ガンダムビルドファイターズ AMBITIOUS外伝 臙脂色の軌跡 (茶久良丸)
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栄光の亡失

『さぁバトルもいよいよ大詰めか!?両者、一進一退の攻防が我々の瞬きの合間に繰り広げられています!!』

 

 蒸し返しそうな程の熱気が会場と観客と実況から発せられる。体から出てくる汗が地面に落ちた瞬間蒸発してしまうかの様に感じる声援を背に、目の前に広がる漆黒の世界で火花を散らす。

 

『おぉっとここでリック・ディアスがブースターを全開にして突っ込んで行くぞ!キュベレイはファンネルで迎撃する!しかし止まらない、リック・ディアスそのまま突貫!!』

 

 機体を旋回させバレルロールでファンネルの攻撃を回避するも完全にとはいかずファンネルのビームを受け半壊した機体に更にダメージが入り各部のパーツが破壊されていくのも無視してワインレッドのリック・ディアスは突き進む。キュベレイの懐に速攻で入り込んだリック・ディアスはそのまま右手のビームサーベルをすれ違いざまに振るい、キュベレイの腹部を真っ二つにする。

 数秒間二つに割れた上半身と下半身が無重力に拐われるとスパーク点り、やがて爆発が起きる。

 

 《BATTLE ENDED》

 

『決まりました![第7回 全国ジュニアガンプラバトル大会(中学生の部)]、優勝者が今ここに決定しました!!』

 

 興奮仕切った実況の言葉と同時に観客が沸き立ち歓声が会場を支配する。バトルの終了と同時にホログラフィーによって形成されたコックピットが解除されていく。

 

「チャアッ!」

 

 バトルが終わり半壊したリック・ディアスを回収して出口へと歩き始めた彼を先程まで向かいで対戦していた相手の少女が小走りで駆け寄り呼び止める。

 

「私はこれで終るつもりはないぞッ!必ずお前にリベンジする!必ずだッ!!」

 

 強気の口調とは裏腹に目尻に涙を溜める少女は彼に再戦を布告する。当の彼はほんの少しだけ驚いた素振りを見せた後、微笑みながら彼女の前に立つ。

 

「勿論だ。その時にはまた全力で迎え撃とう」

 

 ゆっくりと自身の前に手を差し伸べるのを見て少女は目尻の涙を腕で乱暴に擦り取った後、その手を力強く握り返す。赤く腫れ上がった目と優しい切れ目の二つの瞳の奥に互いの姿が反射する。まるで互いを忘れさせぬように。

 

 こうして二人は最高の舞台で再会と再戦の約束をした。

 

━━━━━━━━━━

 

 prrrrr、prrrrr

 

 けたたましく鳴り響く電子音。敷かれた布団のすぐ上に置かれた目覚ましがその正体であった。布団の中にいた彼はパッチリと目を開け、目覚ましの頭上を軽く叩く。

 ムックリと上半身を布団から上げた主の気分は良いものとは言い難かった。

 

「あの時の夢か…」

 

 眠気とダルさが取れてない体を彼はゆっくりと持ち上げる。カーテンを開け、遮られていた日光を一気に部屋全体に広げ、眩しい光が彼を照す。六畳間の狭い部屋の(すみ)には四段程積まれたガンプラの箱とその作業台と思われる足の低い机。その隣のタンスの上には彼が作ったと思われるガンプラが有り、その中に夢に出てきたワインレッドのリック・ディアスが飾られていた。

 彼は徐にリック・ディアスを手に取る。

 

「もう二年も前か…」

 

 一言呟いた彼の表情は何処か悲しく、同時に儚いものであった。リック・ディアスを元の場所に戻すと彼は寝汗を流すために浴室に向かいシャワーを浴びるのであった。

 

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「~であるからして、ここの英文は」

 

 夏手前の午後の時間、教師の声がとてもよく響く教室。教室にいる生徒達は皆勉強机に置かれたノートに黒板の内容を必死に書き写していた。彼らは高校三年生、大学・専門校への進学や就職など自分の将来に向け大忙しな時期だ。特に夏の期末テストの結果次第で今後自分がどんな道を進むか決めなくてはならない、進学組は文字道理死に物狂いである。

 

