幼馴染の頭部がドリル (山田キートン門左衛門)
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黄金の回転編

なんなんすかねこれ


 米花町の朝は早い。

 朝5時には通勤のためかつてモーレツ社員だった社畜たちが、くたびれた顔を惜しげもなく晒し幽鬼の如く行進している。

 哀れにもブラック企業の一員と化し、貴重な新卒というブランドを無為に消費した若者達が、死んだ目でゆらりゆらりと歩を進める。

 年金がなくなる未来に絶望しながらも社会に反抗することもできず、ただ意味も見出せないままセンター試験に受かる為だけに学校へと向かう学生たち。

 この米花町という場所は、現代日本におけるありとあらゆる負の感情を陳列したデパートだ。負の感情がまた負の感情を引き寄せ絡みつき逃さない。

 その結果何が生まれたかといえば。

 全国でも類を見ない犯罪数の多い町である。

 だが、世界は絶望だけを人々に押し付けるほど救い難いものではなかった。この町には救世主もいるのだ。

 かつて刑事の代役の座から一気に一流探偵への階段を駆け上がり、今では全国にその名を知らぬ者はいないほどの名探偵。犯罪という犯罪の場にその特異な感覚から居合わせ、警察が出張ってくるその前に颯爽と解決してしまう稀代の高校生。

 その本名は、あまり知られていないが工藤新一。

 人は彼を、いや彼らを2ケツ——ダブルライダー——と呼んだ。

 

 

 

 帝丹高校2年B組は、今日の授業を三つ終えてちょうど昼休みに入るころだった。

 巷で噂の名探偵工藤新一も例に違わず高校生である。そのため他の生徒たちと何も変わらない穏やかな昼下がりを過ごそうとしていた。

 工藤新一は一人暮らし。毎日昨晩の残りを軽く詰めた弁当箱に、おにぎりを3つ持参している。独り身の男がよくもここまで気を使って家事ができるものだとクラス中が感心していた。

 

「ちょっと新一くん。毎日自分で持って来ちゃってダイジョーブなの? 愛しの蘭が弁当作って来てくれたりとか、そういうことはないのかしら?」

「んだよ園子。別に俺らがそういうことしないって、前から知ってるだろうに」

「でもさー、なんかあってもいいじゃない? って私は思うのよー。ねぇ、本当にないの?」

「だからさ──」

 

 めんどくさそうに言葉を返そうとした新一を遮る声があった。

 

「──園子! もう、やめてったら!」

「あら? 噂をすれば飛んで火にいる蘭じゃないの。もしかして図星だった?」

「んもう。別に私と新一はそういう仲とかじゃないから!」

 

 顔を真っ赤にすると、全力で手をブンブン振って否定した彼女は、毛利蘭。新一の幼馴染にあたる。

 

「いや、それより色々混ざりすぎじゃねーか? 相変わらず園子語録は汎用性が高いんだか低いんだか、もう分かんねーやこれ」

 

 ため息混じりにつぶやく新一は、そのまま弁当をパクつこうと構えたその時、いつもの兆候を感じた。

 

「この気配は……」

「……見て! 新一くん! あれよ、あれ!」

 

 クラス中が一斉に園子の指の先を確認した。

 

「あ、あれは……」

「あぁ、間違いない。──回転だ」

「そうか。始まったか……」

 

 クラス中の視線の先には、蘭の頭。

 なんとその特徴的な角、ではなく髪の毛が回転を始めていたのだ。

 

「わかる。頭の回転が極度に高められた今の私には分かるわ。新一、この私の回転が指し示す方向には……!」

「事件発生、のようだな。どうやら風が米花町に良くないもんを運んできちまったらしい。……飯ぐらいゆっくり食わせろバーロー」

 

 二人がそう会話を交わしているその間にも、回転が勢いを増していく。

 その様はまさしく──天をも穿つドリルだった。

 

「行くのね、新一くん!」

 

 園子が叫んだ。

 

「あぁ。飯なんて食ってる場合じゃないからな。この町の平和は俺が守る!」

 

