忍と灰と焚べる者と狩人とダンジョン 連載編 (noanothermoom)
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登場人物紹介※ネタバレ注意

感想
読者がその感想を作者に伝える手段の一つ。あるいはそこから始まる交流もあるかもしれない
だがこの小説の作者は根暗コミュ障の陰キャだ返事は望めないだろう
しかし、どれほど短い感想でも作者を喜ばせ創作活動のやる気となる効果があるという
忘れてはいけない吐き出すだけなら、自分のノートにでも書いておけばいいのだ
誰の目にも触れるところへと出した理由、誰かに感想を言ってほしいと思ったことを
読者が面白い物語を求めているなら、作者もまた感想を求めているのだ

評価
読者がその感想を作者に伝える手段の一つ。大きい数字の評価程良かったを表し
多くの作者がその数字に一喜一憂するという
だがとある作者は評価の数字だけでなく評価の数にも価値を見出したという
忘れてはいけない多くの人の目にさらされるということは、好き嫌いの選別にさらされるということだと
一つの言葉に囚われるべきではない

誤字報告
読者が作品の誤字を作者に伝える手段の一つ。
作者に羞恥によるダメージを与えると同時に
作品を読み込んでくれている人がいるその証拠としてやる気を起こさせるという
時としてわざとそうしている文字も誤字として報告される
忘れてはいけない演出として馴染まぬ文字を使いすぎた文章など、
見知らぬ言語で書かれた読めない文章と変わらないことを
常に読者のことを考えるのだ

感想評価お待ちしておりますの意味


皆様は登場人物紹介はお好きでしょうか

本編だけではわからない一面が見られて私は好きですが

その一方でしっかりと本編で書けやという意見にも同意しますし
更新が来たと思ったら人物紹介の更新だけだったという経験もあります

まあこの人物紹介の半分はフロム風 感想 評価 誤字報告 
を思いついたはいいものの本編に入れたら雰囲気台無しだこれ!!
となりでも思いついたからには投稿したい
そうだメタ的な人物紹介の場所を作ろうという経緯で生まれたものです
気楽に読んでいただければ幸いです

最後に登場人物紹介の性質上まだ投稿されていない部分のネタバレとなる可能性があります
この作品にばれて困るネタなんてあるのか?と問われれば困りますが一応ネタバレ注意です
唯一ベル君はあまりにも本編のネタバレになるので本編の進みに合わせて更新される予定です
まだ出てきていない登場人物は本編登場と同時に乗る予定です


「なら僕が君たちの帰る場所になるよ」「放すんだ!僕はベル君を見守らなくちゃいけないんだ!!ベルくぅ~ん」

ヘスティア

通称 やべー奴らの主神 ロリ巨乳 苦労神など

二つ名 窯の女神

好きなもの 家族のみんな(特にベル) ジャガ丸くん お酒

嫌いなもの 悲劇 貧乏 ベルに近づく泥棒猫(ヘスティアの主観)

種族 神

オラリオの暗黒時代にヘファイストスの怒りから逃げるために

歩いていたとある小道で火のない灰と出会いその神観を変えた女神

眷族である灰と狩人は神(上位者)を蛇蝎のごとく嫌っており

実は彼女が居なければオラリオはとっくに破滅していた

 

闇派閥の討伐完了、暗黒時代の終わりと共に自身の眷族と一緒に

世話になっていたヘファイストスのもとから独り立ちしファミリアを作った

非常に強い眷族4人と九郎を得たために左団扇で暮らせると思っていたが

冒険者として活動していない九郎が食事処で働き始めた後に狩人からの視線に耐えかね

ジャガ丸くんの屋台でアルバイトをしている。

 

暗黒時代において暴れまわった4人を有しているにもかかわらずやばいファミリアという風説ばかりが先行しているのは

眷族の事情(竜胤、不死の呪い、血の医療、そもそも異世界より来た)を隠したいヘスティア側と

余りにも暴力すぎる活躍の数々を表ざたにしたくないギルド側の意見が合い

諸々の事情を隠すことにギルドが協力するその見返りに諸々の活躍を無かったことにしたため。

ホームとしている廃教会がボロボロなままなのも注目を集めないため

 

好きなものに家族(ファミリア)のみんなを上げるほど自身の眷族を愛しているが

それでも三大問題児と呼ばれる灰、狩人、焚べる者に思うところはあるらしい

彼らを愛せる女神の心の広さと善性に感動すればいいのか、女神をして思うところがある問題児たちにげんなりすればいいのかは難問

眷族は各々彼らなりの方法でヘスティアを敬っているのだが、回りくどいわかりにくいものが多く

眷族たちも務めて伝えようとしていないため、直接的まっすぐな敬意を伝えたベルに一目ぼれした

眷族を皆平等に扱っていると言いつつかなりベルを贔屓しており過保護な面もある。

最もこれまでの眷族が文字通り殺しても死なない存在であることを考えればただの人であるベル気にかけるのは当然ともいえる

 

おおむね楽しく地上での生活を送っているが灰の作る借金に胃を痛め、焚べる者の巻き起こす想像もつかない騒動に振り回され、狩人の起こす暴力的な騒動に心を痛めている。

最近の悩みは神会の度に製作系ファミリアの主神よりツケの支払いを求められること

 

 

「僕は英雄になりにここに来たんです、怖いことなんてありません」「かっ神様、近いです放してください」

ベル・クラネル

通称 やべールーキー ラッキーボーイ ウサギなど

二つ名 冒険者として活動して期間が浅く公式にはない

好きなもの 家族のみんな 本、特に英雄譚 新しい武器防具

嫌いなもの 他者を泣かせる人物 悪意 ギルドによる勉強会

種族 人

唯一の家族だった祖父の語るダンジョンでの冒険や英雄譚にあこがれオラリオへと来た少年

だが現実の壁は厚く危険なダンジョンに入る前にギルドの職員によって最低限の知識を叩き込まれ

ファミリアに入ってから来いと放り出された。底抜けに明るく善人であり田舎生まれの田舎育ちである故か

余り物を知らずオラリオにおいて最もやべーファミリアと噂されるヘスティア・ファミリアに入る

 

ヘスティア・ファミリアのホームである廃教会において九郎、狼と対面したその際狼が忍びであることを知り英雄が大好きな面を見せる

ファミリアの入団、神の恩恵の授与、入団祝いを終えたのちついにダンジョンへと挑戦する...

前に装備を整えることとなった、その際聞いた灰なる人物に対しドン引きし、自分の先輩にあたる人物と知り二度ドン引きした

 

狼の引率のもとダンジョンに入り最下級モンスターであるゴブリンとの戦闘を通し

狼より「迷えば死ぬ」などの多くの教えを受けるがいまだその教えは体にしみこんでいない

冒険者としての大きな一歩を踏み出した。がギルドにて多くの魔石を換金しようとして担当者であるエイナ・チュール

に怪しまれる、ごまかすために狼がしたことは言えぬの一言だったため追及から逃れることが出来ないと悟り絶望した

 

一人でダンジョンに潜り過信により自身よりはるかに強いミノタウロスと遭遇する

死を覚悟した瞬間目の前でミノタウロスを倒したアイズ・ヴァレンシュタインに一目ぼれする

その後話しかけられたのだが混乱のまま血まみれで逃走し

気が付けばギルドにいた、そして一連の出来事をエイナに知られお説教を受けた

実はステイタス自体はルーキー程度であるが狼との訓練によって技術的なものは熟練者並みである

 

シルとその同僚によって【豊穣の女主人】を訪れそこでベートの言っていた

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインに釣り合わねえ」の言葉から

自身が冒険を諦めていたことに気が付き英雄になる為強くなるため

灰の言葉に乗りダンジョン内で無理な戦闘を続け意識を失った

 

気が付くと見覚えのない場所────狩人の夢にて目を覚ました

周囲を探索し広い空間にぽつんと立っている扉をくぐり夢から覚める...何者かの導きによって

ホームに戻り今まであっていなかった先輩たちに出会い自己紹介をしたのち

ヘスティアに自身の夢を認めてもらう

その後自身の夢【ハーレム】を語りファミリアを大混乱に陥れた

...実は灰らがオラリオに現れてから一番びっくりした出来事であり実はちょっと凄いことをした

 

夢の中でおじいちゃんから覚えのない話を聞くもそのほとんどは聞こえず

その夢の内容も灰の登場によって忘れてしまった

先輩から教えを乞うことになり最初に狩人からヤーナムの狩人特有のステップ【ヤーナムステップ】を教わった

...徐々に魔改造されていくベル君の明日はどこだ

 

 

先輩たちから訓練を受けるためにホームに缶詰めになっていたが久々にダンジョンに潜ることとなり

奇しくも初めてダンジョンで戦闘を行った時と同じ三体のゴブリンを瞬殺した

その後銃パリィの練習として石投げの訓練を受けて投石を習得した...あれ?

 

オラリオのお祭りである怪物祭にて酒に酔ったヘスティアと出会い

デートと称されて連れまわされる九郎と狼が開いていた食事処 葦名の出店でおはぎを

ミラのルカティエル商会の店舗で本を買った後逃げ出したモンスターに追いかけまわされる

その後上階最強のモンスターの一種シルバーバックとの戦いによって心の弱さを曝け出したが

ヘスティアの声援と先輩たちの教えを思い出したことで立ち直りシルバーバックに勝利する

 

シルバーバックとの死闘の結果ダンジョン七層まで進むことを灰達に認められる

灰達との訓練、ヘスティア・ナイフ、そして成長したステイタスによってLV.1としてはとびぬけた戦闘力を持ち、新しい階層のモンスターたち相手に引けを取らない

...その結果、とある人物に目を付けられたようだが?

 

自身の戦闘力の成長と共に、得られる魔石の量が多すぎるという悩みを得たがサポーターとしてリリを雇うことで悩みを解決した

ヘスティ・ファミリア以外の冒険者とダンジョン内で行動を共にするのは初めてで、様々なことを知る

一ヶ月ほど冒険者をすることで、ヘスティア・ファミリアとそこの先輩冒険者達がどのような扱いを受けているのかを理解し、それに伴い図太くなってきた

...灰達からすればまだまだいろんな意味で卵ぐらいでしかないが

 

「私は九郎、ただの九郎です」「どうじゃ我がおはぎは、我が忍び狼の鉄面皮ですらこれにはかなわぬのじゃ」

九郎

通称 ヘスティア・ファミリアの良心 男の娘など

二つ名 冒険者としての活動はしておらずない 

好きなもの 家族のみんな 平穏 料理

嫌いなもの 暴力 貧乏

種族 人?

狼の主にして竜胤の御子

竜胤の力によって契約した者に回生の力を与えることが出来る

事実自身を守ろうとして致命傷を負った狼と契約しその命を助けた

しかしその力を人の世にあるべきではない力とし

己の命ごと竜胤を葬ろうとする、紆余曲折の果てに狼の命を捧げる献身により

竜胤の力を失い、故郷である葦名の地を離れたはずであった

 

気が付けばオラリオにて寝ており、竜胤の力は戻り、死んだはずの狼もいた

解らぬことだらけの中、為すべきことを探すため暗黒時代のオラリオの中を彷徨い

結果としてヘスティア・ファミリアの一員となった

 

ヘスティア・ファミリア唯一の非戦闘員であり狼の弱点と周囲は思っているが

竜胤の御子は普通の武器では血を流させることすらできず

例えばへファイトスが直接作ったようなヘスティア・ナイフのように特別な武器でもなければその身を脅かすことが出来ない

 

たまにのじゃ口調でしゃべるが竜胤の力故か年を取らない或いは極端に遅いことを

ごまかすために極東の血が入った小人族であり実年齢は高齢とするいわゆるショタ爺キャラを演じていた名残

 

ただ一人ファミリアで非戦闘員としてダンジョンに潜らずお金を稼がないでいることを良しとせず、とある商人を助け

その商人によって新しく作られた食事処葦名の看板娘もとい看板息子として働いている

 

当然その名前を付けたのは九郎である、かつて葦名を守るために竜胤の力を欲した弦一郎

彼に反対し、結果として葦名は失われた、少なくとも九郎はそう思っている

だが九郎にとっても葦名は大切な地故にその名前だけでも残そうとしたのだ

 

食事処葦名の一番人気は九郎の手作りおはぎ

そのあんこの甘みとお米の旨味のバランスは絶妙で

また注文時の九郎のドヤ顔を見るためだけに注文する人物もいるほど

一部の神は九郎を見たとき「リアル男の娘だと...」と暴走し

不埒な行いに至ろうとしたが即座に狼による制裁が加えられた

それ以降イエスショタコンノータッチが食事処葦名の暗黙の了解となっている

オラリオの多くの単語特に神の名前をうまく発音することが出来ずどこか気の抜けた呼び方となる。例)へすてぃあ様

だがそれがいいという神も多いとか

 

実はヘスティア・ファミリアの団長をしているがほかの団員が辞退したため消去法で決められた

(焚べる者は立候補したが満場一致で否決された)

本人はやはり冒険者をしている人物が団長をすべきとの考えからベルが成長した暁には団長の座を譲ろうとしている

 

 

「九郎様の御心のままに」「...言えぬ」

隻狼

通称 ヘスティア・ファミリアの清涼剤 忍び チワワなど

二つ名 隻腕の影(セキロ)

好きなもの 九郎のおはぎ 武器の手入れ 仏を掘ること

嫌いなもの 九郎に危害を加えようとするもの

種族 人?

九郎の従者であり回生の力を持つ忍び

かつて竜胤の力を利用しようとする弦一郎のもとより主を逃がそうとしたが

失敗に終わり片腕を失い主もまた連れ攫われた

だがなくした腕の代わりに忍び義手をつけ再び九郎のもとへと舞い戻った

 

自身の命ごと竜胤の力を葬り去ろうとする九郎に従い不死斬りと呼ばれる太刀を求め

その道中にいくつかの素材と不死斬りそして回生の力を与えられた者の命を犠牲に

竜胤の御子を人へ戻すことが出来ることを知り、葦名で渦巻く陰謀を掻い潜り己の命と引き換えに九郎を人へと戻した

 

気が付けばオラリオにて立ち尽くしており、ここは地獄か修羅道かと思っていたが

すぐそばに九郎が倒れていたことに気が付き、以降九郎の思いのまま働く

自身の持つ力を隠すためにも、九郎ともどもヘスティア・ファミリアの団員となる

 

冒険者として活動している団員の中では最もマトモかつ話が通じ問題行動も特に起こさないためギルド職員からは清涼剤とも呼ばれる

また他の団員とは違い自身の特異性を隠そうとしており、命を捨てるような行動、捨て身の攻略を行わないことから周囲より他の三人より戦闘力は低いとみられている。

狼の持つ回生は、死から蘇る度周囲の人間の命を吸いついには竜咳と呼ばれる病にする

そのためほかの団員のように直接死んだ場面を見られなければ誤魔化せる、というわけではないため狼はあまり無理をしない(狼基準で)

 

実際にはしな安(死ななければ安い)の極致である不死者同士の戦いを下敷きにする灰と焚べる者の戦い方や獣を相手にしているがため前に出続け攻撃を続ける狩人の戦い方どちらも狼からは無駄が多く避けやすいため当たらず

狼の戦い方も効率的に人体を破壊することを目的としているため、人体的損傷が戦闘力の低下につながらない他の三人相手には決め手を欠くものとなり狼が一撃をもらうか、対戦相手の武器が壊れるのが先かと競うことになる

総合的に評価すれば戦闘力でほかの三人に劣ることはない

 

他の三人が自身の持つ特異性(食事を必要としない、休息を必要としない、超常の力で装備やアイテムを大量に持ち運べる)によって

ダンジョン内深層と呼ばれる37層以降を主な活動場所としているのとは反対に安全階層と呼ばれる18階層付近を主な活動場所としている

これは主である九郎に何かあった時すぐ駆けつけることが出来るようにである、狼の身体能力をすれば日帰りで18層まで往復することもたやすい

 

肉体は忍びとして殺しの業に長けている反面、かかわった人物に情を移しやすい、そもそも名前や忍びであることなど秘密を聞かれたときにには「...言えぬ」と言えば追及から逃れられると信じている、など天然ボケ気味で精神的には忍びに向かない通称のチワワもそこから来ている。

しかし主である九郎へ被害を与えようとする人物がいたなら即座に忍殺対象とするぐらいの殺意にはあふれている、こう見えて戦乱の中で生き抜いてきた忍びなのだ

かつて一部の神が九郎相手に不埒な行いをしようとした際は大暴れをしておりオラリオに流れる狼の暴虐の噂はこの時のもの

 

実は怨嗟の積もる先として選ばれた過去から自身がいつ怨嗟の炎で焼かれるか心配していた。

しかし狩人から人でなくなれば狩る、灰からちゃんと殺してやるから心配すんな、と言われ自分の末を任せられることに安心した

...ちなみにそのことがヘスティアにばれ彼女の権能である「護り火」によって降り積もった怨嗟は焼き尽くされた

 

「あっはっはっはっは、楽しいねえそうは思わないかい」「お願い見るだけ見るだけで...触るだけでいいから」

火のない灰

通称 ヘスティア・ファミリアのやべー奴 ツケの常習犯 灰など

2つ名 最も古き伝承の終わり(ダークソウル)

好きなもの 新しい武器防具 飲み会 殺し合い

嫌いなもの 退屈 お説教

種族 不死人

装備 騎士装備シリーズ

火の時代において始まりの火を熾すための薪の王それを刈る為

起こされた火継ぎの旅を成し遂げなかった者らの一人

陰り始めた始まりの火を再び熾すための旅に出たが

その最中灰が目にしたのは最早詰んだ世界だった

それを認めず薪の王たちと王たちの化身を倒し火継ぎを行ったが

世界を救うほどの力は最早始まりの火になく

気が付けば起こされた時に世界は巻き戻り

その度にいくつもの終わりを行い世界をどうにかしようとした

だが最後には世界が詰んでしまっていることを認め

世界を終わりにして世界を包む闇から

再び希望を見出すものが現れることを願い永遠の眠りについた

 

気が付けばオラリオのとある小道で倒れており

ヘスティアと出会った

ヘスティアが自身の忌み嫌う神であることを知り

怒り狂ったがその怒りに押されながらも

自身(不死者)を神が守るべき子供と断じた姿に

自身の知る神とは違うのかもしれないと思い

滅ぼすのを後回しにしてヘスティア・ファミリアの団員となる

 

冒険者として活動しており余りの問題行動の多さから

狩人、焚べる者らと共に三大問題児と呼ばれている

問題児たちの中では喋りやすい性格から噂で聞くほどじゃないんじゃ

と思い付き合ううちにその本性を知る者が多い

 

永い生を楽しむコツはすべてを楽しむことと言い

他者と触れ合うこと飲み会などを好む反面

殺し合いも楽しむ、というより殺し合いをコミュニケーションの一つとする

笑顔で酒を飲み交わした相手が闇派閥と知って

笑顔のまま殺したなど物騒な噂には事欠かない

 

ヘスティアの懇願もあり現在では

無意味に殺すことを行わないが

その分他人の喧嘩に首を突っ込むようになった

そして全員叩きのめす

 

面白そうだからという理由だけで多くの騒動を起こしており

その在り方はオラリオ最強の冒険者

猛者オッタルと同等の力を持つ神と同じと例えられる

 

事実多くの強者を相手に戦ったら本当に強いのか

かつて火の時代に戦った薪の王をはじめとする強者と

どちらが強いのかを明らかにするためといい

辻斬りに近い形で襲った過去がある

 

しかしながら時折長生きしてきた

年季を感じさせる言葉を口にしたり

戦いを通して悩んでいた人物の悩みを解決したり

只の乱暴者でないのが困りもの

 

現在ではそういった行動は比較的鳴りを潜め

もっぱら武器防具の収集に熱を入れている

その超常の力故に荒稼ぎした分を使い果すだけでは足らず

ツケにしてまで集めており多くの店では出禁になっている

しかし欲しいと思ったものは手に入るまで決してあきらめず

ついには手に入れることが多い

 

文字通り死んでもあきらめなかったその半生

それを象徴するような行動であり

火の時代にはよくあったこと

ほしい装備を持つものを殺し奪う

を行わないあたり現代に順応している...多分

 

時折不死者或いは灰のすることなど殺し合いだけだと語るが

何があっても殺せばいいという考えのほかに

所詮灰である自分にはそれ以外の方法など持ちえない

というあきらめの言葉でもある

 

自身がどうあろうとも死んでも変わらない不死者であること

相手がどうあれそのうち死ぬ存在であることが多い為

人懐っこい性格のうちに乾いた考えを持ち

殺し合いを厭わない性質と合わさり奇妙な威圧を持つ

 

絶望を焚べる者とは大きく時代が異なるが

同じ火の時代出身者として近しいものがある

しかしそのことに言及すると

「頼むから一緒にしないでください」

と口調すら崩して否定する

 

 

 

「月の狩人の狩りを知るがいい」「...獣が」

月の狩人

通称 ヘスティア・ファミリアの処刑人 狩人など

2つ名 血に濡れた悪夢(ブラッドボーン)

好きなもの 平穏 太陽 血を浴びること

嫌いなもの 神 獣 無暗に秘匿を暴くもの

種族 上位者

装備 狩人シリーズ

忘れられた古都ヤーナムその地ならば病を癒せる

その噂にすがりその門をくぐった病み人の一人

ヤーナムに伝わる治療法 血の医療を受け

過去の記憶を犠牲に健康な体を手に入れた

しかしヤーナムでは獣狩りの夜と呼ばれる現象が起きており

それを終わらせる為すべてを狩り最後には助言者の介錯を受けた

だが夜は明けず血の医療を受け意識を取り戻したその時に時が戻った

その後幾度となくすべてを狩り幾度となく時が戻った

その果てに人を超越した存在

上位者の赤子、赤子の上位者となった

 

気が付けばオラリオにおり

ヤーナムに渦巻いた呪いが存在しない街を見て

ついに夜が明けた自身の巡った夜は無駄ではなかった

と喜んだがオラリオに跋扈していた闇派閥を見つけ

怒りと共に狩りを再び始めた

 

余りにも悲惨なその結果に闇派閥からはもちろん

事態の収拾にあたっていたギルドと協力していたファミリア

からすら警戒されていたところ自身と同じような境遇の灰らと行動を共にする

 

冒険者として活動しており余りの問題行動の多さから

狩人、焚べる者らと共に三大問題児と呼ばれている

常時苛立っているような様子と刺々しい言葉の数々から

ヘスティアファミリアの中でも一番人づきあいが苦手

 

その鋭すぎる眼光や刺々しい言葉の数々から

他者を嫌い常に不機嫌だと思われている

しかしながら実のところ他人を睨みつけたりはしていない

狩るべき獣を前に悠長に眺めてはいないとは当人の談

 

忌むべきものは獣と公言してはばからず獣人系からの評判は悪い

特にツンデレめいた発言と共に弱者の成長を願うベートと

世界には暴くべきでない秘匿があるとするそのままの停滞を望む狩人の相性は最悪で

顔を合わせれば殺し合いに近い喧嘩になる

 

既に人間ではなくその上の存在であるが

上位者としての力(夢の領域)をあまり使わず

また脳に蓄えられた啓蒙による閃きも

脳に得た瞳の囁きも好まない

それらとは別に

他者の血を取り込むことでその人物のことを理解することが出来る

 

ヘスティアに対しては己の知る存在とは似ても似つかないと

敬意を示しているがその他の神

特に人を暇つぶしのおもちゃと考えている存在には

機会があれば殺そうとするほど嫌っている

 

とにかく好き嫌いが多くオラリオの冒険者自体を

神に媚を売り力を得ようとする愚物と嫌っている

(ヤーナムに跋扈していた冒涜者どもを思い出す為)

その反面神が眷族のことを考えていればそれほど否定することはない

それどころか神と眷族が互いのことを考えているファミリアに対しては

敬意をこめた目線で見ている

そしてその鋭すぎる視線故に勘違いされる

 

ヘスティアの項目で視線に耐え兼ねたとあったが

実際には本当にただ見ていただけ

寡黙さと日ごろの発言の苛烈さから

よくすれ違いが起きているのだが本人も周囲も気が付いていない

 

神とその眷族が嫌いだが

それ以上に闇派閥とその邪神が嫌いで

一番嫌いなのはモンスターである

その嫌い方はオラリオに少なからずいる

モンスターへの復讐を生きる理由にする者らからも

余りにも行き過ぎていると言われる

 

余りにも苛烈なその在り方とは反対に

その根底には常識人めいたところがあり

ベルのような真っすぐな人物や

子ども特に少女にはできる限り優しく接そうとする

 

 

 

「ミラのルカティエルです...」「ならば語らねばなるまいミラのルカティエルの伝説を」

絶望を焚べる者

通称 ミラのルカティエル ヘスティア・ファミリアの一番やべー奴 焚べる者など

2つ名 ミラのルカティエル 旧2つ名 触るな危険(パンドラの箱)

好きなもの ルカティエルの名を広めること

嫌いなもの ルカティエルの名を広められないこと

種族 不死者

彼の地ならばその身に降りかかった災いを解ける

その言葉を頼りにドラングレイグの門をくぐった不死者の一人

しかしその地で得たのはお前は騙されたのさという嘲りだった

それでもなお戦いを続け時に時間の流れにすら逆らい

鍛えた果てについにその魂は火継ぎをするに足るものとなり

火を継ぎ世界を救う使命を示された

しかしその使命は裏で暗躍するものが

始まりの火を奪うための偽りの物

さらに闇の中より更なる暗躍も覗こうとした

焚べる者はその一切合切を投げ出し不死の呪いの進行を抑える冠と

この地で得たソウルあといろんな装備と共に逃げた

 

しかし気が付けばダンジョンの中を彷徨っており

その果てに助けた冒険者と共にダンジョンから脱出

冒険者のファミリアの主神から名前を聞かれて思いっきり偽名を名乗る

色々あった(ミラのルカティエルの名前を名乗ったり、ミラのルカティエルの伝説を語ったり)

結果同じ火の時代出身者である灰がいるヘスティアのもとへと身を寄せた

 

ドラングレイグで出会いその最後を見届けた友であるルカティエルの最後の言葉

自身のことをお前にぐらいには覚えていてほしいという意図の言葉だったはずのそれを

何をどう間違えたのか世界に友の名を刻むためなら何でもする奴が生まれた

 

友の名前を世界に刻む為なら何でもする

本当に何でもするというよりした

その結果が神会で決められる二つ名それが

ミラのルカティエルになっていることと

その前二つ名触るな危険(パンドラの箱)である

 

未知、娯楽つまるところ何か面白い物を求めている神でも

「いや...あれはちょっと...」と言い必要がなければ接触すらしようとしない

オラリオでの扱いも大体同じで

見るな、聞くな、関わるなである

 

冒険者として活動しており余りの問題行動の多さから

灰、狩人らと共に三大問題児と呼ばれている

ほかの二人が一応超えるべきでないとする所を

むしろスタートラインとしている

 

余りにも多いとんでもない行動故に

オラリオでは理解を諦められており

何をしていてもあいつのすることを理解できるわけねーだろ

で済まされる

 

そのため明らかに焚べる者が起こした事件でも

誰もがそのことを通報せず、また証言がなかったため

事件が未成立になったこともある

 

困ったことにどんな方法でも友の名前を有名にできればいいので

問題行動のほかにボランティアや寄付金なども惜しまない

またルカティエル商会という自身が作った商会もある

 

ルカティエル商会が取り扱っているのは

日用品、雑貨、本、食べ物、武器、防具、服など幅広く手掛けており

なおかつどの商品も一定の品質を保っている

冒険者をやめても食べていけるとまで言われ

その規模故に少なくない雇用を生んでいる

 

またその行動故にオラリオのほとんどの人物からは

名前がミラのルカティエルだと思われており

大規模なファミリアの幹部クラスでようやく本名が他にあることを知り

同じファミリアの団員或いはごく少数の人物でようやく焚べる者の名前が出てくる

 

ミラのルカティエルの名前を広める活動の一環として他者を助けることもしており

命の恩人とする冒険者も実は少なくない

だがそんな者らからの扱いですら「あの人はこう、ああだから...」

なあたり日ごろの行いが透けて見える

 

友の名を知らしめるために同じ格好をして

友の名を名乗る者と言えばそれなりに格好もつくのに

どうしてこうなった

 

 



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始まりの話
始まり前の始まりの話つまるところプロローグ


前作を圧縮し一話にまとめたものです
或いは本来の構成のまま書いたもの

こんな感じの文章を書きたいを具体的にすると
あんな感じになるんだと見比べてみる
そんな楽しみ方もあるかもしれません


どのような物語にも始まる前に起きた物語がある

 

例えば古の剣をもった冒険者の冒険談なら

 

誰が何をどの様にしてなぜその剣を作ったのか

 

例えば世界を憎んだ魔王の話なら

 

世界を憎むに至った始まりの出来事それはなぜ起きたのか

 

これより語るはオラリオを覆いつくそうとした闇派閥と

 

それよりオラリオを守ろうとした冒険者たちの物語

 

その物語に吹いた影と灰と狂気と血を含んだ一陣の風

 

その風が生まれた所以である

 

 

 

 

 

 

影の話

 

あるあばら家にて対面する少年と男

少年の名は九郎、かつて葦名にて竜胤の御子と呼ばれた者

己を縛り付けていた異形の力、《竜胤》

それより己が従者の命を捧げた献身により解き放たれたはずだった

だが気が付けばこの地にて眠りから覚めた

解き放たれたはずの竜胤と共に

そばには二度と会えぬはずの従者の姿

何が起きたのか?九郎は出口のない悩みに沈む

 

男はかつて葦名にて狼と呼ばれた忍び

戦乱の世に生まれ戦乱の世に生きる

その果てに義父と出会い多くを与えられた

生きるための術(戦い方) 生きるための規律() 生きる理由()

されど掟によってではなく己で決めた(九郎)

その身を守りその命ずる処を為しその願いをかなえる

それが男の生き方 故におのが命を捧げ

主を縛り付けていた異形の力《竜胤》より主を解き放った

そのはずだった

だが気が付けばこの地に立っていた

そばには二度と会えぬはずの主の姿

ここはどこなのか?何が起きたのか?

余りに多い疑問が男を包む、だが

再び会えた九郎を守る

己の為したいことはそれだけだと

そう忍びは思う

 

 

 

 

灰の話

 

ある広場より続く小道にて対面する女神と男

女神の名はヘスティア、天界より未知を求め降り立った神の一柱

身を寄せていたファミリアの主神の怒りをかい

その怒りが収まるまでオラリオを散歩していた身

だが小道にて倒れていた男を見つけ介抱し、名乗った

そのとたん男から放たれる怒りと狂気それに圧倒されどなお

男を神が守るべき人(かわいい子供)だと断ずる

 

男はかつてロスリックにて火のない灰と呼ばれた者

消えかけた始まりの火それを熾すための薪の王それを刈る為

起こされた火継ぎを行う旅を成し遂げえなかった者らの一人

だが男が見たものはもはや人間性も絶望さえも捧げ

それでもなお留まらない終わりが満たす世界

故にかつて始まりの火を闇より見出したものが居たように

満たされた闇より新たな希望を見出すものが現れることを願い

始まりの火を消し男も永遠の眠りについたはずだった

だが気が付けばこの地にて女神に介抱される身となった

世界を包んだ闇より始まった新たな時代

そこになお忌むべき神がいることを知り男は激怒する

だが男のそれに圧倒されどなお男を守るべきものと断ずる女神に男は考える

この者()は己の知る()とは違うのやもしれぬと

ここはどこなのか?何が起きたのか?

余りに多い疑問が男を包む、だが

ただ殺しあうだけ

己の為すことなどそれだけだと

そう灰は思う

 

 

 

狂気の話

 

あるファミリアのホームにて対面する神と男

神はファミリアの主神、眷族(子ども)に神の恩恵を与え地上で生活する神の一柱

この地オラリオを混沌で覆わんとする闇派閥の罠より

己が眷族を救い出した恩人をもてなしていた

眷族よりその戦いぶりを聞けどもその名を聞いていないことに気が付き

その名を問うそこに未知が待ち受けることを求めながら

優雅な一礼の後その口より放たれた名によってホームに衝撃が走る

すなわち「思いっきり偽名やんけええええええ(思いっきり嘘吐いとるうううううう)」という絶叫が

 

男はかつてドラングレイグにて絶望を焚べる者と呼ばれた者

己が体に降りかかった、人の理を外れたもの(不死の呪い)を解くことが

かの地ならば叶うその風説を頼みに朽ちた門を潜りし者らの一人

されどかの地で男が得たものは嘲りと偽りの使命と数多のソウル

そして友との出会いであった

時の流れにすら逆らい数多を刈り取りついに只人が

偉大なるものの魂(王のソウル)にも匹敵するほど鍛え上げられ

その身を世界の安定のため捧げよと使命は示された

されど男の望むものはただ一つ故に使命を捨て男は消えた

かの地にて得た数多の物(ソウルと装備)と共に

だが気が付けばこの地にて地下に迷う

その果てに闇派閥がかき消さんとする小さな光を救う

降り注ぐ賛辞に対する答えはただ一言

それこそが己が使命であるがゆえに

空の下にて彼らの家へと続く道を行く

彼らを恥知らずにしないために

彼らを見守る神よりその名を聞かれ

名乗りに必要な礼儀を満たし彼は名乗る

「ミラのルカティエルです...」

ここはどこなのか?何が起きたのか?

余りにも多い疑問とマジかこいつといった空気が男を包む、だが

友の名を世界に刻む

己の為さねば為らぬ事はただそれだけだと

そう絶望を焚べる者は思う

 

血の話

 

ある闇派閥の隠れ家にて佇む男

男が身にまとうは数多の血この隠れ家を利用する闇派閥のもの

この地を治める秩序を砕かんと闇より闇へ

地下より地下へ隠れ潜み嘆きの螺旋を作る者ら

その果てにこそ魂の安らぎを求め

されど彼らに与えられるは予期せぬ死

彼らがもっとも忌み嫌うそれのみ

それが慰めにはならないだろうが

嘆きを忌みながら嘆きを生み出す愚かしさの代償にはなるのだろう

 

男はかつてヤーナムにて月の香りの狩人と呼ばれた者

己が体を蝕む病を消し去るそのすべを求め

忘れられた古都へとたどり着いた病める者らの一人

されど古都にて病との戦いの記憶(過去の記憶)を代償に得たものは

安らかな体と安らがぬ夜

抑えられぬ本能()を狩り、愚かな知性(医療者)を狩り、理解の叶わぬもの(上位者)を狩り

されど夜は巡り悪夢は覚めず故に狩りも終わらず

だが気が付けばこの地の空を見上げていた

呪いに侵されぬ地へと至った喜びは

されど安息の地(悪夢)でもなお揺るがぬ道理により揺らぐ

即ち狩る者(狩人)があれば狩られる獲物()があるのだと

ここはどこなのか?何が起きたのか?

余りにも多い疑問が男を包むだが

獣が居ればそれを狩る

己の為すべき事に変わりはない

そう狩人は思う

 

 

 

かくして風の生まれる前は語られた

 

されど彼らは悍ましく故に語られぬ

 

ならば語られるべきは風の吹いた後

 

彼らのその後

 

オラリオより闇派閥は失われ

 

暗黒と例えられた時代は終わった

 

されど失われた後は新しきが生まれる

 

ある廃教会それをホームとした新たなファミリア

 

そのファミリアの名は...




やった
やってしまいました
もはや後戻りはできんぞ
そう覚悟を決めるために
この後書きを書き
投稿しています

いつまで続くかはわかりませんが
気力と体力と妄想力が続く限りは続けたいと思います
お付き合いいただければ幸いです


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ルーキーの話
主人公 きたる


主人公
小説或いは劇の中心となる存在
喜劇に間に合わなくとも、悲劇に間に合わなくとも、始まりに間に合わなくとも
その見せ場と、終わりに間に合えば主人公を名乗ることはできる
それが受け入れられるかはどうかとして


「おら、俺たちは忙しいんだ。とっとと帰んな」

 

 その言葉と共に感じる、わずかな時間の浮遊感と衝撃。

 ぐぇ、なんてみっともない音が、僕(ベル・クラネル)の口から洩れる

 

 

 

 

 

 「男なら、一度はハーレムを築き上げようとしなきゃならん」

 

 「ダンジョンには男に必要なものがすべてある、富、名声、冒険」

 

 僕の唯一の家族だった祖父の言葉。

 未だ理解できないその言葉を頼りに、祖父が居なくなった後この街(オラリオ)へと僕は来た。

 遠くから馬車に揺られながら街を見たとき、僕の心の中によぎった寝物語の英雄譚。

 それは道中出会った、町までの間の話し相手と、手伝いを引き換えに馬車に乗せてくれた、親切な人へお礼をして別れた後、すぐ現実によって潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 「いいですか。

 まず、ダンジョンに入るためには、ファミリアに入り、ファミリアの主神よりファルナを受ける必要があります。

 

 次にファミリアの先輩達からでも、ギルドの記録からでもいいですが、ダンジョンの危険性について学ぶ必要があります。

 

 次に武器に防具、ダンジョントラップを掻い潜るためのアイテム、怪我を癒す為のポーション、その他必要なものを用意する必要があります。

 

 次に時に助けられ、時に助ける仲間。そして仲間との連携を鍛え、互いに信頼し合い、背中を任せあえるようになる必要があります。

 

 細々としたものを挙げればきりがありませんが、少なくともこれらの条件を満たしていないうちは、ダンジョンに潜るなんて夢のまた夢です。

 

 分かりますか?」

 

 「あー...えっと...つまり僕はダンジョンに入れない?」

 

 「当たり前です。分かったらファミリアに入って、常識を教えてもらいなさい」

 

 オラリオの中心を貫くようにして立つ巨塔バベル。その下にあるというダンジョンに潜る冒険者。

 その冒険者となり、冒険をして富と名誉を得る。そして「ハーレム」を作るという僕の夢は、ダンジョンに潜るという第一歩...のかなり前から頓挫していた。

 

 

 

 

 ダンジョンに潜ろうとした僕を待ち構えていたのは、周りの強そうな冒険者達からの変なものを見るような視線と、警備の為にいたギルドの人による「坊主、どこのファミリア所属だ?」という質問(難問)だった。

 

 その質問に答えられないでいると、ギルドの人はため息をついて「新人研修だ」と後ろの方に声をかけ、その声に反応してきれいな女の人が出てきた。

 僕のいたところ(田舎)では見られないような、美人のお姉さんに目を奪われていたのはほんのわずかの間で。

 お姉さんの口から飛び出す言葉の数々が僕の心をぼこぼこにする。一時間ほどの授業の後、ファミリアに入って一から学びなおせ、という意味の言葉とともに僕は解放された。

 正直かなり心に来たし、お腹は空いたし、気持ちが落ち込むのが分かったけれど、それでも僕は夢をあきらめきれなかった。

 そうだダンジョンに入るにはファミリアに入る必要がある、逆に言えばファミリアに入ればダンジョンにも入れる。

 そう思えば落ち込んでいる暇なんてない。

 

 「よーし、まずは僕を入れてくれるファミリアを探すぞ!」

 

 そう大きく声に出し気合を入れなおす。

 オラリオには数え切れない程のファミリアがあるんだ。僕を入れてくれるファミリアもすぐ見つかるだろう。

 そう思ってオラリオ中のファミリアに、入団希望を出しに行ったけど、結果は冒頭の通り。

 

 

 

 「何がいけなかったのかな...」

 

 トボトボとオラリオの整備された道を通りながら、僕は反省していた。

 今日受けた入団テストはすべて不合格。

 確かに僕のこの細い体じゃあ、あの時見た冒険者みたいに強く見えないだろう。

 それでも体の大きい、小さいによる差なんて、モンスターと人間の差に比べたら小さいものだ。

 

 その差を埋めるために、冒険者は神の眷族となり、神の恩恵を受ける。

 そうして強くなった冒険者は、すごい人ならたった一人で何千人いや何万人という、神の恩恵を受けていない集団に勝利できるようになる...らしい。

 

 とにかく強くなった冒険者はダンジョンに潜り、多くの富を持って帰る。そしてそれを自分の神様に捧げる。

 そうやって恩恵を与える神様と、その眷族たちのことをファミリアと呼ぶ。

 

 神の恩恵を受ければ強くなれる、強くなれば富を得られる、富を捧げれば神様にも気に入ってもらえる。

 神様に気に入ってもらえれば、ステータス更新によってもっと強くなれる...というのが、ギルドの人による授業で習った、冒険者の生活のサイクルだった。

 

 でも逆に神の恩恵を受けられない、受けられないから強くなれない、強くなれないからお金がない、お金がないから...いや、これ以上は気が滅入る、やめよう。

 

 とにかく僕が、僕の行きつく所かもしれない所から目を逸らしていると、どこからかいい匂いがしてきた。

 

 

 

 

 

 「いい匂いだなあの屋台。あっ、あっちにはジュースの屋台がある。うう...お腹が鳴りそう」

 

 匂いにつられて歩いていくと、屋台が道の両側にたくさん出ている道出た。

 どの屋台からもいい匂いがしてくる。

 あんまりたくさんご飯を食べるほうじゃない僕でも、今ならこの道に出ている屋台の食べ物、全部を食べられる気がしてくる...お金さえあれば。

 

 「いや、このお金は僕の大事な生活費。無駄にはできないぞ。

 ああ、でもファミリアの入団試験の時にお腹が鳴ったら、それだけで落ちちゃうんじゃ...。

 いや、そう考えるなら、今は何も食べずに明日の朝食べるべきだよね?」

 

 財布の中にあるお金とにらめっこしながら、買うものを決めようとするけれど、なかなか決まらない。

 いや決まることには決まるのだ。

 そのあとすぐ、もっと美味しそうなものが目に入るだけで。

 そうなるとまたお金とにらめっこが始まる。

 

 「うわあ!?」

 

 「ふぎゅ?!」

 

 そんな風にしていたからだろう。

 周りの物が目に入らなくて、誰か人にぶつかってしまった。

 

 声からすると女の子だ。女の子にぶつかってしまったらしい。大丈夫だろうか。そんなことを考えながら手を差し出す。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 「うん?ああ平気さ。ちょっとびっくりしただけ...おーい君の方こそ大丈夫かい?」

 

 「あっ!...えっとごめんなさい。まさか神様が歩いてるなんて思わなくて。」

 

 差し出した手をつかんだのは、黒くて長いきれいな髪を2つ横で結んでいる少女だった。

 そのあまりの美しさに見惚れていると、立ち上がった彼女は僕の目の前で手を振りながら 僕に話しかけてくる。

 すると、まるで冬に外で雪で遊んだ後、冷えた体をお湯に入れた時みたいに、体中がピリピリする。

 これは《神威》!?

 ビックリする位きれいな姿に、人間じゃ絶対に出せない《神威》。

 僕はどうやら神様にぶつかってしまったらしい。

 

 

sideヘスティア

 

 「ヘスティアちゃん、もう上がっていいよ。ああそれにこれも持って帰んな、残してたってどうせ腐るだけなんだから」

 

 「えっ...そんなまだ時間には早いんじゃないかい?それにそんなにたくさんのジャガ丸くんも持って帰っていいのかい?」

 

 「うちの人がね、腰をやっちまってね、どうしようもないんだよ。今から薬を買いに行かなくちゃいけないんだけど、ほらここからじゃ遠いだろう。

 いまからじゃあ急いでも書き入れ時は過ぎちまうからね。ならもう店仕舞いしてから行こうと思ってね。」

 

 

 ボクがジャガ丸くんの屋台で働いていると、店長のおばちゃんからまだ時間じゃないのに上がっていいと言われてボクはびっくりした。

 それに余りのジャガ丸くんを沢山持ってきて、持って帰るように言う。

 

 聞いてみると、おばちゃんの旦那さんが腰を痛めてしまったらしい。ボクに何かできることはあるか聞いたけど、おばちゃんは笑って。

 いいって、いいって。たまには家に先に帰って、家族にお帰りって言ってやんな。そう言って屋台をしまいに行ってしまう。

 

 

 

 

 

 「なんだか変な気分」

 

 思ってもみなかった早上がり。

 いつもの帰り道もなんだか違う気がする。そのままホームに帰るのは、なんだか勿体ない気がして、寄り道をしてみる。

 いつもは一生懸命働いているから、気にしたことはなかったけど。あの屋台美味しそう、あそこの屋台は呼び込みの声が一番大きい。そんなことを考えながら歩いていたからだろうか。

 

 

 

 「うわあ!?」

 

 「ふぎゅ?!」

 

 誰かにぶつかってしまったようだ。

 

 

 

 

 

 「大丈夫ですか?」

 

 「うん?ああ平気さ、ちょっとびっくりしただけ...おーい君の方こそ大丈夫かい?」

 

 「あっ!...えっとごめんなさい。まさか神様が歩いてるなんて思わなくて」

 

 ボクがぶつかってこけた衝撃で、ジャガ丸くんを落とさないようにしていると、僕の前に手が差し伸ばされる。

 掛けられた声は多分、さっきボクと同時に悲鳴を上げた声。ボクがぶつかってしまった人物が、手を伸ばしている。

 その手をつかんで起き上がり、ジャガ丸くんが無事なことを確認し、無事を伝える。そしてぶつかった相手に向き直り、相手の無事を確認しようとする。

 

 白い髪に赤い瞳、そして全体的に小さい体。

 ボクが日頃見ている子どもたち(眷族)より年下であろうことを考えても小さい。

 そんなウサギを思わせる彼は頬を染め、目を見開き、口は半分空いたまま、視線はどこか宙を彷徨っている。

 少し近づき声を掛けながら、顔の前で何度か手を振る。ハッとしたように焦点があった彼は、こちらに謝罪の言葉を投げかけてくる。

 




続きました
続いてしまいました
少なくともこの連休が続くまでは毎日更新したいですね

ベル君オラリオに降り立つの巻きです
フロムのクロスオーバを名乗るのに
フロムのキャラクターが出てこない小説があるらしいですよ
この作品なんですが

おかしいですね予定ではホームに着いて
ほかの眷族とあいさつする予定だったんですが
私前作の後書きでも似たようなこと言ってましたね
偉大なる先人様たちが書いても書いても
書こうとしている所にたどり着かない
と言っていたのを今実感しています

次の話でこそホームにはたどり着く...はず


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空腹を癒して

空腹
心が弱るときはお腹が減り体が冷えたとき
空腹時の思い付きにいいものはない
腹が減っては戦はできぬ

そんな言葉と共に知られる
生きていくうえで切り離せないつらい状況

だが生きていれば空腹になるということは
ひっくり返せば空腹であることは生きているということ
そう受け取る者も世の中には多い

いずれにせようまく付き合っていくしかないのだ最期の時まで


 神様にぶつかってしまった。

 そう気が付いた僕は、とにかく頭を上下させて謝っていた。

 

 もしかすると神様同士のつながりで、ぶつかってきたのに謝りもしない無礼な奴がいた、なんて伝わるかもしれない。

 そうなれば、ただでさえ希望が見えないファミリアに入る、という僕の目標は絶望的なものになるだろう。そんな考えを含んでいた行動。

 

 だけど一番大きかった理由は、僕は神様が立派なことを知っているからだ。

 

 人はモンスターよりずっと弱い。

 なんでも大昔、ダンジョンからモンスターが出てきた当初は、人間はモンスターに追われて、どんどん住む所が無くなっていったらしい。

 

 このままではどこにも住めなくなる。そんなときに、神様たちが空にある神様の住む世界(天界)から降りてきて、人に神の恩恵を与えたのだ。

 

 神の恩恵を受けた人たちは、モンスターたちに負けないで戦い続けて、いつしか英雄と呼ばれるようになった。

 寝物語でおじいちゃんが話してくれたそれを聞いた時、僕の心には英雄へのあこがれと、神様たちへの感謝の気持ちが生まれた。

 

 だから誠心誠意、心が伝わるように謝ったんだけど、僕がぶつかってしまった神様は、ぽかんとした顔をした後、僕と同じように頭を上下させた。

 

 「そんな...神様頭を上げてください。悪いのは前を見てなかった僕なんですから。」

 

 「いや前を見てなかったというなら、ボクもそうだ。ボクだって悪いんだよ。」

 

 

 そんなことを言いながら、互いに頭を下げて、相手の頭を上げさせようとする。

 そんなやり取りを続けるうちに、「食べ物はまだか」と言わんばかりに、今まで何も食べていなかった僕のお腹から、抗議するようなくきゅるるる...という音が鳴る。その音を聞いた僕と神様は顔を見合わせ、どちらともなく笑いだしていた。

 

 「お腹が空いているのかい?ならこれを分けてあげるよ。バイト先のあまりもので冷えちゃっているけれど、遠慮せずにさあお食べよ。」

 

 「じゃあいただきます。」

 

 

 ひとしきり笑った僕と神様。

 神様は思い出したように、自分の荷物からジャガ丸くんという食べ物を取り出し、僕の手に押し付けるようにして渡した。そして自分も一つ取り出すと齧り付き...

 

 フゴッ!?

 

 奇妙な声を出した。

 

 「だ、大丈夫ですか?」

 

 「いや大丈夫だよ、ちょっと衝撃が強かっただけ...まさか小豆クリーム味が当たるとは

 

 

 目の前で起きたことに驚いた僕は、神様に近づこうとするが、手のひらをこちらに向けて制止する神様。

 その言葉通り、驚いただけで特に何かがあったわけでもないようだ。

 そんな出来事の後で、手の中にあるこれ(ジャガ丸くん)を口にするのは勇気のいることだけど、思い切って口にする。

 

 ...おいしい。

 かみしめる度おいしい味が染み出てくる。お腹が空いていたこともあり、僕はすぐに、食べることに夢中になった。

 

 

 

 

 

 「ふーん、じゃあベル君はそのおじいちゃんの言葉がきっかけでオラリオに?」

 

 「そうです。僕の唯一の家族だったから...ちょっと変わった所もあったけど」

 

 

 それほど大きいわけでもないジャガ丸くん、それを食べきるのにそれほど時間はかからなかった。

 僕が食べ終わるのとほぼ同時に、神様も食べ終わる。お腹に食べ物が入り、動く気にならずゆったりする僕に、神様はいろいろと話しかけてきた。

 ジャガ丸くんの屋台で働いていること、そこの旦那さんが腰を痛めてしまい、薬を買いに女将さんが行かなくちゃいけなくなったこと、そのおかげで早く帰れること、お土産としてもらったのがさっき分けてもらったジャガ丸くん(の一部)だということ。

 

 そのおかげで僕はジャガ丸くんをもらえたんですから、旦那さんには悪いですけどラッキーですね。

 そう言った僕に対して神様は「次は君の番だぜ」といった視線を向けてくる。

 

 お腹が空いているところに、食べ物を恵んでもらった僕には、断るという選択肢はなく、僕は自分の話を話し始める。

 

 田舎で祖父...おじいちゃんと二人暮らしだったこと、おじいちゃんから毎夜寝物語としていろいろな英雄譚を聞かされたこと、おじいちゃんが居なくなった後英雄になろうとオラリオを目指したこと、...そして今日一日のこと。

 

 

 

 「うん...なら...これを...したら...

 ベル君。ボクは君さえよければ君をボクのファミリアへ勧誘したいと思っているよ」

 

 「えぇっ一体何でですか僕なんて...」

 

 「理由?そんなものボクがしたいから。それだけで十分さ」

 

 間に挟まれる相槌に促され。うっかり、とてつもなく恥ずかしい今日一日の出来事まで話してしまった。そのことに気が付き僕は頭を抱える。

 そんな僕を無視して、神様は何かつぶやいている。

 そう思っていると急に名前を呼ばれる。

 びっくりして跳ねるように背を伸ばす僕に、神様はファミリアへの入団のお誘いをかけてきた。

 

 突然のことにびっくりして、何を言えばいいかわからない。

 途切れ途切れ何とか口にしたのは、何故?という疑問。

 

 それを打ち砕くように、胸を張り断言する神様。

 その姿があまりにも美しく見えたから僕は

 「はい、よろしくお願いします。」

 そう返事をしていた。

 

 運命の瞬間と言うには、あまりにもきっかけが馬鹿らしく。思い出と言うには、あまりにもありふれた場所での出来事。

 それでも僕の運命はこの時大きく変わったんだ。

 

 

 

Sideヘスティア

 

 ぶつかってしまった。そう気が付いた少年は、頭を上げたり下げたりして謝っている。

 その必死な様子を見れば、彼が上辺だけの謝罪を繰り返しているのではなく、本心から相手を敬い、そして謝っているのが解る。

 

 ボクはめったに見られない本気の謝罪に気を取られ、一瞬ポカンとするがすぐに謝る。

 

 只でさえ評判の良くないボクのファミリア(ヘスティア・ファミリア)、その主神である僕が、見るからにオラリオになじめていない新人に一方的に謝らせていた。

 そんな風説がたてば、新しい加入者(眷族)は絶望的だろう。そういう考えも心のどこかにあった。

 

 だがボクを動かしたのは、久しく向けられていなかった、まじりっけなしの敬意だった。

 

 勘違いしてほしくないのは、ボクはボクの子どもに対して、不満を持ち続けているわけではないということだ。

 ただ日ごろから、もっとボクのことを敬ってもいいだろう。そう思い日々過ごしているだけで。

 そんな中久しぶりに受けた崇拝の念。

 多少の失敗も許すのが神情というものだろう?そう心の中で誰も聞いてないし、知られて居ないのに言い訳する。

 

「そんな...神様頭を上げてください。悪いのは前を見てなかった僕なんですから。」

 

「いや前を見てなかったというならボクもそうだ、ボクだって悪いんだよ。」

 

 互いに謝りあいながら、ボクと少年は相手に謝罪を受け取らせようとする。

 ふと、何やっているんだボクは。そんな気持ちが浮かんだ瞬間、くきゅるるる...少年のお腹が鳴いた。

 思わず顔を上げれば、お腹を押さえ恥ずかしそうに、こちらを見る少年と目が合い、思わず吹き出してしまう。そしてそれにつられるように笑いだす少年。

 

 「お腹が空いているのかい?ならこれを分けてあげるよ。バイト先のあまりもので冷えちゃっているけれど、遠慮せずに、さあお食べよ。」

 

 「じゃあいただきます。」

 

 ひとしきり笑い、ボクは荷物からお土産にと渡されたジャガ丸くんを渡す。

 少し冷めてしまっているだろうが、それでも十分に美味しいだろう。

 少年(ベル君)の手に押し付けるようにして渡した後。ボクの分も取り出し、かぶりつく。

 途端に口の中に広がる、小豆の風味とクリームの甘み、あまりの衝撃にちょっと変な声が出る。

 

 ジャガ丸くん小豆クリーム味

 その名前から想像されるゲテモノ感とは裏腹に、品質の良い小豆と甘さ控えめのクリーム、そしてそれらをしっかりと受け止めるジャガイモ自体の旨味。これらを絶妙なバランスで成り立たせた一品。熱狂的なファンも多い。

 

 そんな食レポじみた考えが脳裏をよぎる。

 美味しいのだ...美味しい事は美味しいのだ。

 ただ覚悟せずに口の中に入れる味ではないだけで。

 

 「だ、大丈夫ですか?」

 

 「いや大丈夫だよ、ちょっと衝撃が強かっただけ...まさか小豆クリーム味が当たるとは

 

 

 こちらを心配するベル君に、手のひらを向け制止する。

 事実変なものが入っているわけでもなく、ビックリしただけなのだから。落ち着いたボクは、おっかなびっくりかじりつき、味を確かめるように咀嚼し、そのおいしさに目を光らせるベル君を眺める。

 よかった、これで妙な味に当たったら罪悪感がひどい。そう考えながらボク自身ももう一口食べる、衝撃に備えながら。

 

 

 

 

 

 「ふーん、じゃあベル君はそのおじいちゃんの言葉がきっかけでオラリオに?」

 

 「そうです。僕の唯一の家族だったから...ちょっと変わった所もあったけど」

 

 

 食べ終わった後。

 お腹をさすりながら、ゆっくりするベル君にボクは色々話しかける。

 アルバイトをしていること、アルバイト先の旦那さんが腰を痛めて早上がりになったこと、さっき分けたのはお土産にともらったものなこと。

 話し終わったボクにベル君は、いたずらっ子めいた表情で、そのおかげで一緒に食べられて幸運だったと言う。

 

 その表情にドキッとしたのを隠しながら、「ベル君の話が聞きたいな」そう口にすることなく見つめると、伝わったのか話してくれる。

 

 田舎でおじいちゃんと二人暮らしだったこと、毎夜寝かしつけるために話してくれた英雄譚、そしてそこに登場する英雄に憧れたこと、おじいちゃんが居なくなった後オラリオを目指して英雄になろうと決めたこと、そして今日一日中オラリオ中のファミリアに入ろうとしたがどこもダメだったこと。

 

 

 

 

 

 「うん、どこにも所属してないなら問題ないよね。これを逃したらきっと後悔する。

 ベル君。ボクは君さえよければ君をボクのファミリアへ勧誘したいと思っているよ」

 

 「えぇっ一体何でですか、僕なんて...」

 

 「理由?そんなものボクがしたいから。それだけで十分さ」

 

 

 頭を抱えているベル君に聞かれないよう、小さくつぶやきながらボクは考えを纏める。

 意を結して声をかける、弾かれたように背を伸ばすベル君。

 ファミリアへの勧誘を行うと、混乱しているのが目に見える。

 

 伸ばした背をだんだん曲げながら、ベル君は問う。勧誘した理由は何ですかと。

 

 ボクは胸を張って答える、理由なんてない。

 

 しばらくの沈黙...十秒か一分か。

 そんなに経って居ないなんて分かり切っているのに、長く感じる無言の時間。

 

 もっとしっかりと考えてから答えるべきだった。そう後悔の念が頭をよぎると同時に

 「はい、よろしくお願いします。」

 ベル君はうなずいてボクの手を取った。

 

 これが運命だなんてボクは言わない。出会いの場所もあまりにも様にならない。

 だけどオラリオの暗黒時代。そういわれたあの時に小道で出会った彼、その時と同じくらい、いやもっと大きな出会いだとボクは確信している

 




ごめんなさい
またしてもホームまでたどり着きませんでした
大丈夫かベル君、君はいつになったらダンジョンに行けるんだベル君
このままダンジョンに潜らずエタる危険性もあるぞベル君

まあ冗談はさておき
プロローグ入れて三話もたつのに題名に入っている要素がいまだ一つも出てこない小説があるらしいです
この小説なんですがね
大丈夫ですかね読者の皆様詐欺だと怒ってませんかね
次は、次こそはフロム要素が出てくるはずですのでお許しください

またおまけ程度の登場人物紹介も投稿予定です
ケーキを買った時のフィルムについているクリームぐらいの気持ちでお楽しみいただければ幸いです


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神の恩恵を刻み

神の恩恵
地上に降りてきた神がその眷族に与える力

冒険者は自身の所属するファミリアの主神よりこれを受け
モンスターに匹敵するほどの力を得た冒険者はダンジョンに潜り富を得る
そしてその富を代償として神に捧げる

かつて天界より降りてきた神は
モンスターに追いやられた人にこの力を与えたという
そして人はその力を使いモンスターと戦い、その種を存続させた

ならば神は何を得たのか


 

 「じゃあ今からボクたちの拠点に案内して...もうこんな時間!少し急ぐよ、ボクの手を離さないで!」

 

 「え...あの神様ぁぁ?」

 

 

 僕ベル・クラネルはぶつかってしまった神様と意気投合し、ファミリアに入るように誘われた。

 だけれど今日一日失敗続きだった僕は、何故?とその理由を聞いた。

 それに対する神様の答えはあまりにも簡潔なものだった。

 

ボクがそうしたいから

 

 その姿があまりにも美しいから、見惚れながら僕はうなずいていた...。

 

 僕はさっきまでのことを思い出して、必死に今の状況から意識を逸らしていた。

 神様が僕の手を取って走り出している。そのことから。

 

 そう今繋いでいる柔らかい手や、その手を通して伝わってくる神様の体温、そしてさっきから後ろについて行っているからか、鼻をくすぐる甘い匂い。

 

 そんなものなんて僕は考えてない。

 そんなものなんて僕は感じていない。

 

 

 

 

 

 「ああよかった、どうやら間に合ったみたいだ。」

 

 「あのー?神様?」

 

 「ああベル君、ここがボクたちヘスティア・ファミリアの拠点さ。」

 

 「えっと...雰囲気のある建物ですね?」

 

 「うん...君のそういう所嫌いじゃないけど、その意見はだいぶ苦しいね。はっきり言っていいんだよ、ぼろっちいって。」

 

 

 道の奥に入れば入るほど影は濃くなり、道がどんどん複雑になる。

 最初は触るのも躊躇った神様の手、それが唯一の道標。

 いつの間にかぼくは縋りつくようにして進む。そして気が付けば神様の足が止まっていた、到着したのだろうか、そう思いそっと手を離す。

 

 そんな僕を気にも留めず、こっちを振り向いた神様は、満面の笑みで後ろにある建物を指さし言う。それがファミリアの拠点であると。

 

 何とか振り絞って僕の出した言葉は、苦笑いと共に受け取られ。はっきりと言われる、ぼろっちいと。

 屋根は落ちたのか焼けたのか、はたまた飛ばされたのか、半分ほど無くなっており。教会の外の壁には、雨風と時間による汚れが染みつき、更に植物の蔓が絡みついている。

 とても人が住んでいるとは思えない建物、それが僕の目の前にあった。

 

 「とりあえず荷物を中に置いて来るけど、ついてくるかい。」

 

 「神様を疑うわけじゃないんですけど、これ入っても大丈夫なんですか?」

 

 「うんまあ、その意見は当然だけど。これでもいろいろ補修してあるから心配しなくても大丈夫だよ。」

 

 「...」

 

 「補修したならもう少し綺麗にしたらどうか、って言いたいんだろうけど、色々あるんだよ。まあおいおいね。」

 

 

 そんな教会に荷物を置いてくる、そう言って神様はついてくるか聞いてくるが、思わず入っても大丈夫なのか聞く。

 僕の問いへの答えは、眷族たちによる補修がなされているから、大丈夫とのこと。 当たり前ではある、誰が好き好んで今にも壊れそうな家に住もうとするのか。

 それと同時に湧き出た疑問は、自分の中に押し込めた...そう思っていたが、神様にはお見通しだったようで、いろんな理由があるんだよと肩をすくめられる。

 

 「そこは床が抜けそうだから気を付け「うわぁ!!」ベル君?!」

 

 「ごめんなさい、床を踏み抜いてしまって」

 

 「まあよくあることだから気にしなくていいよ」

 

 「でも家を壊してしまって!!」

 

 「ここには住んでるけど、上はそんなに使っているわけじゃないし、いいよ」

 

 「? それってどういうことですか?」

 

 

 そんなやり取りの後、扉をくぐって教会に入る神様の後ろに続く。

 中に入れば、ある程度綺麗になっているのだろう。その僕の考えはあまり当たっていなかった。

 歩くだけでぎしぎしと軋み、今にも穴が空きそうな床。

 その有様に「こんなところに住んでいるんですか?」と先程までの疑問が再びもたげる。それが悪かったのだろう、床を踏み抜いてしまった。

 

 謝る僕に神様は「大したことじゃないから気にしないで」と言うが、家を壊してしまったことに僕は落ち込む。

 だが神様は「まあ家だけど家じゃないから」なんて言う。その言葉を聞いた僕の頭には、疑問がいっぱいだった。

 

 そしてその疑問は、神様が地下に続く階段を見せてくれたことで解決した。

 

 

 「よし、今日の晩御飯だしジャガ丸くんはここにおいておけばいいかな」

 

 「神様、少しいいですか。この扉達、なんでこの周りだけ壁が違うんですか?」

 

 「うん?ああそこは君の先輩たちの部屋だよ。確か灰君と狩人くんがこの教会をソウルの業と神秘で補修した時、空間を歪めて「おや?誰かいるのですか?」

 

 

 地下にこんなペースがあるなんて、まるで秘密基地みたいだ。

 物珍しさから周りを見渡していると、そこだけまるで切り取ったみたいに壁が変わっている三つの扉を見つける。

 荷物(ジャガ丸くんの入った袋)をテーブルの上に置き、一息ついている神様に尋ねると、先輩団員の部屋であり、空間を歪めている。

 そう聞こえ、思わず話を遮りどういう事か聞こうとすると、頭の上で床がきしむ音と少年の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 「お帰り九郎君、今日はどうだった?」

 

 「ただいま戻りました、“へすてぃあ”様。今日も繁盛しておりましたよ。」

 

 「おや?そこの御仁は?」

 

 「初めまして僕はベル。ベル・クラネルと言います。」

 

 「ベル君は今日から、ボクたちの新しい家族になるんだよ。」

 

 

 神様と主に上に戻ると、僕よりも小さいくらいの少年がいた。

 彼は神様を見つけると頭を下げ、あいさつをする。神様もまた少年に「九郎君お帰り」と声をかける。どうやらヘスティア・ファミリアの団員のようだ。

 

 それが終わると僕の方に目を向け、誰なのか聞いてくる。

 彼からすれば僕は。自分の拠点に主神といる見知らぬ人物だ。気になるのも当然だろう。自分の先輩にあたる人物に手を伸ばしながら名乗る。

 嬉しさを隠しきれていない声で神様は、僕が新しい入団希望者であることを告げる。

 

 「なんと、世の中は広いですね。まさかこの“ふぁみりあ”に新入りが来るとは。」

 

 「それ、どういう意味だい。」

 

 「言って良いの「聞きたくないね。」

 

 「なら最初から聞かねば良いでしょうに。

 ああすいません、“べる”殿と言いましたか。私の名前は九郎。

 この“へすてぃあ・ふぁみりあ”の一員です。これよりよろしくお願いいた...」

 

 

 僕が新しい入団希望者であることを聞いた九郎さんは、目を丸くして僕の方を見ながら首を振る。

 その様子にどこか怒ったように神様が問いかけるが、九郎さんが答えようとすると、耳をふさぎ目を閉じ「聞きたくない」そう全身で表現する。

 

 その様子を見て苦笑しながら、再び僕の方を見た九郎さんは、名乗りながら僕の手を握り「よろしく」とあいさつをしようとする。

 だがその瞬間、僕の視界はオレンジ色の布で覆われた。

 

 「狼君?!ベル君は怪しい人間じゃないよ」

 

 「狼よ、それなる人物は新たなる私たちの家族。狼藉物ではありません。

 放しなさい、私は何も“べる”殿にされていません」

 

 「...御意」

 

 「うわあ!?」

 

 

 そう思った時には浮遊感を感じ、体の自由が利かない。

 何が起こったのかわからず、声も上げられない僕。だが九郎さんと神様の言葉を聞く限り、狼なる人物が僕を捕まえたらしい。

 

 僕の頭の後ろで低い声が聞こえると同時に、自由を取り戻す。

 急に体が動くようになり、僕は情けない声を上げる。視界が開けると、九郎さんの前にオレンジ色の服を着た男の人が跪いている。

 

 「大丈夫かいベル君」

 

 「ええはい、えーと何があったんです?」

 

 「すまぬ、“べる”殿。

 我が忍び狼が“べる”殿を狼藉物と間違え捕えようとしたのです。

 狼よ、そなたも謝りなさい」

 

 「...まことにすまぬ」

 

 

 解放された僕に神様が近づき無事を確かめる。

 何が起きたのだろう、さっきまでこの教会には僕と神様と九郎さんしかいなかったはずなのに。

 そう思い尋ねると、九郎さんが答えてくれる。跪いていた狼と呼ばれた人物に再び目を向ける。

 

 忍び或いは忍者。

 極東の方を舞台とする英雄譚に時々に出てくる存在だ。思わずまじまじと見ていると、九郎さんに謝るように促され、僕の目の前に来た狼さんが謝る。さっき僕たちが歩いたときは、ギイギイ軋んでいた床の上を音もなく動いている。

 

 「まあとりあえずお帰り狼君、今日はどうだった。」

 

 「...大事なく。」

 

 「狼さんは本当に忍者なんですか!」

 

 「...言えぬ。」

 

 「それってあれですか!!、忍びであることは隠さないといけないっていう!!!」

 

 「...」

 

 「べ、ベル君?少し落ち着こう?狼君も困っているし。」

 

 「ああ、ごめんなさい。でも僕本でしか「そんなことより、もう“ふぁるな”は与えたのですか?」...ファルナ?」

 

 

 僕に謝った狼さんはそのまま神様とあいさつをしている。

 その姿を見て僕は興奮する。いつか読んだ本にあった音もなく歩く姿、それを本当にみられるとは思わなかった。

 そのまま本当に忍者なのかを尋ねれば、少し間が空き返ってきたのは短い言葉。それがますます僕を興奮させる。

 勢いのままに詰め寄ろうとすると、あんまりだと思ったようで神様が、僕を落ち着けようと声をかける。その言葉に少し落ち着くが、困ったように目を逸らす狼さんに謝りながらも続けようとした言葉は、九郎さんの声にかき消された。

 

 「いやまだなんだ、悪いけどもう少しご飯は待っていてくれるかい。

 その代わり今日はベル君の入団祝いだ、ジャガ丸くんも沢山あるよ」

 

 「ふむ、なら私たちはおはぎでも作りましょうか。

 狼よ、せっかくじゃ小豆と黄粉を買ってきておくれ」

 

 「…御意!」

 

 「ふふふ、狼も楽しみにしているようですね。

 私は調理場でおはぎの準備でもして待っているとしましょう。」

 

 「じゃあベル君、ボクたちはこっちの部屋でするよ」

 

 

 ファルナ、神様が唯一この地上で振るえる力。

 その名前を聞いて、さっきまでとは別の興奮が僕の体を満たす。今晩はごちそうだよと伝えられた九郎さんは、狼さんにお使いを頼んで地下の一部屋に向かう。

 神様と僕はまた別の部屋へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 「じゃあベル君。今から君にファルナ、神の恩恵を刻む。

 そのベッドに服を脱いで横になるんだ」

 

 「ひょえっ、か、神様何を」

 

 「…何か変な勘違いをしてないかい。

 背中に直接ボクの血を垂らす必要があるんだよ」

 

 「…ごめんなさい」

 

 「よし、これが君のステイタスだよ」

 

 

 神様から急に、ベッドに服を脱いで横になれと言われてびっくりする。

 そんなトラブルもあったけれど、無事神の恩恵を受けることが出来たようだ。思っていたような力が溢れる、なんてこともなく、本当に刻まれたのかなと疑問も抱いたが。神様が見せてくれたステイタスの写しを見れば、間違いなく僕に神の恩恵が刻まれたのだろう。

 

 

 

 

 

 「じゃあ行くよ」

 

 「「ようこそベル君、ヘスティア・ファミリアへ」殿“へすてぃあ・ふぁみりあ”へ」

 

 「…」

 

 

 神の恩恵を刻んでもらっている間に、買い物に行っていた狼さんが帰ってきていたようで。

 僕と神様が部屋から出ると、そこにはお皿に盛りつけられたジャガ丸くんと、九郎さんたちがいた。

 神様と九郎さんが声を合わせて、僕の入団をお祝いしてくれる。狼さんも声は出していないけれど、優しい目で僕を見ている。

 

 それからは大変な騒ぎだった。

 食事中に、急にやっとまともにボクを敬ってくれる子供が、と泣き出した神様。そんな神様をなだめようと、九郎さんがその口にジャガ丸くんを突っ込むと、どうやら()()()だったようで、神様は奇妙な声を上げてひっくり返る。

 大丈夫ですかと僕がのぞき込めば、酒も入っていた...大事はない...そうおはぎを食べながら言う狼さん。

 

 夕食が終わった後、僕は九郎さんによって案内された部屋で横になっていた。

 九郎さんはもともと物置なのだが...と困った顔をしていたが、「ほかの人の部屋か元物置の部屋かの二択でこの部屋を選んだのは僕ですから」そう告げると、

 「そうかですか?なら明日も早いのでしょうお休みなさい」そう言い残し狼さんと共に扉の向こうに消えていった。

 

 こうして横になっていると今日一日のことが頭の中をめぐる、

 オラリオへとやってきたこと

 ダンジョンに潜れなかったこと

 ファミリアに入れなかったこと

 

 だけど神様に出会ってそして神の恩恵を受けることが出来た。

 ついに冒険者になれたんだという実感がわいてきて、僕は小さな声で

 「よーし明日から頑張るぞ」

 そう気合を入れて目を閉じた。




終わった
忍びと灰と焚べる者と狩人とダンジョン 連載編 完

冗談です
ようやくフロム要素を入れることが出来ました
ようやく九郎様と狼の出番をかけました
でもまだ題名的には1/5しか出てきてないのです
誰だこんな特盛小説を書こうとしたのは
私です

本当はベル君が狼に詰め寄るシーンはもっと長かったのですが
切りのいいところで終わりにするためにカットしました
君は文章を長くする達人なのかいベル君

次回はベル君ダンジョンに潜るの巻きになるはずです
今のところこの後書きの次回予告的中率半分なんですが当たるでしょうか
いやちゃんと書けよって話なんですけどね

所でこの小説を書くためにネットで調べたところ
ヘスティアがヘファイストスファミリアでごろごろして追い出されるまでが三ヶ月間
闇派閥がオラリオで暴れていたのが7年から5年前とありました
ロキ様これはどういうことだ
「独自設定や」
というわけでタグ増やしておきます
申し訳ありませんでした


それではありがとうございました


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装備を整え

装備
武器や防具に始まりポーションやその他細々としたものの総称
冒険者たちは命をつなぐためにより良い装備を求める
だが良い装備があれば命がつなげるとは限らない
己の外側を高めると同時に己の内側も鍛えるのだ

今回ポチョタロ様よりいただいた意見を元に文章体を変えてみました
どうでしょうか感想お待ちしています。



 「すまぬ、新しい団員の登録をお願いしたい」

 

 「新しい団員の登録ですね」

 

 「お手数ですが、お名前と所属するファミリアのお名前をお答えください」

 

 「ヘスティア・ファミリア。...狼と呼ばれている」

 

 「え”...ヘスティア・ファミリア?!こほん、失礼しました。

今担当の者が参りますので、しばらくお待ちください」

 

 

 僕がヘスティア・ファミリアに入団した1日が終わり、僕は狼さんと朝早くからギルドに来ていた。

 九郎さんが作ってくれた朝ご飯を食べながら、神様が1日に予定を聞くと、狼さんは短く「…ギルドへ」と、そう答える。

 ギルドに何か用事があるんだろうか、そう考えていると。「狼よ、それでは分からぬ、ちゃんと新人の登録に行くと言うのだ」そう九郎さんが補助をする

 そして「登録には時間がかかる、早めに出た方がいいでしょう」そう言ってお弁当を渡しながら見送ってくれた。

 

 朝の早い時間特有の、湿り気と冷たさが残る空気の中、僕は狼さんの後をついて行く。

 狼さんは最初、教会から出ると同時に、義手になっている左腕から鍵縄を出して壁に引っ掛けて登ろうとしたのだが。

 後ろから聞こえた「狼よ、ちゃんと普通の人でも通れる道で行くのですよ」という九郎さんの言葉に、僕でも通れる道を進んでくれている。

 

 そうしてしばらく歩くと見覚えがある場所、ギルドへと到着する。

 まだ太陽も高く昇っていないのに、多くの人が忙しそうに走り回っている。その様子に僕がびっくりしていると、狼さんは「...空いているな」そう小さくつぶやく。

 これでも空いているんですか?と聞き返そうとしたが、狼さんは空いている窓口に向かって移動していた。おいて行かれないように僕もその背中を追いかける。

 

 僕が追いつくと、狼さんは窓口で手続きをしていた。

 狼さんがファミリアの名前を言うと窓口の人は変な声を上げる。人が少ない(らしい)とはいえ、いや人が少ないからこそだろうか。その声はギルドの中に響き多くの視線が僕たちに刺さる。

 その視線に気を取り直したのか、小さく咳をして窓口の人は担当の人を呼びに行った。

 

 

 「狼さんこれで空いているんですか」

 

 「...ギルドは昼夜問わず働いている...だが冒険者には休息が必要だ...無論例外もあるが」

 

 「いえそうじゃなくて、こんなにたくさん人がいるのに空いてるって...」

 

 「...待たずとも空いている窓口があった、混むときは座って待つこともできない」

 

 「へ~ぇ僕には想像もできません」

 

 「ああああああああああああ!!!!またなの!!!!、また何かあったの!!!!」

 

 

 窓口の人がいない間に、僕はさっきの疑問を狼さんにぶつける。

 狼さんは、ギルドは働いていても冒険者が居ないから、冒険者の少ない朝は対応も丁寧だと返すが、僕が聞きたいことと少しずれている。

 僕が言葉を足して改めて聞くと返ってきた、混んでいれば座って待つこともできない、そんな言葉に僕はギルドの中を見渡し想像もできないそうつぶやく。

 そうしていると窓口の向こうから凄い奇声が聞こえてきた。周囲の視線がその声のした方向へ向く、がすぐに元の仕事へと戻る姿に違和感を覚える。

 そうださっき窓口の人が変な声を上げたときもすぐに元に戻ったのだ、まるでそれが日常であるかのように。

 

 

 「ヘスティア・ファミリア担当のエイナ・チュールです。それでご用件は何でしょうか」

 

 「新しい団員の登録に来た」

 

 「新しい団員の登録ですね...新しい団員?!誰なんですかそんな命知らずは!!

 

 「えっと...僕です」

 

 「白い髪に赤い瞳。君ね、昨日ファミリアにも入らずにダンジョンに行こうとした子っていうのは。

 いいかしら君はまだ若いの、そんなに命を粗末にするようなことをしてはだめよ、大体入るならもっとましなファミリアが────」

 

 「...ギルドの仕事は冒険者の補助、冒険するもしないもその者の自由のはず」

 

 「そうです、僕は冒険者になりにオラリオに来たんです。確かに僕は向こう見ずですけど、神様やほかの団員さんたちを悪く言われるいわれはありません」

 

 「...その通りですね、少し興奮してしまいました」

 

 

 奇声を上げながらやってきたお姉さん(エイナ・チュール)は、狼さんを見ると「なんだ狼さんじゃないの、じゃあ先に言ってよ」そう言い、随分と落ち着いた様子で窓口に座り挨拶をした。

 しかし狼さんがギルドに来た理由を話すと、またしても大声を出し。新しい団員を探し始めるので僕は小さく手を上げる。

 僕のことを目にとめたエイナさんは、僕の肩をつかみ上から下まで見つめると昨日の僕の行いを言い当てる、どうやら噂になっていたようだ。

 

 そしてそのまま僕に対してお説教を始める。

 はじめはそのお説教を聞いていた僕だが、だんだんとその内容がファミリアへの愚痴に近いものになっていくとさすがにムッとする。それは狼さんも同じだったのかギルドとしての職分を超えていると、そう呟き。それに僕も同意する。

 エイナさんは僕たちの言葉で落ち着いた様で、僕の肩から手を離し椅子に座りなおした。

 

 

 

 

 「以上で必要事項は終わりです、何か質問はありますか」

 

 「いえ特には」「...ない」

 

 「ではこれにて手続きは完了しました、処理に1日かかりますので、また明日以降おいでください」

 

 「えっ1日?じゃあ今日はダンジョンは入れないんですか?」

 

 「そうですね、ギルドとしてはまだファミリアに所属していないということになりますので」

 

 

 少し変な人なのかな?そう心の中で思ったが、サクサク必要な書類を用意し手続きを済ませていく姿に、その印象を変える。

 そして最後の書類が終わるとこちら側を見て、何か分からない事は無いか尋ねる。僕も狼さんも特には無かったが、その後続いたエイナさんの言葉に僕は固まる。

 処理は1日かかるらしい、しかもその間ダンジョンには入れないそうだ。

 

 人が増え始めたギルドから出て、1日の予定が崩れ去りどうしようか僕が悩んでいると、狼さんはいくぞ、そう言って進んでいく。

 どこに行くんです。そう、置いて行かれないように少し走りながら背中に問いかけると、狼さんは答える、装備を揃えにと。

 

 

 

 

 

 「わあすごい、この剣すごい立派ですよ狼さん」

 

 「...値段もな」

 

 「...わあすごい、この剣すごい値段ですよ...狼さん」

 

 「...そこではない、こちらだ」

 

 

 狼さんは最初から知っていたそうだ。そりゃそうだ、きっと狼さんが登録した時も1日掛かっただろうから。

 今日がダンジョン初日だ!と気合を入れていたのは僕一人で、九郎さんも手続きが終わった後、装備を買うための予算を、あらかじめ狼さんに渡しておいてくれたらしい。

 狼さんについて行くと着いた場所は、オラリオの中心にある塔バベル。その中にある装備を扱っているお店。

 そのお店のショーケースに飾ってある剣を見て、僕は思わずはしゃぐ。すごい立派な剣だ。しかし狼さんが値札を指さしたことで一気にテンションが下がる、すごい値段の剣だ。とんでもない(ゼロがたくさんついている)値札の剣から目を離す、どう考えてもこんな値段の物を買えるような予算はないだろう。

 

 うなだれる僕に声をかけて、狼さんが店の中に入ろうとして足を一歩踏み入れた途端

ヘスティア・ファミリア襲来ヘスティア・ファミリア襲来
大きな音がした。

 

 

 

 

 「いやすまない、てっきり俺たちは灰がまた来たんだと思ってな」

 

 「...ビックリしました」

 

 「...ベルは明日初めてダンジョンに入る。初心者向けの装備が欲しい。予算はこれだけだ」

 

 「おう、迷惑かけたお詫びだ。いいもん見繕ってくるからちょっと待ってな」

 

 

 その大きな音が周囲に響くと同時にたくさんの人がこっちにやってくる。

 「今日こそ年貢の納め時だ灰の野郎」「今日こそ逃がさねえぞ」

 そんなことを言いながら、手に縄や先の分かれた棒をもって。

 だが狼さんの姿を見ると、「なんだ狼の旦那かお前ら撤収だ」そう言ってほとんどの人が帰って行ってしまい、一人残った人は僕たちに謝る。

 

 まさかいきなり大きな音がするなんて思ってもみなかったし、その後のこと起きたことにもびっくりした僕は、思ったことをそのまま伝える。

 狼さんはそんな僕を見て袋を取り出し、中身を見せて残った店員さんに初心者向けの装備を求める。その注文を聞いた店員さんは、「ちょっと待ってな」そういってお店の後ろに消える。

 

 

 「?...あ!」

 

 「どうした」

 

 「灰って神様も言っていました、僕の先輩ですよね。それに狩人って人もいるって。僕がまだ会っていない団員はその二人だけなんですか」

 

 「...いや焚べる者と言う者もいる」

 

 「焚べる者?でも地下にある部屋の扉は3つだけでしたよね」

 

 「灰と同室だ」

 

 「仲がいいんでしょうか、それにその3人はどこへ?」

 

 

 何も起きなかったように静かになった店内で、僕はこんなに店員さんから恨まれている灰さんにびっくりしていた。うん?灰?どこかで聞いたぞ。

 そう記憶に引っかかる名前に思い出そうとする、そうだ拠点を補修した人の名前が灰だったはず、それと狩人さん。

 

 思い出したときに口から洩れた声を聞いて、不思議そうにこっちを見ていた狼さんに聞く。僕の先輩はその二人かと。

 すると狼さんの口から新しい名前が出てきた、僕の先輩はあと3人いるらしい。でも教会の地下にあった変な扉は3つ、そのうち一つは九郎さんと狼さんの部屋。残りは二部屋のはず、不思議に思って尋ねる。

 

 灰さんと焚べる者さんは同じ部屋らしい。

 狼さんと九郎さんが同じ部屋なのは忍びと主だからだろう、ならその二人の関係性は?それに昨日の食事の時も見なかったし、今朝もみなかった。今拠点にいないのかな?

 質問を狼さんにすると困ったようにうなり声をあげる、以外と狼さんってわかりやすい。

 そんなことをしていると店員さんが戻ってきた。

 

 「まずこいつが武器、ナイフだ。ここの下っ端が作ったんだが、値段の割にいい出来だ。

 次に防具、あんまり重いのはいらんだろう、こいつにしときな。それにこのバッグなんかを引っ掛けるとこもついてるから、何かと便利だ」

 

 「うわ、すごい量ですね」

 

 「まだあるぞ。

 こいつはブーツ。つま先に鉄が仕込んであるからちいと重いが、ゴブリンぐらいなら蹴りだけでやれるだろう。

 こいつは武器だとかを引っ掛けとくベルト。切れやすいから何本か持っておいて予備も切らすなよ。

 こっちはポーションだとかを入れるほうのベルト。中にクッションが入っているから、ぶつかったりしてもなかなか割れない様になっている」

 

 「...幾らだ」

 

 「まあ迷惑料込みで...こんなもんかね」

 

 

 机の上に並べられる装備の数々。思わず目を輝かせる僕に、店員さんは説明していく。

 

 小ぶりなナイフとそれより小さいナイフ何本か。「あんまり大きい物は上手に扱えないだろ」という言葉と共に。

 

 革の鎧。一見すると只の皮の服だが、何枚ものなめした皮を重ねたもので、刃物にも衝撃にも強いらしい。

 

 それにバッグ。中にたくさん入るし、体に掛けるだけじゃなくて、さっきの服にもくっつけることが出来るそうだ。

 

 次にブーツ。鉄が仕込んであるから、手に持った武器が使えないときの武器にもなる。

 

 使わないときに武器をかけておくベルト。消耗品だから何本も買っておいて、切れたら新しいのと交換しろ、ベルトは切れても予備は切らすなそんなギャグと共に。

 

 ポーションなんかを入れておくベルト。割れないよう工夫がしてあるけど、無理をすれば当然割れてしまうから、無茶はするなよなんて言われる。

 

 こうして見ると、武器や防具よりその周りの物の方が工夫を凝らしてある。

 そう口にすれば、狼さんが「武器も防具もある程度は無くてもどうにかなるが、そう言った身の周りの物はずっと必要になる」そう言いながら値段を確かめる。

 

 店員さんも「武器だとか防具だとかにもっと工夫を凝らすようになるのは、もっと上のランクからで、初心者にはこれぐらいシンプルな方が良い」と同意して値段を提示する。

 提示された値段は妥当だったのだろう、支払いを狼さんがする。どうやら予算は足りたようだ。

 

 

 

 

 

 「ああ旦那、訓練場を使うならこっちから連絡しとくがどうする」

 

 「...頼む」

 

 「訓練場?」

 

 「まあちょっとした広場みたいなもんでな、武器の試し振りにはもってこいなのさ。

 新しい武器を買ったやつ、あんた等みたいに新入りを連れてきたやつ、いろんな奴が使ってくとこさ」

 

 お金を受け取った店員さんが、全額しっかりとあることを確認した後、狼さんに聞く、それに狼さんは頼むと返す。

 訓練場?いったい何だろう、僕の口から洩れた言葉に店員さんが説明してくれる。

 

 バベルの中にある、いくらかの広さがある場所で。武器を振ったり練習試合をするのに向いている場所であり、それこそいろんな人が使う。だからあらかじめ場所をお店の方で確保してくれるサービスもあるらしい。

 そうして僕は振り心地を試したり、実際に色々つけて動いてみたり、一休みした後狼さんと戦闘訓練をしてみたり。

 そうしているうちにいつの間にか日が暮れていて、僕たちは拠点へと帰った。

 こうして僕のオラリオ生活2日目は終わった。

 




続いた
続きました
連休中4日続けての更新に成功しました
しかしながら連休が明けますので更新頻度はガクッと下がるはずです
次回はベル君唯に、やっとダンジョンに潜るの巻き
どうぞ気長にお待ちください

ついに名前だけですが灰と狩人と焚べる者が出てきました
次の出番は次章ぐらいになる予定なんですがね

私ついに分かったんですよ
行きたいとこまでの道中で文章が長くなるならワープさせちまえばいいって
そうしてワープさせた結果が五千字オーバーのこの話です
?おかしいですねむしろ伸びてます
初期の前作を読んでいただいた方はご存じかもしれませんが
一万三千字ほどの文章を1話にしてたんですよ
後から余りにも読みにくいだろうと今の形にしたんですが
その経験から大体三千字前後を目安に一話を書いていたはずなんですが
どんどん伸びてます雨の後の雑草かな?

以下は登場人物紹介に書くほどでもない人たちの紹介です
というか登場人物紹介に書くのは主にヘスティアファミリアの人物です
つまりヘスティアファミリア外の人物です

エイナ・チュール
闇派閥とその残党がオラリオから消えたのは大体5年前
エイナさんがギルド職員になったのも大体5年前
ええギルド職員としての職歴ほとんどをヘスティア・ファミリアに埋められた可哀そうな人です
見送った冒険者が帰ってこないそんな経験とは無関係ではありますが間違いなく可哀そうな人です
日々問題児が起こした騒ぎを治めるために翻弄している可哀そうな人です
そのせいで新しい団員であるベル君に考え直すように言いベル君と狼さんに怒られました
ベル君から僕のことはともかく神様と先輩たちのことを悪く言われる筋合いはないと言われましたが
むしろ文句を言う筋合いしかない人です、可哀そう

店員さん
ベル君は店員と勘違いしたが正確には冒険者であり用心棒の依頼を受けていただけの人
ついでに一緒に出てきた人たちも同じ
店のオーナーから灰を捕まえたら特別ボーナスを約束されていたので
ヘスティア・ファミリアの団員が踏むと鳴る警報を設置した仕事熱心な人です
別に店員でもないのに真面目に悩んでベルに初心者向けの装備を用意してくれたいい人です
ちなみに警報は店のオーナー以下全店員から気持ちはわかる痛いほどわかるでも外してと言われ外されました
つけっぱなしでもいいんじゃないかな
ちなみに接客態度が評価されて店員として引き抜きに合うという語られない話があるとかないとか

お疲れさまでした、ありがとうございました


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魔石を求めて

魔石
モンスターの体内にある石であり弱点
これを体内より失ったモンスターは灰となる
故にこれを砕くことで容易くモンスターの討伐が出来るが
ギルドに持っていくことでお金と交換できる
つまるところ冒険者はどこまで行ってもお金と命を秤にかける職業なのだ


 訓練場での狼さんとの戦闘訓練は厳しいものだった。

 僕が突っ込めば狼さんに転がされ、僕が守りを固めれば狼さんに転がされ、ならばと走り回ってみたら、先回りした狼さんにやはり転がされた。

 

 その合間合間に狼さんが短く助言をくれるから、それを頭の中で整理しながら次どう動くか考える。

 考えながら体を動かす、慣れない体験に僕は終わったらへとへとだった。...狼さんは息一つ切らしてなかったけど。

 

 とにかく訓練している間に日が暮れたので拠点へと帰る。

 初めての時は暗くて怖かった道だけど、へとへとだったこともあって気にならなかった...一人で通れって言われたら迷うからいやだけど。

 

 拠点に帰ると、先に帰ってきていた九郎さんと神様がご飯の準備をして待っていてくれて涙が出そうになった。

 

 夕食の席で僕は装備を買った時に浮かんだ疑問。僕のまだ会っていない三人の先輩団員について聞いてみた。

 神様が言うには、三人ともダンジョンの深層と呼ばれる37階層以降を主に潜っており。何日もかけて潜り、そこでモンスターを倒して魔石を集め、また何日もかけて地上に上がってくる、そのサイクルを行っていているらしい。

 

 「今は、ダンジョン内から地上に向かっているころじゃないかな、多分数日うちに顔合わせもできると思うよ。」とのことだった。 

 

 灰さんと焚べる者さん(しかし落ち着いて考えるとすごい名前だ、狩人さんや狼さんもなかなか変わった名前だけど)の仲については、九郎さんと神様どちらも何とも言えない顔をしながら唸る。

 

 一緒にダンジョンに潜るぐらいだし、仲が悪いわけじゃない、でも仲がいいと言われれば絶対に灰君が否定する、そんな仲。それがボクの言えることかな。あとはその目で見て確かめることだね。

 

 そう言った神様の言葉に、どんな人たちなんですか?と聞いた途端、神様の目が死んだ。

 「悪い子じゃないんだ、悪い子じゃ」そうぶつぶつと呟く神様に、話題を間違えたことを悟った僕は話題を変えるため、九郎さんへ装備のお金を出してくれたことのお礼をする。

 

 「ああ気にしなくとも良いのですよ、深層に潜れる者が三人もいるこのファミリアの蓄えは多いのです。」と答えていた九郎さんだが、「より高価な装備を求めるなら、自分で稼いだ分でお願いしますね」そう言って神様と同じように目が死ぬ。

 

 「えぇ自分のお金でお願いします、ツケはだめです、借金はだめです。」そうぶつぶつ呟きだしてしまう。

 狼さんに視線で助けを求めるが、「明日はダンジョンへ行く、ゆっくり休め」そう言って立ち去る。

 本当に問題があるなら狼さんが放って置かないだろう、と考え僕も自分の部屋で休む。

 

 

 

 

 

 

 「...ベルよ、今日はダンジョンへ行く。」

 

 「はい!今日が僕の初めてのダンジョンの日ですよね。」

 

 「まずは、ギルドへ顔を出す。」

 

 「はい!」

 

 

 翌日起きると、神様も九郎さんもいつも通りで、僕と狼さんを送り出してくれた。

 あの状態の二人を放って置いたことに罪悪感を感じるが、狼さんがついに今日、ダンジョンへ潜ることを口にしたことで僕の頭が変わる。

 ダンジョンに行く前に、ギルドへ向かう狼さんの背中を追いかけながら、僕は抑えきれない興奮に、胸を高鳴らせていた。

 

 

 

 

 「次の方どうぞ。」

 

 「ヘスティア・ファミリア...狼だ、昨日の新人団員登録の確認に来た。」

 

 「はい、新人団員登録の確認ですね。しばらくお待ちください。」

 

 「エイナ・チュールです。昨日はあの子と私が大変失礼しました。」

 

 「...気にせぬ」「僕ももう気にしてません」

 

 「ありがとうございます。新人団員登録についてですがこの通り無事完了しました。」

 

 「ほんとだ、僕の名前がある...というか九郎さんて団長だったんですか?!」

 

 「こほん、ギルドではお静かに。それで今日はこれからどうなされるのですか。」

 

 「...ベルと共にダンジョンへと潜る。」

 

 「そうですか、昨日出過ぎた真似をしたばかりですが。本来上層とはいえ、新人とベテラン二人だけでダンジョンに潜るのは危険な行為です、どうかお気を付けて。」

 

 「...うむ」「ありがとうございます!」

 

 

 ギルドに着くと、朝早く着いた昨日よりもっと人がいる。窓口に並ぶ人の列に僕たちも並び、少し待つと昨日の窓口の人が対応してくれた。

 狼さんが要件を伝えるとエイナさんがやってくる。

 昨日聞いた話では、ヘスティア・ファミリアが立ち上がってからずっと担当をしてくれている人だそうだ。

 

 エイナさんはまず最初に昨日のことについて謝ってくれた。

 窓口の人は新人さんで、噂のヘスティア・ファミリアにびっくりしてしまったこと、エイナさんはヘスティアファミリアに新人は入らないと思っていたところに来てビックリしてしまったこと、そう説明して改めて頭を下げる。

 

 狼さんと僕がその謝罪を受け取ると、エイナさんはまた頭を下げてから、ヘスティア・ファミリアと書かれた書類を見せてくる。

 団員の項目の一番下に僕の名前があることを確認して、エイナさんにお礼を言おうとする。その時団長の項目に九郎さんの名前があることに気が付く。

 びっくりして大きな声を上げてしまった僕に、咎める様な視線をエイナさんが送り、ごめんなさいそう言いながら僕は小さくなる。

 

 エイナさんは咳払いをしてこれからの予定を聞く。

 狼さんがダンジョンに潜ることを告げると、少し迷ったような表情をした後、ダンジョンが危険であること、無事に帰ってくるようにを祈っていることを口にする。それに返事をしながら僕たちはギルドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン

 オラリオの中心にある大穴。

 正確にはオラリオの中心に、ダンジョンがあるのではなく、ダンジョンとその上に立つバベルを中心に、オラリオが発展していった。

 

 上層と呼ばれる入ってすぐの階層は、洞窟のようになっているが。下に降りていけば、木々が広がるジャングルのようになっている階層。オアシスを思わせる美しい湖のある階層、などさまざまな階層がある。

 オラリオの産業のほとんどが、このダンジョンから採れる物資を利用している。

 

 いつか読んだダンジョンの概要。

 短くてほとんど冒険の役には立たなそうなそれ。

 だけどその頃の僕には、ダンジョンを知る唯一の手段で、何度も何度も読み返してはダンジョンを想像していた。

 

 そのダンジョンに僕は今から入る。

 そう思うと体が震える。オラリオに来た初日、何も知らないままダンジョンへと足を踏み入れようとした、あの時とは違う。

 覚悟を決めている間に、狼さんは手続きを済ませたみたいで。僕たちはダンジョンに飲み込まれるようにして入っていく、冒険者たちの流れに入っていった。

 

 

 「狼さん、まだ他の人は先に進んでいますよどうかしたんですか」

 

 「...あれはさらに下の層へ行く者らの流れだ。我らはここでどれだけ動けるかの確認をする。

 ...心配するな、少なくともこの位の階層に、俺より早いモンスターはおらん。」

 

 「...はい。」

 

 

 他の冒険者さんたちもみんな同じ方向、同じ道を通っていく。

 そんな中狼さんがある分かれ道に入っていく。危うく見逃して離れ離れになるところだった、そう思いながら理由を聞くと。あの冒険者さんたちは下に行くけど、僕たちの目的地はここで、戦いの練習をするとのこと。

 

 バベルでも狼さんとの練習試合をしたけれど、今からするのは練習じゃない、本当の命の取り合いだ。

 その考えが頭の中でいっぱいになり、僕の体を緊張が包む。それが狼さんにも伝わったのだろう、狼さんは僕の緊張を解くために、下手なジョークを言うが、僕は緊張でがちがちだった。

 

 

 

 

 

 

 「ベル...」

 

 「...はい。」

 

 「覚えているか、相手の数が多い時は。」

 

 「一対一を繰り返せ...ですよね。」

 

 「残りは俺が引き受ける、準備が出来たらいつでもやれ。」

 

 「分かりました。」

 

 

 分かれ道に入ってからしばらく進むと、曲がり角から声がする。ぎゃいぎゃい、うるさいことから、曲がり角の向こうにいるのはゴブリンだろう、それも複数の。

 

 狼さんが僕に聞く、訓練の時に言っていた言葉。

 相手の数が多い時は一人(いやこの場合は一匹か)との戦いを繰り返せ、その言葉を返せば、わずかに満足そうに頷く。

 戦っている間、残りは狼さんが受け持ってくれるらしい。僕は目の前の一匹に集中すればいい、そう思えば少し緊張もほぐれる。

 

 狼さんの言葉に頷き、息を吐き、吸う。そして曲がり角の向こうに出る。

 

 僕を迎えたのは3匹のゴブリン。

 僕より小さくて、僕より細い体だけど、数は馬鹿にできない。それは狼さんから散々教わったこと。

 まだゴブリンたちは何が起きたのか気が付いていない。

 飛び出た勢いのまま一番近くにいたゴブリンにナイフで切りかかる、狙うのは胴体だ。戦いの中目や首といった細い弱点や心臓のような体の中の弱点など最初は狙えない、武器をしっかり握りしめて一番大きい部分を狙え、狼さんの言葉が頭の中で思い出される。

 僕のナイフはゴブリンの胴体に吸い込まれ傷を作る。

 ぐぎゃと狙ったゴブリンは悲鳴を上げて倒れるが、倒れただけで死んでいない。今も悲鳴を上げ続けている。その悲鳴に背を押されるように、僕は曲がり角の向こう側、僕がいたところへと戻るように走り出す。

 

 ぐぎゃぐきゃ、逃がさないと言っているのだろうか。

 無傷のゴブリン二匹が追いかけてくる、だがそれは同時じゃない。僕が狙ったゴブリンの次に近いところにいたゴブリンは、僕のことを狙い思いっきり走っているが、一番遠かったゴブリンは、倒れているゴブリンが気になるのか勢いがない。

 僕が曲がり角を曲がって少しのところで止まり待ち構えれば、ゴブリンはまさか待ち受けているとは思わなかったらしい。

 驚いて固まる、好都合だ。再び胴体を狙って振るったナイフは大きな傷を作り、傷を抑えようと屈んだゴブリンの頭がおりてくる。

 ゴブリンぐらいなら蹴りでやれる、この靴を買った時の店員さんの言葉を思い出しながら頭を蹴り飛ばせば、ギギイそううめいて動かなくなる。

 残った無傷のゴブリンは、倒れているゴブリンのことを気にしていたら、前にいたゴブリンが倒されてしまい。僕に襲い掛かろうか、それとも倒れているゴブリンのところまで逃げようか、それともそのまま逃げようか、迷ったのだろう。

 

 【迷えば敗れる】そうつぶやきながら、上から降りてきた狼さんに串刺しにされる。

 

 

 

 

 

 「はぁー、はぁー」

 

 「ベルよ。」

 

 「ぼ、ぼくはやれましたよね。」

 

 「...我らはどう言い繕おうと殺すことで生きている。

 金のため、食い物のため、己の命のため。

 だから一握りの慈悲を忘れてはならん。」

 

 「じ...ひ?」

 

 「今のお前にはまだ分からんだろうがな。

 まあいい、今刺した分は魔石ごとやったが、お前が倒した分はまだある。

 とどめを刺し、魔石を手に入れるのだ。」

 

 「分かりました。」

 

 

 終わってしまえば、僕は圧倒的優位に立っていた、と言えるだろう。

 奇襲し、一度引き、また奇襲する。相手はその数も、力も、生かせぬまま倒れた。

 だが初めての戦闘に僕は、ひどく疲れたような、何か大きな間違いを犯してしまったような、そんな感情を抱いていた。

 肩で息をしている僕に狼さんが声をかける。上手にできましたよね、そう言おうとした言葉はひどく浮ついているのが、自分でもわかった。

 

 狼さんは、そんな僕の様子を見て珍しく長くしゃべった。そして僕に慈悲を忘れないように言う。

 慈悲?この戦いの中で慈悲などどこに入れればよかったんだ?

 そう思ったのが悟られたのか、まだ分からないだろうと言った狼さんは、自分の武器で串刺しにしていたゴブリンが。灰になっているのを見せながら。魔石を取るように言ってくる。

 

 そうだモンスターを倒すだけじゃダメなんだ、魔石を取り出さないと。

 疲れてくたくたに感じる体を動かして、まだ生きてもがいているゴブリンのもとに、僕は向かった。

 

 

 

 

 

 

 「...緊張が抜けてきたか。」

 

 「はい、狼さんの方がよっぽど早いですし、魔石の場所も大体わかってきましたから。」

 

 「良い、だが過信するな。」

 

 「はい!でもすごいですねそのモンスター寄せ。」

 

 「効果は折り紙付きだ...だからこそ封印されていたのだがな。」

 

 

 それから僕は幾度となくモンスターと戦った。

 不思議なことに、最初は一度の戦いでもう歩きたくもない、と思うくらい疲れたのに、五回ぐらい戦うと無駄なく動けてくるようになったのが、自分でもわかる、今も少し息が切れるだけだった。

 それを見ていた狼さんの言葉に僕は、モンスターのことが分かってきたと返す。狼さんは頷いた後、しかしあくまで最弱級のモンスターだと釘を刺した。

 

 僕がこんなにも簡単に、モンスターを見つけられるのには訳がある、それが狼さんが持っている袋モンスター寄せだ。

 お目当てのモンスターが出る階層まで、無駄な戦闘を避けながら進むため、あるいは予期せぬ事故で、自分の適性階層より下の階層に落ちてしまった時など、に使うモンスター除けの反対で、モンスターを集める効果があるらしい。

 

 もともとモンスターから逃げているときなどに、分かれ道で逃げる道と反対方向に投げて、そっちにモンスターを誘導する。そんな使用を想定して作られたモンスター寄せ。

 だが持っているだけでモンスターを呼び寄せて、無駄な戦闘が起きる。ならばと、匂いが漏れないよう袋に入れれば、戦闘の余波で破れて望まぬ連戦を強いられる、使った後も入れていた袋に染み付いた匂いでモンスターをおびき寄せる、使った後何も知らない他の冒険者が、モンスター寄せに群がっているモンスターに襲われる、などの事故が多発したことから販売は中止になった。

 

 今狼さんが持っているのは、そのモンスター寄せを灰さんたちが再現しようとした物で(しかし狼さんから教わった通り数とは馬鹿にできない力だ)予想以上の数が集まったモンスターにぼこぼこにされ、これを封印したらしい。

 だが物は使いよう。少量を厳重に閉められた袋に入れて狼さん(ベテラン)が持つことで、(ルーキー)がモンスターを探し回るより、ずっと効率的にモンスターをおびき寄せることが出来る。

 

 そうして魔石を取り出し、少し休憩していた僕たちだが、狼さんが何かに反応するようにある方向を向く。僕もそっちの方に意識を向ける。

 モンスターの声がする、また新しいモンスターが来たようだ。手にしていたナイフを握りしめながら、僕は気合を入れなおした。

 

 

 

 

 

 

 「ただいま戻りました。」

 

 「ベル君!無事なようで何よりです、討伐はうまくいきましたか?」

 

 「はい!見てくださいこの魔石。」

 

 「こんなにたくさんの魔石、これはベル君一人で?」

 

 「はい狼さんのおかげです。」

 

 「...ふーん、ベル君が、初めてダンジョンに潜ったルーキーがこんなにたくさんの魔石を、ね。」

 

 「あのーエイナさん?顔が怖いです。」

 

 「あら私はいつも通りの顔ですよ、何か後ろめたいことがあるからそう思うんじゃないでしょうか。」

 

 「お、狼さん。」

 

 「...言えぬ。」

 

 「狼さぁーん。」

 

 

 ダンジョン内での戦闘で得た魔石が、バッグ一杯に溜まった僕たちは、ギルドに来ていた。魔石はオラリオの産業を支える大事な資源であり、ギルドが換金してくれるのだ。

 朝来た時よりももっと混んでいる(狼さん曰く最も混む時間帯は避けているのでこれでも空いているらしい)ギルドの中、換金所に続く列に並ぼうとすると、仕事終わりだろうか、いつもよりラフな格好をしたエイナさんを見つける。

 

 エイナさんに挨拶をすると、すごくきれいな笑顔でこちらに来る。

 討伐はどうだったか聞かれ、僕がバッグの中の魔石を見せると、エイナさんは驚いたような表情で、僕一人でこの魔石を集めたのか尋ねてくる。

 僕はそれを肯定して、「あ、でも狼さんのおかげです」と言えば、後ろからベルが頑張ったからだ、と褒められる。

 ボクが照れていると、エイナさんがひどく低い声でつぶやく。びっくりしてエイナさんの顔を見るとあ、これだめだ。そう思わせる顔だ。

 

 モンスター寄せは持っているだけで罰される物ではない。

 だがいい顔はされないし、ギルド職員であるエイナさんにばれれば、間違いなくお説教だろう、僕の額に汗が流れる。

 だが迷えば敗れる、僕は勇気を振り絞ってエイナさんに話しかける。

 僕が話しかけエイナさんが笑顔で答える、さっきの出来事の繰り返しのような出来事。だが余りの威圧感に、僕は狼さんに助けを求める。狼さんがわずかな沈黙の後、放った言葉は言えぬの三文字。

 

 さっきまでのモンスターとの戦闘の重圧。

 それが笑えるようなより圧倒的な威圧感を出している、エイナさんの追及からは逃れられない。そのことを悟り、僕の悲鳴がギルド内にこだました。

 

 




どうも
連休中の投稿は終わったはずでは?
謀よ
ということで一日二回更新です

とりあえずは第一章完ですこれは
連休中に第一章を終わらせることで
切りのいいところまで進めて
次の更新で灰たち三人を出しやすくする謀です

謀の代償に六千字を超えました何故でしょう
ベル君が灰たちについて尋ねる部分を地の文にして圧縮したはずですのに
世の中には不思議なことがまだありますね

これ以降はおまけの今日のエイナさんです
つまり読まなくてもいい奴です
お暇な方はどうぞ
お疲れさまでした、ありがとうございました

今日のエイナさん
昨日新人ギルド職員によってひどい初対面となったにも関わらずちゃんとフォローする社会人の鑑
昨日大分理不尽な怒られ方をしたのにちゃんと謝れる社会人の鑑
昨日怒られたのに相手の心配が出来る人間の鑑
しかしそんな仕事が終わっても心配で待っていたエイナさんに待っていたものは
割と黒よりのグレーであるモンスター除けを灰が再現したことと
狼がそれを使ったという事実であった
可哀そう


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憬れの話
深い底から或いはダンジョンの悪夢


深層
ダンジョン内の37階層以降を示し
最も深い階層であることも同時に示す
それまでの下層と呼ばれる階層よりもはるかに危険であり
多くの上位の探索系ファミリアによる遠征が行われているが
未だダンジョンの終点を見た者はいない
人は未知を解き明かし、神は未知を求めた
故にオラリオは発展した
だが探るべきでない“未知”は存在するのかもしれない


 ダンジョンへの遠征

 それは大規模なダンジョン攻略であり、ファミリアの威信をかけて成功させるべきもの。

 

 ロキ・ファミリア団長、フィン・ディムナもまた、成功させるべく必要なものを準備し、物資、人員、できる限りの準備をしてこの遠征を行った。

 だがダンジョンの底知れぬ悪意には、なお準備不足だったと言わざるを得ない。そう悔いていた。

 

 ダンジョン深層

 ダンジョン内で確認されているもっとも深い階層であり、ロキ・ファミリア程の大派閥でもなければその情報を知ることすら出来ない、ダンジョンの最奥部。

 これまでの下層と呼ばれる階層ですら、この階層と比べれば楽園に思えるだろう。

 

 だが、ロキ・ファミリアの幹部の面々は、さらなる深みを踏破せんと遠征に臨み。

 その道中51階層で初めて出会った極彩色の魔石を持つモンスターの、体液によって装備を腐食させる特性と、その体液を吹きかけることによる遠距離からの攻撃に苦しめられた。

 ついには彼らはモンスターを踏破したが、消耗もまた大きかった。故に後方にあった二軍らが物資と共にキャンプをしていた拠点へと下がった。

 

 だがダンジョンの悪意は、その気のゆるみを許さなかった。

 キャンプへと下がった彼らが見たものは、先ほど苦しめられた極彩色の魔石を持つモンスターによって襲撃を受けるキャンプだった。

 だがそれだけで折れるのならば、ロキ・ファミリアはオラリオ最大のファミリアと呼ばれない、彼らはロキ・ファミリアの幹部にまで成り上がれない、彼らは数多の悪意をその力をもって打ち砕いた。

 

 だが後方にいた団員の被害は少ないものではなく、それ以上に多くの物資に被害を受けていた。

 極彩色の魔石を持つ新種の魔物、その情報を遠征の成果として、地上に帰ることで意見が一致したその時、今いる階層より下の階層へ続く階段より足音がした。

 

 それぞれが音のした方向と、それ以外の方向を警戒する中、足音はだんだんと近くへとやってきて足音の主がその姿を彼らの前に表す。

 

 

 

 

 

 

 「おや?これはロキ・ファミリアの皆様、このようなところで会うなんて奇遇ですね?...なあんてね」

 

 まるで鎧を着たまま火葬されたかのような火と灰の香り、誰かがうめくように言う最も古き伝承の終わり(ダークソウル)火のない灰と。

 騎士に扮したように、兜を被り、鎧を付け、手甲と足甲を身に着けた、だが纏う気配はその装備が示すはずの誠実さを打ち消して有り余る。

 装備と立ち振る舞いがちぐはぐな、いっそわざとやっているのでは無いのかとすら思える怪しい男は軽薄そうな口調で語る。

 

 「それで?どうするんだ、互いに見なかったことにして別れるのが最上だと思うが」

 

 モンスターによる襲撃を受け、周囲に今だ血痕が残る中でなお、隠し切れない血の匂い、怯えたように誰かが言う血に濡れた悪夢(ブラッドボーン)月の狩人と。

 黒いコートを纏い、羽を模した飾りが付いた帽子を被り、そしてマスクで目元以外のほぼすべてを覆う、だが纏う気配はその装備が抑えつけんとした剣呑な空気を感じさせる。

 体内で暴れる怒りを隠そうともせず、男はひどく苛立たしげに語る

 

 「ミラのルカティエルです...。ならば語らねばなるまい、ミラのルカティエルの伝説を」

 

 誰も彼もがその姿から目を離せない、だが誰も彼もが意識して視界に入れないようにする、ゆえに誰にも名前を呼ばれない男は、仕方がないので自ら名乗る、己の2つ名を。

 皮でできた服と、ズボンと、手袋を身に纏い、そして祭典用の帽子に縫い付けてある翁の仮面を被った、だが纏う気配はその装備から感じる溢れんばかりの怪しさを更なる怪しさで塗りつぶしてなお有り余る。

 奇怪な装備など気にならない程奇怪な、しかし他の者に無視された男は心なしかしょんぼりとした様子で語る

 

 

 

 

 

 最悪だ。その言葉は誰の脳内に流れた考えか。

 痛みにあえぐ負傷者か、未だ周囲を警戒する幹部たちの誰かか、はたまた僕か。ロキ・ファミリアと今現れた三人が所属するヘスティア・ファミリアは非常に仲が悪い。

 いや団員同士全員が仲が悪いというわけではないが、主神同士が顔を見合わせれば喧嘩ばかりしているのならば、団員も仲が良くならないのは道理というものだ。

 

 おまけに彼らがいるここは深層ダンジョン攻略の最前線。

 どこのファミリアが何階まで攻略したのか、それはオラリオ中の興味を引くものだ。そしてヘスティア・ファミリアが到達されたとされる最深到達階層、それよりはるかに深い深層最下層(ここ)にいるということを、たまたまこんな階層まで降りてきただけと能天気なことを考える者はいない。────間違いなく何かしらの事情があるだろう、それも隠さなければならない類の。ならば目撃者を彼らがどうするのか。

 

 オラリオに流れる噂の数々。そしてその中のいくつかは真実であることを知る者らは恐怖に怯える。だが僕は決断し声をかける。

 

「ロキ・ファミリアに雇われるつもりはないかな」

 

 

 

 

 

 

 「私の話を聞いていなかったのか?それとも聞いても理解できない程に愚かだったのか?どちらだフィン・ディムナ」

 

 「どちらでもないさ、どちらにとっても見なかったことにするより得があるように交渉をしているのさ」

 

 「ふ~ん、雇うというが、ここに我々三人を雇えるだけのものがあるのかねフィン団長殿」

 

 「もちろんあるとも。ああ、でも僕たちはさっきまで後方のキャンプが襲撃にあってドタバタしてたんだ。

 そしてなぜ君たちがこんなところにいるのか、僕たちは知らないし興味もない。

 だから契約する際に場所をきちんと示しておかなければ、君たちと会った階層を間違えてしまうかもしれない。」

 

 

 途端に酷く苛立たし気な狩人が、最早憎悪すら感じさる口調で詰め寄ろうとする、それに反応して気の短いティオネが前に出ようとする。

 それを手で押しとどめながら語る、その言葉に狩人は苛立たし気な態度を変えることはないが、いったん引きティオネもまた引く。

 

 灰が代わりに前に出てしゃべる。

 ここが勝負どころだと感じる。気まぐれなように見えて、この三人は自身のあり方その根を揺らがさない、そして灰は報酬に対して非常に厳しい。

 言外にお前たちがこの階層まで潜っていたことを黙っていてやる、と匂わせながら言葉を口にする。

 

 「ミラのルカティエルです...ここで皆殺しのルカティエル伝説を作るその選択肢もあるが?」

 

 「できるのかい?誰一人として取りこぼさずダンジョン内を逃げ回る全員を殺し切ることが」

 

 

 灰と狩人が互いに顔を近づけ、相談しようとする。そのすきに仮面の男が前に出て語る。

 その言葉に舌打ちをしたくなる気持ちを抑えて、冷静に告げる。冒険者同士手を取り合おうだとか、そんなことをすればオラリオがどうなるだとか、そんな言葉は間違いなく響かないだろう、だからこそここにいるロキ・ファミリアの団員すべての命を掛けて圧をかける。

 

 やるかやらないか、この男が言い出したなら可能性は常に半分だ、そしてやるとなれば間違いなくやり抜くだろう。

 

 

 

 

 

 

 「辞めろ、みっともない獣じゃないんだ落ち着け」

 

 そのまま睨み合えば、しばらくした後、後ろから狩人が声をかけ下がらせる。

 下がるときにミラのルカティエルがこちらに美しいお辞儀をするのを見て、自分の英雄になるという夢もたいがいだが、彼のそれはもはや呪いか何かだな。と考える。

 

 「ああもちろん危険なダンジョン内を移動してもらうんだそれなりの報酬は払うよ」

 

 「いくらだい」

 

 「フィン」

 

 この階層にいたことを広めない、その言葉に好意的な様子の彼らに、さらに報酬の上乗せを口にする。

 その言葉にすぐさま灰が食いつき、ファミリアの金庫内容を知っているリヴェリアが止めようとする。

 

 「五千万ヴァリス、当然一人あたりだ」

 

 「フィン!!」

 

 「よし決まりだ」

 

 ここでもし渋れば交渉は簡単に水の泡となり、良くて放置、悪ければ命を懸けた鬼ごっこが始まる。

 そのことを理解していてなお震えそうになる口から出たのは、一人当たり五千万(合計一億五千万)。最早狂気の沙汰としか思えないそれに、リヴェリアがほとんど卒倒しそうになりながら、悲鳴のような声を上げる。

 本来のロキ・ファミリアならば払えない報酬ではない。そして目の前にいる存在らを契約で縛り安全に地上へ帰る、そのことを考えればむしろ安いとすらいえる。

 だが遠征を実質失敗し、多くの物資を失い、幹部たちが愛用する武器が痛みそれを修繕し、さらにその武器に匹敵するようなものをそろえる必要もあることを考えれば、たとえ無事地上に戻れたとしてもファミリアの家計は火の車どころではないだろう。

 

 だがそれを否定する声を塗りつぶすように灰が承諾の声を上げる。

 

 

 

「それじゃあ移動するためにも、荷物をまとめるのを手伝ってほしいんだが。」

 

「おう任せろ。」

 

「見せてやろうミラのルカティエルの伝説、その一端荷集め伝説を。」

 

 

 快諾する灰と手を取り契約を交わし終えた後、荷造りを手伝ってほしいと口にすれば足取り軽く灰は向かい、ルカティエルもまたいつもの文句を口にして仕事に取り掛かる。

 残るは依然苛立たしげに、こちらを睨む狩人だが、観念したように動き出し、すれ違いざまに耳打ちをする。

 「...迷惑をかけた、私の分は要らん」

 

 

「は~あ」

 

「お疲れ様でした。」

 

 弱弱しい声と共に腰砕けになる僕をベートとガレスが支え、行き場のない手を差し出していたティオネは舌打ちをする、そしてアイズがねぎらいの言葉を口にし何とか地上に帰る算段は目星がついた。

 

 

 

 

 

 ダンジョン中層

 この地に生まれ落ちたモンスターたちは災害に見舞われていた。

 ロキ・ファミリアの幹部だけでも、LV.5の冒険者が4人LV.6が3人だ。中層の適正レベルなどぶっちぎっており、ともすれば一人で攻略することすら可能とする冒険者の集団。だが不運はそれだけに収まらない。

 

 

 「あっはっはっはっは、たまにはここら辺のモンスターとするのも気分が変わっていい。」

 

 「死ね、死ね、死ね、腸を晒して死に果てろ。」

 

 「ならば語らねばなるまい、ミラのルカティエルの伝説を。」

 

 

 楽し気な笑い声を響かせ、綻び刀を振るう灰。

 あまりにも殺意が強すぎる呪詛を振りまきながら、ノコ鉈を振るう狩人。

 いつも通りの文句を告げながら、亡者狩りの大剣を振るうルカティエル。

 彼らは普通の冒険者よりも残酷に、残虐に。そして無慈悲に、湧き出るモンスターを殲滅する。

 

 そうして彼らが通った後には、モンスターの死体それから魔石とドロップアイテムを拾い集めるロキ・ファミリアの面々。

 不幸中の幸いというべきか、物資の多くが駄目になり、破棄したことによって生まれたスペースによって、先に進む3人が無視している、拾い物を入れる余裕は十二分にあるのだから。

 

 モンスターの湧きが収まり、小休憩をはさむ最中。

 僕はルカティエルに物資を分けてもらう。ルカティエルと刻印がされたそれ────いったいどこから取り出したのか、なんて疑問を口にすることなどないミラのルカティエル(こいつ)について考えるだけ無駄だ────を団員内で使い、評判がよかったものに関しては大口の取引を行う、ルカティエルが頭を務めるミラのルカティエル商会に。

 

 その取引額約二千五百万ヴァリス。

 

 こうしてフィンは狂気の沙汰とまで言われた契約から、実質半分の値段にまで報酬を引き下げ、補填のための収集も行い、また必要な物資の補充もこなした。まさしくロキ・ファミリアの団長にふさわしい頭脳と雄姿だろう。

 

 

 

 だがそう気が緩んだ時に不幸とは起きるものだ。

 一行が入ったある部屋、その壁から次々とミノタウロスが出てくる、怪物の宴(モンスター・パーティー)────ある特定の場所で大量にモンスターが発生すること────だ。

 だが体の調子がどれだけ戻ったかのいい試金石だ、そうロキ・ファミリアの面々は襲い掛かり。

 俺たちの前に出てきたのが悪い、そう言わんばかりにヘスティア・ファミリアの三人も襲い掛かる。

 あまりにもひどい戦力差、次々と灰に帰っていく同胞に怯えたように未だ残る生き残りが逃げ出す。

 

 

 「あっ逃げた」

 

 「ふっざけんな!背中見せて逃げるモンスターがあるか」

 

 「待てあの方角は、上への階段がある方角だぞ」

 

 

 そうベートとティオナが口にするが、ミノタウロスは後ろも振り向かずに一心不乱に逃げ出す、只逃げているだけなら良い。だが逃げ出した方角には上層への階段がある。

 

 ダンジョン内で生まれたモンスターは基本生まれた階層に留まり続ける、だが時として緊急事態や偶然によってほかの階層へと移動することがある、今がその時だ。

 そしてここにいる面々にとってはおもちゃに近い扱いを受けるミノタウロスだが、それが上の階に行けばLv.1の冒険者たちを虐殺するだろう。

 

 僕はそのことに気が付いた瞬間追いかけるように指示を出すが、部屋の壁に次々とひびが入りモンスターが生れ落ちる。

 まるでダンジョン自身が、追わせないという意思を持つかのように。

 

 だがこの階層に生まれるモンスターなど僕らの敵ではない。

 

 

 「アイズ、ベート、君たちは先に行ってくれ」

 

 「私も行こう」

 

 「...頼む」

 

 

 幹部のうち機動力に優れる二人を選び逃げ出したモンスターを追わせる、返事をする時間も惜しみ、二人は逃げ出したモンスターを追いかける。

 そしてその後に続く、血の匂いをまとった黒い影、狩人だ。低く自身もモンスターを追いかけようと提案する彼に、僅かなためらいの後頼む。

 

 

 

 

 

 「これで最後...か?」

 

 「さすがに疲れたー」

 

 「なぜまたこんなタイミングで」

 

 「そんなことより先に行った彼らを追いかけるぞ」

 

 

 数ばかりが多いモンスター、いたずらに時間がかかる、まるで時間稼ぎをされているような、そんな考えを振り払い武器を振るう。

 そうしているうちに壁からモンスターの出現が止まり、もう新しく生まれないことを確認すると、ティオナが疲れを口にし、リヴェリアが理由を考えようとする、だが先に行った3人に合流するのが先だと、僕たちは追いかける。

 

 

 

 

 

 「あーうん、ほら色々あってびっくりしただけだって。血もよく落ちる洗濯方法知ってるから、教えてあげるから。」

 

 「...」

 

 「あーっはっはっはっは、イヒヒヒヒ、駄目だわ笑い死ぬ」

 

 

 ダンジョン5層

 上層と呼ばれる場所で、後を追いかけた僕たちが見たものは、返り血を受けたアイズとそんなアイズを一生懸命元気付けようとしている狩人、そしてバカ笑いをしているベートであった。

 

 普段身に纏っている苛立ちと狂気。

 それをどこに置いてきたのか、まるで拗ねてしまった愛娘の機嫌を取る父親のような狩人の姿に、話しかけるのが躊躇われた僕は、笑い続けるベートに話を聞く。

 

 何でも最初は順調に逃げ出したミノタウロスに追いつき倒していたらしい、ほかの冒険者が襲われた形跡や、襲われている姿もなく。残るは最後の一体。

 それを追いかけているとミノタウロスに追い込まれている冒険者、あわやほかのファミリアの冒険者に被害が。そう思った瞬間アイズが自身の魔法を使い加速し、そのままの勢いでミノタウロスを討伐。その()()()()()()()()()()()に無事を尋ねたところ、さながら脱兎の如く走り去られ。

 その結果アイズは拗ねてしまい、その様子を見た狩人がいらない失言をしたことでより拗ねたアイズをなだめる為に、この面白光景が出来たらしい。

 

 返り血を浴びたアイズを見たときは、最悪の事態が頭をよぎった一同の空気が緩み、僕は「気を緩めるなあと5層だ」そう口にするが自身の口元が緩むのを抑えられなかった。

 

 

 

 

 

 「ありがとう、君たちがいなければ我々は無事地上に戻れなかったかもしれない」

 

 「フィン団長殿...誠意とは金の形であるって言葉知ってます?」

 

 「...うんまあ君がそういう人だと知っていたよ」

 

 

 ダンジョン入り口に、ロキ・ファミリアの面々とヘスティア・ファミリアの3人がいた。

 僕が別れの挨拶をしようとすれば、灰が報酬の件を忘れるなと言ってくる。

 

 命の危機すらあったこの遠征より、無事に帰ってこれた喜び、返ってこられなかった戦友への悲しみ、それらがあちこちで発散されている中。

 そんな空気なぞ知らん、と言わんばかりの発言に頭の中で「いやでもこういう人だって知ってた、感動の別れなんてしようとした自分が悪い」そう考え、浮かんだ罵倒を飲み込む。

 ロキ・ファミリアの面々が出ていけば騒ぎになるからその前に行くわ、そう言った3人を見送り、僕はこの遠征最後の仕事をする。

「さあ凱旋だ」

 

 




どうも皆様
初めての投稿はお盆休みで毎日投稿から始まった作者です
何が言いたいのかというと連休が明け週一投稿予定のこの小説ですが
毎日投稿から週一投稿に変わってそのままエタるんじゃないかと
ほかならぬ作者が心配していたということです
いやあ後書きを書いているときは気が楽でいいですね

そんなことより
やっとだ
やっと灰と狩人と焚べる者の出番が来ましたよ
だけどこの話の主人公はフィン

そして気が付く
焚べる者、基本ミラのルカティエルを名乗るから本名を知らないほかの冒険者視点だと
焚べる者の名前が出ない
...まあ本望でしょう

フィン団長の凄い計略
普通の冒険者なら見た途端逃げ出すヘスティアファミリアの3人組を雇おうとする
恐らく隠しておきたい深層最下層にいる事実を黙っといてあげるよ~と仄めかす
(仄めかすのが重要はっきり口にすると隠しておきたいということが分かっていると相手にばれる)
全員ぶち殺してもいいけど?と聞いてきた相手にできるの?と逆に強気に出る
黙っていてもらえるという時点で相手が乗ってもいいと思っている交渉に大金をぶつけることで相手に即答させる
(性根が優しい狩人がいや...流石に悪いだろ...自分の分返すわ...となるのを見越して)
ダンジョン内で魔石やドロップアイテムに興味を示さない3人を先行させることでそれらを自分のファミリアのものにする
ミラのルカティエルが持つルカティエル商会との取引をして武器や防具、雑貨などを充実させて団員の士気を高める
ついでに今後を見据えて、大口取引をすることで割引を図る
しれっと取引額を報酬のうちに入れてルカティエルの分の報酬を半額に値切る
このことに灰が気が付くがまああいつらの金だし~と思って何も言わないことを見通す
これがフィン団長の雄姿だ

所で書いた本編を一度見直したら雄姿の部分が融資になっててそのままにするかどうか少し悩みました


お疲れさまでした、ありがとうございました


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恐怖に対峙せよ

恐怖
或いは警戒心
何かの物事に対して恐れること
これにダンジョンで打ち勝つことのできない冒険者はそう遠くない先にその命を失う
だがこれを無くせばより短い時間で命を失うだろう
ある狩人は語った恐れ無き者など獣と何が違うのか



 「うーんさっきからモンスターにも他の人にも会わないな、何かあったのかな」

 

 

 僕が初めてダンジョンに潜った日から何日かが経ち、僕は狼さんから独りでダンジョンに潜っても大丈夫だろう、とお墨付きをもらっていた。

 最初はダンジョンにたった一人で潜ることに怯えていたが、狼さんとの練習の方がよっぽどきついことに気が付けばそんな感情もを持つことも無くなっていた。

 

 そうして一人でダンジョンに潜るようになってさらに数日たったある日、僕は普段潜っている階層で全くモンスターにも冒険者にも出会わなかった。

 

 ダンジョンの中で同じパーティーでもなければそう近くに寄らないのは冒険者同士の暗黙の了解というもので、逆に言えばダンジョンでこっちに近づいてくる見知らぬ冒険者なんて殆どが

 怪物進呈───モンスターに襲われている或いは追われている冒険者が他の冒険者にモンスターを押し付ける行為―――とまでは言わなくても、近くにいれば魔石の盗った盗らないの言い争いになりやすいのだから、わざわざ近づいてくる時点で何かあると言っているようなものだ。

 

 だから必要以上に近寄ろうとする冒険者はいないし、ダンジョンにたくさんの冒険者がいると言っても同業者を見かけないだけなら珍しいことでもない。

 だが例えば入った部屋に先客がいただとか、僕が潜るような上層の中でも浅い所なら、もっと深いところまで潜っていた冒険者が出口に向かうのとすれ違うなんてことは時々あることで、ましてや冒険者を見かけないどころかモンスターと戦っている戦闘音も聞こえない、そしてこの階層に入ってからモンスターに1匹も出会わないとなると流石に経験の浅い僕でもこれはおかしいと判る。

 

 僕の目の前には二つの道がある、一つは今すぐダンジョンから脱出する道、もう一つはさらにダンジョンの奥に進む道。どちらを選ぶべきか、カバンの中身は今までノルマとしていた魔石の量にはかなり足りない。そう悩んでいると足音が聞こえてきた。

 

 

 恐らくは下の階層から上がってきたのだろう、見る限り五人パーティが悩んでいる僕の前に現れた。同業者と鉢合わせた時にどちらが道を譲るのか、このことについては色々と面倒くさい暗黙の了解があって。

 大体冒険者のLVとファミリアの“格”によって決まるのだが今回は単純に五人と一人、なら僕の方が離れるべきだろう。

 そう思って距離を取ろうとすると、パーティのリーダーらしき人が片手をあげてそれを止める。

 

 「おいおい、どこの誰だこんな子供をダンジョンに一人で置いておいたのは」

 

 「僕は冒険者です。ファミリアにも入っているれっきとした冒険者です。新入りですけど。」

 

 「なおのこと悪いわよ、あなたのファミリアってどこのファミリア?あなたみたいな新入りをダンジョンに放置するなんて信じられない。」

 

 「ヘスティア・ファミリアです」

 

 「「「「「ヘスティア・ファミリア!!!」」」」」

 

 

 見る限り悪い人たちではなさそうだだがこちらを見る目は僕がよく向けられる目だ

 【どうしてこんな所(ダンジョン)にこんな子供が?】と言いたげな目。

 

 そう思っていると狼人の男の人がそのままの言葉を口にする、それに僕は口にし慣れた言葉を返す。

 だが猫人の女の人が返した言葉に他のパーティの人たちも口々に賛同する────いったいどこのファミリアだ?小人族ではないな?にゃにか弱みを握られているのかにゃ?

 

 僕はこの流れが嫌いだ、当然僕が小さな子どもみたいに扱われるのも嫌だけど僕のせいで神様や他の先輩団員たちが悪く言われるのはもっと嫌だ。それでもヘスティアファミリアの名前を出す、恥じることはないはずなのだから、それでも小さく新入りであることを付け加えたのは僕の心が弱いからだろう。

 その途端五人から全く同じ言葉がはなたれ、僕に近寄ってくる

 

 その表情は今までファミリアの名前を出したときに見たことのない表情(笑顔)だった。

 

 

 

 

 「いやあ、あの人のファミリアに新入りが入ったてのは噂で知ってたが、まさかこんな子だとは思ってもみなかったな」

 

 「えっと、あの人ってヘスティア・ファミリアの団員に知り合いでもいるんですか?」

 

 「応とも、あの人がいなけりゃ俺たちはみんな仲良くモンスターの胃袋の中に入っていただろうな。いわゆる命の恩人ってやつだ、あの焚べる者さんはな」

 

 笑顔で僕を囲む冒険者の人たち、びっくりしている僕を見ながら────噂にはなっていたけどほんとに新人が入ったんだ、噂じゃ筋骨隆々で腕は四本だって聞いたが、こんな子だと言っても説得力がないだろう────口々に喋るその合間になんとか挟んだ僕の疑問に命の恩人だという答えが返ってくる。命の恩人?!

 

 

 

 

 「俺たちはもっと下の階層で稼いでいたんだが、ロキ・ファミリアの遠征部隊が帰ってくるとさらに下の階層にいた冒険者に聞いてな。巻き込まれる前にさっさと帰ってきたんだよ、多分ほかの連中もそうだと思うぜ。」

 

 「巻き込まれるって何にですか?」

 

 「あーそうか新入りだもんな、ピンと来ねえか。あんたのとこのファミリアの他の団員はそんなの気にしねえだろうしな、よし一から説明するか。遠征はわかるよな大規模なダンジョン攻略。でだそいつのためにいつもより大人数でダンジョンに入る、んで出る。

 

 入るときなんかも追いやられたモンスターが色々移動するんだが大抵は下の方に行く、だが出るときは下のモンスターが上に追いやられることがある、到底その階層で稼いでいるようなレベルじゃ勝てねえようなのがな。そんな()()()を狩って一攫千金なんてのを夢見る奴らもいるが、ほとんどの奴らはその移動に巻き込まれねえようにとっとと逃げるのさ。

 

 新入りならまだ遠征なんて想像もできないような遠い出来事だと思うかもしれないが、そういった情報を集めるのも冒険者として大成するためには大事だぞ」

 

 

 

 聞けばなんでも、ダンジョンでほかの冒険者の罠に嵌められて窮地に陥った時に助けてもらったらしい。

 すっかりこの人たちと仲良くなった僕はずっと疑問に思っていた【どうして冒険者を見かけないのか】を尋ねると、返ってきたのは意外な言葉だった巻き込まれる?何に?

 そう続けて聞けば頭を掻いた後に手で遠征部隊を示し下に向けたあと上に向ける。そして今度はその手の前にもう一つの手を置いて遠征部隊とモンスターを示し、それがぶつかったりしながら動いていく様子を表現しながら教えてくれた。

 自分には関係ないように思うようなことでもダンジョンで命をつなぐためにはそういった情報を拾い集めるのも大切だ、とも。

 

 

 「なるほど、勉強になります」

 

 「ここで会ったのもなんかの縁、一緒に戻るかい?」

 

 「そうしたいところなんですけど、まだ今日の分の魔石が全然集まってなくて」

 

 「よその階層で派手に戦ってたりするとモンスターの湧きが悪くなるっていうもんなあ、さっきあっちでモンスターの跡を見つけたからそっちに行くといいぜ」

 

 

 教えてくれたことにお礼を言うとせっかくだから一緒に地上に戻らないかと提案される。

 それは嬉しいんですがでも魔石がまだ足りないんです、そう伝えると。金がねえのはつらいよなそんな言葉と共にわかるわかると頷くパーティの人たち。

 そしてさっきあっちの方で魔物の痕跡を見つけたから、早く狩って巻き込まれないうちにダンジョンから出るように教えてくれる。

 

 

 

 もし狼と一緒にいたならばこんなことになる前に撤退していただろう、もしオラリオに来る前のベルだったなら恐怖に呑まれ共にダンジョンより出ていただろう。

 だが今ダンジョンにいるのはベル一人であり、狼との戦闘訓練の成果強くなったという自負、そして心の中にある自分は冒険するために(英雄になるために)オラリオへと来たのだという気持ち。

 それらによってより深いところへと進む。

 

 

それは勇気ではなく蛮勇と言われるものだと気が付かぬままに。

 

 

 

 「はあ、ひい、なんでこんな所にミノタウロスが?」

 

 

 示された方向へ行けばモンスターに出会い、慣れた手つきで倒す。だがまだ少し足りないもっと奥に行けば出てくるだろうか。

 

 そうダンジョンを更に潜りいつの間にか狼さんと一緒の時でも潜ったことがない五階層まで来てしまっていた。どう考えても進みすぎだもう戻った方がいいだろう魔石も十分溜まっている、そう思い僕が出口へ向かおうとしたとき、ミノタウロス(絶望)が現れた。

 

 出会い頭、僕も相手も予期せぬ出会いに固まるほんの一瞬の硬直、それから先に僕が動けたのは狼さんとの訓練の成果だろう。

 バッグの中に入っている目つぶしを投げながら僕は一目散に逃げる。

 

 走りながら漏らした疑問に答えるのは背後から鳴り響くミノタウロスの声。それが目つぶしの効果で痛みに叫んでいるのか、それとも貧弱な獲物()からの反撃された怒りからか。

 僕が逃げる時間を稼げるならどっちでもいい、そんな考えはズシンと今まで聞いたことのある足音の中で一番重みのあるそれにかき消される。

 

 

 

 

 

 「────行き止まりッ!そんな」

 

 そうして背後から迫る足音に急かされながら続いた追いかけっこはあまりにもあっけない終わりを迎える、壁だ。壁が僕の目の前にある、足音がどんどん近くに寄ってくる、何か逃げる助けになる物はないかそんな考えと共にせわしなく周囲を見るがそんなものは見当たらない、何かないかそう考え続けていたがそんな考えはミノタウロスを見た瞬間消え失せる。

 

 あれから逃れられるわけがないそう絶望が僕を包む、必死に逃げ続けた結果がこれか僕の体から力が抜ける。

 

 ミノタウロスがこちらに近寄ってくる────異変に気が付いたときに入口に戻っていればそんな後悔が頭の中で膨らむ、体を壁に預けるようにずるずると座り込む。

 

 ミノタウロスがその腕を振り上げる────あんなに太い腕なら痛いと思う前に死ねるかもしれない、ごめんなさい神様、ごめんなさい九郎さんと狼さん、ごめんなさいまだ会っていないファミリアの先輩たち、ごめんなさいエイナさん、ごめんなさいパーティの人たち、そう知り合いの人たちに頭の中で謝る。

 

 そしてミノタウロスの腕が振り下ろされ────...ない?

 

 

 

 

 「間に合った、怪我はない?」

 

 「あ...えっ...へっ?」

 

 

 僕の命を奪うはずだったミノタウロスの腕、それがどれだけ待ってもやってこない。そのことに疑問を覚え...僕はまだ生きている!驚きが体をめぐる、だけどなんでどうして、そう混乱している僕の耳に綺麗な声が聞こえた。

 妙にべたべたする体を動かして声のした方を見ると...美しい女の人がいた。

 

 攻撃されたようには見えなかったので怪我はしてないはず、そんなことを言いながらその人は近づいてくる。段々とその綺麗な髪や瞳が近づいてくる、僕は何が起きたのかわからず呆けているとその人が手を伸ばし僕に触れようと...!?

 

 その人が僕のすぐ目の前にいて僕に触れようとしている、そのことに気が付いた僕は自分でもびっくりするぐらい素早く起き上がって逃げ出していた。

「だっ大丈夫ですうううううううううううう」

 そんな言葉を残して。

 

 

 

 

 

 「はぁ綺麗な人だったなあ、うん?あの人がつけていたマークどこかで見たような...」

 

 僕がダンジョンの中をどう走ったのかも覚えてないけれど気が付いたらダンジョンの入り口まで戻ってきていた。そのまま僕はふらふらとオラリオの街並みを進む、僕の頭の中で綺麗な人が助けてくれたシーンが何度も繰り返されていた。キラキラ光る髪の毛、信念を思わせる瞳、透き通った声、そう何度も思い返しているとあの人の装備についていたマークに覚えがあることに気が付く。

 

 道化師のようなマークあれは確かオラリオについてのガイドに書いてあったファミリアの紹介で見た...ロキ・ファミリアのシンボルだ!

 

 

 

 「ッ!!ベル君いったい何があったの、そんなに血まみれになって」

 

 「え?あ、エイナさん血って...うわぁ!!僕血まみれじゃないですか」

 

 「気をしっかり持ってねベル君、今治療者(ヒーラー)の方を呼んでくるから」

 

 「あー、いえこれは返り血というか...とにかく僕の血じゃないんです」

 

 「...確かに見た限りそんなにたくさん血が出るほどの大けがはないね、ゴブリンなんかを相手にしていればそんなに血を浴びることなんてないはずだけど、何があったの?」

 

 

 自分の中に入り込んでいた僕は聞き覚えのある声が聞こえて我に返った、ここはギルド?そして目の前にはエイナさん。

 エイナさんの言葉に僕の体を見てみると血だらけだ、びっくりして大きな声を出す僕にエイナさんはお医者さんを呼ぼうとする。だがそうだ5層で何があったか思い出した僕はそれを止める、これは返り血...みたいなものだと。

 

 エイナさんは僕のことをじろじろ見た後、大きなけがが見えないことで納得してくれたらしい。そして何があったのかを聞いてくる。

 僕は答える、ダンジョン内である階層に入った時からモンスターに遭わなかったこと、ダンジョン内で出会ったパーティの人たちからダンジョンを出た方がいいと言われたこと、でも魔石がノルマには足りなかったのでそのまま進んだこと、いつの間にか5層まで進んでいたこと、そこでミノタウロスに遭遇したこと、きらきらとした綺麗な髪の人────ロキ・ファミリア幹部アイズ・ヴァレンシュタインさんが助けてくれたこと。

 

 

 

 「...これが僕の覚えていることの全部です」

 

 「まったく、一歩間違えれば命を落としていたのかもしれないんですよ」

 

 「うう、申し訳ありません」

 

 「まあ終わったことをいつまでも言っても仕方ありません。...しかしアイズさんが助けてくれたのなら今度お礼を言わないと

 

 

 話し終わった僕にエイナさんが命を落としていたのかもしれないと雷を落とす。今更ながらに恐怖が僕の体を包みだす、そうだもしあの人が助けに入ってくれなければ僕はこうしてエイナさんと話すこともできなくて、神様たちとも永遠の別れになっていたんだ。

 そう考えると僕はなんて馬鹿な真似をしたんだろうか、エイナさんのお説教と自分のしでかしたことの大きさに僕が小さくなっていると、エイナさんは小さくため息をついてお説教を終わりにしてくれた。

 

 そのことにほっとしながらも僕の耳はその後に続いたあの人の情報を聞き逃さなかった。

 

 「え!エイナさんアイズさんのこと知っているんですか!!」

 

 「ベル君?前から思っていたけど君には一度きつく説教が必要ですね」

 

 

 思わずその言葉に食いついてエイナさんから話を聞き出そうとする、だがそれは大きな間違いだとエイナさんの顔を見ればわかった。

 

 怒っている、めちゃくちゃ怒っている。

 

 君は本当に反省しているんですか!そんな言葉から始まったお説教はギルドがダンジョンから戻ってきた冒険者で混みだすまで続いた。

 

 




どうも皆さま

評価ありがとうございます
評価バーに色が付くんですね
読専の時には気にしていませんでしたがすごく嬉しいです

ダンジョンで出てきたパーティの人たちは短編の方の焚べる者編で助けられたパーティと一緒です
猫人二人狼人一人只人一人小人族一人の五人パーティです
書いていて思いましたがすんごく怪しいですね彼ら
これルーキーを罠に嵌めて成果を横取りしたりするタイプのキャラがする奴だ
そう自分でも思いましたが彼らに裏はありません
焚べる者に助けられたので自分たちも誰かをまた助けようとした人間の鑑です


それではお疲れさまでした、ありがとうございました

以下は今日のエイナさんです
興味のない方はスルーしてください

今日のエイナさん
仕事をしていたら急に担当のルーキーが血まみれで現れた
実は血が出ていると勘違いした時より
ベルが返り血ですと言った時の方が動揺していた
その理由はベルの先輩である狩人みたいなことを言い出したのかと思ったから
正直他の問題児と比べたらそこまで問題行動でもないのにお説教をしたのは
他の先輩たちに染まったベルを見たくなかったから
でもその日の夜にルカティエルのマスクをつけたベルが狩人みたいに血まみれで灰みたいな喋り方をしていて何があったのか尋ねると...言えぬと狼みたいな返事をする夢を見て飛び起きたらしい
可哀そう


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酒場でも癒せない渇き

酒場
主に食事をするところ
しかし店舗によっては飲み物を主とするもの
場所を提供することを主とするもの
それ以外のサービスを提供するものと
多くの種類に分かれる

人は食べなければ生きていけない
だが食べるだけでも生きていけない




 僕、ベル・クラネルには最近新しい楽しみが出来た。それは朝シル・フローヴァさんから受け取るお弁当だ。

 僕がシルさんと知り合ったのは僕がギルドから帰る途中で落とした魔石をシルさんが拾ってくれたことが始まりだ、僕が冒険者だと知ったシルさんは頑張っている僕の為に毎朝お弁当を作ってくれることになったのだ。

 

 このことを最初毎日お弁当を作ってくれている九郎さんにどう伝えようか迷っていたんだけど、教会に帰ると九郎さんより狼から話は聞いていますと言われた。狼さんに見られていたらしい。

 とにかく僕の朝起きて、朝食を食べてダンジョンに向かい、ダンジョンで得た魔石をギルドで換金して、ホームに帰って夕食を食べて、神様にステイタス更新をしてもらう。そんな日々の日課の一つにシルさんの職場兼住居でもある【豊穣の女主人】へと行くことが追加されたのだった。

 

 そんなある日シルさんからお弁当を受け取っている所をシルさんの同僚の人に見られ、詳しく話を聞きたいから【豊穣の女主人】へ来いと言われたのだった。

 

 「これで足りるかな、僕じゃどれぐらいお金がかかるかわからないや」

 

 僕はダンジョンに潜りギルドで換金した後、自分の部屋でお金を数えていた。

 僕の日々の稼ぎからファミリアへと入れる分を差し引いた分────僕がオラリオに来てから稼いだお金────がそこにはあった、だけどこれで本当に足りるだろうか。酒場へ行くのだ何も頼まないという訳にはいかないだろう、だから僕の貯金から予算を組んで持っていくつもりだったんだけど、どれぐらいが相場というものなのだろうか。

 僕の頭の中で豪華なごちそうが出てきて支払えなくて困っている僕の姿がいくつも出てくる、そんな時九郎さんが袋を持ってやってきた。

 

 「“べる”殿こちらをお持ちなさい」

 

 「九郎さん?...わ!こんなにたくさんのお金どうして僕に?」

 

 「狼より聞きました、今日は“でーと”に行くのでしょう。ならば甲斐を見せるのが(おのこ)というものです」

 

 「でっデートだなんてそんな、それにこんなにたくさんのお金」

 

 「いつぞやも言いましたが、この“ふぁみりあ”の蓄えからすれば小さなものなのですよ。“へすてぃあ”様も“あるばいと”先の打ち上げに参加してくるとかで今日は遅くなるそうです。しっかりと決めてくるのですよ」

 

 袋を九郎さんが僕に渡すので中身を見ると────たくさんのお金だ、僕が貯めたお金よりずっと多いお金が入っていた。どうしてそう尋ねればまたしても狼さんから聞いたらしい、しかもデートだなんてそう僕がわたわたしているとファミリアの貯蓄からすれば大したものでもないことを告げて、九郎さんは神様もいないことだししっかりと決めてくるのですよと僕の背中を押す。

 何かあるわけじゃないですからねなんて九郎さんに言いながらも僕の心臓は早くもドキドキしだしていて、僕は【豊穣の女主人】へと出発した。

 

 ありがとうございます九郎さん。

 

 

 

 

 

 「あんたがうちの娘たちが言ってたベルだね、あたしはミアここの女将さ。なんでも大層沢山食べるそうじゃないかどんどん食べて儲けさせておくれ」

 

 「いや、あのそんなに食べられるわけじゃないんですけど」

 

 

 こうして予算の問題がなくなった僕が【豊穣の女主人】につくと、シルさんが案内してくれてカウンター席に座った。目の前で料理をしている女将のミアさんから冒険者の割にかわいい顔をしているなんて言われて、沢山食べなきゃ強くなれないよと目の前にどんどん積まれた料理に思わず顔が引きつる。

 僕には小さくお手柔らかにと呟くのが精いっぱいだったが、シルさんたちは僕をどんな風に言っていたのだろうか。

 料理で埋め尽くされた目の前からメニューと書かれた冊子を見つけ覗けばとても最初の予算では足りなかっただろう値段が書いてあって驚愕する。

 シルさんから楽しんでいますかと聞かれたが、いろんな意味で圧倒されていますと返すのがやっとだった。

 

本当にありがとうございます九郎さん。

 

 僕が目の前に料理が積まれているという現実からの逃避を終わりにして、必死に目の前に積まれた料理を攻略していると、がやがやと外が騒がしくなる。何かあったんだろうか、そう思っているとロキ・ファミリアの人たちが入ってきた。

 ビックリしているとシルさんがロキ・ファミリアの人たちはよく【豊穣の女主人】に来てくれるお得意様なんですと教えてくれる。他のお客様のことより私とお喋りしましょうよと言ってくれるけど、僕の耳はロキ・ファミリアの人たちの方の様子をうかがっていた。

 

 

 

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインに釣り合わねえ」

 

 その言葉を聞いた僕はシルさんの引き留める言葉を振り切り走り出していた。

 どこか行くべき場所があったわけじゃない、だけどあの場所から逃げ出したかった。弱い僕じゃアイズさんには釣り合わない事実を突きつけられたそれが辛かったのもある、だけど一番辛かったのは【僕が弱い】そのことを受け入れていた事実に気が付いてしまったことで、僕は気が付くと走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 「うわ!...ごめんなさい」

 

 「うん?おお...気にしなくていいぞ、それよりどうしてそんなに走っていたんだ」

 

 「僕は、僕は強くなりたいんです」

 

 そうして前も見ずにがむしゃらにオラリオの道を走っていたせいで初めてオラリオに来た時のように誰かにぶつかってしまった、だがあの時(神様と会った時)と違うのはぶつかった相手が小動もしなかったことだろう。

 ぶつかってしまったことを相手に謝る、一度足を止めてしまえば僕が逃げ続けていたひどく惨めな気持ちに追いつかれてしまう。だからだろうなぜ走っていたのか尋ねてきた相手に、僕は顔も上げずに答えにならない答え(強くなりたい)を返していた。

 

 「...あ、ご、ごめんなさい急にこんなこと言ってもあなたには関係がないのに」

 

 「...白い髪に赤い瞳そしてウサギを思わせる小柄な体、お前はベル・クラネルだろう?なら関係がないわけじゃあないんだな、俺の名前は火の無い灰、お前の先輩にあたる冒険者さ。

 どうして強くなりたいのか?それは聞かん。だが強くなりたいなら俺が鍛えて強くしてやろう、それが先達の仕事というもんだ。

 

 だがなお前に覚悟はあるのか?何をしても、どんな代償を払うことになったとしても【強くなる】というお前の意志を貫くその覚悟が」

 

 「...はい!お願いします僕を強くしてください」

 

 顔も知らない相手に言うことじゃないそのことに気が付いた僕が謝ると、ぶつかった相手は僕を見た後僕の名前を言い当て自己紹介をする、火のない灰、お前の先輩だと。その言葉に驚いて顔を上げると目に飛び込んできたのは、騎士のような鎧を身に纏った人物。

さらに灰さんは続ける強くなりたいなら鍛えてやると、だが強くなるために何かを犠牲にするその覚悟はあるのかとも。

 

 僕は少し考える、初めてオラリオに来た時僕は何も知らない向こう見ずだった。神様にあって、狼さんに鍛えてもらって、その中で僕は僕が他の人より弱いことを受け入れた。他の人がもっと先に行っていることをしょうがないと僕より早く冒険者になった人たちが、僕より強いのは仕方がないことだと諦めてしまったのだ。

 

 だから僕は無理をする(冒険をする)ことを諦めた、するべき時が来たら(強くなったら)しようとそう考えた、だが僕が成りたいもの(英雄)はそんな“あきらめ”を持ちながらなれるものじゃない。

 僕にはその覚悟があるのかいや覚悟しなければならない、自問自答の末にそう決めてただの言葉だけじゃない()()のある灰さんの問いに僕は強くしてくださいと答えた。

 

 

 

 

「これはモンスター寄せを再現した時にできた失敗作のうちの一つだ、これを砕けばモンスターがここに殺到するだろう。もう一度聞くぞ覚悟はあるか?一度始まれば俺でも止められないぞ」

 

「はい、僕は強くなりたい、強くならなくちゃいけないんです」

 

 

 僕と灰さんはダンジョンの上層、その中にあるとある小部屋にいた。

 灰さんが取り出したのは人の頭蓋骨だろうか、それを手のひらに乗せながら灰さんは僕に再び覚悟を聞く、始まれば自分でも止められないと言いながら。それでも僕の決意は揺らがない、僕の決意を聞いた灰さんは少しうれしそうに笑い、手のひらに載せていた頭蓋骨を地面に叩きつけた。

 

 

ダンジョンが揺らいだ。

 

 モンスターが殺到する、灰さんの言葉に嘘はなかった。モンスターがまるで波のように向かってくる、常に複数のモンスターに囲まれながらの戦いを強いられ、モンスターを倒すのに少しでも手間取ればさらに囲まれる、そして灰さんは手助けをしてくれるが、それは最低限僕の命が失われるようなときだけだとあらかじめ言われている。

 狼さんが先導してくれていた時よりも、僕一人でダンジョンに潜っている時よりもずっと余裕がない。普段どれだけ余裕を持って戦っていたのかそれを理解する。安全を確保しながら戦うことは大切なことだ。だが英雄と呼ばれる人たちはもうずっと先にいるんだ、それに追いつくのならば────英雄になる為なら────アイズさんの隣に立つのなら。

 安全に戦うなんてことを言っている暇はない、もっとずっと死に物狂いで戦わないと追いつけない。

 僕は倒しても倒してもあとからやってくるモンスターたちを睨みつける、僕は諦めないその覚悟を目に宿しながら。

 

 

 

 

 

 「はぁ、はぁ」

 

 「まだ来るぞ、それともお前の覚悟はそこで折れるようなものか?」

 

 どれだけ戦い続けただろうか、身体に痛くない所はなく武器も防具もボロボロだった。こんなことになるのならやめておけばよかったなんて後悔をする余裕すらない。立っているのもやっとのありさまで肩で息をしている、そんな僕に灰さんは限界か?そう聞く。

 そんなわけない、まだ動く僕の体はまだ動く────なら戦える。

 

 向かってくるモンスターに向かって進むことをやめてモンスターがこっちに突っ込んでくるのを待つ、モンスターの攻撃全てをかわそうとするんじゃなくて受ければ動けなくなるものだけを避ける、どうしても避けれないものは防具で受け止める、こうして戦えば疲れ切った体でもまだ戦える。

 そうして戦い続ければ僕の体に傷は増え続け、時には受け止め損ねた攻撃が僕の体に届く、どうやらさっき避け損ねた攻撃は耳のあたりに当たったらしい、音が聞こえにくくなった、だが動かしにくくなった体でも動けなくなったわけじゃないまだ戦える。

 

 避けて切り付けて、受けて切り付けて、時にはモンスターの攻撃を他のモンスターにぶつけて、それでも全く減っているように思えないモンスターたちを切り付けて、切り裂いて...。

 そうして戦い続けるうちにだんだん僕の意識も薄れ始めて、どうして僕はこんなにつらいのに立っていようとするんだろう、そんな疑問が頭をよぎる。それでも武器を振るい続けるとモンスターの波が...止まった?

 

 「すごいじゃないか途中で死ぬものと思っていたぞ、ならさらに追加のッ!なんの真似だ

 

 「ミラのルカティエルです我らの神より伝言だ【とっとと帰ってこい】だと」

 

 灰さんが何かを言っている、どうやら集まってきていたモンスターをすべて倒しきったようだ。だけど灰さんの言葉を聞き取ることだけですら今の僕には難しい。必死に耳に意識を集中して嵐のような雑音の中、かすかに聞こえる灰さんの言葉を聞き取ろうとしていると、灰さんに誰かが切りつけたような音がする、一体誰が?その疑問と共に僕の意識は闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

【豊穣の女主人】にてベルが逃げ出した直後

 

 ロキ・ファミリア主神ロキは、ベートに止めるように言おうとした

 ベートが可愛くないわけじゃない、もちろん可愛い眷族(子ども)だ。だがせっかくの宴会なのだ、どうせ聞くなら面白い話がいい。

 なに、もしも面白い話がないなら()()()()()()()()()()()()()()()()、そう思い言葉を口にしようとする。

 

 ロキ・ファミリア団長フィンは、ベートの発言を止めなければと思っていた。

 遠征からの帰還中に出会ったという()()()()()()()()()()()

 その冒険者について地上に着いた後集めた情報が正しければ、彼についてあれこれ言うのは賢明だとは言えない。ましてや今回のミノタウロスの件の非はこちらにあるのだから。店内にいる他のファミリアの団員たちが聞けばよく思われないのは必然だろう。

 飲みすぎだ、そう言って止めようとした。

 

 アイズは先ほど走り去った少年が気になっていた。

 はっきりとは見えなかったが彼はダンジョン内で出会った“彼”ではなかったか。彼を追いかけて確かめよう、そう決めて席を離れようとした。

 

 その瞬間入口から血腥い風が入り込む。

 その匂いに店内にいたすべての存在が顔をしかめ、入口へと目線を送る。

 果たしてその視線を受け止めたのは、コートを着て帽子をかぶった男────狩人だった。

 

 

 

 

 

 

 「い、いらっしゃいませにゃ、お席へ案内「いらん、こんな獣臭いところで食事をするつもりもない」

 店員の猫人が怯えながらも接客をしようとするがそちらを見もせずに断る狩人、そのままロキ・ファミリアの面々が宴会をしているエリアへと足を運ぶ。

 いきなり現れた闖入者に先ほどまで宴会の熱を持った店内の空気は一気に冷えた、そんな空気など知らんとフィンの目の前まで来た狩人は話す「ここにうちの新人がいたはずだが知らないか」と。

 

店内の空気が冷えるを通り越して死んだ。

 

 ロキ・ファミリアの面々がその新入りを揶揄して盛り上がっていたのは事実である────実態は酔っているベートを止めようとしていた団員もいたが────客観的に見れば新入りを馬鹿にして盛り上がっていたのだから。

 そのことを知ってか知らずかどちらにせよわざわざロキ・ファミリアの面々に対して言ったことは嫌味或いは挑発として受け取られた。

 

 「んだよ、なんか文句あんのか」酒の入っているベートが絡む、その様子を見て狩人は失笑と共に「ハッ、獣が普段被っている毛皮を忘れているぞ?ああそちらの方がよほど似合っている、貴様のその醜い獣の在り方そのものだ」そう挑発する。

 「止せベート、君もだ狩人。喧嘩を売りに来たのか」そうフィンが止め、他の面々も口々に止めるように言うが止まらない。

 ベートは若い年齢でありながらロキ・ファミリア幹部を務めるほどの実力者であり、狩人もまた暗黒時代と呼ばれたその時代に最悪と恐れられた冒険者だ。オラリオにおいて最上位に位置する冒険者同士の喧嘩に周囲も割り込んで止めるという訳にもいかず、ついにぶつかり合うかというその瞬間

 

ゴン!!

 

 女将ミアの鉄拳が二人に落ちる「なにすんだ」「何のつもりだ」そう二人は抗議するが「店で喧嘩すんじゃないよ」逆にミアのもっともな言葉でその意見は封殺される。

 その隙にベートをタコ殴りにして縛り上げるロキ・ファミリアの面々、狩人はミアより探していた新入り(ベル)が食い逃げをしたことを告げられその代金を払うよう会計を突きつけられた。

 その騒動の中、アイズがいなくなったことには誰も気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 【豊穣の女主人】から出てきた狩人はしばらく歩いたのち声を張り上げる「出てこい、いるのはわかっている」だがその声にこたえる者はいない。

 苛立った様子で「今の私は機嫌が悪いんだ、とっとと出てこないなら無視してこのまま帰るぞ。まさかそれで本当に隠れているつもりというわけでもあるまい、私に何か用があるんだろう」そう脅すように狩人が言うと物陰から一人のエルフが出てくる。

 「お前かリュー・リオン、冒険者でもないお前が私に何の用だ?もうお前のファミリアはないだろう」狩人がうんざりしたような口調で放った言葉、その言葉にリューは強い怒りを覚える。

 

 リュー・リオンはかつてアストレア・ファミリアに所属していた旋風と呼ばれた()()()()()()────そう、だったのだ。

 アストレア・ファミリアはオラリオでの違法行為を取り締まっていた。そしてリューはファミリアでの活動中に狩人が違法行為を行った人物を()()()()()場面に遭遇し、オラリオの秩序を護る者として到底見逃すことはできないと狩人を追いかけていた。

 

 だがオラリオに蔓延っていた闇派閥が引き起こした事件で、リューを除くファミリアの団員が全滅。主神であるアストレアをオラリオの外へと逃がし、リューは暴走したように闇派閥とそれに関係があったとされる人物らを襲撃した。その後重傷を負って倒れたところを【豊穣の女主人】に匿われて、体と心の傷を癒した。

 だが未だ時折痛みを感じる心の傷、それを狩人は無遠慮に暴き出しその傷口を抉った、許せることでは無い。しかし最も許せないのは、最早自身は冒険者ではなく、かつて掲げた正義すら失った、そう自暴自棄になっていた自分を救ってくれた【豊穣の女主人】に狩人がずかずかと乗り込んできたことだ。

 

 「もしやと思いましたがあの殺気、やはりあなたでしたか狩人。いったい何のつもりで【豊穣の女主人】(あそこ)に来たのですか」そうリューは殺意すら乗せながら詰問する、リュー自身は先ほどの騒動を直接見たわけでもなく騒動を起こした人物が狩人であると確信していたわけではなかった────むしろそうでないことを祈っていた。だが【豊穣の女主人】から立ち去った人物を追いかければそこには狩人がいた、もしも彼女らに手を出すつもりならば容赦はしないリューはそう覚悟する。

 暗黒時代、そう呼ばれたあの時代のオラリオの住人で狩人が自身の知り合いのところに現れた。そのことを聞き流すことが出来る存在などいない。

 

 「あそこに行ったのはたまたまだ、うちの新入りが向かったらしいと聞いてな。まあとんだ骨折り損に終わったわけだが」めんどくさそうに答える狩人に「信用できるとでも?」リューは武器を突きつける。

 

 「...はぁ、いきなり切りかかってこないあたり丸くなったかと思えばそうでもないようだな。まあ恨まれたり疎まれるのには慣れている、やるというなら相手になってやるが────少し待て客だ」そう言う狩人の言葉にリューは周囲を警戒する、この狩人が()というのだ。闇派閥の残党のような、ろくでもない存在がここを囲んでいるとしても不思議ではない。

 だが何者もその感覚に引っかからない、「ふざけているのか」そうリューが怒りを口にしようとした時、狩人の隣に立つ忍びに気が付く。ありえない、先ほどまで目の前には狩人一人だったはずだ。

 そう動揺するリューを無視して狩人は忍びより耳打ちをされ、しばらく考えた後「こちらの探し人は見つかったようだ、おまけに主神から夜歩きはほどほどにして帰って来いと言われている」とリューに伝えながら徐々に後ろに下がり闇に消えようとする、「お前の相手をするのはまた次の機会としようか、その時までせいぜいその命を大切にするがいい」そう言い残して。

 

 「ふざけるな!」そうリューが怒りを爆発させたときには、すでに狩人も忍びもその影すらなく。いくら探せど狩人がいた痕跡すら見つからないことに追いかけることを諦めたリューは、そのやり場のない怒りをどこにもぶつけられないまま職場へと帰ったのだった。

 

 




どうも皆さま
ついに話が大きく進みましたね

創作でよくキャラが暴走すると言いますが狩人はよく暴走します
なんで君はそんなに流暢に罵倒語が出てくるの、なんで君は気を抜くとすぐに他人を拷問しようとするの
とりあえずヘイト注意タグも追加しておきましょうか

気が付いた方もいらっしゃるかもしれませんが九郎は団長だけでなくファミリアの金庫番もしています
しかし団長と同じで他の団員にやらせるぐらいならとしているだけであまりお金に強いわけではありません
その結果が出費に対してたくわえがあるから大丈夫という言葉...という設定があったり
まあ竜胤の御子をしていたころにお金に不自由している感じもありませんしね

所でリューさんと狩人の因縁はあらかじめ想定していたんですが。思ったより可哀そうになりましたね
思えばリヴェリアさんもダンジョンの底で絶叫していましたし
エイナさんもハーフエルフです
私の書く話に出てくるエルフには不幸属性が付くんでしょうか

リューさんがなんでこんなに怒っているのかは知り合いにホラー映画の犠牲者フラグが立っている状態と考えると判りやすいかもしれません

それではお疲れさまでした、ありがとうございました


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夢を見出し


胸にいだいた目標
或いは寝ているときに見る記憶の整理から零れ落ちるかけら
どちらにせよそれとの付き合い方を間違えれば己を苦しめる
どちらも己の中から生じるものでありながら


【ダンジョン入り口近く】

 気を失ったベルを背負いながら灰と焚べる者がダンジョンの入口へと姿を現す、灰によって無茶な連続戦闘をさせられたベルは気を失い、なお戦闘を強要させようとする灰を焚べる者が止めたためホームへと帰ることにした不死者2人と人間1人。

 ホームへの帰り道を進もうとしたとき「待ってください」涼しげな声がする。

 灰は楽し気に、焚べる者は特に反応を見せずにその声の元へと視線を向ける、そこにいたのはアイズ・ヴァレンシュタインだった。

 

 「なんだあんたか、俺らの後をずっとつけてたのかい?熱い視線の割にシャイなんだな」楽しげに語る灰に怪訝そうな視線を向けたアイズは「何の話です...?私は今ここであなたたちに出会ったのですよ...??」そう話が見えないと言わんばかりに疑問の声を上げる。

 「...そうかい、まあそうだろうな気にするなこっちの話だ。それで何か用なのかい?まさかこんな夜更けに知り合いにあったから声をかけただけとは言わないだろう」困惑するアイズをしばらく観察した後気にするな、そう言って灰は何か用か聞く。

 

 「彼をどうするつもりですか」アイズは先ほどまでの困惑がまるで夢であったかのような強い意志を感じさせる瞳で二人を見据える「どう、と言われてもな」反対に灰は先ほどまでのアイズのように困惑しながら返す。「なら言い方を変えましょう、彼に何をしたのですか」なお視線を強めアイズは詰問する「強くなりたいと言ったから強くするための訓練をしただけだぞ...?」灰はますます困惑の色を強くする。

 

 「訓練?!訓練など「ミラのルカティエルです、まずは互いに落ち着くべきだと思うが?」...ッ!!」ついに怒りを爆発させようとするアイズ。

 だがその鼻先を焚べる者がくじく「互いの立場を明確にすることがより良き交互理解への第一歩とルカティエルの伝説にもある通り挨拶は重要だ」思わぬところから思わぬ言葉が出たことに驚きを隠せないアイズと灰。

 だがその後に続く何時も通りの焚べる者のセリフに思わずため息が漏れ、息を吸う。図らずも一呼吸置き少しは冷えた頭でアイズは尋ねる。

 

 「彼と一体どんな関係なんですか、強くなりたいと言われたからと言って無関係の人物を鍛えるほど貴方は慈悲深い人ではないでしょう」灰と言う人物かつて戦った時感じたその在り方に間違いはないだろう、そう確信して放たれたその言葉に灰は答える「こいつはうちの新入りで俺との関係は先輩後輩だ、後輩が強くなりたいというのだ手を貸すのが先達の務めだろう」

 

 「え...先輩?」

 

 「ああその通りだ。で、もう行っていいかヘスティアから早く帰ってこいと言われてるからさっさと帰らないと説教を受ける羽目になる」

 

 「え...先輩?」

 

 「おい、おーい聞いてるか?...聞いてないか、ならこのまま放置すっか、おーい行くぞ」

 

 「...かくして我らは出会い、うん?ああ行くのか、ならこの話の続きはまた今度だ」

 

 その答えを聞いた途端固まるアイズ、目の前で灰が手を振っても瞬きをすることすらなくまるで人形にでもなったかのように固まりただ同じ言葉を繰り返し続ける。そんなアイズに何度か声をかけたが反応がなかった為灰は、1人ミラのルカティエルの伝説を語り続けていた焚べる者に声をかけ帰り道を急ぐ。

 

 ───アイズが正気に戻った時にはもう誰もおらずアイズはトボトボと自身のホームへと帰る羽目になった。

 

 

 

 

 なんだか暖かい、それが僕の最初の思考だった。

 

 「えっと...?僕は確かダンジョンで灰さんの問いに肯定して...。というかここどこですかあ!!!」

 

 パチパチと薪が爆ぜる音につられて目を覚ませば見たことのない部屋に僕は寝ていた、何があったのかを思い出そうと思い出せる限り記憶をを辿ろうとするが、ダンジョンで灰さんが頭蓋骨を床に叩きつけてモンスターがすごい勢いで向かってきて...それからが思い出せない。

 何か周りにヒントになる物はないかと視線を巡らせるもどれもこれも見覚えのない物ばかり...というかここは一体どこなんだ?そこまで頭が回った途端僕は絶叫していた。

 

 「こんにちは、ベル様。私は人形、この狩人の夢で狩人様から命じられあなたのお世話をしていたものです」

 

 「うう、なんだか汚いというか埃っぽいというかなんで僕ここで寝てたんだ?」

 

 とりあえず落ち着いて周りを見渡す。まず目に入るのは大量の本だろう、だがこの部屋の持ち主は本に興味があるとは思えない本棚に並べられた本よりも床に山積みになっている本の方が多い。次に床にひかれている絨毯、これもきっちりと敷いてあるとは言い難い、曲がっているだけならまだしも複数の絨毯が敷いてあると言うより揉みくちゃに置かれていると言った方が近い置き方を押されている。そして最後にベッド、このベッドだけ他の家具よりもきれいで清潔だがその分部屋から浮いており、なんだか無理やりベッドを置いたような感じがする。

 

 部屋自体もよく言えば年季を感じさせる、悪く言えば今にも壊れそうな感じで、そこらへんに置いてある本や家具にも埃が積もっている、そんな部屋に暖炉があり火が付きっぱなしになっているのだからいつ火事になってもおかしくない。本当になんでこんな部屋(こんなところ)で僕は眠っていたんだ?

 

 「ダンジョンより戻ったあなたの姿を見た狩人様が怒り狂ってご自分の部屋であなたを休ませたのです」

 

 「うわっ!!!...なんだ大きな人形か...綺麗な人形だけどこんなに大きいとちょっと怖いな。」

 

 そうして部屋の中を見回していると1つの大きな人影いや1つの大きな人形が目に入る。

 すごい、人形の中にはそれこそ何百万ヴァリウスもするようなものもあるって聞いたことがあるけれどきっとこの人形も同じぐらい高いんだろうな、そう思わせるほどしっかりと作りこまれている、着ている服も細かいところまでしっかりと作られているしサイズも大きい...いや大きすぎないか?!間違いなくこの人形立たせたら僕どころかほとんどの人より大きいぞ。

 

 床に座るようにして置いてあるからいいけどこれが立った姿勢で置いてあったら悲鳴を上げてたと思う。細かいところまでしっかり作ってあってぱっと見は本当の人間みたいなのに2メドルはあって人形だって(人間じゃない)と分かるけど、なんでこんなに大きいんだこの人形。

 

 「そのように褒められると照れてしまいます私に血は通っていないのですが。私が大きいのは私のモデルとなった方が背の高い方だったからです、ヤーナムに住む者らはみな大きいのです」

 

 「とりあえずこの部屋から出てみよう...うわぁ?!あいたたた。...これ部屋というより小屋だったんだ。しかも扉をくぐると急に坂道になってるし、転んじゃったよ...」 

 

 じっと見ていると人形が動き出しそうで怖くなった僕はとりあえずこの部屋を出ることにして、扉をくぐり一歩踏み出...せなかった。足の下に何もない感覚、視界が勝手に変わっていく、転んだんだそう気が付いた時はすでに地面が目の前にあって、そのまま僕は顔をぶつけてしまった。

 ぶつけた顔をさすりながら起き上がり振り向くと、先ほど出てきた扉の上に何かある。そのまま見上げると屋根があり、さっきまでいたところが部屋でなく小屋であることに僕は気が付く。なんでこの小屋は出口からいきなり坂道になっているんだろう。

 

 「大丈夫ですかベル様、この狩人の隠れ家はあまり住むのに適しているとは言えないのです、気を付けてくださいね」

 

 「うわぁ...あれなんだろう霧の中に何か柱みたいなのが立ってるのかな?...ってこれお墓?こっちのもそっちのも、まさかこの庭の石全部お墓?」

 

 振り返って小屋を見上げていた僕はいつまでも見上げていてもしょうがないと周りを見渡す、しかし目に入るのは霧と遠くに見える柱のような何か。それをよく見ようと庭を囲む柵ぎりぎりまで近づこうとして...足元にある石がお墓だと気が付いた。周りをよく見てみればあっちっこっちにたくさん同じような石が置いてある、ここ墓場なの?!

 

 「この墓石はかつてこの夢を訪れた狩人様達の名残です、もうこの墓石が増えることもないのでしょう」

 

 「と、とりあえずこっちの方に行こう。ってこっちもお墓だらけじゃないか、うん?あの扉は見覚えがあるような...。

 そうだホームの地下にあった扉の一つだ、なんでこんな庭の真ん中にぽつんと立っているんだろう。反対側から覗いても、うん何もないこれじゃあ開いても意味がないんじゃないかな

 

 「そこは出入口です、開けることでこの空間から出ていくことが出来ます」

 

 ...だけどこうしていても仕方がないどこかに繋がっていますように」

 

 沢山のお墓その中で騒いでしまったことに気がとがめた僕が庭の道に従って進むと、大きな木と広い広場のようになっている空間そしてそれを取り囲むように置いてあるたくさんのお墓を見つけた。どこに行ってもお墓ばかりで気が滅入る、そう思った僕の目に見覚えのある扉が庭の真ん中に立っているのが映る。

 どこかで見た扉に近づいてまじまじと見るとこれはホームの地下室にあった扉とそっくりだそう気が付く。でもなんでこんなところにホームの地下にあった扉そっくりなものが置いてあるの?大体周りを見渡すまでもない広い空間にポツンと扉だけあっても何にもならない、そう思っていた僕だけどこのままいてもしょうがないとりあえず扉を開いてみようそう決めた...何か起きるといいけど、何も起きなかったらあの小屋に戻ろうと決めて僕は扉をくぐった。

 その背後で何かが聞こえた気がするけれど気のせいだろう

 

 「さようならお客様、貴方の目覚めが有意なものでありますように」

 

 

 

 

 

 

 

 扉をくぐると同時に僕を襲ったのは馬車に乗っていて酔った時の感覚を何十倍にもしたような感覚、目を開けていられない、足を踏ん張っていられない、地面に倒れてしまう、いやそもそも地面はどこだ?僕は今本当に倒れているのか?落ちているんじゃないか?そんな疑問が頭の中を回り...気が付くと僕はホームの地下に立っていた。

 

 「まったく信じられないよ、ボクは灰君たちが帰ってきたと聞いてバイトの打ち上げを早く済ませてきたっていうのに君たちは新入り(ベル君)の顔を見ようと探していた、そこまではいいんだよ。

 ボクが怒っているのは封印してあった()()を持ち出したからなんだ!()()は決して持ち出さないようにって灰君が決めたんだよ?!しかもだよ使ったというじゃないかおまけにその理由がベル君を鍛えるためだっていうんだ!!

 あんなもの使えば強くなる前にモンスターにひき肉にされるなんてこと分かり切っていただろうに、ベル君が死んでいないのは全く奇跡と言って「神様!!」...ベル君!!」

 

 「僕一体何があったのかさっぱり覚えてないんですけど、何があったんですか」

 

 眩暈がまだ引いてないせいでグラグラする視界に神様がいる、ひどく怒っている様子で何か喋っている神様に話しかけると神様がこちらに振り返っって笑顔を見せてくれる。知っている場所(ホームの地下)知っている人(神様)に会えた、安心した僕は何があったか聞くために神様へ駆け寄るとその陰に床に座って首から【私は燃えないゴミです】と書かれた看板を下げた灰さんがいた。

 

 本当に何があったんですか?!

 

 

 それからはすごかった、バタバタと足音がしたかと思えば九郎さんと狼さんに抱き着かれていて沢山お説教をされた。神様も心配したんだからねと今にも泣きそうな顔で言ってくるからごめんなさいと僕はただ謝ることしかできなかった。

 

 「...えっと、貴方たちは一体...?」

 

 「まあとりあえず自己紹介をするべきだろう。私は月の狩人、気軽に狩人でいい」

 

 「俺はもう自己紹介した...そんな睨むなよちょっとしたジョークじゃん。俺は火のない灰、灰でいいぜ」

 

 「じゃああなたは焚べる者さん?」

 

 「...ミラのルカティエルです」

 

 「...こいつの言うことは気にしなくていい、お前が言うとおりこいつは絶望を焚べる者、焚べる者とでも呼べばいい」

 

 

 ひと段落すると、灰さんの隣に二人見たことのない人が立っていた。誰か尋ねようとすると帽子をかぶった方の人が自己紹介をしてくれた、そのまま灰さんに手を振り自己紹介を促す。自己紹介はもうしたからと言おうとした灰さんは凄い目つきで睨みつけられて自己紹介をする、狩人さんに灰さんなら最後の一人は焚べる者さん────そう思って尋ねると返ってきたのはミラのルカティエルさん...?

 狩人さんがため息をついて補足してくれる、やっぱり焚べる者さんでいいらしい。

 

 「じゃあダンジョンから戻ってきたんですね、でもいつ戻ってきたんですか」

 

 「数日前には地上に帰ってきていたんだが、この阿呆()がツケをしていた店に見つかってな。まあツケ自体は今回の魔石の分で払いきれたんだが。この阿呆臨時収入があるからと言って新しくツケを作ろうとしてな「買わしてくれないならずっと通うぞ」と相手を脅してその店の用心棒と追いかけっこを始めやがってな。

 おまけにこの阿呆が諸々の道具を持っていたせいで、放置して帰るという訳にもいかずホームに戻るのが遅れてしまったんだ。」

 

 でもいつダンジョンから帰ってきたのか、そう思って尋ねると狩人さんが大きくため息をついて経緯を話してくれる。しかし冒険者の多くは命を懸ける仕事だから思い残すことが無いようにお金を派手に使うというのは聞いていたけどこんなにひどいお金の使い方は初めて聞く。

 

 

 

 

 

 

 「そんなことより、なんだって君はこんな無茶をしたんだい」

 

 「僕は...強くなりたいんです、強くなって僕の夢に胸を張っていられる自分になりたい。そのためなら何度だって無茶をします」

 

 僕たちの間に流れた微妙な空気を換える様に神様が僕にどうして無茶をしたのかを尋ねる。確かに僕のしたことは賢い行いじゃない、でももし灰さんの問いに答える前に戻れたとしても僕は同じことをするだろう────引き際を見極められずに一人で5層まで潜って死にかけたあの時とは違う、灰さんの問いに答えたのは僕の夢を諦めないという決意の上での行動だ────そうでなければ僕は僕の夢に胸を張れない、僕は(ベル・クラネル)でいられなくなってしまう。その意思をこめて答える。

 

 神様はぐむむむ...と唸りながら僕の方を見てくる、どう説得したものか考えているのだろう。だけど僕もそう簡単に僕の決意を曲げないそう目に力を入れて見返す。

 

 「諦めよ神ヘスティア、この子どもいやベルからは強い意志を感じる。まるで初めて会った時のルカティエルのようだ」

 

 「ルカティエル云々はさておき、俺も同意だぜヘスティア。ベルは俺の圧にも耐えて夢への第一歩を踏み出したんだ、それを受け入れてやるのが(神様)というもんだ」

 

 「焚べる者君?!灰君?!」

 

 そう神様とにらみ合っていると、焚べる者さんが神様に諦めるよう言い、それに灰さんも続く。神様は信じられないといった声を上げるが諦めるように言ったのはその二人だけではなかった。

 

 「いつかその庇護下から飛び出し広い世界を知る、そういうものだ人間と神の関係(子どもと親の関係)というものはな」

 

 「倅に敗れる、存外心地よい物よ────そう我が義父は申しておりました」

 

 「狩人君...狼君...」

 

 狩人さんも狼さんも僕の側についてくれる、神様からは先ほどまでの強い意志は感じられず小さくつぶやくように狩人さんと狼さんの名前を呼ぶ。

 

 「もういいのではないのですか“へすてぃあ”様、“べる”の夢に反対しているのは御身だけですよ。それにこれだけの者らが“べる”の夢を後押ししているのです、どのような夢であったとしても決して叶えることが不可能ではないでしょう」

 

 「九郎君まで...ならしょうがないボクもその夢を追いかけるのを反対はしないよ」

 

 九郎さんが神様を説得してくれる、先ほどまでの覇気はなく落ち込んだ様子の神様は弱弱しい声で僕の夢を認めてくれる。

 

 「ありがとうございます神さ「だけど、危険なことばかりするんじゃないぞ。あんまりひどいようだったらボクにだって考えがあるんだ」...考え?」

 

 「ああそうさ、エイナ君に君達の行動を全部告げ口してやるんだ。君達み~んなお説教されればいいんだ」

 

 夢を認めてもらったそう思ってお礼を言おうとすると力なくうなだれていた神様が顔を上げる。その目にはいたずらを思いついたような何か危ない輝きがある、そしてあんまり危ないことばかりをしているとエイナさんに告げ口をすると言われ僕だけでなく他の人たちも慌てる。

 

 

 

 

 

 

 「そういえば、それほど執着する“べる”の夢とはいったい何なのです」

 

 そんな空気を変えようとしてか九郎さんが僕の夢を聞いてくる。僕は胸を張り答える

 

 「はい!僕の夢はダンジョンで冒険して英雄になって【()()()()】を作ることです」

 

 

その途端空気が死んだ

 

 「“はあれむ”ですか、聞き覚えのない言葉ですね。狼そなたは知って「いえさっぱりです、灰らならば知っているでしょう」

 

 九郎さんは首をかしげる、そうだ僕も【ハーレム】とは何なのか知らないんだ。ついにその意味を知れるのかと狼さんを見つめようとした途端、九郎さんの言葉を遮るように狼さんは知らないと答える、そして灰さんたちなら知っているだろうとも。

 

 「まじか狼の野郎俺らを秒で売りやがった。...あーあれだ俺ら不死者は死ぬたびに色々忘れちまうからきっとそん時に忘れたんだ。な、焚べる者」

 

 「ミラのルカティエルではありません

 

 「なんかバグってる?!」

 

 頭を抱えるようにしていた灰さんはあっちこっちに目線をやった後、知らないと言葉を絞り出し焚べる者さんに同意を求めるが、焚べる者さんは仮面の上からでもわかるくらい呆然として同じ言葉を繰り返している。それを見た灰さんは驚愕する。

 

 

 「だから奴らに呪いを、赤子の赤子そのまた先の赤子まで呪われるがいい

 

 「こっちもなんかおかしい!!」

 

 灰さんをはさんで反対側に立っていた狩人さんは虚空を眺めながらぶつぶつと何かをつぶやいている、そのことに気が付いた灰さんはまたもや驚愕する。

 

 「べ~る~く~ん~」

 

 「なんで怒っているんですか神様ぁ~」

 

 そんな知り合ってから短い時間しかたっていない僕にも明らかに様子がおかしいと解る灰さんたちにびっくりして、ぼうっと見ているとを神様が低い声で僕の名前を呼ぶ。

 振り向きたくない、でも振り向かなくちゃいけない。

 僕は振りむく、そして後悔する

 

 怒っている、すごくすごく怒っている

 

 怒った神様との鬼ごっこは正気を取り戻した灰さんが神様を捕まえてくれるまで続いた。

 

 どうしてこうなったんだ

 

 




どうも皆さま

先日この小説のお気に入り数が
100を突破しました
ありがとうございます
お気に入り登録してくださった方にも、していないけど見に来てくださっている方にも楽しんでいただけるようこれからも精進していきます。

ついに書きたかった場面の一つベル君ハーレムの夢を語るが書けました
どうしても書きたかったんです
どうしても主人公勢が予想外の言葉に大混乱に陥る姿が描きたかったんです
そして見直していて気が付く空気さんがまた死んでいる
きっとこれからも空気さんはその尊い命を散らすことでしょう

所でベル君が眠りから覚めた場所、狩人の夢
その場所には啓蒙を持つ者にしか見えない文字があるとか
啓蒙を持たない人もドラッグすると文字が浮かび上がるそうです
私は特別な知恵があるから知っているんだ

それではお疲れさまでした、ありがとうございました




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先達の導き

導き
目的へと行くために辿るべきもの
或いは先に立つ者が後のものへと残したもの
多くの者は忘れていることだが
誰による導きであるかよりも
どこへ続く導きであるのか
そのことが大切だ

己のいだく夢へと進みたいなら

カズゴウ様 誤字報告ありがとうございます

やってしまいましたね、誤字脱字ならまだしもまさかの下書き用注釈の消し忘れとは恥ずかしい
しかしながら誤字報告は読み込んでいただけている証拠と思っておりますので見つけたら報告お願いします
...いや誤字脱字をなくすのが一番いいのはわかっているんですけどね


 夢を見ている。

 

 夢の中で僕は生まれ育った僕の家、その寝室で横になっている。

 そしてそのベッドの隣に座っているのはもういなくなってしまった僕の唯一の家族(おじいちゃん)

 

 「ねえねえお話しして」

 夢の中の僕はおじいちゃんにねだる

 「そうだなぁ、何のお話がいい?」

 おじいちゃんは優しく微笑んで僕に聞く

 「────のお話がいい」

 ...?僕は今なんて言った?そんな僕の疑問を置いて夢は進む。

 

 「はっはっは、ベルは────の話が好きだなあ」

 おじいちゃんが笑う

 「だって一番古いお話なんでしょう」

 夢の中の僕も笑う。

 「ああそうだ、今じゃ神様だって覚えていない古い古いお話だ。だからベルお前は覚えていておくれよ」

 ?おじいちゃんどうしてそんなに悲しそうなの?そんな僕の問いかけは夢に何も影響を与えずおじいちゃんは話を始める

 

 「むかしむかし、世界には岩のようなドラゴンと大樹だけが存在した、だがある時その世界に...が...た」?おじいちゃんなんて言ったの

 

 「そうして世界には...と...が生まれ...」...おじいちゃん?

 

 「そして....は【始まりの火】より....」おじいちゃん、おじいちゃん!

 

 

 

 

 

 

 「おじいちゃん!!!」

 

 手を伸ばしたまま僕は上半身を起こして夢から覚めた。

 

 「今の夢は...?ってまた知らない所だー!!」

 

 今のは夢だと改めて気が付いた僕はその夢について考えようとする、僕がおじいちゃんと暮らしていたころはいつも眠る前おじいちゃんにお話をねだった。

 ダンジョンと冒険者の話、神様と人間の話、ほかにもたくさんのお話。

 だけど夢の中でおじいちゃんが覚えておいておくれ、そう言ったお話はよく聞こえなかった、あれは一体何の話だったんだろう。

 少しでも聞こえてきた内容を思い出そうとしていると単語だけが思い出される

 

 【始まりの火】

 

 その言葉を頼りに記憶の中のお話を思い出そうとする、だけどその前に僕の顔を風が撫でる。

 風?おかしいなここは僕の部屋(地下)のはずなら風なんて入らないのに、そう思って閉じていた眼を開くと...目に入ってきたのは一面真っ白の世界。

 

 「え...雪?!...じゃない灰かな?いや灰でもおかしいよね、なんでこんなに灰がいっぱい」

 

 驚いた僕は思わずベッドから降りて地面に降りる、軟らかい感触が僕を迎える────冷たくない?手で触ってみると僕の手を汚しながらぼろぼろとこぼれていく()()

 色からして灰だろうか、周りを見渡しても目に入るのは一面の雪景色いや灰景色?それと僕が寝ていたベッドがぽつんとあるだけ。こんな灰しかない所にベッドだけぽつんと置いてあるのもおかしいけど、こんなに灰がいっぱいあるのもおかしい。

 

 もしこれがモンスターを倒した後の残った灰ならどれだけのモンスターを倒せばいいのか見当もつかない、この灰が何かを燃やした後に残った灰なら一体どれだけ燃やし続けたならこんなにたくさんの灰が生まれるんだろう。

 そんな場違いなことを考えることが出来るほど僕には余裕があった、きっとこれは昨日と同じ、先輩たちの誰かの部屋なんだろう────昨日目を覚ました時居た部屋はあとで狩人さんの部屋だと本人から教えてもらった、狼さんと九郎さんの部屋がこんな風だとは思えない────消去法で灰さんと焚べる者さんの部屋なんだろうな、そう見当はついていたから。

 

 手についた灰を服で拭いながらどうしようか考える、狩人さんの部屋と同じならどこかに扉があるはずだけど、どこを見渡しても視界を遮るものもなく見えるのは灰だけ。当てもなく歩いていくというのは見える限り何もないこの光景からして賢い考えではないだろう。

 

 「うん?ああ起きてたのか気分はどうだ」

 

 「灰さん!!」

 

 「元気みたいだな、出口はこっちだついてきな」

 

 そう僕が悩んでいるとどこからともなく灰さんの声がする、そっちを見ると片手をあげて僕に挨拶している灰さんの姿があった。

 駆け寄る僕の体を見て元気そうだなそら遅れるなよ、そう言って迷いなく進んでいってしまう、その後に急いでついて行く。

 灰さんに遅れないようにその背を追いかけるうちに、僕はもうさっきまで考えていた夢のことを忘れていた

 

 ずんずん進んでいく灰さんについて行くと一つ不思議なことに気が付いた。灰さんは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そのはずだ。

 なのに灰さんが進んでいく方()を見ても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 どういう事なんだろう、そう思ってどうやって僕が寝ていたベッドのところまで来たのか聞こうとすると灰さんが口を開いた。

 

 「ヘスティアのことだがな、あいつを嫌わんでやってくれ。あいつにとってお前は初めての()()()()()()だ、多少過保護にもなるってもんだ」

 

 「へ...?あ、はい分かっています英雄になるという僕の夢が困難なことも、神様が僕のことを考えてくれているからこそ反対していたというのも。それでも僕には譲ることのできないものがあっただけですから」

 

 「英雄...ね、まあ俺らが見てきた英雄サマなんてのとはきっと違うんだろうな、お前がなりたいのは。まああいつらみたいにならないようにしてやるのも先達の仕事かね」

 

 神様を嫌う?昨日神様が僕の夢に反対したことを僕が恨んでいるんじゃないかと灰さんは考えていたようだ。

 僕はもちろんそんなことはしない、僕の英雄になるという夢が厳しいものであることも、神様が反対したのが僕のことを思ってだということも僕はわかっているつもりだ、神様のその思いは嬉しいけどそれでも譲れない夢があった、それだけの話だ。

 そう僕が考えを口にすれば灰さんはぼやくようになにか呟く、あまり聞こえなかったそれになんて言ったのか聞こうとした時灰さんが急に足を止める。

 

 「ほれ、着いたぞここから外に出れる。聞きたいことだらけって顔だが俺らはまだしもお前はこんなとこで落ち着いて話が出来んだろう、ホームに帰ってからゆっくりと話をしてやる」

 

 「はい...えっとこの扉をくぐればいいんですよね」

 

 なにかあったのかと灰さんを見上げれば前を指さす灰さん、その先には地下で見た扉の一つが立っていた。狩人さんの部屋と同じように周囲に何もなく扉だけが立っている。

 その扉をくぐればホームへ帰れるんですよねそう灰さんに確認すると灰さんはうなずく。

 僕は扉に手をかけて開く、と同時にひどい眩暈とふらつきが僕を襲い────自分が立っているのか倒れているのかわからないそんな感覚────気が付けば僕と灰さんはホームの地下にいた。

 

 

 

 

 

 

 そして気が付けば目の前に神様がいる、気にはしていないと灰さんには言ったけど、こうして顔を合わせると少し気まずいものがある。

 それは神様も同じなのかいつもよりもぶっきらぼうな様子でまずは僕に座るように言おうとしたのを灰さんが遮ってお腹が空いたから朝食を食べてもいいかと聞く、そしていつの間にか隣に立っていた狩人さんに無言で頭をたたかれていた。

 何すんだ、そう灰さんが狩人さんの方を向いて睨む、狩人さんも無言で睨み返す。

 

 先ほどまでの気まずさも忘れて僕と神様が急に始まったケンカにポカンと口を開けていると、九郎さんが灰さんと狩人さんを止めて朝食を持ってきてくれる、そして促されるまま僕は椅子に座っていた。

 

 「「「ごちそうさまでした」」」

 

 三人の声────僕、九郎さん、神様────が重なり朝食が終わった。

 朝食の途中で気が付いたが、狼さんと焚べる者さんは先に食べていたようで部屋の隅で待っていた、そして灰さんと狩人さんは食べ終わっても無言のままだった────ところでヘルムとマスクを取らずにどうやって朝食を食べたのだろう、食卓に同席していた僕でもわからなかった。

 

 「...朝食も終わったことだし、話を始めようかベル君、ボクも女神だ一度言った言葉を曲げるような真似はしない。君の夢を諦めろとは言わないだがその夢を外で言うんじゃないよ、ボクにだって外聞というものがあるんだ。」

 

 そして神様が僕に声をかけ話が始まる、どうやら昨日言ったように僕の夢を諦めさせることはしないようだ、だけど僕の夢を外で言ってはいけないとは一体?

 そう僕が首をかしげていると神様の言葉を聞いて狩人さんが今更気にするような外聞があるとは思えないがな、そう小さくつぶやく。それを聞き逃さなかった神様が狩人さんの方に振り向き何か言ったかい?そう問い詰める、怖い。

 

 「神様外で言うなって「分かったかい」はい」

 

 神様が外で言うなというのなら神様は【ハーレム】について知っているのだろうか、怖い様子の神様にそのことを聞く恐怖と未だに何も知らない【ハーレム】についての情報どちらが重いか、僕は少し悩んだ後外で言うなと言うならホームの中ならいいだろう、そう思い神様に【ハーレム】について聞こうとする。

 しかし僕の言葉を塗りつぶすように放たれた神様の言葉の圧に負けて返事をしていた。とても怖い。

 

 

 

 

 

 

 「話はこれだけじゃないんだ。ベル君、君は強くなりたいと言っていたね。ならこのファミリアが誇る眷族に鍛えてもらうのが早いだろう」

 

 「つまり俺らがベルのことを鍛えてやるってことだ、おっと勘違いするなよ昨日お前がした生きるか死ぬかそんなのじゃない。いわゆる()()()()()()()()みたいに稽古をつけてやったり、ダンジョンでの色々を教えてやろうって話だ」

 

 「...途中で話を盗られたけどそういうことだよ。人格は決して褒められたものじゃないけど、その戦闘能力はオラリオでも十本指にすら入るような冒険者たちだ。きっと強くなれるよ」

 

 一度咳払いをした後神様は明るい声で僕に語り掛けてくる、先輩たちに鍛えてもらうことが強くなるための近道だと言いたいらしい。その言葉に同意するけれど、昨日の気が狂ったような戦闘を思うと顔が引きつる、あれは僕の夢を諦めない意志だなんて格好つけたけど毎日やれと言われたら流石に無理だ。

 僕がそう思っていることに気づかれたようで、話を途中で奪った灰さんが普通のファミリアと同じような方法だと言う。

 話を奪い返した神様はきっと強くなれると言う、それはその通りだと思いますけどその前に不安になるようなことを言わないでくれますか。

 

 「まあ私たちが人格破綻者なのは事実だが、強いのもまた事実だ。教えを受けるだけ受ければいい、その中から自分に合うものを探し身に着けていけ」

 

 「...はい、お願いします」

 

 狩人さんが教わったこと全部を覚える必要はない必要なことだけを身につければいい、と言うがそのことよりその前のことの方が気になります。でもそんなことを言う必要もないしとりあえずお願いしますと挨拶をする。

 

 「とはいえ、昨日のこともあって灰君を最初に持ってくると言うのも不安だ、今日焚べる者君には頼みたいことがある...」

 

 「という訳で今日は私がお前を指導しよう、ベル・クラネル」

 

 すると神様が灰さんを僕の指導に付けることに難色を示す、まあ僕も昨日のことがあってすぐお願いしますとは言いにくい、そして焚べる者さんには頼みたいことがあるらしい。

 なら今日僕を指導してくれるのは...と狩人さんを見るとこちらに手を差し出しながら今日の指導者は自分だと伝えてくる。

 

 

 

 

 

 「まずはギルドへ行く。昨日のこともある、何かが起きたとき時間がかかっても正しい情報が知りたければギルドで情報を集めろ、逆に正確性が低くとも時間がない時は酒場などで情報を集めるべきだ」

 

 「昨日のというと灰さんが使った()()ですよね?」

 

 「その通りだ、あれは効果中ずっと範囲内のモンスターを呼び集め続ける、お前が生きている以上モンスターはすべて狩りつくしたはずだが、ギルドがそう判断するかは別の話だ。

 

 ロキ・ファミリアの対応も少しばかり気になる、もし下から出てきたモンスターのせいだと思われたなら、被害の責任を取らされるのを避けるためにダンジョンの異変がないか確認が終わるまでダンジョンに入ることが出来なくなるかもしれないからな。もしそうなったらどこか訓練できるような場所を探す必要がある」

 

 朝食とその後の話し合い、それが終わった後狩人さんと共にホームを出る。

 最初に狩人さんがギルドで昨日の出来事について情報を集めると言う、昨日と言えば灰さんがダンジョンで使ったモンスター寄せの件だろうか、今更ながらあんなものを使うなんて正気だとは思えない。そう思っていると狩人さんから下の階層から登ってきたミノタウロスのせいだと思われるかもしれない、そういわれて罪悪感を感じる。モンスターの移動がまだ終わっていないとギルドが判断すればダンジョンに入れないかもしれない、もしそうなったらどこか適当な場所を探さなければならないとも。

 

 

 

 

 

 

 「だから俺たちはそんなことが聞きてえんじゃねえんだよ、いったい何があったのかが知りてえんだ」

 

 「ですからその件についてはただいま調査中でして」

 

 「ふざけんな」「そうだ、ギルドが知らねえなら誰が知ってんだ」「ロキ・ファミリアはどういってんだ」

 

 「ロキ・ファミリアについては只今あちら方との交渉中でして」

 

 「昨日()()()()が戻ってきたって話もあるんだ」

 

 「その件につきましては...」

 

 

 ギルドにつくと外にまで人が溢れていて口々に叫んでいる、その様子に僕は少しひるむが狩人さんは全く気にせずに進んでいく。

 人混みの中を強引に押し入り、無理やり進んでいく狩人さんに怒り、睨む人もいるけれどそれが狩人さんだと気が付くと距離を取ろうとしていく。その後を僕もついて行こうとするけれどすぐに戻っていく人波に呑まれて前に進めない。

 

 「大丈夫か」

 

 「!あなたは、あの時はありがとうございました」

 

 「無事に地上に戻ってきてたようで俺らも安心したよ」

 

 そうしてもがいていると誰かから後ろに引っ張られて人混みから抜けでる、かけられた言葉にそっちを見るとそこにはダンジョンで出会ったパーティのリーダーさんがいた。感謝の気持ちを口にするとリーダーさんもまた安心したと口にする。

 

 「すごい人ですね」

 

 「詳しい話は俺も知らないんだがダンジョン上層ですごい数のモンスターを見かけたとかでな、だけど噂ばかりが先に来ていったい何があったのか誰も知らないんだ、おまけにこの件にあんたのとこのファミリアが関わっているなんて噂まである。みんな何が起きたのか知りたくてしょうがないんだよ」

 

 「そうなんですね、...すごい数のモンスターって誰かそれに襲われたりしたんですか?」

 

 「いや今のところ誰かが怪我をしたって話は聞いてないな、ほらロキ・ファミリアの遠征部隊が戻ってきてただろそれでほとんどの奴はずっとダンジョンに潜ってなかったそうだ。モンスターについてもギルドからの依頼でダンジョンに潜っていた冒険者が遠目に見ただけらしい」

 

 せっかく助けてもらったんだからもう一度あの人混みの中に戻っていくのはさすがに勘弁したい、そう思ってリーダーさんと話をする。リーダーさんが言うには昨日の夜ダンジョン上層ですごい数のモンスターが一定の方向へ移動していたのが目撃されたらしい、上層の比較的弱いモンスターたちとは言えモンスターの大移動だ、何かあったんじゃないかとギルドの皆さんも冒険者の皆さんも大慌てらしい。...すいませんそれ僕と灰さんの所為です、とは流石に言えない。

 代わりに誰か襲われたりしていないか聞くと、どうやら遠征部隊が起こすモンスターの大移動から逃れるためにほとんどの人はダンジョンに潜っていなかったらしい。とりあえず巻き込まれた人がいないと聞いて僕は安心する。

 

 「ベル見てきたがダンジョンに入るのは自己責任というのがギルドの決定のようだ上層に行くぞ。...おまえは焚べる者の知り合いだったか」

 

 「昨日僕をダンジョンで助けてくれたんです」

 

 「そうかなら先達として私からも礼を言おう」

 

 「礼なんて、俺たちは人として当然のことをしたまでで、気にしないでください」

 

 ギルドからあふれている人たちを見ながらリーダーさんと話をしていると狩人さんが戻ってきてダンジョンへは入れるから上層で討伐をすると僕に声をかける。そのあと狩人さんはリーダーさんを見て少し固まった後、焚べる者と一緒にいるのを見たことがあるとそうつぶやく。

 

 僕がダンジョンで助けてもらったことを言うと狩人さんはリーダーさんにお辞儀をしてお礼を口にする、冒険者とは命と名誉を秤にかける仕事、ダンジョンでは何があっても自己責任だからこそ助けられた以上その恩はしっかりと返す必要があるとも口にする。するとリーダーさんは照れたように手を振りながらそんな大層なことをしたつもりはありませんってと口にする。

 

 かっこいい、自分がしたことを無闇に誇らない確かな強者の空気がするそう僕がしびれているといつまでもこうしているわけにはいかない、そう狩人さんが言い僕たちはリーダーさんに別れの挨拶をしてダンジョンへと向かった。

 

 

 

 

 

「...」

 

「狩人さん?どうかしたんですか」

 

「いや...何でもない、まずはベルお前がどれだけ動けるのか見たい、まずはいつものようにモンスターを狩れ」

 

「分かりました」

 

 ダンジョンの入口────普段なら中に入る人と中から出てくる人でごった返しているそこは今僕たち以外の姿はない。ほとんどの人はダンジョンに入ることを断念したのだろう、いつも通っている場所のいつもと違う姿に僕が少し緊張していると狩人さんが虚空を見つめているのに気が付く。

 どうかしたのだろうかまさか緊張しているわけでもないだろうけど、そう思い聞いてみると何でもない、そう狩人さんは返事をしてまずはいつものようにモンスターと戦ってみろと言いダンジョンの中に入っていく、僕もその後ろについて行きながらモンスターを探し始める。

 

 「どうでしたか僕の戦いは」

 

 「...お前に戦い方を教えたのは狼だったな?」

 

 「はい僕に色々教えてくれました。それが何か?」

 

 「いや、ならばお前に最初に教えるのはこっちの方がいいかと思っただけだ」

 

 ダンジョン一層のとある部屋、僕はモンスターとの戦闘に勝利して戦いを見ていた狩人さんにどうだったか聞く。わずかな間の後狩人さんは僕に戦い方を教えてくれたのは狼さんだったなと確認してくる、その通り僕に戦い方を教えてくれたのは狼さんだ何か問題でもあっただろうか。そう思い聞くと狩人さんは何でもないと言いながら軽く頭を振り、見ておけ、そう言って新しく生まれたゴブリンに向かっていく。

 

 狩人さんとゴブリンの間が縮まっていく、狩人さんは何もせずにただ歩いている。

 

 ゴブリンが狩人さんに気付いたようで狩人さんへ突っ込んでくる、狩人さんは何もせず歩いている。

 

 ゴブリンが腕を振り上げる、狩人さんは何もせず歩いている。

 

 ゴブリンが腕を振り下ろし────狩人さんが消えた。

 

 「えっ」「ぐきゃ?」

 

 僕とゴブリンが困惑の声を上げる、ゴブリンは目の前にいた狩人さんがいきなり消えたことで。

 僕はゴブリンの前にいたはずの狩人さんがゴブリンの後ろに現れたことで。

 

 「これがヤーナムの狩人が獣と戦うために編み出した走法。通称【ヤーナムステップ】だ」

 

 そのままゴブリンを背後からの一撃で叩き潰した狩人さんはいつの間にか僕の隣に立っていて今何が起きたのかを解説してくれる。

 

 「ヤーナムステップ...?」

 

 「その通りだヤーナムの狩りにおいて鎧や盾など役に立たない、獣の腕力の前には紙切れのようなものだ。だからこそ始まりの狩人は鎧を纏わず軽装で獣の腕を掻い潜り獣を狩る(すべ)を見出した、その基本だ。おまえもまた強固な鎧を纏うことなく戦う身だ、ならばこれを覚えておいて損はない、まずは足を開いて...」

 

 

 僕が混乱と共に辛うじて口にしたそれを聞き狩人さんは満足そうにする、そうして今度は僕に真似をするように言ってゆっくりとその動きを僕に見せ、僕もそれをマネする。

 神様と先輩たちによって与えられた強くなるための機会無駄にはしないぞ、そう胸に誓って。

 

 

 

 

 

【ヘスティア・ファミリアホーム廃教会 ベルたちが出て行ったあと】

 

 

 

 

 

 

 

 話は【豊穣の女主人】での宴会が終わりロキ・ファミリアの面々が拠点である【黄昏の館】へ帰ってきた時まで遡る、ラウルは主神であるロキより呼び出されていた。

 ロキの居室、その扉をノックしラウルは声をかける。しばらくの間の後「入ってええで」と言うロキの声に促され入室するとそこには部屋の主であるロキと団長のフィンがいた。

 

 「とりあえず来てほしいって聞いたんですけど何か用っすかね」

 ロキだけでなく団長までいる、そのことに嫌な予感がしていたラウルであるがまずは何故自身を呼んだのかを尋ねる。

 

 「先ほどの【豊穣の女主人】で起きたベートと狩人の喧嘩については知っているね」

 フィンが口にしたのはロキ・ファミリアの幹部の一人ベートとヘスティア・ファミリアの眷族の一人狩人の喧嘩の件

 「ええまあその時俺は席を外していて直接見ていたわけじゃないですけど、ミアの女将さんに叩かれて仲裁されたって聞いてるっす」トイレに行っていて帰ってきたらベートは縛り上げられているわ、狩人がいるわで驚いた光景を思い出しながら答えるラウルにフィンは頷く。

 「その通りや、幸い被害はぼこぼこにされたベートだけで済んだんやが、ファミリアとしてはそれで済ますわけにはいかんのや」それを見ていたロキが口を開く

 

 「まさかヘスティア・ファミリアと戦争遊戯(ウォーゲーム)でも始めるつもりっすか、冗談きついっすよ」その言葉にまさかヘスティア・ファミリアと事を構えるのかと思いラウルは止めようとするがロキより厳しい突込みが返ってくる

 「ンなわけあるかい、むしろその逆やあのドちびン所と要らん諍い起こさんように詫び状を持ってくんや」

 「じゃあもっていけばいいじゃないっすか」主神であるロキがそう決め、団長であるフィンもそれに賛成しているならすればいい、思ったことをそのまま口にするラウルだがその提案は難しい顔をしたフィンに否定される

 

 「話はそう簡単じゃないんだ、今回の件はおおよそこちら(ロキ・ファミリア)の落ち度だが喧嘩を売ってきたのはあちら(ヘスティア・ファミリア)だ。そのまま詫びの手紙を出せば()が下の相手に下手に出すぎだと嘲笑されることになる、それはロキ・ファミリアとしては看過しがたい事態だ。

 ただでさえ未発見のモンスターの情報を持ち帰ったとはいえ実質遠征は失敗に終わったんだもうすぐ【神の宴】もある、神々に話題の種を提供する必要はない」

 

 「ややこしいんすね、それであらためてなんすけどなんで俺が呼ばれたんですかね」()だとかが出てきた時点で自分が判断する領域ではない、そう考えラウルはなぜ自分が呼ばれたかが理解できず入室した時と同じ疑問を再び口にする。

 「うちらが事を荒立てたくないのと同じでドチビの所もうちと事を構えたいわけやない、せやからうちからはうちとフィン(主神と団長)の連名の詫び状を眷族一人が持って行って、あっちはそれをドチビと眷族で受け取る。

 うちらからはうちとフィンが直接出向かんことで下手に出とるわけやないと言うことを、あっちからは主神と眷族で受け取ることでうちらのことを軽んじとるわけやないと示すことで合意したんや」

 

 その言葉を聞いたとき嫌な感じがラウルを襲った、そして逃げ出そうとしたラウルはロキとフィンに捕らえられ洗の...もとい説得され廃教会へと手紙を運ぶことになったのだった。

 

 

 しかしヘスティア・ファミリアのホームである廃教会に足を踏み入れ、そこで待っていた人物を見た途端。ラウル・ノールドは団長フィンの口車に乗せられてここまで足を運んだことを早くも後悔していた。

 

 

 

 

 廃教会へと入ったラウルを迎えたのはヘスティアとミラのルカティエルであった。正直先日もめ事を起こした狩人が受け取り人になることはないだろう、ならば残りは灰、ルカティエル、狼、九郎だ。まともな二人にあたる可能性は二分の一だと考えていたがその期待はあっさり打ち砕かれた。

 寄りにもよって何故ミラのルカティエルなのか、せめて狼だろう、そう考えるが実際何かを言うことはない。

 

 「ロキ・ファミリア団員、ラウル・ノールドです」

 「ヘスティア・ファミリア、主神ヘスティアだよ」

 「ヘスティア・ファミリア、団員ミラのルカティエルです...」

 

 とりあえず自己紹介をする、相手が自分のことを知っているかどうかはこの際重要ではない、自分の立場を明確にしてこの手紙が手打ちの手紙であると証明するためのものだ。

 そんなラウルの思考を無視したかのように相手がミラのルカティエル(偽名)を名乗る。

 こっちは団長みたいに腹芸が得意じゃないんだいったい何のつもりなんだ、そう思うが何かを言う前に仕事を終わりにしてしまえばいいそう、思いなおし仕事を続ける。

 

 「これがこちらからの手紙です」

 「確かに受け取ったよ、これで今回の件については終わりだ」

 

 ラウルは運んできた手紙────内容は色々あったけどまあなかったことにしようぜというものだ────を渡しヘスティアがそれを受け取る。

 ラウルとしてはその隣に座っているルカティエルに例えば手打ちの場所で仮面を被ってんじゃねーよだとか、ミラのルカティエルは偽名だろとか、武器ぐらい手放して来いよだとか、突っ込みたいことが多すぎて何から言えばいいかわからなくなっていたが、仕事を終えた以上ラウルはルカティエルに対してはオラリオの常識を適応する────すなわち見るな、聞くな、関わるなである。

 とにもかくにも仕事が終わった以上長居する気はない、別れの挨拶もそこそこにラウルは廃教会を後にする。

 拠点に帰ると新しくダンジョン内でモンスターの大移動が行われた形跡があるとかで、終わったはずのミノタウロスの件について頭を悩ませている団長たちが待ち受けていて、あちらこちらへのメッセンジャーとしてこき使われるとは知らず。

 

 




どうも皆さま

段々と後書きに書くことが思いつかなくなってきた私です
まあ後書きなんて見ない人は飛ばすでしょうからなくてもいいと思うんですがね
それでも本編を書き終わった解放感から脳死で書いていくのが楽しいので
お暇な方はお付き合いください

色々伏線を撒く回です
どうなっているのと思われる方は気長にお付き合いいただければ
いつかは明らかになるんじゃないですかね私が忘れない限り

色々書いたり見たりして三千字は短いんじゃないか?と思ってとりあえず切りのいいとこまで書いた結果がこれです
私文章は長ければ長いほど楽しい時間が続くので嬉しいタイプなんですがどうでしょうね
とりあえずこれからは6000字~8000字ぐらいを目安に書いていきましょうか

それではお疲れさまでした


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神の宴での一幕

神の宴
神々によって開かれる宴
時として数日間にもわたる宴は
その間神々がそれぞれ交流を深めるためという名目で遊びふける為のものだ

それが人に真似た人の世を生きる術だと言えばそれはそうだが


 今朝ボクはファミリアのホームである廃教会で朝食時に【神の宴】へ出るから夕食がいらないと九郎君に声をかけアルバイト先であるジャガ丸くんの屋台へ向かった。

 かつて夕食が必要ないことを伝え忘れたときの九郎君は怖かった、すごくすごく怖かった。それ以降ボクはどこかで夕食を食べてくるときはあらかじめ伝えておくことを決して忘れないようにしている。

 

 「九郎君ベル君ボクは朝言ったように今日【神の宴】に出てくるから夕食は要らないよ」

 

 アルバイトを終えてホームに帰ってきたボクは、地下室にいた九郎君とベル君に話しかける、朝言っていたとしてももう一度言っておくぐらいがちょうどいい。ええ聞いていますよ、お帰りはいつごろでしょうか、そう九郎君が言うが...いつになるだろう。

 【神の宴】は参加している神によって、数日間飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎになることもある、流石にボク()でもそれを読むのは難しい。

 

 「神様、九郎さん【神の宴】っていったい何ですか」

 

 そうボクが悩んでいると、ベル君が【神の宴】とは何か聞いてくる、どうやら知らないようだ。

 【神の宴】とは何か、改めてそう言われるとなかなかに説明が難しい。

 

 例えばこれが【神会(デナトゥス)】であったならオラリオのこれからのために、ボク達(神達)がその意見を交わす会合とでもいえば格好がつくだろう...まあ実際にはそういう名目で遊んでいると言うのが実情なわけだが。では【神の宴】はどうだろうか、定期的に開催される【神会】とは違って遊びたいから、自慢したいからそんな理由で開催されている上に、これといったそれらしいお題目もない、いったいどうやってベル君にそのことを悟られずにうまく説明したものかそう考えながら【神の宴】の招待状を見ているといい考えが浮かんだ。

 

 「今回【神の宴】を開催するのはガネーシャ・ファミリアなんだけど、あそこは近くに大きな催し物をするらしいんだ。だからその宣伝と協力者を募るために、宴会を開くんだよ」

 

 まあ大体間違ってはいない説明を口にする、間違ってはいないただヘスティア・ファミリア(うち)に他所のファミリアの手伝いをできる様な眷族がいないことや、そんな理由がなくても遊ぶために或いは見栄のために開かれることを言わなかっただけだ。

その説明を聞いたベル君はへぇ~と感心したような驚いたような声を上げている、まあ予想が付かないのかもしれない。

 

 「ああそうですね、ではこちらの衣装をどうぞ」

 

 そうしてベル君に説明をしてホームを出発しようとしたボクを引き留めた九郎君の手には新しいドレス。

 いったいどうしたのかと聞けば、いつもの服で集いに出ては恥をかくやもしれない、そう思ってあらかじめドレスを買うためのお金を貯めて【神の宴】に出るために新しいドレスを用意してくれていたらしい。

 ありがとう九郎君、そう言ってボクの部屋で新しいドレスに着替えてボクは今度こそホームから出発した。

 

 

 

 

 

 

 今回の【神の宴】の開催場、ガネーシャ・ファミリアのホーム【アイアムガネーシャ】

 名前だけでもお腹いっぱいになりそうな名前だが、外見を見ればそんなものは食前酒ですらないと知ることになる。

 拠点の敷地内一杯に立つのは巨大なファミリアの主神が胡坐をかいた像(像の仮面を着けた半裸の男神の像)、それがこのホームの外見だ。

オラリオにおいても大派閥と言われ主神も【群衆の主】を自称し好感が持てる神物で眷族たちとの関係も良好なのだが、この拠点については眷族たちからすさまじく不評らしい、ある意味当たり前と言えば当たり前、神の姿をかたどった建物に対して文句を言えること自体が主神と眷族の関係が良好な証ともいえるだろう。

 ちなみにこの建物の入口は像の股間であり、ホームに出入りするたびにそこを通らなければならない眷族からの不満は必然ともいえる。

 

 自分のファミリアの拠点(廃教会)も大概だと思っているし、他所のお家についてとやかく言うのはどうかと思っているヘスティアをして、ちょっとどうなんだい、と文句の一つも言いたくなる建物の中に入ればワイワイガヤガヤそんな風に賑やかな場が広がっている。

 

 場内の視線がヘスティアに刺さる、だがその理由は新たな訪問者だからでも、ヘスティア自身が【神の宴】へ出るのが久しぶりだからでもない...眷族の一人絶望を焚べる者による【神会襲撃事件】が原因だ。

 

 天界から降りてきてすぐのころのヘスティアは眷族もおらず、そんな立場で【神の宴】への参加も馬鹿にされることが分かり切っていたので参加していなかった。だがファミリアを創り自慢の眷族が出来てから初めての【神会】

 それに鼻高々で参加したのだ、それがまさかあんなことになるとは天界にいたころならまだしも地上においては【全知零能】と言われる身では想像もできなかった。

 

 後のオラリオで三大問題児と呼ばれる灰、狩人、焚べる者を伴ないヘスティアは初めての【神会】へと参加した、当初危惧した灰や狩人の暴走もなく、【神会】の演目もとい議題が二つ名の名付けへと進んだ時事件は起きた。

 自身の二つ名【パンドラの箱(触るな危険)】を聞いた途端焚べる者が暴れだしたのだ。

 

 冒険者の二つ名それを名付けるのも【神会】の大切な余興もとい大切な仕事だ、そして新しく名前が売れた冒険者には洗礼の意味も込めて神の感性では非常に痛々しい二つ名が付けられる。大規模なファミリアともなればある程度手加減もしてもらえるが、そうでない中小ファミリアの主神からは毎回勘弁してくれと悲鳴が上がる。

 

 そんな中暴れまわった焚べる者、幸い大した負傷者もなく事件は終わったが、未だに語り草にされる拘束された焚べる者(犯人)のセリフ

 「ここで暴れればミラのルカティエルの名前が有名になると思った、後悔はしていない」

 に悪乗りした神々によって、ヘスティア・ファミリアは少なくない賠償金と<灰、狩人、焚べる者の【神会】及び【神の宴】への立ち入り禁止>を引き換えに、当時のヘスティアの眷族たちの二つ名を自己申告制にすることで、この騒動は決着となった。

 それ以来ヘスティアが【神の宴】或いは【神会】に参加するたびに神々から眷族を連れていないかの確認をされるのだ。

 だがあくまで参加が禁止されているのは灰らであり、九郎や狼を連れて参加すると言う選択肢もあることはあるが、どう考えてもろくなことにならないだろうと思い連れてきたことはない。

 だからこれまでヘスティアは一人で【神会】に参加していた、だがベルという新しい眷族が増えた。

 立派に着飾ったベルにエスコートされる自分を想像し、ぐふふなんて神としていや女性として漏れてはいけない声が漏れるヘスティア

 

 「あれ、ロリ巨乳のヘスティアだろ」

 「まじか、あのやばい連中の主神しているヘスティア?」

 「へ、へ、ヘスティアだぁ~ヘスティアが来たぞ~」

 そのヘスティアをみて各々言いたいことを言いたいようにしている神々

 「俺がガネーシャだ!!」

 そう叫んでいるこの建物の外見そっくりな男(このファミリアの主神)────あれでオラリオにいる神の中でも有数の神格者だと言うのだから神と言うものは見た目で判断できない...いやあんなのよりもひどい性格の神しかいないことを嘆くべきなのだろうか

 それら外野の騒音に正気を取り戻した(妄想の世界から帰ってきた)ヘスティアは一直線に目的地へと向かう、すなわち食事が置いてあるテーブルへと。

 

 「ふん、はふははふぁねーしゃふぁみりはりょうひもひっきゅうひん(うん、さすがはガネーシャ・ファミリア料理も一級品)」

 口に物を詰めたまま喋りなお次から次へと料理を口にするヘスティア、その姿に神の威厳どころか必要なマナーすら見当たらない。

 彼女が【神の宴】出たのは二つの目的がある、一つは出てくる食事────ヘスティア・ファミリアの家計は決して悪いわけでもない、だが思うまま美味しい料理と高級なお酒を好きなだけ飲めるかと言えば否だ。

 こんな機会でもなければ到底口にできないだろう料理に舌鼓を打つヘスティア。

 

 本来ならばタッパーにでも料理を詰めて眷族たちに持ち帰りたいところなのだが、九郎よりお願いですのでやめてくださいと懇願されて諦めた、その代わりに用意された料理を食べつくさんばかりに口に入れ続ける。

 

 もう一つの目的はとある神へとあるお願いをすることだ、そしてその神は彼女の背後より迫っていた。

 

 「ちょっといい加減にしなさい」

 そうヘスティアをたしなめる隻眼の神ヘファイストス────天界にいる頃からヘスティアと交流があった神にして、鍛冶を権能とする女神だ

 「久しぶりじゃないかへファイストス、ちょっと待っておくれよ話があるんだこれをもう少し食べたら...」

 だがそうへファイストスの忠告を聞き流すヘスティアに思わずその頭を掴み、その行動を止めさせるへファイストス。

 

 そのまま「あんたね、うちから独り立ちして、曲がりなりにもファミリアの主神してるんでしょ、今のあんたの姿見てあんたの眷族がどう思うかわかる」と持ち前の面倒見の良さからお説教を始めようとする。しかしヘスティアは少し考え込んだ後「灰君たちなら「ヘスティアに心配してくれる友神がいるとは」って感動するかな」そう答える。

 ふざけた言葉のようだが、ヘスティアの頭の中では嬉しそうにする九郎の姿、九郎へハンカチをそっと差し出す狼、ヘルムの上から目元を抑える灰、友神を大切になと書かれた手帳を見せている狩人、ミラのルカティエルの伝説について語る焚べる者の姿が鮮明に描き出されていた。

 

 だが当然そんなものは友神(ヘファイストス)の望んだ答えではない。

 ヘファイストスは怒り、ふざけないでそう叫びさらにそんなわけないでしょと続けようとする、だがその瞬間ヘファイストスの脳内でヘスティアの眷族たちがよかったよかったと頷いている姿が映し出される。

 結果としてそんなわけ...ある...かも、あるわね、うんあんたのとこのあいつらならそれぐらい言うわ、と途中で納得してしまう。

 

 かつて天界より降りてきたばかりのヘスティアは、天界で交流のあったへファイストスのファミリアにその身を寄せていた時期があり、その後灰達眷族を見つけファミリアを創った。

 そういった経緯がある分他の神よりもヘスティアの眷族について詳しかった、そのためへファイストスはヘスティアがふざけたり話を逸らしたりするためにそんなことを言っているのではなく、大真面目に眷族の言いそうなことを言っているのだと理解してしまったのだ。

 

 「...ってそれとこれとは話が別よ、あんたね外聞て物はないの?」しかしあくまでお説教が本分だと思いなおしヘファイストスは再びお説教を始めようとする、だがその言葉をかけられたヘスティアが俯いてフルフルと震えているのを見て思わず大丈夫か聞こうとし、がばっと勢い良く頭を上げたヘスティアに「そんなもの...今更うちにあると思っているのかい!!」逆切れされたことで「あっ!...ごめんなさい」勢いに呑まれ謝ってしまう。

 

 日ごろ眷族に振り回されもっとどうにかならないのかと苦言を呈しているヘスティア、だが曲がりなりにも()()()()()()()()()をできる時点で、ヘスティアも常識からずれている(彼らに染まってきている)所があるのだ。そんなヘスティア相手に説教をするにはヘファイストスはあまりにも常識的過ぎた。

 

 そんな風に戯れていると新たな神がヘスティアへと声をかける

 「おう、仲よく遊んどるとこ悪いけど邪魔すんで」

 緋色の髪に開いているのかわからない糸目、そしてまっすぐな壁を思わせる平坦な胸──ロキだ。

 しかし頭を掴まれながらも食事を食べようとするヘスティアから「邪魔をするなら帰ってくれないか」そう言われてしまいロキは思わず「そうかなら帰るわ、すまんかったな」

 そう言って踵を返し数歩歩き「...ってなんでやねん」そう切れのある突っ込みを返す。

 

 「用があるから来たんや、帰らすなや」

 怒りを見せながら用件があるから来たんや、そういうロキに対してヘスティアは、それで一体何の用だいとぶっきらぼうに聞く。

 

 ロキは口をヘスティアの耳に近づけ、「実のとこ用があるわけやない、けど手紙の件もあるからな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そう思ってな」と囁く、だがヘスティアは嫌そうに距離を取ると、なら今度こそ帰れよそう冷たく突き放す。

 この二神はとにかく馬が合わないというべきか、相性が悪いというべきかとにかく顔を合わせると喧嘩ばかりしているのだ。

 

 最初はロキもファミリアの都合もあり大人の対応をしていたが、こうも馬鹿にされれば当然大人しくしてはいない。

 「お~?いっちょ前の口きくやんけこのドチビが、そんなこと言うのはこの口か?」そう言いながらロキはヘスティアの口を引っ張る、なにふんだいそう言いながら負けじとヘスティアもロキの口を引っ張る。

 

 「お?なんだなんだ」

 「ヘスティアとロキがケンカしてるぞ」

 「お~し、ロキの勝利に五ヴァリス」

 「そんじゃあ俺はヘスティアの勝利に服を賭けるわ」

 「要らねえ~」

 騒ぎに何事かと様子を見に来た神々が二神のケンカをだと知ると掛けの対象にして口々にはやし立てる。

 ついにはヘスティアによるその胸じゃロリ巨乳じゃなくてロキ虚乳だねの一言によって、ロキは心に甚大なダメージをうけ「覚えとけよ~」と捨て台詞を吐きながら逃げて行った。

 

 そうして邪魔者がいなくなったことで再び料理を詰め込む作業に取り掛かろうとするヘスティアに「あらあら、賑やかなことね」そう新しく声をかける神がいた。

 容姿端麗な者が多い神の中で尚ひときわ目立つその美貌、美の女神フレイヤだ。

 そのことに気が付いたヘスティアから「ゲッ、フレイアいったい何の用だい」そう思わず嫌そうな言葉が漏れる。

 

 ヘスティアは竈の女神であると同時に処女神としての側面も持つ、一方のフレイヤは美の女神と言われるだけあって美しさと恋の多さで有名な神だ、どうにも価値観が違う。

 ロキのように顔を合わせれば喧嘩をするという訳ではないがヘスティアはフレイアのことを苦手としている、そのフレイヤから声を掛けられたのだ思わずゲッとも言ってしまう。

 

 ヘスティアのその様子を気に留めることもなくフレイヤは聞く「あなたのところに新しい子ども(新しい眷族)が入ったと聞いたのだけれど...今日は連れていないのね?」

 

 その言葉を聞いた周りの神たちもまた口々に叫ぶ

 「ヘスティアのとこに新入りなんて入るわけないだろ!!」

 「いや、うちの子からヘスティアの新しい眷族を名乗る奴がいるって聞いたぞ」

 「騙りだとしてもなんて命知らずな」

 「いやマジだろ、うちでも聞いたぞウサギみたいなやつだろ知ってる知ってる」

 「でも最近その()()()見ないって聞いたぞ?」

 

 神々がひとしきり叫び終わると「という訳でどうなのかしら、噂じゃあなたのところの他の眷族に食べられちゃったなんてのもあるけど」そうフレイヤが楽し気に聞いてくる、周りの神々もまた楽し気にヘスティアを見ている。

 

 「勝手にベル君を殺すんじゃないよ?!あとうちの子を人食いにするんじゃないよ!!そんなこと...しないに決まっているだろう...きっと...たぶん。いやそんなことよりベル君は最近先輩たちに鍛えてもらっているんだよ。だから外で見ないんだよ!!」

 そうヘスティアが激怒すれば「ふふふ、そうあなたの新しい子ども(眷族)はベルと言うのね」そう言ってフレイヤは納得したように笑う、神々もまた口々になんだつまらないなんて言って散らばっていく。

 

 「...ああ最後にいいかしら」フレイヤもまた立ち去ろうとしていたが立ち止まりヘスティアの方へ振りかえる「どうしてあなた(ヘスティア)彼女(へファイストス)に頭を掴まれているの?」と周囲にいた神々も抱いていた疑問を口にして立ち去る。

 

 頭を離すタイミングを完璧に見失っていたヘファイストスが手をようやく離すとヘスティアは「邪魔ものはいなくなったし、大切な話があるんだ」そう振りかえり友神へ声をかける。

 

 




どうも皆さま

解らんこれで必要な伏線をばらまくことはできたのか?書いてる途中で解らなくなってきた私です

ええこれまでヘスティア様の一人称を僕だと勘違いしていました、こっそり修正すると同時にケジメとして書き溜めから放出しました

実はある程度書き溜めがあるんですが他の作者様のように不定期更新と言いますか締め切りがない状態での更新が出来る気がしないので
週一更新をしながら書けるうちに書くだけ書いて書けなくなったらそれを使って週一更新を保とうと思っております

この話を書いている最中に【神会】と【神の宴】を混同していることに気が付き大幅に書き直すことになったりしましたが私は元気です

ともあれ神の宴終了ですこの話と次の話は時系列的には少々前後する予定です
読む際にはそのことを頭に入れていただけると幸いです

それではお疲れさまでした、ありがとうございました



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怪物祭の話
秘密の会談


秘密
隠されたもの或いは暴かれるもの
どれだけ隠そうとそれを暴こうとするものは絶えない
どれだけ暴こうとそれを隠そうとするものが絶えないように

暴くことは罪ではない暴いたことで罪に気が付くことはあれど

六色ダイス様誤字報告ありがとうございます


【ヘスティア・ファミリアホーム 廃教会 地下】

 

 薄暗い地下に六人の人影が集う、そしてその人影の中で一番小さいものが口火を切る、いやこの表現は正しくないだろう。

彼女はヘスティア、このファミリアの主神であり人ならざる存在、神である。

 故に人影というのは適切な表現ではない、だがそれを言い出すと純粋な人間と言えるのはこのファミリアではベルのみになり少々ややこしいことになるので気にしないでほしい。

 

 「それで狩人君から見たベル君はどうだった?」

 

 「悪くない、少なくともヤーナム市街でカラス相手に石ころを投げていたころの私よりは技も覚悟もある、狼もよく鍛えた。あれにステイタスが追いつけばそれなり以上の冒険者になるだろう」

 

 主神であるヘスティアからの問いに黒いコートとマスクそして特徴的な帽子をかぶった男────狩人は少し考えた後答える、しかしその返答を聞いたヘスティアの表情が曇る。

 

 他の人影いやこの際明らかにしてしまおう、ベルを除いたヘスティアファミリアの面々は意外に思う、新入りであるベル・クラネルのことをこの神(ヘスティア)が好いているのは傍目から見ても明らかだ。

 そうでなかったとしても子ども(眷族)が優秀だと褒められて嫌がる神はいない。

 少なくともこのファミリアでよくある灰が何かやばい物を作っただとか、狩人がどこそこと喧嘩しただとか、焚べる者が何かとんでもないことをしでかしただとか、そういった頭を悩ませる話ではない明るい話のはずだ。

 お気に入りの新入り(ベル)が優秀であるというだけの話、それのどこに自身の主神が曇るところがあるのか、地下室に集ったヘスティア・ファミリアの眷族たちは疑問に思う。

 

 「冒険者のステイタスは同じファミリア内ですら本人に黙って知らせることは褒められたことじゃないんだけど」そう前置きをして一同の目の前に置いたベルの背中にあるステイタス、その写しが眷族の言葉無き疑問にヘスティアが示した答えだ。

ステイタスは本来神が使う【神聖文字(ヒエログリフ)】によって記されるがこの写しは【共通語(コイネー)】で書き直されていた、ヘスティアが神ならざる眷族でも読める様にと書き換えたものだ。

 その写しに注目する一同。

 ステイタス自体は俊敏が高い以外特別注目すべき点はない────これが冒険者になって未だ一年にもならないルーキーのステイタスであることを除けば...だが。

 

 「ベル(あいつ)一体いつから冒険者してたんだっけ?」

 

 「私達がダンジョン深層へ潜ってから帰ってくるまでの間だ、どれだけ長く見積もったとしても1ヶ月にも満たないだろうな」

 

 「ベルは体が小さい、故に力よりも速さを鍛えたが...」

 

灰がどこかすっとぼけたような口調で尋ねる、それに答えたのは狩人だ苦虫を噛み潰したような表情をしながらステイタスの写しを眺める、ベルを鍛えた狼もまた呟きながら眉間にしわを寄せる。

 

 【神の恩恵(ファルナ)】を神より与えられた眷族は【神の力(アルカナム)】が込められた【神血(イコル)】とその神の意志によって自身の体内に溜まった【経験値(エクセリア)】を体になじませることでステイタス更新をし肉体をより強くする。

 無論成長には個々によって違いがあり、種族によっても伸びやすい項目、伸びにくい項目がある。だがベルのそれ(ステイタス)はそんな範疇をはるかに超えた成長を見せていた。

 冒険者になってたった一ヶ月にもならない少年が、数年間は冒険者をしている者と同等のステイタスを持っている、オラリオの否、神が天界より降りてきて人と関わるようになってから今日まで続く常識を覆す出来事だ。 

 

 「なるほどな、これがヘスティアが俺らに頭を下げてきた理由か」

 

 「聞いたことのない“すきる”ですね」

 

 ベルのステイタス更新の後にヘスティアがお願いだから話を聞いてくれと、言葉だけではなく頭を下げてまで懇願した理由に納得した、そう言わんばかりに耐久や俊敏の下にあるスキルの部分を指さしながら灰は一人頷く、指さした部分には【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】そう書かれている。同じくスキルの部分を覗き込んだ九郎も首をかしげる。

 

 ステイタスを──例え写しであったとしても──他者に見せることは基本的に無い、それらは【神聖文字】で書かれておりほぼすべての人物にとっては何が書かれているかわからない文字の塊に過ぎないのだから、しかし【神聖文字】とはいえ文字は文字でありそれを読むことのできる者もいる────例えば長命で有名なエルフ、その中でも一部の特殊な教育を受けた王族などは読むことが出来るらしい────だがステイタスを知られるというのは冒険者にとって自分の手の内を知られるのに等しい、故にギルドはその行為を罪と定めている。

 それでも自身の子ども(眷族)を誇る神であったり、アドバイザーとして働くギルド職員であったり、そういった者から漏れ聞こえた情報と言うものは集めようとすれば集まる。

 だが九郎もヘスティアもファミリアの他の者らも【憧憬一途】の名前さえ聞いたことがなかった、間違いなく希少なスキル────レアスキルだろう。

 

 ファミリアの新入りがレアスキルを発現させ強くなった、将来性もある優秀な新人だよかったよかった...とはならない。

 神というものは刺激を求め地上に降りてきた存在、言ってしまえば未知というのは神の興味を強く引くのだ。

 そして神という存在は自身の欲を満たす為ならば無邪気に虫の足をもぐ子どものようにいくらでも残酷になる、むしろ自分の眷族のことを心配している人間に近い感性をしているヘスティアの方が神の中では少数派なのだ。

 その神たちにレアスキルを発現させた冒険者がいると知られれば、たとえほかのファミリアの冒険者(ヘスティアの眷族)であると言う事実があったとしてもその欲望を止めることはないだろう、ましてやそのスキルが自身の眷族の成長を早めるものならば、そのスキルの発現を再現するために手段を択ばない神などいくらでもいるだろう。

 

 「具体的な効果はもう判明しているのか?」

 

 「まだはっきりとは、だけど恐らくは憧憬する相手に追いつくためのスキルだと思う」

 

 狩人がヘスティアへと疑問を投げかける、ベル君の身に起きた出来事から推測する限りだけどねと言いながらヘスティアはスキルの効果を予想する。

 

 「...憧憬、憧れか。ならその対象は...」

 

 「アイズ・ヴァレンシュタインだろうな」

 

 狼がヘスティアの言葉をかみ砕き推測を口にしようとする、だがその前に焚べる者がその先を告げる、途端に不機嫌になり頬を膨らませるヘスティア。

 

 ベルに対して主神と眷族という関係よりもさらにその先の関係を望んでいる彼女にとっては他所の誰かをベルが想っているということは面白くないらしい。

 

 「だがそうでなければ発現した時期から火のない灰が憧憬の対象ということになるぞ」

 

 「...まあそれは今どうでもいいことだよ」

 

 狩人が言った言葉を聞きヘスティアは呻きながら頭を抱える。

 可愛い眷族(子ども)がよその女に惚れているのか、それとも自身の眷族であり人格破綻者に憧れているのか、どちらがましか必死に考え...その決断を先送りにした。

 

 「まあそうだな、今考えるべきはベルが誰に憧れているのか、じゃなくてこのスキルについてどうやって隠すかだな」

 

 「ステイタスそのものをファミリア外の者(私達以外)が見る機会はないだろう、今回の成長についても狼との訓練と私から学んだヤーナムステップによる恩恵として誤魔化せなくもない...だが」

 

 「これからも同じように成長していけば誤魔化しきれるものじゃない...よね」

 

 灰は深く突っ込めば話がそれると考え話を元に戻す。狩人はスキルを隠す上での問題とその解決方法を上げていくしかし急にその先を言い淀み、ヘスティアは苦しそうな表情でその先を口にする、今はよくとも将来はそうはいかないだろうと。

 

 「そうでしょうね、この前の“すていたす”更新ではこのように急成長は無かったのでしょう?」

 

 「その通りだよ、ステイタスの成長に変わった所はなかったよ。もっと早く強くなりたいなんてベル君が言うぐらいには」

 

 九郎も同意し、このステイタスの異常な成長の理由がスキルにあるものだと確認をする。ヘスティアは泣きそうな声で九郎の質問に答える、そして膝の上で握りしめられた自分の手を見つめ考え込む。

 

 「やっぱり...ステイタス更新をボクがしない...それが一番このスキルについて隠しやすくなるよね...」

 

 「それが一番隠すのにいいだろうな、だが良いのか?神ヘスティア、その選択はベルの夢を...」

 

 「良くないよ!よくないけど...ベル君が他の神に目を付けられるよりは...ずっと良いよ...」

 

 ついにヘスティアは泣き出しそうな声で自身の考えを打ち明ける、その考えに同意しながらもヘスティアへとそれで本当にいいのかと焚べる者が問いかける、しかしその言葉を遮るようにヘスティアが痛々しい声で語る。

 

 悲痛なヘスティアの決意だがそれをやりすぎだと言えるものはここにはいなかった、誰も彼も神あるいはそれに類する存在に目を付けられた人間の末路、それをオラリオで或いは自分がいた世界で嫌と言うほど見てそして体験してきたのだから。

 ベルを護るそのためならば【ステイタス更新をしない】それが最善とまではいわないが必要な決断だと誰もが思っていた────その決断がベルの夢と努力そしてその覚悟を踏みにじるものであったとしても。

 

 「まあいつまでもステイタス更新をしないままという訳でもねえだろうよ、ベルがヘスティア・ファミリア(うち)に馴染んだなら、むしろちょっと珍しい点がある方が()()と思われるだろうさ。そうなればちょっと成長が早いぐらい愛嬌みたいなもんだろ」

 

 「幸いと言うべきかベルはしばらくの間これまでのように一人でダンジョンに潜るのではなく私たちが鍛える予定だ、【モンスターと戦うのより経験値があまり溜まらないだろうからステイタス更新をしない】とでもいえばある程度ステイタスについての誤魔化しが効くだろう」

 

 部屋の空気がすっかり湿っぽくなってしまった、そう言いたげに灰が明るい口調で語る、狩人もまたそれに合わせて似合わない明るい口調で楽観的な未来を語る。

 

 「灰君、狩人君」

 

 涙を目じりに溜めながらヘスティアがそんな二人の顔を見る。

 

 「必要なら命じよ神ヘスティア、我らは汝の眷族。その命に従うは当然だとも」

 

 「ありがとう焚べる者君、だけどボクは君たちのことを家族だと思っている、だからこれは命令じゃないお願いだ。【ベル君を助けてほしい】」

 

 焚べる者が必要ならば命じればそれに従うと言うがその言葉にヘスティアは難色を示す、一方的に命令する関係じゃない、ボクと君たちは家族なんだと。

 

 「言われるまでもない...なんて俺が言っても説得力がないかもしれないが真面目に守るさ」

 

 「狩人は狩るもの。守るのは業務外だ。だがやってみよう」

 

 灰と狩人は守るのは苦手だと言いながらもその言葉を受け入れる

 

 「“へすてぃあ”様はかつて行く当てのない私たちの帰る場所になってくれました、その時にファミリアは家族だとも言っていました。なら“べる”はもう私たちの家族なのです」

 

 「戦場では戦友は親兄弟と同じです」

 

 「ならば魅せようミラのルカティエルの友、その義理堅さを」

 

 九郎、狼、焚べる者もまたヘスティアを励ますように言葉を重ねる。

 

 「ありがとう...ありがとう」

 

 そう言いながら泣き崩れてしまったヘスティアを九郎は部屋へと送る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私はまだ雑務が残っています。狼、手伝ってください」

 

 「おいおい、狼俺にこの間酒をおごる約束をしたのを忘れたのか?」

 

 「止めろ、仕事があると言っているんだ邪魔をするな。...焚べる者お前も手伝え」

 

ヘスティアを部屋まで送った後、戻ってきた九郎が仕事の手伝いを狼に頼めば、狼が返事する前に灰が狼の肩をつかみ動けないようにする、それを見た狩人が狼にしつこく絡み続ける灰をはがそうとするがはがれない、狩人は苛立ちと共に焚べる者へ助けを求める。

 

 その騒動を気にせずに部屋へと向かう九郎、自身に纏わりつく灰を無視してその後について行く狼、それを止めようとする灰と灰を止めようとする狩人と焚べる者は九郎と狼の部屋へと続く扉に一緒に姿を消した。

 

 「ここは一体どこだ?」

 

 「葦名城、私が狼に助けられた後ここで過ごしていました。...狼と共にここで竜胤を消し去る術を探したものです」

 

 「そんなことより異空間であるここならほかに話は漏れない、話を始めるぞ」

 

 部屋に入った途端狩人は顔を顰めながら灰から手を離し、部屋の主である九郎に問いただす、その問いに答えながらも過去を思い出すような顔をする九郎。

 そんな二人のやり取りをどうでもいいと一刀両断し、先ほどまでのふざけた様子が嘘のように真面目な態度で灰は話を始めようと言う。

 彼らはある程度ベルとその周囲について違和感を覚えており、ヘスティアとベル(お人よし二人)には秘密にして探っていたのだ。

 

 廃教会の地下にある三つの扉とその先にある部屋はただの扉と部屋ではない。

 扉は灰や焚べる者になじみ深い言い方をすれば篝火、狩人になじみ深い言い方をすれば灯り、狼と九郎になじみ深い言い方をすれば鬼仏であり。

 部屋は拠点、地続きの場所ではなく狩人の夢のように異次元に存在する空間である。

 

 もともと崩れかけだった廃教会を壊すたびに修繕と補修を行っていた灰たちだが、余りの回数についに苛立ちを抑えきれずソウルの業と神秘によって廃教会を覆い、廃教会自体が自身の今の状態を記憶し多少の破損なら夢であったかのように元に戻るようにしたのだ────その結果廃教会部分はどれだけ直してもボロボロの状態に戻ってしまうようになったのだが。

 そして眷族5人と主神が住むには少し、いやかなり手狭だとそれぞれの空間を作るために部屋────その部屋の主の記憶から思い出深い場所を再現する空間────も新しく創ったのだ、たとえ神であっても外から気付かれずにこの中を覗くことはできない。

 

 「話と言うと最初はやはり灰殿が感じたという視線でしょうか」

 

 「それが俺は一番気がかりだ、俺がベルと接触した時に感じたねちゃねちゃした視線、くそ野郎が見ていた(神が見ていた)のは間違いがないだろう。狩人はどうだ、今日何か感じなかったか」

 

 灰のその言葉に九郎が先日灰が気になることがあった、そう言って口にしていたことを議題にあげる、灰は珍しく少し焦ったような声音で肯定し狩人へと尋ねる

 

 「ああ確かに感じた、なめくじのような粘着質な視線をな、今のところベルの身の回りで一番怪しいのは【豊穣の女主人】の関係者だ。しかしなぜベルがそれほど注目されているのか、その理由が解らなかった...先ほどまでな」

 

 「...【豊穣の女主人】となるとその後ろにはフレイヤ・ファミリア...主神であるフレイヤがベルのスキルに興味を持ったと?」

 

 狩人は不快そうに眉をひそめながら答え、狩人の答えを聞いて狼もまた疑問を口にする。

 

 「ですが何故直接フレイヤ・ファミリアの方から接触せず【豊穣の女主人】を介した遠回りな接触を行ったのでしょう」

 

 「解らねえな、そもそも一番怪しい【豊穣の女主人】で最初にベルと接触したシルとかいう小娘はベルがレアスキルを発現させる少し前から接触してやがった。」

 

 九郎はその疑問に対して更に疑問を投げかける、わざわざそんな遠回りな方法を使わなくともベルに接触する方法はあったはずだと、情報をまとめていた灰もまた首をかしげる。

 

 現状で一番怪しいのは【豊穣の女主人】の関係者、その中でも【豊穣の女主人】と関わり合いになった発端であるシルである。

 しかしそのシルがベルと出会った時期はベルがレアスキルを発現した時期よりも前だ、いくら神とはいえ地上ではその【神の力】を振るえず全知無能と呼ばれる身、あらかじめベルがレアスキルに目覚めると知っていたとは思えない、いやそもそもあらかじめ知っていたのならもっと怪しまれない接触方法などいくらでもある。

 結局のところ疑問は同じ所へと戻る【なぜそんな方法で接触したのか】だ

 

 「その“しる”殿が偶々“べる”殿に接触しただけの娘であると言う可能性はどうでしょうか」

 

 「いやそれにしてはあまりにも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うのが怪しい、ベルには魔石をため込むような必要がないからな、すべて手持ちの魔石は換金するはずだ。落とした魔石と言うのは口実で何かしらの目的があって接触したのだろう、だがそこから先が見えん」

 

 九郎がそもそもシルが無関係な人物である可能性を口にする、しかし狩人はベルとの出会いがあまりにも怪しすぎるとその可能性を否定する。

 

 例えばシルが単なる客引き目的でベルに近づいたとしても魔石を使うとなれば、冒険者と魔石がらみのトラブルを起こしかねない、ならもっとほかの方法があるだろう。

 そうなるとやはり何かしらの目的があったに違いない、だがその目的が解らない。

 

 「先ほどからシルとやらに肩入れしていないか九郎、何かあるのか?」

 

 「あーいえ何かあるわけではないと言いますか...はっきりと言ってしまえば“べる”殿と“しる”殿の関係を私は面白がっていたのですよ。かつては人の恋路にとやかく言うのの何が面白いのかと思っていましたが、傍から見ている分にはなかなか面白いものでして、だから“しる”殿が無関係だと思いたかったのでしょう」

 

 「...どうでもいいことでしょう...問題はこれからどうするかのはず」

 

 焚べる者は九郎が先ほどからシルを関係ない人物としようとしていないか?そう疑いの言葉を口にする、九郎は言いにくそうに二人の関係を面白がっていたのだと、だからそれとなく援助を行っていただから関係のない人物であると思いたかったのだろうと告白する、その様子を見た狼が主の危機とみてか話題を元に戻そうとする。

 

 「まあ狼の言うとおりだな、確かベルは弁当をそのシルから受け取っていたな。今日はどうだったんだ」

 

 「...【豊穣の女主人(あそこ)】には私の顔を知っている奴がいてな、私としても近づきたい場所でもなかったのでベル一人に行かせた。弁当自体にはそれほど怪しいものは入ってなかったが...駄目だな、こうして考えていても啓蒙無き身では真実へと到達することなどありえん。そうだな、シルとやらがフレイヤ・ファミリアの関係者で何かしらの目的でベルに接触してきたのであるならば、ベルとの接触をしばらく断つうちに不用意な動きもあるかもしれん、それを待つのはどうだろうか」

 

 灰が再び話を戻して狩人に聞く何か変なものは入っていなかったかと、狩人は特に気になるようなものはなかったと言い考え込む...が諦めたように考えるのをやめる、そしてベルとの接触を断つことで相手側の反応をうかがうことを提案する。

 

 「なら明日からはベルをダンジョンじゃなくて部屋で鍛えるか、こうモンスターを相手にするのはまだ早いとかいって」

 

 「そもそも先輩の付き添いもなしにダンジョンに潜るのが自殺行為だ、ダンジョンでの常識を教え込むとでもいえばいいだろう」

 

 灰が名案だと言わんばかりにホームの外に出ない理由を口にすれば、焚べる者が常識を語る。

 

 他の団員の気持ちが一つになる(お前にだけは常識を語られたくない)がちょうどいい口実であるのは事実だ。明日からしばらくベルを拠点から出さず、相手が何かぼろを出すのを待つ。その意見で合意した彼らはそれぞればらばらに自分の部屋へと帰っていった。

 

 もしもその様子を元の世界での彼らを知る者が見たのならば驚き、信じず、最後には自身が夢を見ているのだと思うだろう。

 彼らにとって他者とは信用せず、疑い、必要ならば(或いは必要なくとも)殺すべき存在だ。

 そこに程度の差はあれど無条件で相手を信じる様な()()()は自分たちの世界ですり切れた、しかし今彼らは【ベルを護る】という目的の邪魔になりうる存在を殺そうという選択肢すら挙げなかった。

 

 それはきっとこの世界に来てからであった(ヘスティア)が熱心に説いた命の大切さのおかげであり、オラリオと言う場所の温かさであり、故に彼らはかつての自分たちが聞けば鼻で笑うような緩やかな議論をしていた。

 

 その在り方(命を無闇に奪わない)はまるで彼らの世界では遠い過去の中にのみ見出せる英雄(何かを守り通せる者)のようであり、その姿を(ヘスティア)が見ればきっと笑みの花を咲かせるのだろう、そんなことは彼らには関係なくとも。

 




どうも皆様

書いている途中で皆ベル君のこと好きすぎじゃないそう思った私です
拠点のこと、九郎がベルにお金を気前よく渡したこと、その他いろいろの説明回でした

フロム主人公達にとって陰謀なり計画なんてものはそれを立てた存在ごとぶち殺せば済む話なのです、だからそれをしない理由付けですね。
なんだかんだ言ってみんなヘスティア様とベル君のことが好きなんです、オラリオと言う彼らの世界と比べればあまりにもなまっちょろいこの街が好きなんです、だからこそ彼らは彼らにとってなじみ深い方法(殺害)をしないように変わったんです、それが書けていましたでしょうか?

