デート・ア・ライブ 士道リバーション (サッドライプ)
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琴里サプライズ


 普段理想郷の方に投稿してますが、気分転換に。
 興味があればそちらもどうぞ。

 士道さんマジ菩薩メンタル。




 

 そこは現実味のない場所だった。

 

 そこに美しさはあったとしても、神秘などは欠片もなかった。

 

 無機物のみを重ねた末に描ける美なるものが生命の煌めきを凌駕する―――そんな人類が科学の神秘の無謬たるを疑わなかった時代よりの空想の中身をそのまま現実に抜き出したかのような。

 

 空中戦艦。

 

 そう、空想科学―――SFと呼ばれる物語、そこに描かれる空飛ぶ舟の司令室なるものがこの場所には再現されていた。

 不必要なほど巨大なモニターがもはや壁そのものとして正面に様々な情報を映し出す、その下には規則的に六の制御装置〈コンソール〉が並び、薄茶の制服を纏った男女六人がそれらを操りモニターの情報に応じて状況を動かす。

 更にその後方、一段高くなった場所に、長髪の美青年を付き従え赤の司令服を肩に掛けた―――少女がその躯に比して大き過ぎる椅子に腰掛けていた。

 

「状況が落ち着いたみたいね」

 

「今回出現したのは〈ハーミット〉。まあいつも通りといえばいつも通りの結果です」

 

「そうね、〈ハーミット〉は滅多に積極的な攻勢行動を取らない以上、ASTとの戦闘もすぐに膠着に陥る。一方私たちの“初陣”にとっては―――これ以上を望むべくもない相手ということよ」

 

 場所、服、この場で最も権力を持つ人間であるとシンボリックに示されている少女の容姿はまだ十代の前半といったところで、両側面で括った髪型と口でころころと転がしている棒付き小球の飴玉のせいで更に幼く見えている。

 

「それで?我らが秘密兵器候補は、ちゃんとシェルターに捕捉してる?」

 

「いえ、それが……避難せずに外にいたのでこちらの判断で急ぎ回収しました」

 

「はぁ!?……まあナイス判断よ。無駄に死なせる危険を長引かせる意味も無いし」

 

 にも関わらず、余裕の溢れる振る舞いで部下と状況を品評しまた下の六人に対しても淀みなく纏め上げる様は違和感を感じさせず、感じさせないこと自体が違和感とも言えた。

 

「ですが、これは……?」

 

「なによ?あのバカが愉快にバカ騒ぎでも起こしてる?」

 

「事故、でしょうか……“彼”一人を回収した筈が、同時に何人か一緒にこちらに転送されてしまっています」

 

 そして、空中戦艦―――彼女らが観察している状況、地上の一万メートル上空で浮かぶ艦にそこの人間を一瞬で回収したのだという報告にもそれ自体に眉をひそめることもなく。

 

「一般人が紛れ込んだってこと?」

 

「それはいまいち判別が……“彼”と交わしている言葉の中に多少気になる発言も混ざっているので」

 

 一般人―――己らが特殊な立場であること、これまで述べたような非常識の数々を是として行動する者の対極という意味で、その報告に彼女は眉をひそめた。

 

 そう、彼女達は秘密結社〈ラタトスク〉。

 現実から乖離した非現実。

 思想としてその“一般”とあらゆる面において異端となる理念を掲げ、あえて正道を外れ行く者達。

 

「まあいいわ。私が直接迎えに行ってくる。神無月、状況は預けるわよ」

 

「お任せを、司令」

 

 この場においてその彼らを統べる赤服の少女、五河琴里。

 彼女は傍らの白服の美青年、神無月副司令に指揮を預けると、“彼”―――琴里の兄、士道を迎えに席を立った。

 

「第一声は何がいいかしらね―――」

 

 士道がいる筈の場所、遮蔽物が無ければ人間を一瞬で千里よりも遥かに跳躍させる転送装置のある部屋へ向かう、その道中で琴里は髪を二つに括る黒いリボンを強く意識する。

 

 自分はこれから、絵に描いたような善良な“一般”人である彼をこちら側に引き込む悪い妹になる、と。

 

 その為に五年もの間ずっと兄に見せなかった冷徹で計算高い自身の一面を露わにする。

 その為に兄の自分に持っている純真無垢なイメージを粉々に叩き壊さねばならないと。

 

 そう覚悟を決めた琴里は、―――――しかし、逆に兄が紛れもなく“ただの”一般人なのだと、このとき信じて疑う由もないのだった………。

 

 

 

 

 

 空間震。

 

 およそ30年ほど前より、人類を脅かすようになり始めた大災害。

 街も自然も平等に球状に“くり抜く”ように発生し、無に消し飛ばす悪夢のような現象。

 かつてユーラシアを襲い億の人々を殺傷し、その後も世界中で猛威を揮っている。

 

 その正体は“一般”には知られていないし言っても信じられないような話だが、原因はこの世界には存在しない異界の産物――――“精霊”によるものだった。

 

 少なくともこちら側から観測する術の無いこの世ならざる領域、隣界。

そこに存在する特殊災害指定生命体、通称“精霊”が空間を超越しこちらの世界に現れる際、発生した空間の歪みがエネルギーとなってこちらの世界に被害をもたらす、それが空間震の正体。

 更に精霊は超常のエネルギー、霊力によって“天使”という武装と“霊装”という鎧を纏うそれ単体で強力無比な怪物でもあった。

 現に今地上で暴れている少女の精霊〈ハーミット〉によって街は氷漬けになっており、このような被害も広義では空間震被害の一部とされている。

 

 当然30年もの間、人類もただ殺され壊されるを甘受していたわけではない。

 空間震の予兆を感知し住民を防災シェルターに避難させるシステム構築、そして魔術師(ウィザード)と呼ばれる人間の脳による制御によって様々な奇跡を起こす顕現装置(リアライザ)の開発。

 人類の意地を見せんと、逆に精霊を殺し滅ぼし討伐せんと、その為の軍隊を組織し反攻に出ている。

 

 だが、悲しいかな――――現状は、陸上自衛隊の対精霊部隊AST(Anti-Spirit Team)の魔術師(ウィザード)達の決死の攻撃が、ただ応戦しているだけの〈ハーミット〉に傷一つ負わせられていない光景が何よりも雄弁に示していた。

 

「それで、よ。よくよく考えればなに馬鹿正直に真正面からやり合ってるのよ。精霊が知性体であることは確認できているのだから、対話で懐柔することだって可能でしょうに」

 

 そう、精霊に対し、攻撃し、討滅するという“一般”のやり方を外れ、交渉の道を探す異端者達。

 

 それが、彼女達――――秘密結社〈ラタトスク〉。

 

 

――――と、このような話を急にふと気づいたら目の前の光景が無人の街並みから変にメカメカしい空間に変わっていて、そこに現れたなんか性格が自分の知っているのと違う妹に解説された五河士道。

 話の区切りで棒付き飴玉をしゃぶる妹をみて、あれってのど飴なのかしら、というのが感想だった。

 

………というのは冗談としても。

 

 

 

「そっか。なるほど。そういう設定か」

 

 

 

「…………………はぁ゛!!?」

 

 がりっ。

 

 というのも冗談、といっても後の祭りなのを士道は飴玉を噛み砕いた以上のなにか恐ろしげな効果音を発した妹の雰囲気に理解させられる。

 

「…………あなたの病気と一緒にしないでくれる?そっちのがお好みなら士道の部屋のクローゼットの奥、わざわざデパートまで行って買ってきた黒表紙のノートの中身を読み上げ――――――、」

 

「うわ、うわ、うわあああぁぁぁぁっっ!!??」

 

 新しい飴を取り出しながら暗い笑みを浮かべる琴里の話に、士道はやはり冗談ではすまなかったと慌てて制止した。

 後ろの気配の内なにやらわくわくし始めた一人が誰か正確に判別しながら。

 

――――お前のファンタジー系統とはジャンル違いなんだよ!だからここで掘り返さないで!

 

「わ、わかった!信じる!……それで、その話を俺に聴かせてどうしようっていうんだ?」

 

 先走った士道のその言葉を待ってました、と言わんばかりに琴里は口元を歪め、言った。

 

「ようこそ、〈ラタトスク〉へ。光栄に思いなさい、士道……あなたは選ばれた。精霊と対話【デート】して、懐柔し【デレさせ】なさい」

 

 

 

「なんだ、長々と口上を並べ、結果言いたいことはそれだけか。帰るぞ士道、無駄な時間だった」

 

「論外。夕弦も耶倶矢に同意見です。あらゆる意味で検討に値しません」

 

 

 

 返答は、士道のものではない。

 琴里が話のあいだ意図的に無視しようとしてきた、士道について来てしまった四人の少女、うち顔のそっくりな蜂蜜色の髪を編んだ二人が両側から士道の腕をそれぞれ抱え、代わりにとばかりに返した拒否だった。

 しかし、さすがに口を出されると無視してばかりもいられない。

 

「なによ、あなたたち。部外者が口出さないでくれる?」

 

 

 

「部外者だなんて。私たち、正真正銘だーりんの関係者ですー。そんなこと言われるとお義姉(ねえ)ちゃん悲しいですよぉ」

 

 

 

「うわ、美九……っ!?」

 

「おねえちゃん……っ!?それにだーりんって、本当にどういうことよ、士道!」

 

「お、おちつけ、琴里!」

 

 今度は、おっとりした顔立ちとふわふわした雰囲気の少女が、女なら誰もが羨むようなスタイルとすべすべな肌の感触を士道に後ろから示しながら、二重の意味で乗っかる。

 そして最後の一人、背の低い癖っ毛の少女もまた、胡乱な眼つきで琴里と視線を交わしながら、士道を庇うように前に出た。

 

 

 

「美九のおねーちゃん云々は、まあ、“あまり”関係ないけどさ。私からは一つ。

―――――あなた、本当に士道の妹?聞いてたのとだいぶかけ離れてるみたいだけど」

 

 

 

「どういう意味よ。あいにくどこをどうやっても私はそこの五河士道の妹、五河琴里よ」

 

「そういう意味よ。あいにくどこでもどうとでもしようがあるし。特に見た目や形に残ってる物の話ならなおさらね」

 

「おい、七罪……!」

 

「いいこいいこー。はーい、だーりんはこっちですぅ」

 

「美九も……っ」

 

「いいから。ね、士道を精霊の前に立たせるなんて話をされて、私たちが黙ってると思う?」

 

「想起。狂三の時のことを、もう忘れたわけではないでしょう?」

 

「……………」

 

 次から次へと思わぬ展開となる中でさらにもう一つ重要そうな名前が出たことで、琴里の困惑は最大に達した。

 口をついて、なんの思惑もないただ間抜けな問いがぽろりと出てしまう。

 

「あなたたちこそ、一体何者よ……?」

 

 答えて、曰く。

 

 

 

「「「「精霊だ(です)けど、それが何か?」」」」

 

 

 

「……………………………、は?」

 

 ぽかんと開いた琴里の口から、飴玉が床に落ちて転がった。

 

 

 





 特に琴里アンチな訳ではなく、きょうぞうさんがなんかやらかしたばっかりみたいで七罪さん達もピリピリしてるだけです。

 次回からは時間を遡って各ヒロイン、七罪からの攻略話。
時系列とか緻密な設定とかはそもそもコンセプトの時点でかなり無茶だから気にしちゃダメ。
 また展開上まだ十香とか折紙も出る予定は当分無いので先に陳謝。



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七罪エンカウンター


 妹に拉致される、4年前の話。

 七罪攻略のテーマは、”純粋にデートしてデレさせる”。

 ミステリもバトルも、狙撃も無しで。




 

 あちらから来る人、こちらから来る人。

 何人かで楽しくおしゃべりする人たち、背広を来て喫茶店のテラスで端末を操作する人たち。

 紙袋をいくつも抱えた女、映画のチケットを大事そうに握りしめた子供、振り回されてちょっと疲れ顔の男。

 

 休日の総合アミューズメント施設〈天宮クインテット〉は無軌道乱雑な人の流れで埋め尽くされ、秋の肌寒い空気を寄せ付けないえも言えぬ熱気に包まれていた。

 かつてこの国の旧首都が空間震の被害を受け――――かねてよりの首都圏分立構想により開発の進んだ都市の一つである天宮市。

 その街が誇る国内最大規模の総合施設は今日も今日とて休日の予定の人気の的であった。

 

 その光景に、少年は唇を歪める。

 

 僅か一年前に天宮市南甲町で発生した大火災。

 度々見舞われる、比較的この地域では発生頻度の高いらしい空間震。

 そもそもが、かつて空間震により壊滅した土地を整地の手間が省けたと言わんばかりに再開発したのがこの天宮市。

 

 それが、いささか繁栄を“謳歌しすぎて”いるのではないだろうか。

 

 もちろん悪いことではない、だが平和という甘美な毒は人の知性にまわり働きを麻痺させる。

 一体この人の群れの何人が、何度も災害に見舞われながらこの活気にあふれた街の光景に違和感を抱いていることだろう。

 空間震の復興部隊は、塵も残さず消滅した摩天楼すらも一夜にして元通りにする。

 

――――なんだそれは?

 

 ビルを建てるには数年、街そのものならそれこそ何十年という月日が掛かるものだろう。

 なのに直すのならば一晩で済むとは。

 仮に人類の英知がそこまで進歩したというなら、本当はこの発展すらも虚飾の産物なのではないか?

 

―――本当は、一晩で街を新しく造る……好きな場所に軍事基地を建てることも。

―――逆に、空間震などなくとも、最悪空間震のせいにして、街を一瞬で消滅させることも権力者の思うがままになっているのではないだろうか。

 

 だというのに、自らの立ち位置も把握せずに平穏という名の享楽にふける、そんな人の愚鈍な性、それが。

 

「ああ、だからこそ愛おしい……っ」

 

 少年――――五河士道は抱きしめるように両手を胸に持っていき、噛みしめるように呟いた。

 

 

 

 士道の少し前を歩いていた女性が、少し速足になった後すぐ先の角を曲がっていった。

 

 

 

…………まあ、なんだ。ちょうどそういうお年頃な士道くん12歳なわけで。

 

 別に本気で陰謀論だの社会の裏領域だのを危惧したとかではない。

 こういうのは、なにか壮大っぽいことを考えるという行為そのものが楽しかったり、そんな自分であることに悦に浸ってるだけの話である。

 それを生涯やり続けられるのが哲学者という人種(※偏見)なのだろうが、それには士道の感性は真っ当過ぎたし、その方向性もありがちな〈破滅の〉とか〈漆黒の〉とかに向かずに人類愛に行きついてしまったあたりに彼の善性が見てとれただろう。

 

 

 まあ、そんなお人よしの彼だから。

 きっと目の前でふと起こった出来事に駆け寄ったのも、おかしいことではなかったのだ。

 

 

 士道と同年代だろうか。

 こんな人ごみの中できょろきょろと周りを見渡しながら歩く女の子に、視線が吸い寄せられた。

 といっても別に変な意味ではない。

 単純に、あんな歩き方をしていれば誰かとぶつかるかも、という心配からだ。

 伸ばしたぼさぼさの髪で表情が隠れていたり、どこかおどおどした雰囲気もそれに拍車をかけていた。

 

 そして案の定―――――。

 

「きゃっ!?」

 

「あ!?………チッ」

 

 視界の外から歩いてきた長身な青年とぶつかり、体重差で跳ね飛ばされてしまった。

 どちらかと言えば悪かったのは少女の方とはいえ、舌打ちひとつして去っていったのはいかがなものだろうと考えつつも、士道は女の子の方へ駆け寄る。

 

「大丈夫か?」

 

 尻もちをついた女の子を、助け起こそうと、手を伸ばす――――、

 

 

「―――っ」

 

 

「……え?」

 

 差しのべられた手に、信じられないものを見たかのように目を見開いていた少女と、視線が交錯する。

 伸びきって手入れもしていない髪の下には、何かに疲れたような不健康な表情がそこにあり。

 

 

 どこか見覚えのあるそれに、『過去』が―――――、

 

 

 その、ぼやけかけた意識を、触れた少女の手のぬくもりが呼び戻した。

 そして、少女の変化にも気付く。

 

「~~~~!?」

 

「お、おい、本当に大丈夫かっ!?どこか痛むのか?」

 

 握った手を支えに置き上がろうとする気配もなく、ただ目を見開いて混乱している少女。

 ただ泣きそうに見える、となんとなく感じた印象がどこか幼い妹を思い起こさせた。

 

「打ったとか、怪我したのか?立て――――ない、か」

 

「…………」

 

 ぴく、ぴく、と気遣う度に微かに反応するが、言葉が返る気配もない。

 そんな光景は少し目立っていて、人ごみの中注目を集めていた。

 

「あー、とりあえず移動しようか」

 

「あ………」

 

「ほら」

 

 そのままだと通行の迷惑とも考えたので、士道は一度手を離して後ろを向く。

 少女の口から名残惜しそうな声が漏れたのに気付いたのかどうなのか、そのまましゃがんで後ろに手を拡げた。

 

「……、?」

 

「ほら、おぶされ。……嫌だったら、まあ頑張って立ってもらうしかないけど」

 

「………!!」

 

 そんな士道の背中に、おずおずとした様子で、ゆっくりと体重が掛けられていった。

 

 

 

 

 

「…………なんのつもりよ」

 

 施設の中の、休憩スペースのベンチまで運んでいって座らせ、傍の自販機で買ってあげたジュース一杯を飲み干したあたりでようやく落ち着いた気配を見せた少女の、第一声がそれだった。

 

「なんのつもり、って?」

 

「だ、だからなに企んでるのかって訊いてるのよ。私に甘い言葉かけて、静かなところに連れ込んで、えっと、えっと、……………飲ませて!」

 

「なんか変な意味になってないかそれ……?」

 

 少女はなかなか猜疑心のお強い性格だったらしい。

 ぽりぽりとなんとなく頬を掻いた士道は、威嚇する小動物のようなオーラの少女になんだかなー、と思いつつ返した。

 

「いや、単にでかい兄ちゃんにぶつかって跳ね飛ばされてたから、怪我でもしてたら心配だな、ってくらい?」

 

「それは、私が吹けば飛ぶようなちんちくりんだって言いたいの!?ええそうよ、辛い事実をなかなかはっきり言ってくれるじゃない」

 

「え、言ってない」

 

「言ってるようなもーのーでーすー!!」

 

「うわっ!」

 

 がばっ、と隣に座っていた士道の視界に急にどアップになる少女。

 どうやら低い身長へのコンプレックスも――――というより全体的にネガティブな性格だったようで、そのまま暴走してボルテージを上げていく。

 

「ええいいわよ、どうせ私はちんちくりんよ。認めるわよ。でもだから私知ってるんだからね。“きれいなお姉さんならともかく”、こんなちんちくりんの根暗のガキをちやほやしてくれる男なんていないんだから!さあ、何を企んでるの、言いなさい!」

 

「うーん……」

 

 むしろなんかちっちゃい感じだったので半分妹の世話を焼くノリもあった、とか言ったらたぶん怒るだろうなぁ、というのは流石に士道も理解していた。

 なので、最初の理由を仕方なく語る。

 

 

 

「なんか雰囲気が泣きそうに見えて、ほっとけなかったから、かな」

 

 

 

「な……によ、それ……!」

 

 その瞬間少女が急に顔を伏せ、絞るように声も小さくなった。

 

(怒らせたかな……)

 

 こちらもこちらでくさいというかうさんくさいというか、そういうセリフなので“仕方なく”だったのだが。

 泣きそう、というのが合ってたら合ってたで見透かしたみたいだし、外れていたら大間抜けの馬鹿丸出しだ。

 

「その、ごめ――――、」

 

「――――信じない」

 

 謝ったほうがいいかな、と思ったが、口に出した途中で鋭く遮られた。

 

 

「裏があるんでしょ?……ある、って、言いなさいよ………っ」

 

 

「…………っ」

 

 その頑なな態度に、士道は己の勘違いを悟る。

 猜疑心とか、ネガティブとか、そんなんじゃない。

 

 目の前のこの少女はただ、善意が怖いのだ。

 善意(そんなもの)、期待すれば裏切られるだけだから。

 

 彼女は何を経験してきたというのだろう。

 何に、裏切られたというのか。

 

(どうしよう……)

 

 士道がそれを理解したのは直感か、――――“経験”か。

 いずれにしても、一瞬この少女にこれ以上返す言葉を見失ってしまった。

 自分がたとえどれほど善意(よかれと思って)を語っても、それが相手にとっての悪意(おそろしいもの)になりかねないのだから。

 

 けれど。

 

 

 

――――俺はこの子を、見捨てたくない。

 

 

 

 決心もまた、心の内から強くわき上がっていた。

 

 出会って一日も経っていない、行きずりの相手と言えばそれまでだ。

 だが、人の優しい気持ちとか暖かい気持ちとか、そういうものの全てを信じられない生き方なんて悲しいではないか。

 救うなんて口が裂けても言えないけれど、その為にできる限りのことはしてあげたい。

 

 そう思ったら、一つの方法が頭に浮かんだ。

 

(ただのおせっかいに裏なんてあった訳がない。だったら今から作る)

 

 材料はもちろん、とびっきりの善意。

 

「なあ」

 

「な、なによ………?」

 

「お前さえよかったら、これから俺と一緒に遊ばないか?電器屋に用事があって出てきたけど、そのあと一人でずっとぶらぶらするのもなんだかな、って思ってたんだ」

 

 さあ、裏を読め。

 

「……。それって、ナンパ?デートの誘いってこと?」

 

「そうだ。俺は士道、五河士道だ。俺とデートしてくれ!」

 

 

「………」

 

 

―――――かかった。

 

 

 少し考え込んだ少女。

 今士道が明かしたナンパという“裏”、さらにその裏を読み取ろうとしているのだろう。

 だが、そこにあるものすらも善意だ。

 

 もう疑う気も起きないくらい、善意の善意の善意漬けにしてやる………っ!

 

 不敵に唇を歪めた士道をどう見たのか、彼女の答えは――――。

 

 

「…………七罪(なつみ)、よ」

 

「ああ。よろしく、七罪」

 

 名乗りを返し、それをもって代えた承諾であった。

 

 

 

「さあ、俺たちのデートを、始めよう――――――――」

 

 

 

 





 原作時系列ほどまだコミュ障こじらせてはいないから、ほんのちょっと期待して素の自分で人前に出てみるも、いざ本当に人に優しくされると大混乱。

 うわあ面倒くせ(ry



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七罪ランデヴーズ


 作者はPS3を持っていないのでゲームはノータッチです。
 悪しからず。




 

 格好付けたはいいものの。

 

 

 士道少年に彼女はいない。

 

 

 年齢相応人並みに色気づいてはいるが、それが前面に出てもいないし、思春期を迎えどこかよそよそしくなった周囲の女子とそうなりたいという願望を持ったこともなかった。

 

 故に、士道少年にデート経験など、無い。

 

 

「…………えっと、それで、七罪。行きたいところとか、あるか?」

 

 

 七罪の視線がちょっと冷たくなったのを、士道は気のせいだと思うことにした。

 その後軽くため息をつかれて悔しいという感情も沸いたが、士道は気のせいだと思いこんだ。

 

「………じゃあ、あれ」

 

 なにか仕方なしみたいな感じがしなくもない様子で七罪が休憩所の壁に貼り付けてあったポスターを指差す。

 黒い背景に女の人が顔芸をしていた。

 一瞬お笑い系かと思ったが、違う。

 

「絶恐ホラーハウス……?」

 

「どんなのなの?」

 

「そういやテレビでやってたな………音響とかすごくリアルで本物の幽霊がいるみたいな本当に怖いところとか言ってたぞ」

 

「ふーん」

 

「E館の2F……あっちか。じゃ、行くか」

 

「!ちょっ――――」

 

 そう言うと士道は七罪の手を引いて一緒にベンチから立ち上がった。

 そのまま、二人で手をつないでいる状態になる。

 

 それにうろたえる七罪に対し、ふと士道は思い立って先ほどのを取り返そうとした。

 

 が。

 

「ででで、デート、だからなっ!」

 

 声が上ずって更に失態を重ねてしまう。

 デートだと自分で意識してしまうと、つい小さく柔らかい女の子の手にどきどきしたのだ。

 さっきまでおんぶもしていたのに。

 

「……………、……」

 

 そんな士道に何を思ったのか。

 一瞬沈黙を共有した七罪は、顔をうつ向かせると、きゅ、と握り返してきた。

 

「まったく、仕方ないわね――――」

 

 そのまま先導するように、七罪が手を引いて歩き出す。

 士道もすぐに足を進めて横に並んだ。

 

「なあ、七罪?」

 

「……なによ」

 

「……………なんでもない」

 

 たっ、たっ、たっ、たっ。

 

 そのまま、七罪の歩く速さに合わせて、二人は足音を響かせる。

 士道が呼んでも頑なに前を向き続ける横顔は、髪に隠れて表情を窺うことができなかった。

 

 

 

 

 

「学生二人ですね、千円になります」

 

「私が出すわ」

 

「え、どこから……?」

 

 妙ににこやかというかにやにやというか、そんな表情の受付のお姉さんに七罪が入場料を払う。

 士道と片手をつないだままで、本当にどこからともなく千円札を取り出したのだが、手品だろうか。

 このタイミングで急に?

 

「はい、ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」

 

「ほら、行くわよ士道」

 

 別にリアクションを取って欲しかった、というのでもないらしくさらっと七罪が士道を促したので、訊ねる言葉は出せなかった。

 

 

 そのまま二人でホラーハウスに入る。

 内装はいかにもな廃墟風で、不気味な色の照明が薄く視界を照らしていた。

 そんな中を進んでいくと、手を尽くした仕掛けが待っている。

 

 

 なんでもない床を踏んで、急にラップ音が鳴る。

 それがどんどん近付くようにだんだん大きくテンポも速く連続して――――――通り過ぎた。

 

「おおぅ……」

 

 そして順路を進むと突きあたりに置いてある丸っぽいがよく分からない形のオブジェ。

 もぞもぞと蠢くそれについじっと見てしまう、想像してしまう。

 

 あれは、そう、不完全だったりぐにゃぐにゃに曲がった人の体をつぎはぎして布を被せば、ちょうどあんな感じに―――――、

 

 もぞもぞもぞもぞっっっ!!

 

「うわぁ!?」

 

「―――っ」

 

 角を曲がり切ったところでそれは急に動きを激しくし、反射的に二人で少し駆け足になった。

 

 その後にも様々な仕掛けがあって、金を取るだけあるプロの技が士道たちを休む間もなくおどかしていく。

 今も、小さくこどものうめき声が聞こえていた。

 

――――――コッチニ、オイデヨ

 

「………は、はは、本当にすごいな」

 

 希望は七罪のものだったが、士道にとっても大変スリルのある時間だ。

 たかがお化け屋敷と油断していた、とでも言おうか。

 心臓が一度ばくばく言いだすと、止まってくれる気配がない。

 

「違う……」

 

――――コッチデ、アソボウヨ

 

「士道、これは………」

 

「七罪?どうし――――、」

 

―――オニイチャンタチモ

 

 またもだんだん声が近付いてくるのですごい技術だな、と思いながら七罪に話しかけようとするも、なにか様子がおかしかった。

 なにかぶつぶつ言っているので聞き返そうとして

 

 

 シンデヨ 

 

 

「――――っっっっ!!!?」

 

 それは、直接鼓膜に………頭の中に響くような囁きだった。

 怨嗟と妬みつらみを凝縮したようなその響きは、おぞましい負の感情を背筋から全身に行きわたらせる。

 

 違う。

 こんなもの、どんなに進んだ技術でも無理だ。

 耳元どころか直接耳の穴の奥から囁かれるという一生経験したくない出来事に、“本物”の二文字が頭に過ぎり、

 

 

「ひっ……、あ、あ、あ、うわああああああああああ―――――っっっっ!!!!?」

 

 

 反射的に握っていた七罪の手を強く引っ張りながら、全力で駆けだした。

 

 まだか、まだか、まだかまだかまだかまだか――――――――。

 

 ホラーハウスの出口が見えたのは、コースの殆どを既に消化していたのもあって十秒もかからない。

 だが、その時間が何倍にも何十倍にも長く感じられる。

 

 それでも見えてきた光に向かい走り続け、脱出―――――。

 平和な休日のアミューズメント施設の光景がそこに広がっていることに安堵し、もがくようにその空気を吸い込んだ。

 

「はあ、はあ、はあ、はあっ……!」

 

 後ろを振り返る勇気は無いが、ひとまず安心だろうと思うと力が抜けてへたり込んでしまう。

 そんな士道を、どこか申し訳なさそうに七罪が見ていた。

 

「ぜえ、はあ……っ。本当に、死ぬかと、思った……」

 

「………。それでも士道は、手を離さないんだ」

 

「え……、あ」

 

 自分の息がうるさいくらいだったが、七罪の言葉を聴きとると、自分がその手をずっと握ったままだったことを思い出す。

 そんな士道の噴き出た汗を、またもやどこからともなく取り出したハンカチで拭う七罪に、慌てて謝罪しようとした。

 

「わ、悪い………手が汗でべたついて気持ち悪かっただろ。それに、手つないだまま全力疾走しちゃったし―――、」

 

「別にいい。――――やり過ぎたから……」

 

「え?」

 

「な、なんでもない!」

 

 七罪がぼそぼそと喋った部分は、聴き取れない。

 結局、士道が落ち着くまで暫くの間七罪は手を離さないで、汗を拭き続けていた。

 

 

 

 

 

 その後は、なにか激しいことをする気にもならず、ファンシーショップやぬいぐるみ売り場なんかを冷やかしてまったりしていた。

 

「癒されるわー。ほら七罪、なんか白いトラだぞ……がう」

 

「もふっ!?……もう。こういうの好きなの?」

 

「うーん、少女趣味だーってこだわりは特に無いし。そういうの以外でぬいぐるみ自体が嫌いなやつってそうそういないと思うぞ」

 

「それで、トラ?」

 

「いや、チョイス自体は適当なんだけど」

 

「そう……じゃあ私は黒ネコで――――にゃあっ」

 

「わぷっ。な、七罪?」

 

「仕返しよ。甘んじて受けなさい」

 

「おい、そこはくすぐった……はひっ」

 

 

 

 

 

 そうして日が暮れ――――――。

 

「そろそろ、帰らないと」

 

「……そう」

 

 今日はほとんどずっと繋がっていた気のする手が、離れる。

 

「それで、狙いは達成できた?」

 

「え、何が……?」

 

「ほ、本当に私とデートしたかった訳じゃないんでしょ?」

 

 また、疑う言葉だった。

 デート中は言われなかったから、士道も半分くらい忘れていたことだが。

 

 何故なら、七罪の様子からして、特にホラーハウスから出て以降頑なさは取れていたから。

 今だって、おずおずと窺うような訊き方はまるで懐くのを怖がる子犬のようだ。

 

 だから―――――、

 

「達成できたよ。一緒に遊んでくれてありがとうな。楽しかった」

 

「…………っ」

 

 きっと自分は七罪に何かをしてあげられたのだろうと、安心して微笑みながら礼が言えた。

 

「ふ、ふん。騙されないんだからっ」

 

 まあ、完全に、完璧に、とはいかなかったよう――――、

 

 

 

「だから、また私とデートしなさいよ」

 

 

 

 だった、が?

 

「え?」

 

「ここまで私に狙いを悟らせないだなんて大したものね士道。でも、こうなったら絶対その裏見極めてやるんだから!だから、もう一回、今度はこうはいかないっ」

 

 まわりくどい言い回し。

 その真意を士道は訝るが、答えを得るまでさして時間は必要なかった。

 

「そ、それとも、もう目的は達したからこんなブスでガリの女と二度目のデートなんてごめんだとか……い、言わないでしょうね!?」

 

――――もっと、あなたとデートがしたいよ。

 

 デートした女の子にこんなことを言われ、嬉しく思わない、まして断る奴なんて男じゃない。

 ましてや、七罪の容姿は、実際には本人が言うほど醜くもなんともなく――――、

 

「そんなことない。また俺と一緒に遊ぼう………楽しみにしてる」

 

「……!!」

 

 

 不安げな表情から一転、一気に華やいだ今日はじめてのその笑顔はむしろ、惹きこまれてしまうくらい可愛らしかった。

 

 

「じゃあね士道。また今度」

 

「ああ。また今度――――、って。……え?」

 

 そして、その笑顔は、夕闇の街に溶け込むように、霞む。

 ふと目を離してなんていない、一瞬の内に七罪はどこにもいなくなっていた。

 

「消えた……?」

 

 きょろきょろと、周囲まで見回して確認するが、やはり七罪の姿は見えない。

 

 だが、不思議と心配にはならなかった。

 また会える、だって約束したから、そう自然に確信していた。

 

「………帰るか」

 

 だから士道も家路に着く。

 

 

 こうして、士道のちょっと不思議な一日――――のちに思い返せば人生の大きな転換点となったその一日が、終わりを告げた。

 

 

 





 贋造魔女【ハニエル】印のゴーストトラップ!

 下手したらトラウマもの。



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七罪ランデヴーズ・シャトルラン


 まだ3話なのに評価ゲージが赤でランキングの一番上にいてびびった。
 感謝感謝…………って、本当にいいんだよねこれ?

 あとサブタイに大した意味はないです。




 

 空間震。

 

 その恐ろしさは、士道の世代ならもはや教科書で何度もやって頭から抜けなくなっている。

 対応も、同様に。

 

 ここ天宮市は特に空間震が多発する地域でもあり、その予兆を観測するセンサーも、住民が避難するシェルターも、入念に設置されている。

 

 そうなると――――空間震が恐ろしいものだとは分かっているし警報が鳴れば避難はもちろん可及的迅速に行うものの、慣れというものが生じてしまう。

 特に復興部隊によって壊滅した街が一夜で復旧するご時世、ひとたびシェルターに入ってしまえば――――、

 

(うちの方に直撃しないといいなー。避難所のベッド固いし)

 

 なんて軽いノリの考えもどこかにあるのかもしれない。

 

 というか、あった。

 

「もうあんなこと言っちゃダメだからな」

 

「ごめんなさい、おにいさん」

 

 その日、いつも通り―――と言っては釈然としなくもないが―――発生する空間震に警報が鳴ったので、学校帰りだった士道もシェルターに避難した。

 適当な場所に座ったところで、隣の3、4才くらい下の子供がそういうことを言っていたので、彼を叱るのに警報が鳴りやむまでの時間を使っていたのだ。

 

「いいか、それが一番危険なんだからな」

 

「うん、“なれ”は心のてきなんだね!」

 

「怖いことをいつものことだって思ったら確かに怖くなくなる。でも、そういう“慣れ”が本当は一番怖いものなんだ。だから、背を向けたらダメだ」

 

「わかった!!」

 

 叱る……?感染させる…………??

 

 まあ、間違ったことは言ってないのでいいのだろう。

 数年後に思い出して転げまわったりしない限りは。

 

 

 

 

 

 そんな士道がシェルターから出て帰途に着き、もうすぐ家といった辺り。

 無人から少しずつ人影が見えるようになってきた街中で、こちらをじっと見つめる視線に気づいた。

 

「………七罪。ってなぜ逃げるっ!?」

 

「――――あぅ!」

 

 振り返る。

 目が合う。

 七罪、脱兎のごとく逃げ出す。

 

 反射的に呼び止めようと張り上げた声に驚いたのか、足をもつらせこける七罪。

 士道は既視感を覚えながらそれに駆け寄ると、手を差し出した。

 

「ほら、もう……どっか擦り剥いたりしてないか?」

 

「………っ」

 

 ただ前回は、娯楽施設で床がつるつるで綺麗だったのに対し、今回の地べたは路上のアスファルトだ。

 心配三割増しで繊細に助け起こすようにした士道だが、その七罪はというと起きるときに握った手をそのまま見つめていて、暫くした後何かの覚悟を決めたかのように一度自分で頷いた。

 

 そして―――――、

 

 

「…………」

 

「………?」

 

「………っ」

 

「…………」

 

「~~~~~っ!」

 

「な、なつみ……?」

 

 

 不安げに上目遣いで見てくる七罪の視線と、困惑する士道の視線が交錯し、妙な沈黙が支配した。

 口が微かに動いてはいるのを見る限り、何か頑張って言おうとしているが結局覚悟は決め切れておらず、状況を進めることもできないといったところなのか。

 

 とはいえこのまま路上で黙ったまま硬直しているシュールな状況を続けるのも嫌だったので、士道の方から口火を切ることにした。

 

 

「七罪………デート、するか?」

 

 

 先に交わした約束を執り行う、確認の言葉。

 それを聴いた七罪はビクリと一瞬大きく震わせ、

 

「す、するっ!するわよ!今日こそあなたの企み見通してやるんだから!」

 

「お、おう………?」

 

「どうせ心の底では思ってるんでしょ?コミュ障で根暗な上に疑り深いなんて性格ブスの三重苦だって――――せめて見た目が酷いんだから中身くらいって何言わせてるのよ!!」

 

「ええぇっ!?」

 

「そんなのとデートするほどの理由なんてよっぽどのものよ!隠し通せると思わないことね!!………………、くっ……!」

 

「今自分の言葉のナイフで自分傷つけなかったか!?やめてっ!」

 

 先ほどが嘘のように喋り出した。

 返事は、まあイエスと思っていいのだろう。

 

 ただ、喋りのトーンが先日より上ずっていた。

 また、手も握りっぱなしで、しかも心なしか向こうから少し力を強めに握ってきている。

 

(……………ん?)

 

 “不安げ”、“疑り深い”。

 このあたりのキーワードに士道は少し引っ掛かりを覚える。

 

 もしかして、だが。

 最初の七罪の態度について士道の脳裏に浮かんだ一つの可能性。

 

 もう一度現れたはいいが直前で士道の姿を見たところで急に先の約束を破られないかと不安になり、確認しようとしたけど本当に約束を否定する返事が来ると思うと怖くなっていた――――だったり、するのだろうか。

 

「ああ、うん……」

 

 それが当たっている場合少しばかり脱力してしまいそうな気がしたので、とりあえず考えないようにした。

 

 

 

「……………じゃあ、俺達のデートを始めるか―――」

 

 

 

 

 

 とはいえ。

 空間震が収まった直後なので大抵の店などは開いていない。

 なので、一度家に帰って物置から遊具を引っ張り出し、高台の公園で遊ぼうと考えた。

 

 やろうと探したのはバドミントン一式、五河父が以前士道・琴里兄妹に買ったもので、ラケットもシャトルも本格指向ではなかったが、百円均一のそれほどちゃちでもなかった。

 

 と、その辺りのことを七罪に話し―――空間震のくだりで七罪の表情が少し暗くなったのが気になったが―――、まずは二人で公園に足を向けた。

 

 

 

「ほら、士道!今度はそっちっ」

 

「わっ、とと」

 

 数メートルの距離を空けた士道と七罪の間を白いシャトルが飛び交う。

 空間震で雲が散らされたのか、気持ちよく晴れた空を通って、二人のラケットに軽快に跳ね返る。

 

 士道の側ではスコン、と。

 

 

 七罪の側ではスパンッッッ!!と。

 

 

 なんか明らかに部活でやっている人のような見事なインパクト音だったが、七罪が経験者である筈はない。

 さっきまで羽の呼び方がシャトルだということすら知らなかったことからも明らかだし、本当に最初のうちは空振りも多かった。

 

 だが慣れてくるとすぐに綺麗に前に飛ばし始めるし、器用に左右に打ち分けて士道を振り回してくる。

 

「や、せいっ、……と!」

 

「えいっ!」

 

 そうなると、少し悔しい士道。

 

 妹の琴里と遊んでいる程度だが士道の方が慣れているし、スポーツが苦手な訳でもない。

 何より男の子なのだ。

 七罪のような女の子に運動で負けるのは………と思ってしまう。

 

「ていっ!」

 

 芝生を蹴って左側に来たシャトルを、バックハンドで強振する。

 空高く打ち上げられほぼ真上から落ちてくるシャトルに、七罪はラケットを縦に大きく振りかぶった。

 

(スマッシュ!?)

 

 今日初めてバドミントンをやって、もうそんなこともできるというのか。

 思わず身構えた士道。

 

 ちょんっ

 

 フェイントだった。

 軽く当てただけで士道の目前一メートルくらいのところに羽がゆるやかに落ちる。

 

 動ければ間に合わなくはない位置だったが、テンポを外されてラケットは届かなかった。

 

「…………休憩に、しようか」

 

 がっくりとうなだれつつ、キリのいい時間になっていたので、士道はシャトルを拾いつつ七罪にそう伝えた。

 

 

 

 

 

 二人並んで芝生に座りこみ、ゆったりと足を伸ばす。

 水筒に補充してきた麦茶をコップの蓋に注いで七罪に渡し、士道はそのまま直で滝飲みしていた。

 運動で疲れた喉を癒やす冷たい水分が心地いい。

 

 一心地ついたところで、士道から会話を切り出した。

 

「七罪ってすごく運動神経いいんだな」

 

「健全とはなんの縁もなさそうな見た目で悪かったわね」

 

「言ってない!?」

 

 まあ、“意外と”運動できるというニュアンスがあったのは否定できない。

 

「………私は精霊だから。これくらい当然――――って士道、なんで目を輝かせているの?」

 

「気にするな!で、精霊ってなんだっ?」

 

「え、ええ……?…………“精霊ってなに”、か―――」

 

 そして出てきたファンタジーワードに反応する士道。

 “ジャンル違い”とはいえ七罪関連では不可思議な体験もしているため一瞬で信じた。

 そんな彼になんだか釈然としなさそうな雰囲気のまま、七罪は一度目をつぶり、

 

 

 

「〈神威霊装・七番【アドナイ・ツァバオト】〉―――――」

 

 

 

 七罪の体が光に包まれ、現れたのは魔女の黒衣にエメラルドのあしらわれた尖り帽子。

 それまで何の変哲もない普通の洋服だったものが、ゆったりした黒マントやファンシーなズボンに変化するのを見て士道はさらに目を輝かせる――――年齢を間違えれば、なんか変態っぽかったかもしれない。

 そんな彼に、七罪も気分を害した様子は無かった。

 

「まあ、とにかく。この通りなんか強い生き物ってことだから、人間よりちょっと早く動けたりしても何の自慢にもならないわよ」

 

「へえ、そうなのか……!その、ちょっとだけこの服、触ってもいいか?」

 

「…………。構わない―――――まったく、またやり過ぎたかって思ったのに」

 

 すごいすごいすごいすごい――――と、語彙を忘れたかのように繰り返しながら特にあまり意味もなく七罪の霊装の手触りを確かめていた士道だったが、七罪が洩らした呟きを今度は聞き逃さなかった。

 

「やり過ぎた?また?」

 

「っ!ええそうよ、前のホラーハウスだって最後のアレは私の〈贋造魔女【ハニエル】〉でやったイタズラよ!

………あんなに本気で怖がるなんて、思わなかったし……今日だって、つい気分が乗って人間の士道を振り回したし……」

 

 そう言って、しゅんとなる七罪。

 もしや七罪に運動で負けて少し悔しそうだった士道に気を使って自分の正体に言及したのだろうか。

 そして、それで嫌われないかとおどおどしている、悪戯っ子の表情。

 だとすれば―――――。

 

 不安と怯えで殊勝にしている七罪に、士道は優しく声をかけた。

 

「いいよ。遊ぶときは全力で楽しんだほうがいいんだから。まあ、あの幽霊のイタズラはもう勘弁だけどな」

 

 

「………!ごめん、なさい………っ!」

 

 

「おうっ!」

 

 許す。

 はじめから怒ってなんていないし、そんなことよりも。

 

 “気分が乗った”と、つまりデートを一緒に楽しんでくれているのだと分かったことの方が、ずっとずっと一番嬉しいことだったから。

 

 

 

 

 

 暫くしてまたバドミントンを楽しんだ二人だったが、楽しい時間は、過ぎるのも早い。

 まして士道も学校帰りだったから、先日より日が暮れるまでの時間そのものも短かった。

 

「ねえ、士道」

 

 名残惜しいながらもラケットとシャトルをケースにしまい、出しっぱなしにしていた水筒やタオルなんかも片づける。そんな士道に、七罪は一つ訊ねた。

 

「もし………もしも、今日、空間震が起きてなかったら、どこに連れていってくれた?」

 

 少し固い声音。

 七罪の表情は、逆光と髪に隠れて見えない。

 それを残念に思いながら、士道は思っていたことを思ったままに問いに答えた。

 

「二人で、美容院に行ってみようかなって。」

 

「――――。ふ、ふんっ。それはつまり私の髪の毛がもさもさしてて鬱陶しい―――――、」

 

 

 

「そんな風にっ、お前が自分のこと悪く言うのをもう聴きたくないッ!!」

 

 

 

「………っ!?」

 

 いつものようにネガティブに走り出した七罪を、今回ばかりは強引に遮る。

 

「話してて分かるよ、お前は悪いやつじゃない。いいやつだ」

 

 悪いことをしたと思ったら、反省して、その相手を気遣って、ごめんなさいが言えた。

 そして何より――――――あれだけ人間不信なのに、出る悪口は全て“自分を”貶すもの。

 

 それはただの、構われたがり屋の寂しがり屋の強がりだって、分かったから。

 

「お前みたいなやつ、俺は好きだ」

 

「~~~~っ!?な、なにを………!」

 

「だからお前の顔を見て――――面と向かって、話をしていたい。そうやって、髪でときどき隠れてるのが、残念だなって思う」

 

「そんなっ、…………そんな、わたしの、顔、なんて……」

 

「そういうのは無し。それに見た目、だって―――――、」

 

 俯く七罪に近づいて前髪を持ち上げ、全てが露わになったその貌を覗き込んだ。

 

 頬は赤らみ、瞳が潤んでいる。

 細い眉をひそめ、小鼻は恥ずかしそうにひくひくし、全体的に小さなパーツの一つ一つが、いたいけな可憐さを醸し出している。

 それがキスできそうなほど近くに見えることに、思わず緊張して唾を飲み込んだ。

 

 今士道はとても恥ずかしい。

 前髪を払い除けて女の子の顔を覗きこむとか琴里の少女漫画かよ、とか思う。

 だが、そんな思いをしてまで確認したこの感情を、例えもっと恥ずかしい思いをしてでも伝えないといけないと思った。

 

 自分が信じられない女の子……それで他人を信じるなんてできる訳がない。

 そんな七罪を、士道は見捨てないと―――――――できることをしてあげたいと思っているから。

 

 だから、言った。

 

 

 

「――――――七罪、可愛い。すごくかわいい」

 

 

 

「…………………、……?………………、………………………え、………~~~~~~~~~ッッッッッッッ!!!!??」

 

 盛大にフリーズした後、顔の赤さが一気に全面まで拡がった。

 取り乱し、振り乱し、一度停止し、ロボットみたいにカクカクした動きを無意味に繰り返す。

 今七罪の感情を占めているのは、恥ずかしさ、だろうか。

 

 そんなんで発散できる筈のない感情がすぐに飽和に達し―――――、

 

「うわがにゃあああああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!??????」

 

「な、七罪っ!?」

 

 上を向いて士道と視線があった瞬間、背を向けて奇声を上げながら猛烈な勢いで走り去り………また前と同じように夕闇の景色に霞んで消えていった。

 

 それを呆然と見届けた士道は、そのままがっくりと芝生に手をついた。

 

「………………やっちまった」

 

 勢いに任せた羞恥と後悔と自己嫌悪と。

 暫く蹲って落ち込む青少年の士道なのであった。

 

 





 も、燃え尽きた…………。


 こんなべったべたやってなんでまだキスしてないのこの子本当に面倒くさい七罪可愛い!(錯乱)

………誰だよ原作時系列ほどコミュ障こじらせてないから難易度下がってるとか感想板に書いたの()



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七罪ランデヴーズ・ナイトフィーバー


 七罪攻略!

 あと作者の過去作を知ってくれてる人が感想板に書き込んでくれてかなり嬉しかったので、本人証明がてら理想郷のチラ裏に置いてたSAOの短編二つをこっちにも投稿しときます。

 まあ暇つぶしくらいにはなるかと。




 

 

『士道へ

 

 今日の午後8時半に、天宮駅東口のサンダース翁前に来て

 

                         七罪』

 

 

 そんな手紙が、宛名だけ書いた封筒に入れて家のポストに投函されていたのは、七罪と公園で遊んだその次の日のことだった。

 

 誘いと待ち合わせ。

 正直士道としては昨日最後にやらかしたことが気まずいというか恥ずかしいというか、つい二の足を踏んでしまいそうになる。

とはいえ―――。

 

「行かないって選択肢は、無いよな」

 

 逆に向こうから昨日の今日で会ってくれるというのだからと考えることにした。

 実際精霊だからかどうか知らないが、士道の方から七罪にコンタクトを取る術は無いのだ。

 

 問題は中学生の士道がそんな時間に出歩くことだが、友達と花火の余りを今年中に盛大に使い切る約束をしているとか言ったら両親は気持ちよく家を送り出してくれた。

 普段の素行を信頼されているということなのだろう。

 玄関までじゃれながら見送ってくる妹をあやしつつ、それに対し嘘をついてしまったことに士道は罪悪感を覚えたが、約束の時間に間に合うように家を出た。

 

 そして―――――。

 

 

 

―――――拝啓 父さん母さんそして琴里

 

      士道は悪い子になってしまいました。

 

 

 

「……………」

 

「ほーら“士道くん”、ぐいっといっちゃえ!」

 

 薄暗い照明に、妖しいネオン。

 カウンターに椅子が並び、英字の瓶が奥の棚で存在感を醸し出す。

 微かに香る上品な匂いは―――――アルコール。

 

 

 どう考えてもそこはあと一回りは大人にならないとダメなお店だった。

 

 

 しかも、士道の隣にはとびきりの美女が座っていて、積極的にオレンジジュース“っぽい”液体を勧めてくる。

 梳けばこぼれおちるようなさらさらの髪、メリハリの利いた抜群のプロポーション。

 目鼻立ちのすっとした、絵に描いたようなすれ違うだけで誰もが振り返る美女が、妖しい笑みを浮かべて士道に視線を送っている。

 

 こんな状態になったら、普通の男なら骨抜きにされてなんでも言うことを聞いてしまうだろう。

 だが、“中身”を知っている士道からすればどきどき…………しなくはないが、どことなく無性に悲しくなるのだった。

 

 この美女、顔のパーツをよく見れば面影がなんとなく見える。

 実際集合場所に現れた彼女に「七罪のお姉さんですか?」と訊いた士道を爆笑しくさったのも彼女で、そのまま街の士道にはあまり馴染みのない方向のこの店に引っ張ってきたのも彼女―――――七罪だった。

 

「なあ、七罪。なんだそれ……」

 

「ん~~?やあね、さっきも言ったでしょ?これが私の〈贋造魔女【ハニエル】〉の変身能力」

 

「いや、そこじゃない。それも気にならない訳じゃないけど、問題はそこじゃなくて――――、」

 

 そう言って、目の前に置かれたグラスとオレンジっぽい液体を指さす。

 

「これ、なんて言って注文した?」

 

「えっと、たしか…………スクリュードライバー、だったかしら?かっこいい名前よねぇ」

 

「かっこいいよ!でもなんか違うっ!!」

 

「でもこれジュースって言われたことあるわよ?」

 

「そう、なのか…………?」

 

 違います。

 

 スクリュードライバー―――ウォッカのオレンジジュース割り。

 甘口であまり酒の匂いがせず、周りが酒臭いと本当にオレンジジュースにしか感じられないが、アルコール度数は低くはない。

 悪ーい大人が相手を酔いつぶす酒の一つである。

 

「い、いや、ダメだ。こんなところで出されたんだから、ちゃんと確認しないと。アルコールは20からだって」

 

「えー。士道くん、私の出したの、飲んでくれないの?」

 

「それは……未成年の飲酒は健康にもよくないらしいし」

 

「…………ちっ」

 

「!?」

 

 悪ーい大人(?)が舌打ちしていた。

 

 士道に酒の知識なんて無いが、もう殆どクロだと判断してグラスに手をつけないことを決める。

 それを察してか、大人の七罪はそのグラスを横から持ち上げ、くいっと喉に流し込んだ。

 細い首筋が微かに波打つ様が艶めかしい。

 

 士道に法律違反をしてまで飲酒をする気はなかったが、七罪が飲むのはいいのだろうか―――――今の見た目と今いる場所にあまりに違和感が無いのと、そもそも精霊に年齢という概念があるのかもよく分からない為止めることはないかと判断した。

 

「ふう……仕方ないなあ。士道くん、オレンジとウーロン、ジンジャーエールならどれがいい?」

 

「え?じゃあウーロン―――、」

 

「店員さーん、モスコミュールとウーロンハイ」

 

「―――烏龍茶なっ!」

 

 流石にウーロンハイがチューハイの仲間であることには気付けた士道。

 

 そんな妙齢の美女が見た目自分の半分くらいの少年にバーで絡んでいる奇妙な光景に、店員は黙って注文されたものを出すだけだった。

 どちらかというと口出しするのが面倒だっただけみたいな様子だったが、まあ士道には普通に烏龍茶を出しただけでも良心的だったのだろう。

 

 

 

 そんなこんなで。

 

 互いに飲み物だけを手に静かなバーでしっとりと話を……とは行くわけがない。

 少なくとも士道少年はそんなキャラじゃない、という以上に大人の七罪に形容しがたい居心地の悪さを覚えていたからでもあった。

 

 そもそもが何の前振りもなくこの姿で会いに来て、こんな場所に連れてきて、いつもとは違う少しお姉さんぶった態度で士道をからかってくる。

 確かに七罪のコンプレックスは自分の容姿みたいだったから、こんな風に変身したら性格も変わるのかもしれない。

 だがそんな理屈で切り捨てきれない違和感が士道の胸の内に凝っていた。

 

「それでね、お姉さんいっぱい声掛けられちゃって――――」

 

「…………」

 

「ちょっとー、士道くん聞いてる?」

 

 だから七罪との会話にも身が入らない、当然気付かれる。

 

 

「ねえ、こんな綺麗なお姉さんと話してて面白くないの?」

 

 

 眉をひそめてそんな風に士道の変調を尋ねてくる大人の七罪、綺麗な七罪。

 そんな彼女に違和感は膨らむばかりで。

 

 

「―――――――――ごめんな、“どっちも”七罪なのに」

 

 そう、理屈ではそうなのだ。

 だが、ただ溢れてくる思いを士道には謝罪とともにこぼすしかなかった。

 

 

「俺とデートしてくれた七罪は、いっしょにいて話がしたいって思った七罪は、あの寂しやがり屋の小さな女の子だ、って。どうしても、思ってしまうんだ」

 

 

 

「…………ッッッ!!?」

 

 

 

 その瞬間、妖艶を演じていた七罪の顔が硬直した。

 グラスを掴んだままテーブルに乗せた手も、組んだ長い脚も、微動だにしない。

 

 その表情を見て、『泣きそうだ』と―――――。

 

 一瞬あれだけひどかった違和感が消えたのを感じた。

 どこかで一度見たあの表情。

 思い出す。

 

 

 

―――――――“大丈夫か?”

 

 七罪と初めて会ったあの人ごみ。

 差しのべた手を繋いだ時のあの混乱した彼女が、そのままそこに見えた。

 

 

 

 からん

 

 結露して滑ったグラスの氷が、小さい音でその硬直を破った。

 はっと少し躰を震わせた七罪が、目を伏せ、深呼吸する。

 

「…………店を出ましょう、“士道”。あともう少しだけ、ついて来てくれる?」

 

 士道は、迷わず頷いた。

 

 

 

 

 

 バーの会計を七罪が払い、夜の街の喧騒から離れ――――その間、一言もしゃべることはなく。

 適当に見つけた小さな公園に入ると、後ろを歩いていた士道の目を七罪の体を包む光が灼いた。

 

「…………っ、七罪……」

 

 眩んだ目が回復し、明りも頼りない街灯だけとなった時、微かな光のヴェールに包まれた魔女装束の、小さないつもの七罪の姿がそこにあった。

 それに安心感を覚え、知らず強張っていた顔が少しだけ緩む。

 

 

「……………本当に、こっちの私がいいんだね、士道は」

 

 

 その長く乱雑な前髪の下から、一瞬ほんの少し嬉しそうに言ったが、すぐに悲鬱な視線を士道に投げ。

 

 

「違うの、士道…………“どっちも”私なんて、そんなこと、ない」

 

 

 周囲に人影は無い――――ともすればこの夜の静寂にすらかき消されそうな幽かな声だった。

 一粒水滴を水面に垂らしたような………だが、ぽつりぽつりと雨のように言霊は連続し始める。

 

 そして七罪は士道に、己の心を語った。

 

 

 いつどうして生まれたかも定かではない精霊の自分。

 そんな彼女にとって、人の世界は好奇心の尽きせぬ広い場所だった。

 綺麗なものがたくさんある、おいしいものがたくさんある、面白いものがあふれてる。

 

 そんな中で、ふと自分の変身能力で自分を“綺麗なもの”にしたことがきっかけだった。

 変な小娘ではない綺麗なお姉さんに誰もが注目し、賞賛と羨望を浴びた―――――それが“裏切り”だと、被害者の七罪すら認識しないままに。

 

 最初は確かに“どっちも”七罪だった、その筈なのに。

 中身は同じなのに、外見の差で一方ではちやほやされ、一方では邪険にされる。

 悪意を映す鏡のように、異なる扱いをされる“自分”が乖離していく。

 

 綺麗な大人の七罪は演じる自分。

 醜く小さな自分は隠さなければならない自分。

 

 そんな乖離が心に変調をきたし、気づけばあんなに広かった世界が、息苦しいなにかに変わろうとしていた―――――そんな時だったのだ。

 

 

「士道の手が…………暖かかったの」

 

 

 二つに裂けようとしていた心は大いに混乱した。

 何もない、隠さなければならないような―――――でも本当の自分に優しくしてくれる存在がいたことに。

 

 

 いっしょにいたい<デートしたい>と言ってくれた、いい奴だって言ってくれた、可愛いって言ってくれた!

 

 

 その善意を疑って、その度にそれ以上の善意を与えてくれて。

 今日だって演じる綺麗な自分で士道を騙し、酒で酔いつぶして何か企みがあると吐かせるんだなんてそれこそ馬鹿な企みをしようとしたのに、…………本物の自分を見つめてくれた。

 

 嬉しくて、涙が出そうで、そしてようやく気付いた。

 

 

「疑うのは………信じたいから。あなたの手の温もりが真実(ほんとう)だった、って――――――私は信じたいよッ!!!」

 

 

 

「だったら、いつだって俺がお前の手を握ってやる!!」

 

 

 

 感情のままに張り上げた声をかき消すくらいに、士道渾身の叫びが、七罪の心を打った。

 七罪の手をとって、抱え込むようにぎゅっと、両手で包む士道の手が――――優しくて。

 

 涙が一筋、頬を滑り落ちるのを止められない。

 

「駄目……だよ、士道……?私みたいな面倒くさい女にっ…………そんなこと言ったら、……離れられなく……なる、よ?」

 

 そんな七罪を見る士道の目、声、何もかもも優しすぎる。

 

 

「俺はお前のこと面倒くさいなんて、欠片も思わない。一緒にいたいって言ったのは、お前がいい奴だって思ったのは、……………そんなニセモノの感情なんかじゃない!!」

 

 

「しどぉ…………っ!」

 

 負けだった。

 どんなに疑っても、善意しか帰ってこない。

 それがどんなにずるいことか、どんなに嬉しいことか、分かってやっているのだろうかこの男は。

 

 

「……………ぐす。じゃあ、証明して」

 

 だから。

 これは、いやがらせだと、目をつぶって軽く唇を突き出した。

 

 士道は責任をとって、もっともっと七罪を喜ばせないといけないのだ。

 デートしたい、可愛いって言葉を、最高の方法で身をもって証明しないといけないのだ。

 

 その瞬間、七罪の心から裏切られる恐怖も完全に消えていて、確かな敗北を宣言し。

 

 

 

 ちゅっ

 

 

 

 その手よりすらも遥かに暖かいキスの感触に、全てが塗りつぶされるのを七罪は感じたのだった―――――。

 

 

 

 





 キスで霊力が封印され、霊装が脱げる、七罪素っパに

「誰がここまでしろって言ったのよこのドスケベぇぇぇぇーーーーーーーー!!」

「ちが、誤解っ、俺にも何がなんだかぁぁぁぁ――――――!!?」

 この後不可避だが雰囲気ぶち壊し過ぎる一幕。


 つーかついに士道さんこの七罪を面倒くさくないとか言っちゃったよ……




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美九ホワイトナイト


 妹の裏の顔を知る、3年前の話。

 美九攻略のテーマは、“現れてしまったメアリー・スー”。

 茶番だろうがご都合主義だろうが、救いは救い。
 物語としては三流でも、そこで幕ならめでたしめでたし<Happy end>!

 だが強引に合わせた辻褄の代償は、カーテンの内側で―――――。




「宵待月乃(よいまちつきの)?」

 

 枯れた葉が風に乗って街路を吹き抜ける、そんな冬の始まり。

 士道が暖房を入れ始めたリビングでぬくぬくしていると、遅めに帰ってきた妹に一枚のチケットを渡された。

 

「アイドルのライブチケット?でも聞いたことないし………っていうか琴里お前、友達の家に遊びに行ってたんじゃなかったか?」

 

「そのともだちのお兄さんが、なんか“どよーん”ってなっててね?元気づけたらもらったのだ!」

 

「ほうほういい子だ琴里。おにーちゃん琴里が優しい子で嬉しいぞ」

 

「にゅふふー!」

 

 褒め言葉とともに頭を撫でてあげると、白いリボンをぴこぴこさせて琴里は喜んでいた。

 いちいち動作が小動物みたいで和む。

 

 そのまま気になったことを聞きつつ話を続けた。

 

「で、それをなんで俺に?」

 

「えー、一人でライブ行くのこわーい。だからおにーちゃんが行くかなーって」

 

 言うほど怖そうには見えない間延びした口調だった。

 

 まあライブというのは不特定多数の人間が集まって変なテンションになる場所(極論)。

 小学生の琴里が積極的に行きたがるものでもないか。

 

「………せっかくあるものを無駄にするのもなんだしなぁ」

 

 なんとはなしにチケットを部屋の電灯に透かすように掲げてみる。

 日時はわりと近いらしい。

 場所も近所だ。

 特に用事がある訳でもなし、嫌がる要素は士道にはなかったので、

 

「いい経験だと思って行ってみるか」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 アイドル――――偶像。

 

 可憐、美麗、無垢、優美、――――そんな正のイメージを己の容姿で、振る舞いで、芸で、人々に伝えることで魅了し、昇華させていく存在。

 そこには、ただ見目のよいだけのただの人間を“アイドル”たらしめる形の無いなにかがある。

 形無きが故にひとたび熱狂した者は際限なく昂ぶり、――――形無き故に、堕ちれば、ただ脆い。

 

 

 “宵待月乃”とやらについて調べてみた士道は、琴里の友達のお兄さんとやらが落ち込んでいた理由と、チケットを琴里に譲った理由についてすぐに理解した。

 

 早い話がスキャンダルだ。

 昔付き合ってた男がどうだの、妊娠して堕胎しただの、クスリがどうだの、なかなか刺激的な文句が掲示板やSNSで踊っていた。

 中学生の士道と一つか二つしか変わらないその娘が、と考えれば過激も度を越していて現実感がなく、少々嘘臭いレベルだったのだが………アイドルにさほど詳しくない、ある意味冷めた目で見ている士道と違って本当に熱中していたファンがどう感じたのかは想像するほかない。

 

「まったく―――――」

 

 度し難い。

 

 寂しく中古ショップのカートで叩き売られていた宵待月乃のCDから落としたデータを、ポータブルオーディオでイヤホンの片耳に聴きながら、士道は溜め息をつく。

 

 

「どうしたの、士道?」

 

 

「いや、いい曲なのに、って思って」

 

「…………」

 

 コードで繋がったもう片方のイヤホンを耳にあてた、公園のベンチの隣に座る七罪が、視線を士道に合わせて訊いてくるのに答えた。

 

 アップテンポで流れる、青春を歌った曲が流れている。

 一分一秒を目いっぱいに謳歌する……そんな歌詞と、それに恥じないくらいに一生懸命で楽しんで歌っている女の子。

 

「………士道は、こういうのが好きなの?」

 

「ああ……」

 

 最近ギターにはまった士道には分かる。

 音楽は嘘をつかない。

 音符、リズム、音色、そういうものが幾重にも複雑に連なっていけば、誤魔化しは利かず、いやおうにも演奏者の気持ちが出てくる。

 まして、“声”はそれがダイレクトに反映されるのだ。

 

 歌が好き。

 歌えることが楽しくてしょうがない。

 そんな風な気持ちを伝えてくれる歌手が悪い奴なわけがない。

 

 だからライブが少しだけ楽しみになる………と同時に、やはり度し難い、と思ってしまうのだった。

 

「って、七罪?」

 

 すりすり。

 

 もともと大して空いていなかった距離をゼロにし、ふと肩のあたりを擦りつけてきた七罪に、イヤホンの曲から注意が向かう。

 七罪の体が柔らかい、というのは精神的な感覚だろう。

 寒空に温かい人肌がくすぐったかった。

 

「ど、どうした?」

 

「ふーん、だ」

 

 すりすり。

 

 なにやら不機嫌な表情でそっぽを向かれた。

 その割に、体を擦りつける動きは止まらない。

 

 何故かマーキング、という言葉が脳裏に浮かんだ。

 

「何ネコみたいなこと………ごろにゃん」

 

「にゃうっ!?ちょ、ちょっと士道、やっ、くすぐったい……!」

 

「っ!?わ、悪い、気が付いたらつい………」

 

 無意識に七罪のあごのあたりに手をやってくすぐっていた。

 

 なんというか、最近士道には七罪にネコのイメージがついて仕方がなかった。

 

 真夜中にキスを交わして一年と少し、相変わらず士道の前に不定期に現れる少女をしている七罪。

 あの時との違いと言えば、携帯くらいは買ったらしく必要なら連絡が取れるということと、別れ際に姿が消える謎の現象を最初の二回以来見ていないこと。

 それ以外は、ふらりと士道の前に現れては二人で時間を過ごす不思議な関係を築いている。

 

 事前に約束を交わすこともあるが、今日珍しくイヤホンで音楽を聴きながら歩いていた士道を捕まえて一緒に聴きつつのんびりしているように、偶発的散発的に一緒にいることが殆どだった。

 

 正直七罪がどんな生活をしているのか、士道にはよく分かっていない。

 “精霊”という存在が実際どういうものかも詳しく聞けていない――――どこか触れてはいけないような気がして。

 それが士道自身の直感なのか、それとも七罪がそこに触れて欲しくないと思っているのが伝わってきているのかは自分でもはっきりしないが、それを押して好奇心で無理に訊くことでもないだろうと思っている。

 

 ただそんな、仲が悪いと言われれば全力で否定するが曖昧ではある距離感で、七罪の振る舞いも合わさって野良ネコのイメージが頭から離れないのだった。

 

 だからといって割と失礼な士道の行為を正当化する訳ではない、が――――七罪が気分を害した様子はなかった。

 

 というか七罪は少し考えたあと、おもむろに両手を頭にやる不思議なポーズをとる。

 そこの髪の一部がほのかに光った、と思うと、再び士道を見上げて訊ねてきた。

 

 その頭頂部には、七罪の翠の髪と同色のもふもふした一対のネコ耳がにゃーん。

 

 

 

「士道は、こういうのが、好きなの――――?」

 

 

 

「………!!?」

 

 否定、できなかった。

 肯定する勇者にも、なれなかったが。

 

 

 

 

 

 ライブ当日。

 

 CDを聴いて、すこしだけ楽しみにしていた士道ではあるが、それ以上に不安でもあった。

 

 琴里の友達のお兄さんはかなり熱狂的だったらしく、ステージに立つ彼女の顔が見えそうなほど前の席がチケットに指定されていた。

 だが、そこから会場の客席を振り返れば開演時間間近だというのに、空席が目立つ。

 席を埋める人々の表情もどこか、応援するアイドルのライブを聴きにきたというにはあまりに精彩を欠いていた。

 

 スキャンダルが報じられて以来、ずっとこんな雰囲気の中で歌ってきたのだとすれば。

 

 また、士道が“宵待月乃”について調べている中で目に入ってしまった無責任な中傷、罵詈雑言。

 それに直接曝されてきたのだとすれば。

 

 あの一生懸命で、聴いているだけで楽しくなる、そんな歌は歌えるのだろうかと。

 

 

―――――果たして士道の不安は、当たっていた。

 

 

 開演し、ステージに立つ宵待月乃。

 皮肉にも百合のような“汚れを知らない”清楚可憐な顔立ちは強張り、薄淡い長髪を揺らす歩き方もどこかぎこちない。

 そして、客席のファン一人一人を目に入れる度に、表情は恐怖に歪んでいった。

 まるで、そこにいる人全てに責められ拒絶されているかのように。

 

 それでも、伴奏が始まり、マイクを口元に掲げ。

 

 

「―――――――、―――――」

 

 

 歌どころか、声すらも聴こえなかった。

 

 

 必死に口をぱくぱく動かして、スピーカーから漏れるのは不規則な息の音だけ。

 その表情が見えるほど近い位置にいた士道には分かってしまった。

 

 恐怖のあまりに、声の出し方すら忘れてしまった――――そんなお話のような嘘みたいな状態に陥ってしまったのだと。

 彼女の受けた仕打ちは、きっと士道の想像していたものなんかより遥かに苛烈で、もはやその心はボロボロになってしまっていたのではないか、と。

 

 そして、歌うこともできなくなった彼女の表情に様々な想いが浮かんでは―――――一つに集束する。

 

 

 悲嘆、吃驚、焦燥…………全て無に塗りつぶされ、絶望へと。

 

 

「………っ」

 

 宵待月乃の顔から、一切の色が抜け落ちる。

 伴奏が止まる。

 観客達が、ざわめき始める――――――、

 

 

 

「――――――――――頑張れぇぇっっっっッ!!!!!」

 

 

 

 その、前に。

 

 静けさの中を、叫びが切り裂いて会場中に響き渡った。

 

 我慢できなかった、あんな表情が見えてしまって、どうにかしなければならないと。

 ただ見ているなんて堪えられない、無味乾燥の絶望の顔。

 あんなの人間がしていい表情じゃないと思った瞬間、勝手に叫んでいた喉に一番驚いていたのは―――――五河士道、彼自身だったのかもしれない。

 

 だけど、止まらない、止める気もない。

 

 

「俺はっ、きみのCDを聴いた!すげーいい歌だって思った、だからここに来た。――――――少なくとも今は、それだけだッ!!」

 

 

「…………っ」

 

 知りもしなかったアイドルのライブに、チケットがあるのにもったいないからと、そんなきっかけだった士道には言う資格も無い発言かもしれなかった。

 

 だが、資格など。

 あんな絶望(もの)をただ見ているだけなら、知ったことじゃない。

 

「きみの歌が聴きたい―――――それ以外の理由でわざわざここに来たりするかよ」

 

 ある意味酷なことを言っている。

 こんな傷ついた娘に歌えと、仕事をしろと強要しているも同然だからだ。

 

 それでも、士道は彼女に必要だと思ったから。

 

 誰かに否定され続けたのならば、それよりずっと強く彼女を肯定することが。

 

 

「だから負けんなッ!!ここにはきみの“敵”なんて居やしない!!!」

 

 

 そこまで言って、暴走したところで士道は少し我に返った。

 無茶苦茶なことをやってしまった。

 

 気づいたら、会場、数百ほどの視線を自分に集めてしまっていた。

 

 それらが何を考えているか、正直読めない。

 突き刺さるそれらに体がどっと冷や汗を流した。

 こんな中で歌えるアイドルまじで尊敬するていうか怖くて声が出なくなる気持ちちょっと分かった――――とか馬鹿なことを考えつつも、それを“利用”しようとおくびにも出さずに客席を振り返って問いかけた。

 

 

「なあ、そうだろっ!!?」

 

 

―――――賭けだ。

 

 ここで他の客から士道の言葉を否定されようものなら、もうステージの上の彼女は立ち直れないかもしれないから。

 だが、そんなことはないと確信していた。

 

 だって、あんないい歌を歌える彼女が悪いやつな訳もなければ―――――そんな彼女の歌を好きになって聴きにきた人達も悪いやつらな筈がない!

 

 果たして。

 

 

「そうだ………」

 

 

「ああ、そうだ!」

 

「その通りだ!」

「応援してるよ、月乃ちゃーん!」

「絶対、ぜったい、月乃ちゃんの味方だぁーーーーーー!」「信じてるからね」

「あんな噂に負けないで!!」「頑張れ、頑張れ!!」「最高の歌を、聴かせてくれーーーーーーー!!!」

「月乃ちゃん、愛してるーーーーっっ」「月乃ちゃん」「ツ・キ・ノ!ツ・キ・ノっ!わあああああああっっっっ!!」

 

 次々と皆が上げる明るい叫びが、その答え。

 

 不安だったのはファンとて同じ。

 アイドルを信じると決めても、好きなモノに対する心無い言葉を知れば傷つくし、そんなアイドルが日に日に元気を無くせば、好きだからこそいっしょに疲れてしまう。

 そのファンの姿に影響されて、アイドルも元気を出せなくなればあとは悪循環だ。

 あとは“宵待月乃”の破滅まで一直線――――その、一歩手前だったものが。

 

 ここで声を上げて応援出来ずに、何がファンだ!!

 

 士道に触発されたファン達が客席の空きを埋めてあまりある程に、各々が声の限りに声援を上げる。

 鼓膜がびりびりと悲鳴を上げるほどに、絶え間ない温かい声が会場中にこだまする。

 

「は、はは……すげえ。これがアイドル………っ!」

 

 

「「「「「ツ・キ・ノ!ツ・キ・ノ!ツ・キ・ノ!ツ・キ・ノっ!!」」」」」

 

 

 焚きつけた己でさえ尻込みしそうな熱気と、いつの間にやらはじまったシュプレヒコールに確信を得て、士道は安心に笑みこぼしながら、再び前の宵待月乃を見た。

 視線が合い、表情に色が戻るのを見て胸を撫で下ろした。

 

 

「ぁ……、あ、ああああぁぁ……………っっっ!!」

 

 

 歌姫に、声が戻る。

 

 

 もはや止まらない歓声の渦に、大粒の涙を見せながらも、とても綺麗な頬笑みを彼女は見せた。

 

「ありがと、う………っ。ほんとに、本当にっ、ありがとうございます…………!!」

 

 

 

 

 

――――もうだいじょうぶです。ありがとう、嬉しくて嬉しくて……アイドルやってて、よかった………ぐすっ!

 

――――がんばれーっ

 

――――はいっ。私、今日は本気の本気の、命がけで歌います。だから、聴いてください!!

 

 そうして再開したライブは、今まで想像したこともないくらい最高のものだった。

 声援が嬉しくて、踊ることが楽しくて、そしてなによりまだ自分は歌えること、それを“あの人”が聴いてくれることに胸のドキドキが止まらなかった。

 

 だから“宵待月乃”は、ライブで全力を振り絞って疲弊しきった体に鞭を打ち、走る。

 

「お礼を、いわないと………っ」

 

 控室でフードつきの上着を引っつかみ、関係者通路を走りながら羽織る。

 止めるマネージャーなんか知ったことじゃない、向かう先は、混乱を避けるために絶対に普段行かないライブ直後の客席側。

 

 興奮の収まらぬままに帰っていく人の波に、しかし絶対“あの人”は見つけてみせると気合を入れて、………わりとあっけなく見つかった。

 

「あの、本当にご迷惑をおかけしました」

 

「いいですよ。おかげで最高のライブをここでやることができました」

 

 

「あ…………っ!!」

 

 

 己の命そのものと言っていい歌が歌えなくなって、破滅する瀬戸際を掬い上げてくれた人。

 その不思議な彼女と同い年くらいの少年は、会場のスタッフに頭を下げているところだった。

 

「だ、ダメ!」

 

「「へ?」」

 

 あそこで彼が声を上げてくれたから、自分は立ち直れた。

 もしそれで彼が謝らなければならないのなら、まず自分が頭を下げなければならない、と。

 

 そう焦って上げた声に、間抜けな声が返ってきた。

 かと思うと、近づいて彼女が被っていたフードの下を確認した二人が目を見張る。

 構わず、“あの人”を逃すまいと肩のあたりの服の袖をきゅっと握った。

 

「宵待さん!?」

 

「あ、あの………私、あなたにお礼が言いたくて。――――だから、この人のことは」

 

「え?あ、ああ。構いませんよ。ごゆっくり」

 

 不安になりながらその中年スタッフに縋る視線を送ると、何故か微笑ましいものを見る目で立ち去られた。

 逆に困惑する“あの人”は、落ち着かなげに肩とこちらの顔に視線を往復させている。

 

 少し、可愛いと思った。

 

 だが、まず何をおいても知らなければならないことがある。

 上がった呼吸を落ち着かせ、言い間違えのないように。

 

「その、ですね。名前を、お訊かせ願えませんか?」

 

「いいけど……五河士道だ」

 

 いつか、しどう。

 

「素敵なお名前ですぅ………っ!」

 

 イツカシドウ。

 

 “宵待月乃”――――――本名誘宵美九(いざよいみく)は、熱の止められないその想いで。

 

 

 彼の名を心の奥底に焼き刻んだ。

 

 

 





 やったね美九ちゃん、実に都合よくヒーローがあらわれたよ!

 君の歌を聴きながらネコ耳少女といちゃついてたヒーローがね!


 っていうかその七罪にしたって〈贋造魔女【ハニエル】〉使ってネコ耳にしたってことはそれだけ精神不安定になってたといういつも通りの面倒(ry




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美九セイレーン


 丁度お気に入り登録数1000、感想数100のところでランキングにキャッシュされてたのを見た時ちょっと感動した。

 応援本当に感謝です!

…………ぶっちゃけデアラのss少ないからマイナーだと思ってここまで反響あるとは思ってなかった




 

 五河士道はアウトドア派ではない。

 

 特に最近ギターに熱中しているので、暇さえあれば触っていたいのだ。

 触っていない間の“相棒”はどんどん熱が抜けていく。

 暗いギターケースの中で冷たい、冷たいと凍えているかと思うと、たとえ弾いてやれなくとも毎日触っていないと落ち着かない。

 

 とはいえ、士道は学生だ。

 土日を除けば毎日規則正しく学校を往復する生活を送っているし、家の買い物だって最近はもっぱら士道の役目だ。

休日に出歩きもする。

 

 また、七罪の遭遇率を頭に置くと、たまに外出しないと落ち着かないこともある。

 家にまで来たことが何故か一度もない―――位置を知らないということは無いはずだが―――以上、家にいると士道を探して街をぽつり一人歩いている七罪の姿を想像するだけでなんとも言えない罪悪感が沸いてしまう。

 

………いや、士道の勝手なイメージでしかないのだが。

 

 なにせ逆に適当に外をぶらついている士道をどう探しているのかを考えると、“まるで上空から鳥もびっくりの視力で捕捉している”かと思うほど出くわすときは出くわすのだ。

 

 それはともかくとして、その日は普通に平日の学校帰りだったのだが。

 

 

「また、会えましたね」

 

 

 赤フレームの伊達メガネから覗く柔らかな目つきと静かな熱を宿した瞳。

 もこもこした白のコートに合わせた白帽子を頭に乗せ、美しく伸びた淡い色の髪を二つに分けて流している。

 そんな常に無い容装ながらも瑞々しく清楚な色香を振りまく立ち姿に、士道は先日暴走してしまったイベントを思い出した。

 

 宵待月乃。

 

 出くわしたのは、アイドルだった。

 

 

 

 

 

…………一体なにが起こっているんだろうか。

 

 士道と同じ帰宅部の学生もちらほら見える商店街をいつもより狭い歩幅で歩きながら、誰にともなく問いかける。

 他の学生たちはゲーセンのゲームにはまっているとか、買いたい本の新巻が出ているとか、あるいはまっすぐ家に帰るのがシャクだとか、………男女ペアなら甘酸っぱい時間を過ごしたいとか、まあ色々な理由があるのだろうが。

 では自分はどうなのだろう。

 

「えっと、宵待さん?」

 

「美九、って呼んでください。教えましたよね、本名です、“誘宵美九”」

 

「っ、そ、そうだよな、こんな街中で通ってる名前出したらまずいもんな!」

 

「…………あ。そういえばそれもそうですね」

 

「あ、ってなに!?」

 

 何故自分はアイドルと一緒に歩いているのだろう。

 男女ペアではあるものの、甘酸っぱい云々では多分ない………が、やけに距離が近い会話だし。

 

「それで、呼んでくれないんですか?」

 

「…………み、美九」

 

「……!えへへ、はい、しどーさんっ」

 

 何かのドッキリですかこれ?

 ライブではっちゃけたにわかファンをからかってるんですか?

 

 はにかんで笑う姿は当然可愛いし、なにやらいい匂いもするしで。

 男心をくすぐる仕草とか、半分以上天然であるだろうことが分かってしまうだけに性質が悪い。

 

 そんな困惑をよそに、上目遣いであざとく士道を見上げてくるアイドル。

 

 

「ちょっと、お茶しません?」

 

 

 

 

 

「あらためて、このあいだはありがとうございました、しどーさん」

「しどーさんのこと、もっと知りたいです」

「ファンになってくれたきっかけ、教えてくれませんか?」

「……そうですか。ちょっと複雑ですけど、しどーさんがファンになってくれたことに変わりはないですから」

「お気に入りの曲とかありますか?」

「わあ!私も思い入れがあります。一度二番で一番の歌詞歌っちゃったんですけど―――――」

「この曲はAメロ最後のブレスがですね、」

「何か訊きたいことないですか?そんなに芸歴は長くないけどアイドル関連ならオフレコ暴露なんでもござれ!」

「あの素人歌番組なんですけどね、プロデューサーの選考基準がですね、おかしいんですよ。聞いたときびっくりしました。『そんな素人がいますかーっ』ってツッコミたかったです」

「そうだ!今度一緒にカラオケとかいきません?………え?いやですねー、ふ・た・り・でっ、です!」

「日程は、この日でどうでしょうか。私、しどーさんの為だけに歌っちゃいますっ」

「ふふっ、どうでしょう。楽しみです」

 

 

「しどーさん、しどーさん、しどーさん――――――――」

 

 

 

 

 

「………………本当に一体なにが起こったんだろうか。」

 

 女性が話好き、というのはよく聞く話だが、実際にそういう女性と話したのは初めてだと思った。

 あれよあれよとなにやらオサレげな喫茶店に連れ込まれ、コーヒー一杯と水で二時間弱。

 非常に迷惑な客……というか、どこがちょっとなのだろうか。

 地味に次の約束までしていったし。

 

「というか、これデート?…………いや、ないか」

 

 別に士道はアイドルは恋愛禁止、などと思ってはいないが、スキャンダルで酷い目にあったばかりの美九はその辺り避ける気持ちが働くだろう。

 人懐っこい印象もあったし、それが生来の彼女だとしたら、こちらと仲良くしたいというのを無碍にするのも気が引けた。

 

 その歳で多くの人々に注目される仕事をしている美九を、こっちは自業自得だがたかだか数百に注目されて感じた圧迫感を知っている士道は尊敬する。

 その分尋常でなくストレスも溜まるだろう。

 そんな彼女が士道と個人的に仲良くしたいというのなら、放っておける訳もない。

 

 向こうが満足するまで付き合おう――――、

 

 

 

 

「――――なんて。優しい“しどーさん”は考えてくれているみたいですねえ」

 

 “初めて”の時と同じように、学校が終わる時間よりちょっと早く仕事が上がったので、士道の通う中学の校門より少し離れた位置で彼を待ち伏せながら、変装した美九は“あの人”の心情を推し量る。

 

 あれから、美九の用事が空いた日に数回、お誘いして付き合ってもらった――――デートに。

 

 少なくとも美九はそのつもりで毎回変装の範囲でだがおしゃれも頑張り、メイクもきっちり決めている。

 それと、交わすメールのやりとり。

 男の子なのに、美九のメールを面倒がらずに全部返してくれる。

 

 それらの時間的には短い付き合いだけで彼の気持ちが推し量れるほど、五河士道という年下の男の子は、優しく裏表のない人なのだと分かった。

 そんな人だから自分を破滅の瀬戸際から掬い上げてくれたのだし、……惹かれている。

 

 

――――自分がどんなに馬鹿なことをしているのかは分かっている。

 

 

 ただでさえ酷い噂の流されている中で“七十五日”も過ぎぬままに今度は本物のスキャンダルを流されれば、流石にもう“宵待月乃”のアイドル人生は終了する。

 理屈で言えば、こんな変装していてもいつばれるか分からない男の子とのデートなどしていい訳がないだろう。

 

 だが、それでも。

 

 そもそも美九の問題はなんら解決していない。

 士道が現れてくれたおかげで“歌を失う”という最悪は免れても、相変わらず心無い誹謗の声は美九の心を切り裂くし、仕事だって新人の頃以上に逆風で辛い。

 応援してくれるファンにしたって□□時、士□□いなけ□□□局□□を見捨□てい□□□うに―――。

 

 そんな中で、士道の存在だけが心のオアシスなのだ。

 

 心のオアシス。

 ありきたりだが、本当はとても重い言葉だと思う。

 だってオアシスが無ければあたり一面は乾燥した砂漠。

 カラカラに渇いて、息もまともに吸えやしない。

 

 彼がいるからまだ頑張っていられる。

 彼の姿を確認すれば、安心して心がぽかぽかと暖かく、なる――――――。

 

 

 

「士道くーん、抱きっ!」

 

「七罪!?」

 

 

 

「―――――――、え」

 

 一瞬でその熱を持った心が凍りついた。

 

 校門から出てきた士道に、はし、と抱きついた女がいた。

 絶世の美女と言っていい女だった。

 美九よりスタイルがよく、美九より背が高く、顔は遠目でも分かるくらいの美貌で、その色香は同性すらも眩ませるほどに麗しい―――――まるで“イメージ出来る限りの最高をそのまま具現化したような”。

 勝てない、と思わされてしまった。

 

「お前どうしたんだよその姿!?」

 

「ふふ、今の七罪お姉さんは大人なのでーす。……いや、この格好だと都合のいいというかできることも結構あるからね」

 

「………ほどほどにしとけよ」

 

「うーん。じゃあ士道くんもお姉さんと一緒に来ない?オトナなところ」

 

「行く訳ないだろ!?お前がオトナでも俺はまだ中学生だ」

 

「またまたー。ハジメテじゃない、でしょ?」

 

「あれはお前が―――――」

 

 

(やめて………っ!)

 

 

 そんな女が、士道にその豊満な肉体を擦り寄せて。

 “あの人”を誘惑している。

 

 そして、関係を仄めかすような事を、その口から。

 

 

(やめてぇーッッッ!!)

 

 

「今度はお酒抜きでもイイトコ、教えてアゲル」

 

 

 

 

 

 視界が、黒く染まった。

 頭が、ずきずきと痛い。

 

 その後、おそらく自分は逃げ出したのだろう。

 どうやって帰ったのかも覚えていない。

 気がつけば美九は家の自室で、クッション相手に当たり散らしていた。

 

「なんでっ、どうして………ッ!!」

 

 気合いを入れたメイクを涙でグショグショに汚しながら、クッションを持ち上げてはベッドに叩きつける。

 

「あの女っ、なんでしどーさんをっ!!」

 

………そういえば、“あの人”に彼女がいるかどうかなんて訊いてはいなかった。

 無意識に、こうなるのを恐れていたから。

 

「あれなら男なんていくらでも選びたい放題の筈です!なんでよりにもよってしどーさんなんですかぁっ!!?」

 

 そして、“そう”なってしまっていた。

 

 

 

「私には、しどーさんしかいないのに……………」

 

 

 

 何度も何度も、クッションカバーが破れて、ベッドのシーツや枕元のぬいぐるみが散乱しても、叩きつけて。

 ぺたり、と、膝を落とすと一気に動く気力すらなくなっていく。

 

「こんなの、嫌です…………」

 

 

 

――――大丈夫だよ。彼を振り向かせる方法は、まだある。

 

 

 

「あはは………」

 

 そんな彼女の耳に、声が聞こえる。

 セキュリティの万全な美九<アイドル>の家に美九以外の人影など当然無かったが、眼前の空間にただぼやけたような存在感だけがあった。

 

「おもしろいこと言うんですね。なんです、それ?」

 

 ショックのあまり幻覚まで見えたのかと思ったが、どうでもいいと美九は自暴自棄に応えた。

 

――――“力”をあげる。欲したものを奪い取り、誰にも渡さない、その為の“力”。

 

「ちから………」

 

 虚ろな思考で為した返事は、ただの語末の鸚鵡返し。

 だが、その思考の琴線に、微かに引っ掛かるものがあった。

 

 本当にそんなものがあるのならば――――――、

 

「しどーさんを、手に入れる………それができるなら、なんだって、します」

 

――――そうか。じゃあ、頑張って。

 

 そう言った“声”が美九に、紫の宝石のようなものを差し出した。

 受け取った美九の胸の中に、それが眩い輝きを発しながら入っていった。

 

「―――――――ッッッ!!?」

 

 痛み、ともちがう、魂が灼けるような激感。

 その数瞬後に、美九はその宝石がどんなものだったのかを理解した。

 

 

「ふ、ふふふ、ふふふふ……………あはははははははははっはははははははっははははは!!!!そうだったんですね!?やっぱり私には“歌”なんだと、そういうことなんですね!!?」

 

 

 自分が宝石を受け入れ、人ならざるモノになることで手にした“力”。

 それが奇しくも、美九の命そのものである“歌”だったことに歓喜にも似た感情を抱く。

 

「いっぱい、いっぱい歌って、私の歌を。沢山の人に聴かせて。もう誰も私を傷つけないように、裏切らないように」

 

 いつしか崩れたメイクは綺麗に剥がれ、美しくも妖しい輝きを放ちながら美九は詠う。

 皺だらけになった服も、花を各部にあしらったまるでステージ衣装のような薄く光るドレスへと。

 

「歌いましょう。しどーさんをずっとずっと虜(とり)にする。私という籠の中にいてくれる、鳥(とり)になってもらえるように」

 

 その瞬間を夢想してか、美九はとてもとても美しく微笑んだ。

 

 

 

「“だーりん”、ちょっとだけですぅ。待ってて、くださいねー?」

 

 

 

 間延びしたその声は、先ほどまでが嘘のように落ち着いていた。

 

 

 

 





 前話の前書きで言った筈。

『ここで幕ならHappy end』

 五河士道は誘宵美九を本当の意味で救ってはいない。
 “掬い上げた”だけ。

 無論、それだけでも一人の少女が本当の絶望に浸るのを止めた以上、ヒーローの名が彼に相応しいことに否やはない。
 だが、一日限りの急造の逆転劇ではまだ彼女は救われてはいない。
 そう、“まだ”…………。



 またヤンデレかよサッドライプェ…………とか言わないで(土下座)

 一応プロットだと原作より二年ほど早く美九に渡された霊結晶なので、調整・実験不足で精神に悪影響を与える―――琴里のほど酷くはないが―――副作用があって、美九が暴走を始めるという分かり辛い展開になってたんだけど、……………この設定、必要なんでしょうか村雨解析官。

 ていうか、書いてたら自然とこうなったのは作者がドSだからじゃない筈。
 やっぱり精霊ヒロインは面倒(ry



※琴里といえばふと思ったこと

・実は二重人格
・実は秘密組織の司令
・実は精霊にされた元人間
・以上は家族や友達にも隠さなければならない秘密
・「く……能力を使いすぎた……」
・「破壊衝動に、意識が飲まれる…………!」

 琴里ちゃんあなた立派に士道さんの妹っていうか士道さんのこと笑えな(ここから先はかすれていて読めない)





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美九ヒュプノシス


アンコール2は琴里の妄想士織ちゃんが一番可愛かった()




 

 休日の五河家のリビング。

 

 点けっぱなしのテレビの左上の数字がゼロ3つに書き換えられる時刻、食欲を刺激する香辛料の匂いが食卓へと誘う。

 テーブルには、皿に盛られたカレーと付け合わせにサラダを配膳していた。

 

「おおー、カレーだカレーだ!」

 

「野菜も残すなよー」

 

 両親が休日出勤で士道と琴里を残して家を空けているので、昼食は母が作り置いてくれたカレーとあいなる訳だが、それだけではなんなのでトマトやキュウリなどの野菜を切ってドレッシングをかけただけだがサラダも用意した。

 

 最近こういうことが多いように士道は思う。

 まあ上の士道がもう中学生なので子供を置いても家を空けやすくなったということなのだろうが、本格的に料理を覚えるべきかと考えた。

 忙しい両親に手間を掛けさせることでもないと掃除・洗濯はもう士道がやることが殆どなのだが、可愛い妹にできあいのものばっかりを食べさせる生活をするのも面白くない。

 

「「いただきます」」

 

 そんなことを考えながら二人で食べ始める。

 

「おいしーね!」

 

「ああ、………ってほら琴里、口の横にルー付けてるぞもう」

 

「むぐぐ…………えへへ。ありがとおにーちゃん」

 

『今日のゲストは、アイドル宵待月乃さんです!』

 

「ん?」

 

 なんとなく点いていたテレビから知った名が聞こえて、士道はスプーンをくわえながら体の向きを変えた。

 そこに映っていたのは、やはり知った顔。

 

「月乃ちゃんだっ」

 

(美九だな)

 

『圧倒的な魔性の歌声と神秘の可憐さで人気急上昇中のアイドル、宵待月乃!番組の予定を急きょ変更して、緊急生出演です!』

 

『ふふ。お招きいただきありがとうございますー。がんばりますねぇ』

 

『うーん、やっぱり可愛いですねえ』

 

 何のきっかけかはよく分からないが、最近では持ち直して押しも押されぬアイドルの頂へと足をかけようかという勢いでメディアに露出している彼女。

 スキャンダルがどうのと人の汚点の批判をしていれば真偽関係なく自分たちは正義になれると言わんばかりだったテレビの態度は一転、歯が浮くような賛辞をこれでもかと並べ立てている。

 

 正直清々しいまでの掌の返し方に呆れる気すら起きないが、友人が苦境を乗り越え活躍しているのなら祝福するのみではあった。

 

「月乃ちゃん、いいよねっ!あーあ、わたしがライブ行けばよかったなー」

 

「お前それ何回目だよ……」

 

 琴里もテレビで彼女の歌を聴いてすっかりファンになってしまったらしく、食い入るように目をテレビに釘付けにしていた。

 と同時に、あのはっちゃけた日のライブのことを何回も思い出させるのは勘弁して欲しかったが。

 

「ていうか手が止まってるぞ琴里。冷めないうちにちゃっちゃと食べ――――、痛っ」

 

「!?おにーちゃん、また頭痛?だいじょうぶ?」

 

「あ、ああ。最近多い―――――あれ?」

 

 じくりと。

 耳の奥から何かが這いずっているかのように頭が疼いた。

 

 最近の士道の悩みである頭痛――――特にテレビを見ている時に起きる。

 テレビゲームのやり過ぎとかそんなことは無いと思うのだが、体質なんかもあるのかも知れない。

 後に響いたり一瞬で収まったりと痛む時間もまちまちで今日は幸い一瞬で収まるもののようだったが、これ以上酷くなるなら病院に行かないと――――と、不安になっていると、五河家の来客を示すチャイムが鳴った。

 

『五河士道様宛に宅配便です』

 

「はーい――――」

 

 インターホンで応対した士道は琴里をリビングに残してハンコを持って玄関に向かうが、ふと一度だけ振り返る。

 

 

 目を輝かせながら琴里がじっと観ているテレビ。

 その画面の中で、愛想を振りまく宵待月乃―――――――。

 

 

 そこになにか言い知れぬ不安を覚えて。

 

 

 

 

 

『しどーさんへ

 

 新曲CDの生産ロットができたので発売日前にしどーさんに試作品版を特別プレゼントです。

 ちゃんときいてくださいね?

