ノーゲーム・ノーライフ ―神様転生した一般人は気づかぬ間に神話の一部になるそうです― (七海香波)
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第一章 遥か高みを征く熾天使
第零手 詰まり詰まったプロローグ


どうもこんにちは、安心院かなみと申します。
最近アニメを見て触発され、全巻揃えて読んで、なんとなく書きたくなったので書いてみました。
出来る限り投稿を続けて行こうと思うので、どうぞよろしくお願いします。


 ――神様転生って、君は信じるだろうか?

 

 ほら、所謂アレだ。ネット小説なんかでよく見る、神様がミスで自分を殺しちゃったから二次元転生で勘弁してくれって奴だ。

 剣が振りたければソードアー○・オンライン、魔法が使いたいなら魔法科○校の劣等生、黒歴史全開ならめだか○ックス、メカを触りたいならインフィニット・○トラトス等々の世界にチート付きで飛ばしてくれるという何ともご都合主義な設定の。

 都合が良ければエロい格好をした女神様が主人公に何の前置きもないまま惚れて着いてくるという謎の行動を起こしたりする――そんな馬鹿げた話である。

 読者の皆さんは、突然何故そんなクソどうでも良い当たり前の事を話すのかとでも思っているだろう。それでも、話さずにはいられないのだ。

 なぜなら、織城(おりたち)和真(かずま)童貞十六歳、至って普通の高校生をやっているこの俺にもそんな現実が現在進行形であるのだから。

 俺の目には今、ありきたりな真っ白の部屋に、これまたテンプレな目の前で土下座する美人のお姉さんが映っている。

 さて、一体どうすれば良いのだろうか。とりあえず真っ先にチート的な才能とか求めればいいのだろうか。それとも「いいよいいよ、分かってるよ」みたいな感じで「どうせちょっとしたミスで命の蝋燭消したとか書類にコーヒー吹いたとかですか」とかでも軽く言えば良いのだろうか。一体俺はどうすれば良いのだろう。

 なんとなくそう考えている内に、自然と俺の口からは一つの言葉が紡がれた。

 

「で?謝罪は良いからさっさと転生させて下さいよ」

 

 俺の頭が発したのは、言った本人も即座に後悔するほどの暴言だった。

 そんな俺の言葉に衝撃を受けたのか、神様(仮)は篠ノ乃博士のように幼児性と天災性が交わりあった様な感じで全身で反論を表現する。具体的には口を尖らせて腕をぶんぶんと振っている。

 

「適当な謝罪の受け方をしないでくれるかな!?これでも神様なんだけど!」

「神様だろうがなんだろうが、仕事にミスする奴を俺は神様とは思わねーんだよ。いいからチートを寄越せコラ」

 

 どうせ前言撤回するのも面倒なので、いっそのこのノリのままふと思いついた言葉をそのまま口に出した。俺が伝えたのはもうどうでもいいですよ的な発言。それを聞いた金髪グラマラスというありきたりな姿をした神様は泣きそうな顔をして立ち上がった。立ち上がった衝撃で、大質量のメロンがプルンッと揺れる。そこはご馳走様です。

 

「ううっ、人間が神様相手に偉そうにするなんてあり得ないんだけど……」

「知るか。世界はどうでも良いからこんな場所からさっさと去らせてくれ」

「もう、分かったわよ……。それなら勝手に二次元の世界に飛んで下さい!」

 

 俺の言葉にキレたのか、目の前の女性が呆れた顔で床を一回踏むと、俺は足下に空いた穴で勝手に落ちていった。

 出来るんなら早くそうしてくれってんだよ、心の中でそう呟く。

 チートが貰えなかったのは残念だが、まあいいだろうと俺はそう思考を纏めた。そうでなければ今の状況を受け入れることが出来ない。

 

 とまあそんな訳で、俺はせっかくの神様転生を、最近の『転生とかマジどうでも良いふりしてるけどやっぱりチート欲しいんだぜ的な二次創作主人公』と同じようにフイにしてしまった。という話だ。

 

 ――しかしいざ蓋を開けてみれば、意外にも俺の身体は各主人公のようにチートを兼ね揃えていたのだが。

 

 

 

 

 ――そうして転生が済んで。

 

 親から新たな名前を与えられ、赤ん坊から羞恥プレイを通して一応は新たな二次元人生でチートやり放題出来ないかどうかを楽しんで待っていたのだが、いつまで経っても白○士事件など起きることもなく俺の人生は時を刻んでいった。

 俺の楽しみを返せ。

 

 唯一楽しんでいたことはと言えば、前世の知識を総動員しての義務教育の小中学校での勉強無双ぐらいだ。後運動も。まあ高校の動き知っていれば幼稚園児なんかに負けるわけない。わざと負けるのも同級生が五月蠅いほど自慢してくるので面倒くさく、後の事は考えずにとりあえず徹底的に差を示してみた。

 と言うわけで。

 幼稚園では周囲の赤子を放っておいて読書に勤しみ先生には気味悪がられ、

 小学校では口喧嘩で大人げなく同級生を苗○君のようにロンパしながら保護者の間で要注意人物にされ、

 中学校では図書室に引き籠もり分厚い本を読んでいたりしただけで中二病呼ばわりされていた。

 意外にも理不尽だなこの社会、と感じたのは丁度この頃だった。

 ちなみに当然全てのテストでは九十点以上をキープしていた。ウザイように思えるかも知れないけど、高校生の知識をもったまま小学生から勉強を始めたから、公式などを忘れることもなく学力は右肩上がりだった。不自然なほどに。やっぱりチートなのかと思ったが、数少なかった付き合いのある相手には努力の成果だと言われたので素直にそう思うことにした。

 実際、毎日食べたパンの数を覚えているわけもないし、単語を忘れたりしたこともたまにあったりするし。前世でゲームばかりで成績が低かったことからの後悔から、全力で頑張った結果だとしたい。本当にチートなら全科目百点だろうし。

 

 

 そうして俺は彼女が出来たり海外に行ったりと色々前世より濃い人生を学びつつ、高校入試を難なくこなし地元ではまあまあの公立に進学して、前世と同じ高二に進学した今――

 

 

 

 ――俺はひたすらネトゲに時間を費やすことになった。

 

 なぜなら学校はつまらないし。彼女は……うん、まあ語らないでおくとして。今後の話で語ることもあるだろう。それ以外でも友達は陸に出来ずにぼっちで一般的な青春とかをする機会も余り無かったし。親が入れと言うので仕方無く入った文芸部も人と関わり合いになりたくないから幽霊部員推奨の所だし。

 

 小中学校からの少なからぬ黒い噂もあって完全にクラスで孤立していた俺は、出席日数とテストの点数を稼ぐためだけにだけ登校するという灰色の青春だった。彼女は彼女で二人目が出来たけれども、その唯一の周囲の人間と言える彼女ともつい数週間前に別れたばかりで、本当に独りぼっちだった。

 

 そんな俺の悲嘆に暮れている様子は親元を離れ一人暮らしをしているため親の目に入ることはない。そもそもこれもまた主人公らしいことがあって仮の親なのだが。

 まあ、何はともあれ、主人公に必要な『暗い過去』は結構経験したつもりだと思う。中々に順風満帆な転生ライフだろう。人は自分の人生、主人公はお前だとは言うけれど、そんな脳天気な人々を直接口論で下せるほどには色々な思い出がある。

 

小夜鳴(さよなき) (くろ)、お前はなにか将来の夢とかあるのか?」

 

 小夜鳴黒、それが新たな俺の名前だ。名字からして『緋弾のアリア』の吸血鬼(ブラド)の元に生まれたかと期待してみればそうでもなく親は普通のサラリーマンだったというオチの名前。つーか黒ってなんだよ『黒』って。犬か猫じゃねーんだぞ息子は、と名前を聞かされたときに真っ先にそう思った。

 

「……有りません」

 

 高二の個人面談でそう言ってみれば、

 

「お前明日もここに来い」

 

 と言われた。

 なんでだよ。アンタに俺の将来の何が関係があると叫びたかったが、我慢した。

 今の時代、適当な大学に進んで会社に入れて定年退職出来るってだけで十分高い目標だろうが……。そんな世の中にドップリ浸かった人間に何を言おうと無駄ではないのか。だが、そんな精一杯の俺のイメージは担任に通じなかったらしく、そのまま却下された。何となく去り際に振り返ってみれば、担任は俺の提出した白紙の進路希望調査用紙を丸めてゴミに捨てていたのが鮮明に記憶に残っている。

 こんなものか。

 仕方無いので鞄を持って職員室から出て、すでに暗くなっていた空を見上げながら校舎を出て家に帰る。

 

 歩いて三分の部屋に帰り、鞄を居間に放り出す。

 それからさっそく俺は自分の部屋(というか俺しか住んでいないためそんな部屋はあるのがおかしい)に閉じこもり、机の上に二段に並ぶパソコン八台(・・・・・・)を立ち上げる。

 コレが、学校では問題児(モンスターチャイルド)と痛々しく言われながらも、現実を見ていないと同級生に謳われてながらも、テストでは常に高得点をたたき出す今の俺、――『(クロ)』の現状である。

 

「さてと、今週も始めますかね……。カップ麺準備良し!ペットボトル準備良し!後タオルに湯沸かし器にクーラー等々準備良し!それでは――

 

 ――それは。 

 

――週末三日間ぶっ通しネトゲタイム!!」

 

 二度目の人生において最初は高い理想を掲げて勉強やその他諸々に全力を挙げて頑張りながらも、中三の頃に折れてふとオンラインゲームに手を出してしまった()――否。

 伝説的プロゲーマーの一人、『(くろ)』の実体だった。

 

「あー、真面目に学校行ってるだけあって色々とこっちはハンデ付けてるってのに!容赦ないな他の有力プレイヤー(廃人共)は!」

 

 学校の姿とは一転、彼は制服から着替えることなく椅子に座り込み、三つの画面で別々のゲームを立ち上げ、それらのランキング表を見ていた。

 その全てには共通して、『(くろ)』の名前が載っている。

 

「こっちは最低限は学校行ってるんだぞ!お前らに比べればまだ優良児だってのに!良いよなお前らは昼間もゲームに費やせるんだから!」

 

 

 《ヨツンヘイム・オンライン》今月プレイヤーランキング第二位、『(くろ)』。

 

 《BLADE BLAZE―ブレイド・ブレイズ―》総合ランキング二位、『(くろ)』。

 

 《極・三国志無双大戦》プレイヤーランキング第二位、『(くろ)』。

 

 

 それ以下を寄せ付けない、絶対的な成績を以て第二位にその名が刻まれている。

 

 不動の第二位、『(くろ)』。彼は、画面内の世界(オンラインゲーム)ではそう呼ばれる存在だった。

 世界最強のプレイヤーであり、三〇〇近くのオンラインゲームで頂点に立つ『  (くうはく)』に継ぐ伝説のプレイヤーである。

 その名前のない名前欄(くうはく)を見つめ、黒は呟く。

 

「もうホントに此奴らなんなんだよ……チートじゃねぇのは分かってるんだが」

 

 『  (くうはく)』。彼に敗北の二文字はなく、どのような状況でも勝利を手にする世界最強の存在。

 転生した後に散々努力し、周囲からは目を離されるどころか逆に排除されるほどまでに成長した『(クロ)』が勝利を手にすることの出来ない、唯一無二のプレイヤー。

 

「さて、此奴らは今どこにいるんだ……」

 

 手元に引き寄せた画面と同じ八つのマウスを動かして、『(クロ)』の名で様々なゲームへとログインしてはログアウトを繰り返し現在彼がログインしているゲームを探す。

 

「――お、いたいた。今は何々……四つのアカウントで無双中か。何やってんだか」

 

 やっと見つけたかと思えば、あるゲームで四対二百の対戦をやっていた。……馬鹿か。だが、その馬鹿と同じようなことをやっているこっちも相当馬鹿と言える。そんなことを考えて黒は画面に映る彼らを見つめながら苦笑した。

 

 ちなみに四つのアカウントと言ったが、彼らは皆『  (くうはく)』が操るアカウントだ。見れば分かる、観戦モードで部屋を覗けば全員が常人には有り得ない動きで相手を翻弄しているのが画面に映っている。あれは空白もしくはこちら(クロ)にしか出来ない動きだ。

 

「さて、と。乱入可能の設定だし、俺も乗り込みますかなっと」

 

 装備を調え、『  (くうはく)』に敵対する方へと乱入する準備を整える。

 

「ここからは(クロ)の出番だな。(くろ)は一旦お休みだ、アカウントは……確かこいつとこいつと、こいつだな」

 

 他の画面で三つのアカウントでログインし、その全員の状態を確認する。

 

「問題は無いし、時間制限は後十分。ライフは一。良し、行こう」

 

 足下にマウスの二つを持っていき、靴下を脱いでタオルで拭き足をその上に乗せる。

 

「さて、今日こそその首取ってやるぜ『  (くうはく)』ッ!!」

 

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 

 同時刻、日本の何処か。

 

 たった数畳の部屋で過ごす二人がいた。

 その内の一人はカップ麺をすすりながら足で二つのマウスを動かして、もう一人は両手でマウスを動かしている。どちらもそれぞれ二つの画面を見つめている。

 その中に映るのはゲームならではの中世風の衣装を纏った計四人のプレイヤー。

 

「おいおい狡いぞ妹よっ!俺は三日も飯食ってねえのに一人で食うなよぉ!」

「……にぃも、食べる?カロリーメイト、あるよ」

「今食ったら死ぬだろ分かってるなら早くお前もしてくれぇ!」

「……しろ、もう眠い。ちょっと寝る」

「俺に四肢で四キャラを動かせと!?何という無茶ぶりをぉぉぉぉおい本当に寝るなよッもう仕方ねぇなああもうわかったよ俺一人でやったらぁっ!」

 

 五月蠅くわめき散らす目元にクマを作った黒髪の男子が、白く長い髪に顔を隠した女の子へとわめく。その声に構わず彼女は近くのゲーム機を枕に寝ようとするが――

 

「っつうぉッ!白、(クロ)の奴が来たぞ!」

 

 男の子の悲鳴のような叫び声で、咄嗟に跳ね起きる。

 

「……ほんと?」

「ホントホントマジだっての!見ろよこのアカウント!全部知ってる奴だろ、(クロ)の持ってる奴!さすがにここに来てアイツの相手は一人じゃ無理なんだ手伝ってはくれまいか愛しき我が妹よォォォォ!」

「ん、分かった。さすがににぃも、今の状態じゃ(くろ)の相手は無理」

 

 兄――(そら)が足下のマウスを妹、白に渡す。すぐに白はそのマウスを取って画面へと集中を傾けていく。

 

「――来た。三時と七時の方から二手に別れてきてる」

「白は三時へ行ってくれ!俺は七時へ行くから!」

 

 『(くろ)』。自分たち『  (くうはく)』の名を脅かそうとする唯一無二のプレイヤー。ほぼ全てのゲームで自分たちの下に張り付き、活動時間は基本平日午後四時から午前六時、休日は丸々というリアルは学生らしきプレイヤー。しかし、その限られた時間での無茶苦茶なプレイで第二位に名を載せてくる自分たちとはまた違うタイプの化け物だ。

 

「だぁぁもうチート使ってくる野郎より面倒な相手だ、んの野郎!」

「にぃ、それは相手にとっても同じ……愚痴言っても、始まらないよ?」

 

 画面の中では、計八人のプレイヤーが他のプレイヤーを置き去りにして想像を超えたゲーム展開を繰り広げている。元々いたプレイヤー達は置いてきぼりにされ、『  』と『■』

だけでゲームが進んでいく。

 

「クロてめぇさっさと死ねぇ!」

「……しぶとい」

 

 「  」に負けの二文字はない。今までも、これからもずっと。

 

 その絶対のルールを課している二人は、今回も負けるわけにはいかなかった。ゲームの中で刻一刻と時間が迫る中、彼らは死にものぐるいで(クロ)を殺しにかかる。

 

「あっ、ちょっとそれはないだろクロ!っち、こっちがちょっとやばくなってきた!白、そっちはどうだ?」

「もうちょっとで終わる……ッ!これで、最後ッ!」

 

 ピロンッ!――白の画面で、ついに(クロ)の二人が倒される。白もHPは既に危険域に入っているが、移動中にそれを回復しつつ兄の元へと向かう。

 

「クソ、白の方が死んだら少し動きが良くなってるぞこいつ!」

「にぃ、耐えて。もうちょっとで着くから」

 

 空の方での四人が互いのHPを凄い速さで減らしていく中、空が操る二人は一旦回避行動に集中し白がくるのを待つ動きに入る。

 それを分かっているらしく、(クロ)の方も急ぎ空の首を狩りに急ぐようになる。

 

「3,2,1,0……とーちゃく、ですっ!」

「よぉっしゃぁぁこれで勝てる!サンキュー白愛してるぜ!」

 

 

 

 空と白、二人の操るプレイヤーが(クロ)を撃破するのは――制限時間が終わる丁度その時だった。

 

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

「あー、また負けたぁ!やっぱ強いなあいつは……」

 

 リザルト画面では、相変わらず無敗の戦績を残す『  (くうはく)』が映っていた。これでチート無しだからホント恐れ入る。

 呆れた顔で画面を見つめる俺の耳に、五つ目のPC画面のアイコンが一つ点灯した証の音が届く。「  (くうはく)」だな、きっと。

 新たなマウスを取ってそのアイコンをクリックすると、一つのウィンドウが開く。

 その正体はただのSkype。コンタクトを取ってきた相手は――予想通りだった。

 

《クロ、あんなタイミングで乱入とかお前は鬼か》

《はっはっは、まあいいじゃないの。あわよくば初勝利をと思ってたんだけどねー》

《死ね。で、今から何処行くよ?》

《うーん、今日は金曜だし、ぶっ通しで全部やってみる?》

《ん、なんだ、もう金曜日か。週が過ぎるのって早いなぁ……》

《お前もしかして前の金曜日から時間の感覚無いのかよ!?ま、いつものことか……》

《丁度いまどっかでイベクエやってるとこあったし、準備運動にそこで一位取ってこいよ。俺はもう限界で、一旦落ちる。ガンバ。三時間したら起こしてくれ》

《りょ-かい。音量最大にしとけ、通知で起こしてやる》

《ああ、頼む。それじゃあな》

 

 それだけのコンタクトで、相手のアイコンがオフラインの灰色に変わる。

 

「さて、それじゃあ準備運動をしますか。確か勝利数がどーのこーのだったしすぐ終わるだろ」

 

 すぐさま空白の呟いたゲームを探し当て、そこにログインする。

 

 ――どうせすぐにアイツに一位もってかれるだろうけど、まあいいか。

 ――孰れは俺が、一位を取り、アイツに勝利してみせる。

 そうして、今宵も、(クロ)としての長い長い夜の幕が上がる。

 

「さあ、ゲームの始まりだ」

 

 

 これは、二人で一人の天才プロゲーマー『  (くうはく)』と、

 

 一人の天才プロゲーマー『(クロ)』、

 

 彼ら三人が繰り広げる、盤上の世界(ディスボード)と呼ばれる異世界の神話――

 

 

 ――その、『言葉に表せない』というような言葉で表せる――プロローグである。

 

 



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初手 勝利報酬は、異世界への片道切符

数多くのお気に入り登録、有り難うございます!
それではどうぞ。


 

 ――三日後。

 

「死ぬ……あー、もう限界、いい加減寝よっかなー……」

 

 我らが主人公、黒はと言えば――死にかけていた。

 

 目元には隈を作り、充血気味で血走ったような目が鬼のようになっている。

 その理由はと言えば、調子に乗って「  (空白)」と一緒に三日前から数々のオンラインゲームを渡り歩き、徹夜でPC画面を見つめているせいだった。――完全に、自業自得である。

 

《よう(クロ)!次は何処へ行く?》

《なんでお前は三徹で平気なんだ「  (空白)」……》

《鍛え方が違うんだよ》

《一日中ゲームやってることのどこがトレーニングだっての……》

 

 カタカタとキーボードを動かし、俺たちはチャットで会話を続ける。

 

《俺、もう、ギブ……三日間徹夜できるとかマジ調子乗ってました済みません寝させて下さい》

《寝させんぞクロ、こっちも眠い中やってんだから》

 

 実は空白は交互に睡眠を取っていたりするのだが――そんな事を知らない(クロ)は愚直にも彼らに付き合って起き続けていたのだった。

 

《ん、なんか変なメールが……ちょっと落ちるぜ》

 

 ――ピロリンッ!

 ん、こっちもメールだ。

 あっちも落ちてるようだし、こっちも今の内に溜まったメールの消化をするか。

 念のために中身を確認してから捨てている俺は、早速一つ目を確認して――

 

「……なんだコレ?」

 

 【――「(クロ)」へ】

 

 題にはそれだけが書かれていた。

 

 (クロ)に届くメールは決して少なくはない。数多くの挑戦状や取材依頼といったメールは毎日のようにボックスを襲撃してくるし、有り余るほどなのだが……これはどうやら違うようだ。

 中身を開けば、その中にはただ一文だけ――

 

【君は、生まれた世界を間違えたと感じたことはないかい?】

 

 そう書かれ、下に一つのURLが貼ってあった。

 なんかの宗教勧誘のような文句に、末尾に国籍を表す二文字のないURL。後者は特定ページへ飛ぶための――ゲームへの直通アドレスであるのは分かるのだが。

 

「もしかして、これは……」

 

 

 ――これは恐らく、俺が長年待ち望んだ、運命の一通。

 

 

 ほんの少しのメッセージ、それが俺の記憶を刺激する。

 

 十六年を過ごした今世の俺、小夜鳴黒ではなく、前世の俺のもはや希薄となりつつある記憶が。

 ――どこで見たのか、聞いたのか。このメッセージは、確か……

 ドクンッ、と今までにない興奮の脈が俺の心臓を幾重にも重なる糸と成って締め上げる。血脈の動悸が増す。頭が沸騰しそうなほどに痛む。ここに至るまでの苦悩が全てフラッシュバックしたかのように、一気に身体に様々な感情が駆け巡る。それは歓喜なのだろうか。それとも憤怒なのか。それとも、また――悲嘆なのだろうか。

 自然と身体を動かし、カチッ。

 俺はそのURL上にポインタを持っていき、クリックした。

 現れたのは、

 

「……チェス?」

 

 普通の何処にでもありそうな、黒と白のチェック柄、八×八のチェス盤だった。

 

「チェスと言ったら……「  (空白)」が送ってきたソフトクリアしたの先週末だっけ。高度なプログラムがどーのこーの言った割に安っぽい内容だったんだが……」

 

 それは世界最高のチェス打ちであるグランドマスターをも完封した超が十個ほど付く無理ゲーだったのだが、タブレットPCにそれをダウンロードした(クロ)はそのルールを三回のゲームで理解し、容易く先手後手入れ替えて二十連勝して既に興味は失せていたのである。

 そんな彼からしてみれば、今画面に浮かぶチェスはただ面倒なだけなのだが――

 

「――確か、チェスは重要イベの一つ、だったはず……とりあえず、やるか」

 

 前世の記憶が強く心を、頭を揺さぶるため、とりあえず開始のボタンを押す。

 先手はこちら。手持ちの兵士(ポーン)をマウスでクリックして掴み、前に二マス進ませる。

 そうして、ゲーマー『(クロ)』としての意識が目覚めつつ、チェスが開始される。

 倒れそうな顔の顎部分を手で支えながら一手、二手とゆっくり考えながら手番を重ねていく。幸い、制限時間というものは今回無い。

 重要イベントだった気もするが、チェスで今更満足出来る相手がいる訳がない。

 勝てるに決まってる――最初のあたりは、まだそう思っていた。

 もう完璧に寝オチしようとしていた黒の目だが、ゲームが進み、手番が二十手目にさしかかった頃には――完全に(クロ)として目が覚めてしまっていた。

 

「なんだこれ……打ってるのはプログラムじゃない?」

 

 あのやけに難しかったチェスゲームでも最後は余裕で勝利できていた(クロ)だったが、今の盤面は――彼の操る駒の形勢が悪い方へと傾いていた。

 

 ――チェスは『二人零和有限確定完全情報ゲーム』である。

 それは偉大なるwikiにも載っていること。

 他にはオセロ、将棋などがあり、理論的には完全に相手の手を読み切ることが可能であるゲームの総称だ。

 

 ただしそれは、十の百二十乗という馬鹿げた数の盤面を全て記憶し、時々に応じてそれらを瞬時に適用出来るだけの処理能力を持つ場合の話。

 つまりは実際、意味のない総称だ。

 

 ――そう、唯二人、白と黒を除いては。

 

 白はそれらの盤面を全て把握しきれば良いと断言し、

 

 黒はただ覚えて後は直感だと断言する。

 

 事実、二人とも世界最高のチェスプログラムに二十連勝している。

 

 白はともかく、黒はふざけてるのかと思えるような内容だ。

 

 ――直感(Intuition)

 知識の持ち主が自身の知の領域で持つ、推論など論理操作を差し挟まない直接的かつ即時的な認識。

 白のように合理的かつ分析的な思考の結果に知識が論理的に介在する認識とは異なっており、意識せずとも正しい認識に至ることを指す。

 その見解に至った理由を即座に完全には説明できないが、時間をかければ、その直観が有効である理由をより組織化して説明するべく論理の繋がりを構築することで、直観を合理的に説明することはできる。

 

 そうして、一秒で二億局面を見渡す相手に。

 (クロ)の頭は、わずか0.1秒で最善の手を得て打ち返し勝利を収めることができる。

 当然ただ見ただけで覚えられるようなものではない。黒は努力を重ねに重ねてその域に至ったのだった。と本人は思う。

 その頭が、現在、驚くように目を見張っていた。

 

 プログラムは基本最善手を打ち、チェスは最善手を打ち続ければ最悪引き分けで終わる。

 だが、今回の相手は一見悪手に見える手を織り交ぜながら、巧みに勝利を狙いに行く。

 プログラムでは、ない。

 

「……今更、人の頭で(クロ)に挑む奴がいるとはねぇ……」

 

 ――面白い。

 

 (クロ)と渡り合える者が「  (空白)」のみになって久しい今日この頃。

 数多くの者が遊戯(ゲーム)で挑み、そして散っていった。

 そして、今日。

 久々に自身を倒す可能性のありそうな強敵に出会った。

 

「こいつなら、本気(クロ)と渡り合える」

 

 数日酷使させた自身の頭が、再度覚醒を始めるのが分かる。

 盤面を素早く見渡し、自身の頭に積もりに積もったチェスの記録の全てを組み合わせながら当てはめていく。

 

「――ここからが、ゲームの始まりだ」

 

 若干決まり文句になったこのセリフが、自然と口をついて出る。

 (クロ)として目覚めた瞳が、画面の向こう側にいる者を見透かすかのように全体を見据えた。

 その目には、画面の向こう側でクスッと笑うトランプ柄の純粋な少年が笑ったかのような姿が映った。

 そんな、気がした

 

 

 

 

 ――持ち時間などないその勝負は、なんと、わずか三時間で決着が付いた。

 三時間――ただし(クロ)の手番は常に0.5秒未満。判断に0.2秒、駒を動かすのに0.3秒。

 実際はそのほとんどを相手が使い尽くしていた。

 それでも、相手の手は(クロ)に時間が過ぎるのを忘れさせ、脳内麻薬で限界まで加速された(クロ)の脳内時間が丁度五日目終了を迎えた頃――

 待ちに待った音声、

 

《チェックメイト》

 

 味のないその無機質な音声が、スピーカーから放たれた。

 

 勝ったのは――(クロ)

 

「――っはぁ、はぁ、はぁ、はっ、はっ、はっ、はぁー」

 

 途切れた緊張感と共に、黒の全身から汗がとめどめなく流れ出す。全身の細胞が発汗作用すら忘れ勝負に全集中力を傾けていた久々の苦戦に、息を切らしながらも、黒は笑いを浮かべていた。

 

「中々面白い勝負だったぜ、どっかの誰かさん。今時ここまで勝負出来るのが、「  (空白)」以外にいたなんてな。世界は広いぜ」

 

 手元のスポーツ飲料に手を伸ばし、PCの発する熱で温くなったそれを一気に飲み込む。

 

「一体何者だ、お前……」

 

 とりあえず、次のメールを待ってみるが……来ない。

 

「おいおいおい、勝負だけして負けたからキレたとかじゃないだろうな?」

 

 ここまで自分と戦える相手、せっかくだから「  (空白)」にも紹介したい。

 

 ――だが、そのまま三十分待っても、メールは来なかった。

 

「ちっ、そうかよ。……もういいや。一旦疲れたとこだし、アラームセットして寝るか」

 

 PCの目覚ましソフトをセットし、音量を最大にセットして机に突っ伏して俺は寝た。

 

 

 

 

 ――ピロリンッ!!!

 

「のわっ!?なんだなんだもう六時間経ったか!?」

 

 耳に届いた大音量の音が頭を刺激して目が覚める。

 だが、目に入った時計の時間は、丁度あれから二時間半たった頃だった。

 

「……ん?新着メール?」

 

 ……たった一通のメールのためだけに目を覚ましたのか、俺。

 寝起きの頭を悪い意味で刺激したそれを、中身を開くことなく廃棄しようとした――メールが勝手に開いた。

 その中身は、先ほどまでゲームをしていた相手から。

 

【お見事。それほどの腕前なら、さぞ世界が生きにくくないかい?】

 

 ――その言葉で、俺の後悔や怒りといった負の感情が、一部分だけ解き放たれた。

 

 

 

 

 ――彼が座るのは、同級生や先生から隔離された、教室の端に浮いたように置かれた不思議なほど傷一つない新品の机と椅子。

 ――周囲には誰一人として近寄ることはなく、その停止した空気が入れ替わることはない。社会という壮大なゲーム盤において、ただ、誰よりも強すぎたために、はじき飛ばされた一人のために作られたスペース。

 そこが、俺がいられる唯一の外だった。

 ――たった一人、側にいてくれた彼女はしばらくして消えてしまった。

 

 悲しい記憶が頭を過ぎる。

 生まれつき、十六年という人生の六分の一の記憶を持って生まれた黒。

 彼を理解してくれる者は誰一人としていなかった。

 親は彼を愛し、信じたが、理解だけはすることが出来なかった。

 教師は生徒(・・)として彼を信用し、親身になって扱ったが、一人の人間として見てくれることはなかった。生徒として必要な成績や進学の心配はするものの、教室で孤立した一個人としての彼を扱うことはなかった。なぜなら、天才なら一人で十分だろう、と――。

 

 

 

 

 

「生きにくい?――場所もないのに生きるもクソもないだろうが」

 

 そのままそっくりキーを叩くように打ち込んで返信すれば、一瞬で答えが返ってきた。

 

【君はその世界をどう思う?楽しいかな?生きやすいかな?】

 

 こちらも考えることなく、(クロ)として打ち込んだ。

 ――言うまでもない。

 

 この世界は、《ゲームしない者こそ最良の結果を得るゲーム(No game is best life)》――すなわち、クソゲーだと。

 

 ルールも目的も個人個人の気分次第。

 ゲームマスター気取りの者は下克上を許すことがないように下の者を法律(ルール)で雁字搦めに縛り上げ。

 勝ちすぎれば同じプレイヤーから制限をかけられ。

 負けすぎれば同じプレイヤーの踏み台にされる。

 逃げれば、臆病者だと罵られる。

 生まれたときから既に、勝者と敗者が決められており、誰もがルールに従うくらいならルールそのものを無断で変えるという――終わりのなかった、この世界のことを考えれば。

 そもそも転生などしなかった方が良かったのかもしれない。

 

「しかし、こいつ、どんどん人の胸を抉る奴だな……」

 

 再度、メールが届く。

 

【もし、“単純なゲームで全てが決まる世界”があったら――】

 

 ……それは。

 

【目的も、ルールも明確な盤上の世界があったら、どう思う?】

 

 もし本当に、そんな世界(ルール)があるのなら、俺は。

 

「――俺は選択を間違えることなく、その世界を選んだかもしれないな――」

 

 最初の文言を皮肉るように、そう打ち込む。

 

 刹那。

 

 パソコンの画面にノイズが走り。

 バンッという音を皮切りに、全ての音が消えた。――ただ、メールを表示するPC画面のノイズ音を除いて。

 

「――もしかして、これって」

 

 黒の額に、一筋の冷や汗が垂れる。

 

 今の彼が感じているのは、あの時(・・・)と同じ。

 かつて、人生のやり直しを定められたあの白い部屋と同じように、どこまでも無機質な空間が浸食してくるかのような感触。

 

 それと合わせて、今までのメールのやりとりを考えると――

 

 俺の腕を、がしっと誰かが掴む。

 その腕は、パソコンの画面から生えてきていて。

 

『僕もそう思う。君たち(・・・)は、まさしく生まれる世界を間違えたってね――!』

 

 少年のように細い腕は、健康的な高校生でも抗えないほどの強烈な力で以て、黒を引きずり込む。

 

「ちょ、ちょっと待て――」

 

 咄嗟に、近くに置いてあった非常用アイテムを詰め込んだ鞄を捕まれていない方の手で掴もうと動かす。

 

 鞄の取っ手に手が触れたと同時に、黒は、画面の向こう側へと引きずり込まれた。

 

 

『ならば僕が生まれ直させて上げよう――君たちが生まれる(・・・・・・・・)べきだった世界に!(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 次に俺が見たのは――三日ぶりの、太陽だった。

 だが、それを確認すると同時に、自らの身体を別の激しい感覚が襲っているのも頭が感じ取る。

 それは――浮遊感。

 慌てて周りを確認してみれば、そこは、上空だった。

 つまり、今、黒は――落ちている。

 

「「うぉおおあああっ!?」」

 

 自身の声と重なる別人の声を聞き、そちらを見てみれば、後二人の人間が一緒になって落ちていた。

 

「な、なんだってんだよぉぉっ!」

 

 その背後に見えるのは――蒼天に浮かぶ巨大な島、赤いドラゴン、そして、地平線の彼方に聳え立つ巨大なチェスの駒。

 

 つーか、いやいやいや、それよりも。

 このままだったら、死ぬじゃねぇか!

 

 そう確信して、覚悟を決めようとした俺の耳に、一つの声が聞こえた。

 

 

「――ようこそ、僕の世界へッ!」

 

 そちらを見れば、小学生ほどのカラフルな格好の服を着た少年が笑って一緒に落ちていた。

 ――僕の、世界?

 

「ここが、君たちの夢見る【盤上の世界:ディスボード】ッ!人の命も金も国境線も――この世の全てが単純なゲームで決まる世界!」

 

 それを聞いて、俺以外に落ちる二人の内の少女の方が、ささやくような、それでいて透き通るように響く、柔らかな叫び声を上げる。

 

「……あ、あなた―い、一体――誰ッ――」

 

 少年はそれを聞いて、さらに愉快そうに笑いながら、

 

「僕?僕はね、あそこに住んでるんだ!」

 

 遙か彼方、先ほどの巨大なチェスの駒がそびえる地平線を指さし、

 

「君たちの世界になぞらえて言うなら――神様ってことで」

 

 可愛げにそう呟いた。

 

「んなことよりもこのままだったら俺たち死ぬんですけど神様っ!」

「オイこれどうすんだよっ!地面が迫って――おおおっ、白ォォォォ!」

「――――――――――ッ!!」

 

 三者三通りの声を上げた彼らに、自称“神”は心底楽しそうに告げる。

 

「まあ、また会える時を楽しみにしてるよ。そう遠くないうちに」

 

 ――そうして、黒の意識は暗転した。

 

 

 

 

「ん、ああ……」

 

 背中から伝わる僅かな湿り気と鼻をつく清々しい空気。

 久々のその感覚に気がつけば、黒は地面に倒れていた。

 

「どっこらせ、っと」

 

 服に付いていた少量の土を払い、起き上がる。

 それに続いて、側に倒れていた二人も起き上がる。

 

「う、うーん……一体何が起きやがったんだ?」

「――変な夢、だった」

 

 彼らが立ち上がったのを確認して、声をかける。

 

「よう、お二人さん。大丈夫か?」

「ん……あ、さっき俺たちと落ちてきた……」

「ああ。気付いたらそこで寝てた」

 

 それだけ言って、相手方の兄らしき人物と俺は苦笑する。

 

「さて、とりあえず自己紹介しようか。なんせ、現実で会うのは初めてだしな。よろしくな、「  (空白)」」

「ああ、こちらこそ――「(クロ)」」

 

 互いに、名乗りもしない内から相手の名を言い当てる。

 なに、簡単な話だ。

 さっきまでのメールの文面に同じように反応し、自称“神”が言ったようにこの異世界に連れて来られる相手なんて――「  (空白)」と「(クロ)」は、自分たちの世界では互いに互いしか知らない。

 そして、お互いの名前を当てたところで、「  (空白)」が呆れたような感じで話し始める。

 

「なあ、妹、それに「(クロ)」。まずは言わせて貰おうか。俺は幾度となく、人生なんて無理ゲーだのマゾゲーだの思って来たが……」

「……うん……」

「ああ、同感だ。んでもって――」

 

 三人揃って息を吸い、ここにいない誰かに向かって呆れたように本音を吐く。

 

「「「ついに“バグった”……もう、なにこれ、超クソゲーぇ……」」」

 

 そして、再度、三人仲良く意識を暗転させた。

 

 

 

 

 

 

 ――こんな噂を聞いたことがあるか?

 

 余りにもゲームが上手すぎる者には、ある一通のメールが届く。

 

 本文には、短い文とURLだけが有り、

 

 URLをクリックして始まったゲームをクリアすると、嘘か真か、その世界から消えるという。

 

 そうして、異世界へと誘われる――そんな『都市伝説』。

 

 ……君はそれを、信じるか?

 

 



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第二手 イカサマと元王女とコミュ障ニート 

大変多くのお気に入り登録を頂き、感謝しています!
では、どうぞ。
イカサマなんかは想像で行っていますので、矛盾点があるかも知れません。
もしもあったら、報告をお願いします。


 ルーシア大陸最後の人類国、エルキア王国、その首都――『エルキア』。

 神話の時代は大陸の半分をも領土としていたその国は、今やその陰すらなく、首都を残すのみになっている。

 

 そんな都市の郊外の、宿屋兼酒場というRPGに良くある建物の一階で、二人の少女が周囲の観衆に構わずトランプを手にゲームをしている。

 その光景を酒場の外のテーブルから見つめるフードを被った三人は、対面上に座る一人の男にあそこの状況の説明を求めていた。

 

「なー、おっさん。あいつら今なにしてんの?」

「あ?あいつらは今、このエルキアの王位争奪戦をやってんだよ……つーかそんなことも知らないのかお前ら?」

「ま、俺たち、田舎から出てきたばかりで都会の事情にあんま詳しくないんだわ」

 

 彼女達がやっているのは、こちらと同じ《ポーカー》。

 そう、こちらも今正面の男相手に賭けをしている最中だった。

 

「人類種に残されてる数少ない領土での田舎って……そりゃもう遺跡じゃねぇのか?」

「ははっ、違いない。で、一体なんで王位をゲームで決めるんだ?」

「前王の遺言でな――『次期国王は余の血縁ではなく人類最強のギャンブラーに戴冠させよ』」

 

 ……まあ確かに、男が言うように、国境がゲームで決まる世界で領土が残り少ないなら。

 人類種最強のギャンブラーでないと、この国はそう遠くないうちに終わるだろう。

 

「へ-、国王さえもゲームで決めるのが正気なのか……」

「……ふぅ、ん……」

「『国盗りギャンブル』、国境線すらゲームで決まる、か……」

 

 青年は面白そうに、少女は感心そうに、少年は愉快そうに。

 それぞれの感想を漏らす。

 

「赤毛の方はステファニー・ドーラ。前国王の孫娘にして、遺言により王位を継げずギャンブル大会に参加してる。もう片方はクラミー、だったか?余りに強すぎてほとんどの相手が辞退しちまったんだ」

「大会のルールは?」

「総当たり戦。人類種(イマニティ)なら誰でも参加資格があり、名乗り上げてゲームをし、負ければ資格剥奪。そうして最後に残った奴が勝利だ」

 

 その内容に青年が、疑問を持つ。

 

「んなテキトーなので良いのか?」

「『十の盟約』に従い、互いが対等と判断すればかける者は一切を問わない。誰と、何時何処でどのようにして闘うまでが、国盗りギャンブルだからな」

「それを聞いてるんじゃないんだけどね……」

 

 再び酒場の中を覗き込む。

 

「……負け込むの、当然」

 

 少女が呟く。

 

「ああ、全く同感だ」

「右に同じ」

 

 青年、少年も同じ感想を抱く。

 ついでにポケットから四角いナニカを取り出し、彼女らの方向に向けてなにやら操作すると、パシャッと音が鳴った。

 

「――で、兄ちゃん、もう良いのかい?悪い手札を認めたくねぇのは分かるが、もう終いにしようや」

 

 そう言って、先ほどまで説明をしていた男がニヤリと笑う。

 

「フルハウス、悪ぃな」

 

 勝利を確信し、その先にあるものを虚空に見つめて、下卑た笑みが浮かぶ。

 ――が、札を持っていた青年は興味がなかったかのように、思い出したかのように応じる。

 

「あ、ああ。そういえばそうだったな。ほらよ」

 

 青年が無造作に手札をテーブルの上にばらまく。

 その手札を見た男の顔は、最初は余裕に満ちていたものの、札の内容を理解するにつれて、すぐに青く染まっていった。

 

「ロ、ロイヤルストレートフラッシュだとぅぅぅぅッ!?」

 

 最強の手札を、平然とした様子で揃えた青年に男が怒りに立ち上がり怒鳴る。

 どうやら納得出来ないようだ。

 

「イカサマじゃねぇかこの野郎!」

「失礼だなアンタ……根拠は何だよ?」

 

 それが当たり前であるかのように、青年の背後に立っていた二人が笑う。

 青年自身も、笑いながら立ち上がる。

 

「65万分の1の確率だぞ!?そうそう出るかッ!」

「今日がその65万分の1なんだろうな、運が悪かったなおっさん。じゃ、約束のブツを、頂こうか?」

「――くそっ!ふざけんじゃねぇ!どうせ手元に隠してたんだろうが!残りのカードを確認すりゃあすぐに分かるこった!」

 

 そう言って男は、青年と自身の手札を避けて山札を広げ始めた。

 ハート、スペード、クローバー、ダイヤ。それらが一から順に並んでいく。

 だが、

 

「なっ……マジ、かよ……ッ!?」

 

 男の出したフルハウスと、青年の出したロイヤルストレートフラッシュの十枚の位置だけが、綺麗に抜け落ちていた。

 

「そういうわけだ」

 

 青年が、飄々とした様子で手を出す。

 男が未練がましそうにその手を見つめるが、

 

「渡すモン、素直に渡してくれよ、な?」

「――ちっ!」

 

 空の一言に舌打ちして、男が財布、そして巾着を差し出す。

 

「『十の盟約』その六――盟約に誓った賭けは絶対遵守される。ごっそさん」

「……ありがと、おじさん」

 

 お礼を言って、もう用はないはずの三人だが――少年だけが、何故か、まだ男を見据える。

 

「おい、何かまだ用があんのかよ?」

「いや?俺たちの用はたった一つだけだったぜ?」

 

 目だけが笑っていない不気味な笑みで、少年が告げる。

 

「そう、あんたが賭けたのは“有り金全部”――その胸ポケットのふくらみと、ズボンの右の裾の分も、盟約に従って(・・・・・・)頂かないとね。ごまかせるわけ無いのに、往生際が悪いね」

「――ああもう、クソォッ!」

 

 男は胸ポケットを裏返し、ズボンの裾を破り、隠されていた貨幣を出した。

 

「毎度有りってね」

 

 その金を、少年が回収する。

 そして、今度こそ、三人は去っていった。

 

 

 ――……。

 

「……くー、にぃ、ズルい……」

「何でそうなる、妹よ?」

「白ちゃん、まあ気にしないで。金は手に入ったし、いいんじゃない?」

 

 ――そう、男の言った通り。

 ロイヤルストレートフラッシュなどという馬鹿げた手札が簡単に出るわけがない。

 あの手札を使うのは、自分はイカサマをしていると自白しているようなものだ。

 だがしかし、

 

「『十の盟約』その八、ゲーム中の不正発覚は、敗北と見なす……・つまり、バレなきゃいいって事だし」

 

 先ほど覚えたルールを、少年が確認するように呟く。

 

「発覚しなきゃOK、それを確認できたのも良い収穫だっただろ?」

 

 軽い実験をしてみたかとでも言いたげに、軽く腕を伸ばす。

 

「これで当面の軍資金も手に入ったし」

「……にぃ、こっちのお金分かる……?」

「分かる訳ねー。ま、こういうのは年長者に任せとけ」

 

 男には聞かれないように、三人は酒場兼宿屋の中へと入っていった。

 

 ちなみに、先ほどのイカサマのやり方を説明しておこう。

 やり方は至って簡単だ、トランプの山から予め必要な五枚を抜いておくだけ。

 男はテーブルの上にトランプを置いていたが、黒の目はその山の厚みがほんの少しだけ、トランプ五枚分だけ薄くなっているのを確認し、男がイカサマで金を巻き上げられるよう準備を整えているのが分かった。

 よって、イカサマ使う奴なら金を巻き上げても良いだろうと判断し、余り自身のテーブルに集中せず男が王位争奪戦に時折目を向けるその隙を盗んで黒が、一枚ずつ、着実に必要なカードを素早く抜いていったのだった。

 

 トランプが新品同様であったことから、男がそのトランプを買ったばかりで、必要な手札を抜いていたと言うことは推測できる。

 

 なら、抜いたカードは何なのか。

 

 ロイヤルストレートフラッシュは、先ほど言った通り、出せばイカサマをしていると証明するようなもの。

 

 つまり、ある程度確率が低く強い手札が狙われるこそが最も確率が高い。

 

 ロイヤルストレートフラッシュは65万分の1。

 

 ストレートフラッシュは7万分の1。

 

 フォーカードは4千分の1。

 

 そして、フルハウスは7百分の1。ワンペアとスリーカードというこの手札になって、確率が随分と落ちる。その次は5百分の1と同じ桁の確率。

 

 すなわち、ほぼ確実に勝て、なおかつイカサマだと疑われない手は、フルハウスと思うハズだ。ならば、こちらはその上を行けば良い。

 

 とは言え、買ったばかりで一度目のシャッフルで、他の席で交互の山から最初の手札を取る以上、余り混ざっておらず同じマークの数字が並ぶ札を交互に取る可能性が高いわけで、ストレートフラッシュ・フォーカードはまず有り得ない。

 

 なら、買ったばかりでは同じマークのJ、Q、Kの三枚と、A、2の二枚に別れているロイヤルストレートフラッシュの方がまだ出やすいだろう。というわけで、それを選んだのだ。

 

 また、買ったばかりでどうせまともにシャッフルなんかはしてないだろうと判断し、山札の厚みから位置を予測して抜いたら偶然上手く取れたって言うのもある。

 

 以上で、説明終了。

 

 ……ちなみに白の最初の発言にあったが、彼女は黒のことを「くー」と呼ぶ事にしたらしい。

 黒の方はといえば、「白ちゃん」である。

 

 

 なおも勝負の盛り上がるテーブルを目にして周囲が盛り上がる中、フードの三人はカウンターへ近づき先ほど巻き上げた巾着と財布を置く。

 中身を開き、青年が問いかける。

 

「なあ、これで三人分の部屋一つ。ベッドは二つ、何泊出来る?」

 

 マスターらしき人物はグラスを拭きながら、一瞬中身に目を向け、逡巡して。

 

「……この硬貨一枚で、一泊だな。食事は付く」

 

 が、その言葉の裏に隠れたかすかな悪意を見過ごす青年と少年ではない。

 少年が反論しようと開ける口を青年が手で押さえ、

 

「あのさ、こっちは五徹した後で初めてスカイダイビングして久々に死ぬほど歩かされてー、もうクッタクタナンデスヨー。『本当は何泊か』――さっさと教えて貰えないカナァ?」

「――なに?」

「さっきから俺らを観察していて、貨幣価値も分からなさそうな田舎モンなら金を巻き上げようと思うのは勝手だけどさ、嘘つくときは、視線、声のトーン、その他諸々気を付けた方がいいよ?人のアドバイスは素直に受け取りな」

 

 全てを見透かしたようなその視線で、相手を射貫く。

 相手は観念したように、「――二泊だよ」と呟くが、

 

「ほらまた嘘をついちゃったなー。んじゃ、間を取って十泊三食といこうじゃないか」

「なっ!?何の間を取ればそうなる!分かった分かった、三泊食事付き、本当だ!」

「あっそ、んなら五泊食事付きね」

「な――」

「客に暴利ふっかけてかすめ取ってる金さえあれば奢れるだろ?」

「ちょっ、なんでそれを――」

「あんた酒場のマスターでも宿屋のじゃないだろ?――バラすぞ(・・・・)

 

 さりげなく、しかし内容はえげつない一方的な交渉(暴論)する(押しつける)青年を酒場のマスターが冷や汗をダラダラと流しながら見つめる。

 

「あくどいな兄ちゃん……分かったよ、四泊三食だ」

「うい、サンキュー」

 

 そう言って青年はマスターから部屋の鍵を受け取る。

 

「三階に上がって一番奥、左の部屋だ。……名前は?」

 

 不機嫌そうにマスターは訊ね、フードの青年は答えた。

 

「ん……空白かな?」

「おい俺の名前はどうした」

「空白と黒をどう組み合わせろっつーんだよ」

 

 

 

 

 受け取った鍵を手の中で弄びながら、空は白の元へと戻る。

 

「ほーれ、妹よ。四泊飯付きゲットしたぜ。崇めろ――いや、何してんの?」

「どーやら白ちゃんはあのゲームが気になってるみたいだね」

 

 白が見つめる先では、まだ二人がゲームを続けていた。

 先ほどと同じく、赤毛の女の子は難しい顔をして手持ちの札を見ている。

 

「あの人、負ける」

「そりゃそうだ。それがどうかしたのか?」

「感情が抑え切れてない。ゲーマー失格、素人同然だ」

 

 あんなのじゃ、文字通りポーカーフェイスの相手に勝てる訳がない。

 感情は読みやすく、そもそも瞳に手札が映ってる。アウトだ――

 

「――あ」

「どうした空?」

 

 問いかける黒に、空は目を動かさぬままチョイチョイっと酒場の端を指で指し示す。

 空の意をくみ取って、顔を極力動かさぬまま目だけでそちらを見ると――

 

「……さすが異世界」

「怖ぇぇぇ……」

「……ん」

 

 三人が目を勝負に向けたまま、見た正体への感想を呟いた。

 

「この世界だからこそ、のイカサマか……まだ相手にしたくねぇな」

「――にぃ、顔負け」

 

 空がムキになって反論する。

 

「馬鹿言うな。イカサマは凄いかどうかじゃなくでどう使うか、だろ」

「……にぃ、アレに勝てる?」

「――しっかしやっぱここは本当にファンタジー世界なんだなぁ……実感湧かないどころか妙にしっくり来るのはなんだろな……やっぱゲームのやり過ぎか?」

 

 妹の質問にはあえて答えなかった空に、

 

「……愚問、だった」

 

 白が謝った。

 ――そう、『  (空白)』に敗北は有り得ない。

 ましてや今は黒がいる。負ける確率の存在自体が、消失しているに等しかった。

 

 そして、何故だろうか。

 特に意味は無く、むしろそれはルール違反だと分かっているのも関わらず、

 

「――おたく、イカサマされてるよ」

「――へ?」

 

 空が少女に忠告した。

 ゲーム中の他者の干渉は、どのような場合においても問題外。全てのゲーマーにとっての暗黙の了解、不可侵領域であり、タブーである。それを分かっていない空ではないが、どうやら少女は彼の心を動かす何かを持っていたらしい。

 

 俺たちは、ボーッと不思議そうに俺たちを見送る少女の視線を背に受けながら、三階へと上がっていった――

 

 

 

 

 

 鍵を使い、木製の板を簡易な金具で止めただけの扉を開く。

 ギシギシ音を立てる不安な床に、申し訳程度に置かれた椅子とテーブル。

 その奥には窓脇にベッドが二つ並べて置かれていた。

 その部屋に入り、鍵をかけ、そこまでしてようやく三人はフードを取る。

 Tシャツ一枚にジーンズ、スニーカーだけの、ボサボサの黒髪の青年――空。

 純白でくせっ毛の長い髪に隠れた、紅い瞳にセーラー服の小さな少女――白。

 白いワイシャツに緑のネクタイ、黒のズボンを履いた黒メガネの少年――黒。

 こちらでは絶対に見ることの無いような服装を、目立たせないように羽織っていたローブを脱ぎ捨て、空がベッドに突っ伏す。

 ポケットからスマホを取り出し――タスクスケジューラーの一項目をチェックする。

 

「『目標』宿の確保……『達成』、だよな?」

「……ん、良いと、思う」

「当面の間は、だけどな」

 

 確認してから、空は、心の底に秘めていた今までの愚痴をこぼす。

 

「あああああっつっかれたぁぁぁぁぁ……」

 

 目標達成までは決して言わないと誓っていた言葉を、ついに漏らす。

 

「マジ有り得ないでしょー久々に出た外でこんなに歩かされるとかないわぁ……」

 

 同じくローブを脱いだ白、兄の乗ったベッドの上に乗って窓を開く。

 そこから遥か遠くに見えるのは、ちょっと前まで三人がいた崖。黒のメガネ補正の視力でどうにかして見える程度だ。

 

「人間、やってやれないことはない」

「まさにそのとーり、俺らという現実を的確に表す言い言葉だ。しっかし、足腰もっと弱ってると思ってたが、結構歩けるモンだな……」

「……両足でマウス、使ってたから?」

「おーなるほど!一芸も極めれば万事に通ずってホントだな!」

「……誰もそんなの、想定してるわけが、ない……」

 

 そんなどーでもいい兄妹漫才を横に聞きつつ、黒ももう一つのベッドへと倒れ込む。

 「  (空白)」よりは身体を鍛えている黒でも、三日徹夜に大移動はさすがに精神的にキツいものがあった。

 手に持っていた鞄はテーブルの上に置き、両手を上に大きく伸ばして関節をボキボキと鳴らす。

 

「白ちゃんは寝ててもいいぞ、ここまで頑張ったんだから。そんなに眠たいんなら寝とけ」

 

 彼らの方を見てみれば、白は既に半分寝てしまっている状態だ。さすがに僅か十一歳の女の子は、幾ら天才と言われても、体力的にも精神的にも限界があったのだろう。

 表情こそ変わらないが、呼吸音、細かい身体の動作から、彼女の身体が限界なのを黒は読み取る。

 

「空。まずは当面の生活には困らないが……この後どうする?」

「今の状態じゃ、流石に正直なーんも思いつかないぜ。その辺は後々考えよう。今は一旦寝て、三人とも頭を働かせられるようにした方が良いんじゃないか」

「……それもそうだな、俺もさっきのトランプ相手でもう限界だよ。その前の盗賊はともかく、だがな」

 

 ――ここで話は一度、数時間前へとさかのぼる。

 空達三人が放り出されてすぐのところへと、二人は思考を飛ばすのだった。

 

 

 

 

「んで、自己紹介はすんだし、ここからどうする?」

「……思いつかない」

「装備が無いから野宿するわけにも行かない以上、日の落ちる前に街へは行きたい……・たどり着ければの話だけどな」

 

 二度目の気絶から回復し、さんざんあの自称神への悪態を吐き続けた三人はついにネタが尽きたらしく、疲労の中で一周回って頭に冷静さを取り戻していた。

 今は崖から離れ、舗装されていない道の端に座っている。

 

「……まず、二人には水を渡しておくよ」

 

 あの部屋から持ち出した鞄の中、そこから封の切れていない二つのペットボトルを出す。

 

「お、サンキュな黒。丁度叫びすぎて喉が渇いてた所だ」

「……ナイス、判断」

「まあ、こんなこともあろうかとッ!――って感じだ。とりあえずそれらはお前らにやるし、後数本あるが、後先考えて飲んでくれ。にしても、空、ここはRPGじゃなねーぞ」

 

 あの後、年齢等々を含めて改めて自己紹介をし、互いに下の名前で呼び合うことに決めた空、白、黒だったが、それ以後はただ道の側で神へ『ぜったい○いど』や『バニッ○ュ・デス』や『アバダケ○ブラ』などと延々呪いの言葉を呟いていただけだった。

 だが、それでは何も解決しないと思った最年長の空:童貞一八歳は崖から離れる事を提案し、近くに会った道の側に座ることを提案したのだった。

 その理由は、黒が想像したとおり、

 

「え、だってこういうのってRPGで言う『街道』だろ?待ってりゃ誰か通るかなーなんて……」

「完全に運任せじゃねぇか……」

 

 ゲームでの知識が通用するかどうかはさておき。

 

「さて、始めたばかりの主人公がすることと言えば『所持品確認』からだよな」

 

 空と白。

 それぞれのスマートフォン計二台、ポータブルゲーム機(通称DSP)二台、マルチスペアバッテリー二つ、太陽光発電充電器(ソーラーチャージャー)二つ、充電用ケーブル、タブレットPC。

 

「……サバイバルなめてんのか」

「無茶言うなよ黒!ゲーム終わってすぐにここに投げ出されたんだぞ、準備できる時間なかっただろ」

「……にぃ、時間あっても、無理」

「それに、そんなこというなら黒も出してみろよ!」

 

 黒。

 スマートフォン一台、薄型NPC一台、太陽光発電充電器(ソーラーチャージャー)一つ、イヤホン一本、ライトノベル三冊、飲料水三本、カロリーメイト四本入り六箱、タオル一枚、マッチ一箱。

 意外と物が在ることに、白が驚いた様に声を上げる。

 

「……くーは、まだマシ、だった」

「当面の危機しかしのげないが、無いよりマシだろ。本当は制服の上着も取って来られたら良かったんだが……片腕ではこれが限界だったしな」

「……すまんかった、黒。お前はまだまともだったんだな」

 

 素直に謝った空が、ケータイをいじくり回して続ける。

 

「電波は来ない、まあ当たり前として……白はスマホとタブPCの電源切って充電しとけ。クイズ用電子書籍から、サバイバル用マニュアルを使うかもしれん」

 

 兄の言うことに妹は素直に従う。

 こういう時は、兄の判断に従う方が良いと知っているからだ。

 

「黒は……PCの中に役立つデータが入ってるなら白と同じようにしとけ」

「オッケー。こっちもサバイバルに役立ついくつかの書籍データは持ってるしな」

 

 カチャカチャと弄り、コードをつなげる。

 

「それでも、今のままじゃ――百パー死ぬな」

「黒に同感だ。分かるのはスマホでは方角のみ、地理がね……白、周囲の地形把握出来ないか?」

「……無理。見た目だけならともかく」

 

 白に同意するように黒も小さく呟く。

 

「俺も、狭い場所ならともかく、どこぞの生徒会長よろしく声の反響での探索はこんな空けた場所じゃ無理なんだよな……」

「え!?黒そんなことも出来んのかよ!?」

「……驚いた」

「狭い迷路何かだったら、な。体力を大幅に使うけどなんとか行けない事もない。身体を使うゲームも息抜きにいいから、たまに行くんだよ……一人で、な」

「虚しいと分かっていても外へ出る……同志よ、無謀だな」

「ぼっち、乙……」

「お前らはいいよなー、二人で。万年ぼっちだぜ俺は。文化祭では陰を消して読書、体育祭では陰を消して読書、卒業式では名前を呼ばれれば誰もが『え、誰?』とこちらを見る……そんなぼっちで、俺は有り続けたのさ」

 

 ニヒルにそう呟く黒に、

 

「かっこよさそうに言っても、内容は残念だな」

「分かってるってのそんな事ォォォォ!!」

 

 空からの遠慮無い一言が突き刺さる。

 

「――誰か、来た?」

 

 そんな感じで三人虚しく現実を無視するため、自虐成分たっぷりの馬鹿話を繰り広げていると、どうやら人間がやってきたようだ。

 白がまず最初に気付き、それに続いて空、黒も彼らがやってきた方を見る。

 確かに彼らの目には、二足歩行する服らしき物を着た動物が近づいてきたのが映っていた。

 

「なあお二人さん、あの人達がまさかの人間ではありませんでした的なオチはないよな……異世界だし。――なんでそんな震えてんの?」

「あああはははは、な、何を言ってるんだね黒くん?おおおお俺は決して震えては――」

「――にぃ、にぃ、あんなに、人、怖い怖い怖い――」

「……ああ、そーいうことなのね」

 

 碌でもないフラグを立てようとした黒だったが、空と白の異常な様子に驚く。

 白の言葉でようやく理解したが――この二人、要するにちょっとした対人恐怖症だったらしい。

 黒と話せているところを見る限り、相手が少人数なら問題は無いようだが、多人数になると危ないらしい。

 さて、ここに来てどうしたもんかと黒はその頭を使って考え――

 

「――序盤のチュートリアルだとでも思えば良いんじゃない?あいつらは説明用NPC、そう考えろ」

「おおおおお――ああ、そういう考えなら大丈夫だ。あれはNPCあれはNPCあれはNPC――」

「……NPCなら、何とか大丈夫。くー、グッジョブ」

 

 白が額に流れた汗を拭き、黒にサムズアップする。

 先ほどまでの光景に素直にそのお礼を受け取れなかった黒は、苦笑いを返すしかなかった。

 

「で、空。俺の気のせいじゃなかったら、アイツラさ、盗賊(・・)だよね」

 

 近づいてくれば、ゲームのしすぎで近視になった兄妹にも細かいところが見えてくる。

 緑色の装束、走りやすそうな靴、『私は盗賊です』と言わんばかりの悪人面――テンプレートな盗賊そのままだった。

 

「あ、ああ……そうだな」

「目をそらすな、最年長。お前の発案だろうが」

 

 現実から目を背け下手な口笛を吹き始めた空に、黒はもう呆れることも出来なかった。

 下手したら死ぬ、その死への恐怖がガッチリと黒の心を縛りつけていた。

 とりあえず二人揃って白だけは護ろうと格好つけて前に出て見るも――片やニート、片や学生。無理ゲーなのは、誰にとっても火を見るよりも明らかだった。

 主人公の様に突然新たな力に目覚めでもしない限りは切り抜けられない。

 しかし、ゲームに運勝負などはないと考え、そんな偶然は端から信じていない三人。

 ――だが、近づいてきた彼らが言った言葉は、

 

「――へへ、ここを通りたきゃぁ、俺らとゲームしな」

 

 三人にとって、拍子抜けするものだった。

 咄嗟に顔を見合わせ会話する三人。

 

「――そういやあのガキ、『全てがゲームで決まる』って言ってたな」

「ってことは、これがここでの標準装備なのか……盗賊じゃねぇ」

「……あれ、盗賊なの?」

 

 すぐに三人は納得し、思わず笑ってしまう。

 ――自分たちの世界に比べれば、なんとも可愛い相手だろうか、と。

 

「てめぇらこの状況でよく笑えるなぁ!分かってるだろうが、ゲームを受けない限りは一歩も通さねぇぜ!ギャハハハハッ!」

 

 からかわれているとでも思ったのか、盗賊が笑う。

 ――自分たちが仕掛けるゲームは当然イカサマ、勝利は決まっている。今とは逆に悔しさに涙する奴らの顔を見るのが楽しみだ。

 

 とまあ、そんな彼らの心の中は当然空たちにはお見通しだったりするわけで、

 

「(多対少で、イカサマを混ぜ込み勝つ――そんなところかな)」

「(それが意味するところは、つまり――)」

「(――こっちには、ちょうどいい腕慣らしになってくれるってこと)」

 

 三人はぼそぼそと小声で呟き、逆に利用してやろうと考えていた。

 

「いいぜ、んじゃゲームしよう。だが、生憎持ち金は無くてな――そっちが勝ったら俺らを好きにして良い」

「……あ?気でも触れたかお前」

「その変わり、こっちが勝ったら、一番近いまでの案内と、持ちモンの一部譲渡と――この世界でのゲームのルール等々を教えて貰うってので」

 

 次から次へと、ゲーム脳を働かせ注文を重ねていく空。

 何しろこちらは全部を賭けるのだ、どんな要求をしたって問題あるまい。

 どちらが盗賊だか分からないほどのあくどい目をした空に、盗賊達は気付いて居なかった。

 そんな彼らには見えない場所で、黒は盗賊達にお粗末様とでも言わんばかりに手を合わせていた。

 

 




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第三手 盗賊VS黒と訪れた敗北者

数多くのお気に入り登録と嬉しい評価をしてくださり、ありがとうございました。
では、どうぞ。



 

 勝てると分かっているためか、散々要求を積み重ねた空。

 

「じゃ、黒。後よろしくな」

 

 全てを言い終えた後に、付け加えるように一言。

 しれっと、全責任を黒へと押しつけた。

 

 ――はい?

 

「……オイ」

「まあまあ良いじゃないか、黒。お前ならどうせ勝てる」

 

 相手がどんなゲームを使うのかすら分からない現在の状況で、空は黒に一体どう勝てと言うのか。

 前置きのないその言葉に、盗賊達までもが驚いた。

 

「ちぃっ……舐めやがって!使うのは、これだ!」

 

 そう言って盗賊達が取り出したのは、ある程度綺麗なトランプ。

 裏の柄がかなり複雑で、一見高価そうなイメージが伝わってくるが……黒の直感は彼に違和感を伝えてくる。

 何か仕掛けがあるのは明白だ。だが、その仕掛けさえ把握出来れば、逆手に取ることが出来る。わざわざ指摘する必要は無い。

 

「ルールは簡単、山札の上から一枚目のカードを当てる。たったそれだけだ。簡単な運勝負だろ?」

 

 ――盗賊達の笑っている顔を見る限り、どう考えても運勝負で終わるとは思えないが。

 それを分かっていながら、黒は細かいルールの確認に入る。

 

「ふーん、それで?二人が同じカードを指した場合はどうなるんだ?」

「そういうことが無いよう、お前が先に言え。俺たちはその後で十分、お前が指した以外のカードを予測する」

 

 ――ふむ、俺たち(・・・)、ね。

 微妙に力の篭もったその部分が気になったが、まあ気にしていても始まらない。

 さっさとゲームを始めるのが吉だろう。

 

「なら、さっさとゲームを始めようぜ。シャッフルするのは?」

「俺だ――と言いたいが、それじゃあ卑怯だと思うだろう?そこの目つきの悪い奴、お前がやっていいぞ」

「はいはいっと」

 

 盗賊がトランプの山を空に渡す。

 ――これで、相手の直接的操作によるイカサマは消え失せた。ならば、仕掛けはトランプの方にあると見るべきかな。

 黒のトランプを見る目が、『ただ見るだけ』の黒から『観察』の(クロ)へと変わる。

 

「それじゃあ、もう初めて良いか?」

「ああ――『盟約に誓って(アッシェンテ)』!」

「(え、何その中二臭い宣言――)――『盟約に誓って(アッシェンテ)』」

「んじゃま、適当に数回切るぞ。そうだなぁ、そこの盗賊さん、俺が二十回ぐらいシャッフルしたらストップって言ってくれないか」

「おう、いいぜ」

 

 指名した盗賊がにやつきながら頷いたのを確認すると、空は慣れた手つきで手早くシャッフルを始める。

 彼は曲芸のような、見る者を魅了する動きで札を混ぜていく。

 盗賊達は自分たちの勝利を確信しているためか、空の動きを珍しいものを見るかのように見つめるだけだ。

 それに対し、(クロ)は空の手元を見据えその一枚一枚を手早く細かく観察し頭に焼き付けていく。

 

 ――なるほど。

 

「――ストップ、だ」

 

 空が合図を頼んでいた盗賊が二十回を数え終わり、シャッフルを終えるよう告げる。

 黒の目に自信が浮かんでいるのを見た空が、大げさな手振りと共に山札の一番上のカードを柄を意図的に隠す(・・)ように構える。

 

「悪いが柄は隠させて貰うぜ?裏に仕込みがあるのはよくある事だし、イカサマだったら困るからなぁ?それでは黒、答えをどーぞ!」

 

 ――(クロ)の直感が指し示した答えは、

 

「スペードの2、だ」

 

 スペードマークが二つ縦に並ぶ、『2』だ。

 それを聞いて、盗賊達がニヤリと笑う。

 

「ほう、そう来るか。なら俺はスペードの3だ」

 

 彼が予測したのは(クロ)に近いスペードの3――これは果たして偶然なのだろうか。

 二人の予想を聞き、頷く空。その顔は黒と同じく妖しい笑みを浮かべている。彼もどうやら盗賊達の仕掛けを理解したらしい。

 

「両者それで良いか?なら、ご開帳と――」

「ちょっと待った!」

 

 空がカードを捲ろうとしたその瞬間、ふいに相手の代表者らしき一人とはまた別の盗賊が声を上げた。

 その声に、黒、空の顔がそちらを向く。

 

「「はい?」」

「言ったはずだぜ、参加するのは俺たち(・・・)だと……。つまり、ここにいる六人全員に参戦権があるってことなんだよ!」

 

 そんな無茶な。

 ……確かに彼らは『俺たち』と言っていたが、普通そんな明らかに後付の理由なんて、はいそうですかと納得出来るわけがない。

 

 

 ――それでも黒が浮かべたのは、余裕の表情だった。

 

「ああうん、別に良いんで、どーぞどーぞ」

 

 ――ゾクッ!