それではお疲れさまでした、ありがとうございました

以下は今日のエイナさん...と言うよりこの頃のエイナさんです
つまりは読まなくても問題ない奴ですお暇な方はどうぞ

仕事をしながら最近ベルの顔を見ないことを心配していたエイナさん
そんな時ギルドの問題児 灰、狩人、焚べる者よりしばらくベルがダンジョンに潜らないことを告げられる
なにかあったのかと心配すると【先輩の付き添いもなしにダンジョンに潜るなんて自殺行為をしていたことへの説教とダンジョンの常識を教える】と言われ宇宙猫状態になる
ついでにこのところ忙しかった理由であるダンジョンの異変について聞いた
エイナ「上層のとある小部屋にモンスターがすさまじい勢いで集まったらしいんですけど何か知りませんか?」
灰、狩人、焚べる者「しらん」
そう一蹴された
可哀そう



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常識と非常識の狭間

常識
人が生きていくうえで知っているべき知識
これを知らなければ社会で生きていくことは難しい
だがこれを知ることで知らぬものより選択肢が狭まることもある

手段を選ぶことこそが人である証拠になりえるのかもしれない




 「ベル、今日はダンジョンへ行く。用意をしておけ」

 

 「えっ!ダンジョンに行ってもいいんですか?」

 

 僕がホームの地下で朝食をとっていると部屋から現れた狩人さんがそう僕へ伝えてくる。

 灰さんたち先輩が地上に帰ってきて数日、僕はホームの地下にある先輩たちの部屋で戦闘訓練を受け続けていた。

 ダンジョンにはいかないんですかと尋ねたこともあったけど返ってきたのは本来ダンジョンと言うのは一人で潜るものではないという真っ当な意見だった。

 

 そうして毎日日替わりでそれぞれの部屋で指導してもらいながら、僕は戦闘経験だけでなくいろんなことを先輩たちから学んでいた。学んだことはこれからの僕の冒険者としての生活に役立つものばかりで、それでもダンジョンに潜りたい、モンスターと戦いたいという欲求は日に日に強くなっていた。

 そんなある日に急に言われたことでダンジョンに行ってもいいんですかと聞いてしまう。

 

 「...今日ダンジョンへ行く理由は

 一つ私たちと実際に戦ってはいるが私たちの戦闘はかなり特殊だ、このままではお前に変な癖が付きかねない

 二つ今日お前に教える技術は実際体で試してみるなんてできない類のものだ、ダンジョンのモンスターを相手にするのが一番早い

 三つお前はかなりダンジョンに行きたい、潜りたいという欲求をため込んでいるように見えた、その発散も兼ねている

 こんなところだ。まあ行きたくないとい「行きます!」...そうか 」 

 

 狩人さんは三つの理由を挙げて僕にダンジョンに潜る理由を教えてくれた、そして行きたくないなら別にいいと続けようとした言葉を食い気味に否定し、準備を始める。こうして僕は久しぶりにホームの外へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 「お久しぶりです、エイナさん」

 

 「ああベル君、本当に無事だったんですね。大丈夫ですか?何かされていませんか?」

 

 僕は久しぶりに訪れたギルドでエイナさんと挨拶をしていた。

 僕がホームに缶詰めになる前に灰さん達が僕の知り合いにあらかじめ話をしておいてくれるから、急に見なくなって死んだと思われるようなことは無い、と言っていたけれど本当にちゃんと話が行っているのか心配だった。

 僕を見て安心したように胸をなでおろすエイナさん、話は本当にしておいてくれたみたいですけど...これダンジョンで死んだとかじゃなくて灰さん達の訓練についての心配されていませんか?そう思っていると狩人さんも同じだったようで

 

 「どういうことだ、エイナ・チュール」

 

 そうエイナさんへ詰め寄る。

 ホームで狩人さんからいろいろ教わっているときに気が付いたことだけど、狩人さんは外見と言葉は怖いけどそれは言葉足らずだからと言うか、言葉が一言多いと言うか、とにかく狩人さんが意図したところとずれた受け取り方をされることが多い、今もそうだ。

 放たれた語気の強さとその瞳の鋭さ、その上で狩人さんの言葉を聞くと何か文句でもあるのか、そう言いたげに聞こえる、だけど本当はそうじゃない。

 

 「なら言いますけど、信用なんてものが貴方達にあると思っているのですか」

 

 「...そうだな」

 

 エイナさんの言葉に気まずそうに肯定する狩人さん。

 さっきの言葉もきっと言葉通りの意味しか無くて、【何か問題でもあったか】そう言いたかったんだろう。

 だけど狩人さんはエイナさんの言葉で狩人さん────というよりヘスティアファミリア全体────がうまく新入りを指導することが出来るとは思われてなかったことに気が付いて、その評価が妥当だと自分でも思ったから気まずそうにしているんだろう。

 

 「えっと...、僕は今日ダンジョンに潜りたいんですけど何か最近ありましたか?」

 

 「最近のダンジョンには特に大きな異変はありませんね、モンスターの大移動もあれ以降見受けられませんし、ああただ...」

 

 エイナさんと狩人さんの間に流れた気まずい空気を変えるべく、僕はギルドに訪れた目的(情報集取)を果たそうとする。

 エイナさんもまた空気を変えるべく、そして仕事を全うするべく手元の書類に視線を落としながら最近のダンジョンについて話してくれる。

 僕はそれを聞きながら視線を感じて狩人さんの方をこっそりと見ると、感心したような目つきでエイナさんと僕を見ている...その目つきが鋭すぎて傍から見たら睨んでいるようにしか見えませんよ狩人さん。僕はそう思うがよそ見しているのがエイナさんにばれたらお説教されてしまうだろう、再び意識をエイナさんの方へと向ける。

 

 

 

 

 

 

 「えーっと狩人さん、僕ダンジョンに行く前にちょっと寄りたいところがあるんですけど」

 

 「【豊穣の女主人】か、好きにしろ私はここで待っている」

 

 エイナさんから最近のダンジョンの情報を聞いた後、最後にダンジョンは危険が常に付きまといます十分にお気をつけて、という言葉を受け取り僕たちはギルドを後にした。

 さあダンジョンへ行くぞ...という前に僕にはもう一つ行きたいところがあった、そのことを狩人さんに話すと目的地を言う前に当てられる。

 お前の友好関係まで口出しする気はない、そう言って狩人さんは腕を組んで壁に寄りかかっている。すぐに戻りますからそう言って僕は【豊穣の女主人】への道を走り出した。

 

 「久しぶりですシルさん」

 

 「ベルさん、久しぶりです、いったい何があったんですか?」

 

 【豊穣の女主人】にたどり着くとちょうどシルさんが入り口を掃除していた、久しぶりですと声をかける僕にシルさんは大きく目を開き何があったんですか、そう聞いてくる。

 何でも数日前────つまり僕がホームに缶詰めになった日だ────狼さんが急に現れ、明日よりベルはしばらく来れなくなったとだけ言い残して去っていったらしい。

 ...伝言役を間違えてませんかねそれ、いや他の人が伝言役をできるイメージもわかないし狼さんが適任なのかな...?

 

 とにかく僕はシルさんが引き留めてくれたのに急に立ち去ってしまったこと、食事の料金はあとから来た狩人さんが支払ってくれたと言っていたけど食い逃げをしてしまったことを謝る。シルさんは少し微笑んで大丈夫ですよ、ミア母さんも気にしていませんし、只どうしても気になるならまたお店にお客として来てくださいねと言って許してくれた。

 

 その後これ...要ります?そう言ってお弁当を取り出す。

 狼さんからの伝言じゃ僕がいつ来られるようになるかも分からないのにお弁当が用意してあるということは、僕が来ないと言われてからも毎日お弁当を準備して待っていてくれたのだろう。

 とてもうれしくなると同時に申し訳なくなった僕はもう一度頭を下げてシルさんからお弁当を受け取り、狩人さんが待つ別れた場所へ向かう。

 

 「狩人さん、ごめんなさい、終わりました」

 

 「...そうかなら行くぞ」

 

 僕が狩人さんと別れた場所につくと狩人さんは青い何かを手の中で遊ばせながら考え事をしているようだった...あれは瓶だろうか何か飲んで待っていたのかな?

 僕が狩人さんに声をかけるとその瓶をコートのポケットにしまい僕の顔をじっと見つめた後行くぞ、そう低い声を僕にかけて狩人さんはダンジョンに向けて歩き出す。僕もまた狩人さんに置いて行かれないように歩き出す、とうとう訓練の成果を出す時が来たことにワクワクと少しの恐怖を感じながら。

 

 

 

 

 

 ダンジョンの入り口、僕が最後に見たときは広い空間にほとんど人がいなくてがらんとしていた場所はいつものようにダンジョンに潜る人とダンジョンから出てくる人でごった返していた。エイナさんから話は聞いていたけれどこうしていつも通りの光景を見ると、ダンジョンにも日常が戻ってきたことを感じ心の荷物が下りていく気がする。

 

 「...?」

 

 「どうした」

 

 気が楽になっていくのを感じているとなんだか見られているような気がした僕は周囲を見回す。

 忙しそうにダンジョンの中に潜っていく人達、嬉しそうに或いは疲れ切ったようにダンジョンの中から出てくる人達、そしてギルドの職員さんと幾人かの警備の人がいるだけで僕の方を見ている人はいない。

 きょろきょろしていたのが気になったんだろう、狩人さんからどうかしたか尋ねられてしまう。どう答えるべきだろうか、「誰かが見てたような気がしたんです」なんて答えるほどしっかりと視線を感じたわけでもないし...僕は少し悩んだ後

 

 「何か視線みたいなのを感じた気がしまして」

 

 「...まあ久しぶりのダンジョンだ、気が高ぶって敏感になっているのかもしれないな。だが訓練の成果をだそうだとかを考えずいつも通りすればいい」

 

 視線を感じたことを正直に話す。

 狩人さんは僅かな間考え込み、気が高ぶって視線に敏感になっているのかもしれないと僕に落ち着くように言う。

 それと久しぶりのダンジョンだからと言ってはしゃぎ過ぎないようにとも、狩人さんに言われたことで僕は自分の肩に力が入っていたことに気が付く。幾度か肩を回すと肩の力も抜けていく、よしなかなかいいコンディションじゃないかな。久しぶりのモンスターとの戦闘だ頑張るぞ。

 

 ダンジョン上層でモンスターを探していると曲がり角の向こうにモンスターの気配、音を聞く限り3匹ぐらいだろうか。

 偶然とはいえ僕が狼さんに連れられてきたダンジョンでの初めての戦闘と同じ条件だ、振り返り狩人さんを見ると狩人さんは無言のまま頷く。

 

 僕は息を整え狩人さんから教わった【ヤーナムステップ】で角から飛び出す。

 地面を強く蹴りジャンプするように、けど地面に吸い付いているような低い軌道で進む僕の目に、無防備に背を向けているゴブリンがうつる。

 買ってからずっと使い続けて僕の手になじんだナイフを振るい一番近い場所にいたゴブリンの足を切りつける。ギャギャッそう悲鳴を上げて倒れこむゴブリンに目もくれず足を狙った低い姿勢から飛び起きる様に二番目に近い場所にいたゴブリンのお腹を引き裂く、ギイイイそう悲鳴を上げて後ろによろめくゴブリンからステップを使って一番遠いところにいたゴブリンへと向かう。

 襲い掛かってきた僕を見て驚いているその懐へもぐりこみ魔石のあたりめがけてナイフを突き刺す...どうやら()()()()()()()()()()()()()

 灰になっていくゴブリンからお腹を押さえて丸くなっているゴブリンへと狙いを変えてその頭を蹴とばす、動かなくなったゴブリンを放っておき倒れこんでいるゴブリンの魔石のあたりを今度は当てないように気をつけて突き刺す...うまくいったようだ。

 

 「どうでしょうか」

 

 僕は倒れているゴブリンから魔石を取り出しながら狩人さんに尋ねる。

 なかなかうまくいったんじゃないだろうか僕の初めての戦闘と比べればよく体が動いたし、相手のこともよく見えていた。

 そう思いながら狩人さんの評価を待っていると魔石に当てたなそう短い返事が返ってくる。

 そうだ三匹分の魔石を得るつもりで戦っていたにもかかわらず一番遠くにいた一匹の魔石に当てて砕いてしまった、そう反省していると、だが狙いはよかったそう狩人さんが続ける。

 

 「私達にとって最も恐れることは囲まれることだ、足を狙い動きを止め、腹を狙い動きを止め、最後の一匹の急所を狙い素早く倒す、各個撃破の形だな」

 

 【相手が自分よりも強くても一個体なら恐れる必要はない、真に恐れるべきは弱くとも群れる敵だ】狼さんからも同じようなことを習ったが灰さん、狩人さん、焚べる者さんもまた同じように口をそろえて僕に忠告した。

 どれだけ相手が強大でも単体ならば相手の攻撃を避けてこちらの攻撃を当て続ければいずれ倒すことが出来る、だが群れを相手にすればこちらが倒れるまで嬲られる、とは灰さんの言葉だが同時に対処法も習った。今回僕がしようとしたことはそのうちの一つ各個撃破だ。

 狩人さんの言葉に失敗しちゃいましたけどねと僕が付け足すと狩人さんは軽く頭を振り僕の肩をたたく。

 

 「戦いにおいて失敗とは取り返しのつかない結果()だけだ、そうでないのなら幾らでもやり直せる」

 

 そう珍しく柔らかな口調で語る狩人さんは少し待てそう言ってこれから【銃パリィ】を見せると自分の腰に下げている銃を指さす。

 銃とはオラリオにおいてかなり珍しい武器だ。火薬で鉄の球を飛ばす(威力に使う人のステイタスが関係ない)と言う関係上レベルが高い冒険者にとっては石でも拾って投げた方が手っ取り早く強力な攻撃になる。

 ではレベルの低い僕のようなルーキーにはどうかと言えば扱いが難しくその上火薬があまり流通していないせいで高価でとても手が出ない代物だ、何より撃つたびに大きな音がするせいで周囲のモンスターを呼び集めやすいという欠点もある。総合すればダンジョンでは使いにくい武器であり、オラリオでは需要が無い武器だ。

 ホームでの訓練で灰さんに武器を一通り触ってみるのも悪くない意外な出会いがあるかもしれないからな、とコレクションの一部を触らせてもらった時もその中に銃はなかった。

 

 しかし【銃パリィ】?

 【パリィ】なら焚べる者さんから教わった、盾を使って攻撃してきた相手の武器或いは腕をはじくことで大きな隙を相手に晒させる技術だ。

 盾を普段使わなくとも咄嗟に使うこともあるかもしれない、そんな時盾とはただ身を隠すだけじゃない使い方では攻撃に出ることもできると予め知っておくことで選択肢は広がる、そう焚べる者さんは言っていた。

 盾で弾くから【パリィ】なら【銃パリィ】は銃で弾くのだろうか。

 頭の中で狩人さんが銃身で敵の攻撃を弾く。いやまさかいくらなんでもそんなことはしないだろう。そう思っている僕を置いて狩人さんは新しく生まれたゴブリンの方へと歩いていく。

 

 ゴブリンが狩人さんに気が付く、狩人さんは何も気にせず歩いている

 ゴブリンが狩人さんに走り寄ってくる、狩人さんは何も気にせず歩いている

 ゴブリンが腕を振り上げる、狩人さんが止まる

 ゴブリ〈ドンッ〉?!

 

 何が起きた?ゴブリンが腕を振り下ろす少し前に狩人さんがゴブリンから少し距離を取った、と思ったらすごい音がダンジョン内に響き渡った。

 びっくりして腰が抜ける、そのまま耳を塞いで目を瞑って蹲りそうになる体を無理やり起こす。

 ダンジョンで目を閉じるなんて自殺行為だ、灰さん達から体に叩きこまれた【目の前の敵から目を離すな】という教えが考える前に僕の体を動かす。

 辛うじて開いた僕の目に飛び込んできたものは狩人さんが腕をゴブリンの体に突っ込んでいる姿だった、えぇ...?

 

 「...ああすまない、あらかじめ大きな音がすることを伝えておくべきだったな」

 

 狩人さんはそのまま突っ込んだ腕を魔石ごとゴブリンから引き抜き、灰になるゴブリンに一瞥もせずに未だ動けない僕にそういった。いやそこじゃない、そこじゃないです、確かに大きな音にびっくりしましたけどもっとびっくりしたことがあります。

 しかし未だ動かない体に何もできない僕は固まったままだ、狩人さんは魔石をコートのポケットにしまい込んで大丈夫か?そう僕に手を伸ばしてくれる。ありがとうございます、だけどゴブリンに突っ込んだ方じゃない方の腕を伸ばしてほしかったです。

 

 「...もしかしてですけど、僕にも腕をモンスターに突っ込めとか言いませんよね」

 

 立ち上がらせてもらってから気が付いた、あれが【銃パリィ】だと言うならこの後僕も腕を突っ込まないといけないんだろうか。

 違うという言葉が返ってくることを願いながら狩人さんに尋ねる。

 

 「違う、必要なことはそこではない」

 

 ええ知っていましたよやれってい...本当ですか!やらなくていいんですか!!...じゃあ何で腕を突っ込んだんですか。

 そんな僕の疑問は銃を振ってこちらの話を聞けとアピールする狩人さんに流される。狩人さんが言うには【パリィ】が相手の攻撃を弾いて相手の力で体勢を崩すのなら、【銃パリィ】は相手が攻撃のために重心を動かした瞬間に攻撃することで体勢を崩すらしい。

 狩人さんが言うにはタイミングを見計らって相手に攻撃することで相手に隙を作る、それが僕に必要な技術とのことだ。

 確かに僕は他の人より腕力がないから少ない力で相手のスキを作ることが出来るようになる必要がある、それはわかりますでも何で腕を突っ込んでいたんですか?!【内臓攻撃】?いや攻撃の名称を聞いているんじゃなくて...そんな風に僕が狩人さんに抗議していると狩人さんはポケットから何か丸い物を取り出す、あれは石?

 

 「いきなり銃を使えとは言わない、代わりにこれを使う」

 

 狩人さんは石を僕に渡しながらそう言ってくる。そして見ていろと石を片手に新しく生まれたモンスターへと向かう。そこからは先ほどまでの出来事が再現されるように狩人さんがモンスターへ近づき攻撃される瞬間に一歩下がり、石を投げ...

 

 「あっ...」

 

 「あ...」

 

 石は吸い込まれるようにモンスターの頭へ向かい、そのままモンスターの頭を砕く。

 僕と狩人さんがその光景に小さく声を上げ、その後に続く言葉は無い。ダンジョンには頭を失ったモンスターの藻掻く音だけが響く...どうするんですかこれ、そう僕が思っていると

 

 「...やってみろ」 

 

 無かった事にした、無かった事にしましたよこの人。 

 この空気に耐えられなかったのだろう狩人さんが僕にもやってみるように言う。

 見せられたといっても僕が見たのはその剛腕で石を投げてモンスターの頭を砕いただけなんですけど?!文句を言っていても始まらない、空気を変えるためにも狩人さんの言葉に従う。...が意外と難しい。

 足元を狙っているけど投げた石が思ったところに飛ばないし、タイミングを計るのも早いとただ石で攻撃しただけになるし、遅いとむしろ無防備なところを殴られそうになる。何度も何度もモンスターとの距離と投げるタイミングを投げて覚える、以外と足を狙うよりお腹を狙った方が当たりやすいけど...

 

 「これ普通に石を投げて攻撃しているだけでは?」

 

 「...」

 

 僕が今習得しているものは間違いなく【銃パリィ】ではなく投石である。

 そもそも銃というステイタスに関係ない武器でやるからステイタスの低い僕にも有効な技術なだけで、石投げてたら意味がないですよね。

 そう思いながら狩人さんの顔を見つめると狩人さんは無言で顔を逸らす。

 思わず逸らされた方向に回り込んで視線を合わせる、狩人さんはさらに顔を逸らす。

 

 そんな風に視線を合わせては狩人さんが顔を逸らすことを続けていると下の方から何かを運んでいるような音が近づいてきた。

 

 「あれは?」

 

 「ガネーシャファミリアだな、大方【怪物祭(モンスターフィリア)】のために捕まえたモンスターだろう」

 

 僕と狩人さんがその音に警戒しているとその音が鳴っている原因が現れた、大きなゲージ?それとゲージを囲む幾人かの冒険者。

 壁側に寄って道を譲りながらも何なのか疑問に思い狩人さんに聞くと答えてくれる。

 ガネーシャファミリア、オラリオの中でも大派閥と呼ばれる探索系ファミリア、眷族の最大レベルこそロキファミリアとフレイヤファミリアの二大巨頭に譲るがむしろ眷族の中層の厚さでは他のファミリアより勝っている。

 ガネーシャファミリアについてはギルドの雑誌にそう書いてあった、確か主神であるガネーシャ様は【群衆の主】と呼ばれる神格者だとかそんなことが書いてあった。

 だけどその後は何一つ解らない、【怪物祭】?捕まえたモンスター??そう疑問が僕の頭の中でぐるぐる回っていると狩人さんが、後からさらにガネーシャファミリアが上がってくるかもしれない今日はこれまでだな、そう言って帰る準備を始める。

 

 久しぶりのダンジョン、もっと戦いたかったけど他のファミリアに迷惑がかかるなら諦めて帰ろう。

 

 




どうも皆さま

これより修行編開始ーからの無理...書けない...修行編終了...をした私です

お気に入り登録数200越えありがとうございます
一応この小説を書いている間は自称物書きの端くれなのですが
自称物書きの端くれとしてあるまじき事にこの嬉しさをどう書けばうまく伝わりますかわかりません
評価、感想もとても嬉しいです
感想への返事とかは書けないですけどとっても嬉しいんです
この小説を見に来ていただけるだけでもうれしいんです
投稿直後はUAが増えていくのをにやにやしながら見ています
今後ともよろしくお願いいたします

話がずれました

とりあえず灰達の訓練によってベル君がどれだけ進化したのか書いておきましょうか
ベル君アイ
今までより若干濁った目つきになったぞ
ベル君ハート
今までと違って人を疑うことを覚えたぞ、具体的には【酒場でも癒せない渇き】で強くなりたいんですと言って灰について行ったのがちょっと怪しいなと思いながらついて行くぐらいになったぞ
ベル君戦闘技術
相手の攻撃をかわして肉薄して急所に鋭い一撃をお見舞いするスタイルだ、外見で弱そうだからと見くびっていると凄まじい初見殺しを放ってくるぞ。逆に最初の一撃に対応されると出来ることが殆ど無いぞ
ベル君総評
まだまだ未熟でありようやく駆け出しを卒業位にはなった(フロム世界比)実際覚えた戦闘技術はそれなりにあるもののステイタスがあまりにも追いついてなさ過ぎてその真価を発揮できてないぞ。
こんなところでしょうか

それではお疲れさまでした、ありがとうございました


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神よりの贈り物 上

この話を書いておりますと持病のどんどん話が長くなる病が発病しまして二万字近くになったので分割しました、下は来週まで待ってください
またこれまで前書きに書いてきたフロムっぽい文章もいい感じのが二つ思いつかなかったので今週はお休みです

許してくれ、許してくれぇ...


「おはようございま...あれ?灰さんだけですか?」

 

 朝、僕が元物置現僕の部屋────先輩たちは新しく部屋を作るべきだろうと話ていたのだが、ヘスティア・ファミリアに入ってからずっと過ごして愛着がわいた僕がこのまま部屋として使いたいと言い。中においてあったごみを処理したり処分できない物をほかの部屋に置いたりした上で、新しい家具を部屋に置いた────から顔を出すとそこには灰さんだけがテーブルに座って武器の手入れをしていた。

 

 神様は先日【神の宴】に出てくると言ったきり帰ってきていない。

 僕は心配していたが何かあったならもっと騒ぎになるとオラリオでの生活も眷族としての年月も僕よりはるかに長い先輩たちが断言していたので問題はないのだろう。

 狩人さんや焚べる者さんがいないのはよくあることだ。ダンジョンに潜りに行っているのだろう、あの人たちには朝も夜も関係ないらしい。

 狼さんも朝が早い。だから起きた時にいないのもよくあることだ。

 だけど九郎さんがいないのは珍しい。いつもなら僕がダンジョンに潜る為にホームを出た後に仕事へ行っているのに。

 

 そう思って口にした疑問は灰さんの「九郎の坊ちゃんなら【怪物祭(モンスターフィリア)】に出す出店の準備で朝から出かけてるぞ」と言う言葉で解決する。

 

 ついでに朝食はそこ、とテーブルの上を灰さんが指させば一人分の料理が“ベル殿の分、余人は食べるな”と九郎さんの文字で書かれたメモと一緒に置かれている。

 とりあえず僕は九郎さんに感謝しながら朝食を食べよう、そう思い僕の椅子に座る。

 向かい側に座っていた灰さんが目に入る、ちょうどいい機会だし【怪物祭】について灰さんに聞いてみる。

 

 「昨日ダンジョンで狩人さんも言っていましたけど【怪物祭】って何ですか?」

 

 「うん?しらないのか?【怪物祭】ってのはガネーシャ・ファミリアが年に一回主催する祭りのことだよ

 闘技場って言って真ん中で戦っている奴らがよく見える建物でガネーシャ・ファミリアの奴らがあらかじめダンジョンで捕まえておいたモンスターを【調教(テイム)】するんだ。

 あー...【調教】の方も知らんか。特殊なスキルでなこいつを持っている奴はモンスターを調教して自分になつかせて言うことを聞かせることが出来るんだってよ、俺も直接見たことはないがね。」

 

 灰さんは僕に説明してくれる、しかし何でガネーシャ・ファミリアはそんな祭りを開催しているんだろうか自分のところのファミリアの宣伝かな?そう思って灰さんに聞く。

 

 「まああの神なら自己主張のためにそれぐらいしそうだけど違うな。ベルは冒険者っつーか英雄になりてえからあんまし想像できねえだろうけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()からすると冒険者ってのは遠い存在なんだ。そして無知故に冒険者ってのを舐めてるとこもある、解らねえか?まあそうだろうな。

 

 とにかくモンスターと戦う姿をいろんな奴らに見せて冒険者ってのが身近な存在だと知らしめると同時に、モンスターの恐ろしさを知らしめることでそれと戦う冒険者の凄さを見せる、そいつが【怪物祭】の目的さ。

 ...まあそれだけならギルドの公認で祭りを開催することなんてできやしないだろうけどな」

 

 灰さんの返事は思っていたよりも難しい物だった、一般の人からすると冒険者が遠い存在?そして舐めている?オラリオの殆どの資源は僕達────というには僕は駆けだしにすぎないけれど────冒険者がダンジョンの中から集めてきている魔石やドロップアイテムだ...とギルドにおいてあった本に書いてあった、そしてオラリオの経済を回すのも冒険者達でもあると。つまりオラリオに住んでいれば必ずと言っていいほど冒険者と接するはずだ...それが遠い存在?

 よくわからない、それに灰さんの口ぶりだとギルドが関係する理由がまだあるんだろうか。

 

 「んー?まあ人が集まるからな、稼ぎ時だって商人だったり、酒場だったりが闘技場の中や周りに出張店舗...まあ出店だな。そいつをたくさん出すんだ、そうするとモンスターの調教に興味がない奴らも出店目的で集まる、そうなるともっと多くの奴らが出店を...とまあガネーシャ・ファミリアと関係ない所でも一大イベントになってるんだよ。

 そんで人が集まればいろいろ騒動が起きるからな、そうなってくるとギルドとしても放っておく訳にはいかないんだろう。いっそのこと公認にしてギルドとしてもあれこれくちばしを突っ込むことにしたんだろうさ」

 

 どうやら稼ぎ時だとしていろんな出店が出るらしい、その他にもオラリオの外からも【怪物祭】を目当てに旅人が来るから、この時期は普通のお店でもなんだかんだセールをするらしい。

 そうして人が集まると、詐欺だったりスリだったりの旅人を狙った犯罪なんかも起きるから、ギルドも人手を出したりして交通整理だとか見回りだとかの仕事をするそうだ。

 ...うん?なんだか誤魔化されたような...?

 

 そんなことを考えながらもそうなんですね、と返事はしたものの大通りでも人とすれ違うのが難しいくらい人が集まるなんてちょっと想像できない。

 僕だってオラリオに来てから少したって慣れてきた、でも仕事に行く人が増える朝と仕事帰りの人が増える夕方とは比べ物にならないくらい人が増えるなんて僕の想像力を超えた出来事だ。

 

 「気になるのなら今日の訓練担当は俺だから訓練は無しで【怪物祭】に行ってくるか?」

 

 「いいんですか!」

 

 「いいぜ、お前がさぼるのなら俺もヘスティアに怒られないだろうしな」

 

 そう思っていると灰さんが【怪物祭】へ行ってくるか?と提案してくる。

 思わずいいんですかそう答えるが、灰さんはそうしたら俺も今日の指導をさぼれるしな、そうニヤッと笑う。

 灰さん!?そう非難をこめて叫ぶと冗談だよ冗談、なんて笑い

 

 「だがなあベル、俺らはお前より少しばかり長生きでな、いわゆる“英雄”ってやつらの話を聞いたり、この目でそいつらの人生を見たりしてきた。

 もちろん満足して終わった奴らもいたが、それ以上に自分の後ろにいる護るべきものを見ようとせず、それどころか隣に立つ戦友も、前に立っている敵も見てない、自分しか見てないようなのも沢山いた。

 そんな奴らの末路はどいつもこいつも悲惨なもんだ、お前にはそうなってほしくないんだよ。

 ただ強いだけの、強くて戦いを終わらせた後どうすればいいか考えたこともない、自分が戦った果て(平和な時代)になじめないようなそんな奴にはな。

 だからお前に戦い以外にも目を向けて欲しいんだよ」

 

 そうこちらを見てくる、ヘルムの隙間から覗く灰さんの目は笑っていない(真面目な目だ)

 

 「だけどさっき言ってた今日の指導をさぼれると言うのが本音でしょう?」

 

 「おう本音だぜ、そんでさっき言ったことも本音だ」

 

 だが僕はここ数日の訓練で灰さんについてある程度理解した。

 真剣な眼差しに騙されずにさぼりたいのが本音でしょう?と僕が言えば、本音だともどっちも本音だと笑いだす。

 

 本当にこの人は...

 

 「まあ何もせずに送り出しちゃあ後で俺がヘスティアに説教されちまう、これは先輩からの餞別だ」

 

 そう僕がため息をついていると灰さんが僕に袋を渡してくる、開けてみると中にはお金が入っている。

 これは?そう僕が灰さんに視線を向けると。

 

 「お前のために俺が選別した特別な“武器”だぜ、お祭りみたいな所じゃあ何より効くだろうさ」

 

 灰さんはこの“武器”を使いこなすのが今日の訓練だと笑いだす。

 いや本当にこの人は...ありがとうございます灰さん。

 

 僕は朝食を食べ終えて食器を洗い終えた後、テーブルの上に大量の武器を広げている灰さんに行ってきますと声をかけてホームを出発する。その足取りはいつのダンジョンへ向かうものよりうきうきしたものではない...はずだ。

 

 

 

 

 

 

 そうして【怪物祭】に出かけた僕だがいきなり困ったことになった。

 

 「おうお前、そこの白髪頭。それじゃよろしくニャー」

 

 【豊穣の女主人】の近くを通りかかったとき店員さんの猫人 アーニャさんにいきなりよろしくとだけ言われてポンと財布を渡されたのだ。

 さすがの僕も絶句した。財布を他人に渡すことが普通のことじゃないことは僕でもわかる。

 どういうことなのか話を聞こうとするも、用件は終わったと言わんばかりにアーニャさんは【豊穣の女主人】へと戻ろうとしている。

 

 「ちょ、ちょっと待ってください」

 

 「アーニャ?言葉が足りていませんよ、それでは分からないでしょう」

 

 「にゃにを言ってるんだにゃ、シルのおっちょこちょいが財布を忘れたから持っていってほしいとみゃーは完ぺきに伝えたニャー」

 

 ち、ちょっと待ってくださいそう僕が声をかけようとするとその前にアーニャさんに声をかける人がいる、同じ店員さんのリューさんだ。

 それでは分からないでしょうそうリューさんがお説教を始めると自分は必要なことはすべて伝えたと胸を張るアーニャさん。

 そして僕にも同意を求めてくる。

 いえ、初めて聞きましたけど?それに知り合いとはいえ財布を渡すのはちょっとどうかと思いますよ。僕が否定するとリューさんがアーニャさんを捕まえこちらにやってきて詳しい話をしてくれる。

 

 なんでも住み込みで毎日働いているアーニャさんやリューさんとは違って、シルさんは今日【豊穣の女主人】の仕事が入っておらず【怪物祭】に出かけたらしい。

 しかしシルさんは行けて自分は行けないことを知ったアーニャさんを筆頭とした何人かが出発前にズルいと駄々をこねた、そのためシルさんはお土産を買ってくるからと約束して【怪物祭】へと出かけた。

 しかしふと気が付けば店内にシルさんの財布が置いてあった、財布を忘れてはお土産を買うことなんてできないだろう、しかし財布を届けに仕事を抜ければ女将のミアさんから説教を受けることになる、そう悩んでいた時に顔を知っている僕が通りかかった。

 

 アーニャさんからの話は飛び飛びで主観が入っていてわかりにくいし、リューさんも事情を完全に知っているわけでもないようで二人に何度か聞きなおして話を整理したところそういうことらしい...どういうことだ?!

 

 「じゃ、よろしくニャー」

 

 「あなたに頼むべきことではないかもしれませんがシルも今日を楽しみにしていました。それを財布を忘れてしまい楽しめないのは可哀そうです、お願いできますか?」

 

 「ええ...まあ僕でよければ任せてください」

 

 事情は分かったニャーと言って今度こそ店内に戻ってしまうアーニャさん。リューさんもお土産云々はともかくシルさんが楽しみにしていたのに財布を忘れて楽しめないのはかわいそうだと言うことで僕にお願いしてくる。

 財布を渡されたというよりも財布を渡しても大丈夫だと思われるくらい信用してもらえているということにしておこう...そっちのほうが嬉しいし。

 だけど他の人に頼んだらそのまま持っていかれると思います...例えば灰さんとか。

 

 「...アナタは狩人と呼ばれる冒険者を知っていますか?もし知っているのなら彼は危険な人物です、近寄らないようにしてください」

 

 「えっ...?ええ...はい、分かりました」

 

 とにかく僕がシルさんに財布を届けることを請け負うとリューさんが急に何かを言おうか言うまいか悩みだす。何かあるのだろうかと僕がその先を待っているとリューさんは狩人という冒険者には近づくなと言う。

 

 狩人?多分ヘスティア・ファミリアの狩人さん(僕の先輩の狩人さん)のことだと思うけど...と言うかそんな奇妙な呼び名で呼ばれる人が何人もいるとは思えない。

 そういえば僕が久しぶりに【豊穣の女主人】へと行った時狩人さんはここで待っていると僕を一人で行かせた、あの時は気にしなかったけどもしかして過去に何かトラブルでもあったんだろうか?

 でもここまで言われるって狩人さんどんなことをしたんだろう、そんな疑問はあまりにも真剣なリューさんの表情に言い出せず僕はとりあえず頷いた。

 

  

 

 

 

 オラリオの大通り、いつも活気あふれるそこは今は最早人の川となっていた。

 いや本当に凄い、こうして大通りの方へ向かう間も人通りは増えて行っていたけど大通りは文字通り桁が違う。あんまりにも人が多いからちょっと大通りに出るのが躊躇われるくらいだ。

 でもいつまでもこうして人の流れを眺めていてもしょうがない。

 僕は意を決して進もうとし「ベルく~ん」...え?

 聞き覚えのある声に振り返るとそこには【神の宴】に行くと言ったきり姿が見えなくなった神様がいた。神様!?一体これまでどうしていたんですか?そう僕が言おうとするが

 

 「いやぁ~ベル君とこうして出くわすなんてやっぱりボクはついているな、いやボクとベル君の間には確かな絆があるということが証明されちゃったかな~」

 

 そうなんだかテンションがおかしい神様に振り回されて何も言えなくなる、と言うかお酒臭いですよ?!この()お酒に酔ってますね!?

 

 「さあベル君、ボクと一緒にデートに行こうぜデート」

 

 「か、神様?あの離してください。それに僕この財布をシルさんに渡すって約束があるんです」

 

 僕が面を食らっていると急に神様が抱き着いてきて僕をデートに誘ってくる。

 あ、あの近いです神様!?それに僕シルさんに財布を渡さないといけないんです。僕がリューさん達との約束を口にすると

 

 「なんだいボクと一緒の時に他の女の名前を出すなんて。うん?忘れ物を渡さなくちゃいけないだって?早くそれを言いたまえよ、ボクにかかれば探し人なんて一発だよさあついておいで」

 

 いきなり不機嫌になったかと思うと急にやる気を出して走り出す。お酒に酔っている()特有の突拍子もない行動に僕はびっくりするがその間にも走り続けてどんどん小さくなっていく神様の姿に正気に戻る。

 僕は待ってください神様、神様たちは地上ではその力は制限されているんでしょう?!それにこの人混みの中ではぐれたら間違いなく合流なんてできませんよ?!そう叫びながらその後をついて行った。

 

 「ありがとうございました、ベルさん」

 

 「いえいえ僕は頼まれただけ「こらこらボクのベル君といつまで話してるんだい、ボクたちは今デートの最中なんだほらさっさとどっか行った行った」」

 

 驚くべきことに走り続ける神様を追いかけると、シルさんが買い物をして財布がないのに気が付いて困っている所に出会った。

 お店の人から冷やかしかい?なんて言われて困っている所に声をかけて財布を渡す、お店の会計を済ませた後少し人通りの少ないところに移動してありがとうございますとお礼を言われる。それに僕がいえ僕は頼まれただけで、なんて話していると神様が急に僕に抱き着いてくる。

 神様ぁ!?また急に機嫌が悪くなりましたね?いや貴女が僕をここまで連れてきてくれたんですよね?いやそんなことより放してください...そう僕がいろんな意味でびっくりしていると、神様はどっか行けと言いながら僕を引っ張る。

 どっか行けと言いながら移動するのは僕たちなんですね...というか力強いですね?僕ダンジョンで鍛えたはずなのに全然太刀打ちできていませんよ?!

 抵抗するも強引に神様によって引きずられる僕にできたことは、またお店に来てくださいねと言ったシルさんへ手を振ることだけだった。

 

 

 

 

 

 「...」

 

 「...?神様どうかしたんですか?」

 

 「気持ち悪い...

 

 「神様ぁ?!」

 

 

 神様に引きずられていると急に神様がその足を止める。

 どうかしたのだろうかと思い神様に声をかけると少しの間の後、ひどくつらそうな声で気持ちが悪いと青い顔をした神様がいた。

 お酒を飲んだ状態で走ったせいで酔いが回って気持ち悪くなってしまったようだ、神様ぁ!?

 

 そう今日何回目かわからない驚愕の声を上げると「どうしたのですか?」そう聞き覚えのある声が後ろからする、振り返るとそこには九郎さんがいた。

 

 

 

 

 

 

 「大丈夫ですか神様、ほらお水です」

 

 「ありがとうベル君、九郎君、狼君」

 

 九郎さんは神様の様子を見ると狼さんを呼んで近くにあったベンチに横にさせる、狼さんがお水を持ってきてくれたので神様に渡すとお礼を言った後神様はゆっくりとお水を飲み始めた。

 九郎さんたちは何故ここに?そう思って周りを見渡すと【食事処 葦名】と書かれた看板がおかれた出店がある。【食事処 葦名】とは九郎さんの働いている所のはず、つまり灰さんが朝言っていた出店を九郎さん達はここで開いていたらしい。

 

 「...」

 

 「えっと、狼さん?...あっ何か買えってことですか?けど神様はさっきまで苦しんでいたし...」

 

 「九郎様のおはぎは絶品だ、食べれば酔いなど吹き飛ぶ...」

 

 お水を飲んで横になって少し休むと神様の顔色はいつも通りに戻った、九郎さんたちにお礼を言いに出店に行くと狼さんが無言でこちらを見てくる。

 何かあるんだろうかと疑問に思うと狼さんは【お品書き】そう書かれた紙を指さす、何か買って行けということらしい。

 しっかりしていると言うか、いやうちのファミリアの他の人がお金にだらしないだけかな?僕はそんな気が付きたくなかったことに気が付いてしまいそのことから目を逸らす。

 

 でもおはぎか...さっきまで酔いに苦しんでいた神様にどうなんだろうか。

 僕は疑問に思うが神様はキラキラした目で選び始めているし狼さんも問題ないだろうと言っている。仕方がないので僕は二人分(ボクと神様の分)を頼んだ。

 

 「どうぞ【食事処 葦名】自慢のおはぎじゃ」

 

 九郎さんが持ってきてくれたおはぎをさっきまで神様が横になっていたベンチに並んで座って食べる。

 一口食べると口の中に広がる甘味、なんて言ったらいいのかよくわからないけど優しい甘みと言うべきなのか。甘いのがそんなに得意じゃない僕にも食べやすい味で、でも薄味という訳じゃなく。食べて飲み込むとさらにその味が恋しくなるというか。

 とにかくしっかりと甘いはずなのにその甘みが口の中に残らなくてだからこそその甘みをもう一度味わいたくて新しい一口を口に運ぶ、そんな味だった。

 

 僕が黙々とおはぎを口に運ぶのを見て九郎さんは、私のおはぎの前には狼の鉄面皮もかなわないのですと自慢げな顔をする。

 

 

 

 

 

 

 

 「さあベル君、ちょっとはしたないところを見せたけどボクの完全復活だよ。さあ行こう!!」

 

 「神様。僕せっかくなんですからゆっくりと神様と一緒に見て回りたいです」

 

 「えっ...?あっ、そうだね...」

 

 食べ終わった神様は狼さんが言った通り...という訳でもないだろうけど元気になって先ほどまでのように走り出そうとする。

 それを神様の手を取って止める、せっかくなんですしゆっくり行きましょうなんて言って...言ってから気が付いたけどこれすごく恥ずかしいのでは?

 まあ神様も少し落ち着いてくれて走り出そうとはしないようみたいだしよかった...僕は違う意味で落ち着きませんけどね!!

 

 照れてしまって神様の顔を見ることが出来ない、つないでいる手を離そうとすると神様が酷く楽しそうな口調で、離すと迷子になっちゃうよなんて言うから手を離すに離せない。

 そんな幸せなような地獄なような気分で歩いていると

 

「ならば語ろうミラのルカティエルの伝説を」

 

 酷く聞き覚えのあるセリフが聞こえた。

 

 焚べる者さん?そう思ってそちらを見るとそこにいたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 




どうも皆さま

数日前まで次の月曜日がお休みだから上と下を投稿すれば丁度いいなと思っていた私ですストックが切れそうなので助かった...

先日車で出かけて信号待ちをしていたら後ろから追突されたり、職場でノロウイルスが流行ったりしていますがそれと小説が書けていないのは関係ないはずです。
新しい啓蒙を求めてCODE VEINを買ってリゲインシステムと血の喜びのカレル文字を持って来いと叫んでいますがきっとこれも関係ないはずです...多分

これからは真面目に小説書くので許してください、愛想をつかさないでください、お願いします




それではお疲れさまでした、ありがとうございました


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神よりの贈り物 下

ヘスティア・ナイフ
竈の女神ヘスティアが自身の眷族の為友神であるヘファイストスに
二日間土下座し続けて打ってもらった一振りのナイフ

眷族を思うヘスティアの心故にその刃は
持つべきものが持てば鍛冶の女神ヘファイストスの名に恥じぬ切れ味だけでなく
持ち主と共に何処までも成長し強くなる武器となる反面
持つべき者で無い者にはただの鈍らと変わらない物となる

身の程を知るのであれば与えられた者以外が手を伸ばすべきではないだろう
幾ら温かなものが宿るとはいえ本質は冷たい刃なのだから


 「あれ?焚べる者さん?」

 

 「ミラのルカティエルです。あっ間違えた...ミラのルカティエル商会です」

 

 焚べる者さんが【怪物祭】に参加している、いや参加するのは焚べる者さんの自由だけど、一緒に参加するほど仲のいい人がいるなんて思わなかった。

 一緒にいる人たちは誰だろうかと疑問に思い焚べる者さんの名前を呼ぶ。すると返ってきたのはミラのルカティエルですと言う返事...ではなく商会?いやその声はダンジョンで出会ったパーティのリーダーさん!

 

 「リーダーさん?!」

 

 「おいおいリーダーさんはやめてくれよ...あれ?俺名乗ってなかったっけ」

 

 そう思って呼ぶと被っていた帽子と仮面を取り、リーダーさんはやめてくれよと返事が返ってくる。でもリーダーさんの名前って?

 僕が首をかしげているのを見てリーダーさんは「改めて自己紹介だな、俺の名前はマノってんだ」そう自己紹介をしてくれる。

 神様が僕の隣でいったい何処の誰なんだと言わんばかりに首をかしげているので、ダンジョンで出会ったパーティの人ですと紹介をしてリーダーさん...じゃなかったマノさんに僕達の主神ヘスティア様ですと紹介する。

 

 「ヘスティア様ってことはあの人の主神でもあるわけだな。あ、いや主神でもあるわけですね。私はマノあなたの眷族の焚べる者に助けられた冒険者です、ちょっと待っててくださいうちの奴らも呼んでくる...呼んできますので」

 

 そうマノさんが神様にお辞儀をして自己紹介をする。

 そしてほかのパーティの人たちも読んでくると言って連れてきたのは、あの時ダンジョンの中で出会った人たち。他の人たちは街中でも違和感のない服装をしている、どうしてマノさんだけ焚べる者さんの格好をしていたんだろうか。

 

 「俺の名前はネイ...です」

 

 「あんたね恩人の主神なのよ?ちゃんとした言葉遣いしなさい。あっ私はトモエです」

 

 「騒がしくて申し訳ない...ナタだ。貴方には感謝してもしきれない」

 

 「ヨナって言います、まーこうして騒がしいのもあの時焚べる者さんに助けてもらったからだしニャー。大目に見てほしいんだニャー」

 

 パーティの人たちが次々に自己紹介をする、えっとリーダーさんがマノ、狼人さんがネイ、若い猫人さんがトモエ、もう一人の猫人さんがヨナ、小人族さんがナタですね。

 神様は焚べる者君が助けた冒険者に感謝される日が来るなんてと感動しているが、僕はどうしても気になることがあった

 

 「どうしてマノさんは焚べる者さんと同じ格好をしているんですか」

 

 恩人だったり憧れの人の格好を真似するというのはそれほど珍しいことでもない。

 それでも大抵意匠の一部を真似したり、装備の一部を真似するものだ。今のマノさんみたいに上から下まで全く同じ服装というのは珍しい。

 焚べる者さんの格好はどう考えても街中になじむ格好じゃない...特に帽子と仮面が。なのにどうしてそんな恰好をしているのか聞くと、マノさんが焚べる者さんからの依頼でミラのルカティエル商会の手伝いをしていてその制服みたいなものだと答える。確かにとてもよくできているが焚べる者さんが普段着ている物とは少し違っている。

 僕が見ているとマノさんは「気になるか?【ミラのルカティエルなりきりセット】本来なら五百ヴァリスだが今なら半額二百五十ヴァリスだぞ」そうセールストークをはじめ...待ってくださいそれ売り物なんですか!?

 

 僕が驚愕に震えていると神様が僕の服の裾を引っ張り「ベル君、ボク焚べる者君のお店に行きたい」そう上目遣いでおねだりしてくる。

 うるんだ瞳に柔らかそうな唇、そしてさりげなく僕の腕に当たっている柔らかい感触(神様の母性の象徴)。それを感じた僕の脳みそは考えるという本来の仕事を放棄してしまい、僕にできることはソウデスネとただ同意することだけだった。

 喜んでマノさん達の案内に従って進んでいく神様に引っ張られながら、僕は今はいない家族(おじいちゃん)の言葉を思い出していた「女の子からのお願いは断らないのが男と言うものだ!それが上目遣いのおねだりならなおのことだ!!」

 

 

 

 

 

 「ハッ...夢...じゃなかった」

 

 仕事を放棄していた僕の脳みそが再び働きだすと僕はどこかお店の中にいた。

 周囲を見渡せば視線を僕に向けてくるマノさん達三人と目が合いとりあえず笑う、視線が生暖かい視線になった。

 気を取り直して神様はどうしていますかと尋ねればネイさんが無言で指さす、その方向へ視線を向ければそこには女三人寄れば姦しいと言う言葉を体現している神様たちが色々おしゃべりしながら買い物をしていた。

 

 「まあ女性の買い物は時間がかかるもんだ、ベル君も商品でも見て時間をつぶしとくと良い」

 

 「せっかくですけど服とかはちょっと...」

 

 「衣服だけじゃない、違う階には本や食べ物も売って「え?ちょ、ちょっと待ってください」」

 

 そうマノさんが言ってくれるが、周りにある商品はアクセサリーや服で興味をひくものじゃないなあと思っているとナタさんが他にも売り物はあると言ってくれるが僕はそれを遮る。 

 えっこのお店──正直なところ出店を想像していたところにしっかりとしたお店が来てビックリしていたが──二階もあるんですか。

 口から出た疑問の答えは三階まであるというもので更にこの店舗は支店であり本店はもっと大きいらしい。そんな大きな規模の商会を作ってしまう焚べる者さんって一体...そう思うがすぐにその答えが出る、マノさん達も僕の言いたいことが分かったようだ。

 誰とは無しに息を合わせて同じ言葉を口にする「焚べる者さんだからなぁ...」と。

 

 焚べる者さんの不条理っぷりを再確認した所で僕はマノさん達に頼んで本が売っているフロアまで案内してもらう。

 神様の買い物に二人も付き合ってもらっていたし、僕の案内に三人もいらないんじゃないかなとも思ったが【ミラのルカティエルなりきりセット】を着て外を歩きたいか?と問われて納得した。いくら恩があって尊敬していたとしてもあの格好で外は歩きたくない。ちなみにマノさんはじゃんけんに負けて一人着て歩かされていたらしい、可哀そうに。

 

 本があるフロアに到着した僕を迎えたのは入ってすぐの場所に目立つように配置された

 【ミラのルカティエルの伝説シリーズ】だった。凄い、いや本当に凄い。

 正直焚べる者さんのお店と聞いてルカティエルがらみの商品がずらっと並んでいることは想像が出来たが実際に積み上げられているのを見るとまた違う。

 

 このシリーズの一冊を焚べる者さんからホームでの訓練の終わりに貰って寝る前に読んだのだがとても面白かった。

 話としては呪いを受けたある人物がそれを解くために旅をするうちにミラのルカティエルと出会い様々な冒険をするという割とありふれたものなのだが、立ちふさがる怪物たちが非常に独創的で、怪物たちとの戦いの描写も臨場感が溢れていてドキドキしながら読み進めてすぐに読み終わってしまった。

 

 並べられた本を見るとどうやら僕が読んだのはシリーズの始まりのようで、そしてシリーズはいくつかの章に分かれているようだ。

 さあどれを買おう、流石に全部買うのは値段的にも、重量的にも無い。

 普通に考えれば次の章から買っていくべきなんだろうけど、書かれている紹介文を読む限りどの章から読んでも問題ないようになっているらしい。

 

 どうしようか考え抜いて罪人の塔の章のどちらかにするところまで絞り込めた。

 どっちを買おうか悩んでいると「お~い!ベルく~ん」そう神様が僕に手を振りながらトモエさん達と一緒に来る、どうやら神様の買い物は終わったようだ。僕もいつまでも悩んで神様を待たせるわけにはいかない。

 僕は目を瞑って目の前に置いてあった二つの本のうちどちらかを掴み、もう一方を元に戻し神様と合流した。

 

 「神様、お待たせして申し訳ありません、それにマノさん達も放っておいてしまってすいませんでした」

 

 僕は神様とマノさん達に謝る、せっかく案内してくれたのに放っておいて悩んでいたのは褒められたことじゃない。

 しかしマノさん達は「こっちも半分さぼってたようなもんだから気にすんな」そう笑って流してくれた。

 

 「ベル君も買うものを選び終わったならお会計を「はい、お会計してきますね」えっ!」

 

 神様は僕が本を持っているのを見て支払いをしようとするので、僕は神様の持っていたアクセサリーも一緒にお会計しようとする。...あれ?神様がビックリしたような声を上げて固まってしまったぞ?。

 

 「?...あっ、もうお会計済ましていましたか?」

 

 トモエさん達に確認すると「いやまだだけど...ねぇ」と少し困ったような空気が返ってくる。灰さんからお小遣いを貰っているからお金には余裕があるし、おじいちゃんも「デートの時は男が支払いをするものだ」と言っていた、だから僕が支払いをしようとしたんだけど?

 そう僕が首をかしげているとマノさんが「あーうん...あれだなベルってかわいい顔して意外と決めるときは決める奴だな、まあいい会計はこっちだ」そう言って案内してくれる。

 

 「あれ?マノさん僕こっちの本は買ってないですよ?」

 

 マノさんが会計をしてくれると神様のアクセサリーと僕の本が...二冊?僕が買ったのは一冊だけのはず。

 不思議に思って聞くとニヤッと笑ったマノさんは「おまけだよ、おまけ。今は【怪物祭】セールでおまけがつくんだ」そう答える。こっちの本も気になっていたからとても嬉しい、だけどいいんですか?勝手にそんなことして。

 

 「だから言ってるだろおまけだって、大丈夫だよ。...もしもどうしても気になるっていうのならこの【ミラのルカティエルなりきりセット】を買ってくれても「それは要りません」...だよなぁ」

 

 おまけは嬉しいけどこれから歩いたりするのにそれ(ミラのルカティエルなりきりセット)は邪魔です。

 僕の本心をこめて返事をするとマノさんもうすうす気が付いていたようで苦笑いと共に同意している...売れ残っているんですか?それ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「「ありがとうございました。」」」」」

 

 マノさん達の声を背中に受けながら僕はお店を出た。

 いい買い物だった、今回僕が見た本以外にもたくさん本が置いてあったし今度本が欲しくなったら一度ここに見に来るのもいいかもしれない。そんなことを考えながら僕は先にお店を出ていた神様と合流する。

 

 「どうぞ神様」

 

 「ありがとうベル君...そうだ!せっかくだしベル君に着けてほしいな」 

 

 「えっ!!」

 

 僕は買い物袋の中からアクセサリーを出しそれを神様に渡そうとする、神様はお礼と共に受け取ろうとして...悪い笑みを浮かべる。一体何を思いついたんですか?!そんな僕の心の声を知ってか知らずか神様から放たれるとんでもない言葉(ベル君に着けてほしい)。それに僕はびっくりして動揺するが神様は、ほらはーやーくなんて急かしてくる。

 

 仕方ない、僕は意を決してアクセサリーの包みを外す。

 白い花を模った髪飾りを震える手で、神様の黒く艶やかな髪に通し固定すると上機嫌な神様はどうかな?なんて僕に意見を求めてくる。

 黒い神様の髪に白い髪飾りが映えていて、なんて言ったらいいのか僕では表現できない。だから僕はただ「とっても似合っていますよ」とだけ口にする、紛れもない本心だけを。

 

 

 

 

 

 

 「ベル君、ボクにも君にプレ「待ってください神様...さっき何か音がしませんでしたか?」...え?」

 

 神様が荷物の中に手を入れながら僕に何かを言おうとした、しかし僕はそれを遮り耳を澄ませる。さっき聞こえた音、あれは悲鳴じゃなかったか?神様も僕と同じように耳を澄ませていると僕たちの耳に叫び声が届く

 

 「モンスターだぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 同時に僕と神様はその声が聞こえた方へ走る、果たしてそこにいたのは紛れもなくダンジョン内で冒険者たちが(僕達)戦っている相手...モンスターだった。

 

 「なんでこんなとこにモンスターが」

 

 「助けて!」

 

 「逃げろ!!」

 

 怒号と悲鳴それが響くオラリオの街、そしてモンスター。

 オラリオの住人にとって日常と非日常が交差する光景、僕はその原因であるモンスターを見る。僕が普段戦っているゴブリンやコボルトよりも下の階層で出てくるモンスターだ、つまり僕がいつも戦っている相手よりも強いということだ。

 しかし僕は怯まずそのままの勢いで腰に差していたナイフを抜きモンスターへ襲い掛かる。

 【怪物祭】に集まった人たちには、僕よりもずっと強い人もいるだろう────()()()()()()()()()だが。

 

 普通からダンジョン内でもないのに武器を携帯している人なんてなかなか居ない、ましてや今日は【怪物祭】。

 日頃の戦いを忘れて過ごそうとする人や、戦いとは無関係な人たちを怯えさせないように、そして何より無駄な諍いに巻き込まれないように武器を持っていない人たちばかりだ。こんな日でも武器を手放さずにいるのは、よほどの変わり者か人間不信の人ぐらいの()()()()()()()だろう...そして僕の先輩たちはおおよそ普通とは無縁の人物だ。

 

 何時如何なる時でも武器を手放さないように僕は教え込まれたし、僕の武器自体にもどんな所に持って行っても目立たないように色々と細工がしてある。

 【怪物祭】に出かけることになって、武器を置いてくるのを忘れたときは、ちょっと先輩たちを恨んだりもしたけど、いつか必ず必要になるからと言われた備えが本当に役立つとなんて少し複雑だ。

 

 こちらに向かって逃げてくる人波を潜り抜けながら僕はモンスターに近づく。

 逃げ惑う人々を見てどれから襲おうか獲物を見渡していたモンスターが、近づいてくる僕に気が付いたようで僕に向かって吠える。だがそれにひるまずそのまま僕は突っ込む。モンスターは僕に攻撃しようとするが...構え終わる前に【ヤーナムステップ】を使い僕はさらに加速する。そしてそのまま突っ込んできた僕に、狼狽えたように中途半端な姿勢になったモンスターの体の中心部────魔石の在処にナイフを突き刺す。

 【どれほど強靭であろうともその一撃を放つことが出来なければ意味が無い】

 狼さんが言っていた言葉通り攻撃のために姿勢を変えようとして、僕の一撃を避けることも防ぐこともできなかったモンスターは、その剛腕を振るうことも叶わず灰に還る。ギルドで勉強会を受けたときに上層より下のモンスターについても教えてもらったけど、それが役に立つとは思わなかった...ありがとうございますエイナさん。

 

 「...けどどうしてモンスターがこんなところに?」

 

 「!ベル君!!後ろ!!!」

 

 ナイフに纏わりつく灰を振り払いながら僕は疑問を口にする。

 ダンジョン内からモンスターが溢れないようにするためにギルドはダンジョンの監視をしている、少なくともモンスターがダンジョンの入り口から逃げ出したなら警報の一つも出るはずだ。そう考えながら神様の元へ戻ろうとした僕の耳に神様の悲鳴のような声が届く。

 

後ろ?

 

 その言葉に従い後ろを振り向いた僕の目に入ったのは()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 「か、神様...ぜえ、無事ですか...ぜえ」

 

 「な...何とかね」

 

 モンスターたちが目に入ると同時に僕は反転、驚きのあまり固まっていた神様の手を取りそのまま逃げだした。

 ただでさえ僕が普段戦っているモンスターよりも強いモンスター。それが群れを成しているなんてとてもじゃないけど僕の手には負えない。そうして走り続ければ最初に僕たちを追いかけていたモンスター達を引き離すことはできた、だがすぐに別のモンスターが現れ追いかけてくる。次々と現れる追手から逃げるために、後ろも見ずに走り続けるうちに見覚えのないひどく入り組んだ道に入ってしまったが、その甲斐あってモンスターを撒けた様だ。

 未だ荒い息のまま神様の無事を確認する、神様もまた荒い息を吐いているが怪我はないようだ。

 

 「さっきのは...一体」

 

 「多分、【ガネーシャ・ファミリア】が【怪物祭】のために連れて来たモンスターだよ。さっき逃げてる時にモンスターが逃げ出した、そう言ってる人がいたから」

 

 僕と神様どちらともなしにさっきまで追いかけてきていたモンスターへの疑問を口にする。

 いきなり町中にモンスターが現れたのもそうだが、気になることはそれだけでは無い。種類も違うモンスターたちが僕たちを追いかけ続けていた、まるで逃がさないというかのように。

 当然モンスターにそんな習性があるなんてギルドでも聞いたことがない。いやもしそういう習性があるモンスターがいたとしても、種族も違うモンスター達全部にそんな習性があって【ガネーシャ・ファミリア】の人たちが捕まえたのがそんなモンスターばかりだったことになる、どう考えてもそんなわけがない。

 

 「とりあえず、この道から抜け出しましょう。どっちに行ったらいいかわかりますか?」

 

 「多分ここはダイダロス通りだからこっち...だと思うよ」

 

 幾ら不審な点があったとしてもこうして考えていたところで答えが出ることはないだろう。

 ひとまず疑問は置いておいてホームに帰るか九郎さん達と合流しよう、そう思って周りを見渡すが入り組んだ道にいくつもの分岐、帰り道がわからない。神様に尋ねると多分こっちだと思う、そう指をさすのでその道を進んでいくと道の分岐から白い大きな影が現れた。

 

 「ッ!シルバーバック!!」

 

 白い体毛の大猿、【シルバーバック】だ。

 ダンジョン上層の中では最下部である11層から12層に出現するモンスターであり、希少種(レアモンスター)であるインファントドラゴンを除く最下部最強のモンスター。つまり上層で普通に出会う中で最も強いモンスターと言ってもいい。

 そのモンスターに出会ってしまう、僕の頭はその驚きで硬直していたが僕の体は叩き込まれた動きをしていた────武器を構えて足を狙う(足を攻撃して機動力を奪う)

 ようやく僕の頭が体に追いついて周りの出来事を処理し始める、と同時に僕が感じたのはシルバーバックの皮にナイフが通らず弾かれた感覚と弾かれたナイフが折れる音だった。

 

 「えっ?ぐぅぅぅ!!!」

 

 「ベル君!!」  

 

 僕のナイフが折れてしまった、そのことに一瞬呆然とする...()()()()()

 モンスターを目の前にしながらモンスター以外のことに気を取られた代償を僕はすぐに支払うことになった。視界一杯にシルバーバックの腕が迫っている、そのことに気が付くと同時に僕が感じたものはすごい衝撃と神様の悲痛な叫びだった。

 

 

 

 

 

 

 「...ル君、ベル君!!返事をするんだベル君!!!」

 

 「だ、大丈夫で...す。神...様」

 

 声がする、神様の悲痛な声が。

 どうしてそんなに悲しそうなのか、誰がそんなに悲しませているのか、そう考えていると何があったのかを思い出す。

 シルバーバックと鉢合わせてしまったこと、僕のナイフが折れてしまったこと、そして僕がシルバーバックの攻撃を受けてしまったこと。そこまで記憶が戻ってきた時思い出したように全身が痛みだす、すごく痛い。

 

 「大丈夫かいベル君、いや君は運がよかったよ。体に力が入っていなかったからほとんど風圧で飛ばされたようなものなんだ」

 

 「神...様、あいつは...シルバーバック...は?」

 

 「大丈夫、この通りは無数の細かい道に分かれているからこの道にはあいつは追ってこれない。我ながらベル君をここに連れてきたのは正解だったよ」

 

 痛みに悶えていると神様がそれでも運がよかったと言う、もしも直撃していたなら目が覚めなかった(死んでいただろう)とも。

 そうだモンスター、シルバーバックは?神様に聞くと神様が意識が無かった僕を連れて細い道に入ってシルバーバックから逃げてくれたらしい、周囲にあいつの気配は無かった。

 だがその時凄まじい咆哮が周囲を揺るがす。

 どうやらあいつもこれまで僕達を追いかけてきたモンスターを同じで、いやそれ以上だろう。僕達を見失った程度で諦めるつもりは無いようだ。

 なら早く逃げなくちゃ、そう思うと同時に神様の足から血が滲んでいるのに気が付く。

 

 「か、神様...その足...」

 

 「え?ああベル君を担いで逃げるときにちょっとね、でも大丈夫逃げるくらい訳な痛っ」

 

 神様は事も無げに笑いながら僕を助けたときにちょっと転んだだけなんて言っている。

 確かにそんなに傷は深くなさそうで歩いたり動いたりすると少し痛む程度、普段なら特に問題ないんだろう。だけど少し足を動かせば痛みに神様が眉をしかめる、そんな足でシルバーバックから逃げられるわけがない。

 僕は覚悟を決めて神様に言う。

 

 「神様、あいつは僕ではどうしようもありません。だから狼さんを探してきてください「そしてベル君はあいつの足止めをするっていうのかい」何で...」

 

 「何でも何もないよ、そんな顔されたら子ども()のウソがわかるボク()じゃなくても分かるよ。そしてその意見は却下だ、どこの世界に眷族(子ども)を犠牲にして生き延びる()がいるのさ」

 

 僕が考えた神様を逃がす為の作戦は一瞬で神様に見抜かれた、そしてベル君が犠牲になるような作戦はお断りだよと神様に言われる。そこで僕の中で堰き止めていた何かが溢れてしまう。

 

 「じゃあどうしたらいいんですか!僕だって神様を護れるのなら護りたい、だけど何もかも足りないんですよ!!

 僕じゃあいつを倒せない!あいつから逃げられない!!ステイタスも、武器も、何もかも足りない僕に何ができるっていうんですか!!」 

 

 僕の体の中で堰き止められていた物が暴れ狂う────悔しさ、無力さ、そして絶望────その衝動のままに僕は神様へと叫ぶ。

 もし僕が灰さん達ほど強ければ武器が無くてもシルバーバックを倒すことが出来ただろう。

 もし僕が狼さんほど機動力があれば足を怪我した神様を連れてシルバーバックから逃げられただろう。

 だけど現実は非情だ。今ここにいるのは足を怪我した神様と僕だけだ。

 

 僕には武器が無い、ステイタスもないそして────覚悟もない。

 僕は今まで無茶をしても僕が傷つくだけだと思っていた、だけど今僕が無茶をすればそのツケは神様が払うことになる。僕が犯したミスの所為で神様が傷つく所を想像するだけで僕の心を恐れが覆う、一歩も進めなくなる、いやどっちに進めばいいのかもわからなくなる。

 僕は馬鹿だ、今こんな追い詰められた状況でなければ無茶をしたとき傷つくのが自分だけじゃないことに気が付かないなんて。

 灰さんが今朝言っていたことを思い出す【自分の後ろにいる護るべきものを見ていなかった奴】

 ああその通りだ、僕は僕の後ろにいて支えてくれていた神様に気が付いていなかった大馬鹿者だ。

 そう自己嫌悪に沈んでいる僕に視線を合わせて神様は言う

 

 「あるよ、武器ならここに」

 

 「...えっ?」

 

 本当はもっとロマンティックな状況で渡すつもりだったんだけど、そう神様が持っていた荷物から出したのは美しいナイフ。

 武器に詳しいわけじゃない僕でも一目見ればわかる、とんでもない業物だ。

 

 「【神の宴】でヘファイストス...ボクの知り合いの神に頼んで作ってもらった。君の、君の為のナイフだよ」

 

 「なん...で、なんで僕なんかに、僕なんかの為にそんな物を用意してくれたんですか」

 

 神様の言葉に僕は何とか言葉を口にする。

 その言葉を聞いた神様は笑って「当たり前だろう、だって君は英雄になるんだから」そう僕の夢を口にする。

 そうだ僕が今までずっと口にしてきた僕の夢【強くなって、冒険して、英雄になる】だけどそれを今の僕は信じられない、こんな僕では夢を叶えることが出来るなんて思えない。

 僕が信じられないものをどうして神様が信じられるのか僕は神様に聞く。

 

 「決まっているだろう、【()()()()()()()()()()()()()()()()()()()】」

 

 神様が僕の問いに返した言葉、それを聞いた途端僕の脳裏によぎるのは僕がオラリオに来た初めの日。

 神様と出会い神様からファミリアに誘われた時、あの時も僕は自信を無くしてどうして神様が僕をファミリアに誘ったのか聞いた。

 それに神様が答えたのはひどく簡単なものだった【()()()()()()()()()()】だけどその時の神様はとても美しかった。

 それが冒険者としての僕を成す根源。

 

 ああ僕は馬鹿だ、大馬鹿者だ、オラリオに来た時から何も変わっていない、そう心の中で自分を罵倒する。

 だけどさっきまでの心が折れてしまったものではない。

 そうだ灰さんも言っていた【負けたからって終わりじゃない、心が折れない限り何度でも挑戦すればいい、そうして最後に勝てばいい】と。

 神様が信じていてくれる、それだけで僕の心を覆っていた恐れは晴れる、僕の迷いが晴れる。神様にお礼を言おうとして、視線を神様に合わせようとすると神様が口を開く

 

 「だからベル君...服を脱ぐんだ」

 

 ...えっ?

 

 「今からシルバーバックと戦うんだろう、だったらちょっとでもステイタスを高くする必要がある。だからステイタス更新をするんだよ」

 

 「...ああ、えーっと、そういうことはもっと早く言ってくれますか?」

 

 神様のとんでもない発言に固まっていると神様がステイタス更新の為だと言ってくれる。

 確かに強敵、いやそれ以上であるシルバーバックを相手にするのなら少しでもステイタスを上げるのは必然だ。

 だけど今まで僕の中にあった感動的な空気は全部どっか行きましたよ?!

 

 

 

 

 

 体、少し痛むけどステイタス更新をした分少し軽い気がする。

 心、さっきまでのいろんな意味でいっぱいいっぱいだった感情はすべてどこかに行った。

 武器、初めて持つナイフなのに今まで使い続けてきたナイフよりずっと手になじむ。

 後ろ、護るべき神様がそこにいる、僕に声援を送ってくれている。

 敵、シルバーバック、間違いなくこれまで僕が戦って来たモンスターの中でも一番強い存在、だけどここ最近相手にしていた僕の先輩と比べたら案山子と大して変わらない。

 つまり今の僕はこれ以上ないベストコンディションで、これから戦う相手は最近戦っていた()()よりずっと弱い。

 これっぽっちも負ける気がしない。

 

 

 

 

 

 道の先にいるのを確認して僕が地面を蹴りシルバーバックに奇襲する、だが僕の奇襲はシルバーバックに気づかれた。

 僕を近づけさせないように振るわれた攻撃は小振りな隙が少ないもので。僕が得意な攻撃を掻い潜って急所への一撃でとどめを刺す戦術が狙えない、だけどそれがどうした。

 

 【戦いとは本来相手に(一撃で相手を)何もせずに終わらせるもの(しとめるのが理想)】そう狼さんは言っていた、

 だが【相手を倒すのに一番いい方法は相手の行動を見切りじわじわと攻撃を重ねることだ】そう狩人さんは言っていた、

 相反するようで結局のところ同じなのだ。

 【相手の攻撃を受けず(相手に何もさせず)こちらの攻撃を当て続ければ(相手が死ぬまで攻撃し続ければ)勝てる】ただそれだけ。

 

 小振りな攻撃と言っても巨体から繰り出される攻撃はそれ相応の威力と威圧がある、だがそういう攻撃を掻い潜る為の【ヤーナムステップ】だ。一瞬のスキを見逃さず足元に潜りこむ、シルバーバックはその巨体故に僕を見失ったようで動きが止まる。僕は動きが止まり隙だらけの足にナイフで切りかかりシルバーバックの足から血が噴き出す。

 

 だが浅い。ナイフが折られた時とは違いナイフの刃はシルバーバックの肉体へ通ったが、刃自体がシルバーバックの足と比べて小さすぎるのだ。

 僕は欲張らず数回攻撃するにとどめる。足の痛みに気が付いたシルバーバックが足元を薙ぎ払うように腕を振るうがその時にはもう足元を離れている、そうして離れたところにいる僕を見つけたシルバーバックが足元への攻撃を止め僕へと向かってくるのに合わせて足元へと潜りこみ攻撃を再開する。

 僕の足よりも何倍何十倍という太さを持つ足をナイフでチクチクと切りつける作業はまるで、丸太を小さなナイフで切断するようなものだ。あまりにも遠い道、無意味だと諦めたくもなる、だが諦めない。

 

 「ベル君!信じるんだ!ボクを!君の武器を!そして君自身を!!」

 

 そう声援を送ってくれる神様がいる限り僕は諦めない。

 狼さんが言っていた【自分以外の所に戦う理由を持つ者は自分の心が折れようとも戦える】

 その通りだ。僕が信じている人が僕の勝利を信じていてくれる、このことはなんて心強いのか。

 

 度重なる足への攻撃に苛立ったのかシルバーバックが足を大きく振り上げ地面を踏み鳴らす。

 巻き込まれれば一発で戦闘不能になるだろう範囲攻撃、だがそれは悪手だ。僕は足を振り上げた時点で攻撃範囲から逃げ出している。

 足が地面に叩きつけられると同時に先ほどまでとは比べ物にならない勢いで傷口から血が噴き出る。

 僕によってつけられた浅い傷、それは強靭な肉体を持つシルバーバックにとって戦闘の障害になる物ではない。だがシルバーバック自身が傷ついた足を地面に叩きつけたことで、小さい力しか持たない僕が付けた傷とは比べ物にならないぐらい足の傷は大きく広がる。そして力強く踏みしめていたはずの足から血と共に力が抜けてシルバーバックが膝をつく。

 

 ここだ。

 

 僕は神様の「いっけえええーベル君!!!」と言う声援を背中で受けて隙だらけのシルバーバックに突っ込む。狙うはもちろん魔石。シルバーバックが体勢を崩しながらも僕を迎え撃とうと腕を振り上げ...切る前に僕のナイフが皮を突き刺し、肉を切り裂き...魔石を砕く。

 

 「おおおおおおぉぉぉォォッ────!

 

 灰に還っていくシルバーバックの灰を頭から浴びながら僕はナイフを持った腕を天に突き上げ雄たけびを上げ続けていた。

 

 




どうも皆さま

上と下に分ける予定だったのにどんどん伸びてもう一区切りしなければならないかと焦っていました私です

いや本当にどんどん伸びて行ってどうしようと途方に暮れかけました、こんなのは短編版の焚べる者の章を書いていた時以来です

実は筆が進むまま書いていたらベル君が足にけがをしてしまいこれから戦闘あるのにどうするのと焦りました。
ベル君が怪我をした方ではベル君がひたすらヘスティア様に大丈夫と言っていましたが作者が大丈夫じゃないんだよーと頭を抱えてヘスティア様に足のけがを移しました。何にも考えないで書いてるからこうなるんです、いい加減こういうのから卒業したいんですけどね。

話は少し変わるのですが私最近ちょっと頭を使いすぎているといいますか私の書きたかった、読みたかったものはこんなんじゃないという思いが強まり、読みたいものを書いております
つまるところ次の更新は戦闘描写の練習を兼ねた私の趣味三百%ぐらいの短編っぽいものになる予定です。現時点ですでに二万字ほどになっているんですけどね...どうなるんでしょうこれ。

それではお疲れさまでした、ありがとうございました  


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誇り

楔丸
狼が振るう九郎より授けられた愛刀

九郎はこの刀が忍びゆえに人殺しの定めなれど
狼が人より離れぬ楔となることを願った

忍びはこの刀が幾たび黄泉へ落ちるとも
必ず九郎のもとへと戻る楔となることを願った

その願いを刃が汲んだかはたまた業物故か
どれほど強大な敵であろうともその攻撃を防ぎ弾きその肉体に刃を通す
故に狼は勝ち続けたその心折れぬ限り


 「葦名も、内府どもも、この国ごと喰ろうてくれるわ。我、薄井右近ざえ...」

 ────あり得ぬ世界 選ばなかった世界の一幕 発言者不明

 

 

 

 

 

 「...九郎様」

 

 「どうした、おおか...っ!!」

 

 【怪物祭】の出店として【食事処 葦名】の屋台で働いておりました(九郎)は、我が忍び()より話しかけられたことに驚きました。

 いつも寡黙で自分より口を開くことの少ない狼が自分より話しかけてきた、ならば無駄口を叩く為などということは無いでしょう。何か問題でも起きたかと思い、問おうとすると私の耳に聞きなれた音が届きました────人々の悲鳴、打ち壊される建物、戦乱の音です。

 

 「何事です!」

 

 よもやこの平和な街“おらりお”で最早聞くことのないだろうと思っていた音。それに動揺して、何があったか見てくるよう狼に命じようとした時でした。

 

 「...何か来ます、九郎様あちらへ」

 

 「...頼んだぞ狼」

 

 狼はある方向を向くとポツリと何かが来ると言い、私を近くの細い路地へと逃がそうとします。

 それに逆らうことはせず、今日の売り上げが入った袋を持ってその道へと入ります。狼に無理はしないように言いながら。

 

 その道を僅かばかり進むと突き当りにぶつかりました。行き止まり、袋小路と言うものです。

 迫りくる()()から逃げるために入った道で起きてはならないことでしたが、私は僅かばかりも動揺することはありませんでした。

 

 行き止まりと言うことは、逆に言えばこの場所に来るには私が歩いてきた道を進む以外の方法がないということです、そしてそこには我が忍び狼がいるのです。下手にどこかに繋がる道に入り、向こう側から()()がやってくることや、あのままあそこにいて戦いに巻き込まれることを考えれば、行き止まりというのは安心できる場所でした。

 

 「...九郎様」

 

 「狼よ何があったのです」

 

 「モンスターです、ダンジョンに出るあれらが街に出ました」

 

 「っ!!...狼よ何が起きているか知りたい、頼めるな」

 

 「...御意」

 

 少し時がたつと私の鼻は僅かな血の香りを捕らえました、その香りの元を探るといつの間にか狼が道の片隅に跪いていました。

 ()()を討った狼に何があったのかを聞けば“だんじょん”に出る“もんすたあ”が街に出たというではありませんか。私は何が起きたのかこの目で確かめるべく、狼の腕にこの身を預けて周囲で一番高い建物を指さします。狼はわずかな逡巡の後忍義手より鍵縄を出し、建物を上りすぐに屋根へと至りました。

 

 「これは...なんという...よもや戦が...」

 

 「...いえ、違いましょう。...火薬の匂いがしませぬ」

 

 建物の屋根に上り落ちないように狼に支えられながら私が見たものは、逃げ惑う人々と街を壊しながら疾走する“もんすたあ”でした。

 私の故郷葦名が内府に攻められた時のことを思い出し、まさか何処(いずこ)かが“おらりお”へと戦を仕掛けたのではないかと思いましたが、狼はそれを否定しました。火薬の匂いがしないと。

 

 確かに狼が言う通り特徴的な火薬の臭いもせず、こうして高所から見下ろしても幾筋も黒煙が立ち込めているのが見えるという訳でもありません。いえ火災は起きています、ですがその勢いは弱く、付け火されたものとは思えません。

 

 「ならばこの騒ぎは何処かが攻め入ったのではないと?」

 

 「...おそらく」

 

 戦に火は付き物です。

 燃え盛る炎は攻められた側に恐怖と混乱をもたらし、攻め入る側に興奮と狂乱をもたらします。

 

 ですが今この“おらりお”において起きている火災はいまだ小さくか弱いもの、あれは意図して着けられた火では無く、大方“もんすたあ”より逃げる時の混乱によって失火したものでしょう。

 ならばこの騒ぎは誰かが意図したものではないか、或いはこの騒ぎを起こしたものは“おらりお”を壊し尽くそうとは思っていないのでしょう。

 

 「ならば狼よ、この町に住むものとしてこの騒ぎを治める手伝いをしなさい」

 

 「...しかしそれでは九郎様の身が」

 

 「私はここにいます、見えるところにいればそなたも安心できるでしょう」

 

 「...御意」

 

 【怪物祭】に参加していた冒険者達でしょうか、幾人の者らが暴れまわる“もんすたあ”に立ち向かっていますが、“だんじょん”に入る時とは違い装備がない為に苦戦しているようです。

 仕方のないことです、彼らにとって武器とは日常に持ち込む物ではないのでしょう。

 

 この騒動を収束させるために、またこの町に住む一人として私は狼に手伝いをするよう命じました、しかし狼は私の身を案じているようです。

 狼が私の身を案じてくれるのは嬉しいのですが、今はそんなことをしている場合ではありません。高い所にいれば“もんすたあ”に襲われることはないでしょう、それに狼の目の届く所にいれば何かあった時駆けつけることが出来る、そう私が説得すれば狼はわずかに躊躇した後下に降りていきました。

 

 狼と別れ一人になった私は下で何が起きているかを見ます。

 建物の屋根の上にいる今の私には“おらりお”が見渡せます。

 “もんすたあ”から逃げ惑う人々、その人々を救うため危険を顧みず“もんすたあ”に立ち向かう者ら、逃げる際に怪我をしたのか苦痛に顔を歪める人々、自分も危険にさらされながらもその人々に手を差し伸べる者ら。

 いま私の眼下で一つしか無い命を輝かせながら人々は生きています。

 

 もう終わったことです、たとえその気になったとしても、最早()()()を集めることは狼でも無理でしょう。

 ですがこうして人々がその限りある生を必死に生きているのを見ると、どうしてもこの身に宿る【竜胤】を疎ましく感じます。

 

 狼、我が忍び、彼はいつも私の願いをかなえてくれます────その命を犠牲にしてでも。

 だからこうして人の輝きを見ると考えてしまうのです。もしあの時平田屋敷で狼と主従の約定をしなければ、もしあの時死にかけた狼に回生の力を授けなければ、もし、もし、と。

 私は狼を無限に続く地獄へと誘い込んだだけなのかもしれない、そう思うと己の行動を顧みてより良い行いが出来たのではないかと、そう何時も後悔するのです。

 

 「...九郎様」

 

 「狼か、終わったようだな」

 

 「はっ...九郎様におかれましては何かしら憂慮されている様に見えます...いかがなされました」

 

 私が自分の後悔に沈んでいると、狼が私に声をかけてきます。

 視線を下にやると私たちの“ふぁみりあ”の仲間である狩人殿と焚べる者殿が“もんすたあ”を追い詰めています。

 それだけではありません、あれは“ろき・ふぁみりあ”と“がねえしゃ・ふぁみりあ”でしょうか、恐らくは高名な冒険者たちが中心となって組織的な動きをしているようです。もう“もんすたあ”が“おらりお”から駆除されるのは時間の問題でしょう。そう思い下に降りようと狼に声をかけようとした時、狼が私に問いかけます。

 

 ありえないことではありますが、もし狼に見捨てられたならば私はこの“おらりお”で【竜胤】を隠しながら生きながらえる自信はありません。

 もし【竜胤】のことが知れ渡れば、神々は私で想像もできないような()()をするでしょう。

 何が起きるのでしょうか、痛いのでしょうか、苦しいのでしょうか。浅ましいことです、狼には幾度となく苦痛を味合わせておきながら、いざその苦痛が自分の身に降りかかるやもしれない、そう思うだけで私の身は竦みます。

 ですが私などよりも遥かに人の心を覗くことに長けた狼に、私の苦悩と恥を隠し通せる自信もありません。

 いえ、常に私に仕えその命をこなしてきた狼に隠し事をすること自体が浅ましい恥なのかもしれません。

 

 「私がそなたに回生の力を与え、終わらぬ地獄へと引きずり込んでしまったのではないかと。そなたの命の輝きを失わせてしまったのではないかと、そう思っておったのだ」

 

 「...」

 

 己の罪と恥を口にします、狼は何も言わずただ唸りました。

 ただただ、沈黙だけが私たちの間に流れます。

 今更口にした所でどう仕様も無いことを口にしたことに後悔していると狼はその低い声で呟くように語り始めます。

 

 「...私は上背も無く、戦いの才もありませぬ。葦名においては幾らでも私より上を行く者は居りましょう。ですが私が遂には、やり遂げられたのは九郎様と回生の力故です。

 

 回生の力があったから幾たびでもやり直せた、九郎様が信じてくださったから、心折れず幾たびでもやり直せたのです。

 そうでなくば葦名の地にて打ち捨てられた骸の一つとなったでしょう。九郎様のおかげなのです。九郎様が成さねば()は何物にもなれず平田屋敷で、あの井戸の底で物言わぬ屍となりました。

 だからこそ私のすべてを賭して九郎様に仕えるのです。」

 

 何時も寡黙で、その心を覗かせる事の無い狼の心を剥き出しにしたような言葉でした。

 これほどまでに心を曝け出した言葉を聞くのは葦名にて狼が最後に口にした言葉。私に人として生きてほしいという言葉以来でした。

 

 嗚呼、私は果報者です。これほどの忠臣を得ることが出来るなど、私のような者には過ぎた幸運です。

 そう思っていると目頭が熱くなります、鼻奥がつんっと痛くなります。

 

 「...」

 

 「!?狼よ、一体何を」

 

 「ここは風が強うございます、御身が冷えるといけませぬ。これより拠点に帰ります、周りは警戒しますからご自由に」

 

 いけません、泣くなど狼の主にふさわしい行動ではありません。そう涙をこらえていますと狼が私を自分の服の中に隠します。いきなり何を、と問うと狼はご自由にと言い私の体を揺れが襲います...どうやら走り出したようです。

 誰にも見られない温かな狼の服の中、私は溢れる涙を堪え切れませんでした。

 

 

 

 

 

SIDE狼

 

 「...では御前失礼致します」

 

 九郎様へ一礼を行い建物の屋根から体を躍らせ、そのまま下にいたモンスターの首を貫く。

 致命の一撃を受け近く灰へと還るだろうモンスターの首を搔き切り、その魔石を抉りだす。今の自分にゆっくりとモンスターが死ぬのを待つ暇はない。

 モンスターに追いかけられていたのだろう、周囲にいた者らが困惑の声を上げるがそれには構わず次の獲物を目指してその場から走り去る。

 

 逃げ惑う人々を追いかけるモンスターなど幾らでも付け入る隙がある。その隙に楔丸を突き立て魔石を砕いていく、それが十は数える。

 

 (おかしい、幾ら何でもモンスターが多すぎる)

 

 考えが頭をよぎる、幾ら【怪物祭】とは言え調教できるモンスターの数には限りがある。

 だが自身が切り伏せたモンスターだけでも十は超える、しかし未だ混乱は収まらず、悲鳴もまた収まらない。

 

 何故?そう頭に浮かんだ考えをどうでもいいと一蹴し、新たなモンスターを見つけそれを灰に還そうと一撃を放つ。

 忍殺────忍びの業の極み、忍びの相手の弱点を見抜く目と、その戦闘術、そして命を奪うことに僅かな動揺も生まぬ心によって放たれる致命の一撃。

 

 だがその一撃を受けたにもかかわらずモンスターは健在だった。

 モンスターは忍びの一撃を受ける、その瞬間に僅かに体を捻ったことで致命となることを避けた。そのことを見ていた忍びは即座にモンスターの体を蹴り、その腕の届かぬ距離へと下がる。

 

 忍殺は致命の一撃だ。

 忍びの戦い方により隙を作り、その隙に忍びの目により防ぐことも耐えることもできぬ弱点へと、その相手が何者であろうと揺るがぬ心で放たれる一撃は不可避の黄泉への誘いだ。

 だが忍びの戦った中でも類稀なる強者はその強靭な肉体(一撃では死なぬ生命力)故に、幾千の戦いの果てに得たカン(致命だけは避ける本能)故に、或いはその精神力(気合い)故に避けられないはずの一撃を避け、受け切れない一撃を受け切った。

 故に忍びの頭によぎるのは驚愕ではない戒めだ。自身が僅かといえども目の前の敵(モンスター)より気をそらしていたこと、それを行った自身の慢心に対する戒め。

 

 忍びとモンスターが向かい合う。

 クマのようなモンスターは今死にかけたとは思えない程、否だからこその闘志を燃やしていた。

 モンスターが咆哮と共に放った一撃は例え鎧を纏い、盾を構えていたとしても、その守りごと叩き潰されてしまうだろう強力な一撃だ。だがその一撃が忍びに届くことは無い。

 忍びはその一撃を避けることもせず、受けることもまたしなかった。忍びの行ったことはモンスターの攻撃を愛刀で“弾いた”それだけだ。

 

 

弾かれた爪と忍びの刀の間で火花が咲く。

 

 攻撃を弾かれどモンスターの闘志は衰えず、むしろ燃え盛る。

 モンスターは上から、右から、左から、時にはフェイントすら入れて連撃を放つ。

 だがその攻撃は一つも忍びへと届くことは無く、全て弾かれただ忍びとモンスターの間に火花が咲き続ける。

 永遠に続くかとも思われたモンスターの連撃。だがそれはモンスターが急に体勢を崩したことで終わりを迎える。

 

 忍びにとって”弾き”とは、ただ相手の攻撃が過ぎ去るまで身を守り続けるための物ではない。

 相手の攻撃に合わせて力を加えることで、相手の力によって相手の体幹を削り、遂には致命的な隙を晒させる攻めの守り。

 相手は攻め立てていた筈でありながら、気が付けば自身が打ち倒されている。

 影に纏わりつかれるように、毒が気の付かぬ間に体に回る様に、そこには目を引く派手な一撃などない。

 だが確実に、着実に相手を殺す。これこそが忍びの戦い。

 

 そして戦いの最中に晒された隙を忍びが見逃すわけがない、今度こそ致命の一撃(忍殺)を放ち激闘を制す。だが忍びは勝利に喜ぶそぶりも見せず、再びモンスターを探し回る。

 

 

 

 

 

 

 そうして街の中を走り続けると地の底が揺らいだ。

 思わず足を止め足元を凝視し...わずかな停止の後、近場の建物に鍵縄を引っ掛け、上空へと逃げ出す。

 一瞬遅れて先ほどまで立っていた場所より花が咲く。

 

 地面より咲いた巨大な花(巨大な植物系モンスター)は極彩色の花を持ち、それを覆うように黄緑色の蔓が蛇を思わせる様にうねりながら伸びており、更にはその頭部には醜悪な口腔が獲物を待ち受けている。

 その姿を空中で観察した忍びの行動は早かった、鍵縄を近場の建物へと伸ばし、即座に逃亡を図る。

 

 狼が逃亡を選んだ理由は二つ、1つは忍びの戦闘技術が凡そ対人であること。

 二本の足で立ち二本の腕で攻撃してくる────忍びが戦った強敵にはこの定義に当てはまらない存在もいるが────相手にはめっぽう強いが、そうでない相手には選択肢が無くなる...とまでは言わないが、有効な手札は著しく減る、故に撤退する。

 

 敵から逃げることは忍びにとって恥でも何でもない。それを見た者から投げかけられる嘲りも何の意味も持たない。

 そもそも忍びにとって名誉なぞ何の役にも立たないのだ。言いたいのなら言わせればいい、軽んじたければ軽んじればいい、そう忍びは思う。

 

 しかし忍びが逃亡を選んだとしてもそれを相手が許すかは別の問題だ。

 事実地下より咲いた花────仮に食人花と呼ぼう────はその蔓を伸ばし、空中にいる忍びへと攻撃を加えようとした。

 しかしここで忍びが逃亡を選んだ二つ目の理由が()()()()()()()()

 

 「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!

 

 着弾の衝撃と共に喉も潰れよと放たれた悍ましい咆哮が食人花の動きを止める。

 自身が巻き上げた土埃を切り裂き、飛び出してきたのはその狂気を剥き出しにした狩人だ。

 

 その様子を見れば忍びが窮地に陥っているのを見て救援に来た、という訳ではないのが一目でわかる。だが仮にも味方が来るのを感じながら忍びが逃走を図ったのには理由がある。

 

 凡そヘスティア・ファミリアの存在は共闘と言うものが苦手だ。

 例えば灰、狩人、焚べる者は三人でダンジョンに潜っているが、それも共闘するというよりも、それぞれがばらばらに戦いモンスターが殲滅される、その結果辛うじて共闘の体を為していると言うべきだろう。もともと足並みをそろえて、だとか他者の窮地に手を伸ばすといった行動が得意ではないのだ。

 故に忍びに狩人に加勢するという選択肢は無い。そもそも今の狩人に加勢というものが理解できるかは疑問だが。

 

 何より狩人が普段あれだけ内に秘めている物を曝け出しているのだ、あの食人花を逃すことなど万に一つもない。

 なら別の所にいるモンスターに対応した方がいいだろう、という判断により忍びは逃亡を選んだのだ。

 

 空中で鍵縄を建物に引っ掛けることで狩人と食人花より離れ、オラリオの上空を移動する狼の視界に新しいモンスターが映る。その上に舞い降り、モンスターの首に刃を通す。

 そうしてまた戦い(駆除)を始める。

 

 

 

 

 

 「...九郎様」

 

 「狼か、終わったようだな」

 

 「はっ...九郎様におかれましては何かしら憂慮されている様に見えます...いかがなされました」

 

 それほど時間が経たないうちにオラリオの冒険者たちは混乱より立ち直り、統率された動きを取り戻していた。

 ならばモンスターがオラリオの街から排除されるのも時間の問題だろう、と主の元へと戻ると主が何かひどく悩んでいるのが見て取れた。

 自身にできることなど所詮戦い殺すことだけだ、だが話を聞きその苦悩を和らげることはできるかもしれない。僅かであっても自身の主の苦悩を軽くしたいという思いから放たれた言葉に九郎は虚を突かれたように目を見開き沈黙する。

 

 「私がそなたに回生の力を与え終わらぬ地獄へと引きずり込んでしまったのではないかと、そなたのその命の輝きを失わせてしまったのではないかと、そう思っておったのだ」

 

 「...」

 

 主が再び言葉を発するまでの間、跪きながら待っていた忍びに掛けられた物は後悔の言葉だった。

 

 ()()()()()()()()()

 一言でその時の忍びの考えを言ってしまえばそうなるだろう。忍びにとって回生の力とそれに伴い葦名或いはオラリオで幾たびも死したことは大した事ではない。

 

 死んでしまったのは自身が未熟であるから。

 主より命じられておきながら、おめおめと死んで主の命を果たせないことの方が忍びにとって重きを置くことだ。

 故に幾たび死のうと、命の輝きとやらが曇らされようと忍びは気にしない。

 だが葦名にいたころから抱えていた主の苦悩は、例え忍びがそう断言したとしても断ち切られるもので無いことはわかる。

 

 故に忍びは常動かしている腕でなく滅多に動かさない口を動かす。

 自身に戦いの才は無いと、回生の力が無くば何物にも為れなかっただろうと、炎に包まれた平田屋敷で或いはあの枯れ井戸の底で物言わぬ死体となっていただろうと、だが主が自身に回生の力を与えたからこそ、主がこの身を信じてくれたからこそ自身はここにいる。忍びとして、狼として、ヘスティア・ファミリアの冒険者としてオラリオにいるのだと、だから気にする必要などないのだと。

 

 忍びは滅多にしない、考えを他者に伝えるという行動に苦戦しながらも主へと自身の思いを伝える。

 

 自身の言葉を聞いた主が涙をこぼしそうになり、それを堪えようとする。

 涙を見られたくないのならば(忍び)が隠せばいい、そう思った忍びは主を自身の服の内側に隠す。

 下を見れば先ほどまで暴れまわっていたモンスター達も倒され自身の仲間達もまたその姿を消し始めている。ならば自分たちもホームへと帰ろうと服の中に隠した主を抱き上げ忍びは駆ける。主へと不器用な言葉をかけて。

 

 ()はオラリオの街の中を駆ける、その胸に九郎の温かさを感じながら。

 名誉だとか称賛だとかそんな物よりもこの温かさこそが最も大切なものだと。

 終ぞ自身の仲間達(灰、狩人、焚べる者)が護ることのできなかった温かさを感じながら狼はそう思う。

 

 

 

 

 

 

 大忍び 梟

 狼の義父であり忍びとしての師

 自身の野望の為に幾度となく九郎を狙い

 遂には狼に敗れた、その顔は安らかなものだったという

 

 狼の心に刻まれたその生きざまは

 しかし当人には満足できるものではなく

 故に葦名と内府の戦乱の発端となった

 

 或いは彼を動かしたのはその野心だけでなく

 日ノ本を包んだ戦が終わるそのことを

 戦乱を生き抜いた梟雄としての嗅覚が嗅ぎ取ったからなのかもしれない

 




どうも皆さま

前話の時点で二万字を超えていたので分けることにした私です
信じられますか?構想の時点ではそれぞれ三千字程度の一万二千字ほどの短編予定だったんですよ?

やたら滅多ら文字を伸ばすのは私の悪癖だと思っているのになかなか治せません
まあ取り合えずこの話を書いている時点では今週と来週二週間の間土曜と日曜に一話ずつ投稿する予定です
信用して頂けないかもしれませんがご理解いただければと思います

誇りもとい狼と九郎編終了です
いま一度自分の中のキャラクターを見つめなおすために書いている
この話ですが狼と九郎は書くのが大変なんです

九郎は特殊な喋り方をするし気を抜くとすぐのじゃのじゃ言い出すんです
狼は喋らないし気を抜くとすぐモノローグだけで済まそうとします

そんな九郎と狼ですが
九郎は終わらない永遠の任に狼を捕らえてしまったことに後悔していて
狼はそんなことよりも九郎が生きていることが嬉しいそんな感じです

まあ生きて再び主に会えて茶屋エンドをしている以上
フロム勢の中で一番幸せになっているのは狼ですからね



これより下は私の独り言...創作上のメモです
つまるところ見なくても問題ない奴です
お暇な方はお読みください暇つぶしぐらいにはなるでしょう
そうでない方はここでお戻りください
それではお疲れさまでした、ありがとうございました



武器 楔丸 忍び義手に仕込まれた忍具

行動理念 主の為

戦闘力 他のフロム主人公勢より火力の面において劣るが対人の業において比べ物にならない程高くモンスターのような異形相手には一歩下がるが冒険者相手ならば頭が一つ抜ける
単純な火力では最も低いが戦闘がそもそも無駄なく行うことを目的とした物である為であり他が頭の悪いインフレしているだけとも言える

メンタル面 意外と図太い所がありフロム主人公勢では上から二番目

自身から人に対して 特に感じていない、彼が尊ぶものは主とその周辺だけであり人そのものに対してなどあまりにも大きすぎる物事である

オラリオの住人より 寡黙でいかめしい顔つき故に恐れられていたがファミリアの他がよっぽどなので旦那と呼ばれ親しまれている


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悪夢

亡者狩りの大剣
焚べる者が振るう武器
正確にはそれに酷似した武器

火の時代において亡者に対して
死してなお忘れられぬ恐怖とその名を刻み込んだ
亡者狩りへの恐怖が形になったもの

もともとは灰のコレクションの一つだったのだが
焚べる者が所有する灰の時代には失われた
武器の数々との交換で焚べる者の物となった

これは焚べる者の行いが無駄でないことの証明であり
また正気では為せない偉業がある証拠である




 「ミラのルカティエルです...」

 ────ミラのルカティエルシリーズ第一章始まり 第1節1行目より

 

 

 

 

 

 

 「あー!もー!イライラするー!」

 

 「ティオナ!そんな大きな声出すんじゃないの」

 

 ギルドの換金所、ダンジョンで得た魔石をヴァリスに換える場所であり、冒険者にとって最も通う場所でもある。

 

 そこに苛立ちの声がこだまする。

 声を上げたのはティオナ・ヒュリテ【大切断(アマゾン)】の二つ名を持つ冒険者だ。それを諫めるのはティオネ・ヒュリテ【怒蛇(ヨルムガルド)】の二つ名を持つ冒険者にしてティオナの双子の姉だ。そしてその声によって集まった視線を受け居心地が悪そうにしている────最も彼女と親密な仲でもなければ涼し気にその視線を受け流しているように見えるだろう────人物こそLV.2への最短記録を持つ冒険者にして【剣姫】の二つ名を持つアイズ・ヴァレンシュタインだ。

 

 オラリオでも最大派閥の片割れとして有名なロキ・ファミリアの幹部が三人も集まれば当然注目を集める、だが注目を集めている理由はそれだけでは無い。

 ロキ・ファミリアは主神であるロキの意向によって美男美女(或いは美少年美少女)揃いで有名だ、そしてその幹部ともなればその美貌と知名度から他の冒険者達のアイドル的存在となる。そんな存在が三人も集まっているのだ、視線が集まるのも無理はない。

 

 だがそんなことを知ったことではないと、ティオナはお金が入った袋を覗き苛立ちを隠そうともしない。

 袋の中にはダンジョン上層で稼いでいる冒険者達が一月で稼ぐよりもはるかに多くのヴァリスが入っている、そしてそれを一度ダンジョンに潜っただけで稼いだと知れば、生きる世界が違うとほとんどの者は思い知るだろう。

 だがこの結果にティオナは納得していなかった、ロキ・ファミリアの幹部である彼女らが集まり、ダンジョンに潜っていたのには理由がある。

 お金が必要であるという世知辛く、深刻な理由が。

 

 そもそもの話はロキ・ファミリアが行った【遠征】にまで戻る。

 ロキファミリアはダンジョンの最下層で新種のモンスターと出会い、苦しめられ、遂にはモンスター達に勝利したが、被害は大きく大半の物資を破棄せざるを得なかった。

 そしてその中には戦いの中で溶けてしまったティオナの武器【大双刀(ウルガ)】も含まれる。彼女が使う武器はとてつもない量のアダマンタイトを使用しており、その値段はすさまじいものになる、しかも装備を失ったのは彼女だけではない。つまり凄まじい数字の負債をロキ・ファミリアは抱えることになったのだ。

 

 いくら最大派閥の片割れであるとはいえこの負債を簡単に払いきることは出来ず、団長フィンや副団長リヴェリア・リヨス・アールヴなどは日夜、資金廻りに頭を悩ませていた。

 

 愛しのフィン団長の為にダンジョンで魔石を集め、自身等の装備の分だけでもその代金を用意し団長の心を掴む。

 そんな下心からティオネは妹のティオナと戦闘によって武器を破損してしまい一人でダンジョンに潜ることが出来ないアイズを巻き込みダンジョンに潜っていた。

 

 ティオナとしては団長云々はどうでもいいのだが、自分たちでお金を稼ぐことで武器が早く自分の手元に戻ってくるのなら異議はなかったし。アイズもほぼ日課のようになっているダンジョンでの戦闘を行うことが出来ず、困っていた所に一緒にダンジョンへ潜ろう、というティオネの提案はありがたい物だった。

 

 だが彼女らが普段振るう武器は今手元にない。

 あるのは代わりの武器であり、装備がそろっていれば容易く倒せるモンスターを倒すのにも時間がかかる。更に普段資金を稼ぐ為に潜る階層よりも浅い上の階層で稼いでいる為に、得られたお金は彼女たち基準で微々たるものであった。

 

 その為ついに苛立ちを隠せなくなったティオナ。

 だが目標金額(武器の代金)まで貯めるには幾度も潜る必要があるだろう、その度にこうも苛立たれていてはロキ・ファミリアの名前に傷がつきかねない。武器の代金を稼ぎ団長の心を掴むという計画を遂行するために、ティオネが導き出した答えは、近々ある【怪物祭】で思いっきり遊び、その鬱憤を晴らすというものだった。

 

 「ああ...どうして...せっかく誘えたのに」

 

 だが【怪物祭】当日ロキ・ファミリアのホーム【黄昏の館】には、陰気臭いめそめそとした歎きの声が流れていた。

 その声の主はレフィーヤ・ウィリディス、若輩者(エルフ基準ではなく普通の人間基準で)でありながらオラリオ一の魔法使いリヴェリアの弟子としてその名を轟かせる【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の二つ名を持つ冒険者だ。

 そんな彼女が嘆いているのは今朝のこと、レフィーヤはアイズを【怪物祭】に誘うという彼女目線で超高難易度任務を達成し、その日が来るのを指折り待っていた。だがそんな彼女に告げられたのは、主神であるロキの用事に護衛としてアイズがついて行くこととなり、【怪物祭】に一緒に行けなくなったというものだった。

 

 アイズから私の代わりに楽しんできてという言葉を贈られ、ロキからもあまりのへこみっぷりにこの償いは必ずするからなと言われた。ロキがいたずらに眷族(子ども)を悲しませるようなことをしない...少なくとも悪意を持ってしないことを知っているレフィーヤは、ロキが護衛として連れて行くといったのならば本当に必要なことなのだろうと理解はしている、だが納得できるかは別の問題だ。

 故に彼女は【黄昏の館】内の空気を湿っぽいものにするという仕事を続けているのだ。

 

 「あー!もう!!レフィーヤいつまでもうじうじしてないの。行くよ」

 

 「行くって何処へ?」

 

 「決まってるでしょ、【怪物祭】よ」

 

 そんなここ数日のレフィーヤの浮かれっぷりと、その後の落ち込みっぷりを見ていた為に、遠巻きに見られながらもそっとされていたレフィーヤへ声をかけた者が居た、ティオナだ。

 その言葉に陰気なため息をつきレフィーヤはどこへ行くのだと聞き返す、そんなレフィーヤの手を取り引っ張るティオナは答える【怪物祭】だと。

 

 

 

 

 

 

 「ええぇ...それはちょっと露出が凄過ぎませんか?」

 

 「えー?フツーでしょ、普通」

 

 「あっ!これ美味しいティオネも食べる?」

 

 「私はこっちの方が好みねレフィーヤは?」

 

 「えっと、私もこっちの方が好みです...」 

 

 アマゾネス姉妹に連れられて【怪物祭】に連れられたレフィーヤ。

 最初こそうじうじと悩んでいたものの、二人に連れまわされているうちにだんだんと楽しみだし、【怪物祭】には三人の楽し気な笑い声が響いた。服を見てアマゾネスとエルフの文化の違いを感じたり、たくさん並んでいる出店を食べ歩きしたり、そうして遊び歩いた彼女らが目指すのは【円形闘技場】。

 【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者たちがモンスターを【調教】している【怪物祭】のメインイベントを見に行く。

 

 「それでは素晴らしい調教を見せてくれた冒険者へ拍手を」

 

 魔道具の効果だろう、司会の声が円形闘技場に響く。

 その声に負けないほどの大きな拍手が円形闘技場を埋める、レフィーヤらも手を叩き続ける。

 

 「...ん?」

 

 「どうしたのよ」

 

 「あそこ、何かトラブルでしょうか」

 

 そうして調教を楽しんでいた彼女らだが、ふとティオナが疑問の声を上げる。

 それに反応したティオネとレフィーヤもどうしたのか聞きながらティオナの見ている方向を見る、そこでは【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者と主神であるガネーシャが何か慌てているように動き回っていた。

 

 何か予定外の出来事でも起きたのだろうか、そう彼女らが思考を遊びから戦いへと切り替えた時、ある絶叫が響き渡る。

 

 「モンスターが逃げ出したぞー!!!」

 

 

 

 

 

 

 まるで悪夢のようだ。

 いまこの場にいる存在に共通する想いを言葉にすればそうなるだろう。

 逃げ惑う民衆、民衆を安全な場所へ避難させるギルド職員、そして逃げ出したモンスターに対応する冒険者。

 

 オラリオに暮らす一般人が、ダンジョンで行われる戦い。それを漏れ聞いた夜に見るその場所に放り込まれる夢のように。

 ギルドで働く職員がダンジョンでの異変に対応し、それが解決するまでの微睡みにみるモンスターがダンジョンから溢れる夢のように。

 冒険者が戦いから帰ってきた夜に見る、必要なもの(装備)を持たずモンスターと相対する夢のように。

 今のオラリオは悪夢に包まれていた。

 無関係なはずのモンスターに襲われ、安全なはずの場所(オラリオ)をモンスターが闊歩し、誰かを護る為(モンスターを倒す為)に鍛えた力を振るうことも出来ない。

 

 だが例え悪夢であってもそれに抗おうとするように。

 民衆(無力な者)は少しでもその命を繋ぐ為に逃げ出し、ギルド職員(責任ある者)は僅かでもできることを全うするために、逃げる群衆を誘導し、冒険者(力ある者)は何かの役に立つと信じ、例え鎧がなくとも武器が無くともモンスターの前に立ちはだかる。

 ロキ・ファミリア幹部ティオネ・ヒリュテとティオナ・ヒュリテそしてレフィーヤ・ウィリディスも、武器を持たずとも鎧を身に纏わずともモンスターの前に立つことを選択した者らだった。

 

 最大派閥の片割れロキ・ファミリアの冒険者である彼女らは、例え武器を持たずともそれなりの戦闘力を持つ。

 アマゾネス姉妹は無手でありながらも戦う(すべ)を持ち、レフィーヤも魔導士故に武器()を持たずとも魔法を使用することが出来る。故にこの騒動を鎮める為にモンスターへと立ち向かう他の冒険者達よりも前に出ており、その中でもティオナは無力な人々がモンスターの脅威に晒されていることに耐え兼ね一人先行していた。

 

 だが彼女一人ではどうしようもないことは多くある、武器も持たぬ彼女では特に。

 

 「っ!逃げて!!!」

 

 ティオナが進んだ道の先にいたモンスターと襲われている一般人。

その光景に思わず叫んだ言葉は意味をなさず、逃げようとした襲われていた人物はこの騒ぎでできたのだろうくぼみに足を取られ転んでしまう。そこに襲い掛かるモンスター。

 いくら駆けたところでそれを止められる距離ではない、無手である故に武器を投げて止めることもできない。無力さを嘆き、後悔しないために鍛え上げたこの力で何もできない。どうしようもない無力さに打ちのめされるしかないその事実。

 

だが世界には人の想定など役に立たない思いもよらないことが起きる。

 

 風切り音とモンスターから響く肉と血の音。気が付けばモンスターは頭部に大剣を生やし倒れる。

 一体何が、その光景に何が起きたのか把握しようとしたティオナの耳に()()()()()()()()()が聞こえる。

 

 「「「「「...です、...ミラの....ルです...ミラのルカティエル...です」」」」」

 

 その音がした方向へと向くと目に入ってきたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 「ティオナ、ティオナ!ティオナ!!」

 

 「わっ...?ティオネ?」

 

 取りこぼしたモンスターが無いか探りながらティオネが進むと、そこには先走ったティオナ()が倒れていた。

 頭の中に最悪の事態がよぎるが、肩をゆすりながら声をかけると目を開く。心配から思わず怒りの言葉をティオネがかけていると、レフィーヤとアイズも後ろから追いつき、ティオナの体の調子を見る。どうやら大きな怪我をして倒れていたわけではないらしい。

 

 「えっと?何があったの?」

 

 「何があったの?はこっちのセリフよ」

 

 いつの間にかアイズが合流していることや、ティオネの怒りなど何があったのかわからないことが多すぎた所為だろう、ティオナが何かあったのかと聞く。

 それに対して「アンタが先走るからでしょうが!」とおさまらない怒りを露にするティオネと、ティオネを抑え何か覚えていることは無いか聞くアイズ。

 ティオナが自分の周りを見渡すと、自分の周りに覚えのないポーションがいくつか置いてある。その瓶には見覚えのある印...(ミラのルカティエ...)

 

 「ミ、ミラの...」

 

 「ティオナ?」

 

 その印を目にすると同時に脳内によぎる記憶。

 あまりにも暴力的ですらある狂気に、ティオナの口から押えきれない()()が漏れる。

 その様子にただならぬものを感じたか、ティオネが疑問の意図を込めて妹の名前を呼ぶ。

 

 「ミ、ミラの、ミラのルカティ、ミラのの、ルカティティティ...」

 

 それが引き金となったわけではないのだろうが、ガクガクと痙攣しながらティオナは自身の脳内に巡る狂気(ミラのルカティエル)を口より垂れ流しにする。

 明らかに正気ではない妹の様子に思わず「正気に戻れえぇ!!」とティオネの拳が炸裂する。その凄まじい勢いにティオナの脳内でお辞儀をしながら名乗っていたミラのルカティエルがどこかへと弾き飛ばされていく...「ミラのルカティエルでしたぁぁぁ」とドップラー効果を響かせながら。

 

 「わーん!ティオネが殴ったあ」

 

 「こっちに散々心配させておいて、何被害者面してるのよ。行くわよ!」

 

 「いくら何でもさっきのは酷い...」

 

 彼女達はワイワイガヤガヤ騒がしくオラリオの道を行く。

 少々、いやかなり大変な騒動もあったが、アイズという仲間と合流し、物資も充実した彼女らの心の中には先ほどまでの絶望は無い。未だにオラリオを暴れまわる悪夢(モンスター)へと立ち向かうために先へと進む。

 

 

 

 

 

SIDEミラのルカティエル商会

 

 (まあそうなるよな、俺だってそうなる、間違いなくなる)

 

 あまりの光景に頭の中が真っ白になってしまったのだろう、モンスターが倒されたことに反応し、こちらを見たティオナは口を開けたまま固まっている。

 投げられた大剣を集団の先頭に立っていたミラのルカティエル(焚べる者)が手に取っても、ティオナはピクリとも動かず固まっている。

 

 その様子を見ながら焚べる者に追いついたミラのルカティエルの一人────マノ────は無理もないことだと考える。

 

 数十人はいるだろうミラのルカティエル。

 それは焚べる者が分身したり増えたりしたわけではない。幾ら焚べる者とは言えそんなことはできないだろう...はずだ...多分きっと。

 

 閑話休題(話が逸れた)

 数十人はいるだろうミラのルカティエルの正体は、焚べる者の装備(ミラのルカティエルなりきりセット)を身に纏ったミラのルカティエル商会の従業員と【怪物祭】の為に雇われたマノのような冒険者達だ。

 

 話はマノたちが命の恩人の主神(ヘスティア)とダンジョンで出会ったウサギのような後輩(ベル)に支店を案内し終えて、二人(一神と一人)が買い物を済ませた後のことだ。

 

 案内という名目でミラのルカティエルなりきりセットを着てオラリオを歩くという罰ゲームを回避していたマノとそのパーティのメンバー。だがその相手が買い物を終わらせて立ち去った以上再びオラリオを歩く必要がある。

 

 マノ達はダンジョンで闇派閥によって嵌められ、あわやその命を落とす所を焚べる者に助けられた。それ以来、何かととんでもないことをする命の恩人に驚いたり頭を抱えたりした。

 だが間違いなく尊敬しているし、いつか誰かがダンジョンで困っている時には、同じように助けることが出来るようになりたいと憧れてもいる。

 

 

 だがそのこととミラのルカティエル(それはそれとして)なりきりセットを(こんなの)着て歩きたいかは別の問題だ(着て歩きたくない)

 

 「ミラのルカティエルです...」

 

 「うおっ!焚べる者さん俺たち別にさぼってたわけじゃ...」

 

 「ミラのルカティ...」

 

 そんなことをマノたちが考えていると聞きなれた言葉と共に焚べる者が姿を現す。

 何処から現れたのか、なんてことを今更疑問に思う人物はここにいない。マノたちは仕事をさぼっていたわけじゃない────まあ実際さぼっていたといっても間違いではないのだが────と言い訳する。

 その言葉に何か反論しようとしたのか、はたまた名乗ったのに違う名で呼ばれた(焚べる者と呼ばれた)ことで名乗りをやり直そうとしたのか、しかし焚べる者の言葉は途中で止まる。

 そのままある方向を見て固まる焚べる者に、マノたちはどうかしたのか尋ねようとし...外から聞こえた声に驚く

 

 「モンスターだあー!!」

 

 「...は?」

 

 モンスター、ダンジョンで俺ら(冒険者)が戦っている相手、ダンジョンから生まれる人類の敵。

 そのモンスターがダンジョン()でなく()に現れた、そう伝える言葉に頭がついて行かない。なんでモンスターが?ガネーシャ・ファミリアが連れてきたやつか?どうして逃げ出した?意味のない考えが頭の中を巡るマノたち。しかし更なる混乱が彼らを襲った。

 

 「ならば語ろう、ミラのルカティエルの救世伝説を」

 

 「は...?」

 

 モンスターが現れたと聞いた焚べる者は唐突に言葉を発する。

 意味は分からないが、文脈とその内容からモンスターに襲われているだろう人々を助ける気なのだろう、それは良いことだ...その手にあるもの(ミラのルカティエルなりきりセット)が無ければ。

 

 かくしてマノたちはこんな格好で、オラリオ中を駆け回り恐怖と混沌に陥れているモンスターを倒しているのだ。その姿からモンスター達とは別の方向で恐怖と混沌を振りまいている気がしないでもないが、気にしないことにした。

 とは言え戦えるものばかりではない。故に焚べる者が割り振った自身以外の仕事は、商品(武器やポーションなど)をモンスターと戦っている冒険者たちへ配ることだ。

 

 「ロキ・ファミリアのティオナ・ヒリュテさんですね、ミラのルカティエル商会です。今オラリオで暴れているモンスター退治をしている冒険者に無料で武器やポーションの配布をしています。何かいる物はありますか?」

 

 「...」

 

 そうしてオラリオの街中を爆走し、モンスターの頭をかち割り回っている焚べる者の後ろについて行っているマノは、モンスターと対峙していたティオナに声をかけるが帰ってきたのは無言だ。

 これまでの冒険者の中でも割とありふれた反応────驚きのあまり意識をどこかへと飛ばすのが6割、錯乱して逃げ出すのが3割、対応して物資を要求してくるのが1割だ────に最早手慣れたようにポーションを傍に置いておく。

 こんな有様で配った物資の対価が得られるとも思えないのだが、名前を売るという点においては間違いなく良案だ。そしてミラのルカティエルの名前を広めるためなら何でもする焚べる者はこのことを見通していたのだろう。

 

 「【怪物祭】セール、今なら対象商品を二つ買うとミラのルカティエルの伝説シリーズが一冊無料に...「はい!こっからは俺が引き継ぎますんで焚べる者さんは戦いに行ってくださいね」...ミラのルカティエルです」

 

 新しく見つけたモンスターとそれに立ち向かう冒険者相手に何故かセールストークを始めた焚べる者を戦場へと追いやり、マノは幸運な或いは不運な冒険者へと物資を渡す。

 

 これまでの名前を売る為に引き起こした多くの騒動と比べれば人を助ける物なだけまだマシだと、マノ達は自分を納得させてオラリオを恐怖と混沌のどん底に突き落としながら物資を配り歩く...羞恥心と戦いながら。

 

 

 

 

 

 ミラのルカティエル

 火の時代名前の前に出身地を付けることは一般的であった

 故にこの名乗りはミラという国のルカティエルという人物をさす

 

 彼女は恵まれた生まれではなかったが戦場で武功を立て騎士となった、

 だが呪われた印により全てを失い

 呪いを解く術と行方不明になった兄を求めドラングレイグを訪れた

 だが彼女の旅の終わりは呪いに打ち勝てずかの地にて得た友へと

 自身の名を覚えていてくれるように求めるだけであった

 

 それは己の名が失われることへの恐怖だけでなく

 この約束が助けとなることも願ったのだろう

 友が行く旅路にいずれ立ち塞がる困難を乗り越える助けとなることを

 

 しかし遂には彼女の願いは果たされ

 ミラの名が亡国として囁かれることも無くなった後世においても

 彼女の名は語り継がれている亡者狩りの恐怖と共に

 




どうも皆さま
 
実は一番焚べる者が好きだけど一番焚べる者が書きにくい...私です

悪夢もとい焚べる者編終了です

焚べる者のセリフを書くときはミラのルカティエルをキメて書くんですが今回はキメ足りませんでしたね
本当は灰、狩人はもっとイカれていた予定だったんですが本編が基本ベル君視点で進む以上後輩の前では大人しくしてます
その分焚べる者は暴れさせたいんですけどね

そんな焚べる者の代わりに色々喋ってくれるリーダーもといマノ
短編から続投している彼らの名前を並べると マノ トモエ ネイ ナタ ヨナ です
これを並び替えると ナマエノモトネタナイヨ 
ええつまりはそういうことです
なんで私五人も名前をでっちあげようとしたんでしょうね

まあ話を変えましょう
【神の贈り物下】においてミラのルカティエルなりきりセットが500ヴァリスが250ヴァリスと言われていますが原作では50ヴァリスあればお腹いっぱい食べられると書かれていたり【豊穣の女主人】のメニューなどから1ヴァリス=10円ぐらいで換算しました。

ミラのルカティエルなりきりセットは日曜の朝に放送している仮面でライダーなあれだったり戦隊でジャーなあれだったりプリティでキュアーなあれの変身グッズをイメージしています
高いと思われた方はきっと焚べる者が高品質な製品にしたんだとでも思っておいてください、安いと思った方は焚べる者が布教しやすいように値段を抑えたんだとでも思っておいてください。

これより下は私の独り言...創作上のメモです
お暇な方はどうぞ暇つぶし程度にはなりましょう
そうでない方はここでお戻りください
それではお疲れさまでしたありがとうございました 

絶望を焚べる者

武器 正統騎士団の大剣 亡者狩りの大剣 ラージクラブ

行動理念 ミラのルカティエルの名を広める

戦闘力 自身の不死性に頼ったごり押しが基本的な戦闘方法奇跡や魔術と言ったスペルを使いたがらない為最大火力は他のフロム主人公勢より低い
    滅多にないことだがミラのルカティエルを忘れるほどブチギレると全裸ラージクラブ二刀流で敵をぼこぼこにするミラのルカティエルという最後に残された人間性すら投げ捨てたその戦い方は狂気と衝撃を周囲に与えるその時の火力も含めると狼以上灰と狩人以下ぐらい

メンタル面 最強、そもそもこいつが折れるというかめげるのが想像もつかない実質無敵シリアスブレイカーにしてフラグブレイカー兼ジャンルブレイカー

自身から人に対して 善人であればミラのルカティエルの伝説を語る相手であり相手が悪人ならミラのルカティエルの伝説を作るだけなので興味が薄いといってもいい、まあ世界の行く末はお前にかかっていると言われたドラングレイグでの火継ぎをうるせー知らねーミラのルカティエルです...しているので当たり前と言えば当たり前

オラリオの住人より 神を含めたほとんどの住人よりなんだあいつとドン引きされている今回出てきたマノらのような命を救った相手や商会の従業員からは慕われもしつつドン引きされている




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激情

獣狩りの斧
狩人が振るう仕掛け武器の一つ
大振りな片手斧と処刑用の両手斧を
その仕掛けにより切り替えることが出来る

かつてのヤーナムではこの武器を好き好んで振るった狩人達がおり
彼らは処刑の意味を込めてこの斧で獣を狩り続けたという
奇しくもそれは始まりの狩人が獣狩りに見出した意味と同じであった

始まりの狩人は処刑に憐れみと慈悲を求め
彼らは怒りと憎悪を処刑に込めた
そこに違いはあるのだろうか

nbkg様、zzzz様、六色ダイス様誤字報告ありがとうございます。


 「ありがとう獣狩りさん。お母さんとお父さんと、お爺ちゃんの次に大好きよ」

 ────ヤーナム市内 ガスコインの家窓前 発言者 ヤーナムの少女

 

 

 

 

 

 

 

 ロキ・ファミリア幹部であるティオナとティオネそしてレフィーヤは【怪物祭】へと遊びに来ていた。

 しかしその途中でガネーシャ・ファミリアが調教するためにダンジョンより連れてきたモンスターが逃げ出したことを知る。

 オラリオでモンスターが暴れている状態の収拾に走る────その際ある出会いがあったのだが口にできないというか、口にしたくないというか、どう口にすればいいかわからない出来事であったため割愛する────中でアイズと合流し、逃げ出したモンスターを始末することに成功した。

 

 「これで...最後?」

 

 「多分ね。妙に量が多かったけど、流石にもう終わりでしょ」

 

 「お、お疲れさまでした、アイズさん」

 

 「あなたもね、レフィーヤ。...!」

 

 「何この揺れ?」

 

 逃げ出したモンスターを倒し続けたアイズ達。

 周囲の人物の証言から恐らくは最後であろうモンスターを倒し、周囲を警戒する。

 

 未だ悲鳴や混乱は消えていないが、モンスターが暴れまわる音はしなくなった。どうやら先ほどのモンスターが最後で間違いがないようだ。

 そう僅かに気を抜いた時、足元より振動を感じ取る。

 

 いったい何事かと下に警戒を向けると、地面を引き裂き黄緑色の植物型のモンスターが現れた。

 

 「...あれは!」

 

 「お替りってわけ?」

 

 「あの感じまるでダンジョンで見た新種のモンスターみたいです」

 

 「気を付けてってことね」

 

 モンスターをすべて倒した、という気のゆるみを狙ったかのようなタイミングでの新手の登場。だが彼女らには大きな動揺は無い。そのモンスターを観察し戦闘を始める。

 

 「せい!!...きゃっ!」

 

 「ティオナ!?」

 

 「大丈夫?」

 

 「直撃したわけじゃないからへーき。だけどあいつ多分打撃に耐性持ってるわ」

 

 「面倒な相手ね」

 

 「なら私の魔法で...!!」

 

 ティオナが裂帛の気合いと共に放った一撃は、まるで分厚いゴムのような手ごたえによって遮られる。

 モンスターは痛みを感じているようなそぶりも見せず、蔓を虫でも払うかのように振るい、ティオナは大きく弾かれる。

 仲間達の元まで飛ばされたティオナの無事を確認するアイズらだが、自分から飛んだティオナには大きなけがはない。

 

 無事を伝えたティオナは()()()が打撃に耐性を持っていると仲間に伝える。

 武器を持たないティオネとティオナは打撃が通らないとなると戦闘において役に立たない...とまでは言わなくとも、ダメージを与えるのが困難になる。

 思わず舌打ちするように面倒なと呟くティオネ。

 ならばとモンスターに対してレフィーヤが魔法を使おうとする。

 その途端今まで自身に攻撃していたアイズらを警戒していた食人花が、アイズらを放ってレフィーヤへと殺到する。

 

 「えっ...がっ!」

 

 「レフィーヤ!!」

 

 「...拙い!」

 

 急にその動きを変えた食人花。

 アイズらはその変化について行くことが出来ず、魔法の詠唱をしていたレフィーヤもまた、モンスターの攻撃に対応することが出来ず攻撃を受けてしまう。

 ティオネとティオナがレフィーヤの元へと走り、その傷を確かめる。幸いというべきか大きな傷ではない為、命がどうのといった事態にはならないだろう。

 だがこのまま戦闘を続けるわけにはいかない。手当てをするか或いは一時的にでも後ろに下げる必要があるだろう、どちらにしてもこのままにしておく訳にはいかない。

 

 負傷したレフィーヤをティオネとティオナが後ろに下げようとし、隙を作る為にアイズは食人花へ激しい攻撃を行いモンスターの注目(ヘイト)を集める。

 ティオネとティオナがレフィーヤを安全な場所に逃がすまでは、一人で戦場を持たそうとするアイズ。

 

 だがもともと四人で三体のモンスターを対応していたものを一人で対応しようというのは、【剣姫】と呼ばれるアイズであっても無理があった。

 一瞬の隙を突かれてモンスターの攻撃を後ろに通してしまう。ティオナとティオネがそれを防ごうとし、アイズもまた自身の魔法【エアリアル】を使い対応しようとした。その瞬間すさまじい音と共に()()()()()()()()

 

 「ええー!なんか落ちてきたよ?」

 

 「っ!そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!早く下がるわよ!!」

 

 戦場に落ちてきた何か。それにアイズ達も食人花達も驚愕し動きが止まる。

 戦場を沈黙が包む中、それを破ったのはティオナの能天気な声だ。

 その声で正気に戻ったティオネが妹を怒鳴りつけ、レフィーヤを後ろへと下がらせる。

 濛々と立ち込める土埃にアイズが警戒していると、すさまじい音と同時に土埃が吹き飛ばされ、落ちてきたモノが姿を現す。

 黒いコートに特徴的な帽子...狩人だ。

 

 だがアイズは狩人の様子がおかしいことに気が付く。

 いつも苛立ちと狂気を纏いそれを隠そうともしない人物だが、その一方で言動に似合わない冷静な戦い方をする狩人が酷く本能的な動きをしている。

 

 「だいじょう「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」」

 

 その様子に大丈夫かと声をかけようとすると、先ほど土ぼこりの中から聞こえた凄まじい音が狩人の口から放たれる。

 あれは狩人の咆哮だったんだ、そうアイズが頭のどこかで納得すると同時に、狩人が凄まじい速さで食人花へと駆ける、その手には重々しい金槌(ハンマー)

 

 「っ!!いけない!」

 

 明らかにまともでない狩人の様子────なら普段はまともなのかと言われれば困るが、とにかくいつもと違う様子ではある────にアイズはその疾走を止めようとするが止まらない。

 食人花はアイズ等が振るう武器が愛用する武器でなく、いつもの戦い方が出来ないことを差し引いても。アイズ等が苦戦する危険な存在だ、不用意に突っ込めば手痛い反撃を受けるだろう。

 事実普通のモンスターなら反応もできない狩人の凄まじい速さに対し、三体の食人花は反応しその触手を使い攻撃してくる。

 

 「間に合わない!」

 

 その攻撃の密度に狩人が受け止めることも回避も不可能だと悟り、自身の援護もまた到底間に合わないことに絶望の声を上げるアイズ。狩人は今更ながら迫りくる蔓に気が付いたかその疾走を止めようとし、それを見た食人花は嗤う。

 疾走を続けていたならば攻撃を避けられることもあっただろうが、相手の方から動きを止めるのならそこを狙えばいいだけだ、そう言わんばかりに蔓を纏めて叩き潰すように強力な一撃を放つ。狩人は食人花の攻撃を避けようともせずに、蔓に飛び込むように進み...攻撃が当たる直前にその姿が消える。

 

 何処に行った?アイズと食人花の思考が一致するが、その疑問はすぐに解ける。

 狩人は食人花が蔓を纏めたことによって狭まった攻撃範囲の僅か外に立っていた。

 いくら直撃を避けたとはいえ、あれだけ攻撃に近ければその風圧だけでも大怪我をしかねないだろう、たとえ運よく無傷であっても蔓が叩きつけられた際の揺れで、立っているのがやっとのはずだ。

 だが狩人は何もなかったと言わんばかりに無傷で武器(金槌)を大きく振りかぶり立っていた。そのまま叩きつけられた金槌は深く蔓に食い込み...だが叩き切ることはかなわず、食い込むだけだった。

 

 「打撃ではダメ!あのモンスターは耐性を持っている!!」

 

 食い込んだ金槌ごと振り払われた狩人へとアイズは叫ぶ。

 先ほどのティオナの攻撃によって、あの食人花には打撃に対する耐性を持っていることが分かっていた。逆に斬撃に対しては非常に弱い。故にアイズは食人花に、アマゾネス姉妹は負傷したレフィーアに対応していたのだ。

 

(だけど叫んだところでどれだけ今の狩人に理解できるだろう)

 

 アイズがそう考えた時、狩人の持つ金槌が掻き消え代わりに()()()()()()()()()()()()が現れる。

 こん棒のようなものと称したのは()()には鋭利な棘がいくつも生えており、その棘に血がこびり付いていたからだ。どう考えても狩人の取り出したこん棒はろくなものではない。

 

 アイズの叫びに反応して武器を変えたかに見える。

 だがその形状からあれは叩きつけるもの(打撃武器)だろう、ならば偶然アイズの叫びと重なっただけなのか。

 今の狩人が正気なのか、そうでないのか。

 ぐるぐると回るアイズの思考は、狩人がそのこん棒を自分の腹部に突き立てたことで停止する。

 

 「えっ...あっ...へっ...?」

 

 アイズはその後起きた出来事をただ見ていることしかできなかった。

 

 狩人が自分の腹部に突き立てたこん棒。

 それは狩人の血を纏い、狩人の身長すら超えるほどの巨大なメイスへと変貌した。

 そして狩人はメイスを腹部から引き抜く。当然ながらそんなものを自分の腹部から引き抜いたことで大きな傷が開き、血が流れ出ている。だがそんなことを気にも留めず狩人は巨大なメイスで食人花に殴りかかる。

 

 アイズと同じく狩人の急な凶行に困惑したように動きを止めていた食人花達だが、自身に迫りくる武器の大きさ故に耐性があろうとも直撃すれば吹き飛ばされるとでも思ったか、一体が蔓をまとめ盾を作る。

 

 果たしてその盾は目論見通りメイスを受け止めることに成功し...だがその盾でメイスを受け止めた食人花に異常が起きた。

 

 到底人の喉では出すことがかなわない金属を引き裂くような悲鳴を上げ、蔦を地面に叩きつけ身悶える。

 

 同族の苦しむ姿に残りの食人花が唖然としていると、ついには肉体に入った()()に耐えかねたようにその肉体が内側から爆発する。

 余りの出来事に動きを止めていた食人花らだが、目の前で同族が爆発したことで恐怖に駆られたように逃げ出そうとする。

 だが当然ながら狩人は逃がす理由がないと逃げる食人花を追いかける。

 狩人が追いつきメイスを振るい、それを僅かでも受けた食人花は身悶えた末に爆発する。地獄の鬼ごっこ。

 

 その光景を口を開けたまま見ていることしかできなかったアイズ。

 だが狩人が最後の一体を爆発させ戦場に静寂が戻ってくると同時に、起きた地面の揺れに正気を取り戻す。

 先ほど食人花が現れた時と同じだ、果たして地下から現れたモンスターの総数は十を超えていた。

 

 

 

 

 

 

 「ア、アイズさん、ここは狩人に任せましょう」

 

 いつの間にか怪我を治したレフィーヤがアイズの後ろに立っていた。

 そしてその口から放たれた言葉は取り繕ってはいるものの、モンスターから逃げ出そうとするものだ。ティオネとティオナは無言で腕を組んでいるが、その発言を止めることはない。

 臆病ともとれるレフィーヤの言葉だが、もっともな言葉でもある。

 自身等の攻撃の殆どはあのモンスターに通じず、狩人は掠らせるだけでモンスターを倒す。

 狩人に任せるのが賢い選択というものである、あるのだが。

 

 「ダメ、退かない」

 

 アイズの返答に驚くレフィーヤ、だがティオナとティオネは分かり切っていたように頷く。

 レフィーヤはアイズにその理由を聞こうとし、続くアイズの言葉に硬直する。

 

 「ここで退いては私達は冒険者でなくなってしまう。

 それに見て、狩人は苦戦している。

 助けてもらったにも関わらず何もせずに逃げるのは恥知らずというもの」

 

 今はただ追いすがることしかできなくともいずれは先に行く者らの背に追いつく、追い越す、それが冒険者だ。

 この場で怯え縮こまるだけでなく、逃げ出す者を冒険者とは呼べない、冒険者として認めない。

 

 冒険者の一人としてアイズの言葉を理解し、レフィーヤの瞳に戦意が宿るのを見たアイズは戦場に指を向ける。そこには数に囲まれた狩人がその大きすぎる武器故に攻撃することもできず嬲られている姿があった。

 

 結果としてではあるが、先ほど自身等を窮地から救い出した恩人の窮地に逃げ出すのは恥を知らないものの行動だと。その言葉にアマゾネスの姉妹から逃げるという選択肢は最初っから無かったのよという言葉が放たれ、レフィーヤはいまだ心の奥底でくすぶる恐怖を押し殺し、あるお願いを他の三人にした。

 

 

 

 

 

 

 食人花らにその思考を行う機能があるのかは疑問の残るところだが、あえて言葉にすればそれらは焦っていた。

 最初は数で押しつぶせば掠るだけで強固な外皮も無視して命を奪うこいつ(狩人)も恐れることはないと、一方的な戦闘をしていたのだ。

 だが少し離れたところにいた冒険者たち(アイズ達)が加勢すると話が変わった。

 その冒険者の中で前に出てきた者で恐れるべきなのは一人(アイズ)だけだった。それ以外の者(アマゾネスの姉妹)の攻撃は精々動きを止めたり逸らしたりする程度。

 だが後ろで詠唱をする冒険者(レフィーヤ)は拙い。その魔力を敏感な魔力探知故に感じた食人花らはその詠唱を止めようとする。

 しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかも戦場には自由にすれば一撃でその命を奪う存在もいるのだ。

 

 止めなければまずい詠唱を止めるために抜かなければいけない壁が高すぎ、かといってそちらに手数を割き過ぎれば恐怖の死神が死を振りまく。

 刻一刻と迫るタイムリミット(詠唱の終わり)に怯えながらそれらは必死に戦っていた。

 

 だがアイズらも焦っていた。

 レフィーヤのお願い。それは自身の持つレア魔法【エルフ・リング】────エルフの魔法に限られ詠唱文とその効果を完全に理解している必要があるが、その条件がそろっているのならばどのような魔法でも使用することが出来るというものだ────によって、自身の師であるリヴェリアの魔法【ウィン・フィンブルヴェトル】を使用すれば食人花らを一撃で倒すことが出来る、だからそのために必要な詠唱時間を稼いでほしいというものだった。

 

 時間稼ぎ自体は順調にいっている。レフィーヤへ向かう攻撃を弾くだけならば打撃耐性を持っているとは言えそれほど苦労することもない。

 どうやら食人花らはレフィーヤと同じぐらい狩人を脅威と見ているようで、半数ほどが常に狩人への攻撃を続けているのだ。数で押し切られることもなく問題なく詠唱の時間は稼げている。

 だがその狩人が問題だった。

 予め狩人に向かってこれから広範囲魔法を打ち込むことを叫んでおいたのだが、もうすぐ詠唱が終わるという段階になっても、モンスターたちの傍から離れようとしないのだ、このままでは魔法に巻き込んでしまう。

 刻一刻と迫るタイムリミット(詠唱の終わり)に焦りながら彼女らは戦う。

 

 そしてその時はきた。冒険者とモンスターのどちらも願わくばまだ来てほしくないと思っていた詠唱の終わりが。

 

 

 

 

 

 

 レフィーヤが放ったオラリオ最強の魔導士の一撃は、彼女の目論見通りすべてのモンスターを倒した。

 だが狩人もまたモンスターたちの傍にいたため巻き込まれたはず。そう思いアイズ達は氷原と化した、先ほどまでの戦場を歩く。

 

 巻き込まれたならば生きてはいないだろう、生きているはずがない。だが本当に死んだのだろうか、あの不条理の塊のような存在が?何か自分達の知らない手段で防いだりしたのではないのだろうか。

 

 巻き込まれたはずだ、巻き込まれることを避けられるはずが無い。巻き込まれたのなら死んでしまうはずだ、巻き込んでしまった以上その遺体や或いは遺品を探すのは自分たちの仕事のはずだ。

 

 確証もない生きているはずだというどこか現実逃避めいた思考と、現実的な死んでいるはずだという思考が頭の中を流れ続ける。生きた狩人を探しているのか、死んだ狩人を探しているのか、どちらとも取れる思考をしながら歩き続けたアイズ達は黒いコートを纏った狩人が立っているのを見つける。

 

 無事だった、でもどうして、どうやって生き延びたのだろう、どうしてモンスターから逃げなかっただろう、そんな思考がぐるぐると頭の中を巡る。ちょっと待ってくださいというレフィーヤの言葉を無視して抑えきれない衝動のままにアイズは狩人に近寄り...狩人の言葉に固まる

 

 「美しい少女よ、何故泣きながら進むのか、その手を血に染め、嘆きを止めず、なお血塗られた道を行く理由を教えてくれ。少女よ、貴女は武器を取るべきではない、武器を取るのは、血に濡れるのは、呪詛を紡ぐのは、私のような呪われ者でいいのだ」

 

 正気とは思えない言葉の数々。だがその言葉はアイズの心の奥底に根付くものを言い当てていた。

 自身の心の内を祖沿いたかのような言葉に固まるアイズ。アイズの口が何かを言おうとするその前に曇っていた狩人の瞳に光が戻りアイズを見て不快そうにつぶやく。

 

 「アイズ・ヴァレンシュタイン?なぜおまえがここにいる?」

 

 「そんなことは良い、さっきの言葉は何。」

 

 だがアイズは逆に先ほどまでの言葉について問い詰める。

 低く舌打ちをした狩人はいきなり逃げ出す。

 逃がすまいと後を追いかけるアイズ、だが狩人が曲がり角を曲がったことでその背を一瞬見失うと、その先には何もいなかった、まるで狩人自身が夢であったかのように。

 

 

 

 

 

 

SIDE狩人

 

 「さあ素晴らしい調教を見せてくれた冒険者に拍手を」

 

 魔道具の効果だろう、司会者の声が響くと同時に【円形闘技場】は拍手で埋め尽くされる。

 ここは【怪物祭】の中心。【ガネーシャ・ファミリア】の団員が、そのスキルでモンスターを調教する様子を見ることが出来る【円形闘技場】だ。

 闘技場の名に恥じぬ客席数を誇る円形闘技場だが、建物自体から溢れんばかりの観客押し寄せており、この催しの人気を知ることが出来る。

 

 そんな中つまらないと言いたげに、団員と調教されたモンスターを睨みつける男がいる。

 いつも身に纏う帽子とコートとマスク(ヤーナムの狩人の装い)を脱ぎ、青いきっちりとした服(官憲の装い)を身に纏った狩人だ。

 

 円形闘技場に興奮の声がこだまするのを聞きながら狩人は思考する。

 抑えられぬ欲望(モンスター)を人が理性(スキル)で押さえつける。

 或いはビルゲンワースと、そこから分かれた医療教会が望んでやまなかった、獣の愚かさを克服する術。それを誰でも見ることが出来ると喜ぶべきか、見世物にされていると嘆くべきか。平和である象徴、平和すぎる象徴。

 

 モンスター

 忌むべきもの、人の天敵、それをわざわざダンジョン(住居)から引きずり出し戦わせる。

 モンスターは忌むべきものだ、ならばこの【怪物祭】は?

 この祭りの裏の意味まで啓蒙されている狩人は考える。忌むべきか、はたまた喜ぶべきか。

 終わらない思考に思わず空を見上げる。

 

 当然そこにこの問いに答えてくれる上位者など存在しない。

 当たり前だ。こうしているこの身は上位者、人ならざる存在。

 ならば自身に知恵を授けるものは上位者の上位者だ、なんとも笑えない。

 

 かつてのヤーナムでは数多の学者が、墓荒らしが、学徒が、冒涜の限りを尽くし、或いは人の中に潜む獣などよりも遥かに悍ましき研究が行われた。

 全ては上位者よりその知恵を授かる為。

 

 だが上位者は遥か昔、トゥメル時代にて人に見切りをつけ、自身の下僕(トゥメル人)幼い同族(星の娘)を残し、宇宙へと旅立った。

 ならば例え人が再び上位者とまみえたとしても、上位者がその知恵を授ける理由などない。だからこそ彼らの行いは無意味であり、次第に過激なものになったのだろう。

 

 狩人は制御することなく廻るままにその思考を巡らせる。

 そもそもこんな思考に意味などないのだ。

 自身が人の上に立つつもりがない以上、その善悪を考えたところでただ個人の主義主張にしかならない。

 

 そう意味がない、自身のような存在が表に出るつもりなどない。自身(個人)が動けば壊してしまえる秩序などに意味はない、自身(狩人)が砕いてきた無数の意味のない計画達と同じで。

 故に自身(上位者)は秩序を壊すつもりもない。それは人への冒涜だ。

 たとえ(なめくじもどき)の力を借りてであったとしてもそこには人の努力があった、人の築き上げた意志があった。

 

 特別な理由があるわけでもない、ただ一度は見ておこうと思い訪れただけの闘技場。その闘技場で行われる調教を二つの目で眺めながら、流れるままに思考を回し続ける。その時急に脳に得た瞳が自身に囁く。

 「見慣れたものが来る(悲劇が起きる)」と。

 

 「モンスターが逃げ出したぞ!!!」

 

 叫ばれた言葉に、ほんの一瞬静寂が円形闘技場を包み、その意味を理解した途端悲鳴が上がる。

 先ほどまで檻の中の獣を見て笑っていた民衆は恐怖に陥る、気が付けば獣と同じ檻に入っていたのだから。

 

 その声が上がった方から逃げようとするもの、何が起きたのか知ろうと声が上がった方へ行こうとするもの、醜い人の性によって騒動が起きる。

 だが狩人はそれらを無視して()を開き、何が起きたのか見定める。

 

 象の仮面を被った半裸の男神(ガネーシャ)が何か慌てているのが視える。どうやらこれはガネーシャ・ファミリアの余興ではないようだ。

 愚かしい神(なめくじもどき)の中では、まだましな存在だと認めていたガネーシャが起こしたことではない。それを確かめた後()()()と重さを感じさせない動きで狩人は狩りに備える。

 

 眼前では怒号と嘆きの声が響いている。

 聞きなれたそれを聞いて、僅かに口元を歪めた狩人は手帳に何かを書き記し、狩りを始めようとする。だがいきなり目を見開き、その姿が掻き消える...否、掻き消えたように見えるほど早く動いた。

 

 悲鳴が響く円形闘技場の客席、狩人が先ほどまで座っていた席の上には手帳からこぼれたメモだけがあった

 【どこもかしこも嘆きばかりだ、だから狩りの時間だ】

 

 

 

 

 

 

 逃げ出したモンスターに逃げ惑うしかない人々の集団。

 そんな中親とはぐれたか、ヒックヒックと嗚咽を漏らしながら歩く一人の少女がいた。

 或いは【怪物祭】だからとおしゃれをしてきたのだろうか、その頭には白いリボンが巻かれている。下を向き涙をこぼしながら、それでも少女ははぐれた親を探し歩き続ける。

 だがその姿はモンスターからすれば絶好の獲物だ。

 

 逃げ出したモンスターの一体が少女の前に現れる。

 モンスターが向ける、少女がこれまで生きてきた中で向けられたことのない目(獲物を見る目)に怯え逃げ出そうとする少女。

 だが恐怖からだろう、少女はなんてことのないくぼみに足を引っ掛けてしまい転んでしまう。

 

 周りにいる人々は、あるものは少女を救おうと石を投げ、あるものは関係のないことだと逃げ出し、あるものは少女を助けてと口だけを動かす。だがその行いがモンスターの歩みを止めることはない。

 遂に少女の目の前へとたどり着いたモンスターがその腕を振り上げる。

 少女を含めたその場にいるすべての人物が悲惨な光景を予感し目を瞑り、或いは目を逸らす...だが少女に振り下ろされる腕(回避できない悲劇)の音がしない。

 恐る恐る逸らしていた、或いは閉じていた眼を開いた群衆が見たのは、モンスターと、その頭部をかち割り中身を晒している斧、そしてモンスターと少女の間に立つ黒いコートを着た人物だった。

 

 「ぁ、ありがとうございます」

 

 少女はその人物の名を知らない、だが助けてくれたことはわかる。故に恐怖を押して礼を口にする。

 だがその礼を言われた人物────狩人はぶつぶつとまるで夢でも見ているかのように虚ろに呟くばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 駄目だ、駄目なのだ。

 幾らでも悲劇を見てきた。幾らでも悲劇を作ってきた。幾らでも悲劇を砕いてきた。

 ()()()()()()()()()()()()

 瞳より啓蒙された、起こりうる未来を理解すると同時に、狩人は悪夢へとその意識を飛ばす。

 

 夕焼けに染まる陰気な街、そこを正気を失い彷徨う民衆、もはや人であった形跡すら見いだせない悍ましい獣、そして少女との誓い。

 少女の父親だった神父、家族を守ろうとした男だった獣、夫を支えようとした妻だった死体、止まらない少女の泣き声にただ避難所の場所を言い逃げ出す自分、いくら待てども来ない少女、そして豚の(はらわた)から見つかった...血に濡れたリボン

 

 眼前にいる少女からの礼など耳に入らない、狩人の脳内に巡り続ける確かな悪夢(おぼろげな真実)

 何故、どうして、幾たびもあの町でしてきた後悔が再び脳内を廻り、ついにその脳内に一つの答えを出す。

 

 【ただ獣を狩るだけでよい】

 

 何もわからずとも、何ができなくとも、それだけが行えるのならば、狩人はそれでいいのだ。

 

 「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!

 

 激情と狂気を含んだ絶叫が、最早物理的な衝撃すら伴いながら、狩人の喉から溢れる。

 それはまるで獣の咆哮のように、だが確かに狩人の喉から放たれた物で。その咆哮によって気を失った周囲の人物が気が付いた時にはすでに狩人の姿はなく。モンスターの痕跡()と地面に残るひび割れだけが、狩人がいた証拠として残っていた。

 

 

 

 

 

 

 モンスターに襲われ、混乱に陥ったオラリオ。その上空に浮かぶ黒い人影がいた、狩人だ。

 

 狩人は空を飛べない、狩人のあるべき場所は地上であり地下だ。

 そんな狩人がどうやって空へと舞い上がったのか、その答えは簡単だ。人並外れた筋力でジャンプしただけである。

 上空からオラリオを見下ろし、自身の狩るべき()を見つけると同時に砲弾のような勢いで地上へと降りる。狩りが終われば再び上空へと昇り獲物を探す。狩人は先ほどからこうして狩りを続けていた。

 

 その頭の中は耐えがたい激情が渦巻いている。

 獣であればその激情に身を任せて暴れまわれただろう、だが狩人は獣ではない。

 上位者であればその激情を受け入れることが出来ただろう、だが狩人は上位者であることを受け入れない。

 人であればいっそその激情に耐え切れず狂死しただろう、だが狩人は人を止めた。

 

 故に暴れることも、楽になることも、狂死することもできず。

 狩人は気が狂いそうな激情を持ちながら獣を探し狩り続ける。それがこの激情の元である約束に報いる術だと信じて。

 

 

 

 

 

 

 新たに獲物を見つけた狩人が降り立った先には幾人かの人がいた。だが今の狩人に人を見分けることはできない。

 激情に瞳が曇っているから、ではないその逆だ。

 

 今の狩人は正気ならば滅多に使わない────普段が正気かと問われれば難しい問題だが────脳に得た瞳を使い外見を見るのではなく、その本質を見ている。

 今この場にいる人物が知り合いだったとしても、その人物の本質を知らなければ知らない人物と同じだ。

 たとえ上位者の知恵を得ようとも、その知恵を活用するものが人ならばそれを有効に使うことが出来ない。上位者との接触に成功したが、言葉のずれから邪眼の付いた巨大な脳みそを受け取ったメンシス学派の愚かさに通づるところがある。

 

 閑話休題(この愚かしさは獣の愚かしさか否か)

 この場にいる者が一体どのような素性であろうとも狩人には関係ない。ただ狩りの邪魔をされたくないと思うだけだ。

 故に戦うものでなければこれで逃げだすだろう、戦うものであっても逃げるタイミングを見計らっているのならばその隙を作れるだろう、とその喉から獣のような叫びを放つ。

 

 (モンスター)を含めた周囲の存在が僅かな間固まり、三人が戦場より離れていく。未だ一人狩人に向けて警戒を行う存在が残っているが、邪魔をするつもりが無いのなら居ても居なくても同じだ。

 

 必要最低限の人払いをし、(モンスター)目掛けて疾走する狩人。

 

 その行動を愚かしさの発露と見たか、(モンスター)は蔓を纏め狩人を潰そうと地面へ叩きつける。

 だが激情に駆られど思考を無くしていない狩人は、攻撃を読み切りぎりぎりで避ける。

 自身が起こした土埃で狩人を見失った愚かな獣(モンスター)を嗤いながら、狩人は手にした武器を叩きつける────その殺意をハンマーの形にしたような武器、爆発金槌を。

 

 だが狩人が感じるのは、獲物の肉を砕く甘美な感触では無く、分厚いゴムを叩いたような鈍い感触。その感触に自身の武器の選択が間違えていたことを狩人が悟ると共に、蔓によって吹き飛ばされる。

 脳内の啓蒙が囁いたか、はたまた誰かが叫んだか。打撃耐性がある(重打では致命に成らない)とその脳内に響く。

 これまでの(モンスター)は着火した爆発によって一撃で灰と化したが、撃鉄を叩く手間を惜しんだ結果とどめを刺し損ねたようだ。そのまま灰になっていればいいものを、面倒な敵だと舌打ちを一つ。狩人は爆発金槌を夢へと還し、更に悍ましい武器を手に取る。

 

 瀉血の槌。それが狩人の手の中にある武器の名前だ。

 先ほどまで狩人が持っていた、爆発金槌の頭に火薬を詰めたかのような外見────ハンマーに小型の炉を取り付けてある────と比べれば、ごくごく普通の悍ましい武器と言えるだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 狩人は夢より取り出した瀉血の槌を自身の腹部に突き刺す。 

 ほんの一メートルもないそれは、突き刺さった腹部より、喉が渇いた人間が水を飲み干すように血を啜る。そうして血を纏った瀉血の槌は、狩人の背丈すら超える巨大なメイスとなった。

 ヤーナムの神秘にまみえる者にありふれた気狂い。それに対抗する唯一の術は、下腹部に溜まった悪い血を肉体より抜き取ることだ...少なくともこの武器の元々の持ち主はそう信じていた。

 

 狩人は巨大なメイスと化した瀉血の槌を振りかぶり、(モンスター)へと攻撃をする。

 (モンスター)は攻撃に反応し、蔓を束ねて盾とするが...無意味だ。マスクの下で狩人が嗤う。

 

 この槌が纏うは狩人の、人を止め上位者となった存在の血だ。

 そして纏わせた血に、狩人はたっぷりと上位者の英知を含ませた。(モンスター)では到底耐えきれるものではない。

 血を介して受け取った上位者の英知に肉体が耐え切れず、(モンスター)が自壊するのを見て、残りのモンスターにも襲い掛かる狩人。しばしの追いかけっこの果てに三体の(モンスター)を倒し、新たなる獲物を探そうと狩人は空へと意識を向ける。

 

 その時足元から振動と共に新しい獲物が現れる、だが数が多い。

 

 

 

 

 

 

 幾重にも狩人への攻撃が降り注ぐ。(モンスター)は同士討ちすら厭わず、狩人への攻撃を飽和させる。

 その攻撃の量に(モンスター)へ攻撃することどころか、(モンスター)の攻撃を避けきることもできず狩人の体に傷が増える。

 しかし肉体の傷など、意志によって肉体を動かす狩人にとっては動けなくなる一撃(致命傷)以外は無意味なものだ。

 

 (モンスター)は数が多く、その数に押されて自身は不利な状況である。そのことを認めつつも狩人は冷静に狩る算段を頭の中で立てていく。

 どれだけ数が多くとも、槌を地面に突き刺し範囲攻撃を行えば一網打尽に出来る。

 そして(モンスター)は他の存在とも戦っており、段々と感じる圧が少なくなっている。ならばもうすぐこの(モンスター)を狩れる。そう考えていた狩人を襲ったのは凄まじい寒さだった。

 

 瀉血の槌によって血を抜いたこと(自傷の痛み)感じた冷たさに対処した(神秘で寒さから身を護った)ことで狩人の中で渦巻く獣性が薄れ、悪夢より目覚めの兆しを見せる。

 悪夢を彷徨っていた意識を現実へと戻した狩人が目にしたものは、レフィーヤが放った魔法によって雪原と化した戦場と、その魔法によって周囲に満ちた魔力(神秘)

 

 周囲に満ちた神秘の美しさに魅了され、呆然と立ち尽くす狩人。

 どれだけそうしていただろう、1分か、10分か。悪夢に浸り、未だ目覚め切っていない狩人に現実の時間を推し量るのは難しい。

 ふと気が付くと、目の前に手を血に染め嗚咽を漏らし続けながらも、憎悪を燃やし続ける少女がいた。

 先ほどまで自身の中を巡っていた激情(嘆き)象徴(少女)に思わず声をかける。

 

 何故泣きながら、苦しみながら、その手を血に染めながら、なお憎み続けるのか。少女の手に武器は似合わない、武器を持つのは私のような呪われた者でいいのだ、それこそが自分のできる唯一の贖罪。

 そう声をかけた狩人に反応したかのように少女が顔を上げる、その顔は...アイズ・ヴァレンシュタイン?

 

 狩人が夢より完全に目覚める。目の前にはアイズ・ヴァレンシュタイン。

 目を覚ませば美しい【剣姫】が目の前にいる。ある意味オラリオの男たちの夢ともいえる状況ではあるが、そんなことは関係が無い、と言わんばかりに苛立ったように狩人は「何故ここにいるのか」と問う。

 だがアイズより逆に先ほどの言葉は何かと問われ言葉に詰まる。心の中で舌打ちをした狩人は、先ほどまでの夢に微睡んだ自分に殺意を向ける。夢に微睡み普段閉じている瞳を開いた挙句、瞳より流れ込んでくる情報を漏らしたらしい。どうするか、僅かに悩んだ狩人は体を翻し逃走する。

 

 その後ろからアイズが追いかけてきているのを感じるが、角を曲がると同時に目覚めをやり直す。仄かな灯りが周囲を照らす中、狩人はこの状況が夢であればいいのにとため息を一つ漏らした。

 

 

 

 

 

 ヤーナムの少女

 リボンの少女或いはガスコイン神父の娘

 獣狩りの夜に獣を狩りに出かけた父と

 その父を探しに出かけ戻らない母を思い泣いていた少女

 窓越しに出会った男が獣狩りであることに気が付きオルゴールと願いを託した

 

 その願いはいまだ獣狩りでしかなかった男にとってヤーナムを進む理由たり得た

 結末はヤーナムにありふれた悲劇に終わってしまったとしても

 

 哀れじゃないか

 私たち狩人が呪われた罪人だったとしても

 その末裔にまで救いがないなんて

 あまりにも哀れじゃないか

 

 




どうも皆さま

一連の話はサクッと読める短編にしようとしたのにこの文字数です
こんなに長い話にしたのは誰だ...私です

皆様の導きの武器は何でしょうか
私の導きの武器はノコ鉈ですが最近この小説を書き始めてから
息抜きにヤーナムに里帰りしまして
新しい狩人様を作り斧を初期武器にして進めているのですが
強いですね斧
そんな気持ちを込めた前書きです

まあそんなことよりも
皆様の中にある狩人像はどのようなものでしょうか
血に酔い悪夢に囚われた狂人?
血晶石を求め墓を暴き続ける性格破綻者?
それとも過去の嘆きに囚われた哀れな罪人?
はたまたそれ以外でしょうか
この話の狩人は終わらない嘆きを怒りで隠す心折れた者です

獣に堕ちず、上位者にも為り切れず、人でも在れない
だからこそ此処まで来れた、来られた、来られてしまった
そんな存在です
だからこそヘスティアが狩人の救いになっているのです

...余談なのですがこの小説での狩人の正式な名前は月の狩人ですが
構想時点では月香(つきか)の狩人でした
誤字に気が付かず投稿してしまい名前が変わりました
本編で正式な名前が出てきたのは一度ぐらいしかないので
しれっと直しておこうかとも思いましたがせっかくなのでそのままにしていきましょう
特に何か特別な設定もなないですし

これ以降は私の独り語り...創作上のメモです
お暇な方はどうぞきっと暇つぶしぐらいにはなるでしょう
そうでない方はここでお戻りください
それではお疲れ様でした、ありがとうございました

月の狩人

武器 ヤーナムの仕掛け武器全般

行動理念 獣を狩る

戦闘力 人を止め上位者へと至ったことで普通の狩人よりもはるかに強靭な肉体を持っており普通の攻撃も強力なものとなっている特に神秘が比べ物にならないほど強力かつ大規模になった
    また隠匿の神秘を使いこなしており必要ならばアメンドーズやロマのように啓蒙無き者には認識されることすら無くできる為多くの秘密を隠している

メンタル面 人ではないメンタルである反面人でいられなかった為意外ともろい 脆くとも心が砕けた時露になるのは狩人が自身の心の奥底に押しとどめていた何かなのだが

自身から人に対して 神秘にまみえるは人の幸福とは悪夢で出会った蜘蛛男の言葉だが狩人の考えはその反対であり神秘などに関わらずに生きていくことこそ幸福だと思っている反対に神秘にまみえようとする者は生きている価値が無いとすら思っておりある意味人を信じていないともいえる

オラリオの住人より 神を含めたすべての存在からその凶暴性ゆえに恐れられている特に獣人系の種族からは普段からの態度から大いに嫌われている


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遺物

火継ぎの大剣

火のない灰が持つコレクションの一つ
かつて火の時代において王たちの化身が振るっていた武器

これは不死者たちの第二の故郷ともいわれる篝火に刺さっていた
死亡し失われていく不死者の魂を繋ぎ止める篝火に突き刺さっていた為か
或いはこの螺旋の剣が突き刺さっていた為に篝火は魂を繋ぎ止めえたのか

どちらにしろこの螺旋剣は陰り消えようした火を繋ぎ留め
その火を一時的とはいえ大きくすることが出来る
だが繋ぎ止めるべき火は最早失われこの剣の意義は火のない灰のみが知る

てお様、六色ダイス様、誤字報告ありがとうございます


 「灰の方、まだ私の声が、聞こえていらっしゃいますか?」

 ────火の時代火のない灰が聞いた最後の言葉 発言者 火守女

 

 

 

 

 「随分とご機嫌ですね?」

 

 オラリオの中心に建つ塔バベル。

 その中にある自身の主神の居室へと続く道を進む中、オラリオ最強の冒険者【猛者】オッタルは自身の主神へと思わず疑問を投げかけていた。

 自身の主神が最近とあるルーキーにご執心なのも、そしてその()に対してちょっかいをかけていたのも、オッタルは知っている。

 だがなぜそれほどまでにその冒険者に執着するのか、冒険者になってわずか一ヶ月にも満たない冒険者がいったい何を主神へ見せ、これほどまで上機嫌にさせたのか、これはわからない。故にその理由が分かればと思い主神へと問いを投げかけた。

 

 「あら、妬いてるの?」

 

 「ご冗談を。私の心は貴女の物、ですが貴女の心は貴女の物。

 ただこれだけ大きな騒ぎにする意味があったのかを知りたいだけです」

 

 だがその心を読んだように、或いは神故の心眼によってその心を読んだのか、その言葉を投げかけられた主神────フレイヤはくすくすと笑いながら嫉妬しているの?と楽しげにオッタルの瞳をのぞき込む。

 美男美女だらけの神の中でも、なおひときわ輝くフレイヤの美貌にオッタルは揺らいだ様子も見せない。

 

 オラリオの、いやこの地上に降り立ったすべての神は、気まぐれで騒動を起こし、下界を揺らす。だが今回の騒動はあまりにも大きいものとなった。

 それこそ後ろにいたのがフレイヤだと知られれば、他の神々によって天界へと帰されかねない程に。

 あまりにも他の神々の恨みを買っただろう、その恨みとフレイヤが見たがっていたルーキーの()()

 それはフレイヤ様の中で釣り合っている物なのかを知りたいだけです、とオッタルは返す。

 

 「ええ、素晴らしい物だったわ。本当にいくつも手間をかけた甲斐があったというものだわ」

 

 フレイヤはいまだ自身の体内に巡る熱を吐き出すように答える。

 何処までも透明な魂の持ち主、その魂の輝き。

 それを見たいがためにわざわざ遠回りをした。

 例えばガネーシャ・ファミリアが【怪物祭】の為に用意したモンスターの他に、フレイヤの眷族によって捕えたモンスターもオラリオに放ったのもその一つだ。

 

 ガネーシャ・ファミリアが用意したモンスターだけでは、量的にも質的にも彼ら(灰ら)がその気になればすぐに討伐できるだろう。だがそれでは意味が無いのだ。

 だからこそモンスターの量を増やしより強力なモンスターを地上へ運んだ。すべては窮地でこそ輝くだろう彼の魂の輝きを見る為。

 その遠回りの間にその輝きが濁っているのを見たときは、彼らも詰まらないことをするものだと落胆した。

 だが彼は窮地に追いやられた時これまで以上の輝きを放った。

 

 その素晴らしさはこれまでの苦労や、今回の出来事の黒幕(フレイヤ)に対して向けられるだろう神々の恨みなど、気にもならない程の物であった。

 未だにその興奮が冷めやらぬフレイヤは祝杯をオッタルと共に上げるべく、バベルの居室へと共に歩いているのだ...或いは酒でもその熱を冷ませなかった時の為に。

 

 熱に浮かされたような自身の主神を見て、オッタルは心のどこかでその冒険者もいい迷惑だと考える。

 だが神とは、神の寵愛を受けるとは、そういうもの(不条理である)と一人納得し、悪いのはそれを跳ね飛ばせるだけの力を持たない彼の方だと結論を出す。

 

 オッタルが考えることなどその冒険者が、フレイヤからの溺れんばかりの期待に応え、オラリオ最強ともいわれる自身へと追いつき、並ぶほど強くなる、そんな未来ぐらいのものだ。そうなればいいと本当に思う。

 少なくとも意中の神物が、自分以外の人物に対して愛を囁いている現実について考えるよりも、来る可能性が低くとも素晴らしい未来を想像する方がずっとましだ。

 

 そんな風にして彼ら主従がバベルの中を歩いていると、フレイヤの居室へと到着する。

 オッタルはその扉を開き、主神の後に続き室内へと入る。

 そうして目に入ってきたのは、素晴らしい家具や美術品によって、美しい調和が満たされた部屋と、その部屋の中で我が物顔で酒を飲んでいる部外者()だった。

 

 

 

 

 

 「よう、随分とご機嫌じゃあないか。何かいいことでもあったのかい?

 良ければ聞かせてくれないかな、酒のつまみぐらいにはなるだろう」

 

 「...随分と作法を知らないのね。普通自分の部屋にいた不審者とは楽しくおしゃべりするものではないのよ?

 ストーカーか何かだと思われる前に消えたら?」

 

 「おやおや随分とまあ嫌われたものだ、俺もお前ら(神々)が大嫌いだから別に気にせんがね。

 だがストーカーとやらはお前の方じゃあないのか?()()()()()()()()殿()

 

 灰は部屋に入ってきたのがフレイヤだと認識すると、片手をあげて挨拶をしてくる。まるで自身がこの部屋の主であるかのように。

 フレイヤは灰より投げかけられた非礼の数々を受け流し、『さっさとこの部屋から出て行け』と言外に告げる。

 だが灰もまたその言葉を笑い流し、さらにフレイヤへと侮辱の言葉をぶつける。

 

 「貴様...それ以上続けるのなら「オッタル」ハッ...」

 

 自身の信奉する主神への侮辱に、オッタルが怒りを抑えきれずに声を上げる。

 だがフレイヤが名前を呼ぶことで怒りを収め、再びフレイヤの後ろへと下がる。

 そんなオッタルに対して面白い物を見つけた、とでも言いたげに灰は挑発を続ける。

 

 「おやどうしたんだい、それ以上続けるのなら何だ。

 言ってごらんよ()()()()()()()()()()()()()()殿()

 ...なあんだつまらない。オッタル殿は猪人だったと記憶していたが、実際には犬人(神のワンちゃん)だったか。ほらわんこならワンって鳴いてみな」

 

 「...」

 

 こぶしを握り締めて耐えるオッタルに、幾度か犬の鳴きまねをして分かりやすい挑発を続ける灰。

 だが幾ら怒りに打ち震えようとも、フレイヤから押えるよう指示された以上オッタルが自身の体の中で暴れまわる感情を開放することは無い。

 しばらくオッタルをおちょくろうとしていた灰だが、反応が無いことに飽きたのかその口を閉じる。

 部屋の中に満ちた沈黙を破ったのはフレイヤだった。

 

 「それで?まさかオッタルをおちょくる為だけにここに来たとは言わないでしょう?何の用なのかしら」

 

 「んー?ああそうだ忘れていた。まあ挨拶と礼と忠告...いや警告をちょっとな」

 

  フレイヤの『何の用かしら(用件を済ませてとっとと帰れ)』という言葉に対して、灰は指を三つ立ててフレイヤの顔の前に出す。

 

 「まず一つ目はこれまでについてだな。

 狩人は友好関係にまで口をはさむ気はない、なんて物分かりがいいふりをしていたが、俺はそんなことするつもりはないからな。

 おまえに娘はやらんとまでは言うつもりはないが...おっと娘じゃなくて息子だったな。

 とにかく見つめてるだけじゃあ伝わらないものもあるんだ、ちゃんと言葉にするべきだろうさ神と人ならなおのことな。

 まあつまりうちの子(ベル)が欲しいのなら挨拶に来いよ、なに来れない?ならこっちから行くぞということだ」

 

 そして灰の口から放たれた言葉に室内に緊張が走る。

 フレイヤはその言葉にとぼけることにしようかとも思ったが、灰は返事を求めているわけでもないようで、フレイヤの方を見ることもせずに話を続ける。

 

 「二つ目は今日の騒動についてだな。

 うちの他の奴らはお前がこの騒動の犯人だと知れば怒り狂うだろうが、俺としてはそれほど人に対して責任を負うつもりもない。それに過程はどうあれ今回の騒動によってうちの新入りはまた一つ新しい強さを手に入れた。

 ああいう心の強さってやつは俺たちみたいなの(死なない奴ら)じゃ、どれだけ頑張った所で伝えられるものじゃあない。そう言う意味ではあいつに得難い経験を積ませてくれたといえる。その礼だ」 

 

 自身の主神を無視して話を進める灰にオッタルは軽い殺気を放つが、そんな物を気にも留めず灰は馬鹿げたような言葉を口にし続ける。

 

 今回の【怪物祭】での騒動の黒幕であることを知られている。

 そのことにオッタルが先ほどまでの戯れのような殺気を収め、目だけでフレイヤへと、この場で灰を殺すことの伺いを立てるが、フレイヤはそれを手で止めて灰へと次の言葉を促す。

 

 「三つ目は今後についてだな。

 さっきも言ったが、正直お前が何をしようと俺としてはどうでもいいんだ。

 お前ら()によって受けた被害についてあれこれ言う権利は今を生きる人にしかないからな。

 試練によって人は成長できる、神によってもたらされた騒動にどのような評価を付けるのは、その当事者だけが出来ることだ。

 今回はうちの新入りを鍛えてくれたことに免じて、うちの奴らについては俺が押さえておいてやるよ

 

 だがな調子に乗るなよ、幾ら俺が今に関わろうとしないとはいえ限度というものがある。

 おまえが今後もうちにちょっかいをかけ続けるのなら、こっちにだって考えはあるんだぞ

 

 ...まあそんなところか」

 

 フレイヤたちが部屋に入ってきたときから浮かべていた笑み────正確にはヘルムを被っているのだから笑っているような雰囲気だが────を消し、どすの利いた声で脅すようにヘルムの奥からフレイヤを睨む。

 その瞳の圧に押されるようにフレイヤが一歩下がるのを見て、満足したように笑う灰。そのままフレイヤとオッタルの横を通り部屋から出ていこうとする...がフレイヤによって止められる。

 

 「あら、お喋りするだけお喋りして帰ってしまうの?あなたの話を聞いたのだから、今度は私の話を聞く番じゃないかしら」

 

 フレイヤのその言葉を聞いた灰はしばらく顎に手を当てて考えた後頷き、再びフレイヤへと向き合い身振りで話を始める様に促す。

 

 

 

 

 

 「そうね、あなたの言う通りあなたの所の新入りにちょっかいをかけたのは私だし今回の騒動も私が起こしたものよ。

 だけどそれは彼だけの為じゃない、あなたと内緒の話をするためよ」

 

 「ふーん、そりゃあ至極光栄に存じます...とでも言えば良いか?あんた等みたいな頭のいい奴らは一つの物事にいろんな意味を込めるなあ。俺みたいなのは一つの物事について行くだけで精いっぱいだよ」

 

 神々の中でもひときわ輝く美貌を持つフレイヤからの口説き文句とも取れる言葉に灰はめんどくさそうに返す。

 その様子に気分を悪くすることもなくフレイヤは話を続ける。

 

 「【古い時代、世界は灰色の大樹と朽ちぬ古龍のみであった】

 ...神々ですら忘れてしまった古い古い伝承の一節よ。ご存じかしら」

 

 「さあな、それで?」

 

 「さっきも言ったのだけど、この伝承はあまりにも古すぎてそのほとんどが失われてしまっているわ、だからその全てを知ることは今となってはできないの。

 だけどそれでも語り継がれたものはあるわ、それが【始まりの火】と【暗い魂(ダークソウル)】よ」

 

 それまでやる気がなさそうに聞いていた灰がわずかに反応する、その様子を見て笑ったフレイヤはさらに続ける。

 

 「ええあなたの二つ名でもあるわね、【最も古き伝承の終わり(ダークソウル)】...これはただの偶然かしら?」

 

 「俺の二つ名について聞きたいのなら俺に聞くよりも名付けた神にでも聞けばいいだろう?」

 

 「随分と下手なごまかしね。【神会襲撃事件】を忘れられるわけないわ。

 あの騒動によってあなたたちは二つ名を自分で付ける権利を得た。貴方の二つ名を付けたのは貴方でしょう?

 教えてくれるかしら、私達()ですら忘れてしまった物語の言葉(ダークソウル)

 なぜあなたがその言葉を知っていたのか。」

 

 灰はその話はするべき相手(名付けをした神)にしろ、とフレイヤの話を断ち切ろうとする。

 だがフレイヤは話すべき相手(火のない灰)にしてるのよ?と話を続け、遂には確信に迫る。

 何故ダークソウルという言葉を知っていたのか、そう聞かれた灰が舌打ちをする。

 

 フレイヤは確信する、今度こそ灰が常に被っている笑顔の仮面をはぎ取れたと。

 オッタルは驚愕する、常に軽薄な空気を漂わせ減らず口をたたき続ける灰が間違いなく押されていると。

 

 その時部屋の中を一陣の風が吹く。

 ただの風ではない、大きな炎によってまき散らされる風のように、乾きすべてを焦がす熱を孕んだ風だ。

 

 そのことに気が付いたのはオラリオ最強と言われ、数多の戦いの果てにただの勘ですら未来予知めいたものとなったオッタルか、はたまた女神として、地上のありとあらゆるものを見通すとまで言われるフレイヤか。

 どちらにせよ一人と一柱が気が付いた時には、室内には()()()()ならば目を開けていることすらできないような風が吹き荒れていた。

 

 「面倒くさいことを言うんだな女神様(グダグダ面倒なことをしゃべるなよ糞が)

 だが地上にはあんたが知らないことが(地上全てを知っているわけでもないのに)沢山あるだろう?(訳知り顔で語る)

 だからこそ神々は(天界で満足できなくなって)地上に降りてきたんだから(地上に降りてきた身で)

 そんなに俺が気になるのかい(それで一体何が知りたいんだ)...それとも別のの何かが気になるのか?(俺についてかそれとも別か)

 どっちでもいいが女神サマ、(どっちだろうと興味はないが)あんた藪蛇って言葉知ってるかい(暗い闇に潜んでいる物を暴こうとするな)

 藪から出てきた蛇にかまれないと良いな(それ以上探ろうとするのなら殺すぞ)。」

 

 灰の纏う空気が一変する。

 今までの笑いを伴なったものではなく、冷たい水底から見上げている()()()のような冷たいぬるついた気配。

 それに気が付かなければ、そこに何かがあるということすら気が付かない程の。だが気が付いてしまえば、最早気のせいだと思い込むことすらできない圧倒的な、絶望的な、桁違いの存在感。

 

 そのことにオッタルが気が付くと同時に二つの思考が生まれる。

 【これには勝てない】

 何をどうした所でオラリオ最強の冒険者と言われるオッタル(自身)でさえ勝てない、否戦いにすらならない。

 戦士としては恵まれた体格ではない灰が大きく見える。

 実際に大きくなったわけでもない、あまりのその威圧に大きく感じているだけだと分かっていても、抑え込むことのできない恐怖を感じる。

 

 【これは殺さねばならない】

 だがそうだとしてもこれ()は神の天敵だ、ならば殺さねばならない。

 たとえその行いが自身の主神の怒りを買うことになったとしても、相手がこれまで自分が戦ってきた何よりも強くとも、自身の主神(フレイヤ)を害しうる存在ならば殺す。そう覚悟する。

 

 だがそう決めたオッタルが武器を抜こうとすると同時に風が止む。

 

 「...まあつまりはお前が知らない物事だって幾らでもあるだろう?それと一緒だ。

 おまえが知らないだけでその伝承とやらを知っていたやつらだっているんだよ。そういうことだ」

 

 大きく見えていた体が元の大きさに見える(決して大きくない体を小さく縮めた)灰はどこかきまり悪そうに話す。

 その内容が先ほどフレイヤがした質問の答えだと、灰の豹変に呆然としていたフレイヤ達が気が付ける訳もないのだが。返事が無いことに会話は終わったと思ったか、灰は恥ずかしそうに扉を出ていく。

 

 

 

 

 

 部屋に残された一人と一柱が正気に戻った時には、すでに灰はその影すらなく。先ほど見ていた物は白昼夢か何かだったのでは無いかと疑うほどであったが、互いの様子がそれを否定する。

 

 「...あれが火のない灰の底にあるモノなのかしら」

 

 「...なんにせよあれが御身にとって良いものとは思えません」

 

 フレイヤが口にしたのは先ほどまでの灰の様子についてだ。

 オッタルはフレイヤの身を案じた言葉を返し、とりあえず先ほどの風によってめちゃくちゃになった部屋を片付け始める。

 

 もともとオッタルと一緒に祝杯を挙げようと思っていたフレイヤだが、先ほどの出来事で最早そんな気分ではなくなっていた。

 何をするでもなく部屋が片付いていくのを眺めていたフレイヤは、ふと祝杯として開ける予定だった【神酒(ソーマ)】が無くなっていることに気が付く。

 否、無くなったのではない。部屋に入った時に、灰が飲んでいた酒こそが神酒ではなかったか。そう気が付き、オッタルにもともと神酒を置いておいた場所を探させると一枚の紙が出てきた。

 

 『これは迷惑料としてもらっていくぞ────火のない灰』

 

 そのメモを読むと同時に「あいつやっぱり一発殴ってきます」と灰を追いかけようとするオッタルを引き留め、フレイヤの口から笑みがこぼれる。

 嗚呼やっぱりあの男(火のない灰)は傲慢で、ふてぶてしく、他人を怒らせるのが上手い。だがそうではなくては。

 フレイヤは心の中を爽やかな風が通り抜けた様にすっきりとした気持ちになる。

 ...それはそれとして、今度彼の主神(ヘスティア)に会ったなら文句を言おうと決めたフレイヤであった。

 

 

 

 

 

SIDE火のない灰

 

 「ああ~やっちまったなあ。今からでも無かった事に出来ないかなあ。無理だな」

 

 灰はバベルの外を歩きながら頭を抱える。

 先ほどまでバベルの中で行っていたフレイヤとの対話において、灰は思わず怒りを感じ、その身に宿る始まりの火の残り熱を開放してしまった。そのことは灰にとって頭を抱える理由に成りえた。

 

 そもそも何故火のない灰がフレイヤに会うためにバベルへと来たのか、それを語るには【怪物祭】の朝にまで話を戻す必要がある。

 

 

 

 

 ヘスティア・ファミリアホーム【廃教会地下】 ─ベルが出発した後

 

 「うん?何だったかなこの気配。どこかでも感じたような?あれはどこだったかな。

 ここ(オラリオ)だったような、(ダンジョン)だったような、(火の時代)だったような。...いや少し違うな?

 俺の知っている()()とは違う...気になるな」

 

 ヘスティア・ファミリアのホーム廃教会の地下に、一人ぶつぶつと呟く鎧姿の男────火のない灰がいた。

 ベルを【怪物祭】へと送り出した後は、今日一日ホームで武器の手入れでもしようかと思っていた灰。

 だが、オラリオの街の下より()()()()()を感じた灰は、その持ち前の好奇心を抑えるという気もなく、その気配の元を探し回っていた。

 

 好奇心は猫をも殺すと言われるが、不死者である灰にとってそんなものは脅しにもならない。

 それどころか火の時代、不死者同士においては、殺すぞ何て言葉は非常につまらない冗談として扱われていた。

 

 閑話休題(話が逸れた)

 ともかく気配を探りながらオラリオの街を歩き回っていた灰は、下水道の先に気配の元があることに気が付いた。

 用が無ければ近づきたい場所でもない下水道が目的地だと気が付いた時点で、灰としては見なかったことにして帰りたかったのだが。明らかに何かあるにも関わらずそれを無視して進むと、大抵後から碌な目に合わない、と経験で知っていた灰はトラウマ多き場所(下水道)をいやいや進んだ。

 

 曲がり角や分岐が来るたびに、死角へと石を投げて何もないことを確認し、時としてネズミの群れが出てきて悲鳴を上げながら逃げ出したり...。

 そんな苦難を乗り越えてようやく下水道の奥にあった部屋へとたどり着いた灰。

 だがその先にあった物はもぬけの空になった部屋と天井に空いた穴、そしてその穴からさす光だった。

 

 ええぇぇ...と思わず困惑の声を上げながら穴から上を覗く灰。

 どうやら奇妙な気配の持ち主はすでに地上へと出て、暴れているようで、振動が地下にいる灰にも伝わってくる。

 苦難を乗り越えてたどり着けば、すでに奇妙な気配の持ち主は地上に出ていたという事実に、ただでさえ少なくなっていたやる気が根こそぎ無くなっていくのを感じる灰。だがここまで来て何も無しでは帰れない、と地上に戻る。

 地上に戻った灰が見た物は、オラリオの街中をモンスターが暴れまわってる光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 オラリオ街中【ダイダロス通り】 ─ベルたちがモンスターに追いかけられていた頃

 

 こうなっては最早、奇妙な気配の持ち主を探すことは不可能だろうと灰は諦め、ホームへと帰ることにした。

 帰り道を大変だなあと他人事のように(事実灰にとっては他人事なのだが)考えながら歩いていると、自身の主神が走っている(何かから逃げている)気配がした。

 一応眷族である以上は助けるべきだろう。

 そう思い、ヘスティアの気配を追いかけた灰が見たものは、

 心の奥に秘めていた思いを吐き出す後輩(その心が折れたベル)と、それを受け入れなお奮い立たせる主神(へスティア)であった。

 

 「はっはっは、やるじゃあないか」

 

 必要なら助けに入るか、とモンスターからもヘスティア達からも見えない場所で観察を続けていた灰。

 だがベルは再び立ち上がり、自身よりも格上のモンスター相手に戦い、勝利した。

 灰から見れば無様とすら言えるその戦い。だがそれを見ていた灰は上機嫌であった。

 

 不死者というものは為りたての内は死を恐れ、人であったころの記憶を失うことに恐怖する。

 だが不死者として生きる────幾たび死のうとも篝火にて蘇る不死者が生きているといえるかは別の問題として────内に失う恐怖を忘れる。

 そもそも死んだとしても次があるという考えがどこかにある以上、()()()()()()()()()()()()()というものは不死者には無いものだ。

 

 不死者にあるのは命を投げ捨てた戦いだけであり、ベルが見せた命を懸けた必死の覚悟とは近いようでありながら、両者の間には深く、広い、埋め難い溝がある。

 

 遥か昔

 灰が灰として目覚める前、人として生きていた時代。或いはその後のただの不死者であった時代には、灰も持っていたのかもしれない覚悟。

 だが灰が【火のない灰】として三度目覚め、ロスリックを冒険するうちにそれを忘れて久しい。

 

 だがあの後輩(ベル)は心が折れながらも再び立ち上がり、一度しかないその命の限り輝きを放ち、遂には勝利した。

 

 灰は不死者であることを誇らない。

 だが一度も死ねない()()()()に対して不便だなと思うことはある。そんな灰をして枯れ果てたと思っていた心が動く。

 師が目をかけていた弟子の成長を感じた時にも似た気持ちになりながら、灰はこの出来事を覗いていたのが自身だけではないことに気が付き、イラッとした。

 

 好奇心を満たすことが出来なかったことによって悪くなった機嫌を、自身の後輩が見せた輝きによって直した灰にとって、イラっとしたというのはケンカを売りに行くのに十分な出来事であった。

 更には覗き見していた存在こそが、ベルと接触した時に自身やベルを覗き見ていた犯人であろうと推測し、一言文句でも言ってやるかと、地上に戻ってきたときには尽きていたやる気が満ち溢れる。

 

 「さて、それでは覗き見さんを覗き返すかね。

 『汝深淵を覗く時深淵もまた覗き返しているのだ』...だったか?」

 

 灰は自身のソウルに溶かしていたコレクションの中から【ささやきの指輪】を取り出し指にはめる。

 灰が火のない灰として目覚めた時には、もはや失われていた物の一つであり。本来ならば灰は()()の存在を知ることすら無かっただろう。

 しかし灰が正統騎士団の大剣に酷似した武器(亡者狩りの大剣)を持っている、と知った焚べる者がそれと交換に灰へと渡した数々の装備の中の一つであり。今では灰のコレクションの一つだ。

 

 この指輪の効果は、指にはめることで一部の敵の声を聴くことが出来るというものであり、実際のところ使い道があるという訳ではない。

 だが王たちの化身を倒し、ただの不死者という枠すら外れた灰が使うことで、距離に関係なく自身が敵対視している存在の言葉を聞くことが出来る。

 最も灰としては効果そのものよりも、『すでに失われていた物』という点に価値を見出していた為、滅多に使う事の無いものなのだが。

 

 「ん~?ふんふん、なるほどなるほど、へえ~想定通りというべきか、なんだつまらんというべきか。まあどっちになるかは相手の出方次第かね」

 

 指輪の効果によって耳に届いた囁きを聞いた灰は一人頷きながら目的地を定める。

 オラリオの中心に建つ巨塔バベル、その一室へと。

 

 

 

 

 

 バベル内【フレイヤの居室】─フレイヤ達が居室へと帰ってくる少し前

 

 「お邪魔しま~す。...おや誰もいないのか、まあ知っていたけど。」

 

 オラリオを包む混乱故にか、明らかに警備が手薄なバベルの中を【見えない体】を使用しながら我が物顔で進む灰。

 そのまま目的地であるフレイヤの居室へと侵入するが誰もいない。

 最もそのことを知っていたからこそ灰は忍び込み、そのうちに帰ってくるフレイヤを待ち構えることにしたのだが。

 

 どうするか、灰は考え込む。

 ローリングで家具を壊して役立つ物が無いか探したり、扉の後ろに隠れて部屋の主が帰ってくると同時に【糞団子】を投げる、といった火の時代の流儀でフレイヤ達を出迎えるのも悪くはない。

 悪くはないが、流石にそこまですれば【戦争遊戯(ウォ―ゲーム)】待ったなしになるだろう、それはちょっと困る。故に家探しをする程度に収めておく。

 

 そうして見つけた酒を飲みながら、暇をつぶしていれば部屋の主たちが帰ってくる。

 部屋へと戻ってきたフレイヤへと声をかけ、ついでにオッタルで遊ぶ。

 そうして会話の主導権を握った灰は自身の要件を畳みかける。

 

 灰の推理を元に話をしたが、それが真実フレイヤの行いを言い当てているのか、それを聞いたフレイヤがどう反応するのか、など興味はない。

 灰とてオラリオ(この世界)に来てそれなりになるが、灰にとっての常識は依然火の時代のものであり続けている。

 かの世界において会話とは良くて自身の意思を相手に伝える物であり、悪ければ自身の意図を押し付けるものでしかない。灰にとって会話とはその程度のものでしかない。

 

 警告をしてフレイヤの怯えた姿を見たことで、溜飲を下げた灰はそのまま帰ろうとする。だがフレイヤに引き留められて今度はフレイヤの話を聞くこととなった。

 それが間違いだった。

 

 フレイヤの話は面白いものではあった。

 事実灰に関係のない話ならば、「おひねりは十ヴァリスで良いか」と惜しむことなくチップを恵んだだろう。 

 だがその内容が火の時代に関する物であったことは、フレイヤにとって不幸な出来事であった。

 灰の数少ない逆鱗(許すことのできない事柄)に触れてしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 灰の歩んできた道筋にどれ程灰の意思が存在したのか。

 まるで思春期の子供が抱える悩みのような問い。

 だが火のない灰、いや不死者にとっては意外と笑い飛ばせない問題だ。

 

 不死者には語り継がれる、ある使命がある。

 火継ぎの旅をして火を継ぎ、世界を救うという使命が。

 しかし火継ぎとは火の時代を存続させる為に、また()(小人)に課した枷より外れた不死者を処分する為に、その輝きで人の目を曇らせる為に、でっち上げられた偽りの使命。

 だが【火のない灰】として起こされた者らは、全てその火継ぎの旅の途中で、心が折れた者であり、火継ぎを成し遂げられなかった者らだ。

 

 呪われた印により人としての生を失い、偽りの使命を求めるうちにその呪われた生すら失う。

 火の時代にありふれた呪われた者(不死者)の人生。

 だが【火のない灰】として目覚めさせられた者らには、眠りすら許されず。三度の目覚めが与えられた。

 

 全ては火の時代を、始まりの火を繋ぐ為。

 灰とて最初は喜んだ。何も為せなかった自分にも、まだ為せることがあるのだと。

 だが不死者としての記憶すら失った灰が見たものは、末期という言葉ですら生ぬるい世界。

 

 そもそも【火のない灰】の使命とは、一度始まりの火を継ぎ、二度目の火継ぎを拒否し逃げ出した薪の王達────火が陰り世界が闇に覆われそうになった時、再び火継ぎを行えるだけの強大なソウルを持つ者ら────()()()()()()()()()()を集め、火のない灰(薪にすらなれず灰になった者)を僅かな間でも火継ぎに耐えうる存在へと鍛え上げ、火継ぎを行うこと。

 

 最早世界は一度薪とした者の燃え残り(薪の王達)と、薪にすらなれなかった者(火のない灰)、に縋ることでしか繋ぐことが出来ない所まで来ていた。

 

 だが灰はそれでも良かった。

 なにも為せなかった自身でも何かを残すことが出来るのだと、そう信じて始まりの火を継いだ。

 

 

 

 

 

 だが四度目覚めた(しかし安らかな眠りは与えられなかった)

 火のない灰として目覚めた時と何一つ変わらない石棺。

 その中で目覚めた灰は何が起きたか理解できず固まった

 

 自身の気が狂ったのかとも思ったが、道を進めば自身の知る通りの世界が現れ、自身の知る敵が現れ、自身の知る出来事が起こる。

 つまるところ自身の旅がやり直しになったのだと理解した時、灰の口から奇妙な笑いがこぼれていた。

 

 その後の灰はありとあらゆることをした。

 旅で出会う人物全てと仲良くしようとした。

 出会う人物全てを殺し尽くした。

 必要な人物を除き人と触れ合わなかった。

 幾たびも世界を続けさせようとした(火を継ごうとした)

 幾たびも世界を滅ぼそうとした(火を簒奪しようとした)

 幾たびも旅そのものを投げ出そうとした(そもそも旅から逃げ出そうとした)

 

 だがどのような道筋を辿ろうとも自身の終わり(石棺と目覚め)は変わらず。

 狂気としか言いようのない火の時代の終わりの中でさえ、気の狂ったと言わざるを得ない行いの果てに灰は一つの結論を出した、否認めざるを得なかった。

 

 世界は最早どうしようもなく終わってしまっていると。

 

 だから終わりにすることにした。自身の旅を、火継ぎを、始まりの火を、火の時代を...火の時代に住む人の営みを。

 それはかつて持たざる者と言われ、過去の出来事を何一つ思い出せない自分が唯一誇れる自身の過去だ。

 

 だが目の前の神(フレイヤ)再び火の時代をもたらそうとしている(自身の行いを無に帰そうとしている)

 灰の怒りに火を付けるには十分な行いであった。

 

 ...そんな訳はない。

 火の時代の出来事は最早遠い伝承の中の出来事、神々ですらその伝承を忘れている。そんな時代において何が出来るだろう。

 そもそも火の時代において、始まりの火はいつの間にか生まれた物。決して神が生み出したものではない。故にただ虫食いの伝承を聞いただけの神に何かが出来るような代物でもない。

 そう考えが追いついた為、灰の頭は冷えた。

 だが始まりの火の残り熱によって熱された部屋の空気はそうはいかない。

 

 故に気まずい空気から逃げるように、言葉を吐き出し部屋から出た。後から追いかけられないように願いながら。

 だがバベルから出て歩くうちに、これからについて頭が回るようになると、自身の目の前にはあまりにも問題が積み重なっていることに気が付き、灰は頭を抱えながら道を歩く。

 自身のホーム(帰るべき場所)へと。

 

 

 

 

 

 火守女

 火の時代を繋げるための旅をする不死者に仕える巫女

 篝火を護り火継ぎの巡礼の手助けをする者ら

 

 その瞳はあるべきでは無い新たなる時代を見るとされ

 その火の時代への裏切り故に全ての火守女は瞳を失っている

 

 薪の王の一人エルドリッチは深海の時代と呼ばれる何かを見出し

 故に神喰らいを行った

 

 では火守女の瞳は一体何を映し得るというのか

 それを知るものは最早いない

 

 

 




どうも皆さま

疲れました、無茶苦茶疲れました、書いても書いても終わらないこの話に疲れてしまったのです...な私です

いや本当にまだまだ書きたいことがあったんですがとりあえずは遺物の章終了ということで

戦闘描写の練習と銘打って始めたこの一連の短編、否短編になるはずだったものですが
書き終わって分かったことは戦闘描写は細かくすると長くなるということです
...当たり前ですね 

まあ何にも考えずにこの小説を始めた私ですので
少し考えればわかるようなことも実際やらなければわからなかったりするんです
こんな作者ですがもう少しお付き合いいただければありがたいです

これより下は私の独り言...創作上のメモです
つまるところ見なくても問題ない奴です
お暇な方はお読みください暇つぶしぐらいにはなるでしょう
そうでない方はここでお戻りください
それではお疲れさまでした、ありがとうございました

火のない灰

武器 火の時代の武器 焚べる者より譲り受けた武器 オラリオに来てから手に入れた武器 何でも使う

行動理念 退屈を潰す 楽しいことを探す

戦闘力 この小説最強の存在 鍛え上げられ続けた魂とその肉体は最早ただの不死者の領域を超えており故に灰が使用する魔術・奇跡・呪術は既存のそれを大きく超えている 灰に匹敵する存在は神の力を十全に振るう神ぐらい

メンタル面 現役の人物へと好き勝手言う隠居した存在を思わせる、ある意味無敵。しかし心がどこかで折れているともいえるため実はフロム主人公勢では下から二番目

自身から人に対して 人に対して上位神の視点に近い見方をしており基本的には放置主義 人がどうなろうともいずれはまた人が生まれるだろうという考えは火の時代を終わらせ新しい時代が生まれるのを待ったという経験故か

オラリオの住人より ほとんどの住人からはなんか怖い人ぐらいにしか思われていないが鍛冶師などからは機会があればぼこぼこにしたいと思われている ある意味一番気さくに接されているともいえる


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祭りの後に

祭り
何かを祝う或いは区切る為の催し

非日常であるが故に人々はその枷を外し
常よりもなお自由となる

だが世にはその時よりも
準備をしているときが楽しいという言葉が流れる

或いは先を見通す知恵を得たが故の感情か

カズゴウ様誤字報告ありがとうございます。


 「なるほど、つまりお前はこう言いたいわけだ。

 「ベルを監視していた神で、今回の騒動の黒幕を見つけたが、そいつとうちの奴ら(私達)を抑えると約束したから、手出しはするな」

 ...そうだな?」

 

 ヘスティア・ファミリアのホーム廃教会。

 その地下にある扉から繋がる異空間。そのうちの一つ、灰と焚べる者の部屋に静かな声が響く。

 ただ事実を確認しているだけの冷静な言葉。否()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉には、ぎりぎりのところで踏みとどまろうとしている響きがあった。

 例えば、一滴でも水を注げば零れるほどに、水が注がれたコップのような。例えば、そよと風が吹いただけで崩れるほどに、高く積み上げられた積み木のような。

 僅かでも対処を誤れば、大変なことになる。

 そう確信させる()()があった。

 

 「その通り。いやあ流石は人を止め、獣の愚かしさを克服した狩人。話が早い。」

 

 その響きを聞けば、誰でも間違えないように、恐る恐る対応することだろう。少なくともまともな頭をしているのならば、わざと怒らせるような真似はしない。

 

 だが狩人と相対する灰はまともではない。

 むしろニヤニヤと嗤うような口調で、大げさな演技めいた動きで、狩人の逆鱗に触れるような言葉で、狩人の神経を逆なでするような真似をする。

 

 「そうか、ではもう一度確認するぞ。お前は、神に、従うと。そう言いたいんだな?」

 

 火薬庫の中で、火の着いた松明を振り回して遊ぶような、愚かしい行い。だがその行いに対して、狩人は冷静に対応している。

 否それも欺瞞だ。堪えきれない怒りの証拠として、部屋の中に『ピチャピチャ』と水音が響いている。

 

 ここは灰と焚べる者の部屋。

 この部屋は、火の時代末期に灰が訪れた最初の火の炉。その記憶が元になりできた空間。

 あるのは見渡す限りの灰と、空に浮かぶ穴とも思える黒い太陽だけ。ひどく乾いたこの部屋に、間違っても水音などするはずもない。

 

 だが『ピチャピチャ』と、嵐のような激しさで、水底のような静けさで、この部屋に響く水音。

 これが聞き間違え、或いは気のせいであるはずが無い。

 

 この水音は狩人の黒いコートの中から響いている。

 そのことに気が付いた狼は、背筋に走った冷たい悪寒から、それ以上の思考を止める。

 葦名でも感じたことのある悪寒。

 それは或いはかの地にて最も狼が死んだ要因であり、死も恐れない狼ですら恐れる物でもある。

 

 怖気。

 臆すれば死ぬ、という言葉がある。

 戦場では一瞬の怯え、恐怖による一瞬の遅れによって命を失う、という意味の言葉であり。

 或いは葦名一心の『迷えば、敗れる』という言葉にも通じる、戦場に立つ者は恐怖を克服する必要がある、という教えでもある。

 

 だが葦名では違う。

 葦名に眠る古い異形の者ら。彼らの力の中には、それを見る、聞く、知る、理解するだけで人の命を奪うものがある。それを知るだけで耐え難い恐怖を与える異形の恐怖。

 それこそが怖気。葦名の戦士が恐れ、敬い、そして或いはその末路の果てに纏うもの。

 

 それを狩人より感じる。

 葦名に潜む異形異種が、狩人のいたヤーナムに、その起源を求めることが出来ることを、示しているのかもしれない。

 だが狼にとってそんなことよりも、主の身が大事だ。

 

 九郎にまだら紫の曲がり瓢箪を渡し、中身を飲ませる。

 この瓢箪は墓場などの忌み場で芽吹き、育つ。故にか体より怖気を払い、また怖気に抗う力を与える。

 狩人の放つ未知の怖気に、どれほど役に立つかは分からないが主に抗う術を施す。

 薬を渡した狼は、必要ならば九郎の目と耳をいつでも防げるように構え。自身もまたいざという時は、焚べる者を盾に出来るよう位置取りをする。

 

 「そんなに怒るなよ、獣に成っちゃうぞ」

 

 「ふざけるなよ?いったい何のつもりだ」

 

 そんな周囲の気持ちも知らず、灰は相変わらず狩人を煽るような言葉を続ける。

 遂には狩人より『にちゃにちゃ』と、湿った音が、何か悍ましいものが蠢いているかのような音がしだす。

 ともすれば、人の姿(人のふり)を止めて上位者としての姿すら出しかねない狩人の様子に、同じ部屋にいる狼らに緊張が走る。

 

 「何のつもり、か。おまえこそ何のつもりだ?いったい何が気に入らないんだ」

 

 「二度は無いぞ灰。

 苛立たしい視線を後輩(ベル)に向けられていること。

 (なめくじもどき)オラリオ(平和な街)をめちゃくちゃにしたこと。

 お前がその神と会いに行き自分勝手な約束を結んだこと。

 なによりその神の名をお前が隠していること。

 全てが気に食わない!」

 

 だが灰に慌てるような様子はない。

 それどころか何が気に食わないのか、と問いだす。

 狩人はにちゃにちゃとした粘着質な音を響かせながら、その問いに答える。

 激しい怒り、深い歎き、それを成した神への憎悪。

 自身の感情をすべて露にしながら語るその言葉を、灰は鼻で笑い断ち切る「何様のつもりだ?」と。

 

 「何様のつもりだ?だと。決まっている狩人だ。

 忌むべき獣と傲慢な医療者、そして理解できぬ上位者をすべて狩り殺す者だ!!」

 

 「それは何故?」

 

 「人を護るためだ!当たり前だろう!!それが私の生きる意味!!!私が人に与えられる()()()()()()!!!」

 

 先ほどまでの、表面上の冷静な様子すらかなぐり捨て、狩人は叫ぶ。人を護るためだと。

 だが酷く冷たく吐き捨てる様に灰はその叫びに返す。

 

 「そうやって上位者から与えられるだけの存在。堕落した情けない存在がどうなるか。おまえは知っているはずだがな」

 

 時が凍り付く。

 先ほどまで煩いほどにこの部屋に響いていた水音も粘着質な音も止まり、狩人もまたその叫びを止める。広いこの部屋に僅かな風だけが吹く。

 

 「そうだろう。おまえは知っているはずだ、お前の世界はそれで滅びたからな。情けない、堕落した進化の果てはそんなものだ。

 だがこの世界は俺やお前の世界じゃない。人が重ねていく世界だ。俺らの見てきた世界のように終わっている世界とは違う。

 今回の出来事だってそうだ。オラリオは無茶苦茶になった。

 

 だがもうこの街は終わりか?

 お前のいたヤーナムのように、僅かな正気を保った人が獣を恐れながら身を寄せ合うことしかできないのか?

 俺たちがいた火の時代のように、かつての栄光の残滓を見せるだけの廃墟となったか?

 狼がいた葦名のように最早滅亡は避けられない所まで来たか?