 そして授業が終わり、一気に生徒達の緊張が解ける。ある者は今日授業の内容を確認したり、ある者は友人の席へ行き談笑したり、ある者は携帯を弄り始めたりと自由だ。

 そんな中、窓際の席で頬杖を立てて青い空にかかる飛行機雲を見上げている青年がいた。

 

「よう、“タツネ”!」

 

 そこに声をかけるクラスメイトが現れた。彼、[タツネ ヒサマル]はその声に応じ首をクラスメイトに向ける。

 

「この間は悪かったな、弟のガンプラ直して貰ってよ」

「あぁその事か?別に大した事じゃない。壊れた所もそんなに酷い状態ではなかったし。ただ、強度そのモノは落ちてるから今後はもう少し丁寧に扱ってくれるよう弟くんに言っといてくれ」

 

 クラスメイトの謝意に謙虚な態度で応答するヒサマル。

 

「そっか言っとく。でさ、詫びって訳でもないんだが今日友達(ダチ)とカラオケ行かないかって話になっててよ?もしよかったらお前も行かないか?」

「あぁすまない、今日はバイトが入ってるんだ。誘ってくれるのは嬉しいがまた今度にしてくれないか?」

「そうかぁ悪い、じゃまた今度な!」

 

 そう受け返し、クラスメイトは自分の席に戻っていった。それと同時に担任の教師が教室に入り、帰りのホームルームを始める。

 

「~な訳で、もうすぐ期末テストがあるから今後もだが寄り道せずにすぐ帰宅するように、以j…ぁああもう一点だけあった、タツネ」

「はい?」

「ホームルームが終わったらちょっと話がある。後で職員室に一緒に来てくれ」

「分かりました」

 

 連絡事項を言い終え担任が日直に号令をかける。ざんばらに別れるクラスメイト達の間をすり抜けヒサマルは担任の後ろに付きそのまま職員室へと招かれる。

 担任が自分の席となりの教師の椅子を引き、ヒサマルにそこに座るよう薦めると同時に自身もデスク椅子に座る。

 

「それで何でしょうか?」

「その…だな、この前やった進路希望調査についてなんだが…」

「…何か不備でも?」

「あいや…、不備って訳じゃないんだがなぁ…」

 

 キッチリハッキリとしたヒサマルに対して胡乱な態度で受け答える担任はデスクの引き出しから一枚の紙を取り出す。ヒサマルの名が記入されていた進路希望調査書である。その第一希望には“会社員”とだけ書かれていた。

 

「別にお前の将来についてとやかく言うつもりは無いんだかな…。単純に会社員ってのもどうなんだ?お前は優秀だし、この間の中間テストでも良い点出してたんだ。良いとこの一流大学にだってやろうと思えば行けるんじゃn」

「大学には興味ありません。行ったところで得られるモノも無いと思いますし。なにより、私の経済事情では大学受験すら出来ません」

 

 淡々と受け答えるヒサマル。担任は軽く額を掻き憂鬱そうにする。

 

「お前の家庭事情は知ってる…。ご両親が亡くなって里親に引き取られて高校に入ってからは一人暮らしだろ?でも

、金かけなくても大学に入る方法はあるし…。そうだ、趣味を仕事にするのはどうだ?確かお前ガンプラ作るの上手いんだってな、なr」

ガンプラで就職しようなんて考えてません!

 

 突如声を荒げたヒサマルに担任はおろか職員室内に居た教師全員が驚き目線を向ける。

 

「ぁ…、んんッ。すいません…」

 

 我に返ったヒサマルは咳払いをすると周囲の教師達に頭を下げ謝罪する。突如の事で驚いたが本人が謝罪する姿を見て教師達は直ぐに頭を切り替え自分達の職務に戻る。

 

「ともかく私には大学に行く理由もありませんし、就職も会社員以外に考えがないので…」

 

 顔を背けながら答えるヒサマルの表情はどこか辛そうなものであった。担任は「うーん…」と腕を組みながら少々考え込む。

 

「…わかった、これ以上は先生からは何も言わない。だがこの用紙(進路希望調査書)はまだ俺の方で預かっておく。もし夏休みの間に考えが変わったり、やりたい仕事が出来たりしたら言ってくれ。もちろん先生だって相談に乗るぞ?それが仕事だからな」

「はい。お気遣いありがとうございます」

「ん、ならもういい」

「はい。では失礼します」

 