 

 あとはクリスマスライブのチケットを同封しています。

 最高の聖夜にしたいと思ってるので、しどーさんにはぜったいいて欲しいです。

 来てくれないと泣いちゃいますよー?

 

         美九より』

 

 

「………」

 

 差出人“誘宵美九”で届いた小包に同封された直筆の手紙に、士道は色々な意味でリアクションに困った。

 

 発売日前のCDもクリスマスのライブチケットも、急ブレイク中の人気アイドルのものとなれば喉から手が出るほど欲しいと思う人はいくらでもいるだろうし、しかもよく見れば“宵待月乃”のものだろう直筆のサインまでついていた。

 このあからさまな贔屓は、そこまで仲良く思ってくれているのは嬉しい反面本当にいいのだろうかと考えてしまう。

 

 だがそれ以上に―――――文面から感じる違和感。

 国語の成績が良いという訳でもない士道にそれをきちんと説明することは難しかったが、確かに何かがおかしいと感じていた。

 

 士道はそんなもやもやを抱えたまま、CDを機器に挿して再生し始めた。

 僅かな読み取り時間の後、電子音が激しいリズムを奏で、出だしからアップテンポのイントロが終わる。

 そして、美九のうタ■えga※肥―――――、

 

 

「~~~~~~~~~ッッッッッ!!!!??」

 

 

 脳味噌を直接かき混ぜられているかのような、もはやどこが痛いかすら分からない頭痛が士道を襲った。

 

 悲鳴すら挙げることもできない、聴こえてくる歌それ自体におかしなところは無いのに何故と問う余裕もない。

 ただ痛く苦しくのたうつことしか出来ない地獄のような状況にもがく。

 

 意味もなく振り回される手足をあちこちにぶつけても気にもならない、だがそれで引っかけたなにかが士道を救った。

 

「か―――――、ぁは…………!!?」

 

 コードが引っ張られたことで、CDを聴こうとしていたヘッドホンが耳から外れる。

 漏れてくる音からでさえ士道を苦しめるほどだが、それでも多少はましだった。

 

 だが―――もし端子の方が抜けてスピーカーからあれが流れ始めるかと思うと背筋が凍りそうになる。

 冷や汗をどっと流しながら、士道は苦しい中を焦りつつも慎重にプレイヤーの停止ボタンを押したのだった。

 

「はあ、く…………ぅっ!なんだ、ってんだ一体」

 

 乱れた呼吸を整えながら、毒づく。

 

 物音に心配して覗きにきた妹を追い返しつつも、士道はある嫌な考えが頭を掠めていた。

 

 

 

 

 

 頭痛がするのは、美九の歌を聴くから。

 

 思えばテレビを見ていて頭痛がする時、美九の歌が流れている気がしないでもないのだ。

 CMソングにいきなり彼女の歌が採用され流れ始めた時期と頭痛がするようになった時期も一致する。

 それ以前の曲、士道が持っていたCDを聴いても何も起こらない。

 例のCDは…………とてもではないが試す気にもなれなかったが。

 

 

 そしてクリスマス当日―――――その仮説の正しさを、身をもって確信してしまった。

 

 満員に詰めかけた観客が開始の時を今か今かと待ちわび、興奮を抑えられないいつぞやとは大違いの会場。

 そこでステージに現れた美九が歌い始めると同時に襲いかかる頭痛を、士道は諦観と共に受け入れた。

 

…………ああ、やっぱり、と。

 

 厄介なことに招待された席は最前列で、美九からも顔が確認出来るであろう位置なため、顔色に出すわけにはいかなかった。

 来てくれないと泣いちゃうなんて、あの文面はおどけながらもおそらくは本心だ。

 それぐらいには、士道もまた“何度か遊んだ美九”のことを理解出来ていた。

 なのにライブを酷い顔をして観ていたら悲しませる、そう思ったから。

 

「………っ、く」

 

 だが、根性で堪えるにしても限度はあった。

 あのCD程ではないが、直接生で聴いているからかそこそこにひどい痛みだ。

 顔色の悪さと脂汗は会場の暗がりと熱気で誤魔化せても、いい加減よく見ると不調はばれるレベルだろうし、意識が朦朧としてきたので倒れてしまうかもしれない。

 そちらの方がきっと美九や他の客にも迷惑を掛ける。

 とりあえず一度客席から出た方が―――――――、

 

 

 そんなことを、考えていたのに。

 

 

「…………え?」

 

 しん、と。

 客席が不自然に沈黙していることに気付くのが遅れた。

 次の曲への期待とか、演奏中の興奮の残滓とか、そういうものも全く感じられない、およそライブとしてありえない空気で満たされる中、場違いなまでに明るく美九がマイクに喋る。

 

 

 

『みなさーん、今日は来てくれてありがとうございますー。そんな皆さんに、重大発表……………私のだーりんを紹介しちゃいます!!』

 

 

 

 それは、アイドルとしておよそあり得ない一言。

 アイドルの仮想恋愛対象としての一面を粉々に砕き、ファンをさながら間男に女を寝取られたような惨めさの底に突き落とすような言葉。

 それを、にこにことまるで無邪気に美九―――――アイドル“宵待月乃”は、語る。

 

『今日も客席に来てくれてます!ね、五河士道さん、登場お願いしますぅ』

 

「は!?な、何――――、」

 

 いきなりの展開に混乱する士道の腕を、両隣の男が抱えてステージに持ち上げる。

 

 唐突に壇上に上げられた士道に集まる観客の視線は、アイドルを汚した不届き者に対する剣呑なもの――――――では、まったくなく。

 温かく、祝福して、口々におめでとうを連呼し………“だからこそ”余計に背筋が寒くなるのを覚えた。

 

「一体、何が起こって………?」

 

 

 

「―――――――あれぇ?だーりん、私の〈歌〉、“きいて”ないんですかぁ?」

 

 

 

 そんな異常な光景を、異常と思う士道こそが異常だと言わんばかりに、美九の訝しげな声が投げかけられた。

 

「み………“宵待さん”、なんなんだこれは!?だーりんって、なんの冗談だよッ!」

 

「………本当に“きいて”ないみたいですねー。あ、だーりんはだーりんですよー、しどーさんが、私のだーりん」

 

「訳が分からな―――――――、っ!!!」

 

 要領を得ない美九の言葉だったが、一瞬例のCDを聴けなかったことを言ってるのかと考え――――――また一つ、嫌な可能性に気付いてしまう。

 

 

 

「お前も、精霊なのか………?」

 

 

 

 例えば、こんな異常な状態に人々を操る―――不自然なまでにメディアで活躍することも容易な魅了の異能があったとして。

 士道はそんな超常の存在を知っている。

 内気な少女が、誰からも絶賛される最高の美女へと姿を変えるような、そんな“異常”を知っている。

 

「お前“も”。――――もしかしてだーりん“も”、精霊ってことですかぁ?」

 

 美九の返答は、遠まわしな肯定。

 

「知り合いに一人………いや、もう二人目か。いるだけだ」

 

「それって髪が緑の女ですー?」

 

「……ああ」

 

「そーですかー。―――――――あの女が、なにか余計なことしたんですかねぇ?」

 

「…………っ」

 

 そして、士道の考えすらも、肯定するもの。

 

 

 

「全部。…………全部お前の意思で、わざとやっていたことかよ……………ッ!?」

 

 

 

 頭痛に悩まされ美九の歌をまともに“聴く”ことが出来ないと分かったとき、士道はどれだけ美九が悲しむかをまず考えた。

 士道が彼女のファンであることをあんなに大事に思っていた美九が、その歌を聴けなくなったと知れば、どれだけ悲しむかと。

 

 幸い美九は仕事でメールのやりとりすらも忙しい様子で、直接会う暇なんて今日まで無かったから隠せたものの後ろめたく。

 今日のライブだって、必死に苦痛を我慢していたのに。

 

 それが、蓋を開ければ人を操る〈歌〉だと?

 七罪のおかげかなんて分からないが、それが“効かず”、その代わりに苛まれたのがあの頭痛だ。

 

 

 そんなモノを、馬鹿みたいに“美九の為に”と堪えていた、と?

 

 

「どうしちまったんだよ、美九ッ!?」

 

 裏切られた。

 

 士道の意識にそんな言葉が浮かぶ。

 そして憤り、それ以上に悲しくて、文字通りの衆人環視ということも忘れ叫んだ。

 

 

「本当に、どーしたものですかねー」

 

 

「…………な」

 

 答えは“返ってこない”。

 美九は激昂する士道を眺めながら考えを巡らしつつも、“士道のことなど見ていない”。

 

 どうせアヤツルから、今の士道を見る必要なんか欠片もなかった。

 

「ライブは中止ですねーこれは。とりあえずー、私と家に来てくれませんか、だーりん?」

 

 美九が手を伸ばしてこちらを捕まえようと近づいてくる。

 

 その誘いに乗れば、全てが終わる。

 ここで美九に捕まれば、二度と帰ってこれない。

 そして、大切なものを悉く失くす結果になる。

 

「―――――――ちくしょぉッッ!!」

 

「あっ!?」

 

 そんな予感―――――殆ど確信が、士道の足を蹴らせた。

 舞台袖に掛け込み、そこから闇雲に走って出口を目指す。

 

 

『あららー、だーりん照れ屋さんなので逃げちゃいましたー。みなさん協力して捕まえて欲しいですー』

 

『『『『『『『いいよーーっ!!』』』』』』』

 

『ありがとうございますー。乱暴なまねして怪我させちゃダメですよー。本当は私が行きたいんですけど手加減できなかったら怖いので行けないんですからぁ』

 

 そんな声が、背中に届いた。

 

 

 

 

 

「五河士道、覚悟!」

 

「月乃ちゃんのため、年貢の納め時よー?」

 

「マジ引くわー」

 

 

「まったくだよッ!!」

 

 

 聖夜の街を、次々と現れる追手から逃げ回る。

 まったく、どんな馬鹿らしい企画を通したテレビの撮影なのだろう、素人の士道をその主役に据えるなど、と言いたくなる。

 だが残念ながら、撮影するカメラなんてどこにもいない。

 

 裏路地に入って、妙にしぶとかった女子三人組を撒き切る。

 迷惑極まりないチェーンメールや掲示板でも回したのか、士道の顔はあっという間に出回り、街の宵待月乃ファン全てが敵という状況だった。

 乱暴な手段、こちらにけがをさせてはいけないという制約が無ければとうに捕まっていたに違いない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………ぜぇ、くそ、ちくしょう……っ」

 

 だが、このままではすぐに捕まるだろうと思う。

 

 もともとライブで美九のあの文字通り頭痛のする歌で弱り切っていたのだ。

 しかもライブの格好そのままで抜け出してきたから、コートを脱いだままの薄着。

 この雪の降る、無駄なホワイトクリスマスの夜空の下で。

 持ち物は財布と携帯くらいで、財布は自販機でしか使えないだろう。

 携帯は、とりあえず妹からの着信だけでも百件超。

 

「そういや、美九の熱狂的なファンになってたよな琴里ってば」

 

 他にも大量の着信があるのを確認する気も起きずに電源を切った。

 

「家に帰ることもできないってさ、はは………」

 

 悔しくて、寂しくて、雪が本当に冷たく感じる。

 体力もそろそろ限界で、馬鹿なことでも考えて気を紛らわすしかなかった。

 

 例えばそう、七罪みたいに別人に変身できたらやり過ごせるかなとか。

 そういえばあれ、体力とか感じる寒さなんかもなんとかなるかなとか。

 足も速くできたりすれば逃げるのに本当に便利じゃないだろうかとか。

 

 大人化?…………おっさんはなんか嫌。

 じゃあそれと同じくらいインパクトがあるのは、………女の子になるとか?

 

 

――――きらりと。一瞬光ったその暖かな輝きは、閉じかかった重い瞼に阻まれて気付かなかった。

 

 

(………はは、本当にお馬鹿)

 

 一人自嘲する、そんな士道に掛かる声があった。

 

「きみ、大丈夫かい!この寒いのにそんな薄着で一体………」

 

 中年のサラリーマン風のスーツの男だった。

 座り込んだ士道を純粋に心配している視線は、テレビやアイドルにあまり興味がなくて美九の影響をあまり受けなかったのだろうか。

 そんな士道の予想を裏切り、男は“まったくもって本当に馬鹿なこと”をし始める。

 

 

「そうだ!この写真の五河士道っていう少年を見つけてあげないといけないんだ。君は何か知ってるかな?」

 

 

「……………………は?」

 

 携帯で士道の写真を士道に見せながら士道を知らないかと尋ねる。

 つい目の前の男の正気を疑ってしまった。

 だが、それで呆れて上がってしまった声がずいぶん不自然に高い――――――というより、発声の感覚そのものに違和感を覚えた。

 

 そして、とりあえず男に対して否定の為に首を振る………釣られて動く、ありえない程に腰まで一瞬で伸びたさらさらの髪。

 裏路地の道幅も、何故かさっきより広くなったように感じる。

 

 

…………いやいや、まさか。

 

 

 ついさっきまで考えていた“馬鹿なこと”に思い当った士道は、その高い声で男に別れを告げると走り出す。

 

 尽きた体力が、無尽蔵かと思えるほどに体が軽くなっていた。

 いつの間にかあんなに寒かったのに涼しい程度にしか感じない。

 足も馬鹿みたいに速く、景色が流れるのに自分で走っている実感すらない。

 

 そして、すれ違う人が今までのように士道を捕獲対象として追い回さない。

 代わりにぽつりぽつりといるいやらしい視線を向けてくる男たち―――――奴ら全員が特殊性癖な訳ではないとするならば。

 

 逃げ場がないような気もしたが、意を決してコンビニのトイレを借りて、鏡を見る。

 

 士道の面影を残しつつも、線の柔らかで優しげな、どこからどう見ても美少女が写っていた。

 

 

 

「……………お馬鹿――っっっっっ!!!!!??」

 

 

 

 





 次回から番組名を変更し“天使顕現 スピリチュアル☆士織”をお送りいたします

※嘘です。

 ていうか言うまでも無く記念すべき兄さまの初〈贋造魔女【ハニエル】〉顕現ですが、感想板に同じこと考えてるのがいやがりました。ちくせう


 あと美九から士道だけに特別に送られていた例のCDには、「だーりん好き好き大好き私のものになってくださいー」って想いがこれでもかってくらい歌に込められていました。
 やったね!(頭痛)



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美九ホーリーナイト


 美九さんが掛けてる催眠の内容は原作みたいに絶対服従なのではなく、美九を好きになって全力で味方しそれに疑問を抱かない、って感じです。
 美九の思想が原作と違うからですが、やってることはほんのちょっとの常識の改ざん(魅力のあるアイドルのファンになって、好きになったアイドルの味方をするのはある程度当たり前)なので、解けても記憶が飛ぶ訳でもなく、誰かによほど強く直截的に指摘されないとおかしいと気付けない、そんな仕様となっております。


 だから気付かなかったラタトスクwとか煽っちゃダメ!飴玉落としたことりんだっているんですよ!?



 今回かつてないサブタイ詐欺。





 

「どうしよう……………本当にどうするんだこれ」

 

 雪の降りしきる街で、途方にくれる少女―――――もとい士道。

 駅前広場のベンチに腰を降ろしたそがれる彼の前で、時折人々の掛け声が飛び交っていた。

 

 五河士道を探せ、と。

 

 すぐそばにいるのだが、気付く訳もないだろう。

 

 さらさらと雪に照らされて薄蒼く光る長髪は鬘などではなく地毛になっているし、その面(おもて)は―――士道の面影を残していてちょっと改造すればこうなるかもと分かるのが逆に癪だが―――優しげな美少女。

 全身の骨格・体格からしてちょっとずつ細くなっている――――そのわりに身体能力は元と比較にならない程上がっている悲しさもある。

 最低限のプライドとして下についているものは無事だったが、代わりに上というか胸のあたりに柔らかい膨らみがあるのはもう考えないことにした。

 

 そんな姿なものだから、とりあえず追い回される状態から脱せてはいるものの、家族が操られていようがいまいがどのみち帰れない。

 

「そもそも――――俺はどうしたいんだろうな」

 

 何もかもが現実じゃないみたいだ。

 

 間断なく降りしきる雪の中で大して寒いと感じないこと…………というか今自分の体が五河士道のものかどうかも分からない曖昧な感覚が、理性に溶けていく。

 

 美九の歌が好きだった。

 一生懸命で、楽しそうで。

 踊るリズム、跳ねるメロディー、旋律に乗せて響く歌声。

 

 それが、街宣車の大音響で、耳障りに通りに響く。

 なかなか士道が見つからないことにしびれを切らし、捜索の手(ファン)を増やしに掛かっているのか。

 無駄だろうに………士道はここにいるというのに。

 駅前の最も人が多い場所にただ座っているのに誰も気づかない。

 誰もが五河士道を目を皿にして探していて、その光景を眼前に見ているのだ。

 

「これが―――――乖離」

 

 七罪の言っていたことが実感として沸いた。

 そして、本当の意味で“疲れ”ていることを、士道は自覚した。

 

 街宣車が遠くに行き、本当に頭の痛い歌が過ぎ去って…………こんなものを必死で我慢して聴いていたのかと、自分でも不思議に思う。

 ただ人を洗脳する為の歌。

 士道にとっては頭痛を引き起こすだけの―――――――あるいは、この頭痛がなくなる時、自分は楽になれるのだろうか。

 

 だんだんと霞み、雪に溶け行く思考。

 その中で、一つだけ熱を放ち強く存在している想いに気付いた。

 

 

「なつみは、ぶじかな…………?」

 

 

 この一年で、見せてくれる機会の多くなった彼女の笑顔が心に浮かんだ。

 七罪も精霊だから、こんな歌は効かないと思いたいけど。

 あるいは士道をこんな風に変身させて助けたのもきっと七罪だから、大丈夫なのかもしれないけれど。

 

 ただ、一つ思った。

 

 

 

「あいたいよ、七罪」

 

 

 

 会って無事を確認したい。

 あの寂しがり屋の七罪の心を操る――――弄ぶような真似をしたりしていたら、きっと士道は美九を“もう”赦せなくなると思うから。

 

 それは七罪を想うと同時に、“美九を赦したいとまだ考えている”馬鹿な少年の甘さでもあった。

 

 今宵は聖夜。

 そんな少年の願いにこそ、奇跡は舞い降りる。

 

 

 

「なんて格好してるのよ。おかげで見つけるのに手間取っちゃったじゃない」

 

 

 

 銀の雪が降りしきる夜空に、箒を手にした魔女が歩いてくる。

 黒を纏ったその少女の姿は、幻想的であってもユメマボロシなどでありはしない。

 

「大丈夫?」

 

「…………ぁっ」

 

 そして、いつかの正逆。

 士道に差しのべられたその手の暖かさと眼差しの優しさに、七罪のココロを確信する。

 

「七罪………っ!おまえこそ、無事で…………よかっ、…ぅ、ぐすっ」

 

「あぁもう、このバカ………!」

 

 まるで今の見た目相応に、涙が溢れて止まらなくなった士道を七罪が優しく胸に抱きしめた。

 

 13、4の少年が、啜るように静かに嗚咽する。

 想いを裏切られ、苦悶を踏みにじられ、群衆に曝され、孤独に追われ、帰る家すら無い。

 それでも泣かなかった五河士道が、七罪が七罪でいてくれたことに安心して泣くその在り方に、痛ましさと複雑な感情を向けそうになる。

 

 時として自分さえ傷つけるほどに相手を思いやってしまう優しさと、そんな彼だからこそ救われた自分。

 だがそんな葛藤など全力で投げ捨て、七罪はただ己の熱を士道に伝えた。

 

 いつか彼がくれた暖かさが、冷え切った今の彼に少しでも返せるようにと。

 

 

 

 

 

「ここなら、あの不愉快な歌も聴こえてこないでしょう」

 

 そう言って少し落ち着いた士道を連れて入ったのは、裏手の寂れたカラオケボックスだった。

 七罪が手を繋いで先導してきたのだが、士道は少しばかり俯いたまま。

 まだ落ち込んでいる――――わけではなく、ただ恥ずかしそうにしている。

 まあ“女の子の胸で号泣する”なんてやってしまった―――しかも何度も言うが場所は駅前の群衆ド真ん中―――からには無理もないが、ただ。

 

「ねえ、赤面するのはいいけど、今のあなたじゃ恥じらってるようにしか見えないわよ、“士織(しおり)”ちゃん?」

 

「………お、俺の名前かよ、それ」

 

「しど美の方が良かった?」

 

「やめて、それだけは」

 

 なんてからかいつつも、ぎこちないながらも反応を返せる程度には元気が出たことに七罪は安堵する。

 だから、もう少し踏み込んだ。

 

「何があったか、聴かせてくれる?なんだって、聴いてあげる」

 

 

 あまり整理できた内容ではなかったけれど、士道の話を七罪は宣言通り最後まで聴いてくれた。

 

 ライブで思わず声援を飛ばしたことがきっかけで、美九と親しい友人になったこと。

 それからしばらくして、美九の歌を聴くと頭痛を感じ始めたこと。

 彼女から送られたCDではその頭痛が半端ではなかったこと。

 それを押して行った彼女に招待されたライブで、頭痛の正体がファンを増やす洗脳能力を持つ歌で、士道に効かない代わりに何故かそういう効果になっていたことを知ったこと。

 それから操られた彼女のファン達と逃走劇を演じ、そのうちに女の子に変身したことでやり過ごせはしたものの途方にくれ、そんな中で七罪に会えたこと。

 

 

「なあ。この格好、変身したのはやっぱりお前の能力(ちから)なのか?」

 

「………まあ、そうね」

 

 嘘は言ってない。

 話をそらす……訳では断じてないが、一度もう一方の七罪から見た状況も併せて士道の話を整理することにした。

 

「といっても私からの情報なんて大したことないんだけどね。ちょっと騒がしくて何事かと思ってたら士道を探して連れていけ、なんて話だったから慌てて飛び回って。合流できてよかった」

 

「…………ありがとな。お前は美九の歌、大丈夫なのか?」

 

「少なくとも機械越しに来る分は霊装を展開してさえいれば軽く弾けるみたい。普段もテレビの方はもともと大して見ないし、“宵待月乃”がちょっとでも出そうだったら電源切ってたし、外歩くときはなるべくヘッドホン必須で」

 

「そ、そこまで嫌いだったのか………?」

 

「嫌いっていうか、だって士道が…………、――――――あああそれはともかくっ!」

 

 また今度は別の意味で七罪にとってまずい方向に行きかけた話題をさらに強引に転換した。

 

 

「これから、どうするの?士道」

 

 

「……………」

 

 これからどうする――――落ち着いてからまた考えても、やはり漠然とした指針すらも浮かばなかった。

 胸の内にもやもやしたものが蟠る。

 そんな士道の様子を見て取り、七罪は三本指を立てた。

 

 

「選択肢は三つ」

 

 

 一つめは、七罪にとっての理想案。

 

「一つ、舐めた真似をしてくれたあの女を私が出向いてボコしてけちょんけちょんにしばいてくる」

 

 ただし、ある事情で勝算は低い。

 

 二つめは、七罪にとっての最善案。

 

「二つ、全部放りだして私と二人でどっか逃げ出す」

 

 士道も変身姿ならどこを探しても美九には見つからないだろうし、士道一人しばらく食べさせるのに不安や問題も七罪には無かった。

 

 そして三つめは、七罪にとっての―――――、

 

 

「三つ、…………士道があの女を説得して、改心させる」

 

 

――――――最悪手。

 

 だが、七罪には不思議と士道がこれを選ぶだろうという確信があった。

 そしてそれは、士道も同じく。

 

「……………」

 

 三つめの選択肢など、勝算や見通し云々以前の問題だ。

 できるかどうかのめどすら立たない、曖昧過ぎる可能性。

 利口に考えるなら、選ぶべきは二つめで。

 

 なのに美九の顔が、声が、“歌”が頭にちらついて離れない。

 会って短い間柄だったのに、様々な思い出が蘇って―――――。

 

 最初のライブで美九が見せた、あの色のない絶望した顔を思い出したとき、選択肢は不思議と一択となっていた。

 

「三つめだ。俺が美九を説得する」

 

「どうして?あなたはあの女に裏切られた。その優しさを踏みにじって、何もかもを浅ましく思い通りにしようとして。士道は誰よりあの女に怒る権利がある。それは誰にも文句は言えないし言わせない」

 

 

「“だから”、行きたいんだ。美九に、大事なことを思い出させる為に」

 

 

 だって。

 “裏切られた”と思ったのは、それだけ信じているから。

 きっかけは美九にとっての最悪から始まったとしても、士道が好きになったあの音楽を、本物だと思っているから。

 

 

「…………そう」

 

 七罪は諦めたように嘆息した。

 本当は首に縄つけてでも無理やり二つめを選ばせてやりたい。

 だが、“これ”が士道だと思うと、手伝うことしか七罪にはできなかった。

 

「じゃあ私が士道の姿に変身して引っ掻き回すわ。その間にあの女と話をつけてきて」

 

「………!手伝ってくれるのか?」

 

 確認する士道に頷きを返す。

 同時に、心の内をあれ以来の再び明かした。

 

 

「―――――士道の手、さっき氷みたいに冷たかった」

 

「…………」

 

「いつだって握ってくれるって言ってくれた、士道の優しい手の温もりがあるから、今私の世界は暖かい。

――――――だからそれを凍らせるような、冷たい現実なんて絶対に許さない」

 

 その為なら、士道があのいけ好かない女を口説きにいくのだって応援しよう。

 求めているのは幼稚だろうが陳腐だろうが問答無用の“士道にとってのハッピーエンド”。

 手を握れば、その“幸せ【熱】”を士道は七罪に伝えてくれるのだから。

 

「だからきっと成功させてきなさいよね。そして約束!」

 

「………なんだ?」

 

「決まってるでしょう――――――今度私と、いっぱいデートすること!!」

 

「ああ!分かった!!」

 

 士道は強く答えた。

 自信が次から次へと湧いてくる。

 ここまで言われて失敗する気なんて欠片も起きない。

 

「ありがとう、七罪………」

 

 ただ、少しだけ照れくさくて。

 はにかみ笑いになった今の士道の可憐な外見だけが、少し締まらなかった。

 

 





……?これ美九編だよね?
…………?これ美九攻略中なんだよね?

…………………!?



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美九サイレントナイト


 とある一幕。

――――なあ、この格好もとに戻せるんだよな?

――――士道がもとに戻りたいと強く思えば、それで戻る、と思う。多分。

――――え、なにその不吉な語尾。

――――戻らなかった時は…………本心ではずっとこの格好でいたいと思ってるとかそんな感じなんじゃない?

――――ちょっ。

※ちゃんと普通の男に戻れました。




 

 天宮市某地区。

 

 閑静な住宅街に、その豪邸はあった。

 庭というより庭園には種々の草花が植えられ、今が雪風の季節でなければ色とりどりの花が咲き乱れていただろう。

 そこを抜けて玄関ホールなどという馴染みの無いものに出ると、そのスペースだけで普通の家の部屋以上の広さが迎えてくる。

 そして、洋風の豪奢なアンティークがところどころで存在感を見せつつ飾られているのが目に入った。

 

 毛深い絨毯の敷かれた螺旋階段を登った、その屋敷の二階に主の部屋がある。

 

 暗色の木製扉を開け放ち、主―――誘宵美九に士道が放った第一声は、似合わない皮肉だった。

 

 

「ずいぶん儲かってるみたいだな、美九」

 

 

「べつに。私を捏造スキャンダルで嵌めた人ー、それに協力した人ー、まとめてけじめとしてアメリカンな感じで慰謝料払ってもらっただけですよぉ」

 

 言い値の示談だったからほとんどが破産して家族を路頭に迷わせたみたいですけどぉ、まああんなあくどいことしといて自分の家の平和なんてちゃんちゃらおかしいですよねー、などと言いつつ、テーブルソファで紅茶を楽しんでいた美九は立ちあがり振り返った。

 

「でも正直使い途とかとくになかったのでー、ちょうど想い出の街、だーりんが住んでいるこの街に売りに出されてたこの家買ってみましたぁ。それだけですー」

 

「……………」

 

「ただ、一人で住むには広すぎるんですよねー。

―――――――だから『だーりん、一緒に住みましょ』ぉ?」

 

「っ、歌わなくても能力は―――――でも、効かないっての!」

 

 美九の言葉に込められた力によって引き起こされた頭痛を気合いで振り払う士道。

 そのまま美九の顔をきっと見つめるが、微笑みを張り付けたその心は読めない。

 

「俺はお前のいいなりになんかならない」

 

「…………じゃあなんでここに来てくれたんですかぁ?“あんな格好”までして。まあすごーく可愛かったですけどぉ」

 

「美九、お前に聴きたいことがあるからだ」

 

 美九の家の前には自称“親衛隊”がたむろしていたが、抜けるのは簡単だった。

 あの女の子の格好で自分が五河士道の親戚だと言い、士道について美九に話があると言えば簡単に通れたのである―――――七罪が今士道の格好で適度に見つかりつつ逃げ回ってくれているので怪しまれなかったからだろう。

 

 今の言からそれが、美九自身の指示であった可能性も高いが。

 そして、美九の部屋の前で若干不安もあったが無事男の姿に戻り、今に至る。

 

 

「俺は精霊のことなんて詳しいわけじゃないから、どんな理屈でとかそんなことには興味がない」

 

 すぐ傍に七罪がいたが、あらゆる意味で“七罪は七罪”で完結していたので精霊がどうだのはよく分からない。

 だから美九に問いたいのは、その想い――――――心。

 

「なんでこんなことするんだ。こんな操り人形のファンを増やしたって意味はない!」

 

「?何の話ですかぁ?」

 

 士道が何を言っているのか分からない、と分かりやすく示す体で美九は首を傾げた。

 

「決まってるだろ!“歌”で人の心を操って、ちやほやされて。お前はそんなことの為に歌ってたのかよ。そんなアイドルになりたかったのかよ…………!?」

 

「………?違うに決まってるじゃないですかー」

 

 拙く紡ぐ士道の言葉に、話そのものの趣旨すら理解していない風な美九。

 何かを掛け違ったような強烈な違和感を感じた。

 

 それは。

 

「あ、私のこと好き好きー、な人が増えたから妬いちゃってるんですかぁ?うふふー、大丈夫ですよぉ。いつまでもぐだぐだと悪口を言わせたり、勝手に失望して裏切ったりされるのが癪に障っただけですからー」

 

 

―――――だから、そんな奴らまとめて操り人形<ファン>で十分だ。

 

 

「安心してくださいー、だーりんはもちろん特別さんですよぉ?美九のいちばん大切で大切で、唯一の“だーりん”なんですからぁ」

 

「な…………っ」

 

 ぞくりと背中に怖気が走った。

 なにか名誉や成功など俗な感情で動いていると言われれば分かりやすかった。

 だが、違う。

 美九はそんなもので動いてなど、いない。

 

 そしてその感情は、何故か士道一人に集約されていることが分かった。

 それだけどろりとした重苦しい視線が、士道をその場に縫い止めているのに気付く。

 

「だーりんは、私の歌が好きだって言ってくれました。私の一番つらい時に支えてくれました。私の、“美九”の、一番の味方ですぅ」

 

 何だなんだ一体なんだという。

 字面だけを追えばとても綺麗な美九の言葉が、何故こんなに腐臭を放って聴こえるのだ。

 

「だから、だーりんは“だーりん”。ファンなんかとは違います」

 

「“なんか”………だって!?それはアイドルが一番大切にするものだろ!?なんでそんなこと―――――っ」

 

 

 

「え?“ファン”っていうのは、不快な欲情と勝手な憧れをうっすいオブラートに包んだ応援で私に触れ、根も葉もない噂で掌を返して私を嬲り、そしてちょっと精霊の力を使えばまたころり。そんな人たちでしょぉ?なんでそんなもの大切にするって思うんですかぁ?」

 

 

「―――――ッ」

 

 めまいがする。

 美九の言葉に、理解が追いつかない。

 こんな考えをしてしまう人間に出会った経験などなければ、これからもないだろう。

 そして、何故、こんな風に考えるようになってしまったのだろう。

 

 精神的に、そして肉体的にもいい加減限界で、疲れで意識が遠のきそうになるのを堪え、美九に問いを続けた。

 

「それで、俺をどうするつもりだったんだよ。操ってしまえば、一緒だろう?」

 

「むー……いくらだーりんだからって、自分をそんなに卑下しちゃだめですー!一緒なわけないじゃないですか、怒りますよぉ」

 

「なにかの、冗談かよそれは………っ」

 

「心外ですー。単に“しどーさん”が私を大好きになって、私がいないと息もできないくらいになってもらって、私のもの(だーりん)にするだけですぅ」

 

 

―――――――だってそうじゃないと、不公平じゃないですか。私には、しどーさんしかいないのに

 

 

「………!」

 

 一瞬だけ微かに混ざった涙声に、美九の心に触れた気がした。

 

 そこを真実とするならば、それは、どんなに歪んでいても愛の告白。

 私はあなたが好きです、だからあなたも私が好きでいてほしい。

 

(七罪、お前すごいな…………)

 

 士道は事前に七罪に教えられた“最後の手段”を思い出した。

 

『要するにお姫様願望持ちのメンヘラ女でしょう。いざとなれば押し倒してキスでもかませばそれで終了よ』

 

 話だけでそこまで察した七罪が凄いのか、ここまで美九に言われないと気付けなかった自分が鈍いのか。

 

 だが。

 だからといってここでその最後の手段を使うつもりは、士道にはなかった。

 

 それでは駄目なのだ。

 

「………なあ、美九」

 

「なんですかぁ?」

 

「俺とお前が初めて会ったあのライブ、覚えてるよな?」

 

「当然です」

 

「あそこにいた人達は、俺が感情のままに言ったことを肯定してくれた。その応援に、お前だって『アイドルやってて良かった』って言った。それでもファン“なんか”なのか?」

 

「…………そうです。凄かったですよだーりんは。精霊の力もなしに連中をあんな風に扇動できるなんて。私の為に、扇動してくれるなんて」

 

「それは違う、俺は単に―――――、」

 

 

「何も違わない。どうせあの時しどーさんがいなければ、そのまま私を見捨てていた連中がっ!!」

 

 

「………え?」

 

「だーりんが声を上げなければ、きっと歌えなくなった私に失望して帰っていったでしょう。それまで何の関係もなかっただーりんと違って、私の歌を奪ったのは自分達のくせに。私には歌しかないのに、その命の次に大切な歌を、自分達で奪ったくせにッ!!」

 

 そんな、心の奥から漏れ出た美九の強い叫びに、士道は何かがかちりとはまる音が聞こえた気がした。

 

 美九の言うことは、一面で否定しがたいことでもあった。

 あそこで士道が暴走しなければ、誰かが代わりに声援の口火を切っただろうか?

 美九の異常に困惑したまま、失声症で二度と美九が歌えなくなるのを座視するという結末を迎えなかったと断言できるだろうか?

 

 だが、そんなIFよりも、士道は気付いたことがあった。

 

“美九は何も変わっていない”。

 客の一人一人が敵であるかのように怯えながらステージに立っていた姿から。

 士道が支えになったから、精霊の力で人々を操れるようになったから、表に出すほどの恐怖が無くなっただけだった。

 美九は何も変わってなど、いなかったのだ。

 

『私には歌しかない』

 

 非道な噂を流されても、歌にだけ縋りつく程に。

 良くも悪くも、歌だけが美九の全てだった。

 歌がなければ、自分に価値なんてないのだと、自分から歌を奪おうとする寸前だった全てに怯える程に。

 

 

 だから、美九の心の内側には、まだあの色の無い絶望の表情が留まっている。

 

 

 ならば、放ってなんておける訳がない。

 五河士道は当然のようにそう考える。

 

 まして、士道が言ったのだ。

 『歌え』『きみの“歌が”好きだ』と、あの時美九にそれが必要で、その言葉を支えにして潰れずにすんだのだとしても…………裏を返せば“誘宵美九には歌以外の価値が無い”ことを肯定してしまった責任があった。

 

 だから、士道は美九のところまでにじり寄ると、その両肩を強く掴んで言った。

 

「俺がきみを支えたって言ったよな、美九……………だったら、とことんまで支えてやる」

 

「きゃっ、え、だーりん…………?」

 

「俺がお前の歌を好きになったのは、一生懸命だったからだ!歌うことが好きで、それを聴いてもらえることが嬉しくて、そういう感情がいっぱいこもった歌だから好きになった。

 

…………ごめんな、だから俺はあの時こう言うべきだったんだ。

 

 俺は、きみの歌う姿が見たい。それは、きっと何より綺麗で、かっこよくて、惚れさせられちまう、そんな姿が見られるって思ったからここにいる。それを楽しみに待ってるんだ、って!!!」

 

 

 歌を自らを縛る鎖にしていた美九に、それは違うのだと。

 歌が美九をより輝かせる、そんな翼なのだと。

 

「だから例え何があったって、俺はそんなお前のすげえ魂がある限り、お前を支える。美九が疲れて、絶望して、もし歌えなくなったとしても、魂は褪せはしないんだから。そんなやつを、俺は決して見捨てない!裏切ったりなんか、絶対にしない!!」

 

「あ………、う……」

 

「だからなにも怖がることなんかないんだよ………っ!その上で、もう一回だけ訊かせてくれよ。

……………お前が歌いたかったのは、本当に、こんな歌だったのか?」

 

 士道はポケットから紙片を取り出す。

 それは、今日のライブ招待チケットの半券。

 魂なんて欠片もこもってなかった歌を披露し、ファンを踏みつけにするような言動を曝し、身勝手に中止にした今日のライブの。

 

「責めたりなんかしない。美九がどんなに絶望していたのか、傷ついてたのかももう十分過ぎるくらい伝わったから、俺はそれを支えるだけだ。

 だけど、お前自身が、本当にあんな歌でいいって納得できるのか…………っ?」

 

「―――――、――――」

 

 そのチケットに視線を吸い寄せられた美九の脳裏に廻った想いはなんだっただろうか。

 

 アイドルとしての初ライブの興奮、士道と初めて会ったライブで心の奥で小さく燃えていた灯、あるいはなんでもないただの少女だった美九が、父母や先生に歌を褒められたときの無垢な喜び。

 雑多すぎて、そして錆つかせていたのが一気に開放され過ぎて、ただ圧倒されるだけだったという。

 

 ただ分かったことがたった一つあって。

 自分がファンに裏切られたのと同じように、また自分も沢山のものを裏切ってしまったのだと。

 今自分を支えてくれると言ってくれた士道だって、美九が裏切った内の一つで、それなのに美九を見捨てないでいてくれる彼に申し訳なくて、でも愛おしくて。

 

「よく、ない…………っ」

 

 くしゃりと、美九の顔が泣き顔に歪んだ。

 

「よくない、ぐす、こんなの、こんなの違うよぉっ!ああ、ああああぅ………っ、ふ、うええええええええええぇぇぇぇんっっっっ!!!!」

 

「美九!」

 

「ごめ、なざ、……ひぅ、ぁ、だーりん、だーりぃん!!ごめんなさい、ごめんなさいいいぃぃぃ…………!!」

 

 押し潰されそうに身を震わせて泣く美九を、士道は強く抱きよせる。

 安心させる為に、七罪が自分にそうしてくれたように。

 その涙が乾くまで――――――ずっと腕の中の美九を、離しはしなかった。

 

 

 

 

 

 そして、長かった聖夜も、ようやく更ける。

 協力してくれた七罪に『成功』と短くメールを出す士道に、涙を流しきった美九が小さく頬を膨らませた。

 

「………だーりんってば、女たらしさんですぅ。女の子を嬉しくさせるセリフ、たくさん言ってくれたばっかりなのにー」

 

「うぐ……それは、なんというか、ごめん」

 

「いいですよー、惚れちゃったが負けですからぁ」

 

 ちゅっ

 

「…………っ!!?」

 

 甘えるように、ベッドに座った二つの陰の片方がもう片方にしなだれかかり―――――その甘く柔らかい唇を重ねた。

 いきなりのことに目を白黒させる少年を、初めてのキスを捧げたばかりの娘は慈しむように見つめる。

 

 

「だーりん、大好きです――――――」

 

 

 





………え、当然このあと美九さん素っパですか?

 クリスマスの夜に?ベッドの上で?二人っきりで?

………………どうすんのさマジで!!?

………………………よしネタで誤魔化そう



 失望しましたみくにゃんのファン辞めます(特に理由の無い暴言が前川を襲う)


※モバマス知らない人はググってね!



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なつみくしおりん


 ちょっとした幕間的ななにか。


 ところでこの作品の地の文で一番外見について気合いを入れた描写をしてるキャラは士織ちゃんだという事実。

…………なにも問題は無いな!()




 

 あの聖夜から一カ月弱。

 

 夜の内に積もった雪が日の光を反射して薄く輝き、冷えた空気がその中を気ままに踊り枝を揺らす。

 冬はまだまだ本番といった風情が庭園に拡がっていた。

 

 

「平和だなー……ヌメロンフォースでプレインコートをランクアップ。くくく――――異なる死界より降臨し、威なる力により蹂躙し、畏なる理によりて君臨せよ、CNo.【カオスナンバーズ】69 紋章死神【デス・メダリオン】カオス・オブ・アームズ!!」

 

 

「平和ですねー………あ、激流葬で」

 

 平和?

 

 まあ口調は士道くん14歳なあれだが、そんな彼を微笑ましく見ながら暖房の利いた自室でカードゲームの相手をしてあげている美九はそこそこ幸せそうではあった。

 

「!?…………いや、タイミング逃すから発動できないぞ。よってバトル、チェインに攻撃―――4000の威力に手も足も出まい!!」

 

「あららー。伏せカードかたっぽ教えちゃいました。でももう片っぽミラフォなのでー」

 

「ぐ………だがプレインコートの効果でユニコーン二枚を落として、メインフェイズ2、その力でカオス・オブ・アームズは蘇る!!」

 

「今度こそ激流葬(ばしゃーん)、ですー」

 

「〈死者蘇生〉でもう一回復活だ!カードを一枚伏せてターンエンド」

 

「だーりん好きですねー、そのカード」

 

「………いや、だって、名前からして強そうだし。実際強いし」

 

「男の子ですねぇ。可愛いです」

 

「~~~~っ!?」

 

「む………」

 

 にこにこと純真な笑みでそんなことを慈愛たっぷりに言われ、赤面する士道。

 その彼の膝の上を枕にしていた七罪が、不機嫌そうに体を揺すった。

 

 

 クリスマスの騒動以来、美九はアイドルの引退を宣言した。

 一世を風靡したアイドル“宵待月乃”の突然の引退にメディアは大騒ぎした――――かと言えばそうでもなく、ファンクラブ含め不気味なほどあっさりしたリアクションだったという。

 

 それも美九の催眠能力故のことで、“美九を応援し、美九の言うことに疑問を抱かない”という認識と価値観を操作していたが故のこと。

 だから、街を歩いていても『アイドルの宵待月乃だ!』とばれて騒ぎになることもない、“宵待月乃は引退してもういなくなった”のだから。

 人間の脳のことなので能力を解いたらあら元通り、なんてことをしたら逆に精神への負担が大きい―――要するに正反対の方向に暗示をかけ直すのと同じことになる―――から、時間によって記憶ごと催眠が埋もれ朽ちるのを一度待つしかないのだとか。

 

 そして、その時こそ。

 歌手として一からやり直し、今度は美九自身の歌を歌っていくのだと、彼女は語った。

 

『…………それに、だーりんの通う予定の高校、来禅(らいぜん)でしたっけー?二年間くらい先輩さんとして一緒の学校で青春するのも、その間ずっと私の歌をだーりんが一人占めするのも――――やーん想像するとかなり素敵ですー』

 

 という理由もあるとかないとか。

 

 まあ来禅はさほど入るのが難しい学校ではない。

 もともと美九は勉強に苦労もしないタイプなので、そうすると全盛アイドルから一気に暇ができることになる。

 なので士道をちょくちょく放課後や休日に家に呼ぶようになり、“なぜか”頻繁に七罪も現れるので、美九の家が三人の溜まり場になっているのが日常の光景になりつつあった。

 

 

(こう言っちゃなんだけど、このソファーとか凄く感触いいんだよな)

 

「じゃあ私のターン、メインフェイズ入りますねー。緊急連絡網でガガガガールをデッキから特殊召喚、ガガガシスターちゃんを通常召喚です…………何もないなら効果でガガガボルトをサーチ、発動して伏せカード破壊しますー」

 

「うげ、奈落が―――」

 

 体が沈み込むのに体勢が泳いで不安定になったりしない、溜まり場にする割と大きな要因の一つである美九の屋敷の高級ソファーの感触を楽しんでいると、向かいに座った美九がテーブルに彼女の趣味らしい可愛らしい姉妹らしき女の子が描かれたカード二枚をテーブルに並べている。

 

 それだけなのに先ほど七罪にされた、『自分が攻撃したと思ったのに大量の天使がぞろぞろ並べられた挙句次のターン一ターンに一枚しか増えない筈の手札が四枚も五枚も増えていた』謎現象と同じだけの、ものすごく不吉な予感を士道は覚えた。

 光神てちゅす、と言いづらいカード名を噛んだ七罪にくすりと笑ってしまった結果、顔を真っ赤にした七罪に敗者が勝者の言うことを一つ聞く罰ゲームを勝手にルールを追加して言い渡され、今己の膝を寝具にされている訳だが――――同じ結果となるのだろうか。

 

「シスターちゃんの効果でガールとレベルを合計した5に揃え、おーばーれいー。先史遺産【オーパーツ】マシュマックをエクシーズ召喚。ガールの効果で死神さんの攻撃力をゼロにできますー。マシュマックの効果でその攻撃力の変化した数値4000ポイント分のライフダメージを相手に与え、同じだけマシュマックの攻撃力が上がるから、えーと……攻撃力6400?」

 

「ちょっ」

 

「それで攻撃力0のだーりんのモンスターに攻撃ですー」

 

「まだだ!カオス・オブ・アームズの効果!相手の攻撃宣言時に――――、」

 

「禁じられた聖杯で効果無効ですー」

 

「―――――………せめて最後まで言わせてください」

 

 ダメだった。

 というか、たった一ターン、全体で見ても三ターン目でプレイヤーのライフ8000が2000のオーバーキルで一気に勝負の決まる悪夢のカードゲームだった。

 

 ヴェーラー握ってないのが悪い(理不尽)

 

「えへへー。だーりんに一ついうこと聞いてもらえるってことなので頑張っちゃいましたー」

 

「お手柔らかにお願いします………」

 

 普通に遊んでいただけなのだが、どんな罰ゲームを言い渡されるのだろうと不安になる。

 七罪の言い出した罰ゲームも、ひざまくらなんて可愛いものだったから途中ルール変更でも受け入れたが、最初から織り込み済みとなるとよりきつくなる危険な感じが士道の頭の中で大きく警報を鳴らしていた。

 そんな予感は士道の膝でくつろぐ七罪に視線を送ったあと何故か笑みを深めた美九の顔を見て確信に変わる。

 

 そして――――――――、

 

 

 

 

 

「ほらほら、次はこういうのとかどうですかー?」

 

「ええっ!いや、無理だって…………」

 

「無理なんてものはありません!罰ゲーム、罰ゲームっ!」

 

「くぅ………ッ!!」

 

 

 ふわりと襞の付いた布が翻る。

 純白の生地が秘すべき場所を守りながらもその装飾を主張し、決して華美とまではいかない筈なのにその存在感を際立たせているのは、纏う者の持つ天性。

 肩から腰に掛けての柔らかい曲線は見る者を惹きつける、白の色に相応しい優美さで清楚と色気を両立させている。

 それが、ロングスカートを軽やかに捌く全体のシルエットとしてのバランスも完璧、ちらりと覗く脚は、すらりと長く細く、透き通るような肌。

 そして雰囲気にたがわぬ可憐な容貌――――――小さな唇や、意外にも意志の強そうな目つきもまた恥じらいに揺れ、頬を紅に染めている。

 さらさらと流れるような髪は、一部くるりと飾るように曲がってバレッタで留まる、魅惑のアクセントが添えられていた。

 

 

「わぁー、可愛いですー!白ゴスの―――――――“士織”さん!!」

 

「こんな、こんな………ぅぅ……」

 

「か、かわいいのは確かに同意するわ。うらやま妬ましいくらい」

 

「お前がそれを言うのか!?」

 

 『士織さんを間近で楽しみたいですー』なんて無茶ぶりの罰ゲームに、士道は再び女装(?)姿にさせられていた。

 流石は元アイドル、なのが関係あるのかどうなのか屋敷の衣裳部屋などというものに連行され、そのまま美九が提示した服を次から次へと、着せ替え人形となってしまっている。

 

 元凶たる七罪含め、悪意がなさそうなのが性質が悪く、拒絶しどきを逸して久しくなっていた。

 

「本当に、なんでそんなに可愛いのよ?」

 

「そんなこと――――っ!俺は男だし……」

 

「んー、でもパーツはだいたいだーりんだから、メイクがんばればこれくらいは素でも―――――だいたい、“これ”じゃ説得力ないですよぉ?」

 

 ふにょん

 

「ひゃあッ!!?」

 

 美九の手が、膨らみをしっかり主張する胸の双球を優しく揉みしだいた。

 伝わる感触に妙な気分になってしまった士道は、ただでさえ高くなった声をさらに裏返らせてしまう。

 それを聞いてなぜかぞくぞくと身を震わせた美九は、片方の手をフリル付きのチョーカーで覆われた首筋に這わせ、なぞった。

 

「ちょ、はひゃんっ!?美九、なにを――――」

 

「士織さん可愛すぎます………もう、なんだかいけない気分になっちゃいましたぁ」

 

「ええっ!?」

 

 続けて胸を愛撫しながらも、もう片方の手は上へと移動し頬を包む。

 はあはあと息を荒くし、触れているそれと同じくらい美九は顔を赤く染め、艶やかな視線を送ってくる。

 

 その、濡れた眼差しが近付いて――――――。

 

「美九っ、さすがに―――きゃぅ!」

 

「“お姉さま”。お姉さまって、いっかい呼んでほしいです………ね?し・お・り・さん?」

 

「―――――ッ!?」

 

 お互いの心臓の鼓動が、伝わる。

 音は大したことがないのにうるさいくらいで、何故か、なんて…………互いの胸同士が接触して形を変えるくらいに、美九との距離が狭まっているからだと気付いた。

 

 間近となる、美九の潤んだ目、上気した吐息が鼻筋をくすぐり、柔らかそうな唇に、視線が釘付けられる、意識がそれを追い求めるように、とろりと、溶け、

 

「さあ―――――」

 

「みく、んぁ、ふ……………お、お、おね―――――――、」

 

 

 

「はい、そこまで。いかがわしいのは禁止!」

 

 

 

 七罪が美九を強く引き剥がし、士道にもと着ていた服を投げてよこした。

 

「あ、七罪………」

 

「あ、じゃないわよ全く。この辺で罰ゲーム終了っ!前と同じ要領で元に戻れるから、先行って着替えてなさい!!」

 

「…………お、おうっ!」

 

 助かった。

 

 いや、何が助かったのかはよく分からないが、あのままだと何か大切なものをなくしそうだった感じがして、朦朧としかけた意識を頭を振って呼び戻すと、士道は七罪の指示に従って部屋を出た。

 どきどきする鼓動を抑え、まだ赤い顔でぽーっと眼を蕩かせている美九をなるべく再び視界に入れないように気をつけながら。

 

 

 

 

 

「――――――――ふう。まあ、お邪魔虫さんめー、とは言いません。それで、どうだったんですー?」

 

「どうもこうも。“私は〈贋造魔女【ハニエル】〉を顕現し(つかっ)てない”。私に女にされると思った瞬間、士道は勝手に“士織”に変身してたわ」

 

「元に戻るのも実際にはだーりんの意思一つ、ってことですねー」

 

「無意識下とはいえ私の天使(ハニエル)勝手に使ってくれちゃって、まったくもう。水を掛けたら女の子になれるようにした、お湯を浴びないと戻れない、とか嘘吹き込んでやろうかしら。そう思い込みさえすれば来週からリアル“しどう1/2”が始まるわよ」

 

「それはそれで面白そうですけどぉ。キスで精霊の力を封印、しかもその天使を自分で操れる、ですかぁ。だーりんって、何者なんでしょう?」

 

「さあね。士道に精霊のこと、詳しく教えるつもりもないもの。仮に士道が人間の突然変異かなんかだとしても、普通の生活してれば精霊にそうそう会うものじゃないし、言う必要なんてないわ」

 

「確かに、精霊が“最悪の災厄(くうかんしん)”の元凶だからこそ、普通に警報で避難する一般人してればそれを知ることなんてないでしょうしー」

 

 ぴこーん。

 

「「…………ん?」」

 

「あれ?………………まあ、私もあんたも特殊災害指定生命体で、でも士道にその力を封印されてる、なんて。本人に教えてもそれこそ厄ネタでしかないんだから。

――――――士道が否定するって分かってるからこそ、伝えたくないわよ。自分が街を、国を消し飛ばせるレベルの化け物だなんて。“その力を吸収した士道も、最悪そうなるかも”だなんて」

 

「賛成ですー。まあある意味それより酷いこと私は既にやっちゃったんですけどねー。

――――――でも、だからこそ、だーりんをこれ以上悲しませる真似なんて出来ません」

 

「…………その辺の認識は共有できて、何よりだわ」

 

「…………ええ、全くですー」

 

 

 

 “共有できなかった場合”の選択肢を、お互いに語りはしなかった。

 

 

 

 





 本筋進める前にちょっと触れなきゃな部分もあったのでついでに色々と詰め込んでみた。

 まあ七罪と美九が盛大にフラグ立てたので、今度こそ次回から八舞編です。



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八舞アムネジア


 妹が兄の数奇な運命を知る、二年前の話。

 八舞姉妹攻略のテーマは“少年期の卒業”。

 善人の善人たる理想論でもって行動し、本物の善を為した少年。

 やがて理想では抗えぬ現実を知り妥協を覚えることを成長というのならば、それはそれは残酷な定め。

 カルネアデスの板――――そんな現実(もの)が、突き付けられるというならば。




 

 二つの嵐がそこにあった。

 

 場所は、嵐が“嵐(ねったいていきあつ)”としてあり得る筈のない極寒の氷上。

 沈まぬ太陽の光を遮り、巻き上げた水気が雲を構成し、やがて雹となって白く閉ざされた大地を叩く。

 

 そんな凍てつく世界をさらに過酷に荒らす嵐が二つ、互いにぶつかり合っていた。

 

 相殺などという概念はそこにはない。

 それぞれの暴風は気ままに吹き荒れるばかり、その中心同士の激突で生じたエネルギーでさえ、風に変換され氷片を舞わす。

 その白き氷の華に霞む視界の向こう―――――烈風を飼い馴らし、宙を翔る乙女が二人。

 

 錠と鎖と、革のベルトで構成されたまるで罪人を思わせる拘束服を纏う姿はまるで鏡映し。

 凍土の地にてその煽情的な姿はむしろ非現実の苛烈さを際立たせる。

 

 片方は槍を、建築物の柱を丸ごとぶち抜いたかのような巨大かつ重厚な槍の穂先を。

 片方は錘を、果て知らぬまでに伸びながらそれを全て遠心力に乗せる幻想の鎖で結んだ鏃を。

 

 必殺の気迫を以て互いへと叩きつける。

 

 これが何度めの激突だろうか――――大気が啼く、自由を失い奴隷となり為されるがままに引き千切られて行き場を失った風鳴りが、慟哭のように雪へと染みわたる。

 

 えんえんと、延々と―――――そんな弱者の悲鳴など、端から聞いている訳が無い。

世界の災厄たる乙女達は、出来の悪い虚像を映した鏡を叩き割るように、自身と同じ顔をした相手を滅殺せんとする意志のみに集中しているかの様に不毛な果たし合いばかりを続ける。

ならばその声なき世界の叫びを聞くものはこの閉ざされた地に存在せず…………その正しい意味もまた、理解されることは無かった。

 

 果たしてこの雪風の唸りは本当に悲鳴であったのか――――反逆への、呪詛であったのか。

 

「――――ッ、迂闊。これは…………」

 

「あああああああぁぁぁぁぁぁ――――――――――ッッッ!!!!?」

 

 鎖が、撓(たわ)んだ。

 繰り返され続けた激突の中で緩みがその勢いを失わせ、武具が文字通りのただの“オモリ”と化す。

 その原因が使い手の手元の狂いか、相手の仕掛けか、あるいは他の――――――いずれにせよそこに飛び込む槍使いは突進の勢いが止まらない。

 

 そして、その巨大な槍が錘使いの乙女の柔肌を裂き、脇腹を深く抉った。

 

 溢れる鮮血。

 雪風に紛れてすぐに凍りつく、命の滴。

 

 見えづらくとも着実に死への道に足を踏み出す、決闘の敗者は何故かこれでよかったとでも言うかのように安心した微笑みを見せ。

 先ほどまでそうあれかしと貫く凶器を向け続けていた、決闘の勝者は何故かこんな筈ではなかったとでも言うかのように怯えと慄きを見せ。

 

 

 風が、止んだ。

 

 

 吹雪は消え、氷の世界に静寂が戻る。

 

 二人の乙女は、初めからいなかったかの様にその姿を、世界から“消失(ロスト)”させていた――――――――。

 

 

 

 

 

 真夏の陽炎。

 

 五河士道が彼女に最初に抱いたのは、そんな印象だった。

 ふらふらと、儚げで、灼けつく夏の太陽の下で目を離せば消えてしまいそうな存在感。

 

 革ベルトと錠と鎖とは、今が真夏だからにしてもずいぶん気合いの入った服………なのだが、その端正な顔の表情を動かそうとしない様はどこかちぐはぐだった。

 足取りはおぼつかなく、しかし意識ははっきりしているようで、熱中症にしてもどこかおかしい。

 そんな状態で、住宅街の路上を歩いていた彼女は、ちょうど美九の家に向かって通りすがった士道を捕まえて、どこか浮世離れた声音でこういった。

 

 

「困窮。おなかがすきました」

 

 

「…………は?」

 

「再度。おなかがすきました」

 

「えっと、うん…………?」

 

 新手の逆ナンパだろうか、と士道は困惑した。

 あるいは暑さで頭がやられてしまったのかと失礼な想像をした。

 

 とはいえ、彼女の見た目は士道と同年代かやや年上ほどの、くるくると巻かれたハニーブロンドが魅力的な美少女。

 下心云々ではなくいたたまれない的な意味で士道は対応せざるを得ない。

 

「じゃあ、家に帰ってごはん食べる、とか?」

 

…………こんな天然なことを言い出す辺り、士道もまた暑さで頭が参っている可能性もあったが。

 

 だが、そんな士道の答えに考え込むその少女。

 

「帰路。帰る、家?分からない、夕弦(ゆづる)は、それを、持っている?いない?」

 

「え………?」

 

 

 

「忘我。帰る――――そもそも夕弦はどこから来たのでしょう。なにも分かりません」

 

 

 

 頭に手をやった少女が、微かに顔をしかめた気がした。

 その独特の喋り方に、士道はとりあえずまたややこしいことになりそうな予感を覚える。

 

 忘我。

 『怒りに我を忘れる』とかの用法でないならば、言葉通りの意味だとすれば、もしかすると。

 

「えっと………夕弦、でいいのか?」

 

「っ、発見!夕弦の名前は夕弦でした」

 

 名前の確認に随分間抜けな発言が返るが、これを本気で言っているのだとすると。

 少年漫画なんかのボーイ・ミーツ・ガールにある程度付きやすいお約束の単語が士道の頭には浮かんでいた。

 

「やっぱり………。君は他になにか自分のこと言えるか?記憶喪失、とか言ったりする?」

 

「賞賛。何故分かったのですか、あなたは天才ですか…………?」

 

「いや、天才じゃないけれども、経験というか心当たりというかパターンというか……」

 

「認識。確かに夕弦は何も分かりません。分かるものを強いてあげるなら、自分のなにもかもほとんどすべてを“思い出せない”こと。そして―――――――、」

 

 

 

――――――自身が精霊という存在であること。

 

 

 

「ですよねー」

 

 意外と精霊ってどこにでもいるものなのか?と士道は三度目の既知との遭遇(笑)に脱力しかけた。

 いや、目の前の少女が記憶喪失なら下手すると七罪や美九よりも大変なのかもしれないが、かなり天然かつ緊張感の湧かない夕弦の雰囲気のせいで、構える気にもなれないのだ。

 

 しかし、それも一瞬のことだった。

 

「再認。おなかが、“すき”ま、し…………」

 

「え、おい、夕弦っ!?」

 

 ぽん、と近くなっていた士道の胸に、夕弦が倒れ込む。

 とっさに受け止めたが、あまりにもぐったりしているのを慌てて支え――――掌にべたりとついた生温い液体の感触に慄いた。

 

 夕弦の服………おそらく七罪と同じだとすれば霊装とやらには止血効果もあるのだろうが、それでも腰布の下から肌が裂けて血がにじんでいることに気がつく。

 

「お前怪我して………おなかが“空き”ましたってそういう意味かよ!!ブラックジョークにしても笑えねぇぞおい!?」

 

 救急車を、と考えたところで精霊を病院に連れていったところで意味などあるのかと考えてしまう。

 幸い美九の家がすぐそこのところだったので、そこまで担いでいくことを決めたのだった。

 

 

 

 

 

「ねえ、七罪さん。『普通の生活してれば精霊にそうそう会うものじゃない』んじゃなかったんですかぁ?」

 

「その筈なんだけど。しかも私達並みにめんどくさい事情持ってるっぽいとか…………はい士道、スポドリ」

 

「おう………せんくす…………」

 

 なるべく急いで怪我人を運ぶ、あと血を流した女の子を運んでいるところを見られないように全力で掛けてきたので、汗だくになった士道を美九と七罪は唖然としながら出迎えた。

 

 何が起こったのか―――は、士道の方も説明してほしいくらいなのだが―――軽く話すと、夕弦をほぼ使っていない客間のベッドに寝かせて手当てすると言い、汗やら血で汚れた士道はというと美九の家のシャワーを借りさせられた。

 

「ごく、ごく…………ぷはっ、ふう………夕弦はどうだ?」

 

「傷は〈贋造魔女【ハニエル】〉で塞いどいたわ。命に別条はないでしょ」

 

「そっか、よかった」

 

 上がった士道に渡されたペットボトルを飲み干しながら、ベッドで寝息を立てている夕弦の様子を七罪に確認すると、安堵して置いてあった椅子に座りこむ。

 夕弦の顔色は安らかそのものなのだが、初対面でもあれだけの怪我で平然と士道と話をしていたので油断出来ないものの、そこは七罪を信用することにする。

 “士道を士織にしたように”、七罪の変身能力は自分以外のものを変化させることもできるので、それで夕弦の傷口を塞いだのだとか。

 

 それでふと安心したところで、今自分が飲んでいたスポーツドリンクのペットボトルをなんとはなしに見やる。

 女の子一人の美九の家に士道の着替えがあったことといい、七罪がこの家の冷蔵庫を平然と漁ることといい、他人の家に馴染み過ぎな気がしないでもなかった。

 

『だーりんならいつでも歓迎ですー。それに、帰ったときにだーりんがいておかえりって言ってもらえると、すごく幸せになれるんですからぁ』

 

 美九がそんな風に言ってくれているので、甘えているのだが。

 

 そんな美九はというと、どこか思案顔。

 

 

…………よくよく考えれば、確率的に七罪さん(ひとりめ)は偶々、私(ふたりめ)は奇跡として士道さんはもう出会っちゃっているんですよねー。だから三度目は無い、って思ったんですけどぉ、

 

――――逆に、二度あることが三度あったって考えるなら、夕弦(さんにんめ)は………“作為”ってことなんじゃないの。“心当たり”、あるんでしょ?

 

 

「…………」

 

「美九?」

 

「え?あ、はい、なんでしょうだーりんっ?」

 

「何か心配事でもあるのか?」

 

 物憂げそうにも感じた美九を気にかけると、彼女はあたふたして視線を逸らした。

 

「いや、えと、ふぁ………ま、まあ、考えても仕方ないというか意味のないことでもありますのでー」

 

「それでも、美九にとっては悩みなんだろ?聞かせてくれるか?」

 

「だーりん………」

 

 じ、と美九にしっかりと視線を合わせる。

 困ったようにあちらこちらと瞳をうろたえさせていたが、やがて小さくため息を漏らすと照れくさそうに小さく笑った。

 

「美九?」

 

「だーりん、すごいです。心配されてるのが嬉しくて、本当にどうでもよくなっちゃったじゃないですかー」

 

「お、おう……?そうなのか?」

 

「はい、そうなんですー。あ、それよりも夕弦さん、起きそうですよっ!」

 

「ん。朦朧、ここは…………」

 

 やや話を逸らされた気もするが、本当に微かに夕弦の瞼が動いていた。

 今は夕弦に第一声でなんと声をかけようか、と考えながらも、士道は後で美九の様子を気に掛けるべきか、と脳内の備考にメモをしておくのだった。

 

 

 





 この夕弦実は『夕弦に勝ってしまったことに動転し自傷したあと自分が夕弦だと思い込んだ耶倶矢』――――――とかいう双子ミステリーの古典トリックネタが浮かんでやってみたくなったんだけど、意外に常識的な耶倶矢がこの面倒くささになると我らが士道さんですら話に収集つけられなくなるので断念。
 きっぱりと諦める為にここに書いておきます、正真正銘夕弦です。



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八舞ライアーズ


 虚飾と真実。

 嘘って悪いことだろうか。

 嘘つきと正直者、どちらがより頼りにできるかと言えば結論は嘘つきの方だ。

 正直者は“自分を偽る(相手に折れる)”ことも難しいし、なにより「自分が正直に話しているから相手も正直に応えてくれる」という心理(ゆだん)がどうしても働いてしまっている。
 美徳ではあっても状況としてそれを貫くことで一転悪徳となることがあるにもかかわらず。

 だからまあ、「正直者は馬鹿を見る」というのも実際は「馬鹿が馬鹿やって馬鹿を見ているだけ」で………………あれ、なんか脱線して本編関係ないやこれ。




 

 眼を覚ました夕弦は茫洋とした様子で、ゆっくりと室内を見渡した。

 ベッドから怪我人の割には上半身を平然と起こし、痛んではいたらしくぽてりと逆再生で寝転がりに戻ってから。

 そんな中で、その焦点の合わない瞳で士道を捉えると、ようやく覚醒した様子でぱちくりと目を瞬かせた。

 

「不明。あなたは………?」

 

「起きたか、夕弦?さっきは名乗ってなかったよな。五河士道だ」

 

「疑問。では士道、士道が夕弦をここに運んだのでしょうか?」

 

「……まあ、ほっとくわけにもいかなかったし」

 

 答えながらも、じ、と寝起きだからではないだろう動かない表情で夕弦に見つめられている士道。

 七罪や美九に劣らぬ美少女の視線になんとなく照れくさくて、落ち着かずに頬を掻く。

 その視線を逸らそうと話題を繋げた。

 

「それと、ここはこっちの美九の家だ。で、そっちは夕弦の手当てをした七罪」

 

「どーもー」

 

「………ま、よろしく」

 

 そんな士道の内心を普通に察したらしい二人は、片や妙にキラキラのアイドルスマイルで、片や溜め息をつきながら紹介を受けて夕弦に手を振った。

 その夕弦は、そういう不自然さには無頓着に頷く。

 

「感謝。三人は夕弦の恩人です」

 

「どーいたしまして。で、恩人ついでに訊いていい?なんで精霊のあなたがあんな怪我してたのか」

 

「悄然。覚えていません」

 

「夕弦……」

 

 七罪の問いに目を伏せる夕弦に、士道は初めて彼女の感情の動きを見た気がした。

 果たして、夕弦はどんな気持ちでいるのだろう。

 精霊かどうかはともかく、自分の記憶がないなんてそれこそフィクションの中でしか知らない以上、想像することも難しいのだが、やはり不安なのだろうか。

 分かっているのは自分の名前と特徴だけ、自分を知る人もいるかどうかすら曖昧。

 

…………ふと、去年の聖夜を思い出した。

 

 街の人々に追われ、家族ですら頼れない。

 逃げる為とはいえ、性の違う姿となり認識すらされなくなったのはまるで自分が自分でないかのよう。

 

 あの時の虚無感と同じ種の想いを夕弦が抱いているのなら、士道にとってふーんそうかでは済ませられなかった。

 なるべく元気づけるようにと高い声音を心がけて夕弦に声をかける。

 

「ま、まあ夕弦!今はゆっくり休んで、怪我を治さないとな!」

 

「迷惑。しかしこのままここにいるわけにも」

 

「でも、夕弦は帰るあてがないってことは行くあてもないんだろ?その――――、美九」

 

「はいー、だーりんのお願い事ならなんでも聞いちゃいますよー。なんですかぁ?」

 

「ぅ、悪い、ありがとう美九。暫く夕弦をここに置いてもらっていいか」

 

「是非もありません。ちゃんとお世話することー、ですよ?」

 

「あ、あはは………」

 

 美九の好意に甘えないといけないのが少しばかり情けなかったが、大きな“お世話”を焼くのならこんなものなんだろう。

 所詮夕弦の心境も士道の予想でしかない。

 美九が若干茶化したように、犬猫を拾った子供と大差ないのだとしても、空回りする前提くらいの気持ちで夕弦の力になってあげようと思った。

 

「じゃあそういうことで」

 

「感謝。その善意に、甘えます」

 

 やはり夕弦が何を思ったかは表情からは分からない。

 ただ包まっているタオルケットを引き上げてその下で――――少しだけ、口元が柔らかくなっていたような、気がした。

 

 

 

 

 

 まだ傷の痛む夕弦に長話をさせてもいけないので、三人とも席を外すと、夕弦もすぐに寝入ったようだった。

 美九の部屋に戻り、淹れてくれた紅茶を楽しみながら、士道は美九に先ほどの礼を言った。

 

「ありがとうな、美九。幸い夏休みだしな、ちゃんと毎日様子を見に来るよ」

 

「わ………意外なラッキーですー」

 

「へ?」

 

 休暇中の学校の課題も美九の家で片づけることになるかなー、と思いながら話すと少し嬉しそうに返されて驚いた。

 

「さっきの美九のは冗談よ。私だってしばらくは手伝うつもりだし」

 

「七罪、いいのか?」

 

「ええ。というか、そもそも私たちにとって夕弦さんに警察とか病院のご厄介になられると、困る事情があったりもするのでー。でもだーりんが長期休みでも毎日来てくれるのは嬉しいですー」

 

「まあ、そういう意味じゃ士道が怪我してる夕弦を救急車呼ばずにここに運んできたのは、助かったわ」

 

「あ………」

 

 言われて、確かに、と思う。

 夕弦は二人と同じ精霊だという。

 それが、世間一般に存在が知られていないように、隠さなければならないことだとすれば、匿う理由にもなるだろう。

 今では反省しているとはいえ、美九なんかは“やらかして”しまっているわけだし、その能力があると知られるだけでも避けたいだろうと思った。

 

「なあ、七罪。その“事情”っていうのは、夕弦が怪我した原因にも関係あったりするのか?」

 

「「…………」」

 

 それで問うと、七罪も美九も黙り込む。

 

…………この沈黙は、覚えがある。

 精霊について話が行きそうになると、ごく稀にこんな風になるのだ。

 

 

「……精霊の霊装は、“服”じゃなくて“城”。普通ミサイル食らったって貫(ぬ)けるものじゃないわ。だったら、夕弦は――――」

 

「七罪さんッッ!!」

 

 

――――それは、紛れもなく七罪の失言。

――――そして、それを誤魔化せずについ大声で遮ってしまった美九の失策でもある。

 

 

「まるで試したことがあるみたいな言い方だな、七罪」

 

「…………ッ」

 

 

 言葉を選びながらさりげなく話を別の方向に向かわせようとしていた七罪だったが、そんなに彼女は口が上手い訳ではなく、そして話を繋げられないほど士道も馬鹿ではなかった。

 そして、この状況では士道も精霊というものについて、今までのように“そういうもの”として気にしないわけにはいけなくなる。

 

「―――――教えてくれないか。精霊って、なんなんだ?」

 

「だーりんっ!」

 

 にわかに空気が緊迫する。

 美九は焦った様子で士道の手を取り、首を振るジェスチャーを示した。

 だが、それでは止まらない、止めるわけにいかない。

 

「美九、誤魔化すなよ!」

 

「誤魔化してなんて――――」

 

 

「心配するだろ!?隠し事や言いたくない事の一つや二つ、そりゃあるだろうけど、七罪や美九にそんな顔させるなら話は別だ!」

 

 

「「………!!」」

 

 士道の言葉に、示し合わせたように二人して頬に手を持っていく。

 それで、暗く固くなっていた表情を自覚し解すかのように撫ぜると、ふっと力無い苦笑を見せた。

 

「…………そんな士道だから、教えられないのよ」

 

「優しいだーりんに全部話して、預けて、受け入れてもらうのはこちらが楽です。でも、知ってしまえば知る前には戻れない。とりあえず話してみれば、なんていかないですよぉ………」

 

 そんな風に言葉を重ねる二人の士道を見る目は、優しく、暖かい。

 それだけに、切なくなってしまう。

 

「精霊のことなんて知りもしない、ただの善人。そんな士道が、ただの女の子として優しくしてくれたから、今私達は救われてるの。それだけで、いいの」

 

「だからだーりんには、何も言わないのにいっぱい心配してくれるそのままのだーりんでいて欲しい。勝手ですよね、我儘ですよねぇ?でもそれをだーりんが受け入れてくれるって、分かっていながら甘えてしまうんです」

 

「七罪、美九…………」

 

 そんな言い方はずるいと、士道は思っても口に出せなかった。

 結局話を逸らして、秘密を隠している。

 だがそれは、後ろ向きの感情だけじゃない、士道の為の隠し事でもあるのだと。

 自分を想うが故の秘密を暴く真似は出来なくて、美九の言う通りに女の子の勝手・我儘を受け入れるしかない。

 

「…………ごめん」

 

「こっちこそ、ごめんなさい」

 

 本当にそれでいいのか。

 そういうものが男の子の役目なのか。

 そんな疑問を抱きながらも、追求は諦めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 夏の風が種々の想いを攪拌し、強く掻き雑ぜる。

 悪意なんて欠片も無いのに、想いは複雑に絡まり合う。

 

「……………」

 

 そんな館を、天からただ眺めるだけの風があった―――――――――。

 

 

 

 

 

 





 今回ちょっと短めなので、絶対連載にならないふと思いついた別の時系列弄り無茶設定ネタをやってみる。

 感想板で十香のこと気にしてる読者さんが多いのと、十香のいないデアラに若干違和感を覚えつつあるので()





 巨大な怪物に齧られたように、大きく球形に抉られたコンクリートの街。
 衝撃で粉塵がその上から降り積もる、そんな廃墟の景色。

 小さな足を瓦礫に取られながら、ふらふらとした足取りで頼りなく歩く子供の姿があった。
 まるで疲れ切った老人のように沈んだ表情で、目的もなく歩き続ける。

…………母親に捨てられた。

 幼い子供にその理由なんて分かる筈もなく、ただその事実だけを突き付けられてもどうしようもない。
 現実を受け止められず、探していればもう一度会えるだろうかなんて漠然とした考えで、その子供は住民が避難した無人の街をも大人の目を離れて目的もなく徘徊していた。

 そうして歩くうちに子供は、神秘的な光と共に、場に不相応な輝く玉座を足蹴にしながら佇む鎧姿の少女と出会う。

「…………お前も、私を拒絶するのか?」

 そう問う少女の顔は、恐ろしいくらいに子供と瓜二つであった。
 正確には、それくらい醸し出す雰囲気が一致していた。

 そして、お互いにそのことを、どこかで感じていた。

「しない。きょぜつなんて、しないもん。いなくなっちゃえ、なんて言っちゃいけない―――――だって、こんなに、かなしくて、いたい」

「そうだな、痛いな…………」

「おねえちゃんも、すてられたの?」

「分からぬ。私がかつて誰かのものであったのかどうかすら定かではない。名前もなくただ、私はここにいてはいけないと、それだけをいつも突き付けられる」

 俯いた少女の顔を覗きこむように、子供はその足元まで近寄った。

「とうかおねえちゃん」

「………っ?」

「とうかにあったから、とうかおねえちゃん。なまえ、いくらでもあるよ?だからおねえちゃんも、しどうってよんで?」

 いちゃいけない、なんて誰かに言ってはいけない。
 いていいよ、って言って欲しい。
 名前を呼ぶのは、その存在を世界に認めること。


――――しどうってよんで(いていいっていって)


 子供の拙い言葉と想いを、同じ痛みを共有する『とうか』だからこそ理解した。
 だから『とうか』は、『しどう』を抱きしめて応える。

「シドー……シドーっ!私のものになってくれないか?絶対に捨てたりなんかしない!だからシドーも、もっとずっといつだって、私のことをとうかと呼んでくれ!」

 『とうか』もまた、誰かに認められたこともない子供だから、湧きおこった拙い想いを全力で前に出す。
 それに救われたように、『しどう』は初めての笑顔を『とうか』に向けた。

「うん!とうかおねえちゃんと、いつだって、一緒…………」

「―――――!ありがとう、シドー………っ!」

 優しく、優しく、万に一つも傷つけないように『しどう』を抱きしめる腕に力を込める。
 その暖かさを確認し、ぼろぼろと涙を溢れさせながら『とうか』の身体がより強い光に包まれる。

 精霊が隣界へと“帰る”現象、消失【ロスト】。
 人間の子供である筈の『しどう』を伴い連れだって、精霊の『とうか』はこの世界から消え失せていった。





 数年後。

 ゆらゆらと。
 たゆたいながら意識の海の中を、ずっと寄り添って安らかに眠る姉と弟。

 時折人間世界に引きずり出されて戦いとなる時だって、いつも二人は一緒だ。

「よいか、今日もしっかり捕まっているのだぞ、シドーっ!」

「りょーかい、とうかおねえちゃん!」

「ふふ………まったくシドーは本当にかわいいなあ。ほら、なでなでだ!」

「と、とうかおねえちゃん、前見て前!!」


「……………(ギリッ)」


「無粋!―――また貴様か」

 強襲する、機械で武装した白髪の少女を、十香は剣で迎撃する。
 少女は十香の背中に守られた士道を見て鉄面皮を歪め、十香に銃口を突き付ける。

「今日こそ士道くんを解放してもらう、〈プリンセス〉」

「この……ッ、貴様こそいい加減に私のシドーを邪な眼でみるのをやめんかぁ!!」

 そして、激突。



「……………今日もやってますね、鳶一一曹」

「〈プリンセス〉戦だけあの異常な強さ、本当に何なんでしょう?」

「最強の精霊と互角にやりあえて、下手に援護しても邪魔なだけだし…………もうあいつひとりでいいんじゃないかな」

「言わないで…………」

 ショタコンの底力に戦慄する後方部隊が、それを見守っていたとかいなかったとか。





※タイトルは『子連れ精霊―おねショタプリンセス十香』、とかどうだろう()
 隣界で眠っている間士道は成長してない感じで。
 折紙さんが愛()で十香と互角のデッドヒートを毎回繰り広げるライバルポジ。


…………疲れてるな俺。後書きが二万文字も入る仕様になってるからッ!!




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八舞モラトリアム


 サブタイに意味をつけようとするとご覧の有り様だよ!

 結果、当初の予定より夕弦がややアグレッシブかつ露骨です。




 

 夕弦のお世話をすること、となって美九の家に通い始めて数日。

 

 怪我人の看病、というのは士道には経験がなかった。

 とはいえ熱を出して薬が必要だとかも無く、傷口自体七罪の能力で塞がっているから包帯の出番があったりもしない。

 朝家族と朝食をとってから美九の家に赴くのだが、やることといったら、夕弦の話相手やトランプなど身体に差し障りのないゲームの遊び相手になること、出歩く際に付き添うこと、そして。

 

「強請。あーん」

 

「あ、あーん…………」

 

 

 食事を、食べさせてあげること?

 

 

「満悦。おいしいです。おさんどん名人の称号を与えます」

 

「…………そいつはどうも」

 

 別にそれくらい一人で食べられるだろう、とは思うのだが。

 士道が最初に手探りで美九の家のキッチンを借りて軽い料理を作った時にしてあげたのが気に入ったらしく、食事の度に頼まれては、ひな鳥みたいに目を閉じて口を開ける夕弦にスプーンで餌付けする運びとなっていた。

 

 常に眠そうな目つきで表情に乏しいものの、感情はむしろ豊かなようで反応がいい夕弦。

 ベッドに腰掛けているのを、世話しようとすると色々と構う必要が出てくる。

 次食べさせろの要求の度にちょこちょこと服の裾だの襟だの袖だの手首だのほっぺだの引っ張ってきて――――、

 

「――――っへ、おひ」

 

「美肌。もちもちですね」

 

「そうか?こんなもん……………いやそうじゃない人の顔で遊ぶな」

 

 雰囲気だけだがどうも楽しそうで何より、というか妙に気に入られたらしく変なノリと距離感で夕弦の療養生活を見守っていた。

 

 とりあえず士道はそのまま、手元の器から今日の夕弦の昼食であったトマトリゾットの最後の一口を夕弦の口に突っ込んだ。

 

「完食。ごちそうさまでした」

 

「おそまつさま。食後の散歩行くか?」

 

 咀嚼し呑みこみ終えた夕弦は、前に両手を突き出すようなポーズをすることで返答の代わりとする。

 士道は苦笑しつつ、同じく両手を重ねて彼女の華奢な身体を引っ張り上げた。

 

 

 

 

 

 雲が多く、日差しの穏やかな日だった。

 

 美九のお下がりの白いワンピースを着て、屋敷の庭園を花を眺めながら散歩する夕弦はなんか深窓の令嬢っぽい。

 “なんか”“ぽい”などとふわっとした表現をしなければならないあたり流石は夕弦の謎のオーラなのだが、褒めるのにやぶさかでない程度には可憐で絵になる姿だった。

 

「歩くのはもう支障ないか?痛みは?」

 

「好調。支障ありません。気遣い感謝します」

 

 病弱という要素もいい加減取れかかっているようで、元気に士道を先導するような速さで夕弦は歩いている。

 

「疑問。この花はなんという名前ですか?」

 

「えっと…………悪い。わかんねーや」

 

 しゃがみ込んだ夕弦が薄紅に開いた花を軽く撫でて訊いてくる、が。

 見事に整えられた庭園なのだが、士道は園芸には詳しくないどころか家の持ち主の美九でさえ業者に整備を丸投げしている有り様なので夕弦の疑問には答えられない。

 そうすると夕弦は何故か首を傾げると、背後の茂みを指さした。

 木の陰でがさりと動く音がする。

 

「疑問。では、あれは?」

 

「………っ」

 

「ん、どの花………え、七罪?花かと思ったら、なん―――――」

 

「~~~~~っ!!?」

 

「赤面。よくもそんな気障なセリフが言えますね。感心します」

 

「ハッ!?ち、違う、騙したな夕弦!?」

 

「否定。正直そこまで愉快にコメントしてくれるとは思いませんでした」

 

「く……っ!?」

 

 墓穴を掘って愕然とする士道をよそに、後を追けていたことに気付かれたことに気付いた七罪が顔を真っ赤にしつつぱたぱたと走って逃げていく。

 

「違和。それで、七罪は何故こそこそこちらを監視していたのですか?」

 

「……………あー」

 

 静かな湖畔のように凪いだ瞳で問われ、士道は言い淀んだ。

 

 出会ってから二年と少し。

 七罪の考え方もなんとなく分かるようになってきた士道は、それを夕弦にどう伝えたものかと悩む。

 

 といっても、要するに前のやりとりが尾を引いて気まずいだけなのだが。

 ただ喧嘩するだけだったならともかく、根っこのところでお互い引く気がない訳だから難しい。

 七罪も美九も明らかに厄介事を抱えているのに“士道の為に言う訳にはいかない”というスタンスで、士道は士道で、その隠し事で二人が夕弦のように怪我する可能性を考えれば心配で仕方ない。

 お互いがお互いを心配して、そのせいで妙な溝を作ってしまっている。

 

 その辺りを相談するのもいいかも知れない。

 そう思ってある程度ぼかして士道は事情を語った。

 

「理解。士道と七罪と美九は本当はとても仲良しなのですね」

 

「………ん」

 

「羨望。互いに相手を自分より大事にしています」

 

 語る夕弦の目は存外生暖かい。

 ストレートな言葉に照れくさかったが、続きを促す。

 

「助言。自分のことを相手が大事にしてくれて、自分は相手を大事にしているのなら、それぞれが悪い事になるわけがない。単純な理屈ではないでしょうか」

 

「…………そういうものか?」

 

「真理。大事にしてくれる人がいるなら、きっと幸せになれる。……………そう、そうですね」

 

「ゆ、夕弦?」

 

 ふわりと。

 

 

 士道の胸に飛び込んできたのが夕弦だと、一瞬分からなかった。

 汗ばむ暑さの中涼しいと感じるくらいに体温を感じなかったし、体重も軽くて――――――まるで、風が吹き抜けたよう。

 

 

「約束。士道にお願いしたいことがあります」

 

「え?」

 

 

「未来。…………“今”、“今”でなくて構いません。“いつか”、“私”を大事にしてくれないでしょうか。できれば七罪や美九と同じか、それ以上に」

 

 

 士道ならば――――。

 

 そう呟いた夕弦の気配が、ふと初めて会った時と同じくらい薄いものに感じてしまった。

 強く抱きしめると、そのまま大気にふわりと溶けて逃げてしまいそうな。

 

「代償。色仕掛けサービスです」

 

 そんな士道の抱いた不安と裏腹に、夕弦は膨らんだ胸を士道に擦り付けるように身体を動かして誘惑してくる。

 

「投資。士道は夕弦の色仕掛けにめろめろです。好感度爆上がりの陥落で、いずれ“私”をたくさん大事にしてくれるのです」

 

「夕弦…………」

 

 美少女の誘惑に、緊張や悦楽を覚える状態に、しかし士道はなれなかった。

 

 一つ………たった一つ。

 夕弦に言わなければならないことがあると、強く思ったから。

 

 

 

「そんなことしなくたって、夕弦のこと、“今”、“大事にする”。もう俺は、お前のこと見捨てないって、決めてるんだから」

 

 

 

「…………、………士道」

 

 何故こんな言葉が浮かんできたのかは分からない。

 夕弦の態度、特に“いつか”を強調する不自然さはそうだが、夕弦が記憶喪失を不安に思ってこうなっているのかも定かではないのだ。

 だが、こう言われて安堵した様子の夕弦に余計に士道の不安は膨らんだ。

 

 士道の言ったことは本心だ、嘘な訳が無い。

 真夏の猛暑の中で、腹から血を流している精霊少女などという厄介事を警察の手に任せずに奔走した時から、たとえ夕弦の記憶や事情がどうであれ彼女を見捨てる選択肢は存在しない。

 

 だが、それを言ったことで、何か取り返しのつかない―――――例えばブレーキの壊れたトロッコを押してしまったような、そんな危惧感が士道の胸の内を支配していくのを感じた。

 

「僥倖。存外夕弦の運は良かったようです。士道、あの時あなたに会えて――――――」

 

 初めて微笑んだ夕弦の顔も、どこか散る前の花弁の儚さを思わせる。

 そう、それは、夏の強い風に煽られて舞い上がるような、そんな一瞬の美しさ…………。

 

 

 

 

 

「それじゃ、夕弦のことお願いな、美九」

 

「あ………はい、だーりんっ!!」

 

 

 夜の間の夕弦の世話を美九に任せ、士道は家路につく。

 夕弦の様子に不安はあったが、体調自体はもう快方に向かっているのであまり構い続けても仕方ない。

 

 それに、夕弦の助言から、美九たちへの蟠りも無くすように接した。

 隠し事はやはり心配ではあるけれど、そういう士道であることも折り込み済みで大事にしてくれているというなら、二人は士道の心配しているようなことにならないと信じるべきだと。

 いつかは事情を聞かせてもらいたいけれど、とりあえずはそういうことにしておこうと決めた。

 

 改まって話すようなことではないけれども、そんな心構えで二人に対応すれば、すぐに向こうも察してくれて、今まで通りの三人―――――否、夕弦を入れて四人に戻った。

 

「……………でも、やっぱ不安は不安だよな」

 

 この解決にしたって悪く言ってしまえば議論に蓋をしてしまっただけだし、夕弦の様子がおかしいのも頭から離れない。

 そんな不安を映すような、妖しい茜色が照らす夕暮れの街を士道は歩き。

 

 

 いつかの対比か類似か、彼女は士道を待ち構えていた。

 

 

 シルエットは妹と言われると頷けるほどに類似のもので、髪型も別だが緩くカールした癖質は同じ。

 革と鎖と錠で構成された過激な“霊装”は、細部を除いて同じで違う。

 誰そ彼(たそがれ)時に暗い面(おもて)のみを妖しげな角度で開いた指の隙間で半端に隠し、彼女は言う。

 

 

 

「ククク……逢魔が時に些か不用心だぞ、人間。だが今の我は気分がいい。颶風の御子たるこの八舞耶倶矢(やまい・かぐや)に名乗りの栄誉を赦す。伏して列せよ!」

 

 

 

(…………ああ、夕弦の妹さんか)

 

 いきなりのことに驚きはしたが、自己紹介も不要な程に夕弦よりスタイルがやや華奢な程度であとはそっくりな外見や服装、なにより夕弦とベクトルが同じなのやら違うのやら微妙な吾道を行く言動で認識は一発だった。

 独特の言葉遣いも士道にとっては解読は容易い。

 

 なので。

 

 

「慈愛傷みいる…………と言いたいがね。残念だが貴女の言う通り、私は悲しい程に人間だ。颶風の前には吹けば飛ぶ程度の存在ゆえ、伏せて垂れる程度の重さをこの頭(こうべ)に持ち合わせてはいない。名もまた同様、貴女の真名と釣り合うだけの重みが、五河士道という私を指す“名前【記号】”に存在するかは分からない。それでもよければ、その認識のみを貴女に差し出そう、八舞耶倶矢」

 

 

 とりあえず乗っかってみた。

 

「………………ふっ。吹けば飛ぶ、まさに真理。だが士道、貴様―――“揺らいでいないな”?大した道化よ。我の内に渦巻く魔力を前にその道化ぶり、その矮小なる存在に眠る輝く刃を、我は知っているぞ」

 

「ほう。ヒトは言語を解するだけのサルであり人間は群体。数を頼みにし愚劣と映ろう私達に、貴女のような超越種が見るものがあると?」

 

「惚ける必要などない。何故ならそれは我らとて―――――否、全ての生命がその尊厳として失ってはならない最後の一線に抱えていなければならぬもの故に。

…………それを、誇りと呼ぶのだろう、士道よ?私は貴様を気に入った、五河士道。特別に耶倶矢と呼ぶことを赦してやろうぞ」

 

「………く、くく、くは、はははははっっ!!私の負けだ耶倶矢。些か以上に面映ゆいが、“誇り(それ)”を否定すれば私は真に卑しいヒトへと堕ちてしまう。実に天晴、耶倶矢、貴女の精神の格というものに一つ賛美を赦してくれたまえよ」

 

「ふん。自画自賛の真似ごとなら好きにするといい」

 

 

 実は別に大して意味のあることを語っていない、言葉面だけ格好のいいやりとりを展開する。

 

(やべえ超楽しいっ!!!)

