スーパーロボット大戦VB (元ゴリラ)
しおりを挟む

第一部「暗黒大将軍編」
第1話「長い夏のはじまり」


—デビルコロニー宙域—

 

 彼女はその時、最前線にいた。ジェガンの中で彼女は、無数の木星軍のMSと交戦し、そして、命尽きようとしていた。

 

マーガレット「ここで、おわりなの……?」

 

 デビルコロニーは、地球への攻撃を止めることはない。士官学校のあったマンハッタンも、炎の中に沈んだ。失意の中、木星のモビルスーツが彼女のジェガンに照準を合わせた。もう、終わるのならばそれでいい。そう、全てを諦めようとした時だ。

 

???「諦めるな!」

 

 そんな声が、響いた。それと同時に、巨大な髑髏を胸に刻んだモビルスーツが、木星軍のモビルスーツを巨大なビームの刃で両断する。

 

マーガレット「海賊軍の、モビルスーツ……?」

 

 連邦軍と水面下で敵対しながら、陰ながら木星軍と戦っていた義勇軍クロスボーン・バンガード。海賊のガンダムが、彼女を助けたのだ。

 

マーガレット「どうして、私を助けたの?」

 

トビア「助けたわけじゃない。ただ……こんな戦いで命を無駄にするのは、勿体無いって思ったからだ!」

 

 それだけ言い捨てて、海賊のガンダムはデビルコロニーへと向かっていく。

 

マーガレット「命を……無駄に……」

 

 月並みな言葉だった。だけどそれが、秒単位で敵も味方も死んでいくこの時には彼女の心に、重く響いていた。

 彼女……マーガレット・エクスは、改めてコンソール・パネルを見やり、ジェガンの武装を確認する。それから、コクピットに飾りつけたロケットを開いた。

 中にあるのは彼女と、新宿で戦死したという恋人の2人で撮った最後の写真。

 

マーガレット「力を貸して、紫蘭……!」

 

 彼女は再び、動き出す。生き残っている部隊と合流し、生き延びるために。

 戦いが終わったのを彼女が知ったのは、デビルガンダム細胞で作られた触手が崩れ落ち、ガンダム連合の大歓声が宇宙に響いた時だった。

 

 そして、時は流れた……。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ー原子力空母パブッシュー

 

 ネオアメリカ海軍所属原子力空母パブッシュ。腕っぷし自慢の男達が怒声を飛ばし、機動兵器の鉄錆と、オイルの匂いが充満する格納庫から伸びるカタパルトデッキに、一機の人型機動兵器がワイヤーで固定され、吊るされている。

 全長は、20mほど。黒い体躯と、その頭部の中央についている、人間の顔のような目鼻立ちが、この機体が軍事目的で製造されている量産型モビルスーツとは違うものであると見るものに印象付ける。

 即ち、スーパーロボット。「ゼノ・アストラ」とパブッシュに所属する彼らはこの機体を呼んでいる。

 「異なる星」そう名付けた人はこの鉄の塊にどのような思いを込めたのだろうか。そんなことを、マーガレット・エクスは、ゼノ・アストラのコクピット。人間の身体で言うならば、子宮に位置する場所で考えていた。

 

整備兵「ゼノ・アストラ、いつでもいけますよ」

 

マーガレット「ありがとう。これよりゼノ・アストラの起動テストを開始します」

 

アレックス「ああ、少尉。無理はするなよ」

 

 アメリカ軍の岩国基地司令であり、このパブッシュの艦長として新たに赴任されたアレックス・ゴレム大佐から、激励の言葉が届く。

 

マーガレット「了解。機動実験開始。ヴリルエネルギー、出力安定しています」

 

 ヴリルエネルギー。旧世紀、某国で研究が進められたが机上の空論として一笑に付された永久機関。ゼノ・アストラはそれを動力にしている。この機体は、ヴリルエネルギーを実用化することで、地球に永久機関をもたらす技術革新の先駆けとして作られた。マーガレットは、そう教えられている。

 

アレックス「しかし……いいのですか?」

 

 その推移を見守るアレックスは、その後方ででっぷりとした腹を湛えて座る上司……マキャベルへと訊ねる。

 

マキャベル「何か不満かね?」

 

アレックス「不満があるわけじゃありませんが、ヴリルエネルギーは我が国の発明というわけではないでしょう。それを独占するような真似をして、不味くないのかということです」

 

マキャベル「そんなことか。大した問題ではないよ君。前回のガンダムファイトで我が国は敗れた。だが、2年後には新たなガンダムファイトが始まるわけだ。その時、他国に差をつけるために……どの国もきっと同じことをするし、ガンダムファイトを理由にすれば各国も言い訳できんさ」

 

 それは詭弁のようにも聞こえるが、ある一定の真実を突いてもいた。即ち……ガンダムファイト。アレックスやマキャベルが国籍を持つネオアメリカは、2年前の第13回ガンダムファイトにおいて決勝バトルロイヤルに残りこそしたものの、優勝を逃した。

 ガンダムファイト……旧世紀、戦争により地球を汚染した人類は宇宙コロニーに国家の拠点を移すとともに今後愚かな戦争で地球を傷つけぬために、ひとつの取り決めをした。それは、4年に1度開かれる「ガンダムファイト」という代理戦争により、向こう4年の世界国家運営の主導権を決めるというもの。

 

『なんともスポーツマンシップに溢れた戦争ではありませんか』

 

 そう、誰かが皮肉げに口にしたのをアレックスは覚えていた。それは確かに画期的であると言えたが、問題が一つだけあった。即ちガンダムファイトの舞台となるのがこの地球であるという問題だ。コロニーに住むエリート層には見えない問題。いや、見えていても無視できる問題。ガンダムファイトは世界の全面戦争を遅延させることにこそ成功しているが結局それはエリート層だけのものであり、地球に住む人々に残されたのは難民問題や、そして地球環境の汚染。そういった諸問題に対し、治世の城を宇宙コロニーに移したエリート層は見て見ぬふりをして、次の4年のための準備にかまけている。

 スポーツマンシップに溢れた戦争の代償。それが未来への展望のための施策を放棄して各国が続ける永遠の冷戦状態であると言えた。

 そして、このヴリルエネルギーの実験も2年後に行われる戦争……第14回ガンダムファイトのための準備であると言われてしまえば、アメリカ国民であるアレックスには言い返す言葉もない。

 

マキャベル「それに、マーガレット少尉はやる気みたいじゃないか」

 

アレックス「それはそうでしょうが……」

 

 マーガレット・エクス少尉は若く、実力もある。この起動実験に成功すれば、コロニーへ移住することも叶うだろう。地球に住む者なら誰もが憧れるコロニーへの移住。それは特にネオアメリカ市民にとっては、前回ガンダムファイトで国民にアメリカンドリームを見せた男・チボデー・クロケットに続く道標とも言えるものだった。

 アレックスが個人的にマーガレットへ気にかけているのは、彼女が優秀であるという理由に加えていくつかある。ひとつは、マーガレットがアレックスと同じネオアメリカ海兵隊出身の身であるということ。同じ門を潜ってきた同胞に対して、それが優秀な人物であれば尚のこと誇らしさを感じる。

 そしてもうひとつが、マーガレットがアレックスの息子と同年代だという事実だろう。

 

アレックス(エイサップ……)

 

 アレックスには、息子がいる。現在は別居中だが、岩国に妻と住んでいるはずだ。もう何年も顔を合わせていないし声も聞いていないが、それでも血を分けた息子だ。

 できるならば、マーガレット少尉のように誇らしく思える青年に成長していてほしいと思う。

 

アレックス「いかんな、集中せねば」

 

 息子と妻のことを考えるのは、いつでもできる。しかし今はアレックスにも任務があった。そのことを思い出して、ゼノ・アストラへ向き直る。

 

アレックス「少尉、ヴリルエネルギーの制御どうなっている?」

 

 ゼノ・アストラのコクピットには、パブッシュのモニターと同期してモニタリングするためのカメラがいくつも搭載されている。そこから、ヴリルエネルギーの様子やパイロットのバイタル、コクピット内部での様子はモニターに映っていた。しかし、操縦する生のパイロットであるマーガレットの意識が何より大事だと、アレックスは実感として知っている。

 

マーガレット「待って、様子がおかしい」

 

 そのマーガレットが、危険を知らせるコールサインを発したのは、実験開始から30分が経過した時だった。

 

アレックス「どうした、少尉!?」

 

マーガレット「ヴリルエネルギーの上昇率が高すぎる。コントロールを受け付けない!」

 

 それは、予想されてはいた事態だった。しかし、その際の緊急停止のやり方も、マーガレットには教えられている。マーガレットは既に何度も試みる挙動を繰り返しているが、ヴリルエネルギーは上昇し続けていた。

 

アレックス「まさか、暴走したというのか!?」

 

 アレックスのその一言で、パブッシュ艦内の緊張はピークに達した。

 

マーガレット「外に出して! このままじゃこいつ、艦を破壊する!?」

 

 パブッシュは原子力空母である。その名の通り、原子炉を動力としている。もしここで暴走したゼノ・アストラが、ヴリルエネルギーがパブッシュの原子炉にダメージを与えた場合、ここにいる全員が死ぬことになるだろう。

 それだけではない。パブッシュには、絶対に爆発させてはいけないものが積載されているのだ。

 

アレックス「クッ、ハッチ開け!」

 

オペレーター「よろしいのですか!?」

 

アレックス「ここで何かあれば、全員あの世行きだ!」

 

 アレックスの命令が降り、ハッチが開かれる。と同時、ゼノ・アストラは自らを固定する拘束ワイヤーを、まるで鎖を引き千切るようにして解き放った。

 

アレックス「少尉がやっているわけではないのか……?」

 

 本来、こちらからの指示で解放されるはずのそれを解き放ち、艦板へと歩を進めるゼノ・アストラはまるで、獰猛な獣のようですらある。マーガレットはそれを、何とか押さえ込もうと操縦桿を握りコンソールパネルをチェックするが、異星の巨人は人の操作を受け付けない。

 

マーガレット「何が、何が目的でこんな……ああっ!?」

 

 大きく足を踏み出したその衝撃で、マーガレットを守る揺籃が揺れる。衝撃が、ダイレクトに伝わってマーガレットの背中を襲った。しかし、その間にもマーガレットはテストパイロットとしての務めを果たしていた。

 

マーガレット「お前…………ゼノ・アストラが、何かに反応している?」

 

 ゼノ・アストラのモニタは、赤く点滅しマーガレットに何かを伝えようとしている。しかし、それが何を意味しているのか、マーガレットには読むことができない。

 英語ではないのだ。現在、広く公用語として使われている英語でもなければ、マーガレットの記憶の中にあるどの言語圏の文字とも違う。

 

マーガレット「お前は……一体……?」

 

 マーガレットの中に湧いたのは、疑問だ。果たしてこの機体は、本当にネオアメリカが開発したものなのだろうか。

 いや、これは本当に現代人類が生み出した文明のものなのだろうか。

 機神は、咆哮のような音を発しながら進む。ただ、一歩一歩進む。脚が艦板を蹴るたびに、待機していた戦闘機が大きく揺れた。そして、空に向かって声高に吠える。鉄の塊が軋む音が、猛獣の吼える声のような音を発しているのだ。

 

マーガレット「ヴリルエネルギー、レッドゾーンを突破! このままじゃ……」

 

 自爆する。そう肌で感じた直後。マーガレットの意識は暗転した。ゼノ・アストラの熱が高まると同時に、時空のうねりをパブッシュでは観測していた。時空のうねり。2年前の第13回ガンダムファイト終了後、はじめて観測された現象である。その時は、人やモノがオーロラのような光ととともに消え、地上界から消失した。今回も、それと同じ現象が起きた。少なくとも、アレックスの目にはそう見えていた。

 

アレックス「消えた……?」

 

 報告では、その光の後に消えたものはバイストン・ウェルという世界へ行くという。海と大地の狭間に存在する、地上の人々に想像力を齎す世界。その存在を示す証拠は現在、どこにもない。ただ、報告書に記されていた「浄化の光」と呼ばれていたものと今ゼノ・アストラが放った光はよく似ているように思えた。

 

マキャベル「……これが、ヴリルエネルギー」

 

アレックス「司令……?」

 

 アレックスの背後。マキャベルはその光に魅せられたように瞳をギラつかせている。そして、醜く口角を歪めていた。

 

アレックス「…………」

 

 よくないものを感じる。しかし、マキャベルはすぐに口元を整え、部下であるアレックスに指示を出す。

 

マキャベル「ゼノ・アストラの反応を探せ。消滅したわけではあるまい!」

 

アレックス「…………各員、ゼノ・アストラの反応を確認しろ。レーダー、GPS、パイロットの生体反応。何でもいい、ゼノ・アストラとマーガレット少尉がこの世にいる証拠を探すんだ!」

 

 もとより、そのつもりだった。しかし、もし本当にゼノ・アストラが海と大地の狭間の世界へと消えたのなら、汚れ果てた地球から探すことなどできるのだろうか。

 アレックスは、その疑問を頭の隅に追いやり、部下からの報告を待った。

 

 

ー岩国/喫茶店ー

 

槇菜「う、うむむむ……」

 

 午後の陽光が窓から差し込むテーブルに教科書とノートを広げ、女の子が呻いていた。歳の頃は14、5歳ほど。髪は薄い銀色で、それを肩口で切り揃えたショートボブに眼鏡をかけた女の子だった。青い瞳は、忌々しげに教科書を睨んでいた。その対面で高校生くらいの男女が、銀髪の女の子の様子を見守っている。

 

槇菜「む、難しいよぉ〜〜」

 

 銀髪の女の子……櫻庭槇菜は、両手を大きく上げ、パタリとテーブルに倒れ込みため息をついた。

 

甲児「やれやれ……。いいか、ここはこの公式をな……」

 

 見守っていた男性、兜甲児は肩をすくめて教科書を手に取ると、解説を始める。

 

槇菜「ふむふむ……。さっすが甲児さん!」

 

 こう見えても兜甲児は、成績優秀だった。とりわけ物理学や工学といった分野に関しては、天才的と言っていい。そんな頼れる先輩の甲児に、こと勉強面において槇菜は甘えっぱなしだった。

 

さやか「槇菜、甲児くんは昨日も自分の勉強で疲れてるんだから、ちゃんとお礼言いなさいよ」

 

槇菜「はーい。ありがとう甲児さん、さやかさん!」

 

甲児「へへ、いいってことよ」

 

 槇菜は、両親がいない。2年前に起きたドクターヘルの反乱で、幼くして両親を失い姉と二人暮らしをしている。その姉も軍属で、ほとんど家に帰らない。そんな中槇菜の面倒を見てくれているのが、マジンガーZでドクターヘルと戦った英雄・兜甲児とそのガールフレンドである弓さやかだった。

 甲児達と槇菜が出会ったのは、偶然の出来事だった。しかしその偶然を槇菜も甲児達も大事にしている。

 自衛隊に所属する槇菜の姉……櫻庭桔梗が甲児やさやかと、ドクターヘルとの戦いで面識を持っていたのも大きいだろう。尤も、その桔梗は今任務のために岩国を離れているのだが。

 甲児やさやかは、静岡に居を構えている。故になかなか会えないのだが、夏休みの時期などにはこうして遊びにきてくれる。

 何でも、在日米軍基地にも用があるらしく、今年の夏は長くこちらに滞在することになると言っていた。

 

甲児「でも、こうして勉強みてやるのも今年が最後かもしれねえって思うと、なかなか感慨深いな」

 

さやか「そうね……」

 

 甲児は、高校卒業後はネオアメリカのコロニーに留学する予定になっている。そうなれば、しばらくはこうして話すこともない。もしかしたら、槇菜が甲児やさやかと共に過ごせるのは今年が最後かもしれない。

 

槇菜「うん……。だから、終わったら海行きましょう海!」

 

 そう言って、子供みたいに甘えるのは今のうちにたくさん先輩に甘えたいという打算もあった。

 

さやか「はいはい。じゃあ次は化学ね」

 

槇菜「ウッ……」

 

 数学化学は、槇菜の特に苦手な分野だった。マジマジと参考書と睨めっこし、根を上げる。

 

槇菜「やっぱり難しいな……。この調子で立派な歴史の先生、なれるかな……」

 

 歴史の先生。それが槇菜の夢だった。そのために、夏休みも難関とも言われているコロニーのハイスクールを目指して勉強している。

 未来世紀62年という時代は、何をするにも地球という場は狭すぎた。

 過去の戦争や環境汚染で、多くの人間が死に、教師という人種が活躍できる場も限られるようになった。教師というのはある種のエリートコースである。どこで勉強してもなれる職業というわけではなく、一度は設備の優れたコロニーに留学する必要がある。そのための勉強なので、ハイスクールに入学するための基礎教養は必要だった。

 

さやか「そういえば、槇菜ってどうして歴史の先生になりたいの?」

 

槇菜「うん。今の人類って宇宙に出て、これからもどんどん先に進んでいくと思うの。だけど、それって歴史の積み重ねでしょ。だから、それを覚えて……伝えられるような人になりたいなぁって。それで、どういう仕事がいいかなってお姉ちゃんに相談したら、歴史の先生なんてどうかなって」

 

甲児「なるほどなぁ。槇菜、思ってたより色々考えてるんだな」

 

槇菜「え〜〜。甲児さん、それどういう意味ですか?」

 

 そんなやりとりをしていると、3人のテーブルにコーヒーとサンドイッチが運ばれてくる。運んできたのは、金髪の青年だった。

 

エイサップ「店長から差し入れだって。勉強頑張ってるね」 

 

槇菜「あっエイサップ兄ぃ、ありがとう」

 

 槇菜が言うと甲児も軽く会釈し、サンドイッチに手をつける。この喫茶店でアルバイトしている大学浪人中のフリーター・エイサップ鈴木だった。

 

エイサップ「それにしても甲児くん、ここ最近また、物騒な世の中になってるんじゃないか?」

 

 槇菜がここの常連なこともあり、エイサップも甲児達とは少し面識があった。

 

甲児「そうなんですよね。ガンダムファイトが終わったっていうのに、どこもかしこも様子がおかしいですよ」

 

 コーヒーの香りを嗅ぎながら、甲児が言う。

 

さやか「そうね……第13回ガンダムファイトが終わってから、あちこちで武力衝突が起きてるわ。デビルガンダムの拠点になって壊滅した新宿とかもまだ復興の目処も立たないから、暴動が起きてるって」

 

槇菜「それ、聞いたことあります。新宿はほとんど廃墟同然で、行政の手も入らないから反政府運動の温床になってるって、噂になってます」

 

 コーヒーにミルクと砂糖を入れて、掻き混ぜながら槇菜が言う。岩国には、ネオアメリカの軍事基地が存在する。旧世紀から続く、在日米軍基地。それと同じ流れの基地が、未来世紀63年の現在にまで存在している。そういう関係もあるのか、廃墟と化している新宿や京都に比べれば遥かに治安もいい。しかし、同じ国の中でこんなにも治安に差があるというのも、気分のいい話ではなかった。

 

さやか「うん、最近は日本も物騒になったわ。それに、去年起きたバイストン・ウェル事件。あの時も甲児くんは最前線にいたでしょ?」

 

 槇菜の言葉に、さやかが続ける。それは、ここ数年に起きた「物騒な事件」の中でも群を抜いて理解を越えたものだった。しかし、その当事者である甲児は違う。

 

甲児「ああ。行方不明になってたバイク仲間のショウ・ザマが、バイストン・ウェルとかいう世界で聖戦士なんてもんになってたんだ。俺は国連軍やショウの仲間達と協力して、バイストン・ウェルから地上へ侵略を始めたドレイク軍と戦ったんだが……結局、バイストン・ウェルの軍はシーラ女王に浄化されて、オーラマシンもこの世界から消えた。あれ以来、ショウとも連絡がつかなくなったんだよな……」

 

 バイストン・ウェル、聖戦士、オーラマシン。理解の追いつかない言葉を並べられて槇菜は混乱しそうになるが、それでも理解できる部分はある。

 

槇菜「……それって、ショウって人もバイストン・ウェルって世界に戻っちゃったってこと?」

 

 異世界に召喚されて冒険する。そんな物語はたくさんあって、槇菜もいくつかは読んだことがあったから、なんとなく想像がついたからだ。しかし、多くの冒険譚は異世界で冒険する主人公の物語であって、現代に残された人の物語というのはあまりにも少ない。

 

甲児「わかんねえ。でも、あいつが死んだなんて思えないからきっと、バイストン・ウェルで元気にやってると思うことにしてるよ」

 

 甲児は、笑ってそう返した。それは本心からの言葉なのだろう、と槇菜は思った。そう思える、爽やかな笑顔だった。

 

エイサップ「海と大地の狭間、バイストン・ウェルか……」

 

 そう言いながら、エイサップは窓辺に目を向ける。晴天。どこまでも青い夏の空が、広がっていた。

 

槇菜「でも、そんな異世界からも戦争しに来る敵がいたなんて……ちょっと怖いですね」

 

 漆黒の液体が薄い乳白色と混ざり合ったのを確認して、槇菜はそれを飲むこむ。

 

甲児「でも、ドレイク軍との戦争は終わったんだ。もしかしたら、次にバイストン・ウェルとこの世界が繋がる時は平和な交流ができるかもしれないぜ」

 

エイサップ「どうだろうな……」

 

 しかしエイサップは、そんな甲児の言葉に少し遠い目をしていた。

 

槇菜「エイサップ兄ぃ……」

 

 エイサップと槇菜は、所謂近所付き合いになる。甲児やさやかよりも、付き合いは長い。そんな槇菜は、彼の家庭の事情や交友を少しばかり知っていた。だから、察するものもある。

 

エイサップ「人ってふたり以上になるとさ、どうしたって敵か味方かって切り分けたがるんだ。もし異世界の人ともう一度会えても、それが次の戦争にきっかけにならないとは限らないよ」

 

甲児「エイサップさんは、リアリストだなぁ」

 

槇菜「うん……。でも、こうして話してると私達、ちゃんと学校に行けてるのってすごく恵まれてるよね」

 

 あまり、エイサップの心を逆撫でないように話題を変えよう。そう思って槇菜がそう口にしてから……「あ、」と気付く。

 

エイサップ「……槇菜」

 

 そのエイサップ本人が、大学浪人中のフリーターであるという事実を、少し前まで高校生だった彼を知っているが故に失念していたのだ。

 

槇菜「ご、ごめん! 別に悪気があったわけじゃなくて……」

 

 実際、それは槇菜にとっては実感だった。ムゲ・ゾルバトス帝国とのムゲ戦役から続く一連の戦争は、地球圏を大きく疲弊させた。

 そんな中で、自分は両親こそ失ったが姉がいて、学校に通えている。それは、恵まれたことなのだと感じている。

 そう、姉が教えてくれたから。

 槇菜の姉……桔梗は、真面目な人だった。

 両親を失ってから、ずっと槇菜をひとりで養ってくれた。

 そんな姉は、いつも言っていた。

 『今を精一杯楽しみなさい』と。

 

エイサップ「いや、いいんだよ。……槇菜は学校の先生になりたいんだろ。だったらさ、今からちゃんと勉強しような」

 

 俺みたいにならないようにな。そう自虐的に言ってから笑うエイサップに、甲児とさやかが苦笑する。釣られて槇菜の頬にも、笑みが溢れる。

 そんな、他愛ない世間話に花を咲かせていた時だった。喫茶店の扉が物々しく開かれる。そして、巨漢の大男が入ってきて槇菜達の席へ駆け込んでくる。

 

ボス「た、大変だ兜!」

 

甲児「ボス、今日は後輩の勉強会だからお前は邪魔になるって言っただろ」

 

ボス「それどころじゃねえ、機械獣の大群がこっちに押し寄せてきてやがる!」

 

甲児「なっ……!?」

 

……………………

 

第一話

『長い夏のはじまり』

 

……………………

 

 

 甲児がマジンガーZに乗り込み、ジェットスクランダーで駆けつけた時、既に市街地をへ敵を入れまいと海岸は戦場となっていた。軍のモビルスーツ部隊は、見たこともない機械獣率いる軍団により追い詰められている。そんな中で、一機の青いモビルスーツが、機械獣の攻撃を掻い潜り、大型のビームライフルで双頭の機械獣……ダブラスM2を撃破していた。

 

ハリソン「マジンガーZ! 甲児君が来てくれたか!」

 

 青いモビルスーツ……ガンダムF91に搭乗する在日米軍のハリソン・マディン大尉。デビルガンダム事件の際、ネオスウェーデンのアレンビー・ビアズリーやネオネパールのキラル・メキレルと共にガンダム連合を結成し、木星帝国に利用されデビルドゥガチと化したデビルガンダムとの決戦をくぐり抜けた、歴戦のパイロットだった。

 

甲児「ハリソン大尉、状況はどうなってますか!?」

 

ハリソン「敵は真っ直ぐに岩国基地を狙っている。絶対街には入れるなよ!」

 

 甲児が「了解だ!」と叫ぶと同時、マジンガーZは機械獣の群れへと一目散に突っ込んでいく。

 

甲児「サザンクロス・ナイフ!」

 

 ジェットスクランダーから放たれる刃が機械獣の駆動系をズタズタに破壊し、動きの止まったところにF91のビームライフルが直撃していく。敵陣の中枢に斬り込んで行くマジンガーZ。そこには、しばらく実戦を離れていたブランクなど存在しないに等しい。懐かしい顔ぶれの機械獣を、ロケットパンチが、スクランダーカッターが次々と葬っていく。やがて、甲児は機械獣軍団の最奥に、見慣れない機械獣を確認した。

 

甲児「データにない機械獣……ドクターヘルの新型か?」

 

 紫色の、毒々しい機械獣は頭部と別に、腹部に顔のようなものがついていた。そして、頭部の顔がニヤリと顔を歪める。

 

グラトニオス「俺は戦闘獣グラトニオス! 機械獣などと言うデク人形とは違うわ!」

 

甲児「戦闘獣が喋った。ヘルのとは違うのか?」

 

 言葉の通じる機械獣など、甲児の記憶にはない。しかし、ドクターヘルの機械獣を引き連れている以上無関係の存在ではないはずだった。

 

グラトニオス「俺はミケーネ帝国の戦士。暗黒大将軍の命を受けてマジンガーZ、貴様を殺す!」

 

 右腕の巨大なムチが、マジンガーZへと迫った。

 

甲児「クッ!」

 

 腕を掴まれ、甲児は咄嗟にロケットパンチで右腕を押し飛ばす。ロケット噴射でムチをすり抜けた拳骨はしかし、グラトニオスのムチにはたき落とされてしまう。

 

甲児「そんなっ!」

 

グラトニオス「こんなものかマジンガーZ!」

 

 グラトニオスの胸から放たれた破壊光線が、マジンガーを襲う。マジンガーの腹部に大きな風穴が開き、よろめく。

 

甲児「マジンガー……!?」

 

 今までの機械獣とは、パワーが違う。オーラバトラーのスピードとも渡り合ったマジンガーZが、苦戦を余儀なくされている。

 

ハリソン「甲児! クソッ、邪魔だっ!」

 

 機械獣の群れを押し留めるF91は、マジンガーZの援護に向かえないでいる。そんな時だった。

 突如、岩国の空が畝る。

 

ハリソン「なんだ、これは。時空の歪み? オーラロードではないようだが……」

 

 時空の歪み。その中心で何かが黒く瞬いた。次の瞬間、人型の、黒いマシンが畝りの中心点に現れる。

 

マーガレット「クッ、ここは……。座標を確認……ニホンの、イワクニ?」

 

 ゼノ・アストラ。まるで戦闘獣に呼ばれるようにして岩国の海岸沿いに降り立った未知の人型機動兵器。パイロットのマーガレット・エクスは、計器を確認し状況を確認する。

 

マーガレット「あれは、マジンガーZ? 機械獣を相手に苦戦しているようだけど……」

 

 そして次の瞬間、ゼノ・アストラのモニターにまたマーガレットの見たことのない象形文字がいくつも展開される。しかし、今度はそれをマーガレットは理解することができた。

 解読できたわけではない。コクピットの中で、直接脳に響くような声が木霊するのだ。

 

マーガレット「ミケーネ……邪神の使徒……ゼノ・アストラ、お前は……」

 

 ゼノ・アストラは咆哮を上げる。そして、強靭な脚力で飛び上がると、一目散に戦闘獣グラトニオスへと飛びかかった。

 

グラトニオス「何ッ!?」

 

 ゼノ・アストラの強靭な爪が、グラトニオスのムチを掴む。

 

グラトニオス「貴様は、まさか……!?」

 

 グラトニオスに、動揺が走る。グラトニオスはしかし、頭部の角を揺らし、超振動波を起こす。振動波を受けて、ゼノ・アストラは大きくよろめきそして、グラトニオスのキックが炸裂すると、ゼノ・アストラは大地へ倒れ伏した。しかし、再び立ち上がったゼノ・アストラは右腕を掲げると、巨大なハルバードを召喚する。

 

グラトニオス「やはり、貴様は……!?」

 

 ゼノ・アストラがハルバードを振り下ろし、グラトニオスは両腕のムチでそれを防いだ。ジリジリと詰め寄り、咆哮を上げるゼノ・アストラ。グラトニオスは、胸部からビームを放ち、再びゼノ・アストラを押し飛ばす。

 

マーガレット「ああぁっ!?」

 

 押し飛ばされたゼノ・アストラは、街に追突する。建物の崩れる音が、マーガレットの耳に響く。

 

マーガレット「そ……ん、な」

 

 その瞬間、マーガレットの意識は闇に落ちた。

 

グラトニオス「どうやら、巫女は中途半端な欠陥品だったようだな……。奴は、今のうちに!」

 

 そう言ってグラトニオスがムチをゼノ・アストラへ向けた。だがグラトニオスは失念していた。自分が、誰と戦うためにここにきたのかを。

 

甲児「隙ができた!」

 

 マジンガーZの目から、光子力ビームが走る。光子力の光は、戦闘獣グラトニオスの顔に命中し、視界を奪う。

 

グラトニオス「ギャァッ!?」

 

甲児「今……だっ!?」

 

 マジンガーZは立ち上がり、胸部の放熱板から超高熱のブレストファイヤーを発射する。それが、グラトニオスの最期だった。高熱を浴びて、グラトニオスは溶け爛れていく。

 

グラトニオス「お許しください、暗黒大将軍様ッ!?」

 

 それを最期の言葉として、戦闘獣グラトニオスは爆散した。

 

甲児「だが……」

 

 マジンガーZは、グラトニオスとの戦いで手酷いダメージを受けていた。そして機械獣はまだ残っている。骸骨のような顔をしたガラダK7、二足歩行のトロスD7……。

 頼れる味方であるはずのガンダムF91も、同じように機械獣に包囲されている。隙を作ってくれた謎のマシンは倒れたままだ。

 

甲児「万事休すか……だがなっ!」

 

 マジンガーは立ち上がり、機械獣の軍団に立ち向かう。

 

甲児「来やがれ! マジンガーZはまだ、死んじゃいねえ!」

 

 兜甲児が叫ぶ。もしかしたら、これが自分とマジンガーZの、最期の戦いかもしれない。それでも、逃げるわけにはいかなかった。

 

甲児「機械獣ども、暗黒大将軍だかミケーネだか知らねえがまだ兜甲児も、マジンガーZも死んでねえぞ!」

 

 兜甲児が吼える。それと同時に、ロケットパンチを機械獣にぶちかまし、軍勢に穴を開ける。その瞬間に、マジンガーは駆け抜ける。

 

甲児「アイアンカッター! 光子力ビーム!」

 

 死地にあっても、闘争心は衰えない。それが兜甲児だった。

 

ハリソン「甲児君、絶対に君を死なせはしない!」

 

F91も、腰に装備された高出力ビームライフル・ヴェスバーで包囲する機械獣を焼き払っていた。その時である。

 

???「なるほど……これがこの世界の守り手。なかなか面白い力をしている」

 

 それは、地獄の底から響き渡る、どす黒い声だった。

 

ハリソン「何者だ!」

 

 ヴェスバーを構えたまま、ハリソンが叫ぶ。甲児もまた、機械獣の群れを薙ぎ払いながらその声の主を探し、神経を研ぎ澄ませる。

 

???「私ですかな? 私の名は……」

 

 現れたのは、下半身が巨大な鉄球と化し、獰猛という言葉をほしいままにする鋭利な角を持つ魔獣。

 鬼。そうとしか形容できない魔獣……いや鬼獣だった。

 

甲児「な、なんだ!?」

 

ハリソン「こいつは有機体なのか、メカなのか……?」

 

晴明「我が名は安倍晴明! ククク、ミケーネ帝国に仕える陰陽師なり!」

 

 安倍晴明。そう名乗る男が、鬼の肩に乗っていた。

 

…………

…………

…………

 

 

—岩国/市街地—

 

 一台のスクーターが、岩国の街を走る。既に戦火はあちこちに飛び火しており、槇菜の見知った街も炎に包まれていた。

 

エイサップ「クソッ! こんな時に親父は何やってるんだよ!」

 

 スクーターを操るエイサップが、ここにいない岩国基地司令アレックス・ゴレムへ毒付く。立派なモビルスーツ部隊まで用意しておきながら、肝心な時に役に立たないのでは何のための軍備増強なのか。

 

槇菜「エイサップ兄ぃ、危ない!」

 

 スクーターの後ろで、エイサップにしがみついている槇菜が声を上げる。交差点から、一台の車が飛び出してきたのだ。

 

エイサップ「うわぁっ!?」

 

金本「ああぁっ!」

 

 互いに急ブレーキをかけて、顔を見合わせる。車に乗っていたのは、目元まで黒髪のかかった長身の男と、茶髪の男だった。

 

エイサップ「ロウリ、金本。無事だったか!」

 

金本「エイサップか!」

 

ロウリ「お前、こんなとこで何してんだ!」

 

 黒髪の方が矢藩朗利(ロウリ)、茶髪を金本平次と言う。エイサップとシェアハウスしているルームメイトだった。

 

エイサップ「俺は今日バイトだって言ってたろ。お前らこそ……いや、そんなことより!」

 

槇菜「エイサップ兄ぃ、早く逃げなきゃ!」

 

エイサップ「あ、ああ!」

 

 槇菜が急かすのは、理由がある。

 エイサップのスクーターを追う者達がいたのだ。

 深く黒い肌。膨張した筋肉。正気を失った目。そして、額から生えた一角。

 鬼。そうとしか形容できないものだった。

 

エイサップ「クソッ! 一体何なんだよあの鬼は!」

 

槇菜「とにかく、避難しないと!」

 

 スピードを上げるスクーター。それを追う鬼の軍団。避難所として想定されている槇菜の在籍する中学校を目指し、走る。しかし、このままでは鬼を引き連れてしまうことになる。どうする……とエイサップは一瞬、思案した。並走する車から、金本が顔を出す。

 

金本「化け物め、こいつを喰らえ!」

 

 金本が投げた手榴弾は、後ろの道路ごと鬼を吹き飛ばした。

 

槇菜「なんでそんなもの……」

 

 槇菜が唖然と金本を見て呟く。

 

エイサップ「あいつら……まさか、米軍基地から盗んだのか!」

 

 毒付くエイサップ。ロウリと金本が、反米を主張するテログループ「ジスミナ」を結成し、右翼的な思想を持つ政治結社に傾倒しているのはエイサップも知るところだった。その活動のために、エイサップのIDを元に父親の……米軍基地司令のパソコンをハッキングしていることも、エイサップは見て見ぬふりをしている。

 親父が困るならそれでもいい。そんな思いもあった。しかし、ロウリと金本の反米はいわゆる『ファッション』だ。それを『カッコいい』と思ってやっているだけの、何の覚悟もない活動だとエイサップは思っていた。それがまさか、本当にテロの準備をしていたとは。

 ともあれ、今はそんなことを抗議している場合ではない。早く、中学校へ行かなければ。エイサップはアクセルを踏み、数年前まで自分も通っていた学校を目指す。そして、中学校の校門へ辿り着いた。

 

槇菜「先生!」

 

 学校の正門には、担任の日本史教師が待っている。

 

先生「さ、さくらば……」

 

 しかし、その様子がおかしい。

 

槇菜「先生…………?」

 

 先生の全身が、ひどく震えているのだ。目の焦点が合わない。それに、言葉もはっきりしない。嫌な予感がする。普段は温厚な先生が、こんな風になるなんて。

 

先生「に、げ……」

 

 次の瞬間を、槇菜は見ることができなかった。エイサップが、目を覆ったのだ。

 

エイサップ「逃げるぞ、槇菜!」

 

 そう言って、手を引くエイサップの手の熱が、槇菜に伝わった。そのじわりと滲んだ汗が、槇菜に伝えているのだ。

 

ロウリ「う、うわぁぁぁぁっ!?」

 

金本「そ、そんなぁっ!?」

 

 ロウリと金本の叫び声も、槇菜に伝える。

 先生はもう、槇菜の知る先生ではないのだと。

 スクーターを乗り捨てて、ロウリと金森の車へ乗り移るエイサップと槇菜。金本がアクセルを踏んで、学校を後にする。

 

槇菜「…………うっ、うぅ……」

 

エイサップ(この分じゃ、学校に避難した人は……)

 

 鬼の餌食になっている。そんな最悪の想像をして、エイサップは吐き気を抑えようと喉を抑える。無意識に、エイサップは別居中の母親の無事を案じていた。その時である。

 黒い巨大なヒトガタが、学校を押しつぶすように倒れてきたのは。

 大きな音と共に、校舎が潰れる。その破片が飛び散り、エイサップ達の車の前に飛び込んだ。

 

金本「うぉぁっ!?」

 

 急ブレーキをかけて、車をストップさせる。槇菜は、恐る恐る外の様子を見やった。

 

 

槇菜「……………………え?」

 

 槇菜が、3年間通い続けた日常の在処。友達がいて、先生がいて、成績は中の上くらいで、だけど授業は楽しくて。運動会や文化祭。そんな思い出があって、来年の春先には卒業するはずだった場所。

 中学校は黒い人型マシンの下敷きになり、潰れていた。

 

エイサップ「槇菜、戻れっ!」

 

 エイサップの声も届いていないのか、槇菜は無言で車のドアを開いて、学校へと飛び出していく。鬼のことなど、頭から完全に消えていた。

 

槇菜「やだ……やだよ。私、まだ卒業してない。夏休みの宿題も終わってないんだよ。それに……それに、まだ学校で、クラスで、やりたいことたくさんあったのに!」

 

 どれだけ叫んでも、その叫びは虚空に霧散する。焼けた校舎のにおいが、槇菜の鼻をついた。

 

槇菜「かえして……かえしてよ……」

 

 うわごとのように繰り返しながら、学校を潰した人型……ゼノ・アストラに、近寄っていく。その時だった。黒く、大きな、獣と人の間のような姿をしたグロテスクな生き物……鬼としか言いようのないそれが、槇菜の前に躍り出た。

 

槇菜「!?」

 

エイサップ「槇菜!?」

 

 しかし、鬼は槇菜の身体に触れることはなかった。槇菜が声にならない悲鳴を上げたその時、鬼の首は吹き飛び身体は四散していたのだから。

 

槇菜「え…………?」

 

 理解が及ばず槇菜が振り向くと、倒れていたマシン……ゼノ・アストラの指先が、ドラマで見た拳銃を撃った後のように煙を出している。見れば、指が1本、ワイヤーのようなもので飛び出して鬼を潰していたのだ。

 

槇菜「このロボット……私を助けてくれたの?」

 

 槇菜の日常の象徴を、壊した悪魔が。

 槇菜の命を喰らおうとした、鬼を滅した。

 その事実に困惑しながら、槇菜はゼノ・アストラへ一歩、また一歩と近づいていく。

 黒い悪魔は、よく見れば人の顔のように目鼻立ちを持っている。そして、腹部の下に、球体があるのを見つける。球体は槇菜の存在を認めたかのように下がり、ゼノ・アストラの足下とも言うべき位置へ降りていた。

 槇菜がそこへ足を進めると、人が乗っているのが見える。このロボットのパイロットなら、お礼を言うべきなのか。それとも、恨むべきなのか。そんな風に考えながら、球体の側まで寄る。ヘルメットを被った大人が、倒れていた。

 

槇菜「女の人……?」

 

 パイロットは、女性だった。星をあしらった徽章がスーツの襟についているが、それが何を意味するのか槇菜は知らない。ただ、気絶していることだけは、見て取れる。

 

槇菜「じゃあ……さっきのは……」

 

 ロボットが、自分の意思で助けてくれたのだろうか。そんな、あり得ないことを想像しながら、槇菜はコクピットで倒れている女性へ近寄り、その身体を抱き起こし、ヘルメットを外して呼吸を確認する。息はあった。しかし、額から流れている赤い液体は、決して安心していい状態ではないことが伺える。槇菜はポーチからハンカチとセロテープを取り出し、額にハンカチを当てるとセロテープで固定する。その時、開かれていたキャノピーが閉じられ、槇菜はそこに閉じ込められてしまう。

 

槇菜「あっ……!」

 

 どうしよう。そう思う間も無く槇菜は、狭いコクピットの中でシートに座らざるを得なくなってしまう。モニター内には、意味不明な文字のようなものが表示され続けていた。

 

槇菜「なんだろう……。英語でも、フランス語でもないし……」

 

 強いて言うなら、象形文字に似ている。読めない言葉だ。しかし、その意味はなぜか理解できた。

 

槇菜「ミケーネ……闇の帝王……目覚めの時……っ、ゥァッ!」

 

 その言葉と同時に、槇菜の脳に情報が流れ込む。圧倒的な情報量は、槇菜の脳を押し潰すほどに重く、膨大だった。

 

槇菜「なっ…………、これ…………!」

 

 頭が痛い。目眩がする。だけど、叩き込まれた情報が脳に吸収されていくことで、その眩暈も次第に収まっていく。やがて槇菜は、その情報を反芻し、理解することができた。

 即ち、このマシンの操縦方法である。

 

槇菜(わかる……なんでだろう、私このロボットを知ってるの?)

 

 このコクピットは、めちゃくちゃだ。外付けの部品が多すぎる。槇菜は、アメリカ軍が後付けしたいくつかの機器のスイッチをオフにすると、改めて操縦桿を握る。

 メインカメラを見れば、マジンガーZと青いガンダムが、機械獣を率いる巨大な鬼と戦っていた。

 

槇菜「…………甲児さん」

 

 想像するだけで、怖い。うまくいかないかもしれない。だけど。

 

槇菜「…………何もしないで死ぬほうが、ずっと怖い!」

 

 操縦桿を握る手に、力を込める。それで、十分だった。このマシンは、強く念じることで応えてくれる。そう、槇菜は識っていた。

 黒い巨体が立ち上がり、歩き出す。槇菜に与えられた知識の通りに。

 念じるままに動くゼノ・アストラ。その右手を突き出すと、5本の指がワイヤーのようなものを介して飛び、鋭利な爪がマジンガーを取り囲む機械獣に突き刺さった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

甲児「あれは……!?」

 

 戦闘獣との戦いに乱入した黒いアンノウンが、再び立ち上がった。そして、マジンガーZを援護するように機械獣を攻撃している。

 

槇菜「甲児さん!」

 

甲児「槇菜、お前……槇菜か!?」

 

槇菜「なんでかわからないけど……私、この子を使えるの。だから!」

 

 ワイヤーが機械獣の身体を引き裂き、ゼノ・アストラが動く。しかし、その動きはどこか辿々しい。

 

槇菜「このっ、ちゃんと動いてよ!」

 

甲児「無理もねえ……動かし方がわかってても、戦い方はわからねえもんな。槇菜、無理はするなよ!」

 

 満身創痍のマジンガーZが、空を駆ける。

 

ハリソン「援護するぞ、甲児くん!」

 

 マジンガーへ飛びかかる空戦機械獣を、ヴェスバーが撃ち落とす。その隙を襲うように、機械獣ガラダK7が鋭い鎌でF91の小さな身体を襲った。しかし、その一撃はビーム・シールドに弾かれる。

 

ハリソン「悪いな機械獣、こいつは10年前の旧式だがな、性能は最新鋭の機体にも負けてないんだ!」

 

 頭部のバルカン砲が、間近に迫る機械獣の頭部を潰し、ビーム・サーベルを抜いて振り抜く。F91の真後ろで、機械の獣が爆ぜる。その後方でゼノ・アストラの右手のワイヤードが、機械獣トロスD7の足を引き裂いていた。

 

槇菜「少し、コツわかってきたかも……!」

 

 ワイヤーを収納して、バランスを整えるゼノ・アストラ。足取りは決して軽やかではないが、それでも機械獣を撃破する。これで、マジンガーZを阻むものはない。

 

甲児「槇菜、ハリソンさん……かたじけねえ。やい安倍晴明とか言ったな! ミケーネだか陰陽師だか知らねえが、マジンガーZがいる限り好きにはさせねえぜ!」

 

 鬼獣の肩に乗る怪しげな男に、マジンガーZは光子力ビームを放つ。しかし、男の周囲に展開された人形が、身代わりのように男を守る。そして、鬼獣は巨大な刃と一体化した右腕を振るい、マジンガーZを叩き落とす。

 

甲児「うわぁっ!?」

 

 グラトニオスとの戦いで受けたダメージが蓄積しているマジンガーZは、既に限界を迎えている。それでも、甲児の闘争心は全く衰えていなかった。落とされながらも、ロケットパンチを発射し、ドリルミサイルを連発する。その攻撃は、鬼獣の装甲を確実に抉っていた。

 

安倍晴明「ええい小賢しい! 雑魚の分際で!」

 

甲児「雑魚、だと!?」

 

安倍晴明「その通りよ! この世界の人間など、所詮は塵芥に過ぎぬ!」

 

 鬼獣の、巨大な鉄球のような下半身が回転し、マジンガーZを踏み潰さんとする。しかし次の瞬間、鬼獣の鉄球を黒いマシン……ゼノ・アストラが受け止めていた。

 

槇菜「っ、くっ…………!」

 

 10本の指からワイヤーのようなものが射出され、鬼獣の身体に突き刺さる。

 

甲児「槇菜、お前……!」

 

 たどたどしい動きで機械獣を相手したはずのゼノ・アストラが、マジンガーZの危機を前に咄嗟に駆けていたのだ。

 

槇菜「甲児さんは……雑魚なんかじゃないもん。マジンガーZは、2年前にも私を助けてくれた。私のヒーローだもん。絶対、こんなところで負けちゃダメなの。だから!」

 

甲児「ああ……そうだな!」

 

 マジンガーZは、最後の力で飛び上がり、鬼獣の顔に拳骨を喰らわせる。大きくよろめいた。そして、次の瞬間に胸の放熱板に光が灯る。

 

甲児「ブレストファイヤー!」

 

 マジンガーZ必殺の一撃が、鬼獣へ放たれた。

 超高熱が、鬼獣を焼き尽くしていく。

 それは、魔神の咆哮だった。

 

安倍晴明「おのれぇぇぇぇっ!? 雑魚の分際でぇぇぇぇっ!?」

 

 鬼獣から飛び降り、ブレストファイヤーの直撃を避けた安倍晴明が怨嗟の声を叫ぶ。その直後、飛んできた斧が陰陽師の身体を真っ二つに引き裂いた。

 

槇菜「えっ!?」

 

 それは、衝撃的な映像だった。しかし、槇菜が驚いたのはその、グロテスクな想像が現実にならなかったからである。

 甲児や槇菜の前で真っ二つになった人間が、ただの紙切れと化したことに、驚いていた。

 

甲児「今の斧は……どこから!?」

 

 甲児がマジンガーZのセンサーに注目すると、ゼノ・アストラが出てきた時と似た時空の捩れが感知された。その捩れから、赤鬼を連想させる、二本のツノを持つロボットが現れる。

 

竜馬「見つけたぜ晴明! 今度こそてめえに引導を渡してやる!」

 

安倍晴明「ンンンンン流竜馬ァッ!? 今はお前と遊んでいる暇はないのだよぉ!」

 

 紙切れから再生した安倍晴明はしかし、その赤いロボットを意に返さず両手で印のようなものを結ぶ。芒、と晴明の身体がゆらめいてその場から消えた。また、紙切れだけが宙を待っていた。

 

竜馬「逃げたか、追うぞ隼人、弁慶!」

 

隼人「待て竜馬。周りを見ろ!」

 

 流竜馬と呼ばれた男は、仲間に言われて周囲を見回す。そして、あることに気づいた。

 

竜馬「ここは……日本か?」

 

隼人「ああ。どういうわけかな」

 

弁慶「俺たちは確か、黒平安京で晴明と戦って、あいつを追って行ったはず……」

 

隼人(…………それに、ここが日本だとしても、様子がおかしい。俺達の知る日本には、鬼と戦えるロボットはゲッターしか存在しないはず……)

 

 赤いロボットはマジンガーとゼノ・アストラの前に着陸し、周囲の様子を見回していた。

 

槇菜「何、この赤いロボット……ウッ!?」

 

 ゼノ・アストラのモニターに、また意味のわからない象形文字が浮かび上がり、槇菜の脳に言葉が流れ込む。

 

槇菜「……ガサラキ……何、それ?」

 

 意味のわからない単語。しかし、それが脳にこびりつく。この感覚は、不快だった。

 

甲児「君たちは……」

 

隼人「……状況を確認したい。どこか基地に収容させちゃもらえないか?」

 

竜馬「おい、隼人!」

 

 勝手に決めるな。とでも言いたげな竜馬だが、隼人は間髪言わせない。

 

隼人「ともかく、ここがどこでいつなのか。確認しなきゃいけねえ。何しろ今まで俺達は、ゲッターの導きで存在しない歴史の中を冒険してたんだからな」

 

ハリソン「…………そういうことなら、基地に案内しよう。ついてきてくれ」

 

 機械獣を片付けたハリソンが、通信に加わった。

 

隼人「ありがたい。それと、できれば早乙女研究所に連絡を繋いで貰いたい」

 

ハリソン「早乙女研究所……? わかった、手配してみよう」

 

 赤いロボットの乗組員が言う早乙女研究所という場所を、ハリソンは知らなかった。だが、調べればでてくるだろうと了解する。

 ガンダムF91の誘導に従うように、マジンガーZとゼノ・アストラ。それに、赤いロボットは在日米軍の岩国基地へと帰投した。

 

甲児「ミケーネ帝国の暗黒大将軍……」

 

 傷だらけのマジンガーの中で、甲児は呟いていた。戦闘獣グラトニオスの言葉を反芻し、戦慄する。

 グラトニオスは、強敵だった。しかし、そのグラトニオス以上の敵の影が見え隠れしている。

 

甲児「何が起きているんだ…………」

 

 

…………

…………

…………

 

 

さやか「甲児くん!」

 

ボス「マジンガーが、こんなに苦戦するなんて……」

 

 米軍と協力し住民の避難活動に勤しんでいたさやかとボスが、帰投した甲児を出迎える。

 

甲児「ああ、どうやら敵はドクターヘルとも違うみたいだった。それに……」

 

 マジンガーZに並ぶようにして帰投し、米軍基地の格納庫に収まったゼノ・アストラから出てきたのは、さやかも見知った少女だった。

 

さやか「槇菜!」

 

 しかし槇菜はそんなさやかへ挨拶するより先に、一緒にコクピットの中に収まっていた女性を抱き抱えて叫ぶ。

 

槇菜「この人、このロボットに乗ってたんです。私が来た時にはもう気絶してて、それで……お願いします、誰か!」

 

 槇菜の言葉に、在日米軍の士官達がやってきて女性を担架に載せると、迅速に医務室まで運んで行った。

 

槇菜「大丈夫かな、あの人……」

 

 それを見送り、去っていった方を心配そうに見つめる槇菜。さやかはそんな槇菜の下へ駆け寄り、肩を強く抱いた。

 

槇菜「さ、さやかさん……?」

 

さやか「ダメじゃない! 危ないことしたら!」

 

 さやかの目に、大粒の涙が滲んでいるのが見える。槇菜はその瞳の中に、さっきまで自分が何をしていたのかを見た。

 

槇菜「あ…………」

 

 見たこともないロボットに乗って、怖い機械獣と戦った。思い返すだけでも、頭が真っ白になってしまう。

 怖かった。今更のように涙がとめどなく溢れ出て、止まらない。眼鏡が濡れて、さやかの顔がよく見えない。

 

さやか「もう……無鉄砲なんだから。でも、甲児くんを助けてくれて、ありがとうね」

 

 さやかが優しく、髪を撫でる。

 

槇菜「う……うん…………」

 

 しばらくそうしていると、パイロットスーツを着た長身の男性が、甲児達の前にやってきた。

 

ハリソン「すまないな、甲児くん。本来は俺達だけで倒すべき敵だったんだが……」

 

 ハリソン・マディン大尉である。

 

甲児「いいんですハリソンさん。それで、あの赤いロボットの方は?」

 

ハリソン「それがな……パイロットの言ってた早乙女研究所なんて施設、日本には存在しないらしいんだ。それを説明したら、中にいた3人組のうち1人……隼人と言ったかな。そいつが詳しく教えろって聞かなくてな。今聴取してるところだ」

 

 困ったな、とでも言いたげにハリソンは頭を掻く。それから、もう一つのアンノウン……。ゼノ・アストラの方へ顔を向けた。

 

ハリソン「こいつが、アンノウン・ワン……。パイロットはアメリカ海軍の徽章をつけていたと聞いたが?」

 

甲児「アメリカ軍の人が、中で倒れてたらしいんです。それで、あいつが操縦したって……」

 

 甲児が指差す先には、さやかの肩にもたれかかりながら歩く槇菜の姿があった。

 

ハリソン「!?」

 

 ハリソン・マディン大尉は、在日米軍だけでなく現存する国連加盟軍の中でも随一のスーパーパイロットである。彼に匹敵する腕の持ち主は、そうそういない。デビルガンダム事件の際に彼が海賊軍のクロスボーン・ガンダムと演じた一騎討ちはガンダムファイターをも唸らせる名勝負であった。

 彼ほどの名パイロットならば、とっくに佐官になっていていいはずである。旧世紀の宇宙大戦では、パイロットの身でありながら大佐まで昇進したパイロットも数多くいるのだから。

 だが、そんな彼が在日米軍駐留部隊のモビルスーツ指揮官に留まっているのには、上層部からの目が決してよいものばかりでないという理由があった。

 軍人として国民の安全を守る。それをモットーにするハリソンは、軍人の鑑である。同時に、その強い正義感は時として政府官僚にはやっかまれることにもなる。

 しかし、何よりも。

 上層部がハリソンを冷遇する……いや、ハリソンに権力を与えすぎることに心配になる理由は、

 

ハリソン「だ、大丈夫ですかお嬢さん!?」

 

槇菜「え……? は、はい……」

 

 女の子の好みが、自身の年齢に対して低く……幼すぎるのだった。

 学校指定のセーラー服を着て、眼鏡の奥にある瞳を潤ませた女の子の手をとる二十歳をとうに過ぎた三十路手前の青年。その姿は政治とは無関係な甲児やさやかでさえも、要らぬ不安を抱いてしまう。

 もし彼がアメリカ軍の上層部に行って何か、そういうスキャンダルを浴びようものならそれは軍や政府全体の信用問題にもなる。そんな風に上層部から見られているハリソンだった。

 

ハリソン「お怪我がなくてよかった。それで、どうしてこんなものに……?」

 

 それでも、ハリソンは良識ある軍人である。

 

槇菜「はい。実は……」

 

 槇菜は、その詳細を細かく話した。

 エイサップ達と逃げていて、鬼のような化け物に追われたこと。

 このマシンが中学校を下敷きにし、鬼から助けてくれたこと。

 乗り込むと、動かし方が理解できたこと。

 そして、何もかもが怖かったこと。

 

ハリソン「そうか……」

 

甲児「……よく、頑張ったな。偉いぞ槇菜」

 

 話を聞き、神妙な面持ちで槇菜に声をかけてあげる2人。

 

ハリソン「だがそれではこの機体の詳細に関しては、先ほど回収された女性の意識が回復するのを待つしかないか」

 

 そう、ハリソンは呟く。正規のパイロットと思われる女性は、アメリカ海軍の徽章をつけていたという。だとしたら、このマシンは米軍のものである可能性が高い。なのに、ハリソンはその件について何も知らず、基地司令のアレックス・ゴレムはここ数週間緊急で基地を留守にしている。

 

ハリソン(俺の知らないところで、何かが始まっているのか……?)

 

 何か、嫌な予感がしていた。しかし、それがどのような形を持って実現するのか予想もつかない。

 

ハリソン(あいつらは……宇宙海賊なら、こういう時どうするのだろうな?)

 

 胸の奥で、ハリソンは好敵手に問いかけていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話「鬼哭石」

—ミケーネ帝国—

 

 地底深い闇の底に、ミケーネ帝国は存在する。ミケーネの玉座に、その巨体は鎮座していた。暗黒大将軍。ミケーネ帝国を統べる闇の帝王より、地上侵攻部隊の総司令を任されている武人。暗黒大将軍は、地上侵攻の先発隊からの報告を聞き、沈痛な面持ちをしていた。

 

暗黒大将軍「グラトニオスが死んだか……」

 

ゴーゴン大公「はっ、憎きマジンガーZとそして……不完全な目覚めながら、旧神の存在が確認されました」

 

 上半身が男であり、下半身が虎の怪人ゴーゴン大公。彼は、暗黒大将軍の名により地上へ渡り、機械獣を復活させたドクターヘルへ力を貸しながら強襲のタイミングを測っていた。

 そして、今が好機と暗黒大将軍に進言したのである。

 

暗黒大将軍「旧神か……。あれが目覚めれば、厄介なことになる。それに、マジンガーZと言ったか。ゴーゴンよ、マジンガーは必ずこの世から抹殺するのだ」

 

 しかし、暗黒大将軍はゴーゴンが思っている以上にマジンガーという存在を危険視しているようだった。

 

ゴーゴン大公「お言葉ですが暗黒大将軍様……マジンガーなどに固執する理由があるのでしょうか?」

 

 たしかに、マジンガーZは強敵だった。ドクターヘルに貸した妖機械獣は、奴の手で敗れたのだから。しかし、ミケーネの戦闘獣軍団を持ってすれば容易い敵。そうゴーゴンは考えていた。そして暗黒大将軍はゴーゴンのその浅さを、嫌ってもいた。

 

暗黒大将軍「ゴーゴン、マジンガーの名を持つものが現代にいる。その意味がわからぬか!」

 

 暗黒大将軍は、地球侵攻の狼煙を上げるその時までゴーゴンからマジンガーの話を聞いていなかった。聞いていれば、対策も立てられたものを。或いはそのドクターヘルに協力して、一切の余力も残さず全力でマジンガーを潰してくれれば。

 

ゴーゴン大公「は……?」

 

暗黒大将軍「我がミケーネ帝国は一万年前、地上を我が物とし栄華を極めていた。だが、その栄華を終わらせたものがあった。それこそがマジンガー!」

 

 暗黒大将軍は思い出す。かつて自身と渡り合い、深傷を与えた強敵の名を。それと同じ名前を受け継ぐ巨神が今尚存在しているとしたら、それは間違いなくミケーネ帝国最大の脅威となるのだ。

 名前とは、受け継がれるものなのだ。とすれば現代のマジンガーもまた、あの荒ぶる神と同様の脅威になりうる。日本には、警戒すべき人類の拠点がいくつか存在する。だから機械獣だけでなく戦闘獣を送り込んだ。にも関わらず、グラトニオスはマジンガーZに敗北した。

 

暗黒大将軍「ゴーゴンよ。儂とて100戦して100勝とはいかなかった。その結果が今なのだからな。だが、決して負けてはいけない1戦というものも存在する。ゴーゴン、お前は誰よりも早く地上に赴きながらその1戦を尽く逃してきたのだ!」

 

 叶うならばゴーゴンには、マジンガーZを倒してもらいたかった。だが、それにはゴーゴンでは不足だったらしい。暗黒大将軍は、自らの人選を恥じていた。

 

安倍晴明「フフフ、暗黒大将軍様。ここは私めにお任せください」

 

 芒、と闇の中に炎が灯った。すると同時に、人間が現れる。安倍晴明。平安時代に名を残した陰陽師と同じ名を持つ男は、両脇に十二単衣を纏った美女を侍らせながら、慇懃無礼な笑みを浮かべていた。

 

暗黒大将軍「晴明……と言ったか。何か考えがあるのか?」

 

 安倍晴明は、ある日突然ミケーネ帝国に現れた。そして、「暗黒大将軍様のためにお仕えさせていただきたい」と懇願し、客分とでもいうべき地位を手に入れた。

 戦闘獣と同等の力を有する鬼獣を自在に生み出すその力は、暗黒大将軍としても不要と斬り捨てるには惜しいものだったからだ。

 

安倍晴明「はっ。つきましては私にダンテをお貸しいただきたい」

 

暗黒大将軍「ほう、ダンテをか……。よかろう、晴明。好きにやってみせるがいい!」

 

 大将軍の決定は下った。晴明はそれに恭しく頭を垂れると、再び芒、と消える。まるで、はじめからそこにいなかったかのように。

 

ゴーゴン大公「……よろしいのですか、大将軍様」

 

 人間如きに。そういう侮蔑が、ゴーゴンの視線からは見てとれた。

 

暗黒大将軍「よいのだゴーゴン。晴明がマジンガーZを倒すのならばそれもよし。万一倒せずとも……」

 

 疲弊したマジンガーを倒すことができるのならば、それもよし。所詮は安倍晴明など、使い捨ての傭兵にすぎない。それでこちらの戦力を最低限温存できるのならば、人間の陰陽師に好き勝手させるのも悪くはない。

 それが、暗黒大将軍の考えだった。

 

ゴーゴン大公「それはそうでありましょうが……」

 

 しかし、安倍晴明といえど所詮は人間。どう裏切るかわかったものではない。そうゴーゴンの顔には書いてあるのを、暗黒大将軍は見てとった。

 ゴーゴン大公も、優秀な武人であることは間違いない。故に暗黒大将軍は側近として、彼を重用している。

 

暗黒大将軍「よいかゴーゴン。仮に彼奴が裏切ったところで、我がミケーネ闇の軍団からすれば蚊の一刺しのようなもの。それに……いざとなった時のためにお前がいるのだ。ゆめゆめ忘れるな」

 

ゴーゴン大公「はっ…………」

 

 

 暗闇の中、暗黒の軍勢の侵略は始まったばかりだった。その闇に立ち向かう、勇者は……。

 

…………

…………

…………

 

 

 

—岩国米軍基地ー

 

 岩国基地に運び込まれた鬼獣の残骸を前に、岩国基地の司令代理を務める士官は、1人の日本人と対面していた。黒い髪をオールバックにまとめ、爬虫類のような感情の伺えぬ瞳の日本人。彼の名は豪和一清。日本国において莫大な権力を持つ豪族・豪和一族の長男であり、豪和インスツルメンツの代表としてやってきた男。

 

一清「では……このサンプルは豪和技研の預かりということで」

 

 一清の目的は、鬼獣の残骸だった。

 

司令代理「ええ。それは構いませんが……」

 

 これは、政府としての決定だった。ミケーネ帝国と共に現れた「鬼」のサンプル。それを豪和は、莫大な金額で買い取ると言ってきた。

 ネオアメリカ首都であるネオアメリカコロニーは2年前のデビルガンダム事件の際、自由の女神砲と共に首都を破壊される憂き目に遭っており、軍備の増強と国民への社会福祉の二重の重圧を課されている。

 それを賄えるだけの額を、豪和は提示している。断る理由はない。というのが政府の見解だった。

 しかし、司令代理はこの男……豪和一清に只ならぬものを感じている。

 

司令代理「…………その鬼、豪和はどうするつもりですか?」

 

 まるでこの鬼を渡すことが将来的に、アメリカ全体に災いをもたらすのではないかという不安だった。

 

一清「お話しする義務がありますか?」

 

司令代理「…………」

 

 無論、義務はない。豪和には豪和のハラがある。それは当然のことだ。しかし、一清のハラと豪和のハラは、果たして同じものだろうか。

 鬼獣の残骸を眺める一清を見やる。その視線はむしろ、鬼獣よりも鬼のように見えた。

 

一清「では、私はこれで」

 

 鬼よりも鬼らしい青年は一礼すると、その場を後にする。司令代理は、こんな時に本来の岩国司令アレックス・ゴレムは何をしているのかと天を仰いだ。

 

…………

…………

…………

 

 

—医務室—

 

マーガレット「ここは……」

 

 マーガレット・エクスが目を覚ました時最初に見えたのは、白い天井だった。

 次に感じるのは、消毒液の匂い。鼻腔をツンとする匂いに刺激されて、マーガレットはベッドから上体を起こした。

 

マーガレット「ッ……」

 

 身体が痛む。肋骨が何本か、折れているのがわかった。それに、頭も少し痛い。

 

ハリソン「気付いたか」

 

マーガレット「あなたは……ハリソン・マディン大尉?」

 

ハリソン「知っていたか……」

 

マーガレット「『青い閃光』は有名ですから。それに、木星軍との戦いには私も、最前線に配属されていました」

 

ハリソン「そうか……。あの戦いを生き残ったのか。だが思い出話は後だ。今は、君がどうしてここにいるのか。そしてあのマシンが何なのかを知りたい」

 

マーガレット「私は……ゼノ・アストラの起動実験の際、機体を暴走させ……」

 

ハリソン「ゼノ・アストラ……。それが、あの機体の名前か」

 

マーガレット「はい。申し遅れました。私はマーガレット・エクス少尉。海兵隊の出身です」

 

 痛む身体で敬礼をしようとして、骨が痛む。ハリソンは「無理をするな」とマーガレットを制して、質問に戻った。

 

ハリソン「では……あの機体は我が軍で開発されたものなのか?」

 

マーガレット「そう、上からは聞いています。ですが……」

 

 マーガレットは説明する。意味不明の象形文字がモニタに映り、そしてワープしたら岩国にいたこと。その後、コントロールを離れて機械獣と戦闘したと。

 

ハリソン「ふむ……櫻庭さんの話と合致する点も多いな」

 

マーガレット「サクラバ?」

 

ハリソン「ああ、そうだ。来てくれ」

 

 ハリソンが合図すると、医務室のドアが開かれる。やってきたのは、銀色に近い薄い色素の髪を持つ、眼鏡をかけた少女だった。

 髪こそ北欧系に見えるが、顔立ちはアジア系に見える。サクラバというのが日本系の姓であることから、日本人系のクォーターかもしれない。とマーガレットは推測する。

 

槇菜「よかった……目が覚めたんですね」

 

 そう言って、少女は胸を撫で下ろす。

 

ハリソン「彼女は櫻庭槇菜くん。意識を失っていた君に変わり、ゼノ・アストラを操縦した民間人だ」

 

マーガレット「…………民間人が、ゼノ・アストラの操縦を!?」

 

 それは、マーガレットにとっては衝撃の事実だった。訓練を受けたパイロットである自分の操縦できなかったものを、民間人の……まだ子供の少女が?

 

槇菜「はい、私……櫻庭槇菜と言います。あのロボットに乗った時、なぜか動かし方とか、頭の中に流れ込んできたんです。それで、何かしなきゃ……って」

 

 辿々しく、槇菜も顛末を語る。曰く、槇菜にはゼノ・アストラを通して情報が流れ込んできたという。たしかに、マーガレットが感じた違和感とそれは似ていた。

 しかしその話を聞いていると、暴走させてしまったマーガレットよりも、たどたどしくても自分の意思で機体を動かした槇菜の方が深く、ゼノ・アストラと繋がっているように思える。

 

槇菜「あの、私これから……どうなるんでしょうか?」

 

 槇菜の言葉は、不安げだった。

 

マーガレット「……あれは、軍の最高機密よ。こちらに落ち度があるとはいえ、知って、触れてしまったあなたを自由にするわけにはいかないわね」

 

槇菜「そんな……!」

 

ハリソン「落ち着いてください櫻庭さん。なんとかしますから!」

 

 愕然とする槇菜を、ハリソンが宥める。マーガレットとしても、何の罪もない民間人を拘束することそのものは気が引けるのだ。だが……

 

マーガレット「ゼノ・アストラには、何か陰謀めいたものを感じます」

 

槇菜「……陰謀って?」

 

マーガレット「本機は、新しいエネルギーの実用化のために開発されたテストヘッド。私はそう聞かされていました。ですが、起動実験中の不可解な暴走や、戦闘獣に示した反応……」

 

 意図的に、ヴリルエネルギーについてマーガレットは言葉を濁した。いつかは知られるかもしれないが、教える義務はない。今はそう判断したからだ。

 

ハリソン「たしかに、暴走はともかく戦闘獣への反応。これは何かキナ臭いものを感じるな……」

 

 当然、ハリソンもその濁しには気付かない。知らないものは、気付きようはない。ただ、「新しいエネルギー」と口にしたことは確かにノートへメモに書き記していた。

 

槇菜「……あの子、本当にアメリカ軍が作ったのかな?」

 

 槇菜の呟きの通り、ゼノ・アストラはネオアメリカ製と呼ぶには不可解な部分が多すぎるのだ。

 

マーガレット「……あの子?」

 

 しかしマーガレットにはそれ以上に、「あの子」という呼び方に注意が向く。

 

槇菜「あ、はい。あの子……ゼノ・アストラっていうロボット、私に語りかけてくれるんです。だから、もしかして……」

 

マーガレット「意志があるかもしれない、って?」

 

槇菜「はい…………」

 

 その感性を、マーガレットは若いなと思う。しかし、ゼノ・アストラは確かに識っているようだった。ミケーネについて。

 それをマーガレットや、槇菜に伝えようとしていたのではないだろうか。そう考えると、納得のいくものもある。

 

槇菜「それに……あの赤いロボット。ゲッターっていうのを見た時にもあの子、反応したんです」

 

ハリソン「何だって?」

 

 安倍晴明との戦いに現れた赤いロボット・ゲッターロボというらしいそれもまた、出自不明のマシン。そのマシンに反応をしたということは、ゲッターはゼノ・アストラと関係があるということだろうか。

 

槇菜「ガサラキ……あのロボットのこと、あの子はたしかにそう言ったんです」

 

ハリソン「ガサラキ、か……」

 

 意味不明な言葉の響きだった。少なくとも、ハリソンの知識の中にはない単語。

 

マーガレット「それで、私と櫻庭さんはこれからどうなるのでしょうか大尉」

 

ハリソン「そうだな君の所属艦隊に連絡を取って、引き渡すことにはなるだろうが問題は……」

 

 機密に触れてしまった、槇菜である。そのことで、槇菜は不安そうにマーガレットとハリソンの顔を見合わせる。

 

マーガレット「……私と大尉が口裏を合わせれば、櫻庭さんのことは報告しなくてもいいんじゃないかと思うのですが、どうでしょう?」

 

 そんな槇菜を眺めて、ふっと笑いながらマーガレットが言った。

 

槇菜「え……?」

 

ハリソン「なるほど、少尉。バレたら禁固刑だぞ?」

 

 そう言って立ち上がり、ウィンクして見せるハリソン。「その怪我だ。しばらくは安静にしていてくれ」と言い去っていく後姿。それをマーガレットは、共犯になることを受諾してくれたと受け取りフッと笑みを見せる。

 

マーガレット「バレたら禁固じゃ済まないのは、大尉もですよ?」

 

 そう言って、ハリソンの背中を見送るマーガレット。槇菜は、マーガレットの顔をぼんやりと見つめていた。

 

マーガレット「……どうしたの?」

 

槇菜「あっ、いえ……。その、軍人さんって少し、怖い人なのかなって思ってたんですけど。ハリソンさんも、マーガレットさんも優しい人で……」

 

 安心した。安堵と同時にマーガレットを改めて見ると、綺麗な人だと思った。ヘルメットをしている時にはまとめていたからか気付かなかったが、焦茶色とでもいうような、黒と亜麻色の間を光の反射で行き来する長く伸びた髪は、弓さやかがもう少し大人になったらこうなるのだろうか。とも思う。それに、赤い虹彩を宿したルビー色の瞳も槇菜には神秘的に見える。

 

マーガレット「……軍人だって人間よ。それに、大人は子供の分まで責任を持つものなの」

 

 呆れたように笑うマーガレットは、どことなく槇菜の大好きなお姉ちゃんに似ていると思った。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—岩国基地/大広間— 

 

隼人「…………状況から察するに、俺達はこことは別の世界。つまりは隣接次元とか、並行世界とか言われる場所から来た。という説明になる」

 

甲児「……並行世界か。理論はわかるが、まさかそんなSFみたいなことが現実に起きるとはな」

 

 マーガレットとの話が終わり、ハリソンは司令代理に呼び出されていた。一方槇菜は甲児、さやかと共に鬼との戦いに突如現れた異邦人……ゲッターロボのパイロット達3人の話を聞いていた。

 

竜馬「お前、わかるのか?」

 

 その中のリーダー格と思われる男、流竜馬。彼は隼人と甲児が何の話をしているのかあまり理解できていないらしく、首を傾げている。それともう1人……武蔵坊弁慶という巨漢は、既に難しい話に眠りこけている。「いつものことだから気にすんな」とは竜馬の言。

 

甲児「全部を理解したわけじゃないですけど、この世界には以前にも異世界や外宇宙からの来訪者が来たことがありますから。並行世界っていうのも、ありえない話じゃないですよ」

 

 と、甲児。しかし、それでも理解できない部分はある。

 

甲児「でもその……黒平安京っていうのはよくわかんねえなぁ」

 

 隼人達の話をまとめると、こうだ。彼ら……ゲッターチームの世界は、鬼の侵略を受けていた。そしてゲッターロボに乗り鬼と戦っていた彼らは、鬼を追い本拠地へ飛び込むとそこは、平安時代。しかし木造飛行船が空を飛び、ピストルやバズーカ砲のような数時代先の技術が存在し、何より平安京を乱す鬼の棲家……黒平安京に住む安倍晴明と、平安を守る源頼光が戦争していた世界だという。

 

竜馬「ああ、京都ってのは寺がいっぱいある場所だもんな。それが木造飛行船で鬼と戦うサムライの世界でよぉ。俺は、頼光と協力して晴明の野郎を追い詰めたんだ」

 

槇菜「ライコウって……源頼光のことですか?」

 

 源頼光。甲児や槇菜達の世界の歴史でも、日本の平安時代に名前と伝説を残す人物である。四天王と共に世を乱す鬼と戦った武人。しかし槇菜の記憶にある通りならば、平安の世を守って来たのは安倍晴明も同様である。

 その源頼光と安倍晴明が戦う黒平安京。それは槇菜には、悪質な歴史のパロディのようにも聞こえた。

 

竜馬「ああ、頼光は頼光だぜ。女だてらに剣を使う、気持ちのいい武者だった。だが、晴明の野郎!」

 

 竜馬の目には、ギラつく闘志が見える。侠気と呼ぶべきものだろうか。と甲児は思った。

 

さやか「それで……街に現れた鬼は、安倍晴明の手下なんですか?」

 

槇菜「…………」

 

 鬼。戦闘獣と同じくして岩国を襲った異形の化け物。槇菜の日常を地獄へ変えた悪鬼。

 

隼人「ああ。俺の仲間も、鬼にやられたことがある。話を聞くに、間違いない」

 

弁慶「俺の和尚や、寺の仲間達もだ……」

 

 鬼。その名前が出てきたと同時に、弁慶も目を覚ます。

 

弁慶「鬼どもは人間に噛み付いて、噛まれた人間まで鬼にしちまう。まるでゾンビ映画みたいだったぜ」

 

竜馬「奴らを始末するなら、首を落とさなきゃならねえ。そういうのは、俺達に任せな。血生臭いのは慣れてるからよ」

 

槇菜「…………はい」

 

 あの時、鬼へ変質していった先生のことを思い出す。先生は、どうなったのだろうか。ゼノ・アストラが落下したときに鬼の殆どが下敷きになり、跡地では人間に良く似た、しかし人とは思えぬ死体がゴロゴロ転がっていたらしい。先生や、クラスメイトもその中にいるだろう。そのことを思うと、気持ち悪くなってしまう。

 

隼人「そして、俺達は安倍晴明を追ってこの世界に辿り着いた。見たところ俺たちのいた世界とは歴史も、文明の発達も大きく違うようだが……」

 

甲児「もしかしたら。あんた達の世界の安倍晴明と、俺達の世界のミケーネとやらの繋がりが関係あるのかもしれないな」

 

 ミケーネの戦闘獣。恐ろしい敵だった。マジンガーZだけでは、太刀打ちできなかっただろう。しかし、ミケーネは岩国、ニューヨーク、重慶といった地球の主要都市を攻撃した後には沈黙を守っている。

 壊滅した都市もあるが、岩国のように襲撃を退けた国、都市も数多い。武者修行に来ていたガンダムファイターや、国連直轄の機動部隊・獣戦機隊の活躍によるものと報されている。

 また、東京に現れた機械獣は特務自衛隊により撃破されたとの報告が入っている。

 

竜馬「ミケーネだか何だか知らねえが、晴明が関わっている以上放っておくわけにもいかねえか」

 

 そう言って、竜馬はギラついた瞳を滾らせる。

 

甲児「それじゃあ、一緒に戦ってくれるんですか?」

 

隼人「フッ……どうやら、そういうことになったらしいな」

 

竜馬「それに……ここはメシも悪くねえ。黒平安京とは大違いだぜ。一宿一飯の恩っていうしな」

 

 竜馬が右手を差し出し、甲児はそれに応えるようにその手を交わす。槇菜はそんな様子を眩しげに、しかし不安げに見つめていた。

 

槇菜(あの赤いロボット……ゲッターにも、ゼノ・アストラは反応してた……。あの子は、ゲッターのことを、ガサラキって呼んだけど、ガサラキってどういうことだろう……?)

 

 槇菜がそう思案していた時、基地のサイレンがけたたましく鳴り響く。それは、敵襲を意味する合図だった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—鬼哭石の石舞台ー—

 

 鬼哭石(きなし)の石舞台……。そこに、1人の若者が立っていた。豪和ユウシロウ。豪和一族の四男であり、この舞台に立つ資格を持つ只1人の人間。ユウシロウは、特務自衛隊に編入されTA(タクティカル・アーマー)と呼ばれる新兵器で機械獣を撃破したばかりだった。しかし、その疲れを取る間も無く兄達にここへ呼び出されたユウシロウは、鬼の面を被り、舞のための衣装に着替えている。

 石舞台の周囲には、数多くのカメラや車両。それに電子機器が並んでいた。

 

乃三郎「石舞台か……あの事故以来だな」

 

 豪和乃三郎(だいざぶろう)、壮年の豪和総帥が、石舞台を見つめていた。

 

一清「感傷ですかな……総代らしくもない」

 

 長男である一清が、そんな父の隣で呟く。乃三郎は、そんな一清の中に黒いものを感じていた。しかし、それを咎めることはできない。

 既に、乃三郎はそのような覇気を失っていた。

 

乃三郎「言うな一清。お前とて8年前のあの悲劇……思いださぬはずがあるまい」

 

一清「さあ、どうでしょう……。清継、ユウシロウの結果はどうだった?」

 

 コンピュータを眺めている弟……ロン毛の清継に一清は話を振る。呼ばれて清継は振り返り、兄にUSBを渡す。

 

清継「特務自衛隊でのシミュレーションの結果が出ましたよ。ユウシロウはよくやってくれている。TAの操縦に関しては、他の追随を寄せ付けませんよ」

 

一清「TAはユウシロウのために作られたような兵器だからな。当然だ。他の愚民とは血筋が違う」

 

 豪和一族……。平安の世において、頼光四天王の1人と語られている渡辺綱を起源に持つ渡辺党の血筋を引く豪族。それが日本を裏から操る巨大コングロマリット・豪和の正体だった。

 

清継「兄さんこそ、岩国に現れたという鬼のサンプルを買い取ったらしいですが……どうでした?」

 

一清「骨嵬(クガイ)を復元するためのサンプルになるかと思ってな。現在解析作業をやらせている」

 

 骨嵬。そう口にした時一清は蛇の様な笑みを見せていた。その笑みを清継は気味悪く思いつつも、彼にとっても興味のある話ではあった。

 

乃三郎「それで、スケジュールの方はどうなっている?」

 

清継「問題ありません。あとは、被験者だけです」

 

 清継の答えを聞くと乃三郎はひとつ頷き、視線を石舞台に映す。そこに立つ末の息子を、見つめていた。

 

乃三郎「あとはユウシロウ次第、ということか……」

 

 その視線には諦念と、後悔の色が混じっていた。

 

 

 

……………………

 

第2話「鬼哭石」

 

……………………

 

 

 

 石舞台で、ユウシロウは舞っていた。扇を振り、足を踏み出す。一連の所作には、一切の無駄がない。演目を、「ガサラの舞」と呼ばれている。

 

ユウシロウ「…………!」

 

 ガサラの舞は、ユウシロウの精神を興奮させる。高揚感が心地いい。荒ぶる心を鎮めるように、ユウシロウは舞に熱中する。

 

清継「ユウシロウの心拍数、急激に上昇!」

 

乃三郎「始まったか……」

 

一清「生体データの監視を続けろ。どんな兆候も見逃すな!」

 

 ガサラの舞。豪和の伝承に残る伝説の舞。それは演舞の形ではなく、演者の血の中に流れるもの。豪和の一族の中に伝えられながら、今やその血を持つものはユウシロウしか残っていない。

 

空知「8年か……」

 

 ユウシロウの舞を見守る僧官、空知。その視線の中には弟子とも言うべきユウシロウへの慈愛と、それを超える複雑な何かを讃えながらガサラの舞を見守っていた。

 

一清「空知検校。ユウシロウは、伝承の舞を舞うことができるのだろうな?」

 

空知「……ガサラの舞は、永き年月を過ぎ去ろうとも、血の記憶の中に刻まれるものです」

 

一清「だが今はその舞も、歴史の中に忘れ去られようとしている」

 

空知「…………」

 

 それこそ、世代を重ねる中で豪和という一族が堕落した証拠のように空知には思える。しかし、自分も決して彼らを責めることはできない。そう胸の中でひとりごち、ユウシロウを見守っていた。

 

ユウシロウ「……………………」

 

 舞を続けていくと、心が舞の中に没入していく。心が昂り、自分だけの世界になる。

 

ユウシロウ「…………?」

 

 ユウシロウの世界に、鬼がいた。

 正確には、般若の面を被った何者か。

 ガサラの舞。その高揚の中に現れた何者か。般若の面は、懐から刃を取り出してユウシロウへと迫る。

 ドクン、ユウシロウの心臓の鼓動が、跳ねた。

 

清継「心拍数、300を突破! 重力場歪み、発生しました!」

 

乃三郎「8年前と同じ、ということか……!」

 

一清「…………!」

 

 現実の世界では、父と兄が何かを騒いでいる。しかし、ユウシロウには聞こえない。ユウシロウの世界にあるのは、般若との対決。

 ユウシロウは舞う。扇を振るう。まるで短刀のように。すると、般若の面が割れる。面から出てきたのは、少女の顔だった。

 水色の髪をした、妹の美鈴と同じくらいの少女。どことなく、雰囲気も美鈴に似ている気がする。しかし、そんなことは今ユウシロウの頭には入らない。

 少女は、泣きながらユウシロウに訴えているのだ。

 

少女「——やめて」

 

ユウシロウ「…………」

 

 何を、やめろというのだろうか。

 

少女「——恐怖を、呼び戻さないで!」

 

ユウシロウ「…………恐怖?」

 

 何を、言っているのだろうか。恐怖とは、何を指しているのだろうか。

 

少女「呼び戻さないで……恐怖をっ!」

 

 その叫びとともに、ユウシロウの世界から少女の姿が霧散する。

 残されたのは、ユウシロウひとり。

 

清継「心拍数500を突破……。重力場に、特異点反応」

 

 ユウシロウの立つ世界に、何かが生まれようとしていた。呼びかけるものがある。その声を、ユウシロウは聞いている。

 ユウシロウの立つ石舞台が、緑色に輝きはじめていた。体温の上昇を感じる。しかし、倦怠感はない。むしろ気分が高揚し、体調がいい。

 まるで自分の身体であって自分の身体ではない。そんな感覚を、ユウシロウは感じていた。

 

一清「上手くいく! 今度こそ、無限の力が……!」

 

 一清の顔が、醜く歪んだ。乃三郎は、ただただユウシロウを見つめている。

 このまま舞を続ければ、何かが起こる。それを無意識にユウシロウは理解していた。しかし、

 

ユウシロウ「恐怖を、呼び戻さないで?」

 

 少女の言葉がユウシロウの中にこびりついて離れない。少女の顔が焼き付いている。それが、幽世の向こうから招く声から引き止めるように、現世にユウシロウを止まらせる。

 ぴた、とユウシロウは舞を止め、空を見た。

 

一清「どうした!?」

 

清継「被験者の心拍数、急速に低下していきます!」

 

乃三郎「ユウシロウに……ユウシロウに何かあったのか?」

 

 三者三様に、ユウシロウの行動に声をあげる。無論、それはユウシロウの耳には入っていない。ユウシロウは、自らが被る鬼面を外し、空にいる何かを真っ直ぐ見据える。

 

一清「何をしているユウシロウ。舞え! 舞うんだ!」

 

 普段冷徹な一清が怒声をあげる。しかし、その声は届かない。

 緑色の輝きは、ユウシロウの周りで……石舞台輝き続けている。ユウシロウは空を……月を見据えながら思っていた。この輝きは一体何なのか。ユウシロウとどういう関係があるのか。兄達は何を望んでいるのか。恐怖とは何なのか、と。そして最後に、少女の顔がフラッシュバックする。

 

ユウシロウ「還れ!」

 

 そうユウシロウが命じると、緑色の輝きは球へと変化する。それは鬼火のように幽、とゆらめきそして、空へと消えていった。

 

一清「…………」

 

清継「…………」

 

乃三郎「…………」

 

 ただ、月だけが煌々と輝いていた。石舞台を照らす月。月はこの行いを見て、何を思っているのだろうか。

 ぼんやりと、ユウシロウはそんなことを思っていた。しかし、そんな思案からユウシロウを現実に引き戻したのは……遠くで起きた爆発の音と、光。

 

ユウシロウ「!?」

 

一清「何が起こっている!?」

 

 ユウシロウをモニタリングしていた清継はすぐにカメラを回し、爆発の起こった位置を拡大する。

 

清継「データを照合。これは、岩国に訪れた鬼獣です!?」

 

 清継の報告と同時、巨大な鬼獣は肉眼で確認できるほどまで近くへ迫っていた。

 

安倍晴明「先程の光……。気になって来てみたがなかなか面白いことをしているなぁ人間が」

 

 そしてやはり、鬼獣の肩には陰陽師が乗っている。

 

一清「ユウシロウ」

 

 拡声器を用い、一清は弟に指示を出す。

 

一清「お前があれの相手をしろ」

 

清継「兄さん!?」

 

 清継から非難の声があがる。しかし、ユウシロウはコクリと頷くと、石舞台の裏へ周り、奥に待機していたトレーラーへ足を運ぶ。そこにあったのは、全長5mにも満たない小型の人型兵器だった。

 タクティカル・アーマー(TA)。豪和インスツルメンツが特務自衛隊と共同開発した新型機。正式名称は壱七式戦術甲冑・雷電。あらかじめ用意されていたパイロット用の特殊スーツに着替えたユウシロウは、壱七式雷電に乗り込むと、パイロットスーツ越しにアンプル薬剤を投与されていく。

 それは、TAと人間を親和させる儀式だった。

 

ユウシロウ「ッ!?」

 

 石舞台での舞と似たような高揚感を感じる。次第に、心を抑えようとする無意識から呼吸が荒くなっていく。しかし、今は能舞の場ではない。戦場へと赴くのだ。

 トレーラーから、ユウシロウの乗る壱七式が、夜の街を駆けていく。

 

安倍晴明「ム……。なんだあの小蝿は?」

 

 実際、20m以上の巨体を持つ鬼獣からすればTAは小蝿にも等しいだろう。鬼の持つ巨大なスパイク付きのボールから、トゲが射出される。もし命中すればTAの小さな身体などひとたまりもない。そして、その中にいるユウシロウもまた。

 

ユウシロウ「…………!」

 

 しかし、当たることはない。TAは、そういう機体なのだ。

 機体の運動性を上げて、敵の攻撃を回避する。そのための小型機。

 

安倍晴明「何と!?」

 

清継「マイル1……。しなやかな人工筋肉がTAの機動性を実現している。そして、複雑な操縦を必要せず、各部を制御するコンピューターを制御する脳に当たるコンピューターだけを思考制御するこの機体は、完成すれば歩兵の歴史を変える」 

 

一清「そして今、マイル1の性能を最大に発揮できるのはユウシロウだけだ」

 

 意味深に、一清が呟いた。

 

ユウシロウ「ターゲット、ロック……!」

 

 ユウシロウの、壱七式の右腕が上がる。携行していた低圧砲が放たれ、鬼獣の巨大な鉄球に命中した。

 

安倍晴明「小蝿ごとぎが、猪口才なァッ!」

 

 しかし、体積差は如何ともし難い。再び放たれたトゲを躱しながら、ユウシロウは無心で携行武器を撃ちながら敵の弱点を探す。

 

ユウシロウ「…………そこか」

 

 鬼獣から射出されるトゲを掻い潜り、見えた。鬼の弱点。鬼は、頭部への直撃に対してだけは庇うように右腕の巨大な刃で守っている。

 多くの生き物と同じように、弱点は頭部なのだろう。そう判断してユウシロウは、壱七式を加速させた。

 

安倍晴明「ほう!」

 

 失敗すれば、命はない。しかし、そんなことはまるで頭にないかのようにユウシロウは鬼へ近づいていく。脳を覚醒させるD液のアンプルが注入され、ユウシロウの呼吸がさらに荒くなる。

 『恐怖を、呼び戻さないで!』

 そんな、少女の声が脳に響く。

 

ユウシロウ「恐怖など、駆逐するもの……!」

 

 刃を掻い潜って、ユウシロウは鬼獣の懐に入り込む。そして、敵の頭部目掛けて低圧砲を撃ち込んだ。

 絶叫を上げる鬼獣。間違いなく、効いている。このまま押し込めば、倒せる。そう思った次の瞬間しかし、ユウシロウは右から放たれた光に阻まれていた。

 

ユウシロウ「新手か……!」

 

 咄嗟の判断でTAを後方に下げる。強烈な吐き気がユウシロウを襲い、緩和のために薬剤が注入される。その痛みに耐えながら、ユウシロウは光の放たれた方を見やった。

 空に、幽霊が浮いている。紫色の、悪霊。そうとしか思えないものが浮いている。それは醜く顔を歪めていた。

 

一清「あれは……戦闘獣というやつか」

 

 一清が呟き、ニヤリと口元を歪める。

 

清継「これ以上はユウシロウが危険です。兄さん、どうしますか?」

 

 撤退の判断。それを決めることができるのはユウシロウではなかった。もし一清が、或いは乃三郎がここで「死ね」と言うのならば、死ななければならない。それが、ユウシロウという存在。

 

一清「いや、問題ない。援軍が来たようだ」

 

 一清がそう言った直後。空飛ぶ黒鉄の城と、3機の飛行機が夜空を駆ける。3機の飛行機は、マジンガーと並走し、やがて追い越していく。赤、白、黄の順番に垂直に並んだ飛行機……ゲットマシンが、空中で一つになる。

 

竜馬「チェェェェンジ、ゲッタァァァァァァッワンッ!」

 

 その合図とともに、3つのマシンが一つになる。そして、命を燃やすように赤々としたロボット……ゲッター1へ合体していた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

安倍晴明「来たかぁ、流竜馬ァッ!?」

 

 ドス黒い歓声を上げる晴明。鬼獣のトゲがミサイルのように飛び回り、竜馬を歓迎する。それを掻い潜りながら、ゲッターロボは鬼獣目掛けて飛んでいく。

 飛びながら、隼人は異常を感じていた。

 

隼人「ゲッターの出力が上がっている……?」

 

 何かが、ゲッター線。即ちゲッターロボの動力となるエネルギーを強くしているのだ。しかし、そんなことを気にすることもなく、竜馬は突っ込んでいく。ゲッタートマホークを構えて鬼の首目掛けて突っ込むゲッター。その勇壮は伝説に聞く坂田金時が如し。

 

ユウシロウ「これは……?」

 

 一方、ユウシロウの乗る壱七式も出力が上昇していた。

 

ユウシロウ「どういうことだ?」

 

 あの石舞台と同じ。それほどの高揚感が、ゲッターロボの登場によりユウシロウに齎されていたのだ。伝承の舞を踊る時のように、一切姿勢を乱さずに低圧砲を構え、放つ。すると、激しい弾速が風を切りそして、鬼獣の頭部を潰した。

 

安倍晴明「何と!?」

 

竜馬「余所見してんじゃねえ!」

 

 同時、眼前まで迫ったゲッターがトマホークを振り下ろす。寸での所で逃げた晴明だが、その眼光は忌々しげにゲッターと、ユウシロウを睨んでいた。

 

安倍晴明「おのれぇ、こうなれば!」

 

 晴明が右手で印のようなものを結ぶと、巨大な五芒星が空に浮かび上がる。その星から、巨大な鎖鎌と鉄球を持つ鬼獣が出現した。

 

隼人「あいつは……!」

 

 隼人は以前、黒平安京で同じタイプの鬼獣と戦ったことがあるのを覚えている。

 

ユウシロウ「新手か……!」

 

 ユウシロウは再び低圧砲を構え、その鬼獣に放つ。TAの出力、機動性。その全てが、ゲッターロボが出現すると同時に活性化しているのを感じていた。それが何を意味するのかユウシロウにはわからない。ただ、今はあの鬼と戦闘獣を撃滅しなければならない。しかし、鬼獣は鎖鎌を振り回し低圧砲の直撃を逸らす。

 

ユウシロウ「……ッ!」

 

 ユウシロウの舌打ちと同時、ゲッターの到着から少し遅れてマジンガーZも鬼哭石の地に降り立った。

 

甲児「てめえら、このマジンガーZが来たからにはもう終わりだぜ!」

 

 そう啖呵を切る甲児。しかし、マジンガーZは前回の戦いでのダメージが完全には回復していない。応急修理で間に合わせたような状態だが、どこまで戦えるか。と内心焦っていた。その焦りを悟ったかのように、鎮座していた戦闘獣が嗤う。

 

ダンテ「我が名は悪霊戦闘獣ダンテ。暗黒大将軍の名によりマジンガーZ、貴様にトドメを刺しに来た!」

 

 ダンテ。そう名乗る戦闘獣にマジンガーZは光子力ビームを放つ。しかし、ダンテはまるで幽霊のように実体を消し、透明になってビームを避けるのだった。

 

甲児「光子力ビームが効かねえ!」

 

ダンテ「バカめ!」

 

 ダンテの両腕に飾られたチャクラムが、念力によりマジンガー目掛けて飛んでいく。チャクラムの刃が、マジンガーを襲った。

 

甲児「うわぁっ!?」

 

 マジンガーの放熱板。その左側が破壊される。ブレストファイヤーを発射する、大事な部分だ。続けてダンテは、執拗に光線攻撃を繰り出してマジンガーを集中攻撃する。

 

竜馬「甲児!?」

 

ユウシロウ「…………!?」

 

安倍晴明「バカめがぁっ!?」

 

 甲児が押し込まれたその一瞬、晴明は再び印を結び、巨大な五芒星をゲッター目掛けて押し付けた。

 

弁慶「なっ、何だこれは!?」

 

竜馬「コントロールが、効かねえ!?」

 

 まるで磔にされたかのように、ゲッターのコントロールが重くなる。それが晴明の呪いだと気づいた時にはもう遅い。竜馬達は、晴明の術中に嵌っていたのだ。

 

安倍晴明「さあ、行け我が鬼よ! ゲッターに神の国への引導を渡してくれるのだぁっ!」

 

 鬼獣が手に持つ鉄球を振り回してゲッターへ叩き付ける。その衝撃が、竜馬達を襲った。

 

竜馬「クソッ!?」

 

 トマホークを落としてしまうゲッター。ゲッタービームで反撃しようにも、五芒星の呪縛が竜馬の身体を締め付けて離さない。

 

甲児「クソッ……! アイアンカッター!」

 

 マジンガーZは、必死の反撃を試みていた。しかし、ドリルミサイルも、アイアンカッターもダンテのチャクラムが破壊してしまう。ブレストファイヤーは放熱板の片方を破壊され、威力半減だ。

 

ダンテ「ハハハハハ! マジンガー、こんなものか!」

 

 ダンテのチャクラムリングが再び、マジンガーを襲った。

 

甲児「うわぁぁっ!?」

 

 その衝撃で、パイルダーの甲児を守る強化ガラスが割れてしまう。もし、中の甲児が攻撃を受ければ……。

 

 

…………

…………

…………

 

—輸送機—

 

 

ハリソン「マジンガーが……!?」

 

 岩国基地から出発した輸送機の中で、ハリソンは事態の推移を見守っていた。まだ、輸送機は戦場に遠い。

 

さやか「うそ……」

 

 ダイアナンAと共に輸送機で待機するさやかも、その光景に愕然としていた。

 

槇菜「…………」

 

 槇菜の目にも、その絶望的な光景が映っている。

 

ハリソン「ベース・ジャバーの用意を急げ! 私もF91で応援に向かう!」

 

 奥の整備兵に怒号を浴びせるハリソン。しかし、それでも間に合うかどうか。

 

槇菜(甲児さん達がピンチなのに、私は……)

 

 積み込まれたゼノ・アストラを一瞥する。物言わぬ機械の塊は、何も答えてくれない。

 しかし、槇菜は知っている。ゼノ・アストラが、戦闘獣や鬼獣と戦うための力を備えていることを。

 自分のような素人が行って、何ができるかという気持ちもある。それに、初陣で感じた怖さはまだ、槇菜の芯に残って心を震わせる。

 それでも。

 それでもマジンガーZがやられるのを見ているだけなのは、嫌だった。

 

槇菜「私……。私が行きます!」

 

ハリソン「しかし……!」

 

 しかしゼノ・アストラは米軍の所有物だ。日本人の民間人である槇菜に、簡単には預けられない。いや、1度預けてしまった以上何をどう言っても言い訳になるが、1度ならず2度まで、しかも自らの意思で乗ってしまえば、ハリソンでも庇いきれなくなる。

 

槇菜「見てるだけなんて、嫌なんです。それに……」

 

 グッ、と震えるのを堪えながら槇菜は言葉を続ける。

 

槇菜「ハリソン大尉だって、もしもの時に備えて私とゼノ・アストラを連れてくれたんでしょう?」

 

 そう言って、気丈にウィンクしてみせた。

 

ハリソン「……全く、強情なお嬢さんだ」

 

 そう言って頭を掻く。槇菜の指摘は、図星ではあるのだ。

 マジンガーZは、先の戦闘獣との戦いのダメージを完全には修復できていない。ゲッターロボの戦闘力は、未知数だった。そんな中で戦力になるものは、少しでも連れていきたい。そういう判断でもあった。

 しかし、それは本当に最悪の事態に備えてのこと。自分や甲児がいる以上、そのような状況にはなり得ないとも思っていた。

 だが、今この状況はまさに「最悪の事態」であると言っていい。

 

ハリソン「いいか、目的はあくまで甲児くんとゲッターチームの救助だ。くれぐれも無理をするなよ」

 

槇菜「はい……!」

 

さやか「槇菜!」

 

 頷いて、ゼノ・アストラのコクピットへ駆ける槇菜を、さやかが呼び止める。

 

槇菜「さやかさん……」

 

さやか「槇菜……。甲児くんをお願い」

 

 そう言って槇菜の手を握るさやかの手が、震えているのが伝わる。

 絶対に、甲児は助けなきゃならない。そう改めて感じた槇菜はさやかにひとつ頷くと、さやかは手を離す。そして槇菜は、再びゼノ・アストラのコクピットへ入っていく。

 狭いコクピットの中で、槇菜は強く念じる。

 

槇菜「お願い……力を貸して」

 

 ゼノ・アストラの中が、暖かくなるのを感じた。まるで槇菜の祈りに応えるかのように、ゼノ・アストラの炉に火が灯る。

 モニターに、いくつもの象形文字が表示された。槇菜は学習したことのないその文字を頭の中に叩き込む。そして、

 

槇菜「行きます……!」

 

 そう宣言すると同時、輸送機からゼノ・アストラが歩を進め、飛び降りる。そして黒い機神を中心にして重力場が展開されると次の瞬間、オーラの光に似た輝きを放ち、その場から消えていた。

 

ハリソン「…………あれが、ゼノ・アストラ。あれを我が軍が開発していたとは、俄には信じ難いな」

 

 空間跳躍。そんなものは現行の科学でもまだ先の概念だ。それを可能にしている新エネルギーとなるとそれは、光子力と同等の大発見になる。しかし、今更そんな新エネルギーを都合よく発見できるものなのか。ハリソンは医務室でのマーガレットの言葉を訝しんでいた。

 

ハリソン「私のF91も出す。ベース・ジャバーの用意はいいか?」

 

 整備兵に怒号を鳴らしたその時、輸送機の隣をものすごい速度で飛ぶものがあった。巻き起こる突風が、衝撃になって輸送機を襲う。

 

さやか「きゃぁっ!?」

 

ハリソン「何だ!?」

 

 輸送機の望遠レンズを拡大する。そこには、超速で空を駆ける、魔神の姿があった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ダンテ「終わりだ、マジンガーZ!」

 

 戦闘獣ダンテのチャクラムが、マジンガーの頭脳……即ちパイルダーの兜甲児を狙い放たれる。しかしその一撃は、甲児に届くことなく黒い、巨大な体躯に阻まれていた。

 

槇菜「っ…………!?」

 

甲児「お前……槇菜か?」

 

 ゼノ・アストラ。突如として時空を歪曲させ現れた漆黒の巨人が、その全身でダンテの攻撃からマジンガーを守ったのだ。

 

槇菜「甲児さん……よかった……!」

 

 ゼノ・アストラの左の指がワイヤーのように射出され、戦闘獣ダンテを掴む。しかし、機械獣のように引き裂くには至らない。

 

ダンテ「旧神の憑代か。貴様も今のうちに始末してやる!」

 

 ダンテがそう叫ぶと、浮遊するダンテの下半身から、竜巻が巻き起こりゼノ・アストラとマジンガーZ目掛けて迫り来る。

 

槇菜「ゼノ・アストラ! 何か、何かないの! 甲児さんを……みんなを守るための武器が!」

 

 槇菜が叫ぶ。そして願う。その願いに応えるように、ゼノ・アストラは右腕を大きく掲げた。そして、岩国でハルバードを召喚したのと同じように、武器を呼び出した。

 それは、20mの前身をすっぽりと覆うような楕円形の、巨大な盾。右手でその柄を握り、ゼノ・アストラはマジンガーZを守るように立ち塞がって、その盾を構えて竜巻を受け止める。

 シールドに触れた瞬間、竜巻は霧散していく。

 

ダンテ「何と!?」

 

槇菜「この盾……すごい。なら!」

 

 左指のワイヤーを、ダンテに食いつかせたまま収納させる。指が食い込んだダンテに、ゼノ・アストラの全重量をかけた突撃。そして、巨大なシールドで思い切りぶん殴る。

 

ダンテ「ぬぉっ!? この盾は!」

 

 巨大な質量の鈍器に殴られた衝撃だけでなかった。悪霊戦闘獣であるダンテを驚愕させたのは、その盾に神聖な脅威を感じたからだ。

 

槇菜「やっぱり……この子、ミケーネを知ってるんだ」

 

 ゼノ・アストラのコクピットの中で、槇菜は悟る。このマシンに意思があるかまではわからない。しかし、何か使命を帯びていることだけは間違いない。そして、それはミケーネや戦闘獣と関係している。それだけは確信できるのだ。ならば。

 

槇菜「この! この、この!?」

 

 神聖な加護を得ている盾で、殴りつける。何度も、何度も。その打撃は、加護は、間違いなくダンテに効いていた。しかし、

 

ダンテ「調子に乗るな、素人が!」

 

 戦闘獣ダンテからすれば、槇菜はまだ素人である。素人が乱暴に振り回しても、巨大な面積の盾は当たる。そういう意味では、槇菜にとっても都合の良い武器だった。それでも、経験の差は埋め難い。

 ダンテの目から放たれた光線が、ゼノ・アストラがシールドを持ち上げたその瞬間に飛び込んだのだ。

 

槇菜「きゃぁっ!?」

 

 その威力に大きく機体がよろめき、暗い光が槇菜の目を瞑らせる。しかし、戦場で目を瞑る一瞬とは即ち、隙。

 

ダンテ「貰った!」

 

 ダンテのチャクラムが、ゼノ・アストラ目掛けて飛んだ。

 

槇菜「!?」

 

 この距離では、盾で防げない。なのに怯んで機体を動かせなかった。その瞬間、怒号のような雷が落ちて、チャクラムを焼き尽くす。

 

ダンテ「何奴!?」

 

 戦闘獣ダンテが、ゼノ・アストラが、マジンガーZが、同じ場所を見た。そこには……

 

鉄也「教えてやる。偉大な勇者、グレートマジンガー! お前達ミケーネを地獄に叩き込むために舞い降りた、大空の使者だ!」

 

 マジンガーZとよく似た、しかし全体的に尖鋭的なデザインの魔神が月夜に立っていたのだ。

 

甲児「あれは……」

 

 甲児の知らないマジンガー。

 

槇菜「マジンガーZ以外にも、マジンガーがいただなんて……」

 

ユウシロウ「…………」

 

 その存在に注目が集まる中で、最初に動き出したのは戦闘獣ダンテだった。

 

ダンテ「おのれ……マジンガーZに飽き足らず、人間はもう一機のマジンガーを開発していたのか。ならば!」

 

 ダンテが叫ぶと、その姿が3つに分身する。

 

槇菜「ふ、増えた!?」」

 

 3つのダンテはそれぞれにマジンガーZ、ゼノ・アストラ、そしてグレートマジンガー目掛けて飛びかかった。

 

甲児「やべえ!』

 

 大破寸前で、もうほとんど武器の残されていないマジンガーZ。その前に、一振りの剣が飛び込んだ。

 

鉄也「マジンガーZ、これを使え!」

 

 グレートマジンガーから投げられたマジンガーブレード。それを受け取り、マジンガーZは、兜甲児が剣を構えダンテを見据える。

 

ダンテ「死ねえ、マジンガー!」

 

甲児「マジンガーは……マジンガーZは、決して負けねえ!」

 

 そして、一閃。魔神の剣が、悪霊を斬った。

 

ダンテ「み、見事……」

 

 砂のように消えていく戦闘獣。甲児はそれを背に、半分折れたスクランダーでゼノ・アストラの前へ飛び立った。ゼノ・アストラはやはり、巨大な盾で攻撃を防ぎながらも、ダンテへの決定打を持ち合わせていないようだった。

 

槇菜「っぅ……!?」

 

 ダンテの破壊光線を盾で弾く。しかし、苛烈な攻撃に攻めるタイミングがわからない槇菜。

 

甲児「恐るな、槇菜!」

 

槇菜「甲児さん……?」

 

甲児「怖いって気持ちはわかる、でも、目を閉じたらもっと怖いんだ。目を開いて、相手を見ろ! そうすれば、勝てる!」

 

槇菜「…………!?」

 

 甲児に言われた通り、目を見開く。 敵は、眼前に迫っていた。槇菜は、ゼノ・アストラはその顔面に思いっきり、シールドを叩き込む。

 

ダンテ「ぬぅ……!」

 

甲児「今だっ!」

 

 マジンガーZが、さらに加速する。シールドに押し飛ばされたダンテ目掛けて。

 

甲児「スクランダー・カッター!」

 

 その加速力のままジェットスクランダーの左翼で、ダンテの胴体を真っ二つに切り裂いた。

 

ダンテ「お、おのれぇ……!」

 

 2人目のダンテも、砂となり消える。残るは、グレートマジンガーと対決するダンテ。2体のダンテを倒しても健在ということは、あれが本命であろう。そして身動きの取れないゲッターロボを襲う鬼獣。

 

甲児「槇菜、お前はゲッターを助けろ!」

 

 マジンガーZは、グレートの援護のために飛んでいく。

 

槇菜「は、はい……!」

 

 ゼノ・アストラが、ゲッター目掛けて飛ぶ。その下には、ユウシロウのTA・壱七式雷電が待機していた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ユウシロウ「…………お前、頼みがある」

 

 壱七式の棺桶のようなコクピットでユウシロウが、槇菜のゼノ・アストラにサインを送る。敵の注意を引きつけろ、と。

 

槇菜「あんな小さいロボットもあるんだ……っ!」

 

 そのサインを受領しつつも、ゼノ・アストラは壱七式を視認すると、また意味不明の象形文字をモニタに映す。

 

槇菜「ガサラキ……骨嵬。一体、何を意味してるの?」

 

 それは、ゲッターを初めて確認した時と同じ情報を槇菜の脳に伝えていた。ゼノ・アストラは明らかにゲッターと、TAに警戒のサインを出している。しかし、ゼノ・アストラを宥めるように操縦桿を撫でるとゼノ・アストラは落ち着いたように軽快の反応を解いていく。

 

槇菜「じゃあ、行くよ。ゼノ・アストラ!」

 

 その叫びと共に加速し、ゼノ・アストラが鬼獣へ体当たりした。

 

安倍晴明「ほう、破邪の加護を受けた盾か……だがなぁっ!」

 

 鬼獣が、その標的をゼノ・アストラへ変えた。巨大な鉄球が、ゼノ・アストラの盾を襲う。その衝撃が伝わり、槇菜は舌を噛まないように必死に口をつぐんだ。

 鬼獣をどかしても、五芒星の呪縛を受けたゲッターの縛めの中にいる。しかし、鬼獣がゲッターから注意を逸らした。それが、隙となる。

 

安倍晴明「旧神など、所詮は偽りの神よ!」

 

 晴明が命じ、鬼獣がゼノ・アストラを襲う。その瞬間、晴明の眼前に弾丸が飛んだ。

 

ユウシロウ「…………!?」

 

 ユウシロウの心拍数が、血圧が、人間の限界を超えて鼓動する。その荒ぶる心のままに、壱七式が低圧砲を放った。その弾頭が、安倍晴明の眼前目掛けて飛び、炸裂する。

 

安倍晴明「何ィッ!?」

 

 晴明という怪人は、慢心していたわけではない。たとえモビルスーツのビームライフルであっても、弾き飛ばすほどの結界を常に貼っている。それでも、TAの低圧砲が結界を破り、晴明の身体を弾き飛ばしたのだ。

 しかし、晴明は不死身である。また形代の紙吹雪とともに再生していく。しかし、その一瞬に晴明の呪いが弱くなったのを、彼らは逃さなかった。

 

隼人「今だ竜馬!」

 

竜馬「おう! オープン・ゲット!」

 

 晴明が再生するその間に、呪縛を抜け出したゲッターが再び3つのマシンに分離する。そして、再び一つになると、今度は片腕にドリルを持つ、尖鋭的な白いマシンになっていた。

 

隼人「チェンジ! ゲッター2!」

 

 ゲッター2。ゲッターロボの中では陸上高速戦闘を担当する形態。ゲッターロボは、3つのメカが組み合わさることで3形態へ変形・合体するスーパーロボット!

 

隼人「ドリル・アタック!」

 

 鬼獣の後ろ姿に、ドリルを射出する。放たれたドリルが、鬼獣の背中を襲い、大きく抉った。

 

隼人「ヒッ、ヒヒッ!」

 

 ゲッター1が落としたトマホークをアームで掴み、ゲッター2が加速する。鬼獣が振り返り、ゲッターを睨んだ次の瞬間にはゲッター2は鬼獣の目の前に躍り出て、ゲッタートマホークで鬼獣の目を叩き潰す。

 大きな叫びをあげて、鬼獣は怯んだ。その次の瞬間、

 

隼人「耳だァァァァァァッ!?」

 

 再び合体したゲッタードリルで、鬼獣の耳を擦り潰す。そして最後に、トマホークで一閃。鬼獣は真っ二つになり、血と臓物を撒き散らして四散した。

 

槇菜「うっ…………」

 

 その獰猛な戦いぶりに、身じろぎする槇菜。

 

安倍晴明「ンンンンンおのれェェェ…………勝負は預けるぞ流竜馬ァッ!」

 

 怨嗟の言葉を吐き捨てて、晴明の身体は再び五芒星の中に消えていった。

 

 

…………

…………

…………

 

 同じ頃、グレートマジンガーは最後に残ったダンテを追い詰めていた。

 

鉄也「アトミック・パンチ!」

 

 その拳がダンテの腹を抉り、強靭なキックがダンテを襲う。

 

ダンテ「バカな……人間の作るマジンガーに、このような力が……!」

 

 最後の力を振り絞り、ダンテは竜巻を巻き起こす。しかし、その竜巻を斬り裂く一振りの閃光。

 

甲児「グレートマジンガー、加勢するぜ!」

 

 マジンガーブレードを構えたマジンガーZが、その竜巻に冷凍ビームを纏わせ振るい、竜巻を凍らせたのだ。

 

鉄也「さすがだな、マジンガーZ! よし、同時に行くぞ!」

 

 グレートマジンガーがもう一振りのマジンガーブレードを構え、先に動く。続いて、マジンガーZが。ダンテを取り囲むように左右に分かれたマジンガーとグレートを前に、ダンテは対応できない。

 

甲児、鉄也「ダブルマジンガー・ブレード!」

 

 同時に振り上げられたマジンガー・ブレード。ダンテは忽ち3つに分かれ、爆散した。

 

 そして、夜明けの空を背に並び立つ2体の魔神。

 

甲児「凄いね、君のロボット。一体、何者なんだい?」

 

 マジンガーブレードを返し、甲児が戦友に問う。

 

鉄也「グレートマジンガー。こいつはマジンガーZの兄弟さ」

 

 グレートマジンガーに乗る男は、気障ったくそう告げる。

 

甲児「兄弟?」

 

 甲児は、その答えに疑問を覚えた。マジンガーZを製造した祖父・兜十蔵は今はいない。マジンガーを遺し、逝ってしまったのだから。

 だとしたら、グレートマジンガーを作ったのは……。

 

鉄也「俺は剣鉄也だ。共に戦おうぜ、マジンガーZ」

 

 そう言って、右腕を差し出すグレートマジンガー。

 

甲児「ああ、俺は兜甲児。よろしく、鉄也!」

 

 疑問を胸に抱えながらも、マジンガーZは右腕をとり……2体の魔神は熱くその手を交わしていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—鬼哭石の石舞台—

 

 

 

一清「清継、データは取ったか?」

 

 ユウシロウの回収を確認した後、戦闘の一部始終を見ていた一清は、弟に聞く。

 

清継「ああ。あの変形合体するロボットが現れた瞬間、ユウシロウのTAに機能相転移の兆候が見られた。これは、興味深い事象だ」

 

 昨日相転移。TAのマイル1が活性状態になることで、その性能が飛躍的に向上し、他の機体にもその現象を引き起こす現象。先日の機械獣の襲撃では、ユウシロウのTAがトリガーとなり、隊のTA全体にこの現象が見られていた。しかし、それがTAではなく豪和の預かり知らぬところでつくられたスーパーロボットから引き起こされたとなると、その事実は豪和一族の悲願にとって無視のできない事象だ。

 

一清「まさか、あのスーパーロボット……骨嵬(クガイ)と関係があるのか?」

 

 骨嵬。豪和一族がその腕を所有している、平安の鬼。TAのマイル1は、その鬼のDNAをベースに製造されている。つまり、TAとは鬼のクローンであると言えた。

 その鬼のクローンを人型機動兵器という器で形作り、人の頭脳を与えた兵器。それが、タクティカル・アーマー。

 だが、あの変形合体する赤いロボット……ゲッターロボはTAではない。骨嵬のDNAを持たないものが、機能相転移を起こせるはずがない。

 

清継「そこまではわからない。でも……あれが岩国基地から出撃したマシンなのは確認済みだよ」

 

乃三郎「米軍基地か……」

 

一清「…………」

 

 一清は、考えていた。どうにかしてあのロボットを手に入れられないか、と。

 

 

…………

…………

…………

 

—輸送機—

 

ハリソン「それでは、君は共にミケーネと戦うためにやってきた。という解釈でいいのかい?」

 

 マジンガーZとゼノ・アストラ、ゲッターロボ、そしてグレートマジンガーを回収した輸送機の機内で、甲児達は改めてグレートマジンガーのパイロット……剣鉄也と顔を合わせていた。

 

鉄也「ああ。俺は兼ねてからミケーネ帝国襲来を予見していた科学要塞研究所で、グレートマジンガーのパイロットとして訓練を積んでいた。そして、ついにその時が来たんだ」

 

槇菜(この人が、私や甲児さんを助けてくれたグレートマジンガーの……)

 

 鉄也は、堅そうな青年だった。甲児やエイサップよりも、竜馬や隼人に近い年齢に槇菜には見える。ふと、あの小型マシンのパイロットはどんな人なんだろうと槇菜は思った。敵を退けた後、あの小型マシン……TAは何も告げずに去ってしまったから、あの時一言会話したのみになってしまった。

 だが、また会うような気がする。そんな予感があるのもたしかだった。

 

甲児「それで、ミケーネ出現を予見してたっていうのはどういうことなんだ?」

 

 甲児にとっての疑問は、その点だった。ミケーネ帝国は、突如現れて世界中に攻撃をしてきた。しかし、それを予見していた人物というのは俄には信じ難い。

 

鉄也「君のお爺さん……兜十蔵博士だよ、甲児くん」

 

甲児「えっ!?」

 

 その回答は、甲児には衝撃的なものだった。

 兜十蔵。マジンガーZを甲児に託した天才科学者であり、かつてドクターヘルと研究仲間でもあったという彼が、ミケーネを予見していた?

 

鉄也「全ては、ミケーネ文明の古代遺産の中に眠っていた伝承に始まるんだ。かつて、エーゲ海を征服していたミケーネは、ムー大陸より出る光宿りしものに討ち滅ぼされ、闇の帝王は地下深く眠りについたという……」

 

槇菜「闇の帝王……」

 

 ゼノ・アストラも、同じ名前を言っていた。それを槇菜は覚えている。これは、偶然の一致ではない。槇菜は既に、確信していた。

 

鉄也「そして、闇の帝王を倒した光宿りしもの。その名前こそが、マジンガー。君のお爺さんは、伝承の巨人である光宿りしものからマジンガーという名前を頂いたんだ」

 

甲児「それを、君は科学要塞研究所で知ったというのかい?」

 

鉄也「ああ。案内しよう、科学要塞研究所は神奈川にある。輸送機をこのまま神奈川へ向かわせてはくれないか?」

 

 そう、ハリソンに聞く鉄也。ハリソンは少し逡巡した後、「明朝にしたい」と、そう答えた。

 

ハリソン「明朝、横浜の自衛隊駐屯地で落ち合いたい。櫻庭さんも、甲児くんも疲れている」

 

 実際甲児はかなりの怪我を負っており、実戦どころか喧嘩ひとつしたことのない槇菜に関しては、精神的にも限界だった。

 

鉄也「そうだな……その方がいいだろう。では甲児くん、明日また会おう」

 

 そう言って、鉄也はグレートマジンガーへ戻り、発進させた。

 

甲児「剣鉄也か……」

 

竜馬「あいつ、なかなかできるな」

 

 話を聞いているときはずっと黙っていた竜馬が、口を開く。

 

槇菜「どういうことですか?」

 

隼人「俺と竜馬は、ずっと後ろからあいつを見張ってたのさ。もしあいつが敵のスパイで、油断してるところを……ってハラなら後ろからでも倒せるようにな」

 

 とんでもないことを言ってのける隼人に槇菜は引き気味に笑い、弁慶は「そ、そうなのか!?」と驚く。

 

竜馬「だが……ずっとあいつは後ろからでも俺と隼人の動きに対応できるよう構えてやがった。とんでもねえ野郎だぜ」

 

弁慶「そ、それであいつはスパイなのか!?」

 

 弁慶が捲し立てる。

 

竜馬「いや、そういう真似ができるタイプじゃねえな。あれは戦うことしか脳がない、俺や隼人ど同類だ。敵だったら手強いが、味方なら心強いぜ」

 

 それは、口下手な竜馬なりの鉄也への歓迎のようだった。その言葉に、槇菜は胸を撫で下ろす。

 一方で、隼人は岩国へ向かう空をマジマジと睨んでいた。

 

隼人(ゲッターはあの時、なぜ出力が上がった? あの時いた誰かか、或いはあの場所にあった何かが、ゲッターを喜ばせていた……?)

 

 考えても答えの出ない問い。あまりにも情報が少なすぎる。しかし、隼人はニヤリと嗤っていた。

 もし、この世界にもゲッター線が関係する何かがあるのあらば。隼人の求める「答え」に近づけるかもしれないという確かな手応えがあったからだ。

 

隼人(この世界も、楽しませてくれそうじゃねえか……)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話「倒せデビルガンダム! スーパーロボット軍団ここに集結!」

—???—

 

 カプセルの中で、少女が眠っている。少女は、夢を見ていた。夢の中、少女は鬼になっている。呼吸が荒い。心の昂りを抑えながら、少女は夢の中で、少年と対峙していた。端正な顔立ちの少年だが、どこか意思の希薄な少年。その少年はしかし、煌々と輝く光の中にいた。

 ——怖い。

 最初に、少女が感じたのは恐怖。何がそこまで少女を怯えさせるのか、少女は自分でも理解できないでいる。

 

少女「——いで」

 

 声にならない声で、少女は叫ぶ。

 

少女「呼び戻さないで。恐怖を!」

 

 そう叫ぶと同時、少女の意識は再び微睡の中へ落ちていく。その様子を、薄暗い室内で男が監視していた。男の他には、数名の研究員。

 

メス「ミハル……!」

 

研究員「被験者のコントロール、復帰しました」

 

 淡々と告げる研究員の言葉に、施設の責任者である男・メスは胸を撫で下ろす。

 

メス「なんとか、意識体は守られたか……。よし、安定圏に達し次第実験を続行しろ」

 

 そう言って、メスはその施設を後にする。

 ミハルと名付けた少女をメスが保護したのは、8年前のことだった。メスの所属する組織が長年探していた反応が中国公安嶺山脈から検知され、現地に向かった調査員はカプセルの中に入れられて眠る、幼いミハルを発見した。

 その後、ミハルはメスの所属する組織……「シンボル」で「インヴィテーター」の実験被験体として活動している。

 そして今日、ミハルは実験中何かに反応し、今までにない兆候を見せていた。

 それが何を意味しているのか、解明しなければならない。また、ミハルにはやってもらわなければならない仕事が残っていた。

 メスは自分の個室に戻ると、PCのモニタを確認する。画面では、通信越しにふたりの男が待機していた。

 

マキャベル「首尾はどうだったのかね?」

 

 一人はエメリス・マキャベル。アメリカ軍が開発したの原子力空母・パブッシュの責任者でもある壮年の男が、メスを待っていた。

 

メス「はっ。実験そのものは失敗ですが、大きな成果がありました」

 

マキャベル「ふむ。それで、件の件だが……」

 

 もう一人の男が、マキャベルの問いに応える。

 

ファントム「ええ、我々『シンボル』はあなたを支持します。マキャベル司令」

 

 ファントム。メスにとって上司でもある『シンボル』の最高権力者。ファントムは画面に顔を出さず声のみで通話に参加している。

 しかし、この会談を企画したのもこのファントムだった。

 

メス「…………べギルスタン、ですか」

 

 べギルスタン。中東の小国に多国籍軍を派遣するという計画。情勢不安から近隣国との武力衝突に発展しているこの国へ、軍を派遣し平定するというこの計画は、明らかに怪しいものがあった。そもそも、べギルスタンの情勢不安を煽り、戦力の提供を引き受けているのもメス達『シンボル』である。それを平定するための、多国籍軍。それがべギルスタンの新兵器により壊滅するというのが、マキャベルの筋書きだった。

 メスは、マキャベルの考えをいまいち理解出来ない。しかし、マキャベルは2、30年を軍で過ごしながら、自らの思想を鍛え抜いた怪物である。通話越しに存在感を放つファントムと、マキャベル。二人の怪物にしか理解のできないシナリオがあるのだろう。そうメスは理解するしかない。

 だがメスが懸念しているのは、ミハルのことだった。この戦闘で、べギルスタンは未知の新兵器を使用していなければならない。その証拠としてミハルを派兵することは、既に決定事項なのだ。

 

マキャベル「では、そういうことでよろしく頼むよ」

 

 そう言って通話から退出する怪物。続けてファントムも、「それでは」と言って退席する。

 

メス「ふう……」

 

 インヴィテーター。『シンボル』が長年追い続けている謎の迫るための悲願である。しかし、自分達は果たして何をしているのか。そんな気持ちが湧かないかと言えば嘘になっていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—輸送機—

 

 

槇菜「ゼノ・アストラを、引き渡すんですか?」

 

 グレートマジンガーと共闘したその翌日、横浜自衛隊駐屯地へ移動する輸送機の中で槇菜は、ハリソンから説明を受けていた。

 

ハリソン「ああ。横浜でパブッシュからの先発船とコンタクトが取れてね、マーガレット少尉とゼノ・アストラをそこで引き渡す手筈になっている」

 

槇菜「そうですか……」

 

 安堵の声を上げながらも、槇菜の表情はどこか暗い。

 

ハリソン「君に関してはまだしばらく岩国基地に身柄を預けてもらうことになると思うが……心配ない。私とマーガレット少尉で、どうにかする」 

 

槇菜「…………」

 

 確かに、戦うのは怖い。戦闘獣や鬼といった敵を前に、グレートマジンガーやゲッターロボがいるのなら自分が戦わなくてもいい。そんな気持ちもある。だが正直なところ、ゼノ・アストラに愛着も湧き始めている。

 それに、ゼノ・アストラとミケーネにどのような関係があるのかも気にはなっている。それらの結論が見えないまま、ここで終わりというのは少し、モヤモヤした気持ちになるものである。

 

甲児「よかったじゃねえか、槇菜」

 

さやか「そうね、戦わなくていいならそれに越したことはないわ」

 

 甲児とさやかも、そう続ける。それが純粋に槇菜を心配してのことだというのは理解している。しかし、

 

槇菜(もう、戻れるところなんかないのに……)

 

 岩国は鬼の襲撃でひどいダメージを受けた。学校も、もうない。そんな中で、甲児達と一緒にいることや、ゼノ・アストラの存在は無意識のうちに槇菜の心を落ち着ける存在になっていた。そのことを、今更ながらに痛感する。

 

甲児「それで、横浜でグレートマジンガーと落ち合うって話はどうなってます?」

 

 甲児としては、横浜の自衛隊駐屯地ではそちらも問題だった。あれだけすごいロボットを持っている科学要塞研究所という場所も気になるし、本当ならば一刻も早く合流したい。しかし、マジンガーの大ダメージと同様自分の身体も相当な疲労が蓄積していたし、ハリソンの判断は正しいと理解しているから、文句は言わなかった。

 

ハリソン「ああ、そちらに関しては問題ないと連絡があったよ。対ミケーネの会議が開かれることになっていてね。その準備も兼ねて合流したいとのことだ」

 

隼人「対ミケーネ会議……か。国のお偉いさんが雁首揃えて、かい?」

 

 それまで黙っていた隼人が口を挟む。

 

ハリソン「ああ。表向きは海軍で定期に開かれるお祭りで、民間にも駐屯地の敷地内を解放してのものだが……基地の中では対策会議を開くとのことだ。コロニーのカラト首相も来るらしい」

 

隼人「……つまり、知られちまえば格好の標的ってことか」

 

 隼人は、元いた世界ではテロリストのリーダーをやっていた。そんな彼の嗅覚が告げている。

 

ハリソン「……ミケーネのスパイが、紛れていると?」

 

隼人「さあな。だが、敵がミケーネだけとも限らねえ。もしかしたら、ミケーネの決起を好機と見て碌でもねえことをする奴が現れるとも限らねえってことだ」

 

 隼人の言うことにも、一理はある。ハリソンは首肯して、「だからこそ、俺たちが行くんだ」と言った。

 

弁慶「それで、祭りっていうからにはうまいもんの出店くらいあるんだろう?」

 

ハリソン「あ、ああ。毎年の祭りには色々な催しが開催される。私は出られんが、君達は楽しんでくれて構わんよ」

 

弁慶「おお! そいつは楽しみだなぁ!」

 

 能天気に笑う弁慶。そんな様子に隼人は一つため息をつく。

 

竜馬「隼人、お前の懸念は最もだが今俺たちにできることはねえ。ここは弁慶みたいに能天気にする方がいいんじゃねえか?」

 

隼人「好きにしろ、俺は俺で好きにする……」

 

 異世界人である隼人にとって、この世界の情報収集は急務である。今はハリソンや甲児と共に行動しているが、果たしてそれが正しいのか。それもわからない。隼人からすれば、ゲッター線の謎に迫るという目的がある。そのためには、あの鬼哭石で見せたゲッター線の上昇反応。その調査に乗り出したいところではあった。

 

隼人(だがまあ……横浜に政府首脳陣が集まってるってのは、都合いい話でもあるか)

 

 隼人は、鮫のように笑っていた。

 

 

…………

…………

…………

 

—横浜/自衛隊駐屯地—

 

 槇菜達がやってきた時、既に自衛隊駐屯地は解放され、祭り特有の賑やかな活気で満ちいていた。岩国もそうだが、ここも潮の香りで満ちている。東京都心が前回のガンダムファイトで壊滅的な被害を受けた結果として、横浜は日本の第二の首都とも言うべきまでに発展していた。

 

槇菜「わぁ……!」

 

 どちらかといえば閑静で、静かさが魅力だった岩国とはその活気の点で違う。

 特に今日は年に一度の祭りなのも、大きな理由だった。

 

甲児「こいつはすげえな。それで、鉄也は……」

 

 甲児があたりを確認していると、基地のサーキットを物々しいバイクが走っているのが見える。そのバイクは、フロントにロケットパンチまで装備しているなんとも厳ついものだった。そして、そのバイクを操縦する男のヘルメットには見覚えがある。

 

甲児「鉄也!」

 

 甲児に呼び止められ、鉄也はバイクを停める。

 

鉄也「来てくれたか、甲児。歓迎するぜ」

 

甲児「鉄也、グレートマジンガーは?」

 

鉄也「既にいつでも出せるように準備してあるよ。でもたまには、息抜きも必要だろう?」

 

 違いないなと甲児が笑い、2人は肩を組んで歩き出す。そんな2人を、槇菜は見送っていた。

 

槇菜(甲児さんと鉄也さん、昨日初めて会ったばかりなのにもう兄弟みたい……)

 

 その後ろ姿を見ていると、自分と姉……桔梗もこんな感じだったのだろうかと思う。そのくらいには、息が合っているように槇菜には見えた。

 ゼノ・アストラの引き渡しは、午後を予定している。それまでは各自が自由行動になっていた。甲児と鉄也は、親睦を深めたいのか2人で話し込んでいる。さやかは逆に、科学要塞研究所に先行することに決まっていた。父である弓教授が来ているらしい。竜馬と隼人、弁慶も既に自由行動をはじめて槇菜の前から姿は消えており、ハリソンは基地内の人間と仕事の話をしている。

 そんな中でポツンと、甲児と鉄也の後ろ姿を見守る槇菜。仲のいい兄弟にしか見えない彼らの姿を見ていると、どうしても姉のことを思い出してしまう。

 

槇菜「お姉ちゃん……」

 

 姉のことを思い出すと、途端に寂しくなってしまうのが、今の槇菜だった。姉は任務に出て、それでも定期的に連絡は取り合っていた。しかしここ数日のゴタゴタで、すっかり連絡していなかった。しかし、こんなことになってしまって何をどう説明すればいいのだろう。

 そんな物思いに耽っていると、後ろから声をかけられる。

 

マーガレット「どうしたの、落ち込んでるみたいだけど」

 

槇菜「マーガレットさん……」

 

 マーガレットはまだ怪我が完治しているわけではないが、それでも松葉杖をつきながらこうして歩くくらいの事はできる。と言って、槇菜達についてきていた。

 

槇菜「私……これでゼノ・アストラで戦わなくてもいいはずなんですけど、でも……」

 

マーガレット「寂しいんだ?」

 

 少し悪戯っぽく、マーガレットは笑う。

 

槇菜「寂しい……そうなのかも……」

 

 槇菜にとって、ゼノ・アストラはもう愛機なのだ。そのことに、マーガレットの言葉で自覚する。寂しい。その言葉は槇菜にとって、新鮮な響きだった。

 

マーガレット「でも、あなたみたいな子が戦わなくていいならその方がいいわ」

 

 マーガレットの、亜麻色の髪が風に靡いた。

 

槇菜「それって……どういうことです?」

 

 槇菜が、戦うのに向いていない性格なのは自分でもわかっている。しかし、それでもゼノ・アストラを2度動かしてマジンガーZの危機を救ったという自負もあった。

 

マーガレット「あのね……」

 

 何かをマーガレットが言いかけた時、その声は突如として巻き起こった歓声に掻き消された。

 

通行人「お、おい! あれすげえぞ!?」

 

 声のした方を見ると、坊主頭の巨漢が特盛の炒飯を平らげている。その顔には、槇菜も見覚えがあった。

 

槇菜「弁慶さん……」

 

 武蔵坊弁慶。並行世界からやってきたゲーターチームのその一人。

 

弁慶「おお、こいつはいける。まだまだ食えるぞ!」

 

 その特盛炒飯は、尋常な量ではない。業務用の中華鍋ひとつ分はある炒飯を、旨そうに平らげる弁慶。どうやら、祭り屋台のようだった。

 炒飯を調理しているのは、小柄な少年だった。槇菜よりも歳下に見える色黒の少年。サングラスをしているが、人好きのする笑顔をしていた。

 看板には、「チン・チクリンの本格炒飯」と出ている。

 

弁慶「こいつは美味いぞ坊主!」

 

チン・チクリン「へへっ、兄ちゃんよく食うね。さあ、美味いよ美味いよ!」

 

 そう言って煽る少年の笑顔と、弁慶の威勢のいい食べっぷりに段々と屋台に人だかりができていく。

 

マーガレット「……なんだか、お腹空いてきちゃったわね」

 

槇菜「そうですね……」

 

 深刻な話をする気分ではなくなって、槇菜とマーガレットも、屋台の方へと向かっていった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—横浜/自衛隊駐屯地/グラウンド—

 

 

 複数の屋台が立ち並ぶグラウンドは今、チン・チクリンの作る炒飯を求める人を中心に賑わっている。そんな中で、食べたいものを探すのはそれなりにコツのいることだった。

 何より、マーガレットは日本の祭りのスタイルには馴染みがない。負傷していて満足な歩きができていないのもあって、軍隊で訓練を積んでいても歩き方がたどたどしくなってしまう。

 

槇菜「マーガレットさん、見て! パン屋さんが出店やってる!」

 

 たこ焼きや焼きそばのような独特のソースの匂いが強い屋台から少し離れた場所に、その出店はあった。

 出来立てのこんがりとしたフランスパンの匂いが、槇菜の鼻腔をくすぐる。

 

マーガレット「いってらっしゃい。私はここで待ってるから」

 

 小銭を渡して槇菜を送り出し、マーガレットは槇菜を見守ることにした。

 

槇菜「すいませーん……」

 

 パン屋の出店に槇菜が顔を出すと、右手に義手をつけた中年の男性が、人のいい笑顔で出迎えてくれる。

 

シーブック「いらっしゃい。何をお求めかな?」

 

 その笑顔からは、幸せな人生を生きている人間特有のものがあった。だが、その義手からは彼の波瀾万丈の人生を物語らせる。

 

槇菜「あ……。このフランスパン、二つお願いします」

 

シーブック「はいよ。焼き立てだからね。今が一番美味いよ?」

 

 焼き立て特有の香ばしい匂いもするので、それを疑う余地はない。しかし、焼き立てのパンを提供できる屋台とはどういうものなのだろうか。と槇菜は疑問に思い周囲をキョロキョロと見回す。

 当然、出店にパン窯などない。

 その様子を可笑しく思ったのか、店主のおじさんはカラカラと笑った。

 

シーブック「このパンはね、カミさんが焼いて持ってきてくれるんだ」

 

槇菜「奥さんが……」

 

 それを聞きながら、パンを受け取る槇菜。その温かさはもしかしたら、幸せの温かさなのかもしれない。そんなことを思った。

 

槇菜「ありがとうございます!」

 

 お金を払い、マーガレットのところに帰る帰路。槇菜はふと、マーガレットの言いたかったことが何なのか考えていた。そして、店主のおじさんの義手に想いを馳せる。

 

槇菜(戦うって、ああいうことなんだもんね……)

 

 戦わないで済むのなら、たしかにその方がいいのだろう。マーガレットは、そういうことを言いたかったのかもしれない。

 

槇菜(マーガレットさんも、軍人なんだもんね……)

 

 自衛隊員の、姉もたぶんマーガレットと同じことを言うだろう。槇菜は、これまでどれだけ多くの人に守られて生きていたのかを改めて実感した。もし、何か運命の歯車が違えばあの店主がつけていたような義手を、槇菜にとってのヒーロー……甲児がすることになった可能性もあるのだと理解する。

 

槇菜「お待たせしました」

 

 マーガレットのところにたどり着き、2人でベンチに座りフランスパンに齧り付いた。

 こんがりと焦げ目のついた外の衣はカリカリとした食感で噛みごたえがあり、口の中に入れるともちもち、ふっくらとしていて舌触りもいい。何より出来立てのパン特有の温かさが、その美味しさを際立たせていた。

 

マーガレット「おいしいわね」

 

 そう言って、笑みを溢すマーガレット。

 

槇菜「はい!」

 

 槇菜も釣られて、笑顔になっていた。

 

マーガレット「……ねえ、槇菜。あなたはゼノ・アストラに乗って、ミケーネと戦った。戦えない私の代わりに」

 

槇菜「…………」

 

 マーガレットの口調は、決してそれを非難するようなものではない。むしろ逆に、そのことについて労っているような色があった。

 

マーガレット「ありがとう、槇菜。あなたは私の恩人。忘れないわ」

 

 午後になればマーガレットも米軍に引き渡される手筈になっている。そのことをどうしても、槇菜は意識してしまう。

 

槇菜「マーガレットさん。私、あの子……ゼノ・アストラのこと、本当はもっと、ちゃんと知りたいんです」

 

 あの機体が、本当は何者なのか。なぜ自分を助けてくれたのか。闇の帝王と、ガサラキという存在とそのように関係しているのか。

 それに、それを扱える自分は何者なのか。

 

マーガレット「そうね。槇菜は本当はもう、無関係じゃない」

 

 マーガレットは頷く。しかし、ここで槇菜がゼノ・アストラから離されるのは大人の事情なのだ。子供の槇菜では関われない、大人の事情。

 

マーガレット「約束するわ。絶対、ゼノ・アストラの謎は解く。そして平和になったら……あなたに伝えにいく」

 

 それが、マーガレットができる最大限の譲歩だった。槇菜をこれ以上関わらせれば、米軍としても槇菜を返すわけにいかなくなる。そうなった時、自分やハリソンでは庇いきれなくなる。

 そうさせないためには、槇菜をここで「無関係の被災者」にするしかないのが現実だった。

 

槇菜「約束、ですよ?」

 

 槇菜はそう言って、小指をマーガレットに差し出す。マーガレットがそこに自分の小指をかけると、槇菜は指を揺らしながら、歌い出した。

 

槇菜「うそついたら針千本のーますっ」

 

マーガレット「何、それ? 日本ではそんな歌に乗せて指切りするの?」

 

 怖いわね。そう言ってマーガレットは笑った。約束を守らなければ、そう決意を新たにした時だった。

 

 激しい、渇いた音が祭りの場に炸裂する。軍人なら聞き慣れたその音に、咄嗟に槇菜庇うようにしてマーガレットは前に出た。

 ヒビの入った肋骨が、激しく痛んだ。

 

 

 

…………

…………

…………

 

—横浜/自衛隊駐屯地/MS格納庫—

 

 

 ハリソン・マディン大尉は輸送機に搬入されていく補給物資を、唖然とした目で見つめていたい。

 

ハリソン「おいおい……こんなものを今更使えっていうのが国連の意向なのか?」

 

 白いモビルスーツが2機と、金色のモビルスーツ。それは、旧世紀末期の戦争の最前線で使われた「ガンダム」達。それを補給物資としてハリソンの元に届けた士官は、まだ年若い女性だった。長い銀色の髪は北欧系の血筋を思わせるが、肌や顔立ちから日系を思わせる、アンバランスな長身の女性。女性は対テロを主任務とした特務自衛隊の所属であり、名を櫻庭桔梗、階級は中尉と名乗った。

 

桔梗「富士のロボット博物館から支給されたもので、あの戦争で使われたものを修復した機体であると聞いています」

 

ハリソン「そんな、本物の骨董品じゃないか。ゼータはともかく、他の2機は今更回されるならジェガンをしっかり回してほしいものだな」

 

 ゼータ。そう呼ばれたガンダムは、モビルスーツでありながら高機動戦闘機ウェイブライダーへの変形機構を有する可変モビルスーツ。現在ではコストの関係で開発されることもなくなったが、その価値は旧世紀の戦争で証明されていた。

 一方、ゼータ・タイプのモビルスーツの開発がされなくなったのは、戦争という行為がガンダムファイトによる代理戦争へ移行し、兵器開発競争にストップがかかったことも大きい。可変モビルスーツの価値が再認識されたムゲ・ゾルバトス帝国との戦争においては既にその存在がオーパーツと化していた。

 また、現行の最新モデルであるサナリィのフォーミュラ・ナンバー……つまりはハリソンが愛機とするガンダムF91などに比べて、当時のモビルスーツは大型であり、整備性に関しても難が残る。そんな骨董品を国連軍は、ミケーネ帝国との戦争の最前線に使おうというのである。

 

桔梗「国連上層部では、今だにガンダム神話というのは根強く残っているようですね」

 

 桔梗はそう、皮肉げに囁いた。

 

ハリソン「全くだな……。ガンダムファイトなんてものが定着したのも、旧世紀の戦争を終わらせた伝説のガンダムにあやかってのものと聞いている」

 

 旧世紀、コロニーの小国ジオン公国が国連への独立戦争を仕掛けたのが、宇宙戦争時代の幕開けである。それから何度となく戦争が繰り返され、ジオンの指導者シャア・アズナブルと国連軍のエースであるアムロ・レイの戦いで幕を下ろしたという。

 それらの戦争の至る所で活躍した国連側のエース達が搭乗したモビルスーツこそ、ガンダム・タイプであるという。

 今ハリソンの下に補給物資として届いたこのZガンダムとガンダムMk-II、百式の3機もそれら、旧世紀の戦争で活躍したガンダムだった。

 そういった歴史的背景があるからこそ、ガンダムファイトは「各国が自由に国の象徴であるガンダムを作れる」という点で歓迎されたのだろう。現在には仇敵であるはずのジオン公国もネオ・ジオン代表ガンダムファイターと代表ガンダムを有している。

 

桔梗「それでも、このガンダム達は最後まで、パイロットとともに戦い抜いた機体と聞いています。きっと、この戦いでもパイロットを守ってくれる。私はそう信じます」

 

ハリソン「随分、殊勝だな。誰かの受け売りか?」

 

桔梗「妹です。歴史が好きで……。モビルスーツそのものというより、そのパイロットや歴史については、私より詳しいんです」

 

 少しはにかんでそう答える桔梗の姿から、ハリソンは姉妹仲の良さを感じ取る。

 

ハリソン「では、確かにモビルスーツ3機受領した」

 

 敬礼し、桔梗も敬礼で返してからその場を後にする。後ろ姿を見送りながら、「そういえばサクラバという性は、槇菜と同じだな」と思い出していた。しかし、その瞬間である。

 突如として鳴り響いた銃声が、祭りの会場を混乱に陥れたのは。

 

ハリソン「何だっ!?」

 

桔梗「銃声!?」

 

 ハリソンや桔梗だけでなく、隊員達が警戒態勢を取った次の瞬間、武装した兵隊が格納庫になだれ込む。

 

ハリソン「こいつらっ!?」

 

木星兵「動くな!」

 

 そう言う兵隊の腕は、民間人の少年少女を抱き抱えていた。

 

桔梗「人質ってわけ……卑怯な奴らね」

 

 桔梗が吐き捨てる。しかしその額にはじわりと、汗が滲んでいた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—横浜/自衛隊駐屯地/データベース—

 

 

 データベースの管理を任されている男は今、窮地に立たされていた。突如現れた男に暴行され、首を絞められている。

 

管理者「ウッ、ウグググ……」

 

隼人「パスワードを言えっ!」

 

 突如現れた、正体不明のテロリスト。そうとしか表現できない。男は鋭利な爪を男の首下に食い込ませ凄んでいた。

 

管理者「G、A、S、A、R、A、K、I……」

 

 絞り込むように喉から声を洩らし、隼人はそのパスワードをデータベースに入力していく。これでようやく解放される。そう思った次の瞬間、男の爪は管理者の喉を潰し、鮮血が飛沫のように飛んだ。

 

隼人「さて……と」

 

 管理者の死骸を放置して、隼人はそのデータベースに登録されていた、最難関のセキュリティを突破し情報を閲覧する。

 

隼人(豪和一族……タクティカル・アーマー……マイル1……一見、ゲッターに関係があるようには思えないが)

 

 昨日の、鬼哭石での戦闘。あの時ゲッター線の力が増幅していた。今までの戦場になくて、あの場所にあったものは2つ。1つは鬼哭石の石舞台という場所。もう一つはあの小型機動兵器……タクティカル・アーマー。そのどちらか、或いは両方。それを調べるため、隼人は駐屯地を1人で襲撃していた。

 神隼人がゲッターチームに参加したのはそもそも、ゲッター線という未知のエネルギーの可能性に興味を抱いたからだ。

 宇宙から降り注ぐ、少量のゲッター線。それがゲッターロボのエネルギー源になっている。そしてこのゲッター線はどうやら、並行世界であるこの世界でも、問題なく宇宙から降り注いでいる。つまり、宇宙の成り立ちの歴史そのものは、この世界と隼人の世界に大きな違いはないということになる。

 

隼人(当然だ。早乙女の仮説が正しければゲッター線は人類に進化を促し、現行のホモ・サピエンス種が生まれる手助けをしたことになるからな……)

 

 この世界の人間が隼人のいた世界とそう変わらない人種である以上、ゲッター線研究の第一人者でありゲッターロボの開発者・早乙女博士の仮説が正しかったことを意味している。

 しかし、この世界では隼人の世界ほどゲッター線に関する研究は進んでいない。いや、発見すらされていない。

 

隼人(その代わり、この世界は光子力エネルギーが注目されている。それに、モビルスーツに関してもこの世界と俺の違いには差異があるようだ……)

 

 それらの「世界の違い」も、隼人の興味を引いていた。しかし、目下あのTAと鬼哭石の里、そしてゲッター線の関連を見つけることが、隼人の目的だった。

 一見して繋がらない情報だが、その意味まで考察する時間はない。だが、隼人がハッキングしている日本のSSS級情報の中にひとつ、隼人の興味を引くものがあった。

 

隼人(骨嵬、これは……?)