 

 一切の不安の色を浮かべず暗い笑みをたたえ続けるままの黒を前に、盗賊達の背中に冷や汗がつたった。彼らを襲ったのは、心臓を鷲掴みにするような冷たい目。

 

 ――いや、俺たちが負けるわけがない。この短時間で、仕込みを見抜けるわけがない。

 

 勝利の手段を持っている彼らは、すぐに黒のそれを虚勢を張っているだけだと考え直し、気を取り直して己らの予想を順番に告げていく。

 

「スペードのA(エース)だ」

「スペードの4」

「スペードの5」

「スペードの6」

「スペードの7」

 

 黒の予想に近い数を羅列していく。

 これも、偶然なのだろうか?――否。そんなわけがないのは誰もが承知の上だ。

 

「じゃ、今度こそご開帳と行くぜ――ッ!!」

 

 空がゆっくりと、右手で持った山札の上を左手で撫でるようにして捲る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに描かれていたのは――『スペードの2』。

 

 意味するところは、黒の勝利。

 

 盗賊達にとっては絶対に有り得ない結果が彼らの思考を止めるが、早速空は約束の品を渡すよう伝える。

 

「俺たちの勝ちだな。んじゃ、渡すモン渡してくれる?」

「んなっ、馬鹿な……なんで俺たちが!?」

 

 盗賊達は、未だ自分たちが負けたという結果を飲み込めていないらしいが――

 

「馬鹿?何言ってんの?完全な運勝負なのに?俺が勝っても可笑しくないじゃん?」

 

 あははっ、と(クロ)が完全に見下した目で盗賊達を見ることでトドメを刺す。

 

 当然、コレは運勝負(・・・)ということになっている。それを踏まえれば、誰だって勝てるゲームなのだから黒が勝ってもおかしくない。

 (クロ)の勝ちを否定するなら、それ則ち自らがイカサマをしていたという証明に繋がる。盗賊達が反論できるわけもなかった。

 

「それじゃ、頂こうか。『こっちが勝ったら、一番近いまでの案内と、持ちモンの一部譲渡と――この世界でのゲームのルール等々を教えて貰う』だったよなぁ?まず、持ちモンの譲渡って事で――下着以外の衣類、またそこに隠された所持品全て。――というか、君たちの持つ権利全てを頂戴しようか」

「「「「「「はぁっ!?」」」」」」

 

 盗賊一味が余りにも理不尽な要求に驚くが、

 

「何も間違っちゃいないぜ、俺は。ま、街に着くまでの案内料として最低限の衣類はやるし、その後は自由に行動して良いからよ。んじゃ、案内よろしくー。ちなみに反抗は出来ないようにしてるからねー」

「……くそぉっ」

 

 

 ――とまあ、思考を現在に戻して。

 

「にしてもアイツラ、ホント簡単な相手だったな空」

「ああ、イカサマを逆に利用されるなんてホント馬鹿もいいとこだ」

 

 当然、彼らはイカサマを使用していた。

 彼らの使っていたイカサマは、誰もがご存じ初心者用のイカサマトランプ。

 一見同じように見える裏面に、実は表の数字を読み取れる暗号が隠されているというアレだ。

 あの時、盗賊達の代表らしき人物の目は、確かに空によって隠された一番上の柄を捉えていた。

 その他の盗賊は、その彼が万が一間違えていた可能性を踏まえて近い数字を並べていっただけなのだろう。

 

 ――それでも、相手が悪かった。

 『  (空白)』と『(クロ)』は、例え相手がチートを使おうとも、原理的に勝てないゲームなら絶対に負けることはないのだから。

 

 盗賊のイカサマを逆手に取り、空がシャッフルしている間に、彼の上手い手つきのお陰で、動く五十二枚全て(・・・・・・)の裏面を完璧に把握した黒。

 

 後は、頭の中で数枚の裏面の違いを探り当て、その法則を見つけるだけだった。

 

 それと同時並行に、目に映る空の山札のカードの位置を全て把握し、最後の二十回目のシャッフルで上から五十二枚の順番を脳内で把握。

 

 空は盗賊達に見えないようにシャッフルを終えた瞬間札の柄を手で隠したが、黒の目にはもう関係無かった。

 

 盗賊達には分からなかったろうが、空のシャッフルにはキチンと規則性がある。それすら把握した黒には、もう目を瞑っていても勝てる勝負だった。

 

 そして、自らのカード――山札の上から二枚目のカード(・・・・・・・・・・・・・)を指定した。

 

 盗賊達の代表らしき人物も柄は捉えていたらしく、黒の指定したカードが山札の一枚目とは違うことを見抜いて笑った。

 

 ――だが、それを笑う者こそが、黒と空だった。

 

 空が捲ったカードは上から二枚(・・)

 

 全員の目に晒されたのは、盗賊が指名した通りのカードの、次のカードだった。

 

 黒とのアイコンタクトで、上から撫でるようにして二枚を綺麗に捲り取った空は、手が山札の上を通り過ぎない内に上の一枚を山札に戻し、あたかも二枚目を一枚目として捲ったように見せた。

 

 空は盗賊達の正面でこの動作を行ったため、カードの動きは手に隠され目には映らない。

 

 一瞬の希望を見せた後に絶望を見せる。

 

 イカサマ使いには十分な罰だったろう。

 

 ディスプレイ上のやりとりだけで互いの心の読み合い(・・・・・・・・・)にまで発展したゲームをする『  (空白)』と『(クロ)』にとっては、実に簡単なゲームだった。

 

「にしても、『十の盟約』ねー。もう覚えた?」

「――当然。ルール、面白かった」

 

 いきなり白が起き上がり、話し出す。どうやら目を閉じて休んでいただけで、黒と空の話はキチンと聞いていたようだ。

 

 【十の盟約】。

 それは、この世界の唯一神の定めた絶対不変のルール。

 白はアッサリ暗記し、空はスマホに入力し、黒は……とりあえず、余裕で言えるとだけ言っておこう。

 

 【一つ】この世界におけるあらゆる殺傷、戦争、略奪を禁ずる

 【二つ】争いは全てゲームによる勝敗で解決するものとする

 【三つ】ゲームには、相互が対等と判断したものを賭けて行われる

 【四つ】“三”に反しない限り、ゲームの内容、賭けるものは一切を問わない

 【五つ】ゲームの内容は、挑まれたほうが決定権を有する

 【六つ】“盟約に誓って”行われた賭けは、絶対尊守される

 【七つ】集団における争いは、全権代理者をたてるものとする

 【八つ】ゲーム中の不正発覚は、敗北とみなす

 【九つ】以上をもって神の名のもと絶対不変のルールとする

 

 そして最後に、

 

「――【十】みんななかよくプレイしましょう」

 

 九で「以上を持って――」としてからの、『十』。

 付け加えるように示されたそのルールが意味するところはつまり、――どうせ仲良くするの無理だろお前ら、という神様からの皮肉なわけだろう。

 

 ――一体どれだけギスギスした関係があったらそんなのをルールで決めるほどになるのだろうか。

 この世界をまったくと言っていいほど知らない三人からしてみれば、考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。

 

 無限の思考を中断させるために他の事を考えようとして、黒は身体が限界を訴えていることを思い出した。

 

「――ああ、眠い」

 

 そういえば、三人とも、数日徹夜したあげく昼間の大移動をしたためにもう体力が限界だった。

 黒も白のように横になってみれば、なるほど。一気に疲労感が襲いかかってくる。

 

「――毛布ぐらい掛けろっていつも言ってるのに。風邪引くぞ」

 

 空は白を気遣い、埃っぽい毛布だが、仕方なしにゆっくりと被せてやった。

 彼自身も横になり、寝息をたてる白の近くに背を倒した。

 黒はもう寝ようと目を閉じかけたところで、ふと思った。

 

(そーいや、こんな異世界トリップ系ファンタジーって、まずどう帰るかを気にする所なんだが……)

 

 ――自分を理解しない周囲。

 ――たった一人で存在することしか、許されなかった自分。

 ――仮想(バーチャル)の中でしか命を証明できない――世界。

 

「なぁ、黒。異世界に投げ出された主人公達は何で、あんな世界に戻ろうとしたんだろうな――」

 

 だから、空自身なんとなく思っただけのこの質問も、

 

「――そういう王道を辿る主人公が最も人気が出ると、出版社が考えるからさ」

 

 夢も無い一言で片付けてしまった。

 

 そして、襲ってきた睡魔に身を委ね――黒は、意識を落とした。

 

 

 

 

 ――コン、コン。

 

 控えめなノックの音で、黒は目が覚めた。

 

 普段耳元で大音量の音楽を流しても絶対に起きない特性を持つ黒が起きたのは、異世界に来て少々気が高ぶっているというのが大きな理由だろう。

 

 もう一度眠りたいという堕落心が俺をベッドに縫い止めようとするが、せっかくこの夜遅くに来た昼間の少女(・・)を居留守で追い返すのは失礼に当たるだろう。

 横のベッドで寝ている二人を極力起こさぬように立ち上がり、ドアの所へ近づく。

 

「はい、どちら様でしょうか?」

「ステファニー・ドーラと申します。昼間の件で、お話をお伺いしたく……」

 

 こちらからの問いかけに返ってきた声の主は予想通り、ステファニー・ドーラ。崩御した王の孫娘だった。

 

「はいはい、わかりましたよ。今開けます」

 

 ガチャリと鍵を開け、出来る限り音を殺しながら木製のドアを開く。

 その向こうには、昼とはかけ離れた、絶望を青い目に浮かべた表情の彼女が立っていた。

 

「……まあどうぞ。埃っぽい部屋ですが」

 

 このまま立たせておくのも何なので、部屋の中に招き入れる。

 決して彼女を襲おうとかそういうやましい心があるからじゃないんで、そこの所は分かっておいて貰いたい。

 

「失礼しますわ」

 

 手で備え付けの椅子に案内すると、彼女はそこに気品のある動きで腰掛ける。

 

「早速ですが、昼間の事は一体――」

「あーちょっと待ってくれないか?まずは本人を起こすし――起きろ空、お前に客人だぞ」

「んー、後三百分……」

「ふざけんなコラ、昼間の王女様だっての」

 

 そうささやくと、空は目を開けて起き上がった。

 目覚めたばかりでボンヤリとしていた彼の目が、ステファニー・ドーラを捉えるとハッキリと変化していく。

 

「――酒場の片割れが、こんな夜遅くに一体何用で?」

 

 どうやら昼間の事を思い出したらしく、空は彼女に用を訊ねる。

 

「――どういうことですの?」

「……いや、何が?」

「昼間の、事ですわよ……。言いましたわよね、イカサマされてるって」

 

 その一言に、寝ていたはずの白が答える。

 

「やっぱり、負けた……?」

 

 彼女のテキトーな返答にいらだったのか、

 

「ええ、負けましたわよぉっ!これで何もかもお終いですわっ!」

 

 ――なんでわざわざ火に油を注ぐような真似をするんだ、白ちゃん……?

 

 自分より幼い白に馬鹿にされ怒りに震えるステファニー・ドーラ。

 その彼女を眺め、またもやろくでもない笑顔を浮かべる空。

 

 

 

 この二人を目にし、またもや一騒動あるなと、黒は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 



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第四手 天翼種との読書

前回投稿時のお気に入り登録数は百件ちょっと。
今回投稿時――五百八十八件。
見たときは自分の目を一回疑いました。登録して下さった皆さん、ありがとうございました。

原作と違う点として、ここでジブリールを話に組み込んでいます。
では、どうぞ。



 ステファニーがブチ切れ、空が挑発し、黒が呆れ――どうしようもなくカオスな空間で、空がとりあえず一言。

 

「あー、今俺寝不足そんな叫ばないでくれると――」

「そんなの知ったこっちゃありませんわよ!」

 

 迷惑そうに耳に指で栓をする空を、全身の毛を逆立てて猫のようにこちらを睨み付けるステファニー。

 がたんと椅子をはね飛ばして立ち上がり、両手を机に押しつけている。

 どうやら、完全にお怒りのようだ。

 

「それでも今は深夜だからな、一旦落ち着いてくれ王女様。ほら、座って」

 

 黒が倒れた椅子を起こし、怒り心頭のお姫様に座って気を鎮めるよう伝えた。

 後で他の客から叱られるのは黒達であり、これ以上下手に騒がれるのは自分たちにとって困るのだ。

 ゲームで黙らせれば問題は無いのだが、しばらくここで過ごす以上、周囲の人間との関係がぎくしゃくした物になると後々面倒なのは元の世界で熟知している。

 

「あ、は、はい……失礼しましたわ」

「うん、そのまま深呼吸して――さてと。要件を聞こうか。どうせ、昼間のゲームで、何故イカサマを教えなかったか……だろ」

「……そうですわ。あの時教えてさえくれれば、勝てましたのに」

 

 ――【十の盟約】その八。ゲーム中の不正発覚は、敗北と見なす。

 つまり、バレさえしなければ。

 指摘・証明されなければ、どれだけイカサマを使われても文句は言えないのか。

 

 例え、魔法であっても。

 

 ステファニーの戦いの時に黒が目にしたのは、酒場の端にいたフードを被った少女。

 目に妖しい紫色の光を浮かべていた所から推測すると、恐らくあの女の子は魔法使い。それも、目線からして、クラミーという少女に味方する外部からの協力者。瞬きすらしていなかった。

 あの子のポーカーフェイスは大した物だったが、それは自分が絶対に勝てるという自信によるところが大きかったのかもしれないな。

 何にしろ、魔法の可能性が有る以上、早急にこの世界の情報を集める必要が有りそうだと考える。

 魔法が使えればイカサマの幅は広がるし、この世界でもっと上手く立ち回れるもしれないのだから。

 そう考えていた黒の心も知らずに、魔法の存在に気づくことなく敗北したステファニーは涙を流しながら小さく口を開く。

 

「お陰で黒星ですわ……もう私に、国王選定戦に参加する資格は在りません」

 

 一度でも敗北すれば、参加資格は失われる。

 つまり、彼女はすでに王女で無いに等しいということ。

 

「……それで、負けて、悔しいから八つ当たりに?」

 

 すすり泣くステファニー。それでも白は容赦なく、言葉の刀で心を斬る。

 

「――白ちゃん」

 

 ――頼むから、黙っていてくれ。火に油を注ぐな。

 それか、オブラートに包むという言葉を知ってくれ……そう言わずにはいられない黒。

 だが、黒がその言葉を口にする前にステファニーは怒りの赤に顔を染めた。

 再び怒りゲージマックスになった彼女が立ち上がろうとするが、黒は両肩を上から押さえつけることで何とか収めさせる。

 異世界で、ある程度話の通じそうなせっかくの相手なんだ。少しは友好的にいって、情報を引き出したいもの。

 

 空に白を注意するよう目で促すが――

 

「――ま、でも、白の言うとおりだ、人類が負け込むのも当然だぜ」

「――なんですって?」

 

 ――当然、彼はそんな性格ではない。黒の期待を当たり前のように裏切ってくれた。

 互いの仲が落ち着くことを願う黒の心を分かっていながら、白に続いて、空は平然と挑発する。

 

 ――何するつもりだ?

 

 ――まあ見てろって。良いこと思いついたから。

 

 互いの目を読み合い、空が何かしらの考えを持ってステファニーを挑発したことに気付く黒。恐らくこちらにとって有利な何かなのだろうが、

 

「あんなイカサマも見抜けず、その上で子どもに八つ当たり――超短絡的な思考には呆れを通り過ぎて敬服するぜ。コレが前王の子孫ってんなら、人類がここまで衰退したのもうなずける」

 

 ――なんで調子に乗るのだろうか、と諦め半分で溜息をつく。

 この兄妹、自分がどう言っても止まる気はないんだろうなと改めて感じた黒であった。

 

 黒は余り争いを好まない性格なので、口先だけで収まるものならできるだけそうしたいと思っている。もちろん、言葉が通じない単細胞生物(大馬鹿)なら拳を交えての肉体言語でOHANASHIするが……自分から挑発するような事はしない。

 

 否、そもそも喧嘩を売ってくれるような仲の人間すらいない。

 ……それが良いことなのか悪いことなのかはさておき。

 

 さてさて、白の目も得物で遊ぶ猫科動物の目になってるし――仕方無い。

 外へ出て、あの三人が頭を冷やすまでしばらく待っていようと黒は考えた。

 どうせ、“  (空白)”と“人類をここまで追い詰めた前王の血を引く者”の争い。(ステファニーにとって)碌でもない結果に陥るのは目に見えているのだから。

 

 

 

 

 心の中でステファニーに手を合わせ、宿屋でまたもや一悶着起こしそうになった三人を置いて黒は一人外へと出た。

 ふと夜空を見上げれば、未だ夜は明けておらず、暗い空で星々が瞬いている。

 星空に浮かぶ星の並びは一つとして記憶と同じものがなく、改めてここが異世界なのだと黒に感じさせる。

 

「あの調子じゃ、解決にはしばらくかかるかな……」

 

 女性が絡んだ口喧嘩というのは、中々収まるものではない。特に相手は異性、その上「  (空白)」の片割れである空だ。まともにあの空気が落ち着くわけはなく、彼女が頭を冷やすにはある程度の時間がかかるだろうと考えられる。

 

 ――つーか、肌寒ぃ。白いワイシャツだけでは心許ないし、できればどっか室内に入りたい。

 黒の所持金は、部屋を出る際に昼間の財布からかすめ取ってきた硬貨数枚。その中でも、あの中に数枚あった、宿屋で数日泊まれる程度の価値のある硬貨だ。

 数枚をポケットから取り出し、ジャラジャラと手の中で弄んでみる。

 宿屋に泊まれる長さを基準に元の世界と比較して予想を立てれば、しばらく過ごすには余りある金額だと思えるが――生憎と今はどこの店も開いてはいない。

 

 昨日一日の昼から夕方に移行した時間と自身のスマホの時間を照らし合わせてみて、この世界の時間は元いた世界と同じであると考えた黒。

 改めて時間を確認してみようとポケットからスマホを取り出せば、液晶画面に表示されている現在時刻はAM2:00――午前二時(・・・・)。鳴く子も黙る、異世界での丑三つ時である。

 幽霊なんかが出ても全くおかしくない状況だ。

 なんせ、黒達はこの世界に来た時にドラゴンというファンタジーで一般的な存在を目の当たりにしているのだから。

 そんな時間で、全ての店がひっそりと息をひそめ、休息を取っているのは当たり前であった。

 

「ったく、こんな中でしばらく待つのはやっぱ面倒だな……戻るか?」

 

 だがしかし、あの中に戻ると再び面倒事に巻き込まれそうで戻るに戻れない黒であった。

 

 

 面倒事の処理というのはその大概が口先三寸で丸く収まるものである。

 少なくとも、小学校の頃からその仲裁能力を買われ、常に学級の副代表(・・・)のポストで奮闘していた過去を持っている黒はそう考えている。

 

 ()代表、それは社会の縮図である学校において最も面倒で損な役回り。

 

 ――代表は例え頭があろうと無かろうと、人気のある生徒がなる。

 

 ――そして副代表は、人気があろうと無かろうと、頭のある生徒がなる。

 

 成績優秀の黒はその条件に適しており、その上授業中だろうと構わず、全員がどの役職に就こうかと仲良くぬるま湯に浸かって話す中では一人読書を続け、本人の耳にも紙の擦れる音しか聞こえない。

 全員が黒板に書かれた役職を着々と決めていく中で、自然と『副代表』の欄がその存在感を主張していく。

 最後に誰が名前を書き入れてないのかが担任によって確認されるが、その声すら耳には届かない黒は返事をしない。

 名簿と照らし合わされる事で黒の名前はようやく思い出され、担任は『そう言えば成績優秀だったな』と思いだし自然とそこに名前が入るのであった。

 

 実際彼はキチンと仕事をこなすし、何も問題は無かった。

 

 クラスで問題が起きれば責任をなすりつけられるが、社会人のように慣れた手つきで上手く有耶無耶にし、クラスの自主行動が滞ったらスムーズに動くように水面下で行動する。

 

 

 ――担任ですら見ていて気持ちの悪くなるほどの、学生とは思えない手つきで。

 

 

 やがて誰もが気味悪がり、恐れられたその存在は頭に定着されないようになり――

 

 

 そうして、黒は緩やかに社会構成から弾かれていった。

 

 

 そんな空気の仲で、黒は別にクラスのために動いていたわけではない。

 全ては平穏な読書の時間を得るためだけの、自己の利益のためだけの行動だった。

 何しろ、ちょっとでもクラスが滞れば全ての責任をなすりつけられ読書の時間が奪われるのだから、働かないわけにはいかない。そもそも役割分担を決める時間に読書していた自分の方が悪いのだ、文句を言える筋合いはない。

 

 ――ならば白のように学校へ行かなければ良いのでは?

 

 そう思う人もいるかも知れない。しかし、彼は一度も学校を休んだ日はなかったし、ある程度授業は聞いていた。ほんの数人程度だが、黒の役に立つ年配の先生の話などは重要だと思っていたから。

 それに、中学校までは義務教育である。

 黒は、義務教育は偉大なる先人達の作り上げた一つの成果だと信じている。教育を受けられるというのは世界的に見ればかなり幸福なことであり、かつて教育を受けられなかった先人達の努力の結晶であり、それを汚すようなことはしたくなかったのだ。

 

 

 随分と話がずれたが、つまりは、黒に口先でまともに渡り合える相手は一人もいなかったのだ。

 

 ――それでも、彼と同じように口の回る空相手で中々難しい。

 この世界に来てからの肉声での会話、チャット上の無声会話を含めて「  (空白)」の相手をするのは面倒なのだ。

 それに、黒にとってあのステファニーはまだ他人という認識であり、面倒事の処理を得意とするのでも、わざわざ今回の事に飛び込む気は無かった。

 

 そして現実に話を戻せば、過去の歴史を思い出したからか、黒は若干変なテンションになっていた。

 

「ハハッマジで笑えるぜ俺の過去――完ッ全に黒歴史確定じゃねぇか(・・・・・・・・・・・・・)

 

 だが、彼がその状態になったのは、決して昔の孤独がトラウマになったからではなかった。

 ――どーせ周囲から弾かれながらも水面下で着々とクラスのために尽くす俺とかマジ格好いいとか心の底で思ってたんだろーなー俺ホント痛々しいなオイ。

 単純に、ほんの少しだけ、そこらへんにある主人公キャラの動き的なものと自身が重ね合わせていたのに対し恥ずかしい想いを勝手にしているだけだった。

 

 馬鹿である。

 

 それに、彼は別に一人でいるのが寂しいと思ったことはない。

 

 彼に着いて来れない周囲は、どこぞの人外よろしく、ただの背景同然なのだから。

 

 そんな感じで変なテンションのまま街を歩いていると、ある一つの灯りが目に止まる。

 その光が漏れる先を見ると――周囲の町並みとはまた別格の、立派な建造物が黒の目に止まった。

 

「……なんだあれ」

 

 元の世界で例えるなら、黒が中学校卒業記念にアメリカへ旅行したときに見たワシントンD.C.の図書館。

 そこから、世界最大の、蔵書約一億冊を誇るものと同等の雰囲気――黒の好きな、本の匂いが感じ取れる。

 ――とりあえず、行って見るか。

 気を取り直して近くまで歩いていくと、建物の雄大さが改めて肌を通して感じられた。本の匂いさえしなければ、王城と言われても可笑しくないほどの豪華さが見る者の目を引くような素晴らしい美術品だと思われる。

 中に入ってみようと扉に近づいて見れば、手元の部分に小さく言葉が刻まれているのが分かった。

 書かれていたのは、

 

 【Here is my library.No Entry.】

 

 ……英語?

 突然の慣れ親しんだ言語の出現に、黒は戸惑うしかなかった。

 その意味は《ここは私の図書館です。立ち入り禁止》。それだけが書かれている。どうやら後から付け足されて書かれたらしく、それだけが浮いたように目に付いた。

 この世界は標準語が英語なのだろうか――にしては、話し言葉は日本語だったが……。

 意外な言語との出会いにちょっとした衝撃を受けたが、まあいいかと黒は結論づけた。図書館なら、入っても問題無いだろう。

 

 見た目の割には軽い扉をガチャリと押し開くと、目に入ったのは――圧巻の光景だった。

 壁の全てが数十メートルはあろうかという本棚という本棚で埋め尽くされ、それだけでなく空中に浮かぶ本棚すら存在する。それらの隙間を淡い輝きを放つ光球が漂う、神秘的な空間が広がっていた。

 まさに、本の聖域とでも言えるかのような暖かい雰囲気だった。

 その中をしばらく歩いて回っていると、とある一人の女性が一心不乱に本を読み進めているのが目に止まった。

 

 

 圧倒的な存在感を纏い、

 

 

 頭上には幾何学的な紋様を映し廻る光輪を浮かべ、

 

 

 白く輝く粒子を放出しながら広がる翼を腰から生やし、

 

 

 陽炎のように揺らめく髪は光を反射して虹のように輝く。

 

 

 その、この世のものとは思えない天使の様な美しさに、俺の目線は自然と引きつけられる。

 

 

 ――美しい。

 

 

 その一言だけが、黒の頭を満たした。

 

「――」

 

 どうやら、彼女は本を読むことに夢中になっているようだった。

 ――自分もゆっくり待ってみることにしよう。

 彼女の座る席の対面に空いている一つの椅子に、邪魔にならないよう、音を立てずにゆっくりと腰掛けた。

 

 

 

 

 ――数分後。

 手に持った分厚い本を読むのに一段落着いたらしく、彼女はゆっくりと頭を上げた。

 かなり本に集中していたらしく、黒が来ていたのに気付かなかったらしい。

 

「――ふー、やっとフィニッシュですね……ん?これはまた珍しいですね、来客ですか――フーアーユー?」

 

 薄く開かれた、水晶のように透き通った琥珀色の目が正面に座る黒を捉える。

 その目線から、射殺すような殺気が黒の肌を撫でる。この少女が発するのは、全ての生物に“生”を諦めさせるような質量を持ったに等しい殺気。

 到底初対面の相手に対して向けるものとは思えない殺気だが、それを瞳に向けられた黒は――その殺気を、済ました顔で流して笑い、彼女の問いに答える。

 

「……なんで英語?ま、My name is Kuro.Nice to meet you.――でいいですか?」

 

 黒が流暢な英語でそう返すと、目の前に座る彼女は驚いたように目を見開く。

 

「先鋭的で個性的な独自言語でしたのに、まさか先駆者がおられるとは……」

 

 かなりのショックだったようで、彼女は肩を落として嘆くようにそう呟いた。

 

「これ、公用語だから」

「うぅ……そうなんどすか?」

「何で今度はそんな言葉に切り替えるんだよ。頼むから、普通に話してください」

人類種(イマニティ)の古都由来の言葉なんやけど――これもお気に障りますか?」

「まあ、話しにくいんで。できれば最後のようにしてくれると助かります」

「……そうですか。滅多に来客がないものでして、たまには知識を披露できると考えたのですが」

「あはは……」

 

 

 

 

 しばらく気まずい空気が漂ったなか、天使の少女が停止した空気を打ち破るかのように立ち上がった。

 それから彼女は空中を滑るように図書館の奥へと消えていき、一人置いて行かれた黒がどうすればいいか迷っていると、しばらくしてお茶と茶菓子を載せた盆を手にして戻ってきた。

 どうやら彼女は、一応歓迎をしてくれるらしい。

 ティーポットからカップへと琥珀色の液体が注がれ、黒の前に宙を移動して置かれる。

 

「それで、か弱い人類種(イマニティ)如きがたった一人で何の御用でしょう?」

 

 彼女が人類種(イマニティ)じゃないのは感覚的に分かっていたことだが、いきなりの見下し発言には黒も面食らった。

 一応そこには触れず、黒は自身の話を切り出す。

 

「この図書館が開いているなら使いたいと思ってきたんですが……時間も時間、司書らしき貴方に確認を取る必要が有るかと思いまして」

「却下しましょう。ここは私個人の図書館、他人の立ち入りは禁じています」

 

 ――はい?

 

「……図書館って、え、ここ全体が貴方の図書館なんですか!?」

 

 見渡すかぎり本、本、本。黒の視界を埋め尽くすあれら全てが――彼女一人の所有物。

 

「はい♪喋ることしか脳のない猿から巻き上げたものでございます」

 

 喋ることしか脳のない猿――一応言語を発しているとは認めているんだな。

 黒も何気に人類種(イマニティ)に対して酷い暴言を心の中で呟いたが、間違っても口には出さない。

 

「――どうしても、閲覧を許してくれませんか?」

「はい。本は私の一部ですから」

 

 どうやら目の前の少女は本当に本が好きなのだな、と黒は悟った。

 彼自身も結構本が好きな性格なので、同じ本好きとしての匂いや先ほどまでの発言の重みから自然とそれが読み取れる。

 確かに、自分の本を見知らぬ人に見せたくないのは黒も同意見だ。下手に扱われて破かれたりしては溜まったものではない。

 それでも黒は食い下がる。

 

「それじゃあ、せめてゲームをしてくれませんか?こちらが求めるのはこの図書館で読書出来る権利ってことで」

 

 黒の提案を聞くと、ジブリールの目が細まった。

 

「――またまたご冗談を♪人の身一つで、私に挑まれると?」

「別に冗談のつもりじゃないんですけど」

「そうですか――しかし、この図書館の蔵書はほぼ全て私が集めたもので埋め尽くされております。知識を何より尊ぶ天翼種(フリューゲル)にとって、偉大なる先人達の知恵が詰まった本とは、命と等価であると胃って差し支えないほどのものであり――」

 

 一息ついて、彼女は黒に釘を刺す。

 

「――私に命を賭けよとされる以上、そちらが出す対価はなんでしょう?」

 

 先ほどとは一味違う圧倒的な質量を持った、殺気という名の剣を黒の首に突きつけたジブリールは、手に持ったティーカップを軽く傾けて口をつける。

 だが、一般人であれば気絶どころか失禁してしまうその殺気を受けても――黒の表情は一ミリたりとも歪まない。

 

「こちらが賭けるのは――異世界の書三万六千七百五十一冊、及びそれに関する完璧な補助知識でいかがでしょう?」

「ぶふ―――――――――――――――っ!?」

 

 先ほどまでの態度でくみ上げられたせっかくの威厳は何処吹く風、ジブリールは口に含んだ紅茶を余すことなく正面の黒に向かって吹き出した。

 

「し、失礼しました……はしたないところをお見せして」

 

 ちなみに黒は直感で察知して避けていた。

 テーブルにこぼれたお茶を丁寧に拭き取ってから、再度話を始める。

 

「……それで、さ、三万などと……どこにそんな本があるというので?」

「正確に言えば、俺の頭にある追加知識も含めて五万冊(・・・)近くになるんですけど……今は(・・)持ってきてないです。そのデータを収めたものが、今宿泊している宿屋に置いてあるんです」

 

 その黒の発言を聞いて、

 

「――嘘ですね」

 

 ジブリールは鼻で笑う。

 

「いや、ホントだから!?――そうだ、魔法を使えば分かるんじゃ?」

「……ちょっと待って下さいね」

 

 ジブリールは手元に魔法陣らしきものを浮かべて、軽く指で操作する。

 黒の頭に一瞬異物が入ったような感触が伝わるが、危害を加えようとする気は伝わらないので我慢してそのまま待っていた。

 しばらく手元の魔法陣を見つめたジブリールは、五分ほど動き続けるそれを眺めたところで消し去り、黒に向き直って結果を告げる。

 

「――どうやら本当のようですね。しかし、やはりこの目で見なければ信じられない性格でして、ゲームは後日行いましょう。その変わり、数冊なら閲覧を許可します。どのような書をお望みで?持ってきましょう」

「実は異世界から来た人間でさ、この世界の大体の形が分かる本ってのが欲しいんだ。できれば『十の盟約』の成り立ちなんかの神話が語られた本なんかはないの?」

「残念ながら、その神話が語られることは在りません。何処にもそれが記された本はないのですし、その時代を生きた私もさっぱり掴めていないのです。代わりに、この世界の現状を書いてある本をお持ちしましょう。異世界人というのも――本当のようですし」

 

 黒の心を見通すように目を覗き込み、彼女が手元で魔法陣を動かすと、宙に浮かぶ本棚から数冊の本が動いて黒の前に積み重なる。

 

「それでは、こちらをどうぞ」

「ありがとう」

 

 早速黒は、上の一冊から手にとって読み始めた。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 ジブリールは自身が読書を進める振りをしながら、突然の来訪者の観察をしていた。

 黒は今目の前で、ジブリールが取ってきた本を丁寧に扱って読み進めていく。かなりの文字があるはずの一ページをわずか二秒で読み進めていく。

 

「(人類種(イマニティ)にしては、不可思議な存在ですね……)」

 

 本来であれば、本に触れることすら叶わないはずの人類種(イマニティ)

 それなのに、目の前の存在は、いつも本に触れているかのように、優しく丁寧に本を捲っていく。同胞の天翼種(フリューゲル)からは全くと言って良いほど感じられない、本への愛情が感じ取れる。

 

「文法はラテン語系――述語は、漢文の倒置か――異世界で本と天使に囲まれるとかマジ天国……ん?何か用でも?」

「いえ、本を丁寧に扱ってくれる人類種(イマニティ)がいたことに驚いただけです。どうぞ続きを」

 

 その上、人類種(イマニティ)よりも遥かに格が高い戦闘種である天翼種(フリューゲル)であるこちらの動きを正確に感じ取る。

 ただの人間では、無いのだろうか。

 ジブリールの心には、この僅かな時間で、黒に対する親近感が湧き出ていた。

 ――さて、自分も本に意識を戻しましょうか。

 ジブリールも、先ほどまで読んでいた本の続きに目を落とし、少しづつ意識を沈み込ませていった。

 

 

 

 

 そして、数時間後。

 

「それじゃ、明日またここに本のデータを持って来ます。本日はどうも、貴重な知識を有り難うございました」

 

 全ての本を読み終えた黒が、満足した顔でそう感謝の意を告げた。

 意外と早くに異世界の知識を吸収できたのは好都合だったし、異世界の地で同じような本好きに出会えたことも含めて、黒は本当にジブリールに感謝していた。

 

 ――彼女なら、ただの背景のような周囲と違い、「  (空白)」と同じように自分たちの同じステージに立てるという期待も込めて。

 黒にとって唯の人間はモノクロの背景のようにしか映らない。なぜなら、居ても居なくても同じだから。それに対し、黒は、今回出会った彼女を「  (空白)」と同じく自分の世界に()をもたらしてくれるような存在だと捉えていた。

 

「ふふっ、意外と知識のある方なのですね。本を読めるなんて」

 

 この世界では、そもそも識字率自体が低い。

 実は勤勉家なのかと言外に訊ねるジブリールに、

 

「ま、一応話し言葉は通じていることから照らし合わせていけばちょっとした暗号を解くような感じでしたしね。ちょっとした頭の体操にもなりましたよ」

 

 ――と黒は答えた。

 黒は今回の読書を通して、

 その言葉でまたもや目を丸くしたジブリールは、何故か、本来見下す存在で在る人類種(イマニティ)らしき目の前の少年に、

 

「――自己紹介しておきましょうか。私の名はジブリール、偉大なる(アルトシュ)に創られし天翼種(フリューゲル)の一体。どうかお見知りおきを」

 

 対等な立場を認めた証として、自己紹介をした。

 彼女が自己紹介をしたことが予想外だったらしく、驚いた黒も自己紹介を返した。

 

「へえ……俺は黒。人類種(イマニティ)かどうかはさておき――異世界出身の人間だ。よろしく、ジブリールさん」

 

 外はいつのまにか明け方になっており、図書館を立ち去る空は朱色に消えていく。

 その背中を、ジブリールは無意識にしばらくの間見つめていた。

 

 

 

 

 ――宿屋に戻った黒。

 帰ってみれば、部屋の何処にも空と白、王女がいない。

 

「――あれ、全員いねぇ。何々……『王城へ行く。宿はキャンセルしておいてくれ。お前は明日来い』?」

 

 机の上に置き手紙が一つ、日本語でそう書かれていた。

 

 ……なにしたら王城行くことになるんだよ?

 とりあえず、常識外の行動を平然としていく空の顔を、一発殴りたくなった黒だった。

 

 

 



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第五手 人類種とは――

 長らくお待たせしましたが、ゲームは次回となります。
 期待していた読者の皆さん、申し訳ありません。

 なお、今回は過度に人類種を下にみるところが有ります。

 それではどうぞ。


 図書館から帰ってきて数時間後。

 

 実態は神殺しの兵器(ジブリール)との読書タイムとはいえ、『美少女の家(?)から朝帰り』という、童貞には到底有り得ない不可思議(ミラクル)を体験出来て幸せだったと思っている黒は現在――空の残していった伝言を怒りのままに破り捨て、ベッドに倒れ込んで足りない分の睡眠を補っていた。

 

「ったくよー、もー有り得ねーだろなんで異世界来て早速王城なんかに行かねばならんのだ一体何をしやがった空ァ……」

 

 枕に顔をツッコミながら、モゴモゴと空に対する愚痴を延々と呟く。

 魔王討伐目的で勇者として呼ばれでもしない限りは、一般人(?)である三人が王族などと関わるわけがないというのに、

 ――なんで王城に行く事態にまで発展するんだよ白ッ、空ァッ!

 確かに、何か企んでいるのは分かっていたのだが。

 堕ちるところまで堕ちたに等しい人類種(イマニティ)の拠点に行くことになるなど、どう考えても百害あって一利無しだ。

 

「そもそもアイツが余計な一言を呟いたせいで俺はこんな目に――なのに置いていくとかマジふざけてんのか――あんの野郎ッ」

 

 バンッ!――考えるだけで苛つく黒は、咄嗟に起き上がり、八つ当たりの如く枕を掴んで壁に投げ飛ばす。

 当然、放物線を描いて飛んだ枕は土壁へと命中し、床へと落下していった。

 息を荒げて枕を投げたらちょっとは頭が冷えたらしく、そのまま心を落ち着かせるように壁を見つめる。

 試しに壁の紐模様でも数えて無心になろうとしたところで――

 

「――血痕ッ!?」

 

 黒の目に、前まではなかった、壁の一点に時間が経って黒ずんだ赤い点――血痕が黒の目にとまった。

 

「え、ちょっ、なんで血痕なんてついてんの!?あいつら一体何したの!?」

 

 それは、空に理不尽な契約で縛られたステファニーが「認められるわけ、ないでしょーッ!」と叫びながら頭を打ち付けたことによるものなのだが……当然その場にいなかった黒はその由を知るわけもない。

 

 とりあえず、一体あの状況からどう発展したらこうなるのかを推測しよう――まるで解いてくれと言わんばかりのこの興味深い状況に、驚きながらも黒が目を変化させる。

 余計な感情を省き、物事の重要な点を見抜いてそれらを組み合わせていく(クロ)の観察眼へと。

 改めて部屋を見渡し、一見何の変哲もないこの中から物語のピースを抜き出していく。

 

「(――足跡――高さ――傷――出血量――)」

 

 二秒程度だろうか、壁から床に至るまで、全てを見透かすかのように現場を捉えていた黒い瞳が閉じられた。

 何も移らない黒い闇に、切り取られた視界の破片が映されては消えていく。

 視界に浮かび上がったいくつかの不審点が揃えられ、視神経を通して脳の中へと伝わり、黒の積み重ねてきた限りない情報の山に高速で照らし合わされていく。それぞれの情報から他の情報へと繋がる足を引き出し、それらを絡めて纏め上げる。

 

「――ああ、そういうことか」

 

 再度開かれたその目には、確信を帯びた光が爛々と輝いていた。

 たった数秒でこの不自然な現象の源を明かしたと考えるその顔には答えに自信を持っていることを表すように嬉々とした笑みが浮かんでいる。

 

「理由だけが、今一つなんだけどなぁ。後で聞いてみるか。それに、さっさと王城行って、ジブリールさんの所へ向かわきゃならないし」

 

 壁に立てかけてあった鞄を取り、伝言と一緒に机に置いてあった鍵を手にとって下の酒場へと向かう。

 

 既に酒場で色々していたマスターにチェックアウトすることを伝えて嫌な顔をされ――空が無理矢理ふっかけたのに一日でキャンセルされたからに違いない――、朝から酒盛りをやってる馬鹿共の間をすり抜けて外へと出る。

 

 

 帰ってきた時より日は上がり、現在時刻は六時半。

 昨日の時点で大体の地理を掴んではいたのだが、この辺りの細かい道はまだしっかりと理解していないために、黒は通りすがりの人々に道を尋ねながら王城へと向かっていく。

 盗賊達から奪ったボロボロのフードを目深に被り一人歩く黒の姿は道行く人々の目にはさぞ怪しく映ったことだろうが、口を開いたときに黒が優しい顔で尋ねると、ほとんどが素直に道を教えてくれた。

 

 だが、王城への道を尋ねた黒に対して、行く人々の皆が前王への嫌みをネチネチ呟くので、心の底で「(鬱陶しいな、やっぱり人間はクズが多い……)」と、着実に足を歩みを進めていきながら少々不機嫌になりつつあったのも事実だった。

 

 ――どこの世界でも人類は、他人の悪口を言うことだけは他に追随を許さないんだなー。

 異世界に来てまた一つのことを学んだ黒、彼の頭には未だ人類種(イマニティ)に対して“馬鹿”の二文字しか思い浮かんでいなかった。

 

「(ジブリールの言う、“喋ることしか脳のない猿”という表現もあながち間違っちゃいないかもな)」

 

 

 

 

 ――明け方の涼しい町中を進んで三十分。

 昨日の大移動に比べればかなり楽な距離を歩いて進み、さんざん話題で叩かれた先王の王城第二号(……一号は賭けで奪われ現在どっかの大使館らしい)に辿り着いた黒。

 大きな門の前に『十の盟約』のせいで無意味に等しいはずの槍――形式美、というやつだろうか――を構えた門番に、王城に来るよう伝えられた旨を話してみているのだが――

 

「ダメだダメだ、そんな話は聞いていない!」

 

 ――その一点張りで中に入れていなかった。

 黒がここに辿り着いて優に十分が経過しているのだが、城内に確認を取ってくれることもない。

 何度言っても話の通じない相手の背後に薄く笑う空の影が見え、

 

「(空、来いってんなら話ぐらい通しておけよ)――んの野郎、殺したろか」

 

 と呟いてしまったことが、

 

「殺すだとぅ!?やはり貴様を中に入れるわけにはいかんなぁっ!」

 

 さらなる負の連鎖を呼ぶ。

 ――さて、どうしたことか。

 試しに正面からゲームで押し通ろうとしても、そのゲーム自体が拒否されるに決まっている。このままでは話が進まないのはもはや明らかだ。

 門番を口で負かすのも有りだが、先ほどの殺害予告紛いで相手の感情は高ぶっている。口説き落とすには中々時間がかかるだろう。

 

「まったく、仕方ない――攻略(・・)するか」

 

 一旦門番の立つ正面から離れ、ゲームで鍛えた目で、出来るだけ監視の目の少なそうな城壁の位置を探して回り込む。

 このエルキアの城は中世風、城壁はレンガまたは巨石の組み合わせで作られている。

 ならば近くの店で小刀を買い、石と石の隙間に突き刺して後は登っていくという選択も取れるのではないだろうか。見られないように出来るだけ素早く移動する必要が有るが、そこら辺はさっさと登ればいいだけだと黒は考えた。

 それならば話は早い。

 すぐさま行動に移すため、黒はこの街の雑貨屋へと足を運んだ。

 

「(魔法があれば楽にすむんだろうけどなぁ……)」

 

 ジブリールの精霊運用を間近に見た後では、どうしても魔法の有用性を第一に考えてしまう。

 だが、今はまだ使えないと理解しているため、その思考を無理矢理頭の隅に追いやった。

 

 

 

 

 ――十六種族(イクシード)位階序列第十六位の人類種(イマニティ)は残念ながら魔法は使えない。それはジブリールの図書にも書かれていることであり、街行く人々が黒に対して先王の敗北した理由に上げた最たるものの一つでもあった。

 

 人類種(イマニティ)には“魔法”は使えない。

 

 なぜなら、人類種(イマニティ)には魔法の源たる精霊回廊に接続するための神経が無く、下手に取り入れたならば、反動で壊れた精霊――『霊骸』によって体内の精霊がかき乱されて死に至るのだから。

 

 

 ――だが、それは本当なのか?

 

 なるほど。命を失うに等しいなら魔法を使えないと考えても差し支えないだろう。

 

 人間、いや、生けとし生ける者なら誰しも死は恐れるのだから。

 

 

 それでも、それらは――人間が魔法を使えないという理由には何一つとして(・・・・・・)当てはまらない。

 

 

 人は空を渡る翼を求め、飛行機を創り出した。

 

 人は海を征く足を求め、蒸気船を生み出した。

 

 求めなければ、始まらない。

 

 死を恐れ、一歩を踏み出さないのなら――何も始まらないのは当たり前だ。

 

 

 だから、この世界の人類は、ジブリールの言うとおり、愚かに輪をかけた、“言葉を操るだけの猿”に等しいのだと黒は思う。

 

 前に進もうとしない、進歩を捨てた人間は――果たして、“生きている”と言えるのか?

 

 

 黒の周囲の元の世界の人間も、誰一人として先を行く彼に着いて行こうとはしなかった。

 

 なぜなら、天才には追いつけないから。天は彼に二物を与えたから、と。

 

 “天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず”――激動の時代を生きたかの偉人の心は、既に失われて久しかった。

 

 人は才能在る者をただ羨み、妬み、蔑むだけの存在。才能を求め、努力を求めない。

 そう、だから――本当に、腐っている。

 

 先を行く者を理解しようとはしない、認めないと言わんばかりに目を背け自ら進歩の道を捨てる。

 

 

 だから黒の目には、周囲は背景としか映らない。

 

 進化と言う名の生命の特権を捨て、停止した時の流れに身を任せ一生を終える死体(・・)などを映して何の意味が有るというのか。

 

 己の人生を賭けて人類の発展に尽くした偉人達は彼の世界で色を持ったプレイヤーとして動くし、そう有る空想の人物達も色を持った実在の人間のように動く。

 

 人は彼の想いを知れば、思うだろう。

 ――それこそ、選ばれた者の特権、エゴイズムだと。

 そう思うことが、自らの道を閉ざすための言い訳なのだと知らないままに。

 

 

 

 

 流れよく雑貨屋のおばさんから少々お高いながらも小刀二振りを手に入れられた黒は、早速石で造られた城壁の隙間にそれらを交互に突き刺して手早くよじ登り、城の中に忍び込むことに成功する。

 

 ゲーム上の忍者さながらの体捌きで従者達の徘徊する城内を人の目に触れないよう、息を殺しながらゆっくりと慎重に進んでいくと、か細いながらもここ最近で聞き慣れた空の話し声がふと黒の耳に届いた。

 

 かすかに聞こえたその手がかりを頼りに、黒は今いる位置で一旦停止し空の声から場所を特定する。数秒で答えを導き出し、続けて天井を這っていく(・・・・・・・・)と、そちらへ向かっていくにつれて、風呂場特有の湯気の匂いが鼻につくようになる――もしかして、朝風呂か?

 今一状況が掴めない中、黒は手足の指でしっかりと天井を掴み四つ足で歩いていく。

 近づくにつれ大きくなってくる空の声、並びに聞こえるようになってくる白の声を頼りにさらに近づいていき、最後には更衣室らしきところで二人を見つけたのだが――

 

「なんで執事服を着てるんだアイツ……」

 

 何故か空は執事服に、白はドレスに身を包んでいた。

 あの特徴的なTシャツや制服は洗濯にでも出しているのか、この世界のものと思われる中世風の服を身に纏っていた。

 空は執事服とやらを着て楽しんでいる様子だが、所々ゆるめている辺り不良執事というイメージしか湧かず、白は胸の辺りをポスポス叩いて納得のいかないらしく口を“へ”の字に曲げている……頑張れ。

 その身体から多少の湯気が出ていることから二人が湯から上がって間もないと分かり、黒は一旦床へと下りることに決める。

 

「(よいしょっと)」

 

 着地の衝撃を両足で吸収し、音もなく床へと降り立つ。

 そして足音を消したまま忍び足(スニーキング)で二人の後ろへ歩み寄り――

 

「うっす、お二人さん」

 

 軽く肩を叩く。

 

「のわぁっ!?――ああ、黒か。よう」

「……黒、おっはー」

 

 二人はやはり黒の存在に気付いて居なかったらしく、それぞれ驚いた表情を浮かべる。

 少しはお返しできたことに満足しつつ、黒は額に血管を浮かび上がらせながら二人を睨み付けるように皮肉の笑みを浮かべる。

 

「挨拶してる場合かなぁー?俺なー、お前らの行動のせいで異世界早々リアル潜入ゲームをする羽目になったんだよ?なんでたった一人の異世界の仲間を置いてったのかねぇ?――まずは謝罪だろ、な?」

 

 笑みを保ち続けたまま黒がそう告げる。

 瞳からは光が失われ、空の肩に置かれた手には本人が気付かないうちに熱気と力が篭もっている。黒も人間なのだ、さすがに異世界一日目から理不尽に置いて行かれたとなると、本気で怒りたくもなる。

 

「スマンスマン」

「……めんご……」

「ホントに謝る気無いだろお前ら!……はぁ、もういいや」

 

 だが、全く悪びれる様子もなく謝る二人の顔には謝罪の意がさっぱり無いのが読み取れる。

 ……余りに適当なその謝罪に、逆に黒の怒りも冷めてしまった。

 呆れたように二人を見つめる黒とその視線を笑って受け流す空、そう言えばPC上でいつもやっていた遣り取りだと白は思う。

 「  (空白)」と「(クロ)」とのチャット上の遣り取りで、口調を統一するため「  (空白)」側は空が主に喋っていた。よって、「(クロ)」を不必要に挑発することが多々有ったのだった。

 

「なっ、貴方は一体どこから!?」

 

 突然、第三者の声が三人に突き刺さる。

 そちらに目を向ければ、昨日見たとおりの王女様が服を着替えて立っていた。

 額には黒の予想通り(・・・・)にバンソーコーを貼っており、僅かながら血が滲み出しているのが見える。

 

「あ、ステファニー……だったか?」

「ちょちょっと兵士達!ここに侵入者が――」

 

 ここで兵士を呼ばれたらまた色々面倒な事になる、そう思った黒は一瞬で移動し彼女の口を後ろから一旦手で塞ぐ。

 

「んーっ!んーっ!」

「姫様、どうかなされましたか?」

「あー大丈夫大丈夫。問題無いから」

 

 外で待機していたメイドには空が対応し、何とか面倒ごとに発展させずに済ませる。

 

「よーし、一旦落ち着け王女様。俺、昨日のもう一人なんだけど、分かる?」

「ーっ!」

 

 顔を見せると、必死に思い出したようにコクコクと分かったように頷く。

 

「そうか、んで何で俺がここにいるかというと、そこの馬鹿()が置き手紙を残したくせに門番に話が取ってないからだ。しゃーなしに侵入してきたんだよ。不可抗力だ、不可抗力。これもわかったか?」

 

 またもコクコクと頷く。

 ……若干顔が青くなりかけている辺り、そろそろ口を開けてやらないと窒息しそうだ。

 

「俺、あの時宿にいた、もう一人。置き手紙を見て、来ただけだ」

 

 再度そう言って了承の確認取ってから彼女の口から手を放すと、彼女は納得したらしくもう叫ばなかった。

 

「はーっ、はーっ、はーっ、……死ぬかと思いましたわ!」

 

 というより、再度酸素を肺に取り込むことに手一杯になっている。

 

「んで、今更聞くのも何だが――そこの二人はなんで執事&その主様になってるわけ?」

「あーこれな。ステフが着替えとして持ってきてくれた奴だ。俺のが従者ので、白のがステフのお古」

「そうか、俺が従者相手にリアル忍者体験をしている間にお前らはゆうゆうと風呂に入っていたと……死ね(・・)

 

 もう一度冷たい目で空達を睨み付ける。

 

「失敗、しましたわ……」

 

 そんな黒の耳に、今度はステファニーの小声が届く。

 妙に艶めかしい声だと思ってそちらをこっそり見てみれば、彼女の目線は執事服の空に固定され、顔は真っ赤に――は?

 不審に思った黒は、身をかがめて白に訊ねる。

 

「(なあ白ちゃん、あれって一体どういうこと?)」

「(――にぃが、ゲームで勝って……『惚れろ』って、命じた)」

 

 ――恋愛感情すら縛るのかよ『十の盟約』、正直引くわ。

 ルールを作ったのであろうテトの笑う顔が黒の頭に思い浮かぶ。

 だが、そんな顔を赤らめた表情に、空は伊達に童貞やってないとも言わんばかりに気付かない。

 

「……鈍感系主人公って見てると何か無性に殴りたくなるよなー、白ちゃん?」

「……同感」

 

 黒白揃って、やれやれと溜息をつく。

 

「なんだよ二人とも、人をゴミを見るような目で睨んで」

「……にぃ、一生どーてー?」

「……白ちゃんの言う通りだな」

「何でお前ら揃って俺をイジメるんですかねぇ!?――いや、それより、ステフ」

「は、はいっ!何ですのぉっ!?」

「そんな慌てんなって。この家――いや城か――図書館とか書斎みたいに、調べ物を出来るとこないの?」

「あ、はい、有りますけど――一体何を?」

 

 分からないらしく、ステファニーはこてんと首をかしげる。

 

「アホか。調べ物するっつたろ。ステフちゃんは耳が遠いのかねぇ?」

「それは聞こえてますわよッ!一体何を調べるかを聞いているんですの!」

「“この世界”に決まってんだろ。そもそも一般常識(ゲームのルール)がなきゃ始まらないんだから」

「――“この世界”?」

 

 どうやら空達はまだ三人がこの世界の住人でないと告げていないらしい。

 

「……にぃ、それ……言ってない」

「――ん?そうだったか?」

「あの、さっぱり話が見えないんですが……」

「あー、うん、まあ、なんだ――」

 

 ああ、こういう場合はなんと告げればいいのだろうか。

 異世界転生RPGゲームで言うなら、信じて貰うことが最も重要なイベント。

 

 

 この子に信じられ受け入れて貰えるように、自身の語彙から丁寧に言葉を摘み取っていき――ああ、やっぱ面倒だな。

 

「教えてやろうステファニー・ドーラ。――俺たち三人は『異世界人』。だから、ここの知識が欲しいわけだ」

 

 堂々と、相手を“猿”だと見下して、上から目線で言い放った――

 

 ――訳はなく。

 

 

「よーするに俺ら、異世界人なんだよ。だからこの世界の知識が欲しいわけ」

 

 黒と同じく丁寧な言葉遣いを面倒だと諦めた空が、そう伝えた。

 

 

 

 

 三人が連れて来られた先は、ステファニーの個人的な書斎だった。

 高校の図書館程度の広さのそこはちょっと前に見たジブリールの図書館には劣るものの、個人用としては十分な広さだった。

 ――其処まではよい。

 広ければ広いほど、秘められる情報は多いのだから。多くの知識が、読み取れる。

 だが、生憎と。

 

「なあステフ」

「はい、なんですの?」

「――公用語は日本語じゃないのかよ……?」

 

 そう、空と白はこの世界に来て初めて“文字”に触れるのだ――ぶっちゃけ、読めないのである。

 

「そう言われましても……人類の公用語は『人類語』ですわ」

「めんどくせぇな……オイ」

 

 会話は成立しているのに、書かれた文字は読めないという問題が二人を襲っていた。

 黒はジブリールの図書館にいた際に人類語及びその他数種族語を解読済みだったが、空と白は未だ人類語を読めない。

 本を開いて頭を悩ませる二人に、ステファニーが納得したような目を向ける。

 

「……じゃあ、ソラ達は本当に異世界から来たんですの?」

「ああ、まあ信じて貰えないだろうけど……」

 

 普通、こういうのは大概信じて貰えないのが定番なのだが、

 

「――いえ、信じますわよ?」

 

 意外にもそう答えたステフに、三人がきょとんとする。

 

森精種(エルフ)の使う魔法には召喚魔法も有るという話ですし、服はこの国のものではなく、顔立ちも少々私達と異なりますから」

 

 ――そして、人類種(イマニティ)の国は余すところこのエルキアのみ、と。

 この人類種(イマニティ)の絶望的な状況こそが、三人の正体を示す最後のキーワードとなっているのだった。

 

「……ま、納得してくれたんならそれで良いだろ。さて、空、白、お前らは大丈夫(・・・)か?」

「……問題、無し」

「俺はしばらく時間を使えば問題無いぜ、黒、お前は?」

「もう終わってる。早速、空と白は広げろ(・・・)

「へっ?一体何をするつもりですの?」

 

 書斎の中央にある広いテーブル、そこに空と白が仲良く隣り合わせになってそれぞれ数冊の本を横に置く。

 そして、ぶっとい本を個人個人で自由に数冊開き、席を引いて腰掛けた。

 

「悪いステファニーさん、あればで良いんだけど、移動式の黒板を持ってこさせてくれないか。後チョークも」

 

 まさに勉強を始めようとしている二人の正面に、黒がメガネに手を添えて立つ。

 訳が分からないとでも言うように三人の様子を眺めているステファニーにちょっとした注文をして、自身も手に持った本を広げる。

 五分後、言われたとおりに黒板とチョークを持ってきた従者達に感謝の言葉を伝え、早速チョークを片手に黒板の前に立つ。

 

「――さあ、それでは授業を始めよう。各自手元の本を適当に開き給え」

 

 そして、何故か、授業を始めた。

 

「え、ちょっ、一体何なんですのコレ?」

「授業だよ、王族なんだから教育ぐらい受けてるだろ。今から“国語”を始める。《――いいか、人類語の文法は主にラテン語系で構成されている。述語だけは漢文の倒置を使用しているが、基本はラテン語と思えばいい。また、我々の漢字のようにいくつかの象形文字から数十個への派生が有ると考えられ――》」

「はい、質問デース黒せんせー。この言葉はどんな意味なんですかね?」

「……ああ、それは文字ではなく本特有の記号だろう。ステファニーさんは、ここの解説を頼む」

「は、はい!分かりましたわ!ええっと、これはですね――」

「ふむふむ、なるほどね」

「くー、ここは?」

「そこは人類語の古文だ。文法が一周回って日本語に近くなっているだろ?」

 

 ……そんな感じで一時間が経過して。

 

「これにて授業は終了です。お疲れ様でした」

 

 黒がそう告げると共に、場に張り詰めていた一種の緊張感が解き放たれる。

 黒は限界まで使われたチョークを置いて深呼吸し、空と白は本から目を上げて額に浮かんだ汗を拭い、ステファニーは頭から煙を出して床に突っ伏していた。

 

「ふー、にしても意外と面倒だったな人類語。元の世界の奴が色々交わり合ってる分は楽なんだけどさ」

「……くー、ナイス授業」

 

 白のサムズアップに、黒も笑いながら返す。

 かなりオーバーヒート気味だったらしく、頭から湯気が立つほど顔を赤くしたステファニーがゆっくりと立ち上がる。

 

「こ、これに一体何の意味が有ったんですの……?」

「ありがとな、ステフ。これで俺たち、もう人類語は完璧(・・)だわ」

「は?先ほどまで分からないと仰っていましたわよね?」

「黒の授業が分かりやすくてな。いや-、実に楽だった」

 

 素直に授業の感想を口に出した空に、手についたチョークの粉を払って近づく。

 

「そこら辺は、二人の元々覚えてる言語の多さが役に立ったからな。たとえが使いやすくて楽だった。……一体幾つ覚えてるんだ?」

「――しろ、十八カ国語」

「あ、俺は白と違って精々ゲームに必要なだけの六カ国語だからな。今ので七カ国語になったが」

「はぁ!?なんなんですの貴方たち!?まさか今の短時間でもう人類語が使える様になったとでも――っ!?」

「おう。言ったろ、完璧だって」

 

 予想通りに驚いた顔をするステファニーに、空が三人を代表して苦笑しながら答える。

 

「三人寄れば文殊の知恵。俺と白と黒が揃えば、言語一つの完全習得ぐらい一時間で終わるのは自明の理だ」

 

 空に続いて、黒。

 

「全ての言語はパターンを持った記号の羅列に過ぎず、地球上に存在する数千ものパターンを把握しきっていれば解読ぐらい俺に取っては朝飯前なんだよ。ちなみに、俺自身は読むだけなら言語は何でも読める。以上」

 

 ――その説明を、ステフは呆然と受け止めることしかできなかった。

 三人はまったく気にしない様子だが、その中でさらりと流されている重大な事実にステフはとらわれていた。

 なるほど、言語という意味を持った記号の羅列暗号に、数千通りに組み替えられる鍵を当てはめるだけ。

 一見、時間さえあれば簡単に出来る事だと思うだろう。

 

 だが、その全てを完璧に把握しきり、僅かな間に脳内演算だけで処理・他人に説明出来るほどまでに精通するなど――それはもはや、“人間の域ではない”のではないだろうか。

 それを簡単に受け入れる、空と白も。

 

 無意識のうちに、ステファニーは黒達から後ずさる。

 自らが理解してしまった、常識の域を超えた所行を平然とこなす三人に、未知への恐怖を感じて。

 

 ――ひょっとして自分は、とてつもない人達に出会ったのではなかろうか。

 それこそ、この国を変えてしまいかねない人達と。

 

 

 

 

「さて、軽い準備体操も終わったことだし。俺はそろそろ行くか」

 

 先ほどの授業を軽い準備体操だと言い切った黒に、ステファニーが恐る恐る問いかける。

 

「……ど、何処へ行くんですの?」

「デートの約束があるんだよ」

 

 その言葉に空が反応する。

 

「なにぃっ!?貴様、さては昨夜ナンパしてきたのか!?」

「――くー、もしかして、……やっ、ちゃ、った?」

「いや、お前らが思っているようなのじゃねーよ。ちょっくらゲームしてくるだけだ」

 

 それだけ言って、黒は気配を再度消して出て行ってしまった。

 

「え、ちょっ、あの方は一体どちらへ!?」

「……知らん。俺と白は互いに意思疎通は完璧だが、黒とは互いに行動を予測しているに過ぎないから完全に相手の動きを理解している訳じゃないんだ」

「そうなのですか……ですが、放っておいてよろしいのですか?」

「ああ。黒は俺たちと違って一人でも問題無いだろ」

 

 

 

 

 ――そう、一人。

 

 黒は何時でも、一人で居た。

 

 周囲からのあらゆる圧力を正面から受け止め、それでもなお唯一人で彼は歩み続けた。

 空や白のように、互いと同等の、頼れる相手が居なかったから。

 

 あらゆる人々の負の感情を受け止めても尚、全てを飲み込みありのままで有り続ける“黒”の如く、彼は己を失わなかった。

 

 全てを跳ね返す鋼鉄の感情はやがて時を経るにつれ風化していくが――

 全てを飲み込む黒の感情は、何時までも変わることはなかった。

 

 それが積み重なって十六年。

 今更、何があろうと決して彼は変わらないだろう。

 

 

 

 

 再度図書館に戻ってきた黒が扉の前に立つと同時に、音を立てて自動的に扉が開いていく。

 その中で黒を出迎えたのは、先ほど見た少女、ジブリールの姿。

 美しい翼を大きく広げ、宙に浮かんだ彼女の目は既に戦に望む者に特有の意志を宿している。

 

「――お待ちしておりました、黒様」

 

 自らの心の底を撫でるような、純粋な闘志を乗せた彼女の声が凜と響いて黒の脳を刺激する。

 黒の強靱な心臓が大きく鼓動を打ち始め、脳がゲーマーとしての(クロ)の意識を引き出していく。

 

 

 ――転生して数年、つまらない動かない死体(周囲の人間)にまみれた社会を生き抜いて、俺は「  (空白)」に出会った。

 

 彼らとの一戦一戦は常に俺の心を、魂を刺激した。

 

 そして恐らく、このゲームも、俺の記憶に深く刻まれる戦いとなるだろう。

 

 自然と浮かんだ彼の笑みは、(クロ)としてたった一人で生き抜いてきた強者のオーラを備えている。

 その身から放たれる戦闘の意志は、天翼種(フリューゲル)であるジブリールと同等(・・)

 

 

 ――さあ、ゲームを始めよう。

 

 

 

 



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第六手 盟約に誓って

 気付いたら千を超えるお気に入り登録件数と多くの評価。本当にありがとうございます。感想も有り難うございます。
 今回、色々なところに原作との差異があります。
 大戦期の話も出てきているので、そこら辺は六巻でやろうと思います。
 またもやオリキャラの陰が……。

 また、感想の欄で質問が来ましたが、人類語は原作の表現を使っています。

※六月十四日、なんとなく書いたネタを後書き欄に追加&本文修正。



 ジブリールに誘われ、宙を移動して図書館の中央へと向かう。

 別に歩いてでも辿り着けるらしいのだが、彼女曰く、

 

人類種(イマニティ)の足では一日弱かかりますよ?」

 

 ――らしいので、仕方無く飛行魔法で運んで貰っている状態だ。

 色鮮やかな光が天井から差す中、戦意を放ったままの二人の間には異様な雰囲気が漂っている。

 じろじろ図書館を見渡す黒が口を開く。

 

「――空間拡張魔法ですか、ジブリールさん?」

「ええ。元々はこの百分の一でピッタリの図書館でして、本棚を浮かべるだけでは足りませんでしたから。……ちなみに、ジブリール、で結構ですよ?敬語も全然似合ってませんし」

「ぐっ、痛いところを……。ならどっちも止めるぞ。外から見たときよりやけに広いと思ったら、これも魔法だったんだな」

「本来魔法技術は森精種(エルフ)の専売特許ですが、かつての大戦でその蔵書を大量に手に入れる機会が有りまして。その時知ったものでございます」

 

 よく気付いたと、ジブリールは笑って黒を見る。

 

「でも、空間とか時間操作系っていったら他の魔法に比べて精霊の消費は多いんだろ?脳で常時演算してるってわけでも無いだろうし、どう固定してるんだ?」

 

 小説なんかで時間・空間操作は大概固有魔法とかに分類される超稀少スキルであり、代償が大きいという設定がほとんど。

 そこの所はどうなのかと聞くと、彼女は済ました顔で答える。

 

「昔の知り合いに、そっち方面が得意な技術者が居りますので。彼に空間魔法常時発動型の装置を創って貰いました」

「――それって天翼種(フリューゲル)じゃないよな?」

「分類上は『獣人種(ワービースト)』と『森精種(エルフ)』で御座いますね」

 

 その情報に黒は少なからず驚く。

 遥か昔の大戦は、神霊種が各々の尖兵として創り出した十六種族(イクシード)を含む数多くの種族が互いを殺め合う時代だった。

 『十の盟約』で縛られた今でも、かつて仲間を奪い合った種族同士で友好関係が築かれることなどまず無い。また、多種族を見下す発言をする彼女がそんなことを言うとは思っていなかったのだ。

 

「予想外でございましたか?私が異種族の友を持っていることに」

「失礼ながら」

「まあ、どの種族にもはみ出し者は居りますから。かく言う私も天翼種(フリューゲル)の議会で成立した法律に反対してここへ来たわけですし」

 

 さらに続けて言う。

 

「大戦時、ある一人が各種族のはぐれ者を纏めたことがあるのですよ。その際知り合った仲です」

神霊種(オールドデウス)なのか?」

 

 ジブリールは首を横に振る。

 

「いいえ。彼は――おっと、お話のここまでのようでございますね。どうやら着いたようです」

 

 彼女の見据えたその先には、数多くの本棚に囲まれた中で大きく空いた空間の中心に一つのテーブルが置かれていた。

 テーブルの上には複雑な幾何学紋が刻まれた透明の球体が淡く光を発して浮かんでいる。

 一対の向かい合うように配置された椅子に座るよう薦められ、座った黒の対面にジブリールが腰を下ろす。

 

「さて、ゲームの説明の前に対価を」

「ああ」

 

 持ってきていた鞄の中から、黒のノートPCを取り出して画面を開く。色々と改造した痕跡のあるその機械をじろじろと見つめる視線を感じながらも、ファイルを開いて画像を画面に大きく映し出す。

 

「ほら、どうぞ」

 

 ジブリールの方向へ画面を向ける。

 

「さて、……なるほど、本当に嘘では無かったようですね」

「魔法使って確かめたろ?」

「魔法は万能では御座いませんので」

「あ、そ……」

 

 きっぱりとそう言い切られて面食らった黒。

 確かに、言われてみれば世に万能なものなど存在しない。

 二次元の中の存在である魔法に過度な期待をかけていても、やはり出来ないことはあるのだと知った。

 

「似たような言語は知っていますが、なるほど、私の知らない世界の百科事典、専門書――知識がこの小さな機械の中に……うぇへへへへ――」

「……涎垂らされると困るんで」

 

 彼女の口から垂れた涎がパソコンに付く前に手前に引いて、キーボードがぬれるのを寸前で阻止する。

 

「――失礼しました。目の前に未知の知識を吊されると無性に興奮してしまう性格ですので……じゅるり」

「とりあえず落ち着け。んで、問題無いか?」

「ええ、書籍の方は」

 

 目の前に居るのは、ジブリールの渡した数言語で書かれた本をいとも容易く読破する男。

 この一冊だけが、彼の創った独自の言語である可能性も高い。

 つまり、

 