 ヒサマルは担任に一礼した後、職員室を退出する。

 

いまさらガンプラで仕事しようなんて…そんな資格…私には…

 

 ピシャリと締め切ったスライドドアを前にただ一人呟いたその一言はヒサマルにしか聞こえず、校舎の出入口に向かう彼の背中は虚しさを感じさせるものだった。

 

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 都内にある家電量販店。老若男女問わず多くの人が陳列された商品を物色する中、玩具コーナーの模型コーナーにてバイトスタッフ用のエプロンを付け、スタッフ証明書を首に掻けたヒサマルが納品されたガンプラを棚に並べていた。

 

「あぁ、タツネ君ちょっといいかな?」

 

 そこに大きな赤い鼻が特徴的な少々小太りな中年の男が声をかけた。彼は家電量販店の正式スタッフでありこの玩具コーナーの統括責任者であった。周りからはその鼻から取って[アカハナさん]のニックネームで呼ばれている。因みに趣味は素潜り(スキンダイビング)らしく、頭まで被った黒いウェイトスーツがやけに似合ってたりするとかしないとか…。

 

「はい、何ですか?」

「今レジ前にいるお客さん何だけどね、あるガンプラを探してるらしくて教えて上げられないかな?」

「分かりました」

 

 ヒサマルは快く了承しレジ前に向かう。お客がスマホを見せ要望の品があるか無いかをヒサマルに聞き、ヒサマルはそれが最近再版された物だと分かると棚の中から当該のガンプラを取り出しそれをお客に手渡す。お客はガンプラを受け取ると嬉しいそうにヒサマルにお礼を言いそのままレジへと向かった。

 

「いや~助かったよ。ありがとうねヒサマル君」

 

 お客を見送ったヒサマルの後ろからアカハナさんが再び声をかける。

 

「いえこれくらいは」

「いやいや、本当に助かってるんだよ?私あんまりガンダム詳しくないから、ザクだのグフだのドムだの見分けがつかなくってさ~。ヒサマル君が来てからガンプラの棚卸しとかさっきのお客の対応とかスムーズに出来るようになって大助かりなんだよ。オマケにスゴく上手いガンプラの作例まで作ってもらっちゃてさ~。あ、また今度作っても貰ってもいいかい?」

「大袈裟ですよ。こんなのガンダム知ってるって人には誰にも出来ます。作例も頼まれたら作りますよ」

 

 アカハナさんの過大評価に謙遜するヒサマルは商品の陳列に戻る。テキパキと仕分けしていく姿はまるで作業ロボットの様に正確で速く、それ程の時間を浪費しなかった。綺麗に整列された商品を見て少々満足感と達成感を実感したヒサマルはアカハナさんに次の仕事がないか聞くためフロア内を軽く巡回する。

 

「っ…」

 

 アカハナさんがなかなか見つからずに巡回を続けていたヒサマルの足が不意に止まる。目線の先にはガンプラバトルのバトルブースがあった。

 

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 盛り上がるギャラリー達の声をBGMに二機のガンプラがしのぎを削っていた。フィールドには[フルアーマーガンダム7号機]と[1.5(アイズ)ガンダム]がプラフスキー粒子によって作られた仮想の宇宙(そら)を舞う。世界観も設定も違うガンダム作品同士の機体、本来の性能的には[1.5(アイズ)ガンダム]が圧倒的だろう。

 しかしそれを覆すのがガンプラバトルである。

 

 [1.5(アイズ)ガンダム]の背部に搭載されている制御バインダーが右腕側に可動しアタックモードへと切り替わる。GNバスターライフルの強化された粒子ビームが[フルアーマーガンダム7号機]に放たれる。オレンジ色のビームの一線が漆黒の宇宙(そら)に引かれる中、[フルアーマーガンダム7号機]は後腰(リアスカート)に搭載されたテールスタビライザーを駆使し紙一重でそれらを回避する。

 

