松人形、名字ストラップ等である。

 

「日本らしいお土産選ぶのに苦労しましたよ。」

「いつの間にこんなものを?」

「いつか渡すために事前に用意してました。」

「おまっ…「お土産でもらったけど置き場に困るラインナップ」だろこれ!」

 

ベルゼブブにそう言われた鬼灯はため息をつきながら向き直る。

 

「そうですよこんなものでもお土産が無ければ目上の方にいじめられます。どう思いますこの制度?」

「僕には餅という万能土産があるので問題無いです。」

「そういえばそうでしたね。」

 

月見さん作の餅は高級品です。

 

「そんなのどうでもいいわ!ドブに捨てろそんな制度!」

「あっベルゼブブさん一応僕からの和菓子です。」

「へ?あぁどうも……。」

 

いきなり月見からまともそうな菓子をもらったベルゼブブがうろたえている。どうやら鬼灯の対応に慣れすぎて純粋な善意に違和感があるようだ。

 

「サタン王とリリスさんもどうぞ。」

「あら、ありがとね。いただくわ。」

「……こいつホントにあの鬼の部下か?」

 

サタンとリリスにも餅菓子を渡す月見。リリスは笑って受け取っていたがサタンは呆然としている。

 

「いつの間にそんなものを?」

「よそ行きの時は10個ぐらい用意してるんです。」

「最終的に余った物があなたのおやつになるんですね。」

「なぜ分かったんですか。」

 

月見さんは餅系統が大好きです。

 

「鬼灯様ー、これどうしますー?」

「そのまま持って来てください。」

「はーい。」

 

鬼灯に呼ばれた美穂が何かを引きずってくる。見たところ巨大な植物でなぜか蠢いている。

 

「こちら植物園で購入した巨大ハエトリソウです。」

「まだ攻める気かお前!?」

「イヤ、ホント心の底の底から折っておきたいので。」

「だったら虫除けスプレーの方が良かったんじゃないですか?」

「怖いんだよ!あとその女なんなんだ!?」

 

ベルゼブブがハエトリソウにロックオンされて必死に抵抗している。それを無視して鬼灯はサタンの方に向き直り懐から巻物を取り出す。

 

「最後にサタン王…こちらは大王からの親書です。無難なことしか書かれてないので適当に読んで下さい。」

「適当でいいの?」

「そしてここからは私個人の意見です。」

 

そう言って鬼灯は顔を上げてサタンを睨み付ける。

 

「私は元来合理主義ですがナメた態度をとられるとどうしても呵責したくなります。相手が国王だろうが関係なく金魚草のエサにします。次ナメたマネをしたくなったら私個人に果たし状をお送り下さい。」

「Oh………サムライ………。」

 

悪魔の王(サタン)が本気で怯えている。するとそこに月見が入ってくる。

 

「鬼灯様?さすがにそれは………。」

「ほら見ろお前の部下も引いてるぞ!」

「どうしましたか月見さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もったいないのでもしそうなった場合はサタン王の血はとっといてもらっていいですか?」

「何言ってんのお前!?」

「だって堕天使の血なんてほとんど手に入らないでしょう?薬に使えそうなレア素材というやつです。」

「チクショウ!一瞬でもあいつの部下がまともだと思った自分がバカだった!」

「コワイ………日本人コワイ……。」

「もれなくあの医術狂い(アスクレピオス)の影響受けてますね。」

 

死者蘇生の薬の原料の一つはメデューサの血です。

 

「もう月見、あんまり物騒なこと言っちゃダメだよ?」

「冗談だよ……………半分ぐらい。」

「ならよし!」

「イヤ止めろよ!」

 

美穂は月見の声しか聞こえてないのかベルゼブブをガン無視している。

 

「まぁいいです、そろそろお暇します。行きますよ二人共。」

「了解です。」

「分かりました「ねぇ美穂。」?どうしましたかリリスさん。」

「日本に帰るんだったらこれ妲己に届けてもらえないかしら?」

 

そう言ってリリスは一つの紙袋を渡して来る。受け取った美穂が中身を見てみると黒い箱が入っていた。

 

「これは?」

「今度出る新作の化粧品よ。貴女にも1セットあげちゃうわ。」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

「あ、あとこれ私の連絡先ね。」

「わざわざありがとうございます。今度オリジナルの美容液とか送りますね。」

 

女性陣が一通り話し終わったあと、鬼灯がサタン達にいい放つ。

 

「では私たちはこれで。」

「「お邪魔しました。」」

「またきてね~。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、もしもしきぃちゃん?今リリスさんからきぃちゃん宛に化粧品預かったから今から転送するね~。」

 

美穂が電話で会話している。手に持っていた荷物は何か呪文が書かれたお札と共に燃えて消えていった。

 

『美穂姉さんリリスと会ったの?』

「うん!美容品関係の話してたら仲良くなっちゃった。」

『あらそう、まぁ気が合いそうとは思ってたけど。』

「あはは…今から魔女の谷行くんだけどお土産何がいい?」

『……何か私に似合いそうなアクセサリー。なければ面白そうな毒とかでいいわ。』

「それはまた難しいものを…きぃちゃんかわいいからなぁ」

『…………毒の方を月見兄さんに見繕ってもらえば良いじゃない。』

 

電話から聞こえる妲己の声は少し嬉しそうだった。

 

「あれ?なんで月見と一緒に居るってわかったの?」

『美穂姉さんが一人で外国とか行くはずないでしょ?』

「エヘヘ、ばれてる…。」

 

美穂が恥ずかしそうに頭を掻く。すると電話から何かが燃える音が聞こえてきた

 

「あ、そっち届いた?」

『ちょっと待ってて………ええ、ちゃんと来たわよ。』

「なら良かった。じゃあそろそろ切るね~。」

『お土産よろしく~。』

 




訪問日記一、二頁目は原作第78話を参考にして書きました。
月見さんはわりと鈍感なため本人の前でも毒を吐いちゃいます。

次回予告
「毒殺でもされるんですか?」


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訪問日記三頁目

とてもかんたんなあらすじ
「やさしさ時々マッド」


「さて、ここが魔女の谷です。」

「お~すごい、いかにも魔法使いの街って感じがします。」

「ハ○ー・ポ○ターの街よりファンタジー感ありますね。」

「月見さんハ○ー・ポ○ター見るんですか。」

 

鬼灯に連れられて魔女の谷に初めて来た二人が各々感想を漏らす。建ち並ぶ店にはどんな原理で浮いてるか解らない道具や見たことも無い生物、怪しげな薬が並んでおり、道行く人々は皆日本人にとってはなんとも非日常的な格好をしていた。

 

「日本地獄に来る観光客もこんな気持ちなんでしょうか。」

「さぁ、どうなんでしょう。個人的には本質は同じだと思うんですけど。」

「あー、衆合地獄の花街とか外国の方々に人気ですもんね。」

「非日常を求めるっていう意味ではそうですね。」

 

そう言って鬼灯は歩き始める。街並みをゆっくり観察していた二人もその後についていく。ただ月見と美穂はどこか落ち着かない様子だ。

 

「どうしましたか?」

「いや……やけに視線が来るなぁと思いまして………。」

「なんか注目されてません?」

 

実際、周りにはチラチラと三人の方を見ている者が結構いる。

 

「そりゃ注目もするでしょう。何せここに来る観光客は少なくないですが、日本人なんてめったに見掛けませんから。」

「あ、僕らの服……。」

「そうですね、今の状況を簡単に表すと……「自分たちの街に想像した通りの外国人が来た」みたいな感じですね。」

「中国人がチャイナ服着て観光してるってことですかね……。」

 

鬼灯の当たっているかどうか分からない例えに首をかしげる月見と美穂だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ここが私がいつも薬を買っている店です。」

「おぉ……すごい色んな匂いが混ざってる………。」

「ホントだ……私達の部屋よりすごい……。」

「そういえばあなた達一応鼻が利く動物でしたね。」

 

顔を若干しかめながら鬼灯に続いて月見と美穂が店に入る。すると、店の中を見た二人がとたんに目を見開いた。

 

「「!?」」

「いつもは薬を取り寄せているんですがここの品は質がいいのでよく利用してます。」

 

入り口から入ると先ず出迎えたのはだだっ広い空間だった。外側から見た店の大きさからして明らかに入りきらないレベルである。

 

「これって……魔法ですか?」

「ええ、詳しい事は分かりませんが店の中の空間だけをねじ曲げて拡大してるらしいですよ。」

「………閻魔庁のエントランスより広い。」

「美穂さんあそこ(裁判場)エントランスって呼んでるんですか。」

 

三人は会話しながら近くの棚に近づいていく。その上には「a medicinal herb(薬草)」と書かれた看板が浮いていた。

 

「わりと品揃えがいいんですよねこの店。」

「本当ですね、見たこと無いやつもあれば中国にだけ生えてる木の根もある。中々興味深い……。」

「ここら辺の棚10×10ぐらいはすべて薬草なので見てきていいですよ。」

 

そう言われた月見は少し悩む素振りを見せるが、やがて鬼灯の方に向き直る。

 

「……また後で見ます。まずは鬼灯様の言っていた薬の場所に行きたいですね。」

「やはり研究者として気になりますか?」

「あわよくば自分で作れないかと思いまして………。」

「大丈夫なのそれ?」

「「まねできるならやってみろ」らしいんでいいと思いますよ。」

 

月見と美穂の言葉に返答した鬼灯は自分の目的地へと足を向ける。

 

「看板を見る限り向こうですね。」

 

鬼灯の目線の先には「transformation(変化)」という看板があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼灯様、これは?」

「ホモサピエンス擬態薬ですよ。今度現世の会社に派遣社員として視察に行くのでその時に使います。」

 

鬼灯は蓋が人間の顔のような形をしたガラス小瓶をいくつか手に取る。月見と美穂は近くの棚を見回していた。

 

「今美穂さんが見てるあたりは動物に変化できる物ですね。瓶を見れば分かると思いますよ。」

「えーと……うわ、虫になれるやつもある。」

 

美穂が露骨に嫌そうな顔をする。その隣で月見がいくつかの小瓶を手に取った。

 

「………狐擬態薬に兎擬態薬………こんな物まであるんだ。」

「え?なになに?」

 

美穂に尋ねられた月見は一つの小瓶を差し出す。

 

「………チュパカブラ擬態薬?」

「えらくマニアックですよね。時々おふざけで作るらしいです。」

 

必要なものを箱に入れ終えた鬼灯が二人の方に体を向ける。

 

「というか月見さんはともかく美穂さんには必要無い物でしょうが。」

「まぁそうなんですけど。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼灯が二人を連れて店内を移動する。行き先には「medicine()」と書かれた大きな看板がある。

 

「ここが薬系統ですね。」

「!」

「わ~月見の耳がピコピコしてる~。」

 

鬼灯の言葉に月見の目が輝き始める。表情は相変わらずほぼほぼ無だが、耳が千切れんばかりに振り回されている。

 

「知り合いが言ってた傷薬もここで買えますかね?」

「おそらくあると思いますけど、あまりにも効果が大きい物はまだ規制に引っ掛かりますよ。」

「そうですか………。」

「あ、耳止まった。」

 

ブンブン振り回されていたうさみみがピタリと止まり、萎れるように倒れた。月見の全身から若干悲しそうな雰囲気を出している。

 

「そこまで落ち込みますか?」

「いえ……よくよく考えたら分かることでしたね……。規制が緩んだって聞いて頭から外れてました。なんか良さそうなものを色々探してみます。」

「じゃあ私は他に買いたいものがあるので入り口でまた集合しましょうか。美穂さんもそれでいいですか?」

「………。」

 

確認の為、美穂の方を向く鬼灯だが、当の本人はなにかを熱心に見つめていた。不信に思ったのか月見が声をかける。

 

「美穂?」

「ふぇっ!?…あ、どうしたの月見?」

「今から自由に見て回っていいよって話なんだけど…。」

「え、そうなの?じ、じゃあ私は向こうのコーナー行ってくる~。」

「?うん、じゃあ入り口で。」

 

何か焦ったように去って行った美穂に首をかしげる月見だった。その隣で鬼灯は呆れた様子でその光景を見ていた。

 

「………私も向こうに行ってますね。」

「あっはい分かりました。」

「ああそうだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本帰ったらしばらく飲み物に気をつけた方がいいですよ。」

「僕毒殺でもされるんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「精力剤に痺れ薬に媚薬…………せっかくだから買っとこ。」




今回と次回はオリジナルが強いです。
年始日記四頁目に出てきた「買ってきた薬」は今回のやつです。

次回予告
「いいじゃな~~い!」


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訪問日記四頁目

とてもかんたんなあらすじ
「お薬買ったね」


「いやぁまさかアロマまであるなんてね。」

「医務室の女性職員の皆さんへのお土産が出来て良かった。」

「出張の度にお土産渡してるんですか?」

 

少し大きめの紙袋を持った月見と美穂に小さな袋を抱える鬼灯が尋ねる。

 

「ええ、僕らが医務室を空けてる間頑張ってもらってるわけですから。」

「男性には食べ物、女性には美容品みたいな感じで消耗品渡してます。」

「ちゃんとしてますね。」

 

美穂が少しどや顔しながら胸を張る横で月見があたりを見回している。

 

「どうせだったらこのまま男性職員のみんなの分も買っときたいんですけど………ちょうど良さそうなものありますかね。」

「だったらあれなんていかがですか?」

「あれ?」

 

鬼灯が指を指す先を見る月見。その目線の先には「condense」の文字と酒瓶が描かれた看板があった。

 

「なるほど……いいですね。」

「面白そうなやつあるかな~。」

「おや、意外ですね。医療的な観点から飲酒を控えるように言いそうなのに。」

「さすがに健康を害さない程度は許してますよ。」

「というかそう思った上で選んだんですか鬼灯様。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんください。」

「おぉ、いらっしゃい、珍しいお客さん達。ゆっくり見ていくといい。」

 

月見を先頭に店に入ると中にいた老紳士が人の良さそうな笑みを浮かべて歓迎してくれた。店の中を見回してみるとワインやブランデー、ビールなどの瓶が何十種類も見えた。

 

「こうして見ると中々壮観ですね。」

「うわ、スピリタスより強い酒ありますよ。……アルコール150%?」

「人死ぬね。消毒用としても使いにくそう。」

「そもそもどうやったらそこまで濃縮できるんですかね。」

「なぁに魔法ダヨ。」

 

店内を見て回る一行に先程の老紳士が話しかけてくる。

 

「具体的に言えば数本分のアルコールと酒の旨味だけを一本に纏めてるだけだね。」

「あー……その上で要素が入る限界値を伸ばしてぎゅうぎゅう詰めにしてるわけですか。」

「ああ、狐のお嬢さんの言う通りだヨ。」

「?」

 

説明を聞いてもいまいちピンと来てない月見が首をかしげる。その様子を見ていたおじいさんがどこからか紐でできた輪を取り出した。

 

「兎くんにも分かりやすく説明しよう。」

「お願いします。」

 

おじいさんはいくつか酒瓶を取り出し、それを紐の輪で纏める。

 

「この酒瓶をアルコール、この紐をアルコールの入る限界としよう。この場合、もう既にアルコールが入りきらない状態なのは分かるかネ?」

「……魔法を使わない場合の限界値?」

「正解。そしてこれを魔法でこうする。」

 

おじいさんがどこからか取り出した杖を振るい、紐を引っ張る。すると紐の輪がゴムのように伸びた。

 

「この広げた部分にアルコールや旨味を入れてできるのが私特性の濃縮酒だよ。」

「なるほど…………製作者あなたなんですか?」

「ふっふっふ、そうだね兎くん。」

「なら、お土産のオススメとかってあります?」

「そうだね………これなんてどうだいお嬢さん。」

 

そう言ってカウンターから出てきた老紳士…店主は一つの棚に近づきおいてあった酒瓶をとる。

 

「ビールを濃縮してみたもの。苦味が少しばかり強いが何かのジュースとかで割るとフルーツビールができちゃうよ。」

「じゃあそれを何本か買います。……他にもあったら教えて欲しいんですけどいいですか?」

「だったら少し変わったものもみてみるかね。」

 

店主は別の棚の下の扉を開き、いくつか酒瓶をとる。

 

「こっちは炭酸だけを濃縮したシャンパン、この黄色いのは栄養を濃縮した蜂蜜薬酒。」

「薬酒まであるんですか。それぞれ5本ずつ下さい。あとブランデーもあったらそれも3本ぐらい下さい。」

「まいどあり。少しまけとくヨ。今後ともどうぞご贔屓に。」

 

月見が購入すると店主はフフフフ、と満足そうに笑っている。月見と美穂が買った酒を確認して、ひび割れ対策をしている横で鬼灯が一本の酒瓶を店主に差し出す。

 

「これいくらですか?」

「それはせいぜい50ドルぐらいだけど……いいのかね鬼のお兄さん、それアルコール度数300はあるよ。」

「構いませんよ。無駄にはしませんから。」

((拷問に使うんだろうな…。))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっ、このネックレスすごい!」

「……なんか宝石の中が凄いことになってる。」

「…………こんなの欲しいなぁ。」

 

アクセサリーショップに入った美穂は普通ではあり得ない構造の装飾品に目を輝かせており、連れてこられた月見は宇宙猫になっていた。

 

「あれ?そういえば鬼灯様はどこ行ったの?」

「……美穂が僕を引っ張って行くときに「向こうの店が気になる」って言って別の店行ったよ。」

「ホント?気づかなかった。」

「あら、どうかしたのかしらぁ~。」

 

そんな会話をしていると誰かが近づいて話しかけてくる。二人が反応して振り替えると長身の人間がいた。

 

「あ、店員さんですか?」

「いえ、ここの店主のジェノよ。いらっしゃいかわいいカップルさん?」

「いやぁかわいいだなんてそんな~。」

 

ジェノの言葉に美穂が照れくさそうに頭を掻く。

 

「それにカップルじゃないですよ~。」

「あらじゃあ義理の兄弟?」

「夫婦です♪」

 

美穂が月見に抱きつきながらいい放った答えにジェノが固まる。それを心配した月見が声をかけた。

 

「?……あn「いいじゃな~~い!」うわ元気。」

 

いきなり笑顔になりながら大声で誉めてきたジェノに怯んだ月見だった。しかしジェノはそんなことお構い無しに二人に詰め寄ってくる。

 

「どんな感じの馴れ初め?デートはどんな感じなの?あ~聞きたい事がいっぱい出てきちゃう!」

「えーと月見との馴れ初めはですね~。」

「美穂、おそらく鬼灯様がそろそろ外で待ってる。」

「うぇ!?もうそんな時間!?」

「あら、待たせてる人いるの?」

 

ちなみに店に入ってから一時間経ってます。

 

「しょうがないわ、恋バナはまた今度ね。」

「はい!……あっそうだ、お土産どれにしよう!?何かオススメありますか!?」

「どんな感じの娘に渡すのかしら?」

 

焦った美穂の言葉に微笑みながら応えるジェノ。

 

「これでもかってぐらいキレイな狐の娘です。」

「あなたの家族?」

「妹みたいな感じです。」

 

そうねぇ、と言葉を漏らしながら悩んでいたジェノだったが、やがて何かを思い付いた様子で店の奥に引っ込んで行った。しばらく二人が待っているとやがて何かの箱を持って来た。

 

「一つ取り寄せたけど売れなかったものがあるのよ。」

「?それって大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。ただ持ち主を選ぶのこの子。」

 

ジェノはそう言って箱を開ける。中を見た美穂はわぁ、と感激したように声をもらし、月見も少し目を見開いている。

 

「綺麗……!」

「………ヘアカフス?」

「そうよ、しかも魔法がかかってて宝石の中で常に流星群が流れてるの。」

「…で、その持ち主を選ぶっていうのは?」

 

ジェノは苦笑いしながら答える。

 

「「美しい者しか認めない」っていう呪い。つまり極度の面食いなのよ。」

「じゃあ問題無いですね、それください。」

「即決!?」

 

あっさりと購入を決めた美穂に思わず大声を出すジェノだった。そんなジェノに美穂は持っていた携帯で妲己の写真を見せる。

 

「だって送るのこの娘ですから。」

「………じゃあ問題ないわね。」

 

 

 

 

 

 

 

「あっそうだ、これください。」

「あら、内緒でいいかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと来ましたか。」

「いやぁ…すいません鬼灯様、珍しいものばっかりだったので………。」

「まぁいいです、さっさと帰りますよ。」

 

そう言って鬼灯が踵を返して進んでいく。

 

「そういえば鬼灯様、月見から聞きましたけど気になった店って何ですか?」

「そこですよ。」

「?」

「あ、美穂は見ないほうが……。」

 

鬼灯が指を指すのにつられて月見か静止する前に右を見る美穂。

 

 

キシャー キシャー

ブーン ブーン

 

「」

「珍しい虫ばかりだったのでつい引き寄せられてしまいましてね。」

 

たくさんの虫が籠のなかで飛び回っていたり、ケースの中に閉じ込められたりされていた。

 

「虫の本を書こうとした頃が懐かしくなってしまいました。どう思います二人共。」

「鬼灯様、美穂が限界です。」

 

鬼灯が二人の方に振り返ると美穂が足や尻尾まで使って月見に顔を埋めて全力でしがみついていた。よく見ると小刻みに震えている。

 

「あ、一匹脱走してきた。」

「トドメささないでください。」

 

美穂の震え方がより一層ひどくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きぃちゃんヘアカフス喜んでくれたよ~。はいお茶。」

「ありがと……なら良かったんじゃない?」

「うん!…あと帰りごめんね。」

「気にしなくていいよ。」

 

魔女の谷から帰って来た日の夜、二人は私室で買ってきたものの確認をしていた。どうやら妲己への土産は渡し終えたようだ。

 

「9…10…11…うん、全員分あるね。」

「こっちもお土産足りたよ。」

「あっそうだ。」

 

唐突に月見が立ち上がり、近くにあったポーチの中を探り、一つの細長い箱を取り出した。

 

「それなぁに?」

「プレゼントだよ。はい美穂。」

 

月見は箱の中身を取り出し、美穂にかける。

 

「これ………あの店で私が見てたネックレス?」

「そう、欲しがってそうだったし最近こういう贈り物してなかったからね。喜んでくれた?」

「……………………。」

 

急に黙り込んで俯く美穂。すると自分にかけられたネックレスを大事そうに外して丁寧に箱に戻した。そしてそれを優しく机に置いて、月見の方に向き直った。

 

「ど、どうしたの美穂?」

「………………ねぇ月見、さっき私早速使ってみた商品があるの。」

「?それってどういうッ!?」

「…………………あはっ、本当に無防備なんだからぁ。」

 

少し動揺していた月見だったが急に体が動かなくなった事でさらに動揺が加速する。その様子を見ていた美穂が妖しい笑みを浮かべる。

 

「元々今日はヤるつもりだったけどこんなの止められなくなっちゃうじゃん……。」

「ッ~~!?」

「じゃ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベッド行こうか、月見?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふっ。」

「あれ?妲己ちゃん、なんか今日機嫌いいね。」

「あら伝わっちゃう?」

「だっていつもと違う髪飾りつけてるじゃない。誰かから贈られた物なのかって思ってね。」

「……姉さんからのお土産よ。」

 




老紳士のイメージはfgoの新茶、ジェノさんのイメージはペペロンチーノさんです。
ちなみにジェノの名前はジェノベーゼから取ってます。

次回予告
「十年は「こないだ」なんですかね。」


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集会日記一頁目

とてもかんたんなあらすじ
「お土産選び」


閻魔庁の廊下で月見が誰かと話しながら歩いている。

 

「それにしてもお久しぶりですね。」

「そういうもんか?毎年会ってるからこないだぶりぐらいの感覚だぞ。」

「そうなんですか?」

「伊達にお主より長生きしてないぞ。」

 

そう言って月見の隣を歩いていた月の髪飾りを着けた男性が笑いながら月見の頭をガシガシと乱暴に撫で回す。月見はそれに逆らわずおぅおぅおぅ、と声を漏らしながらされるがままになっている。

 

「それじゃ、ここに来たついでに鬼灯殿に挨拶してくる。今どこにいるかわかるか?」

「そうですね…おそらく裁判場で閻魔大王をしばいてる最中かと。」

「だったらとっとと行くぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…全く、こうなりたくないならさっさと仕事をすればいいんですよ。」

 

鬼灯がため息をつきながら手のホコリをはたいて落としていた。その隣には頭に金棒が突き刺さってうめいている閻魔大王がいる。その様子を見ていた鬼灯は閻魔大王に刺さっている金棒を容赦なくグリグリし始めた。

 

「さて、次は何がいいですか?煮え湯の量を増やしましょうか?」

「わかった!わかったからぁ!ちゃんと仕事するから鬼灯くん!」

「分かればいいんですよ。」

 

そう言って鬼灯は金棒を担いで離れる。先程までボッコボコにされていた閻魔大王はよろめきながら立ち上がっている。

 

「鬼灯様、お客様ですよ……また何かあったんですか。」

「おや月見さん。それに……月読さん?」

「おお、こないだぶりだな鬼灯殿。元気そうで何よりだ。」

「十年は「こないだ」なんですかね。」

「細かい事はいいだろ?」

 

ははは、と笑う男性…月読の言葉に首をかしげる鬼灯だったが、月読はそんなこと気にせず隣で倒れ伏している閻魔大王に話しかける。

 

「閻魔殿も久しぶりだな、調子はどうだ?」

「ええ……ご覧の、とおりです……。」

「なるほどいつも通りというわけか。相変わらず容赦がないな鬼灯殿。」

「閻魔大王にはこれぐらいがちょうどいいんですよ。まぁそれは置いといて…。」

 

そう言って鬼灯は月読の方に向き直る。

 

「お二人が一緒にいるという事はもうすぐ月神集会ですか?」

「ええ、少しの間医務室を開けるのでその報告をしに来ました。業務については一週間分終わらせましたし、管理は美穂に任せてます。」

「分かりました。明日からでいいですか?」

「はい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで一昨日から月見さんは出掛けてますよ。少なくとも明日までは帰って来ません。」

「おや、そうなのですか。皆さんでお茶でもと思ったのですが……。」

 

鬼灯から月見の所在を聞いた芥子は残念そうに言葉を漏らす。

周りには桃太郎やお供達、一寸法師、瓜子姫などが立っていた。

 

「おとぎ話関係者ですか?」

「うん!この間のおとぎ人のパーティーで会って今度みんなでご飯食べよって言ったの!」

「そういえば月見さんの伝説もおとぎ話になってましたね。」

「あの~、ところで一つ気になってたんですけど……。」

「どうしましたか桃太郎さん。」

 

シロと鬼灯が話をしているところに桃太郎が入ってくる。

 

「話に出てきたその「月神集会」って何ですか?」

「名前のまんまですよ。世界中の月の神や月に関係する逸話を持っている方が不定期に集まるんです。」

「へ~……ちなみにその内容って?」

「近況報告みたいな感じらしいですよ。日本で言う神無月の出雲ですね。その写真がこれです。」

 

そう言って鬼灯は懐から一枚の写真を取り出した。その写真には様々な姿の人物が撮られており、中には身体の一部が人間じゃなかったり、そもそも人間ですらない者もいる。

 

「前回の月神集会の写真です。」

「あっトトさんだ!」

「何?…ああ、本当だ。人に化けてないから分かりやすいな。」

「それにこっちはハトホル神じゃね?」

「そういえばシロさん達会ったことありましたね。」

「おお、キレイな牛さんですね。」

 

写真を見た動物達が各々感想を漏らす。

 

「なんともまぁ美男美女が多いっすね。」

「それはそうですよ一寸さん。美しいものの例えによく使われる物の一つが月なんですから。」

「「月とすっぽん」なんて言われますもんね。」

 

人間組もチラッと見えた写真から話を広げている。しかし桃太郎はしばらくすると頭に疑問が浮かんだように首をひねっていた。

 

「………あれ?」

「どうしたの桃太郎?」

「そういえばこの写真月見さんが見当たらねぇなって。」

「え?あっホントだ!」

「いえ、ちゃんといますよ。」

「?どこですか?」

「ほらここ。」

 

首をひねる桃太郎ブラザーズを見て鬼灯が写真の一部を示した。よくよく見ると写真の下の部分に白っぽい髪の毛が見えた。

 

「悪ふざけで月見さんを台にして撮ったらしいんですよね。」

「分かりにくいですよ。」

 

思わずつっこむ桃太郎だった。しばらくそんな会話をしているとシロと芥子が何かに反応する。

 

「「?」」

「おやどうしましたか。」

「いや、なんか足音が近づいてくる感じがしまして………。」

「というかすっごい足音がふらついてるよ?」

 

その言葉を聞いた鬼灯はため息をつきながらとある方向に話しかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だそうですよ美穂さん。」

「………あ、どうも鬼灯様………。」

 

そこにはふらつきながら歩いている美穂がいた。よくよくみると目が死んでいる上、全体的に重い空気を纏っている。

 

「「「「「どぅえあ!?」」」」」

「「美穂さん!?」」

 

鬼灯以外の男性陣は声を出して驚き、顔見知りである女性陣は美穂の名前を呼ぶ。

 

「あ………芥子ちゃんに瓜子姫さんじゃないですか……どうされましたか?」

「いや、美穂さんの方こそ何があったんですか。」

「こんなにボロボロになって………。」

「お二人共、良くあることなので気にしなくていいですよ。」

 

心配して声をかける一人と一匹だったが、鬼灯が遠慮なくぶったぎる。そんな鬼灯にシロがおそるおそる話しかけてくる。

 

「ねぇねぇ鬼灯様…結局この人って「………ない……」…ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月見成分が足りないいいいいいいいい……………」

「この人なに言ってんだ。」

「美穂さんが月見さんと2日以上離れると起こる禁断症状ですよ。月見さん本人を与えることでしかしか治せないのでほっといて問題ないですよ。」

 

美穂が絞り出すような声で嘆く内容にほぼ全員が引いている。

 

「鬼灯様、そもそもこの人は誰なんですか?」

「あぁ、桃太郎さん達は知りませんでしたね。月見さんの補佐…医務室の副長の美穂さんです。」

「つきみぃ……。」

「あぁ!美穂さんがどんどん萎んでいきますぅ!」

(どんどん凄いことになっていく…。)

 

混沌としてきた状況に目が遠くなっていく桃太郎達。そんな中、一寸が鬼灯に話しかける。

 

「あの~鬼灯様、桃太郎達が混乱してるので詳しく説明した方が………。」

「それもそうですね。移動しましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ!?月見さん結婚してたの!?」

「しかも2000年以上前から………。」

「人は見かけによらないって本当なんだな。」

「初めて会ったときもそんな素振りなかったもんなぁ。」

 

全員が甘味処に移動したところで鬼灯が改めて桃太郎達に説明する。一方美穂は芥子の背中を吸いながらとんでもない勢いでモフモフしていた。

 

「それにしてもなんで一寸さんは驚いてないの?」

「俺は仕事場所に月見さんが薬の材料取りに来るからよく話を聞いてるんだよ。」

 

一寸はシロからの質問を団子を頬張りながら答える。

 

「じゃあ芥子ちゃんと瓜子姫さんは?」

「私は月見さんの妹弟子として知り合ってよく可愛がってくれた方ですので~。」

「私…というか女性獄卒の皆さんは美穂さんに美容関係でお世話になってますから。」

 

モフモフされている芥子とゆっくりお茶を飲んでいる瓜子姫も答えるが、話題となっている本人はいまだにモフモフしていた。

 

「………そうは見えないんですけど…。」

「美穂さん、美穂さん、そろそろ戻って来てください。」

「モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ……………………………はっ!」

「あ、戻って来た。」

 

芥子が前足で美穂の頭をテシテシ叩くとずっと顔を埋めていた美穂が顔を上げた。

 

「あれ?……ここ甘味処?」

「記憶飛んでるじゃないですか。」

「この人が副長って大丈夫なんですか?」

 

柿助が他の二匹も思っていた純粋な疑問を鬼灯に問いかける。

 

「彼女、月見さんが絡むととたんに暴走を始めますが、美穂さん自身はかなり優秀なんですよ。」

 

そう言って鬼灯は頼んでいた饅頭を食べる。

 

「美穂さんは自力で神獣になるまで至った正真正銘努力の天才です。その過程に一切神の力は関わってません。」

「へぇ~。」

「「へぇ~」ってお前…。」

「だって目標があったんですもん。」

 

シロのあっさりとした反応に桃太郎がつっこもうとしたが、いつの間にか復活していた美穂が話に入ってきた。

 

「目標ですか?」

「そうですよ芥子ちゃん。昔、月見が焼かれた後、無気力になってしまったんですよね私。」

 

美穂が懐かしむように語りだす。

 

「それを見かねた帝釈天が私に教えてくれたんですよ。「月見はあの世でも努力して人の役に立とうとしている。」って。」

「………今ナチュラルに神様呼び捨てにしなかったか?」

「しっ!余計な事言うな。」

 

桃太郎と一寸が何かを言ってた気がするが、気にせず美穂は続ける。

 

「その時私はこう思ったんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつら(神ども)に月見を渡してたまるか」って」

「………………ん?」

 

なんだか話が不穏な空気になってきた。が、鬼灯は気にせず追加で注文したわらび餅を食べている。

 

「「この行いに感動した!」とか言ってたのに生き返らせることなく月に送って神獣化させる奴らですよ?隣で私達が絶望してる最中なのに容赦なく亡骸を月に送った外道ですよ?月見は可愛いですからね、そのうち誰かに貞操を奪われるかも知れないんですよ?そんな状況で何もしないと思いますか?思いませんよね?だからいち早く月見の元へ行かなければならないと思ったんです。だって月見は優しいですからね、私が守ってあげなくちゃいけないんですよ。幸い良心的な神様がいたお陰で月見は無事でしたが、月見の隣は私じゃなきゃいけないんですよ。あぁ、月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見月見。」

「怖いよ!?」

 

ノンブレスで一気に月見への思いを語った美穂に鬼灯以外の全員がドン引きしている。トリップしている美穂を横目にわらび餅を食べ終えた鬼灯が何もなかったかのように話し始める。

 

「さっきも言ったじゃないですか、「月見さんが絡むととたんに暴走を始める」って。美穂さんの場合優先順位のダントツ一位が月見さんなんです。」

「いやそれどころじゃないレベルでしょこれ。」

「クソデカ感情すぎません?」

 

ちなみに美穂さんはいまだに「月見ぃ」とうっとりしながらトリップしています。

 

「月見さんが精神安定剤なので月見さんと一緒にいるとなりませんよ。それにこれでもましになった方ですよ?」

「はえ?」

 

鬼灯の言葉にシロがアホっぽい声を漏らす。

 

「それこそ新婚の時は一時間でも離れたら暴走し始めたらしいですから。」

「とりあえず月見さんが早く帰って来るのを祈るしかありませんね……。」

 

芥子が両前足を合わせて祈ると、他の全員もそれに習って祈りはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば鬼灯様、月見さん月の神様がいる集会に出てるんだよね?」

「ええ。」

「美穂さん月の神様殺そうとしないの?」

「美穂さんが言っていた「良心的な神様」っていうのが彼らなんですよ。なんせ月に送られて戸惑っていた月見さんを保護して自衛出来るまで育てたのが月の神様達なので。」

 




美穂さんはヤンデレになるんですかね?



次回予告
「ふみぅ……。」


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集会日記二頁目

とてもかんたんなあらすじ
「美穂さん大暴走」


「?」

「ん?どうした月見。」

「いえ……なんか美穂の声が聞こえたような気がして……。」

「あぁ、お主の嫁か。」

 

月読は少し苦笑いしながら月見の隣を歩く。

 

「お主の嫁なぁ、少しばかり過激じゃないか?」

「そうですかね?」

「神である私が言うレベルだぞ。ギリシャ神話ほどではないがなかなか恋愛関係が重い日本の歴史を間近で見てきた神の一柱である私が言うレベルだぞ。」

「自分で言ってて悲しくないですか?」

「……………はぁ。」

「お疲れ様です、炎要りますか?」

「あぁ、頼む……。」

 

本人の残っているエピソードは数少ないが姉と弟の逸話が破天荒なものばかりなため、胃痛がする月読であった。

 

「別に美穂の愛情がイヤだと思ったことは一度もありませんよ。」

「おや、そうなのか。てっきり不満の一つや二つあると思ったが。」

「まぁ何日間かぶっ通しでヤるのは勘弁してほしいんですけど…おかげで部下のみんなに暖かい目で見られるし……。」

「慕われているじゃないか。」

 

ははは、と笑う月読に対しうさみみをペチペチ当てて抗議する月見。あまり効果は無いようだ。

 

「実際、お主は美穂の事をどう思っている?…あー今は答えなくていい。後で聞かせてもらうからな。」

「?」

 

口を開こうとした月見は止められてそのまま首をかしげる。その様子を見た月読はニヤリと笑うと話を続ける。

 

「他の奴らが揃ってる場所で話題振ってやるってことだ。」

「確実に面倒なことになるやつですよねそれ。」

「確実にアルテミス殿あたりは食いついて離さないだろうな。まぁそれが狙いなんだが。」

「炎消しますよ月読様。」

「すいませんでした。」

 

キレイに腰を90度に曲げた月読だった。

 

「………まぁいいです。今回の会場にさっさと行きましょう。」

「うむ…エジプトになったのは何年ぶりだ?」

「仕方ないですよ毎回くじで決めてるんですから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!やっと来た!二人が最後だよ~。」

「この間ぶりですねアルテミス様。」

 

部屋に入った月見と月読は入り口の近くにいたアルテミスに声をかけられる。挨拶を終えた月見が部屋を見回すと大量の料理が机の上に並べられている。だいたいエジプト料理が並んでいるがよく見ると世界中の料理が混ざっている。

 

「今回も豪勢ですね。あ、持って来たお菓子厨房に届けて来ます。」

「月見ちゃんも律儀ね~。」

「そうそう、招かれてるんだからお言葉に甘えとけ。」

「わぷっ!?」

 

そう言ってアルテミスの横に座っていたオリオンが月見の頭をがしがし撫でる。その様子を見ていたアルテミスも「私も~」と言って月見の頬を両手でぷにぷにし始めた。その隙に月読はさっさと知り合いの神のところへ行ってしまった。

 

「ふみぅ…。」

「二人共、月見さんが苦しそうにしてるので離してあげてください。」

「はーい。」

「おっそうか悪かったな月見。」

「いえ……ありがとうございますヘカテ様」

「いえいえ、お久しぶりですね月見さん。」

 

黒いドレスとローブを着込んで杖を持った女性が月見に笑いかける。美女……ヘカテは月見に礼を返されるととある方向へ顔を向ける。

 

「セレーネ、月見さんがいらっしゃいましたよ。」

「あら本当、久しぶりね月見。」

「はい、お久しぶりですセレーネ様。」

 

ヘカテに名前を呼ばれた女性…セレーネがゆったりと近づいて来て月見の頭を撫でる。

 

「あぁ、モフモフしてて良いわね。」

「…ありがとうございます?」

「貴女の子供にライオンいませんでしたかセレーネ。モフモフならその子でもいいのでは?」

「嫌よ、あの子毛がゴワゴワなんだから。」

 

ここにいないのに罵倒されるネメアーの獅子だった。

 

「あの…そろそろ荷物を届けてくるので……。」

「あら、ごめんなさいね。」

「また後でお話しましょう。」

 

月見は二人にペコリと頭を下げるとそのまま厨房へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、お菓子持って来たので置いときますね。」

「あ、月見くんじゃないですか、お仕事は順調ですか?」

「?」

 

厨房の料理人達に持って来た餅菓子を届けて会場に戻る最中、後ろから声をかけられて振り返る。

 

「あ、アヌビス様。この間のハーブありがとうございました。」

「いえいえ、こっちのミイラに使う防腐剤の調合を手伝ってくれたお礼ですよ。おかげで仕事が捗るってもんです。」

 

お互いに手を差し出して握手する二人。そしてそのまま雑談に入る。

 

「最近の調子はいかがですか?」

「えーと…ついこの間からアスクレピオス様との共同開発で色々作ってるんですけど、たまたま保存液が出来たんですよね。」

「ちょっとその話詳しく。」

 

アヌビスの目がギラギラし始めた。

 

「正しくは「肉体の劣化を止める」薬なんですけど…。」

「それって生身で使えば不老になるのでは?」

「ただ欠点がありまして……一時間ごとに効果が切れます。」

「ダメじゃないですか。」

「その上生きている人は10L一気に飲まないと効果が出ません。カフェインもコーヒーの10倍です。」

「中毒で死にますよねそれ。」

「あの時はやけくそでやってたので……。」

 

水は6Lが致死量です。

 

「ミイラの保存に使えればと思いましたが…ダメそうですね。」

「管理が大変なんでオススメしませんよ。材料費バカにならないですし。」

「……ちなみにどれぐらい……。」

「1時間で数十万円ぶっ飛びます。」

「うわぁ…………止めときます。」

 

アヌビスが引いたような声を出していると、後ろから月見に声がかかる。

 

「こんなとこにいたのか月見、全員お前を待ってるぞ。」

「あ、トト様。」

「おや、そこまで話し込んでしまいましたか。では私はこれで。」

「せっかくなんでこれ(餅菓子)どうぞ。」

「おお!裁判も終わったんでみんなでいただきますね。」

 

機嫌よく走り去っていくアヌビスを横目にトトが話を続ける。

 

「私達の分もあるか?」

「皆さんの分用意してますよ。」

「ならいい、早く行かなければ始まってしまうぞ。」

「!分かりました。」

 

月見はトトの後ろをテクテクと歩いていく。

 

「そういえば今回何人ほどいらしてるんですか?」

「従者や眷属を含めて40名ほどだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では始めようか。皆グラスを持て。」

 

開催場所の代表としてトトが指示をする。他の神達は逆らうことなく各々が好きな飲み物を手に取っている。

 

「月神集会開始だ乾杯(フィ・シヒタック)!」

「「「「乾杯(フィ・シヒタック)!」」」」

 

トトの掛け声に神達が一斉に手に持った物を上にかかげる。そのまま全員が飲み物に口を付けた。少し見回すと所々に動物も器用にグラスを持っている。

 

「んく、んく……ぷふぅ。」

「おお月見、あまり飲んでないじゃないか。」

「ソーマ様……毎回言ってますがあまりお酒は強くないので…。」

「ふむ、まぁ強制はせんよ。酒は楽しむものだ。」

 

そう言って月見の隣に来た神……ソーマは自分が持つ酒のグラスを傾ける。

 

宴は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで月見、何を飲んでいるんだ?」

「カシスオレンジです。」

「女子か。」




フィ・シヒタックはエジプトで使われる乾杯の挨拶です。
月神集会にくる神や英雄は大体ノリがいいので開催国の挨拶に合わせます。

次回予告
「その耳自覚ないのか。」


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集会日記三頁目

とてもかんたんなあらすじ
「宴の始まり」


「おーい月見さ~ん、一緒に飲みませんか~?」

「?」

 

度数の弱い酒を少しずつ飲んでいた月見に声がかかる。月見が声が聞こえた方向に振り向くと、動物と人間が入り交じった集団がいた。その中にいたカニが器用に近づいてくる。

 

「いいですよニッパーさん。」

「そうですか!ではこちらに。」

 

ニッパーと呼ばれた肩掛け鞄を持つカニは月見の腕をハサミで優しく挟むとゆっくりと歩き出す。それに合わせて月見も前にすすむ。

 

「最近どうですか?お仕事と貴方の奥さんとの暮らし。」

「どちらも充実してますよ。ニッパーさんは?」

「潮の満ち引きの管理はばっちりですよ!自分の担当はヨーロッパ付近ですが最近他の国の方々とも交流するようになりましたね。」

「豊玉姫様もいらっしゃいましたか?」

「あの綺麗な鮫の方ですか?ええ、仲良くさせてもらってます。」

 

カニであるため表情が月見以上に分かりにくいが、なんとなく楽しい様に見える。すると月見とニッパーに気がついたのか話していた二人がこちらに顔を向けた。

 

「あ、久しぶりだね月見さん。」

「遅かったわね、また誰かにからまれたの?」

「どうもトファルさん、ユナさん。」

 

白髪でメガネをかけた男性…トファルドフスキと少し癖のついた金の長髪の女性…ユナに月見は挨拶を返す。先程とは違い、この二人しかいない。

 

「…他の皆さんは?」

「各々好きなもの取りに行ったよ。」

「私達が目立つからって立たされてるのよ。全く…ここにはもっと目立つ物とか人いるでしょうに。」

「ははは…。」

 

ユナは少しいじけた様にそっぽを向く。その様子を見たトファルは苦笑いしながら頬を掻いている。

 

「…まぁいいわ。そういえば月見さん、美穂さんは元気にしてる?」

「ええ、それはもう。この間も3日間ぶっ続けで襲われましたし…………うっ頭が。」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫…ただの致命傷です……。」

「私が悪かったから無理に思い出さないでいいわよ。」

 

目が据わり、頭を抱えた月見になんとも言えない表情になる二人と一匹。気まずくなったニッパーが話題を変えようと口を開く。

 

「そ、それよりも、お二人とも最近のお仕事の調子はいかがですか?確かどちらも人間に関することでしたよね?」

「んー…別段忙しい訳じゃないからなぁ…強いて言うなら自律神経が私でも治せないぐらいブレブレになってる女の人がいたぐらいかな。」

「自分も似たような感じだね。何であんなにボロボロなのに生きられるのかが不思議だよ。」

 

二人揃ってため息をつくがその話を聞いていた月見がふと口を開く。

 

「それって日本人でした?」

「「そうだけど……ん?」」

「あぁ、やっぱり。日本人は仕事第一なことが多いので自分の体調をよく後回しにするんですよね。」

「休みなさいよ日本人。」

「それを許さない風潮があるから無理です。」

「闇が深いね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな雑談をしていると月見の後ろから声がかかる。

 

「おや月見さんもいらっしゃいましたか。」

「あぁ、お久しぶりですシンさん、ゲオルギウスさん。」

「この間ぶりだな、試作の毛の手入れクリームとても良かったぞ。妻も喜んでいたからまた送って欲しい。」

「ありがとうございます、美穂と相談して改良したものをまたお送りしますね。」

 

料理と飲み物を両手に持った男性…ゲオルギウスと隣に浮いた皿を携えたライオン…シンがこちらに寄ってくる。

 

「あら、月見さん達そんなことしてたの?」

「最近美穂と一緒に動物用の美容品を開発していまして、その試験役としてシンさん達に協力して貰っているんです。」

「試作といっても彼らの作るものに間違いはないからな。」

 

尋ねてくるユナに返答する月見とシン。シンの毛並みは一本一本に艶があり、ごく自然にたなびく様子はどこか幻想的だった。月見はシンの言葉に少し恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「ふ~ん…ねぇ月見さん、今度そっち(日本地獄)行ってもいい?美穂さんにも会いたくなっちゃった。」

「いいですよ。でも…来るなら日本の冬あたりにしたほうがいいかと。」

「あら、何で?」

「一番過ごしやすいんですよ。僕が住んでる八大地獄は一年を通して暑いので、夏になると少しつらいかと……。」

 

月見からそう返されたユナは少し悩んだ様子だったが、やがて納得した様子で口を開く。

 

「わかったわ、じゃあ行く時には連絡入れるから。」

「あぁ、僕も行っていいかい?」

「自分も行きたいです!」

「ええ、お待ちしてます。」

 

月見はうさみみを嬉しそうにピコピコと揺らし、周りはそれを見て癒されている。

 

「月見さんうれしいの?」

「?まぁそうですけど……そこまで僕って分かりやすいですか?」

((((その耳自覚ないのか。))))

「いいですね、一枚撮っておきましょう。」パシャッ

 

他が月見の耳を見ていると、ゲオルギウスが何処からかカメラを取り出して月見を被写体にシャッターを切る。持っていた料理は側にあったテーブルに置かれていた。耳のいい月見はシャッター音でびくっと体を震わせる。

 

「!?……びっくりしました。」

「おっと、すいません。配慮が足りてませんでしたね。」

「いえいえ、お構い無く……カメラですか?」

「はい、最近趣味として始めたんです。」

 

そう言ってゲオルギウスはいい笑顔で手に持つカメラを掲げる。それを見上げるニッパーは感心するような声を出す。

 

「へぇ~一眼レフですか、結構立派ですね。」

「はい!実を言うと大分前から気にはなっていたんですよ。最近になってようやく安くなったので思いきって買ったんです。」

「手を出さない理由が貧乏性ね?」

「ははは、いやはやお恥ずかしい。何分大きな買い物にはいささか抵抗がありまして…。」

「まぁ理解出来ますし、その上新しい事を始めるというのは勇気ぐ要りますからね。私もそうですし。」

 

両手のハサミを掲げてアピールするニッパーに対し、トファルが問いかける。

 

「おや、そうなのかい?何か始めたりしたのかな?」

「はい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このハサミを生かして「切り絵」を始めてみたのです!」

「切るのに適してるのかなそのハサミ。」

 

どや、と言わんばかりに胸(?)を張るニッパーに思わずトファルが突っ込む。

 

「あぁ、ちゃんと紙を切るためのハサミ使ってますよ。で、作ったのがこれです。」

 

ニッパーはそう言って肩にかけた鞄からスマホを取り出して操作し始め、こちらに見せてくる。

 

「基礎的ですけど土偶です。」

「十分器用じゃないですか。今度そちらに伺って写真撮ってもよろしいですか?」

「ええ!こんなので良ければぜひ。」

 

盛り上がる一匹と一人だったが、その光景を見ているユナとトファルはなんとも言えない顔をしている。

 

「……今のどうやって操作したのかしら。」

「少なくとも魔力はありませんでしたよ。」

「カニのニッパーさんまでスマホ扱えるんですか……。」

 

月見の耳が力を失った様にしおれる。

 

「僕ガラケーでも電話とメールぐらいしか使えないんですよね……。」

「そういえば月見くん機械音痴だったね。」

 

月見さんのメールは改行する場所がおかしくなります。

 

「あぁ、そうだ。せっかくなので皆さんで撮りませんか?」

「いいですね!」

 

ニッパーとの話が一段落したのか、ゲオルギウスがこちらに問いかけてくる。ニッパーも賛同しているようだ。

 

「ふむ、私はいいぞ。」

「僕もかまわないよ。」

「別に私も問題ない………月見さん、いつまで落ち込んでるのよ。」

「……ふぇ?どうしました?」

「写真撮るわよ。さっさと準備しなさい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばゲオルギウスさん、それって何処で購入したんですか?」

「日本のヨ○バシカ○ラですよ。」




月の模様組の名前とイメージです↓

・カニ(南ヨーロッパ) ニッパー
  由来→蟹のハサミ
  イメージ→カニノケンカのシオマネキ

・月に住む男(ヨーロッパ)
 月に昇った魔術師トファルドフスキ(ポーランド)
           トファルドフスキ(通称 トファル)
  由来→これ↑
  イメージ→ファイアーエムブレムのルフレ(眼鏡付き)

・女(横顔)(ヨーロッパ) ユナ
  由来→ユエ+ルナ (月の呼び名と月の女神)
  イメージ→ウマ娘のゴールドシチー(耳と尻尾無し)

・ライオン(西アジア) シン
  由来→ライオンキングのシンバ
  イメージ→ポケモンのカエンジシ(♂)

・ゲオルギウス(ポーランド)→FGOのゲオ先生

次回予告
「まっず!?」


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集会日記四頁目

とてもかんたんなあらすじ
「集会と書いて宴会と読む」


「うえへへへへおしゃけおいしい、んぐっんぐっんぐっ。」

「おいおいアルテミス、お前あんま酒強くないんだからもうちょいペース落とそうぜ?結構度数高いだろそれ。」

「にゃによ~わらひはまだまだいけるんひゃから~。」

 

アルテミスが顔を真っ赤にしてべろんべろんに酔っ払っている。オリオンが落ち着かせようとするも当の本人は抵抗している上、更に酒をかっ食らおうとするばかりである。

 

「だーひんだってわらしよひのんでるひゃない。」

「俺は酒強いからいいんだよ。しかもお前飲んでるのネクタル(効果抜き)だからな?」

「だっておいひいんだもん。」

 

ネクタルはギリシャ神話に出てくる神の酒で、飲むと不老不死になります。

 

「そうですよアルテミス、少しペースを落としてください。」

「んあ?…あ、ヘカテ様。」

「んみゅ~?どほしふぁのへふぁてふぁん。」

「ほら、呂律が回ってないではないですか。水を飲んでください。」

 

そう言ってヘカテは透き通った液体が入ったコップをアルテミスの口に近づける。

 

「?………んぐっんぐっんぐっ………ぷはぁッ!このおみじゅおいひい……。」

「そう?ならよかったでしゅ。」

「…………………………………?」

 

今のヘカテの発言に違和感が残ったオリオンだったが、まぁ気のせいだろうと思ったのかその場を後にする。

 

「さてと、アルテミスもヘカテ様に任せたわけだし俺は別の所でナンパでも「だ・ぁ・り・ん?」ひぇ!?」

 

少し離れていたはずなのにオリオンが「ナンパ」という言葉を発した瞬間アルテミスがオリオンの首に手を掛けていた。顔を見る限り酔いも無いようだ。

 

「ア、アルテミスさん?」

「他の女の子の所に行こうとするダーリンなんてこうしちゃうんだから!」

「ちょ、ちょっとま「えい!」ぐぼぁ!?」

 

オリオンの首からゴキリと嫌な音が聞こえる。

 

「へ、ヘア、ヘカテ様、助けて。」

「…………………………………ははっ。」

 

ずっとギリギリと首を絞められるオリオンがすぐ近くに来ていたヘカテに助けを求めるがヘカテから返ってきたのはよく分からない声である。

 

「…あのーヘカテ様?」

「あーはっはっはっはっ!やれーもっとだー。」

「チクショウやっぱり酔っ払ってやがった!」

 

ふと上げた顔が赤いことからヘカテもすでに頼りにならないことを悟るオリオン。すでに周りにいた者達は避難しており、誰もいない。

 

「ほら、そのままバックドロップだ、遠慮せずやれ!」

「俺つぶれちゃいますよ!?」

「むぅ、ダーリンたらまた私以外の女の子ににやけちゃって…もっと強くしちゃうんだから!」

「いやまてアルテmいでででででででででて!?」

 

さらに変な音がしだした。

 

ゴキュ

 

 

「あーーーー!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……助けに行ったほうがいいでしょうか?」

「止めておくといい、巻き込まれる。」

「そうそう、ああいうのは離れて見守るのが一番です。」

「トト様、セレーネ様。」

 

自分が料理を運んでくる間にとんでもないことになっていた月見はぽつりと呟く。するとそばに来たトトとセレーネがその呟きに返答する。三人の目線の先では未だにアルテミスに絞められるオリオンがいた。

 

「運営の手伝い感謝する。おかげで今回も何も壊れずに済みそうだ。」

「あれは大丈夫なんでしょうか……。」

「いつもの事だ気にすることはない。」

 

月見は若干ジト目になりながら目の前の光景を見ている。

 

「おや、ここにいましたか。」

「久しぶりだね月見。」

 

そんな中、鎧を纏った男がこちらに近づいてきた。隣には全長が人間より大きい狼がついて来ている。しかもしゃべった。

 

「マーニ様、ハティさん、お久しぶりですね。……何年ぶりでしたっけ。」

「そうですねぇ、前回と前々回は出れなかったので大体……30年ぐらいでしょうか。」

「あのくそじじいから無茶ぶりされてね……お兄ちゃんもお父さんも忙しそうだったよ。」

「ロキ様の事くそじじいって呼んでるんですか。」

 

そんな会話をしている最中、ふとセレーネが月見達に尋ねる。

 

「一つ質問よろしいですかハティさん。」

「ん?なぁに?」

「貴方、確か神話では月を食べようとマーニさんを追いかける敵対関係だと記憶しているのですが……。」

「うん、そうだったよ。」

「だった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのくそじじいから「月はとてもおいしい」って聞かされてただけだから。」

「あぁ、確か私に追い付いて月を食らった後の一言目が「まっず!?」でしたもんね。」

「だからもう追いかける必要ないなって思って今はお手伝いしてる~。」

「あら、そうなんですか。」

 

ハティはとても人懐っこい笑みを浮かべている。見た目は狼なのだかその笑みのせいで巨大な犬に見える。

 

「ところでその無茶ぶりとは?」

「あのくそじじいから「暇だから面白そうなもの探して来て」って言われたから色んな所走り回って集めた虫を思いっきりぶつけたの。途中まではまともにやって油断させてからやったから面白かったよ~。」

「貴方と家族笑い転げてましたもんね。」

 

沢山の虫にまとわりつかれながらのたうち回っていたそうです。

 

「あぁ、そうだった。月見さん例のやつやってもらえませんか?最近仕事詰めで関節が痛くて…。」

「分かりました。」

 

頼まれた月見は耳の炎をマーニに移す。すると青い炎が勢いよく燃え上がった。

 

「ありがとうございます。」

「ねぇねぇ僕にもやって~。」

「いいですよハティさん。」

 

そう言って月見はハティにも炎を移すが、マーニの炎よりも若干黒寄りになった。

 

「わ、なにこれ?」

「………ハティさんお疲れなんですね。甘めの薬草酒飲みますか?」

「ホント?ありがとー。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。」

「ねぇ月見ちゃん、ちょっといいかな?」

「おや、アルテミス様。」

 

マーニとハティに炎を移した月見だったがその光景を見ていた他の神達にねだられて半数以上に炎を移していた。さすがに疲れたのか少しため息をついていると酔いが醒めたアルテミスが近づいてくる。隣にはオリオンはおらずどうやら一人で来たようだった。

 

「アルテミス様も炎要りますか?」

「それは後で貰うけど今は違う用事なの。」

 

そう言ってアルテミスは会場の端の長椅子に月見を連れてくると座るように促す。月見もそれに逆らわず、長椅子の真ん中あたりに座った。するとアルテミスもその横に座った。

 

「ねぇ、一つ聞きたいことがあるの。」

「なんでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その火傷の痕、消したくないかしら?」




マーニは北欧神話の神様で名前の意味が月です。その事にキレた神様達に月を引く馬車の馭者にされました。しかし月は常にハティという狼に狙われていたので全力で逃げなければいけないブラック企業だったということです。
作中でセレーネが言ってた「敵対関係」というのはこういうことです。
ハティの方はお父さんのフェンリルがとても有名なので知っている方も多いのではないでしょうか?


次回予告
「少し撤回します。」


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集会日記五頁目

とてもかんたんなあらすじ
「宴とシリアス?」


「………なんともまぁいきなりですね。」

「ホントはねもっと前から言おうと思ってたんだよ?」

 

そう月見に返したアルテミスはいつの間にか手に持っていた皿から菓子を摘まんで口に放り込む。

 

「月見ちゃんも食べる?」

「いただきます。」

 

月見も皿から一つ取って口に入れる。

 

「ドライフルーツですか?」

「うん、エジプトの名産品なんだって。」

 

しばらく無言で食べ続ける二人。しばらくするとアルテミスが口を開いた。

 

「さっきも言ったけど、貴方は貴方の火傷の痕を治したい?それなら私達月の神の力でどうにかできるけど。」

「………いえ、大丈夫です。いきなりどうしてそんな話を?」

 

隣に座る月見の顔の包帯を少しずらして問いかけてくるアルテミスに月見は疑問を伝える。

 

「だって貴方毎年新年に苦手な術をわざわざ使ってまで火傷を隠してるでしょ?あまり月見ちゃんに無理して欲しくないの。他の皆だって言わないだけでそう思ってるわ。」

 

アルテミスは自分の傍らに皿を置いて、背もたれに寄りかかった。しばらく無言だった二人だが、やがて月見が口を開く。

 

「……お気持ちは嬉しいですが、やっぱり遠慮しておきます。」

「あら、なんでかしら?」

「証だからですよ。」

 

そう言って月見は自ら頭の包帯をほどいていく。隠されていた焼けただれた皮膚が露になる。左目は閉じきっており、開く気配はない。

 

「アルテミス様は僕がこちら(あの世)側に来た時を覚えてますか?」

「まだ人化も出来なかった頃?あの頃から貴方包帯してたわね~。」

 

アルテミスは懐かしむような笑みを浮かべている。

 

 

 

 

 

~~~~数千年前~~~~

 

「ふふんふふ~ん♪…………あら?」

 

 

 

「どういう事だインドラ、集会中にいきなり連絡寄越してましてやその内容が「今から送る兎の子を神獣にしてくれ」だ?何かあったのかお前。お前の部下が血眼で探してるぞ。」

 

「おいホントに何があった!?今送られてきた兎が全身火傷の重傷な上に耳燃えてるんだが!?は?こいつがお前の命の恩兎?さ迷って死にかけたところでこの兎が自らの肉をお前に捧げた?」

 

「………あぁ、はいはいわかったしばらく俺が面倒を見ておくからな。あ?こいつの姿を月に移した?……まぁいい、功績を考えると妥当なところだ。」

 

 

 

 

 

 

パチリ

 

 

「はぇ?」

「あ、起きた。」

 

~~~~~~~~~~~~~

 

「月神集会の途中でいきなり現れるんだもん。びっくりしちゃった。」

「ソーマ様にはお世話になりました。」

 

あははと笑うアルテミスの隣で月見は自分の顔の火傷痕を撫でる。その手付きは何か大切な物に触れるようだった。そんな様子の月見にアルテミスが優しく話しかける。

 

「その火傷が証?」

 

その言葉に月見は頷き、ゆっくりと口を開く。

 

「かつて何も出来ず誰も助けられなかった僕でも誰かを救えたんです。」

 

「火傷を負ったとしてもその事実は変わりません。」

 

「だからどんな姿になろうとも、それを背負って僕は助けたい人を助けるために動きます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが僕のやりたかったこと(生きる理由の一つ)だから。」

 

そう言って月見はアルテミスの方に顔を向け、少しだけ口角を上げる。

 

「あぁ、アルテミス様先程の言葉を少し撤回します。」

「?ええ、いいわよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これ(この火傷)は僕が生きる理由の象徴です。例え醜いと罵られようとも誰にも治させ(奪わせ)ません。」

 

月見の言葉を聞いたアルテミスは一瞬キョトンとするが、すぐに笑いながら月見に抱き付き頭をなで始めた。

 

「もぅ~、ちょっとなによ~。貴方あんな表情出来るのね~。」

「ふみぅ!?…僕そんな無表情ですか?」

「え?自覚無かったの?」

「感情が分かりやすいとよく言われるので……。」

「そりゃあんなに耳で表してたら分かりやすいわよ。」

「?」

 

月見は首をかしげ、耳をピコピコさせる。その様子にアルテミスが癒されていると、誰かの気配が近づいてくる。

 

「アルテミス、そろそろ離してやれ。そんな事されてたら月見の嫁にぶちギレられるぞ。」

「それもそうね~。あの子月見ちゃんの事になると私達(ギリシャの神達)よりすごいことするから。」

 

アルテミスは月見を離し、近づいて来たソーマの方へ向き直る。

 

「にしてもお前がその火傷をそんな風に思ってたとはな。インドラにいい土産が出来た。」

「あぁ、久しぶりに会いたいですね……美穂が許してくれないですけど。」

「止めておけ、おそらくあいつはお前を孫か何かだと思って手元に置きたがってる。確実にお前の嫁と喧嘩になるだろ。千年前を忘れたか?」

 

ソーマは面白い事を思い出したと言わんばかりに笑う。月見もその言葉に若干遠い目になる。

 

「………ありましたねそんなこと。」

「え?何々?何があったの?」

「日本地獄で帝釈天様と美穂が全力で喧嘩したんですよ。」

「私達もあのバカの回収に駆り出されたからな。まさか普通に互角とは思わなかった。」

「待って美穂ちゃんそんなに強かったの?」

 

本人曰く「愛の力」だそうです。

 

「まぁどっちも機嫌が悪くなった鬼灯様に沈められましたけど。」

「私達が到着した時にはインドラが物理的に地面に埋められてからな、とても面白かった。」

「あの鬼さん凄かったのね。」

 

アルテミスは感心するように頷いている。するとソーマは何か思い出し笑いをするように口元をゆがませた。

 

「あら、どうしたの?」

「いやなに、そのあとに起きた事が面白過ぎてな。」

「えー気になる~。」

 

ソーマは笑いながら話を続ける。

 

「掘り起こされた二人が月見に正座させられて説教されてた。しかも月見もガチギレ状態だ。」

「あ~……それは御愁傷様ね。」

「「次やったら二度と口を聞かない」でインドラの奴が号泣して月見にしがみついたのは傑作だった。回収に来た奴らは私も含め全員爆笑してたからな。」

 

ソーマが話し終えたところで月見のポーチの中から着信音が聞こえてくる。月見は二人に許可をもらってその場で電話にでた。

 

「もしもし?」

『あ、月見さん今お時間大丈夫ですか?』

「?いいですよ鬼灯様。」

『美穂さんについてなんですが単刀直入に言います。月見さんがいないせいで暴走しそうなんでなんとかしてください。』

「…………美穂に変わってください。」

 

月見の目が死んだ。

 

「………美穂?」

『月見月見月見月見………月見?月見の声?ああ!月見なの!?ねぇ早く帰って来てよもう我慢できないよあなたに会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい「ねぇ美穂、ちゃんと待っていられたら何でも言うこと聞いてあげる。」こっちは任せて。ちゃんと仕事を全うするから。』

「………うん、お土産買って帰るね。」

『はーい♥️あ、鬼灯様に返すね。』

 

月見が空を仰いだ。

 

『すいませんね月見さん。』

「いえ……僕が被害を受けるだけで済むならそれに越したことはないですよ。」

 

それでは、と電話を切る月見を見る二人の目はとても優しい物だった。

 

「………………。」

「ごめんね、私じゃなにも出来ないの。許してね。」

「……幸運を祈る。」

「……いえ、大丈夫です。……僕だって美穂の事が大好きなので。」

((本人がそれ聞いたら暴走するんだろうな……。))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば美穂ちゃんって説教されてた時どんな感じだったの?」

「何故かは知らんが、何か興奮して悦んでいたぞ。」

「…………………月見ちゃん限定のドM?」

「………と言うと?」

「お仕置き+放置プr「それ以上は止めておけ。」はーい。」




この後帰った月見さんがどうなったか?
まぁ皆さんの予想通りですよ。
この作品ではインド神話の神と仏教の神は共通であるとして登場しています。身内の神同士ではインド神話での他から呼ばれる時は仏教での名前で呼ばれます。

次回予告
「このクソジジイが。」


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来訪日記一頁目

今回はとんでもない独自設定があるので苦手な人はご了承下さい。

とてもかんたんなあらすじ
「月見さんの火傷のお話」


お前はこれでもかと言うほどに底抜けたお人好しだった。

 

 

初めて会った時は馬鹿かと思った。

 

 

「おなか空いてそうだったから。」だ?

 

 

それが初対面の奴に自分の食料を全部与える理由になんのかよ。

 

 

柄にもなく心配しちまった。

 

 

俺はただの死に損ないだと言うのに。

 

 

まぁ……お前と一緒にいた時間は悪くなかった。

 

 

すでにお前と行動してた狐がずっとお前を妖しい目で見ていたのは気にしないでいたが。

 

 

旅に出るのは満足してからでもいいかと思ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思ってた矢先、お前は死んだ。

 

 

俺がしぶしぶ食料を集めて戻って来た時にお前は俺が焚いた火の前にいた。

 

 

俺が話しかけようとした瞬間にお前はその中に飛び込んだ。

 

 

そうだお前は馬鹿だった。底抜けたお人好しだった。

 

 

だがこれはないだろ?

 

 

焼け死んだお前の祈りを糧にあいつが復活したことを考えるとお前はしっかりとやりたいことをやったんだろう。

 

 

復活した爺はお前を月に描いた。

 

 

その時はまぁなんとか納得して旅に出た。理不尽だとは思ったが。

 

 

そのあともだらだらと生き続けた。

 

 

そしてあの世に勝手に連れてかれた。

 

 

そして神獣になったお前を見かけた。

 

 

月の神獣?あの爺に気に入られて眷属にされそう?生き返ることも出来たがあの爺がしなかった?

 

 

 

 

 

 

ははははははは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このクソジジイが。

 

 

やっぱり神は勝手だ。

 

 

どうしようもなく自分中心だ。

 

 

俺は生き返ったがお前を連れて行くことは出来なかった。

 

 

邪魔しやがってあいつら。

 

 

まぁ後々お前があのクソジジイに縛られず自由にやっているとわかるんだが…それはそれこれはこれだ。

 

 

だからこそ言おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前が犠牲にならないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「え?どういう事?」

「……どうやら彼が目を離した隙に何かに釣られてどこかに行ってしまったようでして……。」

「それでとりあえず同伴者であるあなただけここに来たという事ですか。」

「ホントにわりぃ、あいつの好奇心の強さ忘れてた。」

 

閻魔庁の裁判場にて鬼灯と閻魔大王と月見が一人の男と会話している。鬼灯と同じぐらいの体格をしている。よくよく見ると男の頭にはどこか既視感のある頭飾りがついていた。

 

「どうしようか鬼灯くん。早く探しに行かないとマズイんじゃないかなぁ。」

「……見失った場所は何処ですか。」

「確かあんたらが衆合地獄って呼んでる場所だ。」

「分かりました付近の獄卒に連絡を入れて捜索して貰います。」

「美穂も今日用事で衆合地獄にいるはずなので知らせときますね。」

 

そう言って二人は携帯を取り出し、電話を掛け始める。一息ついた閻魔大王は男に話しかける。

 

「いやぁそれにしても君も災難だったねぇ。本来来るのは君だけだったんでしょ?」

「あー…そうっすね、久々に二人に顔を見せに来ようと思ってたんですけどね。」

 

男は恥ずかしそうに頭を掻きながら目を泳がせる。その様子を見ている閻魔大王は苦笑いしている。

 

「あのバカ師匠が「私も月見さんに会いたいから連れてって!」なんてただこねるから仕方なく視察っつう形で連れてきた結果がこれかよ………。」

 

男が頭を抱えた。いつの間にか携帯をしまった月見が男の肩を慰めるように叩く。

 

「まぁ…うん…一応美穂が術式で探してるからすぐ見つかると思うよ。」

「………美穂の奴からなに言われた?」

「「今度三人で飯食う時奢れ」だってさ。」

「分かってたよ畜生……。」

「お~い鬼灯様~!」

 

男は月見の言葉に項垂れた。するとそこにシロを先頭にした桃太郎ブラザーズが近づいてくる

 

「ねぇねぇ今暇?俺たち今日非番だから遊びにきたよ!」

「おいシロ、どう見たってお取り込み中だろうが。」

「いきなり走るなよ~。」

「おやシロさん。今は少し立て込んでおりますので少々お待ちを。」

「おー、元気のいいワンコロじゃねぇか。」

 

そう言った男は屈んでシロをモフり始める。

 

「初めましてだな、ジャーキーでも食うか?」

「え!?ホント!?やったー!」

「いつの間に用意してたの。」

「いいじゃねぇか美味いし。」

 

月見は呆れるような視線をシロをモフる男に送る。

 

「そっちのお前らはなんつう名前だ?」

「あぁ、申し遅れました。雉のルリオです。」

「柿助です。」

 

シロから手を離して三匹を見据える男は笑いながら口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は斉天大聖っつうもんだ。日本だと孫悟空のほうが分かりやすいか?まぁよろしく頼むわ。」

 

その言葉にぴしりと固まる三匹だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえずサイン下さい!!」

「わぁ、柿助が今まで聞いたなかで一番大きい声出してる。」

「つまるところ自分にとっての憧れの人が目の前にいる訳だしな。」

 

復活した柿助が何処からか出したサイン色紙を悟空に差し出した。




はい、月見さんの兄貴分の斉天大聖孫悟空です。月見さんと美穂さんは幼名の美猴王から取って美猴と呼んでます。
少し短くなりましたがお許し下さい。

次回予告
「あー、弟分?」


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来訪日記二頁目

とてもかんたんなあらすじ
「悟空参戦」


「悟空~どこ行ったの~?」

 

長い杖を持った女が涙目になりながら街を歩いている。とぼとぼという音が聞こえてきそうな程弱々しく、声に覇気もない。杖の先についた金属の輪がカチンカチンと音を鳴らす。

 

「う~……なんでこんなことになったの~。ただ気になるお店を見つけてそこから幾つか巡っただけなのに~。」

 

言っている事が完全に自業自得だが、本人が気づく様子はない。そうぼやいていた女はふと足を止め、肩にかけた鞄を開く。

 

「あ、そういえば携帯あるんだった。いや~すっかり忘れてたな~、早く連絡しよっと。」

 

そう言いながら鞄をまさぐる女性だったが、いくら時間が経っても目的の物が見つからないようだった。

 

「……………………もしかして落とした?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇマキちゃん。」

「?どうしたのミキちゃん。」

「あれなんだろう。さっきからずっと鳴ってるんだけど…。」

 

プライベートな格好のまきみきの二人が甘味処でお茶をしている。するとミキが何かを見つけたようで何処かを指差す。その先に視線を向けたマキは震える携帯電話が見えた。

 

「携帯?誰かの落とし物かな?」

「………というかもう3分ぐらい鳴り続けてるんだけど。」

「……どうしよっか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あぁクソ、電話にも出ねぇ。恐らく充電忘れたかどっかに落としやがったな?」

「…あの人のドジまだ治ってなかったの?」

「なんなら昔よりひどくなってるぞ。」

ガチャ『あの~すいません。』

「あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『師匠の声じゃねぇな。どちらさんだ?』

「え?あ、道端に落ちてたこの携帯を拾った者なんですけど…」

やっぱりかあのバカ………すまねぇなわざわざ拾って貰って。近くに持ち主っぽい奴はいるか?』

「えっと……。」

 

いい加減気になって出たマキだったが、相手からの質問を考えてなかったのか若干しどろもどろになっている。

 

『あぁ、わりぃ。杖を持ってる奴なんだか……どうだ?』

「ええ……ミキちゃんいるかな?」

「ここら辺にはいなさそうだけど……。」

 

二人揃って周りを見渡すが、該当する人物は見つけられない。

 

『……まぁいい、あんたら今何処にいる?近くだったら俺の知り合いがいるところに届けて欲しいんだが。』

「えっと、何処の誰に届けに行けばいいですか?」

 

 

 

『あ~なんだったか月見……あぁ了解…花割烹狐御前っつう店に来てる美穂って女なんだか、頼めるか?それか閻魔庁でもいいぞ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自律紙式 隼」

「あら、どうしたの美穂姉さん。いきなり術なんて使い始めて。」

「ごめんねきぃちゃん、今閻魔庁に来るお客の内の一人がはぐれて迷子になってるらしくて月見から手伝ってって頼まれたの。」

「随分と抜けてるわね。」

 

妲己が経営する花割烹狐御前の一室から美穂が紙で作った隼を何体か外に解き放つ。

 

「さ~て、視界共有視界共有っと。」

 

そう言いながら美穂は何かを念じながら目を閉じる。

 

「ふ~ん、なんか便利そうねそれ。」

「あ、きぃちゃんも覚えてみる?多分きぃちゃんなら1ヶ月もかからないと思うけど。」

「パスよ。店のこともあるし何より面倒だから。」

「そっかぁ………。」

 

美穂の耳と尻尾が少し垂れ下がる。その様子を見ていた妲己は飽きたのか美穂からもらったマニキュアを試し始めた。

 

「ところでその探す相手って誰なの?」

「玄奘三蔵さん。」

「……………そういえば知り合いだったっけ。」

「あっ月見から電話。ごめん、ちょっと変わりに出てくれないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし美穂?」

『美穂姉さんなら今術使って人探ししてるわ、月見兄さん?』

「あ、妲己さん。いつも美穂がお世話になってます。」

『やめてちょうだいそんな堅苦しいの。で?なんの用件でかけてきたの?』

 

電話の向こうから呆れたような声が聞こえて来るが、月見は大して気にしていないようだ。

 

「さっき三蔵さんが落とした携帯電話を拾ってくれた子がその店にいる美穂に届けに来るからそれを伝えようと……。」

『三蔵法師が携帯ねぇ……。』

 

一度会話を切った妲己だが少し黙った後、口を開く。

 

『まぁいいわ、美穂姉さんに伝えとくわよ………何よ美穂姉さん、もう切るわよ?……ちょっとそんな怖い顔しないでちょうだい……はいはいかわるから。

「……どうしたの?」

『月見~私頑張ってるからなんか声援が欲しいなぁー?』

「…………………

 

 

 

 

頑張って美穂お姉ちゃん。」

『あ~~癒されるぅ~~。………よーし!携帯届いたら早くみつけちゃうから、また後でね~。』

 

ガチャリと電話が切れて、月見がゆっくり電話をポーチにしまう。周りにいた桃太郎ブラザーズと閻魔大王はなんとも言えない顔をしている。

 

「伝え終わったよ、これで大丈夫?」

「おう、お前らが今もバカップルだってこととあいつの愛が留まる事はないってのはわかった。」

「言わないで恥ずかしい。」

「だったらちったぁ表情動かせや。ほれ。」

はなひへひほうひいはん(はなして美猴兄さん)。」

 

月見の頬をむにむにしている悟空におそるおそる柿助が話しかける。

 

「あのぉ~、悟空さんと月見さんはどういう関係なんですか?」

「あん?…あー…弟分?」

ふぉふぇへふぃいふぉほほふほ(それでいいと思うよ)

「悟空さん、いい加減月見さんから手を離されては?月見さんがなに言ってるのか分かりにくいので。」

「おう、それもそうだな。」

 

悟空の手から解放された月見は赤くなった頬をさすりながら柿助の方に向き直った。

 

「僕の生前にお世話になって一緒に暮らしてたんですよ。」

「「月のうさぎ」の話に出てくる猿が、不老不死を求めて旅をし始めた頃の悟空さんです。」

「その頃はまだ悟空じゃなくて美猴王だけどな。」

「「?」」

 

悟空の説明にいまいちピンと来ず、首をかしげるシロとルリオだったが、隣にいた柿助が口を開く。

 

「悟空さんはな、最初は一つの島の猿達の王様だったんだよ。そこで名乗ってたのが「美猴王」。そっから数百年旅をしてとある仙人に弟子入りしてそこで名前を貰うんだ。」

「それが「孫悟空」ってわけだな。よく知ってんなお前。」

「だって全猿達の憧れですから!いやぁ~同僚に自慢できるなぁ~。」

 

柿助は先程もらったサインの興奮がまだ残っているようで、若干早口になっている。

 

「鬼灯様~なんか柿助が変だよ~。」

「大丈夫ですよオタク特有の推しを前にした性格の変化という奴です。」

「どういうこと?」

「最新のアニメを前にした蓬さんと似たようなものですよ。」

「ああ、なんかスッゴい顔でウキウキしてた時ですか?」

「そうですね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく雑談をしていると月見の電話が鳴る。

 

「おお、早い。流石美穂。」

「それにしてもじゃねぇか?20分も経ってねぇだろ。」

「恐らく電話を拾った人が案外近くにいたんじゃないかな?」

 

そう言って月見は電話に出る。

 

「もしもし。」

『あ、月見?三蔵さん見つけたよ~。近くに美猴いるでしょ?ちょっとかわって。』

「了解、はい美猴兄さん。」

 

月見は美穂に言われた様に隣の悟空に軽く投げ渡す。投げられた悟空もなんの苦もなく受け取り話し始めた。

 

「あいよ、で何処だ?」

『衆合地獄の繁華街のショッピングコーナーでさ迷い疲れて休んでる。私の紙式がいるからその気配辿って。』

「おーう、月見連れて回収してくる。すまねぇな迷惑かけて。」

『ちゃんと奢りなさいよ?』

「わかってるっての。月見に返すぞ。」

 

悟空が月見に携帯を返し、何かを念じる様に集中し始める。

 

「じゃあ今から行くから切るね。」

『あ、そうだ月見?』

「どうしたの?」

『……いや直接聞いた方が早いから後でいいよ。じゃ、また後でね。』

「?」

 

何か不穏な気配を感じた月見だったが、既に電話が切れているために気にしないことにした。携帯をしまうと月見は隣の悟空に話しかける。

 

「美猴兄さん見つけた?」

「………おう、いたわ。じゃあ行くぞ。」

「あ、そっち?」

 

目を開けて壁の方向に顔を向けた悟空が月見の後ろの襟を掴む。なにかを察した月見は鬼灯達の方に顔だけを向け、口を開く。

 

「じゃあ鬼灯様、30分ぐらいで戻って来ます。」

「はい、行ってらっしゃい。」

 

そのやり取りに桃太郎ブラザーズの頭上に疑問符が浮かぶ。

 

「どういうこと?悟空さん向こう向いてるよね。」

「見てれば分かりますよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと。」

 

シュン

 

 

「………………………はい?」

「ほら、瞬間移動ですよ。悟空さん伝承にも残っている通り多才なので漫画の技よくパクってるらしいんですよね。」




この世界の孫悟空は美猴王として花果山から旅立ち、不老不死を求めて須菩提祖師に弟子入りするまでの数百年間の内の10年間ぐらい、月見さんと美穂さんと一緒に生活してます。

次回予告
「ナイスリアクションです。」


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来訪日記三頁目

とてもかんたんなあらすじ
「携帯電話騒動」


「月見からの「お姉ちゃん」呼び……いいわね…その呼び方を強制できる薬とか無いかな。」

「月見兄さんの事だから強く頼めばイケるんじゃないかしら?」

 

妲己は先程の電話で要求した声援が思った以上に刺さってる美穂に呆れた視線を向ける。

 

「はっ確かに!ありがと~きぃちゃん。」

「………ほどほどにしときなさいよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あそこだね。」

「ねぇミキちゃん、そのお店っていかがわしい感じじゃなかったっけ……。」

「一応兄が向かい側の店でお世話になってるし……別に客じゃないから大丈夫……なはず。」

「心配なんだけど!?」

 

電話の声に言われた通りに衆合地獄の花街に訪れた二人だったが、今更になって倫理観的な意味で心配になってきたようだ。

 

「ん?おお、ミキちゃんじゃねぇの。それにマキちゃんまで。ミキちゃんのお兄さんの様子でも見に来たんか?」

「あ、檎さん。いえ、ちょっと用事が……。」

 

例の店の前の長椅子に座る檎が話しかけてくる。

 

「用事?あいつら関係じゃないんじゃったら心当たりないんじゃが。」

「実は、この携帯電話を美穂さんっていう人に渡して欲しいって言われまして…。」

「ゴボッ!?」

 

マキが美穂の名前を出した瞬間、檎が吸っていたパイプの煙をえずくように吐き出す。それを見たまきみきの二人は固まってしまった。

 

「え、ちょ、大丈夫ですか!?」

「ゴホッゴホ……あー、すまん取り乱したわ。……ちなみに聞いときたいんじゃが、その名前電話で聞いたんよな?」

「?そうですけど…。」

呼び捨てじゃった(・・・・・・・・)?」

「えーと……確かそうだったはずですけど。」

 

あー、と何か納得したような声を出した檎を訝しげに見る二人。一人で勝手に理解している檎に目的を思い出したミキが尋ねる。

 

「あの~、結局の所美穂さんっていらっしゃるんですか?」

「あぁ、おるよ。今は妲己様の部屋でお茶してるはずじゃから。」

「………妲己さんとお茶?」

「案内しちゃろ、ついてきんしゃい。」

 

そう言って檎は椅子から立ち上がり、店の中に入っていく。マキはそれについて行こうとするがミキは何かを考え込んでいて中々動かない。

 

「あ、はい!……どうしたのミキちゃん?」

「いや、さっきまでの檎さんの反応が少し気になって……。」

「でも早くしないと置いていかれちゃうよ?ほら、さっさと入ろ!」

「うん………あの人がお茶する女性ってかなり限られてくると思うんだけどなぁ。」

 

しびれを切らしたマキがミキの手を引いて店の中に入る。その間、ミキはずっと何かを考えているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美穂様、貴女宛に届け物だそうです。」

『あ、通してくださ~い。』

「分かりました………ほら、入っていいっておっしゃってるからはよはいりんしゃい。」

 

二階に上がった檎は一つの襖の前まで歩き、そのまま呼び掛ける。ついてきた二人はいきなりのことにしどろもどろになっている。

 

「え、いやまだ心の準備が。」

「オタクらアイドルでしょうが、これぐらいでびびったらイカンよ~。」

「それとこれは無関係だと思うんだけど……。」

 

急かす檎に対して未だ狼狽えているまきみきの二人。その様子を見た檎はため息をつく。

 

「何がいやなんじゃ、せっかく美穂様も許可出してくれとうのに。」

「さっきから不穏なんですよ!「美穂さん」って名前を出した時の反応とか、さっきから様付けで呼んだりしてるから!」

「気にせんくてええよ。」

「そんなこと言われると余計気になって来るんですけど………。」

 

そんなこんなで襖の前で騒いでいた三人だったが、ふと襖からから音がする。比較的静かにしていたミキが反応してその方向を見るが、特に何の変化もない。

 

「…………?」

「はぁ…んあ、どうしたミキちゃん。」

「いえ、なんか紙が舞ったりくしゃくしゃになる音が聞こえた気がして……。」

「へ?そんな音した?」

 

ミキの言葉に周囲を見回すマキは自分の足元に一枚の紙の固まりが落ちているのに気がつく。それを見たマキはその紙のそばにしゃがみこんだ。

 

「これかな、なんか書かれてるけど。」

「えーと………「後ろにいるよ」?」

 

紙を広げ、二人が文字を読んだ瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メキョ メキョ

 

背後で木がへし折られるような音が聞こえて来た。まきみきはその音に体が固まる。嫌な予感がしてブリキの玩具の様にゆっくり振り返る。

 

「「「ガアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」」」

「「ぎいああああぁぁぁぁ!?!?!?」」

 

床から生えているいくつもの竜の首が咆哮する。よくよく見るとすべて体が木で出来ていた。そんな光景を前にしたまきみきの二人は叫びながら後退る。叫び終えた竜はするすると床に戻り、何もなかったかの様に元通りになった。

 

「なになになんなのこれ!?」

「ビックリした!久々に死ぬかと思った!」

「あはは、ナイスリアクションです。」

 

ビビりまくる二人をよそに、美穂が笑いながら襖を開けて出てくる。

 

「ごめんなさい。あまりにも入るのが遅かったからきぃちゃんから「少し驚かせて来なさい」って言われちゃって。大丈夫ですか?」

「あ、はい!」

「は、はい……もしかして貴女が美穂さんですか?」

 

ミキに問われた美穂は笑顔で返事する。

 

「ええ、私が美穂で合ってますよ。とりあえず入って入って。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、誰かと思えば貴女達だったのね。」

「どうも……兄がお世話になってます……。」

 

中で寛ぐ妲己が入って来た二人に視線を寄越すと、美穂についてきたミキに目をつける。

 

「あれ、きぃちゃんこの子と知り合いなの?」

「その子の兄が向かい側の店で働いてるのよ。ここの系列店みたいなもんだし檎に経営任せてるから。……というか人前で「きぃちゃん」はやめてちょうだい。」

「え~かわいいのに~。」

「…きぃちゃん?」

「妲己さんをそんな呼び方する人初めて見た……。」

 

美穂と妲己の気軽な会話に意外そうな顔をする二人。

 

「というか届け物があったんじゃないの?」

「あっそうでした!これなんですけど…。」

 

妲己の言葉に本来の目的を思い出したマキが携帯電話を美穂に差し出す。それを受け取った美穂は電源を入れて中のデータを確かめ始めた。

 

「携帯のロックなし…待受画面がブレブレの自撮り……本人のものですね、ありがとうございます。」

「確かめ方ひどく無いですか?」

 

ミキが思った事をそのまま口に出す。思わず出てしまった言葉にミキは口を押さえるが、美穂は困った様に笑っている。

 

「いやぁ貴女のいう通りなんですけどね……この携帯の持ち主妙に抜けてるので…。」

「「ええ……。」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自律紙式 隼、縁結び 失物…………行きなさい。」

 

携帯の端末から淡い光が漏れだし、紙でできた隼に移った。そのまま美穂に命令されると、隼は近くの窓から飛び立っていった。

 