「貴方が異世界出身であるという証明をして下さいな?」

 

 ――結局はこうである。

 

「うん、無理。違いが分からないし」

 

 黒の観察したところに寄れば、肉体自体は黒達と大差ない。

 骨格・筋肉の付き方・主な臓器等々、二日間で観察した内容を思い出すが、まったくと言っていいほど相違点が見あたらなかった。ただ、異世界補正か、こっちの方の顔は整っている割合が高かったのが唯一違うところだろうか。

 その点をジブリールに伝えてみると、

 

「肌色の違いも有りますが、その辺りは誤差の範囲内ですし……。では、精霊が見えない貴方の目から違いが分からないのなら、精霊を保有するかどうかを確認してみましょう。この世界で生命を保つ者はその全てが体内に精霊を宿しています」

「精霊、ね。確かにそんなファンタジックな物が元の世界の人間の体内に在るわけないし、それなら確かめられるかもな。ちなみに、その方法は?」

「身体に触れられればすぐに分かります。場所は――性感帯ですっ」

 

 ちょっと待て。

 

「……他の場所はないのか」

「人体の神経の集中している場所に精霊も集まりますから」

 

 一寸の迷いもなく、ジブリールは告げる。

 もう少し異性への配慮を持て、というセリフを男である自分が心にするとは思いも寄らなかった。

 

「さあ、触らせて貰いましょうか……」

 

 手をわしゃわしゃと動かしながら黒に詰め寄るジブリール。

 どう考えても立場が逆である。

 

 

 当然黒の心境としては、「だが断る!」を突きつけてやりたい気分である。

 それでも、言ってここで断れば彼女はゲームを受けなくなる可能性も有る。

 もしそうなれば――

 

「(この目の前に広がる知識の宝庫を前にして諦めなければならない――ッ!)」

 

 自身の目前に無限に広がる宝の山に触れずしてここを立ち去ることになる。

 それは有り得ない。それだけはどうしても避けたい。

 黒もジブリールと同じく未知を求める者である以上、未知に触れずして帰ることは許されない。

 ならば、妥協案を探す。

 

「――分かったよ。気の済むまで触って結構」

「なら、早速――」

「だがしかし!」

 

 許可が出た途端触ろうとしてきたジブリールを、前に出した手で一旦止める。

 すぐさま黒に触ろうとしていたジブリールは頬を膨らませながら、「なんですかー?」と問う。

 「ああ――」と黒が提案する。

 

「――こっちが性感帯を触らせる以上、せめて、ジブリールの翼だけでも触らせて貰えないだろうか!」

「はい、よろしゅう御座いますよ?」

「――え、いいの?」

 

 

「へー、意外と柔らかくて気持ちいいな。すげー気持ちいい」

 

 さわさわ、黒は撫でるように彼女の翼を触っていく。

 翼の付け根から指でゆっくりと伝っていったり、軽く羽根の部分をもんでみたりしながら感想を口にする。

 

「有り難うございます。して、――あんっ!」

 

 そう、今のジブリールの声を聞いて分かるとおり――偶然にも天翼種(フリューゲル)の性感帯は“翼”だったのだ。

 つまり、黒は今まさに、彼女のそこを触っているわけで――

 

「ひぅっ!く、黒様……気持ちよすぎですぅ……」

 

 なんだか凄くいたたまれない気持ちになっていた。

 しかし、止められない、止まらない。ずっと触っていたら中毒になりそうなほど柔らかさと暖かみを兼ね揃えたこの翼から、手を離せない。

 承諾を経て触ってみてからそう気付いたのだが、余りに触り心地が良くて手を放せないままズルズルとここまで触り続けているわけだ。

 ジブリールの顔はまあ、うん、表現しては少々拙い所に差し掛かっているとだけ言っておこう。

 ちなみにジブリールが触れているのは、黒の――“乳首”。

 

「なんで貴方は興奮しないんですかぁ……ひにゃん!」

「そこを性感帯として認めるのは、常識を持つ一人の男として“死”に等しいと言おう」

「むう、そうで御座いましたか……」

「てゆーか、この状態から考えるに天翼種(フリューゲル)には男性体はいないのか?」

「大戦時、たった一人だけ居りました。ですが彼は反逆の罪に問われ、大戦末期にアルトシュ様の一撃にて処刑されています」

天翼種(フリューゲル)を一撃で屠れるとか、神霊種(オールドデウス)マジチートだなオイ……いつか会えたりするかな?」

 

 黒にだって、目の前の彼女が膨大な力の固まりであると言うことぐらい分かる。その一個体を一撃で消し飛ばすとは、やはり神霊種(オールドデウス)は桁が違う相手なのだろう。

 ついつい手を握ってしまうと、そこはどうやらピンポイントだったようで。

 

「っ!?ああんっ――!」

「――あ」

 

 ……もうちょっと18禁ゲームに手を付けておくべきだったかな、と黒は後悔する。

 ストーリー重視でそういう所は飛ばしていたため、碌に目を開けない。

 きっと、自分の顔は今真っ赤になっていることだろう。

 

 

「……こほん」

「えーと、はい。この度は、本ッ当に申し訳ありませんでした。どうかお許し下さい」

 

 顔を赤くして椅子に座るジブリールの前で、同じく顔を赤くしながら、黒はやり過ぎてしまった罰で日本人として最高の謝罪の動作である土下座をしていた。

 これで嫌われはしないかと内心冷や汗をダラダラと流し続けている黒を見て流石にジブリールもこれ以上放っておく気は無かった。

 

「いえ、顔を上げて下さい。まあ、今度からは自重していただければよろしいので」

「ありがとう御座いますっ!」

 

 そのまま後ろへと下がり、自分の席に戻る。その顔は未だ赤かった。

 

「さて、先ほどの結果ですが――貴方からは、一切の精霊が感知できませんでした」

「……へえ、俺は生き物じゃない、と?」

「はい!ですがそれでも貴方は自らの意志で動き、言葉も話す……ッ!それはすなわち、“未知”で御座います!未だ知らずと書いて未知!既存の知識を元としてさらなる可能性を生み出す媒体!それほど稀少なものを目にしては、さすがの私も興奮を隠しきれませんっ!え、えへへ――」

「とりあえず、興奮したら涎垂らすの止めようぜ。みっともないから」

「はっ、はい!」

 

 口から垂れた涎を左手でごしごしと拭き取り、ジブリールはそう言えばと話し出す。

 

「さて、これでゲームの前提確認が終わった訳ですが――こちらは掛け金(ベット)のの上乗せを要求致しますっ!」

「……嫌な予感がするんだけど」

貴方の全て(・・・・・)を要求します!その代わりに、こちらも私の全て(・・・・)を賭けますっ!」

「――真剣(マジ)で?」

「それでも納得いただけないようでしたら、今すぐ『アヴァント・ヘイム』へ行って天翼種(フリューゲル)全員の権利を賭けられるよう交渉を――」

「いやいやいや其処までしなくて良いから!」

 

 慌てて飛び立とうとしたジブリールを、黒が抑える。

 にしても、図書館の蔵書を読む権利から随分と話が飛躍したものだ。

 

「つーか、それだけの人数掌握するのに絶対数年じゃ足りないだろ。俺が死ぬって」

「はっ!そ、そうでしたぁっ!ああ、人の夢と書いて儚い……誰か不老不死の方法を見つけでもしませんかねぇ……」

「そこら辺は森精種(エルフ)の知恵だろ」

「森に引き籠もった耳長族に用は有りませんのでっ!」

「さいですか……。でも、本当にそっちの全部なんかを賭けて良いのか?」

 

 途端、ジブリールの顔が勝負師の顔に戻る。

 

「はい、どうせ私が勝ちますからね」

 

 ――そういうことか。

 勝てるから、何でも賭けていいと。

 

「そりゃまあ随分と大きく出たな」

「勝負の際は常に相手に優位に立つよう意識を保て、と言いますから」

「まあ確かにそうだな。それは俺も同感だ」

 

 黒とジブリールの間に、火花が再度飛ぶ。

 

「ふふっ、中々に心地よい殺気でございますねぇ?心臓がドキドキしてきました。ちなみに、勝負の説明ですが、内容はしりとり――『具象化しりとり』でございます」

「『具象化しりとり』……」

 

 黒がゲーム名を反芻し、ジブリールがテーブルの上5センチほどに浮かぶ球へと手を翳す。

 

「これは、『具象化しりとり』用のゲーム装置です」

 

 試しに黒も、球体をツンツンとつついてみる。どうやら実体はあるらしく、ズブズブと指が中に沈んでいく。ゲル状の物質のようだ。

 

「なんでしりとりなんだ?――いや文句があるんじゃないんだけど」

「はい、天翼種(フリューゲル)は“戦闘種族”、通常のゲームは苦手でそもそも興味すら湧きません」

「――『十の盟約』があるのに、か?」

「はい。ちまちまゲームを進めていると、どうしても“さっさと首を落とせば終わりますのにねぇー”と思ってしまい……こんな面倒なルールを編み出したあのクソ餓鬼いつかファッ――おっと、品の無い言葉を。失礼しました」

「はははっ、まあ、俺も別に、“人間同士”で関わり競い合えるって点で楽しめるからゲームが好きなだけであって、別に“力”で争える相手ならそれでいいと思うけどな。確か天翼種(フリューゲル)は、今は本でも昔は首を集めてたんだろ?――良い趣味してるぜ」

「ええ。いまでもアヴァント・ヘイムの至る所に飾られております」

 

 えへへー、と可愛く笑うジブリールに黒も笑って答える。

 黒自身、人間は力より頭の方が強いと考えるからゲームが好きだと言うだけであって、純粋な力勝負も面白そうだなとは思う。

 

 ――黒が社会から殺された理由の一つ(・・)には“身体能力の高さ”が含まれている。

 そう、単に一つの能力に秀でているだけで、人間は社会から隔絶されることはない。

 その方面では勝てなくとも、その他の方面で勝つことが出来るから。

 だが、黒はほぼ全ての面で秀でている。思考速度、反射速度、精神力、体力――神様からの隠された恩恵なのか親の遺伝子が異常な方向へ突然変異でもしたのか、ほとんどのスペックが人間の枠を超えている。

 まさに“天が二物を与えた”人間。

 ――顔だけが、普通よりちょっと良い程度なのだが。

 

 その高い身体能力をゲーム以外に振るえないことでフラストレーションが溜まっているのも事実。神殺しの種族相手に挑むというのも、案外面白そうだと思う。どうせ一瞬で蒸発するだろうが。

 

「それでも、やはり別々の個体である以上、諍いは生じます。これは、その際に使われるゲーム。ルールは至極単純、言葉の語尾を、頭に付く言葉で続け、交互に言い合います」

「なるほど、まさに普通のしりとりだ。しかし、“具象化”という言葉がある以上――」

「――はい。“口にしたものがその場に有れば消滅”し、“無ければ出現する”……分かりますよね?」

 

 有れば消滅、無ければ出現――。

 つまり、ライオンと言えばライオンが出てくると。

 意外と面白そうだな、このゲーム。

 

「正確に言えば、その言葉が消滅または具現化した仮想空間に転々と移動していくのですけどね。また、『既出の言葉を出す』、『制限時間は一回三十秒』、『継続不能』――のいずれかで負けです」

「『継続不能』……そっちが『人間』って言ったらもうジ・エンドかよ?」

「いえ。“プレイヤーへの直接干渉による続行不能”は禁止です。間接、なら問題有りませんが。また、架空――すなわち実在しない言葉、イメージの無い言葉は無効回答と見なされますのでご注意を」

 

 それについつい舌打ちする黒。

 ――隙あらば“黄昏の○槍(トゥルー・○ンギヌス)”やら“アバダケ○ブラ”やら“波○砲”を打ち込んでやろうと思っていたが、流石にそれはダメか。

 あ、そうだ。

 

「女性服と言えば、ジブリールの服だけが消えると?」

「はい。ゲームの進行には問題有りませんので」

 

 心の中で密かにガッツポーズをする。

 黒も青少年、そういうことは好きだったりする。

 どうせ直視できないだろうが、狙ってみる価値は有りそうだ。

 

「なら、直接的ではなく、『心臓』、『脳』といった間接的殺害は?」

「それらは、プレイヤーがゲーム開始時の時点で所有しているもの以外が消えることになります。例えば、『水』と言えばプレイヤーの体内の水以外の水が消え失せます」

 

 ――よし、このゲームが大体理解出来てきた。

 

「当然ながら、終われば全て元通りとなります。心臓を貫かれても、右手をもがれても、目玉を抉られても、***を****されても」

「意外とエグい言葉が好きなのね……つーか其処までやられたらフツー続行不能だろ」

 

 ちょっと身震いする。かつて首を集めていた種族なだけに、本当にやられそうな気がする。

 ジブリールが手を水晶にかざし、それに習って黒も手を水晶にかざす。

 

「ご安心を。終われば全て元通りです――それでは、準備はよろしいですね?」

「……ああ」

 

 二人の意志を感じ取って、水晶が白く輝き始める。

 

「さあ、無力な人の身で、死なない程度に楽しませて下さいね――」

「残念、俺は唯の人間じゃなくて特別製なんだけどな――」

 

 

「「――『盟約に誓って(アッシェンテ)』!!」」

 

 

 

 一瞬黒の五感にノイズが走り、水晶から無数の文字が流れ出て円環のように二人を中心として空中を回り始める。

 どうやらゲームが起動したようだ。

 

「さて、それでは先手は黒様にお譲りします。お好きな言葉をどうぞ」

「おっけー。それじゃあ行くぜ……そうだな……まあとりあえずは『精霊回廊』だろ」

 

 その瞬間、ジブリールが顔をぴくんと動かす。

 黒には感知できないが、全ての魔法の源たる精霊の源が消滅する。

 たった一手で、アッサリと。

 

「魔法ってチートをまずは封じさせて貰おうと思ってな」

「なるほど。少々落ち着きませんが、まあ問題無いでしょう。身体能力に制限が付き、飛べなくなる程度ですから。『兎』」

 

 テーブルの上に、一匹の白ウサギが出現する。

 

「こっちにも兎は有るんだな」

「異世界から来た貴方がこちらに適応できている以上、似たような進化を辿った生物が居ても不思議ではありませんね。撫でてあげてみてはどうです?」

「それは無理だ」

 

 白ウサギは周囲を見渡すと、ジブリールの圧倒的存在感と黒の捕食者のオーラを感じ取って一目散に図書館の奥へと逃げてしまった。

 

「……な?」

「か弱い存在にはこの空気は耐えられなかったのでしょうか。次をどうぞ」

「『()――』、ちっ、やっぱりコレはダメか。んなら『銀閣(ぎんかく)』」

 

 何を企んだのやら、黒がジブリールに聞こえないよう小さく呟いたが、機械が反応しなかった。

 ――やっぱり、適当な翻訳じゃあダメか。

 仕方無し、と言わんばかりに呟いた単語で図書館の一部を大きく削り取って木造の寺が出現する。

 

「……美術品の一種ですか?」

「ああ。質素な中に美しさを求める、わびさびって奴だな」

「なるほど、そうでございましたか。しかし……なぜ“銀”閣なのに銀を貼らないのでしょう?貼れば相応に美しいかと思いますが……」

「逆の金閣ってのが在って、それと対比させて銀閣って呼ぶだけだ。ホントに銀を貼ってみるのも面白いとは思うが、実際にやってみようとは誰も思わない」

「では、『(くぎ)』でどうでしょう?やってみては?」

「オッケー、『銀箔(ぎんぱく)』!」

 

 黒のイメージ通り、銀閣の表面に銀箔が貼られる。

 図書館の天井から差す色とりどりの光を反射し、それはまあ美しく輝くかと思ったが――

 

「……正直、微妙ですね」

「確かに。七色に輝く銀閣って趣味悪いっつーか気持ち悪いな」

 

 続いた天翼種(フリューゲル)なりの「『空爆(くうばく)』」で、銀閣(?)は跡形もなく消滅した。

 そんな感じで、ゲームは進んでいく。

 

 

 




 しばらくテスト期間なので、十九日まで更新は出来ません。
 しりとりの形は出来たので、二十日ぐらいには投稿できるかと。


 ――どうでもいいボツ(?)ネタ。

 ……もし黒が『兎』と言っていたなら。

 ―――――――――――――――

「おっけー。それじゃあ行くぜ……そうだな……まあとりあえずは『兎』だろ」

 と、黒の想像が具現化する。
 ……が……あれ?

「はろーはろー!私が天才の束さんだよー!」

 後ろにたなびく紫色の長髪に、不思議の国のアリスの格好でウサ耳を付けた女性。
 インフィニット・ストラトスから、篠ノ乃束博士のご登場だった。

「――何故『兎』の一言で人類種(イマニティ)の女性が出てくるので御座いますかッ!?」

 突然の第三者の出現で、ジブリールが驚いた様な嬉しいような顔で黒に詰め寄る。

「――俺のイメージに引っ張られすぎたみたいだ。うん、ゴメン」
「あれ?通信が繋がらない!?ちーちゃーん!いっくーん!箒ちゃーん!どこー!?」

 ―――――――――――――――

 冗談です。


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第七手 新たな神話の始まり

 数多くの感想、評価、お気に入りの登録、本当にありがとうございました。
 二十日ではないんですが、書き上がったんで載せました。
 先に書いておきますが、十六日に前話を修正・後書きにネタ(?)追加したのでそちらを見てからこの話を読んで下さい。

 では、どうぞ。――ツッコミどころ満載ですが。


 ――……。

 

 ゲームを始めて三十分ほどがたったろうか。

 『銀箔(ぎんぱく)』に続いての『空撃(くうげき)』が黒とジブリールの周囲一体を破壊し尽くしたことにより、今彼らがゲームを繰り広げる場所は廃墟へと変貌していた。二人仲良く円卓を囲んで言葉の応酬を繰り広げる。

 と、黒が何かを思いついたように頷く。

 

「ずっと図書館跡地の中ってのもなんかもの寂しいな――『グレート・バリア・リーフ』」

 

 いい加減その殺風景に嫌気が差してきたのか、黒。

 灰色の大地を自身のお気に入りの風景へと変化させる。

 一言で、崩壊した大地が一転、澄んだ青空の下のビーチへと移り変わる。

 真夏の太陽が明るく輝き、日本の面積に等しい珊瑚礁と、澄んだ海が地平線にまで広がる――まさに絶景とでも言うべき景色の世界へと移動した。

 

「これはまた……中々に絶景で御座いますね」

 

 戦闘種族であるジブリールも、黒のお勧めの景色と言うことも有ってか、自然の美しさに魅入っているようだ。

 暖かな微風が彼女の額を撫で、前髪が僅かに揺れる……綺麗だ。

 ――おおっと。どうやら自分は景色よりも彼女に魅入ってしまっていたらしい。

 何はともあれ、素直に気に入ってくれたのは嬉しかった。

 

「ここは、俺の知っている中での絶景ベスト3に入るからな。さすがに感動されなきゃショックだよ」

 

 椅子から立ち上がり、膝を突いて足下の白く輝く粒を掬ってみる。

 ちょっと手を傾けただけで流れ落ちてしまう、全てが星のように角張った小さな粒だ。

 

「ここまで綺麗な所になると、そうですね……『()』はどうでしょう?」

 

 ……ん?

 天使の如く柔らかなジブリールの笑みが何故か一瞬、邪悪なものへと変貌したかのように見えた。こちらの気のせいだろうか?――嫌な予感がする。

 ふふふっ、と彼女は笑いながらこちらを見つめている。

 

 ――黒の直感は正しかった。

 

 次の瞬間、世界が変わる。

 

 『()』、意味するところは織物――絹。

 それが消えると言うことはすなわち、――ジブリールの着ていた服が全て消滅するということに他ならない。

 

 ジブリールの服が白い粒子となって崩れ、宙に舞って消える。

 

「んなっ!?な、なんで着てるものを自分から剥がす!?」

 

 咄嗟に目を瞑って彼女の裸体を視界から外す。

 それでも、一瞬だけ黒の瞳に映った彼女の美は彼の記憶にしっかりと焼き付けられる。

 ……一糸纏わぬ彼女は実に美しかった。均整の取れたライン、絹のように滑らかな肌……そして、豊かに実ったむ――ゴホンゴホン。落ち着け、俺。

 両手を机の上に置き、俺は頭を大きく振りかぶる。

 それから、思いっきり振り抜き――ゴンッ!

 机に頭を強く打ち付けることで、暗闇に映る彼女の姿を強制的に忘れさせる。

 

「『ふ』、から上手く水着関係に繋げられなかったものですから、つい」

 

 その声から、舌をチョロッと出して笑う彼女の笑顔が自然と浮かぶ。

 純情な男子の心を弄ばないで欲しいと黒は願った。

 とりあえず、このままでは目にやり場に困る。そう思った黒は瞬時に頭を切り換え、彼女の裸体を隠せる単語を検索。

 

「ふ、『(ふく)』!」

 

 慌ててひねり出したその言葉によって、一応彼女に服が着せられた……ハズだ。

 

 ――だが、黒の健全な男子としての本能がイメージを揺らがせたのか。

 

 落ち着いて、深呼吸しながらゆっくりと目を開いた黒にさらなる悲劇(?)が襲いかかる。

 

「――っ!?」

 

 確かに彼女は着ていた。

 

 だが、“服”というところで黒の“イメージ”に引っ張られでもしたのか――ジブリールは、水着状態(・・・・)となっていた。

 

 上手く服を着せられただろうかとゆっくり目を開いてみれば、黒の目に――淡い桜色のビキニを着たジブリールが映る。

 

 当然それは黒のイメージを反映したもの。

 どこか力強く、清く、そして何より美しく咲き誇る桜の色は、ジブリールには似合っていた。

 だがそれは、黒に取っては不幸だとしか言えない。

 ゴンッ――再度机に額をぶつける。

 連続して奇妙な行動を取る黒に、ジブリールが不思議そうに尋ねる。

 

「またまた、急にどうしたのでございますか?」

 

 狙っているのか、彼女は胸を支えるように腕を組んでこちらに顔を寄せながら問う。唯でさえ大きい胸の部分がより強調され、黒はまたまたテーブルに頭を打ちつけた。

 

「(煩悩退散煩悩退散数多の煩悩よ我が心から消滅し給えーっ!)」

 

 さらに、自らに言い聞かせるように言葉を叫ぶ。

 その理由はただ一つ。

 面積の少ないビキニで隠し着れていないジブリールの柔肌に、男としての部分がまたまた反応したからだ。

 狂ったように顔を赤く染めて頭を打ち付けた黒の様子に、ようやく黒の反応を理解したのか、ジブリールは呟く。

 

「……天翼種(フリューゲル)相手に性的興奮出来る人類なんて初めて見ました」

 

 だが、その呟きは、驚き半分呆れ半分といったモノだった。

 ――それも当然、序列の桁が違う種族相手に平気で性的興奮を覚える相手自体がジブリールには初めての体験だったのだから。未知への興味が半分、その実体の残念さへの呆れが半分、ジブリールの思考を満たす。

 彼女の声を聞いて、汗を流しながら理性を抑えて顔を上げる黒が言う。

 

「ふっ、甘いなジブリール。誰かが言った――“可愛い”は絶対不変の正義だ、と。可愛いの前に種族の壁など無い。例え神さえ殺す相手だとしても、それが美少女であれば俺には問題無い」

 

 ――今まで見た女性の中で黒が最も美しいと感じていることもある。

 リアルの美少女天使、しかも頭脳明晰&天然キャラ。この世のものとは思えない、どこか神々しさすら覚える美しさを持ったジブリールの水着姿は、黒にとって相当刺激の強いものだったのは間違いない。

 

 また、それからしばらく、黒は真正面からジブリールを見ることが出来なかったことを書き加えておこう。

 

 

 ――……

 

 

 さらに六時間後。

 楽園のような雰囲気の海辺はまたもや一変していた。

 一面に新雪が降り積もった大雪原の背景には何故か、真っ赤な血を浴びた墓標と逆さのミロのヴ○ーナスが至る所に乱立し。

 その中央で、寒そうにコートを羽織ってホットココアを啜る黒と。

 その対面で、水着の上に純白の巫女服を着て口元に手を当て笑うジブリール。

 何とも言えない奇妙な空間で、二人は言葉の遣り取りを続けていた。

 

「ふふっ、そろそろ降参なさってはいかがでしょう?『吹雪』」

 

 突如、視界一杯を埋め尽くす銀色の風が吹き荒れる。

 飛来する雪が冷たく黒の身体を打つ。黒の体温によって溶け、水となったソレは黒の身体をぬらし徐々に体温を奪っていく。

 

「いやだね。『気流』」

 

 黒のイメージ通り、二人を囲うように廻る気流が発生し、ドームのようになって二人を護る。

 

「ずずーっ。あー、ココア美味いぜー。ジブリールはなんか飲まないのか?寒くない?」

「ご安心を、我々は体温を自在に調節できますから」

「でも、いい加減眠いだろ。ぶっつけ七時間近く頭を稼働させてしりとりやってるんだし。ふぁぁーあ」

天翼種(フリューゲル)は睡眠すら必要としませんので♪」

 

 大きく欠伸をしながらジブリールに降参を薦める黒へ、

 

「――まだまだ、こちらには言葉のストックが無限に存在します。今の内に出来る限りの知識を引き出すため、これから何時間、何日、何ヶ月――いえ、何年でもお付き合い致しますよ」

 

 そちらこそ降参なさってはいかがですか、とジブリールは笑わない目でそう冷たく告げた。

 彼女の顔を見れば誰だって分かる、彼女は本気だと。

 だが黒は、平気な顔で続けて言う。

 

「二人っきりで何年も居て良いなんて、もっと別のところで聞きたかったもんだよ」

「告白にはまだまだ好感度が足りませんよ?まあ、か弱い人類の身でここまでやってこれたことは賞賛しますが」

「か弱い、ねぇ……ふふふっ、くくくっ――はーっはっはっはっは!!」

 

 突然大声で笑い出した黒に、ジブリールが顔をかしげる。

 ――この人類は、一体何を可笑しいと思っているのだろうか?

 ジブリールには分からない。

 その彼女に説明するように、黒は笑いがこらえきれないのか口元を振るわせつつ語り始める。

 

「ここまでしばらく付き合ってきて分かったが――冗談はよせよジブリール、か弱いのはどっちだ?」

 

 目尻に笑い涙を浮かべながら本気でそう問いかける黒に、ジブリールはなおも顔をかしげる。

 黒は続ける。

 

「――頑丈で、」

 

 “『続行不能』にさせること自体が不可能”で。

 

「――不死に近い寿命で」

 

 “時間さえ立てばいつかは勝利”で。

 

「――そんなモンで(クロ)に勝てると、本気でそう思ってるなんてな?」

 

 ――ゾクッ。

 今の(クロ)の目に、ジブリールは心臓を掴まれたかのような錯覚を覚える。

 天翼種(フリューゲル)である自分が、神霊種(オールドデウス)ですら亡き者に出来る力を持つ自分が――

 

「(――目の前に座る人類に、恐怖している?)」

「単なる身体的特性だけで勝てると思っているんなら、俺の見間違いだったのかも知れないな。ジブリールなら、分かってくれていると思ったんだが――まあいいよ。うん、別に、コレで図書館は手に入るからな」

 

 満足したように黒は笑う。

 だが、ジブリールはその言葉に憤りを覚える。聡い彼女だからこそ分かる、その言葉が言外に意味するところに。

 

 その言葉に含まれているのは、“ジブリールは必要ない”という意識。

 

 図書館さえ、知識さえ手に入れば天翼種(フリューゲル)である自分は要らないという。

 ただの、精霊を持たないだけの人類種(イマニティ)如きが。

 

「随分と、舐めた口を聞いてくれますね……そんなに終わらせたいのなら、そろそろ終わらせてさしあげましょうか?――『腕』」

 

 ジブリールと黒の両腕が、一瞬で消滅する。

 “相手を戦闘不能に追い込む直接的干渉は禁止”――『両腕』はしりとりの進行に何の関係もない。

 

 だが、五肢の内二つを失うことで精神に負うダメージは意外と大きい。

 

 天翼種(フリューゲル)である自分は、嘗ての戦争で腕を失ったことがある。

 普段なんでもないような腕だが、だからこそ失って初めてその重要性が理解出来る。

 魔法のベクトル制御が上手くいかない。飛行時の肉体バランスが保てない。

 その経験が在るからこそジブリールは平気だが、腕を失ったことのない人類種(イマニティ)なら、初めての経験に戸惑いが大きいだろう。

 

 だが、黒は何も変化を見せない(・・・・・・・・・・・)

 それどころか、現状を平気な顔で受け入れ、笑う。

 

「いいねぇ……ようやくゲームらしくなってきたじゃないか。まずは腕から削っていこうって戦法か?ならこっちも遠慮しないぜ――」

 

 突然黒は、席から立ち上がって後方へと走り出す。

 両腕を失ったにもかかわらず、様々な障害物が乱立する中、三十秒という限られた制限時間の中で全力疾走し駆け抜ける。

 

 体感で二キロほど走った先で、転ばないように足の指先で地面を掴み立ち止まる。

 ゲームのルール上、ジブリールに伝わらなければしりとりは成立しない。

 だから、黒は、あらん限りの声量を振り絞って叫ぶ。

 

 

「さあ、ゲームも佳境だぜ――『電磁投射砲(でんじとうしゃほう)』!」

 

 

 突然、巨大な白い塔が横倒しとなって生成、ジブリールに向けて据えられる。その至る所には訳の分からない植物が絡み、まるでしばらくの間放置されていたかのようなものだ。

 

 黒が召喚したその正体は『電磁投射砲』、通称――『レールガン』。

 

 電磁力で弾丸を撃ち出す機械。

 当然それは実在し、米軍によって兵器として開発されている。よって、ルールには抵触しない。実際に、ゲーム機は言葉を認め黒のイメージを映し出している。

 

 ちなみに、黒が生み出したものは米軍で作成されている規模のものではない。

 対人類目的で創られた兵器では殺せないのは百も承知。天翼種(フリューゲル)相手に、唯の兵器が功を奏すわけがないのだから。

 

 

 この“しりとり”、具象化されるものはイメージに引っ張られる。

 “実在せず、イメージが無い言葉は使用不可、召喚できない”――裏を返せば、“実在していることが分かっていればイメージは自由に変えられる”。

 その事は、先ほど(・・・)すでに確認済みだ。

 

 黒自身、『グレートバリアリーフ』など見たことはないが、それらしい“巨大な珊瑚礁”と“透き通った青い海”との想像を組み合わせた光景が実体化した。

 

 

 ……さて、本物の電磁投射砲(レールガン)を見たことのない黒。

 それは当然だ、米軍で開発途中の兵器など元の世界では分類上一般人の黒が目にする機会など在るわけが無い。

 

 

 ――だがイメージならばある。

 “イメージ”、意味は心の底にもつその姿。

 

 黒は前世の記憶から、そのイメージを呼び起こす。

 某ビリビリ娘の存在する『とある魔術の禁書目録(インデックス)』ではない。

 黒は生憎興味が無くて読んでいないため、イメージを持っていないから。それに、たかが人の出せる電気量で彼女を討ち滅ぼせるだけの威力を出せるとは思っていない。

 

 だから、彼がイメージを明確に抱いていたのは、『(あま)梯子(はしご)』と呼ばれるレールガン。

 

 知っている人は知っているだろう――それが登場するのは、『最強の近未来ヒロイックアクション』と謳われるライトノベル。

 

 そう、『ブラック・ブレット―黒の銃弾―』に登場するレールガンモジュールである。

 

 全長1.5キロメートル、砲弾を亜光速にまで対象に放つ決戦兵器。

 

 世界を滅ぼしかけた十一体の化物(ガストレア)の内一体を、“超バラニウム”という特殊金属を使ったこともあるだろうが、たった一撃で滅ぼす威力を持つ。

 

「その、零距離での全力砲撃、耐えられるものなら耐えてみな――っ!」

 

 かつて画面で見た光景と全く同じ光景が視界一杯に広がる。

 蓮太郎が座っていた座席に座ると、自動的にベルトが射出され身体を固定する。

 画面に映ったジブリールに、二つの揺れ動く照準が重なり――ロックオン。

 足で引き金を引き――発射。

 

 巨大な爆音と光が周囲一体を満たし、限界まで加速された砲弾がジブリールを貫こうと迫る。

 

 だが、それを黙って受け取るジブリールでもない。

 砲弾が発射されるまでの刹那に等しい時間に、対抗魔法を編み上げ迎え撃つ。

 天翼種(フリューゲル)としての直感が、彼女に教えていた。

 ――龍精種(ドラゴニア)ですら一撃で打ち倒しうるだろうエネルギーの攻撃が我が身に襲いかかると。

 

 彼女はすでに使えない精霊回廊接続神経に舌打ちしつつ、消滅の加護を創り上げた。

 

「『刹那第三加護(ウーゼ・ラ・アンセ)』!」

 

 瞬間、彼女の身体を包み込むように丸い精霊で構築された壁が出現し、黒の放った一撃と正面から迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 周囲が余波で吹き飛んで、モニターに映る画像は一面が白くなっている。おそらく雪が蒸発したことで水蒸気が視界を塞いでいるのだろう。

 しかし、その事実だけですでに結果は分かっているようなモノだ。

 ゲームが終わったのならすでに黒は元の場所へと戻っているはず。しかし、戻らない。未だ黒は操縦席へと座っているままだ。

 固定していたベルトが解除され、黒はゆっくりと立ち上がる。

 余熱を持った砲身の上を駆けてくる存在のかすかな足音を、黒がすぐれた聴覚で捉える。響く音の大きさから、人型の生物で大きさは小学生ほどなのが分かる。

 

 ――恐らく、いや、確実にジブリールだ。

 

 この状況でこちらへ向かってくる判断を取るのはただ一人、あの攻撃をどうにかして生き残ったジブリールに違いない。

 

 しかし、一体何故――?

 

 そう。ジブリールは魔法の源たる精霊回廊に接続できないため魔法は使えないハズなのだ。超人的な身体能力も失われているはずだからそのまま耐えきったというのも納得は出来ない。

 足音が徐々にここへと近づいてくる。黒は自ら外へ出て、ジブリールを迎える選択を取った。

 『天の梯子』の上へと登ると、むわっとした熱気が一瞬身体を襲う。

 改めて自分で見てみれば、いくらかは水蒸気も収まったようで――衝撃の光景が目に映った。

 出現した大雪原を一直線に抉り、ジブリールとゲーム機本体があった場所は跡形もなく消滅している。

 また、それと同じで、

 

「――これで納得いただけましたか?私を殺すのは、不可能だと」

 

 やはり生き残っていたジブリールが黒に話しかける。

 

 ジブリールの編み上げた魔法、『刹那第三加護(ウーゼ・ラ・アンセ)』――森精種(エルフ)が創り出した最上位対抗魔法。神霊種(オールドデウス)の一撃すら“無効化”する“消滅”の盾だが、その強力な性質上、展開時間は一秒弱と限られている。

 ジブリールはその盾をタイミング良く発動させ……無傷だった。

 魔法を発動するのに必要なハズの精霊回廊がないのにどう魔法を構成したのか――それは、現在のジブリールの身体を見れば分かる。

 あの魅力的だったプロポーションは消失し、幼女へと変貌を遂げていた。

 新たに手に入れた精霊を使うのではなく、自身の身体を構成する精霊を用いての防御。

 

 それをジブリールの口から説明された黒は、それでも諦めない表情で勝利を得ようともがく。ギリッ、と歯ぎしりの音を立てながら、

 

「畜生……『生命(せいめい)』」

 

 この一言で、今度は黒とジブリール以外の全ての生命存在が死に絶える。

 それは、黒自身には全く問題のないものだった……が。

 

「ぐっ……これはまた」

 

 ジブリールには大きなダメージを与えていた。

 『盤上の世界(ディスボード)』に漂う精霊全てが、この世界の生物全てに対して猛毒となる『霊骸』へと変化したのだから。世界自体が猛毒と化してジブリールを襲う。このまま勝負を長引かせることが出来れば、勝てるかもしれない――それまで待っていてくれるとは到底思えないが。

 これ以上ゲームを続けるのはそろそろ拙いと判断したのか、ジブリールは言葉で黒を殺しにかかる。彼女が『腕』の次に口にした手段は、

 

「『隕石(いんせき)』!」

 

 二人の頭上に、一つの巨大な岩が出現する。

 イメージ通りのものが反映される今、隕石の大きさはジブリールが自由に決めるコトが出来る。実際に存在しない大きさであっても。

 それを頭上に眺め、黒は呟く。

 

「『危機(きき)』」

 

 恐ろしい速度で大気中を進み来るその星の欠片を、一言で消し去る。

 だが、ここで大概の攻撃に反撃できる万能な『危機』を失うのは黒にも大きな痛手だった。

 それに続いて、ジブリール。

 

「『気体(きたい)』」

 

 存在する気体が消滅し、黒は真空中へと放り出される。

 ジブリールが口にした瞬間、直感的に体内の気体を一気に吐き出していたため、気圧の変化による破裂はしない。だが、着実に近づく死へのカウントダウンへの恐怖が僅かに黒の瞳を揺らした。

 

 話せないため、代わりにポケットからメモ帳を取り出してその一ページにシャーペンを走らせる。足だけでその動きをなんなくこなせているのは流石と言った所か。

 書いた文字は――「『引火(いんか)』」。

 気体、すなわち大気圏が消滅した今、黒の視界に入る最も大きな炎――太陽の周囲を這う『紅炎(プロミネンス)』が一際大きく発生し、ジブリールの身体にまとわりつこうと急激に迫る。

 だが、それで易々と倒されはしない。『か』に続く言葉で文字通り、

 

「『回避(かいひ)』」

 

 宇宙空間で舞うように弧を描いてジブリールの身体が機動し、迫り来た炎を回避する。

 もう魔法は使えない代わりに、精霊を指に宿して宙に光で文字を描いたことで彼女は言葉を伝える。その文字が効果を発揮し、迫り来た紅炎を回避させた。特に追尾機能があるわけでもないので炎は自然と消滅してしまった。

 

「(そろそろ、おしまいでございますかね……)」

 

 ようやく黒を殺せたと確信するジブリール。

 呼吸は関係無い天翼種(フリューゲル)である自分とは違い、苦しみにもがく彼の最後をせめて看取ってやろうと目をこらして黒を探したのだが――

 

 

 

 

 

 

 ――その黒は、一切の違和感なく笑い、数ページ捲ったメモ帳をジブリールに向け突きだした。

 

 

 

 そこに書いてあったのは、ただ一言、天翼種(フリューゲル)語で『これで終わりだ(チェックメイト)』。

 

 

 

 そして、機凱種(エクスマキナ)語で――『偽典・天撃(ヒーメアポクリフェン)』。

 

 

 

 突如、誰もが精霊を使えない状況で、黒の手元に精霊の固まりが生まれる。

 それは、全てを塗りつぶす、精霊の見えないはずの黒でさえ目視できるほどの強力無比なエネルギーの固まり。

 

 “ん”で終わる単語は、昨日の本で読んで、この世界には少ないモノの確かに存在していることが分かっている。よって、日本での“ん”で負けにはなるというルールは今回は適用されていない。だから黒は迷わずこのページを開いた。

 

 

 このゲームのルールで無効回答と判断されるのは、空想及び実現しない、イメージのないもの。

 ――だが、一体それをどうやってチェックするのか。

 目?声?……どのような方法かは分からない。

 だが、黒は、この一撃が、確かに存在するものだと予想を付けている。

 つまり、俺自身はそれを空想としか思っていない――だが、甘い(・・)

 自分の思考を殴りつけるように――否、蹴りつけるようにとでも言うべきか――新たにページを開き、ペンを走らせる。

 

「(《十六種族(イクシード)位階序列第十位、機凱種(エクスマキナ)。多種族の攻撃を『偽典:~』と名付け模倣・再成・無効化でき、大戦時天翼種(フリューゲル)と並んで“神殺し”を行うことが出来た種族》――当然彼らなら天翼種(フリューゲル)最大最高の切り札に等しい一撃、『天撃』を模倣していても何ら可笑しくはない。そして、それを恐らく天翼種(フリューゲル)に撃つことも予測できる。だから、予測した。この一撃を打ち込むなら天翼種(フリューゲル)が密集している場所だろう、と)」

 

 ――そして、そこにジブリールが居ればそのイメージを身を以て体験しているだろう。

 そこに居なくとも、生き残っていた天翼種(フリューゲル)達がイメージを伝えているだろう。

 

 “言った本人のイメージがなければ無効回答”――ではない。“イメージが無ければ無効回答”なのだ。

 つまり、黒のイメージが無くても、ジブリールに在ればそれは有効回答となるという意味にも取れる。そして、機凱種(エクスマキナ)が手に入れた神殺しの種族の最大の一撃、天翼種(フリューゲル)に使用している確率は極めて高い。

 

 ――そう考える黒の計算にも、実は一つ誤算が生じていた。

 

 それは、ジブリールのイメージが、単なる『偽典:天撃(ヒーメアポクリフェン)』には過ぎなかったと言うこと。

 大戦時――彼女の創造主アルトシュが機凱種(エクスマキナ)の手で不活性化した大戦末期に、幻想種アヴァント・ヘイム後方から放たれた、『偽典:天撃(ヒーメアポクリフェン)』。

 

 それは、ジブリールが、機凱種(エクスマキナ)シュヴィに対して放った全身全霊の一撃の模倣。天翼種(フリューゲル)が自身の身体の全てを精霊回廊接続神経に変質させ、精霊回廊の源流を枯渇させかけるまでに吸い上げ、濃縮して放つ一撃。完全な再現ではないとは言え、自身の全身全霊の攻撃の模倣、それが千二百発超(・・・・・)幻想種(ファンタズマ)アヴァント・ヘイムを揺るがしたその攻撃を受けて、先ほどの『電磁投射砲』の遣り取りで生存限界まで力を使っていた彼女に――勝利への道はなかった。

 

 本来精霊を操ることの出来ない黒の手が在るはずの位置、またその背後に、荒れ狂うように精霊が集い光を放つ。余りに強力なエネルギーの集約に周囲の空間が歪むのが分かる。

 ジブリールのイメージは、“自らに打ち込まれるイメージ”。則ち、黒がそれをコントロールして自分に打ち込む予想であり、そのイメージの補助も手伝ってか、黒は自身の頭で自身の指揮下に一時的に収まっている精霊達を完全に支配下に置くことに成功する。

 全ての天撃がただ一点、ジブリールに集束するように見えない砲台を動かす。

 

 息の出来ない苦しみに汗を浮かべながら、黒は種族の壁を嘲笑うかのようにジブリールを見据える。

 

 そして、全砲撃が放たれるよう指示を出した。

 その瞳に映るのは、裸体を見たときの羞恥の心でもなく、気体を消滅させたときの恐怖の心でもない。それら全てが嘘であると感じられるほど、無機質な黒く透き通った瞳。それが本来の黒の瞳なのか――情けなど微塵も感じられない、何も無い空間を見つめるような眼が、迫り来る精霊の奔流より一瞬早くジブリールの心を射貫いた。

 

 メモを閉じ、音の伝わるはずのない空間で、黒が最後に何かを小さく呟いた。

 当然ジブリールには何も聞こえない。だが、かすかに、薄れゆく意識の底で、ハッキリと感じた。

 

 ――これで何も思うことがないのなら、俺に取って価値はない。

 

 死が迫った直前で、もう何も出来ることはない――分かっていても、その一言で、ジブリールは黒を強くにらみ返した。最後まで勝利を諦めなかった証として。

 

 その表情に黒がどのような表情を浮かべたのが分からないまま、かつて自らが生み出した破壊の光に、ジブリールの視界は塗りつぶされた。

 

 

 

 

「……完敗、で御座います」

 

 元の空間に戻るなり、ジブリールは黒の目前にまで来て丁寧に頭を下げた。

 

人類種(イマニティ)を脆弱な種族だと見限り、見下した発言を多々致しましたところを謝罪致します」

「……発想が極端だなジブリール」

 

 とりあえず頭を上げてくれ、美少女に頭を下げられているのは余り良い気分ではないと伝え再度自分の椅子に戻って貰う。

 

「別に、人類種(イマニティ)を見下すのは止めろとは言わない」

「――は?」

 

 予想外の言葉に、気が抜けた返事しかできないジブリール。

 

「前王の敗北に愚痴をこぼすだけで自分たちからは何もしない人類種(イマニティ)を同列に見る必要が何処にあるんだよ?」

「あ、え……?」

「所詮、自分から敗者のぬるま湯に浸かって傷の舐め合いをしているだけの連中だ。俺が言いたいのは、ジブリール。例え相手が弱くても、しっかりとした意志を持った奴ならそれ相応の覚悟を持ってこちらも望むべきだと言うことだ。今回のジブリールの敗因は、俺を所詮人類種(イマニティ)だと僅かでも心の底で侮っていたことだぜ」

「――っ」

 

 容赦なく敗因を指摘してくる黒に、ジブリールは顔を歪める。

 だが、すぐさまその感情を飲み込み、先ほどから考えていた疑問を素直に告げた。

 

「……一つだけ、質問してよろしいでしょうか?」

「ああ、構わないけど?」

「最後のメモでの遣り取り――、貴方はこの結末を予測していたというのですか?」

 

 黒は最後に一言を、その場で書くのではなく予め書いてあったページを開くことで伝えた。恥ずかしそうに頭を掻きながら黒は理由を告げる。

 

「まあね」

 

 そう言って、黒は笑ってページを見せる。

 そこには、最初の『精霊回廊』から、最後の『偽典:天撃(ヒーメアポリクフェン)』までのほぼ全てが書かれていた。

 驚きに顔を染めるジブリールに、黒はニヤニヤと笑う。

 どうやら彼はこの遣り取りすらも予測していたらしく、ジブリールを見る顔もよくよく見れば悪戯が成功した子供の様な顔になっている。

 

「“未来という束ねられた無数の白い糸には、ただ一本“勝利”という名の糸が混ざっている。それを知恵という指で解きほぐし、その手で探り掴み取る――それが人生という名のゲームだ。”」

 

 くすくすっ、と笑う。

 

「何が言いたいかと言えばだな――どれだけ絶望的な状況であっても、絶対に勝利する可能性はある。その、大海に沈む宝石を探すような確率の勝利への道筋、を俺はゲーム前から掴んでいたって事だよ」

 

 まあ、所々は予測できなかったから分かっている糸をつなぎ合わせて勝利と成したって感じだけどな――そう締めくくった。

 最初から最後まで笑って居る黒だが、ジブリールは内心目の前の彼を信じることが出来ないでいた。

 彼の言うとおりなら、彼は昨日と今日の、たった数時間の遣り取りだけでジブリールの性格を掴み、自身の全てを賭けたゲームの最中でも一瞬もこちらを疑わせるような動作をしないまま計算に修正を加え続けていたと言うことになる。しりとりのルールに置いては、ジブリールの発言以外は昨日の本に書いてある軽い説明文しか知り得ていない。

 

 敵の渡した疑わしい情報が嘘だという可能性を織り込んで尚、一つ手を間違えるだけで勝利を失うような命を賭けた遣り取りに正気で挑む。

 そんな彼に、ジブリールは、“敬意”を払うしかなかった。

 分かっていても、言わずにはいられない。

 

「――正気ではありませんね」

「知ってる。それは俺自身がよく分かってる」

 

 ジブリールの眼に苦笑する黒の姿が映る。

 ドクンッ――この、彼を目前にして高鳴る胸の鼓動は一体何なのだろう。

 

「どうだジブリール。一緒にその手で、“神への勝利”を掴んでみる気はあるか?」

 

 自身へと手を差し伸べる黒をジブリールは見る。

 

「俺が目指す未来は、“神様(テト)に勝利する未来”」

 

 明らかに正気ではない。神に挑むなど。

 

 それでも。

 

 この世に生を受けて六千余年――彼女が待っていたのは、彼だ。

 

「(ジブリール、知ってるか?糸を紡ぐってのは、意外と大変なモンなんだぜ?蚕っつー虫から採る作業なんだけどよ、途中で手をミスるは足りなくなるはで途中で切れてしまう。だが、其処に繋げてまた新たに紡ぎ出すことも出来る。つまりだな、俺は今から創造主(アルトシュ)に刃を向ける。全身全霊、命を賭けて奴に挑むが、俺は欠陥品だ。確実に負ける。俺が手にかけた“未来”はそこで一旦途切れるだろうが、いずれ再度紡ぎ出す奴が現れるハズだ。だから、そいつが、俺が切らした“未来”と言う名の糸を手に取るまで――待っていてやってくれ)」

 

 天翼種(フリューゲル)の彼が、笑顔と共に遺した最後の言葉。

 

 その、何千年もの昔の記憶と今が合致する。

 あの時はさっぱり意味が掴めなかった彼の言葉。積み重ねた知識ではさっぱり理解出来なかった言葉が今、ようやく理解出来た気がする。

 

「(――そうなのでしょうか?この人が、貴方の意志を継ぐ者――)」

 

 気付けばジブリールは、差し出された黒の手をしっかりと握っていた。

 

「嗚呼、我が片割れよ。命を賭して未来へと命を捧げた、今は亡き○○よ。貴方が遺した意志を紡ぐに相応しき魂を、私はようやく見つけることができました」

 

 彼女は光輪を後頭部へと移動し、黒の面前で頭を垂れる。

 それは、天翼種(フリューゲル)における最高位の礼。

 

十六種族(イクシード)位階序列第六位天翼種(フリューゲル)、十八翼議会が一対、ジブリール。我が全てを貴方に捧げます」

 

 心の底から、この人に仕えよう――素直な思いが込められた言葉に、面食らったような顔をする黒。思えば、今回の人生でこんな素直な言葉を受け取ったのは何時以来だろうか――そう考えてしまうほど純粋な彼女の言葉に、黒の心が涙を流す。人の悪意すら含まれない言葉を向けられて色を失っていた心に、僅かながら光が戻ったような感触がした。

 

「――ああ。頼りにしてるぞ(・・・・・・・)、ジブリール」

 

 生まれてこの方、一度も他人を心から頼りにした事のない自分だが、今は自然とその言葉を口にする事が出来た。

 

 

 ここから二人の始まりを告げるかのように、図書館の中の光が暖かい光で二人を満たした――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――これは、新たな神話の一部として描かれる一人のゲーマーの物語。

 

「『彼は今まで一人で、天涯孤独の身で世界を相手に闘ってきた。だが、ついに彼の理解者が現れた――』とまあ、こんなところかな」

 

 地平線に浮かぶ一つの空間、対面に誰も座らないそのゲーム盤で一人の少年がペンを片手に物語を楽しそうに綴っていた。

 

「さあ、これからも僕を楽しませてね♪」

 

 そう言って少年――テトはペンを置き、ゲーム盤の対面に置かれた一つの物体を見据える。

 

 本来この世界に存在しないが、ここが出来たときからそこに置かれていた()の置き土産。金属の質感を持ち、複雑な魔術の文字が身に刻まれたソレは――まぎれもなく、拳銃(・・)

 

「――待ってるよ」

 

 

 




 ――
 安心院かなみVerの『具象化しりとり』、お気に召したでしょうか?
 きっと、『天の梯子』の辺りの遣り取りで「んな馬鹿な」と思った方が一番多いでしょう。次に『偽典:天撃(ヒーメアポクリフェン)』ですかね。

 ですが、ゲーム前のやりとりを思い出して下さい。

「架空――すなわち実在しない言葉、イメージの無い言葉は無効回答と見なされますのでご注意を」

 そう、電磁投射砲(レールガン)自体は実在する言葉なので問題はありません。
 “イメージ”も、『心に思い浮かべる像や情景』を意味する言葉なので問題は無い……ハズ。
 せっかくなので、同時期放送の『ブラック・ブレット』の要素を取り込むのも面白いかと思いまして。
 ここだけ原作とは微妙に違うルールだったのですが、気付いた人はいたのでしょうか。
 そういう風に読み飛ばすと、作者のようにテストで酷い点数をとりますよ(笑)。

 この話を書く最中、いずれ『ブラック・ブレット』も書いてみたいと思いました。
 せっかくなので、適当に思いついたあらすじも載せておきます。

 ――西暦2021年、人類はガストレアと呼ばれる未知の生物との戦いに敗北。
 多数の感染者を出した人類は、モノリスと呼ばれる防壁に囲まれた限られた地域で暮らすようになる。
 だが、人類は“バラニウム”と呼ばれる、ガストレアに対する有効手段によってやがて戦闘を有利に進めることが出来るように成った。
 その社会の中で、突如ゾディアックガストレア『金牛宮』討伐のニュースが世界を駆け巡った。
 彼らを倒したのは、ガストレア討伐を専門とする民間警備、通称『民警』。
 第一位から十二万近くまで存在すると言われるその中で、かの化け物を討伐したのはたった一つのペアである。
 青白い髪をもつ少女プロモーターと、呪われた赤い瞳を持つ世界唯一の少年イニシエーター。二人はその顔を隠すように目深にお揃いの黒いフードを被っていた。ペアに冠せられた名は、『星堕とし(スターブレイカー)』。たった二人で金牛宮の軍隊を壊滅に追い込んだ子供たちの民警序列は“第零位”――だが、その存在は嘘か誠か、いまではその序列は空位となっている。
 それから数年後。
 『天地民間警備会社』に所属し、ただ一人でガストレア狩りを続ける男性プロモーターがいた。その名は黒地(クロジ)(カナデ)(仮)。
 これは、様々な原作との差異が生じる中、彼から始まる戦いの物語である。

 ※あくまで嘘予告です。
 が、書くとしたらこんな話ですかね。
 どーせ書く暇ないから良いんですけど。

 それでは、最後になりましたが、これからもこの作品をどうぞよろしく。




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第八手 人類種代表者とは

 多くの感想・評価・お気に入り登録をして下さって有り難うございました。
 原作一巻は、チェスで一話、演説で一話で終わるかなと予想しています。
 早く獣人種の所に進みたい。


 さて、新たな仲間が手に入った感動で高まる胸の鼓動も収まったところで。

 黒は早速、ここから移動することを考えていた。

 このまま図書館で知識を収集するのも良いが、ほぼ全ての書物を網羅し必要な知識を何時でも引き出せるジブリールが傍らにいる以上それは移動中でも出来る――つまりそのことは、今黒に知識収集よりも気になる案件があるということを意味する。

 傅いていたジブリールが面を上げたところで、黒は早速今からの予定を伝えた。

 

「……ジブリール。今すぐエルキア城へ行くぞ」

「はい、マスター(・・・・)

 

 黒を主と認めた彼女は、忠誠を誓った後から彼のことを我が主(マイマスター)と呼ぶようにしたようだ。素直に頭の切り替えが出来るところは流石と言った所だが、その言葉のチョイスは正直どうかと思う黒。しかし、相手が美少女であるからによって注意する気になれないのも事実だった。この場合には一体どちらが悪いのだろう、いや、良い悪いの問題ではないのか――黒は少々迷い、そしてキリがないと考えを打ち切った。

 

 彼女が自らの制御下に戻った精霊回廊接続神経、則ち翼の調子を確かめるように軽くその場で羽ばたいた中で黒は尋ねる。

 

「なあ、自分の存在感を薄める道具を持ってないか?」

「はい、大戦時の骨董品ですが隠蔽効果付きのローブを所持しております♪」

 

 どこからともなく手元に二つ、随分の間使われていなかったようで、黒色の畳まれた布が召喚された。随分と埃っぽい、おそらくジブリールがこの図書館を手に入れる前からあったようだ。彼女が、大戦時のものと言うからには、これを来て昔の人類種(イマニティ)は戦争を生き残ったのかもしれない。――そう考えると、昔はこのボロ布一枚に人一人の命がかかっていたということか……。薄いはずなのに、妙な歴史の重さを感じさせる一品に思えてくる。

 ジブリールがそれらを精霊で一瞬包むと、次の瞬間には新品同様の状態となっていた。どうやら魔法か何かで浄化したらしい。ジブリールが差し出したその片方を受け取り、身を覆うように纏い、深くフードを被る。

 

「エルキア城には同じ異世界の人間がいるんだ。……言っておくが、歩いて行くぞ」

「わざわざ徒歩で、で御座いますか?」

 

 ジブリールは伝える、転移魔法を使えばよろしいでしょうに、と。

 しかし、黒に取って今のエルキアの状況下での魔法の行使は拙いと判断されているようだ。首を振ってそれを否定する。

 

「今現在進行中のエルキア新国王決定戦に、エルヴン・ガルドの間者が紛れ込んでいる。同じく人類種(イマニティ)の代表権を狙う以上、俺たちは絶対にそいつらを相手にする必要が有る。んで、森精種(エルフ)が敵対するこの状況で魔法を発動なんてさせてみろ。下手に怪しまれるのは明らかだ」

 

 その予想は、黒の持つ現在の情報を鑑みてのことだ。

 『  (空白)』と(クロ)の最終目標は言葉に出さずとも互いに確認済み――世界制覇、強いてはテトに挑み勝利すること。

 挑戦権は恐らく、全種族の完全制覇。それは、相手がこちらへ呼ぶときに使用したゲームがチェスであったこと、また種の代表の証として与えられる『種のコマ』が十六個――すなわちチェスの片面の数であることから想像できる。

 そして、手っ取り早く一種族の代表の座を手に入れる方法と言えば、現在最後の人類種(イマニティ)の王国であるここエルキアの王の座に納まり、十六種族最弱、魔法適正序列第十六位の人類種(イマニティ)の代表者となること。

 

 人類種(イマニティ)最後の王国の王とでもなれば、人類種(イマニティ)の集団代表者の証、種のコマを手に入れることになるのは必然だ。

 

 そして、『  (空白)』の相手として最後まで勝ち残るのは当然、あのクラミーという森精種(エルフ)を味方に付けている女。あの、碌にポーカーフェイスも出来ない元王女に対してまで魔法を使うという安全第一の彼女なら、恐らく『  (空白)』に対しても魔法を使って仕掛けてくる可能性が非常に高い。

 

 だが、恐らく空はゲーム前にそれを見抜き、観客に紛れ込んでいる森精種(エルフ)を捜し、観客全員の目の前でイカサマだと指摘するだろう。

 

 だが、森精種(エルフ)もそう馬鹿ではあるまい。協力者は素早くその場を立ち去り、クラミーはそれを否定。そして、晴れてイカサマがないことが分かった中ゲームが開始されかかるだろうが、クラミー自身は安全策をとりたいがために新たなゲームを用意すると言う。

 

 ――トランプ時に見ていて分かったことだが、あの森精種(エルフ)の少女は魔法でイカサマを行使している間ずっと瞬き一つせずカードを見つめていた。きっと、それなりに集中力が必要だったのだろう。

 

 だがしかし、森精種(エルフ)という多種族の関与の可能性が僅かでもあると発覚した以上、おそらく裏で糸を引く森精種(エルフ)自身はゲームの舞台を間近で見ることは不可能。つまり、予めゲームに何らかの魔法を仕込むことになる。だが、黒と白が森精種(エルフ)の存在を見抜いた以上、その背後には新たな種族――特に、自身より位が上の種族の陰があると考え、下手に二人の身体に魔法をかけることは避けるだろう。

 

 つまり、用意されるゲームは少なからず『  (空白)』に勝ち目のあるゲーム。

 

 そこまでは『  (空白)』も読んでいることだろう。

 

 そして、“『  (空白)』に敗北の二文字はない”――彼らが自身を縛る絶対不変のルールがある以上、負けることなど有り得ない。

 

 それでも、未だゲームが始まっていない場合のことを考えて、天翼種(ジブリール)の存在を漏らすわけにはいかない。不用意に漏らせば危険な賭けにでてくるかもしれないからだ。

 すでにゲームは始まっている場合は、その森精種(エルフ)を捜しだす予定だ。

 きっと、人目に付かない場所で、遠見の魔法などで彼らのゲーム状況を視認することだろう。天翼種(フリューゲル)のジブリールを連れている以上、黒も間近でゲームが観戦できるとは到底思えない。そちらへ行けば見られる可能性が有る。

 ここまでの要所だけをかいつまんでジブリールに説明する。

 

「――だから、ジブリールという切り札は後まで隠しておくべきだ。ちなみに、僅かでも不自然な精霊の動きがあったら知らせてくれ。その場所に森精種(エルフ)がいる可能性が高いだろうからな」

「はいっ、分かりました!しかし、まさか一瞬でそこまで考えておられたとは――さすがはマスターで御座いますね♪」

「褒めてくれるのは嬉しいがな――、抱きつくなぁ!」

 

 黒の先読みに驚いたようなジブリールが、感動したように黒へ抱きつく。だが、黒はその幸せを享受するどころか逆に顔を真っ赤にして彼女を引きはがす。

 

 

 まずは図書館の外へ出て、ゆっくりと街の様子をうかがいながら王城へと向かう。

 人々の声を耳で捉えれば、どうやらそろそろ最後の決戦がクラミーVS『  (空白)』の組み合わせで、大々的に行われるようだ。場所は聖堂で現在は準備中。大がかりなゲームを用意するため人を外へ出していると言う。――一体何をするつもりなのやら。

 とりあえず、ジブリールを隠しておいたのは正解だったらしい。

 

 ひとまず『  (空白)』に会おうと、必要な情報を集め終わった後は町中を風の如く駆け抜け、その勢いを乗せたまま城壁を駆け上がって一気に城内に侵入する。

 

 研ぎ澄ませた聴覚でステファニー・ドーラを罵るような『  (空白)』の声を捉え、その声の反射から城の内部構成を把握・逆探知して彼らの元へと向かう。途中で廊下を歩く護衛官たちの話を聞いてみれば、やはり先ほど空が森精種(エルフ)の存在を明らかにしていたらしい。クラミーを好きなように罵っている。――だが、さすがにアッチ系の話に持っていくのは止めようぜ。側を通る女官達が冷たい目で見てるぞ?

 

 まあ彼らのことはどうでもいいからそのまま放っておくことにして進んでいくと、案の定、彼らは城の中庭でベンチに座り話していた。傍らにはステファニー・ドーラの姿も確認できる。

 その側に廊下の屋根上から音を消して降り立ち、ジブリールには屋根上で待機していろと後ろ手で合図しておく。

 ベンチの後ろへと忍び込み、空の右肩にポンと手を置く。

 

「よう空、白。デートが終わったから戻ってきたぜ」

 

 さすがに二度目は驚かないらしく、空も白も、音を消して現れたことに何の反応も見せなかった。――つまらないな、と思ったりしたのだがそれは口に出さないでおく。

 

「おう、黒か。で、今の状況分かってるよな?」

「ああ。今から森精種(エルフ)のイカサマ相手にゲームするんだろ?――俺たちは楽しく外から観戦させて貰うぜ」

「な、なんでですの!?この人も協力した方が良いのでは!?」

 

 あくまで観戦するという意志を伝えた黒に、ステファニーが愕然とした表情で叫ぶ。

 

 ――そう、黒は別に、彼らのゲームに手出しをする気は無い。

 確かに『  (空白)』と(クロ)が手を組めばゲームにおいて並び立てる者はいない。それでも、ゲームで全てが決まるこの世界で、外部から手を加えるのは最大級の侮辱に値する。例え一種族の存亡がかかっていようと。

 納得出来ない様子のステファニーに、黒の方から逆に問いかける。

 

「なら聞くぞ。一体何のために俺が協力しなければならない?」

「何のためって、それはもちろんこのエルキアを、ひいては人類種(イマニティ)を救うために――」

「――そういうのは物語上の主人公にでも任せておくモンだ。言っておくがな、俺は他人を自主的に何の見返りもなく救うなんて高尚な心を持ち合わせちゃいない。俺からしたら、今の(・・)人類種(イマニティ)が足蹴にされようが永遠に搾取されつづけるだけの奴隷になろうがどうでもいいんだよ」

「な――」

 

 黒の暴言ともとれるその言葉に、ステファニーが絶句する。

 

「“今貴方に求められているのは、名誉も財宝も美女も新たな力も名声も美味も何もかも、貴方の得する物は一切合切手に入らない上に常識外れのゲームです。相手は魔法という公式チートを乱用して勝利を手にしようとする輩で、相手取るのは相当面倒です。”――さて、勝利しても何も手に入らす、その上面倒かつ無益なゲームを、滅亡の危機に瀕した一国の元王女の涙を見たくないっていうたった一つの理由のためだけに闘う――そんなのは馬鹿って言うんだよ」

「そんな――」

「そんな?おいおい何を言ってるんだよお前が俺に求めているのはつまりそういう“自分じゃできなかったから他人を頼ろうZE”ってことだろうが一体その理解のどこに間違いがあるってんだよないだろうないよな――ああ誰からも頼られないまま自分は一人寂しく表舞台から幕を引くなんて可哀想な女の子なのステファニー・ドーラ――なんて正直今時の三流韓ドラでも見ないぜまったく馬鹿馬鹿しいなんでも誠心誠意頼めばどうにかなるなんて思ってるのか本当に頭の中お花畑なんだなめでたいぜそのまま一生楽しくピクニックでもしてやがれこの姫様――。以上」

 

 途中の反論を無視して圧倒的な言葉で心をへし折る黒の交渉術に、空白はそれぞれ驚いて口を開けて見ているだけだった。今までチャットでも見なかった黒の様子にただただこの場の主導権を握られるばかり。

 当の本人は、今にも泣き出しそうなステファニーを前に溜息をついて話し出す。

 

「考え自体が生ぬるいんだよ。なんで俺たちが、ただゲームに勝てるからって、見知らぬ他人の全てを自ら進んで負う必要が有る。やるなら自分でやれ」

「そ、それが、できにゃいから、わ私は――」

 

 完全に涙声になっているステファニー。正直気まずい。

 だが、黒はその必死の反論すら否定する。

 

「出来ない?出来るだろ(・・・・・)。甘えたことを抜かすな」

 

 その一言に、ステファニーが眼を見開いて押し黙る。

 ――今この人はなんと言った?既にゲームで負けた私が、まだ何か出来るだと?