 新一は勢いよく椅子を立ち上がり、全力で駆け出した。そして向かう先には、蘭のドリル。

 

「いや、違うわ。“私たち”でしょ!」

 

 蘭も同じように新一に向かって飛び込んだ。

 

「あぁ、そうだったな……! 俺たちは二人で1つ、この町を守る探偵!」

「新一、回転よ。回転に身を任せて!」

「おう!」

 

 空中で交差した二人は、その回転に身を委ねる。すると瞬く間に二人をその躍動する運動の本流が包み込み、そしてそのまま窓の向こうへ飛び出した。空中に身を預けた事で、回転の力を一切の無駄なく全身に受けたのだ。

 

「園子さん、あれは一体!」

 

 立ち上がってその様子を見守っていた数人の生徒たちが、困惑した様子で園子へなだれ込むように問いかけた。

 

「あれは回転の力よ。確かに蘭にはあの回転を制御できない。でも、あの回転は運命を引き込む円錐形! つまりそこに身をまかせることで運命を引き寄せ、理想的な展開を持ってくることができるのよ!」

 

 一気にまくし立てた園子に対し、ポツポツと疑問の声が上がる。

 

「つまり、どういうことだってばよ」

「あの回転の力で、二人は今居るべき場所へと向かったってこと。だから回転はいつだって運命そのものだったのよ!」

「な、なんだって──!?」

 

 教室全体にどよめきがはしった。

 

「そうよ、今からの二人は普通の高校生じゃないわ。この町を守る謎の探偵、人呼んでダブルライダーなのよ!」

「そうか、探偵とは、ダブルライダーとは……!」

 

 全てを理解した顔で呟いた男に、まだ困惑している他の生徒が詰め寄る。

 

「何、知っているのか雷電!」

「あぁ、噂には聞いたことがあった。事件発生後警察の介入に先んじて風とともに現れ、あっという間に事件を解決してしまう謎の探偵がいるってな。だけど、その正体が彼らだったなんて……あと俺は雷電じゃない、雷雷だ」

「何、そうだったのか雷電!」

「だから雷電じゃないっつーの」

 

 なんということだ。

 ダブルライダーの正体は新一と蘭だったのだ。

 

「回転の導きが二人にありますように」

 

 祈る園子は両手を組んで神に全てを委ねることはしなかった。

 祈りとは即ち、いつだって彼らの運命を引き寄せて来た大いなる回転への感謝。

 即ち園子自身が感謝の一日一万回転することにあった。

 

 

 

 一方2Bの教室から疾走するスピンと共にダイブした二人は、駐輪場から飛び出したところだった。新一の自転車の荷台に、蘭がどっしりと跨っている。校則ギリギリのスカート丈でそれをするのはあまりにも挑戦的で、ともすれば痴女まっしぐらだが、安心してほしい。

 

「パンツじゃないから恥ずかしくないわよ!」

 

 そう、スパッツこそが全てを解決する究極の解答なのだ。新一の運転は原付を思わせる速さで、軽く生身の人間の出力を超えているが、それでも荷台にしっかりと跨る事で振り下ろされることはない。

 スパッツこそが、蘭の辿り着いた命の答えなのだ。

 

「お前いきなり何言ってるんだ?」

「別になんでもないわよ、ちょっと向こうに言ってみただけ」

「なんだかよく分からんが、まぁいいや。それより方向は?」

「そのまま真っ直ぐ! 頭の回転が早くなってる、大分近づいてるわ!」

「オッケー、飛ばすぜ!」

 

 そう言いながら既に速度を上げていたあたり、なんだかんだで互いへの信頼の厚さが窺える。

 荒れ狂うマシンを身一つで巧みに制御し駆けるその姿は、Wライダーと呼ぶにふさわしい。

 

「さて、どうやら着いたようだな」

「えぇ。新一、状況」

 

 歴戦の探偵である新一は、その鍛え上げた観察眼でもって素早く現場を取り巻く状況を把握していく。

 

