主殺しが転生するのは間違っているだろうか (黒っぽい猫)
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第一話

 きっかけはなんだったのか、今の自分は上手く思い出せない。仕えていた姫君が縁談を嫌がったからだっただろうか。

 

『だから主を斬ったのか?それで姫君の何かが変わると思って?』

 

 それは。あくまでそれを考える事になったきっかけに過ぎぬのだ、と首を横に振る。養父──姫君の父君が私の育ての親なわけだが──が放った一言が結局自分は悲しくやるせなかったのだろう。

 

 

──水零など。あんなもの、儂がのし上がるために手元に置いている使い捨ての駒に過ぎぬよ。その為だけにわざわざ育ててきたのだ。どこまで腕が立とうと、所詮武士の血すら持たぬ汚らわしい(成り損ない)よ。

 

 

 酒の席で笑いながらそんな事を言う声が聞こえた時に、自分の中にあった大切なモノが抜け落ちてしまった気がする。敬愛していた養父が自分を使い捨てと言った事が信じられなかった。

 

 そして様々な混ざり粘り気を持つ感情に飲み込まれ、気がついた時には自分の手は血で染まり、目の前には養父だった人と父を慕っていた人の亡骸が転がっていた。

 

『それから、お前はどうしたんだ?』

 

 逃げた。文を認め、それを信用に足る者に預けて。

 逃げた。お家にうんざりしていた姫君を連れ山を超えて。

 

『中々に乙な話じゃないか。いいねぇ、愛の逃避行』

 

 残念ながらそんなに洒落たものじゃない。何しろ姫君は自分じゃない別の男に慕情を寄せていたのだから。姫君は父君の定めた男──巷では特殊な趣味をお持ちの御仁であるとよく噂されていた──ではなく幼馴染と呼んで差し支えないその男に恋をしていた。幼い頃はよく三人で遊び、うっとりとした目でその男を見る姫君を横から眺め、男を妬ましく思っていたものだ。

 だから、この逃げるような旅路にも目的はあった。姫君をその幼馴染の男の元へ連れていくことだ。親という後ろ盾を失った姫君が万に一つもその御仁に引き取られようものなら辿る未来がどうなるかわかったものでは無い。真偽の確認はできないにせよ、自らの行いのせいでそのような危険な可能性がある場所に一人姫君を置いていく気にはなれなかった。

 

 そこで自分は姫君を保護することを申し出ようと思っていた。代わりに、主を殺した不忠な武士を捕らえさせてやるから、と。

 

『子供の頃から遊んでいたということはお前にとっても幼馴染なのだろう。そんな自己犠牲を簡単に納得するとは思えないが』

 

 いや、先方はこちらを慮って受け入れてくれた。問題は姫様さ。最後の最後まで我儘を言われてしまったよ。私を守る役割を放棄してまでどこへ行こうというのです、などと言っていた。

 

 だが今更変えられるものでもない。血縁が無くとも自分が主を、父を殺したことは都からほぼ全国まで広まってしまっていたから遅かれ早かれ自分は捕まる。その時庇ったなどと知られてしまっては幼馴染の家にも迷惑がかかる。

 

『それで、お前は死んだ』

 

 そうだ、水零と名付けられた自分は死んだ。お上の元に引っ張り出され切腹を命じられた。まさかこんな自分に武士としての尊厳を認めて頂けたことは身に余る幸運だと言えただろう。

 憎らしいほど天気の良い日だった。お天道様が天辺に来る頃、自分は腹を切った。

 

 身の内に何かが入り込む音がしたかと思えばひんやりとしたものが腸を裂いて──痛い、痛い痛い痛い焼けるように痛い突き刺すように痛い傷が熱い痛いいたいあついいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいイタイタイタイタイタイタイタイタ──くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ず感じたのは強烈な喉の乾きと刺すような敵意だった。どこかで獣の様な声が聞こえたような気がする。いや何処か、では無い。どうやら私の真正面に何かがいるようだ。

 何かを考えることも無く、いつもの様に立ち上がり右手を柄にかける。その先についた鈴がチリン、と鳴るのを聞最後に意識を沈める。目はまだ開かないがそれ自体に大した問題は無い。突然立ち上がった私に驚いたのか、一度離れた何かは私を敵と認識したらしい。改めてこちらに向け明確な殺意と敵意を放ってくる。

 

「ふっ──!」

 