 

「単純に言うぞ。王位争奪戦なんて名前がついちゃいるが、結局の所これは人類種(イマニティ)の権利代理者を決める戦いなんだよ。だがなステファニー・ドーラ――

 

 

 

 

 ――そもそも、エルキアの王が権利代替者であるなんていつから錯覚していた?」

 

 そう、エルキアの王はあくまでエルキアの王。

 現在はその地位が人類種(イマニティ)に取って最も高い地位のため、全員がその座を勝ち取った者に全権を委ねようと思っているだけだ。

 なら、そこで負けた者が権利を得るには。

 

「王になれないなら、革命を起こせばいい。王政を破棄すればいい。王の地位から重みを奪えば、名前だけの王など一体誰が全権代理者だと認める?いいか、全権代理者をきめるのはあくまで権利を持つ民衆だ。ならば、王の座を勝ち取った者が種の全権を手にするのか?――否だ。断じて否だ。この壮大な人類種(イマニティ)代表の座を勝ち取るゲームは、民衆の心を掴み取れた者こそが最終的に勝者となる」

 

 誰もが忘れていることだろう。黒も図書館で始めて知った事だが、ステファニー・ドーラは今こそ元王女とはいっても、そのドーラ家の血筋はエルキア初代国王から延々と繋がる万世一代の王の血筋なのだ。

 つまり彼女は、日本で言う、天皇家に連なる者。

 また、ジブリールの図書館にあった国立アカデミーの主席卒業という記録上、間違いなく彼女にもまだ目覚めていないだけで、王族のカリスマの血が流れている。

 

 いざ実行に踏み切れば、彼女でも民衆を纏め上げることが出来る。

 

 そうすれば、民衆の心は彼女をこそ全権代理者に相応しいとするだろう。

 

「いいか。お前は出来る。ただやらないだけだ。他人に頼る人生なんて意味は無い、最終的に頼れるのは自分一人だけだ」

 

 このアイディアは『  (空白)』でも思いつかなかったのか、口をあんぐりと開けている。……まあ、普通誰も考えるわけがないのだが。

 

「とまあ、言って見たもののたかが十六歳の少女に救国の英雄(ジャンヌ・ダルク)を求めるのは無理があったかもな――机上の空論はさておき、空。ゲーム、楽しみにしてるぜ」

「――あ、ああ。任せておけ」

 

 それだけが聞ければ十分だと思ったらしく、黒はジブリールを連れて中庭を出て行く。

 

「本当によろしかったのですかマスター?」

「――あの二人が心配か?」

「――ええ。あのお二人はマスターと同じ異世界の人間、で御座いますよね?森精種(エルフ)の魔法を相手に勝てるとお思いなのですか?」

「もちろん」

 

 二人は暗くなった街の中をゆっくりと練り歩いく。

 時刻は午後六時、日も沈みかけ空は茜色に染まりつつある。街行く人々は今日一日の疲れを背負い、それぞれの家へと帰り始めている。親子仲良く手を繋いで楽しむ者、職場の仲間と酔っぱらいながら千鳥足で帰宅する者達が目立ってきている。

 

「“原理的に勝てないゲームでさえなければ、『  (空白)』に敗北の二文字はない”」

「それはすなわち、あの二人はマスターよりも強いということですか?」

「ああ、強いだろうよ。片方だけなら分からないが、『  (空白)』は二人で初めて完成された一人となる。それに、元々の世界で、あいつらは頂点を取っていた存在だからな」

 

 十六万七千六百八十四戦――零勝――十六万七千六百八十四敗。

 それが、『  (空白)』と『(クロ)』の戦績である。

 RPGからFPS等々様々なジャンルのゲームで名を残してきた黒が唯一勝てない相手。

 その彼らが、森精種(エルフ)に負けるとは到底思えない。

 

 というか、序列を考えて天翼種(フリューゲル)森精種(エルフ)である以上、「  (空白)」>(クロ)(クロ)>ジブリールを含めて考えれば「  (空白)」が森精種(エルフ)に負けるのは普通に考えても有り得ない。

 

「ゲームは今から、か……」

 

 そう呟いた黒とジブリールの隣を、豪華に飾り付けられた馬車が通り過ぎる。

 窓の隙間から一瞬見えた、ベールを被ったクラミーの姿を(クロ)の眼は捉えていた。

 それに、

 

「マスター、今の馬車から森精種(エルフ)の残留精霊が僅かながら感じ取られました」

 

 ジブリールがこう言う以上、間違いない。

 

「ジブリール、今からしばらくの間神経を張り巡らせろ。森精種(エルフ)が精霊を動かす可能性が高い」

 

 とんっ。

 黒は自身の脚力で、ジブリールは翼で一つの高い建物の屋上へと跳び上がる。街全体を五感だけで捜索するため、出来るだけ多くの情報が入る高い場所が望ましいと感じたからだ。

 それぞれ全身の神経に全集中を傾け、僅かな変化を感じ取ろうと構える。

 夕方になって涼しく風が肌を撫で――夕食のテーブルを囲む家族の遣り取りが聞こえ――そのまま十分ほどたった頃――っ。

 

「「ッ!」」

 

 ジブリールは僅かな精霊の流れの異変を感じ取って。

 (クロ)は魔法行使の際の僅かな振動を察知して。

 

 それぞれ同じ方向へと、顔を向けた。

 

「行くぞ、ジブリール」

「はい、マスター」

 

 互いに頷き、そして同時に、屋上から飛び出した。

 

 

 

 

 (クロ)とジブリールが見つめていたその五百メートル先、フィールは森精種(エルフ)である証拠の長耳を隠すことなくピクピクと動かしながら手元の歪んだ空間に映った光景をみつめていた。そこに映し出されているのは、馬車の中で揺られながら会話をする四人の人類種(イマニティ)

 自身の幼なじみであるクラミーと、他国の間者である『  (空白)』と、元王女の……なんだったか。まあ彼女はこの際どうでもいい。それよりも『  (空白)』だ。兄の他人を見下すようでよく観察している濁った瞳と、妹の全てを見透かすな純粋な瞳。それらは手強い相手の持つものだと五十年近くの生で経験済みであるから、クラミーが心配でたまらなかった。

 最も魔法に手慣れた種族である自分が行使した魔法によるイカサマが気付かれるとは到底思えないが……念には念を入れての監視である。

 使用するゲームはチェス――『ストラテジック・チェス』。森精種(エルフ)の中でも数多くの諍いで使用される一般的なゲームだ。ただし、その特殊なルール上、自身に自信が有るものしか使わないのだが。

 

 プレイヤーには『王としての資質』が問われ、それが駒に反映されるというゲーム。

 

 逃げれば挑発され、そこからは売り言葉に買い言葉という成り行きで良く使われる。

 

「クラミー……」

 

 駒に洗脳魔法をかけているとは言え、残念ながら彼女には王の資質があるとは到底言えない。負けてしまうかもしれない。そのことをついつい想像してしまい、悲しそうな声で幼なじみの名前が口をついて出た。要するに、心配なのだ。いつも肝心の所が抜けているために、妙に母性的な面がくすぐられる。

 

 ――だからこそ、彼らの接近に気がつかなかったのだろうか。

 

「Hi、森精種(エルフ)のお姉さん。今日は良いイカサマ日和だね?」

 

 ――気付かれた!?

 フィールは咄嗟に振り返る。

 自身の背後には音も気配もなく、二人の陰が立っていた。

 余りにも不自然に気配が絶たれていることから、着ているものが魔法を付与された者だと即座に看破する。相手側は別に姿を隠す気も無いようで、自ら被っていたフードを脱いだ。

 

「……人類種(イマニティ)天翼種(フリューゲル)……彼らの背後に着くのは天翼種(フリューゲル)でしたか」

 

 序列が一つ上の天翼種(フリューゲル)、だがその僅か一つの差は巨大な壁でもある。

 ここでイカサマだと知れれば、こちらの身が危うい。

 ――だが、イカサマだとばらすことなくこちらに顔を出した以上、別の思惑があるやも知れない。

 フィールはすぐに余裕そうな表情を作り、相手する。

 

「一体何の御用ですかぁ?」

 

 答えたのは、人類種(イマニティ)

 

!dsenjlh?(観戦)

 

 森精種(エルフ)語でそう言って彼が指さすのは、フィールが作り出した遠視用魔法の画面。

 

「――はいー?」

「あらあらマスター、森の田舎共にはどうやら言葉が通じないようで御座いますね?」

 

 ――今この天翼種(フリューゲル)はなんと言った?

 この人類種(イマニティ)を、主人(マスター)、だと?

 驚愕の事実がフィールを襲うが、今それを表に出しては拙い――何とかして心の奥を隠そうとする。目の前の人類種(イマニティ)は隣の天翼種(フリューゲル)を見ている、僅かな変化は気付かれない。

 

「いやジブリール。変に見下すのは止めようぜ。――ああそっちも、別にこっちは危害を加えようって訳じゃあない。ただそれを見せて欲しいだけだ。だから、その右手に用意している魔法、仕舞ってくれないか?」

 

 さらに衝撃的なことに、目の前の人類種(イマニティ)はこちらが作った魔法まで看破してきた。一体どういうことだろうか。――プラフか?

 分からない、とりあえずは素直に頷いておこう。

 

「――分かりました、ですよぉ」

 

 そう言うも、

 

「嘘は良くないぜ。さっさと仕舞えっての」

 

 誤魔化されないようだ。

 本当に手元に集めていた精霊を散らすと、人類種(イマニティ)の男はそれを察知したらしく笑った。

 

「ありがとな。ホントに、危害を加えようってんじゃなくて、俺たちには見られないようなゲームだから見せて欲しいんだよ。あいつらのこっちでの初めてのゲームだからな」

 

 彼の目に、嘘はない。

 

「――良いでしょう。どうぞー」

 

 とりあえず、真意が分からない以上、見せることにした。

 

 

 

 

 ――馬車の中の光景が映る。

 

「だが断るッ!――この空白の好きなことの一つは、絶対的優位にあると思っている奴に、NOと断ってやることだッ!」

 

 ――どこでも人気だな、ジョ○ョネタは。

 異世界へ来て初めてのゲームの直前でも通常運転である二人を見て黒はつい笑ってしまう。クラミーはどうやら空白を説得しようと試みていたらしいが、どうやら今の一言で失敗に終わったのだろう。怒りに満ちた眼で空白を睨み付けた後、颯爽と馬車から立ち去っていった。

 

 そこから場所は移り、どこかの堂に出る。

 

 彼らの目の前には、巨大なチェスの駒が白と黒に塗り分けられた盤の上に置かれていた……ハリーポッター?

 

 

『自分が犠牲になるつもりだ!』

『ダメよ○ン!他に方法が在るはずよ!?』

『スネ○プに賢者の石を盗まれても良いのか!?――いいかい、僕には分かる、僕でも、ハーマ○オニーでもない……君なんだ!』

 

 

 ――ついつい騎士となってカミカゼになる赤毛のことを思い出してしまった。

 だが空白なら……やりかねないな。

 

 画面の中で、クラミーからゲームの説明がされる。

 

 “ルールは単純、駒は命じられたら命じられたままに動く”――とのこと。

 やけに変な言い回しのルール説明だと黒は思った。命じられたら命じられたままに動く――当たり前のことだろうに。

 そう考えている間にも、ゲームは始まった。

 

「「「――盟約に誓って(アッシェンテ)!」」」

 

 ――さあ、ゲームを始めよう。

 

 もはや決めゼリフとなった空白――恐らく空――の言葉が、ふと頭の中を過ぎる。相手が魔法でも、負ける気はさらさら無いようだ。

 

 

 

 人類種(イマニティ)最後の王の座、すなわち人類種(イマニティ)のコマを賭けたことを意味する運命の一戦が今、幕を開けた。

 

 



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第九手 Strategic Chess 前編

 一気に書くのがきつかったので、アニメと同じところで前編後編で分けることにしました。
 内容はアニメ中心となっています。
 そして、多くのお気に入り登録、有り難うございました。
 それではどうぞ。


 空中に投影されたその映像の中では、クラミーが「  (空白)」に先手を譲っていた。――なるほどな。

 黒はそのやりとりだけで、クラミーの仕込む可能性のあり得るイカサマを計算・特定し、さらにこの状況において使用可能・有効な数まで一気に絞り込む。

 

 チェスはその原理上、互いに最善手を打ち続ければ先手必勝である。特に、常時全展開を把握している「  (空白)」と(クロ)にとっては。

 

 彼らのその能力を知らないまでも、基本先手を取る方が有利なのはこの世界(ディスボード)に生きているからには知っているだろう。――つまり、彼女のイカサマはそんな手を容易に踏みにじることが出来る。すなわち、ルール上は問題ないが既存の盤面に当てはまらない展開が出来るということなのだろう。

 

『……b2ポーン、b4へ』

 

 空白の持ち駒である白の兵士を模した駒が動き、前に二マス進む。どうやらボイスセンサが搭載されているようだ――いや、単なる魔法か。それにしても、兵士が台座の上で膝をついたままその台座ごと動くのは黒にとって奇妙な光景だった。

 さて、次はクラミーの手番。一体何をしてくるのやら。黒は奇妙な手を打ってくることを期待して、映像を通し彼女を見つめる。

 

『ポーン七番、前へ』

 

 “前へ”とは、随分適当な指令だ――そう感想をもった黒の瞳に、画面内で指名されたポーンがなんと――前方に三マスも進んだ。

 ……ポーンは初手のみ一または二マス前進でき、その後は一マスだけしか前進できないという縛りがある。そのルールを無視しての行動に、画面内の審判、空、ステファニーが「「「――はぁ!?」」」と同時に叫んだ。ちなみに黒は、面白そうにニヤリと笑った。

 

『これは“意志を持った駒”――そう言ったわよね?』

 

 自信の有るように薄い胸を張るクラミー。

 ――馬鹿なのだろうか?わざわざ相手にヒントを与えるとは。一体何を考えているのだろうか。普通、そこら辺は相手が聞いてこない限り適当にはぐらかすだろう。なんでそんな説明口調になっているのか、黒には理解出来なかった。

 画面内では彼女がそのまま詳しい内容を話していく。

 

『駒はプレイヤーの『カリスマ』、『指揮力』、『指導力』――すなわち『王としての資質』に反映されて動く。王を決めるのには相応しいゲームでしょう?』

 

 ――答えまで言うか。真性のお馬鹿さんだな。

 黒、そしてジブリールは簡単に情報を敵に流してしまう彼女の行動に溜息をついていた。

 

「……クラミー」

 

 隣の森精種(エルフ)ですらも呆れてしまっている。

 これはまた、なんというか。

 

「苦労してそうだな、森精種(エルフ)のお姉さん」

「はいぃ……クラミーはいつも余計なお喋りまでしてしまいますのでぇ……困ったものですぅ……」

 

 母親か、と言いたくなるぐらいの暖かみを持った初体験の声(・・・・・)に黒が呆れながら、どこか未知のものを見つけ、それでいてどこか哀しそうな表情を浮かべる。

 

 ――暖かみをもった声が持つ愛情なんて、俺は最後にいつ聞いたのだろうか。

 黒は、自らに保護者からの愛情を向けられていると思っている。

 “義理の親(保護者)の名前を借りていられる。”

 家の契約に必要だった、たったそれだけの事項だけが、実は黒が愛情を向けられていると思っている理由だ。

 世の中には、親を失って少年兵士となる子どももいる。

 捨てられ、そのまま餓死する子どもだっている。

 何も――名前さえも貰えない、名も無き子供たちよりは。

 関わりがあるという証明をしてくれる――それが、社会から隔絶された黒にとって唯一、愛情にとって代わるものだった。

 だから彼は、この数年で本当の愛情というものを忘れてしまっている。

 今彼が想っている“愛情という二文字に当てはまるモノ”は、長い長い二度目の人生で己が刷り込んだ仮初め(単なる思い込み)に過ぎない――だから、本当の愛情に触れたとき、彼の心は知らないまま、それに惹かれてしまう。

 

「――いいねぇ、家族って」

「……見た目に似合わず大人びた発言をしますねマスターは」

「そりゃどうも」

 

 一応、精神年齢では三十代なのだから、人間としては大人である。

 身体に引っ張られてることもあってか、本人は二十歳くらいの気分だが。

 

『d2ポーン、d3へ』

 

 こちらの話も知らず、画面内では白が平坦な声のまま駒を進めていく。

 

『あら、いいの?そんな悠長な手で』

 

 クラミーが軽く挑発するが、白は聞こえないままゲームに集中する。

 ――そして。

 

「嘘、なのですよぉ……」

 

 予測不能、前例踏破のクラミーの動きを素直な駒の動きだけで追い詰め始めるなど、一体誰が予測できようか――(クロ)以外は。

 

「凄いですねぇ、マスターのお仲間は……魔法でイカサマする相手に素で闘うとは」

「いや、それ自体は当たり前なんだよ」

 

 ジブリールとフィールが(クロ)を見る。

 

「あの程度は常識だからな。その道に精通したゲーマーなら……そうだな、将棋の超一流なら、手元の駒をほぼ失った状況からでさえ相手を完封することが出来る。不完全零和完全情報確定ゲームではそもそも、勝ち方が既に解明されているからな。クラミーと、存在しうる全ての局面を把握しているであろう彼女なら、ちょっとイカサマしたぐらいで差が埋まらないんだろ」

 

 ――だが。

 三人が見つめる盤面は、白の手番で進行が止まっていた。

 

「手の内、駒が意志を持つことを鑑みれば――捨て駒が使えないのか?」

 

 捨て駒、則ち囮――生贄。

 それが存在しうる戦局とは、狂気で陣を支配し、絶対的カリスマと圧倒的指揮系統がバランスを崩さず成り立っている盤面だ。そんなことが出来るのは、歴史上の本物の英雄の器でもなければ不可能。人生経験が短い白であれば、まずカリスマが足りない。

 

 そして何より――「  (空白)」は二人で完成する。未だ空が明確に参戦していない以上、そもそもこちら側は一人の人間として成立すらしてない。その事を分かっている身であれば、むしろここまでの指揮が通ったのが不思議に思うくらいだろう。

 

「ってことは、捨て駒が使えない以上、戦術はかなりの数に絞られてくるな。その中で魔法に対抗する手は二通り。イカサマを暴くまで引き伸ばすか、王を奪うか」

 

 イカサマを暴く――それは実質的に無理な話だ。空白では、予想は出来ても証拠は掴めない。

 だから、取れる手はたった一つ。王を殺すこと。

 

「チェックメイトをかける手はさらに少ない――それを今の白が選べるとは到底思えない」

 

 王の動揺が兵士に伝わり、士気が低下し始めているのが分かる。

 戦局は悪化の道を辿り、士気を失った兵はさらに動きを落としていく。

 ――だが、これでいい。そうだろ、空。

 

『白、交代だ』

 

 空が泣き崩れそうな白の頭に手を置いて、前へと出る。

 

『このゲームはチェスじゃない。見てろ、これは俺の分野だ』

 

 何をするつもりか、空。交代だと言われ、後ろに下がろうとする白をその場に引き留める。そして、彼女を抱え手すりの上に座らせた。

 本人はそこから身を乗り出し――そして、肺一杯に空気を吸って、叫ぶ!

 

『全・軍・に・告・げぇぇぇぇぇるッ!!』

 

 対面にいたクラミーが、突然の空の奇行に眼を開く。

 場の全員が空の行動に目を奪われる中、空は続けて演説を始める。

 

『この戦で功績を挙げた奴には!国王権限で――好きな女と、一発ヤる権利をやる!』

『『何を!?』』

 

 画面内のクラミーとステファニーが叫んだ。

 

『尚、前線で闘う兵士諸君、この戦に勝てば以後の軍籍を免役し、傷害の納税義務を免除!国家から給付金を保障する!故に――童貞よ!死に給うな!また家族が、愛する者が待つ者達も、全員、生きて帰ってくるのだ!』

 

 大げさに身振り手振りを交え、意志を持つ駒達の心を刺激するように声を大きく響かせる。

 

『『『『『『『――オォォォォォォォォォッ!!』』』』』』』

 

 先の見えない暗闇に包まれ、静寂が満たしていた空気を兵士達の咆哮が打ち破り、荒れ狂う戦場の雰囲気へと一気に変化させる。

 さらに彼らは自らに与えられた台から飛び降り、腰に携える剣を抜き放ち、眼を爛々と輝かせ、まるで本当に生きているかのような動きを始めた。

 

「で、出鱈目にもほどがあるのですよぉ……」

「済みません、でも男が皆あんな感じって訳ではないので今すぐその駄々下がりの評価と冷たい目線を速やかに取り下げていただけないでしょうか」

 

 女性である彼女としては、今の発言は流石に少々いただけないところがあったのだろう。

 この場で唯一人男性である黒に、森精種(エルフ)から勝者のない絶対零度の目線が槍のように突き刺さる。

 ――だが。

 

「マスターマスター!」

「なんだ、ジブリール?」

「えっと、あ、あのですね!他の男性体ならともかく、マスターに気の赴くままに身体を蹂躙され征服されるというのは想像するだけで興奮し――」

「変なキャラを付け足すなこの変態天使!」

 

 ジブリールにとっては別の意味で危険なスイッチが入ってしまったようだ。

 ――勘弁してくれ。

 と、馬鹿げたやりとりをしている中でも戦況は進んでいく。

 

『白、お前のお陰でこのチェスはチェスじゃないことが分かった』

『――え?』

『これはストラテジーゲームだ。後は俺がやる。白は、俺が冷静さをかいたら手伝ってくれ。まあ見てろ。このゲームは、俺の担当分野だ――ポーン六番隊へ通達!前線より敵が進行中だ!速攻かけて先手を取れ!』

 

 空に命令を受けた白の兵士が、紫の僧侶の駒の後ろへと飛び上がり、帰り様に剣を振り胴を薙ぎ払う。クラミーの僧侶の駒はその斬撃を防ぐ暇も無いまま砕け散り、音を立てて崩れ去ってしまった。

 

『そんな馬鹿な!?』

『騎兵二番隊!ポーンの開けた活路を無駄にするな!そして、そこの王と女王――つまり俺らだが、てめーらさっさと前線へ行け!高みの見物してる暇なんぞ戦場にはない!』

『な、ちょっと待って!私の手番でしょ!?』

『はぁ?本物の戦争で相手の手番を待つタコがいるのか?』

『くっ……ポーン隊、前進しなさい!防壁を築き王を護れ!』

『ハッ!』

 

 クラミーの対抗策を、空がわざとらしく鼻で笑う。

 勢いで相手を飲み込むのも、確かに立派な戦術だ。

 

『見よ!使い捨てと見下し、臣下を盾とし自らの身を守ろうとするこの王を!前線で兵を闘わせ、後ろでふんぞり返って何が王か!』

『なんですってぇ!?』

『全軍よ――諸君よ!この戦いは、我々エルキアの――人類の!最後の砦であるこの都市を、誰に託すかという命運を左右する戦いであるぞ!眼を開け、その国の女王を――こんな頭の足りない女に任せて、本当にいいのか!?』

『なっ……』

『一方、我らが勝利すれば彼女が女王だ』

 

 ここまで放っておいた白の肩を抱き寄せる。

 

『そう、今し方諸君を想い、諸君に勝利をもたらさんと心を殺して指揮を取り、諸君らに無慈悲と突き放され、心で涙している彼女だ!』

 

 うつむいて顔を隠していた前髪を上げ、その顔を全軍の前に晒す。

 そう、白いアルビノの髪の下で、赤い目にうっすらと涙を浮かべる彼女の顔を。

 

『――貴様らそれでも男かぁッ!』

『『『『『『『ウオォォォォォォォォォォォッ!!』』』』』』』

 

 白の顔に心を打たれた兵士達は、これでもかと言わんばかりに声を上げる。

 その声は堂の中を大きく振動させ、至る所に反響し、彼らの士気を大きく高めていく役割を果たす。

 

『な、何、この迫力は……?』

『誇り高きビショップ、ナイト、ルークよ!その称号に見合う働きを、今こそ示せ!ポーンを援護し、成らせよ!』

 

 空に命令を下されたそれぞれの駒が杖を、剣を構え、次々に紫色の駒に攻撃をかけ破壊する。空の、場の空気を掌握する演説に戸惑っていた彼らは為す術無く崩壊の一途を辿っていくことになる。

 完全に戦局は変わってしまっている。クラミーは怒濤の攻めから一変、守りを固める戦術へと変化させた。各兵に指示を出しながら、空白を見て自らの心情を素直に叫ぶ。

 

『――こんなこと、有り得ない!』

『そりゃあ、そーだよな?森精種(エルフ)の魔法で自軍の士気だけ強制的に上げてんだもんなぁ?』

『くっ……』

 

 自らの手が完全に透けていると思い、何も言い返すことの出来ないクラミー。

 

『カリスマの差と言ってしまえば全て説明が付く、なるほど、証明しにくいイカサマだ――だがお前は、大いに間違えた』

『なんですって?』

 

 その彼女を追い詰めるかのように、空はさらに言葉で彼女の精神を攻めていく。

 

『古今東西、圧政によって自軍を従わせた王が賢王だった試しはなく、何より人は正義のためにしか戦えず、またこの世で絶対的な正義などたった一つしかない!』

『たった一つの、正義――?』

『この世で唯一不変、絶対的真理である正義――それは、“可愛い”だ!』

 

 ――は?

 映像で空の言葉を一字一句逃さず得ていたフィールとジブリールの目が点になる。

 

『“可愛いは正義”!全ての欲求と欲望と本能が可愛いを求め、可愛いのためにその命さえもなげうってみせる――所詮男はそんなモンだッ!』

『そんな、そんなこと――』

 

 ――嘘だ、とでも言いたいのだろう。

 だが、現実では目の前で自身の騎士が、唯の兵士によって瓦礫へと変えられてしまった。

 

『ッ!(向こうにどの種族がついているか分からないから、バレる危険性もある――けど、やるしかない!)キング、E6へ!』

 

 彼女の目がベールを通して据わったのを(クロ)はその視力で捉えた。ここから、まだ何かをやるつもりなのだろうか。

 クラミー自身のである紫の王の眼が妖しく輝き、ここまで来てようやくその重い腰を上げ、一歩を踏み出した。

 その先、E6の黒いパネルが王の足がつくと同時に深い紫の光を放ち、盤上の空気を入れ換える――あれは、魔法か?特定の駒が行動を起こすことで発動する遅延発動型、と(クロ)は瞬時に考える。おそらく、この土壇場で使用するとなると、バレる危険性も高いがそれ相応のリターンが期待できるモノ。

 

 (クロ)の読み通り、次々に、残り少なくなっていた紫の駒達の眼に妖しい光が宿っていく。士気強制上昇魔法の強化か?いや、それとも――。

 場の変化を感じながら、勇敢な一人の兵士が僧侶へと襲いかかった。僧侶はその手に持つ丸盾でその剣を受け止め、反撃しようとメイスを構えた。

 だが、動かない。

 

 その代わりに、盾から発生した紫のオーラが接している剣を伝って白の兵士の身体全体を覆い、やがてその全身を紫に染め上げていく。これは――。

 

『敵は洗脳魔法を使う!全軍、一時撤退せよ!』

『(バレた!?)』

 

 クラミーの額を冷や汗が伝う。

 だが、その動揺は運良く顔の前方を覆う紫のベールに包まれて空達には見えない。

 

『ど、どうなっているんですのぉ!?』

『とにかく撤退だ!敵には一切触れるんじゃない!』

 

 空達の慌てぶりに、クラミーの口の端が自然とつり上がる。

 

『さあ、全軍前へ!』

 

 そのまま、今度は空達の駒をクラミーの駒が下し始めていく。

 

「設置型の魔法術式……引きこもりは手先が器用なことで」

「いや、ジブリール。ここは素直に相手を褒めるべきだ。なるほど、洗脳か……相手に直接かけるわけではなく、触れることのない音声反応式の駒にかけることでバレる可能性を低くする。このチェスにおいては、上手いイカサマだ」

「それはどうも、なのですよぉー」

「しかしよろしいのでしょうか?マスターのお仲間では……」

 

 ジブリールが心配そうな顔をして、画面を食い入るように見つめる(クロ)の顔を見る。だが、その顔は状況に反して笑っていた。

 

「――ああ、そんな心配そうな顔をしなくても良い。大丈夫だ。あの程度のイカサマなら、何回も仕掛けられて勝ってる」

 

 戦略ゲーで相手がチートを使い、戦力をいきなり増幅させたことなら「  (空白)」、「(クロ)」ともに何回も経験したことがある。――そして、チートを使われても、原理的に勝てないゲームでさえなければ敗北はない。

 むしろあれくらいなら、空白を相手取るにはまだ足りないくらいだろうなと思っていた。

 

『敵王の首を刎ねなさい、クイーン』

 

 画面内ではクラミーが無慈悲に死刑を言い渡し、白の王は膝をついて首を垂れる。

 その両手剣が頭上に高く掲げられ、そして王の首を一太刀で斬り落とす――その直前で、空が女王の前に立ちふさがった。

 

『『なぁ!?』』

 

 再度驚きの声が上がる。

 しかし、黒としては「(やっぱりやったか……)」程度の心境だった。

 さらにそこから空は驚くべき展開を見せる。

 

『女王よ、剣を下げて欲しい――そなたは、こんなにも美しいのだから』

『『『はぃぃ!?』』』

『ああ、女王よ。今一度、考え直して欲しい。かの王は、そなたが仕えるに値する王か?兵を洗脳し、あまつさえそなたを矢面に立たせる王がために、そなたは剣を振るうのか?――もう一度、考え直して欲しい!そなたの民は!護るべき者達は!何処にいるのかということを!』

 

 空の言葉に、女王は握っていた両手剣を地に落とした――随分本格的なゲームなことだな。ここまで本格的なゲームを仕上げた技術者に半分、あの行動を迷い無く取った空の度胸に半分、黒は呆れていた。

 そして、その女王はと言えば――自らの色を、紫から白へと変化させる。

 その光景に、クラミーが限界まで眼を見開く。

 

『フフフ……恋愛シミュレーションゲームは、俺が妹より上手い数少ないゲームの一つ!』

「だが、形勢逆転ではない……」

 

 そう、チェスにおける最強の駒を手に入れたことは確かに大きい――普通のチェスにおいてならば。だが、今の相手は触れるだけで駒を洗脳する。すぐに取り替えされる可能性が高い。

 そのことを分かっているからこそ、頭を必死に回転させ戦術を練る空。

 それに対し、クラミーは一旦気を鎮めて今の内に新たな手を練ろうとする――だが、忘れているのだろうか。彼らは、二人で空白だと言うことを。

 冷や汗が垂れた空の手に、白の手がが優しく支えるかのように重ねられる。

 

『……にぃ。二人で空白、だいしょーぶっ』

 

 そして白が手元のタブレットPCをクラミーへと向ける。

 そう、先日とつい先ほど、森精種(エルフ)を見破った時に使用していたものを。

 それは彼女の思惑通り、クラミーの保守的な心を刺激する。

 次に手を打たれる前に、トドメを刺さなければ――と。

 それが命取りであると知らないままに、クラミーは膠着している状況の打破を狙った。

 

『(――くっ。怯んではダメよクラミー・ツェル!反撃しないと!)ナイトよ、敵に寝返ったクイーンを切りなさい!』

 

 だが。

 

『ナイト、どうしたの!?』

 

 ナイトは動かない。

 それどころか、膝をつき、女王に対し頭を垂れ忠誠の証を見せ――今度もまた、その身が白く染まった。それを好機と見たか、空。

 

『白、軍の采配は任せた!敵に洗脳されないよう立ち回れるか!?』

『よゆー、ですっ』

 

 手すりの上に立ち、堂々と可愛らしく宣言する白。

 ――既に場の空気が空白によって掌握されているのは、誰の目にも明らかだった。

 

『どうするつもりですの?』

『――知ってるか、ステフ。ゲームに勝つ方法って、何も一つだけじゃあないんだわ。別に闘わなくなって――勝てる!』

 

 空白側――残り、戦車一名、騎士二名、僧侶一名、女王二名、そして王。

 数少ない精鋭達の眼に、反撃の狼煙とも言える希望の光が灯った。

 

 

 

 

 ――ちなみに、誰か気付いているのだろうか。

 空白が、自らの女王が生きているにもかかわらず新たな女王を迎え入れた――つまり、さりげなくハーレムを作っているという事実に。

 後で本妻の仕打ちが恐ろしそうである。頑張れ、白の王。

 

 密かにそう考える黒の心境を、誰も知ることはなかった。

 

 




 そう、実は空白はハーレムを作っていたッ!
 ――ま、どうでも良いことですが。

 感想・評価等々よろしくお願いします。


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第十手 Strategic Chess 後編

 お気に入り登録&感想&評価、有り難うございます。
 長らくお待たせいたしました。しばらくPCにさわれなかったものでして……。
 さて、それはともかく今回で決定戦は終結。
 最後に黒がクラミーにちょっと色々してます。
 ではどうぞ。


『王よ、愚かな王よ!臣下に女王を殺せとは、酷な命令を!……その怒りに震える肩、民に見せられた物ではないぞ』

 

 紫の王を見据え、諭すように、だがどこか相手のプライドを刺激するような言葉を巧みに選び投げかける。クラミーはその言葉に反論できないまま、ただ顔をベールに隠してうつむいている。手すりを強く握り、その心の中では空に対する怒りの炎を燃やしているのが簡単に見て取れた。

 その様子を見て満足そうに頷きながら、今度は寝返った女王へと声をかける。

 

『――女王よ。私はそなたに、またそなたに従い剣を下ろしたナイト達に、同胞たちにその刃を向けろとはとても言えぬ!ただ、そなたの王はもはや狂乱の道にあるのは明らかではないだろうか……。かの乱心の狂王に代わり、善良なる民を従え、その先へと導くことの出来る器は、もはやそなた以外に居らぬと思うが、相違あるだろうか!?』

 

 ドクンッ、と女王の駒の雰囲気が一変した。

 

『――今こそ、決断を……』

 

 空の言葉が、彼女に女王としての使命を思い出させたのだろうか。

 女王の駒が今度は――真紅に染まる。

 第三の立場としてのその色は、王に対する革命の意志から来たのかもしれない。

 何時の世も、革命の意志を表すのは強き志を携えた者達の熱く滾る鮮血の赤なのだから。

 

『そんなっ!?』

 

 クラミーがさらなる驚愕を受け、大きく叫ぶ。

 

『よくぞ立ち上がった!尊敬に足る勇敢な女王よ!そして洗脳を乗り越え、女王に付き従う心正しき者達よ!狂王の圧政に終止符を打つのは我々ではない――他ならぬ、そなたらだッ!』

 

 画面内での空の演説を聴き、現在進行形で進んでいる戦場の実態をいち早く察知したジブリールが黒に確認する。

 

「――マスター、コレはもしかして……?」

「ああ。内乱(・・)だな。しかも女王(クイーン)という、どのような時でも王に従い、最も王を敬愛するハズの立場で、その上一生を共にしようと誓い合った者が起こす内乱。そんじょそこらの人間が起こした乱とは全くもって格が違う」

 

 画面内の空が、自信たっぷりの笑みを浮かべ、言った。

 

『――言ったろ、闘わずして勝つってな』

 

 その言葉は、こちらを見ている三人にも伝わるような――深い重みを持っていた。

 戦場へと意識を戻し、空は白に指示を出すよう伝えながらさらなる演説で士気を高めていく。

 

『我が求めるは血に非ず!誰もが求めるように――そう、平和である!』

『全軍、紅き女王勢に協力。包囲、展開。誰も、死なせないで!』

 

 当然クラミーはそれを面白く思わない。

 

『この……売国奴共め』

 

 背景に他種族の陰を見せるにも関わらず平然と平和という言葉を口にする空白、人類種(イマニティ)であるにも関わらず森精種(エルフ)の洗脳を乗り越えた戦士達に対するいらだちがクラミーの怒りをさらに加速させる。

 クラミーは本当に忌々しそうに、呟いたのだった。

 自身の目と鼻の先では、空が勝利を確信したかのような気分であののろまな王女へと解説しているのが見えた。

 

『――かつて闘った仲間達を、彼らは容易に斬れやしないんだよ』

『(あんな奴にこの国を渡してしまうわけにはいかないのにッ……)』

 

 ガリッ、と親指の爪を噛んだ。

 その様子を見てか、空は完全に勝利を手にしたかのような顔でクラミーを刺激した。

 

『なあ、狂乱の王よ。知ってるか?王が討ち取られる前に決着を付けることも出来るんだぜ。そっちにもはや勝ち目はない……降伏しろよ』

 

 だが、空はここで手を大きく間違えた。

 超えてはいけない一線を、超えてしまった――だが、それに気付いたときにはすでに時は遅かった。

 ついに、クラミーの瞳から光が消える。

 

『――フフッ……ア、アハハ……アハハハハッ!』

 

 その口から漏れ出るのは、狂乱の笑み。

 

『降伏、ですってぇ……?――この国は渡さない――私達の国は、私達のものよ!』

 

 クラミーの目には、もはや隠す気がないらしく、魔法行使の証である精霊の光が宿る。

 洗脳魔法を最大限に強化しながら、彼女は力一杯叫んだ。

 空白への負の感情を全て、吐き出すように声に乗せて。

 

『全軍、命を捨てて敵王の首を取りなさい!――さあ、裏切り者を斬って捨てて、前へ!』

 

 ただ、貪欲に勝利という結果だけを求めてクラミーは命令を下した。

 

『にぃ……弱った敵を追い詰めすぎると、こうなる』

 

 白が空に言ったが、それは既に遅い。黒の兵隊は、着実に白の陣地へと足を進めていく。

 ステファニーが後ろで頭を抱え、白が目に不安の色を浮かべた。

 場の全員が、白の敗北を予測した――空以外は。

 

『ああ。知ってる。だからやった』

 

 刹那、クラミーの王の兜に一筋の亀裂が走る。

 

『そう、圧政、恐怖支配、独裁者……ふっしぎなもんだよなぁ?古今東西、何時の世もそう言う為政者の最後は、何故か内部者による暗殺で終わるんだよ……。兵士ユニットですらない、誰かのな』

 

 兜に走った亀裂はやがてその駒の全身を駆け巡り――刹那の停止をもって、爆散した。

 ――コレこそが、闘わずして勝つ方法。

 具体名は控えさせて貰うが、彼らの名前を挙げればキリがない。古代ローマから現代に至るまで、何人もの独裁者達が部下によって悲惨な死を遂げているのだ。

 王の駒の崩壊を目にして、クラミーはドサリと音を立てて膝をついた。

 

 その光景は、どちらが勝者なのかを明確に物語っていた。

 

 審判が慌てて宣言した。

 

『こ、この勝負……空白の勝ちとする!』

 

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 

「っ、クラミー……」

 

 フィールは愕然とした表情で、画面内で落ち込むクラミーを見つめていた。

 その横では黒が、大きく背筋を伸ばしてゆっくりと立ち上がった。首を回してゴキッと音を鳴らしながら、横で立って待機していたジブリールに呼びかける。

 

「あー、中々面白かった。それじゃあジブリール、戻ろうか」

「……そこの森精種(エルフ)は放っておいてよろしいので?」

 

 ジブリールは傍らで固まっているフィールに軽く目をやるが、黒はそれを見なかったかのように服についた埃を払って大きく背伸びをする。

 

「ああ。言ったろ?ただ観戦しにきただけだ(・・・・・・・・・・・)ってな。なんで俺が、敗北して傷心の相手を慰めるようなことをわざわざしなきゃならないんだよ」

 

 別にフィールがショックを受けていても、こちらには何一つ関係は無いし慰める義理もない。――だが、映像を見せて貰ったお礼ぐらいはしておくか。

 去り際に一つ、彼女の肩を軽く叩いて耳元でささやく。

 

「んな塞がるなよ、たった一度の敗北ぐらいで。人間は、敗北を繰り返して強くなるんだから。彼女もきっと何かを学んだことだろうさ。だからあんたも顔を上げて、彼女を出迎えてやれ」

 

 その一言を聞いたフィールが顔を上げた時には既に、二人の姿は消え失せていた。

 

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 

 もはや隠す必要もないジブリールの魔法で、黒達は一瞬にしてゲームの行われていた堂の中へと辿り着いた。電力の普及していないこの世界、面倒だと思いながら薄暗い通路を音の反響を頼りに進んでいくと、空白とクラミーが話しているのを鋭い聴覚が捉えた。

 

「……どんなペテンを使ったの?まさか、人類種(イマニティ)だけで森精種(エルフ)の魔法に打ち勝ったなんていうわけじゃないでしょうね?」

 

 言葉にどこか悲しみの色を纏わせたクラミーの声が良く響く。

 他国の間者であると確信している空白に、フィールの力を借りてまで負けた悔しさに満ちた声で彼女はそう問いかけていた。

 

「残念ながら、その通りだぜ?」

 

 その彼女に対面しながら、ゲーム時の焦りは何処へ追いやったのやら。空はいつも通りのヘラヘラとした態度を取り戻してそう答える。まるで、何も無かったかのように――先ほどまでチート有りとはいえ熾烈な戦いを繰り広げていたクラミーのことなど、眼中にないかのように。いつまで経っても分からない子どもをあやす先生のような態度で告げる。

 

「別にな、森精種(エルフ)の力を借りて人類種(イマニティ)を救う――それ自体は悪い戦略じゃあない。大陸最大国エルヴンガルドの有する魔法は誰にも敗れない、確かにそれなら、人類種(イマニティ)を救うって目的は達成出来る――一時的には、な」

 

 最後に小さく呆れた声で呟かれた言葉は、今のクラミーには聞き取ることが出来なかった。

 

「だったら別に――」

 

 ――試合を降りてくれても良かったじゃない!

 そう言おうとしたクラミーの言葉を、

 

「【否定】その考え自体が問題外。ここは盤上の世界(ディスボード)なのだから」

「なっ、機凱種(エクスマキナ)!?」

 

 彼らの間に突如出現した謎のフードが否定する。

 特有の話し方とどこまでも平坦な口調――それは、位階序列第十位機凱種(エクスマキナ)の特徴の一つ。

 

「【肯定】。【説明】――この世界は“全てがゲームで決まる世界”であって、“魔法で決まる世界”ではない。【結論】魔法で人類種(イマニティ)を救うのは、世界の前提に反すること。ルールの裏を掻くのは問題無い、だが前提に反するのはそもそも“問題外”」

 

 その説明の内容は、こうだ。

 遊戯の神テトは、“全てが遊戯(ゲーム)で決まる世界”としてこの世界(ディスボード)を定めた。血で血を洗う生々しい殺し合い――力での闘争を消去し、知恵での闘争をこそ彼は世界の前提として定めた。

 だと言うのに、森精種(エルフ)の持つ魔法という名の“力”を盾にしてひっそりと生き残る?――そんなことが、ここで許されるわけないだろう。

 森精種(エルフ)を他国が恐れるのは、彼らが使う“魔法を使ったゲーム”ではない。彼らが所有する“魔法自体”を恐れるのだから。

 

「っ、偉そうなことをッ!そっちだって、機凱種(エクスマキナ)の力を借りていたくせに!」

「ところがどっこい、残念だったなクラミーさん?それが実は違うんだよなぁー」

 

 フードを脱いで姿を現したのは――黒だった。

 

「ちょっとした変声術でそれらしく喋ってみただけで、実は人間でしたー!」

「お前……鬼だな」

「いやまあ、せっかくだからトドメを刺して完全に心を折ってみようかなーなんて思ったりしてる」

「……くー、最低」

 

 後ろで冷たく否定してくる空と白ちゃんの声なんて聞こえない。

 そんな非難の目で見つめる彼らはさておき。

 黒の心臓に悪い冗談で言葉を失っていたクラミーに一瞬で近づき、顎を優しく持ち上げ、その紫の瞳を覗き込んで黒はゆっくりと話し始めた。

 

「ていうかな、森精種(エルフ)の力を借りて生き残る?――そんなこと出来るわけ無いだろ、馬鹿じゃないのお前?今の人類種(イマニティ)をよく見ろよ。現状を仕方がないと受け入れ、全ての責任を“愚王”という冠を被せた前王になすりつけ、のうのうと生気のない目で何時終わるかも分からないこの日常を生きてる――こんな奴らを森精種(エルフ)の庇護下になんか置いてみな。ますますつけ上がるだけだろうが。“これでもう何も失うことはない”“俺たちは何もしなくても今の王が何とかしてくれる”――ああそうさ。森精種(エルフ)からもたらされた“平和”と言う名の甘い汁に皆が寄りすがって頭を垂れ、誰もがそのまま時の流れに身を任せ心を腐敗させていく。お前、本当にそんなので人類種(イマニティ)が“生き(・・)”残るなんて思ってたりするのか?」

「――っ」

 

 反論する隙など与えず、そのまま一気にたたみかける。

 後ろでは、空白とステファニーが唾を飲み込む音が聞こえた。突然の恐ろしい黒の様子に、何も声が出せないでいる。

 

「他人に全てを任せ、世の流れを漂うだけの人間なんて死体(ゴミ)同然。そんな状況に追い込もうとしていたのは、俺でも空白でも森精種(エルフ)でもない――紛れもないお前自身だぜ?」

 

 クラミーの瞳に怯えが映り始めた。

 それはそうだろう。まさにそんな状況を、その目で長くに渡って見てきた()の言葉は、机上の空論を並び立てる(クラミー)のソレより遥かに何倍も、想像を絶するほど重いのだから。

 

「どんな気分なんだろうな?自分の目の前で緩やかに腐っていく同房(人類種)達を見ていくのはなぁー?」

「そこまでだ、黒。……フンッ!」

 

 クラミーの様子をみてさすがにそろそろ危ないと思ったのか、空。

 その細い身体の何処にあるのかという力を見せて、さらにクラミーを追い詰めようとした黒をなんと近くの手すりから一気に下へと突き落とした。――ドスンッ、という音と共にいくつかの駒が巻き添えで砕け散った音が聞こえたがまあ生身で城への潜入ミッションを達成させた黒なら問題あるまい。

 肝心のクラミーとはいえば、その瞳に怯えと恐怖を刻み込まれ、涙を薄く浮かべながら小さく口を動かして呟いていた。

 

「――私はそんなつもりじゃ――ただみんなを救う――ただの人間が魔法勝てる訳無いの――そんなつもりじゃ――……」

 

 そう壊れた機械のように同じような言葉を延々と呟くクラミーに、めんどくさそうに頭を掻いて、空。

 

「いいか?そう思うのなら、そこが限界になるんだぜ、クラミー・ツェル。相手が森精種(エルフ)だろうが神だろうが、『  (空白)』に敗北はない。あまり――人類を見くびるなよ。もうちょっと、周りを頼ってみなって」

 

 先ほどまでの悪魔のような黒の態度とは一転、優しく諭すかのような空の言葉にクラミーは――

 

「う……うわぁぁぁん!」

「うおっ!?」

「――森精種(エルフ)の力、取り付けて――反故にするのに――フィールに協力して貰って――いったいどれだけめんどーなやりとりやってきたとおもってんのよぉー!――本気だったのにぃー、人類みんな助けたかったのにぃー!」

 

 そのまま本来の調子を取り戻したのか、幼稚な言葉で罵倒を繰り返した。

 

 ――それを、駒の瓦礫の山の下で聞いていた黒は。

 

「……知ってるよ、そんなこと」

 

 人間観察に長けた黒は、その目を見たことでクラミーが本当に真剣だったのは承知していた。他人のために努力しようとしていた彼女は紛れもなく、生きていると感じた。

 それで、せっかくだから強い刺激を与えてみようと考えて間違っているところ&責任の重さって奴を脅し半分で指摘する、あのような行動に出たのだが――

 

「うわーん、ばかぁ……」

 

 ――涙声でそう叫ぶクラミーに、やっぱやり過ぎたかなぁ……と小さく溜息をついた。

 

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 

 さて、クラミーはそのまま泣いて走り去っていき、場所は変わって戴冠式の会場。

 大勢のざわめく民衆と王冠を手にした老人を前に、空白とステファニーは立っていた。ちなみに黒は民衆に紛れて壇上の彼らを見つめている。

 

「――もう、我こそはという挑戦者はおらぬのか?」

 

 その一言で民衆が静まり返るが、誰一人として名乗りを上げない。

 黒も、別に人類の王の座なんかには興味はないため手を挙げたりはしない。

 長い沈黙が場を満たした所で老人がぐるりと周りを見渡し、誰も立候補する者がいないことを確認する。

 

「おっほん……それでは。最後の国王選定戦にて見事勝利を収めた空様――あなたを、新エルキア国王としてよろしいでしょうかな?」

異議あり(待った)!」

 

 それを一刀両断するかの如く断った。

 状況が読めない民衆を尻目に、空は続けて理由を話す。

 

「空だけじゃない、俺達は二人で『空白』なんだよ。――すなわち、俺たち二人が王だぜ?」

 

 空は白の肩を抱き寄せてそう言い放った。

『空白』は二人揃ってこそ一人。確かに、片方だけでは成り立たない――のだが。

 

「――残念ながら、それは出来ませぬ」

 

 空の言葉は、老人によってバッサリと切り捨てられた。

 

「……Why?」

「全権代理者を立てるよう、十の盟約が定めております故。二人(・・)では出来ませぬ」

 

 ――盟約に逆らうのは無理だ。

 ならば、と嘆息して空は妥協案を提案する。

 

「……それじゃ、役割分担ってことで建前上は俺になるのか?」

「異議あり!」

 

 今度は白が反対の意思を示した……また面倒な事になりそうだ、と老人は心の中でそう思った。

 一体どんな理由かと聞いてみれば、

 

「にぃが王になったら……ハーレム作れる。そしたら白……いらなくなる。」

 

 かなりどうでもいい理由だった。

 

「はい?」

「建前上なら王は白。それで異議なし」

「わ、分かりました。それでは改めて――」

「異議ありッ!」

「またですかなっ!?」

「おいおい冗談はよせよマイシスター?槍でも降るんじゃあるまいし」

「しろ、ちょーほんき。真剣と書いて、マジ」

「上等だコラ」

 

 空と白、今度はその二人の間で激しく火花が散る。

 内容は馬鹿らしいことこの上ないのだが、彼らにしてみれば本気なのだから余計に性質が悪い。

 

 民衆や老人の心も知らぬまま、互いに宣戦布告するかのように二人は叫んだ。

 

 

「「――今日という今日こそは、絶対に勝つ!」」

 

 

 

 

 そして、なんと二日後まで続いたそのゲームは。

 

 

 

 

 観戦していた黒の様子を見に来たジブリールの、「別に一人とは明言されておりませんが……?」という一言で全員が灰になり、終わったのだった。

 

 

 




 感想・評価等々、よろしくお願いします。


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第十一手 黒の魔法と風の噂

感想&お気に入り登録、有り難うございました。

ここで原作一巻は終了です。
今のところ、一気にここまでで指摘された誤字脱字を直してから、二巻の余った所をやってさっさと三巻に移る考えです。

これからもこの作品をよろしくお願いします。
ではどうぞ。



 ――あれから数日後。

 空と白は戴冠宣言をした後、修復不可能寸前、まさに壊滅的と言われるほどにまで追い込まれていたエルキアの政治状況を瞬く間に解決し、いつからか民衆に“賢王”と呼ばれ慕われるようになっていた――それが今の世の情勢である。

 突然急激な改革を始めた事に刺激を受けたのか、他国からもたびたび間者が訪れるようになっている。だが、それらは皆真実に辿り着く前に謎の人物(・・・・)の手によってゲームで記憶を改竄され、送り返されるどころか嘘の情報を流す存在になっていた。まあ、犯人は言わずもがな白と空である。

 

 そして、民衆から英雄視されるまでに至った空白に対し、この話の主人公である黒はと言えば。

 

「ジブリール、ここからここまでの本を呼び寄せてくれ」

「はい、マスター♪」

 

 この世界について知識を仕入れるため、己の“モノ”であるジブリールを存分に活用し、魔法(・・)の勉強を本格的に開始していた。

 精霊を未だ使役することが出来ない黒の代わりにジブリールが実験台となって魔法を使用し、改良を重ねていく――それが、今の彼らの現状。

 

 というのも、元々黒は外へ出るくらいなら中で知識を深める学者のような性格であり。

 ジブリールはマスターに使役される&未知の魔法を使用できることで興奮しており。

 どちらにとっても満足のいくものなのだから、最後にこうなる(引き籠もる)のは必然だったと言えるだろう。

 

 ジブリールが魔法で本を呼び寄せる間、黒は広いテーブルを満遍なく使って同時に六冊の本を読み進めながら、手元で紙になにやら複雑な計算式と紋様を描いていた。その隣には読み終わった本が積み重なっており、ジブリールが新たな本を呼び寄せる傍らでそれらを戻していっている。

 

 ちなみにこの世界では紙は高価なモノなのだが、早速黒が発明したオリジナル魔法(本人は使えないのだが……)である製紙魔法(・・・・)によってこの図書館には多く保管される事となっている。

 

 あくまでも生と死を操ると言ったような生死(・・)魔法ではなく、またザ・○ールド的な時を止めるのでもなく、単に紙を精製するだけの製紙《・・》魔法だ。

 

 ×生死・静止

 ○製紙

 

 である。

 

 植物を繊維に分離し、異物を排除、規則通りに整えるという魔法。

 ……異世界に来て初めての魔法が『製紙』なんてのは、黒ぐらいのモノではないだろうか。

 

「製紙を魔法で行うというのは、なんとも素晴らしい発想で御座いましょう……しかも、失敗した紙のインクは分解で消して再利用できるとは」

「まあ、簡単に作れるとはいえ、無駄使いは出来ないしな」

 

 話す傍らでも、黒は手を動かすのを止めることはない。

 もはや読み慣れた精霊種語・森精種語の魔術書に書かれている言葉を片目で流しつつ、次々に計算式を続けて書いていく。

 

「ちなみに今は何の魔法を創っておられるのですか?」

「元いた世界の空想上のゲームの再現。ジブリールの“具象化しりとり”を応用して、仮想世界を創り出す魔法を考えてる。ゲームが全ての世界なんだから、“ソードアート・オン○イン”とかを創りたいんだ」

「……それはまた」

「問題点は、精霊を大量に使うんだよな。それに、生物の神経とのダイレクトリンクがまた個々で細かい調整が必要になるから……」

 

 線を引いては消し、引いては消して黒は頭を抱えながらも製図を進めていく。

 

「こちらは?」

 

 ジブリールが、机の端に寄せられていたその他の黒の作品リストの内から一枚を引っ張り出して問う。

 

「インフィニット・○トラトス。通称IS。量子化魔法が思いつかないから今のところ保留」

「これは?」

「マテリ○ルバーストの術式だな。応用で精霊分解によるエネルギー抽出を考えてる。だが必要量をかなりオーバーするからエネルギーが暴走する可能性が高い」

「それではこちらは……」

「賢○の石。ただし、生体ではない別の材料の当てもないし術式もどう考えても簡単に終わらないからボツ」

 

 どれ一つとっても危険なものである。

 ……全てライトノベルによるモノなのは、まあ、気にしないでおきたい。

 

 それらの研究を重ねて数日、一睡もせず魔法の研究を進めている黒は未だ休むことなく続投の予定らしく、一切手を休めようとする気配がない。

 それを見かねたジブリールが横から提案する。

 

「――マスター、さすがにそろそろ休憩してはどうでしょうか?」

「ああ、まあ、そうだな――この本を読み終わってから――よし、終わった」

 

 

 読んでいた本――著者:ニーナ・クライヴ『種族の生体に干渉する魔法式について』:厚さ約七センチ――を閉じ、んー、と黒は大きく背伸びした。

 体中の関節がバキバキと音を鳴らし、固まっていた身体が一気に解れていくのを感じる。ぐるぐると肩を回すと、これまた気持ちよい感触が伝わってくる。

 立ち上がり、軽く身体を動かして全身の感覚を取り戻す。

 

「すぅー……はぁー……。ジブリール、フードをくれ」

「どうぞ」

 

 一回大きく深呼吸してから、ジブリールから差し出されたフード付きローブを目深く被る。

 

「それじゃあ気分転換に、ちょっと外に出てくる」

 

 

 

 ――実は現在、外では、空白とは異なり黒の評判は悪いモノが流れている(・・・・・・・・・・・・・・・)。どうやら国王決定戦の際、クラミー相手に話した言葉を聞いていた人間が話を歪めて町中に広めたらしく、ちょっとした人相書きすら出回っている始末だ。

 確かに話を何も知らない人間からすれば人類種(イマニティ)全体を貶しているような発言だっただのが、詳しいことも知らないで徐々に内容は歪められていくその行いがさらに人類種(イマニティ)全体の評価を貶めていると言うことに彼らは気付いていないらしい。

 まあ、黒自身も周囲の評価なんぞは気にしない性格なので、話を否定する気などはさらさら無いのだが。

 とりあえず外に出るときは、新たに自作の変装魔法を上書きした黒フードを被り過ごすことにしている。

 しばらく街を歩いていると、ふと曲がり角で誰かとぶつかった。

 

「痛たたたっ……もう、キチンと前見て歩きなさいよね!」

 

 ――ん?どこかで聞いたことがあるような……?

 黒は一瞬、自分の耳が狂ったのかと考えた。

 今耳に入った声は、決してこの場にいるはずのない少女の声。

 

「あれー、貴方は……」

 

 付き添いの女性の声もまた、聞いたことのある内容だった。

 全身を紫で統一した服を着て、腰を地につけた体勢の彼女から目を上げて前を見てみれば、こんどは金に緑の瞳の女性が目に入った――あ。

 

「……こんにちは、お嬢さん。済みませんでしたね、少々考え事をしていたもので」

 

 この二人に関わるとどうも面倒そうな未来しか視えないため、知らない人の振りをして立ち去るのが正解だろう。紳士的な態度を作り、目の前で倒れていた少女に手を差し伸べ、彼女が手を握ると同時にゆっくりと引き上げる。

 

「え、ええ。どうも……?」

「本当に失礼しました、ではこれで――」

 

 がしっ。

 そそくさとその場を立ち去ろうとした黒の肩を、後ろから誰かが掴む。

 

「だまされちゃダメなのですよぉ、クラミー(・・・・)?ねぇ、天翼種(フリューゲル)をつれた男性のお人♪」

 

 あ、ちょ、痛いって。

 ギギギ……と首を後ろに回してみれば、金髪の女性――数日前の森精種(エルフ)のその人が、その華奢な身体の一体何処のそんな力があるのかと思われるほどの握力で、黒の肩を強く掴んでいた。

 

 ……どうやら黒に休息の一時はないらしい。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 服装を変えて誤魔化していても結局は美少女の二人。あの場では色々と拙い方向で人の目を集めそうだったため、黒は一旦彼女らを図書館へと連れていくことを提案した。特に反対する理由もなく、また向こうもこちらを探していたらしく彼女らは何も言わず黒に着いてきてくれていた。

 

 今はジブリールにお茶ついでの食事(数日ぶり)の用意を任せ、黒と二人は各々正面に座り向き合っている。

 

「――とりあえず、アンタが空の言っていた黒で間違いないわよね?」

「ああ、そうだ。その様子だと、そっちは俺を探してたみたいだが」

「そうよ。あの後アンタに色々言われて、結局私は思ったの――確かに、アンタの意見は正しいかもしれない。でも、私は納得出来なかった。コレまでの人生を、いきなり途中から出てきた奴に否定されたくなかった」

「……つまり、ゲームをやれと?」

 

 黒の一言に彼女は無言で頷き、懐から一つの箱を取り出し、その中身を机の上にばらまいた。

 散らばったものは自動的に立ち上がり、そして勝手に整列する。コマの数は計三十二個。白と黒にそれぞれ十六個振り分けられている――チェスだ。

 

「空白と同じ、戦略チェスをやれと?」

「ええ、そうよ。さっき城に行ってあの二人の話をこっそり聞いてみれば、アンタ一人であの二人と同じ実力らしいじゃない」

 

 ※盗聴は犯罪です。

 

「一応、挑むのはこちらだからゲームの決定権は貴方にある……でも、まさか逃げるなんて言わないでしょうね?あれだけ私に言ってくれたんだから」

 

 挑発するように告げるクラミー。

 当然普通の人間で有ればこんなあからさまなイカサマの仕込まれているゲームなど断るのだろうが、あいにくと黒の逃げ道は先ほどの言葉で塞がれている。

 そして何より、黒の辞書に“逃亡”という文字はない。

 

「いいぞ、受けて立とうじゃないか――ジブリール」

「はい、何で御座いましょう?」

 

 傍らに突然ジブリールが出現した。

 ――ハートをあしらったフリル付きエプロンを着て、フライパンを持っていることには間違っても触れてはいけない。

 

「飯が出来るまで後何分かかる?」

「後五分もあれば」

「そうか」

 

 それだけを聞いて、改めてクラミーに向き直る。

 ジブリールは昼食の続きを作りに図書館に備えつきの調理室へと転移していった。

 

「それじゃあ相手するよ、クラミー。ただな、俺はこの四日近く不眠不休で研究やら何やらしていてな、腹が減ってるんだ」

「……何を言いたいの?」

「――五分でケリを付けてやる」

 

 右手の五指を立て、堂々と宣言した黒に二人は開いた口が塞がらなかった。

 幾ら『  (空白)』から負けを学んだとはいえ、そこで大きく成長したクラミーに対して僅か五分で決着をつけるというのは、馬鹿なのか。

 あの場でゲームを視ていたというのはクラミーもフィールから言われて知っている。

 前情報を持っていても、そんな口がたたけるとは――。

 

「――そんなことが出来るとでも?」

「当然」

 

 心の底からの疑問をぶつけたが、それに対してさえ自信満々で言い放つ黒にクラミーは少々面食らう。だが、この状況で受け入れるというのは彼女らにとっても好都合だったのでこれ以上は何も言わないことにする。

 

「で、何を賭けるんだよ?」

「私が勝ったらひとまず謝罪しなさいよ。それで、あんたが勝ったら……何かある?何でも良いわ」

「じゃあ、俺がお前に話したことを納得させる方法を自在に取れるようにする」

「――分かったわ。それじゃあ良いわね?」

「ああ」

 

 黒の手元には黒の駒、クラミーの手元では白の駒がそれぞれ整列して並び立つ。テーブルには盤の代わりだろうか、黒と白のチェック模様が浮かび上がった。

 今にもゲームが始まりそうな雰囲気の中で、黒がそういえば、と思い出したことを告げる。

 

「……ちなみに教えておくが、俺に洗脳魔法は意味は為さないぞ」

「へえ、やけに自信が有るじゃない。さっきの天翼種(フリューゲル)が味方をするのかしら?」

「いや、俺単独でだ(・・・・・)

 

 ここまで大きく出た黒に、フィールはもはや残念な者を見る目しか持てなかった。

 だが、クラミーは違う。あの時空白に感じられた底知れぬ恐ろしさが、目の前の男からもハッキリと五感を通じて感じとれた。

 この男も只者ではない――クラミーは自分の身が一層引き締まるのを感じた。

 

「行くわよ――「『盟約に誓って(アッシェンテ)――!』」」

 

 

 ――その瞬間に起きた出来事を、一体誰が予想できただろうか。

 

 

 余りの出来事に、クラミーが愕然とした面持ちで呟く。

 

「な、なによ、コレッ……!?」

「だから言っただろう、俺には洗脳魔法が効かないと」

 

 ふふん、と(クロ)はまるで予想していた光景だとでも言わんばかりに彼女の眼前の光景を肯定した。

 

「嘘、嘘よ……信じられない!」

 

 黒がニヤリと笑う。

 

「まさか――

 

 

 

 

 

 

 

 ――ここまで人望がないなんて!」

 

 そう、今し方ゲームが開始すると同時に起きた変化。

 

 それは、黒の駒が王と女王を除いて、――全てが白に染まるという前代未聞の光景。

 

「そう、俺に洗脳魔法は意味を成さない……!何故なら、そもそも俺には洗脳されるはずの仲間すらいないのだからなッ!」

 

 ※格好付けるところではありません。

 

「どういうこと、なのよ……」

「そう言うことだ。俺には王としての才能――いや、人の上に立つという才能自体が雀の涙ほどもない(・・・・・・・・)

 

 あの空白ですら、一応は王をやれていたものの。

 黒はいっその事清々しく感じられるほど――味方がいなかった

 

「人は天才に着いて行く。だが、行きすぎた“天災”には着いて行くどころか反乱を起こすのさ」

 

 そう言って、黒は女王の駒を人差し指の腹で優しく撫でる。

 

「コレはジブリールを意味するんだろうな、きっと。俺とジブリールは互いの全てを賭けてゲームをし、俺が勝った。一生涯一緒にいる最強のコマ……それが反映されて、かろうじて女王だけが裏切らなかった。それがこの現状の説明だ。ま、推理通りだな」

「分かっていたのにゲームを受けたの?貴方、本当に馬鹿ね」

 

 心底軽蔑したような目で黒を見る。

 自陣に残るのは女王と王のみ。どうやっても、勝てる気配はない。

 だが、そんな状況でも――黒は妖しい笑みを浮かべたままだった。

 

「いや、馬鹿じゃないな。何故ならコイツには俺が反映されている。それだけで、俺は勝利出来ると確信している」

 

 分からないか?といった様子で首をかしげる黒からはクラミーは何も読み取れない。

 

「つまり――行きすぎた王としての能力が全て詰め込まれていると言うことさ」

 

 刹那、黒の王の姿が消えた。

 慌ててクラミーとフィールがそれを探す中、黒は余裕綽々と話を続けていく。

 

「王としての能力ってのはな、時代による違いこそあれど大きく三つに別れている」

「――なんのこと?」

「一つ、知力」

 

「二つ、カリスマ」

 

「そして三つ――武力(・・)

 

 ゴトンッ、――クラミーの手元で、陶器の落ちる音がした。

 慌ててそちらへ目をやれば、そこでは既にクラミーの王の首が刎ねられていた。

 その後ろには、黒の王が何かを振り抜いた形で盤外に立っていた。

 

「――え?」

「行ったろ、俺の全ての能力が詰め込まれているって。盤の外から回り込んで、携えた剣で一気にお前の首に刺突を繰り出した。刺突は剣の技の中で最も威力のある剣撃で、触れたときに洗脳されないよう直前で手放した。それで、殺したというわけさ。これでも武術を嗜んでいる身なんでな、このくらいの距離なら一瞬で詰めて相手を下すぐらい造作もない。さて、俺は一切合切魔法なんて言うイカサマなんぞや他人に頼らなくても勝ってみせた。これでいいか?」

 

 ……そんな馬鹿な。

 クラミーもフィールも、開いた口が塞がらなかった。

 確かにこのゲームはコマが意志を持って動く。

 しかし、盤の外側から回り込んで敵王を討ち取るなど予想も出来なかった。

 

「ホントは裏切った馬鹿共を女王で皆殺しにしても良かったんだがな」

「はい、丁度五分きっかりで御座います♪」

 

 丁度ジブリールが、四つの器を宙に浮かべ戻ってきた。

 

「とりあえず、飯食いながら話そうぜ。食ってけよ」

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

「……これは?」

「俺の故郷の食べ物の一つ、ラーメンだ」

 

 箸を使って麺を掬い、一気に口の中に突っ込んでズズッと吸い込む。

 ……うん、試しに作ってみた割には問題無い味だな。

 

「ジブリールの記憶の食材の味を元にして、手持ちの食材で再現を頼んでみた。ところどころ不可思議な食材とかが入ってるんだが、まあそこの所は気にしないでほしい」

 

 ちなみに醤油味。醤油自体が無いから、その再現がこのラーメンに入っている食材の中で最も苦労させられるものだった。

 

「で、先ほどのゲームの履行だがな」

 

 ズズッと麺を啜りながら黒は話し始めた。

 

「お前に話したのは、昔の俺に似てた……からかな?」

「昔の?」

「ああ。俺が前の世界に生まれてから――あ、空白は俺達が異世界人だって言ってたか?」

「ええ、確かにそう言ってたわ。どうやら本当みたいね」

「そうか。んじゃ続けるぞ――それで、これまで過ごしてきた年間で得た経験を元に忠告したんだよ。“人類は強い者の元では餌を与えられるだけの肥え太る豚”に過ぎないってことを経験から知っていたからな」

「なんかさらに毒舌になってない?」

「気にするな。で、自慢じゃないが俺はこの世界で天翼種(フリューゲル)ジブリールにゲームで勝ち、お前にも勝った」

「何よ、急に」

「いいから聞け。……だがな、天翼種(フリューゲル)を破るほどの知恵も、同種族を圧倒する身体能力も、元々持って生まれた訳じゃない。空白みたいな生来の天災じゃないんだよ。これは、幼い頃から多くの読書を積み重ね、身体を鍛え上げた結果だ」

 

 黒は神様転生したことで、記憶を持ったまま生まれたことから二次元の存在のある世界に生まれたことを考えて、一応は最大限の努力を尽くしてきた。神様なんかからの多少の補正はあったかもしれないが、今の力は、自分の努力で手に入れたものと胸を張って言えるだけの努力はしてきた。

 

「それでな、力をつけた最初の頃に思ったんだよ。この社会を変えたいってな」

 

 気付いてみれば、周囲は現実を諦めた者達ばかり。

 そんな彼らを引っ張っていこうと、表に出ない役割で彼は大きく尽力することを決めた。

 

「だがな、それを初めて一年がたった頃、気付けばそんな俺の努力は全て空回りに終わっていた」

 

 彼らは黒の努力を見て精進しようと思ったのではない。

 楽が出来るなら甘えようとしただけだった。

 振り返れば、残っていたのは自分の足下に縋るだけの者達ばかりだった。

 

「人は行きすぎた天災にはついてきてくれないらしい。努力で全てが叶うと知っている俺に、努力で追いつけるとはみんなは思わなかったらしくてな。ま、叶えられるだけの努力をしていない奴の頭の中身は俺の知った事じゃないが。とりあえず奴らは結局、素直に甘い汁を吸うだけの知性しか残ってなかった」

 

 そして気付いた。

 大きすぎる力は、周囲を崩すのだと。

 

「今のここでも、同じ事が言える。森精種(エルフ)の魔法は使えないと知っているから、彼らは決して自分たちで動こうとはしない。ただ、それで得られる利益を享受するだけになる。そんな人間達を、目の前で嫌でも見せられた俺だからこそ分かる――今の人類種(イマニティ)は終わってるってな」

 

 黒は麺を食べ終わったらしく、今度は一気に汁を啜り始める。

 

「そんな光景を見せられてみろ――自分のせいで、救おうと思った周囲の人間が独り、また独りと緩やかに腐っていく。俺はそんな気分を、誰かに味合わせるわけにはいかないと思った」

 

 一度失敗したらやり直せないしな、と呟く。

 全員の心にその言葉が不思議な重みを持って深く響いた。

 

「もし俺があの時お前に忠告していなかったら、お前は道を間違えたままそんな未来を創ってしまう考えを持ち続けてしまう。まだ何も行っていない、お前だからこそ言ったんだ。本気で人類種(イマニティ)を救おうと思ってる奴をみすみす見捨てようとは思わない。もしお前が本気でそうやろうとしていなかったんなら、俺は何も言わなかったよ」

 

 ゴトンッ、と飲み干した器を置く。傍らに置いておいた紙で口を拭き、それを近くの屑籠に放る。

 

「それを直に教えてやっても良いぞ?なんなら当時の俺の記憶をさっきのゲームの勝者条件の行使でお前の脳内に直接映しだしてやる。普通の精神じゃ到底耐えられないだろうけどな」

「……止めておくわよ」

「それが賢明な判断だろうさ」

 

 今度はングッ、と水を飲む。

 

「そう言うわけで、やるならキチンと周囲に配慮しながらやることだな。俺と違って、ミスったらマジで一種族が滅ぶんだからよ。しかも、今回で分かったろ、人類種(イマニティ)でも森精種(エルフ)に渡り合えるってのはな」

「……そうね、そう言うことにしておくわ」

「お前には、幸いにも頼れる相談相手もいることだし」

 

 そう言って、隣にいたフィールを目で指す。

 

「あら、貴方にはいなかったの?」

「言ったろ、“天災には誰も着いて行かない”って」

「……分かったわよ」

 

 これ以上クラミーが何かを言うことは無かった。

 

「フィー、行きましょう?」

「はいなのですよぉ、クラミー」

 

 二人は食べ終わってからゆっくりと立ち上がった。

 

「一旦私達はエルヴン・ガルドに戻ってまた策を練り直すことにするわ」

「おー、頑張れ」

「ええ、頑張るわ」

 

 帰り際、図書館の入り口まで案内したところで、フィールが突然懐から千枚以上の束ねられた紙を取り出した。それらは先ほどしまい忘れていた黒の紙である。どうやら、帰る途中にくすねていこうとしたものらしい。 