 回避をし続ける[フルアーマーガンダム7号機]に痺れを切らしたのか[1.5(アイズ)ガンダム]は制御バインダーを両肩上部に展開しアルヴァアロンキャノンの発射体制を取る。制御バインダーの中間にオレンジ色のエネルギー球体が出現し禍々しいスパークを放ちながら徐々に巨大化していく。それを視認した[フルアーマーガンダム7号機]は回避運動から反転、ブースターを全開にして[1.5(アイズ)ガンダム]に肉薄する。だがそれよりも早く[1.5(アイズ)ガンダム]のエネルギーチャージが終了し真っ正面から迫る[フルアーマーガンダム7号機]にアルヴァアロンキャノンが放たれる。直後、[フルアーマーガンダム7号機]は左腕に装備されているシールドを[1.5(アイズ)ガンダム]に投げつける。

 

 極光の巨大な粒子ビームが周囲の隕石(デブリ)を巻き込みこながら遥か彼方の宇宙(そら)へと延びていく。放出が終わった粒子ビームは徐々に消え去る。[1.5(アイズ)ガンダム]は前方にいた[フルアーマーガンダム7号機]がアルヴァアロンキャノンによって消滅したと確信し、警戒を解く。

 

 だが[1.5(アイズ)ガンダム]には一つ懸念があった。アルヴァアロンキャノンを放つ直後、なぜ[フルアーマーガンダム7号機]はシールドを投げつけてきたか?高精度のGNシールドでもない限り防ぐことが出来ないアルヴァアロンキャノンをさほど高いわけでもないただシールドを投げつけた所で[1.5(アイズ)ガンダム]に届くわけもない。その前に粒子ビームがシールドを蒸発させる。まぁ深く考える必要もない、大方自棄(ヤケ)でも起こして投げつけたんだろうと[1.5(アイズ)ガンダム]は思案にけりをつける。実際正面にいた[フルアーマーガンダム7号機]は遠近法によって一瞬シールドの後ろに隠れた(・・・・・・・・・・・・・)が些細なことだ。実際[フルアーマーガンダム7号機]は自分の前から消えているのだからと[1.5(アイズ)ガンダム]は勝利の余韻を味わう。

 

 だがここで[1.5(アイズ)ガンダム]は気づくべきだった。なぜ勝ったのにも関わらず[BATTLE ENDED(バトル終了)]コールが鳴り響かないのかを。

 

 その刹那、[1.5(アイズ)ガンダム]にロックオンアラートが轟くと同時に自身の真下からビームが複数延びてくる。完全に油断していた[1.5(アイズ)ガンダム]は咄嗟の回避行動すら取れず、勢いでブースターを吹かして緊急離脱するのが精一杯であった。それ故、ビームの一発が左の制御バインダーを貫くのも必然であった。

 

 制御バインダーの片翼を破壊され姿勢が崩れる[1.5(アイズ)ガンダム]。そこでようやく自身の真下からビームを撃ってきたのが倒したはずの[フルアーマーガンダム7号機]だと気づく。

 

 ネタばらしをしてしまえば至極簡単な事であった。アルヴァアロンキャノンが放たれた直後、シールドを投げつけた[フルアーマーガンダム7号機]はブースターを使い急降下、シールドによって姿を一瞬見失った[1.5(アイズ)ガンダム]はそのままアルヴァアロンキャノンを放つ。撃破したと誤認し油断した[1.5(アイズ)ガンダム]を真下まで移動した[フルアーマーガンダム7号機]が奇襲したに過ぎなかった。

 

 そしてここから完全に流れが変わる。

 

 制御バインダーを撃ち抜かれた事で機体制御が不安定になった[1.5(アイズ)ガンダム]は[フルアーマーガンダム7号機]の接近を許してしまう。それぞれが左手に柄を持ち振り上げると同時にビームを発生させる。ピンクとオレンジのビームサーベルがぶつかり合い鍔迫り合いの状態で一時的に制止する二機。だがここで[フルアーマーガンダム7号機]は宇宙世紀(UC)系ガンダムの標準武器たる頭部バルカンを[1.5(アイズ)ガンダム]に撃ち込む。威力も射程も低い頭部バルカンであってもほぼゼロ距離からの射撃であればそれなりの驚異であるそれは[1.5(アイズ)ガンダム]のカメラアイを破壊していく。更に運の悪いことに頭部に当たり跳弾となった弾丸の一部がバックパックの擬似太陽炉(GNドライブ)に命中してしまう。OO系機体の生命線たる太陽炉(GNドライブ)を破壊されることは文字道理の致命的である。

 