 

 なにか色々なものを置き去りにして、内心士道のテンションはMAXとなっていた。

 そしてそれは相手も同様であると、かつてない程に他人と同調した波長が教えてくれる。

 

 飽きずに小難しいやりとりを続けながらも自然と二人距離を詰めて熱く見つめ合う。

 そして。

 

 

 がしっ

 

 

 それはもう力強い握手が交わされ、士道と耶倶矢の初対面と相成るのであった。

 

 

 





 で、数年後に内心悶絶しながらも相変わらず耶倶矢の厨二ごっこに付き合う士道くんの姿が。

 ていうかむしろ作者にダメージきついわこれ……………。



 で、さあ?
 絶対連載無理って、俺言ったよね?
 なんなの前回のあの病気後書き一発ネタに対して感想板の反響。
 

 しゃーないからハイライトでほんのちょっと続けてみるけどさっ↓

 



 AST・DEM出向社員崇宮真那(たかみやまな)。
 任務は、災害として起こす空間震の他に、殺意を以て自らの手で人々を虐殺する最悪の精霊、〈ナイトメア〉の追跡・討伐。

 だが、今は―――――。

「きひ、きひひひひ…………いつもより容赦がありませんのね真那さァん?いえ、余裕、と言い換えるべきでしょうか?」

「分かってるなら――――迅速に、死にやがりなさいませ」


 光の剣が少女の姿をした精霊をばらばらに切り刻む。
 下手人である真那はそれに眉一つ動かすことなく“処理”を続け………もとが何の形だったのかも分からない程度にその死体を寸刻みにすると、一瞬で興味を失いその場を立ち去るべく踵を返した。

 どうせこの笑い方の気持ち悪い精霊はまたどこかで復活して出てくるのだ。
 考えるだけ無駄、という諦念にも似た結論があるからでもあるが、それ以上に気がかりなことがあるからというのがその大きな理由だった。

 真那は取り出した端末を操作して一つの画像を呼びだす。
 映っているのは、長い黒髪と紫水晶の瞳が美しい鎧姿の少女精霊〈プリンセス〉―――――そして、彼女に背負われた少年。
 その面影は、真那が毎朝鏡で見るものと寸分違わない。

「兄様、なのですか…………?」

 疑念の呟きは、虚空へと溶けて消えるのみ…………。





―――――そして、兄妹は邂逅する。

「まな……?」

「やはり、兄様?成長してねーですか!?」

「…………む。シドー、知り合いなのか?」


 当然の決裂。


「兄様を解放しやがれです、精霊〈プリンセス〉!!」

「貴様らはいつもそれだ!一言目には死ね、二言目にはシドーを手放せと!私はただシドーと安らかに時を過ごせればよいのだ、関わるなよ煩わしいッ!!」

「その独り善がりに兄様を巻き込むな!」

「私を拒絶するのと同じく、シドーを捨てたのは“世界(きさまら)”だろう!?私が拾って何が悪い!!」


「まな、だめ!ぼくがいないと、とうかおねえちゃん、ひとりになっちゃう!!」


「………優しいですね、兄様。でもそこに兄様の幸せは無い。だから――――――〈プリンセス〉、貴様を討滅しやがります」



 鳶一折紙も、また………。

「もう一度、仰ってください、隊長」

「何度言っても変わらないわよ。シドウくん、だっけ?長く〈プリンセス〉と一緒にいたせいかは知らないけれど、あの子からも精霊反応が検出された。あの少年もまた討滅指定、人類の敵よ」

「そん、な………!」

 性欲と復讐の合間で葛藤に揺れ動く。





 そして――――――、

「あー、あー、マイクテスマイクテス。本当にこれでいいの琴里ちゃん?」

『ええ、私達が全力でバックアップするから心配しないで、“おねーちゃん”。さあ―――――、』



「私は五河士織!あなたたちを救いに来ました!!」

『私達のデートを、始めましょう』



―――――いる筈のない存在が、物語を動かし始める。

「ほえ?」

「え、なにこの子すっごく可愛い!ね、ね、しおりおねーちゃんって呼んでくれるかな?」

「き、貴様、私のシドーに触れるでない!!」

 ただし、当然ショタコン。





 以上。

 まあ設定だけ語ればこの士織、隣界で眠っている間ショタ士道が見ている“夢”が十香の霊力を吸収して実体化し生まれた、士道とオリジナルを同じくするもの。
 終盤ではそのことで―――――と思ったけどもう今度こそ続きなんか絶対に書かないから辞めた。


 つーかプロットだけなら十分もあればこの程度いくらでも作れるんで使いたければお好きにどうぞ。




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八舞アサルト


 主は最初の七日で世界を創った。
 エターナルフォースブリザード、相手は死ぬ。

 根本の理屈は同じわけで。

 つまり人類は旧約聖書の昔から厨二――――――――ごめんなさいそんなヤバい喧嘩売るつもりないです撤回します()




 

 語る。

 

「我が〈颶風を司りし漆黒の魔槍【シュツルム・ランツェ】〉は有形にして無形。“刺し貫く”ことに特化し昇華した高次概念よ。この意味、御主には分かるであろ?」

 

「成る程。物質で構成されたこの三次元を、より高位の概念で塗り潰す業か。どこぞの造物主は『光あれ』と唱えることで闇を払ったそうだが………その域にすら到達する研鑽、フッ、敬意に値しよう」

 

「よいよい、そこらの愚昧には理解できぬよって、ほとほと現世(うつしよ)に溢れるは凡俗ばかりよ」

 

「愚昧には理解できぬ、か―――――だがある意味それもまた真理」

 

「………ほう?」

 

 ちょー語る。

 

「高位の概念が低位に対し絶対であるのは、いわば絵に描かれたいかな化け物とて悪戯小僧がそこに赤いペンを塗りたくるだけで満身創痍の血達磨と化すそれに等しい。なるほど論ずるまでもないとはまさにこのこと。だが悪戯小僧はどうやってその化け物の絵を見つける?それはどこに落ちている?

―――――要は情報量の多寡なのだよ。低位の世界を俯瞰できるほどの高位はその情報量故に訳なくその全てを押し潰せる。だが一個の存在として処理し切れぬ程に情報量に差が出来てしまった場合、“概念が届かない”という事態が発生する、ということだ」

 

「ふっ………つまり士道、こういうことだな?我が概念はその昇華故に〈置き去りし孤高なる神風【カイン・アンファッセント】〉と化してしまったのだと。なるほど理解した、素晴らしい!この耶倶矢、御主の知慧にこそ敬意を表そう!」

 

 

 

 問・以上の熊本弁を一行に要約しなさい。

 

 解・王様、馬鹿には刺さらない槍でございます。

 

 

 

 ある意味中二病そのものに対する真理だった。

 

 まあ士道に耶倶矢を馬鹿にする意図は欠片も無いのだが、というよりむしろノリノリで馬鹿をやっている訳で。

 そもそも日暮れの遅い盛夏の夕方という時間は、中学生の士道にはいい加減家に帰らなければならない時間である。

 盟友との出逢いについ話しこんでしまったが、辺りが本格的に暗くなると流石にまずいと考える。

 だが、話しておかなければならない………というか、本来真っ先にしなければならない話はあったのだった。

 

「ところで、ちょっといいか耶倶矢?」

 

「ん、なになに?」

 

 素に戻って士道が話しかけると、耶倶矢もまたポップな感じに返した。

 こいつら恐るべき切り替えの早さである。

 

「まず確認したいんだけど、耶倶矢って今美九の家で預かってる夕弦の姉妹、なんだよな?」

 

 そしてそこからかよ、であった。

 もう色々とアレなのだが………ツッコミはいない。

 

「そーよ。誇張とか本当に抜きで、夕弦は精霊として魂を分けた分身」

 

「そうだよな。それで、俺に言いたいことか訊きたいことがあるんだろ?」

 

 美九の家を訪ねずにあえて士道を待ち伏せしていた耶倶矢。

 彼女に訊きたいことも士道には色々あるが、耶倶矢に用件があるなら先にそちらから片付けるのがいいかと思った。

 

 話を振られた耶倶矢は、とんとんと爪先で地面を叩きながら、少し間を空けてその用件を訊ねた。

 

「その………さ。士道、夕弦はどんな風に過ごしてる?」

 

 おずおずと発せられたその問いは、ただ肉親を心配する少女のもの。

 それに込められた真剣さに、士道は本当に確信した。

 

 ああ、耶倶矢は夕弦の姉妹なんだ、と。

 

 だから士道も応えた。

 

 怪我で美九の家に運び込まれてから、夕弦が士道とどう過ごしたか、どんな会話を交わしたか。

 士道から見た夕弦がどうであったか、それで何を感じたのか。

 

 今日の昼食後の散歩での夕弦の様子はどうしても語るのは躊躇われたが、できる限りは誠実に話した。

 耶倶矢もそれに時に相槌を打ち、時に静かに頷き聴いていた。

 

「…………まあ、こんな感じで。不思議な奴だよ、変なちょっかいかけてきたり、からかったりされるんだけど少しも怒る気になれないし」

 

 

「あはは。それは夕弦に好かれてるのよ。大好きだから悪戯しないでいられないってこと」

 

 

「んな………っ!?」

 

「どう?ねえどうよ士道?あーんな可愛い夕弦に惚れられて」

 

「ほ、惚れって……」

 

 耶倶矢のいきなりの爆弾発言にどきりとする。

 しかもにやにやと半笑いで追撃してくるので、士道はたじたじだった。

 

 夕弦とは会って数日で、でも昼間はずっと一緒にいた訳で、今日はそう言えば色仕掛けなんてされて、でも好かれてるっていうのは、そりゃ夕弦が可愛いのは否定しないけど顔のつくりは耶倶矢も一緒じゃ………などとぐるぐると士道の脳内で二頭身にデフォルメされた夕弦の群れがマイムマイムを踊って、もとい頭が混乱で大惨事。

 

 

 だから、一瞬覗いた耶倶矢の表情を見逃した。

 それこそ夕弦にそっくりな、儚げに透き通った頬笑みを。

 

 

「―――ふふ、随分と幸せそうじゃない、夕弦ってば」

 

 

「え?今なんて」

 

「べっつに。ただ、決めた!って」

 

「決めた?」

 

 

 

「士道、ちょっと拉致させて?」

 

 

 

「は?……って、うわぁ!?」

 

 突如感じる浮遊感。

 ぶれたカメラのように、視界が一気に流れていく。

 地面を踏みしめていたのに、投げ出され落ちていく奇妙な世界。

 

 そしてすぐに気付いた。上だ。

 

 今士道は、“空に向かって落ちている”。

 

「えいやっ」

 

 ぎゅっ

 

「か、耶倶矢ぁっ!!?」

 

 後ろから強く抱きつかれて、もとい抱えられて、ふわりと持ち上がる自分の前髪に士道は気付いた。

 風――――自然界にありえない強さと向きのそれに包まれて、士道はいきなり天空目掛けて浮上させられたのだと。

 そういう現状を理解したと同時に、それを誰がやったのかなんて一人しかいなかった。

 

 どうやら耶倶矢の精霊としての能力は、厨二発言にも少し触れられていたように風を操るものらしい……流石に高次概念攻撃とやらは設定だろうが。

 その耶倶矢は、悪戯げに、しかしとても楽しそうに、太陽が地平線すれすれを掠める紫色の空に士道を連れて舞い上がると、街全域に強い風を吹かせた。

 突風に煽られ、街路樹が悲鳴を上げるように葉をざわめかせる。

 木々の擦れる音、大気が唸る音、まるで街が何かの楽器であるかのように、演奏者(耶倶矢)の指揮に従って奏でる―――――――“誰かに宛てたメッセージ”。

 

 びゅうびゅうと、その悪戯な風に乗るかのように士道を抱えた耶倶矢は今度は水平方向に舵を切る。

 宣言通り、本当に士道を連れ去るつもりなのか。

 正直家に帰らないと本格的にまずい時間なのだが、言っても耶倶矢は聞いてはくれないだろう。

 

 ただ、その一方で耶倶矢に抱えられて“空を飛ぶ”という経験はなかなか楽しい。

 街の、士道の家のある辺りも美九の家も同時に見えるような高さで、その中をふわりと重力から解き放たれてすいすいと泳ぐ状況に興奮を覚えているのも事実だった。

 だからまあ、士道も少しばかり悪い子になって、耶倶矢に抵抗するとか説得するとかの選択肢を投げ捨てる。

 

 

「ククク………士道、今宵御主はこの耶倶矢の贄よ」

 

「……やれやれ、私では祭殿に差し出されるにはいささか華がないのではないのか?それでもいいなら、素直にエスコート願うが」

 

「安心せい安心せい、御主は我が真理の眼(まなこ)に叶う逸物なれば、――――――ふむ、愛でるも一興か」

 

「ほどほどにな。華は耶倶矢自身で十分とも言えるが、此方は初心な性質でね。過ぎた悦楽は毒にしかならんのだよ」

 

「ほう!士道はまったくもって我を気分良く乗せるのが上手い。これはますます褒美を与えねば」

 

「しまった……またしても一本取られたな」

 

 

 そしてこのノリであった。

 もうダメだこいつら。

 

「「…………………」」

 

 しかも愛でるとか褒美云々は完全に口だけ、耶倶矢は抱きついたままもじもじとしてそれ以上何もしようとしないし、抱きつかれたままの士道も士道で意識してしまって顔を赤らめたまま口を噤んでいる。

 どこの付き合いたての初々しいカップルかと思うような妙な沈黙に支配されたまま、二人は風を切って夜が迫りくる方角へと飛行し続けるのであった。

 

 もう本当にダメだこいつら。

 

 

 

 

 

 飛行している時間そのものは、変な間のせいで長く感じられたが実際そんなにでもなかった。

 せいぜいが十数分といったところだろう。

 そして正確な方角は分からないから今どの辺りかも不明だが、とりあえず陸地が途切れた海岸線まで来てしまったあたりかなりの速さで飛んでいたようだった。

 護岸整備が為された波打ち際に士道を降ろすと、耶倶矢もくるりと舞うように一回転してたん、とアスファルトを靴で鳴らして着地する。

 

「おつかれ耶倶矢。で、実際何がしたかったんだ?」

 

「…………んー、ちょっと待って」

 

 来た方向を振り返ってじっと見つめる耶倶矢。

 すぐにそちらの空に一つの影が見え始めた。

 最初小さい点だったものがどんどん大きくなって、それが鳥や蝙蝠でないことに気が付く。

 

「………………」

 

 それは、似た人物が近くにいるからこそ見間違えようもない。

 耶倶矢と類似した拘束をモチーフにした霊装が宵闇に薄く光り、同じ蜂蜜色の癖のついた髪を風に靡かせ、いつも以上に感情の読めない茫洋とした目つきで、夕弦は、空から士道と耶倶矢を見下ろしていた。

 耶倶矢もまた、夕弦の姿を認めると、一歩前へと踏み出した。

 その表情は、触れれば切れそうなくらいに、真剣。

 

「先、謝っとくね士道。これからすごく嫌なモノ見せると思う」

 

「え………?」

 

 

「―――――――――〈颶風騎士、穿つ者【ラファエル、エル・レエム】〉!!」

 

 

 鎖と革ベルトで絞めつけられた耶倶矢の細い躯を更に拘束するように、右手に厳めしい鉄甲が装着され、虚空を掴む。

 荒れた風が四方より集まり、それが一つの武器の形を成してその拳に収まった。

 槍――――それも、馬上どころか天空を駆けるならこの程度が当然とばかりに巨大な突撃槍。

 耶倶矢の矮躯に比してより大きく見えるそれを腰だめに構え………夕弦に、向けた。

 

「耶倶矢、何をッ!!?」

 

「不倶戴天、八舞夕弦――――――覚悟ッッ!」

 

 地面が、爆発する。

 そう一瞬錯覚したほどの強い風が、下から士道の体を叩く。

 それは、耶倶矢の体そのものを矢として夕弦目掛けて打ち出した反作用の風だった。

 その矢は、士道の動体視力では捉えられないほどに疾く、夕弦に襲いかかる。

 

「反、応………ッ、〈颶風騎士、縛める者【ラファエル、エル・ナハシュ】〉!」

 

 重い金属のぶつかり合う音が、高らかに響く。

 見れば夕弦もまた左手に装着した鉄甲の上に更に鎖を巻きつけていて、それで耶倶矢の突撃を弾いたらしかった。

 

「………ふん、外したか」

 

「戦慄。いきなりなんですか。あなたは一体………」

 

「問答無用。理解が成らぬならば成らぬままに“全てを終わらせる”。それが、慈悲と知れ」

 

 冷たく言い捨てる耶倶矢には、先ほどまで士道と話していた時の奔放さや明るさはない。

 言葉遣いにも、ごっこ遊びの時のような“軽さ”が全く感じられなかった。

 

 それだけに、士道は耶倶矢の“本気”を確信してしまう。

 

「やめろ耶倶矢!どうしたんだよ、お前さっきまで、あんなに………っ!!」

 

 あまりに突然に始まった命のやりとりに、驚きと焦りが止まらない。

 ひきりなしに肌を撫ぜる風に、この非現実な光景を現実だと教えられ、絞り出すように声を上げた。

 そんな士道の叫びを無視して、耶倶矢は槍を振るう。

 呼応するように、密度の高い空気の塊が横合いから夕弦を殴りつけた。

 

「狼狽。きゃぅ……………っ!?」

 

 体勢が崩れ、夕弦の上体が泳ぐ。

 その状態の彼女に、再び耶倶矢は突撃をかけた。

 

 地を蹴っていないからなのか、僅かに先ほどよりもその動きは緩やかに見えて。

 

 体勢を崩した夕弦でも、本当にぎりぎりで反応できるタイミング。

 だからこそ、経験とか、理論とか、そういうものをすっ飛ばして夕弦の生存本能が反射で夕弦に命じた。

 

 槍を躱すように体を捻りながら、鎖の先端に括りつけられた刃を短剣のように握って、向かってくる耶倶矢の首筋に突き刺す、その動きを。

 

 

「「「――――――!!」」」

 

 

 そして、一対の風が、交錯した。

 

 

 





………って引きをやっても一話で二人とも生きてるの決まっちゃってるんだけれども。

 しかし熊本弁本当に疲れた。
 闇に、のまれる……………。



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八舞フュージョン


 難産でした。

 過去最長クラスの文章量だからとか、八舞編クライマックスだからとかもあるけど。

 厨 汚 染 の 残 留 が 酷 か っ た 。




 

 

「制止。だめ………!」

 

「今度こそ、“外す”―――――!」

 

 

 

 耶倶矢の槍が夕弦の真横の空間を抉り、夕弦の刃は耶倶矢の首の薄皮一枚を切り裂くに止まる。

 その勢いのまま衝突した二人はもつれ合い、墜落する。

 地面に落着する瞬間、二人は突風を巻き連れて散開し、互いを睨みつけた。

 

「…………どういうつもりよ。やる気あんの?」

 

 

「憤慨。同じセリフを耶倶矢に返します」

 

 

「夕弦、耶倶矢!」

 

 そんな二人のもとに、士道が駆け寄った。

 士道は彼女ら二人よりも、ともすれば必死の形相で問い詰める。

 

「一体何がなんなんだ!人をいきなりこんな場所に連れてきて、『嫌なモノ見せる』とかわけわかんねえよ!それに夕弦、いま耶倶矢のこと、……………もしかして記憶が戻ったのか?」

 

「否…定。…………」

 

 

「そうよね、否定よね、だって最初から記憶喪失なんて嘘なんだし」

 

 

 冷たく、そっけなく言い放った耶倶矢の告発に、夕弦はためらいがちに士道から視線を逸らした。

 

「士道だって、うすうす気付いてたんでしょ?」

 

「それは…………。でも、だからって!ああもう、色々ぐちゃぐちゃだッ!!?」

 

「そうね、誰かさんのせいでほんと面倒くさいことになっちゃって」

 

「反駁……!ことを複雑にしたのはそもそも耶倶矢の筈だと――――」

 

「なんですって――――」

 

「やめろ!どうせどっちもどっちなんだろうが!それよりちゃんと俺に説明してくれ!お前らなにがしたいんだ!?」

 

 口論に入ろうとした二人を、強引に間に割って入って止める。

 殺し合いよりは口げんかの方がましなのかもしれないし、一片だけでも垣間見た二人の精霊としての能力は余波だけでも誤って死にかねないものだったが、引くわけにもいかない。

 そのまま蚊帳の外に弾きだされてしまえば、また殺し合いが始まってしまわないかと、一度生々しい夕弦の血を流す姿を見ている分その方がよほど恐ろしいのだ。

 

 だから首をつっこむ。

 大きなお世話を焼く。

 

――――あるいは、どこかで信じていたのかもしれない。

 

 知れば自分のするべきことが分かると。

 二人の争いを辞めさせる、その方法があるのだと。

 七罪の時のように、美九の時のように、…………その心を救う術が見つかるのではないかと。

 

 

 突き付けられるのは命の選択なのだと、知りもしないままに。

 

 

「回答。士道には、夕弦達のことについて知る権利があります。いいですね、耶倶矢」

 

「ええ、教えてあげる」

 

 暫しの沈黙の後、嘘のように凪いだ海岸で、二人はぽつぽつと己の業を告白するのだった。

 

 

 

 

 

 精霊・八舞。

 

 その存在が分かたれて夕弦と耶倶矢が姉妹として生まれた。

 

 その理由など問うだけナンセンスだ。

 精霊は人間と違い、まっさらな状態で生まれ母親で他者と己の境界を認識するものではない。

 ただ認識と知識のみを持って一人誰もいない隣界に“在る”、少なくとも八舞はそうだった。

 不完全な知識に己がどうであるというそれなどないのだから、そういうものなのだと納得する他ないだろう。

 

 だから、分かれた理由も、それがいずれ再び一つに戻らなければならない理由も知りようがない。

 

 “そういうもの”だからだ。

 

 そう、一つになる時たとえどちらかが消えてしまう定めだとしても。

 

 

「消える……!?夕弦か、耶倶矢が?」

 

「択一。もとが一つの霊格である以上、二つの意識は共存できません」

 

「だから私達は、八舞の名に相応しい方を決めないといけないの」

 

 

「訂正。――――相応しいのは耶倶矢だと、決まった筈でした」

 

 

 一度耶倶矢の槍が夕弦の腹を貫き、重症を与えたことで。

 直接的な暴力をぶつけ合う決闘という最も原始的で単純故に分かりやすい方法で、優劣は決した。

 

 だが、消失(ロスト)という水入りが入ったことで、耶倶矢の勝ちは確定しなかった。

 

 精霊は自身が生まれた異世界、隣界にいる間は眠って過ごす。

 だから夕弦と耶倶矢の決闘も此方側への現界時に行うしかないのだが、勝負が着いたと思った瞬間に隣界に呼び戻された為、夕弦は命を長らえ、耶倶矢は相手に回復の間を与えることとなったのだ。

 

 “夕弦”にとって不本意で、“耶倶矢”にとって不幸中の幸いなことに。

 

「苦肉。最早決まった勝負です。記憶喪失になったとでもして腑抜けを演じれば、耶倶矢は容赦なくとどめを刺しに来る、そう考えました。

―――――士道、そして美九や七罪には、騙してしまったことに申し訳なく思います」

 

 

 刃錘(ペンデュラム)による武装を続けながらも、そこまで語った夕弦は耶倶矢への構えを外してまで士道に向かって真っすぐ頭を下げた。

 それに激発する、耶倶矢。

 

「騙した?…………たとえそうでも、あんた幸せそうだったじゃない!だったらそのまま――――、」

 

「信頼。士道と巡り合ったのは運命の悪戯でしょうが、そのおかげで士道なら耶倶矢を大事にしてくれると確信しました」

 

「!お前ら、もしかして………!」

 

 二人の言動、今までのものの含め、短い付き合いなりに士道に察せられるものがあった。

 

 

「自分が死んで、相手がその“八舞”になればいいって、考えてるのか?」

 

 

「っ推察――――!」

 

「その、ようね―――――!」

 

 士道の言葉に、これまでで最もお互いを強く睨みつける。

 だが、その心の内は、すぐに察せられた。

 『可愛さ余って憎さ百倍』その諺そのままの、相手の為にやっていることがすれ違い合って、当の相手のせいで思うようにいっていない苛立ちが募っているのだと。

 

「駄々。往生際が悪いです耶倶矢、耶倶矢こそが真なる八舞に相応しいと、既に出た結果をどうこうしようというのですか」

 

「死んでないんだから往生際が悪いのはあんたでしょうが!結果は出てなんてない、そうでしょ士道!」

 

「な―――」

 

「破綻。第三者から見れば瞭然の結果を、第三者の士道に訊ねるとは無駄の一言に尽きます」

 

「二度も言わせんな。結果は出てない―――――夕弦が真なる八舞に相応しいって結果はね!」

 

「嘆息。ではいっそ士道に聴きます。夕弦と耶倶矢、どちらが八舞に相応しいかを。当然士道は“夕弦の意向”を最大限斟酌してもらえるものと理解していますが」

 

「ふん―――――――嘗めるな、我が盟友たる士道との宿縁による結束は、仮世の付き合いなどに惑わされるほど緩くないわ。そうであろ?」

 

「そんな…………」

 

 状況の無茶苦茶さに士道は目眩がしそうになった。

 夕弦と耶倶矢、二人の火花の飛ぶような視線が士道の意識を焼いてくる。

 そこに込められた信頼という重責。

 どちらもがその相方を選んでくれると信じている――――“その結果”を含めて。

 

 そんな重荷を、背負いたくない。

 背負うつもりはない、背負ってはいけない、二人の為にも。

 

 だから毅然としてあろうと、二人の前に堂々と立って、凛としていようと、覚悟だけでも決めた。

 

「一言。耶倶矢がいいと言うだけなのです。耶倶矢と一緒に居られるなら。その一言だけを」

 

「士道、あんただって夕弦のこと大好きでしょ?だったら答えは一つしかないじゃない」

 

 

「ふっざけんなッ!!選べるかそんな二択!!そんな、夕弦と耶倶矢、どっちかに『死ね』なんて言う選択を、してたまるもんか!」

 

 

 その命の選択を、拒絶する。

 

「「………」」

 

 だが。

 それに対し、士道に詰め寄っていた二人は徐に黙り込んだ。

 

 怒らせて、最悪殺されるかもしれないと考えていたのに、夕弦と耶倶矢の顔に浮かんでいるのは呆れたような、でも優しい笑顔。

 それに見覚えがあるような気がして、同時に何かがするりと手から零れたような喪失感が襲って。

 

「…………そっか。士道ってば、やっぱそういう奴なんだね」

 

「解悟。決着は、やはり二人の“殺され合い”で即けます。士道はそんな士道でいい。どうかそのままでいてください」

 

「うん。そんな士道なら、確かに夕弦を任せられる」

 

 暖かい目で士道を見つめながらも、夕弦と耶倶矢は風を纏ってふわりと浮かびあがり、士道から離れようとする。

 二人の言葉が、まるで末期の遺言のようで、必死に呼び止めた。

 

「待てよ!夕弦、お前のこと大事にするって約束したよな!その大事な人を見殺しにして、そんな自分がいいなんて言えるかよ………そんな自分でいろなんて、聞けるかよ!」

 

 ここで間違えれば、正真正銘今度こそ取り返しのつかないことになる。

 そんな分岐路なのだと、士道は必死に言葉を連ねる。

 

「耶倶矢だって俺の盟友だって言うんなら、失いたくない!大体、夕弦が言ってくれたことだ、『互いが互いを大事に想ってるなら、それぞれが悪い事になる訳がない、単純な真理だ』って。なら分かるだろ、だってお前ら、どっちが八舞に相応しいとかじゃなくて…………ただ相手に生きて欲しいだけなんじゃないのか!?相手のことが、大好きだからッ!!」

 

 だが。

 

「自分が死んででも、大事な相手には生き延びて欲しい―――その手は、取るものなんじゃない!例えば二人分を支えられない居場所で、無理でも無茶でも、最後の最後まで足掻いて、それでもダメな時に繋いだそれを離す手なんだ!自己犠牲を否定なんてできない、でもお前ら、その前にやれることはないのか!?両方が大事な相手と一緒に生きていられる、そんな道は―――――、!」

 

 夕弦と耶倶矢は、そのままゆっくりと空へと浮かび上がり続けている。

 言い募ればそれだけ距離が開いていくようにも見えて………同時に、息苦しさを感じた。

 

 士道の周りの空気が一気に薄くなる。

 変わらず夕弦と同じに優しい苦笑で士道を見ていた耶倶矢が何かしたのだと、その表情に対する既視感の正体と共に気付いた。

 

 七罪と、美九だ。

 彼女らが、士道の為にと隠し事をしていた時の顔と、まったく同じそれだ。

 

「はっ、ぅ…………く、そ……結局、お、れは――――――!」

 

 言葉が止められる。

 喋るどころか、薄い空気をまともに吸うこともできなくて。

 

 視界が霞んだ。

 急に高地に放りだされたも同然の気圧差で意識が遠くなったのと、無力感に流れた涙が、目の前を塞ぐ。

 

「ごめんね。結局私達自身も、“そういうもの”だからさ。だから夕弦を」

 

「惜別。さようなら、士道。どうか耶倶矢を」

 

「「おねがい」」

 

(ゆ、づる…………、…か……ぐ……………――――――――――-)

 

 そしてその少年は、最後を予期した優しくも悲しい言葉を掛けられながら意識を閉ざされる。

 その瞼の暗闇によく似た、絶望を抱えさせられたままで。

 

 

 

 

 

 一対の乙女は天空へと駆け上がる。

 決戦の舞台を、万が一にも士道を巻き込まない場所にするために。

 それでも、たとえ意識を失っていても、己が斃れる場所が士道から見える場所であるように。

 

 そこまで昇っていく間に、ぽつりぽつりと二人は言葉を交わしていた。

 

「…………士道、泣いてたね」

 

「複雑。嬉しいような、申し訳ないような、悲しいような、なんとも言えない気持ちです」

 

「一言で済むわよ。“愛おしい”って、ね」

 

「疑問。それは、耶倶矢もそう感じているから分かるものでしょうか?」

 

「……………」

 

「追加。もう一つ、耶倶矢に問いたいことがあります」

 

「奇遇ね、私もよ」

 

 

「「もし私が死んだら、あなたは泣きますか?」」

 

 

「…………夕弦は、泣かないでしょうね。どの面下げて、って言って」

 

「矜持。その命を喰らって生きる身でありながらその命を惜しむ侮辱など、耶倶矢はきっとしません」

 

 互いの予想の前提条件が異なるながら、奇妙に噛みあう会話を交わす。

 

「だからね、私思ってたんだ。自分が死ぬ時、それはきっと一人ぼっちで存在ごと消えていくんだと」

 

「恐怖。死が誰にも悼まれない。本当のことをいうと、死ぬのは怖“かった”です」

 

「うん、怖“かった”。でも、士道はきっと泣いてくれるの………その涙が、耶倶矢(わたし)という存在が生きていた証だって思うと、なんか、さ」

 

「希望。死んで泣いてくれる誰かがいるのなら、それだけでも悪い生ではなかったのだと」

 

「…………はは。士道には間違っても聞かせられない話ね。絶対に内緒にしなさいよ、余計悲しませるから」

 

「無為。ここで死ぬのは夕弦なので、耶倶矢がする必要のない心配です」

 

「そうはいかないっての。――――――――じゃあ、始めましょうか」

 

 

 煌々と夜に眩い月と星々の見下ろす中、雲の箱庭の上で精霊二人は己の武器を構える。

 始める決闘、勝利条件は“斃れた方が勝ち”、そんな“殺され合い”を。

 

 

 

 

 

 その日、観測上あり得ない高度までの台風が地表を覆った。

 絶えずそれは紫電を内部に走らせながら、強烈な暴風を撒き散らし、…………しかし、一定の地域を“目”として一滴の雨粒も、一塵の土埃も舞わせなかったという。

 

 やがてそれは割れるように掻き消え、中から天使と見紛うばかりの美しい女性が舞い降りる。

 その機巧仕掛けの翼をはためかせながら、その女性は横たわる少年の元に座り、優しく抱きしめた。

 

 その、涙の跡が残る頬を女性は愛おしげに撫で、その名を呼んだ。

 同時に瞳に宿る、正負で括り切れない様々な感情。

 それに堪え切れなかったかのように、女性は少年の唇へと―――――。

 

 自らの唇を合わせ、口吻けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝日が寝入った士道の顔に射し込む。

 夏特有の暑さによって眠さを蒸発させられながら、いつもより寝床の快適さが段違いであることに気付いた。

 上半身を起こし、部屋の洒落た内装やベッドの質感から、何故か美九の部屋に自分が寝ていたことに気付く。

 

…………いや、正確には、美九の家の夕弦が泊まっていた部屋だった。

 

 そして、そのベッドに士道が寝ていた代わりに―――――――――枕元に、夕弦がいる。

 

「覚醒。士道、起きましたか」

 

「………、――――ッッ!!!」

 

 その声に、寝る前、正確には気絶させられる前の状況を思い出した。

 

「ゆづる………お前は、夕弦なのか?」

 

「肯定。私は夕弦です」

 

 命の選択。

 どちらかが八舞として生き、どちらかは消える(死ぬ)。

 そしてここにいるのは、夕弦。

 

 それが意味するのは、単純な解であって―――――――。

 

「じゃあ、耶倶矢は……、耶倶矢……………っっ!!」

 

 

 

 

 

「何ぞ。盟友士道よ、我が名をそのように辛気臭く呼んでくれるな、何かの呪いか?」

 

 

 

 

 

 夕弦の側を向いた士道の、背後から聴こえる声。

 それに、士道は勢い良く振り向いた。

 

「耶倶矢……耶倶矢、本当に耶倶矢なんだよな!生きてるんだよな、実は三つ子でしたとか言わないよな!?」

 

「何よそれ…………。………うん、まあ私も夕弦も生きてるわよ。あんだけそれっぽいことしといてなんかあれだけど、もう二人で争う必要もなくなったみたいだし」

 

「っ、耶倶矢、夕弦ッッ!!!」

 

「なっ、きゃ……!?」

 

「吃驚。………。………………~~~~!!??」

 

 

 その瞬間士道の体を駆け巡った感情を、なんと呼べばいいのだろう。

 ただ、二人が生きていることが夢じゃないと確認したくて、気が付いたら二人を引き寄せて同時に抱きしめていた。

 驚く耶倶矢と、一拍置いて沸騰したように赤くなる夕弦。

 季節的に暑苦しいだろうに拒まない二人を、強く、ただ強く抱きしめた。

 

 その温もりが、嬉しくて。

 士道はまた涙を流す。

 夕べに流したそれと、全く正反対に意味の違うその涙。

 

「耶倶矢、夕弦………っ、生きて、ああ、ぅああぁ…………っっ!!」

 

 自分達を抱きしめながら流されるそれを見て、耶倶矢と夕弦の二人の眼にも涙が滴った。

 

 そして士道には、二人に言いたいことも訊きたいことも沢山、それはもう沢山あったけど、たった一つを言う。

 

「良かった…………二人とも、生きててくれて………!」

 

「………っ、ごめんね、ありがとう、しどぉ…………ッッ!!」

 

「嗚咽。士道………」

 

 

 

 

 

―――――ねえ士道、ひとつだけ、分かったことがあるの。

 

―――――比較。………自分が生きてることに流してくれる涙の方が、自分が死ぬことで流される涙より百倍嬉しい、ってことです。

 

―――――………!!そんなの、当たり前だろうが………、このバカ姉妹!!

 

 

 

 涙が止まらない、止める気がない、止める必要もない。

 長く、長く、その部屋の扉をノックしようとした彼女が苦笑して回れ右するくらい長い間、三人で生の喜びを分かち合いながら、涙を流してずっと抱き合う。

 

 その熱を、ずっと確かめ続けていた。

 

 

 

 





 結局迎えられたのはハッピーエンドだが、それは自分の力で掴みとれたものではないと、何より士道自身が突きつけられた無力と限界という現実。

 だがそれを肯定される少年は、さて―――――。



 八舞統合後にキスしても二人分離すんのかって?
…………することにしといてくらさい。



・数百キロ離れた場所まで嵐の中士道の捜索・発見
・七罪が士道に変身して、その声で五河家に外泊連絡(アドリブ力無いので若干怪しまれて涙目で乗り切る)
・士道を連れ戻して、夕弦耶倶矢に事情を聴きつつ士道を休ませる
・空気呼んで抱擁シーンを邪魔しない

 裏で実はさりげなく働いていた七罪さん美九さんまじ健気。



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士道デシジョン


 劇場版きたあああ

 え、七罪ちゃんだよね?我らが七罪ちゃんがスクリーンだよね!?

………………飛ばして折紙とか新精霊だったら泣く。いや、折紙さん大好きだけれども。

…………でも映画の尺じゃ七罪編のシナリオって使いづらいだろうし……。

……。



 あと、感想板で皆が統合後八舞が士道とのキスで二人に戻れた理屈を色々考えてくれてるみたい。
 二人の士道への愛が、とか士道の必死の願いが奇跡を呼んだ的な素敵なものから、
 士道「リバースカードオープン!融合解除!」みたいなネタまで。

 理由づけはせっかくなので皆さんのご想像にお任せするということにします。





 

 美九の家のシャワーをまた借りた。

 

 女の子の家でそれはどうしても意識してしまうというかなんだかいけない気分になるのだが、真夏の朝からずっと抱き合ってて汗だくとかそれ以前に昨日の晩それどころじゃなかったが風呂入ってないとかで、汗臭いまま女の子の前に居続けるアホにはもっとなれなかった。

 耶倶矢や夕弦も同様だし、泣き過ぎて真っ赤に腫れた目元をふやかす意味なんかでも、苦笑しながらゆっくり入ってくることを勧めた美九の気遣いに甘えている。

 二人もまた別の、流石は美九邸というかな大浴場の方で体を洗い流している筈で。

 

 当然だが一緒に入ったりしているわけではない。

 

 

「士道………その……いっしょに、入る?」

 

「決心。恥ずかしいですが夕弦達は、士道の背中を流す覚悟は……………完了済み、です」

 

「え、ええええええええええ遠慮シマス………」

 

 

 こんなやりとりが実際にあったかどうかは定かではないが、一緒に入ったりはしていない。

 

 まあそれはさておきとしても、しおりんモードならともかく男のシャワーシーンを描写しても仕方ないので、さっぱりして上がった後やはり用意されている男物のTシャツやズボン、あと下着を着て終えた辺りから、今回の話を始める。

 

 

 

 

 

 いつも通りなら美九と七罪と士道の三人が大体溜まっている美九の部屋、それこそ普通の家のリビングと寝室を併せて繋げたくらいの広さの部屋の、ソファーのところに行くと、案の定二人が出迎えてくれた。

 

 特に美九がぱんぱんとそこを叩いて自分の隣が空いているのをアピールするので大人しく従うと、少し顔を近づけた後美九は気分良さそうに身悶える。

 

「んー、やっぱりいいものですー、だーりんから、私と同じシャンプーの匂いがします………っ」

 

「んなっ!?み、美九?」

 

「…………ねえ、ちょっと変態っぽいわよ、美九」

 

「失敬なー。淑女の嗜みって聞きましたー」

 

「どこ情報よ………」

 

 機嫌のいい美九に対して、七罪はつまらなさそうに突っ込む。

 美九は気分を害した様子もなく、むしろによによと笑いながら今度は七罪に絡んでいった。

 

 

「そんな風に言ってー。羨ましいんですか、悔しいんですかぁ?」

 

 

「べ、別にどうともないわよ!大体どうせ夕弦達も同じ匂いさせて風呂上がってくるでしょうが!」

 

「そしたら七罪さんだけ仲間はずれですねー。いいんですよぉ?今からでもうちの風呂使っても」

 

「………、ぐ………っ!」

 

「こ、こら美九、あんまり七罪をからかうなって」

 

 言い負かされて詰まる七罪。

 士道の知る限りでは基本美九の方が口は回るので、二人が言いあいになるとよく見る光景ではあったが、話題が少し士道にとっても恥ずかしいので止めに入る。

 美九はあっさりとそれに従った。

 

「てへ。ごめんなさいだーりん。人を変態さん呼ばわりするのでついー」

 

「謝る相手違うだろ………」

 

「……いいわよ。風呂も遠慮するわ。今から“私一人”入ってもテンポ悪いし」

 

 ちょうどその七罪の発言と重なるように、廊下からどたどたと騒がしい気配が近づいてくる。

 勢いよくドアを開けたのは、美九の用意した涼しげな部屋着を着た耶倶矢と夕弦。

 

「ふっはっは!我、清冽なる禊によってこの身の汚れを一掃せり!」

 

「翻訳。お風呂上がりましたー、と夕弦は副音声を耶倶矢に被せます」

 

 手を繋いで元気に部屋に入ってくる二人。

 濡れて解いた髪のセットもそこそこに出てきましたという風情の、明るく仲のいい様子の二人を見て士道は無性に嬉しくなった。

 

 

 

 

 

「おなか空いてますよねー?七罪さんと私でサンドイッチ作ってますので、つまみながら話しましょー?」

 

「おお!我の飢えと渇きがいまかいまかと供物を待ち侘びておるわ!」

 

「感心。二人の料理ですか。味が楽しみです」

 

「私は美九を手伝っただけだけどね。遠慮しないでさっさと食べちゃって」

 

「ありがとうな二人とも、じゃあいただきますっと…………………うん、うまいよ!」

 

「……よかった」

 

「えへへー」

 

 テーブルの上に大皿と各自の飲み物を置いて、ソファーと椅子で五人で囲んだ。

 それぞれ舌鼓を打ちつつも、しばらく経って七罪が徐に本題を切り出す。

 

 

「みんな、いったん整理しなきゃいけないことがたくさんあるわ」

 

 

 その言葉に、士道、いやその場の全員が真剣な面持ちで七罪の方を向いた。

 だが、中でも、士道は最も重いモノを抱え、彼女を見据える。

 

「…………それは、隠し事はもう無しってことでいいんだな?」

 

 確認をする。

 確認しなければならない――――七罪、美九、夕弦そして耶倶矢。

 彼女達の正体である、精霊とはなんなのか。

 その超常が如何なる意味を持つのか、士道の傍にあって見て見ぬ振りはできないのだと、解ったから。

 

 結果的に夕弦と耶倶矢が今生きていてくれることは嬉しい、だが。

 

 閉ざされる意識の中、暗い空へと消えていく夕弦と耶倶矢――――――あの時の、悲しみと焦りと、何も出来ない自分への無力感。

 突然目の前で大事なものが消えていく、あんな思いを、二度としたくはない。

 その為に何も知らない自分でいることを辞め、少年は世界を知ることを選ぶ。

 

 そんな感情の籠った士道の視線を受け止め、七罪は語った。

 

 

 精霊。特殊災害指定生命体。隣界。矛たる天使と盾たる霊装。空間震の元凶。人間の魔術師【ウィザード】達の組んだ、精霊討滅部隊。そう、つまり――――――、

 

「人類の、敵。それが、あなたの目の前にいる化け物(わたし)達の正体よ」

 

 

「―――――」

 

 ある程度は、覚悟していたとはいえ。

 それでもその告白に、一瞬息を呑んだ士道を、責められはしないだろう。

 

 幼少時より空間震の脅威を、その犠牲者の数や冗談抜きで滅びた国の資料を、教育という形で知らされてきた士道だからこそ、その災厄を起こすのが七罪達精霊であり、それ故発見次第軍によって殲滅作戦が行われると聞かされた衝撃はかなりのものだった。

 

 だが、同時に納得もする。

 それこそ文字通りの“厄ネタ”故に、あそこまで下手な隠し事をしていたのも無理もない、と。

 その納得故にどこか士道は静かで――――――、

 

 

 

「まあ、士道に能力の大部分を剥奪され(うばわれ)てるんだけどね」

 

 

 

「はぁっ!?」

 

 追加の爆弾に止めを刺された。

 

「待て待て待て、俺がそんなことしたのか?本当に?」

 

「…………」

 

 覚えのない窃盗(?)に慌てる士道だが、そこで七罪以外の面々も口を出してきた。

 というか、何故か七罪が黙り込んでもじもじしている。

 心なしか顔が赤い。

 

「従縛。現状夕弦達はただの人間と変わらない程度のスペックしか発揮することができません」

 

「……ま、だからチカラがスッカスカで、真なる八舞に戻りたくても戻れない状態だからもう夕弦と争う意味も消えたってことだから、結果的に士道には返し切れない恩ができちゃってるんだけどねー」

 

「そ、そうなのか………?でもいつ、そんなことした覚え、っていうか出来るのか……?」

 

 

「えー、でもだーりんしたじゃないですかー………………………キスを」

 

 

「え?」

 

「だから、しましたよー、ちゅー」

 

 楽しそうに士道向けて投げキッスのポーズを取る美九。

 さすが元アイドル、決まっていた。

 

 ではなく。

 

 七罪を見る。

 美九を見る。

 七罪の唇に視線が行く。

 

 もの凄い勢いで七罪が顔を逸らした。

 

「………もしかして、夕弦達も?」

 

「暴走。耶倶矢が寝ている士道の唇にそれはもうねっちゃねっちゃと熱いベーゼを」

 

「ちょっ!適当言うなし!やったのは夕弦でしょうが!はあはあ言ってまるで年下の男の子を捕食するみたいに危ないオーラ出しながら!」

 

「心外。いくら照れ隠しの嘘とはいえ限度があります。人聞きの悪い言い方をしないで下さい」

 

「あー………えっと、はい」

 

 士道は色々と大体理解した。

 そういうことにしておいた。

 

 キスすると精霊の能力を封印する、それが事実だとして。

 少なくとも七罪と美九に関しては覚えがあった。

 “それ”をした後、今考えてみれば精霊の能力であるところの霊装が剥がれて脱がしてしまった記憶も。

 

「それにー、奪い取った七罪さんの天使(へんしんのうりょく)、使いましたよねぇ“士織さん”?」

 

「………え?あれ、もしかして」

 

「はいー。だーりんの願いによって召喚というか、心の中に願いを思い描いてなんか振っちゃった感じというかー」

 

「うそ、だろ…………!?」

 

「士織?」

 

「反応。士織とは一体」

 

「今は置いといてくださいできれば永久に」

 

 

 

「まあ、大体そんな感じとして!」

 

 

 

 復帰した七罪が仕切りなおしとばかりに、一拍間を置いて、緩みかけた話を真剣なそれに戻す。

 

「霊力をほとんど失くして、今は隣界との行き来も出来ないから空間震も起こせない。でもね、私が士道に霊力を奪われる前、起こった空間震で誰かを死なせてない保証は無いし、少なくとも街は破壊した」

 

「…………」

 

「夕弦と耶倶矢も周りを派手に巻き添えにする能力で暴れてたようだし、少なくとも怪我人の百や二百は軽いでしょ。美九が“やらかした”のは、言わずもがなね」

 

 名を上げられる皆も七罪に反論せず、じっと士道を見つめた。

 何かを訴えるように。

 

「そして、士道もそんな精霊の力を吸収した上、その一部を使えるときた。…………直近になにか問題が見えてる訳じゃないけど、どんなヤバいことが起こるか判ったものじゃないと思わない?

…………ねえ、それでも、士道は――――――、」

 

 

「――――――一緒に、いさせてくれないか?」

 

 

 七罪の問いかけが終わるか終わらないかの内に、士道はその願いを口に出していた。

 

「話がなんか思ってたより大きすぎて、正直実感も湧かない。でも、お前らとこうやって過ごしてる時間は幸せだし、大事だってこと。それだけは分かってる。ヤバいことがあるかも知れないなら、なおさらその時に一緒にいられないのは御免だ」

 

 だから――――――。

 

 七罪を。美九を。夕弦を。耶倶矢を。

 

 一人一人の目を順番に見返してから、士道は頭を下げた。

 

「迷惑をかけるかもしれない…………っていうか能力を奪っちまってるんだから、もう十分迷惑は掛けているのかもしれない。でも、これからも、一緒にいて欲しい。頼む!」

 

 士道は、挫折を知った。

 夕弦と耶倶矢のどちらかを、死なせるところだった。

 助かったのは唯の結果論で、あと一つなにかを間違えていたら、きっとそうなっていただろう。

 

 そして、知ることを欲した真実は、ただの少年が抱えるにはあまりに規模が大きく、重く。

 

 

 それでも、士道はそれを抱えることを選ぶ。

 懐に抱くもの、思えば始まりは七罪との何気ない出逢いだったけれど、いつの間にか四倍にも膨れ上がって。

 全部が全部、どうしようもないくらい大切な宝物だから、放してなどやるものかという感情は制御できない、するつもりもない。

 

 何一つ失いたくない――――結局掲げるのは理想論。

 現実の前には破れるものかもしれない、でもそれを捨てれば自分が自分ですらなくなるから。

 

 だから、綺麗なだけの善性に傷をつけてでも、現実(それ)に立ち向かう覚悟を、決めた。

 

 

 そして、彼女達は士道を肯定する。

 意識の溝やすれ違いを全て取り払い、本当の意味で士道を肯定する。

 

 

「…………まったく、それは私達からお願いすることだっていうのに、士道はほんと士道なんだから」

 

「だーりん、もちろんずっとずっと、いつまでもいっしょですー!」

 

「フッ、盟約による宿縁は永劫の時も断ち切れぬ鋼ぞ!…………うん、ずっと一緒だから」

 

「同上。耶倶矢と夕弦は一心同体です。耶倶矢と士道が繋がっている以上、夕弦もまた士道と繋がっているのです」

 

 

 

「お前ら………っ!ありがとう、これからもよろしくな!!」

 

 

 

 





 そして少年は、傷のない善性を捨てる。

 精霊は人間社会にとっての害悪だとする見方は、決して間違いではない。

 例えば精霊被害によって家族を失った人間がいたとして、もちろん慰めようとするし「だから?」と切り捨てなど絶対にしない。
 だが士道は、きっと、最後の最後には精霊―――否、絆を育んだ彼女達を選ぶ。
 その味方として、彼女達の側に立つ。

 士道の決めた本当の覚悟とは、きっとそういうものなのだろう―――――。



 ってことで、アニメ二期終わっちゃったけど、これからも本作をよろしく!



…………………琴里は、って?えっと、うーん………。




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がっこうにいこう!


 作者がある意味書くのが一番苦手なジャンルは日常系ラブコメです。

…………何の二次に手を出してると思いやがってるのですか、というツッコミがどっかから聴こえてきた




 

 五河士道にとって色々なものが変わった人生最大の夏休みが終わり、新学期が始まった。

 

 一月半ぶりに顔を合わせるクラスメイト達の顔がなんだか変わっているように思えて、刮目して見るべきなのか単に記憶が薄れているのかよく分からない違和感に包まれる。

 大体が四六時中親や親戚とばかり長い時間を過ごしたからか、少なくとも友達への話しかけ方は忘れているようでどこかぎこちないが、夏休み中の思い出話などし始めればすぐに盛り上がる、そんな単純ながらも微笑ましい恒例の光景が士道のクラスでも展開されていた。

 

 そんな中で士道はやけに「雰囲気変わった?」と話をふられる率が高かった。

 先生にまで言われたのだから相当なものらしいが、自分ではよく分からない。

 

 確かに夏休み中は色々なことがあったが、その後の話し合いの結論としては「今まで通り楽しく過ごそう、今後は夕弦と耶倶矢も入れて」である。

 例によって普通に広い美九の家備え付けのプールで七罪達と遊んだり、ちょっかいをかけてくる耶倶矢や夕弦をやり過ごしながら美九と机を向かい合わせて一緒に夏休みの宿題をやっていたりと、特別なことを始めたという訳でもなかった。

 

 実は日焼けした、とか痩せたか太ったかだったというオチじゃないかと思いながら、始業式と諸連絡だけの新学期一日目を終え、カラオケ行こうぜ、と面子を収集しているクラスの集団からさりげなく外れて、いつも通り美九の家の方向に足が伸びた。

 

 

 

 

 

「歓迎。ようこそいらっしゃいました、ご主人様」

 

「ククク。よく来たの、ご主人様よ」

 

「………………美九の差し金か?」

 

 美九の家の玄関をくぐると出迎えてきた双子姉妹の謎対応に、士道はすぐに犯人を特定した。

 七罪も悪戯してくることはあるが、彼女は基本的に人を使った手は取らず自分でやってくるから、という消去法だが。

 

「沈静。これには事情があるのですご主人様」

 

「そう、深淵よりもなお暗きまでに根を張る宿因が存在するのだご主人様」

 

「その事情とやらが如何ほどの深い根を張ろうが、物事の全体の形容など言の葉一つで事足りることが殆どなのだよ。前置きは会話の節拍を図るのに無為とは言わないが、場合による、という箴言を送らせていただきたい

―――――――つーかその胡乱な語尾はなんだ二人とも」

 

「正装。この服を纏うものに宿すべき魂なのだそうですご主人様」

 

「ていうか私達にこんな風に言われて、そのリアクションどうよご主人様。そこは喜ぶとか労うとか可愛がってあげるとかって選択肢じゃないのご主人様」

 

「あいにくメイドさんに傅かれた憶えは経験的な意味でも心当たり的な意味でも無いから、状況のシュールさがまず先にくるんだが。

…………まあ、その。格好自体は可愛いと思うぞ。似合ってるから、正直あとは普通にしてくれればそれで……」

 

 察している人も多いとは思うが、夕弦と耶倶矢はただ今フリルのひらひらしたエプロンドレス、通称メイド服を着用している。

 どちらかというとコスプレ向きのデコレーションが施された、スカート丈の短めなそれは間違いなく美九の趣味だが、二人の彫りの深い顔つきやふわふわくるくるとした長い髪に存外似合っていて割と士道の好みにどストライクな感じの可愛さだった。

 

「達成。やりました、耶倶矢の欲望の勝利です。垂れ流した甲斐がありましたね耶倶矢」

 

「ちょ……っ、ち、ちが、夕弦にしてあげないのってことで、別に私は……!」

 

「把握。夕弦を言い訳に要求を過激化させる企みなのですね。分かっていますよ、順番は先に耶倶矢に譲ってあげますから」

 

「……………え、待って」

 

「選択。というわけでご主人様、可愛いメイドさんにおしおきする(ただし耶倶矢に)か、ごほうびあげる(もちろん耶倶矢に)か、お好みのシチュエーションをどうぞ」

 

「ぼく選択肢の具体的な中身はきかないよ。だってかぐやがまっかだもの」

 

「~~~~~ッッ!!?」

 

「嘆息。一体何を想像したんでしょうね、むっつりの耶倶矢は」

 

 小刻みに震えながら士道をまっすぐ見られなくなって視線があちこちに行く耶倶矢と、元凶なのに割と理不尽な夕弦。

 

 ところでこの二人、服装と言動は大いに暇を持て余した精霊の遊びは入っているものの、別に理由がないでもない、わけでもなくはなかった。

 

 夕弦と耶倶矢の二人、精霊としての力をほとんど失って隣界に帰れなくなって寝床がない。

 七罪は割となんとかしてしまうのだが、異能としては直接的な能力な二人は衣食住様々な意味で手詰まりになるところだった。

 美九の家に居候として置いてもらうのでなければ。

 

 美九としても、家が広すぎて一人で住むのはなんだか色々とアレではあったし、屋敷の手入れを殆ど業者任せなのもいい加減どうなのということだったので、住み込みのお手伝いと考えればと耶倶矢ともども夕弦を変わらず家に住ませることを自ら勧めた。

 

 そして、ノリノリで美九は晴れて誘宵邸のメイドさんとなった八舞姉妹の制服()を用意して、ついでに変なことを二人に吹き込んだのだろう。

 

 

 で、いつまでも入口で駄弁ってもしょうがないので、ダイニングに移動する三人。

 美九も始業式の日だろうが、まだ帰ってきてないらしく、夕弦が紅茶を振る舞うのを楽しみながら二人と暫し歓談することにしていた。

 温まった陶器のカップに注がれた琥珀色の液体は、その香りで士道の鼻を心地よく擽ってくれる。

 

「粗茶。どうぞ士道」

 

「ありがとう………しかし、スペック色々高いよな夕弦、それに耶倶矢も。このお茶にしたってそうだけど、覚え始めてそんなに経ってないのに、立派にもうメイドの仕事出来てるって美九に聞いたぞ」

 

「ふふん、この程度、夕弦と我の手を煩わせるには足りんわ!」

 

「光栄。士道に教えてもらった成果もあります。―――しかし問題が一つ」

 

「なんだ?俺に手伝えることがあればやるけど」

 

 

「「 暇 」」

 

 

「……………あー」

 

 本当に暇を持て余した精霊の遊びだった。

 

「士道も美九も今日から学校でしょー。夕弦とどっちが沢山掃除できるかって勝負してたんだけど、それどころか昼食の準備も終わっちゃってもう」

 

「本当にスペック高いなこのメイドさん達………」

 

 リアルにテーマパークが作れるレベルの慰謝料を取れるだけ取って、金の使い途に困った美九が思いつきでポンと買ったこの広い屋敷を二人で掃除。

 掃除機と軽い拭き掃除だけでも普通何時間掛かるか分からないものだが、別にそれ自体大して鼻にかけるでもなく椅子に座った士道に絡んでくる。

 

「というわけでご主人様、かーまーえー」

 

「因縁。ほらほらご主人様、かーまーえーよー」

 

「うわ、ちょっと二人とも、そこ触っちゃ擽ったいって!」

 

 

「あららー。明日からだーりんがこの家に来れるのはもっと遅い時間になっちゃいますのに、二人ともこの調子で大丈夫ですかねー」

 

 

「あ、お帰り美九」

 

 そんな中、玄関扉に備えられた鈴の音が鳴ったかと思えば、話し声を聞きつけてすぐに美九が入ってきた。

 美九も士道と同じ半そでの制服姿で、襟元のリボンを軽く緩めつつ隣に鞄を置いて座る。

 

「それでどうでしたかだーりん、二人のご主人様になった気分はー?」

 

「やっぱりお前の仕業………ていうか雇い主の美九が“ご主人様”なのが筋じゃないのか」

 

「それじゃ面白くな、もとい家主の立場を笠に来てそんな呼ばせ方するかもなんて私をどんな風に見てるんですかだーりんひどいですーえーん」

 

「俺に対してさせてるんだから一緒だろうがそれ以前に前半言いかけてたの聴こえてたぞおい」

 

「でも夕弦さんも耶倶矢さんも結構ノリノリでしたよぉ?」

 

「達成。おかげでご主人様に可愛いとも似合っているとも言ってもらいました」

 

「我ら八舞の勝利よ。いえーいっ」

 

 ぱん、と士道の頭上で二人がハイタッチ。

 

「勝利、って………何と戦ってるんだ二人とも」

 

 いけない、今日は何か三人でボケ倒す作戦なのか、とツッコミ疲れた喉を紅茶で潤す。

 

 なんだか無性に癒やしが欲しい。

 具体的には能力で自在に生やせるケモミミとシッポを七罪に色々リクエストして、その状態で抱きしめて撫でくりまわしたい。

 

 そんな不埒な願望が士道の中でむくむくと芽生えていたが、幸か不幸か七罪はこの場にはいなかった。

 

「そういえば美九よ、初めに言っていた言は真実か?」

 

「はじめ、ですかぁ?えっとー」

 

「懸念。ご主人様がこの家に来られる時間が今日よりも更に遅くなるという話です」

 

「…………あー。今日は授業無かったしなあ」

 

「残念ですけど、学生さんですのでー」

 

「む………」

 

「落胆。しょんぼりです」

 

 寂しそうに落ち込む二人に、くすぐったくもあり申し訳ない気持ちにもなる士道。

 それを苦笑しながら見ていた美九は、一つの提案をした。

 

 

「そうですねー、じゃあ…………天央祭って、興味ありますー?」

 

 

…………ちなみに、ご主人様呼びは飽きたらあっさりと止めてくれた。

 

 

 

 

 

「で、速攻はぐれるとか………」

 

 天央祭。

 早い話が文化祭なのだが、地域一帯の高校十校合同で行われイベントホールも三日間貸し切られるという、謎の規模の大きさを誇る天宮市の名物行事であった。

 美九が今年から通い、士道も通う予定の来禅高校も参加しているため、美九の誘いに乗ってその辺りを覗きに来た士道、七罪、八舞姉妹。

 

 だが、とにかく人が多い。

 十の学校の生徒、関係者、父兄、OBOG。

 地元民に、観光客も来る。

 各学校はともかくとしても、メイン会場となる天宮スクエアが人混みで溢れ返るのも当然であった。

 

 まだまだ暑い夏の残り香に再び火をつけるような、その群衆の熱気に、逆に八舞姉妹がはしゃぎ出した。

 この日の為に平日の昼間大人しく美九の家にお留守番していた鬱憤―――時折七罪が様子を見に行っていたようだし、それはそれで楽しそうにも見えたが―――を晴らすかのごとく、周り全てを押し退けてでも遊び尽くそうとばかりにテンション高くイベントや出店に士道と七罪を振り回してくる。

 

 お互い頑張って付いていっていたのだが、生憎力を奪われた状態でも精霊の身体能力は人間の士道より高い。

 同じ精霊の七罪はというと、人ごみでは単純に体の小ささとそれ故の体重の軽さで不利となる。

 また単純にバイタリティーから考えても、一瞬の隙にバラバラになってしまうのは、寧ろ当然の結果だった。

 

「どうしたもんかな………」

 

 といっても、探して合流する一択だが。

 気合いを入れ直して、人ごみの中を掻き分けるように歩きだす、

 

 

 

 その、腰辺りにぶつかって弾き飛ばされる感触。

 

 

 

「ごめんなさい!だいじょう、ぶ………です、か」

 

 

「……………士道?」

 

 

 人の流れの中で、伸ばした手が差し出されたのは、地面に尻もちをついた七罪。

 まるで過去に戻ったかのような、懐かしさをふと覚える状況に、お互いぽかんとしていた顔が暖かく綻ぶ。

 

「立てるか、七罪?」

 

「立てない、おんぶ。………って言いたいけど、さすがに迷惑ね。手は貸してくれる?」

 

「当然。ほら」

 

 置き上がるのに七罪の小さな手を引っ張ると、立ち上がった七罪はその握った手を腕に抱え込んでくすりと笑った。

 

 

「ねえ士道。――――――よかったらこれから私と、デートしてくれない?」

 

 

「耶倶矢達が見つかるまでで良かったら、な」

 

「耶倶矢達に、の間違いじゃなくて?」

 

「おいおい」

 

「ふん、だ。散々やってくれちゃって、今度はこっちから引っ張り回してやるわよ」

 

「………はは。そうだな」

 

 通じ合った、二人の世界。

 周りにちらちらと視線を送られるが、認識していながらも気にならない、そんな不思議な気持ちに包まれる。

 

 手を繋ぎ、腕を絡め、初めてのデートから確かに紡いできた絆は強く深く。

 はぐれてしまった耶倶矢や夕弦は心配だけれど、今だけは―――――二人きりがいいと、なんとなく思った。

 

 みんなと過ごす時間は掛け替えのない、素晴らしい幸せだ。

 でも、たまにはこういうのもいいと思う。

 だって――――。

 

 

「さあ―――――――俺達のデートを、始めよう」

 

 

 だって、今日はお祭りなんだから。

 

 

 





 狂三、四糸乃、折紙、十香ファンには悪いけど暫くアニメ一期出られなかった組でいちゃいちゃ続けるよ!

 登場が遅い分原作で描写がまだいまいち少ないから思う存分二次で発散しよう!ってのと、あと時系列的にそろそろ士道さんの厨房黒歴史が量産できるのもここまでなので折角だからげふんげふん。

 まあ実は暴走気味で安定しない作者の文章で良ければ暖かくお付き合いいただけると幸いです。



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がっこうにいこう!!


 さくしゃ は こんらんしている!




 

 組んだ腕はしっかり握って離さない、でも精霊の握力で傷つけないように優しく、包み込むように。

 繊細な力加減は、しかし七罪にとって慣れたもの。

 その暖かさを感じる為に、彼女は生きているのだから。

 

 足取りは軽く、すいすいと人の波を泳ぐように士道を誘導しながら縫っていく。

 八舞姉妹が力尽くで掻き分けたそれらと対照的に、体力の消耗を避けて互いに集中しやすいような時間を演出する。

 

 祭りの空気を楽しみつつも、七罪にとって大事なのは士道と楽しい時間を過ごしているという事実そのものだからだ。

 耶倶矢や夕弦が、折角の祭りなんだから士道と色々なものを見ながらいっぱい楽しみたいという、動的外向的な情動から動いていたのと、そういう意味でも対照的である。

 七罪の口数は少ない訳ではない。

 それでも敢えていうなら、七罪の性質は“静”であると言える。

 

…………さすがに、七罪の上述の感情の流れ全てを読める士道ではなかったが、今一緒にデートをしている女の子の機嫌がいいならそれでいいだろう、と何となく伝わってくる雰囲気から察して安心材料としていた。

 

 意地っ張りの強がりの寂しがり屋。

 不安や蟠りは内に抱え込んで、そのくせ構って欲しいから分かり辛く拗ねてみせるからややこしくなることもよくあるのだが、その分の経験から士道も七罪の内心を見抜くのが得意と断言できるほどだ。

 

 士道が見抜いたただ今の七罪の気持ち…………そう、超ご機嫌。

 

「ねえ士道、どこか行きたいところある?」

 

 資材を動かすルートを考え、存在する出店などが途絶え人の流れの少ないスペース。

 そこに入ってすぐの七罪のこの発言だった。

 

 誘っておいて急に相手に目的の設定を振る。

 悪戯げに微笑む七罪が軽くあてつけているものは当然すぐに分かる。

 

「……………、お化け屋敷でも覗くか?」

 

「くす。いいかも……でもこの辺にあったっけ?あの二人が何も言わなくても次々と引っ張り回してくれたから、私達案内パンフも持ってないし、どこにあるんだろ」

 

「冗談だよ、言ってみただけだ」

 

「うん、知ってる」

 

 にこりといい笑顔。

 楽しそうで何よりと、つられて士道も笑顔になった。

 

「で、そうなると…………そうだ。さっき通り過ぎたところにちょっと気になるところがあったんだけど、いいか?」

 

「へえ。どんなの?」

 

「看板見ただけだから詳細は分からないけど、多分―――――」

 

 話しながらも、それを終える前に。

 互いの合意が形成されるのが分かっていた二人は振り返って、来た道をまた人ごみの中進んで行く。

 

 その手をしっかりと握って離さないまま。

 

 

 

 

 

 士道が興味を引かれたのは、複数の学校の写真部・写真同好会が合同して開催したブース。

 やっていることは簡単、その場で写真を撮ってその場で現像してくれる。タダで。

 

 とはいえ、よくよく考えれば写真屋できちんと写真を撮ろうとすれば意外にいいお値段がかかるもの―――ちゃんとした設備とスタジオでプロが仕事するんだから当たり前だが。

 それを無償で学生の有志が彼らなりの全力でやってくれるというなら、せっかくなので一枚くらい記念に取っておいてもいいかということで、その入り口のカーテンを潜った。

 

 そんな祭りの参加者たる有志は――――――当然というかなんというか、ノリがよかった。

 

 

「ねえ士道、その、すっごく恥ずかしいんだけど……」

 

「大丈夫、気にするな。問題はこの姿が永遠に記録に残されるということだが、俺は既に開き直った」

 

「おーいカレシ、ちょっと顔が引きつってるぞー。彼女さんは真っ赤になって縮こまってても可愛いからいいけど、かいしょー見せろー」

 

「あ、あわわわ………」

 

 

 椅子にちょこんと座っている七罪と、それを後ろから抱き締める士道。

 自分の首の横を通って緩く回された腕をちらちら見ながら湯気が出そうなくらい肌を真っ赤にして震えている七罪と、言うほど開き直ってはいないらしい士道。

 

 入ってきた士道と七罪の繋がれた手を見て、ポーズの指定させてもらっていいですかー、なんていうカメラマンの意味の分からない注文に安請け合いした結果がこれだった。

 七罪の髪の感触や匂いが心地よくて、いけない気分になりそうだが、人前である。

 

 というより、この格好自体人前で、しかも撮影されるなど狂気の沙汰ではなかろうか。

 士道にはカメラマンの輝く笑顔が悪魔の笑みに見えてしかたなかった。

 

 とりあえず、正面に七罪の髪があるともふもふしたくなって仕方がない。

 雑念から遠ざかるため、士道は顔を七罪のやや右上に出すように体を動かした。

 

「………!!」

 

 体勢的に、より七罪の肩や背中に密着する距離になったことに、今度は七罪が反応する。

 おそるおそる横を見上げると、自分と同じくらい緊張した様子の士道の赤らんだ頬が見えた。

 

 そして、ばくばくと伝わってくる心臓の鼓動に、自分と同じかそれ以上に緊張している士道に――――――、安心、したのだろうか、それとも、可愛い、なんて思ったのか、七罪自身も分からない感情が胸の内に湧き上がった。

 

 だから―――――――、

 

 

「じゃあいきますよー……………はい、チーズ!」

 

 

 

 ちゅっ

 

 

 

「…………ヒュウ♪」

 

「な、ななななな七罪ぃぃ!!?」

 

 一割の悪戯心と、九割の愛情を、口づけに乗せてその頬に。

 

 タイミングは完璧で、七罪が少し体を浮かしてキスする瞬間がもう芸術的な程見事にフィルムに収められていた。

 

 九割の羞恥と、一割の喜びの表情で現像された写真を大事そうに抱えて歩く七罪と、頬に走った暖かく柔らかい衝撃に放心気味の士道。

 それが写真連合―――そういう名前だったらしい―――のブースを出たところで八舞姉妹に発見され、二人きりのデートは結局短い時間で終わりになったけれど。

 

 そのすぐ後の放心する暇もない天央祭暴走特急八舞号の再開に、今度は少しだけありがたいと思ってしまった士道なのであった。

 

 

 こんな風にその年の天央祭一日目は終わり――――――――、

 

 

 

 二日目の記憶は士道には存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もとい、全力で抹消しようと思っている、その日の朝の出来ごと。

 

 

「嵌められた…………!?」

 

 

 興奮覚めやらぬ様子の耶倶矢と夕弦に付き合って、士道まで美九の家に泊まることとなってしまった、天央祭一日目の夜が明けて。

 寝ぼけ眼の士道を、起こしたのは美九だった。

 

「だーりん、だーりん、起きてくださいー朝ですよー」

 

「みく…………?ふわぁ」

 

「だーりん可愛い………うん、やっぱりこれなら」

 

 美九の心地いい澄んだ声は逆に眠くなりそうだったが、寝ぼけた頭でその言葉を聞いた。

 実は天央祭の実行委員なのでかなり忙しい美九。

 朝早くにもう出立しないといけないので、“シャワーでも浴びてから”“夕弦さんたちと”一緒に後でゆっくり来てくださいねーと伝えられたのを、寝ぼけた判断力でその言葉を聞いてしまった。

 

 言い訳をするなら、直後におはようといってきますのキスと称して七罪にされたのと反対の頬に“いたずら”されたのが狙ってなのかどうなのか、と気にしながら体を動かしていた集中力の欠如は致し方ないことだろう。

 

 だが、シャワーを浴びている間に、着替えが撤去され“どう見ても美九と同じ女子制服ですただしサイズが大きめ”と白いブラとショーツが代わりに丁寧に畳まれた状態で脱衣所に置かれていたのは罠としか言いようがない。

 数日前に士道が〈贋造魔女【ハニエル】〉の変身能力をどこまで使えるか、というのをやって応用は上手くいかないが士織化するのは自由自在という結論を得た、なつみく監修の悲しい実験を思い出して、その実験の意図もろとも分かりやす過ぎるくらいに伝わってしまった。

 

 他の着替えを捜すために…………自分以外全員女の子達の家を全裸で徘徊する勇者にはなれなくて、泣く泣く七罪の天使を喚びだして女の子の見た目に変身する士道。

 用意された制服―――下着は情けなのかスパッツもあった―――に袖を通す、男物の着替えを見つけるまでのほんのわずかな辛抱だと自分に言い聞かせて。

 

 だが、着替え終えるかどうかというそのタイミングで、ノックも無しに脱衣所の扉が開く―――――。

 

「きゃあっ!?」

 

「士道、まだか!時の針は空転を続けておるぞ――――――――む、御主は?もしや」

 

「心配。長いシャワーは体を冷やします―――――――疑念。士道が夕弦達を差し置いて女の子を増やした、というのでは無さそうですね」

 

「あ、あ………!」

 

 

 これも絆というのかどうなのか、少しの間を置いて、“士織”の正体は即刻八舞姉妹に特定される。

 そして、目の前の面白そうなそれに、耶倶矢と夕弦は、にやりと笑った。

 

 

「―――夕弦、やっちゃう?」

 

「連行。やっちゃいます」

 

 

 

 

 

「ようこそおいでくださいました、だーりん、もといはにー!夕弦さんと耶倶矢さんもお疲れ様です」

 

「なんの!好奇心が拓くのは災厄【パンドラボックス】のみにあらず」

 

「恍惚。耶倶矢と夕弦の二人に拘束され為す術もない士織は、それはよいものでした…」

 

「しくしく…………」

 

 打ち合わせ無しの連携プレーによって、女子学生のまま天央祭会場まで耶倶矢達に連行されてしまった士織、もとい士道。

 美九と八舞姉妹、同じ家に住んでいるから仲良くなるのはいいことだが、何故被害が士道に来るのだろうか。

 

 前の聖夜と違い、本物の女装姿を大衆に曝してしまった悲しさをなんとか押し込めて、美九に訊ねるべき問いを投げる。

 

「なんでこんなことするんだよ………」

 

「それはですねー」

 

 なんと美九、祭りの目玉イベントの一つであるミスコンに出場しないかと推薦されたのだとか。

 いやまあ、そういう“認識”がないとはいえ元人気アイドルなのだからむべなるかなと言ったところなのだが、あいにく美九は実行委員の仕事で忙しい。

 

 天央祭実行委員とは、とりあえず準備段階で過労で倒れる人間が出て、そのせいで負担が残りのメンバーに集中して前日に楽しい文化祭の幻想を見ながら脱落する者が続出し、生き残りでなんとか当日を回したあと全員ぶっ倒れるというどう考えても色々なものが間違っている集団である。

 美九は精霊なので体力は並みの男より遥かにあるので、余裕はあるが流石に仕事中に体を二つに分割するわけにもいかない。

 かと言って主催者側がイベントに対してただ断るというのも収まりが悪い、ので―――――妥協した案として、美九に匹敵する美少女候補を連れてくること、というのを提示したのだった。

 

「だったら夕弦か耶倶矢でいいだろ!?ほら、どこからどうみても美少女!!」

 

「し、士道………ちょっと、そんな………っ」

 

「反則。追いつめられた本音だからこそちょっと今のはヤバかったです……」

 

(いえ、最悪それだったんですけどー、お二人にたくさんの人の前で何かさせるのってちょっと不安がありません?)

 

(うっ…………じゃ、じゃあ七罪は!?)

 

(実験の時からうすうす感づいてはいたみたいで、ここしばらく私に捕まってくれてません)

 

(できれば俺にも何か警告欲しかったよ、七罪…………)

 

 遠い目になる士道に番号札を渡しながら、元気づけるように軽い口調で美九は話した。

 

「まあ、軽く自己紹介してー、あとはカラオケ感覚で一曲歌いでもすればそれでおーけーです。音源もこちらで用意しておくので、よろしくお願いしますねー、士織さん!」

 

「…………分かったよ。歌うだけでいいんだな?実際美九も困ってるのは確かみたいだし、それならやるよ」

 

「っ、………ありがとうございます、だーりん」

 

 こうして、結局士道は美九のお願いを引き受けてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 で、歌うだけ、なのだが。

 

 士道の歌唱力自体は、美九とカラオケによく行くので仕込まれているから聞き苦しいものにはならない、と思う。

 だがいざミスコン会場のステージに立つと、そこには千を超える野郎が客席にぎゅうぎゅうに詰まっている凄まじい光景。

 その圧迫感に、これを仕事にしてきた美九への尊敬を新たにするも、それどころではなかった。

 緊張でいっぱいいっぱいになって、自己紹介は噛み噛みで大変なことになっていた―――それがいいとか戯言が聞こえた気もしたが。

 

 切り抜ける為にさっさとパフォーマンスに移り、曲が流れる。

 歌い方は、体が覚えていた。

 緊張を紛らわせる意味でも、士道は歌に集中する。

 

 ちょうど心境的にも、歌詞は今の士道の心ともシンクロする部分があって、―――――――――悲劇は起こった。

 

 美九のチョイスした歌は、恋に悩む少女の歌。

 

 不安だよ、怖いよ、どうかおかしな娘だって思わないで。

 

 そんな言葉に、士道はつい共感して力を込めて歌う。

 

 

 霊力(チカラ)を込めて、歌ってしまう。

 

 

 

―――――――破軍歌姫、顕現。

 

 

 “わたしに、どうかふりむいて”

 

 

 

「…………………あ、あれ?」

 

 歌い終えると同時に、会場が不気味な沈黙に包まれていた。

 どこか憶えがあるようなないような雰囲気、具体的には去年のクリスマスとかに。

 

『まだ候補者は残っているようですが、今年のミスコン優勝者は決定しました。

―――――――さあ、みんなで名前を呼んであげましょう』

 

 

 

「「「「「「「しおりーーーーーーん!!!!!!!!」」」」」」」

 

「しおりん「しおりん」「しおりん」」「しおりん」「しおりん」「しおりん「しおりん」「「しおりん」「しおりん」しおりん」」「しおりん」「しおりん「しおりん」「「しおりん」しおりん」「しおりんぺろぺろ」しおりん「しおりん」「しおりん」はあはあ「しおりん」「しおりん」」「「しおりん」「「しおりん」「しおりん」しおりん」しおりん「しおりん」「しおりん」」

 

 

「ひ……………っ!!?」

 

 目は虚ろ、妖しい引きつり笑い、今にもステージに乱入してきそうな男ども、かと言って振り向いてもスタッフや他の出場者ですら、どう見ても正気ではなかった。

 

 

 みんな、士織に振り向いていた。

 

 

「い、い、い………………いやああああああああああああああああああっっっっ!!!!!」

 

 

 この年、ミスコン会場で生徒関係者入り乱れての暴動が起こる。

 参加者は「しおりんが可愛すぎた」など意味不明の供述をしており…………。

 

 

 

 この年、ある少年が心に深い傷を負い、また天央祭ミスコンの歴史に、伝説が打ち立てられた、らしい。

 

 

 

 





 ごめん、七罪デート途中でギブアップするくらい砂糖吐いたぶん後半馬鹿やってバランスとった…………。

 しおりんかわいい



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がっこうにいきたい!


 精霊と士道さんの愉快な暮らしを支える、原作ラタトスクの役回りを美九さんが大体引き受けてるこのお話。
 でも美九の場合お仕事じゃなくて、純然たる善意と思いやりと士道さんへの献身から。

 そう考えると美九にゃんはやっぱり天使、ファン辞めません。

……………誰だよ黒幕愉快犯<こはくさん>ポジとか言った奴()




 

 天央祭が明けて。

 

 おぞましい思い出を封印することによってなんとか立ち直った士道。

 ついでに色々と記憶もすっ飛んでいるが、………美九の申し訳なさそうな顔はなんとなく印象に残っていた。

 

――――なあ、美九。迷惑かけたよな、覚えてないんだけど酷いこととかしてないよな?

 

――――どっちもいいえ、ですー。強引なのはむしろばっちこーい、なんですけどー、……………ふふ、だーりんはいつだって優しいだーりんでした。

 

 錯乱していたのか耗弱していたのかは自分でもいまいち思い出せないが、その間ずっと士道の面倒を見ていたのは美九なのだと思う。

 

 士道をあの格好で舞台に立たせたのも美九なら、あの騒ぎを引き起こした異能も元々美九のものだ。

 責任を感じているのだろう――――そんな必要もないのに。

 実行委員で忙しい美九に協力しようと最終的に決めたのは士道だし、美九から奪った天使の力を暴走させたのも士道だ。

 

 話しているとそのことでお互い平行線の言い合いになりかけたが、それよりも士道が回復したことで気が抜けて、美九の意識が飛んでしまった。

 

 今は、美九が士道の肩にもたれながら、彼女の部屋のソファーですーすーと寝息を立てている。

 ぶらんと垂れてしまった手を取って膝に直してあげると、むにゃむにゃと嬉しそうな寝言が耳元で聴こえた。

 

「ぅ、だーりん、だいすきー………」

 

 その声にくすぐったくも暖かい気持ちになって、士道はそのまま手を優しく包んだままにする。

 すべすべした綺麗な肌の瑞々しさが心地よかった。

 

 いつも愛すべき天真爛漫な笑顔で振る舞う美九。

 言動は子供っぽく、話し方はもちろん悪戯っぽくからかったり時に大胆に甘えてきたりもする。

 だが、その上で美九はやっぱり士道の一つ上のお姉さんでもあった。

 

 この家の家事を引き受けるのは最近では八舞姉妹だが、みんなが集まるこの“家”を提供しているのは、美九だ。

 それはこの家が美九の所有物だからというだけでなく、その居心地の良さを作り上げ、どうしたら皆が楽しく過ごせるかを彼女はいつも考えていてくれるから、そんなここを士道達はいつもの居場所にする。

 頼みごとをすればこちらが申し訳ないくらいにこにこした顔で二つ返事だし、八舞姉妹を家に住まわせる時だって本人達も知らないところで色々と気を配っていたから、すんなりと互いに馴染んだのだ、きっと。

 

 天央祭の実行委員になったのもその辺りの気質があるのだろうか。

 美九がいくら精霊で体力があるとはいえ、大変な仕事をこなし、さらにダウンした士道の面倒まで見て、その上でやっぱり振る舞いはいつもの無邪気なそれなのだから、敵わないな、と士道は思う。

 

 もちろん疲れはあるのだろう、士道に寄りかかって安らかな顔でそれを癒やす眠り姫。

 それを優しく見つめながら、士道はそっと囁く。

 

 

「いつも、ありがとう。美九」

 

 

 その無垢な表情を見ているだけで、こちらも安らぎを分け与えられる、そんな美九の寝顔。

 士道もまた、美九の温度を感じながら、暫く一緒に寝ようと目を閉じた。

 

 その意識が霞む直前聴こえた気がした、返事をするようなその言葉が本当に寝言だったのかどうかは――――――きっと些細なことなのだろう。

 

 

「だーりんの、ためならー、……………なんだって、へっちゃらぁ、ですー…………」

 

 

 そして静けさに包まれた中、ただ穏やかに時が流れていった――――。

 

 

 

 

 

「学校に行きたい?」

 

 

 そんなこんなで暫く経ったある日のこと。

 

 どこかいつになく落ち着かなげな夕弦というか、どこかいつになくぼうっとした耶倶矢というか、普段の配役を逆にしたような様子で過ごしていた二人。

 当然気付いて、士道・七罪・美九にどうしたのかと訊かれて返った答えがそれだった。

 

「祭りに行ってからぼんやりそんなこと考えてたんだけど」

 

「羨望。時間を置くたび強く思うようになりました。耶倶矢と夕弦ももっと士道と一緒の場所で過ごしたいと」

 

「祭りで歩いてたらときどき、私達の知らない人らと、士道が話してたのが悔しかったっていうか、その………」

 

「…………ああ」

 

 天央祭一日目、会場を巡り歩いていた時、当然同級生たちと何度かすれ違うのだから、一言二言交わすこともあった。

 大概は美少女三人と天央祭を回る士道へのやっかみか好奇で絡まれたのだが、二人は二人で思うことはあったらしい。

 

 とはいえ、そういう気持ちをいつもより素直に出すということは、自分達の願いが叶わないと諦めていることが、その態度から知れた。

 確かに、これまでただ精霊として生きてきた二人がいきなり学校というのは、色々と難しいことがあるだろう。

 

 

「ん、じゃあ行ってみる?」

 

 

 だが、あっけらかんと七罪は言い放った。

 

「私も興味あったし、折角時期的にもちょうどいいから………士道と一緒のタイミングで、春から来禅高校に入学するってのでどう?」

 

「え?いやいや待て七罪、大丈夫なのか?よく分からないけど、書類とかそういうのは―――――、」

 

 

「―――――飴玉から公文書まで、なんでもお任せ贋造魔女、ってね」

 

 

「犯罪!?」

 

 反射的にツッコミを入れる士道、だが割とドヤ顔で七罪は切り返す。

 

 

「士道―――――犯罪ってね、人がするから犯罪なのよ?」

 

 

 暴論に見えるが正論でもあった。

 刑罰法規は、主体は人であることが前提である。

 国からすれば人ではなくどちらかというと害獣扱いの精霊の七罪の場合、ばれなきゃ犯罪じゃないとかいうレベルを超えて、そもそも万が一その改竄がばれようとも犯罪とは呼べないのである。

 

「ま、モラルの問題ってあるからやりたい放題する気はさらさらないけど………学費払って学校に通わせてもらうくらいいいでしょ?」

 

「それは…………そうだな」

 

 士道が納得―――言いくるめられた?―――あたりで、話を聞いていた耶倶矢と夕弦の顔がぱあっと明るくなる。

 

「確認。つまり――――、」

 

「私たち、学校行けるの!?」

 

「そーですねー。私からは学費は給料(おこずかい)からさっ引く形でー、あと忙しいかもですがメイドさんの仕事もちゃんとやってくださいねぇ、くらいですけど」

 

「当然。約束します」

 

「なら応援しますー。さすがに無条件で、って言えないのが心苦しいですけどぉ」

 

 そうして体面的にはこの場合雇い主の美九からも現実的な部分から了承を貰う。

 

…………親に学費を払ってもらう士道からすればやや心に痛い会話でもあったが。

 

 だが、二・三話を詰め、実際に学校へ行けることが分かると、耶倶矢も夕弦もぴょんと立ちあがってハイタッチを交わした。

 

「やった、やったね夕弦!」

 

「歓喜。言ってみるものでした!士道、一緒に学校、よろしくお願いします」

 

「ああ、よろしく。よかったな、二人とも」

 

「うん!ありがとう、七罪」

 

「いいわ、ついでだし。私もよろしくね」

 

 そうして。

 士道の精霊と送る学校生活は、決まったのだった。

 

 

 

 

 

※ある懸案~別名;士道さんと耶倶矢の特定の読者達の心を抉るやり取り~

 

 

「そうだ、私の苗字どうしよう」

 

「七罪さん?あー、確かに考える必要あるかもですねー」

 

 

「「――――――!!」」

 

 

「反応。どうしましたか、士道、耶倶矢?」

 

 

 

「ふ、ならばこの耶倶矢、七罪の名に相応しい姓(かばね)を見事考えてみせよう」

 

「私も参加させていただこう。そうだな…………姓とは一種の称号とも言える。ならば七つの罪、その重き宿縁を感じさせるに相応しいものは―――――神を弑(ころ)す、“弑神(しいがみ)七罪”などまずはどうか」

 

「!やるな、さすが我が盟友。だが、甘い―――――真なる言霊は分かたれた言語に囚われず、構築するものだ。七罪と言えばその霊装と天使は魔女のそれと聞く。魔女と、そして上位存在殺しを合わせればさらに重みが増すというものよ。そう、魔女の祝典と竜殺しの聖者を敢えて組み合わせ、“七罪・ヴァルプルギウス”!どうだ!!」

 

 

 

「………………………、………………。夕弦、美九。なんか案をお願い。できれば普通な感じで、あの二人を納得させられるものを」

 

「提案。士道のそれを改変して篠上(しのかみ)とでもすればいいのでは」

 

「!!それでいくわ!士道と、耶倶矢も、決まったから」

 

「………っ!夕弦もなかなかやるではないか」

 

「ああ、良き名だ!」

 

(篠上=しのかみ=死の神?………………いえ、私の勝手な想像ですし、黙っておきましょうかねー)

 

 

 七罪の、一応決まったけど多分本編ではこれ以降使われない仮の名字のお話。

 

 

 

 





……………ぐふっ

 今回いつもより短めだけど、もう無理……。
 自爆テロとかするもんじゃないわー……。



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がっこうへいけた


 適当極まりないサブタイもここで一旦終了か……




 

 士道と一緒に四人で学校に入ろう。

 

 そう決めた七罪と八舞姉妹の前に、一つだけ問題があった。

 

 勉強、である。

 普通の人間が九年かけてやる内容を入学試験までの半年足らずで頭に入れなければならないのだから、割と難題ではあった。

 まあ七罪の力で入試の成績を誤魔化しても構わなくはあるが、それは最悪の場合の選択肢だし、入った後にも授業を受けることを考えるとちゃんとやっておいた方がいい。

 

 そういうことで、それからしばらく美九の家では勉強会がデフォルトの光景となっていた。

 美九、士道が自分の勉強もあるが―――特に士道は当然ながら三人同様受験生―――頭を捻る三人の教師役をし、懇切丁寧に教えていく。

 真面目にやってさえいる相手には厳しく、なんて言葉が欠片も出ない二人だから勉強会の雰囲気は大抵和やかに進み、それはそれで楽しい毎日が過ぎた。

 

 そうして、秋が過ぎ、冬を迎え―――――、

 

 

 

 

 

「「「「「メリークリスマス!!」」」」」

 

 

 パン、パンとクラッカーが美九邸のダイニングにて打ち鳴らされた。

 

「ではー、乾杯の音頭を取らせていただくこととなりました誘宵美九ですー。いままで勉強大変お疲れ様でしたー、これからもあと一カ月ほど続きますけど、今日ばかりはそーいうの全部お休みです!」

 

 そう、今日は12月25日、どっかの聖人が生まれた日とかそうでないとか、その辺は日本人としては割とどうでもよくてとりあえず豪勢な料理を用意し楽しむ祭りの一種である。

 士道達も例に漏れず、皆で一日かけてクリスマスケーキを焼いたりパーティーグッズ買い出したり、あとはプレゼントを用意して全力で臨戦態勢だった。

 

「受験生にだってクリスマスはありますー、というわけで、かんぱーい!!」

 

 透き通った炭酸の入ったグラスを軽くぶつけ合い、楽しく騒ぎ始める。

 テーブルに並んだ料理の数々、いつも以上に彩りに気を配った中でもひときわ目立つ七面鳥の丸焼きにまず皆の関心は集められた。

 

「毒味。味はいかがですか、耶倶矢」

 

「毒味とかゆーな…………味っていうか、食感が、ビミョー?」

 

「まあなんとなくノリで挑戦したもんだけどな、クリスマスといえばターキー丸焼きだって。でも、こんなもんだろ」

 

「皆さん大体そんな感じの感想ですよねー。さ、他にも色々ありますから、じゃんじゃん食べちゃいましょー」

 

「…………おいしいと思うけどな」

 

 

 

「あはは………全部片付いちゃいましたねー。一部明日の朝ごはんになるかと思ってたんですけどぉ」

 

「吝嗇事を言うでないわ。贄は尽きること無し、明日の朝も変わらずに我ら八舞が腕を振るおうぞ。それより、腹ごなしに遊戯の時間だ!」

 

「そういえばやるゲーム選んで買ったのあなた達だったわね、耶倶矢、夕弦」

 

「冒険。せっかくなので聞いたこともないボードゲームを怪しい店で選んでみました。博打ですがまあ、最悪ビリに罰ゲーム制にすれば盛り上がりはするでしょう」

 

「おいおい………罰ゲーム、は嫌な予感しかしないんだが」

 

「じゃあトップにごほーび、でいいんじゃないんでしょーか」

 

 

 

 わいわいとクリスマスパーティーを楽しみ、笑顔で愉快な時間を過ごす。

 ちなみに夕弦達が買ったゲームはプレイヤーが神になって信者を増やすという内容で聖誕祭を皮肉ったシュールさが少し笑えた。

 が、それ自体は残念な出来でさっさとトランプで大富豪に切り替えた五人ではあったが。

 

 都落ちルールありで器用に富豪【二位】を維持する七罪、平民【三位】と貧民【四位】をふらふらする士道、積極的に大富豪【一位】を狙いに行く八舞姉妹に、気分で戦略を変える美九とある意味かなりバランスのいいゲームになり、ただキリのいいところで次は何故かオーディオルームに移動し同種で四匹集まると消滅する謎の粘生体パズル大会が開催された。

 

 自分の番を終えた士道は、そのあたりで「ちょっと涼んでくる」と言ってバルコニーに出る。

 

 フェンスに軽く体を預けると、夜空を見上げた。

 吐く息は白く煙り、澄んだ冬の空の星々を霞ませる。

 それをなんとはなしに眺めながら、ふと後ろに立った気配が誰のものか、なんとなく士道には分かっていた。

 

「ちょうど一年、だな―――――美九」

 

「はい、だーりん」

 

 振り返ると、やはり予想した通りの顔が見える。

 その淡い髪を飾るきらりと光を主張するそれの姿を認めた士道は、軽く口元を綻ばせた。

 

「俺のプレゼント、付けてくれてるんだな」

 

「もちろんですぅ。折角ゲームで勝ち取っただーりんのクリスマスプレゼントなんですもの」

 

 ゲームの勝者のご褒美は、結局一人一個ずつ交換用に用意してきたクリスマスプレゼントを、総合順位一位から順番に選べる権利というものだった。

 ちゃっかり終盤で追い上げて一位を取った美九はそのまま士道のプレゼントである髪飾りを選択したのである。

 当たり前だが、包みを開けるまで中身が分かるものではなかったが、迷いなく美九は士道のそれを指さしたのだった。

 

「似合ってるよ。うん、可愛い――――ってこのセリフ、この場合に俺が言っていいのかな」

 

 女の子が装いを変えたのに気付いたらまずそこに触れる―――七罪からものすごくまわりくどく、美九からは何度か直接に教育されてきた訓示だが、余計な一言が付いてしまうあたり満点には届かないようだ。

 誰に渡るか分からない交換プレゼントだから、誰に渡ってもいいものを考えて用意したわけで…………しかしそれを口に出してしまう士道に苦笑しながら、美九も礼を返した。

 

「いいに決まってるじゃないですかもー。…………私が世界で一番その言葉を言って欲しいのは、だーりんなんですよぉ?だから、ありがとうございます。すごく嬉しいですー」

 

 そう言うと、美九も士道の隣に来て夜空を見上げた。

 

「あれから一年………今年は晴れて星がきらきら。こういうクリスマスもいいと思いません?」

 

「そうだな。でも、感覚がおかしいや。本当の意味で美九を知ってから、それだけしか経ってないのかって思うと」

 

「私もです。色々、ありましたからー………」

 

 ちょうど一年前のこの日、おかしくなっていた美九に酷い目に遭わされ、それでも美九を支えてくれると言ってくれた士道。

 あの日身勝手な我がままで迷惑を掛けた美九を見捨てなかったこと――――そも、出会った時からずっと士道は美九の支えでいてくれた、それを言葉にして約束してくれたことが、美九の人生の一番の宝物だ。

 

 あれから、毎日のように美九の家に来てくれるのは、その約束もどこかにあるのだろうと思っている。

 そんな暖かさが、ただ歌に縛られていた頃までにはなかった日々をくれた、その一つ一つを大切に振り返る。

 

 士道にとっては八舞姉妹の一件や精霊について真実を知ったこと、も含めて長い一年だったと言っているのだろうが、きっとその中に自分のことも入っていると考えると、申し訳ないような嬉しいような、――――そう、“愛おしい”。

 そしてその想いを込めて士道の横顔を見詰めていると、視線を感じてこちらを向いてくれて、その瞳と見つめ合った。

 

 

「ねえだーりん、一曲歌うので聴いてもらえますか?」

 

「喜んで」

 

 

 無性に歌いたくなった、その疼きを士道に受け止めてもらう。

 たった一人の、だが世界の誰よりも大切な聴衆に、美九は歌声で夜空を震わせる。

 

 

 

「Joy to the world, the Savior reigns……♪」

 

 

 

 歌うのは誰もが耳にしたことのあるクリスマスソング、その英詩。

 神様なんて信じたことはないけれど、美九の世界を救ってくれた救世主(ヒーロー)は確かに傍にいてくれるから。

 

――――大好きです、my savior(だーりん)!