 だが、ここに来て何故突然取り出したのだろうか。黒としては、そのまま持って帰ると思っていたのだが。

 その内の一枚を引っ張り出し、彼女は黒に見えるように突きだした。

 

「黒さんー、これは一体なんなのですかぁー?」

「ああ、そいつは今の俺たちから唯一神を下すまでの手順の下書きだよ。まずは獣人種(ワービースト)、次に吸血種(ダンピール)――って感じのな。そもそも書いてあるだろ、一番上に“クラミーにチェスで勝つ”ってな」

 

 自分に絶対の自信を持っていたクラミーの態度をゲームを通して理解し。

 フィールに彼女を温かく迎え入れ上げるよう薦めたなら。

 母性の固まりのようなはフィールはクラミーの折れかけた心をその優しさで癒し、良い方向へ持っていこうとあやしていく。そしてその際にクラミーから黒が言った内容を聞いた彼女は、ゲーム中に不可解な行動を示していた黒の事だろうと推測し、黒に対してゲームを挑み、負け、そして素直にそれを受け入れてくれるようにクラミーに少しずつ教える――と、黒はここまで読んでいたわけだ。

 黒の態度から其処までを一気に推測したフィールは。

 

「なるほど……結局最後まで貴方の手の平だったというわけでしたかぁ?」

「今回は、な。ま、貴方もそこまで瞬時に理解出来れば十分素晴らしいぜ。今度ゲームでもしよう」

 

 黒と握手を交わし、素直に自分の負けを認めた。

 利用していると思っていた相手の思い通りだったのは、まあ、ちょっとは悔しいと思っているらしい。しかし、それ以上の不敵な挑戦心を宿した真っ直ぐな瞳を黒は見ていた。

 

 手を話した後、クラミーだけが話が見えていなかったらしく仲良く(?)見つめ合う二人に動揺を隠せなかった。

 

 彼女は結局その黒の紙を返却していき、図書館前からクラミーと共に去っていった。

 

 

 

 

 ――ちなみにその手順の書かれた紙では、数万にも分岐していた世界の攻略法の全てが、最終的にはたった一つの結果に集約していた。

 

 

 最終ページを丸々使って記されたそこには、こう書かれていた。

 

 

 ――『最終目標:空白に勝利……ついでに世界制覇』

 

 

 中心に大きく『空白に勝利』、その五文字を丸で何十にも囲っている。

 そして、最後に付け足すかのようにページの隅に小さく『ついでに世界制覇』と書かれていた。

 

 

 そう、世界制覇だろうが何だろうが、黒の目標は究極には一つ。

 

 

 “『  (空白)』に勝つこと”。

 

 

 初めて出会った、自分以上の強敵に対して勝利を収める。

 

 

 それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ジブリール、先に中に戻ってろ」

「ですが、マスターを一人外に置いて私だけが戻るというのは――」

「いいから、戻れ。ちょっと外の空気に当たっているだけだ」

「そうですか……無礼にもマスターに対し意見を申し上げるなどと、失礼を致しました」

 

 ジブリールは素直に謝り、黒を置いて図書館の中へと消えていった。

 この世界に来てからもう一週間近くがたった。

 入り口の石にゆっくりと腰を下ろし、上半身を倒して寝転がりながら黒は思い出す。

 空白は王位に就き、黒は人外とゲームしその身柄ごと手に入れ――中々に愉快な内容だった。こんな世界は前世の記憶にはないのだが、まあ先を知らないのが本来の人生だ。これからも楽しんでいこうと思う。

 

 それから数分、ゆっくりと流れる雲の動きを眺めていただけの黒はゆっくりと立ち上がり、大きく背伸びをする。

 そろそろ本が恋しくなってきたし、戻るとしよう。

 後ろに振りかえり、図書館の扉を開く。

 

 ――さて。

 

「のぞき見は犯罪だぞ、神様(テト)

 

 それだけ言って、黒はジブリールの待つ、自分の場所へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒が見た何も無い空の先に、突然一人の少年が出現した。

 

 黒がこの世界に来て真っ先に出会った彼は、唯一神――名を、テト。

 

 じろりと非難するかのように殺気混じりの視線を送っていた黒の目を思い出しながら彼は記憶の中で軽く受け流し、いつも通りの笑顔で図書館前の地面に降り立った。

 

「ふふっ、まさか隠れている僕に気付くなんてね……さすがは黒、だね。忘れ物を渡そうと思っていたんだけど……また今度の機会で良いかな」

 

 どうやら会う必要は無かったらしく、彼は素直に引き下がろうと空中に舞い戻った。

 

「君のことも、待ってるよ。早く僕の袂まで来てね♪」

 

 パチンッ、指を鳴らした瞬間には彼の姿は消え失せていた。

 

 




 さて、最後に本文では答えられない『黒の神様転生の設定、要らないのでは?』という質問ですが――この設定は正直言って原作前半じゃ全然関係ない予定です、とだけ返しておきます。深く言うとアレなので。


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チェックメイト 俺と貴方の関係

 多くの感想や高評価、はたまたメッセージで感想を送ってきて下さった皆様、ありがとうございました。

 それではどうぞ。

 今回は原作の流れではなくオリジナルの話です。





 第一弾《俺と貴方との関係(ワールド・オブ・アイ・アンド・ユー)

 

 (クロ)に取って、敗北は勝利への布石である。

 一回の敗北も許さない空白とは違って、彼はただ一度の勝利のためには何度でも黒星を喫することを辞さない。

 全ての道がやがてローマへと辿り着くように、全ての敗北は勝利へと結びつく。

 決して負けてはならないのは掛け金が自分である人生と言う名のゲームのみだ。そこで敗れれば、全ての挑戦権が失われるから。

 

 ――だから。

 

「マスター……七日七晩ぶっ続けでの『十の盟約』の実証はさすがに従者として中断することを宣言いたします。既に目元には隈が出来ておられますし、このままではゲームを続けることさえ難しいかと」

「良いんだよ別に。データ収集やってるだけだし、一時間に五分ずつ寝てるから。なに、死にはしないよ。ふぁぁ――」

 

 例えゲーム進行に支障をきたす程度の睡眠欲が己を襲ってきても。

 

 そのおかげでジブリール相手に二千三百六十七個の黒星を得ていたとしても、今はなんら問題は無い。

 

 そう心の中で呟く黒に、正面に座っていたジブリールが今度こそはと思ってピシャリと忠告する。

 

「そういう問題では御座いません!死ぬ死なない以前の問題です!まともに頭が働いていない状況でも研究を続ける心意気はともかく、身体が保たないでしょう!だから、いい加減、ちゃんとした生活に戻るべきです!」

 

 えー……、と目で訴える素振りをする黒だが、ジブリールは彼へ向ける目を弱める気配はなかった。

 彼女の注意はこの件において既に百回を超えている。

 そのたびに何度も黒の言うことを尊重してきたが――さすがの彼女も、限界という物があった。

 

「幾らマスターの体力・精神力が人間離れしているとは言え――食事に睡眠に入浴に排泄に運動に、その他人間に必要なハズの諸々を一切せずに、ゲームと記録をひたすら続けるのは、流石に全ての権利がマスターにある私としても見過ごせないのです!」

 

 叫ぶ彼女の目の前では、現在進行中のトランプゲーム――その手札五枚を持って椅子に座りながら若干虚ろな瞳になりつつある黒がその言葉をボンヤリとした頭で聞き流していた。

 眠そうに目を八割方閉じつつ、ゆったりとした眠気を含む言葉での黒の反論が飛ぶ。

 

「時間がない中で次のゲームまでに必要な知識を収拾するのには、それなりの犠牲が必要なのだよワトソン君……」

「ワトソンとは誰の事で御座いますか!いえ、それはどうでもいいとして……。マスター、確認しておきますが、自身の状態をきちんと把握なさっておいででしょうか?」

「もちろんだとも」

 

 明らかに言動に変化が有るとを読み取り視線を強めるジブリール。

 その前で黒は、自らのチェックを始めた。

 ――結果。

 

「そうだな……凄く、眠い。腹、減った」

 

 持っていたカードを裏返しにテーブルの上に置き、顔を顎の下で組んだ手で支えながら素直に報告した。言葉の合間にこっくり、こっくりとうつむいているところを見ると本当に辛いところなのだろう。

 いつもだったら大幅に嘘をついて虚構でも見栄を張りゲームを続けるところだが、流石に思考能力も低下しつつあったためそれは出来なかった。

 

 分かっているのなら――、とジブリールは額に血管を浮かび上がらせる。そして、勢いよく椅子から立ち上がり、両手を勢いよくテーブルに叩きつけた。

 

 木製のテーブルとジブリールの手の間から大きく破裂音が鳴り、その拍子に机に載っていたカードのいくつかの裏表が反転する。

 

「だったら、さっさと食事をして、寝て下さいませッ!」

「え、でも、全部データを集めるのに最低でもあと百戦は――」

「(――ギロリ)」

 

 言い訳をしようとした黒をジブリールはなんと目だけで威圧し、黙らせた。

 

 しりとりの時の威圧にも平気で耐えて見せた黒でも――悲しきかな。本気で怒りを募らせた女性に対しては、思考より先に男としての本能が反応してしまったらしい。

 

「Yes,ma'am!……お休み、なさい!(バタッ)」

 

 ビクッと反応した後に何故か敬礼をして、そのまま机に突っ伏してしまった。

 

「ちょっ、マスターっ!?――せめて寝るのなら私と一緒のベッドへ(こんなところで寝ると風邪を引きますよ)!」

 

 ジブリールの声も虚しく、黒は完全にその場で寝入る。

 本音と言葉が逆転しているセリフはツッコむ人間が不在のため不発に終わっていた。

 

 彼女が試しに小さく声を掛けてみるも、起きる気配は全くない。何度進言しても睡眠を取ろうとしなかった彼だったが、今回こそ本当に眠ってしまったらしかった。

 

 

 さて、そんな、無防備に寝姿を晒す自らのマスターを前に。

 

「(ハァハァ、無防備に眠るマスターの寝顔が、今まさに目の前にっ!ああ、この可愛らしい様子はどう言葉で表せというのでしょうか?普段とのギャップがまた良くて――ああっ!)」

 

 ジブリールは性的興奮を覚えていた。

 

 本当に残念な天使である。黒と出会うまでの威圧的な態度は何処へやら。一度彼に屈服させられてからは何かのスイッチが入ったらしく、彼の身体が愛おしくて堪らないといった風に性格が逆転していた。彼から与えられるその全てがご褒美に思え、彼こそが宇宙の真理だとでも言うかのようにその行動に深く心酔していた。それを(自らの貞操も含めて)色々危険だと判断した黒が何とか説得することである程度マトモに戻ったのだが、未だ残念な性格は残念なままだった。

 

「うーん、かかってこぉい、直江百代ぉ!」

 

 訳の分からない寝言を叫ぶマスターの様子を見て、ジブリールは一旦正気を取り戻すと同時に、改めて彼が人類なのだなと再認識させられた。

 

 いくら天翼種(ジブリール)に勝利出来る規格外(チート)で有ったとしても、その元はただの若者にしか見えない。所々達観したかのような言動の端々に、見た目相応の言動も垣間見える。数日分の心地よい睡眠は、そういう黒の根幹を引き出す鍵となっていたのだろう――とジブリールは考えた。其処の所に実は興味があるのだが、黒に何度聞いてもはぐらかされるだけで教えて貰えることは一度としてなかった。自分としても不明であるし、何よりそのことに触れると黒は自然と話をそらし何も語らなくなってしまう。

 

 マスターにも触れられたくない部分が有るのだと思ったジブリールは別の意味で反応し興奮していたのだが、それは彼女だけの秘密として。その事に関しては何度考えても答えは出ないと分かっている。

 

 

 それよりもジブリールには今の発言に気になる点が一つだけ存在した。

 “ナオエモモヨ”、とは一体誰の事なのだろうか。

 かかってこいと言うからには黒と同等の力を持つ存在なのだろうが、元の世界では“並ぶモノは空白を除いていなかった”と聞いている。ならば尚更のこと、誰なのだろうかと不思議に思われた。

 名前だと言うことは分かるのだが、日本語は一通りマスターしても今一漢字の当てはめ方が分からないジブリール。さっぱり見当が付かなかった。

 

「あ、そういえば、マスターの道具には検索機能が付いていたような……」

 

 名案を思いついたと言わんばかりに頭の上に電球を浮かべる。

 傍らに置いてあったPC(設置型充電魔法の改造付き)を拝借し、試しにひらがなで入力しEnterキーを押すが……検索結果は《0》と表示された。どうやら彼女のマスターの頭の中にしかイメージのないものらしい。

 はぁ、と満たされることのない知識欲を呪いつつ彼女は溜息をついた。

 

 

 未だマスターの事をよく知らない事を自覚すると共に、また彼の事をもっと――今まで以上に知りたいという欲求が心の底から浮かび上がってくる。

 

 

 彼女がそれが何なのかを意識するのは、まだまだ先の話である。

 

 

 

 

 ――それから数分後。

 

 マスターである黒のあられもない姿を妄想することにまで発展していたダメ天使ことジブリールは、さすがに落ち着きを取り戻していた。さすがに一度大きく妄想を膨らませれば、その後には普通の思考へと戻るらしい。

 

 机に突っ伏して寝たままの黒を魔法で移動させて自らのベッドの中へとゆっくりと横たわらせる。同じくその横で自らも横になりながら、自分たちの上に純白の毛布を被せた。

 

 限られた図書館内の居住スペース。そこにはジブリールの部屋と同様に黒の部屋も存在している。当然、いくら暴走気味でも最低限の正常な思考を残しているジブリールは本来ならそこへ寝かせるべきだとは分かっている。

 

 ……だが、そこで普段の行いが祟ったのか。ジブリールの度重なる(性的な)襲撃に警戒した黒は、自前の撃退装置を部屋に幾つか取り付けていたのだ。

 

 ジブリールにも明らかにされていないまま組み立てられた装置だったのだが、先日のしりとりで使用された攻撃手段の小型化されたモノが複数取り付けられていると言えば分かるだろうか。それを聞いたときには流石の彼女も顔が青ざめたモノだった。

 

 その解除には時間が掛かるため、やむを得ないと判断して彼女は自らの寝室へと彼を誘った。

 

 子を見守る母親のように、目の前で無防備に眠る彼を見つめる。

 

「嗚呼――幸せで御座いますぅ……」

 

 若干頬が紅潮しているのは見えないこととして。

 

 

 

 それにしても、これが天翼種(フリューゲル)と人類の関係などと、一体何処の誰が信じるだろうか。

 

 文字通り星さえ壊した大戦が終結したとは言え、未だ各種族の間には越えがたい壁が存在している。種族同士ではあらゆる物資をゲーム(遊戯)ではなくゲーム(政治的闘争)で奪い合っており、争いが絶えることはない。

 そんな中で、まさか一つ屋根の下で平和に同じベッドの中に入っていようとは。

 

 常識有る者が聞けば、馬鹿にするか精神鑑定を薦めるか――ともかく、狂気の沙汰とさえ言い切るだろう。

 

 

 そんなことは知った事ではないと言わんばかりに微睡み始めたジブリールも、自らの両手で黒を抱いて毛布に深く潜り始めた。

 意識してはなくとも、黒もそれに返すかのように、自然な動作で自らの両腕をもってジブリールの身体を抱き始める。

 

 世に流されることなく自由に過ごす二人の姿を、一体誰が封じられるのだろうか。

 

 天外から指す煌めきが、二人を暖かく包み込んでいた。

 

 

 

 

 女性特有の甘い香りに包まれながら、黒はゆっくりと意識を覚醒させた。

 暗闇から引き上げられるような心地と共に、五感が鮮明になっていくのを感じていく。数日間の激務から休息していた神経が活性化し、手足の先端の微細な感覚が透き通るように蘇ってくる。

 

「……んぁ?」

 

 意識せず小さく声が口をついて出た。声と言うよりは欠伸に近いものだったが、まあ、どちらとも取れぬものも世の中にはあるだろう。

 黒はうっすらと視界にかかっている靄を消し去ろうとして、両目を手でごしごしとこすった。そのまま手を額へと動かし、今の状況を考えていく。

 

「どこだ、ここ。……確かゲームして、ジブリールにまたどやされて……結局寝たんだったよな?」

「ふにゃ、ますたぁー……」

 

 頭に手を当てて記憶をたぐり寄せていた黒の耳に、艶めかしい女性の声が届いた。

 その声の元を辿る内に、気付いて居なかった肌を覆うぬくもりと、至る所に伝わる柔らかな感触が神経を通じて黒の頭に刺激をもたらした。

 

 ――嫌な予感が、黒を襲った。

 

 恐る恐る声の元へ目を向けると、自身が寝ていた横にはもう一人の存在があった。

 こちらを「マスター」と呼び、ここ最近チャンスがあれば肌と肌の接触を狙ってくる女天使――ジブリール。その普段の面影は消えており、何の夢を見ているのやら、涎を垂らして幸せそうな顔で黒の事を呼んでいた。彼女の様子をさらに深く見てみれば、両手を腰の方に回して黒を離さないようにガッチリと固めており、どうあっても黒から離れる気は無いと言うことが伺える。

 

「……」

 

 はぁー、黒の口から安堵と呆れが半分半分で溜息が出た。

 

 嫌な予感は、どうやら違ったものだったらしい。おかしなテンションで襲ってきていたいつもとは違い、今の彼女は黒をして純粋な微笑みを浮かべていると言える。

 

 ――しかし、しりとりの時のやり取りを覚えていないのか、コイツは……。一緒に寝ていた黒は種族の違いがあることはさておいても異性だ。人類の事を知らない訳ではないだろう。相応の年齢の男女が寝床を共にするなど……。

 

 

 信頼してくれているのか、それともその方向を望んでいるのか――彼女の心境が黒に理解出来るはずがなかった。

 

 

 今まで黒は様々な相手の心を読んできた。……別に、読みたくて読んでいるわけではない。それは単なる変態である。彼の場合、生きるために読むことを強制され続けていたというべきか。

 彼にすり寄る者、甘言を向けてくる者――年齢性別に構わず表とは異なり裏に様々な感情を宿した人間達を相手にしながら、何とか立ち回ってきた。

 

 幼稚園の頃、黒を超常研究所へと連れていこうとした男性がいた――彼らは黒を惨殺し、遺伝子だけを回収するつもりだった。黒はその時既に目覚めつつあった身体能力で監視の手を振り切り、男たちの手から辛くも逃げ切った。

 

 小学校の頃、黒を海外旅行へと誘ってくれた友人の親がいた――黒の成績の陰に過ぎない、常に二番手の息子のために旅先で事故に見せかけ黒を殺すつもりだった。帰りの飛行機の不慮の事故で、その二人の命が失われることになった。

 

 中学校の頃、黒を恋い慕うと告白した女子がいた――彼女は彼の警戒をゆっくりと解いた後、妹もろとも、その頃すでに彼を無視し始めていた両親を殺害し、最後に身も心も虜にして遺産を全て横取りしようとしていた。その時親は死亡し、黒は初めて自らの手で人の命を奪う経験を得た。

 

 そして一年前――高校一年生の時、冷徹なまでにギブアンドテイクの関係だった義理の両親に迷惑をかけないよう独り立ちしていくつかの賞で賞金を得始めていた俺の元には、ついにその十数年間で得た知り合いからの魔の手が伸びてくるようになった。知り合いは皆死亡もしくは精神崩壊し、再起不能へと陥った。

 

 

 あらゆる負の感情を見、対処・報復することには卓越したものの、触れたことのない感情を読んで対応を図ることは出来なかった。今のジブリールの態度のように、メリットデメリットの関係無しに他人の事を考えてくれ、自分を目の前にして自然体でいられる者のことは。

 

 実に微笑ましいその彼女に、気付けば黒はその頭をゆっくりと撫でていた。

 右手で髪の流れに沿うように、その手を前に、前に、何度も繰り返して動かす。――その理由は自分では分からなかった。神相手にすら必勝の手を瞬時にたたき出す黒の頭でも、無意識の内の行動は何なのかという答えを見つけることは出来ない。

 

 一回も引っかかりを覚えない滑らかな髪は、一撫でするごとに心の靄を払っていくような柔らかな心地を黒に与える。

 

「……何だろうな、コレ」

 

 手元でスヤスヤと寝息を立てる彼女の様子を見ると、なぜか心が癒される。

 元の世界でもこんな感じを覚えたことは余りなかった。そもそも周囲がこちらを無視または僅かに敵視するかの状況で、癒しを覚えること自体はあの時を除いてはまずないのだが。

 

「……ふにゃ?」

 

 そのまましばらく頭を撫でてやっていると、やがてジブリールが目を覚ました。

 最後の辺りは俺も横になり、彼女を正面から見つめたまま撫でてやっていた。さすがに寝起きでベッドの上に座っているのは中途半端だった上にジブリールのこちらを掴む力が強すぎて下手に外すのは拙いと考えたからだ。まあ、もう少し休むのも良いかなと思ったのもある。決して、ジブリールの寝顔が可愛かったからという訳ではない。

 

「な、え、マスターっ!?」

 

 起き上がってすぐに睡眠の間の様子を把握したらしく、彼女は黒が頭を撫でていたことに気付いて、顔を真っ赤に染めた。

 

「いつもツンケンして構ってくれないマスターが、何故!?」

「失礼だな、オイ。俺だって、たまには構うぞ」

 

 黒は呆れたように笑う。

 続いてお仕置きとでも言うかのように、ビシッとむき出しになっていたジブリールのおでこに向けてデコピンを放った。普通の威力では聞かないと知っているため、最大限の威力を込めて容赦なく当てる。首を勢いよく後ろにはね飛ばされたジブリールは、「あ痛っ!?……いや、これもご褒美とかいうもので御座いますか!?」というセリフを黒に返した。

 この天翼種(フリューゲル)様はそろそろアウトな気がするのは間違いなのだろうか。どんどん危ない方向へ突き進んでいるのでは、と黒は少しの不安を覚えた。

 

「撫でてやったのは、そうだな。こっちを心配してくれたから、そのお返しだよ」

 

 ……言ってなんだが、恥ずかしいな。

 恥ずかしさに頬の温度の上昇を感じ、黒は見られないようにちょっと顔を背けた。

 それでもジブリールにはお見通しだったようで、彼女はニヤニヤと笑いながら黒が顔を向けた先へと回り込んだのだった。分かってやっているのだから性格が悪い。

 

 ジブリールは黒の顔を正面から覗き込む。

 それを見てますます笑うかと思えば――あくどい笑みを止め、その代わりになぜか不思議そうな顔を浮かべた。

 

「何故マスターは、泣いておられるので(・・・・・・・・・)?」

 

 彼女が指摘した所へ黒はさっと手をやった。

 軽く目尻を拭って前に持ってくると、確かに指には彼女の言葉の証拠である涙の跡が光っていた。

 

「……さあ、なんでだろうな」

 

 俺はその痕跡を消して、彼女の問いに深く言及しないまま今度こそベッドから立ち上がった。後ろで元のいやらしい笑みを浮かべ直したジブリールが迫ってくるが、それを命令という形で押さえつける。

 

 さて、どうやら二人で寝て密着度が上がっていたせいで、少々寝汗を掻いているようだった。

 

「それじゃあ、シャワーでも浴びてくるとするか。いい加減身体も洗いたいし」

「では一緒に入りましょうっ!」

 

 風呂場に向かおうとする黒の横に、ベッドの上から飛び降りたジブリールが立つ。

 息を荒げながら腕を絡め、逃げられないようロックしながら彼女は黒に混浴を迫る。

 ――そんな彼女に対する答えはもちろん。

 

「ノーだ。誰が入るか」

 

 拒否だった。

 それでもそこで素直に下がるジブリールではない。「良いではないかー良いではないかー」といって、しつこく黒に食い下がる。

 

「ジブリール、お前、一応言っておくけど俺の方が立場上なんだぞ……」

 

 そんな黒の呟きから、今日もまた新たな一日が始まる。

 

 




 直江さん家の百代さん……『まじこい』の主要ヒロインナンバー1。黒の中で軍師は百代ルートに入ったそうです。

 感想・評価など随時お待ちしています。


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第二章 仮想世界を揺蕩う獣姫
弾籠め 数式の解―『く』―


 ここから獣人種戦となります。
 使用武器が拳銃という事も有って、緋アリのように話数を進めていきます。
 まずは導入部分、いきなりクライマックスの場面から。
 文字数がかなり少ないですが、導入なのでそこは目を瞑って下さると嬉しいです。
 では、どうぞ。


 弾籠め(リロード)数式の解―『く』―(ファイナルアンサー・■)

 

 

 ――目の前の光景は、一体どう表現されるべきなのか。

 少なくとも空白の事を知っている者からしたら、あの普段の様子からは考えられることのない、信じられるはずもない一幕。

 いくら計算上とは言え、それでも初めて目にする姿を。

 黒の瞳は映していた。

 

 

 

 

 今まさに行われている、エルキア王国VS東部連合の領土争奪戦と題された、実質敵に人類種(イマニティ)VS獣人種(ワービースト)のカードを意味する対種族戦。

 

 異世界最強と呼んでも差し支えないゲーマー、空白。

 元王女、現王の補佐役のステファニー。

 位階序列第六位:天翼種(フリューゲル)のジブリール。

 基本万能、器用貧乏ならぬ器用富豪とでも言える黒。

 そんな現人類種(イマニティ)の使用できる限りのバグがそろい踏みしたチーム。

 

 対するは獣人種(ワービースト)の少女、初瀬いづな一人。

 

 そのルールは至って単純。

 仮想(VR)空間の中で特殊武装を使い、その相手全員を打ち倒し惚れさせれば勝ちという何とも言えない内容である。

 

 ……とまあ、それだけ聞けば、なんと平和なことだろうか。

 精々マ○恋とかその辺りの恋愛ゲームだ。

 

 ――『惚れさせた対象を、手足として使う事が出来る』というルールがなかったなら。

 

 ただ惚れさせるだけならば全くもって問題は無い。

 現にエルキア王国(こちら)側のステファニー・ドーラはこの世界の最上位のルールたる『十の盟約』で空に惚れさせられているとは言え、別に、空に近づく白・ジブリールと言った女性を力尽くで排除するというヤンデレ的な行動に踏み切ることはない。例え空に命令されたとしても、彼女達に手を出すことはないだろう。何故なら彼女の中の倫理観が、惚れた相手の間違いを正すように働くからだ。

 

 しかし、このゲームにおける『惚れる』と言う行為は、その倫理観や自己制御といったヒトがヒトたる源を容易く奪い去る。『惚れた』相手の言うことが絶対。例え天地開闢の一撃が振ってきたりしたとしても。

 

 

 

 

 ――そして、ルールを知っているからこそ、会場で見ている誰もが声を出せなかった。

 

 

 空。

 

 普段の“人類LOVE”と書かれた黄色いシャツを失い、ダウン。

 

 白。

 

 着ていた制服のほぼ全てを失い、白いワイシャツのみとなっている。ダウン。

 

 ステフ。

 

 服と言える服を九〇%失い、下着姿――ダウン。

 

 ジブリール。

 

 衣服の留め金を幾つか失い、ほどけかけの布が危ない。ダウン。

 

 まごう事なき人類最強のゲーマーが地に沈み、一六種族中で身体能力が物理的限界に達している天翼種(フリューゲル)までもがその場に平伏している。彼らは今、惚れた直後に発生する、僅かな間の行動不能期に陥っているのだった。

 

 その現象を引き起こしたのは、死屍累々の舞台の上で黒と相対する一人の少女。

 ゲーム開始時に着込んでいた服のほとんどを失い、さらしと少々の下着姿で立つ少女。 生まれ持った紫の髪と黒の瞳――その全てを情熱を表す赤で染めた少女。

 身体に走る血管が裂け、筋肉が最大の悲鳴を上げ、骨格が軋む。その身に刻まれた僅かな精霊回廊接続神経が限界を超えて慟哭を上げ、熱せられた鉄のような痛みを持つ緋色が全身を駆け巡っている。

 それは獣人種(ワービースト)の中でも限られた者だけが持つ特性――『血壊』。

 物理的限界を超えたその先へと到達する能力の発動を前にして、黒を除いた四人の人類種(イマニティ)の代表が倒れていた。

 

《フゥゥゥゥゥッ……フゥゥゥゥゥッ――》

 

 彼女の口からは口内の粘膜の毛細血管が破裂して流れ出た血の蒸発した証だろうか、文字通り真っ赤な蒸気が漏れ出している。まるで近寄っただけでその者を融かしてしまうような、何処までも暴力的な紅色()が彼女の周囲に渦を巻く。

 

 

 遺された人類種(イマニティ)最後のコマ――黒は倒れた仲間を一瞥した後、その光景を見ながら、

 

《『  (空白)』にジブリール、おまけにステフまでやられるとはな……》

 

 その場その時で唯一人、緊張感を欠くように欠伸をしながら、右手でガリガリと頭を掻いていた。これまで多数の責任を背負ってきた黒だが、それでも相応の責任を背負うときには緊張する。だが緊張していては始まらないため、彼は今その緊張感を欠伸を伴う行動で押さえ込んでいた。

 

 目の前にいるのはまごう事なき、化物(モンスター)

 もはや諦めるしか、道はない――誰もがそう思っている状況の中で。

 

《――さて、もういいだろ》

 

 掻き上げた前髪の隙間から映る瞳で、黒は目の前の獣の少女をきっかりと見据える。

 そして小さく、この光景を見ているであろういのに問いかけた。

 

《ここは仮想空間、そして何をしても死に至ることはない。そうだったよな、爺》

「……っぐ、はい、その通りで御座います」

 

 若干貶すような発言をされて苛つく初瀬いの――初瀬いづなの祖父――だが、審判としての役割を果たさないわけにはいかなかった。

 苛立ちを僅かに含めた声でそう肯定する審判役の老人の声を耳にして――何故だろうか。

 突然彼は、大胆不敵に笑った。

 

《そうだな……一応ここまでは予定通りなんだが、ここから先のことは俺に一任されてるし。それに最近全然動いてないから、そろそろここで軽く本気でやってみるのも有りかもな。――ああ》

 

 黒は自身が今の今まで掛けていた眼鏡を外し、地に投げ捨てる。

 また緑のネクタイを抜き取ってこれまた放り捨て。シャツのボタンをいくつか外し、これまでの戦闘で激しく動いたにも関わらず全く乱れていなかった服装を自ら動きやすいようにと変えた。

 

 そうして彼は一旦目を瞑る。

 

 その余りに無防備な、余りに不自然な行動に、目の前の獣人種(ワービースト)の少女は何故か動かない。その理由は、ゲーム前に行われた空とのやりとりから生まれたものだろうか――それとも果たして、今の黒が発する、システムの規定を超えた圧倒的なオーラからか。

 

 

 そのまま場の雰囲気が止まり、誰もが食い入るように会場のスクリーンを見つめる中。

 

 永遠のように感じられた静止空間の中で、ふと変化が起こった。

 

 獣人種の少女が一歩、後退した(・・・・)のだ。

 『血壊』を使って物理的限界を超え、実際相手になるような者は既にゲームには存在しないはずなのに。

 映し出される彼女の目にははっきりと、“恐怖”の二文字が浮かんで見えた。

 その対面上に立つ男はと言えば、その姿を今までの雰囲気から一変させ。

 名の通りの(クロ)い雰囲気を身に纏って。

 

《――》

 

 瞬間、その場から彼の姿が掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物語はこの数日前から始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 数々の感想を有り難うございました。

 引き続き感想・評価、どうぞよろしくお願いします。


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第一弾 「  」+■=?

 まず何から申し上げれば良いのやら……と思いつつ、まずは謝罪をば。
 更新遅れて、本ッ当に申し訳ありませんでした!!
 テスト終わったら更新するとか言いつつ、気付けばそこから数週間が経過。馬鹿としか言い様が有りません。はい。
 一応この話は書いてたんですが、何回も手直ししてこれで五〇回ぐらい書き直してるんです。全然気に入らないからという個人的な理由で。
 後モンハン4gで大剣振り回してたのもありますが。

 とりあえず、どうぞ。

 P.S.ちょっと前に各章の題を追加しました。


『努力と天才は正反対だと言うけれども、それは違うの』

 

『――』

 

『そりゃまあ最近の二次元作品だったら、才能(スペシャル)よりも努力(ノーマル)を重視する傾向に有るけどね。ほら、現実と所詮二次元を混同しちゃダメなのよね』

 

『――』

 

『努力できる人こそが天才であるのだし、天才である人が努力をする。それが真理よ。努力しない人は天才とは呼ばれることはなく、天才と呼ばれる人は皆努力をしているわ。つまり、それらは同一なのよ。トランプの表裏ではなく、サイコロの目のようなモノよ。結局は同じだというのに、時と状況によって見方の変化するもの』

 

『――』

 

『だから――幾ら貴方が少年ジャンプみたいに血と汗と青春を捧げて努力したと言ってもね、私達にはそうは見えないの。貴方は普通に特別が出来る、化物。普通な私達からしてみれば異常で問題で不吉で歪曲してる、理不尽で摩訶不思議な存在(モンスター)

 

『――』

 

『貴方は常に一番だった。×××を差し置いて。運動だって勉強だって統率だって、常にあの子の先を行く。あの子はしっかりやっているのに。塾でも一番だわ。習い事だって毎度のように金賞を取ってくるし、家でも予習復習は欠かしたことはないわ。なのになのになのに――』

 

『――』

 

『そうよね。貴方は知っているわよね。だって、あの子の一番の友達だもの。いつも学校から帰ってきたら話してくれるわ。黒ちゃんがまたこんなことをやった、凄いってね。――でも、それを見る度に思うわ。あの子だって報われないと可笑しいじゃない――』

 

『――』

 

『ね、分かるでしょ?だから。だから、私達が評価してあげるのよ。あの子が報われないのは貴方が居るから。常に先を行く貴方が、そこにいるから。なら、貴方を消せばあの子が先頭に立てる。あの子の努力が報われるのよ。親が子を導いてあげるのは当然のこと、だから例えその過程で一般人(私達)化け物(貴方)を殺しても――それも当たり前、でしょう?』

 

 彼女は、そう俺に言い聞かせるように、

 

 躊躇と決断の狭間に心を揺らす、自身に言い聞かせるようにそう言いながら――

 

 手の平に持った赤いボタンを、押した。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 図書館最奥部、地下三十メートル及び多数の結界の張られた場所には新設された実験室が位置している。黒がここへ来てから新たに設置された部屋の一つであり、もっぱらここ最近ジブリールと二人で閉じこもっている場である。

 実にどうでもいい話だが、先日黒がジブリールに叱られた(?)のもこの部屋だったりする。

 

 あれから三日が経過した。

 それなりに普通の生活に戻った今となっては、さすがに黒も元通りの体調を取り戻していた。一般人に比べれば十分ハードなのだが、それも今更である。

 そして今日も今日とて部屋に閉じこもり色々な研究を進める、その予定だったのだが……。

 

 予想内(・・・)の第三者の来客により、二人の作業は一時中断となっていた。

 

 

 先日彼らがゲーム(具象化しりとり)をした際に居たテーブル。

 その上に置かれた四つのティーカップからは、白い湯気と甘い香りが漂っていた。無駄な努力と時間を惜しみなく費やしたジブリールの家事スキルは相当に高く、一緒に出された黒のクッキーと見事に調和する味わいを出すことに成功している。二つが合わさって、フロアには甘い匂いが漂っていた。

 当然本に匂いが染みこまないよう、気流操作の結界が組んであった。

 

「んぐ……お、美味いな。コレ入れたのってそっちの天使さんなのか?」

「――美味しい」

 

 要件を出す前にまずは一口と、来客はそれぞれミルクティーとクッキーを口に含む。

 堅すぎず柔らかすぎないさっくりとした感触と、砂糖とバターの奏でる滑らかな甘み。

 茶葉のエキスが深く染みこんだ紅茶と、そこに注がれたミルクの生み出す柔らかな色と香り。

 片方は予想外の驚きに目を開き、もう片方も特に女性としてのプライドがあるわけではないので素直に賞賛した。

 

「クッキーは俺の焼いた奴で、紅茶はジブリールだ」

「どれも魔法で鮮度が保たれていますので、しっかりとした味わいが感じられると思いますよ」

 

 そんな彼らを前に、黒とジブリールも自分の分を口にしていく。

 黒はミルクティーを、ジブリールはクッキーを。

 互いに互いの作った物を最初に口にするのは、果たして偶然かどうか――それを問うのは無粋だろう。

 

「さて、分かってはいるが改めてそっちの口から聞くぞ――本日の用件は?」

 

 傾けていたカップを皿の上に戻し、黒は目を細めながら正面の二人を注視する。

 対面に座る彼らも一旦手を休め、傍らに置かれていた紙で軽く手を拭いてから、手をテーブルの下に戻した。

 

 『人類LOVE』とロゴの入ったシャツを着た青年が、代表として話を切り出す。

 組んだ両手に顎を乗せ、前髪の隙間から覗く鋭い目が黒達を静かに射貫いた。

 

「――全ては我がケモミミのため。獣人種(ワービースト)征服のために、黒、お前らの力を借りたい」

 

 ――いつも通りの下らない理由を吐いた彼は、それで満足したかのように、フッと笑みを浮かべた。

 ……なるほど。

 

「――本日の、要件は?」

「ちょっと待てや黒、なんだその馬鹿を見るかのような目つきはってオイコラそこで目を反らすんじゃねぇー!」

 

 聞かなかった事にした黒に慌てて突っ込む空。

 いつもこんなノリとは言え、さすがにボケをスルーされるのは中々に心に響いたらしい。ボケか本気かは知らないが、二人といえば二人らしい。

 

 呆れたような表情をしながら、やはり目の前の彼らは変わらないと思いつつ。

 黒は、正面の来客――人類種(イマニティ)の王である、空と白を見つめたのだった。

 

 

 

 

 一つのボードに画鋲で留められた、巨大なこの世界(ディスボード)の世界地図。

 その前に立った黒が指示棒を手にとある一部を指していた。

 

「――つまり、獣人種(ワービースト)戦に手を貸せと?」

 

 空達が黒に相談してきた内容は、内政をある程度安定させてからの『対外国との(ゲーム)』だった。

 

 現在の空白は元引きこもりという前科があるとはいえ――一応、『国王と女王』の座に就いており、その仕事内容は主に国内の政治と対外との駆け引きである。

 

 国内政治において『賢王』と呼ばれ、ここ数日で問題貴族などが随分と整理されたのは耳に新しい。

 首を揃えて文句を言いに来た古き貴族達を全員ゲームで打ち倒し、所持品全てを巻き上げたのだとか。そんな逞しい彼らが、今更この内容で黒に相談することがあるだろうか。いや、ない。頭の賢い項羽とでも言うべきだろうか。話術によるカリスマと絶対的な実力によって民衆に圧倒的な支持を得る二人だからこそ、もはや国内に敵はないに等しい。

 

 さて話がそれたが、国内の問題があらかた済んだなら――次は国外の問題について手がつけられていくことは言うまでもない。

 エルキアは人類種(イマニティ)最後の大都市であり、住むべき土地を失った人民達が多くを求めてやってくる。当然空達もいくつかの公共事業を展開して彼らをひとまず食いつながせているものの、このままでは限界という物がある。どうしても、領土の拡大を始めなければならないのだ。

 

 そこで目を付けるべきが、エルキアの目の前に広がる広大な領土を保有する東部連合。

 

 空白の二人としてはこの前見かけたステファニー・ドーラの犬耳に目が行っていることから獣耳と触れあうのが一番の目的なのだろうが、それは置いておくとしても大陸は様々な素材の宝庫である。異世界の知識を使えば大きく活用できることは間違いないだろうし、どう考えても手に入れておきたい場所である。何よりその土地は獣人種が先代からゲームで奪ったものであり、今の内に取り返しておけば元の住民達が戻ることが出来る。彼らなら土地勘もあるから、今後の事業展開にも有意義に活用できる。

 

 だがここで、大きな問題が発生する。

 

 領土を取り戻すためにはエルキア側から東部連合へと勝負を挑まなければならないのだが、肝心のその内容がさっぱり不明なのだ。強いて言っても、分かっているのは相手プレイヤーが獣人で有ること。そんな当たり前のことぐらい、知ることが出来ない。

 

 なぜなら、東部連合は自ら勝負を挑むことなく、常に受け身でゲームを行っているからだ。しかもその上に、彼らはゲームの掛け金として『ゲーム内容に関する記憶の封印』を求めている。つまり、自分たちの慣れ親しんだ上で多種族は不慣れなゲームであり、その上長く研究されたら危険なゲームであり、そこにはイカサマがあるということまでは想像がつく。

 

 つまり東部連合の策は、『十の盟約』の中に存在する『ゲームは挑まれた方が決定権を有する』というルールを最大限に活用するための戦法としては十分なものなのだ。

 

 確かに黒も空白もイカサマを使う相手とは何度か相手をする機会が有ったし、それら全てに対して勝利を収めることは出来た。

 だが、そのどんな場合に置いてであっても、イカサマ――チートにはパターンが存在した。トランプであれば、特殊模様の印刷・形状の僅かな変化・シャッフルにおけるテクニックなどが代表的な所だろうか。

 だが、今回のゲームはイカサマを見抜くどころか、そもそも内容の手がかりすら掴めていない。そもそもイカサマではなく正々堂々としたゲームなのかも知れない。

 

 自分たちでゲーム内容を類推するしかなく、国家戦を担うゲームである以上その情報は厳重に隠匿されているから、実体を探り当てて確定することも出来ない。これは現実なのだから、そう都合良く情報が漏れてくることなども有り得ないと考えるべきだ。

 

 つまり、実質、情報が零に近いところからエルキア側は東部連合に挑まなければならないのだ。古代から現代にかけて、戦を征する最大の要素とは常に情報力である。それが限りなく無いに等しい今、そう簡単に挑むことなどできやしない。

 

 ――それら全ての不利を分かっていて尚、挑むのか?

 口に出さないまま、黒はその目だけで空白に問いかけた。

 

 そんな彼を前にしても、空白は何一つその大胆不敵な態度を変えることはなかった。

 

「ああ。そんなこと分かってるさ。だからこそ、組もうぜって言ってるんだよ。ほら、覚えてるだろ?『「  (俺たち)」に敗北の二文字はない』。そして――」

 

 十全に相手の情報を押さえ、相手の動き――思考すらも予測し、予想外の対策を完璧に実行し尽くす。その上にこそ、空白の無敗は成り立っている。確かに、十分な情報が揃わないのだとしても空白が勝利する可能性はある。だが絶対ではない。十中一二を引き当ててしまうかもしれない。万に一の確率での敗北が、あり得る。

 それは許されない。

 崖っぷちに座る人類を背負う者としてではなく、純粋に、一人(二人)のゲーマーとして。

 だから、九割五分の確率を十全に引き上げるために、

 

「――『■と「  」(俺たち)には、勝利しか残らない』、か?一体何時の話だよ、ソレ」

 

 ■というカードを切る。

 黒の続けた言葉に、覚えてたか、と空が笑う。

 誰が作ったか、そのフレーズは彼らがオンラインゲーム上に現れて僅か数ヶ月後にささやかれ始めたモノ。彗星の如く現れ、瞬く間に最上位を占めた二人のプレイヤーの最初の持たずして持った(・・・・・・・・)肩書き。一度も実現したことがない故に、思い描かれた幻想。

 それを、ここで現実にする。

 

「いえ、お待ち下さい皆様。それは、まず不可能なことで――」

 

 本来であれば、許されない行為だろう。

 人類種(イマニティ)VS獣人種(ワービースト)の舞台に、部外者()が立つことは。

 

 『十の盟約』その七、団体(人類種)の代表として戦えるのは、全権代理者(空白)。黒はその立場に立つことは出来ない。人類種(イマニティ)の中で尾ひれを付けて泳ぐ噂によると、どうやら黒は多種族によって作られた魔導人形(オートマタ)らしいから。

 だからそれが許される様な状況まで持っていく必要性が、今の上に追加される事になる。

 その方法を模索することも付け加えれば、一体どれほどの難易度に跳ね上がることか……そんなことは、ここにいる誰もが分かりきっている話だ。

 

 ジブリールも三人の考えていることを見抜き、進言する。

 明らかなことだと分かっていながらそのまま話を進めようとする三人に、彼女は自身の意を露わにする。

 

「ジブリール」

 

 難しい顔をして考える彼女に、黒は語った。

 

この世に不可能はない(ナッシング・イズ・インポッシブル)、だ。不可能と謳われるモノは未だかつて可能とした者がいないだけで、その言葉は無意識に意識に刷り込んでいる枷でしかない。不可能だとか無理だとかは言ってたら出来ないんだよ」

「つーかジブリールさんよ、黒は人間で天翼種(フリューゲル)のアンタを破っただろうが。それに比べりゃ黒の参加権を納得させることぐらい、簡単じゃねぇの?」

「――あ」

 

 そう。思い返せば目の前に居るマスター、黒こそが僅か数週間前にその不可能を成し遂げたばかりではないか。何千年以上もの月日と共に重ねられた知識を持ってしても自らが勝利出来なかった相手が、不可能を可能に変えたヒトが、目の前に居る。

 

 それは説明にはなっていない。あくまでそれとこれとは話が別の事である。

 それでも、彼女の心の中にあった、マスター()の敗北という僅かな思考を捨て去るには十分な理由だった。

 

「申し訳ありません。マスターを信じないなど、あってはならないことを申し上げるなど……」

「いや、そんな無条件に信じられても困るんだが」

 

 見事に言いくるめられたジブリールを前に笑いながら、黒と白が思い出すように話す。

 

「……それにしても、にぃ、良くそんなの思い出した……」

「出会って間もなくの頃の話だからなぁ。普通覚えてないだろ、あんなの」

 

 この二人(三人)が組んだなら、そこには勝利しか約束されない――初めて見たときはどこのエクスカリバーだと画面越しにも関わらずツッコミを入れたものだった。ちなみにこちらの世界にはない概念だったので、誰にもネタが伝わらないのが残念だったのも同時に覚えている。

 

 その理論は、理由も説明もなく、そして何より実戦で試した覚えすらない。それでは、つまらないから。空白も黒も、互いに互いしか認めた(ゲーマー)はいない。もし二つが揃ったなら、それはもはやゲームではなく――ただの作業だから、と。ただの一度も実現させたことはない。

 だが、今回の相手であれば。

 対戦相手に一切の情報を隠し通す頭脳と、一度望めば物理限界すら超える肉体。そのどちらもを兼ね揃えた今回の相手であれば、「  」と■の二人を相手に、戦い抜くことが出来るかも知れない。

 相手は万全の状態で、こちらは全くの情報がない不安定な状態。――だから?

 

 

 

 実に、面白いじゃないか。

 

 

 

 『何も分からない。方法もルールもゲーム盤も、予め知っておくべきモノが一切手に入らない。全ては、ゲームが始まってから』――逆に考えてみよう。それら全てをひっくるめてのゲームだと考えれば、どこに不都合があるのだろうか?

 

 初見で防具護石装飾品ネコ飯アイテム無し、対象不明に状況&状態不安定の新武器で挑むモンスターハンター。分かっているのは相手(狩猟対象)獣人種(モンスター)だということだけ。ぶっちゃけて言えば、所詮そんなものだ。

 

「ああ、空。改めて言っておくが、俺たちも参加するってことで良いぞ」

「オッケー。そうと決まれば後は宣戦布告、か。一旦城に戻って、準備するか。実はさっき、在エルキア大使館の爺さんにアポ取りつけてきたんでな。明日には向こうへ行くぜ」

「分かった。んなら、それ相応の準備をしていくとするか」

 

 黒とジブリールの参加が決まったところで、話は一気に進んでいく。

 宣戦布告は明日、四人――いや、ステファニー・ドーラを含めた五人で正面から堂々と乗り込む予定だ。

 なぜ彼女が必要かというと……「別に必要は無いが黙って行動すると後で五月蠅そうだから」「ステフ、うざい……」らしい。その扱いはいくら何でも酷くないか?と黒だけが思っていた。

 

 

 




 チェックはしたんですが、所々表現がおかしいかもです。深夜でハイテンションなので。

 ちなみに、この時点で原作との差異が結構出てきてます。
 大分無茶苦茶ですが、黒が入った分の補正だとでも思っておいて下さい。




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第二弾 獣人種との初交流

 多くのお気に入り登録、そして評価を有り難うございました。
 また誤字の指摘も有り難うございました。ほぼ先ほど修正しました。
 
 さて、今回の話は話し合いを含めると長くなると思い、キリの良さそうなところで半分に切ったため短くなっております。
 では、どうぞ。


 普段と変わらぬ空白の二人。王女のドレスを着たステファニー・ドーラ。薄い白布と留め金の服を着たジブリール。そして、元の制服の上に気に入った黒色のローブ(大戦時の骨董品)を羽織った黒。

 その五人は先日の約束通り、獣人種(ワービースト)の大使館を訪ねるために図書館前に集合していた。

 実に異様な雰囲気の集団だったが、ジブリールのくみ上げた認識阻害の結界により、前の通りを過ぎていく町の人々が彼らに目を向けることはなかった。まあヘタに見つかるのも色々と面倒なので。

 

 揃った四人を一通り見て、ジブリール。

 

「揃ったようですね。さて、それでは大使館へと向かいましょうか」

「……って、どうやって行くんですのよ!?今から行っても夕方ですのに!?」

 

 ちなみに現在午後三時。

 空と白の足で行けば夕方、ジブリールと黒で行けば一時間後には辿り着く時間である。

 今頃それを言うのか、と四人の目がステファニーに突き刺さる。

 

「ツッコむの遅くないかステフ?お前それだけしか取り柄ないのに、このままじゃ霞同然になっちまうぞ?」

「……ステフ、無意味」

「ここまで思考回路が遅い人間が居るとは……逆に興味が湧いてきます」

「どうでも良いからさっさと行こうぜ」

「最後に行くほど辛辣なコメントですわねぇ!?私そんなに酷いんですの!?」

 

 ノーコメントとでも言わんばかりに黒とジブリールが彼女から顔を背け、「だって、ねぇ……」と言外に示すように顔を見合わせる空と白。

 無駄にそう言う所では息が合っている四人だった。

 そして。

 

「……それでは皆様、私の身体にお触れ下さい」

「なんで誰も否定してくれないんですのよぉ!」

 

 若干涙目になっている元王女をあえてスルーして、三人はそれぞれジブリールの手、肩、腰に手を付ける。それを見て慌ててステファニーがひっつき、同時にジブリールが手元に精霊を引き寄せていく。

 

「――それでは、失礼致します」

 

 刹那。

 五人の姿は残像を残し、その場から消え失せた。

 

 

 

 

 耳元で鈴のような音が幽かに響く――その僅かな間に、全員の視界が切り替わる。

 壮大なエルキアの図書館を見ていたはずが、一転。

 この世界に来たときと同じ、地平線がのぞく光景が彼らの目に映った。

 それと共に、一瞬の浮遊感と――続く、急激な落下の感触が身体を襲う。

 

「なんなんですのよこれぇぇぇぇっ!?」

「一々五月蠅いですね、ドラちゃんは……。もう少し落ち着きというモノを知っては如何でしょう?」

「そんなの知ったこっちゃないですわぁぁぁ――」

「そうですか」

 

 そんなコントのような遣り取りをする二人を横に、空は驚いた顔で黒に問いかけた。

 

「……なあおいマスターさんよ、今お前の従者は何をしたんですかねぇ?」

 

 信じられないような体験をした空の横で、顔色一つ変えずに普段通りの顔の黒。

 彼に、今起こった事の説明を求める。いや、空にも想像は付いているのだが。それはあくまで想像の産物であって、現実には有るとは思えない――

 

空間転移(テレポート)。何処でもドアとか転移結晶とかみたいなものだよ」

 

 ――魔法。

 

「基本見たところなら何処でも行けるらしいが、その分コストは馬鹿高くてな。使える種族はそんなに居ないぜ」

「おいおい、マジかよ……」

 

 空は黒の話を聞いて、冷や汗を流す。

 現在の最新科学でも可能ではない空間移動を容易く行うとは……これが魔法なのか。

 

「少なくとも、天翼種(フリューゲル)はこんなのを簡単に使えるってのかよ……」

 

 ちらりと横を見たその先には、なんら変わらぬ顔で落ちているジブリールがいる。

 先ほど黒はコストが馬鹿高いと言っていたが、少なくとも天翼種(フリューゲル)にとっては遊戯同然の魔法らしかった。

 『一六種族(イクシード)』魔法適正序列上、その上には後五つの種族が名を連ねているのは知っている。つまり、今から相手にする中には目の前の天翼種(バケモノ)以上の存在もいるというわけで――

 

「は、面白ぇ……今から俺たちは、こんなのを相手にゲームするのか」

「にぃ、楽しそう……」

 

 それでもギュッと引っ付く片割れ()は、自身の顔が笑っているという。

 

「そりゃそうだ、ろっ!」

 

 クラミーと森精種(エルフ)相手に戦ったあのチェスが、昨日のことのように思い出される。唯のコマ遊びから、魔法と知力が絡み合う複雑怪奇な遊戯(ゲーム)へと変貌する。

 あの時以上の戦いが、これから繰り広げられていくというわけだ。

 未だ自分たちの知らないゲームと、ゲーマー達。

 そんな彼らを相手取る――これ以上の幸せが、あるだろうか。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 潰れたトマト、もしくはザクロみたいな光景が生まれるであろうその十秒前に減速を始め、ゆっくりと足から着地した五人。その目の前には、いかにも世界最大級の都市:ニューヨークに乱立する内の一本を引っこ抜いてきたかのようなビルが聳え立っていた。

 

「ほぉ。和風でアメリカ準拠の高さとは……なんかあれだな。正直不気味だ」

「マスター、そこは獣の考えることなのでどうしようも無いかと。所詮本能に従うままにバベルの塔を建て、私達に蹴散らされるような存在なのですから」

「いや、その理解は間違ってるっての」

 

 多種族をむやみに見下すのは止めろと言ったはずだが……まあいいか、と黒は思った。

 普段は別に他を差別するような考えをしない黒だが、今回はとある理由(・・・・・)が有ってジブリールの間違いを指摘するに口を留めていた。

 

「ところで空、ちょっといいですの?」

「ん、なんだステフ?」

「なんでここへ来ましたの?」

「あれ、言ってなかったか?「言ってませんわよ!!」まあいいか。そんなん、獣耳っ子に会うために決まってるだろ」

 

 別に間違ってはいない。空と白にとっては、どうせそれも本題なのだろうから。

 ただ、元の世界での遣り取りで知った事だが、この二人がもし本物のケモミミ美少女と会った場合理性が吹っ飛ばないかどうかが黒には気がかりだった。ちなみに黒の好みは天使っ子(フリューゲル)機械っ子(エクスマキナ)である。可愛いよな、うん。

 

「さあ征かん、我らが獣耳っ子パラダイスへ!」

「待って下さいな、エルキア国内でも大使館ですから領土侵犯ですわよ空!?」

 

 今にも理性を解放して走り出そうとする空&白、その二人を呼び止めるステファニー。当然この世の天国(アルカディア)に行く足を止められた二人は、不機嫌そうに振り返って彼女を睨み付ける。

 ひっ、と退く中、空が言う。

 

「とっくにアポは取ってあるに決まってんだろうが」

「聞いてませんわよ!」

「……にぃ、確かに言ってた」

「え?」

 

 

 

 ――昨日。

 

『うん、美味いなステフのクッキー』

『気に入ってくれたのなら何よりですわ。今、お茶も入れてきますわ』

『おー、頼むステフ。あ、そうだ。明日可愛い動物(獣耳っ子)に会いに行くぞ』

『(ふっふー、空に気に入られましたわ)……え、可愛い動物(ワンちゃんやネコちゃん)ですの?分かりましたわ』

 

 ――回想終了。

 

 

 

「な?」

「お前分かっててやっただろ空」

 

 ベシッ、と悪びれもしない空の頭を黒の右手がはたく。

 純粋に間違えたというのも有るかもしれないが、空の場合、明らかに今の遣り取りは狙ってやったものに違いない。

 

「いいだろ、黒。細かいことは気にすんな――どうせもう遅いんだから。な、爺さん」

「む、もうコントの時間はよろしかったのですかな?」

 

 五人の目の前に突然、何の気配も無しに一人の老人が現れた。

 その頭には黒達とは明らかに違う、飛び出た二つの獣耳があった。それが意味するところは、この人物が紛れもない獣人種(ワービースト)であるということ。

 

 彼は空と白、ステフ、そして黒とジブリールを一目(観察す)る。空と白の顔を見、ステフを適当に流した後、ジブリールを見て眉をひそめ、黒を見た。

 

「(……この爺さん、結構デキるな)」

 

 別に観察していたのは彼だけではない。

 黒もまた、目の前の人物を見抜こうと彼の身体を一通り見渡す。

 

「(獣人種と言うこともあるのか、やはり肉弾戦に優れた体つきをしている。また、煙草や酒などは余りやっていないようで特有の刺激臭やアルコールの匂いもせず、歩幅、立ち方、足の置き方からして健康体だな。目の奥にはほぼ完璧に隠しているが僅かに人類種(イマニティ)への侮蔑がある。しかし……僅かに違和感があるな。何時でも非常時に対応出来るよう構えてはいるが、そこから類推できる動きと筋肉の付き方が違っている。またその挙動に割には肉体についている傷も少ない。まるで、現実の肉体を置いて精神だけどこかで鍛錬してきたかのような……だが)」

 

 一通りの情報を読み取った後、黒の視界の中で彼から色が消える(・・・・・)

 僅かながら興味を惹かれる部分が有ったものの、それは物体としてであり個人としてではなかった。別に背景というわけではないが、精々目立ったエキストラと言った具合だろう。例えるなら――SAOのゴドフリー辺りといった所か。

 

「お初にお目に掛かります、東部連合・在エルキア次席大使の初瀬いのです。在エルキア東部連合大使、初瀬いづなに用があるのですね?」

 

 そう、いのと名乗った人物はこちら側の要件を先読みする。

 だが相手の考えを見通す、なんてのは空白と黒にとっては今更であり別段驚いたりはしなかった。思考予測・分析はSkype上の遣り取りでの日常茶飯事であり、通話時には『緋アリ』のメヌエット・ホームズほどではなくとも言葉だけで相手の思考誘導も行うのだから。

 言葉を先取りしたにも関わらず普段通りの空と白を見ても、彼は特に表情を変化させることはなかった。

 

「どうぞこちらへ」

 

 彼が左手で示した先で、建物の扉が開く。

 どうやら、少なくとも表面上の歓迎の意志はあるらしい。

 

「うし、んじゃ行くぞお前ら」

 

 空を先頭に、五人は歩を進め建物――東部連合の大使館内へと入っていく。

 後ろについてくるようにして戻る老人の、柔らかながらも射貫くような視線を感じながら。

 

 

 




 次回の外交のやりとりは、原作と少々異なる内容になる予定です。

 ちなみに今話に出てきた他作品の人物の説明を。
 ゴドフリー……《ソードアート・オンライン》で登場直後に死亡した人物。そのおおらかな性格が災いした。 
 メヌエット・ホームズ……《緋弾のアリア》のヒロインの妹。独自に発展させた技術で、話すだけで相手を操ることが出来、時には対象の人格すら変化させる人物。


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第三弾 姫が見据えるその先は

 どうも、お気に入り登録数が順調に増えて結構嬉しい安心院かなみです。読者の皆さんには感謝感謝、です。
 前回に比べれば早くに投稿できたかと思いきや、実はまたまたテストで更新は二週間ほど有りません。本当に済みませんが、どうかご了承下さい。

 それでは、どうぞ。
 


 大使館の中は――黒達日本人が驚くほど、和風そのままだった。

 洋風を基盤に作られた建物に、自然の木々を使って落ち着く雰囲気を醸し出す。

 ステファニーやジブリールは周りをきょろきょろと見回しているが、黒や空、白にとってはコレが普通なため前者二人より落ち着いた様子で歩いている。

 いのの先導の下、エントランスを抜け、壁際に立ってお辞儀をしてくる獣人(何故か主に女の子)を横目に流しつつ、奥のエレベーターに乗る。

 いのが六十と書かれたボタンを押すと、ほんの僅かな上からの力を感じると共にエレベーターが上に向かって動き出す。実に普通で、異世界なりの工夫というか違いがない。

 ……ファンタジーのハズなのに、ロマンもクソも無く現実的だ。

 ポーカーフェイスを保ちつつ、黒はこっそりと心の中で呟いた。もちろん自己中心的な文句だと分かっていても、ついつい思わずには居られなかった。

 沈黙が続きながらも上昇を続けるエレベーターの中で、いのが口を開いた。

 

「ちなみに。お次からは正規の手続きを踏んでいただけますかな?今回はあくまで例外ですので」

 

 どんな手続きを踏んだのか知らない黒とジブリールには反応に困る言葉。首をかしげるしかない。

 横を見れば、知った事かと空と白は普段通りに聞く耳持たず。

 そのままスルーされるか思われたその声に反応したのは――まさかの元王女様だった。

 

「どの口がそんなことを言うんですの!東部連合がまともに取り合ってくれたことは一度もなかったはずですわよ」

 

 ……彼女の口から飛び出たのは、真っ向からの反論だった。

 つーかそれが本当だったらかなりの大問題なのだが。いくら小国とはいえ国境を接している隣国からの要請をガン無視するのは外交のいろはを知らないってレベルだぞ?