 [フルアーマーガンダム7号機]は[1.5(アイズ)ガンダム]をヤクザ蹴りで蹴り跳ばすとビームライフルを構えエネルギーを集約、俗に言うチャージショットの体勢を取ると同時にバックパックに装備された240ミリメガビームキャノンも照準をつける。

 対する[1.5(アイズ)ガンダム]は頭部カメラを破損させられ周囲の状況確認が艱難な上、擬似太陽炉(GNドライブ)が被弾した事で出力が極端に落ちこみ身動きすら取れずにいた。

 

 そうこうしている内に[フルアーマーガンダム7号機]はビームライフルのエネルギーの充填を終えた瞬間、240ミリメガビームキャノンと同時に引き金を引く。二つのピンク色のビームが光速のスピードで放たれ、[1.5(アイズ)ガンダム]の胴体に貫通する。空いた風穴からスパークが幾度も点り、やがて機体が爆発する。

 

 《BATTLE ENDED》

 

 機械的な案内音声が流れ、その勝負を決定づけた。

 

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「やった、やったー!」

「ちっ…くしょ~…!」

 

 ホログラフィーによって形成されたコックピットが解除され、先程まで戦っていた二機のガンプラの操縦者達が姿を表す。全身で喜びを表している小学生くらいの男の子と爪がめり込むほど拳を握り込み悔しんでいる学ラン姿の中学生の少年の二人であった。どちらがどのガンプラの操縦者だったかは言わずとがなである。

 

「あッ!タツネ兄ちゃん!」

 

 自身のガンプラ(フルアーマーガンダム7号機)を回収した所で観戦していたヒサマルを見つけ足早に駆け寄る小学生の男の子。

 

「やったよ兄ちゃん!兄ちゃんとの特訓のおかげで勝てたよ!」

 

 満面の笑みでヒサマルにそう告げる男の子。

 実は彼は以前にもあの[1.5(アイズ)ガンダム]の操縦者の中学生の少年とガンプラバトルをしたことがあるのだ。結果は惨敗、中学生の少年は勝ち誇りこれでもかと小学生の男の子を侮辱したらしい。男の子は中学生の少年にリベンジを誓い、何処からか嗅ぎ付けたか元ガンプラバトル経験者のヒサマルにバトルの指南をお願いしたのだ。最初の内は断っていたヒサマルだったが男の子からのしつこい懇願に折れてしまい渋々指南を了承。数週間の特訓の末、今日この日雪辱を果たす事に成功したのだ。

 

「よくやったな。しかし、私のおかけでではないぞ?君が努力が実を結んで勝ち取った勝利だと言う事を忘れるな?」

「でも兄ちゃんが特訓してくれたから僕強くなれたんだよ!だから兄ちゃんのおかげでもあるんだよ!」

 

 真っ直ぐに向けられた男の子の視線にヒサマルは頬をほんのりと赤くしながら少し掻く。

 

「おい、ガキッ!」

 

 そこに中学生の青年の怒声が響く。その顔は真っ赤に熟したリンゴを思わせるほど赤く、表情はまるで親の敵を見るかの様であった。左手には[1.5(アイズ)ガンダム]が強く握られ、パーツが『ギチッギチッ』と軋む音が微かに聴こえる。

 

「たった一回勝ったくらいで俺より自分の方が強いとか思うんじゃねぇぞッ!?今日はその…なんて言うか……。そう、たまたま気分が悪かったんだ!!」

 

 何を言うかと思えばまるでコテコテな悪党の逃げ台詞(言い訳)を吐く少年。元を辿れば彼が小学生の男の子を侮辱したのが原因なのにも関わらず。

 

「何時もの調子だったらお前みたいなガキなんか『シュッ!』として『バギッ』となって『バッ!』で一瞬の内に勝負がついたんだ!勘違いするんしゃねぇぞこの御目出度いオツムのガキがッ!!」

 

 小学生相手にムキになって罵倒をし続ける少年。当の男の子は言ってることがよく分からず首を横に傾ける。

 

「必ずお前にリベンジしてやるからなッ!必ずだッ!」

「っ!」

 

 少年のその一言にヒサマルの心に軽く動揺が走る。しかしそれは中学生の少年の罵声に遮られた為、誰にも気づかれる事もなく終わる。

 