 腹から空気を吐き出すと同時に抜刀。どこでも良い、とにかく斬ることさえ出来ればあとはどうにでもなる。直後、短い断末魔の様な音と共に気配が消えた。どうやら急所を斬ることが出来たらしい。

 

「………………」

 

 余裕があると判断できたので暫くの余韻の後に納刀。周囲の音が戻ってきたので改めて目を開く。そこは薄暗い洞窟の中だった。松明の明かりも無いが何故だかかなりハッキリと周りを見渡せる。

 

 だが、何故自分はここにいるのだろうか?確かお白州で切腹し死んだはずだ……そこまで思い至ると突然怖気が体を駆け巡る。どうやら、身体にも心にもあの感触は深く根付いているらしい。あの感覚はもう思い出したくない。震える身体を抱きしゃがみこむと、何か柔らかなモノの上に腰掛けた。まさか、先程斬った獣を踏んでしまったのだろうか。

 

「なんだこれ……いててっ。引っ張ろうとすると臀の辺りが痛いな」

 

 無理に引っ張るのをやめゆっくりとその物体に手を当てると毛布のような温かさと絹のような手触りが返ってくる。そしてそれと同時に何やらくすぐったいような感覚。まさか尾でも生えてしまったのだろうか?

 

「ははは、まさかまさか。そんな化生の類でもあるまいに」

 

 だが、万が一ということもある。これが自分の尾だというななら今後の身の振り方も考えねばならぬ。恐る恐る背から腰の辺りに手を当てると、そこには今まで無かったモノ(尻尾)が確かにあった。

 どうやら自分は、人間では無いものに生まれ変わってしまったらしい。人間道から外れ畜生道にでも入ってしまったか。養父に引き取られる迄は物乞いをして生きてきた身であるし、やもすれば最期に親殺しなどという不孝の限りを尽くしたのだ、業こそあろうが徳など積めておるまい。

 

「まあ、化生の類であっても刀は使えるようであるし、それだけでも重畳だな。さて、そろそろ移動して兵糧の確保でもするかね」

 

 姫様達のことは気になるが、どうやら私が気にしてどうなる事でもないらしい。もうこんな成りでは彼女達の力になることはできまい。そもそも恐らくではあるが自分の身体も18年生きたモノとは変わってしまったらしいし、それなら新しく生きていくだけだ。

 

 それこそが命を持ったモノの責任で、唯一全うすべき事柄なのだから。

 

「早く自分の姿を見ておきたいものだ。声の高さから考えるに恐らく男子(おのこ)ではあるまい」

 

 よっこらせ、と年寄りじみた掛け声で立ち上がり歩くこと数歩、足に何か小さなものがぶつかった。拾い上げると何かの結晶のようだった。

 

「宝玉か……物々交換に使えるかもしれんな」

 

 和服の袖の奥に結晶をしまい、私は改めて小部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者、ベル・クラネルは駆け出しの冒険者だ。つい最近とある女神に見出され、その場で女神の眷属(ファミリア)となった。それからというもの、ほぼ毎日浅い階層で狩りを続けていた。

 僅かな稼ぎを日用品の買い足しと食事に回し、おおよそ余裕とは程遠い暮らし。だが、彼の中には確かな充実感が芽生えていた。自分のような人間でも神という雲の上のような存在に必要とされるのだと思うと、胸の奥が熱くなるのだった。

 

「〜〜♪」

 

 今日の狩りはいつになく順調で、多くの魔石が手に入った。ギルドで換金すればきっといつもの二倍くらいの額にはなるだろう。ダンジョンという危険地帯で鼻歌も歌い出しそうな様子のベルはどこか浮き足立っていた。

 だから、彼は気づかずにその物体に躓き転んでしまう。

 

「うわぁっ?!」

 

 ゴツン!と鈍い音がしてベルの顔が地面に突っ込む。痛みにしばらくのたうち回った彼が目にしたのは、涙目でこちらを睨む狐人(ルナール)の幼い少女だった。整った顔立ちに翡翠色の瞳、手入れがされていないボサボサの毛はそれでも非常に柔らかそうだった。

 

そんな彼女の容姿に見蕩れていると、少女が口を開く。

 

「──貴殿は、何者か」

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食い物も出口も見つからず半ば気を失うよな形で寝転んでどのくらいの時がたったか。ゴツン、と頭に何かがかなりの勢いでぶつかった衝撃で目を覚ました私はまずその衝撃に呻いた。