 

 古代の、甲冑のようである。しかし、その意匠はまるで鬼のようだった。

 巨大な、鬼。その存在はまるで安倍晴明が召喚する鬼獣のようでもある。

 

隼人(豪話は日本を裏から支配する経済豪族。その豪和が開発にかかわるTA。そして、骨嵬……)

 

 骨嵬。その詳細を調べようとして、ロックがかかる。どうやら、管理者から聞き出したパスワードで調べられるのはこれが限界らしい。隼人はポケットからUSBメモリを取り出し、パソコンに差し込むとデータのコピーを試みる。

 データのコピーが80%を超え、89、90……もう少しで全てのデータコピーが完了するというタイミングで、突如として警報が鳴り響いた。

 

隼人「……!?」

 

 バレたか。隼人が全身の神経を集中させ脱出のタイミングを図る。しかし、どうも様子がおかしい。

 

隼人「まさか、ミケーネか。それとも……?」

 

 データの複製が100%を突破したのを確認し、隼人は音もなくデーターベース室から立ち去った。

 

 

…………

第3話

「倒せデビルガンダム!

 スーパーロボット軍団ここに集合!」

…………

 

 平和に祭りを楽しんでいた自衛隊駐屯地に、悲鳴が鳴り響いた時、槇菜とマーガレットはパンを食べ終えたところだった。渇いた音が一発。それが銃声だと人々が理解した瞬間、賑やかな祭りは一転、阿鼻叫喚へと変わったのだ。

 

槇菜「な、何っ!?」

 

マーガレット「!?」

 

 咄嗟に、槇菜の手を握るマーガレット。次の瞬間、基地の周囲を包囲するように多数のモビルスーツが展開されていた。さらに、武装した人間が多数、祭りの客の中に紛れていた。

 

甲児「な、なんだ……!」

 

木星兵「動くな!」

 

 銃声。甲児と鉄也も、身動きができないでいる。当然、槇菜とマーガレットも同様だった。

 

ハリソン「あれは……!」

 

マーガレット「バタラ……!」

 

 バタラ。かつて、木星帝国で使用されていたモビルスーツ。それが4機。ありえない。そんな感情がマーガレットを襲う。

 

シーブック「まさか、木星帝国が生きていたのか……!?」

 

 シーブックはしかし、木星兵に銃口を突きつけられていた。

 

槇菜「パン屋のおじさん!」

 

 その光景を目撃し、叫ぶ槇菜。

 

弁慶「こいつは……」

 

 大量の炒飯にご満悦にして弁慶の周辺にも、木星兵とバタラがいた。

 

弁慶「情けない……ん?」

 

 気付けば、炒飯を作っていた坊主の姿が見当たらない。

 とにかく、この阿鼻叫喚をどうにかしなければ。弁慶は合掌の形に手を合わせると、目を瞑った。

 

 そんな中、バタラのうち1機が祭りの客を踏み潰すことも躊躇わずに進行する。その手には、1人の人間が乗っている。木星軍のパイロットスーツを来た男だ。バタラは、会議室のあるビルにマニピュレーターを突っ込みガラスを割ると、その男を中に入れる。

 

カラト「な、なんだお前は……!」

 

 その日、横浜駐屯地ではネオジャパン全体での、対ミケーネを中心とした対策会議が開かれていた。そこにはネオジャパンコロニーからカラト首相も来ている。それを狙っての、襲撃。

 

カマーロ「フッフッフッ……この時を待ってたのよぉ」

 

 木星帝国の兵士……カマーロ・ケトルは醜く笑いながら、カラトを指差す。

 

カマーロ「カラト委員長……じゃなくて今は首相だったかしら。あなたは2年前のガンダムファイトの時、ウルベ少佐を側近として重用していたらしいわねぇ」

 

カラト「ぬっ……!」

 

 ウルベ・イシカワ。デビルガンダムを自らのものとするため木星帝国と密約を結び、反乱を起こした背信者。たしかにカラトは、ガンダムファイトを通してデビルガンダムを捜索するその最前線に、ウルベを置いていた。

 だが、ウルベは死に、カラトは彼の背信の分までネオジャパンだけでなく、デビルガンダムとの戦闘で被害を受けた各都市に復興支援を行ったことで国民から支持され、首相になったのだ。そのことを今更とやかく云われはない。

 

葉月「ウルベとの繋がりというなら、君達の方こそ責があるだろう!」

 

 ミケーネ対策会議に招かれていた葉月博士が言う。しかし、カマーロはそんなことどうでもいいとでも言いたげに、下卑た笑いを浮かべていた。

 

カマーロ「いいこと? 私がほしいのはねえ……2年前、高額のワイロ目当てにウルベ少佐と木星軍のパイプを作ったさる日本政府高官……その記録よ」

 

葉月「何……?」

 

カマーロ「薄汚い背信の証拠! 随分と探すのに苦労したのよ……この基地のデータベースに残ってるって情報を手に入れるのにもね!」

 

カラト「な……。お、お前ら、そんなものをどうする気だ!」

 

 カラトもその記録は知らない話ではない。しかし、その高官は自分のしたことを悔いていたから、目を溢して今も政府に席を置かせているのだ。だが、それを知れば世論はどうカラトを評価するだろうか。

 

カマーロ「どう? どうって……決まってるじゃない。政府に買い取ってもらうのよ。高い……高いお金でね!」

 

 カマーロからすれば、政府の腐敗など暴いたってなんの得にもならない。これはそんな大義の決起なんかではない。そうカマーロの顔は言っている。

 

カマーロ「だけど……だけどね。私達から賄賂を受け取って、そいつだけぬくぬくと肥え太って。私達だけが惨めに負けて、食うや食われるかの生活を続けているなんて、そんなの許せるわけないじゃない!」

 

 カマーロが叫ぶ。怨嗟の言葉を吐き捨てる。その怨念のようなものに、カラトも葉月も気圧されていた。

 これは、復讐なのだ。だが、ただ恨みを晴らすための復讐ではない。

 

カマーロ「だから……搾り取ってやるのよ。取れるところからは取れるだけ……それが当然の権利だと思わない?」

 

 そう、カマーロが言った時だった。

 

チン・チクリン「なるほどそういう事情か。わからんでもないけどね。でも、やめてほしいな。なんていうか……セコいし」

 

 窓に、少年が張り付いていた。

 

カマーロ「お……お前は!?」

 

チン・チクリン「あっ、おいらのこと知ってる? いやぁ、おいらも有名になったなぁ」

 

 挑発的に笑う少年を、カマーロは憎々しげに睨みつける。

 

カマーロ「忘れるものかよぉ……。ネオチャイナのサイ・サイシー!?」

 

 サイ・サイシー。そう呼ばれた炒飯屋台の少年はニヤリと笑むと、張り付いた窓から飛び降りる。と、同時。高速で接近するものがあった。コア・ランダー。ある特殊なモビルスーツに搭載されている、コクピット兼任の高速戦闘機。サイ・サイシーはそれに飛び乗ると、指先をパチンと鳴らす。

 

サイ・サイシー「遊びは終わり。出ろ! ドラゴンガンダァァァァッッムッ!?」

 

 サイ・サイシーの声に応えるように、海が割れる。

 

槇菜「あれ……ドラゴンガンダム?」

 

 コア・ランダーがドラゴンガンダムの背中に収納されると、サイ・サイシーの身体を覆うように、コクピットから黒いラバーのようなものが展開されていく。モビル・トレース・システム。操縦者の身体がダイレクトにガンダムを動かすためのシステム。ガンダムファイトのために作られたモビルスーツ・モビルファイターの操縦システムがサイ・サイシーとドラゴンガンダムを繋いだのだ。それを示すようにドラゴンガンダムは大きくジャンプし、ビルの屋上へ降り立った。

 

カマーロ「おのれガンダムめ……だがなぁ、こっちは祭りの客全員が人質なのよぉ!」

 

 そう、カマーロがこのタイミングを選んだのは、祭りの客という人質がいるからである。この人質を盾に、目的のデータを手に入れた後はトンズラする……それが、カマーロの立てた計画だった。

 

サイ・サイシー「へへっ、そううまくいくかな?」

 

 サイ・サイシーはしかし、そんなカマーロを皮肉げに嘲笑う。

 

カマーロ「なんですって……?」

 

 次の瞬間、カマーロの通信機に悲鳴が届いた。

 

木星兵「た、隊長!? 助けてくれぇっ!?」

 

木星兵「こ、こいつら!? 人質がいるのを気にせず……」

 

 次の瞬間には、プツり。という音と共に砂嵐の雑音が通信機からただ聴こえるのみになる。

 

カマーロ「な、何が起こっているの!?」

 

 カマーロが窓から見たのは、信じがたい光景だった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 銃を構える木星兵に近づく男が1人。ボロボロのマントを羽織った、日本人だった。朴に傷があり、その目つきは険しい。

 

木星兵「な、なんだお前は……!」

 

 兵士の1人が、男に銃を構える。しかし、男はそれに臆することなく歩き、兵士をギロリと睨みつけていた。

 

木星兵「構うことはない。やっちまえ!」

 

 そう言って、銃を男へ向けて放つ兵士達。しかし、男は次の瞬間、目にも止まらぬ速さで駆ける。

 

甲児「あ、あいつは……!」

 

 それを間近で見ていた甲児が、声を上げる。

 駆けた男は放たれた銃弾を、指と指の間で受け止めていたのだから。

 

???「その程度か。木星軍も随分と落ちぶれたものだな」

 

 挑発的な言葉を吐き捨てると同時、男は拳を繰り出す。達人の動き。放たれた一発の拳は、その衝撃で一度に3人の兵士を殴り飛ばしたのだ。

 

木星兵「う、うわぁ!?」

 

木星兵「な、なんなんだこいつ……」

 

 人間じゃない。そう言おうとした次の瞬間には強烈なキックがお見舞いされ、また1人の兵士が倒れ伏す。

 

木星兵「な、何者だ貴様……!」

 

 兵士達が、人質となった人々が、皆がその男に注目する。そして、男はボロボロのマントを脱ぎ捨て、飛び上がった。

 

ドモン「教えてやろう! シャッフル同盟! キング・オブ・ハートの、ドモン・カッシュだァッ!?」

 

 みなさんお待ちかね!

 とうとうこの男がやってきました!

 前回のガンダムファイトを!

 ネオアメリカのガンダムマックスターと!

 ネオチャイナのドラゴンガンダムと!

 ネオフランスのガンダムローズと!

 ネオロシアのボルトガンダムと!

 ネオドイツのガンダムシュピーゲルと!

 そして、自らの師匠である東方不敗マスターアジアが乗った、ネオホンコンのマスターガンダムと!

 戦って! 戦って! 戦い抜いて!

 ネオジャパンを勝利に導いたガンダムファイター!

 即ち、ガンダム・ザ・ガンダム!

 そう、彼こそがゴッドガンダムのガンダムファイター、ドモン・カッシュなのです!

 

ドモン「はァァァァッッ、どぁぁりゃぁぁぁ!?」

 

 ドモン・カッシュの強烈な連打は、瞬く間に木星兵達をのしていきます! 強い! 強すぎるぞドモン・カッシュ!

 

槇菜「つ、強い……!」

 

木星兵「おのれ、シャッフル同盟! またしても我らの邪魔をするか!」

 

 事態を見守っていたバタラが、ドモンを踏み潰そうと足を大きく踏み出しました!

 民間人の命の盾など、ドモン1人を抹殺するコストに比べれば安い。そう、判断してのことです! なんて残虐なファイトなのでしょう!

 しかし、その足は地面につくことはありませんでした。坊主頭の巨漢が、バタラの足を持ち上げていたのです!

 

弁慶「くぬぬぬぬ……和尚直伝の、大雪山おろしぃぃぃぃぃ!?」

 

 弁慶は、バカ力でバタラを持ち上げ背負い投げる。モビルスーツを、ただの人間が1人で持ち上げていました。なんという力なのでしょう!

 

ドモン「ほう、やるなぁあんた!」

 

弁慶「ははっ、このぐらい朝飯前よ!」

 

 とはいえ、人間の力でモビルスーツを投げ飛ばすには無理がある。バタラは大雪山おろしでよろけこそしたが、飛ばされはしなかった。

 

木星兵「くそっ、こいつらっ!」

 

 事態を見守っていた木星兵達が、ドモンと弁慶に銃を構える。しかし、次の瞬間には木星兵達の顔面に、強烈な拳がお見舞いされていた。

 

竜馬「どぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁっ!」

 

 流竜馬。空手の達人がここにいたのだ。

 

弁慶「おお、竜馬!」

 

木星兵「くそっ、こうなったら……ジーク・ジュピタァァァァッッ!」

 

 叫び、ナイフを持った兵士が竜馬へ突撃する。竜馬はそのナイフを、素手で受け止めた。ナイフを握る手から、赤い液体が流れ出る。

 

木星兵「な……なぁ……!」

 

竜馬「どうした、お前がちょっとでも力入れれば、俺の指はスパッと行っちまうぜ。やれよ、指くらい落とせば面子も立つだろ?」

 

木星兵「ひっ…………!?」

 

 木星帝国の兵士達は、総統クラックス・ドゥガチに忠誠を誓っている。相当閣下が死ねと言えば、喜んで死ぬことができる。そんな兵士ばかりだ。

 しかし、今竜馬と相対しているこの兵士は感じてしまったのだ。

 恐怖を。

 それは死への恐怖ではない。木星のための死ならば、それは恐怖ではなく歓喜である。木星人とは、そういう生き物なのだ。だが、だが……ケモノに食い殺される恐怖を眼前に感じて、失禁しない人間などいないのだ。

 

竜馬「やっぱりな……その程度の覚悟で、俺に挑んでくるんじゃねえ!」

 

 吐き捨てると同時、兵士の腹に蹴りを入れる。そのまま、兵士は崩れ落ちた。

 

ドモン「ほう、やるなあんた。名前はなんて言うんだ?」

 

竜馬「流竜馬だ。お前のパンチも、見事なもんだぜ!」

 

 僅かな言葉を交わし、再び敵兵に向かう2人の武闘家。その姿は、まるで古くからの親友同士のようでもあった。

 

ドモン「流竜馬……。ナイスガイ!」

 

甲児「さあ、みんな! この隙に逃げるんだ!」

 

 ドモンとゲッターチームの乱闘の中、声をあげたのが兜甲児だった。甲児のその一声で、祭りに来ていた人達は一斉に走り出す。

 

鉄也「慌てるな、自衛隊の護送トレーラーに入れ!」

 

 それに続く鉄也。

 

ドモン「兜甲児か、久しぶりだな!」

 

甲児「おうドモンさん! 2年前、ランタオ島でドクターヘルを倒した時には世話になったな。助太刀するぜ!」

 

 旧友との再会を喜びながらも、ドモンのパンチが、甲児のキックが木星兵に炸裂していた。

 

 

 同じ頃、MS格納庫でも騒動が起きていた。突如乱入した男が、木星軍の兵士達を圧倒していたのだ。

 

隼人「目だ! 耳だ! 鼻!」

 

 神隼人。ハッキングのために基地内部に潜入していた彼は、退散しようとしていたが、そこで木星軍のテロと鉢合わせてた。人質の少年少女を盾にするやり方に、ハリソン達が手を上げざるを得なかったその隙に後ろから回り込み、木星兵の顔を思い切り破壊したのだ。

 後は簡単である。動揺する木星兵達から桔梗が人質となっていた子供達を解放し、ハリソン達が木星の兵を取り押さえる。

 

木星兵「こ、こうなったら!」

 

 兵士の1人が合図を出すと、バタラの1機が格納庫にライフルを構えた。このまま、ビームで仲間もろとも殺せ。そういう命令なのだろう。とハリソンが理解した次の瞬間、そのバタラが火を吹き倒れる。

 

桔梗「…………」

 

 ハリソンが見れば、桔梗が真顔で巨大な銃口のハンドガンを構え、その銃口からは硝煙を撒き散らしていた。

 

ハリソン「な、なんだその銃は……?」

 

桔梗「特務自衛隊で研究中の、対機械獣を想定したハンドガンです」

 

 済ました顔でそう答える桔梗だが、下手なマグナムよりも大きく、ゴツいそのハンドガンに見えるそれは、弾丸を撃った跡を見れば散弾銃になっていることが伺える。それを片手で撃ちながら済まし顔をしている桔梗。

 

桔梗「私は、民間人の避難誘導に参加します。大尉もお気をつけて」

 

ハリソン「あ、ああ……」

 

 ハンドガンをホルスターにしまい、そう言って走り出す桔梗を見送りながら、とんでもない女性がいたものだ。そう思うハリソンだった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 兵士達はドモンとゲッターチームが相手をし、バタラ部隊はドラゴンガンダムが睨みを効かせている。最高のタイミングでの奇襲は、既に意味をなさなくなっていた。

 

カマーロ「お、おのれシャッフル同盟……」

 

 形成は、逆転しつつある。それを悟ったカマーロは、バタラ部隊に命令を下した。

 

カマーロ「あんた達! こうなったら民間人を焼き払いなさい!」

 

カラト「な、何だとっ!?」

 

葉月「なんて命令を!」

 

カマーロ「お黙りなさい! そうよ、元はと言えば地球人が悪いんじゃない。ガンダムファイトの被害者ぶりながら、木星のことなんか目にもくれず、木星は木星で自治しろって言って見捨てた地球人なんか、殺したっていいじゃない!」

 

 それは、カマーロには真理に思えた。カマーロの命令に従うように、退避を急ぐ人々のいるグラウンドにビームライフルを向けるバタラが、3機。

 

カマーロ「オッホホホホホホ! さすがのドラゴンガンダムでも、3機同時には防げないでしょう!」

 

サイ・サイシー「てめえっ!」

 

 ドラゴンガンダムは、竜の頭部を模した両手を伸ばしそのうち一機を取り押さえる。竜の口についている火炎放射器は、使えなかった。避難が完了するまでは、何が起こるかわからない。

 

カマーロ「さあ、今よ! やっておしまいなさい!」

 

 ビームライフルの照準が、グラウンドを指し示した。

 

マーガレット「くっ……!」

 

 ビームの熱なら、命中しなくてもその場にいる生身の人間全員を溶かすことができる。それを、やってのけようというのだ。

 

鉄也「クソッ、グレートはすぐそこだっていうのに……!」

 

 グレートマジンガーなら、バタラにビームを撃たせる前に撃破できる。しかし、そのグレートへ向かうには人々を押しのけなければならない。

 

槇菜「え……?」

 

 死。それを槇菜は改めて実感した。鬼に食われるのではない。ただただ無惨に、熱を受けて死ぬ。その恐怖で槇菜は、目を瞑りそうになる。しかしその次の瞬間、甲児に言われた言葉を思い出す。

 

『怖いって気持ちはわかる、でも、目を閉じたらもっと怖いんだ。目を開いて、相手を見ろ! そうすれば、勝てる!』

 

 たしかに甲児は、そう言ったのだ。だから、槇菜は銃口を見据えていた。逃げなかった。

 

槇菜(絶対、逃げないもん。絶対、諦めないもん……!)

 

 その時だった。突如として槇菜の身体が、光に包まれたように消えていく。

 

マーガレット「槇菜!?」

 

 そして次の瞬間、バタラのビームライフルを抑え込むように、黒い巨人が姿を現していた。

 ゼノ・アストラ。マーガレットと共に米軍に引き渡されるはずのそれは、まるで自分の意思で槇菜を守ったかのように、突然その場に姿を現したのだ。そして、巨大な盾でグラウンドを守るように構えている。

 

甲児「あれ、槇菜か……!」

 

槇菜「あれ……私……いつの間に?」

 

 ゼノ・アストラの内部で槇菜が最初に見たのは木星軍のモビルスーツ・バタラと、ゼノ・アストラの後ろで避難している人々。

 

槇菜「ゼノ・アストラ……。私を、守ってくれたの?」

 

 そして、自分にこの人達を守ってほしい。とゼノ・アストラは言っている。そう、槇菜は感じていた。

 

マーガレット「ゼノ・アストラは、槇菜を選んだ?」

 

 本来のパイロットであるはずのマーガレットではなく、槇菜を。こうまで超常的なことが起こってしまえば、マーガレットも認めざるを得ない。ゼノ・アストラに意思があることを。

 ゼノ・アストラは指をワイヤーで飛ばし、バタラのライフルを切断する。

 

槇菜「みんな、私が守るから……早く逃げて!」

 

 槇菜が叫び、人々がグラウンドから避難していく。その避難を誘導し、民間人を乗せていく自衛隊のトレーラー達。その一台の中に、槇菜の声を知る者があった。

 

桔梗「今の声、槇菜……?」

 

 特務自衛隊に所属する櫻庭桔梗だった。もう一台のバタラが、そのトレーラーにライフルの照準を合わせる。しかし、ビームが放たれるより先に、桔梗は運転席から対機械獣用のハンドガンをバタラにお見舞いする。散弾は、忽ちバタラは駆動系をズタズタにして、バタラはその場で崩れ落ちた。

 

桔梗「槇菜が、こんなところにいるわけないか。民間人の収容を確認。離脱します」

 

 桔梗の乗るトレーラーが駐屯地を後にする。ドラゴンガンダムとゼノ・アストラがそれを守るようにバタラ部隊を牽制し、戦闘区域から離脱するのを確認すると、真っ先に動いたのはドラゴンガンダムだった。

 

サイ・サイシー「さぁて、もう大丈夫だぜアニキ!」

 

 そう言って、ドラゴンクローをカマーロを運搬していたバタラへ伸ばす。

 

カマーロ「ひぃっ!」

 

 ドラゴンクローからカマーロを乗せて海の方へ逃げるバタラ。しかし、それも彼らの計算のうちだった。

 

ドモン「フッ、今回は美味しいところを譲ったからな……ここからは俺の番だぜ」

 

 そう言って、ドモンは指を鳴らす。

 

ドモン「出ろぉぉぉぉぉぉぉっ! ゴォォォォッド・ガンダァァァァッッム!」

 

 そう叫ぶと同時、海中から白いモビルファイターが姿を現した。ドモンがそれに飛び乗るとサイ・サイシーの時と同じようにモビル・トレース・システムに接続されていく。

 その勇姿を、多くの人が覚えていた。

 ゴッドガンダム。これこそが、ドモン・カッシュの愛機であり、第13回ガンダムファイトの頂点を勝ち取った最強のガンダム!

 前門のドラゴン、後門のゴッド。カマーロは今、2体のガンダムに挟み撃ちにされていたのだ。

 

カマーロ「こ、こうなったら……」

 

 ドラゴンガンダムと、ゴッドガンダム。第13回ガンダムファイトで激戦を潜り抜けた上位ファイターのガンダムが2体。さらに、カマーロの知らないスーパーロボットもいる。この時点で、作戦は失敗だった。

 しかし、まだ手はある。カマーロが大きく手を掲げた。その瞬間、大きな地鳴りがまるで、猛獣のように呻く。

 

槇菜「えっ、な……何!?」

 

サイ・サイシー「こいつは……」

 

ドモン「やはり、貴様らが……!」

 

 三者三様の言葉。そして次の瞬間、駐屯地の地面を割るように巨大なガンダムの頭が、触手のように伸びてきた。

 

槇菜「な、何これ!?」

 

 ゼノ・アストラは答えない。どうやら、ミケーネとは違うらしい。そして、海の向こうから姿を現すのはその触手の根本。悪魔のような形相をした巨大なガンダムが海を割り、姿を現したのだ。

 

ドモン「現れたな、デビルガンダム……!」

 

 デビルガンダム。2年前の第13回ガンダムファイトで、その力をめぐり多くの悪党が暗躍した悪魔のガンダム。自己進化、自己再生、自己増殖の三大理論を実現させ、地球再生のためのプログラムとして生み出されたそれは、プログラムのバグにより「地球再生のための人類抹殺」という答えを導き出した。

 しかし、デビルガンダムは2年前、ドモン・カッシュにより倒された。そのはずである。

 

 デビルガンダムの登場と同時、漸く格納庫からマジンガーZ、グレートマジンガー、ゲッターロボ、ハリソンのF91が発進する。

 

甲児「大丈夫か、槇菜!」

 

槇菜「甲児さん、私は大丈夫。でも、あれ……」

 

 槇菜はその、異形のガンダムに身震いしていた。無理もないことである。目の前に突如として悪魔が現れて、正気でいられる人間などいるだろうか。

 

鉄也「あれはデビルガンダム。2年前、新宿を壊滅させた悪魔のガンダムだ」

 

 まさか、まだ生きていたとはな。そう鉄也は吐き捨てる。

 

竜馬「へっ、デビルガンダムねえ、俺らの世界のガンダムも悪魔じみてたが……こいつも相当だぜ」

 

ハリソン「みんな、気をつけろ。デビルガンダムが現れたってことは……」

 

 ハリソンが言うと同時、多数の黄色い、一つ目モビルスーツが現れた。いや、本当にモビルスーツなのかも怪しいその見た目は、むしろ機械獣と言われた方が納得がいく。

 

ドモン「デスアーミー!」

 

 デスアーミー。デビルガンダム細胞に取り込まれ、ゾンビ兵と成り果てた人々が乗り込むデビルガンダムの尖兵。そして、その軍団の中央には改造されたバタラがいた。

 

カマーロ「オーッホホホホホ! こうなったら、全てを灰にしてしまうがいいわ。あの方から譲り受けた、このデビルガンダムでねえ!」

 

 アラナ・バタラと呼ばれるカスタムタイプ。デビルガンダム登場のゴタゴタでそれに乗り映ったカマーロが、デスアーミー軍団に指示を送る。

 

カマーロ「ひっひっひっ……恨み重なるシャッフル同盟……お前らさえ、お前らさえいなければ」

 

 デスアーミーの軍勢が、棍棒型ビーム・ライフルを斉射した。ゼノ・アストラが前に出て、巨大なシールドでそれを受ける。ビームの熱をものともしない強靭な盾。しかし、その熱は槇菜に伝わっていた。

 

槇菜「くっ……熱……!」

 

 デスアーミー達の進軍する先には、街がある。街には、人がいる。かつての自分と同じように、平穏な日常を生きている人達だ。

 彼ら彼女らを、自分と同じようにはしてはいけない。だから、どんなに熱くても槇菜は逃げなかった。

 

槇菜「マーガレットさん、私……。私、この子と一緒に、戦います!」

 

 ビームライフルの雨を浴びながら、ゼノ・アストラは一歩を踏み出していく。

 

竜馬「ヘッ、あいつ……思ってたより根性あるな」

 

 感心したように呟く竜馬。

 

竜馬「だったら、雑魚の相手は任せるぞ! ゲッタァァァァァッバトルウィィィィィングッ!」

 

 背中の翼を広げ、ゲッターロボが飛ぶ。目指すは親玉。デビルガンダム!

 

鉄也「甲児くん、俺達も続くぜ!」

 

甲児「ああ!」

 

 マジンガーZとグレートマジンガーも、紅の翼を広げてゲッターに続いていく。

 

ゾンビ兵「…………!」

 

 それを打ち落とそうと、ビームライフルを構えるゾンビ兵。それを、青い閃光が貫いた。ハリソンの乗るF91が、ビームサーベルで白兵戦に持ち込んだのだ。ビーム・ライフルは、余計な場所に被害を出しかねない。F91のビーム主体の兵装は、街中や基地といった場所では真価を発揮できなかった。

 

ハリソン「だが、やりようはある!」

 

 頭部のバルカン砲で、目を潰していく。そこに最小限の出力に絞ったビームサーベルを差し込んでいく。

 そうして弱ったところに、ドラゴンガンダムの脚技が炸裂した。

 

サイ・サイシー「雑魚の相手はオイラたちに任せて、アニキ!」

 

ドモン「ああ!」

 

 無影脚。影すら生み出さぬ速度の連続蹴り。サイ・サイシーの、少林寺の奥義がひとつ。それがデスアーミー軍団を蹴散らしていった。

 ゼノ・アストラが盾になり、F91とドラゴンガンダムがデスアーミーを相手取る。そしてマジンガーZとグレート、ゲッター、ゴッドガンダムがデビルガンダムへと向かっていく。

 

カマーロ「き、さ、ま、らぁ〜……」

 

 指揮官であるはずのカマーロは、無視されていた。

 

カマーロ「この私を無視しようなんて、随分舐めてくれるじゃない……」

 

 アラナ・バタラの右手に握られたモゾー・ブラスター。6本のビームサーベルを同時に、沿った形に展開することで高出力のビームの刃を生み出す特殊なビームサーベルが、ハリソンのF91を襲う。しかし、その攻撃はF91に届かなかった。

 格納庫から飛び出した白いモビルスーツ。その右手に握られたハイパー・バズーカが、アラナ・バタラの右手を器用に吹き飛ばしたのだ。

 

ハリソン「何……?」

 

槇菜「あれ……ガンダム……?」

 

 ガンダムMk-II。先ほど、ハリソンが受領した骨董モビルスーツ。それが、動きだしていた。

 

ハリソン「Mk-IIだと? 誰が乗っているんだ!」

 

 F91で、Mk-IIに通信を入れる。Mk-IIのコクピットでは、青髪の中年男性が不敵な笑いをしていた。

 

シーブック「すまないな。昔の戦争でモビルスーツを使ったことがある。昔とった杵柄だ。こいつでも援護くらいはできるぜ!」

 

 その声は、ハリソンには聞き覚えのある声だった。具体的には、2年前のデビルガンダムとの戦いの時……。

 

槇菜「パン屋のおじさん!?」

 

 しかし、その記憶の糸を手繰る作業は槇菜によって打ち消される。

 

シーブック「あの時の嬢ちゃんか。まさか、こんなもんのパイロットとはね」

 

 シーブックが乗るガンダムMk-IIが前身し、ゼノ・アストラと並ぶ。デスアーミー達の射撃をその旧式の機体は、まるで最新鋭の機体と遜色ない動きで躱していた。

 

ハリソン「昔乗った杵柄、だと。あんなオンボロを、自分の手足のように……まさか!」

 

 そんなことのできるパイロットを、ハリソンは1人だけ知っている。かつて自分のF91を唯一、戦闘不能まで追い詰めた宇宙海賊のエースパイロット。

 

ハリソン「生きていたのか……。だが、会いたかったぜ!」

 

 F91のバルカン砲が直撃し、デスアーミーが倒れる。その瞬間、シーブックのガンダムMk-IIが加速する。狙うは指揮官機である、アラナ・バタラ……!

 

カマーロ「き、貴様は一体、何者よぉ! 名乗りなさい!」

 

 ライフルを撃ちながらも、Mk-IIのシールドがそれを防ぎ、機体を守る。恐れなど一切ない動きが、カマーロを恐怖させる。

 

シーブック「知りたいなら教えてやる。俺の名は……」

 

 瞬間、ガンダムMk-IIの瞳がギラリと輝いた。

 

キンケドゥ「キンケドゥ・ナウ! 貴様が最も恐れる、海賊の名だ!」

 

 そして、瞬間の速さでビーム・サーベルを抜くと、アラナ・バタラとの距離を詰めてそのスイッチを入れる。周囲への被害を最小限に抑えながら、ビーム・シールドの展開も間に合わない速さでの抜刀。その動きにカマーロは確かに、見覚えがった。

 

カマーロ「その太刀筋……間違いない。奴こそが、奴こそが先代クロスボーン・ガンダムのパイロット! あの方に、あの方に報告せねば!?」

 

 行動不能になったアラナ・バタラから脱出し、カマーロは叫ぶ。カマーロを捕まえたバタラが戦線から離脱するのを見送り、シーブック……いや、キンケドゥ・ナウは海上の悪魔を見据えていた。

 

キンケドゥ「あとは、デビルガンダムだが……」

 

 ゴッドガンダムと、スーパーロボット軍団が、巨大な悪魔と戦っている。そこへ加勢に向かおうとするがしかし、デビルガンダムの触手とも言うべきガンダムヘッドが突如、Mk-IIに襲いかかった。

 

キンケドゥ「何ッ!」

 

槇菜「おじさん、危ない!」

 

 ゼノ・アストラが割り込み、巨大なシールドでその触手を防ぐ。盾を持たない左手の指をワイヤーで飛ばし、ガンダムヘッドの触手部分を締め付けるが、機械獣よりも遥かに硬いその装甲を斬り裂くには至らなかった。

 

槇菜「このっ! ……ああぁっ!?」

 

 もう一本のガンダムヘッドが、ゼノ・アストラの肩に噛み付く。その傷みが、ゼノ・アストラの悲鳴のように槇菜に伝わり、槇菜の痛覚を刺激した。

 

槇菜「痛い……やめてっ!」

 

 盾を振り回し、ガンダムヘッドを殴打する。しかし、ガンダムヘッドはやめる素振りも見せず、より力を強めていく。

 

槇菜「くっ……ぅぅぁ……っ!?」

 

 肩を襲う痛みに、声を漏らす槇菜。ハリソンのF91がガンダムヘッドを破壊しようとヴェスパーを構えるが、その威力をここで使えばどんな被害が発生するかわからない。

 

ハリソン「くそっ……!」

 

 動いたのは、ドラゴンガンダムだった。

 

サイ・サイシー「おいらに任せな!」

 ドラゴンガンダムの後ろ髪が、ナイフのような鋭さでガンダムヘッドの触手を切断する。弁髪刀。後ろに回り込まれた時に使用する隠し武器。その鋭さは前回のガンダムファイトの時よりも、鋭利になっていた。

 

槇菜「あ、ありがとう……」

 

サイ・サイシー「へへっ、いいってことよ姉ちゃん。さあ、まだ終わっちゃいないよ!」

 

 円陣を組み、ガンダムヘッドを相手取るゼノ・アストラとガンダム達。対して海上でデビルガンダム本体と戦うゴッドガンダムとスーパーロボット軍団は、デビルガンダムの肩から放たれる粒子砲の脅威に晒されていた。

 

甲児「おっと!?」

 

 少し掠めるだけでも超合金Zが弾け飛ぶ脅威の威力を前に、マジンガーZは足止めを食らう。一方、グレートマジンガーはその攻撃を避けながら、デビルガンダムに食らいつこうとしていた。

 

鉄也「スクランブル・オフ!」

 

 マジンガーZのスクランダーと違い、グレートのスクランダー・スクランブルダッシュは収納式になっている。それをしまい、デビルガンダムへ急降下するグレート。魔神の剣・マジンガーブレードを展開し、デビルガンダムへ迫った。剣を掲げ、その頭部を狙い斬りつける。しかし、突然デビルガンダムの背後から現れたガンダムヘッドがグレートマジンガーに体当たりする。その質量に、グレートマジンガーすら突き飛ばされてしまう。

 

甲児「鉄也くん!」

 

 突き飛ばされたグレートを、咄嗟に受け止めるマジンガーZ。

 

鉄也「不覚をとった……。助かったぜ甲児くん」

 

甲児「へへっ、いいってことよ。しかし、このままじゃ攻撃が届かねえ」

 

  デビルガンダムは両肩の粒子砲に頭部のバルカン。それにガンダムヘッドを自在に操り、常に弾幕を張っている。まさに移動要塞とでも呼ぶべき存在だった。

 その要塞から放たれるガンダムヘッドが、マジンガーZを、グレートマジンガーを襲う。しかし、その体当たりはマジンガーに届かない。

 

ドモン「分身殺法! ゴッドシャドー!」

 

 分身したゴッドガンダムが、全てのガンダムヘッドの体当たりを受け止めていたのだ。

 かつて、ネオアメリカのガンダムマックスターが一発で10のパンチを繰り出した時、ゴッドガンダムは10体に分身しその全てのパンチを受け止めていた。そのゴッドシャドーで、スーパーロボット軍団への攻撃を全て受け止めていたのだ。

 その攻撃を受けながら、ドモンはデビルガンダムの動きを冷静に観察していた。

 かつて、ギアナ高地やデビルコロニーで戦った時に比べて、その動きは精細を欠いている。その理由は、おそらく今のデビルガンダムは生体ユニットを搭載していない、自律回路で動いているのだろう。しかし、敵の弾幕が厚く、近寄るのも一苦労。どうする?

 ドモンが攻めあぐねたその一瞬、勝機は海から訪れた。

 突如、デビルガンダムがその態勢を崩し大きく傾く。見れば海中には、巨大なアームを持つ黄色いロボットがネットを射出し、デビルガンダムを雁字搦めにしたのだ。

 

弁慶「わぁーはっはっはっ! ゲッター3参上!」

 

 ゲッター3。自在に変形合体するゲッターロボの海底探査形態であり、3形態の中でも随一のパワーを誇る怪物が、デビルガンダムの脚部を掴む。

 

弁慶「必殺、大雪山おろしぃぃぃぃぃっ!」

 

 その超馬力が、あのデビルガンダムを持ち上げ背負い投げる。その瞬間、敵の弾幕が弱くなる。自律回路が、想定外の状況にバグを起こしているのだ。

 

甲児「今だっ! 行くぜ鉄也くん!」

 

 デビルガンダムの正面に、マジンガーZが躍り出る。それに続いてグレートマジンガーもスクランブルダッシュで飛び、マジンガーZに並ぶ。そして2体の魔神の胸の赤が、輝いた。

 

甲児、鉄也

「ダブルバーニング・ファイヤー!」

 

 マジンガーZのブレストファイヤー。グレートマジンガーのブレストバーン。2つの熱線がデビルガンダムを襲う。デビルガンダムに言葉はない。しかし、その熱に悪魔のような口で苦悶の表情を浮かべていた。

 

ドモン「ナイスな奴らじゃないか……よし、行くぞ!」

 

 デビルガンダムの動きに大きな隙ができた。その瞬間にドモンは意識を集中させる。するとゴッドガンダムのウィングが開かれ、日輪のようなエフェクトが展開される。そして胸のハッチが開くと、シャッフルの紋章が輝いた。

 

ドモン「俺のこの手が真っ赤に燃える! 勝利を掴めと轟き叫ぶっ!」

 

 ゴッドガンダムの右手に、エネルギーが集まっていく。熱を帯びた右手で突き出して、ゴッドガンダムが突撃する。

 

ドモン「ばぁぁぁぁぁくねつ! ゴッド・フィンガァァァァッッ!?」

 

 爆熱ゴッドフィンガー。ゴッドガンダム必殺の一撃が、デビルガンダムの胴体を貫いた。デビルガンダムはしかし、ゴッドガンダムを引き剥がそうとするが、懐に入り込んだゴッドガンダムは、うまくデビルガンダムの死角を取っていた。

 

ドモン「ヒィィィィィト・エンド!」

 

 ドモンの宣言。それを最期に、デビルガンダムは爆散した。DG細胞の一片も残さない爆熱の嵐に、いかにデビルガンダムと言えど生体ユニットのいない不完全な状態では耐えようがなかったのだ。

 

甲児「やった、デビルガンダムを倒したぞ!」

 

 甲児の歓声。しかし、ドモンは深刻そうな顔をしたままデビルガンダムの爆散した方を見やる。

 

ドモン「いや……あれはおそらく、盗まれたDG細胞の一片で復元した、一部だろう」

 

鉄也「デビルガンダムの、一部?」

 

 それは、聞き捨てならないことばだった。

 

???「そこから先は、俺達が説明しよう」

 

 そう言って現れたのは黒い、猛禽のような姿をした戦闘機だった。それに続いて、民間の艦船が続く。しかし、その船は巨大な髑髏を模したマストを張っていた。

 

槇菜「海賊……?」

 

 それが、槇菜の第一印象。

 

キンケドゥ「あれは、リトルグレイ……?」

 

 キンケドゥには、その艦に見覚えがあった。リトルグレイ。かつて宇宙海賊クロスボーン・バンガードの補給船として活動していた艦である。

 

サイ・サイシー「おいらとドモンの兄貴は、木星帝国の動きを察知して、先発でこっちに潜り込んでたんだ」

 

 サイ・サイシーが言う。

 

ハリソン「海賊軍……」

 

 かつてハリソンは、海賊軍と敵として、ある時は味方として戦ったことがある。立場としては海賊を取り締まる側だが、個人的な感情では敵ではない。

 だが、彼らがここに現れた理由。それを聞かないわけにはいかなかった。

 

ドモン「フッ、どうやら随分警戒されているらしいぞ」

 

 皮肉げに、ドモンが笑う。黒い猛禽に乗るパイロットは「無理もないな」と呟いた。そんな時、会議室からその場にいた全員に声が響いた。

 

葉月「彼らは、私がここに招きました」

 

 葉月孝太郎。極東地区に拠点を持つ獣戦機隊の責任者のひとりであり、ロボット工学の権威でもある男だ。

 

葉月「彼……アランは、我々の戦友です。そして、これから共に科学要塞研究所へ集合する仲間でもあります」

 

 アラン。そう言われた男は、マスクを外し、その素顔を晒した。

 

アラン「俺はアラン・イゴール。極東基地長官のロス・イゴールの息子であり、このバンディッツを率いる者だ」

 

 

…………

…………

…………

 

—横浜/自衛隊駐屯地—

 

 

マーガレット(木星帝国。それに、デビルガンダム……)

 

 輸送機の中で戦いを見ていたマーガレットにとって、それらは過去の存在だった。

 第13回ガンダムファイトの裏で行われた、木星戦役。その最前線に、新兵だったマーガレットは立たされていたのだから。

 マーガレットは、首に下げたロケットを弄り、それを開く。

 その中には、その戦いで死んだ恋人の写真が今も、眠っている。

 

マーガレット「紫蘭……」

 

 紫蘭・カタクリ。彼と恋人になったのは、士官学校でのことだった。彼は一つ歳上で、一年先に配属先が決まった。そして、彼は新宿で死んだ。そう聞かされた。

 遺体を見ることはできなかった。見せてもらえなかった。恋人は、DG細胞で見るも無惨なゾンビ兵に作り替えられていたのだから、見分けもつかないだろう。そう、医者に言われた。

 ただ形見として残された銃だけは、今もマーガレットの懐に眠っている。

 木星戦役終了後、DG細胞は全て処分された。そう、聞いていた。しかし、実情はどうだ。

 

マーガレット(……もしかしたら)

 

 嫌な符合を、想像した。

 デビルガンダム細胞が秘密裏に保管されていた。それには必ず、何者かの意思が介在している。そしてその何者かが、ゼノ・アストラについて知っているとしたら。可能性はないわけではない。

 

マーガレット(何かが、裏で動いている。とてつもない大きな何かが……)

 

 ゼノ・アストラは槇菜を選んだ。おそらく、その何かはこれから槇菜に関わってくる。だとしたら……。

 

マーガレット(私のやるべきことが、見えたわね)

 

 マーガレットはジャケットから煙草を一本取り出すと、火をつけようとして……ここが格納庫の中であることを思い出して、やめる。

 やがてゼノ・アストラが帰投したのを認めると、杖をつきながらコクピットでへとへとになっている槇菜の下へ歩き出した。

 

マーガレット「お疲れ様、槇菜」

 

槇菜「マーガレット、さん……。その……」

 

 ごめんなさい。そう言おうとした槇菜の唇を、マーガレットは人差し指で制する。

 

マーガレット「さっきの約束、覚えてる?」

 

槇菜「やく、そく……?」

 

 当然、覚えていた。真実が明らかになったら、真っ先に槇菜に伝えるというもの。

 しかし、槇菜はゼノ・アストラに乗って戦ってしまった。そのことを、後ろめたく思っているのは、マーガレットにも理解できた。

 

マーガレット「ねえ、槇菜。あなたはこれから、ゼノ・アストラで戦うつもり?」

 

 だから、敢えて訊く。槇菜の、本音を。

 槇菜の顔を、マーガレットの紅い瞳が覗き込む。槇菜の青い瞳が、マーガレットの顔を映し込んでいた。

 

槇菜「私……帰るところなんて、もうないんです。ゼノ・アストラから降りても、元の日常には戻れない。それに、ミケーネだけじゃないんだって、何の罪もない人を傷つける鬼がたくさんいるって、今日の戦いでわかりました。だから……」

 

 そこで、槇菜は言葉を詰まらせる。何を言いたいのか、何を伝えたいのか。自分でもはっきり見えなくなってしまう。

 世界を守る? そんな大層なことは考えていない。

 先生やクラスメイトの仇打ち? 違う。そういうことじゃない。

 ただ、槇菜が思ったことは。もっと素直な気持ちは。

 

槇菜「これ以上、誰かが傷つくのを黙って見ていたくないんです……!」

 

 それが、槇菜が戦う理由だった。真っ直ぐに、マーガレットの紅い虹彩を見つめながら、宣言する。

 

槇菜「だから、お願いですマーガレットさん。ゼノ・アストラを、私に貸してください!」

 

 きっぱりと言い切った槇菜に、マーガレットは小さく微笑んだ。

 

マーガレット「一応。それは軍の所有物だからね。私の一存じゃ決められないけど……」

 

 そう言って、顎に手を当てるような仕草をする。しかし、マーガレットの回答も既に決まっていた。

 

マーガレット「槇菜。あなたは海賊軍に捕まって、ゼノ・アストラも海賊軍に奪われた。そう、報告するわ」

 

槇菜「え……?」

 

 きょとん、とする槇菜。海賊軍。というのは先ほどやってきた海賊艦のことで間違いないだろう。とは理解している様子だった。しかし、それではマーガレットは……。

 

マーガレット「当然、バレたら懲戒じゃ済まないでしょうね。でも、私もあなたにゼノ・アストラを預けてみたくなったの」

 

 そう言ってウィンクしてみせるマーガレット。そんなマーガレットは懐から何かを取り出し、槇菜の手に預けた。

 

槇菜「これって……」

 

 黒光する、鉄の塊。それが銃であることは、槇菜にも理解できた。

 

槇菜「だめですよ、こんなものっ!」

 

 マーガレットに返そうとするが、マーガレットは受け取らない。

 

マーガレット「あなたはゼノ・アストラで、みんなを……大事な人達を守りなさい。だけど、あなた自身に何かがあった時のために、持っていて。御守りよ」

 

 御守り。そう言われてしまえば、槇菜は言い返すことができない。

 

マーガレット「弾丸は、入ってないの。撃ったって素人の槇菜じゃ当たらないわ。だけど、持っているだけで牽制くらいにはなるから」

 

槇菜「わかりました……マーガレットさん、戻っちゃうんですよね?」

 

 槇菜も、理解はしている。マーガレットは、アメリカの軍人なのだ。

 

マーガレット「ええ。だけど、私は私でゼノ・アストラについて調べてみるつもり」

 

 そう言って、マーガレットは踵を返す。

 マーガレットは、マーガレットの戦場を見つけたのだ。

 

槇菜「あの、マーガレットさん……。色々、ありがとうございました!」

 

 そう言って、槇菜はぺこりとお辞儀する。その姿が小動物みたいで可愛らしく……マーガレットはガラにもなく微笑んでしまった。

 

マーガレット「それじゃあ槇菜、また会いましょう」

 

 去っていくマーガレットの後ろ姿を見送りながら、槇菜はなんだか、姉がもう1人増えたような気持ちになっていた。




次回予告
 みなさんお待ちかね!
 ついに科学要塞研究所に辿り着いたスーパーロボット軍団。
 マジンガーZ、グレートマジンガー、ゲッターロボ、ゴッドガンダム、それにダンクーガとクロスボーン・ガンダムを交えて、ミケーネやデビルガンダムから世界を守るための同盟が結成されるのです!
 ですがその直後、槇菜の故郷岩国でテロ事件が発生してしまいました!
 それは、オーラロードの導きなのでしょうか!?
次回、『招かれざるもの、豊穣の国より来たりて』に、レディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルート分岐「バイストン・ウェル/地上」

—某所—

 

 その男がトビア・アロナクスの下に訪れたのは、あるコロニーの昼下がり。運送会社「ブラックロー」の営業所でのことだった。

 

アラン

「失礼。海賊の生き残りが潜伏しているというのは、ここでいいのかな?」

 

 金髪碧眼の美青年……。黒いジャケットと皮の手袋をしながら、その瞳は猛禽のように鋭い。そんな男だった。しかし、不思議と敵意は感じない。国連軍の人間や、警察の手の者かとも思ったがそういう匂いはしなかった。

 

トビア

「何か、勘違いなされているようですね。我々ブラックロー運送は健全な廃棄物処理兼、運送会社でして……」

 

 ジャンクの山の上で昼寝していたトビアは起き上がると、対外的な社交事例で誤魔化す。しかし、男は皮肉げに笑ってみせた。

 

アラン

「そういう表向きの話はいい。俺の名はアラン・イゴール。デビルガンダム……盗まれたデビルガンダムを取り戻してほしい」

 

 デビルガンダム。それはトビアにとっても無視のできない単語だった。

 男……アラン・イゴール曰く、木星戦役の後にデビルガンダムは完全に破棄された。しかし、隠されていた一部のDG細胞を国連は保管しており、いずれアルティメットガンダムとして復元した後、制御下に置いて地球環境再生計画を進める手筈だったという。

 

アラン

「君達も知っての通り、アルティメット細胞は本来、ネオジャパンのライゾウ・カッシュ博士が地球環境を再生させるために作り出したものだ。しかし事故により、『地球再生のための人類抹殺』にプログラムが書き代わり、自己進化、自己再生、自己修復を繰り返すDG細胞へ変化してしまった」

 

ベルナデット

「でも、DG細胞を保管していただなんて……」

 

ウモン

「へっ、地球のお役人様が考えそうなことさ。地球環境が再生されれば、コロニーの属国になることもなくなる」

 

 トビアと共に宇宙海賊に身を寄せる少女・ベルナデットと、歴戦のパイロットであり今はメカニックを担当するウモンじいさんがそれぞれに言う。しかし、そのDGを盗んだ者が何者か。それをアランは調査しているという。

 

トビア

「デビルガンダムを悪用する者がいれば、とんでもないことになる……」

 

 以上が、トビア達ブラックロー運送。いや、宇宙海賊クロスボーン・バンガードがデビルガンダム捜索のため、アラン率いる独立義勇軍・バンディッツと手を組んだ経緯である。

 その後、捜索活動中に遭遇したかつての木星帝国残党軍と交戦し、そこでアラン達と同じくデビルガンダムの行方を追うネオジャパンのドモン・カッシュ、レイン・ミカムラ、それにネオチャイナのサイ・サイシーと出会う。ドモン達シャッフル同盟もまた、デビルガンダムの行方を探していたのだ。

 ドモンの仲間達……チボデー、ジョルジュ、アルゴの3人もアルゴの海賊船「コルボー2」を拠点とし、ドモン達と別働で動いているという。

 そんな時だ。地球上でデスアーミーの目撃報告が各地で報告され、彼ら一同は地球へ降りた。そこでミケーネ帝国の戦闘獣と交戦になり、新たな地球圏の危機を実感した彼らは、アランの旧知の仲である獣戦機隊の葉月博士とコンタクトを取り、ここ横浜で落ち合うことになっていた。

 

 ともかく…………。

 

 

 

—海賊艦リトルグレイ—

 

 

トビア

「まさか、あなたがいるんなんて思いませんでしたよ、キンケドゥさん」

 

 現在、クロスボーン・バンガードの旗艦リトルグレイは横浜自衛隊駐屯地に入港。葉月博士と、同じように集められたスーパーロボット軍団と合流を果たした。そして今、新たな拠点・科学要塞研究所に向かっている。

 科学要塞研究所に集められるスーパーロボット軍団。その中は、トビアにとって恩師とも言うべき人がいた。

 

キンケドゥ

「ほとんど成り行きだがな。モビルスーツを無断で借りちまった以上は、そのまま帰るわけにもいかなくなっちまった」

 

 キンケドゥ・ナウ。本名をシーブック・アノー。木星戦役をトビアと共に駆け抜けたエース・パイロットであり、戦後はシーブックに戻りクロスボーンのリーダーだったベラ・ロナ……セシリー・フェアチャイルドと結婚し、2人でパン屋を営んでいた。

 

ベルナデット

「でも……いいんですか? ベラ艦長のこと……」

 

 トビアのパートナーでもある金髪碧眼の少女。ベルナデット・ルルーが心配そうに尋ねるそれは、トビアにとっても心配の種だった。

 

キンケドゥ

「まあ、祭りの会場が戦場になったんだ。誤魔化しはできないだろうなぁ……」

 

 そう言って、バツが悪そうに髪を掻くキンケドゥ。そこにやってきたのは、彼ら宇宙海賊とそれなりに因縁のある相手……ハリソン・マディン大尉だった。

 

ハリソン

「安心しろ。今街全体で自衛隊が警護に当たってる。あんたの奥さんに関しては要警護者ってことで、精鋭をつけさせておいた。旦那が無断で軍のモビルスーツを使用した件についてはまあ、不問というわけにはいかんだろうがな」

 

キンケドゥ

「あんたは……」

 

ハリソン

「でも安心しな。キンケドゥ・ナウならいい弁護士をつけてやるよ」

 

 そう冗談めかして笑うハリソン。そこに、彼ら宇宙海賊への敵対意思はないようにトビアやキンケドゥは感じていた。

 

キンケドゥ

「色々と、すまないな」

 

ハリソン

「いいってことよ。よろしく頼むぜ」

 

 ハリソンが差し出した右手を、キンケドゥが握り返す。軍人と海賊。しかし、そこには戦友という不思議な縁があるとハリソンは確かに、感じていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

—輸送機—

 

甲児

「それにしても、久しぶりだなドモンさん」

 

 科学要塞研究所へ向かう輸送機の中、甲児は懐かしい戦友と対面していた。ドモン・カッシュ。2年前、ギアナ高地に潜伏していた兜甲児の宿敵ドクターヘルは、デビルガンダムを復活させんとする東方不敗マスターアジアと共謀していた。この時、甲児はシャッフル同盟の面々と共にデビル機械獣・地獄王ゴードンを打ち倒したのだ。

 宿敵ドクターヘルへの勝利。この勝利は、シャッフル同盟の、ドモンの協力なしには成し遂げることはできなかっただろう。少なくとも甲児はそう思っている。ある意味、ドモン達シャッフル同盟は甲児の恩人でもあった。

 そのシャッフル同盟が2人。ドモン・カッシュとサイ・サイシー。それにドモンのパートナーであるメカニック兼医師のレイン・ミカムラが海賊艦に同乗していた。

 

レイン

「甲児君、少し背伸びたんじゃない?」

 

 レインに言われ、甲児がヘヘッと頭を掻く。それに続いて、ドモンも穏やかな表情で旧友との再会を喜んでいた。

 

ドモン

「ああ、まさか甲児と再会することになるとは思わなかったがな」

 

サイ・サイシー

「ねえ甲児のアニキ、さやか姉ちゃんは一緒じゃないの?」

 

甲児

「ああ。さやかさんは先に科学要塞研究所へ向かったよ」

 

 それを聞き、露骨にしょんぼりするサイ・サイシーに苦笑する甲児。そんな中で、鉄也が口を開いた。

 

鉄也

「しかし、デビルガンダムに木星帝国残党。敵はミケーネ帝国だけではないことか」

 

ドモン

「ああ。アランはそれに対応するために何か考えているようだな」

 

槇菜

「アラン……って、さっきの黒いコンドルみたいなメカに乗ってた人ですよね?」

 

 甲児達の再会の挨拶を見守っていた槇菜が言う。既に、事態は槇菜が巻き込まれた時よりも複雑になっている。そんな中で、味方のことだけでも把握しておきたい。そんな心理が働いてのことだった。

 

ドモン

「ああ。アラン・イゴール……侮れん男だ」

 

 ドモン曰く、アランはムゲ帝国との戦争でガタガタになった国連軍から離脱し自ら指揮していたレジスタンス組織、バンディッツで帝国と戦っていた歴戦の戦士だという。彼はムゲとの戦争終結後も独自に活動を続けており、ウルベの野望を看破し、デビルガンダムに関わる陰謀を調査していたドモンの2人目の兄……シュバルツ・ブルーダーを支援していたという。

 

槇菜

「そんなすごい人が、表に出てきたってことですよね……」

 

鉄也

「そうだな。今まで裏方に徹していた人間が、表に出ざるを得なくなる……それだけ、事態が逼迫しているということだ。ミケーネ帝国の登場で、グレートマジンガーを出撃せざるを得なくなったことと同じようにな」

 

 そう言って、不敵に笑う鉄也。そんな様子をドモンは一瞥し、フンと鼻を鳴らした。

 

鉄也

「…………何だ?」

 

ドモン

「いや、少し懐かしい気持ちになっただけだ。だが……その強いプライドが時に自分や仲間を傷つけることがある。それだけは、覚えておくんだな」

 

 それだけ言って、ドモンは鉄也達の前から歩き去る。鉄也は、無言でドモンの後ろ姿を睨め付けていた。そして、

 

レイン

(ドモンが……)

 

サイ・サイシー

(他人に説教するだなんて……)

 

 ドモンとここにいる誰よりも付き合いの長い2人はその様子をポカンと見つめていた。

 

 

…………

…………

…………

 

—科学要塞研究所—

 

 横浜からそう遠くない神奈川県の某所。そこに輸送機と海賊艦リトルグレイは着水していた。

 

オンモ

「本当に、ここでいいのかい?」

 

 リトルグレイの艦長である妙齢の女性、オンモがぼやく。それもそのはずで、アランと葉月博士が指定した場所には、何もないのだ。ただ、海だけが広がっている。

 

トゥインク

「待ってください、海中に高熱源反応あり。……何かあります!」

 

 通信士の、トゥインク・ステラ・ラベラトゥ。青いショートカットと星のように天真爛漫の瞳を持つ少女が言うと同時、波飛沫を上げてそり上がるものがあった。

 

トビア

「海の中から……建物が?」

 

キンケドゥ

「これが科学要塞研究所か」

 

 科学要塞研究所。そのタワー状の建物は周囲にミサイル発射台が設置され、360°を包囲するように展開されている。戦うために要塞化した研究所。その名前が表す通のの名を冠するに相応しい物々しい雰囲気がそこにはあった。

 

甲児

「すげえ、光子力研究所とは全然違う!」

 

 甲児が拠点としていた光子力研究所は、最低限の防衛能力だけを備えた純粋な研究機関だった。しかし、これは違う。

 

鉄也

「科学要塞研究所は、来たるミケーネ帝国との戦いに備えて武装した研究所……まさに要塞だ」

 

竜馬

「なるほどな……。早乙女研究所も相当だったが、ここもなかなかだぜ」

 

 その科学要塞研究所から、出迎えるものがある。女性型のフォルムをした、グラマラスなロボット……ダイアナンAだ。

 

さやか

「みんな!」

 

槇菜

「さやかさんだ!」

 

 よく知る人物の登場に、安堵する槇菜。思えばここ数日、どんどん知らない人が自分の周りに増えている。ゼノ・アストラに乗った時にはぐれてしまったエイサップは大丈夫だろうかと心細くもなる。そんな中で、見知った顔の同性がいてくれるのは、槇菜にとっても安心できる。

 ダイアナンAに誘導されて、一同は科学要塞研究所へと足を運んでいく。そして、輸送機から降りた一同を待っていたのは、国連軍の制服を着た4人組の男女だった。

 

「遅えじゃねえかよアラン」

 

 4人組のリーダー格、藤原忍。アランはそんな忍を一瞥しフッと声を出し笑う。

 

アラン

「相変わらずだな藤原。この分だと、親父もお前に苦労をかけさせられていることだろう」

 

「なっ、何をぉっ!」

 

 喧嘩腰になる忍を、隣にいた赤毛の女性が制す。

 

沙羅

「やめなよ忍。みっともない!」

 

 赤毛の女性、結城沙羅の後にメンバーの最年少の小柄な少年、式部雅人もそれに続く。

 

雅人

「そうそう。それに、結構可愛い子もたくさんいるみたいじゃん?」

 

 そう言って一同の女性陣を見回す雅人。その視線にオンモは呆れ、ベルナデットとトゥインクはトビアの後ろに隠れ、槇菜は不思議そうに首を傾げていた。

 

さやか

「槇菜……相手しなくていいわよ」

 

槇菜

「?」

 

「フッ……呆れられてるぞ雅人」

 

 4人組の中で一番の長身、長髪の男……司馬亮はそんな女性陣の様子を見て、雅人に脈がないことを悟り呟く。

 

竜馬

「ほう……」

 

サイ・サイシー

「へえ……」

 

 そんな亮の身のこなしは、只者ではない。その事を竜馬達、武道の達人は一瞬の所作で見抜く。

 

ドモン

「お前……なかなかやるな?」

 

「嗜み程度に、中国拳法をね」

 

 謙遜しているが、嗜み程度なはずがない。少なくともこうしている間にもすぐに背後を取られても対応できる構えを、亮は一切解いていないのだ。

 

ドモン

「いずれ、手合わせ願いたいものだ」

 

「ああ。流派東方不敗、不足ない」

 

レイン

「もう……。ファイターってみんなこうなんだから」

 

 その後は互いに視線を交わしたのみで、全てを悟ったように頷き合う2人にレインはため息をつく。しかし、その視線は慈しむようにドモンを見つめていた。

 

沙羅

「全く……。いきなりみっともないところみせて申し訳ないね。私は結城沙羅。こっちの単細胞馬鹿は藤原忍。こっちの女好きバカは式部雅人、それとそこで斜に構えてるバカは司馬亮っていうんだ。よろしく」

 

 そう言って、研究所の中を案内しながら気さくに声をかける沙羅のおかげで、一応の自己紹介が済む。

 

甲児

「獣戦機隊ってことは、あんた達があのダンクーガのパイロットか」

 

「ああ。マジンガーZとはムゲ野郎との戦いでも、何度か共闘したな。よろしく頼むぜ」

 

甲児

「へへっ、こっちこそ」

 

 ムゲ・ゾルバドス帝国。数年前、宇宙の彼方より現れた侵略軍。彼らとの戦いの最前線に出ていたのが彼ら、獣戦機隊だった。甲児は、彼らの乗るロボット・ダンクーガと何度か共闘したことがある。その時はこうして顔を合わせることはなかったが、それでも獣戦機隊のまさに野獣のような戦いぶりは、甲児の記憶にも強く残っていた。

 

槇菜

「甲児さんって、やっぱ人脈広いんだ……」

 

トビア

「マジンガーZの兜甲児って言えば、そりゃあね。俺だって顔と名前くらいは知ってる」

 

 海賊艦から降りてきた少年……トビアが呟く。

 

トゥインク

「兜甲児。祖父は天才科学者兜十蔵。兜十蔵博士の遺産マジンガーZを操り、世界征服を目論む悪の科学者ドクターヘルと戦った現代の英雄ですね」

 

槇菜

「…………」

 

 しかし、そんなトビアとトゥインク、それとベルナデットの顔を槇菜はポカンと見つめていた。

 

ベルナデット

「…………?」

 

 怪訝そうな顔をする3人。それに気づいて、槇菜は「あ、ごめんなさい!」と謝罪し、お辞儀する。

 

トビア

「いや、いいんだけど……どうしたの?」

 

槇菜

「うん……。海賊っていうくらいだから、もっとこう……厳つい感じのおじさんとかが出てくるとおもってたから、びっくりしちゃって」

 

 トビアは槇菜よりも少し歳上……恐らくは甲児かエイサップと同年代に見えるが、ベルナデットやトゥインクなどは槇菜よりも歳下の女の子に見える。それは、槇菜のイメージする「宇宙海賊」からかけ離れた姿だった。

 

トビア

「ああ……ははっ」

 

 たしかに、言われてみればそうだ。とトビアは笑う。この中で「海賊」のイメージに近いのはオンモ艦長とウモン爺さんくらいのもので、トビアやベルナデット、トゥインクは色々あるが成り行きで、海賊の一員になったと言ってもいい。それでもトビアは、今や海賊軍のエース。「イメージと違う」と正面切って言われたのは少々、傷ついた。

 

トビア

「…………眼帯でも、つけてみるかな?」

 

ベルナデット

「もうっ、トビアってば」

 

 そんな冗句にクスクス声を上げるベルナデット。2人の雰囲気はどこか、他の人達とは違って槇菜には見えた。思えばそれは、ドモンとレインの2人もそうだった。

 同じ男女のペアでも、甲児とさやかの2人から感じるものと近く、だけど甲児とさやかからは感じない不思議な関係性。そういうものを感じて、不思議な気持ちになる。

 

トゥインク

「どうしたんですか?」

 

槇菜

「あ、ううん。なんでもない」

 

 それが恋人同士特有の空気であるとまで悟れるほど、槇菜は人生経験豊富ではなかった。ただ、トビア達の間にある空気に温かいものを感じるのは、確かだった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—科学要塞研究所—

 

 研究所の奥にある会議室のような場所に集められた槇菜達。そこには既に、先程の横浜自衛隊基地にいた葉月博士と、口髭を蓄えた銀縁眼鏡の研究者・弓教授と、そして筋骨隆々とした男性が待っていた。

 

甲児

「…………」

 

 その3名のうち、口髭眼鏡の弓教授は甲児も家族ぐるみの付き合いがある。しかし、甲児の視線を釘付けにしているのは筋骨隆々の男の方だった。

 

剣蔵

「久しぶりだな。甲児」

 

甲児

「お父さん……?」

 

 兜剣蔵。事故で亡くなったはずの、甲児の実父。それが今、甲児の目の前にいる。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、ただ剣蔵を見つめている。

 

剣蔵

「驚かせてしまってすまん。そして、混乱させてしまったな。私はたしかに実験中の事故で死んだんだ。だが、お父さん……甲児、お前のお爺ちゃんが私を蘇らせてくれたんだ。半機械人間、サイボーグとして」

 

槇菜

「サイボーグ……」

 

 剣蔵が白衣の下を晒すと、そこには確かに骨と肉を包む皮膚ではなく、コンピュータと歯車を包む鉄の身体が存在していた。おそらく、脳以外のほとんど全てがそうなのだろう。とその場にいる誰もが理解する。

 

剣蔵

「私はお爺ちゃんの預言したミケーネ帝国復活の時まで、潜伏することにした。そしてマジンガーZを超える偉大な勇者グレートマジンガーを開発し、鉄也をグレートのパイロットとして世界を守る戦士に育て上げた。甲児、いずれ来たる闇の帝王との戦いで、お前と鉄也をサポートするのが、私が蘇った理由なのだ」

 

甲児

「お父さん……」

 

 甲児が一歩前に出る。それから一歩ずつ歩を進め、剣蔵の前に立った。そして、

 

甲児

「お父さん、ごめんなさい!」

 

 ゴツン。という鈍い音が、その場に響いた。鉄の音。そして、その鉄に思いっきり拳を振り上げた甲児の拳骨の音だった。

 

鉄也

「甲児君!?」

 

 何をするんだ。という抗議の声をあげようとした鉄也だが、それは他ならぬ剣蔵に制される。

 

甲児

「お父さん。お父さんが生きていてくれたことは、本当に嬉しいんです。でも……お父さんの使命のために、シローはずっと寂しい思いをしてきたんです!」

 

剣蔵

「ああ。わかっている……。殴ってくれても、憎んでくれても構わん」

 

 そう言って、甲児の瞳をずっと見つめる剣蔵。その瞳が幼い甲児の覚えている優しい父そのままであることを理解し、甲児は拳を収める。

 

甲児

「わかりました……やりますよ、お父さん。鉄也くんと、そしてみんなと力を合わせて、必ずミケーネの暗黒大将軍を、闇の帝王を倒してみせます!」

 

 たった一瞬だけ甲児に許された反抗期は、こうして終わりを告げた。吹っ切れたように、清々しい表情で甲児は、鉄也や他のみんなの下へ戻っていった。

 

ベルナデット

「親子、か……」

 

槇菜

「ちょっと、いいよね。ああいうの……」

 

 槇菜には、両親がいない。ドクターヘルの機械獣の襲撃を受けた際、機械獣の迫り、炎が燃え盛る中ではぐれてしまい、それっきりだ。  

 葬式も、上げていない。だから生きているのか死んでいるのかもわからないし、いなくなってしまったという実感も湧かないまま、ひとりになってしまった。まだ、12歳の頃のことだった。

 それ以来、定期的に面倒を見にきてくれる甲児とさやかや、元々仲のよかったエイサップの下に居付くようになった。最近はロウリや金本がいるので遠慮がちにしていたが、一時期はかなりの時間をエイサップの下宿先で過ごしていた。

 

槇菜

(羨ましい、かな。ちょっとだけ……)

 

 結局のところ、親離れを強制された反動で槇菜は甘えん坊になってしまった。そう槇菜は自覚している。しかし、だからといって拗ねるのも筋違いだと理解していた。

 

葉月

「さて所長、そろそろよろしいでしょうか」

 

 親子の対面が一通り終わったタイミングで、口を開いたのは葉月だった。剣蔵は「おお、すまんな」と言って頷き、改めてここに集まった面々を見やる。

 

剣蔵

「諸君を集めたのは他でもない。私と、獣戦機隊のロス・イゴール長官だ」

 

葉月

「イゴール長官は多忙の為ここには来れなかった。私葉月が、イゴール長官の代理としてこの場に出席させてもらっている」

 

 2人が言って、一同が頷く。そこでまず手を上げたのは、トビアだった。

 

トビア

「でも、いいんですか? 民間のスーパーロボットや在日米軍のハリソン大尉、シャッフル同盟の方々はともかく俺達は宇宙海賊ですよ?」

 

葉月

「しかし君達は木星帝国との戦いの功労者であり、それに我々の盟友アランの仲間だと聞いているが?」

 

トビア

「そりゃ、そうですが……」

 

オンモ

「はは、トビア。どうやらこの色男は最初からこうなることを見越してたね?」

 

 そう言って、オンモはアランを指差す。

 

アラン

「大事なのは情報だ。その点で君達は、我々や各国政府とは別の情報網をいくつか持っているだろう。事態が大きくなっている今、君達の情報網と、そして戦力を借りたいという気持ちは本当だ」

 

 そう、アランは悪びれもせずに言う。その理論は確かに筋が通っており、トビアとオンモも押し黙るしかなくなる。

 

トビア

「……まあデビルガンダムや木星軍、それにミケーネ帝国を放置するわけにもいかないですからね。俺達クロスボーン・バンガードも、協力しますよ」

 

 諦めたようにトビアは溜息を吐く。実際のところ、別に今更逃げ出すつもりもなかったのだが、それでも一応彼らは「アウトロー」なのだ。その示しだけはつけなければならない。そう思ってのことだった。

 

弓教授

「それに、実は危機はそれだけではないのです」

 

 そこで口を開いたのが、弓教授。

 

さやか

「どういうこと、お父様?」

 

弓教授

「うむ。最近入手した情報なのだが、不穏な動きがあるんだ。どうも、大規模なクーデターが画策されているらしい」

 

 クーデター。その不穏な言葉に、一同は息を呑む。ただ3人、ゲッターチームを除いて。

 

弁慶

「クーデターって……何だ?」

 

 1人。武蔵坊弁慶は言葉の意味を理解していない。情けなさげな困り顔で周囲の面々に助けを求める。

 

トゥインク

「クーデターというのは、暴力的な手段で政変を行うことですね。それが社会制度や支配イデオロギーからの解放を求めてのものなら革命とも言われますし、政治手段としてのものならテロとも言われます……あれ?」

 

 トゥインクの説明を聞きながら、弁慶は眠りこけてしまっていた。どうやら、意味を理解するのに頭脳が追いついていないのだろう。

 

隼人

「こいつのことは放っておけ」

 

 元テロリストの張本人である隼人は、慣れたものとばかりに弁慶を放置する。

 

竜馬

「へっ、クーデターなんて言ってもよ。結局は弱えやつが群れてるだけってのが殆どだろうよ。時々、骨のある奴はいるがあとは烏合の衆さ」

 

 と、竜馬。しかしその態度に唖然とする弓教授を尻目に、剣蔵が首を横に振る。

 

剣蔵

「たしかに、そうかもしれん。しかしね。たくさんの善良な人間が無意味に殺される。それが戦争であり、テロだ。それを看過しては、結局はミケーネや木星帝国と同じことを繰り返すだけになる」

 

 だからこそ、クーデターなどという手段は未然に防ぎたい。テロの罪悪とはその点に尽きる。そう剣蔵は言う。

 

竜馬

「ちげえねえ」

 

 剣蔵の言葉に納得し、竜馬も矛を収めた。

 

甲児

「でも、クーデターだなんて、まさかこの日本で……?」

 

 日本。ネオジャパンはガンダムファイトの優勝国であり、向こう2年の政治的主導権を握っている。その状態でクーデターを起こすとするならば、カラト首相の政治方針に異議を唱えている者だろうか。と考える甲児。

 

弓教授

「国内にも不審な動きはある。しかしより不穏なのが……アメリカだ」

 

ハリソン

「アメリカが?」

 

 祖国の不穏。それを言葉にされてハリソンが口を開いた。弓教授が頷くと、話を続ける。

 

弓教授

「アメリカ海軍の原子力空母パブッシュ。これが無国籍艦隊として登録されるという話は聞いたことがあるかね?」

 

ハリソン

「…………初耳です」

 

 パブッシュ。それはマーガレット・エクス少尉の所属艦の名前だったはずだ。とハリソンは記憶している。

 

葉月

「この無国籍艦隊というのが、次のガンダムファイト開催までを任期とし、各国で起こりうる災害やテロに対して迅速に対応するための無国籍艦隊。と記されていた。しかし、パブッシュは旧世紀に死蔵されていた核爆弾や核ミサイルを秘密裏に集積していることが、調査の結果わかったんだ」

 

キンケドゥ

「核、だって……?」

 

葉月

「核は抑止力。という考え方もある。無国籍艦隊が核を持つことで、国家戦争に対し牽制になる事実も認められるだろう。しかし、それは所持を公表している場合だ」

 

槇菜

「どういうこと?」

 

 槇菜が首を傾げる。

 

沙羅

「つまり、こっちには核兵器があるぞ! って互いに脅しをかけるのさ。そうすればお互い、血迷ったことをする前に報復を恐れるからね」

 

 沙羅が説明はわかりやすいが、槇菜は理解できても納得はできない。という風だった。

 

槇菜

「そんなことしなくても、仲良くできればいいのに……」

 

「それは理想論ではあるがな。現実はそうもいかん。で、だ。核を持っていることを公開することでフェアな政治を行える関係の中で、そのどこにでも介入可能な無国籍艦隊が秘密に核を持っている……。それは、キナくさい話になる」

 

 使うつもりがないのかあるのか。それもわからない核兵器を秘密に揃えている集団。それはたしかに、警戒すべき案件だろう。

 

葉月

「無国籍艦隊の真意はわからない。クーデターというのも、秘密に集めた核を使っての威力交渉を目論んでいるかもしれないという予測の一つだ。しかし、睨みを効かせる必要はある。そう判断せざるを得ないというのが、目下の結論だ」

 

 葉月が言い切る。数秒間だけ、沈黙が生まれた。

 

鉄也

「ミケーネ帝国に、木星帝国の残党軍。奪われたデビルガンダム。それに、敵か味方かわからない無国籍艦隊か。その無国籍艦隊が、ミケーネや木星軍と繋がっている可能性まで考えねばなりませんね」

 

隼人

「晴明の野郎もいるぜ。あいつがミケーネ帝国とどういう繋がりがあるのかも気になるところだ」

 

 状況の混乱が浮き彫りになると、一同がここに集められた理由にも納得がいく。この協力関係はつまり、無国籍艦隊への牽制の意味もあるのだろう。と隼人は理解した。

 

剣蔵

「ああ。これら未曾有の危機に対し、共に戦う同志として、私はここに君達を招集したのだ」

 

トビア

「同志、か…………」

 

 少しくすぐったそうに、トビアが呟いた。トビア自身の周囲にはキンケドゥをはじめたくさんの理解者がいたが、彼らクロスボーンの戦いは、孤独だった。それを思うと、少しくすぐったい響きでもある。

 

鉄也

「やろうぜ、甲児君」

 

甲児

「ああ。ダブルマジンガーの力が合わされば、怖いものなしだ」

 

 甲児と鉄也も、頷き合った。そして同じ父を持つ青年が、腕を交差させる。その光景は、剣蔵にとって長年の夢でもあった。

 

ドモン

「俺の仲間達も、今世界中でデビルガンダムを追跡している。何かあれば力になってくれるはずだぜ」

 

 ドモン・カッシュにとって、仲間、同志というものは掛け替えのないものだった。仲間……シャッフル同盟や、拳を合わせたファイター達のおかげで今の彼がいる。そして、そのおかげで今ドモンの傍にはレインがいつも寄り添ってくれているのだから。

 

「へっ、獣戦機隊も一気に大所帯になったな」

 

サイ・サイシー

「いやオイラたちは獣戦機隊になったわけじゃないぞ?」

 

 真顔でツッコミを入れるサイ・サイシー。しかしこれだけの、立場の違う人間たちが同士になるのならば、確かにその同盟を表す名前は必要だった。

 

槇菜

「名前かぁ……」

 

剣蔵

「うむ、そのことなのだが……」

 

 その直後、けたたましいサイレンの音が研究所に響いた。

 

鉄也

「なんだ!?」

 

 鉄也が叫ぶと同時、会議室の扉が開かれる。褐色の、長い髪の女性が慌ただしく駆けつけてきた。

 

ジュン

「所長、鉄也!」

 

 炎ジュン。彼女もまた鉄也と同じく兜剣蔵から訓練を受けた戦闘員であり、科学要塞研究所のメンバーである。ジュンは、手に持っていたタブレットを見せて、今のサイレンについて報告した。

 

ジュン

「岩国の米軍基地で、爆破テロが発生。死傷者数は不明とのことです」

 

槇菜

「岩国で!?」

 

 岩国。そこはつまり槇菜の故郷。そこでテロ? 突然の報告に理解が及ばないまま、槇菜が叫ぶ。

 

ハリソン

「よりによって、俺やゴレム司令がいない時にか!」

 

鉄也

「例の、パブッシュ無国籍艦隊とかいう奴らか?」

 

 可能性はないではない。パブッシュ艦隊にマーガレットがいたということは、槇菜のゼノ・アストラは元々パブッシュ艦隊のものであった可能性がある。それをマーガレットは、「海賊軍に奪われた」という虚偽の報告で槇菜に譲った。虚偽がバレたのなら、その報復。という可能性もありうる。

 

ハリソン

「兜博士、私は岩国基地の指揮官です。この危機に指揮官である私が席を外すわけにはいかない」

 

剣蔵

「うむ。ジュン、テロの詳細はまだ掴めていないんだろう?」

 

ジュン

「はい。まだ声明文のようなものは……」

 

剣蔵

「重大な事件の可能性が否定できん。ハリソン大尉、我々としても部隊の一部を急行させたい」

 

甲児

「それなら俺が行くぜ。岩国基地には世話になってるんだ!」

 

 甲児が叫ぶが、「待て」と鉄也に制される。

 

鉄也

「甲児君、マジンガーZはミケーネとの戦いのダメージが残ってる。ここで万全の整備を受けてからの方がいい。マジンガーチームは待機した方がいいだろう」

 

 鉄也が諭す。その内容は確かに正論であり、甲児も「仕方ねえか」と従うしかなくなる。

 それに、ミケーネ帝国の動きに対して迅速な行動をするためのメンバーが必要なのは確かなのだ。

 

トビア

「なら俺が行きます。テロが万が一木星軍の画策したものなら、無視できませんから」

 

ドモン

「木星軍が絡んでいるのなら、デビルガンダム絡みの可能性も高い。俺も行こう」

 

雅人

「なあ、俺も行かせてくれよ!」

 

 そこで叫んだのは雅人。雅人は、いつになく真剣な顔をして切羽詰まったように身を乗り出していた。

 

葉月

「雅人?」

 

雅人

「岩国には、親父がいるんだ。放っておけないよ!」

 

 式部雅人の父は、軍需企業・式部重工の社長である。雅人自身はそんな父に反発して家を飛び出した過去を持つが、それでも父の一大事かもしれないこの時に、平静ではいられないようだった。

 

葉月

「わかった。獣戦機隊も岩国へ行きましょう。獣戦機は分離と合体で小回りも効く。役に立つと思います」

 

 葉月博士は冷静な人物だが、非情ではない。こういった時にメンバーの意見を尊重することのできる男だった。

 

アラン

「俺も一緒に行こう。藤原達だけだと心配だからな」

 

「こいつ……。言ってくれるじゃねえか」

 

 悪態を吐きつつも、否定はしない忍。そこには反目し合いながらも築き上げた信頼関係があった。

 

キンケドゥ

「となると、研究所に残るのは俺とサイ・サイシー、甲児くん達マジンガーチームとゲッターチーム。岩国へ行くのは獣戦機隊とアラン、ドモン、トビアにハリソン大尉だな」

 

槇菜

「私……私も岩国に行っていいですか?」

 

 最後に、槇菜が恐る恐る立候補する。その意見は、あっさりと受け入れられた。岩国基地の指揮官でもあるハリソンが、槇菜の境遇について理解しているからである。

 

ハリソン

「櫻庭さん……そうか。そうだな、了解した」

 

甲児

「槇菜。頼んだぜ」

 

 甲児に後押しされて、頷く槇菜。しかし、その顔に雅人と同じように焦りの色が見えるのは、誰の目にも明らかだった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—???—

 

 青年は、光の中にいた。煌めく光に刺され、飲み込まれるようにオーラの海へ飛び込んだことまでは、記憶にある。似たような経験は、2度あった。しかし、今度のものは違う。

 

ショウ

「俺は、バーンと刺し違えたはず……」

 

 青年……ショウ・ザマは混濁した意識が覚醒するにつれて、記憶を鮮明にしていく。その記憶の中で自分は確かに、死んだはずなのだ。

 それなのに、意識がある。肉を持って感情が迸るのが伝わる。これは霊体験などではなく、ショウにとっての現実なのだと意識する。それに何より、ショウは今かつての愛機の中にいた。

 

ショウ

「これ、ダンバインのコクピットじゃないか。どうしてこんなところに……」

 

 ダンバイン。彼が命を預け何度も死線をくぐり抜けたオーラバトラー。しかし、今際の際にはこの機体ではなくビルバインに……いや、ビルバインからも飛び降りたはず。

 それなのに、何故。

 記憶の欠落か、自身が“浄化”されたところまでは覚えているのに、それが今に繋がらない。

 そんな時、声がした。

 

???

「聖戦士よ、この世界を救っておくれ……」

 

 その声は耳ではなく、魂に直接響くような重い声。テレパシーとでも言うのだろう。その声にショウは、聞き覚えがあった。

 

ショウ

「あなたは、ジャコバ・アオン!?」

 

 ジャコバ・アオン。バイストン・ウェルの上方世界である妖精の国ウォ・ランドンに棲むと言われるフェラリオの女王。しかし、ジャコバはバイストン・ウェル全てのオーラマシンを地上へ送った後、姿を消したと言われている。

 転生。そんな言葉がショウの脳裏を過ったが、それは憶測に過ぎない。

 

ジャコバ

「聖戦士。私はかつて、お前に全てのオーラマシンを破壊してほしいと依頼したね」

 

ショウ

「ああ。でもあなたは、結局バイストン・ウェルの争いに見切りをつけて全てを地上へ送った。それがなんで今更!」

 

ジャコバ

「地上とバイストン・ウェル。その調和を乱そうとする者がいる……」

 

ショウ

「なんだって……?」

 

ジャコバ

「この宇宙の調和とも言うべきそれを乱す者が、地に蘇りつつあるんだよ。それを滅するのも、聖戦士の務め」

 

 それは、あまりにも一方的な弁に聞こえた。ショウが抗議の声を上げようとするが、瞬間、ダンバインを濁流が飲み込んでいく。

 

ショウ

「ジャコバ・アオン!?」

 

 それだけの、か弱い抗議が狭いコクピットで響いた。次第にジャコバの声は小さくなり、そして…………

 

 

 

 

 

 バイストン・ウェルの物語を憶えている者は、幸せである。

 私達はその記憶を記されて、この地上に生まれてきたにも関わらず、思い出すことの出来ない性を持たされているのだから。

 それ故に、ミ・フェラリオの語る次の物語をこの戦いに書き加えよう……。




バイストン・ウェルルート
クロスボーン・ガンダムX1スカルハート(トビア)
量産型ガンダムF91(ハリソン)
ゴッドガンダム(ドモン)
ダンクーガ(忍)
ブラックウィング(アラン)
ゼノ・アストラ(槇菜)


地上ルート
ガンダムMk-II(キンケドゥ)
ドラゴンガンダム(サイ・サイシー)
マジンガーZ(甲児)
ダイアナンA(さやか)
グレートマジンガー(鉄也)
ビューナスA(ジュン)
新ゲッター1(竜馬)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話『招かれざるもの、豊穣の国より来たりて』

—太平洋上/原子力空母パブッシュ—

 

アレックス

「では……ゼノ・アストラは海賊に奪われたというのだな」

 

マーガレット

「はい。申し訳ありません」

 

 マーガレット・エクス少尉は、パブッシュに戻り虚偽の報告を行っていた。それに頭を抱えるアレックス大佐と、さしも興味なさげなマキャベル司令。マーガレットとしては、アレックスはともかくマキャベルの反応は意外に思える。

 

アレックス

「すぐに海賊討伐隊を組織したいところだが、難しいな」

 

 宇宙海賊クロスボーン・バンガード。彼らはネオロシアのガンダムファイター、アルゴ・ガルスキーらと面識があり、それを利用してガンダムファイト国際条約で保護されている。

 ガンダムファイト国際条約は、南極条約よりも遥かに高い強制力を持っている。それ故に、この略奪を国際問題とするには凡ゆる拘束があった。

 しかし、みすみすヴリルエネルギーを見逃すわけにもいかない。どうにかして、海賊軍とゼノ・アストラに近づく必要はあった。だが、それを今考えていても仕方ない。

 

アレックス

「エクス少尉。君にはしばらくの謹慎を命じる。その後、辞令を伝える」

 

マーガレット

「了解しました」

 

 敬礼し、司令室から退出するマーガレットを見送ってアレックスは深いため息を吐いた。

 

アレックス

「問題は、山積みか……」

 

マキャベル

「しかし、これは利用できるかもしれんな」

 

 ずっと黙っていたマキャベルが、口を開く。

 

アレックス

「と、言うと?」

 

マキャベル

「例の海賊軍は、日本の科学要塞研究所へ協力体制を取り、ミケーネや木星軍と戦うための特殊部隊に編入されると聞く。そこでなら、より実戦に即したヴリルエネルギーのデータを観測できるはずだ」

 

 何しろ正規軍と違いフットワークが軽い。そうマキャベルは言って、葉巻を口に咥える。

 

アレックス

「…………監視しておけば、手に入れるのは簡単。そういうことですか?」

 

マキャベル

「ああ。ヴリルエネルギーは、今後の人類史を左右する存在だ。“ゴッドマザー・ハンド計画”が遂行されれば、だがね」

 

アレックス

「……そう、ですね」

 

 “ゴッドマザー・ハンド計画”。その第一段階が今日、行われる。このパブッシュが独立宣言し、無国籍艦隊として国連に承認される。

 アレックスが岩国基地を留守にしてパブッシュの艦長という地位についたのは、この計画の賛同者だからだ。しかし、マキャベルの背後にあるもの全てを理解できている気はしない。

 

アレックス

「…………信用できるのですか。例の“シンボル”とやらは」

 

 “シンボル”と名乗る秘密結社が、マキャベルの計画の裏で糸を引いていることを知っているのは極一部である。その“シンボル”によって提供された核弾頭を補完するパブッシュは今や、世界のパワーバランスの一翼を担う存在であると言えた。当然、ミケーネ帝国や木星軍もパブッシュを標的にするだろう。

 

マキャベル

「彼らは同志だよ大佐。少なくとも、コロニーに引き篭もってこの地球を思い通りにできている気になったインテリ共よりは有能だ」

 

アレックス

「…………」

 

 コロニーに引き篭もって、地球を思い通りにできている気になったインテリ共。そこにはマキャベルの明かな侮蔑の意図が見え隠れしていた。そして、そんな現状に意を唱えるために集った同志達が、世界中にいることも知っている。その中には、日本の国学者もいると聞いていた。

 

マキャベル

「それより、我々の計画が表沙汰になった時君はどうするのだね? 日本人なのだろう、君の家族は」

 

 話題を変えるように、マキャベルが訊ねた。家族。妻敏子と息子エイサップの顔を思い浮かべてアレックスは、自分がもしかしたら、とんでもない裏切りをしているのではないかと言う気にもなる。

 

アレックス

「それこそ、杞憂というものですよ。もう何年も前から、私達は家族と呼べるようなものじゃない。まあ、切っても切れない厄介な関係ではありますが……」

 

 それでも、自分はアメリカの軍人なのだ。日本人の妻と息子がいたとしても。それに、その板挟みこそが、アレックスが“ゴッドマザー・ハンド計画”に手を貸した一因なのかもしれない。と思う。

 ただ、エイサップや敏子を愛しているのは本当なのだ。国籍が違い、立場が違ったとしても。だから今アレックスにのしかかるものは、任務の重責だけではないのかもしれない。そう考えて、悪寒がアレックスの背筋を走った。

 

マキャベル

「どうしたのかね?」

 

アレックス

「いえ……。私も、持ち場に戻ります」

 

 そう言って退出するアレックス。その悪寒はもしかしたら、これから始まる出来事の前触れをバイストン・ウェルの風が彼のオーラ力を通して教えているものなのかもしれなかった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—岩国/エイサップ鈴木の長屋—

 

エイサップ

「知らないって言ってるでしょ!?」

 

 エイサップ鈴木はその日早朝、岩国基地のMPに詰め寄られて辟易していた。エイサップ鈴木のIDで、基地内のデータにハッキングした形跡が確認されたという。やりそうな奴にアテはあるのだが、それを自分のせいにされては敵わない。しかも、武器の横流しなんていう割に合わないバイト……。実際のところ、エイサップのIDを無断で使用し、ロウリと金本が何かをしていたことは知っている。しかし、それを話せば友達を売ることになる。エイサップとしては、強引に決めつけてかかるMPよりも、ここ半年ほどの付き合いになる悪友の方に肩入れしてしまうというのが心情だった。

 だから、この跨っているスクーターを発進させないで、口答えしているだけでも有難いと思ってほしい。そうエイサップは舌打ちする。しかし、その態度がMPを苛立たせていることに気付かない程度にエイサップはまだ、未熟だった。

 しかも、エイサップの神経を逆撫でるものはそれだけではない。

 

敏子

「そうですよ! この子は関係ありません!」

 

 隣でエイサップを庇う女性……鈴木敏子。鈴木という姓が表す通りエイサップの実母の存在だ。敏子は、エイサップの髪を撫でるようにして、MPに抗議する。

 

敏子

「海兵隊の方ならわかるでしょう。この子が岩国基地司令、アレックス・ゴレムの息子だって!」

 

 息子がどうして、親の仕事の邪魔するというのか。そんな内心が透けて見える。或いは、それは純粋に息子を庇おうとして出た言葉かもしれない。だが、それはエイサップの神経を逆撫でるのに十分な過保護だった。

 

エイサップ

「やめろよ!」

 

 母の手を払った、その直後だった。激しい爆発音が、その場にいた全員の鼓膜を刺激する。その直後、見れば岩国基地の方から炎が上がっていた。

 

エイサップ

「あいつら……本当に……」

 

 この場にいない、友人2人の顔が脳裏を過った。

 

MP

「エイサップ鈴木! あれは何だ!?」

 

 声を荒げるMPに、エイサップは舌打ちする。

 

エイサップ

「力付くで言うこと聞かせようとするやり方が、問題なんでしょ!」

 

 その舌打ちは、自然と言葉として迸りエイサップの口をついた。その時脳裏を過っていたのは、父アレックスの顔。そして、

 

エイサップ

「だいたい……息子1人の責任も取れないやつが司令をやってること自体、たかが知れてるってことでしょう!」

 

 叫ぶと共に、スクーターのエンジンに火を入れる。それからアクセルを目一杯踏んで、逃げるようにエイサップはスクーターを走らせた。

 

MP

「なっ!?」

 

敏子

「エイサップ!?」

 

 走り去るスクーター。ヘルメットもつけずに速度を出し、エイサップの金髪が風に靡いていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—岩国/岩国湾沿い道路—

 

 

 

 エイサップはスクーターを飛ばしながら、追跡するパトカーから逃げ回っている。しかし、エイサップのスクーターでは最高速度も、馬力も違うのだ。いつまでも逃げ切れるわけではない。

 

エイサップ

「クソッ、こうなったらあいつらの泥舟に相乗りするしかないのか……!」

 

 ロウリと金本の無思慮なテロ計画。本気でやるとは思っていなかった。しかし、あの鬼の襲来の時に使った武器を見れば、準備は確かにやっていたことを理解できる。そして、ミケーネ帝国と鬼の襲撃の後処理に追われている今を好機と見て、米軍基地を攻撃したのだろう。と推測する。

 

エイサップ

(でも武力には武力って……それじゃ結局……)

 

 この惨状を見れば、ロウリ達は根本的な部分を履き違えているように感じる。と、その時だった。耳を裂くような轟音とともに、海兵隊のヘリがエイサップの頭上を飛んでいるのが見える。

 

エイサップ

「ク、クソ親父……。これはやり過ぎだろ!?」

 

 エイサップが叫んだ、その時。

 エイサップの前に、小さな羽根が舞う。白く美しい、羽根だった。

 

エイサップ

「羽……? なんで?」

 

 あまりに美しいその羽根に、見惚れてしまう。だが、その次の瞬間に発生したオーロラのような光が、エイサップの目を奪った。そして、

 

エイサップ

「う、うわぁっ!?」

 

 水飛沫を上げて突き上がるものがあった。その振動に、エイサップはスクーターから振り落とされてしまう。海へ落ちるエイサップを助けたのは、飛沫の中から現れる光の翼だった。

 光の翼は温かく、水と汗に塗れたエイサップはそれが蒸発するのを感じていた。なのに、悪い気持ちはしない。

 光の翼と水飛沫の向こうに、女の子が見えた。青みがかった黒髪を不思議な形に結った、赤い和装にミニスカートのアンバランスな少女。可愛らしい瞳だが、凛々しい横顔をした子だった。その子に見惚れているうちに、翼が胡蝶のように霧散する。

 

エイサップ

「うぁっ!?」

 

少女

「きゃっ!?」

 

 落下した2人が落ちたのは、不思議な艦の艦板だった。

 

エイサップ

「っ…………クソ、何なんだよ」

 

 毒付くエイサップの眼前に飛び込んできたのは、少女の腿。しかし、それに見惚れる時間はエイサップには与えられなかった。

 

少女

「あ、青空……。この光!」

 

 立ち上がろうとした少女の膝が、エイサップの顔面を殴打したからだ。

 

少女

「バイストン・ウェルではない! ここは……地上界!?」

 

 空の光を浴びて、少女はそう叫ぶ。それから、「ジンザン、レンザンは!?」と周囲を見回す少女に、エイサップは抗議の声を上げた。

 

エイサップ

「あんたはっ!?」

 

 そこで、はじめて少女はエイサップの存在に気づいたように目を丸くする。

 

少女

「?」

 

エイサップ

「あんたは、膝で俺を殴ったんだぞ!」

 

 それなのに、謝罪の言葉もないのか。そう言おうとして、出てこない。少女の瞳に、不思議な引力を感じたからだ。

 

少女

「あなたが、呼んだのですか?」

 

エイサップ

「え……?」

 

 何を言っているのか、わからない。しかし、少女の言葉が理解できる。呼んだのだろうか。とエイサップが自問する。だが、答えが出る前に、またオーロラの光と水飛沫が、エイサップを襲った。

 現れたのは、甲虫のようなツノを持つロボット。藤色に赤い目をした機体と、紺色に黄色い目をした同じ機体が、剣を持ち鍔迫り合い合っていたのだ。

 その機体を、エイサップはニュースで見たことがある。ダンバイン。昨年、東京上空に現れた異世界バイストン・ウェルのオーラバトラー。甲児や槇菜達と話していたそれが、現実になる音をエイサップは聞いた気がした。

 

少女

「向こうのは……アブロゲネか!」

 

 少女が叫んだ向こうには、空を飛ぶ船が浮いている。船、とエイサップが感じたのは、その見た目がどことなく、旧日本軍の軍艦に似ていたからだ。

 アブロゲネ。少女にそう呼ばれた船から、禿頭に白髭を蓄えた、しかし筋肉質な老人が姿を現した。老人は腰に剣を携えており、その風貌からも「老武者」という言葉似合う。

 

アマルガン

「なっ、なんということだ……。リュクス姫様、『リーンの翼の沓』をお使いになってしまったか。世界の理が乱れるぞ!」

 

 老武者……アマルガン・ルドルの叫びはしかし、2体のダンバインが唾競り合う剣戟の音に掻き消された。

 

エイサップ

「何が起きてるんだよ、これ……」

 

 エイサップが呟くと、老武者は船から身を乗り出して叫ぶ。

 

アマルガン

「リュクス姫! なぜリーンの翼の沓をお城から持ち出してしまったのですか! 姫様の使い方では、世界が狂います!」

 

 リュクス。そう呼ばれた少女は老武者の言葉に「なっ……」と呻くと、顔を真っ赤にして言い返す。

 

リュクス

「何を言う! 反乱軍になど渡せるものですか! そちらこそ投降するのです!」

 

アマルガン

「異国の聖戦士が、サコミズ王打倒のために我らに力を貸してくれた。その意味をお考えください!」

 

リュクス

「アマルガン殿は、父の親友だったのでしょう。父の野心を諌めるのがあなたの務めだろうに!」

 

アマルガン

「だからこそ、です。今の王は聖戦士ではなくなってしまった!」

 

 エイサップには理解のできない言い合いをするリュクスとアマルガン。しかし、2人の間に確執があることだけは理解できる。そして、その確執がこの事態を招いてしまったであろうことを。

 

エイサップ

「あんた達……戦争をやってんのか?」

 

 戦争。ガンダムファイトなどという代理戦争ではない、生の戦争。未知の侵略者や、宇宙人が相手ではない、人間同士の戦争。エイサップの、知らないものが目の前で繰り広げられている。その現実に戦慄しているエイサップだが、老武者アマルガンの隣にひょっこりでてきた2人組の顔を見て唖然としてしまった。

 

ロウリ

「あ、向こうの船に乗ってるのエイサップだぞ!」

 

金本

「本当だ! しかもなんか可愛い子が一緒にいる! おーいっ!」

 

 ロウリと金本。米軍基地に爆破テロをしかけた張本人2人が、アマルガンの船アブロゲネに乗り合わせていたのだ。

 

エイサップ

「あいつら……何やってんだ……」

 

 エイサップの予想通り、基地へテロ攻撃をした2人は米軍から逃げる最中エイサップと同じようにオーラロードを開き浮上するアブロゲネに乗り合わせてしまったのだ。

 

金本

「しかしあの中学生の子といい、エイサップの周りって女の子いるよねー」

 

ロウリ

「あの青い瞳と金髪が、気を引くんだろうな」

 

 などと勝手なことを言っている2人が事態を正しく理解しているのか、エイサップには甚だ疑問である。何より、目の前で鍔迫り合いをやめない2体のオーラバトラーの存在が、何よりも異常だった。

 

 

 

……………………

第4話

『招かれざる者、豊穣の国より来たりて』

……………………

 

 

ショウ

「ウッ…………、ここは地上か?」

 

 ショウ・ザマが意識を取り戻した時、無意識のうちに紺色のダンバインのソードを受け止めていた。その景色は間違いなく、ショウの故郷日本である。

 

ショウ

「トッド、ここは地上だ!」

 

 ショウは咄嗟に、目の前の敵……トッド・ギネスへ通信を入れた。バイストン・ウェルよりもクリアに繋がるのは、ミノフスキー粒子の濃度がまだ低いからだろう。紺色のダンバインに乗るトッド・ギネスはしかし、そんなことはお構いなしに剣を振り上げる。

 

トッド

「地上に出れたのは嬉しいが、まずはお前を倒さなきゃ示しがつかねえんだよ!」

 

ショウ

「やめろトッド! バイストン・ウェルの戦乱を地上に持ち込めば、世界の理が乱れるだけなんだぞ!」

 

 トッドの剣を受け止めて、ショウは尚も説得を続ける。その言葉はショウにとっては実感だったが、トッド・ギネスにとっては戯言で、トッドのダンバインはショウのダンバインを蹴り上げ突き放す。すかさず上空へ飛ぶショウのダンバインを追うように、トッド機はオーラショットを放ちながら空を舞った。

 

トッド

「お前が地上に出て、ドレイクの奴らと決戦をしている間……バイストン・ウェルで燻ってた俺は地獄を見てきたんだ。ショウ、今度はお前にも地獄を見せてやるぜ!」

 

 それはあまりにも身勝手な理屈だが、トッドにとっては正当性がある。ショウのダンバインに撃墜され、あわや異世界で野垂れ死にするところだったトッド・ギネスからすれば、ここで借りを返したいという私怨の方が、ショウの言う「全てのオーラマシンを破壊する」などという絵空事よりも大事なのだ。

 

ショウ

「この、ヤンキー!」

 

 その幼稚さが、聞き分けのなさが、ショウを苛立たせる。

 

トッド

「今度こそもらったぜ、ジャップ!」

 

 ショウのダンバインがオーラソードを構え直し、トッドへ向かった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

エイサップ

「なあ、あんた! あんた達はバイストン・ウェルとかいう世界の人間なんだろ?」

 

 2体のダンバインの激突を目撃しながら、エイサップは隣の少女……リュクスへ問う。

 

リュクス

「はい。海と大地の狭間の世界バイストン・ウェルから来たリュクス・サコミズ。そして父はホウジョウの王……真次郎・迫水。あなたと同じ日本人です。エイサップ鈴木」

 

エイサップ

「え?」

 

 自分は、名乗ったか? そんな疑念が過ぎる。それとも、この不思議な少女リュクスにはどこかで会ったのだろうか。とありもしないことを思う。だが、しかし。

 

エイサップ

「とにかく、ここは地上なんだ。あんた達の世界じゃない。ここでの戦いをやめてくれ!」

 

 昨年の東京上空事件。オーラバトラーの火力は、現代兵器のそれを大幅に超えていた。今こそダンバインはほとんど剣のみで戦っているが、いつ街に被害が出るかわからない。

 東京上空にダンバインと、バストールと呼ばれるオーラバトラーが現れた時、ものの数分の間に東京では30万人が死んだのだ。デビルガンダムのせいで甚大な被害を受けた東京は、たった2機のオーラバトラーに追い討ちをかけられて、壊滅した。

 それと同じことを、岩国で起こさせるわけにはいかない。しかし、エイサップのそんな懇願は、リュクスの背後から現れた2人の男によって阻まれた。

 1人は色黒の男武者といった風貌の男。もう1人は、上半身のほとんどを晒した半裸の装束を纏う、紫色の髪を持つ男だった。

 

リュクス

「コットウ、シャピロ……!」

 

 色黒の武者をコットウ・ヒン。半裸の男がシャピロ・キーツという。

 

コットウ

「姫様、お下がりください」

 

 コットウが言い、シャピロが続ける。

 

シャピロ

「姫様、これは天命です。リーンの翼のお導きとも言えるでしょう。アマルガン共反乱軍を滅ぼし、王の威光をこの地上に知らしめるのです」

 

リュクス

「シャピロ、お前は……!」

 

 リュクスはそんなシャピロへ侮蔑の眼差しを向ける。そしてそんなシャピロの口元が、醜く歪んでいるのをエイサップは見逃さなかった。

 

エイサップ

「お前……この街を、戦場にする気か?」

 

 シャピロはしかし、そんなエイサップの言葉を無視し、指示を出す。

 

シャピロ

「コットウ将軍。主砲を放て」

 

エイサップ

「なっ…………!?」

 

 シャピロの宣言にコットウは首肯し、合図を出す。それと同時、エイサップ達の乗るオーラ・バトル・シップ……キントキの主砲が火を吹き、火球が飛んでいく。

 しかし、その砲撃は敵であるはずのアプロゲネに命中することはなかった。

 岩国基地を焼くように、爆発が起こる。それは、尋常なものではなかった。

 

エイサップ

「うそ、だろ…………?」

 

 燃え盛る米軍基地。火の柱が燃え上がるように立っている。あまりにも現実感のない光景。ロウリや金本が起こしたテロなど、子供の火遊びにしか見えないものだった。

 

エイサップ

「親父…………?」

 

 エイサップの父は、今火の柱が上がっているそこの司令官なのだ。その父の顔が、エイサップの胸に去来する。それと同時、エイサップはコットウの胸倉を掴んでいた。しかし、その体格や筋肉のつき方、全てがコットウに分がある。遊ばれている。エイサップは真っ白な頭の中で、それだけを確信していた。

 

コットウ

「王から聞いているぞ。堕落した日本人よ」

 

 その証拠に、コットウ・ヒンは微動だにせず、エイサップを冷徹な目で見据えている。

 

コットウ

「我々とて無益な争いは望んでいない。故に、この地を我らに渡すのだ。さすればサコミズ王が、この地にもう一度輝きを与えてくださるだろう」

 

エイサップ

「お前達は……日本を侵略しに来たのか!?」

 

シャピロ

「フッ……感謝するんだな。この世界の荒れ事を、サコミズ王が平定してくださるのだよ」

 

 そう言って、シャピロ・キーツは不敵に笑う。その目は明らかにエイサップを、いや自分以外の全ての人間を見下した瞳だった。

 

リュクス

「シャピロ、お前もあのトッド・ギネスと同じ地上人なのであろう!」

 

 シャピロの言葉に、リュクスが激昂する。しかし次の瞬間、キントキが激しく揺れてリュクスの言葉が遮られた。

 

コットウ

「シャピロ・キーツ。あれは使えるのだろうな?」

 

シャピロ

「ああ。バイストン・ウェルの強獣の生態データが参考になった。問題なく、動くはずだ」

 

 シャピロがそう言った直後、キントキから落とされたものがあった。それは、赤い体色をしたメカ怪獣とでもいうべきもの。怪獣は咆哮を上げながら岩国の街へ上陸し、燃える街を踏み荒らしていく。先程のオーラキャノンで燃え上がる基地からジェガンが2機だけ出撃し怪獣を迎撃する。しかし、焼け石に水。

 

リュクス

「なんてことを……シャピロ、あなたは!」

 

シャピロ

「腐るものは腐らせ、焼くものは焼く。サコミズ王の御心を理解することですな姫様」

 

 平然とした顔を崩さず、鼻で笑うシャピロをリュクスは睨め付ける。その光景を見て、エイサップは確信した。この男……シャピロは、狂っていると。

 エイサップはリュクスの腕を掴み、走り出す。

 

リュクス

「な、何を!?」

 

エイサップ

「ここは俺の街なんだよ! だから、協力してくれ!」

 

 駆けながら叫ぶエイサップ。リュクスは意を決したように頷くと、「あっちです」と指差し、エイサップを誘導する。途中、近衛武者のような連中とすれ違ったが、リュクスが一喝すると、手を出せないでいた。その様子が、この子が本当に姫なのだとエイサップに理解させる。そして、エイサップ達が辿り着いた場所は、オーラバトラーの格納庫だった。エイサップは、その中にある青いオーラバトラーと目が合った気がした。それは甲虫ようなツノこそダンバインと共通しているが、西洋騎士のような風貌のダンバインと違い、日本の武者のように見える。エイサップの中に半分だけ流れている日本人の血が、その見た目を気に入ったのかもしれない。

 

エイサップ

「こいつを借りる」

 

 そう言ってエイサップは青いオーラバトラーのコクピットを開き、操縦系統を確認する。

 

リュクス

(この新型、トッド殿でも動かすことができなかったのに……)

 

 エイサップの隣に座り込むようにしてコクピットへ入ったリュクスは、エイサップのそのセンスに驚嘆していた。この新型は強いオーラ力を持つ者でなければ動かすことができず、フガクの中にこれを動かせる武者はいなかった。外の大陸で聖戦士として戦っていた地上人……トッド・ギネスを父が雇い入れた理由の一つが、この機体を動かせる武者を探してのことだった。にも関わらず、トッドのオーラ力を以ってしてもこの名無しを動かせなかったのだ。

 それを、この青年……エイサップは不慣れながらも動かして見せている。

 

エイサップ

「でもやっぱこれ、コツがいるな。この! この!」

 

 キャノピーを閉じ、歩き出してみせる名無しのオーラバトラー。聖戦士。そんな言葉がリュクスの脳裏を過った。

 

エイサップ

「よし、これで……」

 

 背中の翅がオーラ力を吸って、飛び立つ。ダンバインのようにオーラ力を推進力とするオーラコンバーター推進機を搭載せず、オーラ力で羽根の筋肉を動かす仕組み。それがこの名無しのオーラバトラーの特徴だった。

 キントキの格納庫から発信する名無しは、一目散に赤い怪獣へと飛んでいく。

 

エイサップ

「何か、武器はないのか!」

 

リュクス

「オーラソードがあります」

 

エイサップ

「こいつか!」

 

 腰の刀を抜く名無しのオーラバトラー。その青い機影に、誰もが注目した。

 

コットウ

「あの地上人が名無しを動かしたか!」

 

ショウ

「あれはっ!?」

 

トッド

「あれを動かした奴がいるだと!」

 

 トッドの紺色のダンバインが、鍔迫り合いあっていたショウのダンバインをオーラショットで牽制し、エイサップに向かう。

 

ショウ

「トッド!?」

 

トッド

「悪いなショウ、これは俺の沽券にも関わるんでよ!」

 

 紺色のダンバインが、名無しのエイサップに迫る。ワイヤークローを射出し、エイサップの足を止める。

 

エイサップ

「何だよ、こいつ!」

 

トッド

「そのオーラバトラーを動かしてる奴よ!」

 

 名無しはホウジョウ軍の新型だ。順当に考えれば、トッドの味方のはずだった。だが、トッドに動かせないオーラバトラーを扱う聖戦士の存在は、トッドの立場を危うくする。だから、自分に逆らうなと挨拶するつもりだった。これは、ほんの脅しだ。だが、しかし。エイサップの名無しはワイヤーに掴まれていないもう片方の脚で、トッドのダンバインを足蹴にする。

 

エイサップ

「そんな脅し、見えすいている!」

 

 名無しの強烈な蹴りが、ダンバインの右腕を吹き飛ばした。

 

トッド

「こ、こいつのオーラ力はっ!?」

 

 圧倒されるトッドを尻目に、エイサップは赤い怪獣を追う。トッドなど眼中にないとでも言わんばかりのその態度が、よりトッドを刺激した。

 

トッド

「お前、何者だぁっ!」

 

 オーラソードを振り抜き、渾身のオーラ力を纏い再び迫るトッド。エイサップはしかし、その渾身のオーラ斬りを剣で受け止める。

 

エイサップ

「俺はエイサップ鈴木、日本人だ!」

 

 エイサップのオーラソードが、彼のオーラ力に呼応するように燃え上がる。炎を纏ったオーラソードはトッドのダンバインの剣を斬り落とし、そして振り抜き様にエイサップの燃える剣は、紺色のダンバインを斬り裂いていた。

 

トッド

「エイサップ……鈴木? アメリカンとジャップの半端野郎に、俺は負けたのか!?」

 

 右のコンバーターを破壊され、地に落ちていくダンバインの中で、トッドは呻いていた。アメリカ空軍で鳴らし、聖戦士としてドレイク軍で戦い、日本人ショウに敗れてドレイク軍での居場所がなくなり、サコミズ王に拾われ再起を誓った。その途端に、ショウ・ザマが帰還し、見ず知らずの半端野郎に負けた。

 それは、トッド・ギネスにとって屈辱以外の何者でもなかった。

 

ショウ

「トッドを落とすなんて、あのオーラバトラー只者じゃないぞ!」

 

 しかし、その名無しは赤いメカ怪獣の吐く火炎に、近づけないでいる。

 

エイサップ

「クソッ、これじゃ……!」

 

リュクス

「エイサップ、何か来ます!」

 

 リュクスに言われ、エイサップが振り向く  

 米軍の輸送機から発進する機動兵器達が、エイサップの眼前に広がっていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

槇菜

「嘘、でしょ。何これ……」

 

 ゼノ・アストラの中で槇菜が見たのは、燃え広がる岩国の街だった。通い慣れた通学路も、行きつけの喫茶店も、確認できる限り滅茶苦茶だ。これが、テロの結果だというのだろうか。

 

ハリソン

「基地が……おいっ、俺だ! 生き残りはいるか!?」

 

 青いF91に乗るハリソンが、通信回線で呼びかける。すると、微かだが反応があった。

 

海楽

「は、ハリソン大尉!」

 

 ジェガンで応戦していた兵士や、その他の生き残りだ。

 

ハリソン

「海楽! いいか、民間人の避難を最優先。後の対処は我々が行う!」

 

海楽

「了解!」

 

 ハリソンの指示で、統制を取り戻した在日米軍や自衛隊は、住民避難へ移行する。その様子に安堵しつつ、ハリソンは状況を見直していた。

 

ハリソン

「空飛ぶ戦艦が二隻、牽制し合っている。それと見知らぬオーラバトラーと、MIAとなっていたダンバイン……」

 

ショウ

「地上の軍か!?」

 

 ハリソンのF91に近づき、ダンバインが通信回線を試みる。

 

ショウ

「俺はショウ・ザマ。バイストン・ウェルの世界から再び飛ばされてきた。あの怪物を止めたい。協力してくれ!」

 

槇菜

「ショウ・ザマ……。甲児さんの知り合いの人?」

 

 ともかく、今なんとかしなければいけないのはあの赤いメカ怪獣だった。推進力が最も高いダンクーガがそのメカ怪獣に近づくにつれて、細部がはっきりと見えてくる。その姿に、彼ら4人は見覚えがあった。

 

沙羅

「忍! あれ……」

 

「あれは、ムゲ野郎の戦闘メカじゃねえか!」

 

 ムゲ・ゾルバドス帝国の戦闘メカ。それは彼ら獣戦機隊にとって、因縁深いものでもある。

 

「あれは確か、自爆するマシンの筈だ。街中で自爆なんてされたらまずいぞ!」

 

 データベースに“グザード”という名前で登録されているメカ怪獣を亮は記憶の中から引き出して、全員に通告する。

 

槇菜

「自爆!?」

 

 それは、ただでさえ火の海になっている岩国が、さらに悲惨なことになることを意味していた。

 

アラン

「ここで自爆させるわけにはいかない。機動力のあるマシンは先行して、あの化け物を麓の山へ誘導しろ。あそこなら、被害は最小限で済むはずだ」

 

 ブラックウィングのアランが、ポイントを指定する。

 

雅人

「親父……逃げててくれよ」

 

 祈るように、雅人が呟いた。

 

ドモン

「ならば、自爆などされる前に跡形もなく消滅させる!」

 

 輸送機の艦橋に立つゴッドガンダムの、ドモンが叫ぶ。

 

トビア

「でも、どうやって?」

 

 同じく艦橋に乗るマントを羽織った海賊のガンダム。トビアがドモンに訊く。輸送機が陸に上がるまでには時間がかかる。飛行ユニットを持つダンクーガや、空間転移能力を持つゼノ・アストラ、それとベース・ジャバーに乗ったF91が先行しているが、トビアとドモンのガンダムは上陸に少しばかり時間がかかる。だが、

 

ドモン

「どうって、こうするのさ!」

 

 ドモンが大袈裟に指を鳴らす。すると、どこからともなく空を駆ける白馬がゴッドガンダムの前に降り立った。

 

ドモン

「よく来てくれた風雲再起。行くぞっ!」

 

 モビルホース・風雲再起。ドモン・カッシュの師匠・東方不敗マスターアジアの愛馬であり、今や師匠の形見となったドモンの愛馬。風雲再起が、ドモンへ駆け付けたのです!

 ゴッドガンダムは風雲再起に騎乗するし、輸送機を離れて駆け上がる。

 

トビア

「何でもありだな、あの人……」

 

 呆気に取られて、トビアが呟いた。

 

 

…………

…………

…………

 

シャピロ

「ダンクーガ……。まさかこんなに早く再会できるとは思わなかったぞ」

 

 キントキの司令塔で、シャピロ・キーツは醜く笑っていた。ダンクーガ。かつて、ムゲ・ゾルバドス帝国の幹部だった自分の地位を失墜させた憎むべき敵。そして、自分を捨てた女の居場所。

 

シャピロ

「沙羅……。この私に逆らったこと、今日こそ後悔してもらう」

 

 右肩を震わせながら、シャピロはダンクーガを睨む。そしてシャピロの号令で、キントキの主砲がダンクーガを襲った。

 

「何っ!?」

 

 寸でのところで機体を逸らし、回避するダンクーガ。しかし、連続で撃たれる主砲がまたダンクーガへと飛んでいく。

 

雅人

「忍っ! あの船明らかにこっちを狙ってるよ!」

 

 躱しきれない。だがその火球はダンクーガに届かず、巨大な盾に防がれる。ゼノ・アストラ。槇菜が身を挺して、ダンクーガを庇っていた。

 

槇菜

「早く、あの怪獣を何とかしてください!」

 

「お前……」

 

 無我夢中で、槇菜が叫ぶ。オーラの火球は、堅牢なゼノ・アストラの盾を前に霧散していくがしかし、決してダメージがないわけではない。

 

槇菜

「ここは、私の故郷なんです。私が帰る場所なんです。だから!」

 

「わかった。行くぜお前ら!」

 

 「OK忍!」と返す3人を合図に、ダンクーガは加速する。ダンバインとゴッドガンダム、それにブラックウィングがそれに続いた。

 

エイサップ

「手伝ってくれるのか?」

 

ショウ

「ああ。こいつを山の方に誘導する。できるか?」

 

エイサップ

「やってみます!」

 

 名無しのオーラバトラーが羽撃き、メカ怪獣グザードはそれを追うように歩を進める。それからダンバインとダンクーガ、ゴッドガンダムは山へ回り込むようにして、名無しとグザードを待ち伏せる。その間、キントキとアプロゲネが睨み合うのをゼノ・アストラとF91、ブラックウィングが牽制していた。

 

シャピロ

「忌々しい奴等め……。コットウ将軍、ゼイ・ファー、ドル・ファー部隊を出撃させろ!」

 

コットウ

「うむ、今のうちに地上の戦力を削いでおく必要はあるな」

 

 合図とともに、キントキから放たれたのは緑色の異形のメカと、白い奇妙な戦闘ヘリ。それらはハリソンの持つデータの中には、ムゲ・ゾルバドス帝国の戦闘メカと記録されていた。自分も、戦った覚えがある。

 

ハリソン

「バイストン・ウェルの軍勢と、ムゲ・ゾルバドス帝国……どういう繋がりだ?」

 

 ビームライフルを構えながら、ハリソンが呟く。緑色の戦闘メカ、ゼイ・ファーのビームキャノンをビーム・シールドで防ぎながらビームライフルでそれらを迎撃していく。問題は、数が多いこと。そしてグザードと格闘するダンクーガへ迫るようにハリソン達を無視して動いていることだった。

 

槇菜

「こいつら、ダンクーガを狙ってる!?」

 

 盾を使って敵機を殴りつけながら、ゼノ・アストラを無視し進軍する白い戦闘ヘリ……ドル・ファーを横目に槇菜が叫ぶ。ゼノ・アストラの主な武装は指のワイヤードと、この大きな盾。物量を相手にする装備はない。

 

ハリソン

「まずいぞ。進軍部隊はあのデカブツを阻止してもらわなければ!」

 

 ハリソンのF91も、強力な大型ビームライフル・ヴェスパーを放ちゼイ・ファーを撃ち落としていく。その余波で数機のドル・ファーも巻き添えにしてしまうほどの高火力を街中で使えば、どれほどの二次被害が発生するかわからない。それでもこの場で使うのは、既に二次被害を気にしている場合ではないからだ。

 この場で敵を放置すれば、どれほどの被害になるかわからない。それならば、とハリソンはここで引鉄を引く。

 

アラン

「奴らのデータは揃っている。耐久力の高いゼノ・アストラは各機と街のカバーに周り、私とハリソン大尉を中心に各個撃破していくしかない。敵をダンクーガへ近づけるな!」

 

 ブラックウィングのビームガンで戦闘ヘリドラ・ファーを撃ち落としながら、アランが各機に指示を出す。

 

槇菜

「了解! でも……」

 

 巨大な盾を押し付け、ゼイ・ファーを一機ずつ殴り抜けるのでは、限界がある。機動力の高いブラックウィングや、殲滅能力の高いF91のようにうまくはいかない。そうしているうちに、ゼノ・アストラの手を逃れたゼイ・ファーが複数、街へ侵攻を開始していた。

 

槇菜

「しまっ……きゃぁっ!?」

 

 追おうとし、背を向けたその瞬間にキントキからの砲撃を受けるゼノ・アストラ。シールドを構えることができず、爆風で大きく吹き飛ばされる。槇菜の集中力が途切れたその一瞬に、ゼイ・ファーが身を乗り出して街への進軍を開始した。

 

槇菜

「そんな……!」

 

 ゼイ・ファーの軍勢が狙うのは、憎きダンクーガ。ゼノ・アストラは左手の指をワイヤーで射出し敵の足を止めようとするが、数が多い。

 

ハリソン

「ちぃっ!?」

 

 ハリソンの舌打ちと同時、同時に放たれたビームの雨がゼイ・ファーに降り注ぐ。ハリソンが後ろを見ると、マントを羽織り、胸に大きな髑髏のマーキングが施されたガンダムが、ボウガンのような形状をしたビーム・ライフルを構えていた。

 

トビア

「悪いな、こいつは手加減できねえぞ!?」

 

 トビアの乗る海賊のガンダム・スカルハート。クロスボーン・ガンダムX1と呼ばれるマシンに独自の改修を施したトビアのガンダムだ。トビアの“スカルハート”が持つ特殊なビームライフル・ピーコックスマッシャーは9つのビーム兵器を連結させ、同時に斉射することで広域にビームを発射できるという代物だ。1対多の戦いを強いられてきた海賊軍の、オリジナル装備。それが今こうして役に立っている。

 

ハリソン

「スカルハートか!」

 

トビア

「俺が地上に降りた奴らを片付けます。アランさんとハリソン大尉は空の奴らの対処を。槇菜ちゃんはあのデカブツと戦うメンバーに合流して、盾になってやってくれ!」

 

 ピーコックスマッシャーをしまうと、マントを翻し“スカルハート”は駆ける。その機動力でゼイ・ファーに追いつくと、腰のシザーアンカーを発射し突き刺す。さらにその振り抜き様、斬馬刀のようなビームサーベル・ビームザンバーでもう一機を斬り裂いた。

 ゼイ・ファーのうち1機が、反撃のビームカノンを放つ。しかし、そのビームは“スカルハート”のマントを前に霧散していく。

 ABC(アンチ・ビーム・コーティング)マント。マントそのものにビームコーティングを施した代物であり、Iフィールド発生器のような強力な耐ビーム性能を持続できるわけではないが、本体のエネルギーを使用せずに数度のビームくらいならば弾くことができ、補給線の薄い海賊軍で活躍した装備である。“スカルハート”はビームの雨を浴びながら、ABCマントでダメージを撃ち消し、飛び上がる。

 マントが弾け飛び、巨大な髑髏が晒されながら、集まったゼイ・ファーへ再びピーコック・スマッシャーを構え、斉射する。

 点ではなく、面を制圧するビームが飛び、ゼイ・ファーは忽ち爆散した。

 

槇菜

「つ、強い……。あれがトビア君?」

 

 槇菜の抱いていたおとなしそうな少年という印象から遠い荒々しい戦いぶりに戦慄しながら、ゼノ・アストラはグザードを誘き寄せる山へ向かっていく。その間にも、トビアの進撃は続いていた。

 

トビア

「き・さ・ま・らぁッ!」

 

 トビア・アロナクスは、トサカにきていた。バイストン・ウェルという存在について、コロニー育ちのトビアはニュースで見聞きした程度のことしか知らない。しかし、彼らが異世界人であるということくらいは知っている。

 異世界人。生まれた場所や環境で人は違う生き物になると、トビアの先生だった人物は言った。『自分達木星人は、地球人と違う生き物だ』と。

 その時、トビアは否定できなかった。おそろしかった。だが、今は違う。他ならぬ木星人の首魁クラックス・ドゥガチは、心が歪んでいるだけの、ただの人間だったのだから。

 そんな木星軍と戦ってきたトビアだからこそ、わかることもある。バイストン・ウェルの人間と地上の人間。そこには結局大した違いなどないのだということが。なのに、この現状はなんだ? バイストン・ウェルの軍はあろうことか外宇宙の侵略者の兵器を用い、地上に侵攻している。今戦っている戦闘メカ兵器の中に、そしてその指揮をする空飛ぶ船の中に明確な、人の黒い意志をトビアは感じていた。

 その黒い意思には、ドゥガチのような絶望も感じない。それでいて、ドゥガチ同様の憎しみを感じる。何がそこまで憎しみを募らせるのか、そこまでトビアには感じることができない。だが、明らかにこの世界を食い潰そうとする黒い意思が、介在しているものをトビアの鋭敏な神経は感じ取っていた。

 だから、この戦いはトビアの抵抗だった。

 クラックス・ドゥガチを否定したことの責任と言ってもいい。

 

トビア

「こんなものに、今を必死に生きる人達を脅かされてたまるものかぁっ!?」

 

 それは、トビア・アロナクスの魂の叫びだった。 

 

 

 

 

…………

…………

…………

 

 その頃、メカ怪獣グザードを山へと誘導したエイサップと、それを追い囲むダンバイン、ダンクーガ、ゴッドガンダム。彼らはグザードの強力な火炎放射を前に苦戦を強いられていた。

 

雅人

「うわっ!」

 

「野郎……上等だ!」

 

 ダンクーガの胸部から、6門の砲塔が展開される。パルスレーザーを撃ちながら、ダンクーガがグザードへと迫った。

 

「亮!」

 

 忍の合図と共に、ダンクーガの胴体に相当する獣戦機ビッグモスのパイロット亮が目を閉じ、全神経を集中させる。そして、グザードがそのツメをダンクーガ目掛けて振り下ろさんとした瞬間、

 

「見切った!」

 

 ダンクーガが加速し、グザードの懐へ入り込む。そして、掌底。そこにできた隙に、ゴッドガンダムが動く。風雲再起から降り、ダッシュしたゴッドガンダムが拳を連打。腹部をダンクーガが、背中をゴッドガンダムが叩いていく連携を前に、グザードは苦悶の咆哮を上げる。それと同時、再び火炎を吐いてダンクーガとゴッドガンダムを引き離していく。

 

ドモン

「くっ!?」

 

「あの恐竜野郎! つけ上がりやがって!」

 

沙羅

「…………」

 

 この状況の中、沙羅は1人不審げな表情をしていた。敵があまりにも、単純にこちらの誘いに乗っている。このメカ怪獣は以前にもダンクーガで倒したことがあるのだ。もし、ムゲ帝国が絡んでいるのなら、もう少し慎重に切ってくるカードではないか?

 そう考えた瞬間、沙羅は叫んだ。

 

沙羅

「忍! これは罠だよ!?」

 

「何っ!?」

 

 叫ぶと同時、グザードの内部の熱が高まっていくのを、彼らは感じた。

 

沙羅

「こいつの狙いは、最初から私達を……地上の戦力を道連れに自爆することだったんだ!」

 

雅人

「ど、どうするんだよ!」

 

 慌てふためく雅人。そのダンクーガの前に、ゼノ・アストラが立つ。

 

槇菜

「私が、ゼノ・アストラが縦になります。みんな、下がって!」

 

 黒い巨人からの声に、エイサップは聞き覚えがあった。

 

エイサップ

「お前……槇菜か?」

 

 櫻庭槇菜。昔からの付き合いで、自分のことをエイサップ兄ぃと慕っていた女の子。それが、こんなものに乗って戦っている。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃ!? どうして……」

 

 その驚きは、槇菜とて同じだった。だが、今はこれ以上話している時間はない。あの化け物は、自爆しようとしているのだから。

 

ドモン

「こうなれば、石破天響拳で……!」

 

 ゴッドガンダムが構える。しかし、ゴッドガンダムのそれより早く、グザードのエネルギーは臨界を迎えようとしていた。

 

ショウ

「おい、そこのオーラバトラー!」

 

 その時、動いたのはショウ・ザマのダンバイン。

 

エイサップ

「俺のことを言っているのか?」」

 

ショウ

「ああ、オーラバトラーには、オーラバリアがある。その黒いマシンの盾と一緒に、爆発の衝撃から守るんだ!」

 

エイサップ

「そんなこと言っても、俺こいつに乗るのはじめてで……!」

 

ショウ

「いいから、前に出ろ!」

 

 ダンバインが前に出て、四肢を大きく広げる。瞬間、ショウのオーラ力がダンバインのパワーを増大させ、巨大な生体エネルギーの壁を発生させる。それに倣うように、エイサップとリュクスが乗り込んでいる青い名無しのオーラバトラーも前に出て、身を晒した。そして、次の瞬間。

 グザードの巨体が光り輝く、それが自爆の合図。直視すれば視力を奪われかねないピカという光と、モビルスーツの装甲を簡単に溶かしかねない超高熱の波。そしてグザードの装甲や内部のパーツ、その破片が爆風で飛び散りゼノ・アストラのシールドを襲う。

 

槇菜

「クッ……キャァァッ!?」

 

 シールド越しに伝わる熱に、槇菜は思わず叫んだ。

 

ショウ

「頼む、俺のオーラ力!」

 

 ダンバインから、ショウのオーラを吸い上げた光が放出されていく。そのオーラの煌めきが壁を作り、爆発から我が身を、友軍を、それに人々を守らんとする。その強い思いが、ショウのオーラ力をさらに増大させる。

 

エイサップ

「これは……!?」

 

リュクス

「この光……!?」

 

 リュクスは、父に聞いたことがある。かつて父は地上で、祖国に落とされるはずの原爆を阻止したのだと。その原爆というものについて聞いた話と、この光と同時に全てを溶かさんとする高熱の波状を浴びるのはよく似ている気がした。

 

 

…………

…………

…………

 

シャピロ

「フフフ……。あれはバイストン・ウェルで試しに作った爆弾だが、なるほど。地上で弾ければメガトン級の衝撃となるか……」

 

 爆発をキントキで観測するシャピロは、嬉しそうにほくそ笑む。その笑みをコットウは、不気味に感じていた。

 一方キントキと睨み合っていたアプロゲネでも、この以上は観測されている。

 

アマルガン

「なんということだ……!」

 

 老武者アマルガンが叫ぶ。その傍らで事態を見守っていたロウリと金本も、青ざめていた。

 

金本

「ろ、ロウリ……これじゃ……」

 

 尤も、青ざめる理由はその被害を心配してのことではない。

 

ロウリ

「せっかく仕掛けた爆発テロもよ……こんなことされたら目立たねえじゃねえか!」

 

 自分達が早朝仕掛けた爆破テロ。それを機に政治的アピールを仕掛けるというロウリ達ジスミナの算段が、完全に狂ってしまったことに対してだった。「クソッ!」とロウリは吐き捨てる。

 

金本

「どうするんだよ、ロウリ?」

 

ロウリ

「こうなりゃ……この異常事態全部、利用するしかねえな」

 

 しかし、そうであってもロウリは皮算用をやめない。この場をうまく制すれば、より大きなアピールができるはずだ。ロウリはそう考え踵を返す。

 

金本

「ロウリ?」

 

ロウリ

「なんとかして、向こうの船に乗り移りてぇよな……」

 

 見たところ、戦力が充実しているのは向こうの船、キントキの方だった。あの青いオーラバトラーでも拝借できれば……。そう考えていた次の瞬間、再び海がオーロラ色に光り輝く。

 

金本

「こ、これ……!?」

 

 しかもその光は今度は、自分達を飲み込むほどに大きく膨らんでいくのを、金本は感じた。

 

…………

…………

…………

 

 熱い。そうエイサップが感じた瞬間、青いオーラバトラーの足から翼が生えていた。高熱を、衝撃を、羽根の一枚一枚が吸い取っていき、その度に熱がエイサップに伝わっていたのだ。

 

リュクス

「リーンの翼の沓が……!」

 

 見れば、リュクスの履いていた靴から同じように美しい翼が生えている。

 

エイサップ

「なんだこれ、何が起きてるんだよ!」

 

 だが、それがリーンの翼の導きであるなどエイサップにはまだ理解できない。理解できていないのは、この場にいる誰もがそうだった。

 

槇菜

「エイサップ兄……?」

 

 暖かい光の翼が広がり、羽ばたいていく。その羽撃きがオーロラを広げ、ゼノ・アストラを、ダンクーガを、ゴッドガンダムを、それだけでない。この場にいる戦う意思を持つもの達全てを包み込んでいた。

 

トビア

「何だ、この感じは……?」

 

 温かいのに、少し悲しい。悲しみの翼が広がり包み込んでいく。

 

ドモン

「これは……!」

 

「何だ、これ!?」

 

 不可思議な現象だった。ただ、その場で唯一この現象について知識を持つ者がいる。

 

ショウ

「リーンの翼の導き……! リュクス様か!」

 

 ショウ・ザマ。ジャコバ・アオンの命を受けバイストン・ウェルに帰還し、ドレイク亡き後もオーラマシンを建造し戦乱を起こす王サコミズと戦っていた聖戦士。彼はバイストン・ウェルから地上に上がった時、トッドとの戦いで増大したオーラ力とリュクス姫の持ち出したリーンの翼の沓が、オーラロードを開いたと理解していた。

 今同じことがもう一度起ころうとしているとするならば、それはこの場に聖戦士ショウ・ザマがいることと、もう一つ。

 

ショウ

「トッドを倒すほどのオーラ力を持つ奴が、リーンの翼の沓を目覚めさせたのか!」

 

 ショウが叫ぶと同時、リーンの翼と呼ばれたそれは大きく羽撃き、そして津波のように全てを飲み込んでいく。

 

槇菜

「何、何っ!?」

 

ショウ

「オーラロードが、開く…………!?」

 

 瞬間、岩国に大きな光の柱が生まれた。それは太平洋から岩国を目指していた無国籍艦隊パブッシュからも観測されたほど強い光。しかし、それが見えたのは一瞬のことだった。

 一瞬が過ぎた後岩国に残されていたのは戦火の爪痕が広がる街並みだけであり、オーラマシンはおろか、ガンダムも、ダンクーガも、ゼノ・アストラも……全てが消えていた。

 

 

…………

…………

…………

 

—避難施設—

 

 

敏子

「何が、何がどうなってるのよ!」

 

 岩国基地の在日米軍人や、派遣自衛隊員、警察官などの誘導されるながら避難施設へ移動していた敏子は、夫であるアレックスへ必死に電話しようとしていた。しかし、あの強烈なオーロラ光の後発生した大規模な通信障害により、未だに連絡つかないでいる。

 

敏子

「アレックス……エイサップ……」

 

 アレックスが暫く基地を留守にしているのは、不幸中の幸いだった。だが、エイサップが家を飛び出した直後にこの騒ぎ。そしてエイサップとも音信不通のまま。

 不安だけを募らせながら、敏子は携帯電話を握りしめていた。

 そんな敏子の下に、1人の男が歩いてくる。男は身なりのいい服を着た、紳士然とした人物だった。男の周囲をそれとなく米軍兵がついて回っているのを見るに、民間人に解放する避難施設に入るような人間ではないのかもしれない。或いは、この施設とも繋がりのある人物か。

 ともあれ、敏子が落ち着きを取り戻したのはその男が持ってきたミネラルウォーターの力もあるだろう。

 

雅男

「その様子だと、ご家族と連絡が取れないのですかな?」

 

 男……式部雅男は、敏子にそう訊ねる。

 

敏子

「はい……。息子が」

 

雅男

「そうですか……。すぐに行方不明の捜索にかかる手筈になっていますから、落ち着いてください」

 

敏子

「はい……」

 

 雅男はそれだけ言って、踵を返し避難施設を後にする。式部雅男がここにきたのはたしかに避難のためだった。だが、彼にはやらなければならないことが多い。

 

雅男

(式部重工として、我が式部家は莫大な利益を得てきた。だがその兵器がこうも容易く異界の軍勢に敗北するのならば、やはり抜本的な改革が必要かもしれんな)

 

 とはいえ、この通信障害が収まるまでは雅男もここで立ち往生とならざるを得ない。ため息をひとつつくと、壁にもたれかかりながら紙に印刷された文書に目を通す。

 

雅男

(ゴッドマザー・ハンド計画か……。果たして、出るのは鬼か、蛇か)

 

 

…………

…………

…………

 

—科学要塞研究所—

 

 

甲児

「消えたって、どういうことだよ!?」

 

 それから1時間後、岩国へ派遣した部隊が消失したという報が科学要塞研究所に齎され、衝撃が走っていた。

 

ジュン

「わからない。でも、見て。これが消える直前に観測された光よ」

 

 ジュンが観測所から印刷してきた写真には、巨大な光の柱が海と大地を貫くように伸びていることが確認できる。その光景に、甲児は見覚えがあった。

 

甲児

「オーラロードじゃねえか……!」

 

 甲児がショウと共に戦ったあの戦い。消えていったオーラマシン達のこのような光に飲み込まれて地上から姿を消したのを、甲児は間近で見ている。

 それと、同じ。

 

竜馬

「何だ、そのオーラロードって?」

 

剣蔵

「うむ、詳しい事は我々にも解明できていない。だが、海と大地の狭間にある世界バイストン・ウェルとこの世界を繋ぐ道である。と言われている」

 

隼人

「成程、不可思議な現象か。俺達が黒平安京やこの世界に迷い込んだのと、似てるかもな」

 

 だが、本当にオーラロードなら、岩国へ行った面々はこの世界から消えて、別の世界に飛ばされてしまったということになる。

 

さやか

「槇菜……無事だといいけど」

 

 心配そうに、さやかが呟いた。

 

サイ・サイシー

「大丈夫だよさやか姉ちゃん、あっちにはドモンの兄貴がついてるんだからさ」

 

 気遣うように、サイ・サイシーが言う。

 

さやか

「信頼してるのね」

 

サイ・サイシー

「そりゃあね。それに、本当に大変な状況ならこのシャッフルの紋章が教えてくれる。だから、大丈夫」

 

 サイ・サイシーの手の甲で光るシャッフルの紋章は、仲間の危機を知らせてくれる。だが、まだその熱を帯びてはいない。つまり、無事。そうサイ・サイシーは考えていた。

 

鉄也

「しかし……このまま戻ってこないとなると戦力半減だ」

 

キンケドゥ

「大丈夫、トビアならなんとかするさ」

 

 鉄也の言葉をキンケドゥが制す。しかしその無責任にも見える信頼感が少しだけ、鉄也には気に食わない。

 

鉄也

「……ともかく、今の状態で俺達は当面ミケーネや木星軍と戦わなければならないんだ。警戒はしておいた方がいいと思うぜ」

 

 そう言って、鉄也は管制室を後にする。

 

甲児

「どこに行くんだ鉄也君」

 

鉄也

「トレーニングルームだ。少し身体を動かしたい」

 

ジュン

「もう、鉄也!」

 

 ぶっきらぼうな鉄也の物言いに腹を立てるジュンだが、これでも鉄也なりに消えたメンバーのことを心配しているにだろう。そう甲児は思った。

 

甲児

「ジュンさんは鉄也君についてやっててくれないか。鉄也君の言ってることも、正論なんだ」

 

 だから、そんな鉄也を気遣うように甲児はジュンへ促す。「わかったわ」と言ってジュンが鉄也の後を追うのを見届けて、甲児は腕を組んだ。

 

竜馬

「意外だな。お前他人を気遣えるのか」

 

甲児

「よせやい。……でも、あいつらが戻るまでここを守らなきゃいけなくなったんだ。責任重大だぜ」

 

キンケドゥ

「ああ、そうだな……」

 

 

 深い沈黙が、科学要塞研究所に流れた。沈黙は何も語らない。

 物語は暫し、海と大地の狭間の世界へと舞台を移す……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話『メビウスの刻を越えて』

—バイストン・ウェル/ホウジョウ国—

 

コドール

「こんな時にフガクをお出しになるとは、王よ。何をお考えですか!」

 

 ホウジョウ国の女王コドール・サコミズは、夫であるシンジロウ・サコミズの決定に異議を申し立てていた。その理由は只一つ、海を輝かせ、空を覆うオーロラの光。バイストン・ウェルのオーラが震えているのを感じているからだ。

 

サコミズ

「狼狽えるな!」

 

 女王の隣に立つ男が、女王の弱気を一喝する。

 

サコミズ

「この光……私には覚えがある。これは間違いない!」

 

 コドールの隣に悠然と立つ男……180は超えていよう長身に襟まで絞めた軍服。それも、旧日本軍のものを思わせるそれを着た男。黒い髪を侍のように結い、目元には血のように赤いメイクを施した男も確かに、震えていた。

 しかし、その震えはコドールのように恐怖から来るものではない。

 歓喜による武者振るい。男……シンジロウ・サコミズにとってこのオーロラの光は、長年待ち望んだものなのだ。

 即ち、オーラロードが開く時の光。その光の先には、サコミズ王の故郷がある。

 望郷の念が、王を奮い立たせる。

 

サコミズ

「コドールよ、リュクスはたしかにリーンの翼の沓を盗んだのだな?」

 

 しかし、逸るわけにはいかない。状況を入念に精査し、行動を決定する責務が王にはある。それも、軍事行動ともなれば尚更だ。

 

コドール

「はい。リュクスは王の秘宝を盗み、キントキに密航した模様。そしてアマルガンの軍と共々消えてしまったと報告を受けております」

 

サコミズ

「フム……」

 

 若き日、サコミズ王はリーンの翼の沓を履き、聖戦士として戦った。オーラマシンなど存在しない、生身の戦いだ。リーンの翼の沓はその戦いの末に、サコミズ王の最愛の女性リンレイ・メラディの生命を糧として、オーラロードを開いてくれた。

 もし、リュクスに……或いはリュクスと魂を引き合う誰かに聖戦士の資格があるのならば、オーラロードは開くかもしれない。

 それだけではない。それから永い月日は経ち、オーラマシンが建造された。聞き伝えるところによれば、西の大陸で起きた戦争ではオーラマシンは地上人のオーラ力を増幅させ、地上への道を切り開いたという。

 

サコミズ

「アマルガンは、西の大陸の聖戦士を雇っていたと聞いている。キントキには武者トッドもいた。西の大陸の聖戦士同士がオーラ力をぶつけ合い、リュクスがリーンの翼を顕現させたのならば地上への道が開かれたと見るべきであろう。そして、この光が意味するものは只一つ……」

 

 リュクスか、西の大陸の地上人か、どちらがきっかけにせよオーラロードがまた開かれる。そこには十中八九アマルガンもいる。おそらく、小競り合いと地上へ落ちた影響で疲弊しているだろう。ならば、そこを叩く。

 

サコミズ

「よいか、フガクはここに固定! オーラバトラー各機も出撃準備を整え待機!」

 

 決定は下された。それに逆らうことができるものは、ここにいない。だが、不気味なほどに煌めくオーロラの光は兵達を不安にさせているのも事実だった。

 だからこそ、サコミズは重ねて言う。

 

サコミズ

「尚……この戦は私自らが最前線で指揮を取る!」

 

 その宣言は、狼狽える兵達を奮い立たせるのに十分な言葉だった。

 

兵士

「おお、聖戦士が……!」

兵士

「聖戦士自ら……!」

 

 聖戦士。その言葉はこのヘリコンの地において二つの意味がある。一つは地上人の戦士。西の大陸でオーラバトラーを駆り戦争の最前線で戦ったトッド・ギネスらを指す言葉だった。そして、もうひとつ。

 バイストン・ウェルの世が乱れた時に現れ、リーンの翼を顕現させバイストン・ウェルを平和に導く戦士のこと。

 シンジロウ・サコミズ。いや、迫水真次郎はこの世界で唯一、二つの意味を兼ね備えた真の聖戦士。日本の神奈川で生まれ、大日本帝国を護る特攻兵として命を燃やした男。その瞳は今、高揚にギラついていた。

 

 

…………

…………

…………

 

—オーラロード—

 

槇菜

「な、何これ!?」

 

 槇菜の目に映っているのは、不思議な光景だった。宇宙の星々が煌めき、次の瞬間には海を泳いでいる。海の中には巨大な魚が泳ぎ、そして海に咲く花の蕾から、命が生まれる。

 ゼノ・アストラは、その光景に悲鳴を上げている。その悲鳴は、何かを槇菜に伝えようとしているように感じられた。

 

槇菜

「触れては……いけない世界……? 生と、死の輪廻の調律? 何を、言っているの?」

 

 ゼノ・アストラの伝えようとしているものを、槇菜は敏感に感じ取っていた。しかし、それが何を指しているのかわからない。額の汗を拭いながら、槇菜はゼノ・アストラのメッセージを理解しようとしていた。

 

トビア

「クッ……これは……!?」

 

 スカルハートのトビアは、輸送機へ戻りながら猛烈な吐き気を催していた。

 

ベルナデット

「トビア!?」

 

 トビアを迎えるベルナデットも、猛烈な悪寒に晒されている。トビアの肩を抱きながら2人はその、あまりに純粋すぎる生と死の感覚に苦しんでいた。

 

ドモン

「これは……何が起こっているんだ?」

 

 風雲再起と共に駆け抜けながら、ドモンもまた混乱の中にいた。

 

レイン

「ドモン! 一旦こっちに戻って!」

 

ドモン

「ああ……この波、はぐれたらどうなるかわからんぞ」

 

 オーラの波の中で、ゴッドガンダムも輸送機へ不時着する。

 

ショウ

「みんな、なんとかして一つのところに集まれ! オーラロードで迷えば、生き死にどころではなくなるぞ!」

 

 ダンバインのショウが叫ぶ。ダンクーガはその巨体をオーラの渦に晒されながら、アプロゲネに捕まっていた。

 

「クソッ! 何なんだよこれは!」

 

アマルガン

「地上人のオーラマシンか!?」

 

 アプロゲネの艦橋から、アマルガンはダンクーガに向かい叫ぶ。

 

「この感じ……精神が粟立つ。何が起こっているんだ!」

 

アマルガン

「オーラロードだ。オーラロードが開き、バイストン・ウェルに出ようとしている。しかし、これは……」

 

 アマルガンらが地上へ浮上してきた時と、オーラロードの様子が違う。まるで、海が怒っているようにアマルガンには感じられた。しかしその違和感の正体を確かめるよりも早く、アプロゲネの後方……キントキの主砲が火を吹き、ダンクーガとアプロゲネを襲っていた。

 

沙羅

「キャァッ!?」

 

雅人

「あ、あいつら……!」

 

 ダンクーガも、パルスレーザーの砲門を開き応戦する。オーラロードの海で、砲撃戦が展開されていた。

 

リュクス

「オーラロードの中で撃ち合いなど、なんと愚かな…………」

 

 エイサップの膝の上で、リュクスが毒づいたその時だった。

 

???