「大体テメェなに年上のヤツに指南してもらってんだ!」

「あの~、もしもし?」

「ハッ!しょせん一人じゃ何も出来ねぇ小学生のカギンチョって事だろ?」

「ちょっと君、聞こえてる?」

「それともママが恋しいマザコンか?今でも心ん中でこう言ってんだろ?『助けてぇ~ママァ~!怖い人がボクを怒鳴ってくるよぉ~(泣)』てよ!」

「お~い、君?」

「ほぉら言ってみろよ?それとも怖くて声も出せねぇってかよ?ほぉらあ、言えよ。ほらほr」

「ちょっと君、良いかな!」

 

 止まることのない少年の罵倒に先程から声をかけていた人物が肩に手を置きながら制止をかける。

 

「うっせぇ誰だ!さっきから耳障り…だった……んだy

………」

 

 少年は振り返った途端、顔の色が赤から青に様変わりする。少年を青くしたその人物はこの玩具コーナーの統括責任者アカハナさんであった。アカハナさんは只でさえ大きな赤い鼻から荒い息を蒸気の様に『フシュー、フシュー』とあげならが鬼の様な形相をしていた。

 

「なにやらトラブルかと思って来てみれば何だい?ガンプラバトルに負けて悔しい気持ちになるのは分かる。それが歳下の子で腹が立つのも分かる。負けてちょっと口が悪くなるのもまぁ分かる。

 だが、その子に向かって悪口を言うのは全く分からん!

 その上、大声を上げて騒いで他のお客さんに迷惑をかけることが一番分からん!! 君はそれで仮にもあの子達よりも歳上の中学生なのか!?」

 

 アカハナさんの鬼の形相をから怒声は少年を萎縮させるのに十分すぎる程迫力があった。特にその大きく赤い鼻から出る白い蒸気はまるで閻魔大王が極悪人に処罰を下す様な恐ろしいモノであった。その証拠に周りにいたギャラリーの数人は涙目になっている。

 

「とにかく!詳しく話を聞きたいからちょっと来てくれるかな?」

「えッ、いやでm」

でも?

あいえなんでもないですはい…

 

 すっかり毒気を抜かれてしまった中学生の少年はトボトボとアカハナさんについて行く。その背中をやるせない気持ちで見送る男の子とそのギャラリー達。その中でヒサマル一人だけ何処か思慮深い目で見つめていた。

 

━━━━━━━━━━

 

 バイトを終えたヒサマルはスーパーへ向かい夕飯となるの半額弁当を購入していた。

 

「あ…、紙ヤスリとサーフェイサー…切らしてたか…」

 

 スーパーを出てヒサマルはふと機材の一部が足りないことを思い出す。弁当を買った後ではあるがガンプラを作る上で欠かせない物である為、仕方なく買い足しに行くことにする。

 

 目的の物を買いに行くため足を進めるヒサマル。その表情は明るいモノではなかった。彼の脳裏にはバイト中に聞いた中学生の少年が発したある言葉が響いていた。

 

『必ずお前にリベンジしてやるからなッ!必ずだッ!』

 

 少年の勢いで言ったその言葉がヒサマルに焼き付いて離れずにいた。

 

「もう忘れt…いや、怒ってるよな…きっと…」

 

 思い出すのは二年前、大会決勝で自分にリベンジを誓った少女。涙を堪えながらも強気で自分に再戦を求めてきた姿を忘れる事が出来ず悶々とした思いを日々募らせていた。

 

「我ながら女々しい男だな…私は…」

 

 自分の情けなさに自虐的に苦笑するヒサマル。

 そんな事考えながら歩いていると目的の場所までいつの間にかついていた。

 [プラモデル専門店 キャメル艦隊]。下町にある小さい店ながらもヒサマルにとっては長らく世話になっている愛着ある店である。店の奥には大柄ながらも身長が少々低い中年の男がカウンターで新聞を読んでいた。ヒサマルが手動で開けるスライドドアを開けて中に入る。『ガラガラ』と音をたてながら店内に入ると中年男は新聞から目を離し入口のヒサマルの姿を見ると「おっ」と声を漏らしながら嬉しそうな表情で新聞を畳み接客を始める。

 

「いらっしゃいヒサマル君!」

「どうも[ドレンさん]」

 