 

 違うだろう。この街は終わりじゃない。

 悲劇はあった、嘆きもあった、二度と立ち上がれないと思うほどの挫折に見舞われた奴もいただろう。

 だがこの街は終わっていない。人はあきらめきっていない。人はそこまで弱っていない。

 なのに勝手に人を護ろうとするお前は何様だ?月の狩人。」

 

 先ほどまでの激しい怒りをかけらも見せず俯いている狩人と、淡々とした口調で語る灰。

 

 「...なるほど。少なくとも今回はお前に理があるようだ。」 

 

 「分かって貰えて嬉しい「だが、それは今回だけだ。次は無い。」...まあそうだな、それについては俺も警告しておいた。それでもなお、あいつが手を出すのならば、好きにすればいい。そこまで縛る権利は俺にもない。」

 

 灰が狩人へと話し終わると、狩人はしばし考えこみ灰の意見に賛同する。

 灰は両手を挙げて喜びを示すが、その言葉を遮り狩人は告げる、今回だけだと。

 灰もまたその言葉に頷き好きにすればいいさと笑う。

 

 ともすれば、幾度目か数えることの叶わない廃教会の崩壊(いつもの騒動)が起きかねなかった状態。だが何事もなく終わったことに、狼と九郎は安堵の息を漏らす。

 

 「話は終わったか?では次はベルのスキルと成長についてどうするかだな」

 

 先ほどまでの一触即発の空気を気にしていないのか、気が付いていなかったのか。焚べる者は次の議題へと進める。

 

 未だ語る言葉は尽きず、夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎のような紅い館。

 ヘファイストス・ファミリアのホームにして、世界にその名を轟かせる、ヘファイストス・ファミリアの鍛冶師(スミス)の工房が収められた建物。その建物の中はすさまじい騒ぎとなっていた。

 ここが工房である以上、ほぼ常にごうごうと炉に吹き込む風の音、じゅうじゅうと熱された鉄によって蒸発する水の音、そしてかんかんと鍛えられる鉄の音が響いている。

 その音は慣れない者であれば、一時間もここに居れば耳がおかしくなるような騒音である。だが今更この建物の中で過ごす鍛冶師に、煩い程度で怒るような者は居ない。だが、今日はいつもと様子が少々違った。

 

 「うおおおおぉぉぉー!! あの野郎また「灰だ!灰がいたぞ!!」

 畜生!見つかっちまった!だがな縛られた程度で俺が負けるとでも...あっ、待って、一人ずつ順番でお願いしま、ぐぇええ!」

 

 「何やってんだか...。」

 

 「おお主神殿。今よりあのにっくき灰めを袋にする所であるが...主神殿も一発どうかな。」

 

 「...遠慮しておくわ。貴方達が袋叩きにするというなら好きにしたらいいと思うけど。」

 

 【怪物祭】中のオラリオの街にモンスターが現れ、暴れたことによって起きた被害。

 それはヘファイストス・ファミリアの武器を扱っている商人にも及んでおり、その被害がどれほどのものか調べるために、この館の主であり、ファミリアの主神であるヘファイストスはオラリオの街中をあちらこちらと歩き回っていた。

 

 彼女が直々に歩き回った甲斐あり、被害の補填にある程度の見通しが立ったことで、ファミリアのホーム(我が家)へと帰ってきたヘファイストス。

だが彼女を迎えたのは聞きなれた鉄の音ではなく、灰の悲鳴と鍛冶師たちの怒りの声だ。

 

 思わず彼女の口から洩れた、困惑の言葉に反応したのは、椿・コルブランド。

 ヘファイストス・ファミリアの団長であり、ヘファイストス・ファミリアで最も優れた(当然ヘファイストスを除いた、だが)鍛冶師でもある。 

 彼女が言うには、いつの間にやら、オラリオ中の鍛冶師の怒りを買っている灰がこの館の中に居り、それを見つけた団員達と追いかけっこが始まった。灰はその常人離れした身体能力を生かし、慣れない場所でありながら数で勝る鍛冶師達を翻弄していた。だが遂に灰を追い詰め縄で縛り上げ、今から袋叩きにする所らしい。

 そして鍛冶師達によって連行されている灰を指さし、椿は拳を作り「一発どうかな」とヘファイストスを誘う。

 

 だが今日一日歩き周り、疲れ果てたヘファイストスはその誘いを断る。

 その言葉に、担がれていた灰が助けを見出したか、その目を輝かせるが。続く眷族(貴方達)がする分には好きにすればいいという言葉に絶望する。

 

 「おらっ!これはお前に追いかけ回された分だ!」

 

 「これはお前が買ってそのまま死蔵している俺の子(俺が作った武器)の分だ!」

 

 「これはお前のせいで潰れた取引の分だ」

 

 そのまま眷族たちの怒りの言葉を聞きながら、ヘファイストスは自室へと戻る。

 

 ヘファイストスの自室。すなわち彼女の工房であり、彼女のテリトリーとでも言うべき空間。

 そこに戻ったヘファイストスは何か違和感を感じる。

 一体何がおかしいのか。

 彼女は部屋の中を見渡し、そして何でもない物陰にその違和感の元を認める。

 

 いっそのこと、誰か忠実な部下が待機している、とすら思えるほどの違和感のなさ。

 だがそれでもヘファイストスが気が付いたのは、ここが彼女の城だから。

 否、隠れている相手が気付かせようとしたから。そうでなければ、例え自身の工房であったとしても、ヘファイストスは気が付けなかっただろう。

 

 あまりにも優れた隠密の業。

 だがそれ故に、潜んでいる人物の正体を現していた。

 

 「それで一体何の用かしら、今日はもう疲れてしまったのだけれど。」

 

 「...お疲れのところ申し訳なく。されど我らが主神、ヘスティア様の買い物についてお話に参りました。」

 

 物陰に声をかけるヘファイストス。

 その声に反応して、物音ひとつさせずに現れたのは、渋柿色の衣を身に纏った厳めしい顔つきの男、狼だ。

 狼はヘファイストスに非礼を詫びながらも、急ぎ話す必要があったのだと語る...それこそ居室へと忍び込むほどに。

 

 主神(ヘスティア)後輩(ベル)へと施した、新しい武器(ヘスティア・ナイフ)

 それが武器狂いの灰の目に留まらない訳がない。

 しかしながらベルを拝み倒してナイフを借りた灰は、そこにヘファイストスの刻印が刻まれていることに気が付き、ヘルムの下の顔を青くした。

 

 ヘファイストス・ファミリアの構成員は、すべてが鍛冶師であると言ってもいい。

 だが当然ながら、彼らが作った武器全てが、ヘファイストスの名を冠する世界最高峰のブランド品として認められるわけではない。

 主神であるヘファイストスと、ファミリアの幹部が認めた品にのみ許される、その刻印が刻まれて初めて、そのブランドを冠することとなる。

 その価値は凄まじいものであり、短刀でも800万ヴァリス。いかな灰と言えども、おいそれと手を出すことが出来ず、それほど持ち合わせていないといえばその価値が理解できるだろうか。

 

 そのことを灰より聞かされたベルは真っ青になりながら、ヘスティアへと一体どういうことなのかと問いただし。

 ヘスティアの友神割引で安く済ましてもらった、と言う言葉に誤魔化された。

 

 だが灰らはそうはいかない。

 ベルを除くヘスティア・ファミリアの眷族が────普段ならば傍観するか、諫める側の狼も、九郎が灰より「ナイフの値段が一億ヴァリスは下らないだろう」と聞かされ、卒倒したことで尋問する側へと回った────ヘスティアを囲み聞き出した値段は二億ヴァリス。

 

 二億ヴァリス。

 その値段は、ヘスティア・ファミリアの支払えないものでは無い。例えば灰達がダンジョンに数回潜れば払える値段ではある。

 だが逆に言えば、灰達(オラリオの中でも最上位の冒険者)ダンジョン(ダンジョン最下層)数回潜れば(何度も潜らなければ)払える値段(払えない値段)であるということだ。

 

 ヘスティアは

 「ボクがお願いして作ってもらったものだから、ボクが働いて払うよ。そのために、ヘファイストスの下で働く話も、纏まっているんだ。」と言っていた。

 しかし正直な話、ヘスティアが何年、何十年、働いたとしても。到底払いきれるものでは無い。

 過去にヘファイストスと関わりがあり、その神格を知っている灰らですら、到底信じきれない言葉だった。

 

 「そう。まあ、あの子が隠し切れるとは思わなかったけれど。もうバレたのね。」

 

 「ここにあのナイフの代金、二億ヴァリスございます...。これでどうか我らが主神の負債を無しにして頂きたく。」

 

 狼の語るヘスティア・ファミリアの事情。それを聞いたヘファイストスはどこか納得したように首を振る。

 その様子を見た狼は、懐よりいくつもの袋を差し出す。

 

 重く膨らんだ袋。

 間違いなくヘスティアの眷族たちは、二億用意してきたのだろう。

 そのことを理解しながら、ヘファイストスはそれを受け取ることを拒んだ。

 

 「何故...?よもや足りないと?」

 

 「違うわよ。いろんな理由があるの。まずはそれを収めなさい。

 あのナイフについてだけど、そもそも二億というのは吹っ掛けたのよ。本当はもう少し安いわ。

 それでもあの値段を付けたのは、あの子(ヘスティア)の覚悟が知りたかったから。

 あの子がどれだけ自分の眷族(ベル)に対して力になりたいと思っているのか、その覚悟を知りたかったのよ。

 

 それに最近あの子ちょっと、だらだらしてるでしょ?

 甘やかすとどんどんつけあがるから、そろそろしごいてあげる必要があると思ってたのよ。

 だから仕事を紹介するって言って私の所で働かせるつもりだったの。

 

 そもそもあの借金を負う際にヘスティアは私に約束したわ。どんなことがあっても自分で支払うと。

 決して貴方達眷族にその重荷を負わせることは無いと、神の名に懸けてそんなことはしないとね。

 なのにあなたたちによって、支払われてしまったらあの子の立つ瀬がないでしょう?

 だから受け取れないの。」

 

 「...」

 

 まさか受け取りを拒否されるとは思ってもいなかった狼は、目を見開き驚愕する。

 しかしヘファイストスが支払いを拒否した理由を説明すると、小さく唸る。

 その唸りの中に、納得以外の物が混ざっているのを感じたヘファイストスは一体どうしたのかを問う。

 

 「灰は

御身がそのような(ヘファイストスは理由なく)無体をする訳が無い(そんなことをするような神じゃない)持って行ったとしても受け取らないだろう(支払いに行っても無駄足になるだろう)」と言っておりました。まさかその通りになるとは...」

 

 「そうなの、あの男がね...。所で、さっき家の子に縛り上げられていた灰を見たのだけれど、貴方何かしたの?」

 

 「...あれは「御身が受け取らねば(ヘファイストスが二億ヴァリスを)自分の物だ(受け取らなかったら俺のものな)」と言いついてきたので、ここの住人の目を引き付ける囮にしました。...どうせ何をされたところで後悔するような可愛げなど持ち合わせていないのです、好きにしてください。」

 

 狼は灰について言葉を残したのち闇に消える。

 最早ヘファイストスでも、追いかけることは不可能だろう。

 

 今日一日の疲れがどっと出てきたような気がして、ため息を一つついた後、椅子に体を沈める。

 あの子(ヘスティア)(ヘファイストス)の下でゴロゴロして居た頃に、灰らと出会い、しばらくこの館で過ごした。

 だからこそ、彼女の眷族についてオラリオで知られている以上のことを私は知っている。

 

 最初に出会った時、灰はどう見ても不審者だった。

 こんな時代(闇派閥が暗躍する時代)に全身を鎧で覆った正体不明、経歴不明の人物を、ヘスティアが連れて帰ってきたときは長い説教をしたものだ。

 だがそんな()()()()()をできたのは、灰の持つ武器を見るまでだった。

 

 鍛冶師は装備を見れば、その装備の持ち主について様々なことが分かる。

 ヘファイストスは文字通り神の鍛冶師。装備から読み取れるものも桁違いである。

 だからこそ自分の目を疑った。

 灰の鎧を見れば、その困難という言葉ですら言い表せないこれまでの道のりが見えた。

 灰の持つ数多くの武器を見れば、その武器が生まれた悍ましい理由が見えた。

 

 灰だけではない。

 焚べる者であったり、狩人であったり、先ほどまで話していた狼であったり。

 後のヘスティアの眷族たちの装備が語る、彼らの物語はどれもこれもが酷いもので、本当に有った事だとは思いたくない程の物だった。

 

 そんなものを見せられていつまでも冷たくできるほど、自身は冷酷な性格では無い。

 だから警戒を解き、その人生に同情をした。そのことに後悔はない、全てを知っているわけではない、だが僅かに知っただけでも子ども()が受け止められるはずの無い苦痛。それを受け続けた彼らに同情すらできないのなら自身は女神を名乗ることなどできない。

 そんなヘファイストスの様子を見て心を許したのが狼だ。

 

 自身の部屋に隠された見事な、だが同時に鍛冶師として許すことのできない大太刀。

 それを見ながら過去を思い出していたヘファイストスは、瞼が重くなり眠りが忍び寄っていることを感じ、それに抗うことなく眠りへと落ちていった。

 

 館に響く灰の悲鳴は止むことがなく、夜はなお更ける。

 

 

 

 

 

 不死斬り

 抜けぬ刀として葦名に伝わる大太刀。赤い鞘と赤く光る刀身故に【赤の不死斬り】と呼ばれた。

 不死を殺す力を持つが、同時に鞘から抜くだけでも命を失う刀。

 何とも笑えないことに、不死を殺すための力を持ちながら、不死で無くば鞘から刀を抜くことすらできない刀なのだ。

 

 狼は主の命によって探し、仙峯寺の奥の院に封じられていたこれを手に入れた。

 だがオラリオへと来てからそれほど立たぬうちに手放し、ある女神へと預けた。

 偏に主を害することが無いように願い。

 

 




どうも皆さま

なんか急に閲覧数とお気に入り数が増えて何が起きたかわかっていない私です

本当にビックリするを通り越して、ビビっております
お気に入り数300突破ありがとうございます。と言おうとしていますがこの後書きを書いている時点ですでに400に届きそうな勢いです。
追伸400を超えましたありがとうございます

何があったんでしょうか、ありがたいを通り越して怯えています。

評価や感想もありがとうございます。
人物紹介の前書きにある通り、私からの返信は考えておりません
私何書けばいいのかわからないので、
返信に何書くか頭を悩ませるくらいなら
その分本編の分を考えるのに使いたいと思っています

皆様からの感想は嬉しく読ませていただいております
疑問や質問も頂けると感想の返信という形では何もありませんが
今回みたいな間幕のネタになるので喜びます

とりあえず書いておかなくちゃと思って書いた間幕
それぞれに題名を付けるのなら
秘密の会談その2と過去を覗く火と言ったところでしょうか
今回もどんどん伸びました
おかしいですね?

秘密の会談その2の構想段階では
灰「そっかあ、君は堕落した進化が何をもたらすか知っているのに人を堕落させようとする上位者なんだね」
狩人「(#^ω^)」
狼「ヒエッ」(啓蒙が上がる音)
としか書かれてなかったんですけどね

以下はおまけです
前回までの短編に入れようとして入らなかった名前についてのちょっとした文です
本当は題名とこの文を対応させようとしたのですが
うまく入らなくて諦めた物を使わないのもな...と思っておまけにしたものです
つまるところ読まなくてもいい奴です
お暇な方はどうぞ
そうでない方はお戻りください
それではお疲れさまでしたありがとうございました。

火のない灰

火のない灰とはロスリックにて薪の王を狩る者の総称である
その胸に燃えていた使命を失い、旅の途中で心折れた者ら
だが彼らに眠りは与えられず、三度の目覚めを与えられた
その旅の果てに始まりの火を求める者らの呼び名

だがこの世界に始まりの火は無く
この名に意味は無い
しかし彼はこの名を名乗り続けている

それはきっと
火の時代につきものであった不死が
始まりの火が消され、火の時代が終わった後世にもいる
そのことへの彼なりの諧謔なのだろう

絶望を焚べる者

絶望を焚べる者とはドラングレイグを旅する者の呼び名である
火継ぎの旅はその過酷さから人足らしめる楔を捧げる必要がある
だがドラングレイグを進む物にはさらに過酷な旅が待ち受けている
故に人であった頃の記憶だけでなく、この旅で得た絶望すら焚べて先に進む者らの呼び名

だが最早彼はドラングレイグより旅立ち
彼の地での旅は終わった
しかし彼はこの名を名乗り続けてはいないが使用している

それはきっと
自身の進む道にとって絶望などは
道を照らすために燃やすもの程度の価値しかない
そう考えている彼の覚悟の強さを示しているのだろう

月の狩人

月の狩人とはヤーナムの獣狩りの夜に夢を見る狩人の呼び名である
幾たび死のうとも死を夢にして目覚めと狩りをやり直す狩人
その者から漂う知らないだが懐かしい香りよりつけられた呼び名

だがすでにヤーナムの永い獣狩りの夜は明け
その香りは狩人より失われた
しかし彼はその名を背負い続ける

それはきっと
月があらわす狂気を意味し
狂気全てを狩りつくすという狂気に満ちた
彼の決意の表れなのだろう



狼とは彼の養父が名付けた物
忍びとは時として人とすら扱われず故に動物などの名を名乗ることもある
しかしその名を自身の梟に因んだ名にせず狼としたのは初めて出会った時の言葉故にか

だがすでに葦名は滅び
その名を呼ぶものは九郎だけであった
しかし彼はその名を自身を指すものとする

それはきっと
義父が自身に望んだ姿がそこにあると信じているからであり
その名が示す通り誇り高く、主に忠実な生き物として生きる
彼の数少ない主張なのだろう


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新しい事柄の話
新たな目標新たな悩み


悩み

誰しもが持つ心の澱

真実それが重要な物で無くとも
その悩みを持つ者にとっては重大なものとなる

不思議なことに幾ら潰そうとも新たに生まれる
或いはこれこそが人の世に生きる証拠か


 ダンジョン五階層

 

 キラーアントがその顎をガチガチと鳴らしながら近づいてくる。

 僕はいつかのように怯えることなく、手に吸い付くように馴染むナイフを振るう。

 狙うは足。

 強固な外殻を持つモンスターだが、このナイフで足の節を狙えば歯が立たない、なんてことは無いだろう。

 僕の狙い通り、新しいナイフの切れ味の前にはその外殻も意味をなさず、キラーアントの足を切り落とすことに成功した。

 

 だが、虫系のモンスターであるキラーアントにとって、足を一本失ったことは痛手になっても致命傷にはなりえない。

 だからこそ足を失ってバランスを崩した瞬間に、片側の足をどんどん切り落としていく。

 これでキラーアントの機動力は大きく落ちた。

 だがキラーアントの恐ろしさはこのモンスターが負傷してからにある。

 

 キラーアント

 このモンスターは外殻を持ちその強固さ故に、新しくこの階層に足を踏み入れた冒険者の前に立ちはだかる。だが真に恐れるべきは外殻では無い。

 このモンスターは自身に危機が迫った時、仲間を呼びその危機に対応しようとするのだ。

 これまで戦ってきたモンスター達と同じように思い攻撃するも、強固な外殻にとどめを刺し切ることが出来ず泥仕合に持ち込まれ、そのまま仲間を呼ばれたことで数によって押し切られる。

 これは上層の中でよくみられる新米(ルーキー)の死因であり。

 だからこそこのモンスターは【新米殺し】と呼ばれるのだ。

 

 足を切り落とされたことで不利を感じたキラーアントは仲間を呼んだようだ。この部屋(ルーム)に続く道から顎を鳴らしながら新しいキラーアントがやってくる音がする。

 このままグズグズしていれば数に囲まれてしまうだろう。

 灰さん達からも、エイナさんからも、「数こそが最も恐ろしい」と耳が痛くなるほどに聞かされている。足を切り落としたキラーアントにとどめを刺し、新しい敵の襲撃に備える。

 

 僕が戦闘をしていた部屋に新しいキラーアントがやってくる。

 僕はそれを確認すると同時に、バッグから予備のナイフを取り出し、新しく現れたキラーアントへと投げつける。

 だが拙いそれは、当然のように避けられる。いや当然だろう。

 僕は投げナイフの練習をしたことが無い、投げたナイフも普通の切り付けることを目的としたものだ、そして何より僕はナイフを当てるために投げたわけじゃない。

 

 僕が狙ったのは、投げたナイフをキラーアントが避けることによって生まれる隙。

 狙い通り避けたことで生まれた隙に、キラーアントに接近してナイフを大きく振るう。

 神様の名前が冠されたナイフ(ヘスティア・ナイフ)

 灰さんですら怯えるほどの価値のあるナイフは、その切れ味を発揮し、キラーアントは真っ二つになる。

 だが一撃でキラーアントを倒したことに感慨を覚えている暇もない、更に寄ってくるキラーアントに対応する為僕はナイフを構えなおす。

 

 

 

 

 

 倒されたモンスターが残した灰と魔石。

 それがあちこちに散らばっている部屋で僕は周囲を警戒する。

 ガチガチと顎を鳴らす音、チャカチャカと歩く音がしない。どうやら最初のキラーアントが呼んだ分の仲間は倒し終えたようだ。思わず「ふう」と息を吐く。

 だが僕が気を緩めた瞬間、それを待っていたかのように頭上にモンスターが現れる。

 

 

 鱗粉に毒を持つ蛾のモンスター(パープル・モス)

 だがこのモンスターの最も厄介なところは、空を飛ぶという点だ。

 幾らダンジョンの中とは言え空を飛ばれればナイフは届かない。そして先ほどキラーアントに対して僕は持っていた予備のナイフを全部投げた。投げたナイフはまだ回収していないから、予備のナイフを投げるという手段は使えない。

 手に持っているナイフ(ヘスティア・ナイフ)を投げてしまえば戦う術が無くなる。

 対抗する手段が無いかに思える状況。

 だが僕は落ち着いてカバンから石を取り出し、投げつける。

 狙い通り石はモンスターに当たり、しかし止めを刺すには至らない。

 だが投石を受けてバランスを崩したことでナイフが届く距離まで降りてきたパープル・モスにナイフを突き立てる。

 更なる増援が来ないか再び警戒し、増援が来ないことを確認した後、地面に散らばっている予備のナイフや魔石を回収する。

 

 僕が回収した魔石をバッグに入れようとすると、バッグはもうパンパンで、荷物を入れる隙間は無かった。

 仕方がないので、投石用にあらかじめ拾った石を捨て場所を開けて魔石を入れる...がそれでもぎゅうぎゅうだ。

 荷物もいっぱいになったことだし、今日の所は地上に帰ることにする。

 

 「どうぞ、これが魔石の代金です。」

 

 「ありがとうございます。」

 

 ギルドの換金所。

 そこで魔石をお金に換えた僕はギルドから出る。

 灰さん達について来て貰わずに、僕が一人でダンジョンに潜っている理由を説明するには、少し時間を遡る必要がある。

 

 

 

 

 

 シルバーバックとの戦いが終わりホームに帰ってきた後。灰さんによって、神様からの贈り物のナイフが途方もなく価値のある物──少なくとも僕の稼ぎじゃ何年たっても買える物じゃない──だと知らされて、ホームがひっくり返るような騒ぎになったりもしたけれど、その騒ぎも収まり落ち着いてくると神様が言った。

 

 「ベル君。ステイタス更新をしようぜ」と

 

 ステイタス更新というのは、神様達の力によって僕達の体(人間の器)に蓄積した経験値(エクセリア)を馴染ませる儀式だ。経験値が無ければ、例え幾たびステイタス更新をした所で成長しようがない。だから一日に何度もステイタス更新をすることは一般的ではない。

 だけど強敵であるシルバーバックとの死闘を制したことで、大きな経験を積んでいるからステイタス更新しておくよう神様は進める。確かにそれもそうだと納得し、神様と部屋に入り背中に神様の血を垂らしてもらう。

 ステイタス更新が終わり、神様が書きなおした()()を見た僕は、そこに書かれていたステイタスに驚愕した。これまでにないくらいステイタスが大きく成長している。

 

 確かに僕は灰さん達が地上に帰ってきてからステイタス更新をしていなかったから、僕には灰さん達との訓練とシルバーバックとの死闘によって得た経験値が蓄積していたはずだ。だけどそんなことで説明できないくらいの成長に、神様に何か理由があって僕にステイタス更新を進めたのか尋ねた。

 

 神様が少し悩んで口を開こうとすると、それを遮り灰さんが口を開く。

 真剣な表情をした灰さんは「よく聞けベル。おまえには新しいスキル。それもこれまでオラリオの歴史の中でも見た事の無いレアスキルが発現した。そのスキルによって成長が促進されている」なんて言っていたが...流石に僕だってそんなの信じませんよ。

 つまらない嘘を吐いたからか、他の人に袋叩きにされている灰さんを眺めていると、神様は「今の君はこれまでの経験から、より成長できる時期に来た。いわば成長期だよ」と僕に話かけてきた。冒険者に成長期があるなんて僕は聞いたことが無いけど、神様の瞳は澄んでいて。きっとそうなんだろうと僕は納得した。

 

 「だからベル君、できる限りの手助けを君にするよ。ボクだけじゃない、君の先輩たちも君が強くなるために手伝ってくれる。だから君の夢を諦めないでくれ」

 

 「...?分かりました」

 

 神様はその後少しわかりにくいことを言っていた。

 神様も僕の先輩たち(灰さん達)も、僕の為に沢山手助けをしてくれている。なのにどうして今から手助けをするような言い方をするんだろうか。

 疑問に思ったけど、いつの間にか灰さん達も僕の方を見見つめていて。僕への温かな視線を受けた僕はなんだか恥ずかしくなって部屋へと引っ込んでしまった。

 

 部屋に戻った僕は考える。

 僕はいろんな人に、いや人だけじゃない神様にも支えられている。

 神様(ヘスティア様)であったり、神様の友達(ヘファイストス様)であったり。灰さん達もそうだし、エイナさんもそうだ。それにオラリオに来てから出会った沢山の人達。

 いろんな人が僕の夢を支えてくれている。僕が強くなれると信じてくれている。だから僕は僕が夢を見たから(英雄に成りたいから)だけじゃない。僕を支えてくれている(僕を信じてくれている)すべての人に報いる為(人たちの期待に応える為)に強くなる。

 そうもう一度僕は決心をした。

 

 

 

 

 

 【怪物祭】での騒動によってダンジョンに入るのに面倒な手続きがいる事と、神様から貰った新しいナイフに慣れる為に、僕はダンジョンに潜らずに灰さん達と訓練を続けていた。

 僕が決心した日から灰さん達による特訓は激しさが増した。

 いやそんな言葉では言い表せないくらいで、何度「あっ、死んだ」と思ったことだろうか、何度大きな川の向こう側にいるいなくなってしまったお爺ちゃんを見ただろうか。

 訓練を初めてたった数日しか経っていないのに、僕の決心は幾度となく揺らぎそうになり、その度に神様の「ボクが君ならできるって信じているからさ」という言葉を思い出し立ち上がり...今思ったがあれって走馬灯と言うやつじゃないだろうか。

 

 「あれ?手紙が来てますよ?」

 

 「おはようベル君。手紙だって?」

 

 「おはようございます神様。ええ、これです。」

 

 「本当だ...お~い!誰か手紙が来るような心当たりがある人!」

 

 とにかくそうして数日が過ぎたある朝のこと。僕が目を覚まして、ホーム前のポストを覗くと沢山手紙が来ていた。

 僕がこのファミリアに入ってから初めて手紙が来たことに、疑問の声を上げる──このファミリアにくる手紙はほとんどが神様宛で、神様のバイト先に届けられていることの方が多い。正直なところ誰からも手紙なんて来ないんだから、ポストなんているのかなと思っていた──と神様が後ろから来て挨拶をした後、同じようにポストを覗く。 

 

 僕と神様は地下室に戻り、手に持っていた手紙を朝食のテーブルに乗せる。

 神様は手紙に心当たりがある人がいるか聞く...が誰の手も上がらない。どうやら手紙が来るような心当たりは誰もないようだ。

 

 「この“ふぁみりあ”に手紙など。いったい誰でしょうか」

 

 「いつまでも見つめていたって、中身が透けて見えるわけじゃない。開けてみればいいだろう」

 

 九郎さんも不思議そうに見ていたが、灰さんが一番上にあった手紙を取って開け...ヘルムの上からでも分かる位顔色が悪くなった。

 何事かと思い僕たちが後ろから覗くと

 「火の無い灰様、支払期限のお知らせ」という文字が見えた。

 

 「灰さん?」「お前...」「灰君!?」

 

 「えっ...?いや。いやいやいや、そんなこと有る訳...」

 

 それを見た僕たちの冷たい視線が灰さんに突き刺さる。

 灰さんは最初は心当たりがないのか否定しようとしていたが、「あっ...」と呟くと「やべぇ!」と叫び、朝食も食べずに部屋から出ていく。

 階段を駆け上がっていく「ガチャガチャ」という音からして、急いで何処かへと行くようだ。

 

 「大方また“つけ”で買った支払いを忘れたのだろうな。

 今から支払いに行くのか、それともダンジョンで支払う為の金を作ってくるつもりなのか、どちらでもいいが間に合うのか?

 ...まさか残りの手紙も、あいつが忘れていた支払いの催促だとか言わないだろうな」

 

 ため息を一つついた狩人さんは呆れたように呟く。 

 「「「ひえっ」」」とその内容に恐怖の悲鳴を上げた僕達を置いておいて、狩人さんは次の手紙を開き...笑った?

 

 「なるほどな。狼、私とお前にギルドから依頼だ」

 

 「...む?」

 

 依頼? 疑問に思った僕たちがその手紙を覗くと

 「月の狩人様、狼様両名への未開拓領域探索の依頼」と言う文章が見えた。

 

 未開拓領域。

 文字通り、ダンジョンの中にある探索されていないエリアのことだ。

 ダンジョンというのはその姿を変える。

 いや階層によって大きくその様子を変えるが、そういうことではなく。

 例えば昨日まで無かったはずの道がある、昨日まであったはずの部屋が無くなっている、といったように同じ階層でも日によって変わるのだ。

 その多くは迷宮の陥穽(ダンジョン・ギミック)と呼ばれる罠であり、不用意に近づこうとする冒険者は長生きできない。だから例え上層であったとしても、マップに記されている範囲外には冒険者が立ち寄らない、或いは確認していない未探索エリアが存在するのだ。

 

 だけどなんでギルドは狩人さん達に未開拓領域の探索を依頼してきたのだろう。

 手紙を読んだ狼さんは「なるほど」と納得したような声を出すが、手紙が見えない僕達には何が何だかわからない。僕の疑問に答える様に狩人さんが手紙を要約する。

 

 「【怪物祭】の騒ぎの際逃げ出したモンスター。

 その中に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()との証言がある。つまりは最悪の場合、ダンジョンのどこかにモンスターが逃げ出すような“穴”が存在していることになる。そんな“穴”がないか調べてこい、ということらしい」 

 

 【怪物祭】でモンスターに襲われて戦った僕としても、あのモンスターがどこから来たのかは気になるところだ。しかも逃げ出したと思われていたモンスターの中に、ガネーシャ・ファミリアの心当たりがないモンスターがいた、つまり誰かがつれて来たモンスターでは無くダンジョンから逃げ出してきたモンスターがいた、と聞けばなおのことだ。

 

 ダンジョンの入口兼出口は一つしかない、というのがオラリオの常識というものだ。だがその常識が壊れるかもしれない。

 ギルドの知らない所にダンジョンの入口がある。考えるだけで恐ろしいことだ。

 

 ギルドに知られることなくモンスターを連れだしたり、オラリオで追われている犯罪者がダンジョンに潜って逃げたり、逆にダンジョンの中にいたはずの人物がオラリオに現れることが出来る。

 僕でもいくつか悪いことに使う方法が思いつく。きっと本当に悪いことをするような人ならもっと恐ろしいことを思いつくんだろう。そう考えればダンジョンの入口が本当に有るのか無いのかを確かめるのは急務だ。だけど本当にそんなものあるんだろうか。

 

 例えば覚えのないモンスターというのが、ガネーシャ・ファミリアが自分たちの失態を隠そうとした結果の言葉では?と思う。しかし狩人さんがガネーシャは自分のメンツのために、眷族や人を貶めるような真似をする神ではないと断言する。神様嫌いの狩人さんがそこまで言うんだ、信頼できる神様だしファミリアなんだろう。 

 

 狩人さんと狼さんは朝食を食べると、詳しい話を聞きにギルドへと向かっていった。

 

 「ミラのルカティエルです...」

 

 なら今日訓練をしてくれるのは焚べる者さんだろうか、と思って視線を向けると、残った最後の手紙を見た焚べる者さんがこちらに手紙を見せてくる。

 そこには

 「ミラのルカティエル商会代表取締役絶望を焚べる者様。【怪物祭】におけるミラのルカティエル商会の行動について」と書かれていた。

 どうやらミラのルカティエル商会の方で問題が起きて、ギルドに行かなければならないから、あんまり時間が取れないらしい。

 

 「...ダンジョンの中でも異常はみられていないようだ。ダンジョンに潜るのならエイナ女史への口添えぐらいはしよう」

 

 仕方がないから一人で素振りでもしていようかな、と思っていると焚べる者さんがダンジョンに潜ることを提案してくる。

 灰さん達がそれぞれの用事で忙しくて、僕と一緒にダンジョンに潜ることが出来ない。つまり僕がダンジョンに潜ろうと思ったら、一人で潜らなければならない。

 それが危険な行為だと今の僕は理解している。狩人さんは言っていた「戦いにおいて取り返しのつかない失敗とは死だけだ」と。

 それでも僕はダンジョンに潜りたい。ダンジョンに潜って経験を積みたい。経験を積んで少しでも強くなりたい。その思いを抑えきれず、気が付いた時には焚べる者さんの言葉に頷いていた

 

 

 

 

 かくして僕は一人ダンジョンに潜っていた。

 ステイタスの上昇とヘスティア・ナイフ、それに灰さん達との戦闘訓練。それらによってこれまでより強くなっているのを感じる。

 潜る階層もさらに深くまで潜る様になり、稼げるお金も増えた。

 順風満帆というやつ...なんだろうけど、僕には一つの悩みがある。

 

 オラリオの街中を歩きながら考える。

 空には()()()()()()()()()()()()

 

 今日もそうだったけれど、僕の悩みとは、魔石を入れている袋がすぐ一杯になることだ

 今まで戦っていたゴブリンやコボルトなんかと違って、五階層以降のモンスターはどんどん襲ってくる。特にキラーアントなんかは放っておくと、どんどん仲間を呼ばれて連戦になってしまう。だけどそれは数に押されることなく勝てるのなら、どんどん倒せるということだ。僕はモンスター相手にもっと戦い続けて経験を積みたいのだが、魔石を入れる袋には限りがある。

 

 戦闘中ならともかく、倒したモンスターの魔石を放っておくことはよくないことだ。

 他の冒険者の人が倒したモンスターの魔石と混ざってしまえば、盗った盗らないの言い合いになるし、もしも放っておかれた魔石をモンスターが食べてしまうと強化種と呼ばれる強化されたモンスターになる。そのモンスターは強化される前のモンスターと比べ物にならないくらい強いモンスターだ。だから僕は袋がいっぱいになったら(魔石を拾えなくなったら)地上に戻っていた。

 

 別に魔石が拾えなくなったなら、モンスターと戦う時に魔石を狙って戦えばいいだけの話ではあるんだけど。どうしても魔石を砕くたびに僕の頭の中でお金の音がするというか、僕の小市民的なところが勿体ないと叫んでいるというか。できれば魔石を砕くだけ砕くというのはしたくなかった。

 特にお金の支払いに追われている灰さんを見ていたからか、得られるお金を無駄にすることに強い拒否感を覚えるのだ。

 かと言って、地上に戻ってギルドで換金すればもう一度ダンジョンに潜るには少し遅い時間にはなっている。

 それにダンジョンの新しい階層に潜ることになった時に、エイナさんから無理はしないようにとくぎを刺されている。何度もダンジョンに潜るというのもばれたら怒られるだろう、そう思うとなかなか踏ん切りがつかない。

 バッグを新しく大きいものにするというのも考えた。

 でもこのバックは狼さんに買ってもらった大事なものだし、下手に大きいものにして戦いの邪魔になったら...と考えると、それもあまりいい考えではないように思える。

 

 結局の所良い考えは浮かばない。

 僕はいつもより早い時間にホームへの道のりを歩きながら、夕食の時間にでも灰さん達に何かいい考えは無いか聞こうと思ったのだった。

 

 

 

 

 

 ヘスティア・ファミリアホーム【廃教会地下】──ベルが自室へと戻った後

 可愛い後輩の姿(ベルの狼狽える姿)を見送った後僅かな間沈黙が満ちる。

 その沈黙を破ったのはこのファミリアの主神ヘスティアだった。

 

 「みんなごめん。身勝手な話だっていうのは解っている。

 そもそもボクが言い出したことなんだ、それをみんなにもお願いしたのに、ボクがそれを破ったことは言い訳をするつもりもないよ。

 

 だけど、...だけどあんな姿を見せられたら、ボクにはできなかった。

 例えそれがベル君を護る為なら選ぶべき選択だと理解していても、ボクにはベル君に弱いままでいさせることはできなかったんだ。

 本当にベル君を思っているのなら、あの時何とかしてベル君を説得して逃げ出すのが最善だったはずだ。

 だけど傷つきながらも藻掻いて何とかして前に進もうとしているベル君を見たら。ステイタス更新をしないでいることなんてできなかったんだ。

 

 さっきも言った通り、ボクが自分勝手なことを言っている自覚はある。ボクを嫌ってくれてもいい、だけどお願いだ。お願いだからベル君を...」

 

 沈黙に耐え兼ねたかのように、言葉が溢れ出す。

 謝り続けるヘスティア。彼女が謝るのは今日のこと。

 【怪物祭】に出かけたベルとヘスティアはモンスターに襲われ、逃げる途中に足に怪我をしたヘスティアを護る為、ベルは自身にとって雲の上とすら言える格上のモンスター相手に戦いを挑み勝利した。

 だが彼女が謝るのは、足を怪我してベルの足を引っ張った事ではない。ベルが戦いを挑んだ際ステイタス更新を行ったことだ。

 

 ベルに発現したレアスキル【憧憬一途】(リアリス・フレーゼ)

 その希少性から他の神にベルが目を付けられることを恐れたヘスティアは、スキルを隠すためにしばらくの間ステイタス更新をしないことを決意した。

 しかしその決意を自分で破ったことを謝罪しているのだ。

 遂には彼女は自身を嫌ってもいい、だけど後輩(ベル)を...と口にしようとしそれを灰に止められる。

 

 「神というのはいつでも身勝手で、自分勝手なことばかり押し付けてくる」

 

 「...最初から神などに期待などしない」

 

 「神とは人の道理では計り知れぬもの。分かりあうことは困難でしょう」

 

 「ミラのルカティエルです...神とはそういうもの。人に出来るのはそれを受けるか逸らすことだけ」

 

 投げかけられる言葉は辛辣なものばかりで、覚悟をしていたとはいえその言葉に思わず泣きそうになるヘスティア。

 

 「まあ、お前がそいういう神だと知っていたしなあ」

 

 「だが、女神ヘスティアが私の知る神とは違うことを私は知っている」

 

 「困難であれども、その道を進み続ければいつかは届くものはありましょう」

 

 「されど我らは、遥か前から人ではない。ならばやりたいようにするとも」

 

 しかしその後に掛けられた言葉は温かな言葉へと変わった物。

 その言葉に落としていた顔を上げるヘスティア。

 そこには笑顔で自身へと手を差し出す眷族たちの姿。

 

 「み、みんな」

 

 「今更一度失敗した程度で失望するとでも思ったのか?

 お前に失望したからベルを見捨てるとでも思ったのか?

 そんなわけないだろう。信じろ...とは言えないが約束は守るさ。」

 

 苦笑したようにかけられた言葉に、滲んだ涙を拭いその手を取る。

 強く握りしめられた手は決して離されることは無いと信じれる物であった。

 その心強さに先ほどまでとは違う涙が浮かぶのを感じるヘスティア。

 地下室に穏やかな空気が満ちる。

 

 「所で話は変わるが。あのナイフいったいいくらしたんだ

 

 「...え?」

 

 しかしその空気は灰が発した一言により飛んでいく。

 間の抜けた声がヘスティアの口から洩れる。

 いつの間にやら自身に向けられる温かな視線が、酷く冷たいものになっている。そのことに気が付いたヘスティアは何とか誤魔化そうとする。

 

 「な、何のことかな?ボクにはさっぱりわからないな~。あはははー」

 

 そしてそのまま手を振り切り逃げ出そうとするが、飛びついた扉の向こう側には、霧のような白い不透明な揺らぐ壁があり、通り抜けれない。

 

 「...そんな言葉で騙されるのはベルぐらいのものだ。さっさと吐け。こちらとしてもあまり手荒な真似をしたいわけでもない」

 

 「嘘だー!!後ろで焚べる者君と灰君が、おどろおどろしい武器を試し振りしているじゃないか。どう考えても手荒な真似をしようとしかしていないよ!

 ...ハッ!狼君、狼君からも何とか言っておくれよ」

 

 「...ヘスティア様。私は今冷静さを欠こうとしております。私が私の腕を止めておける内に話すのが良いかと

 

 何とかしてその()を通り抜けようとするヘスティアに後ろから狩人が声をかけるが、ヘスティアは更にその後ろで灰と焚べる者が、自身の持ちうる武器の中でもそうそう使うべきでないものを試し振りしている姿に絶叫する。

 何とかして自身の眷族を落ち着かせようと頭を回した結果、狼を仲間に着けようとしたヘスティアの目に映った物は、その背に蒼い炎を掲げた三位一体の鬼(鬼仏)を宿した狼であった。

 明らかにいつもと異なる様子に怯えたヘスティアへと「先ほどナイフの価値が一億は下らないだろうと灰より聞かされた九郎が卒倒してからあの有様だ」と狩人が肩をすくめながら語る。

 

 最後の望みも絶たれたことで、絶望したヘスティアの絶叫は、何でもバベルの最上階まで届いたとか届かなかったとか。

 

 




どうも皆さま

分からんこれでいいんだっけ?分からなくなった私です

久しぶりにベル君視点の一人称文を書いていたら一人称とは一体...となり句読点すらわからなくなりかけました

何時も言っている気がしますが何も考えて書かないからこんなことになるんです何時にもまして拙い文章ですがどうぞ新章にもお付き合いいただければ幸いです

以下はおまけ...今日のエイナさんです
つまりは読まなくてもいい奴です
お暇な方はどうぞ
そうでない方はお戻りください
それではありがとうございました

ギルドでの仕事に追われる中ベルたちの対応をするエイナさん
そこで聞かされたことは七階層に行ったこととステイタスが急上昇したことだった
そんなわけないでしょと怒鳴りたいがヘスティア・ファミリアだしなあという考えもあり断言できない
おまけに今日の付添人は焚べる者だ
頑張れエイナさん負けるなエイナさんオラリオの平和は貴女の両の肩にかかっているぞ...割りとマジで
ちなみにこの後焚べる者の【怪物祭】での行動(自分と同じ格好をした従業員と救命活動をした())についてどう評価するか決める仕事もあるぞ
可哀そう


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新たな出会い

出会い

初めて会うこと或いは偶然に会うこと

人は生れ落ちてから死ぬまでの間出会いに満ちた生を送る
それは人生を鮮やかに彩り故に未だ見ぬ出会いを求める者も少なくない

新たなる出会いを求める姿に人と神の違いはない
その最たるものは神が天界より地上に降りてくることだろう

...だが幾ら何でもダンジョンの中にまで出会いを求めるのは賢い行動だとは言えないだろう



 「...という訳なんですけど、何かいい解決方法ってありますか?」

 

 「...」

 

 場所はホームの地下室。時間は夕食が終わった後。

 この所、灰さん達がそれぞれの用事で忙しくて、ばらばらに食事をとったり、そもそもホームに帰ってこなかったり。数日前まで賑やかな食事をしていた分、寂しい時間が流れていた地下室。

 

 だが今日は用事に目途がついたとかで、灰さん達がみんな帰ってきて、久しぶりに賑やかな時間が流れていた。

 そんな中僕は、ここの所ずっと抱えていた、「魔石を入れている袋がすぐ一杯になるから満足いくまで戦えない」という悩みを灰さん達に相談する。

 しかし返ってきたのは、困ったような唸り声。

 

 「“べる”殿が使っている袋というのは、どうなのでしょう。普通の冒険者が使っているものと似たようなものなのでしょうか」

 

 「ええ。ギルドでもらえる普通の奴なんですけど。

 ...そうだ灰さん達は深層にずっと潜って魔石を集めているんですよね?そういう時はどうしているんですか?」

 

 「あー、その...だな、俺らはソウルの業ってのがあってだな。ややこしい説明を抜きにすると、幾らでも荷物が持てるんだ」

 

 「荷物が幾らでも?!凄い!!灰さんそれって僕でも使えるようになりますか?」

 

 「いやー無理じゃないか?オラリオで、俺らの他にこれを使えるようになった奴なんて、見たことが無いからな。

 ...それに神によっては絶対に許さない類の業だったりするし

 

 初めに喋りだしたのは九郎さん。

 僕が使っている袋について聞くので、荷物の中から引っ張り出す。ギルドだとか雑貨屋で買えるごくごく普通の麻袋だ。

 「ふむ」と言いながら袋を見つめている九郎さんと一緒に、袋を見つめていると、ふと閃いた。

 

 灰さん達は僕よりずっとダンジョンの奥(ダンジョン深層)まで潜っている。そしてダンジョンの深層で長い間狩りをしている。当然得られる魔石も、僕が上層で拾っている量とは比べ物にならない量のはず。

 なら、何か沢山魔石を運べるような手段があって、それを使っているのかと思い聞いてみる。どうやら灰さんは【ソウルの業】というのを使っているらしい。

 

 【ソウルの業】?

 どこかで聞いたぞ?どこだったっけ。そうだ、神様と出会った僕がオラリオに来た初めての日。

 あの時にこのホーム(【廃教会】)について神様が説明していた時に出てきた言葉だ。

 次元を曲げてだとかなんとか言っていた気がするけれど、幾らでも荷物が持てる?!

 すごいスキルだ。

 僕でも使えるようになるか聞いてみたけれど、普通の人間が使うには大分難しいらしい。...というかさっき灰さん小声でとんでもないこと言っていませんでしたか?!

 灰さんの言葉を追求しようとするも、「まあ、俺らにしてみればご愛敬みたいなもんよ」と流されてしまう。

 

 「大体、俺らも神を嫌っているが、神の方にも俺らの持っている()を無茶苦茶嫌っている奴は少なくないしな。

 お前のナイフを打ったヘファイストスもそうだ。昔狩人の武器を見てひっくり返ってな。それ以来「うちの子にそんなもの見せないで」って出禁になって

 「貴様...その話は今関係ないだろうが」」

 

 「まあまあ。今は“べる”殿の悩みを聞いておるのですから、そうケンカをせずに。」

 

 灰さんは、僕の荷物の中にあるヘスティア・ナイフを指さし、笑いながらしゃべる。

 その言葉に、狩人さんは灰さんを睨みつける。あわやケンカが始まりそうになるが、それを九郎さんが仲裁する。

 

 神様の友神(ヘファイストス様)

 灰さん達曰くオラリオにいる、いやこの地上に降りてきたほとんどの神様の中でも、上位に入る相当の神格者(人格者)らしい。

 そんな神様に出禁にされるって一体何があったのだろうか。...灰さんだって出禁にまでなっていないのに。

 僕が視線を向けると、狩人さんは言いにくそうに顔を帽子で隠した後、話し始める。

 

 「...私の武器はその、形容するのに、呪われただとか、冒涜的なだとかが付くようなものが多くてな。

 鍛冶師の中でも感性の強い者らが見れば、引きずり込まれかねない...らしい。それで眷族にあと一歩で実害が出そうになってな。まあその後の私の対応もまずかったのだが、ひどく怒らせてしまって。それ以来近寄るなと禁じられているのだ」

 

 狩人さんの武器。

 灰さんのコレクションの中にも恐ろしい武器は沢山ある。前に一通り触らせてもらった時に、「これも触るか?」と渡されそうになって「絶対嫌です」と拒否した物もあった。でもその時の物なんて、狩人さんの使っている武器と比べれば、ごくごく普通の武器と言っても良い物だ。

 狩人さんの武器は、それこそおどろおどろしいオーラを纏っているというか、あれが置いてある部屋で寝たらひどい悪夢を見そうなものだ。

 よくあれを使う気になるな、なんて他の冒険者さんたちが話していたのを聞いたことがあるけれど、全面的に同意する。

 

 閑話休題。

 灰さん達がケンカを始める前に、話を元に戻そうと九郎さんとアイコンタクトをする。

 

 「背負い袋を大きいものにしたり、袋を多く持ったりするのはどうなのです?」

 

 「う~ん。それも考えたんですけど、戦闘の邪魔になりそうで」

 

 九郎さんはバッグを新しいものにしたり、袋自体をたくさん持つことを提案するが、戦闘の邪魔になりそうだと考えるとどうしても...と僕はその提案に首を振る。

 灰さんも「武器ならともかく、装備品は詳しくないからな。さてどうしたものか」と考え込む。

  

 「ならば適任者に相談するべきだろう」

 

 そうして僕たちがうんうん唸りながら、良案が無いか考えていると、焚べる者さんが呆れたような口調で語る。

 

 「「「「...適任者?」」」」

 

 

 

 

 

 「...という訳なんです。すいません、こんなことまで相談してしまって」

 

 「...ええ、まずは誤解を解いておきましょうか。私はヘスティア・ファミリアの担当アドバイザー。つまり、何か困った事があったりしたら、どんなことでもいいので相談してくれていいんですよ。

 ...そっちの方が仕事が結果的に減りそうだし。

 しかし得られる魔石の量が多すぎるなんてね、ベル君もそんなこと言うくらい成長したのね。っと分かりましたこちらでサポーターの募集をかけておきますね。

 それにベル君の装備については、私としても気になる所なんです」

 

 そんな会話をした翌日。ギルドでエイナさんに事情を説明して、助言を求める。

 昨日、焚べる者さんの言葉を聞いた灰さん達は、「その通りだ」とエイナさんに相談することに賛成していた。しかし、ギルドの職員であるエイナさんに、こんなこと(装備について)まで相談して仕事の邪魔にならないんだろうか、と思いながら話したところ、むしろ嬉しそうな反応が返ってきた。

 エイナさんはゆっくりと僕に教える様に語る。

 むしろそういう悩みを解決するのが担当アドバイザーの仕事だと、決して何か問題が起きた時に、その対応をするのが仕事ではないと。妙に実感のこもった言葉に、これまで灰さん達がいろいろ起こしてきた問題の対応をしてきたんだろうなあ、とエイナさんに同情する。

 

 エイナさんの話は続く。

 僕の装備は、オラリオに来て二日目に狼さんに買ってもらった物。

 ナイフこそ新しい物(ヘスティア・ナイフ)になったけど、それ以外はずっと同じものを使っている。当然日々の手入れや整備は欠かしていないが、それでも段々へたって来る。そして【怪物祭】の後、灰さん達との訓練によって、へたってきたを通り越してボロボロになっている。

 僕にとって敵の攻撃というのは、基本的に避ける物だから、防具の痛みについてそれほど気にしてはいなかった。だけど周囲、特にエイナさんにとっては、そうも行かないらしい。

 

 防具を新しくしていないのは、僕が冒険者になって間がないルーキーだから。

 だけどそのルーキーが明らかに、これまで無いくらいボロボロの装備をしていたならどうだろうか。

 普通のファミリアなら、冒険者になった以上装備の不備をそのままにして起きた出来事は自己責任、と断じられるだろう。

 だけどとっても評判が悪いファミリア(ヘスティア・ファミリア)なら?

 あそこのファミリアはルーキーのフォローもしないファミリアだ、だとかあそこのファミリアはルーキーを虐めている、なんて悪評が立つだろう。そうなれば担当アドバイザーは何をしているんだ、という話になる。実際の所、ファミリア内について、ギルドは干渉出来ることは限られている。しかし、助言するだとか、何か悩みが無いか聞くだとか、出来ることはあったはずなのに何もしないままというのは、職務怠慢と言われてしまう。

 

 オラリオに来たばかりの僕なら、よく考えずに僕のファミリアはそんな所ではないと否定しただろう。

 というかエイナさんと初めて会った時に、「僕はまだしも、神様や先輩を悪く言われる筋合いはない」とエイナさんに反論していた。だけどオラリオで一ヶ月も冒険者をしていれば、僕のファミリア(ヘスティア・ファミリア)がどういう扱いなのか分かる。

 ...うん、どう考えても何も知らない若者が入るべきファミリアじゃない。あの時はエイナさんに怒ってしまったけれど、こうして時間が経ってから考えると、エイナさんが言っていたことは本当に正論だった。...ごめんなさいエイナさん。

 

 「...だからこれは私にも関係が...聞いてる?ベル君」

 

 「えっ、あっ、ハイ」

 

 僕が自分の昔の行動を反省していると、エイナさんに話を聞いていたか確認される。

 僕が慌てて返事をすると、怪しんでいるような視線をエイナさんは向けていたが、諦めたように頭を振り「じゃあ今日ダンジョンの後にバベルに行くからそのつもりでね」と言った。

 ...え?

 

 

 

 

 

 「ベル君。こっちよ」

 

 「お、お待たせしました」 

 

 エイナさんの言葉に驚き、聞き返そうとしても、すでにエイナさんは仕事に戻っていて。そもそも話を聞いていなかったのがバレれば怒られるだろう。

 僕が悪いんだけど、もやもやした物を持ちながらダンジョンに潜った後。ギルドの外でエイナさんと待ち合わせをした僕たちはバベルへと向かっていた。

 

 横目でエイナさんを盗み見る。

 いつものギルド職員の制服じゃなくて、いつか見たラフな格好だ。

 エイナさんに持っていた仕事ができる女の人というイメージからは少し遠いけど似合っている、いやだからこそ似合うのかな?

 そんなことを考えながら歩いていると、エイナさんが話しかけてくる。

 

 「ベル君は、ヘファイストス・ファミリアみたいな製作系ファミリアの新入りにとって【成長する】ということはどういうことだと思う?」

 

 「え...?えーっと製作系ファミリアってことは、武器とかを作るのが仕事ですよね?鍛冶の腕が上がる...とかですか?」

 

 「それはそうね、だけどその答えでは、【探索系のファミリアの新米の成長とは強くなること】と言っているようなものよ、あまりにも漠然とし過ぎていると思わない?」

 

 「ああ!そうですね。それじゃあ...いろんなものが作れるようになるとか?」

 

 「それも近いわ。答えは「いらっしゃい!いらっしゃい!安いよ!安いよ!」」

 

 製作系ファミリアの新入りにとっての成長?考えたこともなかった事だ。

 一生懸命頭を働かせて考える。一番最初に浮かんだのは【鍛冶の腕前が上がる】だったが、エイナさんの望んでいた答えではないようだ。エイナさんの例えを聞いて、確かに強くなることは僕のような新米にとっての成長ではあるが、あまりにも抽象的過ぎる答えだったと反省する。

 具体的な成長。

 探索系ファミリアなら。いろんな武器が使えるようになるとかだろうか。それを製作系ファミリアに当てはめた僕の答えを聞いたエイナさんが正解を教えようとした時、聞き覚えのある声が耳に入る。

 

 「神様?何しているんですか!神様」

 

 「えっ、ベル君?...君の方こそエイナ君と一体何をしているんだ!」

 

 「お久しぶりです。女神ヘスティア様」

 

 声がした方を見ると赤い服を着た神様がいた。

 驚き、何をしているのか声をかける僕。しかし神様も驚いた後、逆に僕にエイナさんと何をしているのか聞いてくる。そんな中冷静に挨拶をしているエイナさん。

 そんなエイナさんの反応に、神様も落ち着いたようで、二人で「久しぶりだね、エイナ君いつもボクの眷族が迷惑をかけているね」「...ええ本当に」なんて話を始めてしまう。

 

 「それで...一体何を...」 

 

 「バイトだよ。() () ()。ちょっとお金が必要でね、売り上げに貢献してくれてもいいんだぜ?」

 

 神様はバイトをしているらしい。

 そういえばこのお店はヘファイストス・ファミリア(神様の友神のファミリア)のお店だ。

 しかし灰さん達が僕に稽古をつけてくれている。つまりその分ダンジョンに潜っていないから、うちのファミリアの収入は少なくなっているとは思ってたが、神様がバイトを掛け持ちしなければならないくらいだったなんて。

 

 「神様。僕頑張りますからね」

 

 「う、うん?頑張ってね?」

 

 神様に頑張ることを宣言する。

 神様は突然の宣言に驚いたような顔をしていたが、それでいい。いつか神様がお金のことを気にせずに生活できるくらい強く、立派な冒険者になることを改めて胸に誓い、僕はエイナさんの案内に従ってバベルの中を歩く。

 

 新しく踏み入れたフロアは、先ほどのお店と同じようにたくさんの装備が置いてあった。ただここでは先程のようにきれいに並べられておらず、乱雑に置かれている。

 

 「ここは一体...?」

 

 「さっきの問題の答えだけれど、製作系ファミリアの新米の成長とは【鍛冶師としての名前を高めてお客を得る事】よ。ここは製作系ファミリアに所属している鍛冶師の中でも、新入りや名前の売れていない鍛冶師が作ったものが置いてあるの」

 

 たくさん置いてある装備を眺めながら、ここがいったいどういう場所なのかエイナさんへと尋ねる。

 エイナさんが言うには、鍛冶師(スミス)の中でも、冒険者の方から痛んだ装備を直して欲しい、或いはあなたの打った装備が欲しい、と仕事がやってくる信用のある人と、名前の売れていない、名指しでの仕事が来ないような、打った装備を見てもらえないような、信用が無い人がいるらしい。

 

 それはそうだ。僕だって選べるのなら、高名な鍛冶師が打った装備が欲しい。

 これは僕がミーハーだからとかではなく、冒険者として命を懸けてダンジョンに潜っている以上、その命を預ける装備はできるだけ良い物が欲しいというのは当然の考えだ。

 

 しかし当然ながら高名な鍛冶師の人が打った装備は高い。

 だからこそ此処では、並べて売っていた所より安値ではあるものの、新米や名前が売れていない鍛冶師の人が打った装備が置いてあるらしい。

 冒険者は、自分の目で装備の良し悪しを確かめることで、安価でありながら自分の気に入った装備を買うことが出来る。鍛冶師の人は、自身の作品を手に取ってもらうことで、とにかく名前を覚えてもらって新しい顧客を得るチャンスに繋がる。と冒険者にも鍛冶師にもメリットがある売り場のようだ。

 

 それに時々掘り出し物もあるのよ、なんてエイナさんの言葉に押されるようにして、僕は置かれた装備達を手に取る。

 棚に並べられた装備を見るのも楽しいけれど、こういう乱雑に置かれた中から好みのものを探すのも、宝探しをしているようで、僕は好きだ。

 

 そうしてエイナさんと別れていくつか装備を見ていると、一つの軽装(ライトアーマー)が僕の目に入ってくる。

 ウサギの刻印がされたそれを持ってみると思ったよりも軽い。

 刻まれた製作者の名前はヴェルフ・クロッゾ?聞いた事の無い名前だ、灰さん達なら知っているだろうか。エイナさんが、あっちにいいものがあったと声をかけてくれるが、僕はすっかりこの鎧が気に入ってしまった。

 

 「本当に軽装が好きね君は。だけど身の安全には気を付けるのよ?ファミリアの中の問題だから多くは口出しは出来ないけれど、これからは一人で潜るんじゃなくてサポーターと一緒に潜るんだから、十分に注意して...っとお説教はこのくらいにして。これどうぞ私からのプレゼントよ」

 

 ウサギの鎧を買った僕が、バベルの前の広場でエイナさんと別れようとすると、呆れたようにエイナさんが僕を見てくる。

 戦闘スタイルの関係もあり、僕は軽装を好んでいるけれど、エイナさんから見れば危なっかしく思われているようだ。

 軽いお説教が始まったと思ったが、途中でやめたエイナさんは小箱を渡してくる。

 丁寧に包装されたそれを解いてもいいか聞いて開くと、中から緑玉石のプロテクターが出てきた。これは一体?とエイナさんの方を見ると、「新しい階層へと進んだお祝いよ」と笑いかけてくる。こんなの受け取れません、と拒否しようとしたが、お祝いと言われては返すこともできない。僕が受け取ると「今日は楽しかったわ」とエイナさんは帰っていく。

 

 僕もホームへと帰ろう。

 しかし思ったよりも時間がかかったようだ。このままではホームに帰るころには真っ暗になってしまうだろう。近道をする為に、いつもなら通らないような小道に入ると、向こうから小さな人影が出てきてぶつかってしまった。

 

 「うわっ!?」

 

 「っ!!」

 

 「ようやく追いついたこの糞小人がもう逃がさねえぞ」

 

 角の向こうから走ってきた人とぶつかってしまった。

 現状を理解すると同時に、小道に怒号が響く。恐らくは僕がぶつかってしまった人影(これだけ小さいのならきっと小人族(パルゥム)だろう)を追いかけていた人が、武器を抜いてこちらに走ってくる。思わず、僕も武器を抜いて受け止める。

 

 「あの...何も知らない僕がこんなこと言うのもなんですけど、ちょっと落ち着いてください」

 

 「なんだてめえは。そいつの仲間か!?」

 

 僕のナイフと走ってきた男の人の武器がぶつかり合い火花を散らす。

 何があったのかは知らないけれど、武器を振り回すなんて穏やかじゃない。落ち着いてもらおうと声をかけるが、逆効果だったようだ。

 むしろヒートアップして僕の方にも敵意を向けてくる。

 どうしよう。

 灰さん達から習った戦い方は、物騒なものが多すぎて、怪我無く取り押さえるとか穏便に済ませるというのに向いていない。そもそも灰さん達からも「どうしても、という時以外は俺らの教えた技を人間相手に使うなよ」と言われている。

 

 「止めなさい」

 

 僕と冒険者らしき男の人が睨み合っていると、凛とした声が小道に響く。 

 僕と男の人が声のした方を見ると、リューさんがいた。

 

 「街中で武器を抜くなど、穏やかではありませんね」

 

 「あぁっ!?どいつもこいつも邪魔ばかり!」

 

 リューさんは男の人に向かって語り掛けるが、僕が先ほど落ち着くように言った時と同じで、男の人は怒ってしまった。そのまま怒りをリューさんに向けて怒鳴る。

 だがリューさんが纏う空気が変わる。突き刺すような視線を男の人に向け「吠えるな」酷く冷たい声で続く言葉をかき消す。

 リューさんの発する気迫に押されたように、男の人は「覚えていろよ」と捨て台詞を吐いて逃げ出す。

 

 「ありがとうございました。リューさん、おかげで助かりました」

 

 「いえ。貴方なら大丈夫だったでしょう。差し出がましい真似を」

 

 見えなくなるまで警戒を続けていたが、男の人が道の向こう側まで走っていったことで警戒を解く。男の人を追い払ってくれたリューさんへお礼をしなければ。

 しかし、リューさんは「一人でだってどうとでもできたでしょう。強くなりましたね」と僕をほめてくれる。少し照れてしまうが、大切なことを思い出す。

 

 「そうだ、あの子は...いない。驚いて逃げてちゃったのかな?」

 

 倒れていた女の子に声をかけようとしたがすでにいなかった。目の前で武器と武器のぶつかり合いがあって、びっくりしてしまったのだろうか。とにかくいつまでもこうしてはいられない、そもそも急いでホームへと帰る為にこの道に入ったのだから。

 

 リューさんに別れの挨拶をしてホームへの道を急ぐ僕。

 その背中を誰かが見ていることに僕は気が付かなかった。

 

 「新しいカモを見つけました」

 

 




どうも皆さま

いつもいつも思った文字数にならないと思いきやなることに首をかしげている私です

下書きといいますか最初はメモ帳を使って書いているんですよ
次に書き終えた文章をハーメルンの投稿フォームにコピーしてルビやら特殊タグやら誤字脱字チェックをするんですがその工程でやたらと文字数が伸びます

今回も下書きを書き終わってたくさん書いたぞと思っていたのですが六千字ちょっとしか無くて
ちょっと短いかなと思いながらあれこれ直していたらいつの間にやら八千時ぐらいになっていました
不思議ですね

ついでに各話のサブタイトルを考えているとどうも新しいという言葉が付きそうな感じなので章タイトルも変えました。
特にそれ以外の違いはありませんが一応

そんなことより今回は珍しく可哀そうなことが無かったエイナさん
原作では担当していた冒険者がみんな死んでしまったりしたようですが
この小説では担当していたのが灰達なので死んで二度と出会えなかったなんてことはありませんでした
その分苦労している気がしますが

それではお疲れさまでしたありがとうございました。


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新たなサポータ―

サポーター

冒険者の中でも自身が戦うのではなく、他者の戦いをサポートする者たち
多くのサポーターは心が折れ、挑戦することを止めた者である

それ故に冒険者の中にはサポーターを嘲り馬鹿にする者も少なくない
彼らがそのことを後悔するのはサポーターの牙に気が付いた時
即ち自身へとその牙が届いた時だ



 「それで...どうだったんだ」

 

 「はい。エイナさんがギルドでサポーターの募集をかけてくれるそうです。また明日以降応募してきてくれた人と会って、雇うかどうかを決めてほしいと」

 

 ホーム(【廃教会】)に帰った僕に、夕食もそこそこに狼さんが問いかける。

 狼さんだけではない、神様や九郎さん、灰さん達もこちらの様子をうかがっている。

 僕がエイナさんに相談した結果、サポーターの募集をかけたことを伝えると、僕の悩みに明確な解決策が出来たからだろうか、地下室の中にほっとしたような空気が広がる。

 

 「そうか、これから一緒にダンジョンへと潜る仲間だ。信頼できる奴が来るといいな」

 

 「そうなんですけど...誰も応募してくれなかったらどうしましょう」

 

 灰さんは僕の肩を叩きながら朗らかに言う。

 だけど僕は今日一日ずっと頭から離れない、恐ろしい予感があった。

 それは、このファミリア(ヘスティア・ファミリア)の悪評にしり込みして、誰もサポーターに名乗りを上げてくれなかったらどうしよう、というものだ。

 

 僕がそのことを伝えると地下室の時間が止まる。

 ぎこちない動きで再び動き出した神様が「いや~流石にそんなことはないだろう...ないよね?」と灰さん達に確認する。

 灰さんは分かりやすく顔をそらし、狩人さんも瞳をそらす。

 焚べる者さんが「流石にそんなことは...あるかもしれない」と深刻そうな声で言う。

 

 「落ち着きましょう。まだ誰も来ないと決まったわけでもないのですから」

 

 「そ、その通りだよ。もしかしたら明日サポーター志望が沢山来て、サポーターを誰にするのか選ぶのに大変かもしれないぞ。あっ、でもかわいい子がいたからその子にした、なんて言ったら許さないぞ」

 

 先ほどまでの朗らかな空気から一転して、お通夜みたいな空気になった地下室。

 その空気を振り払うように九郎さんが明るい声で明るい未来を語る。空気を換える為だろうその言葉に神様も乗って、僕に釘を刺すような言葉を投げかける。僕も「そんなことしませんよ~」なんて大げさに反応する。

 そう、そんなことはないだろう。サポーターが一人も来ないことなんてある訳が無い。不吉な予感を振り払って、夕食を終えて日課を済ませたのち眠り、翌日ギルドへと向かった結果は...

 

 「だ、誰も来てくれなかった...

 

 「あー、えっとベル君そんなに落ち込まないで?まだ一日目だしこれから来てくれる人がいるかもしれないし」

 

 誰一人として来(応募してくれた人は誰も)てくれなかった(いなかったという結果)

 思わずギルドの床に手と膝をつき、悲しみに打ちひしがれる僕へとエイナさんは落ち込まないように言葉をかけてくれる。確かにそうかもしれない、だけど「本当に来てくれると思いますか?」と僕が顔を上げて聞くとエイナさんはすっと目を逸らす。

 

 

やっぱり誰も来てくれないんだぁ~

 

 

 

 「うう...覚悟はしていたけれど、本当に誰も来てくれないなんて」

 

 悲しみに打ちひしがれてギルドの床を濡らしていた僕。だけど何時までもそうしているわけにもいかない。

 立ち上がり、ダンジョンへと向かう為にギルドを出る。

 ...後ろから聞こえる「頑張ってくださいね」というギルドの職員さんの言葉が今の僕には追い打ちに聞こえる。

 

 トボトボと哀愁漂わせながら歩いている僕。

 爽やかな朝に似つかわしくない姿に、周囲の人たちも遠巻きに見ている...いやきっと気のせいだろう。落ち込んでいるからそんなことを思うんだ、気分を入れ替えろ、今から行くダンジョンはそんな気分で潜っていい場所じゃない、自分で自分を鼓舞する。

 立ち止まって気分を入れ替えた僕が一歩を踏み出そうとすると、大きな荷物が喋った。

 

 「お兄さん、お兄さん、そこの白い髪のお兄さん。サポーターはどうですか?」

 

 「...えっ」

 

 一瞬あまりにも落ち込みすぎて、頭がおかしくなったのかと思ったが違う。大きな荷物だと思ったのはバックパックで、そのバックパックに埋もれるようにして少女が立っていた。

 荷物に話しかけられたのではなく、荷物の陰にいた少女に話しかけられた。そのことを理解し、かけられた言葉にまで頭が回り始めると僕は再び驚愕する。

 サポーターを募集したのに誰も来てくれなかったことに落ち込んでいた時に、サポーターはどうですかなんて言葉をかけられるなんて、...まさか落ち込みすぎて幻聴でも聞いたんだろうか。

 僕が自分のほほをつねって夢でないことを確認していると、混乱していると思われたのか少女は自身の宣伝を始める。

 

 「混乱しているんですか?確かに急にこんなこと言われても困ってしまいますよね。だけど簡単なことなんですよ?強い冒険者さんのおこぼれにあずかりたい貧乏なよわっちいサポーターが売り込みに来ているんです。どうですか?まずは仮契約でも...うわ!?」

 

 「本当にサポーターになってくれるんですか!?ありがとう、ありがとう!!」

 

 少女が口にする宣伝を聞いているうちに、固まっていた頭が回りだす。

 サポーターさんが来てくれた。そのことを理解すると同時に、僕はまだ喋っていた少女を思わず抱きあげ喜びを発散する。...あれ?

 

 「君、昨日の小人族(パルゥム)の女の子?」

 

 「と、とりあえず降ろしてください~」

 

 持ち上げたことでフードから見えた顔は、昨日追いかけられていた小人族の子と同じ顔。

 僕が漏らした疑問に、女の子はじたばたと藻掻いて降ろしてくれるように頼む、そりゃそうだ。

 ごめんなさいと謝り、女の子を下ろす。

 乱れたローブを直した後、少女はフードを取ってその頭に生えている耳を見せながら、自分は犬人(シアンスロープ)だと主張する。確かに触ってみた感じ温かい本物の耳だ、人違いだったんだろうか。

 

 とにかく僕と少女は近くにあった噴水のふちに座って話をする。

 

 「えっと、リリさんでしたっけ。なんで急に僕なんかに?」

 

 「さっきも言いましたけど、リリはお金がいるんです。だけどよわっちくて、ダンジョンに一人で入ってお金を稼ぐことが出来なくて。そんなときお兄さんが道をぶつぶつ呟きながら歩いているのを見てこれだっと思ったんです」

 

 サポーター業をしようと思っていたのなら、ギルドの出した募集に応募しなかったんだろうか。

 そう思った僕の疑問はリリさんの答えによって解決する。確かに、サポーターをしようと思っている人でなければギルドの募集を見ることはないだろう、僕も見たことが無い。それに僕がショックでぶつぶつ言っている姿を見られていたのか、恥ずかしい。

 そんなことを思っているとリリさんは「それに男性の方にリリの大切なものをあんなに乱暴にされてしまうなんて、もう責任を取ってもらわないといけませんね...?」と赤みが買った顔で話す。...待ってほしい如何わしいことをしたわけではない、ただ耳を触っただけだ。...その手つきが激しかったと言われれば否定はできないけど。

 

 とにかく僕にとって、リリさんの申し出は願ってもないことだ。

 とは言えいきなり「毎日お願いします」という訳にもいかないだろう、とりあえず今日一日のサポーター業を頼む。

 そうこれは願ってもない申し出だから受けただけだ、決してリリさんにしたことを言いふらされたくないからではないんです、そんな目で見ないでください。想像上の神様達に言い訳をしている僕に、眩しいほどの笑顔でリリさんはお礼を言う。...罪悪感が凄い。

 

 

 

 

 

 「ベル様、左から来てます」

 

 「ベル様、まだいますよ」

 

 「あんなにいたのに、ベル様凄い」

 

 ダンジョンの中リリさんと一緒に戦う、いや正確には戦っているのは僕だけで、リリさんは周囲の探索だとか、魔石集めだとか、サポートをしてくれているのだが、これが非常に戦いやすい。

 これまであったような、戦いが終わったと気を抜いた瞬間のモンスターによる不意打ちをが無いように周囲の警戒をしてくれたり、倒したモンスターの死骸に足を取られるといったことが無いようにモンスターの死骸を集めてくれたり。

 ヘスティア・ナイフを手に入れてから、モンスターを倒す速度が上がったと思っていたけれど、それ以上のスピードでモンスターを倒している。

 それでも魔石の量を気にしないでいられるのは、リリさんが背負っている自分の体より大きなバックパックのおかげだ。

 リリさんは「こんなのを担ぐぐらいモンスターと戦うことと比べたら全然大したことないですよ」なんて言っていたけど、僕がモンスターと戦っているときも、モンスターに狙われないように隠れながら、モンスターの死体を動かしたり、モンスターが生まれるのを確認して居たり。

 

 (冒険者)より弱い、と本人は言っているけれど、僕ではリリさんより高いステイタスがあっても同じように動くのは、絶対に無理だ。

 それに物知りでもある。

 今も戦いが終わって、僕は休憩と装備の確認を、リリさんは魔石を集める、その前に荷物の中から刃物を取り出す。

 そしてそれでがりがりとダンジョンの壁をひっかいて傷をつける。最初それを見た時は何をしているのかと思ったけれど、これはモンスターが湧かないようにする為だ。

 

 ダンジョンというのは生きている。

 というのはよく例え話に使われる言葉だけど、実際の所はどうか分からない。

 神様達なら何かを知っているのかもしれないけれど、これまで何人もの人がいろんな神様にダンジョンのことを質問してきた、だけど有意義な答えが返ってきたことはないらしい。

 閑話休題

 とにかく、ダンジョンというのは壁や床を傷つけても修復していくのだ。

 この為、例えばある階層の壁をくりぬいて次の階層までの道を作ろうだとか、壁に傷をつけて通った道に印をつけるだとか、といった試みは全部失敗に終わっている。

 だけどそういった失敗のおかげで、床や傷が治っている時は、その周囲でモンスターが生まれない、ということが分かったのだ。

 だからダンジョンに潜っている冒険者は、戦いが終わって休んだり、魔石を拾い集めたりする無防備になるときは、あらかじめ壁なんかに傷をつけてモンスターが湧かないようにするらしい。...初めて知った。

 

 「ベル様ってとってもお強いんですね。それにそのナイフ、凄い切れ味ですね?」

 

 「ありがとう、だけどまだまだなんだ。

 このナイフは贈り物なんだけど、今の僕には不釣り合いなナイフでね。今の僕の目標はこのナイフに釣り合うぐらい立派な冒険者になることなんだ」

 

 魔石を集めているリリさんから話しかけられる。

 本当は僕もリリさんを手伝おうとしたんだけれど、リリさんから「戦うのは冒険者の役目、魔石を集めたりだとかはサポーターの役目です」と断られてしまった。しかしてきぱきと手際よく魔石を回収しているのを見ていると、僕が手伝おうとした所で、かえって邪魔になったかもしれない。

 

 リリさんが注目したのは僕のナイフ(ヘスティア・ナイフ)

 僕は膝の上に置いたナイフを見る。どう考えても僕の身の丈に合っていない武器だ。

 それでもこれが僕の手元にあるのは、神様と神様の友神が僕に期待してくれているということの証拠で、僕はそれに応える必要がある、そうでなければ僕の夢に対して僕は胸を張れなくなる。

 

 そんなことを答えていると、リリさんが困ったような声を上げる。どうしたんだろうか。

 僕がのぞき込むと、こちらを見上げたリリさんが申し訳なさそうな声で告げる。

 

 「申し訳ありませんベル様。リリのバックパックがいっぱいになってしまいました」

 

 「そうなんだ、まあいっぱいモンスターと戦ったしね。じゃあ今日はこれで上がりにしようか」

 

 見ればリリさんと同じくらい大きいバックパックがさらに大きくなって、背負っているリリさんはほとんど押しつぶされているように見える。

 こんなに魔石が拾えるくらい戦っていたなんて、というかリリさんは大丈夫なんですか!?

 僕の心配の言葉に帰ってきたのは、「リリにはスキルがあるので大丈夫です」という言葉だった。

 とはいえ、物理的にバックパックに隙間が無いのなら、これ以上の狩りは意味が無いだろう、地上に帰ることにする。...本当に大丈夫ですか?

 

 

 

 

 

 三万ヴァリス。

 それが今僕とリリさんの前にある二つの袋の中に入っているお金で、今日僕がリリさんとダンジョンに潜ったことで得たお金だ。

 今日は何度か【ドロップアイテム】(倒したモンスターの体の一部が灰とならずに残った物、基本的に魔石より高く売れる)を拾ったことを含めて考えても、これまでの僕の一日の稼ぎを大きく上回る収入だ。それもこれもリリさんがいてくれたからだ。

 

 「ありがとうリリさん」

 

 「いやあ、ベル様がお強いからですよ」

 

 「いやいや、リリさんがサポートしてくれたおかげだって」

 

 「いやいやいや」

 

 リリさんにお礼をする。

 リリさんは、僕が沢山モンスターを倒せるくらい強いからこれだけ稼げたんですよ、とほめてくれる。でもどう考えても、リリさんがモンスターの増援に気が付いてくれて、モンスターの死体をどけて戦いやすくしてくれて、魔石やドロップアイテムをたくさん運んでくれたおかげだ。

 

 僕とリリさんは互いに、いやいやリリさんのおかげです、いやいやいやベル様が強いからですよと褒めあう。

 三万ヴァリウス。二人で分ければ(山分けすれば)一万五千ヴァリウス。

 これだけあれば、帰りにちょっと買い食いをしたりだとか、【豊穣の女主人】によっても問題が無いだけの稼ぎだろう。...だけどいいんだろうか。

 僕のしたことと言えば戦っただけ、リリさんの方がずっと沢山働いていた。なら一万八千(六割)がリリさんの取り分になるんじゃないだろうか、流石に二万千(七割)は厳しい。

 サポーターが見つかったことで舞い上がって、報酬について決めていなかったことを反省しながら、リリさんへと報酬の話をしようとすると、僕の鼻は嗅ぎなれた臭いを捕まえる。

 

 「ベルか。今帰ってきたところか?」

 

 「狩人さん。はい今帰ってきた所で...そうだ見てくださいよこれ、今日の稼ぎですよ」

 

 「ほぉ、新米にしてはなかなかの稼ぎだな。...ん?そちらの人物は?」

 

 「あっ...ごめんなさい。今日僕をサポートしてくれたリリさんです。リリさんこちら僕のファミリアの先輩狩人さんです」

 

 まるで頭からつま先まで血塗れになったような。いや僕は一度頭からミノタウロスの血を被ったことがあるから断言できるけど、もっと濃厚な。それこそにおいが漂ってくるのが目に見えるくらい強い血の臭い。

 先程まで、周囲で今日の稼ぎや、冒険について話していた冒険者がそそくさと立ち去っていく。

 僕が冒険者が逃げてきた方角に目をやると、そこには狩人さんが立っていた。

 

 僕が駆けよると、狩人さんは僕の体を見ながら無事を確認してくる。

 落ち着いて考えればかなり恥ずかしいことだと断言できるが、今日の稼ぎに浮かれていた僕は、狩人さんに今日の稼ぎを誇る。

 狩人さんは目を細めて僕の頭をなでながらなかなかの稼ぎだ、と褒めた後僕の後ろを見て疑問の声を漏らす。

 そうだ、リリさんを置いてきぼりにしてしまった。

 改めて狩人さんにリリさんを紹介して、リリさんにも狩人さんを紹介する。

 

 「べ、ベル様は、か、狩人様の後輩...?

 

 「あれ?言ってなかったけ。

 僕はベル。ベル・クラネル、ヘスティア・ファミリアの新入りなんだ」

 

 「~~~~っ!!!リ、リリは用事を思い出しました。失礼します!」

 

 「あっ、ちょっとリリさん報酬、報酬!!」

 

 リリさんは狩人さんを見ると、震える声で僕に本当に狩人さんの後輩なのか尋ねてくる。

 僕がそれを肯定すると、リリさんは明らかに挙動不審になった後、逃げ出すようにその場から立ち去る。その姿にポカンとしてしまったが、リリさんにまだ報酬を渡していなかったことを思い出した僕は、急いで追いかける。

 

 「はぁ、はぁ、待ってよリリさん」

 

 ギルドから出ると、裏道の方に消えていくリリさんのバックパックが目に入る。

 それを追いかけてしばらく走ると、膝に手をついて息を整えているリリさんを見つけることが出来た、追いついたようだ。

 僕がお金の入った袋を鳴らしながら走ってきたからだろう、ぎょっとした表情でこちらを見てきたリリさんに声をかける。

 

 「べ、ベル様?な、何の用でしょうか...リリは何もしていませんよ?」

 

 「え...?いや、今日一日僕のサポーターをしてくれたじゃないか。その報酬だよ」

 

 「ほう、酬?...ベル様はサポーターが報酬をもらう前に逃げ出したのですから、報酬なんて払わなくてもいいじゃないですか。それをどうしてわざわざ追いかけてきてまで支払おうとしたんです?」

 

 リリさんは何をしに来たのか、と警戒しているかのような目つきで僕の方を見てくる。

 報酬を渡しに来ただけだけど...?

 しかし、リリさんにとっては理解に苦しむことだったようだ、それどころかリリさんが報酬を受け取る前にどこかへ逃げ出したのだから、そのままにしておけば今日の稼ぎを独り占めできたのにと言ってくる。

 

 「う~ん。なんて言ったらいいかな。

 ほらリリさんも逃げ出したってことは、うちのファミリア(ヘスティア・ファミリア)の悪評は知っているでしょう?

 そんなファミリアに所属する僕が、サポーターさんを雇っておいて報酬を支払わなかった、なんてことがあったらこれから僕のサポーターをしてくれる人なんていなくなるじゃないですか。だから僕は報酬を支払わなくちゃと思ったんですけど...」

 

 「だ、だとしてもこの量は多すぎます。リリのしたことはベル様のサポート。リリが直接戦ったわけでもないのに、半分は貰いすぎです。ベル様は相場というものが分かっていないんです」

 

 「いやでもさあ、考えてもみてください。

 僕のファミリアはヘスティア・ファミリアですよ?そんな所の冒険者である僕のサポートをしてくれる人はいなかったんですよ。そこにリリさんが来てくれて僕としては大助かりだったわけですよ。だったら相場よりも多く払うべきじゃないですか!少なくとも山分け、半分ずつが妥当だと思います」

 

 しかしそもそも僕が今朝落ち込んでいたのは、誰もサポーターの募集に応募してくれなかったからだ。

 こんなことを言うのは嫌だけど、間違いなく理由は僕のファミリア(ヘスティア・ファミリア)の悪評だろう。そんな所の冒険者である僕が報酬をケチったりしたら、今後僕と一緒にダンジョンに潜ってくれる人は居なくなるんじゃないだろうか。そんなことを言葉にする。

 

 「そもそもサポーターと冒険者様は平等では無いんです、そこの所を間違えると今度はリリの方が、今後ダンジョンに連れて行ってくれる冒険者様がいなくなるんですよ?それにその敬語も止めてください」

 

 「いやそれを言い出すと、ヘスティア・ファミリアの冒険者である僕がサポーターさんに横柄な態度をとっていたなんて言われれば、本当に今後僕と一緒にダンジョンに潜ってくれるような人は居なくなりますからね!後僕は様付で呼ばれるような人間じゃないです。リリさんこそ、その様を止めてください」

 

 僕とリリさんの口論はだんだんヒートアップしていく。

 そもそも、僕は様付けで呼ばれるような人間じゃない、と僕が言えば。リリさんは冒険者に横柄な態度をとるようなサポーターは誰にも相手されなくなるから仕方がないでしょう?ベル様こそその敬語を止めてください、と返す。いや僕がサポーターさんに敬意を払わなければ、それこそ一緒に潜ってくれる人は居なくなりますから、リリさんこそこの報酬を大人しく受け取ってくださいと僕が返す。

 

 僕とリリさんの口論の結果は、リリさんは報酬を受け取る代わりに僕のことを様付でこのまま呼ぶ、僕は報酬を半分渡す代わりに敬語とさんづけを止める、というものになった。

 やった、やりましたよ神様!僕リリさん、いやリリにしっかりと報酬を支払いましたよ...あれ?

 

 口論が終わって落ち着いてみれば、何とも奇妙な話であったことに気が付き、僕とリリが笑いだす。

 その笑いを引き裂くように狩人さんの声がした。

 

 「何をやっているんだお前たちは」

 

 「ヒッ!!」

 

 「...狩人さん。狩人さんって暗い場所で見るといつもよりずっと怖いですね」

 

 「...うるさいぞベル。そしてお前がリリ...だったな?」

 

 「はっ、はいそうです。リリに何か?」

 

 「いや、ただこれからもベルと仲良くしてほしいと、それを伝えようと思ったのだが。おまえたちが訳の分からない口論をしていたのでな」

 

 日も暮れた薄暗がりから現れた狩人さんに、リリが引きつったような声を上げる。

 まあ気持ちはわかる。

 正直見慣れている僕でもちょっとびっくりした。何も知らない人が見たら漏らしそう...何がとは言わないが。

 思わず考えていたことを口に出すと、狩人さんは軽くこちらをにらんだ後リリに声をかける。ビクッと大げさに反応するリリ。そんなリリに狩人さんは、僕と仲良くしてほしいと頼む。

 やめてくださいよ狩人さん、恥ずかしいじゃないですか。僕が思わず言うとリリはさようならと告げて逃げるように立ち去る、いや本当に逃げたのかもしれない。

 僕はその背中に「リリ!明日もあの噴水で待っているからね!!」と声をかける。来てくれるだろうか、来てくれるといいなぁ。

 

 「さっきからあのリリとかいう少女に避けられている気がするんだが...」

 

 「リリは犬人ですから。狩人さんの獣人に対する噂を聞いていたんじゃないですかね」

 

 「そんなこと...ないとは言い切れないな」

 

 どこか落ち込んだように狩人さんが呟くが、狩人さんの日頃の行いの所為だろう。

 いや例えそうじゃなくても、血の匂いがするような人と仲良くしたくはないと思います、と思ったことを口にすると、肩を落とし小さく呻く狩人さん。珍しい、この人がこんなに傷ついている所は初めて見た。

 少し可哀そうになった僕は狩人さんに何かおごってあげることにして、屋台の出ている方へと狩人さんを引っ張っていく。何を買おうか考えていた僕には、狩人さんのつぶやきは聞こえなかった。

 

 「犬人(シアンスロープ)?奴からは()の臭いはしたが獣人の臭いはしなかったな?」

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも皆さま

実はリリの登場の為に色々と伏線を張っていたりした私です

お気に入り数500ありがとうございます
沢山感想をいただきやる気が溢れた結果
下書きを二話分一日で書いたときは
自分のことながら現金すぎて笑いました

そんなことよりも困りますよね
どう考えてもリリというかソーマ・ファミリアの人物とか
近づいてきただけで灰達のぶっころ対象ですよ話が始まりません

そんな灰達を少し大人しくさせるために色々伏線というか
色々即ぶっころしない理由付けをしてきたのです
...なんかその分予定しているリリ視点ではリリがどんどん追い詰められているのですが
...なんででしょう?

いただいた感想でもリリのことを心配する物ばかりで笑います
安心してくださいリリは死にません
少なくとも身体的には大怪我をすることもないでしょう
...えっ?精神的にはどうかって?
(無言でエイナさんを見て首を振る)

この話の構想を練っているときリリがベル君をだますために犬人のふりをしていたことを思い出したときは自分が書くだろうことながらリリが可哀そうになりました

この話の中でベル君がダンジョンの壁を傷つけて休憩する方法を知らないことが明かされましたが
灰達が初めてダンジョンに潜った時に
灰「そろそろ休憩にするか?確かダンジョンの壁を傷つけるとモンスターが湧かなくなるんだったな?」(レドの大槌を取り出す)
狩人「そうだな」(パイルハンマーを貯めながら)
焚べる者「同意する」(グレートクラブを構えながら)
狼「...」(不味いんじゃないかなーと思いながらも口には出さない)

ダンジョンが思いっきりぶっ壊されたことで【ジャガーノート】と呼ばれる特殊なモンスターが現れるがボコる

灰「...でこいつは何だ?」
狩人「知らん」
焚べる者「音に引き寄せられたか?」
狼「ダンジョンを無闇に壊すなと言われた気が...」
灰「マジで!?じゃあこいつがいたことバレたら怒られる?」
狩人「知られなければ問題はないだろう」
焚べる者「じゃあ無かった事にするか」
狼「そうしよう」

ということで灰達にとってダンジョンの壁を傷つけたりについては禁句になったのです

それではお疲れさまでしたありがとうございました。



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新しいサポーター 裏



表の反対或いは隠されたもの、後ろめたいものを示す言葉

表があれば裏がある
ならばただ見える面だけでなく、それ以外の面が存在するのは必然だ

だが忘れるなかれ
その表と裏、その両方の面がそろってこその、そのものであるのだと

どちらか一方だけが嘘であることなど、ありえない


「朝...ですか...」

 寝床にしている安宿の、薄い壁を通して聞こえた足音に、(リリルカ・アーデ)は目を覚ましました。

 

 朝、リリが二番目に嫌いな物です。

 毎日、毎日リリは眠る前に、願います。

 朝なんて来なければいいのに、このままずっと狭いベットの中で、二度と光の下になんて出れなくていいから、だからリリに安らかな眠りをください、と。

 

 ですが今の所その願いが神か、あるいはそれに準ずるものに届いたことはありません。

 いえ届いてはいるのかもしれません、ですがそうなら、神はリリの祈りを無視しているのでしょう。

 それも当然のことです。リリの所属するソーマ・ファミリアの主神、ソーマ様のことを思えば、同じ神と呼ばれる存在が人の祈りに耳を貸すとは思えません。いえ、他のファミリアの主神の話を聞く限り、祈っているその無様な姿を見て、嘲笑っているのかもしれません。

 どちらにせよ、祈った所で神様は何もしてくれません。これまでも、そしてこれからも。

 だったらリリは、この小さな弱い手で必死に生きなければいけないじゃないですか。それが神にすら見放されたか弱い小人族(パルゥム)の精一杯です。

 

 「...意味の無いことですね」

 ぐるぐると回る思考を切り替えるために、小さく呟きます。

 いくらこんなことを考えたところで、1ヴァリスにもなりません。そんなことを考えるよりも、昨日の出来事について考える方が有意義です。

 

 リリは昨日とてもツイていました。

 リリ(サポーター)を弱いクズと見下す、冒険者()()から剣を盗んだのを見咎められてしまったのです。ですが逃げている途中でぶつかった新米(ルーキー)が、リリのことを助けてくれたのです。

 当然ながら、助けられたことを指して、ツイていたと言っているのではないです。

 冒険者()()なんて言うのは、強欲で、非道で、サポーターのことを自分と同じように意思を持つ存在だとも思っていない存在です。

 ならきっとリリを助けた、なんていうのはあくまで結果的にそうなっただけで。たまたま新米の虫の居所が悪かったとかそんな理由で、リリを追いかけていた冒険者()()へと喧嘩を売った、というのが真実なのでしょう。

 

 まあ、新米にいいようにされていた、あの冒険者()()の顔は見ものでしたが。

 散々人のことを役立たずだの、使えないクズだの言っていた割に、簡単にその使えないクズに武器を盗られる上に、新米にあっさりと負かされ、挙句の果てにはメイドに気圧されて、捨て台詞を吐いて逃げるのですから、笑ってしまいますね?

 

 ですが、注目するべきは、そんな無様な冒険者()()の姿ではありません。

 あの白髪の新米と、冒険者()()を止めるのに使っていた武器です。

 武器を抜く際見えた、鞘に刻まれたヘファイストスの刻印。間違いなくあのナイフは、ヘファイストス・ファミリアのブランド品です。

 盗んで盗品店にでも持っていけば、どれだけの値段が付くか...それこそ豪邸すら立てることのできる値段が付くことは、間違いが無いです。

 あれを売り払えば、リリの目的のための貯金は目標金額に至るどころかおつりが返ってくるでしょう。

 そんな超高級品を新米が持っているのです。

 勿体ないじゃないですか、リリがしっかりと持つべき人の元へと行くお手伝いをしようと思うのも当たり前ですね?

 

 リリが、昨日初めて会った彼を新米と断言できるのは、その特徴的な白髪故にです。

 大体一ヶ月ほど前に、【ファミリアにも入っていない新米が、ダンジョンに潜ろうとした】という噂が流れたのです。しかもその後流れた噂では、廃教会をホームとしている零細ファミリアに入ったとも聞きました。

 ろくな運営すらされていないソーマ・ファミリアだって、ホームはある程度整えられています。一体どんな神と眷族ならホームを廃教会なんて、ほとんど廃屋と変わらないような建物のままにしておけるのでしょうか。

 

 まあ、リリには関係の無い話です。

 何故、零細ファミリアに入ったはずの新米がそんな超高級品を持っているのか、なんてこともリリには関係の無いことです。

 リリにとって重要なことは、零細ファミリア故にあの新米がサポーターすら雇っておらず、その為新しく七階層まで潜るようになったが、ダンジョン内で得た魔石を持ち帰るのに苦労している、という話を酒場で聞いたことです。

 

 幾ら、あんな超高級品を警戒すら無く振り回している新米とはいえ、理由もなく近づけば警戒されるでしょう。ですが、サポーターとして近づけば?

 所詮は新米にすぎません、適当な誉め言葉を並べておけば、警戒することもなくダンジョンへと同行できるでしょう。例え上手くいかなくても、サポーターと契約すらできない程の零細ファミリアです、契約金や報酬を出来る限り低いものにすればすぐに食いついてくるはずです。

 そうなればこちらの物です、ダンジョンの中でならばどうとでもできるでしょう。

 ひどいなんて言わないでくださいね?こんな罠にも気が付かないような迂闊な新米など、そう遠くない内にダンジョンの染みになってしまいます。ですから、そうなる前にダンジョンと、冒険者の恐ろしさを教えてあげるのです。命を失うことに比べたら、武器を盗まれるなんて安いものでしょう。まあ武器も持たずダンジョンの中を歩くことになるなんて、か弱いリリには考えるだけでも恐ろしいことですが。

 

 寝る前にまとめた考えを、再び思い出していたリリは計画を始める為に、まずは身支度を始めます。

 明日(つまりは今日です)ギルドの周辺に潜んで、あの新米が来たなら後を付けて、本当にサポーターと契約していないことを確認したら、サポーターとしてリリを売り込む。それがリリが立てた計画の第一歩でした。

 身支度を済ませ、宿から出ようとしたリリは、ふと忘れ物を思い出し鏡の前に来ます。

 安宿の歪み曇った鏡に自分(リリ)の顔を映します、そして()()()()()()を浮かべ、【シンダー・エラ(リリの魔法)】を使います。

 これで良し、どこからどう見ても気弱で、戦うことなんてできない、困っている美少女の犬人(シアンスロープ)がいました。そのまま鏡の中のリリと同じように笑みを張り付けて、宿から出ました。

 

 

 

 

 

 リリはツイています。

 思わず鼻歌の一つも出そうになるほどでしたが、それは我慢します。今のリリは、お金を自分で稼ぐとこもできない可哀そうな犬人です。鼻歌なんて似合いません。

 ですが今なら居るかどうかわからない神様に、感謝のお祈りを捧げてもいいくらいリリは上機嫌でした。

 

 ギルドの周辺に潜んで少し経つと、昨日の新米が来ました。

 足取り軽くギルドに入っていた新米は、出てきたときにはうなだれ、傍から見ていても分かる位落ち込んでいました。

 それこそ、今日はダンジョンに潜るのをやめにしそうなほどの落ち込み具合に、一体何があったのかと人込みに紛れて近付き、ぶつぶつと呟いている言葉を盗み聞きます。

 ...なんとまあ新米は可哀そうなことに【サポーターを募集したのに誰も応募してくれなかった】と落ち込んでいるではないですか。

 これはもう神様が、リリにあの武器を盗めと言っているのも同然でしょう。

 

 とぼとぼ歩く新米から離れ先回りします。

 そしてさも、今までこの噴水の近くでダンジョンに連れて行ってくれる冒険者()()を探していました、と言わんばかりの様子で声をかけたのです。

 声をかけた時の新米...ベル様の様子ったら、何を言われたのかわからず停止した後、全身を使って喜びを表現していました。本当にその喜び様は、そばにいたリリの方が恥ずかしくなるくらいでした。

 それでも昨日ぶつかった時に、顔を見られていたようで。一瞬リリのことを怪しんだようでしたが、ローブを取り頭に生えた耳を見せれば気のせいだと思ったようで、しばらくダンジョンに潜りたい理由などを話していれば、リリを疑っていたことすら綺麗さっぱり忘れて信用したようです。

 

 ...いいですねお強い冒険者()()は、おめでたい頭をしていても生きていけるのですから。

 一瞬よぎった言葉を忘れる様に、リリは今朝鏡の中で作った()()()()()()を張り付けて、ベル様によろしくお願いします、と挨拶をしました。

 

 

 

 

 

 

 想定外です。

 噂では白髪の新米は、最近七層に降りたばかりということでしたし、事実ベル様も「最近七層付近に降りてきたばかりで、勝手が分からなくて困っていた」なんて言っていましたが、その戦闘力は凄まじいものでした。

 【新米殺し】の名で知られるキラーアントをナイフの一撃で、その硬い外殻ごと切り裂き、パープル・モスが頭上を飛べば、いつの間にか拾っていた石で撃ち落とす、キラーアントと同じ【新米殺し】の名前を持つウォーシャドウに対峙すれば、鋭い鉤爪に怯えることもなく、攻撃を掻い潜って逆に切り裂く。

 新米にありがちな、【攻勢だけを考えた勢い任せな戦い】と言えばそうでしょう。

 ですが勢い任せな戦いであったとしても、対峙したモンスターを一撃で倒し続けているのならば、それは最早この階層のモンスターでは(この階層で稼いでいる冒険者)相手にならない(よりもずっと強い)と言えるでしょう。

 

 戦う冒険者()()のサポートをすることで、気持ちよく戦わせて少しでも報酬を高くしようとするのは、サポーターとしてダンジョンに潜るうちに身に着けた処世術ですが、ベル様の活躍はおだてる為の言葉を考える必要すらありませんでした。...完全に想定外です。

 そもそも、サポーターとしての仕事はあくまで、ベル様の持っている武器を盗む為に近づく口実に過ぎないはずなのです、なのに未だ盗む算段すらついていません。

 ベル様がモンスターを倒す速度が速すぎるのです...というよりもあまりにも無防備すぎるのです。頭の中に【モンスターとの接敵を避ける】という考えすらないのではないのでしょうか。

 第二層でゴブリンがたむろしている道を堂々と進もうとしているのを見たときは、思わず頭を叩きそうになりました。

 確かにこれだけの戦闘力を持つのならば、わざわざ避ける必要もないというのはその通りでしょうが、無駄に消耗する必要もないのです。リリが先導してモンスターを避けながら七層まで進むと、まるで子供のように「凄い!こんなに簡単に七層まで来られるなんて!!」と喜んでいましたが、むしろ今まで出てくるモンスター全てを倒して進んでいたのでしょうか。

 

 とにかく、ベル様は隠れたり、やり過ごしたり、といった基本的なことすらほとんどできていないのです。

 普通の新米ならモンスターの数に押されて、ダンジョンの壁のしみになるような無謀な行動の数々。ですがベル様の戦闘力と合わさることで、次々と現れるモンスターを倒し続けることになり、結果として凄まじい戦果を挙げているわけです。

 ...まあそのおかげで次々現れるモンスターから隠れたり、倒したモンスターから魔石を集めたり、リリがサポーターとしての仕事に追われているせいで、武器を盗もうとすることすらできないくらい忙しくなっているのは、本当に想定外ですが。

 

 戦闘が終わり、リリは安全を確保するためにナイフで壁を傷つけます。

 ベル様はリリの手伝いを申し出ていましたが「サポーターとしての仕事すらさせてもらえないのは...」なんて言って断りました。

 幾ら偽りの仕事とはいえ、最低限の仕事すらしないのは如何なものでしょう。それに、ベル様と一緒にダンジョンに潜ってから混乱し通しの頭を整理する必要もありました。

 

 ベル様はどうなっているのでしょうか。

 七層のモンスター相手に無双する、新米、いえLV.1とすら思えないほどの凄まじい戦闘力の反面、先ほどリリが行ったダンジョン内での安全確保の方法も知らない程にダンジョンに対する知識は、冒険者にとっての常識のようなことすら知らない。

 一体どんなファミリアに所属していればこんな新米が生まれるのでしょうか。

 ベル様のファミリアについては、考えれば考えるほどリリの頭を悩まします。

 直接聞けば、警戒心というものをどこかに落として来たベル様のことです、きっとありのまますべてを話してくれるでしょう。ですが、話の流れでリリのファミリアの方へ話が飛ぶ可能性を考えると、黙っておくのが賢いでしょう。

 

 代わりに、ベル様の持つ武器をほめます。

 思った通り少し誘えば、ベル様は何の疑いもなく自身の武器について話し始めました。

 ...こんな高価なものを贈り物として贈られた、そんな話をするなんてとらえ方によっては嫌味や自慢に聞こえますよ?なんて、思っていても口に出せない考えを頭のどこかへと追いやりながら、ベル様の話に対応します。

 しかしここで問題が一つ、リリのバックパックが一杯になってしまいました。

 

 思えば七層についてから、ずっと戦い続けたと言ってもいいほどの連戦に次ぐ連戦でした。当然のごとく、モンスターの魔石の量も戦闘の数に見合うだけの量があります。その魔石の量はリリの大きなバックパックすら埋めるほどの量があったのです。

 これ以上は魔石を拾うことが出来ない以上、地上へと戻るほかないのですが、ベル様は今波に乗っています。

 こういう時にその勢いをそぐような言葉を口にするとどうなるのかは、サポーターとして活動しているうちに理解しました。ですが、口にしない訳にはいきません。

 どう切り出したものかと頭を悩ませていると、ベル様はリリの方へと来てどこか怪我でも?とリリの心配を始めます。

 甘ちゃんです、こんな役に立たないサポーターの心配をするなんて。

 とは言え好都合ではあります。申し訳なさそうにして、もう魔石を入れるスペースが無いことを伝えると、ベル様はあっさり地上に戻ることを了承しました。

 リリだって口惜しくはあるのです、ここまで上手く行ったのに、ダンジョンに入ってからは全く計画を進めることが出来なかったのですから。ですがサポーターとして契約したのですから焦る必要はありません。

 

 七層から地上へと戻る際にもベル様は何かと、リリのことを心配する言葉をかけてきます。まさか本当にサポーター(リリ)のことを心配しているのでしょうか。

 そんなはずはありません。どうせベル様もそこいらの冒険者()()と同じです、気持ちよく戦えたからリリに優しい言葉をかけているんです。勘違いなんてしません...してはいけません。

 

 

 

 

 

 

 ベル様は本当に凄かったです。

 三万ヴァリス。それが今リリたちの目の前にあるお金です。

 これはベル様が倒したモンスターの落とした魔石や、ドロップアイテムを換金した結果。つまりは今日のベル様の収入になります。

 七層で稼いでいる平均的な五人パーティが一日に、大体二万五千ヴァリスぐらいを稼ぐのですから、この稼ぎは平均を超えた凄い稼ぎです。

 それもベル様一人で稼いだのですから、パーティなら頭割りをする必要があることを考えれば、収入の量で言えばずっとずーっと沢山稼いだことになります。

 これだけの収入ならば、もしかすると報酬が五千は貰えるかもしれない。そんなあまりにも浅はかな考えが、リリの頭をよぎった時です、血生臭い恐怖の臭いがしました。

 

 ありえません。

 血の臭いに振り返るとそこに立っていたのは、【血にまみれた処刑人】狩人でした。

 蜘蛛の子を散らすように冒険者たちが逃げていくのにも構わず、狩人はギルドの中をまっすぐに進んでいます。その先には、狩人が冒険者溢れるギルドに現れたことに混乱するリリと、この状況を理解できているとは思えないベル様がいます。

 今すぐこの場所を離れる為に、ベル様の服を掴み引っ張ろうとしましたが、すでにベル様は狩人に向かって歩き出しています。「危険です、危ない」思わず口から悲鳴が漏れそうになりました。

 きっとベル様は何も知りませんから、先ほどまで周囲にいた冒険者達が逃げ出したことを不思議に思って、何が起きたのか確かめようとしたのでしょう。ベル様が向かった先にいる狩人が、オラリオでも恐れられているヘスティア・ファミリアの中でも最も恐れられている冒険者であることも知らないままに。

 リリは今すぐベル様を狩人から引きはがして、オラリオの常識を教え込む()()()()()()...そうでした。ベル様の口から出た言葉を聞くまでは。

 

 ベル様が...狩人の後輩?

 震える声で何とか絞り出した問いは、ベル様によって無情にも肯定されました。

 あまりのことに呆然とするリリに、ベル様は無邪気に狩人を紹介します。

 蒼い蒼い、深い海のような瞳がリリを捕らえます。どのような偽りも嘘も見抜くと裏の世界で恐れられる、狩人の瞳がリリを映しています。

 正気に返ったリリは、自身の今の状況(狩人に見られている事)に気が付きます。不味いです、起きたのかすらわかりませんが、何とか言い繕って、すぐさまその場所を離れます。

 

 

 

 

 

 

 訳が分かりません。

 ギルドから逃げ出したリリは、裏路地の一角で息を整えていました。ですが息が荒いのは、ここまで走ってきたからだけではありません。

 ベル様があのヘスティア・ファミリアの新入り?

 当然ヘスティア・ファミリアに新しく冒険者が入ったという噂はリリの耳にも入っています。ですが先ほど、ベル様が自己紹介するまで、いえベル様の口から「狩人さんの後輩だ」という言葉が出るまで。リリの頭の中では、ヘスティア・ファミリアの新入りとベル様が全く繋がらなかったのです。

 もしベル様がヘスティア・ファミリアの新入りだと知っていれば、決してベル様をターゲットにしなかったのに。

 焼けつくような焦燥感と共にあまりにも遅すぎる後悔が頭をよぎり...よぎった後悔がいったい何を示しているのかを理解した時、先ほどまでの焼けつくような焦燥感は冷水を浴びせられたかのように消え失せ、代わりに凍り付くような恐怖がリリの体を支配します。

 

 「うっ...おえぇぇ...

 

 あまりの恐怖に、内側からせりあがってきた吐き気を抑えることすらできずに、口から漏れ出します。

 びちゃびちゃと地面に落ちたそれは飛び散り、周囲を汚し、飛沫はリリの着ていたローブも汚します。ですがそんなことはどうでもいいのです。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 灰達がヘスティア・ファミリアの冒険者であることは、オラリオの冒険者なら常識です。そしてそのヘスティア・ファミリアに新しい冒険者が入ったと言う噂は、驚きと共にオラリオを駆け巡りました。...その冒険者が白髪であるという情報と共に。

 そうです、リリはヘスティア・ファミリアが灰達の所属している魔境だと知っています。そしてベル様がこの一ヶ月ぐらいで冒険者になったばかりの、新米であることも知っています。さらにはヘスティア・ファミリアに新しく新入りが入ったことも知っているのです。いえそもそも、廃教会をホームとするような頭のおかしいファミリアなどこのオラリオに、ヘスティア・ファミリア以外に存在するはずありません。

 なのに今日一日リリの頭には、ちらりともベル様がヘスティア・ファミリアの新人である可能性がよぎらなかったのです。

 

 明らかにおかしいことです。

 神か魔法か、あるいはそれ以外の何かか。なんにせよ、誰かしらが何らかの理由で、ベル様とヘスティア・ファミリアの新入りが繋がらなくしたのです。リリが気が付いた時の状況を考えると、ベル様自身からヘスティア・ファミリアの新人=ベル様ということを聞かされると、この違和感に気が付ける様になるのでしょう。

 

 ...いえ、そんなことを考えている場合ではありません。

 だれが、何のために、どうやってか、なんてことはどうでもいいことです。重要なのはベル様がヘスティア・ファミリアの新入りであることであり、そのことが隠されていることです。

 罠でしょう。どう考えてもたまたまそうなった、なんてことはあり得ません。一体何の為なのかは解りませんが、これが罠で、ベル様が罠の餌、そしてリリが罠に陥った哀れなネズミであることは分かりました。

 

 罠にかかったリリには、今から何が起きるのでしょうか、...それともすでに何か起きているのでしょうか。

 そう疑い出すと、今にもこの裏路地の陰から【片腕の影】狼が出てくるのではないか、向こう側から【嗤う凶刃】灰の笑い声が聞こえるのではないか、リリの全く予想しない所から【伝播する狂気】ミラのルカティエルが現れるのではないか、悪い想像だけが膨らみます。

 息を整えているはずなのに、息を吸っているはずなのに、どんどん息苦しくなります。今リリは息を吸っているのでしょうか、それとも息を吐いているのでしょうか、それすらも分からなくなり、視界が暗く染まっていきます。そうして恐怖に溺れそうになった時、ベル様の声が聞こえました。

 

 

 

 

 

 

 馬鹿なのでしょうか。

 ベル様はびっくりすることに、逃げ出したサポーターの為に報酬を持って追いかけてきたのです。馬鹿ですね、馬鹿に違いありません。

 しかも聞けば狩人が呼び止めようとするのを振り切って追いかけてきたというではありませんか。馬鹿にもほどがあります。

 しかもベル様の持ってきた報酬は一万五千ヴァリス(山分け)。最早馬鹿という言葉ですら、ベル様の馬鹿さ加減を表せるとは思えません。

 思わず先程までの恐怖すら忘れて、ベル様へと冒険者の常識を叫んでいました。ですがベル様の馬鹿さ加減に限界というものは無いのでしょうか、ベル様は報酬を受け取り、あまつさえ様付を止めるよう要求してきたのです。あまりにも想定外のベル様の言葉に、リリもベル様へと言い返したことによって、報酬を値切りたいサポーターと報酬を山分けしたい冒険者という馬鹿みたいな口論にまで発展してしまいました。

 口論が終わったことで報酬を受け取り、幾分か冷めた頭でさっきまで自分たちのしていたことを考えれば、あまりの馬鹿々々しさに笑いを止めることはできませんでした。

 

 どういうことなのでしょうか。

 リリとベル様の笑いを引き裂くように、影より狩人が現れました。

 悍ましさすら感じる空気を纏う狩人に、さっき吐いていなければ今吐いていたでしょう。

 ですが、そんな空気を読むというようなこともベル様は出来ないようです。

 狩人へ無遠慮な言葉をぶつけます、ですがそれに対する狩人の返事は軽く睨むだけの物でした。

 目の前で行われている、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のような出来事に、吐き気が止まりません。

 未だに理解が追いつかず、混乱しているリリに狩人は言います。ベル様と仲良くしてくれと。その言葉を聞いたリリはもう限界でした。

 先ほどギルドから逃げ出した時に残した、最低限の取り繕った言葉すら忘れて、この場所から逃げ出しました。

 

 その背中にベル様の言葉を聞きながら。

 

 

 

 

 

 由縁隠しの秘匿

 灰と狩人がベルへと施した超常の力

 これを纏うものについて本来なら導かれる答えへの道を隠すことが出来る

 その旅路で常に偏見の眼差しを向けられた彼らは

 自身の後輩がその眼差しを向けられないことを願いこの力を施した

 多くの秘匿を破り、秘密を暴いた彼らは知る

 秘密を隠すのに最も良い方法は、秘密へと至る道を隠すことだ




どうも皆さま

ベル君がいい感じにヘスティア・ファミリアになじんできたので、一般冒険者から見たヘスティア・ファミリアとはどんなのなのか書こう、ということで書いている私です

必死に生存フラグを立てているリリ
頑張れリリ君の生存の道は見えているぞ

なお今回だけでも
ベルの後を付けているときに灰達がいたら「なんか居る」で
ベル君とダンジョンに潜っているときに何かしようとしていたら狩人の獣センサーに引っかかり「お前獣だな?」で
犬人に化けていなければ、「獣の臭いがする、お前獣だな」で
死亡フラグが立ちました

リリと最初に会うのが狩人で無ければ、狩人が獣(犬人)かぁ~となり、リリイベントのフラグが折れリリイベントが強制終了します。
リリイベントが強制終了するとリリは二度とベルの前に現れず
そのうちソーマが灰達の手によって天界へと送還され
ステイタスの恩恵を受けられなくなったリリはオラリオかダンジョンのどこかで
泣きゲーのヒロインが誰にも知られずに力尽きるときみたいな主人公(ベル君)との生活の回想をはさんで野垂れ死にしたでしょう

今回だけでも四回は死亡フラグを避けたリリの明日はきっと明るい
頑張れリリ、負けるなリリ

我ながら書いていてわかりにくいと思ったので由縁隠しの秘匿についての補足を

簡単に言うとA+B=Cとなるとき=を消します
本編では
A、ベルはヘスティア・ファミリアの新入りである
B、ヘスティア・ファミリアは灰達が所属するファミリアである
(なので)
C、ベルは灰達の後輩である
となる所を
=を消すので
Cのベルは灰達の後輩であるという答えにたどり着けなくなり
灰達に後輩が出来たという噂が流れても
その後輩がベルであるという噂にはならないということです

...自分で書いていてなんだかわからなくなってきました
まあとにかくそのせいでリリはベルを普通のヘファイストスブランドの武器を持つ新米だと思ったわけです
...普通とは一体

なおリリは罠にかかったと怯えていますが実際には
灰「うちに新入り来たけどこのままだとみんなにビビられるよな」
狩人「まあそうだな」
灰「じゃあ何とかしてやるか」
ぐらいの軽い感じで施された秘匿です

それではお疲れさまでした、ありがとうございました





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新しい力

魔法

ある種族が生まれつき持つ力或いは神の力によって花開く人が内に秘めた力

前者が人々の研鑽によって受け継がれ磨き上げられた宝珠であれば
後者は自身という存在を世界に表現するための自己表現である

この違い故か神の力によって得る魔法は千差万別無数の姿を持つ

だが大した違いではないのだ
詰まるところは使い方次第
ただ戦う為の手段の一つに過ぎない


 ダンジョン37階層

 下層を乗り越えた冒険者達に立ち塞がる深層(新たなる絶望)の入口。

 その地にて階層主と一人の冒険者が対峙していた。

 深層へと歩みを進めた冒険者達を迎える、【迷宮の孤王(モンスターレックス)】ウダイオス。

 下半身を持たず上半身のみが地面より生えているようなモンスターであるが、LV.4のモンスタースパルトイを無尽蔵に生み出し、自身もまた視界の中に黒剣の剣山を無限に生やす強敵。

 それに立ち向かうのは【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 ギルドの定めたウダイオスのLVは6、対するアイズのLVは5。

 自身よりも強いモンスター相手に一人で立ち向かうだけならばアイズとて経験はある、だが本来階層主とは複数の冒険者で討伐する物。

 まかり間違っても、一騎打ちをするような相手ではない。

 だが、そんな常識に縛られていては()()()()()()()()へは届かない。故に同じロキ・ファミリアの冒険者リヴェリアに見届け人を頼み、前人未到の挑戦へとアイズは挑む。

 全ては己が願いを叶えるだけの力を求めるが為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うう...あたまがいたい...」

 

 「今回はうちのバカ娘どもが申し訳ないことを...ほらアンタらも謝りな」

 

 【豊穣の女主人】の奥、店員さんたちが寝泊まりしている部屋の一室で、僕は横になっていた。

 目の前ではこの店の店主であるミアさんと、アーニャさんが謝っている。

 

 「みゃーが間違えたのも悪いけど、こいつが気が付かなかったのも悪...痛いにゃ!!」

 

 訂正、ミアさんによってアーニャさんが謝らされている。

 

 「大丈夫ですかベルさん。何があったか、はっきりしていますか?」

 

 こちらを気遣ってくれるシルさんの言葉に、僕は記憶をたどる。 

 ダンジョンに潜った後、先日リューさんに助けてもらったことのお礼を言いに【豊穣の女主人】に来た。だがあいにくリューさんはお使いだとかでお店には居なかった。

 そうなんですか、じゃあさようならと帰ろうとした僕だが、ミアさんが「酒場に来て何も頼まずに帰る気かい?」と、圧をかけてきた。

 その言葉に一番安い料理とジュースのセットを頼んで、少し変なにおいのしたジュースを飲んだところまでは、はっきりと記憶しているんだけど...その後はよく覚えていない。

 なんだかふわふわした気分になり、日ごろの悩みをシルさんに愚痴ったような気がする...。

 

 「っ!!シルさん!僕何か...いったあ...」

 

 ふわふわしたままシルさんへと話した夢。あれが夢じゃなかったとしたら。

 恐ろしい可能性に思い至り、今の自分の状況も忘れてシルさんへと聞こうとすると、ひどい頭痛に襲われる。

 

 「大丈夫ですか?そんなに急に動いちゃダメですよ?...ゆっくりとこのお水を飲んでください」

 

 「うう...ありがとうございます。何があったんでしょうか」

 

 シルさんが、ベッドから降りようとした僕を押しとどめ、水を手渡してくれる。

 手渡された水をゆっくりと飲みながら、いったい何があったのかを聞く。

 ため息をついて言いにくそうな表情をしながら、語ったミアさんによれば、僕に出された変なにおいのジュース。あれは本当は他の人が頼んだお酒だったらしい...それも慣れていない人が飲めばひっくり返る位、強いお酒。

 ミアさんに怒られているアーニャさんが、忙しさのあまりうっかり間違えてしまった結果、僕の元へとやってきて、僕はそれに気が付かず飲み干し、倒れたそうだ。

 

 「ええっと、ミアさん。僕が気が付かなかったのも悪いんですし、お説教はそのくらいで...」

 

 「そーにゃ、そーにゃ、お説教はもううんざり「あんたは黙ってな」...はい」

 

 アーニャさんが悪いのはそうだが、気が付かなかった僕も悪い。 

 僕の言葉に後押しされたように、アーニャさんはミアさんに反旗を翻そうとして、一喝される。

 「気分が良くなるまでは、そこで寝てな」と言ってミアさんは、アーニャさんを連れてお店の方に戻る。シルさんもお店の方へと戻るのかと思ったが「さっきまで酔っていた人を、一人で寝かしておくなんてできませんよ」と言われてしまう。「...それに、ここはお店の奥の店員たちが過ごしている部屋なんです。ベルさんが悪いことしないか見張っておかないと」とも。そんなことしませんよ!?  

 

 「その...シルさん...僕酔っているときに何か言っていましたか?」

 

 水を飲んで頭痛が少し落ち着いたこともあり、先ほどの疑問を再び口にする。

 ふわふわとした感覚の中、はっきりとは覚えていないが、

 リリと契約してダンジョンに潜るようになってから、毎日誰かしら一人がギルドで待っていること、

 そして僕の無事を確かめるとリリに僕を頼むと言葉を残す事、

 確かにファミリア外の人とダンジョンに潜るのは初めてだけど、何時までも子ども扱いしてほしくないこと、

 そんなことを考えていたらダンジョンでミスをしてしまい、リリに助けられたこと、

 こんなんじゃ何時まで経っても憧れの人(アイズさん)に追いつけないこと。

 そんなことをグチグチ愚痴ったような記憶がある、しかもシルさんに泣きついた記憶まで。

 

 「あー...えっとー...内緒にしておきますね?」

 

 もしかしたらすべては酔っぱらった僕の見た夢だったかもしれない、という僕の期待は苦笑いと共に告げられた言葉で打ち砕かれた。...頭も痛いし美味しくもないし、お酒なんて二度と飲まない。

 

 

 

 

 

 「シルさんご迷惑をおかけしました」

 

 しばらくベッドで横になっていると、楽になって来た。

 まだ少しふらつくけれど、いつまでも誰の物かはわからない人のベッドで寝ているというのも気が休まらないし、シルさんをいつまでも僕のお世話させているわけにはいかない。

 起き上がってシルさんへとお礼を言う。本当ならミアさん達にも一言言っておくべきなんだろうけど、お店の方からたくさんの笑い声と賑やかな話声が聞こえる。

 今僕が行ったら邪魔になるだろう。

 

 「迷惑なんて...それはこちらのセリフですよ。...私の勝手な意見ですけど、ベルさんはここの所少し根を詰めすぎているように思います」

 

 ミアさん達にもよろしく言っておいてくれるようにお願いすると、シルさんはこちらこそ迷惑をかけて、と頭を下げる。

 頭を上げたシルさんは少し心配そうな表情になると、僕が頑張りすぎじゃないかと僕の顔を覗き込む。

 確かに【怪物祭】の後、久しぶりにダンジョンに潜れるようになったことと、ヘスティア・ナイフの力もあって、どんどん強くなっていくのが自分でも分かったことで、この所ダンジョンに潜りづめだった。

 

 「そうですか気分転換にこれなんてどうでしょうか...お客様が忘れていったものなんですけど」

 

 僕の答えを聞いたシルさんは、一冊の本を差し出してくる。

 とりあえず受け取り題名を確認する。【ゴブリンでも分かる、現代魔法】?なかなか攻めた題名だ。

 他のお客さんの忘れ物を持っていくのは気が引けるけど、魔法の使い方という題名にかなり惹かれる。

 

 【魔法】

 冒険者にとっての切り札。

 詠唱の必要がある、詠唱の間は隙だらけである、使いすぎれば【マインドダウン】と呼ばれる気絶を引き起こす、と様々な欠点があるが、それを補ってなお有り余る火力という長所を持つ物だ。多くの英雄譚においてとどめの一撃として、相手を牽制し隙を作る小技として、手の届かない距離への一撃として、逆転の一手として、登場する。

 その特徴から、単なる戦闘手段以上の価値を見出している冒険者も少なくない。かく言う僕もそのうちの一人だ。

 だがそのことを灰さん達に言ったら全裸がどうの、禿がどうの、ナメクジがどうのと言っていた。

 灰さん達の言っていることは、たまに僕でも分かる位ズレていることがあるが、あれもそうだったのだろう。...しかし魔法と禿に一体何の関係があったのだろうか。

 閑話休題

 魔法に憬れる冒険者が多い一方で、習得するのにも一苦労であり、本を読んだだけで使えるようになるのなら苦労しない。

 それでも、魔法の使い方なんて題名には抗えない魅力がある。

 結局僕はこの本を借りることにし、読み終わったら返してもらえればいいというシルさんへと頭を下げて【豊穣の女主人】を後にする。

 

 

 

 

 

 ありえないとは思うけど...魔法か~。

 魔法を使えるようになった僕が、華麗にモンスターを討伐し、窮地に陥っていた他の冒険者を助け、お礼を言われる。そんな妄想をしながら歩いていると、急に声をかけられた。

 

 「おや?そこにいるのは、ひょっとしてヘスティアの眷族ベルではないかな」

 

 「えっ...?はい、僕はベルですけど...貴方は一体?」

 

 声がした方へと振り向くと、そこには夜明け前の空のような、黒とも藍とも言い難い髪色をした男神様が手押し車を押していた。

 ...珍しい。

 僕はこの白髪が目立つ為か、よく絡まれる。

 しかしほとんどの人、というか神様と人は僕がヘスティア・ファミリアの冒険者であることを知らないから絡んでくるようで。

 厳つい顔をした人が僕に絡んできて、僕がヘスティア・ファミリアの冒険者だと知ると、子犬のような顔になり一目散に逃げていく、なんて光景は見慣れたものだ...見慣れたくないけど。

 

 だけどこの神様は僕のことを神様の眷族(ヘスティアの眷族)と呼んだ。 

 どうして知らない()が僕の名前を知っているのか、どうしてオラリオでも恐れられているヘスティア・ファミリアの冒険者に声をかけてきたのか。

 いつぞやのように、灰さんあたりがこの神様のファミリアのお店でツケを作って、その支払いがまだだったりするのだろうか。何気なく入ったお店の人に追いかけ回された苦い記憶を思い出しながら、男神様へと疑問を投げかける。

 

 「ん?ひどく警戒されている気が...おお、そうだ。まだ名乗っていなかったな。

 我が名はミアハ。オラリオで貧乏ファミリアの主神をしておる。

 ここであったも何かの縁、家で取り扱っているポーションを一つ進呈しよう」

 

 「はあ、それで何の御用でしょうか」

 

 「まあ用というほどの物でもないのだ。ただヘスティアが言っていた()()()()()()というのがどのような者か見ておこうと思ってな」

 

 僕が男神様へと警戒しているのを見て、首をかしげている神様は自己紹介を始める。

 ミアハ様。それがこの目の前にいる神様の名前らしい。とりあえず差し出されたポーションを受け取る。

 警戒を解かないまま何の用かと尋ねる僕に、ミアハ様は用があったわけではないと笑う。どうやら借金取りの類ではないらしい。

 しかし、貧乏ファミリアの主神を名乗るのならば、無料でポーションを配るような真似はしない方がいいんじゃないだろうか。それに神様が言っていた...?

 僕が首をかしげるのを見ると、笑いながらミアハ様は押していた手押し車を指さす。その中には...神様ぁ!?

 

 「私とヘスティアは先ほどまで飲んでいたのだ。だが何か嫌なことでもあったのか、今日はやけに酒の進みが早く、酔いつぶれてしまっってな。それをそのままにしておく訳にもいかず、こうして運んでいるのだ」

 

 「それは、ありがとうございます」

 

 時折「にゅう...ベル君...」なんて言いながら泥酔した神様が押し車の中で眠っていた。

 詳しく話を聞けば、ミアハ様は神様と一緒にお酒を飲んでいたのだが、今日の神様は妙にやけっぱちというか、自棄酒のようにぐびぐび飲んだものだから酔いつぶれてしまったらしい。「うむ、その後は...流石にあれは言わんほうがいいだろうなぁ」と口を濁されてしまったが、神様の醜態はまだあるようだ。酔った神様に絡まれたにもかかわらず、潰れた神様をホームまで運んでくれている心の広さに感謝する。

 他のファミリアの主神様に、いつまでも運ばせる訳にはいかないだろうと思って変わることを提案したのだが「見れば不調であるようだ、そのような有様の子ども()荷物(ヘスティア)を運ばせるわけにはいかんよ」と断られてしまい、手伝うのならば大体の場所はわかるが道までは詳しくない、先導を頼む、と言われホームまでの道案内をする。

 

 

 

 

 

 「神様、神様!起きてください」

 

 「ううん...うるさいよ、ベル君。どうせなら目覚めのキスを...」

 

 「何言っているんですか!他の神様(ミアハ様)もいる前で!」

 

 ホームにたどり着き、手押し車の中で寝ていた神様を起こす。

 しかしまだ目覚め切っていないのか、寝ぼけ眼の神様は僕に抱き着くようにして顔を近づけてきて...!?思わずそのほっぺたを押して顔を遠ざける。ミアハ様もいる前で、と言えばようやく目が覚めたようで、ありがとうとお礼を行ってふらふらとホームの中へと入っていく。その危なっかしい足元に、僕もミアハ様へと頭を下げた後、神様を支えるためにその背中を追いかける。

 

 「それじゃあおやすみなさい、神様」

 

 神様を部屋へと支えながら連れて行き、ベッドに眠らせる。

 すでに半分夢の世界に旅立っている神様へと、お休みの挨拶をした後、普段食事をとっているテーブルに座る。【豊穣の女主人】で寝たからだろうか、まだ眠くもない。

 灰さん達がいれば軽い稽古をつけてもらったりできるんだろうけど、今日は誰もいない。

 珍しいことに、九郎さんも仕事先である【食事処 葦名】の用事で今日は帰りが遅くなるそうだ。

 

 どうしようか、このまま眠くなるまで何もしないというのもなぁ。

 僕が何をしようか考えていると荷物の中に一冊の本を見つける。

 そうだ、せっかくだしシルさんから借りた本を読んでみよう。

 

 なになに、魔法とは種族的に先天的に身に備わるものと、神の恩恵によって引き出されるものにわかれ...

 

 

 

 

 

 気が付けば僕の前に僕がいた。

 僕は僕に尋ねる。

 

 「僕にとっての魔法とは何?

 

 それは力。

 奥の手、切り札、窮地でなお奮い立つ為の支え。

 弱い僕を塗りつぶし強い僕へと変えてくれる力。

 ぽつぽつと、僕に聞かれた言葉に答えていく。

 

 「僕にとって魔法とはどんなもの?

 

 それは消えない火。

 揺らめく炎、猛々しく燃え盛る炎、すべてを浄化する火、暗闇を照らす篝火。

 おじいちゃんが話してくれたお話に出てきた、英雄を照らし、闇を退ける希望の象徴。

 

 「魔法に何を求める?

 

 それは早さ。

 狼さんのように影も見えない速さ、狩人さんのような誰にも追いつかれない速さ、そしてあの日見たアイズさんの剣戟の光のような速さ。

 その速さに負けないくらいの早さ。僕よりもずっと先にいるあの人たちに追いつくための早さ。

 

 「それだけ?

 

 僕が僕を覗き込む。

 僕も僕を覗き込む。

 僕の望みは...まだある。

 英雄に成りたい。

 昔読んだお伽噺に出てきた、誰かを導けるような、誰もが認めてくれるような、辛い時見上げることで誰かの心に火を灯せるような、そんな英雄に成りたい。

 魔法がそんな英雄に成る為の力になって欲しい。

 

 僕が答えると僕が微笑む、そして手を僕に差し出してくる。僕もその手を掴もうと「...殿」

 誰かの声がする。

 

 「おーい...よく寝てるとこ...が寝るなら...」

 

 「起こさなくとも...連れて...やればいいだ...」

 

 「嫌だよ、俺だって疲れて...」

 

 「...う時はこうするのが...」

 

 「待たれよ、...殿そんなことをしては...が...」

 

 灰さん達の、僕のあこがれの、どうしようもないけれど、それでもいい所が沢山ある、僕の大好きな家族たちの声が聞こえる。

 

 「う...ん?灰さん...達帰って来たんですか?」

 

 その声に反応して僕が目覚める。

 目覚めるということは、眠っていたということ。

 僕の頭の下には、シルさんに借りた本が挟まっていた。どうやら本を読んでいるうちに寝てしまったらしい。

 軽く頭を振りながら、灰さん達を見る。

 

 「寝るのなら部屋で寝ろよ」

 

 「...疲れていたのか?」

 

 「ただいま戻りました、“べる殿”」

 

 「さっさとそれをしまえ」

 

 「ミラのルカティエルです...」

 

 口々に喋り始める灰さん達。一気に賑やかになった地下室。

 時計を見る僕と神様が帰ってきて少し経っていたらしい。

 

 「うう...お帰り...みんな...あぅ」

 

 「おお、ただいまヘスティッくっさ。お前酒臭いぞ」

 

 僕達の声に部屋で寝ていた神様も、体を引きずって出てきた。

 灰さんが神様に挨拶をし...途中で叫ぶように臭いと言い距離を取る。

 まあ、さっき神様の体を支えていた時も、神様の体の柔らかさや体温にドキドキする前に、お酒臭さにげんなりしたから臭いのは事実ですけど...もうちょっと言い方がありますよね。

 

 「灰君!ボクは君のいったあ...あたまいたい。はいくん...なんとかして

 

 「本当にどうしようもない神だなお前...はぁ、そら【大回復】を使ってやろう」

 

 神様も灰さんの言葉にカチンときて、怒ろうとしたが...自分で出した声が頭に響いたらしい、頭を押さえ灰さんに助けを求める。その姿に流石の灰さんも神様へと冷たい視線を向けてため息をつき、祈る様にタリスマンを握る。

 温かな光が地下室を満たし、気が付けば僕の体に残っていた、怠さが無くなっていた。

 

 「...こんなに馬鹿げた理由で使われた奇跡もないだろうな。おら!何時までもはしゃいでんじゃねえ、さっさと身支度済ませてもう一度寝ろ!!」

 

 灰さんの使った【大回復】の効力に驚いていると、神様は「ボク!完全復活!!」と大声を出し...哀愁を漂わせていた灰さんに後ろから蹴り飛ばされていた。

 あっ、寝る前にステイタス更新お願いしていいですか?

 

 「うえぇぇぇぇ!!」

 

 「うるさいぞ!今何時だと思っているんだ!!」

 

 「そ、そんなことより、これ見てよ。魔法だ、ベル君に魔法が発現したんだ!!」

 

 「「「「な、なんだってー!!」」」」

 

 せっかく神様が起きたのだから、ついでにステイタス更新をお願いしよう。何気ない僕の思い付きは、ステイタス更新をしている神様が奇声を発したことで大事になった。

 神様の大声に反応して灰さんが怒鳴り込んでくる。...こないだ同じように夜中に大声を出して、狩人さんに内臓攻撃をされていた人の言葉とは思えない。

 いや常識的に考えて夜中は静かにするものなのだから当たり前?いや常識的に考えて人に内臓攻撃なんてしない...常識とは一体。

 

 僕の答えの出ない考えは、灰さんに怒鳴り返すようにして、神様の口から放たれた言葉によって止まる。ベル君(ボク)に魔法が発現した。そうか、僕に魔法が発現したのか、それならあんな大きな声を出したのにも納得が...僕に魔法が発現したぁ!?  

 

 「ほわぁー。本当に魔法だ」

 

 「【ファイアボルト】それが君の魔法だ」

 

 何とか背中にあるステイタスを見ようと体を捩ったり、神様が鏡を持ってこようとしたり、ちょっとした騒ぎがあったが、狼さんに諭された神様が書いて僕に見せてくれた写しには確かに魔法の文字が。

 写しを見て感動の声を上げる僕へと神様が、僕の魔法の名前を告げる。

 【ファイアボルト】それが僕の魔法...。

 

 「先に言っておくが、今から稽古はつけんぞ」

 

 「えっ」

 

 感慨に浸っている僕を灰さんの一言が現実へと引き戻す。

 その言葉に驚き声すら出ないのは僕だけのようで、他のみんなは「まあもう夜も遅いし」だとか「別に明日でもいいだろう」とか「急がなくても魔法は逃げないぞ」と言いながら頷いて賛成している。

 そ、そんな~

 

 

 

 

 「灰さん達ごめんなさい」

 

 そうして解散した後。

 灰さん達が寝静まったころを見計らって、僕はベッドからこっそりと抜け出し、音を出さないように気を付けながら、教会から出ていく、目的地はダンジョン。

 確かに明日ダンジョンで試せばいいだけのことだ、だけど今の僕にはひと眠りする時間も惜しかった。ちょっとダンジョンの中で試し打ちしてみるだけ、ちょっとモンスターと戦ってみるだけだから。自分に言い訳しながら、最初は人目を避けるように静かに歩いていたのが、ダンジョンにつく頃には駆け足になっていた。

 

 「...いた」

 

 ダンジョンに潜ってしばらく歩くと、ゴブリンが一匹通路に立っているのを見つける。

 そのままの勢いで突っ込みそうになり、一旦止まり深呼吸する。こんな状態で戦ったと灰さん達に知られたなら、とんでもなく怒られてしまう。

 

 

 落ち着いてゴブリンを観察する。どうやら周囲に仲間はいないようだ。

 息を大きく吸い、吐く。

 心を落ち着かせた僕の脳内に、神様の言葉が蘇る。

 

 「この記述によると、どうやら詠唱が必要がないみたいだね」

 

 どうすれば使えるのかは、ステイタス更新をした時からどこか分かっていた。

 指先に集中し、ゴブリンに向けて呟くように口にする。

 

 ファイアボルト

 

 疑っていた訳ではない、使えると確信していた。

 それでも僕の指からうねるようにして火が放たれ、ゴブリンを焼くのを見た僕が絞り出した言葉は「本当に出た...」というものだった。

 燃え盛る炎はゴブリンを焼き尽くし、そのまま消える。ゴブリンの残した灰だけが、僕が魔法を使ってゴブリンを倒した証拠として残っていた。 

 

 「ふ、ふふふ」

 

 倒したゴブリンの残した灰を、呆然と見つめていた僕の口から笑いがこぼれだす。

 魔法だ、本当に魔法が使えるようになったんだ。実感がわくと同時に、もっと使いたいという欲望が起きる。

 

 「ファイアボルト...ファイアボルト...ファイアボルトォ!!」

 

 モンスターを探してダンジョンを進む。

 モンスターを見つければ魔法を使い、ほとばしる炎がモンスターを焼き尽くす。それを何度も繰り返し、ようやく興奮していた頭が冷えてくる。

 ...不味いんじゃないだろうか。灰さん達に止められていたのに、こっそり抜け出してダンジョンに潜って魔法を使った、なんてバレたならどうなるか。

 灰さんが凄い笑みを浮かべて「そんなに元気が有り余っているのなら、もっときつい特訓でもいいな」と言っている姿が頭に浮かぶ。...そんなことになったなら流石に死んでしまう。

 今から帰って狼さんをごまかせるだろうか、正直可能性は低いと思うが、出来なければ死ぬだけだ。とにかくホームへと帰る為に踵を返そうとし...視界が真っ暗になった。

 ...えっ?

 

 

 

 

 

 「リ...私...たい」

 

 「.なら...すれば...」

 

 「そんな...いい...」

 

 「私は少し...見て回って...」

 

 声がする。

 誰の声かわからない、だけど綺麗な声が。

 柔らかな感覚が頭の後ろ────いや体の感覚からして僕は今地面に横になっているのだろう、なら下と表現するべきか?────に感じる。

 覚えのない感覚(懐かしい感覚)

 昔まだお母さんがいた時にはこうしてもらったような...

 

 「お母さん...」

 

 「ごめんね?私はあなたのお母さんじゃない」

 

 えっ...?

 揺らぐ眠りから目を覚ます。世界が鮮明に映る。

 ここはダンジョン。僕はベルクラネル。そして目の前にいるのはアイズ・ヴァレッ!!

 

 「ドワアアアアアァァァ!!?

 

 今の状況を理解すると同時に僕は全身を使い逃げ出す。

 あいずさんがぼくを(アイズさんが僕を)ひざまくらしてあたま(膝枕して頭)をなでていた(を撫でていた)

 しかも装備がボロボロで露出が激しい姿で。

 

 オラリオの街のどこをどう走って来たかなんて、覚えてもいないけれど、気が付けば僕はホームの前にいた。

 

 「わ、忘れろ!忘れろッ!!」

 

 さっきまでのことが頭から離れない。

 温かな感触、アイズさんの美しい顔、...そして目を開いたときに見えた絶景(アイズさんのおっぱ...)

 

 「忘れろッ!!忘れろッ!!!」

 

 考えちゃだめだ、考えちゃだめだ。

 がむしゃらに素振りをする。

 

 「忘れろッ!!!忘れ「随分と元気だなぁ?」」

 

 ナニモ考えちゃだめだ。何も考えずにただ体を動かせ。

 ただただナイフを振るう僕へと声がかけられる。

 振り向けば灰さんがそこに立っていた。

 

 「聞けよベル。

 何でも新しい魔法を手に入れたが、訓練を明日からにするという先輩の言葉を無視して、ダンジョンに潜って勝手に魔法を使った後輩がいるらしい。

 おまけに先輩がどこに行ったか心配していたというのに、そいつは朝からホームの前で大声を出して素振りするぐらい、元気が有り余っているそうだ。

 ...そんな奴にしてやる訓練はとびっきりハードでいいとは思わんか?

 

 「...ハイ、ソウオモイマス」

 

 怒っている、凄く怒っている。

 これから自分の身に何が起きるのかを理解した僕は、最早悲鳴を上げることすら出来ず、ホームの中へと引きずり込まれた。

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン ベルが倒れた後

 

 「きっとみんなビックリするだろう、まさか階層主を一人で倒すなんてな」

 

 「うん、ありがとうリヴェリア、ついて来てくれて」

 

 37層からの帰り道。

 私はアイズへと話しかける。単独での階層主の討伐。言葉にすればそれだけの、だがオラリオでも成し遂げたものなどいないだろう偉業。アイズはぼろぼろになりながらも、ついにその偉業を果たした。

 普段はいっそ冷徹とすら取られかねない、涼やかな顔に高揚が見られ、ホームへと向かう足取りも、心なしか急ぎ足になっている。

 大きく立派になったと思ったが、そんなところはまだまだ子供だな。なんてロキあたりが聞けば「そんなんやからママって呼ばれるんや」とでも言われそうなことを考えながら、地上へと戻る道を進んでいると一人の冒険者が倒れていた。

 

 思わず駆け寄り、無事を確認する。

 大きなけがはないようだ、症状からして恐らくは魔法の使い過ぎ(マインドダウン)だろう。

 私が倒れていた冒険者を診察していると、アイズが小さく声を出す。

 

 「あっ...この子」

 

 「どうした?知り合いか?」

 

 見た覚えのない顔だと思っていたが、アイズの知り合いだろうか。

 アイズに詳しい話を聞くと、前の遠征からの帰りに我々の不手際に巻き込まれた、例のウサギのような冒険者らしい。

 常にない表情で「この子に償いをしたい」というアイズに、どう助言をすればいいか悩む。

 その時、ロキの言っていた「アイズたんみたいな美女に膝枕されるのが、男の夢というもんや」という与太話を思い出す。

 そのことを伝え、周囲の探索をすると言ってその場を離れる。

 

 「何のつもりだ?アイズは気が付かなかったようだが、そんな殺気を垂れ流す必要があるのか?」

 

 「そんな怒るなよ、こんなの挨拶みたいなもんだろ?それにあんたに向けた殺気だ、他の奴に気取られるようなヘマ、今更俺がするかよ」

 

 少なくとも大声を出さなければ声の届かないだけの距離を開けて、先ほどから感じる、殺気の大元へと声をかける。

 ヘラヘラと笑うような声と共にダンジョンの陰から出てきたのは、全身に鎧を纏った男(火の無い灰)

 

 その姿をみて二つの考えが生まれる。

 一つはなるほど、という納得。

 いきなりダンジョン内で殺気を当ててくるような真似をするのは、こいつ()ぐらいのものだろう。

 もう一つは何故?という疑問。

 ダンジョン内で殺気を当ててきた理由は分かった。こいつ()ならば、そういうこともするだろう。

 だが、何故ここに居るのか、何故ダンジョンで殺気を当てて私を誘ったのか、という疑問の答えにはならない。

 

 「それで?今度は何を企んでいる?あの子(アイズ)と私を引き離して、何をするつもりだ?」

 

 「あ~っと、それなんだがな。ここに居るのは俺の意思じゃないのさ。

 あんたがさっきお連れと一緒に診てた白髪の冒険者。あれうちの新入りなんだがな、

 あいつ今日は休めって俺らの忠告を無視して、勝手にダンジョンに潜りやがったんだ。

 その後をこっそりついて行ったら、予想通り魔法の使い過ぎでぶっ倒れたから、回収しようとしたらあんたらが来たって訳。何か企んでるわけじゃない、偶々さ()()()()

 

 「そんな言葉で誤魔化されるとでも?さっさと用件を言え」

 

 「おー怖。

 そんな面倒な頼みごとをするつもりはないさ。あんたんとこの嘆きの壁に、ありがとなって言っておいて欲しい。そんだけだよ」

 

 灰を問い詰めるが、この男がすんなりと話を進めるはずもなく、話は二転三転する。

 話の進まなさに苛立ち睨みつければ、弁解するようにわたわたと手を動かす。

 こほんと空咳をした灰は、嘆きの壁へと感謝の言葉を与えてほしいと言う。

 

 嘆きの壁。  

 18層前に生まれる、階層主ゴライアス。そのゴライアスが生まれる壁のことを冒険者たちは、嘆きの大壁と呼ぶ。

 だが、どう考えてもそれとは関係がないだろう。前後の言葉から、灰の言う『嘆きの壁』が一体誰を指すのか思い至り、思わず叫ぶ。

 

 「ロキがお前に協力したのか!?」

 

 「なんだよ、そんなに驚くことかね。まあ確かに俺は神が嫌いだし、ロキの奴も俺とは仲良しこよしという訳じゃないが、頼み込めば協力位してくれるさ。

 まあとにかく伝言よろしくな」

 

 だが、灰は話すべきことはすべて話した、と言わんばかりによろしく、と言い姿を消す。

 【九魔姫(ナイン・ヘル)】と呼ばれる自身ですら、追いかけることもできない逃走に追跡を諦める。

 そもそも、アイズを置いてどこかに行くのは良い事では無いだろう。灰との会話で、どっと疲れたような気がして、肩を落とす。届くことはないのだろうと解ってはいても、思わず文句がこぼれる。

 

 「ロキを殺そうとしたお前が、ロキに協力を頼むこと自体がおかしいのだ...」 

 

 

 




どうも皆さま

切りのいいところが分からずひたすら話が伸びた私です

いっつもおんなじこと言ってますが今回も長かった
書かなくちゃいけないことを思いついて
そこに行くまでの道筋を書いて
それを書いたと思ったら何書くか忘れて
とりあえず話を進めて
そんなこんなでどんどん文字数が伸びます
こんな私ですがどうぞもう少しお付き合いください

それではお疲れさまでした、ありがとうございました


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蠢く影



主につき従うもの或いは光の当たらない場所

何処までも本体と同じ場所へと行く影
それは主の行く場所について回っているのか
それとも主の足を引き続けているのか

影をどこへと導くのか
影に何処へと導かれるのか

予定投稿をしたつもりが出来ていませんでした
いつもより少し遅れての投稿です
申し訳ありません


 

 

 「あ...さ?は、ははは。朝です、太陽です」

 

 寝床としている安宿。そのベッドの上でリリは朝が来たことに喜びの声を上げます。

 これほどまでに朝が来たことが喜ばしいことはありませんでした。

 安宿故にお世辞にも日当たりがいいとは言えない立地、しかも汚い薄汚れた窓ガラスを通して部屋へと差し込む光は、部屋の中を満足に照らし出すことすら出来ない、弱々しい光です。

 ですが今のリリにとってその光は、今まで生きてきた中で一番の輝きを持っているように思えました。

 

 リリが新しいカモとして狙いを付けたベル様────冒険者の常識すら知らない新米で、ダンジョンの中でもサポーター(リリ)のことを気遣うような甘ちゃんです────が噂のヘスティア・ファミリアの新入りだと知って一夜明けました。

 

 昨日のことを思うとリリは満足に寝ることもできず、どこかからヘスティア・ファミリアの冒険者が、リリの所に来るのではないかという不安に魘されていましたが、朝です。リリは生き残ったのです。

 

 「はははははは、あはははは」

 

 リリの口から抑えられない安堵の笑いが溢れます、否今のリリに笑いを抑える気などないのです。

 笑うということは、余裕があるということ。

 これまでの人生でリリ(弱者)に何か余裕があれば、それを冒険者(強者)が奪い取ろうとすることを学びました。だからリリはもう長い間本当の意味で笑っていませんでした。

 ですが、【生きている】。この喜びは抑えきれるものではありません。

 

 リリはそうやって笑っているうちに、昨日のベル様の言葉を思い出します。

 

 「リリ!明日もあの噴水で待っているからね!!」

 

 ...馬鹿なのでしょうか。

 狩人の手の中から逃げ出せたにもかかわらず、再びその手の中に戻るような真似をする獲物がいるはずもないのに。

 そうです、リリは罠から逃げ出せたのです。もうヘスティア・ファミリアなんて恐ろしい冒険者の巣窟とは無縁の人生を歩むのです。

 

 そもそも、狩人に見られた時点で、リリについては知られたと思っていいでしょう。

 ならあの後狩人によって、リリのことはあきらめる様に言われているかもしれません。例えそうでなかったとしても一日たって、気が変わっているかもしれません。ギルドに出していた募集でもっといいサポーターが見つかっているかもしれません。

 そうです、たとえ今日あの場所に行ったとしても、ベル様は居ないかもしれません。

 いえ、そうに決まっています。

 リリはソーマ・ファミリアの、薄汚れた盗人でしかありません。なら幾ら甘ちゃんのベル様だってリリのことを、サポーターとして雇い続けるなんて選択をするなんてことあり得ません。

 分かっているのです、リリのようなサポーターを雇い続ける理由なんてないと、ベル様がリリを求め続けてくれる訳なんてないのだと。

 

 ですが、リリの頭とは裏腹に体は、今日ダンジョンでサポーターをする準備をしているのです。

 ...いえ、これは昨日の狩人の言葉が理由です。

 ベルと仲良くしてやってくれという言葉には、ベル様と仲良くしている内は見逃してやろうという意味が込められていたのかもしれません。

 ならば、あの噴水に行かないのは悪手ですよね。

 頭の中から消えないベル様の顔を、頭を振ることで消そうとしながら、リリは安宿を後にしました。

 そうです、これはあの狩人の言葉が理由です。ベル様との約束を破らないために、あの場所へと向かっているのではありません...そのはずです。

 

 「リリ!昨日はごめんね」

 

 「いえ、ベル様の謝ることではありません。それに謝るのはリリの方です」

 

 噴水の縁に座って、来るかも分からないベル様を待ちます。

 それほど経たないうちに、周囲をきょろきょろと見渡しながらベル様がやってくるのが見えました。

 

 お上りさん丸出しの、事情を知らなければ丸々と太った美味しそうなカモに見える、いえ事情を知っているリリですらカモにしか見えない姿です。

 声をかけるとどこか不安そうな表情をしながら歩いていたベル様は笑顔になり、リリの方へと手を振りながらやってきました。そして開口一番昨日のことを謝り始めます。

 

 リリも昨日の去り際のことを謝り、()()()()ということにしようとしたのですが、ベル様は「騙したみたいになっちゃったし」とまだ昨日のことを気にしているようです。

 仕方のない人ですね。

 

 「実はリリ荷物を整理して、昨日よりも魔石を入れられるようにしてきたんです。その分ベル様には昨日よりも頑張ってもらいますよ?」

 

 「うん分かったよ、でもバックパックが重かったりしたらすぐに言ってね?」

 

 嘘は言っていません。

 リリの荷物の中から、冒険者サマを嵌める為の諸々を抜いて、昨日より沢山魔石を運べるようになったのは本当なのですから。

 リリのそんな考えを知らないベル様は、相も変わらずサポーター(リリ)の心配をしています。

 ...本当に仕方のない人です。

 

 

 

 

 

 

 ベル様と一緒にダンジョン探索をする日々は、リリにとって初めてダンジョンに潜ることが楽しいと思えた日々でした。

 サポーターだって、実際に戦わないとはいえ冒険者と同じようにダンジョンに潜り、モンスターと対峙するのです。

 ついて行く冒険者によっては、こちら(サポーター)にまでモンスターがやってくる、どころかサポーターなどいざという時の囮ぐらいにしか思っていない冒険者だっています。

 ですが、ベル様はすさまじい速度でモンスターを倒していき、こちらにモンスターがやってくる暇もありません。

 むしろリリが魔石を拾い集めたり、モンスターの死体を邪魔にならない場所に動かすのが間に合わないくらいです。

 サポーターの扱いについても、「危なくなったら僕を見捨てて逃げてね」なんて言うくらいです。思わず「そんなことしたら、ベル様の先輩たちにどんな目にあわされるか」と返せば、苦笑いが帰ってきました。

 ...愛されているんです、自分の身を大切にしてくださいね。

 サポーターとしての扱いは文句ありませんし、報酬についても、いつも半分(山分け)です。

 こんな好待遇でのサポーターなんて初めてです。

 

 とはいえ、ベル様にも欠点というべきところはあります。

 優しすぎる、いえ甘ちゃんな所もそうですが、変なところで無知なのです。

 

 「ポーションが足りなくなったから買ってくるね」と言い、主神(ヘスティア)知り合いの神のファミリア(ミアハ・ファミリア)で買い物をしているときも、思いっきりぼったくられているというのに、一切気が付いていないのですから。

 リリがいなければ気が付かないまま、ぼったくられ続けていたでしょう。ベル様は「灰さん達はこういうポーションとか使わないから、よく教わってなくて」なんて言っていましたが、武器や雑貨なんかと比べて高すぎるとは思わなかったのでしょうか。

 

 ギルドで買っておくよう勧められた備品を、全部持ち続けていたこともありました。

 確かにソロでやっていく分には────そもそも新米がソロでダンジョンに潜ること自体が間違っていることは、この際横に置いておきます────どんな状況にも対処できるように、備えるのは大切でしょう。ですが今はサポーター(リリ)がいるんです、「いくら何でも荷物が多すぎます!!」と思わず叫んでしまいました。

 

 ただ一番困るのは、探索を終えてギルドに戻ると、ベル様の先輩(灰達)が待ち構えていることです。

 大体ダンジョンから帰ってきて、魔石や何やらを換金し終えたタイミングでやってくるのですが、あまりにも露骨すぎてベル様でさえ何かあると気が付いています。

 何かされたわけではありません。ただリリの方を見て、ベル様のことをよろしく頼むと言われるだけと言えばそうです。

 狩人の次は狼が、狼の次は灰が、灰の次はミラのルカティエルが────実は()()絶望を焚べる者というのが本当の名前らしいですね、ベル様が言っていました────代わる代わるギルドで待っているのです、正直な話また狩人が出てくるんじゃないかと心配していましたが、そんなこともなく一安心です。

 後輩についた怪しいサポーターを警戒しているのかと思いきや、リリを一瞥するとベル様のことをよろしく頼むと言い消えるのですから訳が分かりません。...まあ彼らからすればリリ程度()()()()()()()()()()()なのかもしれませんが。

 

 とにかく、ベル様との日々は刺激的で、大変だけど、毎日が楽しく。リリは久しぶりに明日が来るのを心待ちにしながら眠りにつく日々を送っていました。...だからでしょうリリはしくじったのです。

 

 

 

 

 

 

 オラリオ路地裏 ベルが酒を飲んで倒れた頃

 

 「よお、最近羽振りがいいらしいじゃねえか、ええ?羨ましいねえ」

 

 ベル様と別れ、宿へと向かうリリに声をかけたのは、リリと同じソーマ・ファミリアの冒険者、カヌゥ。

 強欲で、非道で、サポーターを使い潰すことを何とも思っていない男。

 つまりはリリの一番嫌いな言葉(冒険者サマ)を体現したような存在です。

 そんな男がニヤニヤと笑いながらリリへと近寄ってきます。

 咄嗟に周囲を見渡し逃げ道を探りますが、手下らしき幾人かの男たちによって道が封鎖されています。

 

 冒険者にその日の収入をカツアゲされるのは、初めてではありません。

 強いもの(冒険者)弱者(リリ)から奪う。ソーマ・ファミリアでは、いえこのオラリオのどこでも見ることのできる光景です。当然こんなときどうするべきかは、リリも分かっています。ベル様と出会うまではリリもそんな世界にいたのですから。だからリリは有り金を差し出して、嵐が過ぎるのを待つべきなのです。それが賢い選択です、そうして生きてきました、生き延びてきました。

 ...ですが、リリの懐にあるお金の入った袋を取り出した時、このお金を差し出してきたベル様の笑顔が浮かびました。

 

 リリがなかなか渡そうとしなかったからでしょう、カヌゥがリリの手から無理やり袋を奪い取ります。

 

 「ほーなかなかあんじゃねぇか

 ...なんだその目は。何か言いてぇのか。

 てめえみたいな役に立たねぇサポーターがソーマ・ファミリアの一員でいられるのは誰のおかげだ?

 俺たち冒険者様のおかげだろうが!だったらてめぇが稼いだ金を差し出すのは当然だ!!」

 

 最悪です。カヌゥを怒らせてしまったようです。

 怒鳴り散らしただけでは怒りが収まらないカヌゥは、手下たちへとリリに痛い目を見せてやるように指示を出します。或いは最初っからそのつもりだったのかもしれません。

 生意気なサポーターが新米にうまく取り入って、稼いでいるらしい。ならそのサポーターを躾けてやるついでに、その稼ぎを奪ってやろうと。

 

 自分より弱いリリをいたぶれることにニヤニヤと下品な笑みを浮かべる男たちを見ながら、「ローブで隠せない所に傷をつけられないと良いな。もし顔に傷がついたら明日、ベル様になんて言い訳しようか」なんて考えていると声がしました。

 

 「貴公ら随分と穏やかじゃないな」

 

 カヌゥ達が振りかえると道の奥には、鮮やかな緑色の腰布と首元を護るように肩回りに毛皮が付いている鎧を纏い、そして僅かなTのような隙間以外はすべて顔を覆う兜をかぶった人物がいました。

 これほど特徴的でありながら、噂にすら聞いた覚えのない装備に、カヌゥ達はその勢いを殺されます。

 

 「あ?てめぇに関係ねえだろうが。これはうちのファミリア、ソーマ・ファミリアの問題だ!口を挟まないでもらおうか」

 

 しかし見慣れぬ装備にひるんだのも一瞬。

 カヌゥは脅すようにその人影へと凄み始め、手下たちも口々にヤジを飛ばし始めます。

 

 「痛い目を見たいのか」 「とっとと消えろ」 「そもそも何者だ」

 

 「ミ...道に迷ってしまった、ただの冒険者さ。私も痛い目を見たいわけでもないのでな、そちらがやるというのなら抵抗させてもらうが?」

 

 噛んだのでしょうか、何か言いかけた後に道に迷っただけだと答えると、男はカヌゥ達へと殴り掛かります。

 いきなり襲われるとは思わず虚を突かれたこともあり、カヌゥ達は混乱していて数の有利を生かせていません。

 その隙にリリはカヌゥの手からこぼれた袋を拾い上げ逃げ出します。

 よかったです、ベル様に余計な心配をかけずに済みました。

 無事お金を取り返すことが出来たことよりも、ベル様へと心配をかけずに済んだことに安堵している自分に気が付かないまま、裏路地を走り抜けました。

 

 殴り倒されたカヌゥ達も逃げ出し、静寂が戻った路地。

 その路地で一人立つ男────絶望を焚べる者は小さく呟く

 

 「ソーマ・ファミリア...か」

 

 

 

 

 ギルド ベルとリリが換金して立ち去った後

 

 日が落ち、ダンジョンから帰ってきた冒険者による長い行列もついには無くなり、ギルド内に平穏が訪れる。

 一日で最も忙しい時間帯が過ぎたことで、あちらこちらのギルド職員達から安堵のため息が漏れ聞こえてくる。

 私、エイナ・チュールもそのうちの一人だ。

 

 ギルドの職員として勤めるようになってからそれなりの年月が経っているが、どれだけ経ったとしてもこの時間帯の忙しさは変わらない。

 近くにいる同僚と今日の冒険者達について、なんやかんや言いながら残りの仕事を片付けていると、ギルドでは聞きなれない声がした。

 

 「申し訳ありませぬ。“へすてぃあ・ふぁみりあ”団長九郎です“えいな”殿はおいででしょうか」

 

 「あら、九郎さんじゃないですかんっん...それで九郎氏何の御用でしょうか」

 

 ヘスティア・ファミリアの団長でありながら、冒険者として活動していない為、滅多にギルドで見る事の無い九郎さんの姿に、思わず気を抜いた返事を返してしまい、空咳をして仕切りなおす。

 

 「どうやらお仕事は落ち着いていた様子。実は火急の用がありまして」

 

 「それは...穏やかではありませんね?何があったのですか」

 

 しかし、仕切りなおしてもなお漂っていた気の抜けた空気は、九郎さんの言葉により霧散していく。

 火急の用。

 お飾りであるとはいえ、ヘスティア・ファミリアの冒険者達をある程度は団長として纏め上げている、九郎さんだ。その九郎さんが火急の用とまで言うのだ、何か大きな問題でもあったのかと詳しく話を聞こうとすると、ギルドに怒号がこだまする。

 

 「ああ?ふざけんじゃねえぞ!!」

 

 「...()()は?」

 

 「ソーマ・ファミリアの冒険者ですね。換金結果に納得がいかないとかで問題を起こす人はそこそこいますけど、あそこのファミリアはそういう人が多くて。私たちも困っているんです」

 

 「なるほど、狼!」

 

 「御意」

 

 思わず私と九郎さんがその声がした方を見ると、冒険者が換金所前で喚いている。

 わずかに眉を顰める九郎さんの問いに私が答えると、九郎さんはいつの間にか後ろに控えていた狼さんへと命じる。

 呟くようにその命に応じた狼さんは足音すらさせず、騒いでいる男の方へと進む。

 「こんなんじゃ...」と先程までの姿が嘘のように、うなだれている男へと近づいた狼さんが言葉をかければ、たちまち男は脱兎の如く逃げ出す。

 

 その背中を目で追っていると、先ほどまで立っていた所から狼さんが消えている。一体どこに...と探せば、目の前にいる九郎さんの背後に控えているのに気が付く。

 灰さん達に隠れがちだが、狼さんだってオラリオでも有数の実力者なのだ。

 その実力を改めて確認した私に向かって九郎さんは用件を切り出す。

 

 「それでは話をしましょうか、偶然というべきか私の持ってきた話もソーマ・ファミリアについてなのです」

 

 

 

  

 

 

 

 ロキ・ファミリアホーム【黄昏の館】 ベルがダンジョンに潜っているころ

 

 「あー退屈やわぁ。なんやおもろい事でもないかな、ウチが地上へ降りてきたんは、こんな思いする為とちゃうんやけどな~。なあフィンどう思う?」

 

 「仕事の邪魔だから、どっか行ってほしいと思っているよ」 

 

 オラリオ最大党派の片割れロキ・ファミリア。

 そのファミリアの団長フィン・マックイールへとダルがらみする神がおった、というかロキ(ウチ)やった。

 お気に入りの冒険者(アイズたん)はダンジョンに潜りに行っているし、この間の遠征の失敗から団員の多くが忙しく働きまわっているせいで、揶揄って遊ぶこともできない。

 詰まる所ウチはとっても暇やった。

 

 「いけず~。それにしても暇や、いっそなんかお客でもこんかな~」

 

 「そんなに暇ならちょっと俺に付き合っておくれよ」

 

 「そうだ、灰の言うとおりだ。そんなに暇なら灰の手伝いでも...灰!?

 

 仕方がないから書類仕事をしとるフィンに絡むんやが、適当に流される。

 そのまま床を転がりながら暇や暇やと言っていると、ある提案がなされる。

 灰の手伝いか、あいつのことは正直好きやないんやが、背に腹は代えられん...灰ィ!?

 

 うちとフィンが声がした方に振りかえる。そこには不法侵入者(火の無い灰)が片手をあげて挨拶しとった。

 

 「何の用だ灰」

 

 「ちょっとロキに聞きたいことがあってな。どうだロキ、そんなに暇なら俺とお話しするだけの簡単なお仕事をしないか?」

 

 「信用できるとでも?ロキを殺そうとしたことのある君を」

 

 フィンが愛用の槍を灰へと突きつけ、尋問を始める。

 フィンがその気になればいつでも命を奪える状況やが、灰はフィンを一瞥もせずウチへと話しかける。

 その言葉にウチがどう返そうか考える前に、フィンが吐き捨てる様に信用できないと切り捨てる。

 

 「やれやれ、【勇者(ブレイバー)】様はせっかちだな。あんなの(殺そうとする)なんて、じゃれあいみたいなもんだろうに」

 

 「灰ィ、そんなこと言ってスケベなことす「ロキ!!」とりあえず落ち着きフィン」

 

 殺伐とした空気が部屋に漂うが、灰はそんなもん知らんと言わんばかりに、こちらを小ばかにした姿勢を崩そうともしない。

 ウチもそれに乗って、空気を換えてやろうとするもフィンは乗ってくれへん、とりあえず落ち付くようにたしなめる。

 

 「そんで?まさか手ぶらで来たとは言わんやろ?」

 

 「もちろんだとも、ほら【神酒(ソーマ)】だ」

 

 そのまま灰へと尋ねる。

 フィンがこんだけ怒ったるんや、面白そうな匂いがしてもなんも持ってきてないと言われれば断るつもりやった。しかし灰がどこからか取り出した酒瓶。それを見た途端うちはフィンに制止される前に手を伸ばし、抱きしめる。

 うへへへ、ホンマに【ソーマ】や、間違いなくホンマもんの【ソーマ】や。

 

 「ロキ!まさかとは思うが、灰に協力するつもりなのか!?」

 

 「そないなこと言うもんやないで。せっかく来てくれたんや、ちょっとぐらい話をしてもばちは当たらん」

 

 フィンはウチに止めるように言っとるが、うちは灰に協力する気になっとった。

 灰が手土産に持ってきた【ソーマ】も理由の一つや。

 けど協力しようと思った最大の理由は、灰について知るチャンスが来たからや。

 

 天界ならいざ知らず、地上に降りてきた時点でウチら神はその力を大きく制限される。

 それでも、子ども(人間)の言葉が嘘か本当かくらいは分かる。

 そして困ったことに、灰の訳の分からない言葉の多くは嘘じゃない。

 さっきの「あんなことなんてじゃれあいみたいなもんだろうに」という言葉にも嘘はなかった。

 つまり灰にとって本当に、殺そうとしたことはじゃれあいに過ぎないということや。

 

 ...ありえへん。

 一体どんな所なら、命のやり取りがじゃれあいになるというんや。

 灰からはウチら神が求め続ける“未知”の匂いがプンプンしとった。けど、かつてウチの行いによって灰はウチのことを警戒しとる。

 目の前に“未知(面白そうなもん)”があるのに、それに触れられない歯がゆい思いをしていた所に来た、思いがけないチャンス。

 これを逃すなんてありえへん。

 

 ウチの考えを知ってか知らずか、それともどうでもいいと思っとるんか、灰はウチに向かって宣言する。

 

 「俺に協力してもらえるってことでいいのかな?ならお前の知る限りを話してもらうぞ。ソーマ・ファミリアについてな」

 

 

 

 

 

 ダンジョン18層 ベルがダンジョンへと潜る前

 

 ダンジョンには安全階層(セーフティポイント)と呼ばれる、モンスターの生まれない階層がいくつか存在する。その中でも迷宮の楽園(アンダーリゾート)とも呼ばれる、最も浅い階層である18層。

 ダンジョンに潜る冒険者たちはこの地に物資を持ち寄り、遂にはこの階層に街を作った。

 それがリヴィラの街。

 

 人が集まり、物が集まる。

 ならば、そのうち地上ならば扱えないような後ろめたいものを取り扱うものが現れ、いつしかこの街で取引されるようになったのも当然だろう。

 ここはダンジョンの中、それもある程度の強さを持つ者で無ければ来ることもできない中層。

 ならば、ギルドの目も届かないこの地でこそ咲く花もあろうというものだ。

 故にこその迷宮の楽園という呼び名だ。迷宮に出来た楽園、迷宮であるが故の楽園。

 

 だが、楽園であったとしても迷宮(ダンジョン)であることには変わりはない。

 18層では、モンスターは生まれない。しかし他の階層で生まれたモンスターが、この階層に来ない訳ではないのだ。

 事実この街が生まれてから、300回はそうした()()()によって壊滅的な被害を受けている。

 その度に町は再建され、この階層にて冒険者達を待ち受け続ける。

 人の情熱と欲望に果ては無く、故にこの町は不滅である。

 

 だがその日の楽園には、恐怖の悲鳴がこだました。

 

「ゆ、許してくれよ。俺はただここで情報を売っているだけの情報屋だ。あんたに睨まれるような覚えはねえよ」

 

 怯えたように、店をめちゃくちゃにした襲撃者へと懇願する。

 俺は情報屋として、ダンジョン内の情報から冒険者のステイタスについてまで、それこそ地上ならば違法と断じられるものまで、様々な情報を取り扱っている。

 だからこそ、いくつもの恨みを買っていることは自覚していたし、俺自身に降りかかる火の粉を払う程度の自衛力は持っている。正直な話、情報が漏れたとかで俺を恨むのは逆恨み、情報を漏らした間抜けな自分を恨むのが筋ってもんだろうと思っていた。

 だが備えってもんは幾らしても足りないってことはない、特にこんな町では。

 

 だから出来る限りの備えをし続けた。

 仕込まれた罠、隠された武器、そして誰にも知られていない逃げ道。

 それだけの備えをしていたからこそ、俺はこの商売を続けることが出来たし、俺よりも不注意な奴らが失敗するのを見て幾度となく笑っていられた。

 本当に必要なものは、降りかかってきた災厄をはらうだけの力では無く、そもそも災厄が降りかかってこないようにする知恵だと。

 だが今日俺の店を襲った襲撃者には、そんなものは関係がない。いや、襲撃者の姿を一目見た時点で、俺から反抗しようという意志すら失われていた。

 

 小さく体を縮めながら、必死に襲撃者より自身を守ろうとする姿。

 こんな姿をほかの住人に見られたのならば、明日からこの街でどうやって過ごせばいいかわからない無様な姿。だがどんな奴だってこの襲撃者の前じゃ同じだろう黒いコートと血を纏った(狩人)の前じゃ。

 

 「...私の言葉を聞いていなかったのか?私の聞いたことに答えろと言っているんだ」

 

 「あんたが襲ってきた時点で何も聞いちゃねえよ、客だってんだったらそれなりの入店の仕方があるだろう」

 

 俺の必死の命乞いに心を動かされた様子もなく、冷徹な言葉を狩人はかけやがる。

 だがその言葉の内容が問題だ。

 こいつは俺の店に客としてきたのか?思わず、ならそれ相応の礼儀ってもんがあるだろと叫ぶが、狩人は何かしたか?と言わんばかりの表情をする。

 こいつにとって、半殺しにしたチンピラを使って扉をぶち破るのは普通の行動らしい。

 俺の店の扉を突き破って血塗れの人が突っ込んできたなら、お前の言っていたことなんて耳に入らねえよと喉も裂けよと絶叫する。

 そんな俺の様子を見て、仕方がないと言わんばかりに肩をすくめた狩人はもう一度欲しい情報を口にする。

 

 「ソーマ・ファミリアとその団長についての情報をよこせ」

 

 

 

 

 

 過去からは逃げられない、運命はその背に追いついた。

 だが未来はいまだ白紙だ、願わくば後悔無き選択を。

 





どうも皆さま
寒くなると指先がかじかんで上手く文字が打てなくなる私です

まあそんなことよりも
少し前からダンまち本編を見返す目的でダンメモをインストールしたんですが
リリ可愛いですね
私ヘスティア様派なんですがリリ派になりそう
そんな可愛いリリを沢山虐めてきた気がしますが
まあしょうがないですね

ちなみに灰達がギルドに来たのは
リリにベルをよろしくと言いに来たのと
狩人「リリとかいうベルと契約したサポーターにビビられていた気がする...」
狼「聞けば犬人なのだろう?お前の普段の行いを考えればな...明日は俺が行こう」

狼「無茶苦茶怯えられた...」
灰「お前らみたいな陰気なのが行くからだよ、俺の陽気な話術で笑わせてやるから」

灰「ダメだったわ...」
焚べる者「揃いも揃って挨拶に行くのに手土産もなしとはな、ミラのルカティエルの挨拶を知るがいい」

焚べる者「ダメだった...クッキーより饅頭の方が良かったか?」

なんて会話があったからです
なおリリの胃へのダメージ

まったくこれぽっちもそんなこと考えていませんでしたが
今度の更新はクリスマスになりそうですね
私からの皆様へのプレゼントになればと思います
...えっ?クリスマスのプレゼントなら24日の夜に投稿しろ?
聞こえませんね

それではお疲れさまでした、ありがとうございました


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新たな決断

決断

選ぶこと

己が未来を選ぶ権利は誰にでもある
自身にとってより良い未来を
他者にとってより良き未来を
或いはその反対を

だが未来とは常に白紙だ
未来に見出したものに追いつけるとは限らない


SIDE リリルカ・アーデ

 

 「まったく、ベル様は何をしているのでしょうか」

 

 バックパックを背負い、いつもの噴水でベル様を待つリリの口からはため息がもれます。

 ベル様はちょっと、いえかなり迂闊な所があります。

 ですから先輩冒険者(灰達)の怒りに触れ、ダンジョンに潜れないくらい厳しい訓練をされることが何度かあったそうです。

 先日も、勝手にダンジョンに潜り魔法の試し打ちをしたことで、それはそれは口にするのもはばかられる恐ろしい目に遭ったと言っていました。

 ...何やっているんでしょうね、あの人は。その話を聞いた時、思わず頭を抱えたリリは間違えていないと思います。

 その後は深く反省していたので、流石のベル様でも昨日の今日で迂闊なことをするはずもないと思うのですが...ベル様ですしねぇ。

 とは言え、ベル様が来れないとなれば伝言の一つでもあるでしょう。

 

 事実、ベル様に魔法が発現した翌日、ベル様が黙ってダンジョンに潜って魔法の試し打ちをした罰として、灰にしごかれてダンジョンに潜れなかった日には、狼が今日はベル様が来られないこと、急にこんなことになってごめん、とベル様が謝っていたことを伝えに来ました。

 ですが、今日はそんな様子もありません。なら単純に遅れているだけでしょう。

 

 いつの間にか、恐ろしい灰達と接するのにも慣れてしまったリリがいます。

 仕方がありませんよね?

 リリは灰達から、ベル様をよろしく頼むと言われているのですから。

 もしも、その言葉を裏切ったらどうなるのか...考えるだけでも恐ろしいです。

 だからリリがベル様の為に、あれこれと世話を焼くのも当然なのです。

 ...いえ、それは嘘です。

 リリはベル様のような、甘ちゃんで、金払いのいい、契約者を逃がしたくないだけです。

 だから色々とサービスしているだけです。

 いえ、それも嘘です。本当は...

 

 とりとめもない考えを頭を振って忘れます。

 そんなことよりも遅刻したことを理由に、一体どんな要求をベル様にするかを考えるほうが楽しいですし、有意義です。

 どうしましょうか。

 ドロップアイテムが高く売れるファミリアの紹介と言って、売る為のドロップアイテムが沢山落ちるまで、モンスターを狩らせ続けましょうか。

 魔法の使い方の練習と言って、魔法の的確な使い方が出来るまで回復薬(マジックポーション)を飲ませて、魔法を使い続けさせましょうか。

 

 ベル様へのおしおき、もとい要求を考えていると、リリは自分の境遇を忘れることが出来る気がします。

 このまま、甘っちょろい、お人好しのベル様と一緒に、ずっとダンジョンに潜っていられる。そんなありえない、甘すぎる未来を妄想してしまいます。

 ...この時のリリは忘れていたのです。過去はどれだけ逃げ続けようと、いつの間にか追いついてくるものだと。

 

 「あっ!ベルさ...ま」

 

 リリがベル様への今日の罰を考えていると、向こう側からベル様が来たのが見えました。

 手を振りベル様へと声をかけようとする前に、ベル様へと声をかけた一人の男の顔がリリに目に映ります。

 リリがベル様と出会う前に騙した(ゲド)が、ベル様へと何か話していました。

 

 「...そうなんですね、もうこの生活も終わりなのですね」

 

 リリの口から諦めの言葉が漏れます。

 幾ら甘ちゃんのベル様でも、これまでリリが犯してきた罪を知ればリリのことを見捨てるに決まっています。

 ならその前に、リリからベル様を裏切りましょう。何もせず、ただ奪われるだけの弱者であるよりは、裏切って奪う側に回るべきです。そうして生きてきたのですから、リリの信念は変えられません。

 

 その結果灰達の怒りに触れ、死を懇願するような目に遭ったとしても、その結果、この夢のような生活に幕を閉じることとなったとしても。

 そうです、あんまりにもベル様が優しいからリリは夢を見たのです。

 ですが夢は覚める物、どれだけ温かく優しい夢だとしてもいつかは終わりが来るのです。知っています、リリがどれだけ温かな夢に縋りつこうが留まることはできず、非情な現実へ戻されてきたのですから。

 

 荷物の中に感じる()()を探り、確かめます。

 今この時まで、リリはベル様を裏切るつもりはありませんでした、いえ裏切るなんて恐ろしいことを考えたこともないつもりでした。

 ですが、不要な道具(冒険者サマを嵌める為の道具)を置いてダンジョンに潜り続けているはずなのに、()()を持ち続けていることが、リリがどう足掻こうと盗人に過ぎないのだと、現実を突きつけてきます。

 

 「ベル様今日は10階層へと行きませんか?」

 

 「えっ!」

 

 ベル様への挨拶をし、ダンジョンへと向かう道を歩きながら、リリはベル様へと提案をします。

 ベル様は目を見開いて驚いています。

 ですが、リリがベル様が魔法を発現したこと、七層付近のモンスター相手なら余裕で討伐できていることを上げて大丈夫と保証すると納得したような表情になります。

 しかしまだ何か悩んでいいるようです、詳しく話を聞けば、ベル様は前に5階層でミノタウロスで襲われたとか。そのトラウマは今もベル様の心に焼き付いているようです。

 しばし悩んだ後、ベル様はリリのこれまで以上にお金がいるんです、という言葉によって10階層へと足を踏み入れる決断をしたのでした。

 ...お優しいベル様、もうリリはベル様をフォローすることが出来ません。リリがいなくなったら騙されないように気を付けてくださいね?

 心の中でだけベル様への別れの挨拶を告げて、リリはダンジョンへと潜りました。

 

 

 

 

 

 

 「この階層を抜けたら10階層です...そこでこれをどうぞ」

 

 「これは...?」

 

 「ベル様が気にしていたように、10階層からは大型のモンスターが出ます。ベル様の武器(ヘスティア・ナイフ)では少しリーチが小さいでしょう、この武器を代わりにどうぞ」

 

 ダンジョン9階層へと続く階段の前で、リリはベル様へと武器を差し出します。

 ベル様のナイフよりも一回り大きな武器(バゼラード)を見て、ベル様は首をかしげていましたが、リリが説明すれば納得したようで、笑顔になり受け取ります。

 軽く何度か素振りした後、納得したように頷き...しまう場所が無いことに気が付いたようです。

 リリが、ベル様のナイフを鞘に入れて腰のベルトにしまっておくことを提案すると、何の迷いもなくベル様はリリの言葉に従い、感謝の言葉を笑顔と共に向けてきます。

 こうしてベル様を裏切る準備が上手く行けば上手く行くほど、リリは自分が骨の髄まで他人をだます事に長けた薄汚れた盗人だと思い知らされるのです。

 

 「ここが10階層...あれは迷宮の武器庫(ランドフォーム)?じゃあ、これ壊しておくべきなのかな?」

 

 「そうです「ズシン!!」どうやらその余裕はないようです」

 

 階段を下りた先は先ほどまでの、洞窟を思わせる狭い道とは打って変わって、白い草が生えた広い草原のような空間でした。

 周囲を見渡し、草原に枯れ木のような植物が生えているのを見たベル様はそれが自然の武器(ネイチャーウエポン)だと看破したようです。優位に戦闘を行う為に枯れ木を壊そうとしますが、その前に巨大な足音が近寄ってきました。

 巨大な二足歩行の豚を思わせるモンスター、オークです。

 

 「リリ!危ないからあまり離れないでね」

 

 ベル様はリリの方へと声をかけ、オークへと突撃します。

 オークは地面から生えていた木を引き抜き、振り回すことで、素早いベル様に対応しようとします。

 自然の武器(ネイチャーウエポン)

 ダンジョンの各所に自然に生成される武器。強力なモンスターの身体能力をさらに後押しする、ダンジョンの悪意。

 ですが、ベル様は怯むこともなく嵐のように振り回される木を掻い潜り、一撃を叩き込みます。

 無防備な首元へと吸い込まれるようにした刺さった武器は、オークを倒すのに十分な威力だったようで、その手ごたえにベル様は喜びの声を上げます。

 ですが、たった一体を倒した程度で喜んでいる場合ではないのです。

 

 「ベル様、新手です!」

 

 「ファイアボルト...ありがとうリリ。...?リリ?リリ!」

 

 新手がベル様へと向かっているのを見たリリはベル様へと叫び、新手と戦っている間に身を潜めます。 

 都合よく10階層に霧が漂い始めました。

 迷宮の陥穽(ダンジョン・ギミック)

 この階層からは大型モンスターが出現します。

 ですが本当に恐れるべきは、この階層へと進んできた冒険者を陥れる為に変わる、ダンジョンの環境なのです。

 

 オークを倒し終わったベル様が、リリの姿が無いことに気が付き、叫びます。

 ですが叫んだことで近くにいたオークたちに気付かれ、また戦闘になってしまいます。

 リリは息を殺し、戦い続けるベル様をじっと観察し続けます。

 戦いの最中、生まれた隙を見逃さず、狙いすまして撃ち込まれた()()は、狙い通りベル様のベルトを断ち切り、リリの手元へと戻った時にはベル様のナイフ(ヘスティア・ナイフ)を引っ掛けていました。

 

 「リリ!?」

 

 「さようならですベル様!ぼやぼやしていると潰されてしまいますよ!!」

 

 飛んでいく自分の武器を視線で追いかけていたベル様は、飛んでいった先にいるリリに気が付くと驚きの声を上げます。

 その後に続くベル様の言葉を塗りつぶすように、リリはベル様へと別れを告げ、地上への道を走り出しました。

 

 

 

 

 

 後ろから聞こえるベル様の声を振り切り、九階層へと戻ってきました。

 もう後戻りをすることはできません。ベル様を裏切ったことは、そう遠くないうちに灰達にも知られるでしょう。その前にこのナイフを換金し、逃げ出す必要があります。

 そうです、今は一分一秒が惜しいのです。ダンジョンから地上へと戻り、ベル様のナイフを売りさばき、作ったお金とため込んだお金でファミリアを抜け、オラリオから逃げ出す。

 これがリリが生き延びるためにしなければならないことです。

 今はそのことだけに集中するべきなのです。しかしながら、リリの頭からは、10階層に置き去りにしたベル様のことが離れません。

 

 「ベル様は無事にモンスターから逃げきれるでしょうか...ッ!もうリリは裏切ったのです、忘れなさい!!」

 

 ぽつりとリリの口から零れた言葉に、愕然とします。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なんて白々しい台詞。そのベル様を嵌めたのはリリ自身なのに。

 ベル様を裏切った後悔と、後悔しているリリ自身への嫌悪感。

 その二つに気を取られたせいでしょう、ダンジョンの物陰に隠れていた冒険者に気が付きませんでした。

 

 「うぐっ...」

 

 「嬉しいねぇ、大当たりじゃねえか」

 

 物陰からの奇襲によって倒れこんだリリへと、冒険者、ゲドは声を掛けます。

 不味いです。急ぎ立ち上がろうとし...降り注ぐ暴力の雨が立ち上がる気力すら奪い去ります。

 体を丸め、何とかしのごうとしたリリの口から「何故」という言葉が漏れます。

 

 「どうせそろそろあのガキを裏切るころだと思ってなぁ。あのガキにゃ断られたが、こうして地上への道を見張ってりゃ、お前を捕まえられると思ってたぜ。手間かけさせやがって、この糞小人(パルゥム)が!」

 

 リリの言葉に答えたわけでは無いのでしょうが、ゲドがリリを殴りながら、なぜここに居るのかを口にします。

 ...なんですかそれ。

 リリは、ベル様がリリのことを見捨てるだろうと思って、その前に裏切ろうと...なのにベル様はゲドの誘いを断った?

 訳の分からない笑いがこみ上げてきます。

 ゲドにぼこぼこにされて体中が痛いです、なのにベル様に裏切られなかったことと、そんなベル様を裏切ったことに笑いが止まりません。

 

 「旦那ァ。やってますね」

 

 ゲドに怒りをぶつけられていると、聞き覚えのある声がしました。

 カヌゥとその取り巻きです。そうですか、リリが注意するべきはベル様じゃなくカヌゥ達だったのですね。

 そうだと知っていればベル様を裏切らなかったのに...と後悔の念が浮かびます。

 カヌゥ達は持っていたずた袋をゲドへと投げつけるとリリを、いえリリの身ぐるみを置いていくように言います。

 投げつけられたずた袋の中から、死にかけのキラーアントが出てきました。

 

 「しょ、正気かてめえら!?」

 

 ゲドが恐怖に染まった声で叫びます。

 キラーアント。

 【新米殺し】の二つ名で知られるモンスターであり。死に瀕したキラーアントは仲間を集めるサインを出し、新たなキラーアントを呼ぶのです。

 

 更にカヌゥと取り巻き達が持っているずた袋は一つではありません。未だ担いでいるずた袋の中身もキラーアントでしょう。リリの考えを証明するように、カヌゥ達の背後からギチギチというキラーアントの出す音と共に、暗闇に無数のキラーアントの目の光が浮かび上がります。しかもその奥からも、まだまだ蠢く音が響いているのです。

 その音を聞く限り、尋常では無い量のキラーアントがここに集合しているのは、間違いが無いでしょう。

 幾らゲドが冒険者だと威張った所で、あれだけの数を相手にすることはできません。しかもカヌゥ達も武器を抜きゲドとの距離を詰めているのです。

 ゲドに出来ることは、捨て台詞を吐きながら逃走することだけでした。

 

 「よお、アーデ。可哀そうなお前を助けに来てやったぞ。なぁに礼はお前のため込んだ金をよこすだけでいいぞ。...もしこの間のように誤魔化すつもりならどうなるかは、分かるよな?」

 

 「わかり...ました。これがリリのお金をしまってある金庫の鍵です」

 

 ゲドが逃げ出したのを見たカヌゥが下品な笑みを浮かべて、リリへと語り掛けます。

 礼なんて言っていますが、最初からリリの持つすべてをむしり取るつもりだったのでしょう。

 ですがカヌゥが脅すまでもなく、リリにはどうすることもできません。

 相手は三人、リリは痛めつけられ、武器も持たない身、更には無数のキラーアントに囲まれているのです。ここはカヌゥ達の慈悲に縋るほか、どうしようもありません。

 リリは大人しく、財産全てを入れてある金庫の鍵を渡します。リリのお金、リリが冒険者サマたちをだましてでも稼いできた自由になる為の貯蓄。それを手放します。

 鍵を受け取ったカヌゥはにやりと嗤い、リリの首元を掴み、キラーアントの群れの方にリリをぶら下げます。

 

 「ぐっ...何を」

 

 「見ろよアーデ。キラーアントが沢山だ。お前囮になってくれや」

 

 「!?...約束は!」 

 

 「お前みたいなサポーターとの約束なんか守る訳ねえだろう。しっかりサポートしてくれよ!」

 

 あっさりとリリとの約束を破ったカヌゥはリリを嘲笑い、キラーアントの群れの中にリリを投げ入れます。

 リリは馬鹿です。

 カヌゥ(冒険者サマ)リリ(サポーター)との約束を守るはずないのに。

 ギチギチ、カチャカチャ

 嗤いながら走り去るカヌゥ達の足音すら耳に入らない程の密度で、キラーアントのうごく音がリリ周囲を覆います。

 

 「リリの人生って何だったんでしょうね...」

 

 最早どう足掻こうとどうしようもない状況。いっそすべてを諦めてしまえば楽になりました。

 周囲に蠢くキラーアントすら目に入らないリリの口から、自身の人生への疑問がポツリと零れます。

 

 

 

 

 

 リリの所属するソーマ・ファミリアの主神ソーマ様は、ただお酒を造ることが出来ればいい神様です、或いは趣味神と言ってもいいかもしれません。

 富も、名声も、神様達が求める未知もいらない、地上へと降りて来たのは天界では手に入らないお酒の材料を手に入れる為。そしてその材料を使ってお酒を造るだけで満たされている神です。

 ですが地上では生きていくためには、ファミリアの経営をする必要があります。

 それは、どのような神様であろうと破ることの出来ない規則(ルール)。ソーマ様も例外ではありません。

 ですが、ファミリアの経営なんて()()()()頭を悩ませたく無い、しかしながら放っておいた所で、ソーマ様がお酒造りに専念できるだけのお金が集まるほど、ソーマ・ファミリアの団員達は質が高い訳でも、数が多いわけでもない。

 地上で心行くまでお酒が造りたい、しかし地上ではファミリアの経営をする必要がある。この悩みを解決するために、ソーマ様が考えた方法は【神酒(ソーマ)】を団員へと振舞うことでした。

 

 文字通りの神の酒を飲んだ団員達はこぞって【神酒】を求めます。

 しかしながらお金を出したところで、そう簡単に手に入る品ではありません。

 一度得た極上の快楽が忘れられず、【神酒】を得る為なら何だってするようになった団員へとソーマ様は告げました。

 

 「【神酒】が飲みたいのなら、ファミリアへと上納金を治めよ。その成績上位者のみに【神酒】を授ける」と

 

 かくして、主神(ソーマ様)に忠誠を誓うのではなく、【神酒(ソーマ)】に忠誠を誓うファミリア、ソーマ・ファミリアは生まれたのです。

 

 リリの両親もそうした【神酒】に取りつかれた団員の一人です。

 ステイタスが低く、成長しにくい小人族でありながら、危険を顧みない冒険──いえ、危険を危険と認識することすら出来なくなっていた、というべきでしょう──を続けた結果、あっけなくダンジョンの中で死にました。

 

 一人残されたリリが感じたものは、両親が死んでしまった嘆きでも、勝手に死んでしまった両親への怒りでも、ろくでもない両親から解放された喜びでもありませんでした。

 リリの心に飛来した物は空白、何も感じなかったのです。

 リリにとって両親とは、数多くいる稼いだお金を毟り取っていく存在の一つに過ぎませんでした。事実、両親との思い出なんて何一つありません。むしろ最初から、リリには両親なんていなかったと思って生活していました。

 

 両親が死んだ後も、リリの生活は変わりませんでした。

 必死に冒険者に媚を売り、僅かな報酬を得て、その報酬を誰かに奪われる日々。

 逃げ出したとしても、探され、見つけ出され、やっと得たと思った温かな居場所は壊され。

 それでも生きるために盗みを働くようになり、お金を貯めてファミリアを抜けることを夢見て、必死に生き続けた。

 そうすれば、今のリリとは違う、もっとましなリリに成れるのだと。

 誰かに必要とされる、誰かと居られるリリに成れるのだと信じて。

 

 「その結果がこれですか」

 

 投げ込まれ、身動きすらしないリリへと、じわじわとキラーアントが近寄ります。

 ファミリアを抜けて生まれ変わったら、リリは今度こそ信頼できる人と一緒にダンジョンに潜ろうと思っていました。

 リリみたいな小人族を雇う人です、きっとお人好しの世間知らずでしょう、そんな人を放っておくことはできません。リリの経験を生かして一緒に楽しく冒険したり、笑いあったり、喧嘩したり、喜び合ったり...

 毎晩眠りにつく前に想像していた、理想の誰かとの生活。

 顔の無い理想の誰かが、いつの間にかベル様になっていたことに、気が付きます。

 空想しているだけだった理想の生活が、いつの間にか実際にあったことを思い出していただけだと、気が付きます。

 

 「なぁんだ、リリの願い、叶っていたじゃないですか」

 

 夢にまで見た生活を自分で壊したのだと気が付けば、乾いた笑いが零れます。

 ええ、結局リリは幸せなんかになれない、罪にまみれた存在だったという、ただそれだけの話でした。

 そっと、服の中、リリの持っていた魔剣よりも、リリの全財産が入った金庫の鍵よりも大切に隠した、ベル様のナイフを握ります。

 カヌゥ達に持って行かれてしまえば、再びベル様の元へと戻ることもないかもしれません。

 ですが、リリがこうして持ったままダンジョンの中で死ねば、灰達が見つけてくれるかもしれません。

 そうなれば、少しはベル様を裏切った償いにはなりますかね?リリの人生でちょっとは良いことが出来たと言えるようになるでしょうか。

 

 「...ああ、やっと終わります。やっと終わりにすることが...」

 

 殴られて狭くなった視界一杯に、キラーアントが映ります。

 終わりです。リリはここでキラーアントに殺されます。あんなにリリに良くしてくれたベル様を裏切った報いとしては、むしろ足りないくらいでしょう。

 受け入れました、リリの運命はここでおしまいです。

 

 「リリ」 「リリ~?」 「リリ!?」 「リリ!!」

 

 ...ですが

 ベル様の顔が浮かびます。

 ベル様の声が浮かびます。

 ベル様の姿が浮かびます。

 

 今まで目を逸らしていました、今まで耳を塞いでいました、認めたとしても今更です。

 本当に今更です、もうどうしようもないのに、ですが認めましょう。リリはベル様が好きです、ベル様に恋をしています。

 ですがどうしようもありません。

 

 リリはもうあきらめたんです(本当はあきらめていません)

 リリは受け入れたんです(本当は受け入れていません)

 リリはもう終わりなんです(本当に終わってしまうのですか?) 。 

 あの、甘ちゃんで、おっちょこちょいで、お人好しの、優しいあの人にもう二度と会えないのですか?

 ベル様に、謝ることも、この気持ちを伝えることもできず、さようならなのですか?

 

 「ベル...様...べル様...ベル様ッ!!

 

 だまして、裏切って。リリに叫ぶ権利なんてないことは理解しています。

 それでも抑えられない感情が溢れます。

 どうしようもない、返事なんてないはずのリリの断末魔がダンジョンに響き

 

 「リリッ!!

 

 ありえない声が聞こえました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE ベル・クラネル

 

 「ベル君、ちょっといいかな」

 

 「はい?なんでしょう」

 

 僕に魔法が発現してから数日。

 いつものように、ダンジョンへと向かおうと準備をしていると、神様に呼ばれた。

 何かお使いでも頼まれるのかな、と思って振り向くと、そこには神様の他に灰さん達も揃っていた。

 

 珍しい。

 夕食後ならまだしも──ファミリアを創った時に神様が、出来る限り一日一回はファミリア全員(家族)で食事をすること、と決めたらしい──朝に灰さん達が揃っているなんて。

 そんなことを思いながら近づくと、椅子に座る様に身振りで示される。

 

 「ベル君、君の契約したサポーター君についてだが...正直な話ボクはあの子のことを信頼できない」

 

 「えっ...?リリのことですか?」

 

 神様が始めた話にビックリする。

 いや、僕もどこかで分かっていたのかもしれない、それを見ようとしなかっただけで。

 思えば違和感のあることはいくつかある。サポーターを求めていた所にサポーターから声をかけられただとか、灰さん達に会って普通なら逃げ出すだろうに僕と契約を続けていることだとか、リリにそっくりな小人族の子が冒険者に追いかけられていたことだとか。

 僕の考えを表情から読み取ったのか、神様は頷くと何か書かれた紙を僕の方へと渡す。

 

 「それは灰君達が調べてくれた、サポーター君についての情報をまとめたものだよ」

 

 「これって...そんな!本当なんですか!?」

 

 神様の言葉を聞きながら、内容へと目を通した僕は、その内容を否定してほしくて神様へと疑問を叫ぶ。

 苦い顔をした神様は重々しく頷き「そこに書かれている情報は、ギルドのアドバイザー、エイナ君からの情報もある。全部が嘘ということは無いね」と答える。

 僕の手の中にある紙には、リリの生まれや、所属しているファミリアについて、そしてリリが冒険者をだまして装備を盗んでいることが書かれていた。

 

 「嫌なことを言っているのはボクも認める。だけど、そんなことをしている人に君を任せることはできない」

 

 「リリ...」

 

 神様はこれまでにないくらい真剣な表情で、僕へと語り掛けてくる。

 他の人たちも同じ考えなのかと、神様の後ろに並ぶ灰さん達に視線をやると全員が頷く。

 理解はしているのだ。

 僕だってこの紙に書かれている内容が本当である以上、リリとの契約を切った方がいいのは理解している。それでも僕の心の中から「リリを見捨てることはできない」と叫ぶ声がする。何故だろうか、その声に従うのが正しいと僕は確信していた。

 僕の心が叫ぶ理由を探して、紙に書かれた情報を読み直す。リリのしてきた罪、リリの所属するファミリアのこと、リリの生い立ち...

 遂に理由を見つける。いや、その輪郭を掴んだ。

 いまだはっきりとは見えない()()を見失わないように、ゆっくりと僕は言葉にする。

 

 「神様、僕は...」 

 

 

 

 

 「ベル、お前のそれは持てる者の傲慢と言える」

 

 「ダメ...ですか?」

 

 「いや、お前がそうしたいと心の底から思うのなら否定はせん...ただ、後悔のないようにな」

 

 「灰君!?...仕方がないな。ベル君、君の決意が固いのならボクもこれ以上は言わないよ。」

 

 はっきりと定まった物じゃない、むしろ当てはまる言葉を探しながらの、探り探りの言葉を聞いた神様と灰さん達は、腕を組んで唸り声をあげる。

 どうだろうか、例え僕の言葉が否定されたとしても、僕は諦めるつもりはない。

 灰さんはヘルムの向こう側から睨みつける様に僕を見て、低い声で僕の言葉は傲慢だと切り捨てる。

 ...確かにそうだ、それでも、それでも僕は...。

 諦め切れない僕が食い下がろうとすると、灰さんはあっさりと認めてくれる。

 神様はびっくりしたような表情で灰さんを見ていたが、頭を振りしぶしぶといった様子で僕の言葉を受け入れてくれる。

 

 僕のわがままを受け入れてくれたことにお礼を言うと、灰さん達から「行くのならさっさと行け、あんまり遅いとサポーターが心配するだろう」と言わる。いつもの時間はとっくに過ぎていた、慌てて僕はホームから走り出す。背中に神様の「何かあったのなら君のことを一番に考えるんだよ」という言葉を受けながら。

 

 

 

 

 

 すっかり遅くなってしまった。

 リリは待ちくたびれているだろう。うう...罰として今日は一体どんなことを言われてしまうだろうか。

 かつて遅刻した時のリリを思い出しながら、必死に急いでいる僕へと声をかける人がいた。

 

 「おいお前、アーデとつるんでる奴だろ、俺もあのガキ嵌めるのに一枚かませろよ」

 

 「...なんですか貴方は」

 

 かけられた言葉に、思わず顔を顰めながら対応する。

 アーデ、という名前に一瞬虚を突かれるが、リリのことだ。リリを嵌める?いったい何のことだろうか。

 僕の様子に気が付いていないのか、声をかけてきた男の人──良く見れば初めてリリと出会った時、リリを追いかけていた人だ──は楽しそうに続ける。

 

 「誤魔化さなくたっていいだろ。あの冒険者を舐めてるガキ結構ため込んでるみたいだし、お前もそれが狙いなんだろ?冒険者同士仲良く行こうぜ」

 

 「ッ!僕にとってリリは大切な仲間です。裏切ったりするつもりはありません」

 

 あの時リリを追いかけていたのはきっと、リリに装備を盗まれたからだろう。そのことには同情もする、可哀そうだと思う。

 だからと言って、リリを嵌めてお金を奪うなんてしていいわけがない。

 思わず大きな声で否定すれば、男の人は一瞬虚を突かれたような顔をした後厭らしく笑う。

 

 「ハッ、随分とまあ、あのガキに入れ込んでるみたいだが、精々裏切られないようにしろよ」

 

 それだけ言って立ち去る男の人の背中を睨みつけるようにして小さく呟く。

 

 「だとしても...僕は...」

 

 

 

 

 

 「ベル様!さっきの冒険者様と何か話していたのですか?」

 

 「リリ、ごめんね遅くなって。さっきの人は...まあ何でもないよ」

 

 そうして立ちすくんでいると、リリが僕を見つけたようだ。

 リリがこちらに手を振りながら、こちらへと来てさっきの人と何か話していたのか聞いてくる。

 僕はリリを裏切るつもりはない。

 だけど、そんな話をしていたことなんてするべきじゃないだろう。適当に誤魔化しておく。

 リリは少しの間怪しんでいたようだけれど、早くダンジョンに潜ろうと言えば、ひとまず置いておくことにしたのか、ダンジョンへと続く道へ進む。

 しばらく歩くとリリが僕へ提案する。

 

 「ベル様今日は10階層に潜りませんか」

 

 「えっ!」

 

 僕が驚くと、リリは魔法が発現したこと、もともと7階層で出てくるモンスター相手にも余裕があることを言って「11階層まで行った事のあるリリが保証します」と笑いながら言う。

 確かに無理ではないかもしれない。

 でも僕には10階層へと行きたくない理由があった。10階層からは大型モンスターが出てくるのだ。

 大型モンスター(ミノタウロス)。その言葉を頭に思い浮かべるだけで、あの時感じた生臭い荒い息、逃げても逃げても離れない恐ろしい足音、そして死を覚悟したあの時の恐怖が僕を襲う。

 怖い。僕はミノタウロスが怖い。

 あの時の僕とは違う、強くなった、戦いの経験もたくさん積んだ、あの時とは違い戦うことへの覚悟もできている。それでもなお5階層で襲われたミノタウロスへの恐怖は消えない。

 

 ミノタウロスへの恐怖でリリの提案に頷くことの出来ない僕へと、リリは困ったような顔をして言いにくそうに言う。

 

 「...実はどうしても近日中に大金を用意しなければいけないんです。リリの事情でこんなことを言うのも申し訳ないのですが...」

 

 「それは...ファミリアの事情で?」

 

 大金。今朝見たソーマ・ファミリアについての情報を思い出す。

 ソーマ・ファミリアの団員は、お金を定期的にファミリアに献上している。

 僕がリリへとファミリアの事情なのかと尋ねると、リリは苦しそうな表情で、肯定する。

 あんまりにもその表情が苦しそうだから、僕は10階層へと行く決断をした。

 ミノタウロスへの恐怖は無くなっていない、でもいつかは10階層に行く必要があるのだから、いつまでも引き延ばすわけにもいかない。

 僕だけでは10階層へと行く決断を下せなかっただろう。だけど、リリの為なら決心することが出来た。

 

 

 

 

 

 「この階層を抜けたら10階層です...そこでこれをどうぞ」

 

 9階層まで降りてきたとき、リリが僕へと武器を差し出す。

 僕の持っているナイフよりも、一回り大きい武器に首をかしげると、リリは10階層に出てくるモンスターと戦うのに、ナイフではリーチが足りないだろうと説明してくれる。

 それもそうだ、【怪物祭】でシルバーバックと戦った時も、ナイフでは小さな傷をつけることしかできなかった。

 納得した僕はリリから武器を受け取る...が、ナイフをしまう場所が無い。剣帯なんかがあれば、そこにしまうのだけれど。

 悩んでいる僕へとリリは鞘に納めてベルトに挟んでおくことを提案する。実際にそうしてみると思ったよりも安定している。9階層のモンスター相手に何度か戦闘をして、リリから借りた武器の調子もつかめた。

 僕はリリの先導でたどり着いた階段を降り、10階層へと進んだ。

 

 「ここが10階層...」

 

 これまでの洞窟を思わせる狭い洞穴のような環境から一転、ダンジョンは向こう側が見えないくらいの広い草原へと変わっていた。

 周囲を見渡すと、草原になにか枯滝の群生のような物を見つける。あれはまさか、迷宮の武器庫(ランドフォーム)

 ギルドでの勉強会で習った、気を付けるべき場所を見つけたことで、しばし考える。

 モンスターが生まれる前に、この枯れ木を切り倒したりしておいた方がいいんだろうか、それともモンスターが近寄ってくることを考えて、ここから遠ざかった方がいいんだろうか。

 リリへと問いかけるが、リリが返事をしようとした時

 

ズシン

 

 リリの言葉を踏みつぶすように、大きな足音がした。

 

 その方向を見れば、大きな二足歩行の豚を思わせるモンスターがこちらに近づいていた、オークだ。

 10階層に入って初めての戦闘。リリへとあまり離れないように声をかけ、オークとの距離を詰める。

 しかしオークが地面に生えていた枯れ木を引き抜き、振り回したことで、そのまま突っ込むという訳にはいかなくなった。

 モンスターの腕力で振り回された木は、嵐のような勢いで僕に襲い掛かる。

 その凄まじい勢いに、怯えが沸き上がる。

 これまで戦ってきたモンスターの攻撃とは一線を越える、間違いなく当たれば致命になる一撃だ。

 だが、距離を取り落ち着いて観察すれば、それほど脅威ではないことに気が付く。ただ力任せに振り回しているだけ、灰さん達の攻撃と比べれば、子供が木の棒を振り回しているようなもの...隙だらけだ。

 僕は距離を詰めるそぶりを見る、オークがそれにつられて薙ぎ払う、僕の作戦通りだ。地面に倒れこんでしまうのではないかというくらい姿勢を低くし、攻撃を掻い潜れば目の前でオークが驚愕に目を見張るのが見え...勢いのままに首へと武器を突き刺す。

 急所を狙った一撃は狙い通り、モンスターの命を断ち切ったようだ、動かなくなった。モンスターを倒したことで、若干の気のゆるみが生まれた僕へとリリの「新手です!!」という言葉が突き刺さる。

 その声に反応して振り向くと同時に魔法で射貫く、いつの間にか漂っていた霧に紛れ、忍び寄っていたオークが灰になる。

 

 「ありがとうリリ...?リリ?」

 

 リリへとお礼を言おうとして気が付く、リリがいない。

 周囲を見渡そうとするもどんどん霧が濃くなり、広い草原はあっという間に見通しが悪くなる。リリの名前を何度も呼ぶが、返事は帰ってこない。

 まさかさっきの僕のように、オークが霧に紛れて近づいてきて、それから逃げる為に離れてしまったのだろうか。とりあえずリリを探そうと思い、走り出そうとするとこちらへと近づいてくる大きな影に気が付く。僕が騒いだ所為だろう、離れたところにいたオークに気付かれてしまったようだ。

 

 「こんな時に!」

 

 何匹かのオークを倒し終える。

 体は大きい、攻撃も強烈だ、だけど動きが遅く、隙が大きい。速さで相手の急所を狙う僕の戦闘スタイルなら、非常に戦いやすい相手だ。それほど苦労することもなく倒すことが出来るが、数が多い。

 リリを探さなければいけないのに。焦れながら次々と現れるオークを相手に戦い続けている僕の耳に、空気を引き裂く甲高い音届いた。何の音?僕が疑問に思うよりも先に、プツリと僕の腰元から音がして少し体が軽くなる。視界の端に僕のナイフがどこかへと飛んでいくのが見える、ほとんど無意識にナイフを目で追っていくと、飛んでいった先にリリがいた。

 

 「リリ!?」

 

 「さようならですベル様!ぼやぼやしていると潰されてしまいますよ!!」

 

 困惑の声を上げる僕へと別れの挨拶をすると、リリは後ろを振り向くこともせず走り去る。遠ざかっていくリリの背中へと、名前を呼ぶことしか僕にはできなかった。

 

 「リリ...どうして...」

 

 体から力が抜ける。そのまま座り込みそうになり...強く地面を踏みしめる。

 僕のするべきことはなんだ、気合いを入れなおし頭を働かせる。オークを倒す、リリを追いかける、そしてリリと話をする。なら弱気になっている暇なんてない。

 やるべきことを頭の中で並べれば、体に力がみなぎる。

 武器を構え、僕に近づくオークへと向き直る。

 こんなところで時間を浪費している暇はない。

 

 

 

 

 

 

 「クソッ!!数が多い!」

 

 思わず悪態をつく。

 オークと僕は相性がいい、簡単に倒せる。

 だが倒した端から新しいモンスターが現れる、どころではない。倒す速度がオークがやってくる速度に追いついていない、いつの間にか僕の周囲にはオーク集まり始めている。このままでは囲まれるのも時間の問題だ、どうする。囲まれてしまえば無事に切り抜けることは困難だろう、囲まれ切っていない今のうちに、多少の傷を覚悟して無理やりにでも包囲を切り抜けるべきか。

 リリに裏切られたショック、始めてきた10階層の慣れない環境、倒しても倒しても後から現れるオークたち、そして回し続ける頭。積み重なった疲労と、目の前の戦い以上に考えるべき出来事によって戦いに集中できない。僕はそのツケをすぐに支払うことになった。

 オークから距離を取ろうとして、灰になる途中のオークの死体に躓く。

 しまった!!

 

 倒れこんだ僕目掛けて、振り下ろされた木を転がり避ける。

 避けた先にも次々と攻撃が降り注ぐ。攻撃は避けられる、だが体勢を立て直す暇もない。このままでは...

 僕の脳裏に最悪の状況が浮かぶ。

 だがその時、霧を突き抜け大きな火球がオークへと叩きつけられた。

 火球はオークを魔石すら残さず焼き尽くし、そのまま地面に落ち爆発する。爆発と同時に吹き荒れた熱風は周囲の霧を吹き飛ばし、火球を飛ばした人物の姿を僕に見せた。

 

 「灰さん!!」

 

 「ようベル。なかなか大変みたいだな?まあ少し待て、オークどもを焼き尽くしてやるから一緒に帰る「帰りません!」...ふぅん?」

 

 「灰さん。僕は諦めていません」

 

 纏った鎧の重さを感じさせない、軽い足取りで近づいてきた灰さんはもう一度火球を放ち、周囲にいるオークの数を減らす。

 一緒に帰るぞと言おうとした灰さんの言葉をかき消すように、帰らないと叫ぶ。

 楽しそうに僕が何を言い出すのか見つめる灰さんへと、諦めていないことを断言する。僕はまだリリを見捨てない。

 

 「...リリルカ・アーデはお前を裏切った、裏切ってお前のナイフを奪って逃げだした。それでもまだあいつを信じると?」

 

 「リリは...僕はリリが本当に裏切ったんじゃないと思っています」

 

 灰さんは僕に現状を教え込むように、リリが裏切ったことを口にする。

 確かにそうだ、リリは僕のナイフを奪い逃げた、状況だけを見れば裏切ったとしか思えない。だが僕が握るこの武器がその考えを否定する。

 リリから借りたバゼラード、扱いやすく、オークとの長く激しい戦闘にも耐えた武器。僕のナイフ(ヘスティア・ナイフ)には及ばないものの、決して安物では無いことは確かだ。少なくともこれから裏切る相手へと、手切れ金代わりに渡すには高級すぎる。

 灰さんへと武器を見せながら語った僕の言葉を聞いた灰さんは、ヘルムの奥で愉快そうに僕の方を見ている。

 

 「あいつが何を考えていたにしても、あいつがお前を裏切ったのは事実だ...それでもあいつを信じると?」

 

 「はい。僕はリリを信じます。リリを信じると決めた僕を信じます」

 

 「ふ...ふふふ...あはははは。いいだろうオークどもは俺が引き受ける、お前はあいつを追いかけていけ」

 

 再び灰さんが僕へと問い質す。

 僕はリリを信じる、言葉にすれば体が軽くなった。そうだ僕はリリを信じると決めたんだ、それは変わらない。

 僕の言葉を聞いた灰さんは楽しそうに笑うと、話し込んでいた間に近寄ってきたオークへと火球を放ち、包囲網に穴をあけ、そこから僕にリリを追いかけるよう促す。

 灰さんへとお礼を言った僕は走り出す。リリ、今から行くからね。

 

 走る、走る、走る。

 戦いの後だ、息が苦しい、それでも走る。

 入り組んだダンジョンの中、今走っている道をリリが通ったという確証はない、それでも走る。

 リリが逃げてから時間が経っている、リリはとっくにダンジョンを抜けたかもしれない、それでも走る

 走りながら僕は、今朝神様へと語った言葉を思い出す。

 

 

 

 

 

 「神様、僕はリリを信じます」

 

 「ベル君!?正気かい?サポーター君は...」

 

 僕の言葉を聞いた神様は、髪の毛を逆立てて怒りを表現する。

 そのまま叫ぼうとするのを手で静止して、僕は言葉を紡ぐ。

 

 「リリはきっと神様達に出会えなかった僕なんです。

 弱い自分が嫌で、でも変わることもできなくて、弱いままじゃ生きていくために手段を選べなくて、そんな自分が嫌で。

 きっと僕も神様達に出会えなければ、そうなっていました。」

 

 「だから見捨てれない...と?」

 

 痛ましいものを見るような眼で神様が、僕へと問いかける。

 僕はそれに首を振る、確かにあり得たかもしれない僕の姿をリリに見出したことは、リリを見捨てたくない理由の一つだ。

 だけど見捨てれない本当の理由はそうじゃない。

 

 「寂しいんです。一人ぼっちで、誰も頼る人がいなくて、そんな時は苦しいんです。分かります、僕もそうだったから。僕が神様と出会った時そうだったんです。

 誰かが手を差し伸ばしてくれるのを、ありえないと思いながらも待っているんです。...僕はそんな人に手を差し出せる人でありたい。

 僕の夢は、僕の成りたいもの(英雄)はそんな時に手を差し出してあげられる存在です。

 僕はリリを見捨てません、僕はリリを見捨てられません。リリを見捨てて進んだ先に、僕の夢はないから。例え僕の夢が遠回りになったとしても、僕は寂しがっているあの子に手を伸ばしたい、助けてあげたい。

 それが神様達と出会えた、幸運な僕のするべきことだと、僕は確信しています。」

 

 そうだ、それがリリを見捨てない理由。

 寂しがっている女の子に、手を差し伸ばすこともできないのに、英雄なんてなれるわけがない。

 英雄に成るというのなら、リリを救って見せろ!

 

 

 

 

 

 「ベル様...」

 

 「リリッ!!」

 

 ダンジョンの中を走っている僕の耳に、弱々しいリリの叫びが届く。

 リリの名前を呼んだ僕が声の方へと走ると、リリがキラーアントに襲われている所だった。

 リリを護るために、僕は迷いなく切り札を使う。

 ファイアボルト!!

  

 

 

 

 

 

 

SIDE リリルカ・アーデ

 

 ベル様の名前を叫んだら、ベル様がやってきてキラーアントを討伐してくれた。

 最初は夢を見ているんだと思ったんです。リリに都合のいい夢。

 ベル様がリリを助けに来てくれる夢を、恥知らずなリリは見ているんだと。

 だけど夢のはずのベル様は、キラーアントの群れを倒し尽くしても、消えなかったんです。

 その時初めて気が付きました、このベル様は本物のベル様だと(現実だと)

 

 「どう...して、来たんですか。ベル様」

 

 「どうしても何も、助けに来たんだよ、リリ!」

 

 倒れているリリへと、ベル様は手を伸ばします。

 ベル様がリリを助けに来た。

 ベル様の言葉がリリの耳を通り、脳へとたどり着き...その意味を理解した時、リリが感じたものは怒りでした。 

 

 「なん...で、何をしているんですか!ベル様は!!」

 

 「えっ...?なんで僕怒られているの?僕リリを助けたんだよね?」

 

 リリの怒りの声に、困惑したベル様はたじろぎます。

 まさか怒られるとは思っても見なかった、と言いたげなベル様の姿が、より一層リリの怒りを煽ります。

 

 「何裏切り者を助けに来ているんですか!それともベル様は、リリがベル様を裏切ったことにすら、気が付いていないんですか!?」

 

 「いや、リリが裏切ったことぐらい気が付いてるよ!?」

 

 「じゃあどうして助けたのですか!」

 

 「えっと...リリがリリだから?」

 

 まさかとは思いますが、リリがベル様のナイフを取った事さえ理解していないのではないか、と危惧すれば、流石に気付いているよとベル様は返します。

 分かりません。

 裏切り者のリリを助ける理由なんて、ベル様にはないじゃないですか。本心を叫んだリリへの返答は要領を得ないもので、その言葉に感情的になったリリは、ただただ衝動のままに叫んでいました。

 

 「なんですかそれ、訳が分かりません。ベル様がリリの何を知っているって言うんですか!」

 

 「知ってるよ、灰さん達がリリについて調べたんだ」

 

 「じゃ、じゃあ知っているんでしょう!?知ったんでしょう?リリは助けてもらえるような人物じゃないんです!!」

 

 リリがリリだから?

 そんな言葉信じられません(ずっとかけてほしかった言葉です)

 リリが何をしたのか知らないから、(でもきっとリリが何をしてきたか)そんな言葉を口にできるんです(知られたら、見捨てられるのでしょう)

 そんなリリの捨て鉢の言葉に、ベル様は優しく答えました。全部知っているよと。

 そんなのおかしいです、リリのしてきたことを知っていながら、受け入れてくれるなんて。そんな都合のいいこと、起きるわけありません。

 でもベル様は優しく微笑んで、リリを抱きしめます。

 温かなぬくもりがリリを包みます。

 

 「寂しかったよね、辛かったよね」

 

 「なん、ですか...そんなの...で」

 

 「うんごめんね、もっと早く来てあげられたらよかったね」

 

 ベル様の大きな手がリリの背中をさすります。

 何度も何度も、リリを慰めるように、落ち着かせるように、褒める様にリリの体を撫でます。

 その手があまりにも優しいから、気が付けばリリは涙を流していました。

 

 「うっ...ふっ...えっ...」

 

 「うん、大丈夫、大丈夫。僕はここに居るよ」

 

 ベル様の優しい声がリリの耳に入っていきます。

 堪えようとした涙は止まらず、嗚咽をかみ殺すことすら出来ません。

 ああ、でもこれだけは何とか言葉にしなければ。

 

 「ご、ごめんなさい、ベル様。疑ってごめんなさい、騙そうとしてごめんなさい、裏切ってごめんなさい」

 

 「うん、大丈夫。リリがしたことで僕は傷ついていないよ」

 

 「ご、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさ、うわああんー」

 

 身勝手な言葉です。

 勝手にベル様を疑って、勝手にだまそうとして、勝手に裏切って、勝手に謝っているのですから。

 それでもベル様は優しく受け入れてくれました。

 ベル様へと謝れたことで気が緩み、涙がまた溢れてきます。まだまだ謝らなければならないことがあるのに、ベル様に包まれてリリは泣き出してしまったのでした。  

 

 

 

 

 




どうも皆さま

なんか、凄いことになったぞ(文字数が)とか思いつつ書いていた私です

筆が乗った自覚はあります
リリをもっと可愛く書くんだよ、オラァ
ベル君をもっとかっこよく書くんだよ、オラァ
と脳内のヘスティア様が無茶振りしてきた自覚もあります
とりあえずはこれで許してください

この後おまけも投稿予定です
よっぽど伸びたりしなければ今日か明日には投稿できるでしょう
多分

それではお疲れさまでした、ありがとうございました


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リリの決意或いはヘスティアの決意

メリークリスマス。
25日も26日も同じようなものなのできっとセーフでしょう。
そんなことより簡単なおまけになるはずがやたら文字数が増えました。
何度かに分けるか、お暇なときにでもどうぞ。


 リリがベル様の胸の中で号泣した翌日のことです。

 リリはいつもの噴水で、ダンジョンに連れて行ってくれる冒険者を探していました。

 

 ベル様はリリが裏切ったことを許してくれました。ですがそのままベル様と契約し続けるなんて、リリ自身が許せません。

 その為ベル様との契約を切り、リリは新しい契約を探しているのです。

 ですがか弱い小人族(パルゥム)を連れて行ってくれる冒険者は、なかなか居ません。

 分かってはいたことですが、どれだけ売り込んでも結果が帰ってこないことに、少し疲れてしまいました。

 

 噴水の縁に座って、少し休憩します。

 何をするでもなく、道を行く人々を眺めます。

 明るい顔で駆けていく人、疲れた顔でトボトボ歩く人、うれしさを隠し切れず弾むようにして歩く人。いろんな人が道を歩いていきます。

 これまでのリリならなんて事の無い風景として流すか、或いは日向の道を行く人に嫉妬したことでしょう。ですが、ベル様の言葉に癒された今は世界が美しく見えます。

 もうひと踏ん張りです。

 せめて今日の宿屋代ぐらいは稼がなければいけません。気合いを入れて、立ち上がったリリの耳に聞きなれた声が届きました。

 

 「サポーターさん、サポーターさん。冒険者を探していませんか?」

 

 「ベル様...何で...」

 

 おどけた様な口調でリリへと話しかけたのは、ベル様でした。

 何故と問いかけるのが精いっぱいで、その後の言葉が出てこないリリへと、いたずらっ子めいた表情でベル様は続けます。

 

 「混乱しているんですか?確かに急にこんなこと言われても困ってしまいますよね。でも簡単なことなんですよ?

 経験豊富なしっかりしたサポーターをの力を借りたい、半人前の世間知らずの冒険者が、売り込みをしているんです。...また僕と一緒にダンジョンに潜ってくれないかな」

 

 混乱から立ち直るとベル様の言葉が、初めてリリがベル様へと話しかけた時の言葉と同じだと気が付きます。違うのはリリ(サポーター)から売り込んだのがベル様(冒険者)から売り込んでいることだけです。

 真剣な表情になったベル様はリリへと手を差し出します。

 その手へとリリも手を伸ばし...途中で手が止まります。

 

 「本当に、リリでいいんですか?」

 

 「本当に、リリがいいんだ」

 

 「けどリリは沢山悪いことをしてきました。こんなリリはベル様にふさわしく...」

 

 「これまでの行いの悪さで、僕の先輩達(灰さん達)を超えるような人は、オラリオにいないよ」

 

 本当にこの手を取ってもいいんでしょうか。リリの存在はベル様の邪魔になるのではないでしょうか。

 リリの葛藤を見抜いたように、ベル様がリリの手を取ります。

 

 リリは言います、こんな自分はベル様の隣にいていいはずが無いと。

 ベル様は答えます、灰さん達の方がずっと悪いことしてきたから大丈夫だよと。

 

 「もっと役に立てるサポーターは沢山います」 

 

 「...ちょっとカッコ悪いから言いたくなかったんだけど、まだ誰もサポーターの応募が無いんだ...」

 

 「なんですか、それ」

 

 もっといいサポーターはいっぱいいるというリリの言葉を聞いたベル様は、さっきまでのカッコよさが嘘のように萎れて、言いにくそうに結局サポーターの応募が無いことを明かします。

 なんですかそれ。

 先程までの姿との落差に、思わず笑ってしまいます。

 

 「仕方ないですね、でも厳しく行きますからね」

 

 「大丈夫だよ、厳しいのは灰さん達で慣れているから」

 

 思わず笑ってしまったことで認めます。リリの負けです。

 これ以上意地を張ることもできません。

 ベル様の手を強く握り、厳しいですよ?と言えば、ベル様は灰さん達より厳しくなければ大丈夫と返します。

 さっきから何度も出てくる灰達の存在に、思わずもう一度笑うと、ベル様も笑います。

 

 うふふ、あはは。

 ベル様とリリは笑いながら、ダンジョンへと向かいました。

 

 

 

 

 

 ギルドで今日の稼ぎを換金し、これまで別れていた道まで来ました。

 リリの方を見て手を振ろうとしているベル様へと、意を決して話しかけます。

 

 「ベル様、お願いがあります。リリをベル様の、ヘスティア・ファミリアのホームへと連れて行ってください」

 

 「...それは...危ないよ?」

 

 リリのお願いに目を見開いたベル様は、しばし沈黙した後、危険であることを口にします。

 分かっています。

 リリが殺されていないのは、わざわざ殺しに行くまでもないと見逃されているから。わざわざ目の前に、しかも本拠地(ホーム)に出向けば、見逃されるなんてありえないことは理解しています。

 

 「それでも...ベル様はリリの過去から逃げずに向き合ってくれました。なら今度はリリがリリの過去に向き合う番です。リリはここで向き合わなかったら胸を張ってベル様の仲間だと言えなくなるのです。お願いします」

 

 「リリ...分かったよ。僕からもできる限りの口添えをする。行こう僕の家へ」

 

 それでもこれは必要なことです。

 リリが胸を張ってベル様の仲間だと言う為に、リリが投げ捨てた誇りを取り戻すために、そして何よりリリに真剣に向き合ってくれたベル様に報いるために必要なんです。

 頭を下げてお願いするリリを見つめていたベル様は決断してリリへと手を差し伸べます。向かうはヘスティア・ファミリア拠点(ホーム)【廃教会】です。

 

 

 

 

 

 

 ベル様の先導でついに【廃教会】の前にたどり着きました。

 崩れかけている教会は、日が落ち、月に照らされていることで、そのおどろおどろしさを増しているように見えます。

 悪名高いヘスティア・ファミリアのホームということで、いくつもの怪談のような噂が流れていたのを知っています。

 そのほとんどは馬鹿々々しいものだと切り捨ててきましたが、こうしてみるとそんな噂が流れるのも納得がいきます。

 

 「足元が悪いから気を付けて」

 

 「分かりました」

 

 扉に手をかけたベル様はリリへと声をかけた後、扉を開けます。

 甲高い軋む音と共に開いた扉の向こう側は、見通すことすら出来ない暗闇が広がっていました。

 先に暗闇へと足を踏み入れたベル様に続き、リリもまた【廃教会】に足を踏み入れます。

 あらかじめベル様から、教会部分はほとんど使っていなくて、地下室が居住空間と聞いていなければ、本当にここに人が住んでいるのかと疑うようなおんぼろ具合です。

 暗闇の中、ベル様の背中について行くリリの耳に涼やかな声が届きました。

 

 「お帰りベル君、今日はお客さんがいるんだね。紹介してくれないかな」

 

 「...ただいま神様。えっと...僕のサポーターをしてくれることになったリリです」

 

 ベル様の背中から覗き込むと、崩れた天井から射す月明かりに照らされた祭壇の上に、美しい少女が腰かけていました。

 会話から察するに、彼女がこのファミリアの主神ヘスティア様でしょう。

 ベル様によって紹介されたことで、ヘスティア様の視線がベル様からリリへと移ります。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 ですが怯みません。リリのこれまでを思えば当然でしょう。

 

 「初めましてヘスティア様「バタン!」なッ!!」

 

 ヘスティア様へと自己紹介をしようとベル様の前に出た時、開きっぱなしだった扉が音を立てて閉まり、ベル様が地面に倒れた音がしました。

 思わず振りかえると、ベル様を狼が押さえつけ、こちらへと鋭い視線を向けています。

 

 「そんなに驚かなくてもいいじゃないか、君だってここ(【廃教会】)の噂は聞いているだろう?流石にボクの許可が無ければ開けることが出来ないというのは嘘だけど、あの扉は開きくいんだ。君が逃げ出して扉を開けるよりも早く、狼君が君を捕まえるよ。...試してみるかい?」

 

 「...いえ、その必要はありません。なぜベル様は狼様に押さえつけられているか聞いても?」

 

 「これから厳しい話もするからね、ベル君がうるさくするのは想定済みだ。なら予め静かにさせておくべきだと思っただけだよ」

 

 あまりの出来事に驚愕するリリへと、ヘスティア様がいっそ恐ろしさすら感じるほどに平然と言い放ちます。

 扉が閉まったのは、リリを逃がすつもりが無いという意志表示。ベル様を動けなくしたのは、話に横入りされない為ですか。

 ベル様から痛いほどの視線を感じます。きっと逃げてとか考えているんでしょね...甘いんですよ、ベル様は。

 

 「それでは改めて、初めましてヘスティア様、ベル様のサポーター、リリルカ・アーデと申します。これからよろしくお願いします」

 

 「ふん。ヘスティア・ファミリア主神ヘスティアだよ。早速だけど率直に言おう。ボクは君を信用できない」

 

 改めてヘスティア様へと自己紹介をします。

 面白くなさそうに鼻を鳴らしたヘスティア様は、直球で本題へと入りました。

 ヘスティア様の言葉に驚いたのか、ベル様が動こうとして狼に制圧されるのが視界の端に映ります。

 

 「大体の君の事情は灰君達から聞いている。同情する所が無いとは言わない、けど可愛い眷族(子ども)の命がかかっているんだ。『改心しました』と言われて、はいそうですか、と頷く訳にはいかないんだよ...分かるね?」

 

 「分かります。リリのことを信用できないことも、ヘスティア様がベル様のことを大切に思っていることも」

 

 「とはいえだ、こっちとしても無闇に手荒な真似をしたいわけじゃない。ベル君と金輪際関わらないと誓うのなら手切れ金としてこれを渡そう」

 

 ヘスティア様の言葉は実に正論でした。散々盗みを働いたサポーターから、改心したので眷族と一緒にダンジョンを潜るのを許してください、と言われて簡単に頷くような神など、眷族をどうでもいいと思っているソーマ様みたいな神位でしょう。

 リリが頷き、理解していることをアピールすると、ヘスティア様は袋をリリの方へと投げます。リリの足元でジャラリと音を響かせ、形を崩した袋の口からヴァリスが覗きます。

 ちょっと待ってください、それなりに大きな袋ですよ、まさかこの中にヴァリスが詰まっているとでもいうのですか。

 思わず動揺したリリへと、ヘスティア様が語り掛けます。

 

 「一億ヴァリス袋の中に入っている。さっきも言った通り、ベル君に金輪際関わらないというのなら君のも「お断りします」...ひょっとして報復を心配しているのかい?なら宣言しよう【君がこの提案を飲むのなら、ヘスティア・ファミリアは君に今後一切関わらない】女神ヘスティアの名前に誓うよ」

 

 「お断りしますと言っているんです。お金の量や、リリの身の安全の話ではありません。リリはベル様のサポーターです、ベル様と関わらないなんて条件は飲めません」

 

 一億。

 提示にされた額に衝撃を受けます。

 ですがその提案は飲めません。リリの返事を聞いて少し考えた後、ヘスティア様はリリの身の安全の保障をしました。

 ですがやはりその提案は飲めません。きっぱりと断ります。

 昔のリリなら喜んで飲んだでしょう、ですが今のリリはベル様のサポーター。ベル様と関わらないという条件は何があっても受け入れることが出来ません。

 

 「決意は固いみたいだね。残念だよ、荒事にしたくないというのは本心だったのだけれど。でもどうしてもベル君から離れないというのなら...」

 

 「お前の首を切り離す必要があるな...残念だ。ベルを頼むといった言葉に嘘は無かったのだがな」

 

 「ッ!!」

 

 リリの意志の硬さを理解したヘスティア様は、残念そうに首を振ります。

 そして気が付いた時には、狩人が大鎌をリリの首筋に添えていたのです。

 狼の時もそうでしたが、姿を現すまで、いえ存在に気が付くまで一切気配を感じられ無かった事に恐怖します。

 これがオラリオ最恐のファミリア、ヘスティア・ファミリアの団員の実力。

 隔絶した実力の差に戦慄するリリへと、心底残念そうにお前が獣であるのならば、狩らねばならんと狩人は語ります。

 

 僅かな間【廃教会】にベル様が自由になろうと藻掻く音だけがこだまします。

 恐怖に染まりそうになったリリの心でしたが、狩人の言葉がリリに思い出させました。

 リリはベル様のサポーターです。

 例え本当の意味でのベル様の仲間に成れたのが今日一日だけだったとしても、リリは信頼できる人と一緒にダンジョンに潜れたのです。リリは夢をかなえたのです。

 命を粗末にしたいわけではありません。ですが、リリはベル様に受け入れてもらって、胸を張って生きられたのです。後悔はあります、未練もあります。ですがベル様に引き上げてもらったのに、ベル様から離れるくらいなら死んだほうがましです。

 

 「最後に言い残すことはあるかな。もし思い直すのなら今の内だ、ベル君に近寄らないと約束するのなら無事に帰そう、手切れ金も渡そう、これからの身の安全も保障する」

 

 「そうですね。ベル様、たった一日だけ、リリが本当にベル様の仲間に成れたのは今日だけでしたが、楽しかったです。嬉しかったです。どうかご自分のせいでリリが死んだと思わないでください。リリはリリの意志で死へと向かったのですから」

 

 「それが遺言で良いのか?...約束しよう、一撃だ。痛みも苦しみもなく、仕損じることもなく命を摘み取ろう」

 

 ベル様へと遺言を残します。

 ベル様は必死に暴れますが、狼に抑え込まれて動くことが出来ません。

 低い声で狩人が約束します。

 昨日キラーアントに囲まれた時と同じ命の危機。ですがあの時ほど後ろ向きな落ち着きでは無く、前向きな落ち着きに満たされています。

 大鎌の刃がリリの首から離れ、振り下ろされようと「女神ヘスティア。飾りが足りない、しまってあった分はあれで全部か?」する前になんか来ました。

 

 「く、焚べる者君?ちょ、ちょっと待っておくれよ、飾りは確か引き出しにもう少し入っていたはずだ」

 

 「了解した。見せてやろうミラのルカティエルの飾りつけ伝説その序章を」

 

 地下から上がって来たミラのルカティエル(絶望を焚べる者)は、何かの飾りの場所をヘスティア様へと聞き、再び地下へと戻っていきました。

 リリたちの思いが統一されます、どうするんですかこの空気。

 えっ?まさかリリこの空気の中で死ぬんですか?いや道を違えるくらいなら死を選ぶ覚悟はありましたけど、この空気で?この空気の中でリリ死んじゃうんですか?