「わぁ……カッコいい。」

「ありがとうございます。……えーと。」

「あ、すいません、名前言ってませんでしたね。」

 

マキは姿勢を正して美穂に向き直る。

 

「改めまして、アイドルをしているまきみきのマキです!」

「ミキですニャ。」

「ああ!道理で既視感があると思いました。よくテレビで見させてもらってます。」

 

美穂は嬉しそうに尻尾を揺らしている。

 

「私は閻魔庁医務室副長と美容関係の仕事を兼任してます。美穂と申します。以後お見知り置きを。」

「閻魔庁……てことは鬼灯様と同じ職場なんですか?」

「立場的にはそうですね。というか獄卒は実質全員鬼灯様の部下ですよ。」

 

へー、といまいち理解してるのかしてないのか分からない声を出すマキだったが、隣でミキが何かを思い出そうとしてるのが見えた。

 

「ミキちゃんどうしたの?」

「……あの~一つ質問何ですけど。」

「はい、何でしょうか?」

 

おずおずと手を上げて美穂に尋ねるミキ。

 

「もしかして月見さんの部下だったりしますか?」

「あっ、そういえばあの人自己紹介で医務室長みたいな事言ってたね。」

「うん、だからちょっと気になって。」

 

以前共演した相手を思い出した二人に対し、美穂が返す。笑顔なのだが何処か違和感がある。

 

「はい、そうですね。こちらからも一ついいですか?」

「?何でしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の月見とどういう関係でいらっしゃいますか?」

「「はい?」」

 

さらりと出された言葉にまきみきの二人は固まる。その一方で美穂は静かに目を開いた。瞳のハイライトが完全に消えている。

 

「ちょっと聞かせてくださいな、どうしても気になってしまうものでして。何処でどういう経緯で私の月見をたぶらかしましたか?返答次第では……………。」

 

そのまま問い詰め始めた美穂は傍らにあった湯呑みを手に取ると、そのまま持ち上げた。そして尻尾を構え…

 

「こうなります。」

斬ッ

「「」」

 

尻尾の先で湯呑みを横一文字にぶったぎった。

 

「早く答えて下さい?貴女達の体を真っ二つにされたくなければ。」

「違います!別にそういう関係じゃないです!」

「一度テレビで共演させていただいただけです!」

 

どんどん笑みが深くなって放つプレッシャーにまきみきは思わず互いに抱き合う。しばらくにらみ続けていた美穂だったがふと、殺気を緩めた。

 

「…………………………………………………………………………嘘はついて無いようですね。」

「ついてません!誓って嘘はついてません!」

「分かりました……ごめんなさいね、つい月見の事になると抑えが効かなくなっちゃって。」

「はぁ……。」

 

完全に殺気を消した美穂は困った様に笑いかける。それに加え、指を鳴らすと周りから硝子の割れる音が聞こえてきた。すると今まで完全に無視を決め込んでいた妲己が反応して、呆れた視線をこちらに向けてくる。

 

「全く、その月見兄さんの名前を女性から聞いたら暴走する癖どうにかしなさいよ美穂姉さん。というか私の店で暴れないでもらえる?」

「月見が愛おしすぎるのが悪いとおもうの。」

「はぁ………………良かったわね貴女達。何の話をしてたか知らないけど死ななくて。」

 

反省の色が見えない美穂に対しため息をついた妲己はそのままマキとミキに話しかけてくる。

 

「えっと……どういう?」

「さっき割れたのは美穂姉さんが張ってた消音結界よ。例え貴女が大声を出して殺されても誰も気づきはしないわ。」

「ヒエッ。」

 

マキの口から言葉にならない声が出てくる。

 

「そういえばずっと気になってたんですけど………妖狐のトップみたいな方である妲己様に「姉さん」呼びされてる美穂さんって何者なんですか?」

「何者だなんて…私はただ長生きしてるだけの狐ですよ。」

「嘘おっしゃい。本気出したら私を一方的になぶり殺せるくせに。」

 

恥ずかしそうに頭を掻く美穂だが、妲己の言葉を聞いたまきみきの二人はすっかり怯えきっている。

 

「ふむ……一回色々説明した方がいいですかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと…つまり美穂さんは「月のうさぎ」に出てくる狐で、月見さんとは幼なじみ兼夫婦だということでいいですか?」

「途中で惚気入れてくるから聞き取るのが大変だったニャーン。」

 

落ち着いたまきみきの二人は美穂からの説明を受けていたが、大分疲れたような顔をしている。ちなみに妲己は椅子に座って素知らぬ顔で緑茶を飲んでいる。

 

「はい、それで大丈夫ですよ。」

「色々突っ込みたい事はありますけど、取り敢えず覚えておきます……。」

 

とてもげんなりしている二人だったが、それをよそに美穂が何かに反応したかのように振り返る。

 

「見つけた。」

「「はい?」」

「あぁ、すいません。貴女達が届けてくれた物を使って人探ししてたんです。」

 

そんな説明をしている中、窓から隼が入って来る。その隼は美穂の前まで来るとそのまま一枚の紙となった。

 

「……なるほどショッピング街ですか。ちょっと電話しますね。」

「あ、はい、どうぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか最後何か思わせ振りな事言ってたけどなに企んでるの?」

「やだなぁきぃちゃん。アイドルと知り合ったって私に伝えてくれなかった月見にちょっとお仕置きしようかなと思っただけだよ?」

(静かに発情した目してるわね……御愁傷様。)




美穂さんはぶちギレると通常時の鬼灯様以上に強くなります。


次回予告
「あ、これおいひい。」


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来訪日記四頁目

とてもかんたんなあらすじ
「美穂さんアイドルと出会う」


「よっしゃ到着。」

「毎回言ってるけど襟伸びるから移動する時はせめて抱えて?」

「おう悪ぃ悪ぃ。」

 

様々な店が立ち並ぶショッピング街にいきなり姿を現した悟空は右手で襟を持ってぶら下げていた月見を地面におろす。雑に空中で離されたが、月見は平然と着地し、服の埃を払う。本人達は特に何もなかったかのような様子だが、周囲は騒然としている。

 

「で、三蔵さんは何処に?」

「あーっと、向こうだな。さっさと行くぞ。」

 

そう言って歩きだす悟空と月見。周囲で見ていた人々は悟空が近づいてくるとモーゼの如く道を開けていった。

 

「…もしかしてあれなのかな?」

「そういやお前ど近眼だったな、忘れてたわ。」

 

二人が目指す先の上空には隼が旋回していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はむっ、ん~!これ美味しい!」

 

二人が近づいて来ている事など露知らず、三蔵は近くの甘味処で団子を頬張っていた。

 

「店員さ~ん、わらび餅も下さ~い!」

「はい、畏まりました。」

 

先程まで沈んでいたのが嘘のようにテンションが上がっている様子だった。店先にある長椅子に座り、足を少女のようにぶらぶらさせている。

 

「いやぁ~携帯まで失くしちゃったけど、取り敢えず難しい事は後で考えよっと。「腹が減っては戦はできぬ」なんて言葉も日本にあるぐらいだしね。」

 

そう言って三蔵は緑茶を飲む。その顔はとても満足そうだ。

 

「お待たせしました、ご注文のわらび餅です。黒蜜を自分でかけてお楽しみください。」

「わーい、ありがとうございまーす!」

 

店員が品物を持って来た事で更にIQが落ちたようだ。受け取ったわらび餅は少しの揺れでプルプルと震えている。そこにトロリとした黒蜜を回しかけるときな粉がかかったわらび餅を覆うようにゆっくり広がって行き、見事な景観となっていた。

 

「お~、美味しそ~。」

「おう確かにな。」

「でしょ?じゃあいただきま~………………あ、あ?」

 

わらび餅を口に含もうとした三蔵は横から聞こえてきた声に固まる。ぐぎぎぎぎぎ、と首を横に向けると満面の笑みを浮かべる悟空がいた。三蔵の口からヒュッと空気が出てくる。

 

「よぉ師匠、こんなとこでなにやってんだぁ?」

「え、えーと、休憩?」

「そぉかぁ、自分で迷子になって携帯落としておいて休憩かぁ。」

 

悟空は笑顔のままビキリとこめかみに青筋を立てて、手を握りしめる。三蔵の顔が青くなり、冷や汗がだらだらと流れる。そのまま悟空は拳を振り上げ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人様に迷惑かけといて自分だけおもいっきり楽しんでんじゃねえよこのバカッ!!」

 

ゴンッ

 

「へぷぅッ!?」

 

躊躇いなく三蔵の脳天に振り下ろした。三蔵が取り落としたわらび餅は月見が難なくキャッチしている。

 

「………あ、これおいひい(美味しい)。」

 

そのまま悟空に説教されている三蔵の横で月見は静かにわらび餅を堪能していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悟空……反省……反省してるから離して……。」

「うるせぇ、しばらく我慢してろ。」

「美猴兄さん、代金払っといたよ。」

 

説教の勢いで三蔵をアイアンクローしている悟空の元に甘味処に三蔵が食べた菓子と迷惑料を支払って来た月見が戻ってくる。

 

「おう悪いな、後で師匠に返させるわ。」

「別にいいよこれぐらい。それより早く閻魔庁に戻ろ?」

「いんや、先に寄っときたい場所がある。」

 

頭に疑問符を浮かべる月見だったが、すぐさま思い当たる事があったかのように耳をピンと伸ばす。

 

「あ、美穂の所?」

「おう、今携帯持ってんのあいつだろ?さっさと案内してくれ。」

「わかった、ついてきて。」

 

そう言って月見は先導するように歩きだす。が、何歩か進んだ所で立ち止まって悟空の方に振り返った。

 

「そうだ、美猴兄さん。」

「なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう三蔵さん離してあげたら?」

「ユル……シテ……ユル……シテ……。」

「…チッ、月見に感謝しろよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっとここら辺だった筈だけど……。」

 

甘味処から歩き始めて20分、頭に紙でできた隼を乗せた月見は周囲をキョロキョロ見回しながら歩いていた。その後ろには堂々と歩く悟空と顔を押さえながらとぼとぼ歩く三蔵がついてきている。

 

「知り合いの店じゃねぇの?」

「そうは言ってもここら辺来ることなんて滅多に無いからなぁ。ほら、僕花街なんて行く必要無いし行く気も無いし。美穂がいれば満たされるから。」

「………お前ホントあいつが喜びそうな事に限ってあいつがいない場所で言うよな。」

「?」

「無自覚なのも相変わらずか。」

 

携帯をいじくりながら歩く悟空だったが、先頭にいた月見が足を止めて横を向いていたため自分も止まる。すると月見は店の前の長椅子に座る檎に話しかけた

 

「檎さん、お久しぶりです。」

「おお、月見様。美穂様なら、上の一番奥の部屋にいらっしゃいますが。」

「ありがとうございます。」

「後ろのお二人は悟空様と三蔵法師様で間違いないですかね?」

「あれ?私達のこと知ってるの?」

 

三蔵から問われた檎はパイプを咥えると煙を狐の形に変える。

 

「そりゃ妲己様から美穂様の事について聞かされてたら嫌でも覚えてるもんじゃからなぁ。美穂様を呼び捨てにできるのなんてそれこそ古くから縁があるお二人以外いませんて。」

「そういや美穂のやつ、狐の中では最高位クラスだったな。」

 

檎はケラケラと笑いながら説明するが、悟空は特に興味も無さそうに携帯をいじくっていた。

 

「そういや悟空様、一応三蔵法師様の携帯を拾った娘達も居ますんで。」

「お、そうか。おい師匠、ちゃんと礼しとけよ?」

「むぅ~、わかってるわよ。」

 

そんな会話をしながら三人は店の中に入っていった。

 

「………何で頭に鳥が乗ってるんじゃあの人。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…というのが私の仕事なんですよ。」

「へぇ~そんな感じなんだんだ。」

「間に挟まれる惚気の量が本題の数倍はあった気がする……。けど美容液は気になる……。」

 

お暇しようとしたまきみきの二人を呼び止めた美穂は、そのまま持ってきていた菓子とお茶を自分で淹れて妲己の部屋で寛いでいた。主に美穂による惚気だったため、ミキは疲れているようだ。ちなみにマキは普通に菓子をボリボリ食べている。

 

「……来ましたね。」

「「?」」

「あら、もうそんな時間かしら。」

 

話し終えた美穂が茶をすすっていると、何かに反応したかのように下を見つめ、小声で呟く。二人がその行動に疑問を抱いていると顔を上げた美穂が湯呑みを置いて袖の中をまさぐる。

 

「もうそろそろ目的の人物がいらっしゃいます。これ(携帯電話)、渡してあげてください。」

 

そう言って美穂はマキに携帯電話を渡した。渡された本人は、急な出来事にポカンとしている。

 

「へ?いや急に渡されてm「邪魔するぞー。」うひぁっ!?」

「全く………せめてノックぐらいちょうだい美猴さん?あとそんな雑に開けないで欲しいのだけど。」

「別にいいだろ?どうせ月見が頭に乗せてる紙式でわかってただろうし、そんな柔な素材で出来てねぇだろ。」

 

いきなり背後の襖が開き、悟空達が現れる。予想してなかったまきみきの二人は驚いているが、美穂は特に反応はなく、妲己はビビる所か悟空に文句を言っている。そんなやり取りをよそに月見は美穂に話しかけた。

 

「ありがとね美穂、手伝ってもらって。」

「いいよ。後その子達が携帯を拾って届けてくれた子だよ。」

 

美穂にそう言われた月見は振り返りまきみきを視界に入れると少し驚いたかのように目を開く。

 

「おや、お二人だったんですか。お久しぶりですね。わざわざ届けていただきありがとうございます。」

「あ、いえ!お構い無く!」

「ちょうど休日だったので大丈夫です!」

 

ペコリと頭を下げる月見に対し、慌ててマキとミキは頭を上げるよう催促する。しばらくはそんなやり取りが続いたが、いつの間にか月見の背後に美穂が笑顔で立っていた。それを見たまきみきの二人は少しビクッと体を震わせる。

 

「?どうされました?」

「「あ、いえ……なんでもないです。」」

「?」

 

月見は何が起きているのか把握出来ていないが、背後の美穂は獲物を見る狩人の目で月見を見ていた。そしてそのままの姿勢で月見を抱き上げる。月見は宙ぶらりんになった。

 

「どうしたの美穂?」

「いや?ちょっと向こうでお話したい事があるから?きぃちゃん、向こうの部屋かりるね~。」

「ほどほどにしときなさいよ~。」

 

妲己から興味無さげな返事をもらった美穂はそのまま月見を抱えて部屋を出てしまった。まきみきの二人は置いてけぼりとなってポカンとしている。

 

「………何があったの?」

「………さぁ?」

「気にしなくていいぞ。それよりもあんたらか?携帯を拾ったの。」

 

美穂が出ていった方向を見ていたまきみきの二人だったが、悟空から話しかけられた事で意識が戻ってくる。

 

「は、はい。そうですけど。」

「もしかして電話をかけて来た方ですか?」

「おう、わざわざすまねえなこいつのドジに巻き込んで。」

「ホンットありがとね~二人共~~。」

 

そう言うと三蔵は二人に抱きついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ~月見~?どうして私にあの子達と一緒に仕事したこと言わなかったのかな~?」

「いや、一回限りだったし、一緒に仕事というか同じ番組に出た位だから……。」

「へぇ~言い訳?そんな事しちゃう口は塞いだ方がいいよね?」

「それってd…んむぅ!?」

 

口を開いた月見におもいっきりキスをする。激しく音を鳴らし、舌を絡ませる深い方だ。

 

「……ん。」

「ぷはぁっ……ちょっと美穂?ここd…ふむぅ!?」

 

一度息継ぎのために離れるが、月見が話す間も与えずすぐさま美穂が襲いかかる。目が完全にイッており、止まることは無さそうだ。

 

「………おいし。」

「んッ……ねぇ美穂、僕が悪かったからそろそろ戻ろ?今度の休みならなんでもしてあげるから……ね?」

「誘い受けにしか見えないから満足するまで口でやる。」

「ふえぇ………。」

 

その後、10分ほど月見の口を貪った美穂はくったくたになった月見を満足そうに抱えて結界を解除して妲己の部屋に戻っていった。




月見さんの頭に乗っていた隼は妲己の部屋に入って来た時点で、美穂さんが術を解除してしまってます。


次回予告
「」


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来訪日記五頁目

とてもかんたんなあらすじ
「三蔵ちゃんしばかれる」


美穂が月見をテイクアウトした後、悟空と三蔵はまきみきの二人と会話していた。

 

「じゃあ改めて自己紹介するね。私は陳江流っていうの。「西遊記」の三蔵法師とは私のことです!あ、三蔵でいいよ。」

「俺は斉天大聖。日本では孫悟空の方が馴染みがいいか?」

 

ふふんと胸を張る三蔵と軽く笑う悟空だが、まきみきの二人はいきなりのビックネームに固まっていた。

 

「え?ド○ゴン○ール?」

「ちょっとマキちゃん!?」

「あっすいません!」

「ははっ、問題ねぇよ。行く先々で言われて慣れてるからな。」

 

思わずマキの口から出た言葉に焦る二人。しかし当の本人は笑い飛ばしている。

 

「それに俺もあれ読んでるし。」

「嫌じゃ無いんですか?」

「いんや、むしろ技の参考になるから面白いんだわ。」

 

ほれ、と悟空が人差し指を立てるとその上に光る円盤が現れる。

 

「気○斬!?」

「うわスッゴい!?」

「他にもあるが……ここじゃ使えねぇからまた見せる機会があったらみせるわ。」

 

まきみきの二人が驚いている様子を見て満足したのか悟空は音を鳴らしながら回っていた気○斬を消滅させる。しかし興奮がおさまらないマキは悟空に次々と質問していく。

 

「他には!?他には何が使えるんですか!?」

「んあ?まぁ瞬間移動ぐらいなら使えるぞ。」

「かめ○め波は!?」

「出来るが被害が大きいから止めろって上から言われてる。」

「マジで!?」

「マキちゃん、ステイ。まだこっちが自己紹介してないでしょ?」

「はっ、そうだった!」

 

ゲームや漫画が好きなマキをミキがたしなめる。落ち着いた様子になってマキは姿勢を正すと悟空達の方を見る。

 

「まきみきっていうアイドルユニットやってます!マキです!」

「相方のミキですニャ。」

「へぇ~そうなんだ!」

 

三蔵が目を輝かせている。どうやら普段の自分の立場では会うことが出来ない相手であるため物珍しいようだった。そのまま悟空を除いた三人は女子トーク的ななにかに入っていった。悟空は話についていけなさそうだと瞬時に悟ると懐から煙管を取り出す。

 

「なぁ、妲己の嬢ちゃん。一服していいか?」

「やるんだったら煙こっちに寄越さないで。それか外でやってちょうだい。」

「あいよ。」

 

ずっと何かのカタログを読んでいる妲己からの許可をもらった悟空は煙管の火皿に葉を詰めてフィンガースナップをして火を付け、そのまま吸い始めた。煙管から吹き出す煙は勝手に窓に進んでいく。

 

「………ふぃー、あー悟能と悟浄仕事押し付けられてないといいが………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば三蔵さん、一つ気になった事があるんですけど……。」

「どうしたの?」

「陳江流っていうのが本名なんですか?日本だと三蔵法師っていう名前が有名なんですけど…。」

「ああ!それね!よく勘違いされてるんだよね。」

 

ミキの質問に三蔵は合点がいったと言わんばかりに手を叩くとそのまま話し始める。

 

「そもそも三蔵法師っていうのは名前……というか固有名詞じゃないの。」

「そうなんですか?」

「うん、正しくは経蔵・律蔵・論蔵の三蔵に精通した僧侶の事で、つまり三蔵法師は私以外にもいるの。」

「へぇ~知らなかったです。」

「私の場合は玄奘三蔵って呼ばれてたよ。」

 

ニコニコと笑いながらお茶をすする三蔵だった。そんな中、マキがおずおずと手を上げる

 

「あの~私からもいいですか?」

「どうしたのマキちゃん?」

「さっきからずっと思ってたんですけど…西遊記の三蔵法師って男だったイメージがあったんです。でも三蔵さんって女の人ですよね?だから意外だなぁって。」

「あ~その事か。あれね、私もよく分からないんだよね。」

「へ?」

 

困った顔をする三蔵に対し困惑するまきみきの二人。三蔵は湯呑みを置くと顎に手を当てて頭をひねった。

 

「そもそも私ちゃんと旅の記録書いてたし、性別偽った記憶ないからなぁ。」

「……なんかつっこんじゃいけないことだったかな。」

 

しばらくその状態が続くが、ふと三蔵があ~、と声を上げて片手で頭を掻く。

 

「もしかしたら上の指示かも。」

「上?」

「うん、天界の仏様。当時は女性の僧侶が少なかったし、物語として書くなら男のほうが書きやすかったんじゃないかな。」

「正直どっちもどっちだけどな。」

 

三蔵が憶測を話している最中、煙管を咥えた悟空が話に加わってくる。

 

「悟空、それどういう意味?」

「いんや?昔、月見に日本で流通してる西遊記見せてもらったんだがな、まんまやってる事が当時のお前だったんだよ。違うのは性別だけだ。」

 

悟空は口に含んだ煙を吐き出し、ニヤリと笑う。

 

「なんにも考えず突っ込んで行って敵に騙されたり捕まったり俺を破門にしたり……。」

「わー!わー!ストップ、ストーーップ!」

「ん?なんだ師匠、まだ4分の1もいってないぞ?」

「人前ではやーめーてー!」

 

ケラケラと悪い笑みを浮かべる悟空に対し、三蔵がぽかぽかと拳で叩く。三蔵は顔を赤くして若干涙目になっている。

 

「……なんというか。」 

「スッゴい印象と違うね。」

「当たり前でしょ?」

 

今まで静観を決め込んでいた妲己がまきみきの二人に話しかけてきた。

 

「あの人達の旅が一番最初に書かれたのはもう千年以上前なんだから、そのままの内容が伝わってるわけないじゃない。」

「あっなるほど……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、待たせてわりぃな。」

「あ、いえ…お気になさらず…。」

 

ひとしきり三蔵をいじるのに満足した悟空は、横からいまだにぽかぽか叩かれながらまきみきの二人の方に向き直る。

 

「そろそろあいつらも戻って来るだろうし、さっさと閻魔庁行きますかね………おい、いつまでいじけてんだ早く機嫌なおせ。」

「むぅ……。」

 

頬を膨らませる三蔵だが、自分が迷惑をかけた手前強く言い出せないのかそのまま項垂れた。するとそこにピクリとも動かない月見を抱えた美穂が入って来る。

 

「終わりましたよ。きぃちゃんありがとねー。」

「………今度はちゃんと自分達の部屋でやって美穂姉さん。」

「あはは、ごめんね?」

 

妲己や悟空、三蔵は特に気にしていない様子だったが、事情を知らないまきみきは月見の様子が心配であるようだった。

 

「これでもかっていうぐらいめっちゃぐったりしてる…。」

「悟空さん、月見さん大丈夫なんですか?」

「あ?問題ねぇよいつもの事だ。」

「「えぇ……………。」」

 

そんな中、月見のポーチの中から音が鳴り始めた。その音にピクリと反応した月見は美穂に抱えられたまま携帯を取り出して電話に出る。

 

「はい……もしもし。」

『なんで既に死にそうな声してるんですか月見さん。』

 

電話からは鬼灯の声が聞こえてくる。

 

「あ…無事三蔵さん見つかりました……。」

『そうですか。それはそうと、少々話しておきたいことが。』

「?………なんでしょうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『衆合地獄で亡者の脱走が起きたので鎮圧手伝ってもらっていいですか?』




孫悟空と沙悟浄は本名ですが、猪八戒だけは何故かあだ名で本名は悟能です。
あと西遊記の内容についてですが、三蔵法師をメインにするバージョンと悟空をメインにするバージョンとで三蔵法師の性格が変わってるんですよね。悟空メインの方はわりと悟ってる感じがしますが三蔵メインだとめちゃくちゃ俗っぽいです。

次回予告
「取り敢えずテメェからだ。」


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来訪日記六頁目

FGOの夏イベ始まりましたね(9月)
ダヴィンチちゃんの恐竜に対する反応見てると日本地獄の一部で働いてる恐竜達見せた時どうなるんだろと思いました。

とてもかんたんなあらすじ
「三蔵さんのお話」


「あ?亡者が脱走だぁ?」

『おや、悟空さんもそこにいらっしゃいましたか。』

「美穂も三蔵さんもいますよ鬼灯様。」

 

ようやく自分で立てるようになった月見が持つ携帯から鬼灯の声が聞こえる。今はスピーカー状態になっているようでその場の全員に行き渡っていた。

 

『どうやら三蔵さんの捜索頼んだ際に警備が緩んだ隙を突かれたみたいですね。』

「ホントに申し訳ございません……。」

 

自分が原因の一端であると知った三蔵が土下座し始めた。

 

「で、俺らも手伝った方がいいか?」

『そうしてもらえるなら有難いですが、よろしいのですか?』

「かまいやしねぇよ、もともと迷惑かけたのはこっちだ。ならその分は働くのが道理だろ?」

『ありがとうございます。現場からの情報だと逃げたのは10名ほどだそうです。』

「了解。」

 

鬼灯の言葉に返答した悟空はそのまま店を出ようとしたが、何歩か進んだ所で足を止める。その様子に端から見ていたまきみきの二人が疑問を持つ。

 

「あの~どうされたんですか?」

「……なぁに、向こうから獲物が来てくれただけだ。」

「そういう事ですので行って来ますね鬼灯様。」

『分かりました。』

 

月見は電話を切るとポーチにしまい込み、大通り沿いの窓の方を見る。うさみみをひくひく動かし、より情報を取り込もうとし始めた。

 

「……………もうすぐここの通りに突っ込んで来るのが4人、向こう側にある通りに3人、裏路地に隠れているのが3人、あとは………美穂。」

「わかった~。」

 

ぶつぶつ呟く月見に声をかけられた美穂は袖から複数の木の棒を取り出し、窓から屋根の上に軽く跳んで登る。美穂が見据える先には屋根を駆ける白装束の人間がいた。こちらには気づいておらず、ただひたすら刑場から逃げているようだ。

 

「自律木式 穿弓、自律木式 縛矢狼。」

 

美穂が術式を唱えると、持っていた木の棒が太い大弓と複数の縄が捻れて固まったような見た目をした矢のような何かに変わる。そのまま美穂は矢をつがえ、上に向ける。限界まで引き絞られた弓はギギギキと音を鳴らしている。

 

「目標設定。」

 

美穂はそのまま上空につがえた矢を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、ハァッ!これならあいつらも追って来れねぇはずだ!」

 

屋根の上を走る亡者。軽い調子で走っていることからどうやら慣れているようだ。

 

「俺はまだやりたいことがあるんだよ!さっさと生き返ってビルの上から女の部屋を覗くんだ!」

 

言ってる事が下らなすぎるが、本人は至って真面目であるようだ。しばらく走り続けていた亡者だったが、ふとひゅるるるるる、という音が聞こえて来た。

 

「あん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕留めなさい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音が気になった亡者が振り向くが何もない。それでも違和感が拭えないようで辺りを見回すが、何も見つけられない。音が近くなって来た所で上を見ると巨大な狼の頭が口を大きく開いていた。

 

「は?」

 

バクンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月見~終わったよ~。」

「ありがと美穂。…さて、あとは…。」

「取り敢えず近くの奴らを終わらせるか。」

 

そう言った悟空は自分の髪の毛の少し抜き取り、息を吹き掛ける。するともくもくと煙が立ち始めた。数秒後、煙が晴れるとそこには悟空がもう一人いた。ほとんどは同じだが、顔は猿の面で隠されている。

 

「いいか?近くの路地裏で逃げてる白装束が三人いる。そいつらを仕留めて来てくれ。俺は今から来る奴らをまとめて仕留める。わかったな?」

「」コクリ

 

悟空の指示に頷きで返事をした分身はそのまま窓から跳んでいった。その様子を見届けた悟空は月見の方に顔を向ける。

 

「お前は向こうの通りをやるか?」

「いや、必要ないみたいだよ美猴兄さん。」

「あん?」

 

 

「ブーツと革靴と………下駄の音が聞こえた。おそらく警察がそっちを追ってるね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「斎藤さーん!そっちお願いします!」

「人使いが荒いね沖田ちゃん……ま、お仕事はきっちりしますけど。」

 

逃げる亡者を追いかける人間が二人。それぞれ桜色をベースにした着物と袴を着込む少女とスーツの上にコートを羽織った男性である。着物の少女…沖田に声をかけられたスーツの男…斎藤一は走る速度を上げ、そのまま近くまで追い付いた亡者の一人の背後につく。

 

「こっちも仕事なんでね、恨みとかそういうのは無しにしてくれると嬉しいか…なッ!!」

「ぐふッ!?」

「はい一人確保。」

 

そのまま亡者の頭に木刀を振り下ろし、その場で沈めた。そのまま拘束し始める斎藤の横をとんでもないスピードで沖田が通り過ぎる。

 

「…相変わらずとんでもないよなぁ。」

 

頬を掻きながらぼそりと何かを呟く斎藤だが、沖田はそんな事気にせずスピードをさらに上げる。そのまま逃げる亡者の横につくと、木刀をぶれる勢いで振り下ろした。

 

「よいしょ~。」

「ぶべらッ!?」

 

いきなり横からぶっ叩かれた亡者は反応できるわけもなく、意識を落とした。

 

「沖田さん大勝利~。あ、斎藤さんもう一人はどうしました?」

「あの人が追っかけてったから大丈夫じゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃ!ひぃ!聞いてねぇぞ!あんな早く動ける奴がいるなんて!」

 

通りを一人で走る亡者。その顔には先程まで一緒に逃げていた仲間が捕らえられる様子に対する怯えが見てとれる。

 

「俺だけでも生き返ってやる!」

「世の中そんな甘くないですよ。」

「ッ!?誰だ!?」

 

突如聞こえた声に思わず立ち止まり辺りを見回そうとする亡者だったが、脳天から痛みが走り、そのまま崩れ落ちてしまう。そんな亡者の頭上には今しがた足を振り抜いたような姿勢になった女性がいた。女性は亡者の上にきれいに着地するとどこかに電話をかけ始める。

 

「あ、もしもし遮那王?西側は全員終わりました。」

『すまない牛若丸。残りは獄卒の皆さんに任せていいそうだぞ。』

「了解しました、ふんじばって集めますね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、そうか。じゃ師匠、今から来る奴らぶちのめせば終わりだ。」

「よーし!久々に頑張っちゃうぞ~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

大通りを走る亡者達は道行く人を押し退けながらすすんでいる。様子を見るにかなりの騒ぎになってそうだ。

 

「どけ!俺はここから逃げたいんだよ!」

「クソッ、早くどけyっうおあッ!?」

 

すると突然4人の内の一人がこける。先頭を走っていた男だったため、残る三人も必然的に足を止めた。よくよく見ると男の足の近くに棒のような物が浮いている。どうやらこれに引っ掛かったようだ。

 

「ッてて……。」

「おー見事な転び方だったな。」

「んだと!てめぇぶっ飛ばし…て…。」

 

こけた男が馬鹿にされた事に腹立って声の元を見ると次第に声が萎んでいく。亡者の目線の先には男の足を引っ掛けたであろう長い棒…如意棒を持って非常に好戦的な笑みを浮かべる悟空が立っていた。

 

「ん?なんだ?お前が俺をどうするって?」

 

さらに笑みを深くして近づく悟空。

 

「いやッ!なんでもないッ!なにも言ってないッ!」

「ま、そういうのどうでもいいんだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り敢えずテメェからだ。」

ドゴムッ

「ぶべらッ!?」

 

そのまま悟空は踏みつけで目の前の亡者を石畳の地面に埋めた。石の破片が辺りに飛び散るがやった本人は気にすることなく亡者達の方を向く。

 

「さぁて、次はどいつだ?」

 

悪鬼のような笑みを浮かべゆっくりと歩いて来る悟空。その姿に血迷ったのか一人の男が突っ込んできた。

 

「うあぁぁぁ!!」

「おーおー蛮勇だな。」

 

悟空を殴ろうとする男だったが、軽くいなされて体勢を崩してしまう。そのがら空きになった鳩尾に悟空は短くした如意棒をえぐりとるように突き刺した。

 

「うぐあッ!?」

「残り4人。」

 

何事もなかったかのように再び近づいて来る悟空。するとそこに上から亡者が降って来た。悟空の後ろに積み重なるように落ちた3人の亡者を踏み潰すかのように分身も降ってくる。

 

「あんがとな、戻っていいぞ。」

「」グッ

 

悟空に礼を言われた分身はサムズアップをするとそのまま消えていった。その隙に逃げ出そうとする亡者達だったが、突如亡者を囲むように光の輪が現れる。

 

「な、なんだこれ!」

「光の輪よ、拘束しなさい!」

 

三蔵がそう唱えると光の輪が縮み、亡者達が何も出来なくなるまで締め付けた。すぐさま三蔵は光の輪で一ヶ所に纏められた亡者達の近くまで近づいていく。

 

「御仏の加護、見せて上げる!」

「は?」

「でぇーい!」

 

悟空から気の抜けた声が聞こえた。が、三蔵は気にすることなく無数の掌底の連撃を食らわせて始める。

 

「五行山………

 

 

「おい馬鹿やめろッ!!」

 

 

釈迦如来掌ッ!!」

 

トドメと言わんばかりに右手にオーラを纏わせておもいっきり亡者達に向かって放つ。巨大な掌底となったオーラは亡者を巻き込んでとんでもないスピードで飛んでいった。

 

「ああ、糞が!こんな場所でやりやがって!」

 

このままだと亡者達が地獄の天井に当たることを予期した悟空は瞬間移動で掌底の進行方向に飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

「ぶっ飛ばしても問題無さそうな場所……あそこの針山でいいな!!」

 

そのまま空中を飛んでいる悟空は両手を腰にひき、鳥の嘴のような構えをする。すると両手の間に光る球体ができた。そのまま力を溜めていると次第に球体が膨らんでいく。

 

「ッ!!」

 

限界まで溜めきった力を解放するかのように両手を上下に開いた形で前方に突き出し、掌から気を放出する。

 

 

「ぶっ飛べおらぁぁぁぁッ!!」

 

 

掌から放出された気は太い光線になり、飛んで来た掌底のオーラ(with亡者)をぶち抜いて亡者を目的の針山まで一直線に送った。まさしく「ド○ゴンボ○ル」の「か○め○波」である。

 

「………はぁっ…………疲れた。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、悟空!いきなりどうしたの飛んでいっちゃったりして。」

「こんの馬鹿がッ!!」

「へぶぅッ!?」




別の話でも出たように、悟空は器用なため漫画の中の技をパクる事ができます。
あと、この話の中では源義経は「双子」であり、二人で一人として扱われていたとしています。鬼灯の冷徹側は「遮那王」、Fate側は「牛若丸」と呼ばれてます。
どっちも消したくなかったのでこういう形になりました。
ちなみに牛若丸の格好はグレイルライブの際の衣装に近いです。何故かって?原作通りの格好が警察として許されるとでも?

次回予告
「もう諦めて開き直ってるよ。」


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来訪日記七頁目

とてもかんたんなあらすじ
「亡者どもはフルボッコだドン」


「うぅ…何でドロップキックなんてするの…。」

「あったり前だこの馬鹿師匠!こんな市街地でんなもん解放すんじゃねぇ!あと亡者どもの回収も考えろ!天井に埋まったらどうすんだ!」

「はい………。」

 

悟空が上空でか○は○波もどきを放ったあと、三蔵は悟空に正座で説教されていた。後ろでは亡者を回収しに来た警察組が月見と話している。

 

「月見殿!ご協力感謝します!」

「お礼なら僕じゃなくて美穂と美猴兄さんと三蔵さんに言って下さい。」

 

あとお疲れ様です、と言いながら月見はポーチから餅菓子入りの箱をいくつか取り出して渡す。どうやら今回は餅入り最中のようだ。

 

「おお!わざわざありがとうございます!」

「いえ、そのうち差し入れとして持っていくつもりでしたのでお気になさらず。皆さんで食べて下さい。」

「わーい!」

「沖田ちゃんはしゃがないの。」

 

その場で食べようとする沖田を落ち着かせながら斎藤が月見に話しかける。

 

「そうだ月見さん、副長は元気にしてるかな。」

「土方さんですか?この間医務室長として様子を見に行ったら新しい拷問を鬼灯様と一緒に開発してましたよ。」

「そうかい、そりゃ良かったよ。」

「ただ、自分の所属する部署の名前を新撰組にしようとするのはやめてほしいって鬼灯様が言ってました。」

 

少し安堵した様子を見せた斎藤は月見の言葉に吹き出した。そのまま肩を震わせている斎藤の隣にいた呆れたような目をした沖田が餅菓子を食べながら話しかけてきた。

 

「まーたそんなことやってんですかあの人。」

「どういうことですか?」

 

ため息をついた沖田は手に持った最中を食べる。

 

「土方さんって元々私達と一緒に烏天狗警察に入ったんですよね。」

「そういえばそうでしたね。」

「そこで烏天狗警察の名前を新撰組に強制的に変えようとして牛若丸さんと喧嘩して最終的に僧正坊さんに追い出されてるんですよ。」

こっち(獄卒)来た理由それだったんですか。」

 

土方さんは今現在弧地獄の総括を担当してます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「色々とごめんなさい二人共、せっかくのプライベートだったんですよね?」

「いえいえ!気にしないで下さい!」

「むしろこんなに高そうな化粧品もらっていいんですか?」

 

花割烹狐御前の入り口から美穂が申し訳なさそうに笑いながらまきみきの二人と共に出てくる。マキとミキの手にはそれぞれ少し小さめな紙袋が抱えられていた。

 

「これ私が作ってるものなんですけどあくまでも試作品なので完成したらちゃんと事務所にお送りしますね。」

「いいんですか!?」

「ええ、私の電話番号も渡すのでもし何か美容関係で困った事があればいつでも掛けてください。」

 

ニコニコと折り畳んだ紙を二人に渡す美穂。マキとミキは互いに顔を見合せ、おずおずと受け取った。

 

「あ、カマーさんによろしく言っておいてもらえませんか?」

「へ?いいですけど……お知り合いなんですか?」

「カマーさんは元々閻魔庁の記録科ですよ?職場が同じでしたし、今も時々依頼が来ますから。」

「「……ふぇ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。おかげで被害が最小限で済みました。」

「最後俺がぶっ飛ばした奴らどうなった?」

「衆合地獄の針山の頂上で犬神家状態になってましたよ。」

 

三蔵と美穂を伴って閻魔庁に帰ってきた月見と悟空は鬼灯と閻魔大王に出迎えられ、そのまま話し始めた。

 

「ホンットに申し訳ありませんでした!」

「いやぁ…そんな外交官に土下座されても困るというか……。」

「師匠、取り敢えず書類出してから土下座しろ。」

 

悟空にそう言われた三蔵はすぐさま起き上がると、自分の鞄から一束の紙を取り出した。表紙には「日中地獄に関する拷問器具について」と書かれていた。

 

「はいこれ!中国地獄からの資料です!」

「ええ、確かに受け取りました。………またモデルを取り寄せますかね。」

「今年もまた増えたの?なんか、毎年すぐ新しいやつが出てるよねぇ。」

 

紙束を渡され、そのまま見始めた鬼灯と後ろから覗き込む閻魔大王はそれぞれ思った事を口に出す。特に事情を知らない月見は首を捻りながら尋ねた。

 

「何の書類ですか?」

「中国地獄の拷問器具についてですよ。よくデザインが新しくなるんでその度にいくつか取り寄せてるんです。」

「毎年毎年更新されててねぇ……なんだか追い付けなくなっちゃうなぁ。」

 

鬼灯はそのまま同封されていたカタログに目を通し始め、閻魔大王は腕を組んでしきりに頭を捻っている。

 

「なんというか……こう、なんとも言えない気持ちになるんだけど……言い表せないんだよねぇ。」

「あれではないですか?現世の携帯電話が新しくなって買ってもすぐに型落ちになるのに対して感じるやるせなさ。」

「それだ!」

 

美穂の言葉に納得する閻魔大王。そんな閻魔大王を無視して読みすすめていた鬼灯はふと、とあるページが目に入る。

 

「………日本地獄デザイン?」

「それが本題だ。一種類でいいから日本地獄っぽい拷問器具を考えてほしいらしい。」

「なるほど、それでこちらに話が回ってきたと。」

 

ふむ、としばらく顎に手を当てて考え込んでいた鬼灯だったが、何か思い付いたかのように顔を上げる。

 

「あぁ、確か茄子さんがそう言うデザインとかが得意そうでしたね。拷問に使う実用性も考えて土方さんと組ませますか……。」

 

ぶつぶつ呟きながら考えていた鬼灯は一旦思考を止め、顔を上げる。

 

「分かりました、しばらくしたら送ります。」

「おう、すまねぇな。」

天部(上司)にも伝えときまーす。仕事も終わったし月見さん達にも会えたから満足!早めに帰るわよ悟空。沙悟浄と猪八戒が心配だからね。」

 

そう言って三蔵は悟空の方に振り返るが、悟空本人は申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「あー…すまねぇけどよ、先に一人で帰ってくんねぇか?」

「え?なんで?」

 

頭を掻きながら悟空は月見と美穂を指差し、口を開く。

 

「月見と美穂に酒奢る約束してんだよ。色々と積もる話もあるしな。一応道案内として俺の分身一体着いていかせるから頼む。」

「……全くしょうがないわね、元々私が無理矢理着いてきただけだから別に気にしなくていいわよ。」

「恩に着るぜ師匠。」

 

笑顔になった悟空は一本だけ抜いた髪に息を吹き掛け、小さな分身を作り出し空中に浮かせた。

 

「これでいいか?」

「うん、問題ないよ。」

 

三蔵は鬼灯と閻魔大王の方に向き直る。

 

「では私はこれで失礼します!」

「ええ、ありがとうございました。」

「気をつけてね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三蔵が閻魔庁を去った後、仕事を終えた月見と美穂に悟空が合流し、居酒屋に入った。店内は騒がしいという程でもないがまぁまぁ盛況のようだ。空いていたカウンター席に並んで座った三人はそのまま料理を注文し、そのまま駄弁り始める。

 

「それにしてもいつぶりだろうねこうやって三人でご飯食べるの。」

「軽く30年は経ってるだろうな。」

「私達長い間生きてるけどそれでも一部の人とかには敵わないからなぁ。まだまだ時間が長く感じるんだもの。」

 

真ん中に座る月見は出されたお冷をくぴくぴと飲み、左に座る悟空に対して尋ねる。

 

「美猴兄さん、最近の調子はどう?」

「問題ねぇ…と言いたい所なんだが、まぁ中々忙しくてな。今日だってようやく取れた休みだ。」

「そっか、そっちの地獄は人口爆発でてんてこ舞いだったもんね。」

「おかげさまで俺にまで地獄関係の仕事が来るくらいだ。」

「貴方も大変ね。」

 

悟空がため息をつき、月見が慰めるように背中を叩いたところで酒類とつまみが三人に届けられる。それぞれ月見は梅酒、美穂は日本酒、悟空に関しては焼酎が瓶で氷の入ったグラスと共に来た。

 

「月見、酒に弱いのは相変わらずか?」

「まぁこればっかりはどうにもならなかったから……。何故か炎も意味なかったし。」

「思いっきしアルコール飛ばせそうなもんだがな。」

 

少しばかり耳をしゅんと前に垂れさせながら梅酒をちびちび飲み始めた月見に苦笑いしながらグラスに焼酎を注ぎ始める悟空。既に一杯目に口をつけて半分ほど飲んだ美穂はそのまま枝豆をつまみながら悟空に話しかける。

 

「一回色々と試してみたのよ。」

「ほーん、でどうなった?」

「素面の時は問題なく燃やせるけど強い酒だと空気中にアルコールが広がって酔っちゃった。それにアルコールが入った状態だと炎が弱くなるみたいで、自分の中にあるアルコールを燃やせてなかったし。」

「ここまで酒に惑わされるやつお前しか知らねぇわ。」

「もう諦めて開き直ってるよ。」

 

そう言って梅酒を飲みきった月見は一息つくと店員を呼んで注文し始める。

 

「すいません…胡瓜の和え物と焼き魚と唐揚げと卵焼き下さい。」

「あ、日本酒追加で。同じようなやつ瓶ごと持ってきて下さーい。」

「お前らホント遠慮しねぇな。」

「だって美猴、相当持って来てるでしょ?」

「………まぁいい、俺も日本酒くれ。辛いやつな。」

 

図星だった悟空はそれ以上話を広げたくないのか、残り少なくなっていた焼酎をグラスに入れて飲み干した。

 

「分かりやしたー。お客さん、焼き魚は秋刀魚と鮭とホッケがありますけどどうします?オススメはホッケですけど。」

「じゃあホッケでお願いします。あ、僕も度数の低い日本酒があれば欲しいです。」

「了解しやしたー。」

 

そう言って厨房に向かった店員を見届けた月見は目の前にある枝豆を平らげにかかる。悟空も一息ついてメニューをじっくりと見始めた。

 

「色々あんなこの店。……ゴーヤチャンプルまであるじゃねぇか。」

「僕と美穂は時々来るんだけどね。お酒の種類もかなり多いし……確かワインもあったっけ。」

 

メニュー表の一角に「ワイン」と書かれているのを見た悟空だったが、別に気分ではないためそのままスルーした。

 

「そうだ、美猴。」

「んあ、なんだよ。」

「そろそろ結婚しないの?」

「ぶふぉ!?」

「……大丈夫?」

 

突拍子のない美穂からの質問に水を飲んでいる最中だった悟空が思わず吹き出す。そのままえづきだした悟空の背中を心配そうにさする月見を見て(かわいいなぁ。)と思いながら美穂は話を続ける。

 

「いきなりなんだよてめぇ…。」

「いや?単純に気になっただけ。そろそろそう言う浮わついた話とかないの?」

「ねぇよんなもん。」

 

そう言ってそっぽを向く悟空に対し、更に畳み掛けるように美穂が話す。

 

「え~?三蔵さんとか美人じゃない。なんか思う事ないの?」

「いや師匠だけはねぇわ。」

 

急に真顔になって振り向いた悟空に若干驚く二人。そんな二人の様子に気がついてないのか、そのままカウンターにある野菜スティックを齧りながら悟空が口を開く。

 

「あの馬鹿師匠は俺にとっちゃやることがあぶねぇガキなんだよ。あんな嫁こっちから願い下げだ。」

「確かに年の差千年ぐらいあるもんね。」

「そこじゃねぇんだよ月見。」

 

深いため息をつきながら悟空が頭を掻く。

 

「……最近、天部の奴らが「世継ぎ」だの「子孫」だのうるせぇんだよ。勘弁してくれ……。」

「まぁいいわ、あんまし探ってもいいこと無さそうだし。(三蔵さんが積極的に行ったらいけそうかしら。)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~久しぶりに飲んだわね。」

「んむぅ……ねむい……。」

「お前ホント酒弱ぇよな。」

「大丈夫よ、私がちゃんと介抱するから。」

 

数時間後、居酒屋から出てきて通りを歩く三人。辺りは暗く、もう店じまいを始めた店もちらほらある。美穂はほろ酔い程度で悟空はほぼほぼ素面だったが、真ん中を歩く月見は顔を赤くしながら若干千鳥足状態になっていた。美穂の手を握っていなければ真っ直ぐ歩けないレベルのようだ。

 

「介抱(意味深)。」

「当たり前じゃない。」

「いっそ清々しいなお前。幸せそうで何よりだ。」

「んあ?…どうしたのびこうにいさん。」

「いや、なんでもねぇよ月見。」

 

苦笑いしながら悟空が月見の頭をガシガシと撫でる。月見はされるがまま体を揺らしており、少し嬉しそうな雰囲気を出している。悟空が手を離すと若干髪がボサボサになっていた。

 

「んじゃ俺は帰りますかね。」

「近くに宿泊施設あるし泊まって行けば?」

「本気出せば自分の部屋まで瞬間移動できるから問題ねぇ。」

「觔斗雲いらないじゃない。」

「漫画の発想が面白いのが悪い。それじゃあな。」

 

そう言って二人に背を向けて帰ろうとする悟空だったが、ふと後ろから服を引っ張られる。背中に目を向けると月見が軽く服をつかみながらこちらを見ていた。

 

「ん?どうした月見。」

「びこうにいさん、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またね。」ニコッ

 

月見が幸せそうな微笑みを向ける。一瞬呆気にとられる悟空だったが、こちらもと言わんばかりに笑って返す。

 

「おう!またな!」

 

そう言ってその場から悟空がその場から瞬間移動で去っていく。月見はニコニコと微笑みながらとなりの美穂を見て口を開いた。

 

「みほ、ぼくたちもかえろうか。」

「ええ、そうね。(あ~、カッッワ。なにこのかわいい生物。あ、私の旦那だったわ。)」

 

月見の笑顔に心を乱される美穂だったが、それを顔に出さず月見の手を引いて帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、次の日朝起きたら事後だったってわけか。」

『頭と腰が痛いよ美猴兄さん……。』

「お前も満更じゃないんだろ?」

『………まぁ。』

「じゃあいいじゃねぇか。」




月見さんは酔った上で感情が一定値を越えると表情筋が機能し始めます。無表情キャラが表情豊かになる瞬間っていいですよね。



ストックが切れた上、少しリアルが忙しくなりそうなのでしばらくの間投稿しなくなりますがしばらくしたら再開しますのでそれまで気長に待っていただけたら幸いです。まだネタはあるので、しっかりと書いていこうと思います。

あと、書いて欲しい話などがあれば出来る範囲でやらせてもらいますので、もしあれば感想欄で送っていただけるとありがたいです。


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狂乱日記一頁目

お待たせしました。今回から章ごとに書き終えたら投稿していきます。今後とも月見さんをよろしくお願いします。



「お二人共、最近調子はいかがですか?」

「俺は相変わらずだなぁ。白澤様の女癖も変わらないけど…。」

「俺の所には何人か新人獄卒が来たな。まぁまぁ上手くやってるよ。」

 

地獄の街のとある茶屋で一匹と二人がお茶をしていた。質問している芥子やそれに答える桃太郎と一寸法師はとてもリラックスしている。しばらくすると桃太郎がふと何かに気づいたように目線を大通りに向ける。

 

「おや、どうされました?」

「あぁ、あそこにいるの月見さんじゃないかって思って…。ほら、あれ。」

 

そう言って桃太郎が指を指した先には杵を担いだ月見が歩いていた。

 

「ホントだ。」

「せっかくなら月見さんも混ぜてお茶したいですね。……おーい!月見さーん!」

 

芥子が声を出して呼び掛けると月見が足を止め、呼び掛けた相手を探し始める。やがて芥子達を見つけると軽い足取りで近づいてきて口を開き、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや?皆さんお揃いで何の用なのかな?」

「「「………はい?」」」

「ティヒヒ、どうしたの?呼んだの君達でしょ?」

 

いつもの彼とは似ても似つかない口調で喋り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あぁ、そういえば今日あたりでしたね。』

「いや、どういうことなんですか!?ここまで変な月見さん初めて見たんですけど!?」

「?別にいいじゃん。」

「イメージと違い過ぎて心臓に悪いんだよ!」

「僕だって時には笑いたい時があるんだよ。」

 

楽しそうに二人と一匹の反応を見ている月見。表情筋がちゃんと仕事をしていることも含め桃太郎達はキャラが変わり果てた月見に対し、困惑を通り越して若干の恐怖を感じ始めていた。

 

「くひひ、鬼灯様に電話かけるほど?」

「そりゃあ…まぁ。」

「もうイメチェンとかの次元じゃないでーすよー。」

「人格でも入れ替わったのかと。」

『事情を知ってる私が言うのもなんですが、初見じゃビビりますよ。』

 

三人と一匹からの言葉にチェシャ猫のような笑みを浮かべる月見だった。

 

「で?何が気になってんの。」

『確実に貴方の変化の理由でしょうね。』

「はっはは、メンドくさいね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「簡単なもんだよー。」

「まぁまぁそう言わずに。」

 

芥子に引き留められ、とりあえず自分の分の緑茶を頼んだ月見は向かい側に座る桃太郎達にため息をついてから話しかける。

 

「まず僕の元ネタは分かってるよね?」

「確か…「月のうさぎ」でしたよね。」

「そうだ、ついでに言うとその時に僕は月に描かれてる訳だ。」

 

月見はちょうど来た緑茶に手をつける。一口飲んだ後、再び口を開いた。

 

「んで、次に月に関するイメージを言ってみて。」

「え?……えーと……お月見?」

「十五夜ですか。」

「いんや、そっちじゃないよ。」

 

月見の言葉に頭を捻る桃太郎達。月見はその様子を見てまたケラケラと笑っている。

 

「ごめんごめん、少し足りなかったね。外国(・・)でのイメージだよ。」

「……じゃあ、狼男。」

「あ、近くなった。パチパチパチパチー。」

「え?マジで?結構適当に言ったんだけど…。」

 

答えた一寸法師も呆気に取られる中、グイッと残りの緑茶を一気飲みした月見は片手で丸を作った。

 

「アジアじゃ月っていいイメージが多いけど、ヨーロッパとかになると途端に悪いイメージばっかなんだよね。笑えるよね。」

「そ…そうですね。」

 

心底面白そうに笑う月見のノリについてこれなくなったのか若干引き気味になる芥子だった。

 

「そのイメージの中に今の僕の状態に一番合ってるものがあるのー。」

「なんですか?」

 

「「気が狂う」とか「狂気」、あと「本能の解放」。」

 

「「「あぁ……………。」」」

「ひははっ、揃いも揃って納得してるー。」

 

足をパタパタさせて楽しそうにしてる月見とは対照的に、既に疲れている様子の芥子達だった。

 

「まぁ実際月の光には生き物を狂わせる効果があるからね。そりゃ月の象徴の一つになった僕に影響が無いわけないじゃん?」

「まぁ、そう考えると妥当なのか…?」

「でもなんでそんな状態に?」

「現世での月明かりの影響だね。」

 

自分のポーチから大福を取り出して食べ始めた月見はそのまま話を続ける。

 

「よく聞くでしょ、スーパームーンだとかストロベリームーンとか。」ハムッハグ

「はぁ……まぁ現世の番組で聞いたことはありますけど。」

「そういう時は月の「狂気」の面がでやすいの。」ハムハムハム

「?…でもスーパームーンってたしか年一で起きる現象ですよね。そんな頻度で狂気に呑まれてましたっけ?」

 

芥子からの質問に「んー…」と首をかしげるながら何かを思い出すような仕草をする月見。頭の耳はブンブン振り回されており、炎の跡が円のようになっていた。

 

「僕って普段表情が出にくいじゃん?だからばれてないだけだと思うよ?正直、こんなになるの久々だし。」ハグッ

「じゃあ鬼灯様がおっしゃってた「今日でしたね」って何が起こってるんです?」

「スーパーブルーブラッドムーンだよ。」

 

月見から聞かされた言葉に馴染みがない二人と一匹は一斉に首を捻る。

 

「あ、知らない?」

「まぁ今の現世の事はあまり詳しくないからな。」

「んーと、簡単に説明するとね………。」

 

すると月見はポーチから三種類の菓子の箱を取り出す。色はそれぞれ青、赤、黄色である。まず最初に月見は黄色の箱に手をつける。

 

「まず「地球に最も近くなった満月か新月」が「スーパームーン」。」ハグッムグムグ

「それは聞いたことがありますね。」

 

月見は黄色の箱に入っていた最中を取り出して食べる。

 

「次に「すでに満月が終わった月のうちにもう一回来た満月」が「ブルームーン」。」ムグムグ

「そんな事があるんですか?」

「2~3年に一度ぐらいにあるよ。」

 

青の箱に入っていた柏餅を食べながら、月見は桃太郎からの質問に答える。

 

「んで、最後に「皆既月食」が「ブラッドムーン」だね。その三つが同時に起きるのが「スーパーブルーブラッドムーン」。250年に一度起こるかどうかレベルの珍しい現象だよ。」ハムハムハムハム

「いい加減食べるの止めません?」

「あ、蓬餅ならあるよ?」

「そうじゃないですよ?まぁいただきますけど。」

 

赤の箱に入っていた苺大福を食べながら蓬餅を芥子に渡す。それをよそに一寸法師が口を開いた。

 

「まぁ今の説明で知りたい事は分かった。でもあんたはそこまで狂ってるように見えないんだよなぁ……。」

「?さすがに制御してるもん。」

 

一瞬キョトンとした月見だったが、すぐさまとてつもなく歪んだ笑みを見せた。若干目が先ほどよりも濁っている気がする。

 

「それとも、見たいの?」

「な、何を?」

 

桃太郎が恐る恐る訪ねると、更に笑みを深くした月見がゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕が高笑いしながら殺戮するとこ。」

「「「エンリョシトキマス…………。」」」

「えー?別に相手罪人だから問題ないもん。」

 

月見は頬を膨らませながら側に置いてあった杵を手に持つとおもむろに立ち上がった。ついでに懐から何枚か千円札を出して桃太郎に渡す。

 

「ま、いいや。これからストレス発散ついでに亡者相手に実っkゲフンゲフン仕事してくるから。」

「今中々に不穏な単語が聞こえた気がするんですけど!?」

「気のせい気のせい。あ、これ代金。」

「え、ちょっと多いですけど?」

「僕の奢りだよ。じゃあねー。」

 

そう言って月見はその場でジャンプし、屋根の上を高速で走って行った。時折楽しそうな声が聞こえてきたあたり、本人にとっては遊びに近いようだ。

 

「………嵐みたいに成ってたな。」

「というか月見さん俺達の分も含めた分のお金置いてったぞ。」

「やっぱりあの人本質はお人好しなんですかね。」

 

桃太郎が渡された千円札を一枚一枚確認していると、ふと何かに気がついて固まった。その様子を不審に思った芥子が桃太郎に訪ねる。

 

「どうされましたか?」

「………やっぱりあの人いつもと全く違うっぽいな。」

「「?」」

 

言葉の意味がよくわからない芥子と一寸法師が、桃太郎の手元を覗き込んだ。

 

「どこかおかしいところでもあんのか?」

「にしてもなんかこのお金変な臭いしますね。…なんというか鉄臭い?」

「そりゃそうだろ。」

 

据わった目をした桃太郎が一枚持ち上げて芥子達に見せるように掲げる。その千円札には端に少量の血がついている。ついでにいつの間にか紛れていたメモ書きらしき物も見えるように持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「さっき強盗してたやつフルボッコにして巻き上げた金です。気にせず使って下さい。」だってよ。」

「使えませんよ!?」

「……………血ついてないやつだけ使おうぜ……。」




月見だけではなく、月の模様組はもれなくこの特性を持っています。月見さんは自分の中で狂気を押さえ込んでいるため被害は月見さんのみになっています。

次回予告
「うるさい」


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狂乱日記二頁目

今さらですが、この世界はFGO時空です。

とてもかんたんなあらすじ
「とてもくる狂っとる月見さん」


「ふ~ふふ、ふふふん、ふふふふふふふん♪」

 

月見はとてもご機嫌な様子で屋根の上を駆ける。鼻歌を歌いながら走っており、時折口から歌がこぼれていた。

 

「十五夜お月様、見て跳ねる~♪………およ?」

 

しばらく月見が閻魔庁に向かって走っているとふと何かに気がついたようでその場で足を止めた。

 

「あー白澤様だ。お香さんもいるね。」

 

屋根の上でしゃがみこんでいる月見の目線の先には、現在進行中で薬箱の隣で女性達の診察をしている白澤がいた。薬箱には[無料診察所(女性のみ)]と書かれた小さな旗が立っている。

 

「むー?お仕事かなー?…あ、鬼灯様。」

 

白澤が談笑しているところに音もなく近づいてきた鬼灯は、そのまま背後から白澤の首を片手で絞めた。白澤の口から変な音ともに空気が漏れだしてそのまま崩れ落ちた。

 

「あれまー喧嘩始まっちゃうかな?」

 

そのまま言い争いに発展した鬼灯と白澤を眺める月見だったが、段々と表情が何かをこらえるようなものになっていた。耳も激しくピコピコと動いてる。

 

「……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕もまぜてー!」

 

鬼灯による暴力行為が始まりそうになった瞬間、月見が我慢できない様子で飛び降りて行った。口にとてつもなく歪んだ笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ?ぶふぉッ!?

「くひひひッ!」

 

聞こえた声に反応して上を見た白澤はそのまま降りてきた月見によって顔面を踏みつけられた。苦しそうな声を上げる白澤だったが、月見はそれをガン無視してそのまま鬼灯の方に飛びかかる。無論、足場は白澤である。

 

「えいっ!」

「おっと。」

 

ガインッ  ブォンッ

 

「危ないですね、怪我したらどうするんですか?」

「あっはは、鬼灯様に言われたくなーい!」

 

月見は手に持っていた杵を振り下ろすが、鬼灯に難なく金棒で防がれた。そのまま反撃を喰らいそうになるが、反動で蜻蛉を切って回避する。周りはいきなり始まったバトルに騒然としている。

 

「あら、何時もの展開と違うわね。」

「お香さん、大丈夫なんですか?」

「被害を考えると鬼灯様対白澤様よりましよ。月見さんと鬼灯様だったら周りに被害が出ないようにするから。」

 

同僚に話しかけられたお香は冷静に状態を分析しており、他の野次馬と比べると幾分か落ち着いていた。しかし、気になる事があるのか頬に手を当てて何かを考え始める。

 

「にしてもどうしてかしらねぇ。」

「?何がですか?」

 

そう問われたお香は頬に当てていた手で深い笑みを浮かべる月見を指さす。

 

「月見さんが鬼灯様と訓練してるのは時々見かけるんだけど、ここまで好戦的になってるのは初めて見るのよ。」

「あぁ……今日はちょっと月の光の力が強くなる日でね……イテテ。」

「白澤様?大丈夫かしら?」

 

顔面を足場にされて地面に沈んでいた白澤がゆっくりと立ち上がり、そのままお香達の会話に参加してきた。踏まれた跡はまだ残っており、とても痛々しい感じがする。

 

「大丈夫だよお香ちゃん………どうやら標的が完全にあいつに移ったみたいだね。よーし!そのままやれー!」

「白澤様、そんな事言ってると…。」

 

自分がもう狙われないと確信して月見を応援し始めた白澤に対して苦笑いをこぼすお香。少し白澤を落ち着かせようと声をかけるが聞く耳をもたないようだ。

 

「うるさい」ビュンッ

 

ガンッ

 

「ごっはぁ!?」

 

そうやって煽っていると鬼灯が金棒を白澤めがけて投擲してきた。当然油断していた白澤が避けられる筈もなく、顔面ど真ん中に当たる。

 

「おや、つい癖でやってしまいました。」

「鬼灯様ってばお茶目なんだから~。ま、満足したからいいけど。」

 

形だけのてへぺろを無表情でしている鬼灯に対して話しかける月見。既に戦闘時の気迫はなく、とても飄々としたつかみ所のない状態に戻っていた。

 

「鬼灯様ー。今の僕に担当してほしいお仕事あるんじゃなかったの?」

「そうでしたね、閻魔庁に向かいましょうか。」

 

そう言うと鬼灯は沈んでいる白澤の隣の地面に転がっていた金棒を拾い上げ、ついでと言わんばかりに白澤をおもいっきり踏みつけると踵を返してその場から去っていった。

 

「またね~白澤様~。」

 

月見は返事もできないくらいボロボロにされた白澤に声をかけると先を歩く鬼灯の後に急いで走っていった。

 

「クッソ……ホント月見君があいつに似てきた……。」

「あれは鬼灯様関係無いと思うわよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~うさぴょいうさぴょい♪」

「なんですかその歌。」

「未来で流行る曲の替え歌でーす。君の愛兎が~♪」

「毎回思うんですけど、その状態になると未来予知できるんですか?。」

 

すたすたと歩く鬼灯の隣で歌っている月見は、将来サ○ゲで大人気になる育成ゲームの歌を自分を題材に改編していた。

 

「さあ?正直僕も頭に浮かんできたもの言ってるだけなんでね。そのうち某ボボにでもなるんじゃないかな。」

「地獄以上の地獄を作ろうとしないで下さい。」

「まぁまぁ、きっとこの状況を見てくれてる傍観者達(読者の皆さん)なら分かってくれるよ。」

 

末恐ろしい事を口に出す月見とそれを阻止しようとする鬼灯の二人だったが、気がつくといつの間にか閻魔庁の近くまで歩いていた。そのまま月見は軽い足取りで階段を上り、扉を開けようと手をかけるが、触れる寸前にピタリと止まった。後から歩いて登ってきた鬼灯が月見に話しかける。

 

「どうされましたか。」

 

そう鬼灯に問われた月見は耳をピコピコと揺らし、いたずらっ子のような笑みを浮かべながら振り返る。

 

 

 

 

 

 

「どうやらトラブルみたいだよ、鬼灯様。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だーかーらー!納得がいかねぇつってんのがわからねぇのかよ!?」

 

閻魔庁の法廷にて、一人の男が閻魔大王に対して怒鳴り散らしていた。顔は真っ赤になっており、ボディランゲージて激しく感情を表している。そのせいで周りの獄卒も近づきにくいようだ。

 

「いいや!お前の判決は火雲霧処!他人の迷惑を考えず笑い者にするその腐った性根を省みよ!」

「なんで俺が地獄行きなんだよ!?酒呑めねぇ奴が悪いんだろ!」

 

閻魔大王は怯まず判決を言い渡すが男は聞く耳を持たず、無茶苦茶な理由を挙げて反論…と言うにはお粗末な癇癪を繰り広げていた。

 

 

 

 

 

「なんともまぁ無自覚な亡者ですね。」

「うー、うるさいなぁ。」

 

様子を見ていた鬼灯は呆れたように呟き、月見は顔を歪めながら自分の耳を手でペタンと押さえている。するとそこに二人を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「鬼灯様ー!月見さーん!」

「おや、唐瓜さん…………今日は茄子さんと一緒じゃないんですね。」

「あいつなら「ちょっと打ち合わせがあるから~」とか言ってさっき別れましたけど…。」

「ならいいです。」

「こないだぶりだね小鬼君。」

「あ、どう…………も?」

 

鬼灯と会話を交わした後、何時もとは明らかに違う雰囲気の月見に話しかけられて固まる唐瓜。その様子を見ている月見はとても愉快そうに笑っている。

 

「やっぱりこの状態初めて見る人皆固まるね。」

「そりゃ200年に1日ぐらいの確率ですから知ってる人も少ないに決まってるじゃないですか。」

「それもそうだね。」

「え?…いや、え?」

 

しどろもどろしている唐瓜に対して鬼灯は状況説明を求める。

 

「月見さんについては後で説明します。で?いつからあれやってるんですか?」

「へ?……あぁ、えっと、俺もさっき来たんですけど、周りの獄卒の方達曰く30分ほどらしいです。」

 

唐瓜の言葉を聞いた鬼灯は顎に手を当てて、何かを考え始める。10秒ほどその状態のままだったが、やがて月見の方に顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月見さん、手っ取り早く終わらせて貰えませんか?おそらくこの後も裁判の予定が詰まってるので。」




ちなみに通常の月見さんは真顔がデフォルトで感情が限界まで高ぶったりすると顔に出ますが、狂気状態の月見さんは常に口角が上がっており表情がコロコロと変わります。ただ、その表情の種類のほとんどが「笑顔」であり、それ以外の表情をするのは通常と同じで限界まで感情が高ぶった時です。


次回予告

「狂い果ててね」


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狂乱日記三頁目

とてもかんたんなあらすじ
「突如始まる月見さんVS鬼灯様」


「いいの?下手したらあの人しばらく再起不能になるけど。」

「構いませんよ、あの能力も使わないと鈍るでしょうし。」

「了解~。あ、周りの皆に近づかないように言っといて~。」

「あ、ちょっと!?」

 

月見はそう言って未だに騒ぎ立てている亡者の方にてくてくと歩いていく。唐瓜は止めようとするが、鼻歌を歌っている月見には届いておらずどうしようかと戸惑っている中、隣の鬼灯に声をかけられる。

 

「大丈夫です…………あぁそうだ、今から使うのが元旦の時に話した月見さんの二つ目の能力ですよ。」

「あの時省かれた話ですか?」

「ええ、ちゃんと見てて下さいよ、

 

 

 

月の狂気を。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇおじさん、何をそんなに怒ってるの?」

「あ!?んだよこのガキ!」

 

月見はニコニコと貼り付けられたような笑顔を浮かべて狂乱状態の亡者に話しかける。亡者は自分の苛立ちを隠そうともせず月見にあたるように拳を振るう。

 

ビュンッ  

 

「おっと危ないなぁ。まったく……暴力はダメだって教わらなかった?」

「避けんじぁyvpmざぁqnriytlな!!!!!!!」

 

危なげなく避けた月見は更に煽るようにクスクスと笑う。その様子を見て馬鹿にされていると受け止めた亡者は激昂し始める。もはや何を言っているかわからないレベルだ。しかし、月見はそれをガン無視して閻魔大王に話しかける。

 

「ねぇ閻魔大王、この人何やったの?」

「ええと…他人に強制的に酒を飲ませたり、それで倒れた人を嘲笑ったり……他にも色々やってるみたいだね。」

「ありがと、見せるもの(・・・・・)が決まったよ。」

 

月見は閻魔大王に礼を言った後、後ろから殴りかかってきた亡者の拳を振り返りながらつかみそのまま横に力を流すように動かした。それにともない、亡者がバランスを崩した所にローキックをかまして地面に叩きつけた。

 

「あっで!?」

「あーあ、無様だね………ま、今からもっとすごいことになるんだろうけど。」

 

地面に叩きつけられて痛がっている亡者を見る目が淀んでいる月見。その口元にはとても歪んだ笑みが浮かべられている。月見はゆっくり亡者の頭付近に近づくと、思い切り顔の真横に蹴りを入れる。

 

「ひぃ!?」

「あれ?何怖がってるの?君にそんなに権利があるとでも思ってるの?」

「ゆ、許して…。」

「んー……ヤダ。」

 

そう言うと月見は左目の包帯を解き始める。するとなぜか左目が開いていた。しかしその目を至近距離で見た亡者は何かから逃げ出したいかのように体を捩らせるが月見はそれを防ぐように顔を右手で鷲掴む。

 

「鬼灯様に頼まれたからね、お仕事はちゃんとやるよ。」

 

月見の左目の奥がこれ以上ぐらい淀み始める。それに合わせるように耳の炎も妖しい緑色になった。男は大人しくそれを視界に収めるしかない。炎は月見の体をつたって男へ近づいていく。

 

「あ………あ。」

 

ついに男を緑の炎が包み込んだ

 

「さ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しっかりと狂い果ててね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぐ!?……ここは?」

 

男が意識を覚醒させると、あたり一面全てが闇に染まっていた。最早地面すらもよく分からない。

 

「確か…あのガキかッ!おれになにしy「先輩お久しぶりです」あんだよ!……は?」

「相変わらずですね。」

 

あたりを見回した後、自分に起こっていることを把握しきれない亡者は原因である月見への怒りを露にするが、背後からかけられた声に反応して怒鳴りながら振り向いた。しかし、声の元を見た瞬間亡者は呆然と口から声を出す。亡者の視線の先にはニコニコと笑うスーツ姿の青年がいた。

 

「な、何でお前がここにいんだよ!?」

「やだなぁ、そんなの決まってるじゃないですか、死んでるからですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方のせいでね。」

「は?」

 

青年からの言葉に動揺した亡者は思わず声が出てしまう。その表情からは何の事だかわからないといった言葉が聞こえてきそうだ。しかし青年はそんな亡者の様子を無視して話を続ける。

 

「覚えて無いんですか?貴方、僕に死ぬ程酒を飲ませてぶっ倒れた所を晒し者にして放置してましたよね?」

「そ、それがなんだよ。」

「そのせいで自分急性アルコール中毒で死んだんです。つまり貴方が僕を殺したんですよ。」

「し、知らねぇ!俺はお前を殺してない!お前が酒に弱すぎんのが悪ぃんだろ!」

 

慌てふためきながら反論する亡者の様子に、青年はため息をつく。青年が目を開けると光がなく、周り以上に真っ黒な暗闇があった。そのまま笑みを深くした青年はゆらゆらと男に近づいてきた。

 

「まったく……反省は無しですか。まぁ、他人に罪を擦り付けてる時点でそうだとは思ってますが。………それにしても。」

「な、な、な、なんだよ!」

「なんともまぁ

 

 

 

 

 

無様だなぁって。あっはははははははははははははは。」

「ヒッ、な、何がしたいんだ!」

「いいや?貴方にされたこと…………皆で返してあげようかと。」

 

いきなり目の前で笑い出した青年に恐怖した亡者がしりもちをつく。下から見上げた青年の顔はこれでもかと言うぐらい深い笑みを浮かべており、それがまた恐怖を煽る。

 

「み、皆ってどういうことだ。」

「んー?先輩、まさか被害者が………恨みがあるのが僕だけだとでも思ってます?」

「何を言って………………。」

 

はっと何かが後ろにいることに気がついた男はすぐさま振り向く。

 

「どうもどうも、貴方に殺された/壊された/黙らされた人ですよ。」

「な、あ……。」

 

そこには一人の人間がいた。しかし、その輪郭はぶれておりどこか安定していない。そして何より様々な人間が混ざったような姿をしている。長髪の女性かと思えばスキンヘッドの男性、挙げ句の果てには少年の姿にまで変化していた。

 

「あれ?どうしたの?」

 

「まさか、貴方怖がってるんですか?」

 

「どうぞどんどん怖がって下さいな。」

 

「「「「「僕/私/俺達にしたみたいに笑ってあげるから。」」」」」

 

「ひっ、ひぃ!助けッ…「どこ行くんですか?」あぁッ!?」

 

 

地面を這いつくばって逃げようと横を向いた亡者だったが、いつの間にか周りには沢山の人間が並んでいる。

 

 

あはは ねぇ見てあれ うわ~醜~い 滑稽だな あはははは クスクス うける~ 無様だね~ あはは

 

「な、なんだよお前ら!どっか行けよ!」

 

あんなこと言ってる~ あははははは クスクス あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ

 

「や、やめろ…俺の事を笑うんじゃねぇ!」

 

アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ

 

「やめろ…やめてくれ……。」

 

ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろ………やめろ……………やめて……………………やめて………………………。」

「ふぃー、こんなもんかな?」

 

一分ほど燃やした後、月見は呆然と何かを呟き続ける亡者から手を離し、一仕事やりきった感を出しながら振り向く。

 

「鬼灯様ー、影響なかった?」

「少しばかり漏れ出てましたが……まぁ大した被害でもないので大丈夫です。」

「そぉ?じゃあこの亡者とっとと退かしてくるね~!」

 

そう言って月見は鼻歌を歌いながら亡者の襟をひっぱっていく。ちなみに亡者は未だに目が虚ろで頭を抱えながら許しを乞いていた。周囲の獄卒が月見が近づいてきたら思わず身を避けてしまう程にはその光景は狂気的だった。

 

「さてと、今のうちに茄子さん達を呼んでおきますか。」

「……………………。」

「唐瓜さん大丈夫ですか。」

「……………はっ!?」

 

月見が亡者を持っていく所を見届けた鬼灯は隣で唐瓜が固まり続けている事に気が付き、声をかける。

 

「い、今のは!?」

「あぁ、唐瓜さん少しだけ見たんですね。あれが月見さんが使える能力の一部です。」

「一部?」

「歩きながら話しますよ。」

 

鬼灯は一旦話を切り、月見が行った所とは違う廊下へと向かう。余韻がまだ残っているのか呆気にとられる唐瓜は慌てて鬼灯の後についていく。




途中で描写した亡者の男が嘲笑われるシーンですが、簡単に言えば「月見さんが見せたいと考えた物をその人の頭が勝手に当てはめて強制的に発狂させる」という方法で見てる亡者の夢みたいな物です。ただし、これに狂気の力を使っているため制御が甘くなって少々漏れ出てしまい、時々周りにいる人にも見えてしまいます。唐瓜が本編の最後で固まっているのはそれにより夢の一部を見てしまったからですね。


次回予告
「だいぶ理不尽」


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狂乱日記四頁目

とてもかんたんなあらすじ
「亡者発狂ナウ」




「それで、一部っていうのは………。」

「言葉の通りですよ。あくまでもあれは月見さんが使う力の応用みたいなものです。」

 

鬼灯は廊下を歩きながら唐瓜の質問に答える。

 

「彼の狂気は本来被害が一人におさまるレベルじゃないんですよ。唐瓜さん、確か亡者の見ていた物が見えたんですよね?」

「え、ええ、まぁなんかリアリティのある映画を見てる感じでしたけど………。」

「良かったですね、序盤で接続が切れて。下手したら貴方が狂い続けるところでしたよ。」

「はい?」

 

いきなり自分が危機に陥っていた事を聞かされた唐瓜は混乱している。鬼灯はそんな様子である唐瓜を無視してそのまま話を続けた。

 

「よくよく考えて下さい。本来、月の光は全ての生物に対して狂気を与えますが、月見さんはそれを圧縮して自分の内側に貯めてるんですよ。圧縮しまくったそれを使うとどうなるとおもいます?」

「………通常よりも強力になる?」

「正解です。それに加え、今の月見さんは制御が甘くなっているので、普通に近く居るだけで被害を受ける事があるんですよ。それにあの亡者には恐怖による発狂を促してたのでそれに巻き込まれると考えると………………。」

「そこで黙らないで下さいよ!」

「逆に聞きますけど知りたいですか?一回全力でやった記録がありますけど、被害が今回のあれの比じゃないですから。」

 

唐瓜はしばらく黙って考えるが、やがておそるおそる口を開く。

 

「………例えば?」

「ターゲットの亡者達が自分で自分の目を抉り始めたり、心臓を止めようと自分の体を近くのもので突き刺したり、それから逃れようと自殺を図るぐらいが序の口ですかね。周りの獄卒達にも影響が出てたので止めるのに苦労しました。」

「えっっっっぐ。」

 

特に表情も動かさず言い放った鬼灯の言葉ドン引きしてる唐瓜だったが、そこに鬼灯が捕捉するかのように説明を始める。

 

「ただ、本質は「狂わせる」事なので、使い方を工夫すればかなり便利なんですよね。痛覚を狂わせて痛みを失くせるお陰で注射とかの医療行為が楽になると本人もおっしゃってますし。」

「それでもかなりヤバイのに変わりは無いと思います…。」

「それは否定できませんね。」

 

唐瓜は若干疲れているように見えるが鬼灯はそんなことお構い無しのようで、畳み掛けるように次の話題を出す。

 

「そもそも、彼が日常的に使っている炎も本質はかなり異質なものですから。」

「あの「ドクターフィッシュみたいなもの」って言ってたやつですか?」

「そういえば貴方達にはそう言ってましたね。あれ、実はかなり効力を狭めて使ってるんですよ………………いや、使うのがあの人であるからっていうのもあるか………。」

「え?」

 

顎に手を当てながら話す鬼灯の言葉に呆けた声が出る唐瓜だったが、改めて確認するために鬼灯へと質問する。

 

「あれってそんな危ない物なんですか?」

「あの炎の正確な能力は「生物にとって有害なものを燃やす」じゃなくて「月見さんが有害だと思った(・・・・・)物を燃やす」ですから。」

「………………………それって。」

「はい、解釈次第では何でも燃やす事が可能です。」

「だいぶ理不尽じゃないっすか。」

「さっきも言ったでしょう?月見さんが使っているからあの程度で済んでるんですよ。なにせ根っからのお人好しでこの理不尽の塊みたいな能力を基本他人の為にしか使わないんですから。」

「あぁ……そうっすね。」

 

その言葉を聞いた唐瓜は納得したかのように頷くが、また疑問が浮かんできたのか引き続き質問を鬼灯に投げかけた。

 

「でも、何で月見さんがそんな能力を?逸話からしても、破壊特化の力を持つイメージが無いんですけど……。」

「それに関してはその能力を与えた神の頭がバグッていたとしか言えませんね…………時々こっちにアポ無しで突っ込んでくるのホント止めろつってんのに未だに止めないバカですから。」

「あの~鬼灯様?」

 

鬼灯が嫌な物を思い出したと言わんばかりにため息をつく。少し不機嫌になった鬼灯に不安になる唐瓜だったが、そこに前から声をかけてくる存在がいた。

 

「お~い!唐瓜~、鬼灯様~!」

「おや、ちょうど良かった。」

 

目当ての人物である茄子が近づいて来たことにより、鬼灯の苛つきが少しおさまったようだった。息が詰まっていた唐瓜は少し落ち着いてから茄子の方を見るが、その瞬間にピシリと固まる。

 

「おい、いきなり走るんじゃねえ。」

「あ、ごめんなさ~い。」

 

茄子の後ろから黒い着物を着た強面の男が近づいて来る。その場に居るだけで威圧感があり、唐瓜は普通に会話している茄子を信じられない物を見るような目で見ていた。

 

「わざわざ来ていただきありがとうございます土方さん。」

「あ?俺関係の仕事なんだろうが。」

「あ、仕事で思い出したんですけど

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拷問する亡者を漬物石がわりに沢庵作るの止めて貰えません?」

「やらねぇぞ。」

「要りませんよ。」

「何でいらねぇ。そこまで俺の作った沢庵が不味そうか、ぶっ飛ばすぞ。」

「沢庵と新撰組が絡むと思考回路が可笑しくなるの止めて貰えません?」

 

そんな会話を聞いた唐瓜はすっかり緊張するのも馬鹿らしくなったようで、落ち込むように肩を落とす。

 

「なんでこんな個性の殴り合いみたいな人が多いんだよ……。」

「どしたの唐瓜~。」

「茄子…お前ホント元気だな~……。」

 

いつもと変わらない茄子の様子を見て、少しばかり安心する唐瓜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、仕事ってのはなんだ。」

「あぁ、そうでしたね。こちらを貴方と茄子さんに担当して欲しいんです。」

「そういや俺、土方さんと仕事するとしか聞かされてなかったな。」

 

茄子がそう言っている中、鬼灯は懐からファイルに入った紙を取り出した。それを三人で覗き見るとそこには「最新拷問器具 日本地獄モデル」と書かれていた。

 

「鬼灯様、これって?」

「中国地獄で毎年ある拷問器具の最新モデル発表会みたいなやつに日本地獄から何か出してくれと言われまして、それをお二人と月見さんに考えて欲しいんですよ。」

「え?月見さんも?」

「そりゃそうだ。」

 

月見の名前が出てきたことに疑問符を浮かべる唐瓜だったが、土方は納得したように頷いている。理由がいまいちわからない茄子は土方に尋ねた。

 

「ねぇねぇ、なんで月見さんも参加するの?」

「あいつは獄卒じゃないが生物に詳しい医者だ。拷問ばっかやってる奴より急所がわかってるに決まってんだろ。」

「ええ、その通りです。」

 

二人の会話に鬼灯が入ってくる。

 

「それに、土方さんは獄卒達にも劣らない拷問のプロですので、実用性に関しての意見を取り入れられるとおもったんですよ。」

「んで、コイツがデザインして作るってわけか。」

「わーい、面白そ~。」

 

話を聞いていた茄子は満面の笑みで喜んでいる。どうやら自分の好きな芸術品づくりとにた仕事が出来ると考えているようだ。そんな中、唐瓜が土方に対して質問を投げかける。

 

「あの~一つ気になった事があるんですけど………。」

「あ?なんだ。」

「茄子と元から知り合いだったりしますか?さっき一緒に歩いてたのが気になってて…。」

「そういえば私も気になってましたね。会うのは今日が初めてじゃないんですか。」

 

その質問をされた土方はなんでもないように言葉を発する。

 

「知り合いも何も

 

 

 

 

 

 

 

 

お前が言った沢庵づくりで使った巨大桶の製作者コイツだぞ。」

「面白そうだったから作りました。」

「元凶の一人がここにいた。」

 

そんな会話をしていると鬼灯達の後ろからブーツの音が聞こえて来た。間隔が短いため、音の主が走って来ていることが分かる。

 

「あぁ、月見さんがいらっしゃいましたね。」

「………鬼灯様。」

「なんですか唐瓜さん。」

 

しばらく言葉をためた唐瓜は近づいてきた月見の方を見て真顔で鬼灯に尋ねる。

 

「二人に今の月見さんの状態説明しなくていいんですか。」

「別に大丈夫ですよ。この程度で一々驚く方達でも無いですし。」

 

鬼灯はそう言って指をさした。唐瓜が釣られて指の先を見ると、そこにはニコニコと笑っている月見の手を掴んで一緒にぐるぐると回る茄子がいた。

 

「わ~~。」

「すっげ~月見さんに表情がある~。」

「茄子ぃぃぃ!?」

 

目の前の光景に思わず突っ込んだ唐瓜だった。しかしそんなことを今の二人が気にするはずもなく、とても和やかに会話し始める。

 

「ねぇねぇ月見さん、お仕事の話聞いた?」

「そういえば聞いてないなぁ。」

「あぁ、そういえば説明してませんでしたね。この前悟空さんが持ってきた案件ですよ。」

 

鬼灯の言葉を聞いた月見は目を細めてニヤリと笑う。

 

「なるほど、機能美のある拷問道具だね?わかるとも。」

「お前どうした、キャラ崩壊が激しすぎるぞ。」バリボリ

「沢庵齧りながら会話に参加しないで貰えます?あとその沢庵どっから出したんですか。」

 

いい加減飽きたのか土方がいつの間にか沢庵を貪っていた。ご丁寧にタッパーに入っているものを箸で食べている。

 

「…まぁいいです。とりあえず頼んでもいいですか。」

「構わねぇ。」

「はーい!」

「了解しました~。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………。」ムニムニ

「何してるんですか月見さん。」

「……………………………。」

 

数日後、元の無表情に戻った月見が食堂の一角でひたすら顔をムニムニしていた。カツ丼特盛を持った鬼灯が話しかけてきたが、月見が喋る事はなくただ鬼灯の方を見るだけだった。

 

「……………………………。」

「……………………………。」

「………とりあえず何か喋ってもらえますか?」

「ーー……………。」フルフル

 

困ったように頭を振った月見は左腰のポーチからホワイトボードとペンを取り出すとそのまま文字を書き始めた。十秒後、ホワイトボードを反転させ、鬼灯へと見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スッ[狂気に飲まれてる間に表情変えすぎたせいで表情筋が筋肉痛なんです]

「どんだけ普段表情変えてないかがよく分かりますね。」

 




200年動かしてない筋肉を激しく動かしたらそらそうなる、ということで納得してください。
ちなみに件の拷問器具は「必殺技仕事人再現セット」になりました。首吊りに使える細い糸だったり、骨はずしが再現出来る器具だったりと結構種類があります。


あと余談なんですが、あといくつかやりたい話を書き終えたらFGOがメインの話を書く予定です。


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幽霊日記一頁目

今回の章は原作第143話を中心に改編したものです。





それではどうぞ


「あ、おーい月見くーん。」

「?アヌビスさ……………ま?」

 

月見が閻魔庁の裁判場を通りかかった時、後ろから声がかかる。その声に心当たりのあった月見が振り返りながら名前を呼ぶが次第に声が萎んで行く。月見の目線の先には鬼灯とどこか既視感のある男性が立っていた。

 

「?…?………………………………?」

「月見さん、合ってますよ。」

「どうもどうも、人間に化けたアヌビスです。」

 

男性…アヌビスを見て固まり、しきりに首をひねっていた月見の思考回路は鬼灯からの言葉で再起動し始める。

 

「…………………なるほど?」

「あ、やっと帰って来た。そんなに自分違和感ありますかね?ようやっとここまでこぎつけたんですけど。」

「…………イイトオモイマス。」

「思考停止しないで下さい。」

 

カタコトになった月見に鬼灯からのツッコミが入る。背中に宇宙を背負っていた月見はそのままアヌビスに尋ねた。

 