「愚か者はお主じゃよ……」

 

 突如として、ひどく重い声がリュクス達の脳裏に響く。それは声として聴覚が認識しているのではない。脳に直接、響いていた。

 

槇菜

「な、何今の声……?」

 

トビア

「こいつは……」

 

 冗談じゃない。とトビアは思う。超越者。そうとしか表現できない存在の圧力をトビアは、敏感に感じ取っていた。

 

ショウ

「ジャコバ・アオンか!?」

 

 ショウが叫ぶ。

 

リュクス

「あの、神様気取りの……?」

 

 その時、波模様が巨大な掌のような形を象り、リュクスとエイサップの乗るオーラバトラーを掴んだ。

 

エイサップ

「なっ!?」

 

リュクス

「これは!?」

 

 2人の乗る名無しは掌に掴まれ、そして濁流に流されるように渦の中へ飲み込まれていく。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃ!?」

 

 思わず、ゼノ・アストラはエイサップを追うように、渦の中へ飛び込んだ。

 

ハリソン

「槇菜君、危険だ!」

 

 輸送機に着艦していたハリソンが、通信を送る。しかし、オーラの力が干渉しているのか通信はクリアにならず、雑音だけが返ってくる。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃ、待って!」

 

 叫ぶ槇菜。ゼノ・アストラは盾で水流を弾きながら、名無しのオーラバトラーを追う。しかし、急激に流れが激しくなり、ゼノ・アストラを押し流していく。

 

槇菜

「ゃっ……! あぁっ!?」

 

 濁流に流されるままに、ゼノ・アストラと名無しのオーラバトラーは集団からはじき出され、激しい波の中に消えていった。

 

ハリソン

「槇菜君! クソッ……」

 

トビア

「今は生存を信じるしかありません。とにかく……俺たちだって無事に戻れるかわからないんだ」

 

 輸送機とアプロゲネ、それにキントキ。彼らはオーラロードの潮流に乗り、やがて煌めく光を眼前に見る。それはバイストン・ウェルの空を覆う鱗の光。

 魂の故郷バイストン・ウェル。そこは……。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—???—

 

エイサップ

「う……。ここは……?」

 

 エイサップが目を覚ましたのは、不思議な場所だった。魚が泳ぎ、海月が舞う海の中。オーラバトラーのキャノピーが開いていることに気付き、慌ててエイサップは口を閉じる。口を閉じて、そもそも自分は海の中で普通に呼吸をしていることに気付いた。

 

エイサップ

「どうなってるんだ……?」

 

 立ち上がろうとして、膝の上で気絶しているリュクスの存在を思い出す。それと同時、巨大な盾を持つ黒いマシンが、隣に不時着しているのを確認した。

 

エイサップ

「あれに乗ってるの、たしか……?」

 

 そう呟いたと同時、甲高い悲鳴が外からエイサップの耳に届いた。その声の主は、間違いない。

 

エイサップ

「槇菜ッ!?」

 

 エイサップが声を上げた時に、リュクスも意識を取り戻す。

 

リュクス

「ん……ここは……?」

 

槇菜

「え、えええエイサップ兄ィ!?」

 

 リュクスが目を覚ましたのと、槇菜が大慌てでオーラバトラーの前に駆けてきたのはほぼ、同時だった。槇菜の後ろには、およそ30cmほどの蜻蛉のような羽根を持つ妖精が数匹いて、槇菜を追いかけている。

 

フェラリオ

「へえ、これが地上人かー」

 

フェラリオ

「地上人って言っても、バイストン・ウェルのコモンと大して変わんないねー」

 

 などと、妖精達は口々に言って槇菜の様子を見て楽しんでいた。

 

槇菜

「エイサップ兄ィ、お、お、お化け!」

 

 「お化け」という言葉に、フェラリオ達は「ひどーい!」と抗議の声を上げる。

 

エイサップ

「ど、どうなってるんだ……?」

 

リュクス

「フェ、フェラリオ!?」

 

 エイサップとリュクスも、事態が飲み込めない。とりあえず、槇菜を助けようと2人はオーラバトラーのコクピットから降りて、槇菜の下へ向かう。すると、他の妖精達より大きい……人間の子供ほどの大きさの妖精が後ろからエイサップに抱きついていた。

 

エレボス

「へー、これが地上人かー。私はエレボス、よろしくね!」

 

エイサップ

「う、うわぁっ!?」

 

 驚くエイサップ。リュクスは、まるで悪い虫が出たかのように大きなフェラリオ……エレボスに警戒心を剥き出しにしていた。

 

リュクス

「エイサップ、ふしだらなフェラリオに気を許してはいけません!」

 

 しかしエレボスは人好きのする笑顔を浮かべて、リュクスにも「よろしくね?」と甘えてみせた。それがリュクスを余計に苛立たせていることは無視し、エレボスはエイサップの背中から離れると、可愛らしいふたつ結びの金髪を靡かせながら、踊るように他のフェラリオを散らせていった。

 

エレボス

「はーいみんな、今から大事な話だから下がった下がったー」

 

 エレボスが言うと、フェラリオと呼ばれた妖精達は槇菜から離れ、それぞれ自分の居場所へ戻っていく。

 

エイサップ

「なんなんだ、妖精……?」

 

槇菜

「それだけじゃないよ。さっき5メートルくらいあるおっきな金魚が泳いでた!」

 

 異常事態というかのように、槇菜は自分の見た「お化け」について早口で捲し立てていく。

 

リュクス

「エイサップ、この方は?」

 

エイサップ

「ああ、槇菜は地上の知り合いだよ。それより、ここは……?」

 

 そう言いながらエイサップが周囲を見回すと、フェラリオ達は花の蜜を吸いながらこちらの様子を伺っている。それに、槇菜の言う大きな金魚も泳いでいた。海の中でありながら、呼吸ができて、草木や人も生きていける世界。こんな場所が現実にあるのか。それとも、自分達はもう死んでいて、死後の世界を夢に見ているのではないだろうか。そんな雑念が脳裏を過るほどに、この光景はエイサップの常識から外れていた。

 

???

「ここは地上界とバイストン・ウェルをオーラロードで繋ぐ、フェラリオの生きる場所ワーラーカーレン。このくらいのことは驚くに値せぬよ、エイサップ鈴木」

 

 その時、あの声が響く。脳を直接刺激するような強い声。エイサップ達がその声の主の方へ目を向けると、巨大な木のようにも見える、いや植物と一体化しているようにしか見えない異様な老婆が、こちらを睥睨していた。

 

リュクス

「ジャコバ・アオン……!」

 

 ジャコバ・アオン。そう呼ばれた何かはエイサップの名を、たしかに口にしていた。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃのこと、知ってるの……?」

 

エレボス

「ジャコバ様はフェラリオの王だよ、そのくらい見通せて当然さ」

 

 なぜかエレボスが得意げに言う。しかし、ジャコバはそれにゆっくりと頷き、「そう、視えておったよ……」と続ける。

 

ジャコバ

「リュクス姫……其方の無思慮な行いが、懲罰に値することもな!」

 

 宣告する。すると先ほど名無しのオーラバトラーとゼノ・アストラを巻き込んでいったのと同じような濁流がリュクスを襲い、リュクスはその中に囚われてしまう。

 

エイサップ

「お、おい!」

 

 抗議の声を上げるエイサップ。槇菜も、その傲慢にすら思えるジャコバの所業に、巨体を睨んでいた。

 

ジャコバ

「ほう…………。この者達に免じ、申し開きを許そうリュクス姫。言いたいことはあるか?」

 

リュクス

「カハ……!」

 

 水を吐き出しながら、リュクスは呻くように竜巻の中で弁明をはじめる。

 

リュクス

「ジャコバ・アオン様、私はオーラロードを開くつもりなどなかったのです! ただ、父の野心と義母の傲慢を糺し、アマルガンにはこの乱れた地を治めてほしいと……。そのために、リーンの翼の沓を持ち出したのです!」

 

ジャコバ

「フム…………」

 

 いかにジャコバ・アオンとて全能ではない。遠くコモン界で起きた出来事の全てに纏わる心情や動機まで見えているわけではない。しかし、今目の前にいるリュクスが嘘をついていないことと、そしてその程度のことでリーンの翼が顕現することはないだろうことくらいはわかる。

 

ジャコバ

「ならば、エイサップ鈴木。そなたがリーンの翼を開いたのだろう」

 

 ジャコバが竜巻を解除し、落ちるリュクスがエイサップの肩に捕まるようにして足を地につける。槇菜がそれを、少し羨ましそうに見つめていた。だが、当のエイサップはそれどころではない。

 

エイサップ

「俺が……? 待ってくれよ、俺はそんなリーンのなんとかなんて、大それたものを呼びさせる能力者じゃない。ただの、浪人中のフリーダーで……」

 

ジャコバ

「だが、リーンの翼のようなものをほしいと思ったことがあるだろう?」

 

エイサップ

「っ——」

 

 ハッとする。エイサップはたしかに、ずっと密かに抱いていた願望があった。違う世界へ羽ばたく翼がほしい。それは、幼少期の記憶に由来していた。

 幼い頃、1人で虫捕り遊びをしていた時……羽根を広げて飛んでいく甲虫を見て、思ったことがある。もしかしたらそれは、隣に親子で虫捕りをする級友がいたからかもしれない。

 

ジャコバ

「フ……。若き聖戦士か」

 

 ジャコバがひとりごちる。エイサップには、聖戦士という言葉の意味はわからなかった。

 

槇菜

「エイサップ兄……?」

 

ジャコバ

「それと、そこの女……櫻庭槇菜か。そなたの乗る絡繰、旧神だな?」

 

槇菜

「え……?」

 

 言われて、一瞬きょとんとする槇菜。しかし、ジャコバがゼノ・アストラについて何か知っているということに思い至ると血相を変えて乗り出した。

 

槇菜

「ジャコバさんは、この子が何か知ってるんですか! だったら……教えてください!」

 

ジャコバ

「ほう……。おまえはこれが何か知らずに乗っていたと言うのかい?」

 

 首肯する槇菜。ジャコバは一瞬、顎に手を添えるような仕草をして語り出した。

 

ジャコバ

「私も詳しくは知らぬ。だが、バイストン・ウェルは魂の安息と修練の場。本来、地上人は死後に輪廻の輪としてのみここを訪れる事になる……。槇菜、お前のその絡繰は地上に在りて数少ない、生と死の輪廻に干渉する力を持つ器だよ」

 

槇菜

「え……?」

 

 魂の安息と修練。輪廻の輪。言葉のニュアンスは理解できても、それを実感として感じることはできない。

 

ジャコバ

「だとすれば……地上で旧神が目覚めたことも、大きな意味があるのだろう。リュクス、エイサップにリーンの翼の沓を履かせ、エイサップと槇菜を連れてすぐにここを発ちなさい」

 

リュクス

「し、しかしこの沓は父が天から授かった大切なものです。簡単には……」

 

 有無を言わさぬジャコバの言葉に、リュクスは反論する。父の宝物を、今日知り合ったばかりの男に渡せと言われて簡単に了承することなどできないだろう。しかし、ジャコバはそんなリュクスの小さな視点での反論になど耳を貸す気がない。

 

ジャコバ

「わからぬか姫様よ……。今、世界は危急の時を迎えている。お前達3人はその渦の、中心にいるのじゃ」

 

 ジャコバは目を細めて、エイサップを一瞥する。ゾク、と背筋が凍るのをエイサップは感じた。

 

ジャコバ

「その少年に出逢えたこと、偶然だと思うか? 私達フェラリオの祈りだけは開かないにオーラロードが2度も開かれたことや、リーンの翼が呼ばれたことも……」

 

エイサップ

「呼ぶ?」

 

ジャコバ

「そういうものらしい。リーンの翼に関しては、私にもわからぬことが多いでな」

 

 首肯し、ジャコバは海の中に広がる花畑を指差す。その花の蕾が開くと、中から赤子が生まれ、エレボスくらいの大きさのフェラリオが赤子を抱いていく。

 

槇菜

「……生と死の輪廻って、こういうこと?」

 

ジャコバ

「うむ。ここクスタンガの丘はワーラーカーレンでも特別な場所……地上で死んだ魂が生まれ変わる、神聖な場所でもある」

 

 地上を生の世界と呼ぶならば、バイストン・ウェルは死の世界であるとジャコバは続ける。生と死。隠と陽。隣り合わせに存在するが故に、本来踏み越えてはならない境界が、揺らいでいると。

 

ジャコバ

「リーンの翼は、地上とバイストン・ウェルの均衡が乱れた時に顕現する。わかるな、地上界、ワーラーカーレン、バイストン・ウェル……これら世界は別々のものではない。あらゆるものが紡ぎ合い、響き合っておるのじゃ。必要な時に、必要なものが現れるのも世界の必然……」

 

槇菜

「必要な時に、必要なものが……」

 

 つまり、ゼノ・アストラもこの世界が必要を感じたから、現れたのだろうか。或いはそれは、ミケーネ帝国の復活とも関係しているのかもしれない。

 

リュクス

「70年前に父がバイストン・ウェルに舞い降り、部族間の争いが絶えなかったヘリコンの地をリーンの翼で平定したのも、やはり世界の必然ということでしょうか。だとしたら、やはり父は聖戦士……!」

 

ジャコバ

「…………その後、お前の父が何をしているのか知っての痴れ言かな姫様よ。王は生まれ故郷に帰りたい一心で、オーラマシンを開発し戦乱を拡げている。その所業は最早悪鬼のものであろう?」

 

リュクス

「それは……!」

 

 リュクスの目には、父の望郷の念を利用して義母コドールが野心を燃やしているようにしか見えないでいた。

 

ジャコバ

「姫様よ……。もう少し、バイストン・ウェルの意志に任せてみませぬか?」

 

 そんなリュクスの焦りを見透かしたかのように、ジャコバは言う。

 

リュクス

「バイストン・ウェルの、意志……?」

 

ジャコバ

「エレボスをつけてやる。その少年と、巫女の少女と共に世界と、人というものを知りなさい」

 

 ジャコバの言葉を合図に、羽根をパタパタと羽ばたかせながらエレボスはオーラバトラーのコクピットへと移動している。

 

エレボス

「おーい、早くー!」

 

 エレボスに急かされて、リュクスとエイサップはオーラバトラーへ戻っていく。キャノピーを閉じ、オーラ力を吸う羽根を広げる。

 

槇菜

「…………ジャコバさん、一つだけ、教えてください」

 

 ゼノ・アストラへ向かいながら、振り返る槇菜。ジャコバは、「何か」と訊き返す。

 

槇菜

「ゼノ・アストラは……世界に必要なものなんですね?」

 

 それにジャコバは静かに頷く。それを見て、槇菜は再び歩き出すと、ゼノ・アストラの子宮へと戻っていった。

 

 

 

 

 2機が向かう先にあるのは、嵐の壁と呼ばれる断崖。巻き起こる突風が台風のように渦巻き、ワーラーカーレンとバイストン・ウェルを塞いでいる。

 

槇菜

「ここを、飛び込むの……?」

 

 昔、何かの映画で見たことのある巨大な暴風雨。それと同じか、それ以上の迫力。その中にこれから、飛び込めとジャコバは言う。

 

エレボス

「…………いや、怖いよこれ」

 

リュクス

「お黙りなさい」

 

 ピシャリと言い放つリュクス。エイサップも、その迫力に息を呑んでいた。しかし、今はやるべきことがある。

 

エイサップ

「リュクスの履いていたこの靴……なぜか俺にぴったりだ」

 

 リーンの翼の沓。リュクスが履いていたそれを今、エイサップはジャコバに言われるまま履いている。少女が履いていたものが、なぜこうもぴったりとフィットするのか気にはなった。だが、この沓が翼を授けてくれると言うのならば不思議と、嵐の壁も越えられるような気がしている。

 

エイサップ

「行くよ、リュクス」

 

リュクス

「はい、エイサップ」

 

 エイサップの膝に座り、その肩を抱くように捕まるリュクスと、その隣を飛ぶエレボス。そして、名無しのオーラバトラーはその羽根羽ばたかせて嵐の壁へと飛び込んだ。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃ……結構勇気あるんだ。なら!」

 

 自分も、負けてられない。覚悟を決めてゼノ・アストラに「飛べ」と念じる。すると、黒い体躯が浮き上がり、空を舞う。ゼノ・アストラがどのような仕組みで飛んでいるのか、槇菜はわからない。しかし、「飛べ」と念じた時に槇菜は一瞬、翼を得たような気がした。

 

槇菜

(この子、やっぱり……私の思いを媒介して、機能を増やしてるんだ!)

 

 思いの翅。その翅を広げて、ゼノ・アストラは名無しのオーラバトラーに続いていく。

 

エイサップ

「槇菜も、離れるなよ!」

 

槇菜

「うん!」

 

 嵐の壁を突き抜ける、2機のマシン。突風の中、エイサップの履くリーンの翼の沓が黄金色に輝いた。それと同時、名無しのオーラバトラーの足下からも煌めきの翼が広がっていく。

 翼の導きのまま、2機のマシンは嵐の壁を越えていく。そして……。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—ホウジョウ国—

 

 

 バイストン・ウェルの大国ホウジョウ国は、オーラマシンを建造し戦火を拡大するサコミズ王と、その姿勢に反抗する反乱軍の諍いが絶えなくなっている。この地に、2人の地上人がいた。

 彼らは地上人でありながら、バイストン・ウェルの人間……コモンに帰化し、狩猟で日々の糧を得ている。

 1人は、赤毛の青年だった。森の中で息を潜めるように隠れていた青年は弓を構え、矢を放つ。すると、矢は鹿のような生き物に命中し心の臓を射抜く。「よし……!」と赤毛の青年がガッツポーズをすると、後ろから金髪の青年が、バケツに魚を入れてやってきた。

 

シャア

「さすがだな、アムロ」

 

 アムロと呼ばれた赤毛の青年が振り返り、金髪の美青年シャアに頷く。

 

アムロ

「シャア、今日は大量だな」

 

シャア

「ああ。これなら数日は保つだろう」

 

 アムロ・レイとシャア・アズナブル。彼らはかつて、地上界で宿敵同士だった。宇宙世紀という時代……まだ各国家間が戦争を繰り返していた頃。宇宙世紀晩年の戦争で2人は戦い……そして、地上へは帰ってこなかった。

 アムロと、シャア。2人は気付けばここバイストン・ウェルにいた。どれほどの年月が経ったのか、本人達にもわからない。だがひとつわかっていたのは、この見知らぬ異郷の地において、2人は互いの憎しみを捨て去らねば生きて行けないと本能的に悟っていた。

 だから今、宿敵同士の2人はこうして、コモンとして暮らしている。それでも、世界の情勢や動向といったものには、敏感とならざるを得なかった。

 

シャア

「アムロ、お前はどう考えている?」

 

 魚を串焼きにしながら、シャアが訊く。

 

アムロ

「西の大国で建造されていたオーラマシンとかいうの、俺達が乗っていたサイコミュ・モビルスーツと似てはいるな。俺達がこの世界へ来た時は……機械なんてない、中世以前の戦いだった。だが、ここ数年でバイストン・ウェルの空気も変わりつつある」

 

シャア

「そうだな……バイストン・ウェルが宇宙世紀の様相を呈していることは、認めざるを得ん」

 

 焼け具合を確認しながら、アムロが続ける。

 

アムロ

「しかし、だからこそ地上人の俺達は無用の介入をするべきではないだろう。バイストン・ウェルは魂の安息の場所、これ以上の混乱は避けねばならないからな」

 

 そんなアムロの言葉に、シャアは首肯する。戦いとは、人の意志を呑み込むものだというのは2人の実感だった。もし、この争いに地上人の意志が介入するのならば、それは良くない結果を招く。それが、長い時を共に過ごした2人の出した結論だった。2人がオーラバトラーに乗り戦争に参加するのならば、戦況そのものに大きな変化を齎すことができるかもしれない。しかし、それは2人の……バイストン・ウェルの望むものではない。それに、何より地上界での度重なる戦争でアムロもシャアも、疲れていた。

 

アムロ

(バイストン・ウェルが魂の安息の場所と言うのなら、もう少しだけ休ませてほしい。俺もシャアも、十分すぎるほどに戦ったんだ……)

 

 それは、アムロの甘えなのかもしれないと自覚している。それでも、宿敵であるシャアと剣を交えずこうして共に過ごしていられるコモンの生活を、アムロは気に入っていた。

 決して許し合うことのできないだろう仇敵同士だったアムロとシャアだが、それは世界というしがらみがそうさせていたのだとここバイストン・ウェルに来てから思う。しかし、こうしてコモンの生活に甘んじることができるのも、後わずかなのだろう。そういう直感があった。

 

シャア

「ホウジョウの王、地上人だと聞いているが……」

 

アムロ

「ああ。俺たちより古くから、バイストン・ウェルに流れ着いた聖戦士だと……そう聞いている」

 

シャア

「サコミズ王か……」

 

 2人の感性は、サコミズ王のオーラ力というものを鋭敏に感じていた。そして、そのオーラ力がバイストン・ウェル全体を呑み込もうとしていることも。

 

シャア

「アムロ……私は、かつての私を見ているような気さえするよ」

 

 焼けた魚に食らい付きながら、シャアは本音を吐いていた。

 

アムロ

「怨恨、怨念……。精神の世界でもあるバイストン・ウェルでは、それがより強く影響するのかもしれないな」

 

 シャアの心情を察しながら、アムロは魚に齧り付く。そうして、静かな夕食を終えた時だった。バイストン・ウェルの海が、オーロラの光に満ち溢れたのは。

 

シャア

「アムロ、これは……!」

 

アムロ

「ああ、サイコフレームの共振。あの時の輝きに似ている……何か来るぞ、シャア!」

 

 

 

……………………

第5話

『メビウスの刻を越えて』

……………………

 

 

 アプロゲネと、ハリソン達の輸送機がオーラロードを切り拓いた時、その眩い光が皆の視界を奪っていた。

 

ドモン

「こ、ここは……?」

 

 ドモンの第六感はしかし、強烈な敵意を感じていた。そして、視界が回復すると同時……最初に見えたのは、蝶のような羽根を広げた、赤と黒のオーラバトラー。その存在感に、キング・オブ・ハートのドモンが戦慄する。

 

ショウ

「まさか、あのオーラバトラーに乗っているのは……」

 

 言うまま、ダンバインがアプロゲネから出撃する。しかし、ショウはアプロゲネから離れられないでいた。

 赤黒いオーラバトラーと、その後方に控えるオーラバトラー部隊へ切り込むタイミングが、掴めないでいる。

 

アマルガン

「オ、オウカオー……!」

 

「なんだあいつは……!」

 

「気をつけろ忍。あの闘気、只者ではないぞ!」

 

 オウカオーと呼ばれたオーラバトラーの周囲には、ホウジョウ国のオーラバトラーが展開されている。そして、ドモン達と同じようにオーラロードから戻り、辿り着いたキントキは、既に主砲をアプロゲネとダンクーガへ向けているのが、ショウだけでなく、この場にいた全員を緊張させていた。

 

ロウリ

「な、なんだよこれ……」

 

金本

「虫ロボットが、あんなに……」

 

 格納庫に隠れて、ウィングキャリバー・フォウに搭乗していたロウリと金本も、脱出の隙を窺っていた。しかし、ダンバインだけでなくアプロゲネにしがみついているダンクーガが離れなければ、出るに出られない。いや、

 

ロウリ

「こうなったら、覚悟決めるしかねえ!」

 

 ロウリが叫ぶと、金本とロウリを乗せたフォウがアプロゲネから飛び出していく。

 

アマルガン

「地上人!?」

 

ロウリ

「俺たちぁこんなところで死ぬのは、ごめんなんだよぉっ!」

 

 操縦方法は、地上人のロウリには驚くほど簡単だった。これなら、コンピューター・ゲームのFPSの方がよほど難しいかもしれない。しかし、それで敵へ向かう勇気など持たないロウリと金本は、不慣れな操縦で一目散にその場を飛び立っていった。

 

 

サコミズ

「フ……アマルガンと、地上の軍隊と見た!」

 

ベルナデット

「トビア……」

 

 不安そうに、トビアの腕を掴むベルナデットを安心させるように、トビアは肩を抱いていた。だが、不安なのはトビアも変わらない。

 

トビア

「あの赤いオーラバトラー……とんでもないプレッシャーを感じる。何なんだ、あの人は……?」

 

 ともかく、敵に囲まれているという状況に変わりはない。F91とスカルハート、それにゴッドガンダムとブラックウィングも、ダンバインに続いて出撃し、赤いオーラバトラーと睨み合う。それが、合戦の合図だった。

 

サコミズ

「西の大陸の聖戦士、手合わせ願おうか!」

 

 赤いオーラバトラー、桜花王と名付けられたサコミズ王のオーラバトラーが、その美しい蝶のような翅を羽ばたかせダンバインへ挑む。あの名無しのオーラバトラー同様にオーラソードに炎を纏わせ、ショウのダンバインへ斬りかかる。

 

ショウ

「やはり、地上人か!?」

 

サコミズ

「ヤエーッ!?」

 

 咄嗟にオーラソードを抜き、ショウも己のオーラ力を剣に纏わせ鍔迫り合う。

 

ショウ

「つ、強い!?」

 

 その一打一打が、ショウを震わせる。それほどにサコミズ王のオーラ力は、覇気を感じる色をしていた。

 そのサコミズ王の一打と共に、ホウジョウのオーラバトラー隊が動く。ライデンと名付けられた軽装のオーラバトラー達。それが、地上のモビルスーツ達へ迫った。

 

カスミ

「地上人の武者の力、見せてもらおう!」

 

 ライデン隊の指揮を取る男カスミ・スガイ。カスミのライデンは、真っ先にドクロの紋章を胸に刻むガンダムへ挑む。

 

トビア

「何っ!?」

 

 さらに、ライデン隊に続くようにキントキからも再びゼイ・ファーとドル・ファー……ムゲ帝国の戦闘メカ達が展開され、攻撃を仕掛けていく。

 

「ムゲ野郎と手を組んでるっていうなら、容赦はしねえ! みんな、行くぜ!」

 

 アプロゲネから離れ、ダンクーガが応戦する。ムゲのマシン達はダンクーガを集中砲火するが、野生の力はそれをものともせずパルスレーザーで吹き飛ばし、専用のライフル、ダイガンで敵を撃ち落としていく。

 しかし、多勢に無勢。

 オーラバトラー隊の後方に控えるオーラバトル・シップ、フガクとキントキの砲門が開かれれば、数で劣るショウ達は一方的に押されていく。

 

ハリソン

「輸送機がっ!」

 

 輸送機の防衛をしながらオーラバトラーの迎撃をしていたハリソンが叫ぶ。これまでハリソンたちを運んでいた輸送機が、フガクの砲撃で推進部をやられ、落下したのだ。

 

トビア

「援護に、回れない! ベルナデット!?」

 

 ビーム・ザンバーでライデンのオーラソードと打ち合いながら、スカルハートのトビアは敵の隙を探る。

 

カスミ

「はははっ! 地上人とてこんなものか!」

 

 カスミの乗るライデンは、オーラソードの圧を上げていく。敵のオーラ力が、トビアを苦戦させていた。

 

トビア

「あの人達は、自信があるんだ。その自信が、このパワーに繋がってる!」

 

ドモン

「ならば、その自信を打ち砕くまで!」

 

 風雲再起に騎乗したゴッドガンダムが、進撃するオーラバトラー部隊の前に躍り出る。そしてドモンが精神統一すると、バックパックのバインダーが展開され、日輪のようなエフェクトがゴッドガンダムを覆った。

 

ドモン

「流派! 東方不敗奥義が一つ!」

 

 その威容を前に、進軍するオーラバトラー達が動きを止める。金色に輝くゴッドガンダムに、オーラの光を垣間見たものもいただろう。

 オーラ力とは、生体エネルギーである。で、あればそれは武術を修め、己の限界を磨き上げ続けたドモン・カッシュのオーラ力とは即ち金色のオーラ力。ドモンのオーラ力を受けたゴッドガンダムの全身が、竜巻のように唸りを上げる。そして、

 

ドモン

「超級! 覇王! 電影弾!!」

 

 その瞬間、ホウジョウの兵達は驚愕の叫びを上げました!

 なんと、ゴッドガンダムがドモンの顔を映し出し、自ら旋風気弾となったドモンが、オーラバトラーを巻き込んで暴れ出したのです!

 これぞ流派東方不敗が奥義の一つ、その名も超級覇王電影弾! 武術の心得を持っていよう武者達とて、この奥義を初見で躱せるものなどいるはずがありません!

 そう…………この男、迫水真次郎を除いては!

 

 

 

サコミズ

「ほう、今の武術、見事だったぞ地上人よ!」

 

 ダンバインと打ち合いながら、オウカオーはゴッドガンダムへ称賛の言葉を送る。次の獲物は、あの地上人。そうサコミズは決めていた。しかし、ダンバインはそう簡単にオウカオーを離しはしない。

 

ショウ

「サコミズ王、王はご乱心なされている!」

 

 オーラソードの鍔迫り合いの最中、近接戦は不利と見たショウはダンバインの鋭敏なツメを持つ脚でオウカオーを蹴り上げ、距離を取る。そこからオーラショットを放ち、サコミズ王をオーラの弾丸が襲う。

 

サコミズ

「君も地上人ならば、望郷の念くらいあるだろう!」

 

 だが、オウカオーはショウのオーラ力を纏った一撃を受けながらも傷一つつかない。そして、オウカオーの翅を羽ばたかせて再びダンバインへ迫る。燃え上がるオーラフレイムソードの一打が、ショウへ炸裂した。

 

ショウ

「だとしても、だ! 王がバイストン・ウェルで聖戦士となったことの意味を、今一度お考え直すべきではありませんか! ショット、シャピロのような悪鬼と手を組み、オーラマシンで戦乱を拡大するなどと!」

 

サコミズ

「シャピロもまた、地上へ未練を残しているのだ! その未練が今宵のオーラロードを開いたならば、それもまた世界の理よ!」

 

ショウ

「それは、屁理屈です!」

 

サコミズ

「貴様とて、日本人だろうに!」

 

 オウカオーの一撃が、ダンバインの背中のオーラコンバーターを破損させる。バランス感覚を崩したダンバインは、忽ち姿勢を崩し落ちていった。

 

ショウ

「南無三!」

 

 ショウのオーラ力で、ダンバインは翔ぶ。しかしサコミズ王のオーラ力を目の当たりにし、ショウは戦慄していた。

 

ショウ

「これが、サコミズ王のオーラ力なのか……!」

 

 ショウのオーラ力も、決してサコミズ王に引けを取るものではない。しかし、ダンバインは既にショウの力を十分に発揮できない機体だった。マシンの差。それがショウとサコミズ王を分けている。

 

ショウ

「ク……ビルバインがあればなんて、言いたくないが!」

 

 それでも、今ここでサコミズ王と戦うのが自分の使命なのだと、ショウは再び意識を集中させてダンバインを加速させた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 一方、ムゲの戦闘メカに取り囲まれながら応戦するダンクーガと、それを援護するブラックウィングは奇妙なものを感じていた。

 

「こいつら……俺達を取り囲んで攻撃するばかりで、他のマシンを狙わねえ」

 

 キントキから発進したゾルバドスの戦闘メカがサコミズ王の軍と協調行動を取るのなら、ダンクーガだけに拘る理由はない。しかし、奴らはあきらかにダンクーガを集中攻撃している。

 

アラン

「藤原、余所見をするな!」

 

 ダンクーガの背後に迫るゼイ・ファーをブラックウィングが撃ち落とす。その違和感を、アランも感じていた。

 

雅人

「まさかこいつら、ムゲの敵討ちが目的なんじゃ……」

 

「あり得るな。何しろこいつらの親玉にトドメを刺したのは、他ならぬ俺達だ」

 

 断空砲を解禁し、一気に敵を掃討する。しかし、それは同時にダンクーガの残りエネルギーを激しく消耗させていた。

 

沙羅

「忍、残りエネルギーが少ない。こっからは断空砲は使えないよ…………っ!?」

 

 沙羅が叫び、そして同時に悟る。

 敵の注意を引きつけ誘き寄せ、そして敵の退路を絶って嬲り殺しにする。この戦術は、ある男の得意とするものだ。

 そして、そのある男を沙羅は、知っている。

 

沙羅

「シャピロ……」

 

「何ッ!?」

 

 シャピロ・キーツ。沙羅の恋人であり、彼らの軍学校での教官だった男。しかし、彼はムゲ・ゾルバドス帝国に寝返り地球の敵となり……最終決戦で消息を絶った。

 

「シャピロが、なぜバイストン・ウェルの軍に加担する……?」

 

沙羅

「わからない、でもこれは間違いない。シャピロのやり口だ!」

 

 ダンクーガ越しに沙羅は、キントキにいるはずのシャピロ・キーツを睨んでいた。

 

「沙羅……!」

 

 シャピロ。その名前が沙羅の人生を縛り付けていることを、忍は知っている。そのシャピロが、ここにいる。少なくとも忍の経験上、シャピロに関して沙羅の勘が外れたことはない。ならば、とダンクーガは機体を加速させて、キントキへ迫る。雑魚を無視し、一目散に。

 

シャピロ

「ム……」

 その動きに、キントキの艦橋に立っているシャピロは気付いた。ダンクーガが、明らかにこちらを狙っている。

 

シャピロ

「コットウ艦長、主砲をあの巨大メカへ向けろ。奴はキントキに狙いを定めたようだ」

 

 内面の激情などおくびにも出さず、シャピロはコットウへ指示を出す。コットウはその指示を理解すると、キントキのオーラキャノンを全てダンクーガへ向け、発射する。オーラの火球が、ダンクーガを襲った。

 

雅人

「うわっ! 忍!?」」

 

「エネルギーも残り少ない、無茶をするな!」

 

 

 しかし、それでもダンクーガは怯まない。忍は、自身の愛機イーグルファイターをダンクーガから切り離し突撃する。

 

「シャピロてめぇ、いるなら出てこい!」

 

 イーグルファイター。ブラックウィング同様猛禽のような姿をした戦闘機は、オーラキャノンを掻い潜りながらキントキへ迫る。バルカン砲を撃ちまくり、迎撃するドル・ファーを撃ち落としながら、その風切り刃が忍の野性に感応するかのように熱を持ち始める。

 

コットウ

「これは、まさかあれもオーラマシンなのか!?」

 

 忍の野性をオーラ力と呼ぶのならば、コットウの認識は正しい。獣戦機は、野性を解放することで秘められた力を発揮する。それは生体エネルギーを糧としている点で、オーラマシンと似た性質を持っていた。

 そんなイーグルファイターの体当たりは、言わば獣戦機によるオーラ斬りと言っても過言ではない。キントキの船体に、野性のオーラは衝撃を与える。しかし……キントキから発進した紫色の戦闘メカが、イーグルファイターを捉えていた。

 

シャピロ

「藤原忍……無理だな、その腕では。この私に触れることもできん!」

 

 ロングバレルのビームキャノンが、イーグルファイターへ放たれた。

 

「何ッ!?」

 

アラン

「藤原、下がれ!」

 

 ブラックウィングが、イーグルファイターの盾となるように庇い、ビームの直撃を受ける。

 

「アラン!?」

 

アラン

「クッ……藤原、ダンクーガに合体しろ。奴がシャピロなら、それしか勝ち目はない!」

 

 イーグルファイターよりも一回り大きいブラックウィングは、ビームの直撃を受けながらもその装甲を貫くには至らない。そして、紫の戦闘メカとキントキの艦板上で接近戦を開始する。翼が折り畳まれ、猛禽の姿から人型形態へ変形し、ライフルを撃ってシャピロの乗る戦闘メカ……デザイアを牽制していた。

 

シャピロ

「黒騎士か。またしても私の邪魔をする!」

 

アラン

「お前に、ダンクーガをやらせはしない!」

 

 アランの言われるまま、イーグルファイターは旋回しダンクーガへ再びドッキングする。そして、ダイガンを構えデザイアへと狙いを定めた。

 

沙羅

「……忍、見えるだろあの戦闘メカ。右肩が震えてる」

 

「!?」

 

 右肩の震え。それは、士官学校の教官だった頃からのシャピロの癖だった。間違いない、あれはシャピロ・キーツ!

 

「忍、ダイガンのエネルギーも残り1発が限度だ。絶対に当てろよ!」

 

「わかった。…………沙羅、いいな?」

 

 シャピロの戦闘メカ・デザイアに狙いを定め引鉄を引く直前、沙羅へ訊く。沙羅は一瞬、言葉を詰まらせそして、きっぱりと言い切った。

 

沙羅

「ああ、忍……しっかりやんなよ!」

 

 沙羅の返事を聞いて、忍はひとつ頷く。沙羅の心が決まっているのならば、迷うことはない。

 

「OK……やってやるぜ!」

 

 その言葉を合図に、ダイガンが放たれた。威力は断空砲に比べれば大きいわけではない。しかし、それでも戦闘メカを屠る出力を十分に有している。

 

シャピロ

「何!?」

 

 アランとの戦いの中、シャピロは自分がダンクーガの射程内に引き摺り込まれたことに、その光を見て漸く、気がついた。避けようとしても、ビームの光は間に合わない。ならば、とシャピロは、マシンの両腕でコクピットをガードした。

 

「しまった!?」

 

 両腕の装甲を吹き飛ばしても、致命傷には至らない。しかしシャピロはコクピットの中で、憎しみの視線を、ダンクーガへ向けていた。

 

シャピロ

「この私に楯突くとは……後悔させてやる!」

 

 装甲が剥げ、機械部品の顕になった腕でビームキャノンを構えるシャピロ。ダンクーガには、応戦するエネルギーはもはや残されていない。

 

アラン

「藤原、撤退しろ!」

 

アランが叫ぶ。しかし、どこに撤退しろというのか。この異世界バイストン・ウェルで。

 

「クソ……!」

 

 その時だった。高出力のビームの光が、シャピロのデザイアを襲ったのは。

 

シャピロ

「ビームだと? どこから……!」

 

 シャピロが、周囲を見回す。すると、墜落した輸送機から2機のモビルスーツが大地に立ち、そして大口径のメガランチャーでデザイアを狙っていた。

 

 

…………

…………

…………

 

—輸送機—

 

 時は、少し遡る。

 オーラバトラー隊の攻撃と、オーラロードを越えたダメージで墜落した輸送機を、2人の男が見ていた。アムロ・レイとシャア・アズナブル。2人はこの異常事態を見届けながら、感じていた。

 

アムロ

「この憎しみは……?」

 

シャア

「憎しみ、悲しみ、郷愁、未練……感じたか、アムロ?」

 

 頷き合い、2人は蝶の翅を広げる赤いオーラバトラー・オウカオーを見やる。そこに乗っているのが地上人の王、迫水真次郎であることを知らぬ者は、ホウジョウの国にはいない。

 

アムロ

「あれが、サコミズ王なのか……?」

 

 リーンの翼の聖戦士。その伝説に聞く勇名よりも2人が感じていたのは、負のオーラ力。かつて、アムロとシャアが共に戦った戦争において、地球を覆い尽くすほどの怨念を渦巻かせた刻の涙。それと同じものを、2人は感じていた。

 

シャア

「サコミズ王の悲しみは、やがて世界を食らい尽くすことになる……」

 

 それでは、このバイストン・ウェルは宇宙世紀の二の舞になる。それを、2人は本能的に理解していた。そして、何よりも。

 墜落した輸送機からアムロとシャアを呼ぶ声が聞こえたのだ。それは、バイストン・ウェルのコモン界で暮らしていた時の中で、地上に置き、忘れ去られたものの声。今まさに、アムロとシャア。2人のニュータイプの存在を必要としている人達の声でもある。

 勘弁してほしい。そうアムロは思った。せっかく得た安らぎすらも、自分の預かり知らぬ世界の都合で破壊されてしまうというのか。だからシャアは地球潰しをしようとしたんじゃないか。人間は、未だにここまで愚かしいのか。そんな負の思念が、アムロの中に去来していた。だが、シャアは違っていた。

 

シャア

「アムロ…………。私は、ずっと考えていたんだ。私の犯した過ちを、どう世界に贖罪せねばならんのかと」

 

アムロ

「シャア、それは……」

 

 シャアは確かに、地球へ隕石落としを敢行した大罪人である。2人はその渦中の死闘の最中、お互いの乗っていたサイコミュ・モビルスーツの共振と人々の意識が集中したことによる理解不能の現象によってここ、バイストン・ウェルへと飛ばされてしまった。

 だが、シャアはコモン界での生活でだいぶ、負の感情から脱却できていた。そうなれば、次に考えるのは過去への贖罪である。それを理解できるからこそ、アムロは自分の甘えを、押し殺さざるを得なかった。

 

アムロ

「……墜落したのは、地上の輸送機に見える。シャア、行くぞ!」

 

 叫び、アムロとシャアは一角獣を駆り、輸送機へ向かい駆けていく。戦火の中を、2人はまるで自分の手足のように一角獣を巧みに操り、輸送機の中へと飛び込んでいった。

 

 

 

アムロ

「これは……!」

 

 輸送機の中に格納されていたモビルスーツを見て、アムロは自分達を呼んでいたものの正体を理解する。

 

アムロ

「Zガンダム……カミーユ・ビダンなのか?」

 

 カミーユ・ビダン。かつてアムロとシャアが共に戦っていた時期に、2人が将来を期待した少年。その愛機だったモビルスーツが、ここにある。それは、バイストン・ウェルという世界が人の精神の世界であることとも関係しているのかもしれない。

 カミーユが、アムロとシャアを呼ぶためにこの場にゼータを置いた。そんな風に、アムロには思えた。

 

シャア

「百式……。アムロ、私は百式で援護する。お前はゼータで、邪悪なオーラ力の元を断て!」

 

アムロ

「シャア……わかった」

 

 頷いて、Zガンダムのコクピットを開き乗り込むアムロ。シャアも百式に乗り込み、そのコクピット・シートの座り心地を思い出していた。そして、

 

アムロ

「アムロ、ガンダム……行きます!」

 

 誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるようにアムロは、ゼータのコクピットの中で叫び、旧式のモビルスーツを発進させた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ハリソン

「ゼータと百式が、動いている? 誰が操縦しているんだ!」

 

 受領したはいいものの、持て余していたモビルスーツが動き、友軍の危機を救った。この状況にハリソンは理解が追いつかないでいる。それでも、搭乗者だけは確認しなければならない。ハリソンは、ゼータのパイロットに通信を試みる。しかし、待っていたのは予想もできない回答だった。

 

アムロ

「こちらロンド・ベル所属アムロ・レイ大尉だ。これより、貴官らを援護する!」

 

ハリソン

「あ、アムロ・レイだと!?」

 

 アムロ・レイ。宇宙世紀時代にシャア・アズナブルと並び撃墜王と称されたトップエースが、なぜかここにいる。しかもモニタに映し出された顔はヘルメットなど付けていないので判別できるのだが、それはたしかに教科書で見たアムロ・レイ大尉の写真と瓜二つだった。

 

シャア

「こちらはシャア・アズナブル。これより地上人の戦列に加わる!」

 

 百式からも、アムロと同様に……いや、人類史においてはアムロ以上の大人物が、写真そのままの顔を晒していた。

 

トビア

「アムロと、シャア……本物なのか?」

 

 カスミのライデンと斬り合いながら、トビアが呟く。以前、トビアは『アムロの戦闘データのみをコピーしたバイオ脳』と戦ったことがある。その時、初見での対応が難しい武装を装備していたスカルハートがなければ間違いなくトビアは死んでいた。コピーとはいえアムロ・レイ全盛期の戦闘能力は、それほどの強敵だった。

 

カスミ

「余所見をするな地上人!」

 

 そこに、カスミのライデンがオーラソードを振り上げる。突然の乱入者に目を奪われていたトビアは、その斬りに反応できなかった。

 

トビア

「しまった!』

 

 だが、直後カスミのライデンを襲う爆炎。その隙にクロスボーン・ガンダムは距離を取り、ピーコック・スマッシャーを構え直す。

 

トビア

「い・ま・だぁっ!?」

 

 乱射されるビームの扇が、ライデンの装甲を貫いた。

 

カスミ

「何とッ!?」

 

 予想外のダメージを受け、怯むカスミ。怯え、迷いはオーラ力を鈍らせる。ライデンの、動きが鈍くなる。そこに、さらに火力が撃ち込まれ、カスミのライデンは墜落していった。

 

トビア

「今のは……?」

 

シャア

「少年、敵のプレッシャーを感じてもそれに呑まれてはいかん。迷いは自分を殺すことになるぞ」

 

 既に旧式の、トビアのクロスボーン・ガンダムと比べれば骨董品であるはずの百式が、バズーカ砲を構えている。先ほどの援護射撃がシャア・アズナブルによるものだと、トビアは理解した。

 

トビア

「あ、ありがとうございます。シャア……大佐」

 

 大佐。軍人としての階級はそうであったとトビアは以前、本で読んだことがある。だから、そう付け加えた。

 

シャア

「大佐呼びはやめてくれ。私はあくまで義勇兵だからな……名を、何と言う?」

 

トビア

「トビア……トビア・アロナクスです」

 

シャア

「そうか、いい名だな。百式で空中戦はできん。私は地上から援護射撃を行う。君達が本命を叩いてくれ!」

 

 まるでブランクなど感じられぬ機体さばきででシャアは、オーラバトラー部隊へ牽制射撃をかける。応戦するオーラバトラー達だが、

その攻撃は当たらない。

 

ハリソン

「あれが……赤い彗星」

 

 味方すらも戦慄させる操縦技術、シャアは敵を引きつける。そしてそれは確かに、敵の隙となった。

 

ドモン

「今だみんな、行くぞ!」

 

 ドモンの合図で、スカルハートとF91、そしてゴッドガンダムがオーラバトラー部隊へ切り込んでいく。先程までの苦戦が嘘のように、ガンダム達はオーラバトラーを墜としていった。

 

 

シャピロ

「アムロ・レイだと……? 過去の亡霊如きが、この私に逆らったか!」

 

 シャピロ・キーツには尊敬する人間がいた。1人はナポレオン・ボナパルト。もう1人は、ギレン・ザビ。彼らは己が才覚を持って英雄への道を歩みながら、志半ばで倒れた。それは、愚民の天才への無理解が起こした時代の堕落だとシャピロは盲信している。アムロとシャア。その存在は言わば、シャピロの尊敬するギレン・ザビを失墜された要因であるとシャピロは考えていた。

 そのアムロとシャアが、ここにいる。それは、シャピロにとって最も許せない冒涜だった。

 沙羅の、ダンクーガのことなど忘れたようにシャピロの戦闘メカ・デザイアはゼータへ駆ける。ビームキャノンを撃ち、アムロを狙う。

 

アムロ

「その邪気……負のオーラ力の源は、こいつか!」

 

 だが、アムロはそんなシャピロのプレッシャーを跳ね除けて、旧式であるZガンダムを機動させる。ビームを避け、高機動航空機形態ウェイブライダーへと変形したゼータは、ビームガンを撃ちながらシャピロへと迫る。

 

シャピロ

「この私を侮辱した罪、命をもって贖うがいい!」

 

アムロ

「やるかよ!」

 

 ビームを撃たれる前に、ウェイブライダーのビームガンがビームキャノンの砲身へ命中する。忽ち引火し、ビームキャノンは爆散。慌ててそれを捨て、シャピロはゼータを睨んでいた。

 

シャピロ

「この私をここまで苦戦させるだと、アムロ・レイ!」

 

アムロ

「その怨念だ! その怨念が世界に悲しみを広げることになる!」

 

 ウェイブライダーが赤いオーラ光に包まれていくのを、その場にいた全員が呆然と見つめていた。

 

ショウ

「あれは、モビルスーツがハイパー化する!?」

 

サコミズ

「このオーラ力は、何だ!」

 

 やがてゼータは空中で変形し、左腕に隠されているグレネードランチャーをデザイアへ浴びせると、右手にビームサーベルを構えた。

 

アムロ

「これは……そうか、バイストン・ウェルが魂の安息の地なら、安息を願う魂に満ちている。それが、ゼータに力を与えているのか。ならばっ!」

 

 巨大な敵を討てと。渦巻く血潮を燃やせと。魂の安息を願う命たちが、ゼータを介してアムロに力を与えているのを、アムロは感じていた。

 

アムロ

「だが、俺が撃つのはその、怨念だけだ!」

 

 赤い光に包まれて、巨大化したビームサーベルがシャピロを飲み込んだ。

 

シャピロ

「何だと!? デザイアよ、動け……なぜ動かん!?」

 

 オーラ力が、シャピロの戦闘メカに誤作動を起こさせているのかもしれない。ともかく、シャピロはこの時、回避することができずにデザイアはその全身を、ハイパー化したビームサーベルに呑まれて……消えた。

 

沙羅

「シャピロ…………成仏しな」

 

 吐き捨てるように、沙羅が言う。

 

「沙羅…………」

 

 シャピロ・キーツの最期は、呆気ないものに忍達には見えた。

 

アムロ

(いや……奴は死んでいない)

 

 ゼータのハイパー化を解除し、アムロは自分の意識を現実に引き戻す。だが、シャピロの怨念のような意識が霧散していないことを、アムロは感じていた。

 

…………

…………

…………

 

 

 シャピロとカスミが撃墜されたことで、ホウジョウ軍の士気が低下しているのをサコミズ王は感じていた。

 

サコミズ

「ヌゥ……!」

 

 自分はまだ戦えるが、戦いとは1人でするものではない。軍団と軍団の戦いにおいて、それは鉄則である。サコミズが若き日に聖戦士と呼ばれていた時代から今まで、それは変わらない真理だった。

 しかし、サコミズ王は王としてこの場に立った。戦いを、不利の一言で終わらせるならばせめて、敵が軍の撤退を許さざるを得ない状況を作らねばならない。どうしたものか、とサコミズは考える。そして、結論が出るとオウカオーの翅をはためかせ、ダンバインをすり抜けオウカオーはアプロゲネへと突進していった。

 

ショウ

「しまった!?」

 

 ダンバインの今の推力では、追いつけない。しかし、地上人の軍もそれぞれの応戦でオウカオーにまで手が回らない。

 

アマルガン

「サコミズ!」

 

サコミズ

「我が盟友アマルガンよ、その首貰い受ける!」

 

 オウカオーのオーラソードが燃える。そして、アプロゲネの艦橋へむけて勢いよく、振り下ろされる。その時だった。

 煌めく翼が、空を裂く。そしてその中から青いオーラバトラーと、ゼノ・アストラが飛び込んできた。

 

サコミズ

「あれはっ!」

 

 ホウジョウ軍の新型。それがアプロゲネを庇うように前に出て、オウカオーと睨み合う。そして、それを守るようにゼノ・アストラは巨大なシールドを構え控えていた。

 

槇菜

「みんな、戦ってる!?」

 

ハリソン

「槇菜君、無事だったか!?」

 

 オーラソードを振り下ろそうにも、ゼノ・アストラの盾が邪魔をする。10mにも満たない小型のオーラバトラーと、20mほどのゼノ・アストラの体格差も、ゼノ・アストラの盾としての性能を発揮させていた。

 

サコミズ

「ええい、どけ!」

 

リュクス

「いいえ、退くのは父上です!」

 

 青いオーラバトラーから、聴き慣れた声がする。リュクス・ホウジョウ・サコミズ。迫水真次郎にとって、他界した長男シンイチを除けば唯一の、バイストン・ウェルで血を分けた存在。

 

サコミズ

「リュクスか!」

 

 娘の介入。サコミズ王は思わず剣を収める。だが、リュクスが地上人の傭兵トッドでも動かせなかったオーラバトラーを動かしているとは、信じられなかった。

 

 

 

 オウカオーは兵を後方に下がらせ、そして青いオーラバトラーを「こちらへ来い」と誘導する。しばしの、停戦号令。地上人達もその隙に、アプロゲネへと集まっていった。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃ……」

 

 心配そうに見守る槇菜。

 

ショウ

「ここは、あいつのオーラ力を信じるしかない」

 

 ショウは、オーラロードが開かれたのはエイサップの存在が大きな意味をもっていると感じていた。だから、そのエイサップを信じ、事態の推移を伺っている。やがて、オウカオーが剣を抜き、青いオーラバトラーへ向けた。

 

サコミズ

「示しである。オーラシップを無断で繰り出し、しかも意図したものであるかどうかはともかく……地上人を招き入れた責は追うべきだろう!」

 

リュクス

「…………!」

 

エイサップ

「ち、違います! 巻き込まれたのは、あなた達の軍が地上へ攻撃を始めたからだ! リュクスは関係ない!」

 

 黙っていたエイサップは、リュクスを庇うように捲し立てた。

 

サコミズ

「君がそれを操縦しているのか、名を何と言う!」

 

エイサップ

「エイサップ鈴木……日本の、岩国から来た!」

 

 日本人の、若き聖戦士。サコミズはマシン越しにその強い才覚を感じていた。

 

エイサップ

「俺は、ジャコバ・アオンに言われてこの争いを止めるようにここに来た。サコミズ王、あなたがリュクスの父ならどうか子供のことを考えてやってくださいよ!」

 

 鈴木という青年は、王としてではなく、リュクスの親としての自分を糾そうとしている。その言葉も、心地いい。だが、サコミズ王はあくまで、王としての威厳を捨てるわけにはいかない。

 

サコミズ

「リュクスと岩国の少年が、この王に刃向かうか!」

 

 オーラソードを、思いっきり突き立てる。名無しのオーラバトラーはそれを躱し、剣を抜こうと鞘に手を伸ばす。

 

エイサップ

「リュクス姫は、心配しているだけです! だからこうして、名無しに乗ってまで……」

 

サコミズ

「ナナジンと名付けたかッ! 七福神のッ!」

 

 そのセンスも、サコミズとしては合格である。ますますサコミズ王は、この鈴木という日本人を気に入った。

 

リュクス

「父上!」

 

 ナナジンのキャノピーを開き、リュクスが叫ぶ。一瞬、サコミズ王は目を見開いた。それからリュクスは、感情のまま父へ叫び続ける。だが、サコミズ王はその声を受け入れることなど、できはしない。

 

リュクス

「なぜ、若き日のように聖戦士であろうとなさらないのです! 年老いて妄執に囚われた父など、見たくありません!」

 

サコミズ

「この地に残した禍根を断ち、打倒アメリカを願うのが、なんで妄執か!」

 

リュクス

「これまで父上が地上界へ行けなかった意味をお考えください!」

 

 リュクスのその言葉には、言外の意味が込められているとサコミズ王は悟る。今回のオーラロードに纏わる騒動。その一端。

 

サコミズ

「やはり、お前が盗んだのか!」

 

 リーンの翼の沓が、王の城から消えていたのだ。それを盗んだのが、沓の在り方を知る者であるというのならば容疑者は只一人になる。自身の後継者である一人娘のリュクスには、いずれ沓とオウカオーを託すつもりでいた。だから、内緒で靴の隠し場所を教えた自分の甘さをサコミズ王は恥じる。それが娘をこのように増長させるなど!

 

リュクス

「今回、私は地上へ行けたんですよ!」

 

サコミズ

「それは岩国に鈴木君がいたからだ!」

 

 オウカオーが、ナナジンを蹴り上げる。まるで折檻のように。エイサップは、リュクスが振り落とされないように必死にナナジンを操作していた。

 

エレボス

「わ、わ、わ、危ないよ!」

 

エイサップ

「クッ……」

 

 ほう。とサコミズ王は感心する。生半可な兵なら、今の蹴り対応できずマシンを横転させてしまうところだ。だが、この金髪碧眼の日本人は違う。サコミズ王は、もうひとつ踏み込んでみることにする。

 

サコミズ

「エイサップ鈴木君! ホウジョウの国を、リュクスと共に継いでくれ!」

 

エイサップ

「えっ!?」

 

リュクス

「ハァッ!?」

 

 これにはエイサップもそうだが、それ以上にリュクスの方が動揺を見せた。動揺のあまりキャノピーから手を離してしまったリュクスは、機体が揺れた振動でナナジンから振り落とされる。

 

リュクス

「あっ、きゃぁっ!?」

 

エイサップ

「リュクス!?」

 

 咄嗟にナナジンの腕を動かし、リュクスをキャッチする鈴木君。その動きの機微は、繊細さに関してはサコミズ王の想定よりも遥かに巧いと言わざるを得なかった。自分なら、リュクスをキャッチできず地面に落としてしまっただろう。

 十分に、合格点。そうサコミズはエイサップ鈴木を評価する。

 

サコミズ

「鈴木君は政治を司る、新しい聖戦士をやってくれ!」

 

エイサップ

「くっ、そんなことを言って隙を作らせる気かっ!」

 

 フ……。とサコミズ王は、薄く笑んだ。この日本人の感性はシャープだ。そして、本質を見抜く目をもっている。このような青年がリーンの翼を継いでくれるというのならば、それは男として本望というもの。故に、

 

サコミズ

「そうでもあるがぁっ!?」

 

 今は、自身の力を示す必要があった。オウカオーは剣を投げ捨てると、柔道の要領でナナジンを背負い投げにする。

 

エイサップ

「うわぁぁっ!?」

 

リュクス

「きゃぁっ!?」

 

 その動きに対応できず、ナナジンは横転してしまった。しかし、リュクスを握る腕のパワーを上げ振り落とされないように気をつけながら、自らも受け身の体制を取るかのようにリュクスの開けたキャノピーを閉じた。その動きだけでも、凡百のオーラバトラー乗り等とは比べものにならないほどに優秀である。

 オウカオーは、ナナジンの頭を掴むと持ち上げる。まるで、中世の戦争で武将が、敵将の首を持ち上げるように。

 この時、エイサップ鈴木は完全にサコミズ王に敗北していた。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃ!?」

 

 叫ぶ槇菜。エイサップは、ひっそりとゼノ・アストラへ通信を試みる。

 

エイサップ

「槇菜……今のうちにみんな退くんだ」

 

槇菜

「で、でもっ!」

 

エイサップ

「サコミズ王も、リュクスとリーンの翼の沓を取り戻せば、深追いはしないはずだ。だから、その間に体勢を立て直せ」

 

槇菜

「…………うん」

 

 頷き、槇菜はアプロゲネと味方に撤退を促す。ドモンが頷き、ゴッドガンダム、スカルハート、F91、ゼータ、百式、ダンクーガ、ブラックウィング、ダンバインはアプロゲネへと収容され、最後にゼノ・アストラを回収したアプロゲネは退却していく。それを、サコミズ王は追う命令を出さなかった。エイサップの、言う通りになった。

 

サコミズ

「フム……。見事だよ鈴木君、その難しい機体を操りながらキャノピーを閉じ、ツノも折らなかった。そして、味方を退却させる時間まで作るとはな。聖戦士の資格があると見た!」

 

 おそらく、この日本人は初陣だろう。初陣でこれほどの働きをするのは、確かにリーンの翼の聖戦士かもしれない。とサコミズ王に思わせる。かつて自分がアマルガン・ルドルに聖戦士として期待されたように、この少年に期待を抱く自分自身を、サコミズ王は認めていた。

 

サコミズ

「ホウジョウ国の婿にならんか?」

 

エイサップ

「婿? 婿ってなによ……」

 

 そして、エイサップが簡単には自分の言うことを聞かないことも、理解している。そこで、サコミズ王はオウカオーの左手を上げる。すると、待機していたライデンのうち一機が、その手に2人の人間を乗せているのをエイサップに見せた。

 

エイサップ

「ロウリ、金本……」

 

 フォウで脱出したロウリと金本は、戦火の中で被弾し、墜落していたところをホウジョウ軍の女武者・ムラッサに拾われていた。そのムラッサのライデンの手の中で、ロウリと金本は青くなっている。

 

サコミズ

「仲間共々、許すぞ……?」

 

 自分が阿漕な真似をしている。その自覚はあった。しかし、それをしてまでもこの日本人の青年を、サコミズ王はほしくなっていた。

 

エイサップ

「クッ……」

 

 両手を上げ、ナナジンは降参のポーズを取る。オウカオーに連行されながら、ナナジンは彼らの母艦・フガクへと回収されていった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—フガク艦内—

 

 連行されたエイサップ達は、どういうわけか客人としてもてなされていた。いつの間にか、エレボスの姿がない。リュクスは、サコミズ王に個室へ軟禁されてしまっていた。

 

ロウリ

「冗談じゃねえ、協力しないと打ち首だと!」

 

金本

「俺達、ここで一生暮らすのかな……」

 

 それぞれに毒付くロウリと金本。エイサップとロウリ、金本3人は衛兵に案内されるまま、サコミズ王のいる大広間へと案内された。

 

コドール

「まさか、打ち首などと! 地上人はご歓談の際に無粋な話がお好きか?」

 

 サコミズ王の妻、コドール・サコミズはロウリの言葉を笑って一蹴する。サコミズ王は、戦場で見せたものとは別人のような穏やかな表情でコドールの言葉に頷いていた。

 

金本

「でも、俺達だって安心したいんです」

 

ロウリ

「そうだそうだ!」

 

 異世界という地に来て、気が動転しているロウリの気持ちも、エイサップにはわかるしサコミズ王も同様だった。

 

コドール

「コモン人よりもオーラ力が強いと言われている地上人を、我々がどうして自ら手放すことがあります?」

 

ロウリ

「それって、俺たちをあんたらの軍に参加させたいってことだよな?」

 

コドール

「戦わなければ、得られないものもある……」

 

 そう言って目を細めるコドールからは、独特の色香があった。

 

サコミズ

「うむ。君達と我々の目的は同じ……地上への扉を開くことなのだからな」

 

ロウリ

「な……。ふざけるなっ! 地上侵攻のどこが同じだっ!」

 

 「同じですよ」と、ロウリの声を遮るものがあった。金髪の青年。しかし、その頬には大きな傷があり、目付きは険しい。

 

サコミズ

「紹介しよう。彼はショット・ウェポン。このヘリコンの地にオーラマシンの技術を齎した男である」

 

ショット

「はじめまして、だな。地上の方々」

 

エイサップ

「ショット・ウェポン…………」

 

 エイサップは、その名前に聞き覚えがあった。ニュースで聞いたことがある。1年前のバイストン・ウェル事件の際、オーラシップ・スプリガンの艦長を務めていたという男のはずだ。しかし、太平洋での全面戦争でその消息は定かになっていなかった。

 

ショット

「私が生きていることが、不思議かな。エイサップ鈴木君」

 

エイサップ

「はい……」

 

ショット

「だが、私は生きている。それはバイストン・

ウェルの意志と思わんか?」

 

 バイストン・ウェルの意志。そんなものが本当にあるというのだろうか。エイサップはまだ、信じきれていなかった。いや、もしバイストン・ウェルの意志というものがあるのだとしたら、ショットがこうして肉の身体を持って生きながらえていることは、その意志に反しているのではないか。とさえ思う。

 

エイサップ

「…………」

 

 つまり、それは逆に言えばバイストン・

ウェルの、世界の意志を歪める何者かがショット・ウェポンを生かしたのではないか。と考えることもできた。その正体はわからない。だが、ショットが生きてサコミズ王の未練を刺激しているように、エイサップは考える。

 ショット・ウェポン。彼こそが自分の討つべき敵なのではないか。そうエイサップは感じていた。その剣呑なオーラを察したのか、ショットは「では、私はオーラマシンの整備に戻ります」と告げ、退出していく。

 

サコミズ

「……フ、話が逸れたな。君たちに見てもらいたいものがある」

 

 そう言って、サコミズ王がボタンを押すとカーテンが開いていく。そこには、ロケットのような形状をした戦闘機が展示されていた。

 

金本

「こ、これって……! 昭和日本軍が使った特攻機、桜花!」

 

 桜花。第二次世界大戦末期、大日本帝国軍が使用した特攻戦闘機。機首部に大型の鉄鋼爆弾を搭載し、体当たりすることで全弾命中させるというコンセプトの飛行機。アメリカ軍から「バカボム」と揶揄されると同時に、恐れられた兵器だ。

 地上界に残っていた桜花のレプリカは、特攻兵を祀る神社に奉納されていたが、ガンダムファイトで失われたとエイサップは聞いている。

 それが、何故このバイストン・ウェルに。

 

サコミズ

「私はこの桜花で広島、長崎の次……小倉に落とされる予定だった第3の原爆を阻止したのだ」

 

ロウリ

「第3の、原爆……?」

 

 そんなもの、教科書にもアングラのネットワーク・サイトにも載っていない。だが、嘘を言っているようには見えない。

 

エイサップ

「ン……?」

 

 桜花のコクピットに、紙人形が飾られているのをエイサップは見逃さなかった。手作りの、古ぼけた紙人形。それだけは、新品同様に見える桜花の中でひとつだけ、経年劣化を感じられる。もしかしたら、それはサコミズ王にとって桜花以上に思い入れのあるものなのかもしれない、とエイサップは思った。

 

サコミズ

「この桜花はレプリカだが、私はその作戦の中、コルセカに撃墜され……私はその爆発で無念の中オーラロードを切り開き、バイストン・ウェルに流れ着いたのだ」

 

金本

「成し遂げられなかった国防への想い……」

 

サコミズ

「そう、私の目的は日本に帰還し、オーラマシンの力で日本を最強の軍隊へ押し上げる。そして、我が愛する日本国を護ることにある!」

 

 国防。その言葉が金本と、ロウリを感動させる。彼らがテロへ画策したのも全ては、ガンダムファイトなどという代理戦争で全てを決め、あまつさえ旧世紀の講和条約などに縛られている日本を憂いてのことである。

 その点で、サコミズ王の理想とロウリ、金本の思想は近い。そんなシンパシーを感じていた。

 

ロウリ

「そういうことなら、協力するぜサコミズ王!」

 

エイサップ

「し、しかしフェラリオの王ジャコバ・アオンはバイストン・ウェルの意志に従えと……!」

 

 エイサップの声は、ロウリと金本の歓声に遮られる。今この場において、エイサップは明らかに劣勢だった。

 

エイサップ

(このままでは、ジャコバ・アオンの言う通りになる。なんとかして、リュクスを助けて脱出する隙を作らないと……)

 

 バイストン・ウェルを渦巻く混沌。その渦中の中心に今、エイサップは立たされている。そのジャコバ・アオンの言葉の意味を、エイサップは肌で感じていた……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サブシナリオ1「トッド・ギネス」

—地上/岩国—

 

桔梗

「酷い……」

 

 特務自衛隊の櫻庭桔梗中尉は、生まれ故郷である岩国の惨状を、上空を飛ぶヘリの中からありありと見つめていた。

 

桔梗

「槇菜…………。連絡つかないけど、大丈夫かしら」

 

 仕事用の端末カメラで上空から街の被害を撮影しつつも、桔梗は妹の無事を祈っている。槇菜は甘えん坊で、可愛い妹だ。この夏はとある縁で知り合ったマジンガーZの兜甲児が側についていてくれているはずなので、もしかしたら今頃光子力研究所か、科学要塞研究所かもしれない。そうであることを祈りながら、勝手知ったる故郷の惨状を目に焼き付けていた。

 火の手は未だ止まず、市街地を灼熱に包んでいる。炎の気配がない、消化の終わった箇所も「完全に無事」な場所はほとんどなかった。むしろ、街の中心ほど被害は甚大。崩れた中学校、ショッピングモール。レストラン。それらは全て、桔梗の学生時代の思い出の場所でもあった。また、在日米軍基地はその中でも大きな被害を出しており、未だに消化活動が続いている。

 

桔梗

「……あれは?」

 

 そんな岩国の海岸沿いに、桔梗は見慣れぬものを発見した。濃紺色の、甲虫のようなツノを持つ10mに満たないマシン。オーラバトラー・ダンバイン。記録にあるそれと配色は違ったが、間違いなくそれは一年前に東京上空に現れたダンバインだった。

 もしかしたら、記録にあるショウ・ザマが不時着しているのかもしれない。桔梗はヘリの運転手に指示を出すと、ダンバインへ近づかせる。見れば、ダンバインは手ひどいダメージを受けているらしい。所々損壊しており、開け放たれたキャノピーの奥には、金髪の男が項垂れていた。

 

桔梗

「座間翔は日本人。これは、違う……?」

 

 桔梗は、プラチナブロンドの髪を結い纏めるとゴーグルをつける。それから地上へロープを放り、そのロープを伝ってヘリから降りていく。風をその身に受けながらダンバインの近くへ着地し、おそるおそる、そのコクピットへ歩みを進めた。

 

桔梗

(報告では、地上のオーラバトラーは機械獣など比にならないほど強力だと聞いているけれど……)

 

 腰に装備している、対機械獣用特殊ハンドガンを右手で確かめる。もし、オーラバトラーのパイロットが抵抗の意思を示し、ダンバインが満足に動くのなら……この装備ではオーラバトラーのバリアを貫けず、自分は死ぬかもしれない。そういう、危険な任務だった。

 

 櫻庭桔梗が上層部から受けた任務。それは岩国の救援ではない。状況証拠の整理と、可能ならばオーラマシンに関するものの回収。それが、桔梗が独自に受けた密命である。そして桔梗はよりにもよって、ダンバインを見つけてしまったのだ。そうなれば、任務を遂行せざるを得ないのが自衛隊員……いや、軍人である。

 ダンバインのコクピットに座る男は、気絶しているようだった。呼吸は正常、脈はある。命に別状はないだろう。それを確認し、桔梗はヘリへ指示を出す。やがて、不時着したヘリから数名の隊員が駆けつけると、金髪のオーラバトラー乗りをダンバインのコクピットから降ろし、そして男をヘリへと乗せ再び空へ発つ。ダンバインの方は、すでに輸送トレーラーが手配されていた。トレーラーを待つために隊員を2名だけそこに残し、男を乗せて桔梗は自分達の基地へと戻っていった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—???—

 

トッド

「う……ここは?」

 

 トッド・ギネスが目を覚ました時最初に見たものは、白い天井だった。それがバイストン・ウェルのものではないと気付くのに、トッドは10秒ほど、必要だった。懐かしい消毒液の匂い。それは、地上の病院だ。

 

トッド

「そうだ、俺はエイサップ鈴木とかいうハーフ野郎に負けて……」

 

 思い出すだけで、屈辱的だった。だが、ここはフガクでもなければキントキでもない。地上の匂いを、バイストン・ウェルのオーラ・バトル・シップは醸し出してくれない。自分はどうやら、病院かどこかに連れ出されたらしい。そこまでトッドが自分の置かれた状況を理解すると同時、ガラガラという音と共に扉が開かれる。

 

桔梗

「気づいたみたいね」

 

 やってきたのは、銀髪に青い眼の女だった。色白だが、白人ではない。また、女の身に纏う服には、日の丸の徽章がついている。

 

トッド

「……ジャップか。その見た目で」

 

 自衛隊員。そう理解してトッドは吐き捨てた。

 

桔梗

「生憎、クォーターなの。祖父がロシア系。それでも私はれっきとした日本人よ」

 

 ジャップ。という蔑称を開口一番に言われるとは思わず、桔梗は思わず凄む。だが、それをトッドは意に返した風ではなかった。

 

トッド

「それで、日の丸つけた自衛隊員様が俺に何の用だ?」

 

桔梗

「……まず、いくつか質問に答えてもらうわ。あなたの名前と国籍は?

 

トッド

「……トッド・ギネス。23歳アメリカ人。出身はボストンだ」

 

 聞かれていない、しかしこれから質問する予定だったことまで素直に答えるトッドに、桔梗は目を丸くする。

 

桔梗

「思ったより、殊勝なのね」

 

トッド

「日本人には、随分煮湯を飲まされたからな。俺も学んだのさ」

 

 そう言って得意げに笑むトッド・ギネスに桔梗は思いの外好感を抱いた。ただのヤンキーよりは、よほど分別がある人間に見える。

 そういう相手の方が、都合がいい。

 

桔梗

「…………次の質問。あなたはオーラバトラーに乗っていた。バイストン・ウェルという世界からやってきたということで間違いはない?」

 

トッド

「…………ああ。俺と、トカマク・ロブスキーとかいうロシア人。それに、ショウ・ザマって日本人が、同じ時に地上から召喚された。俺は、あの世界でオーラバトラー乗りをして生計を立ててたのさ」

 

 嘘は言わなかった。だが、ホウジョウ軍のことはあえて伏せる。ショウやエイサップとの決着をつけたい気持ちはあるが、今はそんなことよりこの場を切り抜ける方が先だろう。とトッドは直感的に感じていた。

 

桔梗

「そう……」

 

 頷きながら、桔梗はタブレット端末に何やらを打ち込んでいた。そして一泊を置いて、改めてトッドへ向き直る。

 

桔梗

「確認が取れたわ。トッド・ギネス。あなたはアメリカ空軍学校に在籍していたが、フライト中にMIAになっている……その時、バイストン・ウェルに召喚された。その認識でいい?」

 

トッド

「ああ、OKだ」

 

 その後、数回の質疑応答を経て桔梗は、トッドへの質問を終えた。

 

桔梗

「医師の見立てでは、怪我は大したことないらしいわ。立てる?」

 

 桔梗がそう訊ねると、トッドはベッドから降りて立ってみる。確かに、少し痛むがそれ以上でもそれ以下でもないようだった。それは、もしかしたらトッドを撃墜したエイサップ鈴木のオーラ力の賜物なのかもしれない。トッドは軽く伸びをして、自分の身体の調子を確かめたい。

 

トッド

「問題ないな。それで、俺をどうするつもりなんだい?」

 

 桔梗がただの自衛隊員なら、そのままアメリカ空軍に引き渡されることになっただろう。しかし、桔梗がただの自衛隊員ではないと、これまでの会話からトッドは勘づいていた。

 

桔梗

「……ついてきて。あなたに、見せたいものがあるの」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

トッド

「こいつは……」

 

 桔梗に言われるまま着いて行ったトッドの目の前にあるのは、緑色のオーラバトラーだった。軽装のダンバインよりも見てくれから重く、重装備であることが窺われる緑のオーラバトラー。ショット・ウェポンが末期に開発したオーラバトラー・ライネック。それが、どういうわけか日本人の、櫻庭桔梗の案内した先に鎮座していた。

 

桔梗

「ライネック。かつて地上にバイストン・ウェルの軍勢がやってきた時、ショット・ウェポンから秘密裏に入手していたオーラバトラーよ」

 

トッド

「ショットの奴も、一助地上に降りてたのか……」

 

 ショット・ウェポンの野心と叛意は、トッドの目から見ても明らかだった。恐らく、ショットは自らの立場を確保するためにドレイク軍の預かり知らぬところで取引をしていたのだろう。その見返りがライネック1機というのなら、ショットからすれば安いものだ。

 

桔梗

「トッド・ギネス。あなたにはそのオーラバトラーで、私達の作戦に協力してほしい」

 

 桔梗がそう言うと、トッドは「ハッ!」と笑い飛ばす。

 

トッド

「俺にジャップと手を組めっていうのか?」

 

桔梗

「別に、日本人と手を組んでほしいとは言ってないわ。あなたには、国籍不明の謎の軍として動いてもらう」

 

トッド

「何……?」

 

 それは、あまり穏やかな台詞ではなかった。

 

トッド

「それじゃあ何か。あんたは俺に、テロリストにでもなれって言いたいのかい?」

 

桔梗

「そうね、そういうことになるかもしれないわ」

 

 冗談じゃない。そう、トッドは吐き捨てた。しかし、その反応も無理はない。そう桔梗も理解している。トッドが、アメリカ空軍の出だと言うのならば尚更だ。

 

桔梗

「聖戦士トッド・ギネス。これは世界に必要なことなの」

 

トッド

「だったら、洗いざらい説明してもらおうじゃあないか」

 

 そうトッドが言った時だった。「その説明は、私にさせてもらいましょう」そう言って、2人に近づくものがいた。

 

トッド

「…………!?」

 

 老人。男性。日本人。そう言った散発的な情報を、その男の出立ちからトッドは判別する。その全ては正確だが、しかしそれで何かを理解できた気がまるでトッドはしなかった。

 まず、男はたしかに日本人で、齢60は過ぎているだろう老体だ。しかし、背筋ひとつ曲がらずむしろ生気に満ちている。その一方で、男のオーラ力はまるで、小川のせせらぎのように穏やかだった。そうでありながら、腰に携えた刀と、そして両の眼を開かせない刀傷。それらはアンバランスでありながら、その全てが男の中で調和していた。

 

西田

「お初にお目にかかります、聖戦士トッド・ギネス。私は西田啓。この世界を憂う者であります」

 

 西田。そう名乗った盲目の老人のオーラにトッドは、気圧されていた。ショウのような清らかさと、サコミズ王のような力強さ。それらを兼ね備えた存在。そんな人間をトッドは、見たことがない。

 それでも、トッドはせめてそれを気取られぬよう、何とか言葉を探す。

 

トッド

「…………その目は、どうしたんだ?」

 

 しかし、必死に探した末の言葉はあまりにも、不躾だった。

 

西田

「汚れていく祖国を直視に絶えず、自ら断ちました。しかし、そのおかげで今はより鮮明に、物事の本質が見えています」

 

 それでも尚西田は、穏やかな口調を絶やさない。

 

西田

「トッド・ギネス。あなたは地球の、ボストンで生まれた。ならば理解しているのではないですか。今の地球圏は、極めて危ういバランスの上で成立していると」

 

トッド

「…………まあな。上の連中はガンダムファイトなんぞにかまけて、下の人間を見ちゃあいない。日本はマシな方かもしれないが、アメリカは本当にひどいもんだぜ?」

 

 事実、トッドの幼少期はひどいものだった。食う物に困り、ストリートチルドレンへ流れ盗みで生計を立てていた幼馴染も数多い。そんな中、トッドの母は女手ひとつで悪事にも手をつけず、トッドをハイスクールまで出してくれた。そんな母への恩返しがしたくて、出世のチャンスが多い軍へ志願したのがトッド・ギネスだ。

 

西田

「今、世界中で地球はコロニーから独立し生きるべきだという決起が起きている」

 

トッド

「つまり……宇宙人どもは宇宙で勝手にガンダムファイトでもなんでもやってくれ。俺達地球人は地球人として独自の生き方をするべきだ……ってことか?」

 

西田

「左様。それこそが、地球再生の道であると私は考え、計画に賛同しました」

 

トッド

「計画?」

 

 西田は頷き、言葉を続ける。

 

西田

「ゴッドマザー・ハンド計画……あなたの祖国であるアメリカ人が立案し、内情の思惑はどうあれ世界中に賛同者を得た計画です。トッド、私はあなたに日本人としてではなく……地球市民のひとりとして、この計画への参加を願っているのです」

 

 ゴッドマザー・ハンド計画。神の手。トッドの預かり知らぬところで、地上でも大きな流れが動いていることを、トッドは悟っていた。

 そして、その渦中で自分は再び、拒否権のない選択を迫られていることも。

 

トッド

「…………へっ」

 

 毒づき、トッドは西田と、桔梗を交互に睨め付ける。桔梗は腰の銃へ手を伸ばし……西田に制された。

 

トッド

「いいぜ、そのゴッドマザー・ハンド計画とやら手伝ってやるよ。だがな、条件が2つある」

 

桔梗

「2つ……?」

 

トッド

「ひとつは、ボストンに手を出さないこと。碌でもねえ街だが、あそこにはお袋がいるんだ。もし、ボストンを……お袋を巻き込むようなことをしたら、俺は後ろからでもお前らを斬る」

 

 そう言って凄むトッド。西田は見えていない目でトッドを見つめて、一つ頷く。それを了承の合図と認め、トッドは続けた。

 

トッド

「もうひとつは……とにかく地上のメシが食いたい。ハンバーガーとポテト、それにコーラだ」

 

 今はとにかく、故郷の味が恋しかった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

—べギルスタン—

 

 そうして今、トッド・ギネスは中東の小国べギルスタンにやってくる米国軍を迎え撃つ準備をしている。彼らの計画では、べギルスタンの持つ特殊兵器の威力で米国部隊は壊滅。そして、本格的な鎮圧部隊を派遣するという筋書きになっているらしい。それがゴッドマザー・ハンド計画の中でどのような意味を持っているのか、興味はなかった。

 だが、こうして頬張るハンバーガーの肉の旨味は間違いなく、トッドの故郷の味だった。

 

桔梗

「そろそろ、アメリカ軍が来るわ」

 

 ライネックの隣に並ぶ、20mほどの人型機動兵器。そのコクピットに座る桔梗から通信が入る。バイストン・ウェルに比べて、地上の通信はクリアだった。今はミノフスキー粒子が薄いのも理由だろう。

 

トッド

「ライネックは問題ない。こいつなら、ダンバインだろうがなんだろうが倒せるぜ。あんたのそれは、どうなんだ?」

 

 桔梗の乗る青いマシン。アシュクロフトと名付けられたその機体は、ある理由で開発が凍結になったFI社のアサルト・ドラグーンと呼ばれる機種を日本の式部重工がそのデータを買収し、開発したものであるらしい。現状、この世界でアサルト・ドラグーンはこのアシュクロフト1機しか存在しない。

 

桔梗

「大丈夫よ。アシュクロフトには簡易入力システムが組み込まれている。私の判断に対してプログラムがオートマである程度動いてくれるの。そう言う意味では、オーラバトラーに近いのかもね」

 

トッド

「ふ……ん。それで、あの小さいヤツはなんだ?」

 

 ライネックとアシュクロフト。オーラバトラーとアサルト・ドラグーンの混成部隊などたしかに所属不明としか言いようがない。だが、トッドと桔梗の他にもべギルスタンへ派遣された者がいた。

 オーラバトラー以上の小型の、箱に四肢がついたようなマシン。オーラバトラーでもアサルト・ドラグーンでも、断じてモビルスーツでもない妙な機体が数機。そのうち1機には、鈴蘭のマーキングが施されていた。

 

桔梗

「……TA?」

 

トッド

「何?」

 

 

桔梗

「私もそこまでは知らないわ。ただ、これが私達所属不明軍の戦力、ということになるわね」

 

 桔梗が本来所属する特務自衛隊に少数配備されているTAによく似たその機体の側で、少女が空を見つめていた。

 

ミハル

「…………」

 

 青い空の向こう、薄く朧げな月が顔を出している。少女の視線の先に目を向けながら、トッドは天体の存在する地上の空を懐かしく思い、少しだけ泣いた。

 

 

 

 それから数時間後、べギルスタン軍はアメリカ軍の威力偵察に対し徹底抗戦。未確認兵器の威力を持ってアメリカ軍のモビルスーツ部隊を壊滅へ追い込むことになる。

 その未確認兵器の中に混じり、オーラバトラーが存在していたことが科学要塞研究所のメンバーをべギルスタンへ誘い込むことになるのだが、それはまた別の話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話「邪霊機アゲェィシャ・ヴル」

—???—

 

 シャピロ・キーツは、暗闇の中にいた。あの時、アムロ・レイの一撃を受けて自らの戦闘メカを大破させたシャピロは、そこで死んでいてもおかしくないはずだった。しかし、ヘリコンの地ではない暗闇の世界にシャピロは横たわり、眠っていた。

 

シャピロ

「ウ…………」

 

 意識を取り戻したのは、彼の強い野性の力故だろうか。或いは。シャピロが起床し、周囲を見回すと目の前には、少女が座っていた。

 赤い髪を長く伸ばした、12、3歳程の歳の頃に見える少女。その瞳もまた紅く、そして灼熱のように赤いドレスを着た少女は、シャピロを憐れむような目で見つめていた。

 

少女

「負けちゃったんだ、役立たず」

シャピロ

「貴様…………!」

 

 しかし、言い返す言葉もない。ムゲ戦役において、月面基地で死の運命を免れられなかったシャピロの命を繋いだのは間違いなく、この少女なのだから。少女は、右手に持つ玉を弄る親指に力を込める。

 

シャピロ

「グッ、グゥゥゥゥゥ……」

少女

「あはは、お仕置き。ショットはうまくやってるのに、シャピロときたら」

 

 嘲けるように笑う少女。シャピロは少女への殺意を明確に持っていた。しかし、自らの心臓を握られている状況では、迂闊な反撃などできはしない。

 

シャピロ

「覚えていろ小娘……。いずれこの私が神となり、貴様のような邪神の輩に神罰を下す。その時を楽しみにしているがいい。フフフフ、フハハハハハ……」

 

 だから今は、こうして叛意を口にして笑い返すに留めるしかシャピロにはできない。自らに与えられた役目を果たすまで、この命は少女の奴隷人形なのだから。

 だが、それでも愉しみが増えたのも事実。

 

シャピロ

(ダンクーガ……沙羅。それにアムロ・レイ……この私を虚仮にした罪を、その命を以って償ってもらうぞ。そして、その次が小娘、そして……)

 

 ゾルバドス。その名前を口の中に押し殺し、シャピロは少女を睨め付ける。その殺意を、憎悪を受けた少女は愉しげに笑うと立ち上がり、踊るように歩き出す。

 

シャピロ

「どこへ行く?」

少女

「ちょっとね、気になることがあるの。あなたはまあ、しばらく好きにしてていいんじゃない?」

 

 好きにしろ。そこには明確に「私を殺してみろ」という挑発が含まれている。それをシャピロは敏感に感じていた。

 少女の行く先には、少女の燕尾色の衣服と同じように赤く、禍々しいマシンが鎮座している。少女はそのマシンの腰と腹の間……人間で言えば女性の子宮にあたる部分に存在するコクピットへ戻る。そして、そのマシンの髑髏のように窪んだ眼窩が妖しく輝き……漆黒の翼を広げて飛び出した。

 残された者は、シャピロ一人。いや……。

 

シャピロ

「ククク……ライラよ。お前が何を望んでいるのかは知らぬ。だが、お前は俺を蘇らせた際にもう一つ、化け物を蘇らせたのだ。俺の心臓を握ったつもりならそれもよかろう。だが……ククク、フフフハハハハ…………」

 

 混沌とも言うべき闇の世界の中でただ、シャピロの嗤い声だけが響いていた。その嗤いはやがて、全てを闇の中に消えていく。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—ホウジョウ国/フガク艦内—

 

コドール

「王よ、あの地上人からリーンの翼の沓を取り上げにならないのですか?」

 

 寝室で、妻コドールが呈した疑問はもっともではあった。しかしサコミズ王はフッ、と笑う。

 

サコミズ

「もし彼が本物の聖戦士であるならば、地上へ侵攻する際に役立つだろう」

コドール

「しかし、あのロウリ殿と金本殿はともなく……鈴木という地上人は侵攻そのものに否定的のようですが?」

 

 コドールは莫迦ではない。むしろこのように他人を見る目は確かだ。そしてその才智をこそ、サコミズ王は惚れ込み後妻としたのだ。

 

サコミズ

「ああ。彼は必ずリュクスとリーンの翼の沓を持ち出してここを逃げ出すだろう。その時がチャンスになる」

 

 コドールは聡い女だが、それでも王の考え全てを察知しているわけではない。だが、サコミズ王の言っていることの意味くらいは察する事ができたらしく、「ほう」と呟いた。

 

コドール

「エイサップが逃げるとすれば、アマルガンと共にいる地上人達の所……地上の情報や技術を手に入れるいい機会にもなる。ということですか」

 

 サコミズは首肯したが、決して好きなやり方ではなかった。ただ、事態はサコミズが思っていた以上に混沌としているのを、彼はシャピロやショットを招き雇った時から察知していた。

 

サコミズ

(思えば、俺が小倉に落とされた原爆をリーンの翼で阻止した時からこの運命は決まっていたのかもしれん……)

 

 サコミズ王がまだ、迫水真次郎として生きていたあの時、米軍の占領下であった東京を見た記憶を、思い出していた。空襲で焼けた大地はしかし、活気に満ちていた。地上に流れるりんごの唄は、現実を生きる日本人の、人間の強さを感じるものだった。

 「これなら、日本は大丈夫」そう言い切れたはずだった。しかし、サコミズ王の心の奥底に溜まった感情は、全く違う……相反する心だった。

 迫水は、バイストン・ウェルでアマルガンと共に戦ううちに実感として知ってしまっていた。迫水が所属していた日本軍は、迫水達を指揮していた上層部はガロウ・ランへ……醜い欲望の化身のようなものに成り果てていたのだと。だから、平気で若者の命を爆弾にするような作戦を立てることもできた。そんな戦争を続けて、空には戦没者の魂が……無念と嘆きのオーラ力が溜まっている。

 鬼畜米英と、大東亜共栄圏と踊らされた無念の魂を忘れた日本など、自分の還るべき祖国ではない。そんな暗い心が、迫水真次郎を日本ではなく、バイストン・ウェルに帰還させた。

 

サコミズ

(にほんのひのまる なだてあかい おらがむすこの ちであかい。か……)

 

 バイストン・ウェルに戻った後、迫水は同じようにバイストン・ウェルへ飛ばされた数人の地上人と共にバイストン・ウェルの文明開花に従事した。そして気づけば70年。かつての同志達は皆、このバイストン・ウェルの土へ還っていった。

 そうでありながら、サコミズ王は今も健在である。志を同じくした者はもう、いない。

 

サコミズ

(だからこそ、シャピロが邪な野心を抱いていると知りながらも俺は、シャピロ・キーツを招いた。それは、地上の匂いを感じられる同志を探していたのかもしれん)

 

 だが、そのシャピロは地上人との戦いから帰還していない。シャピロの裏にある邪な何か。それすらも地上へ帰るために利用する腹づもりだった。それはおそらく、西の大陸でオーラマシン開発に携わっていたというショットも同じであろう。

 どれほど多くの邪悪が跋扈しようと、聖戦士の羽根を持ってそれを征伐し、地上を……日本を今度こそ真に平和な国にする。それこそが、迫水真次郎という日本人の、70年越しの未練だった。

 

サコミズ

「既に、ショットに指示を出している。明朝、地上人にシンデンの慣熟飛行をやらせる。その間に、鈴木君を試させてもらおう」

 

 そう言って、王は寝台に横たわる。コドールは横たわる王の傍に座ると、その額を撫でた。

 ひんやりと、冷たい感触が迫水を満たしていた。

 

 

…………

…………

…………

 

—ホウジョウ国/ギブロゲネ艦内—

 

 アプロゲネの同型の旧式オーラ・シップ、ギブロゲネは、アプロゲネのアマルガンの部隊と合流すべく航路を取っていた。艦長を務める上半身裸の老武者ミガル・イッツモは、哨戒任務から帰った長髪の女性、マーベル・フローズンへ呼びかける。

 

ミガル

「マーベル殿、すまないがすぐに出撃してもらいたい」

 

 オーラバトラー・ボチューンから降りたマーベルは、冷えたミルクを飲みながらミガルの言葉に耳を傾ける。

 

マーベル

「何かあったの?」

ミガル

「アマルガン殿からの救援要請だ。単身でフガクから逃走するオーラバトラーが一機。そのパイロット……聖戦士がリーンの翼の沓と、リュクス姫様を手中にしているらしい」

 

 聖戦士。とミガルは一泊置き、口調を強めた。このヘリコンの地に生きる者にとって、聖戦士とはサコミズ王その人を指す。しかし、あえてサコミズの手から逃れる者を、聖戦士と呼ぶ。そこには、意味があるはずだった。

 

マーベル

「地上人?」

ミガル

「ええ。曰く、その地上人がリーンの翼を拓いたと……」

 

???

「ほう。それは捨て置くわけにはいかんな」

 

 格納庫の奥から、老人の声がする。コツコツと足音を立ててミガルとマーベルへ近寄る老人にマーベルは一礼し、艦長であるミガルも背筋を伸ばす。

 

ミガル

「先生自らが、出ますか?」

???

「うむ、聖戦士と呼ばれるほどの男ならば……あの男も必ずやってくる」

 

 あの男。それが何を指しているのか、マーベルは瞬時に理解する。サコミズ王。王直々に出撃するとなれば、激戦は必至。

 

マーベル

「そうなれば、急ぎましょう。アマルガンの部隊とのランデブーも戦場になるかもしれないわね」

ミガル

「ああ、ギブロゲネを急がせる。マーベル殿と先生は、先行して向かってくれ」

 

 老人とマーベルは頷き、マーベルは自らのオーラバトラー・ボチューンのコクピットへ戻っていく。老人も、自らの愛機たる黒い機動兵器へと歩き出す。そして、老人の右手の甲が仄かに光り輝いていた。

 

???

(この輝きは………。急がねばならんのう)

 

 老人は黒いマシンの中、気を引き締める。そして、マントのように閉じられた赤いウィングが開かれると、緑色のカメラアイがギラリと光り、ギブロゲネから飛び出していった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—ホウジョウ国/反乱軍のアジト—

 

 

槇菜

「エイサップ兄ぃ……」

 

 アマルガン・ルドルに先導され、槇菜達は反乱軍のアジトのある集落アブダ・プラスへ案内されていた。硬く、黒いパンとミルクを一瓶受け取り、それを食べながら槇菜は1人沈み込んでいた。

 エイサップとリュクスは、ホウジョウ国のサコミズ王という人物に連れていかれてしまった。今、エイサップはどうしているだろうか。手酷い扱いを受けてはいないかと心配になる。

 

アマルガン

「バイストン・ウェルの食べ物は、口に合いませんでしたかな地上人」

 

 そんな槇菜の下にやってきたのは、無骨な老武者だった。アマルガン・ルドル。彼から概ねの話は聞いていた。現在、ハリソンとアラン、トビアが中心になり今後の方針を話し合っているが、しばらくは反乱軍と行動を共にすることとなるだろう。ということだった。

 アマルガン同様に反乱軍を動かす将の1人、ミガル・イッツモの指揮するギブロゲネと合流する手筈になっている。そこには、ショウのためのオーラバトラーも用意されているらしい。それらの軍備を整えて、作戦行動に移るというのがアマルガンの考えだった。

 また、サコミズ王がシャピロ・キーツを重用していることが気になるというアランや獣戦機隊の意見もあり、槇菜達は現状、反乱軍と行動を共にすることに決定していた。

 そんな反乱軍の指導者、アマルガン・ルドル。一見強面の老人はしかし、穏やかな笑顔で槇菜に接している。

 

槇菜

「ううん、そんなことないです。ただ……」

アマルガン

「槇菜殿が話していた、エイサップという地上人のことですか」

 

 アマルガンがそう言うと槇菜は頷き、ミルクを口へ運ぶ。異世界のミルクはほんのりと甘く、優しい味がした。

 

アマルガン

「ショウ殿の提案ですが、地上人の救出作戦を現在、計画中です。しかし……槇菜殿の言うようにその地上人がリーンの翼を顕現させる聖戦士であるというのならば、もし彼がサコミズの手に落ちていれば……」

 

 敵に聖戦士が2人。それはアマルガンにとっては悪夢以外の何者でもなかった。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃは、そんな人じゃありません!」

 

 声を荒げる槇菜。しかし、アマルガンの表情は暗い。

 

アマルガン

「我々コモン界の部族の者は皆、聖戦士の強烈な強さが骨身に染み付いております。先ほどもお話しした通り、サコミズは70年前このバイストン・ウェルへ迷い込み、私と志を同じくして共に戦った盟友でもある。あの戦いでこの地に強く根付いた聖戦士の伝説は、遠い西の大陸において地上人を召喚し、聖戦士と呼び祀る文化を生み出したとも聞き及んでいます。つまり、我々コモン人にとって聖戦士という存在はそれだけ強烈な意味を持つのです」

 

 その聖戦士サコミズに抗う反乱軍というものが、どれほどまでに劣勢に立たされているのか。アマルガンの表情からも見て取れた。そこにもし、サコミズ王同様にリーンの翼に選ばれた聖戦士がもし、王へ共感を示していたとしたら。それは、最悪の想像だが決してありえない可能性ではない。そうアマルガンには思えた。

 アマルガンは、聖戦士としての全盛期の迫水真次郎を知っている。迫水には、人を惹きつける魅力があった。それが同盟者でもあった女王リンレイ・メラディや、敵国の将であったダーナ・ガラハマ。暗殺者として仕込まれていたミ・フェラリオのノストゥ・ファウ。多くの人々を引きつけ、戦乱の世を駆け抜ける台風の目となった。そして何よりも、アマルガン・ルドル自身がそんな迫水真次郎に惹かれていたのだから。

 

ショウ

「だけど、あのエイサップは俺達が脱出する隙を作ってくれた」

 

 そんな槇菜とアマルガンの前にやってきたのは、西の大陸の聖戦士……ショウ・ザマだった。ショウも黒パンを齧りながら、槇菜を擁護する。

 

ショウ

「俺は直にエイサップ鈴木のオーラ力を感じたが、信用していいと思う。何より、リーンの翼を開いた彼を、俺は信じたい」

アマルガン

「ショウ殿がそこまで言うのならば、信じるに値する青年なのでしょう。しかし、この戦……その地上人・エイサップ殿の心持ちに全てがかかっているかもしれませんな」

 

槇菜

「…………」

 

 黒いパンを齧る。硬いパンはしかし、槇菜の口に不思議と合う。世界が違っても、人が食べるものは同じであるように。このバイストン・ウェルという世界も槇菜の世界と同じように、戦火に満ちている。

 ジャコバ・アオンは、全ての世界は繋がっていると言った。こうしてアマルガンや、コモン界の人々と話し、その文化に触れればジャコバの言葉も理解できる。

 

槇菜

「サコミズ王って人も地上人なんですよね……?」

 

 なら、地上に帰りたいという思いは決して無下にしていいものではない。そう、槇菜は思った。どうにかして、戦わずに済む方法はないだろうかと。70年前といえばちょうど第二次ネオ・ジオン抗争の時期だ。槇菜は昔の戦争で、国に帰れなくなった兵士の漫画を思い出していた。その漫画の主人公も、国に帰りたいと願いながら現地で生き続けていたのだが、サコミズ王もそうなのかもしれない。そんな想像が、働いていた。

 

アマルガン

「ああ、サコミズは特攻兵として、アメリカという国と戦ったと聞いている。その初陣で、燃え尽きるはずの命が、バイストン・ウェルへ呼ばれたのだと」

 

槇菜

「特攻兵……アメリカ?」

 

 しかし、アマルガンの語るサコミズ王の言葉は槇菜の知る「70年前の戦争」と食い違っている。その矛盾に気づいたのは、槇菜だけではなかった。

 

ショウ

「その戦争は、第二次世界大戦じゃないのか?」

 

 第二次世界大戦。人類が宇宙に出る前、旧世紀最大の戦争と言われている戦争。その大戦末期に、日本軍は特攻兵を出しアメリカを中心とした連合国と戦ったという。

 だが、それは70年なんてものではない。何世紀も昔のことだ。そうでありながら、サコミズ王がバイストン・ウェルへ現れたのは70年前だという。そして、70年前という言葉にはもう一つ、意味があった。

 

槇菜

「そういえば……アムロさんとシャアさんも、教科書の写真で見たのとそんなに変わらない見た目でしたね」

 

 彼らが地上から消えた戦争が70年前だと言うのに、まるで老いたように見えなかった。サコミズ王同様に、若々しい身体を保っていた。そのアムロとシャアは今、一角獣で周囲の警戒に出ている。もし2人が順当に歳を重ねているのなら、100歳を越えているはずだが、とてもそうは見えない。

 

ショウ

「俺も気になってたんだ。俺や昔の仲間達はバイストン・ウェルに召喚されてからも現実と同じ時間を生きている。なのに、サコミズ王とアムロさん、シャアさんはまるで時間から切り離されたように若々しい」

 

 時間から切り離された若々しさ。時間から切り離された存在。ショウやトッドといった、かつて西の大陸に召喚され聖戦士となった者達にはそのような特徴はない。

 それが何を意味しているのか、そこにいる誰もわからなかった。だが、サコミズ王の謎を解く鍵がそこにあることだけは、漫然と理解できていた。

 

槇菜

「歴史の英雄のアムロさんと、シャアさん。歴史の影で死ぬはずだったサコミズ王……」

 

 不思議と、胸が締め付けられるようだった。そして何よりも不思議なのが、アムロやシャア、それにサコミズ王といった歴史の人物がこうして槇菜と同じ時間を生きている。それがバイストン・ウェルという世界の奇跡だと言うのならばそれは、もしかしたら悲しいことなのしれない。そんな思いが、槇菜の胸に去来していた。

 そんな話をしている時、ピョコピョコと羽音を羽ばたかせ、金髪のツインテールを靡かせる少女が、槇菜達の前に飛んできた。

 

エレボス

「なーに暗い顔してんの!」

 

槇菜

「わっ!?」

 

 エレボス。エイサップ達と共にワーラーカーレンから嵐の壁を超えたフェラリオの少女だった。

 

槇菜

「エレボス、どうしてここにっ!」

エレボス

「エイサップとリュクスのこと、教えにきたんだよ!」

 

 そうしてエレボスから伝えられた情報はアマルガンを介してギプロゲネのミガル・イッツモに伝えられた。このエレボスの行動が、この戦いを大きく左右する出来事に繋がることになるなど、この時は誰も思ってはいなかった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—フガク艦内—

 

 ロウリと金本が自ら志願し、上級オーラバトラー・シンデンの慣熟飛行に努めているその頃、エイサップ鈴木はフガクの艦内を散策していた。目的はひとつ。この艦のどこかに軟禁されているリュクスを助け出し、脱出すること。リュクスを助けるためには、まずリュクスの居場所を探し当てねばならない。

 

エイサップ

「リュクス……どこにいるんだ」

 

 こんなところを、ホウジョウ軍の人間に見られるわけにはいかない。だから、ロウリと金本のテスト飛行にカスミやムラッサ他のホウジョウ軍の武者が付き合っているこの間に動かなければならなかった。

 歩き回ると、フガクは思いの外広い。王自らが指揮するオーラ・シップとなれば、当然かもしれないが、その大きさが今は恨めしい。

 

エイサップ

(サコミズ王……。リュクス……)

 

 会食の後、サコミズ王と話したことを思い出す。サコミズ王は、常に穏やかな佇まいでエイサップとの食事を楽しんでいた。地上への侵攻を目論む野望と、故郷へ帰りたいという望郷の念が入り混じった男のようには見えない。それが、エイサップの受けた印象だった。

 

サコミズ

『リーンの翼の沓、暫くは鈴木君に履いてもらおう』

 

エイサップ

『よろしいのですか。僕はてっきり……』

サコミズ

『奪い返す、そう思ったかね?』

 

 剣呑なやり取りの中ですら、王は穏やかな笑顔を絶やさない。それはエイサップを婿と認めている故のものなのか。それとも、別の何かがそうさせるのか。ともかく、エイサップ19年の人生経験の中においてサコミズ王という人物は、はじめて会うタイプの人間だった。

 益荒男のような荒々しさと、深緑のような穏やかさの同居した壮年の男。それはもしかしたら、エイサップにとって理想的な父親像のようにも思えた。

 

サコミズ

『私と君は、同じものを見ている。そう思うからこそ、君に預けてみたいと思った。それでは不満かね?』

エイサップ

『…………』

 

 戦場で見せる恐ろしさと、平時の穏やかさ。どちらが本物のサコミズ王なのかと勘ぐりたくもなった。しかし、

 

サコミズ

『目に映るものだけが全てではないのだよ。エイサップ鈴木君』

 

 エイサップの心を読んでいるかのように、王は本質を付く。その時の対話は、それで終わりだった。しかし、その王が娘を、リュクスの心を追い詰めている。それを知っているからこそエイサップの心は、サコミズ王のものにはならなかった。

 

エイサップ

(とにかく、今のうちにリュクスを助けてこの艦から出ないと……)

ショット

「何をしているのだね、エイサップ君」

 

 そんなエイサップは、金髪の男に呼び止められる。ショット・ウェポン。西の大陸でオーラバトラーを建造し、戦いを広げた男。そして今、サコミズ王の側近としてオーラマシン建造に関わっている。そんな危険な男。エイサップは咄嗟に身構えるが、ショットは「やめてくれ」と手を挙げる。 

 

ショット

「リュクス姫を探しているのだろう」

エイサップ

「…………!?」

 

 身構えるが、ショットから敵意は感じない。ショットは、ポケットから鍵をひとつ取り出すとエイサップへ投げ渡す。受け取るが、その行動がエイサップには理解できなかった。

 

エイサップ

「どういうつもりです!」

ショット

「姫様はそこの突き当たりの部屋だ。今から10分は、オーラバトラー隊も戻らないだろう。コドール女王は今頃、キントキのコットウと愉しんでいるはずだ」

 

 それだけ告げ、ショットは踵を返す。それをエイサップは見届けていた。罠を仕掛けようとしているようには、見えなかった。

 ともかく、時間がない。業腹だが、今はショットを信じるしかない。エイサップは歩を進め、ショットの言っていた部屋へ辿り着くとショットから渡された鍵を、鍵穴へ通す。ガシャリ、という音と共に鍵は回り、扉は簡単に開いた。

 

エイサップ

「リュクス!」

 

 エイサップが部屋へ飛び込む。そこには簡素なベッドが置かれており、その上で泣き伏せる少女がいた。

 

リュクス

「エイサップ……?」

 

 エイサップの存在に気付き、リュクスが顔を上げる。目下は涙でぐしゃぐしゃになっており、昨日よりも遥かに憔悴しているのがエイサップにも伝わった。何より、左頬が心なしか赤く腫れている。コドール女王の細腕では、こんな腫れ方をしない。ならば、この平手は父であるサコミズ王によるものだと、エイサップは理解した。

 

エイサップ

「助けに来た。一緒に来てくれ」

 

 しかし、リュクスは動こうとしない。枕に顔を埋めてしまう。

 

リュクス

「……父上は、リーンの翼を顕現させたまことの聖戦士でした。御伽噺の中に語られる聖戦士。父は、私の誇りでした。ですが……」

 

 声を上擦らせながら、リュクスは続ける。それをエイサップは、黙って聞いていた。

 

リュクス

「父は、妄想に囚われて聖戦士ではなくなってしまった……私が、私がお父様を止めないと、私は、ひとりに……」

 

 そう言って泣き崩れるリュクスを暫く、エイサップは見つめていた。しかし、それでようやく合点がいった。

 

エイサップ

「……本当に野心や妄想だけになった人は、娘にビンタなんかしないぜ」

リュクス

「え……?」

 

 その言葉に顔を上げ、リュクスはエイサップの顔を見つめる。

 

エイサップ

「関心すら、持たないんだ……」

 

 正直、少しだけエイサップはその赤く腫れたリュクスの頬が羨ましかった。その頬はつまり、サコミズ王が真剣に、リュクスという娘に向き合っている証なのだから。

 サコミズ王が日常的に娘に暴力を振るうような父親ではないことくらい、エイサップにもわかる。その平手にショックを受けているリュクスが、何よりの証拠だ。

 

エイサップ

「こうして君を閉じ込めるのも、王様って立場がある人だしね。だから……」

 

 サコミズ王の穏やかな顔を思い出せば、自然と言葉が浮かんでくる。それをエイサップは、素直に伝えるだけだった。

 

エイサップ

「君は1人じゃない。大丈夫さ……」

リュクス

「エイサップ……」

 

 再び上体を起こし、リュクスはそんなエイサップに微笑みかける。そしてエイサップの手を取り、立ち上がった。

 

リュクス

「うん……ありがとう、エイサップ」

 

 2人の顔が近付き、エイサップの眼前にリュクスの顔が広がっていく。真近で見るとその白い肌も、赤い瞳も、青い髪も綺麗だった。仄かに紅潮する頬も。心臓の音が高鳴るのを感じる。やがて……

 

エレボス

「…………なーに見せつけてくれちゃってるのよ!」

 

エイサップ

「う、うわぁっ?」

リュクス

「え、エレボス!?」

 

 ふたりきりの空間に、呆れ顔で現れたエレボスの登場で咄嗟に手を離す。そんなぎこちない2人にエレボスはさらにため息をついた。

 

エレボス

「せっかく助けにきたっていうのに……」

エイサップ

「そうなのか……すまない。俺はリュクスを連れて、ナナジンで出る。エレボスは、槇菜を探して伝えてくれないか?」

 

 エイサップが告げると、エレボスは空中で羽根を羽ばたかせくるりと回る。

 

エレボス

「りょうかーい! あ、ふたりとも。ラブシーンはちゃんと空気を読んでやりなよ!」

 

 捨て台詞を吐いて、エレボスは再び飛んでいく。すぐに見えなくなってしまい、エイサップとリュクスだけが、取り残された。

 

リュクス

「……………………」

 

 顔を真っ赤に紅潮させ、エイサップの手を握るリュクス。エイサップは、そんなリュクスの顔を見れなかった。だが、時間がない。

 

エイサップ

「急ごう、リュクス!」

 

 そう言って、2人は広いフガクを駆け出していく。どういうわけか格納庫まで兵に見つかることなく辿り着いたエイサップは、オウカオーの隣に立つナナジンのキャノピーを開くと、リュクスと共に乗り込んだ。

 

リュクス

「エイサップ、本当にいいのですか?」

 

エイサップ

「君のお父さんを、サコミズ王を止めるための一番いい方法を、俺達で見つけるんだ。それがきっと、俺と君が出会った理由。そして、君が知るべき世界と人なんだって思う。だから!」

 

 

 その金髪が靡く色白の横顔は、黒髪と日に焼けた肌を持つサコミズ王とは似ても似つかない。しかし、リュクスにはどこか、そこに父の面影を感じていた。

 

リュクス

(聖戦士……)

 

 やがてナナジンが動き出し、フガクを飛び出していく。ロウリと金本の慣熟飛行。そして編隊訓練が終わる2分前の出来事であり……槇菜達の下へエレボスがやってくる20分前のことだった。

 

 

……………………

第6話

「邪霊機アゲェィシャ・ヴル」

……………………

 

 バイストン・ウェルの空を、青いオーラバトラーが翔ぶ。ナナジンと名が決まった名無しのオーラバトラーは、2体のオーラバトラーに追われていた。シンデンと名付けられた、どことなく蟻かカミキリムシのような頭部を持つ、赤と黒で纏められたホウジョウ国の上級オーラバトラーが、ナナジンを追っていた。

 

ロウリ

「エイサップ、どういうつもりだ!?」

金本

「1人ならともかく、お姫様まで連れて行くなんてさ!」

 

 シンデンを預けられた地上人、エイサップの悪友であるロウリと金本は、脱走したナナジンに捕らえられたリュクス姫の奪還をサコミズ王より命じられていた。ロウリと金本にとってこれは初の実戦であり、その後方にはムラッサとカスミのライデンが控えている。ある意味ロウリと金本は今、サコミズ王に試されていた。

 

エイサップ

「ロウリ、金本! サコミズ王は、地上侵攻を考えてるんだ。お前らの遊びとは違うんだぞ!」

 

 シンデンの放つ火矢を避けながら、エイサップは怒鳴った。怒鳴りながらも剣を抜き、迫る金本のオーラソードを弾いていた。

 

金本

「っ! エイサップ……!」

 

 ロウリが囮になり、金本が取り抑える。そう取り決めていた動きを読んでいたかのように、ナナジンはそれを躱し、飛んでいた。

 明らかに、ロウリや金本とは一線を画す動き。それはナナジンの性能によるものか、それとも、

 

エイサップ

「オーラマシンは、おもちゃじゃないんだぞ!」

 

 エイサップ鈴木のオーラ力によるものか。ナナジンの蹴りが、金本のシンデンに炸裂していた。

 

ロウリ

「野郎……舐めるんじゃねえぞエイサップ!」

 

 金本と入れ替わるように、ロウリのシンデンがエイサップへ迫った。ロウリのシンデンが持つ二振りのオーラソードを、ナナジンのオーラソードが受け止めていた。

 

エイサップ

「ロウリ、やめろ!」

ロウリ

「エイサップ、てめぇ……婿入りどころか姫様と駆け落ちたぁやってくれるじゃねえか!」

 

 オーラソードが鍔迫り合いながら、次第にシンデンのパワーがナナジンを凌駕していく。ロウリの執念を、オーラ力として取り込んだシンデンはナナジンに匹敵するパワーを発揮し始めていた。

 

エイサップ

「それはっ、あっちが勝手に言い出したことでっ!」

 

 婿。その言葉に動揺してしまったのも、この苦戦の理由になるかもしれない。コクピットの中でリュクスは、エイサップの膝に座りながらその問答を聞いていた。

 

ロウリ

「いいか! 俺はな、バカにされるのが何よりも嫌いなんだよ!」

 

 シンデンの動きに、ロウリの怒りのオーラ力が乗っているのを、エイサップは感じていた。その怒り、憤り……それは、エイサップにもわかるものだった。

 

ロウリ

「子供の頃から頭の回りを飛び回ってた米軍も、アジアのどっかの国も、俺達を見下すコロニーの連中だってそうだ! やられたらやり返す! やられる前にやる! それが、俺達のプライドなんだよ!」

 

 それでも、ロウリの怒りを、屈辱をエイサップは認めるわけにはいかなかった。

 

エイサップ

「それじゃあ、流血の繰り返しだ!」

 

 ナナジンのソードが炎を纏い、シンデンのソードを弾く。そのままシンデンを蹴り上げて、ナナジンは飛ぶ。

 

ロウリ

「ッ、舐めるんじゃねえ! 金本、あれをやるぞ!」

 

 友人だと思っているからか、エイサップはロウリと金本に積極的な攻撃をしない。その態度が余計、ロウリの癇に障る。ロウリと並ぶように、金本のシンデンが並走し、二刀のオーラソードを構えていた。

 

金本

「まさか、これをやる最初の相手がエイサップだなんてね!」

ロウリ

「姫様とリーンの翼の沓は、俺達で持ち帰るんだ。しくじるんじゃねえぞ!」

 

 二振り四刀のオーラソードが、ナナジンを追い詰める。二機同時の剣戟に、エイサップは翻弄されていた。

 

ロウリ、金本

「食らえ、ダブル・ディスパァーッチ!」

 

 シンデンのオーラソードが熱を持ち、威力を上げる。必死に抵抗するナナジンだがその四刀を捌き切れず、ナナジンの肩アーマーを斬られてしまう。

 

エイサップ

「しまった!」

リュクス

「エイサップ!」

 

 ナナジンがバランスを崩し、落下していく。それを追ってロウリと金本はさらに迫った。その時だった。突如として伸びるビームの帯が、金本のシンデンの脚を掴む。

 

金本

「な、何!?」

 

 ビームの帯はシンデンを掴むと同時、思い切り振り回してロウリ機へと投げつける。その予定外の動きに、ロウリも金本も対応できなかった。2機のシンデンが激突し、バランスを崩す。

 

ロウリ

「な、てめえ……何者だ!」

???

「ワハハハハハ! 未熟者よのぅ!」

 

 嘲笑うような高笑いが、その場を支配する。そして、現れたのは漆黒の体躯に、赤いマントを羽織る異様の姿。しかし、その姿をエイサップとロウリ、金本は知っていた。

 

エイサップ

「マスターガンダム……?」

 

 地球の全てで、その存在は目に焼き付けられていた。第13回ガンダムファイトの決勝戦。ランタオ島でのゴッドガンダムとの一騎打ち。誰もがその戦いに、目を奪われた。そう!

 

東方不敗

「その程度で聖戦士を名乗るなど、片腹痛いわぁっ!」

 

 東方不敗・マスターアジア!

 あのドモン・カッシュに流派・東方不敗とシャッフルの紋章を伝授した男が、この海と大地の狭間の世界バイストン・ウェルに生きていたのです!

 マスターガンダムに続くように、赤いオーラバトラーが続く。赤いオーラバトラーはナナジンを庇うように前に出て、ロウリと金本のシンデンを牽制していた。

 

マーベル

「そこのオーラバトラー、聞こえて?」

 

 赤いオーラバトラー・ボチューンを操縦するアメリカ人の女性マーベル・フローズンはナナジンへ接触回線を開く。

 

エイサップ

「あなたは……反乱軍の方ですか?」

マーベル

「ええ。アマルガン・ルドルから通信を受けたの。新型オーラバトラーで、リュクス姫様を連れてフガクから逃げる馬鹿な男がいるって」

 

 馬鹿な男。そう言われてエイサップは少しムッとした。しかし、そこに侮蔑や嘲笑の意味は込められていないと穏やかな笑顔から悟る。

 

マーベル

「私はマーベル・フローズン。アメリカ人よ。アマルガンの本隊が来るまで、私達と一緒に戦ってくれる?」

エイサップ

「……わかりました。俺はエイサップ鈴木。日本人です」

 

 マーベルの茶がかった赤毛と碧眼は、綺麗で一瞬、見惚れそうになる。しかしエイサップは膝に乗せる少女に意識を向け、ナナジンの体勢を整え直し、オーラソードを構えた。

 

マーベル

「……エイサップ鈴木、いい名前ね。東方先生、よろしくて?」 

東方不敗

「うむ、ここでサコミズ王の軍勢にワシの存在を知らしめるのも一興よ!」

 

 岩崖に立つマスターガンダムも、独特の構えを取りロウリと金本の落ちた方を……そして、その後方に迫るホウジョウ軍の艦隊を見据えていた。

 

カスミ

「あの黒いマシン、地上人の者か!」

ムラッサ

「カスミ、遅れをとるなよ!」

 

 ロウリと金本を後方から見ていたカスミとムラッサが乗った2機のライデンが、マスターガンダムに迫る。ホウジョウ軍有数の武者であり、武将。それを前にマントを解いたマスターガンダムは、大きく飛び上がりビームの帯を振るう。

 

東方不敗

「貴様ら青二才が、つけあがるなァッ!」

 

 ビーム帯は、ライデンのオーラソードを絡め取り、ひょいと引き寄せる。そして、凶悪な爪……ニアクラッシャーで、カスミのライデンを串刺しにした。

 

カスミ

「なっ……!?」

ムラッサ

「カスミッ! よくも……!」

 

 オーラソードを離したムラッサのライデンが、マスターガンダムへ迫る。しかし、マスターガンダムはまるで赤子の手を捻るようにライデンの拳を受け流し、剛脚を喰らわせる。

 

ムラッサ

「うわぁっ!?」

東方不敗

「未熟、未熟、未熟千万! その程度で武者を名乗るかぁ!?」

 

 ビーム帯を放り、カスミのライデンを放る。体制を崩して地面に落下しそうになりながらも、カスミは寸でのところで耐え、ムラッサのライデンと合流した。

 

カスミ

「ば、化け物め……」

ムラッサ

「カスミ怯むな、後方で王が見ているのだぞ!」

 

 そう、ここで失態を犯すわけにはいかない。無様を王に知られれば、武者としての地位も危うくなる。

 

ロウリ

「マスターアジア……。クソッ舐めやがって!」

 

 機体の制御を取り戻したロウリと金本も合流し、今度は4機がかりでマスターガンダムへ向かった。だが、強力なオーラ力を持つ地上人と熟練の武者4人はまるで連携がとれていない。一人一人が如何に強力でも、力任せの単調な攻めでは、東方不敗に擦りもしない。マスターガンダムは、4機のオーラバトラーを相手にまるで、稽古をつけるかのように舞っていた。

 

東方不敗

「ほう、少しは楽しませてくれるか!」

 

 金本のシンデンが放つ火矢をマスタークロスで防ぎながら、ムラッサのライデンの斬撃を左手の爪で受け止める。背後から回り込んだカスミ、ロウリに対し、マスターガンダムはギリギリまで無防備を晒したまま、次の瞬間には2人の背後に回り込んでいた。

 

ロウリ

「いつの間に動いたってんだ!?」

東方不敗

「目でばかり追っているから、そういうことになるのだ! だからお前は、狭いのだ!」

 

 東方不敗の、マスターガンダムの拳が妖しく輝く。そして次の瞬間、紫紺の輝きに満ちた拳がロウリのシンデンを貫いた。

 

東方不敗

「ダァァァァクネス・フィンガァァァァァッ!」

 

 ゴッドガンダムの爆熱ゴッドフィンガーと対を成す、マスターガンダムの必殺技・ダークネスフィンガー。爪にエネルギーを集中させ、手刀がシンデンの頭を貫く。そして!

 

東方不敗

「爆発!!」

 

 その叫びと共に、頭部を破壊されたロウリのシンデンは失格! 東方不敗マスターアジア。その気迫を前にして初陣のロウリは、気を失いマシンを地面へ墜落させてしまいました!

 

金本

「ロウリ!」

 

 ロウリを回収するため、金本のシンデンが地へ降りる。残されたカスミとムラッサは、マスターガンダムの圧倒的な強さに気圧されていた。

 

カスミ

「な、なんだこいつは……」

ムラッサ

「サコミズ王といい地上人は、みんなこうなのか!?」

ロウリ

「んなわけねーだろッ! あれは人間じゃねえ!? 宇宙人なんだよっ!?」

 

 落下しながら毒付くロウリ。しかし、4人がかりで傷一つつけられないその存在感に一堂は戦慄するしかない。

 

エイサップ

「なんて強さだ……」

 

 それは、敵だけでなく味方までも慄かせる獅子奮迅の闘いだった。しかし、苦戦するカスミ達の後方より迫るライデンの一団。そしてその先頭を飛ぶ蝶のような赤い翅を持つ紫紺のオーラバトラーが視界に入ると、エイサップはその存在が放つプレッシャーを直に感じ、戦慄した。

 

マーベル

「エイサップ?」

エイサップ

「サコミズ王です!」

 

 ボチューンのマーベルを庇うように前に出て剣を構えるナナジン。その存在を認め、オウカオーは部下達の進軍を制す。

 

サコミズ

「お前達は退き、立て直せ!」

 

 サコミズ王の号令を聞き、渋々引き下がるカスミ達4機のオーラバトラー。彼らはライデン部隊に合流すると、戦列に加わりながらもエイサップ達を睨め付けていた。

 

ロウリ

「エイサップ……てめぇ、覚えてろよ!」

エイサップ

「ロウリ、金本……」

 

 ロウリの捨て台詞の後、サコミズ王のオウカオーは剣を抜き、その剣をナナジンへ向ける。

 

サコミズ

「見事だよ鈴木君。この王の隙を突き、ここまで大胆な手に出るとはな!」

 

リュクス

「父上……!」

エイサップ

「サコミズ王、リュクスの話を聞いてあげてください!」

サコミズ

「フッ……」

 

 若い。あまりにも若い。この若さと直情さ。その危ういほどの若さは、サコミズ王には羨ましいほどに眩しく思える。

 だが、その向こう見ずなくらいの直情さはあまりにも、サコミズ王の奸計の通りに動いてくれた。

 

東方不敗

「ほう……これがサコミズ王のオーラ力か」

 

 マスターガンダムの東方不敗は、睨み合うナナジンとオウカオーを観察していた。確かにその闘気は、凄まじいものがある。しかし、東方不敗が今感じている邪悪な気配は、オウカオーからは発されてはいない。

 

東方不敗

(ならば、この気配は何処からだ……?)

 

 弟子に受け継がれたはずのシャッフルの紋章が、何かを呼びかけているのをずっと、東方不敗は感じていた。

 シャッフル同盟。その紋章には常に歴史の裏で世界の秩序を守ってきた歴史がある。シャッフルの紋章が輝く時。それは仲間の窮地か、或いはこの世を乱す悪の存在を感知した時。東方不敗は今まで、この悪をサコミズ王ではないかと考え、行動していた。しかし、サコミズ王ではない。

 より本質的な悪が、近くにいるはずだった。

 

ホウジョウ兵

「王よ、姫様とリーンの翼の沓を賊より奪い返しましょう!」

サコミズ

「待て! 迂闊に動くな!」

 

 兵士のライデンが逸るのをしかし、オウカオーは制す。

 

サコミズ

「あの黒いマシン、只者ではないぞ!」

東方不敗

「ほう、流石に他の雑魚とは違うということか!」

 

 邪悪な気配を探し神経を研ぎ澄ませながらも、東方不敗は目の前の敵への注意を怠ってはいない。兵法の上ではこちらが劣勢である。それを東方不敗という存在が補っているというのが現状だ。そして、エイサップと舌戦を交えながらもサコミズ王が直接手を挙げないのも、東方不敗を前にし迂闊な攻めは死に繋がると判断しての睨み合い。

 それを選択できている時点で、サコミズ王は兵法家としても一流である。そう、東方不敗は評価した。しかし、その近郊が崩れる瞬間は訪れる。

 

マーベル

「この反応は……!」

サコミズ

「ムッ……地上人か!」

 

 ナナジンとボチューン、マスターガンダムがサコミズ王率いるオーラバトラー部隊と睨み合っているその後方。旧式のオーラ・シップであるアプロゲネの姿が見える。そして、そこから飛び出し先行するオーラの翅を持つ黒いマシンと、白馬に乗るガンダム。そして青いオーラバトラー。エイサップの行動によって、このヘリコンの地で戦う全ての者が集まろうとしていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

槇菜

「エイサップ兄ぃ!」

 

 翼を体得したゼノ・アストラは、今までより遥かに機敏となっていた。羽撃きと共に、空を舞う黒い巨人。20m級のゼノ・アストラはオーラバトラーの倍以上あるその巨体で、ナナジンを守るように盾を召喚し、身構える。

 

エイサップ

「槇菜、みんなも!」

 

 オーラコンバーターを応急修理したダンバインも飛びながら、ボチューンと合流した。

 

マーベル

「ダンバイン!?」

 

 ダンバイン、かつてマーベルが愛機として譲り受けた機体。それに乗っている者がいるとすれば、マーベルには1人しか思い浮かばない。

 

マーベル

「ショウ、ショウなの!?」

ショウ

「マーベルかっ!」

 

 ショウ・ザマと、マーベル・フローズン。かつてドレイク軍との戦いを共に戦い抜き、心を通わせあった2人の魂が引き寄せあったのだろうか。ともかく……。

 

マーベル

「ショウ……まさかこうして生きて会えるだなんて」

ショウ

「ああ、こんなに嬉しいことはない。マーベル……」

 

 そして、白馬のガンダム……ゴッドガンダムのドモン・カッシュにとっても、この地での再会は劇的なものだったのです!

 

ドモン

「あれは……マスターガンダム!?」

 

 黒いモビルファイター・マスターガンダム。ドモンにとって忘れることのできない存在。東方不敗マスターアジアの愛機クーロンガンダムが、DG細胞により変化した姿。デスアーミーの模倣などではありません。その立ち姿、伝わる闘気。そしてその偉大な背中。全てがドモンを愛し、ドモンが敬愛した師匠に他ならないのでした!

 

東方不敗

「久しいのう、ドモン!」

 

 その声は、その尊顔は、決して忘れられるものではありません。何より、彼が本物のマスターアジアである証……それは、ドモンが師より譲り受けた愛馬・風雲再起が震え嘶いていることが証明しているではありませんか!

 

ドモン

「し、師匠……あんたは、ランタオ島で……」

東方不敗

「うむ、あの最後のガンダムファイトでワシはお前に教えられたよ。人間もまた地球の一部。それを滅ぼしての地球再生など、悪を為す者の所業とな……。だが、ワシの魂はこのバイストン・ウェルで暫しの猶予を授かった」

 

 その声色、慈しみの眼差し。全てが、ドモンの知るマスターアジアその人だった。理屈は理解できない。超常的な何かがマスターアジアその人を蘇らせたというのだろうか。いや、否。

 

東方不敗

「信じられんという顔だな、無理もない。だが……ハァッ!?」

 

 マスターガンダムは天高く飛ぶ。そして漆黒の気弾……ダークネスショットを空へ向かい放った。気弾は星の無い空を……バイストン・ウェルの海へ向かう天への道を駆けると、何もいないはずの空間に衝撃を起こした。

 

東方不敗

「そこで隠れているものよ、姿を現わせぃ!?」

 

 マスターアジアが放った気弾の方を、その場にいた誰もが注目した。そして、そこから……海を映す空から現れたのは赤。唐紅の体躯だった。

 

少女

「ッ…………!?」

 

 唐紅のマシンは、黒い翼をはためかせ空中でバランスを取る。見ればその頭部は、まるで髑髏のように眼窩が窪んでいる。

 悪魔の羽根を持つ、血塗れの死神。そんな印象を、見る者に与える。

 

ドモン

「師匠、あれは!?」

東方不敗

「ウム。先ほどからずっと、我らの戦いを観察していたのだ。うまく気配を消していたが……油断大敵とはこのことよ!」

 

 マスターガンダムが構えを取り、赤いマシンはマスターガンダムのリーチに入らないように距離を取って対峙する。その赤いマシンの登場は、この戦場を更なる混乱へ導き始めていた。

 

 最初に異常を感じたのは、槇菜だ。

 

槇菜

「ゼノ・アストラ…………!?」

 

 ゼノ・アストラのモニタに、理解不能の象形文字が表示される。しかし、槇菜にはそれが声のような形を持って響くのだ。だから、正確な意味を理解できなくても、そのニュアンスだけは伝わる。

 ミケーネが現れた時も、ゲッターロボが現れた時も、オーラロードを通った時もそうだ。だが、今回のそれは今までとは違う。

 明確な敵意。それを示すかのようにモニタが真っ赤に点滅している。それが何を意味するのか、槇菜には理解できない。ただ、

 

槇菜

「邪霊機……?」

 

 そう槇菜の、日本語で翻訳された言葉のニュアンスだけが脳に伝わるのだ。

 

少女

「クス……」

 

 伝わるのは暗い、昏い少女の聲。血のような紅の機体……邪霊機とゼノ・アストラが呼ぶそれが、バイストン・ウェルの……ホウジョウの国の空を舞う。

 

サコミズ

「ムゥ……!」

 

 エイサップと舌戦を繰り広げていたサコミズ王ですら、その存在感に息を呑んだ。日の丸の赤。血の赤。鮮烈なイメージがサコミズに去来する。

 

エイサップ

「サコミズ王……?」

 

 そしてそれは、サコミズだけでなく。

 

ショウ

「あの赤い機体……!」

 

 反乱軍の聖戦士、ショウ・ザマも同様だった。その血のような赤は、ショウの脳裏にひとつのイメージとして具現化する。

 

“敵が小さく見えるということは、ダンバインにも、ビルバインにも勝つということだ!”

 

 ジェリル・クチビ。かつてショウとマーベルが対決したドレイク軍の地上人。その存在がショウの中で大きなトラウマとして、あの赤いマシンに重なって見えていたのだ。

 

マーベル

「ショウ……!?」

 

 同じものを見たマーベルには、それが理解できる。だからマーベルのボチューンは、ショウのダンバインを庇うように前に出た。

 

マーベル

「ショウ、しっかりなさい! あれはジェリルじゃないのよ」

ショウ

「あ、ああ……。だが、この強いオーラ力は何だ……」

 

 その強烈な悪意を、戦列に合流したアプロゲネから発進した者達も感じていた。

 

シャア

「この不快感は……!」

アムロ

「クッ……!」

 

 ベース・ジャバーに搭乗した百式のコクピットで、シャアが呻く。ウェイブライダーのアムロも、そのプレッシャーに下唇を噛んでいた。

 

アムロ

「赤いマシン。シャア……」

シャア

「ああ。あれは血の赤だ。自らの手を汚してきた色に違いあるまい」

 

 かつて、シャアもまた赤いモビルスーツへ好んで登場していた。それはファッションでもあったが、同時に自らが手を下してきた敵の血を忘れないため。流れた血を自覚するためのシャアなりの儀式でもあった。それと同じものを、シャアは今その赤いマシンに……そのマシンを操る存在に感じている。

 

「気をつけろ忍。サコミズ王の他にも、只者じゃない奴がいるぞ」

「わかってらぁ! だが、ここでビビるわけにはいかねえだろうが!」

 

 その存在感を感じつつも、ダンクーガは怯むことなく直進した。赤いマシンの存在感に、忍は本能的な恐怖を感じたのだ。そして、恐怖を征服する手段を藤原忍は知っている。

 知っているからこそ、ここであの赤いマシンよりも自分達の方が上だとはっきりさせなければならなかった。

 それは、野獣の本能とでもいうべきものかもしれない。

 

トビア

「ダメだ、忍さん!」

 

 しかし、それは勇敢ではなく蛮勇である。トビアの静止を振り切り、赤いマシンへ挑むダンクーガ。胸のパルスレーザーを撃ちまくりながら、距離を詰めていく。

 

沙羅

「忍、この距離ならいけるよ!」

「ああ、亮! 鉄拳をぶちかましてやれ!」

 

 忍が言う。亮は眼前の赤いマシンを凝視し、操縦桿を握っていた。一瞬の隙さえあれば、得意の中国拳法を叩き込む。そのはずだった。しかし、亮は動かない。

 

雅人

「亮、どうしたんだよ!?」

「わからんのか……あの赤いマシン、まるで隙がない。このまま突っ込んでも、返しの手で此方がやられるぞ!」

 

 亮がそう叫んだ瞬間、赤いマシンはダンクーガの目の前に飛び込んでいた。一瞬のことだ。反応する間もなく、忍はモニタ越しに、髑髏のような顔を見た。

 

「ウッ……!?」

 

 恐怖。そうとしか言えないものを自覚する。古来髑髏とは恐怖の象徴なのだ。それを目の前いっぱいに見せつけられれば、忍とて一瞬怯むのは無理からぬことである。そして、

 

少女

「遅いよっ!」

 

 瞬きの速さで赤いマシンは抜刀し、その一振りをダンクーガへ叩きつける。黒いオーラを纏った剣はその場にいる機体の中で最も高パワーを誇るスーパーロボット・ダンクーガを叩き伏せる。

 

雅人

「うわぁっ!?」

沙羅

「し、忍ッ!?」

 

 飛行ブースターやコクピットへの直撃を避けることには成功したものの、ビッグモスのパルスレーザーを折られ、ダンクーガの特徴的な頭部の兜にも傷がついた。それだけでも、只事ではない。

 

トビア

「忍さんっ!」

 

 スカルハートが追い付き、ピーコック・スマッシャーで赤いマシンを牽制する。その間に後方へ下がっていくダンクーガ。戦局は、赤いマシンの登場で混迷を極めていた。

 

少女

「シャピロを苦しめた獣戦機隊……この程度なんだ?」

 

 昏く、甘い声がした。声は忍達を嘲りるように囀り、挑発する。しかし、その挑発に乗ったのは忍ではなかった。

 

沙羅

「シャピロ!? あんた……シャピロを知ってるの!?」

 

少女

「フフ、さあ?」

 

 はぐらかす少女。沙羅は怒気を孕んだ声色で、少女へ凄む。

 

沙羅

「答えなさい! 答えないなら……」

「沙羅、落ち着け!」

 

 動揺する沙羅をなだめながら、忍はダイガンを構え、赤いマシンへ向ける。既に戦場の全てが、少女の赤いマシンへ注目していた。その視線を、少女は嘲笑する。

 

少女

「でも、面倒になっちゃった……。せっかく、この戦いを利用して全部めちゃくちゃにしてやろうと思ってたのに」

サコミズ

「何……?」

 

 嘲笑う少女の言葉。それはサコミズ王を以てしても聞き流すことのできないものだった。オウカオーが飛び出し、紫紺の機体は鮮血の鬼械へ迫っていく。真紅の機体が剣を振るうと、剣圧から衝撃波が生み出される。オウカオーはそれを燃え上がるオーラの剣で斬り伏せて見せ、少女へ迫った。

 

サコミズ

「貴様は、何が目的だ!」

 

 この戦いは、迫水真次郎という日本人が故郷に帰るために起こした戦いだ。そこに、邪な意思が介在していることをサコミズは自覚し、あえて見逃していたが……その大元が目の前にいるとなれば話が違う。オウカオーの斬撃を、少女の赤いマシンは剣先から放つ闇色の光線で受け流していく。しかし、それを掻い潜りオウカオーは、赤いマシンへ喰らい付いた。

 

少女

「あははっ、さすが聖戦士。だけどねっ!」

 

 赤いマシンの斬撃と、オウカオーが斬り結ぶ。それは熾烈な激戦だった。しかし三合打ち合った後、赤いマシンの少女が口を開く。

 

少女

「ヘヘナ・ペレ……!」

サコミズ

「何ッ……!?」

 

 少女の言霊に乗ったかのように、赤いマシンの周囲に茫、と昏い光が灯った。まるで、蝋燭の火のような仄かな光はしかし、周囲の闇を色濃く強調するだけで決して光などではない。その昏い光を、サコミズは凝視する。それだけで、額に汗が滲み出る。

 

サコミズ

「ぬ、ぬぉぉぉぉっ!?」

 

 それは。

 その光は。

 霊魂だ。

 人魂と呼んでもいいだろう。しかも、守護霊のような性質のものではない。怨念、邪悪、未練、怨恨。そういった類の悪霊としか思えないものが燃えている。薪となって、燃え続けている。

 まさに、地獄。その炎の中で、人の魂は浄化されることも、消えることも、生まれ変わることもなくただただ憎しみと怒りと怨みと痛みを訴えながら燃え続けている。その光景を、サコミズは見た。見てしまった。

 あの時、東京の空を覆っていた戦没者たちの無念の声。それとすら比べ物にならない呪いの光を受けてサコミズは、オウカオーはたじろいだ。

 

少女

「ねえ王様。ううん、迫水真次郎」

 

 揺らめく呪いの中で、少女の声が木霊する。

 

少女

「パールハーバーを、忘れないから」

 

 呪詛。この世のあらゆる呪いを込めた言葉がサコミズの心臓を抉った。

 

サコミズ

「なっ……。まさか、まさか!」

 

 パールハーバー。真珠湾。その言葉が意味するものはひとつ。サコミズ王は、迫水真次郎はその場にはいなかった。だが、それが何を意味するもので、日本軍人にとって逃れられぬ呪いの言葉であることは、忘れようもない。

 少女の放った呪いの言葉を、迫水真次郎という日本人は受け止めるしかできないのだ。

 

リュクス

「お父様!」

 

 オウカオーを助けに、ナナジンが往く。ナナジンに差し出された腕を取ってオウカオーは、サコミズ王は光の中から抜け出したが、しかしそれでもあの中でサコミズが見たものは想像を絶するものだった。

 

サコミズ

「リュクス、鈴木君……!」

 

 先ほどまで戦っていたはずの若者に助けられ、サコミズは声を漏らす。

 

エイサップ

「あの化け物は、俺達がなんとかします。だから、サコミズ王は兵を退いてください!」

サコミズ

「何をっ!」

エイサップ

「あなたは王なんですよ! 王ならまず、すべきことを考えてくださいよ!」

 

 オーラバトラーの中では、2人共本音を曝け出してしまう。王としてすべきこと。それを日本人の若者に問われ、サコミズは押し黙った。

 自分の後ろには、オーラバトラー隊がいて事態を見守っている。本来オーラバトラー達の指揮を執るカスミとムラッサは、先の戦いで満身創痍。そういった状況で王が逸るのは、よくない。

 何より、自分自身が今戦えるコンディションではないことをサコミズ王は自覚していた。

 

サコミズ

「フッ……。やはり君は、ホウジョウを継ぐ器があるよ鈴木君!」

 

 未知なる敵を前に動揺する兵に撤退の指示を出すサコミズ王。殿を務め最後に退くオウカオーは最後、ナナジンのエイサップに接触し言葉を交わした。

 

サコミズ

「リュクスとリーンの翼の沓……しばし君に預けよう。くれぐれも守り通せよ!」

 

 

…………

…………

…………

 

 ホウジョウ軍が撤退し、残されたのは槇菜達地上人の部隊とアマルガンの反乱軍。そして、謎の赤いマシンの少女。少女は彼らを一瞥し、やがて黒いマシン……ゼノ・アストラに興味を示した。

 

少女

「へえ、旧神が目覚めたんだ」

槇菜

「えっ」

 

 旧神。ジャコバ・アオンに言われた言葉が少女の口から飛び出て、槇菜は声をあげる。それと同時、ゼノ・アストラが少女の赤いマシンに最大級の警告を発していた意味を悟った。

 

槇菜

「邪霊機……。あなたのそれは、この子の敵なの?」

 

 おそるおそる、槇菜が訊く。少女は目をパチクリさせると、「ああ、そういうこと」と目を細める。

 

少女

「まだ、完全に覚醒してないんだ。それに……その不細工な鎧も似合ってない。まあ、無理もないよね。だけど……!」

 

 真紅の体躯が、一瞬で槇菜の漆黒の機体へと距離を詰める。そして、斬撃。

 

槇菜

「っ!? な、何!?」

 

 盾を構える間もなかった。ゼノ・アストラは思い切り吹き飛ばされてしまう。思念の翅でバランスを取ってなんとか耐えることができた。だが今まで槇菜が戦ってきた敵……戦闘獣や木星軍のモビルスーツとは、何もかもが違う。

 

槇菜

「ク…………つ、強い……!」

少女

「当然だよ。寝ぼけた旧神と目覚めてもいない巫女なんて、私の敵じゃない!」

 

 叫び、少女の赤いマシンは跳ぶ。ゼノ・アストラへ、槇菜へトドメを刺すために。やられる。そう槇菜が本能的に悟った瞬間、しかしそうはならなかった。

 

エイサップ

「槇菜ッ!? こいつ!」

 

 ナナジンがオーラソードを抜き、赤い機体へ斬りかかっていたのだ。しかし、即座に振り返った赤いマシンは、その剣を自らの剣で受け止める。

 

エイサップ

「お前、何者だっ! どうしてこんなことをする!?」

 

 ナナジンの剣を払い、少女は告げた。

 

ライラ

「私はライラ。この子はアゲェィシャ・ヴル。よろしくね。混ざりものさん!」

 

 鮮血に彩られた鬼械、アゲェィシャ・ヴルはナナジンを蹴り上げる。

 

エイサップ

「混ざりものだと!?」

 

 それは、この身に流れる血のことを言っているのだろうか。そう、エイサップは理解した。しかし、そんな風に侮辱される謂れはない。

 

エイサップ

「たとえどんな血が流れていても俺は、エイサップ鈴木だ!」

 

 ナナジンのオーラソードが赤く燃え、アゲェィシャ・ヴルへ再び迫る。だが邪霊機に乗る少女ライラはその剣戟を軽くいなしてみせた。

 

ライラ

「そうやってムキになってるうちは、聖戦士なんて夢物語だよ。混ざりものさん!」

 

 ナナジンを雑に蹴り飛ばして、邪霊機は再びゼノ・アストラ目掛けて再び駆けた。今度こそ、トドメを刺すために。

 

槇菜

「あ…………!」

 

 目の前に迫る死に、槇菜は何もできなかった。動けなかった。誰かを助けたい。そう思った時にはできたことが、できなかった。

 

ライラ

「ねえ、巫女さん。死んじゃえ!」

 

 アゲェィシャ・ヴルが暗黒の剣を抜く。しかし、そこまでだった。突如ビームの帯が伸び、アゲェィシャ・ヴルの脚を掴んだのだ。

 

ライラ

「何ッ!?」

東方不敗

「ハァッ!?」

 

 瞬間のやり取り、しかしその間にマスターガンダムはアゲェィシャ・ヴルをビームの帯で投げ飛ばし、ゼノ・アストラから遠ざける。

 

槇菜

「助かった……。助けて、くれた?」

 

 実感が湧かない槇菜を援護するように、ベース・ジャバーに乗った百式とウェイブライダーへ変形したZガンダムが合流する。

 

シャア

「大丈夫か?」

槇菜

「は、はい……」

アムロ

「あの機体、アゲェィシャ・ヴルと言ったか。あれは危険だ。無理をしない方がいい」

 

 シャアとアムロはそう言って、ゼノ・アストラを庇うように前に出る。それは本来、巨大な盾を持つ槇菜の……ゼノ・アストラの仕事であるはずだった。

 

槇菜

「…………大丈夫です。まだ、やれます!」

 

 だからせめて気丈に振る舞うしか今の槇菜には、できなかった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ライラ

「何っ、するのよっ!」

 

 マスターガンダムに邪魔をされ、怒声を上げるライラ。東方不敗はしかし、そんなライラを無視しドモンへと声をかける。

 

東方不敗

「ドモンよ、あの者から何を感じる?」

ドモン

「あいつから……?」

 

 問われ、ドモンはライラとアゲェィシャ・ヴルを改めて見やった。迸るほどの怨念と怨恨。怒りと恐怖と絶望。それらを巨大な中華鍋の中に放り込み煮詰めたような漆黒の意志。しかし、その奥にあるものは。

 

ドモン

「深い悲しみだ……。だが、その悲しみを怨念に変えて渦巻かせている……!」

 

シャア

「…………」

 

 それは、世界を覆う悪意。かつて東方不敗やシャア・アズナブルがそうであったように、あのライラという少女も世界と人を呪う毒を放っている。故に、

 

東方不敗

「うむ。ドモンよ! ワシから受け継いだキング・オブ・ハートの使命、全うしてみせい!」

ドモン

「師匠! はい……!?」

 

 ドモンが頷く。それと同時、バックパックのウイングを展開しゴッドガンダムの日輪が展開された。風雲再起の嘶きと共に、ゴッドガンダムは加速する。そのスピードのまま、アゲェィシャ・ヴルへ飛び込んでいった。

 

ライラ

「シャッフル同盟……キング・オブ・ハート! 何度も何度も、私の邪魔をする!」

 

 ゴッドガンダムが抜いたビームサーベル、ゴッドスラッシュと斬り合いながら、ライラは毒付く。その罵倒を、ドモンは聞き逃さなかった。

 

ドモン

「何ッ!? お前……先代のシャッフル同盟達を知っているのか!」

 

 しかし、ライラはそれには答えず憎悪の形相を剥き出しにしてドモンに吠える。

 

ライラ

「いつだかの代と同じように、また私が殺してあげるよキング・オブ・ハート!」

 

 アゲェィシャ・ヴルの赤い体躯が持つ、鴉のように黒い翼が羽撃くと同時、黒いオーラがアゲェィシャ・ヴルを包み込む。

 

ショウ

「あのオーラ力はっ!?」

アムロ

「まずい!」

 

 ショウのダンバインと、アムロのウェイブライダーが加勢に入ろうとした。しかし、それをゴッドガンダムは「待て!」と止める。

 

ドモン

「これは、俺と師匠……それにシャッフル同盟としての戦いだ。まだ、手を出さないでくれ!」

 

 そう言いながらもゴッドガンダムは、既に受けの体勢を取っていた。全身の意識を集中させ、ただ正面の敵を見据える。アゲェィシャ・ヴルは翳した剣へ黒いオーラを集中させると、一振りを持ってその暗黒のオーラを放出する。

 

ライラ

「黒い太陽に、その命を捧げるがいい。ラ・レフア……!」

 

 漆黒のオーラ。それは見ているだけで吐き気を催す程の悪意の塊。アムロやシャア、トビアはその正体を鋭敏に感じ取っていた。

 

トビア

「ダメだ! あんなものを喰らったら……!」

アムロ

「ドモン君!」

 

 しかし。ドモンは、キング・オブ・ハートは逃げなかった。ただその暗黒のオーラを見据え、そして……!