 ドレンさんの挨拶に軽く会釈して返すヒサマル。この二人はかなり長い付き合いである。ヒサマルは基本この店でガンプラや制作機材などを買い、ドレンさんはそんな常連のヒサマルに店の作例を頼んだりなどWin-Win(ウィンウィン)な関係を築いている。

 

「今日はどうしたの?また再販品のキープ?」

「いえ、ちょっと紙ヤスリとサーフェイサーの買い足しに」

「おぉそうか。サーフェイサーは1200番だよね?紙ヤスリは何番?」

「えーと、400番・600番・800番…あぁ~あと1000番もお願いします」

「はいよ。ちょっと待っててねぇ」

 

 ドレンさんは棚に掛けてある商品からヒサマルが指定した商品を探す。その間手持ち無沙汰なヒサマルは店内を見回す。すると店の奥側、模型制作室に一つの影を見つける。

 小柄の背中と軽くウェーブがかかった髪をした小学生くらいの男の子が二つのパーツを合わせようとしてるのかガチャガチャとしていた。

 

「はい、お待たs…どしたの?」

「ドレンさん、アレ…」

 

 そこに注文した商品を紙袋に入れてドレンさんが戻ってくる。ヒサマルは男の子を指差しドレンさんに詳細を聞く。

 

「あぁ、今日始めて来た子でねぇ。珍しいよぉ、旧HG(ハイグレード)のガンダム買ったからねぇ」

「旧HG(ハイグレード)?リバイブ前の?」

「そうそう」

 

 ガンプラは40年以上の歴史を持つロングセラーのプラモデルである。時代の中で新しく画期的な技術が時間と共に産まれていく中、古いガンプラを今の技術で新しく洗練(リファイン)化や復活(リバイブ)化させて販売する物も多い。特に全ての始まりであるガンダムは何度も姿を変えてその時代の集大成として扱われる。

 ヒサマルとドレンが言う旧HG(ハイグレード)とは2001年に発売されたHGUC(ハイグレード・ユニバーサルセンチュリー)21番目のガンダムの事である。今までの一色整形からパーツ分割によって今までよって原作に近い色分けを実現し間接部にポリキャップを使用することでアクション性を飛躍的に向上させたある意味最も有名なガンプラである。

 だが現在はガンプラ35周年の2015年に復活(リバイブ)化されたガンダムが主流であり色分け・アクション性どちらを取っても圧倒的なモノを持つ。

 

 そんな中で旧HG(ハイグレード)のガンダムを買う人などマニアでもない限りはありえない。ヒサマルはあえてそのガンダムを買ったその男の子に少なからず興味が出てきていた。

 注文した商品をドレンさんから受け取り会計を済ませたヒサマルは徐に模型制作室に入る。

 

 模型制作室では先程から見えていた少年が切り取られたパーツを合わせようと今も悪戦苦闘していた。

 

「キミ…」

「ん…?」

 

 何気なく声をかけたヒサマルは男の子の眼を見る。日本人特有の黒く、幼い子供だけが持つ滲みも歪みの無い真っ直ぐな眼であった。

 

 

 この時ヒサマルは知るよしもなかった

 

 この少年との出会いが、

 

 自分を再びガンプラバトルの戦いへと

 

 導く事に…

 

 

 




[キャラ紹介]
タツネ ヒサマル
 本作品主人公。中学三年生時代に『第7回 全国ジュニアガンプラバトル大会(中学生の部)』で優勝する程のガンプラ制作能力とバトルセンスを持つビルダーとしてもファイターとしても非常に優秀な人物。しかしとある理由から二年間ガンプラバトルから離れてしまうがとある男の子との出会いが彼のファイターとしての魂に再び火をつける切っ掛けとなる。
 大人びた発言が多く何処か冷めた印象が強いがその実、ガンプラ作りやバトルでは拘りや闘争心が強く夢中になると荒っぽい口調になったりと内心熱かったりする。
 表面的に冷めた性格ながらも知人は多く、行きつけのプラモ屋やバイト先の電機店の店員に作例を頼まれたり、ファイターからは新旧問わずバトルの指南や復帰を願われたりする。
 両親は既に他界。下に一つ下の妹がいるがそちらは里親に引き取られ、現在は一人暮らし。生活費はバイトで稼ぎ、里親からの仕送りには全く手を出しておらず通帳が膨らむ一方。


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