「ふむ、何故そのような姿に?」

「あぁ、ちょっと鬼灯様に現世を案内してもらおうかと思いまして。私今呪い特集の本書いてるんですけどそのうちの一つにアメリカの呪いの家を入れたいんですよ。」

「この間ちょっとそこの主と知り合いになったんで丁度いいかなと。」

 

鬼灯の言葉に若干不思議な物を見る目になる月見。

 

「いつの間にそんな人脈作ってるんですか。」

「私に言われても「いつの間にか」としか答えられませんし、何より人脈云々は貴方に言われたくありませんよ。医療関係の知り合い何人いるか答えてみなさい。」

「……………………てへ。」

「出来てませんし誤魔化されませんよ。」

 

月見はてへぺろのポーズをとろうとしたが、片目は包帯で塞がっている上、口角がピクリとも動いてないのでかなり違和感のある仕上がりになっていた。

 

「むう…美穂ならこれでいけるのに。」

「美穂さん限定だと思いますよ。というかロクな結末にならないでしょうに。」

「美穂さんって確か月見くんの奥さんでしたっけ。心なしか避けられて、あんまり会話したこと無いんですよね。まぁ月見くんのこと誉めると途端に笑顔になりますけど。」

「美穂さんの神嫌いと月見さん好きは筋金入りですからね。そう考えるとアヌビスさんは会話出来てる分安全なのか……。」

「手出されてないならまだ良い方ですよ。信頼してる神様なら気さくに話しかけますけど、嫌いな方だと最悪見敵必殺(サーチ&デストロイ)ですから。」

「え?私もしかして一時期命狙われてたりしました?」

「………………。」

「………………。」

「二人揃って目そらさないで下さいよ!」

 

気まずそうにアヌビスから目線を外す二人だった。

 

「そういえば月見さん、美穂さんと一緒に明日から休暇取ってましたね。何かご予定でも?」

「あぁ、単純に有給休暇の消費ですよ。僕らが休まないと皆「貴方だけに仕事をさせるわけにはいきません!」って言って休んでくれないので………。」

 

露骨に話を反らした鬼灯から尋ねられた月見は頬を掻きながら答える。それを聞いたアヌビスは感心したかのように声を漏らした。

 

「へぇ~、月見くん中々慕われてるんですね。」

「僕にはもったいないぐらい優秀な方達ですよ。」

「月見さんの部署、職場環境がかなりホワイトですし不満の声もほとんど無いんですよ。まぁただ毎年決まって同じ苦情が入りますけど。」

「「え?」」

 

鬼灯の言葉に驚く二人。アヌビスはともかく何故か理由を知らない月見に鬼灯は呆れたような視線を送る。

 

「自覚ないんですか。」

「何のことだか……。」

「「無理して一人で全部の仕事を終わらせようとしないで欲しい」っていうのが毎年貴方宛に来てるんですよ。貴方に医療関係の仕事を一任してる私が言うのも何ですし、何ならブーメランになってるかも知れませんがもう少し仕事量を減らして下さいよ。」

「いやぁ……少しでも皆の仕事を減らしたくて…。」

「そんなことするから貴方が休まないと他が休まなくなるんですよ。貴方、見た目から既にボロボロ何ですからもう少し周りへの気の使い方考えて下さい。」

「ふぁい………。」

 

表情こそ動かないものの耳が力なくペタンと倒れることで落ち込んでいるのが分かりやすい月見だった。そんな月見の様子を見て何か思い付いたのか、アヌビスがポンと手を叩き話し始めた。

 

「そうだ、せっかくなら月見さんも行きません?呪いの家行ったあとは自由に観光してもいいでしょうし。」

「ふむ、それもそうですね。護衛という名目で連れていけば恐らく経費で落とせますし。」

「…………美穂と一緒がいいです。」

「ええ、構いませんよ。目的地の館の主が女性なのでもしかしたら美穂さんと気が合うかも知れませんから。」

「分かりました。美穂に伝えて来ますね。」

 

鬼灯の言葉を聞いた途端耳を激しく揺らし始めた月見は、踵を返して医務室の方へ向かって走って行く。その足取りはとても軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん、現世のアメリカかぁ。」

「うん、「もし1ヶ所ついてきてくれるなら旅費を経費で落とせる。」って鬼灯様が。その後は自由に観光していいってさ。」

 

医務室の一角にて、月見から説明を受けた美穂が腕組みをして唸っている。

 

「ん~、向かう場所にもよるけど………どんな所って言ってた?」

「呪いの家。何でも最近そこの主と知り合ってアヌビス様に案内する事になったって………あ、アヌビス様もいるけど大丈夫?」

 

少しばかり上目遣いで心配そうに見てくる月見に(なにこの可愛い生物…あ、私の夫だった。)と顔に出さず興奮してる美穂はニコッと笑いながら答える。

 

「別にあの人を狙ったりしないよ。貴方がお世話になってる人でしょ?抹殺リストからは外してあるからね。」

「うん、あんまり安心できない単語が聞こえたけどとりあえず大丈夫ってことでいいかな?」

 

一瞬聞こうかと考えた月見だったが、薮蛇でしかないと思い至りそのまま会話を続けることにしたようだった。

 

「ま、鬼灯様にはパスポート対策とかは用意しとくって言っといて。私は月見用の術式端末の調整しとくから。」

「分かったよ美穂、とりあえず行って来るね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タッタッタッタッタッタッ

 

「鬼灯様、アヌビス様、美穂からの賛成得られましたよ。」

「おや、早かったですね。それと、アヌビスさんはセーフゾーンでしたか?」

「元々リスト入ってたみたいですけどもう外してあるそうです。」

「え、マジでヤバかったんですか私。」

「月見さんに関わった神は漏れなく抹殺リスト行きでしたから。まぁ許されているんですから素直によろこんで置けばいいんですよ。」

(よろこんでいいのかなこれ…………。)




美穂さんは「月見を神に取られた」と認識しており、常識的な神や月神以外は基本的に大嫌いです。特に月見さんに近づく者はまず抹殺リストに入れてしばらく観察して月見さんに色んな意味で手を出さなそうだったら外し、手を出したりしたら即殺しようとしてます。彼女自身、普通の状態でも妲己を一方的に潰せるぐらいには強いので、キレたら月見さん以外の手には負えません。

帝釈天?見敵必殺に決まってるじゃないですか。

次回予告
「僕必要でしたか?」


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幽霊日記二頁目

とてもかんたんなあらすじ
「月見さんは護衛である」


「待ち合わせ場所ここですか?」

「ええ、もうそろそろ来ると思います。」

 

某羽がつく系空港のエントランスにて、鬼灯が腕時計を見ながら立っていた。近くには辺りを見回す人間形態のアヌビスもいる。

 

「そういえば、鬼灯様って税関通る時どうやってるんですか?今は帽子で隠れてますけどその角見られたら厄介な事になるでしょう?」

「これを使うので大丈夫です。」

 

そう言って鬼灯は鞄の中からいくつか瓶を取り出す。蓋には少々気色が悪いデザインの顔の飾りが付いていた。

 

「うわ~スッゴいデザイン。」

「ホモサピエンス擬態薬です。人間に近しい姿の生き物はこれを飲むことで一定時間人間の姿になれるんですよ。まぁ代償として眠くなりますけど。」

 

鬼灯の説明に納得したかのように頷くアヌビスだ。しかし、周りを見回し続けるのを止める様子はない。

 

「……ふむ。」

「どうされましたか?」

「いやぁ、単純に幽霊が多いなと。」

「あぁ、その事ですか。さっきお迎え課に連絡したので気にしなくていいですよ。」

 

一般人に紛れた大量の幽霊という光景を前に二人は呑気に会話している。

 

「それにしても多くないですか?ここまで幽霊が集まるのもイベントぐらいな気がするんですけど。」

「ここにいる亡者は皆飛行機に乗ろうとしてるだけですよ。」

「日本の現世の幽霊って飛べませんでしたっけ。」

「ぶっちゃけやろうと思えば何処にでも行けますよ。ですが無謀、無茶そうな事は文字通り死んでも(・・・・)したくない人が多く、慎重な方がほとんどですから。遠出がしたい亡者は自分で飛ばずに交通機関に乗る場合が多いんですよ。」

 

ほら、と鬼灯が指をさした先をアヌビスが見ると、そこには律儀にゲートを通って搭乗口に向かう亡者達がいた。

 

「必要なんですかねあれ。」

「気分の問題でしょう、日本人は形式に拘りますから。」

 

そう話を締めくくった鬼灯が鞄から本を取り出して読んでいると、入り口の方向が少し騒がしくなる。二人が反応して振り向くとこちらへゆっくり歩いてくる人影が見えた。

 

「鬼灯様、お待たせしました。」

「ちょっと月見にかけた術が甘くて解けちゃったんでかけ直してました。」

「いえ、大丈夫ですよお二人共。まだ出発まで30分はあるので。」

 

近づいてきたのは現代風な服装に身を包んでいて、手を繋いだ月見と美穂だった。月見はオーバーサイズのパーカーにカーゴパンツ、肩掛けの鞄とわりとシンプルな装いだが、いつも人の目を引くうさみみが生えておらず、代わりに人間の耳が見える。美穂もカジュアルなワンピースに少し小さめなベレー帽を被っているが、いつもの尻尾と獣耳が見当たらない。

 

「おや、お二方共もう擬態薬を?」

「あぁ、説明してませんでしたね。」

 

そう言うと月見は首にかけられたネックレスを掲げる。その先には白い勾玉が通されていた。

 

「美穂に強めの人化の術をこれを通してかけてもらってるんです。」

「これさえあればいつでも月見と連絡も取れますし旅行とか外国への出張とかはいつも持ってます。使うには少し調整が必要ですけど。」

 

よく見ると美穂の首にも黒い勾玉のついたネックレスがかかっている。

 

「そういえば月見くん完全な人化ができないんでしたね。」

「月見さんと美穂さんは大体ペアで現世に向かわれるのでちょうどいいんですよ。ハロウィンの渋谷では必要無さそうですけど。」

「?それはどういう?」

 

鬼灯の言葉に首をかしげるアヌビス。月見と美穂は納得したような声をあげていた。

 

「違和感を持たれないんですよ。実際我々が変装せず歩いてもクオリティが高いだけのコスプレだと思われるだけですので。おそらくアヌビスさんも素の状態でいけますね。」

「ハロウィンってお化けの仮装をするものじゃありませんでしたっけ?」

「メイドやプリンセスもいるんで大丈夫です。」

 

首をひねるアヌビスをよそに鬼灯は自分の腕時計を見る。

 

「そろそろ出発ですね。さっさと手続きを済ませましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー新しい驚かし方ね~。」

 

明らかに呪われてそうなアメリカの館のエントランスにてその館の主であるスカーレットが宙に浮く椅子に座りながら本を読んでいた。

 

(あの東洋エイリアンも全くびびってなかったし、何か斬新な驚かし方を…………。)

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ

「ここですね。」

「うわぁ~。」

「ギャ~~~ッ!?」

 

スカーレットが悩んでいる最中、玄関の扉が開き鬼灯とアヌビスが入って来た。突然の訪問にスカーレットは叫ぶほど驚いている。

 

「件の東洋エイリアンッ!」

「東洋エイリアンってなんですか。」

「つーか、誰だそっちの怪しげな人間…人間?は!」

「あ、人間に見えますー?良かったー。」

 

慌ただしいスカーレットとは対照的に鬼灯とアヌビスはいつもの調子で言葉を交わしている。鬼灯は手でアヌビスを示して話を続ける。

 

「こちら、どうにかここまでこぎ着けたアヌビスさんです。」

「何をどうこぎ着けたんだよ。」

 

スカーレットが若干呆れたような目になった時、また入り口の扉が開いた。その隙間からフードを被った月見がひょっこり顔を覗かせる。

 

「鬼灯様、僕らも入ってよろしいですか?」

「ええ、外も雨でしょうし。」

「勝手に許可するんじゃねぇよ!」

「失礼しますね。」

「お邪魔しまーす。」

「お前らも遠慮無く入ってくんな!」

 

素知らぬ顔で入ってきた月見と美穂だった。

 

「あぁ、ご安心を。別にこの家を荒らしに来たわけでは無いですよ。ここをアヌビスさんに話した所是非見たいと。」

「大丈夫です。西洋のあの世に通報したりしません。純粋な興味本位です。」

(一番傍迷惑な奴じゃねえか。)

「日本の死神とエジプトの死神が後学のために訪れたと思ってください。」

「…………茶化しに来たんなら…」

 

スカーレットは体をワナワナと震わせると周囲に大量の刃物を浮かべ始めた。その切っ先は鬼灯達の方へ向いている。

 

「帰れーーッッ!!」

「わぁ、これが西洋のポルターガイストかぁ。」

「月見さん、半分お願いします。」

 

射出された刃物に対して呑気な感想を述べるアヌビスをよそに、鬼灯が傘をバットのように構えて打ち返し始めた。月見は突然の指名に驚いた様子もなく鞄の中から出した医療用のメス8本を両手に構える。

 

「ていてい。」シュシュン

 

ガキンッ

 

月見が医療用メスを一気に投げると、向かって来た刃物と相殺してそのまま地面に打ち落とした。一息ついた月見が鬼灯の方を見ると、打ち返した刃物でニコちゃんマークを作っていた。

 

「外は凄い雨なので雨宿りも兼ねてよろしくお願いします。」

「僕必要でしたか?」

「一応護衛という名目で来てるのでしっかりと仕事したという事実が作れたじゃないですか。」

「………何なのこいつら……。」

 

首をこてんと倒して尋ねる月見にいけしゃあしゃあと答える鬼灯を見てやる気が削がれたのか、スカーレットから先程までの殺意が無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのさ…いっそ倒しに来たとかなら応戦するんだけど、特に怖がらない奴がただ見に来るって困るわよ……。」

「アメリカの方ってお宅自慢しません?そのノリで構わないんですが。」

「しねぇよ。こちとら霊なんだよ、自慢のシステムキッチンとかねーんだよ。」

「え、普通にここのキッチン気になるんだけど。」

「そんなん言われても困るっつってんだろ!」




月見さんの人化は普段の姿が限界なので美穂さんが代わりに人化の術をかけています。二人が首にかけている勾玉のネックレスはその術式を送る為のアンテナみたいな物です。美穂さん作の道具で2つをくっつけると陰陽玉になります。一応電話やGPSとして使えるため二人で現世に赴く際には必ず着けています。しかし術式の許容量があり、使いすぎると壊れてしまい、また一から作り直す事になる上、その相手専用に調整しなければならないのでかなり時間がかかるらしいです。

次回予告
「失礼ですね」


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幽霊日記三頁目

Fate側をメインにした物も考えています。
ですが、他にも書きたい話が沢山あるので暫くお待ち頂けたら嬉しいです。


とてもかんたんなあらすじ
「人間状態な月見さんと美穂さん」


「で?そっちの二人は何なのよ。さっきから話に入って来たり刃物ぶん投げて来たり……そのエジプトの死神と比べりゃよっぽど人間っぽいけどお前の知り合いならまともな奴じゃ無いでしょうし。」

「刃物云々は貴女の言えた事では無いでしょうけど………。彼らは私の同僚ですよ。ほら、自己紹介してください。」

「ふむ?分かりました。」

 

しゃがんで地面に落ちたメスを拾っていた月見はパーカーの裾を直しながら立ち上がり、スカーレットの方に向き直り敬礼する。

 

「日本地獄で獄卒専門の医者をしております、月見と申します。以後お見知りおきを。」

「月見の補佐をしている美穂でーす。よろしくお願いしますね。」

 

真顔の月見とフレンドリーに笑う美穂を訝しげに見るスカーレットは眉をひそめながら口を開く。

 

「ふーん、こいつらもあんたの仲間なの?少なくともエイリアンには見えないけど。」

「だから私はエイリアンじゃないですよ。まぁ二人とも化けてますからね。せっかくなんでお二人共人化の術を解かれては?」

「一応結界張って人が入らないようにしてから解きますねー。」

「ちょっと、何する気よ。」

 

いきなり印を組んで何かを呟き始めた美穂を止めようとするスカーレットだったが、美穂がそれを無視して詠唱を終えた瞬間に玄関の扉や窓に幾何学模様が浮かび上がった。

 

「「人間のみ入れなくなる」っていう効果と認識阻害かけときましたよ。そろそろいつもの姿に戻りますね。あ、月見フード外しといてね。」

「分かったよ美穂。」

 

月見が被っていたフードを外した後、美穂が指パッチンをした途端に二人が燃え上がる。

 

「うおぅッ!?」

「相変わらず派手ですね、眩しいのでもう少し光量落として貰えません?」

『すいません無理ですー。』

 

突然の人体発火に思わず変な声が出るスカーレットの横で帽子を押さえながら鬼灯が美穂に話しかけている。普通に返事しているあたり、特に問題は無いようだ。燃え始めて数十秒後、ようやく二人の炎が消えていつもの獣耳やモフモフの尻尾が現れた。月見のうさみみにはしっかりと青い炎が宿っている。

 

「ふぅ、やっぱり楽ですね。完全な人間の姿は慣れません。」

「あ、尻尾出してていいですか。もし迷惑でしたらまた仕舞いますけど。」

「え?まぁいいけど……。」

「ありがとうございま~す。」

「まぁそう言う事なんで中の案内頼めm「て、ちょっと待てェッ!?」なんですか。」

 

何事もなかったかのように話を進めようとする鬼灯にスカーレットからツッコミが入る。

 

「さも当然のように今のを放置すんじゃないわよ!」

「あぁ、ご安心下さい。人化の術を手早く解こうとしただけなので他の物に燃え移ることは無いですよ。」

「そこじゃねぇ!」

「ふむ……別にいいじゃないですか。貴女だって怨霊なんですから人体発火程度で驚いていたら身が持ちませんよ。」

「怨霊の私が言うのもなんだけどもうちょい常識考えろ!」

 

のらりくらりと返事をする鬼灯との言い合いで肩で息をし始めるスカーレットだった。

 

「ゼーッゼーッ………あぁもうメンドクセェこいつ……。」

「あの…。」

「ん?……何よ元凶。」

 

おずおずとスカーレットに近づいてきて威嚇された月見が鞄の中をまさぐり始めた。いきなり目の前で鞄をまさぐり始めた月見を若干警戒しているスカーレットだったが、そんなことはお構い無く月見は鞄から箱を一つ取り出す。

 

「取り敢えずこちらをどうぞ。」

「?…なんなのこれ。」

 

箱を差し出されたスカーレットはおそるおそる受け取り表面に目を通すがいまいち中身をはかり損ねているようだ。

 

「日本のお菓子ですよ。何も無しに訪れるのも少し気になったので……あ、ご心配なくちゃんと霊でも食べれるように作ってますから。」

「え、ホント!?」

 

お菓子という単語が聞こえた途端に目を輝かせるスカーレット。

 

「この前日本の事調べたら「和菓子」っていうの見つけて気になってたのよね~。」

「気に入っていただけたようで何よりです。」

「見た目でこん中で一番ヤバい奴だと思ってたけど、なによ一番常識あるじゃない。」

 

そう言ってスカーレットは月見の肩を叩こうとしたが、その手は何にも触れず通り過ぎる。不思議に思って月見の方を見るとニコニコと笑っている美穂が月見を後ろから抱き締めて頭に顎をのせている。なんとなく威圧感も感じる。

 

「いきなりどうしたの美穂。」

「んー?いや、何でもないよ月見。」

 

そのまま月見の頭に顔を埋めて匂いを嗅ぎ始めた美穂。いきなり変態的な行動をし始めた美穂とそれに特に反応せずされるがままこちらを向いている月見を見てスカーレットは若干引いたような目をしながら鬼灯に話しかける。

 

「え、なんなのこいつらいきなりイチャつき始めたんだけど。」

「いつもの事……というか美穂さんの発作ですかね。夫である月見さんが他の女性にと触れあうのが嫌なんでしょう。」

「こいつら夫婦だったの?」

 

二人の方を指差しながら鬼灯に尋ねるスカーレット。その顔は明らかに「変なものを見た」と物語っている。それに同意するかのように頷いた鬼灯はため息をつきながら答える。

 

「ええ、地獄でも一、二を争うレベルのおしどり夫婦ですよ。月見さんはまだ公衆の面前では手を繋ぐ程度で済ませますが、美穂さんは所構わず隙あらば月見さんとイチャイチャしたがります。独身の獄卒から「砂糖吐きそう」という苦情が多数寄せられてますよ。」

「取り敢えずあの狐っぽい女の方がヤバい奴ってことでいい?」

「ええ、月見さんを自分の物にしようとした相手だったらたとえ神相手でも正面から殺しに向かう位には月見さん大好きですからね。」

「…………やけに具体的ね。」

「何回かありましたから。良かったですね貴女が神だったら今頃片手位は吹っ飛ばされてましたよ。」

「コッワ!?」

「むぅ、失礼ですね。」

 

頬を膨らませた美穂が月見の頭に顎をのせながら話しかけてきた。

 

「一応貴女を守る為でもあるんですよ。」

「?どういう事なのよ?」

 

スカーレットに問われた美穂は月見のうさみみを弄りながら口を開く。尻尾でがっちりホールドされている月見はずっと無表情のままである。

 

「月見の能力ですよ。この炎…正式名称は「月炎(げつえん)」って言いますけど…燃やすものは月見が有害だと感じた物だけなんですけど悪霊とかは問答無用で燃やしちゃうんですよね。もっと言えばストレスとかが極端に多いと勝手に燃えちゃうんですよ。」

「そういえばあのマネージャーの方も似たような事になってましたね。」

「………てことは私ソイツに触れたら成仏すんじゃん。」

 

ススス、と月見との間に鬼灯を入れるような所に移動するスカーレットだった。暫くの間無言だった月見だが、美穂の頭を片手でポスリと叩くと月見は口を開いた。

 

「美穂………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それについては「能力を完全に切ってたら問題ない」って言ってなかったっけ。」

「……………………ヒュ~♪」

 

月見の言葉にそっぽを向いて口笛を吹き始める美穂。それを見上げる月見は少しばかりジト目になっている。

 

「人前で僕を抱き締める為にそれっぽい嘘つくのやめよ?」

「むぅ………わかった。」

「……………………………………二人きりになった時は何でもしていいから。

「そういえば鬼灯様~アヌビス様~。ここにはどんな御用事で訪れたんですか~?」

 

月見が美穂にだけ聞こえるように何かを呟くと満面の笑みを浮かべた美穂が月見を抱えながら鬼灯達の方へ振り向く。明らかに先程月見に抱きついた時以上にルンルン気分なのが見てとれる。しかしアヌビスは何事も無かったかのように手をポンと叩いてスカーレットの方へ向き直る、

 

「あぁ、そうでした!じゃあこの屋敷の見学を「いや、あれほっとかれても困るんだけど。」」

「このままエントランスにいて貰いましょう。隙あらば美穂さんが惚気るので話が進みません。」

 

鬼灯がチラリと月見と美穂の方向を見ながらヒソヒソと話す。表情から動きまでスペースネコチャンになった月見を抱えながら妖しく見下ろす美穂がいたが、全てをガン無視して鬼灯は二人に話しかける。

 

「というわけで、お二人にはここに残って貰うということでいいですかね。」

「了解しました~。結界の維持しときますね~。」

「ん?……ちょっと!まだ案内するとは言って無いわよ!」

 

ナチュラルに屋敷を案内するということにされたスカーレットは鬼灯に指を差しながら怒鳴る。しかし、鬼灯は全く怯むこと無く鞄から一冊の本を取り出す。その表紙には『世界の事故物件』と書かれていた。

 

「まぁまぁ、取り敢えず私の事故物件ノートに新たな一ページを刻ませて下さい。」

「バッ…何そのノート趣味悪ッ!?ホント何なんだよオマエ!!」

「ちなみに私は『世界の呪いベスト100』を作ろうと頑張ってるんです。個人的にはピラミッドを1位に入れたいんですけど自惚れですかね~~~。」

「知らねーよ帰れ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行っちゃったね。」

「まぁまぁ、ゆっくりしましょ。」

 

なんやかんやあって誉められると弱いスカーレットが鬼灯とアヌビスを地下に案内している間、月見は術式で椅子を作って座った美穂に抱えられたままリラックスしていた。月見が自分に巻き付くモフモフの尻尾をのんびりと手櫛で解いていると不意に美穂が抱き締める力を強くした。

 

「?…どうしたの?」

「ねぇ月見ぃ、さっき言ったことは忘れて無いよね?」

「…………………………あ。」

 

先程自分が小声で美穂に言った言葉を思い出した月見が動こうとした瞬間、美穂が月見を向かい合うように回転させてそのまま唇を奪う。しかも逃げられないようにしっかりと二本目の尻尾を出して巻き付かせた上、余った両手でがっちり頭を押さえて逃げられないようにしている。数十秒間その状態続いたが、ゆっくりと美穂が顔を離す。二人の舌の間に糸が引いている事が深い方をしていた事を明確に示している。頬を赤くしながらも妖艶に笑う美穂とは対象的に月見はいつもの無表情とはだいぶ変わってトロンと溶けたような顔をして荒い息をしていた。

 

「みほ、らめ、ひとのいえ。」

「んー?大丈夫大丈夫、ただの味見(・・・・・)だから…………だから、ね?」

 

呂律が回っていない月見を見て更に興奮した美穂はその後も暫くの間月見の口の中を蹂躙していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、やっと帰って来ましたね。」

「すいません。少し驚かし方についての相談がありまして。」

「いやぁ、とても良いミイラも見れましたから満足です!」

「………ねぇ何があったのソイツ。」

「」ビクンッビクンッ

「それは………ナニがあったんですよ。」

(またやったなこいつら。)

 




月見さんの月炎はストレスや悪感情等も燃やして浄化出来るので、それらが元になって生まれた悪霊等は月見の炎によって燃えやすくなる対象になっています。




あと二週間程課題や受験で忙しくなるので、またしばらく時間が空いてしまうかもしれません。気長にお待ち頂けたら幸いです。


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料理日記一頁目

こちらの更新は久しぶりですね。
もしよろしければ、もう一つの作品の方も読んで頂けたら嬉しいです。
タイトルの時点でFGO民の方はある程度予想出来ていると思いますが、今回の舞台はあの場所です。


それではどうぞ


閻魔庁の法廷にて、現在進行中で亡者の裁判が行われている。

 

「判決、お前は天国行きだ。ただ、遺族の供養によるものであることを忘れるんじゃないぞ。」

「ありがとうございますッありがとうございますぅッ。」

 

判決を出された亡者は泣きながら先導する獄卒の後に着いていった。その亡者が法廷から出ていった直後、閻魔大王は大きなため息をつく。そこに先程までの威厳のある姿は無かった。

 

「ふぅ~、ちょっと喉が痛いな~。」

「お疲れ様でした閻魔大王、本日の裁判は今ので終了です。」

「あ、ホント?いやぁ、最近亡者の数が増えてるからさぁ、どうしても声が枯れちゃうんだよねぇ。」

「罪も多様化してますからね。こちら月見さんからの差し入れです。」

 

そう言って鬼灯は閻魔大王の机の上にビニール袋を置く。その中には小分けに包装された黄金色の飴玉が入っていた。サイズも閻魔大王に合わせて大きくなっている。

 

「おぉ!のど飴かな?」

「ええ、様々な薬草を掛け合わせた特製蜂蜜のど飴だそうです。私も貰いましたが、中々の効き目ですよ。」

「早速一つ頂こうかな。」

 

閻魔大王は包装を破り、一粒の飴を口の中に入れる。しばらく口の中で転がしていたが、次第に顔を綻ばせていく。

 

「あ~美味しいなぁこれ。蜂蜜の甘さと薬草の独特の風味が丁度良く混ざってるねぇ。」

「月見さんって割りと料理好きなんですよね。」

「そうなの?月見くんって餅にしか興味ないイメージあるけど。」

「昔はそうでしたけど、今はかなりのジャンルに手を出してますよ。」

 

そう言って鬼灯は懐から携帯電話を取り出し、写真を見せる。そこには多種多様な料理がずらりと並べられていた。良く見ると、和食は勿論中華や洋食、フランス料理に挙げ句の果てにはエスニック料理もある。

 

「これいつの写真?」

「この間あった補佐官の集まりで振る舞ってもらった料理です。3分の1位は樒さんですが、残りは月見さんが作ってます。」

「へぇ~、そんな事があったんだ。君に似て凝り性というか、器用なんだねぇ。」

「閻魔大王、鬼灯様、何を見ていらっしゃるんですか?」

 

閻魔大王が写真を見て納得したような声をあげた所で、何やら袋を持った月見が法廷に現れる。

 

「あぁ!月見くん、のど飴ありがとうね。美味しかったよ。」

「いえいえ、お口に合ったのなら何よりです。」

 

そう言って月見はうさみみをぴょこぴょこと動かす。

 

「月見さん、準備は出来ましたか?」

「はい、一応級段位所持者は揃っているそうですよ。美穂も先に行ってます。」

「あれ、鬼灯くん今日何かイベントでもあるの?」

 

月見と鬼灯の会話の意味がわからない閻魔大王が二人に尋ねる。鬼灯は特に何も気にせず言葉を返す。

 

「あぁ、料理教室ですよ。私と月見さんは主催者兼参加者です。」

「へぇ料理教室…料理教室!?鬼灯くんが!?どこでやるの!?」

「おや、知りませんでしたか。閻魔大王が直々に彼女(・・)に与えた迷ひ家、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閻魔亭ですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼灯様(ほおぢゅきちゃま)、月見ちゃん、よくぞいらっしゃいまちた。他の受講生(ぢゅこうちぇい)たちはもう待ってるでちよ。」

「ええ、遅くなってすいません。」

 

地獄から少し離れた場所であり尚且つ現世とは隔絶された世界、幽境の一角に建つ旅館「閻魔亭」のエントランスにて、鬼灯と月見が一人の少女と話している。少し舌足らずな少女……女将の紅閻魔は楽しそうに会話をしているようだ。

 

「かまわないでち!鬼灯様は今回の企画の主催をして貰ってるからむしろ感謝してるでち!わたちは経営は出来てもこういうイベントとかの運営は苦手なのでち。」

「今回の参加者はどれくらいですか?」

「鬼灯様と月見さん合わせて30人ぐらいでち。さ、こっちでちよ。」

 

そう言って紅閻魔は踵を返し、てくてくと歩き始める。

 

「早く私達も向かいましょうか月見さん。」

「分かりました……………鬼灯様。」

「何でしょうか。」

 

月見が一つの掲示板の前で立ち止まり、鬼灯に声をかける。そこには一枚のポスターが張ってあった。全体的に赤く、地獄を連想させるようなそのポスターには、

 

 

「もう少しこのポスターなんとかならなかったんですか?」

「別に間違って無いのですから良いじゃないですか。」

 

 

 

 

ヘルズキッチン」と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、月見~。こっちこっち~。」

 

だだっ広い閻魔亭の厨房、30人ほどの受講生が互いに近況報告や世間話等をして騒がしい中、エプロンを着て入ってきた月見を見つけた美穂が呼んできた。迷う様子もない月見はてくてくと美穂の隣に歩いていった。そうして美穂の近くまで行った月見は美穂の周りに複数人の知り合いがいることに気が付く。

 

「あ、玉藻さん、清姫さん。ご無沙汰しております。」

「おやおや?月見さん、この間以来ですね丁度良いところに。先程まで美穂姉様の惚気話に付き合わされてまして、お腹一杯だった所だったんです~。」

「たまちゃんったらひどい~。ちょっと最近あったことを伝えただけなのに。」

「自分の好みドンピシャの夫捕まえておいて何を言っておられるんですか!」

「そうです、そうです。転生した安珍さまの魂を未だにとらえられない私への当て付けですか!」

「わーん月見~。妹とメル友が冷たいから慰めて~。」

 

ぷんすこと怒る玉藻と清姫だったが、美穂はそれを口実に月見に甘えようとする。月見も月見で無表情で寄りかかって来た美穂の頭を撫でている。計画的犯行が成功した美穂はそのまますりすりと月見に頭を擦り付け始めた。これには流石に月見も止めに入る。

 

「美穂、これから料理教室だからね?ほら、早くちゃんと立って。」

「むぅ……まぁ、いいや月見成分は補給出来たし。」

「………一体私は何を見せられてるのでしょう。」

 

玉藻はとてもげんなりしている。リア充が目の前でイチャついている非リアとは大抵そんな反応である。するとその流れを断ち切るように清姫が声をあげる。

 

「さぁ、そんなことよりも!早く準備をいたしましょう!」

「えぇ、分かりましたけど……美穂姉様、彼女なんでこんなにやる気満々なんです?」

「あー……うん、この前ね……

 

 

 

ほわんほわんみほみほ~

 

 

 

一週間前

 

 

「「胃袋の掴み方」?なぜそんな事を聞くんです?貴女結構料理出来ましたよね?」

『いいえ、現状に満足しているようじゃいざという時に安珍さまを堂々とお出迎え出来ません!何か方法を考えて頂けませんか!』

「うぅん………つまりは更に料理の腕を上げていつか現れるであろう想い人の胃袋を掴みたいと……。」

『そうですそうです!』

「ふむ…………………でしたら今度あるヘルズ・キッチンに予約してみては?その料理教室なら他よりも実践的に学べますし、成長すると思いますよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ってことがあったの。」

「なんなんですか今の効果音……というかもしや美穂姉様、清姫さんにここの詳細を伝えてないのでは?」

「あ、やっぱりまずかった?」

 

てへ、と可愛く舌を出す美穂とは対照的に玉藻は口角をひくひく震えさせながら隣でやる気に満ち溢れている清姫に尋ねる。

 

「あのぉ…清姫さん?ここの教育方針はご存知ですか?」

「?いえ、知りませんが。どうかなさいました?」

「実はここ「はーい、じゃあ早速始めるでちよ~。」あ、やっべ。」

「ちょっと??そんなところで止められたら気になるんですが?」

 

無慈悲にも紅閻魔が料理教室を始めてしまい、聞く事が出来なかった清姫は悶々としながら声の聞こえた方へ体を向ける。そこには教師用の調理台の側で話す紅閻魔がいた。しかし一つ違和感がある。

 

「………なんなんでしょうあの紐?」

 

紅閻魔の隣には何処かに繋がっているであろう紐が垂れ下がっていた。一人首をかしげる清姫だったが、不意に周囲の受講生達の様子が少しおかしい事に気がつく。肩を回し、深く伸脚をして手首を解す。どう考えても料理より激しい何かをする準備運動にしか見えない。

 

「え?……え?」

「今回は初めての人もいるらちいでちゅので全員初心に戻って復習していくでち。」

 

その言葉と共に紅閻魔は隣の紐を掴む。その瞬間、受講したことのある生徒は緊張した面持ちになる。清姫をはじめとした初参加者は置いてけぼりである。

 

「というわけで、食われる側の気持ちになってこいでち。」グイッ

 

 

パカッ

 

 

 

 

紅閻魔が紐を引いた瞬間、その場にいた受講生達の足元が開いて全員が落ちた。




この作品の玉藻さんはfateの設定である「天照の転生体」です。妲己が生まれる所で天照の魂が入って来た形になり、その後地獄に来た際に別れたため、妲己と玉藻がそれぞれ存在しています。要は死んだことで妲己の中から玉藻(天照)が出て天照として実体化したため、両方とも存在しています。しかし本人は天照ではなく玉藻として生活しています。よくわからなかったらまたコメント下さいませ。
きよひーは美穂さんともメル友です。時折「好きな人を自分の元に縛りつけて離さない方法」について美穂さんに相談してます。


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料理日記二頁目

皆様のおかげで先日UAが10万を突破致しました。本当にありがとうございます!これからも月見さんをお願いします。



かなり貴重なツッコミになる清姫はここにいますよ。





「きゃあッ!?」

 

いきなり空中へ投げ出された事に驚きが隠せない清姫。周りも暗闇で状況の把握も出来ない事も混乱に更に拍車をかけている。しばらく落ちていると、次第に周囲が明るくなっていることに気がつく。それに伴って下を見た清姫は盛大に頬をひきつらせる。

 

「なるほど………これは玉藻さんがあんな動揺してたのも納得ですね。」

 

眼前には段々と迫る見渡す限りの大自然があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほっ、よっと。」

 

清姫とは少し離れた場所にて、月見は木を利用して器用に落下速度を殺して行き、最終的には巨大な森の中ににしっかりと着地した。

 

「まさか狩猟から始まるとは………取り敢えずどうしましょう。」

 

そう言って月見は来ていたエプロンを小さく折り畳むとポーチの中へ収納した。明らかに体積が合ってないが、今さらである。その後適当な木に登って周囲を確認する。

 

「ふむ、取り敢えずは大人しくここら辺の木の実やキノコを集めますかね。」

 

辺り一面に木が大量に生い茂っており、地面はほとんど見えない。少し遠くには山も見えた。月見は再び地面に降りると、周囲の散策を始める。豊かな自然に囲まれてはいるが、月見は気を緩める事なく歩みを進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………いた。」

 

数分後、月見は木の上である一点を見つめていた。目線の先には一匹の猪がフゴフゴと鳴きながら何かを食べている。そこまでは山や森では普通の事である。しかしその光景を普通であると断じるにはおかしい点が幾つかある。

 

 

 

ドスン   ドスン

 

「何をしたらあんな大きくなるんでしょう?」

 

サイズが明らかにおかしい(・・・・・・・・・・・・)。通常、猪は体長140cm程大きくても170cm位だが、目の前にいる猪は少なくとも5mはある。その上、食べているものがその巨大な猪が倒したであろう木だ。周りに他の動物血が散乱しているのため、食後のデザート感覚なのだろう。月見がしばらく大人しく観察していると、満足した猪がその場から離れた。見えなくなった後、月見はその食事現場に近づくと、その場にしゃがみこむ。

 

「えーっと、残っているものからしてここらにいるのは、鹿や………あと鳥ですかね。捕まえて仕留めましょう。鴨が居ればいいんですけど。」

 

地面に散らばった骨や臓物で生息する動物を特定する月見は、しばらくの間その場で色々と考え始める。

 

「あとは……そうですね、軽く調理出来る山菜も探しましょう。ふきのとうにタラの芽、わらびも………お腹空いたなぁ。」

 

そう言ってうさみみをへにょんと萎れさせる月見。表情こそ変わらないものの、纏う雰囲気から若干悲しそうなのがひしひしと伝わる。そんな中、月見の背後から一匹の動物が近づいて来た。

 

「シャー」

 

蛇である。どうやら縮こまった月見を少し大きめの兎だと思い、狙っているようだ。大体間違っていないのがなんともおかしな話だ。蛇は静かにするすると体をくねらせて月見の近くまで来る。此方に見向きもしない月見を隙だらけと認識した蛇は口を大きく開き、そのまま月見に噛みつこうとする。

 

 

 

 

ガシッ

 

「!?」

 

しかしその蛇の目の前にいる兎は被食者ではない。月見は振り向きもせず右手で蛇の頭を鷲掴み、口を閉じさせる。そのまま月見は目の前まで蛇を持ってくる。

 

「…………………。」

「…………………。」ダラダラダラダラ

 

無言で見つめてくる月見から放たれるプレッシャーに心の冷や汗が止まらない蛇。しかし、しっかりと握り込まれているため逃げることは出来ない。

 

「そういえば……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇の肉って鶏肉みたいでおいしいんでしたっけ?」

 

月見の口の端から少しよだれが垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっもっもっもっ

 

「………………おいひぃ。」

 

30分後、焚き火の側でこんがりと焼けた串焼き蛇を三角座りで頬張る月見。隣には周辺で集めた山菜が積まれていた。するとそこに近づく巨大な影があった。音に気がついた月見が串焼きを咥えながら振り向くと、影の主が現れる。

 

「おや、月見さんでしたか。」

「あ、鬼灯様(ふぉうふひふぁま)。」

 

そこには巨大な物体を背負った鬼灯がいた。

 

「んぐっ………どうして此方に?」

「そりゃあこんな山の中で焚き火なんてしたら目立つに決まってるでしょうに。取り敢えず来てみただけですよ。」

「そうですか。」

「そうですよ。」

 

そう言って鬼灯は背負っていた物体を隣に降ろす。よくよく見ると、先程見送った巨大猪だった。見事なまでに狩られている。

 

「持ち運びが面倒そうだったので止めましたけど、鬼灯様が狩りましたか。」

「えぇ、こっちに突進で突っ込んで来たので受け止めてから殴って仕留めました。」

 

猪をしげしげと見つめる月見の横で手首や肩を解す鬼灯は、ふと月見に問いかける。

 

「そういえば美穂さんはご一緒では無いんですね。」

「えぇ、落とされる前までは隣に居たんですが、恐らく紅さんがばらばらになるように飛ばしたんだと思いますよ。ここに飛ばされてから未だに鬼灯様以外の方と会ってませんから。」

「あの方はそこら辺も考えてますから。簡単に他の参加者と協力させないようにしてガチのサバイバルを一人でしなくてはいけない状況を作り出して、「食」への気構えから変えさせるのが目的だとお聞きしましたよ。」

「八大地獄と鬼灯様が評されるレベルなだけありますね。紅さんの料理に対する情熱は。」

「とても素晴らしい事ではありませんか。私も見習いたい事です。」

 

そう言って鬼灯は何処からかナイフを取り出して猪の血抜きと解体をその場で始めた。

 

「手伝いましょうか?」

「えぇ、お願いします。こういうのはさっさと終わらせるに限りますから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!………ハァッ!」

「大丈夫ですか?」

 

ところ変わって清姫は、月見とは山を挟んで反対側の森の中で息を切らして膝をついていた。隣には心配そうな美穂がしゃがみこんで顔色を確認している。

 

「………ふぅ、もう大丈夫です、ご心配をお掛けしました。」

「まさか西洋の竜がいるなんて……。ごめんなさい、私がもう少し細かく説明していたら心構えが出来ていたかも知れなかったのに……。」

「お気になさらないで下さい、どっちみちこうなるのは確定だったんですよね?」

「はい、幻術による1ヶ月サバイバル生活は紅ちゃん先生のヘルズ・キッチンの一番最初の授業ですから。」

「そうですか………1ヶ月!?」

 

ガバッと上げられた清姫の顔には驚愕がありありと浮かんでいる。しかし美穂は顔色一つ変えずに話を続ける。

 

「えぇ、あくまでも幻術なので現実では一分ほどですが。かなり曖昧な場所に建てられている旅館なので、こういうことも可能なんですよね。」

「まぁ、そうなのですか……。」

「まぁこの術式開発したの私なんですけど。」

「貴女のせいじゃないですか!?」

 

ケロッとした顔でとんでもないことを口に出した美穂は清姫に肩を掴まれ、ブンブンと前後に揺らされ始める。

 

「いや私もこういう使い方されるとは思ってなかったんですぅ!」

「だまらっしゃい!」

「ホントですって!現に私が開発したのは「対象を幻術に引きずり込む術式(紅ちゃん専用)」なのでここまで規模を大きくされるのも使われる理由も予想外なんですよ!」

 

必死の説得で取り敢えず釈放される美穂だった。




今の段階では安珍枠に該当する人物が身近にいないため、かなり狂化の度合いが低くなっています。正直、きよひーは元はかなりの清楚系だと思ってます。ただ、愛が止まらなかったせいで思わず焼いちゃっただけなのだと。うん、安珍が悪い。





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料理日記三頁目

どうしよう、料理ってタイトルなのに未だにちゃんと料理したの月見さんが捕まえた蛇の串焼きだけだ……。

というわけで、今回はしっかりと料理します。




それではどうぞ。


「それにしても……これホントに幻術なんですか?質感がリアルすぎてそうは思えないんですけど。」

「まぁ、幻術よりも催眠術に近いものですからね。」

「そうそう、ようは夢を見ているだけですよ。」

 

閻魔亭のキッチンから落とされて一週間、美穂と清姫、途中で合流した玉藻は落ちた場所の近くにあった洞窟で身を休めていた。

 

「だとしてもかなり高度ですよね。」

「それはまぁ、美穂姉様ですので。」

「?美穂さんってそんなすごいんですか?」

「いやぁ、私はただの一途な狐ですよ。」

 

美穂は頬を掻いて誤魔化そうとするが、玉藻はジト目で美穂を見ている。

 

「下手すれば日本の神々を真っ正面から蹂躙できる方が何をおっしゃってるんですか。」

「へ?」

「やだなぁ、たまちゃん。やったことも無い事を事実みたいに言わないでよ~。」

「否定してませんよね?」

「………………。」ニコッ

 

優しく笑う美穂だったが、何も言わないため威圧感がある。事実、隣にいた清姫が少し玉藻の方に寄った。

 

「えぇっと……ガチなんですか?」

「さぁ、どうでしょう?」

「天照としての立場から明言しましょう。美穂姉様は太陽神()を一方的に殴り倒せる位の実力者です。」

「も~そんな私を化物みたいに言っちゃう頭はこうしちゃうぞ~。」

 

ガシッ

 

笑いながら美穂は玉藻の頭を右手で鷲掴む。そこまでの動作は流れるようで無駄がなく、目の前で見ていた清姫が思わず拍手してしまうぐらいに洗練されていた。しかし、次の瞬間掴まれた玉藻の頭から骨が軋む音が聞こえて来る。

 

グギギギギギギギギギ

「ちょっと美穂姉様ぁっ!?力、力緩めてくださいまし!このままだと私の可愛い頭がR―18G状態になってしまいますぅっ!?」

「えぇ~どうしよっかなぁ?」

「謝ります!謝りますからっ!お慈悲、お慈悲プリーズゥッ!?」

 

玉藻は美穂の腕を掴んで抵抗するも、手が玉藻の頭から離れる気配は一切無い。しばらくして、空中に宙ぶらりん状態になってピクリとも動かなくなった玉藻に満足したのかそのまま手を離す美穂だった。

 

「ぐへぇっ!?」

「玉藻さん、大丈夫ですか?」

「心配してくださるのは……嬉しいのですが……出来れば止めて欲しかったですぅ…………。」

「箱入り娘にそんなこと出来かねます。」

 

優しいのかよくわからない清姫の言葉を聞いたのち、なんとか気力で起き上がっていた玉藻は地面に倒れ込む。それを見届けた美穂はそのまま踵を返して洞窟の外へ歩きだした。

 

「あら、どちらへ?」

「食材捕獲してきます。その子、見といて貰えますか?」

 

そう言って美穂は森の中に入って行った。

 

 

 

 

 

 

「あと月見成分の補給もしなくっちゃね♥️アッハハハハ♥️」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」ゾクッ

「どうしましたか月見さん。」

「いえ……何でもないです……………そろそろ美穂が我慢出来なくなる頃かなぁ。

 

突然の寒気に思わずうさみみがピンと立つ月見。原因の究明が速い上、ほぼほぼ合っているのは流石だと言えるが、回避が不可能であることも分かっているため肩を落としている。

 

「まぁいいです。取り敢えずこの猪の燻製をさっさと使いましょうか。」

「そうですね、今日はどうやって食べます?」

 

鬼灯の見つめる先には大量の燻製肉が葉っぱ等で作ったシートの上に置かれていた。サバイバル初日に鬼灯が狩った巨大な猪の肉なのだろう。しかしその猪のサイズと比べると明らかに量が3/1ほどになっている。

 

「近くに川があったから魚も採れて良かったです。ついでに岩塩もありましたし。」

「えぇ、おかげで貯蔵用の猪肉をあまり消費せずに済みました。」

 

どうやら無くなった部分は一週間で食べきったようだった。他の食材をメインにしている辺り、本来ならとっくに食べきっている量らしい。

 

「ふむ、山菜もありますし、スープにでもしますかね。」

 

そう言って月見はポーチから一枚の鉄板を取り出す。そして鬼灯がそれを受けとると、

 

「こんな感じですかね。」グニュ

 

真ん中が器のような形になるように折り曲げる。やがて鉄板は少し歪な鍋のような形になり、鬼灯はついでに取っ手の部分を木で作り始めた。

 

「即席にしては上出来な方ですね。月見さんが山菜を採ってくる前にこれ(燻製肉)を切り分けて置きましょうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む?」クンクン

 

山菜を鬼灯作の籠にぶちこみながら散策する月見だったが、とある地点で立ち止まり、そのまま目を閉じて鼻に意識を集中させる。

 

「えぇっと……ここかな?」

 

そう言って月見は一本の松の根元に近づいて覗き込む。そこには松茸の傘が落ち葉等を押し退けて飛び出していた。

 

「わぁ、今日のご飯は少し豪華になりますね。」

 

完全なる無表情だが、頭のうさみみはブンブンと激しく揺れている。先端の青い炎の軌跡で円が見える程だ。松茸を採取した月見はそのまま籠に入れると周囲の散策に戻る。

 

「それにしても相変わらず不思議な所ですね。まさか一週間で季節が変わる(・・・・・・・・・・)とは。」

 

月見の言葉の通り、閻魔亭から落ちて来た時には青々しかった山や森の木々は既に見事な紅葉となっている。ただ超が付く近眼である月見が景色を楽しむことは無く、足取り軽くその場を去ろうとした

 

 

 

 

 

 

 

 

「見イツケタ♥️」

「まっ!?」

 

が、その瞬間に何処かから現れた美穂に後ろから抱きつかれ、変な声が出る。

 

「み、美穂…居るなら声かけて欲しかったんだけど……。」

「ん~?月見の事だから私達が反対側に居るのは気づいてたんでしょ?」

「いやまぁそうだけど……。」

「松茸に興奮して私に気づかない月見も可愛かったなぁ。」

 

そう言って美穂はブンブンと尻尾を振って月見に抱きつく力を更に強める。少し恥ずかしがった月見は頬を膨らませた。

 

「むぅ……これあげないもん。」

「大丈夫だよ?山菜を採りに来たけど別に月見から強奪する気は更々無いから。だぁけぇどぉ~。」

 

籠を抱える月見に対し、美穂は力を少し緩めるとそのまま右手を月見の着ている服の中に入れてまさぐり始めた。驚いた月見はそのまま籠を落としてしまった。

 

「美穂、どうs「アァッ、モウガマンデキナイィ♥️」うにゃッ!?」

 

後ろに振り向こうとした月見だったが、美穂の力に勝てずそのまま落ち葉の広がる地面に倒されてしまう。幸いダメージなどは無かったが、周りは既に美穂の結界が張り巡らされていた。いつの間にか月見の下には紙で出来たマットのような物があり、嫌な予感がした月見は即座に立ち上がろうとした。

 

「だぁめ、大人しくしましょ?」

「あっ…。」

 

しかし暴走した美穂がそれを許す筈もなく、月見はなす術なく美穂に馬乗りされてしまった。最早月見は弱々しい声を出すしかないのである。

 

「美穂、ダメ、ここ外。」

「別に良いでしょ?幻術の中の夢なんだから。」

「で、でも「そ・れ・にぃ」ひうっ!?」

「月見だって溜まってるんでしょ?」

 

美穂は自分の着物を脱ぎながら月見の衣服も脱がし始め、露になった肌をいやらしくなぞる。所々に火傷はあるものの、それも月見の艶かしさを引き立てている。顔は少し火照っており、何処か期待しているような目を美穂に向けている。完全なる据え膳である。

 

「………………。」

「大丈夫、この結界の中だけ時間速めてるから1日ヤっても外では10分位だから。」

「………………………ん。」

 

月見は抵抗しなくなった。どうやら理性が負けたようだ。美穂は待ってましたと言わんばかりに獣のように月見を襲い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼灯様、ご無沙汰しております。」

「おや、美穂さん。閻魔亭で落とされて以来ですね…………………月見さんがなぜそんなぐったりしているかは聞かないで置きます。」

「ふふふ。」

 

数時間後、鬼灯が猪の燻製を細かく切って串焼きの準備をしている所に月見と籠を抱えた美穂がやって来た。抱えられている月見はぐったりとしているが時折ビクンと反応している。

 

「そういえば、私以外にも玉藻ちゃんや清姫さんもいますよ。向こうの洞窟ですけど。もしよろしければ来ますか?」

「ふむ、季節の変わり方を見るにもうすぐ冬でしょうし、寒さをしのぐ場所は必要ですからね。ご迷惑でなければ。」

「じゃあさっさとその肉を運んでしまいましょうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うわけで簡易的なスープを作りましょう。」

「美穂姉様、何がどういう訳でそういう結論に至ったかちゃんと説明してくださいまし。」

 

その夜、美穂達が拠点にしていた洞窟の前で焚き火をする一行。材料さえあれば自由に形を変えられる美穂のおかげで調理器具はほぼほぼ揃っている。

 

「いやぁ、さっき月見とヤっゲフンゲフン……運動してたら月見がバテちゃってね?しばらく起きそうにないから栄養が付くものでも作ろうかなって。」

「月見兄様が時々声を漏らしながら体を震わせてる時点でナニやったのか察してるんで誤魔化しは効きませんよ?というか外で何やられてるんですか。」

「何って………ナニ?」

 

ツヤッツヤの美穂はニコーと笑いながら目の前の山菜とキノコに向き直る。下にはまな板、手には包丁、両方とも美穂が術式で作り出した物である。

 

「まずは洗った松茸の石づきを落としてと。」

 

そう言って美穂は慣れた手付きで松茸を適度な薄さに切っていく。隣では玉藻が焚き火を使って鍋(鬼灯製)で山菜のアク抜きをしている。美穂にあれこれ言いながらも手際よく作業している辺り、かなり慣れているようだ。隣で観察している清姫も感嘆の声を漏らす。

 

「このような環境でも……やはり慣れている方は違いますね。」

「勘違いしないで欲しいのですが、こういうのが出来るのはあくまでも「紅先生の教育を受けた方」に限りますからね?」

「あら、そうなんですか?」

「紅先生はかなりのスパルタですから。普段の教室でも少しでも間違うとここに落として食材を自分で狩らせるんですよ。嫌でもサバイバルが身に付きます。」

「おかげでてんで何も出来なかったたまちゃんの料理が上達したけど、あの子に頭が上がらなくなったもんね。」

 

ため息をつきながら山菜をざるにあげる玉藻に対してカラカラと笑う美穂。既に食材は切り終えたようで、手には少し大きな鍋が握られている。

 

「所で鬼灯様は何処へ?先程まで近くにいましたよね?」

「あぁ、鬼灯様なら……。」

 

美穂は清姫の言葉に対してとある方向を指差す。そこには新しく狩ったのであろう数羽の鳥を木を血抜きしている鬼灯がいた。

 

「鳥の骨で出汁をとった方が楽だろうとの考えで近くの野鳥を狩って来て貰いました。あ、清姫さん取りに行って貰えますか?」

「あ、はい、分かりました。」

「その必要は無いですよ。もう終わりましたから。」

 

いつの間にか近づいていた鬼灯が解体した鳥から引き抜いた骨を美穂の持っている鍋にぶちこんだ。

 

「おや、仕事が速いですね。本業(拷問)の賜物ですか?」

「えぇ、そうとも言えますね。よく亡者から骨を引き抜いてますが、それに比べれば簡単でしたよ。」

 

鬼灯はついでに持ってきた鳥の肉をまな板の上に置くと、美穂の方に目線を向けた。

 

「取り敢えず私が引き継ぐので貴女は月見さんのそばにでも居てください。」

「はーい。」

 

美穂が洞窟で休ませている月見の元へ向かった後、鬼灯は解体した野鳥といつの間にか用意していた猪の燻製肉で出汁をとり始める。

 

「美穂姉様を向かわせて良いんですか?」

「問題無いですよ、流石に満足してるでしょうし。」

 

そう言って鬼灯は焚き火で串に刺した燻製肉を炙り始めた。




月見さんは割りと腹ペコ属性寄りです。自分で料理して自分で食べる人です。


美穂さんの時間関係の結界は強力な代わりに、「自分も効果を受けなくてはならない」という制約があります。そのためザ・ワールド的な事は出来ません。あと尋常じゃない量の力を使うのであまり使いたがりません。今回は夢の中という特殊な条件で好き勝手しているだけです。


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料理日記四頁目

結構時間が飛びます。というかサバイバルは前回で終わりですね。

紅ちゃん先生のお料理教室、はっじまっるよ~。




「………………………はっ!?」

 

突然、清姫の意識が覚醒する。慌てた様子で周りを見回すが、そこにあるのは一番最初に立っていた閻魔亭のキッチンで、先程まで見ていた沢山の自然は何処にも見当たらない。周囲の受講生達も概ね似たような反応をしている。

 

「やっと帰って来れました。相変わらず精神的に疲れますねこれ。」

「あ、あの月見さん美穂さん。これは一体?」

「幻術での指導が終わって目覚めたんです。これから料理の技術指導が始まるので早く準備しておいた方がいいですよ?」

「これから!?」

「?だってこれ料理教室ですよ?それにほら。」

 

そう言って美穂は厨房にある時計を指差す。時計の針は自然の中に落とされた時から殆ど進んでいない。

 

「時間ならまだまだ沢山ありますから。」

「……嘘ですよね?」

「諦めてください、これが紅先生のヘルズ・キッチンです。」

 

呆然としている清姫の肩をポンと慰めるように叩く玉藻。その目は優しさに溢れていた。

 

「じゃ、早速始めるでち。初参加の人はこっちの等活地獄コースの調理台に並んでほしいでち。」

 

しかし、そんな事も気にせず紅閻魔は受講生達の組分けをしていく。なんとか立ち直った清姫もとぼとぼとその組の方へ歩いて行った。

 

「………あら?なんだか人数が少なくなっているような?」

「どうしたんでちか?」

 

移動する途中、違和感を感じた清姫が言葉を漏らすとそれを聞き取った紅閻魔が近くに寄って来た。

 

「いえ、なんというか……最初にいた方の中で見当たらない人が何人か居るように感じたのですけど…。」

「あぁ、その事でちか、別に心配しなくて大丈夫でちよ。今は別室にいるでち。」

「は、はぁ。」

 

あっけらかんと言う紅閻魔に対して清姫は戸惑いを隠せない様子である。その様子を見た紅閻魔は首をかしげながら清姫に尋ねた。

 

「何か気になる事でもあるでち?」

「……あの、なぜその方達は別室に?」

「?そんなの

 

 

 

 

 

 

 

 

幻術の中で重傷負って、連動して現実でぶっ倒れたからに決まってるでち。」

「へ?」

「不合格だから目が覚め次第叩き出すように雀達に伝えているでちからお前様は自分の事に集中するといいでち。」

「アッハイ。」

 

最早スルーが一番精神衛生的に良いと判断した清姫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先ずはお前たちの料理の腕から見るでち。目の前にある包丁とまな板を使って胡瓜を薄切りにしていくでちよ。あちきの手本を良く見ておくでち。」

 

そう言って紅閻魔は自ら調理台の前に立ち、着物の袖をまくる。水道で水洗いした胡瓜をまな板の上に置くと、側にあった包丁を手に取る。その瞬間、

 

 

ダラララララララララララララララララララララララララララララ

 

 

とんでもない速さで胡瓜が刻まれ始めた。最早速すぎて包丁の残像が残るレベルである。長さ20cm程あった胡瓜は全て透き通る位の薄さにカットされて、隣の皿に盛られていた。周囲で見ていた受講生達は清姫も含め、呆然としている。

 

「と、まぁこんなもんでち。当然入ったばかりのお前様達にこれを求める気は更々ないでちが、少なくとも今の長さの胡瓜を全て1mm以内の薄さで切れるようにはちていくでち。」

 

紅閻魔は当然かのように言葉を紡ぐ。

 

これが出来て当然(・・・・・・・・)レベルにまで達ちないとこの等活地獄コースを合格出来ないと思っておくでちよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こらちょこッ!握り絞めすぎでちッ!もっと自然に持たないと切る物が潰れるでち!」

「ハイ!スイマセンッ!」

「謝る暇があったら早く直すでち!…そっちのお前様は切り方がなってないでち!包丁は引いて切るものだと何度言ったら分かるでちかッ!」

「分かりました先生ッ!」

 

開始30分、早くも初参加者達の額には汗が浮き出てきた。それもそのはず、先程の手本を見せられてから一度も休憩を挟まずにひたすら野菜を切っているのだ。少しでも止めれば紅閻魔から叱責が飛んでくるため、サボる事も出来ない。まさに地獄である。

 

「一旦止めッ!」

 

紅閻魔のその言葉に受講生達の手が止まる。少し戸惑う受講生をスルーして紅閻魔は一人一人の切った野菜の確認を行う。

 

「……だめでち、薄さがまだ全然足りないでち。もう少し丁寧にやるでち。こっちはバラバラ過ぎるでち。これでは調理ちた時に味にばらつきが出てバランスが可笑しくなるでち。」

 

一切妥協しない評価である。しばらくその状態が続いたが、やがて手をパンと叩いて目線を集める。

 

「取り敢えず、これから20分位休憩でち。次は調味料について教えるので、しっかりと腕を休ませておくでちよ。」

 

そう言って紅閻魔は別の調理台の方へ向かって行った。その場に立っていた受講生達は、へなへなと地面に座り込む。無論、清姫も例外では無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~…………あら?」

 

清姫が一息ついていた最中、隣の調理台から紅閻魔の叱責が聞こえてきた。反射的にそちらを見ると、衆合地獄コースを受けている玉藻や、大叫喚地獄コースを受ける月見と美穂が紅閻魔に叱られながらも料理をしていた。

 

「なにやってるでちか!それだと旨味も一緒にとんで行くと教えたでち!」

「ひゃいッ!すいません!」

「分かったんならさっさとそれを仕上げるでち!そしたら一からやり直しでち!」

「えぇッ!?そんなぁッ!?」

 

 

 

 

「だからその野菜を入れるのは今じゃないでち!今入れるとその野菜から出る水分で味が薄まるのが分かんないでちか!完璧に仕上げたいならあともう一煮立ちさせてからでち!」

「はいッ!」

「まだ修正が効く範囲でちからちゃっちゃと調整するでち!きちんと後で確認するのでちから半端な物を出すんじゃないでちよ!」

 

 

 

 

「火の通りが少し強いでち!頭の炎は飾りでちか!」

「すいません。」

「いいでちか!?この料理は焼くんじゃなくて炙るんでち!少しでも火が通り過ぎていたら元々の食材の本来の味が台無しになるでち!そこに一秒の狂いも出さないつもりでやらなければ出来ないんでちからちゃんと考えるでち!」

 

 

 

 

 

 

「なんという……あの方々に一歩も引かないどころか一方的に叱りつけている……。」

「料理に対する情熱で彼女に勝てる者は私は知りませんからね。相手が例え神であっても紅さんが引く事はありませんよ。」

「あら鬼灯様、何故こちらに?それに………。」

 

清姫は隣に立つ鬼灯の手に持つ物を見る。

 

「……………なんですかそれ?」

「最近ここらで捕れる生き物ですよ。確かゲイザーと呼ばれる生物だった筈です。」

 

そこには一つ目で触手を持ったモンスターがいた。ピクリとも動かない辺り、確実に仕留められているようだ。

 

「食べれるんですか?」

「えぇ、私に課された課題がこのゲイザーの調理なので。」

 

そう言って鬼灯は調理台の方へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「力で脚を引き抜こうとするんじゃないでち!そんなことしたら千切れた断面から食材がダメになっていくでち!」

「イエスッ、マムッ!」

 

 

 

 

 

「逆に丁寧にしすぎでち!他の参加者達より速いのはいいでちが、それじゃまだまだ足りないでちよ!胴体の処理は臭みが出る前に手早く済ませるでち!」

「イエスッ、マムッ!」

 

 

 

 

 

「だから力でやるなと言ってるでちょうこのお馬鹿様ッ~!ゲイザーの角膜は高級食材でちが、その分熱に弱いと言ったでちッ!そんな手でひっぺがしたりしたらすぐダメになるでちッ!」

「イエスッ、マムッ!」

 

 

 

 

「よしッ盛り付け終わりまちたねッ!ただ及第点に届いてないからやり直しでち!それじゃあもう一匹捕ってくるでちッ!」

 

グイッ   ガコン

 

「イエスッ、マムッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………なんですかあれ。」

「焦熱地獄コースの序盤ですよ清姫さん。」

 

鬼灯がいた所の床を呆然と眺めている清姫に一足先に課題の及第点を貰えた月見が話しかける。額には汗が浮かんでおり、心なしか月見の無表情もつらそうに見える。

 

「あら月見さん、お疲れ様です……序盤?」

「はい、僕らはまだ大叫喚地獄コースなのでここにいますが、焦熱地獄コースからは自分で食材を捕ってくる事になってるんです。なので捕り方も工夫しないと容赦なくやり直しになりますよ。今紅先生が引いたのは転移の術式の物なので、鬼灯様は恐らく裏山に飛ばされましたね。」

「えぇ………。」




公式設定で、紅閻魔のヘルズ・キッチンは八大地獄になぞらえたコースがあると書かれていたので採用しております。

作中で月見さん達がそれぞれ作っているのは、玉藻さんが筑前煮、美穂さんが肉じゃが、月見さんが鰹の叩きです。



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料理日記五頁目

遅くなってしまった(白目)

申し訳ありませんでした。今回で料理編は一応終わりです。何か題材にして欲しい事があれば活動報告で募集しているので気軽にご意見を述べてください。出来る限り努力します。

あと、別の小説も執筆しているのでよろしければそちらもご覧頂けると嬉しいです。


それではどうぞ


「料理のさしすせそも言えない人がいた時はどうしようかと思いまちたが、飲み込みが速い方で助かったでち。」

「は、はい…………ありがとう…ございます………。」

 

一時間後、初参加の受講生達は死屍累々といった様子であった。全員が崩れ落ちており、まともに立っているのは紅閻魔のみである。

 

「まぁまだ基礎中の基礎でちが、今回はここまでにしておくでち。まだ向こうの受講生達は終わってないから見ていくといいでちよ。」

 

そう言って紅閻魔はてくてくと立ち去っていき、唯一なんとか体を起こせていた清姫も燃え尽きたように力無く倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼灯様、あれから何回かやり直したでちが今度は大丈夫でちょうね?」

「ええ、こちらです。」

 

そう言って鬼灯は皿に乗せたゲイザーの水晶体の刺身を見せる。紅閻魔は刺身の一つを箸でつまむとじっくりと見通すように検分し始める。暫くしたのち、今度はそのまま口の中に入れた。舌の上で細かく味わい、噛み心地から舌触り、飲み込んだ時の香りを全てを目を閉じて感じている。

 

(熱による肉質や香りの変化は無し……新鮮な物を臭いを発する前にしっかり下処理していることで鮮度も維持出来ている………。)

「取り敢えず、この水晶体の刺身は及第点でち。もう少し切り方に迷いが無くなったら一段上にいけるかもしれないでちね。」

「ありがとうございます。」

「次は焼き物でち。」

「はい、こちらです。」

 

次に鬼灯が差し出したのはゲイザーの足の串焼きだった。元の紫色ではなく、皮を剥いだ白い中身のみを取り出し、臭み抜きの為に牛乳に漬けてから焼いた物である。早速、紅閻魔はじっくりと吟味し始めた。

 

「ゲイザーの持つ独特の臭みがかなり抑えられてアクセントになるぐらいに留まっている点はいいでちよ。ただ、足と胴体を捌く所でどうしても力んでしまっているでちね。何時になったらその力加減をどうにかできるでちか?」

 

紅閻魔はジト目で鬼灯を見つめる。気まずくなったのか、鬼灯は真顔のままそっぽを向いた。

 

「…………まぁいいでち。それ以外の下処理は殆ど完璧でち。次は味でちが……。」

 

紅閻魔はゲイザーの足の串焼きを頬張ると、そのまま噛みきって目を閉じてしっかりと味わう。

 

(………噛みきれるがプリッとした食感を残したままの状態で火が通っている……鼻に通る匂いも良いと感じるレベルにまでなっている………だけど)

「皮を剥ぐときに少し身を削りすぎでち。折角の美味しい部分がもったいないでちよ。ちょっと残っている足を寄越すでち。」

 

そう言って紅閻魔は鬼灯から渡されたゲイザーの足と器具類を軽く水洗いすると、台に乗ってそのまま皮を剥ぐ作業に入る。

 

「まずは足の先を落とすでち。ここに関しては問題なく出来ていまちたね。」

 

先の緑色の部分を一回引くだけで切り落とした紅閻魔はそのまま皮と身の間に包丁を入れた。

 

「そこも全て包丁ですか?」

「いいや、単純な切れ込みでちよ。ただし、この切れ込みを間違えると連鎖的に他の身も持っていってしまうでちから、素手だけではごうとするのはオススメしないでち。」

 

鬼灯からの質問に答えながら手を動かす紅閻魔。切れ込みを入れたところに指を突っ込むとそのまま引っ張り、皮を一気に剥ぎ取る。裏返しになった足の皮を見ると、身の一つも付いていなかった。

 

「こうなるでち。皮が分厚い物は基本的にこうすればいいでちよ。」

「成る程。」

「取り敢えずギリギリ及第点に乗った位の出来でちね。今回は終わっていいでちよ。」

「ありがとうございます……あぁ、食材の補充は必要ですか?」

「そうでちねぇ、ちょうどジビエ肉が足りなくなってたでちから…………ーーーーでも狩ってきて欲しいでち。」

「了解しました。」

 

紅閻魔からひとまずの合格を貰った鬼灯は、ゆっくりとその場を離れ、そのまま閻魔亭の裏口の方に歩いて行く。それを手を振って見送った紅閻魔は意識を切り替えて別の受講生の元へてちてちと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んんっ!……はぁ、終わった~、お疲れ~。」

「包丁持ち続けせいで腕がプルプルしますねぇ………。」

「湿布要ります?」

「ありがとうございますぅ月見兄様~。」

 

少し時間が経った後、それぞれが課題を終わらせてようやく一息ついた受講生達が体をほぐしたり、荷物の整理をしていた。ぶっ倒れていた初参加者達も月見によって蘇生済みである。

 

「お疲れ様です皆さん。」

「あら、清姫さん。お体と精神は大丈夫ですか?」

「ええ、なんとか……月見さんの気付け薬がここまで効くとは。」

「月のうさぎ特性の気付け薬です。効果は勿論、臭いも対策して使いやすい物にしてますよ。」

「魔法とかが関わらない薬なら超が付くチートですからね月見兄様。」

「やろうと思えば魔女の谷の変身薬みたいなのは作れますよ?」

 

心なしか月見がどや顔になっている気がする。あくまで気がするだけで一切表情は変わっていない。そんなやり取りをしているところへ紅閻魔がてちてちと歩いて来た。

 

「お前様達、そこで何やってるでちか。さっさと広間に来るでち。けんぼちゃんと月見様と美穂様は他の受講生達の案内を頼むでち。」

「へ?」

「ああ、そうでしたね紅ちゃん、すぐ向かいます。」

「分かりました……皆様、荷物をまとめて下さい。今から終わりますので付いてきて下さい。」

「狐づかいの荒いスズメちゃんですねぇ、まぁ報酬があるのでいいですけど。」

 

呆ける清姫をよそに、三人は動き出した。そのまま、受講生達を連れて閻魔亭の廊下を歩いて行く。取り敢えず言う通りにしていた清姫は近くにいた玉藻を捕まえて話を聞き出す。

 

「あの、今から何処へ向かうんですか?」

「おや、知らされてませんでした?ご飯です。俗に言う賄い(・・)みたいな物ですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本日はお疲れ様だったでち。少し厳しくしたからその心と体を癒すために是非とも堪能して欲しいでちよ。」

 

大広間に用意されていた自分の席に座った受講生達にニコニコと可愛らしく笑いかけながら話す。

 

「今回のメニューは秋の味覚の炊き込みご飯に山菜とヤマメの天麩羅、そしてメインは先程鬼灯様に捕ってもらったジビエを使ったジビエ鍋でちよ。」

 

受講生達の目の前にはとても豪華な料理が並んでいた。艶のある茶色の飯の中には大きめの栗やほぐした秋刀魚の身、細かく刻んだ蒟蒻や油揚げが程よく混ざっている。天麩羅も見ただけで綺麗な衣がついており、サクサクとした食感があるのが感じられる。個人用になった小さな鍋には、よく汁を吸った白菜や長ネギ、豆腐が入っており、真ん中にはこれでもかと詰められた様々なジビエ肉が存在を主張していた。

 

「ジビエはそれぞれ鴨、猪、熊でち。猪の脂を落としてから調理してるでちから臭みが少なくて女性でも食べやすいとおもうでち。じゃあ全員手を合わせて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頂きまちゅ!」

「「「「「頂きます!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~!やっぱり紅ちゃんの料理は格別ですね。自分で作るのとはかなり違います。」

「お褒めに預かり光栄でちよ美穂様。」

 

紅閻魔が座る場所の近くにいる美穂の誉め言葉に、嬉しそうに笑う紅閻魔。近くには玉藻や清姫、月見もおり、それぞれ目の前の料理に舌鼓を打っている。

 

「相変わらず美味しいですねぇ。ここまで出来たら文句無しで合格できるんでしょうけど……先が遠いんですよね。」ズズッ

「すごいです…どうやったらこんな風に仕上がるんでしょう。」ザクザク

「…………。」モッモッモッモッ

 

食べながら感心している玉藻と清姫をよそに、向かい側の月見はとんでもないスピードで食べ進めていく。既に半分程無くなっていることに気がついた清姫は少し意外そうに目を丸くした。

 

「ええ……なんであんなお行儀よく食べているのにあんな減りが速いんですか……。明らかに量がおかしな事になってません?」

「清姫さん、そこら辺は余り気にしてはいけませんよ。「月見は食べる姿も可愛い。」それだけで十分じゃないですか?」

「ハイハイ、月見兄様ガチ勢は黙ってて下さい。」

 

うさみみをピコピコさせながら料理を食べ続ける月見を見て、顔をデロッデロに緩ませる美穂に突っ込みを入れる玉藻だった。一方で清姫は美穂をガン無視して辺りを見回している。それに気がついた月見は清姫に話しかけた。

 

「どうされました?」

「そういえば、鬼灯様が先程から見当たらないなと思いまして。」

「私はここですよ。」

 

月見の後ろから声が聞こえて来た。二人がそちらの方向を見ると、そこには見事な刺身の盛り合わせを抱えた鬼灯がいた。

 

「成る程、調理中でしたか。」

「ええ、山にジビエ肉を捕りに行ったついでにフナやアユ、あとニジマスとかも釣って来たんで自分用に捌いてたんですが………少し食べますか?」

「頂きますね。」

「えっと………大丈夫なんですか?お腹痛くなったりしません?」

 

清姫の顔には心配の表情がありありと浮かんでいる。しかし、鬼灯はいつもの仏頂面のまま答えた。

 

「あぁ、寄生虫についてですか。普通の川魚だったら大問題なんでしょうけど、清流に住む魚だったら寄生虫の数も少なく、比較的安全なんですよね。その上、ここら辺だと土地の影響もあるのか、寄生虫が湧きにくいんですよ。」

「所々神域みたいな場所ありますもんね。」

「水が湧く場所がまさしくそれなので、川の水自体悪影響のある物は近寄れないようになっているんだと思います。」

 

そう言いながら鬼灯は刺身の一部を別の皿に移して月見に渡した。ついでと言わんばかりに醤油を入れた小皿をもらった月見は早速刺身を食べる。

 

「…………。」ピコピコピコピコ

「味は問題無いようですね。」

 

心なしか目がキラキラと輝いている気がする月見を他所に、鬼灯は自分の席に座る。

 

「あ、鬼灯様、協力感謝するでちよ。」

「いえいえ、お気になさらず。」

「…………そういえば、鬼灯様?一つ気になっていた事があるのですが。」

 

今までのやり取りを傍観していた玉藻はずっと自分の中にあった疑問を鬼灯にぶつける。

 

「なんですか?」

「スズメちゃんと鬼灯様が知り合いなのはまぁ、閻魔大王関係と言うことで納得できるのですが、月見兄様と美穂姉様が知り合いになった経緯を知らないんですよね。」

「む、そう言えば言って無かったでちね。」

 

自分の分の料理を食べていた紅閻魔は自分の話題が出たところで一旦食器を置き、話に参加してきた。

 

「この閻魔亭を開く前、私はとある方の元で料理の修行をしていたんでちよ。」

「え、独学では無かったんですか?初耳ですよ。」

「流石に独学は無理でちよ。」

 

驚く玉藻を他所に、紅閻魔は話を続けた。

 

「それでまぁ、私が修行してた時にその方に料理を習い始めたのが美穂様なんでち。つまり私は美穂様の姉弟子そっからの縁で時々連絡を取り合うようになって……この閻魔亭の建設にも携わってもらったりしてるわけでちよ。月見様は鬼灯様から聞いていたのと美穂様からの紹介で知り合ったってかんじでちかね。」

 

懐かしむように目を閉じてウンウンとうなずいている紅閻魔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、スズメちゃんのお師匠様とは?」

「あぁ、樒さんですよ。」

「…………………ファッ!?




今更ですが、料理の上手さはこんな感じです。

樒≧紅閻魔>>鬼灯>>月見≧美穂>>玉藻>>清姫

ちなみにエミヤが入るとすれば、鬼灯様と同等位です。鬼灯様原作で大根の曼珠沙華作ってましたし、あの方とんでもなく器用なんですよね。料理好きですしおすし。

ちなみに清姫は獄卒として働いています。職場の同僚である瓜子姫とよくお茶をするぐらいには仲良しです。


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番外編 月見争奪戦

これは本編の千年ほど前のお話です。

かなりごちゃごちゃな上、戦闘描写が上手くいっているかも分からないのでそこら辺はご了承下さい




それでは、どうぞ。


「早く獄卒達を避難させてください!巻き込まれてからでは遅いです!亡者は地面や柱に釘などで打ち付けて動けないように拘束を!」

 

周りの鬼に指示を出していく鬼灯。珍しくかなり焦っている様子だった。

 

「鬼灯様!等活地獄、黒縄地獄の亡者の拘束及び全ての獄卒、従業動物達の避難完了しました!」

「状況は!」

「既に血の池辺りが半分壊滅状態です!近くの街の住人や獄卒は全て避難させていますが、いつこっちに飛び火するか分かりませんッ!」

「そうですか、でしたら残りの地獄の方に救援を向かわせて下さい!」

「はいッ!」

 

閻魔庁ではなく刑場の連絡通路を駆ける鬼灯は苛立たしげに顔を歪ませる。

 

「全く……よりにもよって何故この日に限って月見さんが居ないんですか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって地獄の一角、辺りは見るも無惨に荒れ果てており、元々あった血の池や、刑場の壁が見事に破壊されていた。その破壊痕のある地域の中心に、向かい合う二つの影があった。

 

「日本は温厚な国だと聞いていたが…………中々危険を伴う愉快な挨拶だな。私は単純に愛し子に会いに来ただけだと言うのに。」

「あまり喋らないでくださいます?貴方が存在するだけで虫酸が走ります。出来ることなら今すぐに死んでください。」

「ははっ、断る。貴様のような小娘に従う義理はない。」

 

片方は日本では見慣れないような装いの男で相対する人物を煽るように笑っている。もう片方は明らかな殺気を纏った赤色の着物姿の女性……美穂である。顔こそ笑っているものの、張り付けているものであると直ぐ様分かるような雰囲気である。

 

「それに貴方、月見に合ったらいかがなさるおつもりで?」

「連れて帰るに決まっているだろう?私の力を直接与えたお気に入りなんだ。」

「でしょうね。だったらなおのこと貴方をぶちのめさなくてはいけませんね。」

 

 

 

 

「はははははははははははは。」

「はははははははははははは。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっ殺すぞクソ老害。」

「やってみろ獣風情が。」

 

 

同時に表情を怒りに染めた二人は力を開放する。先程までの挨拶代わりの殴り合いの余波で既にボロボロだった周囲は完全に更地になった。男……帝釈天はその身に雷を纏うと右手を美穂の方に突きだす。

 

「小手調べだ、さっさと死ね。」

 

帝釈天の右手から巨体な光線が発射される。それを目視した美穂は瞬間的に片手を前に掲げると、その瞬間光線が美穂に直撃する。美穂を中心に砂煙が舞う。

 

「…………チッ、この程度ではいなされるだけか。」

「馬鹿にするのも大概にしろこのカス。」

 

言葉が返って来たのと同時に身体を反らす帝釈天。その直後、帝釈天の首があった高さに何かが通る。それと同時に切り裂かれたように晴れた煙の中には無傷の美穂が何かを振り抜いた姿勢をしていた。煙が完全に消え、手に持っている物が露になる。

 

「ほう?只の紙を硬質化させたか。前よりも腕前が上がっているようだな。」

 

憎悪に染まる表情の美穂が構えるのは沢山のお札が重なりあって出来た刀だった。着物の袖からパラパラと落ちてきたお札も自立するかのように美穂の周りに漂ったり、刀にさらに纏わりついて刀身を伸ばしていた。しばらく様子見が続くが、美穂が一歩踏み出した事で事態が進む。

 

「しッ!!」シュッ!!

「ふん!」ガインッ!!

 

常人では認識出来ない速度で振られた美穂の刀は、まるで当然であるかのように帝釈天の右手に持っていた金剛杵によって止められた。そのまま左手の剣で美穂を突き刺そうとする帝釈天だったが、ふと左手の動きが鈍い事に気がつく。チラリと一瞬見ると剣に先程の札が纏わりついていたのが見えた。舌打ちをしながらつばぜり合いをする帝釈天は前蹴りを美穂に食らわせる。美穂はそれに対応するかのように空いた手で防ごうとするが、衝撃に勝てずそのまま吹き飛ばされる。

 

「散開ッ!」

 

吹き飛ばされた美穂は身体を翻しながら叫ぶと、手に持っていた刀が一瞬でバラバラになり、一枚一枚が独立した札になる。

 

「拘束しろッ!!」

「ほう。」

 

美穂の号令と共に一斉に全ての札が帝釈天に殺到する。帝釈天が動く様子はなくそのまま球体の様な形になるまで集まった。それを見届けた美穂は両手を合わせる。

 

「炎乱嵐ィッ!!」

 

そのまま美穂が印を組むと、札まみれの帝釈天を中心に炎の竜巻が巻き上がる。半径20m程の巨大な物である。地獄の天井まで届きそうなその竜巻は全てを焼き尽くしそうなレベルの火力であることが遠目からでも分かる。しかし、

 

「効かんよッ!!」ブォンッ!!

「チッ、しぶとい。」

 

先程の砂煙のように帝釈天は自らに纏わりつく札と竜巻を腕を振るって掻き消した。そのまま踏み込み、今度は帝釈天が美穂に肉薄する。

 

「ははッ、やはり可笑しい奴だな貴様はッ!軍神である私に肉弾戦で抵抗できる奴は早々居ないぞッ!!」

「気持ち悪いから止めて貰える!?」

「自分の体に強化術式でもかけているのか!?その手腕は認めよう!だがなぁッ!」

 

拳や蹴りの衝撃波で周囲が荒れ地になっている中、帝釈天は腕を引き絞って解き放つ。

 

バゴンッ!!

「うぐあッ!?」

「経験が足りないな。」

 

モロに食らった美穂は近くの山まで吹っ飛ばされた。盛大に山に出来たクレーターの中心にいる美穂は頭から血を流しながら遠くにいる帝釈天を睨む。が、そこに帝釈天はいない。

 

「ッ!何処に「前だぞ?」ぐッ!?」

 

雷を纏いながら美穂の前まで移動していた帝釈天は続けざまに蹴りを何発も繰り出す。よくよく見ると、真っ直ぐ雷が通った後のように帯電している地面が見えるため殴った位置から走って来たのが分かる。美穂は対応して防ぐものの、段々と追い付かなくなり腹に一発入ってしまう。

 

「あがッ!?」

「さっさと……くたばれッ!」

 

その隙を突こうと帝釈天は力を込めた一撃を食らわせようと足を振り上げる。しかし美穂も負けじとその振り下ろされた足を腕を交差させて受け止める。

 

「こっちの……言葉よッ!

 

完全に勢いを止めた所でその足を掴みとる。万力のようなレベルで締め上げ、そのまま千切り捨てそうなほどだ。

 

「止めんかッ!」

「うるさいッ!」

 

拘束から逃れるために帝釈天が雷を放とうとした瞬間に美穂はそのまま掴んだ帝釈天を振り回し、そのまま跳んで地面に着地すると共に全力で地面に帝釈天を叩きつける。

 

「ぐッ!?」

「爆ぜろッ!」

 

続けざまに美穂は手の中に火を圧縮したような球体を作り出し、そのまま掌底打ちを食らわせる。球体が地面に倒れた帝釈天に触れた途端、とてつもない轟音と共に爆発した。爆破の衝撃も全て前側に一点集中するように調節されているため美穂にダメージはない。

 

「!あぶなッ!?」

 

しかし黒煙の中から殺気感じた美穂はその場から空中に飛んで逃げる。次の瞬間、美穂がいた場所も含めた半径20m程の範囲が雷によって消し飛んだ。煙が晴れた中心には、一部衣服がぼろぼろになっている帝釈天がいた。

 

「この小娘がぁッ……!」

 

最早最初の余裕など無く、完全にぶちギレている。体には常にかなりの電圧の雷が纏わりついており、普通の生物であれば触れた瞬間に消え去りそうだ。

 

「はッ!無様な姿がお似合いですよこの糞神。」

 

煽りながら獰猛な笑みを浮かべる美穂は、そのまま空中で何かを呟き始めた。それと同時に目を閉じた美穂からとてつもなく大きなオーラが出始める。

 

「……制限解除開始、第一段階…。」

 

何かが割れる音がする。美穂に生えていた尻尾が二本に増えた。

 

「………第三……………第七………………。」

 

美穂の言葉と共に尻尾の数が段々と増えてくる。

 

「最終段階解放……………完了ッ!」

 

言葉を紡ぎ終わった瞬間、より一層強い光が辺りを包む。光が止み、美穂の姿が見えた。

 

下手な神よりも美しく、光を発する金色の長髪。何にも染まることのない白い肌。そして、背後から覗く10本の尻尾。先程までの着物と変わってより神秘的な物になっていた。しかし、その目に宿るのは憎悪のみである。

 

「本気で殺す。」

 

腕を上に掲げる美穂。周囲には巨大な狐火が大量に出現し、やがて空を覆い尽くす程にまで広がる。

 

「延焼輪廻・天狐。」

 

そして美穂の腕が振り下ろされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辺り一帯が赤に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、こんな所でしょうか。」

「………なんとか間に合いましたか………。」

 

本気の美穂の一撃を遠くから観測していた鬼灯は深くため息をつく。周囲には疲労困憊でその場に倒れ付した獄卒が何人もいる。全員が美穂と帝釈天の喧嘩の余波の対処をしていたもの達だ。その中で腕で額の汗を拭う人間がいた。

 

「やはり神は規模が違いますね。まさかあの世に来たばかりなのにこんな事になるなんて。」

「すいません、地獄に観光に来ていた所をお呼び立てしてしまって。」

「私は仕事をこなしただけなのでお気になさらないでください。」

 

疲労の色は見えるものの涼しげな顔で遠くを見据えている男。その男に鬼灯は頭を下げる。

 

「貴方が結界を張ってくださらなかったらこちらまで余波が来ていた所でした。お礼は後日お届けしますよ、清明さん。」

「…………そうですね、では高級なお茶か何かで。」

 

そんな会話をしている最中、二人はこちらに向かって走って来る足音を耳に捉える。

 

「おや?何かあったのかな?」

「いや…これはおそらく………。」

 

清明が何か言おうとした瞬間、足音の主が二人のすぐ近くに止まる。少し肩を上下させ呼吸をしている。頭のうさみみもそれに合わせて揺れている。

 

「…………すいません、急いで戻って来ました。」

 

一切関わっていないのに争いの原因となった月見が桃源郷から帰って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………。」

 

宙に浮く美穂は眼下の火の海をじっと見据える。

 

「…………………………ッ!」

 

暫くその状況が続いたが、ふと美穂の目線の先が揺らいだ。瞬間、そこからとてつもない速度で何かが美穂に向かって飛んでくる。タイミングを合わせて腕を振り抜いて防いだ美穂は顔をしかめた。

 

「チッ、生きてたか。」

 

 

 

 

「いやはや、あの時から全く衰えて無いようだなあの小娘。」

 

火の海の中、帝釈天の周りだけが火の気の無い円が出来上がっていた。そこら辺にあった石に雷を纏わせ、軽く投げただけで雷と同じ速さで飛んでいく。

 

「だが、この程度で倒れる訳にはいかんな。月見を連れ帰るためにも。」

 

そう言うと帝釈天は軽い調子で地面を蹴るとそのまま宙に浮いて空に飛んでいった。

 

 

 

 

「よーく理解した、貴様がどれだけ私が嫌いなのかがな。」

「…………確かにあんた個人にも恨みはあるけど、一番の理由は私から月見を奪おうとする事なのよ。履き違えないでもらえる?」

「何を言う、あやつは私の力を受け継いだ私の眷属だぞ?」

「はっ、本人に許可も取らず力を与えて親面?あんたなんかよりしっかりと月見を保護して色んなことを学ばせてた月神様達の方がよっぽど親らしいわよ、反吐がでる。」

「…………不敬だな。」

「生憎、あんたみたいな自己中野郎に対する尊敬なんて持ち合わせて無いの。」

 

空中で言葉を交わす美穂と帝釈天。言葉だけを聞くと只の煽り合いだが、周囲の空間が捻れて見える位に二人から力が漏れだしている。帝釈天は顔をしかめながら吐き捨てるように言う。

 

「たくっ……忌々しいな。月天の奴もだ。私と愛し子を突きはなそうと色々と謀りおって……。」

「どんな気持ちかしら?」

「最悪に決まってるだろう?あやつは私が日本に行くのに最後まで邪魔をしてきたからな。それに加えて今は月見が居ない上、あの時天界に喧嘩を売った貴様に会ったのだからな。一番の厄日だ。」

「あえて言っとくわ……ざまぁw。」

「コロス。」

 

最大限馬鹿にしたような声で煽る美穂に対し、ビキリとこめかみに青筋を立てた帝釈天は怒りの形相で両手に雷を溜め始めた。そのまま腕を引いてから振り抜くと空間にヒビが入る(・・・・・・・・)

 

バキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキ

 

そのまま連続で殴りつける度にヒビが広がって行き、やがて見渡す限り一面がヒビだらけになった。帝釈天はそのヒビの一部を掴むように手を握ると

 

「シネ。」

 

そのまま力の限り握り締めた。瞬間、ヒビ割れていた空間が轟音と共に一斉に弾ける。空間には裂け目が生じ、辺りには縦横無尽に大量の雷が駆け回っていた。しかし、その中心にいる美穂は顔色一つ変えずにするすると避けて行く。触れたら即座に異空間に取り込まれそうな裂け目が至るところにあるが、難なく帝釈天に肉薄する。

 

「ガァッ!!」

「ウラァッ!!」

 

ドゴンッ!!