 続いて「うわぁっ?!」という情けない声をあげた方向に顔を向ける。そこに居たのは一人の少年だった。白髪に紅の瞳はどこか雪兎を彷彿とさせる。男であるのだろうがどこか中性的かつ人の良さそうな雰囲気を醸し出す彼に私も束の間毒気を抜かれてしまった。

 だが、見た目に絆されるわけにはいかない。どれだけ人の良さそうな顔をしたものでも腹の中が黒い事など幾らでもありうる。

 

「──貴殿は、何者か」

「へ?」

 

 惚けたような声を出す彼から距離をとり、柄に手をかけながらもう一度同じ質問を繰り返す。

 

「貴殿は何者か、と問うている。道のど真ん中で行き倒れたのは私の落ち度であるが、貴殿が何用でこの洞窟の中にいるのかを確かめぬ事には私は貴殿に近寄れぬ」

 

 今の私は化生の姿形をしている。自分が望まなかったにせよ、そういう物珍しい姿である事は世俗に疎い私でもわかる。そんな私を見世物として捕らえようとする可能性も捨てきれぬのだ。

 ここに至って、ようやく私が警戒しているものに気づいたのか、目の前の少年は慌てて手を振りながら若干裏返った声で名乗った。

 

「僕の名前はベ、ベル・クラネルです。何をしてるって言われたら、君と同じ冒険者だからダンジョンに潜っているのだけれども……」

「ぼうけんしゃ?だんじょん?一体何の話をしているのだ?」

「え?」

「え?」

 

 ここから、しばらくベルから様々な事を教えてもらった。ここがダンジョンと呼ばれる場所であるということ、そしてそこに入りモンスターと呼ばれる獣を狩り、私が拾っていた水晶のようなものを集める人間を冒険者と呼ぶこと。

 つまり冒険者というのは職業であり、彼らは猟師のようにダンジョンを狩場にして水晶を集めることを生業としているのだ。

 

「逆に聞くけど、君はどうして冒険者じゃないのにここに居るの?この場所は冒険者以外は基本立ち入れない場所の筈なのに」

「それは私にもわからぬ。気がついたらこの場所に倒れておった。仕方なしにこちらに向かってくる獣を狩っていたのだが、奴ら死ぬと塵になってしまうから食い物が無くてなぁ。しかもどこを探し回っても水すらもなかった故、ぶっ倒れていたというわけだ」

「うわあ、じゃあしばらく何も食べてないんだ?」

 

 うむ、と同意するとベルはゴソゴソとポケットから何かを取り出し、こちらに差し出してきた。

 

「今はこれくらいしかないけど、僕のお昼ご飯の余りで良ければ食べる?」

「美味そうな匂いだな……頂こう」

 

 嗅覚が若干良くなっているからか、包みの中から漂ういい匂いを敏感に感じとった。その匂いを嗅いだ途端ぐるるるるる、と腹の虫が思い出したように空腹を訴えてくる。少し吹き出すベルを無視し、受け取ったそれを開くと良い匂いがより強くなった。

 何か、と確認する前にそれにかぶりつく。冷えて少し固いがそれでも程よい塩味にイモのような素朴な味わいに感じ入る。時間の感覚が麻痺しているが数時間、いや数十時間ぶりの食事に思わず零れそうになる涙を抑えつつ咀嚼し飲み込む。

 

 数分の後、手元に残っていたそれが無くなると多少身体も落ち着いたのか少し活力が戻ってきた。手に着いた油と塩気を舐め取り改めてベルに礼を言う。

 

「ありがとう、ベル。お陰で助かった」

「ううん、この位なんてことないよ。困った時はお互い様だから」

 

 にっこりと笑うベルの純粋さに面食らいながらこれからの事をぼんやりと考えた。

 

「なあ、ベル。冒険者になるにはどうすればいいんだ?どこかで手続きを済ませれば誰でもなれるものなのか?」

「うーん、冒険者になるにはギルドって所で手続きが必要なんだけど、そもそもどこかのファミリアに所属していないと冒険者にはなれないよ」

 

 なるほど。ファミリア、というものが何なのかはよく分からないが、私の当分の目標はそこに所属することになるわけだ。外に出たらどうしようか、と考えているとベルが突然「そうだ!」と声を上げる。なんだ、と思って彼に目をやると満面の笑みで彼もこちらを見ていた。

 

「僕の神様のファミリアに入ろう!」




本当に久しぶりすぎて勝手を覚えておりませんが、とりあえず一話上がったので投稿致します。

出来れば感想、評価、お気に入りいただけると嬉しいです。


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第二話

「それで、ベル君はそんな女の子を拾ってきちゃったの?」

「えっと……その…………放っておけなくて」

 