 

ドモン

「流派! 東方不敗が最終奥義!」

 

 その時です!

 ドモンの喝の声と共に、ゴッドガンダムは金色に輝き出したではありませんか!

 

ドモン

「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ! 勝利を掴めと轟き叫ぶッ!」

 

 ゴッドガンダムの両手にエネルギーが集まっていきます。感情エネルギーシステム。ゴッドガンダムの前身機シャイニングガンダムから受け継がれたゴッドガンダムの特徴的な機能。それは、ファイターの感情の発露をエネルギーへと変換することで爆発的な力を発揮するというものです!

 かつて、怒りのままに戦うドモンはこの感情エネルギーシステムに、スーパーモードに振り回されていました。ですが、今のドモンは違います!

 明鏡止水の心。一才の邪念を捨て、鏡のように澄み切った水の如し境地。その境地に辿り着いたドモンは、どこまでもこの感情エネルギーシステムを使い無限のパワーを引き出すことができるのです!

 

ドモン

「ばぁぁぁぁぁぁっくねつ! ゴッド・フィンガァァァ……」

 

 爆熱ゴッドフィンガーもまた、ゴッドガンダムの必殺技。しかし、今のドモンにとっては通過点に過ぎないのです! そう、明鏡止水の心を会得し、マスターアジアからの全ての教えを理解した今のドモンは、キング・オブ・ハートは、ガンダム・ザ・ガンダムは!

 

ドモン

「石破ッ! 天驚けぇぇぇぇぇん!!」

 

 圧倒的なエネルギーの波が、暗黒のオーラを飲み込んでいきます! 石破天驚拳。流派・東方不敗の最終奥義が、今ここに炸裂したのです!

 

ライラ

「なっ…………!?」

 

 邪霊機アゲェィシャ・ヴルは、ドモンの放った“氣”の中に呑まれていきます。無数の死霊、怨念、負のオーラを身に纏う邪霊機にとって、ドモンの正の魂が放った一撃は、天敵とも言える存在だったのです!

 

エイサップ

「やったか!」

マーベル

「いいえ、まだよ!」

 

 しかし、かつてマスターガンダムやガンダムシュピーゲルといった強敵を下したこの奥義を以てすら、邪霊機の心臓を射抜くことはできませんでした。ドモンの放った強烈な氣弾の中から抜け出した邪霊機アゲェィシャ・ヴルは、その熱に焼かれながらもより赫く、窪んだ眼窩でゴッドガンダムを睨んでいました。

 

…………

…………

…………

 

 燕尾色の少女は、焼けるように熱いコクピットの中で眼前の敵を睨んでいた。憎悪に染まった瞳でただ、ゴッドガンダムを見据えている。

 

ライラ

「シャッフル同盟…………何度私の邪魔をすれば気がすむの!?」

 

 その赤い唇から漏れたのは、怨嗟の声だった。

 

ライラ

「私はただ、私を自由にしたいだけなのに。なのに、なんでお前達は何度も私の邪魔をするの!? 旧神や魔神でもない、人間の分際で!」

 

 何を言いたいのか、ドモンにはわからない。しかし、言えることが一つだけあった。

 

ドモン

「それが、シャッフル同盟の使命だからだ!」

 

東方不敗

(ドモン……。強くなったのう)

 

 既に師を越えた弟子の背中を、こうして見ることができる。それは東方不敗と呼ばれた男にとって何よりも得難いものだった。既に自身がドモンに教えられるものなど何もない。武闘家としても、シャッフルの紋章を継ぐ者としても。それを実感する。

 

槇菜

「ライラ……ちゃん?」

 

 しかし、ライラの慟哭に耳を傾けている者もいた。それはよりによってライラがここで始末しようとしていた少女。槇菜の視線を感じたのか、ライラは更に憎悪を燃やす。

 そして、爆発的に燃え上がる憎悪がライラを冷静にした。

 

ライラ

「…………でも、いいか。時間稼ぎはできたわけだし」

 

 その憎悪を奥底に押し込めながら、ライラはポツリと呟く。それは予定外の出来事ではあった。しかし、ライラにとっても好都合な事象。

 

トビア

「時間稼ぎ?」

「てめえ、何を企んでやがる!」

 

 トビアと忍がそう言った、その直後だった。

 急激な重力の捻れが、その場にいた全ての者を飲み込んでいく。

 

トビア

「な、何だ!?」

ベルナデット

「トビア!?」

 

 アプロゲネの中で彼らの戦いを見守るベルナデットとレインも、その超重力を感じていた。

 

レイン

「ドモン! 急激な重力の歪みを観測したわ。このままだと私達、どこかへ吸い込まれる!」

ドモン

「何ッ! ブラックホールとでも言うのか……」

 

 その重く、苦しい感覚の中。必死に意識を保つドモン達。その超重力の歪みの中で、ライラは、邪霊機アゲェイシャ・ヴルはいつの間にかいなくなっていた。

 

東方不敗

「クッ、ここで奴を逃すわけには……! グゥ…………」

 

 追いかけようとしたマスターガンダムだが、東方不敗の方がこの重力の中で身体の負荷に耐えられない。あと5年若ければ。そう東方不敗は歯噛みする。

 

ショウ

「この感じは……なんだ、オーラロードとも違う。これはっ!?」

 

 やがて、全ては暗黒の中に飲み込まれていく。暗黒の海。バイストン・ウェルの上空を覆う海の壁ではない、より根源的な原初のスープ。

 

アマルガン

「クッ…………こんなところで終わるわけにはいかぬ。サコミズを止めねばならんのだ!」

エレボス

「アマルガン、これ…………怖いよ!」

 

 ミ・フェラリオのエレボスは、その根源的な恐怖をより敏感に感じている。全てを飲み込んでいく闇の拡大。その中心に今、自分たちはいるのだと。

 

槇菜

「何、何なのこれ……?」

 

 全てが、槇菜の理解を超えていた。だが、ゼノ・アストラは極光の翼で槇菜を守るように覆う。それは、槇菜が指示したことではない。ゼノ・アストラ自身が、自らの意志で行なっていることのように槇菜は感じていた。

 

沙羅

「っ……! 忍、この感じ……!」

「ああ、わかってる!」

 

 一方でダンクーガの獣戦機隊には、この感覚に覚えがあった。この世界と違う位相の宇宙。全てを呑み込む暗い闇。そんな闇の権化と、戦ってきたのだから。

 

雅人

「シャピロが生きてたから、まさかとは思ってたけど……!」

「だが……あのライラとかいう得体の知れない娘よりはやりやすいかもしれん。何しろ俺達は、奴を知っている!」

 

 亮の言葉に忍が頷くと同時、重力の渦の中でダンクーガは強引に断空砲を展開した。そして、収束させたエネルギー砲を放つ。断空砲のその一撃が、超重力に吸い込まれていきそして……貫いた。

 重力の闇を放つ巨大な思念。その本拠を覆っていた見えない壁をぶち抜いて、ダンクーガは進む。

 

トビア

「忍さん!」

「みんな、はぐれるなよ! この空間から抜け出すにはあいつを倒すしかねえ!」

 

 ダンクーガが指差す先……そこには、ダンクーガとよく似たロボットが何台も並んでいる。

 

槇菜

「にせダンクーガだ……!」

アラン

「まさか、藤原!」

 

「ああ、ここで会ったが百年目だ! 今度こそトドメを刺してやるぜ……ムゲ野郎!」

 

 忍が叫ぶ。そして、断空砲が開けた風穴に、ダンクーガが突っ込んでいく。

 

東方不敗

「ドモン、行くしかあるまい!」

ドモン

「はい、師匠!」

 

 それに続く白黒のガンダム。その姿に覚悟を決めた皆は、暗黒の中心点へと向かっていった。

 

槇菜

「旧神……巫女……。ゼノ・アストラ、あなたは一体何者なの?」

 

 暗黒の奥へ向かいながら、槇菜は自らの命を預ける黒い機体へポツリと投げかける。返事はない。だが……この先に待つ何かを必死にゼノ・アストラは伝えようとしている。しかし槇菜は今はただ、この先を生き延びることだけを考えなければならなかった。

 




次回予告

皆さんお待ちかね!
バイストン・ウェルの最下層。人間の想像力の及ばない邪悪が棲まう世界カ・オスへと招かれた槇菜達。
獣戦機隊はそこで、かつて倒したはずの仇敵と再会するのです!
ムゲ・ゾルバドス帝王の容赦のない攻撃を前に為す術を持たないダンクーガ達!
ですが、バイストン・ウェルの、生命の世界の奇跡が逆転のチャンスを生み出したのです!

次回、「失われた者達への鎮魂歌」へ、レディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話「失われた者達への鎮魂歌」

—ホウジョウ国—

 

 

サコミズ

「何だというのだ……!?」

 

 先ほどまでエイサップ達と交戦していたポイントに突如発生した重力場。そのポイントに現れた黒い球体。それは今までサコミズ王や、ヘリコンの地で生まれたものですらも、見たことのないものだった。

 

ショット

「わかりません。現地へ偵察に出た兵士2名、重力に引き込まれ未帰還となりました」

 

 バイストン・ウェルを覆う未曾有の危機。そうとしか言えない何かを目の当たりにし、コドールやコットウは平静ではいられない様子だった。無理もない、とサコミズは思う。しかし、そんな彼らを一喝し、事態の対応に当たらせているのが今。平静を装ってこそいるが、サコミズ王も気が動転しているのをなんとか抑えている状態だった。

 

サコミズ

「リュクス…………」

 

 他ならぬリュクスが、あの黒い球体の中にいるのだから。

 

ショット

「…………王、万が一あの重力場が拡大すれば、被害は広がる一方です」

 

 そんなサコミズ王の心情を察しつつも、ショットは冷静を務めていた。それが、蘇ったショットの役割だった。

 

ショット

(ライラが動き……そして、シャピロか。どうやら、静観の時は終わったらしい)

 

 ショット・ウェポンが、ライラの手により蘇り与えられた役割……それは、オーラマシンを再び開発し、地上侵攻を王に唆すこと。そしてシャピロの役割は、王の軍を少しずつ私兵化することにあった。シャピロは、自らの野心と役割を混同し焦り動いたようにショットには思える。そして、シャピロがそういう人間なのは、ショットも知るところだった。だからこそショットは、シャピロがこうして動くことまで自分の個人的な計画に織り込んでいる。

 そのための器を、シャピロに与えていた。

 

ショット

(さて、シャピロ……。お手並み拝見といかせてもらおうか)

 

 サコミズ王からの指示を待ちながら、ショット・ウェポンはほくそ笑んでいた。

 彼のポケットには、亡き恋人ミュージィの遺したナイフが白銀に煌めいていた……。

 

 

 

……………………

第7話

『失われた者達への鎮魂歌』

…………………… 

 

—???—

 

 

 

 その世界は、暗闇に包まれていた。見渡す限りの暗黒。星ひとつ煌めかないそこは、宇宙よりも暗い世界。そんな暗黒の中に、槇菜達は辿り着いた。

 

レイン

「アマルガンさん、ここは……?」

アマルガン

「いや、ワシもこんな場所ははじめて来た」

 

 この地で生まれ、育った老人アマルガン・ルドルを持ってしても、こんな場所は知らない。しかし、このゾッとするような感覚は伝説に聞くカ・オスであるかのように、アマルガンには思えた。

 

槇菜

「ゼノ・アストラが反応してる……。ここは、危険だって」

 

 ゼノ・アストラ。黒き巨人はその瞳を赤く輝かせ、この空間を睨む。その視線の先を、槇菜は感じていた。冷たく、暗い。呪いのような視線が、遥か彼方からこちらを睨んでいる。

 

槇菜

「邪神の種子……? 萌芽?」

 

 ゼノ・アストラの示す警戒反応は、あの邪霊機アゲェィシャ・ヴルと戦った時と同等か、それ以上のものを示していた。邪神の種子。それが何を意味する言葉なのか、槇菜にはわからない。しかし、ミケーネ帝国やゲッターロボとガサラキ、オーラロードとそして、邪霊機。それらは必ず一つの線で繋がる。そう槇菜は確信していた。そしてその大事なピースが、ここにある。

 

槇菜

(…………怖い。でも!)

 

 逃げずに、正面を見据える槇菜に応えるように、ゼノ・アストラは盾を構えた。

 

ドモン

「師匠、ここは……」

東方不敗

「聴こえるかドモン。この場所に眠る魂の声が」

 

 風雲再起を宥めながら、ゴッドガンダムとマスターガンダムも歩を進める。一歩一歩を踏みしめるだけで、胸が張り裂けそうなほどの痛みをドモンは、ゴッドガンダムを通してダイレクトに伝わっていた。

 自身の神経系をダイレクトにガンダムと接続するモビル・トレース・システムを搭載するモビルファイター。ゴッドガンダムの足はドモンの足でもある。その機械の足はしかし、ドモンにこの場所の哀しみを伝えるのだ。

 

ドモン

「あの時、師匠は俺にネオホンコンの裏側を見せてくれた……。ガンダムファイトにより荒廃の一途を辿る地球の、断末魔の悲鳴。それと同じ、いやそれ以上の悲しみが、ここには眠っている……!」

東方不敗

「ウム、故に目を逸らすなドモンよ。ワシを倒したお前は、この先を進む義務があるのだぞ!」

 

 マスターガンダムの東方不敗もまた、ドモンと同じようにその悲しみを感じていた。しかし、感じ方はドモンとは違う。むしろ東方不敗は、この悲しみを自分の一部であるかのように受け入れていた。

 

東方不敗

(おそらく、ワシもドモンに救われなければこの地獄に堕ちていたのだろうな……)

 

 悲しみ。悲鳴。慟哭。絶望。それら負のオーラ力が支配する空間。その一部と確実に化していたかつての自分。その呪いから解き放ってくれたドモンに感謝を感じながら、マスターガンダムは痛みとともに進む。しかし、その痛みの中で進む気力を持つドモンや東方不敗、ゼノ・アストラにより護られている槇菜以外の者にとってこの地は、まるでこの世全ての災いと呪いを集めた箱の中であるかのように息苦しいものだった。

 

エレボス

「いや……イヤだよ。何、ここ……」

アムロ

「怨念……怨恨……呪詛……負の意識が渦巻いて、この空間を作っているのか」

 

 暗黒の世界に足を踏み入れてアムロやエレボスが感じた負のオーラ力。それは、この世界が生命の悪意によって作られたものであることを物語っている。

 

トビア

「こんなところにずっといたら、正気じゃいられなくなる……!」

 

 そんな、誰もが平静ではいられなくなる空間に、トビアやハリソンはおろかアムロとシャア、エイサップにショウ、マーベルも呻き声を上げる。

 

ハリソン

「俺はニュータイプなんて太それたものじゃないが、それでも感じるぞ。なんだこの重苦しさは……」

シャア

「ええい、情けないものだな……。足を踏み入れただけでこの私が恐怖するとは」

 

 だがしかし、その中をダンクーガは突き進んでいた。眼前に迫るのは、飛行ユニットのないダンクーガもどき。槇菜曰く、にせダンクーガ。

 偽ダンクーガは、胸のパルスレーザーを放ってダンクーガを迎撃する。しかし、本物のダンクーガを前に偽物の攻撃は通用しない。

 この空間に呑まれているのならばいざ知らず、獣戦機隊は既にこれと同じ地獄を経験し、突破しているのだ。心を蝕む負の重圧などに負ける道理はない。

 パルスレーザーの斉射を避けながら、ダンクーガは腰に格納されていたソードを抜く。

 

「心にて、悪しき空間を断つ。名付けて、断空剣!」

「やってやるぜ!」

 

 瞬間、まさに刹那の出来事だった。剣を抜いたダンクーガは、偽物と一瞬交差する。一瞬。その一瞬の後、偽ダンクーガは真っ二つとなり爆発。

 断空剣。野生を解き放ったダンクーガが使用する切り札とも言える武装。その一撃は、何者かが用意した偽物と真の野生を持つ4人との、決定的な差として顕現していた。

 偽ダンクーガのうち1機が消滅する。それを合図に、残りの偽ダンクーガが真のダンクーガへと襲いかかった。だが、それらを相手に怯むほど、獣戦機隊はヤワではない。

 ダンクーガの背中から、一門の砲塔が展開される。断空砲。圧倒的な火力を誇るダンクーガの必殺武器。それをまとめて浴びせ、木偶のような偽物どもを一掃する。それと同時、忍が叫んだ。

 

「偽物なんか用意しやがって、いい加減姿を現したらどうだシャピロ!」

 

 忍の叫びは、暗黒の宇宙に木霊した。やがてその声に応えるかのように、白銀のオーラバトラーがダンクーガの前に降り立つ。それは、このドス黒い悪意の塊の中においては神々しいほどの美しさを持ったマシンだった。しかし、

 

シャピロ

「ほう……。少しはできるようになったようだな、藤原」

 

 白銀のオーラバトラーから、黒い声がする。

 

エイサップ

「あいつはっ!?」

沙羅

「シャピロ!」

 

 シャピロ・キーツ。岩国を攻撃した張本人であり、沙羅達にとっても忘れることのできない因縁の敵。それがどういうわけか、オーラバトラーに乗っている。そしてそのオーラバトラーにショウは、見覚えがあった。

 

ショウ

「あのオーラバトラー、ズワァースかっ!?」

 

 ズワァース。かつてバイストン・ウェルのアの国でショット・ウェポンが開発した最強のオーラバトラー。その性能はダンバインや、ショウが以前愛機としていたビルバイン以上の高機動と重武装を両立させるに至ったオーラバトラーの完全形とも言うべき機体。それに今、シャピロ・キーツは乗っている。

 

シャピロ

「フフフ、ショットも面白いものを用意してくれたものだ。このズワァース、私に馴染む」

 

 シャピロ・キーツの野心、妄執、執着。それらが闇色のオーラ力となり、ズワァースの力となっている。それをショウは、肌で感じていた。

 

沙羅

「はっ。新しい玩具で上機嫌になるなんて、随分と器の小さい男になったねシャピロ!」

 

 白銀の機体を漆黒に輝かせるシャピロに唾を吐き捨てたのは、沙羅だった。

 

シャピロ

「何だと、沙羅……?」

沙羅

「シャピロ、私はね。果てしない夢を語るあんたのことが好きなんだと思ってた。でも、違う。私が好きだった男は、その果てしない夢を一緒に見てくれる人だった……。今のあんたは、見る影もないね!」

 

 沙羅は叫ぶ。それはまるで自分に言い聞かせているかのような響きだった。しかし、その訣別はシャピロにとって、侮辱でしかない。

 

シャピロ

「フフフ、沙羅……。いいだろう、まずは貴様から殺してやる!」

 

 ズワァースが右手に構える剣を翳す。それと同時、暗闇の中から再びダンクーガの偽物が浮かび上がった。それも、5機。

 

槇菜

「また、にせダンクーガ!?」

シャア

「どうやらあのマシンは、この空間が作り出している幻影に近いもののようだな。しかし、質量を持っている……」

アラン

「この空間そのものに指向性はないはずだ。ならば……」

 

 百式のコクピットの中で、シャアは推測する。この暗黒空間の中で生み出されるエネルギー。それをダンクーガの形に象らせている。

 だとしたら、それを司どる者がいる。アランは状況からそう推測した。それは、おそらく。

 

アラン

「藤原、とにかく今はシャピロを倒すのが先決だ!」

 

 シャピロ・キーツ以外あり得ない。ブラックウィングは偽ダンクーガへと切り込んでいく。パルスレーザーの砲撃を掻い潜る。戦友がその奥にいるシャピロ・キーツへと喰らい付くべく、バルカン砲を撃ちまくり偽物を牽制する。

 

「おう、一撃で決めてやるぜ! 断空砲フォーメーションだ!」

 

 ダンクーガの背中に搭載された巨大な砲塔。それと同時に腰部のキャノン、パルスレーザー。全ての砲身が展開された。狙うはただ一つ。白銀の装甲からドス黒いオーラを発する、邪悪なオーラ力の根源。

 「OK忍!」という仲間達の号令と同時、全ての砲塔から、強烈なエネルギーが放たれた。巨大なダンクーガから放たれた野生のエネルギーが、小型のオーラバトラー・ズワァースを飲み込んでいく。

 

雅人

「やったか!?」

「いや、まだだ!」

 

 断空砲フォーメーションの中を、無傷で突き進む白銀の体躯。シャピロの乗るズワァースは、断空砲の反動を受けるダンクーガの目の前に躍り出ていた。

 

シャピロ

「フハハハハハ! これだ、この力こそが、私を神の国へと導くぅぅぅぅ!?」

 

「な、シャピロ!?」

 

 ズワァースのシールドの裏から放たれた爆弾が、ダンクーガに命中し爆ぜる。その爆発が、ダンクーガの全身を飲み込んだ。

 

「うわぁぁぁっ!?」

アラン

「藤原ッ!?」

 

 ブラックウィングがヒューマノイド・モードへ変形し、ズワァースを取り押さえようと動いた。しかし、ブラックウィングのバルカン砲はズワァースに当たらず、直前で弾かれてしまう。

 

ショウ

「オーラバリアかっ!?」

アムロ

「オーラバリア?」

ショウ

「ああ、地上に出たオーラバトラーは、バイストン・ウェルで制限されていた機能を解放してしまう。パイロットのオーラ力をバリアへと変換するオーラバリアも、その一つだ。それに、フレイボムの爆発もバイストン・ウェルの頃より大きい……」

 

 重い頭を必死に動かしながら、偽ダンクーガの鉄拳を避けてショウが説明する。説明しながら、ショウはここがバイストン・ウェルよりも地上に近いどこかなのではないか。と思った。オーラバリアが強く発現しているのがその証拠だ。反撃にダンバインもオーラショットを偽ダンクーガへ浴びせた。すると、ショウのオーラ力を吸うようにオーラショットは大きな爆炎を上げ、偽ダンクーガを飲み込んでいく。

 

マーベル

「ショウ、これは……」

 

 マーベルのボチューンも、同様だった。

 

ショウ

「ああ。みんな聞いてくれ! ここは地上に近い場所かもしれない!」

 

トビア

「なんだって!?」

ショウ

「オーラバトラーの性能が上がっているのが、その証拠なんだ。みんな、ここが正念場だ!」

 

 そう叫び、ショウのダンバインは高く翔んだ。上空から、オーラショットによる波状攻撃を偽ダンクーガへ浴びせていく。

 そうして上空からこの暗黒の宇宙を見て、ショウはあるものに気付いた。

 

ショウ

「あれは……?」

 

 シャピロ率いる偽ダンクーガ軍団との戦場の遥か先。ゼイ・ファーとドル・ファーが何かを取り囲んでいる。それは、廃墟と化した城のようだった。錆びれ、焼け煤け、原形を留めていない無残な城。その城に、ショウは見覚えがあった。だが、確証がない。しかしムゲ帝国の戦闘メカ達はその城へ攻撃を繰り返し、城が放つオーラバリアに阻まれている。

 城がオーラバリアを展開する。それがショウの記憶と、その城を符合させる。

 

ショウ

「グラン・ガランだ……!?」

マーベル

「何ですって!?」

 

 グラン・ガラン。かつて、ショウ達反ドレイク勢力の旗艦として地上で激戦を繰り広げたオーラ・バトル・シップ。しかし、グラン・ガランは最後の戦いで沈み、女王シーラ・ラパーナによる“浄化”を以って地上からオーラマシンを消滅させた。

 

槇菜

「グラン・ガラン……。ニュースで聞いたことある。たしか、バイストン・ウェル軍の旗艦のひとつだって」

 

 かつて、地上に浮上したバイストン・ウェルの軍は大きく5つの旗艦を持っていた。ドレイク・ルフトのウィル・ウィプス、ショット・ウェポンのスプリガン、ビショット・ハッタのゲア・ガリング。それにエレ・ハンムのゴラオンと、シーラ・ラパーナのグラン・ガラン。

 その全てが強大な戦力を保有し、地上の各国政府にとって大きな脅威となっていた。そして、地上界への侵攻を開始したドレイク派の3隻と、それに反抗するシーラ、エレ派の2隻の構図が固まった時、国連軍はシーラ、エレ派に協調する姿勢を見せることにした。

 もっとも、その戦いにおいてまともにオーラバトラーと戦えた地上のマシンは、マジンガーZくらいのものだったのだが。

 ともかく、そのうちの一隻……グラン・ガランはショウとマーベルにとっては家にも近いものだった。

 それが、どんな因果でこのような地に流れ着いたというのだろうか。いや、それよりも。

 オーラバリアを発動させているということは、搭乗者のオーラ力を増幅させているということだ。つまり、あの残骸というべき無残なグラン・ガランには人が乗っている。

 まさか、とショウは額に流れる感じた。

 シーラ・ラパーナ。若年にしてナの国の女王として気高く振る舞い、ショウを聖戦士として導いていくれた聖女。もし、シーラがグラン・ガランの中で生きているというのならば……。

 

ショウ

「すまないみんな、大事な人が敵に囲まれている。俺は、あの人を見捨てられない!」

 

 ダンバインが、闇の中を飛んでいく。オーラコンバーターから、世界のオーラを吸い込んで速度に変える。今までよりも速く。

 

マーベル

「アマルガン殿、私はショウを援護します!」

 

 アプロゲネのアマルガンに断りを入れて、マーベルもショウへ続く。

 

アマルガン

「ショウ殿、マーベル殿!」

 

 偽ダンクーガ達は、戦線から離れるニ機のオーラバトラーを無視し、一機がアプロゲネへと迫った。それを阻むのは、Zガンダムのハイパー・メガランチャー。メガ粒子の光が偽ダンクーガの頭を潰す。さらに、百式のクレイバズーカがトドメとなり、偽ダンクーガの一機が堕ちた。

 

アムロ

「あの青年は、本気だとわかる!」

シャア

「あの若さを守るのが、我々の役目ということか。いいだろう!」

 

 ベース・ジャバーから飛び降り、百式はさらに偽ダンクーガのうち一機へビーム・ライフルを浴びせまくる。そして、バーニアを吹かして突撃し、百式より遥かに巨大なダンクーガの頭部を思いっきり蹴り上げた。

 

シャア

「今だ、トビア君!」

トビア

「了解!」

 

 自身より遥かに巨大なマシンを相手にする際には、セオリーがある。頭か足。どちらかを潰すこと。まともにやり合えば体積の差をひっくり返すパワーはモビルスーツにはない。それを、技術でカバーするのがモビルスーツ乗りの戦い方だった。

 トビアのクロスボーン・ガンダム……スカルハートの持つムラマサ・ブラスターが唸りを上げる。頭部を損壊した偽ダンクーガは、それに反応することができなかった。

 

トビア

「こ・の・おぉぉっ!?」

 

 斬撃。スカルハートの一閃が、さらにもう一機の偽ダンクーガを破壊する。

 

シャア

「こんなところで、手こずるわけにはいかんのでな!」

アムロ

「シャア、援護しろ! また一機来るぞ!」

 

 Zガンダムがメガランチャーを構える。しかし、背後から伸びる高出力ビーム……ヴェスパーが、ダンクーガの背中を焼いた。

 

ハリソン

「俺を忘れてもらっちゃ、困るな!」

 

 青い閃光。ハリソン・マディン大尉のガンダムF91である。ハリソンのF91は、強力すぎるが故に持て余していた兵器……ヴェスパーをここぞとばかりに連発していた。

 

ハリソン

「こいつら、スペックはダンクーガと互角だが、魂の籠らない人形だ。パイロットの能力を感じない。こんなダンクーガなら、モビルスーツでも勝算はある!」

 

 青いF91が、獅子奮迅の活躍で偽ダンクーガの軍団を相手取っていた。とはいえ、パワー面ではダンクーガに分がある。偽物のダンクーガは、ダイガンの狙いをハリソンのF91に定め、発射する。しかし、銃身が向けられたその直後にハリソンはF91の機体を逸らし、ダイガンの射線を避ける。

 光の速さを誇るビームを避ける方法。その初歩的な……しかし訓練されたパイロットでもなかなかできない芸当を、ハリソンはやってのけていた。ビームを避けるなど本来不可能だから、ビームを耐えられる重装甲に価値があり、F91もビーム・シールドを装備している。しかし、ビームを避けることができて一人前と言われる達人の域にある戦いを、ハリソンは披露していた。

 

ハリソン

「もらった!」

 

 F91の高機動でダンクーガへ迫り、ビーム・バズーカをブッ放すその勢いで、偽ダンクーガをさらに撃破。

 

トビア

「さすがハリソン大尉だ。あの人とまともにやり合いたくはないな……」

 

 本来は敵対している宇宙海賊という立場上、トビアはその戦いぶりをそう評するしかなかった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—グラン・ガラン内部—

 

 グラン・ガランは今も、ムゲ帝国の激しい攻撃を受けていた。その衝撃で船体が揺れ、遺されていたオーラバトラーが倒れる。

 

チャム

「あー! それを潰したらダメよ!」

 

 グラン・ガランの中でミ・フェラリオのチャム・ファウは甲高い声を上げていた。桃色のふわりとした髪を揺らしながら、チャムはぱたぱたと船内を飛び回る。

 

チャム

「それは、ショウのために残してあるのよ!」

 

 旧式のオーラバトラー、ダーナ・オシーが横転し下敷きにしてしまったオーラマシンを助け出そうと、チャムは小さな身体をいっぱいに使ってダーナ・オシーを押す。しかし、全長30㎝程の大きさしかない妖精には、比較的小型のマシンであるオーラバトラーとて絶望的な体積を誇るものだ。当然、ビクとも動かない。

 

???

「どうしました、チャム」

 

 そんな騒がしい船内で、凛々しい女性の声がした。

 

チャム

「あっ、シーラ様! 大変なのよ!」

 

 シーラ・ラパーナの声が、チャムを包む。バイストン・ウェルへ戻る旅路の途中、グラン・ガランとシーラに再会できたことが、チャムにとって唯一の慰めだった。

 地上界での激戦の後、海に放り出されていたチャムはシーラの“浄化”の中に入ることができず……ただ一人、地上に取り残されていた。

 それからアメリカ海軍に助け出され、人々にバイストン・ウェルの物語を……ショウの戦いの話を語って聞かせた。それが、あの戦いで死んだ全ての命への慰めになる。そう思ってのことだった。

 中でも、視察にきた西田という盲目の男性は、バイストン・ウェルの御伽噺を熱心に聞き入っていたからチャムは今でも覚えている。しかし、地上の環境はバイストン・ウェルの者には過酷だった。慣れ始めていたとはいえ、故郷へ帰れないとなれば異郷の地は、怖いものなのだ。魂の敏感なフェラリオという種は特に、死者の魂で満ちた地上にひとりきりは嫌なのだった。

 そしてある満月の夜、チャムはひっそりと地上から姿を消した。

 帰りたかった。バイストン・ウェルに。例えこの命がワーラーカーレンに還ることになっても、地上で死ぬのは嫌だった。

 最期に、バイストン・ウェルを見たい。その一心が、チャムを行動させ…………目が覚めた時、チャムはここにいた。

 地上よりも遥かに寒く、悪意に満ちた世界。しかし、グラン・ガランの中は温かくて、平気だった。シーラに言われるがまま、チャムは英気を養い……元気を取り戻した。

 それから、チャムはシーラに、「ショウとマーベルが生きている」と聞かされた。そして、ショウがここに来た時のためにこれを用意していたと。

 だが、そのシーラが用意したものがダーナ・オシーの下敷きになっているのだ。何とかしなければ、とチャムは抗議するが、シーラの声はそれを意に返さない。

 

シーラ

「大丈夫ですチャム、今はそれより、安全な場所へ」

 

 寝室から出てきたシーラ王女にチャムは飛び寄り、渋々「はーい!」と返事をする。

 

シーラ

「チャム、見えますかあれが」

 

 そんなシーラが、窓の外を指さした。窓の外にはいつもおどろおどろしい怪物がいて、正体不明のメカ怪獣がグラン・ガランを襲うからシーラ様はオーラバリアを発動させるためにオーラ力を吸われている。そんな外は嫌いだが、チャムはシーラに言われて外を見やった。

 そこには、藤色の甲虫を模した頭部を持つ、チャムも見知ったオーラバトラーが舞い、メカ怪獣たちを斬り伏せている。

 

チャム

「ダンバイン! ショウなの!?」

シーラ

「ええ、ショウ・ザマが来てくれましたよ」

 

 優しいシーラの声色が、ショウの帰還を物語っていた。ミ・フェラリオは元来、コモン人に比べて霊的な存在である。フェラリオという種族特有の勘は特に、色恋に関しては敏感だった。だからチャムは、シーラという少女がショウを内心強く慕っていることを理解している。

 

チャム

(シーラ様……ショウとまた会えるのが嬉しいんだ)

 

 だが、ショウと会いたかったのはシーラだけではない。長い戦いを共にしてきたチャムにとっても、ショウは掛け替えのない存在だった。

 窓から見えるダンバインとボチューンは、敵を斬り伏せながら進んでいた。しかし、多勢に無勢。ゼイ・ファーのビーム砲が、ボチューンへ炸裂している。それをボチューンはバリアで防いでいたが、連戦とこの空間が齎す不調で、マーベルのオーラ力は大きく揺れていた。その揺れが、オーラバリアを弱めた瞬間が仇となる。敵の波状攻撃の中に、マーベルのボチューンは次第に飲み込まれていった。

 

マーベル

「嗚呼ッ!?」

ショウ

「マーベル!? クソッ……!」

 

 ショウのダンバインが、ボチューンを助けようと振り返る。その瞬間、敵に喰らい付かれてしまう。

 

ショウ

「クッ、南無三!?」

 

 オーラショットで敵を爆破しようとしたが、それでは最悪マーベルを巻き込むことになる。ショウとマーベルは、敵の軍勢の中で完全に分断されてしまっていた。

 

チャム

「ああ、ショウ!?」

 

 その光景を見つめながら、チャムが叫ぶ。

 

シーラ

「ショウ……」

 

 シーラも、そんなショウを心配そうに見つめている。そんな時だった。2人の後ろから、声がする。

 

ヤマト

「俺が行って、2人を助ける!」

 

 声の主は、黒髪の少年だった。歳の頃はショウより少し下か同じくらい。しかし、強い意志を宿した瞳と腰に下げた剣はたしかに、戦士のものだった。

 

シーラ

「ヤマト……行ってくれますね」

 

 ヤマト。そう言われた少年はシーラの言葉に頷くと剣を抜き、掲げてみせる。

 

ヤマト

「シーラさん、あんたをショウって奴と会わせてやるのが、俺の使命なんだ。俺の愛する人との約束だからな!」

 

 ヤマトと呼ばれた少年は、高らかに掲げてみせた剣を見つめそして、叫んだ。

 神の名前を。邪悪なる魂達を屠る、剣の名前を。それは、即ち。

 

ヤマト

「ゴッドマジンガー!」

 

 ゴッドマジンガー。そうヤマトが叫ぶと、グラン・ガランの前に突如として巨大な石像が降り立った。ヤマトは、石像の中へワープし、魔神の中で贄となる。

 ヤマトの魂を取り込んだ石像は、体色を青銅色に変化させていく。そして、像の瞳に魂が宿った。今、ゴッドマジンガーと呼ばれた石像にヒトの頭脳が……火野ヤマトの魂が加わったのだ。

 巨神像……ゴッドマジンガーは腰に下げられた剣を抜き歩き出す。ズシン、ズシンと地を揺らすその足音と共に、ムゲ帝国の戦闘メカの群れに魔神は突っ込んでいく。

 

ヤマト

「邪魔をするな、お前ら!?」

 

 剣の一振り。それだけで敵戦闘メカを両断し、その巨体から放たれる蹴りが、拳が、次々とゼイ・ファーを破壊し進んでいった。そして、敵の中央で孤立するオーラバトラー、ダンバインを発見し、ゴッドマジンガーはさらに進む。

 

ヤマト

「行くぞ、マジンガー!」

 

 ゴッドマジンガーが、咆哮を上げる。唸り声のままに振るう剣の一閃で、ダンバインを包囲する敵の軍団を斬り開いていった。

 

ショウ

「何だ、魔神……?」

 

 大魔神。そうとしか形容できないその姿にショウは戦慄する。

 

ヤマト

「あんたがショウ・ザマか?」

 

 大魔神から流暢な日本語が伝わる。ショウはコクピットの中で頷きつつ、大魔神……ゴッドマジンガーと合流する。魔神はその巨体から繰り出される剛腕豪脚で敵を踏み潰しながら突き進んでいく。

 

ヤマト

「ここは俺が引き受ける。ショウ、あんたはグラン・ガランへ行きシーラと会ってくれ!」

ショウ

「シーラ様、無事なんだな!?」

ヤマト

「…………行けよ、相方は俺が助ける!」

 

 ゴッドマジンガーが咆哮を上げ、剣を振るう。ゼイ・ファーが真っ二つに分断される。敵の標的は次第に、ゴッドマジンガーへ集中し始めた。それは確かに、ダンバインがグラン・ガランへ向かう好機となる。

 

ショウ

「すまない、助かった!」

 

 ダンバインはショウを乗せ飛び立つ。廃墟のように襤褸く、今にも崩れそうなグラン・ガランを目指して。それを見送り、ヤマトは再び敵の軍団へ切り込んでいく。敵の大群に押し寄せられたのはもう1人、チャムとシーラが言うマーベルという女性だろう。

 

ヤマト

「……これでいいんだろう、アイラ」

 

 マジンガーで敵をたたきのめしながら火野ヤマトはそう、ひとりごちた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 ゴッドマジンガーの出現は、偽ダンクーガと戦うエイサップ達にもしっかりと、確認できていた。アプロゲネのアマルガンは、見たこともない魔神の登場に驚きを隠せない。

 

エイサップ

「ショウ達の行った方から、何か来ます!」

アムロ

「何だ、大魔神……?」

 

 長くバイストン・ウェルで暮らしていたアムロも、あんなマシンは見たことがない。いや、そもそもあれはマシンと呼んでいいものなのだろうか。鉄の塊が持つ特有の存在感は、感じない。むしろ、あれは意志を持った何かのように感じられる。

 

ドモン

「どことなくだが、マジンガーに似ているような気もするが……?」

 

 だが、それでもドモン達の知る「マジンガー」ではあり得なかった。鉄の城とも形容されるマジンガーではなく、寧ろあれは天然自然の中から生まれたものの息吹を感じられる。

 

トビア

「味方、なのか……?」

 

 ムゲ帝国の戦闘メカを蹴散らながら、魔神は歩みを進める。魔神から、少年の声がした。

 

ヤマト

「俺は火野ヤマト、地上人だ! 助太刀するぜ!」

 

 火野ヤマト。その名前は日本人のものだ。快活な少年。そんな印象を与える声の主はそう名乗り、魔神の剣でゼイ・ファーを斬り伏せる。

 

槇菜

「ゼノ・アストラ……。あれを知ってるの?」

 

 ゼノ・アストラのコクピットの中、槇菜が呟く。ヤマトの乗る魔神の出現に、ゼノ・アストラが反応を示したのだ。だが、今までのような危険を示すような反応ではない。

 むしろ、その逆。

 

槇菜

「光宿りしもの……ゴッドマジンガー?」

 

 ゼノ・アストラははじめて、明確に“味方”であるという反応を示していた。それは、邪霊機やミケーネ、そしてこの空間への反応とは違う。槇菜には、ゼノ・アストラがまるで旧友との再会を喜んでいるのが感じられるのだ。

 

槇菜

「そっか……」

 

 槇菜が最初に感じたのは、安堵だった。この世界で、ゼノ・アストラの存在には必ず大きな意味がある。そうジャコバ・アオンは言った。だがゼノ・アストラが知るものは全て、危険で邪悪か、凶暴なものばかりだった。

 だが、ゼノ・アストラにも仲間がいる。槇菜と同じように。

 

槇菜

「なら……。ヤマト君って、言ったよね。私達は、この空間にいるはずの邪悪の元凶を倒さなきゃいけない。手伝ってくれますか?」

ヤマト

「ああ、当然だ!」

 

 快く引き受けるヤマト。その声は快活で、人を惹きつける力のある声だった。

 

槇菜

「よろしく……ね!」

 

 叫び、槇菜はゼノ・アストラのシールドを思いっきり偽ダンクーガへ叩きつける。本来身を守るための盾だが、20mの巨体の半身以上を覆うようなそれを空から叩きつければ、凶悪な質量兵器と化す。退避しようとする偽ダンクーガを指のワイヤーを射出し、槇菜は固定する。

 

槇菜

「今だよ、エイサップ兄ぃ!」

エイサップ

「ああ、行くぞ!」

 

 ワイヤーを離そうともがくその一瞬。そこにナナジンが飛び込み、燃え上がるオーラソードで偽物をまた斬り裂いた。

 

エイサップ

「まやかしの器なんかに、本物のオーラ力が宿るものか!」

 

 

ヤマト

「へっ、あいつらなかなかやるじゃねえか。よっと!」

 

 槇菜達の戦いぶりを褒めつつも敵を蹴散らし、ヤマトのゴッドマジンガーはマーベルのボチューンを救助していた。ボチューンはこの空間の瘴気に充てられた結果か、オーラバリアがうまく働かず結果並のオーラバトラー以下の装甲に集中攻撃を受けていた。そんな中でなんとか耐え、辛うじて動けているのはマーベルのオーラ力のおかげだろう。

 

マーベル

「う……ブツゾウ?」

ヤマト

「仏像、ね。まあ、似たようなもんだけど説明はあとだ。あんたはショウのところに行ってくれ!」

マーベル

「ええ、わかったわ……」

 

 敵の猛攻に晒され、大きく損壊したボチューンを守るようにゴッドマジンガーは敵の前に出る。巨体から繰り出される攻撃で戦闘メカを破壊し進む。目指すのは、今まさにダンクーガと激戦を繰り広げるオーラバトラー・ズワァース!

 

シャピロ

「何だ、貴様は?」

ヤマト

「こいつはゴッドマジンガー。邪悪を討つため、2万年の眠りから蘇った守り神だ!」

 

 ゴッドマジンガーの青銅色の機体が、金色に輝いていく。そして、閉じていた口がまるで悪魔のように大きく開かれ、咆哮をあげる。

 その咆哮が衝撃となり、シャピロを守っていたズワァースのオーラバリアを打ち破った。

 

シャピロ

「何だと! この力……まさか!?」

 

 衝撃で、弾き飛ばされるズワァース。ダンクーガはその隙を逃さず、ダイガンを浴びせにかかる。ダイガンの一撃に、バリアが間に合わない。

 

「くたばれ、シャピロ!?」

シャピロ

「ええい!?」

 

 シャピロは咄嗟に、左腕のシールドを投げた。ダイガンの光にぶつかり、シールドは爆ぜる。その間に体勢を立て直しながら、シャピロは敵を睨んでいた。

 

シャピロ

「忌々しい奴らめ……どこまでも、神の座に座るべき男の邪魔をするか!」

沙羅

「裏切り者に合う椅子なんか、最初からありはしないんだよシャピロ!」

 

 沙羅が叫ぶ。それがシャピロをより一層、苛立たせる。右肩を震わせながら、ズワァースは再びダンクーガへと向き直る。

 

シャピロ

「沙羅……。この俺を捨てたこと、後悔するがいい!」

 

 ズワァースの掲げるオーラソードが、妖しく輝いた。それと同時、ズワァースの全身から黒いオーラ……シャピロそのものとでも言うべき漆黒の意思が噴出し、ズワァースに力を与える。

 オーラマシンとは、獣戦機だ。人間の生命エネルギーをマシンの力に変えるという点で、オーラバトラーとは獣戦機の特性をより発展させたマシンであると言える。

 しかし、オーラバトラーが吸う人間の生命力……オーラ力とは、人間の精神の均衡と調和。世界と人とのバランスそのものが描く宇宙のようなものだった。ショウ・ザマのように、雑念を振り払い、世界のために正しく在ろうとする者にこそ、真のオーラ力は宿る。

 今のシャピロは、その真逆の存在であると言えた。世界という弧の中に存在する個としてではなく、自らが世界の中心に君臨しようという野心。それを最愛の女性に理解されない孤独。そんな夢追い人の慟哭が、シャピロのオーラ力を歪んだ形で高めていた。

 

シャピロ

「沙羅……。なぜだ、何故理解せんのだ!」

 

 シャピロは、気付いていなかった。

 自分が今でも、沙羅を愛していることに。

 自らの首を絞め掛けるほどの、危険な喜び。

 新たな宇宙の神となり、世界を救うという使命。

 それをただの愛憎故の復讐心にまで自ら貶めてしまう熱情。

 それが、沙羅。

 

シャピロ

「私が神となった世界で、お前は私と2人……真の楽園へ誘われるはずだったのだ。それが、それを、お前はぁっ!?」

 

 

 やがて全ての偽ダンクーガは破壊され、ダンクーガを中心にブラックウィング、ゴッドマジンガー、スカルハート、F91、Zガンダム、百式、ゴッドガンダム、マスターガンダム、それにナナジン、ゼノ・アストラが集まっていく。

 それらを睨みながら、シャピロは沙羅への愛憎を吐露し続けていた。

 

シャピロ

「沙羅……。思えば私がお前を愛さなければ、お前と出会わなければ、こんな、こんなことにはならなかった!」

 

シャア

「あの男……」

 

 シャアには、シャピロの吐き出す激情が痛いほどに理解できた。だが、理解できたからといって認めるわけにはいかない。

 

トビア

「シャピロ……。お前は、人間だよ。どこまでいっても、ただの人間だ!」

 

 そんなシャアに代わり叫んだのが、トビアだった。

 

シャピロ

「人間だと……? 神の座へ君臨するこの私を、貴様ら矮小な存在と同一視するか!」

 

トビア

「ああ、そうだ! お前によく似た男を、俺は知っている……」

ベルナデット

「…………」

 

 クロスボーン・ガンダムが、スカルハートが動いた。

 

トビア

「だから、せめて人間らしく……ここで終わらせてやるっ!?」

 

 ピーコック・スマッシャーを構え、ズワァースへ仕掛ける。しかし、ズワァースのオーラバリアを貫通できず、ビームの雨は霧散していく。

 

トビア

「クソッ!?」

シャピロ

「無駄だ、この神の前にはなぁっ!?」

 

 次に動いたのは、ズワァースだった。残像を撒き散らしながら飛ぶズワァースは一瞬の間にスカルハートへ迫る。そして大きく剣を振り上げ、振りかぶった。シャピロのオーラ力を収束させた、渾身のオーラ斬りが、トビアを襲う。

 

トビア

「避けられ、ない!?」

シャピロ

「神を侮辱した罪、その身で味わうがいい!」

 

 しかし、その斬撃は届かなかった。スカルハートの前に飛び込んだ光の翼をはためかせる黒い機体。ゼノ・アストラの巨大な盾が、シャピロの攻撃を阻んだ。

 

槇菜

「ッ!?」

シャピロ

「旧神めっ、邪魔をするな!」

 

 ズワァースは八つ当たりのようにゼノ・アストラを蹴り上げる。強大なオーラ力により増幅されたパワーが、槇菜を襲った。

 衝撃で、ゼノ・アストラは大きく弾き飛ばされる。だが、ゼノ・アストラに意識を向けたその一瞬。その間がシャピロの命取りとなった。

 

「シャピロ!」

 

 ズワァースへ迫るダンクーガ。断空剣を構え、獣戦機4機分の巨体が突進する。ズワァースはそれを避けようとした。だがそれを許さない5本のワイヤーが、ズワァースに喰らい付く。

 

槇菜

「ッ……今です!」

 

 ゼノ・アストラの左の指から放たれたワイヤーが、オーラバリアを貫いてズワァースに深く突き刺さっていたのだ。ワイヤーが力強く、ズワァースを離さない。

 このワイヤーが、邪悪なる者を追い詰める為の狩猟機能であることをこの時槇菜は、無意識のうちに理解していた。ただの補助ユニットではない。

 旧神。そう呼ばれるこのマシンには恐らく、槇菜の気付いていない多くの機能があるはずだった。ワイヤーの特性もそのひとつ。そして、このワイヤーはシャピロの怨念のオーラ力を突き破った。それは即ちシャピロは、ゼノ・アストラにとっても倒すべき邪悪ということに他ならない。

 

シャピロ

「おのれ、小癪な!?」

 

 ワイヤーを引き剥がそうともがけばもがく程、ズワァースに食い込んでく。そして、ダンクーガは既に目前に迫っていた。

 

「行くぞみんな、アグレッシブ・ビーストチェンジだ!」

 

 忍の合図と共に、ダンクーガが四つのマシンに分離変形する。忍が操る猛禽・イーグルファイターがまずはその機動力で突撃した。バルカン砲を撃ちまくりながら、その風切り羽でオーラバリアを貫き、ウィングに纏う野生のオーラがズワァースの右脚を切断する。

 

シャピロ

「グッ、藤原ァッ!?」

雅人

「まだだ、こっちからも行くぜ!」

 

 次に飛び込んだのは雅人の乗る金獅子ランドライガー。獅子の牙が、ズワァースの装甲へ喰らい付く。ズワァースはそれを必死に振り払うが、その直後にダンクーガの胴体の役割を果たす巨象がシャピロの前に躍り出た。

 

「シャピロ……。あんたの野心、わからんでもなかった。だが、お前は引き返すべき一線を越えた!」

 

 亮の操るビッグモスだ。マンモスを模したその巨大なツノとノズル、そして体積を生かした体当たりがズワァースに炸裂する。オーラバリアで防ぎ切れない波状攻撃を前に、堅牢なズワァースはついにその剣を折った。そして、

 

沙羅

「シャピロ……!」

 

 最後に飛び出してきた女豹。ランドクーガー。沙羅の乗る黒豹が、鋭利な爪が、ズワァースのキャノピーに喰らい付きそして……切り裂いた。

 

シャピロ

「沙羅……!」

 

 中に座る男を、沙羅は一日たりとも忘れたことがない。かつて愛し合い、そして今憎み合っている男。共に出掛けたフランスの美術館のことを思い出した。2人で食べたサンドイッチの味は、今でも特別な味だ。彼から贈られたラブソング……ハーモニー・ラブを聴くと、胸が苦しくなる。

 ランドライガーのコクピットハッチを開き沙羅は、自らの顔をシャピロに晒した。

 

沙羅

「沙羅。この私を、もう一度殺すのか」

沙羅

「そうだよ、シャピロ。あんたをこの手で殺す。せめて、私の手で!」

 

 乾いた音が一発。それだけが2人の世界に響いた。もう、ラブソングは聞こえない。

 ただ、シャピロの胸に大きな穴を開けた一発の銃弾が2人の、離別の音。

 シャピロの胸から流れる赤色を認めた沙羅は、ランドクーガーへと戻りそして、離脱する。ズワァースの纏う邪悪なオーラ力が、その勢いを弱めていた。シャピロの命の灯火が、消えるのを沙羅は感じていた。

 力なく地へ堕ちる白銀のオーラバトラー。その中でシャピロは、二度目の死を迎えようとしている。

 

シャピロ

「ふ、ふふふ……」

 

 何故、こんなことになってしまったのだろう。シャピロは最期の思考の中で、そんなことを考えていた。

 シャピロが異世界人や異星人の存在を感知したのは、ムゲ帝国の迫るより遥か前の出来事だった。宇宙の調和が乱れる音。それを確かにシャピロは聴いた。

 それは、福音なのだと思った。調和の乱れた宇宙を自らの手で調律する……それは、神の所業。宇宙は、シャピロという男にそれを求めている。そう、感じていた。

 だから、全てはそのための準備に過ぎない。シャピロ自らが神になる。その傍らには、シャピロの愛する伴侶がいる。神たるシャピロの手で齎される千年王国……。

 だが、神の傍にいるはずのものはもう、戻ってはこない。

 隣に沙羅がいない世界に意味など、あるのだろうか。

 ならば……ならばいっそ、

 

シャピロ

「天よ砕けよ! 宇宙よ、お前は再び暗黒の世界に姿を隠すがいい……。神が今ここに誕生し、そして神が! 自らの裁きで、この世界を無のものとするぅ……」

 

 こんな世界など、滅びてしまえばいい。

 

リュクス

「シャピロ・キーツ……」

エイサップ

「目を背けちゃダメだ、リュクス」

 

シャピロ

「よいか、よいか……宇宙よ。今こそこの神の足元に、永遠にその魂を委ねるがよい……。フ、ヒャハハハハ! さあ宇宙よ! 何を躊躇うことがあるぅというのだ! 今こそ、今こそこの、神の下、へ……」

 

 プツリ、という音がしたかのようにシャピロはもう、何も喋らなかった。ただ、自らの怨念と愛憎の果てに、何もかもを失った男を哀れむような視線が、彼への餞別だった。

 

沙羅

「シャピロ……。あんた、馬鹿だよ。シャピロ!」

 

 只一人、沙羅だけがシャピロの為に涙を流していた。獣戦機隊の者達以外に、沙羅とシャピロの関係を知る者はここにいない。それでも、シャピロへ向ける強い殺意と執念。そして愛を悟らぬ者など、この場にいなかった。

 

「沙羅……」

アムロ

「…………」

 

 沙羅の啜り泣く声以外に、聞こえるものはなかった。そんな静寂の世界。だが、この空間を包む黒い意思をアムロは未だ感じていた。そして、その意思はシャピロの死を通してより、強くなっている。

 

シャア

「アムロ、この感じは……!」

アムロ

「ああ。みんな気を付けろ、何か強大な邪悪がここに迫っている!」

 

 アムロが叫んだ、その瞬間。

 シャピロ・キーツの遺体を黒い怨念が包み込む。まるで、シャピロの身体を通して放出されているかのような暗黒の空気が、この空間で姿を持って具現化するかのように。

 

ヤマト

「マジンガー、どうしたんだ!?」

 

 ヤマトと一体化しているゴッドマジンガーが、突如として吠えた。まるで怨敵を見つけたかのように、魔神は怒りの雄叫びを上げる。

 

槇菜

「ゼノ・アストラ!?」

 

 ゼノ・アストラも同様だった。槇菜には読めない、しかし何を言いたいのかは漠然と伝わるような象形文字がモニタに表示され、邪霊機と対峙した時と同じように警戒のアラートを鳴らせている。

 

槇菜

「死の宇宙の支配者……。暗黒の使徒……」

ヤマト

「闇の帝王の、仲間だっていうのか!?」

 

 愛機の示す反応を、槇菜とヤマトはそれぞれに理解する。今現れようとしているものこそ、旧神が、魔神が撃ち倒すべき邪神。生の世界を脅かす、暗黒の使徒。

 

「どうやら、真打が現れたようだぜ忍!」

「ああ……。ようやくお出ましかムゲ野郎!」

 

 忍が叫ぶ。そしてついに、暗黒の使徒は姿を表した。

 

ムゲ

「大儀であった、シャピロ。お前の中でこうして私は、力を取り戻すことに成功した」

 

 ムゲ・ゾルバドス帝王。かつて、記録上はじめて地球に降り立った異星人文明。ムゲ・ゾルバドス帝国の支配者。ダンクーガにより倒されたはずの怪人が、暗黒の世界に降り立ったのだ。

 

 

…………

…………

…………

 

沙羅

「ムゲ野郎……。あんたが、シャピロを生き返らせたのかい?」

 

 再びダンクーガへ合体した獣戦機隊。沙羅は涙を拭い、宿敵を睨んでいた。

 

ムゲ

「否。私は無限。この世に負の魂が存在する限り何度でも甦る。私はシャピロの亡骸に自らを転写し、再起の時を待っていた。だが……シャピロの魂を操り、現世に舞い戻らせた者がいた」

雅人

「じゃあ、シャピロを生き返らせた黒幕は別にいるってことかよ!」

 

 雅人が呻く。ムゲ帝王は首肯し、言葉を続けた。この声は重く、脳を縛り付けるほどの威圧感を与えている。それが、暗黒の宇宙を支配する存在。ムゲのプレッシャーだった。

 

ムゲ

「シャピロを蘇らせた者は、蘇らせた存在……リビングデッドを介してこの世界に混乱を齎そうとしている。シャピロもまた、その為の駒に過ぎない」

リュクス

「そのために、父上の軍隊を私物化しようとしたというの!?」

ムゲ

「そうだ。私は蘇ったシャピロに協力し、手駒を貸し与えた」

アラン

「バイストン・ウェルの軍がムゲ帝国のマシンを使っていたのは、その為か……!」

ムゲ

「そうだ。そして私は復讐の時を待っていた。私の存在を貶めたダンクーガ。その存在を滅ぼすために!」

 

 ムゲ帝王の周囲に、暗黒のオーラが集まっていく。悪霊、怨念、呪縛。それら生きる力と対を成す死の力とでもいうべきエネルギーが渦巻いて、ムゲ帝王の力となる。

 

ムゲ

「ダンクーガだけでない。旧神と、光宿しものまでいるとなればそれは僥倖というもの。お前達は、ここで果てよ!」

 

 ムゲの全身が、妖しく輝いた。そして、この世全ての呪いを集積したかのような波動が、彼らを襲う。

 

ヤマト

「ぐぁぁっ!?」

 

 ゴッドマジンガーが、膝をつく。それだけではない。悪霊達のエネルギーによる波動。それは機械の鎧をすり抜けて、中の人間を襲うのだ。

 

ドモン

「クッ……!」

東方不敗

「馬鹿者! ドモン、悪霊などに負けてはならぬ。ならぬのだぁっ!?」

 

 ゴッドガンダムとマスターガンダムが立っているのも、ほとんど意地同然だった。しかし、それで精一杯。あまりにも凶悪な悪意の総体は、武闘家の頑強な心すらも蝕んでいく。

 

アムロ

「クソッ……。なんてプレッシャーだ!」

シャア

「カミーユ……。お前は、こんな重圧を受けていたというのか?」

 

 ニュータイプと呼ばれる、鋭敏な感性を持つ者達にとってこの攻撃は、地獄だった。アムロやシャア、トビア達には聞こえてしまうのだ。自分達が戦場で殺してきた、自分達のために死んでいった者達の声が。

 

トビア

「ドゥガチ……! カラス先生……!?」

 

 かつてトビアが戦った宿敵達の怨念の声が、トビアの耳元で囁き続ける。それがムゲの力により生み出されたものであると分かっていても、意識がそこに向いてしまう。

 悪霊の塊。その中に彼らがいるという実感を得てしまう故に。

 

エレボス

「いや……。何、これ。怖い、怖いよ!」

レイン

「エレボス……!」

 

 ミ・フェラリオのエレボスはその悪意を感じ取り、膝を屈する。無理もないことと、レインは思えた。自分だって立っているのが精一杯なのだ。

 

槇菜

「嫌だ……何これ、気持ち、わるい……!」

 

 ゼノ・アストラの巨大な盾を持ってしても、悪霊というアストラルな存在を完全に弾くことはできない。そして、これほどまでに悪霊という存在を身近に感じたのは槇菜にとってはじめてだった。

 

槇菜

「あ……」

 

 息遣いが聞こえる。もっと生きたかった。どうしてお前がまだ生きているんだ。そんな、呪いの言葉を吐く声。

 それが、あの時ゼノ・アストラの下敷きになっただろうクラスメイトや、先生の声であると気づくのにそう時間は掛からなかった。

 

槇菜

「違う! 違うの! 私……私じゃない!?」

 

 それでも、学校を潰し友達を死に追いやった機械に染み付いている怨嗟の声を感じてしまえば、そんな槇菜の抵抗する声は弱々しいものになる。

 

槇菜

「私だって、みんなに死んでほしくなかった。鬼になんてなってほしくなかった。だけど、だけど……あの時の私には、これしかできなかった!」

 

 取り乱したように、泣き叫ぶ槇菜。それがムゲの……暗黒の使徒の手口だと理性で理解できていても、心まで思い通りにはできない。

 次第に、呪いの声が強くなる。どうしてお前はここにいる。一緒に来て。こっちに来て一緒に遊ぼう。そんな、よく聞き知った声が槇菜の耳を覆うほどに溢れてくる。

 

槇菜

「やだ……。やだよ……! こんなの……。う、うぅぅ……」

 

 猛烈な嘔吐感に苛まれながら、槇菜は呻いた。ムゲの操る悪霊の重圧を前に、そんな槇菜を助けに行ける余裕のある者もいない。ハリソンも、エイサップも、自分を襲う悪霊と格闘するので精一杯だった。

 しかし……。

 

「みんな、狼狽えるんじゃねえ!」

 

 この男は、違った。藤原忍の一喝と共に、ダンクーガは立ち上がる。

 

「悪霊が、なんだっていうんだ! 俺達が生きてきた中で出会い、死んでいった人が全員悪霊になったわけじゃねえ!」

 

アムロ

「……!」

 

 忍の言葉で目が覚めたかのように、アムロのZガンダムも立ち上がった。

 

アムロ

「そうだ。マチルダさん、リュウさん、ハヤト、スレッガーさん。それにララァ……」

 

ドモン

「シュバルツ、キョウジ兄さん……。全ての命が呪いだけなんてこと、あるものか!」

 

 ドモンの言葉とともにゴッドガンダムが一歩を踏み出した、その時だった。 

 「その通りだ!」という言葉と共に、高速で接近するものがあった。

 シャピロのズワァースよりも速く飛び、闇の宇宙に紛れながらもオーラを輝かせる深緑の機体。甲虫のような頭部を持つそれは、オーラバトラー。

 ショウが戻ってきた。そう、誰もが思った。だが、今までのショウとはオーラが違う。オーラ力の桁が、並外れている。

 

チャム

「やっちゃえショウ!」

ショウ

「チャムのオーラ力も貸してくれ!」

 

 深緑のオーラバトラーが握るオーラソードに、オーラの光が灯る。残像を撒き散らしながらムゲ帝王に迫ったそのオーラバトラーは、ショウのオーラで翼を輝かせそして、ムゲ帝王を前に大きく振りかぶった。

 

ショウ

「その怨念を……断つ!」

チャム

「ヴェルビン! いっけぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 ヴェルビン。そう呼ばれた深緑のオーラバトラーがムゲ帝王の周囲に蠢く闇のオーラを、怨念を断った。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—グラン・ガラン内部—

 

 話は、ゴッドマジンガーにダンバインが助けられた直後へ巻き戻る。

 ショウのダンバインがグラン・ガランへ辿り着くと最初にショウを出迎えたのは、耳をつんざくようなキンキン声だった。

 

チャム

「ショウ! ショウなの!?」

 

 その金切り声がしかし、ショウには懐かしくすら感じられる。ショウはダンバインのキャノピーを開くと、そのかしましいミ・フェラリオを出迎えた。

 

ショウ

「チャム! チャム・ファウじゃないか!」

 

 チャム・ファウ。左も右もわからないバイストン・ウェルで、ショウと共にいてくれたミ・フェラリオの少女。それが今、ショウの目の前にいる。

 

チャム

「ショウ! 本物のショウだ!」

ショウ

「チャム、無事だったんだな。そうだ、シーラ様がいると聞いた。どこだ?」

 

 普段はあれだけ迷惑だった顔の周りをちょこまかと飛び回るその羽音すらも、今のショウには掛け替えなく感じられる。ショウはダンバインから降り、チャムへ聞いた。

 

チャム

「そうだ、シーラ様よ! シーラ様が、あなたに会いたがってるの。すぐに来て!」

 

 ショウの言葉を聞き、チャムは一目散に飛び立ってしまう。ポロロン、という不思議な羽音と共に、チャムはグラン・ガランの奥へと行ってしまった。

 

ショウ

「全く……」

 

 苦笑しながら、それを追うショウ。

 勝手知ったるグラン・ガランの内部はしかし、外観同様に廃墟のような有様だった。

 それだけ、ドレイク軍との戦いは熾烈なものだった。グラン・ガランの中にいると自然、それを思い出しショウは陰鬱な気分になる。

 こんな場所にいれば、いかにシーラ・ラパーナとて気が狂ってしまうのではないか。早く、シーラを連れ出そう。そうショウは思いながら、進んでいた。

 やがて、ショウはシーラがいる管制塔までたどり着く。だが、そこにいたのはショウの知る聖女シーラ・ラパーナとは似ても似付かぬ容貌だった。

 

ショウ

「あなたは……?」

チャム

「ショウ何言ってるの? シーラ様よ?」

 

 たしかに、ショウの目の前にいる少女から感じられるオーラは、シーラ・ラパーナとよく似ている。しかし、透き通る水色の長い髪も、ルビーのように赤い瞳もない。そこにいたのは、栗毛色の少女だ。簡素なワンピースを纏い、シンプルな、しかし価値のあるものだとショウにもわかる宝石を下げた少女。そんな少女が、シーラ・ラパーナのオーラを纏っているのだ。

 ミ・フェラリオのチャムには、シーラと同じオーラを発しているから「シーラ様」であると認識できているのだろうか。とショウは一瞬考えた。だが、ミ・フェラリオと人間の眼に映るものがどう違うか等、ショウにはわからない。

 

シーラ

「ショウ……ショウ・ザマ」

 

 しかし、その凛々しい声は間違いなくシーラ・ラパーナのものだった。

 

ショウ

「シーラ……シーラ・ラパーナなんですか?」

シーラ

「ええ。私はあの“浄化”の際、自らの身体を失ってしまいました。肉体を失った私は、同じようにこのカ・オスの地に流れ着いた少女……アイラ・ムーの身体を借りて、あなたを待ち続けていました」

 

 そう言ってシーラは、ショウの頬に手を添える。ひんやりとした触感が、ショウの頬を伝った。だが、その中には確かに熱を持っている。

 それは、シーラの魂の熱なのだろうか。

 それとも、アイラという少女の身体の熱なのだろうか。

 だが、ひとつ確かなことはショウの知るシーラはもう、彼岸の側へと旅立とうとしているということ。

 

ショウ

「シーラ様。俺は、あなたの命を守ることができなかった……」

 

 悔恨が、ショウを撃つ。だがシーラは首を横に振ると、その依代とする身体でショウを抱き締める。

 

シーラ

「本当は、生きている時にこうしてあなたに想いを伝えたかった。でも、もうよい」

ショウ

「シーラ・ラパーナ……!」

 

 ショウの身体から離れるとシーラは、アイラの身体を通して優しく、微笑みかける。

 

シーラ

「これは、私の未練です。これで私も悔いなく、ワーラーカーレンへ還れます」

 

 アイラ・ムーの身体を通して笑いかけるシーラ。その姿はショウを聖戦士と認め、それ故に苦言を呈し、そしてショウを信じてくれた少女ではない。しかし、それでも確かにシーラ・ラパーナだとショウには感じられる。信じられる。

 

シーラ

「最期に、あなたの声を聞きたかった。それだけでいい……それだけで」

 

 アイラ・ムーの身体から、ショウのよく知る魂が抜けていく。チャムが甲高い悲鳴を上げているのが、ショウの耳に煩わしく響いた。

 力なく倒れる少女の身体を、ショウは抱き抱える。その腕の中で、シーラ・ラパーナは最期の言葉を、囁いた。

 

シーラ

「ショウ……貴方の成すべき事を成しなさい。その為の剣は、ここにある」

ショウ

「剣……?」

 

 それを最期に、シーラの魂はアイラの身体から消えていた。その命はワーラーカーレンへ還り、また次の転生を待つのだろうか。それとも今度は地上へ、バイストン・ウェルの世界を忘れて誕生するのだろうか。わからない。それが、バイストン・ウェルという世界。

 

チャム

「ショウ……。シーラ様死んじゃったの?」

ショウ

「違うよ、シーラ様は眠ったんだ。きっといつか、また逢える」

 

 それは、自らの魂が何度転生した果てにある再会だろうか。ショウにはわからなかった。だがこの生に意味があるのならば、出逢うはずのないふたつの世界が交錯したことに意味があるのならば、きっと幾百、幾千年の後にまた出会えるだろう。そう、ショウは悟る。

 シーラの依代となっていたアイラ・ムーという少女を抱き抱えながら、ショウは再び立ち上がった。シーラの魂が尽きたことで、グラン・ガランのオーラバリアが大きく弱まったのを、ショウは大きく揺れる船体で感じていた。

 

ショウ

「急ぐぞチャム、ここを脱出する!」

チャム

「うん!」

 

 再びグラン・ガランの船体を駆けるショウとチャム。格納庫へたどり着いた時、丁度マーベルのボチューンがグラン・ガランに辿り着いていた。ボチューンのキャノピーを開き、マーベルが顔を出す。

 

マーベル

「ショウ! シーラ様は?」

ショウ

「…………」

 

 小さく首を振るショウに、マーベルは全てを察し「そんな……」とだけ呟いた。

 

ショウ

「チャムとこのアイラ・ムーが、俺たちが来るまでシーラ様の魂を守っていてくれたんだ。俺たちに……あれを託すために」

 

 そう言ってショウが指差すのは、横転するダーナ・オシーの下敷きになっている白い布を被せられたオーラバトラーだった。マーベルがボチューンでダーナ・オシーをどけ、白い布を取り払う。

 

ショウ

「ビルバイン……?」

 

 そのオーラマシンは、ショウがかつてシーラ・ラパーナから託されたオーラバトラー・ビルバインに似ている気がした。しかし、その面影を残しながらも騎士を思わせる風貌と甲冑を着込んだ聖騎士を思わせる深緑のオーラマシン。

 

チャム

「シーラ様、ショウのためにこのマシンをずっと守ってたのよ。このオーラバトラーには、シーラ様の想いが込められてるの!」

ショウ

「シーラ様の……。チャム、このオーラバトラーの名前は?」

 

 ビルバインを失ったショウに与えられた、新たな聖戦士の剣。その威風堂々とした佇まいには、シーラ・ラパーナが求めた理想の騎士の姿が込められている。

 

チャム

「ヴェルビンよ。ねえショウ、早く!」

ショウ

「ヴェルビン……。ヴェルビンか」

 

 いい名前だ。そう呟くと同時、ショウは深緑のオーラバトラー・ヴェルビンのキャノピーを開く。そのコクピットは、ショウの身体に合わせて作られていた。

 

ショウ

「少し窮屈だけど、我慢してくれ」

 

 眠るアイラをなんとかして膝の上に乗せ、チャムが乗り込むのを確認すると、ショウはヴェルビンのキャノピーを閉じる。

 

ショウ

「マーベル、俺はこのヴェルビンで出る。みんなに合流するぞ!」

マーベル

「ボチューンも相当ダメージを受けている。ダンバインに乗り移るわ。よろしくて?」

ショウ

「ああ。今のダンバインなら俺よりも、マーベルに合ってるはずだ!」

 

 マーベルがボチューンを乗り捨て、ダンバインへと乗り換えるのを確認すると、ショウはヴェルビンのオーラコンバーターを起動する。

 最初に感じたのは、圧倒的なパワーだった。

 オーラバトラーは、パイロットのオーラ力に呼応して強くなる性質を持っている。旧式のダンバインがこれまで戦い抜けていたのは、ショウ、マーベルのオーラ力が抜きん出たものだったからだ。

 しかし、マシンであるオーラバトラーには当然性能差が存在する。ヴェルビンはショウの知る限り、最高の性能を感じるオーラバトラーだ。或いは、サコミズ王のオウカオーよりも強力かもしれない。

 

ショウ

「凄い……。5倍以上のエネルギーゲインだ。ビルバインと同じか、それ以上のパワーを秘めてるぞ。この機体」

 

 だからこそ、ショウは意識を研ぎ澄ませる。

 機械の力に頼り切れば、人は簡単に堕落する。堕落したオーラ力では、聖戦士として見極めねばならないものも見極めることができなくなる。

 それでは、強大なオーラマシンの力に魅せられたドレイク・ルフトやショット・ウェポンらと同じになる。それはシーラも望まない。

 新しい玩具を貰ってワクワクする子供の心を制御しなければ、聖戦士たる資格はないのだ。

 

ショウ

「ヴェルビン、出るぞ!」

 

…………

…………

…………

 

 

ムゲ

「バカな! この空間は、私の宇宙と同質の存在。私の宇宙で、怨念を断つだと!?」

 

 ヴェルビンの放った一撃で、ムゲ帝王の周囲に渦巻く怨念が、悪霊が、妄執が霧散する。

 人を殺めず、その怨念を断つ。ショウ・ザマが聖戦士として覚えた唯一の真理。ヴェルビンは、その真理を体現するオーラマシンだった。

 力の源を絶たれ、驚愕するムゲ帝王。それと同時、槇菜達を襲っていた呪霊達も徐々に薄らいでいく。

 

槇菜

「はっ……はぁ……!」

 

 首を絞められた後のような不快感と開放感に槇菜は喘いだ。だが、すぐにヴェルビンから感じられる神秘的なオーラ力を見て、平静を取り戻していく。

 

槇菜

「そうだ……。全ての人が悪霊になるわけじゃないんだ。私たちを守ってくれる命も、きっとある……!」

 

 ドモンや忍達の言葉を思い出し、再び立ち上がる槇菜。

 

エイサップ

「ショウ・ザマ……。そのオーラバトラーは?」

ショウ

「ヴェルビン。俺を信じてくれた人から託された、聖戦士の証だ」

 

 聖戦士の証。即ち、リーンの翼と同等のもの。それを纏ったショウのオーラ力は力強くしかし、しなやかだった。

 

マーベル

「ショウ!」

 

 マーベルが乗るダンバインがヴェルビンと合流する。既に、ショウが悪しきオーラ力を断ち、戦局を大きく動かしたのをマーベルもまた、見届けていた。

 

マーベル

「やったのね、ショウ」

ショウ

「だが、まだだ。悪しき魂の根元は、生きている!」

 

 ショウが言うと同時、闇色の光弾がヴェルビンに迫る。オーラの壁でそれを防ぎ、ヴェルビンは再びオーラソードを構えていた。

 

ムゲ

「私の宇宙を穢した。その罪は贖ってもらうぞ聖戦士!」

 

 ムゲ帝王の怒りの光弾を弾きながらも、ヴェルビンはとぶ。この世に災いを齎す元凶を相手に、それを翻弄するように。

 

ムゲ

「小癪な。こうなれば……この空間全ての悪霊の力、私に差し出してもらう!」

 

 叫ぶと同時、ムゲ帝王の周囲に再び黒いオーラが集まっていく。それを吸い込み、ムゲ帝王は次第に巨大化していく。

 

チャム

「ハイパー化!?」

ショウ

「違う、もっと恐ろしい……邪悪な力だ!」

 

 残像を散らしながら、ヴェルビンは巨大化したムゲ帝王の周囲を飛び回る。邪悪の根源。ショウが断つべき怨念の本体を斬るために。

 そして、それを見極めたのは。

 

東方不敗

「そこだっ!?」

 

 マスターガンダム。ビームの帯を収束させた一撃が、ムゲ帝王の胸部を叩く。そして、鋭利な爪ニアクラッシャーを翳し、右肘を突き出すと天高く舞う。

 

東方不敗

「酔武! 再現江湖デッドリーウェィブ!?」

 

 武術の極み。自然の恵み。江湖の二文字に凝縮されたマスターアジアの魂の激突が、ムゲ帝王を襲う。その一撃は邪悪な魂を粉砕するかの如く、ムゲ帝王に重い一撃を示していた。

 

東方不敗

「若き戦士達よ! 筋道はワシが斬り拓いた。あとは……お前達の仕事だ!」

 

 東方不敗の一声と共に、戦士達が動く。エイサップのナナジンが、オーラソードに炎を宿らせて舞った。オーラフレイムソードは確かに、ムゲの心臓を狙い突き刺される。

 

エイサップ

「やったか!」

トビア

「ま・だ・だぁっ!?」

 

 クロスボーン・ガンダムが、ムゲの背後に回り込んだ。ビーム・ザンバーを展開し、オーラフレイムソードの裏側から切り込んでいく。

 

ムゲ

「そんなもので……そんなものでこの私を倒せるものか!」

ヤマト

「だったら、こいつはどうかな。ゴッドマジンガー、フルパワーだ!」

 

 ゴッドマジンガーが、金色に輝く。光宿しもの。かつて、暗黒勢力との争いの前に顕現したとされる荒ぶる魔神の力。その渾身の突進が、ムゲ帝王を大きく弾き飛ばした。

 

ムゲ

「おのれ……おのれぇっ!?」

 

 ムゲ帝王の両腕に、邪悪な瘴気が集まっていく。その一撃でナナジンを、クロスボーン・ガンダムを、ゴッドマジンガーを振り払い、ムゲ帝王は荒れ狂う。

 

ドモン

「そこだっ!?」

 

 だが、荒れ狂い平静を失ったムゲ帝王を更なる波状攻撃が襲った。ドモンのゴッドガンダムが、愛馬風雲再起と共に駆け抜ける!

 

ドモン

「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ! 勝利を掴めと轟き叫ぶっ!」

 

 金色に輝くゴッドガンダム。その命の輝きが、ムゲの周囲に渦巻く悪霊達を吹き飛ばしていく。それが、それこそが。

 

ドモン

「ばぁぁぁくねつ! ゴッド・フィンガァァァァッ!?」

 

 キング・オブ・ハート!

 

ムゲ

「ぬぉぉぉぉっ!?」

槇菜

「まだ、終わりじゃない!」

 

 ゼノ・アストラの光の翼が大きく羽ばたいた。光の翼から舞い散った羽根の一枚一枚が舞い、邪悪な意志を持つものへ……ムゲ帝王へと飛んでいく。

 

槇菜

「想いの翼。命の翅。運命を切り裂け!」

 

 翅の一枚一枚が熱を放ち、ムゲ帝王を四方、八方から追い詰めていく。それは、今までのゼノ・アストラにはない機能だった。

 だが、邪霊機との接触、ムゲ帝王との対決がゼノ・アストラの中に封じられていた機能を確実に解放している。槇菜は自らの命で、それを感じ……示していた。

 

ムゲ

「馬鹿な、巫女の目覚めが始まっていると言うのか!?」

槇菜

「やっぱり、何か知ってるんだ。答えて! ゼノ・アストラって、旧神って何!?」

 

 シールドを構え、ムゲ帝王に激突しながら槇菜が叫ぶ。

 

ムゲ

「何も、知らぬのか……。いいだろう、教えてやる。お前のマシン……旧神は、太古の世界において、“光宿しもの”と共に邪神の徒と戦った」

槇菜

「え…………?」

ヤマト

「なんだって? だが、俺はあんなマシン知らねえぞ!」

 

 “光宿しもの”ゴッドマジンガーの操縦者であるヤマトが叫ぶ。それをムゲ帝王は嘲けるように笑った。

 

ムゲ

「無理もない……火野ヤマト。だが、これ以上を知る必要はない。どのみちお前達は、ここで死ぬのだ!」

 

 再び、ムゲの暗黒の力が増幅する。ムゲ帝王自身を巻き込むほどの闇のエネルギーの膨張。圧倒的な暗黒の力の発露に、ゼノ・アストラとゴッドマジンガーも引き剥がされてしまう。

 

槇菜

「きゃあっ!?」

ヤマト

「うわぁっ!?」

 

 しかし、それと入れ替わるように迫る野生の獣の存在に、ムゲの暗黒の力は気圧されていく。超獣機神ダンクーガ。その勇姿が、ムゲの眼前に飛び込んだ。

 

「俺達の魂。ぶつけるぞ忍!」

雅人

「頼むぜ忍! 俺たちの命、預けた!」

 

 ムゲ帝王の目には、見えていた。

 

ムゲ

「どういうことだ、この悪霊の空間に……なぜ!」

 

 ダンクーガを守るように、正の魂が……守護霊とも言うべき意識の力が集まっている。ここはワーラーカーレンではない。そんなものは、介在する余地のない暗黒の世界のはず。

 

「決まってんだろムゲ野郎! 人は、命は悪いもんばかりじゃねえってことさ。たとえどんな悪人だろうと、善の心を持っている。それが人間だ!」

ムゲ

「我の支配する悪霊。その中に残る善の意志がお前達を守っていると言うのか!」

 

 それを可能にするものがいるとしたら、それは……。

 

アイラ

「…………はい、シーラ様」

 

 ヴェルビンのコクピットの中で、少女が目を覚ました。

 

ショウ

「気づいたのか?」

アイラ

「ショウ・ザマ……。シーラ様を通して、あなたを見ていました。今、シーラ様の最期の霊力が、この空間に残る善の意識を集めてあのマシンに送っているのです」

チャム

「うん、感じるわ。あのロボットの中にニーが、キーンが、エレ様やリムル、ガラリア、バーンまで!」

 

アムロ

「ララァ、チェーン。ハサウェイもいるのか……?」

シャア

「ハマーン。お前も……?」

 

 人々の魂の加護を受けたダンクーガ。その善の魂が、ダンクーガに更なる機能を増幅させていた。

 

「このエネルギー量なら……忍、ガンドールの支援なしでいけるぞ!」

「よっしゃあ! やってやるぜ!」

 

 ダンクーガが、断空剣を構えた。そして、ダンクーガに集まるエネルギーが断空剣を、真紅に輝かせる。

 

雅人

「寮長……ゲラールの兄貴!」

沙羅

「私からも頼むよ、シャピロ……力を貸して!」

 

 真紅に輝く断空剣を構え、ダンクーガが往く。人々の魂の加護。それは、

 

リュクス

「似てる……リーンの翼に」

エイサップ

「ああ。リーンの翼が顕現した時と同じ感覚だ。これは!」

 

「愛の心にて、悪しき空間を断つ!」

 

 真紅に輝く断空剣。その赤いエネルギーが爆発し、一つのビッグバンを巻き起こしながらムゲ帝王へと斬りかかった。

 

「名付けて、断空光牙剣! やぁぁぁってやるぜ!?」

 

 赤い光の中に、ムゲ帝王は飲まれていく。野生の光。今、ダンクーガはまさしく人を超え、獣を超え……神の戦士として君臨していた。

 その威力の中に、悪霊達の意志ごとムゲ帝王は消えていく。自身の魂の消滅。悪霊の力がある限り決して起こらないことが、いくつかの奇跡の重ね合わせにより起きていることをムゲ帝王は今、悟っていた。

 

 聖戦士ショウ・ザマの覚醒とヴェルビンの力。

 聖少女シーラ・ラパーナの最期の意識が起こした霊達の反乱。

 そして、真の覚醒を果たしたダンクーガ。

 

ムゲ

「あり得ない……全ては完璧だった。私の宇宙で、こんなことがぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ビッグバンの中に消えていくムゲ帝王。その消滅を忍達は確かに、認識していた。

 

「今度こそ最後だぜ、ムゲ野郎!」

 

 

 

 

…………

…………

…………

 

 ムゲの消滅。そして、断空光牙剣の起こしたビッグバンは、その暗黒の空間に一つの歪みを起こしていた。

 

ドモン

「これは!?」

 

 ドモンの、シャッフルの紋章が輝いている。仲間が……シャッフル同盟の同志が近くにいることをドモンは悟っていた。

 

東方不敗

「どうやら、あの宇宙の歪みの向こうに地上があるようだな。ならば、あれをやるぞドモン!」

 

 マスターガンダムが、金色に輝く。その輝きはこの暗黒の宇宙を眩く照らし出していた。

 

ドモン

「はい。師匠!」

 

 ゴッドガンダムも、マスターガンダムに続いて金色の輝きを照らし出す。ハイパーモードとなったゴッドガンダムと、マスターガンダム。2機のマシンを中心とした輝き。それは、まさに生きる命の煌めきだった。

 

ハリソン

「何を、しようというんだ?」

 

 身構えるハリソン。敵は倒したはずなのに、ドモンと東方不敗はムゲとの戦いの時の、それ以上の闘気を発している。

 そして、師弟は動き出した。

 

東方不敗

「流派! 東方不敗はっ!」

ドモン

「王者の風よ!」

 

 高く飛び上がった2機は空中で脚を高らかに交差し合う。ハイパーモード同士のぶつかり合い。それだけで、世界が揺らぐほどの衝撃。

 

東方不敗

「全新系裂!」

ドモン

「 天破侠乱!」

 

 その直後、ゴッドガンダムとマスターガンダムの2機は激しく打ち合った。拳と拳を重ね合わせる度に、ドモンの心に師匠の心が流れ込む。二つの拳が交わり合い、ドモンの、東方不敗の闘気を高め合っていく。

 次が、ラスト。

 

東方不敗、ドモン

「 見よ! 東方は赤く燃えている!」

 

 二人同時に叫ぶと共に、ハイパーモードの超パワーが収束していく。マスターガンダムの両手へ。ゴッドガンダムの拳へ。

 

東方不敗

「行くぞドモン! お前の拳で、未来を切り拓け!」

 

 マスターガンダムの掌から、烈火の如き爆熱が巻き起こった。その爆熱を背に受けたゴッドガンダム。日輪が、マスターガンダムの、師匠の全身全霊を込めた石破天驚拳をゴッドガンダムのエネルギーに変えていく。そして!

 

ドモン

「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ、未来を掴めと轟き叫ぶっ!」

 

 マスターガンダムのエネルギーを背に受けたゴッドガンダムの掌が、虹色に輝き出したではありまんか!

 

ドモン

「ばぁぁぁぁっくねつ! 石破ァッ!?」

東方不敗

「究極!」

ドモン

「天きょぉぅけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんッ!!」

 

 ドモンの拳から放たれた光!

 それは皆の目にはどういうわけか、形を持って見えていました!

 その姿は言わば、トランプの絵札さながらの男。

 初代キング・オブ・ハートであると、その顔を見たことのない全員が自然と理解できていました!!!

 

ドモン

「ヒィィィィィィット・エンドッ!!」

 

 ドモンが拳を握り締めると同時、光の塊……

初代キング・オブ・ハートの姿見はその怪腕を振り上げして、この時空の歪みを砕いたのです!!

 

 砕かれた暗黒の宇宙。その先に見えるのは、黄昏色に染まる星。即ち……

 

ドモン

「見えたぞ。東方の……真っ赤に燃える朝焼けだ!」

 

 究極・石破天驚拳。その爆発が、次元の位相すらも切り拓いた。

 

槇菜

「地上に、戻れるの!?」

トビア

「ベルナデット!」

 

 アプロゲネに乗っていたレインとベルナデット。それにエレボスがゴッドガンダム、スカルハート、ナナジンへと乗り移っていく。

 

チャム

「ショウ、また地上に出るの?」

ショウ

「……どうやら、バイストン・ウェルだけの問題ではなくなっているらしい」

 

 ヴェルビンの中で不安そうにショウを見つめるチャムを、諭すようにショウは言う。

 

ショウ

「大丈夫。今度は、もう離れたりしない。それに、すぐにまたバイストン・ウェルへ戻れるさ」

チャム

「本当? 嘘だったらイヤよ!」

マーベル

「大丈夫よチャム。ショウを信じて」

 

 ヴェルビンとダンバインが並び、先陣を切って飛び込んでいく。それに続くようにダンクーガ、ブラックウィング、スカルハート、F91、ゴッドマジンガーが続く。

 

ヤマト

「アイラ……アイラは、無事なのか?」

アイラ

「ええ、大丈夫よヤマト。ありがとう……私を守ってくれて」

 

 ヴェルビンのコクピットに同乗するアイラ・ムーは、想い人の操る守護神へそう、柔らかく笑いかけた。その笑顔を眺めながらショウは、どことなくシーラの面影を感じていた。

 

エイサップ

「……行くぞ、リュクス」

リュクス

「でも、エイサップ……」

 

 ナナジンの中で、リュクスもまた不安そうにエイサップを見つめる。リュクスの不安も、理解できる。サコミズ王のことは結局、まだ何も解決してはいないのだから。

 

エイサップ

「でも、俺達がリーンの翼の沓を持っている以上、サコミズ王も迂闊な動きはできないはずだ。それに……近いうち、また俺達はここに戻らなきゃいけなくなる。そんな気がする」

 

 その時のために、地上でやるべきことがある。それがジャコバ・アオンの言う『世界を知る』ということなのかも知れなかった。

 だが、そんな超常的なまやかしは所詮、言い訳に過ぎない。

 

エイサップ

「大丈夫。俺はどこにいてもエイサップ鈴木だし、君だってどこにいてもリュクス・サコミズだ」

 

 そう言って穏やかな笑顔を見せるエイサップの手を握り、リュクスも覚悟を決めた。

 

アマルガン

「リュクス姫様、王のことは……私にお任せください」

 

 アプロゲネから、アマルガンの通信。それを受けてリュクスは頷くと、アマルガンへ礼を言う。

 

リュクス

「アマルガン、ありがとう……。あなたは父の友として、すべき事をしてください。私とエイサップが、ヘリコンの地に戻るまで」

アマルガン

「ええ。この老体が動く限り、約束致しましょう」

 

 そうして、ナナジンも地上へ繋がる裂け目へ飛び込んでいく。エイサップに続くように、槇菜のゼノ・アストラも。

 

槇菜

「ムゲ帝王を倒した。だけど、邪神って……ムゲ帝王は、何を知っていたんだろう」

 

 その答えを知るものはおそらく、もうバイストン・ウェルにはいない。いや、或いはあの邪霊機アゲェィシャ・ヴルとそれに乗る少女ライラならば。だが、彼女達と再会するのも恐らくはこの先になると槇菜は、直観していた。

 

アムロ

「シャア、俺達は……」

シャア

「……行こうアムロ。元はと言えば、私達の戦いが今の世界を生んでしまったのかもしれない。ならば、見届けなければならん」

 

 それが、2人の戦いで死んだもの達への、手向けとなるならば。

 

アムロ

「そうだな。俺達が戦ったその意味を、もう一度確かめるためにも」

シャア

「そうだ。それに……」

 

 シャアは、先行する若きガンダムパイロットの少年に、漠然とした期待を抱いていた。

 トビア・アロナクス。あの少年の戦いの先にこそ、もしかしたらかつて自分が欲した答えがあるのではないかと。

 それがどれだけちっぽけで矮小なものだとしても、受け入れる覚悟はできていた。だからこそ、

 

シャア

「……新しい時代を作る者を、見届けたくなった」

 

 Zガンダムと百式も、地上目掛けて進んでいった。そうして、残るのはゴッドガンダムと、マスターガンダム。

 

ドモン

「師匠! 俺達も……」

東方不敗

「馬鹿者! 何を惚けておるのだ!」

 

 ゴッドガンダムが差し伸ばした手を、マスターガンダムは払いのける。そして首を振ると、踵を返してしまう。

 

レイン

「マスター!」

ドモン

「師匠!?」

 

東方不敗

「いいかドモン。ワシはこの地に残り、アマルガン殿と共にサコミズ王との戦いを続ける。ワシが睨みを効かせておけばかのオウカオーも、下手な手は打てんからな」

 

 そう言って、マスターガンダムはアプロゲネの艦板へと降り立った。風雲再起は、名残惜しそうにマスターを見上げている。

 

ドモン

「師匠……。せっかく、せっかく再会できたのに!」

東方不敗

「何、すぐにまた会うことになる。お前があの2人の聖戦士と共に戦う限り。地上とバイストン・ウェルは密接に結びついておるのだからな」

 

 2人の聖戦士。ショウとエイサップ。確かに2人は多くの神業をドモンの前で見せてきた。そして、2人の因縁、世界を覆う闇はまだ、完全には晴れてはいない。

 

東方不敗

「ドモンよ……お前はあの若き聖戦士達を助け、時に導くのだ」

ドモン

「師匠……わかりました。師匠も、お気をつけて!」

 

 振り返ることなく、ゴッドガンダムも突き進む。いずれこの空間は消滅し、通常のバイストン・ウェルへと戻るだろう。そうなれば、おそらく戻る手段はない。マスターの決意と、自身の使命を悟った以上、ドモンが振り返る理由はなかった。

 やがて、全員が時空の歪みに突入すると、マスターの目からもゴッドガンダムの姿も見えなくなっていく。だが、熱く燃えるシャッフルの紋章が、2人を繋いでいた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

東方不敗

「よぅし……。それでこそ、真のキング・オブ・ハートだ」

 

 そう言い残し、マスターガンダムの中で東方不敗はこの暗黒の宇宙の消滅を感じていた。

 バイストン・ウェルの最下層に存在するカ・オスの空間。その空間の一部をムゲ帝王が支配し、自らの宇宙にした。概ね、そんな絡繰だろうとマスターは理解している。そして、ムゲの宇宙が消えれば、待っているものはひとつ。

 

東方不敗

「アマルガン殿。戦の準備をしておけぃ」

アマルガン

「まさか……サコミズはこの事態を読んでいると?」

 

 もし、自分がサコミズ王ならばどう動くか。それを予期し予め策を練る。それもまた、兵法。

 

東方不敗

「サコミズ王の元に現れたという地上人……シャピロの他にもう一人いただろう?」

アマルガン

「ショット・ウェポンといったか……まさか、奴も!」

東方不敗

「ウム、奴もシャピロ同様何者かの操り人形やもしれぬ。ならば、邪悪の使徒はこの期を逃すまい?」

 

 ほぼ、東方不敗は確信していた。バイストン・ウェルを混乱に導く者と地上の争いを煽る者。それは、同じ糸で繋がっている。だからこそ自分がバイストン・ウェルに残り見えている敵と戦い、裏に隠れる真の敵をドモン達に見つけてもらう。それが、東方不敗の狙い。

 

 やがてムゲの宇宙は完全に消滅し、そして……。

 

ショット

「主砲発射準備、急げ!」

 

 アプロゲネが現れた場所を、既にホウジョウ軍は包囲していた。それを予期していたかのように、マスターガンダムが動く。

 

東方不敗

「未熟な兵法家め! その程度の罠を読めぬ、東方不敗ではないわぁっ!?」

 

 超級覇王電影弾が、敵陣に風穴を開けた。その穴を突き進み、アプロゲネは戦場を離脱する。

 

東方不敗

(元よりこの身は一度死んだ身。バイストン・ウェルによって恵まれた命……。ドモンよ、地上は任せたぞ!) 

 

 

 かくして、物語の舞台は再び激動の地上へと移り変わる。そこで彼らを待つものは……。

 




次回予告

 みなさんお待ちかね!
 槇菜達がバイストン・ウェルへ降りていったそれと同じ頃、地上ではミケーネ帝国の大軍団が日本を襲います!
 応戦するダブルマジンガーとゲッターロボ。ですが、その機に乗じた木星帝国は、キンケドゥの愛する者を奪っていったのです!

次回『F91ガンダム出撃』に、レディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話「F91ガンダム出撃」

—科学要塞研究所—

 

 

キンケドゥ

「俺に呼び出し?」

 

 槇菜達がバイストン・ウェルの世界に誘われている頃、その混乱に乗じミケーネ帝国の侵撃は苛烈を極めていた。特にマジンガーの拠点を持つ日本は敵からも危険視されており、甲児、鉄也を中心とした迎撃部隊は日夜出撃を繰り返している。そんな激務の中、キンケドゥは葉月博士に呼び出されていた。

 

葉月

「ああ。横浜自衛隊基地はわかるだろう。我々の協力者のひとりから、あそこに君を呼び出してほしいと通達があってね」

キンケドゥ

「そりゃ構いませんけど、いいんですか? ミケーネの攻勢を前に俺達はただでさえ半減した戦力を二分して対応してる。そんな中で……」

 

 今、ミケーネは東京方面と大阪方面の二面に戦闘獣を放ち、科学要塞研究所はマジンガーZを主力とする部隊とグレートマジンガーを主力とする部隊の二手に分かれて、対応を迫られていた。こうしている今も、管制室では兜所長は甲児、鉄也達に指示を出している。

 スーパーロボットのような超エネルギーを動力としないモビルスーツ乗りのキンケドゥは、この状況下で基地の防衛部隊に当たっていたのだ。しかし、その呼び出しも緊急だと言う。

 そんなキンケドゥの懸念を察してか、葉月博士は「心配ない」と言って眼鏡を光らせる。

 

葉月

「実はな。君を呼び出しているのはアルゴ・ガルスキーなんだ」

キンケドゥ

「アルゴが!」

 

 アルゴ・ガルスキー。ドモンと同じシャッフル同盟の1人ブラック・ジョーカーの称号を持つガンダムファイター。キンケドゥとは木星戦役の終盤、デビルドゥガチとの戦いを共にしたガンダム連合の1人だった。

 現在は、別行動でデビルガンダムの行方を追っていると聞かされていたが、そんな彼が駆けつけてきたとなればもしかしたら、只事ではないのかもしれない。

 

キンケドゥ

「……わかりました。すぐに向かいます」

葉月

「Mk-Ⅱには、フライングアーマーを用意してある。あれなら、横浜基地までそう時間もかからないはずだ。至急向かってくれ」

キンケドゥ

「了解。……それと博士、岩国で消えたトビア達ですが」

 

 キンケドゥがそう訊ねるが、葉月博士は残念そうに首を振る。まだ、捜索は難航しているようだった。

 

葉月

「だが……現場の検証に当たった特務自衛隊から、オーラバトラーの残骸が発見されたという報告が入っている。おそらく、例の異世界……バイストン・ウェルに飛んだと見て間違いないだろう」

キンケドゥ

「バイストン・ウェルか……」

 

 俄には信じ難い事象だった。しかし、こうして起きてしまえばその事実を、飲み込むしかない。

 

葉月

「なんとか手がかりを見つけられるよう、私も全力を尽くす。とにかく、今は……」

キンケドゥ

「わかってます。アルゴが俺に用があるって言うなら、余程のことだ」

 

 踵を返し、キンケドゥは駆けていく。この時、既にキンケドゥの中では“嫌な予感”が立ち込めていた。じわりと、額に汗が滲むような感覚。それでいて肌寒い悪寒。それが何を意味しているのか、キンケドゥにはわからない。

 

ウモン

「ほれキンケドゥ。フライングアーマーの整備終わってるぞい!」

 

 格納庫に辿り着くと、待機中のリトルグレイの中でウモンじいさんが、ガンダム用のサブフライト・ユニットの整備を終わらせてくれていた。

 フライングアーマー。空中を自由飛行できないモビルスーツのために作られた、運搬用飛行ユニット。従来のドダイ型やベース・ジャバー型との違いは単体での大気圏突破能力を持つほどの耐久、耐熱性。旧世紀の戦いで使われ今でも現役のそれが、キンケドゥのガンダムMk-IIの隣に置かれていた。

 

ウモン

「急な呼び出しらしいが、大丈夫か? 何ならワシもモビルスーツで出撃するが」

キンケドゥ

「じいさんはもう歳だろ。あんたの腕は信頼してるが……今はその腕をメカニックの方で役立ててくれよ」

 

 軽口を叩き合いながら、キンケドゥはガンダムのコクピットに乗り込む。Mk−Ⅱはキンケドゥが愛用していたものよりも遥かに旧式だが、最低限の機能は備えているシンプルなコクピット構造が魅力のひとつだった。

 360度をCGで再現する全天周モニターの起動を確認し、朧げなグラフィックで再現されたウモン爺さんの姿に苦笑しキンケドゥは、ガンダムをフライングアーマーに乗せる。フライングアーマーのエンジンに火が入るのを確認すると、キンケドゥは正面へ向き直った。

 

キンケドゥ

「よし、キンケドゥ・ナウ。出るぞ!」

 

 

 

 キンケドゥのガンダムMk–Ⅱが発進したのを見守りながら、葉月博士は深いため息をついていた。

 

葉月

「藤原達が消息を絶って、もう一週間。か……」

 

 その間、地上では更に争いが激化している。ミケーネの攻勢もそうだが、べギルスタンで起きた特殊兵器のものと思われる爆発。それに対する強制捜査という体でアメリカはべギルスタンへ派兵を開始した。

 世界は今、危ういバランスの上で成り立っている。わずかでもその均衡が崩れれば、世界は大きく揺れ動くことになるだろうと葉月博士は直感していた。

 

葉月

「バイストン・ウェルへの扉が開いたのも、それと関係があるのかもしれないな……」

 

 以前、ムゲ・ゾルバドス帝国との戦いの際に訪れた“宇宙の調和の音”が聞こえる洞窟を思い出す。あそこに行けば、何かがわかるかもしれない。だが……。

 と、思案していた時だった。会議室のドアが開かれる。葉月が振り向くとそこには、長い金髪に、スカイブルーの瞳を持つ女の子が、小さな仔犬を抱いて葉月を見つめていた。

 

葉月

「ローラ!」

ローラ

「おじちゃん、雅人たちまだ帰らないの……?」

 

 ローラ・サリバン。ムゲとの戦いの中で忍が保護した避難民の少女と、その愛犬ベッキー。獣戦機隊にとって妹同然のこの少女は、心細くダンクーガの、獣戦機隊の帰りを待っていた。

 

葉月

「大丈夫だ。みんな必ず、無事に帰ってくる」

ローラ

「本当?」

 

 ローラはまだ子供だ。兄姉のように慕い頼っている者達が突然消えてしまえば、不安にもなるだろう。そう葉月博士は憐れんだ。だが、感傷に浸るわけにもいかない。

 

葉月

「私は科学者だ。正確なことしか言わないよ。だから、私の言うことを信じなさい」

ローラ

「うん…………」

 

 事実、バイストン・ウェルから帰還したショウ・ザマという青年の話が存在する以上はバイストン・ウェルに行った人間が2度と戻らないということはあり得ない。科学で解明できない部分が多くを占める海と大地の狭間の世界でも、データとして証明できる部分がある以上は葉月は「藤原達は必ず帰還の糸口を掴む」ことを確信していた。

 なぜなら獣戦機隊はいつも、データだけでは起こし得ない奇跡を起こしてきたのだから……。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—ミケーネ帝国—

 

 その闇の世界に、炎は赤黒く揺らめいていた。炎。全身を闇の炎に燃やす巨大な影。ミケーネの将達に『闇の帝王』と呼ばれる存在は、腹心とも言うべき部下……暗黒大将軍の報告を聞き、感慨深く思っていた。

 

闇の帝王

「ほう……。それではマジンガーの仲間達の半数が、消えたと言うのだな?」

暗黒大将軍

「はっ。どうやら“死の世界”へ引き寄せられたようです」

 

 “死の世界”……。そこに住む者がバイストン・ウェルと呼ぶその空想の根源とも言うべき世界へ迷い込んだ者は数多い。バイストン・ウェルという異界は、この地球に生命が生まれた頃よりずっと、存在しているのだから。

 だが、“死の世界”を睥睨するジャコバ・アオンは静寂と安寧を望んでいる。それ故に闇の帝王と袂を分かち、破壊と混沌を望む闇の帝王は“生の世界”……地上へと進出したのだから。

 

闇の帝王

「暗黒大将軍、これは好機だ。“死の世界”へ仲間が落ちた今こそ剣鉄也、兜甲児の息の根を止めるために動くのだ」

 

 闇の帝王はその瞳を鈍く輝かせる。それに暗黒大将軍は恭しく傅いた。

 

暗黒大将軍

「ははっ、既に奴らの拠点、科学要塞研究所のある日本の各地に戦闘獣を送り込んでおります。東京、大阪への二面作戦。奴らは戦力を分断する他ないでしょう」

 

 暗黒大将軍曰く、こうだ。日本の自衛隊程度の戦力では戦闘獣の相手にはならない。唯一、特務自衛隊が厄介ではあるがそれでも戦闘獣を物量で繰り出せば踏み潰せる相手。そして、主要拠点がある地区を中心に同時侵攻すればマジンガー達も戦力を分散させざるを得ない。

 戦力を分散させたところを、確実に倒す。暗黒大将軍はそのために自身の万能要塞ミケロスをゴーゴン大公に預けたと言っていた。

 

???

「フ、フフフ……。ならば、我々も動く好機となりましょう」

 

 闇の中でもう一人、小さな影が揺らめいた。艶のある金髪に、眼帯をした人間の男。しかし影のあるその顔には狂気の笑みが零れ落ちている。そんな危険な雰囲気を全身に纏った男だった。

 

闇の帝王

「……ザビーネか」

暗黒大将軍

「ム? 闇の帝王様、この人間は?」

 

 ザビーネと呼ばれた男はクツクツと笑みを漏らしながら暗黒大将軍にひざまづく。

 

ザビーネ

「私は……剣鉄也の仲間の一人に個人的な恨みを持つものです。卑しい人間の身分ではありますが、闇の帝王様に忠誠を誓っております」

闇の帝王

「暗黒大将軍、ザビーネは人間の側から我々の侵略をやりやすくするために活動している内通者とでも言うべき者だ。それでザビーネよ、お前は何をするつもりだ?」

 

ザビーネ

「ク、クク……。私の目的は、貴族主義社会の復活。そして、この汚れた地球を真に統治すべき貴族とは闇の帝王様。あなたのようなものがふさわしい……私は、そのお手伝いをするまでのこと。この地球を古くから治めていた貴方こそ、まさに貴族!」

 

 ザビーネの瞳孔は開き、もはや正気とは呼べるものではなかった。狂気。妄執。そういうものに取り憑かれながら、貴族への崇拝を掲げそして、その掲げるべき貴族と闇の帝王を見ている。そのような人間、暗黒大将軍は見たこともない。

 

闇の帝王

「……よかろう、ザビーネよ。お前は好きに動け」

 

 そんな狂人を放置する闇の帝王もまた、正気であるようには思えなかった。ザビーネは大仰に一礼すると、「ククク、クハハハハハハ!」と笑いを溢しながら闇の中へ消えていく。それを見送り暗黒大将軍は、口を開いた。

 

暗黒大将軍

「闇の帝王様、よろしいのですか? あのようなものを……」

闇の帝王

「何、奴は人間同士の愚かな争いで一度死んだリビングデッド。奴の心臓はワシが握っているも同然。それに……ああ見えて奴は頭が切れる。暗黒大将軍、お前が安倍晴明とかいう人間を飼っているのと同じことよ」

暗黒大将軍

「ですが……」

 

 しかし、闇の帝王のやることに口出しできる立場ではない。そのことを暗黒大将軍自身が一番よく、わかっていた。

 

闇の帝王

「何、心配するな……。奴の言う貴族主義社会。よいではないか。我々ミケーネ帝国が貴族として地上に君臨し、愚かな人間全てを戦闘獣に改造してやろう。それこそが、この闇の帝王のノブレス・オブ・リージュというものよ」

 

 闇の中を、その闇の支配者が冷たく笑う。暗黒大将軍すら背筋が凍りつくほどの冷たく、重い笑い声。それこそが、剣鉄也達の倒すべき敵だった……。

 

 槇菜やエイサップ達がバイストン・ウェルへ降り立ち、櫻庭桔梗がトッド・ギネスを回収した……それとほぼ同じ頃の出来事である。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—大阪—

 

鉄也

「アトミック・パンチ!」

 

 グレートマジンガーの放つ豪腕が、戦闘獣を粉砕する。その背後からグレートを狙う別の戦闘獣を、ドラゴンガンダムがその腕を伸ばし破砕。

 

サイ・サイシー

「ミケーネの奴ら、日本中のあちこちに同時攻撃をかけてやがる!」

鉄也

「大方、俺達を疲弊させるのが目的だろう。だが、人間の意地を舐めるなよ戦闘獣! ブレストバーン!」

 

 グレートの熱線がさらに敵を破壊する。しかし、それでも多勢に無勢。次第にグレートもエネルギーが尽きかけはじめていた。そこを狙いすましたかのように、空を飛ぶ戦闘獣……オベリウスが爆撃で畳みかける。

 

鉄也

「クッ!?」

サイ・サイシー

「鉄也のアニキ! こなくそぉっ!?」

 

 ドラゴンガンダムがバルカン砲で迎撃するが、空高くから執拗に攻めるオベリウスにガンダムの武装の多くが届かない。

 

鉄也

「ドラゴンガンダムは、地上のミケーネ部隊の相手をしてくれ。空の敵はグレートがやる。スクランブル・ダァァァシュッ!」

 

 グレートマジンガーが飛び上がり、オベリウスへ迫る。グレートタイフーンで足を止め、マジンガーブレードで真っ二つにする。しかし、まだ敵の攻撃は止む気配がない。

 

鉄也

「奴ら……本格的に消耗戦に持ち込む気か。所長! このままではラチが開きません。敵の司令塔を撃破しなければ」

 

 科学要塞研究所へ通信を入れる鉄也。研究所もミケーネの戦闘兵士……ミケーネス達の爆弾戦車の猛攻に晒され、ダイアナンA、ビューナスAの2機が迎撃に出撃していた。

 

剣蔵

「鉄也君。おそらく敵の司令塔は万能要塞ミケロスだ。ミケロスは横須賀湾を進軍しながら研究所へ向かっている。ダイアナン、ビューナスでは力不足だ。向かってくれるか?」

 

 研究所の様子がモニタに映し出されるが、所員たちが慌ただしく防衛活動に勤しんでいるのが見える。それだけ、敵も本気ということだろう。

 

鉄也

「ええ。ですがグレートのエネルギーも残り少ない。大阪の敵を振り切るのに、手こずりそうです」

剣蔵

「それなら、心配はいらない。心強い仲間がそっちに向かってる」

 

 「仲間?」と鉄也が聞き返すと同時、レーダーが何かを捉えていた。ブレーンコンドルのカメラがそれを拡大し、鉄也にそれを伝える。

 

鉄也

「あ、あれは!?」

 

 鉄也が見たものは紫色の、ずんぐりむっくりしたロボットだった。飛行用のブースターなどついていない。腹にいくつもの風船を括り付けたロボットが、飛行船の要領で浮遊しながらこちらに向かっている。

 

ボス

「じゃんじゃじゃーん! おお〜い剣! このボロット様が来たからには百人力だわよぉ!」

 

 ボス。誰からもそう呼ばれる本名不詳の巨漢とその手下のヌケ、ムチャが乗る変なロボット・ボスボロットだ。

 

鉄也

「おいボス! 遊びに来たんじゃないぞ!?」

 

 あまりにも心細い援軍に溜息を吐きながら、鉄也はボヤく。

 

ボス

「何をぉ!? いいか、このボロット様はマジンガーの予備エネルギータンクを持ってきてやったのよ!」

 

 そう言うとボスボロットはグレートマジンガーへ平泳ぎのような動作で接近し、腕を伸ばす。それから腹部からエネルギータンクを取り出し、グレートマジンガーへ投げつける。それを受け取ったグレートは、すぐに腹部を開きエネルギータンクを交換した。

 すぐにその効果は表れ、レッドゾーンに突入していたグレートマジンガーのエネルギー残量が、一気に満タン表示のグリーンカラーを指し示す。

 

鉄也

「こいつは有難い。これでグレートは百人力だぜ!」

ボス

「陸の敵はこのボロット様に任せな鉄也。お前は空の敵を振り切ってミケロスへ急げ!」

 

 グレートへエネルギータンクを渡し終えるとボスボロットの口から一羽のカラスが飛び出した。カラスは「アホー! アホー!」とボスを罵倒しながらボスボロットを浮遊させる風船を一つずつ、鋭利な嘴で割っていく。

 

バカラス

「アホー! ボスのアホー! カラス遣いが荒いんだヨー!」

 

 カラスにしてはやたら流暢な日本語でボスを罵倒しながら全ての風船を割ると、浮遊力を失ったボスボロットは垂直に落下していく。そして、ドラゴンガンダムと格闘する戦闘獣の頭上目掛けて思いっきり激突した。

 

ボス

「あら、あららららら〜!」

ヌケ

「ボシュ〜。両手取れちゃってますよ〜!」

ムチャ

「あーもうめちゃくちゃじゃんかよ!」

 

 バネのような形で固定されている手足を失い、戦闘獣にぶつかった反動でボスボロットは転がっていく。

 

サイ・サイシー

「なんかわかんないけど、これなら!」

 

 ドラゴンガンダムがその転がる大玉を、サッカーボールのように蹴り飛ばした。

 

ボス

「あら、あらららら!?」

 

 サッカーボールの要領で蹴られたボスボロットは大きくリバウンドし、巨大なチェーンカッターを持つ戦闘獣に激突。それを弾き飛ばしていた。

 

サイ・サイシー

「これなら、空の敵にも攻撃できる! 行くぜ、ドラゴンシュートォッ!?」

ボス

「こんなサッカーは試合じゃなくて、喧嘩じゃねーかよぉっ!?」

 

 ボスボロットを砲弾にして、グレートへ迫るサイコベアーを破壊するドラゴンガンダム。そして、敵がドラゴンガンダムに狙いを定め攻撃するべく陸地に降りてくれば……。

 

サイ・サイシー

「行けッ、フェイロンフラッグ!」

 

 ドラゴンガンダムの得意戦術。旗を使い追い込みをかけ、必殺のドラゴンクローで敵を粉砕していくパターンに持ち込むことができる。

 

ボス

「み、見たか鉄也! これがボスボロットの力だぜ!」

 

 ゴロゴロと転がりながら、ミケーネ兵を追い回すボスボロット。その様子は滑稽ではあったが、ミケーネの歩兵部隊を相手にしなくていいのはサイ・サイシーとしても気楽だった。

 

鉄也

「フッ、今回は助かったぜボス。サイ・サイシー、俺は司令塔を叩きに行く!」

サイ・サイシー

「ああ、大阪はオイラとボロットに任せてくれ!」

 

 

…………

…………

…………

 

—横浜/セシリーのパン屋—

 

 

セシリー

「…………シーブック、大丈夫かしら」

 

 セシリー・フェアチャイルド。現姓セシリー・アノーは戦火の拡大する様子をテレビで見守りながら、スーパーロボット軍団に協力している夫・シーブックの身を案じていた。

 シーブックは、正義感の強い男だ。見て見ぬふりをできなかっただろうことは想像できる。しかし、自分を置いていってしまうのではないかと不安にならないことはない。

 

セシリー

「あの人は、無茶をするから……」

 

 思えば、木星戦役の前……コスモ・バビロニア建国戦争の時もそうだった。シーブックは、セシリーを助けるために多くの無茶無謀をやってのけてきたし、セシリーはそんなシーブックに惹かれたのだ。

 だが、もうシーブックもあの頃ほど若くない。木星戦役の際に右腕を失って多少は大人しくなったかと思えばすぐにこれだ。しかも、今度は自分に何の断りもなく!

 

セシリー

「少し、トビアやドモンさんの悪い癖が移っちゃったのかしらね」

 

 それでも、そんなふうに苦笑して夫の帰りを待つことができる程度にセシリーは、シーブックを信頼していた。それに、セシリーの店やその周囲を自衛官がいつも数名、私服で客を装いながら護衛してくれているのもシーブックが働きかけてくれたおかげらしい。

 監視されている。というような嫌な感じはなかった。それはセシリーが貴族……ロナ家の娘だった頃の監視網に比べれば微々たる、プライバシーに配慮したものだったからそう感じられるのもあるだろう。

 しかし、ミケーネ帝国の攻撃が続く中ここも安全とは言い切れないのが現状だった。ガンダムファイトの被害が大きい東京の復興計画予定地を中心に今、ミケーネ帝国の攻撃が開始されている。ここも、時期に避難勧告が出るだろう。セシリーは避難の準備をしながら、テレビモニタでその様子を見守っている。

 戦闘獣と戦うのはマジンガーZと、赤い空を飛ぶロボットだった。それに、自衛隊の新兵器も出撃しているらしい。そんな戦場に、シーブックもいるかもしれないと思うと胸が締め付けられる思いだが、今できることはそんなシーブックの帰る場所を守ることだった。

 シーブックの帰る場所。それはこのパン屋であり、自分のもとなのだ。そう奮い立たせてセシリーは避難準備に取り掛かる。そんな時だった。玄関の扉が開かれ、カランコロンと鈴の音がする。

 

セシリー

「ごめんなさい、避難準備をしなきゃいけないから……」

 

 客だろう。そう思い笑顔で応対するセシリーの血の気が、その客の顔を見てみるみるうちに引いていく。

 

ザビーネ

「お久しぶりです、ベラ様……」

セシリー

「ザ、ビー、ネ? 生きて? いたの?」

 

 ザビーネ・シャル。コスモ・バビロニア戦役の頃からセシリーの……いや、コスモ・バビロニア貴族主義を提唱したマイッツァー・ロナの孫ベラ・ロナの護衛として共に戦場に立った騎士。しかし、貴族主義を捨てたベラ・ロナと違い貴族主義社会の実現に傾倒するあまり木星帝国に降ってセシリーとシーブック……ベラ・ロナとキンケドゥ・ナウに立ちはだかった最強の敵が、セシリーの前に立っていた。

 美麗。そういっても過言ではない金髪と整った顔立ちはしかし、狂気に歪んだ顔に全てを壊されている。壊れた人形のように「フ、フ、フ」と繰り返す姿は既に不気味を通り越し、異常。そんな異常者をザビーネであると、10年前の自分なら理解できなかっただろう。

 しかし、その狂気に歪んだ夢を見る男の姿は間違いなく、ザビーネ・シャルだった。

 

ザビーネ

「死んでいましたよ……。ですが、キンケドゥが生き返っておきながら、私だけが生き返らないのは不公平でしょう?」

セシリー

「私の前で、よくもぬけぬけと……!」

 

 セシリーは身構える。そもそも、警備をしていたはずの自衛隊員達がこの異様な男を無視するはずがない。そうであるにも関わらずここに辿り着いたということは……。

 

ザビーネ

「部下から聞いていますよベラ様。奴が……キンケドゥが、戦場に戻っていると」

セシリー

「…………」

 

 この非常事態の混乱を利用し、隊員達を倒してここまで来ているのだろう。ザビーネの全身から放たれている臭気……血の匂いがそれを物語っていた。

 

セシリー

「私を、どうするつもりですか?」

 

 ザビーネはクツクツと不気味な笑みを浮かべながら、セシリーを……ザビーネの敬愛するベラ・ロナを舐め回すように見つめる。そしてセシリーの華奢な細腕をグイと掴み、自身の下へ引き寄せる。

 

セシリー

「ッ!?」

 

 万力のように力強く握られ、セシリーは構え隠していた綿棒を落としてしまう。ザビーネの狂気に歪んだ貌が、セシリーの瞳いっぱいに広がった。

 

ザビーネ

「あなたは、妃になってもらうのですよ。闇の帝王様のね……!」

セシリー

「な……!?」

ザビーネ

「わからないのですか。人類はミケーネ帝国に勝つことなどできないのです。人類は、太古の昔よりこの星を支配していた存在ミケーネ……即ち、貴族によって管理されるべき存在。そして、ベラ様。あなたが闇の帝王の妃として、人類を導くべきなのですよ……!」

 

 セシリーには、ザビーネの理屈が理解できない。しかしザビーネには、それを理路整然とした理屈のように語っていた。

 狂っている。そうとしか、セシリーには感じられなかった。

 セシリーの腕を掴み、強引に引き寄せてザビーネは店を後にする。店のすぐ近くに、大きな布を積荷に被せたトレーラーが待機していた。その布から露出している大きな風車のようなものに、セシリーは見覚えがあった。

 

セシリー

「ガンダム……!」

 

 黒いエックス。それはザビーネの愛機。クロスボーン・ガンダムX2。それのコア・ファイターが持っていたのと同じもの。正確には、より大型化しており、それ故に布で覆いきれないでいる「X」の特徴的なブースター部分が、確かに見えていたのだ。

 

 

ザビーネ

「話によれば、キンケドゥはガンダムをあの少年にあげてしまったとか。フフ、果たして今のキンケドゥが来たところで私の敵ですかな……?」

セシリー

「ザビーネ、あなたは……!」

 

 そう、セシリーが叫んだ時だった。フライングアーマーに搭乗したモビルスーツが一機、セシリー達の方に迫っている。特徴的なV字のアンテナからそれがガンダムであると理解できる。そして、そのモビルスーツに乗る者が誰なのか、セシリーは直感で理解していた。

 

セシリー

「シーブック……!」

 

キンケドゥ

「セシリー!?」

 

 シーブック・アノー。今はキンケドゥ・ナウを名乗る男の乗るガンダムMk-IIが、横浜の上空を飛び、駆けつけてきたのだ。

 

 

……………………

第8話

「F91ガンダム出撃」

……………………

 

 

 旧世紀に栄えた横浜歓楽街。その跡地ともいうべきスラムに待機拠点を作っていた木星帝国残党軍のモビルスーツ達が、ガンダムの出現に顔を出す。いずれも、バタラ。指揮官機と思われるアラナ・バタラに乗るカマーロ・ケトルは、突如表れたガンダムの存在に驚愕していた。

 

カマーロ

「あのガンダム……! 今はミケーネの相手をしてるんじゃなかったの?」

 

 バタラ達がビーム・ライフルで上空のガンダムMk-IIを狙撃する。しかし、地球の重力に慣れない木星の兵士達は旧式のフライングアーマーを相手に命中させるのにも苦労していた。

 そして、それに乗るのが歴戦のパイロットであるのならば尚の事。キンケドゥはフライングアーマーから飛び降り、ビームライフルをバタラへ向けて当てていく。市街地への被害を抑えるように努力しながら、精密な射撃でバタラの駆動系を撃ち抜いていく。

 

キンケドゥ

「葉月博士から、横浜基地へ向かうように言われたんだ。だが……まさかまだお前達がいたとはな!」

 

 落下するガンダムMk-IIをフライングアーマーに拾わせ、再び滑空するキンケドゥ。キンケドゥは、セシリーを強引に乗せたトレーラーを追っていた。

 

キンケドゥ

「待て!」

 

 トレーラーにセシリーがいる以上、迂闊に攻撃はできない。しかし、セシリーを取り戻さなければ。そんな焦りが、キンケドゥを逸らせる。

 

カマーロ

「無視するんじゃ、ねえっ!?」

 

 カマーロのアラナ・バタラが、ストリング・ガンを斉射した。たしかにカマーロは、他の雑兵よりは腕も立つ。しかし、それを察知できないキンケドゥではなかったはずだ。それなのに、フライングアーマーの左翼にストリング・ガン命中し、空中で大きくバランスを崩す。

 

キンケドゥ

「しまっ、た!?」

 

 フライングアーマーを海に捨てて、ガンダムMk-IIは大地へ降り立った。その間も、住宅街や人気の多そうな場所を避けるように空中で落下場所を調整する。その間に、トレーラーは遠のいていく。

 

カマーロ

「私達を散々苦しめたガンダムめ、このまま無事で済むと思うなよ!」

 

 ガンダムMk-IIの着地地点を目指し、アラナ・バタラが迫る。しかし、キンケドゥは、冷静にビームライフルを撃ち、アラナ・バタラの四肢を撃ち抜いた。

 

カマーロ

「なっ……!?」

キンケドゥ

「命まで取る気はないんだ。失せろ!」

 

 「おのれ……」と吐き捨て、カマーロがアラナ・バタラを乗り捨て退散するのを確認し、キンケドゥは再びトレーラーが去っていく方を見やる。

 

セシリー

「シーブック、シーブック!?」

 

 セシリーの叫ぶ声が、聞こえた気がした。

 

キンケドゥ

「セシリー……!?」

 

 トレーラーが見えなくなるのと、ガンダムが海岸沿いに不時着したのは、ほぼ同時だった。そして、トレーラーの走り去った方から、何かがキンケドゥのガンダムMk-IIに迫る。

 それは、黒いモビルスーツだった。巨大な槍を構え、赤い瞳でこちらを睨む漆黒の機械。その姿を、その存在を、キンケドゥは知っている。

 

キンケドゥ

「ま、さ、か……?」

 

 その「x」状のブースター、それにV字のアンテナ。全てが、キンケドゥの知る者と同じだった。

 

ザビーネ

「ハハハハハ! また会えて嬉しいよ、キンケドゥ!?」

キンケドゥ

「ザビーネ。生きていたのかっ!?」

 

 ザビーネ・シャル。そしてザビーネの愛機クロスボーン・ガンダムX2改。その漆黒はザビーネの所属した部隊「黒の部隊」を想起させ、その槍……ショット・ランサーは、王権に与する騎士の象徴。

 コスモ・バビロニア貴族主義最後の騎士ザビーネ。キンケドゥの宿敵が、彼の目の前に躍り出たのだ。

 クロスボーンX2改は、ガンダムMk-IIとは比べ物にならないスピードで街を駆ける。市街地に被害を出さないように動いていたキンケドゥと違い、下々のことなどまるで見てもいないかのように無視し、最高速度でキンケドゥのガンダムを目指していた。

 ブースターの熱風が、木々を吹き飛ばす。街の信号機や道路標識もまた。それらは質量を伴った脅威となって、家屋へ激突し、民家の屋根が吹き飛んだ。それに巻き込まれて、家の中にいた住民までも。

 

キンケドゥ

「ザビーネ……き・さ・まぁっ!?」

 

 その傍若無人な振る舞いに、キンケドゥは憤りを隠せなかった。ビームライフルを構え、ザビーネのクロスボーン・ガンダムへ撃ちまくる。しかし、ザビーネはそれを見切っていたかのように避け、ザンバスターを構える。

 

ザビーネ

「ハハハハハ!? キンケドゥ! そんな旧式で何ができるというのだキンケドゥ!?」

 

 ザンバスターによる銃撃は、的確にキンケドゥのいるコクピットを狙っていた。Mk-Ⅱは、そこを庇うようにシールドを構える。一撃、ニ撃。高出力のビームは忽ちMk-Ⅱのシールドを吹き飛ばし、ガンダムの姿を晒し者にする。

 

キンケドゥ

「クソッ!?」

 

 ボロボロになったシールドを捨て、キンケドゥはバックパックに備えられたビーム・サーベルを抜いた、そして、突撃、クロスボーン・ガンダムX2改と交差する直前にビーム・サーベルのスイッチを入れ、ザビーネのビーム・ザンバーと鍔迫り合う。

 

キンケドゥ

「クッ…………ザビーネ。セシリーを、セシリーをどうするつもりだ!?」

 

 ビーム・ザンバーは、通常のビーム・サーベルよりも遥かに高密度にビームを収束させている。その威力はビーム・シールドごと敵モビルスーツを破砕できるほどのものであり、Mk−Ⅱの持つビーム・サーベルでは相手にもならない。ビームとビームが互いを攻撃し合う中で、ザビーネのビーム・ザンバーは確実にキンケドゥの喉元へ迫っていた。

 

ザビーネ

「知ってどうする? フ、フハハ。お前はどの道ここで死ぬのだぞ? ダメじゃないか死ぬ奴がシャシャり出てきちゃ!」

 

 ザビーネが狂ったように笑い声を上げる。しかし、狂いながらもザビーネの攻撃は正確無比だった。ビーム・サーベルを持つ右腕をザンバーは両断し、距離を離すためにバルカンを撃つMk-Ⅱへ追い討ちをかけるようにバルカン砲を放つ。バルカンの威力すらも、クロスボーン・ガンダムが上。Mk-Ⅱのバルカンを自らの装甲で受けながら、クロスボーンのバルカンは確実に、ガンダムMk-IIの頭部に命中し、カメラやセンサーをズタズタに痛めつけていた。

 

キンケドゥ

「う、わぁ、ああ、あぁっ!?」

ザビーネ

「ハハハハハ! これがお前の末路だよ。さようならキンケドゥ!?」

 

 トドメとばかりに、背中に背負っていたバスターランチャーを構えたX2改。その威力がチャージされると共に、高出力のメガ粒子がキンケドゥへ放たれた。

 だが、しかし。

 

 そのビームは突如として迫り上がる大地の壁に阻まれ、Mk–Ⅱへの直撃コースを逸れてしまうのだった。

 

ザビーネ

「何……?」

キンケドゥ

「これは……!?」

 

 隆起する大地の向こう、地面に拳を撃ち付ける重苦しい雰囲気のガンダムが、そこにいたのです!

 

アルゴ

「…………大丈夫か?」

 

 そう! その名もボルトガンダム! そして、それを操るはブラックジョーカーの紋章を持つシャッフル同盟が1人、アルゴ・ガルスキー!

 

キンケドゥ

「アルゴ……アルゴ・ガルスキー!?」

 

 かつて、共に木星帝国と、デビルガンダムと戦った戦友の登場に、キンケドゥの顔に一瞬、光が灯りました。そして、ボルトガンダムの後方……アルゴの海賊艦ゴルビーⅡが、キンケドゥに着艦要請を出しているではありませんか!

 

アルゴ

「行け。こいつは、俺が相手をする」

キンケドゥ

「しかし……」

 

 それ以上、アルゴは何も言いません。寡黙な男アルゴ・ガルスキーは、それ以上の会話は無用と判断しザビーネのX2改を睨んでいました。

 その様子に、これ以上の問答は無用と認めキンケドゥはアルゴ達の母艦・ゴルビーⅡへ向かっていきます。

 

ザビーネ

「待て、逃げるかキンケドゥ!」

アルゴ

「ぬぅん!」

 

 クロスボーン・ガンダムを、アルゴのボルトガンダムは剛腕で受け止めキンケドゥが離脱する時間を作ります! そのまま怪力で押し潰される可能性を見たザビーネは、ボルトガンダムを蹴り上げる。暗器として隠されたヒート・ダガーを使い、ボルトガンダムを引き剥がし再び体制を立て直す。

 

ザビーネ

「シャッフル……シャッフル……シャッフル同盟。なぜ、なぁぜまた私の邪魔をする!」

アルゴ

「…………お前が、平和を乱す者だからだ」

 

 アルゴは、肩から射出した鉄球・グラビトンハンマーを構えザビーネと対峙します。そして!

 

ザビーネ

「は、ハハハ! いいだろう、ならば!」

アルゴ

「ガンダムファイト!」

ザビーネ

「レディ!」

アルゴ

「ゴー!」

 

 かくして、ボルトガンダムとクロスボーン・ガンダムX2改。2機の黒いガンダムの、ガンダムファイトが始まったのです!

 

アルゴ

「ぬぅぅぅぅん!?」

 

 グラビトンハンマーを振り回し、最初に動いたのはボルトガンダム! 超重量の鉄球が、ザビーネのクロスボーンへ襲いかかります! しかし、ザビーネも負けてはいません。スピードで勝るX2改は、みるみるうちに距離を離してザンバスターによる遠距離戦へシフトしました。

 

ザビーネ

「この距離なら、ハンマーも届くまい!」

アルゴ

「フン……!」

 

 ガンダムMk-IIなら致命傷のザンバスターを受けてなお、ボルトガンダムは無傷。スーパーロボットに匹敵する超重装甲。超パワー。それが、ネオロシアのボルトガンダムなのです!

 

アルゴ

「その程度か!」

 

 アルゴ・ガルスキーのボルトガンダムが、今度は動きます。その重量を木偶にしないためにつけられた高推進力で、一気にクロスボーンへ追いつきタックルを食らわせるのです!

 

ザビーネ

「ぬぅぅ!!?」

アルゴ

「ヌン!」

 

 タックルを受け、大きく退け反ったクロスボーン・ガンダムへ、さらに追撃のグラビトンハンマー! これを受ければ、いかに高性能機であるX2改とてひとたまりもありません。しかし!

 

ザビーネ

「フ、フハハハハ……調子に乗るなぁっ!?」

 

 X2改の右腕につけられた巨大な槍が、突如として飛び出しグラビトン・ハンマーを貫いたではありませんか!

 

アルゴ

「何ッ!?」

 

 いくら木星帝国で改造を受けたとはいえX2に、ショット・ランサーにそのようなパワーは存在しません。それどころか、先ほど与えたダメージがみるみるうちに回復していきます!

 その驚きの再生能力に、アルゴは覚えがありました。

 

アルゴ

「貴様…………まさか!」

 

 ザビーネは、クツクツと笑いながら自らの眼帯を外し、金色の長髪をかきあげて見せます。そして、その姿を目の前のボルトガンダムに……アルゴ・ガルスキーにモニタを通して見せつけるのです!

 

ザビーネ

「フフフ……ハハハハハ!」

 

 ザビーネの右目と、その髪に隠れた半分の顔は、まるで鱗のように銀色の機械が侵蝕しているではありませんか!

 

アルゴ

「デビルガンダム細胞……。貴様が生き返ったのは、そのためか!」

ザビーネ

「フ、フフフ……まさか。これは私が自らの意思で感染させたのだよ。今のままでは、私は騎士としての使命を果たすことができぬ。今度こそ、今度こそベラ様に貴族として降り立ってもらう。その時のために!」

 

 狂気の笑みを浮かべながら、ザビーネは恍惚と語る。しかし、理由などアルゴには関係ない。

 今は、目の前の悪魔を砕かなければ。そう、アルゴは覚悟を新たにする。

 ボルトガンダムの全身が金色に輝き、そして!

 

アルゴ

「炸裂! ガイアクラッシャー!」

 

 金色に輝く剛腕を、アスファルトへ叩きつけるボルトガンダム! アルゴの気迫が大地を揺さぶり、コンクリートで舗装された街路を突き破り大地が隆起し、クロスボーン・ガンダムX2改へと迫り来る!

 大地の怒りに呑まれながら、ザビーネはクロスボーン・ガンダムの脚部から緑色の触手を生やし、同じように大地へ潜り込ませていきます。隆起するガイアクラッシャーを受けながら、ザビーネは狡猾な笑みを浮かべていました。

 

アルゴ

「ハァァァァァッ!!」

 

 隆起する大地の向こうから、ボルトガンダムが突撃します! シャッフル同盟最強のパワーファイター・アルゴ渾身の一撃をお見舞いするために! ですが!

 

ザビーネ

「ム、ダ、だぁっ!?」

 

 ザビーネの狂笑と共に、大地が揺れます。そして、クロスボーン・ガンダムの向こうから地鳴りが響いているのをアルゴは悟るのです!

 

アルゴ

「……これは!?」

 

 地鳴りと共に、無数の砲撃がボルトガンダムを襲いました。その威力、その射程。それをアルゴは知っています!

 

アルゴ

「バカな……!」

 

 土煙の向こうから表れた巨体。それは、全身に砲門と搭載した異様のガンダム。

 

チャップマン

「…………」

 

 グランドガンダム。かつてデビルガンダム四天王の一角としてアルゴ達シャッフル同盟を苦戦させた強敵が、地獄の底より蘇ったのです!

 

アルゴ

「ジェントル・チャップマン……。再び、地獄から蘇らされたのか」

 

 グランドガンダムを操るガンダムファイター・チャップマンをアルゴは知っています。

 ネオイングランド代表ガンダムファイター。病に冒されながらも戦い抜いた誇り高き戦士。しかし、その亡骸を死後デビルガンダムを悪用するウォン・ユンファに利用されDG細胞の奴隷とされてしまった哀しき男。そのチャップマンが乗るDG細胞で強化されたグランドガンダムが、再びアルゴの前に立ち塞がったのです!

 

チャップマン

「…………!」

 

 体格も、馬力も、シャッフル同盟随一のボルトガンダムを上回るグランドガンダムは、肩から伸びる巨大な二門の砲塔をボルトガンダムへ向けました。そして二門の間に強大な電磁エネルギーが集まり、電磁スパークがボルトガンダムへ放たれました!

 

アルゴ

「クッ……ヌゥゥゥ、ウォァ!?」

 

 電磁砲の直撃を受け、ボルトガンダムの全身を超高圧の電流が襲いました。グレートマジンガーのサンダーブレークにも匹敵するその威力が、アルゴの全身を襲います!

 モビルトレース・システム。ガンダムとファイターの神経を接続することで、パイロットの卓越した格闘術をそのまま再現するモビルファイターにも、弱点があります。それは、ガンダムが受けるダメージをファイターが痛みとして認識してしまうこと。今、アルゴは全身に電気ショックを受けているのと同じ衝撃を受けているのです!

 グランドサンダーの直撃を受け、ボルトガンダムは膝を屈しました。しかし、それでもアルゴは意識を保ち……なんとか立ち上がろうと腰を上げます。

 満身創痍のボルトガンダムを嘲笑うように、ザビーネのクロスボーン・ガンダムX2改が一歩、一歩と近づき……ビーム・ザンバーを抜きました。

 

ザビーネ

「フフフ……ガンダムファイト国際条約第1条

。“頭部を破壊されたものは失格となる”か。これでお前はもう、お・わ・りだなぁッ! シャッフル同盟ィィッ!?」

 

 狂ったように叫びながら、X2改がビーム・ザンバーを大きく振り上げたその時!

 白いモビルスーツが、風のような速さでザビーネの下に迫り来る。流れるようなフォルムの、小型のモビルスーツ。その姿にザビーネは一瞬目を奪われます。

 

ザビーネ

「あれは……っ!?」

キンケドゥ

「ザビーネェッ!?」

 

 そのモビルスーツの腰から展開された2丁の大型ビームライフル・ヴェスバーの光がクロスボーン・ガンダムを狙撃したのです!

 

 

…………

…………

…………

 

—ゴルビーⅡ内部—

 

 

 満身創痍のMk–ⅡがゴルビーⅡに辿り着き、そのコクピットからキンケドゥが出て最初に見たのは、ハンガーに寝かされているモビルスーツだった。

 

キンケドゥ

「こいつは……!?」

 

 頭部に布を被され、そのモビルスーツは今か今かと主人の帰りを待ち続けていた。そう、キンケドゥは感じとる。

 

キンケドゥ

「だが、こいつを誰が……?」

 

 キンケドゥがそう呟いた時、1人の女性がキンケドゥと、そのモビルスーツの下へやってくる。黒い髪を長く伸ばし、切れ長の瞳の間に険しく眉根を寄せた、丸眼鏡をかけた長身の女。

 

ナスターシャ

「アノー博士だよ。キンケドゥ・ナウ……いや、シーブック・アノー」

 

 ナスターシャ・ザビコフ。かつてネオロシアの軍人として、囚人ガンダムファイター・アルゴの監視役を行っていた女性。そのナスターシャの口から出たのは、もう10年以上会っていない母の名前だった。

 

キンケドゥ

「ナスターシャさん……。母が、こいつを?」

ナスターシャ

「ああ。君のお母さん……モニカ・アノー博士は、あのガンダム連合の中で戦う君のX1を中継で見た時に、確信したらしい。君の生存を。そして……いつか君に再びこいつが必要になると考え、妹さんや、かつての君の学友達と共に極秘にこの機体を復元し、私に託したんだ」

 

キンケドゥ

「…………」

 

 コスモ・バビロニア建国戦争。あの戦いを共に生き抜いた学友達。それに妹のリィズや、母モニカ。彼らがこの機体をキンケドゥ……いや、シーブックのために。

 1人の女性とと共に生きるために、シーブック・アノーは過去を捨てた。だが、その捨てた過去は今も、シーブックとセシリーを大事に思ってくれている。その事実を認めるだけで、熱いものが込み上げてきた。

 

ナスターシャ

「私の仕事はここまでだ。そのマシンは元々、君のものだからな」

キンケドゥ

「……礼を言います。ナスターシャさん」

 

 そう言い、キンケドゥは生身の左手でマシンの顔を覆う布を剥がした。そこには、2つの目とツノ型アンテナ。そして口のような廃棄ダクトを持つそのマシンを、キンケドゥは知っている。キンケドゥは、胸のコクピットハッチを慣れた操作で開くと、自分の身長体重に合わせて調整されているコクピット・シートに座り配線を確認する。

 全て、10年前のあの時のままだ。だが、武装が多少増えている。それも、とびきりのやつが。だが、これくらい強力なやつがあった方がいい。と今のキンケドゥは思った。

 大切な人を取り戻す為に自分が乗るマシンは、やはりこいつに限るとも。

 バイオ・コンピュータが正常に稼働していることを認識し、キンケドゥは機体を起こす。このマシンの機動力なら、フライングアーマーはいらなかった。ブーストをかければ、即座に戦場に戻れる。そのくらいのパワーがこいつにはある。

 

キンケドゥ

「よし……F91は、キンケドゥ・ナウが行く!」

 

 F91。ハリソンが乗っているガンダム・タイプのそのマザーマシン。かつて、シーブック・アノーという少年が搭乗し、大切な女の子を守るために戦い抜いた鉄の鎧を今キンケドゥは、再び身に纏っていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

ザビーネ

「キンケドゥ……。キンケドゥ!?」

 

 ヴェスバーの直撃を受けて尚、クロスボーン・ガンダムは健在だった。DG細胞がマシンを復元していく。自己進化、自己再生、自己増殖能力を備える細胞を受けたクロスボーン・ガンダムとザビーネは、憎しみの眼光を激らせてキンケドゥの乗るF91を睨みつける。

 

キンケドゥ

「ザビーネ……。まさか、DG細胞のサンプルを奪ったのは、お前かっ!」

ザビーネ

「ク、ク、ク……。そうだ。この力、この力があれば貴様なぞぉぉぉっ!?」

 

 X2改はバスターランチャーを構え、F91を狙う。木星帝国で改修され、さらにDG細胞でパワーアップした高出力が放たれた。しかし、放たれた先にF91はいない。ビームが命中したと同時に、霧のように霧散してしまう。

 

ザビーネ

「質量を伴う、残像だとっ!?」

キンケドゥ

「なんとぉーっ!?」

 

 F91のバイオ・コンピュータは通常、機械の性能をパイロットの技量、精神同調に合わせてリミットをかけている。だが、キンケドゥはそのリミッターを自然と解除させ、モビルスーツという兵器の誇る最高性能をマシンに引き出させていた。

 フルスペックを発揮したF91は過剰な発熱を伴って駆動する。その際に装甲の塗装が剥がれ落ちながら機動し、直前までそこにいた場所に残る塗装の剥げが熱を持ったまま敵機のモニタに、“そこにいる”と錯覚させる。しかし、そこにあるのは所詮塗装の残滓。コンピュータが質量の存在を認めそこにF91がいると誤認させる。

 故に、“質量を持った残像”。かつて鉄仮面……カロッゾ・ロナが翻弄されたそれに、ザビーネもまた翻弄されていた。

 

ザビーネ

「キ、ン、ケ、ド、ゥッ!?」

 

 クロスボーン・ガンダムのセンサーは、F91を捉えることができない。ザンバスターで迎撃しながらも、F91の実像を捉えることができない。しかし、確実にザビーネに迫っていることだけは、確実に近づくF91の残像が示していた。

 

キンケドゥ

「ゲームオーバーだ、ド外道!?」

 

 F91は既に、クロスボーン・ガンダムの眼前にまで迫っていた。ビーム・ランチャーを構え、ザビーネのいるコクピットへ構えている。

 

ザビーネ

「キンケドゥゥゥゥゥゥゥッ!?」

 

 コクピットへの、直撃。それを受けながらクロスボーン・ガンダムX2改は大きく吹き飛んだ。

 

チャップマン

「…………!」

 

 チャップマンのグランドガンダムも、脅威の存在を認め動く。小型・高性能モビルスーツの金字塔とも言うべきF91よりも遥かに巨体なグランドガンダムは、その体格差を生かして格闘戦を持ち込もうとしていた。大きな足が、F91へ迫る。

 

アルゴ

「さ、せ、る……かぁっ!」

 

 しかし、その右足をボルトガンダムが受け止める。シャッフル同盟随一の怪力が、デビルガンダム四天王最恐の怪力を抑え、F91を守っていた。

 

アルゴ

「今だ……キンケドゥ!」

キンケドゥ

「アルゴ……! わかった!」

 

 質量を持った残像を撒き散らしながら。F91はグランドガンダムの前から下がり飛び上がる。そして、腰から展開される二門と、肩から展開される二門。計四門の強力すぎるビーム砲・ヴェスバーの銃口が、グランドガンダムに狙いを定めた。

 

キンケドゥ

「この武器は強力すぎるが……お前くらいの相手には丁度いい!」

 

 ツイン・ヴェスバー。シーブック・アノーが乗っていた頃よりも2倍の数を搭載された強化型ヴェスバーの一斉射が、グランドガンダムを呑み込んだ。

 

チャップマン

「…………!?」

 

 現行のモビルスーツ搭載兵装の中でも最高の威力を誇るヴェスバー。それの四連斉射を前に超重装甲を誇るグランドガンダムの装甲を溶かしていく。その威力が、グランドガンダムの進撃を止め、DG細胞の奴隷となっていたチャップマンを怯ませたのです!

 

アルゴ

「今だ……。ぬぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 ボルトガンダムが大地を叩き、ガイアクラッシャーが炸裂! グランドガンダムの巨体にヒビが入り、そして!

 

チャップマン

「ぬ、うぅ、ぅぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 あの怪物、グランドガンダムが爆炎を上げ咆哮します! そして、爆発!