 

互いの拳がぶつかり合い、轟音が鳴り響く。周りを漂っていた火の粉や電気が全て吹き飛ぶ勢いの殴り合いが始まった。衝撃波が目視出来る辺り、そこに籠められた力と威力は計り知れないだろう。最早そこに理性など無く、相手を殺す為に動くだけの機械のようだ。

 

「オチロォッ!」

「ギッ!?」

 

美穂は先程のお返しと言わんばかりに帝釈天を地面に向かって蹴り飛ばす。抵抗出来ずそのまま地面に向かう帝釈天に追い討ちをかけるために宙を蹴るように加速した。地面が近づいた所で美穂は姿勢を変え、帝釈天に向けて踵落としを食らわせようとする。

 

「シッ!」バキンッ

 

しかし帝釈天はギリギリの所で空間を蹴り砕きながら攻撃範囲から脱する。その直後、美穂の踵落としが地面に当たると

 

バギャッ!!

 

半径3m程のクレーターが出来上がって、周囲の炎を吹き飛ばす。体勢を整えるために一旦跳んで後方に着地した美穂の見据える先には同じようにこちらを睨む帝釈天がいた。

 

「グルルルル…………。」

「コロスコロスコロス……。」

 

互いにボロボロで血も流れているが殺意や怒り、憎悪で満ち足りており、化身でも出てきそうだ。どちらも形相だけで人を殺せそうだ。帝釈天は足に力を込め、その力を全て踏み込みに使い美穂を殴り殺そうと光かと見間違う程の速さで向かう。対する美穂も迎え撃ち、殺す為に10本の尻尾の先を顔の前の一ヶ所に集め、そこに霊力を圧縮した球を作り出す。太陽のような輝きを放つそれを掴み取った美穂はそのまま右腕を引き絞り、帝釈天にぶつけようと殴りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

二人の攻撃がぶつかるであろう瞬間の数秒前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていっ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな掛け声と共に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バキュッッッッッ!!

「おぼがッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

帝釈天が右から杵で殴り倒された。

 

 

 

「へ?」

「………………………。」ギュム

「ぐぁッ!?」

 

 

先程までの様子が嘘のように呆気なく倒れたた帝釈天を踏みつけるように殴った犯人は着地する。その犯人を目視した美穂は急いで攻撃用に展開した光球を霧散させた。美穂の目の前にいるのは月見である。月見は帝釈天を見下ろしたまま動かない。

 

「な、何をする……。」

「………………………。」ドゴッ

「アガッ!?」

 

帝釈天が起き上がろうとするも、月見は直ぐ様頭を足で思いっきり踏んだ。帝釈天は顔面から地面に埋まり、動かなくなった。それを確認した月見はうつむいたまま美穂に向き直る。美穂は愛しの旦那が憎い相手に止めを刺したことにテンションが上がっている。

 

「月見~ッ!お帰り~!」

「…………………。」

「あの糞爺が月見を連れて帰るとか抜かしてたからちょっと頑張っちゃった!ねぇ、誉め………つ、月見?」

「…………………。」

 

美穂はそのまま抱きつこうとするも、月見の様子がいつもと違うことに気が付く。終始無言だった月見は漸く口を開く。

 

「ねぇ、美穂。」

「な、なぁに月見?」

 

うつむいていた月見がゆっくりと顔を上げる。顔の左側を覆っていた包帯は外され、本来開く筈の無い左目が美穂を捉えた。動けない美穂を見て、月見はゆっくりと、ニッコリと笑って

 

 

 

 

 

 

杵を振り上げて

 

 

 

 

 

 

「一回反省しろ。」

 

 

 

 

バキュッッッ!!

「ぐべッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

美穂の頭に全力で振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない鬼灯殿ッ!他の奴らの説得に時間がかかった!」

「あいつらはッ!?」

 

武装した月天と悟空は焦った様子で鬼灯の元に訪ねた。自分たちの所の神が隣国の地獄で殺し合いを始めたとならば当然だろう。特に月見と縁の深い二人は焦りが段違いだ。しかし尋ねられた本人である鬼灯は特に焦った様子もなく告げる。

 

「あぁ、ご心配無く。もう終わりましたから。」

「は?」

「あいつらがそんな早く止まるのか?」

 

鬼灯の言葉に信じられない様子の二人。

 

「ええ、帰って来た月見さんが速攻で解決してくれました…………ほら、あそこ。」

 

鬼灯が斜め後ろ辺りを指差す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ美穂?どうしてこんな馬鹿みたいな事をしたのかな?周りに迷惑がかかるとか考えなかったのかな?」

「スイマセン………スイマセン…………。」

「謝罪を聞きたい訳じゃないよ、理由を教えて欲しいんだよ?言葉の意味分かってる?」

こいつ(帝釈天)が……月見を奪おうって………。」

「うん、でもどうしてそれがこの惨劇に繋がるの?言い争いで済ませればよかったじゃないか。いま僕がこうして説教してる理由分かってる?人様巻き込んでする事じゃないよね?」

「でも……………。」

「でももなにもあるかここまで破壊しといて言い逃れできると思うなよこのド低能。」

「ヒンッ……………。」

 

「貴方も貴方だよ?ここに来た理由が?「僕を連れ帰るため」?ふざけてるの?」

「別にふざけてるわけでは…………。」

「何勝手に僕の所有権を自分の物だと思ってんだよこの老害。」

「ろうッ!?」

「何?僕間違ったこと言った?」

「ぐっ……でもさすがに老害は………。」

「ん~?確かに僕を神獣にしてくれたことは感謝してるけど…お前が僕を育てた訳じゃないよね?むしろ僕が中国地獄にいた時も仕事の邪魔しかしてこなかった奴がなに今さら父親面して「迎えに来た」とか偉そうに言ってんの?こちとらお前一度も親と思った事はないんだけど?何?妄想癖?そう言うのは一人でやってもらえる?」

「……………………。」

「なんとか言えやこのゴミ。」

「スイマセン…………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………。」

「うーわ、ひっさびさに見たわあいつのマジギレ。」

「普段優しい人がキレると怖いってよく言いますけど、あれホントに人が変わってますね。」

 

目の前の光景を見て、心優しい月見しか知らない月天は呆然としている。悟空は身震いして苦笑いしており、鬼灯に関しては感心していた。

 

「……………はっ!?」

「お、戻って来た。」

「な、何だあの状態!?」

「あ~、あんた知らなかったのか。」

 

後頭部をボリボリと掻きながら気まずそうに視線を反らす悟空。

 

「俺ら三人の中で怒った時に一番手ぇつけられないのはあいつなんだよ。」

「なっ……!?」

「まだあいつが神獣になる前にな…俺と美穂が喧嘩したことがあってな………その影響で住んでた森が半壊した時にあの状態になったんだよ。」

 

同時の事を思い出した悟空はあからさまに顔が青くなる。

 

「半日ぶっ通しで罵倒され続けたんだわ……未だに怖ぇよ。」

「神に正面から喧嘩を売るお前が言うのか…………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「取り敢えずお前は暫く日本に来ないで。悟空に手伝って貰うから謹慎しといて。美穂は………取り敢えず1ヶ月間徹底的に無視するから。」

「何っ!?何故だッ!?」

「嫌だ嫌だ!月見がかまってくれなきゃ死んじゃう!」

 

 

 

「あ"?」

 

 

「「ハイ…………………。」」




本編の話でもあった美穂vs帝釈天in日本地獄です。

この頃の月見さんはあまり強く無いですが、狂気の力を使って無理やり全てをねじ伏せました。

帝釈天は現代でもに日本に入る許可が降りてません。というか他の神々が全力で止めてます。勝手に隣国に行った上、そこをめちゃくちゃにしたからですね。

ちなみにこの説教の1ヶ月後、月見に引きずられながらも離さない美穂とそれを気にせず引きずり続ける月見という光景が当たり前になりかけたとかなんとか。





本編の題材があまり思い付かないのと、もう一つの方の執筆に集中したいので、しばらくこちらの更新はストップします。2ヶ月以内には戻って来るのでそれまでしばらくお待ちください。


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変化日記一頁目

お久しぶりです。リアルがいささか落ち着いて来たのでこちらの投稿もぼちぼちやっていきます。気長にお待ち頂けたら嬉しいです。


サブタイトルの読み方は「へんげにっき」です。




それでは、どうぞ


「ねぇ、そういえばさ。」

「ん?」

「いきなりどうしたシロ。」

 

等活地獄、不喜処にて働くシロが仕事の途中で仲間の柿助とルリオに尋ねた。

 

「月見さんと美穂さんってさ、たしか本来は人間っぽい姿じゃないんだったっけ?」

「あ、そういえばそうか。」

「まぁ2人共、元々は俺らと同じ動物だったみたいだしな………で、それがどうした。」

 

ルリオにそう尋ねられたシロは「うーん」と唸りながら答える。

 

「いつも2人共けもみみと尻尾出してるけど、動物としての姿は見たことないなぁって。」

「…………確かにいつも人間っぽい姿だな。」

「でしょ!だからどんなのか気になるなって!」

「でもどうやって調べるつもりだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月見さん!美穂さん!動物になってみて!」

「このバカッ!!」ドスッ!

「痛いッ!」

 

仕事を終え、閻魔庁に来たシロは廊下にいた月見と美穂に駆け寄ると、開口一番にドストレートに質問した。着いてきていたルリオはいきなり失礼な物言いをするシロを嘴でつつき始める。

 

「すいませんこのバカが………。」

「大丈夫ですよ。言ってたことの意味はよくわかりませんが……何かお困り事ですか?」

 

シロがルリオにしばかれている横で申し訳なさそうに頭を下げる柿助に対して月見はフォローを入れる。しかし、その耳は不規則に動いており、明らかに動揺してるのがわかる。

 

「いや……なんというか、シロが突然「月見さん達の動物の姿が知りたい」っていいだしまして………。」

「それがさっきの言葉に繋がると。いやはや元気ですねシロくんは。」

 

しゃがんで柿助と目線を近くする月見の横で美穂は口に手を当てて面白そうに笑う。

 

「それで、私達の動物時の姿が見たい……でしたっけ?」

「うん!」

 

美穂の言葉にルリオの攻撃から逃れたシロが反応する。その目はとても輝いており、明らかに「期待してます」と言っている。

 

「別に私達は構わないんですが……ここじゃ他の人の邪魔になるので中庭に行きましょうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おぎゃあ! おぎゃあ!

 

「おや、月見さんに美穂さん、それにシロさん達も。」

「あ!鬼灯様!」

 

閻魔庁の中を歩き、中庭の金魚草畑が見えてきた所で水やり用の竿を持った鬼灯から声がかかる。シロは真っ先に鬼灯へと飛び込んで行き、他全員もその後を歩いて着いていく。

 

「鬼灯様、新しく調合した栄養液はどんな感じですか?」

「あぁ、その事ですか。前回の物より金魚草の艶は良くなりましたが、少しばかり栄養が偏ってしまってるようなんですよね。」

「そうですか………また改善したものをお渡ししますね。今度は酒をベースに調合してみましょうか。」

「ええ、楽しみにしてます。」

 

そんな会話をしていると、鬼灯に抱えられたシロが尻尾を振りながら喋り始めた。

 

「鬼灯様!ここのスペースって使っても良い?」

「金魚草に影響がなければ構いませんよ。何をするおつもりで?」

「えっとね、月見さんと美穂さんの本来の姿を見せてもらうんだ!」

「ほぉ?」

 

シロの言葉に興味深そうな声を挙げる鬼灯。

 

「そういえば、あなた方が動物の姿になっている所は殆ど見たことありませんでしたね。私も気になるので見てもいいですか?」

「構いませんよ。」

 

月見はそう言って中庭へ降りる階段の近くへと歩いて行く。そして、周りのシロ達に向き合うように立つと両手を構える。

 

「じゃあやりますね。」

 

パンッ!

 

ボボウッ!!

 

さらっと宣言をした後月見が手を叩くと、勢い良く月見の周りが青い炎に包まれた。一瞬で月見を飲み込んだそれは次第に小さくなっていき、最終的には飲み込まれる前の月見の背丈の半分以下まで縮んでしまった。最終的にシロより少し小さい位の大きさになった瞬間、纏っていた炎が消える。

 

ボシュッ…

「ふぅ………この姿になるのも久しぶりですね。」

 

そこには頭を振るい、長い耳をふるふると揺らす可愛らしいうさぎがいた。体の一部と頭半分は包帯に包まれているが、その毛の艶は綺麗なもので、右目でぱちくりと瞬きをする姿はとても愛嬌がある。

 

「案外小さいんですね。」

「神獣になったときのサイズから変わって無いんですよ。少しは背を高くしたいものです。」

 

鬼灯からの言葉に対し、腕を組みしみじみと頷く月見。そんな月見をまだ人間状態の美穂が後ろから抱き上げた。

 

「月見ってばそんなこと思ってたの?」

「変かな?不便を感じてる訳ではないけど、やっぱりもう少し美穂の身長に近づきたいんだよ。」

「可愛いこと言ってくれるじゃない。」

 

満面の笑みを浮かべながら月見の頭を撫でる美穂だったが、暫くして地面に降ろした。その後、鬼灯達の方に向き直る。

 

「シロくんは私の変化も見たいんでしたよね?」

「うん!」

「分かりました。」

 

勢いよく返事をするシロに応えるように、美穂は両手で印を結んだ。

 

「いきますよ~、ていっ。」

 

ゆるゆるの掛け声と共に美穂の体が濃い煙で包まれ、姿が認識出来ないようになる。しかしその次の瞬間には煙が切り裂かれたように晴れる。姿を隠していた時間は一秒程であったが、晴れた煙の中にいたのは、神々しい金色の毛を纏う美しい狐であった。狐となった美穂は口を開き、いつもと変わらない声で話し始める。

 

「こんなもんですね。」

「「「おお~。」」」

 

思わず感嘆の声をあげる桃太郎ブラザーズ。

 

「昔より若干大きくなりましたかね。」

「ここ数百年殆ど解除して無かったから、変化が分からないね。」

「ふむ、お二人が並ぶと何処かの絵画で描かれてそうな絵面になりますね。」

「そうですかねっとと…。」モフッ

「大丈夫?」

 

鬼灯の言葉に首をかしげた月見はそのままバランスを崩し倒れそうになるも、美穂の尻尾がクッションになることで何事もなかった。

 

「うん……やっぱり久々に術を解いたからまだ体重移動とかが慣れないや。」

 

恥ずかしそうに前足で頭をかく月見はその場で跳び跳ねたり、いつの間にか腰に着けていたポーチから取り出した棒を振り回したりと、動作確認を行っていく。最初こそふらついていたものの、次第にその動きのキレが増していた。

 

「てい。」

 

ズカンッ!!

 

〆と言わんばかりの一撃を地面に食らわせる月見。振り回された力を一切落とすことなく伝えたことにより、周りに大きな音を響かせる。

 

「…………よし、お待たせしました。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつ言おうかと思ってましたが必要ですかそれ。」

「久々にこの形態になったので今日ぐらいはこの姿でいいかなと。それなら早く慣れたら支障が無いでしょう?」

「…………仕事に影響が無い程度にしてくださいよ。」

「わかっていますとも。」フンスッ

 

鬼灯からの言葉に腰に手を当て胸を張る月見だった。




はい、月見さんと美穂さん(動物形態)です。
本人達にとっては自分の過去の姿みたいなものですね。月見さんは月に登った時、美穂さんは神狐に至った時の姿から殆ど変わってません。純粋な神では無いですが、それでも神獣としての位は白澤や鳳凰までは行きませんが2人とも最高クラスに近いのでほぼ寿命という概念がありませんから。

一応神獣であって神ではないです。


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変化日記二頁目

FGOは今年の年末もガチャとイベントとかがてんこ盛りになりそうで怖いですね。今年は村正おじいちゃんでしたが、来年は誰がニューイヤーで来るでしょうか。







それでは、どうぞ。


閻魔庁の中を歩く一行。本人達はあまり気にしていないが、端から見たら動物達が鬼灯を先頭にして闊歩しているようにしか見えない。しばらくするとそこに話しかけてくる人物がいた。

 

「あら、鬼灯様?」

「おや、お香さん。何か御用ですか?」

「ええ、美穂さんに少し相談があったのだけど色んな人に場所聞いても居ないのよ。だからこれからどうしようかと思ってたのだけど………。」

 

頬に手を当て、困り顔をするお香。しかし探している相手が狐の姿になっているとは露知らず、話を続ける。

 

「お香さんこんにちは!」

「あらシロちゃん、元気がいいわね。美穂さん何処にいるか知らないかしら?」

「最初っからここにいるよ!」

「?」

 

シロの言葉に首をかしげるお香。その言葉の通り周りを見ると、こちらから顔を反らして笑いをこらえる金色の狐とその狐を不思議そうに見上げる包帯まみれのうさぎがいた。

 

「…………もしかして美穂さん?」

「くふっ……やっと気がつきましたか。そうですよ、私が美穂さんですよ。」

「まぁ!」

 

笑いを漏らしながら馴染みのある声で話す狐に思わず驚いて目を丸くするお香。

 

「いつ気が付くかなと思って見てましたけど、案外ばれない物なんですね。」

「えぇ、てっきり新しい獄卒の子かと思ってたのだけど、月見さんのおかげでわかったわ。」

「?」

 

突然名前が上がった月見は首をかしげる。クツクツと笑う美穂はお香に尋ねた。

 

「おや、何故月見だと?」

「だって、

 

 

 

「包帯を巻いているうさぎ」なんて月見さん位しかいないでしょ?」

「月見さんの存在を知っている人ならよくよく考えれば分かることですよね。」

「「あぁ~……。」」

「確かにこんな分かりやすいヒント無いよね!」

 

お香と鬼灯の言葉に納得の声をあげる桃太郎ブラザーズ。美穂も「でしょうね」と言わんばかりの表情で頭を縦に振っている。疑問を持つのは月見本人だけだ。

 

「そこまで分かりやすいですかね?」

「貴方はもう少し自分が奇抜な格好をしていることに自覚を持ってください。四六時中包帯を巻いているうさぎなんて貴方以外居ませんよ。」

「?………まぁそれはそうと、お香さんの御用はなんですか?」

「あぁそうだったわね。美穂さんにお客様がお見えになってるの。」

「私にですか?」

 

未だに今一理解していなさそうな月見からの問いに用事を思い出すお香。

 

「えぇ、今は閻魔大王が対応してくださってるのだけど「あら、鬼灯様じゃない。」」

「……なるほど、貴女でしたかリリスさん。」

 

お香が説明をしようとした所で丁度リリス本人が廊下を歩いて来た。隣には荷物を持って申し訳なさそうな顔をしているスケープもいる。手をヒラヒラと振りながら笑顔で近づくリリスは話を続ける。

 

「久しぶりね。一緒にお食事でもいかが?」

「遠慮しておきますよ………それで、今回は何の用事で?」

「つれないわねぇ…ま、本題はそれじゃないんだけど。美穂はどこかしら?確かここで働いてるんだったわよね?」

「どこもなにもここに居ますよ。」

 

そう言って鬼灯は隣で月見と一緒に座っている美穂を指差す。差された本人は一度ニコッと笑う。

 

「どうも、ご無沙汰しておりますリリスさん。」

「まぁ、なんとも可愛らしい姿になったわね貴女。」

 

リリスはしゃがみこんで狐状態となった美穂と視線を合わせる。

 

「隣にいる包帯まみれの兎が貴女の旦那様?」

「えぇ……あ、そうだ、この間の試作品の化粧品良かったですよ!肌が弱い人にもオススメできますね。」

「貴女にそう言って貰えるのなら大丈夫そうね。新商品として早速売ってみるわ。」

 

リリスは美穂の状態に一切動揺することなく会話を弾ませている。その途中、ふと何かに気が付いた様子で鞄の中をまさぐり始めた。

 

「そうだったそうだった、そういえばこれも目的の一つだったわ。」

 

そう言ってリリスが取り出したのは数本の試験管である。コルクでしっかりと栓がしてあり、中には色とりどりの液体が入っていた。

 

「はいこれ。」

「?……よいしょっと。何ですかこれ?」ボフンッ

 

一息で狐から見慣れた人間状態になった美穂は不思議そうな顔をして受けとる。渡したリリスはクスクスと口元を押さえ、上品に笑うと、一枚の紙を差し出す。そこには、英語で書かれた薬品の説明が記されていた。

 

「私の知り合いの魔女が送ってくれた面白い薬でね?効果はその紙に書いてあるわ。」

「ふむ………『一時成長薬』に『一時逆行薬』?」

「そ、面白そうでしょ?」

 

ニコリと笑うリリスは話を続ける。

 

「前のクリスマスで送られてきた物なんだけど、余ってるしお裾分けしてあげようと思ったのよ。この間の化粧品開発の手伝いの礼ね。」

「そうだったんですか……けどなぁ。」

「あら、何か問題でもあった?」

 

そうリリスに問われた美穂は頬を掻きながら答える。

 

「私、狐なので。」

「……あぁ、そう言うこと。」

「?どう言うこと?」

 

美穂の言葉に納得したように頷くリリス。しかし、その会話を眺めていたシロは意味を理解出来ていないようだ。そのシロの隣で首をひねっていた柿助はポツリポツリと考察を落としていく。

 

「んー、恐らく、必要無いんじゃないか?」

「あぁ、狐の得意技を使えばわざわざ薬を使う必要もないか。」

「あ、そっか!化けれるもんね!」

 

納得したシロはそのまま明るく美穂に尋ねた。

 

「でも使い道あるんじゃないの?」

「どういう事ですかシロくん?」

「ほら、こうすれば………」ゴニョゴニョ

 

美穂に近づき、耳元で何かを話すシロ。次第に美穂の顔がとても良い笑顔になっていき、最終的にはあからさまに機嫌が良くなっていた。

 

「そうですね、ありがとうございます。あ、お礼です。」

 

そう言ってどこからともなく肉厚なビーフジャーキーを取り出した美穂はそのままシロに渡す。受けとったシロはジャーキーを咥えながら目を輝かせた。

 

ふぃいふぉ(いいの)!?」

「えぇ!良いアイデアをくれたお礼ですもの。ゆっくり味わって食べて下さいね。」

ふぁ~い(はーい)!」ダッ

「あ、おい待てシロ!」

「俺たちを置いてくなよ~!」

 

テンションが極まったシロはジャーキーを咥えたまま走り去って行く。やり取りを見守っていた柿助とルリオもシロを追いかけて行ってしまった。それを手を振って見送った美穂は流れるように兎状態の月見を抱える。突然宙ぶらりんになった月見は自分を片手で抱える美穂を見上げる。

 

「どうしたの美穂?」

 

呼び掛けようと口を開いた次の瞬間、美穂が持っていた試験管の一本の中身を

 

 

 

 

 

 

 

「そぉい!」

「ふぎゅっ!?」

 

 

 

 

 

思いっきり月見にぶちまけた。

 

「美穂さん!?」

「あら。」

「おお。」

 

突如奇行に走った美穂に目を丸くするお香と興味深そうに眺めるリリスと鬼灯。しかし当の本人はそれを意識の外に追い出し、悪どい笑みを浮かべながら月見を見つめている。

 

「さぁ……シロくんの予想が正しければ……。」

 

美穂がそう言った次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

「うわっ!?」ピカー

 

月見の体が発光し始めた。しばらくの間、その状態が続いたかと思うと、少しずつ月見の体が大きくなる。元の大きさの1.5倍程になった後、次第に光は弱くなっていき、最終的にはその姿を認識出来るようになる。

 

 

「…………はい?」

「シャオラッ!成功ッ!」

 

 

そこには目をぱちくりと瞬かせる大きな兎(月見)がいた。包帯やポーチこそ変わって無いものの、体長が大きくなり、全身の毛も少しばかり伸びている。今一状況が読み取れず首をかしげる月見をよそに、美穂は全力でガッツポーズを取った。すぐさま美穂は月見をゆっくりと床に降ろすと、満面の笑みを浮かべながら話を始める。

 

「ね、月見?ちょっと一回人間状態になって欲しいなぁ?」

「……別に良いけど。」

 

少し怪訝そうな声を出しながら今度は青い炎に包まれる月見。中庭での変化の逆再生のように月見の体はその体積を増やしていく。しかし、明確な異変が一つ起こった。

 

(…………止まらない?)

 

いつもの姿位の高さまで体が大きくなっても依然炎は燃え続け、月見の体は次第に大きくなっていく。そうして背の高さが鬼灯程になった所で、月見を覆っていた青い炎が消えた。

 

「……何か、服が変わってる?」

 

そこには、呆然としている月見がいた。しかし明らかに普段よりも成長しており、とてつもない美青年となっていた。服は白と黒を基調とした着物と緑色の羽織で、さっきまでの物よりゆったりとしている。包帯やポーチもしっかりとサイズが調節されており、本当に月見を「そのまま成長させた」ような風貌になっている。不思議そうに自分の体をペタペタと触り確認する月見に美穂はゆっくりと近づいて行った。

 

「やっぱり魔女の薬の効果はすごいのね。一回振りかけただけでこんな変化があるんだから。」

 

そう笑って言う美穂は戸惑いながら自分を見下ろす(・・・・・・・)月見に抱きつきながらリリスの方へ振り返る。

 

「ありがとうございます!こんな良いものを頂けるとは……今度お礼に新作の化粧水送りますね!」

「そう?満足頂けたようでなによりよ。」

 

 




\ 月見(大人Ver.)が現れた! /

正直、これがやりたかっただけです。この月見さんは「何千年か後」、「もし神獣になるタイミングがあと数年遅かったら」といった感じの風貌です。
元々中性的な姿がそのまま成長しており、そこに腰まで伸びた白髪と大きなうさみみ、薄く開かれた目と無表情が噛み合って、とんでもなくアンニュイな雰囲気を纏った美青年に仕上がってます。

そのうち活動報告で絵描きますね。


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変化日記三頁目

セクシーなの(線の細い長髪の美青年)
キュートなの(中性的な合法ショタ)
どっちが好きなの~☆

はい、ようやっと変化要素が十分供給されます。





それでは、どうぞ。


「で、どうするんですか。」

「…………どうしましょうかね。」

 

一通り満足したリリスが帰るのを見届けた後、一行は食堂で夕飯を食べていた。しかし、いつもとは違う風貌の月見に戸惑っているのか、あちらこちらから視線が月見に刺さる。元々気にする性格でもない月見だったが、流石にここまで注目されると落ち着かない様子であった。

 

「大丈夫ですよ鬼灯様。この後は書類整理をするぐらいなので特にハプニングも無いはずです。」

「こういう風にした原因が言っても説得力有りませんよ。」

「えぇ~良いじゃないですか~私の愛しの旦那様の色んな姿を見られるんですから~。」

「そうですか、でしたらそちらで対処するということで。」

 

先程から成長した月見にメロメロで話にならない美穂にいい加減面倒臭くなってきた鬼灯だった。お香も鬼灯の隣で何とも言えない顔をしている。しかし美穂はそれを意に介さず月見に寄りかかってそのまま長くなった髪の毛をいじり始めた。

 

「ふんふふ~ん♪」

「………あむっ。」ムグムグ

「無視していいんですか。」

「一回一回反応しててもキリが無いと思うので、もう自由にやらせてあげようかと………。」

「諦めの境地ね。」

「はいポニテ出来上がり~。」

「うん、ありがとう美穂。」

 

最早止める気力が無いのか、自分の天麩羅定食を頬張り始めた月見だった。

 

「あ、鬼灯様とお香姐さんだ~!」

「ホントだ、こんばんはー。」

「おや、唐瓜さんに茄子さん。今から食事ですか?」

「こんばんは、小鬼ちゃん達。ここ座る?」

「いいんです………か?」 

 

そこに小鬼2人組が現れた。手にはそれぞれ注文したらしい定食が乗った盆がある。お香に手招きされ嬉々として近づいて来る唐瓜だったが、黙々と食事をしている月見(大人Ver.)とそれに垂れかかる美穂を視界に入れた瞬間固まった。

 

「……………月見さん?」

「そうですよ?こんばんは唐瓜くん、茄子くん。」

「うわぁ、スッゲェ背が伸びたね月見さん。」

「感想それでいいんですか。」

 

目を見開いて驚く唐瓜や鬼灯のツッコミをよそに、茄子は興味津々だと言わんばかりに目を輝かせる。

 

「ねぇねぇどうしてそうなったんですか?」

「あぁ、それはですね…………。」

 

 

 

 

 

カクカクシカジカツキツキミホミホ

 

 

 

 

 

 

「何と言うか……取り敢えず欲に忠実過ぎません?」

「可愛い夫の成長した姿を見るためです。それが他の全てより優先されなくてはいけないんです。」

「ダメだ話が高次元すぎる………。」

「単純に馬鹿になってるだけですよ。こういった相手は適当に話を合わせて流しておけば良いんです。」

 

話を聞き、美穂の惚気に当てられ、げんなりとする唐瓜に鬼灯がアドバイスをしている。そんな中、ふとお香が思い出したかのように話し始めた。

 

「そういえば美穂さん、何にでも化けれるのだったわよね?」

「はい、自分がイメージ通りに化ける事位なら造作もないですよ。人にかけるのは少々難しいですがね。」

「あら、そうなの?」

「あぁ、そういえば現世で月見さんに変化の術かける時に特殊な道具を使ってましたね。」

「そうですよ。ぶっちゃけ言うと変化の術って体の構造を作り変えるようなもんですから。自分だったら自分の体の構造を無意識の内に理解して覚えているので戻れますが、もし赤の他人だったら…………ねぇ?」

「拷問に使えませんか?」

「食いつくと思ってましたが、止めといた方が良いですよ?体力使うので。それだったら幻術かけて自分の体に異常が起きていると誤認させた方が手っ取り早いですし。」

 

そう言いながら美穂は一度手を叩く。周りの人物達が一度瞬きをすると、美穂の狐耳と尻尾が消え人間と変わり無い姿になっていた。

 

「こんな風にですね。」

「はえっ!?」

「わぁすげぇ!どうやったんだろ?」

「簡単ですよ。変化の術を使う瞬間に手拍子で周りに幻術をかけて変化する所を見せないようにしただけです。相手が瞬きをするまで幻術が続くので動きを変えれば結局不意打ちに使えますよ?」パチンッ

 

今度は指を鳴らす美穂。そして次の瞬きの後、そこにいたのは黄金色のスラッとした猫だった。着物を着ており、そのデザインが美穂の物と似ている事から、その猫が美穂が化けている姿だということが分かる。

 

「あら可愛い。」

「ありがとうございますお香さん。」

 

美穂はそう言って頭を下げた後、一度床に降りる。次の瞬間には既にそこから姿を消しており、元の姿に戻った美穂がいつの間にか月見に後ろから抱きつき、肩に顎を乗せていた。突如抱きつかれている月見だが、慣れているのか動揺なども一切なく、天麩羅の一つを箸で掴むとそのまま美穂の口元まで運んで行く。

 

「はぐっ!」モグモグ

「………………。」ポンポン

「すっげぇナチュラルにイチャつき始めた。」

「いつもの事なので放って置いて下さい。関わろうとしたら砂糖を吐く羽目になるので。」

 

美穂は差し出された天麩羅に食い付き、幸せそうに頬張る。そんな状態の美穂を無言で撫でる月見。ピンク色をした幸せオーラが可視化している。カラカラと面白そうにそれを見ている茄子の隣に座る唐瓜はその光景から目を反らすように食堂内のテレビを見る。丁度番組が変わり、バラエティ番組のOPになった画面をボーッと見ていた唐瓜だったが、ふと気になった事を口に出す。

 

「そういえば、ミキさんも確か狐だったよな。」

「あれ?そうだっけ?」

「そうですよ。語尾で勘違いされがちですが、彼女は立派な野干です。」

「あぁ、最近人気のアイドルの子ね。芥子ちゃんがグッズを集めてたわ。」

「ん~?」

 

話題がミキに移ったところで満足したのか月見の隣に改めて腰かけた美穂はテレビに目を凝らす。

 

「あ、そういえばこの番組に出ると言ってましたね。」

「おや、知り合いでしたか。」

「鬼灯様ほど知り合ってから長くないですけどね。精々一年経ってないぐらいですから。月見とも接点ありますし。」

「へ?」

「月見さんまきみきと知り合いなの?」

「そうですね、僕が初めてテレビに呼ばれた時に共演させて貰いました。」

「「へぇ~。」」

「私はプライベートで少しお世話になった時に仲良くなりましたね。知り合いが携帯電話を落としてしまったんですけど、それを拾ってくれたのがお二人だったんですよ。」

 

月見と美穂ほ会話に混ざって来たところで鬼灯は新たに話題を提示する。

 

「そういえば皆さん、ミキさんが子供向けの教育番組に出てる事は知ってますか?」

「あ、確か「教えて!ミキちゃん&ブラザーズ」とかそんな名前だったような。」

「あの似髻虫(にけいちゅう)のパペット使ってた番組ですか。」

「似髻虫ってどんなのだっけ?」

「地獄の刑場にいる虫の一種ですよ。長くて細い体を持っており、頭には鋭い触角が生えてます。」

 

一度箸を置いた鬼灯はジェスチャーで細長い紐を表現すると説明を続けた。

 

「具体的には「亡者の尻から内臓に潜り込んで脳から出てくる」という習性を持った虫ですね。どうです?気持ち悪いでしょう?」

「食欲が失せました……。」

「少なくとも食堂でする話じゃねぇな。」

 

げんなりとする唐瓜と茄子。しかし鬼灯は気にすることなく本題に入る。

 

「まぁそこはどうでも良いんですよ。ミキさんがあの番組やることになった理由の一つが私なんです。」

「へぇ、そうなの?」

「えぇ、元々は幼稚園の子供達に獄卒の仕事について説明する仕事をミキさんとそのご兄弟に依頼したんです。そこで丁度来ていた番組プロデューサーの目に留まった結果があれですね。」

「なるほど、だから「ブラザーズ」ですか。」

 

月見の言葉に鬼灯は肯定の意味を込めて頷いた。

 

「私がミキさんのご兄弟が働かれている場所で食事をしてたところにミキさんがいらっしゃいまして、そこから話を聞いてスカウトしたんです。ご兄弟は化けるのが得意でしたし、ミキさんは教員免許持ってますし子供にも人気のアイドルですからね。」

「あの子教員免許持ってたんですか。意外ですねぇ。」

「そうですか?世間の評価は「見た目の割に意外と勉強が出来るアイドル」ですけど。本人はキャラクターがそろそろ限界と言ってましたが、自分としてはどこまで貫き通してくれるのか気になります。」

「……あの子結構ストレス溜め込んでましたから、壊れないと良いんですけど……。」

 

そうこうしている内に月見と美穂の皿が空になり、2人は同時に席を立つ。

 

「ご馳走さまでした。」

「じゃ、私達は仕事に戻りますね~。」

「えぇ、わかりました。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、皆驚いてたねー。」

「そりゃあ、自分達の上司が突然成長してたら誰だって驚くよ。原因が美穂だって言ったら納得してたけど。」

「何でだろ?」

 

※医務室勤めの皆さんは月見と美穂のやらかす事に慣れてます。

 

「何か今変なテロップ出てなかった?」

「気のせいじゃない?」

「そうかなぁ……。」ボスッ

 

夕食を終えた後、医務室にて残っていた作業を終わらせた二人はそのまま自室に帰っていた。いつもとは違う体の感覚に疲れたのか、次元の壁を越えて地の文を観測しようとする月見だったがそのままベッドに背中から倒れ込む。その様子を見て、美穂は部屋に備え付けられた簡易キッチンでお湯を沸かし始めた。

 

「ねぇ美穂。」

「なぁに月見?」

「美穂はどの僕が好き?」

 

その言葉に美穂の手が止まる。

 

「……いきなりどうしたの?」

「いや、単純に思っただけだよ。この姿の僕にずっと抱きついてたからこの姿になれるように頑張った方が良いのかなって……「はぁ……。」……美穂?」

 

ため息をついた美穂は天井を見つめながら呟く月見に近づいて行く。月見が視界に捉えた時には少し頬を膨らませていた。

 

「全く……そんな事考えてたの?」

「そんな事っt「んっ。」んむっ……。」

 

言葉を紡ごうとする月見の口を自分の口で塞ぐ美穂。ゆっくりと顔を離した美穂は優しく笑って真っ直ぐと見つめてくる月見の口を指で触る。

 

「私は月見が好きなの。月見の全部が好きなの。」

「美穂………。」

「だから月見がどんな姿だろうと、私は月見に対する愛を無くすことなんてあり得ないの。」

「………うん、うん。」

 

月見の隣に腰かけた美穂はそのまま倒れ、月見に抱きつく。

 

 

 

 

 

「だから、月見は月見のままでいて?月見が私を愛してくれるだけで、私は幸せなんだから。」

 

「……………もちろん、大好きだよ美穂。誰よりも、美穂を愛してるから。」

 

 

 

 

美穂の言葉に月見は薄く、それでいてとても嬉しそうに微笑みながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ・れ・は・そ・れ・と・し・てぇ♥️」

「?………んむっ!?」

「んっ………んむっ……………ぷはぁっ♥️」

「み、美穂?いまそんな雰囲気だった?」

「だまらっしゃい♥️そんなフェロモン駄々漏れの姿で愛を囁くなんて食べて下さいって言ってるようなもんじゃない♥️」

「で、でも「はぁい♥️口答えしないの♥️」んひっ!?」

「あら、弱い所は全く変わって無いの?そんな可愛い声出しちゃって♥️やっぱり誘ってるでしょ?♥️」

「………………………。」

「ん?なんて?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じ、焦らさないで………。」ウルウル

「」

 

 

 

 

 

 

ブチッ!!!!!!!!

 

「……………………♥️♥️♥️」

「…みほ?

 

 

 

 

 

 

 

 

あっ。」




この後、月見さんは一時的に青年Ver.になれるようになりました。

美穂さんの万能性に磨きがかかってる気がする今日この頃。やっぱり月見さんは受けなんやで。
美穂さんの使う変化の術は肉体の強制改造に近いです。普通の妖狐は姿を上から変えるだけなので、見破られるリスクが必ずついてきますが、美穂さんは姿形を作り替えるのでそういった物に対して強いです。というかそんな変化の術が出来るのは美穂位です。


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月夜日記一頁目

どうも皆様、少し間が空いてしまったゲガントです。
もうすぐ6.5章が来ますね。レイドがあるようなので、キャストリアとメリュ子とジークくん等に頑張って貰うことになりそうです。新鯖がどんどん出てくるので、どう絡ませようか迷うんですよね。




それでは、どうぞ


「何を言ってるのだわお父様!?」

『落ち着け…あまり叫ばんでくれないか。』

「いや、でも!」

 

暗闇の中にとある女性の声が響く。辺りにはゴツゴツとした岩山にそれに生えるように突き刺さっている檻、ぼんやりと浮かぶ青い炎、どこまでも黒い奈落へと続く崖など、世辞にも良い景色とは言えない物しかない。その中に、ポツンと美しい金色の髪を持つ少女が何か焦ったように話していた。

 

「こ、ここの管理はどうするのだわ!?」

『そんなもの、私が暫く変わってやる。』

「わ、私なんかが行っても迷惑がられるだけ……。」

『あやつは客を無下にする事も無ければ、迷惑がる事もない。安心して行ってこい。』

 

少女は手に持っている端末のような物を握りしめ、目をぐるぐると回していた。どうやら大分混乱しているようだ。

 

「わ、私は行くなんて言ってないのだわ……。」

『………我が娘よ、お前には今まで多くの迷惑をかけてしまった。これはその謝礼の一つなのだ。素直に受け取ってくれ。』

「お、お父様………。」

『あぁ、言い忘れていたことが一つあったな。』

「?」

 

端末から聞こえてくる言葉に少女は首をかしげる。

 

『定時になったら勝手に転送されるから気を付けよ。』

 

ガチャッ  ツーツー

 

「お、お父様ぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼灯様、今日の昼から明日まで少し現世へ行ってきます。」

「……あぁ、いつものですか、分かりました。繁忙期も過ぎましたし新人の教育も行き届いているみたいですしね。」

「毎度すいません……。」

「構いませんよ。貴方にとっては大事な依頼なんでしょうし、そこに文句を言う気は元々ありません。」

 

ペコペコと鬼灯に頭を下げる月見、という光景を見た茄子は隣にいる唐瓜に話しかける。

 

「あ、鬼灯様と月見さんだ。」

「ん?あ、ホントだ。何の話してんだろうな。」

「ちょっと聞いてくrぐえっ。」

 

そのまま2人の元へ駆け寄ろうとする茄子を唐瓜は襟を掴んで止める。茄子の口からは蛙が潰れたような声がでてきていた。

 

「おい、仕事まだ終わって無いだろ。」

「あ、そうだった。」

「全く…しっかりしろよな、只でさえお前は忘れっぽいんだから早くやらないと内容忘れるだろ。」

「失礼だなぁ………所でなにすれば良いんだっけ?」

「お前なぁ…。」

 

ボケッとした顔で頭を掻きながら尋ねてくる茄子に思わず項垂れる唐瓜。呑気に笑う茄子と頭を抱えていた唐瓜だったが、そこに話を終えた鬼灯がカツカツと歩いて来る。

 

「何してるんですかお二人共、他の人の邪魔になるのでどいた方が良いですよ。」

「あ、すいません鬼灯様…。」

「ねーねー鬼灯様、さっき月見さんとなに話してたの?」

「ふむ、」

 

話しかけて来た鬼灯に対して茄子は先程の疑問を問いかける。しかし鬼灯は顎に手を当て、少し悩む素振りを見せる。嫌そうにしているわけでは無いが、何処か言いづらそうなその姿に近くで項垂れていた唐瓜は慌てて茄子の口を塞ぎにかかる。

 

「すいません!言いづらい事だったら断ってもらっていいんで!」

「もがもが…。」

「大丈夫ですよ、単純に月見さんのプライベートな話なのであまり言うのも良くないと思いまして………。」

「隠してる事でも無いので構いませんよ?」ヒョコッ

「どぅえあッ!?」

「ぐえっ。」

 

気配もなく背後からひょっこり現れた月見に思わずのけぞる唐瓜。それに伴い、襟を掴まれていた茄子の首も締まりまたもや蛙が潰れたような声がてできた。

 

「……大丈夫ですか?」

「時折気配消しながら近づく癖どうにかした方が良いですよ。無自覚なんでしょうけど。」

「気配?何の事ですか……?」

「び、びっくりした……。」

「唐瓜昔っから驚かせられるの駄目だもんな。」

 

地面にへたり込んでいる唐瓜の隣にしゃがみこんで申し訳なさそうな雰囲気を出す月見は、頬を掻きながら話し始めた。

 

「それで、明日の事についてですよね。単純に少し現世に行くだけですよ。」

「?出張か何かですか?」

「そんなんじゃありません。個人的な事情で習慣になってる事があるんで山に行くだけです…………よっと。」グイッ

「「山?」」

 

月見の手によって立ち上がる唐瓜と側で話を聞いていた茄子が同時に首をかしげる。

 

「はい、月がよく見える場所でやることがありまして。」

「あ、そっか、地獄じゃ月が見えないから現世まで行かないといけないのか。」

「そうです。まぁやることと言っても儀式みたいな堅い物でも無いですよ。単純にお酒を呑んだり、お客様のお相手をするだけです。」

「へぇ~ねぇねぇ月見さん!俺も行ってみたい!」

「ちょ、お前、馬鹿!」

 

かなり唐突な事を言い出す茄子を唐瓜が叩こうとする前に月見は残念そうに返事をする。

 

「すいません……毎回、決まった方しか来れないようになってまして美穂位しか連れていけないですし、自由に来れるのもあの子達だけなんです。」

「そっかぁ~残念。」

「今度皆で食事でもしましょう。餅菓子、持ってきますから。」

「ホント!?わぁ~い!」

 

呑気に歓声を上げる茄子を他所に、鬼灯が話の続きを催促する。

 

「して、今回のお客様とは?」

「少しばかり、過酷な場所で働いてる貴方の同業者ですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うわけなのですが………ここの山を使ってもよろしいでしょうか岩姫様。」

「………しょうがないわね、貴方には一回お世話になってるもの。」

 

とある山の祠にて、1人……1柱の神を前にして月見が座っている。相対する緑色の着物を着た重々しい雰囲気の女神……岩姫はため息をつきながらしょうがないと言わんばかりに笑う。

 

「ありがとうございます岩姫様。」

「別にいいわよ、あの子達にもよろしく伝えといて。」

「はい……あ、こちら手土産の餅入り最中です。」

 

手土産を渡した月見は一度ペコリと頭を下げると、そのまま祠から立ち去って行った。すぐ側でその様子を見ていた着物を着た少年らしい出で立ちをした精霊……木霊(こだま)はおそるおそる岩姫に話しかける。

 

「あの、何かあったんですか?」

「ん?別に何もトラブルなんか無いわよ。ただ今年もあの子に神から依頼が来たってだけ。」

「依頼?」

「あら、アンタ知らないの?」

 

岩姫は月見からもらった箱を開け、中に入っていた個包装の最中の一つを取り出すとそのまま木霊に渡した。自分の分の最中も取り出し、袋を破って食べ始める岩姫はそのまま話を続けた。

 

「あの子の力については知ってるのよね?」

「え、えぇ、たしか疲れやストレスといったアバウトな物まで燃やせるとか何とか……。」

「その能力を使って欲しいって依頼がちょくちょくあんのよ。ここ数百年で始まったばっかだし年に一回あるか無いか程度だけど。」

「へぇ、そんな事が………でもそのお相手って誰なんでしょう。」

「神よ。それも様々な神話のね。」

「へぁッ!?」

 

思わず手に持っていた最中を取り落としそうになる木霊。

 

「ま、そんなかでも限られた奴しか依頼出来ないけど。」

「そ、そうなんですか……それまたなんででしょう。」

「決まってるじゃない

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子においたをしたらあの子の(美穂)保護者(月神達)が黙って無いからよ。」

「そういえば月見さんはともかく美穂さんは神嫌いでしたもんね……。」

「そもそも依頼だって基本月神を通してるから、問題がある相手ならそこで弾かれてんのよ。」

「何ともまぁ…愛されてますね。」

「一応私は月読様に大丈夫って判定されたけど、正直初めてあの狐の娘に会った時は死ぬかと思ったわよ………。」

 

しみじみと呟く木霊は静かに最中を食べ始めた。

 

 

 

 

「あ、美味しい。さすが月見さんの餅菓子ですね。海外にも売られるわけです。」

「ちょっと待って、販路拡大してたのあの子の餅。」

 

他の国でも月見さんの餅は人気です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お帰り月見。許可は貰えた?」

「うん、快く場所を貸してくれたよ。」

「やっぱり岩姫様は他の神と比べて話がわかる人ね。場合によってはニヤニヤしながら対価を要求してくる奴だっているんだもん。」

「だからといって神様が奉られてる場所壊さないでよ美穂。」

「大丈夫大丈夫、月神様達から「殺れ」って許可は降りてるから。」

「でもなぁ……。」

 

森の中、少し開けた場所に結界を張っている美穂の元へ月見が近づいて来る。結界の中には座敷や囲炉裏といったものが並べられており、そこで寛ぐ事もできそうだ。

 

「別に良いじゃん、基本的にそういう神は他の神からも迷惑がられてる奴なんだから。ほら、あの不細工勘違い豚の時なんてお礼言われた位だし。」

「…………あぁ、天邪鬼の事?」

「そうそう、そんな名前だったねあいつ…………今思い出しても腹立つわあの豚。」

「まぁまぁ落ち着こ?」ポフッ

 

美穂が不穏なオーラを纏い始めた所で月見は美穂の頭に手を置いて撫でる。最初は目を丸くしていた美穂は、次第に表情を緩め始め最終的にはデレッデレの笑顔で月見に抱きついた。

 

「えへへ………しゅきぃ……。」

「ほら、早く準備しないとあの子達もお客様も来ちゃうよ。」

「え~…。」

「え~、じゃないの。後で幾らでも甘えていいから……ね?」

「むぅ……はぁい。」

 

諭された美穂がしぶしぶ月見から離れた所で、森の中で何かが動く音が聞こえて来た。がさがさと音を立てながら近づいてくるその気配を察知した2人は揃ってその方角を向く。

 

「あ、来たみたい。音の数からしてあの子達かな?」

 

美穂はそう言って尻尾を揺らす。先程までの不機嫌さは完全に無いようだ。そうこうしている間に音は近づいてくる。

 

「ん……まだお客様が来るまで時間があるから、2人にもお菓子あげようかな?」

「良いんじゃない?囲炉裏の上に網張ってるから餅焼けるし。」

「じゃあきな粉と砂糖を……。」

 

月見がポーチから餅に合う食材を取り出し始めた時、近くの木々の間から2人分の人影が現れる。

 

「ここらへんだと思うんだけど………。」

「あ!月見にぃと美穂ねぇだよ!」

「ホントだ!良かった、合ってたんだ!」

 

現れた少年と少女は、月見と美穂を視界に捉えた瞬間に目を輝かせ、手を振りながら駆け寄って来た。

 

「ひっさしっぶり~!会いたかったよ~!」

「月見兄さん、美穂姉さん、久しぶり。」

「えぇ、久しぶりですね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立夏(りつか)くん、立香(りっか)ちゃん。」

 

月見に名前を呼ばれた外に軽くハネた黒い短髪と青空のような青い目を持った線の細い少年……藤丸立夏とオレンジがかったセミショートの赤毛と太陽のような目を持った活発そうな少女……藤丸立香は満面の笑みを浮かべた。




はい、FGO主人公のぐだーずです。関係性と仲良くなった経緯については次回とその次の話で語りますので、少々お待ちください。

月見さんの能力の月炎は神であろうと効果を及ぼすため、仲の良い月神達がストレスを燃やすように依頼する事があったのですがそれが他の神達にバレて「俺(私)達にもやらせろ!」となったため出来たのが今回の話の中心である「依頼」です。

次の話で皆大好きな彼女が出てきますよ。


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月夜日記二頁目

このぐだーずはまだ中学2年生位です。まだ原作開始時よりも精神的に幼い部分が見えますが、人たらしは健在なのでご安心を。






それでは、どうぞ。


「んー!美味しい!」

「うま……うま……」モグモク

「それは良かった……あ、これからお客様が来ますし、まだお菓子は出すので程々にしておいて下さいね?」

「「はーい。」」

「良い返事ですね。はい、緑茶です。」

 

座敷に座った立夏と立香は満面の笑みで月見の焼いた餅を食べている。それを優しい笑顔で見守る美穂は囲炉裏の火で淹れた緑茶を湯呑みに注いで正座をする2人の前に置いた。喜ぶ2人の反応に耳をブンブンと振り回して嬉しさを隠しきれない月見はポーチから部品を取り出して何らかの器具を組み立てていた。

 

「月見にぃ、何やってるの?」

「少しやりたい事があるので、その準備です。まぁ美味しい物を作るので、楽しみにしてて下さい。」

「やったぁ!」

 

無邪気に喜ぶ立香、餅を食べ終えたのかそのまま囲炉裏の火に手をかざし、暖を取り始めた。もうじき日が暮れる上、2人の服装はラフではあるものの着こんでいるため、この場所に来るまで寒かったのだろう。立香は出された緑茶を飲み、満足そうな顔をしながら息を吐いた。

 

「ふぃー……あ、立夏、あれ持って来てたっけ。」

「んー?……あぁ、確か2人分俺の鞄の中に入ってる筈だけど。」

「出しとくからバッグ渡して~。」

「んー。」

 

まだ餅をゆっくり堪能している立夏は傍らに置いてあった鞄を手に取ると、そのまま立香に渡す。渡された立香が中をまさぐり、引き抜いた手には2つのボロボロのお守りが握られていた。

 

「ねぇねぇ美穂ねぇ、言われた通り持って来たよ。」

「おや、そうですか。では諸々修繕して返しますね。」

 

そう言って美穂は立香からお守りを預かると中身を取り出した。中身は紙に包まれた青い結晶のような物であり、どこか月見の耳に宿る炎のようだった。しかし結晶は黒ずんでおり、輝き等は見られなかった。

 

「月見~、パパっと炎込めちゃって~。」

「えいっ。」ボウッ!

 

作業が一段落し、座敷に戻って来た月見は手から結晶に向けて月炎を放つ。すると、放たれた月炎は結晶に吸い込まれて行き、最後には全てが結晶の中にしまい込まれる。結晶の中には煌々と輝く青い炎が存在していた。完成したその結晶をしばらく覗き込んでいた美穂は納得したように頷くと何かを唱え始めた。

 

「……断律晶式 月守り……断律紙式 包み人。」

 

次の瞬間、結晶はより輝きを増した後、美穂の着物の袖から出てきた人の形の紙が抱きつくようにして包んだ。

 

「よしっと、2人共失くさないように気を付けて下さいね?」

「うん、分かってるよ。」

「勿論!」

「なら良いです。さ、そろそろお客様が来られる時間なので準備しますよ。」

 

いつの間にか新品同然となっていたお守り袋に結晶を入れた美穂は、そのまま立夏と立香に渡した後に座敷から降りてブーツを履き、地面に立つ。そのまま印を組むと再び詠唱を始めた。

 

「断風、断寒、雪除………あと何すれば良い?」

「一応隠蔽しといて。上から撮られたら不味いから。」

「了解………ふぅ、結界の属性追加は完了、後は座標合わせて来て貰うだけね。」

 

一仕事終えたような雰囲気の美穂に月見が労いの言葉をかけようとしたところでふと上を見た。それに気が付いた美穂と立夏と立香も上を見上げる。日が沈みかけ、満点の星空と満月が顔を覗かせる中、沢山の白い点がゆっくり降ってきた。

 

「あ、雪だ。」

「積もるかなぁ?」

「ええ、積もりますよ。というか私が積もらせます。」

「丁度良かった。このままだと少し殺風景になるところでした。」

 

 

 

 

 

 

「ちょ、どうすればいいのかしら!?よそ行きの服装なんてまともに用意してないし、現代っぽい服なんて知らないし………あぁ、もう!お父様のバカ!もっと時間が欲しいのだわ!」

 

一方その頃冥界では先程の女神がワタワタと目を回しながら準備をしていた。

 

「え、ええっと?とりあえず手土産に何か持って行った方が良いのかしら……手土産手土産………私特製の檻とか、いけるかしら?」

 

大きく、とても作り込まれた檻をガシャガシャと鳴らしながらひっぱって来る女神。

 

「いやでも他の国では檻に閉じ込める文化があるかどうか知らないし……あぁ、もう時間が無いのだわ!」

 

自分の頭をワシャワシャと掻くその姿に女神としての威厳は微塵も無い。彼女の疑問に答える存在も今この場にいない為、思考が堂々巡りとなっているようで、先程から同じような事を言うばかりである。

 

「う~~………。」チラッ

「「…………。」」ササッ

 

少し涙目になった女神が辺りを見回しても、声を出せるような存在はいない上、唯一動けそうなガルラ霊達もそそくさと岩の陰に隠れた。どうやら味方はいないらしい。

 

「この格好で良いのかしら……普段着なんだけど………ん?」

 

仕方なく自分の格好を確かめ始めた女神だったが、ふと自分の体が透け始めているのに気が付いた。

 

「…………ふぇ!?な、何これ!?あ、まさかこれが転送の合図!?まってまってまってまって!?」

 

慌てている間にも少しずつ女神の体は透けて行く。その現象が止まることはなく、段々と自分が別の場所に構築されていくのを感じられた女神が急いで近くにあった小さな檻をひっ掴んだ所で、女神が完全に光に包まれる。

 

「……………!」

 

隠れていたガルラ霊達が顔を出すと、そこに既に女神の姿は無く、代わりに一つの足跡が聞こえて来た。

 

「…………すまんな、我が娘よ。まさかお前がそこまでコミュニケーション能力が欠如してるとは思わんかった。許してくれ。」

 

ラピスラズリの髭を生やした老神……ナンナルは、若干申し訳なさそうな声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファン

 

「………ん?」

 

女神が転移した瞬間に固く閉じた目を開く。そこは先程までいた黒い地面と青い炎しかない冥界とは違い、目に入る一面に白い雪が降り積もっていた。日は落ちているため明るさこそ無いものの、月と星の明かりを反射してキラキラと銀色に輝いている。

 

「わぁ…!」

 

いつもいる冥界とは全く違う景色に目を輝かせる女神。

 

「凄い……!いんたーねっと?で調べたことはあるけど、本物は見たこと無かった……これが雪って物なのかしら?」

「……こんばんは、貴女がエレシュキガル様でお間違い無いでしょうか?」

「わひゃあ!?」

 

近くに降り積もって山になった雪を触ろうとしたところで後ろから月見に話しかけられた女神……エレシュキガルは甲高い悲鳴をあげ、数歩月見から離れるように後ずさった。

 

「だだだだ誰!?」

「あ、申し遅れました。僕は月見と申します。今回は貴女のお父様……ナンナル様からのご依頼でエレシュキガル様をおもてなしさせていただく事になりました。」

「え、お父様?……じゃあ貴方がお父様が言ってた…。」

 

ナンナルの名前が出たことで何段階か警戒レベルを落とすエレシュキガルは反射で手に抱え込んでいた鳥籠サイズの檻を持ち直すと胸を撫で下ろした。

 

「びっくりしたぁ………。」

「……すいません、何かしてしまいましたか?」

「あ、べ、別に気にしないで良いのだわ!私の不手際なのだから!」

「?そうですか?」

 

不思議そうに首をかしげてワタワタと慌てるエレシュキガルを見やる月見だった。しばらくして落ち着いたのか、エレシュキガルが話を振った。

 

「そういえば………ここは何処なのかしら?」

「日本の何処かにある山ですよ。まぁ目的地はここでは無いので着いてきてください。すぐそこに準備をしております。」

「そ、そう……わかったのだわ。」

 

ゆっくりと雪の降り積もった森を進み始めた月見の後をエレシュキガルはおずおずと着いていく。時折、辺りを見回して空から落ちてくる雪を楽しんでいる様子も見られる。

 

「………綺麗なのね。冥界にも華やかな植物は無いけど、現世には花以外にも景色を彩る物がある……少し羨ましいわ。」

「今の時期だと花を見ることは出来ませんが、日本の景色の魅力は言葉で説明しきれないほど多いのです。僕は数千年前からこの国にいますが、皆何かしらに美しさを見いだすのが特徴ですから。」

「そうなのね……。」

「まぁ、そこの辺りのお話も食事をしながらでもお聞きしますよ。」

「え?食事?」

 

月見の言葉に疑問符を浮かべるエレシュキガル。すると丁度前方に少し明るい光が見えて来た。

 

「はい、ただストレスを消して終わりでは少し味気ないでしょうから。」

「そ、そんなもてなしとか受けていいのかしら……?」

「いいのですよ…………さて、

 

 

 

 

 

 

 

 

ようこそおいでくださいましたエレシュキガル様。今宵は精一杯おもてなしさせていただきます。どうかお楽しみ下さい?」

 

開けた場所へ出た所で月見は振り返って一礼する。その後ろには美穂と立夏と立香が座敷に座って囲炉裏の上に吊るした鍋を囲んでおり、月見とエレシュキガルが来たことに気が付くと手を振って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぷはぁ、これがリョクチャ……ほっとする味なのだわ。」

「喜んで貰えたようで何よりです。」

 

靴を脱いで座敷に上がったエレシュキガルは早速美穂からお茶の入った湯呑みを貰い、飲み干していた。素直な賛辞を貰った美穂はクスクスと上品に笑う。

 

「…そ、それで貴女達は誰なのかしら?」

「あ、申し遅れました。私は月見のの美穂と申します、以後お見知りおきを。」

「そ、そう……。」

 

ニコニコと優しい表情を浮かべている割に何処か威圧感がある美穂に若干引き気味のエレシュキガルは話を切り替え、立夏と立香の方を向く。

 

「そ、その二人は?貴方達みたいに神性があるわけでもないし、なによりまだ生きてる人の子でしょ?」

「あぁ、この子達は……昔知り合ってからこの仕事を手伝ってくれてる………まぁ、親戚の子みたいな関係です。」

「藤丸立夏です。」

「藤丸立香です!」

「………そ、そうなの。」

 

笑って自分の名前を言う2人に少しばかり気圧されるような表情を見せるエレシュキガルだったが、それを見せないように頭を振るい目の前に吊るされた鍋を見やった。蓋が被せてあり、中身は見えないが縁からふつふつと沸き上がっているのがわかる。現世の物全てが珍しいエレシュキガルはその様子を興味深そうに眺めている。

 

「所で、鍋料理ってどんなものなのかしら?私の治める冥界は料理なんて物すらないから………。」

「ふむ、簡単にいえば複数の食材を纏めて出汁で煮込んだ料理です。日本に限らずとも、探せば色んな場所に根付いている料理ですよ。」

「月見、そろそろいいかも。」

「うん……よいしょっと。」

 

月見が鍋に被せていた蓋を布巾を使って持ち上げる。そうして開かれた瞬間、湯気が一斉に飛び出して囲炉裏を囲んで座る5人の視界をほんの少しだけ奪った。そしてその湯気が消えた所には、

 

「おぉ………!」

 

出汁がしっかりと染み込んだ色とりどりの野菜や見るからに艶がある魚の切り身、脂身と赤身のバランスが完璧な肉、ぷるぷるの豆腐など、いわゆる水炊きと呼ばれる部類の中身が顔を覗かせた。漂う出汁の香りだけで空腹になりそうなそれにエレシュキガルは釘付けになっている。

 

「はい、お椀に注いで下さい。あ、箸よりフォークの方が良いですか?」

「あ、うん……あと、何から食べたら良いのかしら?」

「そうですね……立夏くん、立香ちゃん、一緒によそってあげてくださいな。」

「「はーい。」」

 

美穂に呼ばれた二人はエレシュキガルの隣に移動すると、丁寧かつフレンドリーに話しかける。

 

「じゃあ早速注ぐね~。」

「エレシュキガルさんは何か苦手な物でもありますか?」

「え、ええっと………。」

 

立夏からの質問にエレシュキガルは露骨に視線を反らし、モジモジと手を動かし始めた。

 

「わ、私殆ど食事とかしたことなくて……今一何が美味しいとか分からないのだけど…………。」

「そっかぁ、じゃあ具材片っ端取ってくねエレちゃん!」

「エ、エレちゃん!?」

 

ニコニコと楽しそうに笑う立香から発せられた自分に対する愛称にエレシュキガルは雷が落ちたかのような衝撃を受ける。

 

「そ、そそ、そんな呼び方……。」

「………だめだった、エレちゃん?」

「はうあっ!?」

 

不敬な呼び方を直そうとするエレシュキガルだったが、少し不安そうな顔をしながら首を傾げる立香を見た瞬間、変な声を上げて心臓の辺りを押さえて後ろに倒れてしまった。

 

「エレちゃん!?」

「エレシュキガルさん大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫なのだわ……。」

(な、何なのこの気持ち………初めてなのだわこんなの。)

 

突如倒れたエレシュキガルを心配する立夏と立香だったが、当の本人はそれどころでは無かった。頭の中では先程の愛称がリフレインし、心臓はこれ以上ない位早く鳴っている。今まで感じた事のないポカポカとした気持ちに戸惑いを抑えられないようだ。

 

「えっと、エレシュキガルさ「………エレちゃん。」?」

「エレちゃんでいいわ。」

「!わーい!」ダキッ

「ひゃあ!?」

 

立香は喜びを体で現し、そのままエレシュキガルに抱きつく。距離感に慣れることが出来ないエレシュキガルは情けない声を上げてしまうが、何処か嬉しそうな雰囲気がある。そのやり取りを側で見守っていた立夏は椀とお玉を持ち直すとその2人に話しかける。

 

「そろそろ食べよう?立香………えっと、エレちゃん?」

「う、うん。」

「そうだね、いただきまーす!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりあの子達のコミュニケーション能力は凄いね。見習いたいよ。」

「あれはあの子達の体質と気質みたいな物だから気にしなくていいと思うけど………それに月見だって人気でしょ?」

「そうかな?」




純粋無垢なぐだーずの猛攻はコミュ障な女神様は陥落させる!

はい、ぐだーずが無双状態になりました。相手は誰であろうと絆されてしまいます。二人は相手が神であろうと構わず仲良くなりたいと思ってるだけで悪意などが一切無いため、相手した神や霊にメチャクチャ気に入られます。

言い忘れていましたが、冥界にも一応インターネットが通っていますが、エレシュキガルは新しい物を理解するのに時間がかかるタイプなのでまともに手を付けられていません。


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月夜日記三頁目

色々と追加設定がありますが、そう言うのが気にならない人はお進み下さい。

一つ思ったんですけど、九尾でも型月世界ではビーストレベルでやべー存在なのに十尾の美穂さんはどういった扱いになるんでしょうか。





それでは、どうぞ。


「はふっ、はふっ!」

 

鍋の中身を一口食べてからフォークが止まらないエレシュキガル。熱い物を一気に食べているからか若干涙目になっている気もするが、本神には止める気は一切無いようだ。

 

「ずすっ………ぷはぁ。」

 

椀の中に入っていたスープを飲み干した所で、一息ついたエレシュキガルはゆっくりと夜空を見上げる。

 

「初めてなのだわ………ここまで暖まる食事なんて……あ、お代わり貰えるかしら?」

「ええ、まだ材料は沢山ありますから。」

 

差し出さした椀にまた具材を注いで貰ったエレシュキガルは今までの分を取り戻すかのように食べていく。数分後、そこには落ち着いたのか顔を赤くして俯いたエレシュキガルがいた。

 

「うう………ごめんなさい、一人でテンション上がっちゃって………。」

「別に気にしなくていいんですよ?」

「今日はエレちゃんが主役なんだから、ほら、もっと食べよ?」

「優しさが身に染みるのだわ………。」ホロリ

 

長い間他人からの施しや労り等を受ける事が無かったエレシュキガルにとって、今の状況は経験のない事であるため感動も一潮なのだろう。情緒か落ち着いて来たのか、いつの間にか目尻に溜まっていた涙をぬぐい、話を始めた。

 

「それにしても、綺麗な空ね……。」

 

その言葉に立夏と立香も夜空を見上げる。満天の星空の中に、一際輝く月には餅をつくうさぎが見える。

 

「ねぇねぇ月見にぃ、一つ気になってたんだけど。」

「どうかしましたか立香ちゃん?」

「普通月があんな輝いてる時に星ってこんなはっきり見えたっけ?こないだ学校で習ったんだけど、月が輝いてる時は遠くの星は地球に届く光量が負けるから見えにくくなるんでしょ?」

「あぁ、その事ですか。」

 

囲炉裏で燃えているの青い炎を調節していた月見は立香からの質問に答える。

 

「僕の事は説明しましたよね?」

「うん、確か月に描かれてる餅つきうさぎなんでしょ?」

「それが答えです。」

「「?」」

 

月見の返答をいまいち理解出来ないエレシュキガルと立香だったが、隣に座る立夏は納得したように手を叩いた。

 

「あ~成る程。」

「え、なになにどういう事?」

「あの月、月見兄さんなんだと思う。」

「??………????」

「月見、もうちょっと噛み砕いて説明してあげたら?」

「ふむ………。」

 

月見はポーチから取り出した餅を囲炉裏の火で焼きながら考え込み始めた。火の粉が弾ける音はしないが、徐々に切り餅が膨らんで来た所で焼いた餅を鍋の中に投げ入れ、そのまま鍋をかき混ぜ始める。

 

「まぁ簡単に言ってしまえば、「日本と中国から見える月は僕が薬草や餅をついている姿」という伝承を利用した術式みたいな物ですよ。月の光を操作して、光の強さはそのままに他の星の光を邪魔しないように調節してるんです。」

「はぇ~。」

「………ちょっと待ってさらっと凄いことしてないかしら!?」

「自分の体なのでどうとでも出来ますよ。」

 

エレシュキガルの言葉に月見は首をこてんと傾げながら出汁の染み込んだ餅を自分の椀に入れる。

 

「まぁ強制的にこの結界の中を月炎でストレスを燃やしている状態にする為にしてるんですよ。そもそもこのもてなしの主な目的はそちらですし。」

「へ?」

 

すっとんきょうな声を上げるエレシュキガルをよそに月見は自分の椀に入れた餅を頬張る。10cmほど伸びた所で噛み千切り、そのまま咀嚼した月見は無表情のままうさみみを荒ぶらせる。

 

「………んぐっ、ナンナル様から伝えられて無いですか?これはストレスを物理的かつ強制的に燃やせる僕への依頼であるって。主な依頼者は全員仕事や関係で心が疲れた方々ですよ。貴女の場合は「弱音や文句を吐かずに仕事を続ける貴女をどうにかして休ませたい」というナンナル様からのご依頼ですので。」

「お父様………。」

「そう言うことなので、今は気にせず夜景と星空を楽しんで下さいな。」

「ええ、そうね……。私にも貴方が食べてるその白いの貰えるかしら?」

「もちろんですよ。喉に詰まらせないよう、気をつけて下さいね。」

「女神である私がそんなミスをするわけ無いのだわ!…………あちゃっ!」

「熱い出汁が染み込んでるので気をつけて下さいね?」

「…………言うのが遅いのだわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~…………満足なのだわ。」

「それは良かったです。食後のデザートも用意しますけど、入りそうですか?」

「問題無いのだわ。」

「分かりました。」

 

そう言って月見が作業に取りかかった所でエレシュキガルは座敷に寝そべり、改めて星空を見上げる。暫く無言で上を見ていたエレシュキガルだったが、不意に近くにいた立夏と立香に話しかける。

 

「ねぇ、二人とも。ちょっと話を聞きたいのだけど………いいかしら。」

「いいよ~、何でも聞いて?」

 

満腹でのほほんとしている立香がそう答えるとエレシュキガルは体を起こしながら問いかける。

 

「私が招かれた理由は分かったんだけど……貴方達はどうやってあの二人と知り合ったの?」

「ん~……まぁ色々あってね……。」

「………言いづらいことだったかしら?」

「そう言うことじゃないけど……いかんせん、俺らだと説明がしにくいんだよなぁ。」

「じゃあ私が説明しましょうか?」

 

立夏と立香がどう説明しようか頭を悩ませ、エレシュキガルが段々と不安そうな表情になり始めた所で美穂が話に入ってくる。

 

「美穂ねぇお願いできる?」

「良いですよ。」

 

そこで一旦咳払いをして息を整えた美穂はそのまま口を開いた。

 

「それでエレシュキガル様、私達と立夏、立香の関係についてでしたよね?」

「え、えぇ……私はてっきり神官みたいな存在かと思ってたんだけど、家族みたいな距離感だから違和感があって……。」

「まぁさっさと事実を言うと、友人ですよ。この子達にとっては幼い頃からの。」

「友人?」

 

そう言って首をかしげるエレシュキガル。美穂は首を縦に振り、肯定の意を示すとそのまま話を続けた。

 

「ええ、そうですよ。最初の出会いからインパクト大でしたからそこから今まで時々会って今では依頼の手伝いをして貰ってます。」

「……その出会いって?」

「あぁ、まぁなんというか……おや。」

 

ちらりと目線を外す美穂。それにつられたエレシュキガルがそちらを見ると、眠くなったのか二人で身を寄せあって座敷に眠る立夏と立香の姿があった。

 

「寝てしまいましたか……まぁいいですね続けましょう。」

「えぇ、静かにね。」

「分かってますよ。それで最初に二人に会った時……10年前なんですけどね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度この子達が神隠しに会って連れ去られてる最中だったんですよ。」

「何を言ってるのだわ!?」

 

告げられた内容が内容であるため、思わず声を出してしまうエレシュキガル。すぐに口を押さえて二人の様子を伺うが、すやぴこと眠ったままで呼吸に合わせて動くだけだった。

 

「………ホントに?」

「ええ、私と月見が現世の視察に赴いた際に妙な気配を感じまして。それでその場所を探してみたら祟り神と化した何かに連れ去られかけてたのでそこを月見の月炎で何とかした時に懐かれました。」

「えぇ…………。」

「あの子達、巻き込まれ体質かつ人外に好かれやすいらしくて……半年に一回は似たような事を体験してるみたいなんですよ。この前は魚人みたいな化け物に拐われてましたし、その主である旧支配者とか名乗ってた奴と仲良くなってましたし………確かクトゥクトゥとかそんな名前だったっけ?」

「クトゥルフさんだよ。」

 

どうでも良いことは全く記憶に残らない美穂か記憶を掘り起こしながら話していると、幾つか皿が乗った盆を抱えた月見が混ざって来た。

 

「そうだっけ?」

「何か日本を起点にして地球を侵略しようとしてたから鬼灯様と一緒に殴り込んだでしょ?まぁそれで大人しく生活する事にしたみたいだけど。」

「あぁ、そうだったわね。」

「か、会話についていけないのだわ……。」

「それはそれとしてデザートです。」

 

すっとエレシュキガルに手渡された皿の中にはぷるぷるとしている黒い餅が入っていた。エレシュキガルは皿を持ったまま首を傾げる。

 

「何なのかしら?」

「わらび餅です。このきな粉と黒蜜をかけて食べてください。」

 

そう言って月見はどこからか取り出したきな粉と黒蜜の入った壺を差し出す。そうして座敷に置いた後、藤丸兄妹を起こしにかかる。

 

「デザートですよ~。」

「「デザート!?」」ガバッ

「わぁ早い。」

 

即座に体を起こす二人だった。

 

「はい、わらび餅ですよ。きな粉と黒蜜はあそこです。」

「わぁーい。」

「いただきまーす。」

 

ほのぼのとわらび餅を食べ始めた二人を暖かい目で見つめるエレシュキガルだったが、ふと先程の会話を思い出して話を振った。

 

「ねぇ、二人とも。貴方達って人間以外の知り合いってどれぐらい居るの?」

「ん?んーと……月見にぃと美穂ねぇ含めたらざっと40人位?」

「人間の友達と同じ位居るからなぁ。」

「………良いなぁ。」

 

エレシュキガルがぽつりと呟く。その言葉に反応した立香はポケットから携帯電話を取り出した。

 

「ねぇエレちゃん、もし良かったら電話番号教えて?」

「ぇ?」

「あ、それとも携帯持ってなかった?」

「いや持ってるのだけど……。」

「じゃあ連絡先交換しよう!ほら、立夏も!」

「はいはいっと。」

「は、はわわわわ!?」

 

そのままトントン拍子で立夏と立香の連絡先を手に入れたエレシュキガルは呆然と電話帳に追加された二人の名前を見つめていた。

 

「れ、連絡先を交換したのお父様以外だと初めてなのだわ………。」

「エレちゃん、時々連絡してもいい?」

「えっ!?か、構わないのだわ!」

 

笑みを浮かべた立夏の言葉に携帯を胸に抱きしめ、顔を赤くしながらそう答えるエレシュキガル。返答を聞いた立夏は嬉しそうに笑う。隣でその様子を見ていた立香は少しムッとしながら正座するエレシュキガルに抱きつく。

 

「はわぁっ!?」

「ねぇねぇエレちゃん、私も良い?」

「も、もちろんなのだわ。」

「わぁーい!」ギュー

「はわわわわわわわわわわわっ~!!??」ボフッ

「あ、キャパシティー越えた。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「」プシュー

「ぐいぐい行くのもいいけど、ちゃんと距離感は考えましょうね?美穂さんとの約束ですよ。」

「「はーい……。」」




この世界のぐだーずはクトゥルフ神話TRPGのシナリオ10回分はクリアしてますね。慣れすぎてニャル様(変化無し)見ても「あ、こんにちはー」で済む位メンタルがバグってます。エレシュキガルにぐいぐい絡みに行ってたのもそこら辺の境界線が狂ってるからです。その上危機察知能力も磨かれてるためどこまで深い話をしても良いかを無意識のうちに理解してるので、余程根本から狂ってる奴でなければ誰に対してもコミュ力を発揮できます。戦闘力?装備ありミ=ゴにぎりぎりタイマンで勝てる位ですかね?

クトゥルフ神話関係の知り合いは甘党ふうせん様の邪神卓みたいな感じだと思って下さい。



これまでの依頼者(例)
・ハデス、ペルセポネ
  →秋の山のコテージ(美穂作)で日本食フルコース。
・フェンリル、スコル、ハティ
  →夏の川沿いでBBQ
・アルケイデス(ヘラクレス)+家族
  →普通の人間に化けて京都の街歩き。


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衣装日記一頁目

少しお久しぶりです。今回からのお話は少し捏造………みたいなものが入りますので、ご注意を。

時系列的には鬼灯の冷徹13巻辺りですね。順序がぐちゃぐちゃですが気にしないで下さい




それでは、どうぞ。


「「……………………………。」」

「何か不満ならはっきり言いなさい。私は傷付かない。」

「イイエ…………。」

「アリガトウゴサイマス………。」

(………偉い。)

 

閻魔庁の一角にて、淀んだ空気を纏いこれでもかと言う位の渋い顔をする座敷童子達と腕を組む鬼灯が向かい合っていた。座敷童子の方は何とも言えない妙にダサい女児用の洋服を着ていた。少し離れた場所からその光景を見ていたお香は事態を終息させるため、鬼灯に話しかける。

 

「………あの、鬼灯様…おっしゃってくれれば次はアタシが…買いに行きますけど……。」

「これは教育です。」

 

鬼灯はお香の方に振り返りながらいつもの仏頂面のまま話す。

 

「男に服を選ばせるとこうなりますよ、という。」

(……本当にセンスが無いのを誤魔化してるか厳しくするためにわざとこれを買ってきたのか分からないのよね……この人の場合。)

 

鬼灯の回答を聞いたお香は思考を巡らせながら苦笑いをしていると、近くを通りかかった資料を持ち運んでいる最中の唐瓜と茄子も会話に参加してきた。

 

「女児二人に不服を言えってのも凄い勇気だよな。」

「小さい女の子の指摘って結構的確で心に刺さりやすいもんな。」

「流石お洒落な美容院で堂々と「現世朝ニュースの安心イケメンアナウンサー風」って最も恥ずかしい形で注文できる人……やっぱり俺らとは桁違いの勇気持ってんな。」

「………おんなじ種類の勇気なのかしら?」

 

唐瓜の感想に首をかしげるお香だったが、それに気づいていない様子の二人は話を続ける。

 

「でも、あの子供っぽい所が可愛いけどな?アレ。」

「なんというか、微笑ましいって感じだよな。」

「大人から見て可愛くても当人は嫌なもんなのよ?」

 

唐瓜と茄子の話に入ったお香は昔を思い出すように目を伏せる。しかし顔には少し微妙な表情が浮かんでいた。

 

「アタシも昔あったわ。大好きなお婆ちゃんがくれた着物が何とも言えない………ホント何とも言えない妙~~な赤紫色で……でも、お婆ちゃんの事は大好きなのよ………。あの時みたいなものかしらねぇ。」

「私、身内がいないのでそれ、分からないです。」

 

そう言って首をかしげる鬼灯に対し、お香は周りに玩具や紙を散らかしこちらを見つめる座敷童子達の方を指差す。

 

「………あの目を見て、鬼灯様。……遠慮と悲哀が混じった埴輪のようだわ。」

「建前と義理を学ぶ機会を与えたのです。」

「夢も与えてあげて下さいな……。」

 

腕を組む鬼灯は今一感情が分からない無表情のまま顎に手を当てる。しかし鬼灯が現世に行く時の格好も"自分が鬼であることが分からない"位しか基準にしてなさそうな良く分からないデザインのTシャツなので良い案も出る訳もなく、そのままお香に尋ねた。

 

「………ではもう一着買うとして……お香さんにお任せします。ちなみにお香さん、現世に行った時、着てた服を選んだ決め手は?」

「えっと、アレは蛇柄がいいなって。」

「あ、ダメだセンス信用出来ない。」

 

選択肢を潰された鬼灯は次に近くまで来ていた唐瓜に噺を振った。

 

「唐瓜さんはどうですか?」

「あー…俺は雑誌見て上下丸ごと購入です。」

「俺直感。」

「ふむ、そうですか……。」

 

あまり収穫が無かったため、四人でどうしたら良いか悩み始める鬼灯達。側で無気力気味にゆったりと遊ぶ座敷童子はかなりの無のオーラを背負っており、なんともカオスな空間が出来上がっていた。するとそこに大きな段ボールを抱えた美穂が裁判場に歩いて来た。妙な気配を感じた美穂がふとその方向を見て眉をひそめる。

 

「何やってるんですか、こんな場所で。それに座敷童子ちゃん達が虚無虚無プリンになってますけど。」

「あら、美穂さん。月見さんはご一緒じゃないの?」

 

話しかけてきたお香に対して美穂は一旦段ボールを床に置いてから答える。

 

「月見は今書類の整理と患者の診察してるんです。もうそろそろ終わる時間じゃないですかね。」

「あぁ、そういえばそんな時間でしたね。今日はどんな感じでしたか?」

「何人か記録課が運び込まれて、ついでに実験にしくじった技術課が一人運び込まれた位ですかね?確か鳥頭とかなんとか………。」

あいつ(烏頭)かよ。」

「烏頭さん………。」

「相変わらずだなあの人も。」

 

そんなこんなで空気がある程度緩んで来たところで不意に美穂がポンと手を叩く。その後、先程まで運んでいた段ボールの蓋を開け、中身を取り出した。見た目はプラスチックで出来た半透明のボトルだ。中には液体が入っている。

 

「そうそう!新しい保湿美容液がちゃんと製品化出来たんでした。お香さん、もし良かったらどうぞ。」

「あら、いいのかしら?特に何かした覚えは無いのだけど……。」

「いいんですよ、私が好きでやってるんですし、必要でしょう?刑場は火に近いこともあって乾燥しますから。」

「えぇ、そうね、ありがたくいただいておくわ。」

 

そんな中、鬼灯はふと何かを思い出したかのように美穂に尋ねた。

 

「そういえば美穂さん、貴女現世の視察に向かった時に着てた服自分で購入されたんですか?」

「?…質問の意図が良く分かりませんけど、あの服は現世で買った物ですよ?月見の分も私が選んでますし。」

「適任がここにいた。」

「?」

 

鬼灯の言葉に首をかしげる美穂。先程までの会話を知らないため、この反応も当然なのだが鬼灯は構わず話を続ける。

 

「美穂さん、現世の格好の写真とかありますか?できれば月見さんも写ってる物。」

「?はい、ありますよ。」

 

そう言って美穂は袖に手を入れるとそこからスマホを取り出した。しばらく操作した後、四人に画面が見えるように持ち変える。

 

「こないだ現世に行った時は夏だったんで半袖ですけど、一応色々種類ありますよ。ほら。」

 

スマホの画面には現世にて街を歩く月見と美穂が写されていた。アングルからして美穂による自撮りなのが分かる。どちらも美穂の変化の術でケモミミや尻尾を隠して人間に擬態しており、その身には現世の流行りを取り入れたお洒落な服を纏っている。

 

「おぉ、すっげぇモデルみたい。」

「ホントだな。」

「美容関係を勉強してるうちにファッションにも詳しくなりまして、今ではデザイナーやスタイリストの知り合いが増えましたよ。カマーさんからも時々依頼が来ますし。」

「そういえば美穂さん何回か雑誌に載ってたわよね。」

 

覗き込む唐瓜と茄子は感嘆の声をあげ、お香も興味深そうに見ている。

 

「えぇ、やっぱり美容品を卸してると色んな所と縁が………あ。」

 

美穂が何回か画面をスライドし、とある写真に変えた瞬間、美穂は「やべ」と呟き、覗き込んでいた四人がそのままピシリと固まる。写真の中にいたのはベッドに座った月見であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただし男性用の際どいバニースーツを着ていたのである。

 

ノースリーブのベストと太ももまで惜し気なく晒すホットパンツ以外は身につけておらず、火傷が残る肌を晒しながら自前のうさみみをピンと立たせカメラを向いて首をかしげていた。その姿は元の外見の良さと幼さも相まってどこか禁断的な色気かあった。

 

即座に写真は右にスライドして行き、美穂はなんでもなかったかのような笑顔をしている。鬼灯は美穂を見てため息をつきながら口を開いた。

 

「あれ着せたのアンタだろ。」

「そうですが何か?」

「………別に貴女達夫婦の営みにとよかく言うつもりはありませんが、ほどほどにしておいて下さいよ。」

「月見がいやらしいのが悪いんです。私は悪くありません。」

((開き直った………。))

 

ニコニコと笑顔を浮かべる美穂だったが、小鬼二人にはとんでもない威圧感を感じる物だった。やがて鬼灯が諦めたかのような声色で話を続けた。

 

「……まぁいいです。本題に入りましょう。」

 

 

 

 

 

 

カクカクシカジカコンコンミホミホ

 

 

 

 

 

 

「あぁ、だから座敷童子ちゃん達あんな闇背負ってたんですか。鬼灯様、もうちょい良いの無かったんですかね?」

「私は教育したまでです。」

 

先程の事を棚にあげて呆れた目を鬼灯に向ける美穂。腕を組み、仏頂面のまま開き直る鬼灯は話の続きを促す。

 

「それで、引き受けて頂けますか?」

「ふむ……あ、そうだ。服のデザイナーやってる知り合いが近くに来てるらしいんですよ。今子供向けのお洒落な服のモデルが欲しいと言ってたので、あの子達ならルックス的にも条件満たしてますから推薦してみていいですか?」

 

その美穂の言葉に鬼灯は興味深そうに声を漏らし、唐瓜と茄子、お香は目を見開き、近くでこちらを見ていた座敷童子達はその真っ黒で大きな目を輝かせた。




~月見さんのバニースーツ姿に至るまで~

「ねぇねぇ、コスプレ専門店だって!」
「へぇ、最近の現世にはこんなのもあるんだね。」
「ちょっと見て行かない?」
「いいよ、時間あるし。」


30分後

「あー面白かった!」
「美穂、何か買ってたけど……。」
「ふふっ後でわかるから。」


夜(ラブホ)

「ふふんふふーん♪」ウキウキ
「…………ねぇ美穂、これ……。」
「ん?あぁ、それ?月見用のバニースーツ。」
「あ、うん。」
「ねぇねぇ速く着てよぉ、絶対似合うから。」



「…………これでいいの?」コテン
「あああああああああぎゃわいいいいいいい!!!」パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ
「(喜んでるならいっか)………ん?」
「…………フーッ…………フーッ。」パチンッ
↑自分の服を術式で消す美穂
「……………美穂?」
「………月見は獲物、後ろはベッド、私はもう準備出来てる………後は、分かるでしょ?」ニチャァ
「あっ(察し)……………………お。」
「お?」





「おいしく…食べてね?」
ブチッ「いっただっきまーす!」ガバッ


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衣装日記二頁目

少し遅れましたが許して下さい。それと、最近ダークソウル3買いました。





それでは、どうぞ。


「「知り合いのデザイナー?」」

「えぇ。」

 

地獄のテレビ局のメイク室にて、まきみきの二人に問われたカマーは頷く。どうやら番組の収録が終わった後のようでまきみきの二人はアイドルとしての格好ではなく、プライベートを過ごす為のシンプルな着物に着替えていた。

 

「昔は機織り……布地の製作専門だったんだけどね、今は色んな服のデザインから製作まで全部一人でやってるのよ~。」

「へ?一人でですか?」

「そうよ~。それでもって発注から納品までの期間が短いからそういった点でもかなり優秀な人なのよ~。」

 

呆気にとられるミキを気にせずカマーはスマホの画面を見せる。そこにはカジュアルなコートを身に纏う女性がポーズを取っている写真が映し出されていた。

 

「ほら、今言った人の新作。メンズもレディースも対応出来るから依頼が結構多いらしいのよね。」

「はぇ~、凄いお洒落~。」

「ん?このロゴ………。」

 

写真の服にマキが感嘆の声を漏らしていると、同じように見入っていたミキが何かに気がつく。

 

「どうかしたのミキちゃん?」

「ほら、ここ。」

 

そう言ったミキはコートの襟元辺りをズームする。そこには丸いロゴが入っており、中には何やら鳥らしき動物が描かれていた。

 

「あ、なんかロゴが入ってる………なんの鳥?」

「恐らくなんだけど、鶴じゃないかにゃ~。」

「鶴?何で?」

 

頭の上に疑問符を浮かべるマキ。その様子を見て、ミキは指を立てて話し始めた。

 

「ほら、昔話でもあるでしょ、「鶴の恩返し」。」

「あー!」

 

マキが納得したような声をあげる一方で、ミキはカマーに確認するように話しかける。

 

「で、あってます……よね?」

「あってるわよ~。よく分かったわね。」

「いやぁ、どこかで見たことがあるなぁって思ってたんですけど、よくよく思い出したらこないだウィンドウショッピングしてた時に似たような服あったなって。」

 

照れ臭そうに頬を掻くミキ。しかし、何か引っ掛かっているのか、カマーに質問し始めた。

 

「所で、なんで私達にこの話を?」

「あ、そういえばなんでだろ。」

「いやぁねぇ、今日そのデザイナーと会う予定があるんだけど、もし良かったら二人も行ってみない?もしかしたら、アイドルの衣装も作って貰えるかもしれないから。」

「「いいんですか!?」」

 

カマーか、軽い調子で告げられた言葉に二人は思わず叫ぶように返事をする。

 

「あの人、アイドルが大好きでね?よく衣装の製作に携わってたり、色んなライブに行ってたりしてるのよ。たしか最近は貴女達のライブにもよく行ってるって言ってたわね。かなりのファンらしいわよ。」

「そうなんですか?嬉しい限りですけど……。」

「だから、この間仕事手伝ってくれたお礼に貴女達にサプライズで会わせてあげたいのよ~。協力してくれる?」

「はい!」

「是非!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、美穂は地獄のショッピング街を歩いている。座敷童子達とその引率の鬼灯、月見もいる。

 

「ねぇねぇ、美穂さん。」

「デザイナーさんってどういう人?」

 

いつもの着物に着替えた座敷童子達は美穂の周りをうろちょろしながら美穂に問いかける。

 

「ん~、優しい人ですよ?美人ですし………まぁ欠点はありますけどね。」

「欠点?」

「まぁ、うん、重度のドルオタなんですよ。厄介では無いですけどね…………他人に押し付けることはしませんし、常識ある行動はするんですけど………。」

「けど?」

 

なんとも言えない微妙な表情を見せる美穂に座敷童子達は首をかしげる。言いにくそうにする美穂の代わりにずっと隣を歩いていた月見が話を続ける。

 

「興奮しすぎて毎回瀕死になってるんですよ。過呼吸になってその場にぶっ倒れたり、泣きすぎて水分不足になったり……悪い人ではないんですよ?」

「凄い特徴的。」

「うん、妖怪にもそんなのそうそう居ない。」

「なんとも個性的ですね。」

「たしか、鬼灯様は一度お会いしたことがあった筈ですよ?」

「ほう?」

 

なんともないかのように告げる月見。しかし鬼灯は心当たりが無いようで、思い出すかのように頭を捻るが今一ピンと来てないらしい。

 

「はて、デザイナーをしている知り合いはカマーさん位しか思い当たりませんが?」

「まぁ、おとぎ人の集会で会った程度ですからね。」

「おとぎ人………デザイナー……服?……あぁ、成る程あの方ですか。」

「鬼灯様?」

「知り合いなの?」

 

合点が行った様子の鬼灯に、いつの間にか腕にぶら下がっていた座敷童子が問いかける。

 

「知り合い……というぐらいに親しいわけではありませんが、彼女のおとぎ話はかなり有名ですからね。」

「「おとぎ話?」」

「お二人も知ってる話ですよ。」

「あ、ここですね。」

 

そんな話をしながら歩いていると、ふと美穂が立ち止まる。それに伴い全員が立ち止まり、近くの建物を見た。

 

「受付とかは無さそうですが、中々綺麗な場所ですね。」

「だってここはあくまでも彼女のアトリエですから。撮影とかは別のところですよ。」

 

そこは店が立ち並ぶショッピング通りより少し進んだ場所にあり、一見小さいものの現代風の要素もほどよく取り入れられた小さくお洒落な和風の家だった。よくよく見ると、玄関らしき扉の隣の壁にはインターホンが取り付けられている。美穂は躊躇いなくそのインターホンを押した。

 

ピンポーン

「………………。」

「「「………………。」」」

「出ませんね。」

「ん~?なんでだろ、この時間はここにいる筈なんだけどな。」

 

しかし一向に反応が無い。もう一度インターホンを鳴らすが何かが返って来ることもなく途方に暮れていると、どこからともなくギィ、という音が聞こえてきた。

 

「あ、開いてるよ美穂。」

「うぇ~……さてはまた徹夜したなあの人………。」

 

それは月見が玄関らしき扉を開けた音だった。扉には鍵がかかっておらず、軽く押しただけで開いたようだ。それを知った美穂はため息をつきながら遠慮なく扉の向こうへ入って行った。月見もそれに続いたため、鬼灯と座敷童子達もその後ろについていく。小さな庭のようなものの隣を通り、美穂は家の中に続く扉に手をかける。案の定鍵がかかっていないその扉をスパッと横にスライドさせると、小綺麗にしてある玄関が現れた。しかし美穂は少し顔をしかめ、月見もピクリとうさみみを震わせる。他の三人はその様子に疑問を持つが、不意に鼻に入ってきた臭いで理由を理解する。

 

「………少し酒臭いですね。」

「もうすぐ大きな仕事を終えるって言ってたっけ……月見も連れて来て正解だったなぁ。」

 

そう言って遠慮なくブーツを脱いで上がる美穂。それに続くように、他の四人も履き物を脱いで玄関から上がった。

 

「いいんですか勝手に入って。」

「構いませんよ、許可は貰ってますし。鬼灯様だってもう既に入ってるではありませんか。」

 

鬼灯からの質問に美穂は呆れた声色で返す。大部屋らしき部屋の前を通りすぎ、そのまま一番奥の襖をスパッと開け放つと、そこにはとんでもなくえげつない景色があった。床に転がる大量の酒瓶やつまみの袋、脱ぎ散らかされた服やそこら辺に舞う紙、床なんて3分の1位しか見えない、そんな汚部屋だった。

 

「「わぁ。」」

「中々ですね。茄子さんよりひどいとは………それに転がってるのも高級な酒ばっかりですね。」

「…………zzzzzzzzzz。」

 

初めて見る座敷童子達と鬼灯が各々言葉を漏らすと、どこからともなくいびき聞こえて来た。よくよく見ると、黒髪の女性が酒瓶が大量に置いてあるテーブルに突っ伏して寝ていた。美穂は慣れたように近づいて行く。

 

「さっさと起こしましょうか。」スッ

 

美穂は中指を親指で押さえて引き絞る。狙いをこめかみに定め、そのまま

 

 

 

 

 

「起きてくださーい。」

 

バチンッ!!