 明らかに狼狽えているヘスティア様は、ベル様を見てワタワタ、狼を見てワタワタ、狩人を見てワタワタ。一通り狼狽え終わるとコホンと空咳をして「サポーター君。君に後悔はないのかい」と話しました。

 あっまだ続けるんですね。

 そう思ったのはリリだけでは無かったようで狩人から「まだ続けようとするのか...」と呆れたような呟きが聞こえました。

 

 「うるさいぞ、狩人くん。ううん。...一度考え直すべきだ、いいかい命というのは「おいヘスティア。茶番はまだ終わらないのか料理が冷めるぞ」...」

 

 「...いい加減諦めるべきだろう。リリルカ・アーデが嘘を吐いていないことも分かったのだ。それで満足しておけ」

 

 呆れられているにも拘らず、続けようとしたヘスティア様の努力は、地下から上がって来た灰によって打ち砕かれました。

 リリへと指さした姿勢のまま固まってしまったヘスティア様へと狩人が、諦める様に諭します。

 どういう事でしょうか。どうやら本気でリリを殺そうとしていなかったようですが、茶番や飾りとは一体何のことでしょうか。

 解放されたベル様の背に隠れながら、連れられた地下室には...

 【リリルカ・アーデ入団おめでとう】と書かれた横断幕と、机に並べられた料理の数々がリリを出迎えました。

 ...は?

 

 ええっと、これはどういうことなんですかね?

 とりあえず、状況を整理しましょう。

 リリはベル様とファミリアの拠点【廃教会】にやってきました。

 そこでベル様の主神であるヘスティア様から、ベル様に近づかないように言われ。

 それを拒否して殺されそうになったので死ぬことを受け入れていたら、なんか処刑が流れて、その後連れてこられたところでは、入団を歓迎されている。

 ...どういうことですか。

 

 とりあえずベル様にどういう事か聞こうと思ったのですが、一目見ただけでわかります。あっこれだめですね。

 口を半開きにして、目をひん剥き、今にも倒れそうな表情です。

 とりあえず、椅子に座らせて介抱していると、ヘスティア様がやってくるのが見えました。

 

 「やあサポーター君、さっきはごめんよ。主神としては君が本当に改心したのか調べなきゃ、ベル君を預けることなんてできないからね。まあこれからは仲良くやろうよ」

 

 先程までの態度と打って変わって、気さくでフレンドリーです。リリのしてきたことを思えば、邪険にされる理由はあっても、こんなに親しくされる理由はありません。

 どういうことかと尋ねると、ヘスティア様曰くあれは試験だそうです。

 

 昨日帰ってきたベル様の様子から、リリとの契約を続けるだろうと予想したヘスティア様達は、ベル様に監視を付けていて、何かあれば助けに入れるようにしていたのだとか。何事もなくダンジョンから帰ってきて、別れると思った時に、リリがベル様に【廃教会】に連れて行ってくれるようお願いしだした。お客が来るにも拘らず、何の用意も出来ていないヘスティア様たちは、試験としてさっきの茶番をリリに課し、時間稼ぎを行ったそうです。

 ...なんなんですか、本当に。

 

 「とは言え、もしも君が逃げ出したり、お金を受け取ったりしたなら、ベル君にふさわしくないと判断して、帰ってもらうつもりだったよ」と話を締めくくったヘスティア様は、これからよろしくとリリに握手を求めます。

 リリの目の前に差し出されたヘスティア様の手をリリは...思いっきり弾きました。

 

 「痛ったぁぁぁ、何をするんだい!!」

 

 「何をするんだはこっちのセリフです!!なんなんですか、時間稼ぎのためにリリに死の覚悟をさせたんですか!?。しかも何ですかこの入団おめでとうって。普通あんな経験した後『ウチのファミリアへようこそ』と言われて『わーいこれからよろしくお願いします』なんてことにはなりませんよ!!

 大体、リリについて調べたのでしょう?ソーマ・ファミリアについても知ったのでしょう?なら簡単に改宗(コンバーション)出来ないのは知っているでしょうがぁ!!」

 

 叩かれたことで大袈裟に痛がるヘスティア様へと、思いの丈をぶちまけます。

 叫んだことで、注目を集めたようです。

 いつの間にやら灰がヘスティア様の後ろに立っていました。

 

 「なるほど、つまりはこれからソーマ・ファミリアの拠点に殴り込みをかまして、お前の改宗を認めさせればいいんだな?」

 

 「は?」

 

 「どちらにせよ、主神(ソーマ)団長(ザニス・ルストラ)も気に食わなかったのだ。今やるか、後でやるかの違いにすぎん」

 

 「いやいや、ちょっと?」

 

 「なるほど、ミラのルカティエルの伝説に、また一つ新たな一幕が生まれるな」

 

 「人の話を聞けと言っているんですよぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 

 「嗚呼どうして空はあんなに綺麗なのに、リリはこんなに疲れているのでしょう」

 

 今からソーマ・ファミリアにカチコミかまそうとする灰達を止めた後。リリは【廃教会】の前で黄昏ています。

 あの後は大変でした。悪乗りする主神(ヘスティア様)、一切関わろうとせず極東の甘味(おはぎ)を食べ続ける団員()、まあ、元気ですねぇと軽く流そうとする団長(九郎)。結局この人達当てにならないと思ったリリが説得して、思い止まらせたのです。

 ...何でこのファミリアに一番関係の無いはずのリリが、大嫌いなソーマ・ファミリアを護るために、一番苦労しているんでしょうか。

 

 いっそこのまま帰ってしまおうかとも思いますが、ベル様はここ数日の出来事に疲れてしまったのか、先ほどの騒ぎでも椅子に横になったまま寝ていたのです。

 そんな姿のベル様を置いて帰るというのは、どうにも気が進みません。

 とは言え、ヘスティア・ファミリアのノリについて行くことが出来ないリリは、こうして喧騒から離れて時間を潰しているのです。

 ...ですがこのファミリアは、リリを落ち着かせてくれないようです。

 

 「こんなところで黄昏てどうした?ミラのルカティエルの伝説の話する?」

 

 「いえ、まあちょっと疲れてしまいまして...あとルカティエルの話はいりません」

 

 建物の陰から現れたのは、いつぞやカヌゥ達に殴りかかった男。絶望を焚べる者でした。

 すでにあの時にはリリのことを怪しんでいて、情報を集めていた時に偶々リリに出会ったそうです。

 なんと言いますか、すべて灰達の手のひらの上だった気がして徒労感が凄いです。

 ルカティエルの話を断られたからか、少し落ち込んでいる様子の絶望を焚べる者は、ぽつりぽつりと語ります。

 

 「女神ヘスティアの言葉だが、あまり気にしなくて良い。どうせ貴公に当たりが強かった理由の7割ほどは、最近ベルがサポーターの話ばかりするからとかその辺なんだから」

 

 「あーうん...そうなんですね」

 

 改心しましたと言って簡単に信じられるわけがない、というヘスティア様の言葉は、リリに少なくない量刺さっていたというのに、その理由がベル様がリリの話ばかりするからとか。それでも神様ですか(大人げないですね!?)

 疲れのあまり、脳内の考えも適当になってきている気がします。ですが、そんな緩い空気も続いた言葉に吹き飛ばされます。

 

 「本当に良かったのか?カチコミまではいかなくても、ソーマ・ファミリアとの縁を切るのに協力位はするぞ?ずっと離れたいと思っていたのだろう?」

 

 「...本当に、なんなんでしょうねあなた方は」

 

 「ミラのルカティエ「それはもういいです」」

 

 「どうなんでしょうね、ベル様の為にも縁を切るべきだとは思うのですよ。ですが、その為にあなた方の力を借りるのは、違うんじゃないでしょうか。

 リリはリリの力でソーマ・ファミリアから離れてこそ、本当に胸を張って生きていけるのだと思うのですよ」

 

 戯言のような言葉から、鋭く真実を突き刺す言葉が出てくるのですから、聞いている身としてはたまったものではありません。

 思わず漏れた言葉に対して、返って来た戯言を流してリリは考えます。

 リリはこれまで流されるまま生きていた弱者でした。ですがベル様のおかげで、自分で決めて、自分の意志で生きる道を歩み始めることが出来ました。なら灰達の力を使って自由になるのは違います、少なくとも与えられてばかりいる()力を借りるのでは無く、何か返せる様に成った()()で無ければリリは弱者のままです。

 

 リリの言葉を聞いた絶望を焚べる者は「だ、そうだ」と陰へと声を掛けます。まさか!?

 リリの予想は当たりました。

 建物の陰からぞろぞろとヘスティア・ファミリアの面々が現れます。

 どうやら盗み聞ぎされていたようです。

 ばつの悪そうな顔をしたヘスティア様が、リリに話しかけます。

 

 「あーそのー...ごめんね。君の気持ちを考えず、こちらの都合ばかりで動いていると怒られて少し頭が冷めたよ。君にはうちの子になって欲しかったけど、君が決めたのなら諦めるよ。ただこれを受け取って欲しい」

 

 「これは?」

 

 「ヘスティアメダル。うちのファミリアの団員が持つ、団員の証みたいなものだよ。たとえ君がソーマ・ファミリアに所属していても君はもうボク達の家族だ。...嫌だったら返してくれてもいいよ?」

 

 渡されたのは手のひら大のメダリオン。表面に刻まれた【神聖文字(ヒエログリフ)】を指でなぞりながら問えば。家族の証だと返ってきます。

 確かな繋がりの証。ずっとほしかった家族との絆を渡されて思わず涙ぐみます。ヘスティア・ファミリアの皆さんを見つめると、優しく受け入れてくれます。

 ...ただベル様だけが、奇妙な顔をしています。

 どうかしたのか聞いてみると、酷く言いにくそうに「僕それ貰った覚えありません」と言いました。

 

 「え?」 「んん?」 「なんと」 「おやおや」 「おいおい...ヘスティア?」

 

 「え...いや、いやいやいや...そんな...忘れていたなんて、アッ!!」

 

 「忘れていたんだな、忘れていたんだろ、忘れていたと認めろ」

 

 「ご、ごめんよベル君。君にもこれを渡そう」

 

 ...本当になんですかね、この人たちは。ですが悪い気はしないのですから、リリも大概なのかもしれませんね?

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘスティアメダル

ヘスティアの名前が神聖文字で刻まれたメダリオン。

使用することで誓約竈の女神の家族(ヘスティア・ファミリア)を結ぶことが出来る

 

ヘスティアは灰達の旅の物語を聞いて

帰る場所の無い彼らの帰る場所となることを決意し

故にファミリアを創ったその決意の証

 

 




どうも皆さま

クリスマスの予定?ずっと小説書いてました...私です

総合評価が1000を超えました
ありがとうございます
どころ切り取っても私得しかない拙いこの小説が続きますのも
偏に評価してくださったり、感想を書いてくださったり、見て下さる皆様のおかげです

しかしおかしいです
本当はこのお話
前の話の終わり際にくっつける予定だったのですが
やたらと話が長くなったので他の話とくっつけて
一話とする予定だったんですけどね
この話も無茶苦茶長くなりました

最近話が長くなる病の進行が酷いです
来年はもっとこうサクっと読める小説を書いていきたいですね
とりあえず年内の投稿はこれが最後となります
次の投稿は多分お正月を過ぎてからになりますので
よろしければ気長にお待ちください

それではお疲れさまでしたよいお年を

以下はリリルカ・アーデに関する覚書みたいなものです
つまりは見なくてもいい奴です
お暇な方はどうぞそうでない方はお戻りください

リリルカ・アーデ

種族 小人族
所属 ソーマ・ファミリア

ソーマ・ファミリアに所属する小人族にして、ついていた冒険者から盗みを働いていたサポーター。
盗んだ相手の冒険者に追いかけられていた所、ベルに助けられ次の獲物に選んだ。
その相手がヘスティア・ファミリアの団員とは知らないままに。...可哀そう

時折関わることとなった灰達に怯えながらも、お人好しのベルに感化され世間知らずのお人好しと言いながらサポートするようになった。
自身がかつて盗みを働いた冒険者とベルが話しているのを見て、ベルに見捨てられると思いその前にベルを裏切る。

その結果、同じソーマ・ファミリアの冒険者に嵌められ、命を落としそうになったところをベルに救われ、改心。その後ベルに誘われ正式にベルの仲間になる。

手元にある設定では、ベルに惹かれながらもそんな訳ないと自身の恋心を見ないふりを続けていたとあるのですが、どうですかね。
読み返すとこいつベル君好きすぎない?と思ったり


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後悔無き...

後悔

終わった後に悔やむこと

何時だって後悔は後から来る
何をした所で逃げられない

だが、それでも、後悔の無い未来を願うことは間違いではないはずだ
後悔が無ければ成長できなかったとしても


 

 「まったく、ベル君は...」

 

 「お前が愚痴をこぼすのは勝手だがなヘスティア。お前もそろそろバイトの時間じゃあないのか?」

 

 「え...?うわっ!!なんで教えてくれなかったんだよ!急がないと」

 

 ヘスティア・ファミリア拠点(ホーム) 【廃教会】

 先程飛び出していった白い髪の少年(ベル・クラネル)の後を追うように、同じく飛び出していった二つ結びの女神(ヘスティア)

 そんな彼らを見て、【廃教会】に残った鎧姿の男(火の無い灰)は、しょうがない奴らだと言いたげに首を振る。

 わざとしたくせに白々しい、と灰を睨む黒コートの男(月の狩人)。だが、ヘスティアがいなくなったことで話をスムーズに始められるのも確かだと、何も追及することなく夢より一冊の本を取り出し、目の前の机に置く。

 

 「それが件の“べる”殿が【豊穣の女主人】で借りてきた本ですか」

 

 「ただの本ではない。読むことで、人に眠る魔法の力を呼び覚ます特別な本。魔術書(グリモア)だ」

 

 「読んだだけで魔法が使えるようになる?そりゃあ正しく()()()()だな。...ああ?なんも書かれてないぞ、どういうことだ?」

 

 置かれた本を眺める一行。

 何気なく灰が本をめくる...が、困惑の声が漏れる。めくられた本の中身は白紙、何も書いていなかった。

 たまたま何も書かれていないページだったのか?とめくり続けるが、どれだけめくった所で文字の一つも見つけることもできない。

 どういうことだ?と何か知っているだろう狩人へと視線が集中する。

 

 「魔術書は貴重なものだ。限られたスキルの持ち主のみが、時間と労力をかけてようやく出来る一品。

 だが、市場に出回ることすら稀である真の理由は見たとおりだ」

 

 「見た通り...と言われましても、何も書かれておりませぬよ?」

 

 「...よもや、一度しか使えない(使い捨て)である...と?」

 

 狩人の言葉に首をかしげ、不思議そうな表情をする美貌の少年(九郎)

 九郎が漏らした疑問から、恐ろしい答えを導き出し、恐る恐る口にする九郎の忍び()

 果たして、否定してほしいとの願いが込められたその言葉は、無情にも狩人によって肯定される。

 

 「その通りだ。誰でも使える、作成する手間、魔法というものの価値。それらは魔術書の価値を押し上げる要因。だが、その最大の理由は一度使えば文字通り【白紙となる】点にある」

 

 「...さっきも言っていたが、市場に出回るのも稀と言っても、値段の相場はあるんだろう?...どれぐらいになるんだ?」

 

 頭の中で恐ろしい計算をいくつも進めながら、灰が口にした疑問への答えは二億。

 そっかー二億かー、ヘスティアが買ったナイフも二億だし、ここの所二億って数に縁があるなー、なんて思わず現実逃避しかけた灰は、開かれた魔術書を見つめ「よし、無かった事にしよう(燃やしてしまおう)」と証拠隠滅を図る...が、その前に狼が素早く魔術書を手元に確保する。

 魔術書を護る狼と燃やそうとする灰の間に緊張が走るが、遊ぶなと狩人に睨みつけられ、灰は手の中に生み出した火球を握りつぶし、狼もまた魔術書を机の上に置く。

 

 「事の本質は魔術書の値段(二億ヴァリス)にあるのではない。...この魔術書の出所だ」

 

 「あん?これは【豊穣の女主人】の客が忘れ...そういうことか」

 

 どこか緩い空気を切り替える様に狩人が挙げた問題に、灰はベルが語った出所を口にし問題を理解する。

 そう、この魔術書は【豊穣の女主人】の客が忘れていったものをベルが借り受けた物。

 それ故ベルが使って白紙となった以上、弁償する必要があるだろうと考えた灰は、燃やしてなかったことにしようとしたのだが、どう考えてもそれはおかしい。

 

 魔術書。

 市場に出回れば二億の値が付く貴重品を忘れていく、などありえるのだろうか。

 むしろ、その客はこの本が魔術書であると知らないままに、忘れていったという方がまだあり得る。だがそれもおかしい。

 

 魔術書であると知らないまま、一体何処でこの本を手に入れたのか。

 当然ながら、何かしらの事情で未使用の魔術書を手放すこと自体は起こり得るだろう。だが、その場合でも、魔術書であると宣伝した方が高値で売れるのだ。魔術書であることを隠し、わざわざ安値で取引する必要などない。

 或いは魔術書はその希少性から偽の魔術書が出回っており、そのうちの一つだと思ったということも考えられる。

 だが、そうだとしても決して安くはない買い物のはずだ。それを中身も確かめずに、偽物と決めつけ忘れていく?

 これもおかしい。

 

 だが、狩人が言いたいことは忘れ物という点がおかしい、ということではない。

 この魔術書をベルが【豊穣の女主人】から借りたという点だ。

 元々、灰達がダンジョンから地上へと戻ってきて、ベルと行動を共にし始めた頃に、感じた奇妙な視線。

 その視線の関係者として【豊穣の女主人】と、そこの従業員であるシルを怪しんでいた狩人からしてみれば、露骨に怪しい。

 

 「確かに、ベルに興味のある神が【豊穣の女主人】を通して、ちょっかいをかけてきたと考えるほうが普通か」

 

 「とは言えどうする?実害を受けたわけでもないのだぞ?」

 

 神によってちょっかいをかけられた。

 そう考えれば、忘れ物の魔術書というのも、ベルへと魔術書を渡す為の小芝居として納得できる。

 とは言えどうするのか?無言で腕を組んでいたファーの付いた鎧を纏った男(絶望を焚べる者)が、疑問を口にする。例えばこれが【怪物祭】での騒動だったりすれば、分かりやすく殴りかかってもいい相手となるだろう。だが、自分のファミリアの後輩に魔術書を渡したから、というのは殴り掛かる口実たり得るのか?

 

 ある意味このファミリア(ヘスティア・ファミリア)らしくない疑問だ。

 そのことは焚べる者も自覚しているのだろう、小さく「まあ殴り掛かる理由なんてどうでもいいと言えば、どうでもいいが」と付け加える。

 ヘスティア・ファミリアの拠点(ホーム)【廃教会】内の視線が、狩人へと集まる。

 

 ヘスティア・ファミリアの中でも最も神を嫌い、同時に最も無慈悲な人物である。

 とりあえず、狩人の出方を窺いつつ、どうするか話し合おうと無言のまま考えが一致した一同の耳に、信じがたい言葉が飛び込む。

 

 「...無用の手出しをこれからも続けるのであれば敵対するものとみなす。そう警告するべきだろう」

 

 「へ?」

 

 「なんだその目は、何か言いたい「ならば私が【豊穣の女主人】に弁償代を持っていくついでに、警告しよう。異論は?」...ないが」

 

 狩人が出した提案は異常なものだった。無論ヘスティア・ファミリアにおいて異常という意味だが。

 ヘスティア・ファミリアにおいて異常ということは、常識的な提案ということだ。だが、常識的な提案が狩人から為されるということ自体が、異常であり思わず灰の口から気の抜けた声が漏れる。

 狩人は灰をじろりと睨みつけ、怒りを露にしようとするが、その言葉を塗りつぶすように焚べる者が【豊穣の女主人】へと行くことを提案する。

 

 誰からも異論が出ないことを確認した焚べる者は一足先に出発し、少し遅れて後輩(ベル)の様子を見る為にダンジョンへとそれぞれ出発する。

 ただ一人【廃教会】に残った九郎は主神(ヘスティア)後輩(ベル)の顔を思い浮かべ、良い結果が出ることを祈った。

 

 「“べる”殿、私は何もできませぬ。ですが、願わくば、後悔無き選択を」

 

 

 

 

 

SIDE 絶望を焚べる者

 

 「それは受け取れないね」

 

 「...なんと。理由を聞こう」

 

 「簡単な話さ。冒険者なら、自己責任さ。あんたらに責任はないんだよ」 

 

 【豊穣の女主人】の店主ミアへと魔術書の弁償代を渡そうとするも、突き返され思わずなんと、と間抜けな声が私の口から洩れる。

 理由を尋ねれば、そんなもん(魔術書)を忘れるほうが悪い、と一刀両断する。その言葉は正論だ、しかし客の方はそれで納得するだろうか、特に【豊穣の女主人】は冒険者向けの酒場であり、客層はよいとは言えない。食い下がろうとするも、無言の圧力に押され気味なのが自分でも分かる。

 かつてはフレイヤ・ファミリアでも、有数の冒険者だったという噂はあながち嘘でもないようだ。

 

 現役を引退してからもう長いだろうに、現役の冒険者である私を圧倒すらするその気迫に感心する。

 客として来る冒険者達(荒くれ者達)を相手取るうちに、或いは現役時代以上にその気迫に磨きがかかったのかもしれない。

 自身もまたミラのルカティエル商会のトップをしているが、商人としては彼女の方がはるかに上だろう。

 どれだけ言葉を連ねた所で受け取ってもらえないようなので、持ってきた袋を収め店を後にする。

 

 【豊穣の女主人】

 うまい飯と、店員達の美しさで有名な店であるが、その店員達は皆何かしらの事情があってこの店に流れ着いた者が多い。

 外見に騙され、スケベ心を出した客が痛い目を見た、という噂が絶えない店でもある。

 道を歩きながら、ふと思う。

 彼女は一体どんな理由があって、あの店を始めたのだろうか。

 

 ヘスティア・ファミリアの仲間達の中でも、自身のみがその旅の終わりへと至らなかった。

 自身はそれでいいと思っている。ある時は伝説の語り部(絶望を焚べる者)として、またある時は新たなる伝説を創る者(亡者狩り)として、足が進むままに、風が吹くままに、目的地も決めずに旅をし続けた。

 灰の様に自身の旅の幕を引く(始まりの火を消す)ことなく、狩人の様に更なる高みへと至った(上位者へと至った)わけでもなく、狼の様に護るべきものを護り切った(主命を果たした)わけでもない

 

 終わりなき目的(ミラのルカティエルの名を広める)を掲げ、終わらぬ旅路の果てにこの地(オラリオ)でもその目的を掲げ続けている。

 だからこそ、旅を終わりにした時何を思ったのか、何が見えたのかが気になる。

 現役を引退し、後続が冒険するのを自身が手を出すことなく、ただ見ているだけというのはどのような気分なのだろうか。

 

 生涯現役を掲げる自身には全く分からない。...そう思っていた。

 だが、ベルという後輩が出来たことで少し変わった。

 初めてだった、誰かの旅路を応援したいと思ったのは。

 そんな彼がした決断を思い、良い報いが帰ってくるように祈る。

 

 「ベル・クラネル。お前はどの道を行く?願わくば、後悔無き道を」

 

 

 

 

 

 

SIDE 火の無い灰

 

 「信じる、信じると来たか。くくく...」

 

 ダンジョン10階層。

 霧に包まれた草原で俺は一人笑う。

 らしくもない、嘲りでは無く愉快さから。

 

 後輩(ベル)の様子を見ていれば、サポーター(リリルカ・アーデ)に裏切られ窮地に陥っていた。

 こりゃ不味いと思い助ければ、それでもアーデを信じるという言葉がベルの口から出た。

 

 リリルカ・アーデは生まれるべきでは無かった。

 とまで言えば、言い過ぎになるかもしれないが、自身の率直な意見だ。

 あいつは生まれた時から親にも見捨てられた存在だ、それは成長した今も変わらない。

 生き抜くためにした盗みは、周り巡って今アーデの首を絞めようとしている。

 

 それに同情はしない、当然だろう。

 もし、自身(灰や焚べる者)に近づいて来たのなら、その狙い(装備を盗もうとした)故に殺されていただろう。

 もし、狩人に近づいて来たのなら、その()()故に殺されていただろう。

 もし、狼に近づいて来たのなら、裏切った時点で殺されていただろう。

 リリルカ・アーデは死ぬべくして死ぬのだ。

 

 死ぬべきだ、と考えているのは俺達だけではない。

 ギルド、エイナ・チュールも同じ考えだ。

 エイナは俺達に情報が渡ることを理解しながら、九郎へと情報を渡した。

 無論、渡された情報は、俺たちが調べた情報と比べれば浅い、渡しても問題が無い情報ではあった。

 だが、その情報だけでも俺達がアーデを殺そうとするには十分なことを、長い付き合いでエイナには分かっていただろう。

 

 死ねばいいとまでは、思ってはいないだろう。

 だが、最悪リリルカ・アーデが死ぬことを許容したのだ。

 ギルドはリリルカ・アーデの死を許容したのだ。

 生まれた時から親に見放され、自身の行いで冒険者から恨まれ、遂にはギルドですら見捨てた。

 ファミリアに、冒険者に、ギルドに、つまりはこの街(オラリオ)に見捨てられたも同然だ。

 

 だが、ベルは見捨てなかった。

 裏切られ、盗まれ、それでもなおリリルカ・アーデを信じると言い切ったのだ。

 

 俺達にはできない選択肢だ(俺達ではできなかった選択肢だ)

 俺達では間に合わないだろう(俺たちは間に合わなかった)

 

 ベルが駆けていった方向を見る。

 オークへと投げつけた【火球】によって散らされた霧は、いつの間にか集まり、その先を見通すことはできない。

 だが、仇討のつもりか、派手に暴れたからか、オーク共が俺目掛けて集まっているのは分かる。

 ベルへとオークは俺に任せろと言った手前、こいつらを放っておく訳にもいかないだろう。

 ソウルの中から捻じれた大剣、火継ぎの大剣を取り出し、地面に突き刺す。

 

 僅かに燻ぶるだけだった火球の残り火は、大剣の力によって再び勢いを取り戻す。

 警戒することなく近づいて来ていたオーク共が、火ダルマになり苦痛の声を上げる。

 遠くからでも見える、その火を目掛けてやってくるオーク共を見て笑い小さく呟く。

 

 「ベル、お前の決断の結果はどうなる?願わくば、後悔無き結果を」

 

 

 

 

 

SIDE 狼

 

 「糞、糞ッ、ク...ガッ!!」

 

 「...御免」

 

 ダンジョン9階層。

 その中にある通路の一つを、悪態をつきながら走り続ける男ゲド。

 その隙だらけの背中に忍殺を決め、小さく手を合わせる。

 

 自身が殺されたことにも気が付かなかったのか、それとも気が付いたからなのか、怒りで歪んだその顔を見る。

 その死にざまに同情はない。

 この男は自身が望むままに復讐をし、人を見る目が無かったがゆえに裏切られた。そして運の無さが故にその命を落とした。

 

 復讐を望まなければ、頼るべき相手を間違えなければ、自身の運の無さを自覚すれば、死ぬことは無かっただろう。

 だが止まることは無く、故に死んだ。

 殺し、奪い、戦う。所詮(忍び)もこの冒険者と変わらない。

 だからこそ、命を奪う際に一握りの慈悲だけは忘れてはならない。

 

 ベルへと教えた、義父より教わった教えを今一度心に刻む。

 ベルは未だこの言葉の意味を理解していないだろう。

 だがそれでいい。今は道を間違えたのなら、俺等が戻してやれる。

 いつか道に迷った時、進むべき道への導きとして、この言葉を思い出せばそれで良い。

 

 ベルの迷い無き瞳を思い出す。

 今はベルは迷っていない。ただ、目の前にある道を真っすぐに突き進んでいる。

 その、迷いない姿は僅かに眩しい。

 最早俺には、迷い無きあの目は出来ないだろう。それでいい。自身が信じる物は、(九郎)とその言葉。

 その道(忍び)を選ばざるを得なかった。その道()を選んだ。そのことに後悔はない。

 

 例え報われていないと思われたとしても、例え自身の命すら失ったとしても。

 主へと全てを捧げた己が人生に後悔などない。

 ベルもそうであればいいと思う。

 ベルの夢がかなわなくとも、ベルの行いが報われなかったとしても。

 

 狼の姿が消え、死体だけが残った通路に小さく言葉が残る。

 

 「...願わくば、後悔無き行動を」

 

 

 

 

 

SIDE 月の狩人

 

 「がぁぁ!!」 「糞!糞ッ!!」 「俺の...俺の足が!」

 

 ダンジョンの9階層のある通路。

 私が放った貫通銃はその名の通り、リリルカ・アーデを嵌めた冒険者カヌゥと、その取り巻きの足を貫いた。 

 苦痛と怒りに歪んだ表情は、影から現れた私を見ると同時に恐怖に染まり、怒りの声は恐怖の悲鳴に変わった。

 

 獣だ。

 私の深い所から、苛立ちのような、叫び声のような、歓喜のような声がする。

 獣だ、獣がいる、獣を殺せ、獣を潰せ、獣を狩れ。

 

 煩いその声を抑え込み、倒れ伏す男達を眺める。

 欲に溺れ、他者を傷つけ、そのことを後悔もしない愚かしい存在。

 まごうことない獣だ。

 人は容易く獣になり、獣は変わらない。それがヤーナムでの一夜に学んだ真実。

 

 「どうしたいのだろうな私は。...私はアーデを見逃すことにした。アーデが変われるのだと信じた、否信じたかった。だが同時にお前たちのような獣を見ると、それでこそだとも思う」

 

 口から零れた独り言。

 そうだ、私はアーデを見逃そうとした。

 これまでの私ならば、あいつの生まれを、為したことを、考えを知れば獣だと断じ、狩るべきだと判断しただろう。

 だが、心のどこかで、もしかしたら違うのかもしれないと小さな声がした。いや、声はずっと聞こえていた。

 

 「勝手に人を護ろうとするお前は何者だ?」

 

 【怪物祭】が終わった後、怒りを露にした私に向かって灰が投げつけた言葉を聞いてから、ずっと声がした。

 人は信じられない。()は信じられない。人を護るために()を狩る。

 護るべき人が獣になり、人を護るために人を狩り続ける。

 呪われた身にふさわしい、終わらない悪夢。

 

 だが、この世界は違うはずだ。

 この世界は、オラリオは、この世界の住人は、呪われたヤーナムとは違うはずだ。

 獣にならない、獣から変われる。救いのある世界のはずだ。

 ...だが、ならばあの古都には救いは最初からなかったのか?

 

 上位者の子を孕んだ娼婦にも、気が狂った血の聖女にも、私を息子と間違えたあの気難しい老婆にも、特別な知恵があると嘯いたひねくれた男にも、私を友と呼んでくれた盲目の男にも、人であるままに死ねることを救いとした病人にも...私を獣狩りと呼んで希望を託したあの少女にも。

 何をした所で、何も変わらなかった。何をした所で、赤い月が昇れば気が狂った。どれだけやり直しても、どんな道を選んでも、行き着く先は狂気と絶望。私のしたことで結果は変わらなかった、私がどのような選択をしようと結果を変えることはできなかった。

 それでも、それでも、最初から彼らに救いが無かったなんて...あんまりじゃないか。

 

 「何がしたいんだ、何なんだよ!」

 

 「...その言葉に答える気はない」

 

 深く思考に沈んでいた間に、混乱から立ち直ったようだ。男達は囀っている。

 煩い。

 考え続けている思考を頭の隅へと追いやり、夢から武器を一つ取り出す。

 

 「何なんだよそれ...なんだよそれ!!」

 

 取り出した武器を見て、上がった疑問の声は仕掛けを作動させることで、恐怖に上ずった声へと変わる。

 ローゲリウスの車輪。

 かつて、ローゲリウスと、彼が率いた処刑隊がカインハーストの穢れた血族をひき潰すのに使った車輪。

 ヤーナムの穢れた狩人たちは、車輪が未だ纏う血と怨念すらも獣を狩る為の力とした。

 悍ましい仕掛け武器は数多くあるが、その中でも1,2を争う武器だろう。

 

 タロットにおける車輪とは、運命、抗うことの出来ない大きな流れを意味する。

 ならば、どうしようもない流れに巻き込まれたこの獣たちを狩るのに、これほど似合う仕掛け武器はない。

 通路に響く苦痛の悲鳴の中、ベルの選択を思う。

 

 選んだ選択に、正解は無いのだろう。だが、願わくば...

 

 「願わくば、後悔無き答えを」

 

 

 

 

 




どうも皆さま

今年の更新は終わったと言ったな?あれは嘘だ...私です

いや、話を書いているうちに、これ今年中に投稿して新年からは新章を始めた方が切りがいいな?と思いまして
計画性が全くないから今年も残りわずかだというのにこんなことになるのです

どうやら日間ランキングに乗ったようですね
何の通知もないので急に評価やUAが爆増してビックリしました
お気に入り数600を超えましたありがとうございます

お礼というにしては何ですが
前々回時間軸における灰達の動向を小説にしました

前話の後書きにも書きましたが
この小説が続くのも読んでくださっている読者の皆様のおかげです
来年も私noanothermoomとこの小説をどうぞよろしくお願いします

それではお疲れさまでした、ありがとうございました


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次なるざわめき

皆様新年あけましておめでとうございます。
...まあも三が日も過ぎたのですが。

皆様に新年の挨拶をしたいという気持ちと、年末に沢山投稿したしなあという気持ち、あと年末年始の雪かきのダメージによってこんなタイミングでの投稿となりました。

短いですがどうぞ


 【バベル フレイヤの居室】

 

 「そう、あの子は見捨てなかったのね」

 

 静寂が満ちた部屋に、部屋の主フレイヤの声が響く。

 

 「...如何なさいますか。邪魔だとおっしゃるのなら...」

 

 「いいえ。あの子は護ると決め、それを達成した。魂の輝きはより増したわ。」

 

 フレイヤの前に跪くオッタルは、必要ならあの小人を消すことを進言しようとするが、それをフレイヤは首を振り止める。

 むしろ覚悟故により輝きが増したことを喜び、笑みを浮かべる。

 美しい笑み。男なら、いや女であったとしても見惚れるその笑み。

 

 「だけど、人の成長には冒険が付きものよ。あのままでは()を破ることが出来ないわね」

 

 「...新たな試練を課すと?灰達が黙ってはいないでしょう」

 

 だがその笑みは長くは続かなかった。

 更なる輝きを、更なる成長を、促す主神の言葉に、オッタルは思わず口をはさむ。

 以前の邂逅は、警告で済んだ。だが二度目となれば、ただでは済まないだろうと。

 

 「あら?あなたにとってもいい機会じゃないかしら。譲られた勝利、虚構の最強の名を真実にするいい機会でしょう?」

 

 「そのようなことは...御身にもしものことがあれば...」

 

 危険であると止めようとする眷族の姿に、楽し気に灰とぶつかることこそが、あなたの願いでしょう?と揶揄う様に笑うフレイヤ。

 その言葉に、頭に焼き付いた嘲笑うような灰の視線、挑めど、挑めど、のらりくらりと躱され相手にされなかった記憶甦る。だが、気を悪くした素振りも見せずオッタルは、続けて忠告しようとする。

 だが、フレイヤからの言葉に、オッタルの言葉は止まる。

 

 どんなに誤魔化したってダメよ。だってあなた

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 楽しげに笑うフレイヤの目の前、恭しく主神を見つめるオッタルの顔は、主神に劣らず楽し気に歪んでいた。

 

 

 

 

 

 【ダンジョン10階層】

 

 「また...話せなかった...」

 

 焼き焦げた跡が残るダンジョンの一角にて、アイズは小さく呟いた。

 

 バベルの中にある、ゴブニュ・ファミリアの工房へと寄った帰り道。

 ギルド職員であるエイナ・チュールと出会い、担当している冒険者を助けて頂いてありがとうございます、とお礼をされて、彼女があのウサギのような冒険者の担当をしていることを知ったアイズ。

 彼とは幾度となく出会い、謝る機会はあった。なのに、いつも逃げられてしまったり、気を失っていたり、どうにも間が悪く、未だ謝れていない。

 ひょっとして彼に怖がられていて、避けられているのではないかとすら疑っていたアイズは、むしろ感謝していました、というエイナの言葉に救われた気持ちになった。

 さらにエイナの口から、彼が僅か一ヶ月ほどで10階層まで潜れるようになったということを聞き、初めて会った時はミノタウロスに怯えるだけだった彼が、急成長を遂げた秘密は何だろうか、それを知ることでさらなる成長を自身も望めるのではないかと、一度ゆっくりと話をしたい新たな理由も生まれた。

 

 そんな時、彼のサポーターとなった小人族が、何かしらの企みに巻き込まれていることを知ったエイナが、アイズへと手助けを求め、アイズはそれに答えた。

 だが、上手く行けば話の一つも出来るかもしれないと期待を胸に、10階層へと急いだアイズを待ち受けていた物は、激しい戦いが行われた跡だけ。草原を広範囲に焼き尽くした跡を見て、こんなことをできるのは、同じファミリアのリヴェリアを除けば、灰位の物だと考える。

 彼の先輩である灰がすでに彼を助けていて、事は終わってしまったのだと理解したアイズは肩を落とし、落ち込んだ。

 

 「どうしていつもこうなのかな...」

 

 エイナとの会話によって、彼との会話を楽しみにしていた分、その悲しみもまた深いものになってしまった。

 人形のような、いっそ作り物めいた物すら感じる美しい顔に、悲しみを滲ませて落ち込むアイズ。

 その美しい外見とは裏腹に、行動はまるっきりいじけてしまった子どものようだった。

 それこそ、ここがダンジョンで無ければ、蹴り飛ばす為の石ころでも探している子どもと見間違えられてしまう様に、下を向いていたアイズだが、その視界の端に光るものを認め、それに注視する。

 

 「これは...?」

 

 ダンジョンの地面に落ちていた、激しい戦闘に巻き込まれなかった幸運な緑玉石のプロテクターを拾ったアイズは、一人首を傾げた。

 

 

 

 

 

 【ソーマ・ファミリア 拠点】

 

 ソーマ・ファミリアのホームにて怒号が響く。

 声の主はザニス・ルストラ。

 

 ソーマ・ファミリアの団長であり、主神(ソーマ)が興味を示さない為ファミリアの経営を一任されている男だ。

 尤も、ソーマに経営を任されていることを良い事に、上納金の一部を懐に入れる、【神酒(ソーマ)】を餌に団員に犯罪をさせる、など私利私欲を満たしており、ソーマ・ファミリアの悪評の殆どの責任はこの男にあると言っていいだろう。

 当然、ザニスにすり寄り、甘い汁を啜っている団員以外からの評判は悪い。それでも、ソーマが酒造り以外に興味を示さない事と、LV.2というオラリオの冒険者の中でも上澄みに位置する強さで、自身に異を唱える団員を排除し続け、自身の地位を守っていた。

 

 確かに、団長という地位と、LV.2という力、どちらも強大な物であり、逆らうことは難しいだろう。...あくまでソーマ・ファミリアの中ではだが。

 

 例えば、オラリオ最大派閥の片割れロキ・ファミリアの幹部陣とは比べるまでもない。

 例え二軍、いや三軍と呼ばれるような名の売れていない団員であったとしても、ザニスよりも強い者は大派閥、中派閥になれば幾らでも居るだろう。

 だからこそ、団員達をコントロールし、他のファミリアとの小競り合いが起きればその団員を切り捨て、大事になることを避け続けてきた。

 

 自身の欲を満たすのに危険を他者に押し付け、冒険なんて危険な行動からは距離を置く。

 これまでも、そしてこれからも、逆らえない団員と無関心な主神をうまく使い、賢く生きていくのだと、笑っていられたのはソーマ・ファミリアのホームに送り付けられた三人の首を見るまでだった。

 

 一体どれだけの苦痛を味わえば、これほどまでに人の表情というものは歪むのか。

 死体程度で揺らぐ繊細さなんてものを持ち合わせていないだろう自身の取り巻き達ですら、思わず目を背け、中には堪え切れず吐きだす者もいる。

 

 「間違いない。ヘスティア・ファミリアからの【贈り物(ギフト)】だ...」

 

 「なっ、こいつらについて何か知っているのか!」

 

 ガタガタと体を震わせながら、一人の団員が呟く。

 部屋にいた全員の視線がその男に突き刺さる。

 怯えながら男が語った事には、送り付けられた首の持ち主、カヌゥとその取り巻きは、小人族のサポーターが金をため込んでいると聞いて、ダンジョンの中で嵌める計画を立てていたらしい。

 その後ダンジョンで何があったのかは分からないが、間違いなくヘスティア・ファミリアの怒りを買ったのは確かだろう。

 

 「ヘスティア・ファミリアと揉めたってのか」

 

 声が震えなかったのは奇跡に近い。

 それでも、怯えを隠し切れない言葉だった。

 

 ヘスティア・ファミリア。

 僅か五人、片手で足りるだけの人数しか眷族がいないファミリアである。にも拘らず、最恐と恐れられている理由の一つに、ギフトと呼ばれる警告方法がある。

 とあるファミリアに属する人物とヘスティア・ファミリアが揉めた後、そのファミリアの拠点へと揉めた人物の首が送られてきたのだ。

 それだけなら、質の悪い挑発と取れるだろう。

 だが、この【贈り物】が恐れられた理由は、送られてきたのを見たのが誰もいないことと、何があろうと必ず送り届けられるという点だ。

 

 曰くある闇派閥が刺客を送り込んだ。

 当然、その刺客は失敗したが、首は厳重に隠されていたはずのアジトの最奥部に、いつの間にか置かれていた。

 

 曰くある悪徳商人が、暗殺者に依頼をした。

 当然、その暗殺者は失敗したが、首は暗殺者と直接会ったこともないはずの商人の元へと届けられた。

 

 曰くあるオラリオ外の国が、ちょっかいをかけた。

 当然、何もできず送り込まれた人材は殺されたが、首はその日のうちにオラリオから遠いその国の玉座の上に鎮座していた。

 曰く、曰く...

 

 【贈り物】とは、ヘスティア・ファミリアからのお前のことを知っている、お前を殺すのはたやすいという脅しだと、裏の世界で囁かれる様になるのにそれほど時間はかからなかった。

 

 【贈り物】を受け取った相手に出来ることは二つ。

 ヘスティア・ファミリアから手を引き何も無かった事にするか、警告を無視して全滅するか。

 

 「ど、どうするんだ」

 

 縋りつくようにザニスへと、怯えた団員達がどうするのか尋ねる。

 

 「どうするも、こうするも。ヘスティア・ファミリアと揉めたのはあいつらだ。ソーマ・ファミリアは関係ねえ」

 

 吐き捨てる様にザニスが知った事じゃないと切り捨てる。

 ともすれば、団員を切り捨てたとすらとられかねない決断。

 だが、その決断を聞いた周囲の団員は露骨に安心している。

 

 その様子を見ながら、ザニスは考える。

 小人族のサポーター。

 十中八九リリルカ・アーデのことだろう。

 あいつの魔法はとてつもない価値があった。だが、

 

 死ぬのなら自分達だけで死にやがれ!!

 

 心の中で絶叫し、頭と運の悪い(死んだ)団員のことを忘れる。




どうも皆さま

雪かきで腕が痛い...私です

前書きにも書いたのですが年末の連続投稿と、皆様へ新年の挨拶をしたい気持ちがせめぎあった結果が、この微妙な量の文章と、微妙な時間の投稿です

今年も私とこの小説をどうぞよろしくお願いします

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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冒険の話
思いがけない言の葉


予想

未来、未だ至らないそれを考える事

ただ考えるだけでなく経験を積み、より広い物事を知ることで
正確な予想を行うことが出来るようになる

だが、予想が正確になればなるほど僅かなずれが大きな違いへと至る
大きなものが壊れるとき、始まりは些細なものであるという言葉は
これにも当てはまるらしい


 

 

 「ごめんなさいベル様。しばらくダンジョンには潜れません」

 

 色々あって、リリとサポーター契約を結びなおした翌日。

 うん...まあ、昨日は色々あった、本当にいろいろあった。

 けど、リリとパーティを組むことが出来たのだから、

 今日からまたダンジョンに潜って沢山稼ぐぞ!

 という僕の意気込みは第一歩からつまずいた。

 

 頭を下げるリリに、頭を上げるよう言いながら事情を聴けば、リリは自分が死んでしまったことにしたいそうだ。

 リリの所属しているファミリア、ソーマ・ファミリアはというのは、ヘスティア・ファミリアとはまた違う方向性で問題の多いファミリアで、何をするにしてもお金のかかるファミリア、はっきりと言ってしまえば金の亡者が集うファミリアらしい。

 

 お金は大事だが、ソーマ・ファミリアのそれは常軌を逸しており、ついて行けないと思ったリリはファミリアを抜けようと決意した。

 しかしながら、ファミリアを抜ける為には【改宗(コンバーション)】する必要がある、【改宗】する為にはファミリアの主神の同意が必要で、その同意を求める為には主神と関りを持っている団長の同意が必要で、その団長の同意を得るためにお金が必要だったらしい。

 

 幾ら気持ちでヘスティア・ファミリアの一員となっても、【改宗】しない限りリリはソーマ・ファミリアの一員であり続ける。

 しかし、団長の同意を得るためのお金というのは、リリや僕では支払うのが難しい額だ。

 灰さん達が力づくで...という選択肢もあるにはあるのだが、それはリリが断固として拒否した。

 傍から見れば愚かな選択かもしれないが、僕がリリに武器を盗まれてもリリを見捨てれなかったのと同じで、リリには譲れない何かがあるのだろう。

 リリを見捨てないという意志を貫いた僕には、リリの選択を否定することはできない。

 

 しかし、ソーマ・ファミリアのリリルカ・アーデであることが、僕の足を引っ張らないかと心配していたリリは、冒険者が引き起こそうとした【怪物進呈(パス・パレード)】を利用することにした。

 リリが僕からナイフを盗み、その後僕が駆け付けるまでの間に、リリは同じファミリアの冒険者に脅され、持っていたアイテムを奪われた上に、【怪物進呈】するために連れてきたキラーアントから逃げる為の囮にされてしまったそうだ。

 しかしながらその冒険者達は自分で連れてきたモンスターから逃げきれず、囲まれて死んでしまった...()()()()()()()()()()()()

 

 流石の僕でも、その冒険者達に持っていかれたはずのリリのアイテムを狩人さんがリリに返していれば、リリをモンスターの群れの中に置き去りにした冒険者達に何があったのか想像はつく。

 そしてオラリオに流れる噂の数々を知っていれば、灰さん達がとある冒険者達の情報を集めていたという話を聞いた後に、その冒険者達がダンジョンの中で死んで、死体はモンスターに食べられてしまったのでありません、なんて話をそのまま受け取る人はいないだろう、僕でも信じられない。

 ましてやギルドの職員、特に情報を提供したエイナさんからすれば怪しい(灰色)を通り越して間違いなく殺った(真っ黒)と断言できる。しかしその冒険者達は【怪物進呈】に失敗して死んだとギルドは処理した。

 うん...これ以上考えるとギルドの闇を覗きそうなのでやめておこう。

 とりあえず僕に言えることは、冒険者というのは引き際が肝心ということだ。

 

 閑話休題(とても怖い)

 冒険者が死ぬような規模の【怪物進呈】が行われようとした、という事実に乗じて【怪物進呈】に巻き込まれてリリルカ・アーデは死んでしまったということにして、ソーマ・ファミリアとの縁を一時的に切り、お金がたまったら改めて縁を切る、というのがリリの計画だ。

 ファミリアの主神なら、団員が死んでいるか生きているかぐらい分かるのでは?と思ったが、そのことを尋ねた途端死んだ魚のような目になったリリ曰く「ソーマ様は未来永劫眷族のことに興味なんて持ちませんよ」とのことだ。...どうしてギルドの闇から目を逸らした先にファミリアの闇が待ち構えているのだろう。

 

 とにかく、リリが死んだという噂が流れた上で、リリの【姿を変える魔法(シンダー・エラ)】を使い姿を変えれば、誰もリリのことをソーマ・ファミリアのリリルカ・アーデだとは思わないとのことだ。確かに僕も小人族のリリと会っていたけれど、動かぬ証拠として頭に生えた犬耳を見せられて別人だと思ったし、上手く行く気がした。

 その為にも、これまで寝床としていた宿屋など、生活していた地域から離れ、新たな生活拠点を作る必要がある。

 寝床が必要ならファミリアのホーム(【廃教会】)はどうだろうと勧めたら、「【廃教会(ヘスティアファミリアの拠点)】なんて注目の的じゃないですか!」と怒られてしまった。そりゃそうだ。

 新しい生活の準備はある程度できていますから大丈夫です、と言って立ち去ったリリを見送り僕は考える。

 

 僕に出来ることは何だろうか。

 

 リリは新しい生活の準備を、しっかりとしていたようだ。

 少なくとも、世間知らずのお上りさんと言われてしまっている僕が手助けできることは無い。

 ならパーティを組む組み続けることをエイナさんに言っておいて、何かするべきことがあるか聞いておくべきだろう。そうしておけばリリの準備が終わった後、同じパーティとして活動するのに都合がいいはずだ。

 ...エイナさんかぁ。

 

 正直、今の僕はエイナさんに会いたくない。

 今回のことでエイナさんに思う所があるわけではない、むしろ反対だ。僕がエイナさんに負い目を感じているのだ。

 10階層での激しい戦闘、そしてリリを探して9階層を駆け回り、キラーアント相手に大立ち回りした、そのどこかでエイナさんからの贈り物であるプロテクターを落としてしまったのだ。

 ダンジョンから帰ってきたときにそのことに気が付き、エイナさんに謝り倒したのだが、むしろエイナさんは「私の贈り物が、ベル君の身代わりになったと考えれば嬉しいわ」と怒ることすら無かったのだが、贈り物を落としてしまうなんて...。

 

 どうにかダンジョンの中を探そうとも思ったのだが、灰さん達からは「ダンジョンで落としたものなんて、とっくの昔にモンスターとの戦闘に巻き込まれて壊れたか、他の冒険者に持っていかれているだろう」と言われ、リリからも「本気でダンジョンで落とした装備が帰ってくると思っているのですか?リリが盗んだ装備が帰ってきたのでも奇跡と言ってもいいんですよ」と呆れたような視線を向けられてしまった。

 

 気は進まないが、エイナさんが気にして居ないのに、いつまでも僕が気にしていても仕方がない。

 覚悟を決めて、ギルドへと向かおう。

 

 

 

 

 

 「すいませーん。ヘスティア・ファミリアのベル・クラネルですけど、エイナさんはいま...ヴァ!?」

 

 ギルドの中で、エイナさんを探す。

 今は来客の対応をしているらしく、応接用の机を示される。

 果たしてそこにはエイナさんと、僕に背を向けているお客さんが座っていた。

 

 僕の声に反応したのか、エイナさんがこちらを見る。

 そしてエイナさんの様子から、お客も自分の後ろに誰かが来たことに気が付いたようだ。

 後ろを振り返ると、美しい金髪から黄金色の瞳が覗き、形の良い口が僅かに形を変える。

 その人の顔を見た僕の口から、奇妙な声が漏れると同時に僕は逃げ出そうとし、他の冒険者にぶつかってしまった。僕がまごまごしている間に回り込んだお客さんと、エイナさんに挟まれ、逃げ道を封じられる。

 

 「急に逃げ出すなんて、何をしているのよ?」

 

 「えっ!いやっ!...あのっ!ええっと?ど、どうしてヴァレンシュタインさんがいるのでしょうか?」

 

 「ヴァレンシュタイン氏は君に用があるのですって」

 

 エイナさんに怒られるが、僕はお客さんがなぜギルドでエイナさんと話しているのかの方が気になって仕方が無かった。

 支離滅裂な言葉の果てにようやっと絞り出した疑問の答えはお客さん────アイズ・ヴァレンシュタインさんが僕に用があるというものだった。

 

ギルドの応接用の机。さっきまでエイナさんとアイズさんが座っていた机に、今度は僕とアイズさんが座る。

 ...正直目も合わせられない。

 こうして向かい合って座っているだけでも、ドキドキしてしまう。これまでのアイズさんとの記憶が頭の中をよぎる。

 ミノタウロスから助けてもらった時の、いっそ見惚れる様な美しい戦い方。

 【豊穣の女主人】で見かけた時の、どこか陰のある姿。

 僕が魔法を使いすぎた(マインドダウンした)時の、あのすが...(おっぱ...)うおおおおおお!?

 最後にアイズさんと会った時の記憶が頭の中に浮かびそうになり、必死にかき消す。何を考えているんだ僕は!?

 

 「ええっと、その何の御用でしょうか」

 

 「...これ、エイナさんに尋ねたら君のだって聞いたから」

 

 僕の頭の中に浮かんだ光景(おっぱ...)を誤魔化すために、アイズさんへと話しかける。...アイズさんへと話しかける!?僕今とんでもないことをしたのでは!?

 未だ混乱の収まらない僕の頭の中のことなんて知る由もないアイズさんは、プロテクターを机の上に出す。

 エイナさんから貰った僕のプロテクター!?

 思わず手に取り確かめる。間違いない僕のプロテクターだ。

 

 お礼を言いながら、どうして貴女が...と尋ねるとアイズさんは事情を話してくれた。

 僕がリリと初めて10階層に潜った日に、アイズさんがエイナさんと出会って話をしたこと。

 リリが何かしらのたくらみに巻き込まれていることを知って、エイナさんがアイズさんへと僕を助けてくれるようお願いしたこと。

 アイズさんが10階層へとたどり着いた時にはもうすべて終わっていたけれど、そこでプロテクターを見つけたこと。

 エイナさんへと報告をするついでに拾ったことも報告すると、それが僕に送った物だと答えたこと。

 

 「そうだったんですね。ありがとうございます!!」

 

 「...本当はもっと早く謝ろうと思っていたし」

 

 ダンジョンの中で無くしてしまったからには、もう僕の元に戻ってくることは無いだろう、と灰さん達やリリに言われていたから半分諦めていたから、とても嬉しい。

 喜びに満ちている僕にアイズさんは首を振ると、酷く落ち込んだ声でもっと早く謝ろうとしていたと口にする。

 

 「...謝る?」

 

 「そう。君が弱虫とか言われた原因は私たちが逃がしたミノタウロスだから。だから...ごめんなさい」

 

 立ち上がり頭を下げようとするアイズさんの言葉を聞いた僕は、ほとんど無意識のうちに反論していた。

 

 「違います!!あれは僕が覚悟していなかったのが悪くて!!というかヴァレンシュタインさんは僕の命の恩人で!!だから謝るべきなのはろくにお礼もせずに逃げた僕の方で!!ごめんなさい!!!」

 

 同じ様に立ち上がり、勢いのままに頭の中に浮かんだ言葉を口にする。

 ミノタウロスとの戦いで無様を晒したのは、僕が冒険者としての心構えが出来ていなかったから。あの時アイズさんが助けてくれなければ、ダンジョンの染みになっていて。...あれ?そんな命の恩人相手に逃げ回って、お礼も言っていなかった僕って割と最低なのでは? 

 未だに助けられたお礼もしていないことに気が付き、勢い良く頭を下げる。

 

 ...返事は何もない。恐る恐る頭を上げると、アイズさんはびっくりしたように目を見開いていたが、少し笑うと「うん」とうなずいてくれた。

 

 

 

 

 

 

 アイズさんの謝罪を僕が受け入れ、僕の謝罪をアイズさんが受け入れてくれた後。

 僕達は机に座りなおす。少しの間アイズさんも僕も何も言わず、だが穏やかな空気が漂う。

 

 「ダンジョン探索頑張っているんだね。エイナさんに聞いたよ、10階層まで潜ったんだって?...冒険者になってまだそんなにたってないのに凄いね」

 

 「いえ...まだまだです。失敗ばかりで、灰さん達と比べれば素人と変わりないですし...も、目標にもまだまだ手が届かなくて...

 

 先に口を開いたのはアイズさん。

 僕が頑張っていると褒めてくれるが、僕の頑張りなんてまるで足りていない。強くなったと言っても、灰さん達から見れば誤差みたいなものに過ぎない。この間もミスをしてリリに助けられて...。僕のこれまでを振り返っていると、まったく成長できていないような気がしてきて落ち込みそう。

 

 「灰さん...火の無い灰が君を鍛えてくれているの?」

 

 「ええ...はい。灰さんだけじゃなくて、狩人さんや焚べる者さんや狼さんも。まあ...いつもぼこぼこにされているんですけどね」

 

 僕の言葉にアイズさんが疑問を投げかけてくる。

 いつも稽古は灰さんと焚べる者さんの部屋、広くて灰が降り積もったあの場所でしてもらっているが、誰に稽古をつけてもらうかでその内容は大きく変わる。...最後にはぼこぼこにされて終わるのは変わらないけれど。 

 強くはなっているはずなのに、まるで変わらない灰さん達との稽古を思っているとアイズさんがとんでもないことを言った。

 

 「じゃあ私とも稽古...する?」

 

 「え...?」




どうも皆さま

年末年始は投稿をお休みする予定だったはずが、むしろいつもより沢山投稿していた気がする...私です

お気に入り登録数が700を超えました
ありがとうございます

何も考えずに始めたこの小説が沢山の方に見ていただける様に成り、より一層精進していきたいと思います

全く関係の無い話になるのですが
前話で出てきた【贈り物】は
死んだあとぐらいはまともに扱われるべきだよねという善意7割
首を送り付ければ分かりやすい警告になるだろうという打算2割
死体の処理めんどくさいし相手に送り付ければいいかという手間省き1割で
構成されています

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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願ってもない訓練

訓練

困難に対処するための練習 稽古 特訓

幾ら訓練した所で実際にその物事に直面した時動けるとは限らない
真実それが身になるには経験こそが物を言うのだから

だが訓練なしに物事に直面するよりはましだろう
咄嗟の判断は経験こそが物を言うのだから



ヤマタク様、メントスの悪夢様、車椅子ニート(レモン)様誤字報告ありがとうございます


 

 歩く街並みは未だ霧に包まれている。

 夜に咲き誇る、或いは蠢く者らはようやく布団に安息を求め、昼に生きる者らは迫る布団との別れを惜しみながら微睡む、夜明け前。

 オラリオをぐるりと囲む外周市壁上に、二つの人影(僕とアイズさん)がいた。

 

 「...おはよう」

 

 「おはようございます」

 

 なぜこんな時間帯に、人目を避ける様にこの場所(外周市壁上)に僕達がいるのかを説明するには、少し時間を戻す必要がある。

 

 「え...えーっと、そのどうしてそうなったのか教えてくれますか?」

 

 「?...君は強くなりたいんだよね?私はオラリオでも指折りの冒険者だよ。私の訓練を受ければきっと強くなれる」

 

 アイズさんからの「訓練のお誘い(私と訓練する?)」を聞いて、固まった僕はとりあえず、どうしてそうなったのかをアイズさんに聞く。

 正直な話、アイズさんからのお誘いは嬉しい。

 別に灰さん達の稽古に不満があるわけじゃ...いやある、かなり不満がある。

 まあそのことは置いておくとしても、憧れの人からの特訓のお誘いだ、嬉しくない訳がない。

 だが、あまりにも唐突過ぎる。

 

 僕とアイズさんの会話のどこに、訓練に繋がる話があったのだろう。

 アイズさんが、灰さん達が僕に稽古をつけてくれていることを確認したと思ったら、訓練のお誘いである。訳が分からない。

 いやそもそも、他のファミリアの冒険者であるアイズさんから訓練を受けていいものだろうか。

 アイズさんのファミリア(ロキ・ファミリア)僕のファミリア(ヘスティア・ファミリア)は神様同士の仲が悪いし、団員同士の仲もいいとは言えない。

 ...ヘスティア・ファミリア(ウチ)と仲がいいファミリアがあるのかと言われたら、沈黙するしかないのだけれど。

 とにかく、そんな中僕がアイズさんから訓練を受けるのは、良い事ではないのではないだろうか。

 

 「どう思います?」

 

 アイズさんへと疑問に思ったことを聞く。

 まあ、僕でも思いつくようなことをアイズさんが気付かないはずもない。きっと何か考えがあるのだろう、という考えは、僕の言葉を聞いてプルプルと震えているアイズさんを見て打ち砕かれた。

 もしかして何にも考えてなかったんですか!?

 

 「...だったらバレなければいい」

 

 「えっ?」

 

 「ばれないようなところで訓練すればいい」

 

 どこか拗ねたような口調でアイズさんは言った。

 ...かくして僕は人目を忍ぶように──いや本当に忍んでいるのだが──夜明け前から、市壁の上でアイズさんと訓練することになったのだ。

 

 

 

 

 

 「...」

 

 「...?」

 

 「...あ、あのーヴァレンシュタインさん。何を「アイズ」えっ...?」

 

 「アイズでいい、みんなそう呼んでる。...代わりに私もベルと呼ぶ...いいよね?」

 

 「えっ?あっはい...」

 

 僕がアイズさんへと挨拶をし、アイズさんも僕に挨拶をする、がそこで会話は途切れる。

 どうしたものか。

 この沈黙を心地悪く感じているのは僕だけなのか、様子を窺えばアイズさんは不思議そうに僕を見つめている。

 意を決してかけた声は想定外の方向へと転がっていった。

 

 アイズさんから言われたとはいえ、アイズさんと名前で呼び合う仲になってしまった。

 いや頭の中ではずっとアイズさんと呼んでいるけれど、実際口にするのとは別の問題で...いや?アイズさんから言われたのだから問題は無いのか?

 これからどうするのか、というそもそもの問題は何も解決していないと気が付いたのは、アイズさんの言葉に押されて了承した後だった。

 

 「えっとーアイズさん?それで、どうしましょう」

 

 「...どうしよう」

 

 「えっ?」

 

 もう一度アイズさんに声をかける。

 しかし返って来たのは、「どうしたらいいと思う?」という言葉だった。

 

 「...昨日から考えてたけど、何をすればいいか思いつかなかった」

 

 「そ、そうですか...」

 

 なんというか、これまでアイズさんのことを、凛とした気品あふれる人だと思っていたけれど、結構...いや例え僕の思っていた通りの人じゃなかったとしても、冒険者としての大先輩なのだからあれこれ言うべきじゃないだろう。

 ましてや僕は訓練してもらっている身なのだから。

 

 「...とりあえずやって(戦って)みる?」

 

 僕の考えを知ってか知らずか、アイズさんは打ち込んでくるように言う。

 打ち込めと言われても、アイズさんは武器を抜いても居ないのに、そんな人に攻撃するなんて。

 僕は困ってしまうが、アイズさんは「...いつでもいいよ」と言ったきり、僕の方をずっと見つめている。

 なら、行くぞ!...あっ

 

 アイズさんに「お願いします」と一言声をかけて、打ち込む。

 5M(メドル)程の距離を詰める僕の目に映ったのは、僕の言葉に反応して「うん...」と頷いて僕から視線を切ったアイズさんだった。

 

 えっ...これ不味いんじゃないだろうか。

 そう簡単にアイズさんに僕の攻撃が当たるとも思えないが、よそ見をしている以上変な所に当たって怪我でもさせてしまうかもしれない。

 冷静に考えている僕の頭とは裏腹に、体は今更考える必要もないくらい染付いた動きを行う。

 アイズさんとの距離を詰め切り、ナイフを振りぬく。

 

 しかし僕の攻撃は、いつ抜いたのか見えもしなかったアイズさんの武器に受け止められた。

 

 「...うん、悪くない...もっと打ってきて」

 

 「ッ!!」

 

 確かに迷いながらの一撃だった。

 それでもまるで最初からどこに来るのかわかっていたかのように受け止め、更に助言をするアイズさんの姿に、僕は勘違いに気が付く。

 

 そうだ、この人はアイズ・ヴァレンシュタイン。

 【剣姫】の二つ名を持つオラリオ屈指の冒険者。

 まかり間違っても、僕のような新米が怪我をさせてしまうことなんてありえない。

 それだけの実力差がある。

 

 ...ならボクのすべてをぶつける。

 僕の持つすべてを駆使して、本来ならその戦いを見ることすら難しい雲の上にいる、この人に挑める幸運を最大限生かす。

 今一度覚悟を決め、アイズさんへと攻撃を仕掛ける。

 

 だが、攻撃を当てるどころかかすりもしない。

 

 「...攻撃が素直すぎる」

 

 最短に、最速で、最高の一撃を叩き込む。

 打ち込む前から見切られていたかのように、容易く防がれる。

 

 「...狙いを変えようと意識しすぎて遅い」

 

 僕が出来る最速の一撃が防がれるのなら、僅かでも隙を狙う。

 隙に付け込むことが出来ない...どころの話じゃない。

 牽制の為の一撃すら容易く避けられる。

 

 「...攻めなきゃ勝てないよ」

 

 打つ手がない。

 最速の一撃も、僕に出来る駆け引きもまるで歯が立たない。

 攻めあぐねる僕へと、アイズさんが撃ち込んでくる。

 

 速い。

 防御がまるで間に合わない。

 避けるなんて考えることもできない。追い込まれると解っていても、直撃を何とか防ぐので精一杯だ。

 

 違う。

 速いわけじゃない。

 僕の意識外。

 僕が意識していない、意識させないようにされた方向から、攻撃が来ているだけ。 

 

 重い。

 防御することが出来ない。

 ガードの上からでも撃ち込まれた衝撃で、体勢が崩されている。じわじわと体幹が失われているのを感じる。

 

 違う。

 重いわけじゃない。

 僕の防御外。

 僕が重心を動かした、動かされた時に、攻撃が来ているだけ。 

 

 どうしようもない。

 防いでいても、勝機はない。

 なら、無理やりにでも攻めに転じる。

 あえて攻撃を受けて、僅かに生まれた隙へと攻撃を差し込み...気が付けば手の中に感じていた重みが無くなり、目の前にアイズさんの武器が付きつけられていた。

 何が起きたのか。

 

 「こ、降参です」

 

 「うん...」

 

 僕の武器はどこかに行ってしまって、目の前にアイズさんの武器が付きつけられている。

 何をどう言い繕ったとしても、誤魔化すことの出来ない負けだった。

 負けを認めた僕の言葉にアイズさんが頷いた後、ナイフがカランと音を立てて落ちてきた。

 その音を聞いてようやく、僕の攻撃が弾かれ、その弾かれた衝撃でナイフが手から弾かれてしまったことを理解する。

 

 

 

 

 

 

 「...ちょっと借りていい?」

 

 「えっ、あっはい...どうぞ...」

 

 落ちたナイフを拾い様子を確かめる。

 流石はヘファイストスブランドの超高級品。歪んだ様子もない。

 僕がナイフの調子を確かめていると、アイズさんからナイフを貸してほしいと言われ渡す。

 

 「...こう?...こっち?...こうしたら?」

 

 僕からナイフを受け取ったアイズさんは...あれは何をしているのだろう。

 多分、構えを試している...のだと思う。

 だけど正直、奇妙な踊りを踊っているようにしか見えない。

 

 うすうす気が付いていたけれど、アイズさんて...結構天然?

 

 どこか気を抜いたことを考えている僕の背筋に、悪寒が走る。

 一体何が?なんて考えるより先に体が反応する。

 その場から飛びずさり、悪寒の原因から距離を取る。

 

 僕の視線の先には、僕がさっきまで立っていた所に突き刺さるように、ハイキックを放ったアイズさんがいた。

 

 「えっ?...えっ!いったい何を...」

 

 「うん...分かって来た。...ベルは痛いのに慣れてないんだね。それに臆病でもある」

 

 「そ、それは...」

 

 アイズさんの言葉になんと言えばいいのかわからず、言葉に詰まる。

 

 痛いのは怖い。

 灰さん達は痛みなんてそのうち慣れる、なんて言っていたけれど、痛いものは痛い。

 だけど、そうやって痛みに怯えているから、強くなれないんじゃないか。

 痛みに怯えていては先に行っている人たちに追いつけないんじゃないか。

 痛みに怯える僕は臆病なんじゃないか。

 幾度も悩んだ、幾度悩んでも答えは出なかった。

 

 「...悪く言ったつもりはなかったんだよ...臆病なことは悪い事じゃない...危険に気が付けるから」

 

 「そう...でしょうか...」

 

 「うん...私の攻撃に気が付いたよね...それも臆病だから気が付けた」

 

 少なくとも気を抜いているLV.1じゃ対応できないような攻撃だったよ、とアイズさんは続ける。

 

 「だけど...防ぐことも、避けることも、上手じゃない...防御が苦手なんだね」

 

 「それは...そうです」

 

 防御が苦手。

 アイズさんに言われて、うすうす気が付いていた弱点を直視する。

 

 僕の戦闘技術は灰さん達との訓練で教わった物だ。

 灰さん達の攻撃は恐ろしい、強力なものだ。

 とてもじゃないが僕では防ぐことはできない。

 だから避けてからの攻撃を心掛けていた、だけど...

 

 「うん...その選択は間違っていない...だけど防御が疎かになっている...」

 

 その結果、戦闘中攻撃ばかりに意識が行っているようになった。

 防御が出来ない訳じゃない。

 だけど、防御を意識すると動きがぎくしゃくする。攻撃をする時ほど体を滑らかに動かすことが出来ない。

 

 「だから...攻撃を防がれると出来ることが無くなる」

 

 さっきのアイズさんとの戦いもそうだ。

 攻撃を防がれ、避けられ、打つ手が無くなった。

 そこに来たアイズさんの攻撃に焦り、視界が狭くなった。

 

 終わった今だからわかる。

 あの時僕が作ったと思ったの隙は誘い。

 僕はまんまと作られた隙に誘われて打ち込み、弾かれた。

 

 「落ち込まないで...弱点が分かっているのなら直せばいい...ベルはもっと強くなれる」

 

 「はい」

 

 「私にできるのは体に教え込むことだけ...つらいよ。それでも諦めないでね?」

 

 「ッはい!!」

 

 アイズさんの言葉に気を取りなす。

 弱気になっている暇はない。もっと強くなるためには、憧れ(アイズさん)に追いつくためには、弱い所を直視した位でへこんでいる暇はない。

 力強く返事をした僕に僅かに微笑みアイズさんは言う。

 

 「じゃあこの訓練が終わるまでの間ひたすら打ち込むから...頑張って防いでね」

 

 ...マジですか。

 

 

 

 

 

SIDE アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 アイズ・ヴァレンシュタインにとってウサギのような彼、ベル・クラネルはとても気になる存在だ。

 

 最初は、自分達がした失敗の被害者に対する罪悪感だったはずだ。

 ダンジョン上層でモンスターを相手にしている、それも冒険者になってすぐの新米。

 到底勝てる訳もない強敵(ミノタウロス)と戦わさせられてしまった、不運な冒険者。

 それが、(ベル・クラネル)への認識だった。

 

 だが、遠征の打ち上げから抜け出し向かったダンジョン。

 その入り口で火の無い灰とミラのルカティエル(絶望を焚べる者)に背負われた彼を見た時。

 彼が、あのヘスティア・ファミリアの新入りだと知った時から好奇心がそこに加わった。

 

 あのヘスティア・ファミリアの冒険者が、あの火の無い灰達が、先輩として世話を焼こうとする。

 一体どんな出来事があればそうなるのか。

 一体どんな人なら彼等(灰達)と同じファミリアに所属して居られるのか。

 間違いなくこれまで自身が出会った事の無いタイプの人間だ。

 

 次に関わったのは彼の担当アドバイザー、エイナさんと出会った時。

 彼が10階層へと潜っていると聞いて感じたのは何だろうか。

 ミノタウロスに怯え、何もできなかった無力な冒険者はいなかった。

 無力さに打ちのめされることなく、恐怖を乗り越え成長した冒険者がいた。

 

 なんだか悔しかった。

 だから灰達の教えを受けた彼へと、訓練を施すことにした。

 

 

 

 

 

 灰達による訓練と聞いて私の頭によぎったのは「灰達にそんなことできるの?」という疑問だった。

 多分ロキ・ファミリアの...ううんオラリオの誰に聞いても同じ感想が帰ってくる。

 そんな当たり前の疑問は、ベル(ちゃんと名前で呼んでいいか聞いた)の攻撃を受けたことで解消され、そして深まった。

 

 ベルの一撃。

 私がベルから視線をそらした一瞬を見逃さず放たれた、その一撃は到底LV.1の冒険者が放てるものでは無かった。

 LV.2...いや攻撃の鋭さだけならLV.3にすら届きかねない凄まじい一撃。

 これをLV.1の、それも冒険者になって一ヶ月とちょっとしか経っていない新米が放つ、ティオナ達に言ったのなら下手な冗談だと思われるだろう...受けた私ですら嘘だと思うような出来事だった。

 

 納得する。

 ベルは間違いなく灰達の後輩だ。

 灰達の教えを受けたのなら、こんな新米が生まれるのだろう。

 灰達の教えを受けられる新米なら、これだけ強くなれるのだろう。

 

 納得できない。

 ベルの成長は歪だ。

 攻撃、それも隙や弱点を見つけることに関しては、LV.3冒険者にすら肉薄できる。

 その反面。防御は非常に下手だ。

 

 いや下手というのは間違い。

 経験(LV.1)相応というべきか。

 むしろたった一ヶ月とちょっとで、これだけ【守り】が出来れば上出来だろう。

 

 上出来だった。

 ベルがダンジョンを進む速度を考慮しなければ。

 攻撃面ばかり成長し、防御面がついて行けていないのは新米にはよくあることだ。

 だがこのままダンジョンを進み続けるのならば、モンスターの生まれる速度に倒す速度が間に合わない。或いはベルの一撃でもモンスターを倒しきれないようになるだろう。

 

 その時何が起きるのかは、容易に想像できる。

 

 (...そんなのは駄目)

 

 モンスターに群がられ、或いは強大なモンスターに叩き潰されてしまうベルを想像し、酷く嫌な気分になる。

 

 (だから...厳しくいく)

 

 想像できる未来を回避する為に、ベルには今よりもっと強くなってもらう。

 ベルは攻撃と防御の両方を同時にこなすのが苦手なだけで、危険に対する嗅覚はむしろ普通の人より鋭い。

 なら守りの経験を積めばすぐ上達するだろう。

 

 明確な受けが弱いという弱点を克服できれば、ベルは更なる高みへと至ることが出来る。

 それこそが自分の出来る贖罪だと信じて、私はベルへと武器を振るう。

 

 

 




どうも皆さま

ブラボの癖で追い込まれると×連打してしまう私です

これまでのベル君をフロムで例えるのなら
序盤で最大強化された武器を貰ったのでいかに不意を衝くかに特化した戦い方をするようになりました
最初に獣狩りの斧を選んだが為に銃パリィを習得するのに時間がかかった狩人は多いと聞きます
つまりはそういうことです

最後に灰より一言
「ぶっちゃけベルの成長速度は俺らも想定外」

それではお疲れさまでしたありがとうございました




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特訓の成果

成果

結果 収穫

どんなことにも成果はある
例え何も得ていないとしても
例え持っていたものすら失ったとしても

そこから何を得るかは自分次第だ
最もどんな成果を得るかも自分次第だが


 世界が暗い。

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 

 何があった?

 何が起きた?

 いや、僕は何をしていた?

 

 何があったかを思い出そうとする。

 そうだ、アイズさんとの特訓を終えた僕が廃教会(ホーム)に戻ると、灰さん達とリリがいたんだ。

 リリは自分が死んだことにする為の準備をしていて、灰さん達はその手伝い...というかリリの警護──灰さんはリリを餌にしてちょっかいを出そうとする人をつり出すと言っていた──をしていたから、こうして顔を合わせるのは久しぶりだった。

 

 リリの方は何も起きなかったのかとか、僕の方はダンジョンの上層に軽く潜って来た所だとか、色々と話していると、灰さんが突然「ベル、今から手合わせをしてやろう」と言った。

 唐突でビックリしたけれど、アイズさんとの特訓の成果を試す絶好のチャンスだ。

 僕は灰さんの誘いに頷き、それから...どうしたんだっけ?

 僕だその後のことを思い出そうとしていると、灰さんの声が聞こえてきた。

 

 「...返事がないな...死んだか?」

 

 「...勝手に、ゴホッ...殺さないでください」

 

 「おお、生きてたか。今回復してやろう」

 

 あんまりな言葉に思わず叫ぶ、いや叫んだつもりだった。

 しかしながら、僕の口から出たのは、掠れた弱々しい声。

 灰さんは、僕が意識を取り戻したのに気が付くと、祈るように何処からか取り出したタリスマンを握り、【大回復】を発動する。

 周囲が光で満たされ、体が軽くなる、暗かった視界がはっきりとする。

 

 「うわっ...あんなに重かった体が一瞬で軽くなりましたよ...」

 

 「そうか、よかったな。じゃあ、次は私相手に戦闘訓練だ」

 

 僕の隣からリリの声が聞こえる。

 見ればリリが自分の体を見ながら、ドン引きしたような顔をしていた。

 うん気持ちは分かる。

 灰さんはちょっと祈っただけで、長い詠唱をしたわけでもないのに、ポーションよりずっと早く、たくさん回復するんだから、そんな顔にもなるよね。

 

 引きつった顔で灰さんを見ていたリリは、後ろから狩人さんに声をかけられたことで、その顔をもっと引きつらせる。

 でもそれは一瞬だけで、すぐに「じょ、上等ですよ!今日の恨み100倍返しです!!」と、意気込んでいた。

 これから何が起きるかは大体察せるけど、何もできない弱い僕を許してほしい。

 

 「おチビのことを気にしている場合じゃないぞ。ベル、お前もさっきの反省をするぞ」

 

 狩人さんに連れていかれるリリを見送っていると灰さんに「することがあるだろう?」と怒られてしまう。

 反省かぁ...さっきの灰さんとの手合わせはかなり上手く行った...と思う。

 灰さんの魔法にもうまく対応できたし、距離を詰めてすぐ一撃を狙いに行くんじゃなくて、まずは体勢を崩しに行くのも上手く行った。

 ただ最後がなぁ...

 

 「さっきのはなかなか上手く行っていたな。だが、最後は褒められんな」

 

 僕の考えを読んだかのように灰さんは評価する。

 うう...最後の最後。体勢を崩した灰さんへと一撃を入れようとした時に警戒を怠り、灰さんの魔法を受けてしまいそのままひっくり返されてしまった。

 もちろん灰さんが手加減をしていたのは分かっているけれど、これまでで一番惜しい所まで行った戦闘だった。

 だからこそ小さなミスでひっくり返されてしまったのが悔しい。

 灰さんも僕の悔しさを感じ取っているのか、細かい所まで評価してくれる。

 

 「...しかし随分と強くなったな...【剣姫】との訓練は楽しかったか?」

 

 「はい、丁寧に教えてくれて...あっ!!」

 

 戦いの評価を総括した灰さんが何気なく言った言葉に答えてから思わず口を押えるが、言葉は戻らない。

 

 「...知ってたんですか?」

 

 「いや、推測しただけだ

 お前の構えが前より僅かに下がっていた。

 俺達より背の低い奴を相手にしていただろう?だが小人族(パルゥム)やドワーフのような極端に背が低い種族でもないな。

 お前の戦い方が手数重視になっていた。

 俺の様に防御を重視したタンクでは無く、狩人の様に身軽な奴を捕まえる為の戦い方だ。

 後はそうだな...お前に訓練してやれる奴となれば、LV.3以上の冒険者になるだろう。

 そこらへんから、お前相手に訓練をするような奴を探していけば、おのずと答えは出るさ」

 

 「...そうなんですね。...やっぱりこれって「と、言うのは嘘だ」えっ...?」

 

 何を言われたのか理解できず呆然とする僕を見て、ケタケタと楽しそうに灰さんは笑う。

 

 「さっき言ったのは全部嘘だ。俺が【剣姫】の名前を挙げたのはあてずっぽうだよ」

 

 ...つまりは、灰さんは鎌をかけ、僕は見事にそれに引っかかったということらしい。

 思わず頭を抱える。

 いや、そういうことする人だと知っていたけれど、まさかこんな時にするとは思わなかった。

 

 「...えっと、それで訓練のことなんですが...やっぱり不味いですよね?」

 

 軽く頭を振って気分を変える。

 今気にするべきは灰さんの為人じゃなくて、アイズさんとの訓練についてだ。

 自分のファミリア(ヘスティア・ファミリア)以外の人、それも高名な冒険者であるアイズさんとの訓練。

 どう考えても他の人たちに知られれば、厄介なことになるに違いが無い。

 

 「いや?別にそんな気にする必要はないだろ?

 ギルドがファミリア外の冒険者と訓練するなと定めているわけじゃない。

 訓練している時間が時間だけに近所迷惑かもしれないが、外周市壁の上だろ?そんなとこに住んでる奴はいない。

 ロキ・ファミリアの奴らは気にするかもしれんが、それはロキ・ファミリアの問題だ。少なくともお前が気にすることじゃないな」

 

 しかし僕から訓練をすることになった経緯を聞いた灰さんは、「別にお前悪いことしてないだろ」と僕の考えを否定する。

 確かに、灰さんの言葉もその通りと言えばその通りではある。...少なくとも灰さんの「俺等のいつもの行いと比べれば、お前に落ち度はないだろう」という言葉に頷くことはできる。

 というか、いつもの()()自分に落ち度があるの分かってたんですね。

 

 「けど...」

 

 「けども、だけどももない。

 【剣姫】がお前に目をかけている、それだけの話だ。

 どうしても【剣姫】に迷惑がかかることが気になるのなら

 強くなれベル。

 それが【剣姫】が受けるだろう苦労にお前が報いる唯一の方法だ」

 

 それでももやもやする物を抱えた僕の言葉を灰さんが一刀両断する。

 ヘルムの奥から僕を見つめる灰さんの瞳は酷く鋭い、だが温かな光で僕を照らしていた。

 

 強くなる。

 

 僕が【怪物祭】の後心に決めたように、僕を支えてくれる人たちの為にも強くなる。

 その支えてくれる人達の中にアイズさんを含めて、支えてくれている人達に恥じないように頑張る、それでいいのだろうか。

 僕の疑問に答える様に「お前が何か背負い込むなんて早すぎんだよ」と灰さんに小突かれる。

 

 「そんなことより...ほら、さっさと着替えてこい。飯にするぞ。飯を食うのも、体を休めるのも、訓練するのと同じくらい強くなるには大切だからな」

 

 「...はい!」

 

 灰さんの火球を受けたことや、灰だらけ...というか灰しかない灰さんの部屋で倒れたこともあって、僕の服はかなり汚れている。

 強くなると決めた。なら、灰さんの言う通りたくさん食べて、沢山休もう。

 着替える為に僕は急いで自分の部屋に向かった。

 

 

 

 

 

SIDE 火の無い灰

 

 最近ベルの様子がおかしい。

 ...とまで言えば、リリルカ・アーデ、あの新入りの小人族に「おかしいのは灰様の頭の方ではありませんか?」と言われるだろう。

 幼いころから裏の世界で一人で生きてきた──まあ、俺らからすれば入口も入り口、薄暗がりでおっかなびっくり暮らしていただけだが──だけはあって、なかなかにイイ性格をしている。

 先輩への敬意が足りない、なんて思う奴もいるかもしれないが。

 あれこれ隠し事をするくらいなら、いっそ率直な方が俺としては好感が持てる。

 

 閑話休題

 まあ実のところ、ベルが朝早くというより夜明け前にどこかへと出かけ、ダンジョンに潜ったわけでもないだろうに、ぼろぼろになって帰ってくる理由は大体察しはついている。

 とは言え、あくまで察しでありそこに確信を抱くまでは至らなかった...がベルへの稽古によって確信へと変わる。

 

 

 

 

 

 

 「準備は良いか?じゃあ...頑張れよ!」

 

 一面の灰景色(俺の部屋)でベルと向かい合う。

 俺とベルとの間は5M(メドル)程。その間に落ちる様に火球を投げ、更に投げた火球に隠れる様に小さい火球をばら撒く。

 無論ロスリックを旅していた頃や、この間10階層でオーク相手に使った物より手加減してある。とは言っても、直撃すれば意識を刈り取る位の威力はある。

 さて、ベルはどうする?

 

 初回は火球にビビり、逃げ回っているうちにスタミナが切れ、火球が直撃した。

 その次は最初の火球をナイフで弾いた所まではよかったが、後ろに隠れていた小さい火球を捌き切れなかった。

 武器を軽く構え、ベルの出方を窺う。

 

 「ファイアボルト!!」

 

 ベルの指先から炎が放たれる。  

 俺の放った火球とぶつかり、爆発が起きる。

 ...呪術に魔法で対応か?

 狙いは悪くないが、俺のFPが切れるよりも、ベルがマインドダウンを起こす方が早いだろう。

 何より俺がばら撒いた小さな火球はまだ健在だ、このままでは小さい火球を捌き切れなかった、さっきの二の舞だぞ?

 

 「ッ!!」

 

 ほー。なかなかやるじゃないか。

 俺の火球とベルの魔法がぶつかり、生まれた煙からベルが飛び出してくる。

 ベルの奴、火球を相殺した後、俺がばら撒いた小さい火球の下を滑り込むようにして走り抜けたな。

 おまけに小さい火球が起こした爆風を背に受けることで、更なる加速をした。

 ...とは言え、いつまでも面白がっていられない。

 火球が攻略されたことで、俺とベルとの間の距離を詰める妨害はもうない。

 

 ヘスティア・ナイフ(ヘスティアの名前を冠したナイフ)を振るい、俺へと攻撃を仕掛ける。

 ...だが、その攻撃にこの一撃で倒すという重みも、鋭さもない。容易く弾ける軽いものばかり。

 代わりに狼を相手にしている時のような、じわじわと体の芯から揺るがされるような感覚がある。

 

 ふーん?

 少し見ない間に、随分と小細工に頼るようになったじゃないか。

 渾身の一撃から軽い一撃に変わったことで、打ち払おうと思えば幾らでも打ち払えるが...可愛い後輩の成長だ。

 しばらくベルの小細工に付き合ってやるのも悪くない。

 

 弾く、防ぐ、受ける、避ける、弾く、受ける、避ける。

 ...と言えばベルの攻撃を防ぎきっているように聞こえるだろうが、実際には手数の多さから少なくない被弾をしている。

 これは仕方がない。俺が今担いでいるのは黒騎士の剣だ。

 武器の性質の違いはいかんともしがたい。

 

 考えなしの(スタミナ)が続く限りのラッシュ。

 一見これまでのベルと同じ様に、ひたすら攻撃し続けているようにも見えるが、細かい所でフェイントや休憩をはさみ、体力の消耗を抑えている。

 これまでも時々こういう小細工はしてきたのだが、その練度が違う。

 

 これまでは、小細工を意識しすぎてむしろ隙を増やしていたというのに、知らん間に随分と上手くなっている。

 そんなことを考えていると、俺の意志に反してガクンと膝が崩れる。

 思えば、俺達(不死者)は幾らダメージを受けようと、致命傷を受けるまで元気に動きまわる。

 だが、幾ら不死者と言えど、肉体を支えているのは二本の足だ。

 ならば、体幹を崩す狼の戦闘技術は、不死者との相性がバツグンにいいのかもしれない。

 

 呑気なことを考えている俺へと、絶好のチャンスをものにする為ベルが突っ込んでくる。

 体力の関係上、戦闘が長くなればベルは不利だ、だからこそ此処で決めるつもりだろうが...少し甘いぞ?

 俺がヘルムの下でほくそ笑んだのを感じたか、ベルは踏み込んだ足で後ろに下がろうとするが、遅い。

 ベルの足元から巨大な火柱が吹きあがる。

 

 【炎の嵐】

 イザリスの魔女の一人、クラーナの伝えた原初の呪術のひとつ。

 本来なら、複数の火柱を吹き上げさせる呪術だが、今回は手加減で一本だけだ。

 

 少し大人げないかもしれんが、しっかりと警戒していれば、俺が攻撃を受けながらも呪術を使ったことも、自分の足元の違和感にも気が付けたはずだ。

 チャンスに警戒を緩めた。まだまだ経験が足りてないな。

 なーんて終わったふうに思っていたが、吹き飛ばされたベルは、空中で何とか体勢を変え着地しようとしている。

 吹き飛ばされる瞬間の、咄嗟の防御が間に合っていたのか。

 

 ベルは守りが弱い。これは事実だ。

 いや、新米にしては十分すぎるだけの防御技術を持っているが、攻撃技術に比べれば非常に劣る。

 理由はいろいろある。

 

 例えば俺達の技術。

 その中でも防御方面の業は、その多くが紙一重での切り返しだ。

 狼の弾き、俺達(不死者)のパリィ、狩人の銃パリィ。

 ほんの一秒後に命が失われたとしても、自分の命が失われるより一瞬でも早く、相手を殺せればそれでいいという狂気。

 ...流石の俺達だって、こんなもんをベルに教え込む訳にはいかないことぐらいわかる。

 

 例えば俺達の攻撃。

 当然ながら、ベルに戦いを学ばせるために相手をするのは俺達だ。

 はっきり言って、俺達の攻撃を、冒険者になって僅か一ヶ月にも満たないような新米に受けさせるというのは、かなり酷だ。

 だからこそ、俺達はベルが俺達の攻撃を受けるのではなく、避けようとするのを咎めることは無かった。

 むしろ、見えていない所からでも攻撃が来れば避けられるように教え込んだ。

 

 例えば俺達とベルとの体力差。

 俺達は継続戦闘能力に長ける。

 不死者である俺と焚べる者は、致命傷で無ければどれだけ傷ついたとしても問題なく動くし。

 上位者へと至った狩人は、多少の傷なら相手を殴って血を取り込めば治る。

 狼だって不死者(俺達)上位者(狩人)と比べれば肉体的にはただの人だが、その精神力は傷ついた程度では揺らがない。

 そんなのを相手にするんだ。

 ベルが防御を固めてチャンスをうかがうことよりも、速さと不意打ちによる初見殺しを選択するのはある意味必然と言えるだろう。

 

 だが、ベルはその弱点をある程度克服し、俺相手に喰らいつけていた。

 ...よほどいい教師を見つけたと見える。

 いつの間にやら、自身の弱点をカバーできるようになったことに少し感慨深くなるが、それはそれ、これはこれ。

 打ち上げられ、身動きの取れないベルへと向かって火球を投げる。

 迫りくる火球に気が付いたところで空中では何もすることが出来ず、ベルは「マジですか...」と呟き、火球に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 「おーい、まだやるか?...返事がないな、死んだか?」

 

 「...たとえ冗談でも、言うべきで無いことというのはありますよ、灰様...」

 

 いくらか焦げたベルへと声をかけるが返事はない。

 思わず漏れた言葉に、息も絶え絶えといった様子のおチビ(リリルカ)が突っ込みを入れる。

 さっきまで狩人に追いかけ回されて、今にも死にそうな顔で倒れたというのに、律儀に突っ込みを入れるあたりこいつからは苦労人の匂いがするな。

 

 何も、狩人はいじめるつもりでおチビを追いかけ回していた訳じゃない。

 ヘスティア・ファミリアは和気あいあいとした、仲の良いファミリアです、いじめはありません...なんてな。

 ベルの為に強くなりたいというおチビのいじらしい願いに応じて、鍛えていただけだ。

 

 小人族であろうと、サポーターであろうと、体力をつけて無駄になることは無い。

 だから体力をつける為に走り込みをさせていただけだ、新しくファミリアに入って来た後輩にさせるトレーニングとしては、ありふれた物だろう。...後ろから火炎放射器を構えた狩人が追いかけていたのが他所とは違うだろうが。

 時折火であぶられながらも、泣き言は言わなかったあたり、なかなか見上げた根性だ。

 

 「...勝手に、ゴホッ...殺さないでください」

 

 「おお、生きてたか。今回復してやろう」

 

 おチビについて考えているとベルが意識を取り戻した。

 【大回復】を使って、ベルとついでにおチビも回復してやる。

 おチビは死にそうだったというのに、一瞬で回復したことに「なんですかこれ...」とドン引きしていたが、狩人によって再び引きずられていった。

 頑張れ、俺達の訓練の中ではまだ優しい方だ。

 

 「なかなか悪くなかったぞベル...ただ最後の攻撃は褒められんな」

 

 「うう...反省しています...」

 

 俺はベルとさっきの戦いの反省をする。

 さっきの戦いでベルが犯したミスは、最後に警戒を緩めたことぐらいだろう。

 とは言え、最後の最後。止めを刺せるという時にこそ、相手は悪あがきをするものだから気を抜くのは間違いだ。

 

 俺の言葉をうなだれながら、ベルは聞いている。

 その様子を見ていた俺が、【剣姫】との訓練は楽しかったか聞くと、ベルは面白いくらい動揺していた。

 別に俺が見ていたわけでも、狼あたりが隠れていた訳でもない。

 ベルに稽古をつけられそうな冒険者の名前を適当に上げただけだったのだが、この反応は想定外だ。

 どうやら秘密にしていたらしい。

 

 ベルの言葉を聞けば、【剣姫】に迷惑がかかることを心配しているようだ。

 オラリオでも有数の冒険者に訓練してもらって、相手に迷惑が掛からないか心配するなんて...生意気な。

 笑って、心配いらないことを伝えるが、ベルの顔は曇っている。

 着替えて飯にするよう言えば、ようやく前向きになったようだ。

 まだまだ手のかかる後輩だな。

 

 

 

 

 

 ベルが部屋から出ていくのを見ていると、ズルズルと何かを引きずるような音がする。

 見てみるとおチビを引きずりながらこちらへと狩人がやってきていた。

 

 「ベルを鍛えていたのは【剣姫】だってよ」

 

 「そうか...こちらから挨拶に向かうべきだと思うか?」

 

 「いやー挨拶する方が、迷惑がかかるだろう」

 

 「それもそうか」

 

 ベルがボロボロになって帰ってくるのを気にしていた狩人に教えると、安心したように息を吐く。

 

 「アイズ・ヴァレンシュタインとの訓練か...神ヘスティアが知れば荒れそうだな」

 

 「流石にそれは...あるかもしれん...」

 

 狩人の言葉を否定しようと思ったが、ベルが【憧憬一途】(レアスキル)を発現させたときの様子と、おチビと組んだばかりの頃おチビのことばかり話していたことに嫉妬していた様子を思い出し、否定できなかった。

 どーすっかねこれ。

 

 「そんなことより、どうしたの()()

 

 めんどくさいことを後回しにして、気を失っているおチビについて聞く。

 何でも戦闘訓練で飛びかかって来た所に【ガラシャの拳】がイイ感じに入って、気を失ったらしい。

 

 「回復しろ」

 

 「別にほっときゃそのうち気が付「...」分かったよ、そんな睨むなって」

 

 こいつ意外と過保護だよな。

 そういう他の奴を心配している姿を見せれば、血も涙もない処刑人みたいな扱いはされねえだろうに。

 俺の考えがバレたか、睨まれながら【大回復】を使う。

 やれやれ、手がかかるのは後輩だけじゃなかったか。




どうも皆さま

書きたいことはあるのに、その前に書かなくちゃいけないことがあって、そこまでたどり着けない私です

書いても書いても届かないというのは先人様方が良く嘆いていますが、実際に書いてみる側になると分かります
本当に書きたいところまで届かない

本当はもっと狼とか焚べる者も出したいんですが、適当なこと喋りながら話し進める灰と、真面目にシリアス&バイオレンスする狩人が使いやすすぎる...

全く本文とは関係ありませんが何となく思いついたのでリリの呼び方でも書いておきましょうか

ベル    リリ
灰     おチビ
狩人    アーデ、或いはリリルカ
狼     リリルカ
焚べる者  リリルカ
ヘスティア サポーター君

それではお疲れさまでした、ありがとうございました


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迫る刻限

刻限

時刻 期限

迫る終わり、逃げらぬ終焉
たとえそれを退けようとも再び迫るもの

自身が決めようと決めまいと
願おうと願うまいと
時は待ってはくれない

終わりが見えているだけ良いのかもしれないが


SIDE オッタル

 

 「これも足りん...」

 

 失望の溜息と共に刀身が振り下ろされ、ミノタウロスが灰に還っていく。

 

 「この程度ではあの方の命を果たせん...」

 

 ダンジョンの中、重々しくオッタルは呟く。

 

 ダンジョンに存在するモンスターはみな一様に、ダンジョンより産まれる。

 同じような姿、同じような習性。

 だが、僅かばかりの()()とでも言うべき、個体ごとの差異は存在する。

 その僅かな差異の中から見どころのある個体を探す為、ダンジョン内ひたすらミノタウロスを狩り続けているのだが、未だ鍛えるに足るモンスターはいなかった。

 このままでは、お気に入りの冒険者(ベル・クラネル)が乗り越えるべき試練を鍛え上げろという主神たるフレイヤの命を全うできない。

 

 余りに見どころのあるモンスターを見出すのに手間取れば、灰達にもこの計画は露見するだろう。

 そうなれば間違いなく何かしらの妨害がある。

 灰との再戦を誓った身としては、灰達と戦うのは望むところだが、そのために主神からの命を果たせないのでは本末転倒だ。

 

 「ブモオォォォォォォ」

 

 いっそどこかで妥協するべきか、悩むオッタルの傍の壁より、また新たなミノタウロスが産まれる。

 目の前の存在が同族を虐殺したことを察したか、或いはモンスターの本能か。

 生まれたばかりでありながら、咆哮と共に手にした斧を叩きつけるミノタウロス。

 しかしながら、相手は【猛者(おうじゃ)】オッタル。オラリオ最強の冒険者と言われる強者。

 

 並みの冒険者ならば、否ミノタウロスを相手取ることに慣れた冒険者であったとしても、受け止めた勢いのままに叩き潰されるだろう一撃は、ミノタウロスの方を見ることもなくオッタルが無造作に出した二本の指によって止められた。

 余りの出来事に思わず動きを止めるミノタウロス。

 

 「いいぞ...お前ならば合格だ」

 

 ダンジョンに獰猛なオッタルの笑いと、ミノタウロスの悲鳴が響く。 

 

 

 

 

SIDE ベル・クラネル

 

 ギルドの入口を通る。

 ヘスティア・ファミリアに入団してから、ほぼ毎日通って来た慣れ親しんだ場所。

 だが数日通らなかっただけで、ビックリする位の懐かしさを感じた。

 

 これまでは、ソロでのダンジョンということと、アイズさんとの訓練の後ということもあって、ダンジョンに潜るにしてもちょっと潜ったら帰ってきていた。

 だが、リリの方の用事もある程度のめどかついたということで、またダンジョンに一緒に潜れるようになる日も近いとのこと。

 なら本格的にダンジョンに潜るようになる前に、ここの所ダンジョンで変わったことが起きてい無いか、情報収集をしにギルドに来たのだけれど、僕の目に映るのは人、人、人。

 一面の人の海。

 

 「なんだかこうしてギルドの人波にもまれていると、帰って来たって気がするなー」

 

 人でごった返すギルド。

 アイズさんとの訓練や、ちょっと潜ってすぐ帰って来たことで、結果としてギルドが最も混む時間帯を避けていたから、こうして人の海に溺れるのも久しぶりだ。

 普通なら不快なはずの目的地に進むのにも苦労する程の人込みに、懐かしさすら感じる。

 ほんの少し前、それこそ一ヶ月半ぐらいまでは小さな村でおじいちゃんと一緒に暮らしていたのが嘘みたいだ。

 ...というか僕がオラリオに来てからまだ一ヶ月半ほどしか経っていないの?嘘ぉ!?我が事ながら信じられない。そのくらい濃い時間がオラリオに来てから過ごしていた。

 

 オラリオに来てからの記憶を振り返る。

 オラリオに来なければできなかった...というか、オラリオでもなかなか出来ないような体験の数々。

 お爺ちゃんの残した言葉に従い、オラリオに来たのは間違いじゃなかった。

 柄にもなく、しんみりした気分になる。

 

 「お...?おお!ベルじゃないか」

 

 「マノさん!!」

 

 人混みから離れた壁際で、少し物思いにふける。そんな僕に声をかける人がいた。

 顔を上げるとダンジョンで出会ったパーティーのリーダーさん、マノさんだった。

 

 「聞いてるぞ、もう10階層まで進んでるんだって?こりゃあ俺達もうかうかしてられないな」

 

 「いやあ、10階層の恐ろしさを思い知った所で...」

 

 こうしてマノさんと顔を合わせるのは、【怪物祭】で立ち寄った焚べる者さんのお店以来だ。

 久しぶりに会った顔見知りに挨拶をして、互いの近況を話し合う。

 マノさんが言うには僕が10階層まで進んだのは、見る目のある冒険者の中では大ニュースだとか。

 なんだかそんな風に噂になっていると思うとちょっと恥ずかしい。

 

 「そういやサポーターと組んだって聞いたけど...どうやら一人みたいだな?今日はいないのか?」

 

 「ええ、ここの所どうしても外せない用事があるそうで、僕一人で上層に軽く潜っていたんです。

 でも用事というのが、ひと段落したとかで、もうすぐまた一緒に潜れる予定なんです。

 だから本格的に潜る前に、最近のダンジョンについて調べておこうかなと思いまして」

 

 僕が契約したサポーター、リリについて聞かれるが...どこまで話していいものか。

 マノさんを信頼していない訳じゃないが、僕が迂闊に漏らした情報が周り巡って、リリに迷惑がかかるといけない。

 詳しく聞かれたらどうしよう、と心配していたが、マノさんはそれほど深く聞くこともなく、「一度挨拶しておきたかったんだが、いないのなら仕方がない」と流してくれた。

 

 「マノさんは何かダンジョンであった事とか聞いてませんか?」

 

 「ダンジョンで何かか...」

 

 そうだ、せっかくマノさんと出会ったんだし、ダンジョンで何か変わったことが無かったか聞いておこう。

 マノさんは僅かに考えこみ、9階層で【怪物進呈】しようとした冒険者がいて、まだその時のモンスターが残っているかもしれないだとか、18階層、安全階層と呼ばれる階層に作られた町でごたごたがあったらしいとか、色々と教えてくれる。

 

 「あとは...これはまだ確定した情報じゃないんだが、ロキ・ファミリアがまた遠征する予定だって噂もあるな」

 

 「え...遠征ですか?」

 

 「まあ、ゴブニュ・ファミリアに預けられていたロキ・ファミリアの武器の修理が終わったとか、ロキ・ファミリアの団員が物資を買い集めているとか、色々噂になっているから、ほとんど間違いないとは思うが」

 

 ロキ・ファミリアが遠征をする。

 そのこと自体は驚きでもないだろう。

 前回の遠征は不幸な出来事によって中断され、不本意ながら地上へと戻って来たと僕も聞いている。

 アイズさんとの訓練の合間に聞いた話では、ロキ・ファミリアの幹部達も今度こそダンジョンの未知を明かさんと気炎を上げているらしい。

 

 何処のファミリアが遠征をするのかということを気にする冒険者は多い。

 いや、冒険者じゃない()()()()にとっても、気になることだ。

 冒険者と関わりが無い人にとって遠征とは、冒険者の実力とダンジョンの悪意がぶつかる、物語の生まれる舞台だ。

 オラリオに来る前の僕も遠征を舞台にしたお話が大好きだった。

 冒険者向けのお店をしている人にとって遠征とは、特別な需要が生まれる稼ぎ時だ。

 ダンジョンに潜る為にパーティを組んだとしてもその人数は5人程、あまりに多い人数だとモンスターに気がつかれたり、迷宮の陥穽(ダンジョン・ギミック)に引っかかったりするからだ。だけど遠征の時は二桁からの遠征隊がダンジョンに潜る。つまりはそれだけの物資が必要になるわけで、それだけのお金が動くチャンスだ。

 同じ冒険者にとって遠征とは、好機であると同時に危機だ。

 遠征隊という大人数がダンジョンの中を一方向に進むことでモンスターが違う場所に現れる、そこを狙う冒険者も居れば、遠征隊という大勢の冒険者がダンジョン内を移動することで、ダンジョン内が普段とは違う様子を見せることを嫌う冒険者もいる。

 だからどこかのファミリアが遠征をする、というのはよく噂になるらしい。

  

 「...ベル?大丈夫か、顔色が悪いぞ?」

 

 「えっ?あっはい...大丈夫です」

 

 僕が初めてマノさん達と出会った日。

 僕が調子に乗ってダンジョンを進み、ミノタウロスと出会い死にかけたあの出来事。

 その原因の一つが、深層から帰って来たロキ・ファミリアの遠征隊である。

 

 僕はロキ・ファミリアとその遠征隊を恨んではいない。

 あの時僕が死にかけたのは、僕が馬鹿で、調子に乗った、向こう見ずな新米だったからだ。

 それでも顔色が悪いと心配してくれているということは、僕にとって【ロキ・ファミリアの遠征】という言葉がトラウマになっているとマノさんは思っているのだろう。

 だけれど、僕の頭の中に巡る考えは一つだけだ。

 アイズさんから訓練のお誘いを受けたあの時言われた言葉。

 

 「...とりあえず、次の遠征が決まるまでは暇だから、訓練してあげる」

 

 

 

 

 

SIDE ???

 

 オラリオの中心にそびえたつ巨大な塔バベル。

 そのバベルの下に何があるのかを知らない者はいないだろう。

 冒険者の街オラリオと呼ばれる理由、オラリオが冠する迷宮、ダンジョンが存在する。

 だが、バベルの下について知るものは多くとも、上について知る者は少ない。

 

 製作系ファミリアの店舗が並ぶ商業エリアならば、それなりに知られているだろう。

 ファミリアの団員ならば、神々の居室がその上にあることも知っているかもしれない。

 だがその上は?

 

 バベルは巨大な塔だ。塔であるのならば頂点が存在する。

 冒険者がダンジョン(地下)で働き、ファミリアがバベルの中(その上)に存在し冒険者から得た物資で経済を回す、そしてバベル上層(さらに上)に神々が鎮座する。

 ある意味ではバベルの構造は、このオラリオの構造と同じになっているのかもしれない。

 ...だがその上は?ありとあらゆる神々の上に存在する者は一体誰なのか。

 

 すなわち、オラリオに存在する神々の中で最も貴き神は誰なのかということだ。

 実に恐ろしい問いだ。

 神々の宴、それも美しさを司る女神が集う宴に、【もっとも美しい女神へ】と書いたリンゴを投げ入れる様なものだ。

 知ろうと思うことすら危険な、否その疑問を抱くことすら恐ろしい問い。

 その答えを知るものは、神かギルドの極僅かな人物だけである。

 

 「ロキ・ファミリアの【剣姫】は期待に応えたようだが、面倒なことも同時におきたようだ。...新種のモンスター、宝玉、レヴィスと名乗る怪人、おまけに...」

 

 「闇派閥(イヴィルス)...か」

 

 バベル最上階。

 ローブを目深に被った人物が報告するはダンジョン24階層で起きた出来事。

 【剣姫】とヘルメス・ファミリアが向かった食糧庫(パントリー)での死闘、その顛末。

 ダンジョンの異常、迫りくる新種のモンスター、謎めいた宝玉、超常の強さを持つ怪人、過去から蘇った因縁、そして冒険者の覚醒。

 未だ見ぬ()()()を求め地上へと降り立った神々ならば、目を輝かせるような物語。

 だが、それを聞いた神の顔は暗い。

 面倒な、と呟いたのはどちらだったのか。

 ローブを纏った奇妙な人物、フェルズか、それともバベル最上段に座する神、ウラノスか。

 

 冒険者達がその輝きで神々の目を楽しませ、人々を惹きつける。そうして冒険者達に近づこうとした人々の影は冒険者達が輝けば輝くほど暗くなる。

 目も眩むような成功があれば、目も当てられない悲劇も存在する。

 その悲劇から生まれたオラリオの闇、闇派閥。

 

 闇派閥の者らは総じて落伍者だ。

 上位の冒険者からすれば数にもならないような存在である。

 彼らの軽い一振りで何十何百を打ち倒すだろう...()()()相手に武器を向け、殺す意志を持つことが出来れば、だが。

 ダンジョンでモンスターを相手にするのではない、言葉が通じ、意思疎通もできる人を殺すのだ。

 常日頃、闇派閥に恨みを持ち殺意を滾らせる人物であっても、いざ殺そうとすれば躊躇し、自身より弱い相手に敗北することはままあった。

 

 闇派閥はダンジョンで、地上で、或いは路地裏で、ただ目の前に立ち塞がるだけではない。

 冒険者の親しい人物を、冒険者の買う物資を、或いは冒険者の通うギルドを狙い、悲劇を起こす。

 そうして引き起こされた悲劇からまた闇派閥が生まれる。

 終わらない輪廻、人と神の愚かさから生まれる呪い。

 遂にはオラリオの秩序を砕くその一歩手前まで至った闇派閥は、冒険者達の尽力によって打ち倒され、闇派閥は消えた...そう思われていた。

 

 だが、オラリオがオラリオであるがゆえに、冒険者の輝きが人々の目を眩ませる限り、この街に悲劇は無くならず、闇派閥も消え去ることは無い。

 無力でありながら打ち倒せず、確かなる姿を持たないがゆえにどこにでもいる、終わりの無い悪夢。

 

 「...一つ打つべき策はある、悪夢には...悪夢だ」

 

 「悪夢...まさか!?」

 

 しばしの間考え込んだウラノスは重い口を開く。

 躊躇いながらも放たれた言葉に、フェルズは驚愕する。

 

 「考え直せ、いや考え直してくれ。彼等を動かすとなれば...」

 

 「どれだけの被害が出るか分からない...か?」

 

 「そのことが分かっていながら何故!!」

 

 「彼等はすでに過去の彼等ではない。彼らの主神と後輩によってな...

 それともそれ以外の手があるのか?彼等よりも早く、確実に、闇派閥を探し出し、皆殺しにする、そんな手段が」

 

 「...」

 

 「どうやら無いようだな、ならば冒険者依頼(クエスト)を発令する...ギルドを通してヘスティア・ファミリアへと連絡せよ」

 

 「了解した。ウラノス」

 

 ウラノスの意志を翻させることが出来ないと悟ったフェルズは、ギルドへと向かう。

 それでもなお呟くことはやめられない。

 

 「上手く行くことを祈るべきだろう...ウラノス()が何に祈るのかは知らないが...」

 

 

 

 

 

 




どうも皆さま

後書きに書くこと何も思いつかない...私です

いやまあ後書きなんてほとんどの人は飛ばしているでしょうし要らないと言えば要らないのですがね
一度そういう形式にした以上何も書かないのも気持ちが悪いんですよ

息抜きに書いた分を整えて今日か明日ぐらいに
ちょっとしたおまけとして投稿するかもしれません
楽しみにして頂ければ幸いです
...期待は裏切らないようにします

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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リリルカ・アーデの憂鬱或いはヘスティア・ファミリアの日常

初めにこのお話はギャグです
時間軸とか、力関係とか、統合性とか、そういった物は全て投げ出したお話です
頭を空っぽにしてお読みください


 あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!

 

 オラリオの街に奇声が響く。

 一体何が起きたのかと周囲を見渡した人々は、その出所に気がつくと何もなかったかのように日常に戻る。

 物事には聞くべきでない物、見るべきでない物、知るべきで無いものが存在する。

 好奇の熱に突き動かされ、甘い秘密を暴こうとしなかった彼らは、正しくそして幸運だ。

 

 だが、世の中には幸運な人物ばかりではない。

 

 

 

 

 「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!」

 

 「リ、リリ...?だ、大丈夫...?」

 

 奇声の出どころ、廃教会にて怯えながらリリルカ・アーデに声をかけた、ベル・クラネルは間違いなく不幸な人物だ。

 

 床にひっくり返り、手足を振り回しながら泣き叫ぶ。

 リリルカの幼い容姿と相まって、まるで子供が駄々をこねているかのようだ。

 だが、小人族(パルゥム)であるリリルカはその外見と実年齢が一致しておらず、自身よりも年上であることを知るベルからすれば、ドン引き物であった。

 いや、仕方がないだろう。

 その豊富な経験を活かし、ダンジョンでは自身を先導し、地上では金銭を任されるほどにしっかりとしている仲間の醜態だ、ちょっとぐらい引くのも無理はない。

 

 「...気が狂ったか」

 

 「狩人さん!?」

 

 ぽつりとつぶやかれた言葉に絶叫するベル。

 さらりととんでもないことを呟いた狩人は「案ずるな」とベルを落ち着かせ、さらに言葉を続ける。

 

 「ヤーナムの神秘を追い求める者らにとって、気の狂いはありふれた症状でありその対処法も確立されている。

 ...そう濃厚な人の血は気の乱れを沈める」

 

 しかしながら言葉と共に狩人が取り出したのは、常に狩人が纏う匂い(濃厚な血の香り)が漏れる小瓶。

 絶句するベルをしり目に、暴れるリリルカへと小瓶の中身を飲ませようとする狩人。

 絵面だけならば、凄惨ないじめの場面にしか見えないが、困ったことに狩人は善意100パーセントである。

 

 ようやくベルが正気に戻り、止めようとした時には小瓶の蓋は開けられ、その中身がリリルカの口に触れようと...したその瞬間リリルカの腕が動き、小瓶を掴み部屋の隅へと投げ捨てる。

 

 「な、なにを飲ませようとしてるんですかあぁ!!!」

 

 「鎮静剤だが?」

 

 「この世界の!何処に!あんな血生臭い鎮静剤があるんですか!!!

 いやそもそもどんな頭していれば、人の血を飲もうと思うんですか!!!

 頭の中に脳みその代わりに何が入っていればそんな発想に至るんですか!!!」

 

 「...海水じゃないか?」

 

 「んんんんんん!!!」

 

 奇しくも血生臭さに正気を取り戻したリリルカは、掴み掛らんばかりの勢いで狩人に迫るがその程度で怯むようでは、あんな血生臭い鎮静剤がある所(ヤーナム)で狩人などしていられない。

 自身の答えを聞いて、顔を真っ赤に染め上げ怒りに満ちているリリルカを、元気になってよかったなと軽く流し、部屋の隅に投げ捨てられた鎮静剤を拾いに行く。

 場を荒らすだけ荒らして自分はさっさと離脱した、とベルが狩人の行動に戦慄していると、落ち着くように声をかける人物がいた。

 

 「おいおい、おチビも落ち着けよ。そんなに興奮すると体に毒だぞ?」

 

 「灰様...元はと言えば全部アンタの所為ですからね!!!」

 

 声の主、火の無い灰はどうどう、とリリルカに落ち着くようにジェスチャーする。

 その甲斐あってリリルカは落ち着いた...ように見えたが、掴んでいた手紙を灰へと投げつける。

 

 「これは!

 灰様の!!

 ツケの領収書です!!!

 なんですか!この額はあああああ!」

 

 「お?...落としたか。拾ってくれてありがとな、俺が燃やしとくわ」

 

 そこに書かれていたのは5千万ヴァリスという値段と、それが支払われたと言う文面。

 そのとんでもない値段に驚愕し、朝から発狂したのが事の顛末だと語るリリルカに対して、灰は軽く礼を言い、投げつけられた手紙を手のひらに生み出した火球で燃やし尽くす。

 

 「何燃やしているんですか!それ燃やしとくと書いて証拠隠滅と読むやつでしょう!?もおおおおおお!!!」

 

 その光景を見て頭を抱え、再び絶叫するリリルカ。

 しかし、そんな絶叫で怯んでいては、火の無い灰などしていられない。

 

 「いや、マジで今回は良い買い物だったんだって。見てみろよこの美しい曲せ「ふんっ!」...何をするんだ」

 

 「何をするんだ、じゃないですよ!大体灰様はもう一杯武器を持っているじゃないですか!!そんなに武器ばっかり買った所で使えないでしょうが!!!」

 

 「いや、武器だけじゃない、防具も買っている「なお悪いです!!!」」

 

 反撃するために買った武器を見せ、この武器がいかに良い物かを説明しようとし、そんな灰の行動に更なる怒りに駆られたリリルカは、目の前に出された武器を引っ掴み放り投げる。

 恐れ知らずなその行動に、思わずリリルカのお説教を正座して聞く灰。

 何とか説教を終わらせようと、口をはさむが余計に怒らせてしまうだけであった。

 

 「まあまあ、灰殿が浪費家なのは今に始まった事でもありません。そのように怒らずとも...」

 

 「関係ないみたいな顔していますけどね、九郎様。あなたも灰様と同じぐらい浪費してますからね!()()が何よりの証拠です!!」

 

 「「「なんだって!?」」」

 

 その言葉に驚く一同。

 リリルカが指さしていたのは、テーブルの上に置かれたお茶の入ったポット。

 オラリオで広く飲まれている紅茶では無く、緑茶が入っている。

 

 「いつもしれっとした顔で飲んでますけど、それ極東から輸入している高級品ですからね!!」

 

 リリが口にした緑茶の値段に、今まさに緑茶に口を付けていたヘスティアが思わず吹き出す。

 

 極東。

 文字通り東の果て、海の向こうにあるという島国であり、狼や九郎のいた日ノ本に似た文化を持つ国である。

 或いは彼の地に葦名は存在するのかもしれない、と思い調べようとしたが海の向こう側である関係上、流れてくる情報も断片的な物しかなく、諦めたという過去がある。

 

 極東からの輸入品は高い。

 島国であるがゆえに物を運ぶのに船を使うしかなく、天気や海の状況に左右されるというのもある。

 だが一番の理由は、オラリオの遥か東にある極東から物を運ぶということは単純に、それだけモンスターに襲われ易いためだ。

 海の上でモンスターに襲われれば、どう足掻いたところで逃げ出す術はない。

 つまりは商人たちは命がけで品物を運んできているのだ。

 輸入品の値段は商人たちの命の値段、安いわけがない。

 

 「なんと...」

 

 「なんと...じゃないんですよ!というか九郎様はお金について適当すぎるんですよ!!どんぶり勘定にも程というものがあるでしょう!!!」

 

 「それは申し訳ありませぬ...」

 「素直に謝られるとそれはそれで調子が狂うと言いますか...そこの関係ないと言わんばかりの顔しておはぎを食べている狼様!あなたも何か言ったらどうですか!!」

 

 「言えぬ...」

 

 リリルカの言葉を聞き素直に謝る九郎。

 調子が狂いそうになったリリルカは怒りの矛先を狼に向け、いつも通りの狼の言葉に頭を抱える。

 

 「んあああ!?何なんですか!もう!」

 

 「ミラのルカティエ「ハイ!来ると思っていましたー!!来ると思っていたのでその名乗りはキャンセルです!!!」...むう」

 

 遂におかしなテンションになったリリルカの叫びによって、名乗りが中断された焚べる者は一瞬怯む...

 

 「ならば語ろう。ミラのルカティエルの伝説シリーズ新刊発売を!」

 

 こともなく元気に宣伝し始める。

 

 「何なんですかほんとに。何なんですかホントにいいイイイ!!!」

 

 新刊の宣伝をしている焚べる者の手から本を奪い取り、部屋の隅へと投げ捨てるリリルカ。

 

 「新刊ではミラのルカティエルがロスリックで大冒険だ。世界の危機に過去の英雄たちが復活し、それぞれの意志を貫かんとする...」

 

 だが、そんな程度で揺らぐのならば、絶望を焚べる者はヘスティア・ファミリア最狂などとは呼ばれない。

 新しい本を取り出し、宣伝を続ける。

 

 「ああああああああ!!!なんなんですか!なんなんですか!!なんなんですかあああ!!!」

 

 「おい

 

 余りの不動っぷりに頭を抱え発狂するリリルカ。

 そんな彼女に、地獄の底から響くような声音で声がかけられる。

 

 「狩人さ...どうしたんですか、それ!?」

 

 見れば狩人が頭から大量の血を流しながら立っていた。

 思わず叫ぶベル。

 

 「鎮静剤を拾うためしゃがんでいたら頭に()()が突き刺さってな。危うく目覚めをやり直す(死ぬ)所だった。おまけに輸血液を使った後に、これも飛んでくる始末だ」

 

 「あっそれは灰さんの...」

 

 「いやいや!?投げたのはおチビだろ!?俺悪くねーよ!?」

 

 狩人が手に持っているのは、リリルカが投げた灰の武器と焚べる者の本。

 ぽつりとつぶやいたベルの言葉に反応した狩人に睨まれ、灰は慌てて弁解する。

 

 

 

 

 

 「なんですか。リリが悪いというんですか。上等ですよ!追い込まれた小人族の恐ろしさ刻みつけてあげます!!」

 

 睨みつけられたことでついに限界に達し、狩人へと襲い掛かるリリルカ。

 

 「おー、いいぞー、やれやれー...ヘぶっ!!」

 

 始まったケンカに無責任にヤジを飛ばしていると、狩人に殴り掛かられた火の無い灰。

 

 「元はと言えば貴様に責任があるのだろうが!!」

 

 怒りも露に灰の顔に拳を叩き込む狩人。

 

 「ならば語ろう。ミラのルカティエルの伝説を!!」

 

 何故か分からないが、ケンカに参加する絶望を焚べる者。

 

 「うわっ!部屋の中で暴れないでくださ...うわあ!!」

 

 必死にケンカを止めようとするも、巻き込まれてしまうベル。

 

 「ふう。朝から元気なことです。狼、怪我をする前に止めなさい」

 

 その様子を見て、狼へと止める様に言う九郎。

 

 「...御意」

 

 我関せず、と言わんばかりに食事を続けていたが、九郎の言葉を受け愛刀を片手に乱入する狼。

 

 自身の眷族たちの狂乱を見ながら、ヘスティアは手元の湯飲みから茶を啜る。

 値段を聞いたときは思わず凄い目で見てしまったが、狩人の鎮静剤よりもお茶の方が遥かに気を静める効果がある。

 

 ふう、と息を吐いて空を仰ぐヘスティア。

 地下室故その瞳に映るのは、薄汚れた天井だけだ。

 しかしながら、その先にあるだろう青天を幻視し呟く。

 

 「今日も平和だなー」

 

 そうこれは、オラリオの住人が知れば発狂するような、しかしヘスティア・ファミリアの団員達からすれば、なんてこともない日常の一ページである。

 




どうも皆さま

リリを虐めたい欲求もといリリの出番を書きたい欲求に勝てなかった私です

元々この話のプロットはベル君が灰達の日常にツッコミを入れていくものだったのですが、ベル君が思ったより馴染んでいるのでツッコミ役がリリになりました

頑張れリリ、負けるなリリ、ヘスティア・ファミリアのツッコミは君の両肩にかかっているぞ

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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夜に駆ける影



太陽が沈んだ後 休むべき時間

太陽が無い闇が迫る時間帯であり
灯りを持たないのならば活動するべきではないだろう

だが暗闇にこそ咲く花もある
例え誰にも見られないとしても

誤字脱字報告いつもありがとうございます
量が多すぎて私でも判断できなくなったので一括してお礼申し上げます


 世界が暗い。

 何も見えない。

 何も聞こえな...前もこんなこと有ったな。

 いや、前と違う所が一つある。

 僕の後頭部に温かく、軟らかい何かを感じる。

 前もこの感触を感じたことがある、あの時は...っ!!

 

「目が覚めた?おはよう...」

 

「お、オハヨウゴザイマス」

 

 目を開くと目の前にアイズさんの顔。

 僕は何時ぞやの様に膝枕されており、アイズさんは覗き込むようにして僕の顔を見ていた。

 僕としてはすぐにでも起き上がりたいのだけれど、アイズさんは挨拶をした後、黙って僕の髪を撫でまわしている。

 ...今僕の中ではある誘惑が産まれてる。

 アイズさんがなんで僕の髪を撫でまわしているのかは知らないが、このままでいれば合法的にアイズさんの膝枕を堪能できるというものだ。

 

 いや、忙しいアイズさんが時間を割いてくれているんだ、今すぐ訓練に戻るべきだ。それが貴重な時間を割いてもらっている事への、恩返しになる。

 

 恩返しというのなら、アイズさんが満足するまで髪を触らせるべきだろう。それともちょっと髪を触らせることもしないくらい僕は恩知らずなのか?それにこうして膝枕されていると、訓練で打ち据えられた体が癒されていくのを感じる。これは効率よく体を休めているだけだ。

 

 嘘をついてはいけない、それはアイズさんをだしにして、膝枕を堪能しようとしているだけだ。それにアイズさんに膝枕されていると癒されていく以上に、こう僕の自尊心だとかプライドだとかが削れて行く気がする。

 

 だが、あのアイズさんの顔を見ろ、どことなく嬉しそうな表情が見えないのか?僕がちょっと我慢するだけで、アイズさんは僕の髪を満喫でき、僕もアイズさんの膝枕を堪能できる。誰も損をしないステキな選択肢だ。

 

 黙れ黙れ、なんだかんだ言って膝枕を堪能したいだけだろうが、僕はそんな誘惑には負けない、僕はそんな欲望には負けない。消えろ!よこしまな欲望を持つ僕!!

 

 ...はあ、はあ、辛うじて僕の理性が勝った。

 当然ながら、僕の中での争いなど知る由もないアイズさんは不思議そうな顔をして、黙った僕の顔を見ている。

 

「...どうかした?」

 

「あー...いえ、そのーえっと...遠征の日程が決まったんですよね?」

 

「うん...だからベルに訓練してあげられるのも残り僅か。その分頑張ってね...」

 

 アイズさんの純粋な瞳が僕を突き刺す。

 そ、そんな目で見ないでください。

 僕は、僕は、そんな目で見てもらえるような人間じゃないんですううううううううう。

 

 

 

 

「今日は気合が入ってたね...」

 

「ええまあ、頑張りまし「ぐー」」 

 

 夕日に染まった。オラリオの街をアイズさんと並んで歩く。

 いつもならお昼前には訓練を終わりにするのだが、もうすぐロキ・ファミリアの遠征がある。

 こうしてアイズさんと訓練する日々も終わりかと思うといつもより熱が入り、気がつけばこんな時間になってしまった。

 リリの用事が終わっていないから予定が無い僕と違って、アイズさんには予定もあるだろうにと焦ったが、アイズさん曰くファミリアのみんなは遠征の準備に忙しく、アイズさんは自分の分の準備が終わっているので暇だったから問題ないらしい。

 

 そんなこんなで、アイズさんと一緒に歩いていたのだが、空気の読めない僕のお腹が空腹の音を響かせてしまった。

 思わず僕のお腹を押さえるが、鳴った後に押さえた所でどう仕様もない。

 僕の顔が夕日で誤魔化せないくらい、赤く染まっていく。

 は、恥ずかしい。

 しかしアイズさんはクスッと笑うと「頑張ったもんね...何か奢ってあげる」と言ってくれた。

 

「ジャガ丸くんでいい?」

 

 僕はアイズさんの言葉に頷き、驚愕する。

 それはアイズさんが頼んだジャガ丸くんの味が小豆クリーム味だったからでもなく、いつの間にかアイズさんに奢られることを受け入れていた僕に気がついたからでもなかった。

 アイズさんの追加注文を聞いている屋台の店員さん、その人いやその神に見覚えがあったからだ。

 

「か、神様ぁ!?」

 

「ベル君!?」

 

 ...というか思いっきり知り合い(神様)だった。

 

 

 

 

 

 オラリオの街を歩く。

 先程まで街を染め上げていた夕日は沈み、夜の闇があたりを包み始めている。

 僕の隣にはアイズさん。

 そしてその反対側にはアイズさんに威嚇する神様。

 

 あの後は大変だった。

 屋台を乗り越え、僕に跳びかかった神様は「よりにもよってロキの所の女と!」だとか「ベル君の浮気者!」だとか叫んだのだ。

 ちょっとした...と言うか普通に騒ぎになり、お店の人が出てきて、仲裁してくれた。

 そして僕が神様の眷族だと知ると「ヘスティアちゃんの新しい家族だね、迎えに来てくれたのかい?ならもう上がっていいよ」とバイトを早上がりさせてもらったのだ。

 とにかくバイトが終わった神様を連れて、人通りの少ない道に入った僕達は、事情を説明した。

 最初は聞く耳を持とうともしなかった神様だったが、懇親丁寧にアイズさんが罪滅ぼしの為に訓練を付けてくれたこと、訓練を受けて僕が強くなっていること、ロキ・ファミリアの遠征までの約束だからもうすぐ終わることを説明すると、しぶしぶアイズさんとの特訓を受け入れてくれた。

 

 しかし、神様を説得している間に日は落ちて、月が昇ってしまった。

 夜のオラリオは危険だと言うアイズさんの勧めで、【廃教会(ホーム)】まで同行してもらっている。

 最初は難色を示していた神様だが、襲われるかもしれないという言葉で受け入れてくれた。

 ...確かに危険だ。襲われる僕達じゃなくて襲った側の方が。

 灰さん達によって報復としてどんな目に合わせられるのか。想像するだけでも震えが止まらなくなる。

 

 そういう訳で、僕をはさんで神様はアイズさんと並んで歩いているのだが、随分とアイズさんを警戒している。

 僕は必死にアイズさんは良い人だと神様に伝えようとするのだが、その度に「ちっとも安心できないよ」だとか「ボクのいない所でそんなことまで!?」とむしろ警戒を強めている。

 困った。

 

「...」

 

「どうしたんだいヴァレン何「神様」...ベル君?」

 

 アイズさんが足を止めたことで、怪訝そうな表情をしている神様の手を引っ張り僕の後ろ、すぐに庇える場所へと誘導する。

 僕達の目の前、今から足を踏み入れようとしていた裏路地、街の光が届かない暗い道から、ダンジョンでモンスターが発する()()とでも言うべきものを感じる。

 

「前は私が片付ける。後ろをよろしく...」

 

「わ、分かりました」

 

 まさかモンスターが?僕が暗がりの様子を窺おうとすると、アイズさんが武器に手をかけながら小さく呟く。

 その言葉に僕が頷くと同時に、自分たちの存在に気がつかれたと察したのかローブを纏った男達が現れる。

 

「...ベル君!」

 

「大丈夫です!!」

 

 アイズさんが男達へと突っ込んでいくのと同時に、後ろからもローブの男たちが現れ、先頭の男が突っ込んでくる。

 その速さに神様が、悲鳴のような声で僕の名前を呼ぶが、大丈夫だ。

 速いことは速いが、見えない程じゃない。狼さんやアイズさん程ではない、なら問題ない。

 落ち着いて男の手にしている武器を打ち払う。

 

「なっ...くっ...」

 

 武器が弾かれたことで、バランスを崩した男が驚愕の声を上げる。

 隙だらけの腹へと追撃の蹴りを叩き込む。

 蹴りをまともに受けた男は飛んで...いや飛び過ぎだ。あれは僕の蹴りによって飛んだんじゃない、自分から後ろに跳んでダメージを軽減したんだ。

 

 僕を甘く見た相手の不用意な攻撃に合わせたカウンター。

 格上であろうフードの男を倒せるチャンス、それを焦って無駄にした。男はもう迂闊な攻撃はしないだろう。だが問題ない。

 僕の狙いは、僕が欲しかったのは距離、僕が魔法を使う為の時間。

 手を前に突き出し、男に向かって魔法を使う。

 

「ファイアボルト!!」

 

「な、ぐっ!!!」

 

 僕の手から放たれた炎が闇を切り裂く。

 男が炎の光に目を焼かれ、苦悶の声を上げる。

 警戒すらしなかった一手否、僕を警戒していたからこそ刺さる一手。

 更なる追撃を加えれば、勝利を引き寄せることもできるだろう状況。

 だが、僕は神様を庇えるこの場所から離れない。

 灰さんとの手合わせの時のように、勝とうとして危険を冒すことはもうしない。

 こうして時間を稼いでいるだけでも十分だ。アイズさんが前にいた男達を倒せば、どうあれ天秤はこちらに傾く。

 焦る必要はない。

 

「詠唱無しでの魔法だと!?」「これほどの成長とは...」「あの方も喜ばれるだろう」

   

 だが、僕が焦っていないのと同じように、フードの男達も焦っていなかった。

 それどころか、むしろ僕が予想外の戦いをしたことを喜んですらいるようだ。

 分かってはいたことだが、相手は全力で向かってきているわけではない、むしろ手加減しているのだろう。

 何故、襲ってきた男たちが嬲るような戦い方をしようとしているのか、答えは分からない。

 

「もう十分だ。引く「見 つ け た 」ッ!!」

 

 僕が男達とにらみ合い、硬直状態になる。

 男達が徐々に後ろに下がり、逃げようとするその時、海の底に引き込もうとするような恐ろしい声が聞こえ、闇から滲み出るように人影が現れた。

 

「っ貴様!?」

 

「喚くな生まれるべきで無かった、哀れな人の膿が。

 どうせ同じことしか喋らない貴様らの言葉に価値など無い、否貴様らの存在そのものに価値などない。

 穢れた獣より、愚かななめくじより、なお存在を許せない貴様らが何故存在している?許しなどありえない。

 価値無き貴様らなど生きている意味も無い。今すぐ殺してやる...

 悍ましい死に様が、貴様らの同族への警告となるだろう。貴様らの生まれてきた意味などその程度だ」

 

 狩人さんだ。

 元々激情の人というか、カッとしやすい人ではあるが、今は僕でも見たことが無いくらい怒り狂っている。

 それこそ、身に纏う目に見えるほどの血の匂いすら薄れるほどの怒り。

 

「狩人だと!?想定外だ。今すぐ撤退する「遅い」...ッ!!」

 

 狩人さんを認めた男たちは即座に撤退しようとするが、狩人さんはそれより早い。

 一体いつ抜いたのか、それも分からない程に早く抜かれた歪な刃、それがフードの男の血に濡れていた。

 フードの男たちが狩人さんに動揺した隙に、狩人さんが近づき攻撃した。

 それが僕に見えた──全然見えてないけど──全部だった。

 だけど、無防備に切られたように見えたフードの男は、辛うじて防御に成功したようで、狩人さんが切りつけた首筋では無く、腕から血が噴き出す。

 

「撤退、撤退だと?ふふふ...吠えたな虫が。いいだろうやってみろ。この私相手に逃げられるというのならば逃げてみろ」

 

 攻撃を防がれた狩人さんは、顔を下げながら手にした刃を掲げ...刃が二つに分かたれた。

 二刀流だ。

 武器が二本になったことで、手数は倍になる。

 ...とまでは言わないけれど、手数が増えるのは事実だ。

 その分使いこなすには難易度が高くなるが、使うのは狩人さんだ。間違いなく十全に使いこなすだろう。

 

「どれだけ逃げようと、どれだけ隠れようと。私は貴様らを追いかけ、暴きだし、息の根を止めてやる。あれだけ私の恐怖を刻み込んでやったというのに、この五年間で忘れたようだな?いいだろう悪夢は巡り覚めぬものだ。貴様らを...なに?」

 

 距離を取るフードの男達を睨みつけ、狩人さんは怒りの言葉をまき散らす。

 聞いているだけで、否近くにいるだけでも精神を削る狩人さんの激怒。

 それが急に揺らぐ。

 フードの男達の行動は速かった。

 何かを袖から落とす。

 丸い何かだと認識すると同時に、僕は神様を押し倒すようにして庇う。

 神様と僕が地面に倒れこんだすぐ後に、オラリオの街を包む闇が閃光によって押し返される。

 真っ白に染まった視界が元に戻った時には男達の姿はなく、血の跡だけが残されていた。

 

「神様大丈夫...」

 

「べ、ベル君?確かに君の気持は嬉しいよ?だけどもっとムードとか必要なものがあるだろう?

 いや、君がどうしてもというのなら僕も受け入れるのは吝かではないというか...だけどせめて初めては室内が良いと言うか...」

 

 男達が撤退したことを確認した後、神様の無事を確認する。

 大丈夫でしたかと言おうとした僕の言葉は、真っ赤な顔をしながら何か早口で喋っている神様の姿にかき消された。

 え?これどうするんです?

 

「大丈夫...ベル...?」

 

 僕が神様をどうすればいいのか分からず固まっていると、アイズさんも様子を見に来て固まってしまった。

 本当にどうすればいいんですかこれ。

 

「...何をしているんだお前達は...」

 

 固まる僕とアイズさん。僕の下で早口で何か妄想のようなものを垂れ流している神様。

 異常な状況へとツッコミを入れたのは狩人さんだった。

 

 

 

 

 

 狩人さんが声をかけてくれたことで、正気に戻った僕は神様を立ち上がらせる。

 それでも神様は「急に抱きしめるなんて...」とか言っていたが、狩人さんのチョップで正気に戻った。

 

「礼を言おうアイズ・ヴァレンシュタイン。神ヘスティアを守った事、ベルを鍛えてくれたこと。そのどちらも大きな借りだ」

 

「別にいいよ...特別なことをしたわけじゃない。当たり前のことをしただけだよ...」

 

「それでも、いやだからこそだな。もう一度礼を言おう」

 

 狩人さんはアイズさんへと頭を下げている。

 僕も急いで頭を下げる。

 僕が戦ったフードの男。

 間違いなく、僕一人では勝つことが出来ない相手だった 

 アイズさんとの訓練が無ければ、何もできないままに負けてもおかしくない、間違いなく僕よりも遥か高みにいる冒険者の一人だった。

 そんな相手と曲がりなりにも戦えていたのは、アイズさんとの訓練のおかげだ。

 アイズさんは狩人さんと僕からのお礼に少し恥ずかしそうにしている。

 

 狩人さんという迎えも来たことだし、アイズさんと別れ【廃教会】へと向かう。

 

「そういえば...狩人君。君あの男達について知っていたのかい?」

 

 道を歩いていると、神様が狩人さんへと疑問を投げかけた。

 確かに、狩人さんは見つけたと言っていたし、前にもあったことがあるような口ぶりだった。

 あの時の狩人さんの様子から、友達とかそういう関係で無いのは分かるが、なら一体どういう関係なのだろう。

 疑問に思って僕も狩人さんを見つめる。

 

「あー、その...だな、はっきり言うが勘違い...つまり人違いだ」

 

 ひどく言いにくそうに、あちらこちらへと視線を彷徨わせた狩人さんの口から語られたのは人違い。

 人違い、人違い?えっ?人違いってあの人違い?

 えっ?えっ?

 

「「ええええええええええええええええ!!!」」

 

 僕と神様の声が夜のオラリオに響いた。

 ひ、人違いて、人違いって、それはないでしょう。

 なんかもう可哀そうだ。

 襲われた側の僕が言うのもなんだが可哀そうだ。

 人違いであんな殺気をぶつけられた、あの男達が不憫でならない。

 口には出さなかったが、というか口に出さなくても分かる。

 僕と神様の視線を受け、狩人さんが言い訳するように口を開く。

 

「仕方ないだろう。私が獣よりも、(なめくじもどき)よりも嫌う()()が現れたと聞いて、いても経っても居られなかったんだ。そんなときに裏路地から火の光が漏れて、見ればお前たちが襲われていたのだから、奴らに襲われたのだと勘違いしたのだ...」

 

 最初は勢いよく、だが僕達の視線に耐え切れなかったのか、段々と声は小さくなり最後には手で顔を覆うようにして狩人さんは語った。

 思えばさっきの戦いで、不自然に狩人さんの心が揺れた瞬間があった。

 きっとあの時人違いに気がついてしまったのだろう。

 もし僕が同じ立場になったらどうするべきだろう、考えてみる。

 思いっきり因縁の相手のような台詞を言いながら、その実人違いだった。しかも知り合いの前でそれをやるのだ。

 これは酷い。

 

「うんまあ、そんなこともあるよ。あまり気にしないでいこう」

 

 神様も同じようなことを考えたのだろう。

 慰めるように狩人さんの背に手を置いている。

 

 遠くに見慣れたほの暗い【廃教会】の明かりが見える。

 帰るべき家の明かりを見た途端、どっと疲れが噴き出した気がする。

 それでも、軽い足取りで僕は家へと帰ったのだった。 

 

 

 

 

 

 

 ボクに内緒にしていた灰君を一発殴ってやると駆けだしたヘスティアと、そんな彼女を追いかけているベルの背中を見ていた狩人は、視線をフードの男達が逃げた方向へと向ける。

 探していた人物とは違い、あの時は面を食らったが、それでもあいつらも自身の探していた人物ではある。

 

「覚えたぞ...獣共が...」

 

 小さく呟かれた言葉は誰の耳にも届かず消え去った。




どうも皆さま

本当に話を進めたいのに書かなきゃいけないことが多すぎる...私です

いや本当に、そういう所の取捨選択がうまい他の作者様はすごいと思います

後書きに書くことが思いつかないと書いたた所
いただいた感想よりちょっとした小ネタを書いてみることにしました
お気軽にどうぞ

お疲れさまでしたありがとうございました




【名前】

「“さぽおたあ”殿少しこちらに来ていただけますか?」

 廃教会の中。九郎に呼ばれたリリルカ・アーデは奇妙な顔をする。

「九郎様、リリの名前を呼んでくれますか?」

「“さぽおたあ”殿の?ええいいですよ。“りりるか・ああで”でしょう?」

 名前を呼ばれたリリは更に奇妙な顔をする。

「九郎様は...その発音が特徴的ですよね」

「申し訳ありませぬ。直そうとはしているのですが何分昔からの癖というのはなかなか直らず...」

「いや、攻めているわけじゃなくて...そうだ区切って発音してみてはいかがでしょう」

 頭を下げる九郎へと慌てるリリ。
 リリの後に続いてくださいと言って自身の名を口にする。

「リリ」

「リリ」

「ルカ」

「ルカ」

「アーデ」

「“ああで”」

 途中までは上手く行ったが、やはり特徴的な発音になってしまったことに首をかしげる九郎。
 とは言え上手くできたことに喜ぶリリ。

「それじゃあこれからはリリのことはリリでいいですよ」

「分かりました“りり”殿」

「結局出てます!!」



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今ここにある冒険

冒険

未知を明かす行為 危険を顧みず先へと進む行い

どれだけ未知が明かされようとも冒険は無くならない
危険が失われようと冒険は見いだせる

冒険に必要なのは何を解き明かす為か何の為にするのか
ただそれだけでいいのだから

余人に理解されずとも
ただ自分だけが納得していればそれでよい


「ふっ!はっ!」

 

「...」

 

 アイズさんからの攻撃を弾く。

 見える、見えてきた。アイズさんの攻撃が見えるようになった。

 いや、周りを見る余裕が出てきたと言うべきだろう。

 最初からアイズさんは、僕でも攻撃を見切れる程度には手加減をしてくれていた。

 それを受け止められなかったのは、僕の落ち度だ。

 だから全力で行く。

 

「やああああああ!!!」

 

「!」

 

 小さく細かく弾いていた攻撃を大きく弾く。

 アイズさんの目が大きく開かれる。

 弾かれた武器を急いで戻そうとして...それより先に、僕のナイフがアイズさんの首筋に突き付けられた。

 

「はあ、はあ、はあ...」

 

「...ここからじゃ反撃できない...私の負け」

 

 煩いくらい響いていた金属音が止んで、僕の荒い息だけが耳に届く。

 見開いていた眼を細め、アイズさんが自身の負けを宣言する。

 ...勝った?手加減されているとは言え、アイズさん相手に一本取った?

 未だ状況が呑み込めていない僕へ「強くなったね」とアイズさんは嬉しそうに微笑む。

 アイズさんの笑みを見て、勝ったという実感がわいてくると同時に、訓練の日々が本当に終わってしまう事も実感する。 

 

「...っあ、ありがとうございました!!」

 

 終わってしまう寂しさと、強くなった喜びと、アイズさんへの感謝と、ぐちゃぐちゃになった心の中から言葉を探し出し叫び、頭を下げる。

 優しい顔をしてたアイズさんは、僕の頭を一度撫でると「...じゃあまた...」そう言って立ち去る。

 その背中、灰さん達よりも、ともすれば僕よりも華奢な、だが今の僕には誰よりも大きく見える背中へともう一度頭を下げる。

 こうしてアイズさんとの訓練の日々は終わった。

 

 

 

 

 

「それで?ヴァレン何某との訓練は終わったんだね?」

 

「そう...ですけど...あの、神様ちょっと怖いです...」

 

 【廃教会(ホーム)】にて神様にステイタス更新をしてもらう。

 アイズさんとの訓練があった時は、ダンジョンに潜るのもほどほどにしていたから、ステイタス更新をしていなかった分、どれだけ成長しているのか楽しみだ。

 ...と思っていたのだけれど、神様からの圧が凄い、というか近い。

 思わず引き気味になりながらそのことを伝えると、「なんだいベル君まで」だとか「ボクは君たちの主神だぞ」とか言って怒り始める。

 不味い。

 僕の訓練も終わり、リリの用事も終わったことで、リリと一緒に今日からダンジョンに潜るのに、初日から遅刻したとあればなんて言われてしまうか。

 

「あ、あの、リリが待っているので、また今度聞きますね」

 

 神様には悪いけれど、ここは逃げの一手だ。

 アイズさんとの訓練で学んだことを活かして、逃げを選択する。

 後ろから聞こえる神様の声に、心の中で謝りながら僕はいつもの噴水へと走った。

 

 

 

 

 

 

「あっちょっと、もう!

 なんだい、なんだい、ボクは君たちの主神だぞ、偉いんだぞ!

 それを灰君達といい、ベル君といい、もう!もう!!」

 

 ベル君が逃げた後、一人残されたボクは地団太を踏む。

 灰君達もギルドからの呼び出しがあった後から、ボクに内緒で何かしているみたいだし。

 一体何の呼び出しだったんだい?と聞いても、ボク(ヘスティア)には関係ない話だと話の内容すら教えてくれない。

 そんな所ばかりマネしなくて良いんだよ!?

 なんて言ったところでここにはボク一人。返事が返ってくるわけもなく。

 一人で怒ったって、空しいだけだ。

 

「はぁ、しょうがない。バイトにでも行くか...」

 

 ヘファイストスの店のバイトに向かう為に、ステイタスを写した紙を片付けて準備しようとしたボクは、そこに見慣れない文字があることに気がつく。

 

「あれ?これって?」

 

 

 

 

 

「あっベル様。こっちこっち、こっちですよ」

 

「はあ、はあ、ごめんリリ、待たせちゃった?」

 

 いつかリリに話しかけられた噴水へと走ると、既にリリがいた。

 こちらへと手を振るリリへと待たせてしまったか聞くと、「久しぶりだから少し早く出てきてしまいました」と笑う。

 ああ良かった。久しぶりに一緒に潜ると言うのに、待たせてしまったらどうしようかと思った。

 僕が笑うとリリももっと笑う。

 こうして僕達はダンジョンへと向かった。

 

「リリ、冒険って何をしたらいいと思う?」

 

「どうしたんですか急に...ってああ、【剣姫】ヴァレンシュタイン様ですか。

 凄いですよね、LV.6ですもの。確か37階層だかの階層主を単独撃破したんでしたっけ?

 ベル様がお世話になっていますから、こんなこと言うのはどうかと思いますけれど、ちょっとどうかしてますね。

 ...まあ灰様達と比べれば誤差みたいなものでしょうけど」

 

 ダンジョンへの道すがら、リリへと何気ない風を装って聞いてみた質問。だが僕が本当は何を聞きたいのか、リリにはお見通しだったようだ。

 アイズさんのLV.6へのランクアップ。今オラリオはその噂で持ち切りだ。

 僕がそのことを知ったのはギルドでのこと。

 壁に貼られたアイズさんの絵と、その下に書いてあった文を読んだときは、思わず大きな声を出してしまった。

 

 ランクアップ。

 神の恩恵を受けた冒険者が、偉業を達成した時、至る特別な成長。

 神の恩恵を受けた冒険者と、受けていない普通の人との間には、大人と子供ほどの力量差が生まれる。

 だが、ランクアップした同じ冒険者、例えばLV.1の僕とLV.2の僕の間にはさらに大きな差が生まれるらしい。

 

 オラリオは冒険者の街だ。この世界で最も冒険者が多い街と言い換えてもいい。

 だが、そのオラリオでもランクアップを果たすことすら出来ず、LV.1のまま終わる冒険者も決して少なくはない、むしろほとんどの冒険者はLV.1のままだ。

 LV.2の冒険者はそれだけで上級冒険者として扱われ、ベテランとしてギルドに認識されるようになる。

 ランクアップとはそれだけの偉業なのだ。

 

 ランクアップをする為には何かしらの偉業を果たす必要がある...らしい。

 らしい、というのはこれをすればランクアップできる、という決まった物が無いからだ。

 偉業というのは【冒険】をする必要があると言い換えることもできる。だから何か凄いことをすればランクアップできるというのは分かっているらしい。

 

 ギルドで話をしたエイナさんからは「ヴァレンシュタイン氏が特別なの。焦っちゃだめだよ」と言われた。

 ギルドを出た後あったシルさんからは「必ずしも冒険をしなくてもいいんじゃないでしょうか」と言われた。

 シルさんから押し付けられた皿洗いを一緒にしたリューさんからは「冒険者である以上自分だけの冒険がある。自分のする冒険の意味を考えるべきだ」と言われた。

 それぞれの言葉に頷けるものがあり、それでも納得のいかなかった僕はリリにもそれとなく話を聞こうとしたが、リリはジト目でこちらを見てくる。

 

リリの種族(パルゥム)というのは、ステイタスが上がりにくい種族で、小人族でランクアップした冒険者は稀なんですよ」

 

 ベル様が悪意を持って聞いて来たわけじゃないのは知っていますけれどね?と前置きしてリリの言った言葉に僕はびっくりする。

 確かロキ・ファミリア(アイズさんの所)の団長は小人族だったはず。

 ならあの人はどれだけいばらの道を歩いてきたのだろうか。

 

「【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ様ですね。同族の誇りを取り戻す旗印となることを公言している人ですね。

 まあ別に嫌いじゃないですが、あの人も頭ちょっとおかしいと思います」

 

 リリが僕の言葉に反応して、名前を出してくれる。

 苦手なタイプですよと、リリは小さく呟く。

 リリが過去してきた苦労には、ステイタスの成長が遅いと言う小人族への偏見もあったのだろう。

 

「今となっては昔の話です。とにかく、人によっては悩みの種を揶揄されたと思いかねません。」

 

 リリがズイッと僕に詰め寄り、忠告する。

 確かに人によってはケンカになりかねないかもしれない。

 頷く僕へと満足そうによし、とリリは言ったあと、僕へと疑問を投げる。

 

「ランクアップというのなら、身の回りにいる冒険者...それこそ灰様達にでも聞けばいいのでは?」

 

「灰さん達はいろんな意味で参考にならなそうだなと...」

 

「...それもそうですね」

 

 ちょっと微妙な空気になりつつも、僕達はダンジョンへと向かう。

 

「それじゃあ、もう一度確認です。今日の目的地は9階層。10階層までは潜らない。でいいのですね?」

 

「うん、この間潜ったときみたいに囲まれてしまったらどうしようもないし」

 

 ダンジョンの入口。

 いろんな冒険者がダンジョンに入っていく、或いは出ていく人の流れから離れた壁際で、リリと今日の目的を確認する。

 アイズさんとの訓練で強くなった自覚はある。リリも居るのなら不意打ちされることもないだろう。とは言え、油断は禁物だ。

 初日である今日は無理せず、9階層での探索を中心にする。

 今の僕では10階層でモンスターに囲まれてしまえば、無事に突破する術はない。

 例えば、もう一人前に立って戦う前衛や、魔導士みたいな後ろから援護してくれる後衛がいれば、また話は違うのかもしれないが。

 リューさんの言っていた「仲間との協力」という言葉を思い出しながら考えるが、無い物ねだりという奴だろう。

 最後に「リリもダンジョンは久しぶりだよね、無理はしないでおこう」と話を纏めて、ダンジョンへと潜っていく人の流れに合流する。

 

 

 

 

 

「...リリ、どう思う?」

 

「違和感は覚えますが...微妙な所ですね...」

 

 9階層で周囲のモンスターを一掃した僕は、リリへと話しかける。

 リリが眉をひそめて返した言葉通り、現状は微妙だった。

 

 9階層にまで降りてきてモンスターと戦う。いつも通りと言えばいつも通りの光景。

 だが、妙に冒険者とモンスターの数が少ない。

 ではこれが異変かと言われればそうとも言い切れない。

 アイズさん達ロキ・ファミリアの遠征部隊が、ダンジョンの深層へと出発するのが今日のはずだ。

 冒険者達は、遠征部隊という大人数の移動によってダンジョンの環境が荒れるのを嫌って、モンスターは遠征隊という大人数との戦いで、数を減らしていることが考えられる。

 

 僕達もそれを承知の上でダンジョンに潜っていた。

 だが、それだけでないと言うか、妙に静かすぎると言うか。説明できない()()とでも言うべきものが、異常事態だと囁いているような...いないような。

 僕だけでは判断しきれずリリに聞くが、リリもはっきりとは言えない違和感を覚えているようだ。

 前に似たような状況でミノタウロスに襲われた経験から敏感になっている、と言われれば納得できるような些細な、だけど無視するには大きな違和感。

 どうするべきかリリと相談していると、僕の背中に悪寒が走る。

 

 

見られている。

 

 何処からかは分からないが、間違いなく誰かが僕のことを見ている。

 

「リリ...誰か周りにいない?」

 

「...リリには見つけられませんでした...」

 

 リリへと小声で見られていることを話し、周囲の警戒をしてもらう。

 僕も気配を感じるのは出来るが、リリなら僕が気がつかない物にも気がつくだろう。

 だが、リリは首を振り、何も見つからないと囁く。

 ...これは不味いかもしれない。一体何が起きているのか分からないが、何か起きているのは間違いない。

 周囲を警戒しているリリへと撤退しようと声をかけようとした時、僕の耳に恐ろしい唸り声が届く。

 

「ブモオオオオオオ」

 

 体が硬直する。

 全身から汗が流れていく。

 落ち着け、落ち着けっ。

 僕は強くなった、僕は経験を積んだ、あの時とは違う。

 無様に逃げることしかできなかった僕はもういない。

 必死に自分に言い聞かせ、落ち着かせようとするが、息が荒くなっていくのが分かる。

 

「なんでこんな所にミノタウロスが!?」

 

 リリが曲がり角の向こう側から現れた巨体を見て、悲鳴を上げるように絶叫する。

 僕の気のせいだと思いたかった、僕がトラウマから幻聴、幻覚を見たのだと思いたかった。

 だが、ダンジョン9階層(ここ)ミノタウロス(僕の恐怖の象徴)が現れた。

 

ベル様ッ!逃げなければ...ベル様!!

 

「あっあっあ...あ」

 

 リリが何か叫んでいる。

 だが僕が感じるのは、あの日追いかけられた時に感じたミノタウロスの荒い鼻息。

 

 ミノタウロスが僕達に気がついたのか、こちらへと向かってくる。

 ...逃げなくちゃ。

 隣にいるはずのリリのことすら忘れて、僕の頭に浮かんだのは逃亡。

 だが足が動かない。まるで凍り付いたかのように、ピクリとも足が動かない。

 

ベル様!ベル様ッ!!

 

 ()()が叫んでいる。

 逃げる。逃げなければ。逃げなければならない。逃げなければ、あの恐ろしいモンスターから逃げなければ。

 だが、指の一つも動かせない。

 いっそ何も見えなければいいのに、視界だけははっきりとしている。

 ミノタウロスが僕との距離を詰めてきていることも、その手に持つ大剣も、盛り上がった腕も、片方の角が欠けていることすらはっきりと見える。

 

「ダメえええええええぇ!!!」

 

 逃げられない、避けられない、死ぬ。

 恐怖が僕の心を覆う。だがいやだからこそ、ピクリとも動くことが出来ない。

 何もできず、ミノタウロスの武器が振り下ろされるのを見ていることしかできない僕を、衝撃が襲う。

 衝撃に目を閉じることもできず、開いたままの僕の目に映ったのは、僕にタックルしたリリと、僕が一瞬前まで立っていた場所に突き刺さるミノタウロスの大剣。

 そしてミノタウロスの攻撃によって飛んできた破片が、リリの頭に当たる光景。

 

「ありがとう、ごめんリリ...リリ!?リリッ!どこにいるの!?」

 

「べ、ル...様...」

 

「リリ!!」

 

 地面にぶつかり、痛みで正気に戻る。

 リリが動いてくれなければ、ミノタウロスの攻撃で叩き潰されていた。 

 リリへとお礼を言おうとして気がつく、リリがいない。

 周囲を見渡せば、頭から血を流して倒れているリリの姿。 

 最悪の状況が頭をよぎる。だが、僕の声に反応して返事をする。

 

 今すぐ助け起こしたい。その傷の手当てをしなければならない。

 だが、ミノタウロスがそれを許さない。

 起き上がり、ナイフを構え、ミノタウロスを牽制する。

 武器を構えたことで警戒したか、動きを止めたミノタウロスを睨みつけながら叫ぶ。

 

「リリッ、逃げて!」

 

「い...や...ベル様...」

 

「逃げて、早く!!」

 

「リリは...ベル様を...」

 

「お願いだから逃げて...逃げろよ!!

 

 リリはどう考えても戦えない。いや、灰さん達との訓練、アイズさんとの訓練、そしてダンジョンでの戦闘経験によって強くなった僕でもミノタウロスと戦うことはできても、勝てないだろう。

 なら、今するべきことは、リリを逃がすことだ。

 リリは首を振り、僕を残して逃げるのをためらっていたようだが、僕が懇願するように叫んだことで、泣きながら逃げ出す。

 これでいい。これで僕も逃げられる。

 

「ヴォオオオオオ!!」

 

「ッ!!」

 

 リリが逃げ出したことで生まれた安堵。その心の隙をつくようにミノタウロスが攻撃をしてくる。

 辛うじてその攻撃を弾いて理解する。

 僕は今逃げ出すわけにはいかない。

 逃げるだけなら、オラリオに来てすぐの僕でも逃げられたんだ、簡単に逃げられるだろう。

 だがこいつは今、僕が安堵して気が緩んだのを見て攻撃してきた。

 そしてその攻撃が弾かれると同時に、僕からの反撃を受けないよう距離を離した。

 明らかに、本能だけの動きではない。

 どうすれば相手を仕留められるのか、どうすれば相手の攻撃を受けずにいられるか、それを考え実行する能力がある。

 こんな相手が、逃げ出した僕だけを愚直に追いかけてくれるとは思えない。

 

 僕よりもリリの方が足が遅い。

 例えリリが逃げた方とは別の方へと逃げたとしても、僕を見失ったこいつは足の遅い方(リリ)を追いかける危険がある。

 先程までの頭から血を流して倒れているリリの姿が、頭をよぎる。

 絶対にそんなことさせない。

 僕はリリが逃げ切れるまでこいつの足止めをする。その覚悟を決める。

 

「ッ!!うおおおおおおおおお!!」

 

 気を抜けば震えそうになる足に気合いを入れ、僕はミノタウロスへと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああ!」

 

「ヴォオオオオオオオオ!」

 

 相手の大剣と僕のナイフの間に火花が散る。

 どれだけこいつの相手をしていただろうか。とっくの昔に、時間感覚なんてなくなっていた。

 リリはうまく逃げられただろうか、逃げた直後は気が動転していただろうが、落ち着いたのなら傷の手当てをして一人で地上に帰れるはずだ。

 

 幾度となく、ミノタウロスの攻撃を受け、硬いミノタウロスの肌へと攻撃を仕掛けた結果、手は痺れてナイフを取り落としてしまいかねない。

 その反面、頭の中は妙にはっきりとしていて、どう動くべきか、どう避けるべきかが、直感的に分かる。

 僕がこれだけミノタウロス相手に戦えているのは、アイズさんとの訓練で身に着けた【技術】のおかげであり、ミノタウロスが倒れていないのもまた、こいつが身に着けている【技術】のおかげだ。

 いなし、逸らし、防ぎ、流す。打ち込み、叩きつけ、薙ぎ払い、牽制する。

 互いに互いの隙を探し、自分の隙を潰す。

 明らかにこのミノタウロスは普通にダンジョンから生まれた個体ではない。むしろ、誰かが戦うための技術を教え込んだかのような...僕がそこまで頭を回したとき、声がした。

 

「...ベル!?」

 

「...獣が...殺してやる」

 

「頑張ったなベル。今助けてやる」

 

 焦ったような狼さんの声。

 モンスターへの殺意を漲らせた狩人さんの声。

 優しい灰さんの声。

 良かった。灰さん達が来てくれた。これで助かる。

 

「灰さん達は手を出さないでください!!これは僕の戦いです!!」

 

 だがそんな考えとは裏腹に、僕の口は灰さん達の助けを拒んだ。

 灰さん達の登場で攻め時を見失ったミノタウロスと、灰さん達が驚くのを感じる。

 いや、僕自身が一番びっくりしている。

 何を言っているんだ僕は。

 

 ミノタウロスは僕より(たとえどれだけ強く)はるかに強い相手だ勝てるわけがない(とも僕は自分の手で倒したい)

 このミノタウロスは危険な(これまでで一番楽しい)相手だ決して逃がすわけにはいかない(戦いだったもう一度戦いたい)。 

 ミノタウロスはモンスタ(僕にはわかるミノ)ーだそんな感傷は意味が無い(タウロスも同じ気持ちだ)

 灰さん達に助けてもらうのが正しいはずだ(僕一人で戦わなければいけない)

 

 ああそうだ理解した。

 立ち向かうべきは今だ。

 僕が冒険するのは今だ。

 今冒険しなければ、伸ばされた救いの手を取ってしまえば僕は英雄に成れない。

 冒険者でいられない。

 僕がする【冒険】はこれ(ミノタウロス)だ。

 これだけは誰にも渡せない。

 

「...それがお前の選択なんだなベル?」

 

「はい。僕は戦います。ミノタウロスと戦います。それが僕の願いです。僕の獲物を横取りすると言うのなら、灰さん達でも許しません」

 

 助けに来てくれたと言うのに、こんなことを言われれば困ってしまうだろう。

 だが、灰さん達の顔に動揺はない。

 はぁ~と狩人さんが深いため息を吐く。

 

「理解しているのだろうな?それはお前よりも強い。逃がせば凄まじい被害が生まれるだろう。...分かっているのなら勝て」

 

 意外だ。

 自分で言っといてなんだが、狩人さんは僕の言葉なんて無視してモンスターを殺すと思っていた。

 しかし狩人さんは呆れたような表情をしてはいるものの、手出しをするつもりは無いようだ。

 狩人さんの言葉に頷き、ミノタウロスへと向かい合う。

 

「待ってくれてありがとう...僕はベル。ベル・クラネル。

 ヘスティア・ファミリアの冒険者にして、英雄に成る女神ヘスティアの眷族」

 

「...ヴォ、ヴォオオ、ヴォオオオオオ!!」

 

 灰さん達を警戒して動かなかったというのが普通の考えだろう。

 だけど僕にはミノタウロスが待っててくれたように感じた。

 ナイフを抜き名乗る。

 これは作法だ。

 戦いの作法。この戦いがただの殺し合いで無く僕とミノタウロスのぶつかり合いであることの、そしてどこまで突き詰めても殺し合いであることを証明するための作法。

 何を馬鹿なことをと言われても仕方がない行動。

 だが、ミノタウロスは名乗り返すように、咆えて切りかかって来た。

 

 ミノタウロスの言葉が分からないのが少し悔しい。

 僕が勝ったら、勇敢で強い君の名前を永遠に覚えておくと約束できないのがもどかしい。

 そんな思考はすぐに掻き消える。

 今大切なことは未来じゃない、今ここでしている戦いだ。

 

「ッ!ふっ!やっ!はああああ!!」

 

「ヴォオオ!ヴォオオ!ブオオオオオオ!!」

 

 弾く、避ける、打ち込む。

 弾かれ、避けられ、反撃される。

 僕が攻めれば、ミノタウロスが受け、ミノタウロスが攻めれば、僕が受ける。

 互いに殺意をぶつけあっているはずなのに、どろどろとした物を感じさせない、それどころか爽やかな物すら感じる戦い。

 

 気を抜けば膝から崩れ(まだまだ)落ちそうなくらい疲れた(戦いたい)

 武器を握っているのも疲れてきた(まだまだ戦いたい)

 頭を使い続けて頭が爆発しそうなくらい熱い(もっともっと戦いたい)

 

 ミノタウロスが距離を取り四つん這いになる。角を使った突進。

 見れば体は僕の攻撃により至る所に傷があり、血が噴き出している。

 僕も頭に跳んできた破片を受けた所為で、出血して視界が悪い。

 体に痛くない所はなく、今にも座り込んでしまいそうなくらい疲れている。

 これ以上の戦闘は無理だ。

 だからこそ、この一撃で決めるつもりなのだろう。

 悔しい。僕がもっと強ければ、もっと戦えたのに。

 

「ヴォオオオオオオオオ!!!」

 

「ファイアボルト、ファイアボルト!ファイアボルト!!!」

 

 たとえ万全の状況だったとしても、ミノタウロスの突進を受け止めることは無理だ。

 だから突進してくるミノタウロスへと魔法を連射する。

 だが止まらない。顔、足、腕、どこに撃ったとしても、どれだけ撃ったとしても止まることは無いだろう。

 理解する。止める為に魔法を打ち込むのはミノタウロスじゃない、ダンジョンの床だ。

 

 僕の放った魔法がダンジョンの床を抉る。

 ミノタウロスはこのまま進めば倒れることを理解して、回避しようと僅かに迂回しスピードを緩める。

 ここだ。この瞬間だ。

 ゆっくりになった世界の中、ナイフをミノタウロスの残った角に添えるようにして弾く。

 痛い。腕がもげそうだ。

 だけど不安定な足場と頭を弾かれたことで、ミノタウロスは上半身を大きくのけぞらせて、隙だらけだ。

 

「お、おおおおおおおおおお!!!」

 

「ヴォオ...」

 

 痛む腕を無視してナイフをミノタウロスに突き立てる。

 分かる、これは致命傷だ。ミノタウロスの肉体から力が失われていき、大剣が手から滑り落ちる。

 

 大剣が地面にぶつかり、カランと音を立て、その音が契機だったかのようにミノタウロスの体に力が満ちる。

 分かっていた。このまま死ぬことなんてない事。

 最後の最後。死んでしまうその時まで、全力で抗う事。

 生きる為に必要なこと、相手を殺す為に必要なこと、戦った相手への礼儀。

 もしも、僕が致命傷を受けたとしても、命が失われるその時、魂が肉体から離れるぎりぎりまで戦い続けるから。

 

 ナイフを引き抜き更に攻撃することは無理だ。

 最後の力で、抜けないように締め付けられている。

 ナイフを手放し、距離を取る?

 悪くない。だけど、ミノタウロスとの戦いの前にも魔法を使っていた僕はマインドダウンが近い。

 遠距離からちくちく魔法で攻撃するだけでは、ミノタウロスを倒す前に僕が倒れる。 

 

 だからこうする。

 ナイフに更に体重をかけ、より深く突き刺す。

 暗くなっていく視界も気にせず、魔法を連発する。

 大丈夫だ。突き刺さったナイフが支えになって倒れることは無い、これだけ密着していれば魔法が外れることもない。

 後は、ミノタウロスと僕の気力のどちらが先に尽きるかの勝負。

   

「ファイアボルト!ファイアボルト!!ファイアァァボルトォォォ!!!」

 

 早く倒れろ(もっと戦いたい)早く倒れろ(もっと戦いたい)早く倒れろ(もっと戦いたい)

 相反する思考が頭の中に響き、ひたすらに魔法を打ち込む。

 目の前も見えないままに続いた戦いの最後はあっけなかった。

 急にナイフが軽くなり、支えが無くなる。

 とっくに自分で立つこともできなくなっていた僕はそのまま地面に倒れ伏し、その衝撃で意識を失う。

 消えていく意識の中考えたのは僕は勝ったのか、負けたのか。

 ただそれだけだった。

 




どうも皆さま
セキロ楽しい...私です

UA10万、お気に入り800ありがとうございます。追記900超えましたありがとうございます
私もともとランキング覗く習慣なかったんですよ、前ランキングに乗って以来ちょこちょこ覗いているうちにステキな作品との出会いがあり、毎日覗くようになったのですが、日間ランキング8位?
(゚Д゚)Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)
みたいにリアルでなりました本当にありがとうございます。
この文章も、時間が経つと夢か幻を見たと思いそうなので、その場で書いています。
いや本当に、ありがとうございます。
これも感想、評価、そして見てくださる皆様のおかげです。
改めてありがとうございました。

とりあえず本文に戻りましょうか
おかしいですね?ベル君戦闘狂になってません?
予定では助けに入った灰達の背中にアイズの背中を幻視して奮い立つはずだったのですが
間違いなくこの部分書く前にセキロでゲンちゃん倒した影響ですね
この章も残す所2~3話でしょうか
もう一話この休みに更新できるよう頑張ります

それではお疲れさまでしたありがとうございました





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そこにあった戦い

連休中にもう一話投稿とか言っておきながら遅くなり申し訳ありません
体調不良でこの様です


ヘスティア・ファミリア拠点 【廃教会】

 

「さて、まずは襲撃者たちについて話すべきだろう」

 

 襲われた二人(ヘスティアとベル)は疲れからか、夕食を終えてすぐにうつらうつらと居眠りをしていた。

 寝るのなら部屋で寝ろと言う灰の言葉に、半分寝ながら自室へと戻っていく二人を見送り、狩人が話を切り出す。

 

「襲撃者というのならお前だろう狩人。人違いで冒険者を襲ったんだってな?」

 

「五月蠅い殺すぞ」

 

「灰殿、そのように狩人殿を煽るものではありませぬ。狩人殿も殺すなどと...死なず同士の殺し合いなど意味が無いでしょうに」 

 

 火の無い灰が狩人を揶揄うように、にやにやと厭らしく笑う。

 鋭い目つきで睨みつける狩人との間に緊張が走る。

 あわやという空気の中パンパンと手を叩き、九郎が仲裁に入る。

 

「そうか?不死者同士の殺し合いは火の時代のメジャーな娯楽だぞ?普通の人間にとっても、不死者にとっても。なぁ焚べる者」

 

「事実だが、貴公話をずらすな。今話しているのは狩人だろうに」

 

 意見の相違という奴だなと笑いう灰に同意を求められた焚べる者は、同意しながらも手で狩人へと話を進めるように促す。

 いらだった様子の狩人は一度息を吐き、落ち着いた後血に濡れた歪んだ刃──慈悲の刃を机の上に置く。

 

「これは...?」

 

「女神ヘスティアとベルを襲った輩の血だ」

 

 狩人の言葉を聞いた灰があちゃ~と額に手を当てる。

 その様子をギロリと睨みつけるように瞳を動かして見つめる狩人。

 

「その通り。灰が隠していた【怪物祭】の黒幕。フレイヤ・ファミリアの冒険者の...な」

 

「それで?今から襲撃にでも行くと?」

 

 狩人は血よりその遺志を得る──つまりは取り入れた血の持ち主について情報を得る──ことが出来る。

 それ故、【怪物祭】の黒幕について知った狩人のしそうなことを言う灰だったが、狩人は首を振る。

 

「それについては納得はしていないが、理解はした。過去の所業については見逃すとしてやろう。だが、これからの所業は別だ」

 

「...別とは...まさか【猛者】オッタルがダンジョンに籠っているのと関係が?」

 

 狩人の言葉に、狼がここの所オッタルの姿がオラリオで見られないことを口にする。

 冒険者、それも高位の冒険者の中には、自分一人でもダンジョンに潜る者も少なくない。

 だからオラリオで見かけなくても、またダンジョンにでも籠っているのだろうと思われる、それを逆手に取った形だな。

 狩人がそう言って前置きをして話した、ベルへとぶつける為の()()を鍛える計画。

 

「...面倒な」 

 

 狼が眉間にしわを寄せて呟いた言葉が、この場にいるすべての人物の総意だった。

 とは言え放っておくわけにもいかない。

 各々が武器を手に取り、ダンジョンへと向かう。

 

「行くのですね。狼無事に帰ってくるのですよ」

 

 その背に九郎は祈るように手を合わせる。

 

 

 

 

 

ダンジョン9階層

 

「こ、この先の広間(ルーム)で片角のミノタウロスに襲われたんだ...」

 

「ミノタウロスか...」

 

 ダンジョン内で見つけた負傷した冒険者。

 ダンジョン内での出来事は自己責任とするのが冒険者の常識だが、ロキ・ファミリア程の大派閥ともなれば見捨てる訳にもいかない。

 そうして助けた冒険者が語る話を聞いて、ロキ・ファミリア団長【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナは忌々しそうに呟いた。

 その脳裏によぎるのは、前回の遠征から帰ってくるときに自身等の不手際で上層へと逃げたミノタウロスの姿、そしてその後の騒動の後始末に追われる日々。

 LV.6の冒険者である自身をして二度としたくないと思わせる、忌まわしい記憶に険しい表情になるのを止められないフィン。

 そんな団長へと声をかけるエルフがいた。

 

「まるでミノタウロスに呪われているかのようだな?」

 

「呪いかどうかはともかく、後続のことを考えればここで打ち取っておくべきだろう」

 

 【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴだ。

 念密な計算の元に成り立っていた計画が狂っていることに眉を顰めている姿すら、気品とでも言うべきものが漂っている。

 

 不本意な終わりを迎えた前回を踏まえ、今回こそと意気込んだ先に現れたイレギュラー(ミノタウロス)

 負傷者への施しは、遠征部隊全体から見れば微々たるものではある。

 だがダンジョンに潜ってから、幾人もの負傷者を助けているロキ・ファミリアとしては無視できるものでは無いだろう。

 ともすれば物資を運ぶ後続が襲われかねない。

 討伐するべく出すべき人員について相談している二人の元に、また新しい負傷者が見つかったとの報告が入る。

 

「...酷い怪我。大丈夫!?しっかりして」

 

「冒険者...様...どうか、助けてください...」

 

 ミノタウロスが出たという話を聞いて隊列を離れ、先行していたアイズが見つけたのは頭から血を流している小人族(パルゥム)

 その言葉に見捨てることは無いと伝えアイズは落ち着かせようとするが、傷ついた小さな体のどこにそんな力があるのか、驚くほどの力でアイズの鎧を握りしめ、うわ言の様に助けを求める。

 

「アイズ!それが例の負傷者?」

 

「みんな...」

 

 無理に振りほどくこともできず、どうすればいいか困っていたアイズにロキ・ファミリアの面々が追いつく。

 傷の手当てをとフィンが指示すると同時に、荷物の中からポーションや包帯が取り出される。

 しかし、手当てしようとする手を振り払い、アイズに縋り少女は懇願する。

 

「お願い...します...どうかあの人を...ベル様を助けてください」

 

「っ!!」

 

 少女の治療のために離れようとしていたアイズは、懇願の内容を聞き目を開く。

 一体何処で襲われているのかという問いに、意識が朦朧としている少女が何とか絞り出すように答えた場所へと、先に行くとだけ仲間に告げアイズは走る。

 

 まさか、そんなことはあり得ない。走りながらアイズは考える。

 上層でミノタウロスに襲われた彼がまた襲われているなんて、そんなことはあり得ない。

 だけれど、本当に襲われているのなら彼では勝てない。

 いくら成長し、自身との訓練で強くなったとしても、LV.1の冒険者が勝てるほどミノタウロスとは甘いモンスターではない。

 脳裏に血に塗れ、ダンジョンの床に倒れ伏す彼の姿がよぎる。

 

「そんなことはさせない。今行く「よぉ【剣姫】随分急いでいるみたいだがな、残念ここは通行止めだ他所に行きな」」

 

「【目覚め...(テンペス...)】「無視しないでくれよ。ひどいなぁ、泣いちまうぞ?」...っ!!」

 

 自身の想像に押されるように足を速めるアイズの前に立ち塞がった人影があった。

 鎧を纏った男、火の無い灰だ。

 ミノタウロスに襲われているだろうベルと同じファミリアの冒険者である灰が立ち塞がったことに、僅かに動揺するアイズ。

 だが、灰に構っている暇など無いと言わんばかりに、魔法を使用し突破しようとする。

 しかし詠唱するアイズの足元に矢が突き刺さった事で、詠唱は中断される。

 見ればいつの間にか灰の手には、楽器のようにも見える精密な造りのクロスボウがあった。

 

「私はベルが襲われていると聞いて助けようとしている...あなたは違うの...?」

 

「あー逃げたおチビから聞いたのか?助けてやりたいという気持ちは分からんでもないが、ベルは戦うことを選んだんでな。邪魔はさせん、それが先達の仕事ってやつだ」

 

 最悪灰を突破しても無防備な背を撃たれると判断したアイズは、何故邪魔をするのかを問う。

 問いに対する灰の返答は簡単なものだ、ベルが望んだから。だが、アイズには看過できない言葉だ。

 ミノタウロスは、ちょっと強いだけのLV.1が勝てるモンスターではない。

 たとえベルから恨まれようと、死んでしまうよりはましだと助ける決意をする。

 とは言え、灰はそう簡単に抜かせてくれないだろう。

 どうするべきか迷ったアイズの耳へと仲間の声が届く。

 

「アイズー先走り過ぎー」

 

「なっ、火の無い灰!?一体何故ここに...」

 

「おやおやおや、こいつはちょいと不味いな」

 

 最初に現れたのはティオナ。

 その後ろから先走っているのはあんたも同じよと、妹を諫めるティオネ。

 その後ろからもベート、フィン、リヴェリア、ガレスが現れる。

 立ち塞がる灰を見て目を見開くリヴェリア。だが灰も頭に手をやり、困ったようなジェスチャーをする。

 

 それはそうだろう、灰一人に対してアイズ達は七人。

 邪魔しようにも、しきれる数ではない。

 手荒な真似をした所で、この人数差だ。

 如何に灰が強いと言えど、足止めどころか数の暴力で袋叩きにされるのがオチだ。

 だが、ロキ・ファミリアの幹部勢に囲まれながらも、灰はその飄々とした態度を変えない。

 「仕方がないな、こうしよう」と、言うと同時に手を上にあげる。

 

「リヴェリア!?」

 

「なっ!くっ!!」

 

 リヴェリアへと飛んできた手裏剣、それに反応してそれを弾き落としたフィン。

 

「御免...」

 

 その二人の前に立ち塞がる厳めしい顔つきの忍び。

 【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ&【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ

 

VS

 

隻腕の影(セキロ)】狼

「ぐっ、がぁ...」

 

「ベート!?」

 

 後ろから振われた教会の石槌で吹き飛ばされるベートと、吹き飛ばされたベートへと駆けつけるガレス。

 

「気を抜いたな獣が」

 

 その二人へと鞘代わりの石槌から抜いた直剣を突きつける月の狩人。

 【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ&【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック

 VS

 【血に濡れた悪夢(ブラッドボーン)】月の狩人

 

「みんな!?...きゃっ!!」

 

「ティオナ!?てめぇ」

 

 仲間が襲撃を受けたことで動揺した隙に攻撃され転がるティオナと、妹を攻撃した乱入者を睨みつけるティオネ。

 

「しばらく付き合ってもらおう。ミラのルカティエルの伝説朗読会に」

 

その二人へと正統騎士団の大剣を携え、立ち塞がる絶望を焚べる者。

 【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ&【怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテ

 VS 

 【ミラのルカティエル(ミラのルカティエル)】絶望を焚べる者。

 

「分断したとはいえ二対一だ、卑怯とは言わないよな?」

 

「...」

 

 あっという間に分断され再び一人になったアイズへと、灰はロスリック騎士の直剣を突きつける。

 無言で愛用のレイピアを突きつけるアイズ。だが一人で切り抜けるとなると厳しいものになるだろう。

 

「おっとあんただけ一人だったな、まあ残り物どうし仲良くやろうや」

 

 【剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタイン

 VS 

 【最も古き伝承の終わり(ダークソウル)】火の無い灰

 今ダンジョンの中で、オラリオ最強とも噂される冒険者達がぶつかろうと...否。

 

「...ならば俺も勘定に入れてもらおうか」

 

「あなたは...」

 

 【剣姫】様なら問題はないだろう?と嘲るように笑う灰。

 その後ろから切りかかる人影がいた。

 意外な人物の登場に目を見開くアイズ。

 そこにいたのは【猛者】オッタル。

 

「へいへいへい。【猛者】様ともあろうお方が二対一で弱い者いじめかい?

 オラリオ最強の名が泣くな。

 ...いやマジな話、俺この二人を同時に相手にすんの?流石にきついぞ!?」

 

「【猛者】...」

 

「勘違いするな【剣姫】、俺は灰へと借りを返すだけ。お前の事情など知らん」

 

 言葉通り、他者の事情など知った事かと言わんばかりに、大剣を構えるオッタル。

 その姿を見て、とにかく今は灰を倒すことが先決だと構え直すアイズ。

 仲良く肩を並べて自身に立ち向かう、アイズとオッタル(【剣姫】と【猛者】)を見た灰は僅かに考えこんだが、頭を振り「まったく俺みたいなロートル相手に過分が過ぎる...まあやるだけはやるか。来いよ、俺は多対一が死ぬほど苦手だぞ!」と叫び直剣を構え直す。

 

 【剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタイン&【猛者(おうじゃ)】オッタル

 VS

 【最も古き伝承の終わり(ダークソウル)】火の無い灰

 

 こうして、ダンジョン9階層。

 観客も、報酬もないままに、オラリオ最大派閥の両雄(ロキファミリア&フレイヤ・ファミリア)オラリオ最凶(ヘスティア・ファミリア)の戦いは幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

「まったく。これだけ翻弄されると、自分の未熟を嫌と言うほど実感させられる」

 

「ははっ、同意だね」

 

 大きく跳躍し仲間(リヴェリア)の傍に着地したフィンの耳に、リヴェリアのボヤキが入る。

 それに笑いながら同意するフィンだが、彼らは弱くない。

 片や、神の恩恵を受けた冒険者が使える魔法は三つまでという常識を覆し、九つの魔法を使いこなすオラリオ最強の魔導士。

 片や、小人族は冒険者として大成できないという常識めいた俗説をひっくり返した、オラリオ最大派閥の団長。

 前衛と後衛に分かれ、連携も取れたバランスの良い二人組だが、狼一人に翻弄されている。

 

「まさか僕の槍を、防ぐでも、弾くでも、避けるでもなく、踏みつけられるとは夢にも思わなかったよ」

 

「まったくだ」

 

 オラリオには数多の冒険者がおり、それぞれに愛用の武器がある。

 争いの火種になる為、誰も口にしないが、当然皆自身の使う武器こそが最強であると思っている。

 フィンもその一人だ。

 叩く、薙ぐ、切る、突く、と多彩な攻撃方法があり、リーチも長い槍こそが最高の武器だと、そして自身こそがオラリオで最も武器を使いこなしていると自負していた。

 長物の弱点であるとされる懐に入り込まれた時も、石突や短く持つことでカバーしてきたし、むしろ近距離戦を狙う相手をカウンターで沈めてきたことは幾度もあった。

 だが、狼はその経験を凌駕する。

 

 自身の連撃を見事に捌き切られ、ならばと放った下段の薙ぎをジャンプで躱され自身を蹴り飛ばされる、あまつ渾身の突きをあろうことか狼は上から踏みつけることで防いだのだ。

 最早ここまでくると悔しさより先に、称賛の念が湧いてくる。

 

「私もこれほどまでに魔法の詠唱どころか、何もさせて貰えなかったことは無い」

 

「まったくだね」

 

 魔法を使う際の詠唱時間。

 これをどう捻り出すのかは、魔法を持つ冒険者の、否すべての冒険者にとっての永遠の命題だろう。

 

 魔導士とは大きな大砲。

 狙いをつけ、打ち出すまでの時間を稼ぐのは前衛の仕事、例えば攻撃を受けて詠唱が中断されたのなら責任は攻撃を通した前衛にある。魔導士がするべきは打つべき場所に打ち込むだけ。

 これが魔導士の一般的な運用であり、多くの場合他の冒険者(前衛)が時間を稼ぎ、その間に詠唱するのが一般的だ。

 だが、一般的な答えをそのまま実行するだけで手に入るほど、オラリオ最強の魔導士の名は安くない。

 

 リヴェリアの魔法は、威力、範囲共に強大なものが多く、故にダンジョン内でもおいそれと打つ訳にはいかない。

 だからこそ魔法を使わない戦闘技術も修めており、LV.3ぐらいならば倒すことが出来る。

 自身に迫る攻撃を避け、自身に迫るモンスターを倒し、なおかつ魔法の詠唱も途切れさせない。

 自分の身を自分で守って初めて、魔導士は最強(リヴェリア)の領域への一歩を踏み出せるのだ。

 だが、狼は容易くその守りを突破する。

 

 フィンの攻撃を捌きながら、リヴェリアへ向けて手裏剣を放ち。 

 フィンに隙があれば、リヴェリアへと斬撃を放ち。

 リヴェリアがフィンへと援護しようとすれば、爆竹の音と煙で詠唱を中断させる。

 動き一つ一つに無駄が無く、戦場をコントロールし続ける。

 全くもって手も足も出ない。

 

 それも当然だろう。

 ヘスティア・ファミリアにおいて、狼より高い火力を誇る者が居る、狼より多彩な武器を十全に使いこなす者が居る、狼より精神の強さで勝る者も居る、だが人相手の戦いならば右に出る者はいない。

 言い方に語弊はあるかもしれないが、モンスターを相手にすることを念頭に置いた冒険者と、最初から人相手に戦うことを想定した忍びが戦えば、忍びが勝つのだ。

 

 だからフィンとリヴェリアの考えは一致した。

 勝つことを諦め、対人戦の訓練と割り切る。

 事実、これだけ二人を翻弄している狼からすれば、幾度となく彼らにとどめを刺すことはできただろう。にも拘らずフィンもリヴェリアも健在であることが、狼が二人を殺すつもりが無い、足止めを目的としている何よりの証拠であった。

 だからこの戦いを通して、狼から盗めるだけ技術を盗む。

 強者と呼ばれるようになって久しい自身等が得た、挑戦者の立場での戦い。

 この機会を最大限に生かすと決めた二人は、再び狼へと立ち向かう。

 

「まだ来るか...ならば幾度でも叩き伏せよう...」 

 

 息を整える二人を何をするでもなく見ていた狼もまた、二人の挑戦者を迎え入れた。

 戦いの終わりは遠い。

 

 

 

 

 

「【怪物祭】であたしを助けてくれたのもあんたでしょう?なら何でこんなことするの!?」

 

「ミラのルカティエルは罪の塔へと至り、彼の地で罪人たちと戦った...」

 

「ねえ、なんで後輩君を助けるのを邪魔するの!?あんただって他の人を思いやる気持ちが無いわけじゃないんでしょ!?」

 

 ティオナの叫びが戦場にこだまする。

 ティオナは戦闘が始まってからずっと焚べる者へと問い続けた、何故こんなことをするのかと。

 だが焚べる者の口から出てくる言葉はミラのルカティエルの伝説のみ。彼女の疑問への答えは一向に返ってこない。

 それでも、ティオナは諦めない。なお焚べる者へと問い続ける。

 

「うっせえんだよぉ!!さっきから聞いてもねえ話をぶつぶつ、ぶつぶつ!!」

 

「ティ、ティオネ!?」

 

「ティオナもだ!!何考えてるのかなんて、ぼこぼこにして縛り上げた後に聞きゃぁいいんだよ」

 

 この状況に怒りが爆発したのは気の短いティオネだった。

 人の話を聞かない焚べる者(ミラのルカティエル)、いつまでも返ってこない言葉を待ち続ける(ティオナ)、そして一向に通らない攻撃に怒りを抑えきれなくなったティオネは、すさまじい勢いでまくし立てる。

 姉の性格を理解していても、否理解しているからこそティオナはその豹変に引き、妹が引いている事実にまたティオネの怒りは煽られ、遂には【憤化招乱(バーサーク)】を使うと宣言する。

 

 【憤化招乱(バーサーク)

 ティオネが持つスキルの一つであり、自身の受けたダメージの量と自身の感情によって攻撃力を向上させるものだ。

 だが、その特性上発動すれば激情に駆られ、非常に荒々しい戦い方になる。

 その戦い方から【怒蛇(ヨルムガンド)】という非常に物々しい二つ名がついたのだ。モンスター相手ならともかく、冒険者相手にそうそう使うべきスキルではない。

 しかし迷いなくティオネはスキルを使用し、ゆらゆらとオーラを立ち昇らせる。

 

「そっか、ティオネは本気なんだね。ねぇミラのルカティエル、痛くしたらごめんね!!」

 

「...ミラのルカティエルは逃げない」

 

 姉の姿を見たティオナも【狂化招乱(バーサーク)】を使用しようとする。

 後ろめたさから焚べる者(ミラのルカティエル)へと謝るが、迎えるように両手を広げた焚べる者(ミラのルカティエル)の姿に、本気で行くことを決める。

 スキルを使い、先ほどまでとは比べ物にならない程の火力を手に入れたヒリュテ姉妹を見て、焚べる者は呟く「ならば見せようミラのルカティエルの伝説を」と。

 

ううん、ううん、おおお!!」

 

いいい、あああ、おおおお!!」

 

 先程までの敵意と攻撃がおままごとだったかのような、殺意すら感じるアマゾネスの姉妹の猛攻。

 だが、焚べる者は涼しい顔で捌いていく。

 

 いやそれも当然だろう。

 彼こそが絶望を焚べる者。

 ドラングレイグを旅するだけでは飽き足らず、その後の火の時代まで彷徨い続けた不死者。

 その旅路において、ミラのルカティエルと、絶望を焚べる者、そして亡者狩りの名を轟かせた火の時代有数の狂人。

 

 ただ力が強いだけなら幾らでもいた、ただ速いだけなら幾らでもいた、ただ数が多いだけなら幾らでもいた。

 だが彼はその全てを刈り取り、勝利し、伝説を創り続けた。

 単純に技を競うのならばまだしも、殺意を抱いての殺し合いで彼に勝てる道理は無い。

 いっそ焚べる者にとって、殺意無き攻撃よりも、殺意がある攻撃の方が対応しやすいのだ。

 姉妹故の息の合った連携ならばいざ知らず、スキルによって曇った業では彼に届かない。

 

「うらああああ」

 

「ぬる「いやああああ」...!」

 

 しかし、アマゾネスの姉妹も容易くは負けない。

 ただスキルを使っただけで勝てないのなら、更にその先へと行く。

 スキルの影響で常程思考を回すことが出来ないが、いやだからこそ本能的な嗅覚で、勝利の為に必要なものが力では無く技であると理解し、互いに連携を始める。

 平常時とは比べ物にならない程に拙い、ともすれば相打ちすらしかねない連携は、時間と共に洗練されていく。

 

「なるほど。未だ成長するか...ならば語ろう、ミラのルカティエルの伝説を...」

 

 弾き、防ぎ、叩き。幾度となく攻撃を防ぎ、連携を破り、手痛い傷を負わせながら、なおアマゾネスの姉妹は立ち続ける。

 未だ戦意の折れないアマゾネスの姉妹を前に、焚べる者は武器を構え直す。

 語るべき伝説は未だ枯れず、故に焚べる者の心も折れない。

 

 戦いの終わりは遠い。

 

 

 

 

 

「血にでも迷ったか?貴様がいう所の()()を、貴様()が救おうとするなぞ、笑い話にもならん」

 

「ほざけ!狩人野郎が。てめえこそ何のつもりだ?いつも喧しく囀っている雑魚を守る狩人の使命とやらはどこに行ったんだ?」

 

 ダンジョン9階層にてぶつかった、ロキ・ファミリアとヘスティア・ファミリア──オッタルもいるが──によって起きた戦闘の中で、最も殺意が満ちた戦場がベート・ローガと狩人がぶつかったここだった。

 互いにこれまで幾度となくぶつかり、殺し合いの半歩前にまで発展した仲だからこそ理解している互いの嫌う言葉を投げ合い、その言葉に苛立ちを覚える。

 他の戦場で、ロキ・ファミリア側はこの後に遠征があることを理解しているから、ヘスティア・ファミリア側はあくまで足止めが狙いだと理解しているから、本気で戦えども怪我をしないように、させないように立ち回り続けている。

 無論そのことはベートも狩人も理解している、だがそんなことは関係ないと言わんばかりに、互いの攻撃を避けようともせず血に塗れながら戦い続ける。

 

「はらわたを晒せ獣ぉ!!...ぐふっ!!」

 

「ベート!あまり突っ込みすぎるな。

 狩人はおぬしを怒らせ、冷静な判断をできんようにしておるのだ。奴の挑発に乗るな!」

 

「んなこたぁ分かってんだよ...悪ぃ」

 

 ベートの一撃によって飛び散った血。

 それがベートの目にかかり生まれた僅かな動揺、いかに鍛えようと、いかに戦意があろうと、前が見えなくなったことで生まれる僅かな隙。

 それを見逃す狩人ではない。上半身を弓の様に仰け反らせ、渾身の力での【内臓攻撃】を放とうとした狩人は、ガレスによる横やりを受け大きく吹き飛ばされる。

 あわやという所でベートの危機を救った、ガレスからのお説教に反射的に嚙みつくベート。

 だが、小さな声で感謝の言葉を呟いたことを聞いたガレスは満足そうに頷き、吹き飛ばされた狩人が舞い上げた煙を警戒する。

 (これで終わってくれたのならいいんじゃが...)というガレスの考えを嘲笑うように、煙が収まった後には忌々し気にこちらを睨みつける狩人が立っていた。

 

「一応直撃したはずじゃがのう。

 儂の攻撃を受けてなお健在か、まったくあきれ果てた頑丈さじゃな」

 

「お前の攻撃などカラスに突かれた程度だ。そんなことよりもベート・ローガ、貴様まさか尾を巻いて逃げるつもりか?」

 

「はっ!誰が。ただガレスのおっさんが煩いから、前を譲るだけだ」

 

 確かに無防備な所に愛用の斧を叩き込んだはず、と感じた手ごたえを裏切る結果に思わず呆れたような声を出すガレス。

 ベートとの戦いのダメージとガレスによる一撃を受けたことで、煙の中輸血液を使ったことなどおくびにも出さずベートへと挑発をする狩人。

 ベートは言い返しこそしたものの、先ほどの様に前に出ようとせず、あくまでガレスの援護に徹そうとしている。

 その様子に小さく舌打ちをした後、狩人は凝った装飾銃を取り出し、無造作に放つ。

 だがその銃口は二人の方を向いていない。

 一体何処に向かって撃っているんだと、訝しむ二人。だが、弾が飛んでいった先を見た二人は叫ぶ。

 

「「アイズ!?避けろ!!」」

 

「!?」

 

「ぐっ...」

 

 銃口の先には灰と戦うアイズ達がいた。

 放たれた銃弾は切り結ぶ灰とアイズの間をすり抜け、背後から灰に切りかかろうとしていたオッタルの膝に着弾する。

 衝撃と痛みに膝から崩れ落ちるオッタル。

 

「灰を助けるとは随分余裕だなぁ!?」

 

「灰を助けたわけじゃない。オッタルはもともと気に入らなかった。そして隙があったから撃った、それだけだ」

 

 目の前の二人を見ることすらしないで銃をしまう狩人。

 そのあまりにも大きな隙に、ベートが堪え切れず狩人へと攻撃を仕掛ける。

 ベートの足と狩人の石鎚のつばぜり合いの最中、味方を助けた狩人へと揶揄するようにベートが叫ぶ。

 ベートを押し返しながら、オッタルが現れた時から撃つ機会をうかがっていたと返す狩人。

 そのまま押し切られそうになり、鍔迫り合いを解いてガレスの元へと戻るベート。

 

 「出すぎじゃぞ」と諫められるベートを見て、狩人は嘆息する。

 忌々しいことだが、ベートの自らが傷つくことを恐れない戦い方は、狩人の戦い方と似通う所がある。

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()

 故に勝つにしろ、負けるにしろ、容易く決着がつくのだが、あの様子ではもう前に出ようとはしないだろう。

 鞘より抜いた直剣ではガレスの堅い守りを抜くことは難しい、だが鞘と合体して石鎚とすれば援護するベートの存在もありガレスへと攻撃を当てることは難しくなるだろう。

 しかしながら意識を向けてさえいれば、ガレスの遅い攻撃を避けることなど容易い。

 互いに決定打に欠ける状態での長引く戦闘を、脳に得た瞳が導き出す。

 

「狩り切ることは無理か...だがせめてもの嫌がらせだ、最後まで足掻いてやろう」

 

 見えた未来に戦意が萎えかけるが、気を取り直し武器を構え直す。

 戦いの終わりは遠い。

 

 

 

 

 

「どうしたどうした、随分と消耗しているな?オッタル殿。どこかで女の相手でもしてきたか!!」

 

「...殺す。ええい、邪魔だ【剣姫】!」

 

「...邪魔をしているのはそっち」

 

「ええ...適当な煽りだったのに、無茶苦茶切れてるじゃん」

 

 戦いの最中に放った灰の煽り。

 それが、ダンジョン内で自身の主神(フレイヤ)と敵対するイシュタルの眷族【戦闘娼婦(バーベラ)】に襲われ、望んでいない形でミノタウロスを放つことになったオッタルの怒りに触れた。

 灰へと猛攻を加えようとするが、同じタイミングで攻勢に出ようとしたアイズとぶつかってしまう。

 そのことで自身を置いて、仲間内で争い始めかねない勢いの二人を見て、ひく灰。

 

 ダンジョン9階層で起きた、一連の戦い。

 その中でも一番()()()()()が揃ったのがここだった

 一対一の戦いならばオラリオでも有数の実力者である灰。

 オラリオ最強の称号を持つオッタル。

 LV.6へとランクアップを果たしたアイズ。

 

 幾ら灰が強者だと言っても、数の上での不利、しかも相手は【剣姫】と【猛者】。

 しかし、大方の予想を裏切り、この戦場で優勢を誇るのは灰だった。

 

 仕方の無いことだろう、連携というものは容易く行えるものでは無い。

 相方の動きを理解し、その動きを邪魔しないように立ち回る。

 言葉にしてしまえば連携とはそれだけのことだが、それが出来るようになるだけでも、長い時間が必要となる。

 ましてや二人は異なるファミリアの冒険者。

 噂で互いの戦いを耳に挟むことはあったとしても、何をどれだけできるのかを知らない、いやそもそも自身の手札をありのままに明かすことすら難しい間柄だ。

 そんな状況では連携した所で、いつもの力を発揮することすら難しい。

 

 一方の灰は手変え品変え武器変え、直剣、大剣、短刀、曲剣、斧、槍、鎌に拳、と様々な武器を使い分け、更には弓と魔法すら使い二人を翻弄する。

 その手数の多さは、到底拙い二人の連携で対処できるものでは無い。

 浅くない手傷を無数に負いながら、それでもなお敗北していないのは、純粋にアイズとオッタルの強さによるものだ。

 

「【猛者】!!」

 

「煩い...騒ぐな...」

 

「おやおや、あの狩人が獣相手によそ見とは。随分とまあ嫌われたなオッタル殿」

 

 しかし、灰とアイズの間をすり抜け飛んできた一発の銃弾。それが容易く戦況を灰の方へと傾ける。

 戦場にアイズの悲鳴が響く。

 狩人によって膝を撃ち抜かれたオッタルと、そんなオッタルをにやにやと馬鹿にするように嗤う灰。

 だが、嗤われていることすら気にする必要もないと言わんばかりに、オッタルが立ち上がる。

 

「おいおい、幾らあんたでもその傷じゃあ満足に戦えないだろう?大人しくしてなよ」

 

「ほざくな...俺は【猛者】オッタル...この程度の傷で俺を止めることは出来ん...」

 

 脱落した、と思っていたにもかかわらずオッタルが立ち上がったことに笑みが引きつる灰は、それでもオッタルの膝が震えているのを見逃さなかった。

 両手持ちで直剣を振り下ろせば、受け止め切れず膝をつくオッタル。そこに灰が更なる追撃をしようとすると「させない...」とアイズが間に入る。

 

「大丈夫...?無理はしない方が...」

 

「この機会、逃せば次はあるか分からん。今こそ最後のチャンスかもしれんのだ。引くことなぞあり得ん」

 

 無理はしないよう敵である灰はおろか、味方であるアイズからも言われてなお、オッタルの戦意は衰えない。

 むしろ無様な自分の姿に対する怒りで、戦意はより燃え上がっている。

 

「そんなに良い物かね、最強の称号は。大体本気で殺しあえば、最後に立っているのは俺に決まっているんだ。勝利なんてものは空しい物さ」

 

「だとしても...だとしても!!」

 

 視線だけでも人を殺せそうな目つきで灰を睨みつけながら、武器を構えるオッタル。

 その姿には先ほどまでの膝の負傷に苦しんでいた姿は無かった。

 だが、オッタルが戦意を燃やせば燃やすほど、灰はやる気をなくしていく。

 めんどくさそうにオッタルを見返す灰。

 

 そんな時、奥の広間(ルーム)から大きな音が響く。

 アイズは気がつく。

 あの音は魔法だ。ベルが魔法を使っている音だと。

 ならばベルは今もミノタウロスと戦っているのか。

 俄かには信じられない話だ。

 LV.1の冒険者がミノタウロスに狙われていながら、これだけの時間生きていられるなんてオラリオの常識を覆す出来事だった。

 

「ふん。どうやらあっちも終わりが近いようだ。ならちゃんと相手をしてやる。

 ...一発だ、一発でかたを付けてやる、いつでもいいぞ打ってこい」

 

 灰は響いた音から、ベルとミノタウロスの戦いの決着もそう遠くない話だと判断したらしい。

 オッタルへと向かって、武器を構えいつでもいいぞと、攻撃を誘う。

 

「お、おおおお!!ヴォオオオオオオオオ!!!」

 

 灰の言葉を聞いて、オッタルが渾身の力を振り絞り武器を振るう。

 人間離れした、いっそモンスターの咆哮と言われた方が納得いく声と共に振るわれた武器は、灰へと吸い込まれるように向かい...何の抵抗もなく叩き込まれた。

 

「なっ...」

 

「...満足か?じゃあ寝てろ」

 

 何の抵抗もなく灰が攻撃を受け肩から大きく切り裂かれたことと、それでもなお立っていることにアイズが動揺する。

 しかし灰は何もなかったかのように、今にも取れそうにぶらぶらと揺れている右腕でオッタルへとカウンターを決める。

 最後までまともに相手をされなかった悔しさに眉を顰めるオッタルは、抵抗することもできずその意識を失った。

 

「どうして一つしか無い命を粗末にしようとするかね」

 

「灰...まさか...」

 

「うん?ああ、殺しちゃいねえよ、ちょっと寝てもらっただけだ」

 

 灰の言葉を聞き、よく見れば気を失ったオッタルは、先ほどまでの悔しさに歪んだ顔が嘘のように安らかな顔をしている。

 それを見下ろして、最近の若い奴の考えは分からんと呟き、灰は腰にぶら下がっていた瓶──エスト瓶──を手に取り、中身を飲む。

 深手、というより最早致命傷であるはずの傷を指さし、どうなっているのか聞こうとするアイズ。

 だが、その目に映るものは信じがたい出来事だった。

 

 最早治る治らないの問題ですらない。確実な致命傷だったはずの灰の傷が凄まじい速度で治っていく。

 僅か数秒もすると、致命傷だったはずの傷の存在を示すものは、オッタルによって灰の体と同じように切り裂かれた鎧だけになった。

 しかしその鎧も、傷口を撫でるように灰が手をかざせば、後には新品のような傷の一つもない鎧が残る。

 一体何から聞けばいいのか分からないアイズへと、「しー」と唇に指をあてて口止めをする灰。

 

「世の中には言うべきで無い事、知るべきでないことがある。誰にも話してくれるなよ」

 

「えっ...うん」

 

「それじゃあ俺はベルを回収するか。じゃあな」

 

 自身に背を向けて歩いていく灰を、呆然と見送ることしかできないアイズ。

 気がつけば、ヘスティア・ファミリアの冒険者達は全員いつの間にかその姿を消していた。

 

「アイズ!無事!?」

 

「うん...みんなは?」

 

「細かい怪我は沢山あるけれど、幸い大きな怪我は無いね」

 

「大きな怪我をしなかったと言うよりは、大きな怪我をしないように気を遣われたと言う方がいいじゃろうな」

 

 戦いが終わった仲間達が、アイズのもとに集まる。

 皆細かい傷は多くあるが、大きな怪我はない。

 明らかに、灰達が大けがをさせないように立ち回った結果だろう。

 だがどうして?

 どういうことなのかと頭を悩ませている仲間達を見ているうちに、ベルの存在を思い出したアイズは広間へと進み、ロキ・ファミリアの面々も倒れていたオッタルを放っておくわけにもいかずベートが背負い、その後を追う。

 

「まさか、本当に?」

 

「信じられない...」

 

「冗談じゃねえぞ...」

 

 進んだルームの光景に唖然とした声が漏れる。

 彼女等が見た物は、倒れ伏す白髪の冒険者(ベル・クラネル)と、その冒険者を労わる様に撫でている灰達、そしてその後ろで灰に還っている途中の片角のミノタウロスだった。

 先程まで灰達は自身達と戦っていた。

 ならばこのミノタウロスは、あの倒れている冒険者(ベル・クラネル)が倒したことになる。

 

 歴戦の猛者であり、ダンジョンの中で人の常識をはるかに超える出来事と幾度となく遭遇してきたロキ・ファミリアの面々でも、否だからこそ俄かには信じがたい現実。

 LV.1の冒険者(ルーキー)とミノタウロスの間にはそれだけの実力差がある。

 だが、幾ら疑っても、目をこすっても、現実としてミノタウロスは倒され、冒険者(ベル・クラネル)は生きている。

 余りにも常識からかけ離れた現実に、思わず呆然とするロキ・ファミリアの面々。

 気がつけば、灰達は気を失っているベルを担いで地上へと続く道を進んでおり、目の前には小さな鐘を手にした狩人だけがいた。

 

「こちらの用事は終わった、私達は帰る。お前達も好きにするがいい。とは言え、そのまま帰すと言うのもな...これは詫びだ」

 

 狩人は言うが早いか、手に持つ鐘を振り鳴らす。

 その途端ロキ・ファミリアの面々と、気を失っているオッタルの足元から光の玉が現れる。

 一体何事かとアイズ達が狼狽えていると、光の玉はそのまま上へと登っていき、頭の上までくると消えた。

 何が起きたのかと、周囲を見回せばいつの間にか狩人の姿もない。

 

 一体何だったのかと、言い合っていると、誰かがポツリと言った。「傷が無い...」

 その言葉に弾かれるように自分の体を確かめれば、先ほどまでの激戦が嘘だったかのように傷一つない。

 なるほど、先ほどの狩人の詫びというのはこういう事かと狩人の言葉を理解する一同。

 類稀なる強者である灰達を相手に戦い、貴重な戦闘経験を積むことが出来、受けた傷も狩人によって治療された以上、これからの遠征に支障もないだろう。

 結果だけ見ればプラスになった。

 だが...

 

「なんか納得いかなーーい」

 

 ガオーと咆えたティオナの言葉が、今のロキ・ファミリアの面々の心情をダンジョンに響かせた。

 

 

 

 

 

SIDE 火の無い灰 【廃教会】

 

「全く、ベル君は全く」

 

「そう言うな、ベルの奴は頑張った。そして生還したんだ。冒険者として褒められることはあっても貶されることは無いはずだぞ?」

 

 ベルがミノタウロスを倒した後ベルとおチビを拾って、俺達は【廃教会】へと帰って来た。

 しかし、血に塗れたベルをヘスティアに見られた所為で、ベルたちを寝かしつけた後怒り狂うヘスティアを宥める羽目になった。

 全くと怒っているが、俺の方が全くと言いたい。

 

 まあ、ヘスティアが怒り狂うのも無理はない。

 可愛い眷族が血まみれで帰ってきて、何があったのかを聞けば、自分よりもはるかに強いモンスターを相手にしたと言うのだから。

 しかし、ベルの奴はいつも無茶をするな、見ているしかできないヘスティアとしては気が気じゃないだろう、一体誰の影響だか...俺達か。

 

 ベルが、自分でミノタウロスを倒すことに拘ったことは理解できなくもない。

 俺にとって、戦いの誇りだとか、誉だとか、そんなものは遥か昔火の時代。終わりに満ちたあの場所で、死と敗北に埋もれ失われて久しい。

 あの旅の中で戦った相手というのは大抵、俺よりもはるかに強い相手だった。

 幾たびも挑戦し、幾たびも死んだ。

 殺す為ならば手段を選ぶことなく、卑怯、卑劣と言われるような手段を取ることはあっても、正々堂々なんてどこを探してもない。

 

 だがそんな戦いの中でも、こいつは、こいつだけは、俺の手で倒すと決めた相手はいた。

 恐らく他の奴らも同じだろう。

 戦いの愉悦など知らん、誉も、名誉も、勝利すら要らない、だがこいつの命だけは俺が奪う。そういう相手はいた。

 ()はそれを、強敵と書いて友と呼ぶ関係とでも言うのだろう。

 

 誇りも、誉もない戦いの果てに生まれる拘り。

 不死者(俺達)はそこに仄暗い人間性を見出し、狩人達は非効率な様式美と呼び、忍びは一握りの慈悲を込めるのだろう。

 他の誰でもない、自分自身を納得させるための儀式。

 だが、それこそが大切なのだ。人を人足らしめるために、人でなしが人のふりをする為に、どれだけ馬鹿らしく見えたとしてもそれは必要なものなのだ。

 ...まあ、最早人でなし(不死者)よりも神に近い存在である俺が言うのもお笑い草だがね。

 

「しかし、ベルは強くなった。それこそ俺達の想像すら超えるほどにな。これなら安心して任せられる」

 

 怒り狂うヘスティアを宥めながらも、単純な力だけではない、技も、そして心も強くなったベルを見て、俺はある決意をした。

 

 




どうも皆さま

まずは言い訳をさせていただきたいのです
先週投稿予約をした後、胃腸風邪で倒れまして
胃腸風邪が治って来たと思ったら今度はぎっくり腰をやってしまいまして
結局はこの様です
いや本当に申し訳ない
二月も半ばというのに雪が降っている地域もあるようですね
雪かきなどで腰を痛めないようにだけお気を付けください

本文に戻りましょう
ベル君がミノタウロスと戦っている後ろで行われた戦闘というのは最初から決めていました
しかし書き終えてから改めて見返すと戦っている人物がめちゃくちゃ豪華ですね
こんな戦いが人知れずダンジョンで行われていたと神が知れば血涙流しそうな戦いです

一応本文では灰達が優勢でしたが、ロキ・ファミリア側がこれから遠征があることを念頭に置いていたこと、あくまで本気の殺し合いでは無い事、あと戦った相手との相性が悪かったことが原因です
本気で戦っていればまた結果は違ったでしょう
...その場合灰達もろくでもない戦法を使いだすのですが

最後におわび代わりと言うのもなんですが
寝込んでいる時に頭の中に降って来たポエムっぽい何かを元にして作った物を置いておきます

お暇な方はどうぞ
そうでない方はお戻りください
それではお疲れさまでしたありがとうございました

【灰】
色を創ろう
色を創ろう
世界に塗る色を創ろう

火に照らされて生まれたすべてを終わりにして
絵具を混ぜるようにすべてを混ぜれば
世界に塗る色が出来上がる

出来た色を世界に塗れば
(繁栄)(滅亡)もない灰色の世界
一面灰だけの終わった世界

俺はその世界で一人笑う

【狩人】
色を創ろう
色を創ろう
空に塗る色を創ろう

夜に流れた血を掬い
全てを飲み込む海と混ぜれば
空に塗る色が出来上がる

出来た色を空に塗れば
星も瞬かぬ深藍の空
夜明け前の最も暗い空

私は一人その空を睨み続ける

【焚べる者】
色を創ろう
色を創ろう
道に塗る色を創ろう

貴女の名前と
私の伝説を混ぜれば
道に塗る色が出来上がる

出来上がった色を道に塗れば
世界のどこにいても見える鮮やかな檸檬の道
由縁を聞かれれば貴女の名前を語る大きな道

私はこの道を歩き続ける

【狼】

色を創ろう
色を創ろう
己に塗る色を創ろう

己が流した血と
己が流させた血を混ぜれば
自分に塗るべき色が出来上がる

出来上がった色を己に塗れば
影と見間違う漆黒の人影
闇に潜む忍びの人影

俺はそれでも貴方の温かさを胸に抱いている

...何でしょうねこれ
本当に寝込んでいる時に急にふっと降りてきた文章が元なんです
寝込んでいることで【悪夢】にでも接続したんでしょうか?


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手を伸ばした先にある力



物体或いは存在が持つ他の物に干渉する能力

どれだけ崇高な理念があろうとも力を伴なわなければただの夢想に過ぎない
だが何のために力を振るうのか力を得る前によく考えることだ

得た力を無くすことは或いは力を手に入れる事よりもなお難しいのだから


「リリ、逃げて...逃げろよ!!

 

「う、うわああああぁぁぁん!!」

 

 ベル様の言葉に背を押されるように、リリは走り出しました。

 背後からはベル様がミノタウロスと戦っている音がします。

 ですがリリは振り向きもせずに逃げるのです。

 

「はあ、はあ、はあ...」

 

 どれくらい走ったでしょうか、今どの道を通っているのかも分かりません。

 ですが、止まるわけにはいかないのです。だってリリは...

 

 ベル様を見捨てて逃げ出しましたものね。

 

 しょうが...ないじゃ...しょうがないじゃないですか!相手はミノタウロスですよ!相手になる訳ないじゃないですか!!

 

 ふ~ん、そうなんですね。ベル様の傍を離れるくらいなら死んだほうがましだとか言っておきながら、強いモンスターが出てきたら逃げ出すんですね。

 

 ち、違います。リリはベル様に言われたから...

 

 だからベル様を見捨てたんですよね。

 あのお優しいベル様を。

 

 だって、ベル様が...

 

 そう、ベル様はお優しいですから。あなたみたいな役立たずの小人族がそばにいたら心配で戦えませんものね。

 それで?あなたは何をしているんですか?お優しいベル様を見捨てて、無様にダンジョンの中を這いずって。

 ベル様とダンジョンに潜るようになったのに何も変わってない。冒険者サマを嵌めて居た頃と何が違うんですか?

 

 違いますリリは...もうあの頃のリリとは違うんです。

 

 何が違うんですか?冒険者サマに媚を売って、お金をかすめ取って、危険が迫れば自分だけ逃げだす。そしていつも言い訳するんです「しょうがないじゃないですか、小人族だから、弱いから、だからしょうがない」と。

 

 なんなんですかあなたは、なんでそんなことリリに言うんですか。

 

 分かっているんでしょう?

 私は(リリ・ルカアーデ)ですよ。

 あなたはいつもそうです、分かっているのに目を逸らして何もしない。

 そんなんだからこうなるんですよ

 

 声の主がリリの前に立ちます。

 被っていたフードを取ると、そこには醜く歪んだリリの顔。

 そして、その背後には血に塗れて倒れているベル様の姿が...

 

「嫌ああああああああ!」

 

 

 

 

 

「はっ...い、今のは...夢...?」

 

 絶望の声を上げ、ベル様へと駆け寄ろうとしたところで目が覚めます。

 心臓は早鐘の様に鼓動を刻み、体中汗でぐっしょりです。

 ですがそんなことが気にならない程に、先ほどの夢はリアルでした。

 

「なんて悪夢...」

 

 ですがどれだけリアルであったとしても、今のは夢です。

 実際には、ベル様はミノタウロスに勝利しました。

 ベッドにもう一度寝転がり、見覚えの無い天井を見上げます。

 ...悪夢を見たのは寝ている場所も関係があるのかもしれませんね。

 今リリがいる場所は、宿屋ではありません。

 ヘスティア・ファミリアの拠点(ホーム)【廃教会】の一室。

 それがリリの寝ている場所です。

 

 ロキ・ファミリアの遠征隊にベル様を助けてくれるよう懇願した後、リリは気を失ってしまいました。

 気がついた時にはすべてが終わっており、灰様達の手によって【廃教会】(ここ)で眠らされていました。

 リリは帰ろうとしたのですが、ヘスティア様から「モンスターに襲われたんだし、ゆっくりしなよ」と引き留められ、灰様達からも「頭を怪我していたから、下手したら死ぬぞ」と脅されたこともあり、地下室に使っていないベッドを運んでもらいそこで寝ていたのです。

 こんな悪夢を見た時はさっさと寝なおすべきだと布団をかぶり目を閉じます、ですが...

 

 それで?あなたは何をしているんですか?

 そんなんだからこうなるんですよ。

 

 夢の中のリリに言われた言葉が頭を離れません。

 今回の出来事で、ベル様は見事自身にとってのトラウマであるミノタウロスを倒しました。

 ...ではリリは?

 無様に逃げることしかできず、出来たことと言ったら他所のファミリア(ロキ・ファミリア)に助けを求めることだけ。しかもその助けもベル様の願いの邪魔になるから、灰様達が足止めする必要があった始末です。

 

 間違いなくベル様は凄い冒険者になります。

 どう考えても、ソーマファミリアでよく見た、力で他人を虐めるだけの情けない冒険者(冒険者サマ)とは別格の存在に。

 かつてのリリならきっと生きている世界が違うのですとひねくれた目で見て忘れようとするでしょう。

 ですが今のリリは違います。だってリリは...ベル様の...

 考えている間に眠りがリリを誘い始めます。

 

 どうか安らかな夢を、眠りの中でくらい安寧をリリにください。

 いつしか祈ることもしなくなった、幼いころからの祈りが頭をよぎります。

 ですが今のリリが願うのは力。ベル様と肩を並べるに足る力です。

 その為ならばなんだってします。

 覚悟を決め、眠りに身を委ねました。

 

 

 

 

 

 僅かに床が軋む音でリリは目が覚めました。

 体を起こし周囲を見渡すと、やっちまったと言わんばかりにヘルムの目元に手を当てている灰様と、そんな灰様を睨みつけている狩人様を見つけました。

 

「起こしちまったか?昨日あんなことがあったんだ、もうちょっと寝ててもい「お願いです!リリを鍛えてください」ええ...」

 

 灰様の言葉を遮り、ベッドから飛び降りるようにして額を床につけ両手を額の脇に添えます。

 極東に伝わると言う究極の懇願のポーズDOGEZAです。

 灰様と狩人様、お二人が困惑しているのが見なくても伝わってきます。

 

「どうかお願いします。灰様、狩人様。リリを鍛えてください」

 

「あー、えっと?とりあえずおチビ?頭を上げろよ」

 

 リリが顔を上げると、お二人とも困ったような表情をしていました。

 当たり前でしょう、いきなり頭を下げられたのですから。

 おまけに頭がじんじんします、ひょっとすると今ので昨日の傷が開いたかもしれません。

 寝ていた人を起こしたと思ったら、頭の傷が開く勢いで頭を下げられた。

 流石に灰様達でも困惑します。

 ですが、困惑しながらもリリへと訳を聞いてきます。

 

「どうした急に。...ひょっとして昨日のことが原因か?気にするなよ、ミノタウロス相手にLV.1の冒険者が出来ることなんてないのが普通なんだから」

 

 灰様の言葉が突き刺さります。

 確かに、ミノタウロス相手にLV.1の冒険者が出来ることなんて何もありません。

 ベル様に庇われて何もできないまま逃げたことは、ミノタウロス相手に生き延びたと褒められることはあっても、責められることは無いでしょう。

 ですが...

 

「ですが、リリはベル様のサポーターなんです。

 リリはベル様に守られるために、ダンジョンに潜っているのではありません。

 ベル様を守るためにダンジョンに潜っているのです。

 

 再びベル様に誘われた時に決めたのです。

 二度と弱いからという言葉を言い訳にしないと。

 小人族だから、女だから、LV.1だから。今までリリはいろんな言い訳をしてきました。

 ですが、もう言い訳をしないのです...したくないんです。

 だからリリは強くなります、その為なら悪魔に魂だって売ります」 

 

 灰様を見つめ言い切ります。

 ヘルムの隙間から見える灰色の瞳が大きく開き、そして細められました。

 

「ふ、ふふふ。なるほど、じゃあ悪魔としては鍛えてやらん訳にはいかないな」

 

「灰!!」

 

 楽し気に灰様が笑いだし、そんな灰様を咎めるように狩人様が叫びます。

 ...今更ながら、リリの先ほどの言葉は灰様達を悪魔だと言ったも同然だと気がつきました。

 謝るリリへと灰様は「気にするな、俺なんぞ悪魔とそう変わらん。だからまあ、魂を売るなんて言うなよ。不死者相手にはジョークにならんぞ」と笑いをこらえきれない様子で言います。

 

「灰!まさかお前ソウルの業を教えるつもりか!?

 分かっているのか。相手はリリルカ・アーデだ。お前はこいつを異端にすると言うのか!!」

 

「それをおチビが望んでいるんだ。そうするべきだろう?」

 

 リリも噂には聞いたことがあります。

 ヘスティア・ファミリアの冒険者達は異端の力を持っている。その力は未知を好む神すら忌避する、悍ましい力だと。

 それがソウルの業でしょうか。

 ですが、その力がベル様をサポートする力になるのなら何だっていいです。

 その力を授けてもらえるのなら何だってします。

 また床に額を付けるリリの上から、お二人が言い争っている声が聞こえます。

 

「大体、ソウルの業を使えるようになった者はいない。真実使えるようになるか分からないんだぞ!?」

 

「だからこそだ。こうしておチビが志願してくれているんだ。仮定に過ぎなかった理論を試してみるチャンスだろ?」

 

「その結果がどうなるか分からないと言っているんだ。何も起きないのならば、力が得られないだけならば良い。だが、最悪...」

 

「狩人。お前は随分怒っているがな。お前が怒っているのは、俺の行動が原因か?それともその相手がリリルカ・アーデだからか?どっちだ」

 

「...っ!!」

 

 狩人様が息をのむ音がします。

 その音につられて顔を上げると、狩人様はマスク越しにでも分かる位何かを耐えるように食いしばっています。

 お二人の言葉を聞く限り、リリにソウルの業を教えることに灰様は前向きなようで、狩人様は反対しているようです。

 

「リリはどうなってもお二人を恨みません。それにリリはいつかヘスティア・ファミリアに改宗(コンバージョン)するんです。それを思えばいつまでも()()でなんていられないんです」

 

「だ、そうだぞ?どうするんだ狩人。

 お前が何もしないと言うのなら、失敗する可能性が高くなるだけだぞ?」

 

「...っ!!五分後だ、五分後に私の部屋に来い」

 

 狩人様は吐き捨てるように言い、自分の部屋へと戻っていきました。

 怒らせてしまったのでしょうか。

 ですが今のリリには手段なんて選んでいられないのです。

 灰様は「逃げたなあいつ...まあいいか。狩人の後、俺の部屋に来いよ」と言った後、自分の部屋の方へと歩いていきます。

 

 

 

 

 

 

「そろそろ時間でしょうか...まずは狩人様の部屋ですね」

 

 荷物の整理をして、しばらく時間を潰した後、狩人様の部屋へと続く扉の前に行きます。

 【狩人の部屋】とシンプルなネームプレートがかかっている周囲の壁と雰囲気の違う扉。

 意を決して、扉のノブに触れます。それと同時にリリを眩暈が襲い、立つこともままなりません。

 上も下も分からず、思わず目を閉じ...気がつけばしっとりと濡れた石畳に倒れていました。

 

 ...今更と言えば今更なのですが、明らかに灰様達の()()って部屋じゃないですよね。

 灰様と焚べる者様の灰しかない部屋もそうですが、狩人様の部屋に至っては月まで浮かんでますよ!?地下空間どころの騒ぎじゃないです。

 まあ、これも灰様達の力によるものらしいですしね、しょうがないです。

 

 起き上がって月を見上げていると何か引っかかるものがあります。

 ...あの月何か違和感があるような?

 異常なまでに大きく、明るいですがそれだけじゃない...空に雲がかかっているのによく見えすぎているような...

 いや、それこそ今更ですね、部屋の中に昇っている月というだけで違和感しかないです。

 

 と言いますか違和感というのならば、この部屋全て違和感しかありません。

 妙にしっとりとした空気、空に浮かぶ月、そして無数の墓石。

 本当になんで狩人様はこんな部屋を創ったのでしょうか。

 リリが墓石の一つを眺めていると、視界の端に何かがよぎりました。

 

「ッ!?」

 

 はっきりとは見えませんでしたが、驚きそちらへ振り向くとなにもありません。

 気のせい...でしょうか。

 何か白いもの──それこそ月明かりに照らされて、はっきりと暗闇に浮かび上がっていました──がゆらゆらと揺れていたような...?

 墓石から離れて何かが見えたあたりを探しますが、何もありません。

 

 先ほど見えた()()()

 子供よりなお小さな人型の乾いたミイラのような何か。

 しっかりと見えたわけじゃないです。

 それでも瞼の後ろから消えてくれないそれに、あえて明るく笑い飛ばそうとしました。

 

「いや、月に照らされた墓場だからってオバケに怯えるなんて...ハ、ハハ」

 

「来たか...」

 

「わひゃっ!!...狩人様ですか」

 

 その途端後ろから声が聞こえて思わず叫びます。

 震える膝を抑えながら後ろを見れば、狩人様が呆れたようにこっちを見ていて、その手に握られた松明が揺れながら周囲を照らしていました。

 その灯りに照らされて、周囲に干からびたミイラのような置物が置かれていることに気がつきます。

 え...つまりリリは、月の下の墓場に怯えて置物をオバケと見間違えたと...?