 

シーブック

「やったか!?」

アルゴ

「いや、あの爆発に紛れて逃げた……。ザビーネもな」

 

 見れば、コクピットを撃ち抜いたはずのX2改がいなかった。生きている。それがデビルガンダムの力であると理解しつつも、キンケドゥの背筋が凍りつく。

 

キンケドゥ

「ザビーネは、セシリーを奪い去っていった。取り戻さなくては」

アルゴ

「わかっている」

 

 しかし、リミッターを外し最高性能を発揮したF91と、ハイパーモードを解放したボルトガンダムは共にエネルギー残量も多くない。既に見失ったトレーラーをこのまま追うのは、不可能だった。

 

ナスターシャ

「2人とも、とにかく一度艦に戻れ。今科学要塞研究所から連絡がきた。どうやら、ミケーネの司令塔の万能要塞ミケロスを、グレートマジンガーが追い払い、大阪方面の戦闘獣はドラゴンガンダムとボスボロットが撃破したようだ」

キンケドゥ

「そうか……なら、残るは東京方面の敵と甲児達だが」

 

 そう、F91は東京の方角を向く。その時だった。

 東京の、空が歪む。時空を捻じ曲げ、巨大な顔が姿を表していた。

 

アルゴ

「な……!」

ナスターシャ

「なんだ、あれは……?」

 

 あまりにも大きな貌。その異様な風貌に気圧される3人。その時だった。

 

鉄也

「みんな!」

 

 科学要塞研究所から、グレートマジンガーが飛んでくる。遅れてリトルグレイも見える。恐らく、リトルグレイはドラゴンガンダムとボスボロットを回収に向かい、戻ってきたのだろう。そして、彼らが目指すのは。

 

キンケドゥ

「鉄也! 東京方面の様子は?」

鉄也

「わからん。だが、あの化け物を無視するわけにはいかん!」

 

 グレートが先行し、東京へ急ぐ。F91とボルトガンダムもゴルビーⅡへ戻り、リトルグレイと共に東京へ向かった。

 

キンケドゥ

「とんでもないプレッシャーを感じる……。何が、起こってるんだ?」

 

 急ぐ中、キンケドゥはひどい重圧を感じていた。甲児は、竜馬達は果たして無事なのか。胸騒ぎがする。

 

キンケドゥ

「無事で、いてくれよ…………?」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—東京—

 

甲児

「うわぁぁっ!?」

 

 キンケドゥがザビーネと死闘を繰り広げていたのと同じ頃、兜甲児は窮地に立たされていた。マジンガーZはその両腕を奪われ、ブレストファイヤーを発射する放熱板も半壊し、キャノピーの強化ガラスも割れて甲児のヘルメットを襲っていた。

 

安倍晴明

「脆い! 脆い! 脆いぞマジンガーZ!」

 

 対するは安倍晴明。ミケーネ帝国の暗黒大将軍に仕える陰陽師。晴明は、自らを巨大な鬼獣へ姿を変え血走った眼で敵を睥睨していた。しかし、それでもマジンガーZの、兜甲児の闘志は衰えない。

 

甲児

「ふざけんな、こんなもんでマジンガーが……負けてたまるかよ!」

 

 立ち上がり、光子力ビームを放つマジンガーZ。しかし晴明は五芒星の壁で光子の光を打ち消し、再び呪いの札をマジンガーZへ投げつけた。呪力を帯びた札はマジンガーに張り付き、爆発。その衝撃で再びマジンガーZは倒れ伏してしまう。

 

甲児

「うぁっ!?」

弁慶

「甲児!?」

竜馬

「この……野郎!?」

 

 マジンガーZ同様にボロボロのゲッター1が立ち上がり、晴明と対峙する。晴明は、五芒星を描くと呪いの光を翳しゲッター1目掛けて放った。

 

竜馬

「クッ、おわぁぁっ!?」

 

 暗黒の光がゲッターを飲み込んで、ゲッターは大きく弾き飛ばされた。

 

晴明

「流竜馬! 貴様達とゲッターとの因縁も、ここで終わらせてもらおうぞ!」

 

隼人

「クッ……竜馬、俺に代われ!」

竜馬

「ゲッター2のパワーじゃ、アイツには敵わねえ……!」

 

 歯を食いしばり立ち上がるゲッター。竜馬達は今、窮地に立たされていた。だが、トマホークを構えて巨大な晴明を睨み、見据える。

 

竜馬

「晴明……俺を、舐めんじゃねぇっ!?」

 

 流竜馬の、命の叫びが今この街に木霊していた。

 

 




次回予告

真の姿を現した晴明。窮地に立たされる竜馬。
竜馬の叫びが空を裂き、そして次元を突き破る。
若い命が真っ赤に燃えて、怒れ竜の戦士よ!

次回、「ゲッター線、その意味」
悪の野望、叩き潰せ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話「ゲッター線、その意味」

—東京タワー—

 

 

 東京。度重なる騒乱で傷ついたこの街は日本有数の無法地帯となっていた。新宿に潜伏し、先兵となるゾンビ兵を増殖していたデビルガンダムとドモン・カッシュの戦い。そして異世界バイストン・ウェルから帰還したショウ・ザマの招いた諍い。それら様々な戦乱の中心となり、旧世紀においては日本の首都となり栄華を極めた東京という街は大きく衰退した。

 そんな東京だが、今だに日本国民の心の拠り所となっている。その証拠に東京タワーはそれだけの被害を受けながらも煌びやかに着飾られ悠々と聳え立っていた。

 旧世紀の、高度経済成長を象徴する日本の東京タワー。それは言わば、厳しい日々を生きる日本人の……東京人の心の拠り所でもあった。

 

一清

「意外ですね。あなたがこの東京タワーにそれほどの拘りを持っていたとは」

 

 東京タワーの最上階。そこで豪和一清は1人の男と会見していた。盲目の、初老の男性。目を潰す刀疵が顔を覆いながらも、その心の眼光の鋭さに一清すら気圧される。

 圧倒的な存在感を持ちながら、荒々しさよりも清らかさを感じる男……西田啓。一清は、自らの背後にいる西田の存在感を受けながらも東京タワーからの景色を見つめていた。

 

西田

「私自身は、さしたる思い入れがあるわけではありません。ですが、日本国民の荒んだ心に安らぎは必要なのです」

 

 安らぎ。その象徴としての東京タワー。幾度となく続いた戦乱の中で、西田はこの東京タワーを守り続けてきた。

 『東京タワーの周りは、不可思議な力に護られている』そんな、神風信仰にも似たものが信心深い人々の間ではまことしやかに囁かれていた。西田の思惑はそこにこそある。

 人類が宇宙へ進出することで生まれたニュータイプ論。地球への回帰を是とする地球史上主義。宗教の失われたこの時代に、人々は新たな宗教を求めていることを西田は、時代の空気として察していた。

 新たな信仰を、新たな神を求める世界。そんな時代の中で、日本人達の心を繋ぎ止めるものがあるとするならば。西田はそう考えた末に、自らは唾棄するほど嫌悪する旧世紀の高度経済成長期を象徴するこの建造物に神話的な意味を見出させようと、この東京タワーを自らの所有物とした。

 

西田

「必要なのは、心です。形ではない。ですが……形なきものには心も宿りません」

 

 日本人の心を集める柱。それはこの東京タワーに他ならない。そう、西田は結論付け……資材を投げ打っていた。

 

一清

「フフ……形なきものには心も宿らない。ですか」

 

 そんな西田のロマンチストな部分を、一清は好ましいと思っている。なぜなら西田は、そのロマンチズムに拘泥せず、自らの使命に徹する覚悟を持っている。

 それは、豪和二千年の悲願という野心を秘める一清にとってシンパシーでもあった。

 

西田

「しかし、この国は……いえ、この星は心を失いつつある。世界各国は首脳部をコロニーに移し、故郷である地球は今やガンダムファイトのリングとしてしか扱われず、行政の手も届かぬ無法地帯が増えるばかり」

一清

「現に、ミケーネ帝国の挙兵に対しても各国コロニーの首脳陣は対応を後回しにするばかり。ネオジャパンのカラト首相はよくやっている方ですが……」

 

 一清は、東京タワーから見える景色を一瞥する。東京は今、火の海に包まれていた。

 

西田

「太古よりの使者、ミケーネ帝国……」

 

 東京を戦火に包むミケーネの戦闘獣を相手に、自衛隊のモビルスーツ部隊は応戦している。しかし、旧式のジェガンでは焼け石に水。両刃の斧を持ち暴れ狂う戦闘獣グレシオスを相手にビーム・ライフルを撃っても、まともなダメージを与えられず逆に撃破されるばかり。

 

一清

(ユウシロウ達特務自衛隊は今、べギルスタンへ出兵している。通常の陸自では、戦闘獣の相手にはならんか……)

 

 一清の視線。その先にいたのは戦闘獣を指揮する陰陽師。そして、陰陽師の操る鬼獣。

 

一清

(骨嵬を起動し、ガサラキへ至る道。それは豪和の悲願。嵬の血を持つユウシロウだけが、その道だと思っていたが……)

 

 現代に現れた鬼。そして、ユウシロウの身に起きたメンタルバースト。それらは、一清の知らぬ「嵬」への道を開く鍵かもしれない。

 

一清

(この東京タワーには、西田が作ったバリアが備えられている。しかし、それで安全とは限らない。だが……)

 

 それでも、あの陰陽師に接触したい。一清の野心は燃え盛っていた。

 

 

……………………

第9話

「ゲッター線、その意味」

……………………

 

 

—東京都—

 

 一清が東京タワーから睥睨する先……ミケーネ帝国の戦闘獣と、それを指揮する陰陽師・安倍晴明。太古の時代よりの使者達は今、東京という街を再び地獄に変えようとしていた。

 晴明の目的はひとつ。ゲッターロボ。そして、流竜馬。

 

晴明

「ハハハハハ! さあ、早く来いゲッターロボ! お前達が手をこまねいている間にも、この街は鬼の棲家へと変わっていくのだぞ?」

 

 晴明は、鬼獣の傍に乗りながら地獄へ変化していく東京を眺め、愉しんでいた。しかし、この東京という街の名前は気に入らなかった。東京。東の都。京の都を差し置いて、京を名乗るなど片腹痛い。

 いっそこの街に住む人間を1人残らず鬼に噛ませてしまおうか。そんな思考が脳を過ぎる。それは、とても愉しい戯れになる。そう、晴明は想像し舌なめずりした。

 

晴明

「フフフ、面白い。今日この日より、この都は黒東京都と化すのだ!」

 

 晴明はそう叫び、高らかに笑う。それに合わせて鬼獣は、東京都庁へ向かう。そして鬼獣は、都庁ビルへその剛腕を思い切り叩きつけた。倒壊するビル。人々の断末魔の悲鳴が心地よく晴明の耳を撫でる。それだけで昂ってしまうほどに、晴明は興奮しその目を激らせていた。断末魔をあげた人間どもの死骸を鬼の餌とし、そしてまた鬼を増やす。そして、この東京は鬼が支配する黒東京都となり、その永生都知事として安倍晴明が君臨する。そんな戯れを夢想し悦に浸る。だが晴明の傍らに侍る2人の侍女はしかし、そんな晴明の様子を嗜めるように見つめていた。

 

侍女

「晴明様、ゲッターを甘く見てはなりませぬ」

侍女

「遊びが過ぎますぞ晴明様」

 

 意識を現実に引き戻され、そう囁く侍女を晴明はひと睨みする。侍女はそれだけで押し黙ってしまった。

 侍女も理解しているのだ。晴明に何を言っても無駄であると。そもそも、女官の姿を模して戯れに晴明に作られた鬼でしかない自分の意見を、晴明が聞き入れるはずがなかった。

 精々、不興を買って嬲り殺しにされる程度の興味しか、晴明は侍女に対して感情を抱いていない。その証拠に、すでに晴明の視線は既に侍女にはなかった。

 

晴明

「出たな……」

 

 晴明の視線。その先にいるのはトマホークを掲げた赤鬼。ゲッター1が、晴明の前に迫っていた。

 

晴明

「出たなゲッターロボォッ!」

 

 歓喜の声を上げ、晴明が吼える。ゲッターロボに続いて、紅の翼を広げた魔神・マジンガーZが東京に姿を現す。マジンガーZとゲッターロボ。その雄々しき二大スーパーロボットの登場に、戦闘獣達も待ちかねたとばかりに声を上げた。

 

甲児

「こりゃひでえ……」

 

 マジンガーZの頭脳、兜甲児は戦闘獣によって広がる被害をその目に焼き付けて闘志を滾らせる。

 

甲児

「テメエら! この街は、これからを生きる人達の希望なんだ! それをこんなになるまで……許さねえ!」

 

 紅の翼は加速し、戦闘獣グレシオスへ突っ込んでいく。グレシオスは両刃の斧を振りかざすもマジンガーはそれを潜り抜け、戦闘獣の懐へ飛び込んだ。

 

甲児

「スクランダー・カッターッ!」

 

 赤の翼が、戦闘獣を両断する。その勢いは戦闘獣の強靭な装甲すらも貫きそして、真っ二つにしたのだ。

 

甲児

「竜馬さん、戦闘獣は俺が引き受けた!」

竜馬

「頼んだぜ甲児!」

 

 戦闘獣を突っ切り、ゲッターロボは空高く飛ぶ。真紅の姿は天へと昇り、そして。白い体躯と巨大なドリルが、都庁ビルの上に陣取る晴明と鬼獣目掛けて垂直落下した。

 

隼人

「地獄へのエレベーターだっ!」

晴明

「日輪に紛れ、ゲッターチェンジしたかっ!」

 

 ゲッター2のドリルが、重力加速を乗せて鬼獣へと迫った。晴明は護符を放つとそこに五芒星を展開し、ゲッター2のドリルを防御する。五芒星のバリアに受け止められたゲッターはしかし、次の瞬間には3機のゲットマシンへ分離。回り込むようにして鬼獣の背後を取る。

 

弁慶

「チェンジ! ゲッター3!」

 

 ゲッター3の腕が伸び、五芒星の後ろから鬼獣を掴んだ。そして必殺の、大雪山おろし。都庁ビルを踏み潰す鬼獣を力尽くで持ち上げ、投げ飛ばす。

 

晴明

「ヌッ!?」

弁慶

「くたばれ晴明! ゲッターミサイル!」

 

 ゲッターミサイル。一発一発にゲッターエネルギーを込められたミサイル弾が鬼獣へ雨霰のように放たれ、爆発する。しかしゲッターはその爆発を確認するよりも早く再びオープンゲットし、爆炎の中から姿を現す鬼獣へと向かった。

 

竜馬

「チェェェェンジ・ゲッタァァァァッッワンッ!」

 

 宇宙を震撼させるその合図とともに、真紅の赤鬼が姿を現す。鬼獣は両腕の鎌を構えたが、ゲッターは愛用のトマホークをブーメランのように投げ、それを突き刺す。その痛みに鬼獣が吼えた瞬間、ゲッター1は鬼獣の真正面に躍り出た。

 

竜馬

「晴明! 今日こそてめえに引導を渡してやるぜっ!」

晴明

「ほざけ流竜馬! 無限地獄に堕ちるのは、貴様の方よ!」

 

 晴明の合図とともに、鬼獣はその鎌を振り上げる。それと同時、天から降り注ぐ雷がゲッター目掛けて炸裂する!

 高度に圧縮された熱エネルギーの塊とも言える雷は、メガトン級の衝撃にも耐えうるゲッターの装甲を焼き焦がし、中のパイロット3人にまでダメージを与えていた。

 

弁慶

「グォォォォォ!?」

隼人

「これも、晴明の呪術か!」

 

 しかし、その程度で折れるようなヤワな奴らなら、とうの昔に死んでいるだろう。まともな人間なら、恐怖心で既に心停止している。しかし弁慶も、隼人も、そして竜馬も雷程度で戦意を折られはしない。竜馬はキッと晴明と鬼獣を睨み付け、そして勢いよく飛び出した。

 

竜馬

「こんなもんで……俺達をやれると思うなよ!」

 

 勢いのまま、ゲッタービームを放つ。竜馬の叫びに呼応するように、ゲッタービームは威力を増し、晴明の五芒星による結界を打ち破った。

 

晴明

「何っ!?」

 

 ゲッター線の熱が、鬼獣を、晴明を焼き尽くす。晴明の隣に侍らされていた侍女達も、ゲッタービームの熱でその化粧を剥がされ醜い鬼面を顕にし、そして断末魔の悲鳴とともに爆ぜていく。

 

晴明

「ゲッター……ゲッターロボ! そうか、この力がぁぁぁっ!?」

竜馬

「うだうだ言ってんじゃねえ! とっとと地獄に落ちやがれ!」

 

 ゲッタービームに飲み込まれ、晴明は溶けていく。ゲッター線の光の中へ。鬼獣も既に爆ぜ、晴明は自らの運命を悟っていた。

 

晴明

「流……竜馬ァァァァァッ!?」

 

 爆発の中、竜馬は晴明の最期の声を聞いた気がした。

 

竜馬

「粘着野郎……。あの世で頼光に詫びやがれ!」

 

 吐き捨て、竜馬は都庁と共に爆煙を上げる晴明の断末魔を見据えていた。

 

甲児

「やったか、竜馬さん!」

 

 甲児とマジンガーZも戦闘獣を倒し、ゲッターに並ぶ。

 

竜馬

「ああ……これで奴との腐れ縁もこれまでよ」

隼人

「…………待て、竜馬!」

 

 隼人が叫ぶ。その直後、爆煙の中から一本の触腕が伸びてゲッターロボを襲った。まるで蟷螂のような触腕は、その腕だけでゲッターロボに匹敵する大きさを持ち、その腕力にゲッターは大きく弾き飛ばされる。

 

弁慶

「うぉっ!?」

竜馬

「クソッ、何だ!?」

 

 やがて爆煙が収まると、それは姿を顕していく。巨大な、蟾蜍のような下半身に、昆虫のような脚。あの触腕はその前脚なのだろうと隼人は推測する。そして上半身には、男の裸身。その貌浮かぶ姿は間違いなく……。

 

竜馬

「晴明…………てめぇっ!?」

晴明

「ゲッターロボ! よもや、よもや私にこの姿を晒させるとは……その罪、万死に値する!」

 

 巨大・安倍晴明。そうとしか形容できない異形の陰陽師が、ゲッターとマジンガーの前に立ち塞がった。

 

竜馬

「ケッ、コケ脅しじゃねえか。そんなんで、ゲッターに勝てるかよ!」

 

 ゲッター1は飛び上がり、トマホークを構えて振りかぶった。しかし、巨大晴明の両腕から生える鞭のような触手が伸びてゲッターを掴む。

 

晴明

「無駄無駄無駄ァッ!」

隼人

「竜馬、俺に代われ!」

 

 

 「おうっ!」という竜馬の返事と同時、ゲッター1はトマホークを投げ捨てる。そしてオープンゲットで3機のゲットマシンに分離した竜馬達は、今度はゲッター2へチェンジ。

 

隼人

「晴明、俺が引導を渡してやる!」

 

 ゲッター2のサブアームがチェーンで伸び、トマホークをキャッチする。そして。鎖を振り回してトマホークを乱舞。

 

隼人

「こいつが、ゲッター2のトマホークスペシャルだ!」

 

 しかし、その乱暴なトマホーク乱舞は巨大な晴明の念で放たれる五芒星に阻まれる。人間大の時以上の呪力を込められた巨大晴明の呪符が

爆ぜ、ゲッターを巻き込み燃え上がる。

 

弁慶

「うぉっ!?」

甲児

「クソッ、この野郎!」

 

 ゲッターロボと入れ替わるように、マジンガーZが巨大晴明へ挑む。腕の中に隠されたドリルミサイルを放ちながら飛び回り、マジンガーZは晴明を牽制する。

 

甲児

「晴明、俺が相手だ!」

 

 巨大化した晴明はゲッターよりも遥かに大きい。そのゲッターよりも小さいマジンガーZが巨大晴明の前を飛び回る姿は、さながら一寸法師のごとく。巨大化した晴明はマジンガーに鞭のような触手を振るうが、甲児の操縦センスはそれをひょいと避け晴明の正面を取った。

 

甲児

「喰らえ晴明、ブレストファイヤー!」

晴明

「兜甲児、暗黒大将軍は貴様とマジンガーを警戒しているが……私はお前に興味はないのだよ!」

 

 マジンガーの胸に備わった放熱板が熱を放つ。しかし、晴明はやはり五芒星の呪符に式神を宿し本体へのダメージを防ぎ、高熱は街へと受け流されてしまう。「やべぇ!」という声と共にブレストファイアーを解除する。そして、その直後。晴明は一枚の呪符を取り出す。

 

晴明

「オン キリキャラ ハラハラ フタラン パソツ ソワカ……」

 

 重く、冷たい声と共に唱えられた呪文。それと同時に放り投げられた呪符は形を得て、晴明の式神として変質していく。

 

晴明

「この地に眠る、マジンガーZへの憎しみに燃える魂よ。我が術により蘇り、恨み晴らすがいい!」

 

 晴明の叫びが天高く響き、式神に雷が走った。燃える魂の依代として、晴明の式神が姿形を変えていく。その姿は……。

 

甲児

「まさか……そんな……」

 

 紫色の体躯。そして白塗りの貌を持つ機械獣。その姿を、甲児は忘れたことはない。

 

あしゅら男爵

「フフフ……久しぶりだな、兜甲児!」

 

 あしゅら男爵。かつてドクターヘルの腹心としてマジンガーZを、兜甲児を誰よりも追い詰めた者の声が、甲児の脳裏に響いた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

甲児

「あしゅら男爵。てめえ……!」

あしゅら男爵

「このドクターヘルに頂いた身体……ジェットファイアーP1もまた、マジンガーへの恨みに満ちておる。故に、安倍晴明の呪術により蘇ったのよ!」

「ホホホホ、お前を呪い殺すためにね!」

 

 機械獣ジェットファイアーの姿を得た、あしゅら男爵の怨念。その存在に甲児は気圧される。ジェットファイアーは、マジンガー目掛けてミサイルを放つ。

 本来ならば避けられる攻撃。しかし、あしゅら男爵の復活という異常な現象に脳の理解が追いつかない甲児はそこに隙を見せ、ミサイルの直撃を受けてしまう。

 

甲児

「うわぁっ!?」

 

 大火力の爆発がブレストファイヤーを発射する放熱版を吹き飛ばし、超合金Zの装甲を持つマジンガーZに大きなダメージを与える。

 

甲児

「クソッ……!」

 

 光子力ビームで応戦するも、ジェットファイヤーはそれをひょいと避け、今度は目から破壊光線を放つ。

 

あしゅら男爵

「ハハハハハ! 死ねぇぃ兜甲児!」

甲児

「ま、まだだ!」

 

 スクランダーを加速させ、マジンガーZはそれを避けてみせる。しかし、続け様に放たれるミサイル攻撃を受け今度こそマジンガーZは大地へ落下していった。

 

竜馬

「甲児ッ!」

 

 そんな甲児を助けるように、ゲッター1が動く。ジェットファイアーとマジンガーの間に割り込むようにゲッターチェンジで駆けつけ、ゲッター1の右腕がマジンガーを掴んだ。

 

甲児

「ウ……。竜馬さん?」

竜馬

「馬鹿野郎! 死にてえのか!?」

 

 そんな甲児に、竜馬は一喝する。

 

竜馬

「一度殺した奴に恨まれてるくらいで、怖気付いてるんじゃねえ!」

甲児

「なっ……!?」

 

 無茶苦茶な理屈だった。しかし、迷いなく言い切られてしまえば甲児も言い返せない。

 

隼人

「フッ、珍しくいいことを言うな竜馬」

弁慶

「ああ。……いいか甲児。殺生は人間の最も深い罪だ。それはわかるな?」

 

 珍しく、諭すような口調で弁慶が言葉を発した。その穏やかだが、有無を言わさぬ圧力に甲児は押し黙る。

 

弁慶

「俺達人間は、他の生き物を……そして誰かを殺めずには生きていけねえ。その罪を自覚しない限り、人間は前には進めねえんだ」

甲児

「罪の自覚……」

 

 そんな言葉が弁慶の口から出るなど、甲児には予想もできなかった。しかし、諭す弁慶の言葉には優しさがある。それを感じるから、甲児は反論もしなければ茶化しもしない。ただ、弁慶の言葉を受け入れる。

 

弁慶

「俺達は生きる限り、殺生から逃れることはできねえ。だが、だからこそだ。殺した奴に対しては、“俺が殺した”とそう……胸を張って言えるようになりやがれ!」

甲児

「…………!」

 

 弁慶の言葉を受け、甲児は……マジンガーZは再びあしゅら男爵へ向き直った。ブレストファイアーは半壊し威力半減。だがまだ十分に武器を残している。

 何より、甲児の闘志は再び燃え滾っていた。

 

甲児

「来い、あしゅら男爵! この兜甲児が、マジンガーZが、もう一度お前に引導を渡してやる!」

 

 そう……あしゅら男爵は甲児が倒したのだ。それは世界の平和のためであり、愛する人達の命を守る為。そして、ドクターヘルの野望成就のためにその命を賭けたあしゅら男爵もまた、誇りを持って甲児と闘いそして、死んだのだ。

 

甲児

「お前を、もう一度倒す! それが、俺がお前にしてやれるせめてもの花向けだ!」

あしゅら男爵

「面白い……面白いぞ兜甲児!」

「お前を地獄への道連れとし、ドクターヘルへの土産にしてくれよう!」

 

 

 その言葉を合図とし、あしゅら男爵と兜甲児は激突する! 

 マジンガーZの腹部が開き、大型のミサイルパンチが飛べば、ジェットファイアーは破壊光線でそれを撃ち落とす。ジェットファイアーのミサイル群をマジンガーは機敏に掻い潜り、その胸倉目掛けてアイアンカッター。寸でのところであしゅら男爵はそれを回避。

 

甲児

「やるな、あしゅら男爵!」

あしゅら男爵

「兜甲児、貴様もな!」

「それでこそ、倒し甲斐があるというもの!」

 

 ぶつかり合う黒と紫。2体の魔神が激しく殴り合う。マジンガーの剛腕は、的確にジェットファイアーP1の顔面を殴り抜いていた。

 

甲児

「いいか、あしゅら男爵! お前の顔はもう見飽きるほど見てきたんだ!」

 

 殴ると同時に放たれるロケットパンチが、ジェットファイアーP1の、あしゅら男爵の白面を大きく抉り飛ばし、あしゅらの絶叫が響く。しかし甲児は、攻撃をやめない。

 

甲児

「いい加減に成仏して、あの世で寝てやがれ!」

 

 ロケットパンチに続いて放たれた冷凍ビーム。続け様にサザンクロスナイフ。マジンガーZの搭載するあらゆる武器をありったけ叩き込む。ジェットファイアーへ、あしゅら男爵へ。かつての宿敵の亡霊を鎮めるために。

 

あしゅら男爵

「うわぉぉぉぉぉっ!?」

甲児

「何度蘇ろうと、お前なんかこの兜甲児様とマジンガーZの敵じゃねえんだ。おとといきやがれ!」

 

 あの頃のように、甲児はあしゅら男爵を退治する。それが、悪しき陰陽師に蘇らされたあしゅら男爵への……戦友への手向けになると信じ、甲児はもう一度、あしゅらを殺す。

 そこに、一切の迷いはなかった。あしゅらの憎しみを背負い、これからも甲児は悪と戦い続けるのだから。

 例え蘇るのがドクターヘルだろうと、躊躇わず甲児は引鉄を引く。その覚悟を、決めたのだから。

 

あしゅら男爵

「兜甲児……。そうだ、それでこそよ!」

 

 マジンガーZの総攻撃を受けたジェットファイアーは、既に限界を迎えようとしていた。しかし、器の限界を超えても尚あしゅらの怨念は甲児への憎しみで動き続ける。最期の力を振り絞るようにして、ジェットファイアーP1は再びマジンガーZへと向かい加速する。光子力ビームを、ブレストファイアーを受けながらそれでも怯まずに突進するあしゅら男爵。既にジェットファイアーP1は満身創痍。しかし、あしゅら男爵という怨念の器として最期の使命を果たさんとマジンガーZへ食らい付いた。

 

甲児

「あしゅら……!」

 

 その執念に、改めて甲児は戦慄する。あしゅら男爵はアンバランスなハーモニーを奏でるようにクツクツと嗤い、甲児の脳裏に響かせる。

 

あしゅら男爵

「ホホホホ、兜甲児。肝心なことを忘れてないかしら」

「このジェットファイアーP1が何を目的として造られた機体か!」

甲児

「な…………っ!?」

 

 マジンガーZを羽交い締めにし、ジェットファイアーが吼える。甲児は、思い出していた。ジェットファイアーP1の全身には、爆弾が仕掛けられている。

 あしゅら男爵の姿をした、自爆装置。ジェットファイアーの体内で爆発のカウントが刻一刻と迫り、コチコチという音を立ててその時を待望する音を、甲児は聞いていた。

 

あしゅら男爵

「超合金ZのマジンガーZすらも跡形もなく吹き飛ばす全身爆薬機械獣! ドクターヘルが私への花向けに用意してくれたこの器で、今こそマジンガーを、兜甲児を地獄へと連れていってくれよう!」

「ホホホホ、お前の命はあと5秒!」

 

 必死にもがくが、ジェットファイアーはマジンガーを離さない。

 

甲児

「クソッ、ロケットパンチ!」

 

 マジンガーZの剛腕が、明後日の方向へと飛ぶ。あしゅらはそれを嘲笑い、マジンガーを締め付ける力をさらに強めていく。

 

あしゅら男爵

「ハハハハハ、どこを狙っている!」

「もう終わりだ!」

 

 3、2、1……ジェットファイアーの自爆までの秒針はそして0を指し示す。その直前だった。

 甲児が飛ばしたロケットパンチが、戻ってくる。ただし、素手ではない。

 ロケットパンチは、巨大な晴明とゲッター1の戦うその間を突っ切っていったのだ。そして、

 

竜馬

「あんにゃろぅ……!」

隼人

「フッ、甲児の奴はお前よりも戦いのセンスがあるんじゃねえか?」

 

 巨大な晴明との戦いで落としていたゲッター1のトマホーク。それを掴んで戻ってくるロケットパンチ。戦斧を持った黒鉄の拳がジェットファイアーP1の背後を狙って降り下ろされる!

 

あしゅら男爵

「な……ッ!?」

 

 ジェットファイアーP1を背後から真っ二つにするゲッタートマホークパンチ。ジェットファイアーを両断し、マジンガーはその僅かな隙間からジェットファイアーを引き剥がす。そして、

 

甲児

「あしゅら……地獄でヘルとブロッケンによろしくな!」

 

 もう片方の腕をアイアンカッターとして射出し、ジェットファイアーの胴体を貫いた。

 

あしゅら男爵

「フフフ、そうか……兜甲児!」

「ホホホ、ならば……兜甲児!」

 

 ジェットファイアーP1の体躯がバラバラに砕け散っていく。その中心……心の臓ともいえる部分に燃える、晴明の呪符を確かに、甲児は見た。

 

あしゅら男爵

「先に地獄で、待っているぞ!」

 

 その絶叫が、あしゅら男爵最期の言葉だった。ジェットファイアーに仕掛けられた爆薬が激しく燃え盛り、あしゅら男爵の怨念を現世に留める呪符を、晴明の呪いごと燃やし尽くす。

 

甲児

「今度こそ……本当に最後だぜ、あしゅら!」

 

 宿敵・あしゅら男爵を再び地獄へ送ったがしかし、マジンガーZのダメージも相当のものだった。ブレストファイヤーは半壊し、アイアンカッターの左腕はジェットファイアーと共に燃えている。

 それでも甲児は、マジンガーZは再び晴明へと向き直った。

 

晴明

「フム……。式神にしてはよく保った方と褒めるべきか」

 

 あしゅら男爵を蘇らせた張本人・安倍晴明はしかしその断末魔にさしたる興味も持たず、ゲッターロボとの戦いに興じている。魔獣のような下半身から放たれる炎をゲッターは避け、ロケットパンチから取り返したトマホークを掴み巨大晴明の上空をゲッターは飛び回る。そんなゲッターに加勢するため、マシンガーが飛んだ。

 

甲児

「ドリルミサイル!」

 

 晴明の目を潰すように、ドリルミサイルを撒き散らすマジンガーZ。晴明はミサイルの雨を煩わしげに受け止める。

 

晴明

「兜甲児! 私とゲッターの遊びの邪魔をするな!」

 

 晴明が念を込める。すると稲妻が走り、マジンガーZを撃ち落とす!

 

甲児

「うぁぁっ!?」

竜馬

「甲児!?」

 

 頭から落下し、マジンガーZはコンクリートの大地と大きく激突した。その衝撃で、パイルダーの強化ガラスが弾け飛ぶ。

 

甲児

「晴明……てめえだけは、てめえだけは許さねえ!」

 

 しかし、兜甲児の闘志は衰えない。いや、むしろより激しく燃え上がっている。その炎を感じ、晴明は眉を顰める。

 

甲児

「あしゅら男爵はロクでもねえ悪党さ。だがな! その魂をお前の好き勝手にされていい奴じゃねえんだよ!」

 

 立ち上がり、マジンガーZはロケットパンチを放つ。だが、巨大晴明はそれを鞭のような触腕ではたき落とすと、巨大な前脚で踏み潰す。

 

晴明

「フン……怨敵の為に怒っているのか。滑稽よのう。だが、よかろう!」

 

 晴明がそう言った時だ。巨大晴明の背中が膨張し、悪魔のような羽根が姿を顕す。巨大な羽根は、一翼だけでも18mのマジンガーZを越える大きさを誇り、羽撃きだけでビル街を吹き飛ばしてしまう。

 ゲッターを、マジンガーを圧倒する威容。その姿はまさに、悪鬼羅刹。

 

弁慶

「な……!」

隼人

「晴明の奴、今までは本気じゃあなかったってことか!」

 

 弁慶が、隼人が戦慄する。巨大晴明の羽撃きで発生した風圧が、ゲッター1を吹き飛ばした。

 

竜馬

「クッ、ぅぉぉぁっ!?」

甲児

「竜馬さん! みんな!?」

 

 吹き飛ばされ、ビルに衝突するゲッター。ウイングが欠け、しかしそれでも竜馬は、晴明を睨み付けていた。

 

隼人

「なんてパワーだ……ゲッターを遥かに凌駕してやがる」

竜馬

「ビビってんじゃねえ隼人!」

 

 ゲッター1は立ち上がり、トマホークを構え巨大晴明と対峙する。マジンガーZもそれに並び、相対する陰陽師を見据えている。しかし、敵の力はあまりにも強大。味方は分散され、増援の見込みは薄い。

 

甲児

(あしゅら……もしかしたら、すぐに再会するハメになるかもしれねえぜ)

 

 それは、あまりにも絶望的な戦いだった。甲児は、この戦いが自らの死地になるやもしれない。そう、覚悟を決めていた。

 しかし、だからこそこの強敵だけは倒さなければならない。差し違えてでも。

 そして、

 

晴明

「フフフ、流竜馬ァ……それに兜甲児! ここで引導を渡してやる!」

竜馬

「上等だ、晴明! 首を洗って待っていやがれ!」

 

 悪の陰陽師・安倍晴明との決戦がついに始まった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—???—

 

 その場所は、光一つ差さない闇の中だった。闇の中、それはただ進んでいる。進む先に何が待つのか。男は知らない。

 

???

「……………………」

 

 闇の中を進むそれは、男に危機を知らせていた。自らの危機ではない。この星の、この世界の、そして……決して失うわけにはいかない仲間の危機。

 

???

「竜馬……」

 

 男の見据える先。そこには闇が広がっている。しかし、男には何が見えているのだろうか。男は明らかに、闇のその先にある何かを真っ直ぐに、見据えていた。

 

???

「お父様……?」

 

 男の傍に立つ女性が、怪訝そうに振り返った。男が、ここにいない者の名を呟いたからだ。

 

???

「竜馬が戦っている。この因果の果てで……もがいていおる」

 

 男の言葉は、重圧があった。有無を言わさぬ圧力。プレッシャー。普通の男なら、声を聞くだけで失禁してしまうかもしれない。それほどの危険な重圧を放つ男。しかし、女性はその重圧を意にも介さず受け止めると、言葉を投げかける。

 

???

「この先に……流君達がいるのね?」

???

「…………うむ」

 

 男は立ち上がり、下駄の靴音を立てながら歩き出した。そして、艦にいる所員へ告げる。

 その時を待ち続け、自分に着いてきた大馬鹿野郎どもに。

 

???

「航路座標をそのまま、これより時空突破を試みる! 行くぞ……早乙女研究所、発進!」

 

 男の号令と同時、男達を乗せた艦が動き出す。すると、突如として暗黒の宇宙に光が挿した。緑色の、ゲッター線の光。ゲッター線の光を纏ったそれは、暗黒次元を突き進み加速する。少しずつ、ゆっくりと。しかし確実に加速し続けていく中で男は、静かに正面を見据えていた。

 そして、

 

所員

「次元断層、突き抜けます!」

 

 ついに、その時が来た。男の傍に立っていた女性は、他の所員達に指示を出している。計器をよく観察しろ。ここで失敗すれば2度と通常空間には戻れなくなる。そんな当たり前のことをだ。だが、その当たり前を確実に指示する姿は実に頼もしい。そう、男は思った。

 

???

「待っておれ、竜馬。隼人、弁慶……!」

 

 男がそう呟いた時。確かに、その声は時空を突き破り宇宙を震撼させたのだ。

 

『俺を、舐めんじゃねえぇっ!?』

 

 と、次元を越えた咆哮が男の耳に確かに届く。

 

???

「お父様!?」

 

 その声は、白衣の女性にも伝わっていたようだ。決して幻聴などではない。男は「ウム」とひとつ頷くと、自らの席へ戻る。ここから先、男には艦長としての務めが待っているからだ。

 

???

「ゲッターが戦っておる。時空の果てでもがいておる……」

 

 あの時、銀河決戦の際には自分達はそれを見守ることしかできなかった。できることならば、この手で助けにいきたい。そう、男は何度も思った。

 息子を失ったあの日から、いやそれ以前から、男は死を背負い続けている。

 自らのために奪われた命を、無駄にしない為にも。

 この運命のゲッターチームだけは、なんとしても助け出さなければならなかった。

 故に、男は号令する。

 大事な息子達を、助けに行くために。

 

???

「全速前進! シャインスパークでこの次元を突破する!」

 

 

…………

…………

…………

 

 

甲児

「うわぁぁっ!?」

 

 そして今、マジンガーZはその両腕を奪われ、ブレストファイヤーを発射する放熱板も半壊し、キャノピーの強化ガラスも割れて甲児のヘルメットを襲っていた。

 

安倍晴明

「脆い! 脆い! 脆いぞマジンガーZ!」

 

 圧倒的な力を誇る巨大晴明。その前脚のけたぐりでマジンガーは大きく突き飛ばされる。

 自らを巨大な鬼獣へ姿を変えた晴明は、血走った眼で敵を睥睨していた。しかし、それでもマジンガーZの、兜甲児の闘志は衰えない。

 

甲児

「ふざけんな、こんなもんでマジンガーが……負けてたまるかよ!」

 

 立ち上がり、光子力ビームを放つマジンガーZ。しかし晴明は五芒星の壁で光子の光を打ち消し、再び呪いの札をマジンガーZへ投げつけた。呪力を帯びた札はマジンガーに張り付き、爆発。その衝撃で再びマジンガーZは倒れ伏してしまう。

 

甲児

「うぁっ!?」

弁慶

「甲児!?」

竜馬

「この……野郎!?」

 

 マジンガーZ同様にボロボロのゲッター1が立ち上がり、晴明と対峙する。晴明は、五芒星を描くと呪いの光を翳しゲッター1目掛けて放った。

 

竜馬

「クッ、おわぁぁっ!?」

 

 暗黒の光がゲッターを飲み込んで、ゲッターは大きく弾き飛ばされた。

 

晴明

「流竜馬! 貴様達とゲッターとの因縁も、ここで終わらせてもらおうぞ!」

 

隼人

「クッ……竜馬、俺に代われ!」

竜馬

「ゲッター2のパワーじゃ、アイツには敵わねえ……!」

 

 歯を食いしばり立ち上がるゲッター。竜馬達は今、窮地に立たされていた。だが、トマホークを構えて巨大な晴明を睨み、見据える。

 

竜馬

「晴明……俺を、舐めんじゃねぇっ!?」

 

 流竜馬の、命の叫びが今この街に木霊する。その時だった。突如として空が割れる。緑色の光が灯ると同時に霧散し、暗雲を突き破る。

 そこから顕われたのは、巨大な貌だった。

 貌。そうとしか形容できないそれは、ゲッターロボを遥かに凌ぐ巨大晴明よりも尚大きい。

 

甲児

「な…………」

 

 なんだ、あれは。

 誰もがその存在に、目を奪われていた。

 巨大な貌はゆっくりと、この時空、この空間に姿を定着させていく。

 赤い体躯と、黄色い目を持つ巨大な貌。それは、見間違えようもない。

 

隼人

「ゲッター……?」

 

 ゲッター1に、酷似していたのだ。だが、そんなゲッターを隼人はしらない。ましてや、貌だけのゲッターなど。

 

弁慶

「ゲッター、なのか……?」

 

 それが、自分達の乗るマシンと同じ存在であると弁慶には俄かに信じられなかった。だが、感じている。何より、弁慶の下げている宝刀……童子切丸が激しく昂っているのだ。まるで、待ち望んだ君主の帰還に打ち震えているかのように。

 誰もが、その存在に目を奪われていた。それは、安倍晴明でさえも。

 

晴明

「バカな……! バカな!? ゲッターロボはあの次元から消え去ったはず。なのに、なのに何故あれが完成している!?」

 

 驚愕の表情を浮かべ、晴明は怒鳴り散らしていた。今までの戦いで初めて、唯一晴明は明確に恐怖の表情を露わにしている。あの、巨大なゲッターの貌を前に。

 

隼人

「晴明、貴様……!」

 

 何か、知っているのか。そう聞こうとした。だが、その声は他ならない竜馬に止められる。

 

竜馬

「隼人、今はそんなことはどうでもいい!」

隼人

「しかし、竜馬……」

 

 この中で、竜馬だけはあの巨大なゲッターよりも晴明へ視線を向けていた。トマホークを構え、再び飛び立つゲッター。

 

竜馬

「あのバカでかいゲッターが敵なら……晴明の後に倒すまでよ。だがな、まずは晴明だ!」

 

 そう、竜馬が叫んだ時。

 

???

「そうだ、よく言った竜馬!」

 

 巨大な赤いゲッターから、彼らの聞き知った声がする。その声の主に思い至り、流石の竜馬も振り返った。

 

竜馬

「てめえ、まさか……早乙女のジジイか!」

 

 早乙女のジジイ。そう呼ばれた男は通信モニタ越しに、ゲッターチーム3人にその顔を見せた。

 

早乙女

「そうだ。お前達の帰りがあまりにも遅いものだからこうしてこっちから来てやったのよ」

 

 早乙女博士。竜馬達3人をこの戦いの無限地獄へ引き入れた張本人であり……ゲッターロボ開発者。その早乙女博士がこうして、竜馬達の前に姿を現している。それも、見たこともないゲッターロボを操って。

 

隼人

「早乙女、説明しろ! そいつは一体……」

早乙女

「説明は後だ。今からエンペラーのゲッターエネルギーを、お前達のゲッターに送り込む。それを使い、敵を倒せ!」

 

 エンペラー。そう呼ばれた巨大なゲッターの口にエネルギーが収束していく。それが、ゲッタービームを放つための充填であると、隼人達はすぐに見抜いた。

 

弁慶

「お、おい! あんな出力のゲッタービームをここで放てば……この街は!?」

隼人

「ああ、東京だけじゃねえ。日本を丸々クレーターにしかねねえパワーを感じるぜ」

甲児

「なっ!?」

 

 そんなものを許すわけにはいかない。マジンガーZは立ち上がったが、翼も折れ天高くを飛ぶゲッターエンペラーに届きはしない。だが、しかし。

 竜馬のゲッター1が空高く飛び、エンペラーと垂直に並んだ。そして、その全身をエンペラーへと晒け出す。

 

竜馬

「おいジジイ! それを使えば、どうにかなるんだろうな!?」

早乙女

「どうにかするのは、貴様らの仕事だ!」

 

 言い捨てる早乙女に竜馬が「へっ」と一笑する。エンペラーのゲッターエネルギーを浴び、ゲッター1のエネルギーは急速に高まり始めていた。

 

隼人

「!?」

 

 まるで、あのとき。鬼哭石の戦いの時に起きたゲッター線の増幅現象。それと近い……いや、それ以上のゲッター線の高まり。

 

竜馬

「隼人、弁慶。気合い入れろよ!」

 

 竜馬の闘争心が、ゲッター線の高まりを増幅させている。そう隼人には感じられた。

 

隼人

(エンペラー、それに竜馬。お前達は一体…………)

 

 しかし、今は雑念を捨てる時。もし失敗すれば、自分達どころか国一つが消滅するかもしれない瀬戸際だ。

 

弁慶

「お、おいお前ら!?」

竜馬

「ビビってんのか、弁慶?」

 

 こんな危険な賭け、できるわけがない。だが、それをしなければどの道晴明を倒すことなどできない。そう竜馬は視線で弁慶に告げる。隼人もすでに、覚悟を決めたという風に一点のみを見つめていた。

 

弁慶

「こ、こうなりゃヤケだ!?」

 

 叫び、弁慶は合掌する。

 

弁慶

「南無三!」

 

 それが、合図だった。ゲッターエンペラーに集まっていくゲッター線が、熱となって収束し……

 

早乙女

「竜馬、受けとれ!?」

 

 ゲッターエンペラーの最大出力で、ゲッタービームがゲッター1へと放たれた。圧倒的なゲッター線の熱暴走。旧式ゲッターであればオーバーロードを起こし自滅していたであろう。

 だが、このゲッターロボならば。

 竜馬と、隼人、弁慶ならば!

 

竜馬

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 ゲッターロボの全身が、緑色に輝き始める。そして、そのゲッターエネルギーが暴走を始める前加速し、竜馬が行く。

 

竜馬

「ペダルを踏むタイミングを合わせろ!」

隼人、弁慶

「おうっ!?」

 

 3つの心をひとつにする。それが、ゲッター線をより高次元の存在へと進化させていく。ゲッターロボは、エンペラーから受け取ったゲッターエネルギーの熱暴走そのままに、晴明目掛けて加速していく。その勢いは、既に光速に達していた。これまでのゲッターとは違う。

 

晴明

「く、来るなぁっ!?」

竜馬

「晴明! これでおわりだぁぁぁぁっ!?」

 

 エンペラーのゲッターエネルギーと、ひとつになった3つの心。それが、ゲッター1に本来存在しない機能を与えていた。

 即ち、シャインスパーク。次世代型ゲッターロボに搭載される予定だった必殺の一撃。それと同じこと今、ゲッター1は行っているのだ。

 ゲッターエネルギーの塊となって敵に体当たりし、そのままゲッターエネルギーをぶつける必殺兵器。その体当たりを晴明は式神を展開し、五芒星の呪いで防ごうとした。しかし、無駄だ。熱き怒りの嵐が、晴明の呪いを突き破る。そして!

 

晴明

「うぅ、ぅぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 凝縮されたゲッター線の塊の中、宿命の陰陽師・安倍晴明は断末魔の悲鳴を上げていた。

 

竜馬

「てめえとの腐れ縁も、これで最後だ晴明!」

 

 竜馬が吐き捨てる。それを聞き、ククと晴明は嗤ってみせた。そして、自らの貌をゲッターロボへと向け、ニタリと嗤う。

 

晴明

「竜馬……地獄で待てぬのが心残りぞ」

 

 身体はゲッター線の熱で焼け爛れ、ドロドロに溶け始めていた。そして、その醜く歪んだ顔もまた。

 

晴明

「貴様は生きながら、無限地獄を彷徨うがいい!」

 

 呪いの言葉とともに陰陽師・安倍晴明は爆ぜ、そしてゲッター線の光のなかへ消えていった。

 

竜馬

「ケッ、さっきも言ったがよ。てめえはあの世で頼光に詫びを入れるんだな。……俺の分までよ」

 

 そして全てが終わったと同時、最初に駆け付けたのがグレートマジンガーだった。

 

鉄也

「甲児君!?」

 

 グレートは、ボロボロになったマジンガーZへと駆け寄ると、グレートの肩を貸して立ち上がらせる。

 

鉄也

「あの巨大なゲッターは……?」

甲児

「詳しいことはわからねえが……竜馬さん達の知り合いらしい」

鉄也

「知り合い? なら……味方なのか?」

 

 甲児は、その問いには答えられなかった。

 ゲッター線。それが意味するものは甲児の、そして恐らくは竜馬すらも明確な答えを出せていないのだから。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—科学要塞研究所—

 

剣蔵

「……つまり、このゲッターエンペラーは竜馬君達の世界。仮にB世界と呼ぶこととしよう。そこからやってきた。ということでよろしいのですか?」

 

 激戦の後、科学要塞研究所へ帰還した一同はその巨大なゲッター……ゲッターエンペラーの処遇について話し合っていた。簡単に測った結果だがその体積はかつてジオン軍が使用していた宇宙空母ドロスと同程度。その気になればモビルスーツ180機を搭載でき、しかもゲッターロボ以上のゲッタービームを搭載しているエンペラーは、そのまま放置するわけにもいかない代物だった。

 研究所の中にも入りきらないそれを今、科学要塞研究所が位置する相模湾に停泊させている。敷地としてはギリギリ科学要塞研究所の管轄内のもので、現状エンペラーは科学要塞研究所で管理される体となっている。

 その結果、今兜剣蔵博士と葉月博士はゲッターエンペラーの責任者という老人……早乙女博士と対面し、話し合っている。多くは、お互いの現状に対する認識の擦り合わせ。そして、これから竜馬達ゲッターチームを含め、彼らはどうするのか。

 

早乙女

「ゲッターエンペラーは、ワシらの研究所……早乙女研究所そのものをひとつのゲットマシンに改造し、そこから生まれたゲッター線を動力とする万能宇宙船じゃ」

 

 早乙女は、重々しく口を開く。ずっと早乙女は葉月と剣蔵を観察していたが、2人が政府の役人共のような脳なしではなく、理知的な人物であると判断し、説明を開始した。

 

葉月

「宇宙船? エンペラーは戦闘母艦ではないのですか?」

早乙女

「あなた方の世界が混乱に包まれているのと同じように、ワシらの世界も混迷の中にあった。ゲッターは元々、宇宙開発のために作ったものであり、無尽蔵のエネルギーを有するゲッター線は、宇宙開発において夢のエネルギーになるはずだった」

剣蔵

「…………だが、戦闘用に改造せざるを得なかった。そしてゲッター線は奇しくも、戦闘において非常に強力なエネルギーだった。そういうことですか」

 

 コクリ、と早乙女は首肯する。事実、早乙女や竜馬達のいた世界は鬼だけでなく、異星人との戦いも激化していた。その中で敵もまたゲッターエネルギーを狙い、早乙女博士は自衛のための戦力増強を、終わらない闘争と共にはじめなければならなかった。

 

早乙女

「……我々の世界。B世界における戦乱は、終息に向かっています。竜馬達が参加した銀河決戦に勝利し、侵略者を倒し、そして地球は新たなスタートを切った……。ですが鬼を操る黒幕、安倍晴明との決着だけはつかなかった。奴らは、単身で晴明の本拠へと向かい……消息を絶ったのです」

剣蔵

「そして、あなたは竜馬君たちを連れ戻すためにゲッターエンペラーの開発に着手した。そういうことですか」

早乙女

「うむ。3年ほどの歳月がかかりましたがな」

 

 3年。それだけの時間の捻れが、A世界とB世界で発生しているのか。或いは竜馬達が行っていたという晴明の本拠……黒平安京に時間の捩れの大元があるのか。答えは出ない。優秀な科学者3人が相席するこの場でも、あまりにも情報が足りなすぎた。この謎に関しては保留にするしかない。そう判断し剣蔵は話題を移す。

 

剣蔵

「それで、あなた達はこれから元の世界に帰るつもりなのですか?」

 

 順当に考えれば、そうなるだろう。元々、早乙女も竜馬もこの世界の住人ではない異邦人。早乙女は竜馬達を連れ戻すために来た。そして、竜馬達の宿敵である安倍晴明は確かに、倒したのだから。ところが、早乙女は深刻そうに首を振る。

 

早乙女

「エンペラーも万能ではない。今回は竜馬達のゲッターロボが縁を結んでうまく行ったが、世界の壁を越えるのは多くの事象や因果が重なり合ってはじめて可能なもの。すぐに帰るというわけにはいかんでしょう」

剣蔵

「では……?」

早乙女

「元の世界に戻れるきっかけを掴むまで、あなた方に協力します。それにおそらく……」

 

 おそらく。その続きを早乙女博士は黙り込んだ。剣蔵も葉月も、深くは追及しなかった。

 彼が科学者らしい気難しい気質を持っているのを、2人も既に理解していた。そして、そういう時答えを急かされるのは2人とも嫌いなのだった。

 

早乙女

「エンペラーは、戦闘母艦としての性質を持っています。最大出力を簡単に出すわけにはいきませんが、研究所防衛用の装備もそのまま残っている。ロボット軍団の母艦として使ってくれて構いません」

 

 A世界の話を聞いて、早乙女の脳内にも一つの仮説が組み上がりかけていた。

 だが、それはまだ確たる証がなく、仮説と呼ぶにも弱い憶測、妄想に近い。その確信を得るためには、エンペラーもまた竜馬達と共に戦場に出るのがいい。そう早乙女は考えていた。

 

早乙女

(鬼……。安倍晴明。おそらく奴が黒幕というわけはあるまい。晴明の背後にいたというミケーネ帝国。それに異世界バイストン・ウェルに、デビルガンダムと木星帝国。何かが、ゲッターを呼び集めているのやもしれぬ)

 

 とすれば。この世界は。

 早乙女博士の視線は、相模湾に着水するエンペラーへ向けられていた。

 

 

…………

…………

…………

 

ミチル

「久しぶりね、流君。神君。武蔵坊君」

 

 科学要塞研究所の一画。そこに降りた早乙女ミチルは、3年ぶりに顔を合わせる研究所の問題児達に懐かしげな表情を見せていた。

 

弁慶

「おおミチルさん! また会えて嬉しいよ!」

 

 弁慶が歓声を上げて、ミチルの肩を抱こうとする。しかしミチルはキッと強く弁慶を睨むと、弁慶は「おおう……」と声を上げ引き下がる。

 

竜馬

「ヘッ、鬼女……。久しぶりじゃねえか」

ミチル

「相変わらずね。全く」

 

 竜馬は悪態を吐くが、それでも決して悪い気はしない。一方で隼人は、「ム?」と声を上げる。

 

隼人

「3年?」

ミチル

「そうよ。……あなたたちが消えて、私たちの世界は3年が経過した。その間にお父様が開発したのが、ゲッターエンペラー壱号機なの」

隼人

「…………壱号機。か」

 

 腕を組み、隼人は眉根を寄せる。壱号機。という言葉が意味するのは、このゲッターエンペラーが1台のゲットマシンであるということだ。おそらく、早乙女博士の構想通りならエンペラーは3台開発され、ゲッターチェンジする。だが、単体でここまで巨大なゲットマシンだ。それを3台も用意することはできなかったのだろう。

 

竜馬

「…………にしても、ゲッターエンペラーか。ジジイのやつ、気持ち悪いモン作りやがって」

ウモン

「なあに、世の中ハッタリじゃよハッタリ。あのデカイ顔も、敵をビビらせるのには役に立つじゃろ」

 

 そんなゲッターチームの会話に入ってきたのは、クロスボーン・バンガードのウモン爺さんだった。

 

キンケドゥ

「ハッタリか……爺さんはいつもそれだな」

甲児

「でも、違いねえや。機械獣や戦闘獣なんかはハッタリが効いた見た目してるしよ」

鉄也

「ボロットも、ほとんどハッタリで空を飛んでたな」

 

 そう、次々にやってくる面々にミチルが目を丸くしていると、さやかが「みんな、困ってるじゃない」と口を挟む。

 

さやか

「大勢で押しかけちゃってごめんなさい。でも、やっぱりみんな気になってるみたいで……」

ミチル

「…………」

 

 そう謝罪し腰を曲げるさやかに、ミチルは目を丸くしていた。

 

さやか

「あの、何か?」

ミチル

「ああ、いいえ違うの。怒ってるわけじゃないわ。ただ……こんなガサツな男世帯であなた、大変でしょう?」

 

 そう、まるで自分のことのようにミチルが言う。その意図を察してか、さやかは「フフッ」と笑いが込み上げていた。

 

ミチル

「私は早乙女ミチル。考古学を専攻する学者よ」

 

 そう言って差し出されたミチルの手を握り返し、さやかも微笑んだ。

 

さやか

「私は弓。弓さやかです。普段は父の研究助手をやってます」

ミチル

「あら、あなたのお父さんも研究者。お互い苦労するわね」

さやか

「ええ、全く」

 

 すっかり打ち解け、微笑み合う2人。竜馬達はそんなミチルの穏やかな様子に目を丸くしていた。

 

竜馬

「お、鬼女が……人間みてえじゃねえか」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—???—

 

一清

(素晴らしい……)

 

 東京タワーから戦いの一部始終を見守っていた一清は今、興奮冷めやらぬ様子で豪和総研へ向かっていた。

 鬼を操る陰陽師・安倍晴明。それを討ち滅ぼした赤鬼と、それを操る男。

 それはまさに、豪和の伝承に伝わる骨嵬と、その嵬にまつわるそれを再現しているかのような光景だった。

 

一清

(あの力……なんとしても俺のものにしたい)

 

 豪和の一族の中にあるはずの嵬の血は、代を重ねるごとに薄れている。今、その血を持つのは愚弟ユウシロウのみ。

 ユウシロウを人形として、ガサラキに迫る。それこそが豪和の悲願であり、自らの野心の終着点であると一清はずっと考えていた。

 しかし、もしかしたら。

 ガサラキの真実を、無限の力を手に入れる手段はユウシロウ以外にもあるかもしれない。そんな妄想が今、一清を満たしていた。

 

???

「あの力が何か、あなたは理解していますか?」

 

 そんな一清の背後から、声がする。その声の主は姿を現さない。ただ、声だけで一清を呼び止めていた。

 本来、愚民の声になど一清は耳を傾けない。だが、この男は別だ。

 

一清

「シンボルの総帥自らお出ましとは……貴方は、あれが何かご存知なのですか?」

 

 ファントム。幽霊とだけ呼ばれる正体不明の男。豪和にとって敵とも言えるその存在はしかし、一清にとってはまた違う意味を持っていた。

 即ち……同じ真実を追い求めるもの。

 

ファントム

「あれは……ゲッター。もうひとつのガサラキですよ」

 

 クツクツと笑うファントムの声。

 

一清

「ゲッター……」

 

 口の中で反芻する。奪還者。それは、とても魅力的な響きだった。

 

ファントム

「豪和の求めるそれと、ゲッターは本質的には違う。ですが、ゲッターとガサラキは遠い昔に同じ存在だった。私はそう推測しています」

一清

「ほう…………」

 

 とすれば、ゲッターとやらに乗っているのは嵬。そういうことになるのだろうか。一清は推理する。そして、

 

一清

「ユウシロウ以外にも嵬の資質を持つ者がいる、か……」

 

 クツクツと、一清は鮫のようにほくそ笑んでいた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話「戦乙女の末裔」

—科学要塞研究所—

 

サイ・サイシー

「なんだって! ベラ姉ちゃんが、ザビーネの野郎に!?」

 

 東京と大阪を襲うミケーネ帝国の二面作戦の最中に起きた出来事を報告し合う中、キンケドゥとアルゴから聞かされた事実にサイ・サイシーは驚愕の声を上げた。

 

アルゴ

「それだけではない。チャップマン……デビルガンダム四天王の奴も復活していた」

キンケドゥ

「どうやら、DG細胞を奪ったのはザビーネだったらしい……」

 

 ザビーネと直に対峙していたアルゴと、キンケドゥが答える。その声色は深刻で、特にキンケドゥからは焦燥感を隠しきれずにいた。

 

甲児

「そのベラっていうのは、みんなの知り合いなのか?」

 

 そう訊ねる甲児に、さやかが呆れたようにため息をつく。

 

さやか

「ベラ・ロナ……。10年前のコスモ・バビロニア建国戦争で、貴族主義を否定しマイッツァー・ロナと対立したロナ家の後継者のことですよね?」

キンケドゥ

「ああ。戦後、俺とベラ……セシリーは木星帝国の陰謀を知り、死を偽装して月のサナリィや、貴族主義のシンパを味方につけて新生クロスボーン・バンガードを組織した。そして、デビルドゥガチとの戦いの後また俺とベラは、シーブックとセシリーに戻り横浜で小さなパン屋を経営していたんだがどうやら、ザビーネに掴まれていたらしい」

 

ナスターシャ

「ザビーネ・シャルは貴族主義信奉者の中でもかなりの過激派だ。コスモ・バビロニア建国戦争ではベラ・ロナの側についたがそれは、ベラをこの世界を統治すべき貴族と見做してものだった。奴はどうやら今でも、貴族主義の復活を諦めていないのだろう」

 

 アルゴの傍に立つ軍服の女性ナスターシャが続ける。ベラ・ロナとはナスターシャも何度か面識があり、何よりガンダム連合を結集する際に彼女が世界へ呼びかけてくれたことはアルゴ達シャッフル同盟にとっても大きな借りであると言えた。そんなベラ・ロナ……セシリーの窮地とあっては、サイ・サイシーもいてもたってもいられない。

 

サイ・サイシー

「じゃあ、早くベラ姉ちゃんを助けにいかねえと!」

 

 椅子から立ち上がり、サイ・サイシーは大きく屈伸する。そんなサイ・サイシーの背後に、ヌッと気配が2つ増えた。

 

恵雲

「待つのだ、サイ・サイシーよ」

瑞山

「ザビーネの居所はまだ掴めていないのだぞ」

 

 2人の僧侶、太った狸顔の僧侶を恵雲。細身の狐顔が瑞山という。2人はサイ・サイシーのお目付役兼サポートスタッフとして、第13回ガンダムファイトの際には常にサイ・サイシーと行動を共にしていた優秀な僧侶達だ。

 

サイ・サイシー

「う、うわぁっ!? じっちゃん達いつからいたんだよ!?」

 

 突然の再会に、驚き飛び上がるサイ・サイシー。恵雲と瑞山は、そんなサイ・サイシーに呆れながら言葉を続ける。

 

恵雲

「我らの気配も感じとれぬとは!」

瑞山

「修行が足りぬぞサイ・サイシー!」

サイ・サイシー

「あー、せっかく口うるさいじっちゃん達がいなくて楽ができると思ったのに……」

 

 サイ・サイシーは露骨に悪態を吐き、恵雲と瑞山はショックを受けたように「なっ……!」と声を揃えて驚く。

 

恵雲

「瑞山!」

瑞山

「恵雲!」

瑞山・恵雲

「ガンダムファイトが終わってから、サイ・サイシーは弛んでいる。これでは亡き師に申し訳が立たぬ。よよよよよ…………」

 

 さめざめと泣き始める2人の僧侶を、一同は妙な目で見つめていた。

 

竜馬

「……僧侶ってのは、どいつもこいつも変な奴なのかもな」

隼人

「へっ、違いないな」 

弁慶

「て、てめぇらそいつはどういう意味だ!?」

 

 遠回しに「変な奴」呼ばわりされ、弁慶は竜馬の胸倉を掴む。そんな暴力的な光景も、既に日常茶飯事になり甲児達は慣れてしまっていた。彼らが「そういうコミュニケーションをするチームである」という認識で既に、皆の間で統一されている。

 

さやか

「また始まったわね……」

 

 言い換えるなら、諦められてしまっていた。そんなバイオレンスなコミュニケーションで会話する竜馬と弁慶の煽り合いが次第に乱闘の模様を見せ始め、一同はそそくさと会議室を退出する。こうなったら、気が済むまで暴れ回らせるしかない。というのが、甲児達がここ数日で学んだ竜馬達ゲッターチームへの対処法だった。

 

竜馬

「にゃろう、殴ることはねえだろうか!」

弁慶

「うるせえ! 今日という今日はもう我慢ならねえ!?」

 

 弁慶の丸太のように太い腕が、竜馬の腹を抉るように押し込められる。しかし、竜馬も鋼鉄のように硬い腹筋でそれを押さえ込み、弁慶のパンチから踏みとどまった。

 

竜馬

「この野郎!」

 

 そして、竜馬の蹴りが炸裂する。弁慶の頭に思いっきり叩き込まれる踵落とし。常人なら頭蓋骨が割れるそれを受けて弁慶はしかし、「痛えじゃねえか!」とより闘志を漲らせた。

 

ナスターシャ

「…………な、野蛮人か?」

 

 新入りのナスターシャは、そんな竜馬と弁慶の乱闘に絶句する。

 

アルゴ

「…………なるほど、いい蹴りだ。デカイ方のタフぶりもいい」

 

 ネオロシアのガンダムファイター・アルゴはそんな2人の乱闘を観察し、ファイターとして評価していた。だが、デスクが真っ二つに割れ破片がナスターシャへ飛んだのを見て、アルゴもまたそのずっしりとした剛腕でナスターシャを抱き抱え、破片からナスターシャを護る。

 

アルゴ

「……大丈夫か?」

ナスターシャ

「あ、ああ……」

 

 ナスターシャを下ろすと、アルゴはその巨体をズシンと動かし絶賛乱闘中の竜馬と弁慶へ向かっていく。

 

弁慶

「なんだてめぇ、やる気か!?」

竜馬

「邪魔するんじゃねえ!?」

 

 竜馬と弁慶の攻撃対象が、アルゴへと向かう。竜馬の強烈な蹴りと弁慶の拳が、同時にアルゴへ叩き込まれる。

 

ミチル

「いけない!」

鉄也

「あんなものをまともに喰らったら、死ぬぞ!?」

 

 ドスンという鈍い音が2つ、同時に響いた。しかし、打たれた本人……アルゴはビクともしない。まるで蚊か何かにでも刺されたかのように、まるで動じない。

 

アルゴ

「……………………」

竜馬

「なっ……!?」

弁慶

「お、俺たちの一撃を受けて無傷だと!?」

 

 竜馬は明らかに、急所を狙って蹴りを入れた。弁慶も、渾身の怪力で殴りつけた。それらは生半可な人間どころか、鬼すらも殺す必殺の攻撃だ。だが、だがしかし。アルゴの頑丈な肉体は、それを受け付けなかったのだ。

 

アルゴ

「少し、静かにしろ」

 

 210㎝を誇る長身が、無表情で竜馬と弁慶を睨む。そして、2人の頭を大きな腕が掴むと、思い切り2人の頭と頭をまるで、卵の殻を割るかのように叩き付ける。

 

竜馬

「ッッッッッ!?」

弁慶

「ォォォォォォォッ!?」

 

 強烈な痛みが、竜馬と弁慶を襲う。アルゴはそれで2人を解放すると、腕を組み2人を睨み付けた。

 

アルゴ

「……わかったな?」

竜馬

「……チッ、仕方ねえ。今日のところは手打ちにしてやるぜ」

弁慶

「お、覚えてろよ!?」

 

 そんな捨て台詞を吐いて、おずおずと竜馬と弁慶は退いていく。それをアルゴは静かに見守っていた。その光景を部屋の外へ退避しながら観察していた甲児は、まるで信じられないものを見たかのように絶句している。しかし、やがて事態を飲み込むと、「す、すげえ……」と小さくつぶやいた。

 

甲児

「……あのゲッターチームの乱闘を終わらせちまった」

キンケドゥ

「アルゴは俺達と違って、根っからの宇宙海賊だからな。肝の据わりも尋常じゃない。それに……」

 

 キンケドゥが続ける。

 

キンケドゥ

「あいつはあれで心根が優しい奴だからな。野生動物に慕われるんだ」

 

 それを聞き、隼人がプッと吹き出した。

 

隼人

「するってぇとあいつらは野獣か? まぁ、言い得て妙だな」

 

 そんな時である。「ワンワン!」と鳴きながら走る仔犬と、それを追いかける金髪の少女が彼らの前へやってきたのは。

 

ローラ

「ベッキー、待って!」

 

 飼い主であるローラを振り切り走り回るベッキーは、トコトコと駆け回りやがて、アルゴの足下へやってくる。

 

アルゴ

「ム……?」

ベッキー

「クゥン……」

 

 甘えるような声で鳴くベッキーをアルゴは抱き上げると、ゆっくりと歩き出し廊下でその様子を見ていたローラの下へ行く。そして膝を屈めて210㎝の巨体を下ろすと、アルゴはその手から仔犬をローラの下に差し出した。

 

アルゴ

「…………腹が減っているようだぞ」

ローラ

「えっ、もうベッキーってばさっきおやつ食べたばかりなのに」

 

 仔犬を抱き抱え、ローラは呆れたように言う。その様子を見守りながら、アルゴはそのゴツゴツした大きい手で、ベッキーの頭を優しく撫でた。

 

アルゴ

「…………大事にされているんだな」

ベッキー

「ワン!」

 

 そんなアルゴの手を、ベッキーはペロリと舐める。ベッキーはすっかり、アルゴに懐いているようだった。サイ・サイシーがそんな様子を意外そうに見つめていると、「あ、」とローラは何かを思い出したかのように声を上げる。

 

ローラ

「そうだ。おじちゃんが言ってたわ。パイロット各員を管制室に呼んできてって」

甲児

「よし来た、行こうぜ鉄也君!」

 

 もしかしたら、行方不明になった仲間のことで何か分かったのかもしれない。そんな気持ちが甲児を逸らせ、甲児は一目散に管制室目掛けてかけていった。

 

さやか

「あ、甲児君! もう……」

 

 そんな甲児の背中を見送りながら、さやかが毒付く。

 

さやか

「甲児君、槇菜やドモンさん達が心配だから少し焦ってる風に見えるわ」

サイ・サイシー

「だね。焦ってもどうにもならないのに……」

 

 さやかとしても、気持ちはわかるつもりだ。特に槇菜は、あんなものに乗って戦うのを自分の領分にしているような子じゃない。

 今までは自分や甲児の目が届くところで戦っていたが、今は……。それを考えるだけでも、居ても立ってもいられないのだろう。だが、その焦りが窮地を招いてしまうのではないか。そんな不安がさやかにはあった。

 

竜馬

「へっ、心配なんざ必要ねえよ」

 

 そんなさやかを見かねてか、竜馬が呟く。

 

さやか

「竜馬さん……」

 

 アルゴに思い切り制裁された頭を摩りながら呟く姿はいまいち締まらないが、それでも竜馬達3人も、思えばこの世界では異邦人であることをさやかは思い出した。ともすれば、今消えてしまった仲間達と同じような境遇にゲッターチームはいる。だが、

 

さやか

「竜馬さんと違って甲児君も槇菜も、繊細なんです!」

 

 ぴしゃりと言い切り、さやかは甲児を追い行ってしまった。

 

竜馬

「お、おいそりゃあ……俺はガサツってことか!?」

 

 

…………

…………

…………

 

 科学要塞研究所の管制室。その大型スクリーンに映し出されていたのは、前線で戦っていた彼らには見覚えのない男だった。しかし、兜剣蔵と葉月孝太郎の2人は、その男に睨みを効かせている。その、不穏な空気の中でジュンが息を呑んでいた。

 スクリーンの男は黒髪を短く刈り揃え、仕立てのいいスーツを着た男。しかし、その目は爬虫類のように無機質で、値踏みするようにこちらを眺めていた。

 

一清

「……そこで、貴方達の戦力をべギルスタンに派遣していただきたい」

剣蔵

「それは……日本政府の命令ということですか?」

一清

「いえ、豪和の独断です」

 

 豪和一清。日本において絶大的な権力を誇る豪族・豪和一族の長男は有無を言わせぬ態度で、剣蔵に出撃要請を依頼していた。

 

葉月

「我々は、人類への脅威を前に集結したのです。べギルスタンの大量破壊兵器所持疑惑や謎の爆発事故に関しては我々も承知していますが、戦争のために集まっているわけではないと理解していただきたい」

 

 葉月が眼鏡を光らせながら言う。一清はしかし、そんな葉月の言葉を鼻で笑った。

 

サイ・サイシー

「あいつ……!」

アルゴ

「…………」

 

 そんな一清の態度が気に入らないサイ・サイシーをアルゴが制す。一清は、そんなものは目に入らないとでも言うような態度を崩さずに言葉を続けた。

 

一清

「べギルスタンに派兵されたアメリカ軍が全滅したという話は、承知していますか?」

葉月

「…………ええ」

一清

「これは極秘に入手した現地の写真なのですがこれを見れば、貴方達もベギルスタンが人類への脅威たらしめるものであると理解するはずです」

 

 そう言って、一清は一枚の画像をスクリーンに映し出す。そこに映されていたのは、星条旗のマーキングが施されたジェガンタイプのモビルスーツ部隊。しかし、彼らの前に立ち塞がっているのは巨大なガンダムの頭部だった。

 

アルゴ

「ガンダムヘッド……!?」

キンケドゥ

「デビルガンダムが、べギルスタンにいるのか!?」

 

一清

「フ……」

竜馬

「…………」

 

 予想通り、という笑みを一清は浮かべていた。その含みのある笑みを竜馬は睨め付ける。

 嫌悪感。それが、竜馬が一清に抱いた第一印象だった。

 

一清

「デビルガンダムが相手となれば、通常兵器は役に立たないでしょう。スーパーロボットやシャッフル同盟の皆様の力を借りたいと考えるのは、無理からぬことと思いますが?」

剣蔵

「…………それは、そうでしょうが」

 

 デビルガンダム細胞を奪った犯人は、木星帝国残党とも繋がっていると確認されている。もし、べギルスタンが用意していた極秘兵器がデビルガンダム細胞を使用した兵器であるとすれば、無視するわけにもいかなかった。

 腕を組み、剣蔵は熟考する。

 

甲児

「お父さん……」

鉄也

「所長……」

 

 やがて、剣蔵は静かに口を開いた。

 

剣蔵

「わかりました。うちの部隊をべギルスタンへ派遣しましょう。ですが、べギルスタンへの攻撃ではなくあくまでデビルガンダムの調査のため、です」

 

 その決定に一清は、満足そうに頷いた。

 

一清

「現地には、特自が派遣されています。万が一、特自がデビルガンダムの脅威に晒された場合は救援を頼みたい。それはよろしいですね?」

剣蔵

「無論です。相手がデビルガンダムであるのならば、ですが」

 

 「それでは、よろしくお願いします」そう言って、一清は一方的に通信を切ってしまった。

 後に残されたのは、しばしの沈黙。

 

鉄也

「……よかったんですか、所長。あれは、豪和でしょう?」

隼人

(豪和……!)

 

 隼人が、険しく眉根を寄せる。以前、横浜基地でハッキングを試みた時に見た名前だった。豪和一族、骨嵬、ガサラキ……。

 それは、ゲッター線の秘密を追っている隼人が手に入れた、この世界におけるゲッターの秘密に関わる鍵。それを握る人物が、先ほどまで目の前にいた。そして、その豪和も何かを企んでいる。それが隼人にはわかる。

 

隼人

(どうやら、豪和もゲッターの存在に気づいたようだな……)

 

 豪和が科学要塞研究所に直接依頼する理由は、それしか考えられなかった。恐らくは、エンペラーの出現が豪和に行動させたのだろう。だとすれば、

 

隼人

(べギルスタンとやらにも、豪和の目的に関わる何かがあるということか……?)

 

 そこで、ゲッターに何かをさせたい。それが、豪和の目論みであると隼人は推測する。

 

剣蔵

「……デビルガンダムが絡んでいるとなれば無視もできんよ。早乙女博士、エンペラーを出してくれますか?」

早乙女

「うむ、エンペラーなら通常航行でも数時間でべギルスタンへ到着する。もしミケーネとやらの攻撃があっても、すぐに日本に戻れますからな。エンペラーを母艦に、機動部隊を編成し出撃しましょう」

 

 そう言うと、早乙女博士は踵を返し、下駄の音を立てながらコツコツと歩き出していく。

 

早乙女

「何をしておるお前達。エンペラーへ急げ」

 

 そう吐き捨てて、早乙女はすぐに行ってしまった。

 

サイ・サイシー

「……デビルガンダムとあっちゃ、オイラ達も無視はできないな。行くぜおっちゃん!」

アルゴ

「……ああ」

 

 サイ・サイシーとアルゴも続く。さらに鉄也とキンケドゥも、歩き出していった。

 

甲児

「……竜馬さん?」

 

 鉄也に続こうとした甲児は、気に入らないとでも言わんばかりにジーンズのポケットに手を突っ込む竜馬を見かねて声をかけた。

 

竜馬

「あの野郎……あれは何か企んでる目だったぜ。晴明と同類だ」

 

 そんな奴の言いなりになるのはゴメンだ。言外にそう言って竜馬はそっぽを向く。

 

弁慶

「……確かに、あれは悪党の人相だったな。だが、デビルガンダムが出てくるとあっちゃ黙ってるわけにもいかんだろう」

隼人

「……そういうことだ。それに、奴の目論見が別にあると言うなら、それも踏み越えてぶっ潰せばいい。お前ならそういうと思ったがな」

 

 隼人が、挑発するように言う。一瞬、竜馬は隼人と視線を交わし合った。そして……。

 

竜馬

「気に入らねえが、お前の言う通りだな。あの野郎が何か企んでるっていうなら……その企みごとデビルガンダムをぶっ倒してやりゃあいい」

 

 鮫のように笑い、竜馬はスクリーンの向こうにいた爬虫類のような男へ敵意と、闘志を燃やしていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

—べギルスタン空港—

 

 べギルスタン共和国。シチルバノフ大佐が全権を握る軍事国家として知られるこのアジアの小国に今、マーガレット・エクス少尉は足を運んでいた。栗毛色のなだらかな髪を覆うフードつきのコートを身にまとい、サングラスをかけた姿は一見すれば、観光客だろう。しかし、マーガレットはここにある人物が潜伏しているという噂を聞きつけ、単身ここにやってきたのだ。

 べギルスタンは、未来世紀へと年号を改め、コロニーに首脳陣が移された後日増しに治安が悪化していった。ガンダムファイトでも目立った成績を出したことがないべギルスタン政府は、国連の中でも立場が弱く、地球に残された人々を纏めるだけの行政能力は既に死滅している。

 そんな中、頭角を表したのがシチルバノフ大佐だった。シチルバノフ大佐は、軍事によってこの小国をまとめ上げ、強行的な政策で民衆をまとめあげた。軍事独裁政権。旧世紀から宇宙世紀にかけて呆れるほどに見たそれを、べギルスタンは今でも実践する数少ない国だった。

 

マーガレット

(アメリカも或いは、このくらい強権的だったら……)

 

 マーガレットの故郷アメリカは、その広大な土地を州という形で分け、州単位の地方自治を統治運営する合衆国制度を導入した国だ。その心臓部をコロニーに移した後、地球のアメリカはひどい荒れようだった。それは、マーガレットの故郷であるニューヨークもそうだった。

 ニューヨーク。旧世紀には栄華を極めたスラムで生まれたマーガレットの半生は、過酷を極めるものだった。州という、いくつかの国を纏めた統治機構を失ったアメリカは脆かった。暴動、強奪、強姦、殺戮……。ありとあらゆる悪徳が蔓延る無法地帯と化したニューヨーク。マーガレットは、そんな世界で生きてきた。

 それと比べれば、軍事力で統治されていたものであったとしても最低限の治安が守られているべギルスタンはマシなものに見える。そんなことを考えながら、マーガレットはべギルスタンの街を歩き、やがて観光客はまず来ない路地裏へ足を踏み入れた。

 陽の光も差さない路地裏には、古びた襤褸を纏った浮浪者が、ギラついた瞳でこちらを見ている。マーガレットは、サングラスの中に隠した瞳をなるべくそんな浮浪者達を見ないようにして進む。道中、鼠がマーガレットを横切った。

 

マーガレット

(ここは、ニューヨークとそう変わらないか……)

 

 そんなことを思いながら、マーガレットは進む。路地裏のその先には、小さな店がある。その看板には、『義理編』と漢字で記されていた。べギルスタンの現地民には、その漢字が何を意味するかなど理解できない。そして当然、マーガレットも。だが、マーガレットは携帯端末に保存されているスクリーンショットを確認すると、そこに描かれてる三文字の漢字を確認し、ひとつ頷いて店の暖簾をくぐる。

 『義理編』と記された謎の店。その店主は、褐色肌に金髪の、長身の男だった。男は、来客に対してもさして興味を示さずに本を読み耽っている。その皮装丁の表紙で編まれた古本の世界に没頭する男の前に、マーガレットは立った。

 

マーガレット

「ルー・ギリアム博士。アメリカ軍少尉、マーガレット・エクスです」

 

 マーガレットは男の前に立ち、敬礼する。

 

マーガレット

「探しました、ルー・ギリアム博士」

 

 ルー・ギリアム。そう呼ばれた男は、そこで初めてマーガレットの存在に気づいたように本から視線を上げる。

 

ルー博士

「オー、海兵隊が私に何の用デスか? 私はもう、軍とは関係のない身デース」

 

 開口一番、ルー博士はそう言って本を閉じ、マーガレットを見ていた。

 

マーガレット

「貴方が開発したマシン……ゼノ・アストラについて。聞きたいことがあります」

ルー博士

「オー、まさかゼノ・アストラの起動に成功したのデスか! 頭の硬い軍の連中に動かせるわけがないと思っていましたが、なかなか見所ある奴がいるものデスネー!?」

 

 ゼノ・アストラ。その名前にルー博士は眉根を寄せ、椅子から飛び上がって喜んでいた。

 ルー・ギリアム。その名前をマーガレットが知ったのは、ゼノ・アストラに関する資料を謹慎中にかき集めていた時のことだった。ゼノ・アストラの開発者として名を連ねるルー博士は、しかし同時に科学者としてはほぼ無名の存在であった。

 そんなルー博士が何故ゼノ・アストラを、ヴリルエネルギーを開発することが出来たのか。マーガレットは、ゼノ・アストラの謎に迫る中でそんな疑問に辿り着き、独自にルー・ギリアム博士の捜索を開始していたのだった。

 

マーガレット

「今、ゼノ・アストラは日本人の女の子が乗っています。我が軍の……いいえ、私のミスで、無関係な女の子を一人、過酷な運命に巻き込んでしまった。だから、教えてほしいんです。あれが一体、何なのか」

 

 サングラスを外し、マーガレットは言う。ルー博士はその瞳を見て、しばし黙り込んだ。それから、「ふぅ」と息を吐いて椅子に座る。

 

ルー博士

「…………あれは、正確には軍が、私が開発したものではありまセーン。そもそも私の専攻はアーキアロジー……テクノロジーは私の領分じゃないのデース」

 

 そう言いながら、ルー博士は、机の下から一冊のファイルを取り出し、マーガレットへ渡す。それを受け取り、マーガレットはファイルを開く。そこには、クレーンで引き上げられた人型起動兵器の骨組のようなものの写真が挟み込まれていた。

 

マーガレット

「……まさか、これが?」

ルー博士

「イエース。ゼノ・アストラとは、私がマチュ・ピチュの遺跡で発掘したオーパーツにつけたコードネームなのデース。ですが、軍はそれを徴収し、軍事用のスーパーロボットとして再利用する計画を立てたのデス。私はそれに腹を立て、プロジェクトから離脱し今はしがない古本屋デース」

マーガレット

「…………ルー博士。今、ゼノ・アストラを起動した少女は過酷な運命の中にいます。あなたの知識を、彼女のためにも貸して頂けないでしょうか」

 

 ルー博士はその言葉を聞くと腕を組み、再びマーガレットの目を見つめる。値踏みされている。そう、マーガレットは感じていた。当然だろう。ルー博士は、マーガレットの所属している軍に愛想を尽かして出国したのだから。値踏みされるのは好きではない。だが、マーガレットはそれを受け入れてルー博士の目を見返していた。

 やがて、ルー博士は溜息を吐くと椅子をくるりと回し、後ろの書棚から一冊の本……フレイザーの「金枝篇」を引き抜いた。すると、それを合図に床のパネルがパシンと跳ねる。

 

マーガレット

「これは……!?」

 

 地下への隠し階段。ルー博士は気付けばマーガレットの隣まで歩いてきており、そこで白い歯を見せて笑う。

 

ルー博士

「イエース。どうやら貴方は、信用できる人物とお見受けしました。私の秘密基地へ案内しマース!」

 

 そう言って、ルー博士は階段を降りていく。マーガレットもそれに続く。石造りの階段を、コツコツという音を立てて降りる。中は籠っており、足音は大きく反響している。

 

マーガレット

「地下に、何があるんですか?」

ルー博士

「私は、ゼノ・アストラを軍に奪われた時からずっとこの日を待っていたのかもしれまセーン。ゼノ・アストラ……あれは、私の仮説を証明する存在でした」

マーガレット

「仮説?」

 

 階段を降りながら、言葉を交わす2人。ルー博士の言葉を聞き、マーガレットは返す。

 

ルー博士

「イエース。マチュピチュの遺跡でゼノ・アストラのフレームを発見した。その事はお話しした通りデース。ですがその時既に、ゼノ・アストラの動力炉は生きている状態でした……」

マーガレット

「…………!?」

 

 ゼノ・アストラの動力炉。ヴリルエネルギー。20世紀初頭に提唱され、一笑に付された永久機関。それが、古代には既に開発されていたというのだろうか。

 冷たい汗が、マーガレットの頬を伝う。地下特有の冷気故だろうか。それとも、

 

ルー博士

「そもそも、私がマチュ・ピチュの遺跡発掘調査隊を組織したのは古代文明……アトランティス、ムー、ルルイエ……それらの存在を証明する為でした。そしてマチュ・ピチュは、そんな超古代文明の存在を示唆する重要な場所であると考えていたのデース」

マーガレット

「そして、ゼノ・アストラとヴリルエネルギーを見つけた……」

ルー博士

「その通り。思えば十蔵博士も、太古に存在したミケーネ帝国の存在を半ば確信していました。そして、ミケーネ帝国が現実に存在するのならば、ミケーネと同様の文明が他にあってもおかしくありまセーン」

 

 ミケーネ帝国。今現実として人類に迫る危機。思えばゼノ・アストラの暴走も、ミケーネ帝国の復活に呼応したかのようだった。そこまで考え、マーガレットは今のルー博士の話からあることに気付く。

 

マーガレット

「ジュウゾウ……兜十蔵博士のこと?」

ルー博士

「駆け出しの頃、私は十蔵博士のバードス島調査に同行させてもらいまシタ。あのバードス島との出会いが、今の私を作っていると言っても過言ではないでしょう……」

 

 そう語るルー博士の横顔は、まるでヒーローに憧れる子供のように純粋な目をしている。そうマーガレットは思った。そして、そんな瞳をする人を見ると、つい思い出してしまう。

 

マーガレット

(紫蘭も、そういう目をすることがあったな……)

 

 紫蘭・カタクリ。新宿で死んだマーガレットの恋人。紫蘭が軍に入ったのは、マーガレットと同じく生活のためだった。

 あのアメリカで生きていくには……強い力が必要だった。それは武力でも権力でも財力でも知力でも何でもいい。事実、ネオアメリカ代表のガンダムファイター・チボデーはそのボクシングの腕ひとつで成り上がり、アメリカンドリームをもう一度、国民に見せてくれた。

 だが、現実として夢を掴む人がいる裏で、アメリカという国は波乱と動乱にまみれている。紫蘭は、いずれはそんなアメリカを動かしてみんなに平和と夢を与える男になりたい。そうある夜、マーガレットに語ってくれた。

 同じ夢を見ていたい。それが、マーガレットが紫蘭に惹かれた理由かもしれなかった。

 だが、そんな紫蘭はもういない。

 

マーガレット

(…………紫蘭。貴方が生きてたらこんな時、どうしたのかしらね)

 

 そんな物思いに耽っていると、やがて階段を降り切る。そして、ルー博士が「アマテラス」と合図すると、その合言葉に呼応する様にして地下室の扉が重々しく開かれる。そこにあったのは、巨大なスーパーコンピューター。連結する3つのディスプレイは目まぐるしく世界中のあらゆる箇所を映し、そして常にルー博士の興味、関心にヒットする現象を録画保存を続けている。

 

マーガレット

「これは……?」

ルー博士

「世界の秘密に迫るため、私が準備していたシステムデース。世界中のニュースをリアルタイムに観測し続け、常に情報を更新し続けるシステムを構築しているのデース」

 

 個人レベルで、研究所並のコンピューター・システムを構築している。その事実に、マーガレットは驚愕した。それほどの情熱が、ゼノ・アストラを発掘するまでに至ったのだろうか。   

 マーガレットが感心しながら地下室……秘密基地を見回す。そこには確かに、表にあった古書とはまた違う趣の本が並ぶ書棚があった。旧世紀以前の海図や地図。それに、アトランティスやムー大陸といった古代文明に纏わる本。それは確かに、ルー・ギリアム博士の夢とロマンの詰まった部屋だ。

 

マーガレット

「凄い……」

 

 感嘆とする。ルーの夢はマーガレットには理解し難いものであったが、その夢に駆ける情熱は本物であった。それは、現実を生きるのに必死だったマーガレットにとってはある種の憧れと、羨望に近い感覚がある。そんな視線に、ルー博士は得意げに鼻を鳴らしていた。

 

ルー博士

「それだけではありまセーン。この秘密基地には秘密へ……」

 

 ルー博士が何かを言いかけた時だった。激しい震動が2人を襲う。グラグラと、天が揺れるのを感じてマーガレットは咄嗟に壁に背をもたれさせた。

 

マーガレット

「何っ!?」

ルー博士

「待ってくだサーイ、今外の様子を確認しマース!」

 

 そう言って、ルー博士はスーパーコンピュターを操作しカメラモニタを切り替えていく。そこには、べギルスタンの街並みが映し出されている。そして、その奥……街から離れて広がる荒野に、それは広がっていた。

 黄色い体躯。棍棒を構える一つ目の鬼械。それが群れをなし行進する。その光景を、マーガレットは知っていた。

 

マーガレット

「あれは……!?」

 

 デスアーミー。かつて新宿を、ギアナ高地を地獄に変えた騎兵部隊。デビルガンダムの手足として増殖し、行進するゾンビの群れが、べギルスタンの市街地を目掛けて歩いていた。

 

……………………

第10話

「戦乙女の末裔」

……………………

 

—べギルスタン—

 

 

 荒野を埋め尽くすように行進するデスアーミー。その姿は、市街地に暮らす人々にまでしっかりと見えていた。怯え惑う市民。べギルスタン軍はしかし、動こうとしない。それがさらに、市民の混乱を募らせる。

 

市民

「どうしてシチルバノフ大佐は、軍を出してくれないんだ!?」

市民

「国を守るのが軍人の責務じゃないのか!?」

 

 そんな国民の悲鳴にしかし、軍は答えない。

 

マーガレット

「どうして、デスアーミーがこんなところに……?」

ルー博士

「もしかしたら、これを探しているのかもしれまセーン」

 

 そう言ってルー博士は、モニタの横にあるリモコンを拾い、そのボタンを押す。すると、シャッターが静かな音を立てて開かれ、その奥にあるものがマーガレットの前に姿を現した。

 

マーガレット

「モビルスーツ? いや、これは……」

 

 緑色の、人型機動兵器。しかし、ガンダム・タイプのモビルスーツやマジンガーZのようなツインアイでもなく、新兵の頃マーガレットが乗っていたジェガン・タイプのようなバイザータイプでもない特殊な頭部をしている。

 言うなれば、スコープがそのまま露出しているかのような無骨な外観。人間的な表情を持つマシンが数多く製造されている現在、それは徹底的に人型機動兵器という鉄の塊に人格を見出さず、『道具』として割り切る開発者の思いが現れているようにも思えた。

 しかし、それ以上に特徴的なのはそのマシンが持つ右腕である。右腕だけが異様に大きく膨れ上がった左右非対称のマシン。その膨れた腕だけが、そのマシンの徹底機的に排除された人格性の中で唯一、人格を有しているようにマーガレットには見えた。

 

ルー博士

「これはシグルドリーヴァ……。開発凍結したヴァルキリアシリーズ、その最後の一機デース。廃棄予定だったそれを、私が買い取って組み上げマシタ」

マーガレット

「シグルドリーヴァ……」

 

 勝利を促す者。そう名付けられた戦少女の名を持つ騎兵。マーガレットは駆け寄り、その戦少女の胴体を弄ると、ガシャンという音とともにその上半身が開封される。その中には、マーガレットにも見知ったコクピット・シートがある。シートの上には、マシンとコードで繋がれたゴーグルが置かれていた。マーガレットはそれを拾うとシートへ座り、ハッチを降ろす。

 閉められたコクピットの中は、完全な闇だった。その闇の中で、ゴーグルだけが仄かに光っている。

 

マーガレット

「神経接続型か……」

 

 そう呟くと、マーガレットはゴークルをかぶる。ゴーグルを通して、マーガレットの視界とシグルドリーヴァの視界が一致していく。それは、不思議な一体感だった。

 

ルー博士

「ミス・マーガレット。シグルドリーヴァをあなたに託しマース。あのデスアーミーどもを、コテンパンにしてくだサーイ!」

 

 そんな陽気な英語が、マーガレットの耳に響く。それにマーガレットは、シグルドリーヴァは膨張している右腕を折り曲げ、敬礼のポーズを作って応えた。

 そして、エレベーター式のコンベアが起動しシグルドリーヴァを地上へと引き上げていく。それに合わせて、べギルスタンの街並の一部分が割れていく。スラム街から少し離れたゴミ焼却炉。その隣にある小さな空き地が開き、モスグリーンの戦乙女がべギルスタンを守るように姿を現すのだった。

 

ゾンビ兵

「…………!?」

 

 デスアーミー達の一つ目が、一斉にシグルドリーヴァを見た。そして、一足乱れぬ歩調でシグルドリーヴァへ向かい歩き出す。

 

マーガレット

「本当に、奴らの狙いはシグルドリーヴァなの? なら……」

 

 マーガレットがマシンのペダルを踏むと、シグルドリーヴァの脚部。その踵に取り付けられたキャタピラが回り、走り出す。街を離れ、荒野目掛けて。デスアーミーの狙いがシグルドリーヴァなら、街に被害を出さない方法は簡単だ。自分が囮になればいい。単純な思考回路のゾンビ兵達は、シグルドリーヴァを追い動く。そして、棍棒の先端に内臓されているビームライフルを構え、緑の戦乙女へ斉射した。

 

マーガレット

「危ないっ!?」

 

 しかし、その熱は機体に触れる前に霧散し、装甲に触れることはない。ビームコート。光学兵器に対して有効な特殊なカーボンコーティングを纏ったその装甲は、ビームの熱が届く前に霧散させてしまうのだ。

 ヴェスバーのような超高出力ビームか、或いは至近距離で集束を続けるビーム・サーベルのような兵器でなければシグルドリーヴァの装甲は、光学兵器を弾く。

 それは、モビルスーツの登場から常に課題となっている“小型化したビーム兵器への対策”という軍事上の課題において、常に付き纏っていた問題をこのマシン……シグルドリーヴァは解決していることを意味していた。

 

マーガレット

「凄い……」

 

 久しぶりに乗る鉄の棺桶の、むせ返るような匂いの中でマーガレットは、このシグルドリーヴァの性能を試すように走らせる。キャタピラのついた脚はどんな荒地でも速度を落とすことはなく、装甲はビームを寄せ付けない。後は、武装……それを確認しながら、マーガレットは荒野を走りデスアーミーを有効射程へ誘い込む。

 

マーガレット

(背中のマトリクスミサイルに、腰のファランクスミサイル……重装砲撃型か)

 

 悪くない。ライフルしか持たない屍の軍団を相手するのに、この装備は向いている。マーガレットはスコープ代わりのゴーグル越しに狙いを定め、試しにファランクスミサイルのボタンを押した。シグルドリーヴァの腰部から放たれた2発の弾頭。それがデスアーミー軍団目掛けて飛びそして、破裂する。耳を裂くような音とともに爆炎を上げるファランクスミサイルが、デスアーミーを焼いていた。

 

マーガレット

「これなら、やれる……!」

 

 続けて、シグルドリーヴァはミサイルを放つ。畳み掛けるような多重爆撃。普通のモビルスーツなら、これだけの重量砲撃のためには足を止めなければならないだろう。しかし、シグルドリーヴァは違う。キャタピラの脚は姿勢を変えることなく、ミサイル兵器を放ち続ける能力を人型機動兵器に与えていた。

 やはり、この機体……ヴァルキュリアシリーズの開発者は、マシンに機能以上のものを求めていない。ただの道具として、徹底的に効率を突き詰めて設計された歩行戦車。それが、マーガレットの抱いた第一印象だ。

 それは、神性を帯びているようにすら感じられるマジンガーZや、その神話を人々に語られ続けるガンダムとは根本から設計思想が異なる事を意味している。だが、それが却ってマーガレットには心地いい。

 

マーガレット

(私は、今を生きるために必死に戦い続けてきた。英雄も、神話も私には無縁。こういう方が、私にはいい!)

 

 それは、マーガレット・エクス少尉がパイロットとなりはじめて“愛機”を得た瞬間だった。

 

マーガレット

「ファイア!」

 

 背中に格納されていたマトリクスミサイルが展開され、火を吹く。次の瞬間には、ターゲットは塵となる。デスアーミー、ゾンビ兵。もの言わぬ屍達。かつて、自分の恋人が陥った末路。その思い出を振り払うように、マーガレットはミサイルを撃ち続けた。

 爆煙と土煙が、咽せるほどに広がる荒野をシグルドリーヴァは、マーガレットは往く。戦乙女を前に、デスアーミーなど相手にならなかった。だが、土煙の向こう。デスアーミーでは決してあり得ない速度で走る何かの存在を、シグルドリーヴァの計器が捉えていた。

 

マーガレット

「何っ!?」

???

「……………………!?」

 

 疾風の如く速さ。いや、疾さ。一瞬で土煙の向こうからやってきたそれは、血のように赤い。いや、赫い。そして、一打。徒手空拳で戦う髑髏のような頭部を持つ赫い魔神が、戦乙女の前に立ち塞がった。

 

マーガレット

「しまっ……!?」

 

 避けられない。咄嗟に右手で急所をカバーするが、そのパンチは風を切るように疾く、そして重い。突き飛ばされ、シグルドリーヴァは大きく後退してしまう。それでも体勢を崩さなかったのは、マーガレットの操縦技術によるものだろう。

 

マーガレット

「お前が、親玉ってわけ……!」

 

 左手にシザーナイフを構え、シグルドリーヴァは赫いマシンと相対する。赫いマシンも武術の型と思われるポーズを取り、身構えた。

 

マーガレット

(ボクシング……? いや、あの構えは……)

 

 マーガレットは知っている。それは、東洋のバリツと呼ばれる格闘術だ。旧世紀、イギリスの名探偵がこの格闘術を修めていたがために九死に一生を得たという逸話があり、英米圏では人気が高い。軍隊格闘でも、その基礎の型は習うことになるので、マーガレットも一応の心得はあった。

 だが、その構えを見ればわかる。敵はマーガレットよりも遥かにその心得に通じているのだと。

 

マーガレット

(相手は達人、遠距離砲撃を得意とするシグルドリーヴァじゃ不利か……?)

 

 いや、むしろどんな達人でも一発の銃弾の前には敵わない。シザーナイフを囮に、本命を叩き込む。そうすれば……。自分の心臓の音がドクン、ドクンと耳を刺激する狭い棺桶の中で、マーガレットはその時を待っていた。1秒、2秒、3秒……やがて、赫いマシンは大地を蹴り、シグルドリーヴァへ迫る。

 

マーガレット

「今だっ!?」

 

 叫び、マトリクスミサイルを放った。だが赫いマシンはその拳の裏に仕込まれていたレザーブレードで、ミサイルを叩き割る。

 

???

「甘い……」

マーガレット

「そんな……っ!?」

 

 マーガレットに迫る拳を、シグルドリーヴァは避け切れない。やられる、そう思った次の瞬間、無数の薔薇が宙を舞い、花弁を散らすように舞い踊った。

 

ジョルジュ

「そのまま吹き飛ばせ! ローゼス・スクリーマーァッ!?」

 

 ローゼス・スクリーマー。その叫びとともに舞い散る薔薇は勢いを増し、赫いマシンを取り囲む。そして、まるでスクリューのように旋回し、その風圧で赫いマシンを持ち上げ、吹き飛ばすのだった。

 

マーガレット

「あれは……!?」

 

 デスアーミー軍団と赫いマシン……その間を遮るように、2体のガンダムがいつの間にか戦場に姿を現していた。一機は、中世の騎士のような出立ちをしており、巨大な盾が左手を覆い、右手にはフェンシングに使うものを思わせるサーベルを構えている。もう一方は、赤い装甲をアメリカンフットボールのユニフォームのように着込み、二丁拳銃を構えるガンダム。

 

ジョルジュ

「お怪我はありませんか、マドモワゼル?」

チボデー

「俺達が来たからには、もう安心だぜ!」

 

 そう!

 皆さん、長らくお待たせしました!

 一方はネオフランスのガンダムファイター、ジャック・イン・ダイヤの称号を持つ誇り高き騎士ジョルジュ・ド・サンドとガンダムローズ!

 そしてもう一方はマーガレットも憧れる、アメリカンドリームを叶えた男!

 クイーン・ザ・スペードの称号を持つドリームスター、チボデー・クロケットとガンダムマックスター!

 ドモン達と行動を別にしていたシャッフル同盟の2人が、マーガレットのピンチに颯爽と駆けつけたではありませんか!

 

チボデー

「デビルガンダムの反応を追ってべギルスタンくんだりまで来てみりゃ……ビンゴ! ってな。助太刀するぜ!」

 

 ガンダムマックスターの装甲がパージされ、両腕に集まっていきます。ボクサーモード。ガンダムマックスター最大の特徴のひとつである用途に合わせて変形するユニフォームが、今度は高速格闘モードを選択したのです。チボデーが右手を大きく構え、突き出します。一見すれば、それはただのパンチ。ですが、そのパンチひとつで頂点に輝いた男の拳は値千金!

 

チボデー

「食いやがれ、バァァァニング・パンチ!」

 

 その名の通り、燃え上がる拳が衝撃波となりデスアーミー達を次々と破壊します。あれだけいたゾンビの軍団。それを一瞬で壊滅させる拳のキレは間違いなく、昨年のガンダムファイト決勝トーナメントの時よりも遥かにキレが増していると言ってよいでしょう!

 

ジョルジュ

「流石、野蛮な戦い方に関しては貴方の右に出るものはいませんねチボデー……ハァッ!?」

 

 ネオフランスのジョルジュも、負けてはいません。ガンダムローズの主兵装……変幻自在のローゼスビットが先ほどまでマーガレットを襲っていた赫いマシンを追い詰めます。四方八方からのオールレンジ攻撃。それをニュータイプと呼ばれる超感覚ではなく、ガンダムファイターとしての天性のセンスのみでこうも操れるものかと誰もが息を呑み、恍惚としてしまう美しい戦い方。ジョルジュもまた、前回のガンダムファイトからさらに力をつけていました。

 

マーガレット

「す、すごい……」

 

 マーガレットがあれだけ苦戦していた強敵を前に、ジョルジュは完全に圧倒していました。忽ち、赫いマシンは装甲にヒビが入りはじめます。

 

ジョルジュ

「今です! さあ、決着は貴女の手で!」

マーガレット

「は、はいっ……!?」

 

 ジョルジュに押され、マーガレットはダメ押しにマトリクスミサイルを放つ。その一撃はローゼスビットの支援もあって今度こそ赫いマシンに命中し、その装甲を爆風で吹き飛ばした。

 吹き飛ばした装甲は、コクピットハッチをこじ開け中身を露出させる。

 そこにいたのは、背の高い男だった。

 日系の血と北米の血が混じっているのを思わせる、彫りの深い精悍な顔立ちをした男が、全身をチューブ状の触手に繋がれている。その瞳に生気はなく、瞳孔は開き、虚空を見つめている。

 

マーガレット

「嘘…………」

 

 だが、それでも。それでもマーガレットには、それが誰だか判別できた。

 忘れたことなど、今日まで一度もない。共に軍学校で学び、夢を語る彼の横顔を目に焼き付け、そして身体を重ね合わせたのだから。

 彼は死んだ。そう、聞かされていた。彼の形見として受け取った銃は、槇菜に預けていた。自分が、過去に縋らないために。

 それなのに、それなのにどうしてその過去が、自分の前に現れるというのか。

 

マーガレット

「どうして、どうしてあなたが……紫蘭!」

紫蘭

「…………」

 

 紫蘭・カタクリ。新宿でデビルガンダムに殺され、そしてその尖兵として人格の全てを剥奪されたはずの恋人が、その髑髏のような眼窩でこちらを見つめていた。

 

…………

…………

…………

 

 

 デスアーミーを粗方片づけたガンダムマックスターが、ガンダムローズに並ぶ。しかし、2機は只ならぬ気配をマーガレットと、紫蘭の間に感じとっていた。

 

チボデー

「こいつは……」

 

 露出するコクピットから見える紫蘭の姿は、どこかデビルガンダムの生体ユニットとなっていたキョウジ・カッシュを連想させる。だとしたら、もう助かる見込みはない。それは、誰の目から見ても明らかだった。

 

マーガレット

「紫蘭。あなた、どうして……?」

 

 それでも、マーガレットはトドメを撃ち込むことができないでいる。それを好機と判断し、動いたのは紫蘭の乗る赫いマシンの方だった。

 

紫蘭

「…………!」

 

 無言のまま加速し、その拳でマーガレットのシグルドリーヴァを狙う。

 

ジョルジュ

「不味い、ローゼスビット!?」

 

 ガンダムローズの放つ薔薇の花弁が、空を舞い、赫いマシンを狙い撃った。しかし、みるみるうちに再生していく赫いマシンは、その装甲表面を復元しローゼスビットを防ぐ。

 

ジョルジュ

「再生能力!?」

チボデー

「やっぱりあれは、デビルガンダムの手先か!」

 

 ガンダムマックスターが、手にグローブのようにして装着した装甲をパージし今度はサーフボードへ変形させる。サーフボードに乗ったマックスターはそのまま加速し、ホバー移動で赫いマシンとシグルドリーヴァの間に割って入った。

 

紫蘭

「……死ね!」

 

 ようやく、それだけを口にする紫蘭から放たれ拳。それに割り込んだガンダムマックスターは、瞬時に装甲をシールドに変化させてシグルドリーヴァを庇い受けるのだった。

 

チボデー

「おい嬢ちゃん、ボサッとしてんじゃねえ!?」

マーガレット

「で、でも……」

 

 赫いマシンはそうしている間にも、拳を連打しガンダムマックスターを追い詰めていく。攻撃に転じることができれば返せるが、このままではそうもいかない。

 

紫蘭

「二アグルース……撃て!」

 

 ニアグルース、そう呼ばれた赫いマシンの右拳に、黒い力が集まっていった。それは、チボデーにも伝わるほどの暗いエネルギー。もし、この世に悪霊という存在があるとしたら、それはこの力を呼ぶのだろう。そう、チボデーは直感する。

 

チボデー

「Jesus!?」

 

 恐怖のあまり思わず、チボデーは叫んだ。しかし、一歩も引かない。むしろシールドの裏から拳銃……ギガンティックマグナムを撃ち込み、反撃に出る。しかし、その銃撃は黒い力に弾かれてしまう。

 

マーガレット

「紫蘭……!」

 

 マーガレットの知る紫蘭は、そんな力を使わない。ならば、

 

マーガレット

「お前は……紫蘭じゃない!」

 

 マーガレットがそう叫んだ時、シグルドリーヴァの右腕……ヴァルキュリアよりもタイタンとでも呼ぶべき膨張した右腕が、ひとりでに動き出していた。

 

紫蘭

「……!?」

マーガレット

「これは……!?」

 

 あの時と同じ。マーガレットがパブッシュで、ゼノ・アストラの機動実験を行った時。あの時、ミケーネの存在に引き寄せられるように暴走したゼノ・アストラと同じように、シグルドリーヴァの右腕は敵を求めるかのように突き動かされている。

 まるで、二アグルースの邪悪な魂に反応するかのように、シグルドリーヴァの右腕はマーガレットのコントロールを離れ始めていた。

 

マーガレット

「……シグルドリーヴァ、私の言うことを聞きなさい!」

 

 今のお前は、私の道具だ。道具が意思を持って勝手なことをするな。そんな怒りが沸々と湧いていた。

 

マーガレット

「そんなに、お前がアレをやりたいのなら、私の言うことを聞け! 私の大事な人を殺すのは、私だ。お前じゃない!」

 

 叫び、マーガレットはシグルドリーヴァを前進させる。

 

マーガレット

「そんなに、殴りたいなら殴らせてやる! だけどそれはお前の意思でじゃない。私が、私の意思で紫蘭を殺す。そのための道具だ、間違えるな!」

 

 キャタピラが動き、シグルドリーヴァが二アグルースの懐に入り込んだ。そして、その不釣り合いな右腕で邪悪なる魂を……その怨念を祓うように、殴りかかる!

 

マーガレット

「紫蘭!?」

紫蘭

「……!?」

 

 咄嗟に、二アグルースは両腕をクロスさせてその拳をガードした。しかし、その重いストレートはニアグルースを突き飛ばして殴り抜ける。

 

チボデー

「ヒュゥ。すげえなあの姉ちゃん。ナイスなパンチじゃねえか」

チボデー

「レディは見かけに寄らないということですよ、チボデー」

 

 防御姿勢を取る必要がなくなり、ガンダムマックスターは装甲を再びボクサーモードにチェンジする。そして、ガンダムローズと共に吹き飛ばされたニアグルースへと近づいていく。

 確実にトドメをさす、その為に。

 

ジョルジュ

「さあ、天に還りなさい」

 

 ガンダムローズが、シュバリエサーベルを構えてニアグルースの前に躍り出た。コクピットを潰す。それが、この男の為だと。だが、そんなガンダムローズの介錯を前に、突如として舞い落ちる黒い羽根が鋭利な刃となってガンダムローズを襲った。

 

ジョルジュ

「なっ……!?」

 

 その瞬間に、ニアグルース……紫蘭は距離を離し飛び上がる。

 

マーガレット

「紫蘭!?」

 

 シグルドリーヴァが、ミサイルを放とうとした。だが、紫蘭の飛んだ先……そこに舞い降りた黒い翼を持つ、赤い、髑髏のような眼窩を持つもう一機のマシンに、その目を奪われる。

 

ライラ

「ダメよ……私の可愛いお人形を壊したりしたら」

 

 邪霊機アゲェィシャ・ヴル。バイストン・ウェルで槇菜達が遭遇した邪悪な魂と、それを操る少女ライラが、マーガレット達の前に姿を現したのだ。

 

 邪霊機アゲェィシャ・ヴル。その存在感は明らかに、ニアグルースとは格が違った。チボデーとジョルジュが身構え、マーガレットはその存在をきつく睨む。存在そのものから放たれる、猛烈な悪意。それを前に歴戦のシャッフルの戦士2人は、迂闊な動きが出来なかった。

 

ライラ

「……シャッフル同盟。こっちでも私たちの邪魔をする」

ジョルジュ

「こっちでも? まさか……」

 

 行方不明になっているドモンの行方を、この少女は知っているのではないか。そんな疑念が、ジョルジュの脳裏を過った。

 

チボデー

「おい嬢ちゃん。悪いことは言わねえ、とっととママのところに帰りな?」

 

 チボデーが挑発する。そんな安い挑発に乗るようなタイプではないと、そう判断した上での挑発だった。しかし、ライラはその言葉を聞くと、憮然とした態度を露骨に出してしまう。思っていた以上に、精神的には幼いのかもしれない。そう、その空気の変化からチボデーは判断するが、だからといってこれほどまでの邪念を一身に背負っている子供がまともなわけはない。

 

ライラ

「…………帰りたくても、帰れない」

 

 小さく呟くライラの声は、掠れて聞き取れなかった。

 

マーガレット

「…………紫蘭を、こんな風にしたのはお前なの?」

 

 そんな中、1人マーガレットはライラと対峙する。その怒りの形相に、ライラは面白いものでも見たかのようにパァッと笑顔を取り戻した。

 

ライラ

「そうだよ、この人はね。魂だけの状態で暗黒の海を漂ってた。それを拾って、私だけのお人形にしたの!」

 

 お人形。そう言ってライラはアゲェィシャ・ヴルの指を使いニアグルースのコクピットに繋がれている、紫蘭の身体を撫でるように擦る。紫蘭は、何も答えない。

 

ライラ

「この人……ううん、これはね。私の命令に忠実に動く死人形。可哀想な魂を拾って、私の思うがままに動かす。あはは、羨ましいでしょ!」

 

 無邪気な笑みが、木霊していた。だが、その無邪気さは邪気がない。という意味ではない。邪悪の判断すらできないほどの幼稚さ。そう、3人にイメージづけさせる。

 

ジョルジュ

「死霊使い、ということですか……」

チボデー

「勘弁してくれ……。俺はピエロとお化けは大っ嫌いなんだよ」

 

 冗談を言いながらも、チボデーは拳を構えていた。臨戦態勢を崩すことはない。それだけ、目の前の邪霊機と、邪霊とでも呼べる少女を警戒しているのだ。

 

マーガレット

「許さない……」

 

 一方、シグルドリーヴァのマーガレットは憎しみの瞳をライラへ向けている。その視線をライラは、心地良く感じながらマーガレットへ返すのだった。

 

ライラ

「そっか……これ、あなたの大事な人なんだ!」

 

 あくまで、無邪気に。

 

ライラ

「でも残念だったね、返してあげないよ。だってこれ、とっても使えるんだもん。ゾンビ兵っていうんだっけ。身体を改造された死体の兵隊さん。あれになったおかげで、他のピグマリオンと違って自分の意思がまるでない! 私の命令通りに動く。こんな便利なお人形、あなたには勿体無いわ!」

 

 ライラがそう言い切るより早く、マーガレットは動いていた。マトリクスミサイルとファランクスミサイルの多段攻撃。無言で放たれたミサイルの束が、邪霊機を襲う。しかし、邪霊機は指をクルクル回すと剣を抜き、怨念の力を集めたその黒く輝く刀身を翳すことで、結界のようなものを作り出しミサイルを弾いていた。

 

ライラ

「フフ、お姉さん可愛い……。うん、お姉さんが死んだら、私の死人形にしてあげる」

マーガレット

「黙れ……!」

 

 最愛の人の、死後の尊厳を奪われていた。その事実が、マーガレットの意思を憎しみの炎で焼き尽くす。しかし、その熱を心地よく受けながらライラは、マーガレットへ笑顔を向けていた。

 

ライラ

「今から遊んでもいいけど……今日の私は疲れてるの。だから、あなた達の相手はこの子がしてあげる!」

 

 ライラがそう叫ぶと同時、再び大地が揺れる。

 

チボデー

「こいつは……!」

ジョルジュ

「ええ、先程のデスアーミーといい間違いありません!」

 

 そう! チボデーとジョルジュが言い終えると同時、それは姿を現しました!

 長い触手のような身体にガンダムの顔を生やした、不気味な植物のような存在・ガンダムヘッド! そして、そのガンダムヘッド達を根とするならば、その幹に当たる巨木……!

 

マーガレット

「デビル……ガンダム……!」

 

 デビルガンダム。マーガレットの最愛の人を殺し、ゾンビ兵に貶めた悪魔のガンダムが今、彼らの前に立ち塞がったのです!

 

 

…………

…………

…………

 

 デビルガンダムの巨体は、横浜に現れたものよりも遥かに大きく成長していた。その悪魔を思わせる凶悪な顔がマーガレットを、チボデーを、ジョルジュを睨め付ける。それと同時にガンダムヘッド達が同時に、彼らに襲いかかった。

 

チボデー

「シット!」

 

 毒づきながらも、ガンダムヘッドの突進をチボデーはボクシングの要領で躱していく。ガンダムローズのジョルジュも、フェンシングの要領でそれを捌いていた。しかし、シグルドリーヴァはそれを避けるので精一杯。反撃に転じる隙を、デビルガンダムは与えない。

 いつの間にか、ライラと紫蘭はいなくなっていることにマーガレットは気付いた。

 

マーガレット

「待て、逃げるな! 紫蘭! 紫蘭をっ!?」

 

 そう叫んだ瞬間、ガンダムヘッドの体当たりをモロにくらいシグルドリーヴァは突き飛ばされてしまう。衝撃で、マーガレットは大きく頭を打った。鈍痛が、マーガレットの感覚を支配していく。

 

マーガレット

「紫蘭を……返してよ……」

 

 その言葉とともに、マーガレットから漏れた嗚咽。それを聞く余裕のある者など、いなかった。

 

チボデー

「クソッ、こうなったらジョルジュ!」

ジョルジュ

「ええ! 一気に片付けましょう!」

 

 2人の右手に、シャッフルの紋章が光り輝く。その眩い光とともに、2機のガンダムは金色に輝き出した。

 

チボデー

「テメエらがどれだけ束になろうが、俺はこの一発で全てを吹き飛ばす!」

 

 ガンダムマックスターがパンチを構える。しかし、金色に輝く今のマックスターは、今までとは違った。

 

チボデー

「豪熱ゥゥゥゥゥゥッ! マァシンガンパンチ!!」

 

 一発のパンチ。それが同時に10回放たれ、その全てが別々のガンダムヘッドへ叩き込まれていく。豪熱マシンガンパンチ。その名の通り、一瞬の間にマシンガンの如く繰り出される同時パンチは、的確にガンダムヘッドを潰していく。そして、ガンダムヘッドが倒れたその先に、デビルガンダムは大きく君臨していた。

 

ジョルジュ

「その隙を見逃すほど、私はお人好しじゃあありません!」

 

 ローゼスビットが再び放たれ、デビルガンダムを取り囲む。しかし、今度の薔薇達は先ほどとは一味違う。高速で回転する薔薇の花弁は、その速度で竜巻を作り上げていくのだ。

 

ジョルジュ

「ローゼス・ハリケェェェェェン!?」

 

 ジョルジュの全集中力を振り絞って生み出されるローゼスハリケーン。竜巻の中に放り込まれたデビルガンダムは逃げ出すこともできず、ローゼスビットによる波状攻撃を受け続けていく。

 四方八方などというレベルではない。台風の目に放り込まれた獲物は、逃げることなどできないのだ。

 

マーガレット

「…………」

 

 チボデー・クロケット。アメリカンドリームを実現し、全アメリカ国民に『夢は叶う』と教えてくれた男。

 ジョルジュ・ド・サンド。誇り高き騎士道と共に在り、移り変わる時代の中で古き良きを守り通す男。

 2人の男の背中をマーガレットは、呆然と見守っていた。

 

チボデー

「このまま押し込むぞ、ジョルジュ!」

ジョルジュ

「ええ! ハァァァァァッ!?」

 

 スーパーモードと化したチボデーとジョルジュ。2人のシャッフルの紋章が熱く輝く。その熱は、彼らの使命を……世界を守るというシャッフル同盟の使命を体現していた。そして、

 熱く燃えるシャッフルの紋章に呼応するように、大地が再び輝き始めるのだった。

 

マーガレット

「これは……!?」

 

 空間、時間、次元、時空。あらゆるものが、畝りを上げている。それは、ここにいる2人の男が起こした奇跡だろうか。それとも、

 その畝りの中から最初に姿を現したのは、深緑の虫型マシンと、藤色の甲虫騎士だった。

 

ショウ

「空に星がある! 地上だ!」

マーベル

「やったわね、ショウ!」

 

 ヴェルビンのショウ・ザマと、ダンバインのマーベル・フローズン。それに続くように次々と、戦士達が浮上する。

 

トビア

「ここは……?」

アムロ

「随分と様変わりしたな。これが今の地球なのか……?」

 

 クロスボーン・ガンダムとZガンダム、続くように青いF91と百式が。

 

雅人

「やったよ忍! 俺達、帰ってきたんだ!」

「へっ、あたぼうよ!」

 

 超獣機神ダンクーガ。それにブラックウィング。その巨体はべギルスタンの荒野を雄々しく飛んでいた。

 

リュクス

「ここも、地上……?」

エイサップ

「そうだよ、リュクス……。僕達は、ここでやるべきことをやる。それが、君のお父さんを止める道に繋がると信じて」

 

 ナナジンは、リーンの翼をその両足から展開していた。命が燃えるような熱を帯びた翼はやがて、地上の空気の中で溶けて消えていく。

 

槇菜

「戻って……来れたんだ……」

 

 ゼノ・アストラは光の翼を展開し、空を舞った。地上の空は、バイストン・ウェルとは何もかも違う。バイストン・ウェルの空は深いが、地上の空はどこまでも、広い。それを槇菜は、ゼノ・アストラの翼で感じていた。

 

ヤマト

「地上……。戻ってくるのは、どのくらいぶりなんだ?」

 

 ゴッドマジンガーと一体化する少年・火野ヤマトが呟いた。そして、最後に浮上したのは……

 

ドモン

「これは……デビルガンダム!?」

 

 ドモン・カッシュとゴッドガンダム。愛馬風雲再起に跨り駆けつけたその先で最初に見たものは……因縁の敵。そして!

 

ドモン

「チボデー、ジョルジュ!?」

 

 同じ使命を持ち、別々の夢のために戦った強敵達の背中!

 

チボデー

「ドモン!? どうしてここに……」

ドモン

「シャッフルの紋章が……お前達が、俺達を呼んでくれた。お前達の魂に、俺達は導かれたんだ!」

 

 風雲再起から降り、ゴッドガンダムも戦列に加わる。そして、その右手を突き出し、勝利を掴めと轟叫ぶ!

 

ジョルジュ

「そういうことでしたら……行きますよ、ドモン!」

ドモン

「おう!」

 

 魂の炎が、極限まで高まっていく。倒せないものなど、何もない。そう、ドモンは確信していた。

 

ドモン

「行くぞ! ばぁぁぁぁぁぁくねつ!」

チボデー

「やるぜ! ごうねつぅぅぅぅぅぅ!」

ジョルジュ

「行きましょう、ロォォォォォォォォゼスぅ!」

 

 ゴッドガンダムの右腕に、莫大なエネルギーが集まっていくのを、ドモンは感じていた。それは、チボデーとジョルジュの魂の炎。それを日輪が自らの力に変え、ゴッドガンダムの性能を高めている。

 師匠……マスターアジアと共に放った究極! 石破天驚拳と原理は、同じだった。

 

ドモン、チボデー、ジョルジュ

「ゴォォォォォッド・フィンガァァァッ!?」

 

 強烈なエネルギーが、ゴッドガンダムから放たれる。その光の中に、デビルガンダムはたちまち呑み込まれていく。そして、

 ドモンは確かに、掴んだ。デビルガンダムの、心の臓を。

 

ドモン

「ヒィィィィィィト・エンド!?」

 

 ヒート・エンド。その叫びと共に忽ちデビルガンダムは爆砕していく。シャッフルの炎の中で、デビルガンダムはその全身を焼き焦がしていった。

 

マーガレット

「これが……シャッフル同盟の力……」

 

 呆然と呟くマーガレット。しかし、

 

槇菜

「まだ、生きてる!?」

 

 槇菜が叫ぶ。それと同時、デビルガンダムの肩部から放たれた収束粒子砲が、ドモン達を襲った。

 

ドモン

「何っ!?」

 

 確かに、倒した。その手応えがあった。にも関わらずデビルガンダムからの反撃を受け、ゴッドガンダムは、マックスターは、ガンダムローズも、その場から離散する。

 もし直撃を受けていれば、危なかった。デビルガンダムの威力を誰よりも知るドモンだからこそ、素直にそう感じることができた。

 

ドモン

「逃げたか……!」

 

 光と爆煙が収まった後、もうそこにデビルガンダムはいなかった。あとはただ、戦いを終えた戦士達が、そこに立ち尽くしていた。

 

マーガレット

「ゼノ・アストラ……」

 

 突如として現れたゼノ・アストラを、マーガレットは見つめている。槇菜も、マーガレットのマシン……シグルドリーヴァを見つめ、そしてその右腕に、ゼノ・アストラが反応していることに気付いた。

 

槇菜

「あの右腕だけ大きいマシン……ゼノ・アストラが気にしてる」

 

 しかし、ゲッターロボやゴッドマジンガー、邪霊機を見た時のような強い反応ではない。もし、はじめて乗った時の頃の槇菜なら見逃していただろう小さな反応。故に、槇菜はそのマシンが気になった。

 

槇菜

「あの……大丈夫ですか?」

 

 恐る恐る、シグルドリーヴァへ声をかける。そして返ってきたのは、聞き覚えのある声だった。

 

マーガレット

「ええ、無事よ槇菜……。久しぶり」

 

 その大人びた女性の声。しかし、どこか疲れているような、そんな余裕のない声色。その声色のせいで、槇菜は一瞬それが誰かわからなかった。しかし、やがて声の主に思い当たり……。

 

槇菜

「え……ま、マーガレットさん!?」

 

 そんな風に、驚いてしまったいた。

 

マーガレット

「ごめんなさい……無様なところを見せちゃって。でも……」

 

 今、マーガレットの中にあるのは虚脱感だった。大切な人を奪われた虚しさ、悲しさ。奪ったものへの怒り、憎しみ。そして、それに囚われてやるべきこともできなかった自分への腹立たしさ。それらがない混ぜになって生まれたその感情をマーガレットは、虚脱感だと形容していた。

 

アラン

「みんな、気を抜くな。何かが近づいてくる……この反応、大きいぞ」

 

 ブラックウィングのアランがそう伝え、一同は空を警戒する。やがて、それは姿を現した。

 

トビア

「な、なんだあれ……?」

槇菜

「大きな……ゲッターロボ?」

 

 巨大なゲッターロボ。そうとしか言えない何かを見て唖然とする槇菜達。しかし、すぐにその唖然は安堵へと変わっていく。巨大なゲッター……ゲッターエンペラーから飛び出してきたのは、あの鉄の城だったのだから。

 

甲児

「ま……槇菜、槇菜なのか!?」

槇菜

「甲児さん!?」

 

 激戦で傷付きながらも応急修理を施されたマジンガーZは、遠目に見てもその姿は痛々しい。どれほどの激戦が、槇菜達がバイストン・ウェルにいた間に繰り広げられていたのだろうか。そう、誰もが想像してしまう。だが、当の兜甲児はいなくなったメンバーが1人も欠けていないことを確認すると、安堵の表情を浮かべてはにかんでいた。

 

甲児

「ドモンさんも、ハリソンさんもいる……。それに、ダンバインってことはショウ、ショウ・ザマもいるのか!?」

ショウ

「俺はこっちだよ、甲児。また会えて嬉しい」

 

 ヴェルビンが、マジンガーZへと羽ばたいていく。そして、その黒鉄の拳とヴェルビンのアームを、まるで拳と拳を合わせるように重ねるのだった。

 

チャム

「ショウったら、子供みたい」

ショウ

「うるさいな……!」

 

 そんなやりとりの後、笑い合う。そんな彼らの下に一台のジープが近づいてきていた。

 

ルー博士

「ミス・マーガレット! やりましたネ、グレイトデース!」

 

 ルー・ギリアム博士。彼は自慢のスパコンと大事な資料一式にジープに詰め、秘密基地の“引っ越し”をはじめているかのようだった。

 

マーガレット

「…………シグルドリーヴァのおかげよ博士。私は……」

 

 しかし、今はそんな陽気なネイティブ英語が耳に障る。ルー博士は、そんなことを気にもせず突如浮上したスーパーロボット達を見回し、感嘆の声を上げていた。

 

ルー博士

「オー、十蔵博士の遺産マジンガーZだけではありまセーン。アメリカンドリームの象徴ガンダムマックスター。それにゼノ・アストラが動いているところをこの目で見れるなんて感激デース!」

 

槇菜

「ゼノ・アストラを……知ってる?」

チボデー

「おいおい……その口調は何なんだ? アメリカ英語を何だと思っていやがる!?」

 

 槇菜とチボデーが、そんなマイペース全開のルー博士に別々の反応をしていた。しかし、そんなルー博士は既に彼らの興味を失っていた。ルー博士の視線の先にあるもの。それは……

 

ヤマト

「な、なんだ……?」

ルー博士

「great…………」

 

 ゴッドマジンガー。動く石像とでも言うべきそれに、ルー博士は自らのロマンの世界へ完全に、入り込んでしまっていた。

 

甲児

「…………とにかく、ここにいつまでもいるわけにもいかねえ、みんなをゲッターエンペラーに収容するぜ」

槇菜

「はい!」

 

 笑顔で答える槇菜。こうして、二つの世界に分かたれたスーパーロボット達は今またこうしてひとつとなったのだ。

 

 




次回予告
 奇しくもべギルスタンで集ったスーパーロボット軍団。
 しかし、この国の謎は槇菜達すらも戦火の中へ呑み込んでしまう。
 突如、エンペラーへ攻撃を開始する謎の部隊。その中には、槇菜の最愛の姉・桔梗の姿があった。
 一方、ユウシロウもまた、運命の出逢いをする……。

次回「接触(触れ合い)」

 鎧われて 確とは見えぬ 君なれど
 たがいの傷に 接触た感あり


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話「接触−ふれあい−」

—原子力空母パブッシュ—

 

 

 

 槇菜達がバイストン・ウェルへ誘われていた頃のことだ。太平洋上に浮かぶ原子力空母パブッシュ。アメリカ軍の管轄にありながらそれを離れ、世界中の賛同者と共に無国籍国家として独立しようとしているこの艦隊に、一隻のオーラ・バトル・シップが合流していた。艦隊の黒幕でもあるエメリス・マキャベル司令は、1人の男と握手を交わしている。そのスキンヘッドの男こそが、オーラ・バトル・シップ……レンザンの作戦司令、ガルン・デンだった。

 

ガルン

「まずは、オーラロードを出て地上界を迷っていたレンザンを拾っていただいたことに、お礼を申し上げましょう」

マキャベル

「いえ、昨年に起きた東京上空事件以降……地上でもあなた方バイストン・ウェルの人々の存在と、オーラマシンへの関心は高まっていました。一人の地上人として、感服致しております」

 

 心にもないことを言う。そう、ガルンは内心でマキャベルを見下しながらもパブッシュ艦隊に従っていた。強いものに従う。それは、地上でもバイストン・ウェルでも一定の定石とも言える処世術だった。

 何より、バイストン・ウェルへ戻れずに漂流しているならば、しているなりに地上でやるべきことがある。

 

ガルン

「パブッシュ国……まさに、建国の真っ最中と聞いていますが?」

マキャベル

「我々は、軍事力に特化した強力な軍事政権こそがこの先の時代に生き残る唯一の国家としての在り様と確信していまして……その第一段階とでもお考えください。喚くだけの文民など、我が国には必要ないのです」

 

 そう力強く説くマキャベル。そこには、一定の信念があることをガルンは感じていた。おそらく、マキャベルの傍らに立つ艦隊司令……アレックス・ゴレムという男は、そんな彼の考え方に共感し賛同したのだろう。そう、ガルンは想像する。しかし、どうにも空が騒がしい。

 

ガルン

「これは、空中戦でもしているのか?」

 

 その問いに答えたのはマキャベルの側近と思わしき男。アレックス・ゴレムだった。

 

アレックス

「あれは米国の哨戒機です。米国も我々と同じように、レンザンに興味を示しています」

ガルン

「ブホッ。我々は降伏などしておらん。無論、貴公らに対してもな」

 

 牽制の意味を込めて、ガルンはそう言葉を強くした。それに対しマキャベルは、ニヤリと口元を歪めて熱いコーヒーカップを手に取る。

 

マキャベル

「だからこそ、我々は同盟交渉がしたいのですよ」

 

 ガロウ・ランめ。ガルンは内心でそうマキャベルを侮蔑しながらも、その交渉に応じていた。それは、ホウジョウの軍人として勤めを果たすべき。そう、ガルン独自の判断でのことだった。

 

マキャベル

「無論、居住地は提供させていただきます。あなた方の地図にあるホウジョウ国と照らし合わせて、このあたりの土地ならば問題ないでしょう」

ガルン

「大陸のようですな……。これなら、サコミズ王もお喜びになるでしょう」

マキャベル

「国連も事態を了解すれば、交渉のテーブルを開いてくれるでしょう」

 

 ホウジョウ軍が地上に侵攻した際、スムーズにことを運ぶ準備……それが、この地に残されてしまったガルンの役割だった。それはひいては、地上における自らの立場の確保という意味もある。

 もし、永遠にバイストン・ウェルへ戻ることも、サコミズ王の本軍が地上へ来ることもなかったとしても、この交渉さえ成立すればレンザンは孤立することだけはないのだ。それは、自らの保身だけでなく兵の命を預かる身としても当然、すべきことだった。

 

 交渉がまとまり、レンザンはパブッシュ国の同盟者としてこの艦隊に組み込まれる。両者の合意を得て後は、調印を残すのみだった。

 アレックスは、レンザンの艦板に立つオーバトラー・ライデンを改めて見やる。

 

アレックス

「しかし、すごい技術だ……」

 

 人間の生体エネルギーの解明は、宇宙世紀時代からの命題のひとつだった。しかし、地上ではそれを完全に解明し、技術として一般化させるには至っていない。

 サイコミュと呼ばれる脳波コントロール・システムや、ガンダムファイト代表ガンダムに使われていたという感情エネルギーシステム。それにムゲ帝国との戦いで活躍したという獣戦機……。それらは全て、特殊な才能を持つ人間のみが実用化できる代物であり、オーラバトラーのようにこうして量産、普及化できたものはない。

 

アレックス

「この力が我が艦隊に加われば、我々の政権は揺るぎないものになりますね」

 

 それは、ひいては祖国アメリカや、妻や息子の暮らす日本の安全にも大きく貢献することになる。そんな興奮を、アレックスは口走っていた。

 

マキャベル

「アレックス、思わんか。オーラマシンの力と、我々の保有する大量破壊兵器が加われば……両界を支配する王になることも可能だと」

アレックス

「…………し、司令!?」

 

 「冗談だ」そう言って笑ってみせるマキャベルだったが、小さく漠然とした不安感がアレックスの胸中を覆っていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

—???—

 

メス

「実験場は、完全に制圧されたか。フム……」

 

 “シンボル”の幹部の1人、メスはそう呟くと、顎に手を添えて考えるような仕草をして、黙り込んだ。

 日本の特務自衛隊の作戦により、べギルスタンに存在する“シンボル”の実験場……“神殿の丘”は完全に制圧された。しかし先に起きたインヴィテイター・ミハルの異常兆候と、それに伴う爆発事故……米国政府はこれを「大量破壊兵器の実験」と決めつけてかかり、べギルスタンに派兵した。以降、既に重要な資材や実験資料は引き払い、パブッシュに移送している。今更“神殿の丘”を制圧されたところで、特に痛手はない。

 

メス

「とはいえ、強引すぎるやり口だな……ミハルは?」

連絡員

「安定しているとのことです」

メス

「何にせよ、ミハルはすぐにでもべギルスタンから脱出させたほうがいいだろう」

 

 今、べギルスタンに残っているもので敵に奪われるのが痛手になるのはミハル以外は特にないのだから。それに、形式上べギルスタン軍に派遣している戦力はミハル以外にも強力な戦力が揃っていた。

 “ゴッドマザー・ハンド計画”。米国から独立を図る無国籍艦隊のエメリス・マキャベルの手には、既に各国からその賛同者が集い、独立勢力としての力を強めている。そこには当然、“シンボル”による戦力、資金の提供もあり……そこに国家レベルで全面協力の姿勢を見せるべギルスタン政府には、秘密裏に戦力を提供していた。

 それらは無論、“シンボル”の裏工作によるところも大きい。“シンボル”としては“神殿の丘”での実験が終わった以上ここに大した価値もなく、マキャベルの計画においてもべギルスタンの存在価値はさして大きくない。機を見てここを放棄するのは既に既定路線だったが、万が一のこともある。

 

???

「待て。豪和のフェイクがそこまで仕上がっているということは……その部隊やもしれぬ」

 

 しかし、「F」。音声のみで幹部に指示を送る“シンボル”総帥はそんなメスの判断に異を唱えた。

 

メス

「ミハルが……精神融合しようとした……!?」

 

 豪和のインヴィテイター。恐らくは、ミハルと同等の力を持っている。そう、メスらは推測している。TA部隊の機動習熟度を見れば、それは十分にありうる話だった。

 

???

「接触させてみるのだ……」

メス

「しかし……それは!?」

 

 危険すぎる。そう異を唱えようとしたが、すぐにメスは思いとどまった。「F」に意見できるものなど、“シンボル”には存在しないのだから。

 それは、自己保身の心であるとメスは自覚していた。しかし、それを恥ずべき事とは考えなかった。

 

メス

(そうだ……ミハルはあくまで実験体だ。私にとっても、“シンボル”にとっても。それ以上でもそれ以下でもあってはならない。ならぬのだ)

 

 ならば、ミハルと豪和のインヴィテイターを接触させ、その反応データを計測するのは確かに有意義なことである。

 

連絡員

「それと、たった今入った情報ですが……日本の科学要塞研究所の機動兵器部隊が、べギルスタンへ上陸したと報告がありました」

メス

「何? ……そうか、デビルガンダムか」

 

 デビルガンダムの存在には、“シンボル”も手を焼いていた。米軍主体の多国籍軍との戦闘に乱入し、デビルガンダムは全てをめちゃくちゃにして忽然と消えていったのだから。

 

???