 

 その想いを歌に込め、大切に歌うのを、士道に聴いてもらっていた。

 

 

 

 

 

 季節は巡る。

 大切に過ごす日々もそうでない日常も、平等に時は運んで行く。

 やがて冬も過ぎ去り、春―――。

 

 

 

 

 

 過程には触れなくとも、結果として士道、七罪、耶倶矢、夕弦の四人は晴れて学び舎への入学が叶う。

 

 そして期待に包まれながら入った教室、士道の隣の席になった場所に、“彼女”はいた。

 

 艶やかな長い黒髪を二つに分けて前に垂らし、前髪を左右非対称(アシンメトリ)にして左目を隠した、妖しい少女。

 着慣れないであろう制服が、しかしそういう意味でなくどこか場違いな、清楚な風ながらもただか弱いだけのそれではありえない雰囲気を纏う不思議な少女。

 

 

 

「わたくし、時崎狂三(ときさきくるみ)と申しますの。

――――――よろしくお願いしますわ、士道さん?」

 

 

 

 





 というわけで待たせたな、次回から狂三編だ!

…………この幕間、時間経過させつつ日々を過ごす描写するの難しかった。
 やっぱりほんと日常系ラブコメ苦手だよぉ……………(だからお前は何の二次を(ry)
 ということでその辺りに違和感感じたらそれは単純に作者の力量不足でございますごめんなさい。


 あとなんかまた病気ネタが浮かんだので、今回短めなのもありやってみる↓





~折紙さんと十香ちゃんのポジションを入れ替えてみよう!~





※一部に大変お下品な描写があるようなないような。
 覚悟と了承の上スクロールお願いします。





 その日、何の変哲もないただの高校生だった五河士道の人生は、大きく変わった。

 災厄たる空間震を引き起こす精霊、鳶一折紙との出逢いと、精霊への復讐に燃え彼女を殺そうとする級友、夜刀神十香の正体を知ったこと。

 文字通りの天使と見紛う武装を纏い、無表情に全てを薙ぎ払うその姿が、自分を拒絶する全てに対する諦めと心の防衛だと気付いた時、士道は動いた。
 精霊の保護を詠う秘密結社〈ラタトスク〉の力を借り、“デートしてデレさせる”という作戦で見事に折紙の心を開くことに成功した士道は、自らに眠っていた能力で折紙の精霊の力を封印し、ただの人間と変わらぬ存在として普通の暮らしを送らせることができた。

 そんなある日――――、

「琴里、シャワー先に使うぞ………、折紙ッ!!?」

「おかえりなさい、士道」

 通り雨に振られずぶ濡れになって自宅に帰った士道が風呂場のドアを開けると、そこになぜか折紙が一糸纏わぬ姿でそこにいた。
 染み一つ無い白く可憐な裸体を曝し、折紙は隠す様子もなくシャワーのノズルを狼狽え硬直する士道に差し出す。

「士道が先にシャワー、使う?」

「ごめんなさいどうぞごゆっくりぃぃぃーーーーーー!!!」


 で。

 何故折紙が士道の家にいてシャワー使っているのかを、〈ラタトスク〉司令である妹の琴里に問いただすと、折紙の仮の住居として五河家の一室を提供し、ついでに士道が今後別の精霊をデレさせる訓練の為に、どきどきいやん♪なハプニングへの耐性と対処ができるようにするのに、折紙に協力(※同意なし)してもらうなどとほざいた。

 大丈夫大丈夫折紙の士道への信頼と好感度はちょっとやそっとじゃ全く揺らがないみたいだから、愛されてるわねー、などと言う琴里に対し、何故か無性にこの言葉が言いたかった。

 違う、問題はそこじゃない、と。

 だが士道の意見など黙殺されたまま、ハプニング訓練は始まる。


 トイレの電球が切れたのを換えに行かされると、使用中でパンツをずり下げて便座に座った折紙の姿が。

「士道、私のおしっこするところ、見るの?それとも――――」

「見ないです見せないですノック忘れて本当に申し訳ありませんでしたーー!!」


 風呂に入っていると、騙されて服を脱いでいる折紙のシルエットが脱衣所に!
 そしてドアが開き――――、

「士道もお風呂?ちょうど良かった、一緒に洗いっこしよ、士道」

「あ、あは、あはははは……すぐ出るからほんと悪いな折紙ィ!!」

 ほんのわずかに見えた折紙の表情は、断られたことにどこかしょぼんとしていた。


 そして、疲れて泥のように寝ている士道が、夜の間に折紙のベッドの彼女の隣に移動させられる。

 はあはあ、ぺろぺろ、くんかくんか。
 翌朝士道が目を覚まして見たのは、自分に抱きついて匂いを嗅いだり舐めまわしたりキスマークを付けてきたりする折紙のあられもない姿。
 いや、裸なら昨日だけで二回も何故か見たのだが、何が起きてしまったのか寝乱れた折紙のパジャマがある意味全裸よりエロく崩れている。

「はあ、はぁ………士道、熱い……」

「お、おはよう折紙?大丈夫か?熱いって、一体」

――――おなかのしたのほうが、あついの

 ぐちゅ。

「……………。おやすみ、おれ」

 何かの液体が染みて変色した折紙のぱんつから聞こえた水音に、士道の意識はまた真っ白になった。


――――果たして士道さんは無垢なる肉食獣折紙から貞操を守り抜けるのか!
――――こうなるとなぜ分からなかった、琴里に深慮というものは果たしてあったのか!?


 そして…………。

「士道が私に向けた優しさを他の誰かに向けると考えると――――――――とても、とても、きもちがわるい」

 精霊〈ハーミット〉攻略作戦は、そもそも実施できるのか!?


 デレ鳶(と)・ア・ライブ、乞うごきた………………………………………絶対連載とかしねーよこんなの。


 以上。

 メインヒロインがこれって………。
 一体どこを目指した作品なのかと。

 うん、設定変えた意味がわからないくらい通常運転の折紙さん。
 性知識がなくても本能でなんとなく察してるんですねわかりますん。

 まあ十香と折紙入れ替えて一巻再構成してみたら面白いかなー、とは思ったけど、二巻以降予想するとこの通り折紙に絶滅天使されるので永久封印。

…………それとも誰かやる?




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狂三スチューデンツ


 兄として、妹として、互いの絆が試される、一年前の話。

 狂三攻略のテーマは“正義の在り処”。

 正義とは、要は最大多数が善と見做す行動規範。
 集団の共有する思想故に、強固でありながら移ろい易く、身を任せるその安心感と引き換えにミクロの現実に対し時に呆気ないまでに硬直する。

 結局、人は何が正しいかではなく、何が間違っているかでしかものを測れない。
 何かを悪であると批判することでしか語れないならば、はじめから正義など語れるものではないのだ。

 ならば、差し示された明確な悪に対し、必要なのは“ただ、感情に従うこと”。
 たとえそれが、なにを意味するとしても………少年は、その覚悟を終えている。




 

 入学式。

 

 とりわけ受験競争を経てその学校に晴れて入学する身としては、生徒はそれぞれ思い思いの感情を胸に体育館に整列することだろう。

 式典の中感慨を噛み締めるか、それともさっさと教室に入って旧知や新しき友と語り合いたいと心を逸らせるか。

 いずれにしても早く終われと思う者はいても長く続けと思ってくれる人間は殆どいないであろうという意味では、目出度い場の筈であるのに割と残念なものであった。

 

 来禅高校も例外ではなく、そして更に先に挙げたどちらにもあてはまらない認識を入学式に持つ、新入生の女子生徒が約一名。

 

(士道、暇なんだけど)

 

 つんつん

 

(いいから前向いてろって)

 

(知らないおじさんの話聴かされても…………強いて言うならおめでとうの一言でいいのに)

 

(諦めろ。そういうもんだ)

 

(…………)

 

 つんつん

 

(あーもう)

 

 士道の隣に座った七罪が指先で士道の脇腹を突っついてくる。

 それをさりげない動きでガードしていると、そのやり取りだけで暇も紛れているらしく彼女も口で言うほど不満を感じているわけでもなさそうだった。

 

 そして、少し視線をずらすと、夕弦と耶倶矢も何やらもぞもぞとお互いにやっていた。

 

…………まあある程度は仕方ないだろう。

 

 勉強内容を頭に詰め込んでいようともこれまでの学校生活の積み重ねが無い三人は、こんな風な場に慣れていない。

 空気を読んで大きな声を出さないで大人しく座っているだけでも立派と言えるのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 幸いこの学校の教諭や来賓達はそこまで話が長い方でもないらしく、焦れる程待つこともない間に校歌と国家の斉唱を行い式が終了した。

 

 そして、士道は七罪達三人と一緒に教室へ行くべくまだ覚束ない校舎内を人の流れに沿って歩く。

 

「お疲れ、夕弦、耶倶矢も」

 

「倦怠。何もしないというのが非常に苦痛であることを再認識しました」

 

「だ、だからってあんなこと、しなくてもよかったじゃん、夕弦……」

 

「あんなこと?」

 

「わあああっっ、なんでもないなんでもない、忘れて士道!!」

 

「…………何やったんだよ、夕弦」

 

「自爆。耶倶矢のそういうところ、可愛いですけど心配にもなります。それはともかく士道にもあとで同じことをしてあげるので………くす」

 

「と、とりあえず遠慮しとく………」

 

 周囲も自分も黒いブレザーを身に付けた制服姿という独特の環境に変わっても、いつも通りの空気で話しながら廊下を進む。

 その、途中の出来事だった。

 

 

 

「だ・あ・りーーーんっっ!!」

 

 

 

 むぎゅ。

 

 背後からの急襲。

 素早い動きからの勢いを滑らかに殺しながらのホールドはまさに芸術的。

 そのまま士道の首元に腕を回し、すりすりすり。

 柔らかい肢体を存分に押しつけながら、士道のうなじに頬ずりをする。

 

 そんな技を公然と新入生達に見せる、元アイドルの二年生の姿がそこにあった。

 

「えへへ、誰でしょうー?」

 

「美九……ちょっと、なにをいきなり……!」

 

「だいせいかーい!そんなだーりんには入学おめでとうございますのハグをプレゼントぉ!!」

 

「ふわっ、ぐぅ………!?」

 

 やたらテンションの高い美九が、士道の背中にくっついて騒ぐ。

 美九の色々な意味で柔らかい感触―――肌、肉付き、髪、胸、あとは天然で香ってくる彼女の匂いを急に感知し、どぎまぎしながらも士道は焦った。

 

「み、美九、見られてる!めっちゃ見られてるから!!」

 

 もはや語るに及ばない、問答無用の可愛さを備えた美九に甘えるように抱きつかれている士道。

 周囲の男子からは嫉妬と殺意、女子からは好奇の視線を向けられて穴が空きそうな気分だった。

 あと、見ず知らずの人に指を差されるということが実際にあるのだなと、不名誉な体験に妙な感慨を抱く。

 

 そんな士道の心中を慮ったのかは定かではないが、ひとしきり堪能すると美九はすっと体を離してくれた。

 

「あのなあ、美九………」

 

「めんごですー。ほら、だーりんが同じ制服着てるの見ると、嬉しくなっちゃってー。

…………ほら、ついにだーりんといっしょに同じ学校と思うと、これはもう抱きつくしかないと!」

 

「士道といっしょに同じ学校と思うと?」

 

「復唱。これはもう抱きつくしかない?」

 

「か、耶倶矢、夕弦………?なんでにじり寄ってくるんだ?」

 

 美九が自身の制服の袖を甘えさせてちょこん、と肘を曲げてアピールすると、何故か反応する八舞姉妹。

 妙な迫力を出しながら左右から距離を詰める二人。

 向けられる視線の、嫉妬と殺意の割合が一気に後者に傾き、そして好奇が軽蔑へと色を変えていくのが分かる。

 それはまあ、気持ちが分からなくはないので仕方ないのだが、今は―――――、

 

 

「「「…………っ!!?」」」

 

 

 それら“理解できる感情”とはまるで別の、刃物のように鋭く、焼けた鉄の様に熱く苛烈な視線が貫く。

 

 白銀の糸が翻るイメージが、何故か脳裏を過ぎった。

 

 

「な、なんか今………」

 

「殺気。なかなかの使い手がいたようです」

 

「えーとー、いったい……?」

 

 それが向けられたのは美九と夕弦と耶倶矢だったようで、彼女らは一瞬背中を震わせて動きを止めた。

 三人のみならず近くにいた人間が無差別に知覚するほどの激しい感情が辺りに発散されて、その場の空気がなんだかおかしくなる。

 そして不意に訳も無く猛烈に狩られる小動物の恐怖を覚えた士道は、それでもなんとか口を開いた。

 

「いつまでもっ、ここで時間潰しても仕方ないし、そろそろ移動しないか!?」

 

「そうね。ほら、三人とも一旦士道から離れなさい」

 

 額に汗を垂らした七罪もまた続いてフォローしてくれた。

 

 

 

「ここは学校なんだから、いつもの家のノリで士道に甘えるのは自重しときなさいよ」

 

 

 

「……………っっっっっ!!!!??」

 

 もとい、トドメを刺してくれた。

 

「な、七罪っ」

 

「あれっ、え……??」

 

 ぎり、ぎり……がりッ

 

 水晶とかそんな感じの石を擦り合わせるような音が、どこからか耳に響く。

 士道は何故か、背筋の凍るような寒気が襲ってきて止まらなくなってしまった………。

 

 

 

 

 

 美九と別れ、一年間学ぶことになる教室に入る。

 士道・七罪・夕弦・耶倶矢が同じクラスになっているあたり、入試結果はともかくこちらは確実に七罪が何かしたのだろう。

 まあ、入った瞬間に士道達に向けられた視線に、それどころではなかったが。

 代わりと言ってはなんだが、例の独特の視線はいつの間にか感じられなくなった。

 

(ハーレム………)(羨ましい)(自宅に連れ込んでとっかえひっかえ………)

(最低)(死ねばいいのに)(ロリコン………)

 

「「最後のちょっと待て」」

 

 ひそひそと聞こえる噂話に士道と七罪が同時に抗議した。

 士道が初めて会ってから七罪の外見年齢は変わっていないが、会った当時の士道と同じ年くらいのそれだから士道にとっては云われの無い非難だし、間違われるならともかく高校の制服を着た状態で戸籍等不正に弄ったとはいえ15歳扱いの七罪にとってロリ扱いは悪口とすら言えるだろう。

 

 それはともかく。

 なんとなく確信がある。

 自分が今最も目立っている新入生だと。

 美九との騒動もそうだが、入学早々それこそ人間離れしたレベルの美少女と複数仲良くしている男はそれはもう確かに注目の的だろう。

 

 とはいえ、それを理解することと受け入れ受け流すことはまた別の話なのだが。

 衆目を集めることには、若干トラウマもあるし。

 

「う………」

 

 怯む士道を、耶倶矢が軽く肩を叩いて励ます。

 

 あくまで善意で。

 

 

「ふん。余人の意識を集束させるは雄たる御主の当然の器量よ。その魂の波動を揺らすには足らぬと示さねばなるまい?」

 

 

「……………。……………」

 

 士道は、返事に詰まった。

 

 最近の話である。

 耶倶矢といつものやりとりをしているとき、ふと気付いた。

 本当に、何のきっかけもなく、ふと気付いてしまった。

 

――――俺は何をやっているんだろう?

 

 かっこいいと思っていた謎の言い回しとか、変な思想とか、妙な憧れとこだわりとか。

 “気付いてしまった”。

 

――――もしかして、もしかしてなんだけど、これはものすごく恥ずかしいことなのでは。

 

 後で七罪と美九に訊ねたところ、無言が何よりの返答であった。

 

 で、自覚したのがいいことなのかどうなのか。

 耶倶矢にとって魂の盟友であるところの士道は、彼女の言動に乗らなければならない。

 というより、暫く例の暗黒言語を封印していると、それはもう寂しそうな半泣き顔をされ、夕弦に怒られた。

 

 だが。

 やるのか、入学初日に“あれ”を。

 これから一年を、下手をすれば三年間を共にするクラスメートの前で、初日から?

 

(だが、耶倶矢の笑顔には代えられない………ッ!)

 

 士道の方こそ半泣きになりそうな表情を堪え、必死に高笑いを張り付けた。

 

 

 

「足らぬ、足らぬ………か。ふ、ふはは、くはははは!!応とも、私の渇望は私のものだ。飢餓にも等しき世界に対しかく在れと願う其の指針は、他人に吸い寄せられて動くものではない。礼を言おう、耶倶矢よ」

 

 

 

「うむ、分かればよい。それでこそ我が盟友士道よ」

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 満足げに頷く耶倶矢。

 一方、あれだけ注目されていたのに、今度は全力で士道から目を逸らす周囲の者達。

 

 もうなんというかまともな高校生活というものから決定的にコースアウトしてフルアクセルかましたような、そんな想像というか事実に、士道の精神も色々一杯一杯となりつつあった。

 

 気力がものすごい勢いで目減りしていくので、もう士道は黒板に書かれた出席番号に対応した席にさっさと座ることにした。

 七罪もそこまで対応できなかったらしく、前後左右知らない生徒が座っていて………うち、左に座っていた女の子が話しかけてくる。

 

 

「面白い方なのですわね、“士道”さん?」

 

 

 アシンメトリの前髪で左目を隠した、不思議な雰囲気の美少女だった。

 微笑を顔に張り付け、その赤い瞳で見透かすように見つめてくる。

 

「君は………?」

 

「わたくし、時崎狂三(ときさきくるみ)と申しますの。

――――――よろしくお願いしますわ、士道さん?」

 

 是非、狂三と呼んでくださいまし―――そう続けて頭を下げた彼女。

 対する士道もまた、頭を下げ返した。

 

 

「よろしく狂三……………まともにはなしかけてくれてほんとありがとうございます」

 

 

「え、ええ…………?お礼にはおよびません、わ?」

 

 士道の不思議な挨拶に眼をぱちくりさせながらも、お上品に返す狂三。

 

 それが、彼女との出会いだった。

 

 

 





 今回のヒロインの登場が一番最後の部分だけとか、半分まだ幕間っぽかったかも。
 四話も続けたから癖が抜けてない………?

 それはともかく狂三が前話でなんか意味深に登場した風だったけど実はそんなことなかったんだぜ!というお話でした。

 そしてさあ士道よ、以後作者と同じだけ悶絶するがよい()



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狂三アフタースクール


 saDripeのアナグラムを知っている読者がいて愕然。
 一回か二回しかどっかで語った覚えないのに………。
 そういえばリアル中二の時に考えてそのまま変える機会もなくここまで来ちゃったんだよなあ………執筆する度に黒歴史を曝し続けている訳で、慣れって怖い。

 うわあああああああ(ごろごろごろごろ




 

 入学より数日。

 

 特に七罪達には慣れないものの繰り返しによってだんだんリズムを掴めてくる学校生活。

 その昼休みの教室、皆で学食組の机を借りてくっつけ、一緒に話をしながら昼食を取るグループのうちの一つ、士道達も例に漏れず仲良く環を作っていた。

 美九もわざわざ下級生のクラスに来て奇異の目に曝されながらも、少しも動じた様子もなくさらりとその環に加わっている。

 

「提供。士道、七罪、お弁当です。今日は夕弦の担当でした」

 

「ありがと」

 

「助かる………おお、今日も美味しそう」

 

 自分達二人と美九の分と一緒に士道と七罪の弁当も作ってくれると言う夕弦や耶倶矢の好意に甘え、毎日女の子の手作り弁当という贅沢を享受する士道。

 箱の蓋を開けると、彩りの豊かなおかずの詰まった見事な弁当がお目見えする。

 やっぱりスペックの高いメイドさんであった。

 

 そんなご馳走を前に手をつけようとしたところで、士道の後ろに影が掛かった。

 

「士道さん、少しよろしいですか?」

 

「狂三?」

 

 今現在、士道いわくの“どこからどう見ても美少女”達に囲まれてランチタイムとしゃれ込んでいるのも含め、色々な理由で触れるべからず(アンタッチャブル)筆頭となってしまった彼と唯一話すクラスメート。

 席が隣なのもあってどうでもいい雑談などはまず彼女と話しているというくらい、高校に入って新しく一番仲良くなったのは誰かと問われれば、その時崎狂三と答えるだろう。

 

…………清楚とミステリアスの同期した、タイプは違えど皆に劣らぬ美少女である狂三と仲良くすることで『まだ増やすのか』と事態を悪化させている気がしなくもないが。

 

 そんな彼女は、深みのある微笑を湛えながら、士道達を見回しては一礼する。

 

「わたくしも昼食をご一緒したいですわ。お許しいただけませんこと?」

 

「「…………」」

 

 購買で買ったと思しき菓子パンを胸元で掲げ、こてり、と小首を傾げる。

 一方それを聞いて、何故か押し黙って体を硬直させる夕弦と耶倶矢。

 

「えーと、いいよな。みんな?」

 

「だーりんは大物さんですねぇ。あ、くるみ?さんはどうぞー、歓迎しますよぉ?」

 

(美九………ちょ、ちょっと!?)

 

(耶倶矢さん、人見知りですかぁ?だめですよー、折角学校に入ったんですから)

 

(疑義。たしかに若干ヘタレの耶倶矢はその気がありますが、それだけでもないことは分かっている筈です)

 

(それこそ、なるようにしかならないわよ。色々とね)

 

 四人でひそひそ話す―――何故か七罪と美九は悟ったような笑顔―――中、狂三は美九の誘いに乗って椅子を近くから確保してきて、士道のすぐ隣に座った。

 明らかに自分を対象とした内緒話に気分を害した様子もなく、はむはむと袋を空けたパンを少しずつ齧り始める。

 

 それでも、表に出さないだけで機嫌を損ねていたら申し訳ないし、食事時に雰囲気をまずくするのもなんなので、士道は狂三に話を振った。

 

「それで狂三、今日はどうしたんだ?」

 

「士道さんが楽しそうでしたので、羨ましくなってしまいましたの。それで、折角ですから皆様にも紹介をと」

 

 そう言うと、にこやかに七罪を、美九を、夕弦と耶倶矢を、一人ずつ順番に顔を見つめ………なぜかその順番に彼女達の表情が一瞬固くなったように見えた。

 

 

「時崎狂三ですわ。同級のお三方は改めまして、そちらの美九先輩に関しては以後よしなに――――士道さんとは、“よろしく”させていただいています」

 

 

 気のせいだろうか、狂三の笑みの口の端が、いつもより少しだけ吊り上がった風で。

 頭を下げたことで角度が変わったせいだろうと、その時は思ったのだった。

 

 

 

 

 

 放課後。

 

 どんなに設備のいい学校だろうが掃除当番というものはあるもので、ア行で始まる五河姓の士道はその最初のグループに割り当てられることが殆どだった。

 待たせるのは―――特にメイド仕事があって部活動に入れない八舞姉妹を拘束するよりはと、掃除当番や今後あるかも知れない居残りなどは待たないとお互い決めている為、教室の掃除を終えた士道は一人で帰り仕度をする。

 他の当番達とだらだら駄弁っているグループくらいが残った教室で、鞄に教科書などを詰め込んだ士道に、声を掛ける女子が一人。

 昼休み、あの後如才なくなんてことのない会話を交わしながら士道達と昼食を共に過ごした、狂三の静かな微笑がそこにある。

 

「お時間よろしいですか、士道さん?二人きりで話したいことがありますの」

 

「いいけど、どうしたんだ改まって」

 

「ふふっ」

 

 意味深に微笑んだまま唇に指を当てる仕草をすると、そのまま振り返って歩き出す狂三。

 教室を出て、どうやら校舎の階段を上がり切ってその裏、死角となる暗がりまで先導するつもりらしかった。

 存外狂三の歩く速度は速く、慌ててついて行く士道と一定の距離を保って、…………階段を上る。

 

「うわああっ!?」

 

「あらあら、どうしたんですの、士道さん?」

 

「な、なんでもない!」

 

 狂三を視線で追っていると見上げる姿勢になって――――歩き方の問題か、腕の振れのせいか、狂三のスカートが翻り一瞬“中身”が見えそうになった。

 慌てて士道は階段を駆け上がり、狂三の横に並ぶ。

 

 すぐに階段を全て昇り切り、狂三は振り返ってくすり、と息混じりの軽い笑い声を出した。

 

「士道さんたら、微笑ましいですわ。スカートの中身、気になってしまったんですの?」

 

「っ…!!?」

 

 ぴら、と少しだけ制服のスカートの裾を持ち上げる狂三を、わざとやっていたと悟った士道は大慌てで止めた。

 

「か、からかうなよ!!」

 

「あら、あら」

 

 楽しそうな狂三の様子に、士道は嫌が応にも意識してしまった。

 

 学校、人気のない場所に呼び出され、異性と二人きり。

 ある意味青春イベントの王道中の王道とも呼ぶべきシチュエーションに、急に落ち着かない気分になってしまう。

 

 そんな士道の内心も見透かしているのかどうなのか、狂三はそこで雑談の延長のような話題を振ってくる。

 

「お昼はありがとうございました。楽しかったですわ」

 

「礼を言うようなことじゃないだろ。ただ、これで七罪達と友達になってくれれば嬉しいけどな」

 

 嘘偽りない気持ちを表に出す。

 精霊達の交友関係は、美九を除けば決して広くはない――――特に八舞姉妹と話すのは、美九の家に集まる面々だけだろうと思う。

 折角学校に通うのだから、そういう人との付き合いを増やすのもいいのではないか。

 

 そんなことを考えながら狂三に言うと、彼女は一瞬ぽかんとした後、

 

「友達ですか?………友達、ですか。うふふ、ええ、ええ、士道さんの頼みなら吝かでもないですわよ?でもわたくし、それには気になっていることがございまして」

 

「なんだ?」

 

「あの可愛らしい方々の内、士道さんの本命はいらっしゃるのですか?」

 

「うっ…………」

 

 特に痛いところでもないが、突かれた。

 そう感じたが、改めて隠すことではないので、士道はその問いに真摯に答えた。

 

「本命……っていうと、なんか違うとしか言えない。あいつら皆、大好きで、失いたくなくて、とびきり可愛くて――――とかって言葉を字面にしたり、周りから俺達の関係を見たらなんだよそれって言われるのも無理ないっていうのはわかってるよ。

でも、だからってあいつらの中から一番を選んで他の皆に『俺、彼女を恋人にする。そういうことだから』は………やっぱりなんか違うんだって、思う」

 

「なかなか独特な考え方ですわね」

 

「一般的に褒められたものじゃないのは、十分理解してるよ」

 

 ある意味開き直っている士道に、狂三は首を振りつつ、しかし本当に愉しそうに士道との距離を一歩詰めた。

 

「いえ、いえ、彼女達もそれで納得………というよりむしろ、彼女達こそがそのような考えを積極的に歓迎して今の関係を築いておられるようでしたし、わたくしから野暮を申し上げる気はありませんわ」

 

 そして自然に士道の耳元にまで唇を近づけ、囁く。

 

 

「――――他の何者にも優先すべき、士道さんの最愛の人、という立場には惹かれますけれど」

 

 

「~~~ッッ!?」

 

 その柔らかい吐息と共に発せられた不意打ちに、先ほどの想像が蘇って士道は腰が砕けるかと思った。

 そんな士道の腰の辺りをやわやわと撫で擦りながら、熱を帯びた声で狂三は言葉を続ける。

 

「士道さん、実はわたくし、あなたという個人に興味を覚えていますの。まだ駄目まだ駄目と抑えながらも―――――つい欲望のままに今すぐあなたを………ってしまいそうなくらい」

 

「え……?」

 

 一部分途切れた言葉を聞き返そうとした士道を解放した狂三は、構わず次の話に移る。

 

「というわけで、デートのお誘いですわ、士道さん。次の休みの土曜日、天宮駅の改札前で、10時30分待ち合わせ。予定は空いていまして?」

 

「あ、ああ、うん、今のところは何も予定はないけど」

 

「では、決まりですわね。その日は是非よろしくお願いします」

 

「え?っていや、ちょっと待て―――、」

 

「あ、それと最後にもう一つだけ訊きたいことがあるんですの………」

 

 まだ士道の返事も受けない内から踵を返す狂三を呼び止めようとする士道。

 その足を、その手を。

 

 

 “士道の影から這い出た青白い腕”が、壁に磔にするように押し付けて拘束する。

 

 

「――――ッ、――――これ、は……!?」

 

「…………きひ、きひ、きひひひひひっっ!!士道さァん、精霊ってご存知?気分一つで人一人、街一つ、国も滅ぼせる化け物なのですけれど、そんな存在を四匹も周囲に侍らせて。おまけにこうしてあなたに惹かれてもう一匹。ほら、ほら!どんな気持ちでいるのでしょう?」

 

「狂三、まさかお前も精霊………!?」

 

 安いホラー映画のような光景だが、掴まれた拘束は人間の士道では振り払えないほどに力強い。

 口元を引き攣らせて笑う狂三に昼休み見た表情が見間違えでもなんでもないことを悟り、冷や汗が流れる。

 

 新しくできたクラスメート、親しくなりつつあった狂三が、精霊だった。

 それ自体を理解できぬと放り投げるほどに、こういう驚きへの耐性がないではなかったが、それでも急な事態に頭がパニックになりそうになる。

 それでもどう対処すればいいのか、と必死で考える士道に、しかし狂三はそれ以上のことをする気配はなかった。

 

「ふふ、折角学生ですし、この問いの答えは宿題ということにしておきます。それでは土曜日、楽しみにしていますわよ?」

 

 そう狂三が言い残して今度こそ去ったあと、暫くして腕の拘束が全て外れ、影はただの影に戻っていた。

 だが、痣になるほど強く掴まれていた場所が痛んで暫く立てない。

 

「……………返事を訊くまでもなかった、ってことか」

 

 土曜日のデートに、行かない訳にはいかなくなってしまった。

 仄めかす程度だが、狂三の突然の行動にはおそらく脅迫の意味も含まれていたから。

 

「また、厄介事か………」

 

 座り込んで、暗がりの天井をぼうっと見上げる。

 

 変色した掴まれた箇所の肌が、熱をもってじくじくと痛みを訴えていた。

 

 

 





 いやー至極平凡な繋ぎの回でしたなー。

………あれ、感覚がマヒしてたりする?



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狂三アクアリウム


 切るとこ難しいよー
 んで、またも今回結論が見えてる引きでした。




 

 粒の細かい砂塵の舞うグラウンド。

 遮る物の無い日差しが砂に反射して目に眩く、春の風が運ぶは熱気。

 若さを持て余した高校生達がひたすら友達を蹴り回す、そんなスポーツを授業中に楽しんでいた。

 

………いや、体育の授業でサッカーをやっているだけで、別に隠語とかではないが。

 

 士道達のクラスも例に漏れず、また男子と女子に分かれてやっている筈なのに何故か男子に混じって夕弦と耶倶矢が参戦している。

 

「行くぞ夕弦!」

 

「呼応。今こそ八舞のコンビネーションを見せる時です」

 

 まさに風のような軽やかかつ素早いドリブルで耶倶矢が相手を次々と交わし、空いたスペースへと出る。

 そこに同じチームの夕弦が走り込んで並走したかと思うと――――耶倶矢がボールを高く高く打ち上げた。

 

 そこからはまさにファンタスティック。

 耶倶矢がそのままうつぶせに反転しながら前方に滑りこみ、脚を曲げつつ上に向ける。

 その靴底を踏み台にして、夕弦が高く高くジャンプした。

 

 そこからヘディング――――かと思えば、夕弦は更に空中で体を捻りオーバーヘッドキックの体勢に移る。

 

「再現。こないだ点いてたテレビで昔のアニメをやってたので、」

 

「我ら八舞流に改造した彼の必殺技をとくと見よ!!」

 

 

「「スカイラブハリケ――――――、」」

 

 

 ピイイィィィィィィィーーーーー!!!

 

 すかっ……………ぽてん

 

 士道が吹いた指笛に驚いて、夕弦がボールを思いっきりスカ振る。

 落下する夕弦を士道が待ち構え、受け止めてその衝撃を殺したかと思うとそのまま彼女の手首を掴んで連行体勢に入った。

 

「はい夕弦さんファール一発レッドで退場でーす」

 

「狼狽。士道、な、何故――――!」

 

「やかましいサッカーのルールじゃ敵だろうが味方だろうが人を足蹴にしたら悪質な反則だとかそれ以前に良い子は絶対に真似しないでねを敢えて真似した悪い子が更にオーバーヘッドとか悪ふざけにも程があるぞ

―――――――頭から落ちて怪我でもしたらどうするんだこの馬鹿」

 

「………反省。しゅん………」

 

「あの士道、夕弦をそんなに怒らないで、これは――――」

 

「耶倶矢、お前もだよ。下芝生でもないのにあんなことして背中真っ茶にして………どっか擦り剥いたりしてないよな?」

 

「う、うん…………」

 

 士道が寄ってきた耶倶矢の体操服の汚れた背中をぱたぱたとはたくと、しおらしくなって、おろおろと惑った手が士道の体操服の裾をきゅっと掴む。

 

 急にそんな光景を繰り広げ始めた士道達を「いちゃいちゃしやがって……」「わざわざ見せつけてんのか、けっ」みたいな視線が憎しみと共に集まっているのだが………士道は夕弦と耶倶矢の心配に必死で気付いていないのかそれとも既に慣れてしまって無視しているのか。

 

 

「まったく、何やってるんだか………」

 

 

 少し離れた木陰で、見学している体を装った七罪が呆れたように呟いた。

 それに、体格の幼い七罪と違う意味で体育の授業を見学していても不自然でない、“見た目だけは”儚そうな少女が隣で返事を返す。

 

「あらあら。しかし何故ちょうど夕弦さんを受け止められる位置に士道さんがタイミング良くいたのでしょう?」

 

「なんとなく耶倶矢達が馬鹿やりそうな気配を察して慌てて駆けつけたんでしょうよ」

 

「………なかなか羨ましいですわ。士道さんに愛されているのですね」

 

 時崎狂三。

 約束の土曜日が近づく中普段通りに学校に来て普段通りに振る舞い、士道の前で見せた豹変をおくびにも出さない精霊少女。

 あれから当然士道は七罪達に狂三が精霊であったこと、その証拠に異能を見せられ脅迫紛いにデートに誘われたことを、七罪達に相談した。

…………士道がそれに応じるつもりなことも。

 

 当然皆反対したが、対案が無い………完全な力を振るえない七罪達では四人がかりでも狂三に暴れられれば止められるか分からないこと、そもそもそんな戦いの選択肢など選びたくないこと、また狂三にもおそらく目的がある、士道を害するだけが目的ならいくらでもやりようがあること、などの要素を挙げ、渋々ながら納得させられた。

 

 だが、七罪達とて狂三の笑みの奥底、瞳に淀む“なにか”を四人が四人とも直感的に察知している。

 不安は消えない。

 そもそも、士道に対し痣が付くような乱暴な真似をしただけでも、腹に据えかねているものがあるのだ。

 

「それで、七罪さん。わざわざ体育を見学なさってまで、わたくしに何か話したいことがあるのではなくて?」

 

「………時崎狂三、私達は士道とあなたとのデートを邪魔したり余所から監視したりするつもりは無いわ。理由がなんであれ、デートはデートだもの」

 

「それはそれは。感謝しますわ」

 

「だけどね――――、」

 

 だから七罪は、美九達他の三人の分まで込めて警告と共に狂三を睨みつけた。

 

 

 

「あなたが何考えてるか知らないけど、士道にまたかすり傷一つでも付けてみなさい。

―――――――この世に肉体を持って生まれたこと、後悔させてあげるから」

 

 

 

 この、命に代えても。

 

 そんな覚悟まで宿した七罪の言葉を受け、狂三はどこか読めない曖昧な表情を浮かべた後、また表情をいつもの笑みに戻して言った。

 

「ええ、ええ。覚えておきますわ」

 

 

 

 

 

 そして迎えた土曜日。

 

 集合時間十分前に待ち合わせ場所にやって来た士道を、黒いゴシックドレスを纏った狂三はにこやかに出迎えた。

 

「うふふ。よく来てくださいました、士道さん。わたくし、とてもとても嬉しいですわ」

 

「よく言う…………」

 

「そんなことをおっしゃらずに。ところで士道さん、肉と魚、どちらが好みですか?」

 

「?もう昼飯の話か?………………魚?」

 

「はい、では決まりですわね」

 

 そう言って狂三は士道の腕を取り、引っ張りながら歩きだした。

 駅前に位置する総合アミューズメント施設、その一角にあるとある場所へと。

 

 

 水槽に泳ぐ、魚、魚。

 暗く設定された照明と裏腹に水面から射す光が、陸上では見ることの決してできないモノ達の営みを照らしている。

 

「魚、…………ね」

 

 士道と狂三が今居るのは水族館、確かに魚だった。

 肉と言えば動物園に連れてこられたのだろうか。

 

 だが、食べ物で例えられた割には狂三は楽しそうに水槽に見入っていた。

 その顔に水面の揺らめきが屈折させた独特の光の模様が映っている。

 

「魚、好きなのか?」

 

「さあ……興味はありますけれど」

 

「…………?」

 

 疑問符を浮かべる士道に、彼を放置して狂三はそのまま設定された順路を辿る。

 

 そのまま色々な魚や貝、クラゲなどの水槽を見て回る二人。

 場所の空気もあって、静かなデートになったが――――何故か居心地は、悪くない。

 

 そして途中の売店の表示を見て、士道は息を吐いた。

 

(デートはデートなんだし、な………)

 

 

 ルートも終わりに近づき、その水族館の目玉となるサメの収められた巨大な水槽。

 そこに手をかざして、狂三は話を切り出す。

 

「ねえ士道さん――――どうお思いですか、これ」

 

「どう、って……?」

 

「海に落ちてサメがいる、なんて言われたら誰しもが恐れる癖に、アクリル板の水槽に居れば愛玩動物扱い、だなんて」

 

 静かな口調で語る狂三に、どこか責められた気がして。

 士道は、同じく静かな口調で返した。

 

「宿題の話か?」

 

「当たらずとも遠からず、かしら。士道さんは野生から外れて飼われた動物が可哀そう、なんて考えたことはありますか?檻の中で、死ぬまで観賞用の命」

 

「………ない。だって、それは俺達が語る問題じゃないよ」

 

 こういう変な思索は昔の過ちを引きずり出されるようで胸が痛いが、語らなければならない場面だとはなんとなく感じた。

 

「生き物の世話をするなんて、言う程簡単なことじゃない。少なくとも、それでお金をもらってるとかだけで出来ることじゃない。だからここに住んでる生き物は、飼育員の愛情を受けて、育ってきた。

――――たとえそこから出ることがなくても、そういう居場所のことは、“檻”じゃなくて、“家”って言うんじゃないのか?」

 

「一方的な愛情という可能性はありませんこと?」

 

「かもな」

 

「その愛情にしたって、アクリル板の向こうにいるから抱けるものですわ。その敷居は、愛でる側が上位であることを示す柵だから」

 

 ちらちらと何かを例えるように、遠まわしに。

 そんな狂三の言い回しに多少苛立ちを覚え、結論で強引に断ち切った。

 

「そんなこと、自分が相手より下だろうが家族だろうが赤の他人だろうが同じことだ。そこが檻だの家だの針の筵だの天国だのって、決めるのはそれこそ向こうだろ。こっちはこっちなりに精一杯やるし、居て欲しいなら居て欲しいって言うけど、必要ならお互いいくらだってアクリル板を叩き壊す。近づく為か、そこから抜け出す為かは知らないけどな」

 

「…………」

 

 何故か狂三は、そこで黙り込む。

 

 

 結局そのまま水族館を出て、暫く歩いた。

 狂三は少し外れの、木々の植えられた人気のない公園へと士道を誘導していった。

 

 そこで立ち止り、一定の間。

 彼女が振り返った時、その声は。

 

「士道さんが悪いんですわよ?」

 

「狂三………?」

 

 

「ではそのアクリル板――――――――好きなだけ叩き壊させてもらいますわァ?」

 

 

 瞬間、狂三の足元の影が、爆発的なまでに大きくなる。

 光の当たり方とか、あきらかにそんな次元ではない不可思議な影の“膨張”、それはすぐに士道の影をすっぽりと覆うまでになった。

 

 そして士道は、一瞬眩暈を覚え、かくりと膝を突いた。

 脱力感と倦怠感。

 まるで活力が影の闇に吸いこまれていくような。

 

「これ、は―――――?」

 

「〈時喰みの城〉……………くすくす、くすくす。ああ、やはり士道さんは素晴らしいですわ。最高ですわ。常人ならばとうに意識を失って永遠に目覚めない強さで“いただいて”も、その程度で済んでいる」

 

「なに――――?」

 

「わたくしの天使、いい子なんですけれど少々大食いなところがございまして。ですから、人間から“命の残り時間”を餌にしていますの」

 

 嘲るような狂三の口調。

 そして、前髪に隠された右目が、ちらりと垣間見える。

 

 時計の文字盤。

 黄金に輝く、生物としては明らかに異物のそれが、なのに埋め込まれたような不自然さが全くなく狂三の瞳で時を刻んでいる。

 

 否、巻き戻っている―――――?

 

「俺の寿命を吸ってる、ってことか………?」

 

「怖いんですの?怖ろしいんですの?でェ、もォ、安心してください。わたくしが欲しいのはあなたの封印した四体分の精霊の力。いただいているのも…………底が見える気配がないのですけれど、ね。ああ、本当に、いい………っ」

 

 

 有象無象とは、大違い。

 

 

「っ、おまえっ!!」

 

「きひ、きひひひひっっ。ええ、いただきましたわ。加減を間違えて、戯れに、虫の居所が悪くて、特に生かして帰す理由がなかったから。精霊の力を振るい、空間震とは別に、吸って奪って殺して殺して殺して殺して殺してッッ!!

…………どこかの暇な人が確認できるものだけを数えて、ついこのあいだ死者一万を超えたそうですわ。わたくしだけを目の敵にして、しつこく追ってくる魔術師(ウィザード)までいるほどなのですよ?」

 

 哄笑を上げながら、狂三は至近距離まで接近し、士道の顔をさわさわと撫ぜる。

 鉤のように曲げた細い人差し指をくるくると回しながら、士道の目玉に触れるか触れないかのところまで近づけ、そして言った。

 

 

「さあさあ士道さん、宿題の答え合わせの時間ですわ!!ここに巨悪がいます。害獣が、怖ろしい怖ろしい化け物がいますわ。新しいアクリル板が必要ではなくて?囲いは、柵は、檻は!?今あなたはどうしたいですの?封印しなくてよろしいのですか?当然、“わたくしは”全て叩き壊しますけれどォ。あなた今どんな気分でして…………ねえ、飼育員(しどう)さん?」

 

 

 まるで芝居のように仰々しく声を張り上げ、またも何かを遠回しに揶揄する狂三。

 認識が食い違っている。

 なんだか士道はそんなことをおぼろげながら感じて、だが侮辱されたことだけは確かに分かっていた。

 自分だけでなく、彼女たちまで侮辱されたことは分かっていた。

 

 それを許容できる士道ではない。

 だから、苛立ちとともに叩き返す、変わらずの結論で。

 

 

 

「決めるのはおまえだろ…………理解力足りてないのか二度も言わせんな!!」

 

 

 

「え………?」

 

 ぽかんと勢いを削がれる狂三に、士道は静かに語りかける。

 

「こんな回りくどいやり方と言い回しで、何か狂三が俺を試したがってるみたいだってことしか分からない。でも今はそんなこと関係ない。

…………なあ狂三、学校、楽しいか?」

 

「何を………?」

 

「楽しいよな。だって笑ってた。演技だとしても、打算だとしても、毎日学校に来て、俺とどうでもいい話をして、笑ってたんだ…………だったらほら、このまま学生やるのだって選択肢だ。封印するかどうかは問題じゃないだろ。ただの学生やってりゃいくら燃費が悪くてもそもそも天使を使う機会なんかほとんど無い」

 

「…………色々と知識も思慮も欠いた発言ですわね、士道さん。その提案、穴だらけですわよ?」

 

「三度目だぞ、狂三。“決めるのは、おまえだ”。俺はただ、狂三に居て欲しいって言っただけだ」

 

「……………!」

 

 驚いた顔で狂三は唾を飲み込んだ。

 何かを否定するように首を振り、狂三は士道に食って下がる。

 

「呆ッれますわね!?あなた今わたくしがこれまでどれだけ殺してきたと言ったか、もうお忘れですの?そんな化け物が、ただの生徒として学校に居て欲しい?素面で言っているならとんだ聖人ですこと!」

 

 言い募る狂三に負けない勢いで、士道も返す。

 

「聖人?逆だよ、人を傷つけた奴に裁きが下るべきなら、その家族や本人に会ってごめんなさいも言えない七罪達の幸せを願ってる俺は決して正義なんかじゃない。そんなんで、だからこそ、語れる悪が一つだけあるとするなら。

――――人殺しが人殺しをやめちゃいけない?ふざけんな、惰性で人殺しなんかそれこそ“最悪”だろうが!!」

 

 士道の、その言葉を聞いて。

 狂三は一歩、二歩と後ずさった。

 茫然とした表情で見開かれた左目の文字盤が間抜けに巻き戻り続け………いや、止まった。

 

 足元を見れば、影が正常な形に戻っている。

 体を襲っていた吸い取られる感覚も、気づけばなくなっていた。

 

「人殺し、惰性?………違う、違う、最初は、でも、わたくしは…………!?」

 

 体を震わせ、自問自答を繰り返す狂三。

 その姿が、酷く弱々しくて、助けを求めているように見えたから。

 

「そういえば、言ってなかった」

 

 手を狂三に向かって、差しのべた。

 

「また来週も学校に行こう。つまらない授業受けて、どうでもいい話して、なんでかにこにこしてるお前の顔がなきゃ寂しいから。だから、狂三」

 

 

“俺と、友達にならないか?”

 

 

「士道、さん………」

 

 

 それは、きっと果たされない願い。

 

 

 その手を取ろうとした狂三を、突然沸いた嫌な予感としか言えない何かに突き動かされ、横に突き飛ばす。

 

「――――ッ」

 

 次の瞬間、胸の奥にまで捻じ込まれる灼熱感。

 視界に移るのは、鮮血の赤の混じった薄く光るナイトドレス、おそらく霊装を身に纏った“もうひとりの狂三”。

 いきなり突き飛ばされて地面に倒れ、目を白黒させている彼女にそっくりな“狂三”。

 

 その腕が、士道の胴体を、素手で貫いている。

 

「げふ………っ、が、あ……!??」

 

 その意味を理解する前に、夥しい量の血を吐き士道と同じくらい理解できぬと言った態の“狂三”の霊装を汚しながら、士道は崩れ落ちた。

 意識が、闇に沈む―――――。

 

 

 

 そして、呆気なく。

 五河士道は、死んだ。

 

 

 

 





 次回、ブチ切れます。

 いや、誰とは言わないけどね。



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狂三バトルフィールド


 ひゃっはー、ここまできてやっとこの小説はじめての本格的な戦闘シーンだ!!

 中二全開で参ります。
 特に能力関連で独自設定という名のこじつけが入る可能性があります。

 さあ、ついてこれるか?




 

 羨ましかった。

 

 精霊なのに、お互いを理解し合い、全幅の信頼を預けられる相手のいる七罪が。

 精霊なのに、自分の何もかもを委ね、甘え切ることのできる相手のいる美九が。

 精霊なのに、気ままな戯れに、仕方ないと付き合ってくれる相手のいる耶倶矢が。

 精霊なのに、無思慮に危険を犯せば、心配して叱ってくれる相手のいる夕弦が。

 

 

――――士道さんが楽しそうでしたので、羨ましくなってしまいました

 

――――なかなか羨ましいですわ。士道さんに愛されているのですね

 

 

 そう、羨ましかった。

 見ているだけで幸せになれる、そんな光景だったから。

 自分だって、あるいは………“目的”も忘れてそんな風に思うほどに、狂三はその輝きに憧れた。

 

 同時に、それを認めることも出来なかったけれど。

 素直になるにはあまりに、歳月も、絶望も、宿業も、重ね過ぎていたから、幸せを享受するその集まりに、嫉妬すらしていたのかもしれない。

 

 だから、そんな複雑に絡み合った気持ちが士道に対するあの回りくどい振る舞いだ。

 

 

 だが。

 士道はそれに真剣に応えた。

 正面から向き合ってくれた。

 

 

 応え過ぎたのだ。

 

 痛いところを突かれたとはいえ狂三の心が揺れ、士道の手を取ってしまいそうになった程に。

 

 だから“狂三”は粛清に踏み切った。

 

 士道の前にいた狂三は、本当の“狂三”が時間を操る彼女の天使の能力で生み出した、彼女の過去の一部分を切り取った分身だった。

 再現した当時相応の自我があり、知悉はしても思うがままに操ることができる訳ではない。

 作った時に込めたものに応じた一定時間が経てば消えるとはいえ、絆されて本体の理念から外れてしまった個体は“狂三”―――時崎狂三の目的に反する以上は、積極的に消さねばならない。

 

………それを士道が庇い、代わりに命を落とすなど、思いもしなかったが。

 

「士道さん、本当に馬鹿なひと」

 

 

 

「……っ、ああああああああっっっ!!!」

 

 

 

 その言葉に対して激発する、士道に庇われた方の狂三。

 錯乱と、そして本体たる狂三への確かな憎悪と殺意に塗れ瓜二つの霊装を展開する。

 一分身などと誰も信じないような感情の昂ぶりに応えるように、漏れ出した霊力に世界が軋み、空間震警報が喚き散らす。

 慌てて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う街を尻目に、分身の狂三はどこからともなく手に取った洋式銃を本体に向け、引き金を引いた―――――――。

 

 そして、まるで傷の入ったフィルムのようにその姿がぶれ、そのまま断線したかのように、分身はその姿を消失させた。

 

 矛盾。

 親殺しのパラドクスにより、狂三の分身体は本体を傷つけることが出来ない。

 それでも無理に歯向かえば、この通りにその存在そのものを保てなくなる。

 

 そんなものを命を捨てて庇うなんて、なんて愚か―――――。

 

 だが。

 

「痛い、いたい、…………ああ、“過去の自分”に殺意を向けられることが、こんなにも」

 

 発射されなかった弾丸は、しかし確かに狂三の胸を射貫く。

 

 昨日の自分に負けないように、明日の自分に恥じないように――――――とは何のフレーズだっただろうか。

 どこかで聞いたその言い回しは、これ以上ないほどに狂三にとって皮肉だった。

 過去の自分にとって今の自分が認められないくらいに変質していたのだと突きつけられ、振り払っても振り払っても纏わりつくぬるい霧のようだ。

 

「士道さん、本当に馬鹿なひと」

 

 再び発されたその言葉は、今度は責めるようで、どこか拠りかかっているようで。

 

 

 そして狂三は士道の血に塗れた亡骸を、そっと自分の影に重なるように横たえる。

 狂三の影はまた不自然にその面積を拡げ、士道をすっぽりと覆える大きさになった。

 

……………影が現実のものを下から覆うという表現の違和。

 

 だが、その光景を見ればそう表現するしかなかった。

 音も無く、沼に沈めるように士道の亡骸は狂三の影に飲み込まれていく。

 蒼白となった肌も、赤みを失った唇も、血に染まった服も、その色彩を闇に溶かすように。

 

 そうして狂三は、その返り血を清めもせずに、五河士道を自らのものとして、その死体を収める。

 

 

 

 丁度その場面を、空間震警報に士道の身を案じ、駆けつけた彼女達は見ていた。

 

 

 

「士道……………?」

 

「だーりん………っ!!?」

 

 

 七罪の現実を理解出来ないといった茫然とした表情。

 美九の悲痛に染まる呼び声。

 

 

 彼女達が狂三の影に完全に飲み込まれる前に見えた士道は、胴を深く抉られ、血を撒き散らし、そして動きを完全に止めていた。

 すぐ傍には返り血に濡れた狂三、そして元の色も分からないまでに血に染まった右腕。

 起こった事象を、見誤る筈もなかった。

 その結果を、信じられたかどうかは別にしても――――、

 

 

――――五河士道は、時崎狂三に殺された。

 

 

「「き、さまあああぁぁぁーーーーッッッッ!!!!」」

 

 

 夕弦が、耶倶矢が、拘束服の霊装を展開し、狂三に一直線に殴りかかる、その疾走は、目にも止まらぬ一瞬。

 それを狂三は上空に飛び上がって躱すと、その手を大きく広げた。

 

 狂三は二人と対峙しながら、表情を消して語る。

 

「士道さん、死んでしまいましたわ。わたくしが殺してしまいましたわ。

…………憎いでしょうね。さぞわたくしを殺したいでしょうね。分かりますわ、ええ“分かりますわ”」

 

「赫怒。滅殺………必誓。夕弦と耶倶矢は、お前を絶対に赦さない!」

 

「受けて立ちましょう。――――あるいはそれが、士道さんへの。〈刻々帝【ザァァァァフキエル】〉、“わたくしたち”!」

 

 霊装のヘッドセットで前髪がアップになったことで見えやすくなった時計盤の左目が、黄金の輝きを放ちながらその時刻を進める。

 人間から、士道から、吸収した“時間”――――それを消費し、狂三の背後に巨大な機械時計が、そして周囲に無数の分身体が現れた。

 

 同じ顔の、同じ姿の、同じ精霊が一気に時計の天使がなければ本体が分からなくなりそうな程視界を埋め尽くす数の狂三が、空を占領する。

 その異様な光景に、耶倶矢達は――――ただ殺したくて仕方のない仇の顔が増えた不快感だけを憎しみに歪んだ顔に足すのみであった。

 

「「ただし、」「あなた達が」「勝てるとは」「限りませんわ」……心して掛かって来なさいませ」

 

「能書きはいい。死ね、いいから死ね、さっさと死ね―――――――――――殺す」

 

 常の口調を彼方へと投げ捨て、耶倶矢が冷たく言い放つ。

 だが、その瞳は煌々と内に冷たい光を宿し、浅く早い息のリズムが、黒く染まった内心を覗かせる。

 そして、逆にぎらつく光を放つ眼を限界まで吊り上げた夕弦と同時に、士道に封じられていたその異能の枷を破り、ほぼ全開の状態で起動する。

 

 其は、嵐。

 天より来たる、災いなるもの。

 御子の嘆きと怒りが呼応し合い荒れ狂う、圧で肌を切り裂く程に凶暴な風を纏い、二匹の暴虐の獣と為す。

 

 

「「〈颶風騎士【ラファエル】〉―――――――ッ!!」」

 

 

 ただ、展開した。

 突撃槍を、ペンデュラムを、鉄甲と共にその腕に天使を顕現させた、それだけで火と熱を伴わない爆発とでも呼ぶべき強大な“それ”が、数十の狂三を千々に吹き飛ばした。

 その空気の圧力を、もはや風と呼んでいいのであろうか。

 知ったことかとその結果をいとも容易く置き去りにし、なおも健在な狂三の群れへと吶喊する彼女達。

 

「よくも、よくも」「士道。我らが共に生を歩む、ただ一人の人間だった、その彼を」

 

 

「「死んで償え、時崎狂三!!!」」

 

 

「残念ですけど」「聞けませんわ」「ええ、本当に」「残念ですけど」

「きひ、きひひひひ……………」

 

 

 そして展開されたのは、嵐を司る精霊二と時を司る精霊数百、その“戦争”――――――――。

 

 

 耶倶矢の突撃は、重く鋭く、何をもってしても遮ることなど出来ない。

 夕弦の機動は、空間の走る線としか認識することが出来ず、振り回されるワイヤーなどより遥かに強靭な糸が視認不可能な刃となって切り刻む。

 

 そして、怒りのままに後先考えずにその力を振るう二人は―――魂の双子の本能か、それでも尚連携を保つ。

 苛烈さ故に、対処のし辛さで考えればむしろ二人が冷静な場合よりも遥かに上であっただろう。

 

 ただ嵐に翻弄され、数を減らすばかりの狂三達。

 

 本当なら、八舞姉妹が時崎狂三相手にこうは行かなかった筈だった。

 速さで言うなら時間を操る狂三相手に単純な物理的な意味での速さでは一つの壁がある。

 連携で言うなら狂三は全員が同じ狂三であるが故に、数百倍の数の優位を、その驚異的な意思疎通を以て更にその何倍にも効果を高める筈だった。

 

 彼女の“精神”に、その余裕があればの話だが。

 

 

 

――――あのひとが死んだ

 何故死んだ?

――――殺された。

 誰に?

――――あいつだ。

 あいつだ。

――――あのひとはもうわらってくれない、ふれあえない。

 もううたを、きいてくれない。

――――許さない。

 許せない。

――――ならば。

 このうらみ、はらさでおくべきか

――――この怨み晴らさで、おくべきか

 

 

 

「〈破軍歌姫【ガブリエル】〉――――――“挽歌【エレジー】”」

 

 

 

 戦場に、歌が響く。

 呪いの歌だ、嘆きの歌だ、怨みの歌だ。

 

 

 ドレス衣装の霊装を纏い、歌い上げる美九。

 その歌に、士道が好きになった明るさもひたむきさもありはしない。

 

 負の感情だけを、聴衆全てに叩きこむ。

 

 

 そんな美九の歌を聞いた狂三は、己の精神に酷く負荷が掛かっていることを自覚する。

 

 無性に自分のこめかみを銃で撃ち抜きたくて仕方ない。

 自分で自分の首を締めあげ、へし折りたくて仕方ない。

 己が心臓を抉り出し、遠くに放り投げたくて仕方ない。

 

 その歌は、狂三でなければ聴くだけで発狂するか、それを厭って自死を選ぶしかない、そんな破滅の歌だった。

 否、それぞれが個我を持っていることが災いして、すでに自滅した分身もいくらか出ていた。

 

 故に、そのまま行けば狂三達は壊滅に追いやられ、力尽きた本体は無残に嬲られ襤褸となるまで痛めつけられた挙句に尊厳の欠片も残さぬ死を迎えるだろう。

 

 

 

「凄まじいものですわね、執念………………でェ、もォ。勝つのはわたくしでしてよ?〈刻々帝【ザフキエル】〉、“一の弾【アレフ】”!」

 

 

 

 狂三の機械時計型の天使の能力、時間を操る力を秘めた弾丸を対応する文字盤から狂三の銃に装填する。

 “加速”の弾丸を本体の狂三は自分に撃ち込み、駆けるは標的、美九。

 

 怒りに任せて暴走している夕弦達に、貴重な後衛補助をガードする余裕までは、流石に無かった。

 

「ひとつ」

 

 時間加速状態からゼロ距離で数十発の通常弾丸を美九に連射。

 肉体的には精霊として弱い部類の美九を沈める。

 

 そして、次の狙いは、夕弦。

 

 美九の歌が止まり、わずかながらも持ち直した好機を逃さない。

 “七の弾【ザイン】”―――これまで温存してきたとっておきの“停止”の弾丸を放つ。

 防御しても効果を発揮する凶悪なその効果に、夕弦は完全に空中で静止。

 耶倶矢を残った分身に特攻をさせて動きを阻み、その隙に美九同様あらん限りの銃弾を叩きこんで、落とす。

 八舞姉妹は、素の霊装のみの防御力で言えば美九と大差はなかった。

 

「ふたつ」

 

 そして、残ったのは耶倶矢だけならば、いくらでもいなしようはあり。

 

「――――――――みっつ」

 

「……畜生………ちく、しょォ………………っ!!」

 

 霊装がぼろぼろになるまで奮戦した耶倶矢も、あえなく敗北となった。

 

 

 

 

 

「……………これで、よかったのでしょうか」

 

 激戦を終えた狂三が、暴風と流れ弾で惨憺たる有様の地面に降り立つ。

 肉体的な傷こそ己のみに使える時間逆行の再生で回復しているが、消耗は否めないし分身の数も残り一割を切っている。

 

 辛勝ではあった。

 仮に次が、もしがあれば勝敗は分からない。

 だが狂三はそんな三人を殺さず、止めも刺さないまま一か所に気絶した彼女らを纏めると、残りの一人のもとへ向かう。

 

 七罪は―――――士道の死んだ場所、その乾き始めた血だまりに両手をつき、力を失ったまま座りこんでいる。

 今しがたまでの激戦も知らぬとばかりに、およそ意思の見当たらない光を失った虹彩がその血だまりを向き、ぶつぶつとうわごとばかりを繰り返していた。

 

「士道。士道。こんなに血を流して。痛かったよね、寒かったよね、冷たかったよね?」

 

「……………」

 

 狂三が銃を向けても、一顧だにしない。

 そのまま彼女は無言で引き金を引き、発射された弾丸が。

 

 

 七罪の魔女の霊装にぶつかり、“まるで砂糖菓子のように”粉々に砕けた。

 

 

「ごめんね、士道、ちょっとだけ待っててね。…………これ片したら、私もすぐに、そっちにいくから」

 

 

「………ッ」

 

 先ほどの美九の呪いの歌、それを聞いた時以上に狂三に走る悪寒。

 どこか虚ろなままなのは変わらないのに、最大級の戦慄が狂三を襲っていた。

 

 そして、七罪は解放する。

 一切の情けも容赦も捨てた、禁忌の能力を。

 

 

 

「〈贋造魔女【ハニエル】〉―――――――――“邪眼【バシリスキア】”」

 

 

 

 





 反転はしない。
 愛する人を失った絶望よりも先に、それを奪った憎むべき仇が目の前にいるから。

…………さて、狂三は何をどこまで知っているのやら。



※ぼくのかんがえたかっこいいせいれいの能力だいいちだん(別名、自爆テロ)

〈破軍歌姫【ガブリエル】〉、“挽歌【エレジー】”

 美九が使えるようになった“呪いの歌”。
 天使の能力を、“歌を相手に届けること”のみに集約し、彼女の負の感情を直接相手の精神に叩きつける。
 要は耳元で恨みごとを延々囁いているのと同じなのだが、それだけに防御力一切関係無しにその精神力のみで耐える必要がある。
 愛する人を失った女の怨みを受けて発狂も自殺もせずに耐えられるのは、今回の八舞姉妹のようにその動機を完全に同じくしている者以外は、狂三のように強い“なにか”を抱いているか特異な精神構造をしている者に限られ、それでもなお衰弱・弱体化は免れ得ない。


……………今回のような特殊な状況でない限り、敵味方関係無しのザラキーマ。
 しかも録音を介して全世界に発信もできる。美九には前科あり。

 うわぁ…………。



※没ネタ、七罪の最後のセリフ


「〈贋造魔女【ハニエル】〉―――――――――“偉大なる死【ザ・グレイトフル・デッド】”」


 幼児退行できるなら老化はもっと簡単な筈…………って、ヒロインがヒロインに使う技じゃねえ。
 それ以前に能力だけ何の脈略もなく他作品から丸パクリで持ってくるのは厨二の矜持に反するので没。

……………あれ、今俺色んなところに喧嘩売った?





 この話深夜0時ちょうどくらいに次話投稿送信したらエラー起きてなんかややこしいことがあった。
 次からこの時間は避けよう………

 なんか異常があったら知らせて頂けると助かります。

(追)30分ちょっとの間次の話のサブタイトルになってた………(汗)




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狂三スタチュー


 狂三について色々

「狂三はシドーに助けてもらえなかった私」という原作十香の言葉が正しいとすると、狂三の最初の殺人って仕方なかったとかもののはずみとかだったのかなと考えた。
 十香と違って狂三燃費最悪だし(飲食的な意味ではない)。

 で、それがいつしか不必要な殺人も好んで行うようになってしまい、それを“惰性の人殺し”と痛烈なひとことを喰らって揺れたのがこの話での分身狂三。

 そして士道さんはそれを庇って一回死んだわけだけども、本体狂三からしてもそれは「士道さんはわたくしを命を張って助けるべき相手だと見てくれていた」という認識をしても、まあ間違いではない。
 実際そうだし。

 で、狂三的には借りでもある為、士道が大切にしていた女の子達が絶望して反転したり、後追い自殺しないようにいっちょ仇役をやって生きる目的をとりあえずぶら下げておいてあげるくらいはいいか、ということでロールプレイ気味なことをしていた。
 殺したのが故意か事故かの違いで犯人が狂三であること自体は変わらないのだが。

 しかし、そこに七罪という最悪のイレギュラーがいた、と。


 以上、そういうわけで実は前話の時点でかなりデレていた本体狂三のわりと読み飛ばしても問題ない話でした。





 

 蹂躙。

 

 その必要すら、なかった。

 

 

 

 七罪の様子に不吉な予感を覚えた狂三が分身を嗾けようと指令を出す。

 耶倶矢達にかなりの数を減らされたとはいえ、二十もいれば何をしようともその動きは止められると。

 だが、止まったのは七罪の動きではなかった。

 

 ばきり。

 

 その挙動を見せた狂三達だけに、その足が“割れる”音がする。

 

 動かない。

 壊れたものが動くわけがない。

 だが、痛みも違和感すらも一瞬で消えて失せて。

 

「ひ………!?」

 

 ドレスの下、狂三の足を包むブーツが何故か灰色にくすんでいる。

 最初は見間違いだと思った。

 何かの汚れだと…………意思を込めても動かない、麻痺したどころか全く感覚がなさ過ぎておかしいとすら思わない、故にその変色はただ何かが付着したものだと、理解を拒んだ。

 だが、周囲に何人もの同じ目に遭った“狂三”がいて、“折れた”足が地面をいくらも転がっていて、いつまでも自分を誤魔化し切ることなど出来はしない。

 

「士道が、耶倶矢といつもみたく馬鹿言って、人の天使の使い方とか色々勝手に考えてくれちゃって。

…………そう、これ士道が考えたの。ねえ時崎狂三、」

 

「わたくしの体を、石に……っ!?」

 

 

「バシリスクって、知ってる?」

 

 

 七罪の手に天使である〈贋造魔女【ハニエル】〉の姿は無い。

 光の粒子となって分解された後、全て七罪の瞳に吸いこまれている。

 

 今の七罪の瞳は極彩色に“濁る”。

 入ってきた光が分解され、色を散乱させながら万華鏡のように煌びやかに反射を繰り返し、外から見た彼女の魔眼は鮮やかに輝いていても、内側の七罪の視界に残るは白と黒のモノクロだけだった。

 

 七罪にとって、士道がいない世界に色が着いていようがいまいが、どうでもいいことだが。

 

「私は知らない。士道がなんか語ってたけど聞き流してた。私が分かっているのは一つだけ」

 

「………っ」

 

 

「――――――怖いでしょう?」

 

 

 無意識か、思わず足を一歩退いた被害を受けていなかった分身体が、そのままモノクロームに沈んだ。

 否、その一瞬で足だけ石に変化させられていた狂三達全員もまた、全身を出来のいい石像へと変化させられる。

 自らに何が起こるのか、反応する暇もなく恐怖に引き攣った表情を固定されて晒さずに済んだのはまだましだったのか。

 そしてその心配はむしろ、残った狂三達に当てはまることだった。

 

「生きながらにして石になるの。私の〈贋造魔女【ハニエル】〉は、霊装だろうが随意領域【テリトリー】とやらだろうがまとめて変化させる。けれど、“変質”は出来ない。対象の性質を、わずかにでも残さないといけないの。ねえ、これってとても残酷。

―――――その残り滓で、石にされた体を動かせるか、試してみる?」

 

「なんなんですの……なんなんですの、貴女は!!?」

 

 七罪の“目の届かない場所”、死角から回り込んで奇襲をかけようとした分身が石になる。

 わずかな重心のずれからその石像はバランスを崩して倒れ、その衝撃でバラバラに壊れた。

 

 一か八かに賭けて早撃ちを試みた分身が、七罪に銃の狙いをつけたまま石になる。

 

 そして、竦んで何も出来ない分身が、石になる。

 

 一人一人、七罪の意思によって、その魔眼に映像を運ぶ媒介………光と同じ速さで悪趣味なオブジェとなる。

 回数を追うにつれ、出来上がる石像の表情の、なんと絶望に歪んでいることか。

 

 狂三には分かっていた。

 甚振られているのだ。

 

 その気ならば七罪は最初の一瞬で視界に映る狂三全てを石化させることができた。

 それをしなかったのは、本体が石になるのを免れているのは、ただ「お前が最後だ」という宣告。

 分かっていても、逃げることさえ出来ない。

 

 いくら時を操れても、決して光には届かないのだから。

 

「これが、わたくしの最後…………?」

 

「そんなわけないじゃない」

 

 カウントダウンを重ねるように、物言わぬオブジェが荒れた公園を飾る。

 一人、また一人。

 一体、また一体。

 

「死ぬことなんて許しはしない。あなたは永遠に時崎狂三よ。誰もそうは見てくれないけれど、ね」

 

「っ―――!」

 

「自分がどれだけ自分だと叫んでも、それは誰にも届かない。みんな悪趣味な石像としか見てくれなくなる。それとも、海の底に沈めてあげようかしら。

…………どちらにしても永遠の孤独。あなたは、世界から乖離する」

 

 魔女の怒りは深く、重い。

 そして、目には目を、歯には歯を。

 魔女が奪われたものに相応しい報復を。

 

「誰も本当の貴女を見やしない。哀れ石像は、中に魂を封じ込めたままうち捨てられる。ああ、まるで悪夢(ナイトメア)」

 

 でもね。

 

 目の虹色の輝きと対照的に、今までどこか茫洋としていた七罪の表情が、そこで初めて歪んだ。

 怒りと嘆きと憎しみと悲哀。

 世界を呪う魔女に相応しい狂相――――あるいは愛しい人のあとを追う前の、最後に出しつくす感情だったのか。

 こんな醜い姿は彼に見せられないから、ここに全て置いていくとばかりに。

 

 魔女は、吼える。

 

 

「あなたは悪夢(ゆめ)じゃ済まさない――――――っっ!!!」

 

 

 そして、全ての分身体は石くれと化し残るは本体の狂三一人。

 仇を見据え、七罪は大きく瞼を見開いた――――。

 

 

 

 

 

――――起きて、×××。

 

 声が響く。

 

――――起きて、×××。

 

「ん…………」

 

――――目を覚ますんだ、×××。

 

 厳しげな口調は、しかし低くゆったりした話し方によってひどく穏やかに聴こえる。

 夢うつつの意識に響き、どうしてか暖かさを覚える声。

 どこか懐かしく、しかし記憶にない。

 なのに無償の好意……そんなものが籠った、不可解な声。

 分かるのは、それが真実を話しているのだという謎の確信。

 

 そう。

 

――――立ち上がって、今動かないと大変なことになる。大切なものを、失うかもしれない。そうだろう、

 

 シドウ。

 

「え…………?」

 

 五河士道の意識が覚醒する。

 起き抜けの思考にぼやけた靄を振り払いながら、士道は周囲を見回したが、声の主は姿はおろか既に気配も無かった。

 

 否。

 無いのは“誰か”の姿だけではない。

 

 辺り一面に広がる暗黒。

 士道がいたのは、自分の他に如何なる存在を見出だすことの出来ない、そんな寂しい空間だった。

 

「死後の世界、なんかじゃないよな」

 

 自分はまだ死んでいない。

 異常な場所ではあるが、境界のどちら側かと問うのであれば、ここはまだ此岸だ。

 そんな納得と理解だけが、過程を飛ばして存在する。

 明らかに狂三によって貫かれていた体は、しかしどこも欠けた感触が無い。

 ぺたぺたと手で撫で擦っても、痛みを覚えることもない。

 “そんなことは当然だ”。

 

 この空間は何なのか。

 それは究極の平面である影を擬似的に三次元に引き伸ばし、無限の奥行きという距離を確保仕切った士道にとってはただのスペースだ。

 “分からない訳がない”。

 

 出るためには。

 擬似である以上無限といえども無尽とはいかない。

 空間全体に負荷をかければ一発で壊れる筈だ。

 “士道はそれができる”。

 

 士道の右手に眩く闇を照らす光が集う。

 ずしりとした確かな重さと共に、顕現する機械仕掛けの弓。

 金属弓それ自体に見覚えはなかったが、あしらわれた鋼鉄の翼の装飾や、中心の支柱パーツ、ぐるぐると巻かれた鎖は知っていた。

 耶倶矢と夕弦の颶風騎士(てんし)だ。

 “使い方も当然知っている”。

 

「…………っ!!」

 

 顕現させるだけで、霊力が流れ込みただの人間である士道の肉体を蝕む天使。

 神経の内側に何かを差し込まれたような強烈な痛みが、暴れ狂い内側からずたずたに意識を切り刻む。

 “人間の肉体だからいけない”。

 

 贋造魔女、顕現。

 

 天使の副作用に苦しみながら、更にもう一つ天使を喚び出す士道。

 その髪が伸び、体は細身に、だが元のそれと比べ物にならない性能を持って。

 士道の顔は元の面影を残しながらも、可憐な少女のものへと。

 溢れる霊力の反動で受けていたダメージも、変化により元から無かったも同然となる。

 

――――最初の封印があの子、そして早期にこの天使を封印できたのは、×××にとっての理想形だよ。

 

 五河士織と呼ばれているその姿は、天使によって本人の意思で変化した姿。

 その性質上、天使を操るに最も適した肉体でもあるということ。

 

 例えば、本来持ち主の耶倶矢と夕弦が二人がかりで扱うものを、人間の士道が平然と一人で真上に向けて放てるような。

 そんな、何かの思惑が見えるような“幸運”。

 

「“そんなことは、どうでもいい”!!」

 

 先ほどから思考に混ざる知り得ない知識、その他さまざまな通常看過し得ないものを、士道はしかしこの時自分の言葉でまとめて切り捨てた。

 

 大切なものを、失うかもしれない。

 だったら今は動くだけだ。

 

 謎の声に導かれずとも、士道はもともと嫌な予感しかしていない。

 

 耶倶矢と夕弦が馬鹿をやり始めるような、美九が心を閉ざしまた暴走するような、そして、七罪が一人心の中で寂しく泣いているような。

 

 

「だから、力を貸せよ―――――――〈颶風騎士、天を駆ける者【ラファエル、エル・カナフ】〉!!」

 

 

 風の矢が、闇に閉ざされた空へと放たれ―――――切り裂く。

 

 風が二つ、螺旋に絡み合った鏃は進行途上の空気をも巻き添えに、進めば進む程逆に威力を増していく。

 世界を割った程度ではまだ足りず、上へ上へ――――その戦場を覗き見していた小道具は木端に消し飛び、上空を飛んでいた透明な“ナニカ”の横腹を深く抉り、遥か宇宙、星々の世界まで奔る。

 

 そんな好き勝手に飛んで行った矢はもう知らんと、士道は弓を消し、変身を解いて復帰した世界を見渡した。

 公園は無事に立っている木々が一本も無いほど綺麗に荒らしつくされ、何故か大量の狂三の石像。

 遠くに並べて寝かされているボロボロの美九・耶倶矢・夕弦と、向かい合った態勢のままこちらを見て驚愕に言葉も出ない様子の七罪と狂三。

 

(……………どいつもこいつも。酷い顔しやがって)

 

 

「しどう?」

 

「おう」

 

 

 

「………………士道っっっ!!!!!!」

 

 

 

 七罪が、直前まで怨み骨髄だった筈の狂三の存在も綺麗に意識から投げ捨て、士道に飛びついた。

 その小さな体を、頭を、何故か焼き焦げた跡のある穴の空いた士道のシャツにこすりつけ、嗚咽に震え泣きじゃくる。

 

「士道、士道ぉ……っ、しどうなんだよね、生きてる、本当に………、士道、ここにいるんだよね!!?」

 

「……どう思う?」

 

「意地悪っ!間違える筈なんかない、たしかに士道のぬくもりだよぉ………っ」

 

「そっか。………ごめんな」

 

 謝罪して優しく七罪を抱きしめると、より強く密着して肌の暖かさを確かめてくる。

 そして、遅れて狂三もゆっくりと歩いてきた。

 

「士道さん。生きていらしたのですね、あれで」

 

「ああ、なんでかな」

 

 しおらしげな狂三に、どこか調子を狂わされる。

 士道が右手を持ち上げると、狂三はまるで怒られるのを怖がる子供のようぎゅっと目をつぶり、首を竦めた。

 殺されかけたけれども、怒ってない、恨んでないと示す為だったのだが………行き先を失ったので、狂三のヘッドセットの上から頭を撫でてみる。

 その感触にぱちくりと狂三は目を見開くと、少しだけ唇を綻ばせたように見えた。

 

「これからどうするんだ、狂三」

 

「見逃していただけると、言うのなら…………一緒に学校へ行こうと言ってくださった士道さんには申し訳ありませんけれど、派手に暴れましたしほとぼりが冷めるまでまたどこかへ行きますわ。士道さんの力は、惜しいけれど諦めます。怖い魔女さんが、付いていますし」

 

 そう言って狂三は士道にぎゅっと抱きついて放さない七罪を見ると、七罪もまた顔だけを狂三に向け、虹色に輝く眼で威嚇していた。

 

「そっか。じゃあ、ほら」

 

「?」

 

 ズボンのポケットの中に入っていたものの袋を開封し、狂三の手のひらにそれを乗せた。

 包み紙にはやはりちょっと血がついていたが、内袋がビニールだったのでまだ無事だろう。

 

 

 

「今日のデート記念。今度は、また普通にデートしよう」

 

 

「………っ」

 

 狂三の目を盗んで水族館の売店で買っていた、クリスタルのイルカのストラップ。

 それを暫く見つめた後、胸元でぎゅっと抱きしめた狂三の頬に仄かな朱が散る。

 

 そして狂三は、士道に急に顔を近づけると、彼の頬にキスをした。

 

「お、おい!?」

 

「ええ、またデートしましょう。確かにここに約束しますわ。楽しみですわ、本当に楽しみですわ!

…………お返しのキスは、その時の“宿題”ということで預けておきます」

 

 そう言って狂三は、自らの影に少しずつ溶けていく。

 見送る士道に、飾らない笑顔を見せながら。

 

「士道さん、本当に馬鹿なひと」

 

 去り際の一言は、そんな言葉だった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 ぎゅううぅぅぅ

 

 狂三が去った後。

 七罪が、士道が痛くならないギリギリまで抱きしめる力を強める。

 

「な、七罪………?」

 

「士道は、本当に士道なんだから、もう」

 

 士道はそんな七罪の頭をポンポンとあやすように撫でると、苦笑しながら言った。

 

「文句はあとでみんなからまとめて聞くよ。今回はいっぱい心配かけちゃったもんな。

――――だから、今は、帰ろう?」

 

 その言葉に、七罪はしぶしぶといった様子で頷き。

 気絶した三人を美九の屋敷に連れ帰る。

 

 

 そのあとのことは、まあ語るまでもないだろう。

 

 

 

 





 よし、これでプロローグ時点までの攻略シーンは全部回収!

 ラタトスクやASTは士道さんがなんか派手にぶっ壊したせいで顛末を見届けられないのだったー、と。
 どうだこのちみつなせってい(ノーガードツッコミ待ち)


 そして狂三攻略?今までのまとめ

 七罪:デートしまくってやっとデレた
 美九:デートしたら病み(デレ)ました
 夕弦:デートしながらデレてきた
 耶倶矢:魂の盟友
 狂三:デートしてデレさせた

 耶倶矢…………!?


※しどうとかぐやのかんがえたかっこいいさいきょうの能力(別名、主人公の黒歴史爆弾)

〈贋造魔女【ハニエル】〉、“邪眼【バシリスキア】”

 原案、八舞耶倶矢。構成、五河士道。
 馬鹿二人が全力で馬鹿やって考えた能力が並みの最強の筈がなかった。
 効果範囲、視界内いっぱい(精霊はアホみたいに目がいい)。
 効果対象、任意で選択可能。
 効果、回避不可能・耐性貫通の石化付与。

 馬鹿の極みである。

 さらに使用中は七罪の魔眼()はプリズムで色を散乱させ極彩色に輝き()、当の七罪の視界はそれらの色を全て除いた白黒の世界()となる……………ごろごろごろごろ

 こんな役満を実際にやらかした七罪はもしかしたらそれ以上の馬鹿なのかも。


………ただ、七罪は原作で戦闘態勢のエレン・メイザースの通常防御を完全無視してバステかけてるんだよなぁ。

 どんなに性質が悪いとしても、いたずらの範疇でしか使ってなかった変身能力、吹っ切れてエグい使い方し始めたら本気でヤバくね?という発想でした。

 でも実はこの能力、再生能力のオリジナルである琴里とガチると多分惨敗する。
 吹雪で視界を最悪にする四糸乃もワンチャン?

 そう考えると、精霊間の三すくみというか相性が見えるような見えないような。

 十香(火力で圧殺)、折紙(威力で殲滅)、八舞(手数で封殺) > 琴里、四糸乃(耐久型)
 琴里、四糸乃 > 狂三、七罪(特殊能力で翻弄)
 狂三、七罪 > 十香、折紙、八舞

 ランク外:美九、ってことで。




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あるストーカーの闇日記・一学期


 今までの幕間とは違うテイストで送ります。
 某あとがきの病気を読んだ時の寛容さの準備をよろしくお願いします。

 一体何紙さんなんだ………。




 

 4月×日

 

 その日、私は運命の再会を果たした。

 

 五河士道。五河士道。五河士道。彼の氏名。

 中性的な顔立ちはあの時と比べ成長していたが、確かにあの時のひとだった。

 まさか同じ学校の同じ学年になったとは………後で分かった話だが、残念ながらクラスは別だったが。

 それだけでも、私が高校に通う価値が出来たというものだった。

 

 そう、まさに運命――――だが、運命とは常に私に逆風を運んでくるものでもあるということのようであった。

 

 だーりん?だーりんとはなんなのだ駄乳。

 両側からにじり寄るな双子。あのひとが怯えている、抱きつくなど以ての他。

 そして何故制服を着て高校に来ているのか分からない小児。

 

 家で、とは一体何の話なのか。

 

 尋問に踏み切るには時間が足りなかったので残念だったが、とりあえず私の敵は新たに確定したようだ。

 

 あの四人をまず排除しなければならない。

 それと並行して彼、五河士道の情報を収集する。

 

 彼が魅力的だから雌猫がたくさん寄ってくるのは仕方ない。

 だがここに誓おう。

 

 

 万難を排し、彼の恋人の座に納まるのは私であると。

 

 

 

 4月○日

 

 敵が増えていた。

 

 彼の学校初めての隣の席という極めて、そう極めて羨ましい居場所にいた女、時崎狂三。

 仲よさげに彼と話す姿は、しかし感覚的なことを言うならば違和感が存在する。

 

…………ひとまずは彼の情報収集を優先事項とする。

 

 放課後彼の机を探るのは、基本。

 今日は運がよく、毛髪を採取することができた。

 

 

 

 4月□日

 

 特殊災害指定生命体、精霊。

 私の両親の仇であり、異なる世界より現れては空間震を発生させて街を破壊する、人類の敵。

 対抗手段として訓練された魔術師【ウィザード】を集めた、私も所属する陸上自衛隊対精霊部隊ASTが、ここまで混乱したのはおそらく初めてのことだっただろう。

 かくいう私個人もまた混乱を否定し得ない。

 

 この日己の霊力に反応した空間震警報が鳴る前から、出現の余波である筈の空間震も無しにこの世界にいた精霊、〈ナイトメア〉。

 そして同じく空間震無しで現れ、〈ナイトメア〉と交戦する複数の精霊。

それら全てが、私の知った顔であったのだから。

 

 〈ナイトメア〉―――時崎狂三。

 〈ディーヴァ〉―――誘宵美九。

 〈ベルセルク〉―――八舞耶倶矢・夕弦姉妹。

 そして〈ウィッチ〉―――篠上七罪。

 

 このことに対する私の驚きを余所に、精霊同士の激突は熾烈を極め、そしてその脅威をまざまざと我々に突き付けた。

 

 〈ベルセルク〉二体の風を操る力は――――しかし直接的な能力の分他に紛れて感覚が麻痺してしまっているのだろうか、竜巻クラスの風をデフォルトに纏っているのですら温いと感じてしまう。

 〈ナイトメア〉は時計を象った天使の能力でおそらく時間を操って加速・減速を巧みに使いこなし、さらに一人一人が天使を使えないまでも霊装は纏った分身を何百も生み出し数で圧倒してみせ。

 〈ディーヴァ〉は―――データベースに存在せずこの日初めてコードネームがつけられたが―――聞く者の精神を破壊する歌でその数に対抗する。

 巻き添えに音声観測を行っていたスタッフが被害に遭い、顕現装置【リアライザ】での処置が間に合わなければ廃人となって二度と戻らないところだった。

 

 そして、〈ウィッチ〉。

 〈ベルセルク〉・〈ディーヴァ〉相手の三対一を制してみせた〈ナイトメア〉ですら手も足も出なかった石化能力。

 

 決着までに観測機がおそらく流れ弾で破壊された為顛末は見ることが出来なかったが、今までにない出現と圧倒的過ぎる戦闘能力は隊員達を尻込みさせるには十分過ぎたようで、更に〈ディーヴァ〉・〈ウィッチ〉に関しては能力が問答無用過ぎて絶対に勝てないという声すら見られた。

 

 確かに脅威、確かに理不尽。

 だが、屈することは許されない。

 どれだけそれが困難であろうとも、全ての精霊を駆逐し尽くしてみせる。

 

 私はそう、誓いを新たにした。

 

 

 

 5月1日

 

 この日付けで私は一等陸曹に昇進すると共に、新たに独立した任務を受領することとなった。

 

 来禅高校に生徒として紛れ込んでいる、〈ディーヴァ〉〈ベルセルク〉〈ウィッチ〉の監視。

 

 私は精霊が人間の少女の振りをして学校に通っていること、〈ナイトメア〉時崎狂三はあの日以来学校を休んでいる―――精霊反応の計器ログから、殺されたわけではないと推定されている―――が、彼女以外は何の変化もなく平然と過ごしていることを胸に抱いた危機感と共に上申した。

 だが、帰ってくるのは煮え切らない対応ばかり。

 

 精霊が市民に紛れて行動しているのならば下手に攻撃することは出来ない、複数で徒党を組んでいるのならばなおさら。

 何より、観測機では現状精霊反応が検出できず、ただそっくりなだけの一般市民であれば取り返しがつかない。

 〈ディーヴァ〉がそれまで活動を確認出来ず、〈ウィッチ〉〈ベルセルク〉も暫く活動を止めていた上に四体の狙いがひたすら〈ナイトメア〉だったことから、現状の有害性は低いものとして扱う。

 

 そんな理屈を並べた挙句、定期的に報告書を私の分かる範囲で書くだけの、ろくなバックアップも無い監視任務でお茶を濁されたのだった。

 そして、この情報は私と直属の上司であるAST隊長、そして幕僚クラスのみの知る極秘情報として緘口令が敷かれている。

 情報共有の不徹底で被害を蒙るのは現場なのだが…………従わざるを得ない。

 

 例え何か問題が起こったときにスケープ・ゴートとして一番に切り捨てられるのが、私だとしても。

 

 

 

 5月△日

 

 例の〈ナイトメア〉の戦闘映像を閲覧する代わりとして、ASTの制式装備であるCR(Combat Realizer)ユニットの開発元、DEMインダストリーからオブザーバーとして社員が一週間程派遣されてきた。

 それが私よりも幼い少女だったことには驚いたが、訓練では確かに出力の大きいユニットとそれを扱いこなすことによる魔力フィールド“随意領域(テリトリー)”の密度で遥かに上の技量というものを見せつけられた。

 その後〈ナイトメア〉の資料映像を食い入るように見つめる彼女は何か私的な因縁があると直感したが、私が踏み込むことではないだろう。

 

 出向期間が明け、彼女は『有意義な時間でやがりました』と残し去っていった。

 私にとってもまた、訓練の質という意味で有意義な時間と言えた。

 

 

 

 5月末日

 

 近々とみに感じている不満の原因の一つなのだが、〈ウィッチ〉達の監視任務といっても私は特別なことを何一つしていない。

 

 彼、五河士道の情報を集めるのは当然のことで、しかし五河士道の周りには常にあの四体の内少なくともいずれかは纏わりついているのだ。

 入学当初はまだ五河士道が時崎狂三と話をすることができたくらいには拘束していなかった筈なのに、今ではまるで取り決めているかとでもばかりに彼の近くに誰かしら付いているので、日課である彼の観察でついでに監視任務もできてしまうのだ。

 

 忌々しい。

 忌々しい。

 ああ、とてもとても忌々しい。

 

 

 

 6月●日

 

 五河士道は、自分の周囲にいる者達がどれだけ危険な存在か、果たして認識しているのだろうか?