 

 なんと言うかひどいです。

 あんまりにもあんまりな醜態に蹲りたくなります。

 ですが狩人様は「行くぞ、ついてこい」とだけ言って先に進んでいきます。

 おいて行かれないようにその背を追いかけると、小屋が見えてきました。

 

「そこの椅子に座るといい...確かこのあたりに...」

 

「あっはい。ありがとうございま...に、人形!?」

 

「...人形ちゃんがどうかしたか?」

 

 小屋に入った狩人様は何かを探しながら、座るように言います。

 その言葉にありがたく座ろうとして、床に直接座っている人影に度肝を抜かれます。

 ですがよく見れば、投げ出された肢体には球体の関節があり、2M(メドル)程の大きな人形だと気がつきます。

 

 なるほど、ベル様が「狩人さんの部屋で大きな人形を見たけど、あれはびっくりした」と言っていましたが...()()()()()と来ましたか。

 ただ大きいだけでは無く、細部までこだりを持って作られた人形。

 それも人形そのものだけでなく人形が身に着けている装飾一つ見ても、細かな造りになっていて、作った人が注いだ愛が垣間見えます。

 愛と言いましたが、それは最早偏執的とすら言ってもいいでしょう。

 狩人様はそんな人形を人形ちゃんと、普段の様子からは想像もできない呼び名で呼んでいます。

 正直な話、無数のツッコミどころがありますが、むやみに首を突っ込むべきではないでしょう。

 

 リリが「何でもありません」と言えば、「そうか?」と言いながら狩人様は陶器のカップを机の上に並べます。

 カップの中の赤色の液体に一瞬怯みますが、立ち上る香りから中身が紅茶であることに気がつきます。

 

「紅茶...ですか?」

 

「まずは紅茶でも飲んで落ち着くと良い。人形ちゃんが紅茶にはまっていてな」

 

 言われるがままに冷める前に一口飲みます。

 ふわぁぁぁー。

 感嘆の声が漏れます。

 立ち上る香りから分かってはいましたが、非常に良い香りです。

 

「どうだ?と聞かなくともその表情で分かるな。茶請けもある、クッキーだ。これも人形ちゃんが作った物だがな

 

「いただきます」

 

 いつの間にか狩人様がお皿を持っていました。その上にはクッキーが並んでいます。

 口に入れると優しい甘さが広がり、そこに紅茶を飲むと僅かに残った甘さを流しながら口の中に香りが広がります。

 思わず我を忘れてクッキーとお茶を堪能しそうになります...が、そんなリリの姿が狩人様の瞳に映っていることに気がつき、自重します。

 

「そ、それでこれからどうするのですか?」

 

「すでに訓練は始まっている」

 

 えっ!?

 狩人様の言葉に目を見開きます。

 すでに始まっていると言われたって、リリはお茶をしただけです。

 どういうことなのかと首を傾げていると狩人様はさらに続けます。

 

「訓練であり、試しであり、試練であり、退路を断つ為でもある。

 笑いたければ笑え。私は結局のところ灰の問いに答える言葉を見出すことが出来なかった。

 故にその答えをお前に託した。だが...リリルカ・アーデ、お前の言葉に偽りは無かった。ならばお前の覚悟に応えるべきだろう」

 

 灰様の問い?

 狩人様の怒りの理由が、灰様の行動にあるのか、それともその対象がリリであるからか、というあれでしょうか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ...ちょっと待ってください。

 狩人様は右手にカップを、左手にクッキーを持っています。なのに更に手のひらに頭蓋骨のような物を持っています。

 おかしいです。両手はふさがっているはずなのに、何度見ても狩人様は三つの行動を同時に行っています。

 いえ、狩人様に腕が三つあるのです。

 

 異常な姿に声を出すこともできずにただ見つめることしかできません。

 リリの瞳を通してその奥にある脳に何かが入り込んできます。

 

 ズゴゴゴゴ

 地鳴りのような音が聞こえます。

 世界が歪みます。

 いえ、今ならわかります。

 リリが歪んだ世界を見ていたのです。

 歪められた世界が元に戻っているだけ。

 

「お客様、紅茶のおかわりは如何ですか?」

 

 人形が、いえ人形ちゃんがリリに話しかけてきます。

 球体の関節を動かし、滑らかに動いています。

 

「ヴェヴェヴェ」

 

「客人の前だ、控えろ...と言っても聞かないだろうな。これだけだぞ?

 

 机の上に干からびたミイラのような小さな人影が見えます。

 【使者】

 脳に入り込んだ()()がその名前を囁きます。

 

 【使者】に話しかけている狩人様は服装こそ普段のそれですが、袖口からはぬらぬらと濡れた触手が覗き、頭部はまるでブロッコリーかカリフラワーのような植物を思わせる形をしています。

 何よりどこにあるのか分からない口から出た言葉は聞いたこともない物でありながら、それが何を言っているのか直接脳内に刷り込まれるような感覚と共にその内容が伝わってきます。

 

「うえ、ぎぎぎ...がぁぁぁ」

 

 理解しがたい感覚。

 これまで想像したこともない概念を直接脳みそに注ぎ込まれるような感覚に、口から意味の無い言葉が漏れます。

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

 脳内を虫が這いまわるような感覚と、瞳を通して見える醜悪な世界に耐え切れず、目を閉じようとします。

 

「うちに閉じこもろうとするなアーデ。逃げ場のない狂気に呑まれる。

 ...そのままでいるつもりならば鎮静剤を口に突っ込むぞ」

 

「そ、れ...だけはごめん、です」

 

 しかし狩人様から目を開けるように言われ、更にリリの鼻に濃厚な血の匂いが届き目を開けます。

 目に入ったのは狩人様です。

 先程までの異形の姿では無く、人型の狩人様がこちらを見ていました。

 いつもならばその瞳にリリの姿が映っている事実に落ち着けなくなるのでしょうが、今だけは見慣れた姿に心が落ち着いていきます。

 

「はぁ、はぁ、はぁ。い、今のは一体...」

 

「無事啓蒙を得たようだな」

 

 頭を抱えるようにして何とか情報の濁流に耐えていると、急にその勢いが弱まりました。

 荒い息のまま何が起きたのかと思っていると狩人様が言います。

 啓蒙?

 

「啓蒙。ヤーナムの冒涜者どもが神秘を知る為に求めた、脳に啓いた瞳、その萌芽。

 だが、その本質は人の持つ偏見、思い込みを無くし、ただあるがままの世界を見る力だ」

 

「あるがまま...」

 

「その通りだ。お前はこの部屋に入り、月を見た時に気がついたはずだ。

 ()()()()()()()()()()()()

 だが、そのことに気がついたとしてもお前の月が雲よりも前にあるはずが無いという思い込みにより、世界は歪められ僅かな違和感のみが真実へと導く道標となった。

 【使者】も人形ちゃんも、お前が気がつく前からお前の周りにいた。

 だがお前は【使者】など存在するはずが無い、人形が動くわけがない、と思い込み、故にお前の見る世界では【使者】は存在せず、人形ちゃんは動かなかった」

 

 狩人様の言葉は難しいです。

 ですが、リリがかみ砕いて理解できたことを纏めると、狩人様は世界をありのままに見ることの出来る力【啓蒙】をリリに授けようとしていた、そしてリリが啓蒙を得たことで【使者】や人形ちゃんを認識できるようになった、ということでしょうか。

 狩人様は続けます。

 

「見るということは知るという事、知るという事は理解するという事。そこに思い込みを持ち込まなければ、人は更なる知恵を得ることが出来る...少なくともヤーナムの冒涜者共はそう思っていた。

 それが真実であるのか否かは重要ではない。

 今重要なことは、啓蒙を得たお前は世界より更に情報を受け取ることが出来るようになったという事。

 今のお前ならば、私達がベルへとかけた秘匿も容易く破ることが出来るだろう。所詮はあれも人の思い込みを利用した物だからな」

 

「ベル様の秘匿?」

 

 リリの疑問に答えた狩人様によると、リリが最初ベル様を灰様達の後輩であると認識できなかったのは、灰様達の力。由縁隠しの秘匿と呼ばれるものの影響だそうです。

 灰様達の後輩と言われた時に思い描いた姿と、実際の後輩の姿つまりベル様の姿にあまりに違いがありすぎるせいで、共通している点があるにもかかわらず、その可能性を否定する。無意識下での脳の働きをより強める物であり、ベル様が灰様達の後輩だと周知されていけば、その力は失われていくそうです。

 

「啓蒙を得た今ならば、ダンジョンの中での危機を見逃すことなく()()することが出来るだろう...だが、私が啓蒙を授けたのはそれが理由ではない。私からの試練は終わった、次は灰の部屋へと向かうがいい」

 

 そう話を締めくくった狩人様の言葉に思い出します。

 そうです、リリはソウルの業を教わる予定なのでした。

 ですがリリが授かったのは【啓蒙】。一体どういうことなのでしょうか。

 狩人様は説明するつもりが無いようでさっさと次の試練、灰様の所へ行けというだけで、何も語ろうとしません。

 【啓蒙】も秘匿しようとする狩人様から情報を引き出せるわけではありません。

 ...意外とこの力使い勝手が悪いですね。

 

 閑話休題。

 リリはこちらへと手を振る人形ちゃんと【使者】達に別れを告げ、狩人様の部屋を後にします。

 啓蒙を得た今のリリにはこの扉も理解できます。

 ...非常に馬鹿みたいな感想になりますが、この扉とんでもなくとんでもないものですね。

 いや、馬鹿みたいな感想だというのはリリも思うのですが、今のリリにはそう表現することしかできないのですよ。

 本当にポンと地面なんかに置いておいていいものじゃないですよこれ。

 そんなことを思いながら、扉に触れます。

 世界の移動とそれに伴う眩暈に酔いそうになりながらも、確かにリリの耳は狩人様の声を捕らえました。

 

「リリルカ・アーデ、お前の目覚めが有意義なものであることを願っている」

 

 

 

 

 

「次は灰様の部屋ですか...」

 

 リリの目の前には【灰と焚べる者の部屋】と書かれたネームプレートが下げられている扉があります。

 狩人様の部屋への扉の時も思ったのですが、ネームプレートそのものが割とありふれた物の所為で逆に違和感が凄いです。

 扉に触れると同時に、再び眩暈がリリを襲います。

 そして閉じていた眼を開ければ、一面の灰景色。

 

「さて...灰様はどこに」 

 

「呼んだか?」

 

 ちょっとびっくりしました。

 何時からと問えば最初からと返ってきます。

 なんと言いますか、力を手に入れてもその使い方を熟知して居なければ意味が無いのですね、と当たり前のことを心の底から思います。

 どんな力を手に入れても灰様相手には勝てる気がしません。

 

「ちょいと移動するぞ。道すがら話をしてやろう」

 

 灰様はそういうと、歩き出します。

 ...灰様の部屋は一面の灰世界。

 あるものと言えば灰と空に浮かぶ穴のような黒い太陽だけですが、【啓蒙】がこの灰と太陽について囁く断片的な真実だけでも、気が狂いそうです。

 間際に迫った終焉、いえ辛うじて終わり切っていないだけの終焉。

 分かってはいたことですが、この部屋もこの部屋を作った灰様もとんでもないですね。

 

「その様子を見れば狩人は【啓蒙】を授けたようだな。割り切ってしまえば楽になるだろうに、まったくあいつも生きにくい奴だ」

 

「ええ、まあ随分悩んでいたみたいですけど...【啓蒙】を得たこととソウルの業の習得に何か関係があるんですか?」

 

 狩人様は語らなかった、リリに啓蒙を授けた理由。

 それを灰様に聞くと、灰様は困ったようにヘルムの上から頭を掻く。

 

「その理由を語るには、ソウルの業とは何かという所から話す必要がある。ちょいと長くなるぞ?

 お前ら後世の奴らから見れば、ソウルの業というのは奇跡か何かに見えるようだが、俺達の時代においては歩くだとか息をするとかの日常的な行動と同じように、ごくごく当たり前の行動だ。

 万物に宿る、物体その物の本質それがソウルだ。

 そしてそのソウルに干渉する為の技術がソウルの業。

 

 自分のソウルに他の物のソウルを溶かし込むことで、幾らでもアイテムを持ち運んだり、他者を殺害することでそのソウルを自分のものにし、自分のソウルに取り込むことで自分の強さ、おチビにもわかりやすく言うのならステイタスを強化したり、強大なソウルを加工することで特別な武器を作り出したり。様々なことが出来る」

 

 灰様の言葉に驚愕します。

 さらっと言いましたが、アイテムを幾らでも持ち運べるとかインチキにもほどがありますね!?

 いえ、その後に言っていたこともよくよく考えればとんでもないことです。他者のソウル、つまり魂を使うことで自身を強化したり武器を創ったり。そりゃあ異端と呼ばれますし、神々から悍ましい力だと忌避されますよ。

 しかし...

 

「それほど悍ましい力でありながら何故見逃されているのか、か?」

 

「ええ、話を聞くだけならその力は神の領域にすら干渉できるものです。何故神々は放置しているのですか?」

 

 人が死ねば神々の世界、天界へと昇りそこで魂を清められ、すべての記憶と経験を失った魂はまた地上へと降り立つ。

 これは神々が地上へと降り立った時に語られた人の死後についてであり、すべての人とまでは言わなくてもほぼ常識として知られていることです。

 その魂、ソウルに干渉するだけでは無く、神が地上で振るうことが許されている唯一の神の力(アルカナム)である神の恩恵(ファルナ)の領域すら犯すソウルの業。

 ヘスティア様のような善性の神であれば、到底見過ごすことの出来ない力ですし、ほとんどの神にとっては求め続けた未知の塊のはずです。そしてファミリアを持つ神にとってその眷族を強くする手段となりうるのです。

 どう考えても神々が放っておくとは思えません。

 リリの疑問を聞いた灰様は頷くと疑問に答えてくれます。

 

「おチビがこの力の危険性を正しく認識してくれたようで俺は嬉しいよ。

 お前が危惧するようにこの力は使い方次第では、オラリオ否この世界そのものを壊すことも可能な力だ。

 だからこそ俺達はこの力をある程度隠して来た。それでもある程度は漏れ出ているようだがな。

 と言うよりか、俺達には先ほど言ったソウルの業によってできる物事の殆どが出来ない。おチビになじみ深い言い方をするのならばスキルを持ち合わせていないんだ。

 だから神々(糞野郎共)はこの力の本質を理解していない。

 そして何より、この力を使うことが出来る者は俺達以外には居なかったんだ。

 どれだけ埒外の力であったとしても、本人以外に使えないのであれば無意味な物。

 そう神々は思ったんだろうな。

 

 もともとこの力は火の時代の技術。

 ならこの時代にはソウルが存在しないのかとも思ったが、俺が問題なく使えているのだからソウルは存在する。

 だから俺は一つの仮説を立てた。

 お前達は自分のソウルを自覚していないからソウルの業を使えないのではないかとな」

 

 前を歩いていた灰様が立ち止まると、そこにはたき火がありました。

 いえ【啓蒙】が囁きます。

 これは不死者の骨と火継ぎの大剣によって作られた篝火、灰様達不死者の故郷。

 【啓蒙】が囁く内容はリリには理解できない言葉が多く、その上断片的なその内容について考えると脳が軋むような感覚がしてしっかりと考えられません。

 ですがこのたき火が特別なものであることは理解できました。

 

「これは火の時代の始まり、始まりの火を模したものだ。

 かつて始まりの火から幾人かの存在が王のソウルを見出し、強大な力を身に付けた。

 今からするのはその再現だ。

 何難しい事ではない。お前がすることは今からこれの傍に座って、自分自身の中を見つめるだけだ。

 上手く行けばお前は自身のソウルを自覚できるだろう、その手助けになるだろうと狩人に【啓蒙】を授けさせたわけだ」

 

 「座ると良い」と言って灰様は慣れた様子で篝火の前に座り、リリも同じように座ります。

 ああ、いいです、実に良いです。

 太陽に照らされて温められるのとはまた違う、仄かに暖かい火がじわじわと体を温めていく感覚。

 いっそもどかしさすら感じる弱い熱は、ベル様に見出されたリリの心の中の光を求める部分には物足りませんが、ベッドの中で微睡んでいるような優しい温かさは薄暗がりで生きてきたリリの後ろめたい部分すら分け隔てなく温めてくれます。

 

 自分の中を見つめるでしたっけ。

 何をするべきなのかすら忘れそうになりながら、灰様の言葉を思い出します。

 ソウルとは魂。魂を自覚していないからソウルの業を扱うことが出来ない。

 篝火にあたりながら自身の中の見つめることでソウルを自覚する。

 その為に【啓蒙】を与えられた。

 その与えられた【啓蒙】は「全は一、一は全」と囁いていますがどういう事でしょう。

 意外とこの【啓蒙】って使い勝手が悪いんですよ。

 篝火に温められながら、考え込むうちにリリはいつしか微睡み始めていました。 

 

 

 

 

 

SIDE 火の無い灰

 

 おチビは篝火の傍に座ってしばらくすると穏やかな寝息を立て始めた。

 まあ問題は無いだろう。

 そもそも一回でソウルを自覚できるとも思っていなかったし、ソウルという言葉にするのが難しい物を自覚するのに目を覚まして頭を使うよりも、曖昧な眠りの中の方が自覚できそうな気もするしな。

 俺が説明出来れば良かったんだろうが、俺にとってソウルとは当たり前に身近にある物。

 いざ口で説明しろと言われても説明できるものでは無い。

 

 しかし、おチビは自覚していないようだが【啓蒙】を得たことで目が少し変わった。

 これまでの目では無く、狩人のような何処までも見通すような鋭く、そして透明な目に。

 狩人、あいつも面倒な奴だな。

 

 俺にとって火の時代の出来事は遥か昔の終わった出来事だ。いや恐らく世界にとっても遥か昔の出来事だと思うが。

 ともあれ、あの時代にあった事、俺がしたことはもう昔の話。いつか出会った禿の言葉を借りれば「ノーカウント」という奴だ。

 狼の奴は九郎を守る為なら何だってするし、自分がしたことを後悔するつもりもないだろう。為すべきことを為すだったか。

 焚べる者は...どうなんだろうな、あいつにとって過去というのはミラのルカティエルという友のことだ。他の出来事は全部まとめてどうでもいい(無価値)物として適当に放っておいている。

 だが、狩人の奴はいつまでもうじうじと悩み続けている。

 

 ヤーナム。あいつのいた古都。

 上位者、神にも似た存在の領域を冒涜した罪によって呪われ、最後には狩人の奴がすべて狩りつくした街。

 あいつは自分自身がヤーナムの冒涜者の探求の成果だと思っているし、だからこそ人を助けるべきだとも思っている。

 だが、その行動自体が贖罪でしかなく、「ヤーナムの冒涜者たちの行いが間違っていなかったと思いたいだけでは無いか」と泣いていたこともあったな。

 そのくせ、この世界が呪われていない、ヤーナムとは違う世界だと思いながら、ならヤーナムに最初から救いなど無かったのかとあの街で出会った奴には死という結果しかなかったという結論を出すのを否定する。

 

 奴がいう所の獣であればそんなことを考えることもなかったのだろう。

 奴が上位者であると受け入れていればそんなことを思い悩むこともないのだろう。

 だが奴はそのどちらもを否定し、狩人として存在している。

 面倒な奴だ。

 

 揺らぐ火を見つめながらそんなことを曖昧に考える。

 この所篝火にあたることもなかったが、こうして座っているとやはり不死者と篝火とは切っても切り離せぬ存在だと痛感するな。

 ベルやヘスティアの強い善性の光を眩しいと思うこともないが、やはり俺にはこの弱々しく、だが確かに体を温める火がお似合いだ。

 

「緊急事態だ灰...っとリリルカもいたのか」

 

「うん?焚べる者か。今おチビは半分寝てるようなもんだから気にする必要はないと思うぞ。それで緊急事態とはなんだ」

 

 ふと気がつくと背後に気配を感じる。

 これほどまで近寄られるまで気配に気がつかないなんて、ロスリックだったら死んでたな。

 そんなことを思いながら背後にいる御同胞(焚べる者)に話を聞けば、僅かに困惑したような様子で語る。

 

「ベルがLv.2へとランクアップを果たした。いま【廃教会】の中はそのことで大騒動だ」

 

 ...何とも...まあ。

 そんな言葉しか出てこない。

 いや本当にベルの奴は俺の予想を上回ってくれるな。

 とりあえずは大騒ぎしているだろうベルとヘスティアを大人しくするために、俺は立ち上がる。

 全く騒がしい世界だよこの世界は。

 




どうも皆さま

リリの出番があるたびに曇らせている気がする...私です

お気に入り登録数1000、総合評価2000突破ありがとうございます
常々言っていることなのですが、こんな自分が読みたいを形にしただけの小説が続いておりますのも読みに来てくださっている読者の皆様のおかげです
読み専だった頃には分かりませんでしたが、書く側になると読んでいただけているという事実だけでモチベーションが上がるんです

本文に戻りましょう
前々回でベル君はトラウマであるミノタウロスを倒すことが出来ました
前回灰達はロキ・ファミリアとオッタルと戦いました
それでは逃げたリリルカ・アーデは?というのが今回の題材ですね

ダンメモをちょこちょこやっているのですが、殺生石が出てきたときに思いました
これソウルの業があれば同じようなことできそうと
思ってたよりソウルの業ってやばいですね

ちなみに灰が本文でも言っていたようにソウルの業でできることを全部使うことは出来ていません
火守女、かぼたんも居ませんしソウルから武器を作り出してくれる鍛冶師も居ませんからね

ちなみにベル君の訓練なんかは基本灰の部屋でしています
他の部屋と違って壊してしまう物なんかもないですし、何より広いですから

それではお疲れさまでしたありがとうございました





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為すべき事為さざるべき事

二つ名

神より冒険者へと与えられる呼び名

名前とは人が生まれて初めて送られる贈り物であり
物事を定義付けしその在り方を決めるものだ
曖昧な何かを名付けることで定義しそれを理解することで人は未知を開拓してきた

ならば神より授けられた名前は人に何をもたらすのか


「うーこんなに広かったっけ?道間違えてないよね?」

 

 コツコツと長い廊下にボクの歩く音が響く。

 目指すは【神会(デナトゥス)】が行われる広間...なんだけど、あんまり参加しないから本当にこの道で会っていたか確信が持てない。

 こんな時に限って誰ともすれ違わないし、誰も見かけない。

 このまま進むか、それとも戻るか。ボクが歩みを止めて考えこもうとした時後ろから声がかけられた。

 

「よっ!ヘスティアじゃないか。珍しい、お前も【神会】に参加するのか?」

 

「タケ!」

 

 振り返ればそこには白い服を着た男神、タケミカヅチがいた。

 悲しいことにボクのファミリア、ヘスティア・ファミリアはその悪評から仲のいいファミリアが限られる、いや正直に言えば極々僅かなファミリア以外とは付き合いが無い。

 そしてタケミカヅチ、愛称タケのファミリアはその付き合いのある数少ないファミリアの一つだ。

 

 タケとの付き合いは狼君と九郎君が始まりだった。

 二人がいた所、葦名或いは日ノ本に酷似した文化を持つ極東、その場所について狼君が情報を調べている時に、元々その極東に拠点を置いていたタケと出会ったのだ。

 

 タケは武神、戦いの神であり、狼君の戦い方を見ただけで、様々な流派が入り混じっていることに気がつき、その中でも無骨に勝つことをだけを追い求めて生まれた葦名流という流派をいたく気に入り、その流派について狼君に聞きたがった。

 

 そして喋るのが苦手な狼君の代わりに九郎君が、知る限りの葦名流とその開祖葦名一心について話すと、その流派と人生を眷族の子ども達にも教えて欲しいと懇願し、狼君は了承したことで付き合いが始まったんだ。

 その後なんやかんやあって、窮地に陥ったタケとその眷族を助ける為に灰君達は大立ち回りを演じることになり、そのことをタケ達は深く感謝することになった。

 

 そういう縁もありタケミカヅチ・ファミリアとの関係は良好であり、つまるところはボクにとってタケは気の置けない神だという事だ。

 せっかく会ったんだし、目的地は同じなのだからと、一緒に歩いていく。

 

「聞いたよタケ、君の所の子ども結構頑張ってるみたいじゃないか」

 

「命のことか?まだまだだ、あいつはもっと強くなれる」

 

 まあ、ボク達()が集まって話をすることと言えば子ども(眷族)のことで、井戸端会議めいた話をしながら歩いていく。

 可愛い子ども達の話題に、ボクもタケも和気あいあいと話し合っていたのだけれど、タケが急に周囲を確認し声を潜めて聞いて来た。

 

「それで、あの話は本当なのか?...お前の所の子どもがLV.2になったというのは」

 

 LV.2へのランクアップというのは、その子どもが大成できるかどうかの試金石の様なもので、だから子どもがLV.2へとランクアップしたというのはボク達(主神)にとって特別な喜びになる。

 こうして仲の良い神との会話の話題としてはおかしなものでは無いが、話題を切り出したタケの様子は人目を避ける様なもので、何気なく聞いてきたようには見えない。

 

 それもそのはずだろう。LV.2への最短ランクアップ記録はロキの所(ロキ・ファミリア)【剣姫】(アイズ・ヴァレンシュタイン)が持つ11か月というものだったのだ。それだってファミリアに入って一年と経たないうちにランクアップを果たしたことで、非常な驚きをもって受け止められた。

 だけれど今回ランクアップしたベル君がボクのファミリアに入ったのは一ヶ月と半月前。剣姫が持つ記録を大幅に塗り替えたことになる。

 誤報か何かの間違いか、俄かには信じがたい話だろう。 

 好奇心よりもこちらへの心配が見て取れるタケへ、「まあね」と軽く返事をした所で見覚えのある扉の前につく。

 

「そんなことより、これからが正念場だぜ?お互い頑張ろう」

 

「そんなこととは...いやお前の言うとおりだな。今回ばかりは俺も本気で行く」

 

 ボクの言葉に何か反論しようとしたタケだったが、この扉の奥に何が待ち受けているのか思い出したのだろう、拳を作り気合いを入れて扉を開ける。 

 

 

 

 

 

「そんじゃあ今回の【神会】はうち、ロキが司会すんでー」

 

 広間の中心。

 広間の何処からでも見えるその場所に立ったロキへと「いいぞー」「よっ、待ってました!」「ナイチチー!」「かなりまな板だよこれ!」などなど、他の神々が歓声ともヤジとも取れる言葉を投げかける。

 

「うっさいわ!!話を進めるからちょっと黙れや!あと胸のこと言ったやつはあとでシメるからな!!」

 

 ロキが一喝するが、返ってくる言葉は「おかしい、ロキの声はするのにあるのは嘆きの壁だけ」「お前は目が悪いのか?そこにあるのは机だぞ」「まな板様のことロキって言うのやめろよ」等まともな返事ではない。

 余りの混沌ぶりに思わず遠い目になる。

 

「珍しいじゃない貴女が出てくるなんて...ちょっと、大丈夫?」

 

「...ヘファイストスかい。あー、うん。大丈夫だよ。ちょっと神様って何かなって考えてただけだから」

 

 いつの間にかそばにいたヘファイストスが心配そうにこちらを見てくる。

 会合の邪魔にならないようにとは言え、私語をすることに何も思わないと言えば嘘になるのだけれど、他の神々を見れば邪魔にならないようにしているだけ非常にお行儀が良いと言える事にまた頭痛を感じる。

 

 ボクがヘファイストスと話している間にも議題は進み、酒神(ソーマ)がギルドから罰を受けただとか、軍神(アレス)がまたオラリオに攻め込もうとしているだとか、それなりに重要な話題が上るのだが、まともな議論は行われない...というか、議論とすら呼べるものでは無く、あるのは各々が言いたいことを叫んでいるだけ。

 ...かつて灰君達はこの様子を見て、言葉を選んで言えば学級崩壊、選ばずに言えば動物園と称した。

 ボクも神だ、出来れば灰君達の言葉を否定したいんだけれど、このありさまでは返す言葉もない。

 本当にこれがオラリオの行く末を決める神々の会合【神会】の姿か?

 思わず額に手を当て頭痛を堪える。

 

「あ、あまりにも混沌とし過ぎている。こんなのでオラリオは行く末を決められていたのか!?」

 

「久しぶりの出席だから忘れてしまったのかもしれないけれど、【神会】なんて毎回こんなものよ。それに貴女にとっては今からが本番でしょ、しっかりしなさい」

 

 余りの緩さに、【廃教会】(ホーム)を出てきたときの気合いを忘れそうになるボクへと、ヘファイストスが気合いを入れてくれる。

 その言葉に気を取り直すと同時に、ロキは今までより大きな声を出す。

 

「もう他にはないかー?ないなー?...ならお待ちかねの【命名式】の時間やぁぁぁ!!

 

「「「「イェーーーーーーーーイ!!!」」」」

 

 その途端部屋が揺れるくらいの歓声が上がる。

 ある神は「このために【神会】に出席したんだ!」と不気味な笑みを浮かべ。

 ある神は「お願いします、お願いします、普通の、普通のでお願いします」と神に祈っている(周囲の神に懇願している)

 

 【二つ名】

 LV.2以上の冒険者に対して命名される、神が決めた名前。

 二つ名を持つという事は、LV.2以上の冒険者つまりは上級冒険者であるという事であり、二つ名を自身が神に認められた証であり、自分を表す象徴として誇る冒険者は少なくない。

 だけどそれは冒険者()からすればの話だ。

 

最終聖女(ラストヒロイン)!!」「†漆黒†!!」「や、やめてくれぇぇええええ」

 

 ではボク達()からすればどうなのか。

 嬉々として二つ名候補を上げていく神々と、上がる二つ名候補を聞いて頭を抱えて蹲る冒険者の主神の姿を見れば、神から見た二つ名という物のがどういう物なのかわかるだろう。

 子ども()からすれば神のセンスによってつけられたカッコイイ二つ名、しかしボク達()から見れば非常にイタい物だ。

 そのイタい二つ名を子どもたちが気に入り、名付けられることを喜んでいることはせめてもの救いなのか、それともより深い悲しみを生み出す呪いなのか。

 どちらにせよ【命名式】に手加減なんてものは存在しない。

 命名される冒険者の主神は嘆き、それ以外の神は日々の鬱憤を晴らすためにハッスルする。それが【命名式】だ。

 

「そんじゃあ次は...なんやドチビんとこのかいな」

 

 楽し気に命名式を進めていたロキの顔が歪む。

 手に持つ紙にはベル君の名前が書いてあった。

 

 「噂のウサギ冒険者!?」「あの命知らずか...」「生きていたのか」「むしろ死なせて貰えない可能性」「そんなこと...ありそうだなぁ灰だもの」「魂が肉体から離れてないからノーカウント(死んでない)とか言われそう」

 

 ベル君の名前が出た途端、【神会】の空気が変わる。

 かつて【神会】で大いに暴れた灰君達は、恐れ知らずの命知らずが集まる神々にすら恐れられている。

 そんな灰君達の後輩という事で、ベル君にも注目が集まっているようだ。

 

「てか一ヶ月でランクアップ?早過ぎね」「でもあの灰達の後輩だぜ、そりゃあ日夜凄まじい特訓を...」「それを言い出したら灰達の後輩になるだけでも偉業だろ」「何ならそれだけでもLVが二つぐらい上がりそう」

 

 僅か一ヶ月とちょっとでのランクアップ。

 明らかな異常な成長に何かしら言われるのではないかと思っていたが、灰君達の後輩という事で「まあ灰の後輩だしな...しょうがないだろ」みたいな空気が流れている。

 

 とは言えこれは【命名式】

 神々が手心を加えるのはロキの所の様な大派閥のみ。

 たとえ灰君達を有するボクのファミリアであったとしても、いや灰君達に対する日頃の鬱憤を晴らすべく、神々は酷い二つ名を付けようとするだろう。

 頭の中に非常に、痛々しい二つ名を嬉しそうに名乗るベル君の姿が浮かぶ。

 やらせはしない、やらせはしない。ベル君はボクが護るんだ!!!

 

 

 

 

 

SIDE ベル・クラネル 【廃教会(ホーム)

 

「“べる”殿?少しは落ち着きなさい。そのように焦った所で“へすてぃあ”様が帰ってくるのが早くなるわけでもないのですから」

 

「九郎様の言う通りです。お茶でも飲んでゆっくり待ちましょうよベル様」

 

「落ち着ける訳ないじゃないですか!二つ名ですよ!二つ名!!」

 

 お茶に手も付けずに立ったり座ったりを繰り返している僕へと、九郎さんとリリから呆れたような視線が向けられる。

 【神会】へと向かう神様を見送ってから何度言われたか分からない、落ち着けという言葉。

 だけど僕がランクアップを果たしてから待ち望んだ日だ、落ち着ける訳がない。

 

 お爺ちゃんと一緒に暮らしていた頃から、お爺ちゃんのお話を聞いた後想像していた、立派な冒険者になった僕の姿。その姿にまた一歩近づいただけじゃない。

 その時に僕が自分で考えたそれじゃない、本当に神様から二つ名を付けて貰えるのだ。

 興奮するなという方が無理だ。

 言い返そうとすると灰さんから「もうその話は聞き飽きた、耳にタコができる」と遮られて、無理やり机に座らされてしまう。

 

「そういえば灰様達の二つ名の時はどのようにして付けられたのですか?」

 

 有無を言わさず突き付けられたお茶を大人しく飲んでいると、ふとリリが言葉を漏らす。

 確かに、神嫌いの灰さん達が神様から大人しく名前を付けられるとは思えない。何か騒動を起こしたか、それとも大人しくする何かがあったか。

 問われた灰さんは「まずこいつが暴れた」と焚べる者さんを指さす。

 

「暴れたのは事実だが、同じく貴公も大暴れだったろう?まるで私一人だけが暴れたかのような言い方をするべきではないな」 

 

「被害の度合いで言えば狩人が一番大きかっただろ!?支払った賠償金もほとんどはあいつが暴れた分だったし」

 

「よく言う。確かに備品の損害数は私が一番だったが、一番意地の悪い暴れ方をしたのはお前だろうに」

 

 灰さんの言葉に黙っているわけにはいかないと焚べる者さんが反論し、灰さんがまた矛先をそらそうとしたことで、狩人さんも巻き込んで灰さん達は言い合いを始めてしまった。

 言い争う灰さん達を冷ややかな目で見た狼さんは「...まあ、こういう事だ」と話を締めくくる。

 あーうん、まあそうなりますよね。

 

「上等だ表に出ろ。ぼこぼこにしてやる」

 

「灰さん!?ちょっと落ち着いてくださいよ」

 

「いいだろう...ミラのルカティエルの伝説に新たな一幕を作ってやろう」

 

「焚べる者様も!というかどんな伝説を作るつもりですか!?」

 

 徐々にヒートアップする灰さん達のケンカ。

 遂に部屋を出て直接殴り合おうとする灰さん達を引き留める僕とリリ。

 だが、灰さんが急に立ち止まる。

 何とか引き留めようとしていた僕はバランスを崩して倒れこむ。

 一体何が起きたのかと思っていると、教会部分()を走る足音が聞こえる。そのまま階段を下りてきて地下室へと向かってくる。

 バン!と扉を乱暴に開けて入って来たのは僕の待ち人(神様)

 

「やった!やったぞ!!ベル君!!!」

 

「神様、やったってことは!!!僕の二つ名は...」

 

「ああその通り。普通だ!!!」

 

 えっ...?

 

 地下室に沈黙が訪れる。

 普通という言葉が返ってくるとは思わなかった僕と、そんな僕の反応が思いっきり想定外だった神様。

 僕と神様、互いにおかしなテンションで話していたせいで、すぐ目の前に神様の顔がある。

 普段なら恥ずかしくなってしまう程の近距離。

 だけど今の僕の頭の中には神様の普通という言葉が踊っていた。

 

 普通。普通?

 え?僕の二つ名は普通?

 僕の頭の中で映像が流れる。

 

 英雄譚の様に、人々を追いかけるモンスターの前に一人の冒険者が立ち塞がり、流れるようにモンスターを倒していく。

 先程まで窮地に追いやられていた人々はその姿に覚えがあることに気がつく、そうあれこそは【普通】ベル・クラネル!!

 モンスターを倒し終えた僕へとかけられる「流石は【普通】だな!」という言葉。

 そして巻き起こる【普通】コール。

 

 え?え?ええええええええええええええええええええええ。

 

 静まり返った地下室に咳払いが一つ響く。

 見れば狼さんが非常に居心地の悪そうな顔で、口元に拳を当てていた。

 その姿に正気を取り戻した僕がどういうことなのか神様に問おうとするが、僕の口から洩れたのはぐえっというカエルの鳴き声のようなうめき声。

 後ろを見れば「ちょっと落ち着け」と灰さんが僕の襟を捕まえていた。

 そして神様へと「ヘスティアもとりあえず中に入れ」と部屋の中に入れて、扉を閉めた。

 

「えー、それではこれからベル君の二つ名の発表を行います」

 

「「い、イェーイ...」」

 

 部屋の中に入り、普段の服装になった神様が胸を張り高らかに宣言する。

 先程までの醜態を無かった事にしようとするその宣言に乗ったのは、僕とリリだけ。

 他の人達は「発表も何もすでに【神会】で発表されているだろうに」だとか、「ちょっと黙れ、今女神ヘスティアが自分の醜態を必死に無かった事にしているんだ。眷族としてここは素直に見逃してやるべきだろう」だと好き勝手話している。

 

「うるさいぞ!...コホン。ベル君、君の二つ名は【未完の少年(リトル・ルーキー)】だ」

 

 【未完の少年(リトル・ルーキー)

 それが僕の二つ名。

 カッコイイ二つ名が欲しいと言っていた。だけれど、例えば灰さん達みたいな二つ名を付けられてしまえば、名前負けにしかならない。

 そんな心配がなくなったことの安心感と、もっとカッコイイ二つ名が良かったという気持ち。二つの感情で揺れ動く僕へと灰さんが声をかける。

 

「何とも言い難い表情をしているところ悪いが、俺達からもお前に告げるべきことがいくつかある。その為におチビを呼んだんだからな」

 

 リリが不思議そうに自分を指さす。

 僕の二つ名を発表するから、リリがいたんだと思っていたがそうじゃないらしい。

 一体何が起きるのかと思っていると九郎さんが前に出てくる。

 

「まずは私ですね。...“べる”殿、あなたにこのファミリア、ヘスティア・ファミリアの団長の座を譲ろうと思います」

 

「え!?」

 

 九郎さんの言葉に僕は驚くが、神様も灰さん達も特に驚いている様子はない。

 最初から知っていたのだろうか。

 いやそんなことより、僕がファミリアの団長!?

 

「む、無理ですよ。僕がファミリアの団長なんて、無理です、相応しくないです。それの急にそんなこと...」

 

「いえ、前から思っていたのですよ」

 

 辞退しようとする僕へと九郎さんは落ち着いた声音で語る。

 

「以前から戦う力の無い私では無く、実際にダンジョンに潜り戦う者がファミリアの団長の称号を背負うべきだと思っていたのです」

 

「だ、だとしても灰さん達がいるじゃないですか。なんで僕に」

 

「そもそも私がこのファミリアの団長をしていたのは他の者が辞退したから。選ばれたのは消去法という奴なのです」

 

 消去法で団長を選んだ!?

 驚いて灰さん達を見ると頷いている。

 「そういう難しいの俺に向いてないだろ?」と灰さん。

 「私が表に立つなど笑い話にもならない」と狩人さん。

 「忍びは潜む者...」とは狼さん。

 「私はやる気だったが、全会一致で否決された...」と焚べる者さん。

 ...確かにこうして見るとこのファミリアで団長とか出来そうなの、九郎さん位しかいない。

 

「何も九郎の奴だって、団長の責務から逃げようとしているわけじゃない。これはお前へのランクアップ祝いみたいなものであると同時に、俺達がお前を一人前と認めた印みたいなもんさ」

 

 「それでも...」と続けようとした僕の言葉を遮るように灰さんが語る。

 一人前、僕は本当に一人前になれたのだろうか。

 灰さんの言葉に頭によぎった不安が表情にも出ていたのだろう。

 灰さんは優しい声で続ける。

 

「自分で言うのもなんだが、俺達はベル、お前をかなり可愛がっている。

 かつての俺達なら、死ぬところまででチュートリアルとでも言っただろうがな。

 まあ何が言いたいかというと、俺達はお前に対して少々過保護だったという事だ。

 

 だがな、お前は強くなった。お前は俺達の想像すら超えてなお成長をし続けた。

 胸を張れ。もうお前は俺達に守られているだけの子どもじゃない。自分の足で行くべき道を進める一人前の冒険者だ」

 

 灰さんの拳が僕の胸を軽くたたく。

 強く大きな拳。

 その拳に叩かれたところからじわじわと熱が生まれていく。

 そうだ。僕は英雄になるんだ。なら団長なんて地位に怯えている暇はない。

 

「分かりました。ヘスティア・ファミリアの団長の座。受けます」

 

「安心しました。“べる”殿に役目を引き継ぐことが出来て、これで肩の荷が下ります」

 

 僕の言葉を聞いて安心した九郎さんを見て思う。

 前からずっと思っていたけれど、九郎さんに殿と付けて貰えるほど僕は立派な人物じゃない。

 それになんだか他人行儀な気がする。

 

「それじゃあ団長命令です。僕のことはベルと、呼び捨てでお願いします」

 

「それでは私のことは九郎と呼んでください」

 

 せっかくの機会。団長命令なんてちょっとおどけて言ってみれば、九郎さんいや九郎も呼び捨てにするように言う。

 ずっとさんづけで呼んでいた人を呼び捨てにするのはなんだか気恥ずかしい。

 だが、互いに名前を呼べば距離がぐっと近づいた気がする。

 

「あー、なんだ。青春ってやつか?若い者同士で仲良くやっているところ悪いが、ベルが団長になった以上俺達の予定についてしっかりと話しておくべきだろう?

 実は俺達はギルドからの呼び出しを受けてな...言っとくが、日ごろの態度だとか、他所のファミリアとのケンカだとかが原因じゃない。

 

 ギルドは俺達四人に冒険者依頼(クエスト)を発令した。」

 

 灰さんの口にした内容に言葉も出ない。

 灰さん達4人に冒険者依頼を発注した!?

 

「ギ、ギルドは戦争、いえ国でも潰すつもりですか!?」

 

「そうだよ、灰君達4人を必要とするなんて一体どんな依頼なんだい」

 

 リリと神様が驚愕する。

 単純に戦力が必要ならば誰か一人でも事足りるどころかお釣りが返ってくる、いや灰さん達が暴れることを考えればよほどの理由が無ければ依頼なんてしないだろう。 

 僕もLV.2にランクアップしたことで強くなったと自負しているが、灰さん達と比べれば誤差みたいなものでしかない。

 にもかかわらず、ギルドは普段一緒にダンジョンに潜っている灰さんと、狩人さんと、焚べる者さんだけでなく狼さんまで含めた4人を対象とした依頼を出したというのだ。

 このオラリオで何が起きているというのか。

 

「ギルドからの依頼は単純なものだ。【闇派閥(イヴィルス)】の探索と殲滅」

 

ダメだ!!...そんなこと灰君達にはさせない。今から僕がギルドに行って断ってくる」

 

 実に俺達向けな事案だな?と灰さんは付け加えるが、神様は顔を真っ赤にして否定する。

 目の前で言い争う二人の注意をひかない様にしながらリリへとこっそりと聞く。

 

「リリ...【闇派閥】って何?灰さん達4人が集まる必要がある位強いファミリアなの?」

 

「その疑問には私が答えよう」

 

 明らかにそれ(【闇派閥】)って何ですかと聞ける空気では無かったので、こっそりとリリに聞いたのだが、いつの間にか後ろにいた狩人さんは聞き逃さなかったらしい。

 リリが答えるよりも先に【闇派閥】についての説明を始める。

 

「一言で言ってしまえばこのオラリオに巣食う寄生虫だ。

 このオラリオで失敗した敗北者、夢破れた者らの嘆きをクズども()が拾い上げたクズの巣窟。

 おおよそ5年ほど前の話になるがオラリオの秩序をひっくり返し、この街そのものを壊そうとした奴らがいたのだ。

 神の支配からの脱却という点では見るべきところはあるが、それ以外は語るのも忌々しい人の淀み。

 それが【闇派閥】というものだ」

 

 聞いているだけでも身が竦みそうな怒りを放ちながら狩人さんは語った。

 どうしてオラリオを壊そうとしたのか、どうしてその人達の主神はそんなことをしようとする人達に神の恩恵を与えたのか。

 狩人さんの説明を聞いてますます疑問が増える。

 そして何より、聞く限り【闇派閥】という人達は成功しなかった人達の様だ。そんな【闇派閥】を殲滅するのに灰さん達なら一人でも十分、いや他のファミリアの冒険者の方が余計な被害を出さないだろうし、手っ取り早いように思う。

 やはり灰さん達を4人も必要とするとは思えない。

 燃え上がる炎のようないつもの怒りでは無く、静かな、だがじわじわと沸き上がるような冷たい怒りを纏う狩人さんにどう聞けばいいだろうか、悩む僕の耳に神様の叫びが入ってくる。

 

「確かに灰君達は5年前に【闇派閥】と戦い、殲滅した!!

 だからって今回もまた灰君達が手を汚す必要はないはずだ!!」

 

「お前が俺達のことを心配してくれているのは分かる。だから手が汚れるのなんて今更だ、なんて言わない。

 ヘスティア、ベル、それにおチビいやリリルカ。俺はな、俺達はこの街が好きだ、平和なこの街がな。

 いい所ばかりじゃないのも知っている。この街に住む多くの人は平和の有難みを理解していない、平和ボケしていると言えるかもしれん。

 それでもな、それでも俺達の知っている滅びに怯える世界より、狩人の知っている狂気に怯える世界より、狼や九郎の知っているいつ攻め滅ぼされるか分からない世界よりこの平和な世界が良いと思うんだ。

 だからこの平和な世界を壊そうとするあいつらが許せん」

 

 激しい口調で詰め寄る神様、ひどく穏やかな口調で諭すように語る灰さん。

 どちらもいつもの神様や灰さんからは想像もできないような姿で、だからこそ本心なんだと理解する。

 

「俺達はこの依頼を受けるかどうか迷っていた。

 俺達が動くほどの事態とは思えなかったからな、むしろ何かしらの罠である可能性の方が高いとすら思った。

 だがな一番の理由は【闇派閥】が動き出したと言うのなら、ベルの身に危険が迫るかもしれんからだ。

 俺達はこれまでいつも遅れていた。守りたい奴が苦しい時に居らず、俺達がたどり着いたときはいつも全部終わった後だ。戦えばどんな障害だろうと打ち砕けるのに守れなかった、戦えなかった。

 ならベルを守るのなら四六時中張り付いておくべきだ、その為には長期間拘束されるだろうこの依頼を受ける訳にはいかないからな。

 

 だがお前は成長した、いやお前だけじゃない。

 おチビも俺達に頭を下げてまで新しい力を得ようとした。

 だからなベル、俺達はお前を信用する。お前とお前の仲間を信じて、俺達は俺達の為すべきことを為すんだ」

 

「灰君...」

 

 灰さん達に守られていたことを改めて自覚する。そしてその守りが無くなる心細さも。

 だけど灰さん達は僕が一人で立てる冒険者だと認めてくれた。そして頼れる仲間もいると教えてくれた。

 心細さと寂しさとそれを超える喜びと、渦巻く感情は僕の口から漏れ出る。

 

「行ってください...行ってください灰さん。灰さん達が成すべきことを為してください」

 

「ベル君!?」

 

「認めましょう“へすてぃあ”様。灰殿達には為すべきことがあり、“べる”(団長)はそれを受け入れた。ならば私達には何もできることはありません」

 

「ぐむむむ...だけどこれだけは譲らないからな!!灰君達!!無茶はしないように!!!」

 

 神様が驚いたように僕を見てくるが、今の僕の目には灰さんしか映らない。

 驚いたようにヘルムの奥の目を見開いた灰さんは楽し気に目を細め、

 「おう」とだけ返した。

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

いやあ疲れた
ベル君をヘスティア・ファミリアの団長にすることと九郎様と互いに呼び捨てにすることは最初から決めていたのですがようやく書けて安心しました

本編には関係ないのですが人物紹介の章が昔書いたので読みにくいし無駄に長くなったしでいいことない気がしてきたので章の終わりに纏めようかと思います
そうすれば更新も忘れないでしょうし


という事で以降はこの章の人物紹介になります
この人物が書かれてない、あれはどうなったんだみたいなことを感想で頂けると書くかもしれません...書かないかもしれません
何にせよお暇な方はどうぞ
そうでない方はお戻りください
それではお疲れさまでしたありがとうございました


ベル・クラネル

ヘスティア・ファミリアの冒険者。
リリルカがダンジョンに潜れない間、憧れの冒険者であるアイズ・ヴァレンシュタインとの訓練を通して自身の弱点である防御面の弱さを補った。
その後ダンジョンで自身のトラウマであるミノタウロスと遭遇、リリルカを逃がす為に一人戦いを挑む。戦いを通してミノタウロスに奇妙な友情のようなものを感じ、自分がミノタウロスと戦うことを決意し、見事ミノタウロスに勝利する。

ミノタウロスとの戦いによってランクアップを果たし、Lv.2になったことで二つ名【未完の少年】を授かり、ヘスティア・ファミリアの団長に就任した。
...とは言え基本的に団長命令だったとしても従わない奴らばっかりだが

強くなるに従い戦闘狂の気が出始めているが、そのことを知っている人物は皆灰達の影響だと思っている。
しかし主神であるヘスティアだけはそれを否定しており
曰く「本当に(ベル君の戦闘狂化が)灰君達の影響なら(ベル君の戦闘狂化は)もっと酷い」とのこと。


ヘスティア
ヘスティア・ファミリアの主神
ヘファイストス系列の店でのバイトと、ジャガ丸くんの屋台でのバイトの二足の草鞋を履き忙しく働いている。
基本的に怠惰な性格でありながら日々仕事を続けているというのに、最愛の眷族ベルがいつの間にか恋敵であるアイズと秘密の訓練(意味浅)をしていたことや、灰達がギルドからの呼び出しの理由を隠す、など眷族達からの冷たい扱いに流石のヘスティアも怒った。
しかしながらもっとも怒るのが、ベルが無茶をして怪我をした時である辺りやはり善性の神である。

ベルのステイタス更新時に、見慣れぬ文字を見つけるがベルが逃げ出すようにダンジョンに向かったこととその後はミノタウロスとの戦闘で気絶していたこともあり未だ伝えられていない。

火の無い灰

ヘスティア・ファミリアの冒険者
後輩であるベル・クラネルが、アイズとの秘密の特訓によって強くなったことに感慨を受けたが、それはそれこれはこれと容赦なく叩き潰した。
狩人から持ち込まれた情報を元にダンジョンへと潜り、そこでミノタウロスと戦うベルを見つけ、ベルの決意を尊重し横槍を入れさせないために、アイズとオッタルを相手に戦う。
ベルが自分一人でミノタウロスを倒したことで身体だけでなく、心も強くなったことで一人前の冒険者と認め、保護下から離れる時が来たとベルを独り立ちさせた。

なんだかんだ自分のペースに持ち込むのが上手いことで、計算高く、策士家であると思われているが、実際には行き当たりばったりで何も考えていないことの方が多い。

月の狩人

ヘスティア・ファミリアの冒険者
自身の嫌う獣の匂いがする一方で、幼い少女の外見をしているリリルカを相手にどう出ればいいかわからず悩んでいる。
獣、特にモンスター嫌いだがベルの決意を尊重する程度には丸くなった。
主神と後輩を襲撃した冒険者を相手でも自分が探していた人物では無かったと知って動揺したり、獣人(ベート)との戦いでも殺すまでいかない辺りからもそのことが読み取れる。

狩人とはただ目の前の獣を狩ればいい存在であり、それが獣狩りの夜の歩き方だ
だが永い夜は終わりオラリオの街で太陽の下を歩いている。
ならば新しい生き方を知るべきだろう、狩人は幼年期が始まったばかりなのだから

絶望を焚べる者

ヘスティア・ファミリアの冒険者
狩人からもたらされた情報によってダンジョンに潜りロキ・ファミリアの冒険者と交戦した。
戯言の様な言葉しか吐かないことと理解できないミラのルカティエルの伝説を語り続けていることで信頼されていないがヘスティア・ファミリアでも上位の人格者である
逆に人格者であることをミラのルカティエルですべて台無しにしているともいえるのだが



ヘスティア・ファミリアの冒険者
狩人からもたらされた情報によってダンジョンに潜りロキ・ファミリアの冒険者と交戦した
好戦的な人物の多いヘスティア・ファミリアの冒険者の中でも唯一と言っていい戦いに否定的な立場をとる

主が無事ならばそれでいい。
ささやかなその願いが侵されない限りは狼の牙が剥かれることは無いだろう

リリルカ・アーデ

ベルのサポーター兼お目付け役。
自分を死んだことにして自身のファミリアから逃れようとしている。
9階層で出会ったミノタウロスに対して何もできず、ベルに逃がされたことを気に病み、鍛えてくれるように灰達に土下座した。
その結果【啓蒙】を得たほか僅かながら【ソウルの業】も習得した

ソーマ・ファミリアの冒険者リリルカ・アーデは死んだ。
ここに居るのはベル様のサポーターリリルカ・アーデだ

アイズ・ヴァレンシュタイン

ロキ・ファミリアの冒険者
単独で階層主の討伐を為し、LV.6へのランクアップを果たした
以前から気にかけていたベルの落とし物を拾ったことでベルと関わりを持ち、稽古をつけた。

ベルにとって悲報ではあるがあくまでベルに向ける意識はペットの動物に向ける物或いは弟に向ける物でしかない
ベルの髪がビックリするぐらいふわふわだと知っている人物の一人

ロキ・ファミリアの幹部

ダンジョンの遠征中にミノタウロスに襲われた冒険者を助け、ベルの戦いに横やりを入れられたくなかった灰達と戦った

結果として得難い戦いの経験を得た彼等の中でも若いベートやティオネ、ティオナはダンジョンの中で先を争うようにモンスターと戦っている
その姿は鬱憤を晴らしているようにも見えるとのこと

オッタル

ベルが越えるべき試練を鍛えるべくダンジョンに潜っていた
オラリオ最強の名を持っているがかつて軽くあしらわれた灰を倒さなければその名を名乗れないと思っている
灰と戦う絶好の機会と喜び勇んで参戦したが、適当にあしらわれた上に放置される妙に可哀そうな人

フードの男達

主神であるフレイヤ命を受けてアイズとベルを襲撃した
しかし狩人によって【闇派閥】の冒険者だと勘違いされ無茶苦茶殺意をぶつけられた
...やっていること自体を見ればそんなに間違えてはいないが、まさかそんな間違いをされるとは彼等も思わなかっただろう




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独り立ちと支えの話
出会いと別れ


別れ

離れる事、訣別

どの様な出会いにも別れは付き物だ
人の流れは留まらず故に出会いがあるのだから

しかし別れが一時の物となるか永遠のものとなるかはその人次第だろう
望む結果を引き寄せようとするべきだ


「それでは...ベルさんランクアップ&団長就任を祝って、カンパーイ」

 

「「「カンパーイ」」」

 

 楽しそうな笑い声が響く【豊穣の女主人】

 その中の一つのテーブルで僕達はささやかな宴を催していた。

 僕がランクアップし、ファミリアの団長に就任したことを聞いたシルさんがこの場を設けてくれたのだ。

 ...名目としては僕のランクアップと団長の就任だが実際にはあと一つ、リリがソウルの業を使えるようになったことのお祝いでもある。

 

 灰さん達がギルドからの冒険者依頼(クエスト)を受けたことで、灰さん達がダンジョン探索の準備をする合間にしか訓練を受けられなかったが、リリは頑張った。

 そしてついに灰さん達と同じようにソウルというものにアイテムを溶かし込むことで、幾らでもアイテムを持ち運べるようになったのだ。

 とは言え、ソウルの業は使い方次第では、世界すら壊しうる物らしい。そんなものを使えるようになったと知られるわけにもいかず、表立って祝う訳にもいかない。

 そんな時に、シルさんから受けた【豊穣の女主人】で僕のランクアップのお祝いをしませんかという誘いは、頑張っていたリリをねぎらうのにうってつけだった。

 

 机に山と積まれた...とまで言えば流石に誇張が過ぎるが、机にずらりと並べられたご馳走に「リリの普段の食事の何食分になるんでしょう」とリリが呟き値段を確かめようとするが、シルさんは「お祝いの場でそんなこと気にしちゃいけませんよ、さあどうぞ」とメニューに伸びたリリの手を遮り、料理をリリの口に詰めようとする。

 お酒は頼んでないから酔っていないはず──一度した失敗を二度もするつもりはない、もちろんちゃんとお酒じゃないことは確かめてある──なのに酔っぱらっているように陽気なシルさんの姿に、楽しく飲んでもらって気持ちよくお金を使ってもらう為には演技力が必要なんだろうと思う。

 ふと、なら僕の知るシルさんの姿はどこまでが本当で、どこまでが演技なのか、なんて考えるがそれこそお祝いの場でそんなこと気にしちゃいけないだ。

 とにかく料理が冷める前に僕もいただくとしよう。

 

「ダンジョン中層へと潜るのはまだやめておいた方がいい、どうしてもというのならばせめて新しい仲間だけでも募ってからにするべきだ」

 

 同じ机に座っているリューさんが僕とリリに助言をする。

 知り合いのお祝い(僕のお祝い)という事で、ミアさんが「存分に楽しみな」と忙しい中シルさんとリューさんを付けてくれたのだ。

 ...その分沢山食べてお金を落とせとも言われたのだけれど。

 

 料理を食べて、ジュースを飲んで、楽しくお話しする。

 そうしていても、話す話題がダンジョンについてになるのは冒険者の宿命のようなものかもしれない。

 とは言え、ありがたい助言だ。リューさんから言われた言葉に考え込む。

 

 灰さん達からも言われていたことだけれど、僕とリリだけでダンジョンに潜るのには限界がある。

 幾ら僕が強くなったところで、戦うのが僕一人ではダンジョンに潜るどころかリリの身も危険にさらされかねない。

 中層までいけばモンスターの数も、出会う頻度も何よりモンスターの強さその物も格段に上がるそうだし、やはり新しい仲間を探すべきだろう。

 とは言えなぁ...そう簡単に仲間になってくれる人が見つかるのなら苦労はしない。

 

「クラネルさん、謝りたいことが「おう!リトル・ルーキー。仲間を探しているのか?」」

 

「...誰でしょうか」

 

 何かいい案は無いかと考え込んでいるとリューさんが何かを言おうとし、その言葉を塗りつぶすように大きな声が響いた。

 見ると厳めしいひげ面の男の人がこっちを見ていた。

 僕に向ける視線は友好的なものを感じない。むしろその逆敵意に近い物を感じる。

 何か恨みを買うような真似をしただろうか。

 

「誰でしょうかと来たか。流石は今を時めく【未完の少年(リトル・ルーキー)】だ。俺みたいなのは知らないってか?

 しょうがねえな俺の名前はモルド。オグマ・ファミリアのLv.2の冒険者だ。どうだ?俺達のパーティに入らないか?」

 

 男の人が自己紹介する。

 オグマ・ファミリア?聞き覚えの無いファミリアだ。

 別の言い方をすれば特に悪評を聞かないファミリアという言い方もできるけれど。

 とは言え、LV.2の冒険者とパーティを組めれば中層だって潜れるだろう。

 

「いいんですか!?」

 

「ああ気にするな。代わりにそこの別嬪さん達を貸してくれりゃあいいぜ。仲間なら分かち合いだろう?」

 

「...お断りします。シルさんもリューさんも物じゃありません」

 

「へっ!お高く留まりやがって。...そこの別嬪さん達もそんな小僧より俺達の方に来ない「黙りなさい」なっ...」

 

 悪くない話だと思っていたが、交換条件として出されたものは受け入れられるものではなかった。

 そう思ったのは僕だけではなかったようで、シルさんとリリは冷たい視線を男に向けているし、リューさんに至っては話を遮り、取り付く島もない言葉を投げかけた。

 しかしモルドさんはリューさんに触れようと手を伸ばし、それを僕が遮る。

 

「手前!?」

 

「話は終わりなら帰ってください」

 

 相手の背後から仲間が立ち上がり、好戦的な目でこちらを睨みつけてくる。

 こちらもリューさんが立ち上がり、リリたちを庇うように僕と並ぶ。

 何かあればすぐにでも爆発しかねない空気に気がついた他のお客は、無邪気にヤジを飛ばしている。

 

 どうしよう。

 リリやシルさん達を守らなければと思って行動したけれど、僕はケンカなんてしたことが無い。

 しかも数の上ではこちらが不利だ。

 迂闊に手を出すこともできず、互いに睨み合っていると

 

 ドンッ!!

 

 凄い音がお店の中に響く。

 僕達が視線をやれば、女将のミアさんがカウンターを素手で叩き割っていた。

 

暴れるのなら他所でやりな。ここは酒を飲んで飯を食う所だよ!!

 

「お、おい。行くぞ!!」

 

 ミアさんから放たれるすさまじい威圧感に、モルド達は逃げ出すように店を出ていこうとし、「ツケはきかないよ!」とミアさんに怒鳴られていた。

 凄い。いや本当に凄い。

 あの威圧感はともするとダンジョンで戦ったミノタウロスのそれを上回りかねない。

 ただの女将さんに出せるものではないはずだが、ミアさんは一体何者なんだろうか。

 

 そんなことを思っているとシルさんに「なんだか白けてしまいましたね、座ってください。仕切り直しましょう」と座るよう促され、僕は席に座る。

 まあそれこそ()()()()()()()()()()()()()()()んだろう。

 ミアさんは【豊穣の女主人】の女将で、【豊穣の女主人】は酒を飲んで飯を食う所それでいいんだろう...僕はお酒を飲めないけれど。 

 

 

 

 

 

「これは違う...これも違う...」

 

 【豊穣の女主人】でお祝いをした翌日のこと。

 僕はエイナさんに教えてもらった、バベルの中のお店で装備を探していた。

 このお店で買ったウサギの刻印がされた軽装(ライトアーマー)がボロボロになってしまったのだ。

 

 思えばあの鎧を着て僕は10階層でオークと戦い、アイズさんとの訓練でぼこぼこにされ、灰さんとの手合わせの時もぼこぼこにされ、そして先日の9階層でのミノタウロスとの死闘を繰り広げたのだ。むしろ良く持ったと言えるだろう。

 間違いなくいい買い物だった。新しい鎧も同じ人が作った物が欲しいのだが...見つからない。

 

 エイナさんはここに置いてあるものは名前が売れていない鍛冶師の作品だと言っていた。

 あの鎧はとてもいい物だったことを考えると、作品がすでに売れてしまったか、作った人がここに作品を置かなくてもいいくらい名前が売れたのかもしれない。

 できればあの人の作った鎧が欲しかったんだけどな。

 お店の人に聞けば見つかるだろうか。

 カウンターの方へと向かうと怒っているような声が聞こえて来た。

 

「どうして俺の作品があんなところに!!」

 

「売れねえんだしょうがねえだろ、でかい口を叩くのは売れるようになってからにしろ...おや、お客さん何か用ですか?」

 

 タイミングが悪いことに赤い髪の人──多分鍛冶師なんだろう──がカウンターにいるお店の人と喧嘩をしていた。

 出直すべきかどうか悩んでいると僕がいることに気がつかれてしまったようだ。

 赤い髪の人は「ちょっと待てよ話はまだ...」と食い下がろうとするが、「売れてねえお前より客の方が大切だ」と一蹴されてしまう。

 とてもやりづらいものがあるが、赤い髪の人は項垂れて黙ってしまい、カウンターの人も僕のことを見ている。

 聞くだけ聞いてしまうべきだろう。

 

「えっと...ヴェルフ・クロッゾさんの防具が欲しいんですけど...ありますか?」

 

「!!なあ、あんたヴェルフ・クロッゾの防具が欲しいのか?」

 

「えっ、ええ」

 

「ならあるぞ、使ってくれるか?」

 

 僕の言葉を聞いた途端今まで萎れていたのが嘘みたいに生き生きとしだした赤い髪の人は、僕の答えを聞くと荷物の中から軽装を取り出し僕へと渡す。

 ほとんど無意識のうちに受け取った僕は鎧に刻まれた製作者の名前を確認する。そこには確かにヴェルフ・クロッゾの文字が刻まれていた。

 え?いや確かにヴェルフ・クロッゾさんの防具が欲しいとは言ったが、他の人の物を譲ってもらう訳にもいかないだろう。

 

「で、でもこれはあなたの物ですよね?」

 

「ああその通り俺の物(俺の作品)だ」

 

 僕は疑問を投げかけ、赤い髪の人はそれに答えた。

 だけれど、どこかですれ違っているような気がする。

 些細な違和感。それがのどに刺さった小骨の様に気になる。

 

「あーえっと、有難うございます?その、お名前は...」

 

「お?まだ名乗ってなかったか、せっかくのお得意様(ファン)だ、こういうのはしっかりしなくちゃな。

 俺の名前はヴェルフ、ヴェルフ・クロッゾ。ヘファイストス・ファミリアの下っ端鍛冶師さ」

 

 え、えええええええええええええええ!!!

 

 

 

 

 

 

 

「それでほいほい専属契約をして、一緒にダンジョンに潜ることになった、と...そうですね?」

 

「そう...だけど、リリなんか怒ってる?」

 

 昨日、防具を譲ってもらった後ヴェルフさん──名字で呼ばれるのは嫌いらしい、クロッゾという家名に何か嫌な思い出でもあるのだろうか──が語った所によると、鍛冶師同士の()()()()()という奴は僕が思っているよりも苛烈らしい。

 特に顧客という分かりやすく、そして最も得ることが難しい成果を得る為に、日々凄まじいしのぎの削りあいが起きているのだとか。

 そういった関係もあり、年の若いヴェルフさんは仲間外れにされていて、ろくにダンジョンにも潜れない日々が続いていたそうだ。

 

 ダンジョンに潜れなければ武器や防具の素材を手に入れる事が出来ないし、そもそも生活するためのお金を稼ぐことも出来ない。

 何より鍛冶のアビリティを得ることもできない。

 このアビリティが有るか無いかで、鍛冶師としての腕は大きく変わり、ヴェルフさんがダンジョンに潜れないでいる間に同僚には大きく差を付けられてしまっているそうだ。

 灰さん達がもっと無茶をしているから忘れがちだけれど、僕の様に──リリというサポーターを連れているとは言え──一人でダンジョンに潜ると言うのは、危険を通り越して無謀な行いだ。気軽に誰も一緒にダンジョンに潜ってくれないから一人でダンジョンに潜ろうとはならない。

 

 閑話休題(僕もいつの間にか染まってきてるなぁ)

 そこでヴェルフさんは【リトル・ルーキー】(今期待のルーキー)である僕と専属契約を結んで、僕のパーティに入ることでダンジョンに潜ろうとしていた。

 お気に入りの鍛冶師に武器や防具を作ってもらえるだけではなく、これまで頭を悩ませていたパーティの戦力問題も解決する願ってもない申し出だった。

 当然その申し出を受けた僕は、これから一緒にダンジョンに潜る仲間になったヴェルフさんをリリに紹介したのだが、リリの視線は冷たい。

 

「怒っている...というよりはベル様の警戒心の無さにあきれていると言うべきでしょうか。

 なんでリリと出会った時にひどい目に遭ったと言うのに、まるで懲りずにまた初めてあった人をパーティに入れているんですか!!

 ...いいですかベル様。パーティの仲間というのは信頼が大事なんです。初めて会った相手を信頼することが出来ますか?無理でしょう。

 なら初めて会ったにもかかわらず仲間になろうとするような人は、よほどの事情があるか、もう後の無い食い詰め者かのどちらかです!!」

 

「いやでも、ヴェルフさんは神様の知り合いの所(ヘファイストス・ファミリア)の冒険者で、神様も「ヘファイストスの所の子ども(眷族)なら安心だ」って言ってたし...」

 

「ヘファイストス様の所の...それなら信用できますが、なおのこと初めて会ったベル様のパーティに入る必要性が見えません。やっぱり何か事情があるんでしょう?」

 

「それはファミリアの同僚たちに仲間外れにされてダンジョンに潜れないからだって」

 

 神様が信頼していることを伝えるとリリも納得はしたようだが、やはり何か事情があるんだろうと怪しんでいる。

 僕もヴェルフさんが他の同僚たちから仲間外れにされている理由が、縄張り争い以外にも何かあるんだろうとは思ってはいる。

 しかし、事情があると言えば僕の方にも灰さん達の後輩という特大の事情がある。そのことを考えれば、ヴェルフさんみたいな装備を作ってくれる上に、自分でも戦えるなんて好条件の人はなかなか見つからないだろう。

 そのことを考えれば多少の事情には目を瞑ってでもヴェルフさんを仲間にするべきだと思う。

 

「おお、本当にサポーターとも話し合うんだな。これからよろしくなチビスケ」

 

「チビスケってリリのことですか!?リリにはちゃんとしたリリルカ・アーデという名前があるんです」

 

 リリの言葉にヴェルフさんが「じゃあリリスケだな」といいリリが「なんですかそれ」と嚙みつく。

 しかしリリは本気で嫌がっているわけでもなさそうだし、ヴェルフさんは僕達のパーティになじめそうだ。

 やはりヴェルフさんを仲間にするべきだと思う。

 

「リリが僕を心配してくれるのは嬉しいけど、僕このヴェルフ・クロッゾさんの作る防具が好きなんだ、だから出来る限りの「ちょ、ちょっと待ってください」...リリ?」

 

 リリを説得しようとするとリリは僕の話を遮るように手を前にする。

 僕の話を聞く気もないといった様子ではない、むしろ聞き捨てならない言葉を聞いたかのような反応。

 

「クロッゾと言いましたか?あのクロッゾ?没落した魔剣貴族のクロッゾですか!?」

 

「何それ?」

 

 リリは非常に興奮した様子だが、僕にはどこに興奮する部分があったのか分からない。

 首を傾げる僕へとリリは教えてくれる。

 曰くかつてクロッゾという魔剣を打つことが出来る鍛冶一族がいた。

 その能力に目を付けたとある国は彼らを貴族待遇で自分の国に取り込み、彼らの打った魔剣を装備した軍隊を作った。

 強力な魔剣で装備した軍隊はその力で周囲の国を圧倒し、巨大な帝国を築き上げる戦果を挙げた。

 しかしある日にクロッゾは魔剣を打つことが出来なくなり、彼らの魔剣に依存していた軍はたちまち弱体化。

 各地で起きた反乱軍によって散々に打ち破られて帝国は失われ、クロッゾもまた没落し各地に散り散りになった。

 

「そんな話が...それで、ヴェルフさんはその...」

 

「ああ、俺はその魔剣鍛冶師のクロッゾの一族の一人だが、もう昔の話だ。ただのヴェルフと見てほしい」

 

 ヴェルフさんの言葉が僕の胸を打つ。

 この人は僕と同じだ。

 時々僕を見る時に、(ベル・クラネル)ではなく、ヘスティア・ファミリアの(灰さん達)ベル・クラネル(の後輩)を見ている人がいる。

 そのことは仕方がないとは思う。灰さん達という強烈な存在はどうしても無視できない物だ。

 だけど納得はしていない。いつか灰さん達の後輩ベル・クラネルではなく、()()()()()()()()()()の名前を世に轟かせると決意した。

 それと同じだ。鍛冶の世界においてクロッゾの名前は無視できるものではないのだろう。きっとこれまでクロッゾだから、クロッゾなのに、と色眼鏡で見られてきたんだ。

 それでも心が折れることなく頑張って来たのだ。

 僕はこの人を見捨てられない、この人の頑張りを見ないふりをすることが出来ない。

 

 思わず口をついた言葉を聞いたリリが、しょうがないですねと言いたげな表情になる。

 このまま押せばいけるかもしれない。

 

「それにこの人は本当にいい装備を作るんだよ。見てよこの滑らかな曲線」

 

「結局はそこ(防具)なんですか!?

 灰様と一緒じゃないですか!!

 灰様の悪い所受け継いでるじゃないですかぁぁぁ!!!」

 

 リリの感動を返してくださいぃぃぃ!と天を仰ぐリリ。

 どうやら間違えてしまったようだ。

 それにしても灰さんと同じ扱いはちょっとひどい。

 灰さんと違って僕は装備の質にこだわる性質だ。武器や防具というその物に価値を見出す灰さんとはちょっと違う。

 しかし僕の抗議はリリに無視されてしまった。

 

「...ちょっと良いか?さっき話に出てきた灰さんってのはあれか?火の無い灰のことか?」

 

「...あ」

 

 置き去りにされていたヴェルフさんが「横から口をはさんで悪いが」と言って会話に入ってくる。

 しまった。オラリオの鍛冶師にとって灰さんの名前は禁句だ。

 どうしよう、灰さん達の後輩だと知られてしまえばパーティに入る話は無しになってしまうだろうか。

 

「いや、火の無い灰...ヘスティア・ファミリア?どうして気がつかなかったんだ【未完の少年】(リトル・ルーキー)あんたは灰達の後輩か...

 まあいいか。これからよろしくな」

 

「いいんですか!?」

 

 頭を抱えるようにしてぶつぶつと呟いていたヴェルフさんはこちらへと手を出し笑いかけてくる。

 頭を抱えているリリの声を聴きながらその手を取った。

 ようこそ僕達のパーティへそしてこれからよろしくね。

 

 

 

 

 

SIDE リリルカ・アーデ 灰達がダンジョンへと潜る前

 

「それでは行きますよ?」

 

 こちらを見ているベル様達へと声をかけ、リリは目を閉じます

 上に向けている手のひらに意識を集中し、自分の内側、ソウルを認識します。

 弱々しい光を放つ不安定な球体、リリが認識したリリ自身のソウル。

 そしてその中から先ほど溶かし込んだ短刀を見つけ出し、引き抜く。

 ...手のひらに僅かな重みを感じます。

 不安に震える体を叱咤し、瞼を開ければ先ほどソウルから引き抜いた短刀が手のひらの上に乗っていました。

 

「やった!!リリ成功したよ」

 

「...成功...した?」

 

 目の前の現実が認められなくて何も考えられずに呟くと、リリの手を握る人がいました。

 手から伸びている腕を辿っていけばそこには、ベル様が喜色満面の笑みで自分のことのように喜んでいます。

 成功した...?成功した!

 じわじわと成功した実感がわいてきました。

 

「よくやったなおチビ。これでソウルの探求、その深く長い道の入口に立つ準備をする決意を抱いた位にはなったな」

 

「先長すぎじゃないか!?」

 

 やった、やったと子どもの様にベル様と喜んでいると灰様が「俺達が出発する前に間に合わせるとはな」と言いながら褒めてくれます。

 ...褒めてくれているのですよね?あまりにも遠回りな表現に、褒められているのか確信を持てませんが、多分褒められているのでしょう。

 リリはソウルの業、その初歩の初歩である、アイテムをソウルに収納し取りだせるようになったのです。

 

 灰様はようやくよちよち歩きを始めた子どもを見るような目で見ますが、これとんでもないですからね。

 これがあれば世のサポーターは軒並み職を失う...いえその前に既存の物流がぶっ壊れます。

 ご禁制の品を持ち込むも持ち出すも思いのまま、しかもこんなの取り締まる方法すらありません。

 灰様はソウルの業は使い方次第では世界を壊せるとか言っていましたが、初歩の初歩だけでも十分に世界を壊せますよ!?

 

「私達がダンジョンへと向かうまでに使えるようになるとは...これをくれてやる」

 

「わっ、とっと...これは?」

 

 リリが今更ながらにソウルの業の恐ろしさに震えていると、狩人様が何かを投げました。

 手のひらの上にあった短刀をソウルにしまい、キャッチします...これは(ベル)

 ほとんど無意識のうちに、ソウルの業を習得する為の訓練で幾度となく行ったように、鐘のソウルを読みこみその情報を探ります。

 

 医療教会の上層「聖歌隊」の特殊な■■■

 音色が■■■跨ぐ■■■鐘を、彼らなり■■■■■■ 

 

 ■■■■■■■■■■は■■■■■■■■■...

 

 ...聖歌の鐘、医療教会、聖歌隊?

 

 駄目ですね、これはリリのソウルの業と啓蒙では読み切れない神秘が詰まっています。

 読み取れるのは断片的な情報のみ。

 だからこそこれがこの世界の物ではない(灰様達の世界の物)と分かります。

 狩人様が持っていた物ですから、狩人様の世界(ヤーナム)の物でしょうか。

 

「聖歌の鐘。鳴らすことで自分と同行者を癒すことが出来る。私からの祝いだ」

 

 首を傾げるリリへと狩人様が説明します。

 癒す...って、これ魔法の道具(魔剣)の仲間ってことですか!?

 

「魔剣...ああ、魔法が使える剣のことか。

 近しくはあるが差異はある。

 最も重大な違いとして聖歌の鐘は使う為の代償が重い。今のアーデでは一度使えば倒れる(マインドダウン)か、倒れなかったとしてもしばらくは動けなくなることを覚悟しておけ。使いどころを間違えるな」

 

 狩人様は総括していえば使い勝手が悪いと嘆息します。

 しかしながら今のリリでも一度だけとは言えベル様を癒すことが出来るというのは破格の効果ではないでしょうか。

 ...このような物を頂いても良いのでしょうか。

 リリではこの鐘を使いこなすことはできません。

 そして灰様達はこれからダンジョンへと潜ります。ならば狩人様が持っているべきではないでしょうか、灰様達とは言えダンジョンの中で不覚を取ることもあるでしょう、そんな時これがあれば危機を脱することもできるでしょうに。

 

「私達が怪我を負うなどありえん」

 

 リリの考えを読んだように──いえ、リリよりも啓蒙についてより深い知識を持つ狩人様のことです事実読んだのかもしれません──呟きます。

 その言葉に込められた自負と確信にリリは反論できません。

 

「だが、どうしても気にするというのならば。これは貸しておいてやる」

 

 リリの脳内に宿る啓蒙が狩人様の言葉の内容を囁きます。

 生きて帰ってこい(命を投げ捨てるな)

 

 分かりにくいにもほどがあります。一度心の中で呟き、頭を下げた後リリは手に持った鐘をソウルに溶かし込んだのでした。

 

 

 聖歌の鐘

 

 狩人がリリルカ・アーデへと貸した鐘。

 鳴らすことで同行者と自身を癒すことが出来る。

 しかしながら次元を跨ぐ鐘の音を模したこれを使用するにはそれ相応の対価が必要である。

 悪夢の辺境に隠されたこれを狩人は暴き出し、惜しみなくリリルカ・アーデへと渡した。

 

 どの様な道具であったとしてもそれにふさわしい人物の手に渡るべきだろう。

 少なくとも死なずである狩人の血塗られた手よりもリリルカ・アーデの未熟な手の方が似合うはずだ。

 

 




どうも皆さま

花粉で目がかゆい私です

この話を書いていて心底思ったのですが、ソウルの業ってチートですね
幾らでも物を運べるなんてテロをしようと思えば止めようないです
そんなことに気がつき震えていたリリ
彼女はまだ自分が無意識のうちに出来るほど反復させられたソウルを読み取ることが
神が人の魂を見てその言葉の真偽を見抜くものと同様の物だと気がついていません
いつの間にか神の領域を冒していたリリの行く末はどこでしょう

それではお疲れさまでしたありがとうございました






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それぞれのこだわり

人間性(ヒューマニティ)

人を人足らしめる物
どの様な姿になろうと
どの様な道を行こうと
これを持ち続ける限り人は人である

それは
ソウルを貪るだけの亡者になった不死者が失った深淵を照らす篝火であり
血に酔い獣へと堕ちた狩人が失った安らかな眠りであり
降り積もる怨嗟によって修羅へと変貌した忍びが失った一握りの慈悲である

失った人間性を補うことが出来るのであれば化け物と化した者もまた人と成れるのだろう
その為に人を襲うのであればその姿はただの化け物でしかないのだが

誤字報告いつもありがとうございます


 

 拠点である【廃教会】その地下室で夕食を取りながら、今日あったことを神様や九郎に報告する。

 ちょっと前まではリリが泊まっていたこともあって、賑やかな食卓だったのがリリは自分の宿に戻り、灰さん達がギルドからの冒険者依頼(クエスト)によってダンジョンに潜ったことで、一気に寂しい食卓になってしまった。

 そんな寂しさを吹き飛ばす為に沢山話す。

 

「それで他の人達が来たから一休みしようとしたんですけれどインファントドラゴン、ああレアモンスターのことで上層に出てくるモンスターで一番強いモンスターのことです。

 それが出てきてリリに向かっていくので魔法(ファイアボルト)を使って牽制しようとしたんですけれど、いつもより強力なものが出たんですよ。

 それでインファントドラゴンは倒せたんですけれど...何だったんでしょう?」

 

 ヴェルフさんと一緒にダンジョンに潜った事、新しくヴェルフさんという仲間が増えたことでこれまで以上に戦いやすくなった事、【怪物祭】で戦ったシルバーバックにも遭遇したがランクアップしていたからか勝てた事。

 「うんうん」と相槌を打ちながら楽しそうに僕の話を聞いていた神様だが、ダンジョン10階層での出来事を聞くと「あっ!」と立ち上がり部屋へと走っていく。

 残された僕と九郎が「どうしたんだろう」「なにがあったんでしょう」と首を傾げていると何かを手に持って戻ってくる。

 

「ベル君のランクアップとか、灰君達の冒険者依頼(クエスト)とか、色々あったから忘れてた。

 ベル君、君に二つ...じゃなかった待望のスキルが発現したんだよ」

 

 「「なんですって!」ですと!」 

 

 神様は手に持った僕のステイタスを書き写した紙を見せてくる。

 驚きと共に見れば確かに、ステイタスの下に何か文字がある。

 人間性(ヒューマニティー)...?

 名前だけでは一体どういう効果なのか分からない。

 人間性?思い至るような言葉は無い...いや?

 

「人間性...確か灰殿がそんな言葉を言っていたような?」

 

「確か「諦めなければ負けではない、諦めずただひたすらに挑戦し続ける決意。それが人間性」...だったかな?」

 

 九郎の呟きに記憶が掘り起こされる。

 灰さんの言葉、相手に勝つために必要な物。

 あんまりと言えばあんまりな言葉。

 勝つまでやれば勝てる。

 訓練で倒れた僕へとかけられた言葉、それが人間性。

 とは言えそれだけでは僕のスキルの効果は予想できない。

 10階層での出来事から予想する。

 

「効果は諦めない限り“すていたす”の向上とかでしょうか?」

 

「インファントドラゴンの時は、上層最強の敵を相手に諦めず戦いを挑んだことで効果が発揮された...とかかな?」

 

「なんにせよ格上のモンスターを相手にする時に有効なスキルだろうね。とは言え無理はしちゃいけないよ?終わってしまえば終わり。死ななければ何度だって挑戦できるんだ」

 

 神様の言葉を心に刻む。

 諦めないという事は逃げないことと同意義ではない、むしろその逆。

 逃げない強さもあれば逃げる強さもある。

 深く頷く僕へと神様はそういえばと話す。

 

「ベル君の新しい仲間。ヴェルフ君についてボクもヘファイストスの所で調べてみたんだけれど。彼、魔剣が打てるそうだよ」

 

「えっ!?でもクロッゾ、ヴェルフさんの一族は魔剣が打てなくなって没落したって聞いたんですけど?」

 

「らしいね。けど彼は魔剣を打てるそれも強力な奴を、そして魔剣を打てるにもかかわらず魔剣を打たないらしい。それでいろんな妬みや僻みを受けているそうだよ。」

 

 魔剣。

 振るえば魔法を使える魔法の剣。

 持てば誰でも魔法を使えるようになる強力な装備。

 それを打てるにもかかわらず打たない同僚。

 容易く富も名誉も得られるにもかかわらずそれを打たない姿が同僚からどう見えるのかは、ヴェルフさんが仲間外れにされているという事実が物語っている。

 そして仲間外れにされても、なお打たない理由がヴェルフさんにはある。 

 

「訳ありという事ですね」

 

「“へすてぃあ・ふぁみりあ”に入っている時点で訳ありですので、まあ似た者同士という事で仲良くできればいいのですが」

 

 何かしらの訳があるのだろう。

 とは言え九郎が言うように僕にだって、ヘスティア・ファミリアの冒険者という()がある。

 たとえどんな理由があったとしても、僕はヴェルフさんを見捨てるような真似はしないと決意する。

 そんな僕達を見て神様は「いやまあこのファミリアが評判が良くないのは事実だけれど、事実だけれど!そんな会話をしなくてもいいじゃないか...」と黄昏ていた。 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどなぁ。チビスケは今日は休みか」

 

「ええ、急な話で申し訳ないんですけれど」

 

 僕はいつもの噴水の傍でヴェルフさんを待っていた。

 先ほどリリが来たのだが、なんでも泊っている宿屋のノームの親父さんが病気になってしまったそうで、今日はお休みにして欲しいといったのだ。

 リリは自分の都合で休みにするなんてと申し訳なさそうにしていたが、いつもお世話になっている相手だ、出来る限りの恩返しをしたいと思うのは普通だろう。

 ヴェルフさんには僕から言っておくからリリは先に帰ればいいよとリリを帰らせ、ヴェルフさんに事情を説明する為に僕が残っていたのだが話を聞いたヴェルフさんは顎に手をやって少し考えると僕の顔を見て口を開く。

 

「それじゃあ今日は予定が無いんだろ?俺にお前の時間をくれないか」

 

 特に予定もないしヴェルフさんに付き合うのに何の問題もない。だけれど何か用事があるのだろうか。

 首を傾げる僕へとヴェルフさんは笑いながら言う。

 

「パーティに入れてもらう時に約束しただろ装備を作ってやるって。お前専用の装備をなんだって作ってやるぜ。勿論無料でな」

 

 ヴェルフさんは僕の為に装備を作ってくれるつもりのようだ。

 約束とは言え、そもそもがヴェルフさんが弱っている所で結んだ約束だ、あまりいいものではない、ないが...

 僕専用の装備...いい響きだ。

 僕はヴェルフさんの誘いに頷きヴェルフさんの後についていった。

 

「ここがヴェルフさんの工房...」

 

 ヴェルフさんは「見ても面白いもんでもないだろ?それより悪いな汚い場所で」と言うが、物語に出てきた工房を実際に目にすることが出来た感動で胸がいっぱいだ。

 床に置かれた金床、壁に掛けられた鍛冶道具、物語で読んだその通りの物が目の前にある。きょろきょろと工房の中を見回す僕に苦笑しながらヴェルフさんは座るよう椅子を進めてくれた。

 

「それで何か使いたい武器なんかはあるか?」

 

「...やっぱり悪いですよ、僕はこの間譲ってもらった鎧だけでもいいです」

 

 専用の装備という響きに惹かれてついて来てしまったが、(冒険者)が夢と命をかけてダンジョンに潜る様に、ヴェルフさん(鍛冶師)もいろんなものをかけて作品を作っているはずだ。

 そんなヴェルフさんの人生の成果とでもいうべき作品をタダで貰うなんてフェアじゃない気がする。

 今更ながら躊躇しだす僕を見てヴェルフさんが真剣な表情になる。

 

「最善の装備を整えるのも冒険者の義務だろ?」

 

「それはそうですけれど...」

 

 ヴェルフさんの言葉は正論だ。

 もしここに僕じゃなくて灰さんがいれば遠慮なく装備を作ってもらうのだろう。

 だけれど僕はヴェルフさんのファンだ、この人の作品を譲ってもらうのならともかく対価もなしに受け取るのは心が咎める。

 悩む僕を見てヴェルフさんは笑う。

 

「本当に魔剣を欲しがらないんだな」

 

「え?」

 

「聞いているんだろ?お前の所の主神、ヘスティア様から俺が魔剣を作れること」

 

 何か笑う所があっただろうかと思っているとヴェルフさんの真剣な声が耳に入る。

 魔法を使えない人でも魔剣を持てば魔法を使えるのだから魔剣は強い。

 僕はもう魔法を持っているけれど、振るうだけでマインドダウンの危険性もなく魔法が使えるのならそれに越したことはない。

 だけれど、ヴェルフさんが魔剣を作れるのに、魔剣を作れば名声も地位も手に入るのに、それでも魔剣を作ろうとしないのならばその意志を曲げさせてまで魔剣を作ってもらおうとは思わない。

 僕の言葉を聞いたヴェルフさんは顎に手をやり少しうれしそうにする。

 

「そっか...っと、話は何を作るかという所に戻るんだが...()()はミノタウロスの角か?」

 

 ヴェルフさんの言葉に考え込んでいた僕のベルトに挟んであるミノタウロスの角に気がついたヴェルフさんは、手に取るとしげしげと眺める。

 僕が9階層でしたミノタウロスとの死闘。

 僕は最後には気を失ってしまったのだが、ミノタウロスが倒れた後にはこの角が残っていたらしい。

 それを拾った灰さんから「お前が勝った証拠だ。大切にしろよ?」と渡された物だ。

 

 魔石よりも高値で売れるドロップアイテム、それもLV.1では到底勝てない、いやLV.2の冒険者パーティでも倒すのが難しいミノタウロスのドロップアイテムだ。

 持っていくところに持っていけば、高値で引き取ってくれるのは分かっていたのだがどうしても手放す気になれず、リリからも「ベル様が御自分で得た物ですどうぞご自由に」と言われたことでお守り代わりに持っていた物だ、と僕の言葉を聞いたヴェルフさんはにやりと笑うと「ならそれを使うか?」と聞いて来た。

 

使()()?」

 

「その角を素材にして装備を作るんだ。どうだ?俺の鍛冶師の勘が良い物が出来ると言っているぜ」

 

 使うという言葉の意味が分からず首を傾げるが、ヴェルフさんは装備の材料として鉄や鉱石を使うのではなくドロップアイテムを材料とするのは珍しい事じゃないと教えてくれる。

 むしろドロップアイテムを材料として作った装備は、普通の物より高性能なものになったり、特別な効果を持つ物が多いそうだ。

 手放す気にならず、かといってこれと言った利用方法を思いつかなかった所にいい話を聞いた僕は当然ヴェルフさんの言葉に頷いた。

 

 真っ赤に熱されたミノタウロスの角をヴェルフさんは叩いて形を整えていく。

 淀みないその手さばきはいっそ美しさすら感じる。

 ヴェルフさんが装備を作る姿に見とれていた僕へと、ヴェルフさんが「装備が出来るまでの間、ちょっと俺の話を聞いてくれるか?」と声をかける。

 断る理由が無い。喜んでと答えた僕へと呟くようにヴェルフさんは話し始める。

 

「俺はな魔剣が嫌いなんだ。店でお前と会った時に初めての客って言ったけどな、本当は客は腐る位いた。

 俺がクロッゾで、魔剣を作れると知って、魔剣を作れと言ってくるようなやつらばかりだがな」

 

 ぽつりぽつりと、ともすれば鍛冶の音にかき消されそうな小さい声で。だけれどはっきりとした口調でヴェルフさんは語る。

 

「自分が有名になる為の武器として、自分の持つにふさわしい格を持つ武器として、なんて言いながらな。

 差し出される対価もいろんなものがあったぜ。俺が魔剣を作りたがらないと聞いていたんだろう。

 鍛冶師としての名声、貴族としてのクロッゾの再興、魔剣の代金としても法外な代金」 

 

 僕に聞かせていると言うよりかは、思い出していると言うべき呟くような声はだんだんと大きくなっていく。

 

「だが俺は作らなかった。ただの一本も打たなかった。

 ...なあ知ってるか?魔剣って言うのは必ず使い手を残して壊れちまうんだ。

 使い手がどうあろうと関係なしに力を振るい、使い手がどうあろうと関係なく砕ける。そんなもんは武器じゃねえ。俺の目指した鍛冶師が魂を込めて打つ装備はそんな物じゃない」

 

「でも装備が壊れてしまっても、生きていれば何とかなることもありますよ?」

 

 ヴェルフさんの瞳が暗くなっていくのに耐え切れず、思わず声を出す。

 使い手を残して壊れてしまうと言えばひどいが、装備が壊れても生きていたと言えば冒険者にとっては幸運だろう。

 何時しか僕のことも忘れてしまっていたのか、僕の声に初めて僕の存在に気がついたようにヴェルフさんは目を開き「そうだな」と呟く。

 

使う側(冒険者)にとって装備が壊れてしまっても生きていれば問題は無いんだろう。

 だけどな、作る側(鍛冶師)にとってはそうじゃない。鍛冶師が、俺達が、俺が作るのは使い手の半身だ。

 使い手がどんな窮地に立たされていて諦めてしまったとしても、装備だけは使い手を裏切らない、裏切っちゃいけない」

 

 先程までの暗さはないが、寂し気に口にする。

 僕はこれまで多くの格上の相手と戦い、勝利してきた。

 その結果装備を壊してしまう事も少なくなかったが、それは僕の未熟が原因だ。

 僕の装備達は最後まで諦めたりしなかった。僕より先に折れてしまうことはなかった。

 小さく頷き「分かります」とだけ口にする。

 

「ありがとな...だから俺は魔剣が嫌いだ。使い手を置いて必ず壊れてしまう魔剣が嫌いだ。

 そんな魔剣をありがたがっている冒険者も、そんな魔剣を受け入れている鍛冶師も。魔剣にまつわる何もかもが大嫌いだ。

 だから俺は魔剣を打たない」

 

 呟くように、宣言するように、いつの間にか短刀の形になっていたミノタウロスの角を水の中に入れながらヴェルフさんは喋る。

 じゅうううううと熱されたミノタウロスの角、いやミノタウロスの角から作られた短刀が水を蒸発させる音が響き、蒸気が立ち上る。

 ヴェルフさんが水から引き上げるとそこには、ほれぼれするような美しい短刀があった。

 

「素材が良かったんだな。間違いなくこれまでで一番の出来だ」

 

 いつの間にか傾いた太陽に照らされてオレンジ色に染まる短刀に僕が見惚れていると、ヴェルフさんも「こんなに綺麗な作品が作れたのは初めてだ」と感慨深そうに眺める。

 それほど広いわけでもない工房の中、僕達が短刀を見つめていると「いつまでも見つめている訳にもいかない。これに名前を付けてやらなくちゃな」とヴェルフさんが呟く。

 

「ミノタウロスと【未完の少年(リトル・ルーキー)】だから『牛若丸』...いやミノタウロスの短刀だから『ミノたん』か...?」

 

「いやそこは最初の方の名前でいいですよ!?」

 

 先程まで工房の中に漂っていた神聖な空気とでも言うべきものが吹き飛んでいってしまった。

 どうやらヴェルフさんの名前のセンスは鍛冶の腕程ではないようだ。

 納得していないような表情で「じゃあ『牛若丸』だな」と短刀に命名し、ヴェルフさんは鞘に納めた短刀、いや『牛若丸』を僕に手渡す。

 

「ありがとうございます。ヴェルフさん」

 

「ヴェルフさんか...なあ、俺達は出会って数日だ、全部ひっくるめて信頼してくれなんて言わないし、言えない。

 でもリリスケみたいに俺とも気楽に話してくれてもいいんだぞ」

 

「そうです...いやそっか。じゃあこれからもよろしくねヴェルフ」

 

 夕焼けに照らされた工房の中僕達は握手する。

 ごつごつとした硬い手の感触。

 きっとヴェルフさん、いやヴェルフはこれまでいろんな苦労をしてきたのだろう。

 その苦労によって磨き上げられた技と力を預けてくれるんだ、その信頼に背かないようにしないといけない。

 僕はもう一度覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 牛若丸

 

 ベルが倒した片角のミノタウロスのドロップアイテムを材料にヴェルフが打った短刀。

 自身が倒した相手の一部を使い新しい装備を作る、或いは相手の装備を継承することは火の時代からあった由緒正しき戦いの作法だ。

 その素材となった強敵の意志が込められているかのように、それらの装備は強力な力を有する。

 自身が勝利した死闘を汚さぬ様に、何より強敵の名を汚さぬように常に戒めるべきだろう。

 




どうも皆さま

私です

ようやくわかったのですが私戦闘場面とかギャグとかの方が筆が進むんですね
今回は少し短いですが難産でした

ベル君の新しいスキルをどうしようか悩んだ果てに人間性なんて名前を捻り出しました効果そのものは原作とは大して変わりません

尽きない人間性を持つのならば
幾らでも挑み続けられるのだろう
そんなことが出来る存在は人外か英雄だけだろうが
みたいな文言もどこかに入れたかったんですけれど入れられませんでした

それではお疲れさまでしたありがとうございました



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不安と期待

ダンジョン覚書

灰達が書いたダンジョンについての本

ギルドの資料を基に灰達がベルの為に書き記した教本
オラリオでも最上位の冒険者である灰達が書いたそれは凄まじい価値を持つが
中身は主観と偏見に満ちており資料としてはギルトの物に遅れを取る

しかしながらこの本には灰達の想いが詰まっている
誰かを想い助けたいと願ったその意思に価値を見出す者もいるだろう

誤字報告いつもありがとうございます




 ヴェルフに短刀を作ってもらってから数日。

 僕はヘスティア・ナイフと牛若丸の二刀流で戦っていた。

 狩人さんの様に二刀流を十全に使いこなせているという程自惚れてはいないが、速さ重視の僕にとって手数が増える二刀流は相性は悪くない。

 ヴェルフとの連携も上手く行っているし十分な戦力が揃ったと考えた僕は、エイナさんへとダンジョン中層に潜る許可を取りに行った。

 

 急ぎ過ぎていると言われてしまえば反論できない。

 灰さん達が帰ってくるのを待ってから挑戦すればいいなんて気持ちもある。

 だけれど、灰さん達がいない間に中層まで進み、びっくりさせたいという気持ちの方が大きかった。

 

 リリは「悪くありませんね。あくまでリリの見た限りですがこのパーティは中層に進めるだけの力量を持っていますし、灰様達の鼻をあかしたいと言うのはリリも思っていましたから」と同意してくれたし、ヴェルフも「ベルなら問題なく中層に行けるだろうし、俺達も足を引っ張るだけじゃない。それに俺の名前を世界に轟かせるというのなら灰達の予想位上回らなくちゃいけないだろ?」と同意してくれた。

 エイナさんは無理だけはしないようにと再三忠告してはいたものの、最後にはクーポン券を渡して必ずサラマンダー・ウールを装備する約束と共に中層へ潜る許可を出してくれたのだった。

 

 エイナさんがクーポン券をくれてまで僕達に用意させようとしたサラマンダー・ウール。

 せっかくだからとリリとヴェルフと一緒にお店へと買いに来た。

 クーポン券を使うことでお得に買うことが出来た、と本来の値段を見ながらお店の人が提示した値段を支払おうとしたのだが、それを聞いたリリが待ったをかけ商談を始めてしまった。

 

「仕立てはこちらでしますのでその分を差し引いて...」「ならこちらのモンスター除けをお付けして...」

 

「リリスケの奴、イキイキしてるな」

 

 お店の人と壮絶なやり取りをしているリリを見てヴェルフがうんざりしたような声で言った。

 気持ちは分からないでもない。商談が始まってすでに一時間は経っている。

 前何かの本で女性の買い物は時間がかかると読んだ気がするが、間違いなくこういう事ではない。

 だがこういう時に男に出来ることなどただ待っているだけと書かれていたのは本当だった。

 かくしてヴェルフと一緒にリリの商談が終わるのを待っているのだ。

 

 LV.2になったとはいえ僕は未だ新米(ルーキー)調子に乗って散財するなんてもっての外、ただでさえサラマンダー・ウールは僕達からすれば身の丈に合っていない高級品。少しでも安く買う必要があるんです、とリリは力説して商談に臨んだ。

 僕も薄々ヘスティア・ファミリア(灰さん達)は経済観念が薄いことに気がついていたから、リリが財布のひもを締めてくれるのはありがたい...が、楽し気にお店の人と商談している姿を見るとたんにリリの趣味なんじゃないかとも思う。

 

 棚に置かれた商品を見たり、窓から外を眺めたり。とにかくリリが早く帰ってくることを願いながら時間を潰していればようやく終わったようだ。

 リリはほくほく顔で、お店の人は恨めしそうな顔でこちらへとやってくる。

 ...リリが駆け引きをしているのを見ていただけなのにひどく疲れた気がする。

 

 

 

 

 

 

「それで、この後はどうするんですか?」

 

「今から中層に突入...って訳にはいかないんだろ?」

 

 お店から少し離れた所にあるベンチに座って休んでいると、リリとヴェルフがこれからどうするのかを聞いてくる。

 準備はできた、パーティも揃っている、なら今からダンジョンに突入だ...なんて無謀なことは流石の僕もしない。

 ダンジョンに潜るにしても微妙な時間帯。かといって今から(拠点)に帰ったとしても、中層にもうすぐ潜ると言う事実と、にも拘らず何もしていない事実に耐えられず落ち着くこともできないだろう。

 

「それなんだけど。これを一緒に読まない?」

 

「なんだこれ...【ダンジョン覚書】...?」

 

 元々は買い物が終わった後の時間を潰す為にと用意した本を取り出しリリたちに見せる。

 見ただけで手作りの本だと分かるぼろぼろの本の表紙に書かれた文字を読んだヴェルフは胡散臭い物を見るような目を本に向け、リリはまたそんな無駄遣いをみたいな視線を僕に向ける。

 

 ダンジョン完全攻略だとかダンジョン白書みたいなダンジョンの攻略本と銘打った胡散臭い本は、オラリオではちょっと細い道に入れば幾らでも売られている。

 当然そんなものは適当に書かれた物でしかなく、ギルドはそういった怪しい本に注意するように警告しているし、ほとんどの冒険者からも無視されている物だ。

 しかし僕達の様にこれから新しい階層に潜る人が藁にも縋る気持ちで買うことはある。同じように中層に潜る不安からそこらへんで売っている怪しい本を買ってきたと思われたらしい。

 この本が胡散臭いと言うのは否定できない、だがこれは信用できる本だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。それまさか灰様達が書いた本ですか!?」 

 

「灰って火の無い灰か!?」

 

 胡散臭そうに本を見ていたリリが目を見開き驚愕する。そしてその言葉にヴェルフも驚く。

 灰さん達が書いた本と知っただけにしてはちょっと大げさにも思える反応だが、よく考えればそれも当然だろう。

 同じファミリアという事もありだらしがない姿ばかり見ているせいで忘れそうになるが、灰さん達はオラリオの中でも十本指には入る冒険者。オラリオにいる冒険者の中でも上澄みの中の上澄み、最上位の冒険者達だ。

 

 そんな人達が書いたダンジョンについての本。

 そこいらの路上でギルドから隠れるように売られている胡散臭い本とはわけが違う。

 灰さん達は「俺達が鍛えてやれない間これでも読んで勉強しておけよ」と言って僕にくれたが、内容について考えればこの本はそんな簡単に渡していいものじゃないはずだ。

 ...よくよく考えれば灰さん達っていつもそんな感じだった。

 つらつらと意味のない事を考えながらぺらぺらとページをめくると【中層について】と書かれたページが出てくる。

 

 中層

 ダンジョンの13階層から24階層までを指し示す。

 上層と比べモンスターの強さ、遭遇率が格段に上がり、更にモンスターも徒党を組み数で押してくるもの、遠距離攻撃を行ってくるものなどさまざまな種類が出現し、ギルドでは最初の死線(ファーストライン)と呼ばれている。

 こんなところで死んでちゃ【英雄】なんて夢のまた夢だぞ。

 代表的なモンスターは次項より。

 

 文章の中明らかに浮いている文字があったが、灰さんが後から書き足したものだろう。

 未知への期待と不安の中灰さんの足跡に触れた気がして少し笑いが生まれる。

 

「中層のモンスターか。何がいたっけな」

 

「有名どころではヘルハウンドですかね。中層での冒険者様の死因の殆どがその火炎放射だとか。他にはミノタウロスとかあとは...」

 

 リリとヴェルフの会話を聞きながらページをめくる。

 ヘルハウンド、ヘルハウンド...

 

 ヘルハウンド、小牛程の大きさを誇る真っ黒な体と赤い目が特徴の狼型のモンスター。

 その爪や牙による攻撃だけでなく口から火を吐いて攻撃することもある、しかもその射程距離は非常に長く、獣型であることもあり機動力と殲滅力に優れた恐るべき【放火魔】の呼び名を持つモンスターだ。

 近距離での直接攻撃と距離を取ってからの火を使った遠距離攻撃を使い分ける強敵であり、リリの言う通り中層での死因の第一位、とにかく出会ったなら真っ先に倒す必要のある強敵。

 

 エイナさんとの勉強会で学んだ知識を思い出しながらいくつかページを捲れば、目当てのページを見つけることが出来たようだ。

 ヘルハウンドが赤い瞳でこちらを睨みつけている挿絵が書かれている。

 まず最初に目に入ってくるのは【獣だ殺せ】とおどろおどろしい字体で書かれた注釈。

 

「これは狩人様が書かれた文字でしょうか...」

 

「あー...凄ぇ獣嫌いだと聞いたことがあるな...と言うかこのページの注釈全体的に殺意に満ちすぎてないか!?」

 

 その文字からでも分かる獣への殺意にヴェルフが少しひくが、このページに書かれた注釈はどれもこれも抑えきれない殺意に満ちた物だった。

【犬だ、つまり無慈悲の時間だ】【素早い敵だ、つまり素早い攻撃が有効だ】【犬を許さない】... 

 

 ヘルハウンドが強敵であると言ってもあくまで僕達(LV.2の冒険者)にとっての話。

 灰さん達にとっては苦も無く倒せる相手のはずだが、何か嫌な思い出でもあるのだろうか。

 

「...他のモンスターの項目には何が書かれているんですか?」

 

「そ、そうだね...えっと...」

 

 何とも言えない感じになってしまった空気を変えるようにリリが声を張る。

 それに乗って僕もページを捲る。灰さん達の過去を気にする余裕なんてない、今僕達が気にするべきは目の前に迫った中層攻略のはずだ。

 とは言え僕達の方から力が抜けたのも事実。

 まさか灰さん達はこれを狙って...いやないな。

 間違いなく()()は灰さん達の素だと確信しながら僕達は本を読み進めていった。

 

 

 

 

 

「それじゃあ神様、九郎行ってきますね」

 

「うん、だけど...」

 

「日の下で見ると目立ちますねその装いは」

 

 廃教会の前。僕を見送ってくれる神様と九郎に挨拶をする。

 僕が身に纏うは昨日買ってきたサラマンダー・ウールでできたマント。

 真っ赤なそのマントを今一度見直すと派手過ぎて悪目立ちしているような気がする。

 

 昨日の夜は自分の部屋でマントを着ていつか読んだ英雄譚の登場人物みたいだ、なんて浮かれていたけれど日の光の下で見ると身の丈に合っていない装備を身に着けているような、衣装に着られているような気分になる。

 とは言えこれは火属性耐性に優れた装備で、中層に潜るのなら絶対に装備しなさいとエイナさんに強く言われた装備だ。

 幾ら恥ずかしくても装備しないなんて選択肢は無い。

 

「いいですか“べる”。貴方は既にLV.2になった期待の新人なのです。恥ずかしがることなく胸を張っていれば良いのですよ」

 

「そう...かな」

 

「確かに君はLV.2になった、だけれど無理は禁物だよ。どんなに無様でも生きてボク達の家に帰ってくるんだ。いいね?」

 

「分かりました神様」

 

 弱気になった僕を励ましてくれる九郎と、生きて帰ってくればそれだけでいいと命を大切にするように言ってくれる神様。

 二人の言葉を聞いて改めて僕は本当に周りの人に恵まれて、支えられていると思う。

 主神(神様)同僚(九郎)先輩(灰さん達)仲間(リリとヴェルフ)、もっと多くの人達。

 胸がいっぱいになって泣き出しそうになってしまい今すぐ出発したくなる気持ちと、温かいこの人達ともっと一緒にいたい気持ち。

 反対の二つの気持ちを押し流す為に「行ってきます」と力強く宣言し出発する。

 リリとヴェルフと一緒に必ず戻ってくると心に誓い、僕は二人が待っているだろう噴水へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

「お二人ともいいですか、あそこを潜ったら13階層、つまりは中層に突入します」

 

 ダンジョンの中リリが周囲を警戒しながら僕とヴェルフの顔を見て言う。

 ここまで(ダンジョン12階層)は順調に進んできた。

 だが、中層まで進めば話は変わる。

 

 モンスターの質、数、ダンジョンの地形、罠。ありとあらゆる悪意が冒険者達を襲う。

 それに抵抗するための準備は出来る限りのことはした。それでもなお不安は付きまとう。

 だけれど。

 

「ふふ...」

 

 僕の口から微かな笑いが漏れだした。

 それを見たリリに「緊張感が足りませんよ!」と怒られてしまうが、仕方がない。

 

「リリ、ヴェルフ。()()()()()()()()()()()()()()()。力を合わせて、知恵を出し合って。一人じゃないんだみんなで冒険をしようとしているんだ。

 僕はそう思ったらなんだかわくわくしてきてつい笑っちゃたんだ」

 

 信頼できる仲間と力を合わせて困難に立ち向かう。

 そのわくわく感は不安を吹き飛ばしてなお有り余るものだった。

 

「ふ...ははは!そうだな男なら、冒険者ならこんな時ワクワクして笑う物だな」

 

「ヴェルフ様まで!?全く...まあ分からないとは言いませんよ」

 

 僕の言葉を聞いて楽しそうに笑うヴェルフと、全くと渋顔を作るがわくわくを隠し切れないリリの顔を見ていたら不安なんてどこかに行ってしまった。

 そうだ僕は一人じゃない、仲間がいる。

 この仲間達とならどんな困難にも立ち向かえると確信できる仲間達が。

 

「それじゃあ行こう。ダンジョン中層へ!!」

 

 声を張り胸を張って道を進む。

 この先にある冒険へと。

 

 

 

 

 

 

SIDE エイナ・チュール ギルド

 

 ギルド職員は冒険者に入れ込むべきではない。

 ギルド職員になって初日に言われた言葉であり、今では私が後輩へとかける言葉でもある。

 

 冒険者と言うのはいつ死んでしまうか分からない危険な仕事だ。

 そんな人達に入れ込んだ結果、その死に強いショックを受けて仕事を辞めてしまったり、冒険者を心配するあまり仕事でミスをしたりするのを防ぐための言葉だ。

 何より多くの冒険者と接するギルド職員が特定の冒険者と仲良くしていれば、そこに癒着や不正のにおいをかぎ取る人も出てくる。

 

 だからこそギルド職員、その中でも受け付けは冒険者に寄り添い親身になって対応することと、一定の距離を保つ必要がある。

 だから私がベル君にあれこれと世話を焼くのは個人的感情ではなく、将来有望な冒険者に対する投資なの。

 ...なんて言い訳を自分でも信じれないくらい私はベル君に入れ込んでいる。

 

 うさぎを思わせる可愛い外見、一度決めたら曲げない強い心、たった1ヶ月半でLV.2になった才能。担当者として入れ込む理由は幾らでもある、だけれど私が入れ込んでいる最大の理由はベル君の愛嬌だ。

 

 ベル君は慎重だ。

 黙って5階層に潜ったり、サポーターに唆されて10階層に潜ったり、LV.2になってそれほど経たないうちに中層に潜りたいと言ったり。

 他の人が聞けば間違いなくどこが!?と言うでしょうけれど、灰さん達と比べればそれは可愛い物だ。

 

 そもそも灰さん達なら事前に許可を取るなんてことをしない。

 終わった後に報告があれば万々歳、こちらが訊ねて答えてくれれば上々、問い質したとしてもすっとぼけたり隠したりなんて日常茶飯事。

 表に出てきてないだけで隠しているやらかしは間違いなく10や20を超えると長年の付き合いから察している。

 それを思えばベル君の無茶なんて可愛い物。

 

 だけれどギルド職員になってから、同僚が担当していた冒険者の死に悲しんでいる姿や、打ちのめされている姿は幾度となく見てきた。

 だから私は出来る限りのサポートをベル君にする。それが担当アドバイザーの仕事なのだから。




どうも皆さま

私です

UA140000、お気に入り数1100突破ありがとうございます
何時も言っていることなのですがこの小説が続きますのも皆様のおかげです

そんなことを言っているのに今回もまた短い更新です
申し訳ありません
書きたいところまで進まないんです
書きたい場面まで長いんです

なんていつもの弱音を口にしつつ
気がつけば三月ももう終わり、新しい年度になりますね
花粉が辛い季節です
どうか新年度もこの小説と私をよろしくお願いします

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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寄り道話



 狭間の地
 それは永遠の女王を戴く黄金樹の祝福が約束された地
 しかしながら女王は消え黄金樹の根源たるエルデンリングも砕けた
 かくして黄金の時代が終わり戦乱の時代が来る

 褪せ人よ
 祝福を失い狭間の地を追放された死人たちよ
 今こそかの地に戻り祝福の導きに従え

 しかし世界の理
 律たる黄金樹が歪んだ今
 世界は歪みその歪みより想定外(イレギュラー)が迷い込む

「新しい協力者か?」

「ええ、直接戦うことはできませんが貴方のサポートをしましょう」
(やばいです、ヤバいです。
 この方(褪せ人)纏う空気(ソウル)が、リリの経験が、リリの啓蒙が、この方(褪せ人)灰様達の同類(狂人)だと叫んでいます)

 彼女は啓蒙を持ちソウルの業を修めた小人族(パルゥム)
 嗚呼しかし

「なんですかあれ、何ですかアレ、何なんですかアレ!!」

「あれが世にも悍ましき悪魔であろうと、可愛らしいぬいぐるみであろうと倒さねばこちらの命が失われることには変わりない。
 貴公、覚悟を決めたまえよ」

 知るがいい来訪者よここは狭間の地

「なっ、デ、デミゴッド(半神)って超越存在(神様)ってことですか!?」

「例え神を名乗ろうと、いや何者であったとしても殴れるのだ、殴れば血が出るのだ。ならば殺せる」

 哀れなお前たちの常識など通じぬ選ばれた地

「こんな終わりって...あんまりです!!こんな、こんな...」

「貴公優しいのだな...だがこの地では命取りになる。心得たまえよ...」

 祝福すら持たぬ呪われた身でこの地へ分け入った罪は絶望で償うがいい






 しかし世界に楔は打たれた
 ならばその縁を辿ることなど彼等には容易い


痩せ犬(忍び)風情が...黄金の君主たる我の前に立つなど...不遜であろう」

「知らぬ...だが邪魔立てするというのならば...切る!」

 世界よ知るがいい

「貴方...懐かしい月の香り...いったい...何者かしら...」

臭い、臭い、匂い立つ、たまらぬ香りで誘うものだ。
忌むべき冒涜者の臭い、穢れた獣の臭い、何よりあの悍ましい月の臭い。えずくじゃあないか、ええ?

 彼等こそ真の想定外(イレギュラー)

「君は?あまり近づかない方がいい...この腐敗は君だって傷つけるだろう」

「...ならば語ろう我が旅路を。そして知るがいいミラのルカティエルの伝説を」

 世界に反逆を翻す理の破壊者

「燃えカスにも為れなかった存在が!この玉座を呪いで汚すなど!!」

「ハハハハハ!!!外なる神に、出来損ないの半神共、おまけにろくでなしの人でなしとは、選り取り見取りまるで食い放題だな。ハハハハハ」

 暗躍者にして殲滅者
 語り部にして幕引き

 お前(世界)を終わらせる者

「安心しろよおチビ。俺達は世界を終わりにするのは大得意なんだ」

「...安心できる要素が一つもないのでは?」

 不条理と終焉
 二つが交差するとき
 新たなる物語(古い世界)始まる(終わる)

 忍びと灰と焚べる者と狩人とダンジョン外伝
 小人と褪せ人と幾多の不条理と時々不死者達

 2022年 夏公開予定

「相手が運命でも神様でも最後の最後まで抗う。それがリリの知っている()()と言うものです」

 ────その時確かな導きを得た









嘘です






 という訳でエイプリールフールのウソ予告と言う奴です
 褪せ人出ます?という感想を頂いた時にぱっと思いついたものをネットで情報を調べてそれっぽく混ぜた物です
 そもそもエルデンリングをする為には不死断ちエンドで心がおられてそのまま放置してあるセキロを終わりにしなくちゃいけないので
 どれだけ時間があっても足りないんですよ
 という訳でこの小説ではエルデンリングが出てくるのは今回だけです
 ご了承ください

 これ以降はこれだけでは味気ないかなと思って書いた小話です。
 何時かの様にギャグ全振りなので何時かの様に時系列や統合性は投げ捨ててお読みください。







ヘスティア・ファミリアがしてはいけないことリスト

ギルドが製作した灰達がしてはいけないことが並べられたリスト

規則は社会を保つ為、秘密を守る為、或いは秩序を護るために必要な物だ
しかしながら禁忌と言うものは時として甘い香りで人を誘う

ましてや多くの秘匿を破ってきた者にとっては
隠された神秘へと誘う標にしかならないだろう


 ベル・クラネルはヘスティア・ファミリアの団長である。

 前団長である九郎よりその責務を引き継ぎ、ファミリアの運営を任された身である。

 ...と言えば聞こえはいいが、実のところヘスティア・ファミリアの団長という地位自体が他の団員達(灰達)がめんどくさがり九郎に押し付けた物だ。

 

 団長という言葉に込められた程の敬意を向けられるわけでも、他の団員への命令権を持つ訳でもない。

 ギルドやほかのファミリアとのやり取りを押し付けられている。はっきりと言ってしまえば諸々の雑用係であると言ってもいい。

 しかしながらベル・クラネルはそういった役職をこなすことに喜びを覚える性質であり、灰達が──約一名を除く──軽視する名声と言うものを人並みに欲する普通の価値観を持つ人物であり、他のファミリアやギルドとのやり取りをするにあたって問題を持たない程度には普遍的な常識を持つ。

 そして最も重要な点として面倒くさい書類仕事などから逃げようとしない真面目さも持ち合わせている。

 つまるところ新しい団長としての素質は充分であった。

 

 その日冒険者達にとって最も利用する場所──それこそ生家よりも見た場所などと神は言う──ギルドにてベルがうんうんと唸っていたのは冒険者としてではなく、団長としての責務を果たす為だ。

 数日前必死になって書いた書類に不備があったとかで自身の担当であるエイナ・チュールから呼び出され、指導されながら書類を書き直していたのだ。

 

「ふう、やっと終わった...うわっ!凄い人だ」

 

 大苦戦しながらもようやく全ての書類を書き直し、顔を上げるとそこには人の海。

 それもそのはず、ベルが書類と格闘している間に日は沈みダンジョンから冒険者達が帰ってくる時間帯になっていたのだから。

 

「う~ん。これは無理かな。ちょっと収まるまで待つか」

 

 窓口から遠い個別面談用のスペースにまで人が溢れているのを見てベルは人波に突入するのを諦めた。

 自身の先輩である灰達ならば迷うことなく突っ込んでいくだろうし、なんなら人混みの方から道を開けていくだろう。

 しかしながら自分では()()()のが関の山だろうし、何より書類を渡す相手、エイナ・チュールが忙しい。

 

 幾ら彼女がヘスティア・ファミリアの担当者と言っても本分はギルドの受付嬢(職員)

 利用者の多さからの同僚からのヘルプの叫び声を無視できず、本来の仕事(受付嬢)へと戻った彼女は必死にこの人混みを捌こうとしているだろう。

 それもまた一つの冒険にして戦いだ。

 

 幸いと言うべきか今日はこの書類仕事以外は特に用事もない身。

 ならしばらくゆっくりとして余裕が出来たなら持っていけばいいとベルは考え、何か暇をつぶせるものがあっただろうかと周囲を見渡す。

 目に留まったのは自身が先ほどまで格闘していた書類と資料に埋もれるようにして机に置かれた一枚の(リスト)

 

「うん?これは...『ヘスティア・ファミリアの冒険者がしてはならないことリスト』?」

 

 紙の一番上に書かれた題名を読み上げ、ベルは一人首をひねる。

 ヘスティア・ファミリアの先輩たちをベルは尊敬している。

 それは冒険者としての強さであったり、先輩としての立ち振る舞いであったり、何より様々な教えを受けている身としての礼儀として敬意を持つのは必然である。

 しかしながら後輩であるベルから見ても、いや主神である慈悲深いヘスティア、温厚なヘスティア・ファミリア前団長九郎から見てもかなり問題のある人間(非常に柔らかい言い方)だ。

 

 それでも最近灰達が非常に穏やかになった、と言う話を聞いたことがある。

 その理由をベルと言う後輩に求める人物は少なくなくない。

 しかしながら穏やかになったらしい灰達しか知らない自身からすればとてもそうとは思えない行いが多い。

 一体どんな行いをしてきたのかと好奇心が疼かなかったと言えば嘘になる。

 とは言え先輩である灰達が努めて隠そうとしているのならばあえて暴こうとは思わなかったし、話してもいいと思ってくれる時が来るといいなと思っていた。

 しかしその隠された過去についてのヒントが思わぬところで自分の手の中に飛び込んできた。

 

...これは僕がこのリストに反してないか調べる為だから

 

 言い訳を呟き周囲の目を気にしてこそこそとしながらその紙を引き寄せる。

 これであの人達(灰さん達)を揶揄うネタが出来たなんて自分の考えに気がつかないふりをしながら。

 

 

 

 

 

1 

 ヘスティア・ファミリアの冒険者は

適正な理由が無ければオラリオでの喧嘩、戦闘をしてはなりません。

 

   

補足1 世界最強を決める戦いと言うのは適正な理由ではありません。

 

   補足2 相手が獣人であると言うのは適正な理由ではありません。

...と言いますか差別的な発言は慎んでください

 

   補足3 ミラのルカティエルの名前を広めると言うのは適正な理由ではありません。

ギルドへのご協力は感謝しますが程度と言うものがあります

 

   補足4 女装した同じファミリアの団員を攫おうとしたと言うのは適正な理由ではないとまでは言いませんが、報復が過激すぎます気持ちは分かりますが。

 

       

なんでこんなことをリストにしなくちゃいけないの!?常識的に考えればわかるでしょう!?

                            ──── エイナ・チュール

       

つまり、ばれないようにやれ...という事だな?

                         ──── 火の無い灰

「...」

 

 開いた本を閉じ空を仰ぐ。

 室内なので見えるのはギルドの天井だけだが、そうせざるを得ないだけの破壊力があった。

 まあ灰達だ。自身の先輩たちだ。ろくでもない事が書かれているだろうとは思っていたが、想像を超えていた。

 先輩たちの隠している過去を暴く、という好奇心に従って読みだしたことを少し後悔するような内容。

 尤も後悔したからと言って諦めるような意志の弱さならば英雄などに憧れない、ベル・クラネルはあきらめが悪いのだ。

 再び本を開き読み進める。

 

 2 

ヘスティア・ファミリアの冒険者火の無い灰は

ギルドオラリオで糞団子を投げてはいけません。

 

  補足1 草付き糞団子であっても同じです

 

   補足2 ダンジョンでの使用も控えてください

 

   補足3 火炎壺を投げるよりはましではありません。どちらも投げないでください

 

       

なんなんですか!そんなにう...うんこが好きなんですか!?

                              ──── エイナ・チュール

 

       

人面ならいいだろう?挨拶もできるぞ

                    ──── 火の無い灰

 

「ふー...」

 

 本を閉じ大きく息を吐く。

 そっかぁ。あの人(灰さん)うんこなんか投げたんだ。

 しかもこの文を読むかぎり常習犯だったようだ。

 いっそあの人(灰さん)はそんなことしない!と言い切れるような内容ならば良かった。

 しかし相手は火の無い灰だ。

 悲しいことにそんなことしないと言い切れない。そして逆にするかしないかならするだろう。

 

 戦いに誇りなんぞないと公言し、大剣を担いでいるが無数の武器を使いこなし「大剣しか使えないと思ったか?」と相手を嘲笑い、近距離戦を不利と見て距離を取った相手を魔法で叩きのめし「魔法が使えないなんて言った覚えはないな」と馬鹿にする。

 間違いなくヘスティア・ファミリアで一番性格の悪い戦い方をする人物だ。

 趣味と実益を兼ね備えたその戦い方にどれだけぼこぼこにされてきたことか。

 それを思えばうんこぐらい投げるだろう。

 頭の中から「これでも喰らえ」とうんこを投げている灰を追い出し、ベルはさらに読み進めていく。

 

3 

ヘスティア・ファミリアの冒険者月の狩人は

血塗れのままギルドオラリオの街を歩いてはいけません。

 

      

補足1 自身の血であるか返り血であるかは問題ではありません。血塗れなのが問題なのです

 

  補足2 あなたの為にどれだけギルド職員が規定外の仕事をさせられているかわかりますか?

 

補足3 あなたの為に掃除業者を雇う羽目になったギルドのことも考えてください

 

       ...掃除業者を雇ったのならその分の料金は支払うからそのままでいいだろう

                                   ──── 月の狩人

 

       良くありません!!

            ──── エイナ・チュール

 

「...悪いことをしたなぁ」

 

 ベルは本を閉じ昔を思い出す。

 昔と言ってもそれほど前ではない。

 自身が初めてアイズと出会った時のことだ。

 

 アイズに助けられた後、その美しさに参ってしまいふらふらとさ迷い歩いた挙句、ギルドでエイナ・チュールに怒られた。

 あの時ギルドの人が床を掃除する手際が妙に手馴れていたが、そんな理由があったからだなんて想像もできなかった。

 そしていつも目に見えるんじゃないかと思う程濃密な血のにおいを纏うあの人(狩人さん)も、あれでも臭いだけになった分ましになっているなんて普通の人なら考えもしないだろう。

 知らなかったこと(未知)照らしながら(既知にしながら)さらに読み進めていく。

 

 4

 ヘスティア・ファミリアの冒険者狼は

明確な理由がない限り建物の上を移動してはいけません。

   

補足1 急いでいるわけでもないのに人の家の上を通るのは何故ですか?

 

   補足2 道に迷っているわけでもないのに高い所に昇りたがるのは何故ですか?

 

 補足3 急に上から人が降って来た側の気持ちが分かりますか?

 

      

 ちゃんと答えてください!!

                ──── エイナ・チュール

 

       

...言えぬ

       ──── 狼

 

「変わらないなぁ」

 

 怒っているエイナ・チュールと正座している狼の姿が見える文字に苦笑するベル。

 変わらないと言うよりは昔からそうだったと言う方が正しい。

 狼に連れられて初めてギルドに向かう時も九郎が止めていなければ建物の上を移動していただろうし、ダンジョンでの初めての狩りの時も大量の成果をエイナに怪しまれて問い詰められた時に出てきた言葉は「...言えぬ」だけだった。

 掘り起こされるとんでもない過去に逆に面白くなってきたベルは更に読み進める。

 

 5 

ヘスティア・ファミリアの冒険者絶望を焚べる者は

他ファミリアの拠点に如何なる建物であったとしても不法侵入して

自作の本をばら撒いてはいけません

 

   補足1 【怪物祭】であることは不法侵入していい理由になりえません

 

   補足2 補足1は【怪物祭】以外であればいいという事ではありません

       オラリオのすべての祭りは不法侵入していい理由になりません

 

   補足3 だからってオラリオ以外の祭りならいいわけじゃありません

       全ての現存する祭りは不法侵入していい理由になりません

 

   補足4 架空の祭りを作り上げれば不法侵入してもいい訳ではありません。

       実在する、しないに関わらず全ての祭りは不法侵入していい理由になりません!!

 

   補足5 何もない日なら良いという事ではありません。いい加減にしてください

 

  

 自分でやるのではなく雇った人を使えばいいわけじゃないんですよ!!なんなんですか

                      ──── エイナ・チュール

 

      ミラのルカティエルです

        ──── 絶望を焚べる者

「...」

 

 絶望を焚べる者。

 問題児──とベルの立場からすれば言いたくはないのだが、そう表現するしかない人が多すぎる──が多いヘスティア・ファミリアの中でも、最も問題を起こす人物。

 ミラのルカティエルと言う人物?の名前を広める為ならばなんだってする、何だってやる、何だってした人物。

 諦めないという事に関してならば恐らくはヘスティア・ファミリア、いやオラリオでも最上位の人物。

 後輩であるベルからすればその姿を頼もしく思うこともある、だが決してあきらめないその在り方は相手にする側からすれば悪夢でしかない。

 

 ひょっとして合法的に物語を流布するために、ミラのルカティエル商会が立ちあげられたのだろうか。

 あんまりにも恐ろしい想像にベルが震えていると周囲の人混みがまばらになっていることに気がつく。

 ギルド職員は皆優秀な者ばかりだ。

 無限に続くようにすら思える長い列も彼等にかかればあっという間に捌ける。

 ならば何時までもこうしてはいられない。

 幾ら予定がないとはいえあまりに遅くなればヘスティア達(神様達)が心配するだろう。

 ベルはリストを元の場所に戻し、机から立ち上がった。

 

 

 

SIDE エイナ・チュール

 

「次の方どうぞ」

 

 サクサクと仕事をこなし無限に続くのではないのかと思える人の列も消化されてきた。

 毎日思うことだけれどこの時間帯がとてつもなく忙しいのはどうにかならないのだろうか。

 忙しいという事はそれだけ冒険者が無事に帰って来たことではあるから嬉しい事なのだけれど。

 

「エイナさん。書類書き終わりました」

 

「ふん...ふん...これで大丈夫よ。お疲れ様ベル君」

 

 なんてことを考えながら次の人を呼ぶとベル君が書類を持ってくる。

 提出された書類を見れば間違っていた点はすべて直されていた。

 

 冒険者と言う人たちは戦うことに長けている分、こういう書類仕事なんかを軽視する傾向がある。

 だからこそベル君の様にファミリアの中でもある程度の地位につき、事務仕事をするようになった冒険者がミスをすることは少なくないのだけれど、その後の反応は大きく分かれてしまう。

 即ち書類仕事に忌避感を抱くか、新しい冒険だと書類仕事に挑むかだ。

 

 当然ギルド職員としては後者であってほしいのだが、残念ながらその数は少ない。

 故にこそ新しく団長となったベル君にはしっかりと教育を施し書類仕事もできるようになって欲しい、そしてあわよくば団員達(灰達)の手綱をしっかりと引いてほしいと思っているのだが、それは少々高望みが過ぎるというものだ。

 とにかく無事に終わったことを褒めるとベル君は何か言いたげにしている。

 何か言いたいことでもあったのかしらとこちらから聞いてみれば、口を開けたり閉じたり何かを言うべきか言わざるべきか迷った挙句、覚悟を決めたように目を一度閉じこちらを見つめてくる。

 

「エイナさんって苦労しているんですね...これからも頑張ってください」

 

「えっ?ちょ、ちょっとベル君?それってどういう...」

 

 力強い眼光に少し気圧されるがその口から紡がれた言葉は酷くありふれた物。

 虚を突かれ、一体どういうことなのかと問いただそうとする頃にはベル君はすでにギルドの扉を潜った後で。

 人が少なくなってきたとはいえまだまだ多くの冒険者が並んでいるこの状況。流石に仕事を放棄して追いかける訳にもいかず。

 

「一体どういうことなの...」

 

 小さく呟いた言葉は雑踏の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 




どうも皆さま

エイプリールフールの小ネタをどうしても仕込みたかった私です

楽しかった(子供並みの感想)
もしも来年も小説投稿をしていたらまた何かしたいですね

そんなことよりエルデンリング私持ってないんですよ
今回のウソ予告を書くために色々調べたらすごく楽しそう
でも時間がなぁ...
なんていっぱしの物書きのようなことを書いて今回の後書きはおしまいです

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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選ぶべき選択

ベルのヘスティアメダル

ベル・クラネルが持つヘスティアメダル
彼はダンジョンに潜るとき常にこれを首から下げている

ヘスティアメダルは友神の思いを聞きファミリア結成のお祝いにと
鍛冶の女神ヘファイストスが作り上げた物だ

その神業は女神の想いをメダルの中にも込めた
その為かこれを握りしめると仄かに暖かい

それは母の腕の中の様なぬくもりをもたらし
己が一人ではないことを思い出させるのだ

誤字脱字報告いつもありがとうございます


 13階層への道を歩くと僕達を待ち受けていたのは9階層までのような洞窟の様な光景だった。

 霧と枯れ果てた草原が広がるこれまでの階層とは違い、13階層からは再び洞窟の様な風景になるのだ。

 ただ部屋(ルーム)部屋(ルーム)を繋ぐ通路と部屋(ルーム)の広さは上層とは比べ物にならない程に長く、広い。

 

 とは言え霧に包まれた10~12階層と比べれば視線が通り遠くの敵にも気がつきやすく、モンスターの奇襲を受けにくい。むしろ10階層なんかより戦いやすいと言えるだろう。

 しかしそれは僕達(冒険者達)ばかりに有利に働くわけではない。

 これまでの階層のモンスターと違い中層のモンスターは遠距離攻撃をしてくる。

 視線が通るという事は射線が通るという事なのだ。

 目の前の敵ばかり意識していれば遠くの敵に撃ち抜かれてしまう。

 

 周囲を警戒しながら歩いていると僅かな足音と共に黒い影が僕達の前に現れる。

 黒い毛並みに赤い瞳、ヘルハウンドだ。

 

「ヘルハウンドです!!」

 

 中層に潜るうえで一番警戒するべきモンスターの登場にリリが警戒の声を上げて、手にしたクロスボウを放つ。

 弱点を狙う(ダメージを優先する)のではなく胴体を狙った(当てることを優先した)一撃をヘルハウンドは獣ゆえの軽快なステップで避け、避けた先に先回りしていた僕の一撃を受けて灰に還る。 

 

「お見事!」

 

「リリのおかげだよ。ありがとう」

 

 中層において警戒するべき強敵(ヘルハウンド)を一体だけだったとは言え、素早く倒した手並みにヴェルフが口笛を吹きながら称賛の言葉をかけてくる。

 とは言えこれだけ上手くヘルハウンドを倒せたのは、予めヘルハウンドにどう対応するかを相談しておいたからだ。

 

 ヘルハウンドと相対した時、最も気を付けるべきなのは代名詞ともいえる火炎放射である。

 それは間違いない。

 だからこそ接敵した時は他のモンスターを無視してでも接近戦に持ち込み、真っ先に倒さなければならない、さもなくば黒焦げになることだろう。

 しかしながら火炎放射の脅威が周知された所為で、それ以外の脅威については忘れられがちだ。

 

 先程のリリの攻撃を避けた時の動きからも分かるようにヘルハウンドは動きが素早い。

 それこそLV.2の冒険者の攻撃であったとしても簡単に避けてしまえる俊敏性。

 その恐ろしさは速さを武器にしている僕が最もよく知っている。

 究極の所を言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。 

 

 灰さん達が僕にくれた【ダンジョン覚書】。

 大量の主観と偏見が混ざった非常に偏りのある本ではあったが、学べる点も沢山あった。

 そしてその本にはヘルハウンドの素早さについてもしつこいくらいに書かれていた。

 そこでヘルハウンドに出会った時はまずはリリが攻撃を加え、避けるなり迎撃するなりで足が止まった所に、僕が切り込むと対応を決めておいた。

 とは言えこれだけ上手く行くとは僕ですら思っていなかったが。

 

「...しかし思っていたよりも簡単に避けられてしまいましたね。やはりリリではモンスターにダメージを与えられそうにないです」

 

「そこは俺とベルが頑張るぜ」

 

 折角クロスボウを新調したと言うのに当てられなかったリリは少し不満そうだ。

 そんなリリをヴェルフが慰め僕達は進む。ただ長い通路に立っているだけではいい的だ。早く部屋(ルーム)に入るべきだろう。

 周囲を警戒しながら小走りで部屋(ルーム)に走りこむ。

 10階層の霧と草原の色味が無い光景よりも、よほど見慣れた洞窟のような景色が僕達を迎え入れてくれる。

 

 ダンジョンと言うのは地下にある大穴だ。

 当然ながらダンジョンの中に太陽の光は届かない。

 それでも僕達がダンジョンの中で暗がりに悩まされることがないのは、それぞれの部屋に光源があるからだ。

 例えば壁に掛けられた魔力によって光る灯りや壁に張り付いている発光する苔。

 それらがダンジョンを照らし、冒険者を導いてくれる

 

 ダンジョンと言うのは基本的に冒険者を拒む。

 険しい地形、仕掛けられた罠、そしてモンスター達。

 しかしながらまるで冒険者達を導くように灯りがその暗闇を照らす。

 それはか弱い人間へと向けられた慈悲なのか、それとも愚かな侵入者を誘う罠なのか。

 見慣れた光景にふとギルドで読んだ本に書かれていた一文を思い出す。

 駄目だ。今僕は中層にいるんだ。気を抜いていては死んでしまう。

 軽く頭を振って周囲に意識を向ける。

 !

 

「リリ、ヴェルフ。何か来る!」

 

 微かな足音に二人へと警戒するよう声をかけると同時に足音の主が現れる。

 赤い瞳に白い毛並み。頭から伸びる長い耳は地上を指し、黒い鼻は周囲を嗅いではひくひくと動いていた。

 ...まあつまりはそこにいたのはウサギだった。

 

「これは...ベル様が二人ッ!?」

 

「ちょっと目を離した隙に随分と小さくなったな?」

 

「二人とも遊んでないで!モンスターだよ!!」

 

 白々しくリリは一体どちらが本物のベル様でしょうか?などと首を傾げ、ヴェルフもこれは鎧から打ち直しだななんて言っているが、一見可愛らしいこのウサギもダンジョンに出てくるという事はれっきとしたモンスターだ。

 緊張でがちがちになるべきだとは言わないが、気を抜きすぎる訳にもいかない。

 二人へと気を引き締めるように言って僕はウサギへと攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

「ぐっ...この!」

 

「む...これはちょっと不味いかもしれませんね」

 

 ウサギに攻撃を仕掛けた僕達だったが、想定外の苦戦を強いられていた。

 理由は簡単、攻撃が当たらないのだ。

 ウサギのモンスター、アルミラージはヘルハウンドと違い小さいモンスターだ。

 的が小さければ当然当てにくい。

 速さも力も他のモンスターと比べれば弱いモンスター。

 だがぴょんぴょんと跳ねて攻撃をかわし、気がつけばその数は僕達を囲むほどになっていた。

 

 数は力だ。

 しかしまだ僕達の捌き切れる範疇。

 大きな傷を作ることなく突破できる包囲に過ぎない。

 尤もアルミラージ達だけならの話だが。

 このままアルミラージに手古摺っていれば、他のモンスターそれこそヘルハウンドなんかが寄ってくるだろう。

 そうなれば話にしか聞いた事の無いヘルハウンドの火炎放射の威力と、それに対抗するためのサラマンダー・ウールの効果を実際に試すことになる。

 

「仕方がない使()()よ!!後ろはお願い!」

 

「任されました!」 

 

 そんなのは御免だと僕は奥の手を切る。

 ...とカッコ良く言ったけれど、実のところヘスティア・ナイフとヴェルフの作ってくれた短刀(牛若丸)の二刀流を解禁するだけだ。

 

 武器を両手に持てば攻撃速度は二倍、敵を殲滅する速度も二倍...な訳はないけれど、今の僕に出来る一番強い戦い方だ。

 ではなぜこれまで二刀流を使わなかったのかと言えば、答えは簡単。

 武器を振るう方に集中しなければ使いこなせないからだ。

 

 アイズさんとの訓練で、僕は戦いの時に視界を広く持つ大切さを知った。

 相手を見ることで相手の動きの予兆、相手の狙い、とにかく沢山のことが分かる。

 それは重要なことだ。しかし今の僕では二刀流を使いながら周囲に気を配る余裕はない。

 ダンジョンで周囲を見ていなければ奇襲される決まっている。

 だから僕は使わなかった。だけれど今は使わざるを得ない不味い状況だ。

 だけれど僕には仲間がいる。

 

「...キキッ!」

 

「やらせねえよ」

 

「ベル様3時の方向から新手です!!」

 

「分かった!」

 

 アルミラージの包囲網へと切り込んだ僕の無防備な背中へ別のアルミラージが攻撃を仕掛け、それをヴェルフが止める。

 新しいモンスターがやってくるが、リリがその存在を教えてくれる。

 そう。僕一人ではどうしようもないこの状況も、仲間と一緒ならば切り抜けられる、仲間と一緒に切り抜けて見せる。

 

「うおおおおお!!!」

 

 さらに気合いを入れて僕はモンスターへと突っ込む。

 僕達はもっと先に行くんだ!!

 

 

 

 

 

SIDE 第三者視点或いは“神”の視点

 

 ベル・クラネルとその仲間が戦いを続ける13階層において、最初に()()に気がついたのは周囲を警戒していたリリルカ・アーデだった。

 

(ソウルの反応が近づいてきています。五人?いえ今にも掻き消えそうなくらい弱っていますがもう一人いますね。六人、パーティでしょうか。そしてその後ろからモンスターと思われるソウルの反応が多数)

 

 未だソウルの底知れぬ深淵を覗き込むことすら敵わないリリルカだが、その未熟なソウルの業でも周囲のソウルの反応を探ることはできる。

 ダンジョンに潜ってからずっと続けていた警戒に引っかかったソウルの反応に眉をひそめるリリルカ。

 ソウルが弱まっているという事は何かしら傷を負っているという事だ。

 それも今にも消えそうな反応を見れば命に係わる傷である可能性が高い。

 おまけにその後ろから続く歪なソウルの反応は間違いなくモンスター達の物だろう。

 

(不味いですね。今のリリ達に他のパーティを助けるだけの余裕はありません。いっそ別の方角へと行ってくれればいいのですが)

 

 助けを求められたとしても助けるだけの余裕はない。こちら側に来ずに無関係のまま過ぎ去ってくれないだろうかと考えながらベルの援護をするリリルカ。

 

 かつてのリリルカ・アーデならば、世界に絶望し冒険者を憎んでいたリリルカ・アーデであったのならばその可能性に気がついたはずだ。

 だが、ベルと出会いダンジョンに潜るうちにリリルカの持つ悪意は弱まり、その可能性から目を逸らさせた。

 

 リリルカ・アーデは狩人より【啓蒙】を授かり、思い込みの霧をその瞳から拭い去った。

 しかしながらあくまで【啓蒙】は真実をそのまま見せる力。

 【啓蒙】を持つ者が常に正しい選択をするわけではないことは、ヤーナムに流れた血と積まれた死体が証明している。

 故にこそ彼女の警告は自分達を見つけた六人のパーティが、自分達に向かって走ってくるまで発されなかった。

 そのタイムラグは防げたそれを防げないものにするに十分すぎる物で。

 だが、彼女の警告は致命的な状況を改善するに足りる物であった。

 

「ッ!【怪物進呈(パス・パレード)】です!!擦り付けられました!!」

 

 

 

 

 

(流石はベルだ。LV.2への最短記録を持つだけのことはある)

 

 リリルカの叫びを聞くと同時に動きの変わったベル・クラネルの姿に、ヴェルフ・クロッゾは脳内で称賛の言葉をかける。

 新しいモンスターを押し付けられたことで戦況は変わった。

 それに呼応するようにまたベルの動きも変わる。

 これまでのアルミラージを一か所に集め逃がさないようにする動きから、一転突破の包囲を食い破る動きへと。

 (ベル)の攻撃を避けようとしたアルミラージは、先程までよりも二歩は踏み込んだベルによって切り捨てられ、そのことに周囲のアルミラージが動揺した隙にさらに何体か切り倒す。

 

「リリスケ。先に行け!!」

 

「お言葉に甘えて!」

 

 その素早い動きよって包囲網に空けられた穴を武器を振り回すことでさらに大きい物にしながら、リリルカへと先に行く様促し脱出させ、その後をヴェルフも追う。

 当然ながらアルミラージと【怪物進呈】によって押し付けられたヘルハウンド達もその後を追いかけてくる。

 

 最後尾を走るヴェルフは追いすがるモンスターを時に弾き、時に切り捨てる。

 しかし追いかけてくるモンスターの後方、ベルもリリルカもヴェルフも手の出せない場所にいるヘルハウンドが火を噴く予備動作をしているのに気がつく。

 今から走った所で間に合いはしない。だが...

 

(ベルもリリスケも自分の仕事を全うしているってのに、俺だけ出来ませんなんて言える訳ないだろ!)

 

「っ!燃え尽きろ、外法の業ウィル・オ・ウィスプ!!」

 

 使用するのは彼の魔法、ウィル・オ・ウィスプ。

 それは対魔力魔法。相手が魔力を使おうとするタイミングで使用することでその魔力の流れをかき乱す魔法。

 

 魔術師の運用として前衛が時間を稼ぎ、その間に狙いをつけ詠唱をすると言うのが普通だ。

 それは魔術師という者が総じて前衛程のステイタスを持ち合わせていないこと、魔法の詠唱に時間がかかること、そして魔法の使用には高い集中力が必要だからだ。

 魔法を使う際に集中が途切れてしまえば魔法は発動しないだけでなく、最悪魔力暴発(イグニス・ファトゥス)と呼ばれる暴発を起こす。

 その結果がどうなるかは、彼の魔法によって内側から爆発したヘルハウンドを見ればわかるだろう。

 

 冒険者にとって切り札足りえる魔法でありながら、相手が魔力を使おうとしたタイミングでしか使えない、威力は相手の魔力に依存する使いにくい彼の魔法。

 しかしながら相手の魔力に干渉するだけである為かそれほど集中する必要が無く、魔力の消費も軽い。

 故にこそヴェルフは追いすがるモンスターを倒し続けることが出来た。

 

 

 

 

 

 ベル・クラネルとその仲間達は最善を尽くしモンスター達に対応した。

 包囲網を切り抜け、なお現れる敵を切り裂き続けたベル・クラネル。

 周囲の警戒をしながら、辿るべき道を案内するリリルカ・アーデ。

 そしてそんな仲間の背中を守り続けるヴェルフ・クロッゾ。

 だがそれでも次々と現れるモンスターを相手に戦い続けることで、息を整えることもできず走り続けることで、じわりじわりと疲れが溜まっていく。

 

 本来ならば、万全ならば、僅かでも休めたならばなんて事のない障害が重くのしかかる。

 真綿で首を締められるように僅かに、だが確実に弱らされていく。

 そうして、気がついた時にはもう遅い。

 ダンジョンはその悪意を剥き出しにして襲い掛かって来た。

 

「っ!上から!?」

 

「ダメです、間に合いません!!」

 

「ふざけろっ!」

 

 追いかけられ、追い込まれ、日ごろからつけている装備が、否自身の手足さえ耐え難いほどに重く感じるようになった所での上から(空飛ぶモンスター)の奇襲。

 それに対応することなどできるはずもなく。

 彼らはダンジョンに空いた暗い大穴へと飲み込まれていった。

 

 何が悪かったのだろうか。

 準備が足りなかったのだろうか、力が足りなかったのだろうか、仲間が足りなかったのだろうか。

 否、否、否。

 彼らは出来る限りの準備をして挑んだ、十分な実力を備えた上での挑戦だった、十全な連携が取れる仲間達だった。

 今回の出来事に理由を求めるのであればたった一つ。

 ()()()()()()()()

 

 どれだけ準備しようとも、どれだけ力を付けようとも、どれだけ良い仲間がいようとも。

 たった一つ、運がないだけですべてはひっくり返る。

 それは火の時代でも、ヤーナムでも、葦名でも、そしてオラリオでも変わらない不変の真実。

 

 だが、それでもなお、生き延びる為に戦い続けた彼らにはそれ相応の結果が与えられる。

 

「...ぐっ...みんな無事?」

 

「なんとか...生きてるぜ」

 

「無事...とは言えませんが生きています」

 

 それは幸運なのだろうか、更なる苦しみに直面するだけではないのだろうか。

 だがたった一つ確かなことは彼らはまだ生きている、その心はまだ折れていない。

 ならばまだ彼らは負けていない。

 

 

 

 

 

SIDE 桜花

 

 背負う千草の命が傷口から流れ出るのが分かる。

 早く、早く、気ばかりが焦るのを何とか押しとどめる。

 

「気をしっかり持て千草!」

 

「ごめん...なさい」

 

 気を失わせてはいけないと仲間が声をかけるが、返ってくるのは今にも途切れそうな弱々しい声。

 

 別にそう珍しい事じゃない。

 ダンジョンの中でよくある不運。

 偶々モンスターと戦っている時に別方向からモンスターが現れ、偶々それに対応している時に体勢を崩し後衛へとモンスターを通してしまい、偶々モンスターの攻撃を受けたのが一番弱い荷物持ち(千草)だった。

 ただそれだけの話。

 

(何がリーダーだ、何が武神男児(マスラタケオ)だ、何が葦名流免許皆伝だ)

 

 ともすれば自責の念に押しつぶされかねない程の後悔が押し寄せてくる。

 どれだけ強くとも、どれだけ鍛えようとも今苦しんでいる仲間を助けることすら出来ない。

 

「桜花殿、この先のモンスターは排除し終わりました」 

 

「そうか!お前達先を急ぐぞ!なんとしても千草を助けるのだ!」

 

 ひたすらに自身を責めていると声をかけられた。

 先行していた命だ。

 だが中層ではモンスターの湧きが早い。急がなければ再び足止めを受けることになるだろう。

 仲間達に声をかけダンジョンの中を駆け抜ける。

 

「大丈夫か千草、もうすぐ中層を抜けるそうすれば手当てを...「桜花殿!!ヘルハウンドが!」」

 

 予めモンスターを排除しておいたかいがあった。

 凄まじい速さで中層を駆け抜ける。これならば手当ても間に合う、そう思った時だった。

 後方からヘルハウンドが現れた。

 

「命!遅れるな」

 

「承知!」

 

 駆ける、駆ける。

 先程までよりもさらに速く。

 命が殿を務めモンスターを足止めしてくれているが、それでも時間の問題だ。

 どうすればいい。どうすれば仲間を救える。

 

「!他の冒険者達のパーティか...」

 

「このままでは巻き込んでしまいます」

 

 飛び込んだ部屋(ルーム)にはアルミラージに囲まれた冒険者達の姿があった。

 悪魔の囁きが聞こえる。

 

「ッ!...このまま突っ込むぞ!」

 

 主神(タケミカヅチ様)の顔、仲間の顔、そして厳しくも優しい師の顔が浮かぶ。

 躊躇したのは一瞬だった。否一瞬も躊躇したと言うべきか。

 仲間の命と顔も知らない誰かの命。天秤にかけるまでもない。

 

「そ、それでは彼らを」

 

「ああ、【怪物進呈(パス・パレード)】をする。罵りたいのならば腐るほどしてくれて構わない。ただ生き延びた後にしろ。俺はお前たちの方が大切だ」

 

 命は何とか引き留めようとしたが、会話を打ち切り俺が突き進んだことで諦めたようだ。

 相手のパーティが【怪物進呈(パス・パレード)】されたことで悲鳴のような声を上げ、俺達を罵る声が聞こえる。

 ああ罵ってくれ。お前達にはその権利がある。

 だが俺には為すべきことがある。

 

 仲間を生かして地上に帰す。

 それがリーダーとして仲間の命を預かる俺の為すべきことだ。

 振り返りもせずに部屋(ルーム)を走り抜け、上層へと続く道を走りながら俺は心の中で謝ろうとして止めた。

 この責任はすべて俺にある。

 ならば俺には彼らに謝る権利もないのだから。

 

 

 

 

 

 

SIDE 火の無い灰達 ダンジョン??階層

 

 火の無い灰達がギルドから冒険者依頼(クエスト)を受けた。

 少しでも灰達のことを知る者からすれば、血と絶望が吹き荒れる凄惨な事件が発生することを想像するだろう。

 それは彼らの後輩であるベル、主神であるヘスティアであったとしても変わらず、また真実起こりうる出来事だ。

 だがその予想を裏切り彼らはダンジョンの中を地道に探索していた。

 

 ギルドからの依頼を受ける際に出来る限り穏便にと条件が付けられていたが、それを守るとはギルド側ですら思っていなかっただろう。

 ギルドとしては被害が出た時に「被害を出すなとは言われていない」と責任逃れを防ぐためにあらかじめ釘をさしておく、ぐらいの物であり、当然灰達が似合わない真似をしているのもギルドの出した条件が理由ではない。

 

 この依頼を受けたことはベルやヘスティアに知られている。

 と言うよりかは灰達が知らせたのだが、とにかく知られている以上依頼で被害を出せばそのことを責められるだろう。

 幾ら灰達とは言え主神(ヘスティア)後輩(ベル)に責められたくはないと思うだけの人間性は持ち合わせていた。

 いや、人間性が生まれたと言うべきか。

 ベル・クラネル、あの小さな甘ちゃんに感化され穏便な手段を取るようになったのだから。

 尤も今更が過ぎる想いであるかもしれないが。

 閑話休題

 

 とにかく灰達は実に似合わないことにダンジョン内で起きた騒動の現場へと足を延ばし、地道な探索を繰り返していたのだ。

 

「...駄目か。ソウルは既に消失している」

 

「こちらも駄目だ。血は既にモンスターの(はらわた)の中だ」

 

「...痕跡もすでに辿れない程に薄れてしまっている」

 

 しばらく周囲を歩き回った焚べる者が首を振りながらどうしようもないと諦めたような言葉をこぼし、血痕を探していた狩人も、痕跡を探していた狼もまた諦めの言葉を口にする。

 ギルドからの情報を元に極彩色の魔石を持つ新種のモンスターとそれを操るテイマーがダンジョンで引き起こした一連の事件。

 その事件が起きた現場を調査してきたが、幾ら何でも変貌するダンジョンの中で時間が経ち過ぎていた。

 血はモンスターの胃に収まり、痕跡は冒険者やモンスター或いはダンジョンの変動によって失われ、ソウルもまた失われていた。

 

 啓蒙を持ち脳に瞳を得た狩人は血を取り込むことでその血の持ち主について知ることが出来、不死者である焚べる者も死者のソウルからその人物についての情報を知ることが出来る。そして忍びである狼もまた痕跡より情報を読み取ることに長けている。

 例えば彼らを前にしてせめてもの抵抗として自害し、情報を渡すまいとした所で、狩人相手であれば死血を取り込まれ情報をすべて吸い出されるだろうし、焚べる者と言うよりも不死者相手であればソウルを奪われて情報を根こそぎ奪われるだろう。狼はそういった異能の力を持ち合わせていないが、熟練の忍びたる狼にとって残された痕跡より情報を得ることは難しい事ではない。

 

 実に恐ろしい事実だ。せめてもの抵抗ですら彼らの前ではまるで意味をなさない。

 彼らにとって死は終わりではない。そしてその事実は敵対する存在にも適応される。

 だがあくまで追跡できるのはソウルなり血なり痕跡なりが残っていた場合だけだ。

 いくら彼らが僅かな情報からだけでも情報を探り出し、狙い続ける追跡者であったとしても、その僅かな情報ですら手に入らないのであればどうしようもない。

 

「まぁたハズレか...しょうがないとはいえどうにかしないとな」

 

 一人調査に参加せずに周囲を警戒していた灰がぼやく。

 ギルドから提供された事件の現場を当ってみたがすべて外れ。

 手がかりすらつかめていない現状に流石の灰もどうするべきかと悩む。

 

「...ん?」

 

「どうした。何か気付いたことでもあるのか」

 

 いっそ狙いの闇派閥(イヴィルス)の情報が手に入るまで怪しい(気に入らない)ファミリアへと襲撃を繰り返すかと、できれば取りたくない手段を検討し始めた時、灰が何かに気がついたかのように小さく呟く。

 ぶつぶつと呟いている灰の姿に何か気になる点でもあったかと問えばゆっくりと自身の考えを纏めるように灰は喋る。

 

「ギルドが言っていたレヴィスとかいうテイマーは【怪物祭】で暴れた新種のモンスター、食人花(ヴィオラス)...だったか?

 それを従えていたんだったな?そいつらの居場所ならわかるかもしれん」

 

 降ってわいた獲物への手掛かりに詳しく説明しろと瞳だけで伝えた狩人へと灰は説明する。

 【怪物祭】の時、ふと奇妙な気配に気がついたこと、その気配の元を探って下水道にたどり着いたこと、しかしそこには地上へと続く穴しか無かったこと。

 前後の出来事を考えるに、その奇妙な気配と言うのは食人花(ヴィオラス)だと考えられること。

 そしてあれだけ奇妙な気配だ、恐らくはダンジョンの中でも探ろうとすれば探れないこともないということ。

 

「んー、んん?...おいおい...いやもう一人(一柱)?...他にも何人かいるな」

 

 失敗しても怒るなよと言って目を閉じ、ダンジョン内の気配を探る灰。

 しかし漏れ出る言葉は困惑の物であり、ヘルムの上からでも百面相をしているのが分かる。

 

「おい、何があった。食人花(ヴィオラス)の居場所は分かったのか」

 

「いや...分からなかったが余計なことは分かったと言うか解らないと言うか」

 

 詰問するように問う狩人へと困惑していることを隠そうともせずに灰は向きあう。

 一体何事かと周囲を警戒していた狼と焚べる者も周囲に集まり、灰の言葉を聞きそして困惑する。

 

「ヘスティアがダンジョンにいる」

 

「「「...は?」」」

 

「いや待て。ベルの奴の反応も大分下にあるぞ?これは中層か?

 おまけに九郎の奴の反応もある。どういうことだ」

 

 

 

 

 

「今使者を使って様子を見てきたが、ベルとリリルカ、あと一人見慣れない赤髪の男が中層に一塊になっていたそうだ」

 

「...こちらもへスティアメダルを使い確かめたが、確かに九郎様はダンジョンの中にいる」

 

「おいおいおい。何がどうなったらそうなる?」

 

 僅かな間混乱に呑まれたが、すぐに持ち直しそれぞれ情報を集める。

 しかし灰の感じた気配が事実だと分かっただけで、何故?という疑問が解決されることはない。

 

「どのような理由があろうとも、異常事態が起きたのは間違いがない...戻るべきだろうな」

 

 話を纏め焚べる者が撤退、少なくともベル達と合流することを提案する。

 未だ手がかりの一つも見つかっていないと言うのに撤退することに、拒否感を待たないと言えば嘘になる。

 だが所詮ギルドからの冒険者依頼に過ぎない。そんな物よりも家族(ヘスティア達)の方が大切だ。

 各々装備を纏め上へ昇る準備をする。

 

「闇派閥のクズどもは後回しか」

 

「そういうなよ。それにベルのことだ。何か事件に巻き込まれていて、そこに闇派閥の奴らが関係しているかもしれないぞ?」

 

 狩人がポツリとこぼした呟きに反応して、灰が冗談めかして言う。

 そんなことはあり得ないだろうと鼻で笑おうとし、後輩がこれまで巻き込まれた騒動を思い出し、「否定できないな」と呟く狩人。

 どちらにせよ自分たちは五年間待ったのだ。今更少し待ったところで何も変わらない。

 

 闇派閥は鏖だ

 

 準備を整え出発する。

 目指すはダンジョン18階層。安全階層と呼ばれる階層だ。

 

 




どうも皆さま

エイプリールフールのネタを書くのに必死過ぎて本編を書くのが遅れそうになった作者がいるそうです...つまり私です

1つの不運でどれだけ強くとも死ぬときは死ぬことをフロムは教えてくれました
そして啓蒙を得た所で失敗をしなくなるのならばヤーナムはあんなことにはなりませんでした
そしてどんなに強くなっても傷ついた仲間を助けることはできないのです
ですが準備をして、強くなれば足掻くチャンス位は貰えるでしょう
そんな今回の話です

そして運命は18階層に集う...とか書いたらカッコイイですね
18階層「ヤメテ!!」

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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手を伸ばす者の想い

ヘスティアのヘスティアメダル

ヘスティアの持つヘスティアメダル

自身の持つメダル以外に
未だ誰の物でもないメダルもヘスティアは持つ

それはこのメダルを贈った神友が
その時の眷族の数よりも多い数を贈ったからだ

それは激励であると同時に信頼でありありがたい友との絆の証だ
...たとえそのメダルが役目を果たすまでに5年の歳月を要したとしても

誤字脱字報告いつもありがとうございます


 

 

 

 

SIDE ヘスティア

 

 

「はあ、はあ、はあ」

 

 オラリオの街を走る。

 「どうしたんですか、神様」なんてちょっとびっくりしたような表情でこっちを見てくるベル君を探して。

 だけどボクの願いもむなしくベル君の姿はどこにもない。

 

「エ、エイナ君はいるかい!?」

 

 ギルドの扉を乱暴に押し開けて飛び込む。

 ギルドの中にいた職員や冒険者が一体何事かとこっちに視線を向けてくるが、それに構わずエイナ君を探す。

 

「女神ヘスティア!?一体何の騒ぎですか」

 

「ベル君、ベル君は帰ってきているかい?」

 

「!...クラネル氏がどうかしましたか」

 

 ギルドではお静かにとエイナ君がボクをたしなめてくるが、そんな場合じゃない。

 ボクがベル君を探していることを聞くとエイナ君は途端に表情を変え、個室へとボクを案内する。

 

「ベル君がまだ帰ってきてないからギルドならと思ったんだけど...どうやらいないみたいだね...」

 

「つまりベル君がダンジョンから帰ってきてないと...捜索の冒険者依頼(クエスト)を提示しますか?」

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

 僅かな期待も掻き消えギルドを後にする。

 余りにも悄然としていたからだろう、エイナ君から「どうか気を落とさずに」と言葉をかけられる。

 

 気を落とさずに...か。

 分かってはいるのだ。

 冒険者(子ども達)が死ぬ殆どの原因はダンジョンにあり、そのダンジョンから帰ってこないと言う事はダンジョンで何かあった(想定外の出来事があった)という事。

 そしてダンジョンで何かあった(想定外の出来事があった)という事は、ダンジョンで死んでしまったという事と殆ど同意義だと。

 ベル君が生きている可能性は限りなく低いのだと分かってはいるのだ。

 だけれど今朝あんなに元気にダンジョンへと向かったベル君が死んでしまったなんて、もう二度と会えないなんてボクには信じられない。

 

「“へすてぃあ”様!...その様子だと“べる”は...」

 

「ああ、ギルドにも帰ってきてなかった。ただ捜索の依頼は出して来たから、もしかするとそのうち見つかるかもしれない」

 

 気がつけばこちらを心配そうに見ている九郎君が目の前にいた。

 どうやらトボトボと歩いているうちにいつの間にか【廃教会(ホーム)】にたどり着いていたようだ。

 ボクはギルドに、九郎君はベル君の馴染みの店に、ベル君を探しに行ったのだがこちらを心配そうに見てくる様子を見ればその甲斐は無かったようだ。

 

 九郎君は依頼を出したと言うボクの言葉に僅かばかり明るい顔をするが、捜索の依頼とは遺品の捜索の依頼だ。

 ダンジョンの中で死んだ冒険者(子ども達)は大抵そのままモンスターの餌になってしまうので、その遺品はほとんど見つからない。

 だからこそ遺品を回収するだけでも冒険者に依頼する必要があるのだと知っているだろうに。

 ボクを少しでも元気付けようとしてくれているのだろう。

 

 とにかく【廃教会(ホーム)】の中に戻る。

 ボク達を迎え入れてくれたのは入れ違いになることを期待して置いておいたベル君宛のメモだけ。

 分かってはいたことだがやはりベル君は帰ってきてはいないようだ。

 どうすればいいのだろうか。

 

「こんな時灰君達がいれば...」

 

 つい零れた言葉に笑ってしまう。

 灰君達がいればすぐにでもダンジョンに行き、ベル君達を探してきてくれるだろう。

 何でもないように「全く」とため息を吐く姿が想像される。

 だが、灰君達はいない。

 こんな時にと思わないでもないが、ボク()だって想像できなかった出来事を神ならざる灰君達に予想しろとは無理な話だろう。

 

「...やっぱりだめだ。もう一度街の中を見てくる」

 

「“へすてぃあ”様...そうですね私ももう一度...」 

 

 誰も何もしゃべらない重い空気の中、そんな空気など知らないと言わんばかりに響く時計の音。

 しかも響く割には壊れているんじゃないかと思う程にその針の進みは遅い。

 遂に何もしていないことに耐え切れず、もう一度街に探しに出かけようとした時だった。

 誰かが廃教会()を歩く音が聞こえた。

 

「ベル君ッ!!...なんだタケか」

 

 ひょっとしてベル君が帰って来たのかもしれない。

 ベル君を探してオラリオ中を走り回ったから、ボクが大騒ぎしたことは今頃他の神に知れ渡っているだろう。

 それがベル君(眷族)が無事に帰って来たなら、ボクが早とちりして大騒ぎしたと他の神から馬鹿にされるのは間違いない。

 だけどベル君が無事に帰ってきてくれるのならそんなことは大したことじゃない。

 そんなボクの考えは何とも居心地の悪そうにしているタケの姿に打ち砕かれた。

 

 一体何の用かと聞こうとして、タケの後ろに眷族達(子ども達)がいることに気がつく。

 なるほど、狼君との稽古に来たのか。

 ベル君達(冒険者)がダンジョンから帰ってくる時間帯を過ぎた、夕方を通り越して夜に稽古をするなんて一般的(ボク)には考えられないことだけれど、彼らが学んでいるのは葦名流。

 技を磨くだけの体系的な流派ではなく、実際の戦闘を念頭に置いた実戦的な流派だ。

 その稽古は雨の日も風の日も、怪我をしてでも続けるのだから、日が落ちた後の暗闇も彼らには立派な稽古道具なのだろう。

 

「狼君と稽古に来たのかい?悪いけど今狼君は留守でね、それにちょっとごたごたがあって...」

 

「いや、今日はそのごたごたについて話が有ってな」

 

 せっかく来てもらったのに悪いけど、と対応しようとしたボクの言葉を遮りタケは居心地が悪そうなまま話が有ると切り出す。

 その様子にボクと九郎君は首を傾げた。

 

 

 

 

 

「...整理しましょう。13階層においてそちらの桜花殿が“べる”の“ぱーてぃ”に【怪物進呈(“ぱす・ぱれえど”)】を仕掛けたと、間違いないのですね」

 

「そういう事だ...改めて申し訳ない!!」

 

「申し訳ないって言われても、うちの子達が帰ってくるわけじゃないのよ?...ヘスティア、どうするの?」

 

 タケの話を纏めた九郎君の言葉にタケは頷き、【廃教会】の床に額を高々と打ち付ける。

 その言葉を聞いて謝られたとしてもどうしようもない、と首を振るのはボクの友神のヘファイストス。

 今この【廃教会】にはボク達(ヘスティア・ファミリア)タケ達(タケミカヅチ・ファミリアの面々)の他に、ヘファイストスとミアハ達(ミアハ・ファミリアの面々)がいた。

 タケの話を聞いたボクは、もはやボク達だけの問題ではないとベル君の仲間であるヴェルフ君の主神であるヘファイストスを呼びに行き、その途中で出会ったミアハの「何かあった時の仲裁者がいた方がいいだろう」という言葉に甘えて一緒に来てもらったのだ。

 

 タケへの言葉はヘファイストスにしては辛辣に思えるが、それも当然だろう

 可愛い眷族(子ども)をわざと害されたのだ、幾ら緊急事態だったとは言え仕方がない、なんて思える訳がない。

 

 だけれど目蓋を閉じて考える。

 もし、もしもの話だ。

 灰君達はそんなことにはならないだろうし、ベル君ならきっとしないだろう。

 だけどもしもダンジョンでボクの眷族(子ども達)が窮地に立たされて、他の冒険者達にそれを押し付けることで無事に帰ってこられたとしたら、ボクはそのことを喜ばないだろうか。

 逆に窮地に陥ったボクの眷族(子ども達)が他の冒険者に押し付ける以外の方法で解決しようとして死んでしまったのならば、ボクは他の冒険者に押し付けてでも無事に帰ってきてほしかったと思わずにいられるだろうか。

 それを思えばタケも、タケの子ども達(桜花君達)も憎むことが出来なかった。

 

「...こうなると灰君達がいなかったのは幸いだね。

 もし、もしベル君が戻ってこなかったら、ボクは君たちのことを死ぬほど恨む。

 恨むけれど、憎みはしない。それは約束する」

 

 さっきまでこんな時に灰君達が居ないなんてと嘆いていたけれど、むしろ幸運だったかもしれない。

 ボク(主神)が許しても、ベル君(被害者)が許しても、ギルド(社会)が許しても、灰君達だけは許さない。

 間違いなくそれ相応の報いを与え、ヘスティア・ファミリア(ボク達)タケミカヅチ・ファミリア(タケ達)の全面戦争、否虐殺が起きる。

 逆に言えば灰君達がいない今こそが唯一の和解のチャンスだ。

 

ファミリアの仲間(家族)の重さは君達にもボク達にも同じはずだ。だからボクに力を貸してくれないだろうか。ベル君達を探す探検隊を作る。

 ベル君は生きている。これは願望や思い込みじゃない、感じるんだベル君に与えた恩恵はまだ地上にある。ならベル君はまだ生きている」

 

 だからこそタケ達に協力を要請する。

 灰君達は今起きていることを全部無視してひっくり返すことはする。だけどもう起きてしまったことを覆そうとはしない。

 それは諦めなのか、それとも過去からの経験なのか、或いはそれ以外の何かなのか。いずれにせよ協力していると言う事実を作ってしまえば、悪い事にはならないだろう。

 

「とは言え、ウチ(ヘファイストス・ファミリア)のめぼしい子はロキの所(ロキ・ファミリア)の遠征について行ってしまっているのよね...」  

 

「もともと俺の所(タケミカヅチ・ファミリア)が原因だ出来る限りのことはしたい。...と言っても、こちらも少なくない痛手を負っている。実際に出せるのは桜花と(みこと)、それに荷物持ち代わりの千草ぐらいだろう」

 

「申し訳ないが、うち(ミアハ・ファミリア)は探索系じゃないから出せるものと言ったら回復薬(ポーション)ぐらいしかないな」

 

「...ボクの所(ヘスティア・ファミリア)も今いるのは九郎君ぐらいしかいないんだけど...どうしようもなくないかいこれ!?」

 

 などと意気込んだものの、四つのファミリアが協力したとは思えない程に戦力不足だった。

 ヘファイストスの所は規模こそ一番大きいが、元々製作系のファミリアという事もあって一部を除いてほとんどの眷族(子ども)が戦闘向きではない。しかもその一部はロキの所の遠征に同行しており、今いない。

 タケの所も、大派閥と呼べるほどの規模を持ち合わせている訳でもない上に、この騒動の原因となったダンジョンに潜った際の怪我がまだ治り切っていない子が殆どだ。

 ボク達よりも貧乏で弱小の製薬系ファミリアのミアハ・ファミリアに、そもそも戦力を期待するのが間違いだ。

 ボクの所も最大戦力である灰君達がおらず、ベル君達も居ないとなれば、あとは非戦闘員(九郎君)だけ。

 ...どうしよう。

 

 ボク達が何かいい案が無いか考えていると男の声が聞こえた。

 

「その話オレも一枚噛ませてくれないかな」

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、未だ夜も明けないうちから人目を避けるようにしてダンジョンの前に集まる人影があった。

 いや正確には(ボク達)なんだから人影じゃなくて()()なのかもしれないが。

 

 四ファミリアが協力して探検隊を作ると決めたはいいが、十分な戦力が無い。

 そのことで悩んでいたボクたちに声をかけたのはヘルメス。ボクやヘファイストスにとって天界でのご近所さんという奴で、猫の手も借りたいボク達はその申し出を受けたのだった。

 彼は同行することを条件に自分の眷族(子ども)であるアスフィ君を探険隊に参加させ、そしてもう一人連れてくることが出来そうな人材に心当たりがあると言ってどこかへと去って行ってしまった。

 そのまま待ち続けると言う選択肢は一分一秒が惜しい今ではありえない訳で、それぞれダンジョンに潜る準備をすることで別れたのだった。

 

「ふふん!どうだい九郎君、このマント似合っているだろう?」

 

「そうですね...もう少しここを絞った方がいざという時に動きやすいかと」

 

「ねえ、貴女達本当にダンジョンに潜るつもりなの?」

 

 準備をするとは言えボク達の出来る準備なんてたかが知れている。

 灰君がどこかから買ってきた装備、それもしまい込み忘れた物の中から適当に装備できそうなものを選んで身に着け、ロープなんかを持ってきただけだ。

 念のために九郎君と互いの装備を点検しあっているとヘファイストスが心配そうな声音で尋ねてきた。

 

 まあそれも道理だろう。

 ボク達()はダンジョンに潜ってはならない。

 これはギルドの定めた規律であり、ルールを守らない神々ですらおいそれと破らない絶対の法だ。

 ...逆に言えば時々ダンジョンに潜る神がいる(破られている)という事だけれど。

 

 そもそも神の恩恵を受けた子ども達(冒険者達)ですら帰ることが出来ない事がままある魔境。それがダンジョンだ。

 タケの様な戦神ならばまだしも、ボクの様な戦う術を持たない神が入るべき場所ではない。

 ましてや九郎君の様に戦うことが出来ない(子ども)が入るなど自殺行為でしかないだろう。

 

「確かに常識的に考えれば無茶な行いだと理解しているよ」

 

「なら...」

 

「だけどね、ヘファイストス。ボクはヘスティア(ヘスティア・ファミリアの主神)だぜ?

 無茶に無謀にルール破りはお手の物ってやつさ」

 

「それに同じファミリアの仲間(家族)の為です。無茶のし所という物ですよ」

 

 ボクと九郎君の言葉にヘファイストスは口をつぐむ。

 何を言っても止まらないと理解してくれたのだろう。

 良かった、もしもギルドとかに告げ口されたらボク達はお手上げだった。

 

「分かったわ、貴女の(ファミリア)内の問題だからそれ以上は言わないけれど、アイツ(ヘルメス)は本当に信用できるの?」

 

 ボクの友達(ヘファイストス)の心配事は尽きないらしい。

 今度は同行者(ヘルメス)についての心配をしてきた。

 ヘルメスは「友達を放ってはおけない」と言っていたものの、ヘルメスとボクは天界()での面識こそあれど地上()では特に関わりが無かった。

 そんな奴が急に手助けすると言ってきたのだ。神友(ヘファイストス)としては不信感を拭えないのだろう。

 というかボクも怪しんでいる。

 

「信用できるかできないかで言えば出来ないね」

 

「ちょっと!?」

 

「だけどベル君を救う為さ。ちょっとくらいのリスクは承知の上さ」

 

「貴女達は覚悟しているのね...ならこれを頼まれてくれるかしら」

 

「おっと、これは?」

 

うちの子(ヴェルフ)に届けてあげて欲しいのよ。中に手紙も入っているわ」

 

 ボクの言葉に九郎君も頷くのを見てヘファイストスはため息を一つ漏らす。

 そうしてボクに手渡したのはヴェルフ君への届け物。

 本当にベル君達が生きているか分からないだとか、ファミリアの主神として無謀な行いはできないだとか言っていた割に、子ども(ヴェルフ君)が生きていると信じているし、ボク達がたどり着くと信じてもいる。

 すました顔のヘファイストスがおかしくて忍び笑いをしていると睨まれてしまう。

 お説教は御免だ。表情を取り繕う。

 

 そんなことをしているとタケの所の子ども(桜花君達)とヘルメス、そしてヘルメスの所の子ども(アスフィ君)がこちらにやってくる。

 手を振り迎えようとすると九郎君が鋭い視線を向けていることに気がつく。

 一体何がと思い視線の先を見ればフードを被り、口元を隠した人影が一人。

 

「“へすてぃあ”様お気を付けて。あの方...強いです」

 

「ああ、彼女は助っ人という奴だよ」

 

 警戒心を露にする九郎君へとヘルメスが説明する。

 僅かにこちらへと会釈した彼女の顔に見覚えがあるような、ないような。

 恐らく素顔を見れば思い出せるだろうが、この際放っておく。

 よくよく考えれば顔を隠しているなんて怪しさ満点、私は何か隠し事がありますと言っているようなものだが...それを言い出すと灰君達もそうだし。

 何より今するべきは彼女の正体を探る事じゃない。

 

「助かる...それじゃあ行こうか!」

 

 揃った面々の顔を見渡し、一言出発の言葉を言えば小さい、だが確かな熱を感じる返事が返ってくる。

 ベル君、今行くからね。

 

 

 

SIDE リュー・リオン

 

「どうして私が怒っているかわかってる?」

 

「...ええ」

 

 シルがただの町娘の様な外見に似合わない威圧感を出しながら、私を咎めてくる。

 彼女の怒りも当然だろう、謝りたいことがあるからクラネルさんを【豊穣の女主人】まで連れてきてほしいと願ったのは私だ。

 果たして要領の良い彼女は私の願い通り彼を連れてきてくれた。

 にもかかわらず私は自分の言葉を届けることが出来なかった。

 言い訳をするのならば届けようとはしたのだ、ただ丁度その時クラネルさんが騒動に巻き込まれただけで。

 

 いやこれは文字通り()()()だ。

 真に謝罪の言葉を口にすることを望むのならば、あの後にも幾らでも口にするべき時はあった。

 しかし己が願いを果たすことすら出来なかった、否果たそうとしながら土壇場で怖気づいた自分の情けなさに眩暈すらしてくる。

 一体いつから私はこれほどに弱くなってしまったのだろう。

 

「ねえ、リュー。ベルさんは冒険者なんだよ、いつ死んでしまうかわからないの。言いたいことを言えないままで後悔するのはリューなんだよ」

 

「分かっています。分かっていますから、今度彼が店に来たときは必ず言います」

 

 言えないままお別れになったら一番後悔するのはリューだよ?とこちらを見つめてくるシルの瞳に押され、次の機会には必ず言うことを約束する。

 ...ああなんて愚かな約束。

 冒険者はいつ死ぬか分からない職業。嬉しそうにまた来るからなんて約束をしていたお客が次の日ダンジョンで死んだ、なんてよくある事だ。

 なのに()があると無邪気に信じていた私はなんて愚かなんでしょう。

 

 

 

 

「それって本当なんですか!?」

 

 私がその情報を知ったのはそんなシルの叫びを聞いたからだ。

 店の中に響く、否店の外にいても聞こえてくる声量に、ミア母さんに怒られる前に止めようとした私に知らされたのはクラネルさんがダンジョンから戻ってきていないと言う情報だった。

 

「“べる”が来ていないのならば良いのです。お手数をおかけしました」

 

 そう言って丁寧に頭を下げ店を後にしたのは九郎“あの”ヘスティア・ファミリアの団長──否、正しくは前団長というべきか。数日前、シルに頼んでクラネルさんをこの店に呼んだ口実は彼がヘスティア・ファミリアの団長に就任したお祝いだったのだから──ならばクラネルさんがダンジョンから戻ってきていないと言うのは質の悪い冗談などではないという事だろう。

 

 悲しみに暮れるシルを部屋へと連れ戻し一人にした方がいいだろうと、中庭に出て月明かりの下愛用の武器を振っていると、自然に後悔の言葉が零れた。

 

「...私は...どうしていつも...」

 

 

 今の私の心を写したかのように月が雲に隠れる。

 後悔、のちに悔いる事。

 後悔に追いつく反省はないと言うが、全く言い得て妙だろう。

 

 分かっていた筈だ。

 冒険者はいつ死んでしまうか分からない職業だと。

 分かっていた筈だ。

 ダンジョンとは危険が潜む迷宮。無事に帰ってこられる保証などどこにもないと。

 分かっていた筈だ。

 別れ(死別)とは常に唐突な物だと。

 

 なのに、どうして私は“次”があるなどと信じていたのでしょう。

 余りにも愚か、あまりにも無様。

 過去から何も学んでいない有様に、いっそ手に持つ愛刀を突き立てて終わりにして(死んで)しまおうかとの考えが頭によぎった時、声をかけられた。

 

「おっと、そんなに思いつめちゃせっかくの可愛い顔が台無しだよ?」

 

「ヘルメス...様...」

 

 声の方を見れば「やぁ」と片手を上げてあいさつしている一人の男性がいた。

 否一人というのは正しくないでしょう。あの方はオラリオに降り立った神の一柱、ヘルメス・ファミリアの主神、ヘルメス様。

 思い悩んでいたとはいえ、これほどまでに近づかれていながら声をかけられるまでその気配に気がつかなかったことに動揺しながらも向き合う。

 

「それで、一体何の用でしょうか。何時ぞやの様にデートのお誘いというのなら...」

 

「いや、それも魅力的な話だけどね。今回は【疾風】のリオンに依頼があるんだ」

 

 優男風の外見に違わずお店(【豊穣の女主人】)のお得意様である男神に、かつてしつこくデートの誘われた記憶がよみがえるが、ヘルメス様の口から出た言葉に意識が切り替わる。

 

 【疾風】 

 それは私が冒険者()()()頃の二つ名であり、その名で呼ぶという事は【豊穣の女主人】の従業員であるリュー・リオンではなく、冒険者リュー・リオンに用があるという事だ。

 現役時代と比べれば幾分かは錆び付いているだろうが、それでもアストレア・ファミリアの冒険者としてオラリオの平和を守っていた身だそこいらの冒険者よりも腕は立つ。

 とは言え私はギルドより冒険者としての権利を剥奪された身、そんな冒険者に何か依頼する位なら他の冒険者に頼んだ方がずっと動きやすいはず。

 

「何故私に?」

 

「ファミリアのしがらみにとらわれずに動ける冒険者にして、二柱の神を庇えるだけの腕を持つ人物は君ぐらいしかいないよ」

 

「ふ、二柱の神を庇う!?一体何を、いえどこに連れていくつもりです!?」

 

 当然の疑問に対する答えはとんでもないものだった。

 出来るかどうかで言えば無論できる。

 そもそもオラリオの警備を担当していたアストレア・ファミリアにとって、戦えない人物を背に守りながらの戦いは慣れた物。

 二人(二柱)と言わず五人までならば問題なく戦える自信がある。

 

 だが、出来ることとすることは違う。

 二柱の神を一体何から庇うと言うのか。

 いや何故害されることを予測しながらその場所へと行くのか。

 

「...神へルメスの名において【疾風】のリオンに冒険者依頼(クエスト)を依頼する。

 場所はダンジョン。依頼内容は冒険者【未完の少年(リトル・ルーキー)】ベル・クラネルの捜索だ」

 

 混乱と共に溢れた疑問への答えは更なる混乱へと私を陥れた。

 神がダンジョンへと潜る!?それはギルドによって禁じられているはずだ。

 否そもそもクラネルさんの捜索とは!?彼はすでに死んでいるのではないのか?

 

「...一つ確認したい。クラネルさんは生きているのですか?」

 

「少なくともヘスティア。彼の主神はそう信じているようだね。確かな証拠は出せないよ、本人(本神)も女神としての勘みたいなものと言っていたくらいだから」

 

 混乱する頭の中何とか絞り出した言葉への返答に更に悩む。

 状況から考えればクラネルさんの生存は絶望的だ。

 だがもし、もしも生きているのならば、もしも生きている可能性があるのならば、その可能性に賭けてみるべきだろう。

 シルの泣き顔を思い浮かべ依頼の承諾をする。

 

 待つなど消極的な姿勢が間違いだったのだ。

 次また来れないかもしれないのならば、こちらから会いに行けばいい。

 

「クラネルさん。待っていてください。必ずこの言葉を届けますから」

 

 見上げた月にはもう雲はかかっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

UA150000突破ありがとうございます
お気に入り数ももうすぐ1200突破しそうです
思えば読みたい話の更新が止まる、無い!!
くそうみんなもっと書けよ
なんで誰も書かない?
なら私が書くよ!!
から始まっただけのこの小説も遠い所まで来たものです

別段節目でも何でもない話でこんなことを言っているのも
UA数をふと数えてみたら自分の思っている10倍あってびっくりしたからです
こんなバカな作者ですいません

この話も本当はベル君達側とくっつけて一話にする予定が
あれよあれよと話が伸びて単独になりました
どうしましょうかね
GWぐらいにはこの章も終わりにする予定なのですが
出来るかな...そのつもりで構成はしているんですけどね
なんて話をして今回は終わりです

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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地下への進軍

無銘

ヴェルフ・クロッゾが使っている武器

ヴェルフの手によって作られたそこそこの業物であるが
自身が使う物には無頓着なヴェルフはこの刀に銘を付けなかった

故に未だ何者でもないのだ
この刀も
その担い手も

誤字脱字報告いつもありがとうございます


「まずは状況を把握しましょう。

 リリ達は【怪物進呈(パス・パレード)】を受けてダンジョンに空いた穴に落ちました。

 見る限りここは15階層。つまり2階層分落ちたことになります」

 

 「こういう時に慌てるのが一番危ない、まずは落ち着いて現状を確認するべきです」そう言ってリリは僕達の現状を確認する。

 落ち着いたその姿が頼もしい。小さい体が大きく見える。

 だけれど僕達の状況は良い物とは言えない。

 ダンジョンに空いた穴に落ちたことによって僕達は15階層にまで来てしまったようだ。

 

「2階層分落ちた割には大した怪我もねえ。ツイてたな」

 

「...ヴェルフ様を除いて、ですが」

 

 暗い顔をしていたからだろうか、ヴェルフが努めて明るい口調で幸運だったと言う。

 しかしそう言っているヴェルフの足には血が滲み、添え木がされている。

 折れてはいないがそれなりに深い傷だ。歩けない程ではないが走ることはできないだろう、ましてやモンスターとの戦闘なんて無理だ。

 

「なんて顔してんだ。...ダンジョンに潜ると決めた時から覚悟だけはしてた。俺を置いてお前達だけでも上に...」

 

「だ、駄目だよ!!そんなことしない。ヴェルフを見捨てるなんて」

 

「ベル、今お前がするべきは何だ?パーティのリーダーとしての責務は?

 仲間を無事に地上に帰す事だろ。だったら(足手まとい)は置いていけ」

 

 ヴェルフの言うことは正論だ。

 僕一人(パーティ最速)だけだったとしても、15階層から地上まで走り抜けることは無理だ。

 ましてや戦えない、走れない、そんなヴェルフを連れて地上まで戻るのは不可能。

 少しでもパーティが生き残る確率を上げるのならば、ヴェルフを置いてリリと僕だけで地上を目指すのが正しい選択肢だ。

 だけどそんなことはしたくない。せっかく仲間になった、友達になったヴェルフを見捨てるなんてしたくない。

 どういえばヴェルフの覚悟を撤回させることが出来るだろうか、考えているとリリが口を開いた。

 

「リリもヴェルフ様をここに置いておくのには反対です」

 

「リリスケ...らしくねえな。お前ならここから生き延びる為にやらなくちゃいけないことが分かってるはずだろ?」

 

 リリが僕と同じように考えるなんて思っても見なかった。

 ヴェルフはリリに「感情的になるな、冷静になれ」なんて言っているが、リリは首を振ると冷静な口調で話した。

 

「リリは冷静ですよ。

 考えても見てください。ヴェルフ様がいなくなったら、このパーティで戦えるのはベル様だけになるんです。

 たった一人で切り抜けられるほど中層は甘い階層ではありません。ヴェルフ様は怪我をしていても貴重な戦力なんです」

 

 「怪我した程度で休めると思わないでください」なんてリリはヴェルフに立つように言う。

 優しく、そして厳しい。実にリリらしい言葉だった。

 「手厳しいな」とヴェルフは笑う。その顔にさっきまでの諦めの色は無かった。

 

「とは言え、ヴェルフがいてもここから地上まで上れる見込みはないよね。どうしよう...」

 

 

 

 ヴェルフが生きる気力を取り戻したのは嬉しい。だけど先程から何一つ状況は変わっていないんだ。

 どうやって地上に帰るべきだろう。

 僕が頭を悩ませているとリリが指を地面に向けて言う。

 

「上が駄目なら下という手もあります」

 

 下?

 

「今はどうやって地上に帰るかって話をしてるんだ。下に行ってもどうしようもないだろ?

 それにダンジョンは潜れば潜るほどモンスターの数と強さが増えるんだぞ?むしろ危険が増すばかりだ」

 

「確かにただ下に潜るだけではどうしようもありません。ですから18階層を目指すのです」

 

 18階層?

 どこかで聞いた階層だ。大切だから覚えておいてとギルドの勉強会でも言われた気がする。

 何だったか...そうだ!

 

安全階層(セーフティーポイント)!」

 

「ええ、モンスターの湧かない階層です。そこまで行って地上に帰る他の冒険者様に同行させていただければ、安全に地上に帰ることが出来ます」

 

「だけど階層主はどうする。あれが出てくるのは17階層だ。あのデカブツをどうにかしなくちゃ18階層にはいけないぞ?」

 

「ロキ・ファミリアの遠征部隊が潜る際に倒しているはずです。遠征部隊が進む速さと階層主の復活する間隔を考えればぎりぎり間に合う計算です。

 どうしますか。どちらを選んだとしてもリリはベル様の選択に従います」

 

 リリとヴェルフは僕を見つめてくる。

 パーティの命を背負っているという重責を感じる。

 どうするべきか。

 

 ここ(15階層)から上層まで戻るには15~13階層を突破する必要がある。

 13階層でモンスターにてこずっていた僕達では、中層を3階層分移動するのは難しい。

 いやそれだけじゃない。

 たとえ首尾よく上層まで戻れたとしても、そこから12階層分移動する必要がある。

 それにたとえ上層だったとしても、地上に戻るまでの間に何か異常が起きる可能性だってあるんだ。

 

 逆に18階層に進む為には15~17階層を突破する必要がある。

 こちらも同じく3階層分移動する必要があるように思える。

 しかし17階層、ゴライアス(階層主)の出現する階層では他のモンスターは湧かない。

 ならば2階層だけの移動で済む。

 だがダンジョンは下に潜れば潜るほど生まれるモンスターの強さは強くなる。

 いやそれだけではない。もしもリリの計算が間違っていたのなら僕達はゴライアスと戦わなければならない。

 そうなれば当然全滅は避けられないだろう。

 

 俯き考える。

 誰か一人でも生き延びることを目指すのならば上を目指すべきだろう。

 だが、そうすればヴェルフは助からない可能性が高い。

 逆に下を目指し上手く行けばみんな助かるだろう。

 だが、上手く行かなければ誰も助からない。

 

 どうするべきか。

 迷い、悩む。

 僕に決断させたのはリリ達の目だった。

 澄んだ迷いのない目。自分の命を僕に託しているのにそこに不安の一かけらも見せない瞳に僕も覚悟を決めた。

 

「...18階層まで進もう。きっとそれが皆が生きて帰る道だ」

 

 僕の出した答えは18階層を目指す物だった。

 英雄とは強欲な者だ。

 何時しか何かの本で読んだ言葉。

 誰か(ヴェルフ)を見捨てて誰か(リリ)を助けるか、じゃないみんな(どっちも)を助ける。

 そうでなければならない。

 

 今から目指す18階層には迷宮の楽園(アンダー・リゾート)と呼ばれる街があったはずだ。

 灰さん達から貰った本(【ダンジョン覚書】)には最も美しいならず者の街とか書かれていた。

 ただ気になる注釈もあった気がするが、今はそんなのは後回しだ。なんにしても生き延びなければ。

 

「進むと決まったのならば()()の使いどころは今でしょうね」

 

「リリ、それって狩人さんの鐘!?」

 

 リリは小さな鐘(聖歌の鐘)を取り出すとそれを振る。

 周囲に小さく鐘の音が響き渡ると同時に、僕達の足元から光の玉が昇ってくる。

 一体何事かと思っていると、ふと気がつく。痛くない。

 15階層に落ちてきたときからずっと体中が痛かったのが、まるで嘘のように治っている。

 

「おいおい、俺の怪我が治っちまったぞ...」

 

「いける、いけるよリリ...リリッ!!」

 

 ヴェルフも自分の体を確かめ、足の怪我がきれいさっぱり治っているのを信じられないような目つきで見ている。

 万全とは言わないが、先程までの消耗しきった状態とは比べ物にならない程の状況。これならば18階層まで行ける。沸々と自信が湧いてくる。

 しかしリリの方を見た僕が目にしたのは地面へと崩れ落ちるリリだった。

 

「リリッ!リリッ!しっかりして!!」

 

「大...丈夫...ですよ。流石は...狩人様のアイテム。想像...以上の...消耗です。

 申し訳...ありませんが、ポーションを...カバンから...」

 

「分かった。これだね」

 

 駆け寄りリリを抱き起すと荒い息の間から声を漏らす。

 大丈夫とは言うが、荒い息に、滝のような汗、そして紙のように白い顔色を見ればとてもじゃないが大丈夫とは思えない。

 リリが言うように、バックパックからポーションを取り出して飲ませると呼吸が落ち着く。

 

「ふう、何とか落ち着いてきました。狩人様から消耗は激しいと聞いていましたが、想像以上です。二回目は無理ですね」 

 

「構わねえよ。こんだけしてもらってそれ以上を願うなんておんぶにだっこってやつだ。むしろリリスケこそベルにでもおぶってもらっとけ。まだ足がふらついてるぞ」

 

 ヴェルフの言う通り、立ち上がれるようになったリリだけど、その足元はまだ怪しい。

 リリをおんぶするなんてちょっと恥ずかしい。だけどリリは十二分に働いてくれた。

 なら今度は僕達が頑張る番だ。

 

 

 

 

 

「確かによお。俺はリリスケには感謝している。今度は俺達が気張る番だとも思っていた。けどよぉこの臭いは何とかならないのか」 

 

「その臭いが今のリリ達の生命線なんです。文句を言わずに持っていて下さうえっ...こっちに近づけないでください!!」

 

 僕の背中に背負われたリリが「ヴェルフ様にしか出来ない大切な仕事です」と言って渡した小袋。それをもってヴェルフは僕達(僕と背負われているリリ)の前を歩いている。

 リリが渡した小袋の名前は【強臭袋(モルブル)

 モンスター除けの一種でその名の通り凄まじく臭い(くさい)臭い(におい)を出す小袋だ。

 

 ただ臭いだけでモンスターを避けることが出来るのかと思っていたが、そんな考えは【強臭袋(モルブル)】の臭いを嗅いだ途端吹き飛んだ。

 臭い、臭すぎる、いや臭いとすら認識できず、何かの攻撃を受けたのだと感じるほどの臭い。

 例えるのならば、鼻から入って来た手に思いっきり脳みそを内側から殴りつけられたような。衝撃的な...というよりも衝撃その物の様なにおい。

 その効果は、先ほど通路の向こう側にいたヘルハウンドが臭いを嗅ぐと同時に「ギャイン!!」と悲痛な悲鳴を上げて逃げ出したほどだ。

 

 狩人さんの鐘によって傷が癒えたとは言え、元々13階層でもモンスターに囲まれて苦戦していた僕達だ。

 余り認めたくないことだけれど中層のモンスターを相手取るのはまだ早かった。

 ましてや15階層のモンスターに囲まれてしまえば今度こそ助からない。

 つまりこの臭いが失われた時が僕達の命が失われる時と同じだと言える。

 命綱、生命線。

 なんにせよ今の僕達にとって唯一縋れるものであることは確かだ。

 

「サラマンダー・ウールの買い付けの時に粘り強く交渉した甲斐がありました」

 

「いやまあそのおかげで助かってるのは確かだが...臭すぎるぞ」

 

 少し離れて歩いている僕達ですらえずきそうな悪臭。

 発生源を手に持っているヴェルフの鼻に届く臭いはどれほどの物か、想像もできない。

 「服に染み付いたりしないよな?」とヴェルフは心配そうに自分の着ている服を眺めているが、幸運なことに或いは不幸なことに、この臭いは一定時間たつと嘘の様に掻き消えてしまうそうだ。

 ならばこの臭いが保つ間に走り抜けてしまいたい所なのだが、そうもいかない。

 

 一つは臭いが広まるのを待つ必要があるから。

 ダンジョンの中にいるモンスターというのは群れを作ったり(複数で行動したり)一人で行動したり(単独行動をしたり)縄張りを作ったり(決まった場所を巡回したり)放浪したり(当てもなくふらふら移動したり)する。

 そんな中を臭いが十分に広まる前に走り抜けようとすれば、どこかでモンスターの群れとかち合いかねない。

 

「チッすまん、()()()

 

「はぁ!!...リリ大丈夫?」

 

「はい、ベル様が倒してくださったおかげで傷一つありませんよ」

 

 そしてもう一つが今襲われたように時々【強臭袋(モルブル)】ですら避けきれないモンスターに襲われるからだ。

 においの元が僕達(冒険者)だと理解して排除しようとしているのか、単純に臭いの刺激よりも冒険者に対する敵意が上回っているのか、はたまた臭いなんて気にならない程にお腹が空いているからなのか、それとも単に個体差なのか。

 答えは分からない。

 この問題を突き詰めていくと、そもそもどうしてモンスターは武器を持った危険な存在(冒険者)に襲い掛かるのか、モンスターという存在は何なのか、モンスターを生み出すダンジョンとは何なのか、とダンジョンについての根本的な疑問になるのでこれ以上考えるのはやめる。

 

「すまん、後ろに通しちまって」

 

「大丈夫だよ、ヴェルフは大丈夫?さっきから何回も魔法を使っているけれど」

 

「大丈夫さ、気にすんな。今俺達は出来ることをやるしかないんだからな」

 

 僕はリリを背負っているからあまり激しく動けない。

 その分ヴェルフが頑張っている。だけど幾度も魔法を使ってモンスターを倒しているのは心配だ。

 かといって急ぐわけにもいかない。

 時にモンスターと戦い、時にモンスターから隠れ、時に道を確認する。

 焦る気持ちとは裏腹に歯がゆくなるような速さでしか進めない。

 

 ダンジョンの全貌というのはダンジョンの底を見た人がいないので分からないが、今わかっている範囲での話ならば上の階層(地上に近い)ほど狭く、下の階層(地下に潜る)ほど広いとされている。

 15階層もその例にもれず、今まで僕達が潜ってきたダンジョンの階層でも一番広い。

 この階層を通り抜けるのに手間取っているのは進む速さだけじゃない、この階層の広さも原因の一つだ。

 

 そうしているうちに気がつく、気がついてしまう。

 

「臭いが...しない...?」

 

「ッ!ヴェルフ様!!」

 

「ああ、どうやら【強臭袋(モルブル)】はここまでの様だな...」

 

 ()()()()()()()

 鼻が馬鹿になった可能性を信じたかったが、現実は残酷だ。

 【強臭袋】の効果が切れた(時間切れだ)

 

 周囲から隠し切れないモンスターの気配を感じる。

 【強臭袋(モルブル)】が今の僕達の命綱だと理解していてもなお耐えられない悪臭。

 モンスター達からすれば自分たちの縄張りを荒らす許しがたい存在(冒険者)、それも耐え難い悪臭を振りまき、その存在をアピールしていた相手だ。

 その存在に気がついていながら悪臭故に、手を出せないでいる歯がゆさを想像するのは難しくない。

 遂にその守り(におい)が失われたのだ。ならば何が起きるかは火を見るより明らか。

 

「リリ、立てる?いやついて来て。僕が道を開く」

 

 背中に背負っていたリリを下ろし、武器を構える。

 リリもヴェルフも何も言わなかったけれど、その時に備えて走り出す準備をしているのが分かる。

 じわじわと僕達を包む敵意が膨れ上がるのを感じる。だけどそれに気がつかないふりをしながら、時間と距離を稼ぐ。

 

 その時はきた。

 怒りに満ちた咆哮と共に最初に襲い掛かって来たモンスターを切り飛ばし、ヴェルフとリリに走るように叫ぶ。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ...」

 

「どうやら、これ以上は追いかけてこないみたいです」

 

「ならこれからは出来る限り急いで...」

 

 幸いというべきか、出鼻をくじかれたモンスター達は深追いするのを諦めたようだ。

 息を整えながらリリにここが今どこなのか聞こうとした時だった。

 ピシッと何かヒビが入ったような音が響く。

 音の出どころはダンジョンの壁。

 

「嘘...でしょう...」

 

「ミ、ミノタウロス...」

 

「それも四匹だと...」

 

 聞きなれた音。

 聞きたくない音。

 それはダンジョンがモンスターを生む音。

 モンスターが壁から生れ落ちる音。

 

 ズシンと地響きと共に産み落とされたのは、鎧のような筋肉を纏った牛が二足歩行しているモンスター。ミノタウロスが四匹その武器を構えてこちらを睨みつけていた。

 

 ...躊躇している暇はない。

 こうしているうちに後ろからモンスター達から追撃されるかもしれない。

 こうしているうちに他にもモンスターが産み落とされるかもしれない。

 

 今僕のするべきことは何だ。

 ミノタウロス(トラウマ)の登場に怯える事か?

 違う。

 モンスターとの戦力の差に気圧されて時間を無駄にすることか?

 違う。

 今僕のするべきことはこいつらを倒して先に進むことだ。

 

「リリ達は逃げられそうなら何時でも逃げて」

 

「ベル様!?」

 

 僕の言葉にリリが驚いたような声を出すがそれ以上の答えを聞く前に僕は走り出した。

 

「ブモ!?」

 

 まさか僕一人が突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。

 ミノタウロスが驚いたような声を出す、がそれは一瞬。

 馬鹿にするような表情を浮かべて武器を振りかぶり、愚かな獲物を叩き潰そうとする。

 だけど遅い。

 

「はああああぁぁ!!」

 

 地面をすべる様な低い姿勢から地面を蹴って跳躍する。

 ミノタウロスの顔程飛び上がった僕と驚愕に見開かれたミノタウロスの目が合う。

 だが手にした【牛若丸】を振るえば首から大量の血が吹き出し、首を掻き切られたミノタウロスの瞳から光が失われる。

 仲間をやられるとは思っていなかったのか、驚愕するかのように動きを止める他のミノタウロス達。

 まずは一体目。

 

 弱い、遅い、恐れるに足りない。

 アイズさんと初めて会った時に僕を追いかけ回したあのミノタウロス程の重圧も、9階層で死闘を繰り広げた彼(片角のミノタウロス)の様な技もない。

 いっそ怒りすら感じる無様な姿を晒すミノタウロスの内の一体へと、灰に還っていくミノタウロスを蹴り飛ばして近づく。

 

「ファイアボルトォ!!」

 

 迎え撃とうとするその顔に向けて魔法を放てば、武器も落として両手で顔を覆う。

 隙だらけのミノタウロスにヘスティア・ナイフを突き刺す。

 狙うのは弱点(魔石)

 僅かな抵抗の後、確かな手ごたえと共にミノタウロスが灰に還り始める。

 これで二体目。

 

「ゴアァァァァァァ!!」

 

「ぐっ!」

 

 だが、足の止まった僕目掛けてミノタウロスが攻撃を仕掛けてくる。

 回避は...間に合わない。

 武器で辛うじて受け止める。

 いやたまたま武器で受け止められて、ギリギリ吹き飛ばされなかっただけ。

 もう一度受け止めろと言われても無理だ。

 

 故に相手に引かせないように武器で押し続ける。

 狙い通り鍔迫り合いになるが、相手の方が身長も、体重も、腕力も勝っている。

 このままでは何時か押し切られてしまう。

 いや、その前にミノタウロスはもう一体いる。

 もう一体に攻撃されてしまえば今度こそおしまいだ。

 

「ゴアアアアア...ア!?」

 

 だからこそ力を抜きぎりぎりの所で保っていた均衡を崩す。

 急に支えが無くなって大きくたたらを踏んだミノタウロスは倒れこみ、仲間の攻撃に体を差し出すようにして受ける。

 怒りの声は苦痛の悲鳴と化し、その声で攻撃してしまった方のミノタウロスにも混乱が伝播する。

 

 僕と戦っていたミノタウロスは急に体勢が崩れたことと仲間から攻撃を受けたことで、もう一体のミノタウロスは僕が視界から消えたことと仲間を攻撃してしまったことで、混乱している。

 その隙をついてまずは味方に攻撃してしまった方のミノタウロスの魔石を砕く、混乱して僕の姿を見失っているのなら容易い。

 三体目。

 次いで攻撃された方のミノタウロスの味方から受けた傷にナイフを突き立てる。

 これで四体目。

 二体ともが灰に還るのを確認しながら、息を整える。

 

「はあ、はあ、はあ、...ふー」

 

「おいおい、ミノタウロスだぞ。それも四体。トンでもねえな...」

 

「そんなことより!ベル様大丈夫ですか!?なんて無茶を」

 

 僕でも勝てた、()()()()()()()()()()

 その事実に喜びと安堵、そして少しばかりの寂しさを感じていたが、リリとヴェルフの言葉に気を取り直す。

 まだまだ危機は去っていない。

 

「行こう、先は長い」

 

 

 

 

 

 地下に潜れば潜るだけモンスターは強くなる。分かってはいたけれど実際に戦えば強さの差がこれまで戦ってきたモンスターとは段違いだと理解できる。

 モンスターから逃げて、走って、戦って。

 もう喋るだけの元気もない。

 狩人さんの鐘で回復した体も全身傷だらけで、痛くない所がない。

 だけどその甲斐はあった。

 

「後は...この道を真っすぐ...行けば...17階層です」

 

 僕達の目の前に広がるのは広い大きな道。

 17階層に繋がる道。

 ここを越えれば17階層へと行ける。

 目指す18階層まではもう目と鼻の先だ。

 自然とリリとヴェルフの顔にも笑顔が浮かぶ。

 

「グルルルル...」

 

「そうは...簡単にいかない...みたいだな」

 

「もうひと頑張り...だね...」

 

 だけどそう簡単にはいかないらしい。

 新しいモンスターがこちらを睨みつけてくる。

 17階層まで走り抜けるには難しい距離。

 なら倒すしかない。

 ひどく重く感じる装備を構える。

 

 切り付け、弾き、避けてまた切りつける。

 いつも通りの戦い。

 足が動かない、腕が上がらない、息が苦しい、それがどうした。

 僕はこのパーティのリーダーだ。

 このパーティの命運を握っている。なら僕が倒れるのはモンスターをすべて倒してからだ。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 

 向かってくるモンスターがいなくなった。

 僕達は生き延びたんだ。

 しかし気が付く。

 さっきまで僕と肩を並べて戦っていた筈のヴェルフがいない。

 

「ヴェル...フ?...リリ、ヴェルフが...リリ!!」

 

 周りを見渡せば地面に倒れ伏すヴェルフ。

 驚きリリに助けを求めようとして気がつく、リリもまた地面に倒れ伏している。

 最悪の状況が頭をよぎるが、思い通りにならない体を引きずりながら二人の様子を診れば、気を失っている(マインドダウンしている)だけだった。

 

「くぅ...ふっ...」

 

 リリとヴェルフを担いで17階層へつながる道を進む。

 みんなで地上に帰る。それが僕の選択だ。

 

 人を二人担ぐ、そのうち一人が小人族(パルゥム)のリリだとしても僕の歩みは遅々としたものになる。

 だけど僕は諦めない、見捨てない。

 必ず助ける。

 のろのろと、万全の状況なら十秒もかからない距離をたっぷりと時間をかけて進む。

 

「っ!?うわああああああああ!?」

 

 前だけしか見ていなかった──いや周りを見る余裕なんてとっくの昔に無くなっていただけだが──それがいけなかったのだろう。

 17階層へと続く坂道を情けない悲鳴を上げながら滑り落ちる。

 内臓が浮かんでいくような気味の悪い浮遊感の後、下半身に衝撃を感じる。

 止まったようだ。

 この坂道を下りるだけの体力を温存できたのは不幸中の幸いだ。

 二人を担ぎなおして再び歩き出す。

 

「これが...【嘆きの大壁】」

 

 僕の目の前に一面の壁が立ちふさがる。

 一見すれば行き止まり(道を間違えた)と思うような重圧を感じる壁。

 これこそが【嘆きの大壁】

 ダンジョン17階層を象徴する特徴的な地形であり、17階層の階層主であるゴライアスを生み出す壁。

 

 その名の通り、そして物理的にも精神的にも()として冒険者の前に立ち塞がり、数多の嘆きを生み出してきた壁。

 ダンジョンの名所というには血生臭すぎるが、実際に目にすることが出来たことに感動する。

 だがすぐに歩き出す。

 心を動かしている余裕なんて今の僕にはない。早く18階層に行かなくては。

 

 ピシリ...ゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

 地鳴りのような音が静かな17階層に響いた。

 ()()があまりにも大きいので一体何なのか一瞬解らなかった。

 だが音につられて壁に視線を向ければ、否が応にも目に入る亀裂とその奥から僕を睨む瞳が何が起きたかを理解させる。

 

 ゴライアスだ。

 17階層の階層主であるゴライアスが、今ダンジョンより産み落とされようとしているのだ。

 

「邪魔を...するな!!」

 

 ゴライアスはその巨体が災いしてか未だ壁から生れ落ちてはいない。

 だが、亀裂に挟まれた不自由な体でありながら、腕を伸ばし僕を掴もうとする。

 僕ぐらいなら握りこめる大きさの手に捕まえられたらどうなるか、なんて考えるまでもない。

 

(走れ、走れ、走れ!!)

 

 いっそ笑ってしまいそうになるくらい遅い僕の足と、巨体故の遅い動きのゴライアス。

 傍から見れば滑稽な位遅い動きだが、僕達の命がかかっているんだ。【嘆きの大壁】に空いた穴、18階層に続く道目掛けて必死に走る。

 

 遂にゴライアスの手から逃れ穴へと飛び込む。

 だが、18階層に繋がるという事は下に続いているという事。

 17階層に落ちてきたときと同じように、いやさらに勢いがついて体が振り回される。

 今上を向いているのか、下を向いているのかもわからない。

 

 リリとヴェルフは大丈夫だろうか、神様と九郎は心配しているだろうな、灰さん達に知られたらきっと怒られる。

 知り合いの顔が浮かんではたわいもない物事を考える。

 そうしていると一際強い衝撃が僕を襲った。

 

 立ち上がらなければならない。

 立ってリリとヴェルフを回収しなければ、二人は無事なのかを確かめなければ。

 僕の頭とは裏腹に体はどれだけ力を入れても起き上がろうともしてくれない。

 それどころか視界がぼやけてきた。いけない気を失い始めている。

 何とかして抗おうとするが、元々限界ぎりぎりまで酷使していた体は暗闇からの声に応じて、意識を手放していく。

 

 辛うじて見えたのは目の前に立つ二本の足。

 それがモンスターなのか、それとも(冒険者)なのか。

 そんなことも分からず、僕はただ懇願していた。

 

「お願い、します。仲間を...二人を...助けて...くだ...さ...い。仲間を...」

 

「うん、わかった。助けるよ」

 

 言葉を口に出来ているのか、それともただそう思っているだけなのか。

 分からないまま消えていく意識の中。どこかで聞いた声が答えてくれたような気がした。

 

 




どうも皆さま

私です

急に暑くなったり寒くなったりしましたが元気でしょうか
私は暑いのが苦手なので大変弱りました

そんなことより本文です
フロムに限りませんが
回復ポイントを探し回りながらダンジョンを彷徨い歩き
隠れていた敵に奇襲されて悲鳴を上げるなんてのはよくある事ですよね
そしてとりあえず先に進んでしばらくした後アイテムとかを回収しに行くと
あの時あんなに怖かった相手が無茶苦茶弱くなっていてちょっとした悲しみを感じることも
...フロムの場合そこから囲まれてぼこぼこにされることもよくありますが

そんなお話です

それでは失礼いたします。


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リーダーとしての器

リリのバックパック

リリルカ・アーデが背負うバックパック
彼女の身の丈以上の大きさを誇るかばんはそれ相応の収納量を誇る

かつて彼女はこのかばんの中に冒険者を騙す為の道具を紛れさせていた
今ではソウルの業によるアイテムの出し入れを誤魔化す為にこれを背負っている

このかばんは秘密を隠しているのだ
これまでもそしてこれからも

誤字脱字報告いつもありがとうございます


 

 目の前で僕が灰さんに負けて悔しそうに転がっている。

 

「また負けた...僕って本当に強くなっているんでしょうか」

 

「強くなった、強くなった。俺が保証するさ」

 

「...そうでしょうか」

 

 これは夢だ。灰さんが僕の手を取って立たせるのを見ているうちに気がつく。

 何時しか灰さんと特訓をした時に負け続けて、つい弱音が零れた時の夢。

 

 すっかりしょげかえった僕を見て灰さんは酷く楽しげに笑う。

 

「笑わないでくださいよ」

 

「いやあ、すまんすまん。俺相手に勝とうとし続けるのがおかしくてな」

 

「む、確かに僕は弱いですけれど、いつか灰さん達と同じくらい、いえ灰さん達よりもっと強くなりますからね!」

 

 僕の宣言を聞いた灰さんは思わず吹き出す。

 それを見て更に怒る僕を宥めながら灰さんは小さく呟いた。

 

「大丈夫だよ。お前はきっと強くなる。俺達がそうだったように。

 お前が諦めない限りな。なあベル...って言うのも才能...」

 

 

 

 

 

「あれ...?」

 

 意識が浮上する。

 最初に感じたのは痛み。

 体のあちこちが痛い。

 

 目を開いて自分の体を確かめようとして、僕は首を傾げる。

 見覚えのない天井...というより天幕?灯りが差し込む窓がついているテントの中で僕は寝ていた。

 

「えっと...確か中層に潜って、【怪物進呈(パス・パレード)】されて、それから...!」

 

 痛む体を起こせば僕が寝ていたのは持ち運ぶことを前提とした布団(探索用の寝具)

 冒険者にとっては慣れた物ではあるが、これにも見覚えがない。

 どうしてここに居るのか、これまでのことを思い出していき気がつく。

 

「リリ!!ヴェルフ!!」

 

「...起きたの?おはよう」

 

 仲間(二人)はどうなったのか。

 体のあちこちが軋むのを無視して無理やり立とうとすると、誰か入口の布を捲って入ってきた人がいた。

 布のこすれる音にそちらに目をやり驚愕する。

 あ、貴女は。

 

「ア、アイズさん!?ど、ど、どうしてここに?」

 

「私はファミリアの遠征の帰りだよ。18階層を歩いてたらベルが倒れてたの、びっくりした」

 

 そこにはアイズ・ヴァレンシュタインさんが目を丸くして僕を見ていた。

 よくよく周りを見ればロキ・ファミリアの道化のシンボルがこのテントの中にも刻まれていた。

 そうだ、僕は17階層を抜けたんだ。

 そして18階層で誰かに助けを求めたんだ。

 あの時は極限状態で相手が誰かなんて分からなかったけれど、アイズさんだったのか。

 

「リリ...ヴェルフ...」

 

「仲間...だよね。大丈夫、リヴェリア達が治療したから」

 

 落ち着いてテントの中を見渡せば、僕と同じく寝かされていた二人の姿があった。

 アイズさんが言うように、二人の体のあちこちに包帯やガーゼが当てられ治療されているようだ。

 意識こそ戻っていないが危険な状態ではないことに安堵して体から力が抜ける。

 良かった。

 二人が無事で本当に良かった。

 

「あっ、本当にありがとうございます。助けて頂いて」

 

「ううん。...体調も問題ないみたいだし、フィン...私達の団長に連絡するように言われてるから、一緒に来て」

 

 お礼もまだだったことを思い出し、頭を下げる。

 ダンジョンでアイズさんに助けられたのはこれで二度目だ。

 オラリオ()で訓練を付けてくれたことも考えれば大恩人なのだから失礼が有ってはいけない。

 

 アイズさんは立てるか聞いて僕が「問題はないみたいです」と答えると、ついてくるように言って入口の布を捲って外に出ていく。

 とりあえずその後について外に出る。

 

「ふわぁ~」

 

 外に出た僕の口から気の抜けた声が零れる。

 テントの外。ダンジョン18階層はダンジョンの中とは思えない程に綺麗で光に満ちていた。

 そんな僕の様子をアイズさんに見られていたことに気がつき、ごまかすように僕は尋ねる。

 

「ここってダンジョンの中ですよね?どうしてこんなに明るいんですか?」 

 

「そっか、初めてだもんね。...ついて来てちょっと寄り道するよ」

 

 ダンジョンは地下であり太陽の日は射さない。

 だけれどそれぞれの階層には光源になる物があり、それを頼りに冒険者はダンジョンに潜る。

 それはあくまで弱々しい光でしかなく、その階層全てを照らし出すには足りない物だ。

 事実灯りの届かない暗闇からモンスターに奇襲されることもある。それを嫌って冒険者の中にはランタンの様な自前の光源を持ち込む人もいる位だ。

 だがこの階層(18階層)ときたら隅から隅まで光が行き渡っている。

 何も知らない人が見たのならば地下(ダンジョンの中)の光景だと思わず、地上の光景だと思うこと間違いない。

 

 僕の疑問に答えてアイズさんが連れてきてくれたのは小高い丘。

 そこから見上げた天井にはいくつもの光り輝く()()()があった。

 あれって...

 

水晶(クリスタル)ですか?」

 

「そう、あれがこの階層を照らしているの。時間が来ると明かりが消えてこの階層には『夜』も来るんだよ」

 

 アイズさんの言葉を聞き再び僕の口から「ふわぁ~」と気の抜けた声が零れる。

 ダンジョンの中なのにこれだけ明るいのにもびっくりだが、それどころか『夜』すらあると言うのだ。

 自然の神秘というか、ダンジョンの神秘というか。とにかく()の手が届かない自然の雄大さとでもいうべきの物に圧倒される。

 

 しばらくばかみたいに口を開けたまま水晶(クリスタル)を眺めていたが、アイズさんから目的地に向かうことを言われ正気に戻る。

 きっとここに連れてきてくれたのは、不器用なとこがあるアイズさんなりの労いなんだろう。

 だけれどいつまでもこうしてはいられない。

 

 

 

 

 

 アイズさんの後に続いて入った先にはアイズさん達の団長さん(ロキ・ファミリアの団長さん)がいた。

 ここで僕が無様な姿を晒せば僕だけじゃない、同じパーティの仲間(リリやヴェルフ)ファミリアの先輩達(灰さん達)、そして主神(神様)まで見くびられてしまう。

 冷静に、落ち着いて、しっかりとしなければ。

 一度深呼吸し、口を開く。

 

「こ、この度は助けて頂き、ありご、ありがとうごじゃ、ありがとうござましいた」

 

 ...ダメだった。

 

 言い訳をさせてほしい。

 相手はロキ・ファミリアの団長さんだ。

 つまりは【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナさんだ。

 オラリオ最強の槍使いの呼び声も高い、押しも押されぬ大英雄。

 そんな人を相手に緊張しないで喋ることなんてできるだろうか、いや無理だ。

 

「そんなに気を張らなくてもいいよ。ダンジョンに潜っている以上は同じ冒険者だ。ちょっと聞きたいことがあるから呼び出しただけだからね」

 

 羞恥心で真っ赤になった僕へとディムナさんは優しい言葉をかけてくれる。

 冒険者としての実力、ロキ・ファミリアという大派閥の団長を務め切る実務力、その上失敗した僕をフォローしてくれる人格者でもあるなんて、凄い人だとは思っていたが想像以上だ。

 本当に人としての器が違うと言うか、元々憧れの冒険者の一人ではあったけれどファンになりそうだ。

 

 なぜ僕を呼んだのかと思っていたが、ディムナさんが言うには、片角のミノタウロスとの死闘(9階層での死闘)の際ディムナさん達にリリが助けを求めていて、僕が気絶した後ディムナさん達もあの場所に来ていたらしい。

 ミノタウロス相手に苦戦するような冒険者(LV.1の冒険者)がどうして中層にいるのかというのが、ディムナさんが僕を呼んだ理由だった。

 まあ無理もない。ロキ・ファミリアの遠征隊が遠征に向かった後にランクアップを果たし、LV.2になったなんて想像もできないだろう。

 

「...という訳で僕達は18階層に来たんです。ロキ・ファミリアの皆さんが助けてくれなければどうなったか...改めてありがとうございました」

 

「事情は分かった。君たちを客人として迎え入れよう」

 

 ここまでの経緯を話せばディムナさんは頷き、僕達を受け入れてくれるようだ。

 有難いことだが、ロキ・ファミリアにも予定があるだろうに大丈夫なのだろうか。

 僕の考えを読んだようにディムナさんは首を振る。

 

「実は遠征自体は上手く行ったんだが、帰ってくる途中で面倒なモンスターとかち合ってね。幾名の仲間が毒を貰ってしまったんだ」

 

「毒って、大丈夫なんですか?」

 

「幸い今すぐ命がどうこうというものではないが、そんな仲間にダンジョンを進ませるわけにはいかないだろう?

 足の速い仲間を地上に走らせて、解毒薬を買ってきてもらっているんだ。その間僕達はここで留守番という事だよ」

 

 命にかかわるような毒ではないと聞いて安心するが、そんな時にも関わらず僕達というお荷物を受け入れてくれたことに感謝して頭を下げた所で、ディムナさんとの面談は終わった。

 

 

 

 

 

「それでは客人と遠征の成功に乾杯!!」

 

 ディムナさんの音頭に合わせてあちらこちらから杯を打ち鳴らす音がする。

 アイズさんが言っていた通り、18階層の水晶(クリスタル)は時間と共に光を失い『夜』が訪れた。

 代わりにあちらこちらに光源としてたき火が起こされて、その周りにはロキ・ファミリアの人たちが料理と飲み物をもって座っている。

 

 なぜこれだけ盛大な宴が催されているのか、それを語るには僕が割り当てられたテントに戻った時まで遡る必要がある。

 

「そうですか、リリ達が寝ている間にそんなことが」

 

「申し訳ねえ。結局ベルに任せっきりになっちまった」

 

 僕がテントに戻ると同じくらいに、リリとヴェルフが意識を取り戻した。

 あらかじめ治療してもらっていたこともあり、特に後に残るような傷もない事にほっとしていると、一体何があったのかと二人に聞かれた。

 17階層で二人が気絶した後何があったのかを説明すると、ヴェルフが僕に頭を下げる。

 僕が18階層を目指すと決めたのだから責任は僕にある、それに誰か一人でもいなければ18階層までは来られなかった。

 そう言って互いに笑いあう。

 生き延びたのだ。笑顔になることはあっても辛気臭い顔になる事はない。

 

「しかし、ロキ・ファミリアの皆様が...ならこれはチャンスでは?」

 

「おいリリスケ。悪い顔になってるぞ...なにする気だ?」

 

 にやりと仄暗い笑みを浮かべるリリにヴェルフがツッコミを入れる。

 それに対して「うるさいですよ」と言ってリリが取り出したのは...聖歌の鐘(狩人さんの鐘)だった。

 

「実はこの鐘怪我の回復だけじゃなくて、毒なんかも回復するんですよ。これを貸し出すんです。

 ロキ・ファミリアの皆様は仲間が治るし、リリ達はロキ・ファミリアに恩が売れる。誰も損をしないいい計画だと思いますが?」

 

 リリの計画というのを聞いた感想は悪くないかもしれないという物だった、

 ロキ・ファミリアには助けてもらった恩がある。

 それなのに迷惑がかかるような真似をするつもりなら止めるつもりだったが、リリの言葉を聞く限りはそんなこともなさそうに思えたし、助けてもらっておきながら何もできないことを歯がゆく思っていたのだから何かできるのならば、止める理由はなかった。

 

 ただ一つ懸念したのは、部外者である僕達が聖歌の鐘(狩人さんの鐘)を出してこれで回復できます、なんていったところで信用してもらえるかだった。

 しかしディムナさん達は聖歌の鐘(狩人さんの鐘)が使われるのを見たことがあったようで、僕達からの提案を受け入れてくれた。

 

 出来るだけ魔力が豊富な人が使った方がいいかもしれないと言うリリの助言に従い、オラリオ最強の魔導士【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴさんが聖歌の鐘(狩人さんの鐘)を鳴らすと、たちまち毒に侵され横になっていた人達は元気になった。

 ロキ・ファミリアの人達と僕達はいやあ良かった良かったと喜んでいたが、納得がいかないと言うか、感情の持っていきどころがないのが地上に解毒薬を取りに行った人達だ。

 仲間が治ったことは喜ばしい、しかし助ける為とは言え苦しむ仲間を置いて地上に戻り急いで帰って来たと言うのにすでに解毒薬は必要ないと言われれば喜び以外の感情が生まれるのも仕方がない。

 

 そんな彼等の憂さを晴らす為、仲間を助けてくれた客人──つまり僕達のことだ──を称える為、何より仲間が回復したお祝いの為に、毒によって足止めされていた間切り詰めていた分の物資を使って宴が開かれたという訳だ。

 

 ディムナさんから「君達がいなければ仲間達はまだ苦しんでいただろう、いわばこの宴の主役だ」と言われてみんなの前に引き出されたが、この宴の参加者はロキ・ファミリアの冒険者、それも遠征に駆り出されるような精鋭達だ。

 冒険者として僕のはるか前を走ってきた人達、いわば雲上の人達に見つめられ、お礼さえ言われとなると流石に恥ずかしい。

 出来る限り小さくなって耐えていればようやく人波が途切れた。

 その機会を逃さず僕は逃げ出した。

 

 

 

 

 

 宴の中心と違い今いる端の方は騒ぐと言うよりゆっくりと過ごしている人たちが多いようだ。

 リリかヴェルフがいないかと探しているのだが、せっかくの機会だロキ・ファミリアの人達とも交流をしたい気持ちもある。

 そうしてしばらく彷徨っているとなんとアイズさんがたき火の傍に座っているのを見つけた、しかも一人だ。

 こ、これは絶好のチャンスというやつではないだろうか、と勇気を振り絞り隣に座ってもいいか聞いて、許可が得られたところまでは上手く行った。

 だが...

 

「おっ!アルゴノゥト君じゃん。ねーねーお話聞かせてよ」

 

「えっ、あ、あの!?アルゴノゥトって僕のことですか!?」

 

 僕は今ロキ・ファミリアの冒険者達に絡まれている。

 ぐいぐいと迫ってくるこの人はティオナ・ヒリュテ。

 【大切断(アマゾン)】の二つ名を持つ高名な冒険者。

 

「あ、気にしないで頂戴。この馬鹿が勝手に言ってるだけだから」

 

「え、あ、はい...?」

 

 そんなティオナさんをそれとなく諫めるこの人はティオネ・ヒリュテ。

 【怒蛇(ヨルムガンド)】の二つ名を持つこれまた高名な冒険者。

 

 近くにいるアイズさんを含めて冒険者達の中ではアイドルの様な扱いを受けている、実力と美しさを兼ねそろえた女性の冒険者。

 きっと今の僕の立ち位置と変われるのならば幾らでもお金を払う人、いや神様だっているはずだ。

 ...僕だって嬉しいと思う気持ちがないわけではない。

 それでも僕が滝のような汗を流して視線を彷徨わせているのは、ティオナさんとティオネさんの服装に原因がある。

 

 ティオネさんとティオナさん。

 お二人はアマゾネスと呼ばれる人たちであり。

 アマゾネスの人達はみんな女性でありながら良い戦士で──無論人によって程度の差はあれども──よく戦いよく生きることを人生の目標とする人達だ。

 それ故ダンジョンという天然の闘技場があり、強者が集うオラリオではしばしば目にする人達ではある。

 だが、彼女たちは皆非常に...その、目のやりどころに困る(露出度の高い)服装を好む。

 

 それはティオネさんとティオナさんも例外ではなく。

 そのお二人に挟まれている僕は右を見ても左を見ても、健康的な小麦色の肌が目に入り大変困っているという訳だ。

 おまけにすぐそばにはアイズさん(憧れの人)までいる。

 いや傍にアイズさんがいなければこの状況が嬉しいという訳でもなくて...

 いやこの状況が嬉しくない訳でもなくて...

 誰かに弁解する訳でもないのに一人頭の中で弁解していると、ふと物音が聞こえた気がした。

 

 宴の音に掻き消されそうな位の小さな物音。

 最初は気のせいかとも思ったが、段々と大きくなってきた。

 ならば気のせいであるはずがない。しかも物音は17階層へと続く道の方から聞こえるのだ。

 

 幾らここ(18階層)安全階層(セーフティーエリア)であったとしても、ダンジョンである。

 この階層ではモンスターは生まれないが、他の階層で生まれたモンスターがこの階層にやってくることはある。

 そして今僕がいる場所は宴の中心から離れた、17階層へと続く道にほど近い場所。

 まさかとは思うが、このタイミングでモンスターがやって来たとでも言うのだろうか。

 

 武器を手に取り17階層へと続く道の方へと近づく。

 

「ぁぁぁぁぁぁあぁああぁあああああああ...へぶっ

 くっそお...なんなんだあのデカブツは!!あんなのが出てくるなんて聞いてないぞ!!