 ダンジョンから地上に出て、先ずベルが向かったのはギルドという組織の本拠だった。どうやらそこが冒険者の雇い先に近い役割を果たしているらしい。ダンジョン内で拾った光り物──魔石というらしい──を換金してくれる場所なのだという。

 ベル曰く、ギルドの機能はそれだけでなく、自分に宛てがわれた職員から自分の身の振り方について助言をしてもらえるのだと。悩める冒険者の相談役、といったところだろうか。

 

「それで、君がその助けられた女の子?狐人(ルナール)みたいだけど、所属ファミリアは?」

 

 そして今、自らをエイナ・チュールと名乗った女性に限りなく尋問に近い聞き取りをされていた。一見すると無表情を装っているがエイナ殿の眉間にはシワが刻まれており、その声には若干の困惑が見て取れる。

 

「そのファミリア、という物はベルから聞き及んでいるので知っているが、私はそのような組織には所属していないのだ、エイナ殿」

「え……それってつまり、神から恩恵を授からずにダンジョンに潜っていたってこと!?なんの為に!?」

「その潜る、という表現も正確ではない。私は気がついたらあの場に居たのだ。そんな風に怒られても私には何がなにやらわからぬよ」

 

 嘘でしょ……と呟きこめかみを抑えるエイナ殿には若干申し訳なさを感じはするものの、そこで嘘をついても仕方が無いので素直に答える。

 

「それに、そこまで心配をしてもらうほどではない。あの辺りにいる獣を狩った時に落としたこの魔石とやらが金になり、同時に自身が獣に打ち勝ったことの証明になるのだろう?それであればそこそこ貯めてある」

 

 尾を揺らせばそこに埋め込んでいた魔石がジャラジャラと落ちる。100には届かないが70程度は獣を殺している。体感ではあるが少なくとも三日はあの場にいたのだからそれなりの数の獣と出会ったし、その度に襲ってくるものだから返り討ちにもしていた。

 

「え……ええっ?!ちょっとそれ、拾ったわけじゃないのよね?!」

「む?あぁ、あの洞窟内でこちらに向かってくる獣を殺して得たものよ。無論、他人から盗んだものでもない。そも、ベルと出会うまで他の誰とも出会わなんだ」

「恩恵を授からずにこの数のモンスターを倒すなんて……」

 

 落ちた魔石を拾い上げていると、エイナ殿は何か考え込むように俯き、ブツブツと呟き始めた。そのさまを横目に見つつ、拾った石のおおよそ半分程度をベルに差し出す。全部渡してしまってもいいが、それでは今後身を振るための最低限度も残せない。

 

「そうだベル。これは金になるのだろう。そうであれば少ないが今日の礼だ。飯も食わせてもらい、ダンジョンの外まで案内してもらった。その駄賃として受け取ってくれ」

「そ、そんな。受け取れないよ!」

「ならばこう考えろ、ベル。これは私からお前への報酬だ。お前が私を助けたことに対して支払う報酬だ。だから受け取れ」

 

 そう言い、半ば強引に魔石を突き出す。しばらく見つめあった後、ベルの方が先に折れ受け取ってくれた。その事に安堵しつつ残った半分の魔石は袖口に入れた。ここで換金ができるのであれば、後でしておきたい。

 

「して、エイナ殿?そろそろこちらに戻ってきて欲しいのじゃが」

「…………」

「ほれ」

「ひゃっ?!」

 

 未だに現に戻らないエイナ殿の目の前でパン!と柏手を打つとようやく目が合った。どうやら、お役所務めの彼女にはあまりに予想を超える事態であったらしい。

 

「私は、これからベルに主神殿の所へと案内をしてもらわねばならぬ。できれば日の落ち切る前に向かいたいのだが、宜しいかな?」

「あ、うん──ちょっと待って?君は神ヘスティアのファミリアに入るの?」

「うむ、そのつもりである。何せ、神から恩恵とやらを授からねばダンジョンに潜るのは許可されぬのだろう?そうでなければ金を稼ぐため密かにダンジョンに入らねばならなくなる。それはできるなら避けたいのでな」

「それはそうなんだけど……うーん。記憶がないってことは、どこかのファミリアに所属してるかもしれないしなあ。一応、名前を聞いてもいいかな?冒険者なら絶対ギルドに名前がある筈だから少し確認だけしておきたいの」