「連中の中には、豪和のフェイクが特殊な反応をしたというマシン……ゲッターロボがいる。これは、面白いことになるかもしれんな……」

メス

「そう、ですか……。はい、承知しました」

 

 ミハル。豪和のインヴィテイター。それにゲッターロボ。それらが“神殿の丘”に揃うことにメスは、漠然とした不安を抱えていた。しかし、長年追い求めてきた秘密に迫る絶好の機会である。それは、確かだった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

—ゲッターエンペラー内部—

 

 

槇菜

「ふぅ…………」

 

 ゼノ・アストラを降り、槇菜は深い溜息をついた。海と大地の狭間の世界バイストン・ウェル。そしてムゲ帝王の居城となっていた暗黒の世界カ=オス。槇菜の常識には存在しない、存在しなかった世界。その旅は槇菜の世界観を大きく揺るがすのに十分な、衝撃だった。

 ゼノ・アストラの子宮が下がり、槇菜を揺らす。そして立ち上がりコンクリートの床に脚をつけた時……夏用に買ったお気に入りのサンダルは既に、ボロボロになっていることに気付いた。

 

槇菜

「お姉ちゃんと一緒に選んだ、お気に入りだったんだけどな……」

 

 思えば、姉の桔梗と最後にあったのももう何ヶ月も前になる。地上に戻ってきたと同時、姉の笑顔を思い出し……急に恋しくなってしまう。

 しかし、落ち込んでいられる時間はそう長くはなかった。

 

さやか

「槇菜!」

槇菜

「さやかさん……!」

 

 槇菜へ駆け寄るさやか。はじめてゼノ・アストラで戦った時にも、似たようなことがあった……そう、槇菜は遠い昔を思い出すように感じていた。

 

さやか

「無事でよかった……。大丈夫、怪我はない?」

槇菜

「はい……」

 

 さやかに抱き寄せられ、温かな感触が肌を伝う。お姉ちゃんみたい。そう思うと余計に、姉の桔梗が恋しくなってしまう。

 

槇菜

「う……うぅ……」

 

 さやかの胸の中で、槇菜は暫くの間そうしていた。しかし、そんな時間を長く続けるわけにいかないことは誰よりも槇菜が知っている。

 

槇菜

「さやかさん……私、戦います」

さやか

「槇菜……?」

 

 バイストン・ウェル、ワーラーカーレン、カ=オス。リーンの翼。邪神の使徒。邪霊機。そして旧神。

 微妙なバランスで均衡を保っていた世界は、大きく揺らぎはじめている。それを槇菜は知ってしまった。そして、ゼノ・アストラもその世界の均衡を作る一部。そのゼノ・アストラに選ばれたことの意味。それは、槇菜の中で明確に“戦い”というものの意味を作り始めていた。その決意が偽りのものでないことくらいは、その目をみればさやかにもわかる。

 

さやか

「まったく、一度決めたらテコでも動かないのは相変わらずね……」

槇菜

「えへへ。お姉ちゃん譲りで、頑固なんですよ?」

 

 そう言って笑ってみせる槇菜。喫茶店で、一緒に勉強をしていたあの頃よりも少しだけ、その笑顔は痛々しいものにさやかには見えていた。

 

 

 

 同じ頃、2人の男が熱い抱擁を交わしていた。兜甲児と、ショウ・ザマである。

 

甲児

「ショウ、よく無事だったな」

ショウ

「甲児こそ!」

 

 2人はバイクの趣味を通じた仲であり、そして数奇な運命を経て共に戦った戦友でもある。しかしショウは、太平洋上でのドレイク軍との戦いを最後にこの地上から姿を消していた。

 

ショウ

「バイストン・ウェルに戻った俺は、聖戦士としてあの世界に残ったオーラマシンを全て破壊するために戦い続けていた。そしてバイストン・ウェルの東の大陸で、かつてのドレイクと同じようにオーラマシンによる地上への侵攻を目論むホウジョウ軍……サコミズ王と戦っていたんだ」

甲児

「ホウジョウ軍……か。バイストン・ウェルも地上も、大変なことになってるんだな」

 

 バイストン・ウェルはホウジョウ軍の侵攻と反乱軍による動乱。地上はミケーネ帝国の挙兵と木星帝国の残党。まるで、パズルのピースを弄ぶかのように世界の混迷は連鎖している。そう、甲児には思える。そんな話をショウと交わしていると、ヴェルビンの隣に格納された巨神がみるみるうちに、物言わぬ石像へ姿を変えていく。そして、ゴッドマジンガーの足下に1人の少年が降り立った。

 

ヤマト

「ようやく戻ってきたと思ったら、地上も随分様変わりしたんだな……」

 

 そう言って、物珍しそうに周囲を見回す少年は甲児には見慣れぬ人物だった。その少年の傍らに、寄り添うように白いワンピースを着た少女が駆け寄る。

 

アイラ

「ヤマト!」

 

 火野ヤマトとアイラ・ムー。ムゲの世界と化したカ=オスで、朽ちたグラン・ガランを守りショウ達の勝機を作った少年と、シーラ・ラパーナの魂を守っていた少女。ショウはそんな2人に向き直り、一例する。

 

ショウ

「まだ、礼を言ってなかったな」

ヤマト

「いいんだよ、俺はアイラを守ってた。そのついでみたいなもんだ」

 

 そう言って、鼻先を擦るヤマト。アイラはショウにお辞儀をし、改めて自己紹介をする。

 

アイラ

「私はアイラ・ムー。ムー王国の女王です」

 

 ムー王国。そんな突拍子もない言葉が出てきてショウは目を丸くした。

 

ショウ

「ムー王国って……あのムー大陸のか?」

ヤマト

「ああ。俺は二万年前のムー王国に、ゴッドマジンガーの操縦者として召喚され、闇の帝王率いるドラゴニア帝国と戦っていたんだ」

 

 それは、バイストン・ウェルという世界の存在を認識していなければ信じられないだろう言葉だった。しかし、ゴッドマジンガーの石像の周りをチョロチョロと飛び回っているチャムが、ヤマトの言葉は肯定する。

 

チャム

「ショウ、この石像……マジンガーからはすごい力を感じるわ」

甲児

「マジンガー? 二万年前のムー王国に、マジンガーがあったっていうのか!?」

 

 甲児にとって、いや地上に住むすべての人達にとってマジンガーとは兜甲児のマジンガーZがオリジナルであり、そして剣鉄也のグレートマジンガーとマジンガーZの兄弟こそが、その名を冠する人々の希望だった。驚く甲児だが、グレートから降りた鉄也はしかし、違う感想を抱いていた。

 

鉄也

「いや……前に言ったろう甲児君。君のお爺さんは、バードス島を調査した時にミケーネ帝国の存在を知り、そしてミケーネ帝国を打ち倒した“光宿りしもの”の名からマジンガーという名前をつけた。そう話しただろう。その少年が言っている事が本当なら……兜十蔵博士が知った“光宿りしもの”とは」

 

 そんな鉄也の言葉を聞き、頷いたのはアイラだった。

 

アイラ

「はい……。“光宿りしもの”。それは古代ムーの秘宝であり、正しき心を持つヤマトと一体化したゴッドマジンガーそのもののことでした」

ヤマト

「へへっ。まさか俺とマジンガーの戦いが、こんな形で現代にまで影響を与えてただなんてな」

 

 ゴッドマジンガーと闇の帝王の戦い。それがバードス島の伝説として残り、マジンガーZを生み出した。それは、奇妙な運命というに他ならない。

 

甲児

「ヤマトは現代の地上人なんだろ。その戦いが俺たちのマジンガー誕生に関わっていただなんて……」

ヤマト

「もし、闇の帝王が“光宿りしもの”を手に入れていたらこの時代にまで暗黒の世界を作り、世界の全てを支配していたはずなんだ。その未来を変えるため、俺は戦った」

甲児

「そして、ヤマトが勝ったから俺たちはマジンガーと出会った。まるでバタフライ・エフェクトだな」

 

 そう言って、甲児は物言わぬ石像を見上げる。その姿は壮大で、魔神という言葉が相応しいと甲児にさえ感じさせる。

 

甲児

「俺と鉄也君のダブルマジンガーが兄弟なら、ゴッドマジンガーはさしずめマジンガーのご先祖様だな……」

鉄也

「ああ、違いない」

 

 その姿は、マジンガーZやグレートマジンガーとは似ても似つかない。しかし、そこに宿る荒ぶる神の魂は、確かにマジンガーに受け継がれている。そう、甲児には感じられた。

 

甲児

「神にも悪魔にもなれる力。か……」

 

 ムー大陸は、伝説によれば洪水で滅んだと言われている。それももしかしたら、このゴッドマジンガーが悪魔のように人々に牙を剥いたからかもしれない。勿論、そんなことをヤマトとアイラに訊ねる気にはなれなかった。しかし、このゴッドマジンガーもまた、神にも悪魔にもなれる力なのだ。そう甲児は肌で感じていた。

 太古のムー王国にとって、それは神の依代だったのかもしれない。そして、それは現代の人々にとって科学の進歩が齎したものなのだ。

 

ショウ

「どんな世界でも、人の身に余る巨大な力というのは存在する。オーラマシンも同じなんだ」

 

 そんな甲児の思いを察したのか、ショウが呟く。その呟きに、1人の男が頷いた。

 

シャア

「そうだな……。だからこそ、マシンというものは人の心を体現する」

 

 シャア・アズナブル。かつて、人類粛清を唱え挙兵したジオンの総帥。そしてその宿敵であるアムロ・レイも、シャアの隣で頷いていた。

 

アムロ

「それはいつの時代、どんな時でも変わらないかもしれないな」

 

 そう言って、甲児達の前に歩いてくる2人。それに甲児と鉄也、ヤマト……それだけではない。多くの面々が、注目していた。

 

鉄也

「……どういう、ことだ?」

 

 アムロ・レイとシャア・アズナブル。2人は鉄也達の認識では遠い昔の人物だ。それがどういうわけか、近代史の教科書に載っている写真そのままの姿でここにいる。

 

甲児

「アムロ・レイと、シャア・アズナブル……!?」

 

 2人は70年前、地球に落下しようとしていた小惑星アクシズと共に行方不明になっていた。そんな伝説の人物達が、こうして目の前にいる。それは、古代ムー王国や異世界バイストン・ウェルという遠い世界のことではなく、ほんの少しだけ身近な歴史であるからこそ、甲児や鉄也達を動揺させていた。

 

アムロ

「それについては、説明すると長くなるんだが……」

シャア

「私達にも、現代の情勢というものを教えてくれないだろうか。今が何年でなのかすら、私達には見当がつかない。浦島太郎のような状態なのだからね」

 

 

 

 そうして、アムロとシャアの希望もあって現在、エンペラー艦内では現在の情勢についての擦り合わせと講習を兼ねた会議が開かれていた。それを講師しているのはハリソンとアラン。それに……

 

ルー博士

「……と、いうわけで現在、ここべギルスタンはかなり危ういバランスで成り立っているのデース!」

 

 マーガレットが連れてきた怪しいアメリカ人のルー・ギリアム博士。ハリソンとチボデーは、彼の怪しいアメリカ英語に頭を抱えていた。

 

竜馬

「…………」

隼人

「どうした、竜馬?」

竜馬

「いや、元の世界の知り合いを思い出しただけだ。なんでもねえよ」

 

アムロ

「…………なるほど。俺達の戦争の後、国連連邦組織は解体され、旧来の国際連合とコロニー国家が形成されたのか」

シャア

「……スペースノイドの悲願が、こんな形で叶っていたとはな。しかし、ガンダムファイトか……」

 

 ガンダムファイト。それはコロニー国家間に新たな経済格差を生み出し、そして戦争で汚染された地球を更に荒廃させる結果となっている。シャアは渋面を作りながらも、その歴史を受け入れるしかできなかった。

 

アムロ

「ともかく、現在の情勢は理解できた。まさか、俺達の時代から70年も経っていたとは思わなかったが……」

 

リュクス

「父は……サコミズ王もバイストン・ウェルへ来てから70年。しかし、父のいた時代はアムロ殿、シャア殿の時代よりも遥か過去に思われます」

槇菜

「そうだよね。あの人は宇宙世紀よりももっと前の時代の人だし、バイストン・ウェルって時間の流れが不確かな世界なのかも」

ショウ

「…………」

 

 バイストン・ウェルという世界が魂の安息の場所というのならば、アムロもシャアも、そしてサコミズ王もそれだけの安息が必要だったのかもしれない。そんなことをショウは、考えていた。しかし、答えは出ない。

 

シャア

「だが、私とアムロがやるべきことはこれではっきりしたな」

 

 シャツの袖を捲り上げたシャアは、静かに口を開く。そして、迷いなき瞳でアムロを見つめていた。

 

アムロ

「ああ。俺達は、もうこの世界の人間とは言い難い。それでも、俺とシャアにできることがあるとするならそれは、君たちと共に戦い世界を守ることに他ならないだろう」

 

 それが、過去の戦乱で死した者たちへの……傷を負った者たちへの手向けになるのならば。それが戦いの中心にいた2人の贖罪であり、使命である。今のアムロとシャアにはそう、素直に確信ができた。

 

アラン

「そして、ガンダムファイトで大きな成果を挙げられない国はコロニーも、地球の土地も衰えていく。そんな政府を見かねて軍事政権を樹立したのが、べギルスタンのシチルバノフ大佐だ」

 

 そんなアムロとシャアへ頷き、アランが話を戻す。国連加盟国でありながら、元々べギルスタンは国連間での立場も非常に危うい国家だった。そんなべギルスタンがもし、国連と戦争ができるほどの力を持っているとするならば……。

 

ベルナデット

「強権的な軍事政権……ですか」

トビア

「…………」

 

 ベルナデットの表情に、翳りが見えたのをトビアは見逃さなかった。おそらく、父クラックス・ドゥガチのことを思い出しているのだろう。だから、トビアは無言でベルナデットの手を握り、その瞳を見つめる。

 

トビア

「シチルバノフって人は、君とは関係ないよベルナデット。だから、大丈夫」

ベルナデット

「…………うん」

 

槇菜

「……それで、どうして皆さんはべギルスタンに?」

 

 バイストン・ウェルにいた槇菜がそこで、手を挙げる。

 

マーガレット

「私は、アメリカ軍から離れ独自でゼノ・アストラについて調査を開始して……ルー博士がここに潜伏していることを突き止めた。そしたら、デビルガンダムの襲撃を受けたの」

キンケドゥ

「元々は、みんながバイストン・ウェルへ消えた直後に起きた爆発事故がきっかけだった。アメリカ軍はそれを大量破壊兵器の実験と考え、国連の承認を得て多国籍軍の派遣を行った。しかし、小国家であるべギルスタン軍は、多国籍軍をほぼ壊滅状態まで追い込んだ。その戦闘の最中に、デビルガンダムと思われるものが写る写真が提供されて、俺達もデビルガンダムの調査に派遣された」

ジョルジュ

「そして私とチボデーも、独自にデビルガンダムを追いここにやってきました」

 

 全ての線を繋ぐ糸……デビルガンダム。それを裏で操っているのが木星帝国のザビーネであるということも、彼らの表情を暗くさせる。

 

トビア

「…………みなさんは、べギルスタンがザビーネ達とデビルガンダムを、匿っていると思いますか?」

ドモン

「わからんな。だが、事実としてデビルガンダムは俺達の前に姿を現した……」

 

 全くの無関係。そうは言い切れない。そうドモンは言う。

 

エイサップ

「地上界も、こんなことになっていたのか……」

 

 話を聞きながら、エイサップは呻き声を上げる。リュクスも、不安そうにエイサップの顔を見ていた。

 

マーベル

「それで、べギルスタンと多国籍軍の動きはどうなっていて?」

ルー博士

「ええ。どうやら、ジャパンの特自が多国籍軍と合流して、爆発事故の現場……“神殿の丘”の調査に乗り出したらしいデース」

 

 特自。特務自衛隊。その名称に槇菜はハッと顔を上げる。

 

槇菜

「特自ってことは、もしかしてお姉ちゃんも来てるのかも!」

甲児

「そういえば、桔梗さんは特自に編入されたって言ってたな」

 

 櫻庭桔梗。槇菜の姉は元々航空自衛隊のパイロットであり、ドクターヘルの機械獣と戦うマジンガーZは何度か共闘したことがある。甲児達と槇菜は、その頃からの縁でもあった。

 

ルー博士

「そこまではわかりまセーン。ですが、私のスパコンで観測したところ、特自はタクティカル・アーマーという新兵器でべギルスタン軍のデザート・ザク一小隊を撃破し、“神殿の丘”を制圧したらしいデース」

 

ハリソン

「日本の自衛隊が、国外へ侵攻か……」

 

 在日米軍基地に所属していたハリソンも、その事実には複雑な心境だった。

 

エイサップ

「…………」

槇菜

「お姉ちゃん……」

 

 特務自衛隊。海外派遣を主目的とした第四の自衛隊。日本の領土防衛を主目的とするそれまでの自衛隊とは違う趣の特自は、デビルガンダム事件の後に組織された。国家の枠を超えた活動を、これからの自衛隊には求められる。そう主張され生まれながら、特自は今日まで国内では「税金の無駄遣い」とまで言われる始末だった。しかし、槇菜の姉……桔梗が空自から特自へ異動することを槇菜に伝えた日のことは、槇菜もよく覚えている。

 桔梗は言ったのだ。「日本だけを守るのではない。世界を守らなきゃいけない」と。そして、その言葉通りに世界は今混乱に包まれている。そんな中で、桔梗もきっと戦っている。そう、槇菜には思えてならなかった。

 

ルー博士

「ここだけの話デスが……多国籍軍が壊滅状態に追い込まれたのはデビルガンダムのせいですが、べギルスタン軍は他にも新兵器を持っているみたいデース」

 

 そんな中、ルー博士が口にした言葉は聞き捨てならないものだった。

 

アルゴ

「…………どう言うことだ?」

ルー博士

「これをみてくだサーイ。観測衛星をハッキングして、入手した画像デース」

 

 そう言って、ルー博士はスパコンから印刷した写真を一同へ回す。解像度は低く、夜間なのもあり映りは悪い。特に戦場はミノフスキー粒子が濃く、遠くからの電波はうまく届かないのが常だった。そんな中で撮影されたものなので、写真写りはかなり悪い。しかし、目を凝らして見ると確かに、写っていた。

 

隼人

「こいつは……!」

 

 タクティカル・アーマー。鬼哭石の土地で戦闘獣と戦っていた小型機。それとよく似たマシン。それだけではない。空を飛ぶ虫の羽根のような翼を持つマシンも、薄ぼんやりと見える。

 

チャム

「ショウ、これ!?」

ショウ

「間違いない、ショットが開発したオーラバトラーだ」

 

エレボス

「でも、地上のオーラマシンは全部浄化されたんじゃないの?」

 

 エレボスが口を挟む。確かに、ショウはあの戦いでシーラ・ラパーナがバイストン・ウェルのものを“浄化”したのを感じていた。ならば、これは。

 

チャム

「でも、私はシーラ様の“浄化”を受けなかったわ。同じような生き残りがいてもおかしくないわよ!」

 

 ショウの耳元で、チャムは姦しく喚いた。しかし、その言葉には一理ある。

 

ショウ

「地上にオーラバトラーが残っていて、しかもべギルスタンの軍隊みたいなことをしている……」

 

 その事実はショウにとっても、看過できないものだった。

 

マーガレット

「それで、これからどうするの?」

 

 そんな中、続きを促すようにマーガレットが言う。

 

マーガレット

「べギルスタンと多国籍軍の戦争そのものは、あなた達とは関係がない。デビルガンダムが関わっているのなら別だけど、今のままじゃ確証もないわ」

槇菜

「あ……そっか」

 

 遠い異国の地で立ち往生になっているというのが、彼らの現状だった。その結果として偶然異世界へ消えていた組と合流できたのは行幸だったが、これからどう動くべきかを決めなければならない。

 

ハリソン

「ともかく、特自と合流して事情を説明するのが先決だろうな」

 

 ハリソンの呟きに、早乙女博士が首肯する。

 

ハリソン

「……よし、先発部隊を組織し、“神殿の丘”とやらの特自と合流しよう。指揮は俺が執る」

キンケドゥ

「大尉。もし、デビルガンダムや木星軍の動きがあるようなら……」

ハリソン

「ああ、すぐエンペラーへ連絡を入れる。本隊にはお前やアムロさん、鉄也君達がいれば大丈夫だろう」

 

 そう言って話を進める大人達の前で、ヤマトが挙手する。そこには、自身に溢れた瞳があった。

 

ヤマト

「そういうことなら、俺も行くぜ。ゴッドマジンガーは、俺の呼び掛けでいつでも召喚できる。こういう時は身軽な奴が行くべきだろ?」

甲児

「へえ。ゴッドマジンガーって、便利なんだな」

 

 ヤマトに続いて、恐る恐る手を挙げたのは槇菜だった。

 

槇菜

「ゼノ・アストラも、私の呼びかけで来てくれます。それに……特自がいるならお姉ちゃんについてにも何かわかるかもしれませんし。行かせてください」

マーガレット

「槇菜が行くなら、私も行くわ。現地での交渉にルー博士にも来てもらいたいけど、いいかしら?」

 

 マーガレットが訊くと、ルー博士は白い歯を見せてスマイルを浮かべていた。

 

ルー博士

「イエース。私が発掘したゼノ・アストラに、古代ムー王国のゴッドマジンガー。是非私もその勇姿をこの目に刻みたいのデース!」

 

ショウ

「俺も行こう。ヴェルビンの機動力なら、何かあった時すぐに駆けつけることができる」

ハリソン

「よし、出発は20分後としよう。私とヤマト君、ショウ君、槇菜君とマーガレット少尉。それにルー博士はすぐに準備に取り掛かってください」

 

 ブリーフィングを終え、少数精鋭の先発部隊がゲッターエンペラーを出発することとなった。各員が準備に取り掛かる中、槇菜はどこか心ここに在らずという感じでルー博士の運転するジープに、ハリソンのF91とシグルドリーヴァを搬入する手伝いをしている。

 

槇菜

「…………お姉ちゃん」

 

 べギルスタンに派遣された部隊というのは、姉・桔梗のいる部隊なのだろうか。だとしたら、姉は大丈夫だろうか。

 何より、自分の無事をお姉ちゃんに伝えたい。そうすれば、きっとお姉ちゃんは安心するはずだ。そんなことを一人でぐるぐる考えていると、ポロロンという羽音とともに30㎝ほどの女の子が、槇菜の前に飛んでくる。

 

チャム

「ねえ、どうしたの? 元気ないみたいだけど」

槇菜

「ひゃっ!? ……び、びっくりしたぁ。お姉ちゃんのこと、考えてたの」

チャム

「お姉様?」

 

 そう言って小首を傾げるチャムはどこか小動物のような可愛らしさがあり、それを見ていると槇菜の胸中は少しだけ、穏やかな気持ちになっていた。

 

槇菜

「うん。お姉ちゃんはね、かっこよくて優しくて、私の憧れのお姉ちゃんなの。チャムには、兄弟っているの?」

 

 それは、何気ない好奇心だった。その言葉を聞いてチャムは、「うん! いるわ」と返し、槇菜の耳元で姦しく話し始める。

 

チャム

「私達ミ・フェラリオにとっては、エ・フェラリオがお姉様なの。だから、私にもお姉様はたくさんいるわ」

槇菜

「エ・フェラリオ?」

 

 聞き慣れない言葉だった。チャムや、エレボスとは違うのだろうか。

 

チャム

「そうよ。何年も修行したフェラリオだけが、エ・フェラリオになれるの。背格好も、人間の大人と同じくらいまで成長するのよ」

槇菜

「ふーん……。ジャコバさんは違うんだ?」

 

 ジャコバ。その名を出した途端、チャムは「ヒッ」と声を上げて槇菜の側を離れていく。

 

チャム

「ジャコバ様は、エ・フェラリオのお姉様達よりずっとすごい存在なのよ! もし悪口なんか言ったら、食べられちゃうかもしれないんだから!」

 

 そう言って飛び去り、ショウの下へ駆けていくチャムの背中を見送りながら、槇菜は「今のは悪口じゃないのだろうか」とそんなことをぼんやりと思っていた。

 

 

…………

…………

………… 

 

 

—豪和邸—

 

美鈴

「お兄様……」

 

 豪和美鈴。豪和兄弟において唯一の女性である末妹は、心ここに在らずという風に空ばかりを見るようになっていた。

 理由はひとつ。兄・ユウシロウのことである。

 

美鈴(一清兄様達は、ユウシロウお兄様を実験動物のように扱って、わけのわからない舞踊をやらせたり、兵器に乗せて戦場へ出したり……。どうして、お兄様だけがこんな風に扱われるのでしょう)

 

 美鈴にとって、歳の近い兄であるユウシロウは一番の遊び相手でもある。美鈴の記憶の中には、ユウシロウとの思い出が詰まっている。

 豪熱の屋敷の庭には、天気輪がある。明日の天気を占うための車輪。幼いユウシロウはそれを回して願い事をすると願いが叶うとそう無邪気に信じていた。

 しかし、そのことを話してもユウシロウは心ここに在らずという感じだった。もしかしたら、ユウシロウはそのことを覚えていないのかもしれない。とすら思えるほどに。

 「美鈴には、何か願い事はないのか?」と、そう優しく問いかけてくれたが、それに美鈴はうまく答えることができなかった。

 美鈴の願い……それは、ユウシロウと兄妹として過ごす日々が訪れること。しかし、それは豪和家として生きる限り無理であると理解しているのだから。

 兄のことを母や父、兄らに問うてもまともな答えは返ってこない。だから、余計に心配になってくる。

 兄……ユウシロウのことをつい考えてしまい、習い事の生け花にも身が入らない始末だ。

 

美鈴

「お兄様は…………」

 

 お兄様は……そこまで口にして、自分が何を言おうとしているのかもわからなくなってしまう。

 

美鈴

「お兄様は、私の……」

 

 お兄様は、私の何? そんな疑問を胸の中に抱きながら、美鈴は今日も空を見上げていた……。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—べギルスタン/神殿の丘—

 

 

 

 べギルスタン政府軍の戦力は、旧式のジオン製モビルスーツを中心とした一小隊。それは、

特務自衛隊実験第三中隊の敵ではなかった。彼らの乗る機動兵器……タクティカルアーマー・壱七式雷電は、小型故の機動性でそれを翻弄し、瞬く間に“神殿の丘”を制圧した。

 

速川

「…………大量破壊兵器など、その痕跡すら存在しなかった」

 

 第三実験中隊を率いる速川保中佐は、この不可解な状況に困惑していた。何より、それを加速させるのは遅れてこの場にやってきた茶髪にロン毛の男と、中肉中世に黒縁眼鏡をかけた男……豪和清継と、清春の存在だった。

 

ユウシロウ

「兄さん達……どうしてここに?」

 

 壱七式のコクピットの中、ユウシロウはその様子を見守っている。速川中佐はジープから降り、豪和の2人へ詰め寄った。

 

速川

「まさか、豪和の方がここに来るとは思いませんでした」

 

 豪和の三男……清春は、眼鏡を吊り上げながら答える。その視線は、明らかに速川を見下しているニュアンスが含まれていた。

 

清春

「兄は根っからの研究者でしてね。僕は、そのコーディネートをしているだけです」

速川

「…………」

 

 豪和の人間が、自分達兵隊を見下すのは構わない。関係ない。そう理性で理解しつつも、問題は別にある。

 

速川

「我々は……いえ、世界中がここで大量破壊兵器の実験が行われていると思っていました。しかし、事実は違っていた」

 

 ならば、この派兵の意味は何だ?

 この戦争は、何が目的で仕掛けられたものなのか。

 

速川

「そして貴方達は、予めそれを知っていた! いったい、何を知っているのですか。そして、我々に一体何をさせようと言うのですか!」

 

 速川中佐は、部下の命を預かる責任がある。そして、この派兵も世界平和のためであると理解した上で参加していた。

 タクティカル・アーマーの開発も、豪和が主導となって行われている。そして、その第一テストパイロットであるユウシロウは、TA起動実験のためだけに特務自衛隊に編入され、大尉階級を与えられているほどにまで豪和は、TA計画にも特務自衛隊の存在にも大きく関与していた。

 そしておそらく、この派兵にも。

 民間人である豪和ユウシロウを部隊に組み入れての実戦など、本来は許されることではない。それを豪和は、その影響力で成し遂げた。

 そうまでして、一体何を豪和は求めているのだろうか。それを知る権利くらいは、付き合わされている速川達にもあるはずだ。

 しかし、清春はそんな問いかけを意にも返さない。

 

清春

「失礼ながら中佐、貴方にはその質問をする権限はないはず……。聞かなかったことにしておきましょう」

速川

「…………!」

 

 そんなやりとりをしていた時だった。速川中佐達の耳を裂くようなヘリの音が、耳を裂く。

 

速川

「何だっ……!?」

 

 速川中佐が言うと同時、壱七式で待機していたユウシロウは構えていた。

 

ユウシロウ

「ハァ……ハァ……」

 

 戦場で気分が高揚しているからではない。特殊な昂りが、ユウシロウを襲う。この“神殿の丘”へ来てからというもの、ユウシロウはずっと能を舞いたくて仕方がなかった。それを理性で我慢しながら、ユウシロウはただ空を見ていた。

 空の向こうには、月がある。月はずっと、此方を見ている。千年、二千年。それとも万年。それ以上の悠久の時を、月は何も言わずに見つめている。

 月に思いを馳せながら、或いは馳せていたから、ユウシロウは気づいたのかもしれない。

 

ユウシロウ

「来る…………!」

 

 この感覚は、石舞台の舞と同じだと。

 あの日、石舞台の舞で感じた高揚感。そして……何かを伝えようとする声。

 その声をユウシロウは、月を介して聴いていたのだ。

 

——呼び戻さないで。恐怖を。

 

 ユウシロウのTAが低圧砲を空へ向ける。その光景に、同僚のTAパイロット達……フォーカス2を担当する長い黒髪が特徴的な女性・安宅大尉。フォーカス3の無骨な角刈りの男性・高山少佐。フォーカス4、軽薄な印象を受ける長身の北沢大尉が不思議そうな反応をする。

 

安宅

「ユウシロウ?」

高山

「豪和大尉?」

北沢

「おかしくなったのか……?」

 

 チームの面々が口々にそう言う中、ユウシロウは鋭く、叫んでいた。

 

ユウシロウ

「答えろ…………恐怖とは、何だ?」

 

 銃口を向ける先……空には、ヘリに輸送される機動兵器部隊と、緑色のオーラマシンが飛んでいる。特自や、多国籍軍のものではない。明かなイレギュラー。それが、ユウシロウ達のいる、“神殿の丘”へ向かっていた。

 

 

 

……………………

 

 鎧われて 確かとは見えぬ 君なれど

 たがいの傷に

 接触(ふれ)た感あり

 

第11話

「接触」

 

……………………

 

—べギルスタン/神殿の丘—

 

 

トッド 

「全く、こいつは一体どういう作戦なんだ?」

 

 緑色のオーラバトラー・ライネックの中でトッド・ギネスはひとりごちた。岩国での戦いの後、櫻庭桔梗と西田啓に拾われたトッドは、桔梗と共に彼らの「計画」とやらの手伝いをしている。しかし、どうにも解せないことが多い。べギルスタン軍に協力するというこの作戦もそのひとつだった。

 

桔梗

「そうね……そろそろ、話しておいてもいいか」

 

 そんなトッドの愚痴が周波数に乗り、それを拾った桔梗は自らの乗機アシュクロフトの中で、そう呟く。そして、トッドのライネックへ個人回線を開いた。

 

桔梗

「この作戦の最終目的は、無国籍艦隊の存在を世界に知らしめることにあるの」

トッド

「どういうことだそりゃ?」

桔梗

「べギルスタンは、大量破壊兵器の実験をしていて、アメリカを中心とした多国籍軍はそれを口実にべギルスタンへ侵攻。私達はべギルスタン軍の一員としてそれを迎撃した……こうなると、国連はいよいよべギルスタンを無視できなくなり、世界はべギルスタンの情勢に注目を集めていくことになる」

トッド

「…………読めたぜ。あんたらの親玉が、その後でべギルスタンを制圧するって腹か」

 

 トッド・ギネスは学が高い出身ではないが、頭はいい。桔梗の説明から、すぐに先を読む力は持っていた。その反応に、桔梗は「そう」と頷く。

 

桔梗

「そうすれば、世界はパブッシュ無国籍艦隊の存在を容認せざるを得なくなる。それが、このべギルスタンでの活動の目的よ」

トッド

「なるほどな……。あんたらの上にいる奴、随分狡い手を使うわけだ。お前もそう思うだろ、フェイク1?」

ミハル

「……………………」

 

 フェイク1……そう呼ばれたTAパイロットの少女・ミハルはそれには答えない。ミハルは、何かを懐かしむように“神殿の丘”を……その先にいる誰かへ、視線を吸い寄せられていた。

 

トッド

「……チッ、無愛想な女だ。とっととジャップなんか、追い出しちまおうぜ!」

 

 ジャップ。明かな蔑称をトッドは、桔梗や東洋人と思われるミハルへの皮肉を込めて使った。それに桔梗は一瞬、憮然とした顔をする。しかし、それがトッド・ギネスなりのレクリエーションなのを知っているので、黙って受け流し主力歩兵部隊……。“シンボル”なる組織から貸し与えられた歩兵・メタルフェイク部隊へ指示を出す。

 

桔梗

「フェイク1からフェイク4、進軍開始。目標は、特自TA……のメタルフェイク部隊!」

ミハル

「了解」

 

 桔梗の掛け声と共に、4機の人型歩行兵器……シンボルに「メタルフェイク」と名付けられたタクティカル・アーマーとよく似た、いやほぼ同じシステムを構築したマシン。その試作型であるイシュタルMarkIIが、運送用ヘリからパージされ“神殿の丘”へ降り立つ。

 先頭を行くイシュタルの肩には、鈴蘭のマーキングが施されていた。それが、4機のイシュタル部隊の隊長機なのだろう。やがて、特自のTA部隊へと迫り、そして交戦する!

 

 

 

 

高山

「なんだ、TAだと!?」

北沢

「なんで敵がTA持ってるんだよ!?」

 

 特務自衛隊実験第三中隊の第二小隊……フォーカス3、フォーカス4のコードネームで呼び合う高山少佐と北沢大尉は、その奇襲に声を上げる。その様子をモニタリングするジープ内でも、実験中隊の面々は騒然としていた。

 

村井

「敵所属不明TAと交戦状態に突入!」

徳大寺

「定石通りの奇襲だ。敵のデータはこちらと同レベルと仮定しろ!」

鏑木

「待ってください、他にもアンノウン2機確認……機体称号。これは、オーラバトラーとアサルト・ドラグーン!?」

 

 1年前の騒動で記憶されていたオーラバトラー。そしてアサルト・ドラグーン。桔梗の乗るアシュクロフトの存在は、ジープ内にさらなる混乱を齎した。

 

速川

「どういうことだ。アサルト・ドラグーンシリーズは……」

村井

「はい。時期主力兵器トライアルにおいてTAに敗北し、制式採用は見送られたと聞いています」

徳大寺

「全て消え去ったはずのオーラバトラーといい幽霊、か……? 面白くない冗談だ」

 

 大柄な中年男の徳大寺大尉がボヤく。しかし、現にアサルト・ドラグーンは後方から“神殿の丘”を見守っている。おそらく、あれが敵部隊のボスだろう。

 

清春

(アサルト・ドラグーン……あれは、豪和が圧力をかけて計画そのものを潰したはずだがな。恐らくは、“シンボル“か)

 

 特自のジープに避難し、ユウシロウのデータを観測する豪和の兄弟も、アサルト・ドラグーンの存在には目を光らせていた。

 

清継

「恐らく、奴らは我々の想像以上に深いところにまで根ざしているのだろう。今は動きを見せていない以上、TAの方に注視すべきだな」

 

 機継が言う通り、ジープの外ではタクティカル・アーマー同士の……正確にはタクティカル・アーマーとメタルフェイクの熾烈な格闘戦が始まっていた。

 TA同士の戦闘は、今まで訓練でもやっていない。TAの技術を独占しているのは日本のみであり、その技術は国防のために使われると教えられてきた。そのため、実験中隊は今まで都市部での対テロや、TAよりも大型のマシン……即ち、モビルスーツや機械獣といった存在を相手にする立ち回りを中心に訓練していた。“神殿の丘”攻略作戦も、対モビルスーツ戦の訓練が大きく生きた結果だ。

 だが、これはTA対TAの戦闘。今までの教本にも勿論、人類史にも存在しない新たな歩兵の戦い。そのスタートラインだった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 吹き荒ぶ砂塵が、視界を遮る。そんな中でもハリソンは双眼鏡越しに、その異常を確認していた。

 “神殿の丘”と呼ばれる場所が、遠目に見てみてもドンパチ賑やかになっている。それを目の当たりにしたショウは、オーラバトラーで先行することを提案する。

 

ショウ

「俺が先に行って、確かめてくる!」

ハリソン

「わかった。無理はするなよ!」

 

 そんな短いやりとりの後、ヴェルビンは加速する。地上に溢れるオーラ力を吸ったヴェルビンは、バイストン・ウェルでのそれよりも更に速くなっていた。その後方、F91とシグルドリーヴァを搬入したジープが、砂埃の酷いべギルスタンの砂漠地帯を走る。

 

ハリソン

「ルー博士、何か見えますか?」

ルー博士

「ノー。ここからではどうにもできまセーン」

 

 ハリソンは歯噛みする。この砂漠地帯では、F91は満足に機動力を発揮できない。短時間なら低空飛行できるが、それでもオーラバトラーのように、空を飛ぶという機能に優れているわけではなかった。

 

マーガレット

「……シグルドリーヴァなら、このくらいの砂塵でも問題なく動けます。私も出ましょうか?」

ハリソン

「いや、マーガレット少尉も足並みを揃えた方がいいだろう」

 

 この砂塵では、下手に動くと迷子になりかねない。空戦能力の高いメンバーならともかく、陸戦メンバーは当分ジープでの進行がベスト。そう、ハリソンは判断する。

 

ヤマト

「しかし……何があるっていうんだろうな」

槇菜

「うん……。なんか、胸騒ぎがする」

 

 胸騒ぎ。槇菜はこの先に待つものに漠然とした不安を抱いているようだった。そんな様子を見かねて、マーガレットは槇菜の手を握る。

 

マーガレット

「大丈夫……。あなたは強い子でしょう?」

 

 実際、マーガレットが最後に見た時よりも遥かに槇菜は逞しい子になっている。そう見えた。バイストン・ウェルという世界で槇菜が何を見たのか。それは知らない。しかし、マーガレットの知っている弱々しくて、それでも気丈に誰かを守ろうとしていた少女はもう、立派な戦士に育ちつつある。そう、マーガレットには見えていた。

 

槇菜

「マーガレットさん……」

マーガレット

「ゼノ・アストラは、あなたを守ってくれる。あなたが、みんなを守ろうとする限り。だから大丈夫」

 

 ゼノ・アストラ。ルー博士曰く、「マチュ・ピチュの遺跡から発掘したオーパーツ」それに槇菜が選ばれたことには、必ず意味がある。マーガレットは、そう思っていた。自分ではなく、槇菜が選ばれたことに。

 ならば、自分にできることはせめて、この弱々しくも強い女の子を守り、いつか日常に返してやることだけだろう。それが、今のマーガレットの行動原理だった。

 

槇菜

「うん……ありがとうございます。マーガレットさん」

 

 マーガレットの手を受け入れて、落ち着いたように槇菜ははにかむ。やがて、“神殿の丘”と呼ばれる場所の全体像が肉眼でも確認できるようになる。

 

槇菜

「これ……!」

ルー博士

「Jesus! ここは文化財デスよ!?」

 

 槇菜達が神殿の丘に辿り着いた時、そこは既に戦場となっていた。小型の人形機動兵器……タクティカル・アーマー同士の戦闘。しかし、タクティカル・アーマーより一回り大きい青い機動兵器と、緑色のオーラバトラーの存在が、特自側を不利へ傾けていた。

 

マーガレット

「あれが、べギルスタン軍……?」

 

 べギルスタンの戦力は、モビルスーツと重戦車が主力とされていた。しかし、これらは違う。何かがおかしい。そう、マーガレットはシグルドリーヴァのスコープ越しに認識する。一方、先行していたショウは空中で飛び回り特自を威嚇するオーラバトラーの存在に、嫌な汗をかいていた。

 

ショウ

「あのオーラバトラー、ライネックか!」

チャム

「ショウ、こっち来るよ!?」

 

 ライネック、ドレイク軍の誇る高性能オーラバトラー。ショウの愛機だったビルバインにも引けを取らない機動性と武装を誇る強敵の登場に、ショウは身構える。ライネックはヴェルビンの方へと向かっていた。

 

ショウ

「よせっ! 戦いに来たんじゃない!?」

 

 ショウの叫びを無視して突き立てられるオーラソード。ヴェルビンは風のような速さで抜刀し、それを受け止めていた。

 

トッド

「この居合い、ショウか!?」

 

 ライネックから聞こえたのは、懐かしい声だった。トッド・ギネス。ショウと同じくしてドレイク軍に招かれ、そしてショウがバイストン・ウェルへ帰還した時にはホウジョウ軍の傭兵をしていた聖戦士!

 

ショウ

「トッド!? 生きていたのか!」

トッド

「おかげ様でな! お互いに新型に乗り換えたんだ……第二ラウンドと行こうぜショウ!」

 

 空中で、トッドのライネックとショウのヴェルビンが激しくぶつかり合う。地上に出たオーラバトラーは、バイストン・ウェルの時とは比べ物にならないほどパワーを増すという性質を持っていた。爆弾一つとっても、地上の都市に致命的な被害を与えかねない。そんなものを、無闇に使わせるわけにはいかない。とショウはヴェルビンの武装をオーラソードのみと制限している。一方で、ライネックはフレイボムやオーラキャノンを装備する重装備タイプ……。

 

ショウ

「トッド! 地上でのオーラマシンは、危険なんだ。やめろ!」

トッド

「お前を倒してから、そうさせてもらう!」

 

 オーラソードの一振りを躱し、ライネックはオーラバルカンを放った。それを避けるのはショウには造作もなかったがしかし、その流れ弾だけでもこの場所を地獄に変えかねない。そう思ったショウはあえて避けず、ヴェルビンで受け止める。ショウのオーラ力に呼応するように発現したオーラバリアはトッドのオーラバルカンを霧散させていく。

 

トッド

「チッ、ショウめ!」

 

 オーラバリアの強固さを再認識し、ライネックは再びオーラソードを構えた。飛び道具で余計な被害を出すよりは、この方がいい。そうショウも安心し、オーラソードを構えて受けて立つ。

 

チャム

「ショウ。あんな分からず屋のタレ目、今度こそやっつけちゃおう!」

ショウ

「耳元で怒鳴るなチャム!」

 

 ヴェルビンは確かに強力なオーラバトラーだ。しかし、強力という点ではライネックも決して引けを取るわけではない。それも、トッド・ギネスが乗っているというのなら尚のこと。

 光のような速さの世界で、2機のオーラバトラーの剣戟の音だけが静かに鳴り響いた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ユウシロウ

「味方か……?」

 

 敵の援護をするかのように、空を飛んでいたマシンが別のマシンへとぶつかっていったのを、ユウシロウはそう判断した。味方か、或いは敵の敵。どちらにせよ、有難い。今、ユウシロウは窮地に立たされているのだから。

 同僚のTA部隊は、既に戦闘続行不可能。砂漠地帯という本来TAには向かない特殊な地形と、この砂嵐がTAの脚部を故障させ、今戦えるTAはユウシロウのみ。にも関わらず、敵のTAは3機が健在の状態だった。

 そのうちの1機が、ユウシロウへ迫る。

 

ユウシロウ

「鈴蘭……?」

 

 肩に鈴蘭のマーキングを施されたTA。それは明らかに、他とは動きが違った。

 

ミハル

「…………!」

 

 ユウシロウは、その敵TAのパイロットの息吹を確かに感じていた。全てが解け合いそうな感覚。自分が自分でなくなるような、世界と自己とのせめぎ合い。それを感じていたのだ。

 

 

——恐怖を、呼び戻さないで。

 

ユウシロウ

「っ!?」

 

 あの時……鬼哭石の石舞台で聞いた声。それが今、はっきりと聞こえる。その声が、その息遣いが、ユウシロウを興奮状態へ導いていった。

 

 

清継

「これは……。ユウシロウに伝播干渉しているのか。いや、共鳴現象?」

 

 特自のジープの中で、清継はそのデータを計測し感嘆の声を上げる。その様子に、速川中佐は眉根を寄せる。自分の弟を、まるで実験ネズミのように扱っている。その姿勢を、決して快くは思えない。一方で清継の弟でもある清春は、さらに別の感想を抱いているようだった。

 

清春

「シンボルがここまで仕上げていたとはな……」

 

速川

(シンボル? べギルスタン軍ではないのか……)

 

 やはり、豪和は何かを知っている。そう確信してはいるが、ここで問い詰めても決して口を割らないだろう。そう、速川は確信して通信を開いた。

 

速川

「こちら特務自衛隊実験第三中隊・速川保中佐だ」

 

 その通信を、ルー博士のジープが拾いハリソンが応える。

 

ハリソン

「こちら、科学要塞研究所所属独立機動部隊。私は岩国在日米軍基地のハリソン・マディン大尉です。我々はこの地に現れたというデビルガンダムの調査に来ました。交戦の意思はありません。ですが……見過ごすわけにもいきません」

 

 科学要塞研究所のことは、速川中佐も承知していた。それに、デビルガンダムの存在は特自としても懸念材料だった。この場は、協力してことに当たるのが正道。そう判断し、速川中佐はハリソン大尉に返信する。

 

速川

「協力、感謝する!」

ハリソン

「すぐに我々も駆けつけます!」

 

 有難い。そう思ってハリソンとの通信を切る。目の前にいるスポンサー達よりも、遥かに信頼できる人柄感じる米国人であるハリソン大尉の存在は、この危機的状況に願ってもない助け舟だった。

 

速川

「聞いたか豪和大尉。科学要塞研究所の部隊と協力し、この場を切り抜けてくれ!」

ユウシロウ

「…………!」

 

 返事はない。ユウシロウは、目の前の鈴蘭のマーキングが施されたTAとの戦いに夢中になっていた。

 

速川

「豪和大尉……」

清継

「ユウシロウ……」

 

 ユウシロウのTA……コードネーム・フォーカス1のモニタリングを担当する女性士官の鏑木大尉は、フォーカス1の生体データを睨みながら叫ぶ。

 

鏑木

「豪和大尉の運動伝達系、規定値を180%超えている!?」

速川

「どういうことだ!?」

 

 TAは、その特殊性故にパイロットの身体に著しい負荷をかける。モビルスーツのようにコンソール・パネルと操縦桿で動かすのではなく、神経を繋げて自らの肉体としてマシンを操るのだから、その負荷は激しいものだ。

 しかも、ガンダムファイト用のモビルファイターのように、肉体の動きをパイロットが追うのではない。パイロットの反射神経を、手足の代わりにマシンの人工筋肉が模倣する。そんなものを実用化するのには、様々な課題が存在していた。

 とどのつまり、実験中隊にとってもタクティカル・アーマーには、わからないことが多すぎるのだ。

 

村井

「フォーカス4、フォーカス3共に戦闘続行不能!」

 

 歳若い女性士官の村井中尉の声が響く、脚部に入り込んだ砂がTAの駆動部を著しく痛めつけ、歩行不能の状態に陥っている。それでも必死に携行武器で応戦するが、最大の武器でもある機動性を失った状態の人型兵器など、戦車以下の存在だった。

 

速川

「仕方ない。フォーカス3、フォーカス4は機体を放棄!」

 

 速川の指示により、フォーカス3、フォーカス4の壱七式雷電から、パイロットが降りていく。残るはフォーカス2の安宅大尉と、フォーカス1の豪和大尉のみ。

 

 狭い軍用の通信ジープの中で、速川中佐はユウシロウ達の戦いを見守るしかできなかった。それが、指揮官としての速川中佐の役目だった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

安宅

「ユウシロウ、そのTAは回避して!」

 

 実験中隊唯一の女性パイロット・安宅燐が叫ぶ。豪和ユウシロウの相対する鈴蘭のマーキングが施されたTA……正確にはメタルフェイク・イシュタルMarkII。そいつだけ、明らかに動きの練度が違っていた。

 しかし、ユウシロウは答えない。鈴蘭のTAと、まるで演武でも舞っているかのようにユウシロウは、戦っていた。

 

安宅

「クッ……こうも足場も、視界も悪いと!」

 

 TAは、満足な挙動ができない。それは相手も同じはず。そうでありながら、あの鈴蘭はフォーカス3、フォーカス4を行動不能に追い込み今、フォーカス1……ユウシロウを倒そうとしている。

 

ユウシロウ

「…………っ!」

 

 ユウシロウの乗る壱七式雷電は、咄嗟に脚部の粉砕機構・アルムブラストを噴射し足場の砂を噴射する。

 

ミハル

「っ!?」

 

 鈴蘭のイシュタルMarkIIは、その砂塵に視界を奪われて一瞬、足を止めた。その一瞬が、ミハルの隙となる。

 

ユウシロウ

「…………ターゲット!」

 

 壱七式雷電が、グレネードランチャーを放つ。咄嗟にそれを回避した鈴蘭のイシュタルMarkIIは、ユウシロウの壱七式雷電へ回り込んで右のマニピュレーターを伸ばし、格闘戦へ持ち込んでいた。

 

ユウシロウ

「くっ……!?」

 

 首を締め付けられるような感覚が、ユウシロウを襲う。対するユウシロウも、肩部のウィンチを展開し、ミハルのイシュタルへ突き刺していた。

 

ユウシロウ

「…………お前は」

ミハル

「貴方は…………」

 

 対峙する2人。TAという函の中にいながら、2人には互いの顔がよく見えていた。まるで、遠い昔から知っているように、互いの顔を認識できる。

 ユウシロウの首を掴む、少女。それはまるで、演舞の中の世界。2人きりの演舞を、観客のいない静寂の世界で待っているような感覚。

 それは、舞の高揚感。ユウシロウも、少女……ミハルも、その高揚感に満たされていた。

 

ユウシロウ

「……お前は、誰だ?」

ミハル

「…………」

 

 ミハルは答えない。ユウシロウの求める答えを、ミハルは提示できない。だから、代わりに疑問を投げかける。

 

ミハル

「——どうしても、恐怖を呼び戻したいの?」

ユウシロウ

「俺は……俺が誰なのか知りたいだけだっ!」

 

 恐怖など、駆逐するもの。その先に、求めている答えがあるのならばいくらでも踏み越える。そのために、ユウシロウはTAに乗るのだから。

 

 ユウシロウの壱七式雷電と、ミハルのイシュタルMarkIIはそうしている間にも格闘戦を続けていた。明らかに格闘戦を想定されていない華奢な機体であるTAはしかし、この2人が乗ることにより鬼のような強さを発揮している。

 それは、明らかに他のTAとは一線を画す壮絶な戦いだった。砂が入り込み、脚部のトルクが上がらないのは他と同じはず。そうでありながら、2機は足の不自由をものともせずに戦っている。

 

ユウシロウ

「はっ……はっ……!」

ミハル

「はっ……!?」

 

 腕のマニピュレーターをぶつけ合い、リフティングウィンチで動きを制限する。そんなぶつかり合いの中で、2人の心拍数は、急激に上昇していた。

 

桔梗

「ミハル?」

 

 その異常に、桔梗も顔を顰める。同じように、特自のジープ内でもその異常を感知していた。

 

鏑木

「豪和大尉の心拍数、異常値に入ってます!?」

 

 鏑木の報告に、清継は計測画面の表示を喰い入るように見つめ始める。

 

清継

「まさか特異点が? ガサラの舞と同じことが起きているのか?」

清春

「この地が石舞台と同じ効果を持っているとしたら……あり得ますね」

 

 そして、その異常な均衡を崩したのはユウシロウだった。

 

ユウシロウ

「ハッ……ハッ……!」

 

 脚をかがめたTAは、膝蹴りの容量でミハルのイシュタルMarkIIを蹴り上げる。そして、TAの脚部に内蔵されるアルムブラスト。本来は立体的な地形を移動するための手段として使う気化爆弾をそこで爆裂させ、イシュタルMarkIIの腕を引き裂いたのだ。

 

ミハル

「う、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 絶叫。それと同時にイシュタルMarkIIの腕を引き千切って、ユウシロウの壱七式雷電は飛ぶ。その姿は、さながら平安の時代に京で起きた武者と鬼の戦い。源氏武者の渡辺綱は、鬼の腕を奪ったと伝えられている。イシュタルMarkIIの右腕を引き抜いたユウシロウの姿はまるで、源氏の武者さながらだった。

 

ミハル

「あなたの、望みは……何?」

 

 痛みを堪えながら、ミハルは問いかける。

 

ユウシロウ

「俺の、望み……?」

 

 答えはない。答えられない。

 

桔梗

「ミハル、その損傷では無理よ。戻りなさい!」

 

 2人の世界を割くように、桔梗の指示がミハルへ飛んだ。

 

ミハル

「…………了解」

ユウシロウ

「!?」

 

 頷き、イシュタルMarkIIは脚部のアルムブラストを爆裂させ、ユウシロウの視界を奪う。その光が収まった時、既にあの鈴蘭のマーキングが施された機体はユウシロウの前から姿を消していた。

 

ユウシロウ

「俺の、望み……?」

 

 望み。自分の求める答え。その問いかけをユウシロウはずっと、反芻し続けていた…………。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 ユウシロウとミハルの戦いが終わった。しかし、敵はまだ全てが退いたわけではない。残されたTA部隊と青いマシン……アシュクロフトを前に依然として特自は、不利な防衛戦を続けている。その戦場にもう一台のトレーラー式ジープがたどり着き、その中から1人の少年が顔を出す。

 

ヤマト

「今回の仕事は人助けだ。行くぜ、ゴッドマジンガー!」

 

 そう叫ぶと同時、ヤマトの身体が光に包まれていく。そしてヤマトの光り輝く身体を吸い込むようにして、巨大な魔神が姿を現した。その姿は、遥か上空で私闘を繰り広げるアメリカ人と日本人にもしっかりと映っている。

 

トッド

「な、何だあれは!?」

ショウ

「ゴッドマジンガー! ヤマトが来てくれたか!」

 

 驚くトッドが見せた一瞬の隙を突いて、ヴェルビンはライネックを蹴り飛ばす。

 

トッド

「クッ、ショウ!?」

ショウ

「トッド! 地上での争いを広げるつもりなら、お前でも斬るぞ!」

 

 ライネックも負けじと旋回し、再びヴェルビンを追う。空中でぶつかり合う2体のオーラバトラーの戦いは、既に他者の入り込む余地のないものとなっていた。

 そして地上では、唸るような咆哮を上げてゴッドマジンガーが大地を踏み締める。その振動だけで、小型マシンであるTAは脚部にダメージを受けかねないほどの地鳴り。シンボルのフェイク乗り達は、その存在に気圧されていた。

 

シンボル兵

「な、なんだ!?」

安宅

「味方、なの……?」

 

 メタルフェイク部隊はその存在感に圧倒される。安宅大尉の壱七式雷電は、その隙に退路の確保へ急ぐ。メタルフェイク部隊はゴッドマジンガーにグレネードを放つが、巨神にそんなものは通用しない。ヤマトは、目の前で展開される小さな戦いに目を丸くしていた。

 

ヤマト

「これが、現代の機動兵器なのか……」

 

 ゴッドマジンガーからすれば明らかに小型。恐らくは5mもないだろうTAは、ゴッドマジンガーの体積なら簡単に踏み潰せそうだった。その小ささはまるで、歩兵を相手にしているようでヤマトには気が引ける。しかも、そのTAとフェイクは、砂に脚部をやられてうまくトルクを発揮できていないらしい。なのでヤマトはあえてそれを見逃すようにして、それらより多少は大型の青い人型機動兵器……アシュクロフトへその視線を向けた。

 

桔梗

「データにない機体……。これも、スーパーロボットって奴かしら?」

 

 それに気付き、後方で指揮を取っていた桔梗は気を引き締める。

 

桔梗

(増援の要請をするべき? いや……そもそもこの作戦は犠牲を増やす価値のあるものじゃない……)

 

 撤退。その言葉が桔梗の脳裏に浮かぶがしかし、トッドも宿敵とも呼ぶべきものを前に興奮しているような素振りをみせている。このまま言うことを聞いてくれるかと言えば、桔梗にも自信は無い。

 

ヤマト

「アンタが大将だな。ここは引いてくれ! 今は人間同士で争っている場合じゃ無いってことくらい、わかるだろ!」

 

 大魔神……ゴッドマジンガーから声が伝わる。それは集音マイクが拾った声だ。恐らく、あの魔神が電波を介さずに搭乗者の声を外に伝える仕組みがあるのだろう。と桔梗は理解する。また、少年の言葉に一理があるのも事実だった。

 

桔梗

「……我々は、敵に奪われた拠点を奪い返すために作戦行動をしているに過ぎません。これ以上の介入は、国際法違反ですよ?」

 

 しかし、正論には正論で抵抗する。それが桔梗の流儀。

 

ヤマト

「なっ……こんな戦争をしてる場合かよって、俺は言ってるんだ!」

 

 それは、子供の理屈だった。桔梗の中で、ゴッドマジンガーの少年への失望がみるみるうちに増していく。

 

桔梗

「……話になりません。これ以上近付くなら攻撃の用意があります」

 

 宣言し、桔梗はアシュクロフトの右手に持つビーム・ガンを構える。剣を持つゴッドマジンガーに対して、銃火器を装備するアシュクロフトはリーチの点では有利と言えた。しかし、ゴッドマジンガーのデータを持たない以上、アシュクロフトの武装が通用するかは未知数。ゴッドマジンガーも、剣を構えたまま動かず、睨み合っている。その間にも、桔梗はゴッドマジンガーの後方にあるジープへサブカメラを向けていた。恐らく、モビルスーツクラスのマシン2機は積載できるだろうトレーラー式のジープ。荷台には大きな布が被されており、その凹凸は明らかにマシンを搭載しているように見える。その布が剥がされ、中から緑色のマシンと、青いガンダムが姿を表す。出撃の準備が整ったということだろう。

 しかし、それ以上に桔梗の目を惹きつけたのは、ジープから出てきた一人の女の子だ。自分とおなじような薄い銀髪に、桔梗にも馴染みのある地元の中学校指定のセーラー服を着た、眼鏡の女の子。べギルスタンに……いや、戦場にいれば嫌でも目立つ。見逃すはずがない。

 何より、その姿を桔梗は幼い頃からずっと、見てきたのだから。

 

桔梗

「槇菜……!?」

 

 櫻庭槇菜。桔梗が溺愛してやまない妹。日本で暮らしているはずの妹が、なぜべギルスタンに?

 

槇菜

「…………来て、ゼノ・アストラ!」

 

 その声に呼応するかのように時空が歪み、空間が割れる。ゼノ・アストラ。パブッシュで報告されていた「海賊に奪われたはずのマシン」に、最愛の妹が乗り込む光景を桔梗はその目に焼き付けてしまっていた。

 

桔梗

「槇菜、どうして……?」

 

 どんな因果で、よりによって槇菜が機動兵器なんかに乗ってべギルスタンにいるのか。桔梗にはまるで見当もつかない。ゼノ・アストラは巨大な盾を召喚すると、ゴッドマジンガーへ並ぶ。

 

槇菜

「お願いです。攻撃をやめてください!」

桔梗

「…………!?」

 

 間違いない。集音マイクが拾う音声も槇菜のものだ。姉である自分が、聞き違えるはずがない。桔梗はキッとゴッドマジンガーとゼノ・アストラを睨みつけ、ビーム・ガンの銃口をゼノ・アストラへ向ける。

 

槇菜

「っ!? 来る……」

 

 ゼノ・アストラはその盾を構え、アシュクロフトの攻撃へ備えた。しかし、動きはない。やがて一歩、また一歩とアシュクロフトは、ゼノ・アストラへ近づいていく。

 

槇菜

「な、何っ……?」

 

 相手の行動の、意図が読めない。それは槇菜にとって、恐怖だった。しかし、先に撃てばそれはまさしく、交戦の証。できることなら、人間相手の戦いはしたくない。

 それは、槇菜の中にある甘えだったのかもしれない。そしてその甘えは、槇菜の隙となる。

 

桔梗

「……!?」

槇菜

「えっ……きゃぁっ!?」

 

 ブースターを噴かし、加速するアシュクロフト。その勢いに気圧され、槇菜は飛ぶのを一瞬、忘れてしまった。そして、瞬く間に盾の裏側……背後を取られてしまう。

 

桔梗

「……槇菜。槇菜なのね?」

槇菜

「えっ…………?」

 

 槇菜だって、忘れたことはない。その優しい声は、いつだって槇菜を支えてくれた。戦災で両親を失った槇菜と2人、支え合って生きてきた。大好きな……。

 

槇菜

「おねえ、ちゃん……?」

 

 櫻庭桔梗。大好きなお姉ちゃんが、べギルスタン軍の一員として本来お姉ちゃんが所属しているはずの特務自衛隊に牙を剥いている。

 槇菜は、目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。

 

ヤマト

「お姉ちゃん……って」

マーガレット

「槇菜の、お姉さんが乗ってるの……?」

 

 槇菜の言葉を聞いて、ヤマトとマーガレットが口々に言葉を漏らした。しかし、自衛隊にいるはずの槇菜の姉が、自衛隊攻撃の指揮をしているこの光景に、マーガレットは訝しむ。

 

マーガレット

(……とすれば、この軍はべギルスタン正規軍じゃない?)

ハリソン

「…………どうにも、キナ臭くなってきたな」

 

 同じことを、ハリソンも考えているようだった。

 

マーガレット

「ええ。私は槇菜のフォローに回ります」

ハリソン

「頼む!」

 

 そんな短いやり取りの後、ジープからシグルドリーヴァが発進し、ミサイルの照準をアシュクロフトへ向けた。しかし、ゼノ・アストラと密着するアシュクロフトへの実弾攻撃は、槇菜を巻き込みかねない。

 

マーガレット

「やってくれる……!?」

 

 狭いコクピットの中で一人、マーガレットは毒吐いていた。その間にも、アシュクロフトの中で桔梗は必死に槇菜へ呼びかけている。

  

桔梗

「どうしてそんなものに乗っているの!? 危ないからすぐに降りなさい!」

槇菜

「お姉ちゃんこそ、どうして!? お姉ちゃんは、自衛隊なんでしょ! どうしてべギルスタン軍にいるの!?」

 

 後ろに食らいつくアシュクロフトを槇菜は必死に振り払いそして対峙する。アシュクロフトはシグルドリーヴァの照準を避けるように回り込みながら、ビーム・ガンを向け照準を合わせている。いつでも、こちらを撃つことができる。そういうポーズだった。

 

槇菜

「お姉ちゃん……何で!?」

 

 納得がいかない。お姉ちゃんはみんなを守るために戦っているはずだった。そんなお姉ちゃんが好きだった。それなのに、槇菜の目の前にいる桔梗は、味方であるはずの特務自衛隊を襲い、そして今槇菜に銃を向けている。

 

桔梗

「槇菜……。あなたもそんなものに乗っているのならわかっているでしょう。今、この世界は混迷の中にあることくらい」

槇菜

「…………ッ!?」

 

 その通りだ。ミケーネ帝国の侵略。それだけではない。異世界バイストン・ウェルからも地上侵攻を目論む者がいて、デビルガンダムを奪った木星帝国の残党も動いている。そして、邪霊機。ムゲ帝王と同じ邪神の使徒。その侵略は、すぐそこまで迫っていた。

 しかし、だからこそ。

 

桔梗

「私達は、その混迷を正す新しい秩序の為に戦っている。これは、革命なの」 

槇菜

「そんなのっ、おかしいよっ!?」

 

 今の桔梗は、我慢ならなかった。

 ゼノ・アストラの持つ盾が、みるみるうちに変質していく。ハルバード。目の前の全てを撃ち砕く、戦槍。

 

マーガレット

「あれは……!?」

 

 アシュクロフトへの牽制のために照準スコープを見つめていたシグルドリーヴァのマーガレットは、ゼノ・アストラの変化を目の当たりにし声を上げる。

 

ハリソン

「槇菜君!?」

 

 ゼノ・アストラは、常に前に立って仲間の痛みを引き受け続けてきた。その大いなる盾で、自らが傷つくことも厭わずに。しかし、今のこれは違う。

 怒り。憤り。そんな負の思念を発散させるかのように、戦槍を構えたゼノ・アストラは咆哮する。

 

ショウ

「槇菜、ダメだ! 怒りのオーラ力は、自分を見失わせてしまう!?」

 

 その咆哮に、ライネックと鍔迫り合うショウも、負のオーラ力を感じ声を上げた。しかし、それを感じていないのか或いは無視しているのか、トッドはそんなショウを追い詰めようとワイヤークローを放ち、ヴェルビンの右腕を掴む。

 

トッド

「余所見をしている暇があるのかよ、ショウ!」

チャム

「もう、少しは空気を読んでよこの分からず屋!」

 

 チャムが怒鳴る。それを煩わしく感じながらも、ショウは槇菜の中に宿っている負のオーラ力に只ならぬものを感じ、トッドのライネックと取っ組み合う。

 

ショウ

「トッド、わからないのか! 血を分けた姉妹同士が、殺し合おうとしているんだぞ!?」

トッド

「そんなこと……!?」

 

 知ったことか。そう言おうとして、トッドは口籠る。トッドに兄弟はいない。しかし、肉親はいる。誰よりも優しく、厳しくトッドを育ててくれた母親が。

 だから今、桔梗の身に起ころうとしていることが悲劇であることくらいはトッドにも、理解できた。

 

ショウ

「たとえ分かり合えなかったとしても、肉親が肉親を殺す。そんな悲劇は、繰り返しちゃいけないことくらいはお前にもわかるだろ、トッド!」

トッド

「チッ……! お前に言い負かされるとは、オレもヤキが回ったぜ!」

 

 ワイヤークローを収縮し、ライネックはヴェルビンから離れる。そして、ヴェルビンとライネック。2体のオーラバトラーが、空中で加速し、降下を始めていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

ヤマト

「なんだ、マジンガー。何を言っているんだ……?」

 

 荒ぶるゼノ・アストラ。その姿に、ゴッドマジンガーは何かを警告するかのような言葉をヤマトへ発していた。

 

マジンガー

『ヤマト、旧神は荒ぶる神。巫女の心を乱すでない……』

ヤマト

「そんなこと言ったって……!」

 

 しかし、それで確信するものもある。やはりゴッドマジンガーは、ゼノ・アストラを知っているのだ。それも、ヤマトが搭乗者として選ばれるよりも遥かな昔に。

 ゼノ・アストラ。その黒衣の外装の奥に潜むものは今、巫女の荒ぶる心を薪にし、咆哮を上げる。戦槍を掲げ、光の翼を闇色に染め上げ空を舞った。

 

桔梗

「槇菜ッ!?」

槇菜

「お姉ちゃんなんか……お姉ちゃんなんか嫌いだっ!?」

 

 槇菜が叫ぶと、その叫びに呼応するようにゼノ・アストラはアシュクロフト目掛けて急降下し、その戦槍を振るう。アシュクロフトはそれを後方に下がることで避けると、咄嗟に脚部に積載されているミサイルを放った。

 

桔梗

「槇菜、お姉ちゃんの言うことを聞きなさい!」

槇菜

「嫌だっ! お姉ちゃんこそ、私の言うことを聞いてよ!?」

 

 アシュクロフトの放つ弾頭をモロに受けながら、ゼノ・アストラは走る。剥き出しの怒り。その感情を受けて、旧神は吼える。まるで、魔神のように。

 

桔梗

「言うこと聞かないなら……お姉ちゃんも怒るからね!?」

 

 そう叫び、アシュクロフトのビーム・ガンの引金を引く。ミサイルと違い、ビームは簡単には防げない。荒ぶるゼノ・アストラはそれを弾けず、装甲表面を焼き焦がしていた。しかし、それにも構わず戦槍を振るい、駆け走る。それをしているのが桔梗にとって最愛の妹であるという現実に、桔梗は苛立ちながら叫んでいた。

 

桔梗

「槇菜……いい加減にしなさい!」

 

 そう叫び、取り出したのは背中に格納されていた巨大な砲身だった。対戦闘獣を想定している圧縮粒子砲を、妹目掛けて構える。それに怯みもしない妹が、桔梗をさらに苛立たせる。

 

槇菜

「どうして、どうして平気で人にそんなもの向けるの!?」

 

 桔梗のその態度はしかし、余計に槇菜の怒りを逆撫でていた。

 

槇菜

「そんなものを向けながら、お姉ちゃんぶらないでよ!」

桔梗

「なっ……!?」

 

 櫻庭桔梗は、完全に見誤っていたのだ。妹の、槇菜のことを。

 素直で可愛い妹などと、桔梗は内心で槇菜を見下していた。自分の所有物のように思っていた。だから、こうして強い我を見せつけられて今、桔梗は動揺を隠せずにいる。そして、それは槇菜も同じだった。

 

槇菜

「お姉ちゃんは……お姉ちゃんはこんなことしないもん!?」

 

 優しくてかっこいいお姉ちゃん。そんな風に理想化した姉の姿しか見ていなかった。だから、姉が本当はどのように考えていて、何をしようとしているのか。それも一面的にしか見えていなかった。

 姉の言う「世界を守るため」というのがこういうことならば、それはサコミズ王のホウジョウ軍と何が違うというのだろうか。

 

桔梗

「……言うこと聞かないなら、本当に撃つ」

 

 動揺する心を抑えるように、アシュクロフトは圧縮粒子砲を構えていた。

 

槇菜

「私だって……こんなことをするなら、お姉ちゃんでも許さない!」

 

 ゼノ・アストラも、ハルバードを構え光の翼を広げていた。

 

ヤマト

「お、おい!?」

マーガレット

「……槇菜ッ!」

 

 睨み合う両者。その間を割って入るように、オーラの光が突き抜ける。ヴェルビンとライネック。同じように死闘を繰り広げていた両者はしかし、アシュクロフトとゼノ・アストラの間に割って入ると、ヴェルビンはゼノ・アストラへ。ライネックはアシュクロフトの方へ。両者の味方の方へ、その身を晒していた。

 

ショウ

「それ以上はよせ、槇菜」

槇菜

「ショウ、さん……?」

 

 ヴェルビンを前にして、ゼノ・アストラが召喚したハルバードはみるみるうちに消えていく。ショウはそれを、槇菜の戦意が萎えている証拠だと判断して言葉を続ける。

 

ショウ

「血を分けた仲だもんな。どうしたって許せないこともあるさ。だけど、それを理由に殺し合うのは、ガロウ・ランのやることだ」

チャム

「ショウ……」

槇菜

「…………」

 

 そう言って槇菜を諭そうとするショウの言葉は、まるで自分に言い聞かせているように槇菜には聞こえる。

 

トッド

「あんたもだ。姉妹喧嘩なら、そんな物騒なもんを持ち出すんじゃない」

桔梗

「トッド・ギネス……。家族のことに口を出さないで」

トッド

「よく知らない第三者だから言えるんだよ。今のまま戦ってたら、どっちか確実に死んでたぜ?」

 

 死。いなくなる。槇菜が。両親と同じように。その可能性をピシャリと指摘され、桔梗も冷や水を浴びせられた気分になっていた。しかし、それでも。

 

桔梗

「槇菜、私はまだ認めたわけじゃないからね」

槇菜

「……私だってこんなこと続けるお姉ちゃ、嫌いだもん」

 

 不貞腐れたようにむくれる槇菜。そういえば、機嫌が悪い時の槇菜はこんな風にそっぽを向くんだった。そんなことを桔梗は、思い出していた。

 

槇菜

「……各員、我々はこれより撤退します」

トッド

「ああ、それでいい。今はな……。ショウ、決着は預けたぜ」

 

 そう言って、アシュクロフトを掴みライネックは飛ぶ。残されたメタルフェイク部隊も、ミハルがやったのと同じようにアルムブラストを使用して、この場を撒いて行った。

 

ショウ

「トッド……」

槇菜

「お姉ちゃん……」

 

 こうして、槇菜は戦場の中で最愛の姉・桔梗と再会した。しかし、それは決して幸福な姉妹の再会ではなかった。

 槇菜の胸中に残ったのは、憤りと、怒りと、そしてただただ淋しさだけだった…………。

 

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—べギルスタン/特務自衛隊駐屯地—

 

槇菜

「…………お姉ちゃん」

 

 ルー博士のジープの中で、槇菜はひとり塞ぎ込んでいた。今、ルー博士とハリソン大尉は特務自衛隊第三実験中隊の速川中佐と情報の擦り合わせを行なっている。そんな中で、塞ぎ込む槇菜にどう声を掛ければいいのか皆、困っていた。

 

チャム

「ねえ、どうして慰めに行かないの?」

ショウ

「チャム…………」

 

 純粋ゆえに無頓着なチャムの言葉に、ショウは呆れてものも言えない。それがミ・フェラリオという種族の純粋さであるとショウも理解はしているが、こういう時だけは勘弁してほしかった。

 

ヤマト

「でも、放っておくわけにもいかないよなぁ」

 

 こういう時こそ、以前から面識のあるらしい甲児かさやかかエイサップがいるべきだろうに、よりによってその3人はまだエンペラーで待機している。しかし、槇菜の気持ちがわからないでもないヤマトだった。

 

ヤマト

「……な、なあ。あんまり落ち込むなって」

 

 だから、できる限りさりげなくヤマトは声をかけてみる。

 

槇菜

「…………うん」

 

 返事に、元気はない。当然だろう。しかし、このままでは仕方ないので、ヤマトは言葉を続ける。

 

ヤマト

「兄弟ってさ、難しいよな、俺にも妹がいるんだけどよ。あいつ普段は俺のことをバカアニキみたいに呼ぶんだぜ。そのくせ頼ろうとするから、参っちゃうよハハハ」

槇菜

「ヤマト君は……妹と仲良いんだね」

ヤマト

「う……」

 

 完全に、藪蛇だった。

 

ショウ

「……家族に、理解してもらえないのは辛いよな」

 

 だから、助け舟を出すようにショウ。

 

槇菜

「ショウさん……」

ショウ

「俺の両親はさ、バイストン・ウェルのことなんてまるで信じてくれなかった。その癖、自分の立場のことばかり言うもんだからさ。殺してやりたいとも思ったよ」

 

 そう言って、遠くを見つめるショウ。槇菜も、自然とショウの話に耳を傾けていた。

 

ショウ

「だけど、できなかった。母さんも、俺に銃を向けた。でも、殺してはくれなかった。当然恨んだし憎みもしたけど……今は、あの時あの人達を殺さなくてよかったと、そう思えるんだ」

槇菜

「……だから、私を止めたんですか?」

ショウ

「そうだな。きっと殺せば君は後悔する。それだけはわかる。だから止めた。不満か?」

槇菜

「……ううん。ありがとう、ございます」

 

 きっと、こんなつまらないことでお姉ちゃんを喪えば後悔する。それは漠然とだが、槇菜にも理解できた。

 

槇菜

「……お姉ちゃん、真面目な人だから。きっと、革命しか方法がないってそんな風に思い込んでるんだと思います。だから……私が目を覚ましてあげないと」

 

 そう言って槇菜は頷き、笑ってみせた。それは見るからに、空元気だった。それでも塞ぎ込むよりはずっといい。ショウもヤマトも、そう思っていた。

 

 そんな様子を、マーガレットはひとり無言で眺め、腕を組みながら黙考していた。

 

マーガレット

(あの部隊、間違いなくべギルスタンの正規軍じゃなかった。べギルスタンには、間違いなく背後組織が存在する……)

 

 その組織が、デビルガンダムと繋がっているのだろうか。そして、デビルガンダムにはマーガレットの恋人だった紫蘭と、紫蘭を屍人形として使うあの少女もどこかで繋がっている。

 

マーガレット

(絶対に、尻尾を掴んでみせる……)

 

 べギルスタンには、間違いなくヒントがある。マーガレットは確信していた。と、その時。通信端末が応答を求めるコールサインを掻き鳴らし、マーガレット達の耳を刺激する。それは、エンペラーからの通信だった。マーガレットが通話の承認ボタンを押すと、端末にはアランの顔が映し出される。

 一同の注目が、マーガレットへ移った。

 

アラン

「みんな、揃っているか!?」

マーガレット

「博士とハリソン大尉は、特自との会議に出席してます。それ以外は全員いるわ」

 

 沈着冷静なアランは珍しく声を荒げており、槇菜はそれだけでも只事でないと、そう悟る。

 

アラン

「たった今、べギルスタン首都カハに無国籍艦隊が空爆部隊を派遣したとの情報が入った」

マーガレット

「!?」

 

 無国籍艦隊。マーガレットも噂には聞いていた。マーガレットが所属していた空母パブッシュが、米国から独立し無国籍・独立艦隊を組織する準備をしていると。マーガレットが去った後どうやら、それは現実のものとなっていたらしい。

 

槇菜

「空爆って……!?」

アラン

「特自と一緒ならそこは大丈夫だと思うが……くれぐれも気をつけてくれ」

 

 それだけ言って、アランは通信を切る。その直後だった。駐屯地の上空。物々しい航空機の音がマーガレット達の耳を刺激した。

 

ショウ

「これは……爆撃がはじまるのか!」

 

 ショウが叫んだと同時、甲高い音がした。そして次の瞬間には耳を裂くような破裂音と、光。それが無国籍艦隊の航空部隊によるべギルスタン首都への爆撃であると理解するのに、時間はかからなかった。

 

 

…………

…………

…………

 

—べギルスタン首都カハ—

 

 べギルスタン首都カハは今、火の海に包まれていた。民間人の犠牲を厭わない爆撃。官邸も当然、その猛威にさらされていた。

 

シチルバノフ大佐

「部隊を引き上げさせただと!? どういうことだ!」

 

 そんな火急の事態にありながら、シチルバノフ大佐はモニタ越しに男へ怒鳴りつけていた。男……“シンボル”の幹部メスは、冷めた瞳でシチルバノフを見やっている。

 

メス

「遺跡発掘に関する御国の協力には、感謝しています。しかし、もう対価は十分に払った。フェイク部隊にオーラバトラー、アサルト・ドラグーン。これらは我々にも大事な戦力だ。あなたに私物化されるわけにはいかん」

シチルバノフ大佐

「なっ……!」

 

 用済み。そんな一言がシチルバノフ大佐の脳裏を過ぎる。

 

メス

「“シンボル”は、内政に干渉するつもりはありません。それだけのことです」

 

 そう言って、メスは一方的に通信を切る。残されたのは、シチルバノフ一人。

 

シチルバノフ大佐

「そ、そんな……そんなことが……」

 

 図られた。利用された。そして、切り捨てられた。それだけの単純な事実に今更思い至りながら、シチルバノフ大佐は官邸と運命を共にすることになる。

 

 翌日、べギルスタン和平派による停戦協定の申入れを多国籍軍は受け入れる。この劇的なべギルスタン紛争の終結には、太平洋上に構えられた対テロ無国籍艦隊パブッシュの速やかな軍事行動があったことを、人々はニュースを通して知ることとなった。




次回予告

みなさんお待ちかね!
平和を取り戻したべギルスタン。多国籍軍は撤退することとなりました。しかしユウシロウはひとり、少女の幻影を求めて飛び出してしまうのです!
しかし、嵬たるユウシロウは既に、多くの組織に狙われているのです!

次回、「地下迷宮の再会! 復活のガンダムヘブンズソード」に、レディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話「地下迷宮の再会! 復活のガンダムヘブンズソード!」

—???—

 

セシリー

「ここは……?」

 

 ザビーネに連れ去られてからしばらくした後、セシリーは独房のような場所で目を覚ました。酸素がどことなく薄く、息苦しい。それに少し暑い。ここが人間の生存にあまり適さない場所なのはすぐに理解できた。そして小さなランタンだけが照らすそこに、寝台と簡素な毛布。自分が捕まってしまった。そんな実感がセシリーに湧いてくる光景だった。

 

セシリー

「シーブック……」

 

 孤独となると、どうしても恋しくなる。愛する人を。シーブックは、無事だろうか。ザビーネのことだ。シーブックを倒したのならば嬉々としてそのことをベラに告げるだろうが、今のところそんな気配はない。ならば、大丈夫。そう信じて、セシリーは気丈に自分を保っていた。

 その気丈さが、ザビーネの心を惹きつけてやまないのだとセシリーはしかし、気づいていない。このような状況で机上に振る舞える人物をこそ、彼は崇拝すべき貴族と考えているというのに。

 そんなセシリーの下へ近づいてくる足音があった。靴の音はしない。裸足なのだろうか。気配から察するに、子供。少なくともザビーネではない。そんな予測を立てられる程度に、セシリーは冷静だった。

 

ライラ

「へぇ……」

 

 やってきたのは、赤い女の子だった。赤い髪を長く伸ばし、赤い瞳を持つ少女。しかし、瞳に生気はなく輝かしい宝石というよりも、燻んだ石のような瞳をしている。そう、セシリーは感じる。

 

セシリー

「あなたは……?」

 

 人間だろうか。いや、人間はこんな目をしていない。何より、生きた人間から感じられるもの……血の感触を、セシリーは少女から感じなかった。

 

ライラ

「ザビーネが持ってきた荷物を見にきたんだけど、なるほどね」

 

セシリー

「……!?」

 

 ゾクリとする。背筋が凍るような感覚だった。

少女の声には、あまりにも不釣り合いな皺がれた声。少女本来のソプラノが、色褪せたような音色。老婆。と呼ぶには幼い顔立ちの少女はしかし、そんな声をしていた。

 

ライラ

「ふぅん……私をそういう風に感じられるんだ。お姉さん、凄いね」

セシリー

「あなた……!」

 

 まるで、こちらの心を見透かしたかのように囁く少女。その声は冷たく、セシリーをゾクリとさせる。しかし、セシリーはここで怯むわけにはいかなかった。

 

セシリー

「あなた、ザビーネを知っているのね。教えて頂戴。あなたとザビーネはどういう関係なの?」

 

 少女はそんなセシリーの問いを聞き、目を丸くする。それからしばらくして、クスクスと静かに嗤った。

 

ライラ

「クス、クスクス……。おかしい。気づいてるくせに」

セシリー

「……!?」

 

 間違いない。セシリーは確信する。

 この少女が、ザビーネを蘇らせたのだと。

 だが、何のために。貴族主義の復活など、この少女にはあまりにも無関係。むしろ、無軌道な殺戮。世界の全てを憎しみで満たすために燃え続けるアルコールランプ。そんな言葉が似合う少女が。

 

セシリー

「あなたの目的は何。ザビーネを使って、何をしようとしているの!?」

ライラ

「何って、あなたの思っている通りのことよ」

セシリー

「あなた……!」

 

 クツクツと陰鬱な嗤いを繰り返し、少女は言葉を続ける。

 

ライラ

「ザビーネ、シャピロ、ショット……みんなみんな、私が蘇らせた可愛いリビングデッド。みんな、未練を晴らしたいんだもの。晴らさせてあげなきゃ可哀想でしょう?」

セシリー

「そんなことをして、どうなるかわかって……!」

 

 違う。わかっているからするのだ。

 

ライラ

「勿論、好きにさせてあげる代わりに私の命令にも従ってもらうけどね。今頃、鬼寄せの捜索をしているはずだもの」

セシリー

「ものよせ……?」

 

 聞き慣れない単語に戸惑うセシリー。しかし、それが邪悪な目論みであるということだけは、理解できる。

 

ライラ

「安心してお姉さん。これは人助けなの。千年の記憶を継ぐ存在……。それは偽りの神なるものへ至る道。そんなもの、人間には不要でしょ?」

セシリー

「…………」

 

 意味がわからない。しかし、それをさも当然のように言う少女の言葉は絶対に肯定してはならない。そう、セシリーの直感が告げていた。

 

ライラ

「……と、お喋りしすぎちゃった。じゃあねお姉さん、また会いましょう」

 

 そう言うと、少女はゆらり……と消えていく。去ったのではない。消えたのだ。

 

セシリー

「…………!?」

 

 まるで幽霊のような少女だった。その幽霊少女が、死んだはずの人間を生き返らせて悪戯をしている。それは、まるで悪趣味な御伽噺のようだった。しかし、これは御伽噺ではない。セシリーの現実の中で、起きていること。

 

セシリー

「シーブック……」

 

 あまりにも弱々しい篝火だけが照らす牢の中、セシリーは1人呟いた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—ミケーネ帝国—

 

 

 暗闇の中、炎が茫と灯る。暗黒大将軍は、それが諜報部のゴーゴン大公がこの地に帰還したことを告げる合図だと理解していた。

 

暗黒大将軍

「何事だ、ゴーゴン大公?」

 

 多少のやり取りならば、通信で済ませればいい。しかし、そうはしなかった。只事ではないのだろうと、暗黒大将軍は腰を据える。

 

ゴーゴン大公

「はっ、暗黒大将軍様。直に耳にお入れしてほしい情報がございます。“光宿りしもの”……ゴッドマジンガーが、地上に現れました!?」

暗黒大将軍

「何だとっ!?」

 

 ゴッドマジンガー。その名前を耳にして暗黒大将軍は震え上がった。幾万年もの昔。まだミケーネ帝国が地上を支配していた頃。闇の帝王ミケーネは次々と侵略を繰り返し領土を増やしていった。しかし、古代ムー王国はその支配に立ち向かいそして、暗黒大将軍を押し退けたのだ。ムー王国の守り神マジンガー。そして、それを操る火野ヤマトの手によって。

 暗黒大将軍の震えは、空気をも震撼させる。そのピリついた気配を、配下の七大将軍達もひしひしと感じているようだった。

 七大将軍の中には、ゴッドマジンガーの武勇を知る者もいれば、知らない者もいる。将軍達の中でも古参の超人将軍ユリシーザーは、ゴッドマジンガーと幾度も剣を交えた仇敵でもあった。

 

ユリシーザー

「暗黒大将軍様、ゴッドマジンガーとの決着は私にお任せください!」

ゴーゴン大公

「お待ちくださいユリシーザー様。ゴッドマジンガーは今、憎きマジンガーZの兜甲児や、旧神らと共に行動しています。一人で戦ったところで……」

ユリシーザー

「何だと!?」

 

 ゴーゴン大公の慎重論はしかし、プライドの高いユリシーザーの逆鱗に触れた。その怒りを宥めるように、暗黒大将軍は口を開く。

 

暗黒大将軍

「待てユリシーザー……。ゴーゴンの言うことにも一理ある。しかし……考えようによってはこれは好機かもしれん」

ユリシーザー

「好機、ですか……?」

 

 「うむ」そう頷いて、暗黒大将軍は腹にあるその顔を歪めていた。その顔には、秘策があるとそう書いてある顔だった。

 

暗黒大将軍

「七大将軍よ、我が前に出でよ!」

 

 力強く、暗黒大将軍の声が響く。それに呼応するように、猛獣将軍ライガーン、大昆虫将軍スカラベス、怪鳥将軍バーダラー、悪霊将軍ハーディアス、魔魚将軍アンゴラス、妖爬虫将軍ドレイドゥ……超人将軍ユリシーザーを合わせ、ミケーネ七つの軍団を率いる七大将軍が姿を現し、暗黒大将軍の前に跪くのだった。

 

ゴーゴン大公

「おお……! ミケーネ最強の七大将軍が!?」

 

 一堂に会することなど、滅多なことではない。つまり、本気なのだ。暗黒大将軍は。その本気を悟り、ゴーゴン大公は感嘆の声を漏らす。

 

ハーディアス

「暗黒大将軍様。ゴッドマジンガーはこのハーディアスにお任せください!」

スカラベス

「いえ、このスカラベスめに!」

暗黒大将軍

「この馬鹿者共め!」

 

 逸る将軍達を一括する暗黒大将軍。しかし、即座に暗黒大将軍はその矛を治めると、七大将軍それぞれの顔を一瞥すると、号令を上げるのだった。

 

暗黒大将軍

「晴明を打ち破ったゲッターロボ。ドクターヘルを倒したマジンガーZと、その兄弟グレートマジンガー。それに旧神と、ゴッドマジンガー。他にも人間どもの中の猛者は、一つの場所に集中している。ゴーゴンよ、奴らは今どこにいる?」

ゴーゴン

「ハッ、奴らは今中東に集まっています。逆に言えば、奴らの拠点がある日本は手薄ということ」

 

 その報告を聞き、暗黒大将軍の腹はニヤリと嗤う。

 

暗黒大将軍

「よぅし、七大将軍よ! 今こそ地上の主要国家、主要都市を攻撃せよ!」

バーダラー

「お、おお……!」

アンゴラス

「それでは……!」

暗黒大将軍

「そうだ。奴らをべギルスタンへ引きつけ、その間に七大将軍は地上を制圧する。そして、孤立したマジンガーどもを我らの全戦力を持って滅ぼしてくれるのだ!」

 

 決戦。その宣言に七大将軍は大きくどよめく。彼らは将軍であるがそれ以上に武人、戦う者なのだ。そんな彼らが、目の前の決戦を前にして血を激らせているのだ。その熱気、その闘気を前に暗黒大将軍は満足げに頷く。

 そんな時、一人の男がクツクツと笑い声を漏らしながら暗黒大将軍の下へと近づいていく。

 金髪を靡かせた、眼帯の男。ザビーネ・シャル。その顔を見て、暗黒大将軍は怪訝そうに眉根を寄せる。

 

暗黒大将軍

「ザビーネ……何用か?」

ザビーネ

「クックックッ……暗黒大将軍様。奴らの足を止める大役。このザビーネめにお任せください」

暗黒大将軍

「ほう…………」

 

 暗黒大将軍からしたら、ザビーネはまるで信用できない人間だ。日本での二面作戦においても、人間の女を拉致し「闇の帝王様の妃とする」などとほざいて闇の帝王を困惑させていた。しかし、その実力は確かなのも理解している。

 

暗黒大将軍

「いいだろう。ザビーネ、お前の軍団にその役を任せる」

ザビーネ

「ハッ……。次なる貴族、ミケーネのために!」

 

 ザビーネはクツクツと不気味な笑顔を浮かべたまま、フラリと歩き去ってしまう。その後ろ姿を、ゴーゴン大公らは不安そうに見送っていた。

 

ゴーゴン大公

「…………よろしいのですか暗黒大将軍様。あのような者に」

 

 ゴーゴンは言う。しかし、あのような者だからこそ暗黒大将軍は、ザビーネにその役を任せたのだ。

 

暗黒大将軍

「……フン。所詮奴も人間。信用してはおらん」

ユリシーザー

「でしたら!」

暗黒大将軍

「だからこそだ。あわよくばマジンガーどもと共倒れになってしまえばそれもよし。我らミケーネの軍団には、傷一つつかずに奴らへダメージを与えることができるのだからな」

 

 言うなれば、ザビーネの役割は最初から捨て駒なのだ。ザビーネが力の拠り所としているデビルガンダムなど、暗黒大将軍からすれば子供の玩具。ミケーネの地上侵攻計画においてもゆくゆくは排除せねばならぬものだと暗黒大将軍は考えている。

 しかし、だからこそ上手く使えば、ミケーネ帝国の兵力を温存したまま敵を滅ぼすことも可能。それこそが、勝機を掴む兵法というもの。

 暗黒大将軍は、七つの軍団を束ねる七大将軍。それを統治する大将軍なのだ。暗黒大将軍は立ち上がり、腰に差した剣を抜く。そして高々と掲げると今一度、ミケーネ帝国全土に響く号令を発するのだ。

 

暗黒大将軍

「よいか七大将軍よ、ザビーネに遅れを取るなよ。これより、地上全土へ多面同時制圧作戦を仕掛ける!」

 

 

…………

…………

…………

 

—べギルスタン/多国籍軍キャンプ地—

 

 渇いた砂漠は、住むものの心を飢えさせる。ユウシロウは今、渇いていた。

 

ユウシロウ

「俺は…………」

 

 あの“神殿の丘”での戦いの後、ユウシロウの脳裏にはずっと少女の声がこびりついて離れない。

 

——呼び戻さないで。恐怖を。

 

 恐怖とは何だ。何故、あの少女のことを思うとこうも胸が苦しく、切なくなるのか。独り心の砂漠に問うても、答えはない。

 

ユウシロウ

「俺は、確かめなければならない……」

 

 あの少女と、逢いたい。それだけが、自分の中にあるものを……その答えを得る僅かな可能性なのだ。それは、恋というものなのだろうか。わからない。

 

ユウシロウ

(もしかしたら、僕は僕が生まれるよりももっと前からあの少女に……)

 

 出逢いたがっていたのかもしれない。そう思い詰めるほどに、今ユウシロウの心はあの鈴蘭の少女に占有されていた。

 ユウシロウは独り、キャンプ地の小さな施設の中で呆けていた。そんな時である。何やら賑やかな喧騒が、ユウシロウの耳に障った。

 

ユウシロウ

「何だ……?」

 

 ふと、視線を外す。そこには、見慣れない人々。特務自衛隊や、多国籍軍の人間ではない。そう、そのまちまちな服装から理解することはできる。

 うちひとりは、流石のユウシロウも知っていた。マントを羽織った日本人。ドモン・カッシュ。昨年のガンダムファイトで、ネオジャパンを優勝に導いたガンダムファイター。

 

ドモン

「お前は、一人なのか?」

ユウシロウ

「…………?」

 

 他の隊員と一緒にいなくていいのか。と、そう聞いているのだ。そう理解して、ユウシロウは頷いた。

 

ユウシロウ

「俺は、正規の隊員ではありませんから。必要な時以外は、別に……」

ドモン

「そうか……」

 

 そんなユウシロウの目をじっと見て、ドモンはユウシロウの座る席の、向かいに腰掛けた。

 

レイン

「ドモン?」

「おい、どうしたんだ?」

 

 ドモンの行動に、ドモンと一緒にいた彼の仲間達……恐らくは、先ほどキャンプ地に着陸した科学要塞研究所の戦闘母艦・ゲッターエンペラーから降りてきた人々だろう。が怪訝そうな表情をしていた。

 

ドモン

「何、ちょっとこいつが気に入ってな。お前、名前は?」

ユウシロウ

「豪和……ユウシロウです」

 

 ユウシロウ。その名前はなぜか、自分の名前のような気がしない。17年もの間、ずっと使っている名前なのに。

 

ユウシロウ

(17年……?)

 

 そこで、ユウシロウは眉を顰めた。

 

ユウシロウ

(俺は、そんなに長い間『豪和ユウシロウ』だったのか……?)

 

 その自問は、あまりにも現実感を伴わない。自分が豪和ユウシロウでないのなら、自分は誰なのだ? そんな疑問が、脳裏を過った。

 

アムロ

「君…………?」

ユウシロウ

「あっ、失礼しました」

 

 アムロの声に自分のいた現実を取り戻し、ユウシロウは敬礼と共に謝罪する。

 

ドモン

「いや、俺たちは別に軍人じゃないからいいんだが……」

 

 そんなユウシロウの態度に、さすがのドモンも困惑してしまう。しかし、ユウシロウはまるで、そんな周囲に興味がないかのようにまた黙考に入り込んでしまうのだった。

 

竜馬

「…………」

 

 そんなユウシロウの何かが気に入らないのか、竜馬の形相は険しいものになっている。

 

雅人

「お、おい竜馬さん……?」

 

 いくら何でも、手を挙げたりしないよな。そんな不安から雅人が思わず声をかけた。

 

竜馬

「ケッ、心配すんな。人形なんか殴る趣味はねえよ」

 

 そう言ってソファにふんぞりかえり、行儀悪く脚を組む竜馬。その様子に眉を顰める者もいれば、やれやれと肩を竦めるものもいた。

 

ユウシロウ

「人形……?」

 

 まるで他人事のように、ユウシロウが返す。

 

竜馬

「ああ。お前さんの目……なんていうか人形みてえだぜ。晴明に操られてる鬼の方が、まだ自分の意志があった」

弁慶

「お、おい竜馬!」

 

 流石に、それは喧嘩腰すぎる。そう弁慶がキツく諭すように声を上げる。竜馬も、それは理解しているのか頭をポリポリと掻いていた。

 

竜馬

「……ケッ、前言撤回はしねえがよ。まあ、この場合悪いのは俺だわな」

 

 あくまで自分が悪い。そう理解して開き直る程度の社会性は竜馬にもあった。

 

「フッ、藤原といい勝負だな」

「んだと亮!?」

 

 そんな竜馬の様子を見ながらのやり取り。それを沙羅が「やめなよ二人とも!」と怒るまでが、獣戦機隊のコミュニケーションだった。

 

シャア

「…………アムロ、少しいいか?」

アムロ

「……ああ」

 

 シャアに呼ばれ、アムロが席を外す。二人は廊下に出ると、シャアは壁に背をもたれ掛けて口を開いた。

 

シャア

「あのユウシロウという少年、何か感じたか?」

アムロ

「ああ。まるで、空の器のような……自分という存在を完全に消された人間。強化人間かもしれない」

 

 強化人間。かつて宇宙世紀において、ニュータイプと呼ばれる特殊な資質を持つ兵士を人工的に作り出そうとして生み出された計画と、その被験者達。アムロもシャアも、その研究の被害を受けた人間は数多く見てきた。特に初期の強化人間は、著しい人格への障害が残りパイロットとしてはともかく、人間としてはとても社会生活を送れないレベルにまで人格崩壊をきたすケースも存在した。二人はユウシロウから、それと近い気配を感じていたのだ。

 

シャア

「私がジオンの総帥になった頃には、強化人間手術による人格影響は極小にまで抑えることに成功していたが……」

アムロ

「だが、それも完全ではないんだろう?」

 

 人間の頭を改造するのだ。その時大丈夫でも、どのような弊害があるかわかったものではない。シャアは首肯し、腕を組む。しかし二人が感じた豪和ユウシロウという存在への違和感は、ただの強化人間というわけでもなかった。

 

シャア

「あの少年……器のように私は感じた。そう言ったな?」

アムロ

「ああ……まるであの少年自身が何かの入れ物のような、そんな自分自身の不在だ」

 

 それが強化人間なら、そこに入るのは圧倒的な戦闘力を持つ人造ニュータイプ・パイロットということになる。しかし、ニュータイプ的な共感能力をユウシロウは有していないようにアムロには見えた。むしろ、真逆の存在。

 

アムロ

「空間把握能力を広げることで他者との共感能力、世界への認識能力を飛躍的に上昇させた存在。そうニュータイプを定義するなら、あの少年はまるで……」

 

 他者への認識能力を欠如させ、自己の内に眠るものへと全神経を研ぎ澄ませたニュータイプとは別の存在。それが何を意味しているのかは、アムロにもシャアにもあまりにも未知だった。

 

シャア

「ともあれ、豪和ユウシロウ。警戒せねばならんか……」

 

 ユウシロウ個人を、ではない。ユウシロウという存在の裏には、ユウシロウのような器を欲する何者かの意志が介在している。長い戦いの経験から、二人はそれを感じていた。それはニュータイプ能力と呼ぶべき感性の問題ではない。戦いの中で培った経験則とでも言うべきものだった。

 バイストン・ウェルという世界で安息を得ていた二人だが、その勘はまるで鈍っていない。むしろ、あの世界に触れることで二人の神経はより研ぎ澄まされ、鋭敏になっていた。

 そんな時である。廊下で話し込む二人の間に、一人の女性が通りかかった。特自の制服を着た女性士官。黒髪は短めに切り揃えられたショートボブ。村井沙生(むらいすなお)中尉だ。村井中尉はアムロとシャアの顔をまじまじと見つめ、しばらくして「本物だ!」と甲高い声を上げた。それを怪訝そうな顔で見つめる、アムロとシャア。

 

村井

「すごーい! 本物のアムロ・レイとシャア・アズナブル! 私、ファンなんです!」

 

 そう言って詰め寄り、きゃあきゃあと何やらを捲し立てる村井に、アムロもシャアも困ったように顔を見合わせる。

 

アムロ

「き、君は……?」

村井

「あ、失礼しました! 特務自衛隊実験第三中隊所属オペレーター、村井沙生。階級は中尉です!」

 

 ビシッと敬礼する村井だがよほど生アムロと生シャアが嬉しいのか表情がやけにニヤニヤしてしまっており、どうしてもいまいち締まらない。

 

村井

「ハリソン大尉から状況の説明を聞いた時から、もしかしたらアムロさんとシャアさんに会えるんじゃないかな〜って、ドキドキしてたんです。だけど、本当に会えるなんて、感激です!」

 

 そう言って捲し立てる姿は、どこかバイストン・ウェルのミ・フェラリオを思わせる。アムロもシャアも、バイストン・ウェルは気に入っていたがフェラリオは苦手だった。この村井中尉もそうだが、フェラリオは邪気がない。その無邪気さが却って二人には苦手意識に転化してしまう。

 

シャア

「中尉……? 特務自衛隊は、通常の軍隊と同じ階級制なのか?」

 

 ようやく、シャアがそれだけ口にした。

 

村井

「はいっ! 通常の陸海空自と区別するため、通常の軍隊と同じ階級を導入していると聞いています」

アムロ

「そうか……。特自は海外派兵や実験を目的とした特務のために作られた自衛隊だと聞いてはいたが、本格的なんだな」

村井

「そうなんですよ……。あっ、よければ色々説明しましょうか!」

 

 パァッと目を輝かせる村井。アムロもシャアも、弱ったとばかりに肩を竦めていた。

 

 

…………

…………

…………

 

—ゲッターエンペラー艦内—

 

速川

「まさか、敵の指揮官が櫻庭中尉だったと……?」

 

 ゲッターエンペラーの到着とともに行われた会議で、速川中佐は見知った名前の人物が敵の中にいたと知らされ少なからず衝撃を受けていた。

 櫻庭桔梗中尉。特務自衛隊の中では、物資の補給を主任務としていた航空機パイロット。空自からの異動組で、ドクターヘル率いる機械獣との交戦経験もある実力派。ともすれば、TAの実験部隊に選ばれてもおかしくない人物だが、現在は参謀本部の広川中佐の推薦で別の任務を受けているという話だった。

 

槇菜

「はい……。お姉ちゃん、いえ姉とは戦場で話もしました。間違いありません」

 

 エンペラー部隊からの先発隊にいた少女・槇菜は姉桔梗と交戦したという。嘘を言っている目ではない。

 

速川

「俄には信じがたいが……。日本に戻ったら、中尉のことは確認を取ろう」

 

 気になるのは、櫻庭中尉がべギルスタン軍に加担していたというのは背信行為なのか、それとも広川中佐から受けた任務に関連していることなのか。ということだった。

 

ハリソン

「先の無国籍軍の空爆により、べギルスタン内部では和平派によるクーデターが成立したという話です。多国籍艦隊も、じきにべギルスタンからの撤退を余儀なくされるでしょう。我々としてはデビルガンダムの調査もありますが……特自の皆さんには、現地での我々の便宜を図っていただきたいのですが」

 

速川

「それは構いませんが……ですが、多国籍軍の完全撤退までの時間。ということでよろしければですが」

 

 速川に、そこまでの権限はない。豪和の二人なら話は別かもしれないが、豪和清継と清春の兄弟は、あれからずっと籠って何やらデータの精査をしているらしい。何をしにここまでにきたのやらという気持ちにもなるが、口には出せなかった。

 

ハリソン

「十分です。調査のためにスーパーロボット1機と、何人かの隊員を向かわせます」

 

 そう言って、ハリソンが敬礼する。それに合わせて、槇菜も敬礼のポーズをする。姉妹というだけあってか、その顔立ちはやはり桔梗と似ている部分があった。

 

 

 

甲児

「しっかし、桔梗さんがいただなんてやっぱり信じられねえな……」

 

 速川中佐との面談の後、槇菜は見知った間柄の人物……つまりは甲児とさやか、エイサップにも事情を話していた。彼らにとっても、櫻庭桔梗は知らない中ではない。中でも甲児とさやかは、桔梗と共に機械獣と戦った事件が槇菜との馴れ初めなのだ。

 

エイサップ

「桔梗さん……お姉さんと、戦ったのか」

槇菜

「うん……ショウさんに止めてもらったけど」

 

 もし、あのまま戦い続けていたら槇菜はもしかしたら、姉をその手にかけていたかもしれない。或いは、姉に殺されていたかもしれない。そう思うと、ゾッとする。今でも、手の震えが止まらない。

 

リュクス

「血を分けた中で、殺し合う……」

 

 それはリュクスにとって、他人事ではなかった。

 

鉄也

「…………だが、わからないのは敵の目的だな。槇菜のお姉さんは、革命と言っていたらしいがべギルスタンの戦争が、革命になるか?」

 

 一人、鉄也は冷静に事実を確認し考えていた。それは、彼の中にあるプロ意識がさせるものかもしれない。

 

ショウ

「確かに、トッドもそうだがあの部隊はどうもベギスルタンの正規軍というわけではないようだった。傭兵……というにも、少々腑に落ちないな」

 

 雇われ傭兵をトッドがしているというのなら、それはそれで合点がいく。しかし、オーラバトラー・ライネックやアサルト・ドラグーンのアシュクロフト。それに新兵器TA。そんなものを揃えられる傭兵集団があるだろうか?

 そこで口を開いたのは、ジョルジュだった。

 

ジョルジュ

「そういう時は、この事件で誰か一番得をしたのか。そこから考えるのが筋でしょう」

エレボス

「どういうこと?」

 

 エレボスが小首を傾げる。金色のツインテールが、重力に靡いて垂れ下がった。その様子に苦笑するエイサップと、ムッとするリュクス。

 

マーベル

「まず、べギルスタンの事件は爆発事故がきっかけだった。間違いなくて?」

甲児

「ああ。そこにアメリカを中心にした多国籍軍が、大量破壊兵器の実験じゃないかって調査のために派兵された」

さやか

「だけど、多国籍軍は壊滅したのよね」

サイ・サイシー

「その時に、デビルガンダムがいたって話でオイラ達はべギルスタンへ向かったんだ」

 

 順を追うように、状況を整理していく面々。その過程でマーガレットとルー博士。そしてバイストン・ウェルへ召喚された組が合流し、今エンペラーはかなりの大御所となっている。

 

マーガレット

「“神殿の丘”で特自と敵が交戦しているのを、私達が介入した」

チボデー

「そして、その夜に無国籍艦隊の空爆があって、この紛争は終わった」

 

 無国籍艦隊。突如として現れたその存在に、一同は目を丸くする。

 

トビア

「無国籍艦隊が? 予めべギルスタンに兵員を送り? 多国籍艦隊を壊滅させた、のか?」

キンケドゥ

「そして空爆で事態を鎮火。その存在を国際社会に認知させる。マッチポンプだな」

 

 無国籍艦隊パブッシュ。マーガレットが所属していた米艦隊を母体として巨大化しているらしい対テロ艦隊。その存在を対外的に大きくアピールする。そのために、

 

槇菜

「そのために……お姉ちゃんは?」

キンケドゥ

「槇菜のお姉さん達が、無国籍艦隊の一員なら辻褄は合う。というだけの話だよ。あくまで可能性はあるってだけだ」

 

 しかし、だとしたら。無国籍艦隊は革命を望んているということになる。強大な軍事力を持つ存在が、世界の変革のために力を振るう。それは、テロリズムだ。

 

マーガレット

「……マキャベル」

 

 そんな中、マーガレットがポツリと呟く。

 

槇菜

「マーガレットさん?」

ハリソン

「……パブッシュの最高責任者か。エメリス・マキャベル。随分とタカ派の人物が来るらしいって、岩国でも話題になっていた」

マーガレット

「ええ。マキャベル司令なら、そういうことを考えるかもしれません」

 

 マーガレットは頷く。ハリソンの物言いからすると、有名人なのだろうか。と槇菜は思った。事実、アメリカ海軍のエメリス・マキャベルといえば軍事に携わる人間の間ではちょっとした有名人であった。

 

アラン

「エメリス・マキャベルか……。バンディッツの情報網でも、噂くらいは聞いていた。過激なまでの軍事思想家で、ムゲ戦争の際には常に前線で異星人と戦っていたとも」

沙羅

「だとしてもそいつ、絶対にろくな奴じゃないね。これは女の勘ってやつだけどね」

槇菜

「お姉ちゃん……」

 

 桔梗は、そんな人物のために戦っているのだろうか。槇菜は俯いて、顔を曇らせてしまう。

 

エイサップ

「……大丈夫。桔梗さんにはきっと、桔梗さんなりの考えがあるんだ」

 

 そんな槇菜を慰めるように、或いは導くようにエイサップが言った。

 

甲児

「そうそう。それになんだかんだ言ってもよ。ミケーネの奴らと違って話せば通じる。そう俺は思うぜ」

槇菜

「エイサップ兄ぃ……甲児さん……」

 

 兄貴分二人の言葉を受けて、槇菜は顔を上げる。まだ、完全に姉を信じようという顔ではなかった。むしろ、姉に対する懐疑は増幅するばかりであるのは明白。それでも、顔を上げることができたのは、槇菜自身も、大好きなお姉ちゃんを信じたい。そんな願望が残っていたからだ。

 

鉄也

「…………」

ドモン

「甘い。とでも言いたげな顔だな?」

 

 そんな様子を見て、眉間に皺を寄せる鉄也。彼の表情を読み取ってドモンが言う。鉄也はしかし、そんなドモンに食ってかかりはしなかった。

 

鉄也

「……俺だって、そういうセンチメンタルが必要な時もあるってくらい理解してるさ」

 

 それだけ言って、鉄也はトレーニングルームを目指し歩き出す。ドモンは、そんな鉄也の背中を見送りながら「フッ」と笑んだ。

 

レイン

「ドモン……鉄也君のこと随分気に入ってるのね」

ドモン

「まあ、なんていうかな。放っておけないのさ。あいつは少し、危なっかしくてな」

 

 そんな話をしていた時である。特自の制服を着た、長い髪の女性士官……安宅燐大尉が、槇菜達のいるブリーフィングルームに顔を出したのは。

 

安宅

「失礼します。特務自衛隊実験第三中隊の安宅燐大尉です」

ハリソン

「ハリソン・マディン大尉だ。どうしたんだ?」

安宅

「それが、うちのユウシロウ……豪和大尉はそちらにきてません?」

 

 大尉。同階級と知ったからか安宅の表情から少し緊張のようなものが取れたのか、少しばかり口調がフランクになる。

 

ハリソン

「いや、先ほど速川中佐が来た他にはエンペラーに搭乗した記録はないはずだが……」

安宅

「そうですか……。ユウシロウ、急にいなくなっちゃって。こっちかなと思ったんですが」

 

 急にいなくなった。許可のない無断行動は軍隊では基本、御法度である。それは当然、軍隊と根本で違う自衛隊でもそうだ。しかもべギルスタンは敵地。

 

隼人

「いなくなった……脱走ってことか?」

安宅

「それもよくわからないから、今隊のみんなで探してるのよ。中佐に発覚する前に、どうにかしたいけど」

竜馬

「へっ……」

 

 それまでソファでふんぞり返っていた竜馬がすく、と立ち上がる。皆の視線が、竜馬へ向いた。

 

竜馬

「いいぜ。俺が探してきてやる」

 

 その一言に、皆が目を丸くする。

 

アルゴ

「……さっきは喧嘩腰だったのに、どんな心境の変化だ」

 

 皆の意思を代弁し、寡黙なアルゴが口を開いた。竜馬はそれに、ニッと口元を歪めて答える。

 

竜馬

「なぁに、アイツの人形みてえな目は気に入らなかったがな。脱走したんなら、自分の意思がちゃんとあるってこった。あいつ自身の意思ってやつを、確かめてやろうと思ってな」

弁慶

「竜馬お前……」

 

 それは、獣の理論と言っても過言ではないものだった。しかし、既に皆知っている。 

 流竜馬という男は、天性の野獣であると。

 

隼人

「……わかった。俺達も捜索に協力しよう」

 

 竜馬の言葉を受けて、隼人も立ち上がった。

 

隼人

(豪和ユウシロウ……奴が“豪和”ならもしかしたら、骨嵬とやらの秘密についてもわかるかもしれないからな)

 

ハリソン

「……仕方ないか。デビルガンダムの情報収集を兼ねて、豪和大尉の捜索も並行して行う!」

安宅

「みなさん……ありがとうございます!」

 

 

 

……………………

第12話

「地下迷宮の再会!

 復活のガンダムヘブンズソード!」

……………………

 

 

—べギルスタン/首都カハ—

 

 

 

 

 豪和ユウシロウは一人、灼熱のべギルスタンを歩いていた。道ゆく人々は皆頭まで覆うほどの布を被り、テント張りの露店を行き来している。そんな中、特自の制服たユウシロウはあまりにも悪目立ちしていた。

 そんなユウシロウがここにいる理由。それをユウシロウ自身も理解していない。ただ、その理由を知るためにユウシロウは歩き出していたのだ。

 

ユウシロウ

「僕は、誰だ……?」

 

 人形。そう流竜馬は彼を評した。その通りだと、ユウシロウも思う。兄達の思い通りに動く人形。人形として命じられるまま、厳しい舞を踊り、TAを操縦する。あの日まで、ユウシロウはそれを疑問に思うこともなかった。それはやはり、ユウシロウは人形だからだろう。

 ならば、兄達は何のために人形を欲するのか。

 彼らの求める人形……ユウシロウは何ものなのか。

 

——呼び戻さないで。恐怖を。

 

 少女の声が、ずっと耳に残って離れない。あの日から、ずっとユウシロウは探している。恐怖とは何か。その答えを。

 石舞台でガサラの舞を舞った時、己の内から湧き立つものに煮えたぎっていた。TAを駆りあの少女と退治した時もだ。

 

ユウシロウ

「僕の中には……僕の知らない何かがいる」

 

 それが、恐怖なのだろうか。

 気付けばユウシロウは、カハの最奥……べギルスタンの歴史を象る神殿へ足を踏み入れていた。

 迷路のような神殿。そんな第一印象を受ける。複雑に入り組んだ螺旋構造の中をユウシロウは、ただ進む。神殿の奥……礼拝堂に一人佇む少女を目指して。

 

ミハル

「……………………」

 

 祈るように目を伏せ佇む少女は、ユウシロウの気配に目を見開いた。

 

ユウシロウ

「……………………」

ミハル

「……………………」

 

 無言の逢瀬。互いに見つめ合いながらしかし、言葉はない。数秒の沈黙が、二人の間を過ぎった。しかし、まるで千年もの凍りついた時間が、カチンと動き出したような錯覚を、ユウシロウは覚えていた。

 

ユウシロウ

(俺は、この少女を知っている……?)

 

 そんなはずはない。しかし、ユウシロウの記憶。その奥深国悲しげに笑う少女の顔がこびりいついているのだ。

 

ミハル

「……あなたも、感じたのね」

 

 静かに、少女……ミハルが口を開く。

 

ユウシロウ

「感じた?」

 

 ユウシロウの記憶の奥に、声が響く。

 ——今宵ぞ。今宵ぞ。

 

ユウシロウ

「あの時お前は言った……。恐怖を呼び戻すなと」

 

 ——餓沙羅の鬼と相成らん。

 

ミハル

「押し潰された無数の心……無念。……骨嵬」

 

 骨嵬。ユウシロウの脳裏に、鬼の面が浮かぶ。しかし、鬼よりも尚……深き深淵の恐怖。その輪郭が、ユウシロウの中で浮かんでは消えていった。

 

ミハル

「それが変わらない運命だと言うのなら、受け入れるしかない。でも……」

 

 ミハルは、ユウシロウの顔を見つめていた。懐かしむように、慈しむように、愛しむように。しかしそのどれでもない表情。

 

ミハル

「変わらない刻などない。変わらない運命などない……それはかつて、あなたが言った言葉」

 

ユウシロウ

「俺の……?」

 

 知っている。ユウシロウは、この少女を。そんな確信があった。しかし、そんなことはあり得ない。だが、この感覚は……。

 郷愁の中に、溶けてしまいそうになる。そんな感覚の中にあったユウシロウを現実に引き戻したのもしかし、ミハルだった。

 

ミハル

「…………逃げて!」

 

 突如として叫ぶミハル。ユウシロウが周囲を見回せば、二人のいる礼拝堂の周囲には、不気味な人影がひとつ。

 

???

「ククク……バレちまったら仕方がねえ」

 

 そう言って現れるのは、背の高い男だった。背と同じように髪も長く、そして鋭い目つき。明らかに、まともな人間ではない。そう、ユウシロウは直感する。

 

ミケロ

「ケケケ……。あんたらに恨みはないがよぉ.俺たちの上司がお前らを連れてこいってな。それが2人揃ってるたぁ、都合がいいぜ!」

 

 そう叫ぶと同時、男は飛び上がった。人間とは思えない跳躍力。捕まれば逃げられない。そう判断し、ユウシロウは咄嗟にミハルの手を掴んだ。

 

ユウシロウ

「こっちだ!」

ミハル

「えっ……!?」

 

 そしてそのまま迷路のような神殿を走る2人。

 

ミハル

「どうして……!?」

ユウシロウ

「まだ、聞きたいことがある!」

 

 全力で走るユウシロウ。ミハルもその手を掴まれたまま、ユウシロウと共に往く。神殿の迷路を何故か、ユウシロウは勝手知ったる風に構造を理解できていた。複雑な道を走りながら、出口を目指す。

 

ミケロ

「逃げられるものかよぉ! 俺様の、銀色の脚の前になぁっ!?」

 

 だが、ミケロの豪脚は神殿の柱を蹴り壊しながら直進してユウシロウを追いかける。人間の脚力ではない。いや、自然界に存在する動物の脚力では決してあり得ないその蹴りを見て、ミハルは呟く。

 

ミハル

「DG細胞……!?」

ユウシロウ

「何っ……!?」

 

 ミケロの銀色の脚。その突き出された右脚に輝く金属細胞。それを、ミハルは見逃さなかったのだ。そして、瞬く間に迫る豪脚。

 

ユウシロウ

(間に、合わないっ!?)

 

 内心で舌打ちをした、その瞬間。ユウシロウの正面から一条の風が吹き抜ける。すると同時、ミケロに負けぬ屈強な脚が彼の銀色の脚を受け止めていた。

 

竜馬

「どぉぉぉぉっりゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

 流竜馬。暴力的な回し蹴りが、ミケロの銀色の脚を受け止めそして、振り回す。

 

ミケロ

「オ、オレ様の銀色の脚を受け止めただとぉっ!?」

竜馬

「ヘッ、何が銀色の脚だ。てめえの蹴りなんざ、隼人に比べりゃ屁でもねえぜ!」

 

 叫び、今度はその顔面目掛けてパンチ。しかしミケロも素人ではない。即座に拳の間合いを見切り身体を逸らす。だが、竜馬の乱入によりユウシロウとミハルを捕らえる機会を逃したのも事実。ミケロは廊下に唾を吐き捨て、竜馬を睨む。

 

ユウシロウ

「あなたは……どうして?」

竜馬

「ヘッ、こんなところで女と逢引きたぁ……なかなか根性あるじゃねえか。見直したぜ!」

ミハル

「逢、引き……?」

 

 完全に誤解されている。しかし、今は竜馬の加勢がありがたい。ユウシロウは、ミハルの手を握ったまま再び走り出した。神殿の出口を目指し。

 

ミケロ

「チッ……。邪魔しやがって」

竜馬

「悪いな。俺は今無性に喧嘩がしたくて仕方なかったんだ。少し遊んでもらうぜ!」

 

 言うと同時、竜馬が駆ける。しかし、ミケロはそれに付き合うつもりはない。

 

ミケロ

「こうなったら仕方ねえ。てめえらをぶっ殺すのも、オレの仕事のうちだ!」

 

 跳躍。それと同時にミケロを拾い上げるように神殿の地下から、何かが迫り上がった。ガンダム。そう竜馬が認識したのは、目のようなツインアイと、V字のツノを持っているからだ。しかし、モヒカンのように迫り上がった頭部はあまりにもガンダム離れしている。そのモヒカン頭の黒いガンダム……ネロスガンダムに搭乗し、ミケロはファイティングポーズを取る。

 

竜馬

「あいつ……ガンダムファイターだったのか!」

 

 ガンダムファイター。常識の通用しない敵。崩れゆく神殿の瓦礫の中を飛び回りながら、竜馬は常識外れの身体能力で神殿を脱出していく。

 

 

 

 

ユウシロウ

「くっ……!」

 

 神殿から出たユウシロウを待っていたのは、デスアーミーの集団だった。デビルガンダムの尖兵として使われるゾンビの兵隊。それを前に、丸腰のユウシロウとミハル。

 

ミハル

「……あれは!」

 

 ミハルが指差す先……デスアーミーの群れの中を掻い潜り、一台のジープが爆走していた。そして、そのジープにはユウシロウも見慣れた人達が乗っている。

 

安宅

「ヒュー!?」

 

 運転しているのは、安宅大尉だ。安宅は口笛を吹きながら、陽気にジープを飛ばしている。デスアーミーの足をすり抜け、一目散にユウシロウを目指して。

 

鏑木

「豪和大尉!」

 

 助手席に座る鏑木大尉が叫んだ。後方の席には、北沢大尉と高山少佐。2人は対戦車ライフルを構えながら、それぞれにデスアーミーに放っている。

 

高山

「豪和大尉、乗れ!」

ユウシロウ

「……はい!」

 

 駆けつけたジープに乗り込むユウシロウとミハル。第三小隊の面々は、ユウシロウの連れている少女を怪訝そうに見つめていた。

 

鏑木

「豪和大尉、その子は……?」

村井

「わぁ〜。豪和大尉やっるぅ〜〜!」

 

 場違いなことを言う村井を、鏑木がキッと睨む。村井も流石に不謹慎だと理解していたのかそれで押し黙った。

 

ユウシロウ

「……後で、説明します」

ミハル

「…………」

高山

「とにかく、すぐにエンペラーへ急ぐぞ!」

安宅

「オッケー!」

 

 加速するジープを単眼で追いながら、デスアーミーのうち一機が棍棒型のビームライフルを、ジープに向かい掲げた。しかし、

 

ジョルジュ

「させません! 行けっ、ローゼススクリーマーァッ!?」

 

 突如吹き荒れる薔薇の嵐が、デスアーミーの軍団を一網打尽にしたのです!

 ガンダムローズ。ネオフランスの誇り高き騎士、ジョルジュ・ド・サンドのガンダムが、ユウシロウ達を助けるべく馳せ参じました!

 

サイ・サイシー

「オイラ達もいるぜ!」

ドモン

「出ろォォォォォォォッ! ガンダァァァァッッムッ!!」

 

 パチン、と指の弾ける音と共に次々とガンダムが駆けつけます。ガンダムマックスター、ドラゴンガンダム、ボルトガンダム。そして我らがゴッドガンダム!

 

竜馬

「バッキャロウ! 危ねえだろうが!?」

 

 次々と現れるガンダム達により、瓦礫と砂塵が渦巻く中で竜馬が叫びました。しかし次の瞬間、3台の戦闘機が空を飛び、竜馬の前に駆けつけるのです!

 

隼人

「1人で突っ走るからだ!」

弁慶

「そういうことだ。少しはチームワークを考えやがれ!」

 

 隼人と弁慶のゲットマシン。自動操縦のイーグル号に竜馬が飛び乗ると、そのハッチを開けてコクピットへ飛び込む竜馬。

 

竜馬

「ヘッ……余計なお世話なんだよ!」

 

 憎まれ口を叩きながらも、竜馬と隼人、弁慶は完全に息を合わせながら3台のマシンを合体させる!

 

竜馬

「チェェェェンジゲッタァァァァァッワン!」

 

 真紅の赤鬼。ゲッター1!

 鬼よりも凶暴な鬼神が、この戦場に舞い降りたのです!

 

ミハル

「…………!?」

 

 ジープの中、ミハルはその勇姿を目に焼き付けました。瞳孔を開き、食い入るようにゲッターを見つめるミハル。ユウシロウは、そんなミハルとゲッターを交互に見遣りながら、戸惑いの表情を浮かべています。

 

ユウシロウ

「あれは……」

 

 ——今宵ぞ。今宵ぞ。

 ——餓沙羅の鬼と相成らん。

 

ユウシロウ

「どう、した……?」

ミハル

「ダメ……恐怖。鬼寄せ。骨嵬……そんな……」

 

 譫言のように、ミハルはゲッターを見ながら呟いている。その言葉をユウシロウは知らない。しかし、不思議と何を言いたいのかは理解できる。

 

ユウシロウ

(あのマシンは……鬼哭石でも共闘したスーパーロボット。あれは、なんなんだ……。僕たちは、あれを知っている……?)

 

 恐怖。それはゲッターロボのことではないはずだ。なのに、ゲッターロボから感じるこの恐怖感はなんだ。

 答えのない問いの中で、ミハルにかけるべき言葉もユウシロウには、思い浮かばなかった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ドモン

「ネロスガンダム……ミケロ・チャリオットか!」

 

 一方、戦場では仇敵との再会に思わずドモンは声を上げていました。無理もありません。ネロスガンダムはかつて、第13回ガンダムファイトにおいてドモンが最初に倒したガンダムであり……そして、DG細胞に侵された今は亡きミケロ・チャリオットの愛機。因縁浅からぬ敵を前に、ドモンは武者震いを自覚しているのです。

 

ミケロ

「ククク。久しぶりだなぁドモン・カッシュ! 地獄の底から帰ってきたぜぇ!」

サイ・サイシー

「そんな……あいつは確かに、オイラとアルゴのおっちゃんが倒したはず」

アルゴ

「…………チャップマンも生き返った。奴が復活したとしても、おかしくはない」

 

 DG細胞で強化されたミケロは、とてつもない強敵だった。それを思い出し、シャッフル同盟の一同は身構える。

 

竜馬

「だったら、オレが先に行くぜ!」

 

 その一瞬で、竜馬が動いた。ゲッターの肩部から射出されたゲッタートマホークを掴み、ゲッターは飛ぶ。しかし、次の瞬間そのゲッターを狙い撃つようにして放たれる銃撃。

 

竜馬

「なっ!?」

 

 瞬時に回避するも、今度は回避軌道を狙い澄ましたかのような狙撃が、ゲッターを襲った。それを避けられず、ゲッターは被弾する。

 

弁慶

「クッ、どこからだ!?」

隼人

「遠い……ゲッターの索敵範囲外からの狙撃だと!?」

 

 まるで鹿か、鳩でも狙い撃つかのような狙撃を前に、なす術なく足止めされるゲッター。それならばとオープンゲットで3台のゲットマシンに分離したゲッターは、さらに天高くを飛ぶ。しかし、それすらも見越したかのような精密狙撃が、ゲットマシン3台に連続で放たれた。

 

竜馬

「うぉぁっ!?」

 

 命中し、イーグル号が落下する。このままではまずい、とジャガー号とベアー号も並走し、再びゲッター1へチェンジ。

 

隼人

「竜馬、今のイーグル号じゃゲッターチェンジは無理だ!」

竜馬

「わかってる! だが、ゲッターチェンジなしであの狙撃を掻い潜るのは……」

 

 そして、着地地点を狙い済ましていたかのように地響きと共にガンダムヘッドが大地から姿を現す。完全に、罠を貼られていた。

 

竜馬

「なろぅ!?」

 

 トマホークを投げ、ガンダムヘッドへ挑むゲッター。鬼退治に挑む桃太郎のようだが、相手は巨鬼ではなく異形のガンダム。

 

ジョルジュ

「……今の狙撃、間違いありませんね」

チボデー

「ああ。どうやら、チャップマンの奴もいるようだぜ」

 

 ジェントル・チャップマン。ガンダムファイト3連覇を成し遂げた強豪であり、死した後その身体をデビルガンダムの奴隷されてしまった男……。チャップマンのジョンブルガンダムが、どこかに潜んでいる。それだけで、足を止められているも同然だった。

 

ミケロ

「ハハハハハ! そういうことだ。ここであったが百年目だシャッフル同盟!」

 

 ミケロが叫び、ネロスガンダムは高く飛び上がる。銀色の脚。ネロスガンダム必殺の脚技が、シャッフル同盟のガンダム達へ炸裂するのです!

 

ミケロ

「受けやがれェッ! 蘇った俺様の、銀色の脚をっ!」

 

 ネロスガンダムの足蹴りが、ガンダム達を襲います。ですが!

 

ドモン

「甘いッ!」

 

 我らがキング・オブ・ハート。ドモン・カッシュは既に、その技を見切っていました!ゴッドガンダムはネロスガンダムの脚を掴み、そして大きく振り回します!

 

ミケロ

「な、ドモン!?」

ドモン

「ミケロ・チャリオット……貴様の銀色の脚など、既に見切っている!」

 

 ネロスガンダムを振り回すゴッドガンダム! そして、ネロスガンダムを盾にするようにしてゴッドガンダムは前に踏み出します。

 

ドモン

「いるのはわかっているぞチャップマン! だが、これでは狙撃できまい!」

 

 そう。今、ゴッドガンダムの正面はネロスガンダムに守られているのです。ネロスガンダムを盾にするようにして、ゴッドガンダムは進みます。背中の日輪が展開し、急加速!

 

ドモン

「ゴッドフィールド……ダァァァッシュ!」

 

 駆け抜けるゴッドガンダム! 神殿の跡地を突き抜けそして、ネロスガンダムを柔道のように背負い投げるのです!

 

ミケロ

「て、てめぇっ!?」

 

 投げ飛ばされた先から、ネロスガンダムを避けるようにして大きな影が飛び出しました。それを見逃すシャッフル同盟ではありません!

 

ジョルジュ

「そこだ!」

 

 ローゼスビットが飛び、影を捉えました。その姿は紛れもなくジョンブルガンダム!

 

チャップマン

「…………!」

 

 ローゼスビットの波状攻撃を受け、ジョンブルガンダムは激しく損傷していきます。ですが、手を緩めることはありません!

 

チボデー

「サイクロンパンチだ。吹き飛べぇ!?」

 

 ジョンブルガンダム目掛けて放たれる、竜巻のような鉄拳。それを受け、ジョンブルガンダムはまさに台風に突き上げられるように吹き飛んでいきます。

 

ジョルジュ

「どうやら、腕を上げたようですねチボデー」

チボデー

「へっ、お前もな!」

 

 そして、ネロスガンダムへも追撃のドラゴンクローが迫っていました。

 

サイ・サイシー

「コイツで、終わりだ!」

ミケロ

「チッ、しつこい!」

 

 どれだけ振り切ろうとも追い詰める竜腕。そして、ネロスガンダムが腕のクローでそれを受け止めたその瞬間、ネロスガンダムの頭上に巨大な鉄球が降り注ぐのです!

 

アルゴ

「フン!」

 

 ボルトガンダムのグラビトンハンマー! 超重量を頭から受け、ネロスガンダムは押し潰されていきました!

 神殿の跡地へ押し潰され、土煙が巻き起こります。巨大な質量を持つガンダムとハンマー。両者の激突により起こった粉塵は、視界を大きく遮りました。ですが、手応えは本物。

 

サイ・サイシー

「やったか!?」

 

 サイ・サイシーが叫びます。ですが……。

 

アルゴ

「いや……まだだ」

 

 そう。横浜での戦いでアルゴは知っているのです。彼らのガンダム……ネロスガンダムとジョンブルガンダムは、仮の姿だと。

 

ドモン

「……来るぞっ!」

 

 ドモンが叫ぶと同時、巨大な翼を持つ鈍色のガンダムが、土煙の中から姿を現したのです!

 

 

…………

…………

…………

 

 

ミケロ

「クキャキャキャキャ…………。鳴るぜぇ鳴り響くぜ! 戦いの、ガンダムファイトのゴングがよぉ!」

 

 巨大な翼を持つ異形のガンダム……ガンダムヘブンズソード。擬態を解いたネロスガンダムの真の姿。大烏のような姿を持つそのガンダムと共に、巨大な四つ足のガンダム……グランドガンダムも姿を露わにした。

 

チャップマン

「……………………」

 

 そう! DG細胞によって変質したデビルガンダム四天王の真の姿。その禍々しいガンダム達が、シャッフル同盟の前に再び姿を現したのです!

 

竜馬

「何だァ? 随分と派手なガンダムじゃねえか」

 

 ゲッタートマホークでガンダムヘッドを切り落とし、竜馬が呟く。事実、竜馬達の世界……B世界においても派手な外見のガンダムは多数存在していたが、ここまで禍々しいガンダムはそうはいなかった。例外があるとすれば悪魔の名を冠するガンダム……しかし、竜馬達の知る悪魔のガンダムよりも目の前の2体は遥かに禍々しく、怪物じみている。

 

ミケロ

「ヒャハハハハ! 派手で結構。こいつはなぁ、オレ様の最強の力さ!」

チャップマン

「…………」

 

 飛び上がったヘブンズソードは、ゴッドガンダム目掛けて急降下する。そして、その猛禽の如き脚を翳し、再びゴッドガンダムを蹴り付けんとした。

 

ミケロ

「受けやがれ、オレの虹色の脚をよぉっ!?」

 

 虹色の脚。銀色の脚を越える必殺技。蹴りが虹を描き、ドモンを襲う!

 

ドモン

「貴様が虹色の脚ならば、俺は爆熱の指!」

 

 しかし、それに怯むドモンではなかった。真っ向勝負で受けて立ち、ヘブンズソードに挑む!

 

ドモン

「俺のこの手が真っ赤に燃える! 勝利を掴めと轟き叫ぶ!」

 

 爆熱ゴッドフィンガー。数多の戦いでドモン・カッシュを勝利へ導いた必殺技が今、再びミケロ・チャリオットへ解き放たれます!

 

ミケロ

「へへへ……ドモン! 死ねやぁぁぁぁっ!」

ドモン

「ばぁぁぁぁくねつ! ゴッド・フィンガァァァァァァァ!?」

 

 虹色の脚と、爆熱の指。2つの最強が今ここに、激突するのです!

 ゴッドガンダムの拳よりも遥かに大きなヘブンズソードの脚。その真ん中に飛び込んでいくドモン。しかし!

 

ミケロ

「へへ、だからてめえは間抜けなんだよぉっ!?」

 

 ヘブンズソードはひょいと脚を動かし、ゴッドフィンガーを躱す。そして、一枚一枚がDG細胞でできているその羽根を飛ばし、ゴッドガンダムへ叩きつけるではありませんか!

 

ドモン

「何ッ! うわぁぁっ!?」

 

 ミケロのフェイントにかかり、直撃を受けるゴッドガンダム!

 

サイ・サイシー

「アニキ!」

チャップマン

「…………!」

 

 ドモンを助けようと動いたドラゴンガンダムはしかし、グランドガンダムの巨大なキャノン砲に阻まれてしまうのです!

 

竜馬

「てめぇ……汚ねえぞ!」

 

 叫ぶ竜馬。しかし、悪魔に魂を売り渡した男達にその声は届かない。

 

ミケロ

「ヒャハハハハ! 正々堂々のガンダムファイトなんざ、もう時代遅れなんだよ!」

 

 ガンダムヘブンズソードのフェザーが、グランドガンダムの雷鳴がドラゴンガンダムを、ガンダムローズを、ガンダムマックスターを、ボルトガンダムを、そしてオープンゲットできないゲッター1を襲います!

 

サイ・サイシー

「うわぁぁぁっ!?」

弁慶

「ぐぅぅ……!」

 

 猛攻に次ぐ猛攻。絶体絶命の大ピンチ!

 

隼人

「クッ……。どうする?」

 

 ゲッター2なら、スピードで敵の攻撃を振り切ることも可能。しかし、今のゲッターは……。

 

ミケロ

「ヒャハハハハ! 最高だぜ!! 生き返って早々、てめえらを血祭りに上げられるなんてよぉっ!?」

 

 翼を羽ばたかせ、ガンダムヘブンズソードは竜巻を起こします。ヘブンズトルネード。サイクロンパンチやローゼスハリケーンをも凌ぐ勢いの強烈な突風は、もはや暴風。その脅威に晒され、竜馬は激しく頭を打ちました。

 

竜馬

「クッソ……」

隼人

「竜馬!」

弁慶

「竜馬!」

 

 これまで多くの強敵に……あの安倍晴明にさえ打ち勝ってみせた流竜馬が、膝をつく。それは、信じられない光景でした。ですが……。

 

隼人

「!? 何だ、ゲッター値が急激に上昇している?」

 

 この時、竜馬は何かを垣間見ていました。

 それを説明するには、永劫の時間が必要になってしまうかもしれません。ですが、この神殿の地。ここに眠る記憶が竜馬の中にある血を、活性化させている。並行世界の住人である竜馬にとって、あり得ないはずの現象が今、起きているのです!

 

 

…………

…………

…………

 

—???—

 

竜馬

「ここは……?」

 

 無意識の中、竜馬は夢を見ていた。それは、遠い記憶の夢。竜馬であって竜馬でない誰かの夢。

 ——今宵ぞ。今宵ぞ。

 

 声が、聞こえる。遠い深淵から、竜馬を呼ぶ声が。

 

竜馬

「誰だてめえ!?」

 

 咄嗟に、喧嘩腰で叫ぶ竜馬。しかし、それは誰に叫んでいるのだろうか。わからない。

 竜馬の視界が暗黒の中から少しずつ、赤色に染まっていく。そこは、地獄のような光景だった。

 場所は、京都だ。そう竜馬は理解する。たくさんの寺がある。ならばここは京都だと。しかし、寺院は焼け、人々は剣を持ち、弓を携え、戦っていた。

 その中に、自分がいる。流竜馬ではない流竜馬。流竜馬の記憶が流れるミームの一部。

 人間の意識は氷層に浮かぶ個別の意識が存在し、深層に潜れば潜るほど無意識の中で全ての意識は溶け合っていく。そんなことを隼人が言っていたのを不意に思い出した。それが何を意味しているのか、竜馬にはまるでわからなかった。だが、そうでなければこの現象にも竜馬が納得のいく説明がつかない。

 夢の中の流竜馬は、1人で無数の妖魔と戦っている。両手にマサカリ。マントの中にも斧に鍬、爆弾もあれば火縄銃もある。そんなフルアーマー流竜馬が1人、怪物と戦っていた。

 

???

「出てきやがれ、晴明!」

 

竜馬

「晴明だと!?」

 

 竜馬は、竜馬の言葉に衝撃を受ける。そして夢の中の竜馬の先には……あの安倍晴明の姿。

 

晴明

「よく来たと褒めてやろう! だが、ここが貴様の死に場所と知れぃ!」

???

「ぅるせぇ! 今日という今日は、てめえに引導を渡してやるぜ!」

 

 そう叫ぶと同時、夢の中の竜馬は晴明に向かい走る。そして、高く飛び上がると、人型をした鬼に飛び乗った。竜馬はそれを、ゲッターロボだと思った。しかし、竜馬の知るゲッターではない。

 平安武者のような甲冑を身に包んだ、骨でできた鬼。夢の中の竜馬は、その肋骨のような部分に入り込んでいく。

 

 ——餓沙羅の鬼と相成らん。

 

竜馬

「ク……ガイ……?」

 

 なぜか、竜馬はその名前を知っていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

隼人

「起きろ、竜馬!」

竜馬

「!?」

 

 竜馬の意識が戻ったのは、隼人の怒声が耳を刺激した時だ。頭を打った衝撃で、血が出ている。後で、医務室へ行くことになるだろう……などと呑気なことを思った。

 だが、その血が。

 沸騰しそうな血の滾りが。

 流竜馬を、目覚めさせたのだ。

 

竜馬

「…………へっ」

 

 ペロリ。と口元まで垂れた血を舐める。全身に、闘志が漲る。それと同時に、操縦桿を握る手に力が篭る。

 

竜馬

「わりいな、少し寝坊しちまった。だが……ちょうど目覚めの運動がしたくなったところだぜ!」

 

 操縦桿を引き、ゲッターが飛ぶ。緑色の光を放ちながら、まるでUFOのような軌道を描く。

 

隼人

「クッ!?」

弁慶

「ウォォ!?」

 

 それは、圧倒的なスピードだった。デビルガンダムの力を得たヘブンズソードをも凌駕する神速。そのスピードのままに、ゲッターは……竜馬はヘブンズソードを追い抜きそして、グランドサンダーを放つ巨体。グランドガンダムへ飛び込んでいく。隼人も、弁慶も急激なスピードに耐えきれず衝撃を受けた。しかし、竜馬は違う。

 

竜馬

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 今、竜馬の中で血は沸騰し、沸き立っている。沸騰した血液はアドレナリンを充実させ、心拍数を急激に上昇させていく。グランドガンダムは、キャノン砲でそれを迎撃した、しかし、ゲッターはそれを回避する。先ほどまでジョンブルガンダムの狙撃に苦戦していたのと同じマシンとは思えない鋭敏な動きだった。

 

チャップマン

「…………!?」

竜馬

「どぉぉぉりゃぁぁぁぁっ!?」

 

 ゲッターが、グランドガンダムに喰らいついた。腕の刃……ゲッターレザーで思いっきり顔面を殴りつけるゲッター。負けじとグランドガンダムも、その巨大なツノを突き出し応戦する。それを受け止め、ゲッターは踏みとどまった。ボルトガンダムすらも苦戦させた怪力と、ゲッターは競り合う。そして、投げ飛ばす。

 

チャップマン

「何!?」

 

 その時、初めてチャップマンは言葉を放った。

 

 竜馬の思うままに戦うゲッターロボ。しかし、その中で隼人と弁慶は振り回されている。

 

弁慶

「うぉっ!?」

 

 竜馬が駆るゲッターの駆動に、ついていけないのだ。

 本来、ゲッターロボは三人のパイロットがいてはじめて力を発揮する。3つの心を一つにしない限り、真価は発揮できない。しかし、今竜馬は隼人と弁慶を振り回すスタンドプレイで今までのゲッターを遥かに超えるパワーを発揮している。

 それも、ゲッターエネルギーの異常な増幅という形で。

 

隼人

「……竜馬、ゲッターに取り込まれるな!」

 

 隼人が叫ぶ。今の竜馬は、明らかに異常だった。竜馬の異常が、ゲッターを強くしているのか。それとも、ゲッターが竜馬を異常にしているのか。或いは……。

 

隼人

(この場所に……ユウシロウが導かれたこの場所に何か、竜馬とゲッターに関わる秘密が眠っているのか!?)

 

 答えはない。しかし、隼人は半ば確信していた。

 鬼哭石の地で起きたゲッター線の増幅現象。鬼。安倍晴明。豪和一族。ユウシロウ。骨嵬。それらのピースの一部に、竜馬がある。

 ならば、隼人達をこの世界へ呼び、引き寄せた存在がいる。それこそが、隼人の追い求める存在であり、そして……。

 

竜馬

「ゲッタァァァァァッビィィィィィッムッ!!」

 

 絶叫と共に、ゲッタービームがグランドガンダムを襲った。緑色に輝く光を受けて、グランドガンダムは激しく膨張していく。

 

ドモン

「これは……!?」

チボデー

「なんてこった……!」

 

 ゲッター線が、過剰な進化を促しているのだ。DG細胞の自己進化、自己再生、自己増殖の三大理論。それがゲッタービームの直射を受けて暴走し、異常な進化と増殖を繰り返していく。その先にあるものは……。

 

チャップマン

「!?」

 

 自己崩壊。DG細胞という究極のマシンセル細胞の行き着く涯てにあるもの。巨大化し、肥大化し、完全な存在になれば、自浄作用が働かなくなる。今のゲッタービームは、短時間で異常な進化を促すことで相手を進化の袋小路に追い込みそして、自滅させる滅びの光と化していた。

 

チボデー

「Jesus Christ……!」

 

 あまりにも無情な進化の果てに、チボデーが呻く。

 

竜馬

「くたばりやがれぇぇぇぇェッ!?」

 

 何者かの意志に突き動かされるように、竜馬は叫んでいた。滅びゆくグランドガンダムへ、さらにゲッタービームの出力を上げていく。

 

ジョルジュ

「チャップマン……!」

 

 ジョルジュにとって、生前のチャップマンは尊敬に値する人物だった。そのチャップマンをデビルガンダムは、無惨な形で再生させ利用した。故に、ジョルジュはチャップマンに安らかなる死を与えた。

 だが、これはどうだ?

 滅びの光の中で叫ぶチャップマンの断末魔は、断じて安らかなる死などではない。これは、これでは。

 

ジョルジュ

「やめろォォォォォォォッ!」

 

 思わず、ジョルジュは動き出していた。シュバリエサーベルを抜き、ゲッターロボへ駆けていく。

 

ドモン

「ジョルジュ!?」

チボデー

「馬鹿野郎!?」

 

 今のゲッターロボは、明らかに正気ではない。ドモンとチボデーは、友を引き止めようと叫んだ。しかし、止まらない。

 ジョルジュ・ド・サンドの騎士の誇りは、このような勝利を許すわけにはいかなかったのだ。

 ローゼスビットが展開され、ゲッターロボを包囲する。そして、波状攻撃。しかし、それをものともせず竜馬はゲッタービームの出力を上げていく。

 

竜馬

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

ジョルジュ

「!? 竜馬、あなたは……」

 

 正気じゃない。何かに突き動かされいている。それを悟ったジョルジュ。しかし、振り上げた行き場のない剣を持った騎士は叫ぶ。

 

ジョルジュ

「やめなさい! こんな蹂躙は、あなたも望んではいないはずだ!」

 

 蹂躙。殺戮。そんなものを喜ぶような男ではない。ジョルジュは、そう竜馬を信じた。だからこそ。このようなことは、あってはならない。

 

隼人

「そうだ。やめろ……!」

弁慶

「いい加減、言うことを聞け……!」

 

 ジャガー号とベアー号の中で、隼人と弁慶も必死に竜馬へ呼びかけていた。このままでは、竜馬は竜馬でなくなる。そんな確信があった。だからこそ……。

 

隼人、弁慶

「竜馬!!」

 

 魂から、叫んでいた。

 

竜馬

「…………ッ!?」

 

 隼人の、弁慶の叫びが通じたのかはわからない。だが、その瞬間。

 竜馬は自分を取り戻していた。

 

 

…………

…………

…………

 

—ゲッターエンペラー—

 

 

 

 エンペラーに収容されたユウシロウ達は、竜馬やドモン達の戦いを見守っていた。しかし、ユウシロウは嫌な胸騒ぎを感じている。恐らくは、ミハルも。

 

ユウシロウ

「ゲッターロボ……」

ミハル

「あれは、偽りの神……恐怖を受け、恐怖を力に変えるもの……」

 

 意味深なミハルの呟き。それを槇菜は聞いた。

 

槇菜

「恐怖を、力に……?」

 

 オウム返しに呟く。今、槇菜達が直接出撃できないのは一部の機体は連戦に次ぐ連戦でかなりのダメージを受けているからでもあり、戦火を広げればべギルスタン全体に被害が及ぶ可能性も危惧してのことだった。

 デビルガンダム本体が出現すれば話は別だが、現状ではゲッターとシャッフル同盟に任せた方がいい。そう、ハリソンが提案した。その一方で、キンケドゥのF91とトビアのスカルハートを中心に、比較的損耗の少ない部隊はいつでも出撃する準備が整っている。

 槇菜は、先の戦いでゼノ・アストラをかなり消耗させてしまい留守番だ。今、急ピッチでの整備を行なっているが、元が元なだけにわからない部分も多い。槇菜も修理に関しては素人だから、メカニック達が仕上げたものの調整をする番まで時間があった。だから、こうしてユウシロウとミハルの監視も兼ねて、2人を見守っている。

 

ミハル

「…………この艦もそう。大いなる恐怖を呼び覚まし、そして恐怖で世界を変える力」

ユウシロウ

「…………お前は、知っているのか?」

ミハル

「…………」

 

 ミハルは、答えない。それをユウシロウは受け入れる。故に、沈黙だけが流れていた。

 

槇菜

(ど、どうしよう……)

 

 あまりにも、居心地が悪い。ユウシロウとミハルは完全に2人の世界。かやの外は、槇菜だけだ。

 

ミハル

「…………私は、ミハル」

ユウシロウ

「……豪和、ユウシロウ」

 

 そしてまた、沈黙が流れる。この空間は、槇菜にはどうしても居心地が悪い。せめて甲児かさやかか、エイサップ。それともチャムとエレボスのフェラリオコンビや、マーガレット、ルー博士。誰でもいいからいてくれればいいのに、と槇菜はこの境遇を内心呪った。しかし、槇菜1人が気まずいだけで済むのならそれでいい。という非常事態なのもそう。

 完全に、槇菜は人身御供だった。

 

槇菜

「……あ、あの」

ユウシロウ

「…………」

ミハル

「…………」

 

 返事はない。2人とも、完全に思案の世界に入り込んでいる。

 

槇菜

「う、うぅ……」

 

 呻くしかできない槇菜を救ったのは、ゲッター線の輝きだった。

 

槇菜

「何、あれ……!?」

 

 ゲッターロボの異常なパワーアップ。ゲッター線の光を受け膨張し、自己崩壊していくグランドガンダム。その悍ましい光景に、ミハルは絶叫する。

 

ミハル

「————ッ!?」

ユウシロウ

「ミハル!?」

 

 絶叫し、失神するミハルをユウシロウが抱き止めた。

 

ユウシロウ

「……よせ」

 

 そんな中、ユウシロウがポツリと呟く。

 

槇菜

「え……?」

 

 それを、槇菜は聞き逃さなかった。ユウシロウはミハルを抱きとめたまま天井を見上げている。そして、何かを譫言のように呟いた後……叫んだ。

 

ユウシロウ

「呼び起こすな……恐怖を!?」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

——呼び起こすな。恐怖を。

 

 竜馬の中で、そんな声が木霊したのは、ユウシロウが叫んだのとほぼ同じ時だった。

 恐怖とは何だ。恐怖なんて、叩きのめせばいいだけじゃないか。竜馬の闘争本能はそう告げる。しかし、そう言う話ではないことも理解できていた。

 

竜馬

(なら……恐怖って、何だ?)

 

 闘争本能に支配される魂が、疑念を抱いた。その瞬間だった。「竜馬!」と叫ぶ、友の声が聞こえたのは。

 

 

 

竜馬

「…………ッ!?」

 

 竜馬が意識を取り戻すと同時、みるみるうちにゲッター線の出力が衰えていく。ゲッタービームも次第に小さくなっていった。

 

ジョルジュ

「!? チャップマン!」

 

 咄嗟に、ガンダムローズはグランドガンダムへと駆け寄る。もはや原型も留めないほどに膨張し、肥大化し、破裂したグランドガンダム。そのコア・ランダーを引き抜き、ガンダムローズはその手に抱える。そして、ジョルジュはコア・ランダーのハッチを開いた。

 

ジョルジュ

「これは……?」

 

 チャップマンは、無傷だった。それだけではない。身体を覆っていたDG細胞が、引いている。

 

チャップマン

「ウ…………」

 

 小さくうめき、チャップマンは目を覚ました。

 

チャップマン

「私は…………そうか……」

ジョルジュ

「チャップマン、意識が!?」

ドモン

「何だって……!?」

 

 デビルガンダムの尖兵として生まれ変わったチャップマン。そこに、生前の意識は存在しなかった。しかし……。

 

チャップマン

「どうやら、迷惑をかけてしまったようだな……」

 

 ジェントル・チャップマン。その本来の人格が、今のチャップマンの中には存在していた。

 

ミケロ

「どういうことだ、こいつは……!?」

 

 あり得ない現象に、ミケロがたじろぐ。チャップマンはコア・ランダーの中で上体を起こし、静かに話しはじめた。

 

チャップマン

「……どうやら、ゲッター線が私に詫びを入れたようだな」

隼人

「詫び、だと?」

 

 まるで、ゲッター線に意志があるかのような言葉だった。意味がわからず、隼人が訊き返す。

 

チャップマン

「……私は、デビルガンダムの尖兵として蘇った。そこのミケロと共に。そして先ほどのゲッタービームによって私の中のDG細胞は完全に焼き払われたのだ。今の私は、唯の老兵に過ぎん。だが……」

 

 そう言って言葉を区切り、チャップマンはミケロを。そしてその背後にいるものを睨め付ける。

 

チャップマン

「私の命を冒涜したその罪は重いぞ。デビルガンダム!」

ミケロ

「ッ!?」

 

 チャップマンの叫びと同時、崩壊したはずのグランドガンダムがひとつの形を作り上げていく。黒と赤のボディと、丸みを帯びた肩部。そして大型のビームライフルを構えたそれは、紛れもなくジョンブルガンダム。かつて、ジェントル・チャップマンと共に最期まで戦い抜いた愛機。

 チャップマンは、再びジョンブルガンダムに乗り込むと、その大型のロングレンジ・ビームライフルをヘブンズソードへ向ける。そして一発。構えた瞬間には、既に弾丸は放たれていた。弾丸は、ヘブンズソードの頭部……その眉間を撃ち抜く!