 

 その確認と警告の為に、あとは話をするきっかけとして彼に接触しようとするのだが、どうもうまくいかない。

 そもそも学校生活では違うクラスの男子と女子では、部活や委員会活動で一緒にでもならない限りほぼ接点が無い。

 数少ない休み時間というチャンスもべったりと張り付いている有害物質が邪魔。

 

 と思っていたところに、この日当番?だった〈ウィッチ〉がトイレに席を立ったところで彼が廊下で一人になった。

 だが、私が接触する前に男子生徒二名が彼に絡んで、更に口汚い罵声を浴びせ始める。

 『いい気になるな』『女に囲まれて調子に乗って』などと貧困な語彙を繰り返すだけだが罵声は罵声、優しい彼も困りながら少し心は傷ついているだろう、ここは助けてそこからラブストーリーが始まる場面―――。

 

 と思って物影から出ようとしたところで、ふとその男二人の衣服がはらりと縫製が解けて、揃って全裸を公然に曝す。

 そこに〈ウィッチ〉が戻ってきてしまった。

 

「あなた達、士道を変な目で見るのやめてくれない?ていうか、気になる相手をいじめてやろうなんて小学生でもあるまいし」

 

 その彼女の言葉に、羞恥から悲鳴を上げる女子に混じってひそひそ話が充満する。

 

「え、ホモだったの?」

「しかも五河君狙いとか豪過ぎるでしょ」

「まじ引くわー」

 

 結局男二人は顔どころか本当に分かりやすく全身を真っ赤にしながらその場を走り去って行った。

 行く先々ですれ違う女子に悲鳴を上げさせながら、先生に止められるまで。

 

…………男の癖に恋敵になろうとしていたのか。

 

 だが想い人の前で全裸になった程度で恥ずかしがって逃げだすなど程度が低い。

 やはり敵は、あの精霊達だ。

 

 

 

 7月初日

 

 名案が閃いた。

 これは革命、逆転の発想、ニュートンのリンゴ、まさに天啓と呼ぶにふさわしい。

 

 男女別の体育の授業、〈ベルセルク〉などは何故か自然に男子側に潜り込んでいるようだが、流石に着替えの時間は彼一人になる。

 その短い時間に接触出来れば、物影に連れ込んで、あわよくば――――いや、性急にものごとを進め過ぎるのもよくない。

 

 とにかく、まずは話だ。

 それだけでも達成しなければ。

 

 そう念頭に置いて作戦を実施する。

 幸い、授業は合同の時間割で体育、気配を断ってクラスを抜け出し、彼のクラスの男子が着替えを行っている教室に潜入すれば。

 

 見えた――――――――!

 

 上半身裸の彼の着替え姿、乳首は何故か光の加減だったり腕の角度が邪魔して見えない。

 そしてすぐに体操服の上を着てしまう、だが、次はお楽しみ。

 

 ズボンを脱いで、そのパンツの全容を明らかにする。

 トランクスタイプで、青系統のストライプ…………いわゆるしまぱん。

 はかどる、とてもはかどるっ、そこがロッカーの中でなければ肘を曲げて『きた―――!』とガッツポーズしていたことだろう。

 

 当然ながら彼はすぐに体操服のズボンを履いてしまったが、半そで半ズボン姿もまたセクシー。

 心のスクリーンショットに何枚も何枚も焼き付ける。

 

 だが、焼き付け作業が容量が重くて処理がなかなか進まず、気がつけば彼も含め男子全員が体育に出てしまっていた。

 今からではもう〈ベルセルク〉達が彼の傍に来てしまっているだろう。

 作戦失敗を悟り、潜んでいたロッカーから出る。

 そこで、視界に飛び込んできたのは、彼の残した着替え――――。

 

 

 はふはふくんかくんかすーはーすーはーぺろぺろふんすふんすちゅっちゅぴちゃぴちゃすりすりごっくんかたかた、かたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたびくんっ!……………ふぅ。

 

 

 きーんこーんかーんこーん

 

「…………?」

 

 気づけば何故かもう体育の終了の時間のチャイムが鳴っていた。

 

 この日はどこか時間の流れがおかしかったように思う。

 

 もしや、これは〈ナイトメア〉の能力による仕業か。

 

 おのれ時崎狂三。

 

 

 

 





 一部の方が気になっているであろうASTの動きをとある人物の視点から語ってみた―――――あれ、なんかおかしい。
 まあ、名前も分からない謎の人物の山もオチもない平凡な日常を書いているだけなので、退屈だろうが………申し訳ない、これで“次の年の4月10日<プロローグ>”まで書いてみる予定なんだ。
 最初は一話でそこまで書ききれると思ってたんだけど、おかしい、一体何が………はっ、おのれ時崎狂三。

 そしてしおりんではない士道さんのサービスシーン。
 読者作者含め、誰得だよ!!



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あるストーカーの闇日記・二学期


 折角名前を隠したのに、一部の読者に彼女の正体がバレている、だと…………?

 いや、タグにヒント追加してたから仕方ないな!!

 というか、変態話で日刊ランクが急に2位まで上がってたんだが、これまじめに話書いてる他の作者さんには噴飯モノなのでは………(呆)




 

 8月◇日

 

 夏休みで、彼に会えない日が続く。

 学校という最大の口実を失い、監視任務も極秘ということで、普段学校に通っている分の便宜だけこの時期増える訓練なども休む理由にならず、日課をこなせない。

 

…………私は彼のことに関する場合、存外我慢弱い人間だったようだ。

 

 彼の肌着も、匂いがほぼ薄れてしまっている。

 

 

 

 8月▽日

 

 空間震警報。

 この日は精霊の出現に伴う出動となった。

 

 相手はランクAAA、〈プリンセス〉。

 単純な存在規模ならば、あの〈ナイトメア〉や〈ウィッチ〉よりも上ということである。

 

 精霊への要撃に際し、AST各員は常に決死の覚悟で臨んでいる。

 だが相手はこちらの攻撃をただ剣の天使によって捌き、霊装の向こうから褪めた目で見下してくる。

 露骨なまでの手加減――――なのに、特殊能力を使わせることすら出来ないまま、〈プリンセス〉の消失(ロスト)を待つ形の戦闘となってしまった。

 

…………もっと力を、つけなければ。

 

 

 

 9月祭日

 

 天央祭。

 

 市内の十校合同で開催される、規模の大きさの特異な文化祭。

 私はクラスの割り振りされた担当を最低限こなしただけで、この祭りそのものへの関心はほぼ無いが、彼が参加するというなら話は別である。

 

 ところが、人混みでごった返しているとはいえ、あるまじきことに彼を見失うという失態を犯してしまった。

 

 仕方なく彼の衣服に飛ばしたボタン型乙女の祈りへと赤い糸(不可視)を辿ったが、そこは会場近くのコインロッカーの中。

 着替えた―――今日が祭りということで、仮装でもしたのだろうか。

 それは是非見たい………見なければならない。

 

 しかし、結局その日彼を再び見つけることは叶わなかった。

 本当に残念。

 

 ところで、一部の男子生徒が『しおりん帰ってきたお』『これで勝つる!』、などと奇声を上げながらホールに向かっていた奇妙な集団が、少しばかり邪魔臭かった。

 

 

 

 10月■日

 

 もう我慢できない。

 

 精霊が常に張り付いている上に奴らの警戒能力は並みではない。

 彼と二人きりになろうと試み、接触しようとしても絶対に失敗してしまう。

 放課後は放課後で、彼は〈ディーヴァ〉の邸宅に連れ込まれるし、私もASTの訓練等であまり余裕の無い時間帯。

 

 だから私は決意した。

 

――――五河士道の家に、直接乗り込む。

 

 彼も学生、門限(という程厳しいものではないかもしれないが)には家に帰り、そこで過ごす。

 だから夜中に彼の部屋に忍び込み、寝姿を存分に堪能した後、これまでずっとしなければならないのにできなかった話を色々と交わすのだ。

 

………完璧、我ながら完璧な計画だ。

 

 当然準備も怠りなく、同型の家の資料と窓からの監視で見取り図はほぼ問題ないものを作っているし、こんなこともあろうかと解錠技術は身につけている。

 

 できれば、取りたくはなかった手段でもあるけれども。

 私も普通の乙女、出来れば普通に彼と恋に落ちて普通に色欲の日々へと突入していくことに夢を見なくもない。

 また、既成事実というのは諸刃の剣になる。

 高い代償を払いながら、効果を発揮しない―――彼の場合まとわりついている精霊達がいる分だけその可能性が高い―――となった場合、寧ろ事態を悪化させかねない。

 

 だが、ことここに至って退くべき場面ではない。

 将来の『えへ、来ちゃった』の予行演習の為にも、第一目標としてせめてCCD式やコンセント擬装型をはじめとした愛の交換日記(一方通行) を彼の部屋に設置するくらいは最低限の達成基準となるだろう。

 

 

 そうして、私は街の寝静まった午前1時、五河家を訪ねた。

 念のため暗色の迷彩効果を兼ねた装備を着け、気配を絶ちながら玄関門を潜る―――。

 

 その時、首筋に感じた殺気に反応し、前転しながら咄嗟に体を沈めた。

 その上を通り過ぎる、おそらく回し蹴り。

 

「…………司令の安らかな寝顔を拝見しようと来てみれば。誰かは知りませんがあの方の安眠を邪魔する真似は許しませんよ?」

 

 素早く体勢を整えながら振り返ると、そこに立っていたのは長身の男。

 私は一瞬で確信した。

 そして相手も何かを確信したかのように気配を引き締める。

 

 

((間違いない、こいつは………不審者!!))

 

 

 月明かりに照らされる色素の薄い髪は伸ばされやけにさらさらしている。

 こんな親類がいるとは彼のデータに無い。

 

 白い服は軍服のようなデザインだが、どう見ても警察や警備会社、自衛隊関係のそれではない………ただのコスプレだろう。

 何より、男性にしても恵まれた体格の割に妙になよなよくねくねとした雰囲気が決定的。

 

 特に怪し過ぎる服装と雰囲気で真夜中に他人の家にいる時点で、不埒な目的を持った変質者に相違無いと私は判断した。

 

………排除しなければ。

 

 彼を守る為に戦闘態勢に入る。

 知っているのだ、男にも彼を性的な目で見る輩がいるのだと。

 だが、彼を歪んだ性欲の毒牙に曝してはならない、過ちを犯す者には然るべき裁きを下さなければならない。

 

 電光石火の踏み込み、狙いは男の顎への掌底………と見せかけて、ステップを切り返し、足首の関節を踏み砕く狙い。

 男は反応して素早く重心を組み換え、狙われた足を下げながらもその体重移動を無駄にせず拳に乗せた威力として放ってきた。

 それを払い、伸びきった腕を巻き込んで折りに掛かる。

 

 力任せに強引に振り剥がされ、距離が開いたことで仕切り直しとなった。

 

 そんなパワーに対するスピードの応酬を幾度も繰り返すが、決着が付かずに疲労を重ねるばかり。

 不審者の癖に、強い。

 

 だが負ける訳にはいかないと、何度目かの対峙からの交錯に入ろうとしたところで―――、

 

「へぷあっ!?」

 

「っ!」

 

 飛んできた何かに撃たれ、男が沈んだ。

 狙撃……それを頭で理解する前に、私は撤退を選び、障害物に身を隠しながら逃走していた。

 一瞬の判断ミスが生死を分ける対精霊戦の経験が躊躇うことを許さなかった。

 

 

 結局、五河家に侵入することすら出来ずにミッション・フェイラーとなってしまった。

 敗因は予想外の戦力の出現、まさかあの男の他に武装した不審者までがいたとは。

 作戦そのものの見直しが必要である、暫く再実行は不可能であろう。

 

 ちなみに狙撃者の捕捉を振り切ったと判断した後別のポイントから彼の家の前を朝まで監視していたが、倒れたあの男が路上から黒スーツの男達にどこかへ引っ張られて行った他は何も起こらなかった。

 

 色々と解せないこともあったが、彼を不審者から守れたこと、それだけでもよしとしておこう。

 

 

 

 11月■日

 

 そういえば〈ナイトメア〉の件がきっかけとなって監視任務を開始して半年が経過した。

 

 最近精霊達への彼へのべったり具合がやや緩和された、様に見える。

 

 正確には、何かが解除されたと表現するべきだろうか。

 相変わらず四六時中彼の側には精霊がいるが、どことなく漂っていた制限や取り決めといった規則の様な何かの雰囲気が無くなったのだ。

 

 とはいえ私の彼との接触に精霊が邪魔となることに大して代わりはない。

 

…………〈ディーヴァ〉、無駄に育ったからと言ってその胸を彼に押し付けるなど手法が古典的に過ぎる、自重すべき。

 だーりんなどという使い古された呼び方といい、過去の女として生きるのがお似合いの癖に。

 

 彼女を含め、監視するようにつきまとうなど彼に迷惑がかかっているのが分からないのだろうか。

 自覚の無い女は本当に性質が悪い。

 つくづくそう思う。

 

 

 

 11月祝日

 

 監視任務の定期報告書を上げたところ、隊長から『いくら精霊が憎いからって報告書には私情・私見を挟まず客観的に書きなさい』と叱責を受けた。

 

 解せない。

 

 

 

 12月▲日

 

 この日は、パンを購買で入手し昼食にした。

 私のクラスの授業が早く終わった為、混雑を避けて購入することが出来、いつもの様に彼の姿を観察しながら戴こうと(彼の)教室に戻ろうと廊下を歩いている時のことだった。

 

「遅いぞ士道!それでも疾風の御子たる八舞の盟友かっ」

 

「出遅。耶倶矢と夕弦は早く購買戦争なるものをしてみたいのです。多少の遅れはハンデとしますが、これ以上は待てません」

 

「分かってるから、無茶言うな…………うわっ!!?」

 

 廊下を走っていた彼と、曲がり角でぶつかった。

 

 なんというお約束。

 当然私の体は彼に撥ね飛ばされた際、恍惚に震えながらも咄嗟に足をM字型に開き、スカートを捲れあがらせていた。

 それで彼にパンツが見えたのは不可抗力だ、そう不可抗力、仕方のないこと。

 

「な、ぅ……っ!おい、大丈夫か……?」

 

「へいき。ちょっとだけ、起きるの手伝って」

 

「おう……?」

 

 触れられた。

 やっと彼と手を繋げた。

 

 まさにエクセレント、彼の温もりが触れた個所から陶酔感が次から次へとこみ上げる。

 だが至福の時間はそう長くない、私を助け起こすとすぐに彼は手を放してしまった。

 そして私が落としたパンを拾い上げ、矯めつ眇めつして確認すると、それも差し出してきた。

 

「袋は、まだ開けてなかったよな。ごめんな、なんだったら弁償するけど」

 

「いい」

 

「そっか………」

 

 

「――――士道、疾く往くぞ!!」

 

「悋気。こっちこっちです士道」

 

「あ、ああ!ほんとごめんな。じゃあ!」

 

「…………」

 

 〈ベルセルク〉のせいで話もすぐに切り上げさせられ、彼はそのまま走り去ったが、それ以上に彼と言葉を交わすことができて嬉しかったので、いつもよりは怒りも湧かない。

 

 その日のパンは、いつもよりとてもとてもおいしかった。

 

 

 

 





 頑張る彼女が最後にちょっとだけ報われた。
 いい話だなー。


 だからこの華麗に乱舞した挙句全く刺さらなかったブーメランの山だけでも誰か片づけてくれないかなあ!?

 副司令撃墜&回収した〈ラタトスク〉黒服部隊とか。
 ていうかストーカー女vs.副司令の格闘戦なんてドリームマッチ(馬鹿)やるの絶対うちだけだろ………。


 そして本編で病気やってるのに悪いが更に病気逝くぞ覚悟はいいかおらァ!?↓



※デート・ア・ライブの世界もデュエルによって破壊されてしまった!

 ダイジェストで流すので遊戯王ネタとちょっとライダーネタが割と解説抜きでポンポン飛び交いますのでご注意。



 五河士道は非現実的な光景を映像で見せつけられる。

 鎧姿の少女一人に、空を飛ぶ機械の翼を得た軍隊が囲い火器を一斉に放つ。
 強力な鎧と剣によって砲火の一切を寄せ付けない少女だが、その圧倒的な力にも関わらず、彼女は悲しそうで。
 そんな表情をどうしても放っておけない士道はその映像を見せてくる妹の琴里に尋ねる。

「どうして、こんなことになっちまってるんだよ………っ!?」

「これも全部、ユベルって奴の仕業なのよ」

「なに、それは本当か!?」

「十二次元宇宙、全ての世界が融合を始めようとしているの。あのデュエルモンスターズの精霊達はそのせいで異世界からこちらに現れるようになってしまった。融合を止めるには、デュエルで彼女達の力を封印するしかない」

「……………。………ん?デュエルモンスターズって、カードゲームの?」

「軍は武力で彼女達を殺すことで対処しようとしているけど、無意味ね。リアリストがデュエリストに勝てる訳がないじゃない」

「いや、まったく訳が分からんぞ!?」

「そういうわけで士道。選ばれしデュエリストよ」

「いきなり何?何の話!?」


「―――――――精霊とデュエルして、封印<デレ>させなさい」





 なんだかんだで士道は了承したものの、すごく後悔していた。

「ただ勝つだけじゃダメよ。彼女らに気持良くデュエルさせ、その上で勝たないと封印させてくれないわ。だからその為にファンサービス↑しないといけないわ」

「そうなのか……ていうか今琴里発音と顔がおかしかったぞ?」

「黙らっしゃい。………その為に必要なのは、リスペクトデュエルの精神!!」

・相手に気持良くモンスターを展開させない召喚反応型除去汎用罠カード(神警・奈落・激流葬)の使用禁止
・相手に気持良くバトルさせない攻撃反応型除去汎用罠カード(幽閉・ミラフォ)の使用禁止
・相手に気持良くプレイさせない汎用全体メタカード(マクロコスモス・ネクロバレー・スキルドレインなど)の使用禁止
・相手がエクストラデッキから気持良く召喚したモンスターへの強制脱出装置使用禁止
・ビートダウン型のデッキを使用すること

「無茶苦茶だ…………!?これでどうやって戦えばいいんだ………」

「そうね……相手のどんな強力なエースモンスターもそれ以上の力でねじ伏せるのが理想よ。となれば、リスペクトデュエルでもあることだし、あれしかないわね、サイバー流」



 vs十香

「デュエル霊装【ディスク】、起動。先攻はもらった!死皇帝の陵墓を発動。ライフを1000支払い虚無魔人を通常召喚!」

 虚無魔人………互いのプレイヤーは特殊召喚を行えない

「…………おい琴里、全体メタは禁止じゃなかったのか?」

『汎用じゃないし。てかそもそもあなたが使っちゃいけないってだけよ?』



 がんばれ士道、負けるな士道、デッキを信じれば必ず勝利のカードが手札に来る!

 そして四糸乃戦ではミラクルフュージョンチェンジチャージミラクルフュージョンチェンジでアブゼロとアシッド使い回されてフィールドズタボロにされた挙句、思い出すようにダークロウで除外とサーチメタ、トドメに超融合喰らう悪夢のE・HEROデッキが待ってるぞ!




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あるストーカーの闇日記・三学期


 精霊への復讐鬼+変態ヤンデレストーカー=暴走しつつ五河士道絶対主義のダブスタ女。

 色々詰め込み過ぎで時々混乱する………いや、誰とは言わないけど。




 

 1月元日

 

 一年が終わり、また次の年がやってくる。

 節目………だが、精霊の出現がそんなものを考慮しているとは思えない。

 

 そうは言っても割り切れるものではないのだろう、私のASTの待機任務に付き合う同僚の数は目に見えていつもより少ない。

 不規則かつ通常と比べ遥かに肉体を苛める勤務―――皆、正月くらいは家族と思い思いの時間を過ごしたいと思う気持ちを否定は出来ない。

 

…………私には、正月を一緒に過ごしたい家族はもういないけれども。

 

 ただ、彼は今日一体どう過ごしているのか。

 そればかりは、どうしても気になっていた。

 

 

 

 1月翌日

 

 〈ディーヴァ〉宅を監視。

 

 精霊達が彼に群がっているのはいつものことなのだが、晴れ着姿で身繕って一緒に遊んでいる姿は………やはりいつも通りに腹が立つ。

 三が日の間はあれで過ごすつもりだろうか。

 

 〈ディーヴァ〉は薄黄色、膨張色で横に伸びてしまうのは胸と尻だけでないと知るべき。

 〈ベルセルク〉は二人揃いで若緑、双子が片方赤ではなく両方緑などその時点で影の薄い負け犬の宿命を背負っている。

 〈ウィッチ〉は白地に桜吹雪の模様、………儚く散ってしまえばいいと思う。

 

 簪で髪型も弄り、おめかしして彼に寄り添う姿は能天気に幸せを享受しているようにしか見えず、短慮で破壊的衝動に満ちた思考が溢れそうになる。

 せめて彼の凛々しい袴姿が見られたことを慰めとして、彼だけをなるべく視界に収めるようにすることで精一杯我慢していた。

 

…………母さんの形見の着物なんて、あの火事に焼かれてもう無いのだと、分かっている。

 

 分かって、いる。

 

 

 

 2月⑭日

 

 乙女の聖戦の日、バレンタイン。

 武器たるチョコは当然完備だ。

 オーソドックスにミルクチョコを作り、箱に入れて丁寧に細工も施した。

 

 だが、問題が一つ、最大の障壁と言っていい奴らがいる。

 

 見てくれはいいから彼に近づく有象無象をシャットアウトする壁でもあるのだが、そのせいで私が彼にチョコレートを渡す隙もない。

 厳戒態勢は一時期を超え、精霊達もいつもの35.2%平均の彼との距離が近い。

 彼の優しさと若干、そう若干の流されやすさを考えれば、そんな中を彼に堂々と渡す手もあるのだが、それは“見逃してやった”という認識を精霊に与えるので避けるべきだ。

 

…………だが結局は、いつも以上に警戒態勢を敷いている奴らをこの日に限って抜くというのは、今日の士気の高い私でも劣勢を否めないものだった。

 

 賭けに出ざるを得ない不本意な事態。

 渡せないという最悪の事態は避けなければならないので、また強引に彼の自宅に侵入を試みるという選択もなくはないのだが、その前にベタだがやれることは一応あった。

 

 靴箱に投函。

 

 土足の履物を置く場所に食品を入れるのはどうかと思わなくもないのだが、そういう習慣であれば利用しない手はない。

 机の中よりは彼が精霊達に見つからずに私のチョコを受け取れる確率が高いだろうという読みもあったが………見事に彼は、発見した贈り物のチョコをすぐに別の靴箱から合流した〈ウィッチ〉に隠して鞄に入れてくれた。

 その時彼に付いていたのが、怒らせると面倒くさい〈ウィッチ〉だったことも運が向いていたと言えるかもしれない。

 

 結局彼が家に帰ってから私のチョコを食べてくれたこと、それは箱の仕込みから確認できた。

 理想的とは言い難いが、一定の成果を上げられたことをここに記録しておこう。

 

 

 

 3月白日

 

 バレンタインから一カ月が過ぎた。

 

………見返りを期待していた訳では断じてなかった。

 

 私の彼に対する想いにそんなものはなかったつもりだった。

 だが、朝登校した彼が自分の靴箱でこそこそと何かしているのを見て、気配を断ちながらも我ながらとても素早い動きでそこを漁りにいったのは、この時ばかりは浅ましいと言えるものだっただろう。

 

 それでもこの“プレゼント”だけは決して誰にも譲れない。

 

『差出人も書かなかったドジっ子さんへ。

 チョコおいしかったよ。ありがとう。

               五河士道』

 

 書くのを忘れていたのではない。

 きっといつか、どんな手を使ってでもあなたの元に行く。

 そう誓ったから、私の全てを深く知ってもらい、そして私もあなたのことをもっともっと知る、その時まで、名乗りは預けておく。

 

 きっと、そう遠くない未来の話――――。

 

 今はとにかく、持って帰った彼の手作りクッキーをひとつひとつしっかりと味わって食べることが最優先課題だった。

 

 

 

 3月終日

 

 出撃と精霊との交戦を行った日だった。

 

 最近、空間震、そして精霊と交戦する頻度が多いように思う。

 ユーラシア大空災から30年、人類側の対策も整備されてきてはいるが、精霊を現界次第確殺といかない以上完全とはお世辞にも言い難く、このままでは社会に深刻な影響も出始める危険もある。

 

 何かが始まるような不穏な雰囲気、妄想に取りつかれた人間が終末論を唱えるのも故無いことではない。

 せめて精霊に対する決定的な有効打を与える何かが必要。

 それがあれば、彼の周りの凶悪な精霊達も、あるいは一掃―――。

 

………ないものねだりをしても仕方ない。

 

 今は訓練にもより力を入れていかなければ。

 私は、戦い続けるだけ。

 

 

 

 

 

 そして、4月10日

 

 来禅高校二年生に上がっての始業式、私は彼と隣の席という幸運に与れた。

 クラスが同じなのは、彼の選択教科を合わせたおかげである程度は必然だったが、非合法な手段を用いずに済んだのは僥倖。

 彼と幸せな人生を歩む為にも、やはり可能な限り真っ当に生きるに越したことはないのだから。

 

 ところで彼の逆隣は忌々しいことに〈ベルセルク〉の八舞夕弦なのだが、まあ見た目と雰囲気の割にプライドの高い馬鹿なので操ったり弱みを握れば脅迫することは容易いだろう。

 

 そんなことを気にするよりも、今は彼との接触に全てを集中すべき。

 席替えが行われる前に彼との距離をゼロにし、何者も分かてないような間柄を構築するのが理想。

 

「え、えっと、何……?」

 

 いつも通りの習慣、しかし今日からはいつもよりも近くで堂々と彼を観察していると、落ち着かなさげにもじもじし始めた、可愛い。

 だが、それと共に彼の方から話しかけてくれたので好都合、八舞夕弦も席を外している。

 

「五河士道」

 

「え?ああ、そうだけど、君は………?」

 

「覚えてないの?」

 

「んっと………ごめん、会ったことはある、気がするんだけど、えっと………」

 

 

 

「いい。――――――――私の名前は、鳶一折紙(とびいちおりがみ)」

 

 

 

 やっと、また、“会えた”。

 

 彼が私のことを覚えていないのは残念だったけれど、重要なのはこれから。

 だから、その後の話を続けようとしたのに。

 

 空間震警報。

 

 精霊に邪魔され、話は出来ない。

 一般市民である彼はすぐにシェルターに避難せねばならず、対精霊部隊ASTメンバーとして私は出撃しなければならない。

 

 相手は氷の精霊〈ハーミット〉。

 それを全力で討滅を試みる、精霊に彼との間を邪魔されるのも含めてある意味いつもの日常でもあって。

 

…………それでも私が感じていた通り、この日は、本当に特別な日だったのかもしれない。

 

 

 “誰にとって”、かは未だにはっきりとは分からないのだけれども―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

※一旦ここまで。今回の病気はちょっと特殊なのであとがきじゃなくて本編の場所でやる

※死体姿の士道さんがトラウマった精霊達に愛されて割と眠れないCDっぽい何か↓

 

 

 

・八舞耶倶矢の場合

 

「はむ、ちゅ………」

 

「はむ、はむ、ちゅぱ…………」

 

「なんぞ、士道。我が闇のベーゼを拒むのか?」

 

「よい、んちゅ…………唯、身を預けよ。御主の業は晴れることを知らぬ」

 

「その血の一滴に至るまで支配できるならば、なんと…………、繰り事か、ままならぬものよ」

 

「契約の印よ、これは我の加護たるぞ。ん、はぁあ………本来ならその精を啜り、血肉を我がものと同一とし、化身とすることすら視野に入れるというのに、本当に御主は………」

 

「――――――ちゅうううぅぅぅぅぅっっっ!!!」

 

 

「いっぱい、いっぱい心配したんだから。もしまた勝手に夕弦と私のこと置いてったら、今度こそ、今度こそ…………ううう、ぁ……ぐすっ」

 

 

 

・八舞夕弦の場合

 

「洗浄。こすこす。心地はどうですか、痒いところはありませんか?」

 

「露出。こら、ここはお風呂です、隠す場所など何一つありませんよ」

 

「代償。これは確かに私の我がままですが……そんなに嫌、ですか?」

 

「安堵。それではもっといっぱい洗ってあげます。しかし耶倶矢は、どれだけ唇の痕を付けたのやら。私も一つくらい、とは思いますが……今回はやめましょう」

 

「完遂。泡も丁寧に流して。――――次は、あなたの番です。私の体をその手で直に、今私がしたのと同じように、隅から隅まで清めてください」

 

「駄々。安心したい、あなたが生きているという実感を得たいのです。その肌の暖かさを、生きている優しい温もりを、どうか刻みつけて欲しい」

 

 

「私の躰、あなたが触れていない場所などなくなるまで、染め上げて………っ」

 

 

 

・誘宵美九の場合

 

「だーりん、どこですか、だーりんっ!!」

 

「あ………手が。ごめんなさい、また取り乱しました」

 

「だめですねー。もうだーりんが目の前にいないだけで、なにもかも見失っちゃいそうです」

 

「知ってたんですけどね、幸せ過ぎて忘れちゃってました。支えてくれるだーりんがいなければ、私って何やらかすか分からない本当に危ない女なんだって………」

 

「提案があります。一日、ほんの一日だけ、だーりんの時間を全部私にください」

 

「本当はもう二度とあなたを放したくない。あなたを失うかもしれない、あんな思いをもう二度としたくないから、ずっとこの屋敷に繋ぎとめて、逃がさない。あなたは愛情で満たされた腐海に沈む、一羽の籠の鳥だって」

 

「一日、一日です。そういう妄想の中で目いっぱいだーりんに甘えて。その幸せさとどうしようもなさを経験させてくれれば、きっと我慢できますから」

 

 

「…………即答してくださるなんて、本当にだーりんはお人よしです。そんなに優しいと、本気であなたの一生を奪っちゃいますよー、もう。だーりんの、おおばかぁ。大好き―――――」

 

 

 

・七罪の場合

 

「お疲れ様」

 

「ちゃんと、受け止めきった?」

 

「………そう。それだけみんな、あなたのこと大好きなんだから」

 

「え、私?」

 

「………」

 

「我慢してたに、決まってるじゃない………っ、本気で失くしたって思って、でも生きててくれて。あんな程度で、流し切れる涙なわけがないじゃないッ!?」

 

「ばか、ばかぁっ!!お姉さんなんて、言わないでよっ!ちょっとあなたと会うのが一番早かったからって、家族みたいだからって、あなたがいなきゃそんな繋がり、何の意味もなくなっちゃうんだから!」

 

「私だって、私だって……………」

 

 

「好き、好き。愛してる。だからずっと放さないで。お願い、私の傍にいて。約束――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

・しおりんの場合

 

「疲れたか?ほら何かしてほしいことないか?」

 

「病人じゃない、って?聞こえませーん、勝手に無茶した人のことなんて聞いてあげませーん」

 

「だから今は大人しく世話を焼かれとけっての」

 

「…………こんなナースのコスプレまでしてるんだから、恥ずかしいんだぞ、全く」

 

「はぇ、可愛い!?あーもうっ、聞ーこーえーなーいー!」

 

「ほら、ヨーグルト食べるか?食べるだろ、あーん!」

 

 

「……………本当に、無茶すんなよ。もう一人の体じゃないんだぞ―――――――――そうだろ、あなた?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 以上。


 なんと謎のストーカー女の正体は原作ヒロインの一人鳶一折紙さんだったのだ!


 それはともかくどうだ今回は割ときれいな折紙さんだったろう?

………え、チョコに唾液とか血液とかケツ液とか入ってないかって?HAHAHA、完璧超人の折紙さんがチョコという熱消毒も出来ない食べ物にそんな不衛生なことする筈ないじゃないか!


…………こんな戯言吐くからいつまで経ってもきれいなサッドライプさんになれないんだろうなぁ。


 まあそんな感じで次回、プロローグにやっと時間が追い付きます。



 病気については解釈はご自由に。
 狂三編の後に実際こんな場面があったのか、それとも作者がトチ狂ってるいつものアレなのか。

 え、なんか一つ明らかにおかしいのがあるって?

 いいじゃん、可愛いっしょ?



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五河コンフュージョン


 知ることのなかった秘密。
 隠すこと、打ち明けること、その選択は時に悪意以上に信頼と絆を引き裂く。

 親しいと思っているからこそ必要となる勇気。

――――どうせ受け入れてもらえる。

 そんな甘えは…………“信じている”ではなく“裏切っている”と言うのだ。




 

 

 

「「「「精霊だ(です)けど、それが何か?」」」」

 

 

 

 その衝撃の告白に、実に数十秒の間琴里は沈黙していた。

 

 内、茫然としていたのが数秒。

 他は思考の立て直しと、そして顕現装置【リアライザ】の技術で不可視化したヘッドセットから部下の報告を受けていた時間だ。

 

『琴里。彼女達が精霊であることは本当だろう。君が彼に本題を伝えた瞬間、“不安定”になったのだろう、彼女達から精霊反応が観測された。データベースに一致がある―――彼女達は、』

 

(七罪とやらが〈ウィッチ〉、美九が〈ディーヴァ〉、夕弦と耶倶矢で〈ベルセルク〉………一時期の士道と同じ匂いがする方が耶倶矢かしら?)

 

 流石令音、仕事が早い。

 そう部下の解析官の手際を評価しつつも、彼女達4人が精霊と分かればその名はすぐに浮かんでいた。

 

 忘れもしない一年前、処女航海から間もないこの空中艦〈フラクシナス〉のどてっ腹をぶち抜き、航行不能に追い込んで事態への対応と始末書の山に琴里以下クルーを追い込んだ時の精霊達だからだ。

 空間震もなしに現れて、同じ精霊に対し集団で襲いかかっていた特異事例。

 まさかという思い込みから初見では繋がらなかったが、精霊というキーワードが出れば分かる程度には強い印象を持っていた。

 

 そして………と、思考を深めようとしたところで、美九がうんざりしたような声を出した。

 

「もーお話は終わったんですよねぇ?帰っていいですかぁ?」

 

「………どうぞご自由に、とは言えないわね」

 

 琴里の答えを予想していたのだろう、七罪が肩をすくめながらため息をついた。

 それから視線を外し、

 

 

「でも、色々と訊きたいことは出来たけど、まあ本題は一つだけだわ。

――――士道、私達〈ラタトスク〉と一緒に、精霊の保護に動いてくれるかしら?」

 

 

「………っ」

 

 この時琴里は驚きはしたが、“嬉しい誤算”だと思い直していた。

 精霊が普段人間と変わらない反応しか計器で観測できず、そして感情の乱れに応じて力を取り戻していく、そして彼女らが見せる士道への親愛。

 それが意味するものを“検証”によって知っている琴里は、それを複数の“実績”と捉えた。

 

 放課後家に直帰していることの珍しい兄、素行調査によれば女の子との付き合いが多い様だったが、それが精霊相手のものであったのならば寧ろ頼もしい点となる。

 何より優しい兄ならば、周りの親しい女の子の仲間に偏見を持たず、精霊達を助け同時に空間震を食い止めていく活動に否やを言わないと考えられる、と。

 

――――五年前から英才教育を受け、司令官となれる資格を修得したとはいえ、十三歳の琴里はやはり経験が浅かったのだろうか。

 

――――それとも、彼の知らないと思っていたさまざまなことを打ち明ける重大な場にぶつけられた、あまりに衝撃的な告白に、やはり動転して逸ってしまったのだろうか。

 

 士道と精霊の彼女達が具体的にどんな関係を築いてきたかを把握する前に、彼はきっとこう動く…………そんな“打算”で以て接してしまった。

 

 それは、隠しているつもりですら存外に伝わりやすい感情。

 

 さて、純真だと思っていたのがいきなり豹変して怪しい組織を背後に付けた妹に、そんな目で見られた士道が何を感じるか。

 何を感じたか、そのサインを………見逃して、しまった。

 

 一瞬強張り、小刻みに震え始める手。

 士道の瞳に過った陰りを七罪は察知し、その手が強く強く握りしめられる前に自分の小さな掌で暖かく包み込む。

 

 

「お断りよ。頼みごとにしても杜撰が過ぎる………精霊という前提だけを話したところで、伝えるべきこと、承知しておかないといけないこと、何一つ言わずになんて。いまどき三流の詐欺師でもやらないでしょう。

……………夕弦、耶倶矢、士道をお願い」

 

 

「任された」

 

「承知。八舞の名に懸けて」

 

「あ………」

 

「ま、待ちなさい!まず士道に話を―――っ、」

 

「残念だけど、暫く士道の発言権は封印させてもらうわ。そっちがそういうやり方なら、士道本人に喋らせたらどんな言質を取られるか分かったものじゃない」

 

 優しくその体を押し出して二人に士道を任せると、七罪は琴里と対峙する。

 ここで琴里は何かを感じたようだが、話の主導権は七罪が握る。

 

 

「ま、今帰ったところで空間震警報は鳴り続けてるだろうし、その間くらい“私達”が話をしてあげるわよ。

――――まさかノーとは言わないでしょう?」

 

 

「…………っ」

 

 精霊との対話を謳う〈ラタトスク〉に所属する琴里の立場としては、情報を少しでも得るために自分から精霊との対話のチャンネルを打ち切るなど出来る筈がない。

 

 幼いと言ってもいい司令、琴里の失策。

 感情で説くならば組織人としての面は極力見せるべきではなかった。

 立場を重視するなら、それが有効かは別としてもビジネスライクを貫くべきだった。

 二律背反に縛られ、琴里は呻く。

 

 “敵地”にあって精神的には七罪がやや優位に立ちながら、二人の少女は視線で火花を散らし始める。

 

「まずもって私達からは、その〈ラタトスク〉とやら、相当胡散臭いんだけど自覚ある?」

 

「常道でないことは確かだけど、構成員は全員精霊との対話と保護という理念の下に集まっているわ。胡散臭いかどうか………平たく言えば信用は、そんな私達構成員の行動から判断してもらうもの。実際にやり方を見て判断してもらうわ」

 

「ならいきなりマイナス100点よ。一番大事な精霊との接触役に当て込んだ士道はこれに関して何の事情も知らなかった一般人!外部の人間を協力者に仕立てて、いざとなったら切り捨てる気まんまんじゃないの」

 

「そんなつもりはない。ただ精霊に先入観を持った人間にデリケートな対話役を任せることは出来ないから、士道にはこれまで情報を伏せてきたの」

 

「ものは言い様ね。勝手に自分達の頭数に入れていた予備知識(せんにゅうかん)の無い人間に、世界を蝕む化け物と命懸けの接触に当たれ、って?そんな役に自分の兄を据えようなんて、なるほど見下げた(みあげた)理念への忠実さじゃない」

 

「当然バックアップ体制は万全に整えているわ!何重にも保証は掛けられるようにだってしてある」

 

 七罪が言い募るが、琴里も自分の組織についてこの程度の言い合いで言葉に詰まることはない。

 だが、七罪にとっても別に論破するのが目的でもなければその必要もない。

 

 要は言いがかりをつけ瑕疵を探しながら、いきなり現れた厄介事<ラタトスク>の正体を見極め、出来れば関わらずに今までの生活をという理想的な結果にどう近づけていくかを会話から模索しているだけなのだから。

 琴里もそれをなんとなく察しながらも、彼女なりの言い分を通す為に頭を必死に回転させながら言葉を選んでいる。

 

「そもそもなんで士道?あなたの身内だから?」

 

「それは………あなた達の方が分かってる筈よ。全員したんでしょ?士道と――――キスを」

 

 士道とキスをしたことで、七罪達が何故か精霊の力の殆どを士道に奪われたこと。

 “そういう現象”が最終的な狙いなのだと、琴里は明かす。

 黙っていても予想されるであろうことだから敢えて隠さないのがせめての誠意でもあったが、そのリアクションは辛辣だ。

 

「さあね、だから何?ほら、精霊は人間とキスすると力を失うとかそんな童話チックなオチだったりするかもよ?試してみれば?私達は士道以外とキスする気なんてさらさら無いけど」

 

 それは自分達が今こういう状況にあることが既に答えなのだが、七罪には続ける言葉がある。

 

 

 

「そんな彼に自分達が糸引いてホストの真似事させますって?舐めんじゃないわよ、少なくとも私達はそれを許すほど女のプライド捨てた覚えは無い………ッ!」

 

 

 

 士道に対し七罪達四人で囲っている形だが、それはあくまで状況の特殊性と、誰か一人でもいなくなったら士道が本気で悲しむと分かっているから成り立っている関係に過ぎない。

 無論今は彼女達に信頼関係はお互いにある、だが、初めの内はやはり士道に対する不義理は無いという信用からだったのも事実だ。

 だから、士道の周囲に女が急に増えるのを無条件で容認するということを意味している訳では断じてない。

 それが士道の意思でないならなおさらの話。

 

 そして、それに関して更に言いたいことがあるらしい“彼女”に、ここで七罪は発言を譲った。

 

「私、だーりんが運命のひとだって、結構本気で信じてるんですよぉ。それが例えば、そう“例えば”………“誰か”の思惑で結ばれたのだとしても、それも含めて運命だからだーりんは私のだーりんです」

 

 柔和な顔立ちでにこにこしていれば穏やかな人格をしているように見える誘宵美九。

 それが――――本気で表情を凍らせる時の冷酷さを、仲間達は知っている。

 

 

 

「―――――でも、それはそれとして、その“誰か”さん。凄く不愉快ですよね?」

 

 

 

「…………ッ!?」

 

 適役に任せた警告の言葉は、その本気と共に琴里に響いたらしい。

 実際に美九が抱いているそのドロドロとした感情、“心当たり”だけでなく場合によっては目の前の士道の妹にすら本気で向けられることは容易に予想できた。

 

 

 『お姫様願望持ちのメンヘラ女』。

 いつか七罪が美九を評した言葉だが、人格の気質そのものが劇的に変わるなどそうそうない。

 士道達との穏やかな日々の中で幾分丸くもなっていたが、その箍が外れる出来事が昨年に起こってしまったこともあった。

 

――――籠の鳥のお姫様は、恋に落ちた若者と手に手をとって駆け落ちしました。

――――残された国は国政が混乱し、国民が飢え、国土は戦火に曝されましたが、お姫様は一人の女の子として幸せにすごしました。

――――めでたしめでたし。

 

 良い悪いの問題ではなく、〈挽歌【エレジー】〉の恐るべき性質の根本とも併せ、誘宵美九はそもそもそういう気質の女。

 仮に美九がその“お姫様”の立場なら笑顔でこう言うであろう――――姫一人いない程度でダメになる国が悪いですー、と。

 

 

 こんな怖ろしい女に本気で睨まれて、一瞬たじろいだものの話し合いを続ける姿勢を見せた琴里を七罪はある意味で評価した。

 そこから話の流れをひっくり返すことが出来るわけもなく、この日は七罪達優勢のまま話は一度お流れとなったのだが。

 

…………本当は七罪も美九のことを言えるものではないことは自覚していた。

 

 当たり前だ、〈ラタトスク〉の言う精霊を保護しつつ空間震の脅威を取り除く活動というのは、その胡散臭さはともかくとしても、その建前に本気で打ち込めるのなら大したものだ。

 実現出来るのならば誰も損をしない、まさに快挙…………それを、実行役が士道という一点のみで女の感情から反発しているのだからその言い分はまさに自分勝手ここに極まる。

 しかもその自分勝手を言っているのが、封印はされているとはいえ精霊四体なものだから無視も出来ないというのを計算に入れた上で。

 

 だが、士道を得体も掴めない精霊に接触させることでの彼への命の危険に対する反発を、まだ言いがかりの軸にしなかっただけまだ抑えていたのかもしれない。

 

 自らの血溜まりに斃れ、狂三の影に吸いこまれた士道――――その光景は、忘れようと思って忘れられるものではない。

 士道の命の安全の話でもし口論になって激した時、七罪は正直士道の妹が乗っているこの〈フラクシナス〉とやらを、“駆逐艦エルドリッジ【フィラデルフィア実験船】”に変えない保証など無かったのだから。

 士道を八舞姉妹に任せたのは、それに巻き込まないように二人に士道を守ってもらうことも理由の一つだった。

 

 箍が一度外れ戻り切っていないのは、美九に限った話ではないのだ。

 

 

 

 

 

「どうするのかな………」

 

 春の暖かな陽射しの中で、やる気無さげな呟きが溶けていく。

 なんとなく駅前の繁華街をぶらつく渦中の五河士道―――だが、どうにも無気力さが先に立った姿だった。

 

 自分が今割とダメ人間である自覚はある。

 何せ昨夜は家に帰りづらいという理由で中学生の妹一人を両親が海外出張中の家に残し、女の子の家に転がり込んで泊まってしまったくらいだ。

 美九など嬉々として世話を焼いて甘やかそうとしてくるから、つい押しに負けて同じベッドで添い寝までしてしまった。

 

 仕方ない、といえば納得できるのか、いやそもそも納得する必要があるのかも分からないが。

 そう、分からない…………彼個人の本音はそんなところだった。

 

 謎のSFチックな空飛ぶ船に拉致されて一日。

 事の始まりは空間震警報が鳴っているのに妹の琴里の携帯のGPSが町中のファミレス前から動かないせいで、琴里と昼食をそこで約束していたこともありまさかとは思いながらも確認する為に皆に付き添ってもらいながらシェルターを出たところで感じた浮遊感だった。

 アブダクションされ、そこに現れた妹は態度どころか人格すら変わって現れ、見ず知らずの精霊を口説けと言い出す。

 

 正直、秘密結社がどうのと、琴里が設定に凝っただけだったならどれだけましだっただろう。

 あるいは、その精霊個人と関わりを持ち、何もなければ狂三の場合のようにその接触に乗り、妹は妹だからと言われるがままに琴里に従ったかもしれないが………士道には七罪が、美九が、夕弦と耶倶矢が居る。

 

 自分が狂三に殺されかけた後の彼女達の取り乱しよう……そして、半年は外で一人きりになれなかったほどべったりになった彼女達の心の傷を思えば、自分の身の振り方とはいえ軽々しく頷ける訳がない。

 今士道が一人で外を歩いているのだって、七罪達がまた琴里と話をしている最中であることの他に、士道が最悪天使で自衛出来るからというのが大きかった―――そうでなければ、一人になりたいと言ったって過保護気味になった彼女達がそれを許してくれた筈もない。

 

 一人になりたい、そう一人で考えたかった。

 平日は夕食前に学校から家に帰り、そこから登校まで士道が最も長く時間を過ごす場所は家であって、そこには琴里がいつもいた。

 おにーちゃんおにーちゃんと甘えてきて……あれはさて、演技だったのか。

 家族として接してきた士道をあんな目で見ながら危険な役に据えようとするのは、やはり騙されていたのだろうか。

 一方自分はそれでどうしたいのか。

 

 一人で考えても答えなど出ない、つまり分からないだけで。

 どの道士道本人に発言権が無いので、どうにもならないもので。

 

 自分の意思では何も変わらない状況に流されているだけの今に、心に溜まっていくもやもやだけでもせめて晴らしたくて、士道は一人で空を見上げた。

 

 

 太陽がちょうど雲に隠れ………水滴がその顔を打つ。

 

 

「……通り雨」

 

 それまで晴れていた天気が急に崩れたことを不思議に感じながらも、近くのゲームセンターの軒先に避難しながら肩掛けカバンの底に突っ込んでいた折り畳み傘を取り出す。

 ちょうどその隣に、今まで彼女について考えていた琴里と同じくらいの、静かな雰囲気の少女が佇んでいることに士道は気づく。

 

 ウサギの耳のような形をした飾りが特徴的なフード付きの外套に身を包んだ、儚げな顔立ちをした少女。

 それが鞄も何も持たずじっと通りを見つめているのを見て、士道はなんとなく声を掛けた。

 

「ねえ」

 

『?なんだい?』

 

「……っ?」

 

 返ってきた反応は、何故か少女が左手に付けていたウサギのパペットから。

 一瞬士道は面食らったが、それが腹話術と分かると微笑ましい気持ちになった。

 少女の唇は全く動いているようには見えないし、パペットの操り方も見事だったから、この年頃の少女がこんな凄い特技を持っていればそれは四六時中披露していたくもなるだろう、と。

 

 そんな彼女になんだか癒されながらも、士道は話を続ける。

 

「傘持ってないのか?それで帰れない、とか?大丈夫?」

 

『おおう………何か絶妙に勘違いされてる気がしなくもないよよしのん。でも確かに全部答えは“はい”だっ。あはははは、おにーさんいい人みたいだからありがとうって言っとくよ!』

 

「どうも。……そうだな、俺の傘使うか?俺はゲーセンで雨上がるまで暇つぶししててもいいからさ」

 

「、………っ!?」

 

 言いながらも士道は折り畳み傘を開き、少女にその柄を握らせてみた。

 一瞬びくりと身を震わせた少女だが、軒先に出した傘が雨粒を弾く様などを見て少し驚いたり興奮したりするので、なんだか小動物みたいで“妹”みたいで………士道も少しだけ笑顔になった。

 

『うわー、うわー、いいのこれ?すごいよあれだよ、よしのんもう返さないかもよ?』

 

「いいよ、濡れて風邪ひくなよ」

 

 うさぎパペット―――よしのん?にそう返しながらもつい癖でぽんぽんと士道は少女の頭を軽く撫でる。

 そこでさすがに初対面で慣れなれし過ぎたかな、と思った士道はそのままゲームセンター店内へと足を向ける。

 

 さて久しぶりに音ゲーでもやるかな、などと言いながら立ち去る士道の背中。

 それをじっと見送りながら少女は………その白い頬を微かに赤く染めていた。

 

 

 





 いつもより長め。
 キャラの心理描写とか思惑とかやってると切りどころ見失った………。


 そして恐らくシリアスに交渉とか議論とかしてるかもしれない琴里と七罪達を余所に蚊帳の外にされた本人である士道さんは、またもロリナンパ。
 あれ、なんかコントの匂いがしないでもない……?




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五河スピリッツ


 やー久しぶりに士道さんの黒歴史書いたぜー。




 

 モニターに目まぐるしく色とりどりの光点が流れる。

 複数の線上に引かれたそれが高速で幾つも幾つも横切り、そして左端に引かれたボーダーラインを超えずに例外なく消えていく。

 高速で刻まれるビートに合わせ、疾走する電子の音色。

 その流れを完全に掌握し、彼はインストラメントを操りきった。

 

――――PERFECT!!

 

「…………ふう」

 

 現れ踊る金文字を感慨も無く見ながら手の力を抜いてぶらぶらと振る。

 集中を解いた中、ふともともと騒がしいゲームセンターの中で人のざわめきを感じた。

 

 

――――おい、あれのextremeクリアとか初めて見たぞ。

――――しかもパーフェクトって………画面とかもうスコアってレベルじゃなかったし、何者だよ。

――――いや、あの人、まさか士道<シド>っ!!

 

「…………」

 

――――え、それって?

――――しばらく前、颶風<グフ>って女二人組と一緒にゲーセン荒らしまくった凄腕だよ!

――――ああー!ガンシュー、レース、格闘、音ゲー、それにUFOキャッチャーまでやりたい放題してたあの士道<シド>さんかよ!?

 

「……………………(汗)」

 

 

………そういえば、そんなことを一時期やっていた、気が、しないでも、ない。

 

 

 八舞姉妹の好奇心に引き摺られ、美九から給料としてそこそこ貰っている彼女らと一緒に置いてあるゲームを片っ端からランキング最上位になるまで遊び尽くしていたことがあるのだ。

 精霊の身体能力に追随する為しおりんモードというインチキの一端すら時に(オートで)発動しながら付き合っていた当時の彼の発言の一つがこちら。

 

『運動神経、反射神経というものは、要は慣れと自分の体をより俊敏・精確に動かしていくイメージをする能力だ。だから業腹ではあるが五河士織として優れた身体能力を発揮した記憶があれば、人間たるこの身であってもそれなり程度の動きを見せて何の不思議もあるまい。人間の身体能力で遊ぶことを前提としたゲーム相手ならば尚更にな』

 

 要は『女の子の姿になれるようになってから運動がもっと出来るようになりました』という見ようによってはかなり情けない黒歴史発言だが、今はそれと関連するが少し異なる黒歴史によって集団の視線を集めている。

 

 そして、士道は経験からなんとなく察していた。

 照明は大抵がゲーム機の煌びやかな光、そして閉鎖密封されたある意味異次元のこの空間では、はっちゃけた馬鹿の勝ちだと。

 ここでまともな態度を取れば寧ろ場を白けさせる空気を読めない馬鹿扱いされるのだと。

 

 故に彼は回帰する。

 指貫きグローブは持ち合わせていないけれども。

 当時必須品だった指貫きグローブは自宅の机の引き出しに厳重封印したままだけど。

 

 

「諸君、親愛なる同士諸君。久しき帰参、まずは麗しき双子の不在を詫びよう。代わりと言ってはなんだが、私と誰か楽しい楽しいゲームをしてくれる人はいないだろうか?種目の選定も任せよう」

 

 

――――パねえ、士道<シド>さん相変わらずの闇言語だぜ!

――――それよりどうする?誰か行く奴いないか?

――――そんなに凄いのか?じゃあ俺が行くぜ!

 

「ありがたいよ、ここで道化に終わっては虚しいどころの話では無いのでね。故に私の拙い全力で当たらせてもらおう。

………ああ、ハンデなど考える必要は微塵もありはしない。常に本気の勝負を私は望む。当然だ、――――遊戯<ゲーム>で本気になれない人間に他の何で本気になれようものか!!」

 

 

 

 そして、士道<シド>は、はっちゃけた。

 

 

 

 

 

 挑戦者十数人を様々なゲームで返り討ちにし、インチキ超絶技巧を見せ、ギャラリーの賛美を浴びながら若干いい気分でゲームセンターを後にする士道。

 雨雲もすっかり晴れ、外の新鮮な空気をたっぷり吸いこんでいるところに――――、

 

 

「きゃーシドさんかっこいいー」

 

 

「…………ッッッ!!!?」

 

 可愛らしい少女の声援に、愕然とした表情で振り向き、急に脇腹を押さえた。

 

「な、な……なつ、七罪………っ!!?」

 

「シドさんまじパねえっすー」

 

「ぐはっ!!」

 

 ジト目かつ平坦な声音でゲームセンターから出てきた士道を出迎えたのは、緑の長い癖毛の特徴的な精霊少女、七罪。

 そのやる気のないながら彼にとって途轍もない威力を発揮する言霊に、士道は思わず膝を突く。

 ちょうどいい位置に来た彼の額をつつきながら、七罪は溜息混じりに言葉を投げた。

 

「まったく………ひとがあなたの事でよく分かんない連中と話付けてる間に、当の本人が何やってるのよ、もう」

 

「仕方がなかったんだ……気づけば、つい………」

 

「へえ?つい、で一人称が“私”になるのねシド?いっそもうしおりんの格好で行った方がもっと盛り上がったんじゃない?」

 

「ぐっ!?ぅぉぉ…………!」

 

 七罪が追い詰める度にダメージを受ける士道。

 こういう話題になるといつものパターンなのだが、今日はちょっとだけ意地悪をする気分な七罪。

 ぐりぐりと指で軽く士道の額を押し続けながら、喋り続ける。

 

「ていうか、その無駄に深刻に恥ずかしがる?後悔する?その心理もよく分かんないんだけど、ならなんでそもそもああいう行動するの?」

 

「業を………業を持たぬものには分からない………っ」

 

「ふーん。変なの」

 

「かはっ!!?」

 

 

 

「―――――なによ。耶倶矢達とはあんな楽しそうにしてたくせに」

 

 

 

 いじめても、微妙に面白くなかった。

 そんな心理が声に出ていたが、ダメージを受けた士道の耳に届いてはいなかった。

 

 

 まあいつまでも士道を路上でへこませていても仕方ないので立たせて、七罪は美九の家への“帰路”に同道する。

 半歩ほど前に出た士道が、七罪がアスファルトに出来た水たまりを踏まないようにとコースに気を付けながら引っ張る手に従いつつ、その指と指を絡ませて歩いた。

 

「それで、案外早かったな?俺はちょっと買い物がてらここで暇つぶしして、その後みんなの晩ごはん作って待ってるつもりだったんだけど」

 

「暇つぶし………随分個性的な暇つぶしだったわね」

 

「もう勘弁してください」

 

「だめー」

 

 ぺろ、と舌を軽く出した後、おもむろに七罪は表情を疲れたそれに変えた。

 

「…………仕方ないと言えば仕方ないんだけど、話の途中で夕弦と耶倶矢がぷっつんして、祈りを込めて十字を切りそうになって、また一旦お流れに」

 

「何があった!?」

 

――――精霊の前に立たせる士道の安全は完全に保証されている。

 

 そんな旨の発言を琴里がしてしまった為狂三の事件を思い出した彼女らが多かれ少なかれ刺激されて、とてもではないが冷静な話し合いが続行できなくなったという経緯だった。

 

「まあ色々大変だったのよ。あなたがはっちゃけてる間ね」

 

「ごめん、ごめんって。本当もう許して………」

 

「どうしよっかなー」

 

 頭を下げる士道から表情が見えないように顔を背け、考えるふりをする七罪。

 ちゃっかり手は握ったまま離していないが、士道がその意味に気を回している様子は無かった。

 

 琴里と交渉している間士道が遊んでいたことを怒っては、実はまったくなかったりする。

 士道も妹の事で複雑な心境で、精霊の問題だって覚悟していたとはいえ実際に直面して、その上で事態の中心なのに蚊帳の外で宙ぶらりんの立場なのだ…………発散したくもなるだろうし、多少の暴走もあるだろう。

 何より美九は当然としても、七罪も耶倶矢も夕弦も全員士道には激甘なのだから。

 

 ただ、怒るのと拗ねるのとは別な話で。

 拗ねると士道はたくさん困って、いっぱい七罪のことを考えてくれる。

 世話好きの士道は案外それで満たされることもあるから、これは需要と供給の一致であると、七罪はいつものように自己正当化した。

 

「みんなにチクっちゃおうかなー士道<シド>さんが遊んでたって。士道どうなるかなー、今晩寝られるかなー?」

 

「七罪さん!?どうかそれだけはやめて!」

 

「………ふふっ」

 

 腹に色々なものを抱えていそうな妹(仮)とのやり取りでささくれた神経も癒されていく。

 きゅっと繋いだ指にほんの少しだけ七罪は力を込めた。

 返ってきた士道の肌の柔らかさと温かさを再認識し、そうして“守るべきもの”をしっかりと確かめていた。

 

 

 

――――士道が精霊に命がけで対話することで、世界が救われる?

――――高説結構、だが知らぬ。

――――慈善事業なら余所でやれ、愛し君を失う事態こそが最もあってはならないことだ。

――――所詮我らは悪逆の災厄、士道を犠牲にしなければ滅ぶ世界ならば我らこそがその破壊者ともなろう。

 

 愛しい人には見せられない彼女達の形振り構わない本音はそれで、一度士道を失ったと思った時の嘆きと絶望を思えばそれは開き直りではなく恐怖でもあった。

 時崎狂三の事件の際に痛感したことだ、人は容易く死ぬ、精霊の気まぐれで。

 いや…………たとえ害意がなくとも、普段七罪達が細心の注意を払っている力加減を間違えるだけでも、精霊の身体能力は容易く人を傷つける。

 それを思えば、士道を見ず知らずの精霊と接触させることを呑める筈などないのだ。

 

 

 だが、七罪達はまだ知らない。

 

 

 つい一時間程前、士道が声を掛け縁を結んだ少女が一体何者なのかを。

 

 

 

 

 

「……………ふう」

 

「お疲れ、琴里」

 

 五河家、そのリビングのソファに沈み込みながら琴里は深い深い溜息を吐いた。

 活発さの欠片も思わせない疲れ切った様子の彼女が、目の下の隈や気だるげな無表情など別の意味で活発さを持たない女性解析官の部下、村雨令音にねぎらいの言葉を掛けられる。

 だが、それに応える気力も無かった。

 

 正直、髪を二つに括ったリボンも外して楽になりたいところだったが、そうもいかない。

 黒いリボンは“強い琴里”の証…………そのように自己暗示を掛けている道具だ。

 豹変しているように見えてもそれを外せば甘えん坊の泣き虫の琴里に戻ってしまって、今の心境では泣き喚き散らし、“最悪の事態”になる可能性もあるのだから。

 

 そしてもちろん、“強がり”は強がりであって、今の琴里も辛くない訳がない。

 

――――おにーちゃんが、帰ってこない。ただいまを言ってくれない。

 

 用事があるのではなく、“帰りたくない”と思われているから。

 付けざるを得ない―――無論、周囲の精霊達に気取られない範囲で―――監視によれば、士道は今〈ディーヴァ〉誘宵美九の家に転がり込んでいて、そして、それは彼の自発的な意思であるらしい。

 

 両親もいない、一人の五河家は広過ぎて、物寂しさに包まれている。

 付き添ってくれる令音の存在が、本気で有難かった。

 

 

――――私は、何を間違えた?

 

 

「琴里、今日の会合の資料と分析結果だ」

 

「………ん」

 

 精霊との交渉も上手くいかず、二日目の進展に至っては無いも同然と会話記録を再確認しては自嘲する。

 会話の中から得られた情報と〈ベルセルク〉達を士道の封印が緩む程に激怒させたことを秤に掛ければ、寧ろ成果としてはマイナスとも言えただろう。

 

 この状態では、発言権を取り上げられている士道の言葉を聴く見通しすら立っていない。

 

 

…………仕方のないことではあったのだが。

 

 なぜなら、七罪達は自分達の本音が士道の身の安全こそを案じているのだというのを誤魔化し、あくまで嫉妬心からのものだという姿勢をブラフとして話を展開しているのだから。

 今回夕弦と耶倶矢が暴発したことでヒントを与えはしたものの、“〈ナイトメア〉時崎狂三の一件に五河士道がどう関わったか”というカードを手の内に温存していて、切るつもりが欠片もない以上、琴里達が彼女らの真意に正確に辿り着ける可能性は限りなく低い。

 

 一方だけが立場をほぼ全開にしてしまった交渉は、下手をしなくとも練習中のボクサーとサンドバックの構図だ。

 

 

「琴里、大丈夫かい」

 

 それでも。

 

「――――大丈夫よ。もともと精霊にこちらを信用させるのも含めて士道一人に丸投げする予定だったんだから。その役目がこちらに回ってきた程度で、投げ出せる筈がないでしょう」

 

 そう言って、“強がる”ことしか、琴里には許されていなかった。

 

 

 

 

 

 そんな葛藤を余所に、とある場所、あるいはどこでもない場所。

 

「ねえ、よしのん」

 

『なんだい、四糸乃?』

 

「あのお兄さん……それに、この傘」

 

『ん?うんん?…………あれあれ、四糸乃、まさかとは思ったけどもしかしてもしかしなくてもっ?』

 

「~~~~っ」

 

『そっかそっかぁ。もちよしのんは応援するよ!』

 

「あ、ありがと、よしのん………それで、どうすればいいか、分からなくて」

 

『うんうん、四糸乃の初めての恋だもんね!協力もする、ん、だけど………』

 

「?」

 

『お兄さん………ああ、名前も訊かないと。四糸乃にメロメロきゅーにするには、四糸乃が自分で話しかけるしかないかな、って。大丈夫?』

 

「………がんばる」

 

『おー、その意気だっ』

 

 そんなやり取り。

 

 

 

 





 中二病黒歴史要素、いちゃらぶ要素、シリアス要素、やや鬱要素、そして癒し要素。
 この中に当初入れる予定の無かった要素が一つあります。


……………七罪、お願いだから士道さんといちゃついて他の子の出番食う癖そろそろやめてね!!()




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五河アミューズメント


女子高生探偵オリガミという単語が何故か思いついた。

………病気はしないよ?


 

 設備の真新しいものが多い来禅高校。

 その電子スピーカーが、しかし昔ながらの鐘の音を鳴らして放課を告げる。

 部活に委員会に遊びに居残りに、青春を謳歌する生徒達が一部を除いて素早く席を後にしていく中、夕弦もまた隣席の士道に声を掛けつつ立ち上がった。

 

「出立。士道、ではいってきます」

 

「…………ああ。その、なんだ……いってらっしゃい」

 

 今日も、夕弦は―――皆は、琴里と話に行く。

 士道の為に、士道の妹と、敵対的な立場に立ちながら。

 

 労いや感謝、励ましの言葉を贈るのも違う気がして、一瞬何を言おうか迷って詰まりながら、士道はそれを見送った。

 

 そんな士道に、背後から声が掛けられる。

 

「五河士道」

 

「………えっと、鳶一?」

 

 士道にとって夕弦の逆隣、まだ新学期始まって自己紹介を交わした程度の付き合いのクラスメートだった。

 鳶一折紙、涼しげな整った容貌とショートヘアがクールな雰囲気にマッチしている、もの静かな少女というのが印象。

 

「元気がない」

 

「え……あ、俺?」

 

 こくり。

 そう頷かれても、一瞬意味が繋がらなかった。

 だが折紙は眉をひそめ、士道の顔を覗くようにその美貌を近づける。

 

 驚いて咄嗟に足を引いた士道のリアクションに、思うところはあったのかもよく分からない無表情は、崩れる気配が欠片も無かったが―――、

 

「だいじょうぶ?」

 

「……心配してくれるんだな。ありがとう」

 

 ふるふる。

 首を振る彼女は、思っていたよりも心優しい少女のようだった。

 寧ろ熱心なまでに身を乗り出して、無理に士道に構おうという気概すら感じられるような風だった……たぶん気のせい、だとは思うが。

 

「何かあった?私でよければ、なんでも相談に乗る」

 

「いいのか?なんていうか、その」

 

「構わない。話しづらいことなら、話せる範囲だけでも」

 

「………優しいんだな」

 

「っ!」

 

 くるり。

 何故か士道のその言葉にぴくりと指を震わせたかと思うと、その場で一回転する彼女。

 

…………ミステリアスということで、気にしないことにした。

 

それはともかくとしても、士道も自分の抱えた問題を誰かに相談するのは悪くないと思われた。

もちろん精霊のことは伏せるけれども、周囲の当事者達では無い誰かの声が聴ければ有難いと、士道は折紙の好意に甘えることにする。

 

 ただ、精霊関連を伏せるとなると――――、

 

 

「家庭の事情っていうか…………妹がなんか急にグレて怪しいバイト紹介してきたんだけど」

 

 

 一言で終わる上に、酷いまとめだった。

 いや、ギリギリ嘘は言っていないが。

 

 ただ、そんな微妙な相談にも真摯な雰囲気―――寧ろ真剣な、と言っていいかもしれない様子で、折紙は乗ってくれる。

 

「……そのアルバイトの詳細を訊いても?」

 

「あー………なんて言えばいいんだろう。やむにやまれぬ事情だけど他人に迷惑掛けてる不良の女の子を口説き落として更生させる、みたいな――――うわ改めて言葉にすると本気で胡散臭え」

 

「―――ッ!!繋がった………!?」

 

「え?今なんて」

 

「…………なんでもない。それで、八舞夕弦達はそれに強硬に反対している?」

 

「ああ、うん。そうだけど、なんで……?」

 

「確認。分かった、“大体把握した”」

 

 会話の流れから、鳶一がなんか推理小説の探偵みたいだ、と士道はなんとなく感じた。

 折紙もミステリアスなクールビューティだし、頭も良さそうだし。

 

 なんて馬鹿な考えを、士道は頭から追い払う。

 相談に乗ってもらっているのに、何を失礼なことを考えてるのやら。

 

 そんな士道に、折紙は少し硬くなった気のする口調で自分の考えを告げた。

 

「私としては、そのようなアルバイトは絶対に推奨しない、という点で八舞夕弦達に同意見。ただ、あなたはあなたの妹の思惑を理解している?」

 

「……………琴里、か。分からない、分からないんだ。あいつが俺をどうしたいのか」

 

「なら、まずは妹のこととアルバイトのことを分けて、そこから始めればいい、と思う。グレた、と言うのならまず真っ先に更生すべきはどう考えてもそちら」

 

「確かに、そうだな………」

 

「少なくとも家族と分かり合うことは、その努力だけでも必要なことだと思う……きっと」

 

「…………」

 

 その言葉に、何を返すべきだったのか。

 今の士道には見つけられなくて、続けることはなく。

 士道は自らの鞄を掴んで、席を立った。

 

「ありがとうな、鳶一。相談に乗ってくれて、なんかお礼に――――、」

 

「いい。参考になれた?」

 

「ああ。色々、もうちょっと考えてみる。じゃあな、鳶一」

 

 そうして教室を出る士道の背中を見送りながら、折紙はとても静かに呟いた。

 

 

「確証はない。正確な詳細も不明のただの仮説。それだけで、報告しない理由には十分。でも、“他人に迷惑掛けてる不良”?そんな例えを出来る時点で。

――――あなたの精霊に対する認識は、緩すぎる」

 

 

 訓練で少し硬くなった掌を胸元できゅっと握りしめ、陸自対精霊部隊所属・鳶一折紙一曹は一度だけ深く息を吐いた。

 

 

 

 

 

 ちょうど昨日と同じ時間帯だった。

 

 折紙が親身になって相談に乗ってくれたおかげで、少しだけ道筋が見えたような気がして。

 だが、士道が事態の中心なのに蚊帳の外というのは変わらない事実でもあった。

 

 迂闊に琴里と話して、その内容が言質にされてはたまらないから。

 つまり士道の発言が封じられているのは、七罪達が〈ラタトスク〉とやらと交渉しているのも含め、全て士道を守るためだ。

 士道からそれを崩してしまうのは賢い話とは言えないし、それで彼女達を泣かせるような結果になれば悔やんでも悔やみ切れない。

 

 折紙にも事情を伏せたままではそこまで踏み込んで相談する訳にもいかなかったので――――、

 

(いや。言い訳なのかな、全部)

 

 自分の掌に視線を落とす。

 ほんの少しだけぴくぴくと痙攣のような震えを見せ、落ち着きもなかった。

 

 そんな彼を笑うように、その掌に滴が落ちる。

 ふと見上げた空にはいつの間にか灰色の雨雲が立ち込め、すぐにざあざあとアスファルトを激しく叩くシャワーを降らせてきた。

 

「今日も、雨か」

 

 やはり昨日と同じように、昨日と同じゲームセンターの軒先を借りて雨宿りする。

 昨日と違ったのは、少女に貸した為に折り畳み傘を持ち合わせていなかったこと。

 だが、そんな士道に横合いから差し出されたのは……確かに昨日貸した傘だった。

 

「あ、あの…………あり…と、ござぃ、ました……」

 

「え?」

 

 視線をずらすと、あの女の子がおどおどと不器用に畳まれた傘を差しだしながら見上げている。

 特徴的な外套の装いも昨日と同じで、やはりその左手にはうさぎのパペットがはめられていた。

 だが、昨日は終始パペットで受け答えしていたので、士道はその子が直接喋るのを初めて聴く。

 ただ、今はそれよりも―――、

 

「傘、返しに来てくれたんだ」

 

「それは、その…………はい」

 

 昨日通り雨で偶々このゲームセンターに入って、今日も通り雨で同じようにここに雨宿りした。

 縁とは不思議なものだが、この女の子が自分を探してうろうろするようなことがなかったのはよかったと士道は思った。

 

「…………」

 

「……えっと」

 

 士道は傘を受け取ったが、少女はまだ見上げて来た姿勢のまま口を僅かにもごもごと動かしていた。

 何か言いたいことがあるのか、待とうか言いやすいように水を向けるか検討したところで、

 

『四糸乃、きつい?よしのんからいっちゃう?』

 

「だいじょうぶ。すー、はー、…………あの、おにゃまっ!!?~~~~~っ」

 

「………っ!?お、おい?」

 

 腹話術でパペットと、それにしても奇妙なやり取り。

 深呼吸、何故かパペットも合わせて口を開閉。

 そして、奇妙な単語を叫んだと思うと顔を真っ赤にしてフードを深く被り直しながら俯いた。

 

 代わりについ、と摺り寄るような動きでパペットが近づいてきて、本人の恥ずかしそうな様子とまるで関係ないような陽気な声を掛けてきた。

 

『やっはー、失礼失礼、四糸乃ってばちょっとばかり恥ずかしがりだから。でもこれでもー、かなり頑張ったんだよ?惜しかったー。でね、でね、あなたのお名前なんですかーっ?』

 

「おう……?俺は五河士道。よろしく、四糸乃によしのん…………でいいのか?」

 

『ぴんぽんぴんぽーん!!士道くんかー、是非とも今後ともごひいきに!』

 

 こくこくこくこく。

 四糸乃の方は無言でただ首を上下に振っている。

 なんていうか、やけに無言のジェスチャーに縁がある日だなと士道は感じた。

 

 と、そこで士道は四糸乃が昨日同様衣服以外は身軽なことに気づく。

 

「あれ?俺に傘返したら、四糸乃は帰りどうするんだ?もしかして――――」

 

『お?おお?よしのん達もしかしてドジっ子疑惑掛けられてたりする!?これは是非とも不名誉を晴らさねば!』

 

「だ、大丈夫、です…………でも、昨日の傘は、その、嬉しかった………です」

 

「そうなのか……?」

 

 士道の学生服の裾を掴んで、視線を合わせられないながらもたどたどしく言う四糸乃の姿にとりあえず納得する。

 

「そ、れで、その…………」

 

「?」

 

「………、……………っ」

 

 そろそろ彼女の沈黙にも慣れてきた士道、ふとよしのんを見ると短い腕を交互に閉じて開いてしていた。

 ふれーふれーと応援しているつもりなのだろうか。

 

「~~~~、ぅ…………」

 

 なんというか見ていて楽しいというか微笑ましいというか、そんな一人と一体なのだが、そろそろ四糸乃が限界のようだった。

 とりあえず膝をついて四糸乃と視線の高さを合わせてみるが、特に効果はなさそうだ。

 何かを言いたくて言いづらいのなら、打ち解けて緊張を解くのがいいだろうか。

 

「四糸乃。せっかくゲーセンにいるんだから、なんか遊んでいくか?」

 

「………っ!」

 

 そう考えてした提案に、四糸乃はばっ、と顔を近づけ、一生懸命首を縦に振って了承を示した。

 すぐに近づきすぎた距離に恥ずかしがって顔を真っ赤にしながら飛び退いたが。

 

 

 

 

 

「四糸乃は何かしたいのあるか?」

 

 士道は両替機に千円札を突っ込み、そのじゃらじゃらと銀色の百円玉が取り出し口に吐きだされる様子を感心するように見ていた四糸乃に尋ねた。

 

 四糸乃は大人しい子だし激しいゲームやスポーツ系は無いだろうか…………というか昨日の今日でその辺りのコーナーに行ったらまた士道<シド>さんにならなければならないかもしれないので自分としてもアウト。

 となるとパズル………は、好みが合わない可能性もあるし、メダルゲーやプリクラはなんか違う。

 意外に選択肢は少ないことに気づいた。

 

(UFOキャッチャー、かな?)

 

 店内をきょろきょろして、希望というよりもそもそもどんなゲームがあるのかよく分かっていない様子の四糸乃に、割と箱入りだったりするのだろうかと考えながら、士道はバラの山積みされた菓子を掬い取る筐体のところまで四糸乃を連れていく。

 

「なんか、いっぱい、それにくるくる…………」

 

『士道くん士道くん、これなにー?』

 

「これは………って、説明より見せた方が早いな」

 

 百円を入れて、プレイ開始。

 やることは単純、二つのボタンを押してクレーンの微調整を行うだけ。

 自動で降りていくクレーンが下に転がっている菓子のいくらかを掬い取って、持ち上げ、移動した後筐体の外に繋がっている景品出口に落とす。

 

「わぁー…………」

 

 取れたのはマシュマロと飴玉が数個といったところ。

 感心した様子の四糸乃には悪いが店で買った方が普通に安い………が、あくまでゲームと割り切ればそういうものとして考えるくらいで丁度いいだろう。

 

「食べるか?」

 

「え、ぇ、でも………」

 

「いや、これくらいで遠慮すんなって」

 

 躊躇う四糸乃に強引に握らせ、ようとして………四糸乃の左手はパペットで塞がっていることに気付いた。

 

「ちょっと右手出して?」

 

「ひゃぃ………っ!?」

 

 ビニールの包みを剥がし、マシュマロを四糸乃の掌の上に乗せる。

 いきなりの柔らかい感触に混乱しておどおどした様子の四糸乃としばらくじーっ、と目を合わせていると、おもむろに四糸乃はマシュマロを口に含んだ。

 

 ぴくり。

 ぱんぱん。

 

 なんだか興奮した様子で士道の体をはたいてくる四糸乃。

 地味に力が強いのかちょっと痛かったが、そこは顔に出さないのがプライド。

 

「あ、ごめんなさ…………!」

 

「いいよ。おいしかったんなら何よりだ。四糸乃もやってみるか?」

 

「っ!」

 

『いいのー?よしのんも一緒にやる!いいよね、士道くん?』

 

 頷いて士道が百円を筐体に入れると、何やら打ち合わせをした四糸乃が左手のよしのんで一つ目のボタンを、右手で二つ目のボタンを押すことにしたらしい。

 

 まあ、この手のは逆にやって取らない方が難しい仕様だ。

 四糸乃もいくらかの菓子を掬ってよしのんと嬉しそうにしていた。

 そして、その中からキャラメルを一つ、士道に差し出してくる。

 

「あの、これ……」

 

『よしのん達の戦果さ!』

 

「はは。ありがとう」

 

 割と久しぶりに口に含んだキャラメル。

 その甘ったるいくらいの甘さが、無性に心に染みた。

 

 

 

 

 

「それでさ。なんか言いたいことあったんだろ?一体何だったんだ?」

 

 あれから数回同じクレーンゲームで遊んで、ちょっとずつ他のクレーンゲームを冷やかし、よしのんの合いの手も入りながら打ち解けたと思ったあたりで、士道は四糸乃にそう尋ねた。

 だが、四糸乃はゆっくりと首を振る。

 

「いい、です………言わなかった、言えなかったのに……士道さんは叶えてくれました」

 

「え?」

 

「弱くて、臆病で、緊張してまともに喋れないどう考えても変な女の子なのに、士道さんは優しかったです…………勇気を出して、話してよかった。ありがとうございました」

 

 ぺこりと頭を下げる四糸乃のジェスチャーに、士道は心を暖かいものが満たしていくのを感じた。

 だから、穏やかな声で士道は四糸乃の言葉を否定する。

 

「そんなこと、ないよ」

 

 四糸乃の左手のパペット、よしのん。

 それが単なる腹話術というだけでないことはなんとなく今までのやり取りで察することが出来た。

 小さな女の子が自分のテディベアをくまさんと呼ばずにぬいぐるみと呼ばれると怒りだすようなものとは、次元が違うレベルの何かがある。

 

…………もしかしたら、よしのんを介さないと本来まともに人と話せない、くらいの何かが。

 

 だとしたら、恐怖や躊躇を抱えながら士道に話しかけ、逃げだすつもりなど欠片も見えなかった四糸乃は、そう。

 

「今日四糸乃は頑張ってた。会ってすぐの俺にも分かるくらい、たくさん頑張ってた」

 

「え……っ」

 

 

 

「だから分かるよ。四糸乃は強くて、勇敢で、可愛らしくてどう考えても素敵な女の子だ」

 

 

 

「―――――――――――――」

 

 そう言って頭を撫でた士道に、四糸乃は一瞬言葉を忘れたようになった。

 いや、全てを忘れたような、どれだけ慌てたり恥ずかしがっても欠かさなかったよしのんを操ることさえもせずに、動きを止めた。

 

 そんな四糸乃の頭をもう二度三度ぽんぽんと撫ぜると、士道は暇を告げる。

 

「――――俺も、四糸乃と話せてよかった。おかげで“やること”思い出した、思い出せたから。だから、今日はありがとう」

 

「……………。あ、はいっ!」

 

「それじゃ、“また”な」

 

「!“また”です、士道さん!!」

 

『まったねー、士道くーん!!』

 

 別れを告げる士道に、はっと取り戻して上気した頬を見せながら、四糸乃は彼を見送る。

 よしのんはいっぱいに両腕を上下に振り、そして四糸乃は、とても嬉しそうな笑顔を、その再会を約束する言葉に込めたのだった―――――――。

 

 

 

 

 

――――らしくなかった。

 

「本当、らしくないよな、五河士道………!!」

 

 事情がどんなに突飛で。

 様々な想いがそこにあって。

 複雑に絡んだ現実のしがらみに翻弄されたとして。

 

「うじうじうだうだと、本当らしくなかった!」

 

 降り続く雨の中を、四糸乃に返された傘を差しながら士道は家路を歩く。

 

 “五河”家に向かって。

 

 四糸乃の頑張る姿が、一生懸命な姿が思い出させてくれた。

 

 正しいと思ったこと、したいと願ったこと。

 こうあって欲しいと望んだもの。

 

 それがあるのなら、ただ突っ走る。

 

 

 自分でも馬鹿だと思って、冷静になってから後悔に頭を悩ませても治らない、そんな性分こそが五河士道だ。

 

 

「家に、帰る。昨日と一昨日の分まで、ごちそう作って琴里を待ってる」

 

 そして、話をしよう。

 

 琴里は妹だから、“妹だと思っていたいから”。

 

 それが無茶で無思慮だとしても最善を足掻く。

 考えるのは足掻き切ってから。

 

 七罪達の気遣いを無駄にして、迷惑を掛けるかもしれない。

 でも、絶対に二度と泣かせない。

 その上で自分のやることを確かめる―――――そこまでやって、きっと最善だ。

 

 

 そんな風に決意を固める士道に…………街の悲鳴が、聴こえた。

 

 

「空間震警報!?精霊が……っ?」

 

 邪魔するように――――いや、逆に背中を押されているのだと思い直した。

 

 士道は携帯電話を取り出すと、震える指でアドレス帳を呼び出した。

 コール音はすぐに鳴りやむ。

 聴こえたのは―――――毎朝毎晩聴いてきた、少し高い女の子の声。

 呼び方は今まで聴いた事のなかった呼び捨てで、“おにーちゃん”では、なかったけれども。

 

『………士道?』

 

「琴里。今どこにいる?」

 

『〈フラクシナス〉の中。彼女達も一緒よ』

 

「そうか。なあ琴里、俺もそこに一昨日みたいに呼べるか?」

 

『え?何を………っ!?』

 

 

 

「話がしたい。お前と、面と向かって」

 

 

 

 あるいはそれが、最後の。

 恐怖に竦み、ちりちりする瞼を押さえながら、士道はそう言った。

 

 

 

 





 中二病(聖人)、微復活。

 なんだか士道さんらしくなくぐだぐだとしてましたが、狂三の事件を始めとする色々複雑な事情に加え、とある最大の要素があったりするので、次回で触れます。



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五河ブラザー


 書いてて思った。
 相州戦真館のじゅすへるにことりん煽らせたらどうなる…………!()



 

 浮遊感の後、広がっていたのは見覚えのあるSFチックな部屋の風景。

 そして、待っていたのは琴里と精霊の少女達。

 

 すぐに琴里の案内で廊下を渡って会議室のような部屋へと通されたが、その間に士道が皆にアイコンタクトを送ると、七罪と美九が苦笑を返し、夕弦と耶倶矢が拗ねたようにぷいと顔を逸らした。

 琴里と具体的にどんなやり取りをしていたかは知らないが、士道がここに来た時点で四人の苦労の半分ほどは無駄にしてしまっただろう。

 その謝意を視線に込めたが、そのリアクションが伝える内容も分かり易い程に伝わってきてしまった。

 

――――どうせまたいつもの馬鹿やるんでしょ。

――――投遣。好きにすればいいんです。

――――ふんだ。

――――あはは……まぁ、だーりんのしたいようにどうぞー。

 

 申し訳ない………この一件が落ち着いたら埋め合わせは多分凄いことになるだろうと予想できる。

 だが、今は。

 

「…………」

 

 縦長の長方形のデスクに、横向きに精霊達が並び、そしてそれを挟む形で士道と琴里は向かい合っていた。

 椅子は当然用意されていて着席を促されたが、そう時間が掛かる類の要件でもないので立ったままデスクの向こうの彼女と対峙する。

 やや開いた距離が微妙に意識させられるような兄妹の間隔だったが、相手の顔を見られなくなるほど士道は視力に不自由していない。

 

「それで。話って何かしら、士道」

 

 やはり、見えてしまう。

 分かってしまう。

 

 士道に向けられる、琴里の測りかねると言わんばかりの眼。

 彼は何を言い出すつもりなのか、考えられる候補は、自分はそれにどう返すのが“有益”か。

 周囲の精霊は、だが士道が自分から話の場に出てきたこの好機、“目的”をどうにかして果たせないものか。

 

 そういう士道についての“計算”が今琴里の脳内をめぐっているのはなんとなく分かってしまう。

 長年一緒にいた妹だから分かるのではない、本人と向かいあいながら注意力のいくらかをどこかに飛ばし何かを考えるように少しずつ俯いたり瞬きを繰り返していれば――――それが例え赤の他人でも分かることだ。

 

 

 それが、たまらなく嫌だった。

 他でもない琴里に、そんな打算を含んで何かの目的を持ってその為の手段として見てくるその視線に、恐怖を覚えていたと言ってもいい。

 

 だってそれは、どう考えても“家族”に向ける視線じゃない。

 

 

 目的の善悪など問題にもならない。

 大義だの正義だの好きに言えばいいが、それらは感情とは別に処理する問題であって、付随する思惑は心にダイレクトに響いてしまう。

 

 

 

 もともと五河士道と五河琴里は血が繋がっていないのだから、尚更に。

 

 

 

 士道は、捨て子だった。

 幼い頃の話で父も知らず、母に捨てられ、ただ自分を否定されて絶望していた記憶だけがおぼろげにあるのみだ。

 引き取られた五河家が暖かい家庭だったから、血が繋がらなくても受け入れてくれたから、その絆を土台としてなんとかここまで育ってきた。

 ここにいてもいい、生きていてもいいのだと思えたのだ。

 

 琴里のことだってそう、中学生にもなってお化けを怖がり、飴を手放せず、からかい過ぎると泣き出してしまう、そんな妹がおにーちゃんと呼んで一心に慕ってくれる、頼ってくれる、そのことに逆に士道がどれだけ救われていたか。

 

 それが、今までのそれが演技でしたと言わんばかりの振る舞いで、高圧的な態度で、いきなり見ず知らずの精霊と命懸けで対話してこいと言い出す、それをさせる為に値踏みするような眼で――――今だって、“交渉”してきているのだ。

 

 血が繋がらない者同士を家族として繋げるのは、互いが家族であるという認識だ。

 だが士道は、琴里の中にその認識を見失いそうだった。

 

 

 絆が否定される…………五河士道という人間の土台が崩れるような錯覚を、恐怖以外の何と呼べばいい?