「喫茶店前で殺人。被害者は一人。喉元に鋭利な切り傷有り。……かなり鋭いな、これは大分慣れた奴の犯行だろう。容疑者はあの三人のようだな」

 

 視線を向けた方向には、被害者を遠目に見つつヒステリックになにやら叫んでいる集団がいた。構成人数は三人で、いずれも喫茶店内にいる。

 

「分かった、あれね」

「蘭、おそらく今回の犯行は巧みな奴が行ったものだ。だから今回は蘭の出番が大いにあるはず。……すまないが頼む」

 

 2ケツ状態で走る自転車は喫茶店正面道路を猛然と加速する。下道とは、片側一車線とはなんのそのと言わんばかりのテクニカルなターンの連続は、瞬く間にぬかされたドライバーの 網膜にテールランプの残滓のみを残す。父に「ピーキーすぎてお前には無理だ」とまで言わしめたモンスター脚力の殺人的な加速がなせる業だった。

 新一にとって自転車とはもはや体の一部といっても過言ではない。ハワイで父に習ったものは射撃だけではなかったのだ。バイクはもちろんのこと、この世のおよそ乗り物と呼べる存在における取り扱いのレクチャーを受けていたのだ。

 かつて新一は、探偵にこれほどまでの技能が果たして必要なのかと父に問い詰めたことがある。その時父は言った。映画でやっていることはやれるようにしておいて損はない、と。新一は、父親とは名ばかりの畜生だと心底実感したが、何はともあれそのおかげでジェームズボンドばりの超人的技能を身に着けるに行ったのだ。幸か不幸かシリーズが更新されるたびに女が変わる、といったことはなかったが。

 そして、喫茶店へと迫る自転車を駆る新一を、アクセルの回りと連動する加速が人馬一体の境地へ誘う。やがて新一は。

 道交法を置き去りにした。

 後方に跨る蘭も動きを見せる。すっくと荷台の上に立ち上がり、恐るべき風圧をものともせずに腕組みをした。風の力が果敢に頭のドリルに降り注ぐ。回転はなおも速く、速く、速度を増していき、そして。

 蘭自身がドリルとなり、喫茶店に突入。指向性を持たせた回転力は容疑者3名を瞬く間に拘束した。ほとばしる鮮血が渦を巻く様は、赤いサイクロンを思わせる。人呼んで、吸引力の変わらないただ一つの掃除機。なお非殺傷設定なので死んでない。血が出ても死ななきゃセーフ。意外とこの世界のBPOは寛大なようだ。容疑者以外にやさしいせかい。

 

「終わったみたいだな、蘭。今日もお手柄だぜ」

 

 チャリで来たと言わんばかりの新一が、一仕事終えた実感をかみしめつつそう声をかけた。

 しかし、蘭は振り向かない。新一はいまだアイドリング状態のドリルを目撃し、速やかに意識を非常事態のそれに切り替える。

 

 容疑者は3人。しかし倒れているのは1人だけ。

 

「回転とは、恐れ入る。それが噂の赤いサイクロンか。瞬時に逆位相の回転をこの身で刻まなければ、瀕死の渋滞は免れなかったろう」

 

 背後からの声。認識すると同時に振り返りつつ距離を取ろうと体が反射的反応を見せるが、その男はさらに先を行く速度で新一の意識を刈り取る一撃を放っていた。

 

「ら、蘭……にげ、ろ」

 

 意識が薄れゆくさなか、翳む視界に新一は全身が黒一色の人型に足止めされている蘭を見た。新一の背後の人型と、蘭を足止めする人型はやはり同様に黒一色としか認識できない。

 

「回転の秘儀は貴様たちだけのおもちゃではないということだ、毛利蘭。貴様にもこちらへ来てもらうぞ」

 

 かくして米花町を狙う謎の黒ずくめの回転集団と、彼らの薬によって子供にされてしまった工藤新一との、攫われた蘭をめぐる血で血を洗う抗争が幕を開けることになる。だがそれを知るものはまだいない。

 




こんなのが続いたら困るので続かない。
一応リハビリとして手癖で書いたものですが、後悔はしていません。


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