 

「アビャッ!?」

 

デコピンを食らわせた。その音からしてかなりのダメージがあったのだろう、食らった女性は変な悲鳴をあげながら座っていた椅子から転げ落ちる。そのまま目を回す女性の隣にしゃがみこんだ月見は女性の様子を伺うと、少々ジト目になりながら美穂を見る。

 

「…………美穂、もう少し調整して。」

「あれま、あんまし力入れてなかったんだけど。」

「疲労が溜まってたんだと思う……それを酒で誤魔化してたっぽいね。」ボウッ

 

女性がしてはいけない顔で気絶している女性に月見は月炎を移す。すると、青い炎はぼうぼうと勢い良く燃え始めた。

 

「ついでにアルコール飛ばしてるから、あと一時間位で正常な状態で起きると思うよ。」

「ありがとね月見……茶の間まで運ぶか。」

 

美穂が何かを呟くと袖から十枚程の紙が飛び出して、そのまま女性の下に入り込んで持ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントすいません、お見苦しい所を………。」

 

月見の言葉通り、綺麗な茶の間の座布団の上で一時間後に目覚めた女性は美穂から事情を聞いた瞬間土下座をかました。

 

「今日の朝やっと納品しまして………大仕事が終わった事に舞い上がっちゃって………話も忘れて酒を入れてしまったんです……。」

「結構な大酒飲みなんですね。見たところ十本位は開いてましたけど。」

「高級なお酒を呑むのが大好きでして………仕事が終わったら毎回呑むようにしてるんです。」

「その結果があれですか?」

「申し訳ございませんッ!」

 

プルプル震えながらか細い声で土下座を続行する女性だった。美穂は頭を振って口を開く。

 

「まぁ取り敢えず顔あげて下さい。この子達とは初対面なんですから、いつまでもそんなみっともない姿見せないでくださいな。」

「はい………。」

 

そう言ってゆっくりと顔を上げた女性は服を整えて改めて鬼灯と座敷童子達に向き直る。

 

「改めまして、鶴女と申します。普段は「ミス・クレーン」という名前でデザイナーなどをやっております。鬼灯様とはお久しぶりですね。」

「あぁ、おとぎ人の集合にいらしてましたね。」

「えぇ……それで、そちらの可愛らしい女の子達は?鬼灯様の娘さんですか?」

「違います、閻魔庁に住んでる座敷童子さん達です。」

 

即座に否定した鬼灯の隣に座る座敷童子達はクレーンに向かって口を開く。

 

「座敷童子の一子。」

「同じく二子。」

「「どうぞお見知りおきを。」」ペコリ

「というわけで、電話でお話した通りこの子達をモデルとして推薦したいんですけど、いかがですか?クレーンさん。」

「ふむ………少々失礼。」

 

美穂に問いかけられたクレーンはまじまじと座敷童子達達を見つめ始めた。しばらく見つめ合う三人だったが、不意にクレーンが目を見開いた。

 

「………ッ!!」

 

そしてどこからか取り出したスケッチブックに鉛筆を使って何かを書き始めた。突如鬼気迫る形相で動き始めたクレーンに座敷童子達は「おー。」と棒読みの歓声を上げる。

 

「凄い集中力。」

「昔見た現世のデザイナーも似た感じになってた。」

「いいですいいです!脳が刺激されて発想(アイディア)がドッバドバ湧いてきます!」シュバババババ

 

段々と興奮してきたのか頬を紅潮させ、笑みを深めるクレーン。描き散らかされて飛んできた紙の一枚を空中で掴み取って見た鬼灯は感心したような声を出す。

 

「ほぉ、この場で描かれたとは思えない程のクオリティですね。」

「鬼灯様。」

「見せて見せて。」

 

その言葉に鬼灯は座敷童子達にデザイン画を渡す。受け取っていそいそとデザイン画を見た二人は途端に目を輝かせた。

 

「「ふぉぉぉぉ……!」」

「ふぅ……子供服は初めてですけど、これはまた楽しそうな仕事になりそうですね!」

 

ようやく鉛筆を止めたクレーンはそう言いながらはにかんだ。その顔にはウキウキとした感情が隠せないでいた。




はい、ということでミス・クレーンです。fgoでは、恩返しする動物の意思の集合体みたいな存在ですが、ここでは鶴の恩返しに出てくるお鶴さんだけです。鬼灯の冷徹にもお鶴さんは出てきますが、この作品ではミス・クレーンのみとさせていただきます。

ミス・クレーンの汚部屋と酒好きは公式設定です。


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衣装日記三頁目

すいません、少々遅れました。今一口調が安定してませんがお許しください。





それでは、どうぞ。


「さぁさぁお二人共、どんな物がよろしいですか?出来る限りの要望はお聞きしますよ。」

「ホント?」

「じゃあ現世で流行ってる洋服みたいなのがいい。」

「えぇ、承りました!……あ、他の服のモデルもしていただけたら嬉しいのですが……よろしいでしょうか?」

「「やりたい!」」

 

座敷童子達からよい返事を貰ったクレーンはウキウキと再びスケッチブックに鉛筆を走らせる。それを端から見る鬼灯は興味深そうな声色で呟く。

 

「それにしても意外ですね。鶴の恩返しの諸説には反物を送る物は数あれど、服を作る話はほとんど無い筈なんですが。」

「あぁ、単純に趣味が高じた結果だそうですよ?………はむっ。」

「趣味?」

 

出されたお茶をのんびりと飲みながら自分で持ってきたおはぎを食べ始めた月見の返答に鬼灯は首をかしげる。月見はムグムグと口を動かすと、口に含んだおはぎを飲み込んで話を続ける。

 

「クレーンさん、元々世界を旅をするのが趣味だったんですよね。昔っから色んな国行ってたらしいですし。」

「あぁ、そういえば鶴は渡り鳥の一種で、確かシベリア辺りと日本を毎年往復してましたね。」

「そう言うことです…………おはぎ食べます?」

「頂きます。」

 

そんな会話をしながら二人揃っておはぎを頬張る月見と鬼灯。一度飲み込んだ鬼灯は月見に話の続きを促す。

 

「それで、それと服作りに何の関係が?」

「詳しくは知らないんですが……確か旅先の出会いが云々とか……。」

「そこら辺は本人から聞いた方が早いですよー。」

 

月見が首を傾げながら話していると、近くの戸から美穂が入って来た。

 

「おや、美穂さん。何をされてたんですか?」

「鶴女ちゃんの部屋の掃除です。あの子すぐ散らかすんでちょくちょく注意してるんですけどねぇ………。」

 

やれやれと美穂が肩を竦めた所で丁度玄関の方から呼び鈴の音が響く。会話をしていた三人は勿論、夢中でデザインを考えていたクレーンと座敷童子達も音に反応して顔を上げた。

 

「おや、お客様ですか?」

「いえ、今日は皆さん以外に誰かが来るとかは無かった筈ですけど……。」

「ちょっと出てきますね~。」

 

不思議な顔をしているクレーンを他所に、美穂はそそくさと玄関に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン

 

「あら、今日はアトリエにいるって言ってたんだけどねぇ?」

「あの~……良かったんですか?アポ無しで来て……。」

「また後日でもいいんですよ?」

「良いのよ~、そ・れ・に、貴女達の事は内緒にしておきたいし~。」

「「?」」

 

カマーの言葉をいまいち理解出来ていないまきみきの二人は揃って首をかしげる。すると、そこに玄関の中からこちらに近づく足音が聞こえて来た。

 

「はいはーい、どちら様ですか~……って、カマーさん?」

「あら、美穂ちゃんじゃな~い!こないだぶりね~。」

「「美穂さん!?」」

「おや、マキちゃんにミキちゃんまで………皆さんお揃いで何を?」

 

玄関が開くと、そこには美穂がいた。カマーは普通に挨拶しているが、マキとミキは目を見開いて驚いている。知り合いがいるとは思わなかったのだろう。そんな二人を他所にカマーは話を続ける。

 

「ちょっとクレーンさんに用事があっただけよ~。この子達はその付き添い兼クレーンさんへのサプライズよ。」

「あー……なるほど、それじゃあ上がって下さい。」

 

カマーの言葉に納得したような声を上げた美穂はそのまま三人を通す。堂々と入るカマーとは対照的にまきみきの二人はおずおずと遠慮気味に門をくぐる。

 

「どうされました?」

「あ、いやぁ……。」

「なんというか……私達が入っても良いのか分からない位品のあるお宅なので……。」

 

一瞬きょとんとした美穂はその後、クスクスと笑う。

 

「大丈夫ですよ、特に貴女達ならね。」

「へ?」

「私達なら?」

「さ、行きますよ~。」

 

二人の疑問の声は届く事なく、美穂はさっさと家に入って行ってしまった。

 

「ええっと……。」

「…………どうしよう。」

「私達も行きましょ?」

「「あっはい。」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラガラッ

 

「鶴女ちゃーん、お客様ですよ。」

「あ、はい、どなたでした?」

「私よ~。こないだのお礼をしに来たのよ~……あら鬼灯ちゃんに月見ちゃんもいたのね~。」

「「どうも。」」

「カマーさん!?」

 

座敷童子達の相手をしていたクレーンはガバッと頭を上げ、驚きの声を出す。

 

「こ、この間の件、仲介していただいてありがとうございました!」

「気にしないで?私も楽しい仕事が出来たわけだし、最近色んな所から引っ張りだこなんでしょ?それならいいのよ~。」

「そう言っていただけるのなら幸いです!」

 

ペコペコと座ったまま頭を下げるクレーンに対して、カマーはやんわりと顔を上げるように促す。それによりおずおずと顔を上げてこちらをみたのを確認したカマーは廊下で待機させていたまきみきの二人を手招きで呼んだ。

 

「さっきも言った通り、お礼としてスペシャルゲストを呼んでるのよ~。さ、二人とも入って入って。」

「「こ、こんにちは~…。」」

「」ピシリッ

「「まきみきだー!」」

 

まきみきがひょっこりと顔を出した瞬間、クレーンは目を見開いたまま固まった。側にいた座敷童子もいつもよりもテンションを何倍にも上げてまきみきの元へ駆け出していった。

 

「わぁっ!?……って、あれ?座敷童子ちゃん達?」

「なんでここに………?」

「服関係の事で少しクレーンさんに用事があったんですよ。」

「鬼灯様!?」

「よくよく見たら月見さんもいる……。」

 

突然知り合いが集まっている場面に出くわして困惑している二人を他所にマイペースにお茶をすすっていた月見は、ふと先程から固まり続けているクレーンの方へ話しかける。

 

「鶴女さん、どうかされました?」

「……………………。」

「…………?」コテン

 

しかし一向に返事が返ってくる様子は無く、ただひたすらに部屋の入り口にいるまきみきを瞬きもなく見つめるだけである。それを不思議に思った月見が首をかしげていると、家主に挨拶をしようと近づいていたまきみきの二人が座敷童子達の相手をしながら話しかけた。

 

「あ、あのッ初めまして、アイドルをしてるマキです!」

「同じくアイドルをしてるミキです!」

「…………………………。」

「………………あ、あの~。」

「何か反応していただけると嬉しいんですが~………。」

 

困惑した様子の二人を前にしてもクレーンは全く動かない。流石に異常を感じ取ったのか美穂は月見に話しかける。

 

「月見~、おそらく発作が出てるから確認お願ーい。」

「うん……ちょっと失礼しますね。」

「「あ、はい。」」

 

素直に下がるまきみきと入れ替わるようにクレーンに近づいた月見はポーチから一つの薬瓶を取り出しながら診察し始めた。

 

「…………………うん、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完全に気絶してますね。」

「「なんでッ!?」」

「大好きなアイドル成分の過剰摂取……ですかね?」

 

月見の診察結果に思わず声を荒げる二人。しかし月見は何もなかったかのように薬瓶の蓋を開け、作業を始めた。

 

「ただ驚きで意識が飛んで行っちゃっただけなんですぐに戻りますよ。」

「えぇっと………。」

「はい、起きてください?」

「………………………………………はひッ!?」

 

月見が薬瓶の中身を顔付近に近づけて約十秒後、クレーンはビクッと体を震わせ、情けない声を出した。そして再びまきみきを視界の中に入れたクレーンはガタガタと震えながら口を開く。

 

「もももももも申し訳ごさいませんッ!!まさか天女のごときお二人がこんな場所にいらしてくださるとは思いもしませんでしたのでェっ!!あ、あ、握手して頂いてもよろしいでしょうか!?」

「え?あ、はい、良いですけど…………」ギュッ

 

突如早口になったクレーンに若干びびりながらもアイドル活動によって鍛え上げられた度胸が働いたのか、自分からクレーンの手を握る。すると、更にクレーンの震えが激しくなった。

 

「こ、ここにいりゅぅ………ここにまきみき様が実在してふぁんさしてくれてりゅぅ………むりぃ………推せるぅ……。」ダバーッ

「ちょ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫でしゅぅぅぅ…………!」ギュッー

 

突如滝のような涙を流し始めたクレーンに戸惑うマキ。優しくかつ固く握り返された手に困惑しているマキはどうしようかといった問いかけの目線を側にいるミキに向ける。

 

「え、えぇっと………がんばれマキちゃん!」

「待って!?この人落ち着けるの手伝って!?」

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"~~!!」

 

しかしミキにも具体的な解決策があるわけでもなく、さらに状況は悪化していった。

 

「見てて面白いですね。」

「鬼灯様!そんなこと呟いてないでこの状況どうすればいいか考えてください!」

「あ、そろそろ時間なので今日はお暇しましょうか。」

「「はーい。」」

「あぁ、そういえば今日の分の仕事まだ終わってませんでした。帰ったらさっさと終わらせないと。」

「そう言うことなので、あとはお任せしますねカマーさん。」

「任されたわ~。あ、そうだ美穂ちゃん、今度月見ちゃんと一緒にモデルやってみない?」

「是非とも。明日時間開けときますので、その時にお話しましょうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………無視ッ!?」

「とりあえず、この人が落ち着くまで待とうかニャ………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「わー。」」タッタッタッタッタッタッ

「あら、お洒落な服ね。どこかのブランド?」

「クレーンさんの所。」

「「モデルをしてくれたお礼」って沢山くれたの。」

 

後日、座敷童子達はいつもとは違う華やかな洋服を身に纏って閻魔庁の裁判場を駆け回っていた。途中、お香の問いかけに対して、無表情ながらも嬉しそうな声を返す。近くで微笑ましげに見ていた閻魔大王はしみじみと呟く。

 

「いやぁ、服装だけでガラッとイメージが変わるもんだねぇ。」

「服装というのはその人物の印象と深く結び付く物ですからね。閻魔大王、貴方も似たような物でしょう。」

「あぁ、そう言われたらそうだねぇ。随分と昔からこの服だからなのか、現世で作られる儂の像もこういった服装が多いねぇ。」

「まぁ裁判官の皆さんは全員似たような格好をされてるので、亡者達からはよく秦広王と閻魔大王を間違われるんですけどね。」

「うぐっ………あれはまぁ、伝えられたのがそういった姿だからとしか言えないんだけどさぁ……。」

 

少し微妙な顔をしている閻魔大王を無視して手元の資料に目を通していた鬼灯はふと近づいて来る足音を捉える。そちらを見ると、いつも通りの月見と美穂が並んで歩いて来た。

 

「どうも、鬼灯様。」

「おや、月見さん、それに美穂さんも。どうされました?」

「もうじき昼休憩なので早めに食堂に行こうかと。」

「そうでしたか。」

「あ、そうそう。」

 

美穂はそう言って携帯端末を弄るととある画面にして鬼灯の方へ見せる。

 

「鶴女ちゃん、今度はまきみきのライブ衣装作ったみたいですよ。ほらこれ。」

「おや、そうなんですか。あの後色々あったんですかね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

prrrrrrr 

 

「?ちょっとすいません……………まーたですか。はい、はい、分かりました。」ピッ

「美穂、どうかしたの?」

「鶴女ちゃん、四徹のデスマーチでまきみきの衣装作ってぶっ倒れたって。」 




重度のドルオタ特有の早口は再現できませんでしたが、まぁまぁそれっぽく書けたと思うのでお許しくださいませ。

美穂さんはミス・クレーンがまだ現世にいた頃に出会っています。具体的に言えば、自分が鶴だということがバレて飛び去って行ったクレーンを保護し、地獄への移住をすすめたのが美穂さんです。そのため、ミス・クレーンは美穂さんに頭が上がりません。








それと全く関係ない話になるんですが、月見さんはバーソロミューのメカクレ判定はどうなるんでしょうか?


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恋歌日記一頁目

今回の話はバレンタイン関係です。そのためあのお二人にも出て貰います。




それでは、どうぞ


「ふふーん♪」

「はぁ………何故私まで………。」

「オイオイ、表情暗いぜかおるっち!」

 

地獄の街の一角にて、セーラー服に身を包みカラフルな髪色をした少女と、それに引っ張られる高級そうな着物を来た黒い長髪の美女が会話をしていた。見る限り、少女が引っ張って女性がそれに仕方なく応じている、といった様子だ。少女の方は所謂現世で言う所の『パリピギャル』のような雰囲気であり、女性に対してとてつもない頻度で絡みに行っていた。

 

「ほらほら、私に相談してみ?かおるっちの為ならある程度の事はしてやるぜい!ほれほれ~悩みはなんぞや?」

「分かりました、分かりましたから!もうそろそろ閻魔庁に着きますよ!」

「ん?うぉっ、ホントだ。いやぁ久々だなぁここ来るの!」

「………確かに私は一度裁判に訪れてからは来る機会もありませんでしたからね。」

「まぁ仕事頼まれちゃ断れんよな!おっしゃ、閻魔庁にカチコミ行くぞ~!」

「あ、ちょっと、待って下さい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………。」

「………………。」

「………………二月は嫌いだ………。」

 

閻魔庁内の廊下にて、獄卒の一人が腹立たしいと言わんばかりの声色で呟く。周囲の男性獄卒も同じように苛立っている雰囲気を漂わせている。呟いた獄卒と一緒に歩いていた唐瓜は、苦笑いしながらその獄卒尋ねる。

 

「…バレンタインがあるからですか~。」

「………そんな浮わついた理由じゃねぇ。」

「えぇ~先輩ヒガミっぽいですよ~。」

 

その言葉に反応したのか、その獄卒は目を見開きながら叫ぶ。

 

 

 

「人間が節分なんてムカつく行事するからDEATH!!」

 

 

「そういうこと!?」

 

先輩の魂の叫びに対し、唐瓜はビクつきながら返事をする。しかし、一緒に歩いていた周囲の獄卒達はその言葉に同調するように不満を叫び始めたのだった。

 

「畜生、鬼を何だと思ってんだ!!」

「豆をぶつける意味なんてわかんねぇ!」

「そもそも俺ら普通に味噌とか納豆とか豆食べるしね!?」

「あとバレンタインは普通にムカつく!」

(うわスッゲェ、不満だらけだ。)

 

そんな事を立ち止まって言っていると後ろからすたすたと歩いてきた鬼灯が呆れたような目をしながら話しかけてきた。

 

「……現世の行事ぐらい別にいいでしょう。私達が直接被害を被るわけでも無いですし。」

「だって鬼が病を持ち込むと思ってんスよあいつら………心外です!」

 

そんな不満を垂れ流す獄卒に対し、鬼灯はいつも通りの無表情で返答する。

 

「現世の人は「鬼」を「何やら恐ろしい邪神」という広い意味で使っているんですよ。事実、平安時代辺りでは瘟鬼という妖怪が病をばらまいていましたし。豆だって単純に「魔滅」という語呂から来ているそうですし、ただのお祭りですよ。」

 

そう解説するように話す鬼灯だったが、周りの獄卒達は今一納得出来ていないような表情をしている。しかし、そんなものは一切気にしない茄子は話題を一掃するかのように口を開いた。

 

「俺は節分よりバレンタインの方が興味あるなぁ~。」

「あぁ………恐らく茄子さんは臆面もなく「頂戴」って言える人種ですよね。」

 

納得した様子も見せながら何かを思い出すように顎に手を当てる鬼灯。

 

「最近、デパートの一角でバレンタインフェアみたいなのをやっていましたが、今一盛り上がりに欠けていましたね。最近では友チョコの方が主流とか聞きますし。」

「でも~~ ……何だかんだで鬼灯様は貰うでしょう?立場もあるし、人気が有りそうな容姿してますし。」

「容姿云々は分かりませんが、職場内のチョコレートは賄賂の可能性があるので基本禁止ですよ。例外はありますけど。」

 

その言葉に以外そうに目を開く唐瓜は、そのまま自分が抱いた疑問を鬼灯に向けて問いかける。

 

「えぇ~?そのくらい良いじゃないですか?」

「以前、実際にハニートラップによる不正昇進が結構あったんですよ。後処理が大変でしたね。」

「…でも皆こっそりやってません?」

「そこら辺は良識の範囲内でってことです。」

 

ある程度歩いた所で自販機の前で立ち止まる鬼灯、他の獄卒達は各自持ち場に戻って行ったが、まだ疑問が残る二人はそのまま立ち止まっている。そして、鬼灯が自販機で買う飲み物を選び始めた所で茄子が質問する。

 

「そういえばさ、さっき鬼灯様バレンタインの禁止は例外があるって言ってたけど、それってどんな状況?」

「状況というより人ですかね。」

「先程叫び声が聞こえましたが何かありましたか?」

 

説明を始めようとした所で月見がピョコンと顔を出す。それを認識した鬼灯は唐瓜と茄子の方に体を向け、月見を指差した。

 

「例外の代表格です。」

「「あぁ~。」」

「?」

 

鬼灯の言葉に納得の声を上げる唐瓜と茄子。しかし話題となっている当の本人は今一事情を読み取れて無いのか首をかしげている。それを察した鬼灯は月見に話をふる。

 

「バレンタインの話ですよ。貴方に関しては美穂さんからチョコレート貰うでしょう?」

「あぁ、日本でバレンタインが根付いてからは毎年貰ってますね。それがどうかしました?」

「いえ、職場でのバレンタイン云々の話なので関係無いですよ。深く聞いたら惚気が始まりそうですし。」

「ふむ?」

 

引き続き首をかしげる月見をよそに、鬼灯は自販機に小銭を入れ、一つのボタンを押す。ガコンッ、という音と共に排出口から出てきた「スープシリーズ ラーメンつゆ」とかかれた缶を取り出すと、それを手で弄び始めた。

 

「近年出来たバレンタインでの浮わつきと元来からある節分への不満とで、二月は仕事の出来が悪いんですよね…………………いや、いっそのこと………。」

 

鬼灯がそんな事を呟いていると、廊下の向こう側が何やら騒がしくなっていた。4人がそちらに目線を寄越すと、セーラー服の少女が大きく手を振りながら近寄って来ていた。

 

「あ、いたいた!おーい、鬼灯様~!呼ばれたからきたぜぃ~!あ、つきみっちもいる!」

「ちょっと、もう少し礼節を持ってですね………!」

「良いじゃんかかおるっち~。それよりもそぉい!」

 

追いかけて注意をしてくる女性をよそに少女は鬼灯に向けて何かを投げつける。難なくそれを受け止めた鬼灯は怪訝な顔をしながら挨拶をする。

 

「どうも諾子(なぎこ)さん、。この度はお越しくださってありがとうございます。それはそれとしてこれは何ですか?」

「私が買ってきたチョコレートだぜ!私ちゃんから早めのバレンタイン、ありがたく受け取りな!取り敢えずそっちにいる小鬼くん達にもそぉい!」

 

何処からか取り出した個包装のチョコレートを唐瓜と茄子に向けて投げつける。

 

「え、あ、うぉっ!?」

「わーいやった~!」

 

突然の出来事に対応しきれない唐瓜と、器用にキャッチし素直に喜ぶ茄子だった。そこで満足げに止まった少女に対し、鬼灯は問いかける。

 

「おや、月見さんには無いんですか?」

「うぐっ…………いやぁ、つきみっちに渡すのはちょっとリスクが高そうな感じ?私ちゃんはわざわざ無罪なのに死ぬのはごめんだぜ。ま、義理チョコでも許されんだろうから私ちゃんはここら辺でターンエンドなりぃ!」ビシィッ!

 

そう言ってポーズを取る少女。後ろでは着いてきていた女性が頭を押さえてため息をついている。唐瓜は若干気圧されているが、茄子は愉快そうにケラケラ笑っていた。

 

「滅茶苦茶フレンドリーな人だなぁ。鬼灯様、この人達って誰なの?」

「あぁ、説明がまだでしたね。」

 

鬼灯は二人を示すように手を向けると話を続けた。

 

「バレンタイン云々とはまた別件でお呼び立てした、清原諾子(きよはらのなぎこ)さんと恐らくその付き添いの藤原香子(ふじわらのかおるこ)さんです。お二人でも知ってるかなり有名な作家の方々ですよ。」

「「作家?」」

「えぇ、聞いたことあるでしょう?『枕草子』と『源氏物語』。」

「へ~…………ヴェっ!?」

 

鬼灯の言葉を一瞬受け入れた唐瓜だったが、その言葉を理解した瞬間、首を勢いよく二人の方へ向ける。驚愕の目線を向けられる二人は各々自己紹介を始める。

 

「ちわちわー、ご紹介に預かりました清原諾子でっす!昔は清少納言って名前で枕草子書いてたバリバリのキャリアウーマンだったんだぜい!気軽に『なぎこさん』と呼ぶがいいよ。」

「初めまして、藤原香子と申します。今日は諾子さんに連れてこられてここにいます。どうぞお見知り置きを……。私のことはお好きに呼ばれて下さい。呼びやすいのであれば、紫式部でも構いません。」

「というように、日本古典における代表格的なエッセイ本と小説の著者の方々です。」

「ガチの偉人じゃないっすか!」

 

事実を知った唐瓜は鬼灯に詰め寄ったが、当人は本当に事実を言っただけであり、特に反応はしない。

 

「でも、何で閻魔庁に?何かイベントでもあるの?サイン会?」

「いえ、違いますよ。紫式部さんはともかく、諾子さんはもう暫くの間筆を執ってませんし。」

「そうそう、もう歌人は止めたから今は楽しくパリピ街道一直線ってね☆ちょくちょく本は書いてるけど。」

「へ、へぇ………だったらなおのこと何故閻魔庁に?」

「確か記録課の方々への講習の為ですよね、鬼灯様。」

 

唐瓜の問いに対し、月見が会話に入って来た。その言葉に鬼灯は肯定の意を示す。

 

「えぇそうですよ。」

「でも記録課との繋がりなんて想像出来ないけどなぁ。」

「おや、知りませんでしたか?

 

 

 

 

 

 

諾子さんは昔、記録課の副主任だったんですよ。」

「ふぇっ!?」

 

鬼灯から軽く告げられた事実に何故か反応した女性……紫式部はそのままおどけた様子の少女……清少納言の体をがしりと掴み、問い詰め始めた。

 

「諾子さん、聞いてませんよそんな事!」

「うぉう!?どしたかおるっち、そんな私ちゃんが閻魔庁で地獄のキャリアウーマンしてたの知りたかったか!?」

「別にそういうわけでは……兎に角、そういった事はもっと早く話してください!心臓に悪いです!」

「わ、わかったから、そろそろ揺らすの止めちくり~。」

「月見さん、やってください。」

「てい。」

 

体を揺らされた清少納言がぐるぐる目になり始めた所で鬼灯の指示を受けた月見が能力を使い、紫式部を青い炎で包んだ。見たことが無かったのか、二人は目を丸くして驚いている。

 

「きゃあッ!?」

「すごッ、かおるっちが青色に人体発火し始めた!これを見るのも久々だなぁ!」

 

なお清少納言は驚きよりも面白い、懐かしいといった感情の方が強そうである。そんな二人の様子を見て、月見はてちてちと近づいて首をかしげながらたずねる。

 

「大丈夫ですよ、無害にしてますから。落ち着きましたか?」

「え、えぇ………。」

「問題無いぜかおるっち、つきみっちの炎は基本的にセラピー的な奴だから。」

「えい。」ビシッ!!

「あだーッ!?」

 

そう言って月見の頭を肘置きにしながらキメ顔でサムズアップする清少納言に向けて後ろから誰かがチョップをかます。かなり強かったのか、頭を押さえ込んで地面にしゃがみながら震えている。

 

「ちょぉ……私ちゃんのかわいい頭が後頭部からパッカーン行くとこだった………。」

「貴女は亡者なんですし、そのまま逝っちゃっても良かったのでは?」

「ちょいちょ~い、そこまでして私を亡き者に仕立て上げたい奴は何処のだ………れ…………。」

「お久しぶりです諾子さん、

 

 

 

 

私の月見に寄りかかっていた事に対する弁明はありますか?」

 

清少納言が自分にチョップを入れた人物を見た瞬間、言葉が段々と尻すぼみになり、冷や汗がだらだらと流れ始めた。その目線の先には、ニコニコと笑いながらも殺気を駄々もれにする美穂が手の関節を鳴らしながら近づいていた。

 

「いや別にちょっかいかけようとか思った訳じゃ無くて………丁度良かったというか何というか……。」

「ふーん……………。」

 

ひきつった笑みを浮かべながら必死に弁明する清少納言を静かに見下ろす美穂。薄く開かれた目からはどす黒い闇が広がっている。

 

「だからぁ………許して欲しいなぁって……ね☆」

 

「……………………有罪(ギルティ)。」ニコッ

 

ドコムッ!!

 

「うごあッ。」パタッ…

「な、諾子さん!」

 

脳天に重い一撃を食らった清少納言はそのまま床に沈む。思いっきり白目を剥き泡を吹いておおよそ女性がしてはいけない類の顔をしており、事の顛末を呆然と見ていた紫式部が思わず駆け寄っていた。ある意味この状況を作り出した原因である月見は無言で突っ立っている美穂に話しかけた。

 

「美穂、流石にやりすぎだよ?」

「ねぇ、月見?月見は無防備過ぎるんだよ?特にこの時期は浮わついて月見を見て「ワンチャン行けるかも……?」なんて思うクソ女が蔓延ってるんだよ?月見は全部私の物なんだから。諾子さんは取り敢えずぶん殴ったけど、あれを他人に見られたら調子に乗った屑どもが騒ぎ立てて……あぁやっぱり二月は月見を監禁しておいた方が良いのかしら。そうやって月見を隅々までマーキン「落ち着いて美穂。」

 

即座に月見に詰め寄った美穂は高速でとんでもない事を呟き始めた。月見が止めていなければ軽くこの10倍は語られていただろう。そんな美穂を落ち着かせるため、月見は優しく美穂の頭を撫で始めた。

 

「大丈夫、僕は美穂以外を愛する気は更々無いから、ね?」

「月見……月見ぃ…………。」

 

そう言って月見の肩に顔を埋める美穂。腕はしっかりと月見に巻き付くように固定されており、尻尾も「月見も逃さない」という意思を感じるような動きをしていた。そんなギッチギチに拘束された月見だったが、それを気にする事なく静かに頭を撫で続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ず、随分と旦那様を愛されてるんですね。」

「何が怖いかってあれがほぼ平常運転なんですよね。バレンタインが習慣となってからは毎年似たようなやり取りやってますし。」

「えぇ…………。」

「わ、私ちゃんとんだとばっちりじゃね………?」

「元はと言えば貴女が月見さんに寄りかかった事が原因では?」




はい、なんかいつの間にかなぎこさんが理不尽な目にあってました。なお、チョコレートを渡していたら骨数本持って逝かれてます。

なぎこさんの記録課云々はまた次の話で説明いたします。


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恋歌日記二頁目

なぎこさんは根は良い人なので、割りと振り回される側だと思われるのです。どれだけやっても鬼灯様が振り回される景色が思い浮かびませぬ。






それでは、どうぞ


「落ち着きましたか?」

「いやぁ、この時期で月見に触れる女は殆ど敵に見えてしまいまして。すいませんね諾子さん。」

「私ちゃんが亡者じゃ無かったら今頃ポックリだぞ~ちゃんみほ~………うおぉ……痛ぇ……。」

 

あの後、話が進まないと判断した鬼灯によって頭に一発貰った美穂は月見を後ろから抱き締めながら笑う。口と表情は反省しているような感じはあるが、月見を捕まえている腕には「絶対に離さない」という強い意思を感じる。その隣では清少納言が頭を擦りながら立ち上がっていた。

 

「それで、諾子さんは兎も角何故紫式部さんまで?」

「暇そうにしてたから私ちゃんが連れてきたぜぃ☆」

「えぇ…まぁ…そう言うことです。」

 

やっとテンションが戻って来た清少納言に対し紫式部が疲れたように同意する。そんな態度を見て清少納言はいじけるように頬を膨らませる。

 

「え~、最近本の新しいネタが無くて困ってるって言ってたじゃんか~。」

「確かに言いましたけど……!私みたいな部外者がここに入っても良いんですか?」

「構いませんよ、諾子さんから事前に聞いていたので。」

「へ?でも私、今日引っ張られて来ただけで何も知らされて無いんですが………。」

「だ、そうですが。」

「元から連れて来るつもりだったけど?」

 

あっけらかんと言い放たれたその言葉に呆然とする紫式部。清少納言はニッ、とイタズラが成功したような笑みを浮かべた。

 

「だって言ったら「お邪魔ですし……」とか言って遠慮するだろうからこうした方が早いジャン?」

「えぇその通りですよ、良く分かってますね私の事!」

「伊達に地獄に来てからかおるっちに絡みに行ってないのだよ。1000年もあれば把握できる事だぜ。」

「記録課時代でも良く話題に出してましたもんね。「私の後輩凄いだろ~!」って。」

「ちょいちょいちゃんみほ~?それ今言うことか~?」

 

美穂から告げられた事実に少しひきつった笑みを浮かべながら顔を赤くする。しかし美穂は先程の意趣返しと言わんばかりに良い笑顔を浮かべて話を続けた。

 

「えぇ~?だって諾子さん、仕事し過ぎで医務室ぶちこまれた時、結構な確率で紫式部さんの作品読んでたじゃないですか。別に隠すことでも無いでしょう?」

「本人の前で言うんじゃね~、確信犯だろアンタ!」

「そうですが?」

「うわめっちゃ良い笑顔!」

 

事情を知らない無関係の人が思わず見とれてしまいそうな笑みを浮かべる美穂。しかし相対する清少納言にとっては悪魔の笑みにしか見えていなかった。隣には驚きで目を見開いてこちらを見つめている紫式部もいる。

 

「な、諾子さん…………。」

「見るな!そんな目で私ちゃんを見るなかおるっち~!」

 

うがーッ、と頭を抱える清少納言。暫くそのまま時間が過ぎさったが、気まずくなった紫式部が話題を反らし始める。

 

「そ、そういえば先程、仕事のし過ぎで医務室にお世話になったと仰ってましたけど……何があったんですか?」

「い、いや、それは………。」

 

自分の昔の仕事事情に入った途端、露骨にギクシャクする清少納言。かなり不自然になり始めたが、ド天然の月見はそんな事を気にすることなく話を継いだ。

 

「諾子さんに限らず、記録課の皆さんはほぼ全員が医務室の常連ですよ。所謂仕事中毒(ワーカーホリック)と言う奴ですかね?ぶっ倒れたり、座ったまま気絶したり、突然訳の分からない事で爆笑し始めたり………その度患者として医務室に運び込んでいるので、閻魔庁の医務室は他の庁と比べて圧倒的に使用率が高いんですよね。」

「尚、諾子さんは年一は必ず医務室に運ばれてましたし、仕事を始めてから辞めるまでの数百年一切変わりませんでした。」

「うるへ~!ハゲっちの部下やってたら必然的に皆そうなるじゃろが~!」

「本当にそれなんですよね。あの人の仕事っぷりが化物過ぎて他がついていこうとした結果が医務室送りですし、当人達は無茶していることを自覚していないという………。」

「どんな闇企業ですか!?」

 

告げられた情報に思わず自分の意見をぶちまける紫式部。遠い目をしながら頷いている唐瓜と茄子を余所に、鬼灯は少しばかりムッとしたような声で反論する。

 

「失礼ですね、別に仕事を強要していませんし、定時には帰れるように工夫はしてますよ。ただ、仕事を突き詰め過ぎて」

 

その言葉に同調するように美穂の腕の中に納まる月見も口を開いた。

 

「そうですよ、休んで欲しいのに全く休まないのでこちらの仕事も増えるのです。」

「月見さん、仕事が増える云々については同意しますし、自分も言える立場では無いですけど、一番休んでないのは貴方ですよ。こないだ何徹してたか言ってみなさい。」

「…………………フスー。」

「口笛吹けてませんよ。」

 

しかし鬼灯の切り返しが直撃し、真顔のまま目を反らして口笛を吹いて誤魔化そうとする月見。尚、変なところで不器用なため、空気が漏れているような音が鳴るのみである。段々と話が反れてきた所で、紫式部が咳払いをして話を戻す。

 

「コホンッ……それで、諾子さんはどう言ったお仕事でこちらへ?ほぼ部外者の私が言うのも何ですが、唄を詠むイベントがあるわけでも無いのでしょう?」

「あぁ、言ってませんでしたか、今回は講師としてお呼び立てしてます。」

「講師?」

「えぇ、速筆教室の。」

「速筆教室!?」

「あれ、知らなかったかおるっち?私が本気出せば『源氏物語』の写生一週間位で終わるぜ?」

「あの100万文字を!?どんな手首してるんですか!?」

「最後辺りはギリギリ見えるようになってたわ。いやぁ、いとエモくて退廃的な景色が広がっていたぜ。」

「現代で『いと(とても)』を使う人貴女ぐらいしか知りませんよ。」

 

軽い感じでケラケラと笑う清少納言はいつの間にかポケットに忍ばせていた個包装のチョコレートの包みを破り、中身を口に入れて咀嚼し始める。小気味良い音を立てて噛み砕かれるチョコレートを味わいながらしみじみと呟く。

 

「あ"~糖分が頭に染み渡るじぇ~………あ、そういえば明日バレンタインだけどなんかするのかね?」

「……………そうですね、そこについて少しばかり考えがありまして………そうだ、どうせだったらお二人も参加していかれませんか?」

「「?」」

「近年、バレンタインでの浮わつきと節分への苛立ちで二月は仕事の出来が悪いんです。なので、それをどうにかするイベントでもやってしまおうかと思いまして。」

「私ちゃんは面白そうだから参加するぜぃ!」

「わ、私は………。」

「ほらほら、かおるっちも遠慮せずに~。」

「……そう、ですね、見学で良いのなら………それで、何をなさるおつもり何です?」

「いえ、私も思い付きなのでどうなるかは分かりませんが………。」

 

鬼灯はそう言ってずっと手で弄んでいた『ラーメンつゆ』の缶のプルタブに指をかけて開封し、そのまま自分の喉に流し込み始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バレンタイン当日の閻魔庁の裁判場にて、鬼灯は閻魔大王を横に退かし、一番目立つ閻魔の裁判台にいた。その上隣には腕を組んで丸いグラサンをかけた清少納言が仁王立ちしている。その前には獄卒らしき鬼の集団は全員事情が把握できておらずどことなくオロオロしているようだった。横に退けられた閻魔大王が「ワシの席……」と言っているが、そんなことは気に留める事柄では無いのだろう。そんな中、鬼灯は喧騒を気にせず口を開く。

 

「女性の皆さん、この際ハッキリ堂々と、この場で告白してしまいましょう。」

 

その言葉と共に、獄卒達のざわめきは更に大きくなるが鬼灯がそんな事を気にする訳もなく、そのまま話を続ける。

 

「男女が共にいる以上職場恋愛するなというのは無理な話です。ならばいっそ、面倒なことになる前にここでケリをつけるのです。」

 

そう言いきった鬼灯だったが、周囲の反応はあまり良くない。

 

「ハッキリ言うって………。」

「ムリムリムリ。」

「そのためのチョコレートなんじゃ……。」

「堂々と告白させるって酷だよ……なぁ?」

「確かに声で言うのはキツイですから………これを用意しました。」

 

言葉と共に鬼灯は裁判台の裏に隠してあった物を見せる。豆と彫られた升の中には黒くて丸い物体が山のように積んであった。

 

「………黒豆?」

「カカオです。今からこれを全員に配るので、女性は意中の男性にこれを思いっきりぶつけてください。男性と思い人がいない女性は柱に縛り付けてある亡者に向かって投げて下さい。」

 

「節分・バレンタインチャンポン!?」

 

叫びが聞こえてきたが、鬼灯は何処からか出したカカオの実を見せながら話を続ける。

 

「ついでにモテ男は痛めつけられ、非モテは多少スッキリ出来ます。カカオの実もどうぞブン投げて下さい。」

「それドMの勝利ですよね?」

「いえいえ、これはお祭りです。ストレス解消と思って下さい。ではゲストの清少納言さん、先陣を切って下さい。」

「おっしゃ!やってやるぜぃ☆」ガチャッ!!

 

いつの間にか両手にマシンガンを装備した清少納言はニヤリと笑い、鬼灯の合図を今か今かと待ち始める。マシンガンのマガジン部分にはカカオが入っているタンクがついていた。

 

「それでは

 

 

 

 

始めッ!」

 

 




文字を書くスピードは大体平均で一時間2000文字程ですが、これだと源氏物語を写生するのに500時間(約21日丸々)必要になります。

諾子さんが持っていたカカオマシンガンは技術課が一晩でやってくれました。


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恋歌日記三頁目

少し遅れてしまいました。





それでは、どうぞ


閻魔庁の入り口前の階段を一人の女性……岩姫が上がって行く。その足取りはほんの少しばかりそわそわしていた。

 

「鬼灯様、いるかしら……………それにしても騒がしいわね。」

 

その独り言の通り、目の前の扉の向こう側からは何やら騒ぐ声が絶えず聞こえてくる。岩姫は恐る恐る閻魔庁の扉を開き、中を覗き込んだ。

 

 

 

「亡者は~~外!」

「イケメンは~内!」

「亡者は~~外ッ!!」

 

(何か変な行事やってる!)

 

扉の先では多くの獄卒が男女関係なく手に持ったカカオ豆をばら蒔き、柱に縛り付けられた亡者目掛けて全力でカカオ豆をぶつけ、またあるところでは意中の人目掛けてこっそりカカオ豆を当てる女性獄卒もいた。そのため空中にもカカオ豆が飛びまくり、床にもカカオ豆が所狭しと散らばる始末であった。

 

「何で鬼に豆ぶつけられんだよォォォぶへぇあっ!」ズバンッ!!

「豆まきってやってみると楽しいな!」ブオンッ!

「い、今俺に豆ぶつけたの誰ーッ!?」キョロキョロ

「………ッ。」サッ

 

カカオ豆まきを楽しむ面々の中には桃太郎ブラザーズや小鬼達などの姿も見える。

 

「お、お香姐さん、俺に………!」

「あ~~~~カカオって甘くないんだ。」

「あ、おいシロ!お前犬なんだからカカオダメだろ!」

 

「閻魔庁がカオスなことに………。」

 

そんな中を歩く岩姫は呆然としながら周囲を見渡している。その途中、視界の端に見知った人物が二人揃っているのが見えた。

 

「…………ふぅっ。」

「あ!月見さんと美穂さんッ!」

「?……………あ、岩姫様でしたか。」

「ん~?あ、お久しぶりです岩姫様。」

 

いつもよりも鈍い反応をする月見にそんな状態の月見を後ろから抱いておっとりとした顔をする美穂に向かって歩き出す岩姫。しかし、その隣で眼鏡越しの目の前の風景から何かを一心不乱にメモしている紫式部を見つけた瞬間、その顔にはひきつった笑みが浮かんできた。

 

「……そ、そっちの娘は?」

「ネタ探しが勢いに乗り始めた作家の紫式部さんです。」

「向こう側の方々を題材にした真っ正面からの恋物語………?いや、あっちの方であったお互いに思いを馳せているのに素直になれない男女達の修羅場劇………あぁ、アイデアがどんどん湧いてきますね……!」ブツブツブツブツ

 

左手に持った本で見えにくくなっていたが、とんでもなく怪しげな笑みを浮かべている紫式部にドン引きしながらも話を続ける岩姫。

 

「ま、まぁこの娘の事は良いわ。それより、この騒ぎは何なの?」

「ん~そうですねぇ……私達は単純に怪我人が出た時の対処要員ですので~、詳しい事はカカオマシンガンを乱射しまくってる諾子さんの近くで困惑している閻魔大王を追い出して裁判台に立っている鬼灯様に聞いて下さいな……ね~月見~?」

「…………うん。」コクッ

「むふふ~。」ナデナデ

 

唐突にイチャつき始めた月見と美穂に対して額に青筋がたった岩姫だったが、一つため息をついて踵を返した。リア充特有の甘い空気とその隣で狂気的とも言えるような速度で右手のペンを動かし続ける紫式部の近くに居たくないのだろう。

 

「………それじゃあ私は鬼灯の所へ行ってくるわ。」

「はい、行ってらっしゃいませ~。」

「………ませ。」ペコリ

「いやまだ、無限の可能性が?しかし…………。」ブツブツブツブツ

 

最早自分の世界へとトリップしている紫式部を余所に、美穂は自分の腕の中にいる月見を愛おしそうに見下ろす。そして自分の着物の袖から一つの箱を取り出すと、そのまま月見に渡した。

 

「はい、チョコレート。」

「……朝にも貰ったけど?」

「だってまた徹夜して疲れてるでしょ?これ食べて元気だして。」

「………うん、ありがとう。」

 

ヒョイッ パクッ

 

そう言って包みを開けて入っていたチョコレートを口に入れる月見。美穂も後に続くように口に含むと、暫くの間無言で味わっていく。やがて口の中が空っぽになった月見はもう一つを手にとって食べたが、音を立てながら咀嚼していた最中、不意にその動きをピシリと止める。

 

「………ねぇ、美穂?このチョコレート、何か混ぜた?」

「………さぁ?どうだろうねぇ?」ニチャア

 

表情をほんの少し苦しそうな物に変える月見が後ろを見ようとするも、体は美穂によってしっかりと固定されているため動くことは出来ず、少しだけ艶やかな声になった美穂に寄りかかる。頭のうさみみは顔の前にペタンと倒れ、顔はほんのりと赤みを帯びていた。

 

「………………まだお昼だよ?」

「分かってるよ?お返し(・・・)は夜に貰うつもりだし、それまで我慢だね。」

「………ッ。」

「あ、そうそう燃やそうとしたら~…………

 

 

ここでお返し、貰っちゃおうかな~♥️」

「ッ!それはッ…………。」

「大丈夫大丈夫、肌の色は隠してあげるから、ね?」

 

有無を言わさない美穂の言葉に反論出来なくなってしまう月見。その様子を見て満足気な美穂だったがふと隣の紫式部を見ると、目線が合った。ひたすらに無言かつ無表情でこちらを見つめながら手に持ったノートに何かを書きなぐっていた。

 

「おや、どうかされましたか?」

「……………お二人は夫婦でしたよね?」

「えぇ、月見は私の愛しい夫です。」

「成る程………また今度、貴女方に正式に取材を申し込みましょう。そのうちお二人を元ネタにした恋愛小説を書こうと思っているのですが……よろしいでしょうか?」

「大歓迎ですよ。」

 

そのやり取りの後、一拍置いてがっしりと握手をした紫式部と美穂を見て諦めの境地に至った月見は自分の内側から込み上げる熱に耐えながらボーッと目の前の景色を見始めた。暫くして、何やら一部が騒がしくなったことに気がついてそちらを見た。

 

(……………鬼灯様に向かってチョコの箱が飛び交ってる。)

 

そこでは裁判台にいる鬼灯に向かって周りの女性獄卒達が持ち込んでいたチョコレートの入った箱をさながら正月の賽銭のように投げ込んでいた。すると、何処からか小さく電子音のような物が聞こえてきた。

 

ピコン

 

『「鬼灯様………もしやかなりの主人公適正があるのでは?」そう考えた結果、次回として考えている恋愛漫画の主人公のモデルを鬼灯にするために奔走すると決めた紫式部であったのだった。』

「「……………。」」

 

とても真剣な顔で鬼灯を見る紫式部の隣に何やら吹き出しのような物が浮かんでいた。内容的に、紫式部の思っている事をそのまま写し出しているようだが、本人は特に気にしている様子はない、というよりも気がついていない。何とも言えない表情になった美穂はその吹き出しについて尋ねた。

 

「えっと……紫式部さん?」

「あ、はい、何ですか?」

「その中に浮かんでる吹き出し何ですか?」

「………………ヒュッ。」

 

質問の意味を理解したのか、紫式部はその顔を瞬時に青ざめさせて喉から変な音が出てくる。次の瞬間にはわたわたと腕をばたつかせ、「私、慌ててます」と言わんばかりの様子で口を開いた。

 

「わ、わ、すいません見ないで下さい~!」

「別に見ようと思って見てるわけでは無いですよ。向こう側は豆まきに熱中してるので気付く様子は無いですし……で、何ですかそれ。」

「うぅ………。」

 

そう美穂に尋ねられた紫式部はポツリポツリと言葉を漏らし始めた。

 

「………実は私、一時期安倍晴明殿に師事していた事がありまして………ひよっこではありますが陰陽術を習得してるんです。」

「へぇ……まぁあの時代はよく呪いが飛び交ってましたから護身術として学んでいても不思議では無いですけど。」

「安倍晴明さんとお知り合いなのですか?」

 

月見からの質問に紫式部は頷く。

 

「はい、私が仕えていた道長様は晴明殿を贔屓にしていたのでその縁で………陰陽術の取材を行った際に手解きを受けたのです。」

「へぇ、初めて知りました。」

「…………でも、私があの方に教えて貰った術の中で完全に習得出来たのは一つだけでして……それがこの『泰山解説祭(たいざんかいせつさい)』なのです。」

「………初めて聞く術ですね。恐らく安倍晴明(あのロクデナシ)のオリジナルですかね。」

 

先程までの月見へのデレデレな顔は何処へやら、少し真面目な顔で思考し始める美穂。ただし腕は月見を捕らえたままである。

 

「さっきの様子からして、他人の心情などを本人からは見えない吹き出しとして表示させる術ですか………中々凶悪な代物ですね。」

「は、はい……それと、かなり困った事がありまして……。」

「制御出来て無いですもんね。」

「私が未熟なばっかりに……いつの間にか勝手に泰山解説祭が発動するようになってしまい……最近は治まってきたと思っていたのですが、また暴発するようになってしまって………。」

「大変ですねぇ、思ってる事が誰彼構わず駄々漏れじゃないですか。」

 

顔を覆って落ち込み始めた紫式部にしみじみとした目線を送る美穂。その美穂に服の中に手を突っ込まれ始めた月見は首をかしげて尋ねる。

 

「制御方法は教わらなかったのですか?」

「勿論、どうにかしてほしいと相談しました!したんですが………

 

『そっちの方が面白そうだから』

 

と言って今も解決方法を教えてもらえず………今に至ります。」

「相変わらずなのですかあの人。一応美穂が暴れた際に結界を張って下さった恩もありますが……あの時も鬼灯様によって地面に埋められてましたから。」

「何やらかしたんですかあの方。」

「色々あったんです。」

 

しみじみと呟きながら頷く月見は少し遠い目になっていたが、頭を振ると話を戻す。

 

「それで、どうしますか?」

「……?どう、とは?」

「美穂が少し調節すればどうにか出来ると思いますけど……出来るよね?」

「うん、そういう呪符とか使えばいける。」

「本当ですか!?」

 

悲しみに暮れていた紫式部は驚いた顔で二人に詰め寄る。眼鏡がずれることも気にせず迫るその気迫に思わずたじろぐ月見と美穂だったが、向こう側はそんなこともお構い無しに美穂の腕に掴みかかった。

 

「本当に、本当にこれが生前からの悩みだったんです!どうにか出来る手段が有るとするのであれば、是非ともお願いします!最近は印税などがあるので大分稼げているのである程度ならお支払出来ますから!」

「分かりました、分かりました!取り敢えず落ち着いてください!」

 

興奮によるものか、捕まっている月見ごと美穂の体を揺する紫式部をどうにか落ち着かせようとしている所で、こちらに近づいて来る足音が2つ程聞こえて来た。

 

「楽しそうですね。」

「何やってんのかおるっち?」

「あ、鬼灯様、諾子さん。」

 

その手の中に沢山のチョコレートの箱を抱えた鬼灯とどこぞの帰還兵のようにマガジンが空になったカカオマシンガンを担ぐ清少納言に気が付いた月見は2人に向けて話しかける。

 

「もう向こう側はよろしいのですか?」

「えぇ、一先ず私はこれをしまってこようかと。」

「私ちゃんは補給がてら弾を変えようかなぁって………で、今どーゆう状況?」

「こういう状況です。」

 

一応月見はまだ美穂に抱きつかれた状態であるため、両手を美穂の腕と自分の体の間に入れ、揺らされながら話している。掴まれている美穂は兎も角、目がガンギマリになっている紫式部は未だに周りの状態が見えていないようだ。その様子を見た清少納言は足元に転がって来たカカオ豆を拾い上げると、左の掌に乗せてそのままデコピンで弾いた。飛ばされたカカオ豆は紫式部の頭めがけて吸い込まれるような軌道を描いた後、こめかみにクリーンヒットした。

 

「ぴあっ!?」

「おーい、戻ってこーいかおるっち~。」

「へ、あ!す、すいません美穂さんッ!」

「大丈夫ですよ………どれだけそれに困ってたかはよく伝わりましたし。」

「すいません、本当にすいません!」

 

美穂はそのまま土下座でもしそうな位の勢いで頭を下げる紫式部を宥めようとするも、逆効果だったのか更に謝罪が深くなっていってしまう。流石に見かねたのか清少納言がサングラスを額に上げながらしゃがみ、紫式部と目線を合わせると口を開いた。

 

「もういいじゃん?確かに迷惑かけたんだろうけど、相手はそれに対する謝罪に納得してるわけだし。」

「う、ですが………。」

「早く止めないと、私ちゃんによるくすぐりの刑がまってるぜ?」

 

手をわきわきと動かし始めたのを視界におさめたのか、おずおずと頭を上げる紫式部。その後、おもむろに懐から携帯電話を取り出すと、口を開く。

 

「……はい、あの、取り敢えず連絡先を交換していただけませんか?」

「良いですよ。その術の制御の仕方、探しときますね。」

「ありがとうございます!」

「そんじゃ、丸く治まったみたいだし、私ちゃんは弾をチョコレートに変えて寂しそうにしてる男共にぶちかますことにするぜぃ!あ、かおるっちもカモン!」ガシッ!

「へ?あ、ちょっと、引っ張らないで下さい!」

 

テンションを上げていく清少納言に引っ張られ、奥へと進んで行く紫式部を見送った鬼灯は、未だにくっついたままの二人に目線を向ける。

 

「それで、お二人はどうしますか?向こうに参加します?」

「何をおっしゃいますか鬼灯様。私が参加したらただひたすらに月見に向かってカカオ豆が入った枡をひっくり返すだけになるじゃないですか。」

「………それもそうですね。」

 

ニコニコと宣う美穂の言葉に少し考えた後、同意する鬼灯。容易に想像出来る事だったのか、早々に話題を変えようとしたところで更に強く自分の体に押し付けるように抱きしめる美穂によってずっと抜け出せずにいた月見は口を開いた。

 

「あの~、僕はそろそろ薬品の研究に移ってよろしいでしょうか?代わりの医務室職員はおりますので…………。」

「おや、どうされたんですか?」

「もうそろそろ昨日の晩から分解してた金魚草の成分の結果が見れるので、早くしないと変質してしまうかも………。」

「成る程、許可しましょう。ついでに今日は機能しそうに無い美穂さんも持って行って下さい。」

「…………分かりました。」

 

そう言うと、月見は一度ペコリと頭を下げると、自分を縫い止める美穂の腕を優しく握り、そのまま自室の方へと向かって行った。それを見送った鬼灯は踵を返し、自らの状態をどうにかする為に移動し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…………………………。」」

 

互いに無言のまま自室の前へと戻って来た月見と美穂。月見がそのまま扉に手を掛け静かに入室し、二人共部屋の中に入った所で美穂が後ろを見ずに尻尾で扉を閉じる。その時、扉に光る幾何学模様が描かれたように見えたが、一瞬の間に消えてしまった。そんなことが起きているとは知らない月見は少し息を荒くしながら美穂の腕を優しく振りほどいて口を開く。

 

はぁッ……………はぁッ………ねぇ、美穂?」

「なぁに?」

「そろそろ、薬を燃やしても良い?ちょっと…………苦しくなって来たから…………。」

「…………………。」パチンッ!!

 

先程まで掛けられていた美穂の幻術が解かれ、月見の赤みを帯びた肌が露になる。目はトロンと垂れ下がり、物欲しそうな目線を美穂に送ってしまっている。そんな月見の様子を見た美穂はニコニコと笑いながら着物がずれて露になった月見の肌をいやらしく手を沿わせる。

 

「ぁっ!……。」

「…………敏感になってるね。流石魔女の谷の媚薬。」

「ぁぅっ………みほっ……らめ……。」

 

艶やかな声が口から漏れる月見。慌てて自分の口を塞ぐが、美穂に肌を弄くられる度にその隙間から声が漏れ出てしまっている。そろそろどうにかしようと思ったのか、月見は自分の服をどんどん脱がしていく美穂の手を掴む。

 

「……………美穂、そろそろ、ね?」

「……………やだ。」

「そんな事言われても……んっ!?」

 

困ったような雰囲気になる月見だったが、無言で顔を寄せた美穂に対応することが出来ず、そのままキスを許してしまう。

 

「……んッ………んぅ……………ぁぅ……………。」

「……………………………………………………………。」

 

美穂によって口の中を蹂躙された月見は見開いた目を次第にトロンと溶かして行き、抗おうと力を込めようとしていた腕は力無く振りほどかれ、頭を押さえつけられ、最早抵抗の意思すら削られたようだった。数分後、顔を離した二人は互いに息を荒げており、完全に目の前相手しか見えていないようだった。

 

「みほ………みほぉ………くるしいの、あついの…………どうにかして。」

「あれ、月見、自分でどうにか出来るんじゃなかったっけ?」

「………………いじわる。」

「ほら、私だってそろそろ我慢出来なくなってきたんだから♥️なんて言えばいいのかなぁ?」

「…………………………。」

 

体を火照らせた月見は美穂の言葉を聞いた途端、俯いて黙り込んでしまう。

 

「あれ、月見?」

「……………………ッ!!」グイッ!!

「おっと!?」

 

俯いたまま美穂の手を引いた月見はベッドの近くまで歩くと、そのまま美穂をベッドに向かって放り投げた。そのまま少し驚いたように目を開いて倒れる美穂の上に股がると、口元を美穂の耳に近づけ、呟いた。

 

「美穂………一つだけ、お願いがあるの。」

「あっ♥️な、何♥️」

 

押し倒された美穂はこれから起こることに期待を寄せて息を荒くさせる。ただ、先程までの様子が嘘のように澄ました顔になった月見はあくまでも自分のペースで続ける。

 

「今からはしないよ?」

「えっ…………?」

「まだ………ね?」

 

手を出されないと分かった瞬間、美穂は絶望したような顔になり、頭の中で月見に襲いかかる事を思案し始めた。しかし、それを遮るように月見は提案し始めた。

 

「僕だってどうにかなっちゃいそうなんだよ?だけどね、まだやらなきゃいけない事があるから………。」

「じゃあさっさとヤろうよ♥️」

「でも、美穂はさっきいけない事をしたよね?」

「……ッあれは、月見と早くドロドロにイチャイチャしたくって…♥️」

「うん、そうだね。僕もしたいよ。」

「じゃあ早く「だからさ。」」

 

興奮する美穂の口に人差し指を当て、いつもであれば絶対に見る事の無い妖しい笑みをその顔に浮かべながら告げる。

 

「今日の夜までお預けだよ?そして、夜まで我慢出来たら………お互いにぐちゃぐちゃになるまで、愛し合おう?」

「………………ッ!」コクッ

「約束だからね?」

 

そう言って月見は美穂の口に軽くキスをするとベッドから退いてそのまま作業場へと向かって行ってしまった。一人ベッドに倒れたままの美穂はのっそりと起きあがると両手で顔を覆い、呟き始めた。

 

「はぁ……♥️何あの愛おしすぎる生物……いやらし過ぎるでしょ………♥️何?私の理性をぶっ壊すプロ?♥️あ、私の大切な旦那様だった♥️あ~、しゅきぃ♥️」

 

覆い隠された顔はこれ以上無いぐらい興奮しきってその目は今日の夜の事しか見えていないようだった。

 

「もう許さない♥️時間狂わせてこの部屋の中だけ一日が外で一時間進むようにしてやる♥️理性も月見を愛する事しか考えられないようにした責任を取って貰わなくちゃ♥️全部私で染めて、月見に染まるんだ♥️あああああ月見月見月見月見月見月見月見ィッ♥️!!!!!」

 

この後どうなったかは言うまでも無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………。」

「お疲れ様です月見さん。」

あ、どうもです……………鬼灯様……………昨日言ってた金魚草の成分の分析結果まとめておきましたので………………お納め下さい…………………。

「声カッスカスじゃないですか。」

「あ、鬼灯様と月見さん!………あれ、美穂さんどこかにいるの?」

美穂は部屋で化粧品の試作をしてます………………。

「どうしましたかシロさん?」

「あれぇ?美穂さんの匂いが強いからいると思ったんだけどなぁ。」

「…………月見さん。」

何ですか?

「『ゆうべはおたのしみでしたね』」

うるさいです…………。




最後辺りの月見さんは自分に狂化をかけてチョコレートに入っていた媚薬の効果を押し留めてましたが、その代わり誘い受けの小悪魔となってしまいました。まぁ本人達が幸せそうならOKです。


感想でも質問されましたが、この世界線ではfateの紫式部と清少納言が原作のポジションにいると考えていただけたら嬉しいです。

時系列の順番としては、

清少納言が裁判を終えて数週間後に鬼灯がスカウト→記録課にて仕事を始めて頭角を現す→清少納言が記録課の仕事で紫式部の人生を巻物にした際、興味を持つ→紫式部の裁判が終わり、物書きとして活動し始める→秦広庁へ出張した清少納言が、そこに務める小野篁に取材兼裁判の際に庇って貰った事へのお礼をしていた所に遭遇→正式に交友関係が生まれる

といった感じです。紫式部からは少々複雑な憧れと尊敬を、清少納言からは滅茶苦茶可愛い後輩といった感情を向けあっています。





~一昔前にあった安倍晴明と鬼灯様のやり取り~

「ふむ………これは使えますね。」
「どうされました晴明さん。」
「おや、鬼灯殿。いえ、少しばかり素材採取をしていただけですよ。」
「………そこに付着した血痕ですか?」
「えぇ、かの帝釈天と美穂殿が戦った際に流れた帝釈天の血です。これを有効活用して、式神を作ってみようかと思いまして。雷神の力の再現、と言うものに興味はありませんか?拷問にも応用出来るかもしれませんよ?」
「…………お一つ確認させて下さい。」
「何ですか?」
「美穂さんが反応して暴れ始めません?」
「………………。」
「………………。」
「まぁ、結果的に帝釈天の分霊が出来上がるでしょうね。」
「では認可出来ません。また日本地獄を崩壊させたいんですか?」
「正直に言えばこの間はまともに見れなかったのでしっかりと観測したいです。あ、ご安心を。しっかりと私が結界を張りますのでこの前のような事は起きませんから。」グッ!
「貴方、美穂さんに勝てるんですか?」
「………………まぁ、何とかなりますよ!それでは私は早速作業に入りますので。」
「待て。」ガシッ
「グエッ……首は止めて下さいよ鬼灯殿。絶対に面白い事になりそ……ゲフンゲフン有用ですから。」
「………有罪ですね。」ドゴッ!!
「ぐはッ…………!?まさか………防御用の結界10枚を軽々割って直接攻撃ですか…………。」
「取り敢えず、考えを改めるまで埋めときましょう。」
「少し待ってくれ鬼灯殿。」
「何ですか晴明さん。頭から行くか頭だけ出すか、選ばせてあげましょうか?」
「拷問されるのはもう決定事項なんですか?」
「貴方みたいなロクデナシは一度思いっきり痛め付けておかないと、何かしらやらかしそうなんですよね。」


その後、晴明は取り敢えずで頭から埋められましたとさ。
晴明は日本版マーリンだと思って下さい。(公式設定)


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聖人日記一頁目

こちらの更新は久々になってしまいました。活動報告の通り、他の作品ともクロスオーバーさせていきます。聖杯戦争の方は構想がなかなか練れないのでもう暫くお待ちください。




それでは、どうぞ


「…もうちょっと持って行くべきかな。」

「あれ、月見?今日どっか行く予定だったっけ?」

 

とある日の朝、自室にて荷物を纏めている月見。化粧品の研究が一段落した美穂は実験専用の部屋から出てきた所でその姿を発見したのであった。

 

「あ、美穂。新しい乳液出来たの?」

「うん、成分弄くって色々したら良さそうなのが……ってそうじゃなくて。その荷物どうしたの?」

「あぁ、これ?」

 

美穂の問いかけに対し、月見はなんでもないかのように答える。

 

「知り合いへのお土産……というよりは差し入れかな?ちょっと現世まで行ってくるよ。」

「…………聞いてないんだけど。」

「?」コテン

「ぐっ、カワイイ……っ!」

 

不思議そうな雰囲気を出しながら首をかしげる姿に心臓を揺さぶられる美穂だったが、気にせず月見は話を続ける。

 

「だって美穂、今日予定あるって言ってたでしょ?確か、清姫さんと玉藻さんと一緒にショッピングに行くって。」

「うぐっ……そ、そうだけど……でも、変化の術かけてあげられないし……。」

「あ、それについては問題無いよ。」ガサゴソ

 

月見は自分の腰に着けたポーチの中から一つの小瓶を取り出し、美穂に見せる。透明なガラス製で、中身が良く見える綺麗なデザインをしている。その中には、透き通った水色の液体が入っていた。

 

「なにこれ?」

「薬草と僕の作った仙薬の対価って事でアスクレピオス様に送って貰った薬。鬼灯様も使ってる『ホモサピエンス擬態薬』を再現してみたらしくて、その試作品を頼んだの。」

「まって大丈夫それ?魔女の谷から怒られない?」

「本神曰く、

 

『材料から作り方まで全く別の作り方だからな、文句を言われる筋合いなど無い。』

 

だって。体が特殊だったり、身体構造が分かりにくい相手に飲ませて人間にして治療しやすくしたかったらしいよ。あとこれ飲んだら肉体の変化のついでにある程度の傷も治るんだって。」

「理由がなんともあの神らしい………。」

「まぁこれ提案したの僕なんだけど。」

 

元凶がここにいた。

 

「そんなわけで、今日に関しては問題無いよ。数が無いから普段使いは出来ないし、欠点があるから美穂の幻術の方が良いんだけどね。」

「欠点?」

「うん、馬鹿みたいに苦いのこれ。試験として飲まされたイアソンさんが泡吹いて倒れたってさ。僕の場合は味覚を狂わせたら何とかなるけど、試しに使ってみた鬼灯様は効果が切れるまですっごいしかめっ面だった。」

 

ナチュラルに巻き込まれている鬼灯をスルーした美穂だったが、自分の思い通りに話が進まない事に少しばかり焦っていた。そんなことになっているとは一切知らない月見は土産を風呂敷に包むと、現世用の服が入っている箪笥の引き出しを開けて中を探り始めた。

 

「どれにしようかな…。」

(くっ………このままじゃ月見が現世で変態に会った時とかナンパに会った時に守れないっ!)

 

割と下らない事を考えている美穂は暫くの間思考を巡らせ続けていたが、不意に下から自分を見上げる視線に気が付く。そこには、いつの間にか着替え終わった月見がいた。

 

「どうかしたの、美穂?」コテンッ

(ヴァッ!!)

 

薄茶色のダッフルコートに紺色のジーンズ、白いスニーカーを身に纏い、パステルグリーンのキャスケット帽子を耳を隠しながら被った月見は、肌が見える部分や顔の半分を覆う包帯や隠しきれない火傷の跡があるものの、現世のモデルと言っても通用するような出で立ちとなっていた。そんな状態の月見(大好きな夫)の上目遣い+首傾げを真っ正面から受けた美穂は両手で心臓の辺りを押さえながら膝から崩れ落ちた。

 

「クッソカワ…………。」

「大丈夫?」

 

突然の行動に少々戸惑う月見だったが、すぐさま復活した美穂は月見の肩を掴んで真面目な声色で話し始めた。

 

「月見………襲われたいの?」

「何を言ってるの美穂?」

「こんな魅力的すぎる姿見たら変態共が黙って無いに決まってるでしょ?只でさえ月見は可愛いって言うのに………。」ブツブツ

 

とてつもない圧をかけながら迫る美穂。しかし月見はなんでもないかのように眼前の美穂に向けて口を開いた。

 

「大丈夫だよ、同行者もいるし。」

「同行者?」

 

月見の言葉の真意を知ろうと口を開こうとした瞬間、

 

コンコン

 

「おい、入っても良いか?」

 

扉がノックされ、二人にとってはとても聞き馴染みのある声が聞こえてきた。声の主は返事を聞く前に扉を開ける。

 

「ったく、師匠はワーギャーワーギャーうるせぇわ、天部の奴らは頭がとち狂ってるわ疲れが取れねぇんだよなぁ………ん?」

 

愚痴りながら入って来た声の主……現代風の服を身に纏った悟空は部屋の中で月見に向かって美穂が抱きついている様子を見て、呆れたような視線を寄越す。

 

「朝っぱらからお盛んだなお前ら、相変わらずお熱いようで何より。」

「こないだぶりだね、美猴兄さん。あんまり褒めなくても良いんだよ?」

「皮肉に決まってんだろ。」

 

悟空は一度ため息を付くと、頭を掻きながら二人に背を向ける。

 

「さっさと行くぞ月見。様子見る限り準備は出来てるだろ?」

「うん、大丈夫。それじゃ美穂、行ってくるね。」

 

その言葉の直後、月見は抱きついていた美穂の額に軽くキスをし、ほんの僅かながらに微笑んで頭を撫でた。美穂の力が緩みその隙に拘束から抜け出した月見はそのまま荷物とバッグを掴んで部屋を出て悟空を追いかけて行った。一人残された美穂は暫くの間呆然としていたが、やがて震えながら静かにベッドに体を預け、枕に顔を埋めてしまったのだった。

 

 

 

「おい、月見。あんなもんどこで覚えた?」

「あんなもんって?」

「さっき美穂の奴にやってたじゃねぇか。」

「あぁ、あれ?リリスさんに美穂にしてあげたら喜ぶかも知れないからって教えられた事なんだけど。」

「…………お前今日の夜気を付けとけよ。」

「??」

「こっちの話だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ醤油買っとかないと……あと味噌もかな。セールっていつだったっけ?」

「ちょっと漫画読みたいから借りてもいい?」

「別に良いよそれぐらいなら。あ、でも汚さないでよ?」

 

同時刻、東京都立川市のとある場所にあるアパート「松田ハイツ」の二階の端の部屋の中で二人の成人男性が言葉を交わしていた。見覚えのあるパンチパーマのような髪型で、長い耳たぶをもった青年は台所下の調味料入れの中を探っており、それに話しかけたロン毛で茨の冠を被った青年はブラウン管テレビの近くに置いてある本棚の中を物色していた。

 

「大丈夫だよ~……あれ?なんか漫画の数増えた?」

「…………気のせいじゃないかな?」

「うーん……そうだね!」

(危ない………また手塚治虫作品が増えたのがバレるところだった………!)

 

一瞬ロン毛の青年の言葉にドキッとしたパンチパーマの青年だったが、違和感がスルーされたことにより心の中で安堵の息を吐いていた。すると、パンチパーマの青年は突然何かを思い出したかのように口を開いた。

 

「あっ!そういえば今日商店街で特売やってるんだった!」

「そうなの?」

「うん、沢山買い込んで節約しなきゃいけないから、手伝って貰える?何か気になる物一つの位なら買ってもいいし。」

「本当!?じゃああのわたパチっていう駄菓子?が気になってたんだけど、いい?」

「うーん……まぁ、100円以内なら。」 

 

そんな会話をしていた二人だったが、不意に部屋のチャイムが鳴る。

 

「聖さーん?松田だけど~。」

「?はーい。」

 

大家が尋ねて来た事に首を傾げながら玄関の近くにいたパンチパーマの青年が扉を開けた。扉の先には一人の老婆がいる。

 

「松田さん、何かありましたか?」

「あぁ、最近ここら辺でひったくりが多くってねぇ。あんたらは大丈夫だろうけど、一応忠告にね。」

「そうなんですか、お気遣いありがとうございます。」

「孫が世話になったからねぇ。あとは時折騒がしくしなくなったらいいんだけどねぇ……?」 

「うぐっ………注意しておきます。」

 

知り合いが起こすあれこれなど、心当たりが多すぎる青年は詰まりながらを返事をする。訝しげにそれを見ていた松田は挨拶をしてから階段を降りていった。その後、

 

「どうかしたの?」

「あぁ、何か最近ここら辺でひったくりが起きてるらしくてね。」

「私達ももしかしたら被害に遭うかもしれないね。一回位は見てみたい気もするけど。」

「………君は特に気を付けるべきだよ。」

 

ほのぼのと話すロン毛の青年に対し、パンチパーマの青年は深刻そうな声色で忠告する。とても真面目に語り掛けてくるその様子に困惑するロン毛の青年は理由を尋ねた。

 

「えっどうしてだい?」

「だって君の物を盗ったと判定された者は……

 

 

問答無用で次開ける扉が地獄(コキュートス)に繋がってるんだよ………………!」

「あっ……そうだったね。」

「だから君が荷物を持つ場合は盗られないように気を付けてね!国際問題にも繋がりそうだから。」

「国際問題?」

 

突然スケールが広がった話にロン毛の青年が首を傾げる。

 

「日本の地獄は日本人全員の人生を記録して、その全員の死後を裁判にかけるからね。ひとりでも裁判所か死ぬ前に外国の地獄に連れていくと色々と面倒な事になるというか………。」

「そう考えると私達の所結構判定ガバガバだねぇ。」

「君の周囲が魔境なだけだよ。」

「うん、まぁ大丈夫だよきっと。」

「……ならいいんだけど。」

 

少し呆れた様子のパンチパーマの青年だったが、ふと何かを思い出したかのように声をあげた。

 

「あっ!そうだ今日月見さん来るんだった!」

「"月見さん"?」

「そういえば君は会ったこと無かったっけ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブッダの知り合いにそんな名前の人いたっけなぁ。」

「名前とかは一切残されて無くて功績だけ広く伝わってる人だからね。まぁ意外とノリがいい人だからイエスも仲良くなれるんじゃないかな?」

 

記憶の中を探るロン毛の青年……イエス・キリストと彼に笑いながら話しかけるパンチパーマ(螺髪)の青年……仏陀。二人の聖人男性は、休暇の日々を楽しむのであった。




と言うわけで、聖☆おにいさんより、目覚めた人ブッダ・神の子イエスの登場です。正直、前々からやろうと思ってました。

設定等は基本的に鬼灯の冷徹ですが、天界側の設定は聖☆おにいさんを参考にしようかなと思います。まぁサタンとかベルゼブブは鬼灯の冷徹側ですがね。聖☆おにいさんのルシファーとベルゼブブが好きな人は申し訳ありません。


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聖人日記二頁目

言い忘れてましたが、今回の悟空の格好はファッション雑誌に出てくるような感じのハットとジャケットとチノパンです。というか雑誌を見て自分っぽいモデルの服を選んで着てるだけですね。まぁ身長は高く身体も引き締まってるので基本的に着こなすことが出来ます。




それでは、どうぞ


「つーか久々だな現世来んの。」

「そうなの?」

「あぁ、最近中国(こっち)の人口が急激に増えたせいで処理が追い付かなくてな、俺まで駆り出されるんだよ。おそらく日本(そっち)も似たようなもんだろうが。」

「確かに最近は全体的に人手不足になりつつあるけど、一応医療部門は問題無いよ。まぁ僕が基本的にいる閻魔庁は他よりも少し特殊だから仕事も多いけど。」

「ほーん。」

 

仕事についての会話をしながら立川駅北口を出る月見と悟空。もうすぐ日が真上に来ようかという時間であるためか、不意に月見が腹を軽く押さえる。

 

「どこかで何か食べる?」

「そぉだな、ちょっと待ってろ。」

 

悟空はそう言ってポケットからスマホを取り出して操作し始める。

 

「色々あるな。なんか希望あるか?」

「コロッケの買い食いしてみたい。」

「……ま、釈迦の住んでる場所の近くに商店街あるようだからな。そこ行くか。」

 

そんなほのぼのとした話をしている二人はそのまま歩き始める。土曜日であるためか、駅前は多くの人で賑わっているが今はそれとは別の理由でざわついていた。

 

(なんかあの人カッコ良くない!?)

(ホントだ!隣にいる男の子も可愛い!)

(ちょっとあんた話しかけてきなよ。)

(えー無理~!)

 

「何かうるせぇなぁ。」

「芸能人でも来てるんじゃないかな?」

「……興味ねぇ、さっさと行くぞ。俺も腹へった。」

「わかったよ、美猴兄さん。」

 

周りの人間の言葉は聞こえているが、自分達に向けられたではないと思っている月見とあえてスルーしている悟空は、ゆっくりと歩きだす。美穂意外の自分に向けられる好意には疎い月見とそもそも恋愛云々に興味が微塵も無い悟空であったが、いかんせん二人とも目立つ為周囲の目線と話題をかっさらって行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く歩き、店が建ち並ぶ場所を悟空の目が捉えた。その入り口となり得る場所には商店街等でよく見かける金属製のアーチと看板があり、そこには《ハッスル商店街》とポップな文字で書かれていた。そこの前まで来た月見と悟空は揃ってその看板を見上げていた。

 

「……ネーミングセンスどうにかならなかったのかこれ。」

「そう?僕は面白いと思うけど。」

「もうちょい候補あっただろうに。」

 

呆れた様子の悟空だったが、やがて意識しないようにしたのか商店街の通りの真ん中を歩き始める。月見もその後をピョコピョコついて行く。駅前と同じように休日と言うこともあって殆どの店に客が入って賑わっていたのであった。

 

「……スンスン、美猴兄さん、あっちから美味しそうな匂いがする。」

「犬かおめぇは。」

 

空気中に広がる匂いを嗅ぎとって自分の空腹を満たせそうな存在を察知した月見は、無表情のまま右目を輝かせて悟空の袖を引っ張る。通常時よりも大分はしゃいでいる月見の頭に悟空は軽くチョップを入れた。

 

「落ち着け月見、お前普段そんなキャラじゃねぇだろ?」

「……だって、朝から何も食べてないからお腹が空いてて。」

「途中で言えよ馬鹿。」

 

バッグを持っていない方の手で帽子越しに頭を押さえて目を泳がせる月見に呆れの目線を寄越す悟空であった。

 

「で?どうする。」

「あっちから出汁の香りがするから、うどんか蕎麦があるんじゃないかな。」

「コロッケどうした。」

「近くに肉屋もあるよ?」

「……あとで食うか。」

「わーい。」

 

いかにも『機嫌が良いです』というようなオーラを出しながらテクテクと先行する月見の後ろ姿を、悟空は静かにスマホのカメラに納めた。

 

(これ送っときゃアイツ(美穂)も暫く黙ってるだろ。)

「美猴兄さん、どうかしたの?」コテンッ

「いんや、何でもねぇよ。」

 

振り返って首を傾げる月見。たった今撮った写真を美穂へと送信した悟空は、ポケットにスマホをしまいながら月見の元へ歩いていくのであった。

 

 

 

 

ピロンッ♪

 

「ん?アイツ(美猴)から………グッ!!」ドサッ!