 正直空白も黒も「(いや流石にそれは無いだろ……)」と思った。

 もちろんいのもその言葉が意外だったらしく、振り返って彼女の瞳を眼鏡越しに覗き込む。その行為に、黒は僅かばかり興味を持った。

 

「(アレ、なんか意味があるのか?)」

「(獣人種が相手の思考を読み取ることが出来ると言われているのは、マスターもご存じでしょう。恐らくアレは、それを彼女に魅せつけるようなパフォーマンスと言った所かと。)」

「(なるほど、ね)」

 

 テレパスでジブリールから、彼女なりの分析を聞く。

 何の情報も得られなかったのはゲームに関することだけであって、獣人種に関する知識が手に入らなかったと言うわけではない。

 

 位階序列十四位:『獣人種(ワービースト)』。

 卓越した六感を以て生まれ、その身体能力は物理的限界に到達するに等しいスペックを秘めている。元々は細かな部族に別れて存在していたため国内では長くの間内戦が続いていたが、獣人種の女性である『巫女』によって纏め上げられることで、現在の世界第三位の大国『東部連合』が結成されるに至った。

 精霊回廊接続への適性は低く魔法を使うことは出来ないが、鋭い感性によって探知することが可能である。

 また、体内に宿す精霊を自分の意志で暴走させることで物理的限界を突破する身体能力を発揮させる『血壊』と呼ばれる技能を有する個体も存在する。よって、魔法を使えない場においては『十六種族(イクシード)』の中で最強の存在だと呼ばれている。

 そして、その優れた感性によって相手の思考を見抜く能力も兼ね揃えており、大戦期にはその能力で猛威を振るった個体も僅かながら存在していたのが確認されている。

 

 ……だが。いくら身体能力に優れていようとも、相手との直接的な繋がりが一切無い状態で頭の中を覗けるわけもない。正誤判定ぐらいは出来るだろうが、それでも相手の頭の中を知るなんてのは魔法でも無い限り不可能に近い。そして獣人種は魔法を使えない。つまり――相手の思考が読めるなどとは、真っ赤な嘘に過ぎない。

 そのような結論を持つ黒の目の前では、自称:思考を読み取るその目(パラサイトシーイング)にステフが若干たじろいでいた。

 

 ちなみに結果はどうだったのやら。

 

「む……本当に書簡を出しておられるとは」

 

 あー、そりゃそうだろうな……と、黒はジト目で見つめる――ステファニーを。

 なぜなら、心が読めようと読めなくとも、いのの答えは良く考えれば分かるのだから。

 

「(ま、元王女様が嘘付けるわけもねーしな……)」

 

 馬鹿正直な王女様がここで嘘を言う理由も無い。

 常識的に考えれば誰だって分かることだった。

 

「お爺様の頃から何度も書簡を出してますわよ!知らないでは済まされませんわよ!」

「……申し訳ありません。正直に言えば、先王との最後のゲーム以来一切私の元にはそちらからの書簡は届いておりません。先の件以来、エルキアに対して良い感情を持つ者は少ないので……恐らく、その者達が原因かと。恐らく下で勝手に処理をしたのでしょうな。論外の対応です、後に全ての関係者を厳罰に処します。どうかご容赦を。今後は私、初瀬いの宛に直接お送り下さい」

 

 怒るステファニーに、いのは本当に申し訳なさそうな(・・・・・・・・)顔で詫びる。

 

「……先の件ってなんだ?」

 

 書簡の件はここでこれ以上話しても意味が無いと思い、空が今の発言で気になったところを口に出す。

 答えたのはジブリール。

 

人類種(イマニティ)は城――現東部連合大使館を奪われた後、大使館が王城より立派なのは面子に関わるからと新たな城に増築を重ねたのです。それに対し東部連合は大使館をさらに増築し――ここから先はただの意地の張り合いで御座いますね。最終的には力も技術も勝る東部連合によって、現在に至るというわけです」

「なるほど……めんどくさ」

 

 馬鹿馬鹿しい、と額に手を当て空は目を伏せる。

 確かに国としての面子は大事だろうが、結果が分かっている勝負に無駄に労力を注ぐとは。……驚きを通り越していっそ呆れるほどである。

 

「唯でさえ獣人種は人類種(イマニティ)を過剰に見下す傾向が有りますから。……まさに五十歩百歩大同小異、目くそ鼻くそを笑う――こんな所でしょうか」

「はっはっは、実に面白い例えをなさりますなぁ――空を飛ぶだけの白い蠅如きが」

 

 ……ここから先の展開は綴るまでも無いだろう。

 いのとジブリールの二人はまさに五十歩百歩の互いの種族の罵り合いを、エレベーターが目的階に到着するまでずっと続けていましたとさ。いい加減にしろよお前ら。

 

 

 

 

 さて、エレベーターが到着した後。

 

 いのが連れてきたどう見ても年齢一桁台の獣耳幼女に空白が揃ってキンクリ発動&飛びつきからの頭撫で撫でを実行し可愛らしい声で丁寧語とは言えない丁寧語を吐かれていのがブチ切れ最後の最後で空白が自虐ネタでオチを付けたのは――今更であるからどうでもいいとして。

 

 そろそろ本題である会談が始まろうとしていた。

 

「では、そろそろハゲザル共の意見を聞いてもよろしいですかな?」

 

 ――なるほど。

 

「ああそうだな、生臭い獣共がその口を生と共に閉じたのなら、話し合いを始めようか。悪いが俺は動物嫌いなんでな、人に対してそんな口をきく獣とは話したくもない」

 

 交渉相手を遠慮無くハゲザル呼ばわりする相手なら、容赦は要らないよな。

 ジブリールを除くこちら四人に掛けられた蔑称に真っ先に反応したのは黒。

 先ほどから随分と不満が怒りが溜まっており、ここがチャンスとばかりに攻撃ならぬ口撃を返したのだった。

 

 爽やかな笑顔と共に自然と吐かれた毒に空と白、ジブリールの目が点になった。

 

「はっはっは、異な事を仰いますな。サルにはここが外交の場というのも分かっていないようですね……猿山にお戻りになっては?」

「へー、おかしいなぁ……動物って直感でお互いの優劣を解するはずだから、そっちの面々は俺たちに平伏しているハズなんだが」

 

 実は黒は――ここまで余り話したことはないが、大の動物嫌いなのだった。

 もちろんここで言う動物というのは文字通り動物の全てではなく、一般的に飼われている犬や猫、猿などだ。魚やは虫類、昆虫類は別段苦手というわけでもないのだが、ほ乳類は大概嫌いな部類に入っている。それでも一般的に動物と言われれば頭に浮かべるのは魚やキリンなどではなく可愛くデフォルメされる犬猫なのだから、総じてそれらを嫌悪するという黒の事を動物嫌いと呼んでも間違いではないだろう。

 転生する前、織城和真として生きてきた頃から引き継がれたその感情は小夜鳴黒として再度生まれても改心する――改めるということでもないが――言い直せば、治る事は無かった。

 別に、動物アレルギーのような体質に基づいたものではない。

 唯単に生理的嫌悪とでもいうべき感情がそれらを見た瞬間に心の中に渦巻くのだ。

 人間の誰も彼もがあの動く黒曜石(例のG)に向ける感情が、黒の場合には犬猫にも向く。まあ、見ても潰したくなるわけではなく、その死体の捨て方にすら頭に熱を持つほど考え抜くわけでもないのだが――ただ何となく、嫌なのだ。他の人間が飼い、愛でる分には構わない。だが、自分が触れる、もしくはそれに準ずるような何かの行為をそれらに行うのだけは死んでもお断りだ。理由はなくともただその感情がある。

 

 そして現状、獣人種もその黒からしてみれば犬猫と同様のグループに纏め上げられるわけで――精神的に無意識に苛つくのも、無理ない事だった。

 約一名――先ほど空白が愛でていた一名の幼女、初瀬いづなという名の彼女を除くその他全てが、この大使館に足を踏み入れてから黒にとってはテラフォーマー(火星の奴ら)と同じような存在に見えていた。

 そこへ来て先の、いのによる見下すかのような発言だ。

 元々相手から言い放った分、こちらから同等の言葉を返しても問題無い――だから遠慮無く暴言を吐いた。心の中での、どうせ頭が悪いお前らには言葉は通じないんだろう?という罵倒も含めて。

 

「いやお前ら、どっちもどっちだから……つーかなんだよ黒、雰囲気変わってんぞ」

「悪いな空。今更の追加設定だが――俺は動物、特に犬猫が嫌いなんだ」

「ホントに今更だなぁオイッ!?」

 

 いきなり馬鹿馬鹿しい罵り合いを始めた二人に、空は溜息をつく。

 まさか黒が大の動物嫌いだったとは――。

 確かに「  (空白)」と(クロ)との付き合いはそう長いことではない。だから互いに知らない事ぐらい一つ二つはあってしかるべきなのだが……まさか動物が嫌いだとは思わないだろう。

 目の前の爺さんも大概だが、それに反応する黒も黒だった。

 

「つーか爺さん、アンタ思考読めるんだろ?だったら一々意見聞くも何もないだろうが」

「この場は口頭もしくは書面で遣り取りをする場です。その様なことはマナー違反だと、サルには分かりませんかな?」

「めんどくさっ。いいからさっさと読んでくれ。黒とアンタが殺気立ってるせいで、もはや話し合いの場になってないから」

 

 うぐっ……と黒はバツの悪い顔をした。

 それでも目の前の老人を殺気を込めて睨むのを止めない辺り、本当に動物が嫌いなんだなぁと思い知らされる。というか唯の高校生がなんでそんな獣人種(ワービースト)と渡り合えるほどの殺気を出せるのか。おかしいだろ。

 その辺りも含めて聞いてみるのは今度にして。

 まずはさっさと、要件を済ませよう。

 

「つーわけで、ほら。さっさと読んでくれ」

「だから先ほどから――」

 

 何度言えば常識を理解するのかと、自分のことを棚に上げて怒りを募らせるいの。

 流石に彼は彼で頭が冷えてきており、さすがに馬鹿馬鹿しい遣り取りだと気づきいい加減頭が痛くなっているのだが、ここでそのことを言い出す必要も無いだろう。さっきから心の中を読めという、実は出来ない無茶ぶり(・・・・)を課してくるこの目の前の男の不遜な態度にも限界がある。

 もう追い出して一旦空気をリセットしようと考え、席を立ち上がり――そしてすぐに座り直させられた。

 ここまでの雰囲気を一変させた、『王』としての「  (空白)」に。

 

「分かった。なら言ってやろう。そこまで心の中を読みたくないのなら、仕方なぁーく言ってやろうじゃないか――いづなたんの耳を撫でさせろ」

「そうかそうか良く分かったつまり殴られたいんだなこのサルが!」

 

 ――しかし、結局空は空だった。

 雰囲気は変わっても、言ってることは変わっていない。

 見た目で人を信用してはいけないという教訓はまさにこのためにあるんだな――そんな訳ないのだが、ふと、そんな言葉が黒の頭を横切った。

 実は一番この場面をどうでもいいと思っている黒だった。

 最初に言いたいことを言って後は傍観するだけと、やはり黒もマイペースだ。

 

「……別に良いだろ、撫でるくらい。爺さんよりマシだって言ってたじゃねぇか」

「たわけ!あんなの嘘に決まっておるしそれよりさっさと本題を言えと言ってるだろうが!」

「じぃじ、ヘタ……爪が痛ぇだけ、です」

「ぐほぁっ!」

 

 予想外の口撃に、いのはダウンした。しかしそこは百戦錬磨の気力で持ち直す。

 机を支えにしてよろよろと立ち上がりながら、眼鏡の奥で怒気を立ち上らせる。

 

 もはや茶番としか思えなかった。

 最初にかき回した張本人が自分だと言うことは完全に頭の隅に追いやって、黒は傍観者の振りして一連の空といのの遣り取りをただ観察する。

 

 ちなみにそんな三人を冷ややかに見ているのは白だった。

 

「仕方無い、代わりにステフの頭を撫でさせてやるから」

「どうしてですのよ!?今の遣り取りからそこで私が巻き込まれる必要はないでしょうに!?」

ステフだ(捨て札)から」

「今発音が何かおかしかったですわよね、空ぁ!」

「だって爺さんに白の頭撫でさせるわけにも行かないし、消去法的にお前だろ」

「自分の頭を差し出せば良いじゃないですの!」

「え、男の頭撫でるとかいくら何でもそんな馬鹿な事はしないよな爺さん?……ほら、しないってさ。ついでにステフの胸揉ませてくれだって」

「誰もそんなこと言ってねぇよこのサル野郎!てめぇマジで本題に触れないんだったらさっさとお引き取りしやがれ!」

「言ってることめちゃくちゃだぞ、爺さん……。一旦落ち着け。ステフの頭といづなたんの頭撫で。それで良いって言ってるだろ?」

「だから、もう本題に入れと――」

 

 ふしゅー、ふしゅーとキレかけのいのは鋭い目で空を見る。

 そして黒はいのを見る。……口元から白く水蒸気を上げるアレは一体どうやっているのだろうか。獣人種って凄い。

 そんなことを考える黒の横で、空はならばと次の言葉を切り出す。

 

 普通に考えて、信じられないような――獣人種の心を読むに等しい鋭い感覚を持ってしても想像できなかったような一言が。

 

「やだね。もう本題は、終わってるから(・・・・・・・)

「――は?」

 

 今の今まで真っ赤に染まっていたいのの顔から、一気に怒気が消え失せる。続いて浮かぶのは戸惑いの表情だ。

 

「何ッ回も言ったろ?俺たちの本題はいづなたん撫でるのとステフの胸揉みの交換だってな。いい加減本題本題叫ぶのもいい加減にしやがれっての。俺は何回もそう言ったぜ。それでもアンタは碌に相手もしない。『本題本題本題――』もう聞き飽きた。変えるぞお前ら」

 

 ガタッ、と状況を理解出来ないステファニー以外の全員が席を立つ。

 

「んじゃあな爺さん。もう帰るわ。じゃーなー、いづなたん」

「……ぐっばい」

「うし、それじゃあジブリール。転移の用意、頼む。転移先は直接エルキア城の中庭でいいぜ」

「はい、マスター。それでは再度転移、ということで。帰還いたしましょう」

「え?え?」

 

 ステフだけが唯一人、状況を飲み込めていないと様子で左右を見渡しているが――他の四人はそうではなかった。確かに、彼ら四人の共通の目的は達せられているのだから。

 その全員が、もう十分だと言う顔で背を翻す。

 

「なにしてんだステフ、行くぞ?」

 

 手を振って帰ろうとし、背を向けた空――その肩をいのが掴む。

 

「おい待てクソザル。本題は『エルキア(お前ら)東部連合(こっち)にゲームを挑む』だろうが。いいからさっさと席について宣言しろや!」

「ジブリール、転移」

「はいっ」

 

 ジブリールの手元で魔法陣が展開、一瞬のうちに五人の姿はその場から掻き消えた。

 軽い音と共に歪んだ空間が元に戻り、――ひらり。

 彼らが消えたその場所に、一枚の手紙が舞い落ちる。

 

「……何だ?」

 

 拾い上げ、封を破って中身を開ける。

 二つ折りにされていた紙を開く――そして、僅かに精霊が集束し。

 空と白の姿のホログラム――条件発動型光系統多重集束魔法が発動し、手紙の上に立ち上がった。

 

 そのギミックに驚くいのを、嘲笑うかのような大胆不敵な笑みを浮かべて、僅かに透けている空――魔法陣に記録された、空の複製――が話し出す。

 

『――もしそっちが、俺たちの本題を《エルキアが東部連合に勝負(ゲーム)を挑む》と本当にそう思い込んでいたときのみ、この魔法が発動することをまず最初に伝えておこう』

「――っつ、なぁ!?」

 

 咄嗟にいのは手紙を取り落とした――いや、正確に言えば、その直前に何者かの手によって、彼の手からはたき落とされたと言う表現こそが正しい。

 彼の目の前には、右手を振りきった様子のいづなが立っていた。

 

「……精神干渉魔法にかかってんぞ、じぃじ」

 

 その彼女のセリフに、いのはハッとなって今のセリフを思い返す。

 今の内容は相手側がこちらの心の中を把握しなければ発動しないことを意味する。そして突然のホログラムに気を取られて気付かなかったのだが、いづなに注意されて、手紙にはかの術式とはまた別の精霊の動きがあることを把握する。

 

『――今アンタは突然の驚きに手紙を取り落としただろう?』

 

 ドクンッ――いのは、心臓を握られたかのような錯覚を覚える。

 この男は見ていないにも関わらずこちらの動きを察知しているというのか、と。

 

『俺には分かるぜ、アンタらの様子が手に取るようにな。くっくっく、実に面白いじゃないか。心を読めると自称する獣人種が、逆に行動を予測されているってのは――ああ、うん。時間がないって?分かった分かった――それじゃあ副題(・・)に入らせて貰うぜ』

 

 今の言葉からこの映像が録画だと言うのは分かる。

 だと言うのに、その中の男と女――空と白から、こちらの目を、心の中までをも見透かすような視線を感じてしまう。

 

『いいか良く聞け。一度しか言わないぜ――

 

 

 

 

 

 ――我らが人類種(イマニティ)最後の国家エルキアが、獣人種(ワービースト)最大の国家東部連合に。『位階序列一六位・人類種(イマニティ)が一国『エルキア王国』全権代理者である「  」の名の下に、貴国、位階序列一四位・獣人種(ワービースト)が一国『東部連合』にゲームを挑む。また、貴国が我らの世界征服の覇道において名誉ある、最初の犠牲者に自ら志願したことを、祝福と共に歓迎しよう。当方は、貴国との『対国家戦』において勝利した暁には《大陸にあるてめぇらの全て》を要求する――以上だ。

 

 

 

 あ、この手紙はテンプレ通りに、終わったらその場で燃え尽きるんで。それと、こっちの参加者は俺たち五人な。あー、あんたらの一存だけで決められるとは思って無いから、存分に本国政府で相談なりなんなりしてから決定したゲーム内容を報告してくれ。じゃあな――』

 

 ポッ……小さな音と共に手紙から空と白が消失し、火と共にそれはゆっくりと消えていった。

 

「は……?」

 

 今の内容に、軽く放心状態になったいの。

 相手がゲームを挑んできた、それは良い。それ自体はこちらの予想していたことであり、また準備もまた出来ている。

 だが今の内容はまるで――こちらが絶対に断らないと予想しているかのような言葉だったではないか。

 ふむ、確かに考えてみれば東部連合が断る理由は何一つとしてない。だが、一切言葉を濁すことなくそう断言しきる等、そう簡単に行うことではない。

 

 普段ならそんな些細なことはどうでもいいと流してしまうのだが、今回は違う。今まで相対した相手とは全く異なる「  (空白)」という存在を目にした後では、まるで全てが偶然ならぬ、相手の手の上で踊る必然だったかのようにすら思えてしまう。

 

 っ――いのの額に一筋の汗が垂れる。

 

 今回の一件、果たして喰われる(敗北する)のはどちらなのか。そんな考えがふといのの頭を過ぎり、そして何度も反響する。普段通りの自分であればそんな疑問は一笑に付すものだが、今回ばかりは話が違う――そんな気がしてならなかった。

 

 今の流れを見ていたこの場の誰もがそう心の中に思い、大使館の空気が一気に冷え込み、停止した中――その中で唯一人。

 

「へえ、面白いことになってるじゃねーの」

 

 「  (空白)」達が居なくなったことで『です』の丁寧語の語尾を廃し、本性をむき出しにした初瀬いづなは――口を大きく横に開き、愉快愉快とでもいうような笑みを浮かべていた。

 

「あの四人――空に白に黒にジブリール」

 

 そんな彼女の瞳が、赤く紅く朱く――真紅に染まっていく。

 それは、獣人種の中でも一握りの者しか使えない特別な力、『血壊』の証。

 

「相手に取って不足はねぇ……徹底的に、ぶっ潰すぞ」

 

 その現象が起きているのは、今まさに、彼女が心から奮い立っている証拠である。

 

 彼女に取って国家対抗戦(ゲーム)とは則ち――戦。

 

 己の魂と魂の慟哭が響き渡る、戦場の地。

 

 その遙かな未来――仮想世界の中で相対する彼らの姿を、虚空に見据え。

 

「――さあ、合戦(ゲーム)の始まりだ」

 

 仮想世界に佇む戦姫としての自分を現実に重ね、照準を彼らの額に添えて。

 想像(イマジネーション)の引き金に掛けた細い人差し指を――引いた。

 

 

 

 




 今回の内容ですが、ハッキリ言います。
 原作とは全く異なってますねーアハハ。第一章とは比べものにはならないくらいに。

 特にいづなたん。そもそも口調が全然違う。
 ま、原作よりもかなり好戦的な性格だと思って貰えれば。これはこれで可愛いじゃないですか?作者的には可愛いです。

 そして黒。まさかまさかの動物嫌いという追加設定。ま、どんな人間にも一つ二つは嫌いなものは有りますし。

 まあ、安心院なりのちゃんとしたエンドは見えてますので――期待して続きを楽しみにして貰えれば、と思います。

 感想等々、出来ればよろしくお願いします。


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Bullet of Xmas ――君と一緒にいられることが 

 メリークリスマス!……オン・ジ・インターネットが付きますけど。それはそれとしてメリークリスマス。メリクリメリクリ。やータノシイネー。

 残念ながら次話ではありません、番外編です。
 今まで結構な小説読んできてクリスマスの話とか書きたかったんで、書いてみました。とは言っても本編のキャラは出てきません。
 ついでってことで黒の過去話になります。

 中学三年生の頃の彼女とのハッピーなクリスマスの物語。
 コーヒー片手にどうぞ。


「――クリスマス、か……」

「はい、どうかなされましたかマスター?珍しく気が抜けたような表情になっておりますが」

「お前最近尊敬の念とかないよな。毒舌っ気が戻ってきてるし」

 

 目の前のジブリールは、数冊もの本を抱えて宙を飛びながら、こちらを心配そうな表情で見ていた。どちらかと言えば心配と言うよりは面白そうなものを見たとでも言いそうな顔だが。

 

「マスター相手にはこちらの方がよろしいかと思いまして。話す時は普通に――元々の私の話し方の方が色々と気が楽ではありませんか?それとも飾り気のない素の方に戻した方がよろしいでしょうか?」

「素の方って何だよ」

 

 すぐさま本を宙に投げ捨て、急速に俺の近くまで近づいてきて――俺の顔まで僅か数センチの所まで近づいてきて。顔をだらしなくゆるませながら、頬を上気させて。

 

「今日のマスターの珍しい顔は実に可愛いというか何というか哀愁漂った大人の雰囲気を纏っているというか――凄くッ!興奮しますッ!」

 

 ――なるほど、残念なのね。

 

「ああうん、分かったから落ち着け。良く分かったから。元々の話し方の方で良いよ。というかそっちに直してくれ」

 

 そう言うと、幽かに不機嫌そうに――たまに白ちゃんが空に見せる顔のように――しながら、「そうですか」と言って元の場所に戻っていった。宙に落とした本は浮遊の魔法を掛けておいてあったのか、そのままその辺りに浮いたままになっていた。それらを纏めて回収すると、彼女は遠くの本棚へと飛んで行ってしまった。

 

 ……って、一体何が原因でこうなったかというと――クリスマスか。

 ついついいつも通りにPCを立ち上げて作業を開始しようと思い、普段のクセで今日が何日なのかを確認して気付いたのだ。元の世界での日付通りであれば、今日はクリスマス――恋人同士がキャッキャウフフする日である。どっちかと言えばイブの方が盛り上がってる気がするが、それはそれとしてクリスマスである。

 

「ジブリールにプレゼントでもあげた方が良いのか……?」

 

 ――別に恋人ってわけでも無いのだが、この世界の知り合いの中で数少ない信頼の置ける仲であるわけだし。空白――はゲーム以外アレだし。ステファニーには……胃薬の詰め合わせとかがいいかもしれない。最近空達の無茶ぶりに四苦八苦しているらしく、時たまここに愚痴と言う名のを惚けを言いに来る。テトは……どうでもいいか。異教徒というか異世界の神様だし。「えっ!?ちょっと待ってッ!?ボクもプレゼント欲しいよ!」何か変な声が聞こえた気がしたが無視する。

 

 それにしても、どうせ今年はずっとジブリールと一緒に過ごす事になるわけだ。プレゼントの一つや二つ、用意しても良いだろう。最も自分は貰えないだろうが。

 プレゼントと言えば――『君と一緒にいられることが、一番のプレゼントだよ』――か。

 

 黒は刹那、いつになく顔が赤くなった。そして次の瞬間には自制心が働き、普段通りのすました顔に戻ったのだが。思い出した当時のあの写真の中では――自分はしばらく赤い顔のままだったのを覚えている。

 

 そう言えば、本当にクリスマスを楽しんだ――楽しいと心の底から思った――のは、“彼女”と過ごした時だった。

 

 黒はいつになく、自分の過去を思い出す。

 

 それは二度と手に入らない、三年前の出来事。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 渋みのある和風の扉をくぐり、誘いに従って中に入る。

 ゆったりとした落ち着く雰囲気の玄関に足を踏み入れると、そこには一人の女性が待っていた。

 

「お帰りなさい、白奈(しろな)。それにようこそ、黒くん」

「こんにちは、和奈(かな)さん」

「ただいま、母さん……何よその顔は」

「娘がクリスマスに彼氏を連れてきたかと思うと……本当に嬉しくてね?やっぱり親としては感動モノなのよ」

「へぇー、そうなの?……ってソレは感動ってより面白いって感じでしょう!?」

 

 目の前で騒ぐ娘をあしらうこの人は、そのまま俺の彼女――シロナの母親である。

 まさに日本美人と言った風情の人で、静かにしていれば触れることすら叶わないと思ってしまうほどの女性だ。ただ、その性格は見たとおりの至って普通の母親であるが。

 

「そもそも去年も黒は来てるわよねぇ!?」

「ふふっ、何度見ても感動するモノは感動しちゃうのよ。ホントもう、初めて連れてきたときはあんなに顔を真っ赤にして――」

「いや、流石にそこまで言ったらアウトでしょう和奈さん。シロナ、もう顔真っ赤にして震えてますし。勘弁して下さい」

 

 むー、とふくれているシロナが可愛い……じゃなくて。

 

「良いわよ。また後でねー。ごゆっくりとどうぞ」

 

 柔らかい笑みを浮かべながら彼女は奥の方へと歩いて行ってしまった。

 ――まったく、確信犯だろうが叶わないな、和奈さんには。

 とりあえず、顔を真っ赤にしているシロナをどうにかしないと。

 

「おーい、シロナ。大丈夫かー?」

「……大丈夫、よ」

 

 黒よりも若干背の低い彼女は、僅かに目を潤ませつつ黒の顔を見上げた。

 

「着いてきて」

 

 思ったより近かった顔に恥ずかしかったのか、直ぐに顔を反らした彼女は靴を脱いで揃えてから俺の手を握って奥の方へと歩き出した。

 可愛いなぁ……と心の底で苦笑しながら、俺は彼女の力に従って、彼女の部屋へと向かったのだった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

「……いつみても何というか、綺麗だなシロナの部屋って」

 

 彼女の部屋は、年頃の女子のイメージみたいに可愛いモノが色々置いてあって全体的に色がピンク系統だったりするという訳ではなく、自然のイメージが強い、落ち着いた『和』の空気だ。しかもキチンと物が整理整頓されて収められており、何というか、大人な感じだった。

 

 一旦俺を部屋に案内した後、シロナは結んでいた手を離して二人分のお茶を取りに台所へと向かっていった。

 俺はいつも通りに部屋の真ん中に置かれていた小さなテーブルの側に座り、彼女が来るのを静かに待つ。御所の部屋に興味が無いわけでもないのだが、勝手に除くのは長い付き合いでもさすがに止めておく。

 

 この家は彼女の母方の実家であり、純和風の構造となっている。また広く、彼女の部屋からは外の庭が顔を覗かせていた。やはり、これだけ広い方が心が落ち着くだろうなぁ……。縁側に座ってお茶を片手に本を読みたくなる。

 

 何となくこの部屋の中を見渡す。立てられて数十年が経つ今となっても、聳え立つ木材の幽かな香りが漂っている。それらは何とも、言葉に表現できない優しさをたたえている。俺もここに初めて来たときから大体一年が経っているが、それでもここに来たときの空気は何となく肌に馴染むかのようだ。……ここでシロナは、暮らしているんだよな……。

 

 ふと、この部屋で過ごすシロナの姿が頭に浮かぶ。普段から清楚なお嬢様っぽい感じだが、それでも結構明るいタイプだしな。俺と違ってクラスの友達も結構多いのだろう。よくよく考えたらアイツの方が社会的に上なんだよな……はぁ。

 俺は自分の社会性を再確認して、余りの残念さに目を閉じて溜息をついた。ついでにテーブルの上に肘を乗せ、手の上に額を乗せて下を向く。哀しいな、俺。別に良いと割り切ったはずなんだが、シロナのあの姿をみたらついついそう考えてしまう。

 友人達に囲まれたときの彼女の笑顔は、俺の時とまた違う魅力を持っていて。

 

「お待たせー、……ってどうしたのクロくん?」

「いや、改めて自分の残念さを再確認していてな……ホント、シロナは凄いよなぁ……」

「それはどう受け止めればいいのかなぁ……」

 

 あはは、と可愛らしく笑うシロナは俺の前にお茶の入ったティーカップを置いた……ん?

 

「コレって、紅茶か……?また珍しいな」

 

 思い返す限り、シロナが紅茶を入れたことはそんなになかった。特別なときに呼ばれたりしたときは紅茶だが、普段は基本烏龍茶だった。

 

「いつもはお父さんがいる時が紅茶なの。でも、たまには変えてみた方が飽きないかなー、って」

「うーん、俺はシロナの淹れる物なら飽きないけどな」

 

 俺がそう言ったら、シロナは頬を薄い赤に染めて「もう……」と俺の頭を軽く叩いた。ナニコノ生物可愛い。

 とりあえず彼女の持ってきた紅茶を飲む。うん、美味い。

 

「ところで一体どういうことだ?叔父さんがいるときが紅茶って」

「ほら、父さんってこっちのより向こうの紅茶の方が慣れてるから。おばあちゃんも『家長が中心じゃからのぅ』とか言ってるし。そう言う本人も最近は紅茶に嵌ってきてるみたいなんだけどね」

「あー、そういやドイツの人だったよな。……日本人より日本に詳しいけど」

「最近はその国の人よりも他の国の人の方がよく知っているからね。私達だって、日本の説明よりも外国の方が説明しやすいんじゃない?」

「最近の日本人は愛国心とかないからな。今の政治でやってるような極端な事までは言わないが、自分の生まれ育った場所について知るぐらいはすべきだろうに」

 

 そこから思ってほとんどの周囲と自分の壁を作るところが、目の前の彼女とは違う、自身の悪いクセであるのは分かっている。最もその原因の大概は自分なのだが。

 シロナだったら、間違えることなくその議論に友人達を巻き込んでいくのだろう。

 周囲を拒絶する俺と、周囲を導く彼女。

 ……やっぱり叶わないなぁ。そう思って目の前の彼女の顔を見る。

 ハーフアップに纏め上げられた細く滑らかに流れる栗色の髪。透き通るように綺麗だがその裏は炎の様に力強い金の瞳。ツンと立った細い鼻。見る物のほとんどを魅了する淡い紅色の唇。日独の良い所のみを厳選して合わせた、妖精のような少女。

 

「クロくーん、どうしたのー?」

 

 しばらくそうやってボーッとただ見つめていると、突然目の前に彼女の手が表れる。

 

「いや、改めて見ると俺の彼女(シロナ)は綺麗だなぁ、と思ったんだよ」

「にゃっ!?い、いきなりどうしたのよ!?」

 

 頬どころか首筋までも真っ赤に染めた彼女は、多少はにかみながら、慌てて手をワタワタとさせている。……僅かに、こちらの嗜虐心が疼く。

 

「別に、普通に見たら何処見ても自他共に認める完璧美少女だろ?」

「……世の中に完璧なんてありません」

「少なくとも俺に取っての完璧はシロナなんだが」

 

 ボシュッ!とでも似合うかのように再度顔を真っ赤に染め上げたシロナ。

 ゆっくりと腰を上げ、そんな彼女の側に近寄る。クラクラとして落ち着かない様子の彼女は俺が立ち上がって近づいてきているのにも気付かないようだった。

 静かに彼女の身体の横まで来て、――フッ。

 

「ふにゅぁぁぁぁ……って、何するのよ!?」

「可愛かったからちょっと弄ろうと思いまして」

 

 ニヤニヤと笑う俺だったが、そこではたと気付く。目の前の彼女も俺と同じく、赤く染めた顔の中で、薄く笑っていたから。――どうやら俺の方が嵌められていたらしい。

 ガシッと、シロナの細い両手が俺の顔を両側から挟む。

 

 さて、そこから普通のカップルなら顔を隠して指の隙間から見てしまうような事態に発展するのだが……。生憎と、彼女が挟んでいたのは俺のこめかみだった。ちなみに両の手は強く握られている。――あ。

 

「痛たたたたたたっ!?」

 

 グリグリと彼女は容赦なく、俺の顔を抉るように拳に力を込めてきた。

 

「まったくもう、嬉しかったけど、調子に乗りすぎよっ」

「分かった分かった、分かったからギブ、ギブだって」

 

 たっぷり十秒間そうやってじゃれ合った後で、彼女は勝ち誇った笑みを顔に浮かべていた。……やはり彼女の方が一枚上手だったらしい。こちらは今もジンジンと痛みが残っている。

 チッチッと人差し指を振りながら、シロナはその口を開いた。

 

「クロくん、私の前だったら表情にやろうとしていることが出てるもの。まだまだ甘いわね」

「そんな表情を変えた覚えは無いんだが……」

「仮にも真にも、彼女ですから」

 

 機嫌良さそうに、シロナは胸を張った。

 そのコメントは嬉しいと言えば嬉しいんだが、要するに隠し事とかは出来ないってことか。

 その表情すら読み取ったらしく、

 

「あら、隠し事するつもりなの?」

「……たった今ストレートに読まれたというのに、出来るとお思いですか」

「私の知るクロくんなら、読まれないように努力すると思うけど?」

「まあ、シロナになら知られて困ることはない……かな」

「ちょっ、何でそこで目を反らすのよ!?こっちを見なさい!」

 

 今度はガシッ!と顎をつかまれて強制的に彼女に向き合うように引き戻された。

 そのまま彼女は俺の顔まで後一センチと言うところまで顔を近づけて、俺の瞳を覗き込んだ。反対に、俺の瞳には彼女の澄んだ瞳が映った。

 

 それと同時に、限界まで近くに寄ってきた彼女の身体から女の子特有の甘い香りが流れてくる。後ろ手のまま離れようとする俺の上に、彼女は覆い被さるようにしてその身体を上に乗せてくる。俺は身体から感じられる柔らかい感触と、こちらをハッキリと見つめる彼女に、心臓の鼓動が一際早くなるのを感じた。

 

「え、えーっと……」

「答えなさいってば!言っておきますけど、逃がさないからね」

 

 そのままじーっと見つめ合うこと数分間。

 壁に掛けられた時計の病身がこちこちと鳴る音が、静まり返った部屋の中で妙に大きく響く。

 ……どうすればいいんだこの状況。な、なんとかしてこの話題を反らさないとっ。

 

「そ、そう言えば……今後の北朝鮮の動向についてどう思うっ!?」

「クーローくーん?」

 

 シロナが冷たい笑顔で迫ってくる。どうやら俺が話を反らそうとしたことに対してシロナ姫はお怒りの様子だ。かの銀鴉のネーミング:必殺クロユキスマイルのような逃げられない雰囲気だ。

 

 ……もう仕方がない、か。

 ちょっと早いが、別にこれ自体は何時でもいいだろうし。ちょっと横の窓に目を反らせば外は、もう冬らしく日も沈み暗く染まっていた。

 

 目の前でこちらを見つめてくる彼女――その顔に目を向け直して、俺は口を開こうと――

 

「あらあら」

 

 ――して、咄嗟に手の力が抜けた。同時に俺と彼女の二人分を支えていた手が崩れ落ち、乗っかっていた彼女は俺の上に倒れ込むようにして胸元に覆い被さってきた。Oh……直に密着してるせいか何かめちゃくちゃ柔らかい一部分が当たってて、まるで彼女の方からへたれ彼氏を誘っている様な光景に……

 

「最近の子は中々激しいみたいねぇ?」

 

 何故か丁度訪ねてきてそんな光景を見た和奈さんは、ふふふと笑いながら何処か愉しげな様子でそんな爆弾発言を落とした。

 

「「なっ……そ、そんなんじゃ……っ!!」」

 

 慌てて離れて弁明しようとするが、もう遅い。

 

「うふふ……ヤッちゃうのは良いけど、ちゃんとアレはしておきなさいよー?クールートさーん!」

 

 言うだけいって、彼女はすたすたと逃げるように(クルトさん)の元へと去っていってしまった。恐るべし和奈さん、である。

 後に残るのは、顔を真っ赤にした二人だった。……何も言えない。なんというかこうというか、彼女の発言のせいでシロナのあられもない姿を想像してしまい――

 

「ね、く、クロくん?」

「クロくんがそ、そういうことをしたいって言うなら……私は、べ、別にいいよ?」

 

 咄嗟に彼女を抱きしめようとした自分を押さえつけた自制心を俺はこの時本当に褒めたい。

 ヘタしたら新たな一歩へとそのまま進んでしまう所だったのだから。

 

「今日はクリスマスイブだし……良いかなって」

「ま、待てシロナ。そう言うことはキチンと段階を踏んでからだな――」

「えい」

 

 チュッ。俺と彼女の唇が重なり合う。

 抱きつくようにして唇を重ねてきたシロナに押され、俺は彼女に力の掛からないようにそのまま自然と後ろに倒れ込んだ。彼女は両手で包むようにして俺を抱きしめて、唇をそのまま離さない。

 

 

 

 

 

 

 しばらくそうしていたら彼女は落ち着いたらしく、唇を離した後はいつも通りの様子に戻っていた。

 

「――ゴメンね。でも、クロくんはいつも一歩引いた感じだから。このままだといつか、クロくんと離ればなれになっちゃう気がして……」

 

 ああ、そういうことか。

 

「そりゃ、俺にだって恥ずかしいって気持ちぐらいはある。さすがにそう普段からイチャイチャするのは難しいさ。――けど、今俺が心を許してるのは正直に言ってシロナだけだ。だから絶対俺はお前と離れない。ずっと一緒にいる」

 

 彼女の手を取ってそう言うと、彼女はまた頬を赤くした。

 ――渡すなら、今の内かな。

 

「ちょっと後ろを向いていてくれ」

 

 俺がそう頼むと、彼女は小さく頷いた後、ゆっくりと身体を後ろを向けてくれた。

 その彼女に近づき、俺は持っていた鞄からあるものを出して、それを彼女の首に付ける。しっかりと付けた後で後ろ髪を持ち上げるようにしてチェーンから出して――うん、大体こんな感じかな。

 

「ほら。クリスマスプレゼントだ」

 

 ここで、彼女の肩を掴んで振り向かせる。

 不思議そうにしている彼女の顔の下では、胸の辺りにシンプルだが僅かに細かい模様の入っている銀の十字架(シルバー・ロザリオ)が白く光っている。

 

 ふむ、やっぱり俺の目は正しかったかな。正直自身の服装はあまり深く考えないため女子に似合うかどうかはかなり悩んだが……今の彼女には良く似合っていた。

 

「ちょっと高かったが、まあバイトとかしてきたらなんとかなるもんだな。シロナにはピッタリと思うんだが……」

 

 そのペンダントを左手で掬うように持ち上げて、目を白黒させるシロナ。

 ……えっと、大丈夫、だよな?

 色々考えてコレに決めたんだが、今更になってちょっと不安になってきた。

 

 驚くシロナを前にして、俺は心の底で慌てる。一応彼女の前だし表面上では笑っているのだが、内心結構不安な気持ちが渦巻いていた。

 ええと、ここで何故かシロナの目に涙が浮かんできているだけど!?不安の現れと緊張で握った手の中に汗が浮かび始める。

 

 二人がまともに動き出すまでは、少し時間が掛かった。

 

 ようやく普段の様子に戻ったシロナが、ペンダントから視線を外して俺を見る。その顔に浮かぶのは、心の底からの感謝を含んだ笑顔だった。

 

「有り難う、クロくん……本当に、嬉しいよ」

 

 月の光を受けた金の瞳が、暖かく俺の方を見つめる。

 

「そうか。だったら、なによりだよ」

 

 そう言ってくれた彼女に、俺は笑みを返す。

 しかしそこで終わらず、彼女の言葉はあと少しだけ続くのだった。

 

「けどね――」

「ん?」

「――君と一緒にいられることが、一番のプレゼントだよ」

 

 この瞬間が、俺に取って一番嬉しい時だった。

 グッと彼女に近寄って、その身体を抱きしめる。今までほとんどの人に認めて貰えなかった自分の居場所。それを目の前の彼女、シロナがハッキリと認めてくれたことを示してくれて。――ここで俺は生まれて初めて、自分以外の誰かにハッキリと感謝したのかもしれないと思った。

 彼女の両手も俺の背中に回されて、俺を優しく包み込んだ。

 自分の顔が赤くなるのを感じた。けどそれは羞恥心とかそういった物ではなくて――

 

「――俺もだ」

 

 互いに正面から見つめ合い。そして今度はこちらから、彼女にキスした。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 今は彼女(シロナ)は、既にいない。

 あの出来事から僅か二週間後、受験シーズンとなった頃。受験会場に向かう彼女の車がバスと衝突を起こし、彼女は両親と共に呆気なくこの世を去った。

 つまり彼女の予測通り、俺と彼女は別れるのだった。

 

 そして俺はその後で一人の女性と知り合い、そしてきっと彼女の死で気持ちがゆるんでいたのだろう……俺は彼女に心を許し――そして命を奪いあったのが春休みの出来事。

 

 そして黒は高校生となり――今に至る。

 

 コレが、黒の青春の一ページ。

 

 

 




 シロナはぶっちゃけSAOのアスナさんと考えてくれればいいです。

 追伸:皆さん、今年の更新はこれで最後となります。
 これからネット環境ない田舎へ帰りますので……正月過ぎてからですかね、次の話は。なんとか仕上がってきてるんで、投稿できるかと思います。

 それでは少々早いですが、皆さん良いお年を。


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第四弾 走れステファニー

 え、原作の空消失事件はカットですよ?
 強いて言うなら、

白「にぃ、どこ……?くーなら、何か解るかも……」
黒「え、空?いるに決まってるだろ。ジブリールちょっと手伝え」

 終了。
 原作でステフとジブリールに相談してましたが、この作品では黒という人類種に属さないイレギュラーが入るのではい解決。

 というわけで、どうぞ。


 

 ステファニーは激怒した。必ず、かの怠慢兄妹の王をしばかねばならぬと決意した――そんなわけで、エルキア城中廊下にてステファニー・ドーラは走っていた。脇目もふらずただひたすらに、自身の役割を果たすために。連日の疲労が積み重なっているのか、目の下にはうっすらと隈が浮かんでいた。

 

「――まったく、もう、いい加減にして欲しいですわ!」

 

 空白の提案する国内の現状に対する補助の新たな政策展開。

 それに対して半ば無茶苦茶ながらも的を射てくる老政治家・貴族達による反論。

 エルキア国民の世論の状況の常時確認と、それらの纏め。

 

 それらをたった一人で(・・・・・・)こなす日々。

 世界が世界なら労働基準法違反で訴えて余裕で勝てるぐらいには、彼女は働いていた。

 

「空も白も仕事を一切しないなんて……それを認めてしまう辺り、私ももうダメですわね……はぁ……」

 

 脳裏に浮かぶ二人の顔を八割方諦めた目で思い返しながら彼女は走る。

 ――空と白は、仕事という仕事を一切しない。本当に、何一つ、塵一欠片分の仕事すら手を付けることはない。ただ要所要所で革命的な意見を出して政治に貢献はするものの、自ら動くなどと言うことはしない。その代わりに動くのは、あくまで自分(ステファニー)なのだった。

 

 

 

 ステファニー・ドーラは凡人ではない。むしろ優秀な部類に入るのだ。確かにクラミーにチェスで負け、空白にトランプで負けてはいるものの、あの二人を例外にカウントすれば彼女自身の戦績は悪くはない。このゲームが全てと言う価値観の世界の元で、アカデミーを首席で卒業しているという点を鑑みてみれば彼女は決して馬鹿ではない。ただどこぞの“あかいあくま”のように何処かが抜けているだけなのである。

 

 

 

 つまり、ぶっちゃけて言うと、何よりもゲーム一筋である空白にとって自身(ステファニー)は非情に都合の良いコマだった。コレがただ口先だけの有象無象なら空白もここまで無茶苦茶を押しつけることはしない。だが運の悪いこと、もしくは良いことに、彼女はなまじ優秀であり、“空に惚れて”おり、人見知りの激しい空白のどちらにとっても簡単に接することの出来る相手であった。

 

 ――最も、だからと言って、ブラック企業も真っ青の仕事量を押しつけて平然とこなせるほどではないのだが。断れない従来の性格が災いし、彼女はひたすら彼らの言うとおりに働き、彼らに予想通りの結果をもたらしていた。

 

 そんな彼女がついつい周囲への注意を怠り、

 

 ドンッ!!

 

「きゃっ!?」

 

 ぶつかった。

 廊下を向こうから渡ってきた一人の老人男性――確か交通大臣だったか――とすれ違い様に正面から衝突させてしまった。

 同時に尻餅をついて倒れたところで、ステファニーは一瞬早く相手より先に彼の存在に気付き――また彼の様子にも気付いた。

 

 ――何か、不自然だ。

 

 こちらを見た顔色が僅かに青く、また、遅れてぶつかった相手に気付いた彼の挙動は何処か慌てているかのようだった。不自然にわたわたと慌てて居る。そんな彼の挙動をふと観察していると、こちらを見た後、さりげなく胸元を左手で隠したのが見えた。

 ――ステファニーは、そこには何も見えていなかった。

 だがそれは逆に、何かが在ることを示している。

 

「あ、ああ、失礼しましたステファニー様」

 

 ジーッと気の抜けたように老人を見つめるステファニーに老人は気を取り直すと、急ぎ立ち上がり、来た方向へと去っていこうとした。彼は奇妙さを隠せていないままステファニーに背を向けて歩き始める。

 

 ――だが、そこでステファニーが声を掛ける。

 

「お待ちになって。貴方一体、そこに何を隠しているんですの?」

 

 その一言に彼の動きが一瞬静止した。と同時に、恐る恐ると言った様子でゆっくりとステファニーの方に振り向く。――次の瞬間、ステファニーの手が閃いた。

 

 空白相手に挑み続けるイカサマゲーム、その過程で鍛え上げられた技量が成果を発揮する。

 振り返った男性にタイミングを合わせるようにその胸元に手を滑り込ませ、隠されていたなにやら薄いものを人差し指と中指で挟み、引っ張り出した。

 抜き出した手に挟まれていたのは、一通の便箋。

 その表に書かれていたのは。

 

「……在エルキア東部連合大使館館長代理:初瀬いの……?消印は、六日前!?貴方まさか――」

 

 慌てて逃げようとした老人、その身体が静止する。

 彼の目に映ったのは、怒りに満ちたステファニーの背後に燃える炎。

 額に女の子らしからぬ十字を浮かび上がらせて、大きく息を吸って――

 

「――ふざけてるんじゃ無いですわよ!?何を考えてるんですか貴方はぁぁぁぁぁ!!」

 

 ステファニーの雷が落ちる。

 

「大方ゲームを妨害しようとか何とか考えていたんでしょうけどもっ!よりによってゲーム開催の知らせを隠すなんて妨害どころか反逆以外の何者どもないですわよっ!」

「な、反逆だとっ!?貴様如き小娘が何も分からんくせに――」

「ああもうコレ処理するのが一体誰だと思っているんですのよ!これからあの二人への連絡に黒様への連絡役の手配に馬と馬車に馭者の準備に街路の手配に、一体どれだけの仕事が追加されるんですの!?今でさえ限界を超えて一日中忙殺されているというのにここで厄介事が起きるなんて完全に予想外ですわぁぁぁぁ!」

 

 手紙の表面を虚ろな目で除きつつ、「今後のスケジュールが……」とブツブツ呟く。

 唯でさえ無茶無謀先刻承知のスケジュールが組まれていると言うのに、さらにここで最大級の爆弾が投下され心ここにあらずと言った無我の境地に陥るステファニー。

 半ば自棄になって手紙を開くと、前置き、本国での判断、ゲーム開催箇所、そして日時――27日の夕刻。

 則ち、今夜(・・)

 

「……ふっ」

 

 ブチッ。ついにステファニーの堪忍袋の緒がキレた。

 今日この日まで空白に振り回されてきた間ずっと限界ギリギリで切れる寸前になっていた堪忍袋の緒の最後の一筋がプッツンと、切れた。

 

「ああもう良いでしょう解りましたわよやってやろうじゃないですのぉぉぉぉっ!」

「貴様さっきから何を――」

「五月蠅いですわ!元凶の貴方はしばらくそこで正座していなさい!」

 

 次の瞬間、老人はみた。

 彼女の知らぬ間に空白とのゲームで鍛え上げられた、有無を言わさぬステファニーの圧力に。本能から彼は直ぐに正座を超えて土下座した。

 やらなければ、殺られると本能が理解した。

 

「これからの時間を考えるともう……」

 

 ステファニーは一瞬でこれからの予定を組み直し、新たなスケジュールを立てる。

 

「まずは二人に知らせてから、ですわね」

 

 そう悟った彼女は、すぐに黒と白の家へと向けて走り出していったのだった。

 

 後にはただ、一人の老人だけが残されていた。

 

 ステファニー・ドーラ。

 ブラック企業もさながらの空白の秘書として、日々心身をすり減らして働いていた。

 

 

 

 ――これは神話において語られる少女の悪戦苦闘の一ページ。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

「白、空!東部連合からの書簡ですわよ!」

 

 バタバタと慌てた様子で部屋に駆け込んできたステフに、二人が目を丸くしてゲームから一旦目を離す。

 

「どうしたステフ、そんな馬鹿みたいに慌てて?」

「ここ数日の私への扱いを思い返せば馬鹿になるのも当たり前ですわよ!ってそれよりも、コレを!」

 

 ベッドの上で仲良くゲームをしていた二人にステフは、先ほど奪い取った手紙を渡した。

 その内容を、胡座を掻いて座った空とその中に座った白が同時に読んでいく。

 

「ふむふむなるほど……条件は大概飲んでくれたようだな。ま、飲まなかったらここ数日分(・・・・・)のを含めてそれ相応の仕返しも考えてたんだが……さて」

「ステフ……今日、何日……?」

「二七日、その当日ですわよ!」

 

 ステフは頭を抱えながらヒステリックに叫ぶ。

 

「一部の貴族(お馬鹿さん)達がそれを隠していたようでして……まったく、もうっ!」

 

 ギリギリと王女にあるまじき歯ぎしりすら始めたステフに、空が問いかけた。

 

「ふーん、ま、確かに組織の一部にはそう言う輩もいるっちゃあいるか。それよりステフ、お前良く気がついたな」

「先ほど挙動不審の方がいらっしゃったので、スってみたらそれだったんですのよ」

「スるって、お前……」

「空と白相手にはそれぐらい出来なきゃ話にならないでしょう!」

 

 確かにそれはそうだが。

 しかし、それを相手が何か不自然だからと直ぐさま直接的行動に移せる辺り、ステフも中々壊れてきたに違いない。

 

「そうか。良くやったなステフ、お手柄だ」

 

 よしよしと空がステファニーの頭を撫でる。

 その感覚に僅かに頬に赤みがさすが、直ぐに時間がないことを思い出して冷静さを取り戻す。褒められたからと言って直ぐに周りが見えなくなるようでは、どこかの天災の妹のような残念な子でしかない。

 

「よし、それじゃあ今すぐ出るぞッ!出陣だ!」

「……おー」

 

 のそのそ、と二人がベッドから降りて立ち上がる。

 

「ちなみにステフ、準備は――」

「私ならここに来る途中で着替えてきましたから大丈夫ですわ!二人は――今更ですわね」

「どこはかとなく嫌みに聞こえるが、まあ良いだろ。黒達はどうした?」

「すぐにこちらへ来られるかと思いますわ」

「……やべぇ、ステフがいつになくマトモに機能している」

 

 驚愕の事実に驚くが、それはそれで良い。

 

「ちなみに足は馬車で」

「もう少しで準備が終わるハズですから、黒達が来たら直ぐに出発できますわ」

「……ソウデスカ」

 

 一体いつの間にここまで手腕が素晴らしくなったのだろう。

 先ほどからのステフの働きはもはや以前とは全然違うものだった。

 

 

 

 

 

 

 三人がそうやっていると、王室の片隅に黒とジブリールの二人が現れた。

 転移の際の光に彼らが目を向けると、そこでは何故か跪く黒の姿。

 

「サーヴァントセイバー(大嘘)、召喚に従い参上した。問おう、汝が私のマスターか」

「……ないわー」

「状況的な空気と未来的な予測を読んで何となくノリでやってみただけだぞ。ないわキモイわは承知の上だ」

「くー、テンションがおかしい……?」

「ああ、実はコレで三徹目だからな。若干狂った感じになってる。頭が」

「ゲーム前日に何をやっているんですのよ!?」

「俺の直感スキルはEXだが、どうでも良いことには直感は発動しないんだ」

「国家戦をどうでもいい呼ばわりしないで下さる!?これでも結構重要なゲームなんですのよ!?」

「だって実際俺たち『人類種(イマニティ)』じゃないし」

 

 実際の所数日前にそれを証明するゲームがあったのだが、それはさておき。

 

「すなわち勝っても負けても問題は無い。人類種も一度痛い目見た方が目が醒めると思うんだ」

「その目が醒めた後には絶望の二文字以外何も残ってませんわよねぇ!?」

「希望を失っちゃだめだ!(苗木君ボイス)」

「希望を根こそぎ奪った人が言うセリフですかそれ!?」

「しかもなんか声真似上手いし。笑えるな」

「くー、面白い」

「そこの二人も笑わないで下さる!?貴方たち一応国王なんですから!」

「草が生えるな」

「言い換えろとも言ってませんわよ!」

 

 ※ちなみにステフもそれなりに勉強してるので意味は分かってます。

 

「コントはそこまでにしておいて出発すべきでは?」

「「「「「あ」」」」

 

 珍しく場で一番真面目なジブリールの一言で、場の空気が修正される。

 

「ゴホン。とりあえず出発するか。ステフ、馬車はどこだ」

「裏口ですわよ。現在起きてる暴動(・・)のことは知っていますわよね?あそこに堂々出陣なんて……いえ、まさか……っ」

「理解してくれたようで何よりだ」

 

 ニヤリと笑う空に、ステフが顔を青くする。

 

「俺たちはコレより、城門から正々堂々出発する。異論はあるか?」

「……当然」

「当たり前だろ」

「常識ですね」

「そうですよねそう言う人達ですものね……」

 

 かくして、黒達五人は獣人種の用意したゲーム舞台へと出発したのだった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 暴動。多数の民衆が集団的に行動し、罵詈雑言を浴びせるだけではなく暴行脅迫破壊工作その他諸々なんでもござれで行う暴力的な行動の事を指す。

 

 現に今エルキア王城前では空達が宣戦布告したその三日後から、そこに立ちふさがる民衆の群れはただ文句を言うどころかそこら辺の石を投げるわ落書きするわで一日中ただひたすらに騒いでいた。

 

 一体何があったのかと問われれば、空白が東部連合に挑んだという話を知った一部の貴族達が『二人が人類種のコマを賭けてゲームを挑んだ』と話を千切れるほどにねじ曲げて民衆に広めたのと黒達が仕込んだ種のお陰である。ちなみにこちらはただ《大陸にあるてめぇら(獣人種)の全て》を要求しただけであって何を賭けるかは一切宣言していない(・・・・・・・・・)。そもそもなんでこんな無茶苦茶なゲームが成立したかと言えばそれもまた黒達の仕込んだ種によるものであるが――その話はまた後にしよう。

 

 

 

 さて、前置きはここまでにして。

 そんな民衆の前にわざわざ少数で出る王様はいないだろうが――まずはその幻想(政治家の常識)をぶち壊すッ!

 

 

 

 

 ――城門が、開く。

 そして。

 散々騒いでいた民衆達は次の瞬間、無意識の内に口を閉じてしまっていた。

 

 ――普段通りに不敵な態度で、絶対的な自信の表れを目に宿す空。

 ――ただ真っ直ぐに、勝利を確信した朱い瞳で歩く白。

 ――何処までも無機質で、何も見ていないかのように人類種を見ている黒。

 ――誰もかもを魅了するように――同時に恐怖を抱かせるように笑うジブリール。

 

 彼ら四人の、有無を言わさぬその雰囲気が、その場にいた人類種の声を潰す。

 

「「邪魔」」

 

 ――ザッ!

 

 それはさながら混沌よりも這い寄る過負荷(マイナス)球磨川禊の如く、人の海が文字通り真っ二つに割れる。それは未知の物に対する畏怖故か、誰もが黒達の方を直視できない。ただ本能に従って、自らの足を彼らの通る道から動かした。

 

 黒と空のたった一言が、それだけの現象を目の前に引き出す。

 

 それは黒が最も見慣れた光景で有り――また、最も嫌う光景だった。

 

 空白の先導に続いて割れた人波の中を歩き、先に待たせている馬車へと歩いて行く。

 その横顔に僅かに浮かんだ苦虫を噛み潰したような顔に気付いたのは唯一人、ジブリールだけだった。

 

 

 

 

 民衆の長い長い集団の道を抜け、ぽっかりと空いた場所に空気を読まないかのように待機させられていた馬車へと四人は乗り込む。

 

 

 

 乗り込んだ馬車は馭者により、獣人種の国――東部連合へと歩みを始めた。

 

 

 

 




 最後に。
 長らくお待たせして申し訳ありませんでした。


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第五弾 記憶の中には仕掛け罠

 前話において質問を受けたので、ここで返答します。
 黒が空の記憶を失うことがなかったのは、原作三巻P46後半を読み直していただけたらご理解いただけるかと思います。
 黒はあくまで《対等な協力関係》であって、空の元に付き従う『人類種(イマニティ)』という集団に所属はしていません。

 その事に真っ先に気付いた白が黒の下へ行く→その後は大概原作通りってことです。

 


 東部連合とエルキアの国境にある都市。

 元々はエルキアの都市が有った場所だが、東部連合が占領してからそれ相応に町の作りかえられており、これまでの中世の雰囲気が一転して近代的な雰囲気が漂っている。例えるなら大体戦後の日本、バブルが弾ける前の誰もが祖国の繁栄を信じて疑わなかった頃だ。

 

 至る所に設置されたネオンが煌めき、人々が乱雑に行き交う町。

 彼らが明るく過ごす昼は永遠に続くように感じられ、静寂が満たす夜はほんの刹那。

 

 ――そんな町が今夜だけは、普段とは違い、ただ一人として外に出る者がいなかった。

 ある者は家の中でこれから始まるテレビに目を向けたり、ある者は近くに置いたラジオに耳を傾けたり、またある者は暗い部屋に怪しく輝く水晶パネルを見つめている。その余りにも異様な様子は、これまでの東部連合(ワービースト)には感じられなかったものだった。

 

 ただ彼らに共通して言える事――それは、見ている内容が同じだと言うこと。

 

 ――大歓声を響かせる観衆達がいる都市中央部の巨大スタジアムの生中継。

 

 その中の人々も、ほぼ同時にそれを見ている人々も――誰もがこれから始まる一戦に期待や不安などの感情を胸に秘め、食い入るように集中を傾けている。

 

 

 そう、今から始まるのは巨大な遊戯。

 

 

 対戦カードは『《人類種代表》エルキア』VS『《獣人種代表》東部連合』。

 

 

 スタジアムの中心に据えられた巨木のように聳え立つゲーム本体の前には、これからゲームを行おうとしている六人が立っている。

 

 人類種代表、「  (空白)」。

 獣人種代表、初瀬いづな。

 人類種協力者、黒とジブリール及びステファニー・ドーラ。

 

 多くの衆人の目が向けられたステージの中心で、進行役を務める初瀬いのの指示の下に、彼ら六人はゲーム機の前に設置された椅子へと腰掛けた。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 時刻は少し遡り、三時間ほど前。

 馬車でのんびりと会場へ辿り着いた空達一行は、彼らを待ち構えるかのように立っていた初瀬いのによって彼ら専用の待機室へと通されていた。――否。

 五人が通されたやけに豪勢な洋風の部屋は、待機室と言うより応接室だった。先日黒達といづな達が相対した大使館の部屋と同じように、中心には長机が置かれ、その左右に揃えられた椅子がそれぞれ十個ほど並べられている。

 明らかにこちらを舐めてきている獣人種側に、黒の額の血管が十字に浮かび上がるが――それはさておき。

 

「ジブリール、結界を張ってくれ」

「はい、マスター」

 

 パチン。ジブリールの指先一つで、完全に外に音と光を漏らさない壁が五人を囲うように築かれる。大気が一瞬僅かに揺らめき、床に接する半球の結界が精霊によって紡がれた。

 その行為に、ステフが疑問を覚える。

 

「なんでわざわざ魔法を使うんですの?別にこの部屋には私たち以外誰もいないですのに……」

「――空達は言わずとも分かってるだろうが、盗聴器の一つや二つ設置されていてもおかしくはないんだよ。つまり、ヘタすればこちらの考えが全て筒抜けになる可能性が有る。ゲーム内容を知らない(・・・・・・・・・・)以上、碌に立てられる作戦も俺からはないが」

 

 黒が椅子に座った二人の方へ目をやると、何も言わず彼らは続く黒の言葉を待った。

 

「この部屋は一見ただの空間だが、相当な警戒態勢が敷かれているんだよ。行動監視用のカメラが計七つ、僅かな音でも拾うためのマイクが机の下、天井裏、床下に計三つ。どっちもご丁寧に顔を見せてくれてるよ。つまり、そのまんまだったら声は拾われるわ唇の動きは読まれるわで作戦会議は筒抜けになる」

 

 この場に入って真っ先に黒が行ったのは、空間把握。

 空白は元からその可能性に辿り着いているため仕掛けがあることは分かっていても、それがどれだけ実際に有るかは分からない。それに対し、五感が鋭敏な黒は僅かな駆動音や機械を通して感じる視線でその位置すらも感じ取ることが出来ている。

 

 それでも全ての所在を断言することは出来ないはずなのだが――黒はそう確信するに足る一つの根拠を持っていた。

 

「へー、なるほど。……じゃあなんで張ったんですのよ!?作戦がないんなら単なる力の無駄遣いでしょう!?」

 

 黒に向かってあーだこーだと叫ぶステフに、横から空白の声が入る。

 

「あ?そんなの決まってるだろ?」

 

 その声に何か思うところでもあったのか、嫌な予感を頭に浮かべながらステファニーはそちらへと振り向く。

 

 二人の方を向いた黒の目に映ったのは果たして、ステファニーの予想通りの、碌でもない事を思いついたときの顔を浮かべていた。

 

「黒に無くても、俺たちには立派な作戦があるのだよステフくん。……なあ、こないだ町中で賭けた「何でも一回言うことを聞く」って約束覚えてる?」

 

 その事は黒は知らないのだが、ステフは少しの間うんうんと唸り――思い出したかのように、ぽんと手をついた。

 

「ええ、もちろんですわ」

 

 一体何のゲームをしたのかジブリールと黒は気になったのだが、それを問う場でもないのでその疑問は素直に彼らの心の内へと収められた。もちろん後で説明して貰う気である。

 

「そうかそうか。だったら悪いが、その権利をたった今ここで使用させて貰う」

「それは別に構わないんですけど……ちょっと待って下さいな、なんですかその碌でもないことを企んでいるような顔つきは」

 

 大体空が何を自分に押しつけようとしているのか悟ったステファニー。その顔が一気に青く染めあがった。しかし彼女が逃げられるわけはない。この世界では『盟約』は絶対なのだから。

 

「気にするなステフ、何も企んじゃいないさ、ああ。託卵(たくらん)だりする気ではいるがな。気にすんな、勝利への鍵を、勝利への絶対条件をお前に渡すってだけだ」

「それ一番重要な責任じゃないですの!?そんなの嫌ですわよ!!」

 

 ぶんぶんと顔を横に振るステフ。

 分かっていても、賭けた以上は破ることは出来ない。無意識のうちに後ずさりしていくステファニーだが、それを面白そうだと思ったジブリールが彼女を後ろからがっしりと羽交い締めにする。「往生際が悪い女性は嫌われるのでは、ステファニーさん?」――空に惚れているステファニーには、その言葉は何よりも強い楔となって彼女の心に突き刺さった。

 

 

 結果。

 そうして、本人の意志とは全く別に、ステフの深層意識の中に空の命令はしっかりと刻み込まれたのであった。その内容を横で聞いていた黒は僅かに面倒そうに顔を顰めたが、まあなるようになるかと彼は半分諦めた顔でそれを忘れることにした。普段の黒からしてみれば有り得ない行動なのだが、今回のゲームに関してはそういう約束なので口に出すことはない。

 

「『――』っと。そういうことだステフ。分かったな?……いや、もう忘れてる(・・・・)のか?」

「――え?何か言ったんですの空?」

 

 最後に『指示を忘れるように』と言った空の通り、ステファニーは完全に今何を言われたのかを覚えていないようだっだ。分かっていたとしても目の前でそれが行われたとなると、空と白にとっては少しは驚くものである。

 

「おお、本当に何も覚えてないのか。さすが異世界」

「……どういうことですの?」

「気にするなステフ。この後のゲームに向けて休んどけ……ん?黒、どうした?何も反応がないが」

 

 僅かに目を見開く自らの妹の反応は当然の如く分かっていたが、壁際に背を預けた黒の顔に大きな変化は見られなかった。それに僅かながら分かる表情は、今起きた現象への驚きと言うより、苦虫を噛み潰したようなものだ。

 

「ちょっと前にヘマをやらかしたことがあったんだよ。何となく記憶を消したらどうなるのか試したのは良かったんだが、ジブリールの『黒と過ごした日々の記憶』を消したおかげでもう一回命を賭けて戦うハメになった。あかいあくまみたいにうっかり属性はなかったはずなんだがな」

 

 それは獣人種とのゲームが決まる数日前の話。

 だが当の本人は一切語ろうとはせず、これ以上聞くなと空に無言のメッセージを飛ばした。

 

 

 そんな黒の様子に笑って、空と白は数日前に行ったゲームで得た二つのアイテム(・・・・・・・)に目を向ける。

 ジブリールをゲームマスターとして身内で開催したゲームの中で創られたこれ(・・)こそがこちら側の本来の鍵。ステフは知らない、四人の秘密。

 

 「  (空白)」の領分ではなく「(クロ)」の知識から引き出されたそれこそが、彼らの本物の切り札(ジョーカー)を捲るものだった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 眩しい天井からの光の中で、いのが獣人種とエルキアの間でのゲーム内容を確認する。

 

「では、これより盟約において賭けられる品を確認致します。東部連合は『ルーシア大陸に保有する全て』を。対してエルキア側は『初瀬いのがステファニー・ドーラの胸を揉む権利』を互いに賭け、東部連合指定のゲームで、互いの代表者――計六名、一対五で執り行う」

 

 信じられないような内容を発したいのの言葉は、熱気に包まれたスタジアムの歓声に包まれて響くことはなかった。現在スタジアムを占める者達の半分は人類種、エルキアの国民で、もう半分は偶然にも観客席のチケットを買うことの出来た幸運な獣人種達。そのどちらにも、明確な内容が伝わっていない。羞恥心で最後の辺りの声をいのが小さくしたということもあるのだろうが。

 

 いのがゲームの最後の確認を始めたのを見た人類種側が静かに緊張感を張り詰めるかわりに、同時にもう半分を占める獣人種側のボルテージがマックスへと跳ね上がる。――というか所々から「殺せー!」「潰せー!」「「「「「いづなたん可愛いよハァハァ」」」」」との声が聞こえる。最初の二つはともかく、最後の奴は地獄巡りして原初の罪(ロリータコンプレックス)を綺麗さっぱり洗い流してこいと、黒は心の中で密かに思った。というかアンタラ仮にもこれは国家戦なんだが……緊張感なさ過ぎだろ。獣は性欲とか目の前にあるものにしか目を向けないのか。

 

 まあ、そのお陰でこのゲームの賭けの内容を引きずり出せた(クロ)としては、いくら感謝しても足りないのだが。

 

「なお重ねて、東部連合は『ゲーム内容に関する一切の記録の消去』を慣例通りに要求致します。これには全ての人類種に属するプレイヤー・観戦者を含みます。そしてルール説明は盟約においてのゲーム開始後であり、開始後にルール説明を聞いてのゲーム拒否は記憶忘却のみを行います――よろしいでしょうか?」

 

 要するに『ルールは基本秘密だぜっ』とのことだ。

 理不尽過ぎるその要求だったが、空は何の文句もなくそれに頷いた。

 ――しかし。

 ついでとばかりに空が自然体で先ほどの肯定に言葉を付け足す。

 

「あ、ちなみに消えるのはあくまで今日の(・・・)ゲーム内容に関する内容のみ

だからな?俺らの持つ全てのゲームの記憶を奪うなんてのは無駄だぜ。後、十の盟約の不正発覚=失格ってルールも忘れてなければ――何も問題は無い。さぁ、ゲームを始めようぜ?」

 

 いのといづな、それぞれがその言葉を聞いて順に反応する。

 容易く東部連合が仕掛けた罠を見破ったという事実に、いのが。

 自らの祖父の表情から、上層部がゲームに余計な手を挟んだことに気付いたいづなが。

 ベクトルの違う感情に、二人は顔を歪ませた。

 

「――では、同意したのであれば互いに宣言をお願いします」

 

 そう告げたいのの前で、六人は手を挙げ――同時に唱和する。

 

「「「「「「――『盟約に誓って(アッシェンテ)』!」」」」」」

 

 

 

「――なあ、いづなさ。最後にゲームを《楽しい》って思ったの、いつ?」

 

 ゲーム開始前の刹那、空は正面を見たままいづなへと呟く。

 

 その答えが返ってくる前に――彼らの意識は、画面の向こうへと変換された。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 ブツッ。

 脳と神経の間の繋がりが突然途切れたような音が耳に響く。とは言っても本当に聞こえたわけではないのだがまあ、感覚的にはそんな感じに、ブレーカーが落ちたときのように黒の精神と身体のリンクがいとも容易く切れた。

 

 何も見えず、聞こえず、触れず、匂わない。

 五感の一切がシャットアウトされ、ただそこにあるという感覚だけの身体。

 突如制御を失った身体の感覚は彼の意外感と消失感を誘う。――だが大嘘憑き(オールフィクション)で全感覚を失ったどころか全身を消失した善吉君に比べればまだマシだと、自分より悪い状況の人間を考えてみれば、案外最悪でもない。そんな思考は、即座に通常通りの落ち着いたものへと戻った。

 

 それと同時に全身の感覚が元に戻る。

 

 同時に、身体に僅かなノイズが奔った。限りなくゼロに近い時間の思考の間に起きた、一瞬全ての感覚が途絶え、またつなぎ直されたような刺激。その刹那で奪われた、巷で言われる第六感のような超緻密な感覚の消失。それまでにチリチリと喉元を焼くかのように纏わり付いていた《自分への感情》が――完全に途絶えた。

 

 急激な浮遊感――そして落下感が身体を襲う。

 

 この感覚を初めて体験したのはこの世界(ディスボード)における最上位の存在:遊戯の神(テト)によって愚鈍な日常から歓迎すべき非日常へと引きずり込まれた時。あの時は落下感どころか実際に落下していたのだが――今回は、それとは違うようだ。恐らく実際に落下なんてしていないのだろうが、まるで突然ワイヤーの切れたエレベーターの落ちるその数倍――その上浮遊感を覚えるほどの激しい下降感が感じられた。

 

 

 それはまるでこの世界に至る時と同じで――異なる世界に渡るプロローグなのだろうか。(クロ)はそう思った。

 

 

 ――その身体が、急に確かな感覚を持って着地(・・)する。浮遊感を以て落下していたはずの俺の足下に、何か新たな足場が形成(・・)されていく。普通は足から着地の感覚が上へと抜けていくはずだが、そうではない。突然身体が落ちなくなったかと思えば、同時に不自然な足場が出来ていたのだった。

 

「……なるほど、な」

 

 一旦足を持ち上げ――トンッ。

 軽く片足で地面を小突く。細かな凹凸の感触。ただそれだけが厚さ1.5センチのゴムを伝わって足裏に伝わる。

 

「確かに獣人種(ワービースト)の物理的限界に接する事が出来るほどに秀でた身体能力を生かすのに、最適と言えば最適のゲームだよな、コレ。しかし、精霊が使えないその身でこの舞台を用意できるとは中々に驚くよ。全員が全員脳筋かと思えばそうでもなかったみたいだし」

 

 VR(仮想現実)。ヴァーチャル・リアリティ。

 黒としてはSAOだったりAWだったりその他ネット小説やらなんやらで色々と見知っている舞台なのだが、まさかここで本物に触れるとは――中々に感慨深い物があった。

 数々の主人公が語るとおり、黒にも仮想現実と現実との違いが伝わってくる。

 

 光を取り戻した視界の中で明るく輝く太陽。

 肌を撫でるように吹く暖かな風。

 鼻に薄く感じられる、乾燥した空気とどこか人工石的な匂い。

 キーンと静かすぎて逆に響く耳鳴り。

 

 そのどれもが、不自然なまでに明瞭に解る。感じ分けられる。

 恐らく空やステフのような一般人達には解らない――黒の鋭敏な感覚で以て捉えられるぐらいの僅かな違い。それが、黒の直感にはっきりと違和感を抱かせる。

 恐らく、これは。

 

「(獣人種(ワービースト)だけのアドバンテージって所か……?)」

 

 本来人類種(イマニティ)には感じ取ることの出来ない細かな情報。

 あの対戦相手の初瀬いづながこれらの情報を統合処理して計算し攻めてくるという可能性を考えてみれば、これはかなり分が悪い。唯一同程度の身体能力になっているであろうジブリールはこんな細かな感覚制御を好まない故に、この手段では限りなく近いレベルで知覚できる黒しか対抗できない。

 何しろ『頭にコブが出来た』程度で相手に一撃必殺クラスの技を放った上に数百年相当の文化を根こそぎ奪うという実績があるのだ。ジブリールに細かいことをやれと言っても無理な気がする。というか無理だろう。

 

「(ま、ジブリールがいないと出来なかったこともあるし……“適材適所”で納得するか)」

 

 今更彼女の認識を変えるというのも土台無理な話だ。

 諦めて意識を切り替えて周囲を見渡すと、既に組み上がったフィールドがその全貌を露わにしていた。

 

「――は?」

 

 その光景は、一瞬(クロ)の思考から黒に戻るほどのショックを彼に与えた。

 そこは余りにも予想外で、このゲームの内容を予め数千通り予測していた黒の計算外の場所だった。

 ……この場所こそが、この世界では想像上の場所なのか。

 蒼穹に浮かぶ鋼鉄の城でもなく、遥か高く聳え立つ世界樹の支える妖精郷でもなく、終焉への道を進む銃煙燻る末法の世でもなく、現実と重なるもう一つの加速世界でもない。

 

 唯単に、高層ビルが所狭しと建ち並び、完全に整備された綺麗な道路が迷路のように張り巡らされた土地。

 その黒に取っては良く見慣れた地こそが、今回のゲームのステージ。

 

 

 

 ――彼の視界に写ったのは、紛う事なき現代のかの国。

 人が夢も輝かしい未来もなく、ただ今という目に見えるものだけを信じて、毎日を屍人形(マリオネット)のように神の視点を持つ一部の者によって動かされる空虚な場所。

 黒のトラウマを彷彿とさせるこの場所は――

 

 

「日本、かよ……ッ」

 

 

 




 次話は第六弾、二週間以内更新する予定です。
 本話も遅れてすみませんでした。
 感想等々お待ちしています。


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第六弾 黒の想い、一度失った事

 どうも、二週間内に更新するとか宣言した挙げ句に遅れた安心院かなみです。すみません。もうホントに。最近歌を聴きながら書いておりまして、なんとなくお気に入りになったfate/extraCCCの《サクラメイキュウ》を聞きながらようやく仕上げることが出来ました。原作やったことないですけど。

 さて、そんなことはともかく。今回からようやく獣人種とのゲームに入ると言うことですが――当然、ただ原作をなぞるだけではつまらないと言うことで、幾つかの要素を追加させて貰いました。
 ついでに黒からのジブリールへの愛の告白(?)も……?
 色々詰まった第八弾、それではどうぞ。


 黒は突然のショックに気を飲まれつつも、すぐに気を取り直して辺り一面を見渡した。

 五人の上に広がる無限の蒼穹。その下に生み出された灰色の建造物の密集地。凍り付いた氷河のような静寂。電気信号が交わりあって創られた装飾。――そして、豊かな毛並みの獣耳を付けた人々の画。

 ……どうやら僅かに眺めただけで判断してしまったのは失敗だったようだ。

 冷えた頭の中でもう一度思考を巡らせてみれば、この場所は黒の記憶にある東京の姿とはやはり違っている。一見同じのように見える背景だが、異世界らしく所々のデザインが異なっている。

 すなわち、ここは俺たちの知っている“東京”ではなく、あくまでそこに類似しているだけのステージに過ぎないのだろう。

 

 

 こちら側の最初の地点は何故かトラックの上になっていたようで、ふと気付いて周りを見渡せば、近くには同じように仮想の肉体を得た四人が既にいた。この世界(ディスボード)出身である二人の内、ジブリールは珍しい物を見たかのように至る所に目を向けており、ステファニーは何が起こったのか分からなかったらしくただ単に気を落ち着かせるために周囲をきょろきょろと見回していた。

 その二人の足下に残りの二人――則ち、このゲームの主人公(メイン)たる人類種の王、空と白が仲良く身体を縮めていた。

 

「俺たちもうダメだ。すまん人類種は終わりです」

「ガクガクブルブル」

 

 二人は小さく、それでいて三人に聞こえる声でそう呟いた。

 そんな二人の様子を観察してみれば――唯単に、震えていた。突然大気中へと引き上げられた深海魚のように、慣れない世界に置かれたことによる影響からか、その身体が断末魔のように細かい振動を目に見えるほどに刻んでいた。

 白は膝を抱えて座り込み、空は何故か土下座の体勢を取りながら、どちらも三人のように目を周囲にやることなくこの現実を直視するのを避けていた。

 ……さて、どうしようかこの二人。

 自業自得でふさぎ込む空白をどう目を覚まさせてやろうと考えた――その時、頭の中に一つの案が閃いた。

 

「あのマスター?何故そうあくどい笑みを浮かべていらっしゃるので?」

「まあ見ておけジブリール。起きろ(馬鹿)!」

「げふっ!?」

 

 とりあえずどっちかと言えばまだ状況の飲み込みが早いであろう兄の方へ向けて、俺は足を振り抜いた。土下座していた空、その腹に爪先を食い込ませるようにして勢いよく宙へと蹴り飛ばした。

 

「蹴り飛ばしましたわー!?」

 

 黒の思い切りの良い行動に、そうステファニーが叫ぶ。

 空は二メートルの高さまで打ち上げられ、頭から地面に落下する。

 最終的に彼はトラックに叩きつけられるようにして屋根に顔面から衝突した。……いくらニートでも、これくらいなら死にはしない。と思う。仮想空間だし、痛みはあっても実害はないだろう。

 

「オイ、前にも言ったろ。ここはゲーム盤だ。悪いが二人の想像してる日本の首都じゃないぞ。だからさっさと空、現実を見ろ。そして頭を動かせ。んで白ちゃんを説得してくれ」

 

 そう声を掛けた俺に、空は突然面を上げる。

 

「――マジか」

「大マジだ。別にお前らに対する精神攻撃とかではない……とは言い切れないが、とりあえず、しっかり目を覚ましてもうちょっと注意深く周りを見ろ。それに見た限り、お前らが苦手な他の人間はいないみたいだぞ。それでも上手く飲み込めないんなら――」

 

 ジブリールに天高く投げさせて全体を俯瞰させても良かったのだが。

 と、思わせぶりに彼女の方を目で示した。

 何を言わんとしているのか分かったのか、空は慌てて顔を真っ青にして「分かった」とコクコク頷く。彼女に任せたら空どころか成層圏、果たしては宇宙まで行くとでも想像したのだろうか。……実際その通りなのだけれども。

 

 と、ここでいのの声のナレーションが入る。

 同時に、小さめのスクリーンが黒たちの目の前に映し出された。

 

『驚かれましたかな?ようこそ、ゲームの中の世界へ』

「驚くどころか約二名瀕死状態に陥ったが」

 

 とはいえこの状態はさすがに自己責任というか自業自得というか……何にしろ空白本人達が悪いとしか言い様がない。

 そうとは知らず、いのは黒達に向けて軽く謝罪し頭を下げた。

 

『それは失礼致しました。――ですが、ゲームの決定権はこちら側にありますので。せっかくのこの機会、未知のゲームを体験して貰おうという趣旨も含んでみました。ちなみにゲームはこの仮想フィールドにて行われます』

 

 その趣旨は、裏を返せばこちらが一切EXP0かつ予備知識すらないゲームだということでしかないのだが?