 

 

 だから士道は、逃げたのかもしれなかった。

 自分の発言が封じられるという話の流れを言い訳にして、それ以上琴里の前に立つ勇気が無かったから、家にも帰れなかった。

 琴里が実は自分のことを家族だと思っていなかったとしたら――――それを確定させることが怖くて、逃げた。

 

 正直今だって、怖い。

 机の下に隠れた手は、琴里と向き合ってからずっと震えている。

 だが、確かめなければ前には進めないから。

 

 

 だからこれは、必要な“賭け”だった。

 

 

「なあ琴里、俺考えたよ。精霊のこととか、空間震のこととか、俺の意味の分からない能力とか」

 

「………そう。それで?」

 

「うん――――――――かなりどうでもいい」

 

「っ!?」

 

 士道もコンビニでたまに釣銭を募金箱に入れる程度には善良な一般市民で、世界平和を願わないでもないが、その祈りは赤の他人の為に七罪や美九や八舞姉妹の幸せを投げ出すようなものではない。

 精霊を封印する能力に至っては、考えても仕方ないと割り切ってすらいる。

 

 そんな士道に、いちいち精霊が現れる度にそれらと接触しキスしていく個人的事情などありはしない。

 

「どうでもいいんだ――――けど、な」

 

 これは確かめる為の“賭け”。

 赤の他人か、それとも家族か。

 

 

 

「琴里。俺はお前のお兄ちゃんだ。今、“少なくとも俺は”そのつもりだ。

―――――だから、一つ、たった一つだけ妹の我がままを聞いてやる。なんでも言ってみろ!!」

 

 

 

 そう、精霊がどうだのは自分はどうでもいいと言った。

 だから、これは兄が妹の我儘を聞くだけの話。

 

 にも関わらず、もしまだ琴里が打算や建前を語りながら“要求”を突きつけるなら―――――その時は、自分は彼女の兄にはなれなかったということなのだろう。

 家族ではなかった………そうだとしても、例えば自分の能力が最初から目的だったみたいな漫画みたいなオチだったとしても、どのみちそれを聞くだろうから。

 

 例え過ごした時間が嘘だったとしても、感じた幸せ、絶望から救われたことまでは嘘にしたくない。

 だからせめての恩返しとして、一つだけならなんでも言うことを聞いても構わないということにした。

 

 たった一つだけ。

 そう、あるいはそれが琴里の我儘を聞く最後の一回になるのかもしれないと、そんな惧れに震える手を士道は琴里に、差し出した。

 

 

 

 

 

「士道っ!?」

 

「みんな、ごめん………っ、でも俺は!」

 

 なんでも言うことを一つだけ聞く。

 それは琴里に、〈ラタトスク〉にとって酷く好都合な提案の筈だった。

 

 だが、突然のこと過ぎて素直に受け入れられない。

 精霊達の反応からして、なんらかのブラフなどではないようだし、あるいはおにーちゃんありがとうとその手を取ればいいのだろうかとも考えてしまう。

 

 ダメだ。

 そう、士道の手を取ってはいけない。

 琴里は知らず突きつけられていた――――ここで士道の手を取れば、一度きりの便利な“駒”を手に入れる代わりに兄を失うという最後の選択肢を。

 

 これまでの精霊の強硬な態度による困難な状況からの変化に戸惑う、そんな場面だからこそ琴里は即答を避けているが………〈ラタトスク〉司令としては喜んで士道にではと協力を要請する場面だ。

 それでもその理屈だけでは覆し切れぬ違和感がそこにあり、琴里は“測りかねて”士道に視線を向けながらも脳内で目まぐるしく考えを巡らせていた。

 

 実は裏がある可能性、嘘、交渉で散々粘ってからの大き過ぎる譲歩により、なんらかの要求があるのではないか、状況の変化、なんらかの第三者の介入、あるいは罠、士道に何か思惑が、あるいは単純に士道が正常な判断能力を失っている、可能性だって、わず、かに…………、……………?

 

「…………」

 

(……………………おにー、ちゃん?)

 

 思考の切れ間、ちょうど士道個人について考えた後の僅かな時間。

 視線を向けてはいても本当に“見て”はいなかった彼の様子。

 琴里が考えを――――“計算”を繰り返せば繰り返すほど、士道の顔が僅かずつ歪んでいくことに、ここで初めて気がついた。

 

 まるで何かに裏切られた表情、何かに“見捨てられたような”、縋りながらも希望を諦めた、そんな表情。

 見覚えがあった。

 うっすらと覚えている、士道が五河家に来た時の、母に捨てられて世界の全てから否定されたような悲痛な子供の貌が仄かにちらつく。

 

――――どうして、士道がそんな顔をするのか。

 

 精霊達と仲が良すぎるくらいで、互いに信頼しあっているのはすぐに分かる程だった。

 彼女達が士道にどれほど執心しているのかも、この三日で十分伝わってきている。

 

 それが、何故誰かに裏切られた顔、誰かに見捨てられたような顔をしなければならないのかと苛立ち混じりに考えた。

 自分は、そのせいで大変な思いをしているのに――――、

 

「…………、え?」

 

 自分。

 精霊達でないなら、その対象は。

 

 

 五河琴里しか、あり得ない。

 

 

――――精霊のこととか、空間震のこととか、俺の意味の分からない能力とか、どうでもいい

――――俺はお前のお兄ちゃんだ。今、“少なくとも俺は”そのつもりだ

 

 先ほど聞いたばかりの士道の言葉が蘇る。

 それについて深く考えた時――――――琴里の中にあった、いつだって自分に優しくしてくれるという士道に対する無条件の信頼<甘え>に、罅が入った。

 

 そして、その甘えによって自分がどういう“計算”をしてきたか、振り返ってしまった。

 

…………他人の絶望に敏感なおにーちゃんは、精霊のことを知れば向かって行ってくれる。

…………態度を変えて接しても、おにーちゃんなら優しいから受け入れてくれる。

…………もしものことがあっても、五河士道は一度くらい死んでも蘇る。

 

 そう無自覚に甘え、兄に何も知らせないまま………命の危険のあることを無条件にやってくれると。

 

 そして、それが現実に上手く行かなかった時。

 つまり今、琴里は断言できるだろうか。

 

 

 思い通りに動かなかった士道に全く腹が立ってなどいない、などと。

 

 

「……………ち、ちが、う」

 

 全くもって酷い話だ。

 よりにもよって自分の兄を目的の為に利用し、当人の意思も確認せずに命を懸けさせる算段を立て。

 それが拒否された時、思い通りにならなかった兄に怒りを覚える。

 

――――ねえ、わたし。

 

「違う………わ、たしは……!」

 

 

 少女が、泣いていた。

 真っ赤な炎の中、白いリボンの少女が泣きながら、力無い声で語りかけてくる。

 

 

――――そういうのなんて言うのか、知ってるよ。

 

「私は、そんなの、そんなつもり………違うッ!!」

 

「……………琴里?」

 

 変調を来たした琴里に気遣わしげに声を掛けた士道さえも、刺激だった。

 だって、彼はそうやって傷つけた、誰より大事だったはずなのに、いつの間にか――――。

 

――――おにーちゃんに、ひどいことしちゃったんだ。

 

「いや、いや、やめて、違うのッ!?」

 

 手を振り回しても、幻は消えない。

 “はじまりの日”の少女、強くなると誓った日の子供が語り掛けるのを、遮ることもできない。

 

――――そういうのって、

 

 お前が強くなるのは、兄を何の躊躇いもなく傷つけられるようになる為だったのか、と。

 

「違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うっっっ!!!!」

 

 

 

――――――にんげんのくずって、いうんだよね?

 

 

 

「……………、…………………………、………………ちがう。ちが、…………。―――――――――――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!!!」

 

 

 

 椅子を勢いよく蹴り倒し、何かから逃げるように後退り。

 琴里は狂乱の叫びを上げながら首を左右に激しく振り続ける。

 髪を振り乱し、リボンが落ちて解けるのも構わず、何かを拒否し、否定し、だがどうにもならずに虚しく激しくもがく。

 

 自分を否定したのは自分だから、どれだけ言い訳しても、逃げても、無為でしかない。

 

 非生産的な肉体行動が続き、精神に負荷が掛かる時―――――やがて向かうのは自傷だ。

 そして、琴里の自傷は“普通”ありえない光景を生む。

 

…………炎。

 

 指を鉤爪のように曲げ、がりがりと頭を掻き傷つけられた場所からちろちろと炎が噴き出す。

 血が流れる様子は一向になく…………ふとその炎が会議室という密閉空間で、大きく膨れ上がった。

 

 暴走する熱気がその場を―――――、

 

 

「――――ふん、児戯よ」

 

「意外。炎の精霊、だったのですか。ですが我ら八舞との相性は最悪でしょう」

 

 

 大した威力を発揮することもなく、耶倶矢と夕弦により操られた風で吹き散らされた。

 なおも炎は吹きあがろうとする中を。

 

 

「琴里っ!!」

 

 

 駆け寄った士道が彼女の表面に這う炎に構わず、抱きしめた。

 兄の感触には安心するのか、少しだけ感情が落ち着く様子と連動して、炎も目に見えて小さくなる。

 

「お前、一体…………!?」

 

「やっぱり、覚えてないの………私、おにーちゃんに封印されてたからまともに人間として生きていられたの。そうでもなかったらずっと軍人たちと殺し合いし続けるかもしれないところだった」

 

 リボンが落ちたことで口調も呼び方も曖昧になっていたが、急な事態にそれを気にする余裕は士道にはなかった。

 

「だから他の精霊も、って………おにーちゃんの力があればきっとみんな幸せにできるから、って。ねえ、おにーちゃん」

 

――――私は、何を間違えたんだろう?

 

 琴里の肌を這う炎が、自分を抱きしめる士道に軽い火傷を負わせている。

 こんな筈じゃなかった、大切な兄を、どうして傷つけるようなことになってしまったのだろう。

 

 分からなかった。

 涙が滲んだ…………今泣く資格が誰よりも無いのは、きっと自分なのに。

 

 結局琴里は、泣き虫のまま、何も変わらない。

 縋りついて甘える相手も。

 

 

 

「おにーちゃん。……………“たすけて”」

 

 

 

 この期に及んで彼を頼る虫の良さに、琴里は自分を縊り殺したくて仕方なかった。

 

 

「任せろ」

 

 

 でも、兄(しどう)は、妹(ことり)の我儘を一つ聞く。

 

 

 それは、きっとこれからも。

 

 

 





…………なんというか、やっぱりまだまだ未熟だな、と痛感した回。

 結局士道さんは琴里と家族である確信が欲しいだけだったんで、感想板に書いたように琴里が"妹として"士道さんに泣きつけば一発解決でした。

 面倒くさ………ごほん、信念の固い琴里をその状態に持っていくのにどうしようというので色々考えて、なんかアンチ気味にもなってしまって。

 あと七罪達とそれまで面識がなかった設定とか原作で両親が出てないから五河家のこと詳しく書けないとか、いくら色々な理由で使いづらいからって白琴里をプロローグ時点までの話で書かなさ過ぎて違和感感じた人もいたかも。

 こんなんですが、これからもほんと見捨てないでいてくれると助かります。



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四糸乃ディープスノー


 評価にあったとあるコメント“十香が好きな人以外におすすめ”

 反論できねえ、そういえばまともに十香に出番あったの病気のショタコンだけだ………!?
 いやね、違うの、作者だって十香好きなの、でも話のコンセプト上仕方ないの………。

 それはさておき、気づけばお気に入り数も感想数も4桁突破。
 UAはどう参考にすればいいのかよく分からんけど。
 始めた時は原作カテゴリに名前すらなかったデアラ二次が、三か月で来るとこまで来たんだなー………。
 暖かい声援いつも感謝です。




 

 精霊を対話によって対処し、能力を封印して人間と変わらない生活を送らせる。

 そんな〈ラタトスク〉の活動指針に不可欠な封印能力を持つ士道の協力を、今回限りは“琴里の我儘を個人的に聞く”という形で結果的になんとか取り付けた。

 

 だが、それはあくまで状況が整ったというだけで、本格的な作戦はこれからの話だ。

 精霊との友好的接触を試みる―――そんな前例の無い(どこかの誰かを別にして)作戦に緊張に包まれた艦橋に移動した琴里は、同道した彼女達四人に問いかけた。

 

「よかったの?」

 

「…………“私達構成員の行動から判断してもらう”、だったか?貴様が信の拠所と置いたのがそれだった時、我らは新手の芸人の類かと思ったわ。不愉快極まりない芸であったがな」

 

「矛盾。最も信を置くべき己の家族を蔑ろにし、夕弦達の前でよりにもよって士道を悲しませた。そんな姿を見せておきながら、何をもって信を語るのかと」

 

「……………」

 

 答えたのは、昨日怒りを見せて一触即発に場を乱した八舞姉妹。

 その今まで伏せられていた言い分に琴里は返す言葉もなかったが、手厳しい言葉と裏腹にこれまでの頑なさは僅かに和らいでいた。

 

「その様で士道の安全が確保されていると言われても怒りしか湧かぬわ」

 

「憤然。何も知らないくせに、と。教える気もありませんでしたが――――、」

 

 

「「お前達なんかに、士道の安全を託せるものか」」

 

 

 確かにそれは紛れもない彼女達の本音で、――――しかしそれを明かした分だけは、歩み寄る余地が生まれたということでもあったのだろう。

 耶倶矢が琴里と向かい合いながら言う。

 

 

「だが、なんだ。………少しはましな面もできるではないか」

 

「…………っ」

 

 

 言外に示しているのは、五河琴里個人に限ってはあの振る舞いからとりあえずの信用くらいはおいても構わない、という内容。

 勿論全幅の信頼とは程遠い、だからこそ七罪も美九も一緒に情報の得られる艦橋に待機していて、もしもの時は勝手に士道を助けに行けるようにしている。

 

――――当然、艦橋という艦の最重要部位の一つに部外者、それも状況によってこちらの指示を全く聞かないであろう武力を持つ存在を作戦行動中に招くなど組織規律に照らすまでもなくアウトなのだが、そこはそれでも曲げるしかなかった。

 

 少なくとも士道が精霊に攻撃されてそれで終了―――という結末だけはなくなったが、目指すべきは士道が精霊を籠絡し、かつその間無傷でいられること。

 当初よりも条件が増えたが、手間とは思わない。

 

 これより先は、僅かな気の緩みも許されぬミッション。

 艦長席に座り直し、琴里は静かに気合を入れ直した。

 

「さあ、私達のデートを始めましょう――――」

 

 

 

 

 

 時は遡る。

 

 士道と別れた後のゲームセンターで、四糸乃はかつてないほど上機嫌だった。

 浮かれていた、と言ってもいい。

 

「えへへ………」

 

『よかったね、四糸乃』

 

「うんっ」

 

 “故障中”の張り紙がされた筐体の横、奥まって人の来ない一角でよしのんと会話する四糸乃。

 士道がマシュマロを渡す時にした心配と裏腹に、今日の“戦果”であるところの飴玉の包みを片手で器用に開け、四糸乃は口に放り込む。

 舌に広がる甘さが四糸乃に幸せを運んでくれた。

 

 初めて見た、四糸乃に優しかった人間。

 彼、五河士道が微笑んでくれた顔を思い出すと、胸が暖かくなる。

 

 彼女の周囲には、いつだって四糸乃に害意を持つ人間しかいなかった。

 よしのんがうまくあしらってくれるから自身に危害が及んだことは無いが、それで幸せという訳には当然ならない。

 

 かといって臆病で小心な四糸乃はよしのんに任せずに見知らぬ他人と関係を築くことが難しいので、そこを踏み込んで暖かな交流を持てた、持ってくれたのは士道が初めてだったといってもいい。

 それで四糸乃が士道に好意を抱いたのは、言わば鳥の雛が初めて見る相手を親だと思い込む刷り込みにも近い。

 よしのんはまた別として、四糸乃は士道以外に優しい存在という比較対象を知らないのだから。

 

 もちろん、それで何か悪いという訳ではない。

 士道の小さな女の子が濡れないようにと傘を貸してあげたのは下心の無い純粋な善意だったし、その心に触れて四糸乃は確かに喜んだ。

 そして今日も彼は変わらずに優しく接していたし、五河士道という少年の性質を考えれば四糸乃の未成熟で繊細な心を裏切るような事態はそうそうないと言える。

 

 だから。

 

 問題は、気をつけなければならないのは、あるか分からない善意の行き違いよりも、どこにでもある些細な悪意。

 

『そろそろじゃない?』

 

「そう、だね。いつもなら向こうに戻るくらいの時間だと思うけど、でも―――、――!!?」

 

 口の中の飴が全部溶けたあたりで、四糸乃が立ちあがって歩き出す。

 ゲームセンター独特の暗がりと多い障害物の中でその小さな体は容易く隠れ、そこは死角同士となっていた。

 だからそれ自体は、ただの不運な事故だっただろう。

 

 狭いゲームセンターの通行スペース、上の階から階段を駆け降りて来た若い男の眼前に、ついと四糸乃は出てきてしまった。

 突然のことに互いに避けようと思う暇も無く、衝突というより身長差と階段の段差によって半ば男がつまずくような形で、二人は接触した。

 

「…………つぅっ!?」

 

「うおわっ!?……………、ってぇ……!」

 

 体の小さな四糸乃が弾き飛ばされたのはもちろん、男は転げるままに柱に強くぶつけてしまう。

 肩を強く打った男は、それを庇いながらふらふらと立ちあがって、怒りの形相で四糸乃に怒鳴りつけた。

 

「危ねえなクソガキっ!!ぃってぇ、マジふざけんな!」

 

「っ、ぁ………」

 

 四糸乃も衝撃にくらくらする頭を振りながら左手を掲げ――――そこには、ただ自分の小さく白い手があるだけ。

 うさぎのパペットが、外れて少し離れた場所の床に飛んで落ちてしまっていた。

 

 よしのんに、頼れない。

 一人では懐いた士道とのコミュニケーションにすら難儀する四糸乃に、自分だけで怒っている相手にどうすればいいのかなんて対処は荷が重すぎた。

 かたかたと震え、自分より遥かに背の高い男の睨みに萎縮する。

 体が竦んでよしのんを取りにいくことはできないし、それを相手も許さないだろう。

 

「ぃ、ぇ……っ」

 

「シカトかよ、謝ることもできないんか、あ?」

 

 男は下の方だったとはいえ階段から落ちて痛い思いと怖い思いをした捌け口に四糸乃に当たっているだけではある。

 小さい女子に暴力を振るって怪我を負わそうなんて気合の入った乱暴者というわけではなく、衝突に四糸乃にも非があったのは事実なので、とりあえず四糸乃がごめんなさいと一言謝ればそれでこの場は収めただろう。

 

 だが、威圧されてただでさえ対人能力の乏しい四糸乃にはその選択肢を思いつくこともできずに、ただおろおろとする様が男を苛立たせた。

 軽く四糸乃の肩を小突き―――それだけでもその小さな体は不安定にのけぞってしまう。

 

 ぽろりと、外套からまだ食べずに残しておいた飴玉が転げ落ちた。

 よしのんと一緒に、士道に取らせてもらった、今日の幸せな思い出。

 

「………っ」

 

 それを咄嗟に拾おうとした、四糸乃の前で。

 

 

 

 怒りのままに足を上げた男に、ばきりと、踏み砕かれた。

 

 

 

「―――――――――――」

 

 目の前で起こったことが信じられず、否信じたくなくて頭が真っ白になる感覚。

 特定の何か、そこにそれが存在するというだけで全身をざわつかせる黒い感覚。

 

 共にかつて感じたことのない感情で。

 

 次の瞬間自分が何をしたのか、四糸乃はよく覚えていない。

 

「あん、なんだよその目―――、」

 

 

 

「〈氷結傀儡【ザドキエル】〉ッッッ!!!!!」

 

 

 

 サファイアの瞳が輝き、四糸乃の小さな掌から白雪が氾濫する。

 空間そのものを埋め尽くし、その場の熱を奪い、氷の領域を構築する。

 屋内の電気系統は当然一瞬の内に死に、暗い黒い闇がそこに広がった。

 

 そして、獣が現れる。

 雪の中を、狭苦しい天井に背中を擦りながら、ゲームの残骸を踏み散らし、その威容はただ儚い少女に侍るのみ。

 

 そう、その獣は天使。

 従える四糸乃は精霊。

 

 世界を引き裂きながら現れ、本気で暴れれば軋みと共に全てを崩壊させる生きた災害。

 

…………むしろ、衝動に任せた力の暴走でこの破壊規模は大人しい、とすら言えるものだっただろう。

 

「ぁ――――――」

 

 だが力の放出に我に返った四糸乃は見てしまう、見えてしまう。

 精霊の類稀なる身体能力、ここでは視力と暗視能力、そして自分の霊装の放つ仄かな光を明りとして――――自分がしてしまったことを。

 

 ぴくぴくと弱弱しく震えながら横たわる、あの男や他の不幸にも居合わせた客。

 今日楽しく遊んだ場所が呆気なく残骸と化し、元の雰囲気など欠片も留めない。

 そして、あのお菓子を取って遊んだクレーンゲームも………陥没しながら横倒しになって、二度と使い物にならないことは瞭然だった。

 

「ひ、いや、いや、そんな…………っ!!」

 

 痛いのは怖い、痛い思いを他人にさせるのも怖い。

 その筈だった。

 

 だが、眼前の光景は紛れもなく自分が作り出した有り様。

 

 認めたくなくて、目をきつくつぶって。

 もう一回開いても、それで現実が変わる訳はない。

 

「ごめん、なさ………ごめんなさい―――――――――!!」

 

 奇しくもその言葉を誰にともなく叫びながら。

 うさぎのパペットを口にくわえた獣の背に身軽に跳躍して乗り、それを操って四糸乃は壁を突き破って外に飛び出した。

 逃げ出したと呼んだ方が、あるいは正しい表現だっただろうか。

 

 まるでそんな彼女を責め立てるような大きな警報音が街中に響く。

 空間震警報、それは紛れもなく精霊の四糸乃が感情の揺れによって暴走させた霊力を検知された音でもある。

 そしてそれを聞いたことが今までなかった四糸乃は、さらに怯え、どこともなく〈氷結傀儡【ザドキエル】〉を走らせた。

 

 避難する―――逃げ惑う人々の頭上をビルの壁面を蹴りながら移動する。

 行くあてもないまま、雨模様の曇天を見上げ、四糸乃はただ祈るように口にした。

 

 

「士道さん、助けて………っ」

 

 

 同時刻。

 それは、彼女と対照的な炎の精霊が同じ人物に縋ったのと、ほぼ同じ言葉だった―――――。

 

 

 

 





 あれ?色々覚悟をしながら決め台詞をキリっと言ったことりんを余所に、遭遇した士道さんと四糸乃がいちゃいちゃしだすコントっぽい展開が当初の予定だったのに。
 なんかシリアス続きそうです。



 あと感想板で前話の夕弦のセリフから風と炎の相性について、って何人か触れてたので、以下まるで士道さんの黒歴史のような考察をば。
 読まなくてもまったくもって何の損にもなりません。

 属性的なことを言うなら、精霊の天使を使う能力は、願いというイメージに左右される。
 というより、デアラ世界の霊力とかあと魔力ってわりとなんでもありな力なので、その分なんでもを願うとイメージが漠然として逆に何も出来なくなるから精霊達は敢えて属性を固定させてるような。
 “だからこそ”物理法則に左右される、例えば琴里と四糸乃がガチったら同じ万能の力である霊力を変換してぶつけあっても“炎で氷は溶ける”というイメージのせいで琴里が勝つ。
 同じく空気(酸素)が薄ければ炎は燃えない、風とはつまり空気の濃いところから薄いところへの流れだから、好きに風を操れる八舞にイメージから負けてしまう、というのが個人的な見解。

………流石に琴里に消火器ぶっかけても炎は消せないと思うけども。

 そう考えると原作で強い精霊にもなんか納得。
 単純に“なんか強い破壊の力”という無属性攻撃を放つ十香や精霊折紙が単純火力でトップに立てるのもそうだし、変化という形である意味なんでも出来るを捻りなく体現する七罪がさりげなくチートなのもそう。
 あと時間という霊力だけでない代償を払う狂三は、作用反作用というか等価交換の原理というか、それで“代償を払うほどの力が弱い訳がない”というイメージで強くなっているのではと考えたり。

 まあ原作にそんな記述全くないので、全部作者の勝手な妄想理論だけどね!




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四糸乃エンゲージ


 あー、そろそろぶっ壊れを書きたい病がうずうず……

 シリアス続けられない作者なんだよぉ。




 

 重力が狂う、足が確かに踏みしめているのに、全身に感じる浮遊感。

 高層ビルの高速エレベーターに乗っているのと似ているような、むしろあれよりも更に無理やり掛かるGを誤魔化している感じとでもいうような、なんとも形容しがたい感覚。

 

 その程度で上空一万メートル超を飛ぶ船と地上とを行き来した実感も無く街に降り立った士道がまず触れたのは、春先にあり得ない冷え切った空気だった。

 みぞれ混じりの雨という、雪などよりもよっぽど体温を奪われそうな天候が支配する。

 謎の技術で瞬間的に転送された場所は市街区の発展しているわけでもなく寂れているわけでもなく、といった一角だったので幸い雨風を凌ぐ場所に困るようなことは無かったが、服装的に快適な温度とは当然行かない。

 

「寒い………」

 

 薄着で寒空の下放りだされるのが何故か初めてではないことに無性に切ない何かを覚えながら、士道は耳に手を当てる。

 そこには何も無いように見えて、例によって不思議な技術で透明化している無線インカムが装着されていた。

 イヤホンから聴こえてくるのは妹の声。

 

『悪いけど、我慢して。それより、状況を確認するわ』

 

「はいよ」

 

 とるもとりあえずというか、士道が今回は琴里に協力すると決定してから素早くインカムだけ持たされて転送室まで連れて行かれたせいで着替える暇もなかったが、どうも時間との勝負らしく琴里の続く説明も要点を押さえながらも矢継ぎ早に繰り出された。

 

『相手にする精霊は〈ハーミット〉。言うまでも無く氷を操る精霊ね。今回彼女は空間震無しで現れて、市街地で能力を発動、被害は………重軽症者複数、幸い死者はいないわ。その後獣の形をした天使に乗って今士道がいる場所から二つ右隣の雑居ビルの3F空きテナントに移動、潜伏中よ』

 

「………」

 

 琴里に教えられた場所に目を向けると、窓ガラスどころか壁面に大穴を空けて枠ごと崩れたその様子が見て取れた。

 そこから入っていったのだろう、豪快なことである……というかああいうのも潜伏と呼ぶのだろうか。

 精霊が天使によってそのようなことが出来ると言われても今さら驚かないが、精霊との遭遇を繰り返した士道も流石に相手が精霊であると知って会いに行くのは初めてで、緊張に唾を呑んだ。

 

 対話しに行くと言っても、それが失敗したりそもそも問答無用だったりで士道にあの力が向けられる可能性もゼロではないのだ。

 狂三の時のようなことは特に例外としても、はずみでということだってあるだろう。

 

 切らそうと思っても切れるものではない危機感からいつでも〈贋造魔女【ハニエル】〉を発動できるように身構えつつ、問題の場所に恐る恐る向かう士道。

 そんな彼の耳に琴里の説明は入り続ける。

 

『市街地で被害が出たせいで避難もなかなか進んでない、そうでなくてもASTはCRユニットの苦手とする屋内戦を強いて精霊相手に挑むことは殆ど無いわ――――つまり、』

 

「今なら二人きりでお話できます、か………」

 

 冷えた手すりを時々うっかり触りながら段差の急な階段を上り、問題の場所にはすぐに辿り着く。

 

 見えた、曇りきったガラスの嵌ったドア。

 あの向こうに、見知らぬ精霊がいる――――。

 

 僅かに漏れ聞こえる息遣いに、士道は慎重にそのドアを開いた。

 

 

 

「ひく、えぐ………っ!ぅ、ぅぁぁぁ……っ、ぐすっ」

 

「―――え、四糸乃?」

 

 

 

『は?』

 

 冷蔵庫の扉を開けるのと全く同じ感覚で冷たい空気が対流してくるのを感じながら、その向こうに座り込んで泣きじゃくっている少女の姿を確認し、士道は呆気に取られる。

 大きなウサギの耳のような形の飾りが特徴的な外套を纏い、パペットは左手ではなく胸に抱いて小さく身を包ませていたのは、間違いなく先ほど別れたばかりの四糸乃だった。

 その小さな体を震わせ、ぎゅっと縮こまるように、霜の張った床の上に独り座り込み。

 

「四糸乃!お前一体、どうして――――、」

 

 こんなところに、と続けようとして、途中で泣いている理由を問うものに切り変えた。

 四糸乃が逃げ遅れた一般人の少女と考えるのは無理があり、ここにいる時点で精霊であることは分かってしまったから。

 

…………生憎士道は義妹までもが精霊だったということを知ったばかりで、もう誰が精霊と言われても驚かない。

 

 その声に士道を認識した四糸乃は、ゆっくりと顔を上げると、視線があったと同時に勢いよく顔を背ける。

 よしのんを抱いたままフードを片手で押さえ怯えるように退いた体勢を取っていた。

 

 四糸乃の態度に若干傷つきそうになった士道だが、自分から逃げようとする気配が無いので嫌われたわけではないだろう、一応そう信じて近づきなだめにかかった。

 

「大丈夫、大丈夫だ!」

 

「…………、っ……?」

 

 またおそるおそる視線を少しずつ上げる四糸乃を根気よく待ち、精一杯笑顔を作って安心させてやれるようにと頑張る。

 その甲斐あってか四糸乃は小さくしゃくり上げながらもがばっ、と士道の胸に飛び込んできた。

 

「士道さ、し、どう、さ、……うえぇぇぇぇぇ」

 

「あ、っと…………よしよし……」

 

 そこからまた激しく泣き出したが、士道が四糸乃の背中をさすりながら宥めるにつれて寧ろ周囲の気温の低下はややましになっていった。

 

『士道っ!いったい、何が――――』

 

「……………」

 

 インカムから琴里の事態についていけてないような声が聞こえてくるが、士道はナビはもう十分としてインカムを外してポケットに放り込む。

 一対一で話していてこそこそやり取りしていたら怪しまれるに決まっているし、サシで女の子と大事な話をするのに別の女とも話をしながらとか“なし”だろう常識的に考えて、という判断で、寧ろ当然そうすべきという認識だった。

 

…………色々と根本的というか本質的というか、とてもとても重要な何かを否定した気がするが、多分気のせいだ。

 

 

 そのまま暫く四糸乃が落ち着くまで過ごしていたが、いつしか四糸乃がぽつりぽつりと先ほど何があったのかを語り出す。

 

 泣き過ぎてしゃっくりを起こしているようで、声もかすれ気味でもともとの四糸乃の声の小ささもあって正確に聞きとるのは苦労したが、琴里にされた状況説明も合わせて概要程度はなんとか把握した。

 

「士道さんと一緒に、っ遊んだところ…めちゃくちゃにして、わけ、わかんなっ……!よしのんも、何も言ってくれなくて……っ」

 

「そっか。…………そっか」

 

 よしのんは抱いたまま。

 四糸乃が今到底腹話術ができるような状態でない為、自動的によしのんは喋られなくなる、というルールなのだろうか。

 つまり今四糸乃には、本当に自分しかいないのだと士道は認識した。

 

 事情があったとはいえ、四糸乃が悲劇を生みだしたことは事実。

 死者がいなかったからいいというものではない。

 だが、それで四糸乃だって傷ついているのだ―――被害に遭った人たちを激怒させるような言い分だけれども。

 

 そして、今仮に四糸乃がのこのこと外に出ていけば、軍隊は彼女を殺しにやってくる。

 精霊だから、災厄だから。

 その言い分は、痛いほどにただ正しい。

 

 

 それでも、四糸乃に味方できるただ一人として、自分にできることがある筈。

 

 

 ごく自然に、士道はそう考えていた。

 自分の大切な人たちが精霊だから、ではなく。

 琴里に助けを請われたから、それはあくまでここに来た理由というだけで。

 勿論同情なんかでは断じてなく、ここで四糸乃が唯一頼れる自分が彼女を見捨てて悲しい顔をさせるのがどうしても嫌だった。

 

 ただ、それだけのエゴ。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい…………っ」

 

 

「いいんだ。“大丈夫”なんだ、四糸乃」

 

 

 そのエゴで以て、士道は四糸乃を―――――許した。

 

 

 人間だろうが精霊だろうが、過ちを犯すことを避けて通ることなど出来ない。

 特に状況が過ちを犯す以外の選択肢を理不尽に全て潰してくることだっていくらでもある。

 

 でも過ちは誰かが許してくれなければ、そこから前に進めなくなるから。

 他の全てが、彼女自身すらも四糸乃を断罪するのなら、自分だけは傲慢にも四糸乃を“許してあげよう”。

 

(精霊を救う、か)

 

 救う、という言葉は士道自身はあまり使いたい言葉というわけではない。

 

 自分に救われたと言う彼女達も、七罪と美九は放っておけなくて全力でぶつかっていっただけで、八舞姉妹に関してはそれで何も出来なかったという苦い後悔をどうしても感じてしまう。

 自分にそれが出来ると言う者たちも、琴里個人はともかく〈ラタトスク〉とかいう組織で見ればやはり胡散臭い。

 

 何より、救う自分が救われる相手より上で、当然に幸せであることが前提であるかの様な言葉に感じてしまうから。

 

 それでも、四糸乃を前に進めるようにしたいなら、躊躇うことなど何もなかった。

 

 

「四糸乃。俺はお前を救いたい」

 

「士道、さん……?」

 

 

 両肩を痛くないように、しかししっかりと掴んで四糸乃と目と目を合わせて話せるように距離を開ける。

 真剣に見据えてくる士道に戸惑う彼女に、なおも言葉を続ける。

 

「四糸乃。こんなの嫌だ、って思ってるよな。力を持って、誰かに傷つけられて、傷つけて」

 

「…………は、い………嫌です、いや!痛いのは、感じるのも見るのも、怖いから……っ」

 

「俺は、そうならないようにすることができる!でも、代わりに面倒な事が山ほどあるだろうし、四糸乃の力と大切なものを一つ貰わなくちゃいけない」

 

「大切なもの……?」

 

 四糸乃が胸元に抱いたよしのんを見て不安そうな顔をする。

 それに士道が首を振って否定を示すと、四糸乃は穏やかな顔で頷いた。

 

「お願いします、士道さん」

 

「いいのか、詳しい話を聞かなくて」

 

「いい、です。士道さんに、助けて欲しい、です………!」

 

 精霊だからだろうか、ずっと泣いていたのに一途に士道を信頼してくる表情は崩れずに一点の染みもないまっさらな純真さを湛える。

 きれいだ、と一瞬見惚れた。

 その預けられた心に真摯に応えようと、士道は誓いを添える。

 

「分かった。…………約束する、これからずっと、四糸乃を絶対に不幸にしないって」

 

「あ……っ、ありがとう、ございま――――っ!?」

 

 四糸乃の後頭部に手を添え、唇を合わせる。

 

 それは儀式。

 五河士道が、精霊の力を剥奪し、封印し、我が物にする為の。

 そうであると自覚して初めて自分から行う口づけ。

 

 だが、陶酔したように目を蕩かせる四糸乃の唇は…………病みつきになりそうなくらい柔らかく、心地よかった。

 

 

 

 

 

 例によって四糸乃の霊装が消失して裸を晒す前に、フラクシナスは士道と四糸乃を回収した。

 転送室に現れた二人に、出迎えた琴里と七罪達四人、うち琴里から毛布を渡されたので四糸乃に被せてあげたのだが、どこか彼女は憮然とした様子であった。

 

 果たして四糸乃が毛布とよしのんを抱きながらもつつ、と士道の背中に縋って服の裾を握って離さないのは、急に変な場所に移動した驚きか、それとも琴里の態度か集団にいきなり囲まれた不安か。

 

「四糸乃、平気か?」

 

 士道が気遣うと、四糸乃は泣いていたせいだが収まってきていた赤らんだ頬を僅かに戻し、微笑して返した。

 

 

 

「はいっ。士道さんが、ずっと幸せにするって約束して、キスしてくれましたからっ」

 

 

 

「「「「「………………」」」」」

 

 凍る場、時間、空気。

 流石氷の精霊――――――なんて、ギャグにもなっていない。

 語弊のあり過ぎる言葉の選択というか、狙ってやっているのだろうか。

 

「おにーちゃん?」

 

「士道?」

 

「だーりん……」

 

「「士道!!」」

 

「ま、待って、話を聞いて――――――!!」

 

 随分と忙しい一日だった………のに。

 なぜかまだひと頑張りしないといけない士道なのであった。

 

 

 





 最後がやりたかっただけと言えばそう。



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あんこーる・びふぉあ・えんどろーる1


 遅れて申し訳ない、帰省中につき更新できなかった
 スマホでちびちび書こうかとも思ったけど断念、フリック(というかタッチパネル)は長文書くものじゃないわ……。




 

「まだ、ですか…………?」

 

「もうちょっとだ…………、うん」

 

「あの、士道さん、お願い手を……」

 

「ああ」

 

 四糸乃の小さな指に、自分のそれを絡める。

 震える指を押さえながら、その華奢な体重を預けてくる四糸乃を受け止め、その肌の温もりを分かち合う。

 浅い息を吐きながらもじもじと落ち着かなげな彼女を、士道は腰を動かして体勢を調整しつつしっかりと懐に収め直した。

 

「は…………、ぅぅ」

 

「四糸乃っ」

 

「だいじょうぶ、です。士道さん、が――――なら、私は頑張れますっ」

 

 小さい声で確かに強がる四糸乃は、本当に健気という言葉が似合うと思う。

 それこそ張り裂けそうな思いをしているのは想像に難くないのに、一生懸命に頑張っているのを見ると、一刻も早く終わらせなければと焦りそうになる。

 

 だが、違う。

 四糸乃の信頼に応えるなら、最後までしっかりと丁寧に致す必要がある。

 

 

 

「士道!あなた一体四糸乃に何をやって…………、え?」

 

 

 

 そう、よしのんの、洗濯を。

 

 ふおおおおん、と低く静かに唸りながら水流の中でうさぎパペットをかき混ぜている我が家の洗濯機を、切なそうにずっと見つめている四糸乃のお願いで傍にいて甘やかしまくっていた士道。

 

 四糸乃の精霊の力を封印してからこちら、霊装の力で汚れと無縁ともいかなくなった彼女は、埃も被れば汗もかく。

 毎日風呂に入る必要が出来たのは当然で、いつも装着しているよしのんも定期的に洗浄する必要があるのも当然だった。

 

 毎週洗濯を行うことを決め、多少の水道代のロスを覚悟で入れ換えた新しい水でよしのんだけを丸洗いし、乾燥機で素早く水分を落とす。

 超速でこなしても一時間程度掛かる作業中不安に駆られる四糸乃をスキンシップで宥めながら、士道はよしのんが破けたりした時の為に刺繍も覚えておこうかなあ、なんてまめなことも考えていたわけである。

 

 七罪で完全に感覚が麻痺しているので幼女がどうだのなんて考えは欠片も掠めることはなく、というか仲の良い兄妹のような光景とすればそもそも疚しい、いかがわしいことなど何もない。

 

 なのに怒りの形相で琴里が洗面所に飛び込んで来たのは、さて何を思ってのことなのやら。

 

「琴里さん…………?」

 

「え、あれ?」

 

「おう、琴里、どうした?」

 

「し、士道っ!!」

 

 恥ずかしさと怒りを半々にした顔の赤さを、呆気に取られて引っ込めた、そんな感情の変化をなんとなく察した士道はにやにやしながら惚けて彼女に問いを向けた。

 

「何考えてるのか分からんが、あまり興奮するのは健康にも精神衛生にも良くないぞ?」

 

「ふ……ふん!あなたが四糸乃に邪な欲望を抱いていないとも限らないでしょう?愚かな愚兄の愚行を止めるのは妹の義務よ!」

 

「俺と四糸乃の仲を邪推してそんな風に考えるなんて、いやらしい」

 

「なっ………!?」

 

「えっと、えっと―――士道さんは、変なこと、私にしないと思います……ぁぅ」

 

「やいやい、むっつりすけべー」

 

「ぐ……!」

 

 士道にからかわれ、それを四糸乃が期せずして援護した為に言葉に詰まる琴里。

 

 

 士道の前で黒いリボンを着けるようになり、強気できびきびした態度を取り始めて。

 

 話をした。

 

 琴里は人間から精霊になったこと。

 士道に力を封印され、感情の浮き沈みによって緩むそれを抑える為に自己暗示を掛けていること。

 何故かその詳細な記憶が無いこと。

 精霊に成り立ての頃に能力を暴走させて街を火の海にし、それによって〈ラタトスク〉に発見され、精霊を保護するその理念に賛同し英才教育を受けながら過ごしてきたこと。

 

 そんな色々とツッコミどころ満載(なんで司令官としての教育なんだとか両親はこのことを知っているのかとか)の話ではあったが、思い返せば士道の方は精霊達のことを安易に語る訳にもいかないので一方的に隠し事をする形になってしまう為、掘り下げるのは我慢した。

 

――――あんなに慕われて大事にされているのなんて、私が知っている通りの………おにーちゃんに決まってるでしょーよ……。

 

 冷静になるとこちらも隠し事をしていたのに琴里から士道へはそんなことを言って信頼を揺らがせなかったらしいことを知り、士道の側は一方的に兄妹の絆を疑ってしまったことが若干気まずかったが。

 それでもなんとか関係は見つめ直せ、琴里はこれからも可愛い妹であると再確認できた。

 

 そう、だから、これまで通り――――基本優しくして可愛がるけど、結構頻繁に悪戯したりからかったりする従来通りの妹の扱いなのである。

 琴里の方は口が悪くなったので士道も軽口をぽんぽん織り交ぜ応酬する。

 これまでそういう関係が周囲に無かった―――七罪達といつも一緒になってから特に男友達が士道に出来なかった―――ので、結構新鮮な感覚で案外楽しい。

 

 別に、黒リボンの琴里から当たりの強さと威圧感は感じなくもないが、それだけで彼女に頭が上がらないなんてことがある訳がないし。

 例えば色々な機微に疎く女の子のデートの予定やらその為のファッションまで妹に世話してもらうような状態だったらまた別の関係になっただろうが、今のところそんな予定は全く無い。

 

 だが、だからと言ってからかい過ぎると――――、

 

「そういえばこの間琴里の部屋掃除してたらまあなんというかアレな本が出てきてな、まあお年頃だし?机の上に並べて置いちゃってみようかなんて考えたけど情けで―――、」

 

 しゅるり

 

「うわああああああぁあぁぁぁぁーーーーー!!?おにーちゃんのいじわるーーー!!」

 

「ちょっ、リボン換えるの卑怯だろ……っ!?」

 

 まあ、こんな風にバカをやっている訳だ。

 

…………一つ言うことがあるとすれば、中学生になる妹の部屋で見つけたものが『完全ラブホガイド』『実録!最強ナンパ術』だったり、果ては『縛り方百選』だったりした士道の微妙な気持ちもお察しである。

 

 いや、当初の予定では組織的にバックアップして士道に精霊を口説かせるつもりだったらしいからその為と言い訳は出来るだろうが、最後の一つはどう考えてもアブノーマルな個人的趣味にいっちゃった感じである。

 性癖は個人の自由なので、暖かい目で見守ろうと思うのだが………四糸乃に悪影響があると困るのでからかいも兼ねて警告したりしなかったり?

 

「………、……?………?」

 

 このお馬鹿なやりとりも悪影響ではないかと言われれば頷くしかないが。

 四糸乃も一つ屋根の下で暮らすのでちょっとは自重しようとも思う―――黒リボン状態だと強がり過ぎて『ありがとう』の一言を放つのですら難儀する琴里がアレなので今後もお察しだが。

 

 

 

…………四糸乃も一つ屋根の下で暮らす、とさらりと触れた。

 

 

 そもそもなんでよしのんを士道の家の洗濯機で洗っているのかという話だが、彼女が住むことになったのが五河家の空き室だからだ。

 八舞姉妹の時同様行くあてが必要だった四糸乃だが、責任を取ると言った手前士道としても、そして七罪達精霊の思惑としても完全に信用するにはやはり難がある〈ラタトスク〉に丸投げという訳にもいかないし、かと言ってまた美九の屋敷に、というのも琴里達の立場が無い。

 また七面倒な交渉の果てに、落とし所としてそうなったというだけだった。

 

 色々と条件は詰めていたが、四糸乃本人にとってはある意味外野の話で大した制限は無い。

 出歩きは自由で士道が学校があるとはいえ出来る限り四糸乃に構わなくてはいけないことを考えると、美九の家に泊まることもそれなりにあるだろう。

 

 この日は、その挨拶を兼ねて初めて四糸乃が美九の家を訪ねる日だった。

 

 洗濯と乾燥を終えてぬいぐるみなのになぜか心なしテカテカしているように見えるよしのんを装着し、琴里に見送られて士道と共に出発した四糸乃。

 色々と知らないものが多くあれは何これは何それってどんなのとよしのんと共に士道に次々と問いかけながら街を歩いていくと、程なく目的地に到着する。

 

「大きい、それにきれい……」

 

『すごいねー、よしのんこういうの前テレビで見たよ、ゲーノージンっていうのが住んでるゴウテイなんだよね士道くんっ?』

 

「あー、まあ芸能人だな美九は、あはは」

 

 よしのんのなんとも反応しがたい発言に軽く笑いながら、勝手知ったるとばかりに門扉をくぐってそのまま玄関を開ける。

 士道が呼び鈴を鳴らすと家主の美九も住人の夕弦と耶倶矢も何故か怒るのだ、入口のドアにはベルが付いているのでそこを通れば分かるものの、それでいいのかとたまに思わなくもない。

 

 今回に限れば七罪も含め皆で玄関ホールで待ち構え出迎えしてくれたので違う話だったが。

 

「ようこそ四糸乃さん、歓迎しますー」

 

「は、はいっ、よろしくお願いしますっ」

 

『えー四糸乃、四糸乃。四糸乃とよしのんをよろしく清き一票をー、なんちゃって』

 

「好奇。よしのんはいったいどこで喋っているのでしょうか、初対面から割と気になっていました」

 

「ふふん、虚空の繰り手、ということであろう。夕弦と士道と波動を蓄えアヴァターを紡ぎ、同位相の舞台にて対抗するのも一興か」

 

「またキャラ濃いの増えたわね……士道そういう相手ばっか狙ってるの?」

 

「狙うかっ!それよりその言い方だと自分がキャラ濃いって言っちゃってるようなもんじゃないのか」

 

「悪かったわね、どうせ私なんてちっちゃい癖にクセばっか強い無駄に視界に入ってくる迷惑ナツミよっ!」

 

「それは言ってない!?………って、久しぶりだなこのノリ」

 

 話をよしのん任せにせず結構頑張っている四糸乃を、彼女達も歓迎してくれる。

 少しだけ安心しているとにこにこして四糸乃に応対している美九が一瞬視線を送ってきた。

 

「お世話になります……」

 

「お世話しますー。あ、遠慮とかいいですよぉ?だーりんのお願いですし、今度いっぱい埋め合わせしてくれるそうなのでー」

 

「あー、うん………」

 

 頭が上がらない、と言えば美九には本当に敵わないと思う。

 いや、精霊達全員か。

 堂々と何股も掛けていると言ってもいい士道と、いつか約束したように一緒にいてくれるし、そこに四糸乃という新しい女の子がまた増えてしまっても嫌な顔一つしない。

 愛されている実感と、それに応えなければという感情。

 とりあえず今回色々あった件の埋め合わせを一人一人色々考えなければならない、大変な仕事だ。

 

「そうだ四糸乃よ、我ら八舞がこの屋敷の全てを教えてくれようぞ!」

 

「案内。メイド八舞は屋敷のことで知らないことなど無いので、なんなりと」

 

「わ、わ……」

 

『あーれー。よしのん引っ張られてるよー』

 

 

「―――――」

 

 

 そして大事な仕事だ。

 手間だなんて、そんな発想すら過ることは無い。

 

 耶倶矢と夕弦に引っ張られて、仲良くなっていこうとしている四糸乃達を追いかけながら、士道は笑顔を溢していた。

 

 

 

 





 琴里が持っていた本のラインナップは原作公式(ドラマガ付録0巻)。
 美九セイレーンの後書きで触れた中二具合といい、なんでこんなに弄りネタに溢れてるんだことりん……

 そしてそうなると原作の琴里のデートアドバイスは女の子の視点という以外は殆ど本の知識であるという。



 やーいことりん頭でっかちむっつり処j(焼滅




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あんこーる・びふぉあ・えんどろーる2


 壊れるなあ……




 

 午睡と呼ぶにまさに相応しかったであろう。

 

 ある休日のことである。

 きっかけは昼下がり、夕弦と耶倶矢が四糸乃を連れて買い出しに行ったことだった。

 どうも二人は四糸乃を気に入ったようで、彼女に構ってはよく可愛がっている。

 直接そうと聞いた訳ではないが、今まで身内では自分達が後から入ってきた組だったので、さしづめ気分は新しく妹が出来て嬉しい末っ子といったところだろうか。

 

 学業と両立させているメイド業務の時間のやりくりは見事のひとことなのだが、それでもこうして休日にも色々と仕事をしている様子を見ると頭が下がる。

 家事自体は士道もしているが、たった二人で庭園まで含めた邸宅の管理をしている彼女らとは手間が段違いだろう。

 

 なのでそれを余所にして、やはり夕弦と耶倶矢がベッドメークした士道用にあてがわれている部屋の寝床で一人目が覚めた時感じたのは――――しかし、ていの悪さも全部吹き飛ばすような驚きだった。

 

 そもそもこの日士道はここで優雅に昼寝と洒落こんだ記憶は無い。

 眠気のままにふらふらと歩いていってしまったのか、ソファーかどこかで居眠りした士道を誰かが運んでくれたのか。

 

 おそらく後者、と推察する。

 

「んにゅ、むふふ…………士道、くぅーん………っ?」

 

「~~~っ」

 

 自分の体を抱き枕にして一緒に眠っていたのが、大人の姿に変身した七罪だったから。

 体格差的な問題から運ぶのが難しくてわざわざ精霊の力を使ったのだろう。

 

 だが、起き抜けにこれはいささか毒だった。

 およそイメージ出来る限りの美しさというものを追求した今の七罪の肢体は締まったお腹のくびれとその上下の肉付きの良さのメリハリが半端ではなく、密着した感触の心地の良さはまさに天国のよう。

 肌のすべすべさとその細さにも関わらずしっとりと柔らかい魔性の肉体が、すらりと伸びた長い脚を士道のそれに絡めて寄り添ってくるせいで、頭の中のいけない回路にびりびりと電流が走る。

 

 若く青い衝動に突き動かされる前に、士道はつつ、と身を引いた。

 だがそのせいで士道に体重を預けていた七罪の体勢が揺らいで、眠った意識を浮上させてしまう。

 

「………にゃあ?」

 

「え、ちょっ、七罪!?」

 

 とろんとした半開きの瞼も絵になる顔つきを緩ませて、上体を起こした七罪はそのまま士道にじゃれついてきた。

 何故か、〈贋造魔女【ハニエル】〉でその緑髪の中にネコ科のもふもふした耳と、後ろ腰の下辺りから一本のしっぽを生やしながら。

 

「おまえ、寝ぼけ………、ていうか何の夢見てるんだよ!?」

 

「ごろごろすりすりー…………んう」

 

 毛玉で遊ぶネコそのもののようにじゃれついてくるのだが、今の七罪の体で摺り寄られると理性が危ない。

 元の癖毛が全く見当たらないロングのさらさらな髪から妖しい匂いまでしてくるのだ。

 

 だが、そんな士道の内情を察してではないだろうが、まだ眠そうな七罪は何故か不満げな唸り声を出すと、光に包まれ大人状態の変身を解除した。

 

…………何故かネコ耳しっぽは残して。

 

 そして七罪は士道の胸元に包まるように潜り込むと、全身でごろごろすりすりし始めた。

 

「やっぱり、こっちの方がいい……しどー……」

 

 サイズ的にじゃれつくには色々持て余していたようだ。

 

「って、流石にこれは起きてるだろ、七罪!」

 

「なんのことか、にゃー?」

 

 顔だけ眠そうにしながら、楽しそうに体いっぱいで士道の温もりを堪能する七罪。

 そして何の悪戯か、丁度いい位置にあった首筋にはむ、と甘噛みをお見舞いしてきた。

 

「~~~っ、!?」

 

 先ほどから興奮して火照ってしまったところに強烈なのを貰って、咄嗟に七罪の両肩を押して距離を取ってしまう。

 それに不服そうにしてまた口をあーんと開けて迫ってくる七罪に、慌てて右掌を顔の前に持っていって制止しようとする士道、だったが―――、

 

「あむあむ………むゅ、みゃー」

 

 攻防は七罪が上手だった。

 というより目の前にあった士道の人差し指と中指を咥えこんでしまったのだ。

 

 ぴちゃぴちゃと唾液を絡めてその小さな唇で挟みこんだり、吸ったり、舌を這わせたりとやりたい放題である。

 生温かくも不快でない奇妙な感触にぞくぞくと背中に震えが走るのを感じた。

 

 いかなる理屈か耳もしっぽもぴこぴこと上下し、まさにご満悦でやりたい放題の七罪、そんな彼女を―――、

 

 

 

「七罪さんだーりんと楽しそうですねー。いいにゃー?」

 

 

 

「………………、…………、…………、にゃ?」

 

 見ていたのは士道だけではなかった。

 ベッドの脇、いつの間にやら部屋に入っていた美九がいつものにこにこ顔で二人の様子を観察している。

 

 びくっ、びしっ、さぁぁぁっ。

 

 驚き、硬直し、顔色をなくすまさにその擬音が聴こえてくるような七罪のリアクションだった。

 士道の指をくわえたままそんな態を晒す彼女の顔を覗きこむ美九はとてもとても楽しそうに―――モノマネして、“鳴いた”。

 

「うふふ。にゃー」

 

「…………」

 

「にゃー?」

 

「ぅ………!!」

 

「にゃーにゃー、にゃー」

 

 

「にゃああああああああああぁぁぁっっっ!!!!?」

 

 

「うわ、七罪―――!?」

 

 顔を真っ赤にしてぷるぷると身を震わせた七罪は、耐えきれなかったとでも言うようにその場を脱走する。

 その瞬発力はまさにネコ科の獣そのものだった。

 

 彼女が出て行って開け放した部屋の扉を見てやれやれ、と肩を竦めるジェスチャーをしながら美九は苦笑してコメントした。

 

「七罪さんともそこそこの付き合いになりますけど、たまに恥ずかしがるポイントがよく分からないですー。変なところで照れますよねぇ、彼女」

 

「うん、まあ、なんというか」

 

 どう答えたものか困っていると、美九がによによと笑みの質を変えて士道の頬を両手で挟みこんだ。

 

「それでー、だーりんが可愛がるペットちゃんは七罪さんだけですかぁ?これでも元アイドルです、その手のアクセも色々揃えてますよぉ?」

 

「元アイドル関係あるのかそれ」

 

「百聞は一見にしかずですしー、とりあえず実際に装着したところをお披露目しちゃいますねーっ!」

 

 

 何故かそういうことになった。

 どういうことかって?

 

 

 つまりはいつもの、作者の病気です。

 

 

 

※うさみみく

 

「うーさみんっ、はい!」

 

「っとと、はい!」

 

 ぱんっ!

 

「えへへー、流石だーりん、よくアドリブで合わせてくれましたー、ぱちぱち」

 

「まあ、なんとなくな。それで、ウサ耳?」

 

「しっぽのポンポンもありますよぉ、ほら」

 

「み、美九、その姿勢は……っ」

 

「あらー、どきってしちゃいましたぁ?衣装もスカートふりふりで可愛いですよねー、もう一着あるので士織さんとおそろい、いきません?」

 

「いきません!…………でもウサミンか、懐かしいなあ。幼稚園のころ教育番組でやってたなあ」

 

「え?新人の頃によく競ってた先輩アイドルの持ちネタなんですけど、ウサミン星のお姫様って」

 

「え?」

 

「え?」

 

「「…………」」

 

 

 

※悪魔のように黒く、天使のように純粋……?

 

「くくく、今宵我の魔力は昂ぶりの余りに現し世に顕現してしまっておるわ。存分に中てられておるか、士道よ?」

 

「翻訳。ねえねえ士道、可愛い?――――この、バイキン○ンのコスプレ」

 

「ぷっ………ゆ、夕弦!」

 

「悪魔だし!士道もなに吹き出してんのよ!?」

 

「わ、悪い。それよりお前らもやるのな、でもケモ耳かそれ?」

 

「細かいことはいいの。せっかく楽しそうな遊びなんだから」

 

「同意。それより見てください耶倶矢の衣装、微妙に露出度高い上に真っ黒なので耶倶矢の白い肌が目立つなんとも言えないエロさです」

 

「ぅ………」

 

「~~~~っ。って夕弦、あんたが天使の方の衣装選んだのって、まさかッ!?」

 

「策謀。今さら気付いても遅かりしです、さあ存分に(士道の視線に)悶え苦しみなさい耶倶矢」

 

「天使のセリフとは思えない………!」

 

「否定。天使なので、悪魔な耶倶矢には攻撃しなければならないのです。心苦しいですが。非常に心苦しいのですが」

 

「ええい白々しい………っ、士道、我の代わりに反撃の矢を放て!我の借りを倍にして返すのだ!」

 

「俺!?……うーん、耶倶矢も、まあ刺激的だけどさ。夕弦も凄く可愛らしくなってるよ。白も似合うよな」

 

「~~っ!羞恥。でも、嬉しいです、士道―――」

 

 

 

※帰り道、神社の前

 

「ずいぶん楽しそうでしたわね、士道さん」

 

「うおっ!?………狂三、か?」

 

「ええ、ええ。お久しぶりですわ」

 

「おう久しぶり。って言っても意外にちょくちょく会いに来てくれるけどな」

 

「つれないことを仰らないでくださいな。これでも士道さんにお会いする時間を毎回とても心待ちにしているのですわよ?」

 

「っ、それは、その………ありがとう。そしてそれでその格好は、狂三もそういう趣向で?」

 

「相変わらず赤くなってくれて、可愛らしい士道さん。如何でしょう、こんこん?」

 

「黒い和服にキツネ耳、かあ。場所的に一瞬驚いたけど、なんだか一緒に遊びたくなるお稲荷さんだな」

 

「結んで開いて修羅と屍、と。それでは一緒に遊びます?」

 

「物騒な……。でも今から帰るところだし、時間はそんなに―――、」

 

「ちょっと一緒に歩いてくれるだけで十分ですわ。さあさお手を拝借」

 

「今日は心なし和風なんだな、ちょっと新鮮。じゃあ、短い間だけどよろしく」

 

「ありがとうございます。………ふふ、かーって嬉しいはないちもーんめ!」

 

 

 

※氷のゲスコット

 

「ただいま」

 

「お帰りなさい、士道さん」

 

『おかえり士道くーん、待ってたよ』

 

「あれ、それ……四糸乃とよしのんもやってるのか?」

 

「はい……美九さんが、貸してくれました」

 

「でも黒いまん丸の耳?ふさふさしてるけど、何の動物だ?」

 

「さあ……?よしのんが、これしかないって」

 

『モノマネやってみるから、当ててみなよ士道くん!』

 

「へえ。どんなだ?」

 

 

『――――ハハッ、やあ、ぼくミkk』

 

 

「やめろおおおおおぉぉぉぉ――――――――――!!!!」

 

 

 

※耳?

 

「………」

 

「ねえ士道」

 

「なんだ琴里ー?」

 

「ソファーでくつろいでる妹のリボンをピコピコ動かしてるのは、どんな倒錯した性癖か訊いてもいいかしら?」

 

「いや、なんかミミって感じというか。慣れてるんだろうけど、器用に可愛い感じで結んでるよなこれ」

 

「何それ。訳分かんない」

 

「まあ、今日ちょっとな。で、もうちょっと遊んでていいか?」

 

「…………。ふん、好きにすれば」

 

 

 ぴこぴこ。

 

 

 

 





 ほんとなにやってるんだ俺………。



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あんこーる・びふぉあ・えんどろーる3


 更新速度ちょっとずつ落ちてるなあ。
 速けりゃいいってもんじゃないのは分かってるけど。




 

 とある日、まだ明るい内に美九の屋敷から家に帰った士道と四糸乃は、そのまま琴里に言われて〈フラクシナス〉へと連れて来られていた。

 遥か頭上を飛ぶ船へと距離を超えて移動する、その狂った重力の感覚と一瞬の内に変化する眼前の光景―――が、ふと思った。

 

 一番最初にこうなった時含め、自分の知る科学の常識で測れないこんな摩訶不思議な事態に呆れるほど驚きが少ないのだ。

 耶倶矢と共に数百キロメートルを生身で飛行したり、美九が沢山の人間を洗脳して差し向けてきたり、果ては自分が女の子の姿に変身までしてしまったのだから、今さらといえば今さらだからであろうが。

 

 それでも自分の中の常識が世間一般とずれているというのは漠然と不安になるものだった、何かを自覚なくやらかしてしまいそうで。

 

 むしろやらかした結果が今の五河士道を取り巻く状況なのかも知れないが。

 

「士道、さん……?」

 

『ぼーっとしちゃって、疲れちゃった?四糸乃で癒される?』

 

「あー、癒される癒される」

 

「な……、ぇぅ……よ、よしのん!?」

 

「………ん?あれ、あ……ごめん四糸乃!」

 

 そんなことを考えている内に〈フラクシナス〉に呼ばれた目的―――四糸乃の検査だか検診だか、見ていても何が何やら良く分からない―――が終わったらしく近寄ってきた四糸乃、というよりよしのんに生返事を返していると、気がつけば四糸乃を抱きしめて頭をよしよししていた。

 パペットの身で士道の腕をどう誘導したのかは不明だが恐るべし技量であった。

 

 四糸乃は恥ずかしさに顔を真っ赤にしながらも士道から離れる気配は欠片もなく、寧ろ無意識にであろうがすりすりと士道に体を擦りつけてくるので妙な空気になり、しばらく硬直する二人。

 そこに呆れたような琴里の声が投げられた。

 

「何やってるのよ、あなたたちは………」

 

「何、って………なんなんだろう?」

 

「私に訊かないでよ。もう、本当に心配になってくるわ」

 

 周囲の職員と一人だけ意匠の異なる制服を纏った琴里が、例によって飴を咥えながら腕を組んで半眼でこちらを睨んでくる。

 そして、気持ちいつもより固い雰囲気を纏いながら言ってきた。

 

「――――士道、結構真剣に質問するけど、四糸乃に変なことしてないでしょうね?」

 

「変なこと、ってなんだよ」

 

『えっちいことじゃないかなあ?でも士道くん結構―――もがもが』

 

「わああ、よしのん、だめ………っ」

 

 パペットの口をもう片方の手で慌てて塞ぐ四糸乃。

 一見シュールな一人芝居だが、やっている方は真剣なのだろう。

 

 いったいよしのんが何を言いかけたのかは不明だが、琴里の視線がきつくなっていくのを見て少し真面目に士道は返した。

 

「少なくとも四糸乃が嫌がると思ったことはやってないよ。する筈ないだろ」

 

「………まあ、そこは信用するわよ。でもね」

 

 

――――今から4時間くらい前。四糸乃、精霊の力使ったわよね?

 

 

「あー………」

 

 この〈フラクシナス〉はそんなことも感知出来るセンサーを持っているらしい。

 それが働くのは、七罪達に対してもか今回のように検査を受けてデータが揃っている四糸乃だけなのかは不明だが。

 

「あなたに封印された精霊の力は、感情の揺らぎ、特に不安や恐怖で少しずつ逆流するの。それぐらい知っているんでしょう?」

 

「いや、割とノリで使ってたりするからなあ、特に七罪は………」

 

 それこそ便利だからという理由でたまに大人の姿になったり、寝ぼけて何故かネコ耳しっぽを生やす程度には。

 七罪曰く、何年も封印と付き合っていると、それが限定的に解ける感覚も分かっていて、やろうと思えば自力で完全に能力を解放出来るらしいが。

 

 と言っても今回は美九の悪ふざけだった。

 

 今日は妙に春先にしては過剰に暖かい日で、ちょっと涼んでみようと自宅のプールに十数センチほど水を張って、四糸乃に凍らせてもらってみよう、季節外れのスケート大会なんてどうでしょうみたいな試みをやった訳だ。

 とは言っても四糸乃にその“不安や恐怖”を憶えさせるようなひどいことを出来る筈もないので、最終的に観測されたのであろう〈氷結傀儡【ザドキエル】〉の発動を行ったのは――――士道だったりする。

 

 やってみたら出来たというだけの話だが、そういえば士織化を筆頭に基本怖ろしい筈の天使の能力をしょうもないことにしか使ってないなあ、と思わないでもない。

 

 士道が封印した精霊の能力を使うことが出来ることを〈ラタトスク〉が知っているのかは不明だが、自分から話すことではないんだろうなとその場はお茶を濁した。

 

 

「そういや、ちょっといいか琴里?」

 

「何よ、もう帰っていいけど」

 

「待った。普段琴里がお世話になってる人達………艦橋(ブリッジ)、って言うのか?この際だから、せめてそこの人達に一度挨拶しておきたいと思うんだけど」

 

「え゛」

 

 〈ラタトスク〉が胡散臭いのはやはり変わらないが、歩み寄って話し合わないと見えてこないものはあるだろう。

 かねてよりそんな風に考えて、この日士道は自宅の戸棚から鞄の中に菓子折りも入れて来ていた。

 

 

………何より、妹が働いている艦橋、もとい環境がどんなものか気になるし。

 

 

 そんな寒いことを考えてしまった―――自分でも次の瞬間無いな、と思った―――せいだろうか。

 

 やめましょう、面白いことなんて何もないわよ、などと言いながら嫌がる琴里の雰囲気が授業参観に保護者が来るのを嫌がる中高生そのものだったこともあり、逆に面白がりながら押し切ったことを後悔することになる。

 ある意味では非常に愉快な経験だったと言えなくもないのだが。

 

 

 最初はまあ良かった。

 

 解析官と名乗る目に濃い隈を作った村雨令音という女性が不思議な言動を繰り返していたが―――ほぼ初対面の割に妙に心を許されていた気がする―――寝不足ならそんなこともあるだろうから仕方ない。

 椎崎、箕輪と名乗る女性職員達は笑顔で普通に対応してくれたし、川越、幹本という中年の男性職員も気さくだったのは、ファーストコンタクトでかなりごたついていたことを考えれば人格者な対応な気がしないでもない。

 

『レボ☆リューション!!』

 

 中津川というお兄さんが何やら一人コントのようなものを始めたのも………きっとこちらと打ち解けようという涙ぐましい試みだったのだと思おう。

 

『士道くん、司令のお兄さん、士道くん、お兄さん、しどう、にい…………シドニー☆』

 

 なんて言われて素早く取りだした地球儀を示されても乾いた愛想笑いしか出なかったが。

 しかもそこがシドニーだと思ってオーストラリアの首都を示す赤い丸を指差していたのだろうが、オーストラリアの首都はキャンベラです、とは流石に指摘出来なかった。

 

 だが場の雰囲気を微妙にした彼に琴里がきつい言葉を浴びせ始めてからが、おかしくなった。

 副司令、らしい長髪の美丈夫が琴里の言葉に割り込んで、責めるなら自分を責めて、と言い出したのだ。

 部下を庇う美談………だと一瞬思った士道が馬鹿だった、

 

 ただのドMがそこにいた。

 

 しかも自分から罵声を浴び暴力を振るわれたがる気合の入りぶりは士道の人生に“たぶん”関わり無いであろう人種で、琴里も結構それに応えているように見えた。

 即時撤退を判断した士道の判断は称賛されるべきだっただろう。

 

『それじゃ、琴里、俺達はここらで。なんというか………“そこ”で頑張れよ』

 

『ちょっと、士道?なんで四糸乃の耳を塞いでるの?目を閉じさせてるの?なんで四糸乃と一緒に出口に後ずさってるの!?』

 

『いや、何も言うな。ようやく見つけた、“そこ”がお前のユートピアだったんだな……おにーちゃん頑張って応援するから』

 

『応援って何を、いや頑張る必要って何、って待ちなさい、士道、士道!おにーちゃ――――』

 

 ぴしゃん。

 

『えっと、士道さん………?』

 

『ああ、もう目を開けていいぞ四糸乃。さあ、おうちに帰ろう』

 

『………はいっ』

 

 自動ドアの閉まる音に撤退の成功を確信した士道は、状況の分からないながらも笑顔を向けてくれる四糸乃と手を繋ぎながら転送室へと向かっていった。

 

『司令、もっと踏んでくださ―――あふんっ』

 

『…………神無月、この後CRユニットを起動せずに装着して艦内30周ーー!!!』

 

 残されたのは、部屋のクローゼットにSM用の鞭と緊縛教本があるのを見られている以上ガチで距離感引かれたのも割と仕方ない妹と、彼女に当たり散らされて喜んでいるいつぞやの不審者だった。

 

 

 

 

 

『いやー、愉快な人達だったねー』

 

「言うなよしのん…………まあきっと琴里にとっては、あれでいいんだろう」

 

 嫌な思いや無理をしているわけでもなければ、人として間違った道に歩んでいる訳でもないので、兄としては寛大に妹を見守る場面なのだろう、と考える士道。

 黒いリボンの琴里はしっかりしているのだろうし、きっとこれからもあの環境を満喫していく……のだろうか?

 

 はて、しかしいつかあの神無月さんに『お義兄さん』と呼ばれる日が来たりするのだろうか、などと、妙な気分になるのを、四糸乃と近所を散歩して紛らわしている。

 

 夕暮れ、朱を散らしていくアスファルトの地面を歩いていく、その歩幅は四糸乃より大きいが、四糸乃がこれでいいと言うので緩めていなかった。

 とてとて、と小走りに追い付いては少しずつ離れまた追い付いてくる仕草は雛鳥のようで可愛らしいが、四糸乃としても士道を追いかけるのが楽しいらしい。

 そんな四糸乃にたまに振り返っては、目が合った彼女と微笑みを交わす。

 

 ちょっとした遊びを繰り返す、まるで仲の良い兄妹そのものの二人。

 

 すれ違う人々も和みながらそれを見ていたが―――角に差しかかってそこにいた彼女に、緩やかな空気が俄かに硬直した。

 

 

「――――五河士道」

 

 

「鳶一?」

 

 そこに立っていたのは、クラスメイトの少女。

 寄り道して遊ぶタイプにも見えないが、午前様で終わった今日の学校の制服をまだ着たまま、その白い髪を夕日に照らされ微かな風に揺らしながら、じっと士道を見つめてそこに立っていた。

 それが視線を斜め下に逸らし、四糸乃の方を見る。

 

 その静かな視線に少し震えて、士道の腰の後ろにすり寄る四糸乃。

 

「…………。〈ハーミット〉」

 

「っ!?それって……」

 

 四糸乃に人間から付けられた、精霊としての識別ネーム。

 普通一般人が知る筈の無いそれを呼ばれ、士道に緊張が伝う。

 

「“バイト”、受けたの?」

 

「鳶一、お前いったい………!?」

 

「――――そう」

 

 なんというか、今までのパターン的に彼女も自分が精霊ですと言い出すのだろうかとも思ったが、少しの間をおいてそのまま彼女は歩き出した。

 まるでただふとすれ違った知り合いと声を交わしただけ、とでも言うかのように。

 

「おい、鳶一っ」

 

 呼びとめると、一度だけ振り返り。

 彼女は言った。

 

 

「私もそろそろ見ているだけではいられない。動き出す、色々なものが。

――――気をつけて。あなたが何を最悪と捉えるか、私は私があなたの最悪と思うものを、撃ち貫こうとは思うけれど」

 

 

 

 





 中の人ネタ。
 前トッキュウジャーにゴー☆ジャス出た時は驚きとか以前に「なんだこれ」状態だったけど、まあ懐かしい人ですな。

 あといい加減琴里ファンにキレられそうな気がしないでもない、でもイジる。


 そして。

「少なくとも四糸乃が嫌がると思ったことはやってないよ。する筈ないだろ」

 えっちいことをしていないとは、言ってない………!?




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Encore before the end


 話の構成こねくり回すよりも実際に書き進めた方が話が繋がるのはよくある話。

 そのせいでよくキャラがその場のノリで暴走するんだけどな!




 

 天宮市陸上自衛隊駐屯地機密区画。

 

 市民・マスコミはもちろん一般職員も踏み入れない、特殊部隊に割り当てられた隊舎。

 一般に情報の公開されていない“生物災害”に対策する為の部隊ASTの拠点としては、演習場や武器庫など相応の広さのものが割り当てられていても、人数相応最低限までのそこに明らかに過密な人員がその日会議室に詰め込むように集合していた。

 

 空調で無理やり誤魔化している人いきれの中で無表情をその場のほぼ全員が保っているのは、見た目の不気味さは別にして軍人のあり方として考えると評価に値するのかも知れないが―――モスグリーンの“制服組”が何かを押し殺すように表情を固めているのに対し、対比するように黒いスーツを着た集団は何の感慨も無さそうに口を引き結んでいるだけで、雰囲気で言えばまるで対照的だった。

 

 それもその筈、スーツの集団はそもそもが軍人ではないのだから。

 

「共同作戦、ですか………」

 

「ええ、“ご協力”よろしくお願いします」

 

 AST隊長、日下部遼子は済ました表情で書類を渡してくる白人女性に抱く隔意を毛筋ほども表に出すことなく、一刻も早くこの密集空間を解散させるべきと心に必死に言い聞かせていた。

 

 近年の精霊出現の増加傾向の中、上層部から降りた辞令――――自分達の制式装備CRユニットの開発元のメーカー・DEM(デウスエクスマキナ)インダストリーの私設部隊との合同作戦。

 内容は、対精霊戦における新方式の装備および運用の実戦検証、その補佐として作戦区域外にて不測の事態に備えること。

 

 つまりは精霊と戦闘する実験がしたいからどいていろ、と言われているのだ。

 言うまでもなく無茶苦茶なのだが、軍上層部と兵器開発メーカーの分かりやすい癒着がこの名ばかりの合同作戦に現れていることを実感してもどうしようもない。

 

 どうしようもない、のは分かってはいる。

 だが、国民の為に戦う最前線の軍人の矜持が、上層部(うえ)でついた折り合いに現場で食い下がるような事を言ってしまうのを抑えられなかった。

 

「しかし、実験というのは………精霊相手に、それもAAAランク・〈プリンセス〉を想定してなどと―――、」

 

「あら、信頼できるデータがあるからこそ我が社はより高性能な装備を貴女方に提供できるのです。お分かりでしょう?」

 

「……。だから、私達に精霊出現に際してもただ見ていろ、と?」

 

「仕方ありません。こちらも危険は承知していますので、残念ながら“練度に差のある連携への不安要素”を現場に持ち込む訳にはいかないのです」

 

「――――ッ」

 

 淡々と見下した事を言ってくれる金髪女を頭の中で何十回も銃殺しながら、ぎりぎりのところで激昂を抑え込む。

 これ見よがしに視線で差されたのは、去年に一週間ASTに出向してきた泣きぼくろの特徴的な黒髪の少女、崇宮真那。

 欧米人の多いDEMの部隊にあって目立つ黒髪黒眼に、更に歳の頃もまだ中学生ほどの彼女に―――、しかし演習において部隊の全員がかりでも彼女一人を墜とすことが出来なかった。

 

 その厳然たる事実を差され、反論も封じられる。

 そして、だから、自分達が護る国土の上で外国人が災害相手に好き勝手に“実験”を行うことも、ただ見過ごすしかない情けなさを言わずとも部下全員で共有するしかなかった。

 

「他にも、何か?」

 

「………いえ、ありません」

 

 まだ自分も部下達も抑えが利く内に話を切り上げる。

 他に選択肢を持てない惨めさを、その身にひしと刻まれていた。

 

 

 

 

 

 そんな知らない仲でもない相手達が背中にネガティブな感情を負いながら静かに部屋を出て行く後ろ姿を、内心で嘆息しながら見送る、話題に出た少女、崇宮真那。

 

(なに私をあてつけにしてやがるんですかメイザース執行部長。勘弁しやがりくださいませです)

 

 無駄に敵意を煽る上司のこのようなやり方には、以前からいまいちついていけなかった。

 

 相手は選んでいるのだろうが、だからこそ共感できないし、そのとばっちりが来るのもごめんだ。

 周囲に人種差別主義者が多い中で日本人の真那が実力主義でもって部隊のナンバー2を出来ているのは、彼女と彼女が忠誠を捧げるDEM総帥・アイザック=ウエストコットが能力に主観を交えずに評価した結果だろうと思ってはいるが、自らを“世界最強の魔術師(ウィザード)”と自負して止まない彼女は単に自分と社長以外全てを平等に下に見ているだけなのではないか、と思う時もある。

 

 世界最強、と大きく出るに相応しい実力を備えているのも、寧ろ人類ほぼ全てを見下してみせる自我の強さがその一因なのではないか、と意地の悪い考えまで浮かんだ。

 

 さっぱりした性格の真那は普段こんな考え方をすることは殆どないが、それだけ気分の悪くなる一幕でもあったことだし、彼女個人にも事情があった。

 

――――これ以上〈ナイトメア〉を、追うな、と………!?

 

――――無駄と分かっているものにコストを掛ける訳にはいかないからね。ああ、君一人の責任ではないよ。我々はあの精霊が分身を使うこと、時間を制御する天使を使うことすら知ることが出来なかった。そんな状態でアレを殺し切ることに挑戦できるかね?精霊二体相手に勝ってみせた〈ナイトメア〉を?

 

 昨年の精霊同士の戦闘が起こるまで、能動的に人間を殺して回る最悪の精霊〈ナイトメア〉が現れては殺し、殺した筈なのにまた現れるのをまた殺しを繰り返していた真那。

 分身というそのカラクリが判明したことにより、その因縁は社長直々に預かりとなってしまっていた。

 

 自分の所属は営利企業で、〈ナイトメア〉討伐はその死体を実験サンプルとして解析する為のものであったが、時間経過によって実験施設に運び込むまでにその死体が消滅してしまうその原因も判明し、現段階でDEMが〈ナイトメア〉に手を出しても益は無いと判断した、という理屈だ。

 

 自分達はヒーローではない。

 やっつけたい悪を好き勝手に相手することは出来ない。

 そう行儀よく納得出来れば、どれだけ良かったか。

 

 今も世界のどこかで〈ナイトメア〉は殺戮の限りを尽くしているかもしれない。

 

 なのに自分は今こんな場所にいる。

 こんな“訳のわからない”作戦に従事する。

 そのことに苛立ちと鬱屈を抱えながら、真那は指示を出す自らの上司、DEM執行部隊ナンバー1、エレン=メイザースを静かに眺めていた。

 

 

 

 

 

 妙、不自然だ。

 

 今回のDEM部隊の“実験”に対し違和感を抱くのは、折紙でなくとも当然である。

 ASTとの両部隊の会合にもなっていない会合の後、昨年の出向期間中に話をする程度には関係を構築していた真那の愚痴を一方的に聞かされた折紙は、“実験”とやらが額面通りのものでないことは把握出来ていた。

 

 真那が機密に触れる事項を漏らした訳ではないが、DEMの抱える最精鋭の魔術師(ウィザード)達が支社があるとはいえわざわざ日本に集められたという話をされればどう考えても変だと思うし、しかも現地の軍にもこのようなごり押しの対応なのだから無茶苦茶にも程がある。

 

 だから何だと言えば、折紙個人としては例えDEMの思惑がどこにあろうと興味は無い、が。

 時期がまずい、と考えた。

 

 推論と予測、それもかなり荒唐無稽な想像も含まれているが、『バイト』とやらで精霊絡みで何か動いているらしき五河士道。

 彼が作戦中に関わりを持ち、DEMに目を付けられるという事態になればろくなことにならないとしか思えない。

 

 だから帰りしなに士道に忠告しに行ったのだが、………その時彼と一緒に〈ハーミット〉がいた。

 例によって精霊反応は検出されないのだろう、八舞姉妹などと同じように彼に甘えて楽しそうだった。

 

 これでは、生半な対応では却って事態を悪化させるだけだと思った。

 

 だから。

 

 

「んむー!むーーーーっ!!」

 

 

 彼を“保護”したのも仕方ないこと。

 

 DEMの作戦終了・撤収まで士道を匿い、ついでにその期間彼に精霊に対する正しい知識を徹底的に教えるのだ。

 それだけでは彼も退屈であろうから、そこは自分との愛の時間にもしたいと考えている。

 

 翌日の学校で、昨日の今日で放課後二人きりの話がしたいと言い、誰にも行き先を言わせないで折紙の自宅まで誘い込めたので“奴ら”の妨害も無い。

 見返りも無く親身になってくれる信頼出来るクラスメイトと思ってくれていたおかげであっさりと事が進んだ、なんでもお礼を―――なんかお礼を、というのが正確なところだが都合よく改変を起こしている―――すると言われた時にのちのち意味を持つのだと自分に言い聞かせ断腸の思いで遠慮した甲斐もあったというものである。

 

 ジャミングもばっちり、携帯電話の電波から追われることもない。

 玄関を開けたところに不意打ちのスタンガンで失神させ、ベッドの上に移動させる。

 丈夫な麻縄で手足を縛り、猿轡を噛ませ、さてまずはパンツを開陳――――と思った時、折紙は自分の犯したミスを思った。

 

 

――――脱がしてから縛った方が、エロかったかもしれない………っ!!

 

 

 弱い電圧だったので失神させていた時間も短かったが、折紙も仮にも軍人、油断して不意打ちを当てた素人一人を剥いでから拘束するのに何の支障もなかったのに。

 

 しかし今さらやり直しというのも盛り上がらないし、やった彼女ですら拘束を解くのは手間が掛かるくらいにぎちぎちに縛って特殊な接着剤で上から固めてしまっているのである。

 

 まあ服の上から緊縛というのも風情があっていいか、と気持を切り替えた折紙に何故か手段と目的の逆転という単語が過ったが、一秒後にはそのまま過ぎ去っていっていた。

 

…………もしかしたら、手段も目的も五河士道を愛することであるのなら、逆転も何もないのかもしれない。

 

 だから、今飛び立つのだ、めくるめく愛の柵の中へと――――、

 

 

『Alart 精霊出現 AST各位は――――、』

 

 

(……………いいところでっ!)

 

 いかなる運命の悪戯か、彼女の邪魔をしたのはやはり“精霊”。

 

 AST隊員として、例え見ているだけで終了の作戦行動になるとはいえ出頭しない訳にはいかない。

 端末から、前兆である空間震の予測被害半径に自宅がないことを確認すると渋々折紙は家を出る、施錠代わりにありったけのトラップを全て作動させて。

 

「…………いい子にしてて」

 

 そう言い残した、彼女の想いは――――。

 

 

 

「―――――〈贋造魔女【ハニエル】〉、〈氷結傀儡【ザドキエル】〉」

 

 

 流石に聞く訳がなかった。

 

 士織に変身し、体が小さくなって緩んだロープを零下数十度まで瞬間的に凍結することで粉々に砕く。

 手足を振って感覚を確認しながら、少女姿の士道はゆっくりと立ち上がった。

 

「ええっと、そういうこと、だよな…………?」

 

 士道の認識では折紙は単に士道を家に監禁してわいせつな行為に走ろうとした―――言葉を飾らないなら痴女でしかない。

 まさかこれが精霊絡みだとは分かる訳がなかった。

 

 士道に分かったのは、クラスメイトの折紙がかなり歪んだ形だが士道に好意を持っていたということだけ。

 

 どうしたものかと思ったが外から響く空間震警報の音にそれどころではないと思い、まずはシェルターに避難――――と走り出そうとして、止まった。

 

 その眼前を素早く通り過ぎる、見るからに何かの液体が塗ってある飛針が反対側の壁に突き刺さる。

 

「……………」

 

 見れば元からそうだったかのように綺麗に偽装されているが、床や壁紙の一部に一度剥がして元に戻した継ぎ目が見受けられた。

 脱出防止用のトラップまで仕掛ける執念に戦慄する。

 

 だが、それでも留まっている訳にいかない士道は強硬手段に出た。

 

「あああなんとなくごめん鳶一!」

 

 玄関を氷漬けにして、全てのトラップを無力化させる。

 

 そうして脱出した士道だが、時間を取り過ぎたようだった。

 

 肌にびりびりと圧が走る、形無い空気が軋みを上げ、逃げ惑う。…………何から?

 

「これが本物の、空間震…ッ!?」

 

 マンションの折紙の部屋を出た士道の眼下に、その黒は膨張しその空間に収縮を強いる。

 そこに無い筈のものは世界に満ちることが出来ないのに、そこに在る矛盾が秩序を打ち壊していく。

 

 一切合財を抉り取る、残るは虚無――――それは、爆発と真逆の爆発だった。

 

 





 それぞれの登場人物達の考えとか、結構シリアスにやるつもりだったんだけどなー。

 折紙さん舐めてた………

 次回より、十香編です。



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十香エスケープ


 この小説で折紙が変態行動に走るとランキングが上がる法則。

………みんな好きだねえ。だからってそればっか書く気も無いけど




 

 五河士道は柔らかな少女の面を憂鬱げに沈めながら、空間震によって球形に抉られた街の一区画を折紙宅のマンションの屋上に上がって見下ろしていた。

 士織と呼ばれている姿で吹き抜ける風に伸びた髪を煽られながら、無人の破壊された街を眺めているのは酷く侘しげな絵面となっているが、そんなことを考える訳もないその内心は、単に困り果てて途方に暮れているだけである。

 

「…………どうしよう」

 

 しばらく行く当てもない。

 今からでも入れるシェルターは無いだろう、災害中に開くシェルターなどあったら大問題である。

 

 空間震警報が人々の日常となって久しく、その避難の態勢もしっかりと整えられていた。

 動けない重病人や老人はいつでもベッドごとシェルター直結のエレベーターに搬入できるようにしておく義務が医療施設類には法で定められているし、その他事情があっても基本的に掛かっているのは己の命となればそれこそ必死で災害からは避難するだろう。

 そんな世の中、監禁されていたせいで本震から逃げ遅れたという士道はあまりにレアケースだった。

 

 幸いにも空間震自体には巻き込まれなかったが、空間震はあくまで精霊がこの世界に現出する際に付随する現象であることを、士道は知っている。

 すぐに始まる筈だ、人間に“災害”とされた精霊と、そんな精霊を“排除”しようと銃口を向ける人間達の戦争が。

 

 否―――既に始まっていた。

 

 火薬が炸裂する、耳を貫くような超音速で撃ち出された銃弾の悲鳴。

 それも甲高い乾いた音ではなく、大口径の重い鉛を叩く轟音。

 

 人の営みの絶えた街のアスファルトに反響しながら、砲火はその音を追い越す速度で獲物に喰らい掛かる。

 一直線に放たれる獣―――その主である狩人もまた、鋼の武装で身を固めていた。

 背の装備から青白い光を噴出し、その反作用で為す翼を以て空を翔る狩人達の呼び名は“魔術師(ウィザード)”。

 その数、ざっと二十。

 

 それにたった一人で応戦する精霊は、対照的に幻想を思わせる騎士鎧姿だった。

 腰回りを保護するのは文字通りのスカート、長く艶やかな黒髪を纏めるのは兜の代わりに大きなリボン、しかしプレート部分はもちろん紫を基調とした布地も薄白い飾りも、霊装だとすれば防御力はそれこそ人智を超えるものだろう。

 

「…………夕弦や耶倶矢のよりか、よっぽど防具っぽいな」

 

 というより精霊の最強の盾である霊装がドレスや魔女コスチュームでない真っ当な鎧のデザインであったことに何故か注意が行ってしまった士道の、彼女に対する初見の感想だった。

 

 まあその防御力はやはり大したもので、銃弾程度なら避けるまでも無く全て弾き、魔術師(ウィザード)達と違い何の補助具も無く身一つで空を舞う彼女の速度を緩めることすら無い。

 そしてそんな彼女に業を煮やしたか、何人かが手にSF映画そのものの光る剣を装備し、切り掛かる。

 レーザーなのか不思議粒子なのか知らないが、その剣ならば霊装を突破できるのか否か―――人の形をしている存在が切り刻まれるのを見たいとは思わないので知りたくも無いが、それは精霊の彼女も同じようだった。

 

 一瞬虚空より現れて霞んだ何か―――鞘、というよりは匣のように見えた―――黄金色のそれから抜き放つ、薄く輝く幅広の大剣。

 ただの少女と体躯はまるで違わぬ、その細腕がその重量武器を鮮やかな軌跡でもって一閃すると、切り掛かった者の内二人がいとも容易く弾き飛ばされる。

 

 そしてすぐに左から打ち掛かってきた後続を、柄から離した片腕一本でこともなげに相手の手首を掴み、背中に来た刃を同じく剣で迎撃し、そのまま流れで柄頭で打ち据えた。

 そのまま掴んだ手首を引き寄せ、その主目掛けて大剣で突き刺す。

 翠に輝く半透明の膜―――彼らを彼らたらしめる万能の力、“随意領域(テリトリー)”が魔術師(ウィザード)を守ろうとするが、その護りは容易く貫かれ飛行用の装備を失うこととなった。

 

 翼をもがれた敗者を精霊は地面へと放り捨て…………同時に、その周囲を包囲するように飛んでいた者たちの内一人がふらふらし始めたかと思うと、そのまま力を失い同じく墜落の途へと転がる。

 最初の一閃の際に、その刃の軌跡の延長線上にいた者だ。

 

 あの精霊の武装たる天使の能力―――あの大剣で、全てを切り裂く、刃が届かないような遠く離れた距離までもを。

 

 理屈を超えた感覚的な部分で何故か士道はそれを把握すると、同時にあれ、と思った。

 

 相手を全滅させるならその隙はいくらでもあった。

 向こうの遠距離攻撃は、ミサイルを撃ち込んでも霊装の前には目くらまし程度にしかなっていない以上効果は無い。

 ならば気にせずに全力で前に突っ込みながら適当にあの大剣を振り回せばそれだけで勝負は着く。

 単純な戦法故に付け入る隙が見つけにくい、絡め手に走ろうがそれは彼女の突撃と剣戟を僅かにでも逸らせるレベルの何かが無ければ成立しない策なのだ。

 

 だが魔術師(ウィザード)達と精霊は戦っている、戦いが“成立している”。

 

「あしらっているだけ、なのか?」

 

 相手が行動不能になる程度にはその大剣を振るってはいるが、淡々と近くの相手から無力化していく様には攻撃してくるから攻撃し返しているだけという印象が伝わってきた。

 

 精霊と人間の隔絶した実力差。

 だとしたら、この戦場に何の意味があるというのだろう。

 

 士道はなんとなく虚しい気持ちに駆られた。

 

 そんな精神的余裕を持って彼が客観的に見れば敵か味方か謎のヒロインよろしく戦場を観察しているのは、単に巻き添えを食らうのを恐れてだったが。

 1キロメートルは離れた士道の位置からは精霊と魔術師(ウィザード)達が戦っている様子などハエが踊っているのと変わらないサイズでしか見えないが、〈贋造魔女【ハニエル】〉によって変身した体でなら捕捉することが出来る。

 我武者羅に背を向けて離れるよりは、何が起こっているのかを常に把握しつついざとなれば天使で自衛した方がいいか、という判断だった。

 

――――それが、吉と出たのか凶とでたのか。

 

 どうにもならない状況を打破するカード、カラーリングも武装の物々しさも他と一線を画す魔術師(ウィザード)の増援が二機、天より舞い降りる。

 

 あからさまな真打(エース)登場といった風情に反することはなく、その二機は曲がりなりにも精霊と凄まじい速度で何合も刃を交わし、隙を見ては砲やミサイルを直撃させている。

 霊装に大した被害も受けてはいなそうだったが、その実力を持つ敵が一人ならともかく二人で連携を取られるのは面倒だと判断した様子だった。

 二人が合図と共に同時に左右に離れ、残っていた他の者らで浴びせかけた一斉射撃の粉塵を突っ切って、少し離れたマンションの屋上に仕切り直しとばかりにその精霊は降り立って足を付いた。

 

 

 そう、何の冗談なのか士道のいる場所、真横に降り立って。

 

 

「……む?ッ!!」

 

「のわっ!?」

 

 咄嗟、といった反応で精霊が振るう大剣、こちらも士道は咄嗟に防いだ―――両の掌で速度の乗った斬撃を挟み受ける、白刃取りで。

 

(こ、怖……っ、二度とっていうかまたやれって言われても出来る気がしない………!!)

 

「私の〈鏖殺公【サンダルフォン】〉を、素手で………っ!?」

 

 命が懸かっていると無茶もできるのだなと己が為した曲芸に驚いていると、精霊の声が聞こえた。

 

 よく通る、濁りのない澄んだ声だった。

 同時に、警戒に満ちて固く鋭く絞り出されていることに気づき、士道は慌てて釈明した。

 

「まて、違う!別に俺は君の敵じゃない!!」

 

「信じるかっ、おまえは何だ!?」

 

「本当に違うって、大体俺君のこと知らないし、敵も味方もあるわけないだろ!?」

 

「………ッ!」

 

 睨みつける精霊の紫水晶の瞳の色が印象的な、例に漏れず他の精霊の女の子達に負けず劣らずの美少女。

 だがそれゆえに、全力で凄まれると迫力も相応だ。

 

 

「私だって知らない………“なのに”敵なのだろう、おまえ達は!?」

 

 

「―――!?」

 

 その半ば叫ぶような訴えは、士道の心の何かを掻き毟った。

 

 知らない―――そうだ、夕弦や耶倶矢、四糸乃は最初に会った頃人間について、人間と精霊の関係についてどれほどのことを知っていただろう?