 

 名前、か。水零(前世の名)を名乗っても良いが、あれはどこまで行ってもあの土地で生きた私の名前でしかない。この私は全く違う存在であるのだから異なる名前が良いだろう。

 だが、本当であれば前の世での記憶は今世において忘れられるべきものである。それを覚えているということに、もしかするとそれに意味が有るのやもしれん。

 

「──澪。それが私の名だエイナ殿、ベル。これからよろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベ〜〜ル〜〜く〜〜ん〜〜?」

「な、なんで怒ってるんですか神様!」

 

 ベルに案内されるままダンジョンを抜け、そのまま連れていかれたベルの家に入ると、待っていたのは突然ベルに抱き着く1人の女子(おなご)だった。そんな彼女は、私の姿をベルの後ろに認めた瞬間にベルの頬を涙目で抓り始めたのだった。

 

「痛い、痛いですよ神様〜! !!」

「この浮気者!スケコマシ!まさか本当にダンジョンで女の子を落としてくるなんて想像出来るもんかうわーーん!!!」

「意味わかんない事言わないでください神様!その子はダンジョンで出会っただけのファミリアへの加入希望者です!」

 

 ほとんど絶叫のようなその言葉に耳を傾けたのか、女子の動きが止まる。少しの間があってギギギ、とその首が私を向いた。その顔には表情がなく、昔どこかで読んだ物語にでてきた妖の類に似た動きをする様は少し怖い。

 

「……君、ボク達のファミリアに入りたいのかい?」

「私としては根無し草でも構わないのだが、ダンジョンでモンスターを殺すという仕事で生計を立てるには神々の加護を受けるのが良いと聞いた」

「ん?ベル君はダンジョンで君に出会ったと言っていなかったかい?」

「その認識で間違っていない。私はダンジョンでベルに命を救われた。そもそも、私はファミリアというモノにとんと聞き覚えがない」

「という事は、これまで君はボク達(神々)の恩恵を受けずにダンジョンへ潜っていたのかい?ギルドがそれを許すとは思えないけどなぁ。君、本当にファミリアに所属していないのかい?」

 

 これまで、というかダンジョンで目覚めたのでダンジョンに潜っていた、という表現では適切ではないだろう。ベルと二人でこれまでの経緯を掻い摘んで説明した。ベルと出会う前ダンジョンで目を覚ましたこと。そこに出る獣、もといモンスターを狩りつつ進んでいたが行き倒れてしまったこと。そしてベルに食料を分けてもらいここまで来たこと。

 初めこそ彼女は此方を値踏みし、疑うような目を向けていた。だが、全てを聞き終えた彼女はとても真剣な表情をしていた。

 

「なるほど、だいたい分かったよ。君達の言葉に嘘はほとんどない。ミオ君の出自には確かに謎が残るけれども、それでも君がベル君に恩を感じているというのも嘘ではないらしいね」

「神様。ミオさんには行く宛がないみたいで、それで──」

「皆まで言う必要は無いさベル君。ミオ君がファミリアに入ることには賛成さ。ただね、うーん……」

 

 ジロジロとこちらを警戒するように見る女子の目が私の体の一点──胸部を見て、その後自身の体に目を落とした。その表情が段々と勝ち誇ったような表情に変化していく。

 

「いや、問題ないね。よしミオ君、今日から君はボクの眷属だ」

「なんなのだ?今の視線は」

「いや、気にしないでくれたまえ。さぁてベル君!今日は記念すべき日だからね、普段より少し豪勢にいこうじゃないか!」

「はい!神様!!」

 

 かくして、なんとも締まらない形で私は神ヘスティアの二人目の眷属となった。

──何故だかこの時向けられた視線が物凄く不愉快ではあったが、その理由は結局わからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなんだ、これは……」

 

 小さな灯りに照らされる中、ヘスティアは一枚の紙に改めて目を落とす。ミオもベルも寝入った今、その深刻な表情に気づくものはいない。

 

 

『冒険者:スイレイ・ミオ

 

Lv.1

 

力:I55

耐久:I3

器用:I88

敏捷:I57

魔力:I0

 

《魔法》

【⠀】

【⠀】

【⠀】

 

《スキル》

【破滅願望】

・早熟する。

・耐久の増加に大幅なマイナス補正

・死に魅了される

 

 

【殺人技巧】〈業:400〉

 

・業の数に応じた一時的ステータスの向上

・業の数に応じた一時的レベルの向上

・発動後、耐久が減少』

 