「美穂さん!?どうなさったんですか!?」

「放っておいて良いですよ。美穂姉様が崩れ落ちるのは基本的に月見兄様関係ですので。」

「ワタシノツキミガ……………カワイイ…………。」

「えぇ…………。」

「ほら、言った通りでしょう?あ、こっちの帯なんてどうですか?貴女に似合いそうですけど。」

 

 

 

 

 

 

「……何か美穂が倒れた気がする。」

「気のせいじゃね?」

「そうかな……そうだね。」ガラガラ

 

何かを受信しかけた月見だったが、気を取り直して目的の店の引き戸を手を掛ける。音を立てて開いた引き戸の先からは何種類かの出汁が混ざった良い香りが流れてきた。店主らしき老人は、二人の存在に気がつくと軽い挨拶を飛ばしてきた。

 

「らっしゃい、空いてる所に座っといてくれ。」

 

その言葉を聞いて、二人は丁度空いていたカウンター席に並んで座る。カウンターに置いてあったメニュー表をパラパラと流れるように捲った月見は直ぐ様隣に座る悟空に渡した。

 

「はい、美猴兄さん。」

「迷い無さすぎだろ…………丼ものもつけるか。すまん、注文良いか?」

「はいただいま~。」

 

店員らしき女性

 

「ご注文は?」

「力うどん麺と餅多めで。あ、いなり寿司2つ下さい。」

「天麩羅蕎麦、あと親子丼汁だく。」

「以上でよろしいですか?」

「おう。」

「わかりました~少々お待ちください。」

 

注文を聞き届けた店員が奥に引っ込んで行くと同時に悟空は隣でほわほわとした雰囲気を出しながら楽しそうに足を揺らす月見に話しかけた。

 

「月見、お前いなり寿司とか好んで食ってたっけか?」

「意外だった?」

「いんや、身近に油揚げ大好きな奴(狐の美穂)がいるから好みも似るんだろうよ。週に一回位は食卓に出るんだろ?」

「一から十まで理解してるね。」

「何千年交遊関係持ってると思ってんだよ。大体予想出来るに決まってるだろ。」

「知ってるよ、美猴兄さんだもの。」

 

ふふん、と自慢気に鼻を鳴らす様子を見て、悟空はニヤリと笑う。

 

「相変わらずで何よりだ………ホントお前もうちょい顔動かそうぜ?」

「別に良くない?」

「もったいねぇだろ。お前、見てくれが良いんだから朗らかな笑顔浮かべりゃ直ぐに人気者になるかも知れねぇぞ?」

「うーん……別にいいかな。今のままでこれ以上無く幸せだし。美穂も美猴兄さんだっているからね。」

「…………そうかよ。」

「?わぷっ!」

 

月見の言葉に何とも言えない気持ちになったのか、美猴は帽子越しに月見の頭を片手で雑に撫でた。されるがままグワングワン撫でられた月見だったが、暫くすると何かに考え付いたのか美猴は手を止めた。

 

「つーか……そうだな、お前はそんままで丁度良いよな。美穂の事もあるだろうからな。」

「どう言うこと?」

「あいつお前の全てがこれ以上無いくらい大好きだろ?それこそお前の行動一つ一つでよく理性をぶっ飛ばす位に。無表情の時でもそんな状態なんだぞ?その整った顔でアイツに笑い掛けてみろ、

日常的に心臓発作で死にかけるぞ。」

「…………まぁ、否定出来ないね。」

「お待たせしました~。」

 

そんな会話をしていると丁度注文していた品が届いた。

 

「………食うか。」

「そうだね。」

 

二人は何とも言えない雰囲気のまま箸を手に取って目の前の昼食を腹の中に納め始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか今日はいつもより賑わってるねぇ。」

「そういえば松田さんが「福引きがある」って言ってたっけ。殆どの店でも値引きセールが行われてるみたいだし、軽いお祭り状態なんじゃないかな?」

 

月見と悟空が食事を始めてから20分後程、昼食を終えたブッダとイエスはハッスル商店街を訪れていた。ブッダの手には買い物用のエコバッグがあり、イエスの手にはたった今ブッダに手渡されたチラシがあった。

 

「取り敢えず、そろそろ切れそうな調味料を買ってついでに半額位になってるお米とかも買っちゃおうか。野菜も今の内に買っておけば暫く持つだろうし…………確か福引き券何枚かあるから後で引いてみる?」

「私、あんまし重いものは持てる自信無いんだけど……?」

「大丈夫じゃない?多くても精々5キロ位だと思うけど。」

「あぁ、いやそうじゃなくて………

 

 

ブッダが引いたら仏像が当たって更に部屋が狭くなりそうだし、荷物持ちながらだとあんましなぁ……。」

「これ以上自分の等身大フィギュアを増やすつもりなんて一切ないよ!?」

 

今回も二等に仏像があります。

 

「それに「お米が欲しい」とかそういう事を考えながら引いちゃうと天界からの干渉があるかもしれないし……。」

「……………そういえば前例(旅行券)があったね。」

 

揃って意図しない冷や汗をかく二人。彼らの周囲に干渉する()達は、時として人間側の都合を理解していないこともあるのだ。もっとも、イエスは父親(創造神)親衛隊(四大天使)等が過保護なだけであり、ブッダの方は天部(話を聞かない人達)によって理不尽や苦行(ムチャブリ)を押し付けられているため、その意味合いは違って来るのだが。気分が多少沈んでいた二人だったが、どこからか来た幼い声に気がついた。

 

「わぁ~!いえすとぶっだだ~!」

「あれ、愛子ちゃん?」

 

その声の主が現世での知り合いだと気がついたイエスは少し屈んで近寄ってきた少女……愛子と目線を会わせるようにして話しかけた。

 

「どうしてここに?」

「愛子ぉ、あまり勝手にどっか行もんじゃねぇぞ…って、聖のアニキ達じゃないですか!」

「お父さん!」

「あ、どうもこんにちは。お買い物ですか?」

 

少女を追いかけてきた厳ついヤの付く風貌の男性……竜二は近くにいた人物が自分が尊敬する相手であることに気がつくと娘を抱き上げながら返事をした。

 

「そんなところでさぁ。お二人も何か入り用ですかい?」

「いやぁ、ちょっと調味料を切らしてしまいまして。丁度セールが行われてたのでこれ幸いにと……。」

「あれ?でもブッダ、このチラシ見る限り葉物が安くなってるみたいだけど、買っとかなくて大丈夫?」

(は、刃物だとぉ!?)

「え、そうだっけ?見落としてたなぁ……でも葉物って直ぐに駄目になるから、あんまし買い込んでもねぇ。それにもうすぐ痛みやすくなる時期だし。」

(刃物が直ぐに駄目になるっ!?まさか、ナイフだけでそれ程の修羅場を潜り抜けたと言うことかっ!?)

 

何か盛大な勘違いが起きている気がするが、イエスとブッダは気にせず複数のチラシを覗き込みながら会話を続ける。

 

「まぁ、最悪(苗を)植えて(育てて)みたら良いし。」

「あ、いいねぇ。君そういうの得意そうだし。」

(ひ、人を植えるっ!?やっぱり兄貴達はそんじょそこらの奴とはレベルが違ぇっ!!)

 

二人の会話を聞いて更に尊敬の念を高める竜二。そんなことになっているとは全く思っていないブッダは、不意に気になったことを尋ねた。

 

「そういえば竜二さん、奥さんは今日はご一緒じゃないんですか?」

「あぁ、静子ですかぃ。今は向こうの雑貨屋で会計してまさぁ。ワシは勝手にどっか行っちまった愛子を連れ戻しに来たんでねぇ。ほら、あそこにッ!?」

 

ドンッ!!

 

案内しようと振り返ろうとした矢先、竜二に誰かがぶつかって来た。向こう側からの力がかなり強く思わずよろめくが、腕に抱いている愛娘の事を思い出し何とか踏みとどまる。そのまま走り去った男をよそに、ブッダとイエスはよろめいた竜二を支えようと動いていた。

 

「うわぁ!大丈夫ですか!?」

「え、えぇワシは大丈夫でさぁ。愛子、何ともないか?」

「うん!」

「しっかし、今の人どうしたんだろうねぇ。何か急いでたみたいだけど。」

「ちょっと、あいつ捕まえて!」

 

不思議そうに走っていった男を見送るイエスであったが、それと同時に女性の怒鳴り声が後ろから聞こえてきた。驚いて振り返ってみると、少しつり目の女性がこちらに向かって走って来ていた。

 

「静子?どうした?」

「どうしたもこうしたも無いわよ!アイツに鞄引ったくられたの!」

「なにぃ!?」

 

女性……静子の言葉を聞いて驚いた様子の竜二は直ぐ様に怒りの形相を浮かべる。

 

「すいやせん聖の兄貴方!少しの間愛子の事お願いしまさぁ!待ちやがれゴラァッ!!」

「あ、ちょっと竜二さん!?」

「……行っちゃったね。」

 

愛子を地面に降ろした竜二はそのまま人混みの中に入って行ってしまった。置いていかれたブッダとイエスだったが一先ずは息を切らしている静子の様子を伺うのであった。

 

「うーん……もしもの場合は父さんに頼んで探してもらう?最終的に全部洗い流してもらうことになるかもだけど。」

「下手したら都市一個どころか世界壊滅しそうだから止めて………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コロッケうまうま……。」

「値段の割にはうめぇなこれ。」

 

同時刻、店を出た月見と悟空は近くの惣菜店で自分の好みの揚げ物を買うとそのまま食べながら移動していた。悟空の手には他の惣菜が入っているらしきビニール袋が握られていた。コロッケをゆっくりと味わっていると、月見の優秀な耳が不自然に騒がしくなった商店街の異変を感じ取った。

 

「……美猴兄さん、誰かこっちに来る。」

「あ?何だそりゃ。」

「うーん……こっちに逃げてきてるっぽい。何かしでかしたみたいだし、匿う必要も無さそう。」

「何かの被害者だったら匿うつもりだったのかお前………ま、良いけどよ。」

 

月見の性格を理解している悟空は特にツッコミを入れること無く騒ぎが大きくなっている方に顔を向ける。そうして睨んだ先には人混みの中を掻き分けて進む引ったくり犯が見えた後ろには凶悪な顔で追いかける男性の姿も確認できる。

 

「………どっちが犯人だ?」

「追いかけられてる方。追いかけてる方は被害者か、親しい人だろうね。どのみち、僕らの所に来るみたいだし、どうする?」

「……別に無視で良いだろ。めんどくせぇし。」

 

そう言って踵を返そうとした時、既に引ったくり犯はすぐ近くまで接近していた。そうして、丁度その走行ルート上にいたのは紛れもなく悟空であった。

 

「どけっ!!」

 

焦っているからか、雑に拳を振り回して他人を脅して道を空けさせる犯人だったが、生憎悟空がその程度の素人の攻撃を驚異と感じる訳がなく、焦るどころか背中を見せてあくびをする余裕まであった。しかし、そんなことを犯人は知るよしもなく、遂には悟空へと腕が届く範囲にまで来た。犯人にとって、背が高い悟空は一際邪魔に思えたのだろうか、あろうことか悟空に狙いを着けて殴りかかったのであった。

 

「………ったく。」パシッ!

 

しかし悟空はその拳を振り返る事なく左手一本で受け止めた。防がれると思っていなかった男は急いで振り払おうと力を込めるが、しっかりと捕まれた悟空の手から逃れることは出来ない。悟空は隣で事の顛末をぼーっと見つめてる月見に声をかける。

 

「おい、月見。」

「ん、なぁに?」

やっていいよな(・・・・・・・)?」

「………うん、まぁ、正当防衛って事で。やり過ぎないようにね?」

「安心しろ、骨は砕かないように加減してやる。」

 

そう言いはなった悟空は犯人の拳を掴んだまま勢いよく振り返る。その際、右腕を顔の高さまで上げ、振り返る回転の勢いをのせる事で

 

「あ、ヤベッ。」

 

ドゴッ!!

 

犯人の顔面目掛けて思いっきり肘打ちを食らわせた。犯人が自ら突っ込んで来たためか想像以上の威力が出て、悟空は少しばかり焦っているが、顔面に重い一撃を食らった引ったくり犯は呆気なく意識を手放しその場に仰向けに倒れ込んだのであった。倒れ込んだ引ったくり犯の隣にしゃがみこんだ月見は少しだけジト目になりながら悟空を見た。

 

「……後一歩で顔面陥没だよ?」

「わりぃわりぃ、加減ミスった。」

 

特に悪いとも思って無さそうな声のトーンの悟空。するとそこに引ったくり犯を追いかけてきていた竜二が入ってきた。

 

「おう兄さんら、こいつ貰ってもええか?」

「んぁ?別に良いけどよ、なにする気だおっさん。」

「ワシの家内の荷物に手出したんじゃあ!しばき回すにきまっとるやろが!」

「おぉ、過激なもんだな。」

「僕としてはあまり罪を重ねてほしくないのですが……。」

 

倒れた男を拘束しながら怒鳴る竜二を悟空は面白そうに、月見は複雑そうに眺めていたが、何処からか飛んできた聞き覚えのある声が耳に入る。そこには慌てて追いかけてきたブッダがいた。

 

「竜二さーん、大丈夫ですか~?」

「聖の兄貴!いやぁ、この若い兄さんが仕留めたようでしてね、たった今捕まえたところでさぁ!」

「そうでしたか、ありがとッ………!?」ピシリッ

 

今まで竜二にのみ意識を向けていたブッダが漸く悟空と月見の姿を視界に入れた瞬間、動揺によって体を硬直させる。

 

「せ、斉天大聖くん!?」

「その呼び方止めろつってんだろ、あんまし気に入ってねぇんだよ。」

「お久しぶりですねシッダールタさん。」

 

ブッダの叫びに対し悟空は若干嫌そうに、月見は少し嬉しそうな雰囲気を出して答えたのだった。




男の娘寄りショタの月見さん、絶世の美少女の美穂さん、ワイルド系の美青年の悟空の兄やん。見た目こそ若々しいですが実年齢は少なくとも3000歳を超えてます。この三人の中で一番若いのが月見さんで、一番年上なのが悟空なのですがこの二人の年齢差が500歳程です。まぁどのみち三人とも型月基準で言う幻獣や神獣に値する化け物ですし、年齢等はほぼ些細な事だと思ってます。


聖☆おにいさんからは明らかにヤの付く職業をしてる人とその家族に出て貰いました。かなり良いキャラクターですよね。割りと好きな方です。


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聖人日記三頁目

暫くの間、聖☆おにいさんネタが続きそうです。




それでは、どうぞ。


「この兄さんらは聖の兄貴の知り合いですかい?」

「し、知り合いというか……。」

「あー……俺は形式上ではこいつの部下みたいなもんだ。」

 

引ったくり犯が警察に引っ張られていった後、荷物を取り戻した竜二の疑問に対しブッダが困惑していた所、空気を読んだ悟空が頭を掻きながら答えた。

 

「渋々やってるんだがな。ま、このご時世ヤンチャするだけじゃ生活できないもんで雇われてる訳だ。」

「あら、あなたも同業者なの?」

「静子、あの聖の兄貴にタメ口を聞けるような輩がただのチンピラな訳ないじゃろうが!」

 

会話に入って来た静子を嗜める竜二を他所に、ブッダは悟空に対して気になっていた事を尋ねていた。

 

「にしてもいきなりどうしたの?連絡もなく私の所に訪ねてくるなんて珍しいね。」

「あのゴミクズ(帝釈天)にバレないように来たからな。」

(相変わらず帝釈天さんに対する好感度が下方向に振り切ってるなぁ。)

「あ"?この先も許すつもりは一切ねぇけど?」

「心の声を他人通使って答えるのは心臓に悪いから止めよう?」

 

嫌な存在を思い出したと言わんばかりの表情でため息を吐く悟空であった。

 

「で、ここにいる理由だったか?護衛だ護衛、月見のな。」

「え?でも月見さんって君と同じ位強かった記憶があるんだけど……。」

「正しくは隠蔽だな。お前の近くに行くとあの糞野郎に察知される可能性が高いから俺が誤魔化しに来たんだよ。一応月天の奴に監視は頼んどいたが……保険は幾つあっても良いもんだろ?」

「あぁ、うん……成る程。」

 

思い当たる節がありすぎるブッダだったが、ふとイエスが近くに居ないことに気がついた。

 

「あれ、イエス?」

「あぁ、あのロン毛ならガキと一緒にあそこに居るぞ。」

 

そう言って悟空が指を指した先には

 

「はい、どうぞ。お口に合うと良いんですが……。」

「うわおいしっ!あまり和菓子とか食べたことなかったけどこれならいくらでも食べれそう!」

「おいし~!ねぇねぇ白いお兄ちゃん、もう一個頂戴!」

 

イエスが愛子と共に月見から渡された大福に舌鼓を打っていた。それの様子に気がついた静子は急いでそちらの方へと歩いて行き、愛子に向けて叱り始めた。

 

「こら愛子!おやつをそんなに食べたら夕御飯入らなくなっちゃうわよ!」

「え~やだ~!愛子もっとお餅食べるの!」

「我が儘言わないの!ごめんなさいね、家の子が迷惑かけちゃって。」

「いえいえ、大丈夫ですよ。あ、それとこれどうぞ。」スッ

「?何かしら。」

「先程この子に渡した大福です。もしよろしければご家族でどうぞ。」

「わーい!」

「本当に良いのかしら?結構お高そうな物だけど。」

「まぁ作ったのは僕ですし、お気になさらず。あ、それとも袋もいりますか?」

「流石にそこまでして貰わなくていいわよ……じゃあ有りがたく頂くわ。」

 

割と大き目の菓子折の箱を渡す月見の様子を見ていた竜二は感心したような表情で口を開いた。

 

「なんともまぁ礼儀正しい坊っちゃんですね。あの歳でしっかりとした敬語を使うとは……うちの若い衆にも見習わせたいもんでさぁ。」

「あ、はい、そうですね……。」

「もしや聖の兄貴の甥っ子か何かですかい?もしや、ゆくゆく幹部に据える為の教育がなされてるとか……?」

「い、いやあれは彼の素なので……。」

「くっ……くくっ………。」

 

見当違いの事を真面目に話す竜二にしどろもどろになりながら答えるブッダだったが、突然悟空が笑いを堪え始め、やがて耐えきれなくなったのか愉快そうに笑い声を上げた

 

「はっははは!いやぁ、何ともまぁおかしな事言うんだなあんた。お前もさっさと訂正しろよ釈迦公よぉ。」

「あの容姿だし、言っても信じて貰えないと思うから……。」

「どうされましたか聖の兄貴、ワシ何か変なこと言いましたかぃ?」

 

二人の会話に何かを感じたのか、不思議そうに尋ねる竜二。暫く言うのを躊躇っていたブッダだったが、面倒になった悟空が口を挟もうとした。

 

「どうもこうも、月見は「あ、あぁ!そういえばこの後用事あるんでした!早く買い物済ませないといけないのでそろそろ失礼します!」うぉっ。」

 

これ以上詳細を話すと混乱すると考えたブッダは大声で悟空の言葉を遮ると、直ぐ様自分のバッグから何かを取り出して渡した。

 

「あ、悟空くんは月見さんと一緒に先に私達の住んでる所行っといて!これ鍵ね、さっさと買い物終わらせて帰るから!イエス、早くしないと特売の時間逃しちゃうから急いで!」

「え?あ、うん。じゃあまた後でね。」

 

戸惑うイエスを連れて商店街を競歩で歩いて行ったブッダであった。

 

「どうしたんでぇ聖の兄貴は……まさか、二代目の命を狙う輩がこの付近にっ!?」

「?」コテン

「あー………あとはこっちで何とかしとくからあんたはさっさと家族連れてどっか行っとけ。巻き込まれると危ねぇし面倒だからな。」

「すまねぇ恩に切るぜ舎弟の兄ちゃん!」

 

事態を理解出来ずに首をかしげる月見を他所に、悟空は頭を掻きながら周囲を警戒する竜二に対して忠告らしき事を話し出した。その言葉を信じた竜二はその場から家族を連れて立ち去ったのだった。残された悟空はため息を吐きながら未だに首をかしげている月見の方へ向き直った。

 

「さっさと行くぞ月見。」

「……?誰かこっち狙ってる気配なんて無いけど?」

「嘘に決まってんだろ。誰も傷付かない物だったら罪判定も無いだろ?」

「ふぅん?……あ、それよりもくじ引きしてきていい?さっき惣菜店で買った時に丁度一回分溜まったみたいだから。」

「あぁ?……まぁいいか、早く行ってこい。」

「はーい。」

 

甘えられる兄的な存在がいるためか、見た目の年齢そのままのような精神状態になっている月見に何とも言えぬ微笑ましさを感じて見守る悟空であった。

 

ガランガランガランガラン!!

 

オメデトウゴサイマース!

 

「………………あ?」

 

 

 

 

「ねぇブッダ、いきなりどうしたの?」

「いや、ちょっとあれ以上会話してたら更なる勘違いが起きそうだったから…。」

「え、そうなの?」

「まぁセールの時間が迫ってるのも事実何だけどね。あと5分ぐらいで始まっちゃうからもう待機しとかないと……!」

 

競歩のごときスピードで歩きながら話すブッダとそれに小走りで着いていくイエス。ブッダの移動する速さが一定の速度を超えると周りの空気が変わり、それに気がついたイエスは焦った様子で話しかけた。

 

「ブッダ!もう少しスピード緩めて!」

「イエス、これでも速くなりすぎないように我慢しているんですよ……!」

「でも君が急ごうとしている事が見て取れるようになったら………あぁほら!」

 

冷や汗を流すイエスが指を差した先には

 

「あら~めんこい鹿だっぺな。どっからきたんやろが?」

「お~うどうどうどうどう。」

「………。」コツコツ

 

蹄を鳴らす鹿がどこからともなく現れていた。周囲にいた老人に可愛がられているように見えるが本鹿達は意にも介していないようだ。

 

「君を背中に乗せようとする鹿達が集まってここら一帯が奈良の鹿公園よりすごいことになっちゃうよ!?」

「くっ……!下手な歓楽街の客引きよりも強い圧を感じるッ!」

 

その目線は総じて早歩きをするブッダへと注がれており、自分の出番を今か今かと待ちわびているようである。その鹿達をスルーしつつ進む二人は、それはそれはとてつもない圧をその身に浴びながら目的地へとむかうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くして、騒動が起きる前に鹿達を帰し、無事セールに間に合った二人は大量の商品の入った買い物袋を手に持って帰路に着いていた。

 

「いやぁ、間に合って良かったけど……まさかもう米が売り切れてるなんてなぁ。」

「仕方ないってブッダ、沢山お客さんが来てたみたいだし。」

 

少しばかり沈んだ様子で思考を巡らせるブッダだったが、やがて何か思い出した様子よイエスから振られた話題に意識を向けた。

 

「あ、そういえばまだ聞いてなかったんだけど、結局月見さんってどんな人なの?今のところ礼儀正しい位しか分からなかったんだけど。あとあの餅菓子美味しかったねぇ。」

「簡単に言えば私の前世だよ。」

「へぇ………へぇ?」

 

一瞬で理解できなかった事柄に対して頭に疑問符を浮かべるイエスに対してブッダは捕捉し始めた。

 

「正しくは前世とされている人かな?言ってしまえば先輩みたいな感じだね。」

「でも前世って言うのなら今存在してるのはおかしくないかい?確か君達の所の輪廻転生って前世と今世は同じ魂だから一緒に居られない筈だけど。」

「後世で私の前世として語られるようになっただけだからね。他のエピソードは自分でも感覚があるんだけど、月見さんとは完全に別人なんだよね。」

 

笑いながらそう言ったブッダは、付け足すように口を開いた。

 

「下手したら日本では私や君レベルで有名かも知れないからなぁ。」

「え!そこまでなのかい?」

「うん、彼が元ネタの歌が有名な童謡になってるぐらいだし。」

 

驚くイエスの表情には少しばかり驚きが見えるが感心したような口調で話の続きを促した。

 

「へぇ~人気なんだね、あの子。」

「取り敢えず、先に鍵渡して部屋入って貰ってるから、僕らも急いで帰ろうか。」

「あ、ブッダ!『急いで』なんて言ったら……!」

「?どうしたのイエス。」

 

パカラッパカラッ

 

焦る様子のイエスにその理由を尋ねようとしたブッダは先程の鹿よりも重い聞き覚えのある蹄の音が耳に入った事でピシリと固まる。その音源をチラリとみてみると、電柱の影から此方をじっと見つめる一匹の白い馬がいた。電柱程度ではその体躯を隠すことは出来てないが、どうやら影から見守っているようである。

 

「か、カンタカ!?」

「……。」ブルル

 

自分が居ることがバレた事を理解した白い馬……カンタカがおずおずと電柱の影から出てくると、そのままブッダの服を噛み、何かを訴えかけ始める。

 

「……。」グイッ

「え、いや、こんな町中で君に乗るわけにはいかないから!ちょ、大丈夫だから引っ張らないで!」

 

そんなやり取りをしながら歩いていると、いつの間にか自分達の今の住まいである松田ハイツの前まで来ていた。

 

「ほら、もう着いたから!大丈夫だから!」

 

少し残念そうな雰囲気を漂わせながら帰っていくカンタカをブッダが見送っていると、隣にいたイエスがのほほんと話しかけた。

 

「相変わらず君は動物に愛されてるねぇ。」

「他人事みたいに言っちゃって……皆過保護過ぎるんだよねぇ。」

「まぁ自分から食べられに来ようとするのは正直言ってどうかと思うけど………。」

「それに関しては私前世でやらかしてるから何とも……。」

「そういえば君、話のなかでさも当然のように自分の肉を食べさせてたもんね。」

「あ、帰って来たねあんたら。」

 

苦笑いしながらアパートの階段へと向かう二人であったが、途中アパートの前を掃除していた松田に声をかけられ、立ち止まる事になった。

 

「どうしましたか松田さん?」

「さっきあんたらの部屋に見覚えの無いイケメンと子供が入って行ったけど、知り合いか何かかい?」

「あ、そうなんですか。彼は私の親戚と部下みたいなものでして、先に家に行くように合鍵渡してましたから、ご心配無く。」

「おやそうなのかい。だったらあの子に「菓子美味かった」って伝えといておくれ。なんか怪我してたみたいだけど、遊びに来てた孫の相手もしてくれたし、優しい子だったねぇ。」

 

にこやかな大家と暫く言葉を交わして別れた後、今度こそ階段を登っていく二人。

 

「あの世関係の人を松田さんが気に入るって中々無いよね。ウチの四大天使は騒ぎ過ぎて追い出されたり、スーツのポケットに沢山駄菓子とか詰め込まれたりでかなり苦手意識持ってたし。」

「それは君達の所(聖書側の天界)のノリが合ってないだけじゃ無いかなぁ。私の所のピンポン五体投地もどうかと思うけど……。」

「凡天さんは?確か普通に松田さんちに上がり込んでた筈だし。」

「あの眉毛は押しが強すぎるだけだから………。」

 

そんな会話を交わしながら自分の部屋の玄関の扉に手を掛けたブッダは鍵が空いているドアノブをそのまま回す。

 

「ただいま~。」

「あ、お帰りなさいイエス様、シッダールタくん。」

 

扉を開けて一番最初に目に入ったのは台所に立つ月見だった。着ていたダッフルコートは脱いでTシャツ姿となっており、エプロンを着て何やら調理している。

 

「あれ、月見さんなにやってるの?」

「これですか?おやつ時なので簡単な菓子でも作ろうかと思いまして……あ、持参した物だけ使ってるのでご安心を。」

 

そう言って目の前の鍋に視線を向けている月見。鍋の中からはパチパチと何かが弾けるような音が聞こえてきた。そちらに気を取られて横から覗こうとイエスは靴を脱いで床に上がり歩きだしたが、そこで何かに足を引っ掛けた。

 

「へ?」

 

油断していたからか固まったまま腑抜けた声を出して倒れ込みそうになるイエス。隣にいたブッダも、調理に集中していた月見も助けるには動けない。迫ってくるフローリングの床に反射的に目を瞑ったイエスであったが、

 

グイッ

 

床にぶつかる直前で服を上向きに引っ張られその体は止まる。何時までも想定していた痛みが来ないことを不思議に思ったイエスが目を開けると、床が目の前まで迫っていたがそこから動くことは無かった。

 

「何やってんだ。」

「いやぁ、誰かは分からないけど助かったよ。」

 

そこにどこからか呆れたような声がかかる。直後、来ていたTシャツを更に引っ張り上げられ立たされたイエスが例を言おうとして顔を上げる。

 

「……………。」

 

視界全てが逆さまの猿の面で埋まっていた。

 

「うわぁっ!?」

「……………。」ボフッ

 

イエスが驚いて仰け反ると、その猿面を被っていた人物に気がつく。それは天井に立っており、そこからイエスを引っ張り上げたと言うことが簡単に考察出来る。猿面は特に喋る事なく音を立てて煙のように消えていった。

 

「い、今のは……。」

「世界的に信仰されてる宗教の教祖でも運動神経とか無いんだな………ま、布教に身体能力なんぞ関係ねぇか。」

 

声が聞こえて来た方を見ると、部屋の奥の畳の上でゴロ寝している悟空が特に何の興味も無さそうな眠そうな目を向けていた。他人の家でここまで寛げる者は早々居ないだろう。

 

「で、いつまでそこに突っ立ってんだあんたら。」

「丁度あられも出来たので座りましょうか。」

「あ、うん。」

 

違和感を抱く前に移動を促された二人は大量のあられが盛られた皿を持った月見の後に続いて居間の机の周りに腰をおろしたのであった。




悟空の兄さんは割とめんどくさがりです。仕事はきっちりしますが、余計な事は面白くなければしません。


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聖人日記四頁目

少々遅れてしまいました。新生活が始まったばかりで馴れてないので、お許し下さい。




それでは、どうぞ



ボリボリ    ボリボリ

 

部屋の中にひたすらあられを噛み砕く音が響く。

 

「これ美味しいね。さっき作ってたやつ?」

「そうですよ。乾燥させた餅が原料なので菜食主義のシッダールタくんでも食べられると思います。あ、これ手土産の餅です。僕の加護でカビとかが生えないようにしてるので保存も利きますよ。」

「アレンジしたら暫く食費節約出来そうだね。ありがたくいただきます。」

「それと、福引きやったら米80キロ当たったのでついでに置いときました。」

「当たったの!?」

 

月見が袋一杯の切り餅を渡し、それを嬉しそうに受け取るブッダ。その横では起き上がって胡座をかいた悟空とイエスがひたすらあられを貪っていた。暫くして一段落したのか、イエスはずっと気になっていたことを尋ねた。

 

「結局の所、この二人ってどちら様?」

「あ、そういえば詳しく自己紹介してませんでしたね。」

 

イエスの問いかけに対し、月見は被っていたキャスケット帽を外しながら答えた。

 

「僕は日本地獄閻魔庁医務室長兼医療部門の統括及び各庁医療関係の責任者をやらせていただいている、『月のうさぎ』の月見と申します。以後お見知りおきを。」

「………斉天大聖孫悟空、一応今は天部の一員だ。悟空でいい。」

 

ペコリと丁寧に頭を下げる月見と滅茶苦茶嫌そうに自己紹介をする悟空。しかしイエスは納得出来ない部分があるのか、頭に疑問符を浮かべている。

 

「うさぎ?」

「あ、分かりにくかったですか?少々お待ちを。」

 

月見が指を鳴らすと、一瞬だけ月見が青い炎に包まれる。その後、改めて頭を見るとうさぎの耳がピョコピョコと動いていた。

 

「取り敢えず今はこれで。それともうさぎの姿になった方がよろしいですか?」

「いや、大丈夫だよ。でも意外だなぁ、職場が中国の天部じゃなくて日本の地獄なんだっけ?」

「あ、いえ、元々は月天様の元で天部の仕事をさせていただいていたのですけど………桃源郷で医者や薬学の修行を終えた後、一役員時代の鬼灯様とご縁が出来まして。当時法整備されたばかりの日本地獄の閻魔庁で雇っていただくことになったんです。」

「丁度俺が釈迦に封印されてた時だな。ったく……その封印さえなければ俺も糞神どもと仕事しなくてすんだのによ。」

 

愚痴が止まらない悟空に対してイエスは意外だと言わんばかりの表情を浮かべて問いかけた。

 

「何と言うか、悟空くんってブッダの下で働いてる割には神様とかに尊敬の念が一切無いんだね。」

「それについてはちょっと色々あって……。」

 

ブッダが少しだけ言い淀んでいると、バリボリとあられを食べていた悟空は一度口の中に入れたものを飲み込むと、ため息を付いて話し始めた。

 

「単純に一部の神が大嫌いなだけだ。まだ釈迦の弟子は良いんだよ、こいつが絡むと馬鹿なことし始めるが基本的に一部を除いて常識的だ。釈迦もまだマシな方だな、何なら一番話が分かる。だがあの糞神どもはダメだ。」

「そ、そこまで言う?」

「こっちの話なんぞ聞きやしねぇ。個神差はあるが殆どの奴が我が強ぇんだよ。まともに取り合ってくれんの月天位だぞ?」

「まぁ、ウチの天部は基本的にゴーイングマイウェイだから………。」

「凡天さんとか弁財天さんとか凄いもんね。」

 

思い当たる節がある二人はそれぞれ何とも言えない顔をしている。

 

「俺に関しては釈迦との契約で働かされてるだけだからな。師匠と俺以外の部下二人は知らんが、俺自身はさっさと日本に移住してぇんだよ。してぇんだが……。」

「だが?」

「「仕事を全て終わらせてからにしてくれ」つってずっと仕事を持ってきやがる。大体何で俺の所に中国の地獄の仕事が来るんだよ。悪魔の討伐もやらされてるしよ。」

 

そこで言葉を切った悟空は深くため息をつくと、いつの間にか月見が用意していた緑茶を音を立てて飲み干した。中身の無い湯呑みをテーブルに置くと少しは落ち着いたのか、普段の調子が戻っている。

 

「ま、美穂に比べりゃ俺はまだマシだろうよ。被害の大きさも、抱えてる感情も。」

「あ~美穂さんかぁ……うん、まぁそうかも………いや被害に関しては君も相当だからね?」

「さぁて、なんのことやら?」

 

悪い笑みをうかべてとぼける悟空とそれに対して問い詰めるブッダ。しかしそれを端から聞いていたイエスは別の部分が気になったようであった。

 

「ねぇブッダ、さっきも話に出てた美穂さんって?」

「あ、そっか、イエスは知らないよね。」

「美穂は僕の妻です。今は仕事の補佐をしてもらってます。」

「へぇ……え、君結婚してたの?」

「はい、日本地獄で仕事をする前に。」

「2000年以上経った今でも新婚以上のレベルでイチャついてるバカップルってちゃんと付け足せよ。」

 

情報がどんどん出てくるが、イエスが気になっている所は別の部分らしく、続けざまに尋ねた。

 

「でも、その美穂さんって人何やったの?」

「天部に真っ正面から喧嘩売って半壊させた。まぁ俺も釈迦に止められるまで暴れて似たような事やってたけどな。まだあんたが生まれる前の話だぞ。」

「私が輪廻から解脱して百年位だったっけ?まぁ復興は大変だったなぁ。暴れるだけ暴れて本人はどっか行っちゃったし、人員も負傷で足りなかったから、僕も駆り出されたしね。」

「美穂がすいません。」

「いいよいいよ。一種の苦行だと考えれば悪く無かったし。跡形もなく破壊された場所を見て、諸行無常を噛み締めたよ……。」

 

両手を合わせて遠い目をするブッダに思わず謝る月見であった。その後、昔話等他愛のない話をしていると、不意にイエスの携帯電話から着メロが鳴り出した。

 

「ちょっとごめんね。はいもしもし……あれ、ペトロ?」

『あ、すんませんイエス様、お取り込み中でしたか?』

 

どうやら弟子の一人からの電話のようだ。

 

「いや、大丈夫だけど、どうかしたの?」

『あ~少しばかりやってほしい事がありまして、そっちに日本地獄の役員って居ます?』

「?まぁ月見くんならいるけど。」

『ちょっとその人に変わってもらって良いっすかね?』

「私は構わないけど……何かあった?」

 

イエスの問いかけに一瞬言い淀んだ電話の向こうの男……ペトロは言いにくそうに口を開いた。

 

『あ~…まぁ、何と言いますか。

四大天使様達が鬼灯って名前の鬼にしばかれてるんですよね。』

「ちょっと待って本当に何があったの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺も詳細は分かんないんですけど、なんか四大天使様方が現世の日本でやらかしたらしくて………。」

 

死後の魂が行き着く清廉な天界。その名所の一つである天国の門のすぐ近くにいたペトロは携帯電話に向けて話しかけながら今現在の状況を見ていた。目線の先には揃って頭にたんこぶを拵えた四大天使達が並んで正座しており、その前には睨みを効かせる鬼灯が仁王立ちしていた。ため息をつきながら素振りをして空気を斬る鬼灯に、無表情で背筋を伸ばすウリエル以外の三人は冷や汗をダラダラと流している。

 

「別に正式な理由があれば私達は何も言いません。が、勝手に新しく生まれる者に干渉されると困るんですよね。」

「で、ですが、我々はイエス様とブッダ様の安眠を守ろうとした次第でして………ぶふぉっ!?。」ガンッ!!

「ミカエルが埋まった!?」

 

反論をしようとしたミカエルが顔を上げたところで鬼灯はその頭に金棒を振り下ろした。結果、ミカエルは頭から地面の雲に埋まった。

 

「その結果、日本人である筈なのにその魂の管轄がそちらに移ってしまった事に何か弁明は?ちなみに言い訳を聞く気は特にありません。」

「一応私達かなり高位の存在なのですが………?」

「私は例え相手が神であろうと嘗めてかかって来た相手は磨り潰して金魚草の餌にしますよ。さぁ選びなさい、謝罪と共に今すぐに対処しに行くか、全員犬神家になるか。」

「ちなみに聞いておきたいんですけど、サンダルフォンは……。」

「日本の一寸法師の物語を聞かせたらすぐに謝罪してくれましたよ。足しか見えませんでしたけど。」

 

 

 

 

 

 

 

 

『とまぁこんな感じでして、俺も弟も巻き込まれそうなんで迂闊に近づけないというか………。』

「あ~……この間のかぁ。国際問題になりかけてるし、もう少し気を付けるべきだったね………。」

 

携帯電話をスピーカーモードにしたイエスは、流れてくる話に心当たりがあるのか気まずいような表情でそう呟く。共に仕事をしている月見は(いつも通りだなぁ……)と無表情のまま考えているが、仏教関係の二人は何とも言えない顔をしている。

 

「あまり他人事じゃないなぁ………そのうち凡天さんがやらかしそう。」

「おい釈迦、帝釈天の奴が何したのか忘れたのか?」

「そうだった……ウチもう既に取り返しが付かないレベルでヤバい事やらかしてるんだった………!!」

「あれは美穂も原因の一端なので………。」

「え、帝釈天さんって結構まともな方じゃなかったっけ。」

 

イエスは月見に慰められながら頭を抱えるブッダの今までに無いほど取り乱している姿に驚いているようで戸惑いながらも話が聞けそうな悟空の方へ尋ねる。しかし当の本人はその質問に対し若干不機嫌そうに答えた。

 

「あ?んな訳ねぇだろ、大体1000年位前に月見を自分の部下にするために日本地獄で暴れて今も出禁にされてんだぞあのゴミ。ま、月見は白澤の爺に会いに行ってたお陰か被害が無かったんだが、極度の神嫌い……というか俺以上に糞神に殺意を持ってる美穂と鉢合わせちまってな。そのままドンパチが始まって日本地獄の刑場が殆ど吹き飛んで街にも被害が出かけてたって話だ。」

「へ、へぇ。」

「まぁその後これ以上無い位ブチギレた月見にガチ説教されて、地獄の補佐官様に物理的に埋められてから労働力としてこき使われてたがな。いやぁ、無様だったわ。」ニチャア

 

擬音が聞こえてきそうな人の悪い笑みを浮かべる悟空にイエスは引き気味に受け答えをする。すると急に電話の向こうが騒がしくなる。

 

『ちょ、ちょっと待ってくだ……あ、ちょ!』

『すいません、そちらにイエス・キリストさんはいらっしゃいますか?』

「あ、はい、私です。」

『そうですか、それは丁度良かった。初めまして、日本地獄で閻魔大王の第一補佐官を務めている鬼灯と申します。この度はアポ無しで天界に訪れて申し訳ありません。』

「初めまして、お噂は良く聞いてますよ。」

『それが良い物であればよいですが。』

 

向こうで電話を奪ったのか、電話のスピーカーからは鬼灯の声がメインで聞こえてきた。後ろからはペトロとアンデレの戸惑う声がする気がした。

 

『さて、事情はこの電話を通して伝わっているとして話を続けますよ。』

「えぇまぁ、この度はうちの天使達がご迷惑を……。」

『まぁそれについてはもう精算したので構いません。で、本題なのですが………ブッダさんにも言えるのですが、ちょくちょく各地で奇跡起こされてますよね?自転車が浮いたり、ファンタが地中から湧き出て来たりと。あとなんですか、脇祭りって。』

「「あ……………。」」

 

鬼灯がそう告げたとき、二人の脳裏に駆け巡ったのは、自分達が現世でやらかした数々の奇跡や、天界や天部が巻き起こしたおかしなイベントである。中には人を物理的に昇天させかねない物だったり、多大なる影響を与える物だったりと、問題になりそうな事もあるのだ。

 

『処理に困るので現世への干渉はもう少し抑えていただけると助かるのですが。』

「本当にうちの者がすいませんッ!」

「奇跡に関しては自分でも制御出来ないですけど……出来る限り頑張ります。」

『まぁ言いたい事はそれだけです。イエスさん、ブッダさん、また機会があればお会いしましょう。』プツッ

 

ツー ツー ツー ツー

 

そう言いきった所でイエスの携帯電話からは通話が切れた音がする。

 

「何と言うか……凄い人だったね。」

「私からしたら「相変わらず」だよイエス。」

「あれ、ブッダ直接会ったことあるの?」

「日本地獄の裁判官には何人かこちらからスカウトされた人がいるからね、その時に会食をしたり月見さんの事もあってその後も何回か交流があったんだけど、自分の上司である閻魔さんを躊躇なくしばいてたから。」

「え、それって色々と大丈夫?」

「鬼灯様はずっと昔からそんな感じですよ。まぁ閻魔大王に対しては扱いが雑な気もしますけど。」

 

ブッダも立ち直った所で月見はそっと立ち上がると外していたキャスケット帽を被り直す。それを見た悟空も続くように立った。

 

「では用事も済んだのでそろそろ僕らはお暇しますね。」

「あれ、もう帰っちゃうの?」

「もう少しゆっくりして下さっても良いのに…。」

「早めに帰らねぇとあのゴミが嗅ぎ付けてくるかもしれねぇからな、ここら辺を更地にして補佐官サマの怒りを買いたくなかったら止めてくれるなよ。」

 

そう言って悟空はさっさと玄関から出ていってしまい、月見もそれに続くように扉の前に立つ。

 

「また餅が入り用になればご連絡下さい。差し入れとして持って来ますから。」

「わざわざ地獄からお忙しい中すいません。」

「いえいえ、それではまたお会いしましょう。」

 

礼儀正しく頭をペコリと下げた月見はそのまま外へ出ていき、玄関の扉は勝手に閉まっていった。階段を下って行く音が聞こえてくる為、遠ざかっているのが分かる。見送るために玄関まで来ていたブッダに対し、その後ろにいたイエスは話しかける。

 

「不思議な人だったね……あ、そうそう一つ思ってたんだけどさ。」

「ん、どうしたの?」

「月見さんのあのイケてる感じの包帯ってなんだったの?ちょっとだけ気になるのだけど……。」

「確かに君の感性にドストライクっぽい感じだったけども……!」

 

月見の包帯の巻き方を思い出し、少しばかりワクワクしたような雰囲気を出しながら尋ねるイエスは畳み掛けるように口を開く。

 

「最近ゲームで新しく出たキャラクターで、包帯まみれの格好いい人が居たんだよ!私の知らない何とかの聖遺物って名前の包帯らしくて封印とかの意味合いがあるらしいんだけど。」

「月見さんに特殊な能力は……あるけど、それとあの包帯は無関係だよ。あとファッションで巻いてる訳ではないからね?単純に火傷の跡を人に見せないようにする為だよ。」

「あ、そうなんだ。ずっと無表情だったけど話してて面白い人だったし、ペトロ達とも打ち解けそうだねぇ。今度オンラインゲームに誘ってみようかな。」

「うーん、でも彼忙しいからね……あんまし迷惑掛けられないからなぁ。」

 

そんな和気藹々と会話をしていた二人であったが

 

 

ドンドンドンドンッ!!

 

「うわぁっ!?」

「ちょ、何事!?」

 

突然玄関から荒々しいノックが響き渡り、近くにいた二人は思わず身を引いてしまう。しかしそのノックは絶えずなり続けていた。

 

「松田さん……じゃ、無いよね、あの人こんな事しないもん。」

「じゃあ一体誰が……?」

 

今までに無い経験に恐る恐る扉に手を掛けたブッダ。そうしてドアノブを回したところで、急に向こう側から扉が開いた。手からドアノブがすっぽ抜け、そのままの姿勢で固まったブッダに対し、怒鳴るような声がかかった。

 

「シッダールタッ!!ここに月見が来なかったか!?」

「た、帝釈天さん!?どうしてここに」

 

向こうに居たのは、アルマーニのスーツを身に纏い長い髪を器用に整えた青年……帝釈天であった。その目は血走っており、息を切らしながら目の前にいるブッダに立て続けに問い詰める。

 

「お前の原稿を梵天の代わりに取りに来ただけだが……いや、今はそんな事どうでもいい!中に月見の力の一片を感じる!匿ってたりしないだろうな!」

「さっき差し入れとして月見さんから餅が届いただけです!だから落ち着いて下さい!」

「何!?やはりここに月見が居たのか!何処に向かったか教えてくれ!」ガシッ!!

「凄い、こっちの話を聞いてるようで一切聞いてない……って、そろそろ離してあげてください!ブッダの残像が見え始めてる!」

 

ブッダの肩を掴み体を前後に揺らしながら問い詰める帝釈天を止めようとするイエスであったが、静止の声を上げても止まるどころか更に加速していく。揺らされまくったブッダもそろそろ限界に近づいており、とてもカオスな事になりつつあった。するとその直後、

 

「やめんか馬鹿たれ。」ガシッ!

「ふぐっ!?」

 

何処からともなく現れた男が後ろから帝釈天の首を掴み、そのまま締め上げ始めた。すぐに腕を首に回して固定し、チョークスリーパーを決めた男はそのまま帝釈天部屋の外へと引きずり出す。解放されたブッダはよろめきながら安定しない視界のなかでその男の顔を見ると意外そうな顔をした。

 

「あれ、月天さん?」

「久しいなシッダールタ、息災か?」ギギギギギギ

 

ゴキッ!

 

腕を更にきつくしながらなんでもないかのように問いかけるその男……月天はそのまま帝釈天を絞め落とした。

 

「すまないな、斉天大聖の奴に監視を頼まれていたのだが……梵天が鬼灯殿にスカウトという名の特攻を仕掛けに行こうとしてたから仕方なく沈めた結果見逃してしまった。」

「お疲れ様です……。」

「まぁ私はこいつの回収に来ただけなのだが………ついでに原稿も持っていくとしよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ、凄い美味しいねこのお餅。トースターで焼いただけなのに調味料無しでもいくらでもいけるよ。」

「それに加えて月見さんの加護が付いてるお陰で喉に詰まることが一切無いんだよ。天界では」

「安心だねぇ。」

 

数日後、トースターで焼いた餅をもそもそと食べる二人であった。そんなほのぼのと過ごしていると、イエスの携帯から着信音が鳴り響いた。手に取ったイエスが画面を見ると、自分の母からの電話であることに気が付く。

 

「もしもし?どうしたの母さん。」

『あ、イエスちゃん?』

 

電話の向こうから聞こえてきた声の主……マリアは少し声が弾んでおり、良い気分であるのが電話越しでも分かる。

 

『よく分からないけどさっき日本の地獄から贈り物が届いたの。それで中身が化粧品とかの詰め合わせと餅でね?付いてた手紙に「イエスさんにもお渡ししたので気兼ね無くお受け取りください。あと鬼灯様がご迷惑をお掛けしました。」って書かれてたの。他の皆の所にも届いたらしいし……イエスちゃんの何か心当たりある?』

「あ~、うん…………昨日色々あったんだよ。まぁ気にしなくて大丈夫じゃないかな?」

 

苦笑いしながら不思議そうな声を出すマリアにそう返すイエスと、会話を聞いて同じく苦笑いになるブッダであった。

 

「そういえば何で化粧品なんだろう?」

「月見さんの奥さんの美穂さんが化粧品の類いの販売をしてたけなぁ。」

 

そうして聖人二人は立川でほのぼのと休暇を楽しむのであった。




前回、イエスが引っ掛かったのが月見さんが福引きで当てた米です。

月見さんとブッダの関係として一番分かりやすいのは、「仲の良い親戚」ですかね。月見さんの行動が自分の前世として語り継がれているブッダからしたら月見さんは見習うべき相手ですし、自分の後輩かつ人間でありながら釈迦如来として人間に救いの手を差しのべるブッダは月見にとっては尊敬の念を感じる相手です。ただ、出家した際の息子や妻の扱いについては少し説教してますし、本人も反省してます。





~帰って来た後の話~

「月見、お帰………ッ!!」ガシッ!
「み、美穂、どうしたの?」
「ネェナンデアノゴミノニオイガスルノ?ネェナンデ?ネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェネェナンデネェナンデネェナンデネェナンデネェナンデネェナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ?」
「会ってないよ、恐らくすぐ近くまで来てたんだろうけど、美猴兄さんがシッダールタくんの家出てから瞬間移動で運んで貰ったから………。」
「フゥン?」ギロッ!
「アイツの気配がしたもんでな。形跡までは消せなかったが、月天の奴に頼んどいたから追っかけて来るとかは無いから安心しろ。」
「………………分かった、一先ず納得してあげる。」
「うん、それは良いんだけど……そろそろ離しても良いんじゃないかな。」
「何言ってるの?これから私の匂いで塗りつぶす為に明日までヤるに決まってるでしょ?」
「………今まだ18時だよ?」
「もうね、お洒落してうんと可愛くなってる月見を見てるとね、辛抱出来ないの。ぐちゃぐちゃのドッロドロにしたくて堪んないの。だから、ね?」ギュー
「まって「待たない。」美猴兄さん……。」
「んじゃ、師匠と悟浄と八戒に土産買って帰るわ。加減はしてやれよ。」

この後、月見さんは全身を残さず舐められたりしたそうな。


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特務日記一頁目

今回もFate以外の作品から設定とキャラクターを引っ張って来ます。


あと今回月見さんが出ません。


それでは、どうぞ


「う~らの畑でポチが鳴く~♪正直じいさん掘ったれば~♪」

 

とある昼下がり、シロは地獄の繁華街にて日課兼趣味の散歩をしていた。ノリノリで歌うシロは体をリズムに合わせて揺らしている。

 

「大判小判がざっくざっくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざく……」

 

次第に目からハイライトが消え去り、ただひたすら狂気的に大判小判を掘る所だけを繰り返し始める。声のトーンを一切変えず、歌い続けるシロだったが、それに夢中になってしまった為に何かに当たってしまう。

 

「ざくざくざくざく………わぷっ!?」モフッ

「ん?あぁ、すまない。少し立ち止まってしまっていたな。」

 

シロがぶつかったのは一人の青年の足だった。柔らかかったかつふわふわの毛があった為被害は無かったものの、青年は少しばかり驚いているようだった。それを感じ取ったシロは少しばかりしゅんと落ち込みながら謝った。

 

「ごめんなさい……あまり前見てなかったから……。」

「いや、気にしなくて良い。確かにお前は何か理由があって不注意で俺の足にぶつかったのだろうが、俺もこんな所で突っ立っていたんだ。お互い様、ということで良いだろうか?」

 

青年はそう言いながらしゃがむと、顔を伏せているシロの頭をワシャワシャと撫でる。くすぐったそうに笑い始めたシロはようやっと青年の顔を見た。シミ一つない白い肌と清潔に切られた黒髪を伴った端正な顔立ちに、服装はどこか明治を思わせるような着物だった。そして、何よりも一番特徴的なのは綺麗な青色の瞳であった。

 

「うん、分かったよお兄さん!」

「そうか、なら良い。」

 

シロが元気良く返事をした結果、青年は頷きながら立ち上がる。シロはいつものように人懐っこい雰囲気を出しながら青年へと尋ねた。

 

「ねぇ!お兄さん名前はなんて言うの?俺はね、シロ!」

「そうか、俺は斬島と言う者だ。」

 

シロと青年……斬島が互いに名乗った所でどちら共の腹から音が鳴る。

 

「…………昼時だしこれも何かの縁だろう、何処かで食事でも取るか?」

「え!?良いの!?行こ!」

 

尻尾を振ってルンルン気分を表すシロはほんの少しだけ微笑んで歩き出した斬島の隣を着いていく。

 

「ねぇどこ行く?やっぱりお肉?」

「そうだな、最近は魚が続いたからな。」

「それなら良いお店しってる!とっても大きいステーキ出してくれるとこ!」

「そうなのか?……じゃあ案内を頼めるか?」

「うん!」

 

胸を張って答えるシロは、意気揚々と歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ!」

 

十数分後、一件の店の前で立ち止まったシロはついてきている斬島の方に振り向くと、器用に前足で店を指し示した。『ステーキハウス』という看板がかけられた店の中からは良い香りが漂って来ており、聞こえてくる楽しそうな声を聞く限り、評判はかなり良いようだ。

 

「それじゃあ早速入るか。」

「うん!」

 

ガラッ

 

斬島が引き戸を開け、揃って入店すると近くにいた人物が目を向けて来た。

 

「鬼灯様!」

「おや、シロさんじゃないですか。」

 

カウンター席で軽く一キロは越えてそうな大きさのステーキを切り分けていた鬼灯は駆け寄って来たシロを受け止めた後、後ろにいた斬島の方に話しかけた。

 

「それに斬島さんも。プライベートですか?」

「お久しぶりです、鬼灯様………えぇ、まぁ。肋角さんや災藤さんに「少し位は休め」と言われて金切(かなきり)を没収され訓練室の立ち入りを禁止されてしまい、他の皆も出払ってしまっていたので…………。」

「真面目に仕事をこなされているようでなによりですよ。」

「ありがとうございます。」

「アレ?鬼灯様と斬島さんって知り合いなの?」

 

そう言ってペコリと頭を下げる斬島とその相手である鬼灯をシロは不思議な顔をしながら見つめている。事情を知らないシロに対し、鬼灯は口を開いた。

 

「えぇ、斬島さんはシロさんと違い、拷問が主な仕事というわけでは無いですが、歴とした獄卒の一人です。」

「え!?そうだったの!?」

「む、言ってなかったか?」

 

驚く声を出すシロを前にした斬島は一度背筋を伸ばすと口を開いた。

 

「特務室所属の獄卒の斬島だ。改めてよろしく頼む。」

「特務室?」

「説明しますから、取り敢えずお二方共注文しては?」

 

聞いたことの無い言葉に首をかしげるシロ。その様子を見た鬼灯は一先ず入り口で屯している二人を退かす事からはじめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「簡単に言いますと、『特務室』というのは現世でしぶとく留まっている悪霊や幽霊の回収、危険な亡者の刑場の輸送の管理など、様々な事を行う謂わば『地獄の何でも屋』ですね。斬島さんはそこに所属する獄卒の一人です。」

「へぇ~、迷子の子猫のお家探しとかも?」

「シロさんの思い描いているそれは烏天狗警察の役割ですよ。それにその設定でしたらお巡りさん役貴方では?」

 

お目当ての肉が運ばれて来たシロは鬼灯に突っ込まれながら切り分けられたステーキを頬張る。隣では、鬼灯と同じようなステーキをカトラリーを使って切り分けて幸せそうな雰囲気を出しながら頬張る斬島もいる。シロの解釈に呆れたような声色になる鬼灯は引き続き話を続ける。

 

「何でも屋といってもその仕事は普通の獄卒ではこなせない物ばかりなんです。なので特務室に所属する獄卒は基本的にエリートだったり、特殊な能力を持つ方が殆どです。」

「それじゃあ斬島さんもエリートなの?」

 

シロの質問に対し、鬼灯はその口で咀嚼している肉を飲み込むと、いつも通りの声で返答した。

 

「正直に言うと、私は特務室の獄卒の採用にはあまり関わっていません。皆さん癖が強いですし、サボり癖がある方もいますが概ね優秀ですよ。斬島さんに関しても例外ではありません。」

「へぇ~!スッゴい!」

「……………ん?どうかしたか?」

 

肉に夢中だったのか、シロから向けられるキラキラとした目線に心当たりがなく首をかしげる斬島だったが、シロはそれを知ってか知らずか話を続けた。

 

「ねぇねぇ斬島さん、普段はどんなお仕事してるの?」

「ふむ……鬼灯様、言っても良い事ですか?」

「ええ、別段機密事項というわけでもないですし、シロさんも獄卒ですから。」

「分かりました………まぁ、それよりも肉を食べてしまわなくては。早くしないと冷えて固まってしまうんじゃないか?」

「あ、そうだった!」

 

斬島の指摘にはっとした様子で目の前の肉に向き直ったシロはそのまま食らいつき始めた。それを他所にいつの間にかステーキを食べ終えていた鬼灯は斬島に話しかけた。

 

「そうだ、斬島さん。この後、肋角さんの元に向かう予定なのですが、その後で良ければ軽い運動位は付き合いますよ。」

「!本当ですか!」

「えぇ、貴方達の調子がどんなものか見定めるのも仕事の一貫ですよ。」

 

鬼灯の言葉に斬島は目を輝かせる。しばらくして二人と一匹は代金を支払い、店を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ鬼灯様。今更だけどさ、俺もついてきて良かったの?」

「別に機密事項というわけでも無いですし、見聞を広める為だと考えれば咎める理由なんて一切ありませんよ。それに、興味があるのでしょう?」

「うん!………でも、なんか変な感じがするね。」

「ほう、例えば?」

 

斬島を先頭に街を歩く二人と一匹であったが、シロは何処か不思議そうな顔をして辺りを見回していた。

 

「俺が普段出掛けてるショッピング街とかと比べて少し落ち着いててお洒落な気がする!こういうのってなんて言えばいいのかな。くらしっく?」

「クラシックは中世や近世のヨーロッパの宮廷等の造りを示す言葉ですよ。ここの事を敢えて言い表すのであればモダンです。」

「そうそれ!」

 

つっかえていた物が取れたかのように晴れた雰囲気を纏うシロに対し、鬼灯は補足するように口を開いた。

 

「ここら一帯は昔から当時の亡者の手によって開拓、建設された街です。なので他と比べ、時代特有の要素が色濃く残るんですよ。この辺りは海外から日本へと様々な技術が入ってきた明治や大正辺りに作られた街なので、必然的に当時の造りに近い物となってますし10分程歩いたら、また違った時代の物が見れます。」

「へぇ~、知らなかった!」

「地獄も広いですし、こういった場所は各地にありますよ。」

「鬼灯様、到着しました。」

「おや、そうですか。」

 

歩きながら会話をしていたシロと鬼灯に先導していた斬島が立ち止まりながら話しかける。その言葉に反応したシロが目的地を見るために横へ顔を向ける。

 

「うわぁ~!立派!森の洋館みたい!」

「シロさん、それは誉め言葉なんですか?」

 

そこにあったのは、大正風の立派な洋館であった。ざっと見ただけでもかなり広いのが分かる。シロはテンションが上がったのか、目を輝かせながら駆け出そうとしている。

 

「ね、ね、鬼灯様!早く行こう!」

「そうですね、何時までもここに留まる訳には行きませんし。斬島さん、案内をお願い出来ますか。」

「分かりました、どうぞこちらへ。」

 

ドアノブに手を掛け、扉を開いた斬島は鬼灯とシロを館の中へと招き入れるのであった。




はい、というわけで地獄関連ということで獄都事変も追加です。今回出たのは斬島だけですが、次回以降もキャラは追加していきます。

原作の獄都事変では斬島達の暮らす館はあの世の中心地である「獄都」にあります。獄都は区域ごとに現代や江戸、近未来など時代が分かれており、特務室があるのはその中の明治大正から昭和初期辺りの区域です。ですが、本作では鬼灯の冷徹を基準としているため、日本地獄の中の一角にあります。これといった場所はありませんが、地獄の中で真ん中辺りに位置しています。周囲の街は元人間現獄卒、地獄の住人といった感じの人々が住んでおり、作中でも鬼灯様が言った通り「当時の人間が作った」というのがよく分かる造りになってます。

斬島の台詞は「真面目+天然+優しさ」といったイメージで書いてます。コミュ力はかなり高いですし。


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特務日記二頁目

やっぱり忙しいです。





それでは、どうぞ。


「すごいね!和風の屋敷なら入ったことあるけど、こういった「館」って感じの場所初めて!閻魔庁とは全く違う!」

 

初めて特務室を訪れたシロは物珍しそうキョロキョロと周りを見回し、てちてちと鬼灯の前を歩いていく。壁に掛けられたランプが照らす床は軋むこと無くしっかりと存在していた。しばらく館の中を歩く二人と一匹であったが、不意にシロが鬼灯に向かって問いかけた

 

「あ、そういえば鬼灯様。ここには何しに来たの?さっきなんか用事あるって言ってたよね。」

「そう言えば言ってませんでしたっけ。まぁただ単純に近況の報告や予算云々の話をしに来ただけです。」

 

そう言いながら鬼灯は懐から一冊の手帳を取り出す。その表紙には、『記録簿』とだけ書かれていた。

 

「特務室は閻魔庁が抱える組織なので、こういった金銭の話は私とここのトップである肋角さんとで話し合って決めているんです。」

「そう言えば獄卒っていわゆる公務員だもんね。斬島さんのお給料もいいの?」

「俺達特務室所属の獄卒は基本的にこの館の三階に住んでいるからな、そういった生活費は差し引かれるがそれでも自由に使える金銭はかなり余裕がある。」

「固定給+出来高払いですからね。普通の獄卒に比べて仕事の量と種類が多いので、それ相応の物を支払っていますよ。」

「へぇ~!……あれ?」クンクン

「どうかしたか?」

「美味しそうな匂いがする!」ダッ!

 

感心したような声を上げるシロであったが、ふと何かに気が付いたようで不思議そうな顔を向けていた斬島を置いて走り出した。静止する暇もなく行ってしまったシロを呆れながら追いかけようとする鬼灯であったが、斬島は思い当たる節があるのか特に焦った様子もなく口を開いた。

 

「恐らくこの先にある食堂に行った筈です。丁度昼を過ぎた辺りなので、少し遅めの昼食を取っている人もいる筈ですから。」

「では先にそこに寄りましょうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここかなぁ?」

 

美味しそうな匂いを辿って館の中を歩くシロは、やがて【食堂】と書かれた札が掛けられた扉の前に着くと、少しばかり開いていた隙間に体をねじ込んで部屋に入った。部屋は広く、長机が何本も並んでおり、背凭れのない腰掛けが大量に見受けられた。長机の上には水の入ったピッチャーや湯呑み、箸が入れられた筒など、食事をする場所として必要な物が揃っていた。所々にカーキ色の軍服を身に纏った獄卒らしき人影が居たが、誰もシロが入って来たことに気が付いていないようだ。

 

「ふわぁぁぁ、甘い香りがする!クッキーかな!」

 

漂う甘い香りに誘われて食堂を歩くシロはキッチンと繋がったカウンターらしき場所まで移動した。中からは女性の鼻唄が聞こえてきており、甘い香りにその人物が関与していることを察したシロはカウンターの横にある椅子の上に駆け上がり座った。そこでシロはようやく女性の姿を目にすることが出来た。

 

「ふふふ~ん♪……って、あら?」

「お姉さん!何か美味しいものありますか!」

 

長く鮮やかな紫色の髪を後ろで纏め、化粧も。しかし何よりも目を引くのは、瞳孔が縦に割れた黄緑色の瞳である。その女性はようやくシロの存在に気が付いたのか、目を丸くしている。しかしシロはそんなこと知らんと言わんばかりに朗らかに話しかけた。それに絆されたのか、女性は優しく微笑みながら口を開く。

 

「こんにちはワンちゃん、貴方は誰かしら?」

「俺?俺はシロ!お姉さんは?」

「私はキリカよ。それで、シロちゃんは何が食べたいのかしら?」

「えーっとね、今キリカさんが持ってるの!ずっといい匂いしてたから気になってた!」

 

シロがそう言って期待の眼差しを向けるが、女性……キリカは少し困ったような笑みを浮かべている。

 

「あ~……ごめんなさいね、今焼いてたのチョコレートクッキーなのよ。確かワンちゃんってカカオ駄目でしょ?」

「そうなんだ……残念。」

「そうねぇ……あ、そうだ、確かあれがあったわね。」

 

キリカが何かを思い出したかのような顔をした後、シロの耳に何かが地面を這うような音が入ってきた。それに首を傾げている間もその音は続いており、暫くして

 

ガチャッ

 

後ろにあった戸棚が開いた。その取っ手には緑色の鱗のついた蛇の尻尾らしき物が巻き付いており、そのまま取っ手を離した尻尾は戸棚の中を探り始めた。くるりと振り返ったキリカが尻尾の先で絡め取った物を確認しているところを見たシロはキラキラと目を輝かせていた。

 

「あったあった、シロちゃん、ジャーキーで良いかしら?この前作ったんだけど余っちゃって。おつまみとして食べる人も居るのだけど……。」

「キリカさん!それ尻尾!?」

「あら、こっちの方が気になる?」

「うん!カッコいいなぁって!」

「まぁ嬉しい。おばちゃん、ちょっと多めにサービスしちゃうわね。」

「わぁい!」

 

にこやかなキリカは皿にビーフジャーキーを盛るとシロの座る椅子の前に置いた。早速そのうちの一本を口の中に入れ咀嚼するシロであったが、それと同時に背後からバンッ!と何かを叩きつける音と大きな足音が聞こえてきた。

 

「おばちゃん!腹へった!」

「遅かったわね平腹ちゃん、任務長引いたの?」

「田噛が寝始めたから引きずって帰って来た!それより、早くなんか食いてぇ!」

 

足音の主はオレンジ色の短髪に黄色い瞳を爛々と開いた青年であった。笑みを浮かべる青年……平腹は座った所で隣のシロの存在に気が付いたようで高いテンションのままシロへ話しかけた。

 

「おぁ!白いワンコがいる!なんだお前!」

「俺?シロ!お兄さんもジャーキー食べる?」

「お、いいのか!?」

 

シロの言葉に更に目を輝かせた平腹は早速差し出されたビーフジャーキーを一掴みし、口の中に放り込んで噛み始めた。

 

ふぁふぃふぁふぉふぁ(ありがとな)!」

「ねぇねぇ、お兄さんも斬島さんみたいに獄卒なの?」

「んぁ?お前斬島の知り合いか?」

「うん!休みだったから散歩してたら知り合って、鬼灯様も一緒にお昼ご飯食べた!」

「あら、鬼灯様の名前が出たって事は貴方も獄卒?」

 

ジャーキーを貪りながら会話する二人に手にお盆を持ったキリカが混ざる。お盆の上にはとても美味しそうな定食が乗っていた。量も特大である。

 

「はい、平腹ちゃん。余った揚げ物の盛り合わせみたいになっちゃったけど、これで良いかしら?」

「あんがとおばちゃん!いただきまーす!」

 

平腹は自分の目の前に定食が置かれた瞬間、白米が山のように盛られた茶碗を持ち上げると、そのまま一心不乱に貪り始めた。最早話しかけても返事が返って来そうもない。シロがその様子を感心したような目で見ていると、背後から別の人物の足音が聞こえてきた。

 

「あれ、シロくん?」

「あら、月見様。」

「あ、月見さんだ!こんにちは!」

「はいこんにちは。」

 

声を掛けられ、振り向いたシロは月見の姿を確認してすぐに元気よく挨拶する。それに返事をした月見は首を傾げながら問いかけた。

 

「それで、何故ここに?」

「街で斬島さんと仲良くなって鬼灯様にも会ったからついてきた!そういう月見さんは?」

「ここの医務室にちゃんと備品とかがちゃんと届けられているか見に来たのと……あと届け物ですね。」

 

そう言って月見は手に持っていた風呂敷包みを持ち上げる。ゆらゆらと揺すられたそれの中身は何か箱のような物であるようで詳しい情報は無い。しかし、シロの鼻は風呂敷の中の臭いを捉えた。

 

「なんか薬みたいな臭いもするけど……中身なに?」

「僕がちょっと改造した絆創膏です。」

「絆創膏?」

「ええ、軽く5000枚以上はありますよ。

「多くない!?」

 

月見はなんでもないかのように答えるが、明らかにおかしい数字にシロは思わず叫んだ。その言葉に対して月見は頬を掻きながら答える。

 

「なんでか知らないんですけど、ここの獄卒の皆さんは『絆創膏貼っとけばなんとかなる』と言ってよく絆創膏使われるんですよ。任務で腕ぶったぎられた時も絆創膏で繋いでた事があった筈ですし……まぁその時は医務室のベッドにぶちこんで治療してちゃんと説教しましたが。」

「そりゃそうだよね。むしろ何があったら腕が千切れるんだろう。」

「現世で悪霊となった存在と対峙したらしいですよ。基本的にお迎え課の手に負えなくなった場合に出るので、普通の亡者とは比べ物にならない程強いですし凶暴です。妖怪も下手すれば取り込まれますよ。」

「はぇ~。」

「シロさん、ここにいましたか。」

「あ、鬼灯様!」

 

そんな話をしていると、シロを追いかけてきた鬼灯と斬島が食堂へと入って来た。直ぐ様カウンターに座るシロを見つけた二人はそこへ真っ直ぐ向かって行き、そして隣に立つ月見の存在にも気が付く。斬島は少しばかり目を見開いて驚いている様子であったが、鬼灯は特に気にすること無く話しかけた。

 

「どうも月見さん、医務室での話は終わりましたか?」

「えぇ、少し前から抹本くんが病院勤務からこちらの医務室勤務に戻って来ましたので、引き継ぎ作業も行ってます。」

「抹本………あぁ、彼ですか。そういえば、貴方の生徒の一人でしたね。昔閻魔庁で私に向かって真っ正面から「採血させて下さい」って言って来たのが懐かしいです。」

「その後逆に注射器突き刺して気絶させてましたね。彼、他の獄卒と比べて少し体が弱いですし、本人の気質的にも前に出るのは苦手な筈なんですけど、何故か薬関係の事になると遠慮が無くなるんですよね。」

「貴方も同じような事しようとしたでしょうに。」

「僕はちゃんと正当な理由を用いて(こじつけて)採血してます。狂気により痛みも与えません。」

「あんた狂気の使い方それでいいのか。」

「亡者の魂を完全に狂わせてるよりよっぽど平和な使い方でしょう?」

(抹本は何をやっているんだ………。)

 

軽い調子でポンポンと交わされる言葉に斬島は入り込めずにいたが、そんなの知らんとばかりにシロは口を開く。

 

「ねぇ鬼灯様!この後どうするの?」

「肋角さんの元へと行きますよ。それよりも勝手に走り出さないで下さい。エジプトに行った時のようにリード着けますよ?」

「えー!?やだー!」

 

ショックを受けたような顔をするシロであったが、鬼灯はそれをガン無視して月見がポーチから取り出した首輪とリードを受け取り、シロに対して見せて脅し始めた。それをなんとなく見ていた斬島は隣に立つ月見へと疑問を口に出した

 

「何故あんな物持っているんですか。」

「割と色んな物が入れてますから。生活雑貨から調理器具、工具や食べ物まで何でもござれと言う奴です。」

「はぁ……。」

「あ、大福いります?」

「……頂きます。」

 

流れで貰った大福をしばし見つめていた斬島だったが、やがてパクリと一口食べるとそのまま口を動かし続ける。月見も隣で自分用に取り出した大福をハムハムと食べている。そんな感じで待っていた二人は、説教され、落ち込み気味のシロを床に降ろした鬼灯に話しかけられる。

 

「さて、行きましょうか。」

「僕も報告があるので着いて行きますね。」

「キリカさん、また後で。」

「おやつ用意して待っとくわね、斬島ちゃん。それと、また来てねシロちゃん。」

 

ヒラヒラと手を振るキリカの元から踵を返した三人と一匹は、そのまま食堂の外へと歩を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぉ?あの犬どこいった?」

「もう鬼灯様と一緒に行っちゃったわよ、平腹ちゃん。それよりも、おかわりはいる?」

「大盛りで!」




この作品で出した月見さんの仕事を改めて書き出してみたのですが、

・閻魔庁の医務室の勤務(医務室長としての書類整理や患者の診察も含む)
・各庁の医務室及び獄卒関係医療機関の責任者(書類云々の確認、各地の調査)
・閻魔庁の倉庫に届けられる医療関係の資材の調整と確認、各地への発送管理
・外交関係(主に月神の相手、各地への出張)
・餅の販売(半分趣味)
・護衛(という名の付き添い)
・非常時の戦闘要員

これに加え、医療従事者及び薬学関係者への技術指導等も行ってます。獄卒に関する医療面の権限に関しては鬼灯様と閻魔大王から一任されており、その点については鬼灯様よりも強い権力を発揮します。それ故、仕事の量は半端なものではありません。尚、基本的に仕事は美穂さんが手伝いをしてくれますが、夜の相手云々の関係で体力はより消費してます。


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特務日記三頁目

「特務日記」と言っておきながら特務は既に終わった後の模様。




それでは、どうぞ。


「ねぇねぇ、そういえばその肋骨さん?ってどんな人なの?」

「肋骨ではなく肋角さんですよ。」

 

廊下にて、すっかり調子が戻ったシロが口を開く。鬼灯は間違いを指摘しながらそのまま話題を広げ始めた。

 

「肋角さんは特務室の設立時から室長として勤めて貰っている方です。基本的に特務室の獄卒は彼にスカウトされて入った方が殆どなんですよ。」

「へぇ~、斬島さんもそうなの?」

「あぁ……と言っても、あの世に来てから拾って貰ったんだがな。」

拾って貰った(・・・・・・)?」

 

言い回しに引っ掛かった所を繰り返したシロに対し、斬島はその表情を少し物憂げにしながら返答した。

 

「俺は元々人間だ。まだ子供だった頃に現世で死んで賽の川に送られている。鬼灯様もおっしゃっただろう?獄卒は皆地獄に来てからスカウト……拾われた者が殆どだからな。」

「あ、だから腕がもがれても元に戻るんだね。」

「怪我をしていい理由にはなりませんけどね。」

 

話を聞いていた月見の一言に少しだけ目線を反らす斬島。

 

「……まぁ、そういうことだ。俺ら特務室所属の獄卒は皆肋角さんに育てられた。だから俺らはここにいる。」

「その肋角さんを尊敬してるんだね。」

「勿論だ……そろそろ着くぞ。」

 

その言葉の後、斬島は一際立派な造りの扉の前で立ち止まると、そのままノックをした。

 

「肋角さん、斬島です。鬼灯様方をお連れしました。」

『あぁ、入ってくれ。』

「失礼します。」

 

断りを入れて扉を開ける。扉の先はきっちりと掃除が行き届いた執務室であった。部屋の中心にあるデスクには様々な書類やペン一式などの仕事道具が整理されて置かれていた。その部屋の主らしき軍服を身に纏い煙管に口をつけていた男はそのデスクの横に立っており、三人と一匹が入って来たことを視認すると、煙管を処理し口を開いた。

 

「鬼灯殿、月見殿、お待ちしていました。」

「お久しぶりですね肋角さん……おや、災藤さんはいらっしゃらないのですか?」

「あぁ、災藤なら今医務室で抹本の書類確認をしている筈です。他に新しく入る職員もいるので、今日はそちらを任せていましてね。」

 

鬼灯を超える身長と黒い肌を持ち、黒い髪をオールバックにした男……肋角は、鬼灯と軽く会話を交わした後、デスクの上に置かれていた書類の一つを手に取った。

 

「今年度の予算です、ご確認を。」

「…………はい、問題無さそうですね。前年度から繰り越された資金はどうしますか?」

「そうですね……あぁ、斬島、確か最近訓練所の設備が古くなっていると言っていたな?」

「はい、あと訓練用の木刀の補充もしてほしいのですが……。」

「分かった、注文しておこう。構いませんか、鬼灯殿?」

「ええ、予算の中に収めるのであれば問題ありません。」

「絆創膏の補充もしておきますね。」

「月見殿、後で佐疫に渡す分を別に分けておいてもらえますか?」

「分かりました。」

「感謝します……して、一つ気になっていたのだが。」

 

しばらく業務的な会話をしていた三人であったが、肋角は不意に視線をずらす。その先には不思議そうな顔をして首をかしげるシロがいた。

 

「そこにいる白い犬は?」

「シロです!はじめまして!」

「ふむ、良い挨拶だな。獄卒か?」

「うん!今日斬島さんと友達になったから着いてきた!」

「そうか、今後とも斬島と仲良くしてやってくれ。」

「ワンッ!」

 

先程までの引き締まった上司としての顔ではなく、父親らしい笑みを浮かべながら屈み、シロを撫でる肋角。それを受け入れて楽しそうに鳴くシロを、隣に立つ斬島はちょっとした恥ずかしさを感じながら見守るのであった。暫くして満足したのか、肋角は再び背筋を伸ばして立ち上がる。

 

「さて、斬島。お前は部屋に戻るか?確か佐疫ももうじき帰って来ると思うぞ。」

「あ、その事について少しお話が……。」

「どうした?」

「この後、鬼灯様に訓練をつけて貰おうかと……。」

 

斬島の言葉に少しだけ眉間に皺を寄せるが、数秒思考した後口を開いた。

 

「………分かった、一時間だけなら許可する。ただし、先日の負傷が治ったばかりだと言うことを忘れないように。」

「ありがとうございます!」

「よろしくお願いします、鬼灯殿。」

「構いませんよ。では、失礼します。」

 

その言葉の後、鬼灯は執務室を出る。それにペコリと頭を下げた月見が続き、その後を斬島とシロが追いかけた。そうして扉が閉められた後、肋角は机の上に置いていた煙管に常備している煙草を詰めた後火を着け、静かに吸い始めた。

 

「………。」フーッ

 

吐き出した後、空中を漂う煙を見ながら頭の整理をしていた肋角であったが、ふと先程鬼灯から預かった書類に視線を移した。その中に、一つだけ飛び出した紙がある。その紙を手に取り内容に目を通した肋角は少しばかり目を見張った後、口元に笑みを浮かべた。

 

「…………成る程、鬼灯殿も粋な事をしてくれる。」

 

 

 

「肋角さーん、いますか?」

「あぁ、帰っていたか木舌。」

「今日の分の亡者の他地獄への輸送が終わったんで。あと途中抹本に会ったんですけど、こっちの医務室勤務になるんですね。」

「そうだな……祝いも含めて今度全員で飯でも食いに行くか?」

「お酒は?」

「良いぞ、飲み過ぎなければな。」

「ぃヨシッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「訓練所ってどんな場所?閻魔庁にあるやつみたいな所?」

「あっちはジムですね。」

「でも鬼灯様、この間芥子ちゃんと一緒にスパーリングしてなかったっけ?めっちゃ激しかったよ。」

「あれもトレーニングの一環ですよ。」

 

肋角の元から訓練所へと向かう途中、外向けの服から着替えるために自分の部屋へ行った斬島と別れ廊下を歩く二人と一匹は他愛もない会話をしながら進んでいく。暫くして鬼灯は一つの入り口に入り、シロと月見はその後ろを歩く。

 

「わぁすごい、本格的。」

 

周りをキョロキョロと見回すシロは感心したように呟く。その言葉の通り、訓練所の中は広く、トレーニング用の設備が整っていた。昼食時直後であるためか利用者は少ないようではあるが、それでも鍛練に勤しむ者は何人かいた。その内、ダンベル置き場の傍らで汗を拭いて休憩していた青年が鬼灯達に気付くと

 

「鬼灯様!月見様!お久しぶりですッ!」

「こんにちは谷裂くん。お変わり無いようでなによりです。」

 

威勢良く挨拶した丸刈りの青年……谷裂は月見に返答された後、頭を上げると話し始める。

 

「今日は何の用事でここへ?」

「いえ、用事は既に終わりました。ここに来たのは寄り道です。そう言う貴方はいつからここに?」

「つい先刻です。走って軽く汗を流したのでこれからトレーニングを始めようかと。」

「すいません、お待たせしました。」

 

そこに動きやすそうな格好に着替えた斬島が入って来た。谷裂は少し驚いたような顔をした後、直ぐに怪訝な表情で口を開いた。

 

「む、斬島、貴様肋角さんからトレーニングを控えるよう言われていた筈だぞ。」

「それついては許可を貰ってきたから問題無い。鬼灯様に稽古を着けて貰えるように頼んだからな。」

「何ッ!?」

 

しかし斬島の言葉を聞いた途端、動揺するような声を上げバッと鬼灯の方へ顔を向ける。

 

「本当にですか!?」

「えぇ、何ならこちらから提案したことですし……谷裂さんも手合わせしますか?私は斬島さんとやるので……月見さん、頼めますか。」

「僕は構いませんよ。」

「よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワーワー   ザワザワ  ドンッ!

 

「……?」

 

一人の青年が訓練所の前を通りかかると、いつも以上に賑わっているのか、騒ぎ声が聞こえてきた。思い当たる理由もないため首を傾げた青年は原因を探る為に部屋に入る。すると、訓練所の一部に獄卒達が集まっていた。それに混じるように入って行った青年な全員が注目する場所へ目を向ける

 

「あれ、斬島?」

 

休みを言い渡されていた筈の自分の親友が立っていることに驚いていると、周りの同僚が青年の存在に気がついたのか話しかけてきた。

 

「あ、佐疫くんも来た。」

「おう佐疫、帰ってたんだな。」

「うんまぁついさっき……で、これ今どんな状況?」

 

困惑する青空のような瞳の青年……佐疫の目線の先には

 

 

「シッ!!」ブォン!

「踏み込みが甘いですね、もう少し抉るように斬り上げなさい。」ガキンッ!

 

「そこ。」シュッ

「ぐぅ!?」ドコンッ!!

「金棒という重い武器を自由に振り回せる力は素晴らしいですが、一撃に重きを置きすぎです。反応出来ていても危ないですよ。」

 

 

斬島の刀を金棒で巧みに止める鬼灯と谷裂が攻撃した後の隙を狙って蹴りを入れる月見の姿があった。獄卒二人は大量の汗を流しながら向かっているのに対し、鬼灯と月見は息一つ乱さず相手をしている。

 

「たまたま鬼灯様と月見様が斬島と会って、稽古を頼んだらしい。ほら、あのお二人が戦う姿って殆ど見ないだろ?」

「最初はこの訓練所にいる人だけだったんだけど、段々と観客が増えてこうなったの。」

「成る程、そんな事が……あっ。」

 

近くの同僚に話を聞いていた佐疫だったが、再び目線を四人に戻すと目を見開く。

 

ガキンッ!

 

「ッ!」

「終わりです。」

「……………ハァッ……ハァッ。」

「この辺りが頃合いでしょう。」

「ありがとうッ、ございました………。」

 

刀を弾かれ、眼前に金棒を突き付けられた斬島は肩で息をしながらその場に膝を付き、

 

 

「フンッ!!」ブォン!

「せいッ。」ガキッ!

「!しまっ「甘いです。」うぉッ!?」グラッ

「てい。」グイッ

 

ドシン!

 

「かはッ!?」

「あ、強すぎた。」

 

渾身の一撃を蹴りで止められ動揺した谷裂は体勢を崩され、月見によって思いっきり床に叩き付けられた。叩き付けた本人は申し訳なさそうな雰囲気でしゃがみこみ、話しかける。

 

「すいません、力加減を誤ってしまって……大丈夫ですか?」

「だい……ゼェ……じょうぶ……ゼェ……です………。」

 

息も絶え絶えな様子だが、一応大きな怪我は無く無事なようである。月見の手助けを貰いながら起き上がった谷裂は傍らに転がる金棒を持って再び立とうとする。

 

「谷裂、流石にこれ以上は明日に響くよ。」

「貴重な機会なんだ!ここで倒れてしまってはもったいない!」

 

安静にするように言うため出て来た佐疫であったが、谷裂が止まる気配はない。

 

「麻酔打って抹本に実験台として引き渡そうか?」ボソッ

「…………………………………。」ピタッ

「流石にこれ以上の指導は体力的に危ないですからね。ここまでにしておきましょう。」

「…………分かりました。ご指導、ありがとうございます。」

 

しかし次に出された脅しで完全にその動きを止めた。佐疫は谷裂が月見から差し出された水と塩分タブレットを受け取り、口にした所を確認した後、汗だくで座り込む親友の元へと駆け寄った。

 

「何やってるの斬島、この間の任務の怪我治ったばかりなのに……もっと自分の体は大切にしなよ?」

「分かってはいるんだが……何時までも体を動かさないままだと鈍ってしまう。早く勘を取り戻さなくては。」

「仕事熱心なのは大変結構ですが、それで体調を崩されては元も子もないのである程度は自重してください。」

「はい……。」

 

汗を拭いながら話す斬島であったが、鬼灯から釘を刺されたこともあり、暫くは大人しくなりそうである。そんな中、トコトコと歩いてきたシロは口を開いた。

 

「ねぇねぇ鬼灯様、さっきの見て一つ気になった事があるんだけどさ。」

「どうかしましたか?」

 

 

鬼灯に聞き返されたシロは首を傾げながら問いかける。

 

 

 

 

 

「鬼灯様と月見さんってどっちの方が強いの?」




作品内で語られてはいませんでしたが、斬島は与えられた任務で現世に行っており、そこで両腕が千切れかけてます。その治療が終わり、早速仕事に戻ろうとして同僚や上司に止められて強制的に休暇にされ、鍛練なども禁止されたのが特務日記一頁目の斬島です。肋角さんも鬼灯様が見てくれるという理由で鍛練に許可を出してます。

その任務についてですが、詳しくは別のお話で書かせていただきます。





まぁクトゥルフ案件なんですが。


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特務日記四頁目

裏タイトル 「月見さんと鬼灯様の悪ふざけ」




それでは、どうぞ


ビュンッ!   ズァッ!  ズドンッ!

 

「…………………。」

「…………………。」

「…………………。」

「…………………。」

「「「………………。」」」

 

呆然と目の前の光景を見やる斬島達獄卒とシロ。言葉を失った彼らの目線の先には

 

「手合わせは久方ぶりですが、衰えて無いようで何よりですよ。」ドシュッ!

「鬼灯様こそ、いつの間にそんな技術を?今の、確か中国拳法の一つでしたよ……ねッ!」シュッ!