 七罪や美九は例外として、確かに知らないことは多くて………なのにこの世界に現れたというそれだけで命を狙われ続けるのだ。

 八舞姉妹にとってのお互い、四糸乃にとってのよしのん、そんな心の支えが見つけられなかったとしたら。

 実際に可能かは別としていつもいつも理由も分からず命を狙われ続ける、一人ぼっちで。

 

 それが今までの彼女だとしたら、なんて――――。

 

 

 そんな考え事を長くしている時間も無かった。

 

 空気を撹拌する音に、一瞬彼女を見失った魔術師(ウィザード)達がこちらに向かってくるのだと耳で理解する。

 士道にとってまずい状況だった、このままこの精霊に敵だと思われて斬りかかられ続けるのも危険だし、それに対処する様子をその他に見られるのも嫌な予感しかしない。

 

 どうする、どうするべき、どうすればいい。

 焦りのままに絡まる思考の中で弾きだした結論、それはある意味自棄を起こしたようなとんでもないものだった。

 

「敵だっていうんなら……俺を人質にしろっ!」

 

「な、何!?」

 

 掌に捉えたままの大剣―――〈鏖殺公【サンダルフォン】〉とか言ったか―――の刃を自分の首筋に当て、精霊の懐に潜り込むように体を滑らせる。

 固いような柔らかいような、いつだか触った七罪のそれともまた違うなんとも言えない霊装の感触が背中に当たっていた。

 

「一体何のつもり……!?」

 

「こっちにも色々事情があるんだよ!いいから、上手く行けば君もこの場は戦わずに切り抜けられるかもしれないからっ」

 

「むぅ…」

 

 そうこうしている内に魔術師達は集まってくる、包囲するようにされているが不審な一般人が精霊といるというイレギュラーな事態に困惑している様子は伝わってきた。

 

 精霊の少女もやることにしたらしく、士道の首に当てられた大剣を閃かせ声を張り上げる。

 

「うごくなー、うごいたらこやつの命はないぞー」

 

「逃げ遅れて…………たす、助けてください……っ、お願い……!」

 

 棒読みなんとかならなかったのか、とツッコみつつも迫真の演技でカバーする来禅高校文化祭アイドルしおりん。

 瞳に涙を溜め、空を飛んでいる相手の位置的にウル目で上目遣いで哀れな少女を演じる。

 その顔を見せられれば、男はもちろん女性すらも庇護欲に駆られても不思議ではなかっただろう。

 

 だが、目があったのは、例のエース格らしき二人の内、装備に引っ掛かりそうなストレートロングの髪を伸ばした女性。

 彼女は怜悧な表情をぴくりとも動かさず、

 

「そうですか、それはそれはとても――――、」

 

「助けて………、え?」

 

 

 

「――――運が悪かったですね」

 

 

 

 向けられたのは、今にも放たれるのを待っていると言わんばかりの仄かに輝く太い砲口。

 引き金と共にそこから光が溢れ出し―――。

 

 屋上が最上階と繋がる、大穴を開けてそこに陥没させた。

 

 

 

 

 

「なんだあの女、無茶苦茶やりやがる………!?」

 

 かろうじて士道も精霊も無事だった。

 余波はともかく彼女らに向かってくるエネルギーは全て天使に切り裂かれ、その隙に一緒に離脱したのだ。

 

 ノリと雰囲気で押し切って精霊の少女に掴まらせてもらい、マンションを一気に“飛び”降りてマンホールから地下空間へと潜り込んだ二人。

 空間震対策として地下シェルターの発達したこの天宮市は、その類の設備に事欠かない。

 受験の終わってから高校に上がる少し前の時期、八舞姉妹と探検と称してあちこち、今思えばどう考えても関係者以外厳重立ち入り禁止な区画も走り回ったのは懐かしくも忘れたい、だが今現在役に立っている思い出である。

 

「何が地下巣宮(アンダーグラウンド)………英語にしただけじゃないかよ」

 

「?何の話をしているのだ?」

 

「いや、独り言…………はあ」

 

 重い、それはもう重い士道の溜息をどう取ったのか、精霊の少女は何故か気遣うように士道に話しかけてきた。

 

「おまえ、本当に奴らの仲間ではなかったのだな……」

 

「ああ……あんな危ない女を知り合いに持った覚えはないな」

 

 彼女にそう返し、しかし一応一度殺意を持って刃を向けられた身としておまえ呼ばわりされ続けるとなんだか少し怖いので、打ち解ける最初の一歩を踏むことにした。

 

「そうだ、俺は五河士道。好きに呼んでくれればいいから」

 

「そうか、シドー。……………そうか。すまぬが、私は名乗れない」

 

「え?あ、いや、別に名乗りたくないなら―――、」

 

「いや、言葉通りの意味だ。私に名は無い。だから名乗れない」

 

 地下の黄色の照明に、目を伏せがちにして寂しそうな表情で言うのが見えた。

 士道も、静かに言葉を返す。

 

「そうか。じゃあ、なんて呼べばいい?」

 

「え?」

 

「いつまでも君とかお前で済ますわけにもいかないだろ?」

 

「………私に名があれば、呼んでくれるのか?シドーは」

 

「当たり前だろ」

 

「っ、……!」

 

 ぴくりと、一瞬だけ上げた視線が士道のそれと交わった。

 何かを確認するように、それを通して士道の瞳を覗くと、彼女は言った。

 

「だったら、シドーが名付けてくれ。呼びたいようにな」

 

「え………?」

 

 命名と聞いて、一瞬狼狽するが、急でもなんでもここは応える場面だと気を取り直した。

 

 下手に意味を持たせるのは未だにクラス名簿で七罪の名字をまともに見られない的な事情があるのでパスするとして――――。

 

 

「十香(とうか)。十香………どうだ?」

 

 

 周囲の精霊が何故か揃いも揃って名前に漢数字が入っているので、なんとなくで十を入れた名前と音感から出て来た名前だった。

 それを受け取った少女は、反芻するように小さく繰り返し――――。

 

「十香、トウカ、とうか、十香…………それが、私の名前なのか。そうだ、私は十香だ……っ!」

 

 

 小さく、微笑んだ。

 

 

 それが、士道の初めて見た、彼女の悲しそうでない顔。

 

「シドー、シドー」

 

「十香。………でいいのか?」

 

「うむ。――――ありがとう、シドー」

 

「え?」

 

 いきなり肩を掴まれ、困惑する士道。

 十香と名の付いた少女は自信ありげな仕草で、どこかわくわくしている様子でこちらを見ていた。

 身長差の関係からやや見上げる形だが、強い紫水晶の眼光が意味も分からず士道を熱く見つめてくる。

 

 そんな彼女の意志の在り処は―――――、

 

 

「よし、安心しろ。シドーは、十香の名に懸けて私が護ってやるぞ!!」

 

 

「………お、おう?」

 

 盛大に何かを勘違いしている気がするような、底抜けの善意だった。

 

 

 





 何故か十香主人公な視点で見ると「今明かされる衝撃の真実ゥー!!」みたいな裏切り方されても驚かれないくらい怪しい登場の仕方でしたしおりん。

 まあなし崩しで関わっちゃった士道さんがそんなことする訳ないんですが。


 そして名づけイベント、この後あの作中最も厨二な感じのするあの名字を付けるのは、当然―――。

 あれ、原作で名字付けたのって令音さんだっけ。
 やっぱり士道さんの□□□□□ですわ、これは



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十香ネームド


 名前をもらった。

 存在の認識、自分が自分であると言える拠り所。

 くれたのは、暖かく優しい雰囲気のーーーー今まで会ったことも無いような可憐な少女だと思った。
 奇妙な道具に頼ることなく己の剣閃を押し止め、いつも自分の命を狙う奴らから何の躊躇いもなく殺意の砲火を撃ち掛けられたーーーーきっと自分と同じ存在、仲間なのだと思った。

 だから、“彼女”を守ろうと思った。

 そうすれば、そうすればもしかして。


 望んだものは、あるいはたった一つでーーーー。





 

 古くからのナトリウム光によって暗い赤橙色の照明が照らす地下空間で、暫く十香と士道は黙ったまま寄り添っていた。

 一度掴んだ肩を、二の腕を撫でるように下ろしていき、そのまま繋いだ手。

 霊装を解除し、代わりに霊力を編んだ―――よく分からない表現だがそうとしか言い様が無いらしい―――士道の服と酷似した装いになり、そして直接伝わる肌の温もりを掌で確かめていた。

 

 言葉を発することもなく、塗装の為されたコンクリートの壁にもたれながら二人並んで腰を降ろしていた、そのまま十香は緩やかに目を閉じている。

 

 リラックス、しているのだろうか――――それは結構なのだが、会って間も無いのにどうしてまたこんなに気を許されているのかと思うくらいの気の抜けようだった。

 眠り姫という形容がぴったり似合いそうな、動きの少ない表情。

 定期的に意思のある素振りをしているので眠っている訳でもなさそうで、暫く付き合っていたが、訊きたいこともあったのでこの空気を破らせてもらうことにした。

 

「なあ、十香」

 

「む、どうしたシドーっ?」

 

 弾むような反応が帰ってきて、話したくないということもない、ように見えた。

 

「色々と訊かせてもらっていいか、十香のこと」

 

「………………」

 

 だが応とは言わず、開いたばかりの目を伏せる十香。

 その形の良い唇から次に零れた言葉は、少し沈んでいるように感じた。

 

「不毛だ」

 

「え?」

 

「『知らないのに、敵なのだろう』と、言ってしまったな、シドー。

…………すまなかった」

 

「いや、それは……確かにちょっと怖かったけど、仕方なかったんだろ?」

 

「………嗚呼。感謝するぞ、シドー。そう言ってくれるのはシドーだけだ。他は全て―――そういうことだ」

 

「…………」

 

「そんなものを語っても、不毛なだけだ。私はシドーに貰うまで名すら持たなかった身。そんな存在の無為な時間を、どうしてシドーと語らわなければならないのか」

 

「十香…………」

 

 何も知らない、なのに敵。

 十香の周囲には今までそんな相手しかいなかった。

 

 婉曲的にそう語る十香の、照明による陰影の掛かった無表情。

 それは諦めという意味すら知らぬ、己自身のことを何の感慨もなく不毛と切って捨てる悲しい精神性だった。

 

(…………そんなの、ダメだ)

 

 辛い過去があるのなら、せめて未来に希望を持って欲しい。

 士道は五河士道の変わらぬ性として極当たり前にそう思い、………結局いつも通りの厄介事に関わることを決めてしまった。

 

「だったら、これからのことを話そう」

 

「………?私はシドーを護ると誓った。大丈夫だ、違えるつもりは無い」

 

 これからという言葉に士道が不安を感じているのだと思ったのだろうか、気遣ってくれるその優しさが。

 士道はようやく彼女の勘違いの内容をなんとなく察しながらも、痛みと悲しみを堪え切れなかった。

 

「違う、違うんだ………もっと、十香はもっと――――!」

 

「し、シドー?む、むぅ、どうしよう……………、っ!?こんな時にッ」

 

 伝えたい言葉があって、語気を強めるシドーに、おろおろ困ったような十香。

 そんな彼女の体が薄暗い空間に溶けていくように薄まる。

 

 消失(ロスト)。

 

 精霊が不意に異世界に帰る事象に抗いながら、十香は険しい声で言い残した。

 

「言った端から、済まないシドー………!なんとかしてすぐにまた会いに往くからっ!」

 

 自分のことには何の希望も持てないのに、士道を心配する悲しい優しさ。

 せめて彼女に、何か言えることを。

 だが探そうとしても時間がある訳ではない…………結局出たのは、ありきたりの短い言葉で。

 

「十香、またな!また会って、話を………!」

 

「…………!」

 

 またね。

 

 再会を期する言葉、それに十香は何を感じたのか。

 薄れて消えたその表情は、少しだけ笑っていたような気がした。

 

 

 

 

 

 暫くして、警報が鳴り止んでから美九の家に顔を出した士道だが。

 

 いつもの四人がいるのはまだいい、何故か四糸乃と琴里まで居て、全員から妙な視線をぶつけられているのだ。

 

 一体何が、と思いながら恐る恐る何事かを訊ねると、七罪がため息まじりに如何にも呆れています、といった様子で吐き捨てる。

 

「士道は本当に士道よね、色々と無茶苦茶するし無茶苦茶にするし…………」

 

「え、え?」

 

 それに息を合わせてきたのはなんと琴里だった。

 七罪達とは微妙な関係だった筈だが、この時ばかりは何故かそんなものを感じさせない。

 

「連絡もつかない状態で、一体何やってるのよこのバカ兄は…………」

 

「あ、…………って、ああ!?」

 

 そう言えば念のためとかいいながら携帯を折紙に没収されたままなのを思い出しながら、ふと部屋に備え付けのテレビーーーだいたいどの部屋にも付いているーーーを見ると、そこに写っていたのは凶悪な精霊に人質にされて涙目で助けを求める悲劇のヒロインしおりん。

 

 愕然とする士道に、いかにも楽しそうです、みたいなジェスチャーのうさぎパペットが止めを刺す。

 

『士道く…………間違えた士織ちゃん、四糸乃が言いたいことがあるんだってー』

 

「いや間違えてない――――って、よ、四糸乃?」

 

 士道に呼び掛けられた四糸乃は、もじもじしながらも距離を詰め、躊躇いがちに―――言った。

 

 

「え、えっと―――――――可愛いですね、士織さん」

 

 

 ざくっ。

 

 

 

 

 

 時間を少し巻き戻して。

 

 

「精霊反応、消失………」

 

 地下に潜伏してしまった〈プリンセス〉の反応が消える。

 無論死んでしまった訳ではなく、“帰った”だけなのであろうが、作戦は失敗という形で終了ということを意味していた。

 

 そのことに落胆する臨時特命実験部隊長エレン・メイザースも、また次回があると自分にか同僚にか言葉を贈るが、副隊長崇宮真那は全く別のところで酷い後味の悪さを覚えていた。

 

 避難し遅れ、〈プリンセス〉に人質とされていた少女。

 何故か見覚え………というよりも親近感を覚え、しかしエレンに一片の躊躇なく切り捨てられ恐らく死んでしまったであろう少女。

 

 真那にエレンの判断自体を非難する気は無い、精霊が人間を人質に取ったケースなど聞いたことも無かったが、あそこで引けば味を占めて以後も繰り返されるようになる可能性が高いし、そもそも軍人でない自分達に民間人を気に掛ける義務など欠片も無い。

 

 気にするような企業イメージも無い場所であるし、如何な不幸であろうが逃げ遅れるのが悪いということで、冷たいようだが理屈は通っているのだ。

 

 だが、感情では納得出来ない何かが蟠る。

 彼女の顔を見た時に感じた、自分はこの人と会ったことがあると断言出来るくらいの感情。

 

 それは過去数年分しか記憶の無い真那にとって、自分の過去、そして生き別れの兄の手掛かりになるかも知れなかったということで、自分勝手な気もするが無性に残念に思った。

 

 

 それとはまた別の意味で、またため息を吐きたくもなるが。

 

 勝手に自国民を切り捨てられて怒り狂わない軍人が果たしているだろうか――――そういうことである。

 

 すれ違う相手相手からきつく睨まれるのを覚悟して帰投した真那だが、それどころではないと言わんばかりの慌ただしい空気に出迎えられる。

 そこで聞いたのは、昨日愚痴に付き合わせてしまった友人の悪い知らせ。

 

「鳶一一曹が倒れた……!?」

 

「ええ。――――彼女、昔両親を目の前で精霊に殺されてるの。それも“光に包まれて”、遺品も残らない状態でね」

 

「…………っ」

 

「人質にされてた子とは随分大切な仲だったみたいよ、姿を見るや形振り構わず作戦無視して駆けつけようとしてた位には」

 

 それを同僚に制止されている間に、かつてのトラウマを再現するような形でその死を見せつけられた。

 その瞬間、魂まで振り絞った様な叫び声を上げ、文字通り血を吐いて失神したのだと。

 

 そう冷たい眼で睨み付けられながら語る陸自の隊長に、頭を下げるしか出来ずに退いた真那。

 

 基地の敷地を離れながら、もはやため息すら出る気分ではない彼女の心の中に、季節外れの寒風が吹き付けながら絶えず問い掛けていた。

 

(私のやりたいことって、こんなことでやがったのでしょうか―――)

 

 記憶も無く身寄りの無い自分の生活の面倒を見てくれたDEM社。

 だがそこに感じる恩は、忠誠に変わることは決して無いのだと、そんなどうしようもないことだけを、確信していたのだった。

 

 

 





 たいへんだしどうさんがしんだー(棒)

 でも割と折紙さん自業自得だったりするわけで、十香編で完結の予定だけどもし折紙編やるなら病院のベッドで心神耗弱の折紙にファントムが――――なんて構想なのは秘密。
 まあ、新巻の展開とモチベ次第かなぁ。

 構想と違う場合?
 すぐに士道さんが無事なの知って元気に復活、くんかくんか再開するんじゃないかなぁ。



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十香ホープ


No.39は関係ないです。




 

 士道が〈贋造魔女【ハニエル】〉によって変身した姿で精霊・十香に遭遇した日。

 

 思えば学校帰りに拉致監禁させられかけ、そのタイミングで空間震に巻き込まれて逃げ遅れ、精霊と軍の戦闘を生で観戦した挙げ句精霊に斬りかかられた後に女子の姿で勘違いされてなつかれた。

 

 もはや何が何やら…………な状況は今に始まったことではないので慣れたものな士道だが、流石に色々有りすぎて精神的に疲れが隠せない。

 

 当然相応、というか寧ろ体感よりも短い程度の時間は経っていて、まずは様々な原因によって傷んで使い物にならなくなった制服から着替えると―――女の子の家に士道の着替えがあることに琴里が冷たい視線を浴びせてきたが今更過ぎるので開き直った―――すぐに夕食の時間となり彼への皆の追及は一旦切り上げられた。

 琴里だけハブる………なんてこともなくいつもより急に増えた七人分の食事を見事に作りきった耶倶矢と夕弦特製の夕食を味わう中、美九達の気遣いで落ち着いた空気の中でゆっくりした時間が取れたのはいつものことだがその思い遣りがありがたい。

 

 食後は尋問再開なのだが。

 とはいえ、多少は回復したので頭もましな速さで回転するようになり、琴里のいるこの場で何を言っていいかを慎重に考えなければと注意する。

 

「で、士道?どうしてあんな珍妙な状況になってたのよ」

 

「い、色々あったんだ色々!」

 

 折紙に監禁させられかけたことは――――単純に好意の暴走としか思っていない士道からすれば個人的というか自分と彼女の間で解決すべき問題なのでここで言うことではないこと。

 

………監禁は当然に犯罪なのだが、その気になればすぐに脱出できた以上そこまで話を大きくするつもりはないという考えの士道は大物と言えば大物なのだろうか。

 

「それは色々あるに決まってるでしょうね………っ。女装して精霊と会って人質にされた挙げ句撃たれるなんて不思議体験あなた以外後にも先にも誰もしたことないわよ!」

 

 その理由を訊いているのだと興奮して言いつのる琴里を宥めつつ、士織の姿が天使によって変身したものではなくただの女装だと思われているのを見て取った。

 まあ当然だろう、〈贋造魔女【ハニエル】〉によって姿は女性の体格に調整されるとはいえ身長が縮むわけでもなし、まして遠くからの映像では士織=士道を見抜いてもそれが超常の力で変身していると考えるよりはまだ現実的なただの女装だと普通は考える。

 

 つまりは、士道が封印した精霊の能力を扱えることも、向こうが勘違いしている内は言わない方がいいのだろう。

 

「その、あれだ。話せば長くなるというか、複数の人間の名誉に関わることだから………」

 

「そーね。女装する兄を持つなんて妹の私の名誉にも関わってくるわね」

 

「だから事情があるんだって!」

 

「女装してたこと自体は否定しないのね、うわー残念だわー今度からおねーちゃんって呼べってこと?死んでもごめんだわー」

 

「心にもないことを………大体お前だけには言われたくないんだよ似非女王様が」

 

「んな………あれは神無月のバカを制御する為に仕方なく―――!」

 

「女王様やってること自体は否定しないんだな、うわー残念だわー今度から琴里様って呼べってことか?死んでもごめんだわー」

 

「っ、この…………!」

 

 

「なんというか、これは」

 

「嘆息。似た者兄妹というか、どっちもどっちというか」

 

「…………私が根本の原因だけど、士織に関してはあなた達と美九の悪ノリが九割でしょうに、何外野でやれやれしてるのよ」

 

 

「………………くぅ、うにゃ」

 

「四糸乃さん、眠いですー?ベッド使いますかぁ?」

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶ四糸乃はばっちり………」

 

「えーっと、よしのん喋れてないですよー?」

 

 

 なんというか、真面目な話をする空気からどんどん遠ざかっていく訳だが何故か煽り合戦を始めた士道と琴里が熱くなってしまって止まらない。

 美九がご飯後の満腹感でうとうとし始めた四糸乃を適当な部屋で寝かしつけてきて、耶倶矢が風呂を沸かして、まず七罪・美九が入って――――。

 

 

「なによ夕ごはんの時だって周りの女の子にあれこれ世話焼かれてデレデレして、将来ヒモねヒモ」

 

「俺にうちの家事全般させておいて言ってくれるな、そういうお前は俺がいないと三日でカップ麺生活になるのが目に見えるぞ」

 

「失礼ね、料理くらいできるわよ」

 

「料理できるのと自炊できるのは別だろ」

 

 

 まだ続けていたので、今度は耶倶矢と夕弦が風呂に入ってきて、それからちょっとして目が冴えた四糸乃が起き出してきたあたりで――――。

 

 

「なに、周りに女の子侍らせてハーレム気取りですか?何の自慢にもならないのよそういうの」

 

「その何の自慢にもならないことを元々俺にやらせる予定だったらしいどこかのどなたさんはどういう了見だったんですかねえ?」

 

 

 

「私の知らないところでやってたのが気に入らないって言ってるのよ!」

 

 

 

「……………………え、お、おう」

 

「っ、は!?ま、待って、今のなし!!」

 

「いや、その、………なんかゴメン」

 

「~~~~~っ!!」

 

 

 唐突に終わった。

 

 もはや逆にここまで口喧嘩のネタが続くあたりこの上なく仲のいい兄妹なのかもしれない。

 

 そんな琴里の状態はあらゆる意味で顔を赤くして息も荒く、士道に対する細かい過程の詰問をこれから出来る様子ではなかった。

 結果的に話が逸れまくったのは狙ってやった――――のでは、間違いなくないが。

 

 

 それでも一番重要な部分の確認だけはどうしてもしなければならないと、琴里は真剣な口調で問う。

 

「士道。これからも彼女―――〈プリンセス〉と、関わっていくの?」

 

「ああ」

 

 返す肯定は即答。

 

「そう。なら、これ」

 

 手渡されたのは、四糸乃の時にも付けさせられたインカム。

 琴里は心なし強く士道の手に触れるように握りこませると、静かに言った。

 

「〈ラタトスク〉は当然全力で支援するわ。だから前回みたいに、勝手に外さないでよ」

 

「…………指示なんてされても聴きやしないかも知れないぞ。というより俺は十香の力を封印しようと思って関わっていくつもりな訳じゃない」

 

 勿論それが最善の選択肢で十香の意思でもあるなら取るのに否は無いが、敢えてそういう言い方にした士道の意図を察し、琴里は本音を語る。

 

「十香、っていうのね………私達は彼女の名前すら知らなかったわ。“精霊を救う“、それだけを考えるなら、士道に好きにさせるのが一番なのかも知れない。…………こういうことを言うのは〈ラタトスク〉司令失格だけれど、そう思う」

 

「……………」

 

「今日は色々あったから、まとめないといけない資料も多いの、私は〈フラクシナス〉に戻るわ。士道はもう遅いし、四糸乃と一緒にここに泊まるのかしら?疲れてるでしょうけれど、暖かくして寝なさいね。夜はまだ寒いから」

 

「ああ。お前も、無理するなよ」

 

 本音ついでだろうか、いつもの黒いリボンを付けている時には中々出ない思い遣りの言葉に士道も素直に返した。

 努力するわ、などと矛盾した答えをしたまま文字通り夜の空に消えていった琴里を見送り、士道は振り返る。

 

 話を見守っていたのは、五人の精霊達。

 一言で語りきれない経緯を士道と辿ってきた彼女達にまずすべきは、頭を下げることだった。

 

「その、ごめん!また勝手に決めてるよな、無茶するってこと」

 

「全くだな。だが――――」

 

 八舞姉妹がしゃがんで、士道の顔を覗く。

 優しい瞳を揺らしながら、熱を移すように交互に額を擦りつけて二人は言う。

 

「回顧。誰かの為に一生懸命になれる…………そんな士道に想われたから、今夕弦達はここにこうしているのです。

――――大事にしてくれるなら勿論嬉しいけど、それで士道が士道を縛るなら、少しだけ、淋しい」

 

「だから気にせず、御主は欲することを為せばいいのだ。案ずるな、五河士道の往く道には常に八舞の加護が付いておるわ!」

 

 夕弦の柔らかな笑顔と、耶倶矢の朗らかな笑顔。

 すぐ近くに二つ並ぶそれがそこにあることにこの上ない幸運を改めて感じる士道に、四糸乃も、美九も、七罪も贈るのはエールだった。

 

「私も、そのおかげで今こうしていられてますから、その………」

 

『士道くんなら大丈夫!それで、よしのん達に手伝えることがあったらなんでも言ってね!』

 

 控えめに、底抜けに明るく、四糸乃とよしのんからは信頼。

 

「その、………だーりん。私達アレな自覚ありますから、ちょっとでも目を離すと不安なのも当然ですよねー?でも、そのぶんだけだーりんと同じように無茶だってできるんです、だーりんの為なら」

 

 美九は、強がり。

 でも、その不安定に揺れる瞳の光には、きっと気付かないふりをしてあげるのが一番なのだろう。

 

 そして、七罪も。

 

「琴里とちょっとだけ、本音で話したわ」

 

「何を?」

 

「結局外野でどうのこうのしたって、士道が精霊をどっかで引っ掛けてくるのは止められない」

 

「う…………」

 

「真っ先に引っ掛かった私が忘れてたなんてね」

 

「―――!?」

 

「何時も通りに引っ掛けてきなさいよ、フォローだってもう慣れたものなんだから。…………そして、あの子も笑顔にしてあげる、そうでしょ?」

 

 十香に何を感じ、どうしたいと思ったのか。

 その詳しいことはまだ語っていないにも拘わらずそこまで言い当てられ、叶わないと思った。

 

 狂三の事件の時の、壊れそうな彼女達の姿を知っている。

 あれは確かに彼女達の一面でーーーーだが、それだけではなかったのだ。

 

 強くなった。

 あるいは士道が知らなかっただけで、その強さは元々そこにあった。

 

 誰よりも近くにいながら、これ程の好意を向けられていながら、気付けなかったことに少しだけ悔しさを覚えつつも、その想いを確かに受け入れた士道。

 

 その夜、少しだけ夜更かしをしながらも。

 寝床で見たのは、暖かい夢だった。

 そこにあった気がする、十香の満面の笑顔が上手く思い描けないことだけが、唯一残念だった程に――――。

 

 

 

 

 

 十香との再会は、存外早かった。

 

 明くる日、昨日の戦闘の余波が学校の校舎にも及んでいたらしく、休校となった為朝食の後に一度五河家に帰るところだった士道に、弾んだ声が掛けられたのだ。

 

「シドー!!」

 

「と、十香!?」

 

 流石に昨日の今日でとは思っていなかった士道は、慌てながら彼女といた時の士織の姿でないことに気付きどうしたものかと必死で考えた、が。

 

「ふふん。頑張ったのだぞ。こう、むーとかふーとか気合いを入れてだな、そうしたら初めて自分の意思で此方に来ていたのだ!」

 

「そ、そうか。いやそのこれは………!」

 

「ところでその装いは――――そうか、普段はその格好で奴らを欺いているのだな。だが匂いが同じだからそこは工夫………いや、それはダメだな、私が気付けなくなってしまう。うーむ」

 

「…………は、はは」

 

 慌てる、というより混乱していた士道だが、十香が自己完結してくれたので助かった。

 だが同時に、その言動が最初に感じたものと少し異なる事にも気付く。

 

 子供っぽいというか犬っぽいというか、天真爛漫さが本来の十香の素なのかも知れない。

 自分にとって敵しかいない悲観と諦観が覆っているのが今の十香で………なら、希望さえ見つけることが出来たなら。

 

 彼女が未来を見つめ、そこに向かっていける何かを、その心に宿したなら。

 きっと明るく笑ってくれる、その笑顔が見たいと思った。

 黒い感情に塗り潰された表情を苦痛だと気付いてすらいない、彼女の寂しさに堪えられないのは士道。

 

「なあ、十香。見せたいものがあるんだ」

 

「む、なんだそれは?」

 

「色々だよ。この世界の色々…………それを十香と、見て回りたい」

 

 だから探そう、希望を。

 

 あやふやで形の無いものだけれど、それは誰もが持っている、当たり前に持てているものだから、きっと難しくはないはずなのだ。

 

「シドーがそう言うのなら、いいだろう」

 

「ありがとう。じゃあ――――――」

 

 あっさりと了承してくれた十香に笑いかけ、士道はその手を差し出した。

 

 

 

「さあ、俺達のデートを始めよう」

 

 

 

 





 リアルで引っ越しの影響で落ちていく更新速度。

 それはさておきそろそろ原作の新巻が。
 楽しみだけど、この作品に影響ないといいなあ…………

 原作未完結の二次はそれが怖い。



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十香ファッション


 最新巻「士道さんがハニエル使った!」

 つショタ士道

…………しおりんじゃない、だと………っ!?




 

「ところでシドー、デートとはなんなのだ?」

 

 そんな問いを、十香にされた。

 

 さて実際デートとはなんなのだろうか。

 買い物に付き合う、部屋で一緒にくつろぐなど軽いノリのものから狂三との初めての時のように命に関わる覚悟をしていたものまで、士道の経験したものは数多い。

 

 安らいだり、気恥ずかしかったり、必死だったりと、そこに感じるものも種々であって辞書で単語を引くように一言で表現といきはしない。

 

 語義を考えればただ一緒にいることを指すのかも知れないが、そこに共通する何かを見出だすとすれば…………それは“一緒に何かを作り上げていく過程”なのではないかと思う。

 

 居心地のいい空気、より深い絆、共有する思い出。

 

「まだ秘密、かな」

 

「ぬ、なんだそれは?」

 

 十香と作り出す“何か”は、果たしてどんな風に描かれるのかはまだ分からない。

 だが振り返った時に、それを暖かく心の片隅にそっとおけるような“何か”を、彼女の内に生み出す。

 

 それが士道のしたいことで―――気取った言い方をするなら、“エスコートする男の義務”だろう。

 

 だから。

 

「じゃあ、行こうか十香」

 

「………うむ!」

 

 まずは躊躇いもなく握ってくれた、差し出した手に伝わる温もりを連れてゆっくりと歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 まず訪れたのは洋服のセレクトショップだった。

 

 鎧の霊装は大変目立つと士道が言うと、またもや士道と同じ服を構成し纏った十香だが――――いかんせん前回は接着剤付きのロープのせいで駄目になった上着を脱いだ状態の制服姿だったからまだ良かった。

 カッターシャツにネクタイ、スラックスといった格好の女の子二人並んでいたところで、ブラジャーをしていないという一部の方々が喜ぶような状態に目を瞑れば少し変わった趣向程度にしか見えまい。

 

 が、今回の士道の格好は私服である。

 モノトーンカラーのTシャツの上にギレットを掛け、下はジーンズパンツ。

 それ自体は何の変哲もないファッションだが、男女並んで同じ格好をしていればそれはいわゆるペアルックである。

 パステル色の無いTシャツだったからまだ雰囲気的にはましだったものの、バカップル御用達の上級過ぎる趣向を少しなんとかしようということで開店間もない適当な店の暖簾をくぐったのだった。

 

…………士道も流石にペアルックの経験は殆ど無い。

 

 

…………“士織”が美九と同じ格好をしているのは、何故か映像で美九の家のHDに色々と残っているのだが。

 

 ウサミミしっぽを装着して恥ずかしそうにしながら隣の美九に合わせて踊っている、きゃぴきゃぴふりふりした衣装の士織ちゃんとか。みみみん。

 

 

 士道の記憶からはそのステージは消去されているので話を戻すと、十香を洋服屋に連れてきたという話だ。

 ここに来るまでにすれ違う人すれ違う人に警戒する彼女を、警戒せざるを得ない彼女を、士道はやるせない思いを抱きながら宥め、落ち着いてきたところで。

 

「いらっしゃいませー」

 

「これは、服がたくさんだ…………どうするのだシドー?見せたいものというのはここか?」

 

「いや、微妙に違うけど。でも十香が気に入る服を取り敢えず探してみよう」

 

 そう言うと物珍しさにきょろきょろと店内を見回していた十香が逆に士道を見つめ、眉を困ったように下げた。

 

「私はこのままの格好がいいぞ。シドーといっしょの格好だ」

 

「う………でも男物の服だしさ」

 

「?シドーもそうではないか」

 

「そ、それは色々認識の齟齬というか行き違いというか…………あれだ、十香はもうちょっと可愛いのが似合うんじゃないか!?ほら、これとかっ」

 

「………、………」

 

 慌てながらも素早く見繕ったワンピースを十香に渡すと、それをまじまじと眺めた十香が訊ねてきた。

 小さい声で、躊躇いがちに。

 

「そう、思うか?」

 

「え?」

 

「む、む……シドーがそう言うなら、仕方ないな!」

 

 何かまたすれ違いがあった気がするが、少し頬を上気させた十香が上ずった声で呟きながらその衣服を仄かに輝かせ………せめて試着部屋でやるように言う。

 

 衣服のコピー、貨幣経済の概念を知っているのかどうかも分からない十香の、服屋泣かせの能力である。

 他の皆がやっているのを見たことがないが、十香オリジナルの能力なのだろうか。

 

 士道と十香のやり取りを見ていた女性店員が何故か引きつった表情で裏に引っ込んでいっていたおかげで誰にも見られなかったのは幸いだった。

 そう胸を撫で下ろす間にすぐに着替え(?)終わった十香に呼ばれ、試着室のカーテンを開けた。

 

「ど、どうだ………?」

 

 桃色の下の布地を、上から薄い白布を被せて上品さと愛らしさを両立させたワンピース。

 スカートのフリルと各所のアクセントのリボンが無垢な十香の清純さを引き立たせ、より良い方向に印象を変える役目を果たしていた。

 

「可愛いよ。そっちの方が絶対いい」

 

「そう、か」

 

 素直に褒めると、顔を少し背けて恥じらう仕草もまたその魅力の一つだった。

 

 そして十香は落ち着かなげに溢す。

 

「なら私は、これで過ごすことにしよう………」

 

 そして服屋を出る二人。

 

 服代は一応払いました。

 

 

 

 

 

 仮眠中に通信で起こされ、二人の遥か上空より見下ろす〈フラクシナス〉のブリッジの艦長席で琴里が見たのは、喫茶店のテラスで仲睦まじく談笑する士道と十香を映した映像だった。

 カメラはライブを示しており、今現在の状況であることがはっきり分かる。

 

「…………なんていうか、さすが士道ね」

 

 昨日の今日で精霊を口説いている。

 

 暫しの間唖然としたが、持ち直してもそうとしかコメント出来なかった。

 しかもインカムはわざとか忘れているのか知らないが付けていないが、こちらの指示が必要ないほど今彼と相対している精霊・十香の好感度も機嫌も高い数値を示している。

 

 琴里もこの為に学習時間の多くを裂き、対象の感情の動きすらも分析する計器と人工知能を以て部下達と共に士道をバックアップする予定であったのに。

 

 自分達の存在意義は果たして――――という精神衛生に悪い思考はぶち切って、果たして一応精霊である自分には彼はどんな風に口説き落としてくれるものだろうか、などと巡らせた。

 

(…………………はっ!な、何考えてるのよ!?)

 

 首を何度も振って、琴里を壁に押し付けながら顎をくいっと持ち上げて唇を奪おうとしてくる誰だよコイツとしか言えない脳内士道を追い払っていると、眠そうな声が掛かってきた。

 AIの分析機能を見事に使いこなすブリッジクルーの中でも特に重要な役目である解析官を務める村雨令音のアルトの声だ。

 眠そうなのは彼女の場合デフォルトであり、寧ろ睡眠不足を心配されたのは挙動も相まって琴里の方だった。

 

「集中出来ないならもう少し仮眠を取るかい?必要になったら起こすけど」

 

「そうもいかないでしょ、ただでさえ心配事があるんだし、いつ事態が急変するか分からないんだから、気が抜けないわ」

 

 そういう理由で気遣いを遠慮しつつも、琴里は普段と違う点を彼女に感じた。

 それは些細で、例えばほんの僅かだけ話ぶりが速い、多弁になる、くらいの小さな変化。

 

「令音?もしかして、機嫌がいい?」

 

「…………。さて、ね」

 

 曖昧に流されたが、否定はされなかった。

 そういえば、ごく最近にも一度だけ彼女がこうなったことがあった。

 

 あれは確か士道がこのブリッジに挨拶に来た時だ。

 初対面の士道をやけに気に入ったらしく、頬をぺたぺたと触ったり頭を撫でるスキンシップを何故かいきなりし始めていた。

 

 そしてそんな彼女に困惑しながらも次いで椎崎に挨拶に回る士道の後ろ姿に、何かを呟いていた。

 

「そういえば令音、この前士道に何を言っていたの?」

 

「何の事かな」

 

「“もう絶対”―――?」

 

「…………」

 

 音にならない声を拾うのは、琴里の付け焼き刃程度にしか修めていない読唇術では冒頭のそれくらいが限度だったが。

 

「士道と会ったこと、あるの?」

 

「作戦行動中だ、琴里」

 

「…………そうね」

 

 今話すことでもない――――そして

いつ話したところで帰ってくる答えが変わるものでもないと認識した琴里は目下の心配事に思考を移す。

 

 DEMインダストリー私兵部隊。

 それも総帥直属クラスが今強権をごり押してまでこの天宮市で作戦を展開していること。

 その目的は精霊・十香、少なくとも彼女に関係のある何かであることには間違いないのだろう。

 

 だが、何を?

 

 十香は最強と称されるまでに強力な精霊だが、何か特殊なことがある訳ではない。

 それこそもし出現してもほぼ放置扱いの七罪〈ウィッチ〉・美九〈ディーヴァ〉、そして〈ナイトメア〉といった“論外”の方が余程特殊だ。

 

 それを差し置いて、というなら果たしてDEMの目的は何なのか。

 

 琴里の脳裏に、一筋の光が疾った。

 

「っ、まさか――――!」

 

 琴里の中にある仮説、それは想像するだに恐ろしいもので、しかし伝え聞く自分達もその片鱗は見た民間人殺害や人体実験など後ろ暗い噂の尽きないDEMなら…………それですらあってはならないと信じたい、最悪の可能性。

 

 だって下手をすれば、この街どころか――――。

 

 指示を出すのは思考の完結よりも早かった。

 

「令音、可能な限り過去からの十香の出現データ、感情値をグラフにして出して!すぐに!!」

 

 





 何の意味もなく張る伏線。
 だが伏線は投げ捨てるもの(ry

 それはさておき、デビル折紙を出して欲しいとのリクエストがあった。

…………ネタがあれば斜め上にかっ飛ばすサッドライプにリクエストすることの意味を知らぬと見た。

 よろしい、ならば――――病気だ。



※もしデビル世界線の折紙がドエラい例のあるストーカーの闇日記を読んだら、略してもしドラ



 よし、病気具合は把握したな。
 ここからのスクロールは自己責任だ。

 原作11巻未読の人に分かりやすく言うとデビル世界線の折紙は五年前精霊に両親を殺されなかった折紙。
 が――――どのみちネタバレあるので先にそちらを読むことを推奨↓





 その日記は、知らない内に私の机の引き出しに入っていた。

 入れた覚えは当然無い。
 そもそもこんなノートに日記をつけた覚えも無い。
 けれど奇妙なのは、表紙に書かれた日記の文字が紛れもなく私の筆跡だったこと。

 気になって中身を開くと、更に奇妙なことが次々と増えていった。

 この日記は、“鳶一折紙”が高校生になったところから始まっている。
 でも、そんな筈はない―――私は明後日高校の入学式を控える身なのだ。

 もしかして未来の日記、などと戯れに考えてみたけど、それでもおかしい、私が通うのは“鳶一折紙”の来禅高校ではない。

 それでもその奇妙な日記に惹かれるものを覚え、私はページを次々と捲って行った。
 何故か止まらない、読み飛ばしている訳でもないのに素早く一瞥しただけでページを捲るペースなのに何故か全文が頭に入っていき、でも咀嚼する時間は無い。

 何かに突き動かされるような身体の動きが止まったのは、最後のページを読んだ後。
 暫く心を落ち着けながら改めてその内容を振り返り――――。



 ドン引きした。



 何やってるの私。
 どうやら好きな人がいるらしいのだけど、その恋に掛ける熱意が尋常じゃない、というか犯罪そのもの。
 盗聴器発信器は当たり前、訳の分からない理屈でその彼の着替えを覗く為だけに男子の着替え中のロッカーに身を潜めるし、というかその後彼のシャツで何をやって…………いや本当に何をやっているのか。

 数少ない接触のチャンスに全力で痴女行為に及ぶし、深夜に自宅に突撃した挙げ句自分を棚に上げて不審者認定した謎の男と格闘戦を繰り広げ撤退。

 どうやら日下部隊長にも迷惑を掛けているらしいけど、それ以上にこの五河士道という人に謝りたくて仕方なかった。

 だって最後のページ、『彼を今日保護する』で終わってる、これどう見ても監禁の比喩だ。
 この日記がまだ白紙のページがあるのにここまでで終わっている理由を想像したくない。

 しかし、気になることもある。

 その来禅高校に〈ウィッチ〉に〈ベルセルク〉、それに〈ディーヴァ〉というらしい新種、あとはもしかしたら〈ナイトメア〉というどれも反則級の精霊達が生徒として通っているという記述。
 しかもその中心もまた五河士道さんだとのこと。

 俄に信じがたいことだけれど、日記の持つ魔力とでも言うのだろうか、その真偽を疑う気にはなれなかった。
 ところどころ違和感のある記述もあるので、そのものズバリな事実が記されている訳でもないのかも知れないけれど、確認するだけならその手間を掛ける必要は十分だと思う。

 だから次の日、私は日記に書いてあった五河士道さんの住所に赴いた。
 不思議と初めてなのに迷うことなくあっさりと彼の家を発見し、玄関の表札も五河だった。

 そして何の偶然か、丁度買い物か何かで彼は家から出てきた。


――――偶然、じゃない。運命。


 彼の顔は、四年前両親を庇って光に包まれたあの人そっくりだったから。
 あの人の弟?…………違う、“私”の日記から考えれば、彼が本人だ。

 あの火災の中両親が助かって、結局一年ほどでいなくなっちゃったけど、それでもあそこで目の前で両親が殺されていたら私がどんなに絶望した人生を歩むことになったか分からない。

 その恩義と、その彼が生きてくれていた感動…………とは別に、彼の姿を見ているだけでふわふわと内側から膨らむ熱い感情、それが心臓を強く素早く高鳴らせる。

 確信した、これは確かに運命だと。

 内から沸き起こる炎のような情動に、この身が焼き尽くされても全く構わないと思ってしまった。
 それに動かされ、私はブロック塀の死角に潜り込むと同時にカバンからデジカメを取り出し、彼に向けてシャッターを押した。

 彼は気付かない。
 そんな後ろ姿の写真データを絶対消さないようにフォルダ移動しつつ、しっとりと尾行を開始する。

 その間にも、熱に浮かされる思考は尚も高速で回る。


(伝手を辿って、盗聴器と発信器を仕入れないと…………カメラももっと性能のいいものに買い換えて、出来れば彼の私物が手に入れられれば)


 そして、一番忘れてはならないことを頭に念入りに刻みこむ。



「――――そうだ、来禅に転校しないと」


 明日元の学校の入学式だった気がするけど、多分気のせい。




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十香デスペア

 saDripe

 Despair

 ごろごろごろごろ…………




 十香と一緒に色々なものを見よう。

 そして、希望を見つけよう。

 

「おおシドー、このふるーつぱふぇとやら、なんという美味さなのだっ!はぐはぐもぐもぐ」

 

「そいつは良かった」

 

「…………シドー?水しか飲んでないようだが、いいのか?」

 

「はは………十香が嬉しそうに食べてるのを見てるだけで、満腹なんだ」

 

――――文字通りの意味で。

 

 そうして始めた士道と十香のデートは、何故か食い倒れツアーと化しつつあった。

 

 きっかけは十香を連れて行った大手チェーンの喫茶店で出されたココアフロートがいたく気に入ったらしく、目を輝かせてその感動を語られたことだった。

 

 何かを食べるという行為自体が初めてらしい十香にはそれで攻めるのが有効と判断した士道は急造のデートプランを変更し、知る限りのお薦めの店を頭の中で検索しながら歩いて回ることにした。

 昼時が近いのもあって丁度いいとも思ったし、その手の知識は割とある方だと思っている。

 

 美九は女子特有の情報網で掴んだ話題の店なんかにはよく連れて行ってくれるし、耶倶矢と夕弦とは一緒に珍しいメニューや下手物を物色しに行き―――大抵外れだが―――たまに当たりを見つけることもある。

 意外にファストフードで十分だという事が多いのは七罪だったりする。

 学生の身分で浪費出来ない、だがなるべく美九達にたかる真似もしたくない士道にとって結構ありがたいものだが。

 

 そう言う事で二、三ほど店を回ろうと考えていた士道だが、――――どの店でも並の一人前を遥かに超える量を完食した上で『それで、次は何を食べに行くのだ?』などと期待に満ちたきらきらした瞳で見つめてくる十香に、己の計算違いというか開いてはまずい扉を開いたような気がした。

 

 幸い精霊に不自由な思いをさせないように、ということで琴里に持たされている限度額が怖くて訊けないなんかちょっと輝いているクレジットカードのおかげで財布が餓死するのは避けられているが。

 尚、そもそもの目的である四糸乃は最初のデートの経緯からか士道にねだるのは大抵駄菓子なのでポケットマネーから購入されることから、活躍するのは初めての模様。

 

 金銭的な問題はそれでどうにかなっているのだが、士道の胃が軽い悲鳴を上げている。

 今いるちょっと裏道に入った穴場の喫茶店なら、まあ彼女に美味しいものを食べさせて自分は水で我慢するちょっと可哀想な貧乏学生の絵面が成立するが、定食屋などではそうも行かなかった。

 一品一品店に入る度に頼む料理が少しずつ溜まっていき、腹を圧迫する。

 

 苦しそうな顔を見せられないので休息時間を取れるようにここにしたが、十香の明らかに複数人で食べる4桁の値段のするパフェも呆気なくみるみる内に高さを減じていく。

 ただ、食べている十香の幸せそうな顔を見れば不満など欠片もある筈がなかった。

 

 程なくぺろりと平らげた十香が、テーブル端のメニューを手に取って店員を呼ぶと、更に注文を始めた。

 

「え、えすぷれっそ?を一つだ!」

 

「畏まりました」

 

「十香、それって………」

 

 また今度はパンケーキかワッフルでも食べるのかと思っていたのに、飲み物それもコーヒーの中でも苦味の強いものを頼んだ彼女に、少し驚いた。

 何故なら、それはーーーー。

 

「うぅ…………にがいぞ………」

 

 最初に行ったチェーンの喫茶店でも士道が飲んでいたのを口にして、涙を切れさせながらそうコメントしたものだからだ。

 

「言わんこっちゃない。どうしたんだ?」

 

「口の中をいっぱい甘くしたから、大丈夫だと思ったのだ………士道はこれが好きなのだろう?なら、私だって―――」

 

「…………」

 

 士道がこの歳で苦いブラックコーヒーを好きな理由は――――ただの慣れだ。

 詳しい経緯は、語るまでもなかろうが。

 

 それはそれとしても、服のことといい“士道と同じ”ことに対して見せるこのいじましさは、やはり士道が十香と同じ精霊だからという勘違いから来ているものなのだろうか。

 さてそれを修正するのは―――せめてこのデートに区切りを付けてからにしようと気分を切り替え、どうしても二口目に進めない十香のコーヒーを処理するべくカップを一言断って手に取り傾けた。

 

「シドー、同じ杯を二人で戴いているな!」

 

「っ!?」

 

 そして、危うく吹き出しかけた。

 

 それは勿論十香と間接キスというのは意識していたが、十香がその概念を知っているとは思えなかったからだ。

 だが、結果として似たようなことを言う。

 

「うむ、なんだか…………よいな、これは」

 

「そ、そうか?」

 

「うむ!苦くて私は飲めないが、そのおかげでシドーとこういう事があったのだから、やはりえすぷれっそとやらも嫌いではないっ」

 

「…………」

 

 深読みせずに、ただいじましい十香カワイイで十分なのではないだろうか。

 

 十香の邪気の無い顔を見ながら、そんな風に考える士道だった。

 

 

 

 

 

 夕方まで楽しんで、締めに景色のいい高台の公園に行って、十香と話をしよう。

 勘違いが拗れることがあるかも知れないが、士道なりの精一杯の真剣さと誠意を以て、伝えたいことを伝えていこう。

 

 そのつもりで予定を立てていたのは失策だったのだろうか。

 予想しようとすれば出来ていた筈なのに―――その後すぐに鳴り出した空間震警報に、思わず顔を強ばらせた士道。

 

 偶然別の精霊が出現したと考えるのは虫が良すぎる、災害として警報を鳴らされているのは、十香に間違いなかった。

 

「………連中が来るのだな、シドー」

 

 士道の表情の変化を察し、街中に鳴り響く爆音の意味するものを理解した十香は、躊躇いなく霊装と天使を展開する。

 

「“鏖殺公〈サンダルフォン〉”」

 

「十香、何を!?」

 

「言ったろう、シドーは私が守ると。安心しろ、暫く安全な場所にいてくれればいい」

 

 玉座の形をした天使が、その背から大剣を引き抜いた後、なんと蹴り倒されてサーフボードのような形に変形する。

 それに十香が士道を乗せると、そのまま空を飛んで運ばれてしまった。

 

 見る間に遠くなる十香。

 そのまま景色が流れざっと5、6キロメートルだろうか、見晴らしのいい場所に下ろされたが、士織に変身しなければもう彼女を見分けることすら不可能だろう。

 

 焦る士道のポケットが震える。

 電話の着信―――画面が示すのは妹の琴里からのものだった。

 

 急いでタッチフォンに指を滑らせ、通話をオンにする。

 

「もしもし、琴里か!?」

 

『士道、状況はこっちで全部把握してるわ。言いたいことは沢山あるけど、全部後回し。それより今の内に知らせておかないといけないことがある』

 

「俺が、知ってないといけないこと――――?」

 

 琴里も急いでいるのか、堅い早口でまくし立てるように電話越しで語ってくる。

 

 今精霊に攻撃を加えているのは、日本の自衛隊の部隊ASTではなく海外の兵器メーカーDEMの私設部隊であること。

 そして、恐らくその目的は――――。

 

 

 

「………………え?」

 

 

 

 思わず聞き返したのは。

 感情が振り切れすぎて現実のことだと思えなかったから。

 その振り切れた感情が果たして何なのか、それすら一瞬分からなかったのだ。

 

 何故なら。

 

『以前のデータを参照したのだけれど、ここ最近で士道と会うまでに出現頻度が上がるのと平行して、十香の不安値とストレス値が指数関数的に上がっていたわ。士道がいなければ、もしかしたら今頃連中が何もしなくても……していた程に』

 

 何故なら――――。

 

『最悪の場合も考えなくちゃいけないの。詳しいことは言えないけれど、精霊が……して暴走すれば、とんでもないことが起こる。でもだからこそDEMの奴らはそんな〈プリンセス(十香)〉に目を付けて、故意に、積極的に狙っているみたい』

 

 

 

 十香が………“絶望”することを。

 

 

 

「――――ふざけるなッッ」

 

 

 その感情の名は、怒り。

 

 声が震えるのも抑え切れない程に、今まで体験したことがない激情が士道を支配していた。

 

『し、士道………?』

 

「痛いってことも言えなかったんだよ」

 

『え?』

 

「自分が悲しいって感じてることすら分からなかったんだよ」

 

 そう。

 だから十香は平然と自分の過去が無為だなどと言えたのだ。

 過去から紡がれて来た経験の連鎖が心を育むのだとすれば、自分の過去を無為だなどと断言出来るなんて歪み切ってしまっているのに。

 

 だから士道はそんな彼女をなんとかしたいと思った。

 何よりも、その状況でも誰かを思いやることの出来る、優しい十香を。

 

「それを…………絶望、させる………?」

 

 ふざけるのも大概にしろ。

 

「相手が世界の災厄?だからってやっていいことと悪いことがあるだろうが………!!」

 

『士道……』

 

「精霊が絶望すればどうなるかなんて聴きたくもない。でも、“最悪の場合”?いま、とっくに最悪なんだよ!」

 

『!?ちょっと、何をし――――、』

 

 

 

『ならば士道!御主はそこで何をやっている!!』

 

 

 

 空間震警報で〈フラクシナス〉に入ったのか、琴里のマイクをぶんどった耶倶矢の声が士道の憤りと同じだけの強さで呼び掛けて来た。

 そして当然、耶倶矢の隣には彼女がいる。

 

『同調。我らは、士道の怒りを正しいものだと肯定します』

 

「耶倶矢、夕弦…………」

 

『なれば』

 

 我ら、とは八舞姉妹のみならず精霊の仲間達の総意なのだとは、言われずとも分かった。

 そして彼女達は、どこまでも士道を肯定する。

 

 

『『―――――――やっちゃえ』』

 

 

 心のままに。

 その怒りを叩きつければいいのだと。

 

 

「!!〈贋造魔女【ハニエル】〉、〈氷結傀儡【ザドキエル】〉―――〈颶風騎士【ラファエル】〉!!!」

 

 

 疾風の弓、氷の獣、それを操る少女の容姿。

 〈ラタトスク〉の見ている中で、ついに彼女達の最大の秘密を、そこに解放した。

 

 

 

 

 

 琴里達の読んだように、DEM執行部隊は十香を絶望に追い込むように行動していた。

 

「人間の男とデートですか。烏滸がましいと思わなかったのですか?この世界を破壊する貴女が、楽しみを謳歌しようなどと」

 

「…………っ」

 

「所詮貴女は破壊の化身。誰かと寄り添えることなどないと………知りなさい!」

 

「ぐ、ぅ、………うるさい!!」

 

 そう十香に語り掛ける隊長、エレン・メイザースの言葉は、十香と士道の成り行きを知る由もないので的外れな部分がある。

 だが一方で十香の不安を逆撫でしてもいた。

 

 十香とて勘は悪くない、薄々は自分が何か見当違いをしているのではないかという予感はしている。

 それが、士道との関係を変える何かだということも。

 

 だが士道は優しかった、一緒に居て楽しかった、嬉しかった、幸せだった。

 そうでさえあれば、不安は不安以上の何物になることもない。

 

 それだけ、ならば。

 

(こんな…………)

 

 大剣を振るう、だが太刀筋はただ空を掻くのみで、何も捉えることは出来ない。

 

「無駄ですよ。前回は様子見でしたが、今日は〈ペンドラゴン〉を持ち出して万全の態勢です」

 

(こんなの…………)

 

 前回と装いが違うこの冷血女の動きや攻撃の威力があからさまに上昇している。

 そして。

 

「悪ぃーですが、急ぎの用事が出来たんで。さっさと終わらせやがります」

 

 この女程でない者達も、連携によって数の優位から十香の動きを封じる。

 反撃の機会を伺う余裕も無く、十香はただ耐えることしか出来なかった。

 

(こんなのでは、ダメだ。ダメなんだ…………!)

 

 超威力の一撃を以てすれば、強引に戦局をひっくり返せるかも知れないが、〈鏖殺公【サンダルフォン】〉の全力解放など許してくれる隙などない。

 

 このままでは、なぶり殺しにされる。

 

 死ぬ。

 

 それだけでも十分恐ろしかった。

 回り全てが敵でも、今までは隔絶した実力差があり命の危険はなかった、それはある意味余裕とも言える。

 

 だが、それにもまして。

 

(こんな、弱いのは………ダメなのにっ!守ると約束した、のに…………!!)

 

 初めて十香に暖かかった相手。

 十香にとって、あえて形容するなら、唯一の“希望”。

 

 だが今の十香にその希望を守る力は無い。

 

 

 希望を守れないというのは、つまり――――。

 

 

 

「“天を駆ける者【エル・カナフ】”!!」

 

 

 

 黒い諦観とともに何か十香を重たいものが包もうとしたその瞬間。

 “強引な一撃”が、戦場を貫き穿った。

 

 その暴風の矢を直撃を受けた者はいなかったが、余波の風だけで煽られて部隊は散り散りに崩される。

 

「貴女は。生きていたのですか…………しかし、前回精霊反応は出ませんでしたが、天使を携えて。一体何者ですか?精霊、それとも人間?」

 

 空を駆ける白い獣の背に乗り、十香を庇い凛と佇む。

 

「何だろうと関係ない」

 

 その“希望”は。

 

 

「俺は、十香の味方だ!」

 

 

「…………~~ッッ!」

 

 

 強く暖かく、十香の心を抱き締めた。

 

 

 

 




 次回、最終回。

 それはさておき、リクエストがあんな大惨事になってんのに逆にやってくる人がいるんですけどなんなの?

 そんなに病気で返されたいの?

 うーん…………。



※もしドラ的デビル世界線で折紙が1年ちょっと早く転校して来ました。

 よし一度深呼吸しようか。
 本編完全ぶち壊しだから。

 あ、ちなみに士道さんの方は原作準拠なので七罪達はまだいません。





 七月初日、夏休みも控えたある日の昼前のこと。

 来禅高校一年生の五河士道は、人気の少ない廊下を一人小走りで進んでいた。
 着ているのは体操服、体育の授業に必要なものを忘れてグラウンドに出てしまって、取りに戻っているので校舎が静まっているのは授業時間なので当然である。

 ゆっくりしていると無駄に厳しい体育教師に何を言われるか分からないのでこの時士道はそこそこ急いでいた。
 だから、自分の教室のドアを開ける時特に何かを確認することなどない。
 急いでなくとも普通しないが――――したら、何かが変わってはいたかも知れない。



 はふはふくんかくんかすーはーすーはーぺろぺろふんすふんすちゅっちゅぴちゃぴちゃすりすりごっくんかたかた、かたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたかたびくんっ!……………ふぅ。


「…………………」


 変態が、そこにいた。

 ロングの髪がよく似合う優しげな美少女が、真っ赤な顔をとろかせて士道のシャツを嗅いだりくわえたりうずめたり当てたり(どこに?)して凄い勢いで悶えている、割と凄まじい光景が飛び込んできた。

 あまりの事態に呆然としていた士道は逃げ出すことも出来ない。
 そして暫く意識を飛ばしていたその少女―――何故そうなっていたのかは考えたくもない―――に、気付かれてしまう。

「…………っ、こ、これは、違って!」

 少女は何故かはだけていた制服―――一応同じ学校の生徒ではあるようだ、はだけていた理由はやはり考えたくないが―――を素早く整えながらあたふたするという器用なことをする。

 だが何が違うというのか。
 士道には沈黙で返すしかなかった。
 少女もまた暫くは意味を為さない言葉というか言い訳をもごもごして、結果お見合い状態で膠着してしまう。

 美少女との見つめ合い、なのにこんなに悲しいのは何故だろうと士道はぬるい風に問い掛ける。

 やがて少女も言い訳がまとまったのか、士道を上目遣いで見ながら、口をきちんと開いた。


「五河士道くん、初めて見た時から愛してます!私と付き合ってください!!」


「うんとりあえず俺のシャツ抱き締めるのやめようか」


 シワになるから、という主夫の視点で言う士道も混乱していたのかも知れない。
 だが、最初の『うん』を肯定の返事として捉えた彼女の満面の笑みを消すことも出来ず、士道はその名前も知らないまま人生初の彼女を作ることになる。

 後で知ったのだが、その少女は名を鳶一折紙と言った。





 士道の恋人、折紙は残念である。

 いや、スペックは最高なのだが。
 容姿は勿論手料理も作ってくれるし何かお願い事をしても即答で了承するし、経験がなく馴れない士道のデートでも不満一つ見せない。

 が。

 容姿はともかく手料理を食べたらその後暫く無性に体が熱いし話をエロ方面に曲解して実行にまで及ぼうとするし、デートで何故か下着を見せたりスク水犬耳のコスプレをしたり果てはラブホテルに連れ込まれかける。

「ねえ士道、士道は私の他に親しくしてる女の子、いるかな?」

 こんなことを訊いてきて、否定してあげるとあからさまにほっとする、これだけ見れば普通にとても可愛い彼女なのに。
 どうしてそんなこと訊くんだ?と顔を少し近付けると、それだけでとろんと表情が蕩けた。

「はあはあ………」

 息が荒い。
 鼻が少しひくひくしているのは匂いを嗅いでいるのだろうか。

 最近はもはやこれはこれで可愛いのではないかと思えて来たのだが、これも惚れた弱みと言うのだろうか。

「士道………もう、がまん」

「ちょっと待て、ここ教室!」

「じゃあせめて士道のシャツ―――、」

「ほら体操服!さっき体育あったんだけど、やっぱり」

「今日は運がいい。これで放課後まで戦える……」

「………………それは、よかった」

「「「「……………………………」」」」

 士道の恋人は残念である。

 クラスメートの白眼視に耐えつつ、それでも別れる気は欠片も起きない士道であった。





 以上。

 本当に何をやっているのやら。

 これで原作突入したとして…………折紙さん奮闘記?



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十香フィナーレ(完結、最終話?)


 お待たせしました?


 

 開戦の号砲は既にして放たれている。

 

 精霊〈プリンセス〉に味方する乱入者によって混乱した戦場に、しかし威嚇では済まない一撃を射ち込んだ士道は明確に敵だ。

 だが、その一撃によってDEMの魔術師【ウィザード】達は“敵”を討つべく襲いかかる事すらままならなかった。

 

 士道が放った暴風の矢は、大気の存在する限り周辺のそれを喰らい吸収しながら威力を増していく、対象の距離が遠ければ遠いほど強力無比と化す恐るべき天使の矢。

 その性質故に射程距離から単純に破壊力を推し測ることこそ出来ないが、それこそ成層圏の果てまで狙い射てる代物が掠めたその衝撃でも十分過ぎる程の威力を保持していた。

 

 霊力を含んだ衝撃波が容赦なく叩きつけたことにより、何人かは空中での機動に支障を来す程に機体や自身の肉体に損傷を受けていた。

 十香相手に優勢を維持していたとはいえ、部隊の練度と連携、作戦が嵌まったことによって向いていた流れは十香が考えていた様に強引に断ち切れる程度の均衡の上での話。

 

 まして――――。

 

「悪いけど、手加減出来る気はしない。死にたくなけりゃ、さっさと失せろ…………っ!」

 

 白き獣が空を疾駆する。

 

 四糸乃の〈氷結傀儡【ザドキエル】〉の、オリジナルのそれより二回りは小さいが、女性の体躯である今の士道を背に乗せて戦場を駆けるには何も支障は無い。

 士道の激情に反応する様に荒ぶる吹雪の使いがその猛威を奮う。

 

 獣が咆哮を上げ、爪を振り乱し、睨み付け、凍てつく空気を吐き出すことで、不可思議な力場によって己の身を守る魔術師の守りごと“凍らせる”。

 

 撃ち掛かる銃弾すらその勢いごと“凍止”させ、かと言って不用意に近付けば氷達磨。

 

 “顕現装置(リアライザ)”による治療が為されれば五体満足で回復することも出来よう、士道とて積極的に嬉々として止めを刺しに行く気もないが、それでも運が悪ければ死ぬかも知れない。

 だが、それを認識しても斟酌する感情の余裕は今の士道になかった。

 

――――だって、本当は憧れていた。

 

 そうだろう、精霊が世界を破壊する災厄というなら、それを討伐しようと戦う人々は本当なら世界を救うヒーローだ。

 

 少年なら一度は抱く憧れとして、尊敬の対象だった。

 士道は究極的に精霊の彼女達の味方だから――――相容れない立場だからこそ、尚更に。

 

 なのに。

 

 裏切られた、と言うのは身勝手な感想なのは百も承知。

 それでも。

 

「こんなものが正義なんて認めるか」

 

 正義のヒーローが常に正々堂々と立ち向かうことなんて、誰も強要していいものではない。

 それでも。

 

「十香を絶望させやしない。それが正義だっていうなら――――」

 

 

 叩き潰してでも、十香を守る。

 

 

 

「ええ、ええ。それが士道さんですわ、それでこそ士道さんですわ」

 

 

 

 極寒の戦場に、場違いなまでに妖しく甘い声音が響く。

 

「――――――狂三!?」

 

 背後に時計盤を従えながら、黒と朱のドレスを纏った全く同じ姿の少女“達”が紅潮した顔を揃って士道に向ける。

 

「折角ですもの、パーティーは派手に愉しく参りませんと。お付き合いしますわ?」

 

「…………助かるっ」

 

  にこりと士道にだけたおやかな笑顔を一瞬浮かべると、ひきつるようにそれを歪めスカートを翻し魔術師(ウィザード)達に飛び掛かる狂三。

 

 その分身達は天使を使えない?…………使うまでもない、霊装と素の能力で格闘戦を挑むだけで士道に散々混乱させられた相手には事足りる。

 

 その例外――――頭抜けた二人のエース格、不意射ちの“天駆ける者【エル・カナフ】”にすら直感で反応し対ショック姿勢を咄嗟に取っていた内の一人、崇宮真那が、それまでの迷いや葛藤を全て投げ出し血眼で狂三向けて襲いかかった。

 

 

「〈ナイトメア〉ああぁぁぁーーーーーーーっっ!!!」

 

 

 〈プリンセス〉がたらし込もうとしていた自分の兄と確信出来る少年の存在、それと戦場に乱入し天使を操る少女との関係。

 疑いを深める自分達の正義と在り方。

 

 だが、積極的な行動を抑制されてフラストレーションを溜めていた宿敵を前にして冷静さを保てる程――――真那は狂三を“殺し疲れて(壊れて)”いなかった。

 

「…………つまらない、ですわ」

 

「なに!?」

 

「結局貴女を突き動かすのはありきたりの、一山いくらの正義感。そんなものでこの胸は揺らせない、心は踊らない」

 

 瞬きも追い付かぬ速度で振るわれる光剣、折れ曲がる不規則なレーザーを捌きながら、言葉通りに余裕の表情で狂三は嘲笑う。

 

 

「当たり前の善意を持った真っ当な善人でありながら――――情けと優しさでこんな無茶をしてしまう。そんなあの方を見習うか、その優しさに身の全てを預けるか。私を殺したければ、それくらい突き抜けてからいらっしゃいな」

 

 

 ある種かなり痛烈な皮肉であることを理解しないまま、そう言い放つ狂三。

 笑みを崩すことなく、前言の通りに彼女は派手に愉しく戦場を踊り狂い続けた。

 

 

 

 

 

「アデプタス2、勝手な行動を…………チッ」

 

 もう一人のエース、真那をも凌駕する“最強”の魔術師(ウィザード)、エレン・メイザースは、彼女と対照的にまだ冷静に状況をコントロールしようと努めていた。

 

 混乱しきった状況にさらに〈ナイトメア〉が乱入したという窮地だが――――結局は士道を仕留めればまだ脱せられるかも知れない。

 もしかしたら〈プリンセス〉を絶望させるという当初の目的すら達せられるかも知れない。

 

 そう“彼女”に対する十香の反応を見ていたエレンは考えた。

 仮にそれを現実にした場合荒れ狂う呪いを知る由もなく。

 そしてその呪いの持ち主が、愛する者が修羅場に身を投じている正にこの時、何をしているのかを知る由もなく――――。

 

 取り敢えず猫の手でも借りたいと自らが見下した部隊に連絡を入れた。

 

「アデプタス1よりASTへ。事前の作戦通り不確定要素の排除を求めます」

 

 

 

『えー、その子、精霊かどうかも分からないじゃないですかあ。自衛隊として、そんな可愛い日本人の子供を攻撃するなんてできませ~んっ』

 

 

 

 

 

「…………お見事、流石ってところかしら?」

 

 沈黙したこの国の軍隊を傍目に見ながら、魔女はそれを歌声一つで為した歌姫に言う。

 歌姫は、表面上はほえほえと和やかに笑いながらも否定で返した。

 

「そんなことないですー。あの人達がよっぽど嫌われていたってー、それだけの話ですよ?」

 

 歌姫―――この美九の歌は、厳密に定義するなら洗脳ではなく催眠。

 本人がどうしてもやりたくないこと、考えつきもしないことをやらせることは出来ない。

 

 今精霊である彼女らがいて攻撃を加えられないのも、『手出し無用の最上級警戒対象の精霊であること』『もっと注意を払っておくべきものがある』などと思考を反らした結果である。

 

 つまりは、精霊を討滅するという部隊の第一義を見ないふりをしてでも協力されない選択肢があるほどに、あのDEMという連中は嫌われていたらしかった。

 

 それをそれと事情に興味もあまり無いのでさておいて、美九は静かに目を伏せる七罪に疑問を呈した。

 

「それで、今回だーりん派手にいっちゃってますけど、これ終わった後どうしましょー?」

 

「……………」

 

 七罪は暫し沈黙した後、言葉少なに返した。

 

「せいぜい悪趣味な石像をなるべく作らずに済むように、努力はするわよ」

 

 わずかに眼を極彩色に輝かせながら、魔女は視線を士道が奮闘している方角へと投げる。

 そんな七罪に、同行していた少女の精霊は、その心を手のパペットに代弁させた。

 

『よしのん達には、よく分からないな。士道くん頑張った!じゃダメなの?』

 

「…………まあ、それもそうなんですけれどねえ」

 

「四糸乃はそれでいいわよ」

 

「…………?」

 

 ふっと笑みを溢すと、くしゃりと四糸乃の前髪を乱しながら七罪は彼女の頭を撫でつけた。

 

 

「他の事は何も考えずにただ士道が好きだから傍にいて味方する。そんな女が私たちの中にいてもいいんじゃない?――――一人か、二人くらいはね」

 

 

 

 

 

 最初から期待値の低かったASTの援軍をあっさりと諦めたエレンは、単独で士道を討つべく部下を纏めることも放棄して強襲する。

 

 氷の結界を逆に防備を無くすことで文字通り薄氷の上を行くようにすり抜け、先端を向けるだけで牽制となる必殺の矢の射線を掴ませない。

 

 変幻自在と疾風怒涛を両立させる駆動。

 装備もまた世界でも最高品質のものを与えられているその性能を最大限に活かし流れる様に、押し寄せる様に、息も吐かせぬ様に、攻める。

 

 士道は元来戦士ではない。

 天使という強力な武器と超人たる能力を備えた肉体を持っていようと、誰かを殺す為に戦う者ではない。

 

 守りたいものを守る為に、敵を殺す為に。

 

 結果として部下を捨て駒にしてでも士道に接近し、エレンがその光剣を振るうことが出来たのは、その精神の差なのかも知れない。

 

「――――っ」

 

 

 

――――破軍歌姫、顕現(ねえ、わたしをころすの?)

 

 

 

 魅惑、陶酔、誘惑、朦朧、振るった先は――――自分。

 

 それは士道の拙いなりの渾身の罠であり最後の策だった。

 〈氷結傀儡【ザドキエル】〉の氷結の壁を潜り抜け至近距離に近付いた敵には、自滅を誘発する。

 

 だが。

 

「ぁ、ぁ…………っ」

 

 エレン・メイザースが忠誠を捧げる相手以外に一瞬でも心を奪われることが、精神に耐え難い軋みを上げさせるほどの苦痛を与えたこと。

 

「………くも、ょくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもッッ」

 

 自傷により決して浅くない傷を負いながら、士道に“従ってしまった”手を熱を放つその刃で焼いて“消毒”する狂気と。

 

「私の…………私のアイクへの忠節を、汚したなァッッ!」

 

 

「――――だから、何だというのだ」

 

 

 そんな、理も道も解せない傲慢とさえ言えない稚拙な怒りなど及ぶべくもない覇気が、そこにはあった。

 

「十香っ!」

 

「大丈夫だ、シドー。“私が、護る”」

 

 エレンと士道の間に突き立つは玉座。

 そして盾の役目を果たした後は自ら砕け、吹っ切れた様に透明な表情で笑う十香の持つ大剣にその破片が次々と覆って再集合した。

 

 厳めしい竜頭を模した様にも見える身の丈すら超えたその刃を近付けただけで、その秘めた莫大な霊力により磁極の同極の様にエレンは呆気なく弾き飛ばされる。

 

「何をしている」

 

「〈プリンセス〉――――ッッッ!!!」

 

「貴様…………シドーに何をしている」

 

 

 一閃。

 

 

 振りかぶったとか、斬線がどうのだとか、間合いの外だとか、速さや堅さや鋭さや――――そういうもの全てが無為そのものだった。

 

 

 私に斬られて欲しいと願われたのなら、疾く分かたれるが“当然”だろう。

 

 

 もしかしたらエレンは、そのあまりに巨大な刃故に素早くは振り回せないだろうと小回りを効かせながら、受け流しながら、小刻みにかわしながら、十香に対抗しようと、したのかもしれなかった。

 

 なんだそれは?

 

 小賢しい、そんな小細工をすることでこの圧倒的な力に抗える僅かな可能性を狭めていく。

 弱点を見つけてそこを突こう――――そう立ち回る程に敗北へと一直線に突き落とされる、これはそういう力だった。

 

 

「“最後の剣【ハルヴァンヘレヴ】”」

 

 

「――――――――そんな、あり得ない」

 

 純粋な力でしか抗えない、時間の停止や石化の魔眼すら小細工と認定されてひれ伏す王剣。

 それに厳めしかった装備をバラバラに切り裂かれ、墜とされた満身創痍のエレンは、しかし自身の傷にも気付かないかの様に呆然と地面から十香を見上げる。

 

「わたしは、最強のうぃざーど…………」

 

「だからどうした」

 

 敵しかいなかった世界で、士道が味方になると言ってくれた。

 

 ならば。

 それを護る為ならば。

 

 不思議と発揮できた、今までに無い程のこの力をもっともっと強くさえしていける。

 

 だから――――。

 

 

 

「私は、最強の精霊だ」

 

 

 

 斬るまでもない。

 形も持たせずに発した霊力の圧だけでエレンを彼方に吹き飛ばすことで、そう言外に示した。

 

 

 

 

 

 

 エレンの敗北。

 

 それはDEMのメンバーにとって想像すらしたことのなかった非常事態だった。

 蜘蛛の子を散らす様に纏まりもなく撤退―――否、逃走を始め、狂三も追撃するどころか気がつけば忽然と姿を消していた。

 

 期せずして士道と十香、荒れ果てた街の中心で二人きりになる。

 十香は、取り敢えず地面に下りて変身を解いた士道をただじっと嬉しそうに見つめていた。

 

「十香。えっと、さっきは助かったよ、ありがとな」

 

「む?何を言う、私を救ってくれたのはシドーではないか。こちらこそありがとうだ!」

 

「そ、っか…………でも、決めたんだ。俺が、十香を護るって。味方するって決めたんだ」

 

「…………っ」

 

 その言葉を聴き、十香が震えと共に嗚咽を漏らす。

 

「な、何なのだこれは…………シドーが味方だって言ってくれて、胸がぎゅってなって、目が…………何なのだ、おかしくなっているのか、私は」

 

 泣いたことすら初めてなのだろうか。

 混乱する彼女を抱き締め、優しく囁く。

 

「大丈夫だ、だいじょうぶ。だから、十香の全部、俺に一度預けてくれないか?」

 

「う、うむ…………どうぞ?」

 

 

 

 今回も、というより士道の人生は何時だって波乱万丈。

 今後も後始末やら十香の処遇やら色々と大変で、そうでなくてもトラブルは尽きないだろう。

 

 士道が無茶したり、精霊達が無茶したり、それでも、結局はなんとかなってしまうものなのだろうが。

 

 だからハッピーエンドだけは約束されているこの物語のジャンルはラブコメディ。

 ここにその終幕を一旦宣言するとして――――。

 

 

「ちゅ…………し、しろほ…なんらこれ……くひゅぐっはぃ、れろ、ぴちゃ」

 

「と、十香………しは、動かすは…………っ、!」

 

 

 締めはやっぱり、主人公とヒロインの幸せなキスだろうか。

 

 

 

 

 





 いつの間にか強制的に相手を脳筋理論に引き摺りこむ技を修得した十香ちゃん。
 相手は【筋】以外のステータスを選択できない、とか()

 少し詳しく語ると(ごろごろ)、相手の特殊能力を無効化、回避率をゼロにして、更に相手が直接攻撃以外の行動を行った場合それを無力化した上で全能力値が上昇していく感じ。

 対抗できるのは受け止めて防ぐ四糸乃と同じくバ火力の精霊折紙くらい?
 精霊折紙は光速回避が自動発動してしまった時点で“小細工”と判定されてアウトな気も。

 あ、後書きその他は次のページです。



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あとがきと今後、時々病気?


 という訳で。

 終わったーーーー!!




 

 これにて士道リバーション一旦完結ということで。

 

 万事恙無くとは相変わらず行きませんでしたが、ここまでお付き合い頂いた読者の方々には感謝の言葉もございません。

 

 特に連載の最初の方からずっと感想を書き続けてくれた人もいて、おかげでなんだかかつてない勢いで好き勝手やりながらもそれなりのクオリティが確保できた気がします。

 

 振り返れば公務員試験の勉強の逃避で始めたこの連載…………いや、無事合格して官庁内定出たけどさ、10月から事務員始めたけどさ、良い子は絶対真似すんなよ!

 

 という筆記試験を控えながら馬鹿やってた裏事情は置いといて。

 

 個性豊かなヒロインと、それを受け止め切れる時点で一番特徴的な菩薩メンタル主人公のデート・ア・ライブ。

 この作品でもまだまだ残してるのがもろもろありますし、そうでなくてもやっぱり書き足りないのが本音です。

 

 なので物語は完結という扱いにしますが、病気含めてこれからもちびちびと馬鹿やり続けるつもり。

 気が向いたらでいいのでお付き合い頂ければと思います。

 

 

 さて、問題は何をやるかなんだが。

 

 

①続き、折紙編

 

 ぶっちゃけ原作で色々種明かしされるまで待ちたいというか…………。

 11巻でその辺もうちょっと明かされると思ってた。

 吐血した折紙さんとか、最終話で狂三ちゃん何しに来たの?とか、実妹とか、色々暴露した後のラタトスクとか。

 消化しなきゃいけないことは結構残ってるんだけど、今のまま原作との兼ね合い考えつつこねくり回して拡げると多分色々見失いかねないのです。

 なので現状保留で。

 

 

②幕間のノリでひたすらラブコメる

 

 別にいいんだけど、問題はネタ不足やモチベの低下が一度起きるとそのままフェードアウトしかねないこと…………他の選択肢と並行して、とかしてみるといいのかな?

 

 

③過去の病気を連載化

 

・おねショタ十香

・十香・折紙ポジション入れ替え

・ルールとマナーを(士道だけが)守って楽しくデュエル!

・闇日記汚染デビ紙さん

 

…………うん………うん。

 

 改めて見返すとそんなにはっちゃけてないな!

 

 いや、ぶっちゃけ全部本当に数分で話組んだやっつけ仕事なんで連載は…………意外に行けるのか?

 一回くらいデュエル書いてみるのはいいかも知れない。

 

 

 あとは。

 

 

④もはや病気とすら言えない何か↓

 

 

 

 

 

 精霊、という少女達がいる。

 

 軍隊を容易く捩じ伏せる力を持ち、存在するだけで世界を破壊する災害扱いとされーーーー何故かそんな彼女達をデレさせキスすることでその力を封印する能力を持った少年・五河士道は今日も今日とて妹の琴里の所属する秘密結社〈ラタトスク〉の手引きで精霊を落とそうとその出現地点へと向かっていた。

 

「でも今回の精霊って、本当なんなんだ?」

 

『天まで伸びる光の塔、ねー』

 

 それが下手を打てば地球そのものを死の星へと変える爆弾であることをこの時はまだ知る由もなく、いつも通りの、なんだか馴染んできた緊張感で歩く士道だが。

 

「…………え?」

 

『うそ………!?』

 

 塔の麓に守衛の様に佇んでいたのは、かつて百合っこ精霊を攻略する時に琴里の悪ノリで女装させられた、あのーーーー。

 

『士織……!?』

 

「いや、でも体格が………あれじゃまるで本当に女みたいな―――、」

 

『………なんでそんなこと分かるのよ士道』

 

「誰のせいだと……っ」

 

 通信機越しに言い合いをしていると、そんな士道に“彼女”が気付く。

 そして士道を知る者なら間違いなく瓜二つと言う様な、疲れた苦笑いを浮かべながら話し掛けてきた。

 

 

「よう、“俺”」

 

 

――――平行世界を移動しながら“感情”を集積・採集する自律霊結晶〈バベル〉。

 

 何をバグって生まれたのやら、そして『この』士道の世界に最接近したそれはこの地を終焉の地と見なす。

 少し暴走するだけで今まで集めた様々な世界の様々な感情を漏れだして、地球上のありとあらゆる“感情”を汚染して余りある危険物が、傍迷惑なことに。

 

 一応士道の力で封印は出来るが――――。

 

「ああ、こいつデートしてデレさせる必要すら無いぞ」

 

 例えるならセキュリティ完全ゼロの、世界中のコンピューターを全部合わせて並列に繋げたよりも処理の速いスパコンが、ウイルス満載で野放しにされてるような。

 

「一応人格的な意味でも能力的な意味でも主は五河士道が望ましいと“感情”から判断したらしいけど、最初にあの塔内部を踏破した奴の早い者勝ちなのが事実だ」

 

 どれだけ感情を集めても、自我を持てない単体では精霊を生み出せる原石というだけの霊結晶。

 塔の最上部、〈バベル〉のコアに最初に触れた者に従う。

 

 そいつの扱い方次第で、本当に地球に危機が訪れることになる。

 それがまずいことだというのは、〈バベル〉内部の“感情”の大部分の共通認識であるが故に、防衛措置として士道の異世界同位体をコピーして呼び出した…………最も戦闘能力の高い状態で。

 それが“彼女”。

 

「俺は門番だ。お前を拒まない、お前以外を排除するのが仕事」

 

「……分かった。でもお前は、それでいいのか?」

 

「仕方ないだろ、異世界だからってあいつらが苦しい思いをするのなんて嫌だ。

…………それに、コピーだって言っただろ。元の世界には本物の俺がいて、きっと皆と楽しくやってる」

 

 俺に帰る家なんて、無い。

 

「まあ、安心しろ。“自分”を口説くなんていう馬鹿馬鹿しい真似をする必要ないからな」

 

 

 生み出すだけ生み出され、どこにも行けない諦観と絶望。

 それを士道が読み取れたのは、世界が違うとはいえ自分だからなのか、それとも。

 

 

 そしてDEMが、時崎狂三が、〈バベル〉の機能、蓄えた霊力を求めて始まる世界の命運を賭けた“バベルゲーム”。

 混沌とした感情の倉庫が自然に罠となって、正気で進むことすら困難な塔内部の競争。

 

 けれど、嗚呼、それでも。

 

 五河士道が立ち向かうのは、世界なんて漠然とした何かではなく、何時だって目の前の絶望だから。

 

 “彼女”は――――。

 

 

 

 原作士道によるリバーしおりんルート、名付けて『士織バベル』。

 

 なんかしおりん攻略とかいうよく分からないことを時々言われていたのでちょっと考えてみた。

 

 以上。

 

 

 

 




 このしおりんがついてるかついてないかはやっぱりそうぞうにおまかせするんだぜ!

…………本当にどうしよう。いや、ついてるかついてないかじゃなくて、今後の話だけど。


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籠の主は囀らない


 本気で何やるか決められなくて、なんか書いてなんか違う、と途中で放置。

 行き詰った末…………そうだ、いつものサッドライプをやろう!
 みたいな。

 狂三スタチューの後、美九にゃんが士道さんを一日監禁するお話です。




 

「ん………っはあ……!!」

 

 焼けるような吐息を、柔らかなベッドマットへとシーツ越しに吸いこませる。

 体重を預ける彼の顔の横に沈めるようにして、美九はその細い喉を士道の肩に擦りながら額をついた。

 

 鍵を掛けた密室、更に天蓋付きの高級ベッドが幕を悉く閉ざし、たった二人の狭い世界に愛しい人を誘い込んだ背筋のぞくぞくする退廃感。

 艶めかしく素肌を絡め会い、熱を発しては際限なく相手に与えあう体温はどちらがどちらのものかも曖昧だ。

 

 擦れ合う肌の柔らかさの間で、纏わりつく薄布はただのアクセント。

 モラルを、清純さを、節度を、人として捨ててはならぬ理性を脱ぎ散らかし、咎める者(他人)など居はしない。

 

「んう、だーりん、だーりん………っ!」

 

「み、く……」

 

 こんな風に世界に彼と自分しかいないなら―――当然覚える寂しさと恐怖と不安と、“だからこそ”彼に彼だけにどこまでも溺れていけるだろう、そんな昏い欲望が美九の脳髄に重く刺激を響かせながら居座る。

 

 そして、そうなったら五河士道もまた、誘宵美九というただ一人のオンナに縋り、頼り、溺れ、そして沈んでいってくれる。

 それは美九の勝手な想像だとは分かっていて――――しかしありえた一つの可能性であったこともまた、分かってしまっていた。

 

 もし仮に士道を慕う女が彼の周りに美九しかいなければ、そして美九というオンナの心がもうほんの少しだけ脆くって、最早どんな言葉を投げかけてもどうしようも無いくらいに壊れ切っていれば。

 きっと一人ぼっちで壊れていく美九を見捨てられずに一緒に沈んでくれる。

 自分が愛した人はそんな男なのだと、彼を見つめながら彼と共に過ごす彼との幸せな時間の中で、分かってしまっていた。

 

 困ったことに。

 ああ、本当に困ったことに。

 

 誠実で、優しくて、甘くて、愛おしくて。

 その全てに心が惹きつけられてやまない。

 

 

 

 困った、本当に困った――――こんなにも愛させてくれるから、この暗く淀んで濁って腐った欲情も消えてくれない。

 

 

 

 そう、どろどろに甘えた文句は言葉にならずに吐息に侵食し、汗と唾液と僅かの涙と、二人の間に充満する水気に毒を垂らそうとする。

 今自分の息に色が付いて見えるなら、きっとそれは錆びた赤の混ざったピンクか妖しげかつ怪しげに光を吸いこむ紫か。

 一番それを気色悪く思うのは他ならぬ美九自身だろうと、自覚していた。

 

 そんなもので彼を汚したくはないと考えたのは、自分の為か相手の為か。

 奔る激情に曖昧な認識のまま、口をベッドマットに押しつけて毒々しい息を吐き出し切った美九は―――。

 

 

「んちゅ、ちゅるるるるるるるるるるッ、ちゅば………っ!!」

 

「~~~~~~~~、ぐ、けほっ、けは……み、み……く…!?げほっ」

 

 

 代わりの空気を士道の肺の中のそれで満たす。

 乱暴なキスとも言えない悪戯に咳き込む士道を蕩けた視線で見つめると、今度は優しく口づけた。

 

「ん、ちゅ……ごめんなさい、ごめんなさい、だーりん………」

 

「―――、………」

 

 ぽんぽん、と。

 ほら、こんなひどいことをしてさえ優しく頭を撫でてくれる。

 

 もぞもぞと仰向けの士道に覆いかぶさる美九は全身をくねらせてその肢体を押し当てる。

 誘惑するにしては力強く、挑発するにしては切実で。

 

 その早熟にして成熟した肉体を全て捧げる―――捧げきってしまいたいのだと、縋って。

 

 そんな美九の体重を黙って受け止めて、士道はただ美九の長い髪を梳く。

 際限なく甘えさせてくれる士道に―――結局、美九は周囲など関係なく溺れるのみなのだ。

 

 そんな風にして過ごす時間。

 

 士道と共に寄り添いながら眠りに就いて、朝起きてから食事も忘れて貪り続けている時間。

 こんなにも、幸せで。

 

 なのに――――。

 

 

「美九、お願い、泣かないでくれ――――」

 

「~~~~、だーりんっ」

 

 

 どうしてこんなに悲しいのだろう。

 これ以上ない幸せの筈だ、これが理想だった筈だ。

 

 お金だってある、異能だってある、このまま二人狭い世界で居られるなら、あんな風に愛しい人の惨い光景を見せられることだって無い。

 長く、永く、共に朽ち果てるまで、邪魔するものは何もない。

 

 それが、どうして―――。

 

 

 それまで曇り空だったのが途切れたのか、窓から差し込んだ強い陽の光が幕を突き抜けて二人を照らした。

 

 

「あ………」

 

 士道の腕に抱かれながらも、おぼつかない手つきで幕を捲ると、日光の眩しさと裏腹に寂しく暗い部屋が広がっていた。

 窓から精一杯光を取り入れても、美九の広い部屋を十分に照らすほどのものでは無い。

 

 そして四角く切り取られた空は、雨戸を閉めるだけで容易に閉ざされるのが連想できるくらいに、狭く脆く。

 

 

「―――そう、だったんですね。やっぱり私には“歌”なんだと、そういうことなんですね…………」

 

 

 唐突に、納得した。

 

 あんなに狭い空では、私は自由に歌えない。

 そんなせせこましくて、鬱々しくて、出来そこないの歌を―――――――士道<だーりん>に聴かせられるものか。

 

 愛する人に、自分を受け止めて欲しい。

 士道なら美九のどんなに醜い心だって受け止めてくれるけれど――――どうせならそんなものよりずっと綺麗なものを渡したいに決まっているではないか。

 

 それが人を好きになるってことだろう。

 

 だからこのどこかもの悲しい幸せは、やっぱり今日一日限りのそれだ。

 

 すっと胸の内に沁み込むように、美九はそう納得した。

 

 

「やっと、笑ってくれたな」

 

「え?」

 

 

 微笑みながらその頬を撫でられて、美九は知らず知らずに笑顔に緩んでいることに気が付いた。

 狂三に“殺された”士道を見せられてから、美九が初めて心から笑えた瞬間。

 

 自分でも分かるくらいに表情筋の固まった引き攣ったそれでもなく、まして士道を失う恐怖に心が塗りつぶされた冷たさも今だけはなく。

 

「笑顔の美九が、やっぱり一番いい」

 

「…………。ほんとに、もー、だーりんってば」

 

 喪失への恐れから絶望に走る気持ちも、嫉妬や独占欲に走る浅ましさもあるけれど。

 置き去って逝かれるトラウマから抜け出す強さもまだ無いけれど。

 

 もっと素敵なものをいくらだってくれて、壊れて堕ちそうな時何度だって救ってくれる本当に素敵な美九の“だーりん”。

 

 五河士道は誘宵美九の生きる理由で――――彼を好きになれてよかったと、きっと死ぬその瞬間まで思っていられると確信していた。

 

 だからせめて、ありがとうの思いを込めて、彼が褒めてくれたばかりのとびっきりの笑顔を贈ろうと思う。

 これだって彼がくれたものなのに、と少しだけ可笑しく思いながら。

 

 

 

「大好きです、だーりん!!」

 

 

 

 

 

 以上。

 

…………。

 

 おかしいな。

 

 壊れて重くて救えない感じのがいつものサッドライプさんだった筈なのに。

 士道さんのせいで作者も浄化された感じのサムシング?