 今度会ったら覚えてろぉ。焚べる者君にぼこぼこにしてもらうんだからな」

 

「ふむ。いざとなったら肉盾となる覚悟で居りましたが、あれだけ大きいと意味がありませぬな」

 

 ゆっくりとゆっくりと。傷は癒えたが万全の状況とは言えない。中層のモンスターを相手取るのならば奇襲からの一撃で仕留める必要がある。

 そんな僕の考えは漫才めいたやり取りが聞こえた時点で掻き消えた。いやこの声は。

 

「確かに君は傷つかないとは言え、吹っ飛ばされたりはするからね...いやその前にそんなことボクが許さないぞ...というかそれボクが狼君に怒られるやつだろ!?」

 

「はっはっはっ」

 

「はっはっはじゃないよ!君はいっつもそうだ笑えば誤魔化せると「神様!!」ベル君!?」

 

 ダンジョンでは(冒険者)の想像もできないことが起きる。

 ならば()()がダンジョンの悪辣な罠である可能性は否定できない。

 いや、そっちの方が神様と九郎がダンジョンに潜っているなんてことよりも可能性が高い。

 

 だが堪え切れず飛び出せば、そこには楽し気に笑う九郎とそんな九郎を揺さぶる神様の姿があった。

 二人を見ると同時に目頭が熱くなる。

 それほど離れていた訳じゃない。体感にして1日程。気絶していたことを含めても二日ほどでしかない。

 どうして二人がここに居るのか、どうやってここまで来たのか、気にするべきことはもっとたくさんある。

 だけれど、そんなことが気にならないくらいどうしようもない懐かしさと安心感が僕の心を覆う。

 

「...神さ「ベル君!!」うわっぷ!?」

 

 神様と僕が互いに見つめあう。

 堪え切れなかった心の動きが口から零れようとした時、急に視界が黒く染まった。

 何か柔らかくていい匂いのするものが僕の口と鼻をふさぐ。

 い、息が出来ない。

 

「ベル君、ベル君!ベル君!!心配したんだからな!!」

 

「“へすてぃあ”様そのへんで...“べる”の首が折れますよ」

 

 何が起きたのかと目を白黒していると九郎の声が聞こえる。

 なるほど今僕の顔に張り付いている()()は神様か。

 いやそんなことより段々と息が出来なくて苦しくなってきた。このままでは死ぬ。

 中層のモンスターからも、【怪物進呈(パス・パレード)】からも、17階層の階層主(ゴライアス)からも生き延びたのに、こんなところで死ぬ。

 

「か、がみざま、ぐ、ぐるじ...」

 

「ベル君!!そんなに暴れたって離さないからな。今日という今日はたっぷりお説教だ!!」

 

「“へすてぃあ”様!?“べる”の顔が、顔が真っ青です」

 

「アルゴノゥト君急に立ってどうし...わっ。何事!?」

 

 周囲が騒がしくなるのと裏腹に段々と意識が遠くなっていく。

 最後に僕が思いだしたのは、「知ってるか?人が死ぬとき最後まで残るのは聴覚なんだぜ(死ぬぎりぎりまで音は聞こえる)」という灰さんの言葉だった。

 あっ、流石に限界...

 

 

 

 

 

「全く、ヘスティア様は全く!!」

 

「まあまあ。感動の再会という奴ですよ。そんなに怒らず」

 

 意識を取り戻すとリリに怒られて小さくなっている神様と、そんなリリを宥めている九郎がいた。

 一体どういうことかと聞けば意識を失った僕は神様達とロキ・ファミリアの人達によって借りているテントへと運ばれ、しばらく眠っていたらしい。

 僕としては被害に遭ったのだから何か文句を言ってもいいと思わないでもないのだが、神様達に大変心配をかけたと言う負い目もある。

 結局リリのお説教が終わるまで待つことしかできなかった。非力な僕を許してください神様。

 

「そんなことよりもかれらを紹介させてくれないか。ボク達がここまで来れたのは彼らのおかげだ」

 

「逃げましたね...まあいいでしょう。お説教はいつでもできます」

 

 延々と続くお説教から逃げる為か神様は同行者を紹介させてほしいと言う。

 見ればテントの入口の方に一塊となってこちらを見ている人たちがいた。

 

「この度は大変申し訳ありませんでした!」

 

「そ、そんな...頭を上げてください」

 

 開口一番見覚えのある人は頭を床に付けて謝罪する。

 この人はヤマト・(みこと)

 13階層でボク達にモンスターを押し付けたパーティの一人。

 つまりは僕達がこんな所にいる原因ではあるのだが、それこそ腹を切れと言えば本当に切りかねない勢いで謝られると何もそこまでと思う。

 だけれどそう思っているのは僕だけの様だ。

 

「謝れば許されるとでも?こっちは死にかけたんですよ」

 

「そう簡単に許せるわけないだろ」

 

 リリは冷たい視線を送り、ヴェルフも納得しているとは言えない表情だ。

 リリ達の想いも分かる。

 【怪物進呈(パス・パレード)】は生き延びる為の最後の手段として扱われている。事実ギルドも【怪物進呈(パス・パレード)】を禁じては居らず、緊急事態の最終手段として習った。

 だがされた側としてはたまったものではない。

 しかしひたすらに頭を下げる(みこと)さんと千草さんを見ていると、これ以上責めるのも気が引ける。

 

「責めるのなら俺を責めろ。あの時【怪物進呈(パス・パレード)】をすると決めたのは俺だ、命令を下したのもな。その権利がお前達にはある。

 だが俺はあの時の決断を間違えたものだとは今でも思っていない」

 

「...言葉に気を付けろよ大男。今からやる(戦う)ってのか」

 

「なんとでも言え。だがリーダーの最大の仕事はパーティを活かして地上に帰すことだ。その為ならどんな手段も、犠牲も厭うべきではない」

 

「御大層な言葉だがな。よくそいつを俺達(犠牲にされた側)の前で言えたもんだな?」

 

 口を開いたのは(みこと)さん達のパーティのリーダー、桜花さんだった。

 自分の選択は間違えていなかった、受け取り方によっては僕達を犠牲にしたことを反省していないとも取れる言葉に、ヴェルフの瞳に剣呑な光が宿る。

 だが、桜花さんは言葉を撤回するどころか、むしろ煽っているような言葉で応酬する。

 遂にヴェルフは耐えかね掴みかかろうとするが、それを制して僕は口を開く。

 

「僕も、僕も仲間の命が、リリとヴェルフの命がかかっていたら同じ決断を下したかもしれません。

 いえ、同じ決断を下そうとしたかもしれません。仲間の命がかかっているんです、決断しなければいけないんです。ですが決断しきれませんでした」

 

 考える。

 もしも13階層で【怪物進呈(パス・パレード)】された時、他に誰か【怪物進呈(パス・パレード)】するのに丁度いいパーティがいたのなら、15階層に落ちた時に他のパーティを犠牲にすることで安全に進めたのなら、僕はその選択を取らないでいられただろうか。

 答えは出せなかった。

 

「ベルは他人を犠牲にするような真似は出来ねえよ」

 

「そこで決断しきれないのがベル様のいい所です」

 

 リリとヴェルフはそれでいいと言ってくれるがパーティのリーダーとして、決断するべき時は決断しなければいけない。

 15階層で18階層へと向かうことを決断したように、誰も見捨てないと決めた時のように。

 だけどできなかった。

 

「だから、僕はあなたを尊敬します。仲間の命の為に決断できたあなたを、そして恨みません」

 

「...ベル様に感謝してくださいね」

 

「うちのリーダーが決めたのならそいつを受け入れるさ。だが納得はしてねえぞ」

 

 僕の言葉を聞いてしぶしぶと言った様子だが、リリとヴェルフも桜花さん達の謝罪を受け入れたようだった。

 僕は桜花さんに手を差しだし、桜花さんもまたその手を受け入れ固い握手が結ばれた。

 

 

 

 

 

 

SIDE フィン・ディムナ

 

「戻ったぞ」

 

「お帰り。どうだったかな」

 

 毒を受けた仲間達の様子を見にいっていたリヴェリアが帰って来た。

 アイズが拾ってきた白髪の彼とその仲間達。そのうちの一人が滞在の対価として僕達に貸し出す提案をしたのが、僕達も9階層でその効果を体験した狩人の鐘だ。

 出来るだけ精神力が豊富な人物が使った方がいいと言う小人族(パルゥム)の少女の言葉に従い、リヴェリアが鐘を鳴らせばあれだけ仲間を苦しめていた毒は嘘の様に掻き消えた。

 そのお祝いを先程までしていたのだが、リヴェリアは「体調が急変するかもしれない」と一人仲間の様子を見にいっていたのだ。

 

「何もなかった。それこそ毒を受けたのが夢だったのではないかと思う程にな。流石は狩人の持ち物だと言うべきか?」

 

 こちらの思惑は外れてしまったな?とリヴェリアは僕にからかうような視線を向けてくる。

 何も善意だけで白髪の彼(ベル・クラネル)とその仲間を受け入れたわけじゃない。

 彼らに恩を売るという下心があったからこそ、仲間が毒を受けて忙しいこの時に彼らというイレギュラーを受け入れたのだ。

 無論たかがLV.2の冒険者達(ベル・クラネル達)に恩を売りたいわけじゃない。

 僕達が恩を売りたかった相手は彼らの先輩(灰達)だ。

 

 思えば前回の遠征の帰りで一緒に地上に戻ってから、灰達は()()()()()行いが多くなった。

 これまでなら灰達が地上にいれば引き起こした騒ぎの噂が日に三回は聞こえてきたのに、精々三日に一回。

 それもあそこで灰達を見たという目撃証言ばかり。

 灰達を変える()()があったのだと噂されるのに時間はかからなかった。

 

 そうして情報を集めていれば一つ耳を疑うような噂が手に入った。

 

 ヘスティア・ファミリアに新入りが入ったらしい。

 

 はっきり言って荒唐無稽な噂としか思えない。

 ()()ヘスティア・ファミリアだぞ?

 ()()灰達だぞ?

 いやこの目で確かめなければ今でも疑っていたに違いない思いは、ダンジョンで僕達(ロキ・ファミリア)と敵対することすら厭わない灰達の姿に打ち砕かれる。

 

 ロキ・ファミリア、オラリオの二大派閥に喧嘩を売るような真似はするだろう。

 だが、ただの一人も死者がいない、いやそれどころか傷を癒すことすらしたのだ。

 明らかにこれまでの灰達ではありえない行動だ。

 新入りの存在をその理由とすることは的外れではないはず。

 

 そんな新入りが僕達の手のひらの中に転がり込んできたのだ。

 どうするべきか。僕は酷く悩んだ。

 下手に手を出せば灰達の逆鱗に触れるかもしれない。

 かといってそのまま放り出せば間違いなく灰達の怒りに触れる。

 故に僕の出した答えは出来る限り関わらず手助けはすると言うどっちつかずの物。

 

 無闇に灰達に怒りを買わずに、恩を無理なく売り灰達の行動を制御できたらいいなぁと言う目論見は失敗。

 仲間を助けてもらった分でとんとん、或いはファミリアの規模を考えればこちらが恩を感じるべきなのかもしれない。

 だが...

 

「そう悲観する物じゃない。個人的には彼のこと好きだよ」

 

 実際に会って話してみた感想としては思っていたよりは普通だった。

 パーティのリーダーとしての責任を果たそうと、精一杯の背伸びをしている姿は好感が持てた。

 

「人の人格と肩書は常に釣り合う物ではないが...いや、この場合はむしろ釣り合っている方が恐ろしいか?」

 

 僕の感想を聞いてリヴェリアはボヤくように首を振る。

 灰達の後輩に相応しい(灰達みたいな)性格をしている人物がこれ以上増えるなんて考えるのも恐ろしい。

 そんなことを言いながら色々と仕事をする。

 

 元々地上に向けて移動する予定だったが、どうしても細々とした問題は出てくる。

 そんな時ふと思い出したかのようにリヴェリアが呟く。

 

「そういえば。ティオナ達が彼らと一緒に明日リヴィラの街に行くそうだ」 

 

 彼と団員が交流して仲良くなると言うのは悪い事ではない。

 ファミリアとして恩を売るのは成功したとは言い難い、しかし個人的な付き合いをしていけばあの甘い性格だ。

 似たような結果が期待できるだろう。

 しかし向かった先がリヴィラの街とはね

 

「何もないと良いけれどね...」

 

 呟いた言葉が叶うとは思っていない。

 どれだけ安全だったとしてもここ(18階層)はダンジョン。罠がひしめく危険な迷宮なのだから。

 

 

 

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

UA170000
お気に入り登録数1300突破ありがとうございます

いっつも言っていることですが
こんな作者と小説が続いておりますのも皆様のおかげです
いつもありがとうございます

小説を書いているときは構想からどんどんずれていってしまうのが悩み物です
今回もフィンとの対談時にベル君には灰さん達とは大違いだみたいなこと言わせる予定だったのに
どうしていつもこうなるのでしょう

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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迫りくる過去

リヴィラの街

18階層に作られた冒険者の街
時として御禁制の物もやり取りされる

ダンジョンは人の領域ではないという有史以来の法を打ち破ったのだ
人の創った法などいかほどの物か

誤字脱字報告いつもありがとうございます



「べ、ベル君...その街って言うのはまだ遠いのかい」

 

 息も絶え絶えの神様が僕に問いかける。

 もう少しですよと励まし歩いていく。

 どうしてこんなことになったのかを語るには、昨日の『夜』にまで時間を戻す必要がある。

 

 

 

 

 

「...眠れない」

 

 僕は小さく呟く。

 ずっと意識を失っていて寝ていたのもそうだし、色々あって目を閉じても気が高ぶって眠気が来ない。

 仕方がないので少し散歩でもしようかと、同じテントの中で寝ている神様達を起こさないようにそっと起き上がり外に出る。

 

()()がダンジョンの中の光景だなんて、本当に見た人じゃないと信じれないだろうな...」

 

 しばらく歩き、見晴らしの良い丘に座って眼前の光景を見下ろす。

 宴は終わり、熾されていたたき火も消されている。

 ともすれば寂しさを感じる光景。

 だがそんな感傷を吹き飛ばすほどに18階層の『夜』は美しかった。

 

 光を失った水晶(クリスタル)が一面に敷き詰められている光景は満天の星空を思わせる美しさで。

 知らない人が見れば、いや知っている僕でもここがダンジョンだなんて信じられない程だった。

 何をするでもなく目の前の光景に浸る。

 

「......っ!誰!?」

 

 今こうしている間にも他の階層では冒険者()とモンスターが殺しあっているなんてことを忘れてしまいそうなくらい穏やかな時間が流れていたが、ふと背後に気配を感じる。

 武器を抜き気配を感じた方へと突きつける。

 些か大袈裟な反応だと言われればそうだが、ここはダンジョン。

 どんなことが起こるか知れたものではない。

 

「...ごめん。邪魔するつもりはなかったの」

 

「っ!アイズさん!?こんな時間にどうしたんですか?」

 

 しかし申し訳なさそうに出てきたのはアイズさん。

 思っても見ない人の登場に僕は急いで武器をしまう。

 こんな所で『夜空』を見ていた僕が言う事ではないが、夜も更けたこんな時間にほっつき歩いているなんて何かあったのだろうか。

 

「一人歩いていくのが見えたから...何かあったの?」

 

「あー...いえ、眠れなくて」

 

 アイズさんの言葉に納得する。

 そりゃそうだ。

 アイズさんは幾度となく18階層に来ているLV.6(ベテラン)

 僕はアクシデントによって偶々18階層へと来た新米(ルーキー)

 心配されるべきは僕だ。

 

 僕の答えを聞いたアイズさんは少しの間僕の顔を見ていたが、納得したのか僕の隣に座る。

 座る!?

 

「ひゅうい!?」

 

「どうしたの?」

 

「な、何でもありませんよっ」

 

 思わず変な声が漏れてしまったが、なんとかそれ以上の反応を抑える。

 アイズさんはしばらく不思議そうな表情をしていたが、しばらくすると前を向く。

 その横顔はとても美しい。

 こうして『夜』に一緒に座っているなんて、宴の時で同席したことといい、僕はアイズさんのファンに知られたら殺されかねない。

 そんなことを思っていると思い出し方のように、アイズさんが口を開く。

 

「いつ出発するか決まったの?」

 

「ええ、アイズさん達(ロキ・ファミリア)が出発してから一日置いて出ようかと」

 

 アイズさん達ロキ・ファミリアの遠征隊は遠征からの帰りだ。

 ならば足止めされていた理由(仲間を冒していた毒)がなくなった以上、18階層に留まる理由はない。

 そして僕達も地上からの迎え(神様達)が来たのだから安全に地上に戻れるようになった。

 だが、ダンジョンの中で近いとロキ・ファミリアの戦いに僕達が巻き込まれかねないし、かといって地上まで送ってもらうというのも余りにも厚かましい話だ。

 だからアイズさん達が地上に向けて出発してから一日置いてから18階層を出ることにした。

 まあこれも先に行ったロキ・ファミリアの人達がモンスターを討伐してくれたら、僕達は安全に進めるんじゃないかという下心があってのことなのだが。

 

「そっか、じゃあ時間があるんだね...街に行くの?」

 

「街...?ああ!リヴィラの街ですね。そっか、この階層にあるんでしたっけ」

 

 ある方角を指さすアイズさんの言葉で思い出す。

 世界一美しいならず者の街、ダンジョンの中に作られた冒険者達の楽園。

 リヴィラの街。

 折角18階層まで来たんだ、観光という訳でもないけれど地上でも有名な街だ、一度見に行きたい。

 

「なら一緒に行こうか?私も用事がある」

 

「えっ良いんですか」

 

 なんて幸運。

 アイズさんからのお誘いに僕は飛びついた。

 明日『朝』が来てから落ち合う場所を決めてアイズさんと別れ、テントに戻る。

 

「随分と楽しそうじゃあないかベル君?そんなに夜の逢引は楽しかったのかい?」

 

「か、神様?...何で?」

 

 だが浮かれきった僕がテントに戻ると、そこには仁王立ちした神様が。

 

「へー、ヴァレン何某とデートね。そういう事ならボクも行こうかな?」

 

「リヴィラの街、ですか。色々と買いたいものもありますし、ご一緒させていただきますね?」

 

「噂に聞く“りび、りぶ、りう...だんじょんの楽園”...楽しみですね」

 

「リヴィラな、リヴィラの街」

 

 あっという間に何があったかはかされ、神様達も同行することに。

 

「俺達を仲間外れにするのはないんじゃないかな」

 

「私としても少し気になりますのでご一緒します」

 

 更に神様の友神であるヘルメス様とその眷族のアスフィさんも同行することになり。

 

「あっ!来た来た。おーいこっちこっち」

 

「ちょっとは落ち着きなさい」

 

 おまけに集合地点に行ってみれば、ティオナさんがこちらに手を振っており、ティオネさんがそんな妹を仕方がなさそうな目で見ていた。

 

「ティオナ達も買い物がしたいって...どうかした?」

 

「いえ...何でもありません」

 

 ダンジョンの中で二人だけのお出かけなんてできる訳がない。

 少し考えればわかることだ、悔しくなんてない、悔しくないったらない...くすん。

 

 

 

 

 

 

 そういう訳で僕達は18階層を進んでいる訳だ。

 しかし、それ程進まないうちに神様は息を切らし始めた。

 そんな様子を見て九郎がかける心配の言葉に、「大丈夫」と返せたのも最初のうちだけ。

 徐々に遅れはじめ、遂にはどこからか拾ってきた木の枝を杖代わりにして歩く始末だ。

 

 僕達は日夜ダンジョンに潜っているうちに慣れて忘れてしまっていたけれど、ダンジョンの地面というのは起伏に富んでいる。

 その上オラリオの街()と違って道が舗装なんてされていないんだから、慣れない人は歩くだけでも一苦労だ。

 18階層...というよりも見晴らしのいい階層ではなまじ目的地が目視できるものだから、それ程距離がないと思って進んでいった先で高低差や障害物に出くわして迂回している間に疲れてしまうと言うのは、ダンジョンではよくある事だ。

 だからこそ冒険者はダンジョンでは見通しのいい階層でもマップを手放さないようにギルドから言われるのだが、神様はすっかりダンジョンの罠にはまってしまったようだ。

 心なしか髪の毛も萎れている神様は小さく恨み言を漏らす。

 

ベル君達(冒険者組)が元気なのはわかる。だけどどうしてヘルメスと九郎君はぴんぴんしているのさ!」

 

「こう見えて俺は旅人だからね。こんな所を歩くのも慣れっこさ」

 

「私は葦名生まれの葦名育ち。彼の地と比べればこんなもの平地と変わりませぬ」

 

 

 

 

 

 

「や、やっと着いた...」

 

 途中恨み言の返事を聞いた神様がパタリと倒れこむと言うアクシデントはあったが、何とか無事リヴィラの街までついた。

 街というには少し小さい気もするが、ダンジョンの中にこれだけのものを作り上げるのには想像を絶する苦難と困難があっただろう。

 先人達への感謝を込めて街の入り口をくぐったのだが...

 

「こ、こんなちっちぇ研ぎ石が1万三千ヴァリス!?」

 

「このバッグが二万って桁1つ間違えてませんか!?」

 

 リリとヴェルフが手に取った商品を見ながら叫ぶ。

 僕は道具に詳しくないが、いや道具に詳しくない僕でも見れば質が悪いことが理解できる。

 流石の僕でも分かる。これはぼったくりだ。

 だが、お店の人は「嫌なら買わなきゃいい。別の店でな。だがダンジョンの中に他の店なんかないぞ」とそんな僕達を嘲笑う。

 

 そうだ思い出した。

 灰さん達が僕にくれた【ダンジョン覚書】

 その中でリヴィラの街について注釈で【この先商人があるぞつまり強欲】【ぼったくりに注意】【持ち込みが有効だ】【友を大切にな】と書かれていた。

 つまりはこのリヴィラの街というのは非常に物価が高い。言ってしまえばぼったくりが横行している街なのだろう。

 

 そんな地上とは比べ物にならない値段を気にも留めず、アイズさん達は買い物を楽しんでいる。

 なるほど、この街(リヴィラの街)で買い物をする冒険者というのは二つに分けられるのだろう。

 一つは僕達の様に必死の思いでこの街にたどり着き、なけなしのお金で物資を補充するダンジョンに潜るのに準備が足りなかった(経験不足な)冒険者

 もう一つはアイズさん達の様に多少の出費が気にならない冒険者(上級冒険者)

 

 そう思えばこの街の物価にも理由があるのだろう。

 ぼったくりとしか言いようのない値段ではあるが、ダンジョンの中でもお金があればアイテムを買えると思えば安い物だ。

 アイテムがあれば助かる命もあるのだから。

 

 しかし値段を気にせず豪遊しているアイズさん達の姿は流石はオラリオ最高峰の冒険者(一級冒険者)だと思わせる。

 ...そう思えば灰さんのあれ(浪費癖)も一級冒険者足る姿なのだろうか...いや絶対そんなことないな。あれは素だ。絶対に素だ。

 

 そんなことを考えていたからだろうか、誰かにぶつかってしまった。

 

「あっ、すいません」

 

「あん?てめえは...」

 

 謝った相手は【豊穣の女主人】で僕にパーティに入れと言ってきた冒険者、モルドとその仲間だった。

 嫌な相手に出会ってしまった。

 言い方は悪くなるが僕がそう思ったのと同じように、相手(モルド達)も顔を歪め戦る気を見せようとする。

 が、僕達の後ろにいるアイズさん達を見ると「【剣姫】と知り合いかよ...やってられっか!」と逃げ出す。

 

「知り合いかい?穏やかな感じじゃなかったけれど」

 

「ええ、まあ。そんな感じです」

 

 逃げていく背を見た神様が不思議そうに尋ねる。

 「驚かないんですか?」と逆に尋ねれば、「灰君達と一緒にいればあんな言いがかりだけなんて、あってないようなものだよ」とあきらめたように笑う。

 ああ、うん。そうですね。

 

 

 

 

 

 

「何もすることがない。もう寝ているのにも飽きたし...どうしよう」

 

 リヴィラの街から帰ってきた僕は特にすることもなくぶらぶらしていた。

 というのもリヴィラの街から帰ってくると、ティオナさん達ロキ・ファミリアの女性陣が神様達を誘って湖に水浴びをしに行ったのだ。

 神様は「ベル君も一緒に来るかい?」なんて言っていたけれど丁重にお断りした。

 ロキ・ファミリアの人達も一緒に入るんだろうに何言っているんだか...いやロキ・ファミリアの人達がいなかったら良いとかそういう訳じゃないけれど。

 

 しかし何かすることはあっただろうか。

 装備の手入れはヴェルフがしているし、買ってきた荷物の整理は九郎がしている。

 二人共に手伝いを申し出たのだが、人では足りていると言われてしまった。

 事実僕が下手に手を出すより、慣れた二人に任せた方が早く済みそうだった。

 

「ベル君。ちょっといいかい」

 

「はい?何でしょうか」

 

 そんなことを考えているとヘルメス様に声をかけられた。

 ヘルメス様。

 神様の知り合いで今回手を貸してくださった男神様。

 

 間違いなくこの方がいなければ、神様達は18階層に来られなかった。

 そのことを考えれば大恩人いや大恩神なのだが、神様からは「何かしらの思惑があるみたいだから気を許すんじゃないぞ」と気を付けるように言われている。

 そのヘルメス様から僕が一人の時に声をかけられたんだ。()()があるんだろう。

 

 「とりあえずついて来てくれ」というヘルメス様の後をついて行くと木々の前で立ち止まった。

 

「それで御用は何でしょうか」

 

「ちょっと待ってくれよ。あんまり時間が無いんだ」

 

 周囲を気にするように周りを見回すヘルメス様に声をかけると少し焦ったような返事が返って来た。

 時間がない?ヘルメス様の目的は制限時間が付くようなものなのだろうか。

 その割にはこれまで焦っているような様子はなかったけれど?

 そんなことを考えながら、木々を見て回るヘルメス様の後ろをついて行くと「これならいいか」と言ってスルスルと木に登り、僕にも登るように言う。

 

「いいかいベル君。ここから音を立てないようにそっと覗いてごらん」

 

「なっ...!?」

 

 何か神様達に内緒で話したいことがあるから呼んだのではないのかと僕が聞こうとすると、ヘルメス様は静かにねと言いながら下を指さす。

 一体何があると言うのか。

 そう思いながら下を覗いた僕は絶句する。

 

 木の枝と生い茂る葉っぱの隙間から見えるのは湖。

 18階層に所々存在する湖はこの階層で体を休める冒険者達にとって様々な使い道のある大切なものだ。

 だが見えたのはそれだけではない。

 神様達だ。

 水浴びをしている神様達(裸の神様達)がそこには居た。

 

「な、な、何ふぐぐぐ...」

 

「しーっ大きな声を出しちゃいけない。ばれてしまうだろう?覗きだよ覗き。女の子が水浴びをしているんだそりゃあ男なら覗くに決まってるよな」

 

「だ、駄目ですよ。こんなことしちゃ」

 

 驚いた僕の口を手でふさぎ、覗きは男の浪漫だと言うヘルメス様。

 確かに同じようなことをおじいちゃんも言っていたが、だからってこんなことして良い訳がない。

 それに今この下にはアイドル的人気があるアイズさん達がいる。

 もしも覗きがバレたのなら僕達は袋叩きにされるだろう。

 兎にも角にもヘルメス様を連れて下に戻ろうとした時、足を踏みはずしてしまう。

 

 「「あ」」

 

 間の抜けた声が僕とヘルメス様の口から零れ、僕は重力に引かれて下へつまり今まさに神様達が水浴びをしている湖へと落ちていった。

 ざぶんと言う音と共に体が水に包まれる。

 

「ぷはぁ...はぁ、はぁ」

 

「あれっアルゴノゥト君?」

 

「へえーあんた可愛い顔してなかなかやるじゃない」 

 

 必死にもがいて水から逃れた僕を迎えたのは、無邪気に僕に近づくティオナさんと、豊満な体を申し訳程度に隠したティオネさん。

 

「うえっ!?あの、の、の、の...」

 

「ベル君たら。あんなこと言っておいてやっぱり君も興味があるんだろう?」

 

「何をなさっているんですか...」

 

 余りにも刺激が強い光景に視線をそらした先にあったのは、文字通り神の如く美しい体を晒してにやにや笑う神様と、そんな神様の背中に隠れて呆れたような視線を向けてくるリリ。

 

「!...」

 

 謝るべきなのか逃げるべきなのか、いやその前に何処に視線をやればいいのか。

 気が動転して何からすればいいのか分からない僕の耳が微かな水音を拾う。

 ()()()()()()()()()()理性(知性)が止めたのは、僕の体に刻まれた経験(反射)によって振り向いた後だった。

 

 アイズさんがいた。

 一糸纏わぬアイズさんがいた。

 僅かばかりの、だがはっきりとわかる羞恥の感情を表に出したアイズさんが、自分の体を抱きしめるようにして隠している。

 

 その光景に混乱を極めていた僕の脳内は停止した。

 皮肉にも情報が飽和した脳内の思考が全て停止したことで、現状を正しく理解する余裕が生まれる。

 

「ご、ごめんなさあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああい」

 

 正気に戻った僕がしたのは全力で謝罪しながらの逃走だった。

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、はあ」

 

 一度走り出した足は止まらず。

 気がつけば見覚えのない森の中に立っていた。

 いやそもそも18階層に始めてきたのだから、この階層について知っていることの方が少ない。

 後ろを振り返り来た道を戻ろうとするが、深い森の中道らしい道もない。

 ...つまり、これは。

 

「ま、迷った...?」

 

 不味い。大変に不味い。

 この階層が安全階層(セーフティーエリア)として冒険者の休息地点となっていると言っても、ここはダンジョンの中。

 冒険者達()が切り開いた面積など広大なこの階層と比べれば僅かなものに過ぎない。

 このままでは野垂れ死んでしまう。

 

「水音!」

 

 どうするべきか。

 どうやってロキ・ファミリアのキャンプ地点に戻ろうか。

 考えていると水の流れる音が聞こえた。

 水が流れている音がするという事は、この近くにどこかの湖へと繋がる川があるという事だろう。

 ならその川に沿っていけば人のいるところまで行けるかもしれない。

 助かる可能性が出てきたことに喜んで水音の方へと進む。

 

「やった抜け「誰だ!!」」

 

 ガサガサと音を立てながら植物の間を進む。

 ようやく抜けたようで視界が一気に開ける。

 喜んだ僕が見た物は湖とその中にいる人影、そして僕の方に飛んでくる石だった。

 

「...クラネルさん?」

 

 僕の顔の横を通っていった石が木を貫いたことに驚いて固まった僕へと声がかけられる。

 その声に聞き覚えがあった。

 【豊穣の女主人】の店員さんにして、神様がダンジョンに潜るのに手を貸してくれた人。リュー・リオンさんだった。

 

「本当にすいませんでしたぁぁぁ」

 

「なるほど。経緯は分かりした。もう気にする必要はありません」

 

 正気に戻った僕がしたのは全力での謝罪。

 意図したことではないとは言え水浴びをしていた所を覗いた形になるのだ、僕に出来ることなど謝罪しかない。

 本当ならさっきもそうするべきだったのに、逃げ出してしまいその挙句に迷子になるのだから、我ながら情けない。

 そんな僕をリューさんは許してくれた。

 

「.........クラネルさん少しついて来てください」

 

 僕が自分のしたことを後悔しているとリューさんは少し考えこんだ後ついてくるように言って、森の中を進んでいく。

 

「...」

 

「...」

 

「...」

 

「...あ、あの遅くなっちゃったんですけど、こんな所まで助けに来て頂いてありがとうございました」

 

 無言のまま進むことに耐え切れなくなったリューさんへと感謝の言葉を述べる。

 本来ならばもっと早く言うべきだったのだろうが、どうにもリューさんは事情があるようで、自分のことを周囲に知られたくないようだった。

 顔を隠すような装備もそうだし、18階層で出会った時も、僕と目が合うと口に指をあてて何も言わないように手振りで示した。

 

 それも当然か。中層にも潜れる凄腕、少なくともLV.2以上ではある冒険者がダンジョンに潜らず、お店(【豊穣の女主人】)で働いているんだ。

 何か訳があるのだろう。

 

「いえ、お気になさらず。どちらにせよ私もクラネルさんに会って謝りたいことがあったので」

 

「?それってどういう...」

 

「着きました。此処です」

 

 リューさんが足を止める。

 僕達の目の前には少し開けた場所に土が盛られ、そこに大小さまざまな武器が突き立てられていた。

 まさか、これって。

 

「私の仲間の墓です。私は時々彼女達に花を手向ける為にミア母さんから休みをもらっています」

 

「それは...」

 

 知識としては知っていた。

 ダンジョンで死んだ冒険者というのは、そのほとんどがモンスターの餌になる。

 そうでなくともパーティの誰かが死んでしまうような激しい戦いならば、それに巻き込まれて死体が残ることすら稀だとも。

 埋葬する遺体が無い、なんて冒険者にはよくある事。

 だから生き残った人たちは、その人が使っていた装備なんかを代わりに埋めると。

 だが実際目の当たりにすると何とも言えない気持ちになる。

 何か一つ違えば今回僕達も同じ様なことになっていたのだろう。

 

 悲しそうな、悔しそうな、後悔と怒りと悲しみと言いようのない感情が混ざり合った表情で墓を見るリューさんに何を言えばいいのか分からない。

 何を言っていいのか分からない。

 

「かつて私のファミリアは敵対していたファミリアにダンジョンで嵌められ、私以外の団員は皆殺されました」

 

 少しばかり昔話に付き合ってくれますか。

 そう言って始めたリューさんの昔話は思っていた以上に重いものだった。

 

 かつてのオラリオでガネーシャ・ファミリアと双璧を成すオラリオの警察的役割を果たしたリューさんのファミリアは、オラリオを壊そうとする者達からすれば邪魔者以外の何物でもない。

 だからこそ罠に嵌められリューさん以外のファミリアの団員は死んでしまった。

 

闇派閥(イヴィルス)...」

 

「知っていたのですか?」

 

 狩人さんから聞かされた存在が口から零れ落ちる。

 少しだけ驚いたような表情をするリューさんへと、狩人さん(先輩)から聞きましたと言うとリューさんの顔が曇る。

 

「...一人生き残った私は仲間の敵を討つためにありとあらゆる手段を使い、彼らを殺しました」

 

 しばし考えこんだリューさんは頭を振ると再び話し始める。

 闇討ち、罠、奇襲。ありとあらゆる手段で()を殺したリューさんは遂にギルドのブラックリストに載る。

 それは冒険者として活動できないことを意味し、二度と冒険者としてギルドからのサポートを受けられないようになることを意味した。

 それでもリューさんは止まらなかった。

 

 そして最後の()を殺したリューさんは誰も居ない冷たい路地裏で力尽きた。

 仲間を失い、居場所を失い、そして生きる意味(復讐)を失い、無意味に誰にも見られず死ぬ。

 復讐という愚かな行為を行った者に似合いの末路だったとリューさんは嗤う。

 

「だけど...そうはならなかったんでしょう?」

 

「ええ。そんな私に手を差し伸べた人がいた。それがシルです。

 彼女はお店(【豊穣の女主人】)へと私を運び看病してくれました。

 ミア母さんも他の仲間達も()()()の私を受け入れてくれました」

 

 こうしてリューさんが目の前にいるのだからそのまま死んでしまったという事はないはずだが、語るリューさんの瞳が余りにも暗かったからそのまま死んでしまうのではないかと思ってしまった。

 それが無事助けられて話が終わったことに安心する。

 

「クラネルさん。私は貴方に謝らなければならないことがある。ですが言葉にするだけの勇気が足りなかった。

 ここに来たのは仲間達に勇気をもらう為でもあるのです」

 

 胸をなでおろしていた僕とは違い、リューさんはこれからが話の本筋だと口にする。

 しかし謝られること?

 僕には心当たりがない。

 

「貴方の仲間を、家族を...狩人を侮辱したことを謝罪したい。

 ...受け取ってもらえますか?」

 

「狩人さん...について?」

 

 息を吸ってはいて、目を閉じて開いて。

 覚悟を決めたリューさんの口から出た言葉に疑問を覚える。

 リューさんが狩人さんを侮辱?そんなことあったっけ。

 

 首を傾げる僕へと【怪物祭】の日、シルに財布を届けてくれるよう頼んだ後の話ですとリューさんは言う。

 その言葉で思い出した。

 確かにリューさんは狩人という冒険者を知っているのなら危険な人だから近寄らない方がいいと言っていた。

 だがそれが侮辱になるのだろうか。

 先輩にあたる人への評価ではないと思うが、割と的を得ている。

 

 そんな僕の考えを読んだのかリューさんはさらに言葉を続ける。

 

「先ほど私は仲間の敵討ちをしたと言いましたが、その時に仲間への暴言を聞いたのも少なくない。

 そしてその度に私の胸は切り裂かれたかのように痛んだ。

 確かに皆が皆聖人君子だったとは言わない。

 だが彼女らと同じ時を過ごしても居ない相手に何が分かるのかと怒りを覚えました。

 

 ええ、仲間(家族)を貶められる苦しみを知っているのです。

 知っていた筈なのに私はその苦しみをアナタに与えた。

 謝って許されるものではありません。

 ですが私は後悔している。そのことを伝えたかったのです。

 

 狩人は、アナタの仲間は私が思っているような悪逆非道の男ではありませんでした」

 

「...頭を上げてください。その謝罪を受け入れます」

 

 リューさんが頭を下げる。

 その姿は誠意に満ちており、嘘や偽りがあるとは思えない。

 ならば許すことに躊躇なんてない。

 

「ですが私は...」

 

「リューさんが言った言葉なんてヘスティア・ファミリアの冒険者(灰さん達の後輩)をしていればよく聞きますよ。

 もう慣れっこです」

 

「それは...いえ、アナタは強いのですね。

 改めて、クラネルさん。アナタは尊敬に値する人だ。

 この恩は忘れません」

 

「恩だなんて、そんな...」

 

 私に出来ることがあれば何でも手助けしますとリューさんは誓う。

 何でもなんて言われると少しドキっとするからやめて欲しい...あっ。

 

「早速で悪いんですけれど...さっき他の人の水浴びも覗いてしまって...どうしたらいいでしょう」

 

「それは誠心誠意謝るしかないのでは?」

 

 悩みと言えばさっきまでの出来事だ。

 経緯を説明するが返ってきたのは呆れたようなまなざしと極々当たり前の返事。

 ですよね~。

 

 

 

 

 

SIDE レフィーヤ

 

 許さぬ。

 許されぬ。

 許されるはずがない。

 たとえ(ロキ)が許そうとも、団長(フィン)が許そうとも、当事者(アイズ)が許そうとも。

 かの罪人(ベル・クラネル)が許される道理などない。

 

 レフィーヤ・ウィリディスは魔術師である。

 リヴェリアに師事し、森と戯れ生きてきた。

 レフィーヤには(まつりごと)は分からぬ。

 だが厚顔無恥なる邪悪(ベル・クラネル)の気配には人一倍敏感であった

 

「許さない許さない許さない。

 アイズさんの裸体を見た罪をその身で贖えベル・クラネルぅううう」

 

「なんかすっごい怒ってる!?

 いや当たり前だけどすっごい怒ってる!!」

 

 白兎水浴び覗き事件(命名ティオナ)は首謀者(ヘルメス)眷族(アスフィ)にぼこぼこにされ溜飲が下がったことと、必死に謝るベル・クラネルの姿に被害者たちが許したことで一応の決着となった。

 だがその終わりに納得する者ばかりではない。

 アイズを敬愛し、アイズが鍛えたベルをライバル視しているレフィーヤ・ウィリディスもその一人だ。

 いや、正確には彼女の怒り狂う姿に、他の怒りに狂う冒険者達は正気に戻ったのだが。

 とにかく被害者たちへと謝罪し終えたベルは怒り狂ったエルフに追いかけ回されることとなったのだった。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

「逃げ足、はぁ、速すぎ、でしょう。おかげでこんな所まで来てしまったじゃないですか!」

 

 レフィーヤのLVは3。

 本来ならばLV.2のベルが逃げおおせるはずもないのだが、レフィーヤが魔術師(後衛)である事、ベルの強みが足の速さ(俊敏が高い事)で、この追いかけっこは延々と続き。

 気がつけばキャンプ地点から遠く離れた場所まで来てしまっていた。

 

 そのことに怒りの言葉をぶつけるレフィーヤと、なんて理不尽と世の不条理に震えるベル。

 そんな二人のやり取りはどこかからか聞こえてきたモンスターの唸り声によって中断される。

 

「くっ!ベル・クラネル。とにかくキャンプ地点に戻り...」

 

「があああ!!!」

 

 モンスターの声はレフィーヤを怒り狂う少女から歴戦の冒険者へと切り替えさせた。

 不味い。

 自身がLV.3の冒険者と言ってもあくまで魔術師(後衛)

 一対一での戦いで本領を発揮できるほど強くはない。

 ましてや今はお荷物(ベル・クラネル)がいるのだ。

 とにかく今自分がするべきことは仲間のもと(キャンプ地点)に帰る事。

 

 怒りに狂おうともレフィーヤは魔術師である。

 「魔術師は常に冷静でなくてはならない」とはリヴェリア()の言葉であり、未だそれを守れているとは言えない未熟な身であるが、冒険者として為すべきことを考え、その道筋を導き出した。

 

「なっ、モンスター!?まず...」

 

 彼女にとって想定外だったのは二つ。

 一つはレフィーヤが正気に戻った要因(モンスター)が思っていたよりも近くにいた事。

 

「ふう、無事倒せた。大丈夫でしたか?」

 

 そしてもう一つはお荷物と思っていたベル・クラネルが思っていた以上に()()()事だ。

 

「! まさかどこかに怪我を...「寄るな変態、このスケコマシ!!」酷い...」

 

(な、な、な、なんなんですこの男ぉ~)

 

 どこかに怪我をしてしまったのかと寄って来たベルを罵倒したレフィーヤは混乱していた。

 風が吹いたと思ったらすでにモンスターにナイフが突き刺さっていた。

 確かに自分は後衛だ。

 故に前衛の動きについて詳しいわけではない。

 だがロキ・ファミリアの一員として一流の冒険者、いや超一流の冒険者達と肩を並べて戦って来た経験がある。

 その経験が今の動きがランクアップしたての冒険者に出来る物ではないと語っている。

 情けなく自身に追いかけ回されている姿と、モンスターを前にした冒険者としての姿。

 それが結びつかずどういうことなのかと心の中で絶叫する。

 

 レフィーヤの知らぬことではあるが、ベルの戦い方の基本は敵の攻撃を回避してからの一撃でとどめを刺すものだ。

 それ故奇襲も得意とする所であり、レフィーヤの魔力に目が行っていたモンスターなど、どこからでも攻撃してくださいと言っているも同然なのだが、まあ話には関係がない。

 閑話休題

 

「さっきも言いかけましたが、キャンプ地点に戻りますよ。ついてきなさい」

 

「えっ...まだ魔石が「そんなもの置いて行きなさい!!」」

 

 混乱している暇などダンジョンには存在しない。

 体に染みついた習慣に従い、まずはこの場所を離れる。

 僅かに収入源(魔石)に後ろ髪を引かれている馬鹿(ベル・クラネル)を引っ張り歩き出す。

 

 

 

 

 

「これなら十分でしょうか。アナタはここに居なさい。私は上から周囲を確認してきます」

 

「分かりまし「ただし、上を見たらコロス」...はい」

 

 しばらく歩けばいい感じの木を見つけた。

 遭難した時一番最初にするべきは安全を確保する事。

 次にするべきが現在地点を確認することだ。

 これだけ大きい木に登れば周囲の確認もできるだろう。

 

「あの...ウィリディスさんもお気をつけて」

 

「レフィーヤ」

 

「えっ?」

 

「レフィーヤでいいです。同胞(エルフ)でもない相手にそっちの名前(ウィリディス)を呼ばれたくありません」

 

「はい、って早。もう見えなくなった...」

 

 なんなんですか、何なんですか、何なんですか!!

 私より弱いくせに(LV.2のくせに)私より年下のくせに(14歳のくせに)私より冒険者歴が短いくせに(まだ一年も冒険者をしていないくせに)

 なのにあの男(ベル・クラネル)は私を庇おうとする。私の心配をする。

 私がしっかりしなければならないのに、私が守らねばならないのに。

 

 もやもやが心の中に溜まり、その事実に気がついたことで更にもやもやが生まれる。

 

「ああ、もう。これもそれも全部あいつが悪い!!」

 

 一度咆え気持ちを入れ替える。

 

(あそこに湖、あそこに大水晶。なら今私達がいるのは東、それも端に近い所ですか。全くこんな所まで逃げるだなんて、あの男(ベル・クラネル)の足の速さはどうなって...え?)

 

 幸いというべきか上った木から見下ろせば、十分に現在地を把握できた。

 帰り道に算段が付いたことで気持ちに余裕が出来る。

 そうすれば沸き上がってくるのはあの男(ベル・クラネル)への怒りだった。

 

 とにかくこれで戻れる。

 安心すると共に下に降りようとした時信じられない物を目にする。

 

「あれって...闇派閥(イヴィルス)!?」

 

 見覚えのある服装。

 この遠征で戦ったあの服装を忘れるはずがない、否忘れられるはずがない。

 

「あっ...お帰りなさ「明かりを消しなさい!!今すぐ」えっ?あ、はい」

 

 急ぎ木を下りてベル・クラネルが持っていた明かりを消させる。

 あたりに暗闇が戻り、その中で周囲を警戒する。

 ...どうやら気付かれてはいないようだ。

 

(どうする。どうする!!考えろ、考えなさい!!)

 

 暗闇の中考える。

 彼らは何故この階層にいるのか(彼らの目的は何か)

 私達(ロキ・ファミリア)を追いかけてきたのか、それともたまたまなのか。

 

(狙いが私達(ロキ・ファミリア)ならば地上に戻る前に襲撃するだろう。

 ならあまり時間はないはず。

 だけれど私達が狙いなら仲間が毒から回復する前に襲い掛かればいい話。

 ならばたまたまこの階層にいるだけ?

 だったらこの機会を逃せば闇派閥(イヴィルス)の尾を掴むチャンスはないかもしれない)

 

 彼らの後を付けるべきか(これからど)キャンプに戻るべきか(うするべきか)

 

(確実なのは今すぐ戻って仲間を呼ぶこと。だけれど自爆も辞さない闇派閥(イヴィルス)を放っておくことなんて出来ない。

 なら尾行する?

 無関係の人物(ベル・クラネル)を連れたまま?)

 

 躊躇したのは一瞬。

 どちらにせよこの階層に闇派閥(イヴィルス)がいる時点でこの階層も安全とは言えないのだ。

 ましてや森の中に一人で置いておくなど見殺しにするも同然。

 結局のところ巻き込むしかない。

 

「ついて来てください。物音を立てず、気配も消して」

 

「わ、分かりました」

 

 この決断に誤算があるとすればそれは、この男(ベル・クラネル)が思っていた以上に気配を消して隠れるのがうまかった事だろう。

 隣を歩いているのに足音1つ立てないそれは、明らかにLV.2の冒険者の立ち振る舞いではない。

 とは言え、足を引っ張られるよりはよほどいいのだから気にしないことにする。

 

あの、1ついいですか?あの人達って何ですか

 

...知っているか知りませんが闇派閥(イヴィルス)私達(ロキ・ファミリア)と敵対している組織ですよ

 

 あれが!?と声を出した馬鹿(ベル・クラネル)を叱り飛ばし、相手の様子をうかがう。

 男達はまっすぐに歩いている。

 ならばこの先に何か(目的地)があるのだろう。

 しかし元々私達がいた場所から更に東に進んでいるのだから、もうすぐ東端の壁に到達してしまう。

 一体この先に何があると言うのか。

 そんな風に考えながら歩いていたのが悪かったのだろう。

 踏み出した足元には何もない事に気がつかなかった

 

「「なっ」」

 

 落とし穴。

 古典的な(トラップ)に嵌ったのだと理解した時には、すでに浮遊感に包まれていた。

 

「きゃああああぁぁぁぁ...  ?」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 思わず目を閉じ迫りくる衝撃に備える。

 だがいつまで待っても何も感じない。

 いや、衝撃はきたのだが予想していたほどではない。それになんだか温かい。

 ベル・クラネルの声に目を開ければ、目の前に赤いその瞳があった。

 

「な、変態!!女の敵!!放しなさい!!」

 

「いたっ、ちょ、助けたのに。止めて下さ...うわあ!?そ、それ!?」

 

 思わず近くに落ちていた何かで叩く。

 所詮後衛腰も入っていない一撃だと言うのにひどく情けない声を出す。

 そんな私の考えはベル・クラネルが私の持っている()を指さしていることに気がつくと消し飛んだ。

 

「きゃあ!!」

 

 悲鳴を上げてその()()()を放り出す。

 骨だ。

 いや白骨化した死体というべきか。

 よく見ればこの落とし穴の底にはいくつもの骨と冒険者の装備、それにモンスターのドロップアイテムが液体につかっていた。

 

「熱っ!まさかこれ溶解液!?」

 

「レ、レフィーヤさん。あれ...」

 

 放り出した骨が立てた飛沫がかかった所が熱されたような痛みを持つ。

 その痛みにこの穴の底に溜まっている液体の正体に気がつくと同時に、ベル・クラネルが震える声で頭上を指さす。

 視線を下から上にあげれば、10M(メドル)は上に私達が落ちてきただろう穴があった。

 あれだけ高くては流石に跳躍(ジャンプ)しても届かない。

 何とか抜け出す方法を考えなければこのまま溶かされてしまうだろう。

 

 だがそんな未来のことを考える前に対応するべき()()が頭上にあった。

 それをなんと表現すればいいだろうか。

 無理に言葉にするのならば鞭と目玉。

 だが()()を表現するのに最も適した言葉は化け物(モンスター)だろう。

 

「あ、あんなの聞いたこともない、まさか新種のモンスター!?」 

 

(ダンジョンで出会った極彩色のモンスターの同類!?

 まさか()()()()()がモンスター?

 なんてこと罠にかかった、いや門番に見つかってしまった!!)

 

 このモンスターがこんな所(18階層の東端)に存在する理由は、闇派閥(イヴィルス)が門番として利用しているからに違いない。

 何も知らずに偶々ここに近づいた冒険者、いやモンスターまでも捕食し秘密を守る守護者。

 その手中に、いや文字通り胃の中に落ちてしまった。

 

▬▬▬▬▬▬▬▬▬!!!」

 

「ぐっ!」

 

「レフィーヤさん!!」

 

 叫び声と共にモンスターが鞭をしならせ襲い掛かる。

 金切声に硬直していたせいでもろに食らい、ベル・クラネルが心配そうな声を上げる。

 

「こっちの心配をしている場合ですか。まずは貴方の心配だけをしていなさい」

 

「は、はい」

 

 ふざけた話だ。

 LV.2の冒険者が(LV.3の冒険者)を心配している。

 幸い鞭は速さはあれど重さはない。

 立ち上がり一喝すれば目の前に迫った攻撃を避け切る。

 

「はあ!!うわ!?」

 

「何やっているんです。それでもLV.2ですか!!」

 

 いっそ憎たらしいほどの素早さ。

 だが鞭を避けた後攻撃しようとして逆に一撃を食らう。

 思わず罵倒するが、仕方のない事でもある。

 

 【未完の少年(リトル・ルーキー)】ベル・クラネルは未だ冒険者となって半年と経たない新米(ルーキー)だ。

 初見のモンスターを相手に戦う経験を積んでいるはずもない。

 

「いいですか。初見の敵が相手でも、いえ初見の相手だからこそ相手の動きをしっかりと見て攻撃をかわすことに集中しなさい」

 

「初見の相手...しっかり見て躱す...」

 

(!? 本当になんなんですこの男。さっきまでの無様な姿が嘘みたいに洗練された動きになった!?)

 

 助言(アドバイス)のおかげか、先程までの浮足立った動きから落ち着いた動きへと変わったベル・クラネルに衝撃を受ける。

 避ける、避ける、避ける。

 先程までのステイタス(俊敏)に任せた力技ではない。

 相手の攻撃、その予備動作、更にその前の動きまで見ることで成り立つ、相手の攻撃が来る前から避ける回避。

 

 ──レフィーヤが知る由もないが、彼女の助言(アドバイス)はベルに刻まれた先達(灰達)からの教えを思い出させる物であった。

 即ち「相手の動きを見続けろ。見て、見て覚えてから反撃しろ」

 焦りと混乱から忘却した教えを思い出せば避けられない攻撃ではない──

 

「はあ!!くっ...レフィーヤさん。僕のナイフじゃ、攻撃が通りません!!」

 

「仕方ありませんね。なら私が魔法を使います(詠唱します)。時間を稼いで」

 

 ベル・クラネルが鞭を避け反撃(カウンター)を食らわせる。

 だが鞭に弾かれ逆に隙を晒す結果に終わった。

 仕方がない。

 そもそも大きさも、重さも、速さも違いすぎるのだ。

 魔石(弱点)ならばともかく、ナイフでは傷を負わせることは出来ないだろう。

 ならば私の魔法が必要になる。

 

【解き放つ一条の光、聖木の弓幹(ゆがら)

 

「はあ!!ふっ、くっ...」

 

 魔法の詠唱を始めると同時に私へと攻撃が殺到する。

 やはり食人花(ヴィオラス)と同じように魔力に反応しているのだろう。

 その攻撃をベル・クラネルが何とか防ぐ。

 拙いその防御に焦りの心が生まれかけるが、不安を押し殺す。

 

 魔術師は常に冷静でなくてはいけない。

 前衛(冒険者)を信じ、詠唱を途切れさせず、集中を途切れさせず。

 それが魔術師の仕事。

 

【汝、弓の名手なり!狙撃せよ、妖精の射手】

 

「ぐ、ぐわあっ」

 

【っ!!穿て、必中の矢】

 

 詠唱を続ける。

 目の前のあの男が防ぎきれず攻撃を受けても、そのことで焦りが生まれても。

 もう少し、あと少しで詠唱が終わる。

 

「きしゃあああああ」

 

「くっ...しま...」

 

 なのに迫りくる攻撃に途切れさせてしまう。

 目の前に迫るモンスターの鞭。

 それに対応しようとした時私の前に立ちはだかる人影があった。

 

「うおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

「! ベル・クラネル!?」

 

 ベル・クラネルだった。

 その手には大戦斧。

 一体そんな物(武器)どこから...

 私の疑問の答えは()()()()()()()()()()

 冒険者の遺品。

 それを手にベル・クラネルは再び立ち上がった。

 

「ファイアボルト、ファイアボルト、ファイアボルト!!!」

 

(な、なんですそれ!?)

 

 一体何回目かもわからない驚愕。

 今この男は詠唱も無しに魔法を使った。

 いやそれどころか連射すらしてみた。

 

(なんて出鱈目、なんて無茶苦茶。最早卑怯という言葉ですら間に合わないズルじゃないですか!?)

 

「...レフィーヤさん、詠唱を。僕の魔法じゃ頭上高くにいるあいつを倒せない。だけどもう後ろには攻撃を通しません。

 だから魔法を、あいつを倒せるだけの魔法をお願いします!!」

 

 なんですかそれ。

 今日一日で何回思ったか分からない言葉をもう一度だけ思い浮かべる。

 私は貴方が嫌いです。

 私より弱いくせに恰好を付けて、魔術師の私よりもずっとズルい魔法を持ってて、よそのファミリアな(ロキ・ファミリアじゃない)のにアイズさんに面倒を見てもらって。

 だけど。だけどそんなことを言われたら信じるしかないじゃないですか。

 信じて魔法を詠唱するしかないじゃないですか。

 

【解き放つ一条の光、聖木の弓幹(ゆがら)。汝、弓の名手なり】

 

「ふぅ!はぁ!!

 レフィーヤさんの詠唱に引き寄せられているのなら、来るところが分かっているのなら、防げない訳じゃない。

 それにこの武器(大戦斧)なら防ぎきれる!!」

 

【汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手】

 

 モンスターが叫ぶ。

 雨のような攻撃が私を襲う。

 だけれどその一つも私に届かない。

 全て前衛(ベル・クラネル)が撃ち落とす。

 ああ、本当に。そんなことされたら私もあいつを倒さなくちゃいけないじゃないですか。

 

【穿て、必中の矢。──アルクス・レイ】

 

 詠唱が完成した。

 光の矢が迫る。

 それをモンスターは受け止めた。

 失敗!?いや。

 

「だったらどうしたって言うんですか!!押し切りますよ!!」

 

 関係ない。

 私の魔法はそんな物じゃ止められない。

 ベル・クラネルが稼いだ時間で詠唱した魔法はそんなもので止まらない。

 

「きしゃあああああ」

 

「っ!壁が!?

 まさかこの穴ごと私達を押し潰す気!?」

 

 止められないと理解したのだろうか。

 モンスターが叫ぶと同時に穴が揺れる。

 7M(メドル)程離れていた壁が徐々に狭まる。

 

 関係ない。

 その前に撃ち抜いて見せる。

 そう思った時に気がつく。

 前衛(ベル・クラネル)がいない。

 

「うおおおおおおぉぉぉ!!ファイアボルト!!!」

 

 火炎が広がる。

 私の魔法(アルクス・レイ)と反対の方向からベル・クラネルの魔法(ファイアボルト)が撃ち込まれた。

 見れば魔法を打った本人(ベル・クラネル)が空中に浮いていた。

 いやあれは跳躍(ジャンプ)した!?

 確かに先程までとは違い壁と壁の間は狭まり、やろうと思えば何度も壁を蹴り続けることで高く跳躍することは出来るだろう。

 そうして近づけばあの魔法(ファイアボルト)でも相手にダメージを与えられる。

 

「きしゃあああああ!!」

 

 だけど余りにも隙だらけだ。

 空中では動くことも、避けることも、方向転換することもできない。

 そんな獲物を狙ってモンスターが攻撃を仕掛けようとする。

 

 ああ本当に気に食わない。

 (魔術師)を信じないでとどめを刺しに行ったベル・クラネルも、そんなベル・クラネルにつられてよそ見をするモンスターも。

 何よりベル・クラネルにそんな無茶をさせてしまった私が一番気に食わない。

 

 ふざけるな。

 (レフィーヤ・ウィディス)は、私の魔法(アルクス・レイ)は、私のファミリア(ロキ・ファミリア)はそんなことを許すほど優しくない!!

 

「消し飛べええええええ!!」

 

 

 

 

 

「...生きてますか。ベル・クラネル」

 

「はい、何とか...」

 

「ごめんなさい。こう戦闘の高揚でテンションがおかしくなって危うく巻き込む所でした」

 

「いや、僕も射線上に出たのも悪かったですし...」

 

 二人並んで(18階層の天井)を眺める。

 幸いというべきか。

 あのモンスターを倒すと同時に穴から放り出されるように脱出に成功し、私達はこうして生きている。

 こうして戦いが終わった後落ち着いて考えてみれば、仲間(ベル・クラネル)がいたと言うのにあれだけの火力の魔法を撃ち込んだのはどうかしていた。

 謝る私へとベル・クラネルもまた「僕も迂闊でした」と謝罪する。

 

「何の騒ぎ...お前は【千の妖精(サウザンド・エルフ)】!?」

 

「まあ、あれだけ暴れればバレ...ますよね」

 

 そうして休んでいると闇派閥(イヴィルス)がやって来た。

 まあ、当たり前ですよね。

 あれだけ激戦を繰り広げていたんですから、バレない方が驚きだ。

 

「クソっ!!食人花(ヴィオラス)を出せ!!」

 

 闇派閥(イヴィルス)が叫ぶと同時に食人花(ヴィオラス)が現れる。

 こっちは立つのもつらいと言うのに。

 せめてベル・クラネルだけでも逃がさなくては。

 

「死ね!!冒険者共!!」

 

「ベル・クラネル。貴方だけでも「そこのエルフ。クラネルさんとそこにいなさい」え...?」

 

 食人花(ヴィオラス)は魔力に反応しますから、詠唱すればこっちに引き付けることぐらいはできるでしょう。

 ベル・クラネルへと逃げるように言おうとした時でした。

 目にもとまらぬ斬撃が走り、食人花(ヴィオラス)が吹き飛ばされました。

 

 まさかアイズさん達が助けに来てくれた?

 私の淡い期待は助けに入ってくれた冒険者の姿を見ると同時に砕かれます。

 覆面をした見覚えのない冒険者。

 彼女は私に動かないように言うと、次々と食人花(ヴィオラス)を倒していきます。

 

「リュー...さん?」

 

 ベル・クラネルの名前を呼んだことからそうだと思っていましたが、やはり彼の知り合いの様です。

 次々と食人花(ヴィオラス)を捌きながら魔法を詠唱する姿を見ればその強さが分かります。

 

 ああ、本当に私達はまだまだ未熟(頂は高く遠い)ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

おかしいですね?
私の予定ではこの話のメインはリューさんになるはずだったのですが
気がつけばレフィーアの話が半分ほどの量を占めています
これから先の展開上18階層に闇派閥がいる必要があったから書いた話のはずが...どうしてこうなった

しかしレフィーアさんヒロインポイント荒稼ぎしていった気がしますね
元々この小説のヒロインはヘスティア様を予定していたのですがいまいち影が薄い気が...
全く物事とは予定通りにはいかない物ですね?

それではお疲れさまでしたありがとうございました





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18階層の死闘 上

漆黒兜(ハデス・ヘッド)

アスフィの手によって作られた黒い兜
魔道具であり被った者は姿が見えなくなる

戦いにおいて姿を見られないことがどれだけ有利になるかは今更説明する必要はないだろう
だがあくまで透明になるだけで攻撃は当たる
また気配まで消すわけではない

つまるところは使い方次第なのだ

誤字脱字報告いつもありがとうございます。






 

「...あれ?」

 

 何時しか見慣れたテントの中で目を覚ます。

 頭がガンガンして体中が痛い。

 これまでの経験からして間違いなく気絶していた。

 気絶からの覚醒に慣れ始めている僕自身に少しばかり怯えながら現状を把握しようとする。

 えーっと?

 どうして僕はまた気絶していたんだろうか。

 

「ベル君!!大丈夫かい?凄い戦いをしたんだろう?もう少し寝てた方がいいんじゃないかな」

 

「神様...戦い?」

 

 僕が目覚めたことに気がついた神様はコップに入った水を差しだしてくれる。

 美味しい。カラカラの喉に染み渡るような冷たい水をありがたく飲む。

 水を飲み干した僕を心配そうに見る神様の言葉に何があったのかを思い出す。

 

 レフィーヤさんに追いかけ回された先で闇派閥(イヴィルス)を見つけた。

 そして僕達はその闇派閥(イヴィルス)が操るモンスターと戦って勝利した。

 だけれどボロボロだった僕とレフィーヤさんへと闇派閥(イヴィルス)は更にモンスターをけしかけた。

 絶体絶命のピンチに助けに来てくれたのがリューさん。

 それから...どうしたんだったか。

 こうしてテントで横になっているという事は、僕は気絶しちゃったって事だと思うんだが。

 

「いやあ、びっくりしたよ。エルフ君が君を背負って運んでくれたんだ」

 

 神様は「心配したんだからな!」と怒りながら喋っている。

 多分だけれど、リューさんが助けに来てくれたことで安心して気絶してしまったんだろう。

 最近気絶してばっかりだな。

 そんなことを考えているとふと重要なことに気がついた。

 

「か、神様今日はいつですか、僕はどれくらい寝てたんですか!?」

 

「え?リヴィラの街に行った日の次の日だよ。今ロキ・ファミリア(ロキの子ども達)は地上に向けて出発準備で大忙しみたいだね。このテントは最後まで残しておいてくれるそう「っ!!」」

 

「あっ、ちょっとベル君!そんな急に起きたら...行っちゃった...もう!」

 

 神様の言葉を聞くと同時に飛び起きテントを飛び出す。

 急げ、急げ。

 解体されつつあるキャンプ地点を駆けていく僕を変なものを見るような視線が貫くが、関係ない。

 寝ていた(気絶していた)のに急に走り出したことで、体中から不満(痛み)が噴出するが、関係ない。

 走れ、走れ、走れ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、ア、アイズさん。よ、よかった...」

 

「...ベル?」

 

 そうして走っていると地上に向けて出発する準備の為忙しく人が走り回る中でも、燦然と光り輝く金髪が目に入る。

 僕の探し人。

 アイズさんだ。

 良かったまだ18階層(ここ)にいた。

 

「アイズさんはもう出発するんですよね?」

 

「うん。最初に出発する組に入ってるから」

 

 出発のための準備で忙しかったらどうしようかという僕の心配は、アイズさんの「もう私の準備は終わってるから...」という言葉で解消される。

 なんにしてもよかった。もう出発してしまっていたらどうしようと思っていた。

 

「その、挨拶をしようと思いまして。アイズさんが助けてくれなかったら僕は、僕達は、ダンジョンの中で死んでいた筈です。本当にありがとうございました」

 

「うん」

 

 思えばアイズさんには何度となく助けられている。それをいつか返せる日が来るのだろうか...

 いや()()()なんて言っていてはダメだ。必ず恩を返せるくらい強くなる。そう決意する。

 

「ベル・クラネル!またアイズさんに迷惑をかけて!!アイズさんは今忙しいんです!!!」

 

 急な大声に耳がキーンとなる。

 びっくりして耳を塞いで目を閉じると体が揺さぶられる感覚。

 何とか目を開けると鬼のような形相で僕を揺さぶるレフィーヤさんがいた。

 

「うわ!?...ああ、レフィーヤさんですか。レフィーヤさんは大丈夫だったんですか?」

 

「な!?ま、またそんなことを言って...げんきですよ」

 

 僕を元気に揺さぶっている姿には大きな怪我なんかは無いように見える。

 良かった。

 よく事情は分からないが僕とレフィーヤさんが危機的状況にあったのは確かだったのだから。

 気絶した僕が無事にテントで寝かされていたことから、僕が気を失った後に酷い事にはならなかったんだろうと思っていたがこうして無事が確認できて一安心だ。

 

「そういえば僕が気絶した後何があったんですか?

 あの闇派閥(イヴィルス)って何なんだったんですか?

 あの場所に何かあったんです「五月蠅ああああああい!!!」

 

 安心したら気になることが次々出てきた。

 話を知っていそうなレフィーヤさんに聞こうとしたのだが、余りにも次々聞き過ぎた所為だろう怒られてしまった。

 

「貴方はヘスティア・ファミリアの人間(ロキ・ファミリアの人間じゃない)でしょう!?

 そんな人に何でもかんでも知らせる訳にもいかないくらい分かりなさい」

 

「はい...」

 

 正論だった。

 ぐうの音も出ない正論だった。

 

「ああもう!!そんな顔して。放っておいたらまた無茶するんでしょう!?少しだけ教えてあげます。

 あの後仲間(アイズさん達)が来てあの周辺を調べましたが。

 ()()()()()()()()()()

 

「え...?

 ちょ、ちょっと待ってください、あの...僕達が闇派閥(イヴィルス)を追いかけた先の場所のことですよね!?

 何もなかったってどういう...」

 

「言葉通りですよ。

 何も見つけられなかったんです」 

 

 あまりにもしょげた顔をしていたからだろうか、レフィーヤさんは「無闇に吹聴しないでくださいね」と釘を刺しながらも教えてくれた。

 だけれど、何もなかった!?

 

 そんな訳ない。

 闇派閥(イヴィルス)があれだけモンスターを用意して、あの場所を隠そうとしていたんだ何もない訳がない。

 いや、そもそもあの場所までどうやってモンスターを運んだのか。

 あれだけのモンスターを移動させたのなら何かしらの跡が残るはずだ。

 それも見つからなかったと言うのか。

 

「言っておきますが、これはロキ・ファミリアの精鋭達が総出であの場所を探し回った末に出した結論ですからね。

 あなたが一人であの場所に行って調べたところで何か出てくるわけないんですから止めなさい」

 

「うう...はい」

 

 混乱している僕へとレフィーヤさんが鋭い視線を向けて言う。

 確かにロキ・ファミリアの人達ならば僕とは比べ物にならないくらい斥候(レンジャー)に長けている。

 そんな人達が探しても何も見つからなかったんだ。

 僕が探しに行ったところで何も見つからないどころか、あの場所に行く途中で迷子になるのがオチだろう。

 一分の隙も無い正論だった。

 

「...なんですかその顔は。

 勘違いしないでくださいよ。ロキ・ファミリア(私達)はあそこに何もないと思ったから地上に帰るんじゃないんです。

 なんの備えもなしに探し回った所で何も見つからないと思ったから、一度地上に戻るだけ...」

 

「レフィーヤ。話し過ぎだよ」

 

 レフィーヤさんは話している途中でアイズさんに窘められてしまった。

 しまったと言った顔をするレフィーヤさん。

 

 そうか。

 ロキ・ファミリアの人達は諦めたんじゃなくて更なる調査のために準備をする為に地上に戻るのか。

 なら僕も安心できる。

 

「う、う、うう~...と、とにかく。LV.2になったばかりのあなたの手に負える物ではありません。

 ロキ・ファミリア(私達)のような上級冒険者に任せて、無事に地上に帰ることだけを考えなさい」

 

「分かりました」

 

 尤もな言葉だ。

 それに僕だって身の丈に合わない事件に首を突っ込もうとは思わない。

 今僕が気にするべきは地上に戻るまでの安全の確保だ。

 

「...レフィーヤとベル。なんだか仲良しになった?」

 

「「えっ!?」」

 

「そ、そんな訳ないじゃないですか。こんなスケコマシ、女の敵、変態男と仲がいいなんて。

 アイズさんの勘違いです」

 

「酷い...」

 

「でもちょっと楽しそう」

 

 レフィーヤさんの言葉に頷いていると、アイズさんがビックリするような発言をした。

 レフィーヤさんは全力で否定するが、アイズさんは「これからもレフィーヤをよろしくね?」なんて僕に頼んでくる。

 僕としては同じ冒険者として仲良くしたいとは思っているけれど、この様子を見る限りレフィーヤさんは僕のことを嫌っていると思うんですけど?

 

 だけれどアイズさん曰く照れ隠しをしているだけだそうだ。

 そんなアイズさんの言葉にレフィーヤさんが反論しようとした時、キャンプ地点に笛の音が響いた。

 

「これは...?」

 

「出発の合図だね」

 

 出発の合図。

 それはつまりアイズさん達が地上に帰る時が来たという事。

 今でこそこうしてこうして親しく喋らせてもらっているが、本来ならばLV.2の冒険者()上級冒険者(アイズさん)

 この二つは交わるものではない。

 お別れの時間という事だ。

 

「あの...お気をつけて」 

 

 もっと言いたいことがあったはずだ。

 だけれど僕が絞り出した言葉はあまりにも陳腐な言葉だった。

 

 お気をつけてってなんだ。

 アイズさんを心配できるような身分じゃないだろ。

 心配されるべきは僕の方だ。

 口から出た言葉に後悔していると少し嬉しそうにアイズさんは頷く。

 

「うん...ベルも気をつけてね」

 

 アイズさんが行く。

 その背中は先ほどまで話していた距離と大して変わらないはずなのに、ひどく遠く感じる。

 どれだけ走っても、どれだけ追いかけても、追いつけないような。

 僕とアイズさんの間にある格差を見せつけられたようで少し寂しくなる。

 

「なんて顔ですか、全く。そんな様で私の好敵手(ライバル)のつもり「え?何時から僕レフィーヤさんの好敵手(ライバル)になったんです?」煩いですね。

 私は貴方には負けたくないんです。なら好敵手(ライバル)でいいでしょう」

 

 そんな僕の顔を見れた物じゃないとレフィーヤさんは罵倒する。

 というか何時から僕とレフィーヤさんは好敵手(ライバル)になったのだろうか。

 そんな僕の疑問は全く顧みられず、強引に好敵手(ライバル)と定められてしまった。

 

「...いいですか。一度しか言いませんからね。ありがとうございました。昨日のあの戦い、あなたがいなければ生き延びることは出来なかったでしょう。

 それとごめんなさい。私の振る舞いは礼儀を欠いた物でした」 

 

 呆然とレフィーヤさんの顔を見ていると、レフィーヤさんは頭を下げる。

 何か言わなければならない。

 だが何を言えばいい?

 

 僕の方こそと返すか?

 もうしないでくださいねとくぎを刺すか?

 頭の中がばらばらで考えが纏まらない。

 あ、とかう、とか声の断片を幾つも溢してようやく十分な言葉を口にする。

 

「ありがとうございました」

 

 そう感謝だ。

 ありとあらゆるものへの感謝。

 僕は未熟だ。

 だからありとあらゆるものを吸収して成長できる。

 だけど僕は未熟だ。

 だからありとあらゆるものに先導してくれる先達に感謝しなくてはいけない。

 

 ようやくまとまった言葉を口にした僕を眺め、レフィーヤさんは先に出発するロキ・ファミリアの隊列に入っていく。

 僕はその背中が見えなくなるまでずっと見送った。

 こうして短いようで長かった僕達とロキ・ファミリアの人達との生活は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 という訳でもなかった。

 そもそもさっき出発したのは最初に出発する精鋭と呼ばれる人達だ。

 その後に荷物を運ぶ人達(所謂荷物持ち)や、最初に出た人達以外の人達(所謂二軍)はまだ出発しない。

 そしてその人達が出発するまで、僕達に貸し出されているテントは使っていてもいいそうだ。

 このテント一つでも僕達ではどう頑張っても買えないだろうに、それをぎりぎりまで貸してくれるロキ・ファミリアの人達の太っ腹ぶりには頭が下がる。

 とは言え今日中にロキ・ファミリアの人達は全員出発する予定なのだから、テントの中を整頓しておく必要がある。

 

「戻りました、神様...神様?」

 

 話の途中でテントを飛び出してきっと怒っているだろうなという僕の考えとは裏腹に、テントに戻った僕を迎えたのは誰も居ない空間。

 幾らこの階層が安全階層(セーフティーエリア)と言えども、神様(ヘスティア様)はギルドによってダンジョンへの立ち入りを禁じられた神様(超越存在)だ。

 ふらふらと何処かへ行くような真似はしないはずだが?

 

「神様~?か~み~さ~ま~?

 ...いないな、どうしたんだろう?」

 

 何人も眠れる豪華な広いテントとは言え所詮はテント。

 その中の広さなどたかが知れている。

 幾度となく名前を呼べば当然聞こえているだろうに返事の一つもない。

 テントから出て周囲を探索するべきか?と思っているとテーブルの上に見覚えのない紙が一枚置いてあった。

 

「大変だ!」

 

 それを拾い上げ読むと同時に僕はテントから飛び出す。

 手紙にはこう書かれていた

 

リトル・ルーキーへ。お前の大事な女神様は預かった。返してほしくば一人で中央の大樹の真東。一本水晶まで来い

 

 本当ならロキ・ファミリアの人達かそれともヴェルフにでも相談するのが賢いのかもしれない。

 神様を攫った奴らがいったいどんな奴らかは知らないが、(超越存在)を傷つけるのはこの地上で最も重い罪だ。

 それこそ灰さん達でもなければ、おいそれとは犯さない罪。

 そんな罪を犯すとは思えなかったけれど、それでも一人で来いと書かれていたんだ。

 万一の可能性があるのならば僕はそれを恐れる。

 

 なんて言うのは後から付け加えた道理で。

 僕の頭の中は手紙の文面を見た時からずっと真っ白だった。

 

「はぁ、はぁ...大樹の真東...あれが一本水晶か」

 

 がむしゃらに走っていれば大きな水晶が地面から生えているのが遠くからでも見えた。

 そしてその近くに人が集まっているのも。

 あれが犯人の指定した一本水晶だろう。

 

「...待っててください神様。今行きますから」

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

「おう、リトル・ルーキー来たか。どうやら約束通り一人みたいだな?」

 

 大樹の根を登り屯っている人達をかき分けたどり着いた先に待っていたのは厳めしい顔つきの男。

 モルドだった。

 

「神様は」

 

「安心しろ。幾ら俺だって女神様に手を出すほど罰当たりじゃねえ。お前の女神様は無事だ」

 

 睨みつける僕に対して「怖い、怖い」とおどけるようにしてモルドは安心するように言う。

 やはり神様に危害を加えるまではするつもりはなかったらしい。

 

 だが、出発が近くてバタバタしていたとはいえロキ・ファミリアのキャンプ地点に忍び込み、神様を攫ったんだ。

 どう考えてもこのまま神様を返すという事はないだろう。

 それにモルドにロキ・ファミリアの人達の目を欺けるほどの技術があるとも思えない。

 何かカラクリがあるはずだ。

 気を抜くことは出来ない。

 

「それで?僕に何をさせようと?」

 

「大したことじゃねえ。俺はお前が気に食わない。お前も俺が気に食わない。

 冒険者ならやることは一つだ。

 決闘だ!!

 俺が勝ったらお前の身ぐるみ(装備)ひっぺはがしてやる」

 

「...じゃあ僕が勝ったら神様は返してもらいます」

 

 モルドは宣言する、一対一の戦い(決闘)だと。

 今僕達を囲んでいる人達がモルドを止めようとしないという事は、この人達もモルドと一緒(僕が気に食わない)という事だ。

 これだけの数に襲い掛かられたら流石に勝ち目はない。

 それを思えば僕にとっても都合がいい。

 ...一対一(決闘)という宣言がどこまで信じられるかは別の問題だが。

 

「だが勘違いすんなよ。今から始まるのは戦いじゃない。

 生意気なお前を嬲る見世物(ショー)だ!!」

 

「っ!...!?」

 

 僕が武器を構えると同時に大振りの一撃が飛んでくる。

 それを避けた僕は驚愕した。

 攻撃してきた相手(モルド)がいない。

 

 馬鹿な。

 確かに回避のために目を離した。

 だがそれは一瞬だけだ。

 到底どこかに隠れる時間など無かった。

 いやそもそも今僕がいるこの場所は開けたステージの様な場所。

 隠れるところなど、どこにもない。

 

「ど、どこに隠れた!?「こっちだ間抜け」ぐっう...!?」 

 

 背後(後ろ)頭上()も確認すしたがその姿は見つからない。

 周囲をどれだけ探してもどこにもモルドの姿はない。

 まさかこの場所から飛び降りたのだろうか。

 そんなありえない考えが頭をよぎると同時に()()()()()モルドの声がする。

 考えて動いたわけじゃない。

 体に染みついた反射で攻撃を防ぐ。

 

「へっ!流石はリトル・ルーキー様ってか!?」

 

(ありえない!?何もない所から攻撃されている!?)

 

 受け止め、弾き、避ける。

 何処にもいないはずのモルドからの攻撃をいなした僕は跳躍して距離を取る。

 追撃は無かった。

 どういうことだ。

 僕の視界の外(死角に潜んでいる)からの攻撃、などという領域ではない。

 確かに何もない目の前から攻撃を受けた。

 

 僕が困惑していても関係ないとモルドの声と攻撃は止まない。

 見えもしない攻撃にどう対応すればいい!?

 

(落ち着いて、焦らず相手の攻撃を避けることだけ考えなさい)

 

 昨日レフィーヤさんに言われた言葉がパニックになりかけた頭を落ち着かせる。

 そうだ一度避けられたんだ、もう一度できない道理は無い。

 

「どうした、どうした!?避けてるだけじゃあ俺は倒せないぞ!!」

 

 避ける、避ける、避ける、避ける。

 モルドの攻撃は土を巻き上げ、水晶(クリスタル)を砕く。

 だが僕を捉える事はない。

 姿が見えないという事で焦っていたが、落ち着けば見えないだけ、なんてない攻撃だ。 

 灰さん達との訓練の方がよっぽどつらい攻撃が飛んでくる。

 とは言えどうするか。

 モルドの言う通り避けていた所で相手を倒すことは出来ない。

 

 攻撃を避けて反撃する?

 何処にいるのかもわからない相手に?

 下手に攻撃すればそれこそ手痛い反撃を受けるだろう。

 戦う時は相手の動きをよく観察して動きを見切ってから攻撃をしろ、というのが灰さん達の教えだ。

 だが相手の動きが、いや相手が見えないときはどうしたらいいんだ。

 

「...」

 

 何かが気になる。

 喉の奥に骨が刺さったような違和感。

 一体何に引っかかっていると言うのか。

 

「糞が!!見えねえ攻撃がどうして当たらねえ!?」

 

 僕が攻撃を避け続けたことに焦れたモルドが吐き捨てる。

 ...当たらない? 

 そうだ確かに僕はさっきからずっと攻撃を避け続けている。

 だけれど、どこから来るか分からないはずの攻撃をどうして避けられる?

 

 意識する。

 自分の体を、自分の体の動きを、無意識に任せていた回避を意識する。

 攻撃の前兆は無い。

 否、感じる。

 敵意を、モルドの足音を、武器が切り裂く空気の音を。

 

 そうか。

 見えないことばかりに意識が行っていた。

 だけれど姿が見えないだけ。

 消えてしまったわけではない。

 見えなくても確かにそこにいるんだ。

 ならばやりようはある。

 

 攻撃を避けた動きに紛れさせて、気がつかれないようにモルドが砕いた水晶のかけらを拾う。

 迫ってくる敵意。

 聞こえる地面を踏みしめる音。

 そしてモルド自身の声。

 間違いない。

 モルドはそこにいる。

 

「いつまでも逃げられると思って...ぐわ!!」

 

 手の中に隠した水晶(クリスタル)のかけらを顔があるだろう場所に投げつける。

 どうやら命中したようだ。

 うめき声と怯んだような気配。

 

「てめえ...よくも...ガッ!!」

 

 息を吸い、息を止める。

 大きく踏み込み拳を叩きつける。

 

 狼さんから習った仙峰寺拳法『拝み連拳』だ。

 尤も未熟な僕では一発撃つのが精いっぱい。

 連拳というよりも拝み拳とでも言うべきものでしかないが。

 

 だがその威力は折り紙付き。

 狼さんとの訓練で幾度となく叩き込まれた僕にはわかる。

 拳から感じる感覚からして狙い通り腹に入った一撃は、しばらくの間動くこともままならなくなるのに十分な一撃だ。

 

「僕の勝ちです。さあ神様を返してください」

 

 倒れこむ音を頼りにモルドを探せば奇妙な手ごたえがあった。

 それを引っ張ると目の前にはモルドが現れ、僕の手の中には黒い兜が現れた。

 これがモルドの姿が見えなかったカラクリの種だったようだ。

 ヘルムを投げ捨て、僕の拳を受けた所を抑え悶絶するモルドへと武器を突きつけ勝利を宣言する。

 

「おいおい」「勝っちまったぞ」「ど、どうする」

 

「ざまあねえな!!」「流石はベル殿です!」

 

 周囲からどよめきと歓声が上がる。

 聞き覚えのある声に視線をやれば、ヴェルフと桜花さん達がいた。

 どうやら僕の後を追ってきたようだ。

 

「てめえ...」

 

「“べる”殿危ない!」

 

「なっ...」

 

 九郎の叫びに後ろを振り向けば。

 ヴェルフ達に気を取られた隙にモルドが起き上がっていた。

 その手には武器が握られている。

 この短時間で回復したのか!?

 

 不味い。

 この距離じゃ避けるのも間に合わない。

 せめて急所だけでも防御して。

 そう思った時だった。

 

止めるんだ。子ども達、それ以上はもう止めなさい

 

 凄まじい威圧と共にすべての人物の行動を静止した存在がいた。

 その圧に僕もモルドも、それ以外の人物も動きを止めて視線を向ける。

 小さな体にいつもは二つ結びにしている美しい髪をほどいた神様がそこにいた。

 

 感じるのは神威。

 神様(超越存在)のみが発する神の気配とでも言うべきもの。

 神様の存在がばれないようにと抑え込んでいたそれをいつもの様に、いや、いつも以上に発しながら神様は命じる。

 

「「「う、わああああ~」」」

 

「ちょ、ちょっと待て。置いて行くな!!」

 

 最早ただの威圧だけに終わらず()()()()()すら感じるそれは、(モルド)が倒されて士気が落ちていたモルドの仲間達が逃げ出すには十分すぎる物で。

 気がつけば人数差が逆転したことにモルドも仲間を追いかけ逃げていく。

 

「ふぅ...」

 

「神様!!無事でしたか」

 

 息を吐き神威を納めた神様に駆け寄る。

 自分で立って歩いているから大怪我をしている訳でもないのだろうが、心配は心配だ。

 

「ベル君!君こそ無事かい」

 

「...なあにが「君こそ無事かい」ですか。リリがいなければ今でも捕まったままだったでしょうに」

 

 駆け寄った僕を神様は抱きしめる。

 先程までの超越存在的な空気はどこかに行ってしまったようで、何時も通りの神様だ。

 何とかして神様の抱擁から抜け出そうとしていると、やさぐれた様にリリが吐き捨てる。

 姿が見えないから心配していたのだけれど、どうやら捕まっていた神様を助け出してくれたようだ。

 

「まあ、何にしてもこれにて一件落着、という奴ですな」

 

 神様とリリに挟まれていると、いつの間にかいた九郎が笑いながら言う。

 その言葉に僕達の間に安心した空気が流れていく。

 神様は助けた、犯人は倒した。

 これでこの騒動は終わりだと思った時だった。

 

 グラグラグラグラ

 

 凄まじい揺れが僕達を襲った。

 咄嗟に神様とリリを庇う。

 揺れはしばらく続き、唐突に終わる。

 

「さっきのは...?」

 

「嫌な揺れだ」

 

 みんなに怪我がない事を確かめ、周りを見る。

 リューさんがフードの上からでも分かる位に顔を顰めていた。

 

 ダンジョンというのは地下にある大穴だ。

 ならば揺れというのはダンジョンに何かあったという事だが、ここは18階層(安全階層)だ。

 そうそう何かが起きることなどないはず。

 だが何が起きたと言うのか。

 

「お、おい...あれ...」

 

 周囲を見渡していたヴェルフが上を指さす。

 何か空中にでも飛んでいるのかと思った先には何もない。

 いや、空中のその先、天井にそれはいた。

 

 真っ黒な大きな体を折り畳み。

 まるで座っているかのような体勢で天井から生えている。

 いや、あれは産まれているのだ。

 モンスターがダンジョンの壁から生まれるように、17階層の壁(嘆きの大壁)から生まれるように。

 

「ふざけろ...」

 

 あまりの光景にヴェルフが漏らした言葉は僕達皆の心境を表していた。

 

「ウオオオオオオオオオオォォォ!!!」

 

 ()()は周囲の水晶(クリスタル)を巻き込みながら生まれ落ちる。

 地響きと共に地面を踏みしめ凄まじい咆哮と共に空気を揺らす。

 その黒い体は通常の種ではなく強化された特異な存在(強化種)であることを示す。

 あえて名を付けるのであれば【漆黒のゴライアス】

 

 17階層階層主の強化種が18階層に降り立った。

 

 

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

おかしいですね
予定ではゴライアスを倒す所まで行くはずだったのに...だったのに

うんまあ何時もの無駄に長くなる病が発病しました
出来ればこの週末にもう一度更新する予定です
お待ちいただければ幸いです

まだGWの予定の半分しか書き終わってないって本当...?

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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18階層の死闘 中

上と下を予定していたのが話が長くなる病の発作によって
上中下と三つに分かれました
という事で前書きはお休みです
すいません

誤字脱字報告いつもありがとうございます


 

SIDE アスフィ・アル・アンドロメダ

 

「あれは一体何ですか...」

 

 ダンジョンが揺れ、階層主の強化種が現れた。

 それもこれまで一度もモンスターが生まれなかった18階層に。

 【万能者(ペルセウス)】の名を持ち、主神の方針故に多くの事件の裏側を覗き、時にその渦中に立ったアスフィをして、その光景は仰天させるに足るものだった。

 

 稀代の魔道具作製者(アイテムメーカー)にして、根っからの冒険者であるからこそ、自身の手で未知を解き明かすことを好む彼女は滅多にない事に、目の前の出来事の答えを(ヘルメス)へと求める。

 

「ダンジョンは憎んでいる。

 こんな所に閉じ込めている神々(俺達)をな」

 

「...まさか先程の女神ヘスティアの神威がこの事態の原因と!?」

 

 常の様に肝心なことを言わず煙に巻くような言動をする彼女の主神(ヘルメス)の言葉を嚙み砕き、その内容を理解したアスフィは驚愕する。

 何故こんな事態に陥ったのかの答えは与えられなかった。

 いや与えられはしたが、アスフィの望むものではなかった。

 

 そのことに不満や不平を漏らす暇はない。

 今こうしている間にもリヴィラの街の住人達(冒険者達)は蹂躙され、悲鳴を上げている。

 何より()()が神を憎む何者かによって生み出されたと言うのであれば、ヘルメスもまた無関係ではいられないだろう。

 どうにかしてあのモンスターを倒さなければならない。

 

「ヘルメス様」 

 

「何かな」

 

「最後に一つだけ。貴方はこの事態を予測していましたか?」

 

「していなかった。と言って信じるのかな?」

 

「...もういいです」

 

 アスフィはLV.4の冒険者である。

 しかしながら魔道具製作者(アイテムメーカー)である為前線に出て戦うのは苦手だ。

 何より相手は未知のモンスター。

 無事に帰ってこられると確信など出来ない。

 だからこその最後という言葉だったのだが、それでもなおヘルメス(主神)の仮面をはがすには足りなかったようだ。

 

 何故このような神に仕えてしまったのか。

 僅かばかり嘆息しアスフィは戦場に向かう。

 生き延びる為に、蹂躙される冒険者の為に、何より主の為に。

 たとえどれだけ悪態をついたところでヘルメスは恩神であり、主神なのだから。

 

「帰ったら思いっきり引っ叩きます」

 

 18階層を走り抜けながら小さく呟く。

 その程度のことはしても許されるはずだと。

 

 未知の敵を前に勝った後(その後)のことを考える。

 或いはそれこそがヘルメス()の声なき声援によるものだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

SIDE ボールス・エルダー

 

 ボールスはリヴィラの街の顔役であり、冒険者である。

 それ故多くの経験を積み、ダンジョンの中で理不尽な出来事に遭遇してきた。

 

 リヴィラの街にとって一つ上の階層の階層主(17階層のゴライアス)は目障りこの上ない存在だ。

 街から地上に向かうにしろ、地上から街に向かうにしろ、ゴライアスが復活する二週間ごとに流通が途絶えるのだから邪魔で邪魔で仕方がない。

 例えば今回のロキ・ファミリアの遠征隊の様に、どこかのファミリアが遠征するのであれば道すがら倒してもらえるのだが、そうそう遠征は行われるものではない。

 

 かといって放置しておけば流通が途絶えリヴィラの街は枯れてしまう。

 その為リヴィラの街の住人は定期的にゴライアスを狩るようにしている。

 無論ボールスもその狩りに幾度となく出てきた。

 しかしながらその日18階層を襲ったゴライアスはボールス達(リヴィラの街の住人)が知るものとは大きく違った。

 

 良く知るモンスターでありながら、否良く知るモンスターであるからこそボールス達(リヴィラの街の住人)は混乱し恐怖した。

 何故17階層の階層主であるゴライアスがここ(18階層)に居るのだ。

 あのゴライアスは自分たちの知るそれとは違う(強化種)である。

 

 幾度となく死線を潜り、戦い続けた経験豊富なボールス達(リヴィラの街の住人)が未知の敵を相手にすることより逃げることを選んだのは当然と言えるだろう。

 だがダンジョンの悪意はそれを許さない。

 ゴライアスの出現と同時に18階層のあちらこちらで暴れ始めた()()()達。

 一体何処にこれだけ隠れていたのかと思わざるを得ない数に襲われながらも、どうにか17階層へ続く道の近くまで来たボールス達へとアスフィは告げる。

 

「17階層への道は落石で閉ざされている」と

 

 18階層が安全階層(セーフティーエリア)であるとはいえダンジョンの中。

 人の想像を上回るような事態が起きたり、或いはダンジョンの異変によって道がふさがれるようなこともしばしばある。

 だからこそ道がふさがれているだけならば問題はない。

 ボールスも、皆も、落石ぐらいなら時間があればどかせるだろう。

 だがゴライアスと()()()に追われている今、そんな時間はない。

 

「畜生が...

 はっ。結局あいつを倒しゃあいいんだろ。

 てめえら!あのバケモンとやりあうぞ。

 街にいる奴ら全員武器を取れ。

 今逃げたやつは二度とリヴィラの街の土を踏ませねえぞ!!」

 

 あともう少しで逃げられると言う所で希望を奪われ、流石のボールスも悪態をつく。

 だがすぐに気を取り直し、仲間を鼓舞し、戦いの準備を始める。

 

 彼らはリヴィラの街の住人。

 最も美しいならず者の街、ダンジョンに出来た楽園、冒険者の街の住人なのだ。

 たとえどんな肩書を得ようとも、どんな立場になろうとも、彼らがモンスターと戦う者(冒険者)であることは変わらない。

 

 

 

 

 

SIDE 桜花

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「やあああ!!」

 

 桜花と(みこと)が絶叫しながら切りかかる。

 そこいらの丸太位ならば容易く両断しうる斬撃であり、見る者があればその領域に達するまでひたすらに鍛錬を繰り返したことへの賛辞を送っただろう。

 だが相手が悪い。

 

 二人が切りかかったのは18階層に生まれ落ちた黒いゴライアス(漆黒のゴライアス)の足だ。

 丸太を両断できる斬撃であろうとも、大木にすら勝る太さの足が相手では分が悪い。

 それでも二人は切りかかることを止めない。

 

 タケミカヅチ・ファミリアの団長カシマ・桜花は不器用な男だ。

 いや、事実がどうあれ桜花自身はそうであると思っている。

 だからこそ自分に出来ることなど、守りたいものよりも前に出て戦うことぐらいだと自身が傷つくことも厭わずに戦ってきた。

 それはモンスターとの戦いだけでなく、冒険者(同業者)とのやり取りでもそうだ。

 

 仲間である千草の命を助ける為に【怪物進呈(パス・パレード)】をしかけたヘスティア・ファミリアの冒険者とそのパーティに対して、あえて神経を逆なでするような言葉を口にしたのも、すべての悪意を自身が受け止めれば良いと言う考えからだ。

 事実相手のパーティの小人族(リリルカ)赤髪(ヴェルフ)は自身へと悪意を向けていた。

 

 敵意を向けられることに反論はない。

 それは彼らの持つ正当な権利だから。

 

 自分の行動に後悔はない。

 自分の出来る限りのことをしたのだから。

 

 自分の在り方を変えようとも思わない。

 どれだけ取り繕おうと自分は自分でしかないのだから。

 

 だがリーダー(ベル)は悪意を向けるどころか、自身へと尊敬の眼差しを向けるのだ。

 為すべきことをなした、と。

 

 救われた、などと言わない。

 自分の行いは自分が望んでしてきたことなのだから。

 助かった、などとも言わない。

 むしろ責められた方が気が楽になるのだから。

 

 ただ、認められたのだ。

 それでよいと受け入れられたのだ。

 ならば奮わねばならない。

 善しとされたあり方を歪めてはならない。

 【武神男児(マスラタケオ)】として、パーティのリーダーとして、ただ一人の男として。

 ここで奮わねばいつ奮うと言うのだ。 

 

 

 

 

 

SIDE リュー・リオン

 

 階層主の強化種(漆黒のゴライアス)が生れ落ち、18階層の冒険者達が蹂躙されていくのを見て、ベル・クラネルは真っ先に助けに行かなくてはと口にした。

 だがそれはパーティのリーダーとして間違えた判断だ。

 

 どれだけの強さ(戦闘力)を持つのかも不明瞭なモンスターを相手に、先程までいがみ合っていた冒険者達を助けようと、自分たちの消耗も顧みずに戦いを挑むなど、無茶無謀という物だ。

 しかしながら彼の想いに感化されたかその場に立っていた者は皆、その無謀を諦めるつもりは無いようだった。

 

 ならば自分もそれに手を貸そう。

 パーティのリーダーとしては間違えている。

 だが、その選択は人として正しいのだから。

 

 その選択を迷うことなく取れるベル・クラネルも、その選択に迷いなく従う彼の仲間達も、良い人達だ。

 一度は捨て去った正義を再び握りしめ、誰かを守るために武器を持とう。

 その為の力を求め続けたのだから。

 

「ゴウオオオオオオオ」

 

「させねえよ。【燃え尽きろ、外法の業】ウィル・オ・ウィスプ!!」

 

(あれがクロッゾの魔法。なるほど、実力差に関係なく相手に大打撃を与えうると言う点では劣勢をひっくり返す切り札足りえますね)

 

 冒険者達を一掃しようとしたゴライアスのブレスはヴェルフ・クロッゾの魔法によって魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を引き起こされ、逆にゴライアスの口元を吹き飛ばす結果となった。

 

「グオオオオオオオオォォォ」

 

「まずい!!」

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 だが、魔力暴発(イグニス・ファトゥス)によってまるで大口を開けたかのように口の周りの肉が吹き飛んでなお漆黒のゴライアスは怯まなかった。

 むしろ魔法を使ったヴェルフを標的に定め踏みつぶさんと大きく足を振り上げる。

 それを止めたのはリューの斬撃だ。

 助けられたヴェルフはすまんと感謝の言葉を口にしたが、リューは焦っていた。

 

 階層主というのはある例外を除き、全て決められた階層で生まれ、その階層から移動しない。

 いや、例外の階層主とて生まれるのは常に同じ階層だ。

 だがこのゴライアスは産まれるべき場所とは違う階層で生まれ落ち、しかもその体は普通の個体と違い漆黒に染め上げられている。

 同じようなモンスターであったとしても色が違うのであれば、それは多くの場合強化種であることを示している。

 つまりは普通の個体でないことは最初から分かっていた。

 それでもなお漆黒のゴライアスの戦闘力には驚愕せざるを得ない。

 

(強化種であろうことから通常個体よりも強いだろうことは想像がついた。

 だがなんてことだ。下手をすればLV.5にすら届きうる!)

 

 中層に出てくるモンスターの強さではない。

 当然リヴィラの街の住人達(中層の冒険者達)では相手にならない。

 ならば自身が相手取るしかない。

 だが通常のゴライアスでさえ大規模な討伐隊を結成し戦うのが定石だ。

 強化されたこのゴライアス相手に現役を退いて久しい自分一人でどれだけ戦えるか。

 

「リオン、援軍です。今から街の魔導士たちが詠唱を始めます。このままゴライアスを引き付けていてください」

 

「分かりました。貴方と私で敵を引きつけますよ」

 

 不安に思っていた所に援軍の知らせを受け戦意が再び湧き上がる。

 自分は一人ではない。

 アンドロメダ(【万能者】)も、リヴィラの街の住人も、そしてヘスティア・ファミリアの冒険者達もいるのだ。

 仲間がいることは良いことだ。

 そのことを噛みしめていたリューにアスフィの抗議の声は届かなかった。

 

 

 

 

 

SIDE ベル・クラネル

 

 18階層にある森の木々が小さく見えるほどの巨体。

 生れ落ちた黒いゴライアス(漆黒のゴライアス)との戦闘は、今まで僕が経験してきた戦いとは一線を画すものだった。

 

「武器なら幾らでもある。使えなくなったのはすぐに交換しろ!!」

 

 武器を手に持った冒険者達が無謀とも思える突撃を繰り返す。

 相手にダメージを与えることを目的とした物ではなく、相手の足を止める為に全力を注いで突撃するのだ。

 

「魔法が使えなくても、兵器なら使えるだろ。こっちにあるから使える奴はどんどん使え!!」

 

 そうしてゴライアスの動きが鈍った所に、大きな絡繰り弓(バリスタ)が柱のような太さの矢を雨のように降らせる。

 だがそれでもゴライアスは倒せない。

 これだけの攻撃でありながら、あくまで狙いは時間稼ぎ。

 後衛の人達が魔法の詠唱を完成させる時間を稼ぐのだ。

 

 まるで濁流に飲み込まれたかのように僕は戦いの波に飲まれそうになっていた。

 何が出来るだろう。

 僕一人の力なんてこの戦場においてどれだけの物だろうか。

 

「幾らでもできることはあるだろう!?」

 

 心の中に生まれた怯えを振り払う。

 ゴライアスの足を止める前衛となってもいい。

 前衛へと武器やポーションを運ぶ足となってもいい。

 いや、敵はゴライアスだけじゃない。

 迫りくるモンスター達を倒してもいい。

 やるべきことは幾らでもある。

 

 走る、走る、走る。

 戦場をひたすらに走る。

 ゴライアスを相手にしていた人を後ろから襲おうとしていたモンスターを倒す。

 モンスターの攻撃を受けてしまった人を運んで後ろへと下がらせる。

 ゴライアスと戦っている人達へと武器を運ぶ。

 

 無我夢中で働く。

 モンスターに倒された冒険者の悲鳴ははっきりと焼き付いているのに、いったい今何をしているのかは霧の中にいるかのように見えない。

 ゴライアスと戦い始めてどれだけ経ったのか。

 何時間もこうしているような気もするし、まだ数十秒も経っていない気もする。

 まるで悪夢の中にいるように時間が分からない。

 

「よぉし、前衛下がれぇぇっ。とっておきをぶち込んでやる」

 

 だけれど戦場に声が響く。

 待ち望んだ詠唱の終わりを告げる声が。

 

「打ちやがれぇぇ!!」

 

 前衛が下がったを確認してからかけられた号令と共に、魔法が放たれる。

 火が、雷が、氷が。

 数多くの魔法がゴライアスへと突き刺さる。

 

「ゴアァァァァ...」

 

「今だ。一気にケリをつけてやれ!!」

 

 流石のゴライアスも弱り、膝をつく。

 それを見て突撃の号令がかかる。

 今こそがこの戦いを終わらせる絶好の機会だと。

 

 先程まで後ろにいた人たちも武器を手に前へと出る。

 僕もゴライアスにとどめを刺すべく前に出たのだが、様子がおかしい。

 魔法によって膝をついたゴライアスの体中から煙が出ている。

 

「なっ...」

 

 今までにない行動にみんなの動きが止まる。

 その間にもゴライアスから湧き出る煙の勢いは激しくなるばかり。

 そしてゴライアスが立ち上がったことで僕達は激しく動揺する。

 魔法を受けて立ち上がるだけの力も失ったはずのゴライアスが立ち上がったこともその理由の一つだが、最大の理由は立ち上がったゴライアスには傷が無かった事だ。

 

「ふざ...けんなよ...」

 

「自己...再生...!?」

 

 ヴェルフが与えた口周りの傷も、ゴライアスを足止めする為に付けられた足の傷も、絡繰り弓(バリスタ)によって射られた矢の傷も、そして魔法によって全身に負ったはずの傷もない、無傷のゴライアスがそこには立っていた。

 

「ゥゥウウウ....オオオオオオォォォッ!!」

 

 与えた傷をすべて回復されてしまった。

 あまりにも絶望的な事態に僕が、いやすべての冒険者が呆然とする中、ゴライアスは両手を組み地面へと振り下ろした。

 技も狙いもあった物じゃない、ただ身体能力によるゴリ押しの攻撃。

 だがそれは防ぐにはあまりにも強大で、避けるにはあまりにも広大で。

 とどめを刺そうと接近していた冒険者達はなすすべもなく吹き飛ばされる。

 

 最悪だ。

 戦線は一瞬で崩壊した。

 ゴライアスに与えた傷は回復された。

 それでもこの戦場では誰一人諦めない。

 

「クラネルさん。モンスターをお願いします。私達は再びゴライアスを引き付け魔法の詠唱時間を稼ぎます」

 

 リューさんは僕に露払いを頼んでゴライアスへと突っ込む。

 

「立てる人はこちらへ。立てない人は声を出してください。回復薬(ポーション)ならあるんです」

 

 リリは負傷した人達を後ろに下げて回復させようとしている。

 

「うおおおおおおおお!!」

 

 桜花さんは盾を装備してゴライアスの攻撃を何とか弾いている。

 

 誰も彼も自分に出来ることを精一杯している。

 なら僕の出来ることは何だ。

 自分の手のひらを見つめる。

 

 ...一つだけこの状況をひっくり返す手段はある。

 僕のスキル【人間性】(ヒューマニティ)

 それは攻撃を溜める(チャージする)ことが出来る。

 このスキルで僕の魔法(ファイアボルト)溜める(チャージ)する。

 そうすればあのゴライアスにも届くだろう。

 

 それをしなかったのには二つの理由がある。

 一つは溜める(チャージする)と体力と精神力を激しく消耗するから。

 一発使えばもう魔法は使えないだろう。

 

 もう一つは本当に溜めた(チャージした)魔法がゴライアスに効く確信が持てなかったから。

 倒せればそれでいい。だけれど倒せなければ?足を引っ張るだけだ。

 

 だけれど皆が最善を尽くしている。

 なら僕も出来ることをしなければならない。

 

 想う姿は灰さん。

 全てを穿ち、全てを貫く魔法の使い手。

 想像する(イメージする)

 灰さんの使う火の魔法を。

 

 信じろ灰さんを(灰さんなら倒せる)信じろ灰さんの姿を(灰さんの魔法なら倒せる)信じろ僕自身を(ならきっと僕にだって倒せる)。 

 

 僕の手が光る。

 溜めが完了した証だ。

 手を前にしてゴライアスへと狙いを付ける。

 

「ファイアボルトオオオオォォォ!!!」

 

 僕の手から放たれた魔法はゴライアスの頭を吹き飛ばした。

 やった!?

 

 そう思った時だった。

 何人もの僕を呼ぶ声が聞こえた。

 そして目の前には僕に迫りくるゴライアスの手のひらが。

 これ...避けられな...

 

 

 

 

 

 

「...くん...ベルく...ベル君!!」

 

 神様の声が聞こえる。

 僕は...ゴライアスの攻撃を受けて...。

 目を開けた、いや目を開けようとした。

 だが目が開かない、それどころか僕の意識も暗い闇に沈んでいくのを感じる。

 

「ベル君!!ベル君!!気をしっかり持つんだ、ベル君!!」

 

 ああ、ごめんなさい神様。

 僕を呼んでくれるその声に応えたいのに起き上がれないんです。

 何とかして起きようとする僕の意志に反して、ゆらゆらと水に沈んでいくように僕の意識は闇に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE ヴェルフ・クロッゾ

 

「糞が...」

 

 小さく吐き捨てる。

 

 ベルはこの土壇場で隠していた切り札を使い戦況をひっくり返した...かに見えたが、ゴライアスはその攻撃に耐え切った。

 更には頭を失いながら反撃し、ベルはそれを食らった。

 幸いデカ男(桜花)の身を挺した防御によって即死は免れたが、未だ意識を取り戻さない。

 リリスケはそんなベルを必死に介抱し、それ以外の奴らは必死に戦っているがそれでも現状は厳しいと言わざるを得ない。

 

 いや、包み隠さずに言えば最悪と言っていい。

 戦況をひっくり返したベル(【リトル・ルーキー】)は冒険者達の支えになりえた。

 たとえその攻撃が見た目ほど効いていなかったとしても、もう一度ベルに攻撃をさせる為に団結できたはずだ。

 だがそのベルは倒れた。

 戦場で戦う冒険者達がどこか弱気なのは、ベルが倒れたことと無関係ではないだろう。

 

「ふざけんなよ...俺は...」

 

 最悪だ。

 何が最悪だって、俺自身がベルが倒れたことで戦意が折れかけていることだ。

 

 装備は冒険者を裏切っちゃなんねえ。

 それが俺の信念のはずだ。

 だから冒険者よりも先に武器が壊れるなんて認められない。

 だから魔剣なんて認められない。

 そう誓ったはずだ。

 だがあの時()()()を使っていればベル(仲間)を助けられたのかもしれない。

 

 魔剣なんて使いたくない。

 それは仲間の命と秤にかける価値のある想いか?

 

 魔剣を受け入れるなんて俺の想い(誓い)を汚す行為だ。

 それは仲間と秤にかける価値のある誓いか?

 

 魔剣を使ってしまったら俺は魔剣によって腐っていった奴らと一緒になる。

 お前の祈り(想い)は一度使ってしまえばなくなるほどに軽いものなのか?

 

 相反する二つの考えがせめぎあう中、俺は自分の手の中にある俺の打った魔剣を強く握りしめる。

 

 俺達(ベル)を助けに来たヘスティア様(ベルの主神)ヘファイストス様(俺の主神)から荷物を預かっていた。

 それがこの魔剣だ。

 俺がかつて打った魔剣。

 これが俺が打つ最後の魔剣にするとあの時誓ったはずだ。

 だが使わなかったことで助けられなかったベルの姿を見ればその意志も揺らぐ。

 

 魔剣に巻かれていた布に紛れていた手紙。

 その中には俺に宛てたヘファイストス様からの言葉が書いてあった。

 

仲間と矜持を秤にかけるのは止めなさい

 

 ああ、実に正しい言葉だ。

 この言葉を素直に受け入れていればベルの奴を救えたのか?

 なあヘファイストス様。

 あんたはこうなることを分かってたのか?

 八つ当たりだとは分かっている。

 それでも思わず自分の内で荒れ狂う感情の矛先を向けちまう。

 

「ベル君!!

 ベル君が目を覚ました!!」

 

 そんな時だった。

 戦場にベルを介抱していたヘスティア様の声が響いたのは。

 

 

 

 

 

SIDE ベル・クラネル

 

 暗い世界に意識が沈んでいく。

 先程まで聞こえていた神様達の声ももう聞こえない。

 

 ああ...僕は...ここで終わりなのか。

 

 悔しい。

 あんなに頑張ったのに何もできなかった。

 神様を守りたかった。

 リリとヴェルフ(仲間達)ともっとダンジョンで冒険したかった。

 灰さん達にもっと鍛えてほしかった。

 挙げればきりがないほど後悔はある。

 だけれど僕は負けてしまった。

 ここで終わりだ。

 

「負けたら終わり?

 違うな諦めた時が終わりだ」

 

 ...声がする。

 聞きなれた声。

 灰さんの声。

 

「負けたらもう一度挑めばいい」

 

「立ち上がれるのなら終わりじゃないんだ」

 

 灰さんの言葉がどこかで聞いた言葉と被る。

 

「...こうして献身の英雄は強大な王を倒しました」

 

 そうだ。

 何時か聞いたおじいちゃんのお話。

 

「おじいちゃん。どうして献身の英雄さんは一度負けたのに立ち上がれたの?」

 

「ベル。

 ()()とは負けない者ではない(負けてもいい)

 折れぬものでも(折れてもいい)挫けぬものでも(挫けてもいい)泣かぬものでもない(泣いてもいい)

 

 ただ何度でも立ち上がり己を懸けることが出来たものが英雄と呼ばれるのだ」

 

 それは幼い日の思い出。

 思い出の中のおじいちゃんは僕を真っすぐに見て笑っていた。

 

「お前はもう諦めてしまったのか?」

 

「...違います」

 

 暗闇に焚べる者さんが現れ訊ねる。

 違う。僕は諦めていない。

 

「最早立ち上がれないか?」

 

「違います。立ち上がれます」

 

 暗闇に狼さんが現れ訊ねる。

 違う。僕の体にはまだ立ち上がるだけの力が残っている。

 

「お前の守りたかったものはもう手のひらから零れたか?」

 

「違います。まだみんな必死に抗っています!」

 

 暗闇に狩人さんが現れ訊ねる。

 違う。守りたいもの(神様)は、守りたい人達(リヴィラの街の住人達)は、守りたい仲間(リリ達)はまだ戦っている。

 

「そうか。なら行け。行って守ってこい。」

 

「はい!!」

 

 最後に現れた灰さんが嬉しそうに僕の背中を押してくれる。

 僕は行く。行って戦う。

 体が軽い。気持ちが軽い。

 負ける気がしない。

 

「英雄というのはなベル。守れた奴のことを言うんだ。

 お前が守りたいものを守れたのなら、それだけでお前は俺達を超えた凄い英雄なんだよ」

 

 いつの間にか暗闇に差していた光の方へと歩き出すと背後から灰さんの声が聞こえる。

 悲しそうな、だけれど少し嬉しそうな声。

 それはきっとヘスティア・ファミリアの人間(神様と僕と九郎)ぐらいしか知らない、灰さん達の過去の傷。

 もう終わってしまった事。

 もうどうしようもない事。

 

 だけれど。

 だけれど。

 

「灰さん達のおかげで立てたんです。

 灰さん達がいなかったら立てませんでした。

 だから僕にとって灰さん達は...」

 

 言わなくてはならない。

 そう思って、考えるよりも先に口から飛び出した言葉を最後まで紡ぐ前に僕は光に飲み込まれる。

 最後に見えた灰さん達はとても満足そうな笑みで僕を見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 意識を取り戻すと同時に戦いの音(現実)が迫ってきて灰さん達との会話()が遠ざかる。

 今はもう何があったのかも思い出せない。

 だけれどこの胸に灯った火は消えない。

 

「ベル君...?

 ベル君!

 ベル君が目を覚ました!!」

 

 僕を介抱してくれていたのだろう。

 ぼろぼろの神様が目を見開き僕を抱きしめる。

 こんなに心配をかけてしまった。

 罪悪感で心が痛む。

 

「ベル!?」「ベル様!!」「ベル!!」「“べる”!」「ベル・クラネル」

 

 ヴェルフが、リリが、リューさんが、九郎が、アスフィさんが、神様の声に反応してやってくる。

 

「ベル・クラネルが!?」「【リトル・ルーキー】が起きたってよ!」「マジか!?」

 

 いやそれだけじゃない。

 たくさんの人が、リヴィラの街の住人達が僕が目覚めたことに歓声を上げる。

 

「うぐっ!」

 

「ベル君!?あの黒いゴライアスの攻撃をまともに食らったんだ。立ち上がるなんて無理だ!!」

 

 立ち上がろうとして全身に走った苦痛にうめき声をあげる。

 神様が急いで寝かせようとするのを手で制止して僕は無理やりにでも立つ。

 体は痛んでいても、心は折れていない。

 なら立てる。立ち上がれる。

 

「...という訳なんです。今から5分...いや3分でいいです。時間を稼いでくれますか」

 

 僕は集まってきた人達に話す。

 僕のスキルの効果を。

 もう一度魔法を溜めて(チャージして)武器に纏わせればゴライアスにも通用するだろうことを。

 そしてその時間を稼いでくれないかと頼む。

 

 返事はない。

 やはり一度失敗した僕が言っても信用してもらえないか。

 それでもいい。

 例え誰にも賛同してもらえなくても、僕一人だけでもゴライアスと戦おう。

 そう僕が決めた時だった。

 

「...なんだ簡単なことじゃねえか。お前ら死ぬ気で時間を稼ぐぞ!!」

 

「「「「おおおっ!!」」」」

 

 片目を眼帯で覆った冒険者が叫ぶ。

 僕を囲むようにして話を聞いていたリヴィラの街の住人達は、腕を突き上げ、武器を掲げ、その言葉に応える。

 

「全く、ベル君は全く」

 

「ごめんなさい神様。だけれど僕いかなくちゃ...」

 

「知ってるよ。帰ってきたらお説教だからな。

 ...だからちゃんと帰ってくるんだぞ」

 

 あっさりとゴライアスの足止めを引き受けてくれたことに驚いていると、神様は僕に怒る。

 そして、待っているからねと言って千草さんと一緒に桜花さんを担架に乗せて後ろに下がっていく。

 

「ベル様、これを」

 

「どうしたのリリ。こんな立派な武器」

 

「リヴィラの街の武器屋にあったのを貸していただいたものです。

 お礼なら御自分でおっしゃってくださいね」

 

 後ろに下がる神様について行く前にリリは僕に大きな黒い大剣を渡す。

 聞けばリヴィラの街の住人が貸してくれた物だとか。

 ちゃんと自分の手で返してくださいね。

 そう言ってリリは神様の後を追っていく。

 

「貴方は不思議な人ですね」

 

「リューさん」

 

「誰もが貴方を仰ぎ見る。そして貴方から勇気をもらうのです。

 ...もちろん私も」

 

 眩しい物を見る様な、懐かしい物を見る様な、失ってしまった物を見る様な目でリューさんは語る。

 必ずや時間を稼いで見せましょうと言ってリューさんは駆けていく。

 

「...あー、ったくもう!!

 えっとだな、なんだ...」 

 

「ヴェルフ?」

 

「なぁベル。お前は俺の作品のファンだ。そうだな?」

 

「うん。当たり前だよ」

 

 何か悩んでいるようなヴェルフは頭を掻きむしり、迷いながら、だか決断したように僕に話しかけてくる。

 僕はヴェルフの作品が好きだ。

 使いやすくて、使う人のことを考えていて、それに壊れにくい。

 ヴェルフの為人(ひととなり)そのものだ。

 

「そっか...

 なあベル。俺はお前に命を預けてる。だけどこれからは俺の矜持も預かって欲しい」

 

 僕の答えを聞いたヴェルフはどこかすっきりした顔で僕の胸を叩く。

 もしも俺が鍛冶師としての道を間違えた時は殴り倒してでもそのことを教えて欲しいと言って、ヴェルフもまた戦場へと走っていく。

 

「みんな僕を信頼してくれている...」

 

 皆が戦場に向かうか、安全な所まで下がるかして、一人になってしまい僕は小さく呟く。

 誰も僕の言葉を疑わなかった。

 その信頼は少しだけ重い。

 だけれど僕にはその信頼に応える義務がある。

 信頼に応えたい理由がある。

 

「きっと倒す」

 

 気合いを入れなおし、黒い大剣と共に僕も戦場へと向かった。

 

 

 

 

 

「ここが最後だ!!出し惜しむな全部出していけ!!」

 

「【フツノミタマ】!!!」

 

「【ルミノス・ウインド】!!」

 

「お前らどけぇ。でかいのが行くぞ!!火月!!!」

 

 皆が奮戦してくれている。

 リヴィラの街の住人たちは持てるアイテムを、兵器を、そして装備を使い捨ててまでゴライアスの足止めをしてくれている。

 (みこと)さんは自分ごと魔法でゴライアスの足止めをして、足の止まったゴライアスへとリューさんが特大の魔法をぶちかます。

 無理やり魔法の範囲から逃れ、暴れようとしたゴライアスをヴェルフが矜持を捨てて(魔剣を使って)でも止めてくれる。

 僕の攻撃の為の時間を稼ぐ為に、僕の言葉を信じて必死に時間稼ぎをしてくれている。

 ならそれに応えなければならない。

 

 ゴォン ゴォォン

 

 大鐘(グランドベル)の音が鳴り響く。

 溜め(チャージ)の完了の合図。

 

 18階層に響く鐘の音を聞いていると、ふと灰さんの話してくれた伝説を思い出した。

 

 灰さんのいた所に伝わる古い伝説。

 古すぎて今ではそれが一体何を示しているのかもわからない物語。

 世界から否定された呪われた人物と、鳴らすことでその人物の為すべき使命が分かる二つの鐘の物語。

 

 この音がその鐘の音だとは言わない。

 だけれど今の僕には為すべき使命がはっきりと見えている。

 

「どいて下さぁぁぁぁぁい!!」

 

 叫び走り出す。

 僕の叫び声に反応してゴライアスと戦っていた冒険者達が離れる。

 自由になったゴライアスが僕に向かって突っ込んでくる。

 

「てやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 僕のスキル(【人間性】)の影響で光り輝く大剣を思いっきり振りぬく。

 目も開けられない程の光。

 目の前にいるはずのゴライアスの姿も、いや僕の手も見えない程の光の中僕は確かな手ごたえを感じた。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ...」

 

 光が収まり【人間性】(スキル)の副作用が僕を襲う。

 疲れた、立っているのもやっとなくらい体が重い。

 だけれどまだ終わっていない。

 

「馬鹿な...」

 

「あれでも足りない...だと...」

 

 (みこと)さんの魔法によってゴライアスを中心にできた陥没。

 その中央でゴライアスは上半身が消し飛んだ姿を晒していた(まだ倒されていない)

 頭を吹き飛ばしても、上半身を蒸発させても倒し切れないゴライアスの姿に恐怖が広がっていく。

 

 だから僕は駆けだす。

 一度では足りなかった。

 二度目でも足りなかった。

 だからどうした。

 足りないのなら足りるまで足し続けるだけ。

 一度で倒し切れないのなら、倒し切れるまで倒し続ければ良いだけの話だ。

 

 陥没の縁から思いっきり跳躍する。

 狙いをつける必要はない。

 僕の目の前にある、僕よりも大きいゴライアスの魔石(弱点)が狙いなのだから。

 思いっきり振りかぶり突き刺す。

 

 ピシッ、と音を立ててあっけなく魔石は砕ける。

 全てのモンスターにとって魔石とは生きていく上で欠かせない物だ。

 魔石が砕ければモンスターは灰に還る。

 規格外の黒いゴライアス(漆黒のゴライアス)もその法則からは逃れられなかったようで灰に還る。

 

 一瞬の静寂。

 そしてその後の爆発の様な歓声。

 神様が、リリが、ヴェルフが、九郎が。

 仲間達が歓声を上げ僕を迎え入れ、そして抱き着いてくる。

 こうして僕達の18階層の死闘は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピキッ

 

 ...本当に?

 



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18階層の死闘 下

灰のヘスティアメダル

灰の持つヘスティアメダル
所々欠けている

灰達不死者にとって誓約とは様々な恩恵を得られる誓いであり
無意味な生に、無価値な戦いに意味を持たせるものである
だが最初から意味などない不死者の生き死にに誰が意味を求めるものか

少なくとも灰達はそれをヘスティアの誓いに求めた


 

「ベル君!ベル君!!ベルく...うわぁ!!」

 

「何をやっているんですかヘスティア様は...」

 

 神様に抱き着かれてそのままの勢いで倒れてしまう。

 僕ごと倒れこんだ神様をリリが白い目で見る。

 

「ご、ごめんなさい神様。僕もうくたくたで...」

 

 激闘だったうえに【人間性(ヒューマニティ)】の溜め(チャージ)を2度も使ったんだ。

 今こうして立っているのだけで精一杯。

 

「確かまだ回復薬(ポーション)が有っただろ。持って来い!!」

 

 僕の言葉を聞いて誰かが言う。

 俺が俺が、と我先に走り出す冒険者達。

 戦いの音とはまた違う賑やかな音に、本当に勝ったことが実感できて気が抜けてきた。

 

 その時小さな音が響いた。

 

 戦場とは違う人々の音で溢れている。

 なのにその音は不吉なまでに響き渡り、その場にいた誰もが()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 見るべきではない、知るべきではない、きっと後悔する。

 無意識のうちに()()が何かを理解しながら、自分の内から湧き出る制止する声を振り切り見てしまう。

 そして後悔する。

 

 ピシッ...ピキピキピキ

 ドオオォォォン

 

 18階層に響き渡る、大きなものが落ちてきたような音。

 いや大きなものではない。

 

 先程死力を尽くしようやく倒した黒いゴライアス(漆黒のゴライアス)

 それが再び産まれ落ちた。

 

「「ゥオオオオォォォ!!」」

 

 ()()()()()

 

「は...?」「なんだよ...それ...」「嘘...だろ」

 

「ふ、ふざけ...んな...」

 

 あまりの出来事にみんな呆然として立ち竦む。

 もう僕達は疲労困憊。

 戦いの備えなんてとっくに絞りつくした後だ。

 それだけ死力を尽くしてようやく一体倒したと言うのにそれが二体。

 

 ズシィィィィン

 

 ゴライアスの足音が18階層に響き渡る。

 

「に、逃げるぞ!!」

 

「か、勝てる訳がない...」

 

 その音でようやく正気に戻った人々は急いで逃げだす。

 一体でもぎりぎりだった相手が二体。

 しかもこっちは立っているのもやっと。

 どう考えても勝てる訳がない。

 

「ベル君、逃げるよ。ベル君!!」

 

「ベル様!!」

 

「“べる”!!」

 

「ベル!!」

 

 神様が、リリが、九郎が、ヴェルフが。

 他にもたくさんの人が僕を引っ張って逃げようとする。

 だけれど僕の体は動かない。

 

 戦えるわけがない。

 僕の心は折れてしまった。

 逃げるべきだ。

 逃げなくてはいけない。

 頭では分かっているが、もう指一本動かす力もわいてこない。

 僕を見捨てて先に逃げてと言うべきなのかもしれないが、それだけの気力もない。

 ただ馬鹿みたいに口を開けてこっちへとやってくる絶望(ゴライアス)を見上げる。

 

 ふと爽やかな風が吹いた。

 

「...か...ぜ?

 うわっ!?」

 

 あまりにも場違いなそれに疑問が口から零れると同時に、風は目も開けられない嵐へと変わり。

 僕は飛ばされないように地面にしがみついた。

 

「ベル君!!」

 

「ベル様!?」

 

「“べる”!!」

 

 神様が、リリが、九郎が、僕にしがみついて飛ばされないようにするが凄まじい風の前では意味をなしていない。

 一塊になって転がっていく。

 

クソ!こんな所....死な...ぞ!?

 

 大きなナニカにぶつかる。

 風音で途切れ途切れにヴェルフの声が聞こえた。

 ヴェルフが僕達を受け止めてくれたようだ。

 だけれどその時さらに風は強くなり。

 目を閉じて耐えること以外何もできなくなった。 

 

 

 

 

 

 

「止ん...だ?」

 

 どれだけ耐えていただろうか。

 気がつけば嵐のような風は止んでいた。

 僕の声に反応するようにあちらこちらから蹲っていた人達が顔を上げる。

 

「一体...何...が...」

 

 まさかこの風もダンジョンの異変の一つなのだろうか。

 顔を上げた僕は絶句する。

 黒いゴライアス(漆黒のゴライアス)

 僕達を追いかけてきていた強大なモンスターの上半身が消失していた。

 

「一体何が、だぁ?」

 

 いやそんなことはどうでもいい。

 一人の人影がこちらへ歩いて来ていた。

 

「そりゃあこっちの台詞だぞ」

 

 鎧を纏い、大剣を肩に担いだその人は、ゴライアスなど目にも入らないと言わんばかりに悠々と歩いてくる。

 

「ダンジョンの中でゴミ共(闇派閥)を探していたら、ベルの奴の反応が中層にある、ヘスティアの奴の反応もダンジョンの中にある、九郎の反応もダンジョンの中にある」

 

 ああ、そうだ。

 あの人ならそうだろう。

 僕達が必死になって倒したゴライアスなんて片手間に倒せる。

 目も開けられない嵐だって起こせる。

 

「おまけに急いで戻ってきたらデカブツが二体もいるわ、18階層はぼろぼろだわ。

 あれ17階層の階層主(ゴライアス)だろ。

 何があった?」

 

 僕の目の前に立って疑問をぶつけてくる人。

 それは僕の先輩。

 僕の家族。

 僕の...憧れ。

 

「灰...さん...」

 

「おう!

 なんかボロボロだな。【大回復】いっとくか?」

 

 火の無い灰さんがそこには立っていた。

 

 

 

 

 

「灰...?」「火の無い灰か!!」

 

 悲鳴とも、歓声とも取れる声があちらこちらから上がる。

 そんなのを無視して灰さんはタリスマンを取り出し、祈りを捧げようとする。

 

「灰君!!まだだ!!まだあれは死んでない!!」

 

「ああ?

 ...マジかよ。

 ストームルーラーの一撃。嵐の王を食らってまだ生きてんのかよ」

 

 その時神様が叫ぶ。

 見れば無くなった上半身から煙が立ち上り、ゴライアスは徐々に再生していっていた。

 それはそうだ。

 僕の死力を尽くした一撃で上半身を吹き飛ばしてもなお倒し切れなかったんだ。

 同じように上半身を吹き飛ばしても倒せない。

 

 流石の灰さんも驚いたような雰囲気を出す。

 だが一瞬で落ち着いて。

 小さく笑う。

 

「ま、どうでもいいがな。

 一発で死なねえなら「死ぬまで殺すだけ」...あ?」

 

 武器を振りかざし、灰さんの持つ半ばから折れた大剣に風が集まっていく。

 だがその途中で灰さんの言葉に誰かの言葉がかぶさった。

 灰さんが首を傾げたその時。

 ゴライアスが縦に真っ二つになった。

 

 

 

 

 

 

「...は?」

 

 灰さんではない。

 灰さんはまだ武器を振り下ろす前だった。

 それに灰に還っていくゴライアスを見て呆然としている灰さんを見れば、振りかぶっていた武器以外で攻撃したと言う可能性も消える。

 

 ゴライアスを縦に両断した。

 それは凄まじい攻撃だ。

 灰さんの攻撃に匹敵するだろう。

 

 いや或いはそれ以上かもしれない。

 ゴライアスが両断された時、()()()()()()

 

 灰さんの攻撃の様に嵐のような風を引き起こすこともなく。

 全くの無音で、湖の水面に波も立てなかった。

 それは隔絶した技量を示している。

 

 僕の知る限りそんなことが出来る人は一人だけだ。

 その人の姿を探して辺りを見回す。

 いた。

 九郎の前に跪き、転がっていた九郎を立たせている。

 

「お迎えに上がりました。我が主」

 

「狼よ...」

 

 狼さん。

 九郎の忍びがそこにいた。

 

「おいおい。狼、さっきのは何だ?」

 

「【秘伝・狼閃】俺が見出した、巨大な相手へ対抗するための技だ...」

 

「いやいやいや、そうじゃねえよ!

 今の俺の獲物じゃん!?

 何横取りしてるんだよって言ってんだよ!!」

 

 灰さんが狼さんに食って掛かるが、流されている。

 ...あれは流されているのだろうか。

 むしろ狼さんは真面目に答えているようにも思える。

 だからこそ灰さんは更にヒートアップしているのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 ゴォアァァァァァァア!!

 

 灰さんと狼さんの気が緩んだ僕達の耳に凄まじい叫び声が聞こえる。

 そうだ。

 ゴライアスは二体いた!

 灰さん達なら問題はないだろうが、気を抜くのには早すぎる。

 

「灰君、狼君。ケンカは後だ。今はあれを倒すのが先だろう!?」

 

「...あそこは」

 

「あ...?あー...そうだな」

 

 神様が灰さんと狼さんにゴライアスを倒すように言うが、灰さんと狼さんにそのつもりはないようだ。

 その顔に浮かぶのは微妙な表情...?

 

「何を言っているんだ。あれくらい君達なら「まあちょっと落ち着けよヘスティア。あれは17階層の階層主ゴライアスだろう?」」

 

 こちらへと向かってくるゴライアスに焦る神様を灰さんは手で押しとどめる。

 そしてゴライアスを指さし確認する。

 

「見ればわかるだろう?一体何が言いたいんだよ?」

 

 神様は怒りすら見える表情で灰さんに食って掛かる。

 僕も口には出さないが、灰さん達がゴライアスを倒さずにいる理由が分からない。

 

 ドゴォォン

 

 首をひねっていると大きな音が響き渡る。

 一体何事かと見ればゴライアスの足が頭の上にあった。

 ...は?

 

「あー...うん...まあつまり...あれは巨人ってことだ」

 

 訳が分からない。

 灰さんが説明してくれている言葉も耳に入らない。

 呆然と口を開けてゴライアスを見る。

 

 ゥオオォォォォォ!?

 

 焦ったように叫ぶゴライアスを見れば自分で足を振り上げたわけじゃないのが分かる。

 何とかして転ばないようにバランスを取っているとまた音が響いた。

 

 ドゴォォン

 

 今度は反対の足が頭の上に吹き飛んでいった。

 

「...へ?」

 

「それはあくまであいつが言っていることだ」

 

 地響きと共に地面に仰向けに倒れこむゴライアス。

 両手を使って起き上がろうとすると、顔に()()が叩き込まれた。

 

「巨人。かつて俺のいた所でもいた存在。

 世界を相手に戦いを仕掛けるほどに勇敢なそいつらは徐々に衰退していった」

 

 両手を振り回し、何とか()()を払おうとするが、邪魔だと言わんばかりにその手もへし折られる。

 

「理由は色々あるんだろう。

 だがそのうちの一つは、ある存在が巨人どもを狩り続けたからだと言う」

 

 ゴライアスの抵抗を文字通り叩き潰したその人は、今度はゴライアス自体を叩き潰し始めた。

 つま先から膝、腰、お腹。

 最後に何度も念入りに頭を叩き潰し、満足したのか手に持つ大きなクラブを肩に担ぎ、その人は綺麗なお辞儀をする。

 

「そいつはその行いからこう呼ばれたそうだ絶望を集め、焚べる者。

 すなわち絶望を焚べる者」

 

 距離があるから声は聞こえなかった。

 だが間違いなく名乗ったのだろう「ミラのルカティエルです」と。

 

 

 

 

 

「ギイギイ」「ゴアアアアア」「キシャアアアア」

 

「モンスターが!?」

 

「逃がすか!」

 

 目の前で行われた戦い、いや戦いとも呼べない物。

 それはいうなれば作業。

 肉屋が肉を解体するように、鍛冶屋が装備を整備するように、迷いなく進んでいく手際はいっそ美しさすら感じる物だ。

 相手が僕達が死力を尽くして倒したゴライアスで無ければ。

 

 あんまりと言えばあんまりな光景に呆然としていた僕達は、モンスターの悲鳴にも似た叫び声で正気に戻る。

 ゴライアスが倒されたからだろうか。

 18階層で暴れていたモンスター達が逃げだしていた。

 

 どうなのだろうか。

 あれは今ここで狩っておくべきなのだろうか。

 またいつ現れてこっちを襲ってくるか分からない存在を見逃すのはどうかと何人かの冒険者がその後を追おうとする。

 

「ちょっと待ちな。巻き込まれたくなかったらそこから動くなよ」

 

 それを灰さんが止める。

 流石に灰さんの制止を振り切ってまで追いかけようとは思わないようでみんな止まる。

 だが巻き込まれるとは何に巻き込まれるのだろうか。

 僕が首を傾げていると傍にいたリリが震えていることに気がつく。

 

「リリ?大丈夫?」

 

「べ、べ、べ、ベル様。

 わ、分かったんです。分かってしまったんです」

 

 ガタガタと震えて、満足に喋れないリリの姿にただ事ではないと気がつく。

 まさかモンスターの攻撃!?

 

「分かるんです、見られてるんです。

 聞こえるんです声が。

 【聞こえるか】って声が...」

 

「リリ...?

 しっかりしてリリ!!」

 

 何処から攻撃されたのか。

 僕がリリに駆け寄るとリリは僕に縋りつく。

 うわ言の様にぶつぶつと呟き続けている姿は正気とは思えない。

 

「リリ!

 リリ!

 どうしたのリリ!!」

 

「こりゃあ、当てられたか?」

 

 どうすればいいのか分からず、リリの名前を呼ぶ僕の姿に近寄ってきた灰さんが呟く。

 【当てられた】?

 それってどういう...

 

「ああ!!こんなの知りたくなかった。知らないで居たかった。

 ああ!!ああ!!

 宇宙は空にある!!

 

 僕が混乱しているとリリは急に立ち上がると大きく目を見開き両手を上げて天井を指さす。

 宇宙?そこには天井しかない。

 一体どうすればいいのか。

 

「空に!!宇宙(そら)に!!

 そ「貴公、目を閉じたまえよ」」

 

「焚べる者さん!?」

 

 呆然と立ち尽くしているとリリの目を後ろから隠した人がいた。

 焚べる者さんだ。

 そのまま落ち着かせるように背を撫でながらリリを座らせる。

 

「目を閉じ、目を逸らし、耳を塞げば無かった事になるなど赤子の考えだ。

 されど貴公は未だ幼少期も終わらぬ身。

 ならば赤子の真似事も許されよう。

 

 ...ベル、こちらに」

 

 ゆっくりと、低い声で焚べる者さんはリリに囁く。

 段々とリリが眠りに落ちていくよう静かになる。

 焚べる者さんは僕を手招きするとリリの手を握るように言った。

 

「く、焚べる者さん?何をしたら...」

 

「リリルカは今あまりにも大きな神秘に触れ自分を見失っている。

 呼びかければいい。何をしたいか、何か心残りはないか。

 それがリリルカをこちらへと引き戻す楔となろう」

 

 リリの手はまるで氷の様に冷たかった。

 紙のように白い顔色、おおよそ体温が感じられない程の冷たさ。

 ともすれば死体と間違うようなリリへと声をかけ続ける。

 

「リリ。灰さん達が来てくれたよ。

 もう大丈夫。一緒に地上に帰ろう。リリは地上に帰ったら何がしたい?

 僕はバベルに買い物に行きたいな。

 装備を見て、本を見て。ああ、ご飯も食べたい。何かいい所あるかな?」

 

「...ベル様一人...では、またぼったくられ...ますよ...」

 

「リリ!!」

 

「しょうが...ないので、リリも...ついて行ってあげましょう」

 

 リリが目を覚ました。

 ひどく疲れているようだけれど、いつものリリだ。

 

「サポーター君ゆっくりでいいから、これを飲むんだ。灰君達のエストだよ」

 

 神様がお皿に入ったスープを持ってきてくれた。

 リリが一口飲むと紙の様だった顔色に赤色が差す。

 見れば灰さん達はいつの間にか熾したたき火でエスト瓶を炙っていた。

 大切なものだって聞いていたんですけれど、そんな扱いで良いんですか!?

 

 ドドドドドドン!!

 

 とにかくリリに元気が戻ってきて安心していると連続した破裂音が聞こえた。

 見ると上から光の玉が落ちてきて、逃げるモンスターを撃ち抜いていた。

 

「加減ってもんを知らねえのか。おチビが発狂してたぞ」

 

「モンスターを逃がさないようにするための致し方ない犠牲だ。

 ...どうやら無事のようだな。この指はいくつに見える?」

 

「...3?」

 

 気がつくと狩人さんが立っていた。

 流石に灰さんも思う所があったのか苦情を呈すが、狩人さんは無視してリリの顔の前に手を翳す。

 リリが答えると満足そうに頷き「問題はない」と呟く。

 

「一時的なものだったようだな。啓蒙が多すぎるのなら脳より啓蒙を吸い上げる必要があったが不要の様だ」

 

「あー...そりゃあよかった」

 

 ちゅうちゅうと、まるでストローで飲み物を吸うようなジェスチャーをする狩人さんへと灰さんは投げやりに答える。

 リリもエストを飲み干したようで元気を取り戻したようだ。

 見ればモンスターもすべて撃ち抜かれ、18階層には平穏が戻っていた。

 

 僕は大切なことを忘れていたことを思い出す。

 大変だ!!

 

「灰さん!!」

 

「お?どうした」

 

 灰さんに声をかければ灰さんがこちらを向く。

 狼さんも、焚べる者さんも、狩人さんも集まって来た。

 

 大きく息を吸い、大きな声で言う。

 

「おかえりなさい!!」

 

 灰さん達はちょっと面を食らったようだったが、嬉しそうに微笑み返してくれた。

 

「おう、ただいま」

 

 

 




どうも皆さま

私です

なんとか18階層の死闘を終わりにできました。
よくもまあこんな有様でGWぐらいには終わりにしたいですなんて言えた物ですね
つ、つかれた。
まあ言ったのは私なんですが

兎にも角にもこれにて独り立ちと支えの話終わりです
本当はこの後始末の話とギャグ話があるんですがそれはまた今度にします
気長にお待ちください

日々の誤字脱字報告、評価、感想ありがとうございます
私の書く気力に繋がります
後書きにでも評価、感想を求める文を書くと沢山もらえると聞いたので
ちょっと書いておきます

感想や評価をしてくださってもいいのですよ

...恥ずかしいですね
この話は終わりにしましょう

これ以降は
この話の前書きの候補だった物達です
イイ感じに使う場面がなさそうなので置いておきますね
つまりは見なくてもいい奴です
お暇な方はどうぞ
そうでない方はお戻りください
それではお疲れさまでしたありがとうございました

ストームルーラー

灰の持つ武器の一つ
【巨人殺し】の異名を持つ大剣であり

かつて薪の王の一人ヨームは二振りのこれを持ち
1つは彼を信じぬ人々に与えられ
1つは彼の友に託されたと言う

ついにはその願いは果たされ
二振りの大剣はヨームへと突き立てられた
故にかこの大剣の真価は最早発揮されない

「これは真価を発揮できねえとは言うがな、巨人にも効くような攻撃なら普通の奴が喰らえば死ぬだろ」





【秘伝・狼閃(ろうせん)

狼がオラリオにて見出した新たなる奥義

二度とは会えないはずの主と再会した狼は
二度と敗北しないことを主に誓った

だが仲間となった灰達の話に出てくる敵やダンジョンに潜むモンスター達はあまりにも強大で
如何に狼と言えどもその誓いを守ることは難しかった
故に見出した奥義

かつて若き剣聖一心はひたすらに刀を振るうちに斬撃を飛ばしたと言う
ならば狼に出来ないはずはない

斬撃が飛ぶのであればどれだけ大きな敵にも効く
ならば問題はない

「一度で足りぬのであれば、幾度でも殺す。ただそれだけのこと」






巨人殺しの伝説

焚べる者が語る伝説の一つ

曰く世界を相手に戦いを仕掛けた巨人達
その侵攻が失敗に終わった後ろには
焚べる者がいたと言う

あくまで焚べる者自身が語る
己の武功を誇る物語であり
信憑性は薄い

だがそこにはたった一つ真実が含まれる
この世界において絶望を焚べる者こそが最も巨人を殺すことに長けているのだ

「ならば語ろう、そして知るがいい我が伝説を」





彼方への呼びかけ

狩人が持つ秘儀の中でも最も大規模な物の一つ

かつてヤーナムを治めた医療教会の上層【聖歌隊】は
精霊を触媒に高次元暗黒に交信を求め接触を試みた

これはその失敗から生まれた秘儀であり
医療教会の迷走の象徴でもある

しかしながらその儀式の目的を名付けられたこれを
上位者である狩人が使うのであれば
むしろ【此方からの呼び声】とでも呼ぶべきなのかもしれない

「聞こえるか、聞こえるか。この声が聞こえるか。聞こえるのなら死ぬるがいい






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四方山話

黒い大剣

37階層の階層主ウダイオスのドロップアイテム
巨大な骸骨と人骨の兵士へと独りで挑む勇者のみがこれを得ることが出来る

リヴィラの街の顔役ボールスの手を経由してベル・クラネルのもとに届き
リヴィラの街を守るために活躍した

全く世の中の縁とは分からぬものだ

誤字脱字報告ありがとうございます


ヘルメスと九郎の話

 

 18階層。

 ゴライアスが倒され、復旧が進められている光景を小高い丘から見下ろしている二人(一人と一柱)がいた。

 神ヘルメスとその眷族アスフィだ。

 

「...かくして18階層に現れたゴライアスは倒され、暴れていたモンスター達も殲滅された。

 人間(子ども達)はまた一つ困難を乗り越えたわけだ。

 めでたしめでたし...という訳にはいかないかな?」

 

「めでたしめでたしは好きですよ。

 ですがそれは、やるべきことをすべて終えてからの話でしょう?」

 

 ヘルメスは復興を眺めながら呟き、振りかえる。

 その言葉に応えたのはともすれば少女にも見える中性的な美貌の少年、九郎だった。

 

 ヘルメスは人好きのする笑顔を浮かべ、九郎もまた品のある微笑を浮かべている。

 だが、二人の間に渦巻く空気は到底友好的なものとは言えなかった。

 怒気、というよりは悪意。

 気の弱い者ならばその空気に当てられて意識を飛ばしかねない程の()()を無言でやり取りをしながら、それでも二人は表面上は友好的な態度を崩さずに会話を続ける。

 

「そんなに身構えないでください。ただ少しお話に来ただけですよ」

 

「お話に来ただけ...ね。どうやらヘスティア・ファミリアの常識と俺の常識は違うようだ。

 少なくとも話というのは背中に短刀を突きつけながらするものじゃないと思うよ」

 

 ヘルメスの言葉に成り行きを見守っていたアスフィが背後を振り返る。

 そこには殺意はおろか、存在感すらない狼がヘルメスとアスフィ(二人)に刀を突きつけていた。

 

「なっ...」

 

「何もなさらないことをお勧めいたしますよ。

 この距離です。幾ら“【万能者(ぺるせうす)】”殿であったとしても、何かをする前に狼が突く方が速い」

 

 武器を突きつけられている。

 その事実を理解し、アスフィが反射的に攻撃しようとするその前に九郎が制止する。

 

「何かをしようという訳ではありません。手荒な真似がしたいわけでもないのです。

 ただ、私の質問に答えてくれればそれで良いのですよ」

 

「俺が思っていたよりも俺達の常識のずれは広いようだ。

 まずは手荒な真似という定義から話し合うべきだと思うけれどね」

 

「おや、それでは手荒な方がお好みでしたか?

 それでは灰殿達を連れてきましょう。あの方達の前では【死】は終わりではありませぬ。心配なさらずともしっかりと「いや!今すぐ君の話を聞こう!!」それは何より」

 

 灰達を交えてのお話し(手荒な方)など間違いなく碌なものではない。

 早々に質問に答えることにしたヘルメスへと特に心を動かした様子もなく話を進める九郎。

 

 ともすれば小人族(パルゥム)とそう変わらない身長に、少女と見間違わんばかりの中性的な美しさ。

 その外見から九郎をヘスティア・ファミリアの中でも組みやすしと見る者は多い。

 

 それはある意味では間違えていない。

 自身の持つ価値観(ズレた価値観)で動く灰、どこに地雷があるか分からない狩人、会話になったとしても話が通じるとは限らない焚べる者、そして単純に恐ろしく無愛想な狼。

 ヘスティア・ファミリアの他の冒険者達と比べれば九郎がとっつきやすく、常識的であることは確かだ。

 

 だがある意味では間違えている。

 今でこそ、その座をベル・クラネルに譲っているが、九郎は長らくヘスティア・ファミリアの団長を務めた人物だ。

 曲者揃いの灰達を、時に宥め、時にたきつけ。

 自由に操ったとまでは言わなくとも、大体自分の望む方向へと操作してきたのだ。

 薄幸の美少年といった外見だが、その通りの人物がそんな離れ業を行えるわけがない。

 

 ニッコリと。

 そういう趣味がある人物()ならばそれだけで落ちそうな笑みを浮かべながら九郎は口にした。

 

「実に簡単な話です。

 何故“べる”に近づいたのか。それだけですよ」

 

「神友を助けるのは「そういうのはもうよいですから」...頼まれたんだよ」

 

 ヘルメスもまた人好きのする笑みを浮かべて答え、その言葉を九郎は両断する。

 九郎の言葉に反応して高まる背後からの圧に諦めたようにヘルメスは口にする、頼まれたと。

 

「だけど俺がダンジョンに潜ってまでベル君を助けたのはベル君自身に興味があったからさ」

 

「興味...なるほど。それ故冒険者達をたきつけたのですね」

 

 九郎の言葉にアスフィが僅かに動揺する。

 地上でベル達と揉め、また18階層で戦ったモルドとその仲間達。

 彼らはヘスティア(女神)を誘拐するような大それたことが出来る人物ではない。

 彼らの行動の裏にはヘルメスによる煽りと支援があった。

 

 モルドが使っていた被れば姿が見えなくなる兜(ハデスヘッド)

 あれはヘルメスがモルド達に渡した支援であり、自身(アスフィ)が作った魔道具だ。

 しかし(ハデスヘッド)はひそかに回収したはず。

 

「皆様少し()()すれば快く話してくださいましたよ」

 

 どうやら九郎はアスフィの僅かな動揺を見逃さなかったようだ。

 見惚れる様な笑みですら隠し切れない()()が零れる言葉を口にする。

 間違いなく今の自分たちと同じ状況でお話をしたに違いない。

 幾ら冒険者であったとしても、否冒険者(戦う者)だからこそ、この状況がどれだけ絶望的なのかを理解し助かる為に全てを話したのだろう。

 

「それで、何故こんなことをしたのか(冒険者達は吐いたぞ)お話して頂けますね(お前もさっさと吐け)

 

「...実際にベル君を見て理解した。彼は悪意に対してあまりにも無知だ。

 

 彼は強くなるだろう。

 彼はくじけないだろう。

 彼は倒れても再び立ち上がれるだろう。

 

 だが、悪意に対してあまりにも無防備すぎた。

 だから悪意に晒す必要があったのさ。

 彼が更に強くなるためにね」

 

 これが今回の騒動の目的だとヘルメスは語る。

 同時に九郎はどうするのだろうかとも思う。

 地上に心残りがないと言えば嘘になる。

 だがこの状況だ。抗う術などない。

 

「なるほど...狼、帰りますよ」 

 

「えっ...?」

 

 どのような裁きであったとしても受け入れる。

 だからアスフィ(子ども)だけは見逃してほしい。

 そんなヘルメスの想いは自身に背を向け歩き出す九郎によってすかされる。

 

「な、何もしないと言うのかい...?」

 

「ええ、聞くべきことはすべて聞きましたので。

 私は訊ね、“へるめす”様は答えた。

 ならばもう用事はありません」

 

「見逃された側が言う事じゃないが、俺が嘘を吐いているとは思わないのか?」

 

 いっそ清々しさすら感じる程に「この件は終わりです」と言い切る九郎へと思わずヘルメスは問いかける。

 そして後悔した。

 

「ふふっ」と笑った。

 九郎がしたのはそれだけだ。

 だが余りにも不吉な笑いだった。

 

「面白いことを仰いますね。

 もしそうなら、その時こそ灰殿達を連れて“お話”をするだけですよ」

 

 “お話”という言葉に込められた意味をはき違えるヘルメスではない。

 最初から最後まで何もできなかった。

 ヘルメスが項垂れていると「ああ、そうです」と九郎が思い出したかのように踵を返す。

 

「“へるめす”様は“べる”が悪意に対して無知であるとおっしゃいましたが、それは違います。

 

 “べる”は悪意に染まらないだけですよ。

 周囲からどれだけ悪意を向けられようと、灰殿達がどれだけ悪意を纏おうと。

 それに染まらず、“べる”らしくある。それだけなのですよ」

 

 今度こそ九郎は背を向け歩いていく。

 背後から感じていた圧が消え、武器をしまう音が微かに響く。

 

「...次はこれだけでは済まない」

 

 足音もなく九郎の後に続く狼がヘルメスとアスフィを追い越す際に小さく呟く。

 同時にヘルメスの被っていた帽子に刺さっていた飾り羽が音もなく落ちる。

 

「...」

 

「...」

 

「ブハァ...い、生きてる?」

 

「恐らくは...」

 

 無言で九郎と狼を見送っていた二人。

 気がつかない間に止めていた息が限界を迎え、それと同時に二人は動き出す。

 荒い息で空気を取り込むヘルメスへとアスフィは声をかける。

 

「とりあえずぶん殴っていいですか」

 

「なんで!?いや気持ちは分かるけどなんで!?」

 

 しばし追いかける音がした後、人を殴った(神を殴った)ような音が18階層に響いた。

 

 

 

 

 

武器とボールスの話

 

 ボールス・エルダーは冒険者である。

 リヴィラの街の顔役という役職に就き今でこそ前線を退いているが様々な経験を、いや前線を退いて役職に就いたからこそ様々な経験を積んできたというべきだろう。

 だからこそこの世の中、特にダンジョンの中においては人の持つ常識なんてものは微塵も役に立たないという事を知っている。

 どれだけ物事を知ったとしても、どれだけ経験を積んだとしても。

 ダンジョン(現実)という奴は簡単に人の想像力を飛び越えてくるものだ。

 

(だからと言って、安全だと思っていたこの階層(18階層)でモンスターに襲われたその日に、それ以上の不幸があるなんて思わないだろう!?)

 

「ああ、そうです。後バッグもなくしてしまったんです。ありますか?」

 

 心の中で絶叫するボールスをしり目に鋭い目つきで商品を吟味する小人族(パルゥム)

 彼女は多くの荷物運びをしてくれたリリルカ・アーデだ。

 

 別段彼女(細かい所まで見ているお客)だけならボールスも不幸だなんて言わない。

 ()()はもう一人の方だ。

 

「そりゃあ可哀そうに。いいぞ俺が買ってやろう。好きなのを選ぶといい」

 

 リリルカに「そんなことばっかりしているからツケが膨らむのでは?」と言われ「痛いとこをつく」と笑っている鎧姿の男。

 死力を尽くし、やっとの思いで倒したゴライアスを瞬殺した人物にして、オラリオ最恐とも噂される火の無い灰だ。

 

 本来ならば金を湯水のように使う火の無い灰はお得意様(カモ)なのだが、ゴライアスを瞬殺できる戦闘力を見せられた後にそんな呑気なことを考えていられるほどボールスの肝は太くない。

 今こうして同じ部屋にいるのも気が気じゃない。

 例えて言うのならばモンスターと一緒の檻に装備もなしに閉じ込められたようなもの。

 どうか早くこの二人が買い物を終えるか、誰かほかの客が来てこの場所から逃げ出せないだろうかと神に祈っていると店の入り口から声をかける人物がいた。

 

「すいませーん。ここってボールスさんのお店ですよね?」 

 

「おお?【リトル・ルーキー】じゃねえか。今日はどういった御用件で?」

 

 これこそ天からの助け。

 胃が痛くなるような空間から逃げ出した先にいたのは、先のゴライアス戦で新参者(LV.2)とは思えない奮戦を見せ、ゴライアスにとどめを刺した【未完の少年(リトル・ルーキー)】ベル・クラネルだった。

 

 喜びを表に出さないようにしながら何の用かと聞けばベルが取り出したのは黒い大剣。

 漆黒のゴライアスとの戦闘でベルが振るった武器であった。

 

「貸してもらっていた武器を返しに来ました。

 ありがとうございました」

 

「まあ俺達もあんたがいなきゃみんな死んでたからな。いいってことよ」

 

 頭を下げるベルに気を良くするボールス。

 先程まで品質を厳しい目で眺める小人族と、いつこっちを襲ってくるか分からない狂人(火の無い灰)を相手にしていたこともあって、何気ない行動の一つ一つに癒される。

 だがその癒しの時間は長くは続かなかった。

 

「お?ベル。どうしたこんなとこに」

 

「灰さん!!

 この武器を借りていて、返しに来たんです」

 

 リリルカが商品を見ている間の暇つぶしか火の無い灰がこっちを見に来た。

 しかし【リトル・ルーキー】が持つ黒い大剣を見ると途端に目を輝かせる。

 

「ほぉ。なかなかにイイ武器だ。見た所ドロップアイテムだな?

 確かどっかの階層主がこんな武器を使っていた気がするな」

 

「お目が高い。それは37階層の階層主ウダイオスのドロップアイテムですよ。

 【剣姫】が手にしたものを頼み込んで売ってもらった物でね」

 

「えっ!!【剣姫(アイズさん)】が!?」 

 

「ウダイオスのドロップアイテム?こんな武器が落ちる(ドロップする)ならどこかで聞くはずだが聞き覚えがないな」

 

「何でも一人で倒した時にこの武器が落ちたとか」

 

 なんだかんだと言ってボールスも冒険者。

 装備談義は嫌いじゃない

 どんどんと話は盛り上がっていった。

 

「...なんだ、思ってたより話せるじゃないか。よし、この武器はあんたに譲るよ」

 

「えっ...!?いいんですか!?」

 

「気にすんな。俺達を、この街を守ってくれた礼みたいなもんだ。それにこの武器も使われないまま飾られてるより、使いこなせる奴もとにいるほうが嬉しいだろうしな」

 

 そうして最後には返しに来たはずの黒い大剣はベル・クラネルへと送られることとなった。

 「なんだか悪い気がする...」と言いながらも嬉しそうに大剣を受け取るベル、そんなベルへと拍手を送る火の無い灰。

 そして満足そうに頷くボールス。

 実に感動的な場面であった...一人の人物を除いて。

 

「それで?一体何時になったらこっちに戻ってきてくれるんですかね?」

 

「「「うお!?」」」

 

 負の感情が詰まった声に奇妙な声を上げる男衆三人(ボールス達)

 恐る恐る声のした方へと振り向くとそこには、憤怒の表情を見せるリリルカが立っていた。

 

 その日灰達は思い知らされた。

 たとえリヴィラの街の顔役であったとしても、たとえリヴィラの街の危機を救った英雄であったとしても、たとえ他の冒険者が死力を尽くしてようやく倒したモンスター(漆黒のゴライアス)を一撃で倒せるだけの力を持っていても。

 

 怒った少女の前では無力であると。

 

 

 

 

 

狩人とリュー・リオンの話

 

「やはり何もありませんか...」

 

 18階層の東の端に小さく呟いた言葉が消える。

 呟いたのはリュー・リオン。

 元アストレア・ファミリアの冒険者であり、今は【豊穣の女主人】で働く店員である。

 

 彼女は昨日この場所でロキ・ファミリアの団員(レフィーヤ・ウィリディス)とベル・クラネルを【闇派閥(イヴィルス)】の構成員から助け出している。

 その後逃げ出した構成員を追い続けたが、恐らくは口封じのために構成員たちは殺されてしまった。

 だがこの場所が【闇派閥(イヴィルス)】、或いは【闇派閥(イヴィルス)】と組んでいる何者かにとって何かしらの意味を持つ場所であることは間違いないはずだ。

 だからこそ漆黒のゴライアス討伐にわくリヴィラの街から抜け出し、一人この場所へと来たのだった。

 

 しかし結果は芳しいものではない。

 それもそうだろう。

 そもそもこの場所は昨日ロキ・ファミリアの団員達が徹底的に調べ上げた。

 だがそれでも何か怪しいものは見つからず、ロキ・ファミリアは一度引き上げることにしたのだから。

 

 何かが見つかると思ってここに来たわけではない。

 だが全くと言って何も見つからない現実に、思わずため息の一つも零れる。

 このまま探索していても成果を上げることは出来ないだろうと帰ろうとした時だった。

 人の気配を感じた。

 

「何者だ!!」

 

 鋭く誰何するも、返事はない。

 先程感じた気配も掻き消え、ともすれば気のせいと思いかねない状況だったが、リューは間違いなく何かがいると確信していた。

 

「出てこい。

 ...出てこないのであれば【闇派閥(イヴィルス)】の関係者として攻撃する」

 

「フン...よりにもよって私のことを【闇派閥(イヴィルス)】呼ばわりするとはな。

 よくもまあ咆えたものだ」

 

「狩...人...!?」

 

 すでに現役を引退したとは思えない鋭い殺気を気配がした方へと向ける。

 つまらなさそうに鼻を鳴らしながら現れたのは因縁浅からぬ相手、月の狩人だった。

 

「...」

 

「...」

 

「...止めましょう」

 

「何?」

 

 無言で互いに殺気をぶつけ合うリューと狩人。

 先に殺気を納めたのはリューの方だった。

 その言葉に意外そうな声を出す狩人。

 

 この二人が出会ったのは5年ほど前、オラリオを【闇派閥(イヴィルス)】が脅かしていた暗黒時代のことだ。

 オラリオの治安を守るものとして【闇派閥(イヴィルス)】と【闇派閥(イヴィルス)】が引き起こした事件を追っていたリューは、【闇派閥(イヴィルス)】の構成員を()であるとして()()()()()狩人と出会った。

 それ以来リューは守る者として狩人を追いかけ、狩人は狩る者として逃げ続けていた。

 

 出会えば殺し合うとまでは行かなくとも、戦った回数は知れず。

 まかり間違っても仲良くするような関係ではない。

 それが急に矛先を変えたのだ、狩人であっても困惑する。

 

「一体どういう風の吹き回しだ?お前が私と戦おうとしないなど」

 

「...私はあなたについて勘違いしていたのかもしれません」

 

 リューの言葉は更に狩人を困惑させるだけだった。

 無言のまま目の前のこいつ(リュー)は一体何を考えているのか、と頭を巡らせる狩人。

 そんな狩人の無言を肯定と受け取ったか、はたまた説明の催促と受け取ったか。

 リューは更に言葉を重ねる。

 

「あなたは血に飢えた危険な罪人だ...今までの私はそう思っていました。

 ですがクラネルさんから聞くあなたは、ベル・クラネルの先輩としてのあなたは私の知るあなたとは大きく違った。

 ならば私はあなたについて勘違いしていたのではないかと思ったのです。あなたという存在は決して血を求めるだけの悪人ではない。

 

 きっとこれまでの行いにも何か理由が「巫山戯るなよ」...狩人?」

 

「理由、理由。()()だと!?」

 

 狩人は明確な怒気を発してリューの言葉を遮る。

 その表情はマスクの上からでも分かる憤怒に染まり、その眼光は見る者を射殺すような光を放っていた。

 

「戯言を言うのもいい加減にしろリュー・リオン。

 言うに事欠いて理由だと!?

 ならば貴様は私に理由があれば私のしたことは許されるとでもいうのか!?」

 

「何故...そのように怒るのですか。

 誰にでも許される権利はあるはずでしょう?」

 

()()!?

 馬鹿な。いかなる理由があろうとも殺人が許されるはずがない!!」

 

「だが...それではあなたも許されない」

 

「当たり前だ!!

 私は狩人、私は復讐者、私は殺戮者、私は...獣。

 ならば...許されるはずがない。

 

 私が...許されるというのならば、あの古都に...あの夜に...死んだ者の想いは何処に...」

 

 燃えるような憤怒。

 その怒り(獣性)に導かれるままに狩人の口から吐き出されていた言葉は徐々にその勢いを弱める。

 

「狩人...?」

 

「そうだろうリュー・リオン...お前にもわかるはずだ。

 お前もそうだったのだから。この復讐が成されないくらいなら救いなど要らないと、そう思ったはずだ...」

 

 先程までの怒りに満ちた視線は失われ、まるで縋るような視線がリューへと向けられる。

 

 それはリュー・リオンにとって驚きだった。

 リューにとって狩人とは罪人であり、狂人であり、そして強者であった。

 これほどまで弱った姿など夢にも思わない。

 そんな姿を目の前に晒している。

 リュー・リオンは、リューが信じた正義は、こんな姿の狩人にどんな言葉を与えられるだろうか。

 数秒考えこみ、ようやく口を開く。

 

「確かに...かつての私は、この復讐の為ならば救いなど要らないと思っていました「ならば!」ですが...

 

 ですが、そんな私を救ってくれた人がいた、こんな私を許してくれた人がいた。

 私は救われたのですよ月の狩人」

 

「...そうだな。

 そうだ、お前はそうなのだろう。

 だからこそ...私は...いや、無意味な繰り言だな」

 

 リューの言葉を受け、しばし悩んだ後どこか吹っ切れたような顔になる狩人。

 

「詫びよう。無為な言葉でお前を惑わしたことを。

 お前のこれからに幸がある事を願っている...と言っても私なんぞの願いなぞ要らんだろうがな。

 ああ...つまり...これから私達は地上に向けて僅かな間協力するのだ。その間よろしく...という奴だ」

 

「あなたの謝罪を受け入れましょう。そして願わくば地上に戻った後も協力できますように」

 

 狩人は僅かに頭を下げ、リューもまた頭を下げる。

 すぐさま和解するとはならないだろう。

 だがこれからの二人にはより良い未来が待つはずだ。

 生きているのだから。

 これより先の未来がより明るいものだと信じてリューは狩人と別れ、リヴィラの街へと戻っていった。

 

 リューと別れ、18階層の端を歩いていた狩人はふととある方向を見て、マスクの下の表情を歪める。

 

「見ていたのか?」

 

「見ずともソウルの輝きを見れば何があったかは分かる」

 

 狩人の問いかけに応え姿を現したのは絶望を焚べる者。

 何処か安心したような様子の焚べる者を睨みつけ狩人は更に問いかける。

 

「それで?【闇派閥(塵共)】のソウルは確保できたのか?」

 

「恙なく。この通りだ」

 

 狩人の問いに答えて掌に何かを載せているようなそぶりを見せる焚べる者。

 ソウルの業を持ち合わせない狩人にはその掌の上にあるのだろうソウルを見ることは出来ない。

 だが、脳に得た瞳が掌の上にある()()()の存在を認識させる。

 しばし無言でそのソウルを眺めていた狩人と焚べる者だが、ふと焚べる者が漏らす。

 

「...だがまあ、聞けばこのソウルの持ち主たちは死別した愛する者との再会を願って【闇派閥(イヴィルス)】へと身を堕としたのだろう?

 それが死後もこうして私に囚われることとなった。救いのない話だ」

 

「安らかなる眠りに逆らおうとした報いだ、救いなどあるものか。

 ...人は受け入れるべきなのだ死を、終わりを、離別を。

 死を覆そうとしたところで歪みを生むばかりだ」

 

「よりにもよって(不死者)にそんな言葉を言うかね」

 

 狩人がマスクの下の顔を歪めながら語った言葉に焚べる者は呆れたような声を出す。

 それもそうだろう。

 自身の死(亡者化)を拒み、摩耗する人間性に怯えながら、それでもこの偽りの生にしがみついている不死者に向ける言葉ではない。

 だが狩人は一度鼻を鳴らすとつまらなそうに言った。

 

貴様ら(不死者)こそ世界の歪みその物だろうに」

 

「それを言われると返す言葉がない...」

 

 全くもって正しい正論に焚べる者は返す言葉に困窮し、狩人はそんな焚べる者を鼻で笑う。

 だが何れにせよ狩人達は掴んだ。幾ら追い求めても掴めなかった【闇派閥(イヴィルス)】の尾を。

 後は狩るだけだ。

 

 18階層にこれから起きるだろう惨劇を予期させる笑い声が響いた。

 

 

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

前回は沢山の感想有難うございます
何時も返信しませんが嬉しく読んでおります

何時も言っておりますことですがこの小説がここまで続いておりますのも皆様のおかげです

ですから
評価、感想、お気に入り登録お待ちしています
...なんちゃって

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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灰の反抗、或いはダンジョンのそれなりに平穏な日

初めにこの話はギャグです
つまりは【この先キャラ崩壊があるぞ】【ご都合主義に気をつけてな】
という事です
それでもいいという方はどうぞ気を抜いてお読みください
ポロリモアルヨ




河童

極東に存在すると言われるモンスター...ではなく
水の恐ろしさを戒める為の空想上の生き物

子どもが水に近寄ることを防ぐために親が語る物語
それは年を取り物事を知れば水難事故を防ぐためだと理解するだろう

だが年を取ろうともこれを恐れるのであればきっとその者は
かつて溺れでもしたのだろう


 

「絶っっっっっっっっっっっっ対に嫌だからな!!」

 

 湯煙を切り裂いてダンジョンの中に灰の絶叫が響く。

 何故こんなことになったのか。

 それを語るには少し時を戻す必要がある。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ありがとうございました」

 

「おう、こっちこそありがとうな。

 ...【リトル・ルーキー】お前には無用かもしれんがこの言葉を送ろう。

 またこの階層(リヴィラの街)に来い。そんときゃもっと歓迎してやるぜ」

 

 最後に出発したロキ・ファミリアの遠征部隊が18階層を離れて一日後。

 漆黒のゴライアス討伐後一日滞在した中でリヴィラの街の顔役、ボールスに気に入られたベルはまた来いと声を掛けられ、ベルはそれに笑顔で応じる。

 そうしてリヴィラの街の住人達との別れを済ませた一行は地上に向けて出発した。

 

 中層での経験からパーティのリーダーとしての振る舞いを身に着けたベル(かっこいい姿のベル君)、そしてそんなベルの姿を見て楽し気にする灰達(機嫌のいい眷族達)

 彼らの主神であるヘスティアもまた、その光景に喜びを隠し切れない様子でダンジョンの中を歩いていた。

 

 そう、ここまではよい空気だったのだ。

 なのに...

 

(ど、どうしてこうなった...?)

 

 ダンジョンの中。

 重い空気にヘスティアは心の中で頭を抱えた。

 

「むぅ...」

 

「そう気を荒立ててはいけませんよ狼」

 

 どこかピリピリとした空気の狼。

 いつもの様に笑っているのに笑っていない九郎。

 

「フン...」

 

「はぁ...」

 

 いつも以上に無愛想な狩人。

 どこか居心地の悪そうな顔の見えない協力者(リュー・リオン)

 

 いっそいつもの様にヘルメス辺りが周囲を盛り上げてくれればいいのに、ヘルメスも妙に大人しい。

 

「...っ!モンスターです!!」

 

「ぐるるる「オラァ!!」」

 

 モンスターが現れればこの空気もマシにはなるのだが、人数()に加えて灰達()まで揃っているのだ。

 戦いはあっという間に終わる。

 そうしてまた重い空気のまま地上への行進が始まる。

 ダンジョンという気の抜けない空間に始めて潜る上に、眷族(ベル君)が無事かどうかわからないという状況に行きも精神が疲労したが、帰り()は別の意味で疲れる。

 

「灰さん。ここらへんで少し休憩しませんか?」

 

「そうだな。ヘスティアに倒れられても困る」

 

 そうしてしばらく歩くとベルが休憩を提案した。

 冒険者達(ベル達)は問題ないが、神達(ヘスティア達)はそうもいかない。

 変に体力を消耗する前に休憩を入れて回復した方が楽に進めるだろうという考えから灰もその提案を受け入れた。

 

(なんだかなぁ...なんだかなぁ!)

 

 各々が周囲を警戒したり、荷物を背負いなおしたり、自分の仕事をこなす中ヘスティアは鬱々とした感情に包まれていた。

 

 自分の眷族(ベル君)が奥手なのは知っていた。

 だからダンジョンまで助けに来たことに感動して「素敵!抱いて!!」なんてことにはならないのは分かっていた。

 だとしても、もう少し自分に構ってくれてもいいじゃないか。

 

 そんな不満を抱くが同時に、眷族(ベル君)にとってこの階層(中層)は決して気を抜いていい階層じゃないことも分かっている。

 だけれど灰君達がいるんだからいいじゃないかという気持ちと、ダンジョンに対して真摯に向き合うベル君が誇らしい気持ち。

 二つの気持ちがぐるぐるする。

 

「なんだい、なんだい。...えい!」

 

 かつて天界に居た頃には感じたことがない苦しい感情に、思わず足元の石に八つ当たりをする(を蹴とばす)

 石は壁に飛んで行って小さく音を立てる。

 

「...はぁ。何やってんだか。ベル君達のもとに帰ろ「ズゴゴゴゴ!!」...え?」

 

 子供のような行動に余計虚しくなる。

 一人で行動するなよと言われたことを思い出し踵を返そうとした時だった。

 石が当たった壁が轟音と共に崩れる。

 

「神様!?」

 

「ヘスティア!?どうした...」

 

「これは...」

 

「こんな所に道があるなんて聞いたことがありませんよ!?」

 

 音を聞きつけてやってきたのだろう灰達も、現れた道に驚きを隠せない。

 幾人かが手持ちのマップで確認するも、どの地図にもこんな道は描かれていない。

 即ち未知の道。

 この道の先には未開拓領域が広がっていることになる。

 

 未開拓領域。

 文字通り誰にも探索されていないエリア。

 誰も見たことがない未知がこの先にはある。

 冒険者としての本能が疼く。

 

 だがこの先に一体どんな危険が潜んでいるのか分からない。

 ここは一度地上に戻ることを優先するべきだ。

 皆の想いが一致した時、道の向こう側から流れてくる空気を嗅いだ(みこと)が急に走り出す。

 

 止める間もなく消えていく姿に、まさか置き去りにするわけにもいかないとその背を追いかける一行。

 

 そうして進んだ一行が目にしたものは立ち上る煙と視界一杯に広がるお湯だった。

 

「おいおい、こりゃあ...」

 

「温泉...ですね」

 

「丁度良い湯加減だな」

 

 流石の歴戦錬磨の灰達も目の前に現れた温泉に気圧されていた。

 だが、いつの間にかグローブを外して温泉に手を突っ込んでいた焚べる者の言葉(温かいお湯)を聞いて黙っていられなかったのが女性陣だ。

 

「「「温泉!?」」」

 

「は、灰君にベル君。ボク温泉に入りたいな!」

 

「ヘスティア様。そんな無茶を。ここはダンジョンですよ?そんな無防備になっていい訳...」

 

「モンスターの気配はないが...」

 

 当然ながらダンジョンの中にはお風呂などない。

 18階層では水浴びをしていたが、それにだって限度という物はある。

 そんな中に現れた温泉(入浴のチャンス)を逃す訳にはいかない。

 

 だがここはダンジョン。

 入浴する(裸になる)など自殺行為でしかない。

 そんなリリルカの懸念は頭から温泉に突っ込み、文字通り温泉を()()()()()()(みこと)を引き上げた狼の言葉によって解消される。

 かくしてヘスティアとリリルカの期待する視線に負けた灰とベルは、休憩の意味も込めて入浴することに決めたのだった。

 

 

 

 

 

 その後も、まさか裸で入る訳にもいかないと悩んでいるとヘルメスがいつの間にかサイズの合った水着を用意していたり、ヘスティアが用意された水着をそのたわわ(母性の象徴)で破壊したり、再起した(みこと)が明らかに間違った入浴の作法を強要したり...まあ色々あったのだが、遂に入浴の準備が整った。

 

「ああ、やっとだ、やっと温泉に入れる...」

 

「すまん...(みこと)も悪意があってやったんじゃないんだ。ただ温泉のことになるとネジが外れるだけで」

 

「おう、じゃあ俺達は警戒してるからゆっくりつかるんだぞ~」

 

「うん、それじゃあ灰君達よろしく...って君たちも入るんだよ!?」

 

 ようやく入浴前の準備を終えたことにヘスティアがげんなりとした口調で呟く。

 温泉に入る前から疲れた...と陰を背負う女神へと、桜花は仲間()へのフォローをする。

 

 何はともあれ温泉である。

 喜び勇んで温泉へと入って行った命の後に続こうとしたヘスティアは、ひらひらと手を振り見送ろうとしていた灰達(灰、狩人、焚べる者)を目にして突っ込みを入れる。

 見れば入浴の準備が整った一同とは違い全員がいつもの服装のままだ。

 

「何してるんだい。温泉だよ温泉。君たちも入るんだよ。さあそんな無粋なものは脱いで...」

 

「はっはっは、俺達のことは気にせず入ってくるといい。後この鎧は絶対に脱がんぞ

 

 ヘスティアは灰を押したり引いたりして動かそうとするが、体格差もあり全く動かない。

 灰達には入浴の意思は無いようだ。

 だがそんなことでヘスティアは諦めない。

 

 そもそもこの温泉に入るのは、18階層での死闘の労いの意味もあるのだ。

 灰達にとって片手間の戦いであったとしても、あの階層で一番活躍したのは灰達だ。

 そんな灰達を仲間外れにするなど、()が許しても女神(ボク)が許さない。

 そう決意するが、灰達の意思もまた硬い。

 

「え~い、こうなったら実力行使だ。ベル君、ヴェルフ君、桜花君、ボクが許すやってしまえ。無理にでも灰君を温泉の中に入れるんだ!」

 

「「「ええっ!?」」」

 

 いきなりの女神の無茶振り(命令)に困惑の声を上げるベル達。

 しばし互いの顔を見合わせるが、意を決しベルが灰を無理やりにでも温泉に入れようとする。

 

 火の無い灰は強い。

 だがそれは一対一での強さだ。

 灰にとって最も恐れる物は大量の敵。

 それが眼前に迫っている現状を見た灰は...近くにあった岩にしがみつく。

 

「「「「「えっ...?」」」」

 

「フハハハハハ。俺は梃子でも動かんぞ。さあどうする」

 

 一同が困惑する中、灰の高笑いが響いた。

 

「いや、何をやっているんですか。そんなことしてないで...強っ!?

 凄い力だ!!」

 

 ベルが引きはがそうとするものの、灰の腕力には勝てない。

 風呂に入りたくないだけでそこまで本気を出すのかとビックリする。

 こうなっては仕方がないと三人がかりで引きはがそうとするものの、まるで動かない。

 

「フハハハハハ!!どうしたどうした。ちょっとは強くなったと思っていたが、お前たちの力はその程度か?」

 

「そういうちょっとカッコイイ台詞はもっと別の時に言ってくださいよ!?」

 

「灰君!!わがまま言わずに温泉に入るんだ!

 見ろ!焚べる者君は大人しく入ったぞ!!」

 

 無駄な努力を続けるベル達を笑う灰だったが、ヘスティアの言葉に視線を温泉へと向ける。

 そこには首まで湯につかった絶望を焚べる者がいた。

 

...ミラのルカティエルです

 

マスク(頭装備)がそのままだから温泉に仮面だけ浮いてるみたいでちょっとシュールだな...」

 

「いや、灰さん(上級冒険者)が岩にしがみついてまでお風呂を拒否している姿以上にシュールな光景なんてないですよ」

 

 そうツッコミを入れるベルへと灰は「これまで言ってなかったがな。実は(不死者)は膝より深い水に入るとおぼれ死ぬんだ」と言い訳をする。

 尤も「またそんな下らない嘘を...」とため息交じりに流されてしまった。

 灰が普段から詰まらない嘘を吐いているのもあるが、目の前で同じ不死者(絶望を焚べる者)が温泉に入っているのだから説得力など皆無だった。

 無駄にハイレベルな無駄に凄い技術を使った無駄な戦いはしばらく続いた。

 

 

 

 

 

 

 

「何をしているんだか奴らは...」

 

「そんなことを言うのなら狩人様は大人しく入ってくださいますね?」

 

 「いや、あいつを平均的な同胞(不死者)と一緒にしてもらったら困る」などと違う方向に弁解を始める灰の姿を見て他人事の様に狩人はうんざりしたように呟く。

 だが、そんな狩人にも声をかける人物がいた。

 華やかな年頃の少女の声。それを聞くと同時に灰と同じく近くの岩にしがみつく。

 そんな狩人のコートを声の主、リリルカ・アーデは引きちぎらんばかりに引っ張った。

 

「待て。小人族(パルゥム)のお前のどこにそんな力があったんだ」

 

「そんなことはどうでもいいんですよ。今日こそその血生臭いコートを脱いで洗濯してもらいますからね」

 

 岩にしがみついていなければ狩人ですらたたらを踏んだだろう。

 狩人はとてもじゃないがリリルカの小さな体から出たとは思えない力に制止しようとするが、リリルカはどこかズレたその言葉に耳を貸すつもりはないようで引っ張り続けていた。

 

「...大体湯が何だ。温かい液体なら毎日返り血を浴びているぞ」

 

「なおのこと脱いでもらいますよ!!」

 

 別に灰程装備に固執する訳でもない。

 たとえ破れたとしても()にするだけのこと。

 だとしてもヤーナムの下水道で拾った以来愛用しているコートを破られたいわけでもない。

 そんな思いから絞り出した狩人の反論はリリルカの腕の力をより強めるだけだった。

 

「そこのあなた。あなたですよフードを被っているあなた。ぼさっとしてないで手伝ってください」

 

「わ、私ですか...分かりました」

 

 しばらく綱引き(コート引き)を続けたリリルカはこのままではらちが明かないと思ったのだろう。

 事の流れを見ていたフードの助っ人(リュー・リオン)に助けを求める。

 

 驚いたのはリューだ。

 リューと狩人の関係を簡単に言い表せば宿敵だ、否だったというべきか。

 血も涙もない凶暴残忍な殺戮者という狩人に対して長年持っていたイメージとは違う面を持つのだと、ベル・クラネル(狩人の後輩)との交流を通してリューは知った。

 だからこそ和解を果たし、今こうして共闘している。

 

 狩人、いやすべての人は自分の知るだけが全てではない。

 そのことは分かっていた。

 だとしても今の狩人の姿はあんまりだった。

 それこそリューが呆然とするほどに。

 

 とは言え呆然と見ているだけという訳にもいかない。

 リリルカに求められるがままに力を貸す。

 

 自分の限界を超えた力を出すリリルカとLV.4の冒険者であるリューの二人がかりで引っ張られた狩人の手が岩から徐々に離れていく。

 もう少し。

 そうリリルカが思った時、急に狩人の抵抗が強くなる。

 一体何が...。

 そう思い湯煙に目を凝らすとぬらぬらと悍ましく濡れた得体のしれない物がコートの下から伸び、近くの岩に張り付いていた。

 

 世界が揺れる

 湯煙の向こう側にうっすらと見えるそれを目の端に捕らえた。

 それだけなのに世界が暗くなる。

 エーン

 薄暗いダンジョンの暗闇から赤子の泣き声が聞こえてくる。

 エーン

 体から血が引いて温泉の蒸気で蒸し暑いはずなのに体中が冷たくなる。

 意識が闇に誘われ...

 「どっせい!!」

 気合いで正気に戻る。

 

「なんですか()()。絶対よくない物でしょう!?どんだけ温泉に入りたくないんですか。猫ですか!!」

 

()だと...!?

 よくも咆えたものだな。言うに事欠いて私を獣と罵るかリリルカ・アーデッ!!」

 

「そんな恰好で凄まれたところで怖くないですよ!!」

 

 幸か不幸か。

 18階層で()()を見た経験が役に立った。

 こういう時に怯え縮こまった所で恐怖から逃げることは出来ない。

 ならばいっそ相手に突っ込んでいく(無謀な行動をする)くらいがちょうどいい。

 

 新たな啓蒙を啓いて──或いは開き直ったというべきかもしれない──しまえば凄む狩人など恐くはない。

 徐々に強くなる抵抗に負けじと引っ張る力を強めれば、狩人もまたコートの袖から新たに触手を出して岩に巻き付ける。

 見るものが居れば発狂するだろう綱引きはしばらく続いた。

 

 

 

 

 

 

「うーむ。まさかこんなことになるなんて...見通せなかったこのボク(女神)の目をもってしても」

 

「...ミラのルカティエルです」

 

 目の前で繰り広げられる阿鼻叫喚。

 その光景を見てヘスティアは小さく呟く。

 呟きに返事をするのは首まで温泉につかった焚べる者。

 翁の面が表情を変える訳でもなし。

 だがどこか不機嫌そうに見える面とは裏腹に名乗りには恍惚が含まれていた。

 

「しかしこんなに灰君達が抵抗するなんてね...うん?九郎君と狼君は何処だ?」

 

「未知とは知らぬものではない。未知とは見えぬもの。

 見えぬが故に想像する。見えぬが故にその形は一つではない。

 故にこそ届かぬ桃源郷に手を伸ばし続ける者は後を絶たない。

 

 ...だが忘れるな。隠された物を手にしようとするのならばその番人を越えねばならぬことを」

 

「おお...よく喋るね。今はそういう時期なんだ...」

 

 何時もならばそろそろ九郎君が仕方がないと言わんばかりのため息をついて狼君に命令する頃合いなのに何もない。

 いや、そもそも自分(ヘスティア)が水着を壊してギャーギャー騒いでいた頃から見た覚えもない。

 一体何処に行ったのか。

 そんな疑問に答えたのは珍しく長文をしゃべった焚べる者だ。

 

 意外かもしれないが、焚べる者はヘスティア・ファミリアではお喋りな方だ。

 ...と言うか喋らないのが会話をする気がない狩人と、むっつり黙っている狼なのだからその二人と比べればほとんどの人はお喋りになるだろうが。

 大抵のことは...ミラのルカティエルですで済ませる焚べる者だが、時々よく喋る時期がある。

 逆に...ミラのルカティエルですしか言わなくなる時期もあるのだが。

 まあどちらにせよ会話になっていないことに変わりはない。

 閑話休題。

 

「...あれはどういう事だい」

 

 僅かな水音と共に温泉より生えた手が差した先を見て困惑の声をヘスティアが上げる。

 

「狼君!!おおかみくん!!は、話せばわかる。話し合おう」

 

「邪なる気を感じた...」

 

 ヘスティアの視線の先には修羅の顔で楔丸を抜いた狼と、そんな狼を相手に腰が引けているヘルメスがいた。

 

「禁忌とは愚者に忌避させると同時に。賢者と救いようのない愚者を誘蛾する。

 知らねば良い物を、覗かねば良い物を。だがそれでもなお好奇の熱は止められぬのだ。

 禁じられた果実はよほど甘いと見える。

 だが喰らった果実の対価は安くない。

 禁忌とは犯すべきではない線引き。ならば禁忌とは即ち聖域であるのだから」

 

「あー...九郎君か」

 

 ヘスティアには焚べる者の言葉は正直な所半分も理解できなかったが、狼の行動理念ならば理解が出来る。

 大方ヘルメスが入浴中の九郎に不埒な視線でも向けたのだろう。

 

「へくちっ...すっかり体が冷えてしまった。早くボクも入ろう」

 

「踊る阿呆に見る阿呆。

 ならぬくもりを堪能すべきだ。

 馬鹿は風邪ひかぬといえども、貪欲者ですら病は望まぬのだから」

 

 自分はお姉さんが好きだと叫びながら逃亡するヘルメスと、もはや言葉はいらぬと言わんばかりに追いかける狼。

 そんな二人を見ていたヘスティアはくしゃみをする。

 体を震わせて自分を抱きしめるようにして体を温めようとする。

 

 幾ら温泉で温められて蒸し暑い空間と言えど元はダンジョン。

 日の光が届かない地下は水着を着ているには冷えすぎている。

 

 未だ灰達を引っ張っているベル達に声をかけ、仲よく入浴していれば楽しそうな雰囲気に誘われて入ってくるかもしれない。

 そんな説明をして一旦力尽くを諦めて温泉に入ることを提案する。

 

「名付けて北風と太陽作戦さ」 

 

「「「おー」」」

 

 パチパチと拍手を受け、楽しそうにヘスティア達は温泉へと入って行く。

 そんな背中を見送った焚べる者は小さく呟く。

 

「パンドラの箱には希望が残った。

 閉じられた中(未知)には常に良い物があると思うは人も不死者も変わらぬか。

 箱ごと壊せば何も得られずとも危険もないが...それを受け入れられるのならば偽りの生にしがみつきはしない。

 そも命を大切にする不死者なぞ笑い話にもならん」

 

 

 

 

 

 

「やっと諦めたか...全く、あいつらもしつこいな」

 

「フン。諦めの悪さについて私達が言える立場でもないだろう。...文字通り死んでも諦めなかったのだから」

 

 楽しそうな声が消えていくのを待ってから灰は縋りついた岩から離れた。

 灰の言葉を詰まらなそうに鼻で笑ったのは同じく岩から離れた狩人だ。

 さりげなく着ているコートが普段着ている血払いのマントがついている物ではなく、マントが外された物になっている辺りリリルカに臭いと言われたのはショックだったらしい。

 

「しっかしまあ、迂闊と言うか、平和ボケしているというか」

 

「よくもまあダンジョンなんぞの温泉に疑いもなく入れるものだ」

 

 ヘスティア達が消えていった方向を見ながら二人は嘆息する。

 

 メッセージと呼ばれている物がある。

 それは灰達の世界において時間と空間を越えて協力する為の物であり、多くの場合は罠や待ち伏せ、或いは隠された道を示す物だ。

 入り組んだ建物の中や視線の通らない洞窟、はたまた複雑怪奇な城において度々別世界からのメッセージに助けられてきた。

 

 また血痕或いは遺影と呼ばれるものがある。

 別世界で死んだ者が死ぬ少し前の動きを見ることが出来る物。

 呼び方は違えどその本質は同じ。

 血痕が大量にあるという事はそこに何か不死者を殺す()()があるという事だ。

 

 この温泉についても狼がモンスターが存在しないことを確かめてはいる。

 だがどうにも手前に大量の血痕がある曲がり角の様な、【この先罠があるぞ】と書かれたメッセージが大量にある部屋の前に立っているような。

 悪辣な罠の()()とでもいうものがこの温泉には漂っている。

 

 そもそも水場と言うのがいけない。

 自身達のしてきた旅において水場と言うのはいずれも難所だった。

 足を取られて満足に走れず、安全な所から遠距離攻撃を受けることなぞよくある事。

 ひどいときは水そのものが毒を帯びていたことすらある。

 閑話休題

 

 だが完全に温泉に入る気になっていたヘスティア達を止めた所で聞かないだろう。

 いや、そもそも罠があるというのも()()()()と言うくらいものだ。

 そんな不確かなもので喜んでいる彼女たちを止めるのは気が引けた。

 ...或いは口舌を争わせるのを面倒くさがったともいえるが。

 

 なんにせよどんな罠だったとしてもまずは真っ向から踏みつぶすのが不死者の流儀だ。

 そんなこんなで止めるのを諦め、何かがあった時はどちらかがヘスティア達の盾になり、残った方が罠を踏みつぶすことにした。

 まあつまりはいつも通りと言う奴だ。

 

 やれやれと灰が首を振った時、ヘスティア達の悲鳴が聞こえた。

 

「出番のようだな」

 

「嫌な予感ほどよく当たる...」

 

 先程まで子どもの様に駄々をこねていた姿が嘘のように()()()になった二人は駆けだす。

 

 

 

 

 

 

 異変に真っ先に気がついたのは狼だった。

 すぐさま追いかけ回していたヘルメスを蹴とばし、その反動で九郎の下へ。

 文字通り飛んできた狼に目を丸くする九郎を抱きしめ、鍵縄を使い空中へと逃げる。

 それと同時に先程まで立っていた場所に殺意が集中する。

 

 防御すら叶わない攻撃。

 文字にするのならば“危”とでも言うべきその気配を感じたからこそ、狼は九郎の安全を確保した。

 そうして空中で狼は殺意の主、狼達を攻撃してきた存在を見る。

 

 平べったい体に頭部から伸びている奇妙な突起物。

 その顔はモンスターであることを差し引いても醜悪で、凶相と言うべき顔つき。

 それを見た九郎が困ったような声音で呟く。

 

鮟鱇(あんこう)...?」

 

 時を同じくしてヘスティア達も異変に見舞われていた。

 と言っても何とも反応に困るというか、馬鹿みたいと言うか。

 だが恐ろしくはある異変だった。

 

 入浴の為の衣装。ヘルメスが用意していた水着がほつれた、いや溶けたのだ。

 悲鳴と混乱。

 そしてそれに乗じたモンスターの襲撃。

 

「やあっ!」

 

「ベル君。凄い!!」

 

 これだけはと装備を脱いでも身に着けていたナイフでモンスターを一刀両断する。

 モンスターが倒されたことを無邪気に喜ぶヘスティアを下がらせながらベルは考える。

 

(もしもこのナイフも手放していたら...)

 

 着ている物が溶けた。

 被害に遭ったのが見目麗しい女性陣の裸体を隠す水着だったことから何とも言い難い状況になったが、たとえば被害を受けたのが自分の愛用する装備だったら?

 先輩達(灰達)からの教えでこの武器(ヘスティア・ナイフ)だけは手放さずにいたが、武器も持っていなかったら?

 温泉の中を自在に泳ぐモンスターに警戒しながら起こり得た最悪を想定し、ベルの背中に冷たいものが流れる。

 皮肉なことにモンスターの襲来が、女性陣が次々裸になっていく状況にパニックになったベルの頭を冷静にさせた。

 

 今するべきことは?

 神様と一緒に下がっていく。

 あのモンスターは外見に違わず、水の中の動きが速い。

 だけれど僕の魔法(ファイアボルト)なら足止めが出来る。

 

 次にするべきことは?

 灰さん達との合流。

 あの人達ならどうとでもできる。

 

 気を付けることは?

 囲まれても慌てない。

 水中での動きは速いがそれでも対処できない程じゃない。

 それにさっき神様が上げた悲鳴は灰さん達にも届いているはず。

 なら耐えているだけでも問題はない。

 

 じりじりと下がっていくベルとヘスティア。

 浅瀬へと近づけばモンスター達は寄ってこれない。

 水中から飛び出し攻撃した所でベルの反射速度なら対応できる。

 このままいけば問題はない。

 そう思った時だった。

 

「グオオオオォォォォ...」

 

「!

 神様、危ない!!」

 

 下腹に響く重い唸り声と共に何か巨大なものが振り下ろされる。

 咄嗟にヘスティアを庇い倒れるように攻撃を避けたベルは何が起きたかを確認しようとする。

 だが何も見えない。先ほどまでは仄かな灯りに照らされていた周囲が暗闇に包まれている。

 何故?

 そう思った時再び明かりがともる。

 否、灯りだと思っていたのはモンスターの一部。

 頭部から伸びる突起物の先についている発光体だった。

 

「「でっかい...」」

 

 見上げる様な。

 それこそ18階層で戦ったゴライアスにも匹敵するような大きさのモンスターに思わず声が漏れる。

 

 恐らくはこの場所はこのモンスター達の縄張りなのだ。

 この環境をモンスター達が作り出したのか、それともこの環境にあったモンスター達が生き残ったのか。

 どちらにせよこのモンスター達は温泉につられた冒険者達を襲ってきた。だからこの場所の情報が知られなかったのだろう。

 

「来ます神様!!避けて!!」

 

「よ、避けてって言われたって...どうしたら...「どっこいしょぉ!!」

 

 攻撃の前兆を受け取ったベルはヘスティアへと警告をする。

 だがろくに戦ったこともない女神にはどうしようもない。

 ワタワタと慌てるヘスティアの後ろから灰の声がした。

 

 掛け声とともに起きた地響きによって巨大なモンスターは体勢を崩し、その周囲を回遊していたモンスター達は空中へと打ち上げられる。

 打ち上げられたモンスターは暗闇から飛んできた矢に射抜かれ次々と爆発四散する。

 

「灰君!?助けに来てくれたんだね」

 

「俺だけじゃない狩人の奴も一緒だ...しっかしでかいモンスターだな。これはなんだ?魚か?」

 

「...アンコウ。海の深くに生息する魚に似ているな」

 

 軽装の二人を庇うように立った灰の疑問に自身が作った血の雨を浴びながら狩人が答える。

 

「アンコウ?なんか美味い魚だと聞いた覚えがあるが...こんだけデカけりゃ何人前になるんだろうな」

 

「こんなものを喰うのか...ゲテモノ食いが。そもそもモンスターは倒せばすべて灰になるだろう。そんなにうまいものが喰いたいのならとっとと倒して地上に戻れ」

 

 辛辣だな。

 そう笑って灰は駆けだす。

 その手には巨大な火球が解放の時を待っていた。

 

「ヴオオォォォ....!?」

 

「大男総身に知恵が回りかね...か」

 

 当然モンスターもただ見ているだけではない。

 攻撃をしようとするも狩人が持つ弓──シモンの弓剣──から放たれた矢によって妨害される。

 

 シモンの弓剣は水銀弾を矢として放つ。

 狩人の持つ水銀弾は狩人の血が混ぜられており、体内に入ればそのものに極大の啓蒙を与え、それに耐え切れず肉体は爆発四散するのだが、余りにも大きすぎる為か体の一部が爆発するにとどまる。

 

 だが問題はない。

 すでに灰は距離を詰め切った。

 

「とりあえず焼き魚になっとけよ」

 

 そんな言葉と共に火球が押し付けられ、モンスターは内側から膨張し破裂する。

 

「よう。無事みたいで安心したぞ」

 

「灰さん...」

 

 爆発によって舞い上げられた温泉が雨となって降り注ぐ中、灰は声をかける。

 その姿を見てベルは思う「敵わないなぁ」と。

 単純な強さだけではない。この人がいれば大丈夫だという安心感。

 今は届かないけど、いつか...。

 そう胸の誓いを改めた時だった。

 

 ポロリと音を立てて灰の鎧から破片が落ちる。

 

「「「えっ」」」

 

「...この温泉は装備を蝕むのだろう?ならば雨に打たれていればそうなるのも当然だな」

 

 コートでベルとヘスティアの二人を雨から庇いながら狩人が言う。

 狩人の装備は血に塗れることを想定した撥水性の高いものだ。

 それ故降り注ぐ雨に蝕まれなかったようだが、灰の鎧はそうでもない。

 

「...」

 

「あ、あの灰君...?」

 

 無言で落ちた破片を眺める灰へと恐る恐るヘスティアが声をかける。

 頭を抱えるようにしてしゃがみこんだ灰は天を仰ぎ、腹の底から叫んだ。

 

「やっぱり温泉なんて大嫌いだ!!」

 

 

 

 




どうも皆さま

私です
おかしい、サクッと読める短編にするつもりが文字数がこんなに伸びました
なんていつもの愚痴はここらへんにしておきましょう

これでこの章は終わりです
次からは新章ですね
もしかしたらちょっと遅くなるかもしれません
気長に待ってください

以降はこの章の登場人物紹介
つまりは読まなくとも問題ない奴です
お暇な方はどうぞ
そうでない方はお戻りください

それではお疲れさまでしたありがとうございました





人物紹介

ベル・クラネル

二つ名「未完の少年(リトル・ルーキー)」NEW
LV.2になり二つ名を名付けられた
中層に挑戦するにあたってパーティの火力不足...と言うよりも自分しか戦えるのがいない実情を変える為ヴェルフを仲間に加えた
中層での経験から一人の冒険者としてだけでなく、パーティのリーダーとしての立ち振る舞いも覚え始めている

人を惹きつける何かを持っており、急激な成長による妬みと同じくらい慕われつつある
実の所灰達の立ち振る舞いを反面教師として、自分より強い人物を素直に慕い、弱い人物には力の限り守ろうとする姿勢が人を惹きつける秘訣

リリルカ・アーデ

中層という新たな領域に潜る為に、何より急成長を遂げるベルに追いつくために灰達に師事する
その果てに狩人より【啓蒙】を灰より【ソウルの業】を学ぶ
未だ未熟なそれに振り回されつつも確かな強さを身に付けつつある

最近の悩みは薄暗がりを見ているとナニカが見えてくる気がすること

ヴェルフ・クロッゾ

魔剣貴族と呼ばれたクロッゾの一人
魔剣を打つことが出来るのだが、自身の鍛冶師としての矜持により打ちたがらない
魔剣を打てる鍛冶師ではなく純粋に鍛冶師としての自分を見てくれたベルに感激しパーティの仲間に入る

未だその矜持を投げ捨てることは出来ない。
だがその矜持を預けるに足る仲間がいる

ヘスティア

自信の眷族である灰達が出払っている時にベルがダンジョンで行方不明になり、探す為にダンジョンに潜った

なんだかんだ言いながら破天荒で必要ならルールを破ることを躊躇わない性格の持ち主

九郎

自信の家族であるベルがダンジョンで行方不明になった為ダンジョンに潜った

18階層では外見に似合わず黒い所を見せたが元々割と黒い

火の無い灰

ギルドからの依頼で【闇派閥(イヴィルス)】をダンジョンの中で探していた
ヘスティアや九郎がダンジョンの中にいる事やベルが中層にいる事を感じて18階層に戻る

今回の出来事に思う所がないと言えば嘘になるがベルや九郎が片を付けたのならそれには何も言わないつもり

月の狩人

ギルドからの依頼で【闇派閥(イヴィルス)】をダンジョンの中で探していた
ヘスティアや九郎がダンジョンの中にいる事やベルが中層にいる事を感じて18階層に戻る

ベルが見た【闇派閥(イヴィルス)】について調べている時に長年の宿敵であるリューと接触
リューが態度を軟化させたことで一応の和解は成立した

絶望を焚べる者

ギルドからの依頼で【闇派閥(イヴィルス)】をダンジョンの中で探していた
ヘスティアや九郎がダンジョンの中にいる事やベルが中層にいる事を感じて18階層に戻る

今回はよく喋る時期だったため色々と喋った
逆にミラのルカティエルしか喋らなくなる時期もある
が...どちらにせよ会話はあまり成立しない



ギルドからの依頼で【闇派閥(イヴィルス)】をダンジョンの中で探していた
ヘスティアや九郎がダンジョンの中にいる事やベルが中層にいる事を感じて18階層に戻る

実の所九郎やヘスティアを危険にさらしたヘルメスには腹を立てており機会が有ったら背中から突き刺そうと狙っていた



桜花

ヘスティアの友神タケミカヅチの眷族の一人
ダンジョンの中で負傷した仲間を助ける為ベル達に【怪物進展(パス・パレード)】を仕掛けた
その後償いの為にヘスティアに協力する

不器用であり、また未熟でもある為
仲間に向かう全ての悪意を受け止めようと露悪的な行動をとることもある
この後狼に無茶苦茶鍛えられた



ヘスティアの友神タケミカヅチの眷族の一人
ダンジョンの中で負傷した仲間を助ける為にベル達に【怪物進展(パス・パレード)】を仕掛けた
その後償いの為にヘスティアに協力する

真っ直ぐな性格でともすれば暴走しがちだが、彼女の周りの人物はそれを好ましいと思っている
この後狼に無茶苦茶鍛えられた

千草

ヘスティアの友神タケミカヅチの眷族の一人
ダンジョンの中で負傷し、彼女の命を助ける為に桜花達はベル達に【怪物進展(パス・パレード)】を仕掛けた
その後償いの為にヘスティアに協力する

引っ込み思案であるが今回の出来事によっていつまでもこうしてはいられないと桜花達の訓練に参加した

タケミカヅチ

ヘスティアの友神
とあるきっかけで狼達と知り合い、狼の修める葦名流にいたく感動する
それ以降自分の眷族達に稽古を付けて貰っていた

自分の眷族が仲間の命を助ける為とは言えベルを犠牲にしたことを深く気にしており出来ることがあれば何でも協力するつもり

リュー・リオン

元冒険者
かつて闇派閥(イヴィルス)によって仲間を失った過去を持つ
また過去の出来事から狩人のことを忌み嫌っていたがベルから零れ聞く狩人の姿に考えを改めた

家族を悪し様に言ったことを謝る為にヘスティアに協力する

ヘルメス

ヘスティアの知り合い
ダンジョンに潜ろうとしていたヘスティアに協力する
本神曰くベル君に興味があったかららしいが詳しい事は語られなかった

飄々とした性格で人を煙に巻くが、灰達(圧倒的暴力)には敵わずひどい目にあった

アスフィ

ヘルメスの眷族
【万能者(ペルセウス)】の二つ名を持つLV.4の冒険者

オラリオ全体で見ても上澄みに位置するだけの実力を持っているのだがどうしても不憫な印象を受ける人物

アイズ・ヴァレンシュタイン

18階層で倒れていたベル達を見つけた冒険者
宴で近くに座ったり一緒に買い物に出かけたりベル(の急速な成長)に興味津々

なにかとベルに張り合っていたレフィーヤがベルと仲良くなったことを喜ぶ一方で何かもやもやとした物を胸に抱いている

レフィーヤ・ウィリディス

ロキ・ファミリアの冒険者
アイズを巡ってのライバルと一方的にベルを敵視していた

しかし窮地に追い込まれた時には年上の自分が守ろう思うなど根はやさしい
ベルに対しては好きじゃないけど嫌いでもないと微妙な思いを抱えている

モルド

冒険者
地上でベルと諍いを起こし、18階層でもこの階層までやって来たベルへと嫉妬する
ヘルメスの助力もありヘスティアを攫ってベルをぼこぼこにしようとたくらむがベルに負けてしまった

九郎とO☆HA☆NA☆SHIしてひどい目にあったなんて思っていたが
九郎がO☆HA☆NA☆SHIしていなかった場合灰達とすることになっていたので実はぎりぎりで助かっている

ボールス

リヴィラの街の顔役
漆黒のゴライアスを相手に指揮を執った
ばらばらの冒険者達が曲がりなりにも戦えたのは彼の存在が大きい

リヴィラの街を守ってくれたベルに深く感謝しており
再び訪れたのなら歓迎するつもりである
モルドのしでかしたことを知った後思いっきり殴り飛ばした
運が悪ければリヴィラの街が灰達によって壊滅していたのでさもあらん

漆黒のゴライアス

ヘスティアの神威に反応して生まれたゴライアスの強化種

リヴィラの街とたまたまそこに居合わせた冒険者達(ベル達も含む)が死力を尽くしてようやく倒せた強敵

一体倒したと思ったらさらにお替りがやってくるという糞ボスっぷりを示したが灰達に片手間で倒された
灰曰く殴ってて楽しい大型ボスは良ボス


...これで全部ですかね
足りなかったりしたら感想なんかで報告して頂けると嬉しいです

それではここまで読んでいただいてありがとうございました
評価、感想お待ちしています


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ヘスティアの回顧

献身の英雄譚

とある秘境でひっそりと語り継がれてきた古い物語

この物語に限らず、語り継がれてきた歴史は
神の降臨と共にその真偽が明かされその多くは失われた
だが今もこの物語はひそかに語り継がれている
それはこの物語の主人公に対する偏執にも似た愛の為だろう

献身がいかほどの物か、英雄がどれだけの物か
どちらも犠牲、生贄と変わりはしないだろうに


 

「女神ヘスティアに忠誠を」

 

「我等一同は与えられた慈悲を忘れない」

 

「命の限り貴女の眷族として生き、その命を果たしましょう」

 

「受けた恩を忘れず、その恩に報いる為に生きます」

 

「...」

 

 目の前の光景に理解する。

 ああ、これは夢だ。

 昔の夢。

 ボクがファミリアを創った時の夢。

 

 灰君が、狩人君が、焚べる者君が、狼君が、九郎君がボクの前に跪く。

 口々に──狼君を除いてだけど──ボクへの忠誠を誓う。

 今になればこの光景がどれだけありえないことなのか分かる。

 

 ボクは...どうしたんだったっけ。

 天界()から降りてきたばかりの人間(子ども)のことを理解できていないボクは、この重い言葉にどう答えたんだったかな。

 

「そんなことを言わなくったっていいんだよ。ボク達は今日から家族なんだから」

 

「...」

 

「あ、あれ?おーい。今のは感動する所だよ?

 ...ちょっと?返事をしてよ!?」

 

 渾身のいい話に誰も反応してくれなかったことに昔のボクが狼狽える。

 

 灰君達。

 ボクの眷族(家族)

 茨の道なんて言葉では言い表せないくらい険しい道を歩いてきた(子ども)

 

 灰君達は強い。

 それは間違いない。

 ともすればオラリオで一番、いや天界で神としての力を振るうボク達(神々)ですら打ち負かすかもしれない。

 

 だけれどその強さは望んで手に入れたものではない。

 彼等の旅路は弱いままでいる事を許さなかった。

 生きる為には、生き抜くためには強くなるしかなかった。

 弱い自分(ありのままの自分)を捨て、生きる為に変わった。

 その強さは本当の意味で強いといえるのだろうか。

 

 昔のボクには灰君達の強さ(弱さ)が理解できなかった。

 今のボクでもいつか持った疑問に答えを出すことは出来ていない。

 ただ、寂しそうだと思った。

 怒りに、嘆きに、諦めに、狂気に染まった灰君達の目が酷く寂しそうに見えた。

 だからボクは灰君達と家族になった(灰君達の帰る所を作った)

 

 それは一つの恥じるところもない行い。

 灰君達を救えたのならボクは胸を張る。

 その行いの重さを理解して居なくても、その行いがどれだけ救いだったかなんて知らなくても。

 

 

 

 

 

 

 場面が変わる。

 ああ懐かしい。

 これも過去の出来事だ。

 

「...それで?貴女が言うように私がその献身の英雄...ですか、その英雄譚を受け継いだ人間だとして何だと言うのでしょうか」

 

 灰君が口を開く。

 表面上だけは丁寧に、それこそ私は貴女を尊敬していますと言わんばかりの立ち振る舞いでありながら、一切相手に敬意を払っていないのが透けて見える慇懃無礼さだった。

 

「せやから、本当にそうならこれは凄い事や。献身の英雄については神々(ウチら)ですらよう知らん。

 そんな時代の物語を受け継いだ人間(子ども)がおるんやったら是非ウチのファミリア(ロキ・ファミリア)に入ってもらお思てな」

 

「ロキ!!灰君はボクの大切な子ども(眷族)だぞ!!引き抜くなんて許さないぞ!!」

 

 そんな灰君の態度に気がついていないのか、それとも気がついた上で無視しているのか。

 ロキは引き抜きを口にし、過去のボクはロキに噛みつく。

 灰君を放ってロキとボクがケンカを始める。

 いや喧嘩と言うよりかはボクがロキにやり込められていると言った方がいいけれど。

 

 口でロキに勝てるわけがない。

 窮地に追いやられたボクは「結局のところ灰君の意思が問題だろう」と勝負をうやむやにしようとする。

 急に話を振られた灰君が驚いたような様子を見せる。

 

 

「一ついいでしょうか。つまりロキ殿は私が献身の英雄とやらの物語を語り継いだ一族、その枝葉であると思っているからファミリアに誘ったと?」

 

「そうやで。そんでどうや?こんなドちびのとこと違ってウチならもっといい環境が提供できるで」

 

「そうですか...()()()...」

 

 ロキの言葉を聞いた灰君が低く呟く。

 

 怖い。

 この時のボクはファミリアの仲間(家族)を失う恐怖に怯えていた。

 だからこそ気がつかなかった。

 だが灰君達と過ごしてきて、彼等のことが少しわかるようになったボクが見れば、また別の恐怖が沸き起こる。

 

 ()()()()()()()()

 今こうして傍から見ればどうして灰君の怒りにボクもロキも気がつかないのか不思議なくらい、灰君は怒っている。

 それこそ今にも逃げ出したいくらいに。

 だけれどこれは夢だ。

 どれだけボクが怯えた所で起きたことは変わらない。

 

 灰君の呟きが良く聞こえなかったのだろう。

 ロキが灰君の口元に耳を寄せる。

 そして近づいて来たロキの細首を灰君が万力のような力で締め上げる。

 

「ぐっ...がっ!?」

 

「灰君!?何を」

 

 そのまま持ち上げられたことでロキの小柄な体が浮かびあがる。

 突然の凶行にボクもロキも混乱するしかない。

 

「臭う、臭う、臭う。臭い(くさい)神の臭い(におい)

 ああ、お前からは陰謀の臭いがする。()の嫌う薄汚い()の臭い」

 

 そんなボク達の様子など気にするそぶりも見せず、灰君は手に力を込めながら呟く。

 パチパチと薪が爆ぜる様な音がする。

 灰君に掴まれているロキの首から焦げたようなにおいがする。

 いやそれどころじゃない。

 

 ゴボゴボと詰まったパイプのような音が灰君から聞こえる。

 灰君の体のあちこち(鎧の隙間)からヘドロのような何かが漏れ出る。

 暗いそれを認識する(感じる)だけで魂の奥底から止めようのない震えが沸き上がる。

 見ればわかる()()は駄目だ。

 (ボク達)を魂の底まで侵す悍ましい暗闇。

 

 (ボク達)は地上に降りてくると同時に神の力(アルカナム)を制限される。

 (ボク達)が地上で振るうことが許されるのは人間(子ども達)に力を与える神の恩恵(ファルナ)のみ。

 だが、(ボク達)が命の危機に陥った際身を守るために神の力(アルカナム)は自動的に発動する。

 そして同時に天界へと強制的に帰還させられる。

 だから(ボク達)が地上で()()という事はあり得ない。

 

 そしてあれに触れられたのならば地上に留まってはいられない(天界へと強制的に帰還させられる)だろう。

 いや、そうなればいい方だ。

 真の意味で死んでしまう事すら考えられる。

 あの暗闇はそれだけ恐ろしいものだ。

 

 ロキの首を掴んでいる灰君の腕を登って暗闇がロキに触れようとした時だった。

 一発の銃声が響き渡る。

 銃弾は灰君の腕に当たり、その衝撃で灰君はロキの首から手を離す。

 

「貴様...!」

 

 解放されたロキのせき込む音だけが響く部屋の中、灰君は銃弾を打った人物を睨みつける。

 狩人君だ。

 無言で灰君と狩人君が睨み合う。

 

「何のつもりだ。お前が(屑共)の肩を持つとは思わなかったが?」

 

「フン。(蛞蝓擬き)がどうなろうと知った事ではない。だが女神ヘスティアまで害が及ぶのならば話は別だ」

 

 狩人君の言葉に灰君がハッと気がついたように僕の方を見る。

 努めて灰君の方を見ないようにしているボクがロキへと近づく。

 

「ロキ。灰君の意思は明確だ。彼はボクの大事な家族だ。君の所には行かないよ」

 

 ボクの声にロキが顔を上げる。

 「そうらしいな」とボクの言葉に同意して部屋から出て行ったロキの顔には、飄々とした態度ですら隠し切れない怯えがあった。

 

「はぁー...」

 

 ロキが出て行ってしばらく止めていた息はため息となってボクの口から出て行った。

 酷く疲れた。

 肩が凝ったような気がする。

 体をほぐすように動かしている僕へとおずおずと灰君が声をかけてくる。

 

「女神ヘスティア...その、私は...」

 

()()が何か聞いてもいいかな?」

 

 何を言っていいのか分からないと言った様子の灰君へと僕は疑問を投げかける。

 

「...あれは人の闇、仄暗い人の本性。

 誰も知らぬ小人が見出した暗い魂の鱗片。

 神をも蝕む人の性」

 

「なるほど、分からないけど分かったよ」

 

 灰君の言っていることは半分も分からなかったけれど、重要なことは分かった。

 ()()は不味いものだ。

 

 困ったことになったと思わないでもない。

 ロキと言う神は天界でも名の知れた策略家(トリックスター)だ。

 そんなロキに灰君の異常性を知られたことは今後めんどくさい事になるだろう。

 

 怖かったとも思う。

 灰君の豹変もそうだし、感じるだけで震えが止まらなくなるナニカを隣で垂れ流しにされたことなんて文句の一つも言いたい。

 

 だけれどそんな思いは灰君の目を見た時に吹き飛んでしまった。

 弱々しい瞳。

 捨てないで欲しいと縋ってくるような、怒られることが分かっている子どもの様な瞳。

 不死者だから(死なないから)って何時も無理をする、モンスターにも闇派閥(イヴィルス)にも神にも怯えることなく突き進んでいく灰君らしくない表情。

 

 灰君はロキを殺そうとした。

 神殺しは地上における最大の罪。

 本当なら怒らなければならないと分かっている。

 

 灰君ならロキを殺せるのだろう。

 神々(ボク達)が地上で()()事はない、その想いの根拠、神の力(アルカナム)による守りなど灰君の力の前では無意味なのだろう。

 本当ならその力について問いただす必要がある。

 

 それでも、そうだとしても。

 怯える子ども(灰君)に対してそんな真似は出来なかった。

 

「ねぇ灰君。ボクは女神なんだ、あれが何かなんて聞かなくても(ボク達)にとって危険なものだなんて分かってる。

 だけどボクは君達の主神なんだ、どんな姿の、どんな理由があったって君達を受け入れるに決まっているだろう?」

 

 無言でこちらを見てくる灰君へと声をかける。

 灰君は、灰君達は、ボクの眷族達(子ども達)はどれだけその背に重荷を背負ってきたのだろうか。

 それはきっと僕では想像もできないのだろう。

 きっと灰君達も理解してほしいとも思っていないのだろう。

 それでも、ボクは女神だ、ボクは主神だ。

 ならば灰君達を受け入れる覚悟ぐらい最初っから持っている。

 

 それは女神としての小さなプライドに掛けた決意。

 この強くて、滅茶苦茶で、怖くて、常識知らずで、だけど臆病な子ども達を見捨てない。

 他の誰かと関わる術を暴力しか知らない、命を失う事すら恐れないのに誰かほかの()()()を傷つけることを心の底から恐れ続けているこの子達が確かに誰かと触れ合えるように。

 その時が来るまで、いやその時が来てもずっと見守る。

 

 それしか出来なくても。

 それがどれだけ辛い事か知らなくても、それがどれだけ重い事か知らなくても。

 それがどれだけ灰君達にとって救いであったか知らなくても。

 

 

 

 

 

「...様、み様...神様!」

 

「う...ん?」

 

 ボクの体が揺らされる。

 聞き覚えのある声がボクの耳に届く。

 開いた瞳に光が突き刺さる。

 微かに呻いた後何度か瞬きをすれば、滲んだ視界の向こう側にはベル君がいた。

 

 ベル君。

 ボクの可愛い眷族。

 誰かと接するのを恐れていたボクの眷族(灰君達)に物怖じせず、()へと連れだしてくれた、可愛い可愛いボクの眷族。

 オラリオに来てどれだけこの街で暮らしていてもどこか余所者だという意識が抜けきらなかった灰君達を、ヘスティア・ファミリアの冒険者(この街の住人)にしてくれたボクの愛する家族。

 

「ふぁ...おはよう、ベル君...」

 

「おはようございます、神様。朝ごはん出来てますよ。

 今日は卵が安かったとかで目玉焼きとパンにサラダですよ...なんて言っても僕がしたのはサラダの野菜をちぎっただけですけどね」

 

 挨拶をしたもののまだ少し眠りから覚めていないボクの脳みそがその言葉を聞いて覚醒する。

 ベル君の手作りの料理!?

 

「食べる、食べる!!...ふぎゃ」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 だがボクの体はまだ起きていなかったようだ。

 急に起き上がろうとしたボクの意思に体がついてこなかった。

 その結果ボクはベッドから落ちて床にぶつかる。

 

「そんなに急がなくてもご飯は逃げな...あっ、でも灰さん達も丁度帰って来た所だから全部食べられちゃうかも...」

 

「なに!!幾ら灰君達だって許さないぞ!」

 

 ぶつけて痛む腰を擦っているとベル君が聞き捨てならない言葉を言う。

 

 灰君達は明るくなった。

 これまで何処か笑えども、和めども、無理にしている所があった彼等はベル君の存在によって変わった。

 ...それと同時にボクへの敬意も何処かに行ってしまった気がするけれど。

 

 そんな灰君達なら朝食を食べ尽くしてしまうなんてことは十分にある。

 いや、「さっさと起きてこなかったのが悪い」とかなんとか言ってサラダだけ食べ尽くすくらいのことはするだろう。

 うんする。絶対する。

 

「こらー、ボクの分も残すんだぞ!!」

 

「朝から元気だな、お前は...」

 

 床に座っているボクへと伸ばしたベル君の手を掴んで立ち上がりボクの部屋を出る。

 机に座って食事をしていた灰君達へと怒れば呆れたような視線が返ってくる。

 朝の挨拶もせずにご飯のことを言ったのだからそれも当たり前ではあるけれど、ボクの姿を認めた途端サラダを自分の皿に大きく取った灰君には言われたくない。

 

 勢いのまま灰君に飛びかかり、流石の灰君も座ったままの体勢から迎え撃つことが出来ず、そのまま倒れこむ。

 「お前、ヘスティア!?」だの「暴れるな...埃が立つ」だの口々に言いたいことを言っている眷族達にボクは笑顔で言う。

 

「おはよう、みんな!!」

 

 そう。

 これはボクの、ボクとボクの家族のなんてことのない、だけれど幸せな一日の一幕だ。

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

UA 200000突破ありがとうございます
何時も言っていることですがこんな私得しかない拙い小説を読んでいただいてありがとうございます

そんな記念するべき時に小説の投稿を休んでいた投稿者がいるそうです
私です
...ごめんなさい

本編はまだできてません
ごめんなさい

とにかく本文の話をしましょう
投稿を始める前に構想していた灰達とヘスティア様の関係性が本文の題材です

こう慈母の笑みを浮かべて灰達を見つめるヘスティア様が書きたかったんだよ!!
と言う心の叫びです
しょうがないなぁみたいな感じで見つめつつ見捨てない【当たり前の事】をしているヘスティア様と
その【当たり前の事】で灰達がどれだけ救われたかみたいな話です
ついでにヘスティア様はベル君のことが一番好きですが、灰達のことも愛してるよと言う話でもあります

本文中に登場した献身の英雄は無茶苦茶美化されたダークソウルシリーズのお話です
何者かが火の消えた後も神が降臨するまで子々孫々語り継ぎました
それは罪悪感なのか、愛なのか、それとも単なる生きる意味なのか
いずれにせよ灰にとって面白い話でもない
そんな感じの物です

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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戦争遊戯の話
宴への招待状


火の無い灰の酒

火の無い灰が持つコレクションの一つ
今は失われた貴重な品が保管されている

実の所不死者である灰達にとって食事は必要な物でもなく
その舌は味を感じなくなって久しい

だが酒は良い
酔いこそは生きる上での憂いを忘れさせてくれるのだから
己の記憶すら失いながら偽りの生にしがみつく不死者もまた酔いを求めるのだ
生に意味はなく、憂いばかりが積もるのであれば何故生きているのだろうか
その問いを忘れる為に



 

 

 僕達が18階層から帰って来た後は大変だった。

 エイナさんには怒られるし、シルさんにも怒られるし、いろんな知り合いにも怒られた。

 まあ、無理した僕が全面的に悪いのだが。

 

 特にエイナさんには「あれほど無茶をしてはいけないと言ったのに!!」とお説教が始まる所だったのだが、灰さん達が報告した黒いゴライアス(漆黒のゴライアス)の発生を聞くとすぐに仕事に戻っていった。

 分かってはいたことだが、やはりあの黒いゴライアス(漆黒のゴライアス)はイレギュラーな存在だったようだ。

 

 僕達がダンジョンから帰ってきてしばらく経ち、黒いゴライアス(漆黒のゴライアス)によってギルドとダンジョンがドタバタしていたのが落ち着いて来た頃、僕は廃教会(僕達の家)でリリに怪我を治療してもらってた。

 

「しかしベル君が酒場でケンカをして帰ってくるなんて...」

 

「クックック。ベル、お前もやっぱり男だったんだなぁ。まあ、負けたのはいただけんがな」

 

「いや、一応ケンカを売ってきた小人族(パルゥム)には勝ったんですよ」

 

 僕が怪我の治療をしてもらうのを楽しそうに眺めている二人(神様と灰さん)に負けず言い返すが、返って来たのは「ひっひっひ」とより嬉しそうな二人の笑い声だった。

 

「最近、ベル様はちょっと乱暴になってます。これもヴェルフ様からの悪い影響に決まってます」

 

「ちょっと待ってくれよ。悪影響って言うのなら身近にもっと酷いのが居るだろ!?」

 

 僕と同じく怪我を治療してもらっていたヴェルフが黙っていられないと叫ぶが、リリに「灰様達の影響ならあんなので済みませんよ」と一刀両断されていた。

 

「酷い事言うなおチビ、何が酷いって否定できないのが酷い」

 

「全くだ、もし灰君の影響だったなら今頃その酒場は更地になっているだろうからね」

 

 ドッと神様と灰さんが笑いだす。

 嫌な所で仲がいいというか、なんと言うか。

 まあこの話の一番嫌な所は神様の言葉を否定できない所だけれど。

 

 やるか、やらないか。

 その二つなら間違いなく灰さんは酒場を更地にする(やる)

 

「それで?

 ケンカを売って来たと言っても、まさか何も言わずに殴りかかられたわけでもないだろう?

 どんな感じで売られたんだ?」

 

 灰さんが訊ねてくる。

 

 僕達の怪我を【大回復】で治してくれないことから分かってはいたが、完璧に面白がっている。

 というか僕の話を肴にするつもりなのかお酒まで開け始めた。

 思わずジト目で睨みつけるが、そんな物灰さんが気にするわけもない。

 まあ仕方ない、灰さん(この人)が無茶苦茶なのは今に始まった事でもない。

 

「えーっと最初は僕が嘘を吐いてLV.2になっただとか、自分なら恥ずかしくて人前に出られないだとか言われました」

 

「ふぅん?」

 

 僕の言葉に灰さんが疑問の声を上げる。

 それはそうだろう、僕は──こんな言い方をするのはどうかと思わないでもないが──灰さん達と比べればかなり理性的な方だ。

 確かに悪口を目の前で言われてちょっと思う所がなかったと言えば嘘になるが、こんなことだけでケンカを買ったりはしない。

 

「まさかそれでケンカを?」

 

「いいえ、リリとヴェルフにも「あんなの僻みだから無視しておけばいい」って言われましたし、我慢してました。

 そうしたら今度はリリとヴェルフの悪口を言い出しました」

 

「ふん、ふん」

 

 あんなチビしかサポーターに雇えないだの、仲間外れの鍛冶師しか仲間にならないだの。

 正直かなり頭にきたが、言われているリリとヴェルフが何でもないような顔をしていたのだから僕もぐっと我慢した。

 だけど...

 

「それも無視してたら今度は、あいつ神様の悪口を言い出したんです」

 

「ほぉ?」

 

 「それでケンカを?」と言う灰さんの言葉に頷く。

 

 僕への悪口なら我慢できた。

 僕が活躍して噂になれば僕のことを悪く言う人もいるだろう。

 それにリリとヴェルフが言うようにあんなのは僻み、相手にするのも馬鹿らしい。

 

 仲間(リリとヴェルフ)への悪口も我慢しよう。

 どれだけ頭に来たとしても言われている二人が流していたんだ。

 傍から聞いている僕が怒るのは筋違いと言う奴だ。

 

 だけど、神様への悪口だけは我慢できなかった。

 

「神様が、ヘスティア様が駄目な女神だからいつまでたってもファミリアを大きくできないんだとか、あんなみすぼらしい【拠点(ホーム)】ちっぽけな女神にはお似合いだとか、本当は僕もあんな女神が主神なのが恥ずかしいんだろうとか...」

 

 今こうして思い出しすだけでも腹が立つ。

 だが神様はそんな僕を見て優しく微笑む。

 

「ベル君がボクの為に怒ってくれるのは嬉しいよ?

 けど、そのせいでベル君が怪我をしたのならその何倍も悲しい」

 

「ご、ごめんなさい...」

 

 神様の声は悲しみに満ちていた。

 

「まあ気にすんなよ。

 自分への誹謗も、仲間への誹謗も我慢できたとしても、主神への誹謗だけは我慢できない冒険者ってのは多いからな。

 と言うか俺もよくやってケンカになった」

 

 謝った僕へと灰さんが元気付けてくれる。

 ...くれたんだよね?

 多分そうだろう...きっと。

 

「それで?さっきケンカを売ってきたやつ()()勝ったと言っていただろう?

 まさか援軍でも来たのか?」

 

「えっと...僕が我慢できなくて怒ったら、ヴェルフが手が滑ったって言って、コップを相手の顔に投げつけたんです。

 そうしたらその人と一緒のテーブルにいた人達が襲ってきて...」

 

 戦い自体は始終僕達が有利だった。

 ヴェルフと僕は互いの背中を守り襲ってくる人達を倒して、リリはそんな僕達を仕方がない物を見るような目で見ていて。

 風向きが変わったのはある一人の人が参戦してきた時だった。

 

 重い何かが床にぶつかる音、そして聞き覚えのある呻き声。

 びっくりして後ろを振り返るとそこには、床に倒れ伏したヴェルフと一人の人がいた。

 

 ヴェルフへと駆け寄ろうとした僕へとその人は襲い掛かってきた。

 その動きは今まで戦ってきた人の中で一番早い──もちろん灰さん達を除いてだけれど──もので、辛うじて反応した僕の抵抗など気にも留めず、僕は叩きのめされた。

 そのまま僕の首を掴んで持ち上げたその人はボクにとどめを刺そうとしたが、その時酒場に大きな音が響いた。

 

 首を絞められた僕と、首を絞めているその人が音のした方を見ると、狼人が椅子を蹴とばしていた。

 不機嫌そうな瞳でこちらを射抜くその人こそ、ロキ・ファミリアの主力の一人、【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガさんだった。

 

「ふぅん?つまりお前はベート・ローガ(ロキの所の冒険者)に助けられたという事か」

 

「ええ、そうです。...不味かったですか?」

 

「いや?狩人の奴が嫌そうな顔をする以外は特に問題はないな」

 

 僕のファミリア(ヘスティア・ファミリア)アイズさんのファミリア(ロキ・ファミリア)は仲が悪い。

 だからひょっとすると何か問題があるかとも思ったが別にそういう訳でもないようだ。

 うん、中でも特別仲が悪い狩人さんの機嫌は悪くなるだろうけれど...まあ、僕にはどうしようもない事だ。

 

「しかし...今のお前はLV.2でもそれなりに強い方だろ?