 

先程の手合わせとは比べ物にならない程の速さで繰り出され風圧を伴った拳。それをいなし、空間をかっ斬るような錯覚を受ける程の蹴り。受け止める音、床を蹴る音、その全てが大気を揺らしその激しさを示す。当の本人達は会話を交わしているが、その光景は地獄の中でも屈指の戦闘能力を持つ特務室の獄卒達でも少しばかり異常に映っているのだろうか、斬島はぼそりと呟いた。

 

「本当に……すごいな。」

「いや、これ僕らも巻き込まれないかな………。」

 

 

 

~10分前~

 

「鬼灯様と月見さんってどっちの方が強いの?」

「……さぁ?あまりそういうのは気にしたこと無いですね。そもそも月見さん自身戦いを好む訳でも無いですし、お互い忙しかったので。」

「僕は元々弱かったので一時期鬼灯様に鍛えて貰っていましたが、最近ではそう言うのも無かったですもんね。」

「あ、どうせなら久しぶりにやりますか?」

「良いですね、運動がてらに。」

「では今までと同様に先に2発攻撃を入れた方の勝ちで………罰ゲームどうします?」

「何人か誘って呑みに行きましょう。そこの代金の支払いということでいかがですか?」

「構いませんよ。」

 

 

 

 

 

 

 

「スッゴい軽い感じで始まったけど、あそこだけ世紀末になってるね。残像とか初めて見るもん。」

 

ある意味元凶であるシロは二人の手合わせを見て目が点になっている。暫くその状態が続き、少し離れている筈の自分達まで拳がぶつかり合って発生する風圧が届くようになった所でふと谷裂は後ろから何かスナック菓子を食べるような音がしているのに気が付く。眉をひそめながら振り返る谷裂であったが、予想以上に集まっていた獄卒に固まった。その最前列にいた平腹はその様子に気がついたようで、先程の音の発生源であろうポップコーンを抱えながら首を傾げていた。

 

「平腹、貴様いつの間に……。」

「んぉ?お前も食う?」

「要らん!」

「んだよ~、連れねぇなぁ~。」バリムシャァ

「食いながら喋るな!」

「あはは……ん?」

 

豪快に口にポップコーンを放り込んで咀嚼する平腹とそれに目くじらを立てる谷裂のやり取りを横目で見て苦笑いする佐疫はいつの間にか更に集まっていた獄卒の一人が誰かを担いでこちらに近づいていることに気が付く。

 

「やぁ佐疫。」

「木舌も来たんだ……何で田噛担がれてるの?」

「俺が聞きてぇ。」

 

脱力し、抵抗の意思を一切見せない橙色の瞳を持つ青年……田噛は気だるそうな声でそう答える。担いで来た緑色の瞳を持つ青年……木舌は朗らかに笑いながら口を開いた。

 

「皆ここに集まってたけど、田噛だけずっと娯楽室のソファで寝てたからね。一人だと状況が分かんないだろうから連れてきた。」

「余計なことすんじゃねぇよ…………で、いま何やってんだ。」

 

逆さまのまま会話をし始める田噛。彼の面倒臭がりは今に始まった事では無いため、抵抗を諦めた事に対するツッコミはせずそのまま佐疫は口を開いた。

 

「鬼灯様と月見様が飲み代を賭けて勝負中。」

「……あー?」

 

簡単にまとめられた一言に一瞬だけ虚無顔になる田噛であったが、直ぐに復帰し気の抜けた声を漏らす。

 

「んなもんここでやる必要ねぇだろ。」

「本人達にとっては遊びの範疇なんじゃないかな。」

「遊びだぁ?」

 

ドゴッ!!

 

「あれがか?」

「うん、まぁ、そこについては鬼灯様と月見様だからってことで。」

「お、田噛も来たのか!お前もポップコーン食うか?」

「うるせぇ奴が来た……………。」

 

いつの間にかいつも集まる面子になってきた所で、一際大きい打撃音が響き渡る。反射的に視線を戻すと、月見のかかと落としが鬼灯の交差させた腕で受け止められていた。どうやらまだまだ終わる気配は無いようだ。

 

 

 

 

 

有効打にならなかった事を瞬時に察し、直ぐ様月見は反動を利用して跳び上がる。直後、鬼灯の振るった腕が月見のいた空間を通り過ぎた。

 

シュタッ

「貴方相手だと決定打に欠けますね。」

「こちらの言葉ですよ。その速さと蹴りは私には無いなので羨ましい限りです。」

「一応ウサギですから。脚力では負けてあげられません……よッと。」ダッ!

 

床を蹴り、再び鬼灯へと迫る月見。それを真っ正面から迎え撃とうと構える鬼灯であったが、月見の右足が床に着いた瞬間その姿が掻き消える。それを認識したと同時に、鬼灯は左腕を横に突き出した。

 

バシッ!

 

「っ!」

「捕まえましたよ。」

 

開いた左手で、丁度空中で鬼灯を蹴ろうとしていた月見の足を捉え、そのまましっかりと握り締める。月見は抜け出そうとするも強制的に作られた隙によって行動権を潰されており、次の行動に間に合わない。

 

「シッ!」ブオンッ!

「まずっ。」

 

月見の足を持った直後、鬼灯は姿勢を変え月見を金棒を扱うように振り下ろした。抵抗しようにも不安定な空中な為か中々行動出来ず、その背中に床が迫る。

 

 

 

 

バゴォッ!!

 

 

「カハッ………。」

「まず一発。」

 

遠慮の欠片も無い衝撃が響く。叩きつけられた月見は一瞬だけ苦しそうな声を出すも、気配で鬼灯が追撃を加えようとするのを察し、直ぐ様身を捻り体を丸める。そうして鬼灯の攻撃を避けると共に腕で床を押し、縮めていた体を伸ばす事で両足で蹴りを放つ。

 

「せいッ!」

「ッ!」

 

その鋭い一撃は拳を振り切って空いていた腹辺りに直撃し、鬼灯は大きく後ろへと吹っ飛ばされた。着地してもなお踏ん張らなくては後ろへと進み続ける様子から、相当な力が加わっていたのが分かる。数mほど床に跡を残して止まった鬼灯はいつもより更に目を鋭くさせ、息を吐く。

 

「………これで一対一、あと一撃ですね。」

 

そう呟く鬼灯は右手で蹴られた部分を擦っており、相対する月見も関節をほぐすように動いている。どうやら互いに先程食らった一撃が少し響いたらしい。しかし彼らが止まる気配は無く、二人は再び構えを取り始めた。月見は片足を引き力を込めて今にも飛び出さんとするように。鬼灯は腰を落とし、拳に力を最大限に込められるように。その気迫に観戦していた獄卒達は静まり返り、その場に一瞬だけ静寂が訪れた。

 

「行きます。」ダッ!

 

今度は鬼灯から動き出す。縮地によって一気に駆け抜け互いの射程距離に入った瞬間、鬼灯は体を捻り全力で拳を振るおうと構え、即座に放たれる。その速さと気迫は近代兵器にも劣らないレベルである。月見も拳を握り鬼灯に合わせるように迎え撃った。

 

ズドンッ!

 

拳はぶつかり合い、生まれた風圧は辺りに広がり霧散する。決定打になり得なかった拳に更に重ねるように二発、三発と拳を振るうが全て相殺し合っている。次第にその速度は上がって行き、

 

ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!!!

 

終いには残像によって手が複数本増えているように見えるレベルのラッシュとなっていた。いつも通りの無表情な二人であったが、体格と単純な筋力の差もあってか段々と月見が押され始める。

 

「……………ッ!」

 

ピクリとほんの少しだけ顔を歪ませた月見はその後何発かの拳を殴り返し、身を捻って鬼灯の攻撃を避けながら後退した。その際いなした拳が服をかすっていたが、どうやら体には当たらなかったようだ。しかしそれを鬼灯が許す筈もなく、追撃の為月見を追いかけて距離を詰める。再び手を伸ばせば届く範囲に月見が入った。

 

「チッ。」グッ

 

だが鬼灯の行動は頭の防御であった。それと同時に頭の横に構えられた腕へ月見の鋭い蹴りが突き刺さる。ただ先程と違い、しっかりと踏みとどまった鬼灯は片手を防御に使いながら反対の手を伸ばす。しかし、月見が体勢をわざと崩した事でその手は惜しくも空を切った。床に着地した月見は姿勢を低くしたまま一度下がるもすぐに立て直し鬼灯へ向かって行く。床を蹴り、飛び上がった月見はそのまま踏みつけるように鬼灯へ向けて両足を振り下ろした。

 

「せいっ。」ズドンッ!

 

腕を交差させ、真っ正面から受ける鬼灯を踏み台に月見はもう一度跳躍した。体を限界まで反らし、力を溜めるように。

 

ギギギギギギギギギ

 

それに呼応するかのように鬼灯も右手を引き、力を溜める。そして一瞬の空白が生まれた後、

 

 

バチンッ

 

 

二人が溜めていた力の枷が外れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チュドンッッッ!!!!!

 

 

ドゴォッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

鬼灯の拳は月見の腹に突き刺さり、月見の蹴りは鬼灯の頭を捉えた。月見は体をくの字に折り、何回も床をバウンドして転がり、鬼灯もたたらを踏んで片膝を付いた。呆然とその光景を見つめていた観戦者達であったが、シロがいち早く正気を取り戻し、顔を上げ首をゴキリと鳴らす鬼灯の元へと駆け寄った。

 

「ね、ねぇ鬼灯様………大丈夫?」

「大丈夫ですよシロさん、少々首がイカれた気がしますが………まぁ骨まで逝って無いので1日位で治るでしょう。全く……相変わらず狙う場所に容赦が無いですねあの方は。」

「オレ、あの速さの蹴りモロに食らってそれで済む鬼灯様も大概だと思う!」

「当たり前でしょう、互いに本気でやってないんですから。」

「………ん?」

 

案外平気そうな鬼灯の言葉に首を傾げるシロ。それを他所に鬼灯は床に転がったまま動かない月見に向けて声をかけた。

 

「そうでしょう?月見さん。」

「はい、たかが手合わせ程度でリミッター外す事も無いですし。」ヒョイッ

「フツーに起き上がった!?」

 

しかし転がっていた月見は何も無かったかのような顔をして寝返りをうつと、そのまま体を跳ねさせて床に立った。殴られた部分を擦っている辺り、ダメージはあったようだが先程まで激しい戦闘があったとは思えないほどしっかりと歩いている。しかし、いつもピンと立っているうさみみは萎れていた。

 

「はぁ、僅差で負けてしまいました………。」

「殺られる前に殺った方が楽ですからね。」

「だからといってクロスカウンター仕掛けてこないでください。あの姿勢で衝撃受け流すの難しいんですから。」

「それこそ貴方に言われたく無いですね。本気では無く私だったから良かったですが、普通の獄卒であれば呆気なく頭がぶっつぶれてましたよ。」

「鬼灯様の頑丈さに対する信頼ですよ。」

「貴方の財布を最大限軽量化して差し上げましょうか?」

「それはご勘弁を、まだ葛さんの所から餅米取り寄せる前なので………どこにします?」

「そうですね………まぁ近場にある大衆居酒屋でいいんじゃないですかね。まだ仕事ありますし、8時集合で。」

「了解です。」

 

先程まで一般的には殺し合いと呼ばれそうな殴り合いをしていた二人であったが、早速この後呑みに行く店の相談をし始めた。その際、最初から最後まで置いてけぼりだった獄卒達に気がついた鬼灯は最前列でキラキラとした目を向ける斬島に向けて声をかけた。

 

「あぁ、すいません。そろそろ私達はお暇させていただきます。」

「自分の身体は大事にしてくださいね。」

「はい、ありがとうございました!」ビシッ

「じゃあね、斬島さん!」

 

その言葉の後、月見と鬼灯とシロは訓練所を後にするのであった。

 

「………やはり凄いな、あのお二人は。」

「その通りだけど、取り敢えず斬島は休もうか。月見様からも「お大事に」って言われたでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、オレも行っていい?」

「僕は構いませんよ。医務室勤務の給料以外にも色々収入源ありますから。なんなら、柿助くんとルリオくんも呼んでも良いですよ?」

「ホント!?分かった!」ダッダッダッダッ

「元気ですね。鬼灯様も何人か誘われては?」

「取り敢えず、閻魔大王は除外しておきますね。」

「それまた何故?」

「あのじじい、最近サボり気味で仕事が溜まってるんですよ。なので今日は椅子に縛り付けてでもやらせます。」

「成る程……まぁ程々にしてあげてくださいね。」




はい、前々から書きたかった鬼灯様VS月見さんです。まぁこの話の中では二人共本気は出してなかったんですがね。

前にも話したかも知れませんが、鬼灯様は原作で閻魔大王の裁きの雷を片手で弾いてるんですよね。型月的な言葉で言うと、その場所の知名度補正等を受けまくった英霊の宝具を素手で軽く弾いてるということになります。それを基準に考えると、型月世界の中でもトップクラスに君臨出来るんじゃ無いかと思っております。一応鬼灯様も鬼「神」ですし、神代を生きた人間でもあり、未だ供養されない強大な怨霊でもありますから。傘一振りで投げられた数十本相当の刃物を弾き返してニコちゃんマーク作るなど、馬鹿げた器用さも持ち合わせてますし……そう考えると、中々にヤバい存在ですよね鬼灯様。



ちなみに鬼灯様のfateでのスキルを妄想で書いてみました。

地獄のカリスマ B++

数多の人材を引き抜き、膨大な数の獄卒を束ねているが故のスキル。(一部例外もいるが)殆どの獄卒は彼を上に立つ者として認めており、畏怖の念を持っている。特に日本の英霊であれば彼の実力、そしてその容赦の無さを知らない者は居ないだろう。本来であればA+相当の物なのだが本人曰く「いや、別に頂点なんて目指してませんし」ということで、このレベルに収まっている。しかし、それでもその影響力は相当な物である。

味方全体の攻撃力をアップ(3ターン)+味方全体のクリティカル威力をアップ(3ターン)+自身の攻撃力を大アップ(1ターン)

拷問技術(地獄) EX

日本地獄で行われるありとあらゆる拷問の知識と技術を扱うどころか、外国の拷問技術も取り込み、それを生かして更に過激な拷問を日々開発するため付いたスキル。時折、上司である筈の閻魔大王に使われる。

敵全体の防御力をダウン(3ターン)+[人]特性を持つ敵全体の防御力をダウン(3ターン)+味方全体に無敵貫通を付与(3ターン)

閻魔の第一補佐官 -

日本地獄の最高位に位置する閻魔大王。それを日々支え激務をこなす彼が持つ称号である。元々その位置にいたイザナミからも認められ、唯一無二の称号となった。なお、閻魔大王から「君が閻魔でいいんじゃないの」と問われた際、「何を言っているんですか、地獄一頑丈でヘコまない貴方を叩きながら地獄の黒幕を務めるのが美味しいんじゃないですか。」と返した。これが彼のスタンスである。スキルとしては「日本地獄の獄卒の一員として認める」という意味合いが強い。

スターを獲得+味方全体のNPを増やす+味方全体に[獄卒]状態([悪]特攻状態、防御無視、無敵貫通)を付与(3ターン)+味方全体のHPを減らす【デメリット】















そして人は鬼となる ー

彼は元々人間である。人間としての彼の産みの親は誰も知らないし、本人も存在を知らない。孤児だからと言う理由で生け贄に捧げられた幼子は、鬼火と混じり鬼となった。「丁」という名前が人間として死んだ物であるのなら、「鬼灯」という名前は鬼として生まれた物であるのだろう。そして名前を与えた者を親とするのであれば、彼の今の地位にも納得できる筈である。


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北欧日記一頁目

お待たせしました。タイトルの通りです。




それでは、どうぞ。


「あれ、鬼灯様は?」

「閻魔大王も見当たらねぇなぁ。」

 

閻魔庁の裁判所にて、唐瓜と茄子が書類片手に辺りを見回していた。どうやら鬼灯を探しているようだが、その姿は何処にもない。

 

「どーする唐瓜?この提出書類一応まだ期限先だけど。」

「つってもなぁ……まだ亡者の記録の整理もあるし。」

「おーい!唐瓜さーん、茄子さーん!」

「お、不喜処の白ワンコ。」

 

頭をひねる二人の元に白が走って駆け寄ってくる。その口にはボールが咥えられており、遊ぶ気がフルに感じられる。後ろからはルリオと柿助が追いかけていた。

 

「桃太郎ブラザーズ揃い踏みだな。」

「閻魔庁になんか用か?」

「鬼灯様とボール遊びしようと思って!」

「ちょうど休みだったからな、散歩がてらここに来た。」

「そういえば鬼灯様は?」

 

「それがなぁ、俺らも鬼灯様探してんだけど見当たらないんだよ。仕事用のデスクにもいなかったし。」

「そっかぁ、じゃあ閻魔大王に遊んでもらお!」

「じゃあで出す人の名前じゃねぇよ……。」

「優先順位鬼灯様の方が先なんだよな。」ケラケラ

 

自分の仕事の社長、副社長的な立場の存在にボール遊びを迫ろうとするシロに呆れた視線を寄越す唐瓜と、愉快そうに笑う茄子。しかし根本的には何も解決していない為、合流した二人と3匹はそのまま談笑した後、人探しを再開しようとした。するとその時、

 

「む、どうしたんだお前ら?」

「「こんにちは麻殼さん。」」

「「こんにちは!」」

「あぁ、元気そうだな。」

「お久しぶりです。」

「久しぶりだな雉くん。変わり無いか?」

 

集まっていた2人と3匹の元にTHE・鬼といった顔つきの鬼……麻殼が近づいて来た。顔見知りである桃太郎ブラザーズ、閻魔庁務めの小鬼二人と挨拶を交わす。そして唐瓜は自分達の事情を話し始めた。

 

「所で麻殼さん、閻魔大王と鬼灯様が何処にいらっしゃるかご存じですか?書類を提出したいんですか……。」

「あぁ、それなら俺が預かって置こう。後から鬼灯の奴に見せる。」

「はーい。」

 

二人から書類を回収する麻殼。しかし、不意にシロから向けられる視線に気がつき、しゃがみながら問いかけた。

 

「ねぇねぇ麻殼さん、今二人ともいないの?」

「あぁ、だから第二補佐官の俺が一応指揮をとっている。他の庁の補佐官殿にも手伝っては貰って居るが……判決を下す権限は俺には無いからな、どうしても仕事は詰まる。」

「へぇ、大変なんだね。あ、それじゃあさ、どうして二人共居ないの?お出かけ?」

「外交だよ。確か医務室長達も着いていっていた筈だ。」

「じゃあその相手って?」

「あぁ、言ってなかったな。

 

 

 

 

北欧神話で有名なオーディンだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想的な雰囲気を醸し出す広場。何処かの公園のような場所でここに癒しを求めて来た様子の人々の姿が見える。そして、新たに着物を着た四人組がやって来た。この周辺では珍しい格好をしているそのグループの中でも一際体が大きい男……閻魔大王は広場の中心を見ていた。

 

「すごいねぇ、日本地獄にも大きな木自体はあるけど、それでも規模が段違いだもんねぇ。」

 

その目線の先には、直径が把握出来ない程の太さと、真上を見上げても天辺が見えない程高さを持つ大樹……ユグドラシルの枝が広場の真ん中を突き抜けて堂々と立っている。これでもまだほんの一部であるという事に驚く閻魔大王であったが、隣に立つ鬼灯はしげしげと観察した後ぼそりと呟く。

 

「……成る程、その手がありましたか。」

「どうしたの鬼灯くん。」

「いえ、最近出た新種の金魚草について考えてまして。」

「あぁ、なんか草の部分が木みたいになってた奴だったっけ。テレビでも話題になってたねぇ。でもなんで今その事が頭に浮かんだの?」

「品種改良を施して大樹の上に巨大な金魚が生えるようにしてみたいなと思いまして。ほら、日立のCMの「この~木なんの木」みたいな奴ですよ。規模は若干小さくはなりますけど再現はしてみたいですね……………今度空いてる土地でやってみましょうか。」

「ねぇそれ大丈夫な奴!?」

 

部下が何やら不穏なことを呟いている為思わず突っ込みを入れる閻魔大王。しかし鬼灯はなんでもないかのように話を続ける。

 

「大丈夫ですよ、月見さんに協力してもらうので。」

「遺伝子調整と肥料の調節位で良いですか?あと成功したら一部を試料として下さい。薬に転用するので。」

「えぇ、勿論ですよ。ついでに濃縮エキスもお願い出来ますか?閻魔大王に飲ませるので。」

「この前の奴と同じ物なら多分直ぐに用意出来ますよ。」

「あれ作ってたの月見くんだったの!?」

「言ってませんでしたか?僕食品開発とか薬品開発の特別顧問とかしてますよ?金魚草サプリメントとかも鬼灯様と一緒に開発に携わりましたし、なんでしたら色々と独自開発して医務室で使ってますから。」

(わしの知らない間にすごい肩書き持ってる………!?)

「さて、待ち合わせ場所はここで合ってる筈ですけど……月見、誰が来るんだっけ?」

「確か…………あっ。」

 

驚く閻魔大王を他所に、月見と美穂は辺りをキョロキョロと見回し始めたその直後、うさみみと狐耳をピンと立たせバッととある方向へ顔を向ける。やがて鬼灯や閻魔大王も車輪が回る音に気が付き、そちらの方を向いた。

 

「月見~久しぶり~。」

 

宙を駆けるチャリオットを操る青年……マーニとそれに並走する巨体ハティは四人の前にそれぞれ着地する。

 

「お待たせしました。我が主神の命に従い皆様をお迎えに上がりました、マーニと申します。こちらはわたしの」

「手伝いのハティです!」

「そしてこちらが………おや?」

 

チャリオットから降りて礼儀正しく挨拶したマーニとその隣できちっとこれまた行儀良く座るハティ。しかし、マーニは怪訝な表情でチャリオットの方へ振り向いた。

 

「ゲル、大丈夫ですか?。」

「うっぷ……すいません、めっちゃ気持ち悪いっす………。」

 

チャリオットの手すりからひょこりと薄紫色の髪の少女が顔を覗かせる。口元を押さえ、顔を青くさせており、明らかに元気は無かった。

 

「あぁ、つい現役時代の癖で飛ばしてしまいましたね。運転中貴女の事忘れてました、すいません。」

「ひどいっすよマーニ様ぁ…………こうなるんだったら自分で飛べば良かったっす……うっぷ。」

「大丈夫ですか?はい、お水飲んで下さい。」

「ありがとうございますぅ………。」

 

涙目になる少女……ゲルに美穂は何処からか取り出した水入りのペットボトルを差し出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お見苦しい所をお見せしました!ボクはワルキューレ姉妹の末妹、ゲルっす!この度はマーニ様とハティさんと一緒に案内係を任されました!まだまだ未熟者ですが、閻魔大王様、鬼灯様、よろしくお願いしますっす!」

「うん、よろしくね。」

「はいっす!」

 

暫く休憩した後、調子を取り戻したゲルはピシッと敬礼しながら元気よく告げた。その様子に孫を思い出したのか微笑ましげに返答する閻魔大王

 

「お久しぶりっす美穂様、月見様!」

「えぇ、他の皆さんもお変わり無いですか?」

「はい!ブリュンヒルデお姉様もお二人に会えるのを楽しみにしてましたっすよ!」

「おや、知り合いでしたか?」

 

美穂に懐く様子を見せるゲルに鬼灯は疑問符を浮かべながら問いかけた。

 

「あぁ、結構昔……何百年か前ブリュンヒルデさんとコミュニティで知り合いまして。そっから交流していくうちにワルキューレの皆とも仲良くさせてもらってるんです。」

「美穂様、ブリュンヒルデお姉様とスッゴい仲良しなんですよ!」

「へぇ、そうなんですか、初めて知りました。」

「僕らあんましワルキューレ達と関わることが無いしね。月見とは月神集会で時々会うけど。」

 

何故か自慢気に胸を張るゲルの頭を撫でながら美穂は鬼灯の質問に答える。なんでもないかのように告げられたその事実に月見としか交流がない一柱と一匹は少し驚いた様子であったが質問した鬼灯は一人で納得していた。

 

「そうでしたか………まぁ雑談もそこそこにして行きましょう。マーニさん、私達はチャリオットに乗ればよろしいですか?」

「はい、多人数乗せれるように大きめの物を用意したのですが……。」

 

少し言葉が小さくなるマーニの視線はチャリオットと閻魔大王を行き来している。言葉の通り、乗ってきたチャリオットは複数人が余裕で乗れる位には大きいが、恰幅がよく背も普通の人間と比べかなり高い閻魔大王が乗ることを考えると操縦するマーニを外すとチャリオットに乗れるのは閻魔大王ともう一人程だろう。

 

「………よし。」ガシッ

 

それを察した鬼灯は右手に持っていた金棒を握り直すと閻魔大王の方に向き直る。

 

「閻魔大王。」

「どうしたの鬼灯くん、嫌な予感がするんだけど。」

「向こう側に迷惑を掛けるわけにもいかないんで取り敢えずは腹の脂肪を減らしましょうか。そうすれば多少なりともスペース出来るでしょう?」

「え、そんな事出来るんっすか!?凄いっすね!」

 

ゲルは文脈から体型を自由に変化させられると考えているようだが、無論閻魔大王にそんな能力は無い。

 

「月見さん、メス貸してください。」

「ちょっとまってよ鬼灯くん!そんな物理的に減らそうとしないでよ!」

「最近また恰幅が良くなったでしょう。体重を減らしておくチャンスでは無いですか。」

「嫌だよ!?」

「鬼灯様鬼灯様、ここで流血沙汰起こしたら色々と迷惑がかかるので他の手はありませんかね?」

「ふむ………でしたらコレ(金棒)で潰しましょうか。」

「ワシに被害がない奴にしてよ!」

「チッ……全く、日本地獄の代表である閻魔大王がこの体たらくでは示しがつきませんよ?」

「絶対違う!絶対関係無いよね!?」

 

無表情のまま金棒を構える鬼灯から離れるように少しずつ後退する閻魔大王。組織のトップとその側近とは思えないやり取りにポカンとするゲルとマーニを他所に、月見は地面に伏せているハティに話しかけた。

 

「ハティさん、美穂と一緒に背中に乗せてもらっても良いですか?」

「良いよ~、二人共軽いし余裕余裕。少し大きくなるから待ってて~。マーニは閻魔大王様と鬼灯さんをお願い~………マーニ?」

「……はっ、そ、そうですね……それなら問題ないかと。」

「そういうことだから、ゲルは飛んで着いてきてね~。」

「………………。」

「よいしょっと。」ボフッ!

 

困惑がまだ残っているが準備に取りかかるマーニと未だ口をポカンと開けたまま放心するゲルを他所に、マイペースなハティは伏せたまま自分の体を音をたてて変化させる。先程よりも一回り大きくなり、人にじゃれつけばもふっとした毛で埋もれてしまうだろう。事実、隣にいた月見は体の半分位が毛に埋もれていた。

 

「それじゃあ乗って~。」

「ありがとうございます。」

「…………はっ!?いや、あの、ちょっと、お二方!?」

 

月見が伏せたハティに乗ろうとしたところで漸く思考が再起動したゲルは、鬼灯と閻魔大王をスルーしている月見と美穂に詰めよった。

 

「どうかしましたか?」

「どうしたもこうしたも、いいんすかあれ!明らかにトップの人に対する仕打ちじゃないっすよ!?と、止めないでいいんすか!?」

「何がです?」

「へ?い、いや、普通自分の上司を武器片手に脅すとかあり得ないと思うんすけど………。」

「普通はそうですけど鬼灯様はあれが通常運転ですよ。」

「あれがっすか!?」

 

美穂の告げた言葉に信じられないと言わんばかりに目を見開くゲルは、地面を這いつくばってでも逃げようとする閻魔大王を金棒を担ぎながら歩いて追い詰める鬼灯と揃って不思議そうに首をかしげる夫婦に視線を行き来させながら恐る恐る問いかけた。

 

「あの、こう言っちゃあれなんすけど……不敬じゃないんですか………?」

「閻魔大王の扱いが雑なのは今に始まった事では無いですよ?ねぇ鬼灯様。」

「そうですね、まぁ閻魔大王の贅肉を削ぐのはまた今度ということで。」

「どぅえあっ!?」

 

いつの間にか背後に回っていた鬼灯に驚くゲルは後ろにキュウリを置かれた猫のように飛び上がった。

 

「閻魔大王、早く乗り込みますよ。」

「さんざん追いかけ回したの君でしょ~?もう少し労るとかさぁ…………。」

「おや、あと一時間コースがお望みですか。」

「乗ります!」

 

ドスの効いた鬼灯の声にビクッと反応した閻魔大王は疲れた体に鞭を打ってチャリオットに乗り込む。それに続くように鬼灯も乗り込み、マーニはチャリオットを引っ張っている二頭の馬の頭を撫でた。

 

「もう一走り頼むぞ、アールヴァク、アルスヴィズ。」

 

主人の言葉に対し、二頭の馬は嘶きを持って返事をし、蹄を鳴らす。どうやら準備は万端のようだ。既に大きくなったハティの背中には月見と美穂が乗っていた。

 

「先導をお願いしますね、ゲル。」

「は、はい!わかりましたっす!こっちですね。」ダッ!

「じゃあ出発~。」タッ!

 

光で構成された翼を展開したゲルはそのまま飛び上がった。自らを未熟者と称していたが、宙を舞うその姿は戦乙女(ワルキューレ)の名を裏切らない見事な物だ。それを追いかけるようにハティは地面を蹴って空中を走りだし、マーニも愛馬達の手綱を引っ張って駆け始めるのであった。




ゲルの容姿は終末のワルキューレで、それにFateのワルキューレ達の衣装を着せた感じですね。スルーズみたいにケープに付いたフードは被って無い状態が分かりやすいかと。

マーニとハティはラグナロクの最後、スルトが全てを焼き尽くした際にまとめて焼かれてフェンリルに食われたオーディン等、その戦いで死んだその他大勢と共にユグドラシルごと現世から切り離されました。ラグナロク後、最初こそマーニはハティを警戒していましたが、楽しみだった月の味が肉より不味かった事にショックを受けたハティは無気力状態でした。それを不憫に思ったマーニは近場の獣を狩って渡したことで友好関係が始まりました。今現在、ラグナロクで月を運ぶ(追いかける)必要がなくなったマーニとハティは運び屋みたいな事をしています。

なお、独自設定なのでそこをご了承下さい。


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北欧日記二頁目

ハティのキャラはシロを更にマイペースにして賢くしたような感じだと思って下さい。






それでは、どうぞ。


「中々の絶景ですね。」

「ほ、鬼灯くん……よくこんなスピードの中でも景色を見る余裕があるね……。」

「火車さんはもっと運転が激しいですよ。マーニさんはスピードはあれど安全運転なので、心配する必要もないですし。」

「日本地獄にも私のような方が?」

 

空を駆けるチャリオットを操るマーニは、後ろで交わされる会話に入って行く。

 

「運び屋という意味では同僚かもしれませんね。まぁ彼女はバイク使ってますけど。」

「現世の車両ですか、興味が無いわけではないのですけど……私にとってはこれが一番慣れてますから。」

「そこは人それぞれでしょう。」

「最近の動物はバイクの操縦とかできるんっすね。」

 

少し前を飛んでいたゲルがチャリオットと並ぶように下がりながら会話に入ってくる。どうやら先ほどから聞いていたようで、興味津々であった。

 

「ええ、何なら私の知り合いに雑誌の記者をしている猫の方もいらっしゃいますよ。日本地獄には動物の獄卒も数多く居ますし。」

「へぇ~!一回行ってみたいっすね~。」

「それに関しては、案外直ぐに実現するかもしれませんよ。」

「え?どういう事っすか?」

「それはまた後程……強いて言うのであれば、今回来た理由にも関係のある話ですよ。」

「?……わかりましたっす!取り敢えず「おーい、何か来たっぽいよ~。」うぇっ!?」

 

あまり明確ではない返答に不思議そうな顔を見せるゲル。しかし今が仕事中であることを思い出し、再び先頭に戻ろうとしたところで並走していたハティから声が飛んできた。その上に乗る月見はうさみみをピンと立たせある方向を見つめている。鬼灯達もその方向を見ると何やら鳥の群れような影が見えた。

 

バサッ  バサッ

 

しかし、その影がこちらに近づいてくるにつれ、その姿が鳥とはかけ離れていることがわかる。羽は無く蝙蝠のような翼、全身に生える鱗、唸る口から見える尖った牙、足に生える鋭い爪。それを見たマーニは一つ溜め息をついた後、口を開いた。

 

「すいません、

 

会話の途中ですがどうやらワイバーンの群れです。」

 

「「「「「「

グルガァァァァァアッ!!

」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

「ワ、ワイバーン!?」

「………すいませんマーニさん、質問よろしいでしょうか。」

「なんでしょうか。」

 

突然の事態に慌てふためく閻魔大王を他所に、冷静にワイバーンを観察していた鬼灯は

 

「私の記憶が正しければ、北欧神話にワイバーンはいなかった筈ですが?竜という観点であれば「ニーベルンゲンの歌」に出てきたファヴニールが当てはまりますが、あれは元々人間だったという話ですし。」

「あぁ、その事ですか。最近になってから増え始めましてね。元々はロキ様が面白がってEUから連れてきたらしいんですが………それが放置された結果があれですね。所謂外来種ですよ。」

「私達ワルキューレもあいつらの駆除に追われてるんすよ!昨日だってオルトリンデお姉様と一緒に何羽もぶっとばしましたけど一向に数が減らないんっす!」

「そんな害鳥みたいな扱いでいいの?」

 

中々にワイバーンの扱いが酷い北欧の面々に思わず突っ込む閻魔大王。しかしそんなことお構い無しと言わんばかりにワイバーン達は真っ直ぐこちらへ向かってきていた。目視できる限りだと少なくとも5羽はいる。

 

「もうすぐヴァルハラですから、取り敢えずこのまま飛ばしますよ。何処かに捕まっておいて下さい。月見さん、美穂さん、もしもの時は迎撃をお願いします。ハティもそれでいいですね。」

「おやつにする~。」

「私はどうするっすか?」

「近づかせないように魔力で作った槍で牽制しながら着いてきてください。それと他のワルキューレ達に連絡を。」

「了解したっす!」

「では行きましょう。アールヴァク、アルスヴィズ、走れッ!」

「「ッ!!」」ダッ!

「え、あ、ちょ、ぎゃあ!?」

「落ちないで下さいよ。」

「ぐぇっ!?」

 

急激にスピードを上げるチャリオット。閻魔大王は慣性の法則に従って落ちそうになるが、鬼灯が腹の辺りを掴んでおさえたことで墜落からは逃れる。代わりに思いっきり腕がめり込んだ為、現在進行形で苦しんではいるが、自由落下よりかはマシと言うことでそのままスピードは落とさずチャリオットは引き続き走り続けた。それに着いていくゲルは左手に金色の円型の盾を出現させて装備すると、ケープの内側から小さな水晶玉を取り出すと魔力を通し光らせる。その水晶を自分の顔の浮かせるとそれに向かって話しかけた。

 

「もしもーし!誰か応答願いますっす!」

ガチャッ『どーしたのゲル?また何かやらかしたの?』

「ひどいっすよヒルドお姉様!っと、そうじゃなくて、今日いらしたお客様をワイバーンが狙ってるんっす!今は私にヘイト向けてますけど、数が結構居るんで手伝ってくれたら嬉しいっす!」

『ホント!?ちょっと待ってて直ぐ行くから!』

「わかったっす!っとあ!?」

 

ボウッ!!

 

ゲルが水晶越しに姉のヒルドと会話している最中、自分の方向へワイバーンの火球が飛んでくる。寸前の所で盾でいなしたゲルは冷や汗を拭いながら息を吐いた。

 

「あっぶなぁ~………やべっ、また増えてないっすか?」

「グガァッ!」

「おっと!あんましなめないで欲しいっす!」

 

群れの内の一匹がゲルに肉薄し爪で捉えようとするが、相対するゲルは危なげなくヒラリと避ける。後退しながら手に光で構成された槍を掴むと攻撃してきたワイバーンに対しぶん投げた。

 

グサッ!

「っし、命中!」

「グルァッ!」

「え、ちょ、仲間がやられたならもう少し怯んでも良いんじゃないっすか~!?」

 

槍は先頭のワイバーンに突き刺さるも、後から着いてきた群れは構わずゲルを狙い始める。流石にワイバーン10匹同時に相手するのはキツいと感じたのか、ゲルは体を反転させて逃げ始めた。それに釣られるようにワイバーンの群れも翼をはためかせ空を駆ける。チェイスの始まりであった。

 

(なんでよりにもよって私一人の時にこんな多く来るんすか~!こんなんになるんだったらスルーズ姉様にも声を掛けとけば良かったのに~!)

「「「グルガァァッ!!」」」ブォンッ!

「おあっ!?」

 

心のなかで愚痴りながら変則的に飛んでいたゲルの真横をワイバーンの鋭い爪による引っ掻きが通りすぎた。幸い命中することはなく、衣服も頑丈なため柔な攻撃は通用しない為かすった程度でも問題無いが、それでも凶刃が絶え間なく飛んでくる状態で余裕が段々と失われていく。すると

 

ビュンッ

 

ドシュッ!!

 

「「ガァッ!?」」

「うぇ?い、一体何が……ムギュ!?」

 

何処からともなく槍とも言えそうな程の太さの矢が飛んできて、ゲルに攻撃を仕掛けようとしていたワイバーンを後ろにいた他の数匹も含めて纏めて貫き吹き飛ばした。突然の出来事にゲルが気の抜けた声を出したと同時に、目の前にいた人物に真っ正面からぶつかる。相当なスピードで突っ込んだが、受け止めた当人はなんでもないかのように声をかけた。

 

「こらこら、空を飛ぶならちゃんと前を見なきゃ危ないですよ?」

「み、美穂様!?す、すいませんっす!」

「いえいえ、こちらこそ囮を任せてしまって申し訳ありません。元々私達を狙っての事ですので、後始末はこちらでしますよ。丁度良いので。」

「そ、そんな、それじゃあこちらの申し訳が立たないって言うか「あ、そうだ、一つ聞きたい事があるんですけど。」ふえ?な、なんすか?」

 

美穂は困惑するゲルに対しなんでもないかのように尋ねた。

 

「ワイバーンのお肉って美味しいって聞いたことがあるんですけど、本当ですか?」

「…………へ?」

 

突拍子もない質問にゲルは固まるが、美穂は引き続き話を進める。

 

「いやぁ、最近の本ではドラゴンとかそれに準ずる生物の肉は美味しいって書かれてますからずっと気になってたんですよね。日本地獄には恐竜がいますけど、彼らは従業員ですから。久々に幻想種の肉が食べたかったので丁度良かったです。」

「へ、へぇ………ちょっと待って欲しいっす美穂様、幻想種食べたことあるんですか!?」

「えぇまぁ。まだ天部連中に喧嘩売る前に力を付けるため龍と不死鳥を何回か。けどあまり美味しくなかったんですよね。味も淡白でしたし。」

「いいんすかそんなことしちゃって……。」

「良いもなにも、私より下位の存在でしたし。そもそも一応私神獣ですよ?気にしない方が楽です。それよりも、あれ、狩っちゃって良いんですね?」

「あ、はい。」

「では遠慮なく。」

 

そう言いながら仲間を軽く仕留めた美穂の存在を警戒して少し離れた所で唸りながら観察していたワイバーンに向けて矢を番えた木製の弓を向ける。その弓は美穂の身長二倍近くあり、巨人でもなければ引くことが出来ない代物であった。しかし、美穂の術式によって作られ、動かされているその弓は軋む音と共にしなり始め最終的には限界まで引き絞られる。

 

「自律木式 大歪ノ穿弓、自律木式 貫猟槍」

 

弓を引くような動作を行い、そのまま解き放つ。

 

「穿て。」

 

ブォンッ!

 

「うっひゃあ!?」

「おっと、大丈夫ですか?」シュルッ

 

周囲の空気を巻き込みながら槍矢が射出された。近くにいたゲルはその風圧によってバランスを崩し吹き飛ばされそうになるが、そこは美穂の着物の袖から伸びた紙の蔓によって受け止められた。

 

「グガッ!?」ドシュッ!!

 

一方、射出された矢はワイバーン数匹の体を捉え、貫いた。その上、貫通して通りすぎた後、あり得ない曲がり方をして再びワイバーンの群れを襲った。

 

「ガッ!」

「グルァッ!?」

 

まるで蜂のように飛び回る矢に翻弄されるワイバーン達。その上、途中で矢が分裂し始め更にダメージが加速する。

 

ズガガガガガガガガガガガッ!!

 

「「「「「ギャオォォォッ!?」」」」」

 

最早残像しか捉えられないレベルとなった矢によって前身穴だらけになったワイバーンはとどめと言わんばかりに複数本の矢が脳天や逆鱗、心臓を貫かれて叫び声を上げながら絶命した。空中に磔にされた同胞の姿を見て、飛び回った矢から逃れていた個体は恐れをなして逃げるため旋回しようとした。

 

 

バクンッ!

 

 

次の瞬間、逃げようとしていたワイバーン達は何かが閉じるような音と共に消え去る。

 

バキャッ!ゴギャッ!バキボキッ!グチャッ!

 

ゴクンッ

 

「うーん、美味しい。魚も良いけど、ワイバーンの踊り食いも悪くないね。」

「あぁ、フェンリルさんとスコルさんと一緒に現世でBBQやった時に川魚直接食べてましたね。」

「鮮度って大切だと思ったよ。お肉も美味しかったけど。」

「だからといって、山にいた動物を狩ってこないで下さい。生態系が崩れますから。」

「ごめんごめん……そういえばあの熊なんだったの?スケールダウンしてたとはいえ僕と普通に渡り合えてたし。」

「日本って不思議ですよね。」

「数千年前から日本に住んでる君が言うの?」

 

そこには先程よりも更に巨大化したハティと、その頭付近に乗る月見がいた。ワイバーンを纏めて食らって咀嚼、飲み込んだハティは満足げに息を吐いており、頭に乗せた月見と言葉を交わす。そこへ特に戸惑うこともなく美穂は声をかけた。

 

「わざわざありがとうございます。追撃方法どうしようかと思ってたので。」

「良いよ~、丁度お腹空いてたし。」

「そうですか。じゃあ私達もヴァルハラへ行きましょうか。ゲルちゃん………ゲルちゃん?」

「……………………。」

 

美穂はゲルに声を掛けるが返事が無い。不思議に思って振り返ってみると、巨大化したハティの方を目を見開いて口をポカンと開けたまま見つめて固まっていた。頭から煙が見えるような気がする程に混乱しているようだ。

 

「ゲ~ル~ちゃん。」パンッ!

「ひゃいッ!?な、なんすか美穂様?」

「良かった良かった、戻って来ましたね………あ、月見~そっち大丈夫~?」

「うん、血抜きついでに5リットル位採血出来た。アスクレピオス様にも送ること考えると少し心許ないけど、取り敢えずはなんとかなりそう。」

「お肉うまうま。」

「なら良かった………っと?」

「誰だろう?」

 

ショッキングな光景に固まっていたゲルを現実に引き戻す美穂の横でハティに乗ったまま器用に串刺しのワイバーンの血抜きをする月見。既にハティの大きさは月見一人が乗れるぐらいにまで小さくなっているが、時折月見から差し出されるワイバーン肉の破片を貪り食らう食欲は全く衰えていないように見える。そんな中々にカオスな状況の中、まだ混乱しているゲルを落ち着かせていた美穂は何処からともなく聞こえてきた風切り音を察知する。月見とほぼ同時にそちらの方向を見やると、先程のゲルと同じくらいのスピードで突っ込んでくる人影が見える。

 

「おーい、ゲル~!」

 

先程ゲルと水晶越しに会話していた声の主……ヒルドは空中でブレーキを掛けながら丁度ゲル達と同じ高さ辺りまで降りてきた。

 

「お待たせ~……って、美穂様!?」

「久しぶりですねヒルドちゃん、お元気でしたか?」

 

妹の救助要請に応えて来たヒルドであったが、そこに既に生きているワイバーンの姿はなく、自分のよく知る人物が立っている事に驚きを隠せない様子であった。




こちらのヒルドはFate仕様です。ただ原作のように感情の無いシステムのような面よりも人間味が溢れている様な感じです。カルデアのノリですね。姉妹で日本から取り寄せた恋愛ゲーしたりしますよ。


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北欧日記三頁目

話が中々進みませぬ……






それでは、どうぞ。


「わざわざありがとうございます美穂様。本当だったら私達の仕事だったんですけど………お手を煩わせる事になるとは。」

「気にしないで下さいよ。もう終わったことですし、中々入手出来ないワイバーン肉も4頭分確保できましたし。」

「………食べるんですか?」

「ハティさんが美味しいって言ってるんで大丈夫でしょう。魔力が豊富に含まれているだけで毒とかが無いのは確認済みですし、もしもの時は月見が即座に治療してくれますし。」

「食中毒は怖いので対応するための準備は欠かしてません。」

 

ワイバーンの群れの駆除を終えた一向は、復帰したゲルと合流したヒルドの案内の元、空を駆けていた。唯一飛ぶのが苦手な月見はハティの背中に跨がっているが、それでも相当なスピードである。そんな中、何かを思い出したかのようにゲルが唐突に口を開いた。

 

「そういえば、美穂様はともかく月見様もお肉食べるんっすね。」

「?……えぇ、それなりに。何故そのような質問を?」

「あぁ、いやぁ、狐はまぁ分かるんっすけど、兎が肉を食べるっていうのがあんましイメージが湧かなくって……なんというか生のニンジンとかキャベツをポリポリ齧ってる光景が頭に過るんっす。」

「あ、それ私も気になってた。普通兎って草食だもんね。」

 

純粋な疑問なのだろうか、二人は何でもないかのように尋ねる。しかし月見は不思議そうに首を傾げながら口を開いた。

 

「兎はお肉も食べますよ?」

「「………はい?」」

 

予想していなかった答えにゲルとヒルドは目を丸くする。

 

「人に飼われてる子達は大人しいですし、十分な餌がありますから基本的に草食なんですけど、寒い地方のノウサギは冬場とかは栄養分の補給の為に普通に野鳥の死骸の肉を羽ごと貪ってますよ。」

「え、死骸漁るんすか!?」

「何なら仲間の死骸も食べますよ。」

「うっそぉ……イメージと全く違う……。」

「イメージ?」

「なんというか、こう、ファンシーさの表現の代表格みたいなとこあるじゃないですか。シル○ニアファ○リーとか、「兎は一人ぼっちでいると寂しくて死んじゃう~」とか。」

「……?」コテン

 

心底不思議そうに首を傾げている月見。その隣を寄り添うように飛んでいる美穂は笑いを堪えながら口を開いた。

 

「ストレスに弱い動物ならまだしも、兎が孤独で早々に死ぬわけ無いじゃないですか。月見だって私と会う前は一人で暮らしてたわけですし。」

「親どころか同族もいませんでしたからね……今思うと不思議だなぁ、なんでだろう。」

「さぁ?ま、取り敢えず鬼灯様達が待ってるでしょうから、急ぎましょうか。」

「「はいっ!」」

「少しスピード上げるから掴まっててねー。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっぷ………!」

「すいません、少し飛ばしすぎましたね。」

「いえ、お気になさらず。」

「なんで鬼灯君が答えるのさ……。」

 

速さ重視の運転によってグロッキーな閻魔大王は相変わらず扱いが雑な鬼灯の手伝いを受けながら立ち上がると目の前の巨体な宮殿を見上げる。

 

「いやぁ、それにしても立派だねぇ。閻魔庁の何倍もあるよ。」

「当たり前でしょう、主神が余程のことが無い限りみすぼらしい所に住んでいては他の神話勢に示しがつきませんし、現世にここの名前を冠する山があるほど有名な場所ですから。一種の観光名所ですよ。」

「現世にも明確に記録が残ってるっていうのは、すごいことだよねぇ。」

「閻魔大王、鬼灯様、お先にご案内致しますので中にどうぞ。」

 

揃ってまじまじと見上げる閻魔大王と鬼灯に対し呼び掛けたマーニは宮殿の入り口へと歩き始めた。それに着いていこうとした閻魔大王だったが物音がしたため振り返る。先程まで乗っていたチャリオットを引いていた2頭の馬が何処かへと消えていた。

 

「あれ?ねぇマーニくん、さっきまでそこにいた子達はどこいったの?」

「あぁ、それならあそこです。」

 

マーニが指差した先には大きく立派な建物があり、丁度マーニの愛馬達が入って行くのが見えた。

 

「動物を移動手段にしたりする方が多いので、ああして厩舎を用意してるんです。元々はオーディン様の愛馬のスレイプニル専用の住居だったのですが、本馬からの要望でああして誰にでも使えるようになってます。」

「本馬からの要望、ということは元々オーディンさんはスレイプニルさんの為だけにあの規模の厩舎を?」

「オーディン様は最後まで渋ってたみたいですけどね。あの方、スレイプニルの事を溺愛してますし。」

「溺愛?」

「えぇ……。」

 

閻魔大王の問いに対し、マーニはその整った顔に少しばかりの疲労の表情を浮かべる。

 

「オーディン様はスレイプニル以外にもフギンとムニンという二羽のワタリガラスと」

「その話聞いてるだけなら、ただの動物好きのおじいさんって感じだけどねぇ。」

「それだけなら良かったんですが………お二方、スレイプニルの親は知っていますか?」

「ロキさんでしたよね。確か雌馬に化けてスレイプニルさんを産んだとかいうぶっ飛んだ逸話が残ってた筈ですが……それがどうかしましたか?」

「ロキ様には多くの子どもがいらっしゃいますが、その中でも直接産んだスレイプニルは『母性が湧いた』と特別愛着があるらしく、それがまためんど…………面倒でして。」

「マーニくん今言い換え………てない!?」

「私と姉のソールはラグナロクが終わり明確に人間界とあの世が隔てられた後、従者や愛馬達と共に様々な送迎の仕事をしているのですが………。」

「それが辛いと?」

「いえ、そんなことはありません!ハティに食べられた際、私の命は終わったと思っていたのです。こうして元気に動いて働けるだけ幸せですよ。まぁ、ただ………」

 

鬼灯の指摘を慌てて否定するマーニであったが、段々とその声に覇気が無くなっていく。

 

「送る方々が愚痴を話したりするのでそういった情報が絶え間なく入ってきて………時折、その情報を買いたいとか言い出す方も居ますし………私は情報屋なんてやっていないのに………と、そうじゃなくて。」

 

頭を振ってネガティブになりかけていた思考を戻し、マーニは話を続ける。

 

「仕事の関係上そうなるのは仕方がないんですが、時々ロキ様も私達のチャリオットを利用なさるんです。まぁ、口を開くとアールヴァクとアルスウィズと関連付けてスレイプニルの事を話し出して止まらなくて…………。」

「所謂子ども自慢のような物でしょう。タクシーで絡んでくる酔っぱらいだと思って置けばよいでしょうに。」

「一応ロキ様素面なので、ちゃんと返事しないと凄まれるんです。」

「面倒なら振り落としてはいかがです?私が仕事もせず絡んできた閻魔大王をぶん投げるように。」

「君当然のように言ってるけど、ワシ一応上司だよ?」

 

いつも通り

 

「ははは………まぁ、それは考えておきます。それよりもここからが本題でして。」

「あぁ、そういえばオーディンさんが云々という話でしたね。」

「えぇ、この前ロキ様が

 

『オーディンも結構分かっているよな、僕の美しいスレイプニルはどんなものよりも価値がある!』

 

と仰いまして、その時は軽く流したんですが後々気になってそれとなくオーディン様に尋ねてみたんです。」

「オーディンさんは何と?」

「…………………オーディン様は

 

『グングニルを返してでもスレたんのファーストシューズが欲しいッ!!』

 

と…………堂々と仰いまして……。」

「馬鹿なんですか?」

 

言い淀みながら事実を告げたマーニに対し、鬼灯は一切飾ること無く思った事を口にだした。

 

「ちょ、鬼灯君!本人が居ないとはいえ、そんなドストレートに罵倒しなくても………。」

「では閻魔大王、グングニルがどんなものかご存じですか?」

「え?えーと……詳しくは知らないけど、やたらと強い槍だよねぇ。ほら、ゲームとかでもよく名前が出てくるし。」

「えぇ、投げたら必ず目標の心臓を貫いて帰って来る絶対に壊せない槍です。オーディンさんの主武装の一つであり、象徴とも言えますね。」

「ちなみにグングニルを掲げた軍は必ず勝つみたいな加護もかけられてます。」

「……もしかしなくてもヤバイやつ?」

「下手な神さえをも軽く仕留めることができる神造兵器ですよ。多分私も完全には対処出来ませんね。」

 

漸くオーディンのやろうとしている事の重大さを察して絞り出した閻魔大王の声に答えたのは、いつの間にか三人の後ろまで飛んできていた美穂だった。それと同時に

 

「ただいま戻りましたっす!」

「ありがとうございます、ゲル。早かったですね。」

「ま、まぁ美穂様が殆ど蹴散らしてくれましたし……。」

「半分位おやつにしたけど良かった?」

「別に構いませんよ、増え続けても困るだけなので。味はいかがでしたか?」

「おいしかった~。」

 

目を反らすゲルを他所に呑気に報告するハティは満足そうに息を吐く。どうやら空いていた小腹は埋まったようだ。

 

「ところで~、さっさと行かなくて良いの~?」

「それもそうですね。ゲル、ヒルド、貴女達も来ますか?ブリュンヒルデ様もいらしてると思いますし。」

「「行きまーす!」」

「分かりました。それではハティ、縮んでください。」

「はーい、月見~降りて~。」

「えぇ、ありがとうございましたハティさん。」

 

背中に乗っていた月見を降ろしたハティは数メートル級の大狼から大型犬程の大きさへと変化する。それを確認したマーニは宮殿の入り口の扉を開き、中へ入るように促す。

 

「皆様、どうぞこちらへ。」




本編とは関係無いですが、本来アールヴァクとアルスウィズはソールと共に太陽を引く馬なのですが、この作品ではアールヴァクがソール、アルスウィズがマーニと共に太陽と月を牽引していた、とさせていただきます。2頭の性別はそれぞれの主人と同じです。



~厩舎での会話~

『ふい~疲れた~。』
『あ、お疲れ様です、アールヴァクさん、アルスウィズさん。』
『何日かぶりね、スレイプニル。そういえば最近どう?確か神馬会があったって聞いたけど。』
『皆さん元気そうでしたよ、ちょっと後半馬具の話になってから不穏になってましたけど……。』
『またマウントの取り合い合戦してたの?』
『まぁ、有り体に言えばそうですね。私がオーディン様の話切り出したら何故か少し静まってましたが。』
『相変わらず、自己顕示欲が強い連中ね。どうせペガサス辺りが「主人からどれぐらい愛されてるか」とか言い出したんでしょ?』
『そんな感じです……あ、そういえばお二方は神馬会参加されないんですか?皆さんも』
『『主達と一緒に居た方が有意義。』』
『わぁ息ピッタリ。』
『マーニと一緒に居た方が楽しいし、双子達とお喋りしてたほうが何倍も良いよ。』
『私もそうよ、仕事もあるし。貴方も無理して出なくていいんじゃないの?』
『別に神馬会の皆様が嫌な訳では無いんですよ。それに………。』
『それに?』
『……私がここに居ると、オーディン様が時々公務を抜け出して私に会いに来てダサ………あまりデザインが好みでない馬具を着けるようねだって来るので………。』
『……………貴方も大変ね。』


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北欧日記四頁目

大分遅れました。お許し下さい。






それでは、どうぞ。


「と、ここですね。」

 

その言葉と共に先導していたマーニは両開きの扉の前で足を止める。

 

「マーニです、日本地獄からのお客様をお連れしました。」

『あぁ、ご苦労だったな。』

「失礼致します。」

 

マーニが扉へ向けて話しかけると向こう側から返事が来た。それと同時に扉がひとりでに動き、部屋の中が露になる。

 

「遠いところからよくぞおいでくださいましたな、閻魔大王殿、鬼灯殿。」

 

中央にある執務机、その向こう側から声がかかる。そこには、一人の老人が椅子に腰かけていた。深緑のローブを纏い、顔には眼帯と長く立派な髭、両肩にはそれぞれ1羽ずつ真っ黒なワタリガラスが留まっていた。その老人は椅子から立ち上がると閻魔大王へと近付いて手を差し出す。

 

「初めましてというべきかな、儂が主神のオーディンだ。お会いできて光栄だ閻魔大王殿。」

「いえいえ!こちらこそ、お招き頂き感謝します。」

 

握手をし、閻魔大王と挨拶を交わした後、今度は鬼灯の方へと体を向ける。

 

「貴殿の噂は儂の耳にも入っておる。「日本地獄の副官は尋常ではない程優秀である」とな。」

「買い被りですよ、私は出来ることしか出来ません。」

「はっはっは、あまり謙遜なさるな……さて、ここで話すのも一興ではあるが、長旅の疲れがあるだろう。話は食事でもしながらしてしまおうか。」

 

緩やかに笑う老人……オーディンはそう言って手を叩く。それと同時に全員が入る大きさの魔方陣が現れ、光り始めた。閻魔大王は突然の現象に驚きの声を上げそうになっているが、それよりも前に後ろで待機していた月見や美穂も含めて光に包まれた。やがて目蓋越しに感じていた光が無くなった閻魔大王は反射で瞑ってしまった目を恐る恐る開く。

 

「おぉッ!?」

「成る程、流石は魔術の神と呼ばれる方ですね。多人数の転移は初めて見ました。」

 

一変した景色に目を丸くする閻魔大王の横で鬼灯は感心したように呟いた。その言葉を拾ったオーディンは髭を梳かしながら尋ねる。

 

「そうかね?そちらにも優秀な術を使う者が居ると聞いているが……確か陰陽師だったか。」

「そこに関してはピンキリですよ。晴明さんや道満さん等は間違いなく優秀ですし、陰陽師では無いですが美穂さんに関しては神をも殺す規格外ですから。」

「東洋関係の術式は一通り修めてますし、一応西洋の魔術もかじって改造してますよ。最近は使う機会無いですが。」

「あぁ、そうであったな、貴殿の事はワルキューレ達やフリュンヒルデから聞いている。大層懐かれておるようだな、これからもよい関係を築いて欲しい。それに、月見も久しいな。」

「ええ、御変わり無いようで何よりです。でもあまりスレイプニルくんに迷惑掛けたらいけませんよ。あ、これ薬酒とこっちで栽培してる高級野菜です。」

「無論、承知しているとも。野菜はしっかりとスレたんに届けよう。」

 

そう言って仲良さげに話し出す月見とオーディン。

 

「………月見さん、貴方オーディンさんと知り合いだったんですか?」

「あ、はい。結構昔に出張ついでにユグドラシルの成分調査とかこっち特有の薬草の採取でもしようかと思って森に入った時に少し。」

「気分転換に我が愛馬と共に散歩をした際に鉢合わせたのだ。害意が一欠片も無いからか、スレたんもすぐに懐いておったぞ。」

「取り敢えず脳が混乱するのでその声で「スレたん」と言うの止めて頂けません?」

「鬼灯くん、君のバリトンボイスで「ワラビーとお話したい」って言うのも相当だよ。」

「良いじゃないですかワラビー。」

「鬼灯様どっちかっていうとタスマニアデビル手懐けるタイプでしょうに。」

「失敬な、確かにオーストラリアに赴いた際手懐けましたが、私はコアラを抱っこしたい派ですよ。」

 

段々と話が逸れていき、動物談義が始まりそうだったががそれを愉快そうに笑うオーディンが遮った。

 

「まぁ良いではないか。さぁ、貴殿らをもてなす為の宴を用意させて貰った。是非とも楽しんでくれ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

ワイワイ   ガヤガヤ

 

数十分後、転移した先の大部屋は多くの人間や神、人外で溢れ返っていた。各々が酒や料理を舌鼓を打ち、騒がしく楽しんでいる。オーディンと閻魔大王、鬼灯はその光景を集団から少し離れたところで眺めていた。

 

「オーディンさん、彼らは……。」

「あぁそうだ、ワルキューレ達によって選ばれた戦士達、エインヘルヤルだ。ラグナロクが終わった今となってはその称号に意味はないが、今もなおその魂が磨耗せぬ者達はこうして残っておるのだ。現在は魂の管理などの仕事を任せている。」

「無駄が無いですね。」

「まぁ戦いを好む者達だからか、今も喧嘩になるなどしょっちゅうだ。」

「そ、それは止めなくて大丈夫ですかね?」

「いくらやっても死なんから問題ない。何なら娯楽として楽しんでいるぞ。」

 

閻魔大王の問いにそう答えると、オーディンは手に持っていた杯に口を付け、中に入っていた蜂蜜酒を呷る。肩に乗っていた二羽のワタリガラス達も隣のテーブルに置かれたナッツ類をヒョイヒョイと嘴で摘まんでいた。鬼灯も一切の躊躇無しに渡された酒を呷り、それを見て遠慮がちだった閻魔大王も自分用に注がれた酒を飲み始めたのだった。

 

「ぷはぁ~。いやぁ~蜂蜜酒は初めて飲んだけど、中々いけるものですねぇ。」

「おぉ、閻魔殿も酒を嗜まれるのか?」

「普通に飲みますよ。何なら好物の一つがビールですから。」

「そういう鬼灯くんだって、何本も日本酒の瓶空にしても全く酔わない酒豪でしょ?良いよねぇ、あまり酔わずにお酒がのめる人って。」

「閻魔大王、貴方に関しては酔う酔わないの前にもっと気にする所があるでしょう。」

「え?ど、どんな?」

「最近また太りましたよね。」

「うぐっ!……べ、別に良いじゃない、仕事上がりの一杯位………。」

 

図星を突かれた閻魔大王は目をそらずが、鬼灯は容赦なく現実を叩きつけてくる。

 

「それだけでは無いでしょう。大体、風呂上がりのアイスや間食が多いんですよ、太るに決まってるでは無いですか。」

「わ、分かってるけどさぁ……あんまりそういうの外交の場で言わないで欲しいんだけと……。」

「事実を言ったまでですよ。」

「酒に関しては耳が痛い話だな。」

「そういえば、貴方もかなりの酒好きでしたね。」

「昔は暇さえあれば呑んでいたものだ……だがしかし、今はこうしてゆっくり呑まなければ早くアルコールが体を回ってしまう。月見から肝臓を休める為の薬が渡されたりしたが、酒というものは早々に止められんものだな。」

 

そう言いながらも次々と酒の入った杯を傾けるオーディン。

 

「………それはセーブしているうちに入るんですか?」

「何を言う、樽ごと呑まないだけまだましだ。どうだ閻魔殿、貴殿も蜂蜜酒に溺れてみたりはしたくないか?」

「それはなんとも夢のある話ですなぁ。」

「夢で終わらせるでない。現実にしてこそ夢は楽しい物なのだ。」

「いいこと言ってるっぽい感じですけど、要は酒呑みたいって事ですよね。まだしないでくださいよ。」

「良いじゃない鬼灯くん、折角誘って貰ってるんだからさ。」

「閻魔大王、ここに来た目的を忘れたわけでは無いですよね?」

「でも少し位なら……。」

「あ"?」バキッ!

「セーブします!」

 

聞いただけで背筋が凍る位低い声を出しながら持っていた木製のジョッキを軽く握りつぶした鬼灯に閻魔は姿勢を正す。冷ややかな目を向けていた鬼灯はその目線をオーディンの方へとずらした。

 

「そういうわけですのでオーディンさんも飲酒はそこまでにしていただきたいのですが、よろしいですか?」

「う、うむ、承知した。」

「それは良かった、組織の長同士の会談で両者共にベロンベロンになって成立しなかったなど笑い話にもなりませんからね……さて、私は酔い醒ましの為のお茶でも淹れてきます。」

 

そう言うと鬼灯は立ち上がり何処かへ立ち去って行った。

 

「……中々、豪胆な人物だな。一応丁寧さは感じるのだか、それ以前にこの場所の主である儂にも一切の容赦が無い。客に脅された経験などほぼ無かったぞ。」

「いやぁ……鬼灯くんは例外はあれど基本的に相手が誰であれ丁寧に接するんですがねぇ。逆に言えば、相手がどんな立場であっても態度を変えないんですよ。」

「ほう、言葉にするのは簡単ではあるが早々に出来る事ではないぞ……いや、それを実行出来る実力と強い精神力があるからこそ、日本地獄の頂点の補佐を務める事が出来るのか?」

「まぁ、とても優秀な子ですよ。かく言う私も何度も助けられてましてねぇ。」

「おや、閻魔大王、オーディン様、何のお話をされているのですか?」

 

酔いが若干醒めた様子の一人と一柱が言葉を交わしていると、そこに月見がやってきて話に混ざって行く。

 

「あ、月見くん、始まって早々どっか行っちゃったから聞きそびれたんだけど何かやってたの?」

「えぇ、顔見知りの方が何人もいらっしゃったので挨拶を。まだ声をかけてない方々も居ますけど、まだ時間はあるので後にしようかなと思いまして。それで、お二方は何を?」

「なに、只の世間話だ。そう気にすることでもない。」

「そうでしたか……と、おや。」

 

そこに一人の男がやってきた。黒いフレームの眼鏡、黒いセーターとズボンを身に纏った青と銀に色が別れた髪を持ったその男は

 

「月見、調子はどうだ?」

「シグルドさん、お久しぶりです。」

「む、神オーディンもここに居たか。この度は宴の招待感謝する。」

「構わぬよ、シグルド。お前は我が娘の夫でありスレたんの子供の親友だからな、阻む理由等無い。」

「ありがたい限りだ。して、そちらに座っているのは?月見と類似した装いである為、東洋からの来客だと考えているが。」

「察しが良いな……あぁ申し訳ない閻魔殿、紹介がまだだったな。この者はシグルド、我が愛馬の子を友とし、ファヴニールを単騎で討ち果たした最上級の勇士だ。」

「おぉ、かの有名な!お会いできて光栄だよ。」

「こちらこそ。まさか遥か遠くの日本の者にも存在を知られているとは思わなかった。」

 

立ち上がった閻魔大王は男……シグルドと握手を交わす。本来なあシグルドは背が高い部類に入るのだが、相手が巨漢かつ恰幅の良い閻魔大王であるためか少しばかり小さく見える。その隣にいる月見は閻魔大王の半分程の身長しかないからかより幼く見えるのは言うまでもない。手を離したシグルドは閻魔大王を見上げながら口を開いた。

 

「閻魔大王よ、一つ質問なのだがその巨体はどのようにして得たものなのだろうか。当方は日本地獄に巨人は存在していないと記憶していたが。」

「いやぁ、この体は元からでね、何なら日本人の中で一番最初に黄泉へ行ったし、そこの辺りは自分でもよく分かってないんだよ。」

「成る程、閻魔大王、貴方は元々当方と同じ人間であったのか。それに加え、遥か昔に生存していたと。明確な指標等はあるのか?」

「ん~、確か今の日本で言う石器時代辺りかな。打製石器考えたの多分ワシだし。」

「ほぉ、それは興味深い。閻魔殿、もう少し詳しい話を聞かせて貰ってもよろしいか?何分、日本の過去まで完全に網羅している訳では無いのでな。」

 

知識欲が刺激された様子のオーディンは近くのテーブルに置いていた酒の杯を持つとそのまま閻魔大王に質問し始めた。

 

「あぁ、神オーディンの知識欲のスイッチが入ってしまったか。」

「閻魔大王は日本のあの世の中でも神々と同じ位の古参ですからね。日本地獄の基礎を築いたのも閻魔大王ですし、歴史を尋ねるならかなりの適任者ですよ。」

「なんと。」

「それはそうと、最近いかがですかシグルドさん。ブリュンヒルデさんとは仲良くしてますか?」

「愚問だ、当方の我が愛への想いは留まる事を知らないようでな。」

「確か昔一回薬で存在を忘却してませんでしたっけ。」

「…………そこを突かれると非常に心が痛む。特に、この辺りが。」

 

そう言うとシグルドは心臓の辺りに手を置く。指と指の隙間からは青白い光が漏れているような気がした。

 

「冗談ですよ、今はもうその問題は解決した筈ですし。」

「肯定する。当方が現世より離れ、この場所で再び引かれあった我が愛の一撃を受け止めることが出来るようになってからは、今もなお膨れ上がる愛を互いに送り合うことが出来るようになったのだからな。」

「成る程。」ガサゴソ

 

眼鏡をキランと輝かせ愛する人への想いを語るシグルドの話を聞きながら月見はポーチからビニール傘を取り出し、それを静かに開くとそのままシグルドとの間に挟むように手に持った。月見の目線は傘を差している事に気付かず語り続けるシグルドではなくその後方から近づく存在の方に向いている。

 

「我が愛の魅力は可憐や美しいだけではない。その中に秘めた凛々しさもまた我が愛をより魅力的たらしめる要因の一つなのだ。」

「シグルドさんシグルドさん、

 

 

奥さん、いらっしゃいましたよ。」

「もう、シグルド、貴方って人はッ!」

 

グサァッ!!

 

月見が言葉を遮って口を開いた瞬間、シグルドは背後から思い切り槍で突き刺される。その実行犯は本来真っ白である筈の肌を二重の意味で赤くし、捲し立てるように話し始めた。

 

「困ります、困ります!そんな人前で誉められては恥ずかしくて愛が溢れてしまいます!」

「ははは、聞こえてしまっていたか我が愛よ。一度語り出してしまうとどうにも止められないものだ。」

「も、もう、仕方のない方ですね貴方は。」

 

ドスッ ドスッ

 

何度も突き刺されているにも関わらずそれを意に介さないシグルドは自分を刺した人物……ブリュンヒルデの方へ向き直ると再び愛を囁き、それに反応するように再び槍に刺される。辺りにはそれらの行為によって飛び散ったシグルドの血が広がっていた。

 

(採取してもいいかなぁ。)

 

なお、その光景を間近で見ている月見は傘で血を受け止めながら少々マッドな事を考えていた。無論、実行するのは本人に許可を得てからと決めているため、今は動くことは無い。そんな様子でぼんやりと眺めていると自身の体を後ろから包むように抱きつかれる。

 

「つーきみ、なに考えてるの?」

「シグルドさんって竜の心臓飲み込んで血に因子が混ざってた筈だから少し調べてみたいなって。」

「さっきワイバーンの血を採ってた時も思ってたけど、何に使うの?」

「人工的に竜の因子を作って色々と。ほら、古くから竜の血って何かと人の体を作り替えるでしょ?そこに注目してアスクレピオス様と元から臓器とかが弱い人用の治療薬が作れないかって相談してるの。」

「ふーん……美容液にも使えるかな。」

「ちょっと掛け合ってみるね。」

「おや、お二人もこちらに来てましたか。」

「「鬼灯様。」」

「すいません、少し席を外してたのですが………これは今どのような状況ですか?」

 

スプラッタな現場を前にほのぼのと趣味の話をする二人であったが、戻って来た鬼灯に反応して佇まいを直す。そして鬼灯の問いに対し、美穂は直ぐに返答した。

 

「神話に残るレベルのヤンデレとその愛を真っ正面から受け止めて照れさせる男の攻防戦です。」

「どう見たって一方的に刺されてますよね。」

「シグルドさんは自前でガッツ持ってるので無問題ですよ。」

「何の話ですか……まぁ他人の色恋沙汰に首突っ込む程暇では無いので、さっさと仕事を済ませましょう。」




この世界のオーディンは「普段は有能だけど酒にだらしなくて知識と動物が大好き」みたいな感じです。なお「大好き」の部分は「執着している」でも良いです。Fateのオーディンはガチで有能な印象なのでこんな感じになりました。スレたん云々は聖☆おにいさんからです。

この作品ではあの世はfateでの座も兼ねていますが、向こうよりも行き来の自由度がかなり高いですし何なら色々と改変されています。その一つがシグルドとブリュンヒルデですね。死んだことで薬で失っていた記憶を取り戻したシグルドが未だ暴走状態のブリュンヒルデを槍を受け止めて正気に戻して愛し合ってHAPPYENDです。


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北欧日記五頁目

なかなか筆が進みませぬ……。

それはそうと質問箱的なのを活動報告に設けましたので気になった事があれば遠慮無くお申し付け下さい。




それでは、どうぞ。


ブリュンヒルデの(殺意)を笑顔で受け止めて血を撒き散らすシグルドをその場に置いて三人はオーディンと閻魔大王の元へと顔を向ける。鬼灯はその手に持ったお茶を差し出そうと口を開いた。

 

「閻魔大王、お茶をお持ちしました。」

「そこでですな!私はこう言ったのですよ!」

「ほぉ!それはまた素晴らしい!」

「「はっはっはっはっ!」」

 

しかし、その目線の先にいたのは顔をこれでもかと赤くした二人であった。辺りには空になったジョッキがいくつも転がっており、近くにはお代わりらしき蜂蜜酒の入ったジョッキを持っておろおろしているゲルと彼女と同じような格好をした黒髪の少女がいる。

 

「あの、オ、オーディンさまぁ……まだ会談は終わってないんじゃないっすかぁ……?」

「構わん構わん!ほれ、閻魔殿、もう一杯。」

「悪いですなぁ。」グビッグビッ

「ふぇぇ……!オルトリンデ姉様、どうすればいいんすか~!?」

「わからない…………。」

「えーっと、誰か、誰か。」

 

次々と酒を浴びるように飲む二人を止める事が出来ないゲルと少女……オルトリンデは助けを求めるように辺りを見回す。そして、

 

「あっ!美穂様、月見様~!」

 

目当ての人物が見つかり直ぐ側まで駆けてきた。自分が慕っている人物がいることに気がついたオルトリンデもそれに続くように飛んでくる。

 

「あら、また会いましたねゲルちゃん、リンデちゃんも久しぶりです。」

「はい……お二人にお会いできて嬉しいです。」

「美穂さまぁ、月見さまぁ!オーディン様達が止まってくれないんっす、どうしたらいいんすか~!」

「お二人とも給仕をしてらしたんですね、お疲れ様です。」

 

美穂に抱きついて現状の説明をして嘆くゲルとオルトリンデ、そしてそれをあやす美穂を横から見ていた月見であったが、不意に鬼灯に肩を叩かれる。それに反応してそちらを向くと、明らかに不機嫌そうな鬼灯が口を開いた。

 

「…………月見さん、これ温めておいてください。」

「温度は?」

「閻魔大王の日課程で。」

「承知しました。」

 

返答を聞いた鬼灯は持ってきた盆を月見へと渡し、常日頃から持ち歩く金棒を肩に担ぎ上げ大股で歩き始めた月見は鬼灯から受け取った盆の上に乗った二つの湯呑みを見やる。片方はもう片方に比べ数倍程の大きさがあり、その両方に湯気を発する緑茶が淹れられていた。

 

「えい。」

 

掛け声と共に二つの湯呑みが青い炎に包まれる。透き通ったその炎は月見のうさみみの先に宿る物と同じ様に見えるが、内側の緑茶に異変が訪れる。

 

ボコッ  ボコッ

 

湯呑みの中身が音を立て始め、泡が浮かんできた。その頻度は段々と上がって行き、やがて完全に沸騰し始めた。

 

「うわぁっ!?何やってるんすか月見さまぁっ!?」

「これですか?お茶の追い焚きをしてます。」

「追い………焚き?」

 

その異変を感じ取ったゲルは驚いた声を上げながら少しばかり月見から離れるように身を引く。ゲルからの焦ったような質問に対し月見は何でもないかのように答えると、疑問符を浮かべるオルトリンデをよそに歩いて行った鬼灯の方へと視線を向ける。その行き先にはベロンベロンになって騒ぐオーディンと閻魔大王がいた。

 

「再起不能までやらないと良いんですが……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「閻魔大王、オーディンさん。」

 

 

「おぉ、鬼灯殿か。やはり宴の中酒を我慢する事など無作法だと、そう思わんかね。」

「そうだよ鬼灯くん、折角なら楽しんでからでも良いじゃない。」

 

 

「あ?」

 

 

瞬間、殺気が辺りを支配する。先程まで騒いでいた閻魔大王とオーディンは勿論、比較的近くにいた無関係の英霊達までもがその殺気によって静まり返る。しかしそんなことを気にも留めない鬼灯は切れ長の目で二人を睨み付けながら底冷えするような声で話し出した。

 

「閻魔大王、先程も申しましたが貴方がこの場に居るのは北欧神話の方々との会談、ひいてはそれに伴う企画の提案とその契約です。貴方、完全に忘れてましたね?」

「い、いやこれはね鬼灯くん。」

「問答無用。」

 

バキャァッ!!

 

焦りに焦って言い訳を口に出そうとする閻魔大王に向けて振り下ろされた金棒は見事に脳天を捉え、クレーターが出来る程の強さで地面へと閻魔大王を叩きつけた。地面へと沈んで動かなくなった閻魔大王をゴミを見るような冷徹な目で一瞥した鬼灯はゆっくりと冷や汗を流すオーディンに向き直る。

 

「オーディンさん、何が弁明は?」

「………酒が旨いのが悪い。」

 

パリンッ! バキャァッ!!

 

開き直ったオーディンの顔面にも鬼灯の金棒が直撃する。硝子が砕けたような音が響いたが、その一撃の威力に何ら衰えはなく、オーディンは真横に吹き飛び広場の中心辺りに着弾して頭から地面に突き刺さった。周囲どころか全体が静まり返る中、鬼灯は溜め息を吐いた。

 

「…………ふぅ。」

「鬼灯様、やりすぎです。」

「すいませんね、久々に嘗め腐った態度をとられたものでして、思わずフルスイングしてしまいました。今から金魚草の餌にするために加工するのでもう少しお待ちください。」

「止まれと言ってるんですよ。やるんだったら会談を終えてからにしてください。」

「……………仕方が無いですね。月見さん、お茶ありがとうございました。」

 

美穂からの静止(?)の声に渋々といった様子で殺意を収めた鬼灯は月見の元へと歩いていき、燃え盛る湯呑みの乗ったお盆を回収する。

 

「月見さん、オーディンさんの処置は頼めますか?閻魔大王は私が叩き起こすので。」

「別に構いませんよ……穏便に済めばそっちの方が良かったんですけどね。」

「向こうの自業自得ですよ。それに、貴方も新しい酒気払いの薬の治験をあの酒浸り共でしようとしてましたよね?」

「ばれましたか。」

「つい先日試作品が出来たと昼時に仰ってたでしょう、効能の反動で馬鹿みたいに苦くなったと。」

「でも良い機会じゃないですか?」

「同感ですね、一つ下さい。」

「ご協力感謝します。」

 

仏頂面と真顔がデフォルトの二人が薬品の受け渡しをする絵面は何とも危ない雰囲気がするが、基本的にそんな事を気にする性格はしていないのでそのままそれぞれ地面に沈んだ酔っぱらいの元へと向かい始める。そして、静まり返った宴会場の中をピョンピョンと軽い足取りで進む月見は頭から地面に突き刺さったオーディンの前へ辿り着いた。

 

「………うん、犬神家。」

「おーおー、宴やってるって聞いて暇潰しがてらあいつらと来てみたら随分と愉快な事になってやがる。オーディンが地面にぶっ刺さるなんざ初めてじゃねぇか?」

 

腰まで深く突き刺さって動かないオーディンの前で既視感を感じて呟いた月見であったが、そこへ一人の男が近寄りながら口を開いた。

 

「?失礼、どちら様でしょうか?」

「あん?……おぉ、見覚えがねぇ奴だとは思ってたが格好からしてオーディンをぶっ飛ばした奴の同僚か坊主。だったら俺の姿を知らなくても無理無いな。」

 

後ろに流した青い長髪が特徴的なその男は顔に快活そうな笑みを浮かべ手を差し出した。

 

「俺はクー・フーリンだ、よろしくな。」

「あぁ、かの有名なアルスターの………僕は月見と申します、お会いできて光栄です。」

「お、そう言って貰えるとは嬉しいねぇ。で、これ(オーディン)どうするよ。」

 

月見は手を握り返し握手をする。そして男……クー・フーリンは空いてる方の手で地面に刺さったオーディンを指し示す。

 

「とっとと抜きましょう。湖では無いですが何時までもスケキヨ状態にするのも忍びないですし。」ガシッ

「スケキヨってなんだよ………っと。」ガシッ

 

ボコッ

 

二人はオーディンの足を片方ずつ掴み地面から引き抜きながら言葉を交わす。引き抜かれたオーディンは白目を剥いて気絶していた。

 

「日本の小説の登場人物です。詳しくは省きますが、初冬の半ば凍りついた湖に頭から突っ込んで死んでた人ですね。その時のポーズを映像化したらこんな感じで。」

「ほーん、まぁそれよりどうやって起こすかねぇ。俺がルーンを使っても良いんだがオーディンに効くかどうか微妙なんだよな。」

「ご心配無く、薬でどうにかいたしますので。」

 

地面に仰向けに寝かせたオーディンを上から見下ろすクー・フーリンは不意に思った事をポーチの中をまさぐっている月見へと問いかけた

 

「つーか神…それも主神級を一撃で気絶させるとか何もんだあいつ。魔力の形跡からして防御もしてたろうに。」

「鬼灯様は日本地獄が誇る最恐(・・)の鬼神様ですよ。」

「最強ねぇ……益々戦ってみたくなるじゃねぇか。」

「どうでしょう、鬼灯様は必要であれば容赦なく叩き潰す為に動きますが手合わせなどは余り進んで行いませんし。」

「仕事人間って奴か?お堅い………いや、ちょっと待てさっきオーディンの前にぶっ飛ばしたあの小さめの巨人誰だ?」

「あ、そちらは地獄のトップで鬼灯様の上司の閻魔大王です。一応古代に生きた人間ですよ。」

 

その月見の言葉にクー・フーリンは眉をひそめた。

 

「あん?つーことは、あの鬼灯とか言う奴自分の支えてる奴相手に手出してるって事か?」

「日常的にボッコボコにしてますよ、原因は閻魔大王側にもありますけど。鬼灯様は嘗め腐った態度を取られる事だったり理不尽な理由で馬鹿にされるのが相手を殴り飛ばすほど嫌いでして、例え他国の神相手だろうとトップ相手だろうと心を折ろうとしますから。」

「場合によっちゃ国際問題だろそれ。」

「基本的に鬼灯様が動くのは向こう側が悪い時が殆どかつ解決策を用意した上なので大丈夫です。」

「……そういう問題かねぇ。」

 

国を守る騎士団に所属していたかつ、自分自身が神等と関わってきた為その強さや恐ろしさを知るクー・フーリンにとっては鬼灯の行動はかなり奇抜に見えるようで、頭を掻きながら自分の考えを口に出す。

 

「どうせボッコボコにするんだったら自分が上に立ちゃいいだろうに。」

「本人曰く、組織のNo.2として地獄で一番頑丈でへこまない閻魔大王を叩きながら地獄の黒幕を務められるあの立場が楽しいらしいので。」

「完全に思考が悪役じゃねぇか。それに加え強さもトップクラスと来たもんだ、下手な神よか厄介だぞ。」

「何を仰いますか、神なんぞ基本的にろくでなしでしょうに。それに比べたら鬼灯様は個性的ですが何十倍もしっかりとしたお方ですよ。」

 

月見から聞いた話で完全に鬼灯のイメージが極悪人になりそうなところでゆったりと月見を追って歩いてきた美穂が口を挟む。それにより、

 

「おうおう、一応オレも神の血を引いてるんだが?というかあんた誰だよ嬢ちゃん。」

「ただの神嫌いの狐です。あと貴方に嬢ちゃん呼ばわりされる程私は若くないですよ。」

「美穂、神関係の人に高圧的にならないの………すいません、クー・フーリンさん、こちら僕の妻の美穂です。」

「へぇ、お前結婚してたのか坊主。」

 

少しばかり驚いた後、クー・フーリンは並び立った月見と美穂を見比べぼそりと呟く。

 

「…………ショタコンかあんた?」

「貴方も地面に埋まりたいですか?数千年来の幼馴染みですよ私達、百年程度の歳の差なんてあってないような物でしょうが。」

「その発言的にお前らが俺より年上なのは分かったが見た目からして犯罪的だろ。」

「ケルトに性犯罪云々を問われたくないですぅ~。特に貴方の周りそういう話絶えないでしょうが、チーズ死した女王とか貴方の育ての親とか。」

「…………………痛いとこ突いてきやがるぜ。」

「否定できないんすね………。」

「ん?おぉ、ワルキューレの嬢ちゃんか。確か………誰だっけか?」

「ゲルっす!末妹の!」

「ほーん……すまん、知らねぇ。」

「そんなぁ………って、あれ?月見様?オルトリンデ姉様?」

 

茶番劇のようなやり取りが行われた後、自分の知名度の低さにショックを受けていたゲルだったが、ふと美穂の隣にいた筈の月見と自分の近くにいた筈のオルトリンデがいなくなっているのに気がつく。すぐに辺りを見回すとその二人の姿は案外早く見つかった。未だに気絶するオーディンの頭付近である。

 

「あったあった……オルトリンデちゃん、水とかはありますか?」

「あ、はい、こちらに。」

 

言われた通りに水の入ったコップを差し出したオルトリンデからそれを受け取った月見はポーチから取り出した一つの小瓶の中身を数滴混入する。その瞬間、透明だった水は美しいエメラルドグリーンへと色を変える。そして月見はオーディンの頭の角度を調節し、その液体を飲ませた。

 

「……………ゴホガッ!?