 

ミケロ

「な、なんだと……!」

 

 ガンダムファイト国際条約第一条。頭部を破壊されたものは失格となる。もしこれが本物のガンダムファイトなら今、ミケロは再び失格となっていただろう。かつて、ドモン・カッシュにより味合わされた屈辱。それが、ミケロの脳裏に去来する。

 

ミケロ

「てめえ、チャップマン!?」

 

 理不尽な怒りが、ミケロを支配していた。だが、しかし。「そこまでだ」という重い言葉が、ミケロを止まらせる。

 

ドモン

「何奴!?」

 

 ドモンが叫び、海の方を見た。その先……海を割るようにして現れるのは、ミケーネ帝国の万能要塞ミケロス。そして、その艦首には黒いガンダムが立っていた。

 

ザビーネ

「ミケロ、十分に任務は果たした。帰還しろ」

ミケロ

「なっ……!?」

 

アルゴ

「……ザビーネ!」

 

 ザビーネ・シャル。キンケドゥの目の前でセシリーを攫い、そしてデビルガンダムを復活させた張本人。それが、ミケーネ帝国の要塞に乗っているということは……。

 

サイ・サイシー

「お前ら木星軍は、ミケーネ帝国と繋がってたのか!?」

 

 木星軍の残党。全てではないかもしれない。しかし、木星軍残党を指揮していたザビーネがミケーネと通じているとすれば、これまでの様々な偶然に辻褄が合うのも事実だった。

 

ミケロ

「ザビーネの大将よぉ! そいつはねえぜ。せめてこの裏切り者のチャップマンだけでも、始末させてくれ!」

 

 抗議するミケロ。しかし、ザビーネはまるでゴミでも見るかのような冷淡な瞳でミケロを一瞥する。

 

ザビーネ

「感情を処理できない人間は、ゴミだと教えたはずだが?」

ミケロ

「…………!?」

 

 その無感動な目は、本当にゴミでも捨てるかのようにミケロを処理できる。そう、物語っていた。渋々頷くと、ミケロは万能要塞ミケロスへと帰投する。だがその直後、ミケロスの射線上を高密度のゲッタービームが飛ぶ。

 

ザビーネ

「何ッ!?」

 

 咄嗟に退避行動を取り、ミケロスは左舷を僅かに消滅させるに留めた。その光が射した先をザビーネが向くと、そこには巨大なゲッター母艦……ゲッターエンペラー立ち塞がっている。そして、その艦板には、ガンダムF91と、クロスボーン・ガンダムが立っていた。

 

キンケドゥ

「ザビーネ……!」

トビア

「本当に、生きてたなんて……」

 

 キンケドゥ・ナウ。それに、トビア・アロナクス。かつてザビーネの計画を完全に粉砕した2人。2人の登場にザビーネは、口角を醜く歪めて笑い出す。

 

ザビーネ

「ククク……クハハハハ! キンケドゥ! まだ生きていたかキンケドゥ!」

 

 狂気の笑みを浮かべながら、ザビーネが叫ぶ。

 

チボデー

「これで形成逆転だな」

アルゴ

「ああ。いかにデビルガンダムの力を得ているとて、俺達全員を相手にできるか?」

 

 ガンダムマックスターと、ボルトガンダムが一歩踏み出す。しかし、ザビーネは戦う意志を見せない。むしろ、煽るように笑いを続ける。

 

トビア

「何が? おかしい?」

 

 怪訝そうに、トビアが呟く。ザビーネは、さらに愉快そうに笑い声を上げた。

 

ザビーネ

「ククク……私の相手などしている暇はないぞ?」

キンケドゥ

「何?」

 

 ザビーネが言った、その直後だ。エンペラー艦内に、科学要塞研究所から緊急通信が入る。

 

剣蔵

「こちら科学要塞研究所! エンペラー応答せよ!」

早乙女

「こちらエンペラー。兜博士、どうしました」

 

 剣蔵の表情には、いつにない焦りの色が見える。見れば、研究所は攻撃を受けているようであり、所員達は必死に防衛線を展開していた。

 

鉄也

「これは、所長!?」

剣蔵

「たった今、世界各地でミケーネの七大将軍率いる戦闘部隊が一斉に大攻勢をかけてきた。日本、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国、ネオホンコン。地球の主要国家への七カ所同時攻撃だ!?」

甲児

「何だって!?」

 

 衝撃を受ける面々。そして、ザビーネはさらに甲高く嗤う。

 

ザビーネ

「ハハハハハ! 暗黒大将軍様の号令により、古く悪き人類文明は滅びる! そして、生き残った人類は尊きミケーネの貴族によって正しく統治される、貴族主義世界が誕生するのだよ!」

キンケドゥ

「ザビーネ……き、さ、ま……」

 

 それは、その理屈は。

 かつて、ザビーネ自身が否定した鉄仮面の人類粛清とどこが違うというのだろうか。

 キンケドゥの中に、沸々と湧いていた怒りは今、最高潮に達していた。それは、ザビーネという宿敵に対する怒りであり、一度は背を預けあった友の堕落への怒り。怒りを爆発寸前まで煮えたぎらせながらも、キンケドゥは動けなかった。

 

ザビーネ

「そうだろう。ここで私を事を構えれば、お前達はミケーネ七大将軍と戦う余力を失うことになる。さあ、私を全力で見逃すがいい!」

 

 言いながら、しかしミケロスは引かない。背を向ければ集中砲火を浴びることなど、ザビーネもわかっているのだ。

 

キンケドゥ

「…………すぐに、救援に向かいましょう」

 

 だから、キンケドゥも今はザビーネの提案に……脅迫に乗るしかできなかった。

 

ドモン

「いいのか? 奴は……」

キンケドゥ

「わかっている! だが……」

 

 こうしている間にも、世界中がミケーネの大軍団に攻め落とされる。それを、見過ごすことはできなかった。

 

トビア

「キンケドゥさん……」

早乙女

「……機動部隊を収容。その後速やかに日本を目指し帰還する」

 

 ゲッターエンペラーの最高責任者、早乙女博士が決定する。

 

竜馬

「おいジジイ!」

隼人

「よせ竜馬。……早乙女の判断は正しい」

 

 竜馬が食い下がるが、隼人が制す。それに、異議を挟むものはいなかった。

 

ドモン

「だが……覚えておけよザビーネ。そして、ミケロ・チャリオット」

 

 帰投する直前、ドモンが呟く。

 

ドモン

「お前達のような悪は、シャッフル同盟が存在する限り栄えることはない。ミケーネ七大将軍を倒したら、次はお前達の番だ!」

ザビーネ

「ククク……お前達人類が、ミケーネ帝国を倒せたならな」

 

 全ての機動兵器を収容し、エンペラーは旋回する。それを見送る、万能要塞ミケロス。

 

早乙女

「エンペラー、最大船速。目標、ミケーネ七大将軍!」

 

 

 

 こうして、ゲッターエンペラーはべギルスタンを後にする。そこに眠る謎。残された秘密を残し。

 

ユウシロウ

「…………」

ミハル

「…………」

 

 しかし、ユウシロウの腕の中には今、いるはずのない少女が眠っていた。それは、どのような運命が齎した悪戯か。はたまた偶然か。

 

ユウシロウ

「変えられぬ刻などない。変えられぬ運命などない。か……」

 

 既に、ユウシロウの運命は大きく変わり始めていた。それは、この激動の世界の中で絡み合った幾つかの糸が網模様を描くかの如く人知れず、確実に……。

 




次回予告
みなさん、大変なことになってしまいました!
世界中に攻撃を開始するミケーネ七大軍団。エンペラーは、科学要塞研究所を救うためにべギルスタンを緊急出発しました。
しかし、ネオホンコンを攻撃する怪鳥将軍バーダラーと、中国を攻める悪霊将軍ハーディアスの部隊が、エンペラーへ挟み撃ちを仕掛けるのです!

次回、「激闘! ミケーネ七大将軍!」に、レディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話「激闘! ミケーネ七大将軍!」

—ゲッターエンペラー艦内—

 

 

甲児

「まさか、ミケーネの奴らがいきなり仕掛けてくるだなんて……」

 

 日本への帰路を急ぐエンペラーの艦内。休憩室の一画で甲児は呟いた。両手にコーラとハンバーガー。それを一気にかっ喰らう姿は、戦時中では日常茶飯事となっていたのを、同じくパイロットスーツのシャア・アズナブルは思い出す。かつてシャアが経験した戦争でも、モビルスーツから出ても戦闘服を脱ぐ余裕もない。すぐにまた出撃することになる。そんな散発的かつ長期的な戦闘が相次いでいた。そんな中での、一時の休息。自販機から排出される冷えたコーラとハンバーガーの配給は、パイロット他乗組員達が僅かな時間で食事を整えるための必需品。時代や時空が違っても、そういった需要は変わらないということを、今の甲児の姿は雄弁に物語っている。

 

アラン

「……もしかしたら、奴らは地上侵攻作戦における重要な拠点を手に入れたのかもしれん」

「拠点?」

シャア

「敵が大攻勢に出たということは、つまり盤石な体制を整えたということだろう。一年戦争で地球軍は、ジオンの宇宙要塞ソロモンを陥落させそこを拠点に最終拠点ア・バオア・クーへ侵攻した。それと同じように、敵地へ切り込むための重要な拠点を手に入れた。そう考えていいだろうな」

 

 そう言うと、シャアは先ほどまで食べていたハンバーガーの包み紙を捨て格納庫に急ぐ。それを追うようにトビアと、槇菜も続いた。

 

槇菜

「星一号作戦……。国連軍のその作戦が、一年戦争の決め手になったんですよね?」

シャア

「詳しいな。結果としてソロモン、ア・バオア・クーの二大拠点と指導者ザビ家のデギン、ギレン、キシリアを失ったことで、それ以上の戦争継続は困難となった」

トビア

「…………その戦争を、あなたやアムロさんは生き抜いた」

 

 槇菜もトビアもこうして話していると、改めて思う。シャア・アズナブルという人物は、彼ら彼女らが“歴史”としてしか認識していないものを“体験”として経験している。その背中は、30少しの青年とは思えないほどに成熟し、老成しているように感じられた。そこには教科書に書かれているような絶大的なカリスマ性……或いは、人を惹きつけながら遠ざけるような複雑さは感じない。むしろ、落ち着いた父性を感じられる。

 しかし、それはやはり槇菜が“歴史”として知る英雄であり、政治指導者でもあるシャアとは違うものだった。

 

槇菜

「……シャアさんって、あのシャア・アズナブルなんですよね?」

 

 教科書や伝記小説に書かれている人物像とのギャップを改めて認識すると、そこに戸惑いを感じてしまう。そのギャップを埋めるかのように槇菜は訊いた。するとシャアは、そんな槇菜に視線を移す。

 

シャア

「……今の私は、義勇兵のシャア・アズナブルだ。それ以上でも、それ以下でもない。ただ、バイストン・ウェルの世界で恵まれたこの命を、私を産み落としてくれたこの地球の平和のために使う。それ以上のことは考えていないよ」

槇菜

「バイストン・ウェルに恵まれた命。ですか?」

シャア

「ああ。私もアムロも、あの世界で頭を冷やさなければならなかった」

 

 頭を冷やす。それはどこか世俗的な言い回しで、やはり槇菜の思い描いていた“シャア”という人物からは少し遠い。しかし、それがバイストン・ウェルの恵みということなのかもしれない。そうとも、槇菜は思っていた。

 

シャア

「私もアムロも、少し落ち着いて自分を見つめ直す時間が必要だった。そして、それを済ませたからこそ今ここにいる。それだけのことだよ」

 

 シャアはそう言うと、また前を向き百式の待つ格納庫へ向かっていく。それの後ろ姿を見つめながら、槇菜は小さく呟いた。

 

槇菜

「……かっこいい」

トビア

「……そうだな」

 

 槇菜もトビアも、兄貴分には恵まれている方だと自覚している。しかし、シャア・アズナブルという人物は兜甲児とも、エイサップ鈴木とも、キンケドゥ・ナウともどこか違う魅力に溢れていた。それは、挫折を経験した大人だけが持つ色気なのかもしれない。槇菜が想像していたものとは違うがやはり、シャア・アズナブルという人物の持つカリスマ性というものは槇菜達が思っている以上に、健在だった。

 しかし、2人がそんなシャアの後ろ姿に見惚れていると突如艦内にサイレンが鳴り響く。

 

トビア

「敵襲……!?」

槇菜

「まだ、日本にはついてないのに!?」

 

 驚く2人。後方から駆けるアムロ・レイが、2人を追い越していく。

 

アムロ

「2人とも急げ! 戦闘獣の軍団が、エンペラーの進行方向に展開されている。待ち伏せだ!」

 

槇菜

「えっ……!?」

 

 驚く槇菜。しかし、考えれてみればあり得ない話ではない。現在、ネオホンコン及び中国はミケーネの襲撃を受けている。そして、現在エンペラーはネオホンコンの領海近辺を飛行しているのだ。

 敵の規模を考えれば、それはもはや敵地を突っ切るかのような暴挙である。そして、ミケーネ帝国の七大将軍にとっても、それを許す道理はない。

 

トビア

「急ごう!」

槇菜

「うん!」

 

 

 

 槇菜達が格納庫に到着した時、既に百式はドダイに乗り、カタパルトデッキに入っていた。そして、背中のブースターが轟音を上げ、飛んでいく。

 

槇菜

「あ、エイサップ兄ぃ!」

 

 百式、Zガンダムに続くようにナナジンらオーラバトラーも出撃準備を終えたものから発進していく。出撃前に声でもかけようかと槇菜が手を振ろうとしたがしかし、その手はナナジンのコクピット前に立つ不思議な和服の少女の存在に気付き止まる。

 

リュクス

「エイサップ……!」

 

 ナナジンへ乗り込むエイサップを、リュクスが不安げに見つめていたのだ。

 

エイサップ

「大丈夫。リュクスはここで待っていてくれ」

リュクス

「私だって、オーラマシンの操縦くらい!」

エレボス

「リュクスのオーラバトラーは、持ってきてないでしょ?」

 

 エレボスが言うと、うぐっとリュクスは黙り込む。その様子を槇菜は遠目に、見つめていた。

 

槇菜

「リュクスさんとエイサップ兄ぃ、か……」

 

 少し、もやもやする。エイサップ鈴木との付き合いは、自分の方が長い。しかし、そんなエイサップの視線の先にはいつもリュクスがいるようになっていた。

 それがどういう感情なのか、槇菜はわからない。寂しい、というのは少し違う。それとも、リュクスに嫉妬しているのだろうか。

 ウジウジ考えている場合ではないし、きっと考えたところで答えは出ない。そう思い直し、槇菜は愛機の下へ走る。ゼノ・アストラが槇菜の存在を認めると、子宮に位置するコクピット・ブロックが降りてくる。そのシートに座り、槇菜は一瞬、目を閉じて深く深呼吸した。

 

槇菜

「……よし。行こう、ゼノ・アストラ!」

 

 目を開き、一歩を踏み出す。ジャコバ・アオンやムゲ・ゾルバドスが『旧神』と呼んだ槇菜の相棒は何も応えない。しかし、ミケーネという敵の存在に闘志をみなぎらせている事を槇菜はシート越しに感じていた。

 

 

……………………

第13話

「激突! ミケーネ七大将軍!」

……………………

 

 

—ネオホンコン上空—

 

 ネオホンコン。第12回ガンダムファイト優勝国であり、荒廃する地球の中において栄華を極める繁栄の都市。そのネオホンコンの空を覆うように、異形の鳥獣軍団が跋扈している。

 

バーダラー

「やはり来たか!」

 

 怪鳥将軍バーダラー。ミケーネ七大将軍のうち鳥獣戦闘獣軍団を束ねる大空の覇者は、彼の指揮する戦闘獣軍団の先頭に立ってゲッターエンペラーを睨んでいた。

 

ミチル

「あれが戦闘獣……!」

早乙女

「…………」

 

 鬼とはまた違う異形の存在に、エンペラーのコントロールルームでミチルが叫ぶ。早乙女博士は、それを無言で見据えていた。

 

鏑木

「データ照合。敵は飛行型の戦闘獣を束ねる怪鳥将軍バーダラーと確認しました」

村井

「戦闘獣……機械獣よりも強いんですよね?」

 

 暫定でエンペラーのオペレーターを担当することになった特務自衛隊の2人。彼女らにとっても、戦闘獣単体ならともかく、軍団というのは初めての相手である。2人の表情に、緊張が走る。

 

バーダラー

「足止めも満足にできぬとはやはりザビーネなど、信用できんな。だがお前達を倒せば、我らミケーネに敵はいない! かかれっ!」

 

 バーダラーの号令。それを合図にして猛禽のような姿の戦闘獣オベリウス、鳥人戦闘獣トルケーンの軍団がエンペラーへと飛びかかる。それと同時、エンペラーの格納庫から最初に出撃したのはSFS(サブ・フライト・システム)ドダイ改に搭乗した金色のモビルスーツだった。

 

シャア

「シャア・アズナブル、百式出るぞ!」

 

 両肩に「百」の刻印が施された派手なマシンが、敵陣を切り込んでいく。ビーム・ライフルの光がオベリウスの行く手を阻み、そして次の瞬間、百式のビーム・サーベルは戦闘獣を切り裂いていた。

 

シャア

「昔取った杵柄というものを、見せてやろう!」

 

 そう言うと、百式はドダイからジャンプ。背中のスラスターとバーニアで姿勢を整えながら、空を飛ぶ翼を持つ戦闘獣の中へと飛び込んでいく。

 

戦闘獣

「Gaaaaaaa!!」

 

 オベリウスのうち一機が、その口から破壊光線を発した。しかし、百式はそれを交わすとそのままオベリウスの背中に飛び移る。そして、ビーム・サーベルをその脳天に突き刺す。

 

シャア

「まずは1機!」

 

 叫ぶと同時、百式はまたジャンプする。その直後、刺されたオベリウスは爆散。百式はそのまま次のオベリウスを目指してビーム・ライフルを発射した。しかし、戦闘獣の頭脳は馬鹿ではない。シャアの動きを見ながら、少しずつ学習を重ねている。ビームの光は、オベリウスの目の前を掠めて粒子に消えていく。

 

シャア

「なるほど、ただの木偶ではないということか!」

 

 しかし、その動きをシャアも学習している。既にビーム・ライフルの光を避けた先にはクレイ・バズーカの弾頭が飛んでいたのだ。

 

戦闘獣

「!?」

 

 ビームと実弾を同時に発射すれば、自然とビームが速く飛ぶ。その弾速の違いを利用した時間差攻撃。オベリウスがそれを避けた先に、バズーカの弾丸がくるようにシャアは最初から計算して攻撃していた。

 ただの木偶ではなく、戦闘用の頭脳を持つ相手にだからこそ通用する戦術。それをシャアは、この僅かな交戦時間の間に編み出している。そして、瞬く間に2機目のオベリウスを撃破。

 

シャア

「次だ!」

 

 そう言うと百式は空を飛ぶドダイに着地。ドダイに乗ったまま、さらにもう一機のオベリウス目掛けて飛ぶ。そして頭部のバルカン砲を撃ちまくりオベリウスの目を潰し、すれ違い様にビーム・サーベルで両断した。

 

バーダラー

「馬鹿な。モビルスーツで鳥獣戦闘獣を相手に、空で渡り合うなど!?」

 

 モビルスーツは、白兵戦のために作られたマシンだ。ミノフスキー粒子という発明によりレーダー類、通信機器の信頼性が極度に落ちた戦場では、旧世紀のように数キロ先の敵目掛けてミサイルを撃ち合うような戦争は時代遅れの代物となり、戦場の主役は機械の鎧を着込んだ機動戦士達のものへと回帰していった。

 ドダイやベース・ジャバーと呼ばれるSFSは、そんなモビルスーツの弱点のひとつ……空中での自由行動が著しく制限されるという点を解消するために研究が進められたモビルスーツ用の下駄である。当然、本体で制御しているわけではない以上空中での白兵戦には著しく制限がかかる。自由に遊泳できる宇宙と違い、地球の重力はモビルスーツをも押し潰してしまうのだから。

 だが、今のシャアは地球の重力からも自由だった。

 

 重力から解き放たれているのは、シャアの肉体でもなければ百式という器でもない。他ならぬシャア・アズナブルの魂である。

 かつてシャア・アズナブルという男は優れたニュータイプの素質を持ちながら、その魂を地球の重力に引かれ解脱できないでいた。だが、今のシャアは違う。

 魂の故郷バイストン・ウェルで彼の魂は浄化され、ただ純粋な心だけが残った。

 それはかつて、シャア・アズナブル自身が理想としたニュータイプの姿なのかもしれない。だがそんなことは目の前の敵にもそして、シャア自身にも最早関係のないことだった。

 

戦闘獣

「Gaaaaaaaa!!」

 

 迫る4機目のオベリウス。その鋭い嘴を構えて百式目掛けて突撃する。戦闘獣の嘴は、マジンガーZの超合金Zすら穴だらけにしてしまうほど鋭利かつ強力。一撃でも受ければ、百式などはひとたまりもないだろう。しかし、その一撃が届かないことをシャアは知っている。百式がドダイから飛び降り落下すると、オベリウスはそれを追う。しかしその瞬間、強力なビーム砲がオベリウスを飲み込み、蒸発させた。

 

シャア

「それでこそ私の友だ。アムロ」

アムロ

「シャア、よくやる!」

 

 Zガンダム。かつて、シャアがクワトロ・バジーナとして戦っていた頃共に戦った戦友カミーユ・ビダンの愛機。それを駆るアムロの攻撃へ、シャアはオベリウスを誘導していたのだ。

 急速に落下する百式をドダイが捕まえ、再び上昇。そして、航空機形態のZガンダム……ウェイブライダーと並んだシャアは、遅れて出撃する仲間の存在を感じていた。

 

甲児

「マジーン・ゴー!」

 

 甲児のマジンガーZ。それに続くグレートマジンガー、ダンクーガ、ゲッター1、ヴェルビン、ダンバイン、ナナジン、風雲再起に乗るゴッドガンダムに、光の翼を携えたゼノ・アストラ。空戦能力を持たない部隊も、エンペラーの艦板で待機しているのが見える。ベース・ジャバーに乗った白と青のF91が、エンペラーの周囲を待機していた。

 

バーダラー

「マジンガーZ、それにグレートマジンガー! ようやく現れたか!」

鉄也

「怪鳥将軍バーダラー、今日こそ息の根を止めてやるぜ!」

 

 啖呵を切る鉄也。その声は武者震いか、いつもの冷徹さはなりを潜めその奥に眠る熱い闘志に燃えている。そして、スクランブルダッシュで加速するグレートマジンガーが、シャアと入れ替わるように戦闘獣軍団へ飛び込んでいく。グレートの全身に備わる武装……ネーブルミサイル、アトミックパンチ、グレートタイフーン……数々の必殺パワーを秘めた攻撃が、戦闘獣軍団を蹴散らしていった。

 

シャア

「流石はスーパーロボット.モビルスーツでは、こうはいかん」

鉄也

「フン、よく言うぜ。そんな旧式のマシンでここまで戦っておきながらな!」

 

 軽口を叩き合うシャアと鉄也。シャア・アズナブルを相手にそんな態度で接する人間はそうはいない。かつてはそんな口が利けるのはアムロくらいのものだった。だが、今は違う。

 

シャア

「フッ……。よし、陸戦部隊は降下し、地上の歩兵部隊を掃討する。私に続け!」

 

 

 シャアの合図と共に、待機していたモビルスーツ隊やゴッドマジンガーにシグルドリーヴァらが降下していく。

 背中を預けられる存在がいる。その心強さをシャアは久しぶりに感じていた。

 

鉄也

「ならば、空戦部隊はここでバーダラーと突破する!」

 

 百式と入れ替わるようにフォワードになるグレートマジンガー。それに続くのはマジンガーZとゲッター、ダンクーガ、それにオーラバトラー達とゼノ・アストラ。

 

竜馬

「鉄也の野郎に遅れるな! 俺達も行くぞ!」

ドモン

「おう!」

「へ……てめえらを倒さなきゃこの先は進めねえってことか。面白え、やってやるぜ!」

槇菜

「うん。……こいつらをやっつけて、日本に戻るんだ!」

 

 日本へ到着する前に、このネオホンコンを蹂躙するミケーネ軍団を掃討する。そのためのミッションが始まった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—ネオホンコン/地上—

 

 ネオホンコンは、現在の地球圏最大の経済特区でもある。戦死した前首相ウォン・ユンファの手腕により贅の限りを尽くした繁華街。その中央に聳え立つ摩天楼。しかし、その背景には激しい発展の裏側で忘れられた廃墟……ガンダムファイトや度重なる戦乱の中で人類が築き上げた負の遺産とも言うべきものが存在していた。

 シャア達が降下したのは、そんな廃墟。人の業とでもいうものが、彼の目の前で積み上がっていた。

 

ジョルジュ

「かつて、マスターが絶望した光景。ですが……」

チボデー

「ああ。いつ見てもいい気はしねえな」

 

 その光景を、ジョルジュやチボデー達シャッフルの戦士たちは知っている。かつて、東方不敗マスターアジアは自らがガンダムファイトの覇者となった直後、この惨状を目の当たりにした。そして、地球を守るためには人類を滅ぼすしかないと結論を急ぐきっかけとなった。

 

シャア

「これは…………」

 

 かつてのシャアなら、やはりこの光景こそ人類に絶望する根拠としていただろう。しかし、今のシャアは違う。

 

シャア

「……人間もまた、天然自然の中から生まれたもの。ならば、この行いも自然の中で起きたことと考えるべきか」

アムロ

「シャア……」

 

 奇しくも、それはかつて今空で戦うドモンが師に説いたものと似た結論だった。そして、シャアの隣で肩を並べる友はかつて言った。“人の英知はそんなものだって乗り越えられる”と。

 

シャア

(人の革新。それを私は急ぎすぎた。こんなものを見ることになるのも、その報いかもしれんな……)

 

 だが、だからと言ってここでやることは変わらない。ドダイを低空飛行させながら、シャアは進む。

 

シャア

「各機はツーマンセルで、ミケーネの機動兵器を各個叩け!」

 

 この地が人の業により生まれた代物だとしても、それは今を生きる人間が死して贖うようなものではない。そう即断してシャアは進んでいく。そして、摩天楼を目指し進軍する機械獣の軍団を捕捉した。

 

シャア

「よし……。アムロ、援護しろ!」

アムロ

「了解した。無理はするなよシャア!」

 

 Zガンダムがビームライフルを放つ。その粒子の光は、頭部に鎌を持つ機械獣ガラダK7に命中し、戦いの狼煙となる。こちらの存在に気づいた機械獣軍団が、一様にターゲットを変えたのだ。

 

シャア

「よし……行くぞ!」

 

 ドダイから飛び降り、百式が駆ける。ビームライフルを撃ちまくりながら、機械獣へと斬り込んでいく。百式のビームライフルは、的確に機械獣の頭脳を撃ち抜いていった。

 

シャア

「やはり、戦闘獣に比べれば大したことはないか」

 

 そう呟いた直後、百式の背後に殺気が走った。蟷螂のような鎌が、百式の背中を襲う。

 

シャア

「何ッ!?」

 

 機械獣ドグラS1。間一髪、その攻撃を避けた百式だったが、背中のバックパックを真っ二つにされてしまう。

 

アムロ

「シャア!? ……ちぃっ!?」

 

 援護のために飛び出そうとしたアムロのZガンダム。しかし、Zガンダムは両手をスピアにした機械獣マグラF2の攻撃を受け、百式へ近寄れない。

 

アムロ

「奴ら、2対1組の機械獣か!」

 

 ゼータの腕に内臓されるグレネードランチャーを放ち、マグラF2を攻撃するアムロ。その攻撃は確かにヒットするも、マグラはドグラに呼応するように引き寄せられていく。

 

アムロ

「チィ! 距離を取られたか!」

 

 舌打ちし、アムロはハイパー・メガランチャーを取り出しそれを狙う。しかし、メガランチャーは大振りな分、なかなか照準が定まらない。機械獣ドグラ、マグラのように奇怪な動きをする敵を相手取るには隙の大きな武器だった。

 

シャア

「アムロ、右だ!」

アムロ

「いや、左かっ!?」

 

 ドグラ、マグラは今度は両方で同時にZガンダムへ飛びかかる。逃げ道を塞ぐための2対1。いや、

 

シャア

「アムロをやらせはせんよ!」

 

 咄嗟にビームサーベルを抜き、シャアがドグラの懐へ飛び込んだ。巨大な蟷螂鎌の攻撃を受けながらも、百式はドグラを食い止める。

 

アムロ

「シャア! このぉっ!?」

 

 マグラのスピアのリーチを見切ったアムロは瞬間、ウェイブライダーへ変形しマグラを躱していく。そして、ドグラに追い詰められている百式の前で再びモビルスーツ形態へ変形すると、百式の腕を掴みドグラから引き離した。

 

機械獣

「……………………」

 

 ドグラ、マグラに呼ばれたかのように、各ブロックを制圧していた機械獣がアムロとシャアの下へ集まっていく。見せられたデータの中で確認したものもあれば、そうでないものもいる。ともあれ、窮地であることだけはデータなどなくても理解できた。

 

シャア

「クッ……。すまんな、アムロ」

アムロ

「いや、助かった……。だが、百式は」

 

 百式は、高性能モビルスーツではあるが既に旧式。Zガンダムのように機動力に特別秀でているというわけでもない。そんなマシンを乗り回しながらシャアは、この短時間で戦闘獣を4機、機械獣を数機落としている。それは、快挙と言ってもいい。

 だが、それは明らかに百式の限界を越えた挙動でもあった。

 

シャア

「マシンの消耗が激しい、か……」

 

 かつての戦いでも、シャアは自分の機体よりも高性能のマシン2機を相手に百式で対応を迫られたことがある。パイロットの能力も自分と互角だろう強敵2人を相手にその時、1機を相手に引き分けに持ち込むのがあの時のシャアの精一杯だった。だが、今ならば。

 

シャア

「……こちらシャア・アズナブル。メガ・バズーカ・ランチャーを射出してくれ」

 

 エンペラーに通信を送る。数秒後、エンペラーからメガ・バズーカ・ランチャー……モビルスーツ用の巨大なバズーカランチャーが射出されて百式の前に落下した。それを拾い、百式はランチャー砲に自信のエネルギーコンバーターを接続。

 

アムロ

「シャア、どうするつもりだ?」

シャア

「このまま戦っていても埒が明かん。メガ・バズーカ・ランチャーで敵を掃討する」

アムロ

「…………わかった。それまでは俺が敵を引き付ける!」

 

 Zガンダムは再び変形し、ウェイブライダーで敵陣へ突っ込んでいく。敵の攻撃を避けながら、機械獣を百式の……シャアの攻撃射線上に集めていく。言わば、囮の役割を果たしていた。

 

シャア

「…………もう少し、もう少しだ」

 

 メガ・バズーカランチャーの射線上に集まっていく敵。アムロはそれを悟らせまいとあえて混戦状態を装っていく。実際、アムロとZガンダムは獅子奮迅の戦いを見せていた。

 

アムロ

「シャア、こっちも残弾が少ないんだ……急げよ!」

 

 そう言って、ビームライフルでアブドラU6を撃ち抜く。続けてダブラスM2を狙うも、そこでビームライフルはエネルギーを尽き果てメガ粒子の搾りカスを放出するのみだった。「チィッ!」と舌打ちし、グレネードランチャーに切り替える。ランチャーの弾丸が、機械獣の目を潰す。そして、

 

アムロ

「!? 今だ!」

シャア

「やってみるさ!」

 

 ウェイブライダーに再度変形し飛び上がるZガンダム。それを見上げた機械獣軍団を、メガ・バズーカランチャーの一撃が飲み込んでいった。

 

機械獣

「!?!?!?!?」

 

 爆炎を上げ、破壊されていく機械獣の群れ。しかし、その攻撃を受けながらドグラ、マグラの2体は紙一重で致命傷を避け、Zガンダム目掛けて飛び上がっていた。

 

アムロ

「何ッ!」

シャア

「アムロ!?」

 

 ドグラとマグラ。有名なミステリー小説から名前を取られた2体は、背中同士で合体し機械獣ドグラ・マグラとなる。ドグラ・マグラはジェット噴射で飛び上がりながら、Zガンダムに迫った。

 

アムロ

「やられる……!?」

 

 アムロが叫ぶ。それと同時、ウェイブライダーにドグラ・マグラは飛び込んでいく。変形しても間に合わない。

 だが、その時は永遠にこなかった。

 

シャア

「…………」

 

 百式のビームライフルが、合体したドグラ・マグラを撃ち抜いたのだ。

 

機械獣

「……………………」

 

 沈黙し、爆発を起こす機械獣ドグラ・マグラ。百式はドダイに拾われ、アムロに並走する。

 

アムロ

「シャア、助かった……」

 

 Zガンダムの死角を着いた攻撃を前に、わかっていてもアムロはなす術がなかった。それを助けたのは、他ならないシャア・アズナブル。

 

シャア

「問題ない。だが……互いにほとんど武器を使い果たしたようだな」

アムロ

「ああ、一時エンペラーに帰投し補給を済ませよう」

シャア

「了解した」

 

 そう言って、アムロとシャアはエンペラー目指し上昇していく。シャアが空を見上げれば、空戦部隊と怪鳥将軍バーダラー率いるミケーネ軍団の戦いは激しさを増していた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

マーベル

「エイサップ、大丈夫?」

 

 地上の空は高い。天に海が広がるバイストン・ウェルよりも。エイサップ鈴木は改めて、空の高さを感じていた。

 

エイサップ

「大丈夫です。俺にだって、オーラ力は宿っているんだ」

 

 心配するマーベルへ気丈に応え、ナナジンはどこまでも飛べそうな空を飛んでいた。空戦型の戦闘獣・パーピィの追撃を振り切るように、ナナジンは攻撃を避けて戦場を飛ぶ。

 

エイサップ

「このっ!?」

 

 目の前に飛び出したオベリウスを、ナナジンはオーラソードを抜き、まるですれ違い様に斬り伏せる。その動きは、まるで時代劇の剣劇ヒーローさながらだった。それだけの動きができる。それは開放感に繋がる。しかし、その開放感にエイサップは、只ならぬものを感じていた。

 

エイサップ

「オーラマシンがこんなに自由に動けたら、危険すぎる……!」

エレボス

「エイサップ……?」

 

 人間がモビルスーツという鎧を得て、既に一世紀になる。その間にも、人類の文明には様々な発明が登場した。今、最前線で戦闘獣軍団を切り開いているマジンガーZとグレートマジンガーを代表とするスーパーロボットこそが、その代表だろう。

 人はマシンに乗り込むことで、人間にはできなかったことができるようになる。それは、等身大の人間の脳に凄まじい全能感を齎すことになる。或いはそれこそが、神にも悪魔にもなれる力というものなのかもしれない。

 今、地上に出たことでナナジンはより強くオーラの力を吸収するオーラバトラーへ変質していた。それはマーベルのダンバインや、ショウのヴェルビンも変わらない。死の世界とも呼ぶべきバイストン・ウェルよりも、生の世界とでも呼べる地上の方がオーラの力に満ちているのかもしれない。その実情はどうあれ、地上に出たオーラバトラーは本来の性能を超えた力を発揮できてしまう。ショウが言っていた言葉を今、エイサップは体感で理解していたのだ。

 

エイサップ

(この力がショット・ウェポンやサコミズ王に野心を抱かせてしまうものだというのなら、それを理解できてしまう……。地上の空の高さよりも、俺にはそれが恐ろしい!)

 

 戦闘獣の放つミサイルが、ナナジンの真正面に迫った。しかしエイサップはそれを恐れもせず、オーラソードを振るう。高まったエイサップのオーラ力は、オーラソードに炎を宿す。オーラフレイムソード。その炎を壁にして、ナナジンはミサイル攻撃を受け流しすすむ。そして、

 

エイサップ

「そこだっ!」

 

 一閃。炎を纏ったオーラの剣は、翼を持つ翼竜のような戦闘獣を真っ二つにする。

 

マーベル

「エイサップ、すごいわ……」

ショウ

「ああ。オーラ力の高まりに飲み込まれず、制御してみせている」

 

 その心の有り様は、ショウやマーベルら熟練の聖戦士からも目を見張るものがあった。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃ。凄い……」

 

 感嘆する槇菜。ゼノ・アストラは巨大な盾で敵の攻撃を防ぎながら、主力空戦部隊を守っている。現在、敵に突出する形でグレートマジンガーとマジンガーZが将軍バーダラーと戦い、その周囲の強力な戦闘獣をゴッドガンダム、ゲッター1、ダンクーガが引きつけている。ゼノ・アストラとオーラバトラー3機は、敵へ斬り込みをかけながら場を撹乱する役割だ。雑魚を蹴散らし、必要に応じて主力へ加勢する機動力。それが槇菜とオーラバトラー乗り3人に課せられた役割だ。

 そしてその戦いで、エイサップのオーラ力は急激に高まっている。

 

ショウ

「そうか、サコミズ王を止める。その使命感がエイサップを驕らせないんだ」

 

 敵の戦闘獣を斬り裂く深緑のオーラバトラー・ヴェルビンの中でショウ・ザマが呟いた。

 

マーベル

「彼にとって、それだけサコミズ王という存在は強大?」

ショウ

「リュクス姫のお父上でもあるからね」

 

 リュクスの父。その言葉にマーベルは、「ああ」と納得する。

 

槇菜

「どういうことですか?」

 

 よくわかっていないのは、槇菜だけだった。しかしそんな槇菜もだいぶ戦いに慣れたようで、そんなことを言いながらもゼノ・アストラは盾で戦闘獣に体当たりしている。そして、弾き飛ばされた戦闘獣を舞い散る羽根が追い詰めていく。最早、ただの戦闘獣ならば槇菜達にとっても敵ではなくなっていた。

 

マーベル

「どうって……槇菜、あなたエイサップとリュクスのことどう見ていて?」

 

 オーラショットを敵に浴びせ、撃墜を確認したマーベルが問う。槇菜は、「えっ?」と素っ頓狂な声を上げて小首を傾げていた。

 

槇菜

「仲良いな……とは思いますけど」

 

 実際、仲がいいというよりも二人の距離感は恋人同士のそれだ。それは槇菜にもわかっていた。しかし、未だにあまり実感できないでいるのも事実。

 

槇菜

「あ、そっか……!」

 

 エイサップにとって、サコミズ王は既に他人ではない。そのことにようやく思い至り、槇菜は自分の鈍さに腹が立った。その苛立ちをぶつけるように、ゼノ・アストラの盾は戦闘獣を思い切り殴りつける。

 

エイサップ

「よし、ショウさん。次はあっちです!」

ショウ

「わかった。俺とマーベルで行く。エイサップは槇菜と地上部隊の援護に回ってくれ!」

 

 そう言って、ヴェルビンが飛翔する。続くダンバイン。ショウとマーベルは、息をも乱さぬ連携でダンクーガの背後に迫っていた戦闘獣と斬り結ぶ。ゼノ・アストラとナナジンは、地上で戦うトビア達の援護のために降下していく。そんな中でも、ナナジンは速い。

 

エイサップ

「槇菜は防御に、俺が切り開く!」

槇菜

「うん!」

 

 加速するナナジン。その背中を見つめながら、槇菜は思う。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃの背中。ずっと見てきた。だけど、こんなに頼れる背中だったんだ……」

 

 どこか頼りない、だけど優しい兄貴分だったエイサップ。彼はハーフで、自分はクォーター。だから、少しだけ彼の抱えているものを理解できると思っていたし、事実としてお互いにそういう部分に近親感が湧いていたんだろうと思う。槇菜の薄い銀髪は、好奇の目で見られることも多かった。自分とお姉ちゃんは、周りのみんなと違う。そういう意味では、日本人的な黒髪を羨ましいとすら思ったこともある。

 だけど、小学校に上りたてのある日に隣に越してきたのは、自分の銀よりも鮮やかな金髪と青い瞳のお兄さんだった。

 エイサップ鈴木。日米ハーフの男の子。その存在は自分が決して異質ではない。と、そう教えてくれているような気がして……気付けば、槇菜はエイサップに懐くようになっていた。

 そんなエイサップが、今日はどこか遠くに感じてしまう。

 

槇菜

「…………うん!」

 

 もしかしたら、あの幼い日に抱いた感覚は無自覚な初恋だったのかもしれない。しかし、だからどうしたというのだろう。槇菜は正面を見据え、敵に飛び込んでいくナナジンを守るように盾を構える。ナナジンを狙う機械獣ジェノバの狙撃は、ゼノ・アストラの盾に防がれた。そして、飛び散る光の羽根が機械獣を捉える。

 

槇菜

「このっ!」

 

 そして盾を持たぬ左の指をワイヤーで射出。鋭利な爪が、機械獣を貫いた。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃにはエイサップ兄ぃの。私には私の使命が、人生があるんだ。たかがこんなことで、私たちが変わるもんか……!」

 

 まるで自分に言い聞かせるようにして、槇菜は叫んでいた。

 

 

 

エレボス

「ねえエイサップ、槇菜少し元気なくない?」

 

 ナナジンのコクピットで、ミ・フェラリオのエレボスはそんな槇菜の様子を察知しエイサップに訊いていた。

 

エイサップ

「気のせいだろ。それより、行くぞ!」

 

 にべもなく返し、ナナジンが加速する。そして、ナナジンの乱入に混乱する機械獣にできた隙を突くようにして、トビアのスカルハートはピーコック・スマッシャーで機械獣にトドメを刺した。

 

トビア

「助かったよ、エイサップ」

エイサップ

「ああ。俺はまた空に上がる。気をつけろ!」

 

 そう言って、縦横無尽に駆け回るナナジン。それは、オーラバトラーというマシンの強大さを見せつけるのに十分な活躍だった。

 

トビア

「オーラバトラー……凄いマシンだ」

 

 話には聞いたことはあった。しかし、スペースコロニーで暮らしていたトビアはその存在を生で見るのはこの戦いで出会ったショウやエイサップ達のものが初めてでもあった。

 実際にデータを見ただけではわからない。オーラバトラーの強力さ。そして、強力なマシンに身体を委ねる全能感に支配されない心の強さ。

 

トビア

「エイサップさん、凄い人だな……」

 

 改めて、トビアは感じたままを口にする。

 

槇菜

「そうなの。エイサップ兄ぃは普段ちょっと頼りないけどすっごく強くて、優しいんだ!」

 

 スカルハートに並ぶゼノ・アストラ。現状、陸戦部隊は防御が手薄になっている。そこを補うように味方の盾になり、体制を整える時間を作る。

 全体を見極め斬り込むショウたち同様、槇菜の役割もまた個人的な感情に支配されていてはいけないものだった。そして、槇菜はそれをやってのけている。

 

トビア

「……優しい、か。そうだな。その優しさがなきゃ、マシンに乗る資格なんてないのかもしれないな」

槇菜

「トビア君……?」

 

 機械の鎧は、人に全能感を与える。その全能感に驕らず、正しく在ろうとする姿。それこそが聖戦士なのかもしれない。トビアの鋭敏な感性は、それを感じ取っていた。そして、その優しさを腐らせない行動力。

 リュクスとの出会いが、エイサップにそれを与えたのだとしたらやはり、エイサップ鈴木という聖戦士を形作っているものは、リュクスへの想いなのだろう。

 

トビア

「……あの人の気持ちは、少しわかる。エイサップさんを見てるとなんか、応援したくなるというか……他人のような気がしないんだ」

 

 そういって、上空のエンペラーを見やるトビア。エンペラーでトビアの帰りを待っている少女……ベルナデット・ブリエットの顔が一瞬、槇菜の脳裏に浮かぶ。

 

槇菜

「そっか……ねえ、トビア君」

トビア

「ん?」

槇菜

「後でさ。ベルナデットさんのこと、たくさん聞かせてね!」

 

 そう言いながら、槇菜はゼノ・アストラの巨大な盾で機械獣トロスD7の突撃を受け止める。

 

トビア

「え? は? え?」

 

 トビアは顔を真っ赤にしながら、ビーム・ザンバーでトロスを真っ二つにする。慌てている姿はコクピット越しで見えないが、それでも声だけで槇菜にも理解できるほどの動揺が見てとれた。

 

槇菜

(トビア君、案外オクテなんだ……)

 

 面白い。そう思う槇菜だった。

 

 

…………

…………

…………

 

 ネオホンコンの陸路を進むシグルドリーヴァ。神経接続スコープ越しに映る敵にミサイルを撃ちまくりながら、マーガレットは進む。

 

マーガレット

「……おかしい。主力は空で戦っているとはいえ、敵の将軍級が出ているのよ」

 

 それにしては、あまりにも歩兵部隊は手薄。無論、こちら側の陸戦部隊は歴戦のモビルスーツ・パイロットや伝説のシャッフル同盟が中心になっている。敵の軍団に見劣りしない一騎当千の強者だ。しかし、それにしても。

 

ハリソン

「…………何を考えているんだ?」

 

 ツーマンセルで編隊を組むハリソンのF91。彼が前衛に出て敵を引きつけ、シグルドリーヴァで敵を撃ち落とす。その陣形を取りながら、マーガレットとハリソンは進んでいた。

 

マーガレット

「……妙です。いくらマジンガーやダンクーガが空で戦っているとはいえ、地上侵攻部隊はこんなに手薄になりますか?」

 

 火力の過積載とでも言うべきシグルドリーヴァは、避難民のいる場所では余計な犠牲を生み出しかねない。それはヴェスバーを持つF91もそうであり、彼らが進んでいるのはあくまで既に攻め落とされている市街地。しかし、それにしては敵が手薄だと、マーガレットは感じていた。

 

ハリソン

「言われてみれば……」

 

 ハリソンは、ミノフスキー粒子の反応が薄いのを確認すると、他の陸戦部隊へ通信を送る。

 ミノフスキー粒子を撒布しての白兵戦は、戦場の主役をモビルスーツという鎧を纏う機動戦士にしてしまった。しかし、ミケーネ帝国はミノフスキー粒子の技術を持っていないらしくそれを使わない。だが、一世紀に渡る機動戦士達による戦いの歴史は、広域通信を使用する電波誘導兵器の技術を完全に過去のものにしてしまっていた。

 だが、結果だけを言えば堅牢な装甲を持つ戦闘獣を相手に弾道ミサイルのような兵器は通用しないと言える。彼らの頭脳、心臓。そういったウィークポイントを狙い確実に叩く必要があるからだ。その点で、モビルスーツは結果的に最良の兵器だった。

 そして、今は通信もクリアに使える。すぐにキンケドゥとトビア、ジョルジュとチボデー、アルゴとサイ・サイシーらはハリソンの通信に応えてくれた。

 

チボデー

「ああ、俺も気になってた。この程度なら、デスアーミーの大群の方がよほど脅威だぜ」

キンケドゥ

「敵の大物をアムロさん達が倒した影響もあるだろうが……妙だな」

 

ハリソン

「何かの罠か……それとも」

 

 そう呟き、青いF91が瓦礫の中に足を踏み入れたその時だった。

 

トビア

「なっ……!?」

キンケドゥ

「これは……!?」

 

 勘の鋭い2人が、真っ先に声を上げる。それに続いて、チボデーも、ジョルジュも、サイ・サイシーも、アルゴも、ハリソンも、マーガレットも強烈な頭痛に襲われるのだった。

 

マーガレット

「何、これ……!?」

 

 重い。あまりにも重い。まるで万力で頭を締め付けられるような感覚。はじめて感じるほどの頭痛に、操縦桿を離し、頭を抱えるマーガレット。

 

ハリソン

「み、ん、な、っ……?」

 

 ようやく、ハリソンはそれだけ呟いた。頭痛の影響なのか、目が霞む。とても戦える状態ではない。次第に数多だけでなく、腕も、脚も、身体全体が重くなっていく。

 倦怠感。まるでインフルエンザに罹り、高熱にうなされている時のような感覚。いや、それよりも遥かに辛い。

 

アルゴ

「………………ヌッ!」

 

 皆が膝を折り頭を抱える中、アルゴ・ガルスキーだけは立ち続けていた。しかし、それでも量の腕を掲げるだけで額にジワリとした汗が流れる。

 

キンケドゥ

「な……何が、起こって?」

 

 キンケドゥの呟きと同時……彼らの脳裏に、不気味な声が響き渡る。クスクスという笑い声。頭の中に反響し、小さくこびり付く笑い声は次第に大きくなる。まるで呪い歌のように、声はキンケドゥ達を追い詰めていく。

 

???

「ケケケ…………」

 

 霞む視界の中で、キンケドゥが見たのは死神だった。死神。そうとしか形容のできない巨大な影。窪んだ眼窩と命を刈り取る巨大な鎌を持つそれは、キンケドゥ達を嘲笑っていた。

 

キンケドゥ

「な、何者だ……?」

 

 F91はビーム・ライフルを構える。しかし、もうそこにはいない。残像、幻覚。そんな言葉が一瞬脳に溢れるが、それ以上キンケドゥの意識は続かなかった……。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 その異変は、空で戦うメンバーにも表れはじめていた。最初に違和感を抱いたのは、ドモン・カッシュだった。

 

ドモン

「風雲再起……!?」

 

 愛馬が、震えている。そしてけたたましく吠え、何もいない所を威嚇する。こんなことは、はじめてだ。風雲再起は、元々師匠・マスターアジアの愛馬としてよく訓練されている。どのような戦場でも常にマスターアジアの、そしてドモンの指示に従い互いの信頼を示す愛馬だ。それが、こんなところで気を散らすなど。

 

鉄也

「どうした、ドモン……!?」

 

 鉄也が叫ぶ。と同時、鉄也の身にも異変が起きていた。

 

鉄也

「ヌッ…………!? く、ウォ……!」

 

 胸が、痛む。まるで心臓に杭を打ちつけられたかのような痛みを受け、鉄也は咄嗟に胸を押さえてしまう。

 

バーダラー

「隙ありだっ!」

 

 怪鳥将軍バーダラーの鋭い鉤爪が、一瞬動きを止めたグレートマジンガーに襲い掛かった。決して避けられない攻撃ではない。しかし、それは操縦桿を握り、戦闘に集中している時の話。今の鉄也ではその攻撃を避けることも、受け止めることもできなかった。バーダラーの鉤爪はグレートマジンガーの肩を抉り、強烈な回し蹴りを炸裂させる。無防備なグレートは、それをもろに受け地上へ急速に落下していく。

 

甲児

「鉄也君!? グッ……!」

 

 その異変は、マジンガーZの兜甲児にも起きていた。胸の痛みに喘いだ瞬間を、鳥獣型戦闘獣の群れがマジンガーZを呑み込んでいく。

 

槇菜

「甲児さん、鉄也さん……!? っ!?」

 

 援護に回ろうとする槇菜。しかし次の瞬間、槇菜は首を絞められたかのような急激な圧迫感に襲われる。

 

「どうしたんだ……どうなってやがる!?」

 

 叫ぶ忍。忍もまた、不思議な閉塞感を感じ全身に鳥肌を立てていた。

 

バーダラー

「ククク……。どうやら、成功したようだな」

 

 バーダラーが言う。すると、バーダラーの隣に茫、と影が浮かび上がった。髑髏のような眼窩と、死神を思わせる鎌を持つ戦闘獣……。

 

ハーディアス

「ケケケケケケ! 貴様らは、この悪霊将軍ハーディアス様の術にかかったのよ!」

 

 悪霊将軍ハーディアス。ミケーネ七大将軍が一人。その不気味な姿と共に、エンペラーの後方を悪霊戦闘獣の軍団が迫っていた。

 

早乙女

「…………バーダラーは囮、本命はお前達と言うわけか」

 

 エンペラーの艦長席で、早乙女は忌々しげに呟く。鳥獣型戦闘獣との戦いで、戦力のほとんどを展開しているエンペラーの背後はまさに手薄。今から後方に主力を下げようにも、ハーディアスの悪霊術で士気は大幅に低下している。

 早乙女自身も、その影響を受けているのか顔色はどこか青い。

 

ハーディアス

「ケケケケケケ! その通り、もはやお前達は生贄の羊同然。さぁて、どう料理してやろうかしらねえ!」

 

 不気味なハーディアスの嗤い声が、耳に障る。

 

槇菜

「なっ……はっ……?」

 

 首を絞められる圧迫感に喘ぎながら、槇菜はゼノ・アストラに念じる。動いて、と。操縦を必要とするマジンガーと違い、ゼノ・アストラはそれでもある程度の操作ができた。しかし、纏まらない思考ではそれ以上の指示はできない。ただ、漆黒の機体は目の前に現れた二人目の将軍を見据える。しかし、槇菜の意識が薄れるにつれて、次第に光の翼が消えていく。翼を失い、ゼノ・アストラはその巨体を地上へと落下させていった。

 

エイサップ

「槇菜!? ……くそっ!」

 

 ナナジンが助けようとするが、エイサップも激しい嘔吐感に苛まれている。目の前の戦闘獣の相手をするのにも梃子摺る始末で、とてもじゃないがゼノ・アストラを追いにはいけない。

 

ハーディアス

「ケケケケケケ! 旧神の巫女、それに兜甲児と剣鉄也。この3人には予め呪いがかかっていたのよ。戦闘獣ダンテの呪いがね!」

甲児

「ダンテ、だと…………?」

 

 ダンテ。以前甲児と鉄也、それに槇菜が倒した戦闘獣軍団のリーダー格。どうやら、奴は最期に3人に呪いをかけていたらしい。

 

ハーディアス

「そう。お前達の心臓は、ダンテのかけた死後の呪い……それを私が強化し、発動させたのさ。その術式の準備に少々手間取ったけどね!」

 

竜馬

「きったねえ真似を使いやがって。男なら正々堂々勝負したらどうだ!」

 

 そう叫びながら、トマホークで戦闘獣を破砕するゲッター1。しかしグレートとゼノ・アストラを助けに行こうとしようにも、すぐに次の戦闘獣が襲い掛かる。ゲットマシンに分離し掻い潜ることもできたが、あまりの乱戦の中でそれは敵に背中を見せるのと同義だった。

 

バーダラー

「よくやったハーディアス。これで連中の戦力は半減。そして憎きマジンガーと忌まわしき旧神はもはや倒したも同然。これで我々の勝利は確実となった!」

 

 バーダラーが叫ぶと共に、彼の率いる鳥獣型戦闘獣軍団も嘶く。そして迫る、ハーディアスの悪霊型戦闘獣軍団。

 

ドモン

「おのれ……!」

 

 頭痛や嘔吐感。あらゆる不調に苛まれながらも、戦闘獣を撃破していくゴッドガンダム。しかし、ドモンもハーディアスの呪いの影響を受けているのかその技のキレに精彩を欠いていた。

 今の状態では、必殺の石破天驚拳はおろか、爆熱ゴッドフィンガーの使用もままならない。いや、この状態で必殺技を撃てば、それだけでドモンの気力を大きく削ぐことになる。

 

沙羅

「忍!」

「ああ……。こういう野郎の相手ははじめてじゃねえ。みんな、気を強く持て!」

 

 叫ぶ忍だが、ダンクーガの動きも重い。パルスレーザーを斉射し敵を迎撃しているが、それもいつまで持つか。

 

ミチル

「左舷、ゲッタービーム弾幕薄いわ。何やってるの!?」

 

 過酷な状況に慣れているパイロット達でも辛い呪いの空間。研究が中心の早乙女研究所所員達の不調はそれ以上のものだった。エンペラー乗組員達の中で今まともに意識を保っているのは早乙女博士とミチル、それに特務自衛隊の面々だけである。

 ゲッターエンペラーといえど、乗組員がまともに機能しないのであればその性能を十分に生かすことはできない。やがてエンペラーは、悪霊型戦闘獣の集団に包囲されていた。

 

戦闘獣

「…………!?」

 

 戦闘獣ズカールの舌がエンペラーの顔を舐める。溶解液を纏う戦闘獣の舌は、エンペラーの装甲を爛れさせた。

 

早乙女

「…………ウッ!?」

 

 口元を抑え、呻く早乙女博士。

 

ミチル

「お父様……!?」

早乙女

「ワシのことはいい……! エンペラーの操舵を急げッ!」

 

 機銃の弾幕を掻い潜る戦闘獣軍団に追い詰められるエンペラー。敵の攻撃は勢いを増し、自軍の戦力は次第に弱まっていく。

 

鉄也

「グッ…………」

槇菜

「ウ、ウゥ……」

甲児

「クッソッ……」

 

 今、彼らは最大の窮地に立たされていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 その窮地を、一人の男が静かに見据えていた。

 

チャップマン

「…………なるほどな」

 

 ジェントル・チャップマン。デビルガンダムの力で蘇り、そしてゲッター線の光で蘇った男。チャップマンはその鋭い眼光を光らせながら、エンペラーの通路を歩いていた。

 エンペラーに収容された後、チャップマンは一時的に医務室に運ばれ、身体検査を受けていた。その結果はまだ出ていないが、DG細胞の影響を受けて蘇生した身体は、生前に彼を蝕んでいた病からは解き放たれている。それを、チャップマンは感じている。

 加齢と激闘で弱ったはずの身体に、全盛期と違わぬ闘気が満ち満ちている。それが、今のチャップマンだった。

 

チャップマン

(しかし……デビルガンダムの影響かゲッター線の影響かはわからぬが、私は呪いとやらに耐性を持っているらしい)

 

 或いは、ハーディアスの生者を蝕む呪いは死者には効かないのかもしれない。それはともかく……チャップマンは今、この状況で数少ないまともに動ける一人だということだ。

 そして、もう二人。

 

シャア

「……どうやら、君も呪いとやらの影響を受けていないようだな」

チャップマン

「…………お前達は」

 

 シャア・アズナブルとアムロ・レイ。機械獣との戦いで消耗したマシンの補給のために一時帰投していた二人もまた、チャップマン同様にハーディアスの呪いを強く受けずに行動できている。2人は、補給を終えたZガンダムと、予備機としてべギルスタンでエンペラーに搬入されたモビルスーツで再び出撃しようとしていた。

 

アムロ

「……どうやら、まともに動けるのは俺たちだけらしいな」

チャップマン

「ああ。しかし……」

 

 どの道、3人で倒せる相手ではないだろう。この状況で彼らがやるべきことは、ハーディアスの呪いをどうにかする。その一点になるだろう。

 

シャア

「奴は、術式の準備に手間をかけたと言っていたが……」

アムロ

「それを破壊すれば、呪いは止まると思うか?」

 

 チャップマンもそうだが、アムロもシャアも“呪い”などという現象の対処はしたことがない。それでも、ハーディアスの言葉の端々からヒントを類推することはできる。

 

アムロ

「……機動力の高いゼータで、ハーディアスを撹乱する。その間にシャアは、術式を解除してくれ」

シャア

「わかった。やってみよう」

 

 そう言って再びウェイブライダーに乗り込むと、アムロはまた発進する。悪霊戦闘獣の攻撃を避けながら、ウェイブライダーは敵陣を突っ切っていく。それを見送りシャアも、予備機のモビルスーツに乗り込んでいく。

 シャアの乗る赤いモビルスーツは、多国籍軍で持て余していた機体だ。武装は強力だが、扱えるパイロットがいなかったという。百式が使っていたドダイ改を履き、赤いモビルスーツはそのモノアイを光らせる。

 

シャア

「シャア・アズナブル、出るぞ!」

 

 そして発進したシャアを見送り、残るはチャップマン1人。

 

チャップマン

「さて……。昔取った杵柄というものを、若僧共に見せてやろう!」

 

 ジョンブルガンダムに乗り込んだチャップマンは、エンペラーの上に立つ。そして大型のビームライフルを構え、エンペラーの周囲を取り囲む戦闘獣ズカール。その眉間に一撃。

 一瞬の間に頭部を撃ち抜かれた戦闘獣は、力なく落ちていく。さらに別の戦闘獣目掛けて、チャップマンは狙撃。ゴッドガンダムの背後を取っていた戦闘獣はその一撃を急所に受けて瞬く間に爆散していく。

 

ドモン

「チャップマン……!」

チャップマン

「まだ動けるか若僧。俺が援護する」

 

 かつて、ドモンのシャイニングガンダムを苦しめた強敵・ジョンブルガンダム。それが今、ドモンの後ろを、エンペラーを守るために戦っている。その強さを、ドモンは誰よりも知っていた。

 

ドモン

「チャップマン……恩に切るぜ!」

 

 渾身の力を振り絞り、目の前の戦闘獣をゴッドスラッシュで切り裂いたゴッドガンダムは、落下するグレートマジンガーとゼノ・アストラを追い降下していく。

 敵の攻撃を必死で振り切ったナナジンも、ゴッドガンダムに続いていく。それを追おうとする怪鳥将軍バーダラーを、ヴェルビンとダンバインが必死に抑えていた。

 

バーダラー

「ええい、小賢しい羽虫どもめ!」

ショウ

「くっ……オーラ力が上がらない!」

チャム

「ショウ、押されてるわよ!?」

 

 バーダラーの翼が、ヴェルビンを薙ぎ払う。しかし、その隙を突くようにマーベルのダンバインがワイヤークローでバーダラーを抑える。

 

マーベル

「ショウ……っ!?」

 

 しかし、ショウもマーベルも呪いの影響か満足にマシンの性能を引き出せないでいた。今できるのは、時間を稼ぐことくらい。

 

ショウ

「頼むぞ、エイサップ!」

エイサップ

「はい……!」

 

 ゴッドガンダムに合流したナナジン。それぞれにグレートマジンガーとゼノ・アストラを追い加速していく。

 超合金で作られた機体は無事でも、この高度で落下すればかかるGでパイロットは無事では済まない。なんとしてでも、助けなければ。

 

ドモン

「頼むっ! 間に合ってくれ!」

エイサップ

「待ってろ!」

 

 加速に加速を重ね急降下する2機。呪いの影響をダイレクトに受け、意識を保つこともままならない鉄也と槇菜を助けるために急ぐ。

 そして、2機の魔神が大地に激突するその直前。ナナジンの腕はゼノ・アストラを、ゴッドガンダムはグレートマジンガーをそれぞれに掴んでいた。

 

…………

…………

…………

 

シャア

「ゲーマルク……。よくこんな機体が残っていたものだな」

 

 ゲーマルク。かつてハマーン・カーン率いるネオジオン軍で開発されたニュータイプ専用の重モビルスーツ。その巨体に、戦闘獣が迫る。しかし、敵意を敏感に感じ取るシャアの感性は戦闘獣の攻撃をその巨体に似合わぬ華麗な動きで交わし、腹部のメガ粒子砲を浴びせる。ビーム・ライフルなどとは比べ物にならない強力な粒子砲を内蔵するゲーマルクは、旧世代モビルスーツでありながら火力に関しては最先端のモビルスーツ……それこそF91をも凌駕する超高火力、高出力モビルスーツ。

 ゲーマルクで敵陣に穴を開けながら、シャアは再び地上へ降下していく。地上では、ゴッドマジンガーが単騎で機械獣の軍団と戦っていた。

 

ヤマト

「クッ、みんな……目を覚ましてくれ!」

 

 ゴッドマジンガーの加護を受けているのか、ヤマトは他の面々に比べて軽症のようだった。しかし、ゴッドマジンガーの動きはやはり、やや鈍い。シャアはゲーマルクの指の中に仕込まれている拡散メガ粒子砲を放ち、ゴッドマジンガーに群がる機械獣を次々と撃ち落としていく。

 

ヤマト

「た、助かった……!」

シャア

「ヤマト君、君は無事か?」

ヤマト

「ああ。だけど地上部隊のみんなは、旧に意識を失っちまったみたいで……」

シャア

「……なるほど」

 

 シャアは推測する。とすれば、呪いを増幅している仕組み。この場合術式とやらが付近にあるのかもしれないと。

 

シャア

「よし、ヤマト君。私と共に来てくれ」

ヤマト

「どうするんだ?」

シャア

「おそらく、近くに敵の呪いを増幅する依代があるはずだ。それを叩く」

 

 ドダイの補助を受けて進むゲーマルク。それに続くゴッドマジンガー。ゲーマルクの備える圧倒的な兵装の数々は、2機に迫る機械獣を次々と粉砕していく。普通のパイロットなら、こんなことはできない。生半可なパイロットでは、多種多様な武装を持つゲーマルクの性能を半分も発揮できず、機械獣に取り付かれて終わるだろう。ゲーマルクという機体は、それほどに多種多様な装備を持ち、その選択肢の多さで強みを押し付けるモビルスーツだ。有効打になる一撃を瞬時に選び、最大限の効果を発揮できるパイロットでなければ、まともに使いこなすこともできない。

 しかも、その機体制御にはサイコミュが使われている。サイコミュに適応し、瞬時に的確な判断で敵を追い詰めることのできるエースパイロット……つまり、シャア・アズナブルでなければ、こんな機体は使いこなせなかった。

 ドダイに乗るゲーマルクが先行し、ゴッドマジンガーが続く。進んでいくと、膝を折り屈むドラゴンガンダムと、ボルトガンダムを2人は発見した。

 

ヤマト

「おい、お前ら!」

シャア

「よせ、気を失っているだけだ。しかし……」

 

 シャアの五感を刺激する瘴気。やはり、この奥にハーディアスの呪いを増幅する何かがある。そう、シャアは直感した。

 

ヤマト

「しかし、なんて嫌な感じだ。マジンガーの加護がなかったら、俺も危ないところだったぜ」

シャア

(だが、私とアムロ。それにチャップマンはさほど感じてはいない。これは……)

 

 と、その時だった。シャアの踏み込んだ先……瓦礫の山になっている繁栄の暗部。その奥に、小さな洞窟があるのを発見する。洞窟に近寄れば近寄るほど、瘴気は濃くなっていく。

 

シャア

「…………ここだな」

ヤマト

「お前も感じたのか?」

 

 どうやら、ヤマトも同じように何かを感じたらしい。ゲーマルクのモノアイとゴッドマジンガーの目が合い、シャアとヤマトは頷き合う。

 

シャア

「…………よし、洞窟へ突入する!」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

——???——

 

鉄也

「う…………。ここは……?」

 

 鉄也の視界が戻った時、そこに広がっていたのは燃え盛る業火だった。業火の中、グレートマジンガーが燃えている。その熱さを感じ、鉄也は呻く。

 

???

「剣鉄也……お前は地獄に落ちたのだ」

鉄也

「何、地獄だと……?」

 

 業火はさらに燃え盛る。さらに髑髏の兵士達が現れ、グレートマジンガーを取り囲み骨の杭でグレートを叩きつけていた。

 

鉄也

「ふざけるな。地獄だと? 貴様ら悪党こそ地獄へ戻れ!」

 

 叫び、グレートマジンガー必殺のブレストバーンで髑髏の兵隊を焼き払う。しかし、どれだけ撃退しようと敵は現れ続け、グレートの胸に骨の杭を打ち続ける。

 

???

「剣鉄也……。お前が落ちたのは嫉妬の大罪。お前は人を妬み、呪い、その穴に落ちたのだ……」

鉄也

「ふざけるな……俺が一体、誰を妬んでいるというんだ!」

 

 必死に抵抗するが、炎は燃え上がるばかり。謎の声は、鉄也の抗議を一笑した。

 

???

「わからぬか? ふっふっふっ……ならば教えてやろう!」

 

 炎の中に、顔が浮かび上がる。鉄也が妬み、呪う相手の顔が。

 

鉄也

「な…………。バカな……」

 

 その顔は、兜甲児。共に戦う兄弟同然の存在。甲児を中心にまとまっていく仲間達の姿。そして……自らを戦闘のプロフェッショナルとして鍛え上げてくれた兜剣蔵博士。

 それらは全て、鉄也が全幅の信頼を置く者達だ。

 

???

「わからぬか鉄也。お前は、兜甲児を呪っている……父同然に慕う兜剣蔵の実の息子。お前は、甲児に剣蔵を奪われることを恐れている。そして、血の繋がる親兄弟を持つ者達を妬んでいるのだ!」

 

 アレックス・ゴレム大佐の息子であるエイサップ鈴木。彼は親と反目しているが、鉄也には反目できる親もいない。

 ライゾウ・カッシュ博士の息子であるドモン・カッシュ。彼は父を取り戻すために地獄の日々を味わった。だが鉄也がどれだけ地獄を見ても、両親と出会うことなどでできはしない。

 櫻庭槇菜。姉の櫻庭桔梗と大喧嘩している真っ最中だが、鉄也には喧嘩できる兄弟もいない。

 そして、弟も父もいる兜甲児。鉄也から見れば、甲児はあまりにも恵まれている。

 

鉄也

「俺は…………」

 

 敵の言葉に、鉄也は言い返す言葉を持てなかった。それは全て、内心どこかで思っていたことだからだ。

 

鉄也

(だから俺は……常に周囲に壁を作っていた。親兄弟のいる恵まれた奴らに負けたら、俺のこれまでが否定される。そんな気がしていた……)

 

 認めてしまえば、呆気ない。嫉妬の業火に焼かれながら、鉄也は目を閉じてしまう。

 

鉄也

(こんな思いを抱えたまま戦えば、俺は必ず過ちを犯す。ならばいっそ、この呪いに焼かれて死ぬべきかもしれない……)

 

 そうして目を閉じ、呪いの炎に焼かれていく鉄也。

 

???

「フハハハハ、そうだ剣鉄也。お前はその嫉妬の炎に焼かれて死ね!」

 

 鉄也の脳に響く声が大きくなる。しかし、その声をかき消すような叫び声が、鉄也を目覚めさせた。

 それは。

 その声は。

 

???

「ふざけんな、そんなことで地獄に落とされてたまるかよ!」

 

 兜甲児。剣鉄也が妬み、呪う。その中心にあるある存在だった。

 

 

…………

…………

…………

 

—洞窟内—

 

 鉄也が呪いに苦しんでいるその頃、シャアとヤマトの2人は洞窟内を進んでいた。薄暗い洞窟内を、ゲーマルクのモノアイが照らす。

 

シャア

「熱源反応があるな……」

ヤマト

「ああ、マジンガーもそれを感じてる」

 

 薄暗い洞窟。そこには瘴気が立ち込め、マシンの鎧なしには人が進むことも憚られる。やがてその奥に、仄かな灯りが灯っているのをシャアは見た。

 

シャア

「…………邪気か!」

 

 ゲーマルクの装備は、狭い洞窟内では危険なものが多い。メガ粒子砲などはもっての外。下手をすれば生き埋めになるだろう。ゲーマルクは、肘に格納されているビーム・サーベルを展開し、突入する。

 そこでシャアが見たのは、グレートマジンガーとマジンガーZ。それにゼノ・アストラを模った人形に杭を撃つ長い髪を持つ、この世の全てを憎む老婆のような形相の戦闘獣。

 戦闘獣サイコベアーはゲーマルクの存在に気付き、その髪からニードルを放つ。シャアはビームサーベルでニードルを斬り払うとバックパックに格納されている兵器に思念を送った。

 

シャア

「ファンネル、その邪気を撃て!」

 

 ファンネル。ニュータイプ特有のサイコ・コントロールで遠隔操作される特殊兵器。本来、地上ではそのコントロール範囲が大きく狭まるが、狭い洞窟内で戦うのならばそれは問題にならない。

 ゲーマルクから展開された二基のマザー・ファンネルがサイコベアーの周囲を飛び回り口を開ける。そして、マザー・ファンネルの中に格納されている小型のチルド・ファンネルが飛び回り、四方、八方と戦闘獣を取り囲む。そこから放たれるビームの多重攻撃。メガ粒子砲に比べれば一撃の攻撃力は低い。しかし、無数のビームガンが雨霰のように飛び回るその攻撃は、サイコベアーの身動きを封じることで、ビームの波状攻撃を有効に使っている。それが、ファンネルという兵器の特徴だった。

 ビームの雨を受けながら、サイコベアーは一瞬、竦む。しかし、髪の中に忍んでいた蛇の頭ような尾を展開すると、そこから放たれた火炎がファンネルを焼き払う。

 

シャア

「チィッ!?」

 

 舌打ちするシャア。それと入れ替わりに飛び出したのは、ヤマトとゴッドマジンガーだった。

 

ヤマト

「戦闘獣め、相変わらず卑怯な手を使いやがるぜ!」

 

 魔神は剣を抜き、戦闘獣へ飛びかかる。そして、一閃。

 

戦闘獣

「…………!?」

 

 サイコベアーの老婆のような目が、ヤマトを睨んだ。念力。呪眼。憎しみを込めた瞳が、ヤマトの五感を奪っていく。しかし、

 

ヤマト

「そんな手が、俺とマジンガーに通じるか!」

 

 ヤマトは、気力でマジンガーに指示を与えていた。ムー王国の守り神ゴッドマジンガーは、その力の依代たるヤマトの心を守っている。無論、完全ではない。ヤマトもまた、ハーディアスの呪いを受けているのだ。しかし、それでも気力を振り絞りゴッドマジンガーを操縦するのに支障はない。

 荒ぶる魔神が金色に輝き、その口を開いて咆哮する。魔神パワー。ゴッドマジンガーの力が、神通力が、ヤマトを襲う呪いを吹き飛ばしていく。そして、ついに魔神の剣は、戦闘獣の顔を真っ二つにした。

 

戦闘獣

「オ、ノ、レ。“光宿りしもの”めぇ…………!」

 

 呪いの言葉を吐き、戦闘獣サイコベアーは沈んでいく。サイコベアーが溶けて消えていくと同時。グレートマジンガーとマジンガーZ、ゼノ・アストラの人形もまた物言わぬ泥人形へと変わり果てていった。

 

 

…………

…………

…………

 

鉄也

「ウ……。俺は?」

 

 剣鉄也が目を覚ました時、最初に見たのはゴッドガンダムの姿だった。悪い夢を見ていたのを、鉄也ははっきりと覚えている。

 

ドモン

「気がついたか……!」

 

 ドモンを襲っていた倦怠感も、急速に晴れていくのをドモンは感じていた。それと同時、全機に通信が入る。

 

シャア

「こちらシャア・アズナブル。敵の呪いを増幅していた術式を破壊した。みんなはどうだ?」

鉄也

「あ、ああ。気分爽快だぜ」

 

 グレートは立ち上がり、スクランブルダッシュを展開する。そしてゴッドガンダムと共に、激戦の空へ駆け上がっていく。

 

鉄也

「……ドモン・カッシュ」

ドモン

「何だ?」

 

 その僅かな時間の中、鉄也はドモンに訊いた。

 

鉄也

「お前は、仲間を羨ましいと思ったことはあるか?」

ドモン

「そんなことか」

 

 ドモンは恥ずかしそうに笑って言う。そして、言葉を続けた。

 

ドモン

「母は死に、父は冷凍刑。そして兄と師匠を失った。俺はいつだって、不幸のどん底にいるような気分だったぜ。周りの人間全員が、幸せなボンボンに見えて仕方がなくなるんだ」

鉄也

「…………」

 

 それは、まさに今の鉄也と同じ。鉄也が羨ましく思っていたその人が、同じ苦しみを抱いている。その事実を鉄也は、無言で受け入れる。

 

ドモン

「だが、そんな俺を救い出してくれた仲間がいる。そして……そんな俺だから手に入れることができた、小さな幸せがある。俺が戦うのは、シャッフルの使命だけじゃない。そんな小さな幸せを、堂々と受け入れられる男になるためだ!」

 

 叫び、ゴッドガンダムの背中に日輪が射した。日輪の光を浴び、ゴッドガンダムは金色に輝き始める。

 神々しい。それを鉄也は、素直に受け入れていた。

 

 

 

エイサップ

「槇菜、気づいたか……!」

槇菜

「う……。エイサップ兄ぃ?」

 

 それと同じ頃、ゼノ・アストラの槇菜も目を覚ます。ナナジンのキャノピーを降ろし、エイサップは槇菜を見つめていた。

 

エイサップ

「大丈夫か?」

槇菜

「う、うん……」

 

 暗転した意識の中、槇菜もまた呪いに苛まれていた。ゼノ・アストラ。荒れ狂う旧神の巫女として、槇菜は悪夢の中で全てを滅ぼしていた。

 日常の象徴だった学校も。仲の良かったクラスメイトも。エイサップのバイトしていたカフェも。共に戦っていたはずの仲間達も。それに、大好きなはずの姉・桔梗も……。

 

槇菜

「こわい……」

 

 悪夢が。ではない。その悪夢を現実にしてしまう可能性がだ。事実、ゼノ・アストラは中学校の体育館を潰し、怒りに任せて槇菜は姉と戦った。

 旧神。そう呼ばれたゼノ・アストラもまた、神にも悪魔にもなれる力なのだ。いや、人の心と身体を守る鋼鉄のマシンは、平気で守るはずの人間から人間性を奪う。

 槇菜が今まで槇菜らしさを失わずにいられたのは、「この力で誰かを守れるのなら」そんな思いがゼノ・アストラを守護神にしていたからだ。だが、この力に驕れば人は瞬く間に悪魔になる。

 悪夢という形で現実を直視し、槇菜はそのことに思い至っていた。

 

エイサップ

「…………そうだよな。怖いよな」

 

 エイサップは、そんな槇菜の思いを感じ取ったかのように相槌を打つ。彼の履く“リーンの翼の沓”を一瞥し、それからナナジンを見やる。

 

エイサップ

「俺も怖い。オーラマシンは、人の生体エネルギーを力にすることができる。だけどそれは、怒りや憎しみ。そんな負の力までも原動力にしてしまうってことなんだ」

槇菜

「うん…………」

 

 理解できる。ゼノ・アストラもそうなのだから。エイサップは、意を結したように頷くと、槇菜の目を見て言葉を続ける。

 

エイサップ

「俺が、憎しみや怒りに飲み込まれないで今日まで戦えたのは別に、聖戦士だからとか、リーンの翼の力とか、そんな大それたもんじゃない。現にリーンの翼は、俺が出ろと念じてもまるで言うことを聞かないんだ」

槇菜

「エイサップ兄ぃ。それは……」

エイサップ

「俺は摩訶不思議なものに選ばれたから戦ってるんじゃない。例え何があってもエイサップ鈴木でいる。そのために、戦うんだ」

 

 そう言うと、エイサップは槇菜の下を離れナナジンへと戻っていく。ナナジンは、再びミケーネの大将軍との戦いへと翔び立った。槇菜は、そんなエイサップの背中を見送りながら彼の言葉を反芻していた。

 

槇菜

「どこにいても、エイサップ鈴木でいるために……」

 

 リュクス、エレボス。ショウやマーベルに、ジャコバ・アオン。それにリーンの翼とサコミズ王。エイサップの周囲には、気づけば様々なものが増えそして、エイサップにそれぞれの思いを託している。

 そんな中にあって、誰かのためではなく自分が自分でいるために戦う。それは、自らを戦うためだけのマシンにしてしまわないための、エイサップなりのゲッシュなのだ。そう、槇菜は気付いた。

 

槇菜

「もうっ……!」

 

 エイサップ鈴木という青年は、やはり優しいのだ。その優しさで殺生が絡む戦いに身を投じているのだ。しかし、エイサップは。

 

槇菜

「どれだけ遠くに行っても、エイサップ兄ぃは私の大好きなエイサップ兄ぃのままでいてくれるんだ……」

 

 彼がリュクスに想いを寄せていることなど、それに比べればどれほどの些事だろう。そして、自分の前で背中を見せて戦ってくれる優しい青年を見れば、自分にだってという気持ちが沸く。

 

槇菜

「ゼノ・アストラ。私はあなたの巫女なんかじゃ……あなたの意志に支配される存在じゃない」

 

 櫻庭槇菜は。

 

槇菜

「私は、あなたの相棒。相棒なら相棒らしく……一緒に戦おう!」

 

 ゼノ・アストラに刻まれる邪悪なる敵と。

 櫻庭槇菜の愛する世界を脅かす脅威と。

 ゼノ・アストラの瞳に、再び光が宿る。そして、虹色の翼を広げ、旧神は飛翔した。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

ハーディアス

「何と……何ということだ!?」

 

 悪霊将軍ハーディアスは、自らの編んだ術を破られた事を悟り驚愕していた。呪いが解け、士気を取り戻したスーパーロボット軍団は圧巻の強さで戦闘獣軍団を蹴散らしていく。

 

「行くぜみんな! 断空砲フォーメーションだ!」

 

 「OK忍!」沙羅、雅人、亮の声が重なると同時、ダンクーガの背中に背負う巨大な砲門と、腰から展開された二門。そして胸のパルスレーザーの全てが開かれ、超高出力の一撃が鳥獣型戦闘獣の軍勢を焼き払っていく。

 

ドモン

「超級! 覇王! 電影弾!?」

 

 金色に輝いたゴッドガンダムは、自らを巨大な竜巻に変えて突っ込んでいった。その勢いは悪霊型戦闘獣の集団を薙ぎ払い、一掃していく。そして、撃ち漏らした敵を次々と撃ち落としていくものがいた。

 

チャップマン

「どうやら、うまく行ったようだな」

 

 チャップマンのジョンブルガンダムだ。ジョンブルガンダムの性格無比な狙撃は、確実に戦闘獣の頭脳を撃ち抜いていく。

 

アムロ

「ああ。奴が“やる”と言ったなら必ずやってくれる。信じていたぞ、シャア」

 

 怪鳥将軍バーダラーの攻撃を避けながら、Zガンダムはグレネードランチャーをばら撒く。グレネードを受けたバーダラーは、その煙幕で一瞬視界を失う。

 

バーダラー

「おのれ、小賢しい!?」

 

 羽撃きで煙幕を振り払った時、バーダラーの目の前に飛び込んできたのは真紅の赤鬼だった。

 

竜馬

「随分とナメたことしてくれたな。こいつはお返しだ!」

 

 ゲッター1の腹部に、エネルギーが収束する。そして、一気に放射。

 

竜馬

「ゲッタァァァァッッビィィィィィッム!」

 

 ゲッタービーム。超高熱の光をモロに浴び、バーダラーの鎧が溶け爛れていく。

 

バーダラー

「クッ!? こんなはずでは……」

 

 ビームを振り払い逃げた先……そこに、待っていたのは、人の生体エネルギーを吸い強くなる異世界のマシンだった。

 

ショウ

「マーベル、合わせろ!」

マーベル

「よくってよ、ショウ!」

 

 深緑のオーラバトラー・ヴェルビンと、藤色のオーラバトラー・ダンバイン。オーラ力を増幅させ、握る剣にオーラを込める。2機のスピードは、ミケーネ最速を誇るバーダラーに追随し、そして追い越した。

 

バーダラー

「ば、バカなッ!?」

チャム

「いっけぇぇぇぇぇっ! ハイパーオーラ斬りだぁっ!?」

 

 ヴェルビンのオーラソードに蓄えられたオーラ力が放出される。それにより実体以上の質量を凝縮されたオーラソードが、怪鳥将軍バーダラーを貫いた。そして、

 

マーベル

「これで、トドメ!」

 

 ヴェルビンが串刺したその直後、ダンバインがさらにオーラ斬り。ショウとマーベル。2人のオーラ力が重なり合い、凄まじいオーラの奔流がバーダラーを襲う。その一撃は、確実にバーダラーの心の臓を貫いていた。

 

バーダラー

「おのれ……人間どもめ。我らミケーネに、この大空をぉォッ!?」

 

 断末魔の悲鳴と同時、剣を振り抜くヴェルビン。爆炎に包まれるバーダラーを、ショウは憐れむように見つめていた。

 

ショウ

「この空は、奪い合うものじゃないんだ。奪い合い、殺し合うことで全てを手に入れようとする……俺は、お前達のその邪念を断つ!」

 

 

 

ハーディアス

「バーダラー……!?」

 

 おのれ。そう呟いた瞬間、ハーディアス目掛けて飛び込んできたのはロケットパンチだ。ハーディアスはそれを躱し、憎きマジンガーZを見やる。

 

甲児

「よくもやってくれたな、悪霊将軍ハーディアス!」

 

 光子力ビームを放ちながら、紅の翼を広げマジンガーZは飛ぶ。ロケットパンチが戻ってくる僅かな時間を生かし、ドリルミサイルの斉射。ハーディアスは盾でそれを防ぎ、マジンガーZ目掛けて鎌を投げた。しかし、その鎖鎌は届かない。

 

鉄也

「グレートブーメラン!」

 

 偉大な勇者・グレートマジンガーのグレートブーメランが、鎖を断ち切ったのだ。ハーディアスは鎌を拾うために動くが、その動きを見切ったかのようにネーブルミサイルが飛び、命中する。ミサイルが爆ぜ、ハーディアスの身体に大きなダメージを与えた。

 

ハーディアス

「兜甲児、剣鉄也……!」

 

 それでも鎌を拾い上げ、ハーディアスは怨敵を睨む。

 

甲児

「鉄也君……!」

鉄也

「話は後だ甲児君! 今はこいつに、引導を渡す時だぜ!」

 

 マジンガーブレードを構え、グレートが飛ぶ。マジンガーZもそれに続き、ハーディアスを2対1で追い込んでいく。

 

鉄也

「ブレストバーン!」

甲児

「ブレストファイヤー!」

 

 2体のマジンガーは、胸の放熱板から超高熱を発射した。それを受け、ハーディアスは怒りと憎しみに窪んだ眼窩で魔神を睨め付ける。

 

ハーディアス

「どういうことだ、お前達は互いに憎み合っている。私の呪いでそれを自覚したはずだ!」

鉄也

「……黙れっ!」

 

 ハーディアスの言葉を遮り、グレートマジンガーはブレストバーンの出力を上げる。マジンガーZの甲児も、ハーディアスには完全に頭に来ていた。

 

甲児

「確かにな、鉄也君は俺とシローがおじいちゃんと暮らしていたその頃に、お父さんと暮らしていたんだ。それが羨ましいと思ったさ!」

鉄也

「甲児くん……」

甲児

「だけどな、お父さんはお前達ミケーネと戦うために、家族の幸せを捨てたんだ! 俺は、そんなお父さんの力にもなれず、お父さんを殴るしかできなかった!」

 

 自分に、シローに寂しい思いをさせた父。甲児だって、その父が生きていたからと言って心の整理ができていたわけではない。あの時、だから一発だけ殴る。それしか自分と父の関係を清算する手段を思いつかなかった。そんな不器用な自分が歯痒い。甲児の中で渦巻いていた思いはやがて、その間ずっと剣蔵と共に過ごしていた鉄也への羨望に変わっていた。

 

甲児

「俺も、鉄也君も、みんながみんな苦しんでたんだ! それをてめえ、弄びやがって!?」

 

 貴様だけは絶対に許さない。甲児の怒りに応えるように、マジンガーZはスペック以上の力を発揮し、ハーディアスを追い詰めていく。

 

ハーディアス

「調子に、乗るなぁぁっ!?」

 

 ハーディアスは、ブレストファイヤーとブレストバーンの波状攻撃から消えるようにして脱出すると、マジンガーZの背後に回り込んだ。

 

甲児

「何っ!?」

ハーディアス

「俺は悪霊将軍ハーディアス! 悪霊の実体は、掴めねえんだよぉっ!?」

 

 鎌を大きく掲げ、マジンガーZへ振り下ろすハーディアス。しかし、その右腕に突如として突き刺さる破邪の爪。

 

槇菜

「だったら……これならどう!?」

 

 ゼノ・アストラ。旧神の爪がワイヤーで伸び、ハーディアスの腕に突き刺さっていたのだ。痛みに呻くハーディアス。

 

ハーディアス

「旧神の印が刻印された爪、だとぉ……」

槇菜

「そんなの、知らない。私は……あなたを絶対に赦さない。だから!」

 

 ゼノ・アストラの虹色の羽根が羽撃き、舞い落ちた羽根は悪霊将軍ハーディアス目掛けて飛ぶ。一枚一枚が、邪悪なものを滅する熱を伴う羽根。その羽根を受けて、ハーディアスは絶叫した。そして、

 

エイサップ

「今だっ!」

 

 飛び込んだのは、燃え盛る剣を構えたオーラバトラー・ナナジン。ナナジンはその小さな体躯でハーディアスの周囲を飛び回る。小賢しい。そう言ってハーディアスは窪んだ眼窩からビームを放ち迎撃するが、ナナジンはそれを交わしていく。

 

エイサップ

「不意打ち騙し討ちで、心を踏み躙る輩が!」

 

 ナナジンのオーラフレイムソードが、ハーディアスの右目を潰した。

 

ハーディアス

「ギャァァァァァァァァッ!?」

 

 さしもの悪霊将軍も、目を潰されれば絶叫する。もはやハーディアスの命運は、尽きていた。

 

ハーディアス

「こうなったら兜甲児。貴様だけでも道連れにしてやるぅぅぅっ!?」

 

 鎖鎌にありったけの呪詛を込め、ハーディアスはその鎌でマジンガーZ目掛けて飛びかかった。ゼノ・アストラの刻印で実態を消す力を失い、もはやハーディアスの命は風前の灯。それでも、ドクターヘルの代から続く怨敵兜甲児だけでもと鎌を掲げたその一瞬。

 

鉄也

「マジンガーブレード!」

 

 偉大な勇者が、ハーディアスの胴体を一閃した。

 

ハーディアス

「カ、ハ…………」

 

 真っ二つになり、悪霊将軍ハーディアスは血を吐いた。そして、潰れた目で甲児、鉄也を睨みつける。それは、この世の全てを呪う邪悪な形相だった。しかし、甲児も鉄也も今更そんなものに怯みはしない。

 

鉄也

「悪霊将軍ハーディアス、礼を言うぜ」

 

 グレートの頭上に、暗雲が生まれる。そして、落ちてきた雷を避雷針が吸収し、そのエネルギーを指先に集めていく。

 

鉄也

「俺は、お前のおかげで自分自身の弱さに気づけた。俺は、まだまだ強くなれる!」

 

 そして放たれたサンダーブレーク。その雷は、今度こそハーディアスを焼き尽くしていく。悪霊将軍ハーディアス。ミケーネ七大将軍の一人。その最期を、鉄也達は見届けた。

 

ハーディアス

「お、のれ……。お許しください暗黒大将軍。そして、ミケーネに栄光あれ……」

 

 それが、悪霊将軍ハーディアス最期の言葉だった。それを聞き届け、甲児は「へっ」と吐き捨てる。

 

甲児

「この世に悪が栄えた試しはねえんだ。一昨日来やがれ!」

槇菜

「……うん。そうだよね」

 

 兜甲児もまた、どこまでも兜甲児だ。甲児の言葉で槇菜は、そう認識する。

 

鉄也

「甲児君。俺は……」

甲児

「いいんだ鉄也君」

 

 何かを言おうとした鉄也を、甲児は制した。

 

甲児

「俺達は兄弟だ。同じお父さんを持つ、血よりも深い鉄の兄弟。それでいいじゃねえか。な?」

 

 そう言って笑う甲児。その笑顔を見て鉄也も、フッと笑う。その笑いはいつものどこか斜に構えたような笑顔ではない。心の底から、すっきりとした笑みを鉄也は浮かべていた。

 

鉄也

「ああ、そうだな。急ごう甲児君、俺達のお父さんが危ない!」

甲児

「ああ!」

 

 ガシッ、と腕を組むグレートマジンガーとマジンガーZ。ミケーネ戦闘中軍団を屠り、部隊を回収したエンペラーは再び日本へ急ぐのだった。

 




次回予告
みなさんお待ちかね!
科学要塞研究所に迫る超人将軍ユリシーザー。それを迎え撃つのはビューナスAとボスボロットですが、彼らではユリシーザーに歯が立ちません!
急げ鉄也、甲児! 大事な人を救うために、今こそダブルマジンガーが協力し、ミケーネと戦う時なのです!

次回! 「死闘! 暗黒大将軍!(前編)」に、レディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話「死闘! 暗黒大将軍(前編)」

—科学要塞研究所—

 

 敵の出現を知らせるサイレンはけたたましく鳴り続けている。科学要塞研究所もまた、ミケーネ帝国の猛攻に晒されていた。

 

ローラ

「おじちゃん!」

 

 ローラ・サリバンは管制室で、葉月博士に抱きつくようにして不安がっている。そんなローラを慰めるように、愛犬ベッキーも寄り添っていた。所員達は慌ただしくコンピューターをいじり、葉月博士はそれに指示を出している。そうしながらも、不安がるローラを宥めるように、葉月博士はその左手でローラの手を握る。

 しかしその目は常にモニタの向こうにいる戦闘獣を睨み、思案していた。

 

葉月

「よりによって、藤原達のいないこの時を狙ってきたか……」

 

 おそらく、それもミケーネの作戦のうちなのだろう。と葉月博士は考える。ミケーネ帝国を中心とした人類の脅威を前に、マジンガーとダンクーガを中心とした人類最強の戦力を集結させる……その考えが、仇になった。

 

葉月

「兜博士、エンペラーは到着まであとどれくらいかかりますか?」

剣蔵

「エンペラーもどうやら、ミケーネの攻撃を受けているらしい。こうなれば、彼らが戻るまで我々だけで耐え切らねばなりますまい」

 

 そんな話をしているうちに、相模湾を越えて戦闘獣は科学要塞研究所へ迫っていた。右腕にハーケンを持つ、緑色の悪魔めいた戦闘獣。戦闘獣ガラリア。それにどことなくマジンガーに似ているがパイルダーのある部分に戦闘獣の顔を持つ戦闘獣グレシオス。彼らは、超人将軍ユリシーザー直々にこの科学要塞研究所へ放たれた刺客。

 

ジュン

「所長、私がビューナスで時間を稼ぎます!」

剣蔵

「ああ、頼むぞジュン!」

 

 頷き、管制室から駆け出していくジュン。その後ろ姿を、ローラは不安げに見守っていた。

 

ローラ

「おじちゃん、ジュンお姉ちゃん行っちゃうの?」

剣蔵

「あ、ああ。ジュンもまた、ミケーネと戦うための訓練は受けているからね。大丈夫だよ」

 

 不安そうに瞳を揺れさせるローラに、剣蔵は諭すように言う。実際のところ、ジュンの訓練での成果は鉄也には及ばないものの決して劣っている数値ではない。場合によってはグレートマジンガーの操縦を任されていたのは鉄也ではなく、ジュンだったかもしれないというくらいには、日々身体を鍛えているのだ。

 不安材料があるとすればジュンではなく、ビューナスAの方だ。ビューナスAはあくまで支援機として製造されたマシンであり、グレートマジンガーに比べれば装備も心許ない。

 

剣蔵

「光子砲、光子ミサイルの準備を急げ! ジュンとビューナスの援護をする!」

 

 所員に指示し、剣蔵は出撃するビューナスAのパイルダー……クイーンスターを見送ることしかできない。

 今はジュンの奮闘と、そして日本に向かっているはずの鉄也、甲児達が間に合うことを信じるしかできなかった。

 

 

ジュン

「クイーンスター、イン!」

 

 白いパイルダー……クイーンスターが研究所から発信する。それと同時、海中に隠されていた女性型のロボットがジュンを迎えるように迫り上がった。ビューナスA。どこかジュンに似た褐色肌を持つ女性型ロボットは、この時のためにジュンに用意されたマシンである。ジュンのクイーンスターがビューナスの頭部に収まると、海から上がった戦女神は研究所の滑走路を走る。そして、研究所から射出されたビューナススクランダーを装着し、戦闘準備完了。

 

ジュン

「行くわよ、ビューナス!」

 

 ビューナスAは空を舞い、迫り来る悪魔、地獄の使い目がけて飛んでいく。

 

ジュン

(私だって、訓練は受けてるもの。鉄也がいなくたって!)

 

 炎ジュン。彼女の闘志は沸き立つように燃えていた。やがて、ビューナスの視界が2体の戦闘獣を捉える。2対1。それだけでも既に、ビューナスには不利な状況だった。しかし、

 

ジュン

「来たわね、光子力ミサイル!」

 

 ビューナスの女性的に膨らんだ胸部から、2基のミサイルが放たれる。一回撃つたびに、ビューナスの胸部にすぐさま新たな乳房……ミサイルが装填され、それをジュンは間髪を入れずに斉射する。

 戦闘獣2体を相手にするとなれば、ビューナスでは手に余ることはジュンも理解していた。だからこそ、相手に反撃の隙を与えぬ連続波状攻撃。それが、ビューナスAの勝算だった。

 

ジュン

「ミサイル! ミサイル! ミサイル!」

 

 ミサイルの連続斉射で立ち込める爆炎。やった。そう、ジュンは思った。しかし次の瞬間、爆煙の中から飛び出してきたハーケンがビューナスを襲う。

 

ジュン

「ああっ!?」

 

 戦闘獣ガラリアが手に持っていたハーケンを、ブーメランのように投げつけたのだ。その攻撃を受け、ビューナスの装甲に大きな切り傷ができる。右腕を抑えるビューナス。そして、その瞬間に戦闘獣グレシオスが飛び出す。

 

ジュン

「そんなっ!?」

 

 戦闘獣は、まるで無傷。急激な無力感が、ジュンを襲った。グレシオスは、ビューナスに覆いかぶさるように掴みかかる。そしてグレシオスは、その拳をビューナスの腹部へ思い切り叩き付けた。

 

ジュン

「きゃぁぁぁっ!?」

 

 腹を殴られたのはあくまでビューナスだ。ジュンが痛みを受けたわけではない。しかし、その衝撃がクイーンスターを大きく揺らしジュンを襲う。

 

戦闘獣グレシオス

「フフフ、こんなものか!」

ジュン

「ウ……な、何……?」

 

 グレシオスは自らの腹部のハッチを解放する。そして、ビューナスの頭部を掴み、クイーンスターを引き抜こうとする。

 

ジュン

「なっ!?」

 

 必死に抵抗するビューナス。しかし、グレシオスの怪力にじわじわと押されていく。

 

戦闘獣グレシオス

「このグレシオスの腹の中は、拷問部屋になっているのだ。貴様を捕らえ、剣鉄也達への人質としてやる!」

ジュン

「そんなこと……!」

 

 させるものですか。そう言おうとしてしかし、明らかにビューナスがパワー負けしていることを自覚し口籠る。

 

ジュン

(ダメ……。こんなところで捕まったら、鉄也達の足を引っ張っちゃう。それだけは!)

 

 そのくらいなら、今ここで舌を噛んで死のう。そう、ジュンは覚悟を決める。だが、ただで死ぬ気はない。ジュンは、クイーンスターのスコープ越しに戦闘獣の頭部を確認する。そこに、戦闘獣の本体とでも言うべき“脳がある顔”があることを確認し、ジュンはニヤリと笑んだ。

 

ジュン

「光子力ビーム!」

戦闘獣グレシオス

「グァァァァァッッ!?」

 

 ビューナスの目から放たれた光は、戦闘獣グレシオスの頭部……その奥にある戦闘獣頭脳を持つ顔に見事に命中した。ここまで密接されているのだ。外す方が難しいぜ。と、鉄也なら言うだろう。そう思って、ジュンはフンと鼻で笑う。

 ビューナスを離し、思い切りのけぞるグレシオス。どうやら、トドメにはならなかったらしい。だが、十分だ。おかげで勝機ができたのだから。ジュンはビューナスにファイティングポーズを取らせると、ビューナスは駆ける。そして、回し蹴り。

 

ジュン

「よくもやってくれたわね! このお礼は、たっぷり100倍にして返してやるわ!」

 

 さらに続け様に拳骨。掌底。極め付けは脳天目掛けてチョップ。怒涛の格闘技の連続。今度こそやった。ジュンはグレシオスの戦闘獣頭脳を潰した手応えを感じ、ビューナスをジャンプさせる。

 

ジュン

「これでトドメよ、光子力ビーム!」

 

 そして放たれた光子の光。それを受けて、今度こそ戦闘獣グレシオスは完全に息絶えるのだった。

 

ジュン

「ハァ……ハッ……!」

 

 息を切らすジュン。しかし、まだ敵は残っている。ハーケンを構える戦闘獣の荒くれ者。戦闘獣ガラリアが、既にビューナスめがけて迫っていた。

 

ジュン

「間に、合わないっ!?」

 

 グレシオスを倒し、一瞬だけ安堵してしまった。そこに、隙があった。ジュンが敵に意識を向けたその時にはすでに、戦闘獣ガラリアはビューナスの回避が間に合わないところにまで迫っていたのだ。そして、次の瞬間……。

 

???

「待てぇぃ!?」

 

 突如として戦場に割り込んできた、丸くてずんくりした、不恰好なロボット……もといボロット。ボロットは巨石を持ち上げ、戦闘獣目掛けてぶん投げた。

 

戦闘獣ガラリア

「……何ッ!?」

 

 体積だけで言えば、戦闘獣よりもはるかに巨大な岩石が突如として目の前に現れ、戦闘獣ガラリアは咄嗟に身を引き岩石をやり過ごす。しかしその結果、ジュンが戦闘獣の射程から逃れる時間を作ることができた。

 

ボス

「ジャンジャジャーン! ジュンちゃぁ〜ん! このボスボロット様が助太刀するぜ!」

ジュン

「ボス!?」

 

 いつもなら足でまといのボスボロット。しかし、今はその加勢に心の底から感謝する。

 

ジュン

「ボス、鉄也と甲児君が戻ってくるまで、私達で研究所を守るのよ!」

ボス

「ガッテンだ! 行くわよヌケ、ムチャ!」

 

 ボスが合図すると、ボスボロットは両腕を大きく掲げるように上げる。そして右手をグルグル回しながら、戦闘獣目掛けて突っ込んでいった。

 

ボス

「うぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁっ! 必殺の、ボロットパンチだわさ!」

 

 叫び、殴りかかる。その瞬間。コツン、という音がした。

 

ムチャ

「あい?」

 

 ムチャが変な声を上げる。それは、ボロットが投げた巨石。そこから崩れ落ちた小さな小石に、ボロットの足がつまづいた音だった。

 

ボス

「あら?ありゃ?りゃりゃりゃりゃ????」

 

 小石につまづいた衝撃で、ボスボロットの足はポロリと取れる。そして、平衡感覚を失ったボスボロットは、片足立ちのまま勢いを殺せずに横転。そして丸い図体がゴロゴロとボールのように転がり始めてしまう。

 

ヌケ

「ボシュー、目が回りますよー!」

ムチャ

「おいどうにかしろよ!?」

ボス

「そ、そんなこといったって、あら、ららららららぁっ!?」

 

 転がるボスボロット。ボスボロットの転がる先にいたのはビューナスA。ビューナスも当然ボロットを避けようとするが、先ほどボロットの投げた巨石に阻まれそして……

 

ジュン

「ああっ!?」

 

 ボロットは案の定、ビューナスAに激突してしまった。

 

ジュン

「もう! 何してんのよ!?」

 

 これには堪らずジュンも叫ぶ。ボロットと追突し尻餅をつくビューナス。そして足を失ったスクラップ同然のボスボロット。ジュンが見上げれば、戦闘獣ガラリアはそのハーケンを高々と掲げ再びこちらに迫っていた。

 

ボス

「あわ、アワワワ!?」

ジュン

「もうっ、ボス早くどいて!?」

 

 迎撃しようにも、ボスボロットが邪魔でミサイルが使えない。ボロットも片足を失い機敏には動けない。万事休す。そんな言葉が、ジュンの脳裏を過る。覚悟を決めたその瞬間、戦闘獣に突如としてビームの雨が降り注いだ。

 

ナスターシャ

「主砲、一斉射撃だ。ビューナスとボロットを援護しろ!」

 

 現れたのは、モビルスーツを5機ほど積載できる大きさの海賊船ゴルビー2。指揮を務めるナスターシャの指示に、海賊の荒くれどもが「おう!」と応える。

 

ジュン

「ゴルビー2、来てくれたのね!?」

ナスターシャ

「ああ。アルゴ達が戻るまで、私たちも死ねないからな」

 

 ゴルビー2の主砲が、戦闘獣ガラリアを襲う。怯む戦闘獣。その隙にビューナスはボスボロットをどかし、再び立ち上がる。

 

ジュン

「よくもやってくれたわね! 光子力ミサイル!」

 

 再び、胸部からミサイルを放ち戦闘獣に打ち込んでいく。それが命中し、やり返すとばかりに戦闘獣ガラリアはビューナスへハーケンを投げつけた。

 

ジュン

「危ない!」

 

 咄嗟にボスボロットを持ち上げ、盾にするビューナス。

 

ボス

「どっひゃぁーっ!?」

 

 あまりの扱いに、ボロットの頭が飛び上がった。ハーケンはボロットの腹部に突き刺さるとそこにめり込み、ビューナスはそれを引き抜くとボロットを投げ捨てる。

 

ボス

「毎回扱いが雑なのよさ〜!」

ジュン

「ボス、このくらいの仕事はして頂戴よね。でも、おかげでいいものを手に入れたわ!」

 

 戦闘獣ガラリアが愛用するハーケンカッター。それが今、ビューナスの手にある。ビューナスはハーケンを構え、そして走り出した。

 

戦闘獣ガラリア

「ぬぅ!?」

ジュン

「散々ビューナスを痛めつけてくれたわね! ビューナスの、乙女の痛み……お前にも味合わせてやるわ!」

 

 ビューナスAはハーケンを乱暴に振るい、戦闘獣の顔目掛けて突き刺す。それは、ミケーネ人の頭脳を中枢に使用する戦闘獣にとって致命傷に当たる一撃だった。強烈な痛みに呻く戦闘獣。ビューナスはハーケンを引き抜くと、今度は顔目掛けて膝蹴りをぶちかます。ビューナスAの膝が顔面に減り込み、超合金性の皮膚が戦闘獣の強靭な皮膚を貫き頭脳を破壊する。たしかな手応えをジュンは感じていた。

 

ジュン

「光子力ビーム!」

 

 トドメとばかりに、光子力ビームを放つ。光子の光を浴びた戦闘獣は、たちまち爆散。そして、ビューナスAはまだ立っていた。

 

ジュン

「やったわ……! 鉄也の助けなしで、戦闘獣を2体も!」

 

 思わずガッツポーズを決めるジュン。夢のような勝利だがしかし、その直後科学要塞研究所から通信が入りジュンは意識を現実に引き戻す。

 

剣蔵

「ジュン、よくやった!」

ジュン

「所長。このくらい私とビューナスなら楽勝よ!」

 

 気丈に言ってウィンクしてみせるが、実際にはボスボロットやナスターシャに助けられなかったら死んでいた。それをジュンは理解している。しかし、だからこそ気丈に振る舞うのが炎ジュンという女だった。

 

剣蔵

「ジュン、ビューナスのダメージも大きい。ゴルビー2に予備パーツを積んであるから、そこで応急修理を……」

 

 そう話す剣蔵の言葉を遮ったのは、再び鳴り響く敵襲を示すサイレンの音だった。ビューナスの通信越しにそれを聞いたジュンも、咄嗟に確認する。

 

ジュン

「あ、あれは……!」

ナスターシャ

「なんということだ……!」

 

 科学要塞研究所へ迫る巨大な影。飛行要塞グール。かつて、ドクターヘルの腹心あしゅら男爵、ブロッケン伯爵が指揮していた巨大な要塞だった。そしてその艦首で指揮を取っているのは……。

 

ユリシーザー

「戦闘獣2体を撃破するとは……敵ながら褒めてやろう!」

 

 超人将軍ユリシーザー。ミケーネ七大将軍の一人であり、超人型戦闘獣軍団を率いる猛将だった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

剣蔵

「なんということだ……」

 

 超人将軍ユリシーザーの出現により、戦局は一変した。ビューナスAは倒れ、両手両脚をもがれたボスボロットは地に横たわる。そして、飛行要塞グールから次々と出撃する機械獣、戦闘獣の数々。ゴルビー2は機銃を機械獣へ向け放ち続けていた。

 

ナスターシャ

「クッ、数が多い! 弾幕を絶やすな!?」

恵雲

「任された、恵雲ビーム!」

瑞山

「瑞山レーザー!」

 

 ゴルビー2の機銃を運用する、ネオチャイナの坊主2人は自分の名前を叫びながら機銃を撃ちまくる。しかし、多勢に無勢であることには変わりない。

 

ナスターシャ

「クッ……。せめてビューナスとボロットを救出しなければ。だが……」

 

 ゴルビー2には、まともに動けるモビルスーツも残っていない。敵陣に突っ込むという手段もあるが、果たしてユリシーザーがそれを許すかどうか。いや、よしんばできたとしても最悪共倒れだ。

 ゴルビー2の攻撃をものともせず、機械獣軍団は進む。そしてその中央、超人将軍ユリシーザーは威風堂々と戦場を闊歩していた。

 

ユリシーザー

「ハッハッハッ! マジンガーのいない人類など所詮この程度か!」

 

 ユリシーザーは、七つの軍団を滑る将軍達の中でも猛将の異名を持つに相応しい男だ。その果敢な攻勢は、かつてミケーネ帝国の名を地上に轟かせドラゴニアや多くの国々を侵略、支配する足がかりとして貢献した。そして、そのユリシーザーが今、科学要塞研究所を……そして日本を我が物としようとしている。彼らミケーネの宿敵・マジンガーの本拠である日本に送り込まれたという事実が、ユリシーザーは暗黒大将軍からも高く評価される将軍であることを伺わせた。

 

ジュン

「このっ……! フィンガーミサイル!」

 

 倒れ伏しながらも、ビューナスは指に隠されているミサイルを発射しユリシーザーを牽制する。しかし、生半可な戦闘獣相手ならば十分に戦えるミサイル攻撃もユリシーザー相手では玩具同然。ユリシーザーは指ミサイルによる攻撃をまるで蚊にでも刺されたかのような風に受け流すと、ゴミでも見るかのような視線をビューナスへ注ぐ。

 

ジュン

「そんなっ!?」

ボス

「ジュン、逃げろ!?」

 

 ジュンの悲鳴。ボスの叫び。それを遮るように、ユリシーザーは自らの足を伸ばし、ビューナスを蹴り飛ばす。

 

ジュン

「ああっ!?」

ユリシーザー

「フン! 敗者に用はない。マジンガーが来るまで持ち堪えることもできぬ貴様らなど相手にする価値もないと思っていたが……歯向かうのならば容赦はせん!」

 

 ユリシーザーはナイフを構え、蹴り飛ばされたビューナスAへと少しずつ歩を進める。確実に、クイーンスター内部のジュンにトドメを刺すべく。

 

ジュン

「ここまで、なの……?」

 

 ジュンは必死に操縦桿を握るが、ビューナスは動かない。クイーンスターの脱出機能も、今の衝撃でいかれたらしい。死の一文字が脳裏を過り、ジュンは絶望する。

 

ナスターシャ

「クッ、主砲をユリシーザーに!」

宇宙海賊

「ダメです、機械獣が盾になってて届きません!?」

ボス

「あわわわわわ……ジュン〜〜ッ!?」

 

 ボスボロットは涙を流し、ゴロゴロと転がりジュンを救おうとした。しかし、ユリシーザーの配下にある戦闘獣がまるでボールのようにボロットを蹴り飛ばし、ボロットは明後日のように転がっていく。

 

ボス

「あら、あららららぁ〜〜!?」

 

 やがてユリシーザーはビューナスの眼前にまで迫り、高々とナイフを掲げ……振り下ろす。

 

ユリシーザー

「死ねっ!」

ジュン

「鉄也ァッ!?」

 

 ジュンが叫ぶ。その直後、突如として飛び出した剛腕。その拳が握る魔神の剣が、ユリシーザーの握るナイフを弾き飛ばした。

 

ユリシーザー

「これはっ!?」

ジュン

「鉄也ッ!?」

 

 間違いない。マジンガーブレードを握ったアトミックパンチ。鉄拳の降り注いだ方をユリシーザーは、ジュンは見る。その向こうには、真紅の翼を広げて迫り飛ぶ、偉大な勇者の姿があった。

 

ユリシーザー

「グレートマジンガー……。おのれ、バーダラーとハーディアスは失敗したか!」

鉄也

「そういうことだ、超人将軍ハーディアス」

 

 グレートマジンガー。ミケーネ帝国の野望を悉く潰えさせた怨敵の登場。応急修理を終えたグレートは、エンペラーから先行して科学要塞研究所へと駆けつけたのだ。しかしユリシーザーは醜くその口角を歪めると、満身創痍のビューナスを掴み持ち上げる。

 

ジュン

「あっ!?」

鉄也

「ジュン!?」

 

 人質。肉の盾。言葉にせずともわかる。ユリシーザーがグレートマジンガーを前にビューナスを盾のように翳すと、グレートは動きを止める。

 

ユリシーザー

「フン、わかっているようだな剣鉄也。貴様が歯向かうならば、この女を殺す!」

 

 改めて宣告するユリシーザー。アトミックパンチがグレートの手に戻り、剣を構える姿勢になりながらも鉄也は、動けないでいた。

 

ジュン

「鉄也、私に構わずユリシーザーを倒して!」

鉄也

「ジュン、しかし……!」

 

 ユリシーザーの腕は、ビューナスのコクピット……クイーンスターを掴んでいる。もし、鉄也が一瞬でも不穏な動きを見せればその瞬間にもジュンは殺される。それを理解しているからこそ、鉄也は動けない。

 

ユリシーザー

「フン、所詮は血の通った人間。それが貴様らの弱さだな剣鉄也……!」

 

 勝ち誇ったように言うユリシーザー。グレートマジンガーは……鉄也は苦々しげにマジンガーブレードをその手から落とす。それを見て、ユリシーザーは満足げに顔を歪めた。ユリシーザーは、戦闘獣部分の頭部を左手で持ち上げるとそれを投げ、グレートマジンガーの周囲に飛ばす。

 

ユリシーザー

「ハハハハハ! 覚悟を決めろ。地獄の業火に焼かれて死ぬがいい、鉄也!」

 

 ユリシーザーの兜から発される火炎が、グレートマジンガーを焼いていく。灼熱地獄に落とされる鉄也。鉄也は呻き声を上げながらも、ユリシーザーを睨め付ける。その目には、決して服従したわけではないという反抗の意志がしっかりと宿っていた。しかし、ジュンを人質に取られてしまった今、鉄也はその瞳を燻らせるしかない。

 

鉄也

「クソッ……! どうする……」

 

 どうにかして、ジュンを助けなければ反撃のしようもない。ユリシーザーの火炎に炙られながら、鉄也はその時を待ち続けていた。だが、その時は一向に訪れない。ユリシーザーは、暗黒大将軍からこの日本の征服を一任された猛将である。その動きには微塵の隙もなく、鉄也を警戒しつつビューナスを締め付けていた。グレートマジンガーの全力を以てすれば、この地獄の業火も破れないわけではない。だが、ジュンの命がかかっている。その重圧が、鉄也の判断を鈍らせる。

 そんな鉄也に呼びかけるのは、育ての親でもある兜剣蔵その人だった。

 

剣蔵

「鉄也、戦え! 戦うんだ!」

鉄也

「しかし、所長……」

 

 まだ躊躇いを見せる鉄也。それを制するように、剣蔵は続ける。

 

剣蔵

「いいか、奴らは君がジュンの代わりに死んだとしても、その後にジュンを殺す。奴らはそういう悪魔だ! ジュンのことは死んだと思って戦ってくれ!」

鉄也

「……!?」

 

 それは、非情な宣告だった。ジュンもまた、剣蔵に育てられた子供同然の存在。その犠牲を覚悟して戦えと剣蔵は言う。だが、そんな非情な言葉を肯定するのは、他ならないジュンだった。

 

ジュン

「そうよ鉄也、私に構わず、ユリシーザーを倒して!」

 

 鉄也の覚悟を促すように叫ぶ2人。そんな姿に、ユリシーザーの表情に焦りの色が見え始める。

 

ユリシーザー

「こいつら……余計なことを! ええい、戦闘獣グレートマンモス! 研究所を叩き潰せ!」

 

 ユリシーザーが叫ぶ。すると、グールから人型の上半身にマンモスの下半身を持つ歪な戦闘獣が姿を現し、研究所目掛けて飛び出していく。

 

ナスターシャ

「まだ、隠し球があったか!」

 

 しかし、ゴルビー2は既に機械獣の相手で精一杯。研究所の防衛に回れない。グレートマンモスは研究所の防衛ミサイルをものともせずに進み、額からミサイルを放つ。

 

鉄也

「あっ、所長!?」

 

 グレートマンモスのミサイル攻撃は、科学要塞研究所に命中し、爆煙が待った。グレートマジンガーの通信機は、所員達の悲鳴を漏らさずにキャッチし鉄也の耳に届ける。剣蔵だけでない。科学要塞研究所の所員たちは皆、鉄也にとっては家族同然の仲間なのだ。彼らはそれでも怯まずに防衛用の光子ミサイルを撃ち続け、戦闘獣を迎撃している。

 皆、命を賭けて戦っているのだ。鉄也やジュンのように、ロボットに乗り戦う戦士ではない。しかし、剣蔵や葉月、それに研究所の所員達は皆巨大な悪に立ち向かうため一丸となっている。ジュンもそうだ。

 

鉄也

「…………わかったぜ、所長」

 

 だからこそ、鉄也も覚悟が決まるというものだった。グレートマジンガーは頭部の排気口から竜巻を生み出し、ユリシーザーの放つ火炎を吹き飛ばす。そして、

 

鉄也

「すまんジュン、先に地獄で待っていろ!?」

 

 偉大な勇者・グレートマジンガーは大空を駆け、垂直に降下していく。目指すのは、大地に足を降ろしビューナスを締め付ける超人将軍ユリシーザー。鉄也は今、グレートの全速力でユリシーザーへと迫っていた。

 

ユリシーザー

「バ、バカな! 人質の命が惜しくはないのか!?」

 

 ユリシーザーに敗因があったとすれば、ここでそのような問答に出たことだろう。ユリシーザーは、驕っていた。人間は血の通った生き物。仲間、肉親、親兄弟。そのような情が剣を鈍らせ、鉄也は判断を誤ると。しかし、現実はどうだ。

 偉大な勇者・グレートマジンガーは仲間の死という可能性を受け入れて、猛進しているではないか。

 

ユリシーザー

「ええい構わん! 死んでもらうぞ炎ジュン!?」

 

 ビューナスを握る手に力を込めるユリシーザー。ビューナスの頭部が割れ、中のクイーンスターに手が届く。

 

ジュン

「鉄也……!?」

 

 ジュンは覚悟を決め、目を閉じた。そして次の瞬間、クイーンスターを握るユリシーザーの右手に猛烈な痛みが突き刺さる。

 

ユリシーザー

「何ッ!? ……こ、これはぁ!?」

 

 ユリシーザーが痛みを知覚し右手を見ると、手首から先がパックリと切断されていた。そして、ユリシーザーの手ごとクイーンスターを救出しているのは、8m程の小さなマシン。その機体は虫の羽根のような翼を広げ、大気中のオーラを吸い上げながら加速するオーラバトラー。

 

ショウ

「鉄也、人質は救出した!」

 

 ヴェルビンが、音に見まごう速さのオーラ斬りでユリシーザーとグレートの間を突き抜け、超人将軍の腕を斬り裂いたのだ。そしてオーラソードを一度放り投げ、クイーンスターを両手に抱え飛んでいる。

 

ジュン

「た、助かったの……?」

 

 目を開き、自分の無事を確認するとジュンは深く溜息を吐く。ショウはクイーンスターを安全な場所まで移動させると、研究所を襲う巨象目掛けて再び飛翔した。

 

ユリシーザー

「まさか……まさか!?」

鉄也

「そういうことだ、お前こそ覚悟を決めるのが少し遅かったな、超人将軍ユリシーザー!」

 

 動揺するユリシーザーに飛びかかり、グレートマジンガーの鉄拳がユリシーザーの顔面に炸裂。そしてそのまま至近距離からのアトミックパンチ。

 

ユリシーザー

「ぬぅぅ、おのれぇっ!?」

 

 弾き飛ばされながら、ユリシーザーは空に迫る巨大なゲットマシンへ怨嗟の言葉を吐いた。

 ゲッターエンペラー。ミケーネの仇敵たる魔神の巣となっている戦闘母艦へ。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 ゲッターエンペラーから、次々と機動兵器が出撃していく。その中に、ユウシロウ達第三実験中隊のTAの姿もあった。

 

ユウシロウ

「ミケーネ帝国……」

 

 思えば、ユウシロウの戦いのはじまりも、ミケーネの襲撃からだった。それまで実験や演習を中心としていたTA計画は、ユウシロウがTAで奴らと戦った時以来実戦へと変わっていったのだから。

 

安宅

「ユウシロウ、大丈夫?」

 

 フォーカス2の安宅大尉が、民間人であるユウシロウを気遣うように言う。しかし安宅も、北沢も高山も。戦闘獣との戦いには慣れていない。

 

ユウシロウ

「……大丈夫です」

 

 むしろ、ユウシロウの方が今は自然体であると言ってよかった。それを認識し、階級が一番高いフォーカス3の高山は北沢、安宅、ユウシロウに指示を出す。

 

高山

「よし、我々はTAの機動力を持って研究所付近のミケーネスを掃討し、主力となるスーパーロボットの手助けをすることだ」

北沢

「了解!」

 

 しかし特務自衛隊は元々、このような非常時を想定した自衛隊である。大きな動揺を見せるものもなく、スムーズに作戦は開始された。

 舗装された陸路は、TAにとってもっとも快適な進行ルートである。人工筋肉「マイル1」を使用するTAは、人間のように繊細な動きを可能とする一方、人間のように足場を選ぶという弱点があった。べギルスタンにおいて、砂塵がTAのトルクを奪ったのもそういったマシンの弱点であると言える。しかし、この場所ではそのような事態はまずない。

 フォーカス3の高山少佐とフォーカス4の北沢大尉を後衛に、フォーカス2の安宅大尉とフォーカス1のユウシロウを前衛にして、TA部隊は進む。目指す先は、科学要塞研究所。

 研究所を襲う巨象……戦闘獣グレートマンモスが、その存在に気付き視線を向ける。そして先ほどと同じように迎撃ミサイルを放つが、オーラバトラーよりもさらに一回り小さいTAは、オーラバトラーに負けない機敏な動きでそれを回避し進軍する。

 

北沢

「ヒュー。当たればタダじゃ済まねえな」

高山

「ああ。豪和大尉も注意しろ!」

ユウシロウ

「了解」

 

 グレートマンモスを無視して進むTA部隊。その先にあるのは、ミケーネ戦闘員……ミケーネス達が搭乗する爆弾戦車と、ミケーネスの歩兵部隊だった。

 

ユウシロウ

「……ファイア」

 

 低圧砲を発射し、爆弾戦車に浴びせていく。一機一機は機械獣や戦闘獣ほど強力ではないが、中の戦闘員を運搬する役割を兼ねた戦車部隊を研究所に近づけるのは危険だった。内部で白兵戦になれば、犠牲は避けられない。

 

ミケーネス

「なんだ、あの小型ロボットは!?」

「あんな小さいマシン、我々の敵ではない!」

 

 戦車部隊の注意がTA部隊に引きつけられる。しかし、それこそがTA部隊の狙いだった。

 ユウシロウの放った低圧砲が、爆弾戦車の動力炉に命中し、爆弾戦車はその名の通り大爆発を起こす。付近のミケーネスや機械獣を巻き込んでの爆発。これは、敵機動兵器を巻き込む自爆メカとしての性質を併せ持つ戦車部隊だ。

 だからこそ、射程の長い低圧砲で撃ち落としていく。まかりまちがっても研究所を巻き込むような爆発をさせるわけにはいかない。

 

ユウシロウ

「…………ロックオン!」

 

 再び低圧砲を発射し、爆弾戦車をまた一機撃破する。そんな中にあっても、ユウシロウの胸中にはべギルスタンで出会ったあの少女のことが深く突き刺さっていた。

 

ユウシロウ

(ミハル……。俺は、僕は、あの子を知っている?)

 

 そんなはずはない。ミハルのことなど知らない。しかし、彼女を見ていると胸の奥が切なく締め付けられそして、見たことのない景色が脳裏を過ぎる。

 今、ミハルはエンペラー内に充てがわれた部屋に待機させている。当然、監視はついている。しかし、ユウシロウは兄や速川中佐達にミハルを「現地で出会い、ミケロに追われていた少女」としか話していない。ミハルが敵TAのパイロットだと知っているのは、ユウシロウだけだ。

 

ユウシロウ

(ようやく手に入れた、俺の真実に辿り着くためのヒントかもしれないんだ……!)

 

 それは、今まで人形のように兄や父達の命令に従うばかりだったユウシロウにはじめて生まれた欲望だった。

 自分のことが知りたい。だからあの子がほしい。その感情が何なのか、ユウシロウは知らない。しかし、ミハルという存在は確かに、ユウシロウが手に入れた鍵なのだ。

 ユウシロウの心音が、ドクンと脈打つ。呼吸が荒くなり、“マイル1”が機敏になる。それに合わせて、僚機のTAも性能が上昇していく。

 北沢のTAが、低圧砲を命中させまた爆弾戦車を誘爆させていく。その様子を、エンペラー内部で清継と清春は興味深そうに観察していた。

 

清継

「機能相転移の兆候が見られるな……。どうやら、機能相転移によって照準性能も上がっているらしい」

清春

「急遽エンペラーに乗ることになったからね。一機15億もするヘリをべギルスタンに置いていったんだ。その分データは取らせてもらわないと」

北沢

「…………」

 

 清春の不謹慎な言動に、北沢や村井らが眉を顰める。しかし、それを注意する暇もない。彼らは彼らで、最前線で戦う仲間達に指示を出し、オペレートするという大事な任務があるのだ。

 

村井

「フォーカス3、フォーカス4。敵機械獣部隊がそちらに向かっています。気をつけてください!」

鏑木

「フォーカス1、フォーカス2。機械獣が接近しています。迎撃準備を!」

 

 村井、鏑木のオペレートは正確で、ユウシロウ達は敵の接近をすぐに確認する。ユウシロウと高山が安宅、北沢と背を預け合う形で機械獣の方へ向き、機械獣部隊へ低圧砲を放った。

 

高山

「フォーカス2とフォーカス4は、そのままミケーネスの殲滅を。俺とフォーカス1は機械獣の迎撃にあたる!」

ユウシロウ

「了解!」

 

 ユウシロウのTAは一歩踏み出し、機械獣部隊めがけてグレネード弾を放った。髑髏のような機械獣ガラダK7に命中し、その窪んだ眼窩でユウシロウを睨む。

 

ユウシロウ

「!?」

 

 髑髏。鬼面。鬼。骨嵬。不思議な連想ゲームがユウシロウに中で働いていく。ドクン、とユウシロウの心臓が高鳴った。

 ——呼び戻さないで。恐怖を。

 ミハルの言葉が、ユウシロウの脳裏を過ぎる。無意識にユウシロウは、ガラダ目掛けて飛び込んでいた。

 

高山

「豪和大尉!?」

北沢

「お、おいっ!?」

 

 基本的に、TAは歩兵の延長に存在する兵器だ。モビルスーツが主流となった現在における歩兵の役割。それを、機動兵器に搭乗しながら行うことのできる言わば、パワードスーツに近い。従来のパワードスーツとは一線を画す柔軟な機動性こそがTAの真髄であり、戦場における存在価値である。

 歩兵は、重戦車とは戦わない。戦うためにはそれ相応の準備が必要となる。機械獣を相手に白兵戦ができる歩兵など、存在しないのだ。

 しかし、ユウシロウのTA……壱七式雷電は機械獣を相手に白兵戦をやってのけている。ガラダK7が頭部から取り出した鎌は、直撃すればTAの全身をズタズタにするほどの火力を持っている。しかし、ユウシロウは脚部のアルムブラストを吹かすとTAをジャンプさせ、その射線を飛び越えていく。

 

ユウシロウ

「恐怖など……!」

 

 恐怖を飼い慣らし、我がものとする。鬼になど、喰われてたまるか。ユウシロウは、鬼のような姿の機械獣を相手にまるで演舞するように立ち回り、グレネード弾を浴びせていく。機械獣の頭脳を守る頭部の装甲を、至近距離のグレネード弾は弾き飛ばした。そして、

 

ユウシロウ

「俺は……!」

 

 膝蹴りを喰らわせ、機械獣頭脳を潰す。それは、TAというマシンの仕様から逸脱した戦い方だった。しかし、ユウシロウはそれをやってのけ……機械獣を一機、撃破した。

 

安宅

「ユウシロウ、無事!?」

ユウシロウ

「はい……。まだ、やれます」

 

 能を舞った後のような疲労感を覚えながら、ユウシロウは再び小隊に合流し、低圧砲を構える。

 

ユウシロウ

(恐怖の軍団ミケーネ……。俺は、負けるわけにはいかない!)

 

 ユウシロウは、まだ何も知らないのだから。自分自身という存在の答え……それを得るまで、ユウシロウの戦いは終わらないのだから。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 科学要塞研究所の間近で暴れる戦闘獣グレートマンモス。それを相手に立ち回る聖戦士ショウ・ザマは、全神経を集中させながら巨象と対峙していた。

 マンモスの鼻を大きく振り、ヴェルビンを薙ぎ払う戦闘獣。それを掻い潜りながら、ヴェルビンは戦闘獣へ近づいていくが、迎撃ミサイルを避けてヴェルビンは振り出しに戻されていく。

 

チャム

「もうっ! ショウちゃんとしてよ!?」

ショウ

「邪魔だよ!?」

 

 ショウの眼前を煩く飛び回るチャムを払い除け、ショウは戦闘獣の攻撃を避けて飛び回る。

 ヴェルビンが攻勢に転じ切れていないのは、科学要塞研究所を守りながらの戦いであるという点が大きく関与していた。グレートマンモスほどの巨大な質量を持つものが爆発を起こせば、研究所はひとたまりもない。しかし、最初の攻撃で研究所は潜水機能にダメージを受けていた。

 

ローラ

「おじちゃん、研究所を海に潜らせられないの?」

葉月

「ああ。今所員が必死に修理しているが、うまくいくかどうか……」

 

 研究所を巻き込むわけにはいかない。ヴェルビンが苦戦しているのは、その一点が大きかった。オーラソードで戦闘獣の攻撃を受け止めながら、ヴェルビンは飛び回る。

 

ショウ

「なんとか、戦闘獣を研究所から引き離したいが……」

 

 ショウが呟いたその瞬間、薔薇の花弁が飛び回り戦闘獣を包囲する。

 

ジョルジュ

「でしたら、その役割は私達に任せてください!」

 

 ガンダムローズだ。グレートとヴェルビン、TA小隊に続いて準備を終えた機体が次々とエンペラーから出撃していく。ガンダムローズに続いてマックスター、ドラゴン、ボルトガンダムも戦場に降り立っていく。

 ローゼスビットにまとわりつかれ、グレートマンモスはそれを弾き飛ばそうと鼻を伸ばし、振り落としていく。しかし、ローゼスビットは目眩し。

 

アルゴ

「ヌンッ!」

 

 既にグレートマンモスの足元にまで近づいているボルトガンダムを気づかせぬための。ボルトガンダムは戦闘獣の右足を掴むと、その怪力を発揮し持ち上げる。ガンダムの倍以上の大きさを誇る戦闘獣グレートマンモスが、宙に浮いた。

 

アルゴ

「ヌゥォォォォッ!?」

 

 そのまま背負い投げる。投げ飛ばされたグレートマンモスの、その先には既に燃え上がる拳を構えた、ガンダムマックスター!

 

チボデー

「バーニィング・パァンチッ!」

 

 炎を纏う、灼熱の右ストレート。続け様に黄金の左。一撃一撃が急所を的確に狙うボクサーパンチが、戦闘獣に叩き込まれる。だが、それすらも囮。

 

サイ・サイシー

「本命はこっちさ、フェイロンフラッグ!」

 

 ドラゴンガンダムだ。肩に装備される計12本の白棒が戦闘獣を取り囲み、そこからビームの旗が展開される。戦闘獣は、完全に足を封じられた。そこからさらに、ドラゴンガンダムの両腕に装備されるドラゴンクローから火炎が放射され、フェイロンフラッグの中を火炎地獄に変えていく。

 

サイ・サイシー

「宝華教典・十絶陣!」

 

 まさに象の中華鍋。灼熱地獄に炙られながら、戦闘獣はフェイロンフラッグを鼻で薙ぎ払っていく。だが、もう十分だった。チボデー、サイ・サイシー、ジョルジュ、アルゴの連携で戦闘獣グレートマンモスは既に研究所から大きく遠ざかっている。ここでなら、遠慮する必要はない。

 そのことに戦闘獣が気付いた時、既に眼前にヴェルビンが飛び込んでいた。迎撃のミサイルをオーラバリアで弾き飛ばしながら、ショウのオーラ力を吸い上げて、ヴェルビンはオーラ力を増幅させていく。増幅されたオーラ力が剣に宿っていく。オーラ力とは、即ち気の力。気とは此、生命の力。自らを戦闘獣という機械の身体に置き換えた者達には決して宿らぬオーラ力が、オーラマシンを通して発露する。

 

ショウ

「ミケーネ帝国! 世界の均衡を乱す者を、俺は断つ!」

 

 強大なオーラ力を宿す剣が、戦闘獣を斬り裂いていく。ヴェルビンの何倍もの巨大を斬り開きながら、聖戦士が戦雲を斬っていく。

 バイストン・ウェルの伝説に伝わる聖戦士。ドレイク・ルフトは地上人をそう持て囃し、ショウもそうして利用されてきた1人だった。

 だが、今のショウは違う。

 世が乱れた時、それを正す為に遣わされる聖戦士。ショウは、バイストン・ウェルから地上に遣わされた聖戦士となっていた。

 オーラ力を宿した剣が戦闘獣グレートマンモスの胴体に突き刺さり、深々と刺さっていく。そして、剣先からオーラ光が膨張し戦闘獣を飲み込んでいく。

 

戦闘獣

「……!?」

ショウ

「その機械の鎧を脱ぎ捨てて、ワーラーカーレンへ還れ!?」

 

 浄化。かつてシーラ・ラパーナが太平洋全体のオーラマシンに行ったそれを今、ショウはやってのけていた。戦闘獣。ミケーネ人の頭脳を守るために作られた機械の鎧。それを脱ぎ捨てたミケーネ人の魂は浄化され、そして生命に還っていく。

 ワーラーカーレン。地上とバイストン・ウェルを繋ぐ命の還る場所。ジャコバ・アオンの管理するその世界に、戦闘獣の魂が帰っていく。

 

ショウ

「……生まれ変わって、やり直すんだ」

 

 全ての命がそうであるように。輪廻の輪から外れ、機械の身体で永遠の命を得た者を解き放つ。この地上で、ショウは戦う理由を見つけていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ユリシーザー

「バカな、グレートマンモスがッ!?」

 

 ユリシーザーの戦力の中で、グレートマンモスは最強の戦力だった。それが倒された今、ユリシーザーは窮地に立たされた。

 

鉄也

「余所見をする暇はないぜ、グレートブーメラン!」

 

 放熱版を外し、ブーメランにして投げつけるグレート。ユリシーザーはナイフを構えそれを弾き、グレートマジンガーへ向き直る。

 

ユリシーザー

「おのれ、グレートマジンガー! こうなれば、グールの全火力をぶつけてやる!」

 

 ユリシーザーの合図とともに、飛行要塞グールが進路を科学要塞研究所へ向ける。特攻、その2文字が鉄也の脳裏を過った。

 

鉄也

「何だとっ!?」

ユリシーザー

「グールには、メガトン級の爆薬を積んでいる。貴様らの研究所もろとも、それを吹き飛ばしてやるのだ!」

 

 加速し、研究所へ迫る飛行要塞。空爆のための爆弾全てを本体もろとも突進させる。しかし、その突撃は届かない。

 強烈な光が、グールを飲み込んだのだ。光の中で、飛行要塞が消えていく。光の中に融けていくグール。それは、ゲッター線の光。

 ゲッターエンペラー。巨大なゲッター炉心そのものを動力源とするゲッター要塞。その口から放たれたエンペラービームは、かつてマジンガーZを苦しめた飛行要塞グールを一呑みで消滅させてしまう。

 

早乙女

「エンペラービーム再チャージ準備。その間、防衛システムフル稼働!」

ミチル

「防衛システム機動完了。エンペラー、戦闘空域を制圧するわ」

 

 巨大なゲットマシン・エンペラーは空の戦闘獣、機械獣を蹴散らしていく。要塞を失い混乱する敵は、その巨大なゲッターの存在にさらに狼狽する。

 

ユリシーザー

「ば、バカな……!」

 

 エンペラーの強さは、ミケーネの想定を遥かに超えていた。ユリシーザーの全戦力を持ってしても、及ばない。勝てない。ユリシーザーの脳がそれを理解してしまう。だが、それを理由に引くわけにはいかなかった。

 

ユリシーザー

「俺は、俺は超人将軍ユリシーザー! 暗黒大将軍から最も信頼されるミケーネ七大将軍が一人だ! ミケーネに、撤退はない!」

 

 ナイフを構え、突撃する猛将ユリシーザー。その狙いは一つ……グレートマジンガーの、剣鉄也!

 

鉄也

「来るかッ!?」

 

 マジンガーブレードを構え、グレートが迎え撃つ。激突する鋼と鋼。マジンガーブレードはユリシーザーの腹を貫き、ユリシーザーのナイフは、グレートの肩に突き刺さる。

 

ユリシーザー

「ゴフッ……! だ、だが……!?」

 

 ユリシーザーの頭突き。グレートマジンガーの頭部ブレーンコンドルが激しく揺れる。

 

鉄也

「クッ……!?」

ユリシーザー

「剣鉄也! 私はここで死ぬ……。だが、貴様も道連れだ!」

 

 グレートを膝蹴りし、突き飛ばす。ナイフを刺した肩から機械が飛び、火花が飛び散る。そしてもう一度、ナイフを高々と掲げユリシーザーは突撃する。今度こそ、グレートマジンガーにトドメを刺すために。

 

ユリシーザー

「これで終わりだ! 剣鉄也!?」

鉄也

「ユリシーザー……覚悟ッ!」

 

 グレートマジンガーへと飛び込んでいくユリシーザー。ナイフの斜角は間違いなく、そのまま突き進めばブレーンコンドルのコクピットを貫くことができた。しかし、ユリシーザーはその一瞬、飛び込んでしまったのだ。

 

鉄也

「そこだ! ネーブルミサイル!?」

 

 グレートの腹部から放たれるミサイル。ネーブルミサイルはユリシーザーの胴体……その中央にある本来の顔に命中し、破裂する。

 

ユリシーザー

「グァァァァァッッ!?」

 

 顔面でミサイルが爆発し、焼け爛れるユリシーザー。鉄也は間髪入れず、そこにアトミックパンチを叩き込む。そして、マジンガーの胸の放熱板が赤く輝いた。

 

鉄也

「ブレストバーン!?」

 

 ユリシーザーの全身を、高熱が包み込んでいく。万全の時ならともかく、顔を潰された今ブレストバーンの熱波はユリシーザーにとっては致死の一撃だった。

 全身を焼かれ、断末魔の悲鳴を上げるユリシーザー。死の淵にありながら潰れた顔面で、ユリシーザーは鉄也を睨んでいた。そして、

 

ユリシーザー

「み、見事なり……。勇者マジンガー……」

 

 その一言と共に、ユリシーザーは爆炎に包まれる。超人将軍ユリシーザー。その最期を鉄也は見つめていた。

 

鉄也

「超人将軍ユリシーザー……強敵だったぜ」

 

 ユリシーザーの敗北。それで雌雄は決した。そう、誰もが思った。だが、しかし。

 

アムロ

「…………何だ、このプレッシャーは?」

 

 戦場の気配は、むしろ緊張感を増している。強大なプレッシャーを感知し、アムロが呟く。それは、ニュータイプという超感覚だけが感じられるような生優しいものではない。

 

「将軍を倒したっていうのに……。震えが止まらねえ」

ドモン

「ああ……。この凄まじい闘気は、そこからか!?」

 

 ゴッドガンダムの指差す先。猛烈な悪意を持った何かが押し寄せてくる。一同の視線が、そこに集まっていく。

 

マーガレット

「…………何、この感じ」

 

 マーガレットの呟きと同時。ズシン、ズシン。そんな地響きと共に、その悪意の輪郭が姿を現していく。

 黒く、巨大な姿。そこに鬼のような2本の角。剣を構え、こちらを睨んでいる。

 

竜馬

「ッ!?」

 

 竜馬がトマホークを構える。その悪意……闘気の塊に。ドモンも、エイサップも、トビアも。その脅威を敏感に感じて構えていた。

 

甲児

「あいつが……!」

ヤマト

「ああ、間違いない……!」

 

 ヤマトは知っている。この強烈なプレッシャーの主を。ヤマトは、それと戦うために古代ムー王国へ呼び寄せられたのだから。

 

槇菜

「ゼノ・アストラ……?」

 

 ゼノ・アストラもまた、最大級の警戒を槇菜に知らせている。邪霊機や、ムゲ帝王の時と同じ。邪悪の根源ともいうべき存在。

 

 その名は。

 その名は!

 

暗黒大将軍

「我が七大将軍を3人も倒したことを、まずは褒めてやろう。だが、ここが貴様達の墓場と知るがいい!」

 

 暗黒大将軍。ミケーネ帝国地上侵攻軍の総司令。暗黒大将軍率いる軍団が、科学要塞研究所へ押し寄せていた。

 

……………………

第14話

「死闘! 暗黒大将軍!」

……………………




次回予告
みなさんお待ちかね!
圧倒的な力を有する暗黒大将軍を前に、スーパーロボット軍団は窮地に追い込まれてしまいます。さらに、邪霊機の少女ライラが、ミケーネへ加勢するのです!
グレートマジンガー、命を燃やす時がきたぞ!
次回、「死闘! 暗黒大将軍!(後編)」にレディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話「死闘! 暗黒大将軍(後編)」

—???—

 

闇の帝王

「フム…………」

 

 暗黒大将軍の号令により、ミケーネ七大将軍による地上主要都市同時攻撃は敢行された。既に多くの国、都市が戦闘獣の手に落ちたがしかし、人類の反撃は続いている。

 それは、闇の帝王の予測よりも遥かに苛烈なものだった。

 

闇の帝王

「まさか、人間どもがここまでやるとはな……」

 

 闇の帝王は、決して人間を侮っていたわけではない。現に2万年前も、人間との戦いに敗れたのだ。だからこそ、今度こそ勝利する。その日のためにミケーネ帝国は地底奥深くに潜伏し、時を待ち、力を蓄えたのだから。しかし、そうであっても人間達のこの苛烈な抵抗は、闇の帝王の予想を遥かに上回るものだったのだ。

 

闇の帝王

「……フン、リビングデッドを使役するのもわかる話よ」

 

 闇の帝王の形を作る、邪悪な炎がゆらりと揺れる。その炎に照らされるように、少女がいた。炎のような赤い髪に、死人のように白い肌の少女。ライラ。そう名乗っていた少女は、一才の感情を宿さぬ瞳で、闇の炎を見つめている。

 

闇の帝王

「……怖いか? この炎が」

 

 闇の帝王にとって、ライラは……正確には、その背後にいるものは、盟友と呼んでも差し支えない。遥か昔に袂を分かったジャコバ・アオンとは違う、闇の帝王と呼ばれ恐れられる、神が如き存在にとって数少ない友。この少女は、その使いだった。

 

ライラ

「怖くはないわ。もう、慣れたもの」

 

 無感動な瞳で、呟く少女。それも闇の帝王にとっては慣れたものだ。

 もう何百年も、少女は客人として闇の帝王の隣にいるのだから。

 

闇の帝王

「夜の娘よ。お前は屍人を蘇らせ、世界中に混乱を招いている。シャピロ・キーツ、ショット・ウェポン、ミケロ・チャリオット、それにザビーネ・シャル……」

 

 彼らはいずれも、近い過去にこの世界で起きた動乱で命を落とし、そして未練、怨念を地球の重力圏に残して逝った。ライラという少女の操る死霊術は、ワーラーカーレンへ還ることもできない魂を隷属させる術。

 闇の帝王と呼ばれる存在にとっては、児戯にもに等しい玩具だ。だが、それを使いライラはこの数百年、幾度となくこの世界に混乱を起こしそして……その度に阻止されてきた。

 歴史の裏で世を守る武侠・シャッフル同盟の活躍によって。

 だが、ものは使い用である。死者の魂を使い世界に混乱を齎すという少女の悪戯は、闇の帝王にヒントを与えてくれたのだから。

 

闇の帝王

「それだけの屍人を操って、お前は……いや、邪神は何を望んでいる?」

 

 邪神。その名前に一瞬、ライラは眉を顰めるように動かしたのを闇の帝王は見逃さなかった。無理もない、と思う。己の身体も心も支配している存在の名前を出されて、少しでも恐怖を抱かぬものなどいないだろう。

 

ライラ

「私は、別に地上がどうなろうと関係ない。ただ、忘れてほしくないだけ」

 

 しかしそう呟く夜の娘は、相変わらず無感動な瞳だった。だが、かわいいものだと闇の帝王は思う。

 屍人を操り、世界に混乱を齎す少女の動機として、“忘れてほしくないだけ”とはあまりにも人間的がすぎる。

 もはや血の巡りも止まり、人間をやめた少女でありながら、怨念だけでここまでやっているのだから、健気なものだ。

 

闇の帝王

「フン……まあいい。しかし、バーダラーとハーディアス。ユリシーザーまで失った。暗黒大将軍は、敵討のためマジンガーとの戦いに赴いた。お前はどう見る?」

ライラ

「暗黒大将軍は負けるわ。彼は人間を下等に見下し過ぎているもの」

 

 見下し。傲慢。それが戦場において圧倒的な力の差を覆される隙となることを、暗黒大将軍も知らないはずはない。だが、それでも暗黒大将軍も、ミケーネ七大将軍の者達も……人間の、命を持つ者の底意地を侮り過ぎている。そう、夜の娘は言う。それは、闇の帝王の見解とも一致していた。

 

闇の帝王

「そうか……。ならば、せめて暗黒大将軍の犠牲を無駄にせぬ必要があるか」

ライラ

「そうね。あなたが私の術を真似して作ったリビングデッド……。あれが役に立つかもしれないわね」

 

 そう言うと、夜の娘は踵を返す。その向こうには、髑髏のような顔を持つ赤いマシン……邪霊機が待っている。

 邪霊機。邪神の依代。生贄の少女を取り込むように触手の蔦が伸び、夜の娘を呑み込んでいく。邪霊機の中へ還っていく少女。邪霊機の窪んだ眼窩に、紅い目が宿る。巫女として、夜の娘が邪霊機の心臓へ還ったのだ。

 

ライラ

「デビルガンダムを回収しなきゃいけないから、いくわ。余裕があれば、殺したい相手もいるし」

闇の帝王

「デビルガンダム……。人間が自ら生み出した環境兵器か。全く、人間とは愚かなものだ」

ライラ

「そうね。だけど、デビルガンダムの三大理論は人間が科学だけで私達の側へ近づいた証明。少しくらいは褒めてあげましょ?」

 

 悪戯っぽく、夜の娘は笑った。それを魔神越しに闇の帝王は感じた。邪霊機アゲェィシャ・ヴルの傍らには、もう一体の邪霊機が傅いている。ニアグルースと呼ばれるもう一つの邪霊機。そこに囚われている死人形は、夜の娘の隣を騎士のように続く。その様子に、闇の帝王は憐れむような視線を夜の娘へ投げかけていた。

 

闇の帝王

「幾百年の孤独を癒す、人形遊びか……」

 

 それは、人間性を捨て去り邪神の巫女として命を差し出した少女に残された人間性の発露なのだろう。死んだ人間を使った人形遊びで、理想の王子様を演じてもらっているのかもしれない。しかし、所詮は死体。それも、自我を完全に破壊された魂の成れの果て。

 人間をやめて彼岸の側へ足を踏み入れた存在でも所詮、人間なのだろう。そう、闇の帝王は感慨に耽る。しかし、それも束の間だ。

 

闇の帝王

「暗黒大将軍が勝つのならそれもよし。しかし……」

 

 次の準備を、整えなければならない。

 クツクツと、闇の帝王は嗤う。闇の中、茫と炎は揺らめいていた……。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—科学要塞研究所付近/激戦区—

 

 

 暗黒大将軍。その黒き巨体の登場により、戦いは次のラウンドへと突入していた。近くにいるだけで、わかる。その闘気、その闘志、そして尋常ではないその強さ。

 

エイサップ

「これが、暗黒大将軍……!?」

ショウ

「すごい負のオーラ力だ……」

 

 戦闘獣軍団の攻撃を躱し、オーラの刃で斬り裂きながらもナナジン、ヴェルビンの両機に乗る聖戦士2人は、その気迫を感じていた。剣が怯えている。そんな、漫画か武侠小説の中くらいでしか見たことのないものを2人はこの時、確かにその実在を知ったのだ。

 

暗黒大将軍

「バーダラー、ハーディアス、そしてユリシーザー。勇敢なる七大将軍を三人も倒した。そのことは褒めてやろう。しかし、この暗黒大将軍がいる限り貴様ら人間に勝利はないのだ!」

 

 暗黒大将軍の背後に、巨大な顔を持つ要塞が現れる。万能要塞ミケロス。べギルスタンで、ドモン達の前に現れたミケーネの機動要塞。ミケロスの格納庫から2機のガンダムが現れる。一体は黒い体躯に、赤い目をした機体。もう一機は、腕と一体化した翼と猛禽のような脚部を持つ異形のガンダム。

 

ドモン

「貴様達もいるのか、ミケロ・チャリオット!?」

キンケドゥ

「ザビーネか!?」

 

 クロスボーン・ガンダムX2とガンダムヘブンズソード。ドモンやキンケドゥにとって、宿敵とも言える相手だった。

 

ザビーネ

「ククク、暗黒大将軍様……。助太刀に参りました」

暗黒大将軍

「……ザビーネ、おめおめと生きておったか」

 

 暗黒大将軍は、忌々しげにザビーネを睨む。元はと言えば、ザビーネが囮役を十分に全うすればバーダラーも、ハーディアスも、ユリシーザーも死ぬことはなかったのだ。即ち、このミケーネの窮地はザビーネに責任があると言っても過言ではない。そうでありながら、恥ずかしげもなく加勢に現れる。その性根が腹立たしい。

 

ザビーネ

「申し訳ありません。大将軍と闇の帝王が死ねと言うのならば、私はこの場で死にましょう。ですが、ですが……!」

 

 ザビーネの言葉と同時、ミケロスからさらに一機、マシンが投下された。巨大なガンダム顔の下半身を持つ、禍々しいガンダム。緑色のコードを触手のように伸ばし、悪魔のような形相で眼前のものを睨め付ける。

 デビルガンダム。ドモンの人生を変えた悪魔。デビルガンダムは今、横浜やべギルスタンに現れた時よりもさらに巨大に進化しているのが、誰にでも見てとれた。

 

ザビーネ

「更なる進化を遂げたこのデビルガンダムが、地球をミケーネ帝国のものへ変えるでしょう! 自己進化、自己増殖、自己再生の三大理論を備えるDG細胞と、そしてこの……ケドラの力によって!」

 

ヤマト

「ケドラッ!?」

 

 ゴッドマジンガーのヤマトは、その名前に驚愕の声を上げた。

 

甲児

「知ってるのか、ヤマト?」

ヤマト

「ケドラは、機械に取り付きそのコントロールを奪う寄生虫みたいな奴だ。厄介な奴が出てきたぜ……」

ドモン

「寄生虫……。デビルガンダムのコアに、それを選んだというわけか!」

 

 火野ヤマトは、2万年前の古代ムー王国に呼び寄せられ、ミケーネ帝国と戦った勇者だ。ヤマトとゴッドマジンガーの戦いの記憶の中に、ケドラの存在は強く刻まれている。

 ドラゴニア王国の恐竜兵器に寄生し、悪虐の限りを尽くしたケドラ。その存在を、許すわけにはいかない。

 

暗黒大将軍

「ケドラだとっ!? 貴様、ケドラに手を出したのか!」

 

 一方、ケドラという名前が出た瞬間、暗黒大将軍は血相を変えてザビーネを睨んでいた。しかしザビーネはそんな暗黒大将軍の表情に気づいているのかいないか、陶酔的に語り続ける。

 

ザビーネ

「は、は、は。ケドラ……。素晴らしい力だ。ミケーネの科学力。メカを喰らい成長し、ミケーネ以外の全ての文明を破壊する、ミケーネへの隷属意識のみを持つ奴隷!」

 

 ミケーネの奴隷。全てを破壊する戦闘頭脳。生体コアの代わりにそれを乗せられたデビルガンダムの両肩から、粒子砲が放たれる。ケドラに侵蝕されたデビルガンダムの火力は、横浜やべギルスタンに出現した時とはわけが違う。周囲の機械獣すら巻き込む火力で、研究所の周辺を瞬く間に焦土に変えていく。

 

マーベル

「っ!?」

 

 砲撃が、ダンバインを掠めた。オーラバリアの守りがなければ即死だったかもしれない。オーラバトラーのバリアすらも凌駕する出力の火砲を、デビルガンダムは無尽蔵に打ち続ける。

 

槇菜

「こ、こんなの耐えられない……!?」

 

 巨大な盾で仲間を守るゼノ・アストラ。その盾でデビルガンダムの火砲を防いでいるがそれでも、際限なく撃ち続けられれば限度というものがある。

 

マーガレット

「デビルガンダム……暴走しているように見えるけれど」

 

 ゼノ・アストラの後方、シグルドリーヴァのマーガレットはそう呟きながらデビルガンダムを見据え、ミサイルの照準を合わせていた。しかし、撃ち続けられる粒子砲はそのまま弾幕になっており、長距離からの攻撃をデビルガンダムへ寄せ付けない。シグルドリーヴァにとって、今のデビルガンダムは天敵だった。

 

ケドラ

「……破壊スル。破壊スル」

ザビーネ

「何……?」

 

 しかし、デビルガンダムのその挙動を最も不思議そうに見ていたのは、他ならないザビーネだった。デビルガンダムの攻撃は、間違いなく機械獣や何より……クロスボーンX2を狙っていた。ザビーネは咄嗟にそれを回避していたが、随伴していたバタラはデビルガンダムの攻撃で全滅。意味がわからない。

 

ミケロ

「ッおい! 今の攻撃、こっちを狙ってたぞ!?」

 

 上空のガンダムヘブンズソードも、その砲撃に晒されていた。

 

ザビーネ

「何故だ、何故私を狙うデビルガンダム!?」

暗黒大将軍

「馬鹿者が! ケドラはミケーネ以外の文明全てを滅ぼす殲滅兵器。ドクターヘルの手が加えられている機械獣や、外様のお前達にまで牙を剥く無差別兵器なのだぞ!?」

 

 ケドラ。それはミケーネ以外の文明全てを滅ぼすために投入される殲滅兵器なのだ。ミケーネ帝国が規模を拡大すればするほど、純粋なミケーネ製のものとミケーネに隷属した……傘下のものとが深く混じり合った今となっては使われることのない戦略兵器。その禁断の扉を、ザビーネは開けてしまったのだ。

 だが、丁度いい。暗黒大将軍は気持ちを切り替え、口角を吊り上げる。

 

暗黒大将軍

「ザビーネ、貴様達はケドラの攻撃から身を守りながら敵と戦うがいい!」

 

 万が一、ケドラの攻撃でザビーネが死ぬのならばそれはそれで都合がいい。その上でデビルガンダムの強さだけをミケーネのものにできる。

 

ザビーネ

「ハ、ハハッ!?」

 

 仰々しく傅いて見せるザビーネを蹴り飛ばし、暗黒大将軍は進む。敵は宿敵・マジンガー!