 そんなお前を一蹴するとは相手もそこそこの冒険者だな」

 

 灰さんが首を傾げながら語り掛けてくる。

 確かに、僕達が18階層から帰って来た後、何度かタケミカヅチ・ファミリアの(みこと)さんをパーティに加えて中層へと潜った。

 命さんは前に出て戦えるうえに、魔法も使える凄い冒険者で、命さんを加えたパーティ(僕達)は難なく中層を進み、幾度となくモンスターと戦った。

 

 中層で何度も戦った甲斐あって僕のステイタスもかなり上昇したし、ヴェルフに至っては先日めでたくLV.2へとランクアップを果たした。

 そのお祝いを兼ねて僕達(用事があったらしい命さんを除く)は酒場で飲んでいたのだが、顛末はさっき灰さん達に話した通りだ。

 

「ヒュアキントス・クリオ。

 【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】の二つ名を持つLV.3の冒険者だそうです」

 

「アポロ...?じゃあそのヒュアキントスとやらはアポロン・ファミリアの冒険者(アポロンの所の子ども)なんだね」

 

 どうやら僕達のケンカを見守っていたリリはあの人がいったい誰なのか分かっていたらしい。

 リリの言葉(ヒュアキントスの二つ名)を聞いた神様が顎に手を当てながら呟く。

 

 アポロン・ファミリア。

 リリ曰く、LV.2の冒険者をそれなりに有する探索系派閥であり、なんでも17階層の階層主(ゴライアス)を自身のファミリアだけで撃破した記録を持つ中堅派閥だそうだ。

 

「という事はベルにケンカを売って来た小人族(パルゥム)と言うのもアポロン・ファミリアの冒険者か?」

 

「ええ、彼にも同じアポロン・ファミリアのエンブレム、太陽に弓矢のマークがついた服を着てました」

 

 「まさかLV.3の冒険者様ともあろうお方が無関係のケンカに首を突っ込む訳もないだろう」と灰さんが言った言葉をリリが肯定する。

 ついでに「ヒュアキントス様はアポロン・ファミリアの団長だそうです」とも補足する。

 

 一通り情報が出そろい皆考え込んだことで、部屋に沈黙が訪れる。

 

 僕も強くなったつもりだったが、中堅どころの団長ならもっと強い人達が当たり前にいる。

 足踏みしている暇はない。

 自分で慢心を諫めていると灰さんが明るい声を出す。

 

「そのヒュアキントスとやらも不幸だな。

 まさか酒場で団員がケンカを売った相手がベル(俺達の後輩)だとは思うまい」

 

 げらげらと笑いながら灰さんが瓶に残ったお酒を一気に呷る。

 

 僕が相手の立場だったらと考える。

 酒場でのけちなケンカの相手が灰さん達の後輩(ヘスティア・ファミリア)だった、なんてそれこそ酔いもさめる悪夢だ。

 自分で言う事でもないが。

 

 神様と僕が曖昧に笑いながら頷いているとリリが首を傾げていた。

 

「それ...なんですが、ヒュアキントス様が立ち去る前に気になることを呟いていまして」

 

「気になる事?」

 

「ええ、「後輩がこの程度ならば、噂の灰達と言うのもたかが知れるな」と」

 

 リリの言葉に僕達は固まった。

 灰さん達の後輩とは僕のことだ。

 そして噂の灰達と言うのは間違いなく灰さん達の事だろう。

 ならばヒュアキントス達アポロン・ファミリアは僕がヘスティア・ファミリアの冒険者だと知っていながらケンカを売って来たという事になる。

 つまりは最初から灰さん達へと喧嘩を売るつもりだった?

 だけど、そんなの。

 

「いや、いやいやいや。

 幾らなんでも()()はないだろう?

 灰君達だぞ!?ヘスティア・ファミリアだぞ!?

 オラリオを恐怖のどん底に落とした狂人集団だぞ!?

 それを知っていてケンカを売るなんてありえないだろう!?」

 

 錯乱したように叫ぶ神様の言葉が僕達の総意だ。

 確かにヒュアキントスが、アポロン・ファミリアが、ヘスティア・ファミリアにケンカを売るつもりだったとすれば、酒場でのケンカを売っているような態度も納得がいくという物だ。

 文字通りケンカを売っていたのだから。

 

 だけれど相手は、灰さん達だ、ヘスティア・ファミリアだ。

 悪夢と狂気と絶望と闇を混ぜ込んだような()()の正体を知りながらケンカを売る!?

 普通ならばあり得ない。

 だが状況は僕と灰さん達の関係を理解していながらケンカを売って来たとしか思えない。

 

「...そもそも本気でケンカを売ってきていたのかもわからんのだ。こうして考えていても、らちが明かん。とにかくしばらくはアポロン・ファミリアの動向に注意するしかないな」

 

 悩みぬいた先に灰さんが結論を出す。

 わからん、と。

 あまりにも分からないことが多すぎる、いや今分かっていることだってどれだけ正しいのかも分からないのだ。

 そんな中で正しい理由を見つけようとしたところで無理でしかない。

 とにかくこれから僕達がするべきことはアポロン・ファミリアへの警戒だ。

 

「なら、ギルドに、エイナさんに今回の一件について報告した方が...いいですよね?」

 

 しなくてもいいという言葉が返ってくることを願いながらの言葉に返って来たのは、そうだなと言う同意の言葉だった。

 うう、怒られる。間違いなく怒られる。

 相手からケンカを売ってきたとはいえ、僕がケンカを買ったのも確かなのだから、怒られるだろうなぁ。

 

「心配するな、エイナ嬢はああ見えてベテランのギルドの受付嬢だ。

 ケンカや乱闘ぐらいであわてる様なタマじゃないさ」

 

 打ちひしがれている僕へと灰さんが声をかけてくれる。

 だけど...

 

「それって、灰さん達の所為ですよね!?」

 

 灰さんは目を合わせてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

「...という訳でアポロン・ファミリアとケンカをしました。ごめんなさい...」

 

 僕達がケンカをした翌日。

 僕はギルドでエイナさんにこれまでの経緯を説明した。

 僕の話を聞いたエイナさんは頭に手を当てて、しばらく固まっていた。 

 向こうからケンカを売ってきたとはいえ、先に手を出したのはヴェルフ(こっち)だ。

 担当者としては思う所があるに決まっている。

 

 できればあんまり長くお説教しないでください。

 そんなことを思っているとエイナさんが再起動した。

 

「...ファミリアの先輩(灰さん達)主神(ヘスティア様)はなんと?」

 

「ケンカはあんまり褒められたことじゃないと言われました」

 

「そっか。ちゃんと叱られたんだね。なら私もしつこく言うつもりはないけれど、出来ればベル君からは聞きたくない報告だったな...」

 

 何時もハキハキとしたエイナさんらしくない落ち込んだような様子だった。

 それだけ僕の報告がショックだったんだろう。

 エイナさんの期待を裏切ってしまったことに強い罪悪感を感じる。

 

「すいませんでした。エイナさんにもご迷惑をおかけして」

 

「過ぎたことはどうしようもないからいいよ...と言うか久しぶりにケンカの報告を聞いて寧ろ安心したというか、落ち着いたというか。

 そんな私がいる事に気がついてちょっと落ち込んだだけだから気にしないで」

 

 ...うん。何時も家の先輩達(灰さん達)がすいません。

 もう一度頭を下げる。

 

「本当に気にしないで。ただ、これからは気を付けてね。

 ベル君はもうLV.2の上級冒険者で、ファミリアの団長なんだから。

 君の行いはいろんな人が見ているし、君の行い一つでファミリア同士の戦争が始まるかもしれないの」

 

 そうだ未だ半年も冒険者をしていない僕だけれども、LV.2にランクアップした以上上級冒険者として扱われている。

 そしてヘスティア・ファミリアの団長の責任も背負っているんだ。

 浅薄な行動は慎まなければならない。

 僕は気を引き締めなおす。

 

「それで...アポロン・ファミリアについてなんだけれど。

 灰さん達にケンカを売ろうとしているかもしれないって言うのは本当?」

 

 エイナさんが疑わしそうな声で僕に確認をしてくる。

 気持ちは痛いほどわかる。

 

 あの灰さん達だ。

 あのヘスティア・ファミリアだ。

 そんな相手に本気でケンカを売るだろうか。

 そう疑うのも無理はない。

 

「少なくとも、僕の仲間が相手が灰さん達の名前を出していたのを聞いています」

 

「本気、いや正気とは思えない行動だね。...だけれど皆が皆正気を保っているのならギルドの仕事はもっと少なくなるの(訳じゃない)

 ...特に神様はね」

 

 実感の籠った言葉だった。

 ギルドの受付嬢であるエイナさんは、日夜神様達特有の正気とは思えない思い付きと、それに付属して巻き起こる事件の処理をしているんだろう。

 だからこそ正気を失ったかのような行動(灰さん達にケンカを売る)が本当に有るかもしれないと思っているんだ。

 

「ベル君。アポロン・ファミリアの主神アポロン様は欲しいと思った冒険者がいるファミリアへと無理矢理【戦争遊戯(ウォーゲーム)】を仕掛けて何度も団員を引き抜いている神様なの。

 ギルドでも何度も(ペナルティ)を与えているのだけれどその行動を制止できたことはない。気を付けてね」

 

 僕が部屋を出ようとした時、エイナさんが声をかける。

 アポロン様。

 顔も見た事の無い神様。

 灰さん達にケンカを売ってまで、その欲を満たそうとする男神様には一体何が見えているのだろう。

 エイナさんへとお礼を言って僕は部屋を出た。

 

 

 

 

 

「ベル・クラネル...で間違いない?」

 

「そうですが、あなた達は?」

 

「これをアナタの神に渡して」

 

 エイナさんに相談もしたし、これからどうするか。

 命さん、というかタケミカヅチ様(タケミカヅチ・ファミリア)にも相談しようか。

 そんなことを考えていると僕に声をかける人がいた。

 

 見れば燃える様な赤髪の気の強そうな女の人と、おどおどとした夜空の様な黒髪の気の弱そうな女の人の二人組がそこに立っていた。

 その顔に覚えがない。

 僕であることを確認したという事はこの人達も僕のことをよく知っている訳じゃないんだろう。

 

 一体何の用だろうか。

 僕の思考は赤髪の女の人が差し出した封筒、その封の刻印を見ると同時に吹き飛ぶ。

 太陽と弓矢のマーク。

 アポロン・ファミリアからの手紙だ。

 

 僕は自分の目つきが鋭くなるのを自覚する。

 アポロン・ファミリアが一体何の用なのか。

 エイナさんはギルドからの罰でもアポロン・ファミリアの行いを制止できたことはないと言っていた。

 まさかとは思うがギルド(ここ)で戦いを始めるつもりだろうか。

 

「あの、それアポロン様からの宴の招待状...です...

 本当は、来てもらわなくてもいいんですけれど...」

 

 手紙を睨みつける僕へと黒髪の女の人が招待状だと説明する。

 宴への招待状!?

 いやその前に来てもらわなくてもいいとは一体。

 

 僕が混乱していると赤髪の女の人が黒髪の女の人にチョップをする。

 そしてそのまま「確かに渡したからね」と黒髪の女の人を引っ張るようにして立ち去ろうとし、僕の方を振り返り「御愁傷様」とだけ残して去っていった。

 後には何が起きたのか分からない僕と、アポロン様からの招待状が残された。

 

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

いただいたお休みから帰ってきました
いや、お休みしていたと言いつつそれなりに投稿していたような?
まあなんにせよ本編の投稿再開です

全く関係ないのですが本文を書いている時に十回はヒュアキントスをヒュアンキトスと誤字りました
こいつの名前めんどくせえ

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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ファミリアの選択

狼のヘスティアメダル

狼が持つヘスティアメダル
幾度も撫でたのだろう表面がすれて刻まれた文字は薄くなっている

それはありがたい救いの象徴であり
世に在り難い慈悲の象徴である

聖遺物とは奇跡の証拠であり大切に保管するべきものである
だが縋る為に使うのもよいだろう
それこそが女神の意向に従うものなのだから


 

「ふむ、殺すか」

 

「だ、駄目ですからね!?」

 

 ギルドで出会ったアポロン・ファミリアの冒険者に渡された、アポロン様からの招待状。

 それを持ち帰り、事情を説明した後灰さんは気負った様子もなく当然の様に神様(アポロン様)の殺害を口にする。

 それこそ夕食を何にするか、ぐらいの気軽な口調に一瞬流しそうになるが急いで止める。

 

「だがなぁ、ケンカを売って来た相手(アポロン側)から来いと言ってきたんだぞ?

 ならお望み通り【神の宴】に行って片をつければいいだろ」

 

「そういう問題じゃないですよ!?」

 

 困ったことに灰さんの提案を止める理由がない。

 いや、理由はあるのだけれど、灰さんは止まらないだろう。

 

 神様を害することは地上で最も重い罪だ。

 そんな物(神殺し)を今更躊躇う事なんてありえないだろう。

 

 神の宴には他の神様も招待されている、邪魔されるだろう。

 邪魔が入るのなら全て潰して前に進むだろう。

 

 思いつく限りの言葉で止めようとするものの、灰さんを止めるには足りない。

 どうしよう。

 そう思っていると神様が口を開いた。

 

「駄目だ。いつも言っているだろう?

 君達が、君達だけが泥を被る必要はないんだ。

 

 君達だけが罪を被って「はいお終い」なんてボクは許さないよ」

 

「...それは()()か?」

 

()()()だよ。

 君達の主神からの、自分達を粗末に扱わないでくれって言うお願いだ」

 

 衝突したことで衝撃を感じる程の強い意志が込められた灰さんと神様の視線が交差する。

 

 一秒、二秒、或いは一分。

 もっと長かったかもしれないし、ほんの一瞬だったかもしれない。

 

 だが誰も何も言わず、ただ視線だけがぶつかり合う中で先に目を逸らしたのは灰さんだった。

 

「大恩ある主神様からのお願いだ。しょうがないな、分かった降参だ。アポロンを殺すのは諦める」

 

「言っておくけれどアポロン()以外ならいいってことじゃないし、殺していないからセーフとかもなしだぞ。

 あっ、後狩人君とか焚べる者君とか(灰君以外)がするのもなしだ」

 

「全く、注文が多いな。分かった分かった、【アポロン・ファミリアの冒険者及び主神アポロンに対してヘスティアの許可なしに危害を与えない。】...それでいいか?」

 

 両手を上げた灰さんが口にした言葉には確かな力を感じた。

 誓約だ。

 しばらく神様はそんな灰さんに視線を注ぎ続けていたが、納得したようでいつもの笑顔に戻る。

 部屋の中の空気が落ち着いてきた時狩人さんが手を上げた。

 

「話がまとまった所で次だ。()()をどうする?」 

 

 狩人さんの手には灰さんが燃やそうとしたアポロン様からの招待状が握られていた。

 アポロン様からの招待状をどうするか、つまりアポロン様が開く宴に出席するかどうかだ。

 

「【必ず一人は正装した眷族を連れてくること】...ね、こんな時じゃなければアポロンの奴もなかなか面白い趣向を考えるじゃないかと言えたんだけどね」

 

 招待状の中身を見た神様が呟く。

 招待状には場所や日時などの他に必ず(パーティ)にふさわしい服装の眷族を一人以上連れてくること、と書かれていた。

 

 神様達が開催する【神の宴】は基本的には眷族達の目から離れて神様達(超越存在)が羽を伸ばす場だ。

 だからこそ眷族を連れて参加する神は稀であり、人間(子ども)の中でも参加したことのある人物はそれほどいない。

 

 そんな【神の宴】へと参加できるのであれば名誉なことだし、せっかくの機会なのだから参加したいと思わないでもない。

 だけど...

 

「罠...ですよね」

 

「だろうねえ」

 

 僕の言葉に反応して神様が疲れたように呟く。

 

 眷族を一人以上連れてこいと言っても、あんまり大人数で押し掛けるような真似をすれば「無料の食事(タダメシ)が狙いだろうあそこのファミリアは卑しい」だとか「眷族に自信がないから数で誤魔化している」などと笑われることになるに違いない。

 そのことを考えれば最大でも連れていける眷族は3~4人ぐらいが限界。

 ほとんどの所は主神一柱と眷族一人の二人連れでの参加になるだろう。

 

 ではヘスティア・ファミリア(僕達)はどうなのか。

 この間揉めたばかりのファミリアが主催するパーティであることを考えれば、どんなことが起きても対応できるように出来る限り大人数での出席が望ましい。

 

 だが、そもそも灰さん達は【神の宴】への参加を禁止されている。

 無論いざとなればそんな取り決めなんて無視して乱入するくらいのことはするだろうが、何も起きていない状況で真正面から約束を破るという訳にもいかない。

 

 だから神様が連れて行ける(参加できる)のは、九郎と狼さんと、ベル・クラネル()

 だが、九郎は非戦闘員。

 いざという時に足を引っ張りかねない。

 狼さんだって灰さん達と比べると真正面からの戦いでは一歩劣る、そもそも狼さんの真骨頂は潜伏と奇襲だ。まあ僕と比べればずっと強いんだけれど。

 それでも僕達にとって不利な状況であることには間違いない。

 

 わざわざ【神の宴】に呼び出すことで灰さん達と神様を引き離しておきながらアポロン・ファミリア(主催者)が「こないだはごめんね」なんて謝るわけがない。

 

「罠だと分かっているのなら出席しなければ(無視すれば)いいんじゃないんですか?」

 

「いや、それはどうだろうな。それこそあちらの思うつぼになりかねん」

 

「?」

 

 結局のところこの招待状は僕達を嵌める為の罠だったという事だ。

 そこまでは僕でも分かる。

 だが罠ならば最初からそこに踏み込まなければいいという僕の考えは狩人さんに否定される。

 

「こちら側が出席しなかった場合どうなるか分かったものではないからな」

 

 どういう事だろうか。

 狩人さんの言葉に首を傾げている僕を見て狩人さんは説明を始める。

 

「アポロン・ファミリアの冒険者とベルが揉めてケンカをした。

 アポロン・ファミリアの冒険者とベル(ヘスティア・ファミリアの冒険者)が揉めてケンカした。

 どちらも同じ状況の様でありながらその印象は僅かに違う」

 

「...確かにベルと付き合いがない奴からすればベルも、俺達(灰達)もヘスティア・ファミリアの冒険者で一纏めだな」

 

 どちらも僕がアポロン・ファミリアと揉めた、という事には変わりはないはずだ。

 何か問題があるのだろうかと思っていると灰さんは納得したようにうなずく。

 どうやら分かっていないのは僕だけの様だ。

 

「例えば、私が他所のファミリアの冒険者とケンカをした...何故だか分かるか?」

 

「えーっと?

 その人が獣人だった(気に食わなかったから)とか...ですか?」

 

「そう思うだろう。

 つまり、私達は大した理由もなく他のファミリアにケンカを売るような真似をする存在だと思われている。

 実際適当な理由でケンカを売ったことがあるのだからあながち間違いではないが...まあ、それはどうでもいい」

 

 ケンカを売ったんですか。

 声にこそ出さなかったが僕の視線から言いたいことを読み取ったのだろう。

 一度咳払いをして仕切りなおした狩人さんが話を再開する。

 

「お前は無闇矢鱈にケンカを売らないだろうし、お前のことを知っている人物ならばお前がケンカをしたと聞けば、何か理由があると思うだろう。

 だがお前と言う人物について詳しく知らない人物(他人)からすればお前もまたヘスティア・ファミリアの一人(私達)と同じでしかない。

 ならばケンカの発端がお前であると誤解される危険があり、アポロン・ファミリアがその誤解を解いてくれる、なんて期待するべきではないだろうな。

 理由もなく他のファミリアの冒険者をぼこぼこにした、なんて実に私達(ヘスティア・ファミリアの冒険者)がしそうなことだろう?」

 

「つまり、ヘスティア・ファミリア(僕の方)が悪者にされるってことですか?

 だけど、相手がケンカを売って来たんですよ?それに目撃者だってたくさんいます。そんな簡単に...」

 

 狩人さんの説明は頷けるものだった。

 だが、誰も見ていないのならばまだしも、僕達がケンカをしたのは酒場。

 当然僕達以外にもお客はいたし、その人達が見ていたのだから僕達の方を悪者にしようとしても、そう簡単に事実を捻じ曲げられるとは思えなかった。

 

 だが狩人さんは一つずつ指を折りながら僕の言葉に反論していく。

 

どちらがケンカを売ったのか(事実)などどうでもいい。

 ヘスティア・ファミリア(こちら側)ならばしかねないと思われている以上、アポロン・ファミリア(相手側)がそうだと主張すれば通りかねない。

 

 たとえ他の目撃者がいてもファミリア間の抗争に巻き込まれようとする冒険者はいない。

 ましてや相手はヘスティア・ファミリア(私達)、関わり合いになろうとするものなどいるはずもない。

 

 そして最後に。

 

 これが最も大きな理由になるが、【ヘスティア・ファミリア(私達)にケンカを売る】なんて行い普通に考えて誰もしない。

 私達(ヘスティア・ファミリア)ですら未だに半信半疑なのだ。噂を聞いただけの第三者ならばなおの事だろうな」

 

 狩人さんの言葉に僕は唸る。

 確かにそうだ。

 

 僕はリリのことを信じている。

 リリが言うのならばどれだけ無滑稽なことでもそこに確かな真実があるのだと思っている。

 その僕をしてなお、リリの言っていたヒュアキントスの「後輩がこの程度ならば、噂の灰達と言うのもたかが知れるな」と言う言葉。つまり【アポロン・ファミリアが灰さん達にケンカを売るつもりだ】という情報は信じがたいものがある。

 

 ケンカをした張本人にして、リリとパーティを組んでいる僕ですらそうなんだ。

 話を聞いただけの人が

 【ヘスティア・ファミリアの冒険者がアポロン・ファミリアの冒険者にケンカを売った】と言う話と、

 【アポロン・ファミリアの冒険者がヘスティア・ファミリアの冒険者にケンカを売った】と言う話。

 どちらを信じるかと言えば間違いなく前者だろう。

 

「このことから【神の宴】に参加しないというのは相手側に好きなように事実を捻じ曲げさせる機会を与えることになるだけでなく、【こちらは謝ろうとしたのに、相手(ヘスティア・ファミリア)は来なかった】という口実を与える事にもなる」

 

「むう...面倒な...どうするべきかな」

 

 顎に手をやり思案する神様へと一つの言葉が投げられる。

 

「いっそ出てしまえばいい」

 

「何だって!?」

 

 まさかの発言。

 これまで繰り返して来た“どうするか”の話をぶった切る言葉に神様はグリンと首を回し発言者、絶望を焚べる者さんへと視線を向ける。

 

「出なければ言われたい放題するというのであれば、出てしまえばいいと言った」

 

「いや、だからそのパーティそのものが罠だからどうにかして出ないようにしようと...」

 

 パーティに出なければこちら側(僕達)が悪者にされる。

 ならば出てしまえばいいじゃないか。

 実に簡単で明確な答えだ。

 パーティに出ないようにしていた(それを避けようとしていた)ことを除けば。

 

 まるで今までの話を聞いていなかったかのような焚べる者さんの言葉に神様が諭すように教えるが、それを手をつきだすことで焚べる者さんは遮った。

 

「罠だ、罠だというが、仮にもアポロン・ファミリアの主催するパーティだ。そんな場で主催者側が来訪者へと直接襲い掛かったりでもしてみれば、それこそアポロン・ファミリアの名は地に落ちるだろう」

 

「むむむ...」

 

 アポロン・ファミリアのパーティに参加する。

 それはつまり一時的にとは言え灰さん達と引き離されることを意味するが、逆にアポロン・ファミリアもこちらに手を出しにくくなると焚べる者さんは言った。

 

 確かにこのパーティに招待されているのはヘスティア・ファミリアだけではない。

 大小様々なファミリアの主神とその眷族が参加する。

 そんな中で実力行使をするような真似をすれば、それこそアポロン・ファミリアの名誉と信頼は地に落ちる。

 

 結局のところこっちがパーティに参加した時点で相手が取れるのは、こちらの信頼を下げるような噂を流すことだけ。

 そうしてこちらの名誉を害されたとでも言って、口実にすればアポロン・ファミリアと戦ったとしてもギルドから責められるようなこともないだろうとも焚べる者さんは言った。

 

「そもそもこちらはヘスティア・ファミリアである。

 今更下がるような信頼なんぞ持ち合わせていないのだから理由なく襲い掛かっても問題はない...痛っ」

 

「だから!!

 そういう事したらダメだってさっき灰君が誓約を結んだだろう!!」

 

 焚べる者さんは怒った神様に一発貰っていた。

 余計な言葉までついて来ていたが焚べる者さんの言葉も頷けるものがある。

 

「結局のところ罠を避けるか否かだ...。

 尤もこの罠は巡り廻れば先達の不徳(我等の悪名)が招いた物。

 どうするかの口出しは控えるべきなのだろう...。

 

 だが、あえて言わせてもらうのであれば俺は出るべきだと思う」

 

 珍しい。

 狼さんがはっきりと意見を言った。

 僕達の視線が狼さんに突き刺さる。

 僅かに居心地が悪そうにして狼さんは話を続ける。

 

「アポロン・ファミリア...あのファミリアにヘスティア・ファミリア(こちら)へとケンカを売らせた()()があるのだとしたら、それを探るのにまたとない機会だ」

 

 未だ分からないアポロン・ファミリアがヘスティア・ファミリア(灰さん達)にケンカを売って来た理由()

 灰さん達に勝てるような何か(武器)を手に入れたのか、灰さん達にケンカを売らなければならない理由(事情)があったのか、灰さん達にケンカを売ってでも叶えたい望み(欲望)があったのか。

 それともそれ以外の何かなのか。

 

 パーティの方に人手を取られる以上、普段よりも警備は手薄になるだろう。

 そして狼さんなら無事に忍び込むことが出来るに違いない。

 戦う前の準備が勝敗を決めるとも言う。

 出来る限りのことはするべきだろう。

 

「尤も俺が単独行動する以上...ヘスティア様はベルに任せることになる...どうするかは任せよう」

 

 狼さんはそれだけ言うと再び腕を組み、口を閉ざす。

 難しい判断だ。

 罠とわかっている中に飛び込み後々の問題を解決するか。

 それとも危険を避けて悪名を受けることに甘んじるか。

 

 灰さん達は僕と神様の方へと視線を投げかけている。

 どうやら僕達の決断を尊重するつもりの様で何も言わずどうするかを見守っている。

 どうするべきか。

 灰さん達の助言を得られず、自分で決断しなければならないことに重圧を感じていると強い意志を感じさせる瞳をした神様が口を開いた。

 

「参加する。ボク達は、ヘスティア・ファミリアはどんな不安にも負けず立ち向かってきたはずだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

前回は沢山の感想有難うございます
とても嬉しいです...
の前に楽しみにして頂いている皆様の期待に応えることが出来るか心配で夜しか眠れません
話も進まないのに文字数も膨らまないという感じでオワーとか叫んでいましたが
何とかこの話が出来上がりました
これからも気長に待っていただけるととても嬉しいです

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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【神の宴】

ヘスティアのドレス

九郎が用意した主神への贈り物

【神の宴】とは煌びやかなパーティであると同時に
女神達の闘争の場である
だが麗しの女神には野蛮な武器など似合わない

彼女たちが競うのは美しさであり
そこには本物の戦場以上の争いがあるのだ
ならば装いとは武器であり防具である

戦場に赴くのだそれ相応の装備をしていく必要がある
知られれば無駄遣いだとサポーターの少女に怒られることが必然であったとしても
女神が喜ぶのであればそれでいいではないか


 

 

 

 無数の馬車が到着しては煌びやかな装いの人々を吐き出し戻っていく。

 吐き出された人々(神様とその眷族)はあるものは会話を楽しみ、あるものは待ち人(友達)を待ち、またある人は目の前の建物へと入って行く。

 日が沈み空が黒く染まっていき、オラリオもまた夜に染まっていく中、その建物は()を弾き返すように光に満ちていた。

 

 今僕がいるのはアポロン・ファミリアの拠点(ホーム)

 今宵開催される【神の宴】の開催場だ。

 あまり周りをきょろきょろしていればお上りさんみたいに見られるだろうと分かっていてなお、周囲を見渡す。

 

 文字通り人間離れした美しさの女神様、男らしくありながらなお美しい男神様、そして神様達に付き従う眷族(冒険者達)

 視界に入る全てのものが光り輝くように見える。

 18階層の【夜】を地底にある星空と称する人がいるそうだけれど、ならばこの光景は地上にある星空とでも言うべきだろう。

 

 絢爛豪華と言う言葉がぴったりな周囲から浮いているんじゃないかと心配になる。

 当然ながら今僕が着ているのは普段着ている服(普段着)でもないし、ダンジョンに潜る時に着ている装備(ライトアーマー)でもない。

 スーツに蝶ネクタイ(正装)

 服に詳しい訳でもないからなんと言えばいいのか分からないけど、とりあえずはパーティに相応しい服装ではあるはずだ。

 

 だが動きにくい。

 いや、正装が普段着や(ライトアーマー)と比べて動きにくいのは当たり前だが、こう下手に動くとせっかく整えて貰った服装が乱れそうというか、変に体に力が入ってしまう。

 

「恥ずかしいのかい?心配しなくても似合ってるさ」

 

「神様...でも、なんだか落ち着かなくて」

 

 カクカクとぎこちない動きになっていると神様が声をかけてくれる。

 何時も装備している武器も持っていないし、とても落ち着かない。

 

「神様、僕大丈夫ですか?周りから浮いてません!?」

 

「ふふふ、心配しなくても大丈夫。とっても似合っている、いや今日のパーティに参加している冒険者(子ども)の中で一番カッコイイよ...それに灰君達が勧めてきたものを着てきたならもっと浮いていただろうし大丈夫だよ」

 

 微笑みながら喋っていた神様が灰さん達のことを口に出すと顔が死ぬ。

 僕もあいまいな笑みを浮かべることしかできなかった。

 

 神様がアポロン・ファミリアのパーティに出席することを決めた後、何を着ていくのかの話になった。

 神様は九郎があらかじめ用意しておいたドレスを着ることになったが、僕はどうするのか。

 (冒険者)にとっての正装とは僕の鎧(愛用の装備)だが、まさかパーティに着て行くわけにもいかないだろう。

 

 ...と思っていたのは僕だけだったようで。

 

 まず、灰さんが愛用の鎧(騎士装備シリーズ)を取り出し──いや、正確には愛用の鎧の予備だが──着て行くように勧めた。

 曰く「俺達は全く露出が無いからな、これを着て行けば俺だと勘違いする奴がいるだろう。そのタイミングで鎧を脱いでお前が登場という訳だ、きっと大盛り上がりだぞ」とのことだ。

 随分悪趣味だし、何より向かう場所が敵の本拠地だとは言えまさかパーティに鎧を着て行って「これが僕の正装です」と言い張る訳にもいかないし、最悪パーティからつまみ出されることすらあるだろうと僕は拒否した。

 

 その言葉を聞いてならばと、狩人さんは愛用のコート(狩人シリーズ)を着て行くように勧め始めた。

 それに負けじと焚べる者さんが愛用の装備(ルカティエルシリーズ)を勧め...あの人だけちょっと目的が違ったような...まあ、とにかく普段使っている装備を着て行くように勧められ、僕はそれを拒否した。

 

 だが、一度拒否された程度で諦める様な灰さん達ではない。

 これが駄目なら、と棘だらけの鎧(棘の鎧)を取り出してきたり、未だ血が滴る獣皮を纏う服(ブラド―シリーズ)を勧めてきたり、やっぱり焚べる者さんが愛用の仮面(ルカティエルのマスク)を勧めてきたり。

 色々な攻防があった後、九郎が用意したこの服(スーツ)を着て行くことに決まったのだった。

 

 ...うん!灰さん達の勧めてきた衣装と比べればこの服は間違いなくまともであることは疑いようもない。

 大丈夫だと笑う神様の言葉にも背を押され自信が湧いて来た。

 

「それに慣れない恰好なら動きがぎこちなくても問題ないだろうしね」

 

 何気ない様子を装いながら、それでも神様が小声で囁く。

 

 狼さんはアポロン・ファミリアの拠点に潜入するべく僕達が【廃教会(ホーム)】を出る前に出発しているから今どこにいるのかは分からない。

 しかしアポロン・ファミリアが一体何を考えているのか探る為に、狼さんは既に僕達の目の前にあるこの建物の中に潜入しているか、潜入する機会を探っているはずだ。

 

 狼さんならば問題はないはずだ。

 そう思っていても体が震えるのを抑えられない。

 だが、神様の言う通りギクシャクとした動きも慣れない恰好の所為にすれば誤魔化せるはずだ。

 

「おお、ヘスティア達か」

 

「今回はありがとうございました」

 

 建物にも入らず小声で話していた僕達に声をかける()がいた。

 夜空の様な青味がかった黒い髪の男神様。

 ミアハ様だ。

 その後ろに従うのはナァーザ・エリスイスさん、当然ミアハ様の眷族(ミアハ・ファミリアの冒険者)だ。

 

 初めてミアハ様と会った時にミアハ様は自分のファミリアのことを貧乏ファミリアと言っていたが、実の所それでもかなり良いように言っていたようで。

 万年金欠のうち(ヘスティア・ファミリア)以上の貧乏ファミリアで、僕が買う細々としたポーションンなんかが主な収入源であるという。

 他所のファミリアのことを言えるファミリアではないが、よくぞ経営が回るなと言いたくなるような有様だった。

 

 当然そんな経営のファミリアがパーティに来られる余裕はないはずだが、そこは九郎と神様の策略。

 名付けて「灰君達を連れていけないのなら他の人を連れて行こう作戦」である。

 内容は単純明快。

 パーティに神様と仲のいい他のファミリアの神様をパーティに誘うのだ。

 

 【神の宴】と言うのは神様(超越存在)が主催するパーティ。

 今回は主催者(アポロン・ファミリア)から招待状が届いたが、本来招待状とは名ばかり。

 オラリオにいる(地上に降臨した)神様ならばどなたでも参加できるそうだ。

 

 とは言えミアハ様の様な貧乏なファミリアの主神が参加しようとしても相応しい準備が出来なければ笑いものになるだけ、と参加しない。

 今回神様はそんなミアハ様とナァ―ザさんに援助をすることで、パーティに参加できるだけの体裁を整え、パーティに参加できるようにした(味方を増やした)

 ミアハ様だけではなく桜花さんや(みこと)さんの主神であるタケミカヅチ様も呼んでいるそうだ。

 

 「丁度いいや。そろそろタケ達も到着したころだろう。一緒に行こうじゃないか」

 

 ミアハ様たちと一緒に会場へと入って行く。

 ここからはいわば敵地だ。何があってもおかしくない。

 今一度気合いを入れなおして神様の後について行く。

 

 

 

 

 

 

 

「皆、楽しんで貰えているだろうか」

 

 僕の思いとは裏腹に会場に入っても難癖をつけられるだとか、いやがらせが行われるなんてことはなく。

 着飾ったタケミカヅチ様と命さん、そして神様と一緒に18階層に来てくださったヘルメス様とアスフィさんと出会い、神様達がそれぞれに僕達(子ども達)を自慢しあっているのを聞いているうちに警戒が薄れていった時、声が響いた。

 

 会場中に響いた声に会場の人々はその出所、会場を一望できるステージの上に現れた神様に視線を向ける。

 見覚えのある冒険者達を従えて登場したのはこのパーティの主催者、アポロン様。

 

「いかがだろうか、今宵の趣向は。日頃可愛がっている子どもたちを着飾りこうして自慢しあうというのもまた一興だろう」

 

 会場を見渡した後堂々とした態度で参加者へと語り掛ければ、「いいぞ!」「よっ、名調子」など会場のあちこちから歓声が返ってくる。

 その声に満足そうな表情をした後2,3言葉を重ね、最後にパーティを楽しんでいってくれるように言ってアポロン様の演説は終わった。

 

 ありきたりと言えばありきたりな演説。

 だが僕はその最中にアポロン様がこちらを見たような気がした。

 自意識過剰と言われればそうかもしれない。

 この会場は神様とそれに付き従う眷族(子ども)が多数いる。そもそもこの会場自体相応の広さを持っているのだ。

 こんな中から一人の人を見出すなど神様と言えど容易なことではないだろう。

 だが確かに僕を見て僅かに微笑んだ、そんな気がした。

 

 

 

 

 

「神様...さっきの事なんですけど...」

 

「何をしてるんだいベル君。折角パーティに来たんだ、早く食べられるだけ食べるんだよ。あっ、これ美味しい」

 

 演説が終わり参加者たちが動き出していく中僕が神様に相談をしようと思って声をかけると、神様は出されていた料理を口に詰め始めていた。

 

 えぇ...と小さく僕の口から困惑の声が漏れる。

 口に入れ過ぎているせいでまるでリスみたいに膨らんだ神様のほっぺたを見ながらどうしたものかと思っていると入口の方から歓声が上がる。

 何事かと思いその方を見ようとすると神様が無理やり僕の顔を掴んでそっちの方を見せないようにして来る。

 

「痛たたた、痛いです神様。なんですか?」

 

「見るんじゃないベル君。見たら魅了されるぞ」

 

 魅了?

 神様の言葉に首を傾げると同時に、会場のあちこちから壁にぶつかるような音や皿を落とす音が響く。

 それは入口の方から段々と広がっている。

 何があったのか。

 そう思っていると神様と同じテーブルの料理を食べていた男神様が皿ごと料理を落とす。

 

 当然周囲には皿の破片と料理が散らばり皿の割れる音が響き渡るが、男神様はそんなことを気にもせず入口の方を見続けている。

 否、男神様だけじゃない。

 僕達の周囲では入口の方を見ながら歩いていたせいで壁に音を立ててぶつかった人、テーブルに突っ込んだ人、向こう側から歩いてきた人とぶつかった人がいた。

 そしてその人達(男神様と冒険者達)は自分がぶつかったりしたことに気がついても居ないように入口の方を見続けている。

 

「あら、ヘスティアと...貴方が噂のウサギ冒険者?」

 

「フレイヤ...何か用かい」

 

 いや、本当に何があったんだ。

 僕が混乱していると美しい声が聞こえた。

 そしてその声に応えた露骨に嫌そうな神様の声も。

 

「あら、こんな集まりに顔を出すのが珍しい女神と噂の冒険者(眷族)。その二人を見つけて話しかけるのがそんなにおかしい事かしら?」

 

 だが声の主──神様の言葉からするとフレイヤ様──はまるで気分を害したような様子も見せず──と言うか僕は見えていないのだから声音と言うべきか──神さまの言葉に鈴を転がしたような笑い声をあげる。

 

 神様が「むぐぐ...」と悔しそうにすると同時に僕への拘束が緩む。

 咄嗟に神様の腕の中から逃げ出し、振りかえるとそこには男女の二人組がいた。

 

 一人は僕でも知っている人。

 【猛者(おうじゃ)】オッタル。

 

 オラリオ最強の名を持つ冒険者の頂点。

 実の所最強の名前を持ちながらその実力は疑われているらしい。

 否、正確には最強の名にふさわしい人物は他にもいる、と言われている。

 それこそ何を隠そうヘスティア・ファミリア冒険者火の無い灰。灰さんだ。

 

 この二人が戦えばどちらが勝つのか。

 それはとにかく面白いことが好きな神様達(超越存在)だけでなく、冒険者、ギルドの職員、オラリオの市民、果てはオラリオ外の人達ですら議論しつづけ、未だ答えは出ていない。

 当然僕もその議論を聞いたことがあるし、何だったらリリやヴェルフと意見を交わしたことすらある。

 

 僕は今この瞬間まで灰さんが勝つに決まっていると思っていた。

 それは同じファミリア故の贔屓目も多少はあっただろうが、むしろ灰さんに訓練を付けて貰い、その戦いを幾度も見たからこその答えだった。

 あの人(灰さん)と同等の存在なんてありえないと。そう思っていた。

 

 だが【猛者(おうじゃ)】を直接見てその考えはひっくり返された。

 彫刻がそのまま動き出したかのようなぶ厚さと強固さが服の上からでも分かる肉体。

 未だ一言も発していないにもかかわらずその視線だけで、否意識して居なくともその存在だけで強者であると理解させるその存在感。

 だが、そんな【猛者】ですらその隣の人の前では壁の花にすらなれない。

 

 優雅に口元を隠し笑う姿はともすれば子どもっぽさすら感じるのに、言いようがないほど蠱惑的であり、清楚であり、そして美しかった。

 見た事のない()だったが、【猛者】を伴なっていることから間違いなくこの方こそフレイヤ・ファミリアの主神、フレイヤ様なのだろう。

 

 美しい。

 それしか感想が出ない程に美しい。

 その一瞬が奇跡の様な美しさでありながら、次の一瞬には全く別の同じだけの美しさが顔を出す。

 最早僕の隣に立っているはずの神様も、無視することなど不可能なはずの【猛者】すらも視界に入らない。

 

「ねえ貴方、今夜私に夢を見せてくれないかしら」

 

 ほんの一瞬も見逃すまいと見つめ続けていた筈なのに気がつけばフレイヤ様は僕の目の前に立って、僕の顔に手を添えていた。

 紫水晶(アメジスト)のような瞳が僕を見ている。

 そのことだけで頭がいっぱいだ。

 何を言われたかも分からないままにその言葉に頷こうとした時。

 

「ってさせるかあ!!」

 

 神様が僕とフレイヤ様の間にチョップを落とした。

 

 ...ハッ!!

 霧が晴れていくように不鮮明だった思考がクリアになっていく。

 ぼ、僕は一体、さっきのが魅了だろうか。

 

「あらあら、怒らせてしまったかしら。それでは御機嫌よう」

 

 「何を顔を真っ赤にしているんだ!」とか「だから見るなって言ったのに!!」と怒っている神様と、そんな神様へと謝ることしかできない僕を見て楽しそうに笑うとフレイヤ様はこの場所を立ち去った。

 

 その後ろ姿だけでも美しい。

 だが、今の僕にはその美しさは恐れを含むもののように思えていた。

 

 究極まで極めた極地。

 力にせよ、美しさにせよ、或いはそれ以外の何かにせよ。

 極まった何かという物は人に感動をもたらし、美しく見える物だ。

 だが、極まったものという物は同時に恐れをもたらす。

 

 例えば灰さんの力。

 人離れ、いや現実離れしたその強さは見る人を魅了すると同時に空恐ろしさを感じさせる。

 それはその力が自分に向けられたら、なんて地に足がついたものではない。

 ただ漠然と満天の星を見上げているうちに自分がどこにいるのかもわからなくなるようなもの。

 あまりにも大きいそれは人を不安にさせるのだ。

 

 フレイヤ様の美しさもそうだ。

 あまりに美しく自然に作られたとは思えないを通り越して、何者かの手で作れるとは思えない美しさ。

 だからこそ魅了されると同時に見てはいけない何かを見てしまったような恐怖を感じるのだ。

 

「ベル君...大丈夫かい?顔色が悪いよ」

 

「いえ、何でもありません...それより、食事でもしましょう。僕お腹が減ってきちゃって」

 

 僕が恐怖を感じたことを察したのか神様が不安そうに僕を見てくる。

 フレイヤ様の後姿を見ながら僕はあえて空気を換える為に軽い口調で答える。

 神様が目を輝かせておすすめの料理を教えてくれようとした時だった。

 

「ここにおったんか、ドチビぃ!」

 

 神様に声をかけた()がいた。

 燃えるような赤い髪に開いているのか分からない糸目。

 僕と同じように男物のスーツを着ているが、この方は女神様だ。

 僕はこの方を知っている、いやこの方のファミリアと冒険者を知っている。

 

 大声で神様とケンカを始めた主神様の後ろで居心地悪そうにしているドレスを着た女性の冒険者。

 【剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタインさんがそこにいた。

 アイズさんを連れているという事はこの方はアイズさんの主神、ロキ様だという事だ。

 

「も、申し訳ありません」

 

「ああ?なんやお前は、ドチビんとこの子どもか?」

 

 神様と口舌を争わせている所に割り込む。

 神様は驚いたような顔をし、ロキ様もまた怪訝そうに僕の顔を見る。

 

「ぼ、僕はヘスティア・ファミリア団長ベル・クラネルと言います。先日は僕達がそちらの遠征隊に大変お世話になりまして」

 

 「本当にありがとうございました」と言うと同時に頭を下げる。

 緊張で心臓がバクバクと脈打つ。

 だが何とか噛まずに言い切った。

 僕は頭を下げたままだから見えないが、どうやらロキ様は僕のことを観察しているようだ。

 

 一秒、二秒。

 時間が過ぎていく。

 やはり神様同士がケンカをしている中に分け入るのは無謀だったか。

 僕が後悔をし始めた頃、ロキ様が僅かに息を吐いた。

 

「なんや、ドチビんとこの子どもやとは思えんほどにちゃんとしとるやないか」

 

 顔を上げると僅かに笑っているロキ様がいた。

 

「と、言ってもあんまりパッとしとらんけどな」

 

「なんだと!?ロキ!ベル君の何が不満だというんだ!!」

 

 どうやら不快に思っているわけではないようだ。

 僕が小さく息を吐くとロキ様は僕の顔を見た後ぱっとしないと言って、神様がその言葉に噛みつく。

 

 ケンカを再開した二人にどうするべきかアイズさんの方を見るが、アイズさんは僕の方をじっと見てくる。

 な、何ですか。

 僕に止めるように言っているんですか?

 無理ですよ!?

 そんなことを思っている間にも神様とロキ様のケンカはヒートアップしていた。

 

「けっ、ドチビなんかと関わっとらんと他所と話しに行こ。いくでアイズたん」

 

「ふん!尻尾を巻いて逃げるがいいさ。行こうベル君」

 

 遂には神様とロキ様は互いに反対方向へと向かい歩き出す。

 こうして何か言葉を交わすこともできず、アイズさんと僕は別れた。

 

 分かってはいたことだ。

 (LV.2の冒険者)アイズさん(上級冒険者)の住む世界は違う。

 そもそもファミリアの主神同士の仲が悪いのだから、これまでの交流があった事の方が異常なのだ。

 

 分かってはいる。

 分かってはいるが、それでもこうしてはっきりと違いを見つけられると少し胸が痛む。

 心の中で一度立ち去るアイズさんの背に頭を下げる。

 何時かと同じ様に。

 だが、僕の心の中はあの時とは全く違った。

 

 

 

 

 

「ふう...」

 

 小さくため息を吐く。

 最初はケンカを売ってきたファミリアの本拠地という事もあり警戒していたが、何も起きなかったし徐々に警戒を解いていた。

 だがやはり精神的に疲れていたようだ。

 そしてそんな所にあんなことがあると少し気が重くなる。

 神様と離れて行動するのは決して良い事ではないが、少し休憩を入れることにする。

 

 人気のないバルコニーで空を見上げれば18階層の夜と同じように星が輝いている。

 あの時と空は同じだというのに僕の心は晴れない。

 

 分かっていたことにダメージを受けていること自体にさらにダメージを受ける。

 こうしてうじうじと悩んでいることすら僕へとダメージを与える。

 思わず弱音が湧きでる。

 

 強くなったはずなのに、強くなれたはずなのに。

 先に進めば進むほどどうしようもない物が現れ、その壁にぶつかってしまう。

 憬れた人の姿はもっとかっこよくて、もっと輝いていた筈なのに。

 

「どうして僕はこうなんだろうな...」

 

「何かあったの?」

 

 駆けられた言葉に返そうとして気がつく。

 この聞き覚えのある声は誰の声だ?

 

「ア、アイズさん!?なんでここに!?」

 

 顔を上げるとそこには首を傾げたアイズさんの姿が。

 ドレスを纏った姿は僕の知るダンジョンの中のアイズさんとはまた違う美しさがあって...じゃない!

 

「どうしてここに、ろ、ロキ様は?一緒じゃないんですか!?」

 

「...いない」

 

 何とか絞り出した言葉に帰って来たのは僅か三文字の言葉。

 ...多分ロキ様は居ないという事なんだろう。

 いや、主神(ロキ様)を放っておくのは不味いんじゃ。

 と思ったが、僕も今神様を一人にして休憩していたのだから何か言える立場ではない。

 

「ベルを探していた」

 

「僕を?どなたが?」

 

「...私。聞きたいことがある...いい?」

 

 僕の顔を覗き込むようにしてアイズさんが首を傾げる。

 休憩していた所だから問題はないです。

 そう答えようとした時だった、会場に声が響き渡る。

 

「どうだろうか皆、楽しんでくれているかな?」

 

 団員を引き連れてアポロン様が舞台の上の役者の様に大袈裟な動きでこちらに向かってきていた。

 口調こそ周囲の参加者に向けたものだが、視線は僕だけを見定め、その歩みに迷いはない。

 アポロン様の動きに気がついたのだろう神様がアポロン様から守るように僕の前に立つ。

 

「やぁヘスティア。私は君の眷族君に用事があってね」

 

「そうかい。残念だけれどボクの方は無いんだ、帰るよベル君」

 

 にこやかに。

 表面上は笑顔で交わされた会話はその言葉とは裏腹に棘の隠れた言葉の応酬だった。

 僕の手を取り入口に向かおうとした神様だったが、それを制止するようにアポロン・ファミリアの冒険者達が行く手を阻む。

 

「これは何のつもりかな?まさかこれが君のファミリアのもてなしと言う奴なのかい?」

 

「いやいや、違うとも。だが彼等も少しばかり気が立っているんだ。君の所の冒険者に同胞が傷つけられてしまってね」

 

 その言葉と同時に後ろから現れたのは体中に包帯を巻いた小人族(パルゥム)

 顔まで巻かれた包帯で確認できないが、間違いなく酒場でケンカを売って来た彼だろう。

 

「彼の受けた傷の賠償を求める」

 

「下手な芝居だね。受ける...なんて言うとでも?」

 

 いっそ馬鹿にしているのかと思う程にわざとらしく痛みを訴える声をBGMに神様とアポロン様は火花を散らす。

 

 「これだけ酷い怪我をした子ども()を見て心が痛まないかな?」

 

 「うちの子たちの経験から言って本当にそれだけの怪我をしていれば、立つことはおろか自分で喋ることも難しいよ」

 

 「君達(ヘスティア・ファミリア)から仕掛けてきた証人もいる」

 

 「笑えるね。みんな君の所の子ども(アポロン・ファミリアの冒険者)だろう?信用できない」

 

 アポロン様の言葉を神様は一刀両断していく。

 しかしアポロン様に追い込まれた様子はない、むしろ想定道理だと言わんばかりの表情。

 

 「つまり罪を認める気はないと?」

 

 「ボクの所の評判が悪いのは認めよう。だけれど犯した覚えのない罪を認める事なんてしないよ」

 

 最終勧告だと言った言葉を神様が拒否する。

 それと同時にアポロン様が高らかに宣言した。

 

「ならばアポロン・ファミリア(私達)ヘスティア・ファミリア(君達)に【戦争遊戯(ウォーゲーム)】を申し込む」

 

 僅かな間の沈黙の後会場のあちこちから悲鳴のような叫びが沸き上がる。

 

本気(マジ)か、本気(マジ)でやるつもりなのか」

 

「キター!!」

 

「一周回って見てみたーい」

 

 【戦争遊戯(ウォーゲーム)

 ファミリア同士の決闘であり、ルールを決めてのファミリア同士での総力戦だ。

 だがそれを宣言したという事は、最早無かった事にはできないという事。

 ましてやパーティの最中に参加者の前での宣言だ。

 これでやっぱりなし、なんて言えるわけがない。

 アポロン・ファミリアが本気であるというこれ以上ない証拠だった。

 

「本気、いや正気か?それが何を意味しているのか分かって言ったのかい!?」

 

「本気であるし正気だとも。

 【戦争遊戯(ウォーゲーム)】の勝者は全てが与えられる。富も名誉も、そして相手の眷族も。

 私達は勝利する。

 君の眷族が築き上げた伝説を現実へと引きずり落とし、最凶の称号を私の眷族のものとする。そして君の眷族、ベル・クラネルをわが手に」

 

 まさかの宣言からの流れに驚愕している僕を真っすぐに見つめアポロン様が僕を指さす。

 その視線は粘着質な物を含んでいた。

 

「一つ聞かせてくれ。酒場での一件からこの流れは想定された物かい?」

 

「フフッ、何のことか分からないが、きっと君の思っている通りさ。それで?

 受けるのか、受けないのか、どうするんだ」

 

 鋭い神様の視線を受けて厭らしく笑ったアポロン様が迫る。

 だが神様はそんなアポロン様に背を向け出口へと向かう。

 

「お断りだよ。ボクも、ボクの子ども達もみんな忙しいんだ。

 最凶の名前が欲しいからなんて、そんな馬鹿みたいな理由で申し込まれる戦いを一々受けていたらどれだけ時間があっても足りないんだ。

 そんな理由でこれ以上ボクの子ども達を煩わせないでくれると嬉しいな」

 

「後悔するぞ」

 

 先程までの笑みをかき消したアポロン様が神様の背中へと言葉を投げつける。

 肩越しに後ろを見た神様は吐き捨てるようにその言葉に答え、僕を伴ない会場を後にした。

 

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

お気に入り登録数1500突破ありがとうございます
やっぱりお気に入り数が上がっていったり評価を頂いたりするとテンションが上がります

また前話を少々手直ししました
と言っても先週の日曜日ぐらいには直していたのですが一応
ご報告を

今回も難産でした
神の宴という関係上フロム勢を出すことが出来ないこの話は必要なのか
そんなことを考えながら書いていた時戦争遊戯の申し込みを否定するカッコイイヘスティア様を書けばいいじゃないときがつきました

戦争遊戯に持ち込めばどんな考えがあろうと、どんな企みがあろうと
自分の眷族灰達ならば簡単に打ち砕くだろうと分かってはいても
その選択を良しとしない
慈悲深くも気高いヘスティア様を書こうと思いました
...その割にはヘスティア様の出番が少ない気が?
何故でしょう

とにかくここから加速する予定ですよ
あっ加速すると言っても小説の内容的な意味で
更新予定はこれまでと同じ一週間後ですが

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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襲撃

灰の誓約

火の無い灰がヘスティアと交わした誓約(約束)

本来不死者にとって誓約とは己が立場を証明するだけの物
必要とあればいくらでも裏切る

だが灰に信仰心でも芽生えたか或いはオラリオと言う土地故か
この誓約を破れば(ペナルティ)が発生する
それでもなおこの誓約に逆らうのであればその命すらも失うだろう
女神が望むかは別であったとしても

だが不死者にとって命を失う事などどれほどのものか
己が傷つくことなど気にも留めず進み続けるだろう
それを女神が望まなくとも



SIDE 火の無い灰

 

 オラリオの中でもごく限られた人間しか、いや神であったとしてもそう簡単に入れない部屋。

 ギルドの主神(眷族はいないらしいが)であるウラノスの部屋に俺達はいた。

 そう、()()

 今この部屋には部屋の主であるウラノスの他に(火の無い灰)と狩人と焚べる者、そして狼の奴がいる。

 いやあ実に豪華な面子だ。

 

 神殺し(俺達)に囲まれている。

 そばにはいざという時の盾もない。

 俺達がその気になれば助かる方法はない、にも拘らずウラノスからは全く怯えたような気配を感じない。

 流石はギルドの主神、実質的なオラリオの支配者と言ったところか。

 

「それで、18階層のゴライアスの強化種の出現について心当たりはないのだな」

 

「しつこいな。さっきから俺達が18階層に到着した時には最初の一体は倒されていて、後の二体を適当に潰しただけだって言ってるだろう」

 

 幾度となく聞かされた疑問をウラノスが口にする。

 ゴライアスの強化種(漆黒のゴライアス)

 ギルドはそいつを思ったより重視しているようだ。

 

 それも当然か。

 通常のモンスターよりも強い強化種、それも階層主の強化種が安全階層(18階層)に三体も生まれたんだからな。

 ともすればオラリオ滅亡の危機だったかもしれない。

 まあ俺達が軽く潰したんだが。

 

 俺の持つストームルーラーもそうだし、焚べる者にとって巨人なんてただのカモだ。

 狼の奴もなんか一撃で唐竹割にするような技を持っていたし、狩人の奴だって隕石を呼べば(【彼方への呼びかけ】を使えば)殺せるだろう。

 そう考えるとゴライアス(巨人)の天敵みたいなのが集まってるな俺達。

 別にゴライアスだけじゃないけど。

 

 強化種と言うのは基本他のモンスターの魔石を食べて(吸収して)成長したモンスターのことだ。

 だが例外はある。

 神威(神の気配)

 ダンジョンが神威を感じた際なんか強化種が生まれたという事例があったはずだ。

 

 だからこそ神がダンジョンに立ち入ることをギルドは禁じており、今回の一件も俺達の主神(ヘスティア)が原因じゃないか、と言いたいらしい。

 いや、正確にはそれを見逃してやるから恩に着ろってことかもしれんが。

 

 しかしウラノスもしつこい。

 俺達四人全員で来いというギルドからの厳命でやって来たというのに。

 こんな意味のない質問が続くのなら俺達は帰らせてもらうぞ?

 

「随分と焦れているな?それほど仲間が心配か」

 

「分かってんだったら何時までもこんな意味のない質問してないでさっさと本題に入れよ」

 

 ウラノスのどこか楽しそうな問いに俺は苛立ちを隠さずに答える。

 

 アポロン・ファミリアのパーティが終わって一日が経った。

 ヘスティアはアポロンからの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】の申し出を断ったらしいが、それであの太陽神(アポロン)が諦めるとは思わん。

 また何か要らんちょっかいをかけてくるに決まっている。

 

 無論俺達が、いや俺達の中の一人でもその気になればアポロン・ファミリア如き何時でも潰せるが、ヘスティアはそれを望んでいない。

 アポロンの様な屑でも殺されるべきじゃないと思っているし、俺達の様な人でなしであったとしても神殺しの罪を被ることがあってはならないと思っている。

 全く、実にお優しい。

 だからこそあいつ(ヘスティア)は俺達の主神で、俺達はあいつの家族(ヘスティア・ファミリア)なんだがな。

 

 とにかくそんな時だから【廃教会(ヘスティア達の傍)】を離れるのは嫌だった。

 だがこいつ(ウラノス)がどうしても俺達全員で来いとのことだったので渋々来たというのに、すでに提出した報告書の内容が正しいか確認されるだけじゃ嫌気もさすという物だ。

 こんなことをしているくらいならベルに稽古の一つも付けてやりたいんだがな。

 

「そう気を荒立てるな。アポロン・ファミリアについてだろう?お前達が怒っている理由は、何か進展があったのだろう?」

 

 何か分かったのか?と言外に聞いてくる。

 アポロン・ファミリアが俺達にケンカを売ってきた理由。

 まさかベルが可愛いから欲しくなった(主神の欲望)というだけが理由ではあるまい。

 いや、大体そういう理由なのかもしれないが、俺達にケンカを売ってきた以上それなりに勝算があっての事だろう。

 

 つまり何か凄い武器なりなんなりを手に入れ、目障りな俺達を潰し、ベルを手に入れ、オラリオでも更なる高みに昇る。

 そういう計画なんだろうと俺達とウラノスは思った、という事だ。

 だから狼の奴もパーティを利用してアポロン・ファミリアの拠点に潜入したわけだしな。

 そうして手に入れた情報を聞かせてほしいとこの老神(ウラノス)は言ってるわけだ。

 

 なるほど、これが今回俺達を呼び寄せた本題か。

 確かに、普通に考えればそんな物はない。だが、万に一つ俺達に匹敵するような何かが存在するとすれば、そしてその何かがギルドの指示に従わないファミリア(アポロン・ファミリア)の手の中にあるとすれば。

 ギルドとしては、いやこのオラリオに住む神の一柱として、見過ごす訳にはいかない話だわな。

 

「聞かせろと言うのならば聞かせてやろう。聞いて驚け。

 なんと、()()()()()()

 

「...は?」

 

 俺の言葉にウラノスが馬鹿みたいに口を開け目を見開く。

 分かる。

 俺も最初狼から報告を聞いた時驚き過ぎて座っていた椅子ごと後ろに倒れこんだからな。

 

「...つまり...どういう...ことだ?」

 

 未だ混乱から立ち直れていないのだろう。

 途切れ途切れながらなんとか疑問を口にする。

 或いは脳内の考えが口から零れたのかもしれないがな。

 

「つまり、だ。

 アポロン・ファミリアは俺達に対する噂は全て誇張された物であり、自分たちが全力でもって俺達に当たれば俺達を倒せる、と思っているという事だ」

 

「...」

 

 ウラノスは俺の言葉を聞いて白目を剥いた。

 いや、そうなるわな。

 ヘスティアもこの結論に至った時同じような顔をしていたし。

 

 いやはや。

 救いようのない馬鹿という物は、どんな時代にも、どんな所にもいるものだと知ってはいたが、実際目の当たりにするとどう反応していいか分からなくなる。

 まさかな、まさか本当に何にも考えずに俺達にケンカを売ってくるような奴らがいるなんて夢にも思わなかった。

 ...よくよく考えれば俺達だって俺達の世界(それぞれの世界)俺達と戦ってきたやつら(ボス)から見れば同じようなもんかも知れん。

 

 こっちを攻撃してきた、敵。

 動いてる、敵。

 なんかいた、敵。

 みたいな感じだったしな。

 それを考えるとアポロン・ファミリアの方がまだましかもしれん。

 

「そもそも、あのファミリア(アポロン・ファミリア)はギルドからの再三の警告も(ペナルティ)も意に介さずやりたい放題していたんだろ?

 じゃあ俺達があそこを殴ってもちょっと見てないふりをしてくれれば「大変です!!」おん?」

 

 折角だしウラノス(ギルド)からアポロン・ファミリアをぶん殴る許可でも貰っておこうと俺は口にする。

 ヘスティアの奴はそれを望まなかったとしても、俺達にも我慢の限界という物はあるからな。

 だが、俺の言葉を遮り部屋に飛び込んできた奴がいた。

 あれは...確かギルド長のロイマン何とかだったか。

 

「何の用だ!この部屋には入るなと言ってあっただろう!!」

 

 ウラノスの一喝がロイマンを襲う。

 凄まじいな。

 それこそ、そこら辺の冒険者ならそれだけでも意識を刈り取るのに十分な気迫が込められていたにも拘らず、ロイマンはそれを気にする余裕すらない程に焦っている。

 いや、それどころか俺達の存在が目に入っているかすら怪しいな。

 しかしまあ、俺達を無視する程の緊急事態とは、一体なんだ?

 しばらく様子を見てや「アポロン・ファミリアがヘスティア・ファミリアの拠点に襲撃を仕掛けました!!」

 

 ...は?

 

 

 

 

 

 

 ノイマンの口にした言葉が耳から入り、脳まで到達しその内容を理解すると同時に部屋の中に怒気、いや殺気、いや瘴気とすら言っていいものが吹き荒れる。

 可哀そうに当てられて今にも死にそうな顔色になっているぞ。

 とにかく落ち着くように言おうとするが、俺の口は動かない。

 

 おや?

 不思議に思って首を傾げようとするが首も動かない。

 何とか喋ろうとするも、聞こえるのは鉄の軋む音だけ。

 一体何処から聞こえるのやら。

 

 そう思った時気がついた。

 ああ、殺気の出処も、鉄の軋む音の出処も俺だ。 

 軋む音は俺が手甲を握りつぶさんばかりに握りしめているから。

 口が開かないのは歯もへし折らんばかりに噛みしめているから。

 首が、いや体が動かないのは吹き荒れる怒りを何とか内に収めようとしているから。

 それでもなお抑えきれない怒りが瘴気となって俺から漏れ出ている。

 

 不味いな。

 自覚すればわかる。

 今の俺...というかこの思考を止めれば俺は間違いなく暴走するぞ。

 

ウラノス...真逆、事ここに至って俺達になお抑えろとは言うまいな

 

「あ、ああ」

 

そうか、行くぞ...

 

 俺だが俺じゃない、今俺の体中を荒れ狂う怒りが俺の口を動かす。

 真正面から受け止めればそれだけで心臓を止めうる視線がウラノスを貫く。

 返事を聞いた俺達はゆらりゆらり、まるで幽鬼の様な足取りで部屋を出ていく。

 

 ヤバいな。

 俺だけじゃない。

 他の奴らもみんなブチギレてるぞこれ。

 

 辛うじてこの場で暴れださないだけの理性が残っていることを感謝しながら、俺達は俺達の目指す場所へと進んでいく。

 俺達の標的(獲物)

 アポロン・ファミリアの奴らがいるところへと。

 

 

 

 

 

 

SIDE 月の狩人

 

 ガリガリガリガリ。

 

 オラリオの街の石畳を削る音が響く。

 騒ぎ響く音は耳を聾すほどだがそれも聞こえない程に今の私は怒り狂っている。

 

 耳の奥に張り付いた声が聞こえる。

 

 「嘘を吐いても駄目だ俺には特別な知恵があるんだ」

 捻くれた男が唯一縋れるものに縋ろうとする声が響く。

 

 「ああ、どうして、こんなの、こんなの嘘よ」

 上位者に赤子を孕まされた娼婦の嘆きの声が響く。

 

 「あんたは私に似て我慢強いからねぇ」

 正気を無くした老婆が過去に惑う声が響く。

 

 「狩人様。私の、私だけの狩人様...」

 血の聖女が見出すべきで無かった愛に狂った声が響く。

 

 声が聞こえる。

 嘆きの声が。

 無力さを嘆く声が聞こえる

 

 「やっぱり、俺みたいなのが誰かの役に立とうなんて間違ってたんだよ。ひひっ、俺なんて生まれてこなければよかったんだ」

 

 狩人()を私と認めてくれた男の声が。

 私を友と呼んでくれた男の声が。

 見えぬ上位者に狂わされた(しもべ)の声が聞こえる。

 赤いローブを被った盲目の男の声が聞こえる。

 

 否、否、否!!

 

 たとえ、始まりが上位者の介入であったとしても。

 たとえ、終わりが何の救いもなく終わったとしても。

 誰かを助けたいと願ったあの想いが間違いであるなど、そんなことがあるはずがない。

 

 あの願いは尊いものだ。

 その行いは正しいものだ。

 たとえその結末が悪夢であったとしても、あの男が抱いた願い(慈悲)が間違いであったなど認めない。

 認められない。

 

 だが、誰かを救いたいと願った想いに間違いがないのだとすれば。

 ゲールマンとローレンスが願った想いもまた許されるべきなのだろうか。

 病による別れ()を、病による苦痛を、病による差別を。

 病による全ての悲劇を無くそうとした彼等の行いも又、その果てが覚める事の無い悪夢であったとしても許されるべきなのだろうか。

 始まりが間違いで無ければ、どのような終わりであったとしても許されるべきなのだろうか。

 

 誰かを救いたいと願うことが許されるのであれば。

 あの夜に私が犯した罪もまた許されるべきなのだろうか。

 古都で、悪夢で、辺境で、拝領した罪も又許されるべきなのだろうか。

 私は救われていいのだろうか。

 

 そんなはずはない(良い訳がない)

 

 ならば、あの夜に流れた血はどうなる。

 ならば、あの夜に響いた怨嗟はどうなる。

 全て底のない海に眠らせるべきだとでもいうのか!?

 どこにも行けず、ただ終わりのない眠りだけがあの夜に生きた者に許される終わりだと言うのか!?

 

 罪とはなんだ。

 呪いとはなんだ。

 何処に間違いがあった。

 何処に責任がある。

 

 呪うべきは何だ。

 神秘の探求を始めたウィレームか。

 血の医療を生み出したローレンスか。

 獣狩りを始めたゲールマンか。

 血の探究の果てに悍ましき実験を繰り返した医療教会か。

 上位者に仕えたトゥメル人共か。

 ゴースを祀った漁村の民か。

 赤子を失ったゴースか。

 

 それともその全ての遺志を受け継いだ私か。

 

 私はどうすればよかった。

 私はどうすれば救えた。

 私がなにをしても救えなかったのか。

 私は何を救った?

 私が救える物など何もなかったのか。

 私が救いたいものは何時も救えないのか。

 

 呪いと嘆きと怒りと悲しみと。

 ぐちゃぐちゃになった頭の中でオラリオの中を彷徨う。

 私達がベルの傍を離れたのがいけなかったのか。

 ならば私達がアポロン・ファミリアを潰せばよかったのか。

 女神ヘスティアの願いを聞かず、すべてを冒涜すればよかったのか。

 

 ちがう、チガウ違う違う違う違う!!

 女神ヘスティアの慈悲は尊いものだ。

 それでもなお許そうとしたベルの思いは正しいものだ。

 ならば間違いは何処にある。

 

 ガリガリガリガリ。

 

 石畳を削る音が響く。

 

 ガリガリガリガリ。

 

 頭の中に響く。

 啓蒙が脳に響くように。

 虫が頭の中で暴れまわる様に。

 

「っ!か、狩人だ!」

 

「怯えるな、幾ら狩人と言えどこの数ならば」

 

 音が止んだ。

 

 狩るべきものを見つけた。

 そうだ。

 過ちは貴様等だ。

 狩るべき獣は貴様等だ。

 

「ア”ア”ア”ア”ア”ア”アッ!!!」

 

 石畳を削っていた獣肉断ちを振りかぶる。

 私の咆哮に怯えたような悲鳴が漏れるのが聞こえる。

 

「ハッタリだ、あの武器では近付かなければ、ぐふっ!?」

 

 恐らくは隊長か何かだったのだろう。

 浮足立った仲間を落ち着かせようとした獣は仕掛けにより鞭と変わった獣肉断ちに薙ぎ払われる。

 

 ああ、良いじゃないか。

 こちらを見てくるその怯えた瞳。

 自分の愚かしさを悔いている瞳だ。

 

 獣肉断ちは古い狩人達が用いた仕掛け武器だ。

 武骨で、力任せなこの武器は決して洗練されているとは言えない。

 だからこそこの武器を用いた狩りは凄惨なものとなる。

 愚かしい獣を狩るのにぴったりじゃないか。

 

 距離を詰めながら鞭の様にしならせていた獣肉断ちを再び大ぶりな鉈へと変形させる。

 勢いのまま飛びかかれば引きつった悲鳴が響く。

 喉の奥に引き籠った絶叫は一体何だったのだろうな?

 友の名か、恋人の名か、それとも愚かな神の名か。

 振り上げられた獣肉断ちが重力に引かれ頭を砕こうとした時だ。

 

『それより先はいけない』

 

 啓蒙が囁いた。

 

「「ぐうううう!?」」

 

「い、今だ、助け出すのだ!!」

 

 脳の瞳の囁きに従い軌道が変わったことで肩を砕かれた獣がうめき声をあげ、それと同時に私目掛けて矢が集中する。

 地面に倒れ伏している獣に馬乗りになっているこの状況なら、同士討ちを気にせず攻撃できるという訳か。

 バックステップと同時に獣肉断ちを鞭と変え、迫る矢を打ち払う。

 

 今は痛まぬ肩を抑え獣共と相対する。

 今のは何だ?

 先程あの獣の肩を砕いたと同時に私の方も又同じく砕かれた。

 傷は既に返り血による覚醒(【リゲイン】)によって癒されているが、その傷は不可解だ。

 

 獣の反撃ではない。

 あの時獣は既に死を覚悟し後悔に沈んでいた。

 他の獣の横槍ではない。

 私の姿に恐れを抱き動くことが出来ていなかった。

 

『灰の誓約である』

 

 思考を巡らしていると脳に得た瞳が答えを囁く。

 火の無い灰が女神ヘスティアと結んだ誓約。

 【アポロン・ファミリアの冒険者とその主神であるアポロンをヘスティアの許しなく傷つけない】という物に反したが故の(ペナルティ)

 今の私達はヘスティアの許しなしにアポロン・ファミリアを傷つければ、それと同じ傷を受けることとなると更に瞳が囁く。

 

 面倒な。

 傷そのものは【リゲイン】により治るが、とどめを刺せば私も死ぬことになる(目覚めをやり直すことになる)だろう。

 そんな暇はない。

 故に獣肉断ちを夢に戻し代わりに取り出したのは黒塗りのステッキ。

 当然ただの杖ではない。

 これもまた獣狩りに使用される仕掛け武器、その名も仕込み杖だ。

 

 刃を仕込まれた硬質な杖と仕込まれたワイヤーによる鞭の二面性を持つこの武器は、獣に対し鞭を振るい躾けるように獣を狩る。

 故に人足らんとする狩人達は人足る様式美としてこの武器を好んだと言う。

 だが同時にこの武器は凄惨で武骨な獣肉断ちの流れをくむ武器でもあるのだ。

 本能と理性(獣性と啓蒙)。狩人の持つ二面性を象徴するような武器だ。

 

 幾度か仕掛けにより鞭と化した杖を振るえば、獣たちは空を切る音に怯えたような声を漏らす。

 傷つければ同じだけ傷つく?

 それがどうした。

 狩人とは血を流しながら、血を流させる者。

 ならば血で血を洗う凄惨な血の海を作り、血だまりに溺れるのもまたヤーナムの狩人の様式美という物だろう。

 

 恐れを宿す獣たちを睨みつけ口角を上げる。

 殺せないのならば殺せないだけの狩り方という物はあるのだ。

 獣を狩り続けた狩人の悍ましさをその骨の髄にまで教え込んでやろう。

 さあ、

 

ヤーナムの狩りを知りたまえよ

 

 

 

 

 

SIDE 絶望を焚べる者

 

 響く怒号。

 沸き上がる悲鳴。

 実に慣れ親しんだ戦場の音楽に心が落ち着く。

 

 怒りはある。

 許しはない。

 されど戦いとは怒りのままにするべきではないのだ。

 

 戦いとは物語。

 我が道筋は友の姿。

 ならば無様を晒すなど許されるはずもない。

 

 ...などと意気込んでみたが、未だ待ち人は来ない。

 そうなれば物思いにふけるのも長く生きた者の(さが)という物だろう。

 

 [呪われた印(ダークリング)が己の身に生じた時、私は私の過去から裏切られたのだ]

 

 といつの間にか持っていた手記に書かれていたので、きっと過去の私はダークリングによって全てを失ったのだろう。

 何とも他人事のようだが、永く生きている私にとって不死者となる前など最早思い出すこともできない夢のような物。

 何があろうと今の私には関係がないのだ。

 

 だがそれでもかつての私はダークリングをどうにかしようと足掻いたらしい。

 そうしてたどり着いた果てはドラングレイグであった。

 しかし、彼の地ならばこの身に宿る呪いをどうにかできるという希望も虚しく踏みにじられ、私はまた裏切られた。

 

 されど私は諦めなかった。

 無数の障害を乗り越え、無数の敵を打ち倒し、時に友に恵まれ、時に運に恵まれ。

 筆舌に尽くしがたい旅路の果てに私は真の意味での不死を手に入れた。

 そうして己の運命から解き放たれた時私の目の前に広がっていたのは無限の自由(導きのない虚空)であった。

 

 だからこそ私はその虚空に友の名を世界に刻むと言う導きを見出し、それを長い旅路の杖とすることにした。

 だがこうしているとその虚しさを理解してしまう。

 世界から世界へ、時代から時代へ。

 幾たびも世界に刻み、忘れられ、そして再び刻む。

 永き生の理由とする為に見出した永遠の目標。

 その虚しさを直視してしまう。

 

 ああ、退屈こそが永遠を生きる者にとって最大の毒であるとはよく言ったものだ。

 気がつかねば良い物を、目を逸らしていれば良い物を。

 だが退屈とは埋めておくべき過去すら掘り起こすものなのだ。

 

 思考の渦に呑まれていたが、こちらへと向かってくる足音に正気に返る。

 ようやくの御登場という訳か。

 果たして頭上からの弓矢に追われるようにして現れたのはアポロン・ファミリアの団長だった。

 

「貴様...!」

 

「随分と急いでいるようだが、ここは行き止まりだ。どうするかね」

 

 こちらを睨みつけるヒュア、ヒュア...名前を忘れてしまったな。

 何だったか。

 確かヒュア...キントン?

 いや、そんな栗金団みたいな名前ではなかった気がする。

 ヒュア...キントキ?

 ヒュア...キンメダイ?

 ...ダメだ、思い出せない。

 

「どうするか、だと。ほざけ、ここで貴様の名を私の威光の踏み台にしてくれる!!

 覚悟しろ!ミラのルカティエル!!」

 

 何とも喉の奥に小骨が刺さったような言いようのない違和感でやる気が出ない私とは対照的に、ヒュア何某はやる気満々の様だ。

 しかし、ミラのルカティエルか。

 

 それは我が友の名が広まっている証拠だ。

 だが今の私の怒りはその名で呼ばれることを良しとしない。

 

「ならば知るが良い。我が名は絶望を焚べる者。

 貴公へ終わり(絶望)を齎す者。

 

 さあ、絶望を焚べよ(終わりに抗え)

 

 武器を構え立ち塞がればこちらを睨みつけヒュア何某は突っ込んでくる。

 ならばその身に刻もう我が伝説を。

 ...あっ、思い出したヒュアンキトスだ。

 

 

 

 

 

 

「くっ!!」

 

 苦悶に顔を歪めヒュアンキトスが鍔迫り合いを解き距離を離す。

 ...さっきはヒュアンキトスだと思ったが、よくよく考えるとやっぱり違う気がする。

 何だったかな。

 

「貴様!貴様!!貴様ぁぁぁぁ!!

 何のつもりだ、その戦いはぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「何...とは、手加減のつもりだが?」

 

 ヒュア何某は憤怒で朱に染まった表情でこちらを睨んでくる。

 私の戦い方の何がそんなに気に入らないと言うのか。

 ただ何十回もヒュア何某の攻撃に合わせて少しだけ優れた攻撃を返し、撃ち合い続けているだけだろうに。

 

 私の腕力なら(本気なら)容易く勝てる。

 私の技術なら(本気なら)容易く勝てる。

 私の速さなら(本気なら)容易く勝てる。

 だがそれでもなお相手が倒れていないのは私が手加減をしているからだ。

 それくらいは分かっていると思っていたのだが...まさか気がついていなかったのか?

 

「ふ、ふざけるな!手加減だと!!何故!!」

 

「ん?うちの冒険者(火の無い灰)主神(ヘスティア)と【アポロン・ファミリアの冒険者及び主神アポロンに対してヘスティアの許可なしに危害を与えない】と言う、分かりやすく言えば弱い者いじめをしないと言う内容の誓約を交わしてな。

 故にそれを破らないように、貴公が諦めるまで指南しようと思ったのだがな?」

 

「よ、弱い者いじめ...だと...」

 

 怒りすら忘れた様に呆然とした顔でヒュア何某が溢す。

 何十、何百撃ち合ったとしても間違いなく私が勝つのだから、そんな相手に本気を出すなど弱い者いじめ以外の何物でもないと思うのだが?間違っていただろうか。

 

 色を無くしていたヒュア何某の顔が朱に染まっていく。

 震える拳を握りしめこちらへと向き合った時だった。

 轟音が響いた。

 

「何が...アポロン様!!」

 

 何事かと音が響いてきた方角に目をやればアポロン・ファミリアの拠点の方角であった。

 青ざめた顔で駆けだそうとしたヒュア何某が私のことを思い出したのだろうか、その足を止める。

 私がその背に襲い掛かるとでも思っているのだろうか。

 そんなことをしなくても勝てると言うのに。

 

「行くのなら行くがいい。逃げ出す理由が出来たのだろう?」

 

 ヒュア何某の顔が赤く染まる。

 赤くなったり青くなったりせわしない事だ。

 

「貴様...絶望を焚べる者。その名を覚えたぞ」

 

「そうか。では次は私が貴公の名を覚えられるように頑張り給えよ」

 

 私の言葉にヒュア何某が人を視線で殺せたらと言った表情でこちらを睨んでくる。

 だがすぐに自分の主の危機を救うことが先決だと走り去っていった。

 

「らしくもない...」

 

 一人になった私は小さく呟く。

 アポロン・ファミリアはこちらに挑発を繰り返し今襲撃を仕掛けてきた、まごう事無き敵である。

 とは言え何時もの私であればこれほどまでに相手を煽るような真似はしなかっただろう。

 自分では落ち着いたと思っていたが未だ怒りの炎は燻ぶっていたようだ。

 

 しかし「らしくもない」か...。

 我が言葉ながら何とも馬鹿らしい。

 一体何らしくもないと言うのか。

 

 焚べる者か?ミラのルカティエルか?それとも亡者狩りか?

 永く生きているとこんな時に困ってしまう。

 

「意味もなし」

 

 頭を振り思考を断ち切る。

 そんなことよりもどうするべきかだ。

 先程の轟音は恐らく灰によるものだろう。

 そしてあれだけの轟音ならばオラリオの街のどこかを逃げ回っていた女神ヘスティア達も気がつくはずだ。

 

 そろそろ女神ヘスティアの元──と言うよりも同じく逃げているだろう九郎の元だが──に向かった狼が合流している頃合いだろう。

 狼がいれば間違いなく女神ヘスティア達はこの轟音の元、つまりアポロン・ファミリアの拠点で暴れている灰の元に向かう。

 幾ら灰が怒り狂っていたとしても女神ヘスティアが直接言えば止まらざるを得ない。

 

「時間切れか」

 

 アポロン・ファミリアとの因縁をここで終わりにするつもりだったが間に合わなかった。

 そのことに不満がないと言えば嘘になるが、かといってこれ以上暴れようとすればいくら私でもタダでは済まないのは、一撃も貰っていないにも関わらず細かい傷が無数にできたこの体から分かる。

 面倒な誓約を結んだものだ。

 とは言え何も問題はない。

 

「とりあえずは未だ暴れている可能性が高い狩人を回収して、女神ヘスティア達と合流することにしよう」

 

 先程オラリオの街に響き渡った轟音とはまた別の方向から響く叫び声へと足を進めながら僅かに嗤う。

 そう問題はない。

 時間は無限にある(私は死なない)

 ならば幾たびでも繰り返せばいい。

 

 所詮不死者とはそういう者なのだから。

 

 

 

 

 

SIDE 狼

 

 オラリオの街を駆けながら忍び義手に仕込まれた手裏剣を放つ。

 狙いは街のあちこちに潜む太陽に弓矢の意匠が付いた服を着るアポロン・ファミリアの冒険者達が手に持つ武器。

 

「お前たちはあっちを探せ、私達はこっちを、っ!!狼だ!!」

 

 駆ける己に気がついたか声を上げ武器を構えようとする。

 だが既に各々が持つ弓、或いは杖は手裏剣によって使い物にならなくなっている。

 そのことに気がつき動揺した隙に駆け抜け、すれ違いざまに攻撃を仕掛ける。

 

「た、助けてくれ」「足が!!」

 

 悲鳴を上げ倒れる冒険者達。

 混乱の極みにある彼等へと追撃を仕掛ければ間違いなくとどめを刺せる。

 だがそのまま駆け抜ける。

 

 それは慈悲からではない。

 アポロン・ファミリアの冒険者達は苦痛にあえぐ仲間達を見捨てることが出来る程薄情ではない。

 故に集団で動く彼等のうち何人かを負傷させれば、仲間を助けようとする。

 そうなれば自然と傷を受けた冒険者だけでなく、他の冒険者の足止めもできる。

 幾人もの冒険者を倒すよりもずっと早く、効率的に冒険者達の動きを止めるのだ。

 そうして幾組もの集団を足止めしながら状況を把握していく。

 

 我々がウラノスに呼び出され、ギルドへと出発した少し後にアポロン・ファミリアは【廃教会】へと襲撃を仕掛けたようだ。

 だが、灰達(我々)を想定した面での攻撃が災いし、攻撃によって巻き上がった煙に紛れてベル達に逃げられてしまう。

 その後はこの街を舞台に鬼ごっこを繰り広げているようだ。

 

 しかしベル達も上手く逃げている。

 アポロン・ファミリアの冒険者達の動きは組織立ったものではあるが、それは追い詰める為の物ではなく隠れている獲物を探すものだ。

 完全に見失っているのだろう。

 

 とは言え追跡は己の本領だ。

 僅かな痕跡とアポロン・ファミリアの冒険者達の動き、そしてベル達の思考を読めばそう時間もかからずにベル達が隠れているだろう橋の下までたどり着く。

 

「上手く逃げたな」「よく守った」そんな誉め言葉も、「戦い方が下手だ」「奇襲されて動揺しただろう」そんな反省を促す言葉も隠れていたベル達を見ると同時に吹き飛んだ。

 体中にある無数の傷は戦いの激しさを物語り、縋るように近づいてくる姿は疲弊しきっていることを一目で分からせる。

 つまるところベル達はとても追い詰められていた。

 

 やはり殺すべきだったか。

 ほんの一瞬心の中に殺意が燃え上がる。

 未だ未熟。

 目を閉じ息を吐いて心を静める。

 

 忍びとは主の命のみに因って動く者(感情によって戦ってはならない)

 それが養父()の教えだ。

 だからこそ相手が誰であったとしても忍びの刃は鈍らない。

 だからこそ相手が誰であったとしても一握りの慈悲を込める余地が残る。

 

 それは命を奪う為の教え。

 それは人を捨てぬ為の教え。

 憤怒に呑まれることは養父()への冒涜、いや。

 忍びの業とは戦いの中でのみ育まれる。

 ならば己が戦ってきた全ての相手への冒涜となるだろう。

 

 因縁がありその為に戦った相手がいた、ただそこにいただけで戦った相手もいた。

 その想いに頷ける相手がいた、想いを持つかも分からない相手もいた。

 ただひたすらにその死を望んだ相手がいた、ただひたすらにその安寧を望んだ相手もいた。

 だが全ては己が糧となり、こうしている己とはかつての強敵達に支えられて立っているのだ。

 それを忘れてはいけない。

 

「此度の遅参、誠に申し訳もなく...」

 

「いや、来てくれて助かったよ狼君」

 

 遅れたことを恥じて顔も上げられない己へとヘスティア様は朗らかに笑う。

 狼君がいれば随分と移動も楽になるとも。

 

 ヘスティア様たちはアポロン・ファミリアの襲撃を受けて最初はギルドへと逃げ込むつもりだったらしい。

 幾ら相手がヘスティア・ファミリアであったとしても、白昼堂々の襲撃である。

 ギルドもアポロン・ファミリアへと重い罰を与えるだろうと。

 

 だが逃げている間に怒りが沸いてくる。

 何故自分たちが逃げなければならない?

 何故自分の子どもが傷つかねばならない?

 悪いのはこちらじゃない。

 弱いのもこちらじゃない。

 確かに自分は慈悲を持つ女神だ。

 だがその慈悲によって自分の子どもが傷つくのならば、そんな慈悲は要らない。

 だから...

 

「だからボクはアポロンに【戦争遊戯(ウォーゲーム)】を申し込むつもりだ」

 

 「こんなふうに思えたのも君達がいてくれたからだけどね」と少し恥ずかしそうに、だが力強い瞳でヘスティア様は宣言する。

 

「ならば急ぐべきでしょう」

 

 アポロン・ファミリアの拠点へと火の無い灰が向かったことを考えればあまり時間がないだろう。

 そのことを伝えようとした時オラリオの街に轟音が響き渡る。

 

「な、何だぁ!?」

 

 あまりの音の大きさにふらつきながら何が起きたのか確かめようと音のした方向へと目をやれば、アポロン・ファミリアの拠点がある方向だった。

 ならば先程の轟音──己が今まで聞いたことのある音で例えるのならば、空より降り注ぐ神成()の力を借りる巴流の奥義巴の雷であろうか──を引き起こしたのは火の無い灰であろう。

 

「灰君が!?

 狼君!ボク達をアポロン・ファミリアの拠点へ!!」

 

「御意。

 ベル、走れるか」

 

「はい。走ります。走れます!!」

 

 既に火の無い灰がアポロン・ファミリアの拠点へと向かっていることを聞いたヘスティア様は、険しい顔になるとアポロン・ファミリアの拠点へと連れて行くように言う。

 恭順の意を示すと同時にベルへと自分で走れるかを聞けば力強い返事が返ってくる。

 後からついてくるように言ってヘスティア様と九郎様を胸に抱き、鍵縄で空中を移動する。

 

 ヘスティア様の「灰君、君は一人じゃないんだぞ」と言う言葉を聞きながら。

 

 

 

 

 

SIDE 火の無い灰

 

 ふらふらと、いっそ暇そうにすら見える足取りでアポロン・ファミリアの拠点へと俺は歩いていた。

 だが俺の頭の中は気が狂いそうな程の怒りが渦巻いている。

 いや、本当に困ったな。

 

 オラリオには狩人や焚べる者達がいる。

 ならば俺が暴走したとしても間違いなく止めてくれるだろうから、この街が壊滅する位で済むだろうが、そうなればエイナの奴に怒られるでは済まないだろうなぁ。

 

 俺がこんなに怒っているのは俺達を見くびられたからじゃない。

 俺達は所詮呪われた不死者、穢れた余所者、卑劣な忍び。

 侮られることなど日常茶飯事だ。

 

 無謀にも俺達に挑んできたからでもない。

 所詮冒険者なぞ、高みに挑まねば死んでしまう生き物だ。

 力の差など理由にならない、ただそこにいるから挑むものなのだ。

 

 ならば何故これほどまでに俺が怒っているのか。

 それはヘスティアの慈悲が踏みにじられたからだ。

 分かっているのか?

 あの想いがどれだけ貴重であるのか。

 分かっているのか?

 あの想いを踏みにじられたことでどれだけヘスティアが悲しむのか。

 

 俺の中にある怒りに引きずられそうになりながらも進んでいると。

 アポロン・ファミリアの拠点が見えてきた。

 大きな門にそれを警備する冒険者が二人。

 さて、俺の怒りよこれからどうする?

 

 俺の体を突き動かす衝動へとどうするか尋ねれば、返答は一つの奇跡だった。

 バチバチと俺の手の中で炸裂を繰り返す光の槍。

 【太陽の光の槍】だ。

 

 なるほどねえ。

 【太陽の光の槍】とは最古の薪の王グウィンの奇跡。

 古龍を狩り、火の時代を始めた伝説である。

 だが相手がアポロン、太陽神であることを考えると別の意味を孕む。

 

 『お前の威光などこんなものだ』と相手を嘲笑うメッセージ。

 

 太陽の光を槍として投げるという事は、太陽神の持つ神聖性を人の手に引きずり堕とすという事だ。

 なるほど?

 楽しくなって来たじゃないか。

 

 テンションを上げるのは不味いと分かっていながら楽しくなってくる。

 神様面したあの太陽神の顔面に思いっきり叩きつければどんな顔をするか。

 今から楽しみだ。

 

 そもそも俺個人としてアポロン、あの太陽神は気に食わない。

 不死者にとって太陽という物はある種特別なものだ。

 太陽の戦士。

 それは不死者が誓う誓約の一つ。

 その起源は遥か昔、二度目の火継ぎが行われた時にまで遡ることが出来ると言う。

 

 時間と空間が歪んだ世界において。

 とある男の存在は語り継がれた。

 その名も残らなかった男は、しかしその生き様を後世にまで残した。

 歪み、呪われ、終わる、終末の世界に、しかし太陽と言う大きな光を求めたその男の在り方は、世界からすら呪われる俺達(不死者)にとって協力者と成功を意味する。

 

 かつて火の無い灰として目覚める前の不死者であった頃の俺、いや火の無い灰として目覚めた俺ですら太陽とその戦士には特別な意味を見出す。

 だと言うのに、オラリオ(この街)において太陽神と言うのがあんなのだなんてあんまりじゃないか。

 

 そんなことを考えているといつの間にやら溜め(チャージ)が終わったようだ。

 手の中の光の槍は光り輝き目も開けられない程で、だがバチバチと破裂を繰り返す音は確かな存在を示す。

 当然門を守る冒険者達もその存在に気がついたようだが、俺への詰問なぞ槍の音の前に掻き消されている。

 はっはっは。

 思いっきり振りかぶり渾身の力を込めて投げる。

 一瞬の静寂の後、落雷すらかき消さんばかりの轟音が響き渡る。

 

 嗤い、蹂躙し、踏みつぶす。

 ああ、不死者とはそうあるべきだ。

 俺達とはそうだったのだ。

 

 【太陽の光の槍】を投げつけた瞬間の門番達の顔が目に焼き付いていた。

 恐怖と後悔と絶望。

 そうだとも、全く何を勘違いしていたのやら。

 俺が、俺達が、世界を終わらせた人でなし共が今更人がましくあろうなど思ったこと自体が間違いだったのだ。

 全て殺す。

 確かな殺意を抱き歩みを進めようとした時、俺の体を痛みが襲った。

 

 何が起きた?

 疑問に思ったのは体を襲った痛みだけではない。

 俺の体を包む力。

 この痛みの原因であろう物からヘスティアの力を感じたからだ。

 

 混乱に陥った俺とは違い、俺の怒り、本能的な面はこの痛みの理由を理解する。

 ヘスティアとの誓約(約束)だ。

 幸か不幸か。

 ベル達を追いかけている事で拠点に残っていた団員の数はそれほどでもなかったのだろう。

 だからこそ致命傷を受けた(死んだ)奴はいなかった。

 だから俺も即死はしなかったが、さっきの攻撃で発生した傷全てを俺も受けている。

 

 全身を苛む苦痛は常人ならば悶絶することしかできない程だろう。

 だが俺には関係ない。

 俺が旅で味わってきた苦痛と比べればこんなものは大したものではない。

 ならばアポロン・ファミリアの拠点へと侵入し、アポロンを殺せばいい。

 その筈だ。

 にもかかわらず俺の体は動かない。

 いや動けない。

 

 俺は幻を見た。

 俺にしがみつき俺を行かすまいとするヘスティアの姿を幻視した。

 いや、それは(空想)ではない、かつてあった現実だ。

 

 何時の事だったか。

 俺が、俺達がどこかと戦った時のことだ。

 俺達のことを心配しながら待っていたヘスティアは帰ってきた俺達にしがみつき、凡そ顔から流れ出る物(涎と涙)を垂れ流しにしながら俺達を怒った。

 

 「バカ、馬鹿、灰君達の馬鹿ぁ!!」

 何とも神の語彙力とは思えない()()みたいな罵倒を繰り返し、心配していたんだと、俺達のことが心配でたまらなかったんだと全身で表現していた。

 あの時のヘスティアの姿を思い出した。

 

 女神故の人離れした美貌を台無しにしてぐっしゃぐしゃの汚い顔で叫ぶヘスティアの姿を、小さいか弱い握り拳で俺を叩いてくるヘスティアの姿を思い出してしまった。

 子どもでもこんなに泣かないくらいの、恥も外聞もないギャン泣き。

 俺に全く痛痒を与えない、それどころか叩く自分の手を痛めるだけの意味のない攻撃。

 無様と言う言葉が似合う姿だろう。

 だが、その姿は俺が見てきたどんな神よりも美しく、そして尊かった。

 

「ふっ...全くお前は...」

 

 小さく笑ってしまう。

 分かってはいた。

 ヘスティアの存在を感じた時点で俺の負けだ。

 俺はヘスティアを怒らせるのならまだしも、ヘスティアを泣かせたいわけじゃない。

 

 頭に昇った血が下りてくる。

 いや、頭の傷から出ていく。

 とりあえずエスト瓶を飲んでこれからどうするかを考える。

 

 落ち着いて考えれば先程までの俺はどうかしていた。

 俺達(不死者)がそうあるべきだと?

 笑える。

 俺は他の誰かが俺に期待していたように動いたことなんて数えるくらいしかないと言うのに、そうするべきだなんて自分を当てはめるなんて馬鹿げている。

 狩人でもあるまいに。

 

 俺は俺のやりたいようにするだけ。

 (他人)が、(屑ども)が、世界が何を言おうが知った事じゃない。

 

 ヘスティアの力を感じたことで気が狂いそうなほどの怒りも落ち着いて来た。

 だが、それでも確かな怒りは俺の中にある。

 このまま帰るなんてありえない。

 かといって今からアポロンをぶち殺す気にもならない。

 

 どうするかねぇ。

 手持ちのアイテムを見ながら考える。

 ふと一つのアイテムが目に留まる。

 そうだ。

 俺がむかつく奴にすることなんて決まっている。

 馬鹿にし、嘲り、嗤うのだ。

 

 俺がヘスティアに誓約(ヘスティアと約束)したのはアポロン・ファミリアの冒険者とその主神を傷つけないこと。

 建物は別だ。

 両手にそのアイテムを持ち息を思いっきり吸い込む。

 まだ拠点の中にいる奴らは【太陽の光の槍】による轟音で耳が馬鹿になっているだろう。

 だが、そんな奴らでも聞き取れるように思いっきり叫んだ。

 

「アァポロォンくぅン。あっそびぃましょぉ!!」

 

 

 

 

 

SIDE ヘスティア

 

「着きましたヘスティ、なっ!」

 

「お待ちください。“へすてぃあ”様!危険です!」

 

「狼君は九郎君とベル君を頼む」

 

 狼君の足が地面につくのすら待ちきれず僕は狼君の腕の中から抜け出し、駆ける。

 後ろから僕のことを案じる声が聞こえるが、狼君へとベル君達を頼み僕はひたすらに駆けた。

 

 つい昨日潜った時の荘厳さなど見る影もない捩じれた門をくぐり、アポロンの屋敷(アポロン・ファミリアの拠点)へと入る。

 パーティの時に見た時とはまるで別物。

 あちこちが崩れ、滅茶苦茶に壊されている。

 間違いなく灰君の仕業だろう。

 

 ボクはきっと怒るべきなのだ。

 ボクの命令を無視した灰君に怒らなければならないのだろう。

 だが、ボクの心を満たす物は怒りではなかった。

 

 アポロン・ファミリアの襲撃を受けてからボクはずっと後悔していた。

 ボクがアポロンと事を構えようとしなかったのは、戦えば負けの目があると思っていたからではない。

 戦えば勝つだろう。

 当たり前に、当然の様に。

 落ちている物を拾うように、かごの中の果物を手に取る様に、ボク達(ヘスティア・ファミリア)は勝利の名誉と敗者への命令権を手に出来ただろう。

 

 或いはそれこそが正しい行いだったのかもしれない。

 オラリオ(この街)で、いやボク達()が天界から降りてきてファミリアを創るようになってから幾度となくこの地上で行われているファミリア同士の戦い。

 それはありとあらゆる事情を超越して、たった一つの真実を突きつけていた。

 強い者が正しいのだと。

 

 それでもボクはそれを良しとしなかった。

 自分達の持つ長所を投げ捨ててでもこの世界に合わせようとしている灰君達に、戦う事しか知らないのだと嘆いていた灰君達に戦わせることがボクにはできなかった。

 

 だけれどその結果がこれだ。

 ボクの我儘によってベル君は傷つき、ボク達の(拠点)は壊され、ボク達は逃げている。

 ボクは間違えてしまったのだろうか。

 ボクが戦いから灰君達を遠ざけようとしたことは間違いだったのだろうか。

 

 いくら考えても出ない答えに迷い、後悔に溺れる。

 自分のやってきたことは間違いだったんだろうかとすら思い、いっそオラリオで築き上げたすべてを投げ捨て眷族と何処か遠い所まで逃げてしまおうか。

 そんな考えすら浮かんでいた。

 

 だけど、アポロンの子ども達から逃げ込んだ橋の下で傷の治療をしている時にベル君が漏らした言葉は、ボクの考えを変えるものだった。

 

 悔しい

 

 自分がもっと強ければ、自分がもっとしっかりしていれば、自分がもっと我慢強ければ。

 こんなことにはならなかったはずなのに。

 痛みにも、苦しみにも、どんな困難にも立ち向かうベル君の言葉にボクはハッとした。

 

 そうだ。

 アポロンがこれだけの事をしてきた以上、灰君達は戦う事を選ぶだろう。

 ならばボクのしてきたことは間違いなのか?

 ボクに出来ることはもう無いのか?

 ボクがするべきは眷族(子ども達)の背中に隠れている事だけなのか?

 

 違う。

 灰君達が戦いを選ぶのなら、その命をボクが下そう。

 灰君達が罪をなすと言うのならば、その罪を一緒に背負おう。

 それがボクの、主神の為すべき事(義務)という物だ。

 

 ボクがアポロンの館の庭を歩いているといつの間にか狩人君と焚べる者君がそばにいた。

 二人からは血の臭いがする。

 それはボクの所為だ。

 だからこそボクはこの先に行く必要がある。

 

「や、止めてくれ。私が悪かった、謝る、謝るから!!」

 

「ふ~ん?俺達にしてきたことは謝れば何とかできると思っているのか。

 なら俺も全部やった後謝るから許せよ」

 

 二人についてくるように言って歩き続けるとアポロンの悲鳴と灰君の声が聞こえた。

 その声を頼りに走れば両手を上げて降参しているアポロンと地面に倒れ伏すアポロンの子ども達、そして何かを手に持ちアポロンへ迫る灰君がいた。

 

「そこまでだ灰くックッサ!!

 

 何はともあれ灰君を止めなくてはならない。

 そう思って飛び出し叫ぶ。

 そして同時に耐えがたい悪臭が僕を襲った。

 

「へ、ヘスティア!?良かった。助けてくれ!」

 

「よく見ればアポロンも汚っ!!」

 

 ボクが叫んだことでアポロンがの視線がこちらに向く。

 縋る様にボクに助けを求めるアポロンをよく見れば体のあちこちに茶色い汚れがついている。

 

「ヘスティアか、こんな所で何をしているんだ?」

 

「灰君こそ何をしてるんだい!?」

 

うちの拠点(【廃教会】)をうちに似合いの襤褸にリホームしてくれたのでな、こいつらの拠点もこいつらの性根に相応しくリホームしてやろうと。具体的には糞団子を」いやいい。言うな」

 

 灰君もボクに気がつき何をしているのかを問うが、灰君こそ何をしているんだ!?

 いや本当は分かっている。

 嗅ぎなれたくはないが、嗅ぎなれてしまった悪臭。

 そしてよくよく見れば汚れはアポロンだけじゃない、倒れ伏すアポロンの子ども達、そしてアポロンの館のあちらこちらにこびりついていた。

 

 うん、つまり、えーっと。

 灰君はアポロン・ファミリアの拠点でう、うんこパーティを開催していた(糞団子を投げまくっていた)という事だ。

 本当に何をしているんだ。

 

「とにかくだ、そこの君手袋を...いやいい、忘れてくれ。「女神ヘスティアここに」ありがとう狩人君、って汚い!これも汚い!!」

 

 頭を抱えたいがこんな所にいつまでも居たくない。

 アポロンへと宣戦布告をする為の手袋をアポロンの子ども達から借りようとしたが、よく見れば全員うんこ塗れだという事に気がつき止める。

 狩人君が貸してくれた手袋を手に持つが、その途端怨霊が狂喜乱舞する。

 汚っ!

 反射的に放り投げた手袋はアポロンの顔にぶち当たる。

 

「これは...何のつもりかなヘスティア」

 

宣戦布告(【戦争遊戯】の申し込み)のつもりだよ。ああ、受けないと言うのならばこの場で私闘(ルール無用の戦い)が始まるだけだから受けるべきだと思うよ

 袋叩きにはされたくないだろう?」

 

 手袋を受けたアポロンは恐る恐るボクの真意を聞いてくる。

 ひょっとして、もしかしたら。

 そんな考えが潰されたアポロンは凄い顔をしているが、ボクの申し込みを受けなければこの場で灰君達が暴れるだけだ。

 事実狩人君は今にも襲い掛かろうとしているし、焚べる者君も「灰程優しいと思うな」と威嚇している。

 

 戦いは好きじゃない。争いは避けるべきだとも思っている。

 だが、戦争の引き金を引いたのはアポロンの方だ。

 今更慈悲をかける理由もない。

 

 絶望の表情を浮かべたアポロンに出来たことは震える声で「受ける」と言う事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

という訳で
遂にアポロン・ファミリアがケンカを売ってきた理由が明かされました
と言うかこんなに引っ張ることもなかったのでは?

正直に言うとさっさとバラすつもりだったんですよ
ですがどれだけ書いても書いても説得力のある文章が書けなかったのです
いやまあ灰達にケンカを売るうえで説得力のある理由って何だよ
と言えばそうなんですが

こんなバカみたいな理由でオラリオでも指折りの冒険者にケンカ売らないだろ
と思いつつ書いていたのですが
原作(ダンまち)の方でもアイズがよく襲撃を受けてると言っていたりしているんですよね
オラリオって治安悪すぎません?

しかし今話も文字数が増えました
本当はもう少し色々あったんですよ
ブチギレ灰とアポロン・ファミリアによる追いかけっことか、狼の戦闘シーンとか、色々削ったのですがそれでもこの有様ですよ

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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準備(後始末)


歪んだ食器

とある芸術家気取りが作った食器
捨て値で売られていた

ある芸術家は嘯いた
真の芸術とは飾るだけでなく
実際の使用に耐えうる機能美も持ち得るものだと

ならばこの食器は真の芸術ではないのだろう
歪んだ形は場所を取り
奇抜な色彩は食欲を喪失させる

だがその奇抜な姿は竈の女神の探していた物だった
食事すら忘れた己が眷族であっても
この食器の存在ばかりは忘れまいと





 

 

 

 

 アポロン様が主催したパーティから一夜明け。

 僕は再びアポロン・ファミリアの拠点の前にいた。

 

 灰さん達がギルドからの呼び出しによって外出してしばらく

 僕がそろそろダンジョンに向かおうかと思った時それは起きた。

 うなじから背筋に掛けて言いようのない悪寒が走り、咄嗟に神様と九郎を庇って地面に押し倒す。

 それと同時に無数の爆発が地上部分で起きる。

 それはアポロン・ファミリアの襲撃だった。

 

 正直に言えば『まさか』だった。

 まさか、白昼堂々。

 まさか、昨日の今日で。

 まさか、本当に襲ってくるなんて。

 だけれど状況は僕の驚きなんて気にも留めてくれない。

 

 拠点(【廃教会】)教会部分(地上)を吹き飛ばしたアポロン・ファミリアは、今度は僕達を狙って魔法の詠唱を始めたのだった。

 灰さん達がいればブチギレて反撃しただろうけれども、僕では神様達を連れて逃げることしかできず。

 

 そうして逃げ出したオラリオの街中にもアポロン・ファミリアは待ち構えていた。

 神様達を連れたまま戦うなんてできない。

 とにかくギルドを目指していた僕達の前に立ち塞がったのはアポロン・ファミリア団長にして、酒場で僕がぼこぼこにされた相手、ヒュアキントス・クリオだった。

 

 神様達がいなければ、奇襲によって浮足立っていなければ...。

 いや、これは言い訳だろう。

 僕は再びヒュアキントスにぼこぼこにされた。

 それでも神様達と何者かによる横やり──おそらくはナァーザさんだ──によって何とか逃げ出し、橋の下でアポロン・ファミリアから隠れながら手当てをしてもらった。

 

 そうしているうちに街の中が騒がしくなったと思っていたら狼さんが助けに来てくれた。

 僕達が狼さんに現状を説明して、狼さんが灰さん達の現状を僕達に説明していると、凄い音が響いた。

 音がした方にはアポロン・ファミリアの拠点があり、今の状況から考えると灰さんが暴れている音だ。

 

 灰さんを止める為に狼さんが神様と九郎を連れて先に行き、僕はその後を走ってついて行った。

 そうして街の中を走ってようやくアポロン・ファミリアの拠点へとたどり着けばそこには、昨日僕と神様が訪れた時の絢爛豪華な姿は嘘のようにぼろぼろの建物があった。

 

 分かってはいたことだ。

 灰さん達は強い。

 オラリオでも、いや或いは世界でも最強クラスと言ってもいいだろう。

 それでも、僕なんかとは比べ物にならない程に強いのだと知っていてなお、僕が苦戦していたアポロン・ファミリアの冒険者達が、その威容に気圧された建物が、余りにも容易く打ち倒される姿は僕に問いかけるのだ。

 

「お前は本当に灰達と家族だと言えるのか」と。

 

 僕はその問いに何と答えようとしたのだろうか。

 何かを言おうとしたようにも思うし、何も言えなかったような気もする。

 だが頭の中に浮かんだ何かを言葉にする前に神様が灰さん達を伴なって捩じれた門から出てきた。

 

「っ神様!!」

 

 神様の姿に、今まで考えていたことなんてすべて投げ出して駆け寄る。

 

「無事ですか!灰さん達も!」

 

「なんだ?一丁前に俺達の心配なんかしてたのか?」

 

 強いと分かっていても、灰さん達がいると分かっていても、それでも心配する心は止められない。

 だが、灰さんは酷く楽しそうに僕の頬を指で突いてくる。

 門の傍にいた九郎と狼さんと合流するとそれまで微笑んでいた神様の気配が変わる。

 

「先ずは謝るよ。こんな状況になったのはボクの責任もある」

 

「そんな...神様は悪くありません!!」

 

「ありがとうベル君。だけどねボクは君達の主神なんだ、だからファミリアの方向性への責任を持つ義務がある。だからこの状況はボクの責任でもあるんだ」

 

 つらそうな表情の神様の言葉に僕は反射的に反論する。

 悪いのは誰か、と言われれば間違いなくアポロン・ファミリアだ。

 それでも、と更に責任を追及していくのならば眷族()が至らないからのはず、神様に落ち度はない。

 だが、神様は頭を振り「君達(眷族)の罪はボク(主神)の罪でもあるんだよ」とはっきりと言い切る。

 その瞳は強い意志の光が宿り、神様が安易な慰めや誤魔化しを必要としていないことを示していた。

 

「だからこそボクはここに宣言するよ。ボク達ヘスティア・ファミリアはアポロン・ファミリアへと【戦争遊戯】の宣言(宣戦布告)をした」

 

 そして続いた神様の言葉に空気が一気にひりつく。

 単純なケンカや私闘ではない。

 ファミリア同士の戦い(【戦争遊戯】)

 その言葉の重さに僕がつばを飲み込もうとした時だった。

 

「「「「ぃよっしゃあああああ!!!」」」」

 

 地響きのような歓声が上がる。

 

 驚愕し周囲を見渡せば、あちこちの建物から、あちこちの陰から、それこそ花壇の中からすら人影が飛び出していた。

 いや、人影というのは適切ではない。

 パーティで見た顔(見覚えのある顔)はその人達が神様(超越存在)であることを示している。

 

「ふん...」

 

 祭りだ、ギルドに申請だ、臨時の神会(デナトゥス)も招集だ、と騒ぐ神様達を灰さんが睨みつける。

 直接視線を向けられたわけでもない僕ですら悪寒がするほどの冷たい視線。

 それは騒ぎ立てる神様達を黙らせるには十分な物だった。

 神様達が口を閉ざしたのを確認すると灰さんと入れ替わる様に神様が前に出た。

 

「詳しくは皆の前で()()()決めよう。詳しく決まったのなら教えてくれ、ボク達は忙しいんだ!」

 

 叫ぶと同時に神様が歩き出す。

 熱狂している所に水をかけられた形になるが、神様、いや灰さん達の前に立つ勇気を持つ神様達はいなかったようで人波、いや神波が分かたれていく。

 

 

 

 

 

 

 

「それで...一体何処に向かっているんでしょうか」

 

「ん?今日の宿だな」

 

 歩き出した神様達に置いて行かれないように後を追いかけているうちに何処へ向かっているのかと疑問を持つ。

 僕の知る限りこの道はギルドにも、【廃教会(僕達の拠点)】にも通じていないはずだ。

 そんな疑問に答えてくれたのはいつの間にか先導していた灰さんだ。

 

「ヘスティアもベルも疲れただろう?これからのことを話し合う前に休む必要がある」

 

 疲れている時のひらめきに良い物はないと言って灰さんは笑う。

 確かにそう言われると疲労に気がつく。

 神様も同じの様でさっきまでの凛とした姿が嘘のように萎れている。

 

 「ボクもうそんなに歩けないよ?」と神様が弱音を吐くと小さく笑った灰さんは「もうすぐだ」と言って再び前を向いて歩きだす。 

 いつの間にかオラリオの空を覆っていた雲は晴れていた。

 

 

 

 

 

 

「ほぉ?そんでウチの所にきたっちゅう訳か」

 

「おお、その通りだ...で、泊めてくれるか?」

 

 目の前の光景に頬が引きつる。

 いや僕だけじゃない、九郎も神様も、狼さんですらその顔が強張っている。

 いや、はっきり言ってこの場にいる人物で顔が引きつっていないのは灰さんだけだ。

 

「泊めたる...とでも言う思とんのか!この阿呆がぁ!!」

 

 周囲の状況に気がついていないのか、それとも気にも留めていないのか。

 朗らかに笑う灰さんへと顔を引きつらせながらこの館の主、ロキ様が叫んだ。

 そう、ここは【黄昏の館】オラリオ最大派閥が片割れロキ・ファミリアの拠点だ。

 

 他所のファミリア、それも仲の悪い所(ロキ・ファミリア)の拠点にお邪魔するなんて夢にも思わなかった。

 だが、堂々と進んでいく灰さんの姿に、すでに話はついている物だと思ってついて行った結果がこれだ。

 当然ながらファミリアの拠点(ホーム)にはそれなりの警備が施されている。

 ロキ・ファミリアともなれば門番だっていたのだが、余りにも堂々と、まるで「えっ?話聞いてないの?」と言わんばかりに進んでいく灰さんの姿に素通ししてしまい。

 なんならその後会ったティオナさんも「ロキに会いに来たの?こっちだよ」とてっきり面会の予約(アポイントメント)を取っている物だと思い込んで案内までしてもらってしまったのだから、灰さんは色んな意味ですごい。

 

 ところが驚いたのはロキ様だ。

 急にヘスティア・ファミリアが現れればビックリするのも無理はない。

 だが、びっくりしたロキ様を見てティオナさんも驚いていたし、僕達も驚いた。

 しかし灰さんはこれまた当然のような顔をしてテーブルに着き、灰さん以外の全員が顔を引きつらせながら話が始まった、という訳だ。

 

 しかし当然ながら灰さんの旗色は悪い。

 と言うよりもロキ様の怒りも御尤もだ。

 これで普段から仲良くしていればまた別かもしれないが、神様とロキ様の不仲は有名だ。

 ロキ様にしてみれば僕達を受け入れる理由などない。

 

「そうか...俺がこんなに頼んでも駄目か?」

 

「笑わせるな、お帰りはあっちや」

 

 にべもなく断られた灰さんは僅かに縋るような声を出したが、ロキ様の様子を見る限り意志は固そうだ。

 

「じゃあしょうがない...」

 

「...なんやと?

 灰!もう一度テーブルに着け!」

 

 ?

 灰さんが項垂れたままテーブルから立った時ロキ様の耳元で何かを囁いたように見えた。

 そしてそれは見間違いではないのだろう。

 ロキ様が露骨に動揺した。

 一体何を言ったと言うのか。

 

「そんで?お前等の要求は何や」

 

「そうだな...とりあえずは今日寝る寝床...いやしばらく安心して寝られる寝床かな?」

 

 ロキ様の言葉に従い灰さんがテーブルに着くと同時に前置きもなしにロキ様が要求を聞いてくる。

 そして灰さんはロキ様の様子を見ながら要求を口にする。

 しばしロキ様が腕を組み無言で考え込む。

 

 灰さんの要求は要するにロキ・ファミリアの拠点(【黄昏の館】)で寝泊まりさせてほしいという事だろう。

 はっきり言えば無法だ。

 そんな要求を口にした時点で「ふざけるな」と追い出されても仕方がない。

 だがロキ様は深く考え込んでいる。

 

 誰も何も話さない。

 部屋に響くのは時計の立てるカチコチと言う音だけ。

 時計の秒針が一周したころだろうか、ロキ様が重い口を開いた。

 

「屋敷の隅の方やで...」

 

 しぶしぶと言った口調で放たれた言葉は僕達を受け入れる物で。

 「「ロキ!?」」と声が重なる。

 ロキ・ファミリアからは本気か?という驚きの声。

 ヘスティア・ファミリアからは受け入れてくれるのか!?と言う驚きの声。

 

「けどなぁ灰ぃ、分かっとんやろうなぁそれが嘘やったら...」

 

「俺達が()()について嘘を吐くとでも?

 何ならヘスティアの名にでも誓おうか?」

 

 僕がお礼を口にしようとした時、ロキ様の纏う空気が変わる。

 先程までの怒りだけではない、もっと深い底の見えない沼のような気配。

 だが灰さんもまた気配が変わる。

 先程までのどこか馬鹿にしたような様子は鳴りを潜め、真剣なまなざしでロキ様を見据えている。

 

 しばし互いに睨み合った灰さんとロキ様は、しかし同時に面白くなさそうに「ふん」と鼻で笑い視線を逸らす。

 そのままロキ様は「やっとれんわ、酒や酒!!」と叫びながら居室がある──のだろう──方へと歩いていき、僕達は残されたロキ・ファミリアの人達に館の隅の方の部屋へと案内してもらったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE 九郎

 

「これはまだ使えそうですね。狼」

 

「はっ」

 

 ヘスティア・ファミリア拠点【廃教会】、いえ元【廃教会】と言うべきでしょうか、或いは【廃教会】跡地?

 何にせよ私達はアポロン・ファミリアの襲撃によって跡形もなく破壊されてしまった拠点へと来ていました。

 

 拠点が破壊されてしまった、と言ってもあくまで地上部分の話。

 【廃教会(私達の家)】の居住区は地下にあります。

 ならば無事な家財もありましょう。

 これからの生活の為にもまだ使えるものを回収する為に狼と焚べる者殿を連れて来たのです。

 

 幸いと言うべきか、こうして荒れた建物から必要なものを探し出すことには慣れています。

 そもそもここは私達が住んでいた場所。

 何処に何が置いてあったのかも知っておりますので、回収作業はすいすい進むはずなのです。

 

 ですが、ですがその手が止まるのです。

 壊れた家財を見る度に、がれきの下から思い出が出てくる度に、私の手は止まってしまうのです。

 

 灰殿と狩人殿がケンカをしてつけた傷跡。

 よく焚べる者殿が御自分の話(ミラのルカティエルの話)を書き記していたテーブル。

 “へすてぃあ”様が初めてのお給金で買って来た食器。

 

 それらを見つける度に私の心に言いようのない痛みが走るのです。

 ええ、そうです。

 何時しか此処(【廃教会】)は私達の帰る場所になったのです。

 そしてその場所を失ったことに、どうしようもない悲しみを覚えるのです。

 

「ふっ...くっ...」

 

 泣き声を殺します。

 今は泣くべき時ではありません。

 未だ私達の戦うべき相手は健在であり戦いは続いているのです。

 ですが、それでも後悔は湧き上がるのです。

 

 私は私に宿る竜胤の力を疎んできました。

 これは人のあるべきを歪ませる、人の世に在るべきではない物だと。

 そしてこの力を振るう事を拒み、きっとどこかにこのような力を必要としない場所があるはずだと探し続けたのです。

 そうしてやっと手に入れた安らげる家が此処(【廃教会】)だったのです。

 ですがそれは破壊されました。

 

 失ってしまった居場所を片付けていれば後悔が湧き上がってきます。

 私は竜胤の力(私に宿る力)を狙う者らに抗い、それから逃れる為に必死に戦ってきたつもりでした。

 ですが私は、私のしてきたことは、ただ自分の身に宿る力から逃げ続けていただけなのではないのでしょうか。

 

 もし私が平田にいた時に、弦一郎殿に葦名の為に力を貸せと言われた時に、或いはもっとほかの時にこの力を使っていれば、そうすれば...。

 詮無きことです。

 どれだけ過去を悔やんだ所で変えることは出来ません。

 ですが分かっていても、それでもなお【もし】を考えてしまうのです。

 

「...九郎、手が止まっているぞ?どうした?」

 

「焚べる者...殿」

 

 どうやら些か考えこみすぎていたようです。

 いつの間にか焚べる者殿がそばに立っておりました。

 

「...いえ、せっかく私達が得た帰るべき場所が失われてしまった、と考えていたら止まらなくなってしまっただけです」

 

「...」

 

 恐らく狼は私が考えこんでいるのを見て、邪魔をしないように距離を取ったのでしょう。

 何処にも姿が見えません。

 狼がいればなんとでもごまかしようがあったでしょうに、私一人では誤魔化し切れるとも思えません。

 仕方がないので事実をそのまま伝えます。

 

 言葉にすればいつか狼へと打ち明けた悩みと同じな気がしてきました。

 私は何時までも変わりません、変われません。

 こんなことを伝えられたところで焚べる者殿も困ってしまうだけでしょうに。

 

「...過去は変えられない」

 

 事実焚べる者殿はしばし悩んだ後絞り出すように短い言葉を呟きました。

 その通りです。

 焚べる者殿達の“そうるの業”でも、狩人殿の神秘でも、そして私の竜胤の力でも過去は変えられません。

 死んだと言う事実(自分の事)は誤魔化せるのに、起きてしまった惨劇(誰かの事)はどうしようもないのです。

 そのことを痛いほどに理解している焚べる者殿に私は何とむごい仕打ちをしたのでしょうか。

 謝ろうとした時です「されど」と焚べる者殿が呟きました。

 

「されど...未来はそうではない」

 

 過ぎてしまったこと(過去は変えられない)、だがこれから起きる事(未来)は変えられる。

 実に単純な真実です。

 そうです。

 だからこそ人々は日々良く生き、鍛錬を続けるのです。

 

「それに...拠点()は壊れてしまったが、誰も死んでいない。ならば何度でもやり直せる」

 

「そうですね」

 

 失ったものの大きさに目がくらんでしまいました。

 思い出は帰っては来ないでしょう。

 ですがもう一度作り直せばいいのです。

 私達は生きているのですから。

 

 

 

 

SIDE ロキ

 

 太陽が地平線の向こう側に沈み、夜がオラリオの街を覆った。

 まるでこれからのアポロン・ファミリアの未来を暗示するかのような光景に流石のウチも笑う。

 いや、笑えんか。

 

「それで?何の用だ?ちょっと前にこうして呼び出された隙に襲撃を受けた所為で落ち着かないんだが?」

 

 そんなアンニュイな気分をぶち壊すように灰が急かす。

 ...こいつウチを怒らせたら追い出されるとか考えんのやろうか。

 考えんのやろうなぁ。

 とは言え、ウチだってこいつと夜に同じ部屋にいたいわけでもない。

 さっさと本題へと入る。

 

「あん時言ったやろ『お前達が探っている18階層にいた【闇派閥(イヴィルス)】について知っている』

 それについて教えてもらうで」

 

「あー...あれか。それについて語る為に先ずは俺達がギルドから依頼を受けた所から語る必要がある。長くなるぞ」

 

 これでも天界で幾多の陰謀、事件の裏で暗躍したトリックスターと呼ばれた存在()や。

 神であったとしてもその表情から内心を推し量ることなんて朝飯前、ましてや子ども達(人間)相手なら【神の力(アルカナム)】を使うまでもない。

 だがこの灰相手には何も分からない。

 いや、ヘルム()を被っているからとかではなくて。

 

 微塵も心を揺らしとらんのや。

 そんなことあるか?

 ありえへんやろ。

 フツーどんなに興味のない事やったとしても目の前で何かが起きたんなら、それについて何か思うはずや。

 やけどウチの見る限り灰は微塵も感情を動かしとらん。

 それこそ心自体がないんじゃないかと思う程に。

 

 今もそうやウチを見て面倒くさそうにため息をついて、さも面倒くさいと言わんばかりの態度をしとるが、それは表面上でしかない。

 その奥、ヘルムの隙間から見える瞳からは一切の感情を感じ取れん。

 仮にも殺そうと──いや実際に殺されかけたんやけれども──した相手を目の前にしてする目じゃない。

 

 いや、余計な考え(思考)やな。今重要なのは目の前のこいつ()じゃない、ダンジョンでウチの子(眷族)が出会った【闇派閥(イヴィルス)】の方や。

 

「別にヘスティア・ファミリア(そっち)の事情はどうでもいいんや。手短にはなしてもろて良いか?」

 

「そうか、ならば手短に。あの場所はダイダロス、狂気に囚われた建築家とその一族が造り続けたもう一つの迷宮(ダンジョン)、名付けるのならば【人工迷宮クノッソス】への出入口だ」

 

「...はぁ!?」

 

 灰の口から語られた物はとんでもないものやった。

 

 ダイダロスの名前は知っとる。

 ダイダロス通りを建築した頭のおかしい建築家。

 やけど、その子ども!?

 ダイダロスとて(子ども)、子孫がいてもおかしい訳ではないが...いや!その前に人工迷宮への出入り口やと!?

 

「まさかその人工迷宮とオラリオは繋がっとんのか!?」

 

「そういう事だ。つまりあの【闇派閥(イヴィルス)】はあの場所でダンジョンからオラリオへ、オラリオからダンジョンへ、自由に出入り出来るという事だな」

 

 さらっと灰は言ったがとんでもない事や。

 ダンジョンと言うモンスターが湧きでる大穴をバベルが蓋をしてから幾星霜。

 ダンジョン唯一の入口と知られる入口以外に誰にも知られていない入口がある。

 そんな噂は聞き飽きる程に流れとる。

 

 ギルドに、いや誰にも知られずにダンジョンに潜れる、或いはダンジョンから帰ってこられる。

 そのことがもたらすメリットと混乱はウチですら予想もできん。

 ただ、莫大なものになるとしか言えん。

 だが所詮は噂は噂。

 暇つぶし位のものにしかならんものやった。

 

 しかし新しい入口が真実存在する。

 しかも【闇派閥(イヴィルス)】が確保しとる。

 考え得る上で最悪の知らせやった。

 

「...何故そんなことを知っとるんか聞かせてもらおか」

 

「俺達に興味はなかったんじゃなかったのか?」

 

 灰達の事情に興味はないと言ったが、ことがあまりにも大きすぎる。

 興味があるないの領域の話ではない。

 

「黙れ。今お話を楽しむ気はない。聞かれたことに答えろ」

 

「ギルドから受けた冒険者依頼(クエスト)だよ。

 お前達(ロキ・ファミリア)も遭遇していた筈だが、極彩色の魔石を持つ新種のモンスターとそのモンスターを使役する調教師(テイマー)

 その存在を重く見たギルドはそのテイマーと協力関係にあると思われる【闇派閥(イヴィルス)】の殲滅を依頼したんだ」

 

 アイズたん達が18階層で出会った調教師。

 異様な力を持っていたと報告は受けとったが、ギルドがわざわざ灰達に依頼する程重視しているとは思とらんかった。

 

 しかし【闇派閥(イヴィルス)】の殲滅か、灰達にぴったりの依頼やな。

 

 暗黒時代と呼ばれた【闇派閥(イヴィルス)】全盛期。

 ギルド(秩序側)からすら恐れられた【闇派閥(イヴィルス)】への凄惨すぎる報復と深すぎる憎悪。

 噂好きな神々(ウチら)ですら口にすることすら憚った、いや未知を好んだ神々(ウチら)ですら嘘やと信じなかった逸話の数々。

 

 ウチも実際に殺されかけた経験がなければ「嘘やろ」と信じなかったはずや。

 ...それを思えばアポロンの馬鹿も不幸やな。

 見えている地雷を見てみないふりが出来る程神々(ウチら)は賢くない。

 いや、そんなに賢かったら最初っから地上になんて降りてこない。

 間違いなくそのうち誰かが踏んだやろう。

 やのにたまたま踏んだのがアポロンと言うだけで間違いなく酷い目にあわされるのが確定しとる。

 同情はせんが、哀れやと憐れむくらいはしてもばちは当たらんはずや。

 

 そんなことを考えながら灰から情報を聞き出す。

 

 場所、理由、製作者、etc...。

 意外なことに灰は聞いたことに素直に答えた。

 とは言え灰は(全知全能)ではない。

 知らん事は知らんとしか言えん。

 それでも18階層のあの場所についてぐっと調査が進んだのは確かやった。

 

「...最後にこれも聞かせい。何で【ロキ・ファミリア(ウチ)】に助けを求めた?」

 

 いい加減面倒くさくなったぞ、と文句を言い出した灰へと重要なことを聞く。

 

 そう、これこそが最も重要なことや。

 確かに灰達(ヘスティア・ファミリア)はアポロンの阿呆に襲撃を受けて拠点を破壊された。

 だが、襲撃によって多少の怪我を負ったとは言え誰一人として欠けることなくおる。

 なら他所に助けを求める必要はない。

 いやそもそも助けを求めるのならドチビの知り合いに助けを求めればええ。

 わざわざロキ・ファミリア(ウチ)に借りを作ってまで助けを求める理由が分からん。

 

 事実灰達はそれなりに苦労して手に入れたはずの18階層についての情報を提供しとる。

 思ったよりも情報量が多かったから貸しにしてやる計画はとん挫したが、わざわざ仲の悪いウチに助けを求めんかったらこんなことをしなくて済んだはずや。

 

「それだがな、俺達はギルドに呼ばれて拠点(【廃教会】)を留守にした。そしてその隙に襲撃にあった。

 ああ、勘違いをしてほしい訳じゃないんだが俺はそのことについて怒っている訳じゃないんだ。

 俺達でもまさかそんなことは起きるまいと高をくくっていたからな、だからお前たちの所にヘスティア達を預けてギルドに殴り込みを仕掛けるだとかを考えている訳じゃない。

 ただ、一度やった失敗を二度も繰り返すつもりはないだけだ」

 

「...ウチの子は警報機代わりかいな」

 

「それだけじゃないぞ?あわよくばベルの奴に稽古をつけてくれないかとも思っていたからな」

 

 灰は僅かに笑ってウチの顔を覗き込んでくる。

 なるほど。しばらくの間滞在する代価としては嫌に大盤振る舞いだと思っとったらそんな下心があったんか。

 けど...。

 

「それこそなんでウチの子や?あんた等が鍛えたればいいやろ」

 

 ウチの子は強い。

 これは純然たる事実や。

 見栄や身内贔屓やない、オラリオ最大派閥の片割れと言う地位がそれを物語っとる。

 けど灰達はそれを上まりかねへん。

 いや、純粋な()()と言う点だけで言えばウチの子よりも上やろう。

 

 そして【未完の少年(リトル・ルーキー)】。

 今までどれだけ話を続けても感情らしい感情を見せなかった灰が、自分の所の後輩について話した途端僅かに目元が緩んだ。

 それは確かな慈愛の証で、こいつにも()なんてものがある証拠やった。

 だからこそ分からん。

 

 鍛えてやるだけなら自分等ですればいい。

 ウチの館(【黄昏の館】)には訓練場位幾らでもある。

 今更“邪魔になるから”なんて殊勝なことを言うはずもないやろうに。

 

「あいつはな、ベルは【英雄】になりたいんだってよ」

 

「...それは...なんと言うか...」

 

 灰が苦笑するように言った言葉にウチは返事に詰まった。

 

 一個人(一人の神)としてはおもろい事や。

 神時代と呼ばれる神々(ウチら)が地上に降り立ってから今日まで、子ども達の中から色んな英雄が生まれた。

 それは間違いなく神々(ウチら)天界()から降臨(降り)させた最初の大英雄をはじめとした地上の輝き、ウチらが求めてやまない未知や。

 それを目指して進むと言うのなら神としては愉快なことではある。

 

 だが、今ウチの目の前に居る灰にとってはそうじゃない。

 こいつにとって【英雄】とは生贄、犠牲の意味や。

 いや、それ以上か。

 生贄、犠牲にするのならそういえばいい所を【英雄】なんて飾り立てとんやから。

 こいつの嫌いな欺瞞やな。

 

 心その物が無いんちゃうかと思うような灰が確かに可愛がっている後輩がそんなもんに憧れとんや。

 本人としては微妙な気持ちやろ。

 

 けどウチの考えなんて知った事かと言わんばかりに灰は言葉をつづけた。

 

「だったらダメだろ?俺達じゃな。

 英雄になりたいんだったら俺達(人でなし)に師事するだけじゃダメだ」

 

「...」

 

 いや、これはウチに話しとんやないな。

 何時しか自分自身に語り掛けるように話しとる灰を見てウチは黙る。

 

 結局の所や。

 ウチが灰の『ウチの館に泊めて欲しい』っちゅう願いを受け入れたのはそこにメリットがあるからや。

 灰が口にした18階層の闇派閥についての情報を仄めかす言葉。

 灰達の闇派閥に対する憎悪の深さを知っとるからこそ、その言葉は信用できた。

 だからこそ仲もよくない、他所のファミリアとケンカしとるドチビとその子どもを受け入れた。

 

 じゃあドチビの子ども(リトル・ルーキー)を鍛えることに、ウチにメリットはあるか?

 冷静に考えれば無い。

 一個人としては興味深い分類に入るかもしれんが、逆に言えばそれだけや。

 灰のもたらした情報によってこれから忙しくなるウチの子をわざわざつけてやるだけの理由はない。

 

「ええやろ。ウチの子の手が空いとるときだけやけど鍛えたろ」

 

 けどウチは灰の要求(お願い)を聞き入れた。

 それは灰の出した対価(情報)に対してウチの払った代価(館に泊める)が安すぎたのもある、灰達が可愛がっとる後輩に力を貸すことで灰達に恩を売ると言う狙いもある。

 

 やけどウチが聞き入れた最大の理由は灰の姿やった。

 灰が、あの灰が、あの天上天下唯我独尊を地で行くような灰が、大っ嫌いな神(ウチ)に頭を下げることも厭わないような姿を見せた。

 それの代価としてはウチの子の空いとる時間は安いもんやろ。

 

 

 

 

 

 

 朽ちた食器

 

 砕け散った食器

 さらには火にでも炙られたのだろうか

 元は奇抜な色合いだったろう色は褪せてしまっている

 

 灰は語る

「手になじまない使いにくい食器だった」

 

 狩人は語る

「食欲の失せる気味の悪い色合いだった」

 

 焚べる者は語る

「これを使うぐらいなら葉っぱでも使った方がましだ」

 

 九郎は語る

「奇妙な形は洗いにくく使いにくかった」

 

 狼は語る

「次があるのならばヘスティア様には食器のお使いを頼まない」

 

 だが最後にこうも付け加えるのだ

 「でも壊れてしまえとは思わなかった」と

 

 どれだけ欠点があろうとも

 共に過ごした時間は愛着となり

 そこには思い出が宿るのだ

 

 




どうも皆さま

私です

おかしい話が進まない
ええ、何時ものごとく文字数が増えまくる病が発病しました

と言いますか
このころのベル君がやってることってアイズ達の特訓でボロボロにされているだけなんですよね
なので話しを進めようと思うと別の人物の視点になる
だけど別の人物の視点で進むのならダンまち二次じゃなくてもいいのでは?
いや、けど感想でもフロム勢が出てくると面白いみたいなのを頂いたし
それならなおの事ダンまち二次じゃなくてもいいのでは?
みたいなことを考えながら書いておりました

これが生みの苦しみと言う奴でしょうか
そんなことを言って後書きを終わりにします

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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会議は踊り灰は笑う

 狩人のヘスティアメダル

 狩人の持つヘスティアメダル
 強い血の臭いが染みついている

 ただ目の前の獣を狩ればよい
 それが助言者より与えられた獣狩りの夜の歩み方だ
 そしてその言葉に従い狩人は全てを狩りつくし
 遂には上位者へと至った

 永い夜を終わらせオラリオへと降り立った狩人は
 ヘスティアより導きを賜りそして知った
 聖剣と呼ばれた狩人が狩りの中では折れなかった理由を
 何故醜い獣にまで堕ちてなお彼の導きを手放さなかったのかを

 導きとは甘く
 そして抗いがたいものである


 

 

 

 

 ボク達(ヘスティア・ファミリア)【黄昏の館】(ロキの所)にお世話になることになってから──ボクは聞いてなかったし、ロキも聞いてなかった。主神の意向を全く無視した行いだ──数日、ボクと灰君は大きな扉の前にいた。

 この先は【神会(デナトゥス)】の行われる空間。

 幾ら灰君(護衛)とは言え子ども(人間)を連れて行く訳にはいかない。

 

「ここまででいいよ灰君。ここから先はボク達(神々)だけが入れる領域だ」

 

「そうか。ならばせめて【神会(デナトゥス)】が始まるまではここに居よう」

 

 ボクの言葉を聞いて灰君が珍しく可愛げのあることを言った。

 ここに居る、つまりはボクの傍を離れず護衛を続けるという事だ。

 

 いつものボクならば「珍しいじゃないか」なんて言って揶揄っただろうが、今のボクではそうもいかない。

 灰君がらしくもなく可愛げのあることを言うのも、ボクの護衛なんてのを真面目にしているのも、全部【廃教会(拠点)】への襲撃を防げなかったのは自分達に責任があると思っているからだ。

 

 この数日灰君達は酷く過保護になっている。

 自分達がいればアポロン・ファミリアなんてどうとでもできると言う自負、或いは慢心が拠点の喪失という結果を招いたという後悔。

 そして二度とそんなことをさせないと言う誓い。

 

 何時もボクは「灰君達はボクへの敬意が足りない」だとか「ボクは君達の主神なんだぞ」と言っているが、いっそ痛々しい程の献身なんて嬉しくない。

 だが、ここで灰君の献身を拒んだ所で灰君は素直に引き下がらないだろう。

 それにこの後のことを考えれば周囲(神々)へ圧をかける必要もあるのだから素直に受け入れる。

 

 今日の【神会(デナトゥス)】に参加する神々が通りがかる度に凄い顔で二度見する...のはまだましな方。

 絶望的な物を見たような表情をする神や、寝ている竜の前を起こさないように通るようにして何とか目立たないようにする神など。

 目の前を色々な神が通っていく。

 そんな中、絶望に溢れた悲鳴を上げた神がいた。

 

「ヒッ!ひ、火の無い灰...」

 

 数日前に灰君に拠点ごとぼこぼこにされた太陽神、アポロンだ。

 そして機嫌悪そうに目の前を通っていく神々を眺めていた灰君の目がアポロンを捉える。

 例えて言うのならば獲物を甚振る猫だろうか。

 にやにやと意地の悪い笑みを湛え灰君がアポロンへと絡む。

 

「おやおやぁ?これはこれは、光り輝く太陽神、アポロン様じゃあないですか。

 今日もその御威光は眩いばかりので御座いますね...主に頭が

 

 灰君の言葉に周囲から噴き出す音が響く。

 

 実を言えば(天界)に居た頃からちょっと怪しいなとは思っていたのだが、灰君にぼこぼこにされた事実と、灰君が汚した館の掃除、そして灰君達を暴れ回させた責任を追及されて日夜ストレスを抱えているからだろうか。

 アポロンの頭部は明確にかなり薄くなっており、それをいつも着けている月桂樹の冠で隠していた。

 だがそれを灰君は容赦なく暴く。

 

「どうしました?アポロン様。顔色が悪いですよアポロン様。

 そういえば巷では考えの足らない者の事を頭アポロンかよと言うのが流行ってるそうで。

 御身の眷族達はそれを打ち消そうと必死だとか。

 なるほど。御身自ら真の頭アポロンとは是成(これなり)と示しておられるのですね。

 いやはや流石は全ての者が仰ぎ見る太陽神、格が違う」

 

「そこまでだよ灰君。済まないねアポロン。ボクの子が」

 

 アポロン様、アポロン様、と連呼しているが、明らかにその度に悪くなるアポロンの顔色を面白がっての事だ。

 

 それ以上は見逃せないと止めに入れば灰君は素直に引き下がり、アポロンが青い顔で感謝の視線を送ってくる。

 だがこれはアポロンを救ったんじゃない。

 灰君の品格を守っただけのことだ...今更守る品格があるのかなんて言ってはいけない。

 

「なんにせよ君が来たのなら【神会(デナトゥス)】の開始もまもなくだろう。ボクは行くよ、灰君は大人しく待っているんだよ」

 

 アポロンとボク。

 今回の【神会(デナトゥス)】の主役が二人揃ったことから間もなく会議が始まるだろう。

 灰君に大人しく待つように言えば恭しいお辞儀が返ってくる。

 その姿に湧き上がる不安を押し殺してボクとアポロンは目の前の扉を開く。

 さあこれからが本番だ。

 

「おっ!頭アポロンの御登場だ!」「失礼な全身アポロンだろ」「いや、でも前より少し寂しくなってるぞ、主に頭が」

 

 僅かに室内...と言うよりも空が見えるこの空間の眩しさに目を細めているとそんな会話が耳に入ってくる。

 周囲を見渡せばどの神も丁度いい玩具(アポロン)が来たと言わんばかりの顔をしていた。

 

 分からないでもない。

 アポロン・ファミリアの襲撃から数日。

 ボク達(ヘスティア・ファミリア)は引っ越しとその後のごたごたで、アポロン達(アポロン・ファミリア)は灰君の襲撃の後始末に忙しく、【神会(デナトゥス)】に出席することなんでできなかった。

 間違いなくここ数年で最大の祭りになるに違いないヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリアの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】。

 それが目の前にあったのにじらされ続けていたのが今日ようやく解放されるのだ。

 

 小さくため息をつき胸を張る。

 普段の【神会(デナトゥス)】がどれだけ不真面目に進行されようと、アポロンがどれだけ馬鹿にされようとボクには関係がないが、今回はボク達の【戦争遊戯(ウォーゲーム)】についての【神会(デナトゥス)】だ。

 どれだけ馬鹿々々しい神の姿に気が滅入ったとしても情けない姿を晒す訳にはいかない。

 

 そのまま部屋の中央、何処からでも見える場所に置かれた机と二つの椅子、その片方に座る。

 びくびくと、怯えた様に歩くアポロンがもう片方の椅子に座ると同時に声が響く。

 

「今回の【神会(デナトゥス)】、司会は俺ヘルメスが務めさせてもらうぜ」

 

 見れば優男風の風貌に羽の付いた帽子をかぶった神、ヘルメスが魔道具(マイク)を握っていた。

 なるほど。

 ヘルメスは旅人の神。

 本人もあちらこちらへと旅を続けオラリオにいないことの方が多い。

 だからこそ【戦争遊戯(ウォーゲーム)】について決めるにあたって公平(中立)な判断が出来る、という事だろう。

 

 ...と言うのは表向き。

 実際にはヘルメスとボクは天界の頃からの知り合いだし──尤もこれはアポロンも同じだが──18階層での戦いでもアスフィ君とベル君達(子ども達)が共闘している。

 そして何より18階層での灰君達の無茶苦茶さを見ているヘルメスを司会に据えることで、ボク達(ヘスティア・ファミリア)が暴発しないように制御しようと言うのだろう。

 ヘルメスも大変だ。

 

「一ついいだろうか、今回の【戦争遊戯(ウォーゲーム)】について提案がある」

 

 口調こそ先程までの醜態などなかったかの様な落ち着いたものだが、よく見ればその目には涙が溜まり額には汗が玉のように浮かぶ。

 一体何を言い出すのかと神々の視線が集まる中震える声でアポロンは口を開く。

 

「今回の【戦争遊戯(ウォーゲーム)】、一対一の団長同士での決闘(灰達の不参加)で決着をつけるのはどうだろうか」

 

 一瞬の沈黙。

 ボク達()ですら一瞬何を言われたのか分からず沈黙が生まれ、そして声が爆発する。

 

「ふざけんな」「恥を知れ」「本気(マジ)!?」「やーい、ザコ、ざーこ」

 

 ボクが聞き取れただけでも酷い罵倒がアポロンに降りかかる。

 聞き取れなかった中にはもっと酷い罵倒もあった事だろう。

 

「し、仕方がないだろう!?知らなかったのだから!!」

 

 雨の様な罵倒に晒されながら、アポロンは涙目「あんなのに勝てる訳ないだろう!!」と反論する。

 とは言えそれは功を奏しているとは言えない。

 口々に言いたいことを言っている神々を嗜めながら、ヘルメスが青い顔でボクの様子を窺っている。

 

「それを君が望むと言うのならばボク達はそれを受け入れよう」

 

 だからこそボクはそれを受け入れる言葉を発した。

 再びの静寂。

 神々(聴衆)も、ヘルメス(司会)も、アポロン(言われた張本人)でさえボクの言葉が信じられず固まる。

 

「へ、ヘスティア?その、私の耳がおかしくなければ受け入れると聞こえたのだが...?」

 

「だからそう言っているだろう。君が望むのならばそれを受け入れると」

 

「!

 待った。どこに行くつもりだい?」

 

 震えながら疑問を口にするアポロンへと答えながらボクは席を立つ。

 未だ混乱から抜けきっていないだろうにヘルメスは目ざとくボクの行動を咎める。

 

 【神会(デナトゥス)】が終わっても居ないのに主役(ボク)が席を立ったんだから司会としては制止するしかないだろう。

 その先に何嫌なものが待ち構えていると感づいていても。

 

「何処って灰君達の所さ。灰君に掛けた誓約を解かなくちゃいけないからね」

 

「火の無い灰の...?いったい何のつもりだ!」

 

 ボクの答えにアポロンが殆ど無意識のうちに疑問を投げかける。

 ボクの狙い通りに。

 いっそここまで想定通りだと憐れみさえ浮かんでくる。

 だが容赦はしない。

 

「何のつもり?何のつもりだって!?

 

 ボクは激しく机を叩く。

 豹変とすら言っていいボクの様子に気圧された様にアポロンがのけぞる。

 

「他ならぬ君が言うのかい。じゃあ教えてあげるよ。

 ボクは、ボク達は、ボクの子ども達(灰君達)は、君の行いに激怒している。

 当然だよね自分の拠点を潰されたんだから。

 それでもこの数日大人しくしていたのは【戦争遊戯(ウォーゲーム)】っていう戦いの場があるからだ。

 だけど今君は灰君達の参加を拒否しようとした。

 そうなればどうなるかな!?」

 

 詰め寄ればアポロンの目が泳ぐ。

 思い至らなかった可能性、否そんな事はないはずだと必死に目を逸らしていた可能性を見せつけられ、アポロンの顔が青くなる。

 

「当たり前だけど灰君達は今度こそ暴れ回るだろうね。

 知ってたかな?先日の()()はボクとの誓約(約束)に縛られた上での行動だったってこと。

 だけど今度はボクだってその誓約(縛り)を解除するよ」

 

「な...ふざけるな。そうなればどうなるか...」

 

「ふざけるな...?

 そっちこそ巫山戯るなよアポロン。

 ボクは言ったぞ、幾度となく、何度となく言った。

 ボク達(ヘスティア・ファミリア)にケンカを売る気かと、ボクの子ども(灰君達)にケンカを売る気かと。

 その結果がどうなるか分かっているのかと何度も警告したはずだ。

 それを今更なんだ!?」

 

 ボクの言葉に神々から悲鳴のような叫びが上がる。

 灰君達の噂を所詮は噂と考えていた神々でも、先日の灰君達の暴れっぷりを昨日今日で忘れられる程馬鹿じゃない。

 そしてその原因となったアポロンへと非難が集中する。

 

 アポロンの顔色は悪い。

 それもそうだろう。

 前回アポロンは灰君一人にぼこぼこにされた。

 それが誓約に縛られた(手加減していた)状態だった上に、次に襲撃があるのなら灰君一人だけじゃない、狩人君も、焚べる者君も、狼君も参加するだろう。

 そうなればどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。...灰君だけに。

 

「ヘスティア...気持ちは分かるが落ち着いて...」

 

「落ち着けだって!?

 ああいいさ、落ち着いてやろう。

 だけどね怒り狂っている灰君達にも同じ言葉をかけられるのかな!?」

 

 一気に騒がしくなった室内を落ち着かせ、ヘルメスがボクを宥めようとする。

 ボクが此処で落ち着くのは簡単だ。

 だけれどその結果はどうなるのか。

 見えている破滅(灰君達の暴走)を口にすればヘルメスもそれ以上言葉を重ねられない。

 

「どうなのかな?

 アポロンでも、ヘルメスでも、もちろん他の誰か()でもいいんだよ。

 ボクの代わりに灰君達に落ち着けと、怒り狂う灰君達を宥めてくれると言うのならばボクは喜んで落ち着くよ」

 

 ボクは室内を見渡す。

 誰も彼もが僕と視線を合わせないようにそっぽを向く。

 そうだろう。

 誰もこんな貧乏くじを引きたいなんて思うはずもない。

 

ふう...つまり、だ。

 ボク達(ヘスティア・ファミリア)としては灰君達の【戦争遊戯(ウォーゲーム)】の参加が最低条件だ。

 逆に言えば灰君達の参加を認めるのならばルールのある戦いをする(ルールを守る)気があるんだ」

 

 ひとしきり叫び、息を吐く。

 そうして努めて冷静な声音でボクは語る。

 何もルール無用の戦い(私闘)がしたい訳じゃない、と。

 

 ボクの剣幕と絶望的な未来予想図に顔色を無くしていた神々がボクの言葉に少し落ち着く。

 

「さあ、【戦争遊戯(ウォーゲーム)】のルールを決めようじゃないか。()()に...ね」

 

 

 

 

 

SIDE ベル・クラネル

 

「気合いが入ってない...」

 

「うわ!?」

 

 一喝と共に僕を凄まじい一撃が襲う。

 集中に欠けていた今の僕にその一撃を受け止められるはずもなく。

 なすすべなく吹き飛ばされ床に叩きつけられる。

 

「大丈夫...?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ごめん...。思ったより...良いのが入った」

 

「いえ、今のは僕が悪かったですから」

 

 地面に倒れる僕へとアイズさんが手を差し伸べてくれる。

 その手を掴んで立つと、アイズさんは僕に謝る。

 だが今のはどう考えても遥か高みにいる人(アイズさん)に稽古を付けて貰っていながら、集中できていなかった僕が悪い。

 

「やっぱり...心配?」

 

 アイズさんが気遣げに僕の顔を見てくる。

 

 それはある。

 今日は【神会(デナトゥス)】の開催される日。

 神様は灰さんを伴なって出席する為に外出している。

 

 今日開催されるのは【神会(デナトゥス)】だ。

 パーティとは違う。

 幾らアポロン様だったとしてもそこで手を出すような真似をすれば、名声が地に堕ちるなどと言うレベルではない。

 そもそも灰さんがついて行っているんだ。

 何かしようとすることすら難しいだろう。

 それでも心配なものは心配だ。

 

 だが僕が稽古に身が入っていない理由は他にある。

 

「僕...ヘスティア・ファミリアの団長に、いえヘスティア・ファミリアに居て良いんでしょうか」

 

 ポツリとこぼした言葉にアイズさんが首を傾げる。

 

 分かってはいたことだ。

 灰さん達は強い。

 僕が逃げることしかできなかったアポロン・ファミリアを一蹴する所か、逆にアポロン・ファミリアの拠点まで攻め込んで一人で落としてしまったのだから。

 

 分かってはいたことだ。

 灰さん達は凄い。

 僕が右往左往するしかできなかった間に安全を確保──その方法はちょっとどうかと思わないでもないけれど──してしまったのだから。

 

 分かってはいたことだ。

 僕と灰さん達の間には途方もない実力差がある。

 それでも何時か、とひたすらに追いかけてきたけれど、僕の存在はむしろ邪魔にしかなってないんじゃないだろうか。

 そんな考えが頭から離れない。

 

「ご、ごめんなさい。こんなこと急に言われても困っちゃいますよね」

 

 僕の話を聞いているアイズさんが何とも言い難い表情をしているのに気がつき、笑ってごまかす。

 

 僕は馬鹿か。

 こんな話を聞かされても困る以外、どうすればいいんだ。

 だがアイズさんは顔を俯かせて考えた後、しばらくしてから口を開いた。

 

「自信を持って...仲間なら強いか、強くないかなんて関係ないでしょう?」

 

 励ますようにアイズさんが言葉をかけてくれる。

 仲間(家族)なら強いかどうかなんて関係ない。

 確かに僕もそう思って頑張って来た。

 だけれど...。

 

「だけど、僕は何もできなかったんです。あの日、僕は神様達と一緒に逃げることしかできなかった」

 

 鍛えてもらってその上悩みまで聞いてもらう。

 同じファミリアでもないのにあまりにも厚かましい行いだ。

 僕の心には後悔の念が生まれる。

 だが、それを上回るあの日の後悔に言葉を止められない。

 

「ベルは...凄いね...」

 

「僕が...凄い...?」

 

 僕の懺悔を聞いたアイズさんが口にした想定外の言葉に、僕はオウム返しに返すことしかできなかった。

 

 僕が凄い?

 凄いのは灰さん達だ。

 僕は何もしていない。

 

 アイズさんはゆっくりと話し出す。

 

「凄いよ...ベルは灰達がどんなに強くても、遠くても、その背中を追い続けてたんだよね」

 

 それは...凄いのだろうか。

 もし褒められることなら、褒められるべきは僕ではなく追いかけられるように鍛えてくれた灰さん達じゃないだろうか。

 

 だがアイズさんは頭を振って僕の言葉を否定する。

 

「違うよ。灰達って高すぎる壁をみて、それでもって思えるベルは凄いよ...」

 

「そう...でしょうか。でも同じファミリアの仲間(家族)なら同じ目線に立ちたいと思うのは普通じゃないですか?」

 

「...きっとベルのその考え方は灰達の救いになってるよ」

 

「救い...ですか...?」

 

 意外な言葉にビックリする。

 僕の言葉に頷くとアイズさんは少し悲しそうな顔になった。

 

「強くなるとね、みんなから距離を置かれるの。【あの人は強い】って。

 それは仕方のない事かもしれない...覚悟の上だったかもしれない。

 だけどね...強者って言うのは孤独なの」

 

 ふとした瞬間に、何もすることのない夜中に。

 気がつくと一人ぼっちな自分に気がつく、とアイズさんは悲しそうな顔をする。

 アイズさんにもあったのだろうか。

 ふと自分の周りに誰も居ないと気がついてしまった時が。

 

「もちろん、私にはロキ(主神)がいる、フィン(団長)もいる、リヴェリア達(仲間達)だっている。だけど灰達はずっと一人ぼっちだったんだよ...ベルが来るまで。

 

 強さなんて関係ない。凄いか凄くないかなんて関係ない。ただ真っ直ぐに()()を見てくれる人がいる事がどんなに嬉しいか。ベルは知らないだろうし...知らなくてもいい。

 だけど間違いなくベルの存在は救いなんだよ」

 

「そう...でしょうか...」

 

 分からない、いや理解が追いつかない。

 あまりにも遠い領域の話で何処からどう飲み込めばいいのかすら判断できない。

 だけれどアイズさんはそれでいいと笑うのだ。

 そしてアイズさんは言う。

 私の知っていた灰達はもっと人間味のない復讐者だったと。

 だけれど僕が、僕の存在が灰さん達を人がましくしたのだと、少しだけ羨ましそうに言う。

 

「それが正しいのかは分からない...それを灰達が必要としているのかも。だけど...その在り方は灰達も持っていないベルの強さだよ...」

 

 灰さん達の様に敵を倒すことは出来ない。

 だけれど誰かを守ることが出来る。

 戦いの果てにすぐ一人ぼっちになろうとするあの人達を引き留めることが出来る。

 それが僕の強さだとアイズさんは言った。

 

「ただいまー」

 

「ヘスティア様が帰って来たみたいだね」

 

 「今日の稽古は終わり」と言ってアイズさんは訓練場の出口に向かっていく。

 その背を見つめながら僕は考える。

 

 僕が、僕の存在が少しでも灰さん達の救いになると言うのならば、僕のすべきことは何だ。

 力を求め、それでも全く追いつけないだろう遥か高みにいるあの人達と家族だと胸を張れるようになるために必要なことは何だ。

 

 

 

 

 

 ロキ・ファミリアの拠点(【黄昏の館】)

 ロキ様から貸し出されている部屋の中に僕達は揃っていた。

 

「ヴェルフ!?ありがとう来てくれたんだ」

 

「おお、ベル。元気そうで何よりだ」

 

 久しぶりにヴェルフと顔を合わせることが出来た。

 あの日に起きた事、ロキ・ファミリアにお邪魔するようになったからの事。

 話すことは幾らでもあった。

 

 しばらく近状を話していると、ふとリリの姿が見えないことに気がつく。

 来ていないのだろうか。

 ヴェルフなら何か知っているかと問おうと思った時、奥の部屋に入っていた神様が出てきてタイミングを逃してしまった。

 

「ひとまずはお疲れさまでした。“へすてぃあ”様」

 

「ありがとう九郎君、さてまずはこれを見て欲しい」

 

 部屋の中、楽な格好になった神様を九郎が労う。

 それに答えた神様はテーブルの上に紙を広げる。

 

「今日の【神会(デナトゥス)】で決まった【戦争遊戯(ウォーゲーム)】のルールだ」

 

 かっちりとした書体で記されていたのは僕達(ヘスティア・ファミリア)アポロン様の所(アポロン・ファミリア)の【戦争遊戯(ウォーゲーム)】のルール。

 

 形式は攻砦戦。

 砦を期限である三日間の間に攻め落とせれば攻め手の勝利、逆に落とされなければ守り手の勝利。

 僕達は攻め手だ。

 

 細々としたルールの下には、今日の【神会(デナトゥス)】で決められたのだろうルールが書き記されている。

 第一項目には【ヘスティア・ファミリア所属火の無い灰、月の狩人、絶望を焚べる者の参加を認める】と書かれている。 

 

 その文章を読んでにやりと灰さんが笑う。

 

「よくやったヘスティア。これで俺達の負けはほぼなくなった」

 

「まあこの条件を飲ませる為に少なくない譲歩をしているけれどね」

 

 灰さん達の参加。

 それは僕達の勝利とほぼ同意義である。

 だが、その下には灰さん達を縛る制約が書き記されていた。

 

 広範囲攻撃の禁止、砦への直接的な攻撃の禁止、対戦相手の殺害禁止...。

 その他にも色々な禁則事項が連なっていたが、それも見て狩人さんが面白くなさそうに鼻で笑う。

 

「ふん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?まだ私達を舐めているな」

 

 普通に考えれば戦う事、いや抗う事すらままならない条件。

 だがそれでも灰さん達を止めるにはまるで足りない。

 

「ふむ、問題はないな。戦いのルールも、()()()()()

 

 最後まで読み終えた焚べる者さんが言う。

 特に引っかかるようなところもないような変哲もない言葉だが、不思議なものがくっついていた。

 それ以外とは何だろうか。

 

「今日の【神会(デナトゥス)】。

 ボク達には譲れない二つの狙いがあった。

 一つは灰君達の参加を取り付ける事。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 首を傾げる僕へと神様が教えてくれる。

 灰さん達の参加を認めさせる必要があったのは理解できる。

 しかし協力ファミリアへの手出しを禁じられない?

 何のために?

 

 灰さんが狩人さんに視線をやると、狩人さんは何処からともなくぼろぼろの布を取り出す。

 いや、あれはマーク(エンブレム)がついている、ならば服か何かの切れ端だろう

 

「アポロン・ファミリアが襲撃してきたあの日。私が狩った獣はアポロン・ファミリアだけではなかった」

 

 布を並べながら狩人さんはマークを指さしファミリアの名前を挙げていく。

 

「恐らくはアポロンが口八丁で引き入れた、他所のファミリアの冒険者(子ども)だろうね」

 

「その大半は私達に恐れをなして(アポロン)の口車に乗ったことに悔いているだろう...だがそうでない者もいる。

 この期に及んで私達に対抗しようとする頭の足らない愚物が、な」

 

 神様の補足に頷きながら狩人さんは並べた布を除けていく。

 ほとんどの布が除かれてなお一つのファミリアのエンブレムが付いた布が残る。

 狩人さんは憎々し気にそのエンブレムを睨みつける。

 月と酒杯のエンブレム【ソーマ・ファミリア】のエンブレムを。

 

「それが【ソーマ・ファミリア】ですか?...!

 まさかリリがここに居ないのと何か関係が!?」

 

「それ...なんだがな。すまん!!」

 

 【ソーマ・ファミリア】と言えばリリのファミリアだ。

 リリがこの場に居ないことと何か関係があるのだろうか。

 思わず叫んだ僕へとヴェルフが勢いよく頭を下げる。

 

 ヴェルフが言うにはアポロン・ファミリアに襲撃を受けたあの日。

 ヴェルフとリリは何時もの場所で僕を待っている時に、僕達(ヘスティア・ファミリア)が襲撃を受けたと聞いて、僕達を探していた冒険者達へ邪魔をしようと戦いを仕掛けた。

 

 ヴェルフが前に立ち、リリが陰からサポートする。

 ヴェルフがLV.2へとランクアップしたのもあってヴェルフ達は勝ったが、一部の冒険者が逃げ出してしまった。

 しっかりと倒すため、何より詳しい情報を聞き出す為にその冒険者をリリは追いかけて行った。

 しかし次にヴェルフの前に現れた時にはファミリアに戻る事と僕への謝罪を頼んで、眼鏡をかけた冒険者と立ち去ってしまったらしい。

 

「...俺はリリスケを見送るしか出来なかったんだ。申し訳ねえ...」

 

「ヴェルフが謝る事じゃないよ」

 

「眼鏡の冒険者、【ソーマ・ファミリア】団長、ザニス・ルストラだろう。

 お相手はおチビを連れ去ったことをあくまで、行方不明だった団員を保護しただけと言っているようだがな」

 

 灰さんが補足する。

 【ソーマ・ファミリア】の団長、つまりリリの上司でもある。

 そんな人に呼ばれたのならリリ(団員)としては従う必要があるだろう。

 だが、リリの話を聞いていればリリがソーマ・ファミリアからの命令に従うとは思えない。

 ましてやファミリアに戻るなんて...リリとサポーターの契約を結びなおした日の夜。

 リリを仲間に迎え入れた時の笑顔を思えば、リリが自発的に戻ったとは信じられない。

 

「そんなの嘘に決まってます」

 

「ボク達も同意するよ。サポーター君は何らかの弱み、たとえばヴェルフ君を狙うだとか言われて従うしかなかったに違いない」

 

 ザニスはLV.2の冒険者だ。

 ヴェルフと同じLV.2、同じくらいの強さだったとしても、他の冒険者もいる中でザニスが参戦すれば戦いの天秤は大きく相手に傾くことになる。

 それを防ぐためにザニスについて行ったんだろうと神様は考えたようだ。

 

「そして、それから誰もリリルカの姿をオラリオで見ていない。

 恐らくはファミリアの拠点のどこかで監禁されているのだろう」

 

「そんな...何とかできないんですか!?」

 

「だからこそボク達は協力ファミリアへの手出しを禁じられないように立ち回ったのさ」

 

 あくまで僕とリリは冒険者とサポーターの関係だ。

 ファミリアの内部にまで嘴を挟む権利を持ってはいない。

 いや、神様もギルドを通して抗議をしたが「行方不明になっていた団員がヘスティア・ファミリアの冒険者と一緒にいたから助け出しただけ。むしろヘスティア・ファミリアこそ家の団員に手を出したんじゃないか」と言われてしまったそうだ。

 

 だが、リリは自分のファミリアを嫌っていた。

 どうにかして抜け出そうと必死にもがいていた。

 そのことを知っているからこそ、今あれだけ嫌っていたファミリアに閉じ込められているだろうリリを放っておくことは出来ない。

 

 何か出来る事はないか。

 必死に考える僕へと神様は安心するように言う。

 

「相手に協力しているファミリアへと襲撃することを禁じられていないなら、相手の戦力を削ぐためと言う名目で襲撃をかけられる。

 そうして救い出してしまえばこっちのものさ」

 

 サポーター君を助け出せて、相手の戦力も削げる、一石二鳥と言う奴だねと笑う神様に同調するように、未だ敵対するという事は俺達の恐ろしさを十分に理解していないという事だろう、ならば俺達の恐ろしさをその魂に刻み込んでやろうと灰さん達は嗤う。

 その姿は頼もしく僕から見ても恐ろしい。

 

「ソーマ・ファミリアへの襲撃は今夜決行する」

 

「今夜!?」

 

 神様の言葉に僕はびっくりする。

 

 リリを助けられるのなら一秒でも早い方がいい。

 それは事実だ。

 だが余りにも急すぎないだろうか。

 

「神様!?僕何も準備してないんですよ」

 

「ベルは留守番だ。体がまだ治り切っていないだろう?」

 

「だからって、リリは僕の仲間なんですよ!!」

 

「そして俺達の弟子(仲間)でもある」

 

 冷たい灰さんらしからぬ声。

 思わず「灰さん...?」と困惑したような声が僕の口から零れる。

 

「お前がおチビのことを大切に思っているのは分かってる。だけどな俺達にとってもあいつは可愛い後輩(仲間)なんだよ。ベル、あいつを救う役割を俺達に譲ってくれないか」

 

 真剣な眼差しで僕を見てくる灰さん。

 誰かを想うその姿は、他のファミリアの人達が知らない灰さん達の姿で、きっと灰さん達がなりたかった姿だ。

 だから僕は灰さんの言葉に頷いた。

 

 リリは大切な仲間だ。

 そのリリを助けに行けないのは悔しい。

 だけれど灰さん達なら間違いはないだろう。

 「ただ」と僕は言葉を続ける。

 

「ただ、リリを助ける間は無闇な暴力を振るわないでくれますか?」

 

「これから他所のファミリアに襲撃を仕掛けるのにか?」

 

「襲撃を仕掛けるのに、です。出来ませんか?」

 

 煽る様に言えば灰さんは笑いだす。

 

 アポロン・ファミリアですら相手にならなかった灰さん達だ。

 それ以下の規模しか持たないファミリア(ソーマ・ファミリア)なんて言わずもがな、だ。

 

 僕のお願いは意味が無いものかもしれない、意味のない重荷を背負わせるだけかもしれない。

 それでもこのお願いは灰さん達がありたい姿らしくある為には必要なものだと僕は信じる。

 

「言うじゃないか。そんな風に言われたら出来ない、なんて言えないな」

 

「無茶なお願いだって言うのは分かってます。だけど灰さんなら、灰さん達なら出来るでしょう?

 僕の...」

 

 僕の言葉を聞き、灰さんは、いや灰さん達は今日一番の笑い声をあげた。

 

 

 

 

 

SIDE ヘスティア

 

 夜のオラリオに笑い声が響く。

 まるで酔っ払いが歩いているかのような騒音。

 だけれどその声に聞き覚えがある子ども()なら後ろも見ずに逃げ出すだろう。

 笑い声の主は灰君だ。

 

「くっくっく。いやあ、しかしベルの奴も口が上手くなった。一体何処であんなことを学んだのやら」

 

「狼君からではないことだけは確かだけれどね」

 

「フン。口が上手くなったのは良いが、人を見る目は如何なものか。

 よりにもよって私達を英雄(憧れ)などと」

 

 道行く人が見ればそれこそ飲みすぎかと思う程に、灰君は上機嫌だ。

 僕が灰君の言葉に答えれば「違いない」と高笑いをする。

 狩人君はそんな灰君とボクを冷ややかな目で見てくる。

 

 狩人君のいた所(ヤーナム)において、狩人とは忌み嫌われた存在──尤も大抵の物を忌み嫌っていた住人ばかりの陰気な田舎街だったそうだけれど──だそうだ。

 だが、歴史の中では狩人が英雄と称えられた時代もあった。

 しかしその時代は極僅かな間でしかなく。

 英雄と称えられた狩人の末路はそれは悲惨なものだったらしいけれど。

 

 つまるところ、狩人君もまた灰君と同じく英雄と言う言葉を嫌っている、いや憎んでいる。

 そしてそんな灰君達に英雄だと言うなんて、かつて同じ間違いを犯したロキあたりが聞いたのなら尻尾を巻いて逃げ出すだろう。

 

 事実狩人君の言葉は刺々しい。

 だが、マスクの上からでも分かるほどに顔が緩んで(笑って)いる。

 いや、狩人君だけではない。

 灰君も、焚べる者君も。

 兜の上からでも、マスクの上からでも分かるくらい上機嫌だ。

 

 ベル君のお願いは無闇に相手を傷つけないで欲しいという物だ。

 常識的に考えれば馬鹿げている。

 ソーマ・ファミリアとボク達(ヘスティア・ファミリア)は明確に敵対している。

 そんなファミリアの冒険者相手に慈悲を与えるなんて、女神(ボク)ならまだしも子ども達(人間)ではなかなか出来ることではない。

 だが、ベル君はそれを命じた(お願いした)

 

 そこには相手(ソーマ・ファミリア)に対する優しさだけでなく、灰君達への優しさと信頼が込められていた。

 後輩として貴方達ならきっとできますという信頼を、団長としてだけれど無理はしないでくださいと優しさを込めた命令。

 

 先輩として、団員として。

 二つの立場でベル君の成長を喜び、灰君達は笑う。

 

「全く、ああ言われてしまえば奮わざるを得ない」

 

 結局のところ、焚べる者君が言った言葉が灰君達の総意なのだ。

 憬れだと。あなた(灰さん達)(ベル・クラネル)憧れ(英雄)なのだと言われてしまえば、その信頼に、憧憬に応えなければならない。

 

 周囲に笑いを振りまきながら歩いていれば大きな建物が目の前に現れる。

 ソーマ・ファミリアの拠点だ。

 灰君が兜の下の顔を歪ませ宣言する。

 

「さあ、闘争を始めよう。()()にな」

 

 高笑いが夜のオラリオに響き渡った。

 

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

オリンピックやお酒で目にする月桂樹の冠
あれは元々ローマかどこかの権力者がつけていた禿隠しだそうで
そんなことが念頭にあったからでしょうか
アポロンのビジュアルを見たとき最初に思ったのが
頭が怪しいでした

一応弁解しておきますが私に一部の方の身体的特徴を馬鹿にする意図はありません

ともかく
灰達の襲撃──元々は自分達が襲撃したからですけれど──によってストレスが凄そうだなぁと思ったら灰が嗤ってました
後書きを書いている時に気がついたのですが
神の髪ってどうなんでしょうか
伸びたり縮んだりするんでしょうか
...まあダンまち世界の神はおしゃれ好きなので変化するという事にしておきましょう
違ったら唸れ私の独自解釈タグという事です

そしてベル君の悩み
これまた書いていて思ったのですが
灰達相手にその背中追いかけようと思い続けているベル君は大概頭がおかしいです
どうかあなたに幸あれと願われることすら無かった灰達にはそれだけでも救いですが

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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少年は語り少女は抗う


リリルカのヘスティアメダル

リリルカが持つヘスティアメダル
綺麗に磨き上げられている

ヘスティアメダルはヘスティアの友ヘファイストスの手によって作られた
しかし立ち上げたばかりのお金がないヘスティア達が気にせず受け取れるように
その材料は使い残しの端材からとったものである
つまりヘファイストスの作品と言う肩書程の価値をこのメダリオンは持たない

しかしルルリカは毎晩眠る前このメダリオンを丁寧に磨いている
余人には見出せない価値がそこにはある
全く宝物とはそれだけで良いのだ


 

SIDE ベル・クラネル

 

「っふ、っふ、っふ!」

 

「こんな夜中にまで訓練なんて、常識ってものが無いんですか?」

 

「レフィーヤさん...」

 

 灰さん達を見送った後。

 本来ならば休むべきなんだろう。

 だけれど、僕一人休んでいるなんて出来ず。

 せめて、と素振りをしていると、声をかけられた。

 振り向けばそこにいたのは、18階層で共闘した、魔術師のエルフ、レフィーヤさんだった。

 

 片手を上げてあいさつをしたレフィーヤさんはそのまま僕に近づいてくる。

 そんな状況で素振りを続ける訳にもいかず、僕が武器を下ろすとレフィーヤさんは僕の近くに座る。

 

「何か用でしょうk「近いんですよ!」酷い...そっちが近くに座ったのに...」

 

 何か用事があるのかと僕も座ろうとし...レフィーヤさんに叩かれる。

 理不尽だとは思うが、こちらを睨みつけてくる見幕に押されるように距離を取り座る。

 

「...聞きましたよ。ソーマ・ファミリアへと襲撃を仕掛けるんですって?たった三人で」

 

 しばしの沈黙の後、レフィーヤさんは「常識がないのはファミリアの特徴ですか?」と話の口火を切る。

 酷い...が、反論できない。

 自分よりも格下が相手だったとしても二人同時に相手どれば敗北が見える、三人以上なら戦う事よりも逃げることを考えろ、とは灰さん達が口を酸っぱくして僕に教え込んだことだ。

 それからすれば、幾ら灰さん達だとしても灰さん達(3人)だけで()ソーマ・ファミリアを潰そうとするの(ファミリア)は無謀と言われても仕方がないだろう。

 

「灰さん達は勝ちますよ」

 

 だけれど僕は灰さん達の勝利を疑わない。

 僕の持つ灰さん達への信頼。

 それは単純な強さだけではなく、もっと別の...心とかそういう物の強さへの信頼だ。

 

 灰さん達は勝つと宣言した。

 ならば勝って帰ってくるのだろう。

 何時もの様に。

 

「~~~っ!

 ...随分と信頼しているんですね?灰達を」

 

「ええ、そりゃあ先輩(ファミリアの仲間)ですから」

 

 言いたいことがあるけれど、どれから口にすればいいのか分からないように、しばらく悶絶したレフィーヤさんは僕へと疑問を投げかけてくる。

 

 だが、それは当然だろう。

 「レフィーヤさんは違うんですか?(アイズさん達の強さを疑っているんですか?)」と逆に聞けば再び悶絶する。

 

 つまるところはそういう事なのだ。

 子どもが親へ向けるように、弟子が師に向けるように。

 後輩()先輩(灰さん達)へと無条件の信頼を向けているのだ。

 誰にも負けない、と。

 

「はぁ。

 ...遠いと思わないんですか?その背中が」

 

「レフィーヤさんは遠いと思っているんですか?」

 

「ちがっ...いえ、そうかもしれません。」

 

 らしくない──尤もそう断言できるほど長い時間を共にしたわけではないけれど、だけど時として一緒に戦ったと言う経験は時間を超越する──言葉に少し笑う。

 18階層で急に僕のライバルであると宣言してきたレフィーヤさんだが、ライバルと言うのはどうやら悩みも似通うらしい。

 笑ってしまってから怒らせてしまったかとレフィーヤさんの方を盗み見るが、僕の事も気にならない程にレフィーヤさんは落ち込んでいるようだ。

 

「私は強くなりました、近づいたはずです。なのに強くなればなるほど分かる、前を行くあの人達の強さが、あの人達との力の差が!」

 

「それは...」

 

「あなたは...前衛でしょう?ならわかるはずです。

 実力の差が!あの背中がどれだけ遠いのか!」

 

 渾身の叫び。

 レフィーヤさんは追い詰められているようだ。

 それこそライバル相手()に悩みを話すほどに。

 

 レフィーヤさんは後衛(魔導士)だ。

 それでも強くなるうちにアイズさん(憧憬)との差に打ちのめされてしまったらしい。

 同じ前衛ならなおのことだ、と思っているらしい。

 

 僕がだした答えがレフィーヤさんにとって有用な物かは分からない、だがそれでも助言はするべきだろう。

 僕もアイズさんに助けてもらったのだから。

 

「それでも追いかけるしかないんですよ」

 

「そんなの...そんなの分かってるんですよ!」

 

 血を吐く様な叫び。

 きっとレフィーヤさんは見失っているのだ。

 自分がどうして冒険者になりたいと思ったのか。

 追いかけようと思った背ばかり見ていて、その背の持ち主の事を見失ってしまっているのだ。

 

「灰さんは...ああ見えて玉ねぎが嫌いなんです。

 夕食に出てくると僕の皿に移そうとして何時も怒られてるんです、知ってました?」

 

「...何を言ってるんです?」

 

 唐突な僕の言葉にレフィーヤさんは訳の分からない物を見るような目で見てくる。

 だが、僕はそれを無視して話を続ける。

 

 狩人さんはポケットに物を入れっぱなしにするから洗濯の時によく怒られている、焚べる者さんは掃除が嫌いで部屋を散らかして物をよく無くしている、狼さんは好物のおはぎを食べた後服で手を拭く癖があるから服に染みがついている。

 

 毒にも薬にもならない他愛もない話。

 それを語り終えた僕は再び尋ねる。

 知ってましたか?と。

 

 レフィーヤさんは少し躊躇った後小さく「知りませんでした」と呟く。

 

「僕にとって灰さん達は憧れ(英雄)です。

 あの人達の後輩(家族)であることは僕の誇りで、自慢です。

 僕はあの人達くらい強い人を知りません。

 

 ...だけどあの人達は理想(完璧)ではないんです。

 あの人達も僕達と同じ()()()()()()なんです。

 貴女の憧れ(アイズさん)はどうですか」

 

「...」

 

 僕の言葉を聞いてレフィーヤさんは深く考え込む。

 しばし静寂だけが流れた。

 レフィーヤさんは重い口をようやく開け「私の...憧れは...アイズさんは...」と何か言おうとした。

 だが僕はその言葉が紡がれるより早く「なーんて、半分ぐらいは受け売りですけどね?」と笑う。

 

 はくはくと、口を開けて閉じて、まるで釣り上げられた魚の様にレフィーヤさんは絶句し、真っ赤な顔になって僕を叩いてくる。

 その腕から逃げながら僕は言う。

 

「僕は僕の遥か前を行くあの人達の背中を守ります。

 強くて、凄くて、途方もない、大好きなあの人達の背中を。

 意外とおっちょこちょいな所がありますからね。

 

 それが、あの人達の背中を見ている(あの人達に追いつこうとする)僕の義務で、あの人達の後ろにいる(あの人達に守られている)僕の権利です。

 レフィーヤさんはどうですか?」

 

 笑っているような、泣いているような、怒っているような、すっきりしているような、複雑な顔をしたレフィーヤさんは僕に一発パンチを入れると「フン!」と鼻を鳴らす。

 

「分かりましたよ!全く、どうして私はあなたに相談なんてしてしまったのでしょうね...ありがとうございます

 

 何時もの様に胸を張るレフィーヤさんの小さな呟きに「どういたしまして」と返すと「そこは聞こえないふりをする所です!」と追いかけ回されてしまう。

 

 しばらく訓練場の中を走り回り、レフィーヤさんが息を切らせて座り込んだことで追いかけっこは終了した。

 僕もレフィーヤさんの隣に座ると、おずおずとレフィーヤさんは話しかけてきた。

 

「その...本当に大丈夫なんですか?ソーマ・ファミリアを相手にするのに、たった三人だけで。事情は詳しく知りませんが、頼めばロキ・ファミリア(うち)だって助け舟くらい...」

 

 「灰達の実力を疑っている訳じゃないんです」と言いながらそれでもレフィーヤさんは心配そうだ。

 

 仕方のない事だ。

 灰さん達の強さは実際に目にしなければ信じれないだろう。

 だけど、だから、僕は断言する。

 

「大丈夫ですよ。僕の先輩は、家族は、世界で一番強いんです」

 

 力強く断言した僕の言葉に、レフィーヤさんはあっけにとられたような表情をして固まっていたが、徐々にその顔が朱に染まっていき「一番強いの(最強)うちのファミリア(アイズさん達)です!」と追いかけっこが再び始まってしまったのは、ご愛嬌と言う奴だろう。

 

 

 

 

 

 

 

SIDE リリルカ・アーデ

 

「ひっく、ひっく...」

 

 ...泣き声がします。

 すすり泣く少女の声が。

 

「そこで頭を冷やすと良い、明日の朝また会おう」

 

「ま、まってください。はんせいしました、ごめんなさい。ここからだしてください。おねがいします!」

 

 次に聞こえたのは冷たい男の声と、遠ざかる声に必死に反省したとだからここから出してくださいと訴える声でした。

 

 ああ、あれは(リリ)です。

 幼い日のリリの姿。

 リリに染み付いた恐怖(トラウマ)の記憶です。

 

 目を開ける。

 いえ、今リリは夢を見ているのでしょうから、夢の中で目を開けると言うのもおかしい話ではあるのですが。

 目に入って来たのはリリの思い描いていた景色(牢屋)

 ソーマ・ファミリアの中にあるお仕置き部屋です。

 

 事の始まりは数日前。

 ヴェルフ様と共にベル様を待っていた時の事でした。

 ヘスティア・ファミリアの方角からの突然の轟音。

 それだけならば「ああ、灰様達が何かしたんだろうなぁ(はいはい、何時もの何時もの)」で済む話だったのですが。

 続くオラリオの街に響く怒号と駆けまわる冒険者達にリリとヴェルフ様は顔を見合わせました。

 

 角に潜み、何かを追いかけている様子の冒険者達の話を盗み聞けば「ヘスティア・ファミリアへの襲撃」という、いろんな意味で正気を疑うような言葉が聞こえました。

 今のは聞き間違えか、或いはリリ達の頭がおかしくなったのか?

 ヴェルフ様と小声で話していればどうやら冒険者達はベル様達を探しているようすです。

 

 ならば話は早い。

 ベル様の敵は自分の敵だ、とヴェルフ様が襲い掛かり、そのフォローをリリがしました...いえ、先に襲い掛かったのはリリの方だったかもしれませんが。

 LV.2へとランクアップしたヴェルフ様、ソウルの業を修めたリリ。

 そこいらのチンピラ紛いの冒険者()()が相手になる訳もなく。

 倒れた仲間に目もくれず逃げ出した冒険者サマから事情を聴こうと、リリはヴェルフ様の制止の声を振り切って追いかけました。

 

 正直に言いましょう。

 リリにとって冒険者()()と言うのは恐怖の対象でした。

 その冒険者()()を良いようにあしらうのが快感だったことは間違いありません。

 率直に言ってリリは調子に乗っていたのです。

 

 そうして追いかけて行った裏路地の先でリリはソーマ・ファミリア団長ザニス・ルストラ(恐怖の象徴)に出会ってしまいました。

 気色悪い程に丁寧にリリに接してくるザニス(団長)

 ですが、その瞳は欲に濁り、歪んだ喜色が光っていました。

 

 リリへと共にファミリアへと帰ろうというザニスの言葉に頷く理由などなかったのですが、「ならば手荒な真似も致し方なしか」というザニスの言葉に考えを改めなければなりませんでした。

 幾らザニスが自らの手を汚さない臆病者であったとしても、LV.2の冒険者という事実は変わりません。

 そしてLV.2になったばかりのヴェルフ様には、ザニス(LV.2の冒険者)を相手にしながら周囲の冒険者とも戦うと言うのは荷が重いでしょう。

 

 その場をおさめる為にヴェルフ様に簡単な事情とベル様への謝罪を言付けて、リリはザニスと共に忌まわしいリリの家、ソーマ・ファミリアへと帰って来たのです。

 正直に言えば事ここに至っても楽観視していました、いえ楽観視していたと言わざるを得ないでしょう。

 

 ザニスは強欲で、暴力的で、外見ばかり整えた内面と外観の釣り合っていない男ですが、逆に言えばそんな男でもギルドから目を付けられていない──少なくともギルドから完璧に目を付けられているヘスティア・ファミリア...と言いますか灰様達よりは注視されていません──程度には頭が回る男です。

 ヘスティア・ファミリアへと(アポロン・)襲撃を仕掛ける様なファミリア(ファミリア)と手を組んでしまったことや、

 ベル様の仲間に手を出した(ヘスティア・ファミリアと関わった)ことを知ればリリを解放すると踏んでいたのです。

 

「...ああ、最後に、私達の家族、リリルカ・アーデを発見しました。アーデ、ソーマ様に心配をおかけしたことを謝りなさい」

 

「...申し訳ありませんでした」

 

「ああ...ザニス。オラリオの街中が騒がしいが、何かあったのか」

 

「いえ?何もありませんとも。ソーマ様におかれましては煩わしい事は全て私に任せていただき、存分に【神の酒(ソーマ)】をお造り頂ければと思います」

 

 ですが、陰気な空気を纏った神様(超越存在)、ソーマ・ファミリアの主神、ソーマ様へと謁見したザニスの言葉にリリは耳を疑いました。

 今この男、ザニス・ルストラは己の主神に虚偽の報告をした(嘘を吐きました)

 神々(超越存在)は人の噓を見抜きます。

 いえ、それ以上に仮にも主神よりファミリアの経営を預かっている立場の人間のすることではありません。

 

「一体何のつもりなんですか!!」

 

「何のつもりとは...?そんなことよりもお前にはこれから働いてもらわなければならない」

 

 ソーマ様の居室から退席すると堪え切れずリリは叫びました。

 ザニスが団長の座にある事を良い事に様々な不正を働いていることは周知の事実です。

 ですが今回の事は次元が違います。

 ソーマ様のあの口ぶりから、ザニスは主神の許可を取ることすらなく他所のファミリア(アポロン・ファミリア)と共謀してヘスティア・ファミリアへと攻撃を仕掛けたのでしょう。

 最早ただの不正どころではない、明らかなる主神への背信です。

 

 ですが、糾弾したリリを意味が分からないと言わんばかりにザニスは見ます。

 

 その瞳は見覚えのある光が宿っていました。

 自分の身の丈を考えずに無謀な冒険を繰り返す冒険者サマ、負けが込んで無茶な賭けを繰り返す酔っ払い、自らの欲に焼かれ破滅する人の目です。

 

 ザニスは曇った眼で未来を語ります。

 お前(リリ)の魔法があれば身元を隠して【神の酒(ソーマ)】を売りさばける、ヘスティア・ファミリアをアポロン・ファミリアが打ち倒せば商売がしやすくなる、ソーマ様が【神の酒(ソーマ)】を作ればまた団員達を望むままに操れる...。

 

 到底実現するとは思えない現実味の薄い未来。

 一言で言ってしまえば願望です。

 そもそもソーマ様はギルドからの通告で【神の酒(ソーマ)】を作ることを禁じられているはず。

 ならば【神の酒(ソーマ)】を餌に団員達を操っていたザニスにとって破滅は目に見えた未来のです。

 

 愚かにもザニスは目の前に迫る破滅から目を逸らし、願望に浸っているのでしょうか?

 いえ、いっそそうならどれだけ良かったでしょう。

 ですが、ソウルの業を修めたリリには、神秘に見え(まみえ)啓蒙を得たリリには分かるのです。

 ザニスは本当にそんな余りにも都合の良すぎる未来がやってくると心の底から信じていると。

 

 あまりにも愚か。

 あまりにも愚劣。

 あまりにも幼稚。

 或いは最初は願望に過ぎなかったのかもしれません。

 ですが今はその願望にザニス自体が呑み込まれているのです。

 

 そのことを知った時リリの心に飛来した物は何でしょう。

 怒りでしょうか、憎悪でしょうか、諦めでしょうか。

 いえ、いっそ哀れみですらあったかもしれません。

 

 ザニスの存在はリリにとって確かな恐怖(トラウマ)でした。

 ですがベル様と出会い、灰様達との特訓を通して強くなった今、リリの目の前にいるのは現実すら見えていない自分の欲に取りつかれている愚物でした。

 

 自分の中にある欲望に焼かれて自滅の道をたどる姿は、狩人様が言う所の獣その物です。

 なるほど。

 或いは狩人様はオラリオに来る前はこんなものを相手にしていたのかもしれません。

 ならばあの獣に対する憎悪も納得がいくという物です。

 

 そんなことを考えているのを悟られたのでしょうか。

 それとも単にお仕置きとして予め決めていたのでしょうか。

 ザニスはリリをこの檻の中に閉じ込めたのです。

 

 外の様子をうかがう事も出来ない閉じられた部屋の中。

 時間の経過を告げるものと言えばリリの下に訪れるザニスと、リリを監視する監視員だけです。

 幼い日のリリが泣き叫んでいるように、かつてのリリにとってこの檻に入れられる、と言うのは凄まじい恐怖でした。

 食事すら監視員が差し入れてくれなければ取れない、泣き叫んでも誰も助けてくれない。

 それこそかつてのリリはこの檻に入れられることをちらつかされただけで従順に従ったものです。

 

 ですが今のリリにとってはそれほど問題でもありません。

 食事だってダンジョンに潜る際の非常食としてソウルに溶かしていた携帯食料を監視員の目を盗み食べ、かつては恐ろしくて眠ることすら出来なかった(暗闇の中)でも熟睡しています。

 

 そんなリリとは裏腹にザニスはどんどん追い詰められているようです。

 リリの下にやってくる度に目は充血し、目の下のクマは濃くなっていきます。

 まあ、どう考えても灰様達にケンカを売ったアポロン・ファミリアは無事ではないでしょうし、そのアポロン・ファミリアに与していたソーマ・ファミリア...と言うよりもザニスの未来は明るい物とは言えないのですから当然ですね。

 

 ざまぁ!!

 

 うっかり長年の恨みが漏れましたが、リリとて呑気に檻の中で過ごしていた訳ではありません。

 当然何とか外に出ようとしました。

 先ずはザニスの説得...と思ったのですが、どうやら情報を確かに集める力すら、或いは正しく現状を理解する力すら失っていたようで、リリが嘘を吐いて自由になろうとしているとしか思われませんでした。

 ならばと檻の鍵を持っている監視員を懐柔しようとしたのですが、これがなかなか難航しています。

 

 アポロン・ファミリアの旗色が悪くなればなるほどソーマ・ファミリア、ひいてはザニスの旗色も悪くなります。

 そうするとソーマ・ファミリアの末端、ザニスに恨みはあれど恩はないような団員達は逃げ出します。

 まあ、そんな末端が【改宗(コンバージョン)】の為のお金を用意できるとも思えないので、どこかに隠れて(灰様達の報復)が過ぎ去るのを待っているのでしょう。

 

 そして残るはザニスの取り巻きだけになります。

 そんな貴重な駒を使ってすることがリリの監視なのですから笑うしかないと言いますか。

 ですがそんな取り巻き達は、ザニスが倒れればファミリア内でも評判の悪い自分達に待ち受けている物が明るい未来ではないことが分かっています。

 いわば一蓮托生、なかなかどうして懐柔するのが難しいのです。

 

 幼いリリのすすり泣きを後ろに、リリのこれまでを振り返りましたが...リリも図太くなったものですねぇ。

 自分のトラウマを目の前にしてパニックになる、どころか冷静に原因を探れるようになるとは思いもよりませんでした。

 かつてのリリならばこの光景()にうなされて、幾度となく目覚め、そして短い眠りを繰り返したことでしょう。

 そうして睡眠不足になった頭ではザニスに抗えず、思うままに操られてきたのです。

 

 今のリリにとって大した問題ではないとは言えです、幼いころの自分が泣いていると言うのは気持ちのいい物ではありません。

 慰めるべきでしょう。

 ...かつてのリリはそれを渇望していたのですから。

 

「だれか、だれか...たすけてください」

 

「ねえ、泣くのを止めなさい。泣いたところで誰も助けに来てくれませんよ」

 

 とりあえず泣くのを止めるように声をかけたのですが、泣き声は止みません。

 まあ当たり前と言えば当たり前ですね。

 そもそもこのリリは過去の記憶なのですから。

 

「...仕方ありませんね。

 泣いている暇はないのですよ?あなたはこれから誰よりも優しい方に会うのです。その方の力になる為にはこんな所で泣いている暇なんてないんですよ。

 ...それにもっと怖い事なんて幾らでもあるのですから」

 

 すすり泣く幼いリリの傍へと寄り、その頭を撫でます。

 ふわふわですね。

 幼いころのリリは身嗜みに気を配る余裕などなく、気を配ってくれる大人も居なかったはずですが。

 これもあくまで記憶の中から生まれた存在()だからという事でしょう。

 

 そんなことを考えながら手を動かしているといつの間にかすすり泣きは止み、安らかな寝息に変わっていました。

 それを聞いているうちにリリにも眠気が襲ってきます。

 ...夢の中でも寝るなんて奇妙な話ですね。

 

 ですが何だっていいのです。

 今のリリが求める物は安らかな眠りでも、優しい夢でもないのです。

 どれだけ辛くとも優しいベル様の力になる為の現実なのですから。

 

 暗がりがリリを包みます。

 どうか、どうか。

 何時から始めたのかも忘れてしまった習慣をリリはします。

 いつかの様に、何時もの様に。

 どうかベル様が無事でありますように。

 

 

 

 

 

 

 物音に目を覚ますとそこには代り映えしない部屋。

 殺風景な部屋にテーブルが置かれ、その上に置かれた酒瓶と椅子に座り眠りこけている監視役がいました。

 わざわざ貴重な人手を割いてまでリリを監視していると言うのに、その実態が()()とは呆れを通り越して悲しみすら覚えますね。

 

「おはよう...と言っても今は夜だがね、気分はどうかな?アーデ」

 

「...最高の眠りでしたが、たった今最悪の目覚めになりました」

 

 いびきで起こされたことに僅かに苛立ちを覚えながら、もう一度寝なおそうかと思っていると僅かな軋みと共にザニスが姿を見せます。

 その顔に唾でも吐きかけてやろうかと考えながらリリはザニスの言葉に答えます。

 

 本当に見たくもない顔を見て気分は最悪です。

 これがベル様だったならどんな最悪の眠りだったとしても最高の目覚めになるのですがね。

 

「はっはっは。元気なようで何よりだ。だが何時までその空元気が続くかな?

 ...さっさと起きろ!今から【神の酒(ソーマ)】の流通を考えねばならん」

 

 苛立った目でリリを睨みつけた後ザニスは交代要員を置いて寝ぼけていた監視員を連れて行きます。

 「そうだ、アポロン・ファミリアが勝てば...【神の酒(ソーマ)】を売り払えば...」と出来もしない空想にふける姿は率直に言って見るに堪えませんね。

 ザニスの取り巻きもすべて投げ出して逃げてしまえば、破滅から逃れることが出来るかもしれませんのに。

 あんな光景を見てなお付き従うなんてリリには分かりません。

 

 ザニスたちが部屋を出ていくとしばらくの間沈黙が訪れます。

 今日の監視員は...ツイてます!

 チャンドラ、ザニスとは反目し合う仲の団員です。

 今日こそ懐柔できるかもしれません。

 

「ねえ、お強い冒険者様。リリの話を...」

 

 リリが団員へと声をかけるとその声を遮るようにチャリンと音が響き渡ります。

 何の音でしょうか。

 リリが音の主を探すと檻のすぐそこ、手を伸ばせば届きそうなところに鍵束が落ちていました。

 

「...なんのつもりです?」

 

「どう考えてもザニスの奴は遠からず破滅する。だったらそれに巻き込まれないようにするのは当然だろうが」

 

 先程までの居眠りをしていた監視員とはまた別の意味合いで監視員失格な行動の理由が読めません。

 何も気がつかないふりをしているべきでしょうか?そっと気付かれないように手を伸ばすべきでしょうか?それとも鍵に飛びつくべきでしょうか。

 

 幾らチャンドラがザニスと反目しあっているとは言え、こうまであからさまな行動にどうするべきか悩んだリリは直接尋ねることにしました。

 酒瓶を煽りながら吐き捨てるようにぶつけられた言葉は現状を正しく理解できている証拠で、だからこそリリを助ける(檻から出そうとしている)つもりなのでしょう。

 ですが同時に疑問も浮かびます。

 

「あなたは何故まだファミリアに残っているのですか?」

 

「ッチ!」

 

 リリの疑問を聞いてチャンドラは激しく舌打ちをします。

 かつてのリリならばそれに怯え口をつぐんだでしょう。

 ですが今のリリはそんな物には怯みません。

 貫く視線に負けた様にチャンドラは口を開きました。

 

「知ってたか?俺はこれでも将来を期待されていた冒険者だったんだぜ。こんなとこに入るまではな」

 

 冒険者になる者は皆希望に胸を膨らませてオラリオへと来るのです。

 富、名声、名誉。

 そんな物を夢見て。

 ですが現実はそう甘くありません。

 

 夢破れ、命を失わない程度のちゃちな仕事と、それで得た僅かなお金を安酒に変えて、苦い現実と暗い将来への不安を飲み下し眠りにつく。

 そうしてまた代わり映えしない日常を繰り返す。

 それは華やかな冒険者都市オラリオの影に潜む、落伍者の現実でした。

 

「...俺はこのファミリアが嫌いだ、団長も、それに(おもね)る団員も...みんなぶっ壊れちまえばいい」

 

 酒臭い息と共に吐きだされたのはファミリアへの憎悪。

 実にソーマ・ファミリアの平均的な日常です。

 酔っぱらいの戯言、ごくごくありふれた物でした。

 

「だがな...だが、あの方は違うだろう。あの方はただ酒造り(自分のしたいこと)をしているだけ。その願いを汚したのは俺達(眷族)だ」

 

 惨めな負け犬そのものの顔をしていたチャンドラはしかし、かつての将来を期待された少年の面影を取り戻し血を吐く様な叫びを口にしました。

 

「俺はあの方に会うまで、あの方の作った酒を飲むまで人生に喜びなんてなかった。ただ周りに言われるがままにダンジョンに潜り強くなるだけの日々。

 だが、あの方に出会って、あの方の作った酒を飲んだ時俺は生きる意味(人生の喜び)を見つけたんだ」

 

「それは...」

 

「分かってる。酒で身持ちを崩しただけだって言いたいんだろう?

 だけどな。俺にとってあの方は間違いなく人生を救ってくれた恩神なんだよ。だったらあの方を見捨てる訳にはいかないだろう」

 

 客観的に見れば、将来有望な冒険者がオラリオに蔓延る罠に引っかかり、そして今も破滅に向かって進んでいるだけなのかもしれません。

 ですが、リリはその姿を否定できません。

 

 もし、もしです。

 ありえないでしょう。起こり得ないでしょう。

 それでも万が一、億が一、無限に広がる未来の果てにベル様がその在り方を変えてしまって、ろくでなしになり果ててしまったとしても。リリは見捨てないでしょう。

 灰様達が見捨てようと、ヘスティア様が見捨てようと、ギルドが見捨てようと、リリだけはベル様に付き従い地獄の底まで喜んでお供します。

 それが世界の全てから見捨てられていた所を救ってもらったリリに出来る恩返しでしょうから。

 

 それは意味のない事なのかもしれません。

 それは愚かなことなのかもしれません。

 それでも、この想い(覚悟)を否定しません、否定させません。

 

「無為なことをしました。すいません。この恩は必ず...」

 

 秘めた覚悟を暴くような真似をしたことを謝ります。

 覚悟とは周知させる意味のあるものと、秘め続けることで意味があるものがあります。

 間違いなくこの覚悟は秘め続けるべきものです。

 

 ですが、チャンドラは面倒臭そうな顔をすると犬でも追い払うように手を振ります。

 そうですね。

 何か言わせてしまえば、ザニスへと言い訳も出来なくなります。

 リリはたまたま落ちていた鍵を拾って逃げ出しただけ。

 そういう事です。

 

 灰様達から庇うくらいはすることを心に誓い、檻の傍に落ちている鍵へと手を伸ばした時でした。

 地響きがしました。

 

「何の音です?」

 

 この部屋はソーマ・ファミリアの拠点の中でも奥まった地下に存在しています。

 そんな場所にまで届く音などよほどの音でしょう。

 チャンドラも酒を飲む手を止め訝しそうな顔で周囲を見渡しています。

 

 この音が何にせよ、ザニス達がやってくる前にこの檻から逃げ出すべきです。

 鍵へと手を伸ばし掴んだ時でした。

 リリの本能()が叫びます。危険だと。

 それと同時に凄まじい物音と共に部屋の壁が粉砕され、大小の瓦礫が飛び散ります。

 

 悲鳴を上げリリとチャンドラは頭を庇い、蹲ります。

 しばらくそのままの体勢で居ましたが、何も起きなかった事で恐る恐る顔を上げます。

 そうして目に入ったのは飛び散った瓦礫と部屋に空いた大穴。

 そして...

 

「ようやく見つけた。無事か?リリルカ・アーデ」

 

 コートについた汚れを払っている狩人様でした。

 




どうも皆さま

私です

本当は一話で終わりにする予定だったのが伸びすぎたので急遽二話に分割いたしました
ここから灰達が大暴れする予定だったのでちょっとシリアスです...シリアスですよね?多分シリアスです、まあシリアスじゃなくてもいいんですが

再びの登場レフィーヤさん
ダンまち本編でも初期から登場しているとヒロインポイントを総ざらいするとか言われていた人ですが
この小説でも出番が来るとやたらと文字数が伸びます
サクッとベル君は灰達を信頼しているよと言う話だけだったはずなのに
どうして...

思えばリリのお話(29話と30話)も文字数が伸びまくりました
この小説の二大文字数伸ばしヒロインであるリリルカとレフィーヤの出番ですから或いはこの結果も当然なのでしょうか

そんなことを言って後書きを終わりにしましょう

それではお疲れさまでしたありがとうございました




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理不尽は嗤い愚者は嘆く

神の酒(ソーマ)

神々が天界で口にする文字通りの天上の飲み物

かつて、ソーマ・ファミリアの主神ソーマは
自身の存在理由ともいえるこれを眷族達に振舞い
眷族達はその味に虜となった

料理にせよ飲み物にせよ
作るという事はそれを食べる相手がいるからこそ成り立つ行いだ
ソーマにはかつて共に酒杯を交わしたいと願った相手がいた
今はいない



 

「か、狩人様?なっ、えっ?何して...いや、本当に何してるんですか!?」

 

「お前を助けに来たのだが?ご挨拶だな」

 

 瓦礫を乗り越え部屋の中に入ってきた狩人様はリリの叫びに不機嫌そうに答えます。

 狩人様の言う通り助けに来てくださったと言うのならばその態度も当然でしょう。

 助けに来た人物から何をしに来たと言われたのですから。

 

「た、助けに?いや、そうじゃなくて!

 何を持っているんですかって言ってるんですよ!!」

 

 何故狩人様がわざわざ助けに来てくださったのか、何故壁を吹き飛ばして来たのか。

 ツッコミどころは幾らでもあります。

 ですが、そんなことなど些末なことだと言い切ってしまえる物を狩人様は持っていました、いえ担いでいました。

 

 それをなんと表現すればいいでしょうか。

 一番分かりやすく言うのであれば、絡み合った骨の棍棒でしょうか。

 泥の様な奇妙な色合いのそれは硬いようにも柔らかいようにも見え、時折震えるように奇妙に蠢いています。

 間違いなく奇妙な武器と表現するべきものですが、リリには分かります。

 ソウルの業、そして啓蒙を得たリリには()()が何なのか見えてしまったのです。

 

 ■■■■の腕

 

 ■■■■■■と呼ばれる■■■たち

 その中でも小型な個体の、■の■■

 厳密には「■■■■■」でも何でもないが

 ■■■の中には、これを■■として■■う者がいる

 

 ■■は骨の■、■■■■■鈍器■■■■■

 これを■■■■■■とき

 先端■■■■■■■■■■■■蠢く■■■

 

 ゴゴゴゴ、と蠢くような音が脳に響きます。

 見えたその内容を理解することすら出来ませんが、その事実がこれが禄でもない物だと語っています。

 

「小アメンの腕だが?」

 

「そんなことを聞いたんじゃ...いや、語らないでください聞きたくないです」

 

 リリの叫びに「狩人の悪夢で見出した...」と語り始めた狩人様を制止します。

 これ以上の啓蒙とか要りませんよ!

 

「そんなことより...そうです!鍵です!!」

 

 するべきことを思い出したリリは「室内(狭い場所)での戦いでは便利なのだがな...」と呟いた狩人様を無視して、鍵を探します。

 先程の爆発で拾い損ねましたが、今度こそ鍵を拾ってこの檻から脱出するのです。

 

「鍵...?」

 

「そうです!そこに、鍵が...落ちて...いたんですよ」

 

 不思議そうな狩人様に答えながら床に目をやりますが、そこには瓦礫が山と積まれているだけです。

 鍵は瓦礫の下敷きになってしまったのでしょうか、或いは弾き飛ばされて何処かに行ってしまった?

 いえ、そもそも万が一見つかったとしてもさっきの衝撃で鍵が歪んで使い物にならない可能性も十分に考えられます。

 折角脱出する手段に手が届きそうだったと言うのに。

 

「ああ、その錠を外したいのか。少し下がっていろ」

 

「ちょっと待ってください、何するつも、「バキン!」ひゃあ!」

 

 落ち込むリリへと声をかけた狩人様は下がっているように言うと手に持ったそれ(小アメンの腕)を振り上げます。

 いやな予感に何をするつもりかと叫んだリリを無視して、振りかぶられた小アメンの腕は握りしめられた拳が開くように開き、その鋭い先端を周囲を威嚇するように──或いは自分を握る狩人様を狙うように──振り回し、そして狩人様はその動きを力尽くで抑え込み振り下ろしました。

 

 風切り音と金属が砕ける音。

 その後には沈黙だけが残り、思い出したかのような僅かな軋みと共に檻の扉はその仕事を放棄し。

 狩人様は事もなげに「開いたぞ」と言いました。

 

「いや、リリ待ってって言いましたよね!?」

 

「ところでこいつは叩いておくべきか?」

 

「人の話を聞いて頂けますかね!?」

 

 さっさと出てこいと言わんばかりの視線を送ってくる狩人様へと思わず叫びます。

 しかし狩人様の興味は既にチャンドラへと向いています。

 

 ソーマ・ファミリアの他の冒険者サマとは違いまともに鍛えていたからでしょう。

 自分に向かってくる瓦礫をはっきりと認識してしまい、かといって瓦礫を防げるほどの強さを持っている訳でもなく。

 結果として自分に向かってくる瓦礫を見続ける羽目になったチャンドラは口から泡を吹き、その足の間からは...これ以上はリリの口からは言えません。

 

 何にせよリリに言える事は、リリはサポーターです。

 ダンジョンに潜る者の嗜みとして様々な道具をソウルに溶かし込んでいます。

 その中に携帯トイレもあったことと、目が覚めて監視員が寝ている間にとトイレを済ませた過去のリリをほめるだけです。

 いえ、全く他意はないのですが。

 

「その方はリリを助けようとしてくださいました。敵ではありません」

 

「...そうか。ならば戻るか。灰達も...怪我なんぞしないだろうが、そろそろ飽きて来た頃だろうしな」

 

「灰様達も!?」

 

 リリの驚愕に狩人様は答えました。

 灰様と焚べる者様は()で暴れて、その隙に狩人様が拠点のどこかに捕らえられているリリを探す。

 それが灰様達の計画だそうです。

 

 「流石の私達でもファミリアを相手に真正面から磨り潰すのには時間がかかる」とは狩人様の言葉ですが...出来ないとは言わないんですね。

 まあ、大言壮語、虚言の類だ、なんて間違ってもあり得ないでしょうが。

 

 ですが滅茶苦茶です。

 たった二人だけでソーマ・ファミリアを相手取ろうとするのも、たった一人で拠点の中を進むのも、時間が無いからと言って壁を破壊して目的地までまっすぐ進むのも。

 常人なら実行しようとは、いえ常人なら考えつきもしませんよ。

 何が一番無茶苦茶って、この無茶苦茶な計画が最も効率的だと言い切れる灰様達の強さです。

 

 アポロン・ファミリアとの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】が待ち構えている──正直、アポロン様の正気を疑います──以上出せる人数も時間も余裕が有る訳ではありません、ならば最大戦力を以てぶつかるのは間違いではないはずです。

 暴れ回る灰様達を無視など出来るはずもなく、どう足掻いても対応する為に人数を割く必要があり、拠点の中に残っている人が少なく見つかりにくい状況であり、なおかつ神秘と啓蒙によって大体の位置が分かっているのであれば壁を抜いて真っ直ぐに行くのが最速でしょう。

 もう一度言いますが、だからって実行するのは頭おかしいですけれどね。

 

 とにかく、「こっちだ」と言って先導する狩人様の後について行けばぼろぼろの拠点内をしばらく歩くことになりました。

 なんですかねぇ。

 この拠点はリリにとってリリを捕らえる檻、必死に逃げようとすることはあっても、郷愁を覚える事なんてないはずなのですが、ここまでぼろぼろにされていると流石に悲しくなります。

 

 そんなリリの気持ちなど知った事かと、リリ達を迎え入れたのはぼろぼろになった庭と、灰様達、そして無力化されて積み上げられた冒険者サマの山でした。

 えー。

 

「お?ようやく御到着か」

 

「いい加減冒険者達(暇つぶしの種)も尽きかけて来た所だ」

 

 掴んでいた冒険者サマを飽きたおもちゃの様に投げ捨てる灰様と、拳に着いた血を拭う焚べる者様。

 

 お二人は陽動としてソーマ・ファミリアの注目を集める必要があり、冒険者サマ達が逃げ出すほどにやり過ぎない程度に暴れていたそうです。

 素手で。

 

 理由は色々あるそうで。

 下手に武器なんかを出すよりも素手の方が手加減しやすいと言うのと、団長命令(ベル様からのお願い)、【無駄に暴力を振るわない】を守るため、あんまりにも弱すぎるから縛りを入れて遊んでいた、ect...。

 

 ...いや、分かってはいましたよ?そりゃあ灰様達です。御一人だって戦力過多もいい所なのに、御三方が勢ぞろいです。

 ソーマ・ファミリア、弱いものいじめしかしていない冒険者サマ達が敵う訳なんか一つもないのです。

 殺されることすら無い、雑に無力化されて玩具にされるのは避けられない未来でしょう。

 

 ですけれどねぇ、こう、あるじゃないですか。

 仮にもソーマ・ファミリアの冒険者サマ達はリリにとって恐れ続けた恐怖の象徴(トラウマ)だったわけですよ。

 ですが、ベル様への想いを胸に、立ち向かおうと決意していたんですよ?

 それを暇つぶしと言わんばかりに潰されては流石に思う所もあろうという物ですよ。

 いやまあ、助かったのは事実ですけれど。

 

 何とも言い難い状況に思わず黄昏ます。

 ですが、黄昏ているリリの耳に震えた声が入ってきました。

 

「あ、あり得ん...ソーマ・ファミリア(我々)が全滅だと...?

 これは夢だ...悪い夢...」

 

 頭を抱え震える生き残り(ザニス)

 ソーマ様(主神)がギルドの運営に興味がないのをいいことに、【神の酒(ソーマ)】を餌にして団員を良いように使っていた男の末路がそこには居ました。

 

「そうだ、これは夢だ。そうでなければ、灰達に敵視される理由など何処にも...」

 

「ほざくじゃぁないか獣が。私達がお前を見逃すとでも?」

 

「ひっ、ぬ、抜かせ。ここに居るのが私達の全てだとでも思っていたのか!

 お前たちの弱点は分かっている、今頃お前たちの泊っている場所に私達の別動隊が「うるせえ!!」」

 

 狩人様に現実を突きつけられ、怯えた先に逆に恫喝しようとでもしたのでしょうか。

 ですが、ザニスは言葉を最後まで紡ぐことも出来ず、灰様に殴り飛ばされ悲鳴も上げる事も出来ずに気絶しました。

 

 怨敵の無様もあそこまで行くと、いっそ憐れみすら覚えますね。

 いや、そんなもの覚えている場合じゃありません。

 

「泊っている場所って、まさか別動隊はベル様達を狙って!?」

 

「まあ落ち着くんだよ」

 

 急がなければ、と焦るリリをヘスティア様が諫めます。

 

「気持ちは分かるよ?だけど僕達は今ロキ・ファミリア(ロキの所)の一角に間借りしているんだ。あんなチンピラ紛いが乗り込める場所じゃない、それにこういう時の為に狼君を残して来たんだ、問題は何もないよ」

 

「狼にとって、最も大切なものは九郎()だ。九郎を害そうとした者への怒りは或いは私が獣に向ける物以上の物にすらなるかもしれん」

 

 ヘスティア・ファミリア唯一の非戦闘員である九郎様。

 それこそがヘスティア・ファミリアの弱点であると考えるのは当然でしょう。

 では何故これまで狙われなかったのか。

 答えは簡単です。

 九郎様を狙った人物は全て狼様の手によって消されたから。

 ですから九郎様を狙った時何が起きるのかは誰にも分からない。

 

 「俺達の中でも一番温厚な狼の逆鱗にわざわざ触れるとか、別動隊とやら終わったわ」とは灰様の言葉です。

 一応死んではないと思うとも言っていましたが、狩人様のそれを超える怒りとか、それに晒されているのに死ねない方が怖いです。

 

「ともかく、残りのメンバー(ここに居ない団員)については心配はいらない。それよりもサポーター君の方だ。今後こんなことが無いようにこの機会に【改宗(コンバージョン)】をする。その為のお金も持ってきたんだ」

 

「えっ...お金(代金)を持ってきていたのなら、何故戦ったんですか?」

 

 ヘスティア様が懐から取り出した重そうな袋。

 じゃらじゃらとこすれる音がするその中に十分なお金が入っているのは間違いないでしょう。

 ですがお金があるのならば交渉の余地があったのでは?と言うリリの疑問は灰様の「俺達が視界に入った途端襲い掛かって来た」と言う言葉で解消されました。

 

 そうですね。

 襲撃を受けた時の対応としては間違えてはいなかったのかもしれませんが...。

 思わず未だ気を失ったままのザニスへと視線を向けます。

 とことん選択という選択を間違えましたね。

 

 頭を振り憐れみを断ち切ります。

 幾ら灰様達がいるとは言え、灰様達が冒険者達を叩き潰したとはいえ、ここは(ソーマ・ファミリア)の本拠地。

 気を抜いていい訳がないのです。

 

主神(ソーマ様)の居室まで案内します。ついて来てください」

 

 リリの先導でソーマ様の部屋まで移動します。

 足を掴まれて思いっきり引きずられながら持ち運ばれているザニスから目を逸らしながら、リリは進みました。

 流石に可哀想じゃないですか?

 

 

 

 

 

 バァン!と扉が乱暴に蹴り開けられます。

 蹴り開けた張本人、灰様は悪びれた様子も見せずに「邪魔するぞ」とずかずか侵入していきます。

 壁には無数の棚と棚に並べられた酒瓶(ソーマ)、床には大きな鍋と酒造りに使ったのでしょうか、様々な素材が破片となって散らばっていました。

 ここはソーマ・ファミリア主神、ソーマ様の居室です。

 しかし部屋の主、ソーマ様は物音にも闖入者にも微塵も興味を示さず、何も起きなかったかのように酒造りをする手を止めることなく、いえ視線を向けることなく酒造りを続けていました。

 

「ソーマ...ソーマ!!

 

「なんだ騒がしい...ヘスティアか」

 

 ですが、流石のソーマ様もヘスティア様(同じ神)からの声を無視することは出来なかったようで、鍋に向けていた視線をヘスティア様へと向けます。

 

「君の所の子どもについて話が有る!」

 

「話はザニスを通せ、ファミリアの運営は全て()()に任せてある」

 

「そのザニス君が話にならないから直接話をしに来たんだ!」

 

 しかし、言葉が届くことと話が通じることはまた別です。

 ヘスティア様は必死にソーマ様へと声を掛けますがにべもなく流され、そんな神様二人の後ろで灰様達は「やはり叩き起こして...」だの「渋るようなら腕の一本も...」だの恐ろしい事を話しています。

 

 一見するとヘスティア様が懇願しているようにも見えるこの状況。

 ですが、実際にはソーマ様がこの状況からどうにかする方法などありません。

 ならばこのまま待っていれば、リリはソーマファミリアを脱退してヘスティア・ファミリアへと【改宗(コンバージョン)】出来るのでしょう。

 ならば、このままいるべきなのです。

 分かってはいるのです。

 

 ですが、リリの脳裏によぎるのは、初めて【廃教会(ベル様の拠点)】へと行ったあの日の言葉。

 

 『リリはリリの力でソーマ・ファミリアから離れてこそ、本当に胸を張って生きていけるのだと思うのですよ』

 

 正直に言えば、あの言葉はベル様にならともかく、灰様達に借りを作りたくない(関わり合いになりたくない)という思いが多分に含まれていました。

 それでも今は違います。

 ただ流されるがままにヘスティア・ファミリアへと入るなど。

 それで本当にリリはベル様の仲間になれたと言えるのでしょうか。

 

 リリは覚悟を決めソーマ様へと声を掛けます。

 

「ソーマ様。リリはベル様の力になりたいのです。どうかヘスティア様のファミリアへと【改宗(コンバージョン)】することを許してください」

 

「...」

 

 無感情なソーマ様の瞳がリリを射抜きます。

 

「...お前が俺の子ども(ソーマ・ファミリア)だと言うのならば、分かっているはずだ。ファミリアの全ては団長(ザニス)に任せてある...だが」

 

 ヘスティア様の言葉も、灰様達の言葉も、リリの懇願もソーマ様の()を揺らすに足りず。

 ですが、ソーマ様は傍に置いてあった酒瓶からコップへとなみなみと注ぎます。ソーマ様の作ったお酒【神の酒(ソーマ)】を。

 

()()を飲み干した後...お前が同じことを口に出来るのならば...その言葉を聞こう」

 

 リリの手の中にある酒杯。

 その中には一口でも(子ども)を壊すのに十分な【神の酒(ソーマ)】がなみなみと注がれています。

 

 躊躇は一瞬でした。

 いえ、一瞬も躊躇してしまったと言うべきでしょう。

 

「止めるんだ。サポーター君、いやリリルカ君!!」

 

 目を見開きリリを止めようとするヘスティア様を

 

「...」

 

 無言でこちらを見てくる灰様を

 

「む...一体何が...「もう一度寝ていろ」」

 

 意識を取り戻そうとしたザニスをもう一度眠らせた焚べる者様を

 

「蛞蝓擬きが...」

 

 そして射殺さんばかりの眼光でソーマ様を睨みつける、ですがリリの行いを止めようとはしない狩人様を見ました。

 

 ああ、リリは幸せです。

 リリの身を案じて下さる神様(ヘスティア様)に出会えました。

 リリのしたい事を理解して、その覚悟を尊重してくれる方(灰様達)に出会えました。

 そして、リリの全てを捧げても全く惜しくない方(ベル様)に出会えました。

 

 そのまま手の中にある酒杯に口をつけ一息に飲み干します。

 視界が歪み、立っている事もままなりません。

 そのままリリの意識は溶けて消えてしまいました。

 

 

 

 

 

 最初に感じたのは甘美な旨味。

 美味しいと言う言葉では言い表せない程に美味しいのに、美味しいと言う言葉以外で表せない極上の、いえ天上の味。

 正しく【神の酒】の名に違わぬ旨味の極致。

 

 次いで感じたのは眠りにも似た酩酊。

 リリの心にこびりついた過去の悲しみも、苦しみも、憂いも、喜びも、全ての思い出が霧の向こう側へと遠ざかってしまったかのように何も思い出せない、安らかな夢のような酔い。

 これを味わってしまえば何をしたとしてももう一度【神の酒(ソーマ)】を飲もうとするでしょう。

 

 そうしてリリの覚悟など全て溶かされ、体から流れ出てしまいました。

 まるで骨が溶けてしまったかのようにグニャグニャになって、地面に倒れ伏しているはずですが、その脱力しきっている状況そのものがこの上なく心地よい。

 【神の酒(ソーマ)】を飲めない、この心地よさを得られないこと以上の恐怖など存在しないと言い切れるだけの心地よさ。

 

 仕方がない、と。

 リリの僅かに残った理性は言います。

 こんなものに、【神の酒(ソーマ)】に人の身(子ども)が抗えるわけがないのです。

 ただ、この心地よさに身を任せてしまえばいいとリリの知性は言うのです。

 

 ですが、どうしてでしょう。

 叫びが聞こえます。

 リリの体の奥。

 グニャグニャになったその奥にあるナニカが叫ぶのです。

 違う、と。

 

 (リリ)は知っている、と。

 この【神の酒(ソーマ)】よりも美味しい物を知っている、と。

 

 あり得ません。

 リリの人生で口にした中で間違いなく最も高価な物(ソーマ)に勝るようなものなど存在するはずがありません。

 リリの全てがその言葉を否定しようとします。

 ですが、リリの魂は叫ぶのです。

 「ベル様達と【廃教会(ベル様達の拠点)】で食べた食事はもっと美味しかった」、と。

 

 リリが願い続けた眠りにも似た酩酊。

 この価値はこの上ない価値があります。

 それこそリリの持つすべてを、いえ人生そのものを対価にしたとしても惜しくありません。

 

 ですが、やはり叫びが聞こえるのです。

 違うと。

 酔いとは違う熱を持った声が聞こえるのです。

 

 決して、決して。

 何を目の前に積み上げられたとしても【ヘスティアメダル(ヘスティア様から頂いた物)】を差し出すことなど出来ないと。

 ヘスティア様から頂いた、灰様達に認めて頂いた、ベル様と家族になったこの証だけは何があろうと手放すことはない、と。

 

 リリの全ては溶けました。

 ですがそれでもベル様への想いだけは残っているのです。

 ならばそれを杖に再び立ち上がれます。

 

 リリが立ち上がると目の前に私がいました。

 いつかの悪夢を思い出すような状況。

 しかし今のリリには目の前の私が何なのか分かっています。

 

「あなたは私。私の魂(リリルカ・アーデのソウル)

 

 リリのソウルは頷き、そして怯えた表情になります。

 

「ヘスティア様を、灰様達を、ベル様を信じています。ですが本当に、本当に未来とはこの安らぎを失ってでも手に入れようとするだけの価値がある物なのでしょうか」

 

 リリは分かっています。

 目の前のリリ(ソウル)の言葉はリリの魂からの言葉。

 【神の酒(ソーマ)】よりもベル様達と食べた食事が美味しかったと言う叫びも、リリの持つヘスティアメダルは何にも代えられない価値があるという熱も、そしてこの酔いから醒めるのが恐ろしいと言う怯えも。

 全てリリの心からの本音です。

 

 俯いてしまったリリのソウルの手を握ります。

 未来は恐ろしいです。

 ですが、それでもと言い続けるのです。

 ベル様はそうしていますから。

 ベル様について行くにはそうするしかないのですから。

 

「恐ろしい事なんて幾らでもありますよ。ですが今ここで立ち上がらないことの方が恐ろしいのです」

 

 (リリ)を鼓舞するようにリリは口にします。

 

「あるのですか?もっと恐ろしいことが。

 そして安寧()から覚めなければならない理由が!」

 

 リリ()が怯えた様に叫びます。

 

「ありますよ?

 ベル様の力になれない事、足を引っ張ってしまう事、この想いを失ってしまう事。

 ...ですが差し当たってはこのまま夢の中にいると(寝ていれば)降りかかるだろう狩人様の怒りが恐ろしいです」

 

 僅かな茶目っ気を加えてウインクを一つすれば、(リリ)が呆気にとられたような顔になります。

 

「それは...恐ろしいですね」

 

 (リリ)が再び恐ろしいと口にしました。

 ですがその言葉には先程までの怯えはありません。

 

「ええ、怖いです。ですから起きますよ私」

 

 目覚めます。

 恐れも、惑いも、不安も。

 全てリリ()だと認めて。

 

 

 

 

 

 

 

「...目覚めなかったか。ならば話は終わりだ」

 

「ッ!!

 だとしても!サポーター君はボク達の家族だ!

 たとえこんな状況でも【改宗(コンバージョン)】は...「勝手に...諦めさせないで...頂けますか?」サポーター君!?」

 

 目覚めと共に聞こえてきたのはソーマ様の落胆したような声と、ヘスティア様の今にも泣きだしそうな声。

 乾いて動かしにくい口を何とか動かします。

 

 頭が痛いです。

 視界が定まりません。

 地面が揺れています。

 そう、詰まる所これは二日酔いッ!!

 

 いえ、冗談ではなく。

 それほどお酒に強い訳でもないのに【アルコール(神の酒)】を一気飲みしたせいで急速に酔いが全身に回り急性アルコール中毒を起こしたのでしょう。

 とは言えそれは想定内。

 狩人様から借り受けている聖歌の鐘を【神の酒(ソーマ)】を飲み干すと同時に鳴らし、出来る限りの回復を図ったのですが、リリの精神力では二日酔い程度に収めるので精一杯だったようです。

 

 ですが、リリの行いは間違いなく神の上を行きました。

 ヘスティア様はリリに抱き着くようにして無事を確認しており、ソーマ様も髪の奥に秘められた瞳が見開かれているのが分かります。

 ...あの、ヘスティア様?そんなに揺さぶられると気持ち悪くなります。

 

 何とかヘスティア様の抱擁から抜け出し、ソーマ様へと言葉を突きつけます。

 

「リリは約束を果たしました。ソーマ・ファミリアからの脱退(リリの願い)認めて(叶えて)ください」

 

「.........分かった」

 

 リリの言葉にソーマ様は深く考え込んだ後、小さく承諾しました。

 

 眷族は全滅。

 (灰様達)は目の前に迫り、同胞(ヘスティア様)に詰め寄られている。

 ならばソーマ様にこの状況からどうにかする手段などないのです。

 ですからこの結果は必然なのです。

 

「...『神ソーマの名の下にリリルカ・アーデのファミリア脱退を認める。』」

 

 ようやく、です。

 リリはようやくソーマ・ファミリアから抜けられます。

 この時をどれだけ待ち望んで来たでしょうか、それこそ夢にまで見た情景です。

 このファミリアに苦い思い出こそあれど、優しい思い出などありません。

 ソーマ様に恨みこそあれど感謝の念などあるはずもないのです。

 

 なのに、どうしてでしょう。

 小さくソーマ様が呟いた言葉が耳から離れません。

 

 幸せにおなり。

 

 何をいまさら。

 そう怒っていいはずなのです。

 言われなくとも。

 そう目を背ける権利がリリにはあるはずです。

 ですがリリの瞳はソーマ様、陰気で()()()()美貌をもじゃもじゃの髪で隠すその方から離れないのです。

 

『だがな...だが、あの方は違うだろう。あの方はただ酒造り(自分のしたいこと)をしているだけ。その願いを汚したのは俺達(眷族)だ』

 

 チャンドラの言葉が耳の奥から響きます。

 そう、なのでしょうか。

 リリ(眷族)がそうであったように、ソーマ様(主神)もまたリリ達(眷族達)へと失望した出来事があったのでしょうか、そうして期待しないようになったのでしょうか。

 もし何かが違えばソーマ・ファミリアはもっとましなファミリアに成り得たのでしょうか。

 

 そんなことを考えながら、リリは止まらない涙を拭っていたのです。

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

この章最大の馬鹿は誰かと聞かれれば
私はこう答えます
ザニス(ソーマ・ファミリア団長)だと

実は32話でザニスはあくまでリリ(とカヌゥ達)がヘスティア・ファミリア(灰達)と揉めたとしか言っていません
ええ、つまりは思いっきり灰達が施した由縁隠しの秘匿に嵌っており、ベルとヘスティア・ファミリア、ひいては灰達の存在が結びついていません
リリを攫った?(まあ一応団長なのでヘスティア・ファミリアにつかまっていた団員を助けただけと言い訳できる範囲ではあるのですが)のもあくまで無名のルーキー(ベル・クラネル)が団長をしているファミリアから取り戻しただけのつもりです
奇跡的な馬鹿ですね

ベル君の存在とヘスティア・ファミリアが結びつかない──正確には灰達が施した由縁隠しの秘匿に嵌っている──くらいの情報力に
アポロン・ファミリアの誘いに乗るほどの浅い考え
灰達が──襲撃目的だったとしても──やって来ただけで襲い掛かり、ただでさえ少ない兵力を分けて別動隊とか作って九郎たちを狙わせる悪い意味での思い切りの良さ
その様子はさながら団長降格RTAでもやっていらっしゃる?
と言いたくなる様です

実はザニスが灰によって気絶させられた後
ソーマの居室まで案内しろ!
嫌?なら足か腕のどっちかを選べ選ばなかった方をへし折る
と尋問される予定だったのですが書き終わってから気がつきました
リリがいるからザニス叩き起こす必要ねえ、と
結果ザニスの出番は減りました
やったねザニス五体満足で生きながらえたよ

まあぜんりょうないっぱんぼうけんしゃである火の無い灰達は
偶々見つけたソーマ・ファミリアの不正の数々の証拠付きでザニスをギルドに突き出すのですが
牢屋の臭い飯は灰達に狙われながら食べる食事よりも美味しいでしょう
良かったネ!