「「ッ!?」」ビクッ

「うおッ、なんだ?」

 

数秒後、突如オーディンは勢い良く目を開きおもいっきり噎せ始めた。近場にいたワルキューレ二人は驚きで体をびくつかせ、クー・フーリンは仰向けに寝たまま体を跳ねさせ始めたオーディンに奇妙なものを見る目を向けていた。それをよそに、月見は新たにポーチから取り出したメモ帳にオーディンの様子を書き留めている。

 

「うーん、気付け薬としてはあまり良くないかもなぁ……100倍希釈でも刺激が強すぎるし、やっぱり気払いとして使うのが一番かなぁ。」

「おい……おいおいおい。」

「はい、どうされました?」

「何ぶちこんだらこんな風になるんだよ。」

 

「ゴッ……ゴハッ!」バタンッ

「オーディン様ぁッ!?」

「また気絶してしまいました……。」

 

「試作品の酒気払いです。眠気覚ましとかにも使えると思うんですが………どう思います?希釈率上げた方がいいですかね。」

「数敵であぁなる物質はどうあがいても劇物だろ。また気絶したぞオーディンの野郎。」

 

月見からの問いに、呆れながら再び気絶したオーディンを指差しながら答えるクー・フーリン。それに対し月見はゆっくりと視線をそらしながら口を開いた。

 

「……オーディン様は犠牲となったのです、医学発展の犠牲に………。」

「良い風に纏めようとすんなよ。」

「冗談ですよ、ちゃんと処置は行いますので。」

 

そう言うと月見はポーチから別の瓶を取り出して蓋を開ける。そして今度は月見手製の気付け薬が入ったそれを顔の近くまで持って行き、匂いを散らすようにゆっくりと瓶を動かし始めた。

 

「……………う、うぐぅ………。」

 

数秒後、呻き声を上げながらオーディンは体を起こした。

 

「大丈夫ですか?オーディン様。」

「む……あぁ、月見か。すまない、閻魔殿と話し込んで酒を煽った所から記憶が朧気でな……いや、誰かに何かとんでもない力で殴り飛ばされたな。ルーンによる防御も泥酔状態ながらも張れた筈なんだが………。」

「キレた鬼灯様に防御なんて意味ないですよ。力業で全てどうにかしますから。」

「……なんとも末恐ろしく、強大だな。もしラグナロクで鬼灯殿のような兵が一人でも居ればまた結末も変わったのかもしれんなぁ。」

「過去を嘆くなんざ、アンタらしくもねぇなオーディン。」

 

月見と言葉を交わし

 

「嘆いてなどおらぬわ猛犬よ。ラグナロクは神の世界から人の世界へと変えるのに必要な事だったのだ。当時はそんなこと知らんと言わんばかりに勝とうとしておったが……もしラグナロクが我々の勝利であれば抑止力が黙ってなかっただろう。そういう意味では敵味方関係無く消し飛ばし引き分けにしたスルトには感謝せねばなるまい。」

「………どうしたいきなりそんな悟った様なこと言い出しやがって。」

 

突然きれいな眼を見せ、謙虚そうな口振りで話し始めたオーディンは怪訝な目を向けてくるクー・フーリンからの問いかけに嬉しそうに答える。

 

「なぜだがな、また世界が広がった様な感覚があるのだよ。あぁ、今の世界はこんなにも美しい!」

「うぉぉ、気持ち悪ッ。」

「オ、オーディン様?」

「どどと、どうしちゃったんすかぁ!?」

 

困惑するワルキューレ達とクー・フーリンをよそに月見は再度メモ帳を取り出して書き始めた。

 

「ふむ、副作用として感覚が更に鋭くなる上に賢者モードになると………うーん、改善点がまだあるなぁ。ミントと金魚草エキス少し減らして………いやそもそも水薬にする必要も無いから揮発性を高くして霧に………いやそれだと対象以外も吸う可能性があるから塗り薬にしてしまえば………。」

「原因さっきの薬か!いや、軽く解析してみたが魔術もなんも掛けられてねぇ只の水薬だった筈だろ……そもそもなんでそんなもんが純粋な神であるオーディンに効きやがる………?」

「僕こんなちんちくりんでも薬学の神獣の端くれですので、魔法薬の効果位なら魔力無しでも似たようなものを再現出来ますよ?神の方々に処方する薬も作ってるので効く効かない云々は今更ですし………。」

「………うっそだろお前。」

「まぁこのままではやるべき事も出来ないですから、さっさと薬を飛ばしましょう。」

「飛ばすっつってもどうやっ「えい」聞けよ!」

 

ドン引きのクー・フーリンの声に反応せず月見は月炎を走らせオーディンを包んだ。勢い良く燃え上がるそれを周囲にいた者達が呆然と見守るなか、月見は出していたメモや瓶ををしまい込む。その動作を終えた後、月見は指を鳴らした。

 

「オーディン様、もう大丈夫ですか?」

「………うむ、問題無い。先程まで妙な高揚感があったがこれなら大丈夫だろう。」

「そうですか、それじゃあ行きましょう。本題はまだ終わってませんので。」

 

青い炎が霧散し、中にいたオーディンは何事も無かったかのように立ち上がって埃を払い、そしてそのまま先程鬼灯に殴られた地点へと歩き始めた。その後ろを着いていく月見と美穂であったが、そこでようやく月見は周りの者達が驚いた様子でこちらを見つめていることに気が付くのだった。

 

「?……皆様どうされましたか?」

「お前な、あれをスルーしろっつうのは無理あるだろ。」

 

自分が生み出した「主神が燃やされる」という光景の異常さを自覚していない月見は、クー・フーリンが絞り出だした呆れたような言葉とその後ろで死んだ目で高速で頷き同意するワルキューレ達を見て首をかしげるのであった。




月見さんが薬を作る際には補正が働いてほぼ確実に望んだ効果が得られます。ただし、副作用どうのこうのは考慮してません。例えば万能薬を作ろうとすると副作用としていつ治るのか不明瞭な感覚麻痺を引き起こすものが出来上がります。

クーの兄貴はオーディン繋がりで出ていただきました。本来ならヴァルハラやユグドラシルとは少し離れた場所(Fateの座のような所)で生活してますが、生前から仲の良い御者に頼んで色んな所を回ったりしてます。戦いが絡まなければ常識的だと思ってます。


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北欧日記六頁目

約1ヶ月半お待たせして申し訳有りませんでした。これからはもう少し頻度を上げられると思うのでお許し下さい。




それでは、どうぞ。


「月の兎に狐の祖ねぇ……噂でちぃとばかし聞いたことはあった気もするが、珍しい組み合わせの夫婦が居たもんだな。世界は広いってやつか。」

「普通の動物だった頃からの幼馴染みなんです。あともう一人兄みたいな人に猿の王がいます。」

 

歩きながら月見の話を聞くクー・フーリンは転換した話題に興味を示す。

 

「強いのか?そいつ。」

「えぇ、天部の中でも戦闘能力はトップクラスですね。やろうと思えばなんでも出来るタイプでしょうし………基本は杖術ですけどクー・フーリンさんの逸話みたいに様々な武具を使って相手を打倒するような事もしてましたね。」

「成る程ねぇ……いっぺん戦ってみてぇな。」

「でしたら、僕が仲介しましょうか?」

「お、いいのか?」

「美猴兄さん最近仕事詰めらしくて、この間連絡したら「久々に暴れたい」と言ってたので手合わせなら喜んでしてくれると思いますよ。」

「へぇ、そいつはいい、楽しみにしとくぜ。」

 

思いがけない提案にケルトの血が騒いだのか、好戦的な笑みを浮かべるクー・フーリン

 

「おや、戻ってきましたか……そちらの方は?」

「クー・フーリンさんです。ここの隣の冥界からいらしたそうです。」

「興味本意で着いてきただけだ、俺の事は気にせず話を進めてくれや。」

「そうですか。初めまして、日本地獄で閻魔大王の第一補佐官を務めている鬼灯と申します。以後お見知り置きを。」

「………んで、さっきからそこで泡吹いてぶっ倒れてるでっけぇおっさんお前さんの上司じゃなかったのか?」

「鬼灯様、もしかして原液のまま使いました?」

「えぇ、どうせならそうした方がデータが取れるでしょう?」

「最悪死にますので……そういうのは刑場にいる亡者にしましょうよ。」

「閻魔大王も亡者の一人でしょう。それに加えこのヒゲは無駄に頑丈ですし、折檻の代わりですよ。」

((ヒゲ呼ばわり………!?))

(上下関係どうなってんだ。)

 

閻魔大王への相変わらずな雑な扱いに各々引いている。ワルキューレ二人は言わずもがな、クー・フーリンも流石に自分の組織のトップを日常的な感じで足蹴にするような性格はしていないため、普通に顔をしかめていた。

 

「それはそれとして月見さん、閻魔大王も起こしてもらえます?いくら叩いても反応しないんですよ。」

「多分酒気払いの力が強すぎて意識の覚醒の限界を超えてるからですね。口内に残った薬のせいで絶え間なく刺激が襲って来てる筈なのでさっさと消し飛ばしましょう。えい。」

 

ボウッ!!

 

軽く腕を振るい月炎で閻魔大王を包んだ後、気絶したままの閻魔大王の顔に気付け薬の瓶を近づける月見。数秒後、閻魔大王はビクッと体を跳ねさせ、勢いよく体を起こした。

 

「はっ!?……ワ、ワシはいったい……!?」

「お目覚めですか閻魔大王。」

 

状況が把握出来ておらず辺りを見回す閻魔大王に、鬼灯は平常的な声色で話しかける。もっとも、そのバリトンボイスは聞くものによっては恐怖を感じるだろう。

 

「全く……外交の場で酒を飲み過ぎて前後不覚になり転んで頭を打つなど、しっかりと自制心を持って行動なさい。」

「いや君が殴り倒したんだよね!?何事実の改竄なんかしようとしてるのさ!?」

「そもそもあんたがバカみたいに酒飲んでたのが悪い。」

 

事実をねじ曲げようとした事に対し殺気のせいで既に酔いが醒めていた閻魔大王は言葉を荒げるが、鬼灯はとりつく島もない態度のまま

 

「まだ本題が終わって無いでしょう。酒気、眠気覚ましのお茶は淹れたので、さっさと飲んでください。」

「あぁ、うん………元々そう言う話だったね……。」

「………なんだかんだ言って、鬼灯様って割と気が利くことするんすね。」

「もう少し言い方を考える。」ビシッ

「あいたっ!?」

 

思った事をそのまま口に出したゲルを嗜めるオルトリンデを他所に、鬼灯は盆に乗った物を差し出す。

 

ゴポゴポゴポゴポゴポゴポゴポゴポゴポゴポッ!

 

「………………あー、補佐官さんよ、そいつは一体?」

「緑茶ですよ、500℃位の。」

「明らかにヤベェ代物じゃねぇかおい!」

 

そこにあったのは明らかにハチャメチャな速度で沸騰し、熱と蒸気を撒き散らす緑茶が入った湯呑みであった。しかし、周りは困惑するばかりであるが月見の月炎によって追い焚きされたそれを閻魔大王はなんの問題も無いように掴む。

 

「君ねぇ、別に普通のお茶でも良かったんじゃないの?」ズズッ

「今日の分の煮え湯飲みも兼ねてますから。俗に言う一石二鳥というやつですよ。」

「鬼灯くんの場合、一つの石で十羽ぐらい仕留めそうだけど。」

「やりませんよ面倒な。」

 

そう言いながら鬼灯は手に持った盆を少し引いた様子のオーディンへと差し出す。

 

「オーディンさんもいりますか?」

「いや、遠慮しておく………しかし凄まじいな閻魔殿、流石にその熱さをなんの対策も無しに耐えられる人間は早々居ないぞ?」

「あー……すいませんねぇ、これ、ワシの日課でして。」

「あ?日課だぁ?自分からんな危険物ぐびぐびと………あ、もしやおっさんそう言うタイプか?」

「いや違うよ?」

 

訝しげな目線を向けてくるクー・フーリンの疑いをやんわりと否定した閻魔大王は一度熱々のお茶を啜る。

 

「ワシは人を裁く立場だけどあくまでも人間だからね。」

「日本地獄では、人が人に裁きを与える、罰を与えるという行為には罪が伴います。なので閻魔大王は1日に三回ほどこうして煮え湯を飲む拷問を課せられているんですよ。」

「ほー、わざわざ律儀なこったな………だが罰にしては慣れてねぇか?」

「そりゃあねぇ、二千年ぐらいやってたら普通に飲めるようにもなるよ。」

「この前の忘年会の一発芸で煮え湯の一気飲みやりましたしね。」

「そういえば月見さんが用意してましたね。本当に応用利きますよねそれ(月炎)、私も欲しい位ですよ。」

「月見は私のですからあげませんよ?」

「何がどうなってその話に行き着いた?」

 

月見に抱き着きながら鬼灯に対して威嚇する美穂。しかしその程度の殺気で鬼灯が動揺する筈もなく呆れた声色で言葉を返した。

 

「質問なんすけど、それって罰になってるんすか?」

「日本は古来から形を重要視する部分がありますからね、所謂正当性の提示という奴ですよ。国民性とでも言いましょうか、納得できる事実があれば多少の理不尽も割とすんなりと受け入れられますし。」

「ですが地獄に堕ちる者の一部は不満を漏らしたりすると思います。」

「そこら辺は自分のやってることが間違ってると一欠片も思っていない連中ばっかりですよ。罪の意識がない奴だったり、ありがた迷惑みたいな奴ですね。」

「時々、「生き返らせろー」なんて言ってくる人もいるね。まぁ何かの弾みで来ただけならちゃんと現世に帰してあげるよ。」

 

ワルキューレ達の質問に丁寧に答えてゆく。それに感化されたのか、オーディンもその話の中に混ざって行く。

 

「それでは不満が出そうなものだが?」

寿命が残っている善人(・・・・・・・・・・)に限った話ですよ。寿命が残っていない人はそもそも肉体が蘇る訳ではないですから生き返らせるなんてのは無理ですし、魂だけが地獄に来てしまったり何かのきっかけで地獄に生きたまま来る人なんて早々居ませんし。」

「本当に例外だね。篁くんは生身で地獄に来て何故かそのまま働いてから現世に帰ったけど。」

「言葉の通りの黄泉帰りを果たした数少ない事例ですね。何なら正式に死んでからスカウトして今も働いてますし。」

「へぇ~。」

 

 

 

「なんだか難しい話をしているな。」

「シグルドさん、ブリュンヒルデさん、殺し愛はもう十分ですか?」

「申し訳ありません月見さん、話の途中でしたのに……。」

「発作のようなものですから気にしなくても良いですよ。」

「ありがとうございます。それに、美穂さんもこの間の集まり以来ですね。ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。」

「えぇ、お久しぶりですねヒルデさん。相変わらずなようで何よりですよ。」

 

そう和やかに言葉を交わす二組の夫婦。全員が美形な為絵画にでもなっていそうな絵面だが、半分ほどは血みどろであり常人には恐怖をも感じさせるだろう。しかし辺りにはその光景に慣れている者しか居ないため気にすること無く会話を続ける。

 

「近頃は忙しくて昔ほど集まれなくなりましたね。シータさんやグンヒルドさんとも中々会ってませんし………。」

「昔と言っても精々五十年程でしょう?また今度連絡取り合ってお茶でもしましょうよ。」

「そうですね……あぁ、でしたらクリームヒルトさんもお呼びしてもよろしいですか?何でも旦那であるジークフリートさんについて何やら溜め込んでいるようでして。」

「なんならお二人とも一度日本に来られますか?案内なら僕と美穂がしますよ。」

「その誘いはとても喜ばしいものだな。」

「美穂さんと月見さんの都合がよろしいのであれば是非とも、前々から日本に興味があったんです。」

「なら丁度良かったですね。」

 

そんな話をしていると、鬼灯が話に割り込んで来た。その後ろを見ると何やら閻魔大王がオーディンとワルキューレ二人にチラシのような物を渡していた。

 

「鬼灯様、質疑応答はもうよろしいんですか?」

「さっさと本題に入るべきだと思ったので……と、取り敢えずお二人にこれを。ワルキューレの皆さんにもお配りする予定ですし、他にもお渡ししたい方が居るのであればご自由にどうぞ。ジャグリングしてるクー・フーリンさんも良ければ。」

「ん?俺一応部外者みたいなもんだが良いのか?」

「構いませんよ。」

 

暇そうな表情で手慰みにルーン魔術のアンサズで作った火の玉でジャグリングをしていたクー・フーリンは完全に自分は含まれていないと考えていたのか、多少驚いた表情を見せながら差し出された物を受けとる。それを見ると、日本人にとっては馴染みの無い文字で様々な事が書かれていた。

 

「「獄卒体験」?」

「えぇ、観光の一環として企画されているものです。日本地獄でもグローバル化が進んでますし、少しでも外国の方にも我々の仕事を理解してもらう機会だということで企業と共同で話を進めてます。」

 

鬼灯がそう解説する途中、黙々とチラシを読んでいたシグルドは興味深そうに呟いた。

 

「話に聞く責め苦と言うやつか。北欧や欧米にはない独特な物があると知識にはあるな。」

「あわよくば興味を持って下さってそのまま就職を促すという目的もありますがね。」

「隙有らば人材収集かよ。」

「鬼灯様の異名は人材ブラックホールですから。」

「………もしかして私の妹達のスカウトも目的だったりしませんか?」

「確かに彼女達の能力はお迎え課に欲しいですね。まぁこちらの仕事が忙しそうなので無理には勧めませんよ。」

「……まぁ、それなら。」

 

妹達に無理に転職を迫る気配はないと感じたのか、ブリュンヒルデ少し眉をひそめながらも納得したような様子で頷く。

 

「詳しい話は今からオーディンさんの所で行います。他に誘いたい方がおられるのであればまた詳しい要項をお送りしますよ。」

「ふむ、では当方もお聞かせ願おう。我が愛はどうする?」

「……一応、聞いておきましょう。知見を広めるためと考えれば悪い話でもないでしょうし、何よりこの現世より隔離されたユグドラシル以外の場所を訪れる事は妹達にも良い刺激になるでしょう。」

「えぇ、我々日本地獄は歓迎しますよ。」

 

そう締め括った日本地獄のNo.2は説明を続ける上司をチラリと見やると踵を返す。

 

「さて、先ずは向こうと合流しましょう。クー・フーリンさんはどうしますか?」

「ま、聞くだけ聞くわ、別に何かやることがある訳じゃねぇしな……んお?」

 

ゆっくりと着いていこうとするクー・フーリンであったが、ふと鬼灯がずっとお茶を乗せた盆を持っている事に気がついた。

 

「そういやその茶いつまで持ってんだ。いい加減冷めてんだったら貰って良いか?」

「……ええ、別に構いませんよ。」

 

数瞬の思考の後、鬼灯は肯定の意を示す。それに「わりぃな」と断りをいれながらクー・フーリンは湯呑みを手に取った。上から覗き見ると湯気は出てはいるが先程のように沸き立っておらずその様子から冷めていると判断する。

 

「緑茶って奴か?まぁ薬草よか旨いだろ。」

「?……あ、クー・フーリンさんちょっと待って……。」

「あん?別に多少熱い位なら魔術で冷ましちまえば問題ねぇだろ。まぁ最悪体内を保護すればどうにかなる。」ゴキュッ

「いやそうではなくて……

 

 

そのお茶まだ調節してない僕の炎宿ってるので魔力関係は問答無用で無効化する…………

 

ゴバッ!?ゴフッゴフッ……ガハッ。」バタンッ

 

「「「「「あっ。」」」」」

 

月見の静止も既に遅く、内包した温度が異常に上がっていた緑茶を飲んだクー・フーリンは思いっきり噎せ、熱さに苦しみながらその近くにいた5人に見守られながら静かに地面へと倒れ付したのだった。

 

 

 

 

「………………クー・フーリンが死んだ!」

「この人でなしッ!」

「いきなりどうしたの月見、それに鬼灯様まで。」

「「何か言わなきゃいけない気がした。」」




はい、北欧編でまさかのランサーオチです。正直兄貴出した時点でどうにかしてこの終わり方がしたかったです。

最後のは鬼灯様がギャグ時空からの電波を受信した結果です。数瞬思考してるのがその部分ですね。自分で渡しておきながら「クー・フーリンが死んだ!」と言ってます。



今書きたい題材としては
・ぐだぐだ鯖達の現在
・中華鯖とのアレコレ
・二人の子供について
・探索者ぐだーず+αのキノコ狩り
・ぐだーずと神話生物
・愛妻家の会/愛夫家の会
等があります。もう少しお待ちくださいませ。


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月子日記一頁目

あけましておめでとうごさいます。皆様、お久しぶりです。他の小説の執筆だったりスランプだったりリアルでのゴタゴタだったりでめっきりこの小説の更新が途絶えていたゲガントです。まだまだ期間が開きそうですが、それでも気長に待ち続けていたけたら嬉しいです。


サブタイトルの読み方は「つきのこにっき」になります。言葉の通りです。





それでは、どうぞ。


「あ、そうだ。」

「ん?どうしたんだよいきなり。」

 

閻魔庁の資料室にて、亡者の人生を記した巻物を整理していた茄子がふと思い出したかのように声を上げた。荷台を使って巻物を運んでいた唐瓜は何事かと尋ねた。

 

「いやぁ、もうすぐ俺の父ちゃんの誕生日だからさ、父ちゃんになに送ろっかなぁーて思ったんだよ。」

「あー、もうそんな時期か。」

「唐瓜だって母ちゃんがもうすぐ誕生日じゃん。なんかしないの?」

 

すっかり忘れていた様子であった唐瓜だったが、暫く思考した後、更に深く考え込み始めてしまう。

 

「つってもなぁ~、下手に選ぶとかさばるだけだし……ほら、あの家姉貴の通販の段ボールでいっぱいだろ?どうせなら消え物の方が場所取らないし………。」

「カタログでも見る?」

「そういうのは仕事が終わってからにしてください。」

「「あっ、鬼灯様!」」

 

そこへ荷物を乗せた台車を押している鬼灯が話に割り込んでくる。どうやら耳には入っていたらしく、

 

「親御さんの話ですか?」

「えぇまぁ。」

「ねぇねえ、鬼灯様は誰かへの誕生日プレゼント何が言いと思う?」

「おいこら茄子!」

 

茄子の問いに鬼灯は顎に手を当て、思案するように上を見る。

 

「そうですね……私自身自分の誕生日を知りませんし、他人の誕生日を祝うというのもあまりありませんね。古くから生きる鬼はそんな感じですし。」

「そっか、日にちとかの概念が無かったもんね。」

「贈り物は基本的にほかの王の方々や外交関係で年や季節の節目に贈るぐらいでしょうか。それに、親という存在自体私にとってはよく分からない感覚ですし。」

「「あっ……。」」

 

鬼灯が孤児であり、人柱として死んだ事を思い出し思わず口を押さえる二人だったが、鬼灯本人がそれを咎めることは無かった。

 

「あぁ、お気になさらず。馬鹿にしてる訳ではないのは分かっていますし、事実なのは変わりません。」

「そうですかね………。」

「あーでも、よくよく考えると親がどんな人かあんまり知らない人って多いんだよなぁ。」

「例えば?」

「ほら、月見さんとか美穂さんとか。あの人らの親って多分動物でしょ?どんな感じだったのかなぁって。」

「………言われてみれば気にしたこと無かったな。逸話は有名だけど、その前まで書かれてることなんて無いしな。」

「あの二人も自分の生みの親に該当する存在を知りませんよ。まぁ自我が芽生えた頃から一匹だったと自覚してる月見さんは兎も角美穂さんに関してはほぼ自然発生で生まれたらしいんですよね。分かりやすく言えば精霊的な奴です。何と言っても狐の祖神ですから。」

「美穂さんってそんなに偉いんですか?」

「所謂全ての狐のトップですよ。月見さんも月見さんで兎の中での立場はかなり上位ですし。」

「そんなスッゴい存在まで働いてるんですかこの場所。」

「それは今更というものでしょう。なんなら美穂さんに関しては天照大御神の転生体の育ての親ですし。」

 

スケールの大きさに思わず宇宙を背負う唐瓜。しかしその一方で反応を示しそうな茄子は首を捻っていた。

 

「…………。」

「どうかしましたか茄子さん。先程から静かですが。」

「いやぁ、そういえばあの二人って砂糖吐きたくなる程いちゃついてるし、おしどり夫婦って言われたら凄い納得するけど、その割には親って感じはしないよなーって。何というか近所に住んで世話してくれる新婚夫婦って感じ?」

「何でそう例が具体的なんだよ………。」

「というか、月見さんと美穂さんもう結婚して二千年近く経ってますよ。

 

 

 

それに血の繋がった子供もいますし。」

「「………………はい?」」

 

呆然とする二人を他所に当時を懐かしむように目を細める鬼灯は思い出したかのように話を続ける。

 

「一時期は閻魔庁の職員のアイドルみたいな感じでしたね、子供時代から仕事の手伝いもしてましたし。最近までは様々な庁の助っ人として働いてましたし、話を聞く機会はあったのでは?」

「いやそもそも子供がいるとか初耳ですよ!?」

「へー、月見さん子供居たんだ~!どんな人どんな人?」

 

唐瓜は驚愕で目を見開き、茄子は興味津々といった様子で目を輝かせる。本質が対照的な二人であるが、その関心は今まで情報の無かった人物へと向けられている。

 

「そうですね……強いていうのであれば無個性的で個性的、でしょうか?見た目は二人を色濃く引き継いでるので変化の術を使ってなければすぐに分かりますよ。まぁ今は現世で働いてますが。」

「何で現世なんですか?」

「調査のため現世へ長期出張に行ってもらってるからですよ。かれこれもう3年位ですかね。」

「そんなに!?」

「もう数年位は現世を基本に動いて貰うつもりです。」

「仕事内容ってどんなの?」

「潜入調査……みたいなものが主ですかね。現場のリアルな様子を調べてもらっています。」

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄でそんな会話をしている一方、現世にて兄妹仲良く並んでいる立夏と立香は他愛もない話をしながら家路を歩いていた。

 

「んー!疲れたぁ。今日は早めに終わって良かった!」

「まぁ俺らの部活は自由度高いし、新入部員も少し落ち着いて来たからね。」

「放課後に余裕があるってのは魅力的でも内容が内容だからあんまり人気無いもんなぁ。にしても、中学校なのに歴史研究部みたいなのがあるって珍しいのかな。」

「珍しいんじゃないかな?あんまし他に聞いたこと無いし。面白いから気にしたこと無いけど。」

「なんかやけにスピリチュアルな感じの本が多いよねウチの学校。何であんな妖怪関係とかが揃ってるんだろ。」

「ホントの神様とかと関わってる自分達が言える義理は無いと思うよ。」

「………それもそっか!」

 

深く考えるのを止めた立香を説き伏せた立夏だったが、ふと何かを思い出したかのように顔を上げる

 

「あ、深海さんの所呼ばれてたんだった。ちょっと行ってくる!」

「いってらー。」

 

立香は鞄を持ち直して駆け出す立夏の背中を気の抜けた声で見送った後、そのまま帰路につく。のんびりと機嫌よさそうに歩いていたが、住宅街の中にある一軒家の前まで辿り着くと、鍵を差し込んで捻る。ガチャッと音を立てた扉を開くと声を上げる。

 

「たっだいま~……ってあれ、しほにぃとつきねぇ帰ってたの?早かったね。」

「今日はお休みだった、お帰り立香。」

「立夏は一緒じゃないのか?」

「ちょっと寄るところがあるって言ってどっか行っちゃった。まぁすぐに帰ってくると思うよ。」

 

靴を脱ぎ、リビングを覗き込んだ立香を出迎えたのは一組の男女だった。どことなく似ていて、艶のある茶髪、美形と言える容姿を持つ二人………白穂(しほ)月乃(つきの)は家事をしている最中だったようで、白穂の手には掃除機、月乃の手にはコロコロが握られていた。

 

「今日の晩御飯どうするのー?」

「まだ決めてないな、何か希望はあるか?」

「うーん……昨日は私のリクエストだったし、二人は麻婆だろうし……お兄ちゃんに決めてもらう?」

「ただいまーっと。」

「噂をすればなんとやら。」

「クトゥルフさんの所から大量に海産物もらったから運ぶの手伝ってー。」

 

玄関から響いた立夏の言葉に、リビングに入ろうとしていた立香とくつろぎ始めようとしていた月乃と白穂はわらわらと玄関に集まる。

 

「うわぁほんとにすごい量。ちゃんと鯵とか人数分入ってるし。」

「おぉ、カニもある。季節じゃないが、鍋でもやるか?」

「白菜余ってたっけ。」

「昨日八宝菜作るために買ったやつが半玉位残ってた筈…でも4人分にしては足りないかなぁ。」

「買い物なら俺が行くぞ。」

「ついでにデザート買って来て。」

「アイスで良いか?」

「お高めのやつ4つ。」

「はいはい。じゃ、行ってくる。」

 

いつの間にか財布とエコバッグを手に持っていた白穂はそのまま玄関から出ていく。三人はそれを見送るとそのまま海産物の整理へと移るのであった。

 

「あ、そうそう、近々お父さんとお母さんがウチに来るって連絡来たから。」

「ってことは?」

「もしかして?」

「多分回らない寿司か食べ放題じゃない焼肉屋。」

「「わーい!」」

 

 

 

 

 

「あ-、そういえばもうすぐ醤油切れるっけか。買い足しとかなきゃな。あとは豆腐と豚肉………冷凍する用の物も纏めて買うとして、今日セールとかあったか………ん?」

ピッピッ

『卵と牛乳も無くなりかけてるから追加で。』

「うわ、まじか。」

 

月乃から送られてきたメッセージに整った顔を少しだけしかめる白穂だが、ついでに買うことを心に決め返信しながら道を進む。初夏とも言える気候で、長袖を着るには少しばかり暑い。

 

「白菜売ってっかなぁ……。」

 

しかしその程度ではカニ鍋を遂行しない理由にならないようで、目的は変わらずそのまま近所のスーパーまで足を運ぶ。

 

「うーさぎうさぎ何見て跳ねる……っと?」

 

歌を口ずさみながら歩いているとふと自分のスマホが震えている事に気が付いた。自分の双子の姉からの連絡かと画面を見るが、そこには別の人物の名前が表示されている。画面をタップして電話に出て耳に当てたと同時にスピーカーから彼にとって聞き馴染んだバリトンボイスが流れてきた。

 

『あぁ、白穂さん。少々お時間よろしいですか。』

「えぇ、構いませんが……それにしても急ですね、そちらで何か問題が起きましたか?」

『いえ、地獄ではなく貴方達のいる現世での話です。お二人に少し動いていただくと思うのでご連絡を。』

「………月乃も動かすと言うことは邪神案件ですか?」

『そちらはこの間の藤丸兄妹を挟んだクトゥルフさんとの交渉で一区切りつきました、拷問として亡者を喰らう事を正式に許可しましたよ。そちらではなく妖怪関係です。』

 

最初の世間話をするような雰囲気は無く、スッと細められた目には

 

「現世には原則的に不干渉なのでは?」

『少し厄介な妖怪の封印が解かれましてね。木霊さんや木の神々が再封印を依頼されているようなんです。最近に『人間が木になった』というニュースが耳に入るようになったと思いますが?』

「ありましたね……何かの比喩かと思ってましたがホントに木になってたんですか?」

『えぇ、人間が養分になるのではなく人間が木に変化するので少々厄介なんですよ。その時点で人から外れてしまうのでその状態で死んでしまえば地獄で裁くことが出来なくなります。最悪、その場所に怨念が漂うことになってしまうので早めの対処をお願いします。』

「方法はどうします?悪事を働く妖怪と言えど、下手に地獄に叩き落とすのは憚れますが。」

『なら再封印を、ついでに異界に引っ越していただきましょう。それを利用しようとする魔術師の姿も確認されているのでお気をつけを。』

「了解しました、鬼灯様。」

 

その言葉と共に通話が切った白穂はそのまま携帯を操作して最近のニュースを見始める。幸い、情報となりそうな記事は時間も掛からず発見できたようだが目を通した所で少し顔をしかめた。

 

「うわ、トップニュースになってる………少し急いだ方がいいな、明日も休みだし今日のうちに終わらせるか。」

 

一先ず買い物を済ませようと白穂は再び歩き出す。

 

 

一瞬だけ、彼の姿が陽炎のように揺らいだような気がした。

 

 

 

 

 

「ねーねーおかーさん、そとのおにーちゃんかっこいい!」

「あら、もう色を知る年になっちゃったのかしら。どこら辺がかっこいいの?」

「あのねあのね、なつまつりみたいでもふもふ!」

「夏祭り?もふもふ?…………そんな男の子居ないわよ?」

「えーっ?まっしろなきつねさんみたいでかっこよかったよ~。」




はい、新年早々にクー・フーリンをレベル100にしてカレン様をマイルームに置いてガチャした結果、言峰神父が10連の一番最初に来て爆笑したゲガントです。もう四年近くやってますがそろそろアンリマユが来てほしい今日この頃。

多分Fateをある程度知ってる人なら今回出てきた新キャラが誰か分かると思います。


兎年記念

◯鬼と兎

「あけましておめでとうごさいます、鬼灯様。」
「あけましておめでとうごさいます、月見さん。全力の餅つきの後ですが、体調の方はいかがですか?」
「とりあえずは大丈夫そうです。多分明日辺りに倒れるでしょうけど。」
「おや、随分と余裕ですね。昨年までは終わった直後に倒れていたというのに。」
「新しい薬のお陰です。『一時的に無尽蔵に力を引き出せるようになる』という効果のままで副作用を抑えるのに結構時間がかかりましたよ。ま副作用が遅れて出るので他の方に配布できませんが。」
「その副作用とは?」
「反動が24時間後に来ます。」
「そこまで引き伸ばせるのであればむしろ有効ですが………他にもあるのでしょう?」
「三日間程思考が正常に出来なくなります。」
「(非合法の)薬じゃないですか。」
「(特に危険性のない)薬ですよ?」
「……月見さんの場合狂ってから更に狂えば元通りを素で行くので大丈夫でしょうが、他の獄卒には配れませんね。私が狂うと業務が滞るでしょうし。」
「あと多分明日美穂が動けなくなった僕を食べる(意味深)と思うのでそこのところよろしくお願いします。」 
「一応貴方の方が力が強いんですから抵抗の一つや二つしてくださいよ。」
「別に嫌じゃないので………。」
「お前も色ボケじゃねぇか。」
「雄の兎ですもの。」



「そういえば、鬼灯様もそろそろ身を固められては?」
「おや、随分といきなりですね。私にその気はありませんが、理由を伺っても?」
「只の雑談用の話題です。よくよく考えると僕の交遊関係には既婚者が多いなと思いまして、気になっただけですよ。」
「………閻魔大王にも似たような事を聞かれましたが、別に興味が無い訳じゃありませんよ。」
「そうなんですか?ふむ、身近な方だと………お香さんとかですかね。」
「私特に何も言ってませんが。」
「確か鬼灯様の好みって某番組のミステリーハンターみたいに恐れをものともしない明るい人でしたよね。あとあまり従順すぎないとか………そう考えるとお香さんがぴったりなのでは?」
「確かに割と我が強いですが………やめにしましょう、何処かの記者に聞かれたらスキャンダルとしてばらまかれそうです。」
「そうですか、残念です。」



「こうして地獄で働き初めて2000年以上ですか。長いのやらあっという間だったのやら……。」
「やはり、純粋な神では無い分そういった感覚は曖昧ですか。私自身は仕事三昧で意識したことはあまりありませんが、元々人だった者としてはどうなんでしょうねぇ。正直、『鬼灯』という名前が与えられる前の記憶が曖昧なので人としての部分は無いと言ってもいいんですが、それを完全忘れてしまえば私では無くなる気がします。」
「………きっと貴方の原動力が恨みだったからですよ。人として息絶え鬼と成った今もなお弔われず、その怨念は乾いていたとしても忘れられず根幹にある。だからこそ容赦なく人を裁けるのでしょう?多分、貴方には祟り神としての側面も備わっているんです。」
「そんな御大層な立場ではないんですがね。」
「菅原道真公とかと比べちゃダメですよ?あの人達は知名度もさることながらやった事がやった事なのでその恐れが信仰として成立しているんですから。あと立場云々は謙遜を言えることじゃ無いでしょう、地獄のNo.2さん。」
「こうして振り返ると奇妙な人生もあったものですね。」
「良い縁が多かったのでしょう。」
「………それは否定しませんよ。」




「さて、そろそろ閻魔庁に行きましょう。多分もう新年会が開かれてるかもしれませんし………あぁそうだ、鬼灯様。」
「何ですか?」
「これからもよろしくお願いしますね。友人としても、同僚としても。」
「えぇ、こちらこそ。」




◯いつもの

「ねぇ月見、これどう?」
「うん、まぁ、似合ってるよ?」
「え~、折角体ごと作り替えて兎になってるって言うのに、もうちょっと良い反応してくれてもいいじゃん。」
「何と言うか、目のやり場に困ると言うか……確か、何だっけ、バニーガールだっけ。美穂のスタイルなら殆どの服を着こなせるだろうけど、その、やけに布の面積が小さいというか……。」
「………………へぇ?」ニチャァ
「美穂、どうか……っあ。」ビクンッ
「もう、月見ってばムッツリなんだから~♥️」
「みほッ、そんな、激しく、触らないで……んんっ。」
「え~?そんな事言っちゃうの?体の方はこんなに正直なのにね♥️」
「はぁ……はぁ……。」
「体、火照っちゃったね♥️大丈夫、そのままは体に良くないし、私が発散させてあげるから♥️その代わり月見も私の火照りを冷ますの手伝ってね♥️」
「…………うん。」









「で、それですか、まぁそうなるだろうとは思いましたけど。せめて首の噛み跡とそのヨレヨレの服どうにかしてください。」
「…………………。」
「生きてますか?」
「…………………あい。」
「死にかけですね。」
「部屋だけ、時空を歪めて、五時間を、一週間位に引き伸ばして、ずっと、です。」
「馬鹿なんですか?いや、友人を疑うのは良くありませんか、馬鹿なんですね。」
「…………別に、嫌じゃ、ないですし。」
「業務に影響がでないようにしてくださいよ、この色ボケ夫婦。」


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月子日記二頁目

少し遅れましたが続きです。もうすぐ忙しくなりますが、それまでにこの月子日記は終わらせたいです。

そろそろ他の小説サイトでの小説投稿を検討している今日この頃



それでは、どうぞ。


「ただいまー。」

「「「お帰りー。」」」

 

買い物から帰ってきた白穂は手を洗ってキッチンへと直行し、買ってきた物を整理する。その後、少しだけ寛ぎながらテレビを点けるといの一番に流れたのはニュースであった。

 

『続いてのニュースです。現在、新宿区を中心に人間が木になるという原因不明の現象が相次いでいます………』

「…………白穂兄さん、これ邪神関係かな?」

「いや、外宇宙は関係無い。何でも封印が解かれた妖怪が暴れてるらしくてな、俺と月乃でちょっと異界送りにしてくる。」

「え、聞いてない。」

「すまん言い忘れてた。ただ、鬼灯様からのご指名だから諦めてくれ。」

「じゃあ私達は鍋の準備しとくね。ついでに風呂も沸かしとく?」

「最悪返り血被る可能性あるから頼んだ。それじゃ、食後の運動がてら行ってくる。」

「「「行ってらっしゃい。」」」

「月乃も来るんだよ。」ガシッ

「働きとうない、働きとうない。蟹鍋が私を待ってるの。」ジタバタ

 

ソファに座っていた状態から服の襟を捕まれて持ち上げられた月乃はバタバタと手足を動かして抵抗する。しかしそれも戯れ程度であるため、白穂は気にせずそのまま運び続ける。

 

「さっさと終わらせればいいだろ。最後に元の姿でちゃんと動いたの少し前なんだからその息抜きがてら鈍ってないか確かめるために行くぞ。」

「あーれー。」

 

気の抜けた声を出しながら大人しく引きずられる月乃を担ぎ上げると白穂はリビングから庭に出るサッシを開き、そのまま外へ一歩踏み出す。

 

「……外で変化解くのいつぶりだっけ。」

「1ヶ月前に小旅行先でカルト教団ぶっ潰した時辺りだな。」

「あぁ、一時間も掛からず終わったやつ。あの後の海鮮丼おいしかったね。」

 

割と物騒な話題を世間話のように交わす二人。しかし、その姿は先程までの物とはかなり様変わりしていた。

 

ピコピコ  モフッ

 

「もっふぅ………。」

「くすぐったい。」

「今日の夜、尻尾抱き枕にして良いなら放す。ついでにちゃんと仕事もする。」

「ほぼ毎日やってるだろ。」

「違う、みんなで一緒に白穂の尻尾を枕にする。」

「俺への負担が重くないか?………まぁいいけど。」

((良いんだ。))

 

白穂の髪は雪を感じさせるような透き通る白に、月乃の髪は夜空に映える満月の明かりのような金色になっている。それぞれの髪に夕日が反射して幻想的に光っているが、それよりも目を引くのは新しく生えた……正しくは隠していた髪と同じ色をした獣の耳と尻尾である。白穂には狐の耳と尻尾、月乃には大きな兎の耳が存在を主張していた。いつのまにか服装もラフなものから動きやすい上で至るところに装備を仕込めるような探検家的な装いに変わっており、顔の横には耳の動物が元となったお面がつけられていた。たがその劇的な変化はその場にいた全員がスルーし、言葉を交わしていた白穂は仕方がないと言った様子で担いでいた月乃を解放する。何事も無かったかのように着地した月乃はそのままお面を被ると

 

「じゃ、パパッと終わらせてくる。」

 

そう言い残して屋根の上へと跳んで行く。それに続くように屋根の上を駆けて行った白穂の背中を見送り、部屋に戻った二人はふとテレビから流れるニュースに耳を傾ける。

 

『国民的シンガーであるBASARAが世界ツアーを開催すること発表………

 

「あ、熱気さんだ。」

「へぇ、世界ツアー…………やっぱり歌で邪神を魅了してた人はすごいね。」

 

何度も巻き込まれて来た事件や事故を通して知り合った人物を話題にしながら立夏と立香は部屋に戻る。家を後にした二人は人が認識出来ないような速さで住宅街の屋根の上を駆け抜けて行き、東京の中心地へと向かっていた。

 

「目的地は渋谷辺り?」

「あぁ、少し調べたが被害の発生源が渋谷だからな。それに加えて気配の薄さからして地下にでも潜ってるとなれば……。」

「地下貯水槽……いかにも隠れ場所っぽい所。」

「後から送られてきたメールによると結構巨体みだいだからそこぐらいしか隠れられる場所無いんだろ。っと、もうそろそろか。」

 

4人で暮らす家から飛び出して10分経つか経たないかといった時刻、日が地平線に沈み始めた頃、二人の姿は新宿の街並みを構成するビル郡の一つの屋上にあった。認識阻害の術が掛けられた面を外し、辺りをざっと見回しながら言葉を交わす。

 

「………近眼、今の私は兎………くっ、メガネを掛けられないっ………!」

「ここでメガネフェチ発症させるなよ。」

「巨乳スキーは黙ってて。」

「……………止めよう、不毛だ。」

「……………私もそう思う。」

 

軽口を叩き合い、一瞬だけ口論になりかけるも割と性癖や好みが似ている為悪口が自分に返ってくるのを察し、すぐに捜索に戻る。兎としての特徴故に近眼な月乃は双眼鏡を使っているが、特に目ぼしいものは見つからない。埒が明かないと考えたのか、お面を被り直してその屋上から飛び降りようとした月乃を白穂が引き留める。

 

「こっから飛び降りたら目立つに決まってるだろ、パルクールの要領で路地裏から行くぞ。多分そっちの方が近道だ。」

「それもそっか。行こ、別の妖怪っぽい気配が誰なのかも気になるし。」

 

所々に赤い木となった人間の姿が確認できるが、今の段階で自分に出来ることは元凶を潰すことであるため、スルーして路地裏に降りて地下への入り口を探す。

 

 

 

「んお?なんだぁ?今なんか通り過ぎてったのか………お、宝くじが落ちてんじゃねぇの!番号番号………って一年前の奴じゃねぇかよ………はぁ、どっかにうまい儲け話が無いもんかねぇ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ鬼太郎、そういえばあなたの友達に狐と兎の妖怪っているの?」

「どうしたんだ?そんな藪から棒に。」

 

同じく日が沈み始めた頃、渋谷の地下貯水槽に二人の子供の姿があった。学ランにちゃんちゃんこを着た少年……鬼太郎は夏服を身に纏う少女……まなからの問いかけに怪訝そうな顔を向ける。

 

「ここ最近の噂なんだけど、東京で白い狐と金色の兎が二匹揃って飛び回っていて、ピンチの人を助けてくれるらしいの。もしかしたら鬼太郎みたいな妖怪なのかな~って。」

「……いや、少なくとも僕の記憶のなかにはそんな妖怪はいないな。父さんもそうですよね?」

「ふぅむ、そうじゃの~……………狐の方ははもしかしたら化け狐なのかもしれんが、金色の兎なぞ聞いたこともないわい。まなちゃんはその二匹を見たことはあるのかの?」

「私も友達から伝え聞いた話だから良く分かんないんだよね。でもそっか、物知りそうな目玉のおやじさんも知らないとなるとやっぱりデマなのかなぁ、一回会ってみたかったんだけど。」

 

鬼太郎からもその髪の毛に埋まっている不気味な小人……目玉おやじからも情報を得られなかった事に肩を落とすまなに鬼太郎は呆れを含んだ声で忠告する。

 

「一般人が妖怪側の事情に突っ込むのはよした方がいい。妖怪が人の味方をするのは稀だ、獲物として食われる可能性だってある。最悪、もっとヤバい存在に目をつけられることも………。」

「ヤバい存在?」

「………言いすぎた、忘れてくれ。」

「え?ねぇちょっと、気になるような言い方して止めないでよ!」

 

途中で言葉を切り、前を進む鬼太郎にまなは疑問をぶつけながらついていく。しかし答える気はないのか鬼太郎はそのまま歩き続ける。髪から体を出している目玉おやじも虹彩の部分を閉じながら腕を組んで頷いてまなを諭すように語りかける。

 

「まなちゃんや、世の中には知らないほうがいい事だってあるんじゃ。」

「それより、いい加減ついて………ッ!」

「鬼太郎?「隠れろッ!」うわぁっ!?びっくりしたぁ……いきなりどうしたの?」

「まずいな、もうすぐそこに居たのか。」

「あの姿は……間違いない、のびあがりじゃ!」

「え、何も居ないよ?」

 

まなの目には何も映っていないないが、鬼太郎の視界には確かに半透明な丸っこい単眼の化物……のびあがりが存在していた。

 

ギュリンッ!!

 

のびあがりは二人の存在に気づいていたのか、その目に力を凝縮させ、光線を放つ。虹色の光線は二人が隠れていた柱を削るよう命中する。

 

「きゃあっ!?」

「ッ!こっちだ!」

 

隠れていたまなが悲鳴を上げると同時に、鬼太郎は目玉おやじをまなに預けて柱の影から飛び出し、のびあがりの前に躍り出る。それを狙うように再び発射された光線はいなしたのだが、その先に狙ったかのようにのびあがりはうねうねとした腕を伸ばしていた。まるで蛇のように動いてこちらを捕まえようとしてくる為、攻撃に転じる事が中々出来ない鬼太郎はついに足を捕まれ壁に投げ飛ばされた。

 

「うっぐっ!?」

「鬼太郎!?」

「こりゃいかん!何か手を………。」

 

コンクリート製の壁にクレーターを作るレベルの勢いで投げ飛ばされた鬼太郎は飛んできたのびあがりの腕に拘束され、壁に縫い付けられる。未だにのびあがりの姿を認識できていないまなの視点でも空中でもがいているという異常な光景が見えているためその緊急性は理解しているのだが如何せんそれに干渉する手立てが無い。鬼太郎を締め付けるのびあがりの腕は段々とキツくなっていき、そのまま何かを刺そうとする。無抵抗のまま攻撃を食らってしまうと思われたその時だった。

 

「疑似再現 原初の火!」

 

ザンッ!!

 

のびあがりと鬼太郎の間に白い狐の耳と尻尾とお面を携えた青年が割り込み、その手に握られた燃え盛る剣を振るう。鬼太郎を拘束していたのびあがりの腕は焼き斬られ、その痛みに悶えるのびあがりは仰け反りながら後ろに下がる。解放され、咳き込んでいた鬼太郎は息を落ち着かせながら突如現れた青年へ目を向ける。

 

「君も妖怪退治、って現世の妖怪だったか………どこかで見たことあるな?」

「生憎、こっちはお前を知らないな………君もってことはそっちの目的ものびあがりか。」

「あぁ、厳密に言えば吸血木をどうにかするって方が正しいな、人間があれに変じたままだとこっちも困る。元凶を潰せば一緒に元に戻るだ、ろッ!」ブオンッ!

 

ガキンッ!

 

青年は再び剣を振るい、言葉を交わしている途中で襲いかかろうとしたのびあがりの腕を弾き飛ばし、貯水槽の天井部に引っ付き大きな一つ目玉でこちらの様子を伺う敵へと向き直る。

 

「ひとまず、共同戦線でいいだろ?俺も君も、お互いを害する理由なんてないしな。」

「……………誰だか知らないけど、僕とあそこの二人に攻撃したと判断したら容赦なく反撃するからな。」

「それでいいぞ。あぁ、自己紹介が遅れたたな。俺はキシナミだ、よろしく頼む。」

「ゲゲゲの鬼太郎だ。」

 

キシナミと名乗った青年が手を差し出し、鬼太郎はそれを掴んで立ち上がる。そして二人は未だにこちらを見つめ続けるのびあがりを見据えて駆け出したのであった。

 

 

 

 

「え!?何、何が起きてるの!?あの狐っぽい人何なの!?スッゴいモフモフ!」

「わ、わしにもよう分からんが、多分まなちゃんの言っていた白い狐なんじゃないかの?」

「ってことは味方?ホントにいたの?」

「そう思って良いよ。あのモフモフに目を付けるなんて、貴女中々良い審美眼持ってる。」

「どっひゃぁっ!?」

 

目の前で煌めいた剣の炎はのびあがりが見えないまなにも視認でき、かつその風圧が少しだけきていたこともあってか大変混乱していた。目玉おやじとの会話で段々と落ち着いていたようだが、すぐ背後からの少女の声に再び飛び上がった。そこにいたのは兎のお面を手に持ったうさみみを生やした金髪の美少女である。

 

「こんにちは……こんばんわの方が良い?」

「いいいいいい、いつの間に!?」

「1分前位から。」

「ふぅむ、お主が件の金の兎じゃな?」

「んー……多分そうかも、そういえば名前は?」

 

どことなくポヤポヤとマイペースな美少女から顔を間近まで寄せられながら名前を訪ねられ、まなはしどろもどろになりながらもそれに答える。

 

「あ、は、はじめまして!まなって言います!」

「目玉のおやじと呼ばれとる、よろしく頼むぞぉ。」

「ん、私はザビ………ハクノ、はくのんって呼んでもいいよ。」

「分かりました、はくのんさん!」

「して、おぬしらは一体何者なのかのぉ?鬼太郎が察知出来んかったと上、わしにも妖気があるようには見えん。」

「それより先にやることがある。」ガシッ

「へ?」クルッ

 

目玉おやじが首?を傾げながら尋ねるが、それを一旦スルーしてまなの肩を掴み180度回転させ、後ろから抱きつくように腕を伸ばす。いきなりの出来事に思春期に入ったばかりの少女は動揺を隠せず慌て始めた。

 

「あのあのあのあの!?な、なにをして、あっいい匂いする………。」

「貴女にはあの妖怪が見えてないだろうから見えるようにするの。ちょっと待っててね。」

「は、はいぃぃぃ……!」

 

緊張でガッチガチになっているまなをよそにハクノと名乗った少女は両手に狐のサインを作るとそれを組み合わせ始める。指を絡め合い、真ん中に穴が空いた板のような状態にするとまなに声をかけた。

 

「出来た、この中を覗いてみて。」

「はい……って、うわぁっ!?」

「ちゃんと見えた?」

「あれが、のびあがり?」

「なんと!いまの一瞬で強制的に妖怪を認識できるようにしおったか!」

「一種の暗示と狐の窓の応用だったけど、うまくいってよかった。私が手を出さなくても十分そうだけど……一応援護だけしとこ。」

 

まなから離れたハクノは呟きと共に腕を振るうと動きに伴って袖口から機械的な文字が印された紙の札が溢れ出し、宙を舞う。そのままヒラヒラと地面に落ちるかと思われた紙札の差し出したハクノの左手の内に収まりそこから何かを形成するように連なって行き、舞っていた札が無くなる頃にはハクノの身長を少し超える程の大きい弓が存在していた。

 

「疑似コードキャスト起動、魔力投影再現、shock(32) seal_skill() 装填完了。」

 

静かに何かを呟きながら弓の弦に指を掛けるハクノ。すると、指を掛けた部分から物質がまるでホログラムのように構築され一本の矢となった。その様子はあまりにも現実離れしていると感じられるほどに機械的に見える。矢がつがえられた弓を打ち起こし、引き分け、会へと入る。ギリギリと引き絞る音が耳を震わせる中、その照準は貯水槽の中を動き回るのびあがりへと向いていた。

 

「疑似再現 赤原猟犬」

 

数秒後、矢は強く輝くと同時に放たれた。

 

 

 

 

 

 

「せいッ!」

「リモコン下駄ッ!」

 

キシナミの剣による燃える斬撃と鬼太郎の宙を駆ける下駄による打撃や針状になった髪の毛による刺突で段々とボロボロになっていくのびあがり。傷自体はすぐに治っているが痛みによって若干涙目になっている気もしなくはない。しかし、戦闘を仕掛ける二人は気にせずにダメージを与え続けている。耐えかねたのびあがりが振り払うように体を揺らしたその時だった。

 

ドスッ!

 

「ーーーーーー!?」

「何だ!?」

「俺らへの援護だ、気にしないでくれ。」

 

下から放たれた矢はキシナミによって付けられた傷を抉るように突き刺さり、そのまま貫通する。しかも通り抜けた矢の軌道は物理的に可笑しいレベルで曲がり、再びのびあがりの体へ食らいついた。開けられた穴からは光る粒子のような物が漏れでており、見るからに弱り始めている。それ故か、既にのびあがりの思考は目の前で自分に襲いかかってくる獲物であった筈の妖とよく分からない狐から逃げる事にシフトしていた。

 

「ーーー!」ギュリンッ!

 

のびあがりは牽制のために威力の出せる光線を放とうと目に力を凝縮させる。気づいた鬼太郎が着ているちゃんちゃんこに手を掛けたと同時に少しだけ光が集まり始めるが

 

シュン……

 

すぐに霧散する。そこでようやくのびあがりは自分の体が思い通りに動かない事に気が付いたが、既にキシナミはいつの間にか剣を破棄して目の前で拳を握り振りかぶっていた。

 

「ぶっ飛べ。」

「ーーーーー!?」

 

ドッゴォッ!

 

油断していた為、回避する暇もなく目の中心に重い打撃を食らい、壁に叩きつけられる。大ダメージを食らったのびあがりはそのまま壁を使って這い上がり、天井をすり抜けて逃げる。

 

「こりゃいかん!のびあがりは空を飛べる、外に出したら追い付けんぞ!」

「分かりました父さん!」

「あぁ、鬼太郎だっけか。追うのはちょっと待っててくれ、やりたいことがある。」

「そんな事言ってる場合じゃない、急がないとのびあがりがどっかに逃げる。そうなると探すのが困難だぞ!」

「安心してくれ、近道を作るだけだ(・・・・・・・・)。」

 

その言葉と共にキシナミは地面に手を着いた。その瞬間、地面が揺れると同時に隆起し、まるでパズルをばらしたかのようにパーツに分かれていき階段として再構築されていく。さらにはその先の天井まで動き始め、最終的には既に月明かりが照らす外への直通の道が出来上がった。

 

「さ、行こうか。」

「………あんた、ホントに何者なんだ?」

「答え合わせは後でも良いだろ?なに、こっちも聞きたいことがあるんだ、後で時間はとるよ。」

「……わかった。」

 

 

 

 

 

 

「はわぁ………スッゴい。まるでアニメみたい。」

「なんと、このような事が出来るのか!見たところ下水道のパイプもなんともないようじゃし、長い間生きとるがここまで精密な術は初めて見るわい。」

「私は行くけど、貴女達もついて行く?」

「はい!依頼者として見届けないと……あ、でもこの長さの階段はキツいかなぁ。」

「そっか、なら掴まっといて。」スッ

「ひぇっ……オヒメサマダッコ………!」

「貴方は………えい。」ピョコッ

「ヌォッ、耳で掴むのなら先に言っておいて欲しかったのぅ。」

「それじゃあダッシュで行くから、舌噛まないように気をつけて。」ダッ!!

「は、はいぃぃぃぁぁぁ!?」

「ぬぉぉぉぉぉ!?」





もう薄々分かっている方が殆どだと思うので言いますが、白穂と月乃の姿(人間化)はまんまザビーズで、元の姿の描写のでも察せられる通り『月の兎』である月見さんと『狐の祖』である美穂さんの双子の息子と娘です。ほぼ互いを同格に見ていますが、一応月乃の方が姉の姉弟で兄妹のぐだーずとは対になっています。





ついでに言えば、月に描かれた月の象徴的な存在である月見さんは月の狂気を通して平行世界を観測することも出来ますし、そこで知らず知らずの内に縁を繋ぐこともあるそうですよ。


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月子日記三頁目

色々と構想は練ってますが、中々書き出せません。放置していたzero編を進めたり、ロードエルメロイⅡ世編もしたいとおもってます。




それでは、どうぞ。


「そういえば、さっきまで振ってた剣はどうした?」

「あぁあれか、もう消したよ。あくまでもあれは再現で本物には遠く及ばない幻影を無理矢理スペックを上げて呼び出してるだけで本来なら数十秒で消えても可笑しくない物だからな。投影魔術ってのに近い代物なんだが……。」

「生憎魔術は明るくないな、習う相手も理由もない。」

「そうだよなぁ。最近の現世の妖怪は人を驚かすことはあっても人間から関わってくる事がなけりゃ基本的に不干渉だし。昔は普通に街一つ滅ぼせる魑魅魍魎がさも当然のように跋扈してそれを真正面から殺して都をまもっていた人がいた訳だが。」

「…………いつの話だ?」

「平安時代。父さんと母さんからちょくちょく話聞いてるし、当時生きてた人とも知り合いだからな。」

 

階段を駆け上がりながら言葉を交わしていたキシナミと鬼太郎だったが、地上が近づいて来たことでそれを中断する。そしてぼんやりとしたが照らす小さな虫の羽音が聞こえるほどに静かな工事現場に出ると共に、地面をすり抜けて上空へ逃げようとするのびあがりの姿を捉えた。

 

「街に出る気か!」

「安心してくれ、仕込みは済んでる。」

 

ボロボロののびあがりが人の往来がのある場所へと飛んで行こうとしたその瞬間、何かにぶつかるような動きをして急停止した。

 

「鬼太郎、遠距離から一点だけを高火力でぶち抜くのって可能か?」

「まぁ出来るが……何をする気だ?」

「俺は出来るだけ君から意識を反らして誘導する。君は俺が合図したらあいつの剥き出しになってる弱点に攻撃を叩き込んでくれ。」

「……わかった、ある程度離れていれば良いんだな。」

「話が早くて助かる…っと、逃げるのを諦めたか。それじゃあ頼んだぞ!」リィン

 

キシナミは鬼太郎から離れて空へと飛び上がると同時にポケットから取り出した札を指に挟み、そのまま投擲する。紙のように見えるそれは光輝き、キシナミの手から離れると氷柱に転じてのびあがりへと襲いかかる。動きが鈍くなっているのびあがりは体をひねりそれを回避しようとするが最後の2発を胴体にくらい、呻き声と思われる音を発する。隙をさらしたのびあがりに対し、キシナミはさらに畳み掛けるように札を投げる。

 

「呪法 氷天燐!」

「ーーーーーー!」

 

刺さった氷柱が爆発するように砕け散り、その反動によるダメージをのびあがりに与える。抵抗すら受け流されて一方的にぼこぼこにされるのびあがりが若干涙目になっている気もするが、攻撃の手が緩められる事はない。そのすぐ後にも触れると爆発する火の玉や雷の力で満ちた札による攻撃も加わり、更には反撃に転じようとした瞬間に鬼太郎のリモコン下駄や髪の毛針が飛んでくる。

 

「うん、私が手を出すまでもない。」

「うわぁ、ボッコボコだぁ………。」

「うむ、仕掛けてきたのはのびあがりの方じゃが、ここまで完封されとると少しばかり同情するのぉ……。」

 

階段を数段跳びで軽く駆け上がったハクノに姫抱きされて地上に出てきた後優しく降ろされたまなとうさぎ耳で掴まれていた目玉おやじは目の前で繰り広げられる蹂躙とも言えるような一方的な展開に若干声をひきつらせている。

 

「そろそろ行くぞ!」

 

獣特有の優秀な聴力でその会話を聞き取っていたがスルーしたキシナミは更に宙を舞い上がり、空中に固定した結界を蹴って真下ののびあがりに猛スピードで迫る。体を少し抱え込み、縦に一回転して無防備な頭に踵落としを一発。その一撃は離れた場所にいたハクノ達に届く程の風を生じさせ、のびあがりの弱点である大きな目玉を強制的に真下へ向けさせた。その先にいた鬼太郎は風圧を体で感じながら右手を銃に見立てるように構えたのが見えたキシナミはその場所で浮かびながら息を吐いた。

 

「恨むなら、無作為に暴れすぎた自分を恨むんでくれ。なぁに、次起きるときは周りにお仲間(やらかした奴ら)が沢山いるさ。

 

 

 

 

じゃ、お休み。」

 

「指鉄砲ッ!」

 

鬼太郎の指から放たれた一条の光は標的の目を直撃し、そのまま体を貫通した。のびあがりは一瞬目を見開いた後、爆散して金色の粒子を撒き散らす。

 

静かになった工事現場に満月の光が差し込む。そこには既に巨大な妖の姿は微塵も残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、お疲れさん。想定より仕事が終わったから早く帰れる……っと、これ戻しとかないとな。」パンッ!

 

声をかけながら降りてきたキシナミが手を叩くと地面にポッカリと空いていた穴はあっという間に埋め立てられ、最初からなにもなかったかのようなレベルにまで戻った。その様子を隣で見ていた鬼太郎は

 

「さっきは時間が無かったから無視したけど………どんな仕組みになってるんだ?」

「母さんから教わった術だ。物の形を変える……呪術、なのか?分類が今一わかんないからなぁ、まぁ地味なものだよ。」

「地面に一瞬で大穴開けて階段までつくる時点で地味なんてものじゃないだろ。」

「そうじゃな、わしもそう思うぞ鬼太郎よ。何はともあれ見事じゃったぞ!」

 

まなの肩から鬼太郎の元へ飛び移った目玉おやじは腕を組み、うんうんと頷きながら自分の息子を褒め称える。

 

「二人とも凄かったよ!鬼太郎と……えーっと、キシナミさん?」

「あぁ、ハクノから聞いてたか?そうは言って貰えるのは嬉しいけどなぁ……オリジナルに比べたら未熟も良いところなんだぞ?」

「私やお父さんよりは使いこなせるでしょ?」

「父さんに関してはそもそも体質的に使えないからだし、ハクノは使い方が違うだろ。この間地面のコンクリートの骨材から鉄抽出するとかやってたのはハクノだぞ。」

 

呆れを含んだキシナミの言葉に、ムッとした様子でハクノは反論する。

 

「お母さんは空気から炭素抽出して圧縮して馬鹿みたいに硬い物質作るまでを一秒単位でやった上でそれを生き物みたいに動かしてくる。それに私はキシナミ程広範囲を操作できないし。」

「…………母さんが規格外なだけか。この前父さんとのデートの日に来そうだった台風霧散させてたし。あの後父さんに「自然にとっての恵みを消すな」とか怒られてたけど。」

「それプラス結界術陰陽術妖術etc.使ってくるお母さんを身体能力とアレ(月炎)だけで真正面から対抗出来るお父さんと本当の物理だけでどうにかする鬼灯様も十分可笑しいと思う。」

「まぁ、あれだ、上には上がいるし俺達はまだ若いんだろ。」

「うんうん。」

 

腕を組んで頷き合う二人。そこへ話についていけていないまながおずおずと挙手しながら質問を投げかける。

 

「あ、あの!二人で納得してるところ申し訳ないんですけど、二人も妖怪なんですか?」

「いや、分類的には別。人外には妖怪以外にも怪異とか……精霊、言ってしまえば神様だって居るんだし。」

「ほへー………?」

 

今一理解していなさそうに口をポカンと開けるまな。鬼太郎は少しだけ呆れを含んだ声色で話を継いだ。

 

「普通に過ごしてればかかわり合うことがない世界だ。少なくとも一般人ならそれらが日常に潜んでいても全く気付かない。まな、君だってさっきまで妖怪が見えなかっただろ?」

「う、うん……そういえばはくのんさんが組んだ手を覗いてからはずっとあのホモォみたいなの見えてたけど、それまでは何がなんだか……。」

「ほもぉ……?」

「そういう架空の生命体だ、ネット上によくいる。」

 

ネットどころか人間製の機械に疎い鬼太郎はまなの言う腐の化身を理解しかねて首をかしげるが、今は特に関係無いためキシナミが横に流す。

 

「最近のねっと?というのはよくわからんが、まなちゃんがのびあがりを見ることが出来るようになったのは認識が変わったからじゃな。」

「認識?」

「うむ、そうじゃ。のびあがりのような怪異寄りの妖怪の姿は普通の人間の目には映らん。これは妖怪の事を現象として捉えておるからでな、恐怖に対抗するための自己防衛の枷を自分でかけておるのじゃ。かつて妖が日常的に人を襲っておった時代、そこでの経験を今に至るまで人々の魂が覚えておるのじゃろうな。」

「貴方の場合、その枷の一部を私が暗示で外した。余計な物まで見ないようにはしたから安心して。」

「それじゃあ、幽霊が見えたりするのとかってもしかして……。」

「殆どガセだが、時たまに地獄に行きそびれたり恨みを持ってその場に残る奴を偶々チャンネルが合った……まあ所謂『霊感』がある奴が見たものを伝えてるだけだな。まぁ、生きてる人間が見てて楽しい物でもないし、自己顕示欲の高い厄介な奴が多い。マジで面倒なのもいるから見つけてもスルーしておくのがいいぞ。」

「えーっと、例えばどんな……?」

「んー、他の幽霊を従える事で自分が神になれると思い込んでる中二病患者?この騒動の原因になった配信者の数倍拗らせたすごい面倒な感じの人だな。」

「目立ちたいが為にあからさまに怪しい祠のお札を剥がす馬鹿者よりもひどいのぉ……。」

 

人外側の事情を全く知らないまなからしたら初めて知る事ばかりであり、情報の処理がなかなか終わらないのか首を傾げている。そんな話をしていたが、ふと満月には少しばかり届かない月の位置を見上げていたハクノは口を開く

 

「というかまなちゃん、門限大丈夫?もうすぐ7時になるけど。」

「え!?もうそんな時間!?《プルルルルルルル プルルルルルルル》うひゃあっ!?」

 

辺りはすっかり日が沈み、ポツリポツリと街灯の光や建物の窓から漏れる明かりが目立ち始めている。それに今更ながら気がついたまなは自分のバックから鳴り響く音にビクリと驚きながら慌てて音源のスマホを取り出した

 

「お、お母さんからだ………もしもーし。」

『まな、今何処にいるの?もうすぐ夕飯できちゃうわよ?』

「ホント!?ごめんお母さん、友達の家で遊んでたら遅くなっちゃった、すぐ帰るね!」

『もう暗いし、気をつけるのよー。』

「はーい!……ど、どうしよ、こっから家まで多分最低でも40分かかっちゃうし…………。」

「送ってあげようか?東京都内なら何処でも10分以内で行けるけど。」

「出来るの!?お、お願いしまーすはくのんさん!」

「うん、それじゃあさっきみたいに抱えるから舌噛まないように

 

バチッ

 

「「ッ!」」バッ!

 

遠くで静電気が弾けたような音がしたのを獣の聴覚で捉えたハクノは近くにいたまなを抱え、他二人と同時にその場から跳ぶような勢いで離れる。

 

パァッ  ドギュッ!!

 

次の瞬間、先程まで四人が立っていた場所を囲うような魔方陣が現れ紫色の電撃の様なものが発生した。その威力は地面に残る焦げ跡が物語っている。

 

「チッ、外したか。」

「誰だ、姿を見せろ!」

 

腹立たし気な声の主へ警戒を解かずに話しかける鬼太郎。すると、近場の建物の屋上から工事現場を見下ろすように一人の男が髪をかき混ぜながら現れた。

 

「吠えるんじゃない、耳障りだ………だが、中々面白い魔力を感じるな?お前なら良い研究材料になりそうだ。私の研究の邪魔をしてくれた礼に、お前の腕を一本もらうとしよう。」

 

見た目からして20代後半辺りであるだろう男は目を細め、愉快そうに笑うと鬼太郎の方へと腕を向け魔術を発動した。

 

「鬼太郎、避けるんじゃ!」

「分かってます父さん!」

「ちょこまかと動き回るな、当てづらいだろう?」

「ふざけるな、誰がわざと当たってやるか。」

 

標的となった鬼太郎は紫電を纏って高速で飛んでくる物体を跳んで避ける。絶え間なく降り注ぐように迫るそれらをちゃんちゃんこで弾いたり下駄で相殺していた鬼太郎だったが、次第にそれらの勢いは落ちていき、やがて攻撃が肩を掠める。

 

「ぐっ!」

「にぎゃあ!」

「ねぇ止めてよ!何でこんなことするの!」

 

少し触れた程度だが、着ていた学ランの一部が焼けたのと同時に苦しみ、動けなくなった鬼太郎と余波を受けて目を回す目玉おやじを庇うようにまなが前に出て腕を広げる。しかし、魔術師の男の表情には躊躇のようなものは一切なくただ障害物を見るような目を向けていた。

 

「……なんだ、魔力もない一般人がいたか。記憶を消すのも面倒だ、消し炭にしてやろう。」

「ッ!逃げるんじゃまなちゃん!」

「へ?」

 

魔術師との対話を試みたまなだったが、ノータイムで標的を自分に変えられた事を脳が理解出来ず、硬直してしまう。目玉おやじの呼び掛けも反応しきれなかったまなは来るであろう痛みに備えてか目を瞑った。

 

「……最近はこうして口封じに軽く人を殺す魔術師が増えて困るって言ってたけど、どんな教育受けたらこうも人を見下すようになるんだろう。いや、魔術師の中にもいい人は居るのは知ってるけど……。」ペチンッ!

 

しかし、まな目掛けて飛んできた魔術はいつの間にか間に入ったハクノが手を軽く振るった瞬間に砕け散り、魔力は霧散する。

 

「………は?」

「生憎だけど、私達は貴方に用事は無い。時間も時間だし、さっさと家帰ってご飯食べたいの邪魔しないで。蟹鍋が冷めちゃう。」

 

呆気なく防がれた魔術師が声を漏らすが、ハクノは何でもないかのように文句を言っている。その余裕が癪に障ったのか、顔をしかめた魔術師はあくまで冷静を保とうと感情を抑えたような状態で口を開くが、その声は震えている。

 

「………貴様、虚仮にしているのか?」

「なんの話?蟹鍋羨ましい?」

「惚けるな何をした!私の魔術がそう埃を払うように簡単に破られてなるものか!」

「え………あんなタイムラグのある魔術、破って下さいって言ってるような物だよ?お母さんだったら魔方陣を展開してると見せかけて見た目じゃわからない拘束術式を五重に掛けてくるとかジャブ程度の感覚でしてくるし。」

「ふざけるな、そんな与田話を信じるとでも思って居るのか!」

「ホントなんだけどなぁ。」

 

激昂する魔術師を前にしてもマイペースなハクノはどうしたものかと首を捻る。その間も、飛んでくる魔術を拳や蹴りで弾き続けていた。

 

「あ、三人とも大丈夫?」

「う、うん、ありがとうはくのんさん……。」

「すまんのぉ、助かったわい。」

「……一先ず、礼を言う。だがなんで助けたんだ?お前にとっては僕らは他人だろ?」

「理不尽な理由で虐げられるのを黙って見てる程、私は腐った性格はしてない。まなちゃんだって、君を庇って前に出て来たし、鬼太郎だって人を襲ってるのびあがりをわざわざ退治しにきたでしょ?まなちゃんが庇ったときも押し退けて攻撃から逃れさせようとしてたし。」

「えっ!ホント?」

「…………。」

「うむ、そうじゃな。鬼太郎は素直では無いが人を思いやれる優しい子なのじゃ。」

「~!ありがとう鬼太郎!」

「止めろ、抱きつくんじゃない。」

 

感極まったまなが抱きつき、鬼太郎はそれから逃れようとする。体格差ゆえか、それもと本気で振り払って怪我をさせてしまうのを避けるためか、中々抜け出せない鬼太郎を微笑ましげに見守る目玉おやじとハクノだった。

 

「で、いつまでやるの?」

「雷と呪いを織り混ぜた礫だぞ!我々一族が研鑽を繰り返し生まれた触れるだけでも危険な代物を、何故そう易々と弾けるのだ!?」

「あ、あれ呪いだったんだ。何かピリピリする位だったから気付かなかった。」

「馬鹿な事を!300年刻印と共に命を捧げ(・・・・)受け継がれた呪いがその程度な筈無いだろうが!」

 

ハクノはその言葉を聞くとピクリと耳を動かし、絶え間なく来る礫と雷は砕き、相殺し続ける中でほんの少しだけその整った顔を仮面の中で歪ませた。

 

「…………成る程、ブラックリストに入る訳だなぁ。ふんっ。」スパンッ

 

空気を裂くような鋭い蹴りを放ち、飛来していた魔術を全て掻き消したハクノは先程までのマイペースさが消えた、雰囲気を纏う。

 

「一つ聞かせて。その呪い、合わせて何人分?」

 




なんか鬼太郎がツンデレみたいな感じになりました。何でだろ?まあいっか。



認識云々はfate等の考察動画を参考にしました。簡単に言えば「認識する=そこにある」ということですね。

まず前提として、人間を起点とすると人間が死んで肉体を持たなくなった状態が幽霊、自然等の恐れから生まれたのが妖怪、信仰から生まれるのが神、といった感じです。まぁ少し曖昧な部分があるので何とも言えませんが、取り敢えず言えるのはその全てが怪異に至る可能性があると言うことです。


そして怪異が見えないのかというと、目玉おやじが作中でも言っている通り、精神の自己防衛の為です。非現実の塊の様な怪異ですが、その昔、平安時代あたりでは少し集落や街から離れてしまえば魑魅魍魎が我が物顔で跋扈していたわけです。都は守護されていたので無事でしたが、それでもその妖怪の皮を被った怪異達は恐怖の対象であり「存在するもの」でした。ですが、時代が進むにつれその恐怖心は薄くなっていき何時しか「怪異は存在しない」という認識が広がった結果、非現実から精神を守るために怪異を認識出来なくした……という感じです。まぁ次元がずれた存在ですから、認識出来なければこちら側からの干渉は基本的に不可能ですが向こうからは遠慮なく来ますし、一度認識するとそれ以降は意識すれば怪異等が見えるようになります。


まぁ本当に基本というだけで、人間に見えるか否かはその怪異の性質に寄ります。獄都事変のマキさんは幽霊から怨霊という怪異に転じて暴走して実害も出てましたが、その本質は幽霊だからこそ普通は見えませんし、動く人体模型等は実在するものを起点とする怪異は普通に見えます。


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月子日記四頁目

「どう言うこと…なの?」

「おそらく、あの男が言っておった呪いじゃ。いやはや、もしやとは思っておったが………むうぅ。」

「父さん、どうかしましたか?」

「二人とも、油断するでないぞ。わしの考えが正しければ、鬼太郎もまなちゃんも危険な状況じゃ。」

「勿論。」

「は、はい!」

 

 

 

 

「ふん、何を聞くかと思えば……この呪いを成立させるため、何十人もの人間が倒れ、私の祖父の代で漸く制御方法を確立したのだ。どうだ、素晴らしいものだろう。」

「貴方達の苦労は聞いてない………言い方を変える。その呪いを作るために人間と妖怪を何百人殺したの(・・・・・・・・・・・・・)?」

 

ハクノの問いかけに鬼太郎とまなは息を飲む。仮面で表情は伺えないが、その声色はひどく冷ややかである。それに対し魔術師の返答は

 

「なんだ、そんなことか。」

 

あっけらかんとした物だった。

 

「さてな、我が祖先が呪いに根源を見出だして以来、その研鑽のために素人どもを素材にしてから数えて無い。死に対する感情から生まれる呪いは非常に強いが故に多少工夫はしたが、むしろ我々の力になれたことを誇りに思って欲しい位だ。」

「ビンゴ。やっぱり、貴方がのびあがりの解放を促したんだ。」

「その通り、何時の時代にも人の好奇心とはひどく大きい。それを暗示で強めて餌をやれば十分だろう?単純で愚かな男だったがその分御しやすくて助かった。」

「封印を解けば真っ先に狙われるのは解いたやつなのは理解してたから、そういうことをやりそうな人にその役目を擦り付けたと……。」

「あの妖怪はよくやってくれた。この街に混乱をもたらし、人を変化させることでより強い呪いを産み出せる………その筈だった。よくも余計な事をしてくれたな、これからお前を本気で消してやろう。」

 

その言葉の後、魔術師の男が詠唱を始めるとバチバチと紫電を纏い始め、その頭上に禍々しい何かが渦巻き始めた。

 

「やはりかっ!あの男、人間と妖怪を材料に呪いを産み出しおって、ろくなことにならんのは目に見えておるじゃろうに!」

「ひ、ひどい……って、もしかして私もその一部になっちゃうってこと!?」

「周りごと僕たちを呪い殺す気か!"リモコン……!」

「大丈夫だよ。」

 

怒りを見せ、足を振りかぶろうとした鬼太郎をハクノは腕を上げて静止させた。

 

「もう終わってるから。」

 

その目線は魔術師の男の背後に向いていた。

 

 

 

なんのアクションもなくただこちらを見つめるだけの三人を見下ろす男は馬鹿にしたように鼻をならす。

 

「はっ、諦めたか。」

「いや、やることが無くなっただけだ。」

「ッ!?お前、いつの間nガッ!?」

「答える義理はないな………ま、殺すつもりはない。少しばかり生きづらくなるだろうが。」ギギギギギッ

「モガァッ!」

 

いつの間にか背後にいたキシナミは振り返った魔術師の男の顔を左手で鷲掴み、軽く持ち上げるとそのままもう片方の拳を握って引き絞る。男は逃れようともがき、己の顔を拘束する腕に掴みかかるが一切緩む様子はない。

 

「疑似コードキャスト起動 shock(128)」

 

キシナミがそう唱えると機械的、近未来的な光の輪が何重にも重なって回りだす。高い駆動音のような音を立てるそれを見た男は逃れようと身を捩らせるが、それよりも速く溜めていた力が解放された。

 

「ま、まt「待たん、くたばれ。」ヂュインッ!

 

バチィッ! バギャゴッ!!

 

男の顔面へ吸い込まれるように拳が入り、電気ショックの様な音が鳴り響かせながら男の顔面を陥没させる。声をあげることもできずそのままの勢いで建物の屋上から工事現場の地面を砕きながら叩きつけられ、そこを中心に大きく砂埃が舞い散る。

 

「忍者の頭直伝の気配遮断だ、そう簡単に分かるわけ無いだろ?」

「…………………。」

「んお?おーい?」

 

三階建てのビルの上から飛び降り、なんでもないかのように軽やかに着地したキシナミが話しかけるが相手は沈黙を続ける。砂埃が晴れた後、そこにいたのは白目を剥いて気絶したぼろぼろの男だった。

 

「やっべ、やりすぎた…………まぁいっか。」

「それでいいの!?」

「やりすぎも何も、対サーヴァント用のショックコードをより強くした上に手加減無しで殴ったらしぶとい魔術師もあっけなく気絶するに決まってる。むしろ、原型が残ってるだけ優秀じゃない?」

「別にこいつに手加減する必要も無いだろ。向こうもこっちの命を狙ってたから正当防衛DEATH。」

「それはそう。」

「「うぇーい。」」

 

突拍子も無くハイタッチする二人。

 

「じゃ、私はまなちゃん送って来るから後始末お願い。あぁ、そいつ地獄でもブラックリストに入ってた奴の筈だから活動停止まで追い込んでも良いと思う。」

「了解、特務室にも一応連絡しとく。」

「ん、それじゃあ行こっかまなちゃん。途中でちょっとくすぐったくなるかもしれないけど我慢して。」

「あ、はい!」

 

ハクノは事態が終息したのを今一理解できていないまなを抱き抱えると、跳躍一回で工事現場で組み立てられた鉄骨の頂上まで跳びそのままビルの屋上を伝って軽やかに去っていく。その後ろ姿を見送ったキシナミは改めて気絶した男に向き直る。

 

「さて、じゃあちゃっちゃとやりますか……あ、鬼太郎も見とくか?対魔術師の参考になるかもしれないぞ。」

「……なにする気だ?」

「こいつの呪いの魔術……仮に呪魔術としようか、そいつの根幹になってる部分を剥奪する。」

 

そう言ってキシナミは男の服の袖だけを呪術で消し飛ばし、腕を露にさせる。それをまじまじと観察していた鬼太郎と目玉おやじの目に入ったのは上腕二頭筋辺りにはぼんやりと光る図形の刺青のような何かだった。

 

「よし、あったあった。こいつは魔術刻印って言って、例えるなら体に仕込んだ魔法の書物、情報だな。昔から続く家の魔術師達は自分の研究の成果をこの魔術刻印に残していくんだ。これに魔力を通しただけで完全に記憶していない魔術が使えたり、持ち主の体を修復する魔術を自動でかけたりするぞ。」

「対処法は?」

「俺がやったように防御を上回る威力でぶん殴れ。それと、大抵の魔術師は自分よりも実力が劣ると考えている奴や魔術師じゃない奴相手だと傲慢になるだろうからそこを突いてさっきのびあがりにやってた技でも速攻かましてやればいい。」

「ふうむ、つまり相手が油断している間に攻撃を届かせると、そういうことじゃな?」

「ただ、戦う場所は気を付けてくれ。魔術師側に誘導されたら、結界とかが張り巡らされた向こうが有利な場所で戦うことになる。ここみたいにな。」

「地下にあるのびあがりを封印していた祠以外に何かあるのか?」

 

鬼太郎が辺りを見回すが、特に可笑しな様子は感じられない。骨組みとなる赤い鉄骨が組み立てられる最中であり、土がむき出しになった地面には資材らしき物が積まれていた。

 

「さっきのびあがりが逃げようとしたとき、何かに弾かれてただろ?」

「あぁ……透明な壁みたいなのがあったな。だけど、それはあのハクノって名乗った兎のが仕込んだ物だって言ったのはお前だぞ。」

「正しくは「元からあった魔術を改造して結界の機能を足した」だ。元は認識阻害と軽い魅了魔術による誘導だな。こいつらの一族の狩場だったんだと思う。」

「先程こやつが言っていた呪いか!」

「往々にして魔術師は一般人の犠牲を暗示で事故や行方不明として処理出来る、戸籍とかもない弱い妖怪は特に狙い目だっただろうな。ま、術の無差別さからして誰でも良かったんだろうけど。」

「質が悪いな……」

「ほんとにな。」

 

鬼太郎は嫌悪を隠すことなく顔にだす。根が優しい為、本当に人を素材としか見ておらず、殺すことも躊躇う様子の無かった魔術師にゴミを見るような視線を送っている鬼太郎に同意するキシナミ。

 

「まぁこいつらは日本にいる魔術師の中でも特別屑寄りだからな。ロンドンに普通に常識のある魔術師の知り合いが居るし、全員が全員がこいつみたいな感じだとは思わないでくれよ?」

「分かってる、人も千差万別ってやつだろ。」

「そうか、なら安心だな………っと、解析が終わったな。すまんが少し離れててくれ、集中する。」

 

キシナミの言葉に従い、目玉おやじを手でしっかりと支え持った鬼太郎はそのまま三歩ほど後ろに下がる。それを確認したキシナミが露出した魔術刻印に手を掛けた。

 

「さーて、目指すは母さんみたいな完璧な摘出……できっかなぁ、演算能力が高くてもめちゃくちゃムズいんだよなぁコレ………ま、こいつは魔術師として終わるし(・・・・・・・・・・)、なるようになるか。魔術回路接続開始

 

若干苦笑い気味だった顔を引き締めて目を瞑ったキシナミは、男の魔術刻印に触れている右手に意識と自らの力を集中させ始めた。

 

「接続部確認完了 魔術刻印の剥離切断、開始………3、2、1……分離完了 対象魔術刻印の切断による魔力漏洩……対処完了………うわ、この刻印二層式か。しかも2層目は全身だし………面倒だからもう引き抜くか。」

 

キシナミが手を龍の爪に見立てたような形に動かしながら男の腕から離すと、それに引っ張られるように光の筋が男の腕から引き抜かれていく。手の内に球状になりながら集まる光の筋には所々どす黒い部分が見受けられるが、キシナミは特に気にした様子もなく作業を続ける。やがて、光の筋が途切れた頃には男の腕にあった魔術刻印は跡形もなく無くなっていた。

 

「よっし、まあまあだな。ちょっと魔術回路が4分の1になったが生きてるし問題ないだろ。」

「終わったのかの?」

「あぁ、もうやることはやったからな。あとは勝手にどうにかなる……と、ちょっと待っててくれ。」

 

立ち上がったキシナミはポケットからスマートフォンを取り出し、電話のアプリを起動して耳に当てる。プルルルル、とお馴染みの着信音が静まり返った工事現場に鳴り響き、やがてガチャリという音が聞こえた。

 

「………あ、もしもし、肋角さんですか?お疲れ様です、少し仕事についてのお話が………えぇ、死者の呪いについてです。以前からマークしていた危険人物を正当防衛でぶっ飛ばしたんで………はい、はい……あ、別の任務で近くにいるんですね、了解しました。封印は施しておきますので回収だけお願いします。えぇ、一応浄化は挟んだので犯人を死にかけるまで苦しめるだけで無差別に人を殺すようなことはしないかと。はい、ではまた。」

 

話が終わったキシナミは、鬼太郎の方へと振り向く。

 

「すまん、待たせたな。じゃあ行くか。」

「………行くって、どこに?」

「ん?鬼太郎の家。かすっただけとはいえ、呪いの侵食は進んでるだろうし、安静にしてた方がいいと思ってな。送るぞ?」

「別にいい………っぐ!」

「鬼太郎!」

 

手を払い除けようとする鬼太郎だったが、不意に体をよろめかせる。魔術師の男が放った呪いがかすった部位は黒い痣のような物が浮かんでいる。

 

「立ってるのも限界なのに強がらなくていいだろ、少し抱えるぞ。目玉のおやじさんはこっちのポケットに入っててくれ。道案内を頼む。」

「うむ、承った!」

「っと、その前に。」ヒョイッ

「これは………札?」

「cure……まぁ解呪のコードとかを記録させた端末だ。さっき呪いの礫がかすってたみたいだから一応な。幸い、鬼太郎の力が強いお陰で進行は遅いみたいだがやっておくに越したことはない。それが妖怪を使った呪いならなおさらだ。まだ妖怪用は試作段階だから効果の量は分からんが副作用とかが無いのは自分で確認済みだから安心してくれ。」

「なる、ほど……………はぁ、少し楽になったな。」

「体力が戻る訳じゃないからな。少し呪いは残ってるが、それを克服出来れば呪いへの耐性が出来る。そのまま安静にしててくれよ。」

 

そう言うとキシナミは鬼太郎を背負い、隣の建物の屋上まで跳んで行く。

 

「目玉のおやじさん、行き先は?」

「一先ず西に向かっとくれ。方向の調整が必要ならまた声を掛けるからの。」

「了解。鬼太郎、舌噛みたくなかったら口閉じてろよ!」ダッ!

 

渋谷の空に一筋の白い光が通り過ぎる。日が暮れてもなお人工の光が夜の空を照らす街の人々は視界の端にそれを映すが、それを撮ろうとスマートフォンを取り出した頃には残像すら残らず消えてしまっていた。




キシナミ(白穂)とハクノ(月乃)は神獣2体のハイブリッド+500年以上は生きてるのでサーヴァントという枠組みに納まって召喚された英霊に普通に勝てる位には強いです。頭の回転については親二人よりも速い上、魔術等の才能は美穂から引き継いでいます。






~その後の回収班~


「ふむ………どうしたものか。」
「おーい斬島ー!なんかあったかー?」
「平腹………田噛はどうした、確か一緒にいただろ?」
「持ってきた!」
「離せ、ねみぃ…………。」
「うおっ、なんだこの真っ黒な団子!?」
「聞けよ……。」
「肋骨さんから連絡が来ていた呪いの集合体だろう。多分、中に生きた人間が居るんだろうが………。」
「………見えねぇな。というより中の奴生きてんのかこれ?」
「白穂さんが浄化した結果恨みのある相手にしか攻撃しなくなったらしい。現に俺が触れても何も起きないし見向きもしない。」
「じゃあ俺は寝る、そいつらの気が済んだら起こせ。」
「んじゃ俺さっき買った菓子食う!」
「………下手に介入して暴走させるより、多少恨みを発散させた方が呪いの気も済むか。平腹、俺にも分けてくれ。」





「鬼灯殿、良かったのですかな?」
「件の魔術師の事ですか。それについての責任は我々地獄側には有りませんよ。」
「ふむ?となると、日本の神々からの依頼ですか。」
「あの場に立っていたのは獄卒としてではなく神獣としての白穂さんと月乃さんですからね。もっとも、お二人が呪いを少しばかり浄化したお陰で被害の拡大は無くなってますし、その元凶は既に呪いにされた不安定な魂達からの報復を受けているでしょう。そこから先にまとめてあの世へ導くのが我々の仕事です。」
「詭弁ですね……まぁ、相手が相手ですか。」
「あの魔術師一族に殺された方々は呪いの影響で魂が不安定な状態になって転生出来なくなってますからね。月見さんが呪い魂に引っ付いた呪いを消し炭にして美穂さんが魂の形を修復しなければ怨霊として暴走する可能性さえありましたし。」
「あぁ、被害者の者達は医務室で雇っているのでしたね。」
「人間の相手よりも明らかな人外な我々を相手していた方が安心するらしいですよ。真面目に働いてくれるので私としては助かってます。」


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