 

 

 

 恩恵を刻んだことで可視化されたミオのステータスそのものにおかしな所はない。駆け出しの冒険者の中では平均程度だ。それ自体におかしな所はない。

 魔法が発現していないのも、別におかしいことではない。強いて言うのなら三つの空欄(可能性)があるのは特殊な事例ではあれども、別段異常では無い。

 

問題は発現している二つのスキルだ。

 

「こんなスキル、見た事がないぞ……?」

 

 

 スキルは、それ自体が発現することは大して珍しくない。憧憬や願望、欲望でもいい。それらの感情を強く抱いた時、神々の恩恵を刻まれた者にはスキルが宿る。

 だが、憧れや願望を強く持った時にイメージされるのは多くの場合『目標とする人物』である。それ故、発現するスキルの大半は既出のスキルと同名であるか、それに類する名前になる。

 だが、ヘスティアが持つ紙に書かれたスキルはどう考えてもそれらとは一線を画している。

 

「恐らくはミオ君の唯一無二(オリジナル)なのだろうけど、これはあまりにも……」

 

 一つ目のスキルはそれでもいい。ミオが自分の破滅を願っている、そう解釈すればこのようなスキルが発現しても絶対に有り得ないとまでは言えないのだから。

 ヘスティアを絶句させているのは二つ目のスキルだった。一時的にステータスを向上させる代わりに自身の耐久を削るスキル。これは本来ならば存在し得ないスキルだ。

 ステータスは冒険者の身体そのものであり、それは成長し、衰えることはあれども基本的にはそれだけだ。そのステータスを減少させるということは、文字通り使用が()()()のスキルだということに他ならない。

 自身の身体を命を削り用いるスキル。それに対して得られるのはあくまでも「一時的」な、ステータスの補正。

 

「こんなの、釣り合うわけが無い……滅茶苦茶だ」

 

 あくまでも願望を現実にするための手段として恩恵が与える副次効果、それがスキルだ。それがこのようにまるで自分を傷付けるかのような形で存在することがヘスティアには信じられない事だった。

 それにもう一点、ヘスティアが気になったのは『業』という文字の横に記された数字だ。今は《400》と記されているそれは、文字通りに受け取るのならミオが感じている業の数なのだろう。スキルの名と照らし合わせるのであればきっとそれは───

 

「全く、ベル君も困った拾い物をしてきたものだなぁ」

 

 あーやだやだ、とボヤきながら地下に戻ると、ベルとは別のソファで眠るミオの姿が目に入った。尻尾を抱き眠るその無垢な寝顔に思わず苦笑いを零したヘスティアは、そっとミオの頭を撫でる。

 

「キミが何者なのかも、背負う(モノ)も、ボクは知らない。でもボクはキミを絶対に見捨てはしない」

 

───ボクはもう、キミの神様になったのだから。

 

 そう呟いたヘスティアの目は、我が子を慈しむ母親のようなものだった。



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第三話

卒論を脱稿したので更新します


 私とエイナ殿の二人しかいない部屋は静かで、本のページを捲る音と筆を動かす音のみだ。そのような部屋で私が何をしているのかと言えば──勉強だ。

 

「エイナ殿、確認を頼みたい」

「え?もう出来たの?本当にミオさんは飲み込みが早いね」

「いいや、教えを乞う相手が良いのだ、エイナ殿は良い教師になれるだろうさ」

「そんな風におだてても何も出ないわよ……うん、問題なさそうね。読み書きができないって言われた時は驚いたけど、本当に知らなかったの?」

「うむ。屋台の文字もさっぱり分からなかったな。そもそも私が学んだ物とは言語の形態が違う」

「ふぅん。じゃあ、少し休憩してまた続きをやろっか?」

「有難い、少々首が凝ってしまっていた所だ」

 

 何故このようにエイナ殿に文字を教わっているかと言えば、話は数日前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の夕餉の後、食後の茶(野草を煎じた物)を飲んでいると、ヘスティア殿が熱心に何かを読んでいた。

 

「ヘスティア殿、何を読んでいるのだ?」

「ん?ああ、君達のステータスさ。ほら、最近特にミオくんのステータスの伸びが著しいからね。主神としてどうして差ができるのか考えているのさ」

「そんなに差がついてるんですか?神様」

「見てみるかい?はい、ベル君」

 

 ベルが渡された紙を読み進めると、それに連れて段々ベルの顔色が悪くなり、しまいにはしょんぼりと項垂れてしまった。

 