そんなことを言いながら後書きを終わりにしましょう

それではお疲れさまでしたありがとうございました



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仲間の覚悟

うごごごご
うごごごごごご
うごごごご


SIDE 命

 

「...」

 

「命...」

 

 ロキ・ファミリアの拠点に間借りをしているヘスティア・ファミリアへ手助けから帰ってきてから私はずっと悩んでいました。

 

 ヘスティア・ファミリア、いえベル殿との出会いは到底良い物とは言えませんでした。

 私達が仲間(千草)を生かす為にベル殿達へと【怪物進呈(パス・パレード)】を行ったのが始まりなのですから。

 

 ベル殿達と再会したのは18階層、リヴィラの街でのことでした。

 18階層から地上に帰れなくなっていたベル殿達を迎えに行ったのですが、そんなものは贖罪にはならないでしょう。

 そもそも私達が【怪物進呈(パス・パレード)】をしなければベル殿達が18階層へと至ることもなかったのですから。

 

 故に私は罪を償う為に腹を切る覚悟で居ました。

 その権利がベル殿達にはあり、その義務が私にはあったはずです。

 ですが、ベル殿は私達を許しました。

 ベル殿はそうなることを狙ったのではないでしょうが、その言葉は優しく故に厳しい言葉でした。

 私達は【ベル殿に許された私達】を許す為に、より一層の精進を強いられたのです。

 

 そんな時に起きたヘスティア・ファミリアの窮地。

 「今こそ修練の成果を見せる時」と言う思いがなかったとは言いません。

 ですが引き受けた灰殿達のソーマ・ファミリア襲撃の間の警備。

 そこで私はただ狼殿(師匠)が襲ってきたソーマ・ファミリアの冒険者達を一蹴する様を見ていただけでした。

 

 一つの考えが拠点に戻ってからも頭から離れません。

 幾度となく悩み、幾度となく否定し、それでもなお拭いきれない考え。

 遂に私は口にしました。

 

「タケミカヅチ様...一つお願いがあります。【改宗(コンバージョン)】をお許しください」

 

 「命!?」と同席していた仲間達から悲鳴のような叫びが上がります。

 当たり前と言えば当たり前でしょう。

 ある意味では裏切りともいえる言葉なのですから。

 

「重ねてお願いします。どうか【改宗(コンバージョン)】を、ベル殿の力になることをお許しください」

 

 立ち上がろうとする桜花達を手で制し、タケミカヅチ様へと頭を下げる。

 タケミカヅチ様からの返事はない。

 

 どれだけ時間が流れただろうか、一秒か、十分か。

 頭を下げたままの私へとタケミカヅチ様が声をかける。

 

「ヘスティア・ファミリアはお前の力を必要としていない...分かっているな」

 

「はい」

 

 私は強くなりました。

 強くなったはずです。

 【ベル殿に許された私達】を許す為に、【私達を許したベル殿】に恥じぬ為に。

 

 ですがベル殿達が一時の宿としている【黄昏の館】での一幕は私に現実を突きつけます。

 強くなった?

 それで?その強さは師匠(灰殿)達に追いつけるものか?

 答えは考えるまでもありません。

 幾ら強くなったとはいえ師匠(狼殿)に追いつける訳がない。

 思い上がった頭に冷や水をかけられた思いでした。

 

 故にこそ分かっています。

 私の力は必要ではない。

 

「ならば恩に報いる為か?」

 

「いいえ」

 

 先日の中層での【怪物進呈(パス・パレード)】。

 結果として誰も欠けることなく済みましたがそれは結果論。

 ベル殿達(ヘスティア・ファミリア)には私達(タケミカヅチ・ファミリア)に報復する権利があります。

 それを為さず、私達を受け入れてくれたベル殿には返し切れない恩があると言っていいでしょう。

 それどころか18階層での戦いでも結局のところベル殿に頼ってしまったことを考えれば恩を返すどころかむしろ増えています。

 ですがそれが理由ではありません。

 

「ならばベル・クラネル(ヘスティアの子)に魅了されたか?」

 

「いいえ」

 

 ベル殿はヘスティア・ファミリアの団長(灰達の上に立つ人物)に相応しいとは言えない。

 他ならぬベル殿自身がそれを自覚している。

 だが、だからこそベル殿はヘスティア・ファミリアの団長に相応しい。

 万人を率いて進む人物ではなく、傍にいて支えたい(助けたい)と思わせる人物だ。

 私もダンジョンに同じく潜る中で見せられていったのは否定しない。

 だがそれだけではない。

 

「私がベル殿の力になりたいのは()()()()()()()しか知らないからです」

 

 ベル殿には私の力など必要ないのかもしれない。

 ヘスティア・ファミリアへの恩を返す方法はもっと良い物があるのかもしれない。

 だが、私に出来ることなど()()しかない、これしか知らない。

 

 つまる所ただそれだけなのだ。

 私は、ヤマト・命は、それしか知らない。

 必要でないからと言って、力が足りないからと言って他の方法で恩を返す生き方など知らない。

 そいう言う生き方しかできない。

 そうでなければヤマト・命はヤマト・命で居られない。

 

「決意は固いのか」

 

「はい」

 

「ならば俺のかける言葉は一つだけだ。無事に戻ってこい」

 

「ありがとうございます。この命全身全霊をもってベル殿を助けてきます」

 

 

 

 

 

SIDE ヴェルフ・クロッゾ

 

 打ち続けたそれを水に浸ける。

 蒸発する音と共に水蒸気が部屋に広がる。

 そしてそれが晴れた時、俺の目の前には美しい刃があった。

 

 完成したそれを直接手に取り眺める。

 歪み、傷、いや曇りすらない美しい刀身。

 見ただけで分かる業物。

 ランクアップと同時に手に入れた【鍛冶】のスキルによって俺の腕は一段階上に上がった。

 それこそこれまでの作品とは一線を画すものが作れるほどに。

 

「俺の最高傑作...とは言いたくねえな」

 

 だが、俺にとっての最高傑作には成り得ない。

 俺の脳裏に浮かぶのはベルと共に夕日に照らされたベルの為に打った短刀(【牛若丸】)

 俺の鍛冶師としての最高傑作(運命)

 その題を冠する物を今まで作ってきた作品の中から探すとするのならばあの短刀の他はあり得ない。

 

 鍛冶師、或いは芸術家にも通ずる話だが、その人物にとっての最高傑作と言うのは本人の意思、腕に関係のない所が大きいと言われる。

 自分がこう作ろう、ああしよう、と思って作ったのではなく、むしろ何かに急かされるような、何処からともなくやって来た...それこそ神の意志とでも言うべきものに命じられるがままに腕を動かした果てに完成していた物。

 それが最高傑作という物だ。

 運命めいたものに導かれて作ったあの短刀と比べれば、この刃など数打ちの無銘にすぎない。

 

 とは言え、それがある種の俺の贔屓目によるものだとも分かっている。

 これを打ったのは俺の意思だ。

 だが、これが俺の作品だと胸を張れるものではない。

 出来上がった作品の出来栄えと、その要因であるスキル(【鍛冶】)への喜びと悲しみ、そしてベルの力になってやれると言う希望と、こんなものでしか力になってやれないと言う失望。

 様々な思いが渦巻く心の中。

 どうすればいいのか悩む俺の手から刃が奪われる。

 

 一体誰が、と思って後ろを振り返るとそこには俺の主神、ヘファイストス様が出来栄えを確かめていた。

 

「今までよりも良い物が出来たようね。

 それにしてもどういう心境の変化かしら...あなたが魔剣を打つなんて」

 

「貴女の言葉でしょうよ【自分の矜持と仲間を天秤にかけるのは止めなさい】」

 

 ためつすがめつ、様々な方向から俺の打った魔剣を眺めた後満足いったのかヘファイストス様は俺に魔剣を返す。

 その表情は驚いたようにも、満足しているようにも見える。

 

 ヘファイストス・ファミリアは入団前に主神たるヘファイストス様が自ら作り上げた作品を見せられる。

 文字通りの神の腕を持つ鍛冶師の作品。それは神の力を一切使わず打たれた(人と同じように作った)にもかかわらず鍛冶の極みを魅せる。

 そんな物を見せられた人の反応は大きく分けて三つ。

 

 一つ

 あれに届くわけがないと心折れファミリアに入団することすらなく鍛冶師としての道を己から断つ者。

 

 二つ

 決して届き得ない高みを見てそれを打ったヘファイストス様に僅かでも認めてもらおうとする者。

 

 三つ

 鍛冶技術の極み、究極の作品を見てなお、いやだからこそそれを超えんと奮起する者。

 

 俺は奮起し、そして誓った。

 必ずこれを超える作品を作って見せると。

 俺にとって魔剣と言うのは決して認めることの出来ない武器、いやそれ以下の道具だ。

 だからこそ打つこと自体を忌避し、疎み続けた。

 そんな俺が変わったのはヘファイストス様とベルのおかげだ。

 

「そう。ヘスティアの子ども(ベル・クラネル)はあなたの矜持を曲げるに足る(子ども)だったのね。

 ...あなたが【改宗(コンバージョン)】したいと言ってきたのもその所為?」

 

 疲れたような顔でヘファイストス様は俺に声をかける。

 その手にはメモが握られていた。

 俺が書いた『【改宗(コンバージョン)】を許してほしい』と書かれたメモが。

 

「ええ。許してもらえますか?」

 

「一応聞いておきたいのだけれどそれはアポロン・ファミリアとヘスティア・ファミリアの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】が理由よね」

 

「はい。俺はベルの力になりたい」

 

()()だけじゃ足りないってことかしら」

 

 俺が手元に戻って来た魔剣を置いた先、机の上を指さしながらヘファイストス様が確認をする。

 その机の上には両の手の指では足りないくらいの魔剣が置かれていた。

 売れば一財産を築くのに足るだろう。

 使えば国を落とす...とまでは行かなくてもアポロン・ファミリアの冒険者達ぐらいならまとめて薙ぎ払うに十分だろう。

 

 だが、まるで足りない。

 ヘスティア・ファミリア(今のベル達)は金なんて必要としていない。

 ヘスティア・ファミリア(灰達)に戦闘力なぞ必要でない。

 

「鍛冶師として私のファミリアに残る方が大成できることも、あなたを必要としていないことも...」

 

「分かっています。分かっています」

 

 口うるさい母親の話を遮るような形になってしまったが本当に分かっている。

 

 たとえばファミリアの問題。

 俺だとか、団長(椿)だとかもそうだが、ヘファイストス・ファミリアの鍛冶師と言うのはただ武器を打つことしか考えていない鍛冶バカばかりだ。

 だが少し考えればわかる。ただ鍛冶をし続けているだけでは生活は成り立たない。

 そんな馬鹿の代わりに装備の流通から素材の補充、設備の管理までファミリアはしてくれている。

 鍛冶師としての成功、いや成長を考えれば間違いなくヘファイストス・ファミリアに残るべきだ。

 

 例えばヘスティア・ファミリアの有する戦力。

 俺達の主神であるヘファイストス様はかつてヘスティア様(ベルの主神)その眷族(灰達)をこの拠点に住まわせていた。

 だからこそ灰達についての様々な逸話を知っているし、俺も聞かされてきた。

 他にもベルの奴から漏れ聞こえてくる先輩(灰達)の話。

 

 嘘だろ!?と、語り部の為人(為神)を知らなければ誇張された嘘だと断じる様な話を知るからこそ、俺は少しばかり灰達について詳しい。

 たとえあの話の1/10の戦闘力だったとしてもアポロン・ファミリアに勝ち目はない。

 

 もっと言えば俺が【改宗(コンバージョン)】してまでベルの力になろうとしなくても俺の作った装備(魔剣)を渡すだけでベルの奴は喜ぶだろう。

 それどころか「こんなに手伝ってくれてありがとう」と嬉しそうにするあいつの顔が目に浮かぶ。

 だが...だ。

 

「分かってんですよ。ですけどね、俺は納得できないんですよ。

 ここで要らないからってベルの事を見捨てれば()()納得できないんですよ!」

 

 そう、つまりはそういう事だ。

 18階層で俺はベルに矜持を預けた、ベルの事を矜持を預けるに足る人物だと信頼した。

 だと言うのに、今更ベルの事を見捨てるなんて裏切りだ。

 俺の信念は『使い手を裏切るような装備(使い手を残して壊れるような武器)はあっちゃいけない』だ。

 なら(鍛冶師)ベル(仲間)を裏切るような真似は出来ない。

 

「設備が整っていなくても、環境が悪くても、いや何もなくても俺のこの心の火が消えなければ何処だって打てるんですよ。

 逆にどんなに整った環境だったとしても心の火が消えちまったら俺はもう鍛冶師をやってられないんです」

 

 確かにヘファイストス・ファミリアは鍛冶師として最高の環境が整っているだろう。

 だがここじゃなきゃ俺は鍛冶師をやれないのか?

 違う。

 俺が鍛冶師をするのに必要なのは環境じゃない。想いだ。

 

「そう...決意は固いのね。なら何も言う事はないわ」

 

「っ!ありがとうございます」

 

 俺の決意が固いことを見て取ったか、ヘファイストス様は【改宗(コンバージョン)】を受け入れてくれた。

 背中に「どうして私の子ども達はみんな頑固なのかしらね...」なんて呟きを受けながら俺は決意を新たにした。

 

「ベル。俺はお前を信じるぜ」

 

 

 

 

 

 

SIDE リリルカ・アーデ

 

「それではリリもベル様の元...はれ?」

 

「おっと、大丈夫か?」

 

 【改宗(コンバージョン)】も終わったことです、さあベル様の元に!!

 と気合を入れたのは良かったのですが、その歩みは第一歩から躓きました。

 

 揺らぐ地面に歪む視界。

 バランスを崩しそのまま転んでしまうかと思った時、灰様に受け止められました。

 体勢としては灰様に抱きしめられているような形です。

 全身を灰様に預ける形になり、もし灰様がその気になればいつでもリリを拳の中の小鳥の様に、いえ羽虫の様に殺せるでしょう。

 

 正直に言いましょう。

 リリは18階層での戦いを通してなお灰様達のことを信用できませんでした。

 そして本音を言えば今でも、いえこれからもベル様の様に無邪気な信頼を向けることは出来ないと思っています。

 ですが、ですがわざわざリリを助けに来てくれた灰様達を、ベル様のお願いを聞いて無闇な暴力を振るわなかった灰様達を、そしてリリの決断を尊重してくださった灰様達を信じたいと思っています。

 

 難しいでしょう。

 灰様達への想い、と言うよりはリリの魂に刻まれた強者への不信感。

 或いは意思疎通が出来て仲良くなり、こちらを襲わないと確信できたとしても、モンスターを相手に完全に警戒を解けるか?と言う話です。

 それでもリリは灰様達を信じたい。

 そう思っていた時でした。

 

「では乗ると良い。ミラのルカティエルの名に恥じぬ乗り心地を約束しよう」

 

「えーっと?どういうことです?」

 

 気がつけば目の前にしゃがんで背を向けた焚べる者様がいました。

 何が起きました!?

 

「まだ本調子じゃないんだろう?ならおぶってやるよ」

 

 リリの疑問に答えたのは灰様。

 リリが考えこんでいる間に灰様達はじゃんけんで誰がリリをおぶるかを決め、焚べる者様がその権利を勝ち取った...という事らしいです。

 

 視線をケラケラと笑う灰様から目の前の焚べる者様の背中に移します。

 大きく、そして広い背がリリを待っていました。

 頼りがいのありそうなその背を見てリリは息を吸い込み...

 

他の人にしてもらっていいですか(チェンジで)

 

「何故ぇ!?」

 

 そして宣言しました。

 

 心底驚愕と言った声が仮面の奥から響きます。

 その声の主絶望を焚べる者様を見つめます。

 過酷な旅路にも耐えうるだろう質の良いベストを身に纏ったその背中は頼りがいのありそうです。

 

 思えば商会を開いているとかいう噂を聞いたことがあります。

 曲がりなりにも人の上に立つ人物。

 ならばそれなりのオーラとでも言うべきものの一つも纏っているのでしょう。

 ですがそんなものなど掻き消して有り余るほどのうさん臭さ(不審者感)が凄いです。

 

 いや、おぶってもらう側の人間の言葉じゃないかもしれませんがほかに選択肢があるのならそっちを選びたいです。

 

「仕方がないな...私に乗ると良い」

 

 打ちひしがれた焚べる者様を脇に避けて次に出てきたのは狩人様。

 夜に溶けてしまうのではないかと思う程黒いコートを見つめ...

 

次の人お願いします(チェンジで)

 

「何故だッ!?」

 

 宣言します。

 

 この距離からでも臭う血の臭い(返り血)

 狩人様のコートは返り血を落とす為に撥水性に優れたコートだと聞いた覚えがあります。

 そんなコートが必要になるほど血を浴びる狩人様に驚けばいいのか。

 それともそんなコートを着ていてもなお臭う程の返り血を浴びている狩人様に驚けばいいのか。

 或いはこれだけ臭っているというのに洗濯にも出さない狩人様に嘆けばいいのか。

 

 何れにせよ間違いなくこの中で一番背負われたくない人です。

 リリにだって選択する権利ぐらいはあると思います。

 

「つまり俺をご指名か?」

 

 ひっひっひと笑いながら打ちひしがれている焚べる者様と狩人様(仲間)を押しのけて現れたのは灰様。

 その強固さを顕示するかのような鎧を一瞥し

 

鎧脱いでもらえますか?(チェンジで)

 

「我儘だなおい」

 

 宣言します。

 

 リリの知る限りいつも身に着けている鎧は間違いなくおぶられ心地が悪いです。

 人柄はまあ、一番マシかもしれませんが鎧はいただけません。

 苦笑した灰様は鎧を脱ぎ、その代わりに新たな装いを着込みます。

 リリでは手からしかできないソウルへのアイテムの出し入れ(ソウルの業)を全身ですることで、装備を一瞬で切り替えたのです。

 

 分かってはいたことですけれど灰様ってホント無茶苦茶ですよね。

 ソウルの業が滅茶苦茶なんじゃなくてそれを使う灰様が滅茶苦茶な気がしてきました。

 灰様も言っていましたしね「俺達の時代じゃありふれた技術だった」って。

 ...いえ、正気に戻りなさいリリルカ・アーデ。ソウルの業は十二分にヤバい物ですよ。

 

 閑話休題。

 今目の前には鎧を脱いだ灰様がいます。

 ええ、鎧を脱いで代わりに棘だらけの鎧(棘の鎧)を着た灰様が。

 

「...」

 

「...」

 

 じりっじりっ、と灰様が無言で距離を詰めリリは同じだけ距離を離します。

 リリが後ろに下がると同じだけ灰様は前進します。

 無言のまま睨み合い、周囲に緊張が走ります。

 

「っ!!」

 

 汗が頬を伝って落ちると同時に全力で逃げだします。

 

「フハハハハハ。待てよ~」

 

「何で追いかけてくるんです?なんで追いかけてくるんです!?」

 

 リリの必死に叫びも灰様の笑い声に掻き消されます。

 こんちくしょう。

 誰ですかこんな人(灰様)を一番マシなんて言ったのは。リリでした!!

 

 リリと灰様の追いかけっこを止めたのはヘスティア様の鶴の一声でした。

 

「全く、灰君は全く。狩人君と焚べる者君もだ、止めるくらいしてもいいだろうに!」

 

 流石はヘスティア様です。

 灰様達を並べて正座させている姿はヘスティア・ファミリア(灰様達)の主神の風格があります。

 リリは今生まれてから一番(超越存在)に感謝していますよ。

 

「そんなにおぶる人が決まらないのならボクがおぶろう」

 

「「「「えっ...」」」」

 

「え?」

 

「いやほら、神様(超越存在)におぶってもらうとか流石に...ちょっと」

 

「主神にだけ働かせているとか噂されると眷族としてちょっと...」

 

「こう...体格的な問題もあるしちょっと...」

 

「常識という物を身に着けて頂きたい所だな」

 

「なんでだよぉ!!」

 

 ヘスティア様の叫びが空にこだましました。

 

 

 




どうも皆さま

私です

難産です
難産でした
とんでもなく難産でした

出来る限り土曜の9:30に投稿しようと目標を立てていたのですがまるで書けませんでした
小説を書き始めてそろそろ一年になりますが
初めてですよ三回ぐらい一から書き直したのは

思えば去年のお盆でした
小説を書き始めたのは
それが皆様に支えて頂きこうして一周年近く続いています
ありがとうございます
正直に言えばこんなことを言いながらこんな小説で良いのでしょうかと思わないでもないのですが
これが私の精一杯です
許してください

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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固唾は飲まれ開演の幕は落ちる

【戦争遊戯】

神々が地上に降りてきてから
人々の生活全ては神々の無聊を慰める余興となった
それは争い(戦争)も例外ではない
故に遊戯(ゲーム)の名を冠する

しかしファミリア間での争いとはかつての人と人との、国と国との争いよりも遥かに激しい物となった
或いはそれでも神々の争い(ラグナロク)と比べれば遊戯(おままごと)に過ぎないのだろうか


SIDE ヘスティア

 

 ボクは今迎えの馬車に乗っている。

 何でも長いオラリオの歴史の中には【戦争遊戯(ウォーゲーム)】当日になって主神以下ファミリア全員で夜逃げした、なんてこともあったらしく。

 【戦争遊戯(ウォーゲーム)】の参加者(当事者)である主神にはその日の朝に迎えが、眷族達には前日に【戦争遊戯(ウォーゲーム)】が行われる会場に入って準備が強要されるようになったらしい。

 

 だからボクは一人でこの馬車に乗っている。

 何とも退屈だ。

 ボクの耳に届くのは車輪が回るガラガラと言う音だけ。

 何とはなしに窓から外を見る。

 

「さあ、賭けろ賭けろ。勝因、敗因、時間。なんだっていい当たれば大儲け!」

 

「ヘスティア・ファミリアに50!」

 

「ヘスティア・ファミリアに100!!」

 

「これアポロン・ファミリアに賭ける奴いるのか?」

 

「今回の【戦争遊戯(ウォーゲーム)】。注目するべきは時間だ」

 

「どうした急に。

 まあ確かにな。本来攻砦戦において制限時間いっぱいまでもつれ込むことはほとんどない。

 その前に大勢が決まるからな」

 

「その通り。

 だが、今回は別だ。攻め手(ヘスティア・ファミリア)は幾重にも制限がかけられている。

 つまり防衛側(アポロン・ファミリア)にとって時間は味方だ...」

 

「おい、まさか...」

 

「アポロン・ファミリアに500!!」

 

 オラリオとその住()にとって【戦争遊戯(ウォーゲーム)】と言うのは一大イベントだ。

 馬車に乗っていてもその熱気は感じられる。

 あちらこちらから賭け事に興じる声が、或いは賭けの説明も兼ねているのだろうか今回の【戦争遊戯(ウォーゲーム)】についての解説をする声も聞こえてくる。

 

「他人事だと思って...」

 

 小さくため息を漏らす。

 幸いと言うべきか灰君達は【戦争遊戯(ウォーゲーム)】の為にオラリオの外にいるからボクの愚痴を聞いている人はいない。愚痴の言い放題だ。

 

「それでもこれから行くところよりはマシなんだろうなぁ」

 

 神々が集まり【戦争遊戯(ウォーゲーム)】を観戦する場所の騒ぎは街中の比じゃないはずだ。

 それを思えば気も重くなるという物。

 だが、馬車がそんなボクの気分をくみ取ってくれるはずもなく、無慈悲に目的地へと向かう。

 

 馬車で迎えをよこすというのは正しい選択だよ。全く。

 

 

 

 

 

 ボクが会場に入ると同時に四方八方から声の洪水が襲い掛かる。

 

「今日の主役の登場だ!」「何を見せてくれるんだ!?」「アポロンが可哀そうだと思わないのか!」

 

 聞こえる限りの歓声、声援、罵倒を全て無視して中央、【戦争遊戯(ウォーゲーム)】が映し出されるスクリーンが一番よく見える場所に陣取る。

 ボクに突っかかってきていた神々も、ボクが腕を組み目を閉じて反応をする気がない事を示せば、各々好き勝手な話を始める。

 

「やあ、ヘスティア」

 

「...アポロンかい」

 

 そのまま開始までの時間を潰すつもりでいたのだが、そんなボクに話しかけてくる神がいた。

 目を開ければこの騒動のもう一人の主役(原因)、アポロンがこちらへと手を挙げてあいさつをしているところだった。

 そのままボクの隣に座ろうとし...怯えたような表情になると少し離れた所に座った。

 

 その態度には拭いきれない怯えこそ見える物の、最後に見た時(臨時の【神会】)よりも随分と顔色が良く見える。

 それこそ途中で泣き出したり、笑いだしたり、気の触れた様子での御登場も想定していた身としては驚きを隠せない。

 故に隠すことなくその理由を尋ねる。

 

「意外だね?もっと見苦しい様子を見るものだと思っていたよ」

 

「そうかね?ならば私の虚勢もあながち捨てた物でもないようだ。

 今全身全霊をもって勝利を掴もうとしている子ども達に顔向けできないような姿を見せる訳にはいかないと、なけなしの精神力を振り絞っているのだよ」

 

 事ここに至れば、私達(主神)の出来ることなど子ども達(眷族)を信じる事だけだろう? と笑うアポロンは間違いなく良い主神だろう。

 だが、今眷族(ベル君)を奪われようとしているボクにとっては酷く癇に障る言葉だ。

 

「他所のファミリアから子ども達を奪ってきたにしては随分と殊勝な言葉じゃないか」

 

「それは違うぞ、ヘスティア」

 

 だからこそ常ならば噤んだろう言葉を敵意(悪意)を持って口にする。

 子ども達(眷族)を信じる?その眷族は元々他の誰かの眷族だろう?と。

 

 言うまでもない事だが、未知との出会いを求め地上に降りてきたボク達(神々)にとって眷族(自分の子ども)と言うのは一等可愛いものであり、特別な意味を持つ子ども達(人間)だ。

 その子どもを奪う真似は神々の間(ギルド)で禁じられてはいないとは言え、そんな方法で眷族を集めているアポロンへの視線は冷たい。

 だが痛い所を突かれたはずのアポロンはむしろ強い意志を感じさせる瞳で反論した。

 

「確かに私は多くの子どもを他所のファミリアから奪った。それは認めよう。

 だが私はこの子どもとならばより強力な絆が結べると確信した(思った)から奪い、そして私の為に最善を尽くしてくれると信じる程に愛してきた自信がある。

 そうでなければ誰かの元より子供を奪うような真似はしないよ。

 だからこそ私は誰よりも私の子どもと私の想い()を信じている」

 

 アポロンは一片の曇りもない口調で言いきった。

 ...ボクはアポロンと、そのファミリアのことを少し誤解していたのかもしれない。

 

 アポロン。

 天界でボクとご近所(同郷)だった太陽神。

 彼は自分の眷族(奪った眷族)を愛している。

 自分の(欲望)を一かけらも疑わず、全てをもって愛するからこそ(想い)を返されるのだと信じている。

 その在り方は正しく全ての者を平等に愛する太陽神(降り注ぐ太陽)なのだろう。

 

 そしてその眷族達もその愛に応えようとしている。

 灰君達(ボクの眷族)

 間違いなくオラリオでも敵対した時の容赦のなさで言うのならば最悪の相手を敵に回すことになってもアポロンの子ども達はアポロンの命に従い、或いは敵対した今でもボクの知る限り脱退するだとか諦めることなく勝利を掴もうとし続けている。

 それは主神(アポロン)には逆らえないだとか、今更一抜けを灰君達が許さないという事情もあるのだろう。

 だが、眷族達にアポロンの想い()に応えようとしている意志があるというのもその理由の一端のはずだ。 

 

 主神()眷族(子ども)を慈しみ、眷族(子ども)主神()の想いに答える。

 或いは(ボク達)(人間)との理想の関わり合いの一つ。

 それが確かに目の前にあったかもしれない。

 

「仮にも奪おうとしている子どもの主神(ボク)の前で言う言葉ではないよね!」

 

 だが、それはそれとしてとりあえず一発殴っておく。

 

 

 

 

 

 ボクがアポロンに殴りかかったことで【戦争遊戯(ウォーゲーム)】の前哨戦が始まったとでも思われたらしく、周囲の神々がボク達の勝負を賭けに使ったり、声援とも罵倒ともつかない声が飛んだりしたが、そんなボク達を止めるように鐘が鳴る。

 

 お昼(正午)の鐘。

 何時もならばお昼休憩の訪れを告げる鐘は僅かに常よりも早い。

 それは今回の【戦争遊戯(ウォーゲーム)】が正午に始まるからで、つまりはこの鐘は最終確認の鐘という事だ。

 

「ウラヌス、神の力の使用の許可を」

 

『許可する』

 

 いつの間にか魔道具(マイク)を握っていたヘルメスがウラヌスへと神の力の使用許可を求めると、何処からともなくウラヌスの声が響く。

 それと同時に目の前のスクリーンに、いやオラリオの街中、酒場、ギルド、ファミリアの拠点、ありとあらゆる場所にに今回の【戦争遊戯(ウォーゲーム)】の会場()が投影され、同時に今日の為にギルドが雇った実況の声が響く。

 

「さあ始まります!オラリオ中が注目する世紀の一戦。

 アポロン・ファミリア対ヘスティア・ファミリアの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】。

 

 実況はこの私。

 ガネーシャ・ファミリアの喋る火炎魔法こと【火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)】イブリ・アチャー。

 解説は我らがガネーシャ様です」

 

 ガネーシャ。

 オラリオの住人からの信頼厚い群衆の主を自称する男神、いやそれを自称することを許されるだけの実績を持つ好漢と言うべきか。

 ()格、ファミリアの規模、そしてギルドからの信頼も厚い善神だというのに、何故こう...センスが残念なのか。

 いや別にガネーシャ本()子ども(眷族)二つ名(【火炎爆炎火炎】)を名付けたわけでもないが...兎にも角にも玉に瑕と言う奴だろう。

 

 ベル君の二つ名(【未完の少年】)がまともなものになったことを改めて安心しながら、ガネーシャが「俺がガネーシャだ」と叫ぶの(いつもの)を聞き流しているとアポロンが口を開く。

 

「先ほども言ったが最早事ここに至って、私に出来ることは子ども達を信じる事だけだ。

 だが宣言しよう。

 

 最後に笑うのは私で、勝つのは私の子ども達(ヒュアキントス達)だ」

 

「...そうかい。

 正直言えば君が何を考えているかも、何の勝算があってこの戦い(【戦争遊戯】)へ挑んだのかも興味はない。

 ボクが言えるのはただ一つ。

 

 最後に笑うのはボクで、勝つのはボクの子ども達(ベル君達)だよ」

 

 ボクとアポロンが互いに睨み合い冷たい空気が周囲に振り撒かれる。

 だが、アポロンが言った通りだ。ボク達に出来ることなど子ども達を信じる事だけだ。

 大人しく再び席に着く。

 それと同時に再び鐘が鳴り正午を告げ、一際大きな声でイブリ君が叫ぶ。

 

「さあ、【戦争遊戯(ウォーゲーム)】開始です!!」

 

 それと同時にオラリオ中から音が消える。

 否、オラリオ中が固唾をのんで映像に見入っているのだ。

 画面に注目するあまり身じろぎの音も、いや呼吸すら忘れて時間が過ぎる。

 一秒、二秒...。

 だが何も起きない。

 十秒ほど経った時、止めていた息が安堵(失望)のため息となって吐き出される。

 

 オラリオ中でされている賭けの大本命。

 開始と同時に灰君がルールを無視して一撃を叩き込むことを期待(恐怖)していたのだろう。

 

「どうやら...何も起きない「ドゴオン!!」何がっ!?」

 

 実況(イブリ君)落胆(安心)したように実況を再開しようとした時爆音が響き渡る。

 映像が砦の外壁、未だ黒々とした煙が立ち上がる現場へと移る(ズームする)

 

「あれは...誰だ!?」

 

 そうして画面に映し出されたのはフードを被った人影。

 その体に密着するような服から浮かび上がったシルエット(体型)はその人物が女性であることを示している。

 

「だ、誰...?」「えっ...?本当に誰?」「まさか灰の正体(鎧の中身)があのネーちゃん!?」

「それはない」

 

 完全に予想外の人物が現れたことで神々は騒然とする。

 恐らくはオラリオの街の中でもあちこちで騒ぎになっているだろう。

 

「ヘスティア!?彼女は!?」

 

「助っ人さ。禁則次項には助っ人を禁じる項目は無かっただろう?」

 

 ボクの言葉にアポロンは、否この場にいるすべての神の口があんぐりと開かれ

「「「「「す、助っ人!?」」」」」と声が響き渡る。

 

 灰君によるアポロン・ファミリアへの逆襲撃によって灰君達の戦闘力は周知された。

 それは間違いなくこの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】において数々の制約(ルール)によって縛られたとしても、力尽く(ゴリ押し)で勝利をもぎ取れると確信させるに足るものだ。

 だからこそ、小細工を弄す(助っ人)など想定もしなかっただろう。

 

 騒がしい神々の声を無視してボクは食い入るように画面を見つめる。

 結局のところこんな小細工を弄する必要があるのもボクが【神会】で多くの制約を結んだからだ。

 そのことを後悔していると知れば灰君達(ボクの眷族達)は、おチビ(リリルカ君)を助けたいと思ったのはお前だけじゃない(みんな助けたいと思っていた)、と言うのだろう。

 

 ならばボクのするべきは後悔じゃない。

 画面の中、マスクで口元を隠し、フードを被ったリュー君を見つめる。

 その下に隠れている顔を、「初めて見ました、狩人のあんな表情は」と楽しそうに笑った、ベル君のためにとその刀を振るってくれるエルフ君の顔を思い出し、再び見つめる。

 アポロンは一ついい事を言った。

 ボク達(主神)に出来ることなど最早信じる事しかないのだ。

 

「頑張れ、みんな」

 

 小さな呟きは神々の声に掻き消されはしない。

 

 

 

 

 

SIDE 【戦争遊戯(ウォーゲーム)】 砦内

 

 【戦争遊戯(ウォーゲーム)】の会場。

 砦の中に籠っていたアポロン・ファミリア達はまるでハチの巣をつついたかのような騒ぎだった。

 

「っ!!

 エルフだと!?魔剣だと!?助っ人だと!?

 馬鹿な!!」

 

「信じないのはお前の勝手だけど早くどうにかしろよ!!」

 

 そもそもヘスティア・ファミリアにおいて最も警戒するべきは灰達だ。

 だがその灰達が砦を破壊することが出来ない(火力を封じられている)以上、敵を砦の中に入れなければ時間が稼げるはずだったのだ。

 だというのに現実は知らない助っ人(リュー・リオン)出処の怪しい魔剣(ヴェルフ・クロッゾの打った魔剣)を使って砦に攻撃を仕掛けてきている。

 

 反射的に情報を持ってきた伝達係(ルアン・エスペル)へと罵倒するように叫ぶが、それにルアンが答えている間にも衝撃は止まない。

 「とにかく反撃しろよ!!」という悲鳴めいたルアンの叫びにあわただしく準備を始める冒険者達。

 

 運命の【戦争遊戯(ウォーゲーム)】は始まった。

 

 

 

 

 

(流石、と言うべきでしょうか)

 

 砦の壁を魔剣を使って爆破したリュー・リオンは心の中で独りごちた。

 

 リュー(エルフ)と魔剣にはただならぬ因縁がある。

 魔剣を打てる鍛冶師の一族クロッゾ、そのクロッゾを引き入れ魔剣の力によって多くの国を侵攻したアレス・ファミリア(ラキア王国)

 ラキア王国が侵攻した中にはエルフの住む郷も含まれている。

 故に未だ同胞の郷を焼いた魔剣を厭うエルフは多い。

 

 だが彼女の心の中にあるのは称賛だけだ。

 彼女が称賛するのは魔剣であり、その魔剣を作った鍛冶師(ヴェルフ)であり、そんな鍛冶師(ヴェルフ)を仲間にするベルである。

 

 ヘスティア・ファミリア...と言うよりもヘスティア・ファミリアが間借りしているロキ・ファミリアの一室での短い間であったが、この魔剣の製作者(ヴェルフ)が魔剣という物を好んでいないことは容易くわかった。

 それでもなお魔剣を打ったのはリーダー(ベル)を助ける為であり、自分のプライドの為でもある。

 

 手の中で朽ちていく魔剣を投げ捨て、新たな魔剣を手にする。

 両手の指の数(10)を超える魔剣の数はリーダー(ベル)を助けたいという鍛冶師の想いの証だ。

 

(あなたの込めた意志の為にも確かに仕事を果たしましょう)

 

 一室で任された役割を果たす為にリューは強く魔剣を握った。

 

 

 

 

 

 

「さあ、自分を倒せるものはいないのか!!」

 

 謎のエルフ(リュー・リオン)による襲撃と逆側、砦の反対側で(みこと)は自身を囲むアポロン・ファミリアの冒険者達へと声を張った。

 

 リューの襲撃と時を同じくして命も又ヴェルフより託された魔剣を使い砦への襲撃をかけていた。

 LV.4の冒険者(リュー)と比べればLV.2へとランクアップしたばかりの命の実力は低く、その為こうして囲まれてしまえば切り抜ける手段はない。

 これが【戦争遊戯】である(真剣勝負で無い)以上命までは取られないだろうが、それでも戦闘不可能にまでは陥ることは確かだ。

 ...正道ならば。

 

「...天より(いた)り、地を(すべ)よ。神武闘征(しんぶとうせい)

 

 【フツノミタマ】!!

 

 一際大きく命が叫ぶ(詠唱を終える)と同時に周囲へと凄まじい重圧がかかる。

 

 これこそ命の魔法、フツノミタマ。

 その正体は結界内の物を押しつぶす重圧魔法。

 その威力は18階層に現れた漆黒のゴライアス(階層主の強化種)すら足止めする程の強力な物。

 人の身に抗う術がある訳もなく。

 アポロン・ファミリアの冒険者と命は地に伏す。

 

 そう、(使用者)も地に伏す。

 この魔法(【フツノミタマ】)範囲内(結界内)全ての者に作用する魔法。

 命はリューと同じく先鋒を任された。

 だが、先ほども言った通りリューと比べれば命の実力は劣る。

 故に命が自身に割り振られた役割を果たす為に取った戦法(手段)が自身を餌にして冒険者を釣り出しての自爆(特攻)だ。

 

 階層主すら抑える威力(全力)ではないとは言え地面へと抑えつけられることへの苦痛の声がアポロン・ファミリアの冒険者達から上がる。

 それは命もまた同じくして、

 

(任されたこの大役確かに果たしましょう!)

 

 だが、命の表情に苦悶の色はない。

 むしろ浮かぶのは笑み。

 

 抱え続けるベルへの大恩。

 今こそ、それを返す時だとなお強く奮う。

 

「さあ、自分にしばし付き合ってもらいますよ?」

 

 同じく地に伏した冒険者達へと命の力強い宣言が降りかかる。

 

 

 

 

 

SIDE ヘスティア

 

「ぐっ、ぬぬぬぬ...。

 だがどうした!私の子ども達はまだいる、砦も健在だ!あれを越えられない限りどうとでもなる!!」

 

 画面に映る助っ人たち(リュー君と命君)の活躍にアポロンが苛立ったように呻くが、気を取り直したように息を吐き胸を張る。

 

 事実、リュー君と命君の襲撃はアポロン・ファミリアの早急な対処によって抑えられ、砦に被害らしい被害はない。

 灰君達(ボク達の最高戦力)が砦を傷つけられない(壊せない)以上助っ人による城壁の破壊が望ましかったのだけれど、それは叶わなかった。

 そういう意味ではあの二人の襲撃は失敗と言っていいだろう。

 

 だが、画面の中に映る砦の入口、その重厚な扉が開いていくのを見てアポロンは、いやこの場にいる神々は口をあんぐりと開ける。

 そうして開いた扉を悠々と潜っていくのは鎧を纏った人影。

 

くっくっく...フハハハハ...ハーッハッハッハ!

 

 真打登場...と言う奴だなぁ?」

 

 画面の中、愉快そうに高笑いをするのはアポロンが最も恐れたボクの子ども(眷族)

 灰君が高らかに宣言した。

 

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

お盆です
また時は巡りお盆の季節がやってきました
去年のお盆に想定外の休みをもらい上がったテンションのままに
小説を書き始めた私にとってお盆とはちょっと特別な意味を持ちます

出来ればお盆の間沢山更新したいなぁ
その為にも応援よろしくお願いいたします
...なんちゃって

それではお疲れさまでしたありがとうございました




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裏はかかれあい戦略は破綻する

私は月曜もお盆休みなので月曜日はまだセーフ...という事にしてください


SIDE 火の無い灰

 

 悠々と歩き門を開いた小人族(ルアン・エスペル)へと声をかける。

 

「よくやったおチビ。誰にもばれてないか?」

 

「ええ、全く。疑われもしていませんよ」

 

 俺の言葉に笑う小人族(ルアン)、いや小人族(ルアン)に化けたおチビ(リリルカ)

 

 俺達がこの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】において一番問題視していた(面倒くさいと思った)のは、砦に侵入するまでだ。

 当然こんな砦俺達が本気を出せば更地にするのに一時間と掛からないだろう。

 だが、俺達は砦を破壊できないという制約(ルール)がある。

 

 ならばアポロン・ファミリアとしてはひたすらに砦の中に籠って制限時間(三日間)を耐えようとするだろう。

 まあそうなったらそうなったでどうとでもできるんだがな。

 だが、面倒くさい。

 

 だからこそ俺達が注目したのはおチビの魔法(【シンダー・エラ】)だ。

 同じくらいの体格の別人に化けられるおチビの魔法を使って、攫ったアポロン・ファミリアの小人族(ルアン)とおチビは入れ替わり。

 こうして今砦の門を開け放ったという訳だ。

 強固な城壁を備えた拠点が内側からの手引きによって陥落するのは火の時代(大昔)から変わらんらしい。

 

 或いはおチビ(ベルのパーティのサポーター)まで警戒していれば防げたかもしれんが、まあ俺達の対策を取るのに必死だったんだろう。

 分からんでもない。

 アポロン・ファミリアとしては俺達をどうにかすれば勝ちは確実だろうからな。

 制約(ルール)で俺達を縛って負け確の戦いに勝機を見出す、か完璧な作戦だな、その程度の縛りでは俺達を縛るのは無理ってことを除けば。

 

「それではリリはまたアポロン・ファミリアの中に紛れていますね。

 ...どうも想定以上の防衛が砦内にも敷かれています。

 それにアポロン・ファミリア以外の冒険者達の姿もありました。

 どうかお気を付けて」

 

 ペコリと頭を下げて走っていくルアン(おチビ)

 しかしまあ、外見だけでは全く見分けがつかんな。

 ソウルの業を使え(ソウルを認識すれ)ば話は別だが。

 しかし、想定以上の防衛...ね。

 

 臭う。

 ダンジョンで、オラリオで、そしてロスリックで嗅ぎなれた(悪意)の臭い。

 鼻が腐り落ちる程に香しく、反吐が出そうな程に麗しい。

 素晴らしいじゃあないか。

 ヘルムの中顔が歪むのを自覚する。

 

「さあ、戦いを始めよう。おままごとの様に幼稚で、地獄の様に終わりのない争いを」

 

 アポロン・ファミリア()に、神々(観客)に、そしてヘスティア・ファミリア(仲間)に宣言し俺は歩を進めた。

 

 

 

 

 

SIDE ヘスティア

 

「せっかくの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】だってのに、自分達が造った防衛線に引きこもってるファミリアがいるってマジ!?」

 

「しょうがないだろう!?ほかにどうやって勝てと言うんだ!!」

 

 灰君が砦に侵入して数分。

 神々のテンションはいまいち盛り上がりに欠けていた。

 と言うのも灰君の前に立ち塞がったのは、アポロン・ファミリアが築き上げた強固な防衛線。

 

 灰君は制約によって砦を破壊するような攻撃をすることが出来ないため、防衛線を破壊することが出来ず、アポロン・ファミリアはそしてその防衛線の物陰からちまちまと弓で攻撃してくるだけ。

 灰君による凄惨な戦い(ショー)を期待していた神々としては当てが外れたと言ったところだろう。

 事実、画面の中の灰君もヘルム越しですらわかるほどに面倒臭そうな表情をしている。

 

 だが、アポロンの言葉も尤もだ。

 そもそもアポロン・ファミリアの唯一の勝ち筋は時間切れまで砦に籠る事。

 その前提が僅か十数分で崩れたんだ。

 愚痴の一つも言いたくもなるだろう。

 

 まあ、実際に砦に籠っていたのなら灰君達はその身体能力で城壁を飛び越して強襲しただろうけれど。

 つまりはアポロン側に勝機なんて最初っから無かったのさ。

 南無。

 

 今も戦況は膠着状態にあるとはいえ、灰君は雨の様に降り注ぐ魔法と矢の隙間から反撃し、僅かばかりと言えどもアポロン・ファミリアに被害を出している。

 このまま時間をかければ幾ら灰君の苦手な状況(多対一)とは言え、防衛線ごとアポロン・ファミリアがすり潰されるのは目に見えている。

 

「そこだー!」「いけー!」「やれー!」

 

 終わり(敗北)が見えているのならばせめて最後くらいは派手に散れ、と言わんばかりに周囲の神々が焚きつける。

 身勝手な、なんて思わないでもない。

 けれど、このままゴリ押せばボク達の勝ちは見えている。

 ならば降伏の勧告でもするべきだろうか。

 

「ふ、ふふふ。本当に終わりだと思っているのかね。私達がこのまま負けを認めるしかないとでも?」

 

 僅かに悩んでいるとアポロンが笑いだす。

 何かあるというのだろうか。

 灰君に砦に入り込まれ、防衛線で辛うじて食い止めているこの状況で。

 

「そろそろだ、そろそろ...来た!」

 

「っ!?馬鹿なっ!」

 

 画面の中、起きた出来事に思わず叫ぶ。

 増援。

 砦の内外で起きている戦闘に新たなアポロン・ファミリアの冒険者が追加される。

 それだけならばボクもこんなに動揺しない。

 それでも思わず叫んでしまったのには理由がある。

 

 アポロン・ファミリアは大体100人前後の団員を誇る中規模のファミリアだ。

 そして目視ではあるが、命くんが足止めしているのが20人、リュー君が戦っているのが30人、灰君を釘づけにしているのが50人程。

 あの日に灰君達にぼこぼこにされて怪我が治っていない子ども(眷族)もいるだろうから、どう頑張ってもアポロンが出せる人数は百人が限界のはず。

 あくまで目視での計算だが現状でもアポロン・ファミリアの総力戦と言っていいはずだ。

 

 当然ずれはあるだろうが、それでも10人単位で間違っていることなどないだろう。

 だというのに新たに今まで相手をしていた数と同じくらいの数がやって来たのだ。

 明らかにおかしい。

 

「アポロン!何をした!」

 

「そう叫ばなくとも聞こえているとも、助っ人だよ」

 

 厭らしく笑ったアポロンの答えに絶句する。

 助っ人だって!?

 

「君も言っていただろう?【助っ人を禁じる項目はない】。

 なら私達が助っ人を呼んだとしても問題はない。

 そうだろう?」

 

「それは...そうだけど...。

 だとしても、あの数!

 あれだけの数をどうやって集めた!?」

 

 アポロンの言う通りボク達(ヘスティア・ファミリア)が助っ人を求めた様に、アポロン達(アポロン・ファミリア)が助っ人を集めるのは想定内だ。

 だが、その為のソーマ・ファミリアへの襲撃だ。

 

 ただアポロンの口車に乗っただけの野次馬ならば、アポロン・ファミリアの、そしてソーマ・ファミリアの惨状を見て一抜けをするはず。

 そうなれば必然アポロン・ファミリアの兵力は少なくなる。

 だというのに一体何処からあれだけの兵力を集めてきたというのか。

 

「ヘスティア、君は君の眷族(火の無い灰)の価値をもっと知るべきだ」

 

「灰君の()()だって?」

 

「そう、火の無い灰に勝利したという価値をね」

 

 アポロンはいっそ楽しげにすら言う。

 火の無い灰はフレイヤの所のオッタルと双璧を成すオラリオ最強の冒険者。

 その火の無い灰を相手に死の危険がなく挑める、そして幾重にも制約がかかった上で戦えるのならば世界最強を打ち負かせる(勝てる)かもしれない。

 その機会(チャンス)があるのならば飛びつく冒険者は幾らでもいる、と。

 

「そんな...そんな馬鹿な!

 世界最強!?()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ヘスティア。(最強の称号を持つ側)には分からないかもしれないが、冒険者とは、いや子ども達(人間達)、否男ならば誰しもその称号を目指す物なのだよ」

 

 到底信じられない話だ。

 だって、灰君だ。あの灰君だ。

 灰君についての信じがたい事実()を嘘と否定して挑むのならばまだわかる。

 だが、先日のあの戦いを見て、灰君の強さ(最強である)を理解するからこそ挑むだって!?

 

 混乱するボクへといっそ温かさすら感じる目を向けたアポロンは宣言する。

 

「憧憬は止められぬのだ。たとえ我々()であったとしても」

 

 

 

 

 

SIDE 【戦争遊戯(ウォーゲーム)

 

(これは...少し...不味いかもしれませんね)

 

 新たに現れた冒険者達を見て命は心の中で呟く。

 

 既に自身の魔法(【フツノミタマ】)がどういう効果を持つのかは看破されてしまったようで、新たに現れた冒険者達は近づこうとせず、命が力尽きるまで待つつもりの様で万が一にも逃さぬ様に距離を取って囲んでいた。

 

 不用意に遠距離攻撃をするか、近づいてくれるのならば魔法(【フツノミタマ】)で防ぐなり拘束できたのだが、こうして待たれてしまってはどうしようもない。

 否、敗北するのは仕方がないとしても力尽きるぎりぎりになれば、囲む必要もないと他の戦場へと行かれてしまうだろう。

 そうなってしまえば任された先鋒()という任された役割すら果たせない。

 

 どうする。

 いっそ力尽きる前に魔法(【フツノミタマ】)を解いてわざと魔力暴発(イグニス・ファトゥス)に巻き込むか。

 出来る限り多くの敵を倒す為の選択(自爆)を選び、魔法を解こうとした時、声がした。

 

「友への献身こそこの世における最大の美徳である。

 故に貴公の行いを咎めはしないが...多少は私にも譲ってくれてもよいのではないかね?」

 

「貴様!?」

 

「焚べる者...殿」

 

 人が倒れる音と共に響いた声にその場の全員の視線が向く。

 果たしてその先には見慣れた(見慣れたくない)仮面。

 怯えた様に叫ぶ冒険者達と途切れ途切れに名を呼んだ命に返事をするように一礼をし、その名を名乗る。

 

「ミラのルカティエルです」

 

 

 

 

 

 

「同胞の郷を焼いた魔剣を使うなど!恥を知れ!!」

 

 叫ぶと同時に同胞(エルフ)がリューへと襲い掛かる。

 その言葉を聞き眉を顰めるリュー。

 

 何時からだろうか、【誇り高い同胞】が【傲慢なだけの人物】に見えるようになったのは。

 何時からだろうか、【特別な責務を持つ誇り】が【他者を見下す理由】にしか見えなくなったのは。

 だからこそリュー・リオンは故郷を離れ、オラリオへと来た。

 

 故にリューの心には【魔剣を使うことへの恥】などありはしない。

 そのことを同胞(エルフ)へと叫び返そうとした時、風が変わった。

 血生臭く、悍ましい、淀んだ風。

 

 反射的に下がったリューとエルフの間から凄まじい音が響く。

 思わず耳を抑え防ごうとした一同が顔を上げた時、そこには黒いコートを身に纏った狩人が苛立たし気に立っていた。

 

「吠えるな、駄犬が。

 厭うと言うのであれば何故オラリオに存在する工房を襲わない?武器屋の在庫を破壊しない?

 それもしない程度の憎悪如きが喧しい」

 

「か、狩人...」

 

 ギロリと向けられた瞳の鋭さにリューを囲んでいた冒険者達がたじろぐ。

 

「助けに来た...という事ですか?貴方は共闘が苦手だったはずでは?」

 

「言うじゃないか。現役を引いた身で...精々足を引かぬ様にしろ」

 

 かつて暗黒時代と言われたオラリオで追う側(リュー)追われる側(狩人)であった者が並び立つ。

 

 何時ぞや溢した言葉を揶揄うように口にしたリューへと面白くなさそうに鼻を鳴らす狩人。

 だが、忌々し気に顔を歪めると「前はお前だ」と言葉数少なく連携を確かめる。

 

(ベル・クラネル。貴方はやはり不思議な方だ)

 

 かつてであれば夢にも思わなかった現実に、それを実現させた少年へと敬意を向けるリュー。

 そうして周囲を睨みつけ、仕切りなおす。

 

 

 

 

 

 

「狩人とミラのルカティエル(焚べる者)が現れただと!?」

「火の無い灰はどうなっている!!」「まだ抑えています!!」「ならば馬の用意を!」

 

(おっと)

 

 砦の中。

 目の前を騒がしく走って行った冒険者達とぶつかりそうになりヴェルフは急いで身を引っ込める。

 そのまま走って行った背を見送り再び歩を進める。

 

 当然ヘスティア・ファミリアとの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】中であるこの砦において、ヘスティア・ファミリアへと【改宗(コンバージョン)】したヴェルフが見つかれば騒ぎになるのは避けられない。

 だが、目の前を走って行ったにもかかわらず冒険者達がヴェルフに気がつかなかったのは、ただ急いでいたからではない。

 

(しっかしまあすげえなこの【月隠の飴】ってのは)

 

 口の中に広がる甘味(メロン味の飴)を堪能しながら、ヴェルフは心の中で呟く。

 

 最初ヘスティア・ファミリアでも最大の常識人()によっていきなり口の中に飴を放り込まれ、奇妙な体勢(座禅)を取らされた時は一体何事かと思ったが、その効果はすぐに目に見えた、いや見えなかった。

 

 奇妙な表現だが、それもそうだろう。

 ヴェルフは見えなくなって(透けて)いたのだ。

 どういうことかと狼に問いただせば、それこそがヴェルフの口に放り込まれた【月隠の飴】と奇妙な体勢(【月隠】のポーズ)の効果だという。

 目の前に立たない限りは戦いに備え、気が高ぶっている冒険者ですら気が付けない隠密性を与えるこの飴を使い、ヴェルフは密かに砦の中を進んでいた。

 

 なるほど、確かに灰は強い。だがそれは相手も重々承知だろう。

 だからこそ灰達が姿を現せばそっちに目が行く。

 その間に密やかに大将首(ヒュアキントス)を狙う。

 それがヴェルフ達に与えられた役割だった。

 

(次はここを右に...あっぶねえ!!

 

「!?

 て、敵襲!!」

 

 ひょっとするとこのまま大将(ヒュアキントス)の元まで辿り着けるかもしれない。

 そんなことを考えながら道を進んだヴェルフを待ち構えていたのは火球(魔法)

 思わず叫び大きく下がる(動く)

 それと同時にヴェルフを包んでいた霧が掻き消え、その姿が露になる。

 当然周囲の冒険者達に発見されると同時にあたりに緊急事態を知らせる鐘が鳴る。

 

「あ、あなたがここに来ることは分かっていました。ここから先は行かせません」

 

 何故バレた?

 そんなヴェルフの思考を許さないと言わんばかりに立ち塞がったのはカサンドラ・イリオンとその後ろに並ぶ射手達。

 

(ヤベェ。入れる物陰(遮蔽物)がねえ)

 

 当然ヴェルフに対応できるものではない。

 何とか防ごうと物陰を探すが、まるでこの場所に来ることが分かっていた(バレていた)かのように何もない。

 降りかかる矢の雨にどうすることも出来ず受る事しか出来ないのかと思った時。

 

 

巴流秘伝・桜舞い

 

 風が渦巻いた。

 

「怪我は無いか」

 

「っ!!済まねえ狼の旦那。助かった!」

 

「狼!!」「忍だ!!」

 

 気が付けばヴェルフに降り注がんとしていた矢は全て切り払われ、後には狼のみがただ一人立っていた。

 呆然と立っている狼を見上げていたヴェルフだったが、狼が自身へと手を差し伸べている事に気が付くと同時に感謝し立ち上がる。

 それと同時に何が起きたのか理解した射手たちは騒ぎ、逃がさないと注視する。

 

 

 

 

 

 

(全部()()なのに)

 

 互いに武器を構え相対する中、カサンドラは一人ため息を心の中で吐く。

 彼女は未来の出来事を夢で見ることの出来る予知夢のスキルを持っている。

 だが、同時に彼女のスキルはその言葉を周囲が決して信じない効果も持ち合わせているようで、この【戦争遊戯(ウォーゲーム)】についても幾度となく主神(アポロン)団長(ヒュアキントス)親友(ダフネ)へと提言していたのだが、全て受け入れてもらえなかった。

 

 それでも一応任された役割を果たす為にこの場所(予知夢で見た敵の攻めてくる地点)に先回りして待ち伏せしていたのだが、やはり夢の通りに防がれてしまった。

 夢で見た結果(予知夢の内容)を変えることが出来ないのならば、自分達のやっていること(努力)は何なのだろうか。

 そんな投げやりな気持ちになる。

 

(ダフネちゃんは大丈夫かな)

 

 そうしてまた別の役割を与えられた親友(ダフネ)が無事であることを祈る。

 結果は夢で見たとは言え、友の無事を祈るくらいの自由はあってもいいはずだ。

 

 

 

 

 

 

「はっはっは。あっちこっちでやり始めたか」

 

 砦の庭。

 自身に雨と降り注ぐ魔法と矢を防ぎながらソウルの反応から仲間達が戦い始めたことを知り、灰は笑う。

 

 結局のところ先鋒(リューと命)は囮だが、自身()も囮だ。

 真っ当な戦いにおいて防衛側が強固な拠点を築き上げているのを攻め落とすには三倍の兵力が必要だと言われている。

 尤もそれは神が下りてくる(人に神の恩恵が与えられる)前の考え(常識)であり、どれだけLVが高い眷族を集められるか、が今の戦いの焦点となっている。

 

 まあそんなことは置いておいて(閑話休題)

 普通に戦えばともかく、多くの制約を受けた上では砦に籠ったままの相手を倒すには流石の灰達と言えど少々骨が折れる。

 だからこその()だ。

 (自分達)食いついた(反応した)アポロン・ファミリア達を仲間(焚べる者、狩人、狼)がすり潰していく予定だった。

 

 それは全くもって予定通り進んでいる。

 唯一の想定外は自分の所(ここに居る冒険者)だけでも想定していた兵数を超えている点か。

 

(全く、ヘスティアめ...うん?)

 

 心の中で自信満々にアポロン・ファミリアの兵数を説明していた主神にツッコミを入れ...ふと気が付く。

 

(...()の所には焚べる者が、リュー(助っ人)の所には狩人が、ヴェルフ(鍛冶師)の所には狼が)

 

「...俺は?」

 

 砦の中外で戦闘を繰り広げている仲間達は助っ人であったり、ベルの為にと【改宗(コンバージョン)】した奴と共に戦っている。

 だが自分は?

 

 この砦の中外で一番冒険者達が集まっているのが此処だ。

 で、あるにもかかわらず、自分だけ一人で戦っていることに気が付いてしまい思わず小さく呟く。

 それと同時に鎧を掠める弓矢。

 

「うお!?あっぶねえな」

 

 物陰に隠れなおし、何はともあれ先ずはこの戦いを制してからだ、と気合を入れなおす。

 

「そもそも俺達は一人での戦いの方が慣れてるし、寂しくなんてないし...ないし」

 

 ...入れられていなかったかもしれない。

 

 

 

 

 

SIDE ヘスティア

 

「来た来た来た来たキター!」「今狼浮いてなかったか?」

「俺だー!ミラのルカティエルー!こっち見んなー!!」

 

 先程までの盛り下がりが嘘だったかのように盛り上がる神々。

 その視線は画面の中で暴れ回る灰君達に釘付けだ。

 

「ふ、フフフフフ」

 

「アポロン?」

 

「ありがとうヘスティア。これで私達の勝ちだ!」

 

「なっ...!?」

 

 そんな中アポロンが再び笑う。

 何処かやけくそめいた先程の笑いとは違う、思い通りと言った響きのあるそれに疑問の言葉を漏らせば、アポロンは勝利宣言をする。

 神々も画面から目を離し、一体アポロンが何を言い出すのかと注視している。

 

「君は私の子ども達(アポロン・ファミリア)がまんまと囮に引っかかって砦から引きずり出されたと思っているだろうが、それはこちらとて同じこと。

 君の眷族の居場所が全てわかればこそ、打てる手もあるのだから」

 

 満面の笑みで語るアポロンの言葉を待っていたかのように画面の中でも動きがあった。

 

 砦の四方にある出入口。

 灰君が潜った方角でも、リュー君と狩人君が戦っている方角でも、命君と焚べる者君が戦っている方角でもない。

 唯一誰も居ない出入口が開く。

 そしてそこには馬に乗ったアポロン・ファミリアの(アポロンのシンボルを掲げた)冒険者達が隊列を組んでいた。

 

「あれは!?」「増援か?」「いや違う」「また増援なのか!?」

「どういうことだ説明しろアポロン!」

 

 アポロン・ファミリア(アポロン側)の増援に対抗してヘスティア・ファミリア(ボク達側)増援(焚べる者君達)によって、戦況は五分に持ち直した。

 それはボク達の侵攻も食い止められたという事だが、同時にアポロン側も眷族達がすり潰されていく状況という事だ。

 

 そんな中現れた馬に乗った一団(新しい兵力)に神々は何が起きるのかと期待し、アポロンへと説明を求める。

 

「そうだね...まずは...ヘスティア。君達が行ったソーマ・ファミリアへの襲撃について感謝しよう」

 

「何?」

 

 アポロンの言葉に疑問を覚えるボクとは対称的に上機嫌なアポロンは楽しげに語る。

 

 ボク達のソーマ・ファミリアへの襲撃。

 それは確かにアポロン側の兵力(助っ人)を削る効果があったが、同時に選別する効果もあったと。

 

「そもそも私に協力してくれた子ども達(助っ人)は勝馬に乗ろうとした者が多かった。

 だが君達の行いによってその多くが逃げ出した。後に残ったのは君の子ども(火の無い灰)に勝とうという気概のある者達だ。

 だからこそ練度の高い動き(連携)を取れるようになった。

 

 こうして最後まで私のとっておき(精鋭達)を温存できるほどに」

 

 アポロンが画面の中の子ども達(馬に乗った一団)を指さすと同時に彼らは動き出す。

 その先には...。

 

「そう。君の子ども達が昨日一日過ごしていた拠点(建物)がある。

 いるんだろう?この局面になってもなお盤面に姿を現していない君の子ども(ベルきゅん)が!」

 

 この【戦争遊戯(ウォーゲーム)】の勝利条件はアポロン側(防衛側)は【三日間耐える】で、ボク達(攻撃側)は【砦を陥落させる】だ。

 だが、それ以外にも勝敗が付くことがある。

 相手に大将(団長)が捕らえられた時だ。

 

 砦から解き放たれたアポロン・ファミリアの精鋭達が猟犬のようにヘスティア・ファミリアの拠点へ襲い掛かろうとする。

 

「ベルきゅんって...」「きゅんはないわー」「やっぱ(センス)アポロンか」

 

 ...ついでに神々の罵倒もアポロンを襲った。

 

 

 

 

 

 

SIDE ダフネ・ラウロス

 

「見えてきた」

 

 馬に乗ってしばらく駆けると建物が見えてきた。

 ウチは率いていた団員達に指示を出して万が一にも逃がさないように建物を囲ませる。

 

 これでようやくこの馬鹿げた【戦争遊戯(ウォーゲーム)】も幕を閉じる。

 ようやく終わりが見えてきたことによって少しばかり余裕が出てきた。

 それと同時にウチの親友(カサンドラ)の事を思い出す。

 

 ウチの親友は辛気臭いというか、陰気と言うか。

 外見からしておどおどとしているし、本人が言っているようにジメジメしている。

 いい所もいっぱいあるんだけどね。

 

 だけどそういう陰気さをより深めているのが、時折口にする悲惨な未来()の話だ。

 本人は予知夢(スキル)だって言ってるけれど、ウチは、いや他の誰もそんなスキルがあるなんて聞いたことない。

 だから誰も信じないんだけど、それでもカサンドラは口にするのを止めない。

 

 この【戦争遊戯(ウォーゲーム)】が始まる前も必死に止めるよう言ってたけど...そういえば今日は何も言わずに、何時もの卑屈な笑みを浮かべているだけだった。

 何とかして耐久戦に持ち込もうとしているウチらをみて「大丈夫だよダフネちゃん今日でこの戦いは終わるから」とか言ってたね、そういや。

 

 そんなことを考えていると建物の包囲が完了した合図があった。

 どっちにしろ、ここで相手の団長(ベル・クラネル)を捕まえればウチらの勝ちに変わりはないんだから。

 

 あえて足音を鳴らして建物に近づく。

 中にいる奴に囲まれていることを分からせるために。

 そして思いっきり扉を蹴り開けたウチが見た物は。

 極東のテーブル(ちゃぶ台)とその上に載った()()()コップ(ゆのみ)

 そしてこっちを向いて満面の笑みを浮かべた少年(九郎)だった。

 

「残念。大外れ!」

 

 

 

 

 

 ...は?




どうも皆さま

私です

ええそうです
何時もの無駄に長くなる病が発病いたしました
この話お盆中に終わりにするのは無理かもしれんな

そんなことよりも
前回の最後の灰の登場が皆様に好評なようでうれしいです
そして何なら今回も開幕で中二っぽい事を言っていたのにいまいち締まらない灰
何故なのか

いやまあ、私が書いたんですけどね
灰だけ一人だと気が付いてしまったら書かざるを得なかったんです
許しておくれ

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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誇りはぶつかり合い決着は着く

焚べる者のヘスティアメダル

焚べる者の持つヘスティアメダル
大切に部屋に保管されている

どれだけ強くとも
どれだけ常識外れであったとしても
このメダルを持つ者はヘスティアの子どもである

故に互いに助け合うのだ
それこそが女神の祈りにして願いであるがゆえに


SIDE ヘスティア

 

「バカなっ!?」

 

 思わずと言った様子で立ち上がったアポロンが掴まんばかりに凝視する画面の中には、こちら(アポロンの子ども)に指を向けた満面の九郎君だけ。

 アポロンの子どもの視界と連動しているのだろう画面が揺れ、建物の中を見回す。

 だがアポロンが予想していたベル君の存在は何処にもいない。

 

「ど、何処だ!?私のベルきゅんは何処に!?」

 

「...そもそもベル君は君のじゃなくてボクのだし、あそこには居ないよ」

 

 ボクの声に反応してこっちへ振り向いたアポロンの顔に先程までの余裕は見られない。

 目が血走るほどに焦るアポロンを笑えばアポロンは気が付いたように叫ぶ。

 

「まさかあれ(拠点)も囮か!?

 ならばベルきゅんは他のどこかで息をひそめている。そうだろう!?」

 

「外れだ。ボク達の取った策はもっと単純だよ団員全員(全戦闘要員)による総攻撃さ」

 

 血走らせた目を周囲の荒野に向けるアポロンの言葉を切り捨て僕は真実を伝える。

 「ばか...な...」と呟いたアポロンの瞳には信じられないと言った光が宿っていた。

 

「あり得ないだろう!?

 攻めるのには灰達がいる、助っ人もいる。なら団長(ベルきゅん)後方(安全な所)にいるはずだ!!」

 

 アポロンの言葉は尤もだ。

 アポロン達への復讐に燃える灰君達がいる。

 ベル君の力になりたいと協力を申し出てくれた助っ人がいる。

 ならばベル君は戦う必要がない。

 なにせこの戦い(【戦争遊戯】)団長(ベル君)を捕縛されれば負けなのだから。

 

 他の団員がどれだけ奮闘していたとしても捕まってしまえば一発で負けになる弱点。

 ならばアポロン側の団長(ヒュアキントス君)のように後方で戦況を把握し、指示を出す側に回るべきだ。

 ましてやベル君はヘスティア・ファミリアにおける最弱(LV.2)

 戦うのは灰君達や助っ人に任せて後方に下がるのが正攻法という物だ。

 

「それに万が一ベルきゅんが砦に攻めてきているというのならば、何故誰も気が付かない!?」

 

「青い秘薬、月隠の飴、それに銀のタリスマン...だったかな?」

 

「な...に...?」

 

「奇妙だと思わなかったのかい?

 焚べる者君に狩人君、そしてヴェルフ君。

 三人が三人とも、戦いが始まるまで誰にも気が付かれなかったことに」

 

 アポロンはボクの言葉に目を見開く。

 

 なるほど。

 狼君は仕方がない。

 隠密、潜入は彼の御家芸。

 どれだけ警戒していたとしても容易く侵入するだろう。

 

 ヴェルフ君も...まあ分からないでもない。

 狼君が助けに入ったことから一緒に行動していたと思われる。

 幾らヴェルフ君が素人だろうと狼君ならそのカバーくらいは軽くやってのけるだろう。

 

 だが狩人君と焚べる者君は?

 どっちもヘスティア・ファミリアが誇る(誇りたくない)狂人。

 100メドル先からでも臭う(その存在が分かる)と言われた狩人君。

 黙っていてもその存在感は健在(うるさい)と言われる焚べる者君。

 

 どちらも潜伏が出来ない訳ではないとは言え、それはあくまで専門外。

 狼君程の隠密技術を持ち合わせているはずもない。

 で、あるのならば答えは一つ。

 何かを使った(アイテムの力を借りた)

 

 ボクが上げた名前は【戦争遊戯(ウォーゲーム)】に向けて行った作戦会議の中で本人たちが使っていた呼び名だ。

 名前も聞いたこともないよくわからない物(神であるボクですら理解できない物)だけれど、その効果は折り紙付き。

 見えているのに見えない。

 ならば潜入をするのにこれほど便利な物もないよね。

 

「ま、まさか本当に(戦場)にいるというのか...正気か!」

 

 ようやくボクの言葉を信じたアポロンは震える声で呟いた。

 しかしまあ、言うに事欠いて正気かとはね。

 

「一体誰に物を言っているんだい?君の前にいるのはヘスティア・ファミリアの主神だよ?

 そんなボクに正気(普通)を求めるだなんてそれこそ君の正気は大丈夫かい?」

 

 せっかくの機会だからと見得の一つも切ってみたのだけれど、どうやらアポロンは気圧されてしまったようだ。

 何も言えずに立ち尽くしている。

 せめて周囲の神々からの反応は一つくらいあると思っていたのだけれど、みんな黙って行方を見守っている。

 どうした物かな。

 ボクが困っていると画面から聞き覚えのある音が聞こえた。

 

 その音を契機にボクはアポロンから目を離し、画面へと視線を向ける。

 そしてアポロンに座るように言った。

 魂を抜かれた様にボクの言葉に従って座るアポロンを横目で見ながら小さく呟く。

 

「ボク達に出来る事なんて眷族(ベル君達)を信じる事だけだって」

 

 ボクはベル君ならできると思ったから許したのにね。

 それに自分で言った言葉だろうに。

 

 

 

 

 

SIDE 九郎

 

 私が仮の拠点で“べる”達が帰ってくるのを待っておりますと客人が訪れました。

 困ったことに大変多くの客人でしたので、全くもってゆのみが足りません。

 とりあえず一人分茶を用意して出迎えますと目を見開いた後、「“べる”は何処だ」と問うてきました。

 

 いないと答えると「そんな馬鹿な」と言って家探しを始めます。

 本当に居ないのですから気が済むまで探して頂いて良いのですが、せっかく出したお茶に目もくれずに家探しをされると流石に少し悲しくなります。

 

 仕方がありませんので代わりに私がお茶を飲みながらその様子を見ておりますと大きな鐘の音が響きました。

 18階層でも聞きました鐘の音ですから、きっと“べる”でしょう。

 

 しかし鐘の音ですか。

 誰かから聞いた話を思い出します。

 葦名にある山々、その中でも一際尊いとされる金剛山の仙峯寺には鬼が封じられている鐘がある。

 その鐘を突くと封じられている鬼が取り憑き災いを齎すと言う話です。

 

 或いは子供だまし、寺の名を高める為の偽り話であるとも考えられますが、狼は実際にその鐘と鐘に貼られた張り紙を見たことがあると言っていましたね。

 確か『厄負うは功徳なれど艱難辛苦の荒行也』でしたか。

 自分の身を犠牲にしてでも誰かの為に、と動く“べる”にぴったりの言葉です。

 

 鐘の音を聞いて何事かと騒ぐ客人たちの声を聴きながらそんなことを考えていました。

 

 

 

 

 

SIDE 絶望を焚べる者

 

 戦場に音が響く。

 大鐘(グランドベル)の音が。

 

「ベル殿!ぐっ...」

 

「貴公、無理はするな」

 

 その音に反応して(狼の弟子)が立ち上がろうとし、再び膝をつく。

 

 無理もない。

 直接的に戦い続けたわけではないとは言え、今の今まで魔法を使いながら耐久勝負もしていたのだ。

 肉体的にも精神的にも限界だろう。

 むしろ未だに意識を保っていること自体が驚きですらあるのだ。

 

 意識を奪ったアポロン・ファミリアの冒険者達を縛り上げ転がしておく。

 こうしておけば意識を取り戻したとしても、再び参戦することは出来ないはずだ。

 

「貴公の献身には感謝している。

 だが、私とてベルの先達。見栄という物がある。この先は任せよ」

 

「よろしく...お願いします」

 

 後始末を済ませ声をかければ途中で退場することへの悔しさを滲ませながら答える。

 

 ふむ。

 上から下まで全身ズタボロでありながらなお意志の力で動こうとするとは、良い根性(強い精神)だ。

 此処までの物となると鍛錬で得られる物ではない。

 生まれつきの才だな。

 

 砦の中を駆けながら考える。

 肉体と精神、その限界の先へ至るには魂の奥底からの意志が重要となる。

 その意志さえあれば意外と死地でもどうにかなったりするものだ。

 私の経験を踏まえて言えばあれは強くなるだろう。

 ベルと言い、命と言い。

 将来有望な若者が多く喜ばしい事だ。

 

 不死者なんぞが思うには余りにも贅沢な思考を回しながら駆ける。

 地の底より立ち上った火柱へと。

 

 

 

 

SIDE 狩人

 

「狩人!いったいこの人達に何をしたのです!」

 

「...うるさいな。殺してはいないのだから問題はない」

 

 目の前でキャンキャンと咆えるエルフ(リュー・リオン)が煩わしい。

 ルールで殺すことや、過剰に(ダメージ)を与えることを禁じられている以上、それに従っているつもりだというのに。

 少なくとも今回は。

 

 一応...というか私が頼み込んで助っ人になって(参戦して)もらったが、やはりこのエルフと私はそりが合わない。

 まあ、私なんぞ(人でなし)そりが合う(火の無い灰)ようなやつが早々いては堪らないが。

 

 しかし何がこいつの気に障ったのやら。

 前衛を任せて危険な場所に放り込んだことか?

 ベルのスキルによる鐘の音に気を取られた隙に音と光に特化した爆弾(フラッシュバン)を使って耳と目を奪ったことか?

 それともまさか周囲に倒れているアポロン・ファミリアの冒険者共の事か?

 

「ヒィ、ヒィッ!」「目が...目がぁ!?」「素晴らしい(Majestic)!!」

 

 目を覆いながら或いは明らかに正気ではない目をして、叫び或いは呻く様は悪夢のような有様ではあるが...身体的にはどうという事はない。

 ただ、カレル文字(【苗床】)とゴースの寄生虫を使って正気を失わせただけだ。

 一時間ほどすればまあ、日常生活にも問題ないくらいには回復する。

 私にしては大変優しい対応だと思うのだがな。

 

 ...まあ(上位者)の認識なぞ信じられた物でもないか。

 

 どう対応するべき(誤魔化したもの)か考えようとした時、轟音と共に砦の中央部が吹き飛ばされる。

 あれは...ベルの魔法(【ファイアボルト】)か。

 

 丁度いい。

 その爆発に紛れるようにしてリュー・リオンから逃げる。

 幾らあのエルフが私を問い詰めようとしても、否だからこそあの有様の冒険者達を見捨てることは出来まい。

 

 ...こういう計算が出来るから私は上位者()が嫌いなのだ。

 

 

 

 

 

 

SIDE 火の無い灰

 

「はっはっは。さあ俺を止めれる奴はいるか?」

 

「うわぁ!!」「と、止められる訳ねえだろう!?」

 

 悲鳴が響く。

 混乱と絶叫が木霊する。

 砦の中庭で行われていた俺とアポロン・ファミリアとの戦闘は、今や蹂躙する側()される側(アポロン・ファミリア)に分かれていた。

 と言っても特別なことをしたわけじゃない。

 単純にハベルの鎧を着こみハベルの大盾を構えて(ガッチガチに防御を固め)突っ込んだだけだ。

 

 ハベル。

 火の時代を開いた光の王グウィンの古い戦友とされる『岩の様な』という形容詞が伝わる伝説の戦士。

 彼と彼の信奉者は巨岩をくり貫いて作られた装備を身に着け決して怯まず、後退せず敵としたもの全てを叩き潰したという。

 まあ、俺も詳しい訳じゃないがな。

 だが一目(この装備)を見ればわかるだろう。超脳筋の戦士たちという事だ。

 

 元々他の奴らの為にアポロン・ファミリアを引き付けるという目的がなければ、無理やり突っ込んで叩き潰すのは不可能ではない。

 俺がちまちまとした戦いに付き合っていたのは、その方が相手を引き付けるという俺の目的に都合が良かったからだ。

 あと死なないと言っても矢で射られたら痛いし。

 

 だが、ベルの奴が中央(敵の大将の元)まで辿り着いたというのならばそんな必要はない。

 

 しかしまあ、そうなる(大将の元まで辿り着ける)ように支援したとはいえ、まさか本当にたどり着くとはな。

 リュー・リオンと命(助っ人)を突っ込ませ奇襲によって相手の思考を停止させる。

 次にその隙に俺が登場し、ありとあらゆる余裕(リソース)を俺への対処につぎ込ませる。

 最後に俺に対応しようとしたアポロン・ファミリア達を狩人達で削る。

 と言うのが俺達の作戦だ...と思い込ませる所までが俺達の作戦。

 

 俺が足止めされることも、ヴェルフと狼が途中で発見されるのも想定どおり。

 本命の本命は静かに眠る竜印の指輪(物音がしなくなる)幻肢の指輪(姿を隠す)を付けたベルだ。

 

 ベルが到着するのが早いか、俺達がアポロン・ファミリアをすり潰すのが早いか。

 結果はベルの魔法で崩れ行く砦(御覧の通りだ)

 

「待て、火の無い灰!ここはこの俺が相ぐほぉ!!」

 

 突進を続ける俺の前に誰かが立ち塞がろうとし、そのまま吹き飛ばされる。

 

 いや、だってこの装備重いんだもん。一度走りだしたら(加速)止まれない。

 冗談はさておき、俺の前に立とうとする蛮勇(無謀さ)は認めてやる...そうでもないか。

 奴らからは「今ならば」と言う考えが透けて見えた。

 

 数で勝っている今ならば、ルールで縛られている今ならば、【戦争遊戯(ウォーゲーム)】である今ならば、()()()()()()()()()

 

 真正面から挑まず勝つために策略を巡らせることを俺は否定しない。

 俺がしてきた旅では常に俺よりも強い相手を倒す為に必死に頭を使ったからな。

 相手の弱点を突き、相手をハメ、時に味方()を頼みに袋にした。

 

 だが、同時に俺を倒す(最強の称号を得る)には余りにも痩せた考えだ。

 そう思っているのは俺だけではない。その証拠に俺に戦いを挑んでくる冒険者達の中に上級(最強クラスの)冒険者はいない。

 良くて中級、ほとんどの奴は下級と言ったところか。

 

 分かっているのだ。

 俺に勝ったという事実(最強の称号)を手にするのに、万全でない俺を相手に勝ったところで意味が無いと。

 だからこそこの場にいるのは勝ち(最強の称号)を拾えないかな、なんてことを考えている奴らばかり。

 そんな奴らを真面目に相手をしてやる理由はない。

 こいつらでは俺の足を止める理由(障害)足りえない、俺の足を止めさせる()には足りない。

 

 道中の全てを弾き飛ばし真っ直ぐに目的地へと進む。

 未だ煙立ち上る砦の中央。

 相手の大将(ヒュアキントス)がいただろう場所へと。

 

 

 

 

 

SIDE ベル・クラネル

 

「ベル様。こっちです!!」

 

「うん!!」

 

 駆ける、駆ける、駆ける。

 アポロン・ファミリアの冒険者に化けて砦に侵入し、内部の情報を集めていたリリの指示にしたがい、砦の中をかける。

 此処までは隠密をしてきたけれど、砦の内外から聞こえる戦いの音がこの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】も佳境であることを伝えてくる。

 ならば今必要なのは隠れる事ではなく速さだ。

 

 アポロン・ファミリアとの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】に向けた作戦会議で、灰さんは三段階の侵攻を提案した。

 

 第一段階

 リューさんと命さん(助っ人たち)によるヴェルフから提供された魔剣を持っての突撃。

 

 第二段階

 灰さんによるリューさん達(助っ人)の強襲にアポロン・ファミリアが対応しようとした隙に内側(リリ)に扉を開けさせての正面突破。

 

 第三段階

 ここに至るまでの戦闘によって生まれるだろう混乱に乗じた狩人さん、焚べる者さん、狼さんによる奇襲。

 

 題して「弓を射るとき二本矢を持つと雑念が混ざるというが、三発くらいあればどれか一つは当たるだろう作戦」

 ...作戦名の是非はともかく、灰さん達が砦の中に侵入できた時点で僕達の勝利は確定したといっていい。 

 

 それでも僕が此処に居るのは僕の我儘(意地)だ。

 僕は団長で、しかも最初にケンカを売られたのは僕なんだ。なのに安全な場所(後ろ)で待っているなんてできなかった。

 

 後悔していないと言えば嘘になる。

 ここまで危険を冒す必要があったのか、と迷いもある。

 それでも抑えきれなかった僕の思い(意志)を灰さん達は受け入れてくれた。

 僕をここまで進める為に囮となってくれたヴェルフと狼さん。

 二人のぬくもりが別れ際に押してくれた背にまだ残っている。

 

 背を押してもらい、我儘を受け止めてもらい、僕はここに居る。

 ならばそれに見合った結果を出さなければならない。

 リリが後ろから迫ってくる敵の足止めの為に残り、遂に中央の塔へとたどり着く。

 為すべきことは一つチャージ(貯め)を始める。

 

「戦う理由なんて何でもいい」

 

 いつか聞いた灰さんの言葉を思い出す。

 

「期待だとか、想いだとか。それを背負うことで力を発揮することは認めるがな。

 それがなきゃ戦っちゃいけないだなんてことはねえんだ」

 

 息をするように、食事をとる様に、当然のように戦う灰さんは笑っていった。

 

「気に食わないからぶん殴る。

 戦う理由なんてそんなもんで良いんだよ」

 

 僕の選択肢が正しいか迷いは晴れない。

 だが、ここまで至ったという事はそれ相応の理由がある。

 ならばもう迷わない。

 鐘の音と共に光り輝く右手を()に向け解き放つ。

 

「ファイアッボルトォ!!」

 

 

 

 

 

 

 轟音。

 僕の放った魔法と、砦が壊れる音。

 魔法が砦を破壊すると同時に立ち込めた土煙によってその先がどうなったかは見えない。

 

 攻撃(魔法)の前に鐘の音が鳴るとはいえ、まさか砦を抜いての遠距離攻撃など想像も出来なかったはず。

 ならば完璧な奇襲となる。

 だが、僕は確信にも似た予想を持っている。

 

 あの一撃ではヒュアキントスを倒し切れないだろう。

 信頼とも、怯えとも言い難いそれを胸に、あの攻撃を凌いだのならば出てくるだろう場所に立ち塞がる。

 あの攻撃を撃ち込んだ以上僕の存在はバレている。

 ならば灰さんから貸してもらった指輪は最早必要ない。

 そうして隠密を解いて仁王立ちしていると煙の中から気配がする。

 

「クソッ!!何が起きた!?」

 

 未だ立ち込める煙の中から現れたヒュアキントスは少しばかり傷を負っている物の、大きなけがをした様子もなく悪態をついていた。

 そうだろう。

 あの男(ヒュアキントス)があんな一撃で終わりとなるはずがない。

 

「ヒュアキントス・クリオ!!

 ヘスティア・ファミリア団長ベル・クラネルはここに居る。団長同士の決闘(一対一)で決着をつけよう!!」

 

「なっ、貴様ベル・クラネル!? 決闘!? 貴様何を考えてっ!」

 

 奇襲と僕の言葉に混乱した様子のヒュアキントスは何を言えばいいのかも分からないようで、言葉を詰まらせる。

 

「どうした!もとはと言えばそっちの主神(アポロン様)が提案した形式だ!

 それとも仲間がいなければケンカも売れないか!?」

 

「ふざけるなよッ!!お飾りの団長如きが!!」

 

 酒場での一件を引き合いに出せば怒りに顔を朱に染め襲い掛かってくる。

 

 アポロン・ファミリアによる襲撃の日(前回)はその気迫と刀身の長さ(リーチ)に負けた。

 今回はもう醜態は晒さない。

 僕は恐怖心を乗り越え勢い良く突っ込む、

 

 

 

 

 

 

 ヒュアキントスの獲物(武器)はフランベルジュ。

 波打つ刀身は一見すると観賞用の実用性がない物の様に見えるが、その刃によってつけられた傷は普通の刃物による物よりも()()傷となり痛みと治りにくさを与える。

 

 フランベルジュは僕の武器(ナイフ)よりも攻撃範囲(リーチ)が長い。

 リーチが長いという事は振り回した時の速さ(威力)により遠心力が乗るという事だ。

 その分振り回すのに力がいるが、相手はLV.3の冒険者。

 今更自分の武器に振り回されるような無様は期待できない。

 

 だからその内側に入り込もうとしたのだけれど、降りしきる攻撃の雨に阻まれてしまった。

 とは言え悪くはない。

 この距離では僕の攻撃は届かないが、ヒュアキントスもその武器の威力を発揮しきれない。

 何とか追い払おうとする攻撃を弾き続け、この距離を保つ。

 

「ふざけるなよ!私はッ!お前の様な者に!関わり合っている暇はないのだっ!!」

 

 僕の行動に苛立ったかさらに顔を赤く染めたヒュアキントスは叫ぶ。

 

「私は火の無い灰を打ち倒しアポロン様の御名(みな)を更に高みへと押し上げる!

 それがあの方に救われた私の使命だ!!

 それをお前の様な守られている何も知らぬ者に!!邪魔されて堪るか!!」

 

 攻撃は苛烈さを増し、たまらず避ける(距離を取る)

 

 ヒュアキントスの言葉に理がないとは言えないだろう。

 誰だって恩()の為に戦おうとする。

 それは神に救われた僕達()の使命だ。

 

 そして冒険者とは高みを目指す者だ。

 ならば灰さんに挑むことは咎められないだろう。

 

 僕が守られている何も知らない者と言うのもその通りだ。

 幾重にも守護されて、お膳立てされて僕はここに来た。

 僕の本当の実力では此処まで来れなかっただろう。

 

 じゃあ僕は退くのか?

 退いて灰さん達にこの勝負を託すのか?

 

「そんな訳!!ないだろっ!!」

 

「ぐぁあ!?」

 

 引いた時よりも更に速く、ヒュアキントスの攻撃を掻い潜り距離を詰め握りしめた拳でその顔を殴り飛ばす。

 

 ドサッ、カラン。

 吹き飛ばされたヒュアキントスと武器が地面に落ちた音が響き。

 しばし僕とヒュアキントスの荒い呼吸の音だけが聞こえる。

 

「き、貴様...何も知らない貴様如きが、アポロン様より寵愛を受けしこの顔に傷を「何も知らないのはそっちだ!!」!?」

 

 殴り飛ばされて呆気にとられたヒュアキントスは僕が殴った部分を手で押さえ、状況が呑み込めるとその顔を怒りに染める。

 だが、それ以上何かを言う前に僕の叫びがヒュアキントスの言葉を飲み込む。

 

「お前は知っているのか!灰さん達がこの戦いでどんな思いをしたのか。

 どんな思い出と共にあの場所(廃教会)で神様と生活していたのか!!」

 

 灰さん達は強い。

 それは明確な事実だ。

 夜空に光る星々がとても遠いとしか言えないように、灰さん達の強さを表現するのに強い以外の言葉は思い浮かばない。

 

 だけれど、だけれど、だ。

 たった一人で生きていくことも出来ただろうに、協調性なんて無いと自分達で認めているのに、それでも灰さん達は神様の家族に、ヘスティア・ファミリアに入ることにした。

 それはきっと寂しかったからだ。

 

 神様は言っていた。

 「どんなに強くて、どんなに恐ろしくても、灰君達は子ども(人間)なんだよ」と。

 

 僕は弱い。

 灰さん達と比べるまでもない。僕よりずっと強い人は幾らでもいる。

 

 僕は何も知らない。

 灰さん達の歩んできた道も、その苦痛も。

 

 僕は何もしていない。

 この【戦争遊戯(ウォーゲーム)】でも、それ以外でも。何時も大切な所で誰かに守ってもらっている。

 

 きっと僕ではあの人達の隣に立つには足りないだろう。

 今だけじゃない。これからの人生において最も強い時ですら灰さん達の足元にも及ばない。

 それでもだ。

 僕は灰さん達の仲間(家族)だ。

 僕は灰さん達の団長だ。

 

 なら灰さん達がくれただけの愛を返さなきゃいけない。

 灰さん達を守らなきゃいけない。

 そうでなければ僕は胸を張って灰さん達の家族だと言えない。

 英雄(誰かを守れる人)を目指しているなんて言えない。

 

 だから僕は戦う。

 こんな僕でも灰さん達に挑んでくる挑戦者たちを選別するくらいはできるはずだ。

 僕に負けるようでは灰さん達に挑む権利なんてありはしない。

 

 だから...。

 

「ヒュアキントス・クリオ!!

 灰さん達に挑むというのならば先ずは僕を倒してみろ!!」

 

「貴様...ベル・クラネル!!」

 

 ヒュアキントスが()()()()

 

 僕に殴り飛ばされた時に手から零れ落ちた武器を拾いに行くこともせずに、顔を憤怒に染めて拳を固めて殴り掛かってくる。

 それに僕も武器を投げ捨てて拳で立ち向かう。

 

 僕にもヒュアキントスにも負けられない(勝ちたい)理由があって。

 僕にもヒュアキントスにも立ち上がり続ける理由があった。

 

 それでも結果を分ける理由があったとしたら。

 ヒュアキントスは自分と恩()のために戦って。

 僕は僕と恩人(神様)家族(灰さん達)のために戦った。

 ただそれだけなのだ。

 

「僕の...勝ちだ!!」

 

 

 

 

 

SIDE ヘスティア

 

「おいおいおい。あのウサギ勝っちまったぞ」「灰達に挑む挑戦者の前に立ちはだかるつもりとか本気(マジ)!?」

「ベルきゅん可愛い!!」

 

 画面の中でベル君が拳を突き上げる。

 ヒュアキントス君は地に伏し、ベル君は立っている。

 どちらが勝ったかなんて言葉にしなくても明確だ。

 

「ヘスティア。君の勝ちだな良い【戦争遊戯(ウォーゲーム)】だった」

 

「アポロン...」

 

 ヒュアキントス君の叫びが、ベル君の奮闘が、確かにアポロンへと届いたのだろう。

 付き物が落ちたかのような(表情)でアポロンがボクに握手を求める。

 

 アポロンには恨みがある。

 ボク達の家を壊し、戦いを避けようとした灰君達の努力を無に帰した。

 それでも戦いが終わればノーサイドだ。

 差し出された手を握り...反対の手で殴りかかる。

 

「何を!

 イイ感じに!!

 纏めているんだ!!

 

 ボクがどれだけこの数日間灰君達を宥めるのに苦労したか!!」

 

「ら、乱心!!ヘスティア乱心!!」「で、殿中に御座る、殿中に御座るぞ!!」

「あれは片手の決闘(シェイクハンド・デュエル)!?」「知っているのか!!」

 

 とりあえずアポロンはぼこぼこにした。




どうも皆さま

私です

先ずは謝ります
予約投稿をしたつもりが出来てませんでした
申し訳ありません
今後このようなことが無いように...と言ってもこの小説はあと一話でお終いなのですが

ええ
この話は残り一話です
切りもいいですし元々の最後の構成まで追いついてしまったので

全くの見切り発車から始まったこの小説が一年と少しの間続きましたのも
読んでくださる皆様のおかげです
ありがとうございました
それではあと一話だけですがどうぞお付き合いください

...次の更新は来週の土曜日です

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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エピローグ或いは順当で妥当で当然な物語の終わり

今回のお話はダークソウルシリーズへの自己解釈、捏造設定、他ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか外伝 ソード・オラトリアの重大なネタバレ等々を大量に含んでおります
ご注意ください




人間性(ダークソウル)

かつて名も知らぬ小人が始まりの火より見出したる暗い魂
それは名も知らぬ小人に連なる全ての小人(人間)の奥底へと宿り
仄暗くそして温かな人の本質となった

人の本質とは決して諦めぬ意志であり
それを魂の奥底に宿すが為に人は遥かなる高みへと挑み続ける
故に火の時代において小人()のみが不死者となった

挑み続ける意志とは即ち魔法を、呪術を、奇跡を、神秘を、ありとあらゆる神の御業(奇跡)人の扱う業(技術)へと貶めんとする(堕とす)意志であり
故に天上の主()、或いは地底の王(デーモン)にとって人間性とはその身を侵す(殺す)致命の毒となるのだ

知るがいい
お前達が目を逸らし続けてきたものを
お前達が枷を嵌め押さえ続けてきたものを
闇よりは逃げられぬ



 

 

「素晴らしいじゃないか。

 後輩(ベル)はその想い故に強者に勝利し。

 主神(ヘスティア)は己が手で因縁を清算した。

 

 だが私達は?」

──発言者 火の無い灰

 

 

 

 

 

「...おぉ?寝てしまっていたか」

 

 眠りより一人の男が目覚めた。

 僅かに痛む頭に手をやりその端麗な容姿をわずかに歪める。

 

(今日は実に良い日だった)

 

 男──正確には男神──は自身が寝入るまでの出来事を思い出し、心の中で呟く。

 

 オラリオ最恐とも噂されるヘスティア・ファミリア。

 そのヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリアとの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】があったのだ。

 

 当然男、否全ての神々はヘスティア・ファミリアによる凄惨な戦い(ショー)を楽しみにしていたのだが、火の無い灰達の暴虐もそこそこに始まったのは団長同士の戦い。

 期待していた物とは違ったが、それもまた子ども達(人間)の意志と意志がぶつかり合う良い戦いだった。

 それ故【戦争遊戯(ウォーゲーム)】が終わった後も拠点にて一人ワインを飲んでいたのだが、気が付けば眠ってしまっていたらしい。

 

「些か飲み過ぎたか?」

 

 のどの渇きと重い鈍痛に眉をひそめた男は水を求め己が眷族を呼ぶ...が返事はない。

 窓の外に目をやれば月が冷たい光でオラリオを照らしていた。

 すでに寝てしまったのだろうか。

 

 もう一度呼ぶことも考えたが、今の体調を考えると大きな声を出すよりも歩く方が楽だ。

 コツ、コツ、コツ...。

 静かな拠点内を男の足音だけが響く。

 そしてふと気が付く。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 冒険者と言う仕事はダンジョン(地下)に潜る関係上、朝起きて夜に寝てと言った規則正しい生活とは程遠い。

 無論今何時なのか分かる魔道具もあるにはあるが、そういったものをダンジョンに持ち込んだ所でモンスターとの戦いで壊れてしまうのがおちだ。

 そもそもダンジョンの中ではなにか予定外が起きて、予定より戻る時間が早くなったり、或いは遅くなったりするのは日常茶飯事。

 故にある程度の規模を持つファミリアの拠点では昼夜問わず子ども達()が活動し続けている。

 

 男のファミリアもそれに倣っているはずだが、先程からこの拠点内に響くのは男の足音のみ。

 

 今日は【戦争遊戯(ウォーゲーム)】の鑑賞の為にある程度子ども達(眷族)に休みを言い渡してあったとは言え、衣擦れの音すらしない程に静かなのは明らかに異常事態だ。

 僅かに警戒心を滲ませ拠点の中の気配を読もうとした時、莫大な気配が男に圧し掛かった。

 

 耳を澄ませている時に急に耳元で大きな音を鳴らされるように、目を凝らし暗闇を見透かそうとしている時に急に光を当てられた時の様に。

 例えるのであれば何十人もの神が思いっきり威圧する(神威を放つ)ような気配に男は逆らう事すら許されず意識を闇に溶かした。

 

 

 

 

 

「う...ぐ...」

 

 不快な感覚で目が覚める。

 一体どうしたのだったか。

 男は自身が意識を失う前の事を思い出そうとする。

 何か恐ろしい気配が...。

 

 のどの渇きが酷い。

 そうだ、水を飲もうと思っていたのだった。

 あの気配が何にせよとにかく起き上がるのが先決だと男は起き上がろうとし、そして叫んだ。

 

「なっ、何だこれは!!」

 

 意識を失う前、男は自身のファミリアの拠点にいた。

 ならば目に入るは自身の拠点のはず。

 にもかかわらず男が目にしたものは一面の瓦礫の山。

 叫んだ喉がひりひりと痛む。

 だがそんな痛みなど気にもならない程の光景だった。

 

 地上に降りてきて手にしたすべてを失ったとでも言うのだろうか。

 到底信じられない光景にしばし呆然としていた男は気が付く。

 誰かいないのか(眷族達は)

 

「だ、誰か...誰かいないのか!?」

 

 ひりひりと火を飲み干したかのようなのどの痛みも、頭を内側から殴りつけられているかのような頭痛も忘れ叫ぶ。

 だが、その声に応える者はいない。

 否。

 

「一体何...がぁ...?」

 

 自身の叫びに応える者が居ないことに起き上がり周囲を探索しようと、地面に手をついた姿勢になった男は口から奇妙な音を漏らした。

 自身の意思とはかけ離れた動きに疑問を漏らそうするが、代わりに漏れたのは赤く染まった体液(大量の血)

 

 何が、と視線を彷徨わせると自身の胸から捩じれた刃が生えていた。

 それに気が付くと同時に刃が抜かれる。

 声、と言うよりも息が口から洩れ、意味のない音を奏でる。

 刃が引き抜かれた勢いで仰向けになった男の目に映ったのは(超越存在)である自分を貫くという大罪を犯した存在。

 

「ひ...の無い...は...い...?」

 

 火の無い灰がヘルムの奥から感情の読めない瞳で男を見下ろしていた。

 何故こんな凶行へ至ったのか、どうやってこんなことをしたのか、自身の眷族達は無事なのか。

 余りにも多くの疑問があふれ出るが、それが口から洩れるよりも早く螺旋剣が閃く。

 

「お休み、或いはおはようか?

 何にせよ短い付き合い(永い付き合い)になるんだ。じゃあな」

 

 気が付けば目の前には首のないマネキンが...否。

 それは首を落とされた男の体。

 抵抗することはおろか何時切られたかも気が付かないまま男は息絶えた。

 

 

 

 

 

「はっ!...ゆ、夢?」

 

 飛び起き自分の首へと手をやる。

 自身の拠点は倒壊していないし、当然首は繋がっている。

 そのことを確認して男、【酒神ディオニュソス】は安堵の息を漏らした。

 

 そのまま近くのテーブルに置いてあったワインへと手を伸ばそうとして止める。

 あんな悪夢を見るなどやはり飲み過ぎたのだろうか。

 もう水でも飲んで寝なおしてしまおう。

 そう思い子ども(眷族)を呼ぶが返事はない。

 

 まさか?

 ぞッと背筋に冷たいものが走る。

 

「まさか。あれはただの夢に過ぎない」

 

 口に出して強がるが、もう子ども達を一度呼ぶだけの強さはなかった。

 本当に夢の通りだったら?

 湧き上がる恐怖を押し殺し水を求めディオニュソスは拠点の中を歩く。

 その最中に子ども達(眷族)の無事を確認できれば「酷い悪夢を見た」と、さっきの夢も笑い話になるだろうと思いながら。

 

 だが、ディオニュソスを迎えたのは静謐なる通路。

 常に灯っているはずの明かりすら灯っていない闇に呑まれた拠点。

 遂に堪え切れず叫ぶ。

 

「誰か、誰かいないのか!?」

 

 だが、その言葉に応える者はいない。

 否。

 薄暗がりより風を切り裂きディオニュソスへと迫る()がいた。

 

「誰がッぁ!?」

 

 それは矢、それも槍にすら見間違うほどの大矢。

 明かり一つない暗がりでありながら狙い過たず命中し、その大きさに見合った破壊力はそれでもなお止まらずディオニュソスを壁に張り付けにする。

 

 まるで虫の標本の様に縫い留められたディオニュソスが苦痛と何とか自由になる為に藻掻いていると足音が響く。

 その音は死の時を告げる鐘の音の様に静かに、だが確実にディオニュソスの元へと近づき、遂にその足音の主、火の無い灰が闇より現れる。

 

「やあやあやあ、さっきぶり。

 今夜は良い夜で御座いますね...なぁんてな」

 

「火の無い灰!?一体何の「ああ、悪いが疑問は聞かん」ギィ!?」

 

 さっきぶり、と言うのであれば先程の夢は夢ではなかった(現実だった)

 ならばさっきの夢の出来事(自分の首が切り離された)も現実?

 だがならば何故自分は生きているのか。

 灰の言葉にディオニュソスは混乱する。

 

 だが疑問を口に出そうとした時灰によって矢が放たれる。

 それは当然の様にディオニュソスへと命中し、短い悲鳴を上げさせた。

 

「最近のオラリオを騒がせた新種のモンスターだとか、なぞの調教師(テイマー)だとか。全部お前が関わってるだろ」

 

「な...何の話...」

 

「はぐらかすのか?ならまあいいが。

 とりあえず大切なことは、俺達はあんたが一連の事件の関係者だと確信している。

 そしてその上でお前がなんと言い訳しようが興味はない」

 

 ゆっくりと噛んで言い含めるように、万が一にも会話の行き違いなど起こり得ないように、小さな子供に言い聞かせるように話しながら火の無い灰は担いでいた大弓、竜狩りの大弓へと新しい大矢をつがえる。

 

 磔にされ身動きが取れないディオニュソスへと見せつけるように、一つ一つの動作をゆっくりとこなしていった灰はギリギリと弦を鳴らしながら最後に、「とりあえずもう一度死んどけ」と言い放ち矢を放つ。

 外すなどありえない距離からの一撃はディオニュソスの心臓を貫き死に至らしめた。

 

 

 

 

 

「...ハッ!!」

 

 三度の目覚め。

 だがそこに現状への疑問はない。

 あるのは底の知れない恐怖のみ。

 ガタガタと震える体を何とか抑えようとするディオニュソスの前に三度灰が現れる。

 

「いい気になるなよ。人の身でお前は...ぁ?」

 

 酒神としての権能を使って作った【神の酒(ソーマ)】を利用してまで被った普段の紳士的な態度すらかなぐり捨てディオニュソスが抵抗しようとしたが、冷気を感じたと思ったら自分の体を見上げていた(首が落ちていた)

 そのことに気が付くと同時にディオニュソスの意識は闇に溶ける。

 

 四度目。

 なりふり構わない逃亡。

 だが暗闇から飛んできた火球によって焼き払われる(殺された)

 

 五度目。

 拠点内の秘密の隠し部屋に逃げ込む。

 だが隠し部屋ごと大槌で叩き潰される(殺された)

 

 六度目。

 何とか命乞いをしようとするも灰は全く聞こうともせず短剣で一突きにされる(殺された)

 

 直剣で貫かれた(殺された)

 大剣で切り裂かれた(殺された)

 特大剣でつぶされた(殺された)

 

 斧で、鎌で、槍で、拳で、爪で、弓で。

 ありとあらゆる武器で、ありとあらゆる魔法で、ありとあらゆる理解のできない物(ソウルの業)で殺された。

 殺され、殺され、殺され、殺され、殺され、殺され、殺され、殺された。

 だが幾ら殺されようとも目覚めた瞬間に戻り、そしてまた殺される。

 痛みも苦しみも気も狂わんほどに受け続けたというのに目覚めると同時にそれも治る。

 今度こそ、今度こそは終わった。

 その期待はその度に裏切られ。

 

 最早目を開ける事すら拒もうとした時ディオニュソスの頬を焦げ臭い風が撫でた。

 風?馬鹿な。いつも目覚めるのは自身の拠点の中だ。

 ならば風など入るはずもない。

 だが焦げ臭い、と言うよりは最早熱風とすら言っていいこれが気のせいなどありえない。

 どうしようもなく外界が気になりその瞳を開け、そして絶望した。

 

「あ...あああ...」

 

 世界が焼け落ちている。

 自身の拠点など瓦礫も残っていない、否オラリオの街すらも破片一つも残っていなかった。

 眼前に広がるは一面の灰世界。

 空に昇る(地上に影を落とす)皆既日蝕(黒い太陽)

 

 理解する(分かる)理解してしまう(分かってしまう)理解してしまった(分かってしまった)

 (超越存在)であるが故に、(罪人)であるが故に。

 

 これは終わりの世界。

 終わりを否定し、繁栄を望み、その果てに太陽すら腐り果てた悍ましい世界。

 否、腐り果てたのは世界そのものだ。

 死にながら生かされ、終わりながら続けさせられた。

 その矛盾の果てに全てが腐り堕ちた。

 

 それは罪。

 それは罰。

 それは過去。

 それは呪い。

 

 世界そのものの生まれる前。

 そこにあった悍ましき事実はディオニュソスの心を打ち砕くには十分すぎた。

 

「さて、ここまで本気を出すのは久しぶりだな。覚悟は...あ?」

 

「...」

 

「おい、おーい。...壊れたか?」

 

 いみがないこえがこぼれる。

 めのまえのものごとをのうにちょくせつきざみこまれ。

 そのないようがくちからこぼれみみからふたたびはいる。

 おわりのないくつう。

 いやへんかがあるだけよろこばしい。

 

 おわらないせかい。

 へんかのないせかい。

 へんかしてしまうせかい。

 

「高々数十回死んだだけだろうに全く」

 

 よろいすがたのおとこがなにかをいうがそのないようがはいってこない。

 のろわれたせかい。

 のろったせかい。

 それからめをはなせないままにただたちすくんでいるとしょうげきをうけた。

 

「貴様...夢ごと燃やすつもりか?」

 

「すぐに治るんだからいいだろう?」

 

 そんなこえがきこえ...いしがやみにのまれて...。

 

 

 

 

 

「え...?」

 

 そうして正気に戻った。

 

「ば...か...な」

 

 ディオニュソスの心は砕けた。

 二度と立ち上がれない、否立ち上がろうと考える事も出来ない。

 残っていたのは僅かに思考するだけの意志、それだけ...だったはずだ。

 受けた衝撃を覚えている。

 感じた絶望を覚えている。

 見出した憎悪の深さを覚えている。

 確かに心が砕かれた事実を覚えている。

 だというのにその心は何事もなかったかのように機能している。

 

 その事実に気が付いた時死を、終わりを、火の無い灰を恐れていたディオニュソスは気が付く。

 この夜の終わりは...一体何処だ?

 どうなれば私は解放される?

 答えの出ない問いを自問するディオニュソスの前にまた火の無い灰が現れる。

 

「よう。

 夜は永い。だがほか(他所)にもいかなくちゃいけない所があるんでな。

 俺()そろそろ終わりにしようと思う」

 

 終わるのか。遂にこの悪夢が終わるのか。

 その言葉に僅かな希望を見出すディオニュソス。

 最早反抗する意志すらありはしない。

 ましてやかつて──と言っても実際には一夜も経っていないのだが──企んでいた、この世界をかつての人々(子ども達)がモンスターに蹂躙される世界に戻し、その悲鳴と狂乱を求めていた計画の事など頭の片隅にすらない。

 

 今望むのは平穏。

 この未知溢れる地上を去り、安全な天界へと戻る事のみ。

 

 だが俺()

 火の無い灰の言葉に僅かな引っかかりを覚えると同時に一発の銃声が響く。

 それと同時に肉体は意志とは無関係に膝をつき。初めてその時ディオニュソスは膝を撃ち抜かれたことに気が付いた。

 音のした方角を見れば未だ煙が立ち上る銃口をこちらに向けた狩人の姿があった。

 

「狩「黙 れ」かふっ」

 

 現れた狩人は苛立ちを隠そうともせずにディオニュソスが何か喋る前に更に水銀弾を撃ち込む。

 水銀弾に込められた狩人の血と神秘はディオニュソスの体内をずたずたに切り裂き、殺した。

 

 

 

 

 

「何なのだ...お前達は一体何なのだ...。

 私に何をした...。お前達の力は何だッ!!

 此処は一体何なんだ!!」

 

「奴が言わなかったか?それとも聞いていなかったのか?どちらでもいいが」

 

 暗闇()から浮かび上がった(甦った)ディオニュソスの叫びが木霊する。

 

 火の無い灰、狩人。

 即ちヘスティア・ファミリアの冒険者。

 その力はオラリオでも指折りであり超常的な力を持つ。

 

 だとしても限度という物があるはずだ。

 自身の死を無かった事にするのならば──だとしても訳が分からないくらい無茶苦茶だが──まだしも、他人(ディオニュソス)の死を、いや発狂すら無かった事になるだなんてあり得ない。

 終わりすら与えられないなどそんなことがあり得るはずがない。

 

 だが狩人はそんなディオニュソスの悲痛な叫びを一刀両断する。

 「ここは夢だ」と。

 

「ゆ...め...?」

 

 呆然と言われた言葉の意味が分からずただ繰り返したディオニュソスを鼻で嗤い、狩人は語る。

 

「そうだとも全ては夢。

 朝が来れば失われる儚い一夜の夢にすぎん。

 苦しみも痛みもお前が死ねば夢となり再び目覚める。

 ただそれだけだ」

 

 それこそが真実。

 それこそが事実。

 ディオニュソスは目覚めそして殺されるたびにその事実を夢として、目覚めをやり直していただけだ。

 

「ならば、ならば!何故終わらん(目覚めない)!?

 嫌だ!私はもう嫌だ!!痛みも苦しみももう嫌なんだ!

 

 ...助けてくれ...この(悪夢)から目覚めさせてくれ」

 

 現実()を受け入れたディオニュソスは叫ぶ。

 

 死なない(不死)と言えば聞こえはいいだろう。

 だが実際には逃れられない牢獄だ。

 否、牢獄よりもなお悪い。

 牢獄ならば、いや他の何であれ全てには終わり()と言う逃げ道が存在する。

 だがこれからは文字通り()()()()()()()()()()のだから。

 

 項垂れ助けてくれとうわ言の様に呟くディオニュソスの頬を狩人の手のひらが優しく包み込む。

 

「そうか。お前はこの夜に倦み心が折れてしまったのだな」

 

 そうして顔を上げさせた先には幼子を見つめる様な優しい瞳が待ち構えていた。

 

「終わらぬ夜に疲れ、変わらぬ結果に嘆き、それを招いた過去と変わらぬ今、そしてまだ見えぬ未来を呪う。

 その先にすら変わらぬ夜に気が狂ったか」

 

 優しい声で語りディオニュソスの頬を慈しむように撫でる狩人。

 その手つきはまるで赤子を撫でるかのように優しい。

 だがその手が急にディオニュソスの顔を掴む。

 

「ああ、何と愚か、何と幼稚。

 高々気が狂った(発狂した)だけで夢より、狩人の悪夢より逃げられると思うなど」

 

 怪鳥のような狩人の嘲笑が静寂を切り裂く。

 

 その声をディオニュソスはただ聞くしか出来ない。

 否。

 逃げようとはしているのだ。

 だが顔を包むように掴む狩人の十の指が、いやその指は細く、細かく、長く後頭部まで包むほどに伸びその顔をわずかにも動かせない程に締め付ける触手となっていた。

 

 ズルズル、ヌチャヌチャ。

 この世のものとは思えない悍ましい水音。

 それがディオニュソスの耳より脳を犯す。

 

 (子ども)の狂乱と悲鳴を求めた【逸脱の神ディオニュソス】ですら、いやだからこそ、その存在すら罪であると断ずるほどに冒涜的な知識。

 それを脳に流し込まれながらもディオニュソスはまるで気にしていなかった。

 

 そんな物よりも今目の前にある狩人の()

 その瞳は生まれたての赤子(どうしようもない愚か者)愛でる(蔑む)ように笑い(嗤い)

 その口元はマスクの上からでも分かるほどにつり上がる(微かにほころぶ)

 

 相反する表情()を同時に持つ...いやそも狩人の顔とは何処だ。

 この穴のような顔の何処に表情がある。

 穴...?目の前にあるのは植物(苗床)

 精霊住まう星輪の幹だ。

 否、否、否。

 

 狩人。

 上位者へと至りし子ども(人間)

 それは人が人足ることを望むが故に、上位者を呪い、狩り尽くすと誓ったが故に上位者としての姿を厭い、人のふり(人の皮を被って)をしている。

 だが超越存在(デウスデア)であるディオニュソスの瞳はその秘匿を破る、破った、破ってしまった。

 刻一刻と移り行く狩人の姿。

 それこそが夢の主たる上位者としての(本来の)狩人の姿だ。

 

 上位者の姿(狩人)を認識したディオニュソスの脳へ啓蒙が溢れる。

 啓蒙とは神秘に(まみ)える為にビルゲンワースの学徒たちが求めた物。

 神秘(上位者)へと(まみ)える為に啓蒙を求め、神秘(上位者)へと(まみ)えたが為に啓蒙を得る。

 ならば上位者へと(まみ)えたディオニュソスが啓蒙を得るのは道理である。

 

 啓蒙を得たが故により深い神秘(狩人の本性)を見る。

 より深く神秘(狩人の本性)を見たが故により多くの啓蒙を得る。

 人の身であれば受け入れることが出来ないだろう量の啓蒙も、神の身であれば受け入れられる。

 受け入れられてしまう。

 故に続く螺旋を終わらせたのはひときわ高い嘲笑の声を響かせた狩人だ。

 

「夜は明け、夢は覚め。全ては夜の残滓となり忘れられてしまう。

 だが悪夢は巡り終わらぬものだ

 

 高らかに叫びディオニュソスの顔に張り付いていた触手が耳より侵入しその奥、脳へと直接その冒涜的な知識を植え付ける。

 その悪夢的冒涜には流石の神と言えど耐え切れず、意識は暗闇に溶けた(死んだ)

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああ!」

 

 蘇ると共にディオニュソスは絶叫しすぐそばの窓を突き破り走り出した。

 

 ガラスの破片が傷つけたのだろうか、体のあちこちが痛い。

 何時も愛用している靴は走るのに向いていない。

 そもそも幾度となくこの夢の中で逃亡を試みたのだ。

 今更逃げ切れるなどと()()()思っていない。

 

 それでもなお逃亡を選んだのは純粋なる恐怖からだ。

 

 一秒でも早く、一歩でも遠く。

 ()()から離れたい。

 そんな原始的な衝動に突き動かされディオニュソスは走る。

 

「ぜえ、ぜえ、ぜえ...」

 

 だが分かるはずだ。

 叫び声を上げながらの全力疾走。

 それも目的地もないままの逃走など何時までも続くものではない。

 

 人一人いないオラリオの路地でディオニュソスは座り込んだ。

 呼吸が辛い。

 幾ら息を吸ってもまるで足りない。

 肉体の欲するままに酸素を貪り続け、ふと気が付く。

 

 未だに死んでいない。

 

 まさか逃げきれた?

 自分でも信じきれない希望を僅かに見出す。

 そんな訳がない。

 今までの経験()がそれを否定するが、希望を見出してしまった以上見出した希望が偽りであると理解していてもそれに縋らずにはいられないのだ。

 

 とにかく少しでも生きながらえる為に。

 今更な警戒を周囲に向け、そして気が付く。

 

 オラリオの街が赤で照らされている。

 血で塗られたという訳でもない。

 むしろ降り注ぐ光が赤いような。

 

 そんなことを考えて()を見る。

 見てしまう。

 

「あ...あああ...」

 

 朱かった。

 空に昇る月は紅く、夜空は青ざめていた。

 

 赤い月はディオニュソスの見ている前で神を呪う狩人の瞳となり。

 狩人の瞳は(無貌)へと変じ。

 無貌は唇を吊り上げた狩人の嘲笑顔になる。

 

 そうして気が付けば苛立たし(楽し)気な狩人がすぐそばに立っていた。

 

「ああああああああ!」

 

 再びの逃走。

 否。

 未だ体力の回復どころか息も整っていないままの疾走。

 その足元はおぼつかず、速さも先程までと比べればまるで話にならない。

 それでも走るのだ。

 生きる為に、死ぬために。

 尊厳ある死を得る為に。

 

 そうして追われる獲物となったディオニュソスの背を見て狩人は嗤う。

 

「そうだとも。

 逃げろ逃げろ。それこそが私達がお前に求める物。

 巻き藁なぞを殺したところで準備運動にもならん。

 

 このオラリオより【闇派閥(イヴィルス)】を駆逐するのだ。

 ついた錆を落とすくらいには抵抗しろ」

 

 そうして誰も居ないオラリオの街に血生臭い疾風()が吹き。

 

 聞く者のいない悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

SIDE ウラノス

 

 今日はギルドの厄日だ。

 そう呟いたのは誰か。

 少なくともギルド職員ではあるまい。

 そんなことを考えながらギルドの主神ウラノスは戦場のような有様のギルド内を見渡した。

 

「この書類を3番に!」「これを決済に回して!」「49番でお待ちの方~!」

「何でもいいから早く!」「私は天界に帰るとしても残される子ども達が...」「奴らが、奴らが来る!!」

 

 オラリオの行政機関であるギルドは昼夜を問わず途切れる事の無い利用者と、手続きのための書類仕事で溢れている。

 とは言え何時もであれば昼前になればある程度は人も減り猶予が生まれる。

 だがもう正午()も過ぎているというのに未だに怒号が飛び交う程の修羅場となっているのは、夜が明けると同時にギルドへと殺到した神々と眷族達だけが理由ではない。

 

 その神々と眷族、と言うよりは神々の目的(天界への帰還の手続き)が問題だった。

 

 今──と言っても(超越存在)基準での()だが──地上が熱い。

 天界では得られない刺激(未知)に溢れ、子ども達(人間)の輝きを特等席で見ることが出来る。

 そんなうたい文句に誘われて天界より降臨して(降りて)きた神々はその神の力(アルカナム)の殆どを封じ、人へと神の恩恵(ファルナ)を与え眷族(子ども)としてファミリアを創り、そのファミリアからの収入で生活をする。

 それが地上でのルール(規則)だ。

 

 だがどうしても生活が成り立たず天界へと還る神も居ない訳ではない。

 しかしながら極々僅かだ。

 と言うのも一度地上へと降り立った神が天界へと還った場合、二度と地上へと降り立つことは出来ず。

 天界で他の神がいなくなった(地上に降りた)ことで溜まった仕事をこなしながら、地上でほかの神々が楽しく過ごしているのを指をくわえて見ているしか出来ないのだから、意地でも地上に残ろうとするのが()情という物だろう。

 

 故に幾らギルドと言えど帰還手続きの事例など数えるほどしかなく慣れない仕事である上に、帰還手続き自体も「天界に還らせていただきます」「分かりました」とはいかない。

 たとえば地上に残る子ども達(眷族達)の扱いであったりだとか、財産──と言っても天界へと還らざるを得ない神の財産などたかが知れている...どころか多くの場合借金の清算であるのだか──をどうするか、今住んでいる土地、そのファミリアが今までこなしていた役割の穴埋め、等々...。

 ざっと上げただけでも面倒な手続きをこなさなければならないのだ。

 幾らギルド職員が優秀なエリート揃いと言えど、そう簡単に捌けるものではない。

 

 ギルドの主神と言う立ち位置にこそいるものの、ギルドと言う行政機関の公平性の為に眷族を持たないウラノスには手伝えることもない。

 ただその奮闘が報われるようにと祈っているとヘロヘロのロイマンが客人が来ていると伝えてきた。

 

 

 

 

 

「...という訳で【闇派閥(イヴィルス)】と【闇派閥(イヴィルス)】と手を組んだ神によるオラリオ転覆計画は潰し終わったぞ」

 

「...そうか」

 

 自身の居室で灰が語った昨夜に開いた夢と、その夢の中で起きた【闇派閥(イヴィルス)】討伐の話を聞き小さくウラノスは呟く。

 

 ウラノスとしても【闇派閥(イヴィルス)】と言うオラリオの宿痾を退治する為に灰達と言う劇薬を使えばその騒ぎは凄まじいものになると覚悟はしていた。

 だが火の無い灰達による【闇派閥(イヴィルス)】の殲滅はその予想を軽く超えた。 

 

(何という事だ。我々はまだ見誤っていた!!)

 

 心の中でのみウラノスは叫ぶ。

 オラリオに流れる噂を信じずケンカを売った神(アポロン)、彼の犠牲により灰達の異常性はある程度オラリオに周知された。

 だがそれでも暗黒時代【闇派閥(イヴィルス)】へと苛烈すぎる憎悪を向けていた灰達を知るウラノスからすれば未だ見誤っているとすら言えると思っていた。

 しかし今回の件でこれまでの火の無い灰達に対する脅威判定はまるで足りていなかったと痛感した。

 

 誰が想像できるだろうか。

 神すら殺しうるだろう戦士が本当は時代ごと世界を終わりにした世界の破壊者であるなど。

 

 誰か想像できただろうか。

 獣と神へと憎悪を募らせる狩人が文字通り(狂人たち)(上位者)も狩り尽くし(上位者)へと至ったなど。

 

 誰も想像できなかっただろう。

 心が折れる事すら想像できない狂人が世界が始まる前の世界ですら狂人であり続けたなど。

 

 誰しもが想像できなかった。

 ともすれば愛嬌すら感じる忍びが主の命により土着の神すらも殺す人物であったなど。

 

「お前達はこれからどうするつもりだ」

 

 これだけの危険人物達がそれでも大人しくしていたのは彼等の主神(ヘスティア)のおかげだろう。

 女神の慈悲は確かに彼等の心を癒し、救ったのだ。

 そのことが分かっていてもウラノスは、ギルドの主神でありこの土地(オラリオ)を長年見守り続けてきた神として問わねばならなかった。

 

 神を嫌い嗤う彼は、獣を憎悪し神を唾棄する彼は、己が目的の為ならば何でもする彼は、主の安寧の為ならば修羅にもなる彼は。

 その力を持ってオラリオで何を為す。

 

 

「そうだな...まずは【戦争遊戯(ウォーゲーム)】勝利祝いのパーティに出るか」

 

「何?」

 

 返答によってはこの命に代えても。

 覚悟を決めたウラノスの言葉への返事はともすればすっとぼけているとすらいえるものだった。

 予想だにしない返答に思わず困惑の声を上げるウラノス。

 

「ベル...ああ、俺達の後輩(団長)なんだがな。

 そいつが【戦争遊戯(ウォーゲーム)】に勝った祝いのパーティをしようと言っていてな。

 まあお前達()が開くものと比べればほんのささやかなものだが、ヘスティアも張り切って準備をしていてな。

 正直な所準備をさぼる為に報告に来たという面もあるんだ」

 

 そんなウラノスの困惑など知った事ではないと話し始めた灰はヘルム越しですら楽しげであることが分かる。

 「狩人の奴が何時もの不機嫌そうな顔で飾りつけをしていた」だとか、「焚べる者が訳の分からないマークを作っていた」だとか。

 いっそ下らないことと言い切っていい出来事をさも楽しそうに話す灰には他意は見られず。

 

「そうか...ならば冒険者依頼(クエスト)は完遂された。ご苦労だった、もう戻ると良い。

 準備もあるのだろう?」

 

 毒気を抜かれたウラノスはねぎらいの言葉をかけ、依頼の完了を宣言する。

 

 灰の背が部屋より消えた後もそちらへと視線を向け続けていたウラノスは小さく呟く。

 

「彼らがどうあれ問題はないだろう。

 主神(ヘスティア)と、仲間(家族)がいるのだから」

 

 

 

 

 

 

 忍と灰と焚べる者と狩人とダンジョン 連載編 ──完

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

遂にです
遂に完結です
嬉しいやら寂しいやら
中々に複雑な心境です

いやまあ完結としましたが一応の完結で
いくつか温めているネタがあるのでそちらもそのうち投稿する予定なのですが
よろしければお気に入り登録したままにしておいていただけると嬉しいです

そんなことよりも本文です

人間性とは何ぞや
人に宿るというのならばそれはダークソウルであり
人だけが持つ意志である
それが失われた時不死者(死にながらにして生きている者)亡者(生きながらにして死んでいる者)へと堕ちる...みたいな考えの元の適当な捏造設定です

ベル君のスキルとしての人間性は決してあきらめない意志であり
故に格上にも食いつく力ですが
灰に宿る人間性とは奇跡を堕とす(殺す)意志であり
故に神すらも殺す...みたいなそんな感じです

こう、ふわっと受け入れてください

実は灰達が暴れて将来起きる事件の芽を全部潰す
というのは割と初期から決まっていました
寧ろこうすることで書けなくなりそうになったら
全部終わりにするつもりでした

それが想定していた最後までしっかり書けましたのも
読んでくださった皆様のおかげです
感想、お気に入り登録、評価、誤字報告大変ありがとうございました
全て創作活動の糧となりました
改めて皆様にお礼を申し上げます
ありがとうございました


以降はこの小説の登場人物紹介と言いますか初期設定と書いている途中で変わっていった諸々の感想になります
つまりは読まなくとも問題ない奴です
お暇な方はどうぞ
そうでない方はお戻りください

ベル・クラネル

ヘスティア・ファミリアの若き団長

後書きでも時々書いていたが
灰達に対して全幅の信頼を寄せ
灰達に追いつくつもりであるベル君は大概頭がおかしい
まあ灰達の後輩なので頭がおかしいくらいはご愛嬌
私の書くベル君は他所のベル君より2、3歳歳が低いかもしれない

何か最終的に灰達に挑む冒険者への最低ラインとして立ちはだかることで満足していたが...君オラリオに来たのハーレムの為だって覚えてる?

ヘスティア

ヘスティア・ファミリアの主神

初期構成ではヒロインしているはずだったのだがいつの間にか
ファミリアの主神、母親としての面が強く出ていた
どうして...
けどファミリアの親としての役割を果たし続けてきていたのでしょうがないのかもしれない

全くの余談だが灰達の影響を受けてある程度戦えるようになっている
少なくとも戦ったこともない神、アポロンぐらいならばぼこぼこにできる


火の無い灰

ヘスティア・ファミリアの冒険者

初期設定ではもっとドライな性格だったが
いつの間にかベル君を滅茶苦茶可愛がっていた
多分保護者組には内緒とか言って買い食いしたり装備を買ってあげたりしている
そしてバレて怒られている

月の狩人

ヘスティア・ファミリアの冒険者

初期設定ではもう少し落ち着いていたのだが
いつの間にか怒ってるか鬱になってるかのどっちかしかなくなった
基本情緒不安定
幼年期を越えて思春期なのかもしれない
獣扱いされると烈火のごとく怒るが
風呂──というよりも水が──嫌いだったり気まぐれだったり割と猫っぽい

実は
獣に近い生き方をしていたのにベルへの想いで更生する
啓蒙を得ながらそれを求めない
等の点からリリの事をとても高く評価している
リリからは手のかかる先輩扱いである
何故ぇ

絶望を焚べる者

ミラのルカティエルです

冗談はさておきヘスティア・ファミリアの冒険者

フロム主人公勢の中では狼に次いで真人間
しかしそれを上回るほどに胡散臭い
決め台詞だけ出せばどうとでもなる反面
それ以外のセリフをしゃべらせるのに苦労した
初期設定からは全くぶれてない
...というか初期設定がミラのルカティエルですしかない

全くの余談だが
この小説の人間性(ダークソウル)の設定上メンタルオバケである焚べる者なら
深淵すらも気軽に散歩できるし人の闇も使いこなせる...という設定がついさっき生えた



ヘスティア・ファミリアの冒険者

主が生きている以上すべてがハッピーな忍び
弟子もとっていてオラリオ生活を満喫していると思われる
喋らねえなあこいつ
喋る狼とか大分解釈違いなのでしょうがないけれど
初期設定と比べてかなり天然になった冷徹な暗殺者とか書いてあるんですけど?

ベルに対しては基本後方師匠面をしている...いやまあ師匠ではあるけれど
もしも葦名が今しばらく戦渦に巻き込まれなければ
もしも弦一郎が早急な手段を取らなければ
もしも葦名に平和を守るだけの力があれば
何時か自分も義父の様に弟子を取ることもあったかもしれない
そんなことを忍びは考える

九郎

ヘスティア・ファミリアの団員

初期設定は薄幸の美少年だったが
いつの間にかかなり腹黒いし計算高くなった
無駄遣いが多いとリリに怒られたが一向に改めない辺り神経も図太い
まあ葦名人だしね

こう見えて葦名人なのだ
刀を持てばそのうち斬撃の一つも飛ばすようになるかもしれない

リリルカ・アーデ

ヘスティア・ファミリアに改宗したサポーター

ベル様程の心からの信頼を持てずとも
信じようこの人達の事を
みたいなことを考えていたのに
その後の灰達の行動で台無しになった人

何で棘の鎧を着て追いかけてくるんですかね
何で敵を傷つけられないからって本拠地を糞まみれにするんですかね
いや本当になんで?
恩人に常識を求めるのは間違っている...のでしょうね

頑張れリリ
君以外のヘスティア・ファミリアの奴らは基本みんなボケだ

書いているうちにヒロインポイントが爆増した人
...というより
灰達が受け入れる=実質家族みたいなものになる
なのでしょうがない

ヴェルフ・クロッゾ

ヘスティア・ファミリアに改宗した鍛冶師

ベルの事を信頼している
ひたすらに信頼している
かなり重い感情を向けている節もあるが
ベルからヴェルフへの感情も大概重いのでしょうがない

実は灰と波長が合うタイプで
変なことをしでかす組み合わせ
混ぜるな危険
...混ぜなくても危険



ヘスティア・ファミリアへと改宗した冒険者

自分を貫くために移籍するノンストップガール
ヘスティア・ファミリアへ移籍したことで師匠が増えた
同時に支障も増えた

全くの余談だが
元主神であるタケミカヅチのことを好きであり
回収する際の問答で
ベル殿のことは好ましいと思っていますがそれはあくまで人としての好ましさでありベル殿のことが好きとかそういう事ではなくてですねいや嫌いなわけではないのですが
みたいな会話をしていた
タケミカヅチ爆ぜろ

リュー・リオン

狩人に頼み込まれ助っ人として参戦したエルフ

強さの割に割を食っている可哀そう
一応狩人からは巻き込まないでおこう
くらいの扱いは受けている

アポロン

アポロン・ファミリアの主神

ベルに一目ぼれして奪う為に戦争遊戯を吹っかけてきたウルトラスーパーバカ
戦争遊戯後はヘスティアにぼこぼこにされて財産の殆どを毟り取られオラリオから追放された
ソウルまで奪われなかっただけまだまし

全くの余談だが
相手にだって愛はあるんだよという程度のアポロンの愛だが
基本的に一方通行で押しつけがましい愛である
万人を分け隔てなく照らす太陽神の愛とはそういう物だ
夏場はそれを実感できる

ヒュアキントス

アポロン・ファミリアの団長

忠誠を誓うアポロンの為にヘスティア・ファミリアとの戦争遊戯という無理ゲーに挑んだ可哀そうな人
こんな忠臣がいるのにベル君にも手を出そうとしたアポロンは糞だな!

オラリオから追放されたアポロンに付き従い何処までも供をしていった
どうあれアポロンからの寵愛を受けている現状を喜んでいるのならば
まあそれでいいのではないかな

カサンドラ

アポロン・ファミリアの冒険者

スキルによって予知夢を見ることが出来るが
その内容を誰かにしゃべっても信じてもらえない呪いもかかっている
正確にはスキル(神の恩恵)ではなくそれ以外の何か、どちらかというとソウルの業とかの分類に入る
何それ恐い

全くの余談だが
ヘスティア・ファミリアとの戦争遊戯が決まると同時に
酷い悪夢を見続けて寝不足になった
そうしてうたた寝をしてまた悪夢を見た
可哀そう

ダフネ

アポロン・ファミリアの冒険者

アポロンのとっておきとして戦争遊戯中盤で
ヘスティア・ファミリアの仮拠点に襲撃をかけたが
そもそも罠だったので
思いっきり作戦にひっかっかった人

戦争遊戯中は隠し玉として息をひそめていたが
結果として罠にかかりそのまま負けてしまった
...もしかして一番働いてないまである

ザニス・ルストラ

団長降格RTA走者
もとい元ソーマ・ファミリア団長

ハイパーミラクルウルトラスーパーバカであり
やることなす事全て裏目に出た人

まあ牢屋の中なら灰達に怯えることもないので
多分幸せ

ソーマ

ソーマ・ファミリア主神

火の無い灰以下ヘスティア・ファミリアが誇る狂人共に襲撃された神
割と可哀そう
眷族の事はどうでもいいとか言いつつ
子どものリリが大きくなるまで面倒を見させているあたり
可愛がっていた節もあるのかな

ディオニュソス

名前が面倒くさい神、もといソード・オラトリアの黒幕

この小説ではベルたちの奮闘にテンションの上がった灰達が闇派閥を殲滅する前の準備運動としてボコり倒された
一応他の奴は一度心をへし折った後は解放されたのにこいつだけ念入りにぼこぼこにされた

喜べよお前が望んだ過去の悲惨な世界とその世界に生きる存在の悲鳴だぞ


...こんな所でしょうか
何か書かれてないよと思うようなことがありましたら
連絡いただけると嬉しいです

それでは私の拙い小説をこんな所まで見て頂きありがとうございました
本当にありがとうございました






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おまけ或いは蛇足
IF 灰達がガチギレした状態の【戦争遊戯】 或いは神も知らない戦い


今回はリハビリがてらの灰達の怪獣大戦争です
頂いた感想とそういえば焚べる者がヒュアキントスに今度はもっと頑張れ的なことを言っていたけれど戦わなかったな
というのに設定だけしていた灰達の本気を書く機会がなかったなということでできたお話です

タイトルにもある様にこの話は灰達がガチギレした状態での戦争遊戯の話です
つまりは残酷表現注意という事です
...多分


 

「来るぞ...」

 

 ゴクリ、と固唾をのんだのは誰だったか。

 自分だったようにも、周囲だったようにも、これを見ている神々だったようにも思う。

 

 ヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリアの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】が始まり、そして地獄の蓋が開いた。

 

 

 

 

SIDE 狼

 

 砦の前、ある門の眼前に座して時を待つ人影があった。

 それは九郎(竜胤の御子)の忍びにしてヘスティア・ファミリアが冒険者の一人

 

 

 

 狼の事を知る者があればその様子を怪しむだろう。

 狼、忍びとは影に潜み、夜に生き、暗闇からその命を狙う者だ。

 まかり間違っても真正面からの戦いなど試みるはずもない。

 だが、鐘の音が開戦を知らせると同時に狼は門へと進んでいく。

 

 その姿はいっそ滑稽ですらあった。

 忍びが白昼堂々真正面から戦いを挑もうというのだから。

 何より構えるように手を添えてこそいるものの、未だに狼の愛刀楔丸は鞘の中に収められている。

 

 武器を抜くことすらせずに忍びが何をするというのか。

 それが門を守る冒険者達の思ったことであり、同時に彼等の最後の思考となった。

 

 秘伝・一心

 

 鞘と楔丸に添えられた狼の手が動いた、と思った時にはもう終わっていた。

 刃が閃き、そして鞘に納められる。

 戦いの心得がない者ならば、いや日々戦っている冒険者達ですら狼の手元がぶれたようにしか見えなかった。

 

 だがそれだけの間に狼の攻撃は終わっていた。

 凄まじい一撃が門にぶつかる。

 光すら置き去りにする一撃、いやそれですら()()()()一撃なのだ。

 

 軋み傷つきながらもその職務を全うした(耐え切った)砦の門を襲ったのは、最初の一撃に遅れて届く無数の剣戟。

 雨のごとく降り注ぐ剣戟は門を軋ませ、削り、蝕む。

 それでもなお耐えきったのは称賛に値しよう。

 

 しかしこの一撃は一心。

 切ることにただ、一心になるが故の秘儀。

 再び鞘に納められた楔丸が閃く。

 

 一度で足りなければ何度でも放てばよい。

 それこそが葦名流の教えだ。

 

「敵襲、敵襲!」

 

 今度こそ崩れ落ちた門を踏みつけ狼が砦へと入る。

 当然砦の中には冒険者達が陣形を組み狼を待ち受けていた。

 その中の幾名かが武器を掲げながら狼の足を止めさせる為に襲い掛かる。

 本命は後ろで詠唱をしている魔導士であり、上から狙いを定めている弓使い達だろう。

 その一切を断ち切る。

 

 秘伝・不死斬り

 

 赤黒い悍ましい刀身が抜かれる。

 不死斬り【拝涙】それが刀の銘だ。

 葦名に伝わる死なずを殺す(不死殺し)の禍々しき妖刀。

 その刀身に纏っている今まで切り殺して来た者達の無念を形にしたような赤黒い瘴気を見れば、その伝説を嘘だなどと言えなくなるだろう。

 

 だが真にこの刀が恐れられるは鞘より抜いた者の命を吸い殺すが故だ。

 死なずを切る為の刀でありながら、死なずでなければ抜けない矛盾する大太刀。

 九郎より【回生】を授けられた狼で無くば使いこなすことの出来ぬ呪われた刀。

 だが、その伝説に偽りはない。

 一度使いこなせれば、葦名に蔓延る蟲憑きも赤目も桜竜(竜胤の元)ですら断ち切る(殺す)それを狼は何の迷いもなく振り切った。

 

 一瞬の静寂。

 そして重い物(冒険者達の上半身)が落ちる音が響き、砦の中に紅い花が咲いた。

 

 狼に相対していた冒険者達も、後に詰めていた者達も、いやその後ろの砦さえも大きく切り裂く。

 不死斬りは自身の犠牲者が増えたことを喜ぶようにその紅さを増し、狼はそんな不死斬りを鞘へと納める。

 

 

「ば、馬鹿な」

 

 喘ぐように誰かが言った。

 砦に築かれた強固な防衛線。

 それに対して狼が行ったことは武器をたった三回振っただけ。

 だが三振りによって防衛線は使い物にならないくらいズタズタにされてしまった。

 

 そこで砦に詰めた冒険者達は気が付く。

 強固な守りの砦。

 その出入口は狼の後ろにある。

 

「こ、こんなの相手に出来るか!俺は逃げぎゃあ!!」

 

 真っ先に逃げ出そうとした者達の背中に手裏剣が刺さったことで冒険者達は理解する。

 自分達が生き延びるにはこの忍びをどうにかしなければならないのだと。

 敵うはずがないと理解しながら、それでも生き延びる為に冒険者達は立ち向かう。

 

 ◆◆◆◆

 

 自身へと向かってくる冒険者達を見ながら狼は再び不死斬りに手を添える。

 己は忍びである。

 影に生き、夜に紛れ、暗闇より標的の命を狙う者。

 その戦いは感情を揺るがさず、冷たく静かな物で無くてはいけない。

 

 だが、だが今この時だけは殺すことを望もう。

 その想いが怨嗟を降り積もらせるものだと理解していてもなお。

 この怒り(想い)は止まらない。

 

 

 

 

 

 

SIDE 狩人

 

「ヒィ、ヒィ」「目が、目がぁ」「ああ、嫌だ、嫌だ」「こないでくれぇ!!」

 

 うわ言の様に悲鳴を上げる外に出ていた部隊(偵察隊)

 その内容は支離滅裂、正気とは思えない言葉を呟く彼等がどんな目に遭ったのか想像が付こう。

 

 そんな彼らが砦の中に無造作に転がされている。

 屍累々という言葉が似合いの地獄絵図。

 だがそんなものは今外に迫っている()()と比べれば優しい物だ。

 

 この【戦争遊戯(ウォーゲーム)】は(正午)に始まった。

 ならば太陽は頂点で光り輝いているはずだ。

 だが砦の外では月が冷たく(愚者)を見下ろしていた。

 

 世界が犯されていた。

 昼が夜に、光が影に、神聖が冒涜に蝕まれる。

 ()()の歩みと共に夜が広がる。

 

 コツ、コツ

 地面を歩いているとは思えない程に硬質な音が響く

 ズル、ズル 

 地面を歩いているとは思えない水音が響く。

 

 それは悪夢。

 それは冒涜。

 それは化け物(上位者)

 月に照らされ地面に影を落としながら歩いていたのはヘスティア・ファミリアが冒険者の一人。

 

 月の狩人

 

 狩人(上位者)のしていることはただ歩いているだけ。

 だが、それだけで世界が()に浸食されていく。

 その歩んだ(世界)に悍ましい跡を残しながら門の前まで狩人は歩いた。

 

「...」

 

 狩人はしばし目の前の門を見つめる。

 その瞳にどのような光があったのか。

 それを誰も知らないことはきっと幸せだったのだろう。

 そして

 

爪狩獣瞳穢継苗蠢輝

 

 (呪詛)が響いた。

 

 その声を何に例えよう。

 全てを飲み込む大渦の様に響き、光も届かぬ水底の様に静かで、地の底から手を伸ばす死者の悲鳴の様に耳にこびりつく。

 だが、どれだけ言葉を重ねた所でその本質を言い表すことは出来ないのだろう。

 ただ、一つその声を形容するのであれば恐怖であった。

 

ヒイヤアァァァァ

 

 方向性を持たせたわけでもないただ周囲へとその在り方をまき散らしただけの叫び。

 だが、それは確かに狩人(上位者)の喉から放たれた物で。

 

 それを聞いて人が無事なはずもない。

 声が届く範疇の冒険者達は発狂、絶望、或いは人では理解できない悍ましいナニカによって死ぬ。

 それでもなおこの場で死ねた者は幸運だったのだろう。

 強固な門が捩じれ、歪み、世界ごと捩じ切られた姿を見ずに消えられたのだから。

 

 ◆◆◆◆

 

 懐かしい音(悲鳴)を聞きながら目の前の防衛線を見る。

 ささやかな()無駄な人の抵抗。上位者()でなくともヤーナムの獣であれば一撃で崩せるだろうそれを見て私は少しばかり考え込んだが、すぐにその思考を放棄する。

 呼んでしまった以上どうしようもない。

 

 その声を聴いたものを呪い、発狂させ、殺す。

 悍ましい叫び声はしかし、声の本質ではない。

 当たり前だろう。

 上位者の叫びがたったそれだけで終わるわけがない。

 

 星が墜ちる。

 流れ星と言えばロマンチックかもしれない。

 だが、上位者によって呼ばれた物にそんなロマンを求めるべきではない。

 

 轟音、灼熱、そして壊滅。

 (宇宙)より墜ちた星のもたらした結果(ぐちゃぐちゃに破壊された砦)を見て嗤う。

 知るがいい呪いを、怒りを、お前達は触れるべきでない物に触れたのだ。

 

 

 

 

 

SIDE 火の無い灰

 

「と、止めろ...何を使ってでも止めるんだ!!」「止めろって言ったって...あんなもん、どうやって止めればいいんだ!!」

 

 悲鳴を上げる冒険者達。

 だが、悲鳴を上げられる(喋れるだけの余裕がある)、という事ではなかった。

 彼らが相対しているのはヘスティア・ファミリアが冒険者の一人。

 

 火の無い灰

 

 無人の野を行くかのように悠々と歩くその姿は戦場を歩くというよりかはいっそ、優雅な散歩をしているようにすら見える。

 無論冒険者達も馬鹿にされて黙っている訳がない。

 矢を、魔法を、それ以外の攻撃を加えようとする、いやしようと()()

 だが、その全ては何の結果ももたらさなかった。

 

 避けられたのか?否。

 迎撃されたのか?ある意味ではそうだろう。

 防がれたのか?それも間違いではない。

 

 雨と降り注ぐ無数の攻撃に対して火の無い灰が行ったことは何もない。

 ただ何も変わらず歩いていただけだ。

 だが、それだけで冒険者達の攻撃は全て()()()

 

 現実味の無い出来事だった。

 雨の様な矢も、火も雷も氷も(魔法も)

 全て火の無い灰にたどり着く前に燃え尽き、後に残ったのは一握りの灰だけ。

 

 歩くだけで攻撃の全てを燃やし尽くしたあいつがこの砦にたどり着いた時何が起きるのか。

 自分に向かってきた攻撃をただ歩くだけで燃やし尽くした火の無い灰の姿を見た冒険者達は怯えた。

 だが、どうすればいいというのか。

 たった今自分達の攻撃は全て燃やし尽くされてしまったというのに。

 

 必死の抵抗もむなしく火の無い灰は砦の門まで辿り着く。

 そして小さく呟いた。

 

「少しばかり火力を上げるか」

 

 取り出したのは捩じれた大剣。

 始まりの火を受け継ぎ【火の時代】を守った王達の化身が振るった螺旋剣。

 火継ぎの大剣。

 

 翳り消えゆく火を一時的に猛らせるその力を使い、火の無い灰は自身の持つ始まりの火の残り火に力を与え...

 

 そして全てが燃えた。

 

 燃える、燃える。

 全てが燃える。

 罪も、罰も。

 生きる者も、死ぬ者も。

 形あるものも、形なきものも。

 世界も。

 

「なんだ...あれ...」

 

 生き延びてしまった不幸な冒険者達は目の前で起きた余りの出来事に呆然と呟く。

 

 大地が、空が燃えていた。

 岩と土、そして僅かばかりの植物が生えていた地面はめくれ上がり燃え尽きる。

 その下には灰ばかりの(死んだ)大地が広がっていた。

 青い空が燃え墜ちる。

 スクリーンの様に黒く焼け落ちる。

 その下からは朝とも夜ともつかない仄暗い空が広がっていた。

 

 死んでしまった冒険者達は幸いであった。

 彼らは人だ。

 故に自分達が見ているものが何なのか理解できなかった。

 火の無い灰が取り出した大剣も、その後産まれた火も、世界が焼け落ちてその下から見えた終わった(死んだ)世界も。

 全ての意味を理解せず灰が振るった火継ぎの大剣によって砦ごと焼け落ち死んでしまった。

 

 ◆◆◆◆

 

 跡形もなく焼き払った門から砦に入る。

 苦痛なく死ねるのは幸いだ。

 ふと形の残っている死体を見て思った。

 

 焼死というのは数多くある死の中でも最も苦しい死の一つらしい。

 体に纏わり付く火からは逃れられず、火傷は絶え間ない苦痛を与え、立ち上る熱気は息をすることすら苦痛とし、そして何より終わる(死ぬ)まで時間がかかる。

 

 ロスリックを旅する中で燃えて死んだことも幾度となくあったが、あの場所で留めておく必要のある記憶などなぜ死んだかだけだ。

 その死に方に苦痛があるか無いかなど意味もない。

 

 それでも苦痛なき死などという物を思い浮かべたのは、火継ぎの大剣を取り出したからだろう。

 幾度となく回った、幾度となく廻った、幾度となく終わらせた、幾度となく継いだ。

 だが、やはり俺にとってこの武器(火継ぎの大剣)は少しばかり特別な意味を持つ。

 

「少し感傷が過ぎるな」

 

 呟きまた歩き出す。

 過去(ロスリック)などどうでもいい。

 大切なのは(オラリオ)だ。

 罰さねばならぬ、呪わねばならぬ。

 犯された罪にはそれ相応の罰を与えられなければならない。

 

 奴らが何をしでかしたのか知らしめなければならない。

 そう、俺達はヘスティア・ファミリア。

 殺し、奪い、冒涜し、嗤う者。

 

 

 

 

 

 

SIDE 絶望を焚べる者

 

「なんだあれは、何だあれは、何なんだあれは!!」

 

 砦の最奥。

 戦場を見渡せるその部屋でヒュアキントスは叫ぶ。

 

 三振りで防衛線を断ち切る化け物(修羅)だと!?

 昼を犯し夜を従える化け物(上位者)だと!?

 歩むだけですべてを灰燼に返す化け物(始まりの火を宿した不死者)だと!?

 

 あり得ない。

 あり得るはずがない。

 あり得て良いはずがない。

 あんなものが人の世界(下界)に存在していいはずがない。

 

 頭を掻きむしり、エルフとも見間違わんばかりの端正な顔を歪めるヒュアキントス。

 悶え、のたうつ様を笑うことは出来ないだろう。

 彼の命題はこの戦い(【戦争遊戯】)での勝利。

 ならばあの化け物共に立ち向かわなければならないのだから。

 

 そう、彼はまだ勝利を諦めていなかった。

 それは偏に彼の神(アポロン)への信仰の為であり。

 故に人知を超えた存在を見てなお正気を保ち(狂わず)、故に彼は狂って(正気を失って)いたのだろう。

 

「まだだ!まだ終わってない!まだ負けてない!!」

 

 叫びながら部屋から飛び出すヒュアキントス。

 

 逃亡...ではない。

 その逆。

 ヒュアキントスは戦場へと赴く(戦う)為に部屋を出た。

 

「まだだ、まだ砦は落ちてない。なら先に相手の大将を落とせばこちらの勝ちだ!!」

 

 ヒュアキントスの言う通り、この砦を攻めている火の無い灰達の進みは遅い。

 それは万に一つの反撃も許さない殲滅の為ではあるが、まだ時間はある。

 ならばこの砦が落ちきる前に相手の大将を取れば...アポロン・ファミリアの勝利の目はまだある。

 

「私なら出来る。

 私がやる。

 私がやるしかないのだ。

 アポロン様(主神)勝利(栄光)を捧げるには」

 

「やあ」

 

「貴様!!焚べる者!!」

 

 自身を支える狂気(信仰)に縋り、砦の中を歩むヒュアキントスの前に立ち塞がった人影があった。

 トレードマークとなっている仮面を脱ぎ(ファーナム装備)を身に纏う焚べる者に愛用の武器(太陽のフランベルジュ)を突きつけるヒュアキントス。

 だが、突き付けられた武器を気にも留めずに焚べる者は僅かに嘲る。

 

「さて、貴公。今度こそ私に名を刻む程度には奮闘し給えよ」

 

 

 

 

「っ!!貴様を相手にしている時間はない!!」

 

 アポロン・ファミリアがヘスティア・ファミリアの拠点へと襲撃した日。

 拠点から逃げ出したベル達を追跡していたヒュアキントスの前に立ちはだかったのが絶望を焚べる者だ。

 

 当然ヒュアキントスは戦ったが、結果は惨敗。

 いや、むしろ戦いにすらなっていなかった。

 全力を持って戦ったヒュアキントスに対して焚べる者は常にほんのちょっと上を行く攻撃で返し続け、言わば指南を続け実力の差を()()()()()

 最後には火の無い灰がアポロン・ファミリアの拠点で暴れ回っていることに気が付いたヒュアキントスが焚べる者に見逃して()()()()その戦いは幕を閉じた。

 

 そういった経緯からヒュアキントスにとって因縁のある相手であり、何よりも恐怖の対象(トラウマ)と言っていい。

 だが、今のヒュアキントスには怯える時間も惜しい。

 「邪魔だ」と叫び撃ち込んだ何の変哲もない攻撃はしかし焚べる者の纏う鎧の首元の隙間を確かに狙っており、そしてそのまま吸い込まれるようその隙間に向かっていき。

 

「かふ...」

 

「え...?」

 

 ...そして焚べる者の首を貫いた。

 

 小さく血を吐き倒れる焚べる者。

 その姿をヒュアキントスは呆然と見送った。

 

 有り得ない。

 それがヒュアキントスの偽らざる本心だ。

 あの焚べる者が一撃で、それも何の変哲もない一撃で死んでしまうなど。

 

 だが、どれだけヒュアキントスが疑おうと現実は変わらない。

 絶望を焚べる者は地に伏し、自身の武器にはその血がべったりとついている。

 まさか死んだふりか?とも疑ったが、地に伏した焚べる者から流れ出た血で一面が血の海だ。

 たとえ先程の一撃で死んでいなかったとしても、これだけ血を流せば出血死は免れない。

 

「ふ...ふはは、何だ気を抜いていたのか?それともこの間の戦いが何かの間違いだったのか?」

 

 間違いなく死んだ焚べる者を見下ろしヒュアキントスは笑う。

 

 たとえ何万分の一の確率でのラッキーヒットであったとしても焚べる者は地に伏せ、自身は立っている。

 間違いなく勝者は自分だ。

 想定外に相手の戦力の1/4を削ることが出来た。

 間違いなく風は自分の方に来ている。

 

 勝てる。

 地に伏せる焚べる者から目を離し、確信を持って歩みだす。

 戦いと戦いの合間。

 ほんの一瞬の気のゆるみに陥りながら、それでもなお背後からの攻撃を防いだのは流石歴戦の冒険者と褒めるべきだろう。

 だが...

 

「なっ...!?貴様!?確かに死んだはず!!」

 

「敵に生き死にを気にしている暇があるのかね?」

 

 死んだはずの相手からの攻撃には動揺を隠せなかった。

 その隙を焚べる者が見逃す道理もなく攻め立てられる。

 

「なめ...るなぁあ!」

 

 大きく跳んで距離を取り仕切りなおし攻勢に回る。 

 その一撃が先程と同じ軌道を描いたのは無意識のうちに先程の体験に縋りついたのだろう。

 だが、その選択は間違いだった。

 

 「()()はもう見た」

 

 小さな呟きと共に攻撃が受け流される。

 体が流れ致命的な隙を晒す。

 焚べる者が手に持つ大剣で串刺しにされ...る直前でもう一つの武器、連理の短刀で脇腹を貫く。

 僅かに呻き焚べる者が一歩下がった隙にその首をフランベルジュで飛ばす。

 首の無くなった焚べる者の体は急に何も見えなくなったことを訝しがるように自分の頭があるはずの場所で頭を探していたが、飛ばされた首が地面に落ちるのと同時に糸が切れた操り人形の様に倒れる。

 

 さっきのは何かの間違い。

 血糊か何かを仕込んでいただけ。

 首を飛ばしたのだ今度こそ死んだ。

 

 そんなヒュアキントスの考えを嗤うかのように、地に倒れ伏し沈黙していた焚べる者の胴体は一度痙攣すると再び失った頭部を探すようにあたりを探り、傍に落ちていた頭部を拾い上げると首に付け立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 幾度となく殺した。

 幾度となく打ち倒した。

 だが、その度に立ち上がり再び向かってくる。

 いや、それだけならばまだよい。

 問題は立ち上がる度に動きがどんどん洗練されていくことだ。

 

 一度見せた攻撃は次から通用しない。

 一枚一枚薄皮を剥ぐ様に私の手札が失われていく。

 勝っているはずなのに、私は相手(絶望を焚べる者)を殺し続けているはずなのに。

 追い込まれているのは私だ。

 

 フランベルジュの斬撃。

「もう見た」

 

 短刀による刺突。

「もう見た」

 

 魔法(アロ・ゼフュロス)による攻撃。

「もう見た」

 

「もう見た」「もう見た」「もう見た」「もう見た」

「見た」「見た」「見た」「見た」「見た」「見た」...

 

 何をしても防がれる。

 何をしても弾かれる。

 何をしても受けられる。

 何もすることが出来ない。

 それは暴かれた自身の手札と同じ数だけ焚べる者が死を繰り返したことを示す。

 だが焚べる者はまるでその事実を意に介していない。

 

 有り得ない。

 自身の主神(アポロン様)への(信仰)に狂っていると自覚している私ですら、いやだからこそあれだけ死んでなお狂わないなどあり得ないと恐怖する。

 

「はあ、はあ、はあ...。

 何なのだ...貴様は。なんなんだ貴様は!」

 

 自身ですら耐えられない数の死を乗り越え向かってくる焚べる者に悲鳴の様な疑問を投げる。 

 その言葉に動きを止めた焚べる者は綺麗な一礼をし名乗る。

 

「...絶望を焚べる者です」 

 

 かくして絶望は焚べられた。

 

 

 

 

 

SIDE カサンドラ

 

「どうして!?どうして夢から覚めないの!?」

 

 火と夜と修羅に攻められ廃墟となった砦の中悲鳴を上げる冒険者がいた。

 黒い髪に黒いローブを身に纏った陰気な彼女の名はカサンドラ・イリオン。

 アポロン・ファミリアの冒険者だ。

 

 カサンドラがヘスティア・ファミリアの冒険者達(灰達)に蹂躙されながらなお正気を保っているのには彼女の持つスキルが関係している。

 謳え悲劇世界の女王(ファイブ・ディメンション・トロイア)

 正確に言うのであればスキルですらない彼女の持つ()()()に名前を付けるのであればそうなるだろう。

 

 予知夢という形で未来の出来事を知ることが出来るそれ故に、カサンドラは何の制約もなしにヘスティア・ファミリアの冒険者達(灰達)が襲ってくるという()()()()()()出来事を夢だと判断した。

 何より彼女は神々の話し合いでヘスティア・ファミリアの冒険者達(灰達)にいくつもの制限がかけられていたことを覚えている。

 そうして疑っていけばこの世界は実に歪だ。

 

 砦の中こそ現実と変わりないが、自分(カサンドラ)以外の冒険者達(仲間)は話しかけても数種類の反応しか返さず、砦の外は見渡す限りの荒れ地、空に浮かぶ太陽はどれだけ時間が経とうともその輝きを失う事もなく。

 何よりカサンドラは既に何度か()()()()()

 

 火の無い灰に、月の狩人に、忍びに、絶望を焚べる者によって殺されているのだ、

 だが意識が闇に呑まれると同時に全ては元通りになっており、そうしてまた蹂躙される。

 ならばこれをヘスティア・ファミリアの冒険者達(灰達)への恐怖から見ている悪夢、或いは自身のスキルによる予知夢であると考えるのは不思議ではないはずだ。

 

 だが、幾たび殺されようと。

 幾たび負けようと。

 始まり(目覚め)終わり()に変わりはなく。

 遂には彼女は悲鳴を上げた。

 地面に額づき泣き叫ぶカサンドラ。

 周囲にいる冒険者達(仲間)はそんな彼女を居ない物の様に扱う。

 

 狂っているのはどちらだ。

 (カサンドラ)かそれとも仲間(世界)か。

 

 ぐずぐずと地面を濡らすカサンドラはしかし、周囲が暗闇に包まれていることに気が付く。

 見上げた空はいつの間にか夜空(暗闇)が広がり、月がカサンドラを見下ろしていた。

 異常な大きさの月はいつの間にか血走った朱い瞳に変わり。

 

「ひっ...」

 

 そうしてカサンドラが気が付いた時には陰鬱な顔をした狩人がそばに立っていた。

 

「なるほど。夢の巡りがどうも変だと思っていたら貴様が原因か」

 

「夢...?これは夢なんですか!いったい何が「知る必要はない」」

 

 急に現れた狩人の存在に怯えるも何かを知っている様子に問い詰めようとするカサンドラ。

 だがその言葉を切り捨て狩人はカサンドラの頭に手を翳す。

 とたんに襲うのは耐え難い眠気。

 そのまま座り込んでしまい瞼が落ちていく。

 だが恐くはない。

 この夢から覚めるのだという不思議な確信だけがあった。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 見上げる先には見慣れた天井。

 上半身を起こして辺りを見まわす。

 確かにここは私の部屋だ。

 

「あれ...?」

 

 私は時々予知夢を見る。

 その内容は様々で良い事もあれば悪いこともある。

 だけれど、どんな夢だったとしても誰に話しても信じて貰えなかった。

 それでも私はみんなに話さずにはいられなかった。

 

 今回もそう。

 ヘスティア・ファミリアとの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】が決まってから、いやアポロン様がヘスティア・ファミリアにちょっかいをかけることを決めてから、何度も酷い予知夢(悪夢)を見てきた。

 その度に飛び起きて見た夢の話をみんなにするけれど

 「夢の話だろ」「疲れてるんだよ」「そんな奴らいるはずがない」

 そんな風にまともに取り合ってもくれなかった。

 

 それでも寝れば夢を見るし、その度に飛び起きる。

 今も飛び起きたからまた予知夢(悪夢)を見たはずなんだけれど...

 

「どんな夢...だったっけ?」

 

 どうしても夢の内容を思いだせない。

 ただただ、酷い夢だったことだけは覚えている。

 こんなことは初めてだ。

 

 冒険者になって、予知夢を見るようになって、誰にも信じて貰えなくて。

 そんな風な生活を続けて来たけれど私が夢の内容を忘れてしまう事なんて一度もなかった。

 どうにかして思い出そうと唸っていると親友のダフネちゃんが「何してるの?最近あんまり寝れてないんでしょ早く寝なよ」と様子を見に来てくれた。

 

 そうだね。

 なんでか分からないけれど思い出せないのならしょうがない。

 それに誰に言っても信じて貰えないんだから思い出す必要もないよね。

 

 もう一度ベッドに横になる。

 するとすぐに眠気がやって来た。

 今度は悪夢を見ないと良いな。

 

 

 

 

 

 迫りくる暗闇の中小さく声が聞こえた。

 

忘れてしまえ何もかも。世界には知らぬ方が良い物もあるのだ

 

 




どうも皆さま
夢落ちなんてサイテー
私です

えーお久しぶりです
大変お久しぶりです
いやネタは出来てたんですよ?
FILM RED見に行ったり
FILM REDで脳を焼かれたり
ワンピースの新しい小説書いたりしていたらこんなに間が空いてしまいました
ごめんなさい

感覚的な物になるのですがワンピの方にはワンピの方のこっちにはこっちの小説の書き方があるのでリハビリになんか短い話を書きたいなー
灰達の本気もかきたいなー
でも灰達の本気とか世界壊れる
狩人の領域(夢の世界)でなら大丈夫?
でも灰達が淡々と殺し続けるだけとか面白いかこれ?

...そういえばどっちかというとソウルの業とか書いた人がいたわ
という事で急遽抜擢されたカサンドラさん
可哀そう

今話の舞台は狩人の作った夢の世界なのでそこに出てくるアポロン・ファミリア冒険者達は基本本人たちを模しただけの書き割りです
ですが割り振られた役割は完璧にこなすのでスワンプマン問題とか
SFでよくある完璧に死んだ人物を再現した人工知能を搭載したアンドロイドを作ることが出来たのならそれは死者の復活なのか?
或いはそれを破壊した場合殺人になるのか?
みたいな哲学的問題につながりますね?
そしてそんな所に迷い込んでしまったカサンドラさん
可哀そう

とりあえず気が付かないうちに殺してくれる狼
正気を失って夢のうちに殺してくれる狩人
纏めて焼き殺してくれる火の無い灰
それともひたすら追いかけてくる絶望を焚べる者
どれが一番恐ろしいでしょうか
カサンドラさんは全員相手にさせられたのですが
可哀そう

でも一番かわいそうなのは
こんな灰達を何とかなだめていたヘスティア様なんですよ...
可哀そう

ここから下は設定上の灰達の最大火力とかを垂れ流しにしているだけのお話です
詰まる所読まなくてもいい奴です

お暇な方はどうぞ
そうでない方はお帰り下さい
それではありがとうございました


火の無い灰

本気になると始まりの火関連の力を使いだす
本編だと21話遺物に登場

...21話から全く出てなかったことに今驚いています

単純な熱だけではある物のその火力は絶大万物を焼き墜とす

この小説内ではオラリオをはじめとしたダンまち世界は
終わりを迎えた火の時代を苗床として産まれた新たな世界なので
その繁栄の下には朽ち果てた火の時代の残骸が存在します

灰の最大火力は始まりの火の再熾

自身に宿る始まりの火の種火を火継ぎの大剣で強め
自身のソウルを薪とすることで再び熾す

始まりの火が生まれるという事は
火の時代が始まる(再来する)という事であり
岩の時代(古い時代)が終わるという事である

いわば時代ごと相手を殺す自爆技であり
過剰火力にもほどがある技でもある
ぶっちゃけ設定だけの絶対使わない技



本気になると不死斬りを使う

実際不死断ちが使えるようになり
死なず或いは神を殺せるようになる以上の事はない
忍びの戦いとは常に一撃必殺の戦い故に

最大火力は自身に積もった怨嗟を受け入れての修羅モード

ただ火力は大幅に上がるが
仏師殿の末路を見る限り隠密とか出来そうにもないので
結果として忍びとしては弱体化でしかない
ぶっちゃけ火力がいるのなら灰達がいるのでそっちに頼めばいいし使わない

月の狩人

本気になると上位者としての権限を使いだす

夢を操る、神秘及び血を使った攻撃の威力が爆上がりするが
上位者の力を使っているという事自体が狩人の怒りに触れるので
使いたがらない

最大火力は彼方への呼びかけ(上位者バージョン)
宇宙から無数の隕石を落とし続ける
18階層で使ったのの火力マシマシバージョン

というよりも上位者として本気を出せば
相手を夢の世界に取り込むことや現実を夢で侵食するなどが出来るようになるので
こっちが本命
狩人の悪夢と繋いで風雲漁村城とかできる
やらないけど
悪夢から獣や正気を失った狩人を呼び出すことも出来る
絶対にやらないけど

そもそも上位者としての力を使っている時点で
全ての行動に相手は発狂するとかついてくるようになるので
火力に意味はほとんどない

絶望を焚べる者

本気になるとルカティエル装備からファーナム装備に変わる

特にステータス的な意味はないのだが
無敗のルカティエル伝説を作る為に不敗を誓った状態から
万に一つの勝機を掴むために無数の屍を積む不死者スタイルになる

時には相手の攻撃をその身で受けてでも相手の動きを見極め
最も効果的な武器を探し出し相手に何もさせずに勝利する
それこそが不死者の戦い方だ

それは相手が圧倒的な格下であったとしても変わらない
万に一つ、億に一つの敗北へと至る落とし穴を自分の死体で埋めていく
生きる為に死に続ける不死者の生という
その矛盾の果てを体現する戦い方

ぶっちゃけ他の奴の本気がボスモードみたいなのに
文字通り死んでも追いかけ続けてくるのは怖い
こいつだけ強化の方向性がプレイヤー側なんですよ


こんな所でしょうか
次はもうちょっと早く更新しますので待っていただけると幸いです

それでは最後までありがとうございました


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新生ヘスティア・ファミリアの平穏なる日 或いはオラリオの夏


今回のお話はぐずぐずしている間にかなりタイミングを逃したものです
許しておくれ...







ルカティエルの風鈴

この夏ルカティエル商会が発売する新商品
風の良く通る所に吊るしておくことで
涼やかな音と共に冷気をお届けいたします(カタログより参照)

焚べる者が考案したマジックアイテム
九郎より極東の暑い夏を乗り越える為の知恵を聞きそれを再現した物...ではあるのだが
勘違いとすれ違いの果てに鳴り響くたびに冷気をまき散らすマジックアイテムになった
即ち失敗作である

だが風が吹くたびに鳴り響く涼やかな音は極東(葦名)の夏を連想させ
帰るべき場所を求める郷愁を呼び起こす

たとえこれが放つ冷気が上層のモンスターぐらいならば容易く討伐できるものだとしても



 

 

SIDE リリルカ・アーデ

 

 じりじりと太陽がリリ達を焦がします。

 今ほど愛用のローブを恨んだことは、いえこれ程日差しが強いのならば一周回ってこっちの方が涼しいのでしょうか。

 あまりにも暑すぎて頭が回りません。

 

リリ、大丈夫?

 

 ベル様がこちらを心配そうに見てきますが、そのベル様も滝のように汗を流しています。

 何にせよもうすぐ目的地へと着くのです。

 もうひと頑張りです。

 

た、ただいま戻りました...

 

「おかえり暑かった...大丈夫かい!?」

 

 ベル様のただいまと言う挨拶に答えたのはヘスティア様でした...が、リリ達の姿を見るとその顔色を変えます。

 そのまま挨拶を続けようとするベル様とリリの手を引っ張り強引に建物の中に引き入れます。

 

「酷い顔色ですよ。これをどうぞ」

 

「「いただきます」」

 

 リリ達が連れてこられた先は食堂でした。

 ひやりとした空気が心地よいです。

 ヘスティア様の「そこに座っているんだぞ!動いちゃだめだからな!!」と言う言葉に従っていると、九郎様がお盆にガラスのコップを載せて持ってきてくれました。

 

 コップの中身は...氷入りのお茶ですか。

 ガラスのコップと言い、氷入りのお茶と言いまた贅沢なと言いたいところですが、厳しい日差しの下を歩いてきた身にはありがたいです。

 いただきます、とベル様と声を揃えてあいさつをした後手を伸ばしました。

 

 冷たい!

 

 手が触れると同時にビックリするような冷たさがリリを迎えました。

 ただお茶(中身)が冷たいだけではありえない冷たさは、コップその物をあらかじめ冷やしておいたのでしょう。

 九郎様の細やかな気遣いに感謝しながら口をつけると、口の中に期待を裏切らない冷たさと豊かなうま味が広がります。

 

「はぁ...」

 

 我慢なんてできるはずありません。

 一息でお茶を飲み干すと自然とため息が零れます。

 コップを机に戻すとカランと氷が涼しげな音を奏でます。

 後に残るのは鼻から抜ける爽やかな香りと舌の先に僅かに感じる苦味、いえ渋みでしょうか?

 ですがそれは暑さに疲れた体に活を入れてくれます。

 長々と語りましたがつまりはとっても美味しいです。

 

「どうかな、なんて聞かなくてもその顔を見れば一目だね。九郎君、ボクにもお茶をくれるかな?」

 

「ええ、喜んで」

 

「あっちいなおい!

 おっ?美味そうなもん飲んでるじゃねえか。俺達にもくれよ」

 

「暑い、熱い、あつい」

 

 お茶を飲むリリ達の様子があまりにも美味しそうだったのでしょうか、ヘスティア様も九郎様にお茶をお願いします。

 ヘスティア様の注文を受けて九郎様がお茶の用意をしようとした時です。

 食堂の扉が開きました。

 リリ達が視線をそちらに向ければ汗だくのヴェルフ様と(みこと)様がそこにいました。

 

 ◆◆◆◆

 

 オラリオの街を巻き込んだアポロン・ファミリアのヘスティア・ファミリア襲撃からしばらく。

 大方の予想を裏切らず【戦争遊戯(ウォーゲーム)】はヘスティア・ファミリアの大勝。

 アポロン様は財産の殆どを賠償金として毟り取られたうえでオラリオから追放となりました。

 

 ヘスティア様と恨みを持つ神様達によってぼこぼこにされた上で荷台に乗せられ運ばれていった(オラリオの外へと追放された)アポロン様の姿は実に哀れでしたが、灰様達にケンカを売った末路としては...まあましな方なんじゃないですかね?

 

 閑話休題。

 兎にも角にも賠償金の一部として分捕った拠点を掃除と整備をして新拠点【竈火(かまど)の館】としてベル様達との共同生活(ヘスティア・ファミリアでの生活)が始まりました。

 灰様達による騒動に巻き込まれたり、夜中に暗がり立っている灰様に気がついて叫んだり、ベル様の巻き起こした騒動に巻き込まれたり、夜中に狩人様にばったり会って叫んだり、ヘスティア様の引き起こした事件に巻き込まれたり、夜中に背後から狼様に声をかけられて叫んだり...。

 ...碌な思い出がありませんね?

 

 い、いえ。いい事も沢山あるんですよ?

 例えば今団員が集まったことで始まったお茶会だとかもその一つです。

 【寂しがり屋のヘスティア様(主神)が望んだ触れ合い(コミュニケーション)の場】とは灰様の言葉ですが、ヘスティア様曰く「灰君達はもうちょっとボクと触れ合うべきだと思わないかい!?」とのことです。

 まあ...そうですね。

 何にせよ気の知れた仲間とこうして落ち着いた空気の中お茶の飲む時間と言うのはとても贅沢なことだと思うのですよ。

 

「さあ、さあ。今日のお茶請けはこれですよ」

 

「これは...お饅頭?」

 

「えらく小せぇまんじゅうだな?」

 

 リリがそんなことを考えていると九郎様がお茶請けを持ってくださいました。

 お皿の上に載っていたのはお饅頭。

 九郎様や命様の故郷(極東)のお菓子ですね。

 ただリリの知るお饅頭よりもかなりサイズが小さいです。

 

 小人族(リリ)にとっての一口サイズ。

 ヘスティア様や命様女性陣ならともかく、ベル様やヴェルフ様(男性陣)にとっては物足りないかもしれませんね。

 そんなことを考えながら一つ口に入れ...驚愕しました。

 

「!?しょ、しょっぱい?」

 

 口の中に広がるのはしょっぱさ(塩味)

 予想だにもしない味に目を白黒させると、九郎様が悪戯っぽく笑って舌を出したのが見えました。

 

「塩饅頭?」

 

「ええ、こう暑いときは水分だけでなく塩分もとらねば、と聞きますから」

 

 九郎様の語る所によりますとこのお饅頭はただのお饅頭ではなく、塩味のお饅頭だそうです。

 皿の上から一つお饅頭を摘み口に入れると先程と同じしょっぱさ(塩味)が口の中に広がります。

 ですがしっかりと味わうとしょっぱさの奥に確かな甘みを感じました。

 何でも九郎様の職場【食事処 葦名】でのこの夏の新メニューの一つとしてお茶と一緒に出す予定だそうで。

 

 ふむ。

 少し渋いと感じる程の濃い目のお茶としょっぱいお饅頭。

 奇妙な取り合わせに思えましたが、なかなかどうして。

 

 お茶を飲んだ後でははっきりと甘味が分かるのも面白いですし、お饅頭が小さいことで食べた後お茶を一口飲めばともすれば奇妙ともいえる味もさっぱりと消えます、後に残るのは渋めのお茶の香り。

 そうなればまた甘味が恋しくなりお饅頭へと自然と手が伸びていきます。

 そうして幾度かお饅頭を口にすれば甘さとしょっぱさ、いえ甘じょっぱさとでも言うべき新しい味にも慣れてきます。

 

 濃い目のお茶に小さいお饅頭。

 ちぐはぐにすら感じるそれらは計算されつくしたコンビネーションでこちらを攻めてくるのです。

 気がつけば目の前のお皿に盛られていたお饅頭はすっかり消えていました。

 ...食べすぎたかもしれません。

 

「サポーター君、リリルカ君の【改宗(コンバージョン)】も無事済んだんだろう?」

 

「ええ、書類の提出も済みましたからリリはこれで名実ともに、ヘスティア・ファミリアの冒険者です」

 

 空っぽになったお皿を眺めているとヘスティア様とベル様が話しているのが聞こえました。

 

 リリとヴェルフ様と命様は先の【戦争遊戯】にあたって、元のファミリアからヘスティア・ファミリアに【改宗(コンバージョン)】してベル様の仲間として戦ったのですが、実の所リリはまだ正式にはヘスティア・ファミリアに所属していなかったのです。

 それはリリが前所属していたファミリア(ソーマ・ファミリア)が原因なのです。

 

 【神の酒(ソーマ)】を餌にして団員を操り、ファミリアの主神(ソーマ様)すら裏切り自分の欲を満たす為に暗躍していた前団長(ザニス)はお縄になった。

 かくして【闇派閥(イヴィルス)】紛いのファミリアは健全なファミリアへとなったのでした。

 めでたし、めでたし...とはならないのが現実の世知辛い所です。

 

 なんせザニスが暗躍していた期間が期間ですからね。

 ソーマ・ファミリアが犯した罪の殆どをザニスに被せたとしても犯罪に係わった団員が多すぎるのです。

 そういった脛に傷を持つ団員達はザニスの逮捕と同時にやって来たギルドの立ち入り調査から逃げる為に他のファミリアへと【改宗(コンバージョン)】していきました。

 

 ですが、「私はもう別のファミリアの団員なのでソーマ・ファミリアとは係わりがありません」なんて付け焼刃の言い訳がギルドに通用するはずもありません。

 灰様達がギルドに提出した証拠から関わった人物達は全員お縄になり、そうでない人物達も一定期間ギルドからの監査とパーティのリーダー、およびファミリアの団長への聞き取りを義務付けられたのです。

 

 確かにリリも事情の知らない人から見れば、いえ事情(リリがベル様の仲間だと)知っている人(ギルド職員)から見れば、ソーマ・ファミリアの冒険者(リリ)がギルドからのがさ入れを恐れて他所のファミリア(ヘスティア・ファミリア)に【改宗(コンバージョン)】したようにしか見えませんよね...と、言いますかリリにもギルドに探られると痛い過去のあれやこれやがありますから、ギルドの判断は正しいと言いますか。

 とにかく今日でギルドからの観察期間は終了、ファミリアの団長にしてパーティのリーダーであるベル様と一緒にギルドへ【改宗(コンバージョン)】関係の書類を提出してきたわけです。

 

「正式にファミリアの仲間になったからにはこれからバシバシやっていきますからね!

 ...特に財政面で」

 

「これから...いや、これからもよろしくね!!」

 

 ベル様の差し出した手を握ると力強く握り返されました。

 それと同時にファミリアの皆様が口々に「よろしく」とリリに声をかけます。

 嬉しい...のですが改めて言われるとなんだか恥ずかしくなってきました。

 

 カサ。

 ん...?

 

 にやにやと笑っているヘスティア様から視線をそらして手を戻すとリリの服からかすかな音がしました。

 不思議に思ってポケットに手を入れると何かに触れます。

 それを掴んで広げると丁寧な手書きの、しかし抑えきれない怒りが込められた字で書かれたチラシが入っていました。

 

「お?リリスケなんだそれ」

 

「あー、ギルドに書類を提出しに行った時に押し付けられたチラシですね」

 

 一番上に「求む異常気象の原因」と書かれたチラシをテーブルの上に置くと皆様が覗き込みました。

 「よっぽど腹に据えかねているみたいだね」というヘスティア様の言葉通り、文字越しでも今オラリオを襲っている異常気象への怒りが込められているのが分かります。

 

 今オラリオは神様達ですら覚えがない程の異常な猛暑です。

 連日最高気温の記録が更新され、酒場は大賑わいを通り越して家から誰も出ないせいで閑古鳥が鳴いているそうです。

 なんせこの暑さと言ったら灰様が愛用の鎧を脱ぎ、狩人様は部屋から出てこなくなり、狼様もこの家の一番風が通る場所から動かなくなったぐらいですからねえ。

 普通の人には辛いです。

 

 元気なのは焚べる者様くらいですかね。

 ルカティエル商会の従業員たちが暑さで倒れる中、「今こそこの名を知るがいい。ミラのルカティエルです」と一人仮面を被って売り子を続けるバイタリティはいっそ見上げる物があります。

 

 閑話休題(まあそんなことは置いておきまして)

 このオラリオに住む住人全員がこの暑さに参っていますが、その中でも最も悩んでいるのはギルドでしょう。

 なんせオラリオの主要産業である魔石は冒険者達がこの暑さでダンジョンに潜らない或いは潜ったとしてもすぐに帰ってくるせいで普段よりも品薄状態が続き、買い物に出かけるのも一苦労ましてや酒場やレストランなんて開店しながら閉店しているような状態。

 言ってしまえばこの暑さのせいでオラリオの経済がストップしてしまっていると言っても過言ではないのです。

 オラリオの行政機関としてはとっととこの暑さをどうにかしたいに決まっています。

 

「あー...そういえばエイナさんが「ギルドのクーラーが壊れちゃって...なんとか窓口付近の分は確保してるんだけどね」って言ってたような」

 

「うわっ、それは悲惨だな」

 

 ベル様の言葉を聞きリリ達の背中に悪寒が走ります。

 

 クーラー(COOLER)

 魔石を動力源にして動く魔道具で、周囲の空気を冷やすことが出来ます。

 何でもこの魔道具を開発したファミリアは莫大な富を得ただけではなく、凄まじい名声も手に入れたとか。

 今やオラリオでは一家に一台と言われるほどに流通しており、暑い夏には欠かせない物ですが一つ「壊れやすい」という欠点があります。

 いえ、正確には耐久性はそれなりにあるのですが、熱い夏場はともかく寒い冬場になれば物置にしまい込まれそのまま見向きもされなくなります。そうして次の夏に使おうとしても半年間整備もされずに放っておかれた物が問題なく動くはずもなく。

 本格的な夏が来る前にしまわれたクーラーを整備する父親の姿はオラリオの名物ともいえるそうです。

 ...リリはそんな()()見たこと有りませんけどね。

 

 ですが今年はそんなことをする余裕もないくらい急激に暑くなりました。

 例年なら壊れたクーラーを買い替えるなり整備するなりすればいいのですが。

 どこのお店も本格的な夏はまだ先だと思っていたせいで在庫がなく、そもそもクーラーの原材料を取りにダンジョンに取りに行くところから始めなければならない状況でした。

 しかもそんなことをしているうちに異常な熱波がオラリオを襲いダンジョンに潜るのも一苦労、無理やり動かしたことで更に壊れるクーラーが増えるという悲劇も後押しして、いまオラリオではクーラーを新しく買う事はおろか修理ですら何ヶ月か待たなければならない様だそうで。

 オラリオの行政機関であるギルドの威光をもってしてもそれは覆らないようです。

 悲しいですね。

 

「【心頭滅却すれば火もまた涼し】とは言いますが...この暑さはそんな精神論ではどうにかできません」

 

「本当だよ。一度この恩恵を受けたらクーラーなしの生活なんて考えられないよ。アポロン様々だね」

 

 恐らくはリリ達の中(ベル様の仲間)で一番精神力の強い命様が弱音を吐けばヘスティア様も同意します。

 確かに【廃教会(旧拠点)】にはクーラーありませんでしたものね。

 

 主神(アポロン様)をはじめとしたアポロン・ファミリアのオラリオからの追放──正確にはその前にアポロン・ファミリアは強制的に解散されているので、個々の意志でアポロン様について行ったというべきなのですが──後、【竈火(かまど)の館】へと引っ越したリリ達が最初にしたことは館の掃除でした。

 

 と、言いますのもリリがザニスと再会してしまったあの日。

 灰様はアポロン・ファミリアがヘスティア様たちへと襲撃したことにブチギレてアポロン・ファミリアへと逆襲撃しました。

 ですがヘスティア様との約束(誓約)の為に灰様はアポロン・ファミリアの冒険者達を傷つける代わりにアポロン・ファミリアの拠点(この建物の中)で糞団子を投げつけて回りました。

 

 ...何で?

 いや、分からないけど分かりますよ?

 相手を肉体的に傷つけられない以上精神的に傷つける方向性に行くのは分かります。

 だからって何でうんこなんか投げるんですか。

 何処にしまってあったんですか、何で持ってたんですか、どんな頭していたらそんな選択肢が出てくるんですか。

 

 閑話休題(仕方ないのでしょうだって灰様ですもの)

 とにかく、アポロン・ファミリアも掃除はしていたのでしょうけれど、引っ越しを機に一度この館を隅から隅まで掃除しようという事になりまして。

 掃除のついでにアポロン・ファミリアが置いて行った家財から要らない物──主に屋敷のそこら中においてあったアポロン様の像です。あれだけ置いてあったら邪魔で仕方がないでしょうに。しかも一つ一つポーズが違いましたし──を纏めたり、逆に荷物を運び入れたりしているとしまい込まれたクーラーを見つけました。

 掃除やらなんやらで汗もかいていたので物のついでとちょっと早い夏支度をしたのは今思えばグッジョブです。

 

「いやあ、本当に偉大な発明だよこれは」

 

 そう言ってヘスティア様がクーラーに抱き着いた時です。

 「プスン...」と音がしてクーラーが動かなくなりました。

 

「「「「...え?」」」」

 

 ◆◆◆◆

 

「駄目...ですね」

 

「ええ!?狼君にヴェルフ君。何とかならないのかい?」

 

 動かなくなったクーラーの中を覗いていた狼様が言うにはクーラーという魔道具は【冷気を生み出す冷却部】と【その冷気を風に乗せる風送部】に分けられるそうです。

 そして運の悪いことに今回壊れているのはクーラーの心臓部と言える冷却部。

 風送部や他の場所ならばその獲物(忍び義手)の関係で絡繰りに強い狼様や、鍛冶士という関係上細工に強いヴェルフ様が弄ることは出来たでしょうが、冷却部となると魔道具製作者(アイテムメーカー)の領域です。

 幾ら狼様達でも手が出せません。

 残酷な事実を突きつけられてヘスティア様は机に突っ伏しました。

 

 今回の出来事は【タイマー】と呼ばれるものです。

 スキルや魔石を使って作られた魔道具はどれだけ丁寧に扱っていたとしても作られてから一定時間たつと壊れてしまう事を揶揄した言葉なのです。

 それは精密な魔道具の場合どうしようもない弱点であり、クーラーのような生活必需品はある程度製作期間が異なる物を買うものなのですが、どうやらアポロン・ファミリアの皆様は面倒くさがったようで。

 

「駄目です神様。こっちも動きません」

 

「全滅じゃないか!!」

 

 そうするとどうなるかは今リリ達の目の前の惨状が示しています。

 

 いえ、一纏めでクーラーを買うのは決して悪い選択肢ではないのですよ。

 特に急な出費に耐えられるだけの財力のあるファミリアならば新しく買い揃えればいいだけの事なのですから。

 ですが今は時期が悪すぎます。

 クーラーを新しく買う事も出来ないのに全部壊れてしまうなんて。

 

「天は我を見捨てたもうたー!!」

 

 ヘスティア様の悲痛な叫びが館に響きました。

 

 ◆◆◆◆

 

「これで最後ですね。...さあ始めましょうか」

 

 九郎様が手に蝋燭を持ち宣言します。

 部屋にはあちらこちらに蝋燭が置かれています。

 その数、百本。

 

 館中のクーラーが壊れてしまってからリリ達は何とかクーラーを直せないかと悪戦苦闘してみたり、無事な物がないか館中をひっくり返したりしましたが何の成果も得られないまま時間だけが過ぎていきました。

 そうこうしている内に日が沈み夜が来ました。

 

 太陽が姿を隠して涼しくなった...と言ってもそれは昼間と比べればという話。

 熱帯夜という言葉ですら言い表せない暑さをどうにかできないか。

 そんなヘスティア様からの無茶振りを受けた九郎様が絞り出したアイデアが今から始まる【百物語】。

 火が灯った蝋燭を百本用意し参加者が怪談を一つ話す度に蝋燭を消していく極東に伝わる怪談会だそうです。

 

 最初怪談で涼をとると聞いた時はなんて幼稚なと思いましたが、こうして蝋燭が並んだ部屋を見ればなるほど。

 灯りとしては決して頼りがいのあると言えない火に照らされた部屋の中はどこか薄暗く、火が風に靡く度に伸びたり縮んだりする影の奥には何者かの気配があるように思え、手に蝋燭を持っている事で下から照らされている見慣れたベル様達の顔も時折別人の様にすら見えます。

 何とも雰囲気が出ているじゃないですか。

 

「じゃあ誰から始める?」

 

「それでは先ずは自分から始めさせていただきましょう」

 

 先程まで暑さでぐったりしていたのも忘れたようなヘスティア様の言葉に応えたのは命様。

 普段は結んでいる髪の毛の間から見える瞳は楽し気に輝いています。

 「これは自分がとある知り合いから聞いた話です」とお決まりの文句から始まった怪談話に耳を傾けます。

 

 ◆◆◆◆

 

『ああ… 貴方も、うそつき…どうして皆、隠すのですか』

 そう叫ぶと女は弾いていた三味線より仕込み刀を抜き襲い掛かって来たのです」

 

「「「ヒィッ!!」」」

 

「そ...それでどうなったんだい...」

 

「ええ、女。水生(みぶ)のお凛はそれは恐ろしい強敵だったそうですが。狼は何とか打ち倒したそうで「またですか!!」...りりるか殿?」

 

 蠟燭の火に照らされた九郎様は妙に大人びて見えます。

 それはきっと外見だけの話ではなく、九郎様と狼様の世界(葦名)での辛く苦しい経験が内面から滲み出ているのでしょう。

 ですがそんなことはどうでもいいのです。

 怪談噺の腰を折ってでもリリは叫びます。

 「さっきから全部オチが怪異を殺して終わりなんですよ!!」と。

 

 九郎様の語る話は全て狼様が実際に葦名で体験した出来事だそうです。

 首をはねられた怨霊(首無し)蟲を体に宿した僧侶たち(蟲憑き)正気を失った赤い目の村人たち(赤目)も。

 実際に狼様が戦い勝利した相手だそうで。

 だから仕方がないとはいえ全部オチが戦って勝ちましたというのは如何な物でしょうか。

 なまじ九郎様の語りが身振り手振りも入った臨場感たっぷりな物なだけにオチの残念さが際立ちます。

 

 いえ、九郎様だけではありません。

 今この部屋にある蝋燭は半分程がその火を消されています。

 つまり五十話ほど怪談を話したことになりますが、ヘスティア様もその他の方も時折灰様達から聞いた話、として灰様達の話をしていました。

 ですがそのオチはどれも【怪異をぶん殴りました。お終い】なんですよ。

 

「なんですか。

 真面目に話しているリリが馬鹿みたいじゃないですか。

 うわぁーーん」

 

「リ、リリ落ち着いて...」

 

「おうお前ら聞いて喜べ...?」

 

 思わずひっくり返って泣いていると部屋の扉が急に開きます。

 扉が開いた先にいたのはラフな格好をした灰様でした。

 部屋中に置かれた蝋燭、ひっくり返っているリリ、そしてリリを慰めている皆様を見た灰様の呆然とした言葉が部屋に転がります。

 

「...なんだこれ」

 

 ◆◆◆◆

 

「お恥ずかしい所をお見せしました」

 

「ほんとにな。いや本当にな」

 

 落ち着いたリリが頭を下げると灰様の呆れたような声が返ってきました。

 

 いや、言い訳をさせてください。

 暗い部屋で蝋燭の火を見つめている内に、こうふわふわしてきましてね?

 そうです。

 リリは悪くありません悪いのは部屋いっぱいの蝋燭です。

 

 リリの言い訳を聞いた灰様はリリの肩に手を置いて優しく言いました。

 「おチビ...お前疲れてるんだよ」と。

 ちくしょう。

 

「それで灰君?どうかしたのかい?」

 

「お?...おお、そうだ。クーラーが直ったぞ」

 

「「「「ええ!?」」」」

 

 灰様の言葉にリリ達は驚愕しました。

 クーラーが直った!?そんな馬鹿な。

 ですが灰様に先導されたリリ達を迎えたのはクーラーで冷やされた快適な部屋。

 そして顔色の悪いアスフィ・アル・アンドロメダ様(【万能者】)でした。

 

「火の無い灰、整備はすべて終わりましたよ」

 

「おう、ご苦労。これであの件はチャラにしてやるよ」

 

 疲労困憊と言った様子のアスフィ様は灰様の言葉を聞き「請求書は後日送りますので」と言うとふらつきながら立ち去りました。

 

「灰君。一体どうやってアスフィ君をヘルメスの所から借りてきたんだい?」

 

 アスフィ様を見送った後、部屋でくつろぎながらヘスティア様は灰様に問いかけました。

 

 確かにアスフィ様と言えばオラリオでも名の通った魔道具製作者(アイテムメーカー)

 素材となる魔石などが品薄状態でも、いえ品薄状態だからこそアスフィ様の様な高名な魔道具製作者(アイテムメーカー)へと優先的に材料や依頼が回されるはず。

 つまりとんでもなく忙しいという事です。

 そんなアスフィ様にどうやって時間を取ってもらったのでしょうか。

 

 リリ達の疑問を聞いた灰様はにやりと悪い笑みを浮かべ「本当に聞きたいか?」と逆に問いかけます。

 

 あっ、ダメですね。

 その笑顔を見た途端リリの本能()が叫びます。

 これから先は聞くべきではない(碌なもんじゃない)と。

 

 本能()の叫びに逆らわずリリは納得することにしました。

 アスフィ様によってクーラーが直され、その恩恵を受けられる。

 それでいいじゃないですか。

 それだけで十分です。

 今大事なことはクーラーが直ったことで安らかな眠りがもたらされるという事です。

 

 そんなことを考えていたら少し眠くなってきました。

 思えば今日は滅茶苦茶暑い中ギルドまで行ってきましたから疲れているのかもしれません。

 「お先に失礼します」と声をかけ自室へと戻りました。

 

 ふわふわのベッドに清潔なシーツ。

 かつてのリリが望み続けた物がそこにはありました。

 素敵な仲間に、安心できる場所。

 ああ、リリは幸せです。

 

 クーラーの動く音を聞きながらリリは眠りにつきました。

 翌日ヘルメス・ファミリアからきた請求書に書かれた値段に絶叫することなど知らずに。

 本当にこの夏一番背筋がぞっとしましたよ。

 

()




どうも皆さま

暑いのが大変苦手な私です

これは元々最終編あたりを書いている時にあんまりにも暑すぎて
暑いんじゃああああああああああああああああ
と頭がおかしくなりそうになった時に思いついたネタを放り込んだものです
ほんとうは八月中に投稿する予定だったんですよ...ですよ
すっかりタイミングを逃しましたね

そう言えば百物語は最後まで続けると怪奇現象が起こると言われていますが
一度始めた上で最後まで話さず中断すると怪奇現象が起きるという説もあるそうです
...ヘスティア・ファミリアだとどう考えても怪奇現象が可哀そうなことになりそうですね
先住民たちが怪異すぎます

そして何日も徹夜している所を引きずられたアスフィさん
あの件というのは18階層でのあれこれです
火の無い灰
「ベル達が決着をつけた以上あれこれは言わないとは言ったが
 交渉カードにしないとは言っていない」

これ以降はフロム勢が話す怪談話の構想です
ネットに転がっている怪談話をフロム勢に語らせただけでは...?
というか怪談部分が長すぎる...
となった結果削除された物です
つまりは読まなくても大丈夫な奴です
お暇な方はどうぞ
そうでない方はお戻りください
それではありがとうございました

火の無い灰版

本編の九郎の怪談話の様な感じ
ただし最後に
「そういやあいつを潰した時ソウルが手に入らなかったんだが
 ...あいつ何なんだ?」
みたいな謎を残していく話

狩人版

ヘスティアやリリに頼まれてヤバい所に突っ込んでいった時の話をする
ただし最後に
「まあ、そこには害のあるモノは何もいなかったんだがな」(隣に無害なナニカがいる)
みたいな話

絶望を焚べる者

話の始まりが
「あれは廃教会が霧に包まれた日(そんな日はなかった)
 包帯を体中に巻いた客人が来た(そんな人物が客としてきたことはない)
 頼まれ事をされて(どう考えてもヤバい儀式)から数日たった日の事だ」
みたいな本題に入る前の話がホラーすぎる話
尚本題はせっかく作ったミラのルカティエルグッズが売れなかったとかそんな感じ



怖気死する
元々のこの話のオチは狼の番が来たら怖気死してたという物でした
...この文章を書いている時に思ったのですが一つ話が終わる度に
怖気死→回生を繰り返すというのもそれなりに面白かったかもしれない


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狩人の煩悶 或いはヘスティア・ファミリアの新入り


どうも皆さま
今回は(或いは今回も)ギャグ回です
そして先に謝罪します
今回の話は少々下品と言いますか下ネタが多いです
そして春姫ファンの皆様には先に謝っておきます
ごめんなさい


 

「下らん...」

 

 空は雲一つない青空。

 小鳥は歌い、風は流れる。

 絵にかいたような気持ちのいい朝。

 

 しかし旧アポロン・ファミリア拠点、現ヘスティア・ファミリア拠点【竈火(かまど)の館】にて吐き捨てるように呟いた存在は凡そ気持ちのいい朝という言葉から正反対の極致にいた。

 帽子にマスクにコートにズボンにブーツ、更には手袋まで全て黒一色。

 差し込む日差しから身を守るように衣服を纏った男──月の狩人──は手に持っていた新聞を机の上に放り投げ、忌々しそうに睨みつける。

 

 実の所...というべきか。

 狩人はその日光の一筋も受けたくないと言わんばかりに体を覆う装いとは裏腹に太陽を好んでいる。

 それは永い獣狩りの夜を彷徨い続けていた過去であり、幾度となく夜を巡らせた張本人(上位者)が【月の魔物】と呼ばれる月に属する上位者であったという事実に基づく月への憎悪の鏡写しである。

 狩人の言葉を借りるのであれば

 「一生分...どころか数生分は月光を浴びたのだ。日の光を浴びたいと思うのは道理だろう」

 との事だ。

 

 そんな狩人にとって夜明け、朝という物は喜ばしい物だ。

 たまに不死者(灰や焚べる者)達がしているように、朝日に向かって両の手を広げ胸を張る(太陽賛美の儀式)事はないが、それでも常に不機嫌であるか或いは鬱に近い状態である狩人にとって朝というのは数少ない機嫌のよいことの多い時間帯だった。

 しかし今日は何時もと違ってというべきか、或いは何時も通りというべきか機嫌が悪い。

 その理由はたった今狩人が机の上に投げ捨てた新聞にあった。

 

 

 

 【歓楽街の大華散る!原因は女神間の因縁か!?隠されていた闇の顔】

 

 先日の歓楽街が壊滅した事件は読者の皆様におかれても記憶に新しいだろう。

 この事件に関係者の取材を通じて新たな事実が発覚した。

 それはイシュタル様がオラリオ内外の【闇派閥】と通じており、そのパイプを使ってファミリアの戦力を整えフレイヤ・ファミリアへの襲撃を計画していたという物だ。

 

 事実、イシュタル様の眷族だった冒険者達に話を聞くと複数の人物から

 「イシュタル様は長年フレイヤ様を目の上のたん瘤の様に思っていた」

 「異様なまでに厳重に運ばれた荷物があった」

 「時折フレイヤ・ファミリアへの襲撃を示唆するような言葉があった」

 などというこの事実を裏付ける様な言葉を確認することが出来た。

 

 今回の事件の加害者であるとみられていたフレイヤ・ファミリアの主神、フレイヤ様と被害者であるとみられていたイシュタル様との間には「お互いが美の女神であり、どちらがより美しいのか」という長年の確執があった事は有名だ。

 そのことからこれまでこの事件はフレイヤ様の信望者達によるイシュタル様への襲撃であると思われていたが、一転被害者と加害者が逆転するかもしれない。

 

 この件についてギルド長のロイマンは

 

 「事実であるとすれば【闇派閥】の計画を阻止したという点において情状酌量の余地はあるかもしれない。

 

 しかしながら【闇派閥】について知っていながらギルドに報告することなく一ファミリアで対応するという、ギルドの存在意義を、ひいてはオラリオの秩序を軽んじる行いであることもまた事実だ。詳しく調査を続け事実関係を明らかにしていきたい」

 

 との声明を出している。

 復興が進んでいる歓楽街より目を離すことはまだまだ出来ないようだ。

 

 

「フン...」

 

 新聞の一面。

 容姿端麗な者が多いエルフの一人だとは思えない程に肥えた顔に汗を流しながら答えているロイマンの写真を睨みつけ狩人は再び鼻を鳴らしリビングから出て行った。

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 オラリオの夜の華歓楽街。

 その歓楽街が壊滅した裏にはやはりというべきかヘスティア・ファミリアがいた。

 

 尤も街に刻まれた被害を齎したのは新聞に書いてあった通りフレイヤ・ファミリアが原因であり、ヘスティア・ファミリア(灰達)は直接的には関わっていない。

 しかしながら余りにも大きな出来事故に関わっていた灰達やヘスティアはそのしりぬぐいに奔放している。

 

 一方で関わりの薄かった狩人は拠点にて暇を持て余してどうした物かと考えていた。

 

(どうしようもなく暇だな。聖杯にでも潜るか?)

 

 窓から朝日が差し込む廊下を狩人は考え込みながら歩む。

 ヤーナムの地下に広がる神の墓──通称聖杯ダンジョン──に潜ろうかと考えたのは暇を持て余していただけではない。

 この所とある理由から鬱憤をため込んでいた狩人はそれを発散する場所を求めていた。

 

 かつてヤーナムにいた時は終わらぬ夜から、終わらぬ死から、終わらぬ狩りから逃れる為に足掻き続けたというのに。

 こうして暇を持て余せば再び狩りを求める。

 我が事とは言え狩人(上位者)とは全く救い様のない存在だ。

 脳内に浮かんだ考えに自嘲していたのが悪かったのだろう。

 気が付いた時、既に狩人の身体能力をもってしても避けられない程にそれは近づいていた。

 

「きゃっ!?」

 

「気を付けろ...サンジョウノ...」

 

「か、狩人様!?...ありがとうございます」

 

 軽い衝撃と視界に広がる白。

 悲鳴と共にぶちまけられた洗濯物を触手を伸ばし集め、未だ目を回している眼前の女の腕に押し付ける。

 怯えた様に狩人の名を呼び頭を下げたのは【サンジョウノ・春姫】。

 ヘスティア・ファミリアの新入りであり、ベル・クラネルの新たな仲間である。

 

 頭を動かす度にさらりと流れる長い髪は日の光を閉じ込めたかのように輝き驚きからかその大きな瞳は僅かに潤む。

 そんな彼女が豊満な肉体を奉仕姿(メイド服)に押し込めている様子は男であれば一度は夢見る浪漫(男の夢)と言える。

 しかし狩人の事を僅かでも知っている者であれば、そんな考えが頭の隅によぎる間もなく狩人と春姫を引き離そうとするだろう。

 その理由は彼女の頭の上で怯えた様に下がった耳と足の間に隠すように巻かれた豊かな尻尾が物語る。

 そう。

 彼女は狐人(ルナール)

 文字通り()の特徴を持つ種族だ。

 

 一礼しその場を立ち去ろうとする春姫を見送ろうとした狩人だが、ふとその背中に声をかける。

「時間はあるか」と。

 

 ◆◆◆◆

 

(意外と...()()の部屋ですね)

 

 狩人の部屋。

 それだけ聞けばオラリオの住人ならば拷問器具と血に溢れた悍ましい部屋を想像するだろう。

 いや、事実春姫も九郎より家事を任された身でありながら立ち入ることを許されていなかった【狩人の部屋】という場所にそんなイメージを持っていた。

 しかし部屋の主によって招かれたその中は他の部屋と比べて微かに湿気ている他はそれほど大きな違いはなかった。

 これならば買って来た物がそこらへんに転がっている火の無い灰の部屋や開発中の商品で足の踏み場もない絶望を焚べる者の部屋の方がよほど変わっている。

 

「それで...何か御用でしょうか」

 

「用...という程の物でもない。茶でも一杯どうか、と。

 ただそれだけの話だ」

 

 ひとしきり部屋の中を見渡した春姫が招かれた理由を聞けば返って来たのは「貴様がこのファミリアに入ってしばらく経つが、話したこともなかったからな」という言葉。

 「少し待て」と言い残し姿を消した狩人が戻ってくるとポットとカップを手に持っていた。

 

「お茶...ですか?」

 

「そうだ。尤も貴様の口に合うかは知らんがな」

 

 ポットから注がれたのは紅色の液体。

 その色に僅かに怯むが、立ち上る湯気と共に広がるのは紅茶に詳しくない春姫でも分かるほどに芳醇な香り。

 その香りに覚悟を決めてカップを傾けた春姫は...紅茶の熱に口内を蹂躙された。

 

「あっつい!あついでふ」

 

「...阿呆か貴様。

 ...ミルクがある。入れれば飲める程度には冷めるだろう。角砂糖もある渋ければ入れろ」

 

 はひはひと火傷した舌を冷やそうと口を開けて呼吸を繰り返す春姫に呆れたような視線を向けながら狩人は陶器の瓶を二つ取り出す。

 「あひがほうごはいまふ(ありがとうございます)」と手を伸ばした春姫はたっぷりと紅茶にミルクと砂糖を入れてかき回し冷めた紅茶を口に含む。

 砂糖の優しい甘さとミルクのまろやかな旨味、そしてミルクと砂糖に負けない茶葉の香り。

 口の中身を飲み込み小さくため息を吐く。

 

「ああ、えっと...」

 

「気にするな。口に合ったのならば何より、そういうものだ」

 

「はい!凄く美味しかったです。

 こんなに歓迎して頂けるなんて思ってもいなくて...」

 

 狩人の事も忘れて紅茶を堪能していたことに気が付き慌てる春姫を狩人は宥め感想を聞く。

 輝くような笑みで紅茶の味をほめていた春姫はその途中で言葉を途切れさせる。

 「あー」だの「えーっと」だの何とか穏便な言葉を捻り出そうと頭を回す春姫に変わり狩人はその先を口にした

 「(狩人)には嫌われていると思っていたから...か?」と。

 

 余りにも直球過ぎる狩人の言葉に春姫は怯むが最後には「ええ、まあ、はい」と肯定した。

 

 あんまりと言えばあんまりな言葉。

 だがそれも仕方あるまい。

 狩人の獣人()嫌いは有名だ。

 世間知らずの春姫ですら、いや世間知らずだからこそ、このファミリアに【改宗(コンバージョン)】した後も、する前も幾度となく狩人という存在の恐ろしさを聞かされていた。

 

 血に飢えた獰猛で残酷で無慈悲な殺戮者。

 控えめに言ってもこうして自分(狐人)とお茶をするようなことは夢にもないだろうと思っていた、と春姫が言えば少しだけばつが悪そうな顔を狩人がした。

 

「...まあ、そうだろうな。私は貴様ら(獣人)が嫌いだし、貴様()を信じていない。

 

 ...だがあれ(ベル)は別だ。あれが見て聞いて話して、そして救うと決めた。

 ならば私に貴様に対して思う所はない。そういう事だ」

 

 ベル・クラネル。

 ファミリアの団長にしてパーティのリーダー。

 春姫にとっての英雄。

 そして狩人にとっての後輩。

 

 狩人は獣を信じない。

 獣とは救いようのない存在なのだから。

 狩人は人を信じない。

 人は容易く獣へと変ずるものだから。

 狩人は狩人自身を信じない。

 自身こそが最も救えず、そして呪われるべき存在だと知っているから。

 

 だからこそベル・クラネル(後輩)の選択に口出しはしない。

 誰かを救える若者(ベル・クラネル)の行いに是非を問わない。

 しかし、狩人の言葉に春姫は疑問を投げかけた。

 「本当にですか...?」と。

 

......どういう事だ?

 私が嘘を吐いているとでも?

 

 誰しも自身の言葉を疑われて気持ちがよくならない。

 ましてや嫌っている獣人()に疑われたのならばなおの事。

 ベルが助け、仲間とした。主神(ヘスティア)もなんだかんだと家族(眷族)として認めている。

 だからこそ嫌い抜いている獣人()に対して態度を軟化させていたのだ。

 春姫の言葉に狩人の瞳が細まり剣呑な光が宿る。

 しかし春姫は怯まない。

 

「時折狩人様が何か言いたげに私を見ていたことは知っています。私が狐人だからですか?」

 

「...」

 

「それとも...私が娼婦...穢れた女だからですか!?」

 

 春姫は冒険者である。

 しかし荒事になれている訳ではない。

 ヘスティア・ファミリアにおいて九郎やヘスティアにすら劣る最弱であろう。

 歴戦の冒険者ですら震えあがる狩人の視線を受けながらも春姫もまた狩人を睨み返す。

 

 春姫はヘスティア・ファミリアへと【改宗(コンバージョン)】した新たな仲間である。

 しかし【改宗(コンバージョン)】した、という事はその前に所属していたファミリアがあるという事である。

 それこそがイシュタル・ファミリア。

 オラリオの歓楽街を牛耳っていた美の女神イシュタルのファミリアだ。

 

 フレイヤ・ファミリアに匹敵する...とまで言えば過言だが、フレイヤ・ファミリアと鎬を削ることが出来る程度には強大なファミリアであったイシュタル・ファミリア。

 しかし強大なファミリアに所属していたからと言って戦う力を持ちもしない春姫(穀潰し)を養う程イシュタルは優しくない。

 結果春姫は娼婦として幾たびも夜の場に出てきた。

 

 自身の好む英雄譚において破滅の象徴ともされる娼婦にまでなってしまった悲しみ。

 過ちも、嘆きも、諦めも全て受け止め先の見えない生活から救ってくれたのがベル・クラネルだ。

 「それでいい」と言ってくれた。

 「そんなのは気にしない」と受け入れてくれた。

 それでもなお吹っ切れない物があるのも事実だ。

 仕方がない事とは言え春姫は思わず叫ぶ。

 

 濡れた瞳はドキリとするほど美しく、豊満な肉体は露出の少ないメイド服ですら、いやだからこそその魅力を失わない。

 娼婦であった過去を厭いながらその振る舞いには立ち上るような色が付きまとう。

 それも意図した物(わざと)ではなく、無意識の振る舞い(自然体)であるのだからたまらない。

 

 そんな男であれば、いや女であったとしても来るものがある春姫に詰め寄られながら狩人は心の中で叫んだ。

 

「何が穢れた女だ。貴様はおぼこだろうが!!」

 と。

 

 おぼこ、生娘、或いは処女。

 春姫は香るような色気を持つ元娼婦でありながら純潔を保っている。

 一部の存在()が大喜びしそうな相反する属性を併せ持つ彼女がどうしてそうなったのか。

 それを語るにはサンジョウノ・春姫の半生と歓楽街での騒動について語る必要がある。

 

 ◆◆◆◆

 

 サンジョウノ・春姫。

 

 彼女は極東のとある貴族の生まれであった。

 蝶よ花よと育てられ箱入り娘であった彼女はしかしある過ちから家族より勘当されてしまう。

 そうして流れついた先がオラリオの歓楽街。

 春姫の持つ魔法に目を付けたイシュタルの眷族になり娼婦として糊口を塞いできた。

 しかし同じ極東の出であり春姫の知己でもあるヤマト・命が春姫の噂を聞き歓楽街でその存在を探そうとする。

 それを知ったベル達も春姫を救おうとし、そこにイシュタルとフレイヤの因縁や禁じられた魔道具である殺生石などが絡んだ結果、イシュタル・ファミリアとフレイヤ・ファミリアが正面衝突し歓楽街が壊滅したというのが先の騒動の真実である。

 

 さて、話を戻そう。

 春姫は箱入り娘である。

 それはもうどこに出しても恥ずかしくない箱入り娘っぷりであった。

 しかし箱入り娘の様な悪しき物から守られ育てられた者は時として自分が育った外の物に強い好奇を起こす。

 春姫もそうだった。

 家族や周囲が隠していた物事に興味を持ち隠れながら調べた。

 つまり春姫は耳年増となったのだった。

 

 そんな春姫がいざ娼婦として客と閨を共にしようとした時の事であった。

 相手の男が自身の衣服を緩めただけで春姫は気絶した。

 男と女のあれやそれやを聞いたことしかない春姫にとって男の裸とは余りにも刺激が強すぎたのだ。

 何ならばベルと出会った時などベルの鎖骨を見ただけで倒れたほどである。

 つまり春姫は耳年増である上にむっつりスケベでもあったのだ。

 

 そうして気絶した春姫は夢の中で男と女のあれこれをした。

 実際に男の体も見たことがなかった春姫であったが男と女のあれこれについては日夜妄想しておりイメージトレーニングだけはバッチリだった。

 つまり春姫は耳年増でむっつりスケベでその上妄想力も豊かだったのだ。

 

 日夜欠かさず行っていたイメージトレーニングが功を奏して...奏して?まあとにかく春姫は自分が見た夢を現実だと思い込んだ。

 

 問題は一人残された男(現実)の方だ。

 娼婦を買いいざことに及ぼうとすると相手が気絶してしまった。

 これが一部の存在()が喜ぶような薄い本ならば気絶している(寝ている)春姫に夢の中と同じことをしてやろう、なんてことになるのだろうがこれは現実の話。

 気を失っている女性にそんなことをしようとする男はそういない...少なくともこの時春姫を買った男は紳士的ではあった。

 

 娼婦を買いに来る程度にはむらむらしているというのに肝心のお相手が気絶している。

 かといって気を失っている相手に手を出すほどの外道でもない。

 色んな意味で苦悩する男の前に現れたのはアイシャ・ベルカ。

 実質的なイシュタル・ファミリアの最高責任者である。

 「やっぱりこうなったか」と何処か楽しそうに笑うアイシャに連れられた男を迎えたのは部屋に立ち並ぶイシュタル・ファミリアの冒険者(アマゾネス)達だった。

 

 イシュタル・ファミリアはオラリオにおいても有数の大派閥でありながらその構成員の割合が女性9割男性1割という他にはなかなか類を見ない女性中心のファミリアであった。

 その中でも最も多いのが冒険者として戦いながら娼婦としても働く【戦闘娼婦(バーベラ)】と呼ばれるアマゾネス達である。

 

 アマゾネスという種族は──無論個人によってその程度は異なるが──本能的な所があると言うべきか、あけすけで欲望に忠実という特徴がある。

 それ故多くの場合悲観的に見られるだろう娼婦という仕事においても自身の好みの相手()とまぐわえると好意的にとらえている者が多かった。

 

 凡その場合アマゾネスにとって好みのタイプというものは【自身よりも強い()】であるものの、当然そこには個人の趣味というものもある。

 つまるところ男を出迎えたアマゾネス達はみな【その男】が好みであり自分達の妹分(春姫)が失礼をしたお詫びに自分(達)が代わりに相手をしようという話であった。

 

 かくして春姫の妄想力とアマゾネスの性癖もとい性格、そして意識を取り戻した春姫にからかい半分にアイシャが投げかけた「これであんたも一人前だね」という言葉によって、実際には男の裸を直視することも出来ないおぼこが娼婦としての第一歩を踏み出したと勘違いしたという訳である。

 

 その後も春姫は娼婦としての仕事の度に意識を失い、そうして春姫のお相手は(そのお相手が好みの)アマゾネスが捕食するというWin-Win...と言っていいのか微妙な関係は続いた。

 とは言えそれは娼婦としての仕事を全うしているとは言い難く、もしもファミリアの主神(イシュタル)がその状況に難を示せば、或いはアイシャがこの状況を良しとしなければ、容易く失われただろう。

 

 しかし、イシュタルとしては春姫という個人はどうでもよく、むしろ注目しているのは春姫の持つ魔法(【ウチデノコヅチ】)であった。

 その為とりあえず自身のファミリアの中で捕まえておけるのであれば細かいことは気にしなかった。

 又、アイシャとしても純潔を保っていたとしてもそれが何だというのか。

 この先一生春姫は自由になる事はなく、行きつく先は殺生石──儀式によって狐人(ルナール)の魂を封じ込めることの出来る禁制の品であり、封じ込められた狐人(ルナール)のスキルを殺生石を持っている人物が自由に使えるようになる──の中でしかないと理解していた為偽りとは言え希望を持っていてもいいじゃないかとそれを良しとした。

 

 かくして偽りの娼婦生活を過ごす中で(春姫)英雄(ベル)に出会い。

 幾つものファミリアを巻き込む大騒動へと発展していったのだった。

 ヘスティア・ファミリアがその中の一つであったことも、一方で狩人が渦中から離れた所にいたこともすでに語ったが正確にはそれは間違いだ。

 狩人は意図して省かれていた。

 

 とは言えそれはそうだろう狩人の獣人()嫌いはオラリオ中に轟いている。

 いくら狩人達を先輩として慕い全幅の信頼を寄せているベルと言えど、いや狩人の獣に対する憎悪の深さを知るベルだからこそ春姫について相談をすることが出来なかった。

 (仲間)の幼馴染であるという事を伝えた所で「獣など放っておけ」と冷たく返されるのが関の山。

 ならば自分達で何とかしようとする方が建設的だ。

 それ故実際に狩人が春姫と会ったのは全てが終わり春姫が仲間になってからだった。

 

 「穢れた身ではありますがこれよりよろしくお願いします」と挨拶をする春姫。

 「穢れただなんて言わないでよ」とフォローするベル。

 「まあ、後ろめたい過去は誰しも持つものです」と不承不承ながら仲間として受け入れるリリルカ。

 それらを見ながら狩人は心の中で呟いた。

 「いや、こいつ未通だぞ?」と

 

 人並外れた──それこそ獣じみた──嗅覚故か、或いは子を求める上位者としての本能か。

 狩人は春姫が清らかな乙女であることが分かり、そして苦悩した。

 

 なんせベル──と救われた当人(春姫)──は娼婦として汚れた女であるという事でひどく悩んだ果てに【そんなの(過去)は関係ない】と答えを出したのだから。

 これが灰辺りならば「いや、そいつ処女だろ?」と空気を読まずにズバッと言ったのかもしれないが少なくとも狩人にはその辺を気にする程度の人間性が残っていた。

 

 何より自身は獣嫌いの狩人。

 春姫は狐人(ルナール)

 本人から近寄らないだろうし、そうでなかったとしても周りが遠ざけ関わることはそうないだろうと考え狩人は黙ったままでいた。

 それが更なる苦悩に続くとは知りもせず。

 

 ◆◆◆◆

 

 ある時の事だ。

 狩人が部屋の隅で日光浴をしているとそれを知らずにファミリアの女性陣と部屋に入って来た春姫が会話を始めた。

 それも男性とのお付き合いについての話を。

 

 ソーマ・ファミリア(劣悪な環境)で幼少期を過ごしたリリルカ、自身の元主神(タケミカヅチ)を好いているが生真面目故にその恋心を表に出せない命、そして処女神として硬い貞操観念を持つヘスティア。

 彼女たちにとって元娼婦である春姫は自分たちの知らない知識を持つ百戦錬磨の(つわもの)であった。

 

 狩人とて永らく獣狩りの夜を彷徨った身、その中では娼婦の女性と関わったこともあるのだから男女のあれこれについて何かを言うような事はない。

 そもそも猥談...というよりも卑猥な冗談ならば灰の方がよほど酷いのだから気にも留めはしなかっただろう。

 その中で春姫が恥ずかしそうに、しかし経験豊富であるように振舞っていなければ。

 

 ツッコミたい。

 果てしなくツッコミたい。

 彼女のことを心配して様子を見に来たアイシャによって春姫の過去を聞いていた狩人は苦悩した。

 

 しかしながら今更自分の存在を明らかにするのもどうか。

 春姫たちが部屋に入ってきた時点で起きていればこんなことには、いやそもそも初めて顔を合わせた時にはっきりと言ってしまえばよかったのだ。

 狩人の苦悩は自身のコートのポケットに忍ばせていた青い秘薬の存在を思い出すまで続いた。

 

 またある時だ。

 春姫が拠点の掃除をしていた。

 

 元々ヘスティア・ファミリアの家事は主に九郎が担っており、掃除洗濯炊事日々の買い物などさまざまな仕事をこなしていた。

 しかしながらヘスティア・ファミリアの拠点が【廃教会】から【竈火の館】へと移ったことによって家事の量も増え九郎一人では手が回らない部分出てきた。

 その手伝いを買って出たのが春姫だ。

 傍から見れば新入りにファミリアの雑用を押し付けているようにも見えるだろうが、実の所家事を任せることが出来る程春姫が細やかな気遣いが出来る人物だったというのが正しい。

 女神であるヘスティアはもちろん冒険者であるベル達も案外だらしがない所があり、灰達に関しては言うまでもない。

 

 ともあれ春姫が拭き掃除をしていた時の話である。

 机の上に置いてあった花瓶を動かそうとした。

 それを見たベルが手伝おうと手を伸ばし二人の手が触れあった。

 短い悲鳴を上げる春姫、「ご、ごめん」と顔を赤らめながら謝るベル。

 そしてそんな二人を見た狩人は自身の中で渦巻く感情と戦っていた。

 

 狩人の感情が僅かばかり分かりにくいかもしれないので例え話をしよう。

 

 あなたには娘、或いは妹分がいる。

 可愛い、可愛い、目に入れても痛くない様な娘だ。

 その娘が最近悪いうわさを聞く人物(チャラ男)と付き合いがあるらしい。

 ...なにやら一部の存在()が好む(薄い本)の様な設定だが話を続けよう。

 

 あなたはそんな二人の付き合いを認めてはいなかったが、娘からは「あの人はうわさの様な悪い人ではない」と言われ、チャラ男からは「自分が信用できないのは当然でしょうが、あなたの娘に救われたのです。決して娘さんを泣かせるようなことはしません」と言われた。

 二人の真摯な態度に心を動かされたあなたは二人の付き合いを認めることにしたのだ。

 

 しかしあなたは大切な秘密を知っていた。

 チャラ男は女性と付き合った経験がない(童貞なのだ)

 あなたは苦悩した。

 そうして二人が納得しているのならば口をはさむ必要はないだろうと黙っていた。

 しかしチャラ男は何かにつけて女性と付き合ったことがない様子(童貞ムーブ)丸出しなのだ。

 ...女性と男性(処女と童貞)では価値が違う為少なくない()()があるだろうが、詰まる所はそういう事である。

 

 ◆◆◆◆

 

 そんなこんなが降り積もった果てに狩人は我慢が出来なくなった。

 とは言え相手はファミリアの仲間(家族)だ。

 獣に対しては悪鬼羅刹の如くである狩人とて中途半端に親しい間柄である春姫に対して「お前処女だろ」と宣言することは躊躇する。

 それ故にまずはお茶でも、と思ったのだが、結果は御覧の通りだ。

 

(私が一体...何をしたと言うのだ...)

 

 獣に対するようにすべてを突き放す程冷淡に接する訳にも、かといってベルやリリルカ(後輩)の様に温かく接する程親しい訳でもない少女(春姫)に縋りつかれ狩人は視線を外に向ける。

 腹立たしい程快晴の空にむかつく(火の無い灰の)笑顔を幻視した狩人は余りにも心当たりがありすぎる悲鳴を心の中で呟き遠い目をした。

 




どうも皆さま

9kvをマラソンしている時に気分を変えようと違うダンジョンに潜ったら一発で狙いの血晶石が出て三度見したことがあります
私です

前書きでも謝りましたが春姫ファンの皆様ごめんなさい

こう戦争遊戯の話を書きながらこの章で終わりにしようかな~どうしよっかな~
と最初の抗争で終わりにするかそれとももう少し続けるかを考えている時に
次の章があるとしたら間違いなく狩人がネックだよな~とか思っていたら
頭の中の狩人が春姫に向かって「処女がガタガタ抜かすな」と一喝したのがこの話の始まりです
これは酷い

そんなイシュタル・ファミリア編の構想ですが

イシュタル

なんか企んでた神はみんな灰達によって天界に還ったのでは?ですって?
いや、まあ。この神がいないと話が始まらないのでたまたま見逃されたとかそんな感じ

とにかく原作通りフレイヤへの襲撃を計画していた神
原作とは違う所はベルの存在を知った時全力で帰そうとした
帰って...お願いだから帰って...

ベルを帰らせた後速攻でヘスティア・ファミリアと協定を結び灰達が自分達に手を出せないようにした知恵者
でも灰がフレイヤ・ファミリアにチクりに行ったので結局天界に還った

アイシャ

春姫の面倒を見ていたアマゾネス
原作では「春姫の事を(イシュタルから)助ける覚悟はあるのか」とベルに問うていたが
この話では「春姫の事を(狩人から)守る覚悟はあるのか」と問いかけた
...何でおんなじファミリアの仲間から守らなければならないのか

火の無い灰

ヘスティアとイシュタルが協定を結んだのでイシュタルを相手に出来なくなった

それはそれとしてフレイヤ・ファミリアに「あいつお前らの所に襲撃するつもりやぞ」とチクリに行った
馬鹿め俺を制御できるとでも思ったか!!

絶望を焚べる者

灰と同じくイシュタルを相手に出来なくなった

それはそれとしてフレイヤ・ファミリアとイシュタル・ファミリアの衝突によって崩れ行く歓楽街において自分の商会の部下を引き連れて救助活動を行った
...ミラのルカティエル装備で

致していたりピロートークしている所に仮面を被った不審者に乱入されたお客たちはビックリしただろう
...仮面を被ってなくてもビックリする



灰と同じくイシュタルを相手に出来なくなった

それはそれとして春姫を助けるべく儀式へ乱入するベルのサポートを行った
自分の主は九郎だけであり自分に命令できるのは九郎とヘスティアだけである
忍びはそう思う

狩人

ずっとハブられていた可哀そうな人(上位者)

ずっとハブられたいたことを知った時は狩人の夢で人形ちゃんの硬い膝を涙で濡らした
でも獣人を助ける理由がないのでベルに相談されなかったのは仕方がないと納得した

なんだかんだ言って最後の最後に世界を夢で侵食し月をずらしたことで儀式を失敗させたツンデレ
それはそれとして春姫の無意識処女ムーブに精神的なナニカを削られている

フレイヤ

イシュタル・ファミリアの姦計は知っていたが放置するつもりだったのが灰がチクりに来たので対応することにした
と言うか
「俺達はヘスティアが協定を結んだから仕方ないけれど。お前らはフレイヤに迫る危機を見逃すんだ」とファミリアを灰が煽った

原作ではイシュタルの「自分と何が違う」と言う言葉に「品性」と返したが
この話では「貴女は運が悪かった」と憐れんだ

こんな感じですかね
細かい所の矛盾とか色々あるのですが
そういう感じで話進んでいった後がこの話です
われながら酷い話だ...

ついでにヘスティア・ファミリアの新しい拠点を持て余している
と言いますか部屋が余っている(いた)ので灰達は壁をぶち抜いて大部屋としてそれぞれ使っており
その部屋の中に【廃教会】時代の部屋(空間)に繋がるナニカが置いてあります
春姫を狩人の部屋に招き入れてから
そういえば灰達の部屋って異空間だったと思い出した...なんてことはありませんよ?

さてこれにてこの小説のネタは全て投稿させて頂きました
詰まる所今度こそ本当に完結です

感想を送ってくださった方
誤字脱字を報告してくださった方
評価してくださった方
お気に入り登録してくださった方
そして一年と少しの間見て下さった方とこれからこの小説を読んでくださる全ての方に
ありがとうございます




これから下は完結ついでに私が書きそびれた設定とかを適当に垂れ流している場所です
詰まる所読まなくてもいい奴です
お暇な方はどうぞ
そうでない方はお戻りください

長い間ありがとうございました
また私が何か書いたりした時には来ていただけると嬉しいです
それでは







火の無い灰

実はヘスティア・ファミリアで一番の大食漢
一部の野菜以外は何でも食べる
草は一生分食べたとは本人の台詞

鎧を脱いで黙っていれば実はワイルド系のイケメン
口を開いてもワイルド
うんこを投げるのはワイルドで済ませて良いのか
少なくとも野生ではある

ちなみに本気を出した場合
パッシブで周囲を燃やすので突破する手段を持たない絶望を焚べる者相手なら負けない

「これが始まりの火の力だ」
「私ミラのルカティエルだけど始まりの火を使うのはズルいと思う」


絶望を焚べる者

灰の次にヘスティア・ファミリアでよく食べる
よく食べよく動きよく寝る
それこそが良い生の源とのこと
...あんた不死者だけどな

仮面を外して黙っていれば実は美男子
口を開くとミラのルカティエル
なんかもう分類がミラのルカティエル

本気を出した場合
...と言うかメンタルが可笑しいので発狂しない上に夢の世界(ヤーナム)を何度も繰り返していくうちにRTA或いはTASみたいな動きで攻略できるようになるので狩人相手ならば負けない

「これこそが人の底力だ」
「素敵だ...やはり人間は......いや、お前を人間と認めるのはなんか違う」

月の狩人

実は偏食が凄い
肉が嫌いで野菜が嫌いで魚が嫌いで甘い物も嫌いついでに果実も嫌い
と言うか食事が嫌い
買ってきたワインや自作したスープで食事を終わらせようとするので九郎によく怒られている

マスクを取って黙っていれば耽美系
まつ毛とかばっさばさ
口を開けばブチギレ狩人

本気を出した場合
相手を見ただけで発狂させられるので灰の防護壁を突破できる上に世界ごと焼こうとしても夢の世界に取り込むことで被害を抑えることが出来るので灰相手なら負けない

「どれだけ鎧を纏おうとも心を守ることは出来ん」
「見られるだけで発狂とかインチキもいい加減にしろ」



なにか食べている場面が多いが食事量はそんなに多くない
ただお米が大好物なのでおにぎりやおはぎお餅が食卓に上ると
少しテンションが上がる

実はというか元からイケオジ
黙っていればイケオジ...と言うか口を開かない

本気を出しても灰達に一歩及ばず有利が取れるのが焚べる者相手ぐらいだが
本気の場合意識外からの奇襲が本領であり
不死斬りを装備している関係上ワンチャン本当に殺せるので
本気の殺し合いになった場合一番殺り合いたくない相手だったりする

こんな所でしょうか
それでは重ね重ねありがとうございました


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