 

 ちょっと短いし、仕方ないのでもうちょっと美九にゃんといちゃついていてくださいな。

 時系列は適当で、ただ士道さんがデートしているだけのお話↓

 

 

 

 

 

 カラオケボックスは美九の独壇場である。

 

 歌唱力を武器にしていた元アイドルは伊達ではなく、歌っている間の美九の存在感は常にも増して大輪の花が咲くような華やかさを纏っている。

 芯の通った歌声は透けるように高らかに、力強さを持ちながら可憐さを振りまいて太さや鈍さを全く感じさせない。

 

 一度聴いてしまえば無意識でも彼女の至高とすら言えるその歌と比べてしまう、それが分かっていて同じ土俵に立てると言うなら、それは美九と同じくらい歌に沢山のものを懸けて生きている者だろう。

 勝負好きで負けず嫌いの風の姉妹が何十回も挑んで一度も遅れを取らず、完敗を認めさせた美九の歌の牙城は欠けることすら想像できない。

 

 なので―――みんなで和気あいあいと、というならともかく士道と二人きりでカラオケデートに洒落こむのは美九の専売特許だった。

 当然のように美九の家には店に置いてあるものと同じカラオケ機材も、コアなメタルを大音量で流しても近所から苦情が出ない防音部屋もあるが、そこはデート。

 

 大事なのは、雰囲気と気分だ。

 

 綺麗に飾られた部屋に心許した相手と遊びに入るわくわく感、歌うという行為によって普段と違う自分をさらけ出す興奮、そんな高揚した気分で過ごす時間を相手と共有するこそばゆさ。

 

 ただ気持良く歌う以上の多くのものがそこにある。

 

「~~~~っ、………。ありがとうございましたー」

 

「うん。やっぱすごいや、美九は」

 

 小さい頃にやっていて毎週見ていた記憶だけがあって内容は全く覚えていない、そんなよくある少女ヒロインのアニメの主題歌をやけにクオリティー高く歌い上げた―――プロ顔負け、というより元プロだが―――美九に拍手をしながら笑いかける。

 拙い賛辞を受け止める美九も、気持ち良さそうににこりと笑みを返した。

 

「次、だーりんの番ですよー?」

 

「あー、っと。何にしようかな」

 

「このバンドの曲とかどうですー?最近だーりん歌ってないじゃないですかー」

 

「…………。わざと言ってるだろ美九」

 

 美九が曲リクエスト用の端末を操作して開いたのは奇妙な冒険漫画に名前が出て来そうな洋楽バンドの曲目だった。

 何の意味もなく英詩に無性にカッコよさを感じて嵌り、俄か知識で語っては美九にネタを振られて斜め上の答えを返した恥ずかしい思い出があったりなかったりする。

 

 だが、名曲で好きな曲には違いが無いので折角だから歌うことにした。

 カラオケはある程度慣れがあれば歌えるものだ、まして身近に最高のコーチがいる士道は歌うのは苦手ではない、が………それでも若干キーが高く歌いづらい曲だったのに気付いたのは一番のサビを歌い終えてからだった。

 

「……ぁっ、く……お茶、ってなくなってるんだった。さっき注文したからすぐ来るかな」

 

「はい、だーりん。わたしのどーぞぉ」

 

「さんきゅ」

 

「それよりきつそうですけど、ガイドボーカルやってあげましょうかー?」

 

「っ!?」

 

 言いつつ美九が声を吹き込むマイクは―――士道が手に持ったそれ。

 

 慌てながらもイントロは終わり、歌詞がテレビ画面に表示されて歌いだしになってしまう。

 

 美九がリードしてくれるので高音も歌いやすいが…………一つのマイクを二人で共有しているせいで、吐息がもろに感じられる。

 更に士道のマイクを握る手の上から重ねて添えてきた掌の柔らかく暖かい感触のせいで、歌いながらも集中しているのはそちらになってしまっていた。

 

 そんな士道のことなどお見通しなのだろう、悪戯で愉しげな視線を横目に送ってくる。

 至近距離の愛らしい挑発に、士道の心は一気に高ぶった。

 

 気付けば歌もすぐに終わっていて。

 マイクを降ろせば――――近づいた士道と美九の唇だけがそこにある全て。

 

「んふ、だーりん?」

 

「美九、美九…………!」

 

 

 

「お客様ー、レモンティーお持ちしました」

 

 

 

「うわああっ!!?」

 

 ぷるんと潤い溢れた美九の魅力的な唇に誘われる、その丁度いいタイミングで店員が部屋に入ってくる。

 慌てて椅子に座り直す士道を見る店員の目は心無し冷たかった。

 

 まあ、向こうは仕事なのでそのまま飲み物をテーブルに置いてすぐに出ていくのだが。

 閉まったドアにほっと息を付いた士道に、ついっとまた美九は距離を近づける。

 

「てへ、失敗ですー。残念でしたぁ」

 

「まったくもう………」

 

 どちらにとって残念だったのか。

 きっと言うまでもないことで―――。

 

 それでも言葉に出ることの無いように、美九はお互いの唇に人差し指の先をくっつけた。

 

 そのままウインク一つ。

 

 ああ、もう。

 まったくもう。

 

 可愛くて仕方なかった。

 

 

 

 





 よし、明後日からヒーロージェネレーションだ()

…………まあ、なんというか暫く迷走すると思うので生温かい目で見守って頂けると幸いです。



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パルプンテ!


 いや、すまんね。

 だいぶ間を空けた更新がこんなんで




 

 きっかけは、美九からのメールだった。

 

 カラフルに様々な種類の絵文字が踊り、本文よりも画面を占領していることも稀ではない彼女のメールは士道にとって真似したくとも出来ない完成度で毎度毎度感心させられる。

 それが広告メールや日常の雑多な用件メールに埋もれるのが何となく勿体なくて、実は差出人が美九のメールには保護をかけてフォルダを分けていたりするくらいだ。

 

 芸が細かいのについてはいつものことだが、その日の一通に関してそんな傾向が特に顕著に見えた。

 用件がよく分からない言語で、かつ意味のある本文が何かのURLのコピー&ペーストのみという、可愛らしく彩る絵文字が無ければ送信ミスか悪戯を疑うような代物だったせいだろうか。

 

「わくわくてかてか…………?」

 

 意味の繋がらない擬声語の組み合わせはともかく、見ておいて欲しいということだと思われるのでちょっとした好奇心もあって士道はそのURLをタップした。

 スマートフォンが自動でブラウザを開き、画面にホームページが表示される。

 

 暖色系のデザインにやや丸めのフォント、広告の占める面積の多いその内容はと言えば、大型掲示板のスレッド内容を抜粋したいわゆるまとめサイトと言われるものだった。

 右上に表示されたカテゴリに沿った“報告者”達の悲喜こもごもの書き込みや、それに対するリアクションは妙に染み渡る内容で…………きっとそれは、士道の倍以上の時間を生きた大人達の、士道にも身近な感情を綴った記録だからだろう。

 

 その感情が士道にとって身近であるということ自体が、ある意味異常と言えば異常だが。

 だからこそ意識は引き込まれ、スクロールとランダムに表示されるリンクを辿って様々な“報告”を読み進めていくのが止まらない。

 

 時に涙ぐみさえしながらスマホに熱中し、電池が半分ほど切れた辺りでふと我に返り疲れた目を小休止させた士道。

 一度落ち着かせた思考で――――これを読ませた美九の意図を振り返る。

 

 どうしていつもと様子の違うメールを出したのか、そのきっかけは流石に分からずとも。

 彼女の目的、期待するもの、望むこと………それが分からないなんてことはあるはずがなく。

 

「相変わらずだな、美九は」

 

 苦笑、というにははにかんだ笑みを浮かべながら、光の落ちた液晶を復帰させる。

 表示されるただの画面に写った文字にしてはやけに印象深く見えたのは、そこに込められた率直に言うにはやや恥ずかしながらも大事な感情を知っているからで。

 

 だからこそ――――。

 

「やるよ。………いや、やらせてくれてありがとう、なのかな」

 

 いつもの様に誘宵邸に向かうべく歩き出す士道が、ポケットに突っ込む携帯機器に表示されたそのスレッドタイトル。

 

 

 

【魔法の呪文は】嫁に「愛してる」と言ってみるスレ【パルプンテ】

 

 

 

 さあ病気いくぞー。

 

 

 

※最初はやっぱり

 

「来たぞー」

 

「いらっしゃい、士道」

 

「…………」

 

(初っ端は七罪………美九にされたリクエストとはいえ、ちょうど一対一だし後回しにするのもなんだか、だしなぁ)

 

「?どうしたの」

 

「これも縁なのかなやっぱり。なあ、七罪――――すー、はー、よしっ」

 

 

 

「愛してる」

 

「私も愛してるわよ、士道」

 

 

 

「………っ!?~~~~!!?」

 

「ふふっ」

 

「な、七罪さん………?」

 

「じゃあ、また後でね士道。美九達にも“挨拶”していくんでしょ?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……流れるようにクールに去って行かれた」

 

「すげえカウンター……うわ、顔熱い」

 

「ていうか何、え、あの様子だと美九だけじゃなくてみんなに期待されてるのか今回のこれ?」

 

「それにしたって最初からインパクト強いっていうか………他のみんなもこの調子だとしたら、大丈夫か俺」

 

 どたどたどた……ばたんっ!

 

 にゃああああぁぁぁぁぁっっ!!

 

 ごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろ――――。

 

「………………案外大丈夫かも知れない。いや、何も聞いてないけど」

 

 がんっっ!!!

 

~~~~~~~~ッッ!!?

 

「あ、頭ぶつけた。いや、言っちゃったはいいけどすぐに恥ずかしくなって俺から見えないところで悶え転がってた音なんて聞こえてないけど」

 

「そういうことにしておこう」

 

「…………美九の部屋、行くか」

 

 

 

 

 

※こういうのって結局直球が最強だよね

 

「どきどきー」

 

「美九、あの、その、だな?」

 

「わくわくー」

 

「わかっ、分かってる。ただちょっとだけ落ち着かせてくれ」

 

「………ああん、もぉ、だーりん可愛いんですからぁ。でも我慢効かない待てないんですー、がんばって、ほら321きゅー?」

 

 

 

「ぁ、ぅ…………美九、美九愛してるっ!」

 

 

 

「―――――」

 

 

「だーりん…………、だーりんだーりんだーりんっ!!」

 

「わわ、美九っ、飛びついてきちゃ危なっ、」

 

「だーりんだーりん好きです愛しいですラブです愛してますっ!ぎゅーっ、ですー!!」

 

「少し、落ち着いてって」

 

「落ち着いたら負けです愛は止まらないんですー!ほら、だーりんも、ぎゅーっ?」

 

「ああもう………ぎ、ぎゅー……」

 

「んぅー。えへへー………」

 

 

「すりすりー。あは、もう少ししばらくずっとこうして抱き合ってたいですー………」

 

「………俺でよかったら、お好きにどうぞ、お姫さま」

 

「だーりんっ」

 

 

 

 

※違いの分かる風の精霊

 

「夕弦、愛し―――っふみゅ!?」

 

「ちゅっ、…………先制。残念ながら実は今は士道のターンではなかったりしました」

 

「ど、どういう………?」

 

「策士。愛してるなんて、そんな大事なことば、ただで言わせてなんてあげないのです」

 

「要求。今のキスと、夕弦スペシャルリクエストを士道にこなしてもらいます」

 

「……敵わないな。で、どうすればいいんだ?」

 

「抱擁。後ろから抱きしめて、優しく触って」

 

「こう、か………?それで、触るってどこをーー」

 

「受容。士道が愛でてくれるなら、どこだっていい。大丈夫、夕弦は例えどんな変態的なフェチズムを士道が持っていたとしても、受け入れてあげますよ」

 

「お前な…………だったら、こうしてやる!」

 

「ひゃうっ!?せ、制止。士道、待っ………~~~っ!」

 

(動揺っ。優しいのに、そこ、士道に触られて、からだぜんぶにびりびり来る………!!)

 

「夕弦………へえ」

 

「………ふっ…ぁん!?」

 

(誤算。私のここ、こんなに弱いの知らなかった………私は知らなかったのに、士道に知られてしまってる…………!?)

 

「駄目。だめ………っ、!」

 

――――夕弦。

 

「~~~~~ッ」

 

(動揺っ、なんで、バレてる!?優しくさわさわされて、夕弦、って耳元で囁いてもらうって、まだ言ってないのに………!)

 

「こうすればいいんだろ………!何となく、分かるっ」

 

(衝、撃………ゆづる、夕弦の、士道に知られちゃってる…………足に力が入らなくて、いま士道に全部預けてるのに……!)

 

「懇願。止まって、止まってくださいしどぉ………らめぇ」

 

(恐慌。こんな状態で、最初の予定通り、強く抱き締められた後に、言われたら………私、どうなるか……!!)

 

「夕弦……夕弦!」

 

 

「愛してるぞ、夕弦!!」

 

 

「―――――――」

 

(ぁーーーー)

 

(惚然。あたま、まっしろにーーー)

 

 

「っっっっっっっっっッ!!!?」

 

 

 ぶるぶるぷるぷる………っ、ぴく…っ、ぴく………。

 

 

「ん…………あれ?夕弦?夕弦――――!!?」

 

 

 

 

※違うの分かる?かぜのせーれー

 

(凄かった)

 

(なんかこう、上手く言葉に出来ないけど凄く凄かった)

 

「お、おお士道ではないか偶然だなー」

 

(そのままベッドまで運んで寝かせて来たけど――――ううん)

 

「ふ、ふふふ分かっているぞ?貴様には疾風の化身たるこの耶倶矢に告げるべき魔なる言霊があると」

 

(ふわふわした、よく分からない感じ)

 

「…………む?士道?」

 

(新しい何かが芽生えたというか、扉が開きそうというか)

 

「士道?しーどーおー?」

 

(今度、じっくり夕弦をいじめ―――、)

 

 

「士道ッッ!!!」

 

 

「うわっ!?耶倶矢っ?」

 

「『うわっ』ではない!よりにもよってこの我を無視するとは何事かっ!?」

 

「え、あ…………ごめん」

 

(びっくりした……。でも、今のでなんか吹っ飛んだな、何考えてたんだっけ俺?)

 

「ごめん、で済むと思うか?この罪“煉獄なる輪廻遊戯【インフェルニティ・エメループ】”にてじっくりと…………、えっと、体調悪いとかじゃないよね?」

 

「あ……いや、単純にぼーっとしてただけだ。心配してくれてありがとな」

 

「そんなのとうぜ………、……」

 

「?」

 

「いや、許さぬ」

 

「ええっ!?」

 

「その…………あ、あるでしょ?言うことが」

 

(よく見たら耶倶矢、なんかすっごいそわそわしてる………)

 

(期待してくれてる、のかな)

 

「………」

 

 

「愛してる、耶倶矢」

 

 

「あ……お、応とも!我と士道は悠久なる世を寄り添う定めなれば、当然よなっ!」

 

(そんなこと言いながらこれ以上ないってくらい幸せそうな顔で肩にすり寄って来て、あーもう)

 

 

「ありがと、な」

 

 

 

 

※分かるかどうかで世代がバレそうなネタ

 

「士道さん」

 

「…………何となく会いそうな気がしてたよ、狂三」

 

「あらあら。わたくしのことなどお見通し、という訳ですの?くす、なんだかそれも悪くありませんわね?」

 

「お前の方こそ、たまに俺のこと全部分かってそうみたいな気分になるけどな」

 

「ああ………それなら本当に悪くない、悪くないですわ。でも残念ながら勘違い、そうお思いになるのだとしたら―――それは士道さん自身がそれだけわたくしに心を開いてくださっているということ」

 

「まあ……それは、その」

 

「本当に、物好きな方。それ故にこそ――――わたくし、士道さんの甘い言葉、期待してよろしくて?」

 

 

「愛してるよ、狂三」

 

 

「ほんの躊躇いもありませんでしたわね―――慣れてしまいましたの?ああ、憎らしいですわ、妬けてしまいますわ!

…………そしてそれ以上に、嬉しいですわ。あの方達への羨望が、霞んでしまうくらいには」

 

「狂三………」

 

「幸せな気分ですわ。とても心地よい気分。聴きまして、わたくし?」

「いいえ、わたくし聴けませんでしたの、わたくし」

 

「……………。………え、あれ?」

 

「じー」

「じー」

「じー」

 

「………あ、愛してる」

 

「ああっ、ありがとうございます士道さん!最高ですわ、聴いたでしょうわたくし?」

「いえ、わたくし聴いてないですの………」「わたくしも」「わたくしもですわ」「羨ましいですわ」「全く」「本当に羨ましいですわ」

「欲しいですわ」「わたくしにも」「愛の言葉」「欲しいですわ」

 

 

「「「「じー」」」」

 

 

「…………え、何なのこれ無限ループ?」

 

 

「――くす。そこまで酷な事は流石にしませんわ。せいぜい百人、本体のわたくし含めて101匹狂三ちゃん。可愛がってくださいな?」

 

 

「分かった、分かったから囲んで凝視するのやめて!?」

 

 

 

――――。

 

「まさか本当に百の愛を連ねてくれるなんて。気恥ずかしさに慣れることはあっても、一度たりともおざなりになること無く」

 

「さて。この百の分身(わたくしたち)、一度に取り込めば士道さんに百回愛を唱われた記憶が一つに濃縮されてフィードバックされるわけですけれども」

 

「――――考えるまでもなくやめた方がいいですわね。幸せ過ぎて“気が狂って(普通のおんなのこになって)”しまいますわ」

 

「士道さん、本当に罪な人。きひ、きひひひひ………っ」

 

 

 

 

※原作で唯一士道さんに明確に愛してると言われたヒロイン、なんだけどなぁ………

 

「あれ、琴里?今からお出かけか?」

 

「あら、士道。〈フラクシナス〉に、ちょっとね」

 

「そっか………無理すんなよ」

 

「おあいにく、よりにもよって士道にその言葉を言われる様なイカれた神経してないわ」

 

「まあ自覚が無いのはしょうがないよな。本当にしょうがない妹だ」

 

「わざと言ってるでしょ。わざと言ってるわねこのしょうがない兄は」

 

(おにーちゃんの前で黒いリボンを着けるようになってから、いつものことになった軽口の叩き合い。でも、なんだか今日は―――)

 

「あ、そうだ」

 

「?どうしたのよ、まさか帰り道のこの自宅のど真ん前まで来て忘れ物に気付いたとか?」

 

「いや。寧ろ琴里に、忘れないようにってさ」

 

「私に?何の話?」

 

 

「琴里、愛してる」

 

 

「……………………へぁ?」

 

「じゃ、また後でな。晩飯に間に合わない様ならお前の分はラップかけて残しとくから、十香に食われない内にさっさと帰ってこいよー」

 

「ちょ、ちょっと――――」

 

 

「……ぅあ、あぅ………」

 

「もう、いきなり何だったのよ………」

 

「…………」

 

「ふふ」

 

 

「私も、愛してるわよ、おにーちゃん」

 

 

「…………………や、やっぱ今のなしっ」

 

 

 

 

※アニメの見すぎよりテレビの見すぎの方が性質悪い。いや、関係ないけど。

 

「あ、お帰りなさい……です、士道さん」

 

「ただいま、四糸乃。愛してるぞ」

 

「っ!!?」

 

 がしゃん。

 

「お、おい四糸乃!?怪我ないか?」

 

『し、士道くん、そんな………っ』

 

「ひ、ひっく、えぐ………っ」

 

「え、ええ!何でいきなり泣いてるんだ四糸乃!?」

 

「だって、だって………!」

 

『士道くん、士道くん~~っ!』

 

「ど、どうしたんだよ、よしのんまでそんな声出すなんてーーー、」

 

 

「だめです、いやです、士道さんが死ぬなんて………」

 

『士道くん行かないで、もっと一緒に居てくれないと駄目だよぉー!』

 

 

「え、俺死ぬの!?」

 

 

――――。

 

「いや、死なないから」

 

「あ、あぅぅ…………だってスコットもクリスも啓介も、その、そう言った後死んじゃったですし………」

 

「誰だよスコット」

 

『あのね、今週は元傭兵のエドワードがひろ子に告白するんだよー。歴戦の傭兵の彼ならきっと幽霊に憑殺されることも落とし穴に嵌まることも作業機械に巻き込まれることもないさー!』

 

「ヒロイン同一人物かよ!?疫病神じゃねーかひろ子って言うか逆に見たくなるなそのギャグドラマ!?」

 

「あ………じゃあ士道さん、今度一緒に見ませんか?」

 

「……そうするか。なんてタイトルなんだ?」

 

『やったね四糸乃!ありがとー士道くん。タイトルはねー、“サムとひろ子のあの丘まで”って』

 

「エドワード絶対生きて帰れないよなそれ!?」

 

 ぎゅっ

 

「あれ、どうした四糸乃?」

 

「だいじょうぶです、士道さんは死にません」

 

 

「わたしが、まもるから…………っ!」

 

 

「――――」

 

(四糸乃にテレビ以外の趣味覚えさせた方がいい気がしてきた………)

 

 

 

 

※結局この子に関しては原作でほぼ完成しちゃってるんだよね、おかげで書きづらいっちゃ書きづらい

 

「十香、入っていいか?」

 

「シドー?うむ、当然だっ」

 

「あはは。ありがとうな」

 

「?それよりどうしたシドー、お話するか!?」

 

「それもいいけどさ。十香にも言わなくちゃな、って」

 

「む、何をだ?」

 

 

「愛してるよ、十香」

 

 

「?愛してる、とは何なのだシドー?」

 

 

「………………」

 

(落ち着け五河士道、十香が何気ない一言で場を超重力に落とすのは初めてのことじゃない)

 

(根気よく説くことが何よりも大事なんだ)

 

(……『愛してる』の意味、か)

 

 それは――――、

 

「――――――、ってこと、かな」

 

「…………むー」

 

「なんで唸ってるんだ?分からなかったか?」

 

「そんなことはない。ただ、それならば私がシドーに言うべき言葉ということではないか」

 

「え?」

 

「愛してる、愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるっ!」

 

“一緒にいてくれてありがとう”

 

“寄り添ってくれてありがとう”

 

“分かち合ってくれてありがとう”

 

「―――――っ」

 

“おかげで自分は一人じゃない”

 

“だから、ありがとう”

 

 

「愛してるぞ、シドーっ」

 

 

 それはきっと、そういう感情(コトバ)。

 

 

 

 

 

 

 

 





※これに関しては読者と原作者の悪ノリの産物だと思うんだ。作者は悪くない…………たぶん。

「『士織、愛してる』?はいはい、何が欲しいんだ?おこずかい足りなかった?」

「?なんなんだよ?」

「ちょっと、拗ねるなって………もう、世話が焼けるな」

「まあ、…………アレだ。ご機嫌とりでも、嬉しかったよ。安いものだね、我ながら」

「きゃっ!?いきなり後ろから抱きつくなって、いつも言ってるだろ!?」

「本気で愛してるって証明してやる、って、そんな恥ずかしい台詞よくも」

「そん、な………ふぁう、無駄な証明、しなくていっ、や、やめっ」

「うるさい、無駄な証明、なんだよ…………お前を愛してる気持ちは、誰にも負けないって決めてるんだから」


「お前が愛してくれる以上にお前を愛してやるんだって、決めてるんだから………!」


「やん、それはちょっと、卑怯………っ」


 この後無茶苦茶せっ―――いや、なんでもない





 以上、ということで久しぶりの更新もとい病気でした。
 勘が鈍ったせいかキレがいまいちっていうか、病気度数が足りてないねちょっと。

 折角完結までなんとか一段落着けたのにまだ書く言いつつ書けなかったのはスランプ…………って言うほどでもないけど、なんていうか。
 でも今回のと前回の美九にゃんでなんとなく理由分かった。


 狂 気 が 足 り な い 。


 今作は言わずもがな士道さんが片っ端から浄化させてくし、前作の某ISガンダムの束さんも比較的マイルドな部類だったからなぁ…………。
 短編じゃ発散仕切れないし。

 やっぱ定期的にきたないサッドライプさんしないと駄目みたいだわ。
 綺麗過ぎる空気じゃ人は生きていけないんだ…………。

 艦これ辺りでいっちょやって見るかねえ。


「ここから先は、俺の戦争(ケンカ)だ!!」
「いいえ先輩、“わたしたち”の夫婦共同作業(ケンカ)です!!」

「…………………は?いやお前誰?」
「気にしないで大丈夫です、先輩のことは、ずっと後ろから見てました――――」


「私は、せんぱいの“監視役”ですから」

 にこっ☆


 世界最強の吸血鬼を監視(ストーカー)せよ!



 って感じなストライク・ザ・ブラッドネタも思いついたけどまあ原作通りと言えば原作通りだしね()

 折紙さんとちょっと被るし。



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――――チョコレートが欲しいか?


――――よかろう、ならばくれてやるっ!

 なんてプレゼントしてくれる耶倶矢は二次元にしかいないんですけどねー。
 それはともかくガイアが囁いたのさ、バレンタインをやれと……っ

 つーことでいっちょ出張ってもらいましょうか。
 時系列は八舞編と狂三編の間、士道さん中三の冬で厨二の二月十四日。
 つまり………分かるな?


 さあ作者と一部読者のメンタルをごりごり削る作業が始まるおー。




 

 生憎の雨模様、というのはテレビの天気予報でよく聴く言葉だが、なかなか上手い表現だと思う。

 ただ『雨です』と事務的に過ぎる報告でもなく、それでいて語呂や言い回しが悪くないので、聞き慣れはしてもなかなか陳腐にならない言葉だ。

 こういう部分が美しきかな日本語……などと言っても。

 

 

「言葉の上に水滴が落ちることなど無いのだからな。雨も嵐も吹雪でさえも、文の上では如何様にも繕い、風流の一言で済ませられる。

 “まこと、美しきかな日本語”……………くくく」

 

 

 士道<シド>さんマジぱねーっす。

 

 大粒の雨が強い風にも煽られて窓に叩きつけられる様を見て暗黒微笑を浮かべている我らが士道さんは、まあ実際のところそうすることで気力を立たせている側面がなくもなかった。

 我が家の外はそれこそ生憎の大雨、雪などよりよほど体温を奪われるこの季節のそれの中を行軍しようと思えば、どんな雨具を纏おうがなかなかに辛い行程となるだろう。

 

 だが、それでも―――士道に、この日外出しないという選択肢は無かった。

 

 この日―――二月十四日、バレンタイン。

 日本においては、女の子が異性にチョコレートをプレゼントする祭りとされている。

 それがお菓子メーカーの陰謀であるか否かはともかくとして、好意の証として渡されたならば、それを嬉しいと思わない男はいないだろう。

 だから美九達の待っている場所へ、士道は行かねばならなかった。

 

 彼くらいの反抗期と思春期が重なった年代だと、『チョコなんかに何必死になってんだよ格好悪い』などと斜に構えた態度の素直になれない男も割と周りにいるものだが。

 そんなにがっつくのは何か“負け”なのではないか、なんて。

 ある意味では大人以上に体面というものを気にする少年達は、そうやってあったかもしれないチャンスを逃すのだろう。

 

 士道にしたって、確かに大っぴらにそう宣言するのは気恥ずかしいものはやっぱりある。

 だけど、見ていたから。

 

 小さな背で苦労しながら、キッチンで菓子作りの練習をしていた七罪の姿を。

 だーりん、楽しみにしててくださいねー、とか言いつつ貰う側の士道よりもこの日を楽しみにしていた美九の笑顔を。

 何か勘違いして大量の原産カカオを屋敷に入荷していた夕弦に耶倶矢……も、まあ好意はあったようだし。

 

「―――――勝ち負けではない、これは願いだ」

 

 その記憶があるならば。

 

 

「それでも俺はチョコレートが欲しい…………っ!」

 

 

「よく言った士道!!」

 

「耶倶矢ッ!?」

 

 ロボットアニメごっこをしていた士道の部屋の窓が開け放たれ、掛けていた鍵が千切れて犠牲となる。

 いや遊んでないでいい加減さっさと出発しろよと言わんばかりに窓辺に現れたのは、果たして風の精霊姉妹の片割れ、八舞耶倶矢だった。

 

 いきなりのことに一瞬あぜんとした士道だが、雨粒が部屋に吹き込んで来―――ないことに気付いて、もう一度耶倶矢の服装をよく見る。

 編んだ蜂蜜色の髪が映えるような黒いコートを装飾している……様に見えて、霊装のベルトが巻きついていた。

 

「えっと……どうしたんだ、耶倶矢?」

 

「何言ってんの、こんな雨の中士道を歩いて来させるなんて大変じゃない。風邪でも引いたらどうするのよ」

 

「それで、迎えにきた、って?」

 

「うむ。…………士道、今宵風の祝福が御主にはついている。水だろうが酸だろうが溶岩だろうが、その髪のひと房も汚すこと叶わぬわ」

 

 そう言って不敵に笑う耶倶矢に合わせて、士道もにやっと笑って返した。

 

「頼もしいな。それでこそ耶倶矢、私の魂の盟友よ。その大言、当然事実となんら差異はないのだと信じているぞ」

 

「僅かな暇もなくそうして自らを預けられる器量、嫌いではない。フッ――――さあ士道、手を差し出せ」

 

 言われるがままに耶倶矢と手を繋ぐと、いつかのように士道の体が風に包まれ、浮く。

 今回は何百キロも飛ばないだろうが、半年ぶりの空の旅の始まりだった。

 

 

 

――――捕捉。なお、放置されたままの士道の部屋の壊れた窓枠と、耶倶矢がいなくなって雨が吹き込み始めびしょ濡れになった窓際は、誘宵邸の優秀なメイド一号が後でしっかり修繕しました。全く、耶倶矢はおっちょこちょいです。

 

 

 

「あれ?耶倶矢、こっちの方って―――」

 

 過ぎゆく眼下の街並み、その地形から耶倶矢の飛行する方角が美九の家に向かっていないことに気付いた士道がそのことを尋ねると、耶倶矢はただいたずらな笑みを返すのみだった。

 

 やがて辿り着いたのは、街を一望する高台の公園。

 その場のノリで靴も履いて来なかった士道を慮ったのか、切り立った部分の落下防止用の手すりに士道を座らせると、耶倶矢もその隣にちょこんと座った。

 

「……?いったいどうしたん――――むぐっ?」

 

 

「寄り道。………と、みんなより一足先にプレゼント。いいでしょ、これくらいの役得」

 

 

 そう言って、士道の唇に一口サイズの何かを押し当てる耶倶矢。

 口に含むと、強い甘さの風味が広がる――――ミルクチョコレート。

 

 今日の主役を一番に食べさせて、ついでに士道の唇に僅かに接触した指を逆の掌で包み込みながら、耶倶矢は普段の強気で勝気な表情を収めてそっぽを向いた。

 士道はそんな彼女に苦笑しながら、優しい声で言う。

 

「おいしい。ありがとう、耶倶矢」

 

「べ、別に……私がしたかっただけで、士道の為にやったんじゃないんだからね……」

 

「………ぷっ」

 

「な、なによー!」

 

 本人にそのつもりはないのだろうが、もはやネタセリフとしか思えない言葉になってしまっている耶倶矢の発言につい噴き出してしまった。

 それに怒る、というかじゃれついて来る耶倶矢と触れ合って、いつの間にかそれが士道の肩にもたれかかっている体勢になって。

 

 ふと二人とも無言になって眼下の街並みを見下ろす。

 雨に霞んだ建物、ぼやける人々の営みの灯り―――なんだか幻想的なその景色を見ているのは、士道と耶倶矢だけだった。

 

「ぜいたく、だな」

 

「何が?」

 

「俺達だけだろ、この景色眺めてるの」

 

 当然だが、こんな寒さと悪天候の中わざわざ公園まで外出している物好きなどそうそうなく、付近に人影はない。

 例外は、風に護られて僅かも濡れることの無い士道と耶倶矢だけ。

 

「あれ?そういえば上着も着てなかったけど、なんか暖かいな」

 

「…………ボイル・シャルルの法則。気体圧力と体積の積を物理温度で除した値は、気体定数と物理量の積、すなわち一定となる。つまり気体のかさと圧力をいじれば暖めたり冷ましたりできる、ってこと」

 

「う……今勉強のこと言うのやめてくれ……しかもそれ勉強しちゃったけど高校入試に関係ない内容まであったじゃないか」

 

「地球(ほし)に遍く在るエア―――それを操る八舞は、間接的に物質の熱量すら手中に収めているということだ、どう思う士道」

 

「そ、それはまさか――――耶倶矢、お前はかの“永遠力暴風雪【エターナルフォースブリザード】”、一度使えば相手を絶対零度の死に誘う技の使い手でもあるということなのか………!?」

 

「く、くくく、気付いたようだな士道――――あれ?」

 

「………あー」

 

 なんか一瞬ちょっといい雰囲気になっていた気がしたが、台無しだった。

 まあらしいと言えばらしいのか。

 

 それに今の時間が自分にとって幸せな時間だったことには変わりないので、もう一度士道は礼を言う。

 

「ありがとな、耶倶矢」

 

「…………ふん」

 

 それに一瞬間を置いて、それからの返事はやっぱりらしいと言えばらしいもので。

 

 

「勘違いするな、我は御主の為にやったのではないのだからな!!」

 

 

「あはは」

 

 それから二人はまた崖から身を投げるように―――宙に浮かぶ。

 さあ、今度こそ皆の場所まで文字通りひとっ飛びだ。

 

 今日はバレンタイン。

 女の子が愛する人に大切な気持ちを伝える大切な日

 男の子だって、その気持ちをちゃんと受け止めてあげる大切な日。

 

 だからみんなで―――いつものように、いつも以上に。

 楽しくて幸せな時間を、始めよう。

 

 

 

 

 

「……………」

 

 ねえ士道。

 士道は本当に、ありがとうなんて言わなくていいの。

 

 私、八舞耶倶矢は。

 あの子、八舞夕弦も。

 

 どうしようもなく孤独だった。

 唯一の片割れとは一緒に生きられない、殺し合う定め。

 その苛酷な運命に、他に目を向ける余裕も勿論無くて、自分が孤独だということにすら気付けてなかった。

 

 そんな中、楽しい時間をくれたのが士道で、向けられる優しさをくれたのも士道で、そして―――『死んでほしくない』と誰かに想われる暖かさをくれたのも、士道。

 

“死んで泣いてくれる誰かがいるのなら、それだけでも悪い生ではなかった”

 

 逆説的、かな。

 そう本気で思えたから、自分は穏やかに消えてしまえるなんて二人とも本気で思ってた。

 結果的に士道の力で二人とも生きることが出来て、それを心の底から喜んでくれたことが、まさかそれ以上の喜びになるなんて予想もしてなくて。

 本当に、本当に私達がどんなに嬉しかったか、士道はきっと知らない。

 

 知らなくていい、どうせこれは一生掛けても、それこそ永遠に返し切れる恩じゃない。

 だから何もかも、士道の為じゃなく、私が私の為にする自己満足。

 

 士道はありがとうなんていう必要は全くない。

 だって。

 

 

 私が生きていることに泣いてくれるあなたが、私のそばで笑っていてくれる。

 

 

 そんな泣きたくなるくらいの贅沢を過ごし続けていられることへの。

 これは私の、“ありがとう”の気持ちなんだから。

 

 

 

 





 だから、狂三に士道が殺されたと思った時の八舞姉妹の嘆きと憎悪が、どれだけ深かったか………なんてねっ!

 まあ実はリバーション書き始めた時に一番やりたかったのが美九編と八舞編だったので(なのに正妻やってるどっかのロリはほんとどうしてああなった)、今回丁度よかったし八舞編の補完も兼ねてみました。

 しかし我ながら、なんだかいつも以上にきれいなサッドライプさんやれていたかなー、って。
 厨ダメージもあまり来なかったし。

 これはやっぱり狂気を発散したおかげだな!()

 というわけで宣伝です。
 前回のあとがきで言ってた艦これもの始めました。

 ただしきたないサッドライプさんです。
 ただし全力の本気できたないサッドライプさんやってます。

 それで良ければ、興味のある方は作者ページからどうぞ。

 しばらくそっちの更新するけど、まあ気が向けばこっちの更新もするかも。
 ではまた。


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初心忘るるべからず的なものではない何か


 気が付けば連載開始から一年経ってた士道リバーション。
 なんかやるかー、でも丁度いいネタ無いしなー。

 とりあえず士道さんと七罪を同じ空間に置いといたら勝手にイチャつき出すからそれでいいや()


 そんな感じのお話。



 

※えきまえ!

 

 

 買い出し以上デート未満。

 

 この日の二人の様子を形容するならそんな感じになるだろうか。

 適当な小物を買う用事があり、だがそれだけというのも味気ないのでという流れで昼下がりの駅前通りを歩く、士道と七罪。

 雑踏と言える程度には聞こえる人々の足音の動きに任せ、何か真新しいものでもないかと二人で視点をあちこちに向けながらぶらついていた。

 

「ビルの二階とか三階とか、見てみると意外に食事処多いよな」

 

「食べる店の割合が多いのは考えてみれば意外でもなんでもないけどね。

 ただ、居酒屋も焼き肉屋も私達にはあまり縁が無いから」

 

「あー、そういえばそうか。普段は普通に入る店とそうでないので分けて考えてる、か。ああいうのとかも」

 

「……?どれ?」

 

 まさに雑談といった会話を交わす士道と七罪。

 

「あっちのビルの階段降りた地下にある、って看板置いてるやつ」

 

「………ん、ネパール料理?確かに普段入らないわね」

 

「ネパールだからどうこうって訳じゃないけど…………おいしいものが食べたいっていうよりは怖いもの見たさで入る感じになるからな、どっちかっていうと」

 

「日本人の舌ってことなんでしょ。食わず嫌いじゃなきゃ問題ないんじゃない?」

 

「まあなあ。あと普段入らないって言えば………ホテル、か」

 

「、…………!?し、士道?」

 

 こうして街中の人々の営みの証を見るほうが自然豊かな光景より楽しいと思う辺り自分も現代っ子か、なんて感想を抱きつつ交わしていた話題。

 そんな中、士道はふと目に入った施設に視線を固定する。

 

 特に意図は無かった。

 

 地元民が地元の宿を使うなんて機会そりゃ無いに決まってるよなあ、なんてどうでもいい考えだ。

 

 ある意味そうでもないこと、そして“それ”の外見が全てお城みたいなものとは限らないことなんて――――仄かに顔を赤くしながら細めた目で見つめてくる七罪に気付いても、思い当たるには時間が掛かってしまう。

 

 

「……………、あ」

 

 

 正しく、それは『街中の人々の営みの証』と言えた、かも知れない。

 

 よく見れば表の料金案内が一泊単位だけでなく一時間単位でも書いてあった。

 いやもうそれの具体的かつ一般的な名称を敢えてここで述べることはしないが。

 

 

 間。

 

 

――――若い男女二人、男の方が“そういうホテル”を見ながら何やら考えている。

――――ついでに言えば、女というか少女の幼姿(誤字に非ず)は事案モノ。

 

 

 こう書くとあまりと言えばあまりな状況に硬直する思考。

 だがみるみる内に七罪の頬の赤みは増し、揺れる瞳は彼女がおずおずと士道のシャツを摘まみながら距離を詰めた分上目遣いになっていく。

 

 なんだか、なんというか、色々な意味で微妙過ぎる沈黙を破ったのは七罪だった。

 

 

「そ、その、士道。

………………はいる、の?」

 

 

…………。

 

「わああごめんごめんごめんなさいーーー!!?」

 

 この上なく恥ずかしげに首を傾げた仕草に、なんだか頭の中が白っぽくなる感覚でいっぱいいっぱいになりながら取り敢えず謝る士道。

 そして、何故かそれにうっすら涙を切れさせるくらいに衝撃を受ける七罪。

 

 

「わ、私となんて御免だっていうの―――!?」

 

「え?い、いや違うそういう意味じゃない、訳でもないこともなくもなきにしもあらずに吝かでもない、ていうか泣かないでーー!?」

 

「どうせ一緒に同じベッドに入ったってご休憩という名の激しい運動になんて絶対ならない貧相ぼでぃよ悪かったわね!しどうのばかーーーーーっ!!!」

 

 

 大声で過激に騒ぐ二人。

 

 なお、再記するなら場面は白昼の駅前である。

 このやり取りがどれだけ衆目を集め、そしてどんな感想を抱かれたか。

 

 せめて書かないことが彼と彼女への情けだろうか。

 

 

 

 

 

…………あれ?なんか違う。

 

…………ええい、やり直しだやり直し。

 

 

 

※えきまえ ていくつー!

 

 

 買い出し以上デート未満以下略。

 

 雑談しながら駅前を行く士道と七罪。

 この日は雑踏の流れに任せて移動、ということはしなかった。

 

「健全に、だよな!」

 

「ええ全く、健全以外の方向性なんてあるわけないわよね!」

 

 そういう会話をすること自体がなんだか不健全なのではないだろうかという疑問はさておき。

 駅からすぐの道を軽く一周するだけという目的を設定し、大きめの店舗に覗く対象を絞った。

 言うまでも無く迂闊な地雷を踏みたくない意識の表れだが…………その分無難というかいつも通りというか、慣れ親しんだ店ばかりを見ることになる。

 

「服屋に、CDショップ、本屋、雑貨………」

 

「んー。……今日はそんなお金使うって気分でもないわよね」

 

「だよな。冷やかしだけするか」

 

 なんとなくの気分を共有する七罪と士道は、言いつつもどこの店にも入ろうとはしなかった。

 入って気にいったり興味が湧いたものがあったりすると買ってしまいたくなるから。

 

 学生らしい安上がりな時間の潰し方だが、二人とも嫌いではない。

 必然乏しくなった話題で出来た間は、繋いだ手の体温と肌触りを互いに楽しむことで埋めていた。

 

 ぶらぶらと、歩く。

 しっかりと、指は絡める。

 

 何分か歩いて、道を急ぐ人々と何度もすれ違いあるいは追い越された頃だろうか。

 七罪がある一角を目に留めた。

 

 目が合った、というのが正しい言い方なのかもしれない。

 ガラスケースに閉じ込められた、丸々太ったネコ。

 それがぬいぐるみでも、そこに感情を絡めるのはあくまで主観なのだから。

 

 つぶらな瞳で、こちらに助けを求めているように見えた。

 少しだけ、心動かされてしまった。

 

 そんな七罪に、士道もすぐに気が付く。

 微笑ましく思いながら声をかけた。

 

「欲しくなった?」

 

「べ、べつに!お金使う気分じゃないって言ったばかりだし」

 

「いいじゃないか。可愛いと思うぞ?」

 

「?士道、ああいうぬいぐるみの趣味あったかしら?」

 

「え?いや、ぬいぐるみ見つけてついつい欲しがっちゃうのが、ってことなんだけど」

 

「…………。~~っ!?」

 

 理解が一瞬追い付かなかったのか、僅かに静止した後に真っ赤に爆発したような感情を面に乗せる七罪。

 そのリアクションに、つい士道も直前までの雰囲気に流されて浮ついたような戯言を言ってしまったことに気付く。

 

 とはいえ、一度言った言葉を引っ込めるなんて不可能だし、嘘ではないから否定する訳にもいかない。

 気恥ずかしさを振り切るように、士道は財布を取り出しながらガラスケースに近づいた。

 

「ちょ、ちょっと士道?別にいいわよ、あなたにお金使わせようなんてこと、考えてない」

 

「大丈夫だ、見とけって」

 

 察した七罪を落ち着かせて、士道はガラス越しにネコと向き合う。

 出費に関しては、このガラスがショーウィンドウなら少し考えただろう。

 だが、―――――ゲーセン入口のUFOキャッチャーの筐体なら、話は別だった。

 

 

――――宣告。士道<シド>さん舐めんな。

 

――――脆い檻の中で怠惰に肥え太った家畜を引っ張り出す程度、朝飯前どころか茶も買えぬ程度のコイン一枚で十分よ。

 

 

…………。

 

……………どっかの厨二病姉妹の電波が混線した気がするが、まあそういうことだ。

 

 うまく重心が安定していないとセンサーが反応して勝手にその場でクレーンが開くくせにがたがたと揺れまくるタイプのUFOキャッチャー、そのリズムや振れ幅を見極めてネコを所定の穴に叩きこむのに一発で成功したのは、色々な意味で黒かった士道の過去の賜物であった。

 

 心に多層構造の棚を作ってそういう事実をスルーすることにも慣れた(よくひっくり返される棚だが)士道は、足元の出口に転がってきたぬいぐるみを七罪にパスする。

 

「わふ。………もう、よかったのに」

 

「もう取っちゃったし。あれだったら適当に飾っといてくれ」

 

 気おくれしたようなことを言いながらも微笑むのは、曖昧に笑う士道のそれとよく似ていた。

 そんな七罪は、しかしふと考え込むように首を僅かに傾け、ネコの毛に顔を埋めるようにする。

 

 ぎゅう、と中の綿を圧迫しながらその細い腕でぬいぐるみを抱きしめるその姿。

 それに対して抱いた感想に対する、確認だったのだろうか。

 

「ねえ、士道。もう一回、可愛いって言ってくれる?本当にかわいいって、思ってくれてる?」

 

 顔の下半分を隠しながら、ネコと一緒に見上げてくる七罪。

 あざとい仕草とは裏腹に、実は内心『やっぱりいざ実際にぬいぐるみと一緒にいさせると、自分じゃ別に可愛くないんじゃないか』なんて心配をしているのがこの精霊娘だったりする。

 

 ああもう反則じゃないか、と士道は思う。

 そんな不必要に後ろ向きな不安ごと抱きしめたいと思わせるのが、士道の大好きな七罪という女の子。

 さすがに街中でハグに振り切ったりはしないが、嘘ではない、否定するなんてとんでもないその気持ちを伝えるのに躊躇いはなかった。

 

 

「ああ。―――――可愛いよ、七罪」

 

「………!ふふ、ありがと士道。うん。えっと、その。

――――――――しどうも、かっこよかったよ?」

 

 

 無邪気に、幸せそうに笑う少女。

 そんな彼女との間にある軽く暖かいふわふわの空気だけで、誰でもその絆を察せる少年。

 

 

 

 なお、再記するなら場面は白昼の駅前である。

 このやり取りがどれだけ衆目を集め、そしてどんな感想を抱かれたか。

 

 せめて書かないことが、彼と彼女………以外の通行人達への情けなのだろう、か?

 

 

 

 

 

…………あれ、やっぱりなんか違う。

 

…………ほんのり微糖のつもりだったのに、なにこの低脂肪乳だと思って飲んだらカルピス原液の飲むヨーグルト割り。

 

…………ちょっとシチュ変えてあっさりめで行こうか。おとなつみさんなら大人しく大人らしく自重してくれるはず!(フラグ)

 

 

 

※あんこーる・びふぉあ・えんどろーる2につづくおはなし

 

「士道?しどうー?……………あっ」

 

 午睡と呼ぶにまさに相応しかったであろう。

 

 家主もメイドもいない休日昼下がりの誘宵邸で、気持ち良さそうにソファでうたた寝をしている士道を、七罪が見つけてしまった。

 まあ見つけてしまったも何も、少し前まで士道と二人でゆっくりしていて、僅かに七罪が席を外していた間に意識を飛ばしたらしいことに、戻ってきて気付かない筈がないのだが。

 

「すう…………」

 

(…………しー、よね?)

 

 安らかな顔でまどろむ士道の眠りを妨げるのも本位ではなく、自分の口を自分で塞ぎながら物音を立てないように気をつける七罪。

 だが美九の家の馬鹿高価(たか)いソファに埋まるようになっている彼の眠りが、その体勢同様とても深いのを確認すると、苦笑しながら近づいていった。

 

「もう、風邪ひくわよー?」

 

 ぷす。

 

「ふにゃ」

 

「あはは、『ふにゃ』だって。何言ってるんだか」

 

 つんつん。

 

「ん、あぅ…………」

 

「可愛い………、って、だめだめ。あんまりやったら起こしちゃうでしょうが」

 

 ふと湧いた悪戯心を刺激されながらも、すぐに自重して引っ込める。

 直前まで士道の頬に触れていた手は、無意識に自分の顔、唇のすぐ横に当てながら。

 

 でも、とその考えがある心配に及ぶ。

 いきなり風邪を引く、なんてことは実際そうそう無いだろうが、少し無理な体勢で寝ているので起きた時にどこかが痛くなるかもしれない。

 些細な日常の痛みでも、他ならない士道が痛がっているのを見て愉快な気分になる筈もない七罪は、どうしたものかと憂いげに思案した。

 

「ベッドに運ぶ?でも、士道よりふたまわりはちっちゃいこのナリで無理に抱えたら余計どっか痛めさせちゃうだろうし…………そうだ」

 

 

「――――――〈贋造魔女【ハニエル】〉!」

 

 

 優しく淡い光が七罪の体を包み込む。

 癖の直らない長髪は艶めいたストレートに、矮小と評した背丈は士道よりもなお高く伸び、それでいながら殆ど広がらない腹のくびれが膨らんだ胸元や妖しげな腰から尻のラインを強調する。

 もともと着ていたラフな淡黄色のワンピースもサイズの調整は当然されているが、一部張った布地の動きから受ける印象は百八十度変わってくる。

 

 “およそイメージ出来る限りの最高の美人”。

 

「これでよし、っと。そういえばこうなるのも久しぶりな気がするわね」

 

 すれ違う人の誰もが振り返る美貌を異能で纏う、その目的は―――――、

 

 

「うふふ。さあ、士道くん?お姉さんがいかせてア・ゲ・ル……っ」

 

 

 エロいこと………ではなく。

 僅かも揺らす事なく優しく横抱きにして士道を持ち上げ、そのまま移動する―――ベッドまで行かせること、ただそれだけ。

 

 世の女性が目を血走らせて嫉妬し、世の男性が目をぎらつかせて欲情するような肢体の用い方としてはあまりなようにも見えるが、当人はそんなこと思いつきもしないだろう。

 

 本当の自分を可愛いと、本当の自分の方がいいと言ってくれた人がいるから。

 乖離しかけていた自分を見つけて、優しく見つめてくれる士道がいるから。

 

 一時期は自分という概念基盤<アイデンテティ>すら崩しかけていたこの変身も、今では少々便利なもの程度の認識でしかなかった。

 

 その長い手足で部屋を移動しながら余裕を持って運び、この家でおそらく最も気合を入れて整えられていると思われる士道用のベッドに優しく横たえる。

 『士道が寝るから』、それだけで洗濯の仕方やシーツの掛け方に八舞姉妹の微笑ましい努力が見える寝床はやはり居心地がいいのか、覚醒してもいないのにそこに置かれてすぐ無意識にシーツに体を擦りつけるように90度寝返りを打った。

 

「まったく、無防備なこと。お姉さん、心配になっちゃう」

 

 それにしても疲れていたのだろうか、慎重に慎重を重ねて運んだことで目的を果たせて良かったとはいえ、それでも目を覚まさないあどけなさが強く印象に残る士道の寝顔に苦笑しながら、七罪はそっと掛け布団で覆った。

 

 士道と、その懐の位置にお邪魔した自分の体の上を。

 

「悪戯されても知らないわよ?………なんて、ねっ」

 

 どうにもこの姿だと無根拠な自信が湧いて大胆になってしまう癖だけは抜けない。

 だから――――と、どうせ変身していなくても恥ずかしがり躊躇いつつも結局はやったであろう同衾を内心で正当化する七罪。

 

 すぐ傍にある士道の体温に安心と幸せを得ながら寝転がる彼女は、彼と同じ夢の世界へ行く為にゆっくり意識を落としていく。

 

 

「士道くん。…………士道、だいすきよ。だからあとで起きたら、おねーさんのこといっぱい甘えさせてね?」

 

 

 それだけ言って完全に眠る彼女の表情は、その大人そのものの美貌と裏腹で。

 いつもの幼げな七罪の士道への無条件の信頼が乗った、甘えたがりの少女の顔だった。

 

 

 

 

 





 あっさりめ(微糖)

……………ま、こんなもんだろ!

 しかしこの作品も早くも一年経っちゃった訳で、いやだからなんだと言われればそうなんだけども。
 ぶっちゃけ今さら言えないよねー。


 サッドライプが一番この作品で性格掴めてないのって実は七罪で、そのくせ今回みたいに士道さん好き好きで暴走しまくるから一番扱いにくいのも七罪ってのは。


 じゃあなんで七罪を最初の攻略精霊(メインヒロイン)にするような話にしたんだってことなんだけども、あと半年早く書き始めてたら…………あ、メインヒロイン美九だ(監禁洗脳エンド確定)
 うむ、逆にあと半年遅く書き始めてたら、…………折紙さん?(監禁凌辱エンド確定)



……………。

 七罪さんマジ七罪さん面倒だけどメインヒロイン可愛い(手のひら高速回転)




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クリスマスなのでリア充爆発させてみた


 悪魔の声が聞こえる………。


「皆さーん、クリスマスの予定はなんですかー?()」


…………さて。

 今連載中のやつがすっごく頭が悪い話なのに、やけに書くのに頭使うのでちょっと休憩。

 何も考えずに適当に書こうかー。
 内容にサブタイ関係ないけど時系列は取り敢えず狂三編後、ストーカーさんがハッスルしてる時期の冬くらいの話かな。





 

 

「お泊まり?」

 

 何やらそわそわしながら、急な頼みごとがあるという夕弦の言葉に二も無く頷いた士道の、内容を聞いて出て来た疑問符だった。

 言葉の意味自体は知っているが文脈がうまく繋がらない………と“放課後すぐの教室”で呆ける士道を揺り戻す様に、蜂蜜色の髪を編んだ白皙の美貌を持つ少女は重ねて言い募る。

 

「確認。夕弦は今日、士道の家でお泊まりというものをしてみたいです。

……………だめ、でしょうか?」

 

「あー、と。父さんも母さんも例によっていないし、琴里もなんか友達の家に泊まるって言ってたから、今日家には誰もいない、けど」

 

「好機。だから、です」

 

 制服の厚めの黒ブレザーでもその存在を主張する胸の膨らみに手をあてながら「だめ、でしょうか」のところで不安そうに首を傾げる仕草は天然のあざとさだろう。

 意図してようがしていまいが士道に効かない訳もなく、少し焦って半ば了承するような言い回しをする揃いの制服の少年の返答に、安堵したように夕弦は唇を緩めた。

 

 父母―――大手企業に勤める実の両親に似たのか影響を受けたのか、士道の義妹の琴里は小学校の頃から外泊が多い。

 友達の家に泊まっているという話だが、士道も手本とすべき両親がそもそも家を空けがちだし、“普通の”年頃の少女の生態なんて殆ど知らないので特に疑問に思うでもなく納得していた。

 

 まさかあの天真爛漫を絵に描いたような琴里が“余所で猛勉強していたり”“大人の男を相手にいかがわしいことをしていたり”は、まさか―――まさかないだろう。

 むしろ想像が及んだことすらなく、友達と普通に遊んだり話を楽しんで夜を過ごしているのだろうと思っている。

 

 それはさておき、そんな事情で学生ながら家で一人で夜を過ごす事も多い士道は、寧ろこれ幸いとばかりに“普通でない”年頃の少女達が嬉々として招待してくるのに乗って自分も外泊するということは頻繁にしている。

 

 結局妹のことを言えない兄なのだが、この日もそのパターンなのは彼女達に伝えてあったし、普通に学校から美九の家に直行でそのまま泊まるつもりで、今朝は鞄に明日の分の時間割の教科書も突っ込んで来ていた。

 どうもその教科書達は、机の中で意味もなしに置き勉されることになりそうだったが。

 

「根回。美九達にはもう伝えてあります。…………代償は結構高く付きましたが」

 

「そっか。まあいつも俺が泊まる側っていうのもなんだしな、俺なりにもてなしてみるよ。

 四人泊まるのも、うちなら大丈夫だろ」

 

「心外。士道の家に泊まるのは、夕弦一人ですよ?」

 

「え?」

 

 無断で申し訳ないが不在の両親と妹の寝床を借りて、あとは来客用の布団を引っ張り出せば皆寝られるだろう、問題は外泊のつもりだったから五人分の夕食と朝食の材料を買い出しに行かないと……と頭の中で勘定し始めた士道を遮るように、少し拗ねたような夕弦が静かに勘違いを指摘する。

 

「本当に、夕弦が一人でうちに来るのか?」

 

「反証。みんなが居たらいつもと同じです。言ったじゃないですか、『代償は高く付いた』と」

 

「そ、そうなのか?」

 

「………」

 

「えっと……」

 

 頬を赤らめる夕弦に釣られて士道も意識してしまい、二人の間に微妙にこそばゆい空気が満ちる。

 不意にその空気をそっと押しのけて、夕弦は士道の耳に唇が触れるくらいにまで背伸びをしながら近づき、囁いた。

 

 

「―――今晩。ふたりきりです」

 

 

「~~~っ!?」

 

 ふわりと香る優しい匂いと、密やかな甘い声と、耳たぶについた湿った暖かさにくらくらする…………が、耐えた。

 年頃の少女が二人きりになると分かっていて親しい男子の家に泊まり込む。

 “そういう”意味だとしたら、ここでがっつく必要もない―――なんて計算がある訳はなく。

 

「五河、大人の階段を上るのか……チッ」

「五河のことだから、もうとっくに上ってるんだろ……チッ」

「誰で上ったんだろうなー、やっぱ誘宵先輩か?……チッ」

「篠上さんじゃない?時々雰囲気が一番アレそうなのあの子でしょ……チッ」

 

 “放課後すぐの教室”でこんなやり取りをしていれば当然まだ数多く居残っている、お相手のいないクラスメートから殺意の視線を向けられる訳で。

 

「じゃ、じゃあ俺、買い物してから帰るから。夕弦も一旦美九の家戻るんだよな?」

 

「支度。着替えてお泊りセットを取ってきます」

 

「道は分かるよな?じゃあ、また後でな」

 

 気合が入ったような、むしろ勝負に赴くかのようなオーラを発し始めた夕弦と別れ、逃げるように士道は学校を後にした。

 そんな彼の後ろ姿を見つめながら、拳を握りしめ………すぐ傍の壁をドンと勢いよくぶん殴る影が一つ。

 

 

「――――由々しき事態」

 

 

 罅割れ欠けた壁面の塗装を後にして、白糸の髪が宙に踊った。

 

 

 

 

 

 色々と新鮮な感覚だった。

 

 普段美九の家に集まることばかりで士道の家にはほとんど来ない夕弦を、家のチャイムが鳴らされる中迎え入れたことも。

 夕弦の細身の体に合わせた水色のコートを当然だが男物しかない(しおりん………いや、なんでもない)士道の部屋のクローゼットのハンガーに掛け、それに合わせた白いもこもこの手袋と帽子は勉強机の上に陣取っていることも。

 きょろきょろと自室を興味深そうに楽しそうに見回しながら、おもむろにベッドの下を覗き込もうとする夕弦の頭を軽くぐりぐりしてじゃれたのも。

 複数人入っても出入りに困らない広めのキッチンで、夕弦と夕食を分担して作ったことも。

 普段家族で団欒している食卓で、夕弦と二人とろとろでほんのり甘いシチューを分け合ったことも。

 自分のベッドに妹でない女の子が埋もれながら、隣に腰掛けるこちらを見上げてくることも。

 

 新鮮で………心が暖かい。

 どこかくすぐったいような気分は共有のものなのだろうと、交わす微笑みで理解し合えた。

 

「至悦。………暖かいです」

 

「そっか」

 

 なんとはなしに士道がベッドの上についた手の上に、自分の掌を重ねながら夕弦は嬉しそうにただ笑っている。

 夕弦が嬉しいと、士道も嬉しい。

 

 常以上に素直な想いで、なんでも彼女が喜ぶことをしてあげたい、そんな気分になっていた。

 そんな気持ちのまま、ゆったりと時間が流れている。

 

 夕弦はこの家に来て、遊んだり何か特別なことをしたりはしないで過ごそう、と言った。

 士道の家で二人きりで過ごせる、それだけで常に無い特別なのだから、と。

 

 そう言った理由も分かる気がした。

 言葉で言い表すことはきっと出来ないが、表現しようとすることそれ自体がきっと無粋なのだろう。

 

 そうして、ただ意味もなく触れ合っていることが幸せだった。

 

「依願。士道、手を持ち上げて、ぱーしてください」

 

「ん、こうか?」

 

「安心。おおきいです」

 

 時折夕弦のリクエストに応えて触れ合い方を変える。

 士道の拡げた掌に指と指もぴったり合わせて、大きさの比べ合いのようにして。

 当然夕弦の細い指は長さでも士道に及ばないのだが、そんなことが何故か嬉しそうで。

 

「夕弦、くすぐったい」

 

「我慢。じっとしてください」

 

「あ、ああ」

 

 暫くすると、形や感触を隅々まで確かめるように両手であちこち撫でたり指で擦ったりし始めた。

 特に指と指の間の部分がくすぐったくて仕方ないのだが、満足するまで士道の手を弄んだ後は、その隙間に五指を絡めてくる。

 

「相互。握ってください」

 

「ああ」

 

 互いに指と指の間に相手の指を通して行く、俗に言う恋人繋ぎ。

 それに応えるのに言われるまでもないが、夕弦のお願いなら尚更拒まない。

 

 次は何をお願いされるのだろう?

 どこか我儘を期待するようですらある視線を、掌の熱で繋がった夕弦に投げかける。

 

 なんでも叶えて差し上げましょうお姫様――――なんて。

 

 

「女体。つぎは士織の手のひらを」

 

「ああ、〈贋造魔女【ハニエ―――――とぁ!?危ねえ!?」

 

 

「………残念」

 

 さすがにそれはダメだった。

 

 くすくすと笑みを悪戯そうなものに変える夕弦と、危うく女になりかけた士道の耳に、その時ちょうど録音の案内音声が届く。

 夕食後にスイッチを入れた風呂のお湯張りが終わったらしい。

 

『お風呂が沸きました』

 

「勧誘。一緒に入りませんか、士道?今のお詫びに、背中流してあげます」

 

「……いいって。美九の家のほど広い風呂でもないし、一人で先入ってきな」

 

「指摘。第一、いま間がありました。第二、広かったら一緒に入ったのですか?

…………第三。狭ければ狭いで、士道と密着すればいいので大歓迎です」

 

「う……」

 

 若干崩れたものの、いい雰囲気になっていたところでこの誘いは士道もかなり揺らぐものであった。

 夕弦も夕弦で、いつになく攻勢に出るのは彼女も雰囲気に酔っているということだろう。

 

 ここがきっと分水嶺。

 ここで夕弦の誘いを受ければ、きっと今晩は行き着く所まで行き着く。

 

 とは言っても、士道に夕弦とそうなることへ否やがある筈もない。

 意識は既にここで頷くことを前提としていた。

 

 

 そんな不自然なまでに絶妙なタイミングで、五河家の来客を知らせるチャイムが鳴り響く。

 

 

「こんな時間に………誰か予定が変わって帰ったのか?」

 

「推測。あるいは耶倶矢が急ぎの用だったり、でしょうか」

 

 いぶかしみながら二人で玄関まで下りて、扉を空ける。

 闇夜に人影は見当たらず、乾いた冷風が吹き込むだけだった。

 

「………ピンポンダッシュか?でも、こんなの初めてだし」

 

「危惧。あの、士道、お風呂は―――」

 

「悪いけど夕弦、先一人で入っててくれ。ちょっと様子見て来る」

 

「っ!!?」

 

 微かに感じる不審な気配に真面目な顔をしながら、部屋へ引き返しコートを取りに行く士道。

 その後ろ姿を未練がましくジト目で睨みながら、渋々と夕弦は風呂場へと向かう。

 普段からあまり動かない夕弦の表情に変化は無いが………その肩を落とした歩みの鈍さと室内なのに髪を揺らす不自然な風の流れが、彼女の内心を物語っていた。

 

 

 

 

 

 そんな鬱憤をぶつけるように。

 

「なあ夕弦。――――楽しいか?」

 

「愚問。それなりにけっこう無茶苦茶愉しいです」

 

 家の周りを探ってみたものの、素人に見つかるような下手なストーカーは居なかったので成果なしで帰宅し、夕弦の後に風呂から上がった士道。

 寝巻代わりのジャージ姿で戻った士道のベッドの上で、夕弦はおんぶをねだる様にその背中にのしかかっていた。

 

 上体だけ起こして足を投げ出した姿勢で座る士道の首にそのしなやかな腕を絡め、回した手は胸板や腹をそっと撫で擦る。

 背中の上、首筋の辺りに薄手のシャツ一枚しか隔てない柔らかな胸を押し当て、まだ心なししっとりとした士道の髪にその口元を潜らせる。

 互いの体格差から膝立ちになっている夕弦だが、その股関節は鈍角に開いて士道の腰を咥え込むようにぴったりとくっついている。

 

 普段でもなかなか機会の無い士道をゆっくりと間近に体感出来ている現状に震える胸の鼓動が、きっと聴こえてしまっているのだろうと思いながら、夕弦は息をいっぱいに吸い込んだ。

 

「安心。………士道の匂いがします」

 

「え?シャンプーしたばっかだけど」

 

「反芻。確かにシャンプーの匂いが大半ですが……やっぱりこれは士道の匂いです。

 だって、こんなに胸がぽかぽかする」

 

「夕弦……」

 

「!接触。士道のえっち」

 

「ッ!?ち、違っ」

 

 無意識にその顔を窺おうとしたのか、首を上に向けて結果としてより深く夕弦の胸に後頭部を沈める士道。

 そんな彼を言葉と裏腹に逃すまいと更に引っ張っては囲い込み、逃げられないように抱きしめる力を強くした。

 

 体勢の流れで、下の士道と上の夕弦が上下逆さまに見つめ合う形になる。

 風呂から上がって後は寝るだけなので下ろしている髪が零れて士道の頬に掛かり、擽ったそうにする表情が、なんだか可愛らしいと思った。

 

 そんなお姉さんぶった感想とある意味での余裕を、ときどき意地悪にも士道は吹き飛ばしてくる。

 

 

「髪下ろしてる夕弦も、なんか綺麗なんだよな」

 

 

「―――っ!!?」

 

 邪気のない顔で言われて、頭が真っ白になった。

 いつも好意にはちゃんと好意を返してくれる士道でも、ここまで衒いも無く褒められる事は流石になかなかない為に、心の準備も出来ないまま夕弦の脳に喜びと恥ずかしさと驚愕が駆け抜けてショートする。

 

「ぁ、ぅ、……………ょ、呼掛。士道?」

 

 一体どれだけ停止していたのか。

 しばらく動きも思考もままならなかった夕弦がなんとか落ち着いて硬直から抜け出し、士道に礼でも返そうと声を掛けたが、返答は無かった。

 

「くー、すー………」

 

 まるで幼児のように、安らかな顔をしながら寝入っている。

 さっきのは眠気で蕩けた思考から放たれた言葉なのかと納得すると、なんだか弄ばれたような気がして少し釈然としなかった。

 

 まあ、そんな蟠りなんて長続きする訳もないのだが。

 

 曖昧な意識だからこそ綺麗と言ってくれたことに嘘偽りはないのだろうし、それに夕弦の腕の中で士道が安らぎ切った顔で寝ているという事実が、この上なく夕弦を幸せにしてくれる。

 

 肌の柔らかさ、感触。鼓動と息遣い。気配。匂い。優しく拘束する腕の重み。

 そんな夕弦のありとあらゆる要素を受け入れて、至近にあって心地よいと感じるものなのだと肯定してくれる士道が、…………たまらなく愛おしい。

 

 眠っていてすらこんなにも惹きつけてくる彼を起こさないように、夕弦はそっと士道を抱えたまま横に倒れ、自らも眠る体勢に入る。

 暖房と加湿器は動いたままなので風邪を引くことはないだろう、毛布を手繰り寄せて適当に羽織り、枕元のリモコンで部屋の電灯を消した。

 

「回顧。お泊まりに来てよかったです」

 

 そっと一人ごちると、夕弦にとっても安らぎ以外である筈もない士道を懐の内に感じながら瞳を閉じた。

 

 明日の朝はどうなるだろう。

 先に覚醒した自分がじっと寝顔を見つめる中、士道は一日の初めに何よりもまず夕弦の姿を目に写してくれるのか。

 それとも逆に寝ぼけた夕弦を優しく起こして、そのまま甘えさせてくれるのか。

 

 期待は止まず、それでも意識はゆっくりと落ちて行く。

 すぐに寝入った夕弦のリラックスしきった寝顔は、間近にある士道のそれと瓜二つの安らいだ顔だった。

 

 

 






 以上。

 やまなしおちなしいみなし!

 たまには砂糖でべったべたにしただけの飴細工もいいよね、的な。
 けど夕弦をピンで書くと何故かエロくなるので、R18回避の為にストッパー役にもさりげなく出張ってもらいました。

…………ストッパーさんの存在自体が18禁とか言っちゃいけない。

 ちなみに士道さんが風呂に入ってる間再発防止の為に夕弦が玄関のブレーカー落としてチャイム鳴らないようにしたり、それを受けてピンポンダッシュさんが今度は爆竹の用意をしてたとかいう攻防があったりなかったり。

 まあ今回みたいに特にネタは無いけどなんか書くか、みたいなノリでやるのに便利な作品なので、一応完結と言いつつ変な間を空けてちょくちょく掘り起こす士道リバーションなのですが。
 楽しんでいただけたら幸いです。



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かうんとだうん・くろっく



 あけおめ!

 今連載中のやつが、次回かなり鬱な話になるんで()ちょっと糖分もといエネルギー補給。
 結局2016年は更新しなかったこの作品、果たして連載再開はあるのか………?

 あーあどっかの誰かが凜祢アナザーリバーション完結できたら続けるつもりだったんだけどなー。


 あ、ちなみにこの話の時系列はまたまた狂三編後、原作時間軸直前の大晦日になります。





 

 冬といえば?

 そう訊かれた時に、時節で回答する人間はあまり多数派とは言えないだろう。

 

 世間一般に冬とされる期間に行われる時節行事としては、冬至・クリスマス・年越し・成人式・節分などが挙げられるが、一般的に冬最大の特徴である寒さに関係する回答が最もポピュラーなものになるのは間違いない。

 ストレートに寒さ、あるいは雪。趣味が高じている人ならスキーやスケート、食い意地が張っていれば鍋や旬の魚。

 

――――では、この時五河士道という少年にその問いをぶつければ、何と答えるのか?

 

 

 

「冬と言えばこたつ、これ一択だろ……」

 

 

 

 八畳ほどはある五河家の士道の自室、ベッド脇のフローリングの上にはマットを敷いた上で部屋の主の発言通りのものが鎮座していた。

 艶出しコーティングされた木製のちゃぶ台と、その足を覆い隠すような分厚い布団。

 ちゃぶ台のクリーム色に近い天板の底は遠赤外線発生装置、上にはざるに盛られた橙色の温州みかんが積まれていて、其処でパソコンデスク横に置かれたテレビと向かい合うように足を突っ込んでいるいかにもな体勢が現在の士道の姿である。

 こたつから出ている服装もジャージの上に臙脂色の半纏という、非のうちどころのないくつろぎ体勢であった。

 

 ちなみに時節の件に話を戻すと、一年が切り替わる正にその数時間手前、性急な太陽が姿を消した夜空に乾いた寒風が吹き抜ける大晦日である。

 年明けは七罪達と盛装をして初詣に出かける約束をしているが、流石に年越しくらいは家で家族と迎えるつもりだった。

 根は善良で―――たとえ『見目麗しい少女を周囲に四人も侍らせて』『しばしば女性の家に泊まり込んでいる』としても―――真面目な…たぶん真面目な士道だから、大晦日に外泊の予定は入れていなかったのだ。

 

…………だが、しかし、である。

 

 海外で仕事をしている両親が戻れないのは慣れたことだし致し方ない。

 しかし妹の琴里までもが急な友人の誘いだとかで今日は帰ってこないことが決まってしまったのだ。

 

 勿論外泊連絡をされた時に引き止めはしたが、電話越しの説得の効果なんてたかが知れているし琴里の意思も固そうだった。

 直接面と向かって話せば結果は違ったかも知れないが、生憎本日昼間の天気予報はところにより空間震であった為、ばらばらに避難したせいで彼女の顔を見たのは朝彼女が出掛ける前が最後だった。

 

「……しょうがないか」

 

 ぐっ、と伸びをしながら一人ぼっちで過ごす年末を割り切り、僅かな眠気を感じながらテレビ画面を眺める。

 画面の向こうでは巨大なフルーツを被って変身するという斬新なヒーロー同士が激突し、士道の手元にはレンタルビデオ屋の袋とDVDケースが置かれている。

 

「年末の特番はなあ。歌合戦は興味無いジャンルの歌も大量に流れるし、笑っちゃいけないもいい加減飽きるし。

…………コータさんかっけえ」

 

 家族でわいわい見る分にはそれでも良かったのだが、どうせ一人だからと。

 士道は時節全く関係ない映像観賞を楽しんでいたのだった。

 

 流れているのは裏切ったかつての仲間が自分の身体をボロボロにしながら襲いかかってくるのを、それでもなんとか止めようと必死になる主人公のシーン。

 自分が必殺技を受けるのもお構いなしに相手の身体を蝕む変身アイテムだけを砕きながらの訴えに、思わず深く頷いてしまう士道。

 

「引き返せる……これからどれだけ長い道のりを歩いていくと思ってるんだよ、か」

 

 何と関連付けたかは、彼自身にも分からない。

 だがその感動の余韻のまま、士道はリモコンを操作し意識を失った主人公を映しながら次回予告に入った映像を停止させたのだった。

 

 小休止と思ってそのまま背を倒すと、心地よく意識が沈んでいく。

 電灯もこたつも付けっ放し―――流石にこたつにタイマーは掛かっているが―――この気分のまま寝落ちするのも悪くない、なんて考えてはいたが。

 

 

 

「ばあ」

 

「のわっ!!?」

 

 

 

 突然前触れもなくのしかかる、明らかにこたつのそれではない増えた重みに眠気が一瞬で吹き飛んだ。

 ぱっちりと開いた視界に飛び込んでくるのは、フリルによる装飾がひらひらした黒い衣装と赤と金時計の双眸の光。

 そして密着するほっそり引き締まりながらも心地よい柔らかさを伝える肉体の感触に、慌てて士道は起き上がろうとした。

 

 精霊の力で抑え込まれては、そんな咄嗟の人間の抵抗などあってないようなものだったが。

 

「はぁい士道さん、こんばんわ」

 

「くく、くるみっ!?いきなり何、くぁぅ……っ!?」

 

 すりすり、ふにょん。

 こたつどころか半纏の中に潜り込むような密着具合で、わざとらしく身じろぎする精霊の急襲に一瞬で士道の肌は興奮と気恥かしさと混乱によって真っ赤になる。

 

「ふふ、可愛いですわ。食べてしまいたいですわ」

 

 そんな彼の顔を両手でそっと挟み、至近距離で色っぽい挑発的な視線を接射してくる、新学期に強烈な記憶と印象を残してすぐ学校を去ったクラスメイトの少女。

 周囲はともかく士道としては彼女のことをそこまで悪し様に思ってはいないが、その奇特さをどう思っているのかあれ以来一人きりの時間にたまに現れてはちょっかいを掛けてくるのがいつもだった。

 

 特殊災害指定生命体―――『精霊』として神出鬼没が常とはいえ、流石にここまで唐突、かつ過激なのは初めてだったが。

 長い前髪が触れてくすぐったくなるほどの距離だから分かる、きめ細やかな白肌に散った朱がとても綺麗で、思わず無意識にごくりと唾を呑む。

 

「「…………」」

 

 そんな士道と暫し見つめ合い、自然に唇がついと動く。

 それが一瞬はっと静止し、吐息と共にその接吻は士道の耳へと落とされた。

 

「危ないですわ、油断も隙もありませんわね士道さん。危うく封印されてしまうところだったではありませんの」

 

「え、えぇ……?」

 

 朱を振り払うように一旦士道から離れ、マットの上に膝を崩した狂三がからかってくる。

 唇と唇のキス―――士道に何故か備わっている精霊の能力封印のトリガーに突然掛けられた甘い言いがかりに困惑しながら、士道も上体を起こしてこたつの天板に肘を乗せる。

 

 明らかにわざとやっているであろう、狂三の艶めかしい唇を指でなぞる仕草を意識しないように意識しながら、とりあえず遅ればせの挨拶を返すことにした。

 

「こんばんわ狂三。今日は……その、どうしたんだ?」

 

「あら、つれない士道さん。わたくしが折角独り寂しく年末を過ごしている士道さんに悪戯しに………こほん、慰めてさしあげようと参りましたのに」

 

「今絶対わざと言い間違えたよな?」

 

「あらあら」

 

 ころころと笑み崩れながら、受け流して狂三はこたつに入ってきた。

 自室に置くこたつということもあって小さめのサイズの為、ついさっきほどではないが距離が近くなる。

 その間の空間にリモコンを掲げて、彼女は問いの答えを返した。

 

「一緒に続き、観ませんこと?」

 

「……いいけど、狂三は途中からで話分かるのか?」

 

「解説の五河士道さん、よろしくお願いします……ふふ」

 

「はいはい、よろしくな」

 

 

 

 

――――。

 

『言った筈だ………お前なんかただの金メッキだってな!』

 

 既にストーリーは最終盤だった為、それから全てに決着のついた最終回までディスクの入れ替え含めても二時間前後だった。

 

 その長いような短いような時間、ごくごく普通の同級生の友人のように二人並んでレンタルビデオを観る、平和な空気がそこにあった。

 士道がみかんの皮を剥くと、横で突っついてきては無言で目を閉じ口をあけて“あーん”を催促したり、ついそれまでの話の筋を辿る中で熱く語ってしまう士道に優しい目で相槌を打ってあげる、そんな美少女をごくごく普通の同級生の友人と呼ぶべきなのかは酷く怪しいが。

 

 

――――それでもその平和な時間の暖かさは、あるいは時崎狂三がどれだけ求めても手に入るわけは無かった筈のものだと、五河士道は知り得ない。

 

 

「――それでいい。それでこそ士道さんなのですから」

 

「?どうした、狂三?」

 

「いえいえ。ほら、もう十二時を回ってますわよ?」

 

 映像を観ている間に夜もすっかり更け、狂三に指差された備え付けの時計の上で長針が短針を頂点で追い抜いていた。

 前の一年が終わり、次の一年を迎えた一瞬は、実際にはなんでもない時の流れの一滴ではあるのだけど、それでも律義に士道は頭を下げる。

 

「あ、本当だ。………あけましておめでとう、狂三。今年もよろしくな」

 

「はい、あけましておめでとうございます、士道さん。

 それでは、わたくしはこれで」

 

「……もう行くのか。それじゃあ、またな」

 

「引き止めてくださっても―――いえ、夜が明ければ七罪さん達と約束があるのでしょう?

 寒いですから、それまで布団でゆっくり暖まってお休みくださいな」

 

「ああ、ありがとう――――――」

 

 未練はあるけれど、残念ながらここでお開き。

 士道の肩にそっと手を掛け、そのまま少し引かれる後ろ髪を翻し、現れた時と同じように早業で窓を開閉しながら士道の部屋を去り、年明けの夜の街へと飛び立つ狂三。

 

『――――て、ああっ!?』

 

「あらあら、すぐに気付きましたのね」

 

 狂三の露出のあるドレスが乾いた夜風を浴びるのを遮るのは、霊装ではなく士道から剥がしてくすねた臙脂色の半纏である。

 もこもこで狂三では袖が余る大きな綿の防寒具、当然狂三の雰囲気や衣装にはアンバランスだった。

 凝ったドレスを好むお洒落にこだわりを持つ狂三だが、しかし今はそれを脱ぐつもりはない―――少なくとも士道の残した肌の暖かさが残る内は。

 

「………」

 

 その温もりを堪能し、自然に幸せそうな笑みを溢しながら、ふと狂三は士道の上に姿を見せる直前、タイミングを伺いながら聞いた科白を思い出した。

 

――――どこで間違ったかは分からない、けどそんなに昔のことじゃないと思うんだ。

――――引き返そうぜ、これからどれだけ長い道のりを歩いていくと思ってるんだよ。

 

「さて……わたくしはどうなのでしょうね」

 

 万を数える命を殺めた最悪の精霊〈ナイトメア〉、それが人間が狂三を呼ぶ名前。

 狂三自身、そして有象無象はもう自分を手遅れだと、救いようなんてないと思っているのだが、あの五河士道という奇特な少年は別の意見を持っているのだろう。

 

 そんな士道になら、あるいは封印されてもよかったのかも知れない。

 そう心のどこかで思っていたから、危うくキスしてしまいそうになったのだろうか。

 

「無粋、ですわね。今日の目的は果たしたのだから取り敢えず良しとしましょう」

 

 士道の半纏の襟に頬を埋めながら、そう一人ごちる。

 

 今日の目的。

 士道から掠め取った半纏……は確かに戦利品だが、そうではなく。

 士道と一緒にビデオを観ていた時間……も幸せだったが、それ以上に。

 

「今年一番に士道さんに触れたのはわたくし。

 今年一番に士道さんと言葉と挨拶を交わしたのはわたくし。

…………なんて、時間を操るこのわたくしが言うことほど滑稽なこともないのかもしれないけれど」

 

 ちっぽけなことなのに、不思議に心を満たす充足感。

 それを持て余しながら、狂三は士道の家の方をもう一度振り返り。

 

 微笑んだ。

 

 

「あけましておめでとうございました。

 あなたが無事な一年を過ごせますよう、無駄な祈りを捧げておいてさしあげますわ」

 

 

 






 なお、

・未確認飛行物体にアブダクション
・可愛い妹が本性を現しその厨二っぷりをカミングアウト
・ゲーセンで逆一目ぼれだけどロリナンパ
・痴女の自宅に拘束され、危うく逆レイプ
・何故か演じる羽目になる(周囲の女全員が観賞)悪の女騎士風の精霊に人質に取られた悲劇のヒロイン

 等々が半年経たないで士道さんの身に降りかかった模様。
 無事な一年?本当に無駄な祈りですありがとうございました狂三さん。

………ところでさ、ぶっちゃけこの作品の書き方結構忘れてるからアレなんだけどさ、


 きょーぞーさんってこんなにデレデレだったっけ?


 キャラ崩壊とか言われたら素直にごめんなさいします。
 いつもの病気ということでここは一つ。


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新米精霊ディーヴァちゃん


 東京ミッドタウンのイルミネーション見てきたよ……。
 綺麗だったけど、なんだろうこの虚しさは……。

 え、誰と行ったかって?


 お一人様に決まってんだろ()


 というわけでむしゃくしゃしたのでみんなそろそろ忘れているであろう作品を掘り起こしてセルフ糖分補給。
 時系列はサブタイ通り美九編直後。
 年単位で時間すっ飛ばしながら進行した話だから短編やるのに本当便利なんだよなこの作品………。



 

「今日はー、だーりんが来てくれる日でっ♪らららー、うふふふっ」

 

 暖房の利いた広い洋室に、陽気で可憐な歌声が流れる。

 上機嫌に即興で紡がれる歌詞は断片的で、毛足の長い絨毯や断熱性の高い壁に吸い込まれてはあっさりと散逸していく。

 

 メロディーと歌詞を整えて大衆に聞かせれば金が取れるレベルの―――というよりわずか数週間前までそれを生業にしていた誘宵美九は、たった一人大きな化粧台の鏡に向かって腰掛け、これまたプロとして商売道具であった美貌と満点の笑顔を鏡の中の自分に振りまいていた。

 別段彼女に自己愛の気があるというわけではないが、それが男性を惹きつける大きな武器であることの自覚は当然あったし、その磨き方と扱い方は本格的な訓練を通して高水準のものを身につけている。

 だからこそ、この時の彼女はその武器を存分に振るう為に臨戦態勢を整える作業に余念がない。

 

 髪は麗しく流れるように。

 肌は瑞々しく輝くように。

 肢体は妖しく誘うように。

 

 ある出来事を境に、現在見栄えを確認しているそれらが文字通り人間離れしたレベルで誰しもが羨む水準にまで引き上げられたことは、当然美九にとっても悪く思う筈がなかったが、同時に別の考えも持っている。

 

 慢心も油断もできない。

 

 他の女性より明白に優れた容姿を、絶対的に少ない労力で維持することのできる肉体であることに優越感を感じないと言えば嘘になる。

 だがそれが傲り、他者を蔑み、自尊心を肥大化させるのに直結してしまえば、馬鹿にならない瑕疵が生まれるのを、作り笑顔に溢れた芸能界にいた彼女だからこそ理解していた。

 

 人は外見が全てではない―――耳触りのいい建前ではなく、雰囲気というのは存外察知されてしまうものである。

 もちろん表情や仕草を工夫することである程度制御することは可能だが、行き過ぎるとそれはそれで“胡散臭い”または“あざとい”という立派なマイナスの印象を与えてしまう。

 

 恋する乙女である美九としては、対象―――五河士道にそんな風に思われると考えただけで死にたくなってくる。

 ただでさえせっかく好きになってくれた美九の歌を浅ましくも洗脳の道具にしてしまった失点を抱える身である以上、更に失望させる訳にはいかないのだ。

 

 

 そこには打算も当然あるが、こんな自分を見捨てないで支えてくれると言ってくれた士道に応えようという想いが少なからずあった。

 

 が。

 

 意思一つで感情を御せるようなら苦労はしない。

 まして片思いの相手の傍に美人がいたという失恋にも満たぬ出来事一つで公共の電波に洗脳音楽を垂れ流して、ともすれば何千万という数の人間を巻き込んだのが誘宵美九である。

 

「今回は、だーりんと二人きりになれるでしょうか――――、あ」

 

 そうした危険人物を監視すべくいつもいつもいつもいつも士道の傍にくっついてくる緑の魔女のことを考えた瞬間、不意に停止ボタンを押したかのような断絶をあとに陽気な旋律が消え去った。

 

 鏡の自分に返していた笑みもどこへやら、代わりに鏡よりも平坦な印象を与える表情が、幾重にも金属がへし曲がって擦れ合う音を立てたその掌に視線を落とす。

 

 

 花の形の飾りがついた金属製の櫛が、握り砕かれてバラバラになっていた。

 

 

「……ああ、またやっちゃいましたー」

 

 

 鋭利になった金属片を無造作に拾い集め、小さなビニール袋に淡々と放り込む。

 小さな嘆息一つで後始末をこなす美九からすれば、ベッドや机など家具が潰れるのに比べればまだましと言った感慨しか抱かなくなってしまった程度の茶飯事であった。

 

 そういう意味でも、内面的な克己と自律は今の彼女にとって切実な命題である。

 怒り、妬み、不安、焦りなどのネガティブな感情の昂ぶりで、超能力など使わなくとも腕の一振りで人間の体を容易くねじ切れる化け物の力が解放されてしまうのは先達であるあの幼女に既に聞いているし、明鏡止水とはまるで縁遠い美九はこの通り何度も体感済の法則であるのだから。

 

「感情に任せて物を破壊するゴリラ女とか、外見以前の問題ですよねえ……」

 

 正史ヒロインその他多くに喧嘩を売る盛大な自虐をしながら俯く美九。

 図ったわけではないのだろうが……その憂いを断ったのは来訪者を示すインターフォンの電子音だった。

 

 訪問者の心当たりなど美九には一つしかないし、はっと顔を上げて確認した端末のモニターには期待通り大好きな男の子が映っている。

 慌てて中に入るように伝え、出迎えに行く前に鏡の前に跳ねて全速力で最終チェック。

 

「だーりんってばもぉ、早めに来てくれるのは嬉しいんですけど、女の子には準備がいっぱいあるんですからねーっ?」

 

 髪・カーディガンほつれなし、ブラウス・スカート皴なし、メイク・マニキュアさりげなくでも塗りは完璧、笑顔・テンションは―――士道に会える時点でチェックするまでもなく満点。

 

 一瞬前までの沈みようはどこへやら、出迎えのために室内履きでぱたぱたと廊下を走っていく姿は浮かれ気味に弾んでいた。

 

 

 

 

…………。

 

 誘宵美九という女は、結局のところある意味で単純なのだ、と七罪は結論付けた。

 

 人間の女性の中でも認められていたい、愛されていたいという欲求は並外れて高い方。

 それが捏造スキャンダルと精霊化という境遇のせいで歪んだ結果、士道以外が取り扱えば火傷どころか炭の塊になるような危険物と化したのも事実ではあるのだろう。

 面倒な女だ、というのはお前が言うなと全力で返されるのを承知の上で断言できる。

 

 けれど救われたなら、自分を見てくれていると分かったなら、それ以上の想いを返し続けなければ気が済まない――――言ってしまえば情の深さも尋常ではないとあの聖夜以降の観察から見てとれた。

 与えられたものに報いなければという義務感ではない。

 愛を向ける対象と見定めた士道に、それこそ人生で一番大事なものに設定していると言っても過言でないほどの想いを向けているということ。

 

 そのせいで暴走暴発の危険があるのだから良かれ悪しかれだが―――。

 

「要はたった一言………美九は士道のことが大好きで大好きでしょうがない、ってだけの話でいいのかしら」

 

 静かに呟いた七罪の視線の先では、広い誘宵邸の玄関ホールで出迎えた美九が士道の両頬を優しく掌で挟みながらまくし立てている。

 

「えへへー、寒くなかったですかあ、だーりん?ほっぺ冷たいし、ちょっと乾燥しちゃってますよ?」

 

「……っ、慣れればそんなに問題ないよ。でもそんなことしてたら美九の手、冷えちゃうから」

 

「その断り文句。優しさ三割と恥ずかしさ七割、と見ましたー。

 そんないけずなだーりんには、こうです!」

 

「わっ!!?」

 

 不意をうって士道の首の後ろに腕を回して抱き着き、今度は自分のほっぺたをすりすりと擦り付ける態勢に入った美九。

 間違いなく自分は眼中に入っていないのだろうと確信して、どたばたの間に姿を消すべく七罪は踵を返した。

 

(今日くらいは、二人きりにしてあげる)

 

 また士道に対して洗脳だの監禁だの変な気を起こされてはことだから、これまで美九のことを警戒して二人きりにさせないよう動いてきた。

 悪いとは思っていないが、それが取り越し苦労だと判明したのなら一度くらい気を回す程度の義理はあってもいいかとは思うのだ。

 

「だーりんだーりんっ、んぅ……!」

 

「ああもう、七罪……がいない!?」

 

 

 べたべたすりすり、顔を真っ赤にして狼狽する士道にじゃれつくのを放置するのは業腹だが、あの過剰気味なスキンシップの繰り返しの中で。

 

 

 明鏡止水とは縁遠い美九が、一度も精霊としての力加減を間違えて士道に痛い思いをさせたことがない、というのはそれだけで七罪にとって大きい。

 

 

 しばしば不安定になって物を破壊しても、決してその矛先が士道に向かうことが無い。

 美九本人に自覚はおそらくない……ないからこそ、彼女が士道のことを本当の意味で愛していると分かる。

 

 自分のことを見て欲しいと要求するばかりで相手を振り回すのではなく、愛しているから相手のことを第一に考え、寄り添いたいと求める。

 そんな今の美九を、七罪は信じることに決めた。

 含むことが無いとは言わないが、もとより士道の大切なものは七罪にとっても大切なものなのだから。

 

 

 五河士道を悲しませるようなことはしない、その一点だけは共有できる。

 

 

「………?なんだろう、この気持ち」

 

 不意に胸の中にほんの少し温かい何かが生まれて、太陽が高い位置に昇り始めた冬の青空を見上げる。

 眩しさに目がくらむ今の七罪にその理由は分からなかった。

 

 

 けれど、これから先色々な出来事を士道や美九、そして新たに増える騒がしい双子と経験する先で彼女は理解することになる。

 

 

――――そういう大切な気持ちを共有できる他人のことを、友達と呼ぶのだと。

 

 

 





 以上。
 意外に単純な甘々にならなかったけど、美九編後の補完ということでこれはこれでよしかな?
 やらかした美九を七罪が信用するきっかけの話なんだが、あなたどんだけ士道さんのこと好きなの七罪さん………な理由でしたとさ。


 というわけで、俺は縁が無いけどみんなは幸せなクリスマスを過ごしてね!!



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