「ベル?どうしたのだ?」

僕の方が先輩なのに……同じくらい戦ってるのに……

「だ、大丈夫さベル君、ミオ君の成長速度が異常なだけで、平凡……平均的な冒険者の成長速度なんて君と大差ないよ!」

「へい、ぼん」

「違うぞベル君!平均だ平均!!」

「いやヘスティア殿、今平凡と言いかけたろう」

「そ、そそそ、そんなことないぞぅ!余計なこと……変な言いがかりはやめてもらおうかミオ君!」

「全く、嘘をつくのであればもう少し上手くやるべきだな。見よ、ベルがしおしおになってしまった」

「むむむ!ボクだけのせいじゃないぞ!明らかにミオ君の一言もベル君の心に深い傷を残してる!!!」

 

 大丈夫だよベル君、と言って必死にベルを慰めようとするヘスティア殿だったが、しおしおとヘタレるベルは元に戻らない。やがて、ヘスティア殿から縋るような視線を向けられてしまう。暫くそれを無視するとその瞳には涙が溜まっていく。幾ら遥かに歳上(らしい)とはいえ、幼子にしか見えない姿形でそれをされると弱い。

 

「……わかった、何とかしよう。おい、ベル」

「……」

「もし必要なら、少しは私が見てやれるぞ。私にも自身の鍛錬がある故、四六時中とは行かぬがな」

「……」

「そう拗ねるな。そもそも私とお前とでは根本的に積み重ねの物量が違うのだから」

「うぐっ」

「あ、しまった。つい本音が」

「がふっ?!」

「ああっ、ベル君に言葉の刃が突き刺さってしまった!!ミオ君!」

「いや、そうは言うがなヘスティア殿!本人の問題を外野にはどうすることもできぬだろう?!」

「ええい、問答無用だ!しばらくの間君のその刀は没収だ!!!」

 

 有無も言わせぬ口調に咄嗟に頷いてしまい、かくして私は自分の命の次に大切な刀をヘスティア殿に没収されてしまったのだった。あまりにも理不尽な顛末である。

 

 

 

 

 

 

 時は今に戻るが、そういう訳でヘスティア殿からの『たまの休暇だと思って羽を伸ばしてきなよ』という有難い言葉と共に私は行くあてもなく街をさまよっていた。そうしてたまたまギルドの前を通った際に声をかけてくれたのがエイナ殿だった。

 事情を聞いたエイナ殿が初めはいくつか本を貸してくれるという話だったのだが、そういえばこの地の文字が読み書きできないと話すと、彼女は快く指導役を買って出てくれたのである。

 

「それにしても不思議だよね、読み書きは出来ないのに言葉は通じるの」

「そうか?読み書きなど、必要とせぬ身分であればなくとも生きていくことはできよう?言葉さえ話せれば何とかなるものだ」

 

 実際に糊口を凌ぐのに精一杯のその日暮らしだった頃は読み書きなど必要なかった。ただ目の前にあるものが食い物に繋がるのかどうかを考えれば生きていけた。そういうと、それはそれで何があったの、と眉間を押えた後にエイナ殿は頭を振る。

 

「そうじゃなくてね、ミオさんが生まれ、育ったのって此処(オラリオ)から遠いところで、文字の形態が全然違うんでしょう?それなのに、話し言葉がこうして通じてるのが不思議だなって話だよ」

「うん?ああ、そういう事か。それは確かに不思議な話だな。最初から伝わっていたから違和感にも感じなかったが。それが何か問題なのか?」

「ううん。問題ってわけじゃないの。ただ私が気になっちゃっただけ」

「ふむ、そうか。エイナ殿は学者気質なのかもしれぬな。知への欲求が高いのは良い事だ」

「そのせいで余計なことに首を突っ込むこともあるけどね……さて、もうひと踏ん張りしましょ。もう少し頑張ったらお昼だもの。そうしたらベル君も帰ってくるはずね」

 

 エイナ殿のその言葉に頷き返し、私は改めて目の前にある紙の束に向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ベル君、少し遅いね」

「まあ、ベルも元服は終えておるのだろう?そう目くじらを立てるものでもあるまい」

「それはそうなんだけどね。うーん、でもやっぱり心配だなぁ。危なっかしいし」

 

 ベルを見ていてヒヤッとする部分が多いのは納得だが、普段背中を預けている身としては彼の柔軟な発想力は馬鹿にならないし、非常に強力な武器だと思う。

 