 ステフは当然触れることすら能わず、空白の世界には記憶に寄ればVRは一般的には普及していない。精々DSとPSPが掛け合わさったDSPという媒体が限界だった。黒とジブリールは具象化しりとりにおいて魔力で創られた平行世界を行き来するという似たようなゲームを行った覚えがあるが、それはこの仮想空間とはまた違う。

 全く、嫌みなのだろうか。きっとそうに違いない――というか絶対そうだ。口周りの筋肉がピクピクと動いているし。笑いを堪えているな。別にルール違反でも何でもないからこちらは何一つ口を挟むことは出来ないことを、分かってやっている。

 

 ちなみに正直最初からマトモに動けるのは黒だけしかいない。

 笑いを抑えた画面向こう側のいのが、側で縮こまっていた空の方へと向けられる。

 

『ちなみに何故そこまでショックを受けておられるので?何かご不満でも?』

 

 そう問いかけたいのに、空が様子を一変させる。

 いのの顔が映し出されるスクリーンに目一杯顔を寄せ、憤怒の表情で白の気持ちも合わせて大声で文句を叫んだ。

 

「不満オンリーだよこの野郎!なんでわざわざ異世界に来てまでこんなトラウマ一杯のステージでゲームしなけりゃならねーんだよ!もはや精神攻撃の域だよ!それ以上でもそれ以下でもねぇ!俺たちに対する嫌がらせかっ!」

「「「(俺たちって、お前ら(貴方たち・お二人)の中にこちらを含まないでくれ(下さい)……)」」」

 

 別に黒達三人は基本どんなゲーム会場でも不満はない。

 流石に、Gばっかのステージとかだったら拒否反応を起こすが。

 

『……一応皆様の年齢も鑑みて、同年代の若者に人気のある《SFステージ》にしてみたのですが。まあご安心を。ゲームの中と言うことですので、最低限の安全だけは保障されて御座います』

 

 画面内のいのは不思議そうな顔をしながらも、説明を続ける。

 どうやら彼にはこの二人の度を超えた対人恐怖症が理解出来なかったらしかった。

 確かに、空白を知らない人間からしたらこの二人の現状は理解出来ないだろう。

 

 いのによる一応のステージ選択の根拠を聞いた空は、それなら仕方無いと納得しながら、自分の身体の様子を再度確認する。

 

「む、そう言えば日の光を浴びても何とも無いな……」

「吸血鬼かお前は」

 

 いのの言葉を受けて真っ先に考えることがそれか……。

 黒は余りの空の身体のスペックの低さに、若干の頭痛を覚えた。素で太陽が無理だとは、そもそも生物学的に大問題なのだが。いくらゲーム漬けの日々を送っているとしても有り得ないだろう。

 一体彼らの身体はどうなっているのだろうかと疑問を覚えた。

 

「って、それより白!おい白!」

 

 一通り自分の事を確認し終えた空は、思い出したかのように白の側へと駆け寄る。

 体育座りで目が焦点を結んでいない白の肩を掴んで、激しく揺さぶりながら声を掛けた。

 

「落ち着け、ここは連中が勝手に想像して創りだしたゲームの中だ!」

「……ゲームの、中……?」

 

 空の声で、白は精神を落ち着かせていく。

 

「考えてみろ、舞台が現代日本とかって設定なら幾らでもあるじゃないか、なあ?」

「む……」

 

 兄にそう言われ、焦点の合っていなかったその赤い瞳が再び明瞭な視界を取り戻す。

 そして周囲を軽く見渡した――誰も存在せず、外形だけをそのまま再現したような東京もどき――それを見て、ようやく彼女はその頭で現状を飲み込んだ。

 ようやく普段の様子に戻った白を見た空は笑って手を差し出し、白はそれに掴まってゆっくりと腰を上げる。その互いを見つめる黒と赤の瞳が交錯し、自分/相手の心が一体と成る。

 次に顔を覗かせた「  (空白)」には、先ほどまでの態度の欠片もない、普段通りの自信に満ち足りた表情を取り戻していた。

 

「うし……それじゃあ爺さん、話を続けてくれ」

『ゴホン。それでは皆様、足下の四つの箱をご覧下さい』

 

 いののセリフと同時に、五人の足下に銀のアタッシュケースが淡い光のエフェクトを伴って出現する。その形は二通りで、ステフ・空・白には通常スケールのケースが、黒とジブリールには前者よりも横長の形をしたケース。

 一体なんだろうかと思いつつ、五人は取っ手の側に付いている二つのロックを開け、開いて中を覗き込んだ。

 そこに収められていたのは、たった二種類の、――武器だった。

 

 空白にはシンプルに可愛くデフォルメされた『銃』。

 黒には同じく女の子向けにデフォルメされた『剣』。

 

 黒は腰を落として剣の柄を握り、刃を下にしてそっとそれを持ち上げた。

 刃先をゆっくりと持ち上げて身を水平に置き、その峰に沿うようにして片腕を添える。……刃渡り55センチと言った所だろうか。流れるように波立つ刃紋といい、僅かに湾曲した刀身といい、楕円形の鍔といい――どことなく日本刀を感じさせる作りになっているな、と黒は思った。

 それでもプリキュアなんかに出てくるほどにはデチューンされており、当然刃は潰されているのだが。

 

 一通り配布されたそれらを眺め終わると、いのによる説明が再開される。

 

『皆様には迫ってくるNPC達を――その銃で撃って頂き、その剣で斬って頂きます』

「撃つのかよっ!?」「斬るのか!?」

 

 突然のいのの言葉には、さすがの黒も横槍を入れる。

 いくらこんな剣とはいえ、いきなり相手を斬ると言われては流石に驚く。

 

『はい。そして、時に爆破し、時に罠に嵌め――メロメロにして頂きます』

「一体どうやったらそんなゲーム内容になるのか検討もつかないぞオイ」

「というか内容がさっぱり想像できないんだが」

 

 黒と空がそれぞれ思った通りのことを口に出す。

 

『メロメロにされた女の子は皆様に愛の力を託して消えていきます』

「……引くわー」

「なるほどドMか」

「言い方が鬼ですわねっ!もうちょっとなんとかならないんですの!?」

 

 空は何処か気の抜けた表情をし、黒は何故か納得したような顔をした。

 そんな黒のセリフに、ステフがいつも通りツッコミを叫ぶ。

 

『その武器の名は『メロメロ(ガン)』、『ラブラブ(ソード)』!そして使用エネルギーはラブパワー――つまり、皆様の愛の力とでも言いましょうか……』

「……ださい」

「これが剣とは……獣人種の目もついに完全に完璧に腐り果てやがりましたか?」

「というかその銃はどっからどう見てもドライヤーだろ。銃には見えん」

 

 余りに安直な武器のネーミングに、これまで黙っていた白すらも声を上げる。

 

『ちなみに、皆様方の誰かがいづなから攻撃を受けますと、いづなの愛の奴隷になります』

「……あのさ、そこは寝返るって言おうぜ」

「――(´∀`)」

「ああ、ついにマスターが理解不能の言語を発すまでに!?」

 

 このゲームもうちょっとどうにかならないものか。

 

『世界中の女の子達が自分に振り向く中、想い人だけは振り向いてくれない!その愛の力を伝えてイチャイチャするのが、このゲームの目的となる!――以上ッ!説明書より!!』

「よーするに、片ッ端から女の子達をフッてフッてフッてまくれってことか……一見可愛らしいゲームだが、なんとも白の情操教育によくねぇゲームだな」

 

 呆れて物も言えない、といった風に首を振る空。

 その兄を下から見上げて、半眼で白。

 

「……今更?」

「グハッ!!そ、それは言わない約束だろう妹よ……」

 

 空は腹を押さえて屋根の上に倒れ伏した。

 

「お前一体どんなゲームを白ちゃんにやらせてるんだ空……?」

 

 ついでとばかりに黒も半眼で空の背中を見下す。

 くいくいと袖を引っ張りながら「――R-18とか……知らない…」と白が言う。次の瞬間、空を見る黒の視線は絶対零度へと至った。

 そんな空気にあえて触れず、いのは話し続ける。

 

『とまあ、これでほとんどのルール説明を終えたわけですが』

 

 その一言に、黒がひとまずこれまでのルールを纏める。

 

「まあ要するに、向こうはハーレムエンド狙い、こっちはアレの単独狙いってことか?」

『ええ、そうなりますな――ああ最後に一点。そちらの仮想空間では精霊は使用できないよう設定されていますので、天翼種(フリューゲル)の方はご注意下さい。まだ何かルールの詳細は必要でしょうか?』

「いや、やりながら確認する……と言いたいところが、一つだけある」

 

 分かりやすいように人差し指を掲げ、黒は画面内のいのに問いかけた。

 

『なんですかな?』

「このゲーム、それ以上に重要な要素はないのか?ほらあるだろ、ハードの説明にあってソフトにはない超超基本的なシステムとかさ」

『そういう類のものは御座いません。ただ身体を現実と同じように動かせるだけ、となっております』

 

 あっさりそう言い放たれたいののことばに、「ならいいけど」と黒は引き下がった。

 

「ほら起きろ空、もう一発喰らわせるぞ」

 

 右足を振り下ろす素振りを見せると、空は慌てて起き上がる。

 よほど先ほどの黒の蹴りが堪えていたらしい。彼は若干怯えた様子だった。

 

「お、落ち着け黒。お前またアレやったら次は起きられる自信はないぞ」

「それはやれという解釈でいいのか?」

「よくねぇよ!」

 

 思わせぶりに軽くラブラブ(ソード)をちらつかせると、黒はさらに一歩引いた。

 

「そんなことよりいい加減、実際のゲームを体感してみてはいかがでしょう?……どうやら、相手は待ってくれなさそうでございますし?」

 

 既に剣を片手に下げたジブリールがそう言ったところで、残りの四人がトラックの周囲をざっと見渡す。

 彼らが乗っているトラックは既に数十人に及ぶ獣耳を持った女の子達に囲まれており、その誰もがこちら側の四人に目を向けていた。

 四人は互いに目を合わせ、各々に配られた武器を目の前に構える。

 

「あ、ああ。ナイス、ジブリール。――さて、いっちょやってみますかねッ!」

 

 空のその一言を掛け声に、彼らは一気にトラックの上から飛び出した。

 ――今一武器の使い方が分からない、ステファニーを置いて。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 パンッ!――パリィン!

 空の右手に握られた銃から閃光が迸り、丁度近寄ってきていたNPC(女の子)額へと弾丸を命中(ヘッドショット)させる。NPC(その子)は軽くのけぞった後一瞬硬直し、淡いピンク色のポリゴン片となって鋭い金属質の音と共に爆散した。

 

 そして――ザンッ!……パリンッ!

 黒の左手を添えた逆手の刀が鋭く大気を走り、額を右手で握り押さえつけられたNPC(女の子)の首をはね飛ばす。彼女の首が胴体と別れを告げ、適当に放り投げ捨てられる。そして最後に、同じように爆散する。

 

 彼らは一塊になって移動しながら、実戦でその武器の性能を把握していく。

 

 ・メロメロ銃はエネルギー銃で、撃てば撃つほど力を消費していく。

 ・しかしNPCを撃破することで、ラブパワーを回復することが可能。

 ・NPCに触れるとラブパワーは減っていき、ゼロになるとNPCは寄りつかなくなる。

 ・ただし、メロメロ銃を撃つためのエネルギーが無くなり、それで事実上の戦闘不能になる。

 

 ・ラブラブ剣はビームサーベルで、柄のスイッチで刀身にラブエネルギーを纏わせることが出来る。その時にメロメロ銃の弾と同じ性能を発揮する。

 ・当然出している間は銃と同じようにエネルギーが消費されていく。

 ・しかしNPCを斬れば斬るほどラブパワーは回復していく。

 ・エネルギーを使い切ると、事実上の戦闘不能になる。その後は銃と同じ。

 

 視界に映る集団を次々と消滅させていった彼らは、一旦ビルの隙間に隠れて身を潜ませた。

 黒が隣を見てみれば、軽く動いただけなのに軽く息切れしている空白がいる。走ったのは精々百メートル程度なのに、よく息切れするものだと逆に驚く。黒は当然息一つ乱さずに背をビルの壁に寄りかけていた。

 深呼吸をして呼吸を整えながら、未だに視界に映っている画面上のいのに向けて空が質問を発する。

 

「ちなみに仲間をヤるとどうなんだ爺さん?」

『ええ、ラブパワー切れ及び愛の奴隷状態からの回復が可能です。ただし、一時的に、相手の愛の奴隷に――』

 

 ずぎゅんっ!

 いののセリフが終わる前に、何の躊躇もなく――白の弾丸が空の額を撃ち抜いた。

 

「――え、白ちゃん?」

 

 無表情に銃を前に突きだしたまま佇む彼女は西部劇のガンマンのようなプロの風格を漂わせている――じゃなくて。突然兄を撃つとは……一体何をしているのだろうか彼女は。

 訳が分からない黒が不思議そうに、彼女が求めている物を悟ったジブリールが興味深そうに白と倒れた空を見つめる。

 求めていた物はすぐに見られた。

 空は急に立ち上がったかと思うと、白に千鳥足で近づいていく。

 そうして白の正面に立ち、彼女の両肩を手で押さえると、

 

「ああ、我が妹よ!こんな近くにこんな愛らしく愛おしい女性がいたと今の今まで気付かなかった己の両目を嗚呼!えぐり取ってしまいたいッ!」

 

 ――そう口にした。

 

「……やぁ、にぃ、……ダメ……白達、兄妹……」

 

 空に愛の告白まがいの言葉を告げられた白は、その顔を若干赤らめながらも、嫌そうにはしていない。

 そこでようやく、黒は白が何をしたかったのかを理解した。

 

「……ダメだコイツラ」

「……ふむ、ならば」

「ちょっと待てジブリール。なんだこの俺の背中に押しつけられたモノは――ッ!」

 

 今度は――ザクッ!黒の胸からピンクに塗られた刃が生えた。

 黒はギギギ……と錆び付いた機械の様にゆっくりとその首を後ろへと回した。彼の目に映ったのは、興奮に顔を赤らめ、笑みを浮かべたジブリール。黒のセリフが終わる前にジブリールが刃を突き立て、ゼロ距離で黒にラブエネルギーを当てたのだった。

 

「こ、の、馬鹿天使――っ」

 

 その言葉を最後に、黒の瞳から静かに光が失われていく。そして、その顔が意識を失ったかのように一瞬前にガクンと垂れた。

 

「ふふふ、これで一時的ながらもマスターが私の物に……さあ、マスター!どうぞ私を抱いてくださいまし!」

 

 ジブリールが声を掛けると、黒は顔を上げ直した。

 その目はただジブリールの姿だけを捉えていて、不自然なまでに純粋に濁って腐り果てた上で透明だと言わせる黒曜石のように――歪んでいた。

 その余りの異様さに、ジブリールは無意識に黒から離れるかのように一歩後ずさった。

 

「なぁジブリール。……子供は何人欲しい?」

「……はい?」

 

 突然の黒の言葉に、ジブリールは気の抜けた声を発した。

 それと同時に黒がグルリと振り返り、普段では有り得ない行動を取る。ジブリールの真正面へと近づき、その身体を両腕で包み込むように優しく抱きしめた。

 いきなりの行動に顔を赤くするジブリールに、黒が彼女の耳元へとそっと口を近づけ――彼女にしか聞こえない程度の小さな声で、呟く。 

 

 

 

――黒の心に積もった、深淵より猶深く、そして黒く暗い(ヤミ)が、開かれる。

 

 

 

「――俺はそうだな、せめて三人欲しいかな。女の子が二人と男の子が一人って所か。名前はどうしようか。ジブリールが決めてくれ。俺は親に似てあんまりネーミングセンスとかないからな。しかし、どっちに似ると思う?俺とジブリールの子供だったら、絶対男子でも女子でも可愛いに決まってるよな。

 それで自然に包まれた静かな広い家に住んで、家族で仲良く暮らしたいな。屋敷の設計ぐらいは俺がやるよ。ジブリールは和風派か?それとも洋風派か?俺としてはやはり両者を取り入れた風式が良いと思うんだが。でもジブリールが好きなのがあるならもちろんそれにしよう。俺はそこまでこだわったりしないからさ。なにせこの世で一番俺が愛してるのはジブリールなんだからな。

 そう言えばジブリールはどんな生活が好きなんだ?どうしてそんな事を聞くのかって思うかもしれないけど、なに明日から俺がずっとジブリールの世話をすることになるしさ、というより明日から永遠にジブリールの全てを俺がやるんだから、やっぱり好みとかは把握しておきたいんだよ。偏った日々はよくないけれど、でもお前に喜んで欲しいっていう気持ちも本当だし。せめて最初ぐらいは。ジブリールの好きなようにさせてあげたいって思うんだよ。お礼なんて別にいいよ夫が妻を養うなんて当たり前のことなんだからな。でも一つだけ頼みがあるんだ。俺、好きな女性と永遠に側にいられるってのが一つの憧れだったんだ。だからジブリール、一年三百六十五日二十四時間六十分六十秒ずっと俺と一緒にいてくれ。照れて逃げたりはしないでくれよ、そんな事をされたら俺の心は傷つくんだよ。きっと二度と元には戻れないだろうなぁ。ショックでジブリールと無理心中したりして……あくまでたとえ話だけど、な。だってジブリールが逃げるなんて有り得ないんだから、な

 それでジブリール、起こらないで聞いて欲しいんだけど俺、中学の時に恋人がいたんだ。ああ、浮気とかじゃあない、ジブリール以外に好きな女の子なんて一人もいないさ。唯単に彼女とはジブリールと出会う前に知り合ったというだけで、それに大したことはなかったんだけどな。今から思えば下らない関係だったな。四六時中互いのことを考えてばかりで碌な事にならなかっただけでも本当に良かったと思うよ。けどやっぱり、そういうことについては一番に言っておかないと誤解を招くかもしれないからな。愛し合う俺たちがちょっとした勘違いで喧嘩になるなんてのは妄想だけでもう十分だ。当然俺たちなら絶対に最後には仲直りできるに決まってるけど。それでも、な。

 ジブリールはその点、どうなんだ?今まで好きになった異性とかはいるか?……いや、いるわけないのは分かっているつもりだけれど、でも気になった相手ぐらいはいるだろ?例えば前に話に出た天翼種(フリューゲル)の男性体とかさ。もちろんいたとしてもいいよ別に責めたりはしないから。確かにちょっと思うことはあるけれどもそれぐらいは我慢するよ、それは俺と出会う前の話だからな。俺と巡り会った今となっては他の異性なんてジブリールからすればその辺の石ころと何にも変わらないに決まってるんだから。ジブリールを俺なんかが独り占めするなんて他の奴らには申し訳ない気もするけどそれは仕方無いし。恋愛ってそういうものだし。ジブリールが俺を選んでくれたんだからそれはもうそう言う運命なんだよ決まり事なんだよ。他の人のためにも俺は幸せにならなくちゃならないな。ああでもそんな硬い事は言わなくてもジブリールも少しくらいは他の相手をしても良いぞ。俺ばかりが幸せになるのも可哀想だしな。ジブリールもそう思うだろ?」

 

 




 感想等々お待ちしています。


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第七弾 開演の狼煙は

 どうも、いつも通り安心院かなみです。
 予定より若干オーバーしたのは後悔はしませんが謝罪は致します。すみません。
 それではどうぞ。


 一息に愛を語らったところで黒はその首をまたガクンと下に垂らした。

 ジブリールの身体を鎖のように絡め取っていた黒の腕がゆるむ。同時にジブリールの足がゆっくりと後ろへと動く。無意識的に逃れようとした彼女の身体から黒の腕が外れ、力なく垂れ下がった。

 顔の上半分を覆うように下がった前髪は黒の表情を隠し、一体今彼がどんな心境にいるのかを推察することは出来なかった。

 

「ま、マスター……?」

 

 ジブリールが恐る恐る、震える声で黒に声を掛ける。

 恐れ半分心配半分で黒を見る彼女は、後ろに下がろうとする足を意志の力で押しとどめて彼の様子を眺める。糸の切れた人形のように全身から力が抜けており、ただ元から立っていたバランスだけで立っている――そう見えた。

 今にも倒れそうなマスターの意識を確かめようと、ジブリールは今度はそろりそろりと近づいて黒の肩を軽くつつこうとした。

 そんな彼女の視界が、突然何か黒いモノに覆われる。

 同時に、頭に走る衝撃と激痛。

 

「はうっ!」

 

 どうやら頭を握られたらしいと彼女は悟った。

 彼女の頭を掴むその手の力は徐々に増していき、やがて彼女の身体を持ち上げ、宙に浮かせた。

 

「好き勝手やった罰だ、ジブリール……ッ」

 

 どうやら正気に立ち直ったらしい黒の声がジブリールの鼓膜を刺激する。その声は怒りに充ち満ちており、ジブリールの頭を全力で締め上げている。

 一足に目が醒めた空と白がその声に黒の姿を見ると、その身体からは絶対にシステムにないであろう黒いオーラが流れ出ていた。これがジブリールでなければ簡単に握りつぶされてしまいそうな、そんな気迫が今の黒からは感じられた。

 

「まままマスターッ!滅茶苦茶痛いですぅッ!」

 

 普段ならその痛みすらに快感に悶えるほどのジブリールでも、今回ばかりはそのような余裕などを感じてはいられなかった。黒の発する絶対的な負のオーラが今のジブリールからその余裕を奪っている。掴む右手の力だけでなく、黒のナニカがジブリールの精神を天の鎖のように締め上げる。

 余りの激痛にジブリールが悲痛な声で黒に解放を求めるが、黒は離す素振りすら見せない。それどころか逆に徐々に筋力が上がっているとの錯覚さえ覚える。

 

「知るか」

 

 黒としては。腕に込めた力を全く緩める気はなかった。それどころか、自分でも不思議なくらいの力が湧き出るような感触を覚えていた。

 己の黒い部分を公にされた――それはどうでもいい。

 今のジブリールへの思いを勝手に綴らされた――それもどうでもいい。

 別に黒は、語ったことに意識を高ぶらせているのではなかった。

 

『今から思えば下らない関係だったな』

 

 ジブリールの予期しない行動が、ゲームに組み込まれたシステムが自身にこの一言を言わせたこと――ではなく。自身がその言葉を口にしてしまったという事実に、黒は怒りを覚えていた。

 例え強制だったとしても、決して言ってはならない一言。

 それだけはどうしても止めなければならなかったのに、いとも容易くそれを言葉にさせたという事実は、黒に錆び付いたナイフで心の奥底を抉り出すような痛みを与えた。かつて周囲の人々が理解してくれなかった時の悲しみとは全く違う。彼女一人を完全に完璧に否定したこの言葉は、それに比べれば塵と全宇宙に等しい。

 

「クソ、ゲームでこんな事も出来るのかよ……」

 

 たった一人で孤独に過ごしていた数年を経て『形状し難き愛情』を知った黒の感情は、本来自分以外の全てに向けるハズの感情すらも愛情として彼女一人だけに注ぐようになっていた。魅力的な女性を見て興奮しても、実際に行為に及ぼうとは思わない。全世界で賞賛される絶景を見て感動しても、そこに引っ越すことはない。世界に認められたシェフのフルコースを食べて味わったとしても、一番美味いものとしては見なさない。自分に最も合っているのは彼女であり、彼女が黒にとっての『自分以外の人間』だ。

 黒は歯ぎしりしながら、ジブリールを掴み上げた手に込める力をより一層強める。

 

「ちょ、マス、ター、そんな本気に、ならなくても……」

 

 モニター越しに見つめる観客ですらゴキ、ゴキと擬音が聞こえるように感じられた。

 天翼種(フリューゲル)を人間が片手でひねり潰そうとしているこの光景は、外から見ている獣人種達にとっては到底信じられることではなかった。

 黒の気を受けてか、何故か少しづつ脱力し始めたジブリール。

 その様子を感じ取って、黒は小さく溜息をついて、僅かに手を緩めた。

 

「……まあ、これ以上考えていても仕方がない、か」

 

 唐突にそう口にした黒は、先ほどとは一転し素直にジブリールの頭を手放した。

 今は一応「  (空白)」が中心の対国家戦の最中だ。彼らに迷惑を掛けてゲームの進行の邪魔をするわけにもいかない。決して、公式の場に私情を持ち込んではいけない、自分のことは自分でどうにかする――そう考えた黒は今の自分を満たす感情を心の箱に抑え込み、それを何十もの鉄の鎖で雁字搦めに封印した。

 そうして一旦折り合いを付けた後、空と白に向けて顔を上げる。

 

「悪かったな、空、白ちゃん」

 

 自分()を一旦消し去った「|■(クロ)」として、空と白に軽く謝罪する。

 当然先に元に戻っていた空と白は、黒が気持ちを落ち着かせるのを待っていてくれたらしい。二人は今の黒の変化を、何の表情の変化も無く静かに見守っていた。空と白、二人の関係も黒と彼女のように複雑に絡み融け合わさった結びつきなので黒のことは一応理解出来たのかもしれなかった。

 

「おう」

「……くー、大丈夫?」

 

 年相応に黒の事を心配そうに白は見上げた。

 そんな白の様子に苦笑しながら、黒はお礼とばかりにその頭を優しく撫でた。

 

「ああ。サンキュー、もう大丈夫だ」

「よし、そうか。なら黒、ちょっと相談なんだが」

 

 空は黒の方に身体を向け、日頃の隣人へ向ける朝の挨拶のような爽やかさで――その手に持った銃の引き金を黒目掛けて引いた。

 ピンクの光は線を描いて地面にあたり、入射角と同じ大きさで反射して黒の顔面に――

 

「不意打ちはもう結構だ!」

 

 ――ヒットするわけもなく、反射的に一歩身体を引いた黒の額の上を通り過ぎて上空に消えた。

 その姿を眺め、空はアッサリとこう言い放った。

 

「ふむ、やっぱり跳弾性能は有りか。コレが鍵だぞ、三人とも」

「うん……分かった……」

「了解で御座います」

「その前に軽々しく前触れもなく人で実験するな!」

 

 何の前触れもなく撃たれかけた黒はやはりキレる。

 

「相談だって言ったろ」

「俺は空前絶後な生徒会長じゃないんだよ!一年三百六十五日二十四時間常に誰からも相談を受け付けてるわけないだろ!」

「まあそんな気にするなって。もし当たってたら即ジブリールに撃って貰う予定だったから」

「いや別にジブリールなら良いって訳でもないから!というかさっきのをもう一度繰り返せと!?むしろ悪化するわ!」

「はいはい、そうだな。――じゃ、ここを暫定のαポイントとして、ゲームバランスを把握するまで固まりで動く。俺と白で前左右、ジブリールが後方、黒が撃ち漏らしを迎撃。もし現実通りの体力なら俺と白はアレだから追っ手は皆殺しで構わん」

「スルーするなッ!!――ま、作戦はそれでいいけど……

「――おっけー」

「はい、……しかし、もう一人の方は放っておいてよろしいので?」

 

 一応ここにいないステファニーの事を口にしておくジブリール。

 それに対して三人は。

 

「大丈夫だろ、ステフぐらい」

「……問題、なし」

「そっちは気にするだけ無駄だ」

 

 さらりと彼女のことを流した。そんな三人の様子にジブリールはそうですか、と納得するあたり、彼女も大概である。

 

「うし、それじゃあ行くぞ、三人とも!人類の命運、この一戦にあり、だっ!」

 

 そう決めた空のセリフに、

 

「……一気にやる気が失せたんだが」

「そんなこと言わないでっ!?」

 

 普段通りなセリフを返す黒。その声に、残る二人は苦笑い。

 どこまでもマイペースな彼らの様子は、絶対に勝利するという自信の表れなのだろうか。

 

 

 

 

 

 無数の鋼の柱(ビル)が乱れ聳え立つ灰色の大地(とうきょう)、その中を四人は縦横無尽に駆け巡る。

 至る所から出現し、迫り来るNPC達は時に頭を撃ち抜かれ、首や手足を斬り飛ばされ、心臓を貫かれ、次々にその(らぶパワー)を宙に散らして儚く消えていく。

 彼女らは獣人種にしては予想外に身体能力は低く、空や白でもなんとか対応出来ていた。動作は主に抱きつくだけで、蹴りや打撃などの攻撃及び回避・防御動作が含まれていないのが救いだったのだろうか。最も黒やジブリールは余裕を持って対処出来ていたのだが。

 しかし、それよりも若干気になることがあった。ここまで全てのNPCを暗殺者紛いの一斬必殺で斬り捨ててきた黒だが、ふとその消滅の様子に違和感を覚えた。一見特に何も無いように思えるのだが、どこか不自然な気がする――。そう頭を悩ませていた黒の近くで、同じくNPCをヘッドショットしていた空が突如奇声を上げる。

 

「――NPCの本体と服……消えるのに一瞬のラグがある……はッ!?……まさか、これはもしや、部位破壊可能(・・・・・・)なのかッ!?」

 

 空は直ぐさま自分の推理を試すために、次の女の子へと銃口を向けた。彼の声に黒は「え、可能じゃないのか?」と首を捻りながらも横目で空の方を見る。

 何故ならそんな彼らの背後では、ジブリールが楽しそうな顔をしながら獣人種の女の子の姿のNPCの四肢を斬り飛ばしたりして遊んでいたからだ。

 

 それはともかく空はまず四発弾丸を放ち、セーラー服・スカート・靴下・靴を剥ぎ取った。後に残った、下着だけのNPCは一瞬逡巡したかの様子で足を止めた。

 その隙を、空の計算に編み上げられた狙撃が鋭く突く!

 

「布の素材は木綿と仮定、厚さ約三ミリ、許容誤差は十分の一ミリメートル……だがしかし、俺なら――やれる!」

 

 妙に自信の篭もった言葉と共に放たれた弾丸は弾丸は確かに女の子のパンツだけをかすめた――かのように見えた。

 しかし人の夢と書いて儚いと書くように、現実は常に夢を裏切るモノである。

 女の子は一瞬驚いたかと思うと、次の瞬間には顔を赤くしてその場にへたり込み、ハートマークを周囲に散らしながら桜のように淡く消え去っていった。

 その光景を見て空は硬直し、そして、目に見えない何者かに向けて叫んだ。

 

「んだよ畜生ォォォォォッ!!なんでこういう事は出来ねぇんだよォッ!!設計ミスじゃねぇのかてめぇらァァァ!!!」

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

『んだよ畜生ォォォォォッ!!なんでこういう事は出来ねぇんだよォッ!!設計ミスじゃねぇのかてめぇらァァァ!!!』

 

 画面内でそう叫ぶ空に、獣人種・人類種共に男性陣からは落胆の声が、女性陣からは冷ややかな目線がそれぞれスタジアム内を満たすように発せられた。うっすらと額に血管を浮かべつつ隣の夫を絞め上げている女性も、僅かながら目に映る。

 そんな目の前に広がる光景を俯瞰する、黒いベールを被った一人の少女がいた。外からはうっすらとしか見えないその少女の表情は、無表情であるようにも、笑っているかのようにも見えた。

 さて、実際の所彼女がどう考えているのかと言えば――

 

 ――もうどうとでもなればいいわ、こんな馬鹿種族……。

 

 四つの視点から大画面に映された、数週間前に自身を打倒した現人類種の王である空。そして、その行動を受けて歓喜に震える人類種の半分。それらを一目に眺めることの出来る視点を持ったが故の虚しさが彼女の胸の内の想いだった。

 少女は虚ろな目を眼下に向けながら、自身と繋がっているもう一人の少女へと頭の中で話しかけた。

 

《どう、フィー?こっちの馬鹿共の痴態は見えてる?》

 

 その言葉を受け取ったもう一人の白いドレスを纏った少女は、東部連合でも群を抜いて高い寺院の塔の頂点に片足で立ちながら、魔法で相方の目を通してゲーム会場の光景を見ていた。

 

《はい、クラミー。感度万全良好なのですよぉー?》

 

 緩やかに肩から流れる緑白色の髪がウェーブを描き、全体的に柔らかそうな印象を受け、百人中九十九人が美少女だと答えるその少女――フィールはそう、相方である会場のクラミー・ツェルに答えた。

 

《ふふっ、しかしあのお犬さんも可愛らしいですねぇー。気付いてるのに一切手を出して来ない、いや来られないなんて。いじらしさに耳がピクピクしているのですよ?》

《いや、それはどうでもいいのだけれど……。それよりフィー、今のところどう思う?》

《そうですねぇー、黒さんが意外とむっつりさんだったみたいなのですよぉ?》

 

 画面内に映る黒は空の要請(土下座)に『まぁ、いいが……』と応えて、剣を構えたかと思いきや刹那の内に『無音脱がし術』とやらで一瞬でNPCの服だけを全て斬り裂いていた。全身を丸裸にされた少女は画面の中で膝を崩して座り込み、両手でその恥部を隠すように縮こまってしまった。

 その光景に、会場内の人類種・獣人種両方の男性陣の歓声が最大に盛り上がる。同時に空も盛大に歓声を上げていた。

 ちなみに、当の本人である黒は済ました顔で何の興味も持たず、次のNPCに向かって斬り込んでいた。

 

《……》

《あ、ちょ、待って下さいクラミーっ。目を閉じてしまうと何も見えなくなって――》

 

 私、こんな種族を命がけで救おうとしてたなんて……それに黒、アンタだけはまともだと思ってたのに……。

 クラミーの目の端にキラリと光った液体は、きっと間違いに違いなかった。

 

 そう思いたい。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 そしてもう一人。

 同じゲームの中から、この光景を楽しそうに見つめる一人の少女がいた。

 手元に自身にしか見えない小さな窓を展開し、その中で楽しそうにゲームを進めていく対戦相手の様子を見て心の底から笑ってる。自身の潜むビル近くの路上では、四人が群がっているNPC相手に無双状態となって次々とらぶパワーを散らしていく。

 

「あははっ、中々にやるな」

 

 その正体はそう、空白達とも観客達とも違う視点を持った少女――初瀨いづなだ。

 彼女は四人が見下ろせる近くのビルの中に陣取りながら、彼らの様子をエンターテイメントとして眺めていた。

 

「いくら若い女性体の獣人種とは言え、こうも容易く無力化するなんてっ」

 

 彼女の目に映るのは、明らかに劣る身体能力を持つハズなのに容易くNPCを撃っていく空白と、人間にしては非常に高い身体能力を持って心臓を穿ち、首を刎ねる黒。愉快そうに暴力に任せ切り刻んでいるジブリールはこの際置いておくとして、あの三人に対していづなは大きな興味を持っていた。

 

「知らないハズの銃器を使いこなし、太刀筋は達人そのもの。はてさて、あの年齢で一体どう人生を歩んできたのやら」

 

 顎に手を当て肘を窓枠に置き、小さく開けた窓の隙間から獣人種の中でも優れた能力でいづなは黒達の姿を直視する。その取る行動は別々ながらも、誰もが一様に笑みを浮かべている。

 

「けど、こちらに辿り着くのは一体何時になるのやら。せめて夜までには是非とも一戦交えたいものだが……」

 

 いづなは自身の武器である一剣一銃をそれぞれ腰の帯に差している。性能も黒達の物と大差ない汎用品だ。どちらもここへ来るまでに倒したNPCによりエネルギーは満タンとなっており、準備は万端である。

 彼らとの一戦の情景をまぶたに浮かべつつ、いづなはそっと剣の柄に触れた。

 

 殺気。

 

 いづなは突如出現した自身へ向けられた何者かの気配を一切のチート及び改造無しに、純粋な第六感で感じ取った。

 

《む、どうしたいづな……?》

 

 一瞬の変化に気付いた祖父、いのがこちらに向けて声を飛ばしてくる。

 いのが付けたチートの一つ、全てを俯瞰できる立場からの助言にいづなは僅かに顔を顰めて応えた。

 

《なんでもない》

 

 彼からの言葉を無視して、いづなは窓の外へと身体を引き戻した。

 同時に彼女の視界に映ったのは、既に五メートルの距離を切ってこちらへ近づいてきたピンク色の球体――爆弾(ボム)

 

《いづな、来ているぞ!》

 

 届いたときには既に時遅し。何の役にも立たない助言が脳に届く前に、いづなの細い右腕が閃く。彼女は窓の隙間から即座に狙いを定め、爆弾を迎撃する。ピンク色の側面に弾が着弾し、空中で半径二メートルほどの爆発を起こす。

 

 同時に煙幕のようにピンク色の靄が漂い、いづなは空達の姿を見失ってしまった。

 だがしかし、同時にこちらの居場所が今ので悟られたと言うのを理解した。

 いづなは身を翻し、煙幕の中から正確無比に飛んできた弾丸を直視せずに避けた(・・・・・・・・)

 急ぎ隠れ場所を変えねばならない――そう考えたいづなの耳元に、同時に小さな、だが確かな足音が届いた。響く残響の大きさから、近づいて来るのは――白――っ!

 

「……ようやく、始まるのか……」

 

 いづなは舌なめずりし、腰から己の武器を引き抜き構える。

 左手に銃、右手に剣。自身の最も得意とするスタイルを最初から押し出し、いづなはビルの階段を静かに昇り来る白の幻影を透かし見据えた。

 

 

 さあ、開演の狼煙は既に上げられた。

 これからが、この戦争の真の幕開けとなる――

 

 




 実は次話の核は三話前には既に大半書き終わっていたりしまして。
 そこまでに色々挟んだらここまで伸びてしまいました……。


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第八弾 工作は交錯を重ねて

 どうも、ギリギリ二週間以内に投稿できました。
 自分で言うのもなんですが、珍しい。
 一週間PCに触れずにMH4Gで太刀を振り回していた成果でしょうか。……関係無いですね。
 それではどうぞ。

 あ、後いづなの口調から《です》を抜いているのは一切合切手加減無しって考えて貰えれば。イメージは緋々神。


 静寂に満たされた暗闇の中に、引き絞られるトリガーの音だけが淡く鳴り響く。

 初瀨いづなはビルの中を駆け迫る敵対プレイヤー、白へと向けて次々に引き金を引く。乱射された銃弾は次々に壁面を跳弾し、ピンク色の弧を描いて白へと迫る。ここに到達するまでにいづなが溜めたらぶパワーは剣・銃のどちらもが既に容量限界にまで達している。

 故にいづなは銃弾の余裕を考える気など無く、湯水のようにNPC(少女)達の桜色の愛を暗い道の中に散らしていく。

 それに対して白は足を止めることなく、一切の躊躇無しに疾走する。

 

「……まだ、まだだね……」

 

 恐らく聞こえているであろういづなにそう呟きながら、階段を駆けていく白は笑う。

 迫り来る弾丸を、ここに至るまでに知ったいづなの性格・体格・頭脳・感覚・状況等々の情報を公式に当てはめ、演算処理することにより彼女の行動パターンを導き出して完全に回避・迎撃する。

 額に飛翔した弾丸は二秒前に射出した白の弾丸に迎撃される。

 太ももを穿つ弾丸は約一ミリの差異で白の足首をかすめる。

 手首を弾く弾丸は……偶然階段で転んだ白の頭の上をギリギリで通り過ぎる。さすがに引きこもりの小学生に急な運動は難しかったらしい。しかし転倒したと察知した瞬間、再度演算を開始する。

 黒のように確実に結果へと到達しうる身体を兼ね揃えていない以上、白は自らの肉体性能の引き起こす僅かなラグを同時に処理する必要が有った――それでも、白の頭脳には大した問題は無かった。

 起き上がったと同時に白の全身を襲う二十発近くの弾丸を、ゼロコンマ一秒遅れて発車したたった二発の弾丸による銃弾弾き(クラッカー)で全弾防ぎきる。

 人類最高クラスの頭脳を使役する白にとって、いづなの攻撃を全て常時予測し防ぐことなど、例え計算を幾重に重ねることがあろうとも、造作もないことだった。

 

 そして突然銃撃が止んだ。音による反響か、または直観か。いづなは白に銃弾が聞かないと察知した瞬間銃を腰に仕舞い、剣を主体とした戦闘に切り替えようとしていた。

 そんないづなの様子は――当然の如く白の予測通りの行動だ。

 それを読んでいた白は、次はこっちの番だと言わんばかりに正確無比な跳弾射撃をいづなへと放つ。白の頭の中に浮かんでいるのは、このビルに入る前に黒が手に入れてきたこのビルの設計図。一体どこから引っ張り出したのかは不明だが、彼の行動は自分の兄の次に信じられる。

 故に白は黒のもたらした情報を下に計算を一切の疑い無しに行い、

 ――その結果、いづなを序盤から既にピンチに追い込むことに成功していた。

 

「っつ――」

 

 最初の位置から全く位置を変えていないいづな。

 その場に立ったまま手を動かし、剣で迫る銃弾を一弾づつ斬り、払う。白のような弾道計算をするのではないため、見えない狙撃を射撃で防ぐというのはいづなには不可能だ。

 弾丸には風の抵抗がない以上、風を切る音も聞こえない。

 今の彼女には、自身と同じ速度で動かすことの出来る剣での対処しか方法が無かったのだった。弾丸を目に捉え、僅かにタイミングがずれて映る射線の上をなぞるように剣を動かす。

 少しづつ、しかし着実に近づいて来る死神()の足音が耳に響く。それでもいづなは逃げの一手を取らない。否、取れていなかったと言うべきか。

 

 白の射撃は回避・迎撃の二択は許すものの、脱出の二文字だけを許さない。弾丸は確かにいづなが見てから反撃できるほどの速度だが、回避から脱出に繋げるだけの間が物理的にも時間的にも無いように厭らしく飛翔してくる。

 そして――

 

 

 ――バンッ!

 僅かに開かれていた鉄製のドアが勢いよく開け放たれた音がいづなの耳を揺らした。

 同時に聞こえる、小さな息づかいと声。

 

「……ハロー、いづなたん」

 

 戦闘開始から二分後、ついに白がいづなの隠れている部屋へと侵入を果たした。

 いづなの隠れていた部屋はビルの情報管理コンピューターが設置されている場所。所狭しと遮蔽物が並び、通路は薄暗い。また冷却のためのエアコンが稼働しているため軽装の白にとっては肌寒く、若干集中力が乱されそうになった。

 それでも白は無機質な瞳で前を見つめたまま、いづなが隠れている場所へと銃弾を放ち続けた。白の銃弾が弧を描いて集束するのは部屋の右隅。

 そちらへ向けて白は足を進める。

 

 当然いづなにもその様子は伝わっており、若干の緊張が走る。いい加減この場を離れるか何かで状況を打破しなければ、危険だと直感が告げる。

 

「(まさかここで使うとは思ってもいなかったが――仕方、ないッ!)」

 

 彼女はここで、撃退用には使えないと分かっていながらも、敢えて腰から再度銃を引き抜いた。その予想外の行動に、白は気付かない。

 確実に白の銃撃を処理しつつ、いづなはその隙間を狙って壁へと複数の弾丸を放った。

 白は計算で相手を追い詰めるタイプ。

 いくら幼いいづなとは言え、大使という座に立つ以上、それ相応の経験を重ねている。その中で白のような相手と闘った事もある。

 

 そんな計算を使う相手への対処法は――則ち、相手の予想外の行動を取ること。実数と定められたXを含む式の問いに虚数のYの存在のみを与えるかのように、常識外の行動を取ること。

 

 いづなはここで、白の銃弾が当たると分かっていながら、近くに有った壁へと目を定める。

 

「(確かこの先は、行き当たりに外を眺める事の出来る窓がある通路だったはず……)」

 

 自身の記憶を頼りに、彼女はそちらへと向けて足を屈め、全力の脚力で自らの身体を射出した。瞬間、計五発の弾丸がいづなの額・両手首・両膝へとたたき込まれる。その他の弾丸は運良くいづなの身体に当たらずに消えていく。

 

 そして同時にいづなの身体は強度の高い壁に激突、周囲の壁を粉々に粉砕し、広い通路に投げ出されることになった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 ――その様子を見ていた全ての観客は、突然のいづなの行動を理解出来なかった。人類種も、獣人種も。クラミーも、フィールも。初瀨いのさえも、いづなの突然の行動を読むことが出来なかった。それでも彼らは想像した――『いづなの、獣人種の敗北だ』という常識的な予測を。

 

 しかしいづなの行動はあくまで常識外(・・・)。それは白の計算のみならず、観客全てにも適用される。

 

 ゲーム、《リビン・オア・デッドシリーズ番外――ラブ・オア・ラベッド2《恋の弾丸あの子に届け》――》。

 その勝利条件は、『相手を惚れさせること』。

 初瀨いのの言葉をそのまま借りれば、則ち『相手とイチャイチャすること』なのである。

 ――そう。

 

 

 

 『らぶパワーを命中させること』等とは、一切示されていないのだ。

 

 

 

 らぶパワーを纏った攻撃を与えれば、確かに相手に惚れる。

 

 それでも先ほどの黒が示したように、らぶパワーを喰らったとしても、その効果が明確に現れるまでは――相手に惚れるまでには、僅かながら『間』が存在する。

 完全に動きが静止し、意識がシステムの管理下に置かれて実際に肉体が稼働を始めるまでには、『首をがくりと垂れ、近くの人が「大丈夫ですか?」と心配し声を掛け、また首を上げる』くらいの間隔。

 

 つまり、その間に愛を取り戻せば――いづなの場合、例えば、自らの銃弾を自らに命中させることが出来れば――敗北は“無かったこと”にされるのだ。

 

 彼女が意識を取り戻す前に、先ほどいづなが脱出を試みる前に放った銃弾が閃く。

 数回の跳弾を経て再度いづなの下へと辿り着いた弾丸は、白の弾丸を受けてシステムに管理されようとしていたいづなの生身を穿つ。

 

 ピンク色の弾丸がいづなの肌に触れて、弾ける。

 それが意味することはすなわち、いづなは自らを自らの愛で取り戻したと言うこと。――白の予想を出し抜いたその一手は、確かに功を奏した。

 

 白がいのの勝利宣言がないことを不自然に思う前に、いづなは再度ビルの中を駆けだし始めていた。

 そのことを観客達は不思議に思う。

 何故自らの銃弾を受けたとしても、即座に脱出へと行動を移せるのか、と。しかし彼らにそのことを考える余裕はない。余りにも早く、そして何より面白い場面の転換が彼らの興奮を引き寄せる。

 誰もが細かい状況について行けない中で、いづなは画面の中で銃速を超えた速度でビルを駆け、一直線に弾丸となって突き進み、ビルの壁面を突き破って宙へと脱した。

 

 そして――そうして。

 

「――ハロー、哀れな子羊さん?生贄の覚悟はよろしいでしょうか?」

 

 この戦いの中で最も残虐な一面を持つ天使の、甘美でたおやかな波紋の一声が。

 傾きかけた日を背景に映し出しながら、この空間に新たな戦場を展開した。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 その瞬間、いづなは全てを理解した。

 時が止まったとさえ錯覚させるほどの刹那の驚愕の瞬間で、自身が罠にまんまと掛けられたことを理解した。逃げ出すために選択した行動のその先は――悪鬼羅刹の檻だった、と。

 

 飛び出したいづなの真正面の宙に浮く天翼種(フリューゲル)ジブリールと。

 

 何をどうやってか、地上一〇〇階のビルの壁面に垂直に立つ黒。

 

 その内のジブリールが口元をニヤリと歪ませ、手に持った剣を閃かせる。

 不思議といづなの真下に立つ黒は剣の切っ先といづなへと向けただけで、別段攻撃を仕掛けようとする気配はない。

 しかしその僕であるジブリールはいづなの愛を略奪する者として落ちてくる彼女を暗い尽くすかのようにこちらを強く見据えている。

 ジブリールは辺り一帯に散らばったコンクリートやガラスの一切を無視して、身体能力任せに剣を振るう。素で物理的限界に迫るジブリールの剣は、特殊な動きを一切していないにも関わらず、先端が音速を超えて円錐水蒸気(ヴェイパー・コーン)を纏っている。

 もはや桜花というよりは繊花だろう、と黒は密かに考えた。

 一秒間に放たれる千を超える剣閃が、風に煽られて散る繊維のように宙を舞う。

 

 物理的限界に迫る悪魔(ジブリール)による正面からの、全てを覆い尽くすかのような圧倒的な殺意。

 

 それを前にしていづなは一瞬慌てたものの、すぐに次の判断を下す。

 迷い無く、次の切り札を捲ることにした。

 

 ゼロコンマゼロゼロ数秒の間に、彼女は宙で身体を回転させて着ていた着物の一枚を剥ぎ取る。

 

 そして――迫り来る剣が映す予測線(・・・・・)獣人種(いづな)の目がハッキリと捉えた。比喩ではなく、実際に自身の視界だけに浮かび上がる一瞬先の剣の道筋。視界に写る都会の寂れた光景の中で、一際明るく輝く深青のライン。

 ジブリールの方を強く見据えると、そちらからの光の帯が自身に辿り着いた順番に、いづなは右手に握りしめた着物の帯を鋭く引き抜いた。本来柔らかい単なる布にしか過ぎないそれは、今回のゲームにおける獣人種側――否、いづなの持ち込んだ武器の一つ。とは言え特別な素材、という訳ではない。精々耐熱に高い性能を持つと言った程度の、東部連合ではありふれた品物の一つだ。

 それでも、いづなにとっては十分な武器に成る。

 まともに足場も取れない空中にも関わらず、いづなは帯の片端を強く握る。

 

「――シッ!」

 

 天翼種(フリューゲル)と同等のステータスとなっているいづなの身体能力、その上を僅かな時間だけ超えるために、いづなは自らの全身に重くのしかかる負荷を感じながら、腕を振るった。

 着物の帯はジブリールの腕より僅かに早くいづなの前に伸ばされる。その先端はジブリールの剣と同じ速度にいたり、ジブリールの剣を払う。当然それはNPCの服と同じように当たれば消える代物だったが、ジブリールの剣速が逆に働き、仮初めの盾は消滅してしまう前にその全弾を防いでしまう。

 

 自身の攻撃を全て防いだいづなに僅かに目を開きながら、続いてジブリールが剣を振ろうとした。

 だが――

 

「て、あ、あれ!?飛べないんでしたぁっ!?」

 

 ゲームの設定で飛行魔法を展開できないことを忘れていたのか、翼を虚しく動かしながら落ちていった。……何ともしまらないオチである。

 それはともかく、いづなは次に真下にいたハズの黒の方を見据える。

 黒は腰を落として剣を居合いの型に構えていた。右手で柄を握りしめ、左手を鞘のようにして刀身を親指と人差し指の間に包んでいる。

 それを見て、いづなは落下しながら右手の銃の照準を黒へと合わせ、数度引き金を引く。

 大まかに狙って放たれたピンク色の銃弾は黒の身体に迫る、が――黒は少し身体を捻るだけで簡単にそれらを避けてしまう。

 銃が通用しないことを即座に悟り、いづなは腰の二本目の帯に構えていたメロメロ銃を挟み込む。そして両手でラブラブ剣を握り直し、落下しながら黒の剣に全神経を集中させる。

 

 そのまま仮想の重力に従っていづなは落ちていき、待ち受ける黒との距離が縮まってく。

 残り二十メートル、十八メートル、十七メートル……。

 二人の間が十五メートルを切ったところで、黒の方からアクションを起こした。

 基本姿勢を変えないまま、重力に逆らっていづなへと向けて飛び出すようにビルの壁面を走る。その目はいづなの捉えたまま、一直線に突き進んでくる。

 前髪の隙間から覗く漆黒の瞳がいづなの身体を強く捉える。

 互いに上がっていく速度の中、相手の姿だけを確実に見据えながら接触の時を待つ。

 

 衝突する瞬間、黒の口から小さな言葉が紡がれる。

 

「『君はただ眼で見るだけで、観察ということをしない。見るのと観察するのとでは大違いなんだ。』――ああ、人以上の世界を捉える獣の目を持ってしても、その剣のように先の表面をなぞるだけでは意味が無い。まあ、畜生(そっち)に分かるかどうかはまた別の話だが……もし理解出来るだけの頭脳があるなら、そこに留めておくんだな……ッ!」

 

 刹那。いづなは黒の言葉を記憶に刻みつけ、同時に閃いた自らの直感に従って、手の刀を自らの正面に立てて構えた。破壊不能オブジェクトであるソレは、ゲームにおいて最大の武器であると同時に防具ともなる。

 

 

 次の瞬間自らの身体に襲いかかったのは――圧倒的な速度で襲いかかる銛打ちの刺突だった。一体どこから発生したのか分からないが、人の身には生み出せるはずのない、先ほどのジブリールを軽く超える勢いの衝撃。それが刀を通していづなの身体をかき乱し激痛を生じさせる。

 現実であれば確実に身体を死に至らしめるほどの痛みを受けて、いづなの思考が一瞬暗転する。

 

『――いづなッ!』

 

 それを画面の向こうから見ていたいのが、急ぎいづなに対する本体(ハード)の使用者保護機能の内の一つ、ブラックアウト保護機能を発動させる。骨が外れるような嫌な感触を精神的に受けて、いづなの意識が瞬時に回復する。

 視界の隙間では、反動で足場を崩したのか、同じようにビルの壁面から静かに落下していく黒が見えた。その姿を見て、ようやく一息付ける――そう思った彼女の頭に、いのからの忠告が走る。

 

『次弾が来るぞ、避けろッ!』

 

 いづなは慌てて周囲を見渡した。

 そしてその目が新たに二方向から自身を貫く弾道予測線を捉えた。上空から一本、続いてそれに対して垂直にもう一本。五百メートル先の射程距離ギリギリのビルの隙間から差し込んでいる。

 すぐさまいづなは身体を捻り、空中で自らのバランスを崩して体勢を変化させる。その直後、ビルの隙間からの弾丸が飛来してきた。真横からのその一発を、いづなは勢いよく振った剣を盾代わりにして防ぐ。

 続いてもう一弾。同じくビルの隙間から遅れて飛んできたそれは、信じられないような精度の狙撃をこなし、もう一本の弾道を作る銃――いづなの上空に壊れたビルの隙間から白が投げたもの――の引き金を狙い撃った。タイミング良く銃口がいづなの方を向いていたそれが引き金に衝撃を与えられ、弾を発射する。

 その弾をいづなは咄嗟に懐から取り出したハンカチを広げ、防ぐ。

 白い絹のハンカチが、ピンクの弾丸と衝突し、青いポリゴン片となって消失する。

 そこで自らを狙う相手の攻撃は一旦終わりを告げたらしく、自らに向けられていた予測線が全て消え失せる。

 

 それを確認した後、宙でくるりと身体の向きを入れ替え、いづなは両手両足を地面に向ける。同じく落下していった黒は、一足先に着地してその場を離れていた。彼女はその背を狙撃することも考えたが、恐らく見るまでもなく避けられるだろうと思い止める。

 そして数秒後、落下したいづなは着地の際の全エネルギーを四つ足で吸収し、休む間も無く手短なビルの中へそのまま駆け出していった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 落下した黒はつい先ほど落ちてきたいづなと同じように衝撃を吸収して着地した後、殺しきれなかった衝撃による全身の激痛に耐えながらコンクリートの地面に寝そべっていた。

 その黒の頭を支えるのは、二人より一足先に落ちたジブリール。正座した太ももの上に黒の頭を乗せ、何かしら悩んでいる主の顔を見て顔を赤らめている。

 

「(……まだ足りなかったか?)」

 

 元から刀を基本とした動きを碌に取らない身の上に、本来刀では放つ技ではない技術の再現に黒は身体に激痛を覚えていた。最も痛みには慣れているので動けないと言うこともない。今寝ているのは、痛みを見抜いたジブリールによる強制である。

 

 黒が行ったのは特段名前の付いた技ではない。ギリシャの大英雄ヘラクレスの射殺す百頭(ナインライブズ)や佐々木小次郎の燕返しのようなものではなく、ただの刺突。

 とは言えコレも十分英霊に該当する人物の技の模倣なのだが。

 そのイメージを強く持って身体を動かしたため、少々無茶が過ぎたらしい。

 

 ただ動くだけは再現できないため、今回は黒による追加要素が含まれている。全身の骨格・筋肉を同時連動する事による『桜花』+攻撃の全エネルギーを一点に集中する『秋水』、加えて衝撃を障害物を通して中に伝える『鎧通し』の合わせ技。

 当然普段から命を賭けた殺し合いなどすることもない身体では、(クロ)の強靱な精神によるイメージの補助を踏まえても、放つことが出来ただけで行幸だったと言える。

 

 最もそんなのを放った反動で、全身が鋭い激痛に苛まれたのだが。

 ただでさえ全力で『桜花』――一撃を放つだけでも肉が裂ける――を放ったのに、『秋水』で全体重を剣先に乗せるという髪の毛一本分の乱れも許さないほどに神経を張り詰め、おまけに『鎧通し』まで放ったのだから、黒の精神も同時に著しく疲弊していた。

 

 ここが仮想空間で無ければ、一般人には見せられない場面となっていたかもしれない。

 そのダメージ分が全て物理的な痛みとなって還元されたのだから、いくら黒であっても幾分かの休みは必要なのだった。無理矢理動けないこともないのだが、それでは戦闘力が落ちてしまう。

 

 そんな状態で今いづなに会うのは出来るだけ避けたかったので、黒は身体を動かさずに、ジブリールの膝枕に頭を委ねたまま数分の休憩を取った。

 

 

 

 

 

 




 ちなみにセリフから推測した方も多いとは思いますが、黒の刺突の原型は世界最高峰の名探偵と名高いシャーロック・ホームズからです。
 原作の中では彼は《早朝、逆棘のついた巨大な槍で豚の死体を突き刺す》という事をしていました。《ブラック・ピーター》という話です。
 ついでに言えば緋弾のアリアでも、主人公との決戦でのエクスカリバーによる刺突が大きく描かれていた……と思います。
 どちらも面白いので、読んだことがない方は是非読んでみてはどうでしょう。


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第九弾 盟約の下に

 どーも、安心院かなみです。
 今回からそろそろ話も動いていきますよー?