「お、やっぱり相棒ともなるとベル君をよく見てるんだねぇ」

「ベルも私も研鑽中の身だがな」

「またまたぁ、神ヘスティアからベル君のためにって迷宮潜りを禁止させるレベルで差があるんでしょ?」

「私のこれはステータスというよりも技術故、差があるように見えるのだろうさ。戦闘を通じて得た『敵の弱点』などは反映されなかろう?」

「ん、それは確かに」

 

 それは俗に『経験値』と言われ、その目に見えぬ積み重ねは己の肌に戦況や、場合によっては少し先の未来も見せてくれる。

 

「対人ならともかく、対モンスターが余裕でできる経験を私は持っていない故な。ダンジョンに潜る時くらいは謙虚にいるさ」

「うん、それなら私も安心かな。ベル君のこと宜しくね?」

 

 それと、自信があっても他の冒険者と揉め事はやめてね、とエイナ殿に釘を刺されてしまった。言われずともこちらから何かをするつもりは無いのだが。その後も他愛ない会話をし、ギルドの前で暇を潰していると迷宮の方向から聞きなれた声が聞こえてきた。顔を上げ帰ってきた声の主を迎えようとした私たちは思わず凍りついた。

 

「……ーい!エイナさーん!ミオー!」

「おお、ベル。おかえ、り?」

「おかえりベル君──ってえええええええ?!!!」

 

 真っ白な髪と肌をその瞳の如く真っ赤に染めたベルが満面の笑みでこちらに走ってくるのを私達は愕然で迎えることになったのだった。

 

「アイズ・ヴァレンュタインさんのことを教えて下さーい!!」

「お主はその前にその真っ赤な身体を何とかせい!!!」

 

 

 

 

「ただいま帰りました、神様っ!」

「戻ったぞ、ヘスティア殿」

「お帰り、ベル君!それにミオ君も!あれ?ミオ君は何だかやつれてないかい?」

「いや、大丈夫だ。エイナ殿に頼んだ文字の訓練がキツかっただけだ」

 

 そう返すのが精一杯で玄関に立ち塞がるヘスティア殿を退かすと、ソファに座り込んでしまった。あの後、興奮するベルをどうにか宥めシャワーを浴びさせ、その間にギルド前の清掃を行ったのだが、予想以上に範囲が広くすっかりくたびれてしまった。

 その上聞かされた話が死にかけた上にダンジョンの中で女子に一目惚れと来たらもうなんと声を出せば良いのか分からぬ。誰も労わぬ苦労に思わずため息を零しつつ──不意に香ったあの匂いに食欲が刺激された。

 

「ヘスティア殿……この匂いは」

「おっ、鼻が効くじゃないかミオ君!今日の晩御飯はこれさっ!」

 

 そう言ってヘスティア殿が机に置いたのは──紙袋いっぱいのじゃがまるくん(紛れもないご馳走)だった。思わず生唾を飲み込む私を他所にベルが尋ねる。

 

「神様、こんなに沢山のじゃがまるくんどうしたんですか?」

「ほら僕、最近屋台でバイトを始めたろう?それでお客さんが増えたご褒美と、前に絶賛してくれたミオ君へのサービスに店長が包んでくれたのさ」

「絶賛、って。ミオもしかして感想言いに行ったの?」

「む、美味いものは作ってくれた者に感謝して頂くべきだろう。空腹を刺激する素晴らしい匂いに、揚げたての食感も良し、冷えてしっとりとした食感になるもまたよし。なんと言っても一度でも食べてしまえば繰り返し食べたくなるあの味。正しくあれこそが完全食であろう」

「こんな感じで店長に熱烈な語りをして、それにミオ君が自分でおやつとして買いにも来るから偉く気に入られたみたいでさ」

「僕、こんなに真剣に語るミオを見たの初めてかもしれない」

「それに、栄養価に偏りがあるとはいえ片手で直ぐにと食える上に腹持ちもそこそこ良い。主食と併せても邪魔をせぬが主食になりうる可能性を持つじゃがまるくんはやはり偉大であってだな」

「ミオ君、ストップ。そろそろご飯を食べようか」

 

 この後も暫く二人にじゃがまるくんの素晴らしさを説いていたのだが口の中にそれを突っ込まれる形で黙ることとなった。二人曰く『もうわかったからこれ以上語るな』と言われた。解せぬ。

 

 無論、じゃがまるくんは美味であった。



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