 初戦でいづなを仕留めきることが出来なかった彼らは、それぞれ別行動を取りつつ予め決めていた集合場所へと時間を計算して向かっていた。空白は手持ちの携帯で、黒は体内時計で、ジブリールは黒から借りた腕時計でそれぞれ時間はチェックしている。

 ビルの設計図を管理コンピューターからハッキングした際に、ついでとばかりに街の全体図も手に入れ、それによって黒達はいづなよりも地形(ステージ)を理解していた。そのため、いづなと重ならない逃走経路も計算済みだった。

 そして誰の目にも触れられないはずの通路を駆け抜け、ゲーム開始から三十分後、彼らは最初の合流地点である公園へと辿り着いたのだった。周囲を高層ビルに囲まれ、正面と天井のみが開けた絶好の防御地点だ。これだけならこの四人なら余裕を持って対処出来る、との白・黒の計算による結果だった。

 

 真っ先に黒が到着し、次に空、最後に途中で白を迎えに別れたジブリールが降り立つ。衝撃を吸収して見事に降り立った彼女の腕から白はするりと地に足を付ける。

 空が碌に身体を動かさなかった反動で息を切らしつつ、顔に苦笑いを浮かべ――間近でいづなと一戦交えた二人に問いかけた。

 

「さて、黒、ジブリール。確認したか?(・・・・・・)

「ええ、この目でしかと」

「あからさますぎて逆に呆れるぐらいには、ハッキリと見て取れたな」

「そうか……やっぱりそうだよなぁ。白の計算+ジブリール及び黒の攻撃をフルに囮に使ってのミスディレクション、それに加えて獣人種の身体能力の限界ですら察知出来ないはずの二重隠蔽射撃を直前に察知してくるとか……マジもう呆れすぎて何も言えねー」

 

 どさっと地面に腰を下ろし、力なく空は笑って呆れたように呟いた。

 

「どう見ても人間業じゃねぇだろ……」

 

 一切の人間味を押し殺した白の無数の銃撃、それを閉鎖空間の中でひたすら受けに回ることしかできない状況による無音の重圧(プレッシャー)

 その状況から解放されて即座に身体能力が自身より上の生き物(ジブリール)を目の当たりにし、無数の一撃必殺の剣を迎え撃つことにより極度に高まった緊張感。

 見たこともない彼女らの猛撃により張り詰めた集中の糸の中で放った黒の一撃が彼女の意識を失わせ、回復したことによって完全に戦闘の意識を失わせる。

 

 そこを狙った空の一撃が、外れる。

 意識の波が持つ一瞬の弛みを突いた、週刊少年誌における世界的殺し屋の技の一つ。

 

 射撃時のマズルフラッシュはバックに重ねた太陽光によって完全に消え去り、黒の音速を超えた近接攻撃によって発生した衝撃波により直後の僅かな銃声など聞き取れるはずのない状況で。

 あのプレイヤー(いづな)は、空の二段射撃をギリギリで射撃前に察知していた。

 

「視覚聴覚による一切の情報無しにおいて、完全に不意をついた、死角からの亜音速飛翔体での二重狙撃――ちなみにお前ら(黒・ジブリール)なら避けられるか?」

 

 つまり、人類トップクラスの知能を持ってして察知不可能と言わしめる攻撃を、攻撃以前に察知することが出来るかと。

 

「当然、――不可能で御座いますね。これが攻撃後であれば、対処の方法など幾らでも存在致しますが。攻撃前となると、いくら天翼種(フリューゲル)と言えどもどうしようもございません」

 

 天翼種(フリューゲル)の口からは不可能という意味の言葉が紡がれる。

 それに対して、黒は。

 

「……不可能とは言い切れないな」

 

 彼女の一言を超える言葉を呟いた。

 僅かに疲労を浮かべた顔で腰を下ろしながらもこちらを見つめる空白を見ながら、理由を語る。

 

「例えば俺とお前らのように、普段から互いの行動を数重に先読みし合う事の出来るほどの情報を集め、分析し終えた場合ならば出来るだろうさ。――けど、俺達が異世界に来てから今に至るまでの情報だけで俺達の全てが理解出来るわけがないからな。今のアレ(いづな)には到底無理だな」

 

 それに、空の射撃に気付いた時の慌てぶりは嘘偽りには見えなかったからな、と付け加える。閉じた瞳の中で先ほどのやり取りをリプレイすると、弾丸に気付いたいづなの身体が一瞬硬直し、瞳孔が目一杯開かれたのが鮮明に映し出される。

 ここまでのやり取りを自分なりにかみ砕いて、ジブリールは思い浮かんだ結論をそのまま口に出した。

 

「つまりあの者の行動は所謂獣人種の『第六感』による、と――」

「「「違う(な)」」」

 

 ジブリールの言葉を、残る三人が声を揃えて被せるように否定する。

 

「『第六感』――五感を元にその人の経験から無意識的にもたらされる《勘》」

「音も聞こえず姿も見えず肌に触れる感覚もなく、それでいて頭に響く『第六感』なんて言えば似たようなモンは二つしかない。聖女のように何の前触れもなく突然『天から声』が聞こえるか、」

「予め相応のズル、チートを使ってるに決まってるだろ。全く、東部連合には確かに『巫女』なんて呼ばれる存在がいるから前者も有り得ないわけでもないんだが、ここはあくまで電子で編まれた仮想世界(ゲーム)だぞ。そんな所にまで神様が干渉してくるなんて、その神霊種(オールドデウス)はどれだけ暇だって話だ――というわけでジブリール、早速一つ頼みを聞いて欲しいんだが」

「……はい、何で御座いましょう?」

 

 意見を全否定されてからの空の頼みとやらに、ジブリールは僅かに普段の笑みを歪ませつつも答える。

 そもそも幾ら同じ実力だと言われていても、彼女が実際に使えるに等しいと認めた(マスター)は黒だ。当然彼女の本心は黒の言葉は何でも素直に受け入れるとは言っても、自分を否定する他人の言葉をそう簡単に聞く気は無い。

 

 そんな彼女の心境を理解しつつも、この行動を素直に実行してくれないと困る――空は少しだけ力を込めて(・・・・・)、彼女にハッキリと言葉(命令)を告げる。

 

「“現在出せる全出力を以て、いづなと戦え。ただし死ぬな(撃たれるな)”」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ジブリールは不自然なほど素直に空の“頼み”に従った。

 物理的限界にまで下がったその身体で強引にビルの壁面を駆け上がり、やがていづなの姿を探して飛び立っていった。

 

「うし、それじゃあ黒――」

「――ああ。分かってるよ」

 

 空の言葉を遮るように黒は了承の言葉を返し、背を向けて公園の出口へと歩き始めた。……その声の中には負の感情が僅かながら込められていたのに、空と白は気付く。いくらジブリールが反抗心を見せたとは言え、完璧に役割を果たさない確率が一パーセントでもある以上は切れる物は切る(・・・・・・・)。元々そういう目的があって仕込んだ物だ、ここで使ったところで問題は無い。――それでも、それでも。

 ジブリールを強制的に従わせるのは、黒に思うところがないわけでもなかった。

 出口に向けて歩きながら、ポケットの中からいくつかのアイテムを出して空白の方へと放り投げる。二つのアイテムは綺麗にアーチを描いて別々の場所にいた空と白の手の中に収まった。

 

「さすがに悪かったか?」

「にぃ、気にしたら……逆効果……」

 

 彼らは少し決まり悪そうにしながらも、黒から受け取った物を身につけ、それぞれが担当する場所へと別れて歩き出した。

 

 

 後に残るのは、いつの間にか描かれていた、地面を埋め尽くすように描かれた無数の数式のみ。

 ――その意味を知るものは、今は彼ら三人のみだった。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

「――で?バラけたみたいだけど、あそこから一体どうするつもりなのかしら。ねぇ、フィー?」

 

 クラミーはここに来て別れた彼らの行動を読めずに、相方のフィールへと相談する。

 いくら彼女が数日前のゲームで空と記憶を共有していたとしても、分からないこともある。その点、逆の立場であるフィールならば理解出来ることもあるだろうと考えて。

 彼女は少しばかり逡巡をみせた後、生徒を諭す先生のように、自身が知る問題解決の(ピース)を一つだけクラミーに与えた。

 

『それは何とも言えませんけど、きっと黒さんなら何かしらの策があるんじゃないでしょうかねー』

「やけに自信たっぷりに言うわね……その根拠は何?」

『だって今、空さんの右の手元で、精霊(・・)が僅かに動きましたから。精霊を人間の身で操る方法に知識があるのは黒さんですよ、クラミー?』

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 ――ッ、一体どうなっているのだ。

 最初から予想外の展開が続くことに、初瀬いのの頭の中は混乱で一杯だった。

 いくら森精種(エルフ)の手先を正面切って破った新王と言えども所詮は人類種。数日前のやり取りも所詮上手くいっただけのハッタリだと思っていた。いづなの身体能力を持ってすれば即座に力でねじ伏せることが出来る……そう予想していたのだが、いざ蓋を開けてみれば、アレハナンダ。

 いづなの動向を完全に見抜き、その弾道を完璧に弾き出す規格外の計算能力を持つ白。

 照準もなしに重力で加速していく五〇〇メートル先の対象を難なく狙撃する空。

 人類種でありながら百階分の壁面を駆け、獣人種に匹敵する身体能力を見せる黒。

 

「(全員、まさに化け物ではないか……。やはりあの感覚は嘘では無かったというのか……ッ!)」

 

 拾い上げた手紙から空の声を聞いたときに覚えた錯覚。

 心臓を握られたようなあの時と同じように、一筋の汗がいのの頬を伝う。

 

「(あの宣戦布告を上層部に伝えた時にその事も念入りに伝え、ゲームの拒否を進言したと言うのに……あそこで全力を尽くさなかったことは失敗だったか。今思えば、あの騒動(・・・・)もおそらく奴らによるモノか――!?)」

 

 ギリッ、とダイヤを磨り潰す勢いでいのは歯ぎしりし、思考の海に意識を埋める。

 

 彼らが宣戦をしたその翌日、どこからともなく東部連合を駆け巡った一つの噂。

 曰く、《獣人種の人類種の宣戦布告に怯え、未知の恐怖に尻込みしている》――と。

 東部連合では全種族中で最も発達した情報網(インターネット)の弊害として、嘘か真かに関わらずあらゆる情報が即座に全国に広がる。『10ちゃんねる』等の掲示板サイトに上がった暁には数分後には知れ渡ることになる。今回の騒ぎはそれらの掲示板に載ったのみならず、不特定多数の情報サイトへの書き込みがこの旋風を巻き起こしたのだった。

 このゲームの内容を予め熟知していたらしき奴らなら、それぐらいのことはやりかねない――そう思った。

 

 

 その予測は正解だった。

 実行犯は黒一人。獣人種語を学び終えた次の日から東部連合の機械系統にも手を出し始め、更に一週間後には獣人種の大手情報サイトを複数運営するまでに至っていた。無駄に余っている図書館内のスペースを活用し、魔法で本格的なマシンを作成・設置している。ちなみに大半のシステムが言語が異なるだけで基本的に同じだったということもあり、ハッキング技術なども同様に通用したのは少々予想外だった。

 そこから今回の出来事において、基本民主国家である東部連合の住人達のプライドを刺激するように一人で情報の波を広げていき、世論を参戦に導いたのだった。意外と脳筋だったのか、一部の過激派を刺激すれば後は勝手に広がっていったので操作は簡単だった。

 いや全く、日本での経験がここで使えるとは思わなかった黒だった。

 ちなみに元の世界で行ったことはと言えば、新規成立した機密情報法律によって一般公開されていない情報を手に入れたりだった。……当然、違法である。異世界に来た今となっては罰せられることもないため、どうでも良いのだが。

 

「(ちっ……何から何まで予想外だとは!)」

 

 いのは画面内に映るいづなの姿へと再度目を戻す。

 そして――吹き出した。

 

「――ブッ!!」

 

 その画面の中では、縦横無尽に世界を走って黒達の場所を探していたはずのいづなが、どうなっているのか、今度はいつのまにか現れたジブリールとの戦闘を始めていたのだから。

 キリキリと痛む胃を抑えて、いのは意識をゲームの中に映し無防備に座る空達を睨む。

 獣人種と人類種の戦争(ゲーム)において、一番精神的な被害を受けているいの。

 胃薬が彼の友人となる日は、そう遠くないのかもしれない。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 暗いスペースの中、複数の液晶からの光だけが部屋の中を僅かに照らしている。

 その前に座る一人の人間は手前に設置した四つのキーボードの上で腕を素早く踊らせながら、文字と映像が走る全ての波面を俯瞰するように見つめていた。

 

「監視システムへのハッキングはコレで良いとして……面倒だな。一気に掌握してっと――」

 

 軽く人間に見えない速度で接近戦を繰り広げるジブリールといづなの姿を、次々と場面を切り替えて追いながら、その動きを頭で分析していく。

 

「全く、ここまで自由度が高いステージは初めてだけど――まさかゲーム内で独立したネットワークが構築されているなんて末恐ろしいよホント。それでも今回は、俺達の好きなように利用させてもらうんだがな」

 

 いくら都市を丸々再現した仮想空間内とは言え、それを本来の意味で活用する輩など早々いないだろう。獣人種の『血壊』さえもギリギリ捉えられるように作られた監視カメラが網のように張られた都市部、その全てをたった一人で掌握する。

 ――せっかくこんな近代的なフィールドなんだ。俺らなりに活用してやろうじゃないか。

 空の提案により、ハッキング技術を持つ黒の手で東部連合の持つ技術の結晶を支配する。

 今やこの空間内であればほとんどの情報を一手に集められ、それに加えて――

 

「空、ジブリールといづなは現在壁を蹴って空中戦闘しつつ、予定通り巨大ゲームセンター前の大通りを通り過ぎて行ってる。お前は後十秒で重なるぞ」

『了解ッ!はぁはぁ、待ってろよいづなたん!』

「白は今どこにいる?」

『ん……巨大タワーから六百三十メートル、ボーリング場らしき建物から百四十メートルの地点――いづなたんは見えてる』

「OK。んじゃ空、聞こえてるな?予定通りに行ってくれ」

 

 黒が道の途中で手に入れた通信機を経由し、情報を発信することもできる。

 数あるディスプレイの内四つで空、白、いづな、ジブリールの『顔』を追う黒は今や、観客達を除いてこの世界を俯瞰できる――神に等しい存在となっていた。

 

 

 

 地面と左右の建物の壁面を使って宙を飛び交い駆ける二人の剣と銃は縦横無尽に火花を散らし、徐々にその位置を移動させながらも途切れることなく交差する。

 ジブリールが右手に握った剣を下からすくい上げるように振るう。その手首を狙ったいづなの弾丸が発射されたのを感知した瞬間にジブリールは手を引っ込めて、代わりに右足でいづなの顎を蹴り抜こうとする。それをいづなは振りかぶった額で迎撃した。

 ほぼ同じ威力で繰り出された互いの攻撃は互いを空と地に弾く。

 地面に叩き落とされたジブリールはコンクリートの粉末が飛び散り視界を遮る中、いづながいるであろう辺り目がけて続けざまに五発の弾丸を見舞う。いづなは発砲音を聞き、着物の袖を翼代わりにして、散る木の葉のようにそれらの隙間を縫ってヒラリヒラリと地面に舞い降りる。

 

『ははっ、実に楽しいな!!』

『私としては、少々不完全燃焼ですが――ね!』

 

 顔に獰猛な笑顔を浮かべながら、着地と同時に地面を砕いていづなは剣を振りかぶって土煙の中に突進した。

 直後――バギンッ!

 一際激しい衝撃波と共に周囲の粉塵が全て吹き飛んだ。

 その中心地では剣と剣を重ね合ったジブリールといづなの姿があった。

 一体どれほどの力を込めているのか、鍔迫り合いを繰り広げる二人の中心では激しい勢いで火花が散り続けており、地面は二つのクレーターを作っている。

 ……。

 

「今更だが、一応恋愛ゲームなんだよな?周囲の被害が真剣に考えてヤバいレベルなんだが……。どんな価値観で作られたんだこのゲーム……?」

 

 誰もその問いには答えない、というより答えられなかった。

 さすがに天翼種(フリューゲル)が参戦するとは開発者も予想しない一幕だろう。

 

 ☆ ★ ☆

 

 ジブリールといづなは剣を重ねたまま互いにその場を動かない。

 全身の力を込めて相手の方へと剣を押し込み、その刃を擦れあわせながら、その瞳を覗き込む。

 

「しかし、まさか天翼種(フリューゲル)人類種(イマニティ)の側につくなんて、予想外だったぞ?」

 

 刃へ込める力を一切緩めないまま、いづながそう呟いた。馬鹿にするわけでは無く、ただ純粋に覚えた疑問を表に出しただけ故にジブリールはキレることはない。

 それでもまさか話に応じるとは思わなかったが。

 

「ふ、獣如きの分際で――それがどうか致しましたか?そもそも私は人類種に味方しているわけではありません」

「何?」

「私はただ(マスター)に付き従うのみ。例え天地が別たれこの星が裂けようとも、常にあの方の指示に従い行動を共にするだけです。間違ってもあんな仲良しこよしの駄種族共と一緒にしないでいただけますか?」

「……そこまで入れ込むなんて、一体あの男は何者なんだ?いくら天翼種(フリューゲル)を従えるとも、所詮は人間。嫌々従うのではなく、もはや従順な犬じゃないか。惚れ込む要素などどこにもないはずなのに」

「それは貴方の偏見でしょう?」

「へえ、ならばてめぇから見たあの黒は、一体どんな奴なんだ?」

 

 ジブリールは不敵な微笑みを浮かべながら、いづなに向けて語り始めた。

 

「ふむ、そうですね……。最初はただ、私のとある人との約束を思い出させてくれただけの人でした。正直言えば、ここまでするような対象ではありませんでした。けれど、彼と触れあう時間が増えるにつれて、一目見ただけでは分からないものも見えてきました。相手が神様であろうとも折れることのない金剛の精神、その隙間に見え隠れするか弱い本来のヒトとしての感情」

 

 ジブリールの腕に篭もる力がふと、強くなるのをいづなは感じた。

 いや、感じただけではない。実際にいづなの刃が少しづつ押され始めている。

 

「ふふっ、……その歪みが、なんというかもう、実に素晴らしくてですね?完成(コンプリート)していない完成(パーフェクト)とでも申しましょうか。そのあり方が、実に私のナニカなどを誘うんですよ!――それだけです!」

 

 ガィン!――ついにジブリールの力に耐えきれなくなったのか、いづなは力の方向を切り替えてバックステップで後ろへと下がる。コンクリートを踵で削り、十メートルほど下がったところでブレーキを掛け、いづなは身体を止めた。

 

 

 

 

 二人の距離が空き、ここで一旦戦いは仕切り直しになる――と観客の誰もが思ったその時。近くにいた初瀬いのと魔法が専門分野であるフィールだけが気付いた。

 現実世界の黒の手元で、先ほどの空のように精霊が働いたことに。

 

『盟約の下に命ず――さあ、“全身全霊を以て、物理限界を超えろ”――ジブリール!』

「了解、我が主(マイマスター)!」

 

 刹那。

 

 いづなの心臓にジブリールの剣が突き立った。

 

 




 まだまだ終わりませんよ?今回の話から色々広げていく予定なんで。
 黒達の冒険(ゲーム)はこれからです。……フラグじゃないですよ?

 後、一応ここで書いておきますが、作者の現実上の都合で更新スピードは落ちるかもしれません。

 それでは、また。


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第十弾 鮮血の覚醒

 この世界で最も優先される物とは何か。

 そう問われれば、この世界では誰もが口を揃えてこう答えるだろう――ゲームの結果だと。基本的な仕事や日常作業ではさておき、友人との賭けやちょっとした遊戯の間、果ては値引きまでもがゲームによって決められる場合が多い。

 しかしそれらはあくまで『十の盟約』の副産物に過ぎないのだ。

 この世界の住人であれば『殺傷、戦争、略奪の絶対禁止』が一般認識となっているが、異世界の住人である黒からしてみれば別に絶対がつくほどではない。一応法治国家の日本では禁止されているものの、それを破る者がいるが故に罰則も存在しているのだから。

 

 さて、それでは――ゲームの中に直接『十の盟約』を持ち込むことは不可能なのだろうか。

 そう問われれば、大半の人が何を言っているのかを理解出来ないだろう。

 『十の盟約』とはゲームの上位に存在しているものであり、ゲームと同じステージに立つという発想は普通には出てこないものなのだから。そもそも所謂そのようなイカサマとは自身で出来る範囲でのゲーム操作が第一として挙げられる上に、他者への強制というイカサマを行うほどのゲームは早々行われないのだから、問われるまではそんなことは考えることすらしなかっただろう。

 

 しかし、『自分で十六種族を纏め上げ、テトへと挑む』という目標を掲げた黒はその方法に真っ先に辿り着いた。何しろ単純計算で対国家戦を最低十五回は行わなければならない上に、空白とも戦わなければならないのだ。本人としては『十の盟約』を使っても未だ足りないというのが本心だが、それはさておいて。

 

 とりあえず、目の前の戦争(ビッグゲーム)である対東部連合戦にそれを持ち込むにはどうすれば良いのか。

 東部連合のゲームの内容は電子世界の恋愛戦闘において『十の盟約』はいかにして有効活用できるのかはさておき、そもそも仮想世界にどう『十の盟約』を持ち込むかが黒の課題だった。

 内容が不明な以上、どのような指示を通すかすら予想が付かないと考えた末、思いついたのが――『令呪』だった。

 

 

『盟約の下に命ず――さあ、“全身全霊を以て、物理限界を超えろ”――ジブリール!』

 

 

 回数制限のある対象への絶対命令権。

 盟約を用いて『十の盟約』の効果をゲーム内に持ち越すことを思いついたのは本当に偶然だったものの、様々な理由により、目に見えてそれを使えるという点では丁度都合が良かったのだった。

 

 

 命令と同時に、現実世界の黒の右手から紫色の強い光の柱が立ち上る。

 突然の異常事態に獣人種は誰もがそちらに目を引きつけられ、精霊を感じることの出来ない人類種もまた、そこから発せられる圧倒的な雰囲気に気を奪われる。

 その黒紫の帯の中で、黒の手に刻まれていた呪紋の内の一つが静かに消え失せる。

 

 

 空と白のものは互いに形を取らない歪な形状をしているが、二人合わせて真円を描く。二人揃っての一人を文字通り体現する空白にとっては、陰と陽が揃った太極、すなわち万物の根源――「  (空白)」ならば“何にでもなれる”――を意味するらしい。

 

 対して黒の令呪は左右に広がった、非対称の細かな意匠の施された優雅な翼だ。正直、何故かその形の意味に黒自身は思い当たることはなかった。《翼》と聞いてまず思いつくのはジブリールだが、それは今の黒を構成する要素には余り関係がない。

 ……まあ黒の本性は今は問題ではない。

 

 現状では空と黒がそれぞれジブリールへ一画を使用済みである。

 その内容は空の命令の遵守及び、黒の命令の強制執行。

 普通のゲーマーなら、それだけで“勝てる訳ないだろ”と匙を投げるようなルール内でのチートだ。まず、攻略できるわけがない。

 

 

 

 

 ――しかし、それでも。

 人類より上位存在である天翼種(フリューゲル)の意思やこの仮想世界を編み上げるプログラムを無視しての罠を持ってしても――彼らの力は後一歩、届かなかいのだった。

 いづなの剣を確かに貫いた感触。それはジブリールに勝利の確信を与えた。

 

 しかし、それ(・・)にいち早く気付いた黒は、その様子を神の視点(監視カメラ)から捉えながらその顔を驚愕と後悔に歪め、手元を片付け始める。

 

「ここでそれを切るかよ、初瀨いづな……ッ」

 

 黒はモニターを視界から外し、ここまで集めたものを全て鞄に詰め込んで、慌てるようにしてこの部屋の中から飛び出した。思いの外早くあの行動(・・・・)に映ったいづなのお陰で、この後の展開は少しずつ予想とは変化していくだろうと考えて。

 

「悪いな空、少しの間さよならだ」

 

 その口は愉快と苦悶の二つを含むように食い縛られていた。

 

 

 

 ――ジブリールの刀によって心臓を突かれたいづなの仮想体が、画面の中で黒いノイズとなって淡く消え失せる。それは単なるカメラの処理の問題ではなく、この世界を支配する電脳が処理しきれなかった信号が残した僅かなラグ。

 それを黒に一泊遅れて理解したジブリールは、慌てて掻き消えたいづなの姿を探そうとして――ドスッ。

 

「危なかったぞ、まさかここまで早くにコレを使う事になんて。しかし後悔することはない、この姿に至らせたことは十分に賞賛に値するからな」

 

 彼女の胸元から、もう一つの剣が現れた。

 

 

 

 その剣を握るのは、確かにジブリールが討ち取ったはずの――いづなだった。

 

 

 

「な、何故……?」

 

 そう呟いたジブリールは、ふと後ろから感じられる熱気が凝縮したかのようなオーラを感じ取り、それで全てを悟った。

 ギリッ、と歯を軋ませながら答え合わせのように、自らの推測を呟いた。

 

「いえ、この感じは――なるほど、そう言うことでしたか。やけに先ほどから既視感が頭をチリチリと焼くかと思えば、それもそうでしょうね。なんて馬鹿馬鹿しい。今更なんですが、以前私が個人で東部連合に挑んだとき、貴方と私は闘ったのですね。それで分かりました――そして今と同じように、あの時もまた、その姿となった貴方に倒された――その、《血壊》によって」

 

 そこまで理解したジブリールの身体が、力が抜けたように崩れ落ちる。

 それによって、今のいづなの姿が露わになる。

 

 

 先ほどまでとは大きく異なっているいづなの姿。髪や瞳、爪と言った部位が真紅に染まり、全身から赤い蒸気を上げている。また、口の隙間からは激しい息づかいと共に漏れる命の蒸気――獣人種の奥義、《血壊》。

 彼らの真の切り札であり、体内に眠る精霊を意図的に暴走させ、強靱な肉体が崩壊を始めるまでの間に爆発的な、物理的限界さえも超えうるブースター。

 

 それに抗うには、常識的に考えて、不可能に近い。

 

 その光景を捉えていたカメラがいるであろう辺りにいづなは目を向け、一際強く睨みを利かせる。突如画面に映ったいづなの鋭利な灼熱の瞳に、その場にいた人類種は皆、誰もが直接心臓を鷲掴みされたような錯覚を覚えた。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

『フィー……あれが血壊、でいいのかしら?』

 

 画面の向こう側から、あくまで気を張ったようなクラミーの声が私の耳に届きます。

 全くもう、強情ですねぇ、クラミーは。声の震えが隠しきれていないのですよ?

 とりあえず彼女の質問に答えるために、私は手元の資料を捲って、あの小さな子の状態と森精種(エルフ)側に保管されてあった獣人種の《血壊》の調査結果を比較します。

 その結果は、

 

『はい、そうなのですよクラミー?あれは確かに、大戦期に見られた朱い獣人種特有の状態なのですよ。私の目から見たところに寄りますと、体内の精霊が暴走したことにより、体内の各器官の作動が許容範囲内を超えているみたいなのです。敢えて言うなら、自己発動可能・反動無視の『火事場の馬鹿力』といったところでしょう。普段抑えられている身体機能を極限まで解放し、その上で狂化した精霊の力で無理矢理物理的限界の壁を越えているのですよー』

 

 全くもう、本当に信じられないのです。

 あの天翼種(フリューゲル)さんも精霊を力尽くで使い潰す方法をとっていましたが、に勝るとも劣らない乱暴な扱いなのですよ。本当に、彼女達は精霊をなんだと思っているのでしょうか。

 人知れず頬を膨らませながら、クラミーの視界を覗きます。

 すると、そこでなにやらクラミーが何かに気付いたようです。

 

『けれどもそれはあくまで仮想世界の中での事だから、現実には影響を残さないと……?どんなズルよ、それ。……って、あれ?』

『どうかしましたか?』

『フィー、貴方今《血壊》は狂化した精霊が関係してるって言ったわよね?』

 

 ――む、そこに気がつきましたか。さすがはクラミー、なのです。

 

『ええ、言いましたよ?』

『だったらおかしくない?』

『なにがですか?』

 

 あくまで私は何も知らない、気付いていない――そう装いながら、あの子の答え(・・)を引き出します。

 本来森精種(エルフ)である私がそのことに気付いていない。

 今のゲームの異常に気付いていれば、私の異常にも気付いてくれるはずなのですが……。これは今後の彼女の課題ですね。獣人種のゲームの真実に触れたはいいのですが、それに捕らわれて周りのことが見えなくなっているのですよー?

 そんな私の心に気付かないまま、クラミーは私が、そして黒さんが(・・・・)予想したとおりの答えを、周囲に伝わらないようにハッキリと呟きました。

 

『相手は今《血壊》を使ってるわよね――要するに今あの子は、『精霊を使ってる(・・・・・・・)』ってことじゃないの!?』

『――そうですねぇー?今の彼女は正確に言えば、暴走させた精霊を精神にだけ上手く作用させているんですよぉ。一見現実には何の影響もない、絶妙なコントロールですー』

『なんでそんなに緊張感がないのよ!?いくら空達でも、物理限界を超えられたらもうどうしようもないじゃない!こんなの、想定外よっ(・・・・・)!ねぇ、クラミー――』

 

 叫ぶクラミーの声に心の中で謝りながら、ここで私は通信魔法を一旦切断します。

 このまま好きに聞き続けても良かったのですが、私ではついついクラミーに本当の事を教えてしまいそうですし――そうだと思いませんか、黒さん?

 自分の心の軽さを知り合って間もない男性に問うのもなんですが、貴方なら、私の気持ちが分かるでしょう?自らが心を許す相手にも、全てを明かすわけにはいかないという苦悩が……。いえ、それは今は関係ありませんね。

 

 例え彼女(初瀨いづな)がどれほどのモノであろうと、貴方達――貴方ならば問題無く勝利出来るのでしょう?

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 ジブリールがいづなの手に渡った瞬間、それを確認した空が、間を置かず白と攻撃のサインを交わす。

 

『ちっ――白、行くぞ!』

『了、解……ッ』

 

 空は交差点の建物の陰から、白はタワーの展望台から、赤い煙を上げるいづなの姿に狙いを定める。

 

『3、2、1、……0!』

 

 二人は発射タイミングを合わせるようにして、弾道さえも完全に重なるように息を合わせ、ゼロコンマ数秒の差もなく同時にいづなの心臓へと狙って銃弾を放った。

 

 しかし、血壊を発動したいづなにもはや銃弾が通用することはなかった。

 

「ははッ、甘いなァ!今や、たかが銃弾如きの速度でこちらを捉えられると思ったか――!!」

 

 瞬間、またも彼女の姿が視界から消え失せる。

 ――何処へ行った?

 空は慌てて周囲を探す。ジブリールですら反応できない速度で動く相手に、自分たちが素で叶う訳がない。考えろ、次にいづなが仕掛けてくるのは一体誰だ――?

 黒は居場所が割れていない、それに今彼女が知っているのは空と白の二人だけ。そのうち彼女が最も狙いやすいのは……ッ。

 空が全てを悟った刹那、日の光を遮るようにして彼と太陽の間に一つの陰が躍りでる。

 その陰は口を狂気に歪ませて、呟く。

 

「こんな時は、こういえばいいのか――ハロー、哀れな子羊よ?生贄の覚悟はいいか?」

「ははは……なんつうチートだよ……」

 

 そして。

 十をゆうに超える弾丸が、空の全身に命中した。

 為す術もなく、空の身体の上で、ほぼ全ての弾丸が花を咲かせる。

 

 そしてまたもやいづなの姿が消え失せる。

 

 その姿がモニターに映った瞬間、ほぼ同時に黒は今いる場所の窓から飛び降りた。

 同時に一瞬遅れていづなが全力で投げ飛ばした、光に匹敵する速度のボムが反対方向の廊下辺りで建物を破壊し、大爆発を起こす。その桜色の爆風は一気に廊下の中を埋め尽くしていき、残り香ほどまでに少なくなった僅かな爆風が窓から出で、黒の背中を軽く押した。

 すかさずベルトの糸を窓の縁に引っかけ、三階分ほど糸を伸ばした後、振り子の要領で窓を蹴破り、糸を切って再度中へと到達する。

 そして慌てず記憶の中の地図と照らし合わせ、一人の人影を走り様に拾い上げる。彼女に無駄な力が伝わらないようその華奢な身体をすくい上げ、するりと腕の中に収める。

 

「ん、ナイス……黒!」

「まあ、兄から白ちゃんの事は任せられてたからな。スピードを出すから舌噛まないよう口閉じとけよっ」

 

 先ほどまで黒が陣取っていたのは実は白と同じビルの三階上のスペースだった。

 白の回収まで予測しての布陣だったが、まさか本当に使用するとは思っていなかった。

 コレによって黒達は、当初考えていた作戦から第二の作戦へと変更することになる。

 

 白からしてみれば周囲が霞むような速度で黒は一気にこの階層――展望台の中を駆け抜けていく。そして、正面の分厚いガラスを見、触れる直前までその速度を緩めないまま足を動かしていき――

 

「――砕け散れッ!」

 

 どうせ衝撃波など現実には還元しない――獣人種側の《血壊》を使うことまで含めた設計を逆手に取り、黒もイメージに任せたまま全力で身体を振るう。

 手元に抱きかけた白の身体へと一切の衝撃が行かないように最新の注意を払いながら、足から肩までの骨格で作り上げた加速度に白と黒の体重を掛け合わせ、そのエネルギーを全て分厚いガラスの内部に伝えきる。

 そのガラスは黒の視界の中で中心から徐々に罅を広げていき、やがて粉々に散っていった。砕けた窓の縁に足をかけ、ベクトルを変えて黒は足を地面の方へと向ける。足の指でタワーの壁を掴みながら、黒は全力で加速を掛けていく。

 その真横へと、真っ赤に染まったいづなが飛翔してくる。

 

「ほう、人の身で良くやるものだな!その心意気は買うぞ!」

「結構だよ!んで、じゃあな初瀨いづな(・・・・・)!」

 

 同時に迫ってきていたジブリール、その光の消えた瞳を横目に流してから、その振りかぶられた拳に足裏を合わせて黒は一気に遙か彼方のビルの壁面へと飛ぶ。そして源義経の八艘飛びとは比べものにならない、ビルからビルへの跳躍という離れ業を見せて一気に陰の中へと消えていった。

 そんな彼の速度を追うカメラからは、やがて地面へ通り、予め開けられていたらしいマンホールの中へと姿を消していった。

 その様子をいのから聞いたいづなは、面白そうに笑う。

 

「――ほう、まさか一気にあんな遠くへと逃げるとはな。これは予想外だ」

 

 予想外だと口に出しても、その表情は変わらない。

 ゆっくりと再度落下を始めながら、自らの隣にいるジブリールへと語りかける。

 

「そう思うだろう、ジブリール?」

はい(イエス)我が主(マイロード)

 

 抑揚のない声で呟く彼女の声には、聞いた者をぞっとさせるような静かな王者の雰囲気が漂っていた。それはかつての戦時中、彼女と遭遇したことのある者なら分かる――あの頃の、声だった。

 

 ――現在、獣人種側陣営:初瀨いづな、空、ジブリール。

 人類種側陣営:白、黒。

 決着までは、残り二人。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 ――第二集合予定地点、θポイント。

 街の下に同じように張り巡らされた下水道の中を白のナビゲートと自身の記憶で確かめながら辿り着いたそこで、二人は食い入るように画面に映ったいづなの姿を見る。

 暗い下水道の中で二人を照らすのは、街の電気屋からついでとばかりにかっぱらってきたノートパソコン。その中に記録媒体に移した《血壊》の記録を、二人は見つめていた。胡座をかいた黒の中に白が小動物のように入り、まるで本物の兄妹のように二人は対象を観て、語り合う。

 

「――ほんの少しだったが、あれが『血壊』だな。予め勉強してきたとおりの内容、確かに捉えたぜ。データもそれなりにあるしな……白ちゃん、それをついでに打ち出していくから計算式の方はヨロシク」

 

 黒が自分の知識から血壊に関する内容を絞り出しつつ、その隣で白がいづなのあの姿における計算を重ねていく。

 今のところ残っているのは白から黒への令呪三つ、空からジブリールへが二つ。黒からジブリールへが二つだ。しかし、あの状態(LOVE)が令呪で動かせるか……。働いても即座に弾かれる気がするため、不用意には使えない。

 兄が敵の内に落ちたせいか、ふと白の計算速度が遅くなっているのを黒は読み取る。

 そして、その頭を軽くポンポンと撫でた。

 

「ん……」

 

 あくまで式から目を話さないまでも、不思議そうな声を上げる白に黒はこちらも目を話さずに話す。

 

「気にするな。空が取られるのは計算通りだろ。白ちゃんがしっかりしないと、取り返せるものも取り返せない。アイツならきっと戻ってくる、だから今は落ち着いて作業に集中しろ……それに、白ちゃんがやってくれないとまだ足りないしな(・・・・・・・・)。一応、そろそろのハズなんだがな……?」

「分かっ、た……」

 

 明らかに追い詰められている状況だというのに、黒は普段通りの明るい声で話す。

 

「それよりもこれからどうするか、だな」

 

 真剣な声をして、黒がそう呟いた。

 もしやどこかに不確定要素でもあるのかと、白は尋ねようと顔をあげた。

 

「俺と白ちゃんだし――今まで通り「  (空白)」と(クロ)って訳には行かないだろ?一時的にとは言え、なにか新しい名前が必要だと思うんだが」

 

 こんな絶望的な状況の中でも平気な顔でそんなことを考える(クロ)に、白はクスッと笑う。

 

「空と白、合わせて空白(くうはく)……。だったら白と黒、合わせて、――黒白(モノクロ)は?」

「それは、白ちゃん……なんか普通すぎて意外性に欠けるな。他の呼び方にしないか?」

「だったら、他の読み方……?」

「ここじゃ日本語自体が俺達三人だけの言語だし、母国語って言うことも踏まえてそれで行こうぜ。黒と白、合わせて黒白(こくびゃく)って感じで。これでいいんじゃないか、多分。どうせ俺達以外は意味は分からんだろうし」

「それ、禁句……」

 

 俺達は互いに苦笑する。

 どうやらこんな負け犬ムードの中でも、俺達は十分に普段通りに力を発揮出来るらしい。

 ……思い返せば、それはそうだ。

 俺達は何時だって、こんな舞台で千を超える勝負を経てきたのだから。

 そしてまだ、俺達に暗い未来予測は似合わない。

 何故なら俺達はまだ手が残っているのだから。

 

 さあ、一時の間の余興――黒白の協奏曲(コンチェルト)を奏でよう。

 




 すみません。
 名前をどうしようか悩んでいたときにSAOが目に入って、それが丁度良かったんです……。


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第十一弾 兄妹の決着へ

 

 ――そして、ゲーム開始より五時間が経過した。

 人類種側は既に残り駒が二つ、元あった内の三つを奪われている。人類種最強である現国王の片割れである空、言わずと知れた戦闘種族のジブリール、そして元王女。

 今回参戦した内の最大の駒であると思われたジブリールが奪われた今となっては、観客席の間では二極された雰囲気が漂っていた。

 人類種側はもはや未来がないかのように思われた暗い空気を纏っており、対して獣人種側は疑わない勝利を前に最高潮の興奮に酔いしれている。

 それもそうだろう。

 自分たちに残っているのはたかが小学生に過ぎないような少女と、散々悪い意味で噂の種になっている少年なのだから。恐らく後数分もしないうちに、片が付くのだろう。

 そう、思っていた(・・・・・)

 

 しかし、いつまで経っても、ゲーム終了の宣言は来ない。

 不審に思った人類種側の一人がふと画面を見ると、その中では驚くべき戦いが繰り広げられていた。――いや、戦いというのは少しばかり違うだろう。

 

「……あれ?」

 

 そう、今まさに互いの尊厳を賭けて戦っている二陣営。

 その獣人種側から、残った人類種側は余裕綽々といった態度で逃げ続けているのだから。

 

 

 ■

 

 

 互いの人員に変化がないまま、ゲーム内の状況も動いてはいなかった。

 

 と言うのも地下に潜り続ける二人は、片やFPSの達人であり、それをお姫様抱っこしているのは一時的とはいえ人外の相手とほとんど同じ性能を持っている人外(仮)。

 対していづなの方は空とジブリールがついているとはいえ、本人は獣の直感しか頼れるものは無く、白と別れた空はステフ以下、ジブリールに至っては単純に力任せの無差別破壊兵器だ。

 黒の下では本来以上の仕事を叩き出すジブリールも、彼の下を離れた今となってはそこまでの脅威でもない。むしろ彼らからしてみればそんなバグキャラが一人くらいいたほうが、かえって行動が読みやすいのだった。

 その上に監視カメラをハッキングし専守防衛に徹した二人にとっては、一方的に相手を避け続けることも不可能では――ない。

 

 現代日本に比べて僅かに時代遅れの雰囲気を漂わせる獣人種の街だが、それでも発展の度合いで言えば間違いなくこちらの方が高い。それはもちろん地上だけでなく、地下にも当てはまる(・・・・・・・・・)

 東部連合の都市、その下に広がる地上と同等、いや、それ以上の拡がりを持つ地下空間の中で黒たちは逃走劇を繰り広げていた。何しろ入り組んだ構造そのものが障害物とかしており、軽く地下三十階まであるともなれば一度入ると簡単に抜け出すことは出来ない。

 そんな場所を、胸に抱えた少女にダメージが蓄積しないように滑らかに、さながら宙を軽やかに飛び回る燕のように、黒は縦横無尽に走る地下の街を駆けていた。

 

「次、左――右――まっすぐ――その次は下――それでまた左――」

 

 一向に疲労を見せない黒の元で、白は携帯端末をチェックしながら彼の逃走経路をナビゲートする。三人の動向は黒の追跡プログラムにより随時監視下にあるため、彼女の画面に映る立体地図上に赤い点として表示されている。

 黒というキャラを操作する白というプレイヤー。その二人の組み合わせが、獣人種側の三人を置き去りにして地下の世界を逃げ続ける。いづなにも神の視点(初瀬いの)からの指示が届くが、それを受けたときには既に黒白は別の場所へと移動している――せっかくのチートも全く意味を為していなかった。

 

「くー……身体、大丈夫?」

「ああ。まだまだ逃亡劇を続けるくらい出来るさ。これでも鬼ごっこで捕まった覚えは無いんでな」

「違う――考え事してるから。くー、今、頭と身体が別々(・・・・・・・)……でしょ?」

「確かにそうだが、それは白ちゃんの気にする事じゃないさ。まだまだこれくらい昼飯前だよ。それに、俺がこうしなきゃ式は完成しない、だろ?空も白ちゃんもこういうのには慣れてないんだから俺がするしかない」

「……そう」

 

 ふと、俺の腕を握る白の力が強まった。

 黒のそれなりに鍛えられた腕に優しく抱きかかえられながら、白は道を計算し、そして自分たちのために相当の無理を続けている彼を心配する。

 しかし他人からの気遣いに疎い黒はそれに気付かないまま自らのやるべき事を進めていったのだった。やはり、黒と白の急造コンビはその内までは滑らかに回らないということか。それでも互いに互いを気遣った上で限りなく無敗の状態に近づけている辺り、二人の努力が伺えるだろう。

 背後からいづな、もしくはジブリールであろう破壊音が聞こえる中、黒は現在居る地下五階から階段のある位置へと走る。

 そして視界の端、下に落ちる約十メートル先に螺旋状の直通階段が見えたところで。

 

「白ちゃん、下降りるぞ――2、1、0!」

 

 そう宣言し、カウントとほぼ同時に、黒が勢いよく地面を蹴った。そしてその速度のまま今度は壁を蹴り、そして天井を蹴る。白は自身の天地がひっくり返り、自らの身体を包む力は僅かばかり強まったのを感じた。

 そして、自身を抱く黒はそのひっくり返った体勢のまま天井をもう一歩蹴り、現在居る二〇階から螺旋の中心、最下層へと一直線に繋がる道へと頭から飛び込んだ。

 ただ飛び降りるならいざ知らず、遠慮無しに恐るべき初速度で弾丸の様に飛び出すその光景には画面の外から二人を見る誰もが驚きを隠せなかった。

 

「次……着地、3、2、……0!」

 

 また、着地と同時に戻る天地と重力の感覚。

 本来襲い来るハズの着地時の衝撃は黒がほぼ吸収しきったため、白に目立ったダメージは通らない。少しばかり受け身に失敗したせいか頭がクラクラとするが、それくらい何の支障もない。

 

「少しだけ計算ミスったかな」

 受け身の状態から立ち上がってそのまま足を止めずに前へと踏みだし、次の一歩で軽く数メートルを駆ける(・・・・・・・・・)。もはや完全に人間業ではない気もするが、そこら辺は気にしてはいけないのが黒クオリティー。

 

「ホントに、大丈夫……?」

 

 信じられないようなアクションを次々と起こす黒に、白がまた問いかける。

 黒は前を向きながら余裕綽々と言った風情で笑いながら返事をした。

 

「おーおー、全然これくらいなら大丈夫だぜ。周囲を爆破されたときに比べれば軽い軽い」

「……どんな人生?」

「ま、色々とあったんだよ」

 

 一瞬過去を振り返るような目になった黒、白はその瞳をのぞき見た。

 しかしそこに映っていたのが安易に問うことの出来ないような遠い闇であることを知ると、それ以上深く追求はしなかった。

 

「それより白ちゃん、そろそろだろ?準備は良いか?」

「……もちの、ろん……くーは?」

「当然俺だって問題無いさ。んじゃ、気張って行けよ?相手は兄貴なんだ、ちょっとくらい無茶したって計算はやり直せる」

「ありがと、くー」

 

 黒と白の目の先に移るのは、先ほどとはまた別の巨大な螺旋階段。その中心には地上からの光が差しており、それは彼処がここから地上まで一直線に続いている穴だという証明だ。

 そう、つまりあれはこの辺りにある唯一の地上まで繋がる階段だった。

 そして黒白の逃避行の終着点でもある。

 

「んじゃ行くぜお姫様、気絶するなよ!」

 

 そこで黒は、全力で白を引っ掴んで――地上まで投げ飛ばした。

 地下三〇階から地上まで、百メートル近くを白は急上昇していった。本来なら物理的に絶対に不可能な光景なのだが、コレで良い(・・・・・)

 白が大体地上まで辿り着いたのを見届けると、黒は先ほど来た道を戻り始める。そして、追いかけてきている破壊音の元凶の所へと近づいていった。

 少しばかり歩いて行くと、突然――バゴォォォンッ!

 軽く二階分の構造を吹き飛ばし、いづなとジブリールの姿が粉塵に塗れて現れた。

 

「――よう、お二人さん」

 

 声を掛けられたいづな……それより先に脊髄反射で、粉塵の中からジブリールが飛び出してくる。天翼種(フリューゲル)の速度で剣を前へと突き出し、身体能力任せの力業で黒の身体を貫こうとした。

 しかし黒はそれを避ける素振りすら見せず――ガィンッ!

 ぶつかり合った二人の間で火花が散り、何故か、ジブリールの方が吹き飛ばされる。

 対して黒は、その場から一歩も動いていない。

 とにもかくにも、そんな様子の黒をいづなは視認すると、軽く今のやりとりに目を見張り、それから軽く周囲を眺め回した。

 弾かれたジブリールは特に思うこともなかったのか、無表情で空中でバランスを立て直し、いづなの後ろへ音もなく降り立った。

 

「む、お前一人か。白は……隠れている、というわけでもなさそうだ。何処へやったんだ?」

「姫は今頃王子様とデート・ア・ライブと洒落込んでるよ。地上でな」

「ふ、……そうか」

 

 意味は分からなくても言いたいことは伝わったのだろう。

 黒といづなは互いに苦笑しながら、改めて相手の方へと向き合った。

 

「つーわけで、ここは通行止めだぜ、お二方。恋愛に横槍は無粋だって、習わなかったか?」

 

 血壊を解いたいづなと理性の飛んだジブリール、そんな化け物二人を目の前にして、黒は笑いながら話す。

 そんな彼の様子を見ながら、いづなは少しばかり考える。

 

「(確かに、一見もう笑いでもしなきゃやってられないような状況であるのだが、それでも目の前の男はそんな人間では無い。)――そうだな。それではこの胸の高鳴り、代わりにお前に沈めて貰うとしよう」

 

 そう言っていづなは獰猛な笑みを浮かべ、一剣一銃のスタイルで構えを取った。同時にその背後で、ジブリールが構えを取る。

 

「胸の高鳴り、ねぇ……見た目幼児に言われても、違和感しかないぜ?ま、望みと相手してやろうじゃないか初瀨いづな。覚悟しろよ?俺の剣は想像上ではかの大英雄の猛撃すら防ぐ――好きなように、掛かってこい」

 

 それに対し、黒も一歩も引くことなく、自らの二振りの剣(・・・・・)を構えた。

 

 ――さあ、仮想と現実を重ね合わせよう。

 

 口にも出していないそんな黒の心の呟きがゴングとなり、三人は同時に駆けだした。

 

 

 ■■■

 

 

 弧を描くように投げられた白は、丁度頂点につくと同時に地面に降り立った。

 その辺りの上手い黒の力加減に感謝しながら、白は丁度目の前に立った空の姿を見る。

 

 ――そう、この場を整えるまで、約五時間。

 優にフルマラソン×2.5超を黒に走らせたのは、他でもない。人外組と空を引き離した状態で、二人が二人だけで出会うため……なのだった。あともう一つ、黒にこの世界の感覚に慣れさせると言う目的もあったのだが、それは今関係無いので割愛して。

 

 とにかく、いづなたちは人外の膂力を持ってして黒に着いてきていたのだが、対して自身の兄である空は人類の最底辺の体力だ。碌な思考力もない状態で追ってくるとなれば、相応の距離が開くはず。

 その距離が埋まる前に、空を取り戻す。そしてそれが、白の計算式でいうところの、奪われた空を取り戻す間の、ブリールといづなを足止めする一つめの変数X――『く』だった。

 

 地球で様々なゲームの頂点を飾ってきた「  (空白)」。その中でも特にFPSは白の範疇。故に自信をもって、この作戦を提案したのだった。

 ちなみにこの作戦だが、もちろん隠れて避けようのない狙撃をする、と言う手もあった。しかしここで敢えて、白は空の前に躍りでる。何故ならコレは、単なるFPSではない。

 恋愛ゲーでもあるのだから。

 

「にぃ……」

「……」

 

 無言のままうつむいている空に、白は悲しそうな目を向ける。

 そして白は銃を握る右腕を上げ。構えた銃の引き金を引いて、弾丸を発射した。

 ――当然、空はそれを避ける。

 

「――ッ!」

 

 自身の愛を受け入れて貰えなかったショックで、白の思考は一瞬停止する。

 ――が、思考停止していたはこちらがやられる。

 刹那、お返しと言わんばかりに空の弾丸が発射される。一応予想していたとおりのそれを容易く避け、迎撃しながら白は確実に一つ一つを潰していく。

 自身の兄は読み合いにおいては弱いが、意外性においては自分より上だ。その点を踏まえてしっかりと行動しないと、こっちがやられてしまう。何しろ十年近く一緒にいるのだから、互いの手は知り尽くしている。……長引けば、こちらが不利か。

 

 故に、そう考えた白が選んだのは。

 空が簡単に相殺処理しきれないような、単純なまでの、数の暴力だった。

 

 当たれば儲けと言った考えで、唯ひたすらに兄の死角を狙って球を打ち込む。

 空は死角から迫ってくる銃撃に対応出来ない。死角すらも計算する白ではないので、確実に身体を常に動かし続けて避けるはず。そんな身体を動かして避けなければならない弾丸で、次なる目標地点まで相手の位置を誘導する。

 自分たちを追って身体を散々動かした兄はその分溜まった疲労度で、思考も鈍くなっているに違いない。

 何しろ普段は一切運動なんてしないニートなのだ。愛に溺れ、その対象(いづな)を追っていれば精神的なスタミナはガリガリと削られて行くに決まっている。

 そこに付け入る隙がある。

 

 そうして白の思った通りに二人は移動していき、やがて近くにあった小さな一つの路地へと入り込む。そこは曲線物への跳弾角度すらなんなく計算する白にとって、絶好のフィールドだ。

 こちらから入るように移動しながら少しずつ空を引き込んでいき、十分に空を引き込んだところで、後は引き金を引くだけとなったその時。

 

 そこで――白の銃が、背後から何者かに叩き落とされる。

 

「あはっ、だめですわよ白ぉー?空を襲っちゃうなんてぇ、全くぅ!」

 

 続いて後ろから、その誰かに羽交い締めにされる。

 ――正体は、ステフ。

 

「もう、いづな様の愛を拒むなんてぇ可哀想ですぅ。ほら空、早く終わらせて、いづな様の所へ戻りましょう?」

 

 そう、幾らスタミナの削れきった空での「  (空白)」の片割れ。

 いかにも誘導してると言った白の弾丸に、素直に従うわけがない。

 それでも彼が素直に従って移動したのは、その先に彼女がいたからに他ならない。

 ステファニー・ドーラ。ゲームの最初のあたりで消えた雑魚中の雑魚、居なくても同じ、存在価値ゼロの彼女――しかし、こと体力に至っては一般人……すなわち、白と空の上を行く。

 先ほどすれ違った際に彼女が既にいづなに陥落済みだと言うことは分かっている。

 ならば、そちらへ銃撃音を出しながら迫れば自然とこちらへと気付く。しかもその辺の獣人種の女の子と同じ体格のお陰で、近づいてきても足音でばれると言うことは無い。

 加えて、この状況を見れば自然と自身に加勢することは間違いないだろう。

 そして現在、彼女は白を捕まえている。

 

「……チェック」

 

 避けようにも避けきれないよう、念を入れて白の額へと空は銃口を押し当てる。

 そして空が引き金を引こうとした瞬間――白が、ニヤリと笑った。

 白が突然身体を捻ってステフの拘束からするりと抜け出し、頭を下げる。瞬間、空の放った本来白に当たるはずだった弾丸は――ステフに命中する。

 照準を直し白へと向け直すが、時既に遅し。

 白は黒に教わったとおり(・・・・・・・・・)、空の銃の横へと回り込み、その腕を掴んで、手首に躊躇なく全力で噛みついた。

 突然の反撃に驚くも、そこは空。慌てるより先に拳銃を放さないように強く握りしめ、即座に白を振り払う。もちろん白は簡単にはじき飛ばされるわけだが――それでもう、十分なのだ。

 

 ステフが空のことを好きだと自覚するまでは。

 

「空ぁー、大好きですわぁん!!」

 

 白を改めて撃とうとした空に、目をハートマークにしたステフが思いっきり走り寄って抱きついた。突然の衝撃に思いがけず押し倒される空。

 その隙を狙って、白は先ほどついでとばかりにスッておいたステフの銃を拾い上げ――

 

「……付け入る隙、見ぃーっけた」

 

 ――ババンッ!

 そして、仲良く頭を撃たれた二人は気を失い――数秒後。

 

「白ぉ!愛してますわぁ!」

「おお、白よっ!よくぞ無事だったな!!もう二度と離さないからなぁぁぁぁぁ!!」

 

 ……正直ステフはお呼びでなかったのだが、仕方がないか。

 そう思いながら白は随分と久しぶりに感じられる兄の感触に心地よさを感じ、こちらの勝負を制したことを黒に伝えるのだった。

 

 

 

 

 




 今回黒が色々限界を超えてますが、その辺りの説明はまた後の話でちゃんとします。
 感想等々よろしくお願いします。


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第十二弾 快楽に溺れ、天翼は堕つ

 お久しぶりです。いや、ホントにもう長らくお待たせしました。
 ……実は十話くらいで終わる予定だったのに、気付けばまだまだ続きそうです。
 とにかく、最新話です。
 更新は非常に遅いですけど、是非このまま読み続けて頂ければ幸いです。

 ……あ。今回は後半がちょっとアレです。


 

 白が空との銃撃戦を行っていた頃――。

 

 ショッピングモール地下三〇階の大広間の中、黒といづなの二人は常人に捉えられないような速度で剣撃を繰り広げていた。いづなも銃を持ってはいるのだが、常に弾道予測線の上を黒が通らないようにしているため、銃弾が発射されることはほとんどない。

 いづなが音に近い速度で振り下ろした剣を黒は右の刀身の上を流すように反らす。ついでに少しばかり力を加えていづなの体勢を崩し、そこに左の突きを放つ。それをいづなはグリップの底で殴り返し、おまけとばかりに引き金を引いて胸を狙い撃つ。黒の心臓に狙いを定めたその弾丸は、咄嗟に黒のステップでかわされる。

 

 互いに一歩も引かず、出来た隙を狙って攻撃を仕掛けつづけていく。

 更に幾度と剣撃を重ねた中、向こうから声を掛けてきた。

 

「……まさかここまで防ぎきるとは、な」

「生憎あっちみたいにニートやってたわけじゃないんでね。普段から鍛えるなんてことはやらないが、いざという時には相応に動けるようにしてるんだよ」

「ふぅん。それでは、何処まで着いてこられるか――征くぞ?」

 

 いづなの身体が再度、鮮血に染まる――“血壊”。

 いくら血壊の使える個体とはいえ、そう連続して使えるわけもない。体力と同時に精神力まで湯水のように使われていくそれは、回復に相応の時間を必要とする。が、ここでコレを使っておかねば、後々面倒そうだ――と、いづなは考えた。

 だからこその“血壊”。これで一気に押し切る。

 ――しかし。

 たかがそれ(チートプレイ)で簡単に押し切られるようなら、(クロ)はそもそもこの舞台には立っていない。

 

「生憎、これもモンスター一匹防ぎきれないような剣ではないんだ」

 

 先ほどよりも速度を上げたいづなの攻撃に、黒は危なげなくも付いていく。

 

「後、行っておくが、俺は剣士じゃないんだぞ――ホラ」

 

 パンッ!――黒が懐から取り出して真上へと放り投げたものが、爆発する。

 閃光音響弾(フラッシュグレネード)――真上で生まれた小さな太陽が、血壊で数百倍にまで引き上げられた五感の内、視力と聴力を灼く。

 

「ぐぁッ!」

「ふんっ!」

 

 一瞬目と耳を反射で塞ぎかけたいづなの身体を、黒は思いっきり蹴り飛ばした。

 どれほど力が強くても体重は白と同じ程度のいづな。彼女は黒の蹴りによって、いとも簡単に広間の端へと吹っ飛ばされていった。丁度そこに積んで有ったいくつかの段ボールの山の中に飛び込んで、その辺りにそれらを思いっきり撒き散らしてしまう。

 

「……ぐっ、そんなモノを一体どこから……」

「そこら辺の店頭に並んでたぞ。にしても、東部連合ってどこまで物騒すぎる玩具売ってるんだ?こんなの子供に遊ばせたら大変だろうに。今みたいに、な」

「っつ……」

 

 いづなが目を押さえながら立ち上がる。

 当然そこで回復を待つほど出来た人間では無いので、遠慮無く近づいていく――わけにもいかない。

 

「さっさと構えなおしたらどうだ?とっくに回復してるのはバレバレだから。突っ込んでいったらすぐに反撃に転じてくるだろお前」

「ふっ、分かっていたか……」

 

 笑いながら立ち上がる彼女に、俺は剣を再度構え直す。

 

「で、ジブリールは控えさせたままで構わないのか?そろそろ出して来なきゃつらいんじゃないのかね?」

「ふ、まだまだだ。今奴を動かすと、こちらにとっても邪魔になるからな」

「そうかよ」

 

 ……本来は広範囲高威力の爆撃が持ち味の天翼種(フリューゲル)

 単なる剣撃の死合に混ぜ込むと、味方ではあるモノの、細かい芸が出来ない故に共闘が難しいのだろう。確かにFate的にも、ヘラクレスでも無ければ他のバーサーカー枠とは共闘なんて出来ないだろうし。ランスロットとの共闘なんてまず無理だろうな。

 俺としてもジブリールがはいってくれれば少しはいづなの剣も単純になると思っていたのだが、やはりそれはないか。

 最初の辺りにそれを悟ったらしく、いづなは数度ジブリールを使った後はただ壁の側に控えさせている。

 

「なにしろ、天翼種(フリューゲル)の握力からも剣を取れるような小手先の相手だ。無理に力で押し切れないのだろうからな」

「……まあね」

 

 そう、今更な話だが、俺の構えている二剣の内の一つは、先ほどの接触の際にジブリールからかすめ取ったものなのだ。そこで手癖の悪さを見切られていた、というわけか。

 だから相手も単純な力押しの動作を取ってこないらしい。

 

「そぉれっ!」

 

 再度いづなが距離を詰め、剣を振るってくる。

 黒はそれを受けながら、防戦メインで剣を振るう。そして時折生まれた隙を狙って、容赦なく反撃を狙っていく。

 

「それにしても、怖くはないのか?」

 

 そのまま数度剣を重ねたところで、突然いづなが口を開いた。

 

「何が、だ?」

「その剣が、に決まっているだろう?どこで学んだかは知らないが、碌でも無い師なのは間違いがないな――ほら、今のように」

 

 いづなが黒に出来た隙を狙い右腕を奔らせる。

 しかしいつの間にかそこに移動していた黒の左腕によって、その攻撃ははじき返されてしまう。それでも言葉通り彼女の予測していた展開のようで、いづなとしても本命ではなかったらしく、その剣には余り力が込められていなかった。

 

「お前はどうやらわざと隙を作り、そこを狙わせることでこちらの剣を読みやすくしているのだろう?一歩間違えば即座に殺される、危険な戦法であることは分かっているだろうに」

「……そんなことを言われてもな」

「しかし、かと思えば」

 

 弾かれたいづなの腕に再度力が入る前に追い打ちをかけ、強引に作った隙を狙って、黒は突然嵐のような激しい斬撃の連打にスタイルを転化する。

 

「突如防御をかなぐり捨てての特攻を仕掛けてくる」

 

 いづなはそれらを自慢の反射神経で防ぎ、その中の力の入った一撃を利用して跳んで、後ろへと離れていく。

 

「全く、統一性のない剣術ばかりで対策のしようがない。それで居て、こちらと平然と渡り合う。こんな相手は初めてなんだ」

「何事にも初回があるのは必然だ。だったらこのまま敗北まで経験していくと良い」

「ふん、そこまではお断りだな!」

 

 距離を取ったいづなを追うように黒が駆ける。

 

「ジブリール!」

「はいマスター、仰せのままに!」

 

 しかしその間に突如、今まで壁の隅で突っ立っているだけだったジブリールが乱入してきた。その力任せの一撃を受け流すようにして防ぎながら、黒はいづなに苦笑して問いかけた。

 

「ったく、此奴を入れると面倒になるんじゃなかったのか?」

 

 そう言いながら、黒は続くジブリールの振るう拳を避ける。

 

「まあな。剣を持って無いからトドメを刺すことが出来ないし、精々肉盾が良いところだろう。しかし盾は盾でも、嵐のような怒濤の攻撃で相手を防いでくれる」

 

 ……彼女は確かに剣こそ持っていないものの、回避はそれなりに出来ないこともないし、なにより一撃の重さはご承知の通りだ。相手を足止めするには十分な役割を果たしてくれるだろう。

 というか逆に武器を持っていないから、その一撃でゲームオーバー(メロメロ)になることがない分、いづなより面倒な相手だ。死ぬことが無い代わりに破城鎚の連打を受けるなんて、ある意味そっちの方が地獄である。

 

 だからこそ小手先の技を利用したりしてジブリールを戦線から遠ざけるように誘ったのだが……。

 

「そして私はこの隙を利用して、少し休ませて貰うとするよ。さすがにおいかけっこで少々疲れたんでな」

「……俺だって疲れてるんだがな」

「だったらさっさと私に惚れてくれればいいんだ。そうすれば全て丸く収まる」

「俺はまだ幼女趣味(ロリコン)に目覚めた覚えは無いし、せっかくの申し出だが、それだけは丁重に断らせて貰うとしよう。空にでもいってやれ、多分そっちの方があいつは喜ぶぞ」

「その分白がキレるのだろう?」

「あ、気付いたのか?」

 

 楽しそうにくっくっと笑ういづなに対し、軽口を返しながら黒はジブリールの攻撃を捌き続ける。確かにジブリールを相手取るのは天災を物理的に相手しているようなものだが、クセさえ掴んでしまえばなんて事は無い。

 ここしばらく一緒に暮らしてきたのだから、黒は彼女のそういうところは全て見知っている。だからこそ、そんな余裕もあったようだ。

 

「まあな。私は恋愛など生まれてこの方一度も経験した覚えは無いが、あのような分かりやすい関係なら一目で見て取れる」

「へぇ、ちなみに俺とジブリールだったらその目にはどんなふうに映ってたんだ?」

「随分と歪な主従関係」

「……そうかい」

 

 一瞬だけ眉をひそめながらも、黒は戦闘を続けていく。

 そんな彼の様子を肴にしつつ、いづなは戦いと言う名の美酒に酔って喋り続ける。

 

「悪いが開始時の様子からそっちの事を観察させて貰っていてね。鉛や水銀のように重い愛を語るお前と、愛と好意の区別のついていないジブリール……男性は二度と届かないような何処かにいる女性を恋い慕い続けていて、そんな男を分かっていながら従い続ける女。これを歪としてなんというのやら」

「さあね。言われてみればそんな感じだが、生憎俺はそれに近いような関係を知ってるんでね、そう歪とは思わないさ。強いて言うなら歪んでいるのは俺だけさ。彼女はただ純粋なだけ、そうは思えないか?」

「……そんなものか?」

「多分な。最も、これもあくまで俺個人の意見だし、一般論とは限らないがな。――というわけで、そろそろ目を覚ましてもらおうか、ジブリール!」

 

 黒は彼女の一際大きな攻撃をはじき返した後、刀を近くの地面に捨てる。

 突然のその行動に、ジブリールの目が一瞬そちらに引きつけられた。そうして生まれた僅かな意識の乱れを狙って――黒は彼女を、思いっきり抱きしめた。

 その異様な動きを受けて、ジブリールが硬直する。……わざわざ自分を相手にして、なぜ武器を捨てて抱きしめてくるのだろうか。そんな疑問が、彼女の頭を駆け巡る。

 

「お?」

 

 その光景にいづなは手を出すどころか、面白そうな表情を向ける。なにをしている、早くトドメを刺せといのが語りかけるが、そんなどうでも良いことに耳を傾ける気は起きなかった。

 人の恋路を邪魔するなんて無粋なことは、実に下らない。というか敵を前にしてこんなユニークな出来事をする彼らは非常に興味深い。――そんなことを言い訳にしながら、彼女は黒とジブリールの様子を見る。

 

 画面の外の観客も同じように、一体何をするのかを見守る中――。

 

「ほら」

 

 黒の手がジブリールの背へとまわり、その付け根を軽く撫で上げる。

 ――それが一体何だというのだと、黒がなにをしたかったのか分からないいづなだったが、次の瞬間、驚くべき声を聞くことになる。

 

「ひ――にゃぁぁぁんっ!?」

 

 ジブリールが妙に艶っぽい声を、遠慮も無しに響かせたのだ。――そう、天翼種(フリューゲル)の翼は性的な弱点なのである。

 それを思い出した黒は、変に時間を稼がれて体力を回復されるくらいなら、いっそのこと、さっさと快楽で堕としてしまったほうが早い……そう考えて、少々強引にこの手を取ったのだった。

 ――理性を失っている今の状態なら、それは尚更効果を発揮するだろうからな。元々コイツは周囲の目があっても平気で快感に悶えるタイプだし。残念なことに。

 

「にゃ、にゃにぉ――ひうぅぅっ!」

 

 戸惑いの声を上げる彼女を無視して、ただひたすらに彼女の性感帯である翼を撫で、手の中で揉んだり、さすったりして快感を誘っていく。本来ならばこんなことはしたくないし、体の中では一部が恐ろしいほどに血流が早くなっているが、それでもゲームに勝つためにはそれくらいなんて事は無い。

 自身のそれを表に出さないようにしながら、ジブリールの性格にあったような攻め方を続けて行く。あくまでこちらは無表情のまま、言葉も合わせて彼女を追い込んでいく。

 

「ほら、その辺りが良いんだろう?」

「ああもう、いい加減になさいま――あひぃっ!」

 

 徐々に目の前のジブリールの顔が、敵対していた相手による快感に悔しがりながら、それでも抗えない快感に悶えるように、頬を振るわせつつ、ひどく紅潮していく。

 それでも黒は一切手を緩めずに、なおも追撃する。手に込める力に緩急を付けたり、時折不意打ちに指をつーっと流したり、また軽くピンッ、と弾いたりして少しずつ彼女の快感のゲージを上げていく。

 

「もう、本当にっ、これ以上やるというのならぁんっ!……・私も容赦しませんよ――ひぅんっ!」

 

 そんな事を口に出したりするが、それでもこちらは手を休めない。

 

「どう容赦しないのか興味が有るな、なら言ってみろ」

 

 むしろそんな挑発的な言葉を耳元で呟きながら、ふーっと耳に息を吹きかける。そのくすぐるような感覚に、ジブリールの全身が小さく悶えるように震える。

 彼女はこちらの背中を叩いてくるが、そこには力が入っておらずポカポカとした可愛らしい物でしかない。ちなみにいづなはまだ楽しそうにニヤニヤと、側にあった瓦礫に腰を下ろしてこちらの様子を見ている。

 俺はあくまでそのまま遠慮無くセクハラ紛いのことを続けて行き――やがて。

 ジブリールの体から伝わる鼓動が、徐々に激しくなってくる。

 

「もう、あっ、ひっ、止めて、くださっ……」

 

 そんなことを言ってくるが、当然無視して俺は続行の意志を体で示す。

 彼女の手も俺の背中にただ掛けられただけの状態となり、口では反抗の意を示しながらも全身をこちらに預け始めてきている。

 いかにいづなに惚れていたとしても性根は変わっていないらしく、すぐに快楽の渦に溺れてしまうものらしい。……ここまで弱いとは思っていなかったが、強気に攻められると一気にここまで弱くなってしまうとは。

 徐々に俺の首元に当たる彼女の吐息が甘さと暖かさを増していき、涎まで垂れてくる始末だ。……もう小さいお子様は見てはいけないような顔になっているのかもしれないが、そこはあの獣の爺がモザイクをかけたりしているだろう。

 

「もぅ……ダメッ……限界で、御座いますぅ……あ、ああ、ひにゃぁぁん!!」

 

 最後にそんな声を上げて、彼女はくたっとなってしまった。全身から力抜け、俺にその柔らかな肢体を預けてくる。

 ――さて、と。

 俺はあくまで冷静さを保ちながら、彼女の体を少し引きはがすようにしてゆっくりと自身の前へと持ってくる。……その際に色んな心地よい感触が伝わってくるが、それらを意志の力で無視し続ける。

 ついでに顔が丁度正面に来たのだが、本当にだらけきった顔をしてるな。当初はあんなに凛々しい感じで美しいと思えたのに、それが快感に歪むとこうなるのか。もはや恥女みたいなものだが、それでもどこか気品が残っている。

 

「あ、ひ……ふにゅぅん……」

 

 もはや息も絶え絶えで、その声は女性特有の甘い香りと熱っぽさを合わせて艶やかな雰囲気を醸し出している。男なら誰だってこの顔を見れば、一発で陥落するだろうと思えるほどだ。俺だってシロナを知らなかったら、この場で襲ってしまうくらいに今の彼女は“男”を刺激する粧いだ。

 ゴクリと唾を飲み込んで本能を理性で抑えながら、足下に転がっていた剣を足で蹴り上げて右手で握り、絶頂の余韻に浸っている彼女の頭を、そのまま峰の方で思いっきり殴りつける。

 

「はぐぅっ!」

 

 なぜかそれさえも幸せそうな顔でそれを受け入れながら、彼女は地面に落ちて気絶してしまった。……まぁ、こいつの身体能力なら放っておいても大丈夫だろう。

 そして改めて息を整えていづなの方へと向き直ると、彼女はパチパチと拍手しながら立ち上がった。

 

「ふう、中々面白い余興だったな」

「その見た目で言うことがそれかよ……この耳年増め」

「失礼な奴だな。というか公衆の面前でそんな事をしでかしたお前に非難する資格はない」

 

 よっこらせ、と立ち上がった彼女と俺は、再度剣を構えて対峙する。

 彼女は何処か呆れたような目でこちらを見てくるが、知った事かとそれを無視して俺は話を続ける。というか、下手に触れたら危険な感じがする。

 

「それで、ジブリールをこちらに渡しても良かったのか?お前のことだから、手段はともかくいずれ取られることくらい分かってたろうに」

「なに、構わんさ。あそいつが思ったより扱いにくかったものだからな。正直お前は良くそんなのを躾けられる、と少しは尊敬するぞ」

「普段からこんな感じに躾けた覚えは無いがな――そしていづなさんよ、残念ながら一騎打ちはここまでらしいぜ?」

 

 黒の耳にはこちらに近づいてきている三人の足音が届いている。恐らく空にステファニーに、そして白だろう。それも正気を失ったような足取りではなく、至って正常な間隔を刻んで向かってきている。と言うことは、どうやら白は上手くやったようだ。

 それは同じく、いづなの耳にも聞こえて来ているだろう。

 

「ふむ、ではまた身を隠すと――おっと」

 

 再度逃げようとしたいづなに、鋭い一閃が襲いかかる。彼女は咄嗟に反応してそれを避けたが、おかげで元いた場所に戻ってきてしまった。

 その目の前に降り立ったのは、目を覚ましたジブリール。

 どこかまだ虚ろな雰囲気をのこしているが、しっかりと瞳に正常な光を浮かばせている。

 

「うふふ、もうそんなことはさせませんよ獣風情が。よくもこの私を操ってくれましたね」

「それはゲームの仕様だろうに。それに最後はあれだけ感じていたんだ、むしろその切っ掛けを作った私に感謝して欲しいな」

 

 ふ、ふふ、と怒り半分で悪魔のように笑いながら語るジブリールに、いづなは同じく挑戦的に笑って応対する。

 

「だとしても私のこのマスターに対する想いを一時的ながら奪ったのは貴方。その罪は貴方に帰属すべきでしょう?殺すだけでは飽き足りませんねぇ」

「それは止めて貰いたい物だ……ふむ、しかしこれではどうしようも無いな」

 

 丁度そこで、空達が広間に入ってくる。

 何故か白はステファニーに背負われているが、その他は至って元気そのものにみえる。目も元に戻っている辺り、彼女一人で上手くやれたということか。

 こちらに近づいてきた空に、久しぶりだな、と言葉を掛ける。

 

「遅いぞ空。走ってこいっての」

「ぜぇ、ぜぇ……いや、十分頑張ったっての……ニートにゃこの辺が限界なんだよ」

「隣を歩く一般人(ステフ)と走って同レベルってどういう事だよ。しかも白を背負ってるってのに」

 

 白がステフの背中から降りて、こちらにVサインを送ってくる。同時にジブリールがこちらへと戻ってくる。

 そして全員で改めて、いづなへと対峙した。

 

「――さて、長らく掛かったが、ようやく見つけたぜぇ、いづなたん!」

「疲れた分、後でモフモフして癒す……異議、なしっ!」

「私としてはもうどうでも良いのですが……」

「いえ、失礼ながらその前に私の愛を侮辱した罪として半殺し……否、九割殺しさせて頂きたく存じますっ」

「少しはまともな言葉を話せよお前ら」

 

 何だかんだで普段通りのテンションの五人が揃う。

 これならば、まず負けることはないだろう――誰もがそう思っていた。

 

 しかし彼ら五人を目の前にしても、いづなは一向に戦意を緩めようとしない。

 それどころか、ますます戦意が募っている様子だ。ここは仮想空間だというのに、本物の圧力さえ感じられるような脅威の視線が五人に突き刺さる。

 対峙する正面の彼女の小さな体から発せられる重圧は、黒の手の平の中にじっとりと汗をにじませてくる。

 

「ふん――甘いな」

 

 そんな一言が発せられる。

 と同時に、今の日常的な空気が一瞬にして吹っ飛んでいった。

 

 ……戦いはここからが、本番のようだ。

 

 




 次からはようやくゲームも終盤戦です。
 ここまで色々仕込んできた分を、そろそろ解放していこうかと。


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