 

暗黒大将軍

「行くぞマジンガー! 今日こそお前たちの神話を終わらせてくれる!?」

 

 走り出す暗黒大将軍。立ちはだかるのは、偉大な勇者・グレートマジンガー。

 

鉄也

「来い、暗黒大将軍! 今日こそお前を、地獄に叩き返してやるぜ!?」

 

 グレートマジンガーは、マジンガーブレードを構え突撃する。宿敵・暗黒大将軍に向かって。

 

甲児

「鉄也君!?」

鉄也

「暗黒大将軍は、俺が引き受ける。みんなは先に、デビルガンダムをどうにかしてくれ!」

 

 ケドラに操られ、見境なく全てを破壊するデビルガンダム。今、暗黒大将軍以上の脅威としてその場に君臨していた。鉄也の判断は正しい、そう判断しドモン達はデビルガンダムへと向かっていく。

 

ドモン

「デビルガンダム……ここで、終わりにする!」

 

 風雲再起を駆り、デビルガンダムの弾幕を掻い潜り進むドモン。それに続いてスカルハート、ゲーマルク、それにゲッターロボとダンクーガらもデビルガンダムめかげて駆けていく。

 そして、グレートはついに暗黒大将軍と会敵していた。

 

暗黒大将軍

「行くぞ!」

鉄也

「おう!」

 

 互いの剣が火花を散らし、ぶつかり合う。暗黒大将軍との、最後の戦いが始まったのだ。

 

 

……………………

第15話

「死闘! 暗黒大将軍!(後編)」

……………………

 

 

ザビーネ

「ハハハハハ! 見るがいい、見るがいいキンケドゥ! このケドラと、デビルガンダムの力を!?」

 

 ぶつかり合う白と黒。キンケドゥの乗る流星のような出立ちのガンダムF91と、ザビーネの禍々しいクロスボーン・ガンダムX2。2体のガンダムはビーム・サーベルの火花を散らし合い、互いの隙を突くように斬り結んでいた。

 ケドラの支配下にあるデビルガンダムが、無差別に拡散粒子砲を撃ちまくる。そのビームの乱舞を避けながら、2体のガンダムはその隙間を縫いながらぶつかり合っている。それは、気力のぶつかり合いだ。

 だが、キンケドゥにもザビーネにも隙などない。真に一流のパイロット同士の決闘に、隙という言葉は生まれない。

 

キンケドゥ

「ザビーネ…………」

 

 今、キンケドゥの中に宿っていたのは憐れみだった。ミケーネの武将に傅くザビーネ。そこには、コスモ・バビロニア建国戦争において時に刃を交え、時に背を預け合った好敵手の面影はもはや無い。

 

ザビーネ

「ハハハハハ! ケドラが、この醜い地球を滅ぼしそして、ミケーネのための世界へ作り変える! なんと、なんと素晴らしい力じゃあないか!」

 

 その世界に、自分はいないということを忘れているかのように興奮しながら捲し立て、ザビーネはザンバスターを構えた。それを見てからでは、ビーム・シールドは間に合わない。キンケドゥはF91を加速させ、ビームを避ける。

 光の速さで飛ぶビームを避ける。それは通常のパイロットにはできない荒技だ。だからこそ、モビルスーツ戦の主役はビーム兵器であり、モビルスーツもビームの熱量に耐えるために重装甲化していったのだから。

 しかし、F91のバイオ・コンピュータはそんな動きを事前に察知し、キンケドゥのサイコミュ的な脳波に教えてくれる。それが、極限状態でハイになっている脳と合わさりキンケドゥに人間を超えた動きを可能とさせていた。

 

キンケドゥ

「ザビーネ!?」

 

 ザビーネには、聞き出さなければならないことがある。セシリーを何処へやったのか。おそらく、ミケロスにはいないだろう。もし連れてきているのならば、今のザビーネなら想像できないほど卑劣な手段に用いるだろう。そう、キンケドゥは確信している。

 だから、セシリーはここにはいない。ならば、ザビーネはセシリーを何処へやった?

 

ザビーネ

「フ、フ、フ、フ、フ……。キンケドゥ! ベラ様の事が気になっているのだろう?」

 

 そんな思いを見透かしたかのように、ザビーネはペラペラと捲し立てる。そうしながらも、ビーム・ザンバーの高出力をF91はビームシールドで受け止め、マシンキャノンでX2の装甲を削っていく。だが、削られた側からX2の装甲が再生していくのを、キンケドゥは確認した。

 

キンケドゥ

「DG細胞か……!」

 

 DG細胞。悪魔の力に自らを売り渡し、今ザビーネは超人となっている。通常のモビルスーツでは、まず太刀打ちできない。

 

ザビーネ

「ハハハハハ! キンケドゥ、今日こそお前の息の根を止め、ベラ様の心を取り戻す! さすれば、貴族主義社会は闇の帝王様とベラ様の下で……完全な形で統治されるのだ!」

キンケドゥ

「こ、の、っ!?」

 

 X2のバルカン砲とF91のバルカン砲が、眼前で火花を散らし合う。F91は、X2を蹴り飛ばし距離を離して、ビーム・バズーカを構えた。ザビーネが耐性を立て直す前に、それを発射。ヘルメットの遮光効果がなければ失明してしまいかねないほどの光が、キンケドゥの眼前で瞬いた。

 ビーム・バズーカは、従来のモビルスーツには存在しなかったF91の持つ強力な兵器のひとつだ。ビーム・ライフル以上の密度のビームを収束し、放つバズーカ砲。ヴェスバーと合わせ、F91の全身は強力なビーム兵器で固められている。これも、そのひとつだ。

 

キンケドゥ

(今のX2相手には、普通の武器じゃ相手にならない。とにかく、火力をぶつけてDG細胞の再生能力を上回るしかない!)

 

 ビーム・バズーカを撃ちまくるF91。その悉くが、X2へ命中していた。しかし、クロスボーン・ガンダムX2はそれに構わずF91へ迫っていく。DG細胞の再生能力をフル回転させながら、怪物的に口元を歪めながら迫るX2。そんな顔面にビーム・バズーカが直撃し、吹き飛んでいく。しかし、それでも止まらずにF91を追い詰めていく。その姿はもはや海賊でも、騎士でもない。

 ウィル・オー・ウィプス。そんな怪物の名前をキンケドゥは思い出していた。

 

ザビーネ

「ヒ、ヒ、ヒヒ、キンケドゥ……! 貴様は、貴様だけはぁっ!?」

 

 DG細胞が、吹き飛んだ頭部を再生させていく。咄嗟にビーム・バズーカを捨て、F91はビームサーベルを抜いた。

 

キンケドゥ

「うぉぁっ!?」

 

 デビルガンダム細胞の悍ましい力を目の当たりにしながらも、キンケドゥは恐怖を断ち切るように叫んだ。叫ばなければ、身が竦む。身が竦めば、死ぬ。死ねば、セシリーを助けられない。そんな連想ゲーム的な思考。だが、その極限状態はキンケドゥの感性をシャープにし、F91のバイオ・コンピュータはリミッターを解除する。F91の口元が、ガクンと開かれた。そして肩部の放熱フィンガ展開される。リミッターを解除したF91は、その異常な熱量を常時排熱し続ける必要がある。そのための、排熱モード。排熱はF91の装甲塗装を剥がれさせていき、質量を伴った残像として敵のモニタを誤解させる。

 現実には今、F91はX2の背後を取るように動き回っている。だが、ザビーネが見ているX2のメインカメラには、目の前にF91がいるように認識してしまっていた。その結果、クロスボーン・ガンダムX2のビーム・ザンバーは空を斬る。手応えがないことではじめて、ザビーネは“質量を持った残像”が展開されているという事実に気づいた。

 

ザビーネ

「化け物めぇっ!?」

 

 眼帯の裏で、DG細胞が蠢く。DG細胞は、ザビーネの闘争本能を刺激しデビルガンダムの走狗とする。その結果、そして、DG細胞により進化しているザビーネは、そんなF91の動きに追随していた。

 

キンケドゥ

「き、さ、ま……っ?」

ザビーネ

「ハハ、ヒャハハハハ!? キンケドゥ、今度こそ死ぬがいいキンケドゥ!?」

 

 ザンバスターを連射しながら、クロスボーン・ガンダムX2はリミッターを解除したF91に食らいついていた。前腰のフロントスカートから、シザー・アンカーが射出される。アンカーは、“質量を持った残像”を無視し実像のF91に突き刺さる。

 

キンケドゥ

「な、に……!?」

ザビーネ

「これでぇぇぇ、終わりだァァァァッッ!?」

 

 ザンバスターをビーム・シールドで防ぎ、ビーム・ライフルで応戦するF91。しかし、DG細胞で強化されたX2には、そんなもの効きもしない。シザー・アンカーを引っ張り、F91を引き寄せるザビーネ。そのままコクピットを串刺しにする。それがザビーネの勝利へのイメージだった。しかし、それが現実になることはない。F91が握るビームの短剣が、シザー・アンカーを切断したのだ。

 

ザビーネ

「な、に……?」

 

 それは、クロスボーン・ガンダムの装備。少数精鋭で作戦を遂行する関係上、暗器として装備していたヒート・ダガーだ。F91の装備ではない。ザビーネは混乱する。今、キンケドゥが乗っているのはF91なのだから。しかし、F91のすぐ後ろに「X」状のバーニアが見え、謎が氷解する。

 

キンケドゥ

「トビアか! ……ありがたい!」

トビア

「キンケドゥさん! その人を……楽にしてあげてください!」

 

 暴れ狂うデビルガンダムを相手に応戦しながら、スカルハートがヒート・ダガーを投げたのだ。F91はそれを受け取り、シザー・アンカーを切った。ただ、それだけのこと。

 しかし、それだけのことがキンケドゥと、ザビーネを別つ決定的な差だった。

 トビアから受け取ったヒート・ダガー。フル稼働するF91の排熱は、十分に短剣に熱を与えている。X2の視界ギリギリまで迫っているキンケドゥは、それをX2のコクピットへ突き刺す。普通の人間ならば、即死だろう。しかし、DG細胞による再生能力を得ているザビーネは、それでもまだ生きている。

 

ザビーネ

「キ、ン、ケ、ド、ゥ! キンケドゥ!?」

 

 潰れた喉で、怨念を吐き出すザビーネ。それを振り切って、F91はX2を蹴り飛ばす。そして、腰部と肩から4門の砲塔を展開。

 

キンケドゥ

「これで、ゲームオーバーだッ!?」

 

 ツイン・ヴェスバー。F91のエネルギー全てを消耗させる必殺ビームの多重奏攻撃が、X2を呑み込んだ。一つ一つが、超高出力のヴェスバー。それを4連斉射。至近距離からのヴェスバーは、クロスボーン・ガンダムX2を再生する次から焼き尽くしていく。

 

ザビーネ

「ハ、ハハハハハ!! キンケドゥ、これで……勝ったと思うなよキンケドゥ!?」

 

 ザビーネの、断末魔の叫びがキンケドゥの耳に障った。ビームの熱に焼かれながらしかし、ザビーネは叫び続ける。

 

ザビーネ

「ベラ様は! 闇の帝王の妃となる! 貴様は永遠に、ベラ様を取り戻すことはできないのだ! ハハハハハ! ハハハハハ!?」

キンケドゥ

「だ、ま、れ、ぇ、っ!?」

 

 キンケドゥの叫びに呼応するように、F91のツインアイが輝いた。それと同時に、ヴェスバーの出力が上がっていく。今度こそ、ザビーネに引導を渡すために。

 

ザビーネ

「ハハハハハ! ヒャハハハハハ!?」

 

 そして、爆発。クロスボーン・ガンダムの心臓とも言うべき核融合炉が、ヴェスバーの光で誘爆したのだ。DG細胞ごと焼き尽くす爆炎の中、尚もザビーネは笑い続けていた。

 爆発で生まれた火柱から退避し、やがてF91は最大稼働モードを解除する。リミッターを外し、そしてツイン・ヴェスバーの4連斉射を行なってF91は、静かに機能を休止状態へ移行しはじめていた。

 

キンケドゥ

「ザビーネ……!」

 

 ザビーネは倒した。だが、生死まではまだ確認できていない。DG細胞を得ているとはいえ、無事とは思えないがしかし、キンケドゥはまだ感じていた。ドス黒い、狂気のプレッシャーを。

 しかし、今はまずエネルギー切れを起こしているF91をどうにかしなくてはならない。キンケドゥは残り少ないエネルギーを節約するためF91を歩かせながら、ゴルビー2へと向かう。

 

キンケドゥ

「こちらキンケドゥ・ナウ。ガンダムの補給を頼む」

 

 ゴルビー2のドッグに収容されるF91。キンケドゥもコクピットから降り、スタッフから渡された栄養ドリンクのプルタブを開いて一気に飲み干す。炭酸の刺激と、カフェインの成分が疲労を誤魔化している。そんな感覚があった。

 

キンケドゥ

「ザビーネ……。お前は、何を求めていたんだ……?」

 

 ミケーネの支配する貴族主義社会。それは、本当にロナ家の提唱する正しい統治の形だと、ザビーネは胸を張って言えるのか? だとしたら、お前はどこで、間違えたんだ?

 そんなことを思いながら、補給を受けるF91に視線を移す。宿敵との決闘を終えたその姿は、どこか哀しみを背負っているようにキンケドゥには見えた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ドモン

「今日こそ、決着をつけるぞ。デビルガンダム!」

 

 嘶く愛馬の手綱を握り、ゴッドガンダムは空を駆ける。粒子砲の雨を掻い潜り、デビルガンダムへ迫っていく。それを阻もうと、巨大な翼がゴッドガンダムに立ち塞がった。

 

ミケロ

「今日こそてめえの息の根を止めてやるぜぇ、ドモン・カッシュァッ!?」

 

 ガンダムヘブンズソード。デビルガンダム四天王の一角。ヘブンズソードの猛禽のような脚が、ゴッドガンダムを襲う。

 

ドモン

「ミケロ・チャリオット! 貴様と遊んでいる暇はないッ!?」

 

 ゴッドガンダムへ迫る銀色の脚。ゴッドガンダムは風雲再起から飛び降り、ヘブンズソードを迎え撃つ。バックパックの日輪が輝き、ゴッドガンダムの右手に爆熱が宿っていく。

 

ドモン

「俺のこの手が真っ赤に燃える! お前を倒せと轟き叫ぶっ!?」

 

 爆熱ゴッドフィンガー。ゴッドガンダム必殺技。そのエネルギーを掌に集約し、ドモンは氣を込めていく。流派・東方不敗。その拳宿る者には、常に王者の風が吹き荒ぶ。

 全身の経絡を集中させ、天を破る侠の一撃。ドモンの気迫を込めた氣弾が、ガンダムヘブンズソード目掛けて飛んでいく。その氣弾は巨大な掌となり、ヘブンズソードを掴んだ。

 

ミケロ

「な、何ぃッ!?」

ドモン

「ミケロ・チャリオット! 悪党に明日を生きる資格はないッ!」

 

 巨大な掌に掴まれたヘブンズソードを巻き込んで、掌は爆発。ドモンの氣を込めた一撃。石破天驚ゴッドフィンガー。黄金に輝くゴッドガンダムは爆発するガンダムヘブンズソードを顧みもせず、風雲再起と共にデビルガンダムへ向かっていく。

 

ミケロ

「バ……バカな……。この、俺が……。また、コケにされたのか?」

 

 ドモン必殺の一撃を受け、落下していくヘブンズソード。そこに、低圧砲が撃ち込まれていく。

 

ユウシロウ

「…………ファイア」

 

 ユウシロウのTAだ。研究所の防衛ラインから機械獣や戦闘獣を狙撃するTA部隊。その射程に、ヘブンズソードは入り込んでいたのだ。

 

ミケロ

「アレは、鬼寄せの……? ク、クク……」

 

 ミケロは、それが何を意味しているのかはしらない。しかし、今ミケロの心臓を握っている女はユウシロウを脅威と認識していた。それ故に、べギルスタンで始末するはずだったのを、シャッフル同盟とゲッターに邪魔されたのを思い出す。

 思えば、何もかもアイツが悪いのだ。八つ当たりのようにミケロは、ありったけの敵意をユウシロウに向けた。幸い、まだヘブンズソードは生きている。あんなチャチな人形ひとつ倒すくらいわけはない。

 

ミケロ

「ヒ、ヒヒ……。ドモンは後回しだ! まずはてめえから八つ裂きにしてやらぁっ!?」

 

 目標をTAに定め、ガンダムヘブンズソードが飛んだ。飛び散る羽根が刃となり、TA部隊目掛けて迫っていく。

 

高山

「各機、散開!」

 

 高山中佐の合図とともに、4機のTAは散り散りになってそれを躱した。ヘブンズソードは、他の雑魚に構うまでもなく最初に自分へ低圧砲を当てたTA……ユウシロウを狙う。

 

安宅

「ユウシロウ!?」

高山

「豪和大尉!?」

 

 人工筋肉で走るTAよりも、DG細胞で強化されているヘブンズソードの飛翔は速い。その疾風が如きスピードは、瞬く間にユウシロウの眼前へ迫っていた。

 

ユウシロウ

「…………!?」

 

 咄嗟に脚部のアルムブラストを吹かし、ユウシロウのTAは飛んだ。本来ならば隔壁の破壊に使う機能であるアルムブラストの爆発。それが目眩しになりヘブンズソードは一瞬怯む。しかし、喰らい付いた獲物を離すほど、ミケロも甘くない。

 

ミケロ

「ッ!? てめぇ……!」

 

 逆にそれが、ミケロの逆鱗に触れたのだ。ハイパー銀色の脚が、TAへ伸びそして、掴む。

 

ユウシロウ

「…………!?」

ミケロ

「ヒャハハハハハ! てめえは、ここで死に晒せゃぁっ!?」

 

 

 

 死ぬ。そんな直感的、本能的恐怖が、ユウシロウの心臓をドクンと跳ね上がらせた。

 

ユウシロウ

(俺は、ここで死ぬ……? 怖いのか、死ぬのが?)

 

 否。怖いのは死ぬことではない。

 自分が何者なのか、その答えを見つけられぬまま終わること。

 このままでは、死ぬ。終わる。恐怖につかまれた心臓がひしゃげ、潰れてユウシロウは死ぬ。

 

ユウシロウ

「俺は……」

 

 TAのワイヤーアンカーが、ガンダムヘブンズソードを掴んだ。このままでは、終われない。

 

ミケロ

「な、何ぃッ!?」

ユウシロウ

「俺は…………!」

 

 恐怖とは何か。自分はどこからきて、どこへ行くのか。

 

——いざや。

——いざ往かん。

 

 遠くで、歌声が聞こえた気がする。その詩を口ずさむ少女を、ユウシロウは知っている。

 ミハル。彼女とユウシロウの間にある縁、絆、契り。それが己の内に潜む恐怖とどのように繋がっているのか。

 そして、この豪和ユウシロウという人間が何者なのか。

 その謎に、少しずつだが近づきつつある。だからこそ、いざ往かん。

 

 ユウシロウのTAはもう一度、アルムブラストを使用する。地震の脚部を巻き込みかねない至近距離での爆発。それを受けて、ガンダムヘブンズソードの鋼鉄とも思える装甲にヒビが入ったのを、ユウシロウは見逃さなかった。

 

ユウシロウ

「俺は……自分の意志で戦っている!」

 

 人形などではない。それが、ユウシロウがこの戦いの中で明確に得た自分自身の意志。

 TAのグレネード弾が、ヒビの入った装甲に何度も、何度も投げ込まれる。DG細胞の再生能力はしかし、それを上回る。だが、やめない。ユウシロウは、この強敵を前に戦い続けている。

 

ミケロ

「そんな攻撃ィッ! 無駄なんだよぉッ!?」

 

 ヘブンズソードは、TAを上空で離す。アンカーが刺さっているので、まだ落下はしない。だが上空で宙ぶらりんの状態になり、TAの重量を支え続けるアンカーはヘブンズソードの超スピードを受け続けている。

 

ユウシロウ

「ッ!?」

 

 命綱が切れれば、一貫の終わり。

 

ミケロ

「死ねよやぁッ!? ハイパー銀色の脚スペシャルゥッ!?」

 

 放たれる銀色の脚が、ユウシロウを襲う。絶体絶命の窮地、歩兵であるTAにこの攻撃を防ぐ手立てはない。

 

竜馬

「トマホゥゥゥゥク・ブゥゥゥゥメランッ!?」

 

 しかし次の瞬間、ブーメランのように飛んできた戦斧がヘブンズソードの脚を斬り落とす!

 

ミケロ

「な、何ぃッ!?」

 

 ゲッターロボ。チャップマンを正気に戻した天敵が、再びミケロの前に立ち塞がった。それと同時、アンカーが切れてユウシロウのTAは落下する。しかし、ゲッター1がそれを追い急降下。オープンゲットで先回りすると、巨大な腕がユウシロウを掴み、守っていた。

 

弁慶

「チェンジ! ゲッター3!?」

 

 ゲッター3の肩部から、ミサイル弾が放たれヘブンズソードに命中。ゲッター線のミサイルが爆発を起こす。

 

弁慶

「天魔、伏滅!」

 

 半端な鬼獣や、戦闘獣ならその一発で御陀仏だろうゲッターミサイルの連続斉射。それを浴びながら、ガンダムヘブンズソードは狂ったように飛び回る。さながら、狂気を孕んだ大鷲のように。

 

竜馬

「ヘッ、ユウシロウ……。てめえなかなか男じゃねえか」

ユウシロウ

「流、竜馬さん……?」

 

 そんなヘブンズソードを見据えながら竜馬が呟く。

 

隼人

「フッ、竜馬はお前さんが気に入ったらしい」

弁慶

「そういうことだ。残念だったな!」

竜馬

「おい弁慶、そりゃどういう意味だ! ……だが、ユウシロウ。お前が何かと戦っているのは、十分伝わった」

 

 そう言って、歯を立てて笑みを浮かべる竜馬。ユウシロウを降ろすと、ゲッターは再びゲッター1にチェンジしガンダムヘブンズソードへ飛びかかっていく。

 

竜馬

「いい根性してやがるぜ。お前が運命と闘うっていうなら、俺も力を貸してやる!」

 

 ゲッタートマホークを振りかぶり、ヘブンズソードを追い詰めていく。避けども避けども、竜馬の怒涛の攻勢は終わらない。

 

ミケロ

「ふざ、ふざけるなぁっ!? デビルガンダムの力を得たこの俺が、二度も負けるなんてあるわけがねえッ!?」

隼人

「フッ、そいつは二流の悪党の台詞だな」

竜馬

「ああ! デビルガンダムを受け入れて運命の奴隷になった時点で、てめえは所詮そこまでなんだよ!?」

 

 トマホークが、ガンダムヘブンズソードの頭をカチ割り潰した! そして!

 

竜馬

「ゲッタァァァァァッビィィィィィッムッ!」

 

 ゲッターロボの腹部から放出されるゲッター線の超高熱。それに飲み込まれヘブンズソードは爆ぜる。

 

ミケロ

「み……認めねえ! 俺は認めねえぞ!?」

竜馬

「見苦しい! とっとと地獄に落ちやがれ!?」

 

 断末魔を遮り、竜馬が行く。ゲッタービームの爆発に飲み込まれ、ガンダムヘブンズソードが堕ちていく。それを無視して竜馬の目指す先にいるのは……。

 

竜馬

「久しぶりに骨のありそうな相手だぜ。覚悟しろ、デビルガンダム!」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

ドモン

「超級! 覇王! 電影弾!?」

 

 自らを巨大な竜巻としたゴッドガンダム。戦闘獣の軍団を蹴散らして荒れ狂う悪魔目掛け、一目散に爆進していた。それに続くようにして、他のガンダム達も続く。

 

ケドラ

「破壊スル。破壊スル! コノ地ニミケーネ帝国ヲ築クノダ!」

 

 デビルガンダムの胸部。かつてキョウジ・カッシュが囚われていたそこに、巨大な脳のようなものが鎮座しているのをドモンは見た。

 

トビア

「あれは? 脳? まさか?」

 

 バイオ脳。かつて木星帝国のクラックス・ドゥガチ総統が、自らの影武者を用意するために作り出した人工培養の頭脳。それとケドラは酷似している。スカルハートはピーコック・スマッシャーを乱射しながら、デビルガンダムの周囲を飛び回っていた。

 粒子砲やガンダムヘッドを無尽蔵に飛ばしまくる今のデビルガンダムに接近するのは至難の業だ。今、スカルハートはガンダムヘッドの処理で手一杯。Zガンダムのアムロやゲーマルクのシャアも、その奇怪なガンダム顔の怪物の処理に追われている。

 

シャア

「私達がいない間に、ガンダムも随分と自由になったものだな!」

 

 ゲーマルクは、全身のビーム兵器を撃ちまくり敵を迎撃していた。

 

アムロ

「全く恐れ入る!」

 

 ファースト・ガンダムのパイロットだった青年アムロも、その禍々しい顔をしたガンダムヘッドには面食らう。Zガンダムのハイパー・メガランチャーでガンダムヘッドを撃ち落とすが、すぐに次のガンダムヘッドが地面から生えてきてデビルガンダムへ近寄らせない。だが、それでいい。

 

アムロ

「どの道、あの体積だ。俺達のモビルスーツじゃ決定打にはならないだろう」

シャア

「ああ。私達の仕事は、本命をデビルガンダムにぶつけるための引き付け役だ。行けッ、ファンネル!」

 

 ゲーマルクのバックパックから、マザー・ファンネルが展開される。地球上では、サイコミュの有効射程は宇宙空間に比べて制限される。だが、それでも振りかかる火の粉を振り払うくらいの仕事はしてくれる。

 特にゲーマルクのマザー・ファンネルは、その母体からさらに細かい子供……チルド・ファンネルを展開してより細かい波状攻撃をかけることができる。ガンダムヘッドを包囲し、各個に撃破するくらいのことはシャアならばわけはない。

 

アムロ

「シャア! そこォッ!?」

 

 ゲーマルクの背後に突如現れたガンダムヘッドを、Zガンダムはロング・ビームサーベルで斬り裂く。さらに、反撃の手を与えないグレネードランチャーの斉射で、新たなガンダムヘッドは瞬く間に撃破されていく。

 アムロとシャア。かつて剣を交えた2人が背中を預け合って戦う限り、そこに隙という言葉は存在しない。

 

チボデー

「流石は伝説のニュータイプって奴か……。俺達シャッフル同盟も、負けてらんねえぜ!」

ジョルジュ

「ええ、行きますよ!」

 

 ガンダムローズとドラゴンガンダムが、金色に輝く。胸にシャッフルの紋章が灯り、まず動いたのはガンダムローズだ。巨大な盾から展開されるローゼスビットが竜巻を作り、周囲の戦闘獣やガンダムヘッドを巻き込みながらデビルガンダム目掛けて迫っていく。

 

ジョルジュ

「ローゼス・ハリケーンッ!?」

 

 ローゼスハリケーン。ガンダムローズ最大奥義が、デビルガンダムを捉えた。デビルガンダムは粒子砲でそれを迎撃するが、デビルガンダムを相手にジョルジュも一切の出し惜しみをしない。落とされれば同じだけ、ローゼスビットを再展開し続ける。

 

ジョルジュ

「今です!」

チボデー

「おう!」

 

 デビルガンダムがローゼスハリケーンを迎撃しているその間、サーフボードに乗って懐に入り込むガンダムマックスター。輝きと共に放たれる拳は、一度に10発のストレート!

 

チボデー

「豪熱ゥッ! マシンガンパンチ!」

 

 豪熱マシンガンパンチ。チボデー・クロケットの豪速ストレートを一瞬の間に幾度も繰り出すガンダムマックスターの必殺技が炸裂したのです! デビルガンダムの巨体をものともしない豪速。チボデーのプライドを賭けた拳が、炸裂しました。そして、その果敢な一番槍は、暴れ狂うデビルガンダムに一瞬の隙を作ったのです!

 一度隙ができれば、どれほどの巨体であれそれは意味を持ちません。なぜなら、そうなぜならば!

 彼らは、シャッフル同盟なのだから!

 

サイ・サイシー

「次はオイラだ!」

 

 瞬足のドラゴンガンダムが、デビルガンダムの頭上へ飛び込みました! 黄金に輝くドラゴンガンダムの背中から、蝶を思わせる羽根が浮かび上がります。それは、サイ・サイシーの会得した少林寺拳法の究極奥義!

 

サイ・サイシー

「天に竹林! 地に少林寺! 目にもの見せるは最終秘伝!」

 

 サイ・サイシー全身の経絡から発される氣が、サイ・サイシーの肉体を包み込んでいく。ドラゴンガンダムは氣の塊となったサイ・サイシーをモビルトレースし、全てを打ち砕く氣の塊と化して特攻する。

 

サイ・サイシー

「真・流星胡蝶拳!?」

 

 真・流星胡蝶拳。自らをエネルギーに変えて放たれる流星のような一撃が、デビルガンダムに降り注いだ。デビルガンダムはそれを迎撃するために核酸粒子砲を放つも、氣の塊となった胡蝶に、そんなものは通じない。降り注ぐ流星を浴びて、デビルガンダムのコクピットを侵略するケドラが叫び声を上げる。

 

アルゴ

「ヌンッ!」

 

 しかし、攻撃は終わらない。ジョルジュが、チボデーが、サイ・サイシーが作ったチャンスに、アルゴ・ガルスキーのボルトガンダムも最大の一撃をデビルガンダムへ叩き込みます。

 その剛腕を大地に叩きつけ、アルゴの気迫に大地のエナジーが活性化していきます。大地が隆起し、地面を砕きながら迫る衝撃!

 

アルゴ

「ガイアクラッシャーァッ!?」

 

 圧倒的な生命エネルギーが、デビルガンダムを襲う。ガイアクラッシャーにより隆起した大地がデビルガンダムを取り囲み、足場を奪う。そして、そこに突撃するボルトガンダム! ボルトガンダム全力の突進から繰り出されるタックルは、デビルガンダムを大きく揺らがせます。そして!

 

ドモン

「これで……終わりだぁっ!?」

 

 みなさんお待ちかね!

 我らがドモン・カッシュの番がついに、やってきたのです!

 

ケドラ

「破壊スル。ミケーネ以外ノ文明ハ全テ……!」

 

 ゴッドガンダム目掛け、粒子砲を放つデビルガンダム。しかし、もはやそんなものゴッドガンダムには通用しないのです。粒子砲の弾幕を掻い潜り、ゴッドガンダムはデビルガンダムの懐に入り込みました。そして、黄金に輝く両手を掲げ、そこにドモンは全ての力を込めます。

 

ドモン

「流派! 東方不敗が最終奥義!」

 

 キング・オブ・ハートの紋章が輝き、ゴッドガンダムに力を与えます。その力こそ、最強の証!

 ドモンの右手が真っ赤に燃え、勝利を掴めと轟き叫ぶ。その轟砲は、デビルガンダムをも慄かせる、勝利の雄叫び!

 

ドモン

「石破ァッ! 天驚ケェぇぇェッん!?」

 

 金色のゴッドガンダム。その両手から放たれた覇気。それはゴッドガンダムの感情エネルギーシステムを介し、爆発的なエネルギーの渦となってデビルガンダムを呑み込んでいきます!

 石破天驚拳。この奥義にはドモンの師・マスターアジアの愛と哀しみ、そして怒りと憎しみを越えた先にあるものをドモンに宿らせる魂の一撃。この奥義を撃つたびに、ドモンは想うのです。師匠のことを。

 バイストン・ウェルという世界でまだ、師匠は戦い続けている。魂の安息の地を取り戻すための戦い。それは、地球の豊かな天然自然を取り戻そうとしたかつての戦いに似ています。

 ですが、今の東方不敗はかつての、デビルガンダムを使い人類を滅ぼそうとした彼とは違う。あの過ちを繰り返さぬために、師匠は今も戦っている。その事実を受け止めたからこそ、ドモンもまたやるべきことがあるのです。

 

ドモン

「デビルガンダム! お前など最早、俺の相手ではないっ!」

 

 師匠が魂の安息を守るために戦うのならば、己がすべきことは現世に生きる人々を守るための戦い。この石破天驚拳は、未来を掴めと輝き叫んでいるのです!

 

ケドラ

「我ハ、ミケーネノ……!」

ドモン

「黙れッ! ミケーネ帝国。お前達もまたこの星が生み出した生命ならば、共存共栄もあり得たはず。だが、貴様達ミケーネは異文明を支配し、滅ぼし、隷属させる道を選んだ!」

 

 それは、ともすれば霊長のカルマなのかもしれない。なぜならマスターアジアは、かつてのミケーネと同じ道を歩もうとする人類をこそ見限ったのだから。

 だが、だがしかし。

 

ドモン

「俺は、シャッフルの紋章をあの人から受け継いだ者として……その驕りを討つ! それこそが、この地上に戻ってきた、キング・オブ・ハートの使命だぁっ!?」

 

 ドモンの叫びが、空を割った。そして掴む。デビルガンダムのコア……ケドラ。その心臓を!

 

ドモン

「ヒィィィィィィト・エンドッ!?」

 

 感情エネルギーの熱が、ケドラを捉え起こすビッグバン。デビルガンダムの中心部で巻き起こったそれは、ケドラを、デビルガンダムを巻き込み大爆発を起こしていく。

 燃え上がるデビルガンダム。焼け付き、斃れる悪魔。それを、神の名を冠するガンダムは見つめ……見据えていた。

 

ケドラ

「破壊……。ミケーネ……。全テノ文明……」

 

 ケドラの頭脳も、その意識を完全に沈黙させる。だがそれも、今のドモンにとっては通過点に過ぎない。

 

サイ・サイシー

「やったぜ、アニキ!」

ドモン

「いや……まだだ」

 

 ドラゴンガンダムを制し、ゴッドガンダムは天を見据える。たとえ姿をうまく隠していたも、その黒く、怨念に満ちたオーラは隠せない。

 

チャム

「ショウ、怖いよ……!」

ショウ

「この感じは……!?」

トビア

「ああ、間違いない……!」

 

 鋭敏な感覚を持つミ・フェラリオのチャムは、より正確に感じているらしかった。だが、フェラリオでなくともショウも、トビアも、天空に渦巻くその怨念を感じ取っていた。それに、

 

マーガレット

「シグルドリーヴァ……!?」

 

 シグルドリーヴァの右手が、震えている。それが意味するものを、マーガレットは悟った。そして、ゼノ・アストラのコクピットでも、その異変を槇菜は察知している。

 

槇菜

「来る……あの子が!」

 

 あの子。血のように赤い邪霊機に乗った少女。邪霊機アゲェィシャ・ヴルは、その髑髏のように窪んだ眼窩で、彼女達を見据えている。それがわかる。

 そして、雲を突き抜けるようにしてそれは現れた。

 

ライラ

「デビルガンダムを倒すだなんて……やってくれるよね、全く!」

紫蘭

「……………………」

 

 邪霊機アゲェィシャ・ヴル。それの傍らに立つもう一つの邪霊機ニアグルース。槇菜達がバイストン・ウェルで、べギルスタンで交戦した謎の勢力。ライラの、この世の全てのものを憎むような視線が、槇菜を貫いていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

暗黒大将軍

「貴様……邪神の巫女か。なんのつもりだ?」

 

 グレートマジンガーと鍔迫り合う暗黒大将軍は、ダークサーベルの重い一撃でマジンガーブレードを薙ぎ払いライラを一瞥する。ライラはその視線を感じ、わざとらしく笑って見せた。

 

ライラ

「一応、お仕事をしにきたのよ。暗黒大将軍。あなたと人類のどちらが勝とうと私はどうでもいい。だけど、その敗北に私のリビングデッドを巻き込まれたら困るから」

キンケドゥ

「!?」

 

 リビングデッド、直訳して屍人。その言葉に、ゴルビー2からの補給を終えたF91に搭乗し、戦闘獣と戦っていたキンケドゥは眉根を寄せる。

 

キンケドゥ

「まさか……ザビーネを生き返らせたのは!?」

ライラ

「うん」

 

 挑発的に笑みを作り、少女は妖艶に笑う。と、同時……彼女の邪霊機の握る剣が黒く輝き、残骸となっていたデビルガンダム、それにクロスボーン・ガンダムX2とガンダムヘブンズソードに光を放つ。それを浴びたガンダム達の残骸は、何処かへと消えてしまう。

 

ユウシロウ

「……これは!?」

マーベル

「どういうこと!?」

 

ライラ

「ミケロとザビーネには、もう一度奈落に戻ってもらうの。魂の浄化もできず、輪廻からも外れ、永遠に苦しみ続ける魂の坩堝……。そんなところにいたら可哀想だもの。だから、私がもう一度、作り直してあげる」

ショウ

「……まさか!?」

 

 死者を蘇らせる術。それをこの少女が行使できるというのならば、いくつかの辻褄が合う。例えばショット・ウェポン。今バイストン・ウェルでサコミズ王を唆す悪魔は、一度ショウ達の手で倒されたはずの存在。

 

沙羅

「そういうことか……シャピロを生き返らせたのも!」

 

 シャピロ・キーツ。かつて獣戦機隊が戦った強敵もまた、同様に。

 

ライラ

「そうだよ。シャピロはまさか、ムゲ帝王の残留思念まで蘇らせることになるなんて思わなかったけど」

「てめぇ……何考えてやがる!?」

 

 忍が吠えた。ライラはそれにクスリと笑い、答えない。

 

「答えねえっていうなら!」

 

 ダンクーガが背中の断空砲を展開するのと、邪霊機の下にミサイルが降り注ぐのはほぼ同時だった。忍達よりも一瞬早く、無言でマーガレットが、シグルドリーヴァの引鉄を引いていた。

 

紫蘭

「…………!」

マーガレット

「…………」

 

 アゲェィシャ・ヴルを庇うように、ニアグルースが前に出てその砲撃を浴びる。邪霊機ニアグルース。そのコクピットで虚な瞳でマーガレットを見ている男もまた、ライラによって蘇らされた。その確信と共に、マーガレットは無言で引鉄を引く。ニアグルースの装甲が割れ、中身が露出した。まるで生物のようにどくどくと脈打つ筋肉と、血管。しかし、少しずつ装甲が修復されやがてみえなくなっていく。

 

隼人

「なんだ、あいつは……?」

竜馬

「有機体なのか、メカなのか……?」

 

 まるで鬼獣のような内部構造を晒した邪霊機に、隼人、竜馬は目を鋭くした。しかし、マーガレットはすでに見ている。あの中にいる最愛の人は、尊厳を奪われたかのような姿で邪霊機に命を吹き込む装置と化していることを。

 

マーガレット

「どうだっていい。私はお前を倒す」

 

 だからこそ、マーガレットは背を向けるわけにはいかない。

 

沙羅

「あんた……。やるよ、忍!」

「沙羅。おう!」

 

 コクピット越しでもマーガレットの怒りを、憎しみを沙羅は感じていた。それはかつて、そして今も。自分自身を苛んでいる感情と同じだと、言葉の端々から伝わったのだ。そんな沙羅にシンクロするように、ダンクーガも邪霊機へ断空砲を放つ。

 断空砲の強烈な光はしかし、漆黒の剣の纏うオーラに打ち消された。邪霊機アゲェィシャ・ヴルだ。鴉のような翼を翻し、邪霊機はシグルドリーヴァと、ダンクーガを睨む。

 

ライラ

「へえ……私達と戦うつもりなんだ。そんな紛い物で」

「紛い物だと……?」

雅人

「どういう意味さ!」

 

 その疑問には答えず、邪霊機は鴉の翼を羽撃かせ跳ぶ。邪悪な魂を媒介した衝撃波を剣先から放ち、ダンクーガへ迫り来る。

 

「んなろぉ!?」

 

 衝撃波を躱し、ダンクーガも突っ込んだ。断空剣を持ち、果敢に挑む。邪霊機よりも、ダンクーガの方が体格的には巨大だ。しかし大きい分、動きも大振りになる。その振りの大きさは隙になり、赫い邪霊機は悉くを避けていく。

 

ライラ

「アハハ! そんなので、私に勝てるはずないじゃない!?」

「クソッ!?」

 

 パルスレーザーを放つも、やはりそれは当たらない。まるで、ダンクーガの攻撃を先読みしているかのような動きで邪霊機は飛び回る。

 

ライラ

「じゃあ…………死んでよっ!?」

 

 剣の一振りと共に生まれた暗雲が、ダンクーガを襲う。しかし、その攻撃はダンクーガに届く前に巨大な盾によって弾き出された。

 

槇菜

「これ以上は……やらせない!」

 

 ゼノ・アストラだ。ゼノ・アストラが光の翼をはためかせダンクーガの前に躍り出ると、その盾でダンクーガを庇う。そして、黒い暗雲がゼノ・アストラを襲う直前、盾が輝き暗雲を打ち消したのだ。

 

ライラ

「旧神の護り……少しだけだけど、力が上がってる?」

槇菜

「そんなの、知らない。だけど、ゼノ・アストラは私の相棒なんだ。私が、私達が護りたいものを守るためにこの力があるのなら!」

 

 叫び、ゼノ・アストラは飛んだ。右手に持つ盾を前に突き出し、邪霊機目掛けて迫っていく。羽撃きに舞い散る羽が、意志を持つかのように邪霊機に迫っていった。それを漆黒の剣で払い除けたその直後、本体が眼前に迫る……!

 

槇菜

「あなたがみんなを傷つけるなら……私はそれを止めてみせる!」

 

 ゼノ・アストラの左手に、焔が灯った。その焔はやがてハルバードの形へ変質し、槇菜の武器になる。

 

ライラ

「っ!?」

槇菜

「人の命を弄び、貶める……。そんなこと、絶対に許されないことだよ!」

 

 ハルバードを振るうゼノ・アストラ。それを剣で受け止めるアゲェィシャ・ヴル。斧槍の重圧をしかし、邪霊機の剣先は受け止め、弾く。

 鴉のような羽根が羽撃き、その羽根が今度はゼノ・アストラを取り囲んだ。

 

ライラ

「旧神の巫女……いい加減目障り。そんなこと、私だってわかってるのに!」

 

 叫び、漆黒の剣を振るうアゲェィシャ・ヴル。盾を構えるゼノ・アストラ。剣を受け止め、今度は斧槍による反撃。

 

槇菜

「だったら、どうしてそんな非道いことをするの!」

ライラ

「非道い? 非道いのはあなた達人間の方だ!」

 

 ぶつかり合う戦槍と剣が火花を散らす。ライラの顔が、憎しみにギラついていた。その憎しみを直視ししかし、槇菜は怖じけない。

 

ライラ

「怖くて、熱くて……暗くて。あんな酷い仕打ちを生きているものに対してできるのが人間だ。だから!」

 

 しかし、アゲェィシャ・ヴルの方が一枚上手だ。今まで槇菜は、盾で直接ぶつかるような戦い方ばかりをしていたのだから、不得手な戦斧でぶつかっても剣に慣れているライラには勝てない。それは自明だった。アゲェィシャ・ヴルの一閃が斧槍を払い除け、ゼノ・アストラの左手が無防備になる。

 

槇菜

「っ!? それでも……!」

 

 だが、槇菜もそれは理解している。まともにやり合って勝てる相手ではないと。相手はダンクーガや、オウカオーとも渡り合っていたほどの強敵なのだ。だから、槇菜は最初からこの状況になることを予想していた。そして予想通りに左手の指かわワイヤーを展開し、邪霊機の装甲に突き刺す。

 

ライラ

「小癪な真似を!?」

 

 ワイヤーに絡め取られた邪霊機。そこに、炎を纏う斬撃が飛ぶ。

 

エイサップ

「槇菜、そのまま押さえろ!」

 

 エイサップのナナジンだ。羽撃きと共に駆けるナナジンが、両手に持ったオーラソードに炎を纏う。

 

ライラ

「聖戦士……!?」

 

 ナナジンの性能は、地上に出たことでバイストン・ウェルにいた時よりも飛躍的に向上している。それに、エイサップのオーラ力もまた戦いの中で研ぎ澄まされていた。

 既に、以前の戦いで弄んだエイサップではない。それをライラは、エイサップのオーラ力で感じ取る。このままでは、まずい。

 

エレボス

「今のエイサップなら、やれるよ!」

エイサップ

「俺は自分の力を過信したりはしない!」

 

 だからこそ、エイサップは強い。逸らない。驕らない。その曇りなき眼が捉える邪悪を、決して一人で討とうとはしない。邪霊機が旧神の拘束から逃れようとしている時既に、背後にはもう一つの闘志が燃え上がっていた。

 

ドモン

「お前の邪念、無念、怨念……。確かに伝わった。だが!」

 

 そう、ゴッドガンダム。キング・オブ・ハートの称号を持つシャッフル同盟が一人、ドモン・カッシュだ。槇菜が動きを封じ、エイサップとドモンが挟撃する。全て無言のうちに作られたコンビネーション。その術中に、既にライラは嵌まっていたのだ。

 

ドモン

「ゴッドスラッシュ! タイフゥゥゥゥゥゥン!?」

エイサップ

「斬るぞぉぉぉぉぉっ!?」

 

 交差するゴッドガンダムとナナジン。邪霊機を両断しようとするその一閃はしかし、もうひとつの赫い邪霊機に阻まれる。

 

紫蘭

「…………!」

 

 邪霊機ニアグルース。アゲェィシャ・ヴルに付き従う騎士のようなその死人形は、無言でアゲェィシャ・ヴルを突き飛ばし、迫り来るナナジンのオーラフレイムソードをその両腕で直に白羽取る。

 

エイサップ

「何ッ!?」

エレボス

「エイサップ!?」

 

 そして、柔道の要領でナナジンを背負い投げ、ゴッドガンダムの方へ放り投げた。

 

ドモン

「しまった!?」

 

 急に飛び出るナナジンに、ドモンは咄嗟にゴッドスラッシュタイフーンを解除し受身を取る。必殺のコンビネーションは、乱入者に妨害され失敗に終わってしまった。

 

マーガレット

「紫蘭!?」

 

 そんなニアグルースへマトリクスミサイルを放つシグルドリーヴァ。ニアグルースはしかし、腕に仕込まれているブレードでそれを斬り払う。

 

紫蘭

「…………」

 

 虚な目でシグルドリーヴァを見やる紫蘭。

 

ライラ

「フフ、ありがとう。私の可愛いお人形さん」

 

 ゼノ・アストラの拘束を振り切り、アゲェィシャ・ヴルはニアグルースの後ろへ回り込み手を回す。まるで、恋人同士がするような所作。それを紫蘭の死体にやっている少女は、挑発的にマーガレットを眺めていた。

 

マーガレット

「紫蘭に、触れるな!」

 

 感情のままにミサイルを撃ちまくるマーガレット。しかし、その攻撃は呆気なく迎撃され届かない。

 

ライラ

「お姉さん……まだそんなところに拘ってる。だから巫女にも選ばれず、戦士としても中途半端」

マーガレット

「黙りなさい。私は貴方を殺す。そして、紫蘭を解放する」

 

 問答する気など、最初からマーガレットにはない。シグルドリーヴァの右腕は、今にも邪霊機へ殴りかかろうと荒ぶっているが、マーガレットにその気はない。シグルドリーヴァは脚部のキャタピラで移動しながら、淡々とミサイルを撃ち続ける。それが、マーガレットの戦い方。戦士になる気も、英雄になる気もない。ましてや巫女などもっての外だ。マーガレットは、兵士だ。兵士として、淡々と敵を処理する。それが、彼女の戦い方だ。

 

マーガレット

「兵士の義務は、国家を、国民を、そして世界を守ることにある。私の紫蘭も、それに殉じて戦った。それを、お前は……!」

ライラ

「…………」

 

 マーガレットに宿る憎しみの炎。ライラはそれを一瞥し、口角を歪ませる。

 

ライラ

「……うん、まあいいかな。デビルガンダムの回収は済んだし、今のままお姉さんを殺してあげてもいいけど、ちょっと分が悪いもんね」

 

 剣を納めたアゲェィシャ・ヴルは、漆黒の翼を広げ羽ばたかせる。

 

マーガレット

「逃げるのかッ!」

 

 逃がさない、とばかりにシグルドリーヴァはマトリクスミサイルを発射した。しかし、紫蘭のニアグルースがそれを身体で受け、アゲェィシャ・ヴルには届かない。

 

紫蘭

「…………」

マーガレット

「紫蘭……!』

 

 ならば、ここで紫蘭だけでも楽にする。そう判断し引鉄を引くマーガレット。紫蘭のニアグルースは受け続け、また装甲が剥がれていく。

 装甲が剥がれ露出したコクピットには、全身を触手のようなものに繋がれ、正気を失った瞳でこちらを睥睨する紫蘭。

 

マーガレット

「今度、こそ……!」

 

 終わらせる。そのためにもう一度引鉄をひこうとした時、マーガレットの神経につながっているスコープ・ゴーグルはそれを捉えた。

 紫蘭の口が、動いている。

 

紫蘭

「……、……、……、、……」

マーガレット

「……!?」

 

 マーガレット。紫蘭は確かに、そう言った。そう、マーガレットには見えた。

 

槇菜

「マーガレットさん……?」

マーガレット

「紫蘭……。私を、覚えて……?」

 

 しかし、紫蘭はそれには答えない。ライラが戦域から離脱したのを認めると、紫蘭もまたそれを追い去っていく。

 

マーガレット

「待って、紫蘭!? 待ってよ!?」

 

 マーガレットの叫びに、答えることはない。血塗れの邪霊機は、再びマーガレット達の前から姿をけしてしまった。

 

マーガレット

「待ってよ、ひとりにしないでよ……!」

 

 狭く息苦しい鉄の棺桶。シグルドリーヴァの中でマーガレットはただ、そう呻くしかできなかった。

 

沙羅

「……いつまでも、みっともなく泣いてるんじゃないよ」

 

 そんなマーガレットに、沙羅が言う。

 

マーガレット

「何……?」

沙羅

「あたし達が倒すべき敵は、まだそこにいる。今は、その怒りを敵にぶつけることだけを考えな」

 

 沙羅が見据える先……そこには、グレートマジンガーと死闘を演じる暗黒大将軍。そして、ミケーネの万能要塞ミケロス。そうだ、とマーガレットは頷き、再び敵を見やる。

 

マーガレット

「了解。…………ありがとう」

沙羅

「いいんだよ。…………私だって、あの小娘は一髪殴らなきゃ気が済まないんだ」

 

 交わした言葉は少ない。しかし、マーガレットと沙羅の思いは通じ合っていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 ミケーネの万能要塞ミケロス。その艦内でゴーゴン大公は画面越しに、宿敵を睨め付けていた。

 

ゴーゴン大公

「おのれ、マジンガーZ!」

 

 マジンガーZ。かつてゴーゴンはミケーネの先発隊として、ドクターヘルに協力しマジンガーと戦った。しかし、その結果は悉く失敗。マジンガーZさえいなければ、今頃ミケーネはドクターヘルを傀儡に地上征服を達成していただろう。そして、力の弱いゴーゴンはその功績で将軍の地位に着くのも夢ではなかった。しかしマジンガーZの存在によってその念願は潰え、ゴーゴンは窮地に立たされていた。

 

甲児

「ゴーゴン大公、やっぱりてめえもいやがったか!」

 

 アイアンカッターが、ミケロスの装甲を抉る。抉られた装甲から艦首が露出し、ゴーゴン大公が顕になると、そこにドリルミサイルを放つマジンガー。ゴーゴンは自らの剣でそれを払い除けるが、ミケロスのコントロールを担当するミケーネスが2、3人ほどそれで死んだ。

 

ゴーゴン大公

「兜甲児、貴様さえいなければ俺は今頃、ミケーネ帝国の将軍となれたのだ。それを貴様が!」

 

 万能要塞の目から放たれるビームをマジンガーは回避し、要塞の上空へ飛ぶ。

 

甲児

「光子力ビーム!」

 

 マジンガーZの光子力ビームが、ミケロスを襲った。しかし、それだけではない。これまでの激戦で、彼らの中で最大級の破壊力を持つ魔神のチャージが完了している。

 

ミチル

「お父様、エンペラービーム。チャージ完了したわ!」

早乙女博士

「ウム。エンペラービーム、照準合わせ! 目標は、ミケーネの万能要塞ミケロス!」

 

 ゲッターエンペラー。その口部にゲッター線の光が灯る。不味い。そう思った時ゴーゴンは動けなかった。

 

暗黒大将軍

「ゴーゴン! ええい馬鹿者め!?」

 

 その瞬間、暗黒大将軍の目から放たれた破壊光線がエンペラーを襲う。エンペラーの口部……エンペラービームの射出口に直撃した破壊光線と収束するゲッターエネルギーが誘爆し、エンペラーの口部が爆ぜた。

 

ミチル

「キャッ!?」

早乙女

「状況を報告しろ!」

村井

「エンペラー、エンペラービーム射出口を損傷。エンペラービーム使用不能!」

 

 ギリッ、と早乙女博士は歯噛みする。エンペラーには自己修復能力が備わっている。しかし、進化の途上にあるエンペラーの自己修復はまだ完全ではない。大きな損傷を受ければ、その部分が再稼働するまでにはかなりの時間を要するのだ。

 それに、エンペラービームがなければエンペラーには自動防衛システムと拡散ゲッタービームくらいしかまともな装備はない。ミケロスを仕留めるには、パワーが足りない。

 

 

早乙女

「この好機を逃すとは……!」

 

 しかし、九死に一生を得たゴーゴンはすっかり肝が冷えていた。

 

ゴーゴン大公

「も、申し訳ありません暗黒大将軍様……」

暗黒大将軍

「謝罪はよい! ゴーゴン、今ミケロスを失うわけにはいかぬのだ。わかっておるな?」

 

 万能要塞ミケロスは、ミケーネ帝国の兵力の殆どを賄えるほどの強力な要塞。これを失うのは、即ちミケーネの敗北を意味する。だからこそ、暗黒大将軍は命に替えてでもミケロスは守らねばならなかった。

 ミケロスの補給が十分に済めば、ここで敗れてもまだミケーネは戦える。しかし、ミケロスを失えばミケーネは戦うこともままならなくなる。

 

鉄也

「隙ありだっ! グレートブーメラン!」

 

 暗黒大将軍目掛け飛ぶグレートブーメラン。しかし、暗黒大将軍はダークサーベルでそれを叩き落とし、グレートマジンガーへと突進する。

 

暗黒大将軍

「これで終わりだ、剣鉄也!」

ヤマト

「いや、まだ終わらねえっ!?」

 

 グレートとの間に割り込むように、ゴッドマジンガーが暗黒大将軍の前に飛び出した。咆哮を上げるゴッドマジンガー。しかし、暗黒大将軍はそんなゴッドマジンガーをも蹴散らしていく。

 

暗黒大将軍

「火野ヤマト、そしてゴッドマジンガー! 今日こそ貴様らの息の根を止めてくれる。だが、まずは剣鉄也だ!」

 

 ゴッドマジンガーの怪力でもびくともしない暗黒大将軍。その武勇は、かつて古代ムー王国でヤマトが戦った時よりも遥かにキレを増している。

 

ヤマト

「クソッ、暗黒大将軍……昔より強い!」

鉄也

「ヤマト、こうなったら一気に決めるぞ! ダブルマジンガー・ブレード!」

 

 両手にマジンガーブレードを構えるグレート。魔神の剣を握るゴッドマジンガー。2対1での猛攻。しかしそれに暗黒大将軍は怯みもせず、破壊光線でグレートを迎撃し距離をとり、すれ違い様にゴッドマジンガーへ肘鉄を喰らわせる。

 

鉄也

「クッ!?」

ヤマト

「オワァッ!?」

 

 

 倒れ伏す魔神。しかし、暗黒大将軍は健在。

 

アイラ

「ヤマト……!」

ジュン

「鉄也!?」

 

 その戦いを見守る彼女達も、叫んでしまう。それほどに、暗黒大将軍は強かった。

 

暗黒大将軍

「どうした、もう終わりかマジンガー!?」

鉄也

「クソッ……。こんなところで、負けるわけにはいかないって言うのに」

 

 しかし現実として既に鉄也もヤマトも、いや全員がボロボロだった。

 べギルスタンでの戦いからロクな休息も取れぬまま、応急処置を繰り返してここまできた。マシンも、パイロットも、これまでの激戦の疲労が蓄積している。そこにデビルガンダムや邪霊機。そしてこの暗黒大将軍という強敵。緊張の糸が切れたかのように、ドッと疲労が押し寄せているのだ。

 

甲児

「ヤマト、鉄也君!? ……うわぁっ!?」

 

 ヤマト達の加勢に駆けつけようとした甲児。しかしマジンガーZも、ミケロスのミサイルを喰らいスクランダーを破壊され大地へ堕ちていく。

 

さやか

「甲児君!?」

甲児

「くっ……こうなったら!」

 

 ダイアナンAが胸からミサイルを放つとマジンガーZはそれを掴む。そして空中で体勢を整えジャンプ。どうにか着地するが、地面に転がるボスボロットに足を滑らせてしまう。

 

甲児

「うわぁっ!? ボスちゃんしろ!?」

ボス

「ス、スマン兜! でもボロットは手足を失って動けないのよ〜〜!」

 

 なんとか着地したマジンガーZ。しかし、マジンガーZはこの中で最も酷い激戦を潜り抜け、修理も間に合っていない。既に黒鉄の城は、鉄屑寸前になろうとしていた。

 

甲児

「けど、まだだ! ミサイルパンチ!」

 

 腹部から発射される大型ミサイルを放つマジンガーZ。しかし、暗黒大将軍はそれをダークサーベルで両断してしまう。

 

甲児

「あれが、最後の一発だってのに……!」

 

 毒付く甲児。暗黒大将軍はそんな甲児を嘲笑うかのように、ダークサーベルを振る。剣から放たれた衝撃波がマジンガーZを襲った。

 

槇菜

「甲児さん、危ない!?」

 

 ゼノ・アストラが飛び込み、巨大な盾で庇う。しかし剣圧は強く、ゼノ・アストラごと弾き飛ばしてしまう。

 

さやか

「槇菜!?」

甲児

「クソッ……!」

 

 圧倒的な強さを見せつける暗黒大将軍を前に、満身創痍のスーパーロボット軍団。

 

槇菜

「……このままじゃ」

 

 勝てない。そんな諦めにも似た思いが槇菜の口をつく。

 

エイサップ

「諦めるな!」

 

 だが、そんな槇菜にエイサップが叫ぶ。まるで、自分に言い聞かせるように。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃ……」

エイサップ

「俺達が、諦めちゃダメなんだ。諦めたら……これまで俺達のために死んでいった命に顔向けできない」

槇菜

「…………!」

 

 あの日、鬼に喰われた先生を。ゼノ・アストラの下敷きになった学友達を。槇菜の日常を取り巻いていた人々の犠牲。

 

ショウ

「そうだ。今俺達が諦めて膝を付いたら、俺達の、これまでの全てが無駄になる」

トビア

「そんなの……許せるわけがない!」

 

 ショウも、トビアも立ち上がり暗黒大将軍を見据えた。そして、そんな時だ。

 航空戦闘機の小隊が、戦域に向かい空を駆けていく。

 

アラン

「あれば、バンディッツの!?」

 

 研究所の防衛に加わっていたアランのブラックウィングと、ハリソンのF91が空を見る。

 

ハリソン

「それに、随伴しているのは岩国基地のだ!」

 

 ハリソンの叫びに応えたのは、米軍岩国基地のマーキングが施された戦闘機だ。

 

海楽

「そういうことです、ハリソン大尉!」

 

 海上自衛隊所属の海楽少尉。岩国でハリソンの部下をしていたパイロットだ。

 

フランシス

「こちらバンディッツ所属、フランシス! アラン、聞こえるか!」

アラン

「フランシス!?」

 

 フランシス。かつての黒騎士隊……現バンディッツの機動部隊のエースであり、アランの副官を務めていたファイターだ。

 

フランシス

「みんな、今戦っているのはお前達だけじゃない! チャンネルをオープンにして、回線を開いてくれ!」

 

 フランシスがチャンネルの周波数を伝えると、科学要塞研究所の兜博士はそのチャンネルを開き、味方の全てに転送する。そこに、映し出されていたのは……。

 

 

トビア

「これは……!?」

 

 まず、最初に気づいたのはトビア・アロナクスだった。

 

ドモン

「ああ……!」

アルゴ

「…………!」

 

 ドモン達も、その映像に目を見開く。

 

隼人

「おい、竜馬!?」

 

 驚いたように声を上げたのは、隼人。

 

竜馬

「ああ……間違いねえ!?」

弁慶

「あいつら……!」

 

 その意味するものを、竜馬と弁慶も認識する。

 

暗黒大将軍

「何だ、何だと言うのだ!?」

 

 先ほどまで衰えていた敵の士気が上がっている。それを感じ、暗黒大将軍は初めて狼狽えていた。

 

ゴーゴン大公

「あ、暗黒大将軍様!?」

 

 そんな暗黒大将軍に、ゴーゴンが叫ぶ。ゴーゴンもまた、フランシスの言った周波数をミケロスで確認していたのだ。そして、そこに映されている光景を見た。見てしまった。

 

ゴーゴン大公

「魔魚将軍アンゴラス、大昆虫将軍スカラべス、猛獣将軍ライガーン、妖爬虫将軍ドレイドウ……七大将軍が全て、地球人の手で倒されました!?」

 

 

…………

…………

…………

 

—フランス/パリ—

 

 

 パリの街を襲う戦闘獣は既に息絶え、残すは魔魚将軍アンゴラスを残すのみとなっていた。対するは、3機のモビルスーツ。

 

アンゴラス

「バカな、人間のモビルスーツ如きに、我が戦闘獣軍団が!?」

ギリ

「ハハハハハ! ざまあないぜ。お前達は所詮、地球人しか知らない井の中の蛙……。いや、地球の中のウジ虫だ!」

 

 赤い塗装が施され、長い腕を持つ異形のモビルスーツ……クァバーゼが先行する。その両腕のカッターを伸ばし、アンゴラスを攻撃する。

 

アンゴラス

「ええいそんなものは効かん!」

 

 振り払い、ミサイルでクァバーゼを狙うアンゴラス。しかし、その攻撃は黒く、巨体なモビルスーツ……トトゥガに阻まれる。

 

バーンズ

「効かないのはお愛顧よ。だがなぁ!」

ローズマリー

「あたしを忘れちゃいないかい!」

 

 飛び込んだのは、小型に軽装のモビルスーツ・アビジョだ。アビジョが投げたナイフが、アンゴラスの目に突き刺さる。

 

アンゴラス

「グアァァァァッッ!?」

ギリ

「今だッ!?」

 

 アビジョが撹乱し、トトゥガが守り、クァバーゼが攻撃する。それは、かつて海賊軍のクロスボーン・ガンダムを苦しめた“死の旋風隊”その戦い方だ。

 

ギリ

「ミケーネ……オレは別に地球のことなんてどうでもいいが、今の暮らしは割と気に入ってるんだ。それをぶち壊そうとした罪、貴様の命で」

アンゴラス

「な、何……?」

ギリ

「あ・が・な・う・が・い・い・ぃっ!?」

 

 トドメの一撃。クァバーゼのチェーンソーがアンゴラスを両断する。

 

アンゴラス

「バ、バカな……」

 

 倒れ、爆炎を上げるアンドラス。クァバーゼに乗る少年・ギリは、空を見上げて呟いた。

 

ギリ

「俺達も戦ってるんだ。負けたら承知しないからな、宇宙海賊!」

 

 

…………

…………

…………

 

—ロシア/モスクワ—

 

 ロシアを攻撃していた妖爬虫将軍ドレイドウの前に立ち塞がるのは、ガンダムだった。しかし、ガンダムと呼ぶには少し異様な外見をしている。ガンダム……いや、ガンダム達はドレイドウの戦闘獣を叩き伏せ、そのリーダー格と思われるセーラー服を纏ったような出立ちのガンダムがドレイドウと対峙している。

 

アレンビー

「さあ、雑魚は片付けた。あとはアンタだけだよ!」

ドレイドウ

「むぅ……なんということだ。だが、貴様ら如きにこのドレイドウを倒せると思うな!」

 

 竜を連想させるドレイドウの口から放たれる火炎が、セーラー服のガンダム……ノーベルガンダムを襲う。しかし、ノーベルガンダムはまるで新体操のような動きでそれを躱すと、ビームでできたリボンを伸ばし、ドレイドウを攻撃する。ビームリボン。言わば伸縮自在のビームサーベルとも言えるそれは、見切るのが難しい変則的な動きでドレイドウを翻弄していた。

 

ドレイドウ

「小賢しい真似を!」

アレンビー

「軍団を率いて侵略するなんて卑怯な真似をするやつに言われたくないよ! 戦士なら戦士らしく、一対一のファイトで決めればいいのにさ!」

ドレイドウ

「そんな馬鹿な理屈に乗るか!」

 

 怒りに任せて、火炎を吐くドレイドウ。しかし、そんなアレンビーの挑発に乗ってしまったことが彼の命取りだった。突如として、ドレイドウの横腹に鐘が叩きつけられたのだ。

 

キラル

「心を乱したお前の負けよっ!?」

 

 鐘からガンダムタイプの上半身が生え、手荷物錫杖を振り下ろす。中に仕込まれたビームサーベルが、妖爬虫将軍ドレイドウの首を斬り落とした。

 

ドレイドウ

「み、見事……」

 

 その言葉と同時、息絶えるドレイドウ。ノーベルガンダムのアレンビーを中心に、ガンダムたちが集まってくる。マンダラガンダム、マーメイドガンダム、ランバーガンダム……。かつて、ドモン達がガンダムファイトで拳と拳をぶつけ合ったライバル達。

 

アレンビー

「ドモン! 次のガンダムファイトではあたしが勝つんだから、負けたりしたら承知しないよ!」

 

 朗らかな笑みで、アレンビーは遠い島国で闘う想い人へエールを送った。

 

 

…………

…………

…………

 

—イギリス/ロンドン—

 

 時計塔の鐘が鳴り響く中、大昆虫将軍スカラべスは一台の車を追っていた。車に乗っていた人間どもが、内部から要塞を破壊しスカラベスは手下の殆どを失ってしまったのだ。仲間の仇。一台の小さな車など放っておくべきと言われても、これだけは成さねばならない。

 

スカラべス

「待てッ!?」

 

 しかし、スカラベスの攻撃をその派手なスーパーカーは華麗に躱し、ハイウェイを爆走している。まるで、スカラベスなど眼中にないように。そんな調子が、よりスカラべスの逆鱗に触れていた。

 

ボウィー

「ヒュ〜。奴さん、怒ってますねえ」

キッド

「頭に血が上ると、ロクなことがないってのに」

 

 スーパーカー・ブライサンダーを運転するスティーブン・ボウィー。“飛ばし屋ボウィー“と呼ばれる伝説の走り屋は上機嫌に口笛を吹く。

 

お町

「無理もないわね。自慢の要塞を中から爆破されたとあったら、さしものミケーネの大将軍様もご立腹でしょう」

アイザック

「だが、逃げ回ってばかりでは無用な被害が出る。敵の頭に血が上っている今が好機だ」

 

 長髪の美女……コードネーム・エンジェルお町と、黒髪の美丈夫……コードネーム・かみそりアイザック。アイザックの言葉にボウィーが頷くと、アイザックは戦いの号令を上げる。

 

アイザック

「ブライ・シンクロン・マキシム!」

キッド

「ブライ・シンクロン・マキシム!」

 

 

 その号令とともに、ブライスターは質量保存の法則を無視したかのように巨大化する。そして、車の姿をしていたそれはみるみるうちに巨大ロボットへと姿を変えていく!

 

 

 夜空の星が輝く影で、悪の笑いがこだまする

 星から星に泣く人の涙背負って宇宙の始末

 銀河旋風ブライガー

 お呼びとあらば即、参上!

 

スカラべス

「な、何だとっ!?」

キッド

「ブライソード!」

 

 驚愕するスカラベス。しかし巨大ロボット・ブライガーは間髪入れずに剣を抜き、両断。

 

スカラベス

「ば……バカな……」

 

 断末魔の言葉と共に、爆炎に塗れるスカラベス。その最期を看取り、アイザックは呟いた。

 

アイザック

「悪党にかける情けはない……!」

 

 宇宙の片隅にひときわ光る

 青い星が泣いている

 戦いばかりの人生だけど

 コズモレンジャーJ9

 お呼びとあらば、即参上!

 

 

…………

…………

…………

 

 

—アメリカ合衆国/ニューヨーク—

 

 荒廃した自由の女神。かつて、アメリカンドリームを象徴していたこの像は今にも倒壊しそうになっていた。猛獣将軍ライガーン率いる戦闘獣軍団は、アメリカ軍のモビルスーツ部隊を寄せ付けない。

 だが、そんな中に飛び込んでいく緑色のオーラバトラーがあった。

 

トッド

「てめえら、アメリカに侵略するとは……覚悟はできてるんだろうな?」

 

 トッド・ギネスのライネック。パブッシュに帰投した後、ミケーネ襲撃の報を受けたトッドは我先に飛び出していった。

 万が一にでもボストンに被害が出れば、母の安否に関わる。その事態だけは、どうしても避けたい。そんな故郷への、母への思いがオーラ力になり、今ライネックは獅子奮迅の戦いで戦闘獣を薙ぎ倒している。

 

ライガーン

「おのれ、小蝿如きが猪口才な!」

 

 猛獣将軍ライガーン自ら、ライネックへと飛び掛かる。猛虎のような四つ足の下半身と、鋭い爪や牙。全身が凶器とも言うべきライガーンの攻撃をライネックは紙一重で躱し続ける。しかし、いつまでもそんな攻防は続きはしない。剣戟を受け止めるライネックのオーラソードが、その爪に弾かれる。

 

トッド

「クソッ!」

 

 オーラキャノンを放ち、迎撃するライネック。しかし、それをひらりと避けたライガーンの猛攻は続く。

 

ライガーン

「これでトドメだ!」

トッド

「やられる……!?」

 

 防御が間に合わない。トッドがそう直感した直後、突如として伸びてきた光がライガーンを貫いた。

 

桔梗

「一人で先行しないで!」

 

 桔梗の乗るアシュクロフト。その最大の威力を誇る収束荷電粒子砲だ。その威力をモロに受け、ライガーンの皮膚・装甲が焼け爛れる。

 

ライガーン

「まだ雑魚がいたか!」

桔梗

「……確かに、あなたからすれば私達は雑魚かもしれない。でもね、それでも退けない戦いというものがあるの」

 

 妹と刃を交えてまで、選んだ道なのだ。その道を、こんな怪物に潰されてたまるものか。荷電粒子砲のチャージが終わるまで、アシュクロフトはライフルに持ち替え超人将軍と対峙する。しかし、敵はライガーンだけではない。バルバリ、バイソニア……数多の猛獣型戦闘獣。対して、トッドの桔梗の2人。

 

桔梗

「……トッド・ギネス。差し違えてでもなんて発想はやめなさいね」

 

 忠告する桔梗。トッドの聖戦士としての才覚は、今後のためにも必要なのだ。だから、ここでトッドを死なせるわけにはいかない。

 

トッド

「ハッ。カミカゼはお前らジャップの発想だろうが。だがよ、ここで俺たちが負けたらマキャベルは容赦なく核をアメリカに使うぜ。それだけは何としても避けなきゃならねえんだ」

 

 エメリス・マキャベル。パブッシュ無国籍艦隊最高司令は既に、保有している核弾頭をミケーネ侵略地域に対して発射する準備に入っていた。そうなれば、ニューヨークの被害ではすまない。

 母とボストンを守るためには、ここで退くわけにはいかないのはトッドも同じだった。

 

ライガーン

「フン、人間どもはやはり度し難いな……」

 

 そんな情報を事前に察知しているのか、ライガーンはニヤリと笑う。ライガーンは理解していた。ここで核を使いミケーネを倒しても、闇の帝王の玉体には傷ひとつつかない。そして、闇の帝王が生きている限りミケーネ帝国は不滅。何より、人間や自然の動植物は核の毒が致命的だが、自らを鋼鉄の肉体に作り替えた戦闘獣にとって核の毒は無害同然。核兵器などミケーネにとってはただの広範囲高熱攻撃でしかない。核攻撃は、その場で人類に勝利を導いても長い目で見れば人類だけを苦しめることになるのだ。

 

桔梗

「……核だけは、使わせるわけにはいかない」

 

 そうして睨み合う、そんな時だった。

 突如として空に、巨大な髑髏が浮かび上がる。緑色の船体の、その中心に大きく描かれた髑髏模様。海賊船。誰もがそう理解するが、こんな船を桔梗は知らない。

 

桔梗

「宇宙海賊、だとでもいうの……?」

 

 海賊船から、一機のモビルスーツが降り立った。白と青。それに黄色で彩られたトリコロールカラー。その色は、ガンダム・タイプを意味する象徴的な色。しかし、やはりそんなガンダムを桔梗は知らない。

 そのガンダムは、獣のような尻尾を持っていた。さらに猛獣のような爪と、獰猛さを感じさせるツインアイ。そして、本来のガンダムが持たない巨大なメイス。ガンダムファイト用のモビルファイターという可能性もあるが、少なくとも桔梗の知る限り、このようなガンダムは登録されていない。

 何より、異様なのは。

 

トッド

「ありゃ、悪魔か……?」

 

 悪魔。聖書に記される獣のような雰囲気をそのガンダムは纏っているのだ。

 

三日月

「……オルガ、あのメカの化け物を倒せばいいんだよね?」

オルガ

「ああ。頼むぜミカ!」

 

 海賊船……アルカディアの船員。オルガ・イツカは相棒のガンダムパイロット、三日月・オーガスに指示を飛ばす。敵は戦闘獣。それを認識し、三日月の乗る獣のようなガンダム……ガンダムバルバトスルプスレクスは駆ける。

 

ライガーン

「モビルスーツなど何するものぞ。やれ、戦闘獣!」

 

 ライガーンの号令で、戦闘獣達は一斉にバルバトスへ向かう。しかし、戦闘獣達のビーム攻撃をバルバトスはものともせずに突き進む。ナノラミネートアーマー。バルバトスの装甲は光学兵器に対し高い耐性を持っている。

 

三日月

「邪魔だよ」

 

 そして、人が操っているものとは思えぬ人機一体の動き。まるで三日月自身がバルバトスであるかのような反応速度で戦闘獣の攻撃を掻い潜り、手に持つメイスを思い切り叩き付ける。

 

三日月

「…………」

 

 敵を潰すことに、何の感慨もありはしない。ただ、潰したという事実は次の敵を倒さねければという使命感に変わる。まるで獣のように、いやまさに獣のごとく、狼王(ルプスレクス)は荒れ狂う。

 

ライガーン

「何だ、何だというのだあのメカは……!」

 

 驚愕するライガーン。その隙を桔梗は見逃さない。荷電粒子砲が放たれた光を認識する間も無く、ライガーンは光の中に呑まれていく。

 

桔梗

「この隙を逃すほど、私は甘くない!」

 

 桔梗からすれば、謎の海賊船とガンダムよりも今目の前のミケーネの方が大事なのだ。粒子砲の光から逃げ出したライガーンに、回り込んだライネックが斬りかかる。

 

トッド

「落ちろよっ!?」

ライガーン

「ヌゥゥゥゥッ!?」

 

 トッドのオーラ力が集まったオーラ斬り。それを受けたライガーンは前脚を両断され、痛みに呻いた。だが、ライガーンもまた将軍。このまま死ぬ気は毛頭ない。

 

ライガーン

「貴様だけでも、道連れにしてやる!?」

 

 オーラバリアすら貫く鋭い爪。それがライネックに迫る。だが、その直後、ライネックが離れていくのに割り込むようにして、巨大な海賊船がライガーンの攻撃を受け、トッドを庇っていた。

 

ハーロック

「状況は?」

トチロー

「なぁに、俺達の船がこんなものでくだばるかよ。まだまだいけるぜ!」

 

 海賊船……アルカディア号の船長、キャプテンハーロックは、親友トチローの報告に満足げに頷くと、船員達に号令を出す。

 

ハーロック

「諸君。我々はアルカディアを目指す旅の途中、この並行宇宙へと迷い込んでしまった」

ラ・ミーメ

「…………」

トチロー

「ああ。まさかこんなことになるとはな」

 

 船員達は皆、ハーロックに命を預けている。彼らは無言で頷き、ハーロックの言葉を待っていた。

 

ハーロック

「だが、並行宇宙といえ地球は俺達の生まれた星だ。地球が悪の手に落ちる危機と言うのならば、俺達は喜んで助太刀しよう!」

 

 一切の曇りも、迷いもない瞳でそう告げるキャプテンハーロック。船員達は彼のその姿に惚れ込み。彼を信じてついてきたのだ。だから今回も、今更迷うことなどありはしない。

 

オルガ

「キャプテン。俺達鉄華団は、あんたに返しきれないほどの借りがある……」

 

 特徴的な前髪の青年オルガ・イツカが言う。彼と三日月、そして彼らの“家族”達は元の世界での戦いで、ハーロックに何度も助けられた。

 ハーロックがいなければ、彼らの命は繋がれることはなかっただろう。語り尽くせぬ程の恩を、絆を、オルガはハーロックから貰っている。

 

ハーロック

「オルガ。君達と共にアルカディアを探すという約束はどうも、後回しになりそうだ」

オルガ

「いいんだ。生きてさえいれば、何度でも旅は続けられる。そうだろう?」

 

 そう言って親指を立てて見せるオルガ。その表情には迷いはない。オルガもまた、信じているのだ。キャプテンハーロックという男を。

 それを認め、ハーロックはひとつ頷くと、全艦へ号令をかける。海賊流の、荒っぽい号令だ。

 

ハーロック

「全艦、攻撃開始。カノン砲、左舷の戦闘獣へ集中砲火をかけろ!」

 

 ハーロックの号令と共に放たれるアルカディア号の砲門が一斉に火を吹き、至近距離のライガーンを襲う。さしものライガーンの強靭な皮膚を持ってしても、巨大な海賊戦艦の全火力を集中砲火されればそのダメージは相当のものだ。

 

ライガーン

「ギャァァァァッッ!?」

 

 ライガーンの叫びと同時、戦闘獣の群れを飛び越えバルバトスが往く。悪魔のようにその目をギラつかせながらその鋭利な爪を猛獣将軍へ叩きつけた。

 

三日月

「フー…………」

ライガーン

「……!?」

 

 まるで獣の唸り声のような三日月の息遣い。数多の獣を束ねる猛獣将軍は、その吐息に恐怖する。猛獣の将すらも戦かせる、獣の王。ルプスレクスの瞳は無慈悲に、ライガーンを睨む。それと同時、アルカディア号のアームが伸びライガーンの眼前へと躍り出た。アームが展開されると、そこには生身の人間。眼帯をした、茶髪に長身の男。しかし、その佇まい、その存在はただの人間でありながら猛獣将軍ライガーンをも畏怖させる。

 

三日月

「つか、まえ、たっ!」

ハーロック

「これが、海賊の戦い方だ!」

 

 バルバトスの爪が戦闘獣部分の頭部を引き裂き、ハーロックの剣が胴体の顔を貫く。その動きは、同時だった。

 

ライガーン

「も、申し訳ありません。暗黒大将軍様ァッ!?」

 

 断末魔の声を上げ、倒れるライガーン。そして、爆発。

 

三日月

「……次はどうすればいい? オルガ」

オルガ

「よくやったミカ。どうやらこの世界には竜馬達がいるらしい。俺達も合流したいところだな……」

ハーロック

「ああ。アルカディア号、バルバトスを回収次第発進! この世界に迷い込んだ友と、合流する!」

 

 狼王を回収した海賊船は、そのまま上昇し発進する。その勇姿を、トッドと桔梗は目に焼き付けていた。

 

トッド

「キャプテンハーロックとか言ったか……。シビれるぜ」

桔梗

「…………あんな強力な力を、海賊が所有しているなんて」

 

 それぞれの思いと共に。しかし今は、事後処理をが先決だ。ライネックとアシュクロフトが生き残る僅かな戦闘獣の相手を引き受けているうちに、海賊船アルカディア号は、ニューヨークを離脱していった……。

 

 

…………

…………

…………

 

—科学要塞研究所付近/激戦区—

 

 

 その一部始終をフランシスらによって伝えられ、戦士達は勇気を奮い立たせていた。

 

チャップマン

「世界中のみんなが、戦っている……」

シャア

「人々が一つになろうとしている。そういうことか……?」

 

 それは、かつてシャア・アズナブルが望んだ未来そのものと言っても過言ではない世界だった。かつての自分自身が犯した過ちの果てにある世界で、それが叶いつつある。その感覚はシャアに、不思議な幸福感を抱かせる。

 人類全体がニュータイプになれば、その世界が来る。かつてのシャアは、そう信じていた。だが、

 

シャア

(思えば私は、随分と遠回りをしていたのかもしれんな……)

 

 だが、その未来に辿り着くまでには数々の戦いがあった。それを知る者達も、ここにいる。

 

トビア

「バーンズ大尉、ギリ……。みんなも、戦ってる!」

ドモン

「アレンビー……キラル・メキレル。お前達も!」

アルゴ

「アンドリュー・グラハム……」

 

 かつては敵として、ある時は味方とし剣を、拳を合わせた好敵手達。彼らもまた、この世界のために戦っている。その事実は、トビア達の胸に勇気の炎を再び灯していた。

 それに、

 

アラン

「コズモレンジャーJ9……。フランシス、彼らとコンタクトが取れたのか」

フランシス

「ああ。依頼金は高くついたがな。心強い味方だ」

 

 正義の為だけではない。ある者は仕事としてミケーネと戦っていた。だが、彼らにも小さな仁義とプロフェッショナルとしての誇りがあることを疑う者はいない。

 

ショウ

「トッド、お前も……」

槇菜

「お姉ちゃん……!」

 

 べギルスタンで、決定的に違えてしまった。そう思っていた姉。しかし姉もまた、人類の危機に立ち上がっていた。もしかしたら、まだ分かり合えるのかもしれない。そんな安心感が槇菜の胸を安堵させる。

 

槇菜

「そうだ……お姉ちゃんも戦ってる。お姉ちゃんの本心だって、知らなきゃいけない。だから、こんなところで終われない!」

 

 ゼノ・アストラは光の翼を広げ、立ち上がった。

 

弁慶

「アルカディア号。それにバルバトスってことは!」

竜馬

「ああ。ハーロックと三日月だ。あいつら、こんなとこまで来やがって!」

 

 巨大な宇宙海賊船アルカディア号と、悪魔めいたガンダムバルバトスルプスレクス。他の者達が見慣れないそれに、ゲッターチームは懐かしむような反応を見せていた。竜馬も口は悪いが、彼らの到来を喜んでいる。それは皆に理解できる。

 

アムロ

「知り合いなのか?」

隼人

「ああ。俺達の世界……。B世界の、仲間さ」

 

 仲間。普段滅多にそんな言葉を使わない隼人も、そう口にして彼らを歓待していた。

 

エイサップ

「並行世界からの来訪者……。竜馬さん達の仲間も、ミケーネと戦ってるのか!」

アムロ

(あのガンダムタイプ。デビルガンダムとは別の禍々しさを感じたが。いや……)

 

 Zガンダムのアムロもメガランチャーを構え、暗黒大将軍へ向いた。今、大事なのは目の前の邪悪を討つことなのだ。それに、

 

アムロ

(力そのものに、正も邪もあるものか!)

 

 生まれの由来、意味。そんなものに人は縛られはしない。縛られてはいけない。仮に悪魔の力を持って生まれたものであっても、それを善き事のために使うことができるように。

 だからこそ、力を邪悪に行使する者を討つ。それがバイストン・ウェルに恵まれたこの命の使命。アムロは今、正義の怒りに燃えていた。

 

 

暗黒大将軍

「馬鹿な……。ミケーネ七大将軍が全滅?」

 

 一方、現実を直視できないでいる者がいた。暗黒大将軍。七大将軍は皆、彼の信任で選ばれた猛者達。それが、このような形で全滅の憂き目に遭うなどあってはならない。しかし、現実としてバーダラー、ハーディアス、ユリシーザー、ライガーン、スカラベス、アンゴラス、ドレイドウ全てが人間達の手によって倒されてしまった。

 

ゴーゴン大公

「暗黒大将軍様……!?」

 

 狼狽するゴーゴン。無理もない。ミケーネ最強の勇士が敗れたのだ。力の弱いゴーゴン大公のショックは暗黒大将軍以上だろう。

 

暗黒大将軍

「ゴーゴンよ。お前は火山島へ帰還し、ミケーネ帝国の立て直しを図れ」

 

 だからこそ、暗黒大将軍は力強く支持を飛ばす。たとえこれが負け戦だとしても、背中を見せて逃げ出すような真似はできない。

 味方を逃し、ミケーネ帝国の戦力を少しでも蓄える。そして暗黒大将軍に続く司令官が生まれるのを待つ。それが、彼の最善だった。

 

ゴーゴン大公

「し、しかし……!?」

暗黒大将軍

「よいか。例え俺が死んでも、ミケーネは死なん。お前は諜報部の一員として、勤めを果たせ!」

 

 何より、今ここでミケロスを失うわけにはいかないのだ。

 

ゴーゴン大公

「暗黒大将軍……。貴方は立派な戦士だった。そう、闇の帝王にお伝えします!」

暗黒大将軍

「うむ。……アルゴス長官によろしくな」

 

 振り返らず、仁王立ちし暗黒大将軍はミケロスの退路を守った。逃走するミケロス。しかし、マジンガー達も逃げる要塞を追う余裕はない。

 

甲児

「暗黒大将軍……!」

 

 追おうものなら、暗黒大将軍の反撃に晒される。そういう状態を暗黒大将軍は作り出していた。

 

マーガレット

「敵要塞、シグルドリーヴァの射程圏内を突破」

チャップマン

「俺もだめだ。ここからでは狙えん」

 

 シグルドリーヴァとジョンブルガンダム。狙撃を得意とする2機は懸念材料だったが、どうやら幸運は暗黒大将軍の方を向いたらしい。クツクツと暗黒大将軍は嗤う。

 

鉄也

「何がおかしい……!?」

 

 グレートマジンガーは、既に満身創痍だった。対して、暗黒大将軍にはまだ余力があるように見える。そんな笑い。いや、暗黒大将軍にも余力などないことは鉄也もわかっている。それでもなお、こうして笑っているその姿。それは、戦士としての年季の違いを鉄也に刻みつけていた。

 

暗黒大将軍

「剣鉄也、そして人類の戦士達よ! 褒めてやろう。お前達はこの暗黒大将軍率いる七大将軍の総攻撃に対し、その悉くを打ち破ってみせた。だが、ここが貴様らの墓場と知るがいい! この暗黒大将軍、貴様らを1人でも多く地獄への道連れにしてくれるわ!」

 

 ダークサーベルを高々と掲げる暗黒大将軍。暗雲が渦巻きそして、サーベルに暗黒の雷が降りた。

 

鉄也

「あれは!?」

 

 サンダーブレーク。グレートマジンガー最大の必殺技。暗黒大将軍はこの僅かの戦いの中でサンダーブレークを学習し、模倣してみせている。凄まじい怪物。攻撃の一つ一つを受けるのに精一杯だった鉄也では到底その域には届かない。そう、認めざるを得ない。

 

暗黒大将軍

「まずはグレートマジンガー、貴様から死ぬがいい!」

 

 暗黒大将軍の剣先から放たれた擬似サンダーブレークが、グレートを襲う。雷の強烈なエネルギーを受けたグレートマジンガー。ブレーンコンドルの中で鉄也は、その衝撃に叫びを上げた。

 

鉄也

「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

ヤマト

「鉄也!? クソッ……!」

 

 暗黒大将軍の下へ走るゴッドマジンガー。ゴッドマジンガーはヤマトの闘志に呼応し黄金の輝きを放っていた。その輝きが、闇の雷を打ち消していく。

 

暗黒大将軍

「“光宿りしもの”か!」

 

 破壊光線を放ち、ゴッドマジンガーの足を止める暗黒大将軍。ゴッドマジンガーとて受ければひとたまりもない攻撃。ヤマトはそれを寸前で回避し、魔神の剣を暗黒大将軍へ投擲する。だが、投げつけられた剣はダークサーベルで容易く切り払われてしまう。

 

ヤマト

「クッ……!」

暗黒大将軍

「どうした、もう終わりか火野ヤマト! ならば、まずは貴様から死ぬがいい!」

 

 暗黒大将軍にとっても火野ヤマトは、ゴッドマジンガーは生かしてはおけぬ怨敵。2万年前、ゴッドマジンガーが現れなければミケーネの世界支配はうまくいっていたのだ。その恩讐を、今こそ果たす。暗黒大将軍はダークサーベルを振りかぶり、ゴッドマジンガーへと迫った。そして、

 

ヤマト

「こなくそぉっ!?」

 

 振り下ろされたその瞬間、ゴッドマジンガーはダークサーベルを白刃取る。両の手で受け止め、暗黒大将軍の全体重をその身に受けるゴッドマジンガー。じり、じりとその身体は暗黒大将軍に押されていく。

 

暗黒大将軍

「フハハハハ! まずはお前だ。もらった!」

 

 暗黒大将軍の狂気じみた叫び。しかし次の瞬間、黒鉄の拳が暗黒大将軍の横腹を殴りつけた。

 

甲児

「俺達も、まだ戦えるぜ!」

 

 マジンガーZのロケットパンチだ。それを受け、苦しそうに呻く暗黒大将軍。その一瞬力が弱まった隙にゴッドマジンガーは剣の軌道を抜け脱出する。

 

暗黒大将軍

「貴様ら……」

 

 マジンガーだけではない。ゲッターロボ、ダンクーガ、ダンバイン、ヴェルビン、ナナジン、Zガンダム、ゲーマルク、スカルハート、F91、ゴッドガンダム、それにシグルドリーヴァとゼノ・アストラ。スーパーロボット軍団の総力が、暗黒大将軍の前に立ちはだかっている。

 

竜馬

「悪いな。どうやら昔のダチがこっちに来てるみてえでよ。一度挨拶しねえとならねえんだ!」

 

 トマホークを構えるゲッター1が、最初に動いた。空中を疾走し、トマホークを投擲する。それを先ほどと同じ要領で弾き返した暗黒大将軍。しかし、そのために剣を振り上げた一瞬でゲッター1はゲッター2へとチェンジ。巨大なドリルが暗黒大将軍へ迫る!

 

隼人

「ドリル・ストォォォォォォォーム!」

 

 ドリルの回転が竜巻を巻き起こし、暗黒大将軍を渦の中に捉える。そして逃げ道のない竜巻を突き進むドリルの突進。

 

暗黒大将軍

「ぬぅぉぉぉっ!?」

 

 ドリルに腹を貫かれながら、暗黒大将軍はダークサーベルを振るいゲッターを払い除ける。それを瞬時にオープンゲットし、躱すゲッター。竜巻の真上に真紅のボディ……ゲッター1が君臨する。

 

竜馬

「行くぜ、スパイラル・ゲッタァァァァァッビィィィッム!」

 

 ゲッター1の腹部から放たれるゲッター線の光。ゲッタービームが竜巻に乗り、竜巻の中をゲッター線の渦潮へと変えていく。言うなれば、ゲッター・ストーム。熱き怒りの嵐。

 

暗黒大将軍

「ゲッター……ゲッターロボ!」

 

 晴明の宿敵。それは今や、ミケーネの怨敵へと変わろうとしていた。ゲッタービームの嵐を受けながらも抜け出した暗黒大将軍。次に迫るものは、小型のマシンだった。オーラの力を吸い上げ、強くなる聖戦士の器。ダンバインとヴェルビンの2機が暗黒大将軍の眼前を駆け抜けていく。

 

暗黒大将軍

「ええいうるさいハエどもめ!」

 

 暗黒大将軍の目から放たれる破壊交戦。それを掻い潜り飛ぶダンバイン。オーラ力の高まりを感じながら、ダンバインは剣を握る。

 

マーベル

「ショウ!」

ショウ

「わかってる、合わせろ!」

 

 マーベルのオーラ力を介し、オーラソードに光が宿る。ヴェルビンも同様に。怨念、怨恨。憎しみを世界に広げるものを討つために、聖戦士の翼が翔ぶ。

 最初に動いたのはダンバインだ。ダンバインがオーラソードを大きく振りかぶり、暗黒大将軍を斬る。ダンバインの小さな身体からは、想像できないほどのパワー。それに合わせるように、ヴェルビンがオーラ力を放出する。雷鳴に撃たれたかのような衝撃が、暗黒大将軍を襲った。だが、ヴェルビンの攻撃はここからだ。

 

チャム

「やっちゃえ、ショウ!」

ショウ

「チャムのオーラ力も貸してくれ!」

 

 暗雲を突き抜けるように、ショウのオーラ力の全てを込めたハイパーオーラ斬り。ヴェルビンの全身から放たれるオーラ力を体内に直接注ぎ込まれる暗黒大将軍。ショウ・ザマだからこそ、できる荒技。それを身体中で受け、暗黒大将軍は叫ぶ。

 

暗黒大将軍

「ぐぅぅ、おのれぇ!?」

 

 怒りのままに放つ破壊光線にダンバインとヴェルビンは急速で離脱する。いかにオーラバトラーが地上で強力になっているとしても、このパワーの直撃を受ければどうなるかわからない。しかし、それと同時に入れ替わるように突撃するダンクーガ。断空剣の一閃を咄嗟にダークサーベルで受け止める暗黒大将軍

 

「へっ、大将軍っていうだけのことはあるじゃねえか!」

暗黒大将軍

「そんな剣にやられる俺ではないわ!?」

 

 しかし、次の瞬間にダンクーガは断空剣を離す。そして、徒手空拳を暗黒大将軍の胴体へ叩き込んだ!

 

「ハァッ!?」

 

 亮の鉄拳。続け様に繰り出される掌底。胴体にある暗黒大将軍の本来の顔を、ダンクーガの掌底が押し潰す。

 

沙羅

「今だよ!?」

マーガレット

「了解!」

 

 ダンクーガの格闘戦で視界を覆ったその間に、シグルドリーヴァが、F91が、TAがその銃口を構えていた。ダンクーガが4機の獣戦機に分離して離脱したその直後、無数のミサイルが、グレネードが、そしてヴェスバーが暗黒大将軍目掛けて放たれる。

 

ユウシロウ

「…………ファイア!」

 

 ユウシロウのTAも、残弾は残り少ない。その全てを込めた一斉射撃。

 

シャア

「これだけの火力だ。沈めぇ!」

 

 ゲーマルクも全身に搭載される多数のメガ粒子砲を放ち、暗黒大将軍へ叩き込んでいた。この戦い方は本来、シャアの好みではない。だが、モビルスーツという兵器で暗黒大将軍を相手にするならば、最大出力を一斉に叩き込む以外の選択肢はない。

 

ハリソン

「こ、れ、で、」

キンケドゥ

「ゲームオーバーだ。ド外道!」

 

 ハリソンとキンケドゥ。2機計6門のヴェスバーが同時に放たれる。モビルスーツとしては最大級の威力を誇る強力ビーム・ライフルの一斉射。普通の戦闘獣ならば、その一撃で吹き飛んでしまうだろう。しかし、それらを浴びながら暗黒大将軍は未だ、踏みとどまっていた。

 

マーガレット

「化け物め……!」

トビア

「いや……まだだ!?」

 

 暗黒大将軍の前に飛び込んだのは、スカルハートだ。マントをはためかせ、ドクロマークを胸から覗かせる海賊のガンダム。スカルハートはギリギリまで暗黒大将軍へ近づいていく。

 

暗黒大将軍

「貴様のような雑魚、踏み潰してくれる!」

 

 足を高く上げ、踏みつけようとする暗黒大将軍。その踏みつけた足下……トビアが脱ぎ捨てたABCマントだけがぺちゃんこになり、マントを脱いだスカルハート……クロスボーン・ガンダムX1改・改が、暗黒大将軍の眼前に躍り出た。

 

トビア

「こ、れ、も、も、ら、っ、て、い、け、ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 トビアからしても、暗黒大将軍の眼前に飛び込むなど自殺行為に等しい暴挙だった。だが、ABCマントを囮にして飛び込みそして、多面への同時攻撃を可能とする改造ビームライフル・ピーコックスマッシャーを撃ちまくる。

 

トビア

「加減なんて、効かねえぞぉぉぉぉぉっ!?」

 

 スカルハートは高性能MSだが、武装のパワーだけならばF91や、ゲーマルクの方が凄まじいものを持っている。だが、スカルハートはトビアのために調整が施された専用機。トビアに必ず、答えてくれる。

 無差別、無軌道に放たれる連装ビームライフルを至近距離で撃ちまくるスカルハート。暗黒大将軍はそれで目を火傷し、大きく後退する。

 

トビア

「ま、だ、だ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ!?」

 

 スカルハートの腰からシザーアンカーが射出され、暗黒大将軍の顔面を抉る。そして、ダメ押しとばかりに蹴り飛ばす。巨大な暗黒大将軍を蹴り上げた反動で飛び去っていくスカルハート。暗黒大将軍はそれを逃すものかと破壊光線を放つ。光線はスカルハートに命中し、機体が大きく炎上。しかし、すんでのところでコア・ファイターを脱出させ、逃げるトビア。

 

トビア

「……こりゃ、またウモンじいさんに大目玉食うぞ」

 

 だが、やれることはやった。あとは仲間に全てを託す。それが、トビアにできる最大限。そして、トビアが作ったチャンスを、仲間達は逃さない。

 

ヤマト

「これで終わりだ、暗黒大将軍!?」

 

 ゴッドマジンガーが、剣を拾い再び暗黒大将軍へ迫っていた。暗黒大将軍が振り向いた時、既にゴッドマジンガーの剣は振り切れないところまで迫っていた。そして、暗黒の将軍と神の魔神が交差する。

 

暗黒大将軍

「グッ、ぬぉぉ…………!」

 

 ゴッドマジンガーの剣は、暗黒大将軍の戦闘獣としての頭部……つまり、破壊光線を放っていた目のある機械の頭を切り捨てていた。

 

ヤマト

「ッ!? ……やっぱり、暗黒大将軍は強ぇ……」

 

 しかし、暗黒大将軍のダークサーベルはゴッドマジンガーの胴体を突き刺していた。幸い、ヤマトのいる心臓部は外れていたが、数ミリズレていればヤマトは今頃ひしゃげていただろう。それを認識し、ヤマトは冷や汗を書く。そして、ゴッドマジンガーは膝をつき倒れ伏してしまう。

 

甲児

「ヤマトッ!?」

 

 助けに入ろうとするマジンガーZ。だが、激戦に次ぐ激戦をくぐり抜けたマジンガーは僅かだが、反応が遅かった。このままでは間に合わない。

 

暗黒大将軍

「フフフ、”光宿りしもの”。貴様の首を闇の帝王への供物としてくれる!」

 

 ダークサーベルを引き抜き、今度こそトドメを刺そうとする暗黒大将軍。しかし、その動きを止めたのは聖なる護りを受けた、5本のワイヤーだった。

 

槇菜

「やらせ、ないっ……!?」

 

 ゼノ・アストラのワイヤーが突き刺さり、暗黒大将軍の右手を引き止める。右手の力が奪われているのを、暗黒大将軍は感じた。破邪の特性を持つ戒め。それを自身の身に受け、暗黒大将軍はスカルハートにズタズタにされた顔でゼノ・アストラを睨めつける。

 

暗黒大将軍

「旧神の巫女か、貴様さえいなければ、もう少し楽に地上制圧ができたろうに!」

槇菜

「ゼノ・アストラは、あなた達の目覚めと共に目を覚ました。この子は、あなた達を止めるためにあるんだ!」

 

 暗黒大将軍に、槇菜は全く怯まない。少し前の槇菜なら、きっと恐怖で身が竦み、動くことなどできなかっただろう。だが、今は違う。

 

槇菜

「私は、私の大切な人達を守るために戦ってるんだ! もう二度と、あなた達に私の……ううん、誰かの大事なものを壊させたりするもんか!」

暗黒大将軍

「ほう……! 面白い!」

 

 巫女とは、信託を授かるもの。だが、当世の旧神の巫女はそれまでの巫女とは違う。暗黒大将軍は槇菜との僅かなやり取りの中で、それを確信する。

 

暗黒大将軍

「これまで旧神の意志を授かる巫女は数多見たが、自らの意志で旧神を従える巫女は初めてだ!」

槇菜

「関係、ないっ! ゼノ・アストラは、そのために一緒に戦う相棒なんだ。神様でも、悪魔でもない。ただの、ゼノ・アストラ!」

 

 旧神の、ゼノ・アストラの瞳に光が宿った。そう、暗黒大将軍には見えた。その直後、ゼノ・アストラは光の翼を展開し、羽撃く。ワイヤーで暗黒大将軍を掴んだまま大空へと駆けていくゼノ・アストラ。舞い散る羽根が熱を持ち、暗黒大将軍を灼いていく。

 

暗黒大将軍

「グッ、ぬぉぉぉぉっ!?」

 

 邪悪を祓い清める煉獄の炎。命の翼。暗黒大将軍は、その炎に灼かれ悶え苦しんでいた。しかし、

 

暗黒大将軍

「ならば……っ!」

 

 左手で右腕を掴んだ暗黒大将軍は、そのまま自身の右腕を引き千切り旧神の戒めから脱出する。血のような緑色の液体が飛び散り、暗黒大将軍は激痛に絶叫しながら、大地へ落下していく。

 

槇菜

「嘘っ!?」

 

 急に軽くなった感覚と、起こった事実に一瞬、槇菜の脳はエラーを吐いた。信じられない手段で脱出した暗黒大将軍に、呆然とする。

 

エイサップ

「だが、これで奴は剣も、破壊光線も失った!」

アムロ

「ああ、このまま押し込め!」

 

 ウェイブライダーが加速し、ビームライフルを撃ちまくる。それを左手で払い除けながら、ナナジンのオーラフレイムソードをマントで防ぐ暗黒大将軍。

 

暗黒大将軍

「まだだ、まだ終わりはせんぞ!」

アムロ

「こいつっ……!?」

 

 アムロの脳裏に去来したのは一年戦争終盤、まだ少年だった頃に戦った男だ。

 男は乗機を失いながらも、丸腰の状態で抵抗を続けていた。その執念、その気迫に若いアムロはただ、気圧されるしかなかった。

 

——やらせはせん、やらせはせんぞ!

 

 あの男と同じ、いやそれ以上の気迫、闘気。それを暗黒大将軍は放っている。

 

アムロ

「俺だって、あの頃とは違う……!」

 

 アムロはマシンを変形させ、Zガンダムはハイパー・メガランチャーの照準を暗黒大将軍に合わせる。そして、発射。放たれた光はマントを焼き、エイサップの炎斬と共に暗黒大将軍のマントを無惨に焼き尽くしていく。

 

暗黒大将軍

「まだ、まだだっ! 剣がなければこの拳で、両手をもがれればこの歯で、命ある限り俺は戦うぞ! 俺は、ミケーネの暗黒大将軍だ!」

 

 最期の力を振り絞り、暗黒大将軍は尚も立っていた。そして、よろめきながらもその足を踏み締めて進む。

 

槇菜

「何なの、あの人……?」

 

 その凄まじい執念を槇菜は知らない。根源的な恐怖。暗黒大将軍という強敵の命は、今まさに尽きようとしている。そうでありながら、暗黒大将軍の覇気は衰えることを知らない。

 

鉄也

「なんて奴だ。暗黒大将軍……!」

 

 そんな暗黒大将軍を前に、満身創痍のグレートマジンガーが立ち塞がる。助力しようとする仲間達を制止し、偉大な勇者はマジンガーブレードを抜いた。

 

甲児

「鉄也君……?」

 

 その動きに怪訝な顔をする甲児。鉄也は首を振り、暗黒大将軍を見据えている。

 

鉄也

「甲児君。暗黒大将軍は、もう肉体的には死んでいる。死にながら、気力だけで生きているんだ……!」

 

 その闘志に。その執念に。

 例え倒すべき敵であったとしても、正々堂々と応えたい。激闘の中で鉄也は、暗黒大将軍に共感を抱いていたのだ。

 

鉄也

「暗黒大将軍。お前も俺も、戦うために生きてきた。勝利を導く勇者として。だからこそ、今日この瞬間、俺はお前を倒す!」

暗黒大将軍

「来い、剣鉄也! だが俺はただでは死なぬ! 貴様も、グレートマジンガーも道連れだ!」

 

 それは、友情と呼んでもいいのかもしれない。最大の強敵だからこそ、強く、強大であってほしい。そんな相手と闘うことでのみ果たされる充足感。

 

鉄也

「アトミック・パンチ!」

 

 グレートの鉄拳が飛ぶ。しかし暗黒大将軍は左手でパンチを払い除け、グレート目掛けて突き進む。

 

暗黒大将軍

「こんなものか剣鉄也! ならば今日が貴様の最後だっ!?」

 

 左手の拳を突き出す拳骨が、グレートを襲う。暗黒大将軍の拳は、超合金ニューZのボディを貫いて唸りを上げる。

 

鉄也

「クッ、まだだ。保ってくれグレート! ブレストバーン!?」

 

 グレートの放熱板から放たれる熱線を受け、暗黒大将軍は悲鳴を上げた。だが、それでも暗黒大将軍はブレストバーンの放熱板を掴み、そして砕く。

 

鉄也

「何っ!?」

 

 ブレストバーンとグレートブーメラン。一度に2つの武器を失ったグレートを、暗黒大将軍はさらに強靭な脚で蹴り飛ばす。衝撃で、グレートは倒れ伏し、マジンガーブレードを落としてしまう。暗黒大将軍は、マジンガーブレードを踏み潰しさらにグレートを踏みつけにする。

 

鉄也

「クッ……!?」

 

 やはり、暗黒大将軍は強い。今まで鉄也が戦ってきた誰よりも。

 

槇菜

「鉄也さん!?」

 

 助けなきゃ。咄嗟にゼノ・アストラが向かおうとするが、「よせっ!」というドモンの言葉に槇菜の行動は遮られる。

 

槇菜

「どうしてっ!?」

ドモン

「これは、鉄也自身の闘いだ。まだ勝負はついちゃいない!?」

 

 鉄也は今、戦っているのだ。甲児やドモンへの嫉妬心に苛まれた己自身の弱い心と。

 暗黒大将軍は、鉄也の鏡だ。最強の武将としてミケーネを率いる恐怖の勇者。技も、力も、ミケーネ最強に等しいミケーネの勇者。

 偉大な勇者グレートマジンガーは、剣鉄也は、その在り方を決して否定できない。悪の道に走ったものだが、暗黒大将軍は紛れもなく、グレートマジンガーのパイロットとして人類の未来を背負った剣鉄也の、鏡写しなのだ。

 だからこそ。

 だからこそ。

 

ユウシロウ

「打ち勝たなければならない、己自身の影……」

エイサップ

「鉄也さんが、剣鉄也である為の闘い……」

竜馬

「ああ。だから、今鉄也に加勢するなんて味な真似をする奴は、俺がブン殴ってやるぜ!」

 

槇菜

「…………鉄也さん」

 

 槇菜だけではない。甲児だって、いやドモンも、エイサップも、竜馬だって今にも助けに行きたい気持ちは変わらない。

 

甲児

「俺は……俺は信じてるぜ! 鉄也君は、グレートマジンガーは必ず勝つ!」

 

 マジンガーZの中で、甲児が叫んだ。

 

 

 

暗黒大将軍

「これで終わりだ、剣鉄也!?」

 

 倒れたグレートマジンガーに覆いかぶさるように、暗黒大将軍が馬乗りになる。そして生きている左手が、ブレーンコンドルへ迫った。

 

鉄也

「やられる……!?」

 

 このままブレーンコンドルを潰されれば、鉄也は死ぬ。死の恐怖が、鉄也に鎌首を擡げる。しかし、死の恐怖と隣合わせの時にこそ、勇者の真価は問われるのだ。

 そしてグレートマジンガーは、剣鉄也は偉大な勇者である。死の恐怖が、却って鉄也の思考をクリアにする。

 

鉄也

「今だっ、ネーブルミサイル!?」

 

 腹部に残っている最後の武器、ネーブルミサイルが暗黒大将軍の胴体……即ち顔面に直撃し、破裂する。ぶちっ、という音と共に暗黒大将軍の顔は今度こそ完全に潰れ、血のような、オイルのような液体が噴出する。

 

暗黒大将軍

「ウギャァァァァァァァァァァッ!?」

 

 かつてないほどの絶叫を上げ、悶え苦しむ暗黒大将軍。その瞬間、グレートマジンガーは暗黒大将軍から離れて残るエネルギー全てを頭部の避雷針へ注いでいく。

 

鉄也

「サンダー・ブレーク!?」

 

 渾身の力を込めたサンダーブレーク。しかしそれを受けながらも暗黒大将軍は突き進む。そして、左手の拳をグレートマジンガーの胴体に突き刺した。

 ドッ、とグレートの全身からオイルが抜けていく。まるで心臓を潰されたかのように噴き出す多量の液体。忽ちグレートマジンガーは息絶え、膝をついた。

 

槇菜

「鉄也さん!』

 

 今度こそダメだ。もうグレートに逃げる力も残っていない。槇菜は直感する。しかし、

 

ショウ

「大丈夫、鉄也は無事だ。それに……」

 

 暗黒大将軍にも、剣鉄也へトドメを刺す力はもう残されてはいなかった。

 

暗黒大将軍

「フ、フフフ。やったぞ、俺は……グレートマジンガーを倒したぞ」

 

 もはや目も見えていない。口を動かすので精一杯。そんな状態で暗黒大将軍は、よろめきながら勝利を確信していた。

 あとは、剣鉄也にトドメを刺す。それだけでいい。それだけで。だが、もうグレートマジンガーがどこにいるかもわからない。

 そんな暗黒大将軍に声をかけたのは、流竜馬だった。

 

竜馬

「……介錯は、いるか?」

 

 もはや、暗黒大将軍も最期。それは誰の目にも明らかだった。そんな状態で、強敵である暗黒大将軍にそう呟いたのは、竜馬なりの敬意だったのかもしれない。だが、暗黒大将軍はそれに笑って答えるのみ。

 

暗黒大将軍

「フ、フフフ……その必要はない。今の俺の必要なのは、地獄の責め苦にも耐える勇者の詩だ! フフフフハハハハハハハ!!」

 

 その言葉とともに、暗黒大将軍の身体が割れる。戦闘獣として改造された身体の内部が、爆発を起こしているのだ。爆発は爆発を呼び、誘爆しながらやがて暗黒大将軍の全身を包み込んでいく。

 

暗黒大将軍

「グフッ、グハァァァァァッッ!?」

 

 それが、暗黒大将軍の最期だった。爆炎に呑まれ、やがて全身が炎の中に包まれ消えていく。

 その爆発を、目の前で見ていた剣鉄也。グレートマジンガーは動かない。だが、鉄也は生きている。

 

鉄也

「暗黒大将軍……。道を誤りこそしたが、お前は勇敢な将軍だった」

 

 ヘルメットから血を流しながら、鉄也は燃え上がる暗黒大将軍の遺体を前に敬礼のポーズを取っていた。それが、せめてもの弔いになると信じて。

 

甲児

「鉄也君……」

ヤマト

「鉄也……」

 

 甲児と、ヤマトもそれに続くように暗黒大将軍の亡骸へ敬礼のポーズを送る。

 

ジョルジュ

「…………」

弁慶

「…………南無」

 

 やがて、皆がそれぞれに弔いのポーズを取っていた。暗黒大将軍。彼はそれほどの強敵だった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

マーガレット

「…………」

 

 敬礼のポーズを取りながら、マーガレットは燃え上がる暗黒大将軍の遺骸を見つめていた。

 

槇菜

「……マーガレット、さん?」

 

 その瞳にどこか、暗い影があるのに気付き槇菜は不審そうに声をかける。

 

マーガレット

「…………私の大事な人は、その魂を弔うことすらできていない」

槇菜

「あ…………」

 

 紫蘭。邪霊機に囚われ、少女の死人形となっていた男。彼に対しマーガレットが向けていた視線と重なり、槇菜は思わず口を噤んだ。

 

マーガレット

「いいのよ、槇菜。私は……私の闘う理由を見つけたんだから」

 

 マーガレットの瞳に映る焔は、戦士への哀悼炎だろうか。それとも、愛する者の死すらも奪った者への、憎しみの炎だろうか。

 

槇菜

「そうだ。暗黒大将軍を倒してもまだ、終わりじゃないんだ」

 

 ミケロスは結局逃してしまった。それに邪霊機の少女ライラ。彼女の目的は未だにはっきりとしない。そして……。

 

エイサップ

「サコミズ王……。あなたは、この地上に戻ってどうするつもりです?」

 

 海と大地の狭間の世界には、まだ大きな火種が残っている。エイサップは感じていた。ホウジョウ軍と、サコミズ王との戦いの時はもう、すぐそこまで迫ってきていることを……。

 

 

第一部「暗黒大将軍編」完

第二部「桜花嵐編」へ続く……。




次回予告

暗黒大将軍を失って 怒る闇の帝王の
真の手が迫る槇菜達
地獄の底より蘇る 大元帥の歪んだ笑い
ピンチを救うはブラスター・キッド
やってきましたJ9

次回、「情け無用のJ9」
に、即、参上!



…………
スーパーロボット大戦VB
第二部『桜花嵐編』

追加参戦作品
機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ
銀河旋風ブライガー
わが青春のアルカディア 無限軌道SSX
…………


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二部「桜花嵐編」
第16話「情け無用のJ9」


—ミケーネ帝国/火山島基地—

 

 

 

 ミケーネ帝国の地上侵攻最大の足掛かりとして密かに建造された火山島基地。活火山のマグマをエネルギーにした巨大な移動要塞こそが、現在のミケーネ帝国の本拠地である。万能要塞ミケロスと共に帰還したゴーゴン大公は、闇の帝王に暗黒大将軍の戦死という、重い報告をするために参上していた。

 

闇の帝王

「そうか……。暗黒大将軍、大義であった」

 

 闇の帝王。邪悪なる炎の化身とでも呼ぶべき巨大なミケーネの王はゴーゴン大公の報告を聞き入れ、深く溜息を吐く。

 

ゴーゴン大公

「申し訳ありません闇の帝王様。暗黒大将軍と七大将軍を失い、ミケーネは手酷いダメージを受けました」

 

 このままでは、地上侵攻にも大きな遅れが出る。ゴーゴン大公の所属する諜報部には目立った被害こそないものの、それでも実働部隊とも言うべき戦闘獣の多くを失ったのだ。そして、その指揮を行う者達も。

 

闇の帝王

「いや、ゴーゴン大公。貴公はよく生きて帰った。暗黒大将軍の最期……よく我に届けてくれた。礼を言おう」

 

 闇の帝王にとっても、暗黒大将軍は得難い存在だった。だからこそ、ゴーゴン大公がこうして暗黒大将軍の最期を届けてくれたことには大きな意義があった。

 配下であり、忠臣であり、友でもある暗黒大将軍を弔うために、今ここに闇の帝王はミケーネ帝国に残る全ての戦力、臣民、忠臣を呼び集めたのだから。

 

アルゴス長官

「暗黒大将軍……。彼の死には、諜報部の長官たる私にも責任の一端があります。闇の帝王、処罰はなんなりと受け入れましょう」

闇の帝王

「いや、アルゴス長官。それには及ばんよ。しかし……」

 

 茫。炎はいっそう熱く、強く揺らめいた。それは、暗黒大将軍を、バーダラーやユリシーザーらミケーネ七大将軍らを黄泉路へ送る葬送の炎。

 

闇の帝王

「暗黒大将軍よ、ミケーネ七大将軍よ。安らかに眠るがいい。地上を取り戻すという我らがミケーネの宿願……。この男が叶えるであろう」

 

ゴーゴン大公

「この男……?」

ヤヌス侯爵

「あっ、あれはっ!?」

 

 闇の帝王を形作る暗黒の炎。その奥にゆらり、と揺らめいて影が映る。その頭部には、マジンガーのように人が乗っている。いや、人間が入っているという方が正確かも知れない。

 白髪を讃え、猛禽のように鋭い目をした老人がマシンの中で、生命維持装置にくくりつけられているのだ。

 その戦闘獣は、揺らめく闇の炎を掻い潜りゴーゴン大公の、ヤヌス侯爵の、アルゴス長官の前に姿を現した。

 

ゴーゴン大公

「ド、ドクターヘル……!?」

 

 ドクターヘル。かつて世界征服を目論みバードス島に残されたミケーネの遺産・機械獣を用い暗躍した悪の天才科学者。マジンガーZに倒されたはずのヘルが、戦闘獣の頭部の中に鎮座しているのだ。

 

地獄大元帥

「そう、ワシはドクターヘルだった。しかし、今は闇の帝王により新たな命と、地獄大元帥という名前をいただいたのだ!」

ゴーゴン大公

「ぬ、ぬぅ……!?」

 

 ゴーゴン大公にとっても、地獄大元帥……いや、ドクターヘルは無関係な存在ではない。以前の戦いで、ゴーゴン大公はドクターヘルに接触し、妖機械獣を提供していた。しかし、ゴーゴンはドクターヘルを見限って最終決戦の前に姿を消していた。そんなゴーゴンだから、目の前に死んだはずのヘルがいるという事実に戸惑いを隠せない。

 

地獄大元帥

「フッ、案ずるなゴーゴン大公」

ゴーゴン大公

「…………っ!?」

 

 ゴーゴンの焦りを見透かされたように言う地獄大元帥。ゴーゴン大公の額に、じわりと汗が滲んだ。

 

地獄大元帥

「改めて、自己紹介しよう。闇の帝王の命により、亡き暗黒大将軍に代わり地上侵攻の総司令を任命された地獄大元帥。闇の帝王により蘇ったわしの力、憎きマジンガーを地獄へ送ってみせようぞ!」

 

 ドクターヘル。いや、地獄大元帥。彼の瞳は憎しみに歪んでいた。その瞳にたじろぐゴーゴン大公。一方、ヤヌス侯爵はその瞳に強いシンパシーを感じていた。

 憎しみほど、強い感情をヤヌス侯爵は知らない。地獄大元帥の抱える憎悪は間違いなく、これまで見てきた中で最も強く、深い憎悪だった。

 

ヤヌス侯爵

「地獄大元帥、このヤヌス侯爵に一番槍をお任せください!」

 

 故に、ヤヌス侯爵は既に地獄大元帥に恭順を示した。この男ならば、確実にやってくれる。我らミケーネの悲願を。

 

地獄大元帥

「ウム、ヤヌス侯爵。暗部としての活躍は闇の帝王から聞き及んでいる。早速科学要塞研究所に向かえ。そしてあわよくば、兜甲児、剣鉄也の息の根を止めるのだ!」

ヤヌス侯爵

「ハッ!」

 

 ヤヌス侯爵の肩に乗る黒猫が不気味に鳴く。すると、ヤヌス侯爵の首が180°回転し、色白の美女の顔から醜悪な山姥の顔へと変貌を遂げる。不気味な笑い声を上げながら、踵を返し、歩き出すヤヌス侯爵の後ろ姿を見送りながら、地獄大元帥はクツクツと嗤っていた。

 

アルゴス長官

「……地獄大元帥、よろしいのか?」

地獄大元帥

「暗黒大将軍の犠牲を無駄にせぬためには、奴らのダメージが完全に癒えぬ前に追撃をかけるのが上策だ。そして我々も戦力を整え直す時間を稼がなければならん」

 

 地獄大元帥の言は、理に適っている。故に、アルゴス長官はそれ以上の追及をやめた。

 

アルゴス長官

(武人気質の暗黒大将軍と違い、搦手を容赦なく使う地獄大元帥か……。面白い)

 

 地獄の業火が燃え盛る火山島の奥、地獄大元帥の嗤い声が深く、暗く響いていた。まるで世界を呑み込むような暗闇の中で、闇の炎が揺らめきそして、燃え上がっていた。

 

 

…………

…………

…………

 

—科学要塞研究所—

 

 

アラン

「フランシス、よく来てくれた」

 

 暗黒大将軍との激闘を終えた後、アラン・イゴールは盟友フランシスとの再会を喜び合っていた。ハリソンもまた、岩国基地の海楽らとの再会を喜び、報告を聞いている。

 

フランシス

「アランが地球に降りた後、俺達バンディッツはコロニーで独自に木星軍やデビルガンダムの動向を調査していた。あの後、宇宙でも異邦人が現れてな」

アラン

「あの海賊船か。竜馬達の知り合いのようだったが……」

フランシス

「ああ。彼ら……アルカディア号の面々と接触し事実関係を調べたところ、アランから報告のあったB世界の住人じゃないかという話になってな。ゲッターロボの写真を見せたところ、ゲッターチームとは以前共に戦った仲だと言っていた」

アラン

「なるほどな……」

 

 現在、ゲッターチームはアルカディア号と合流するためにゲッターエンペラーでランデブー・ポイントへ向かっている。調整役として、トビア達クロスボーン・バンガードの面々とアムロ、シャアらを随伴しての大御所になっているが、彼ら自身が名乗り出たというのも大きな理由だった。

 トビア曰く、『同じドクロの旗を掲げた船を、この目で見てみたい』とのこと。

 

アラン

「それに、コズモレンジャーJ9か……」

 

 宇宙世紀時代。 人類はスペース・コロニーの外に更なる外宇宙を目指し、火星、木星、土星、水星、金星と開拓地を広げた。地球圏外の惑星間では、地球連邦の管理下から外れて独自の経済圏を作り出していった。

 だが、未来世紀になり各国家コロニーが自分達の経済圏を守ることを重視し、互いに睨み合うようになると、そんな地球圏外のことは忘れらていった。

 そうして忘れ去られた星間国家間は、次第にマフィア・コネクションの牛耳る悪徳の無法地帯に成り果てた。煌めく星々の裏側には、悪の笑いが木霊していた。

 火星のバイキング・コネクション。木星衛星を拠点とするガリレオ・コネクション。金星のヴィーナス・コネクション。その他大勢のマフィア・コネクションが支配する悪徳の世界。

 だが、そんな悪徳に支配された銀河を股に掛け、悪党どもを成敗する者達がいた。

 その名も、コズモレンジャーJ9。報酬さえ払えば必ず仕事をやり遂げるエキスパート達。

 

フランシス

「J9の噂はコロニーでも聞いていた。彼らも地球圏で、あるコネクションの動向を追っていたらしい。J9とのパイプ役を名乗る武器商人とコンタクトを取ることに成功し、そして依頼したんだ」

アラン

「依頼……そうか。パブッシュ艦隊か」

 

 パブッシュ艦隊。アメリカ政府から独立した無国籍艦隊。旧世紀から残っている核弾頭を貯蔵しているという噂もある原子力空母の動向は、アランも細心の注意を払っていた。

 

フランシス

「バンディッツとして、俺はJ9に依頼した。パブッシュ艦隊の背後にあるものの調査を」

アラン

「たしかに、パブッシュ艦隊の裏には、強力なバックボーンがあるのは確かだな。それが敵か、味方かは断言できぬが……」

フランシス

「J9は今後のため、一度こちらと合流する手筈になっている。今日中には、ここに着くだろう」

 

 フランシスの報告を受けてアランは頷く。そして、アランは愛機ブラックウィングを見やった。獣戦機に比べれば損傷は酷くはない。だが、ブラックウィングも激戦の中心を潜り抜けてきた消耗は蓄積している。

 暗黒大将軍は倒した。だが、まだ戦いが終わったわけではない。戦力を整え直せば、再びミケーネ帝国は攻勢に出るだろう。

 

アラン

(それまでに、敵の本拠を突き止め叩く必要があるか……)

 

 もし、もう一度ミケーネが前回と同じ規模の総攻撃を仕掛けてきたら。今度も人類が勝利できると言う保証はどこにもない。

 しかし、それでも今は。

 

アラン

「フランシス、俺のいない間バンディッツをよくまとめてくれた。とにかく休んで、英気を養ってくれ」

 

 それがたとえ束の間のものでも、勝ち取った平和を享受する権利は戦士達にもある。今はとにかく、数時間でいいからベッドで眠りたい。そう、アランも思っていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 科学要塞研究所が聳える相模湾は、港として旧世紀には栄えていた。未来世紀62年現在においてもその名残は残っており、日本という島国の主要産業のひとつである漁業を成り立たせている。相模の町は、そんな港町。今、マーガレット達は思い思いに過ごしていた。

 「今のうちに休暇を楽しんでほしい」という剣蔵博士の計らいである。街へ繰り出し、買い出しに出かけたショウとマーベル。現代の街を案内するといってヤマトとアイラも研究所を後にしていた。そんな中、研究所に残っていたマーガレットは、先ほどまで沙羅と2人でトレーニングルームを借り、身体を動かしていた。今はそれを終えて、シャワーを浴び終えたところ。マーガレットが通路で槇菜を発見したのは、全くの偶然だった。

 

マーガレット

「槇菜?」

 

 米国軍の制服を脱ぎ、動きやすいスポーツウェアに夏用コートに着替えたマーガレット。ハンドタオルで汗を拭い、スポーツドリンクを飲みながら歩いていた。

 

槇菜

「あっ、マーガレットさん」

 

 マキナも学校指定のセーラー服から一変。動きやすいシャツの上にベスト、山用のスカートの下から長袖のジーンズを履いたアウトドアファッションに身を包んでいた。槇菜の右手には釣竿。バケツと網も用意しての本格的な釣りのための服装である。

 

マーガレット

「釣り?」

 

 ニホンの女学生にしては、珍しい趣味。そう、マーガレットは思った。槇菜は満面の笑みを浮かべ、

 

槇菜

「はい。私の他にも何人かいるんですけど、ルー博士が車を出してくれるって。マーガレットさんも、どうですか?」

 

 そう、マーガレットを誘うのだった。

 

マーガレット

「そうね……」

 

 正直なところ、べギルスタンで合流してからバタバタとしすぎて、ロクな話もできていない。槇菜や仲間達としっかりと話をするいい機会かもしれない。そう考えてマーガレットは頷く。

 

マーガレット

「じゃあ、支度をするから5分だけ待ってもらうよう、博士達に伝えておいて」

槇菜

「はいっ!」

 

 柔かに頷いて、駆けていく槇菜。その姿はまだまだ子供のように、マーガレットには見えた。

 

 

 そうして今、ルー・ギリアム博士の運転する車に槇菜とマーガレット、それに雅人とローラが乗っている。

 

ルー博士

「ニホンは島国だから、海が沢山あるのが魅力的ですネー!」

 

 サングラスを掛け、上機嫌にワゴン車を飛ばすルー博士。博士から見れば日本は珍しいものばかりなようで、サングラスの奥でその瞳を子供のように輝かせているのを、助手席のマーガレットは感じていた。

 

槇菜

「私の育った岩国も、海に面した港町だったんです。日本って小さな島国なんだけど、だからこそ貿易が栄えて発展したところもあって……」

 

 後ろの座席から、槇菜が話している。だいぶ、精神的にも落ち着いているのか今の槇菜は上機嫌に見えた。

 

雅人

「へへっ、それにしても役得役得」

 

 後部座席で槇菜とローラの真ん中に座る雅人が何やら呟いている。槇菜もローラもそんな雅人を不思議そうな面持ちで見ながら小首を傾げている。

 

ローラ

「雅人、釣りなんてやったことあるの?」

雅人

「任せて頂戴よ。こう見えて俺、色々と多才なんだぜ?」

 

 ローラは、雅人にかなり懐いているように槇菜には見えた。そこで、雅人ら獣戦機隊とはそれなりの付き合いになっているが、ローラのことはあまりよく知らないことに槇菜は思い至る。

 

槇菜

「そういえば、ローラちゃんって雅人さん達との付き合い長いの?」

 

 ローラは見たところ、槇菜とそう歳も変わらない。だから、槇菜は緊張するでもなくローラに話しかけることができた。ローラはそれを聞くと、「うん」と頷く。

 

雅人

「ローラはさ、元々アメリカに住んでたんだけど、ムゲ帝国との戦争で親を亡くしたところを忍が見つけたんだ」

 

 答えたのは、雅人。つまりは戦災孤児。その事に思い至り、槇菜は「あっ」と口籠る。しかし、ローラはそんな槇菜へ首を横に振って笑いかけるのだった。

 

ローラ

「いいの。お母さんのことは悲しいけど、今は忍や亮や雅人みたいなお兄ちゃんや、沙羅お姉ちゃん。それに葉月のおじさま、イゴールおじいちゃんがいるもの」

槇菜

「そっか……」

雅人

「ハハ、お兄ちゃんか……」

 

 露骨に肩を落とす雅人。それを不思議そうに小首を傾げて見つめるローラ。ローラの抱く仔犬のベッキーが、雅人の頬をペロリと舐めた。

 

雅人

「うわっ! やめてよもうっ!?」

 

 しかし雅人の抗議は、そんな様子に笑い出すローラ達になし崩し的に保留にされてしまう。

 

マーガレット

「アメリカ……。北米にはムゲ・ゾルバドス帝国に前線基地が作られた。ローラの故郷はもしかして、その北米戦線の最前線?」

 

 当時、マーガレットはまだ学徒生。それでも彼女の故郷ニューヨークも、一時期はムゲの占領下に置かれていた。最前線ともなれば、その被害は凄まじいものがある。アメリカの治安回復に時間がかかっているのは、ムゲ戦役の傷痕によるところも大きかった。

 

雅人

「そういうこと。お母さんを亡くしてベッキーと2人きりだったローラを、忍が助けたんだ。それで、ローラは忍を頼って1人と一匹で俺達獣戦機隊を探し回っちゃってさ。で、葉月博士がローラを養子として引き取ってくれたってわけ」

ローラ

「うん。葉月のおじちゃん、顔は怖いけどすっごく優しいんだよ!」

 

 頷いて笑うローラ。マーガレットはその屈託ない笑顔を少し、羨ましくも思う。

 話を聞くに、ローラの人生はマーガレットにも負けないほどの波乱に満ちているように聞こえた。にも関わらず、ローラはこうして屈託なく笑い、雅人達に甘えていられるのだから。

 同じアメリカで生まれ、育ちながらもマーガレットがローラくらいの頃はそんな風に笑えなかった。

 

マーガレット

「ローラは……強いのね」

 

 運がいい。そう言ってしまうのは簡単である。だが、ローラの境遇をそう言ってしまえば自分の人生が不運なものであると認めてしまうような気がして、マーガレットはあえてそう言った。

 

ローラ

「ううん。私はいつも守ってもらって、雅人達が大変な時はいつも留守番よ」

 

 マーガレットの気持ちを知ってか知らずか、ローラはそう返す。自分の無力を素直に認められる。そんなところもマーガレットには、強い女の子に見えた。

 

槇菜

「……でも、そっか。ローラちゃんにとっては雅人さんや忍さん達は、お兄ちゃんなんだ」

 

 そんな話を聞きながら、槇菜が呟いた。槇菜にとっての、甲児やエイサップがそうであるように。そう思うと、途端にローラへ親近感が湧いてしまう。

 

ローラ

「うん。雅人は私がワガママ言っても付き合ってくれるから、大好きなお兄ちゃんだよ!」

 

 ローラの返答には、一切の屈託がない。「大好きな」「お兄ちゃん」その2語に全くの矛盾が存在していないことは、槇菜でもわかる。

 

ルー博士

「さぁ、そろそろフィッシングスポットデース!」

 

 ルー博士の声で、槇菜は窓を見やった。見れば既に科学要塞研究所からはかなり離れており、海と大地を繋ぐようにしてできた架け橋が見える。見ればポツポツと釣りや散歩に興じる人がまばらにおり、人々の活気を感じられる。

 車の窓を開け、小さく顔を出す槇菜。岩国とはまた違う、潮風の匂い。

 

槇菜

「ずっと岩国で暮らしてたのに、気づかなかった。海って、気持ちいいところだったんだ!」

 

 今まで、そんなことを意識する余裕もなかった。だけど今こうして潮風を浴びて思うのは、生きているという充足感だ。

 それは、この短い夏の間で槇菜に齎された、ある種の価値観の変容によるものかもしれない。生き死にの世界をくぐり抜けて改めて感じる、生きていることへの感謝。

 

マーガレット

「……なんていうか、逞しいわね」

 

 マーガレットが呟く。ここはつい先日、ミケーネの総攻撃に晒された土地だ。実際、犠牲となった人は数知れずいるだろう。ここでこうしている人達は運がいいだけなのかもしれない。だが、それでも彼らも……マーガレット達も今を生き伸び、そしてこうして釣りに興じている。

 

ルー博士

「ミス・マーガレット。あなた達が、彼らの今日を守ったのデース」

マーガレット

「……あまり、実感はないわね」

 

 マーガレットからすれば、それは結果でしかない。ゼノ・アストラのことも、紫蘭のことも。それにあの少女のことも……まだ、何も決着はついていない。まだ、マーガレットの戦いは終わっていないし、はじまったばかりだった。

 

槇菜

「マーガレットさん……」

 

 そしてそれは、槇菜もそうだ。

 

ルー博士

「ンー……。あんまり、深く考えすぎるのもいいものではありまセーン。少なくとも、あなた達が守った命にだけは、胸を張ったほうがいいのデース」

槇菜

「守った命……」

 

 今ここにいる人達は、槇菜達が守った命。槇菜の、勲章。少しだけ、その響きはくすぐったいものがある。

 

槇菜

「うん、ありがとうございます。博士」

 

 それでも、ルー博士の言葉を素直に受け取めるだけの心の余裕が槇菜にはあった。それに、何よりも。

 

槇菜

「せっかくだもん。しんみりしてないで、楽しまないと損ですよね!」

 

 久しぶりの釣りを楽しみたい。そう思っているのは本心なのだから。

 

 有料駐車場にルー博士が車を停め、一同が車から出る。

 

雅人

「おっ、俺達以外にも面白い奴らがきてるぞ」

 

 雅人が見つけたのは、釣り場になっている橋のすぐ近くの土手を走っている二人の男だ。槇菜達も雅人が指差した方を向き、その存在に気付く。

 

槇菜

「あれ、ドモンさんと鉄也さんですよね?」

 

 そう、ドモン・カッシュと剣鉄也。鉄也はトレーニングウェアに着替えており、大きく拳を突き出している。そして、ドモン・カッシュは鉄也の鉄拳をその掌で受け止め続けていた。

 

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

ドモン

「どうした、その程度の拳では悪党一人倒すこともできんぞ! もっと腰を入れろ!」

 

 ドモン・カッシュにとって意外だったのは、この特訓を鉄也自らが申し出てきたことだ。

 今まで鉄也は、ドモンに対してどこか当たりが強いものがあった。それをドモンは、鉄也自身の強さへのプライドからくる反骨心であると考えていた。だがあの悪霊将軍ハーディアスとの戦い以降、鉄也自身が明確に変わり始めている。

 あえて言うなら、周囲の人間に対して鉄也が意識的か無意識にかはわからないが作っていた隔たりが弱くなっていた。

 

鉄也

「俺は、もっと強くなりたい。だから、俺に稽古をつけてくれ!」

 

 そう言って、ドモンに頭を下げてきたのが今朝のこと。それから鉄也はずっと、ドモンやシャッフル同盟の面々。それに竜馬や隼人を交えて特訓を繰り返している。

 

竜馬

「いいか鉄也。本物の空手ってのは、相手をぶちのめすんだ」

隼人

「実戦では相手の急所を的確に点け。目だ、耳だ、鼻だ。相手の五感を奪えばそのままなぶり殺せる」

 

 ……そんなアドバイスを交え、鉄也の徒手空拳はだいぶ様になっていた。元々、厳しく己を鍛えてきた鉄也だ。パイロット以外の面でもこと「戦い」に関しては筋がいい。そこに達人級の格闘家達の指導を受け、鉄也の武術は目覚ましい成長を見せている。

 

チボデー

「鉄也のスタイルは、我流のカンフーだな。ケンポーは亮やサイ・サイシーの領分じゃねえか?」

「いや、鉄也のはあくまで我流。下手に俺やサイ・サイシーの型を叩き込むよりは、あいつなりに吸収させたほうがいい」

 

 竜馬と隼人が自分達の世界の仲間との合流地点に向かうと言って離れ、入れ替わるようにチボデーと亮。彼らも自分の用事を済ませると言って出ていき、そして今はドモンと鉄也の2人。鉄也はドモンと、マンツーマンで特訓に勤しんでいた。そして午後には鉄也の拳のキレは、脚の圧は間違いなく早朝よりも強くなっていた。

 

鉄也

「ハッ、ハッ、ハッ!」

ドモン

「そうだ、もっと打ち込め!」

 

 ドモンとしても、自分がこうして修業をつける側になるとは考えてもいなかった。だが、今のドモンを作っているのは東方不敗、それにシュバルツ・ブルーダー……多くの師の教えがあってのもの。こうして鉄也を鍛えていると、彼らのことを思い出す。

 鉄也の打ち込みを受け切り、ドモンは休憩の合図を出す。肩で大きく息をつき、鉄也はミネラルウォーターの蓋を開ける。

 

鉄也

「フゥ…………」

 

 鉄也もパイロットとして、日々の鍛錬を欠かしたことはない。基礎体力の面ではドモンら一流の武闘家にも引けを取らなかった。そんな鉄也が、ミネラルウォーターを頭から被り大地へ倒れ込む。

 

ドモン

「いいか鉄也、わだかまりややましさのない澄んだ心。明鏡止水だ。それが己の限界を越えた力を引き出し、さらなる力を生み出す」

鉄也

「明鏡止水……か」

 

 ドモン・カッシュが体得したというその境地。それこそが今の鉄也が憧れ、求めるものだった。

 

鉄也

(俺は、常に甲児君に一歩先んじた存在になろうとしていた。それは甲児君にお父さんを……所長を奪われる。そんな不安を漠然と抱いていたからだ。そんな、ちっぽけな孤児根性に打ち克たなねばならん……!)

 

 ルサンチマンに負ければ、決定的な破滅が待っている。そんな予感が鉄也を焦らせていた。

 

ドモン

「…………」

 

 だが、そんな焦りが鉄也を明鏡止水の境地から遠ざけている。それをドモンは、身を以て知っていた。

 

ドモン

(だが、俺があれこれ言ったところで無駄だろう。鉄也なら、自分自身で気付くはずだ)

 

 元来口下手なドモンは、深いアドバイスができるタチではない。むしろ神経を逆撫でて、余計な負担をかけてしまうかもしれないと思いドモンは、口頭でのアドバイスは最低限に留めている。

 それは、師匠譲りのスパルタだった。だが、鉄也はそれに全く弱音を吐かず、ついていってくれている。

 

鉄也

「ドモン・カッシュ、もう1セット頼めるか」

 

 立ち上がり、鉄也は再び拳を握る。その瞳に燃え上がる闘志を感じ、ドモンは「ああ」と頷いた。

 

ドモン

(剣鉄也……こいつはもっと強くなる!)

 

 自身の実力を認め、そしてまた強くなろうと己を叩き抜く。涙と汗の結晶たるその拳が、蹴りが、先ほどよりもさらにキレを増しているのをドモンは感じていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

槇菜

「鉄也さん達、すごい……」

 

 鉄也とドモンの特訓を横目に見ながら、槇菜は釣り竿にルアーを取り付けていた。遠目で見ながらでも、その気迫は伝わってくる。

 

雅人

「あーあ、暑苦しいったらありゃしないよ」

 

 ドモンと鉄也の様子に、呆れたように肩を竦める雅人。

 

マーガレット

「槇菜、ルアー釣りなの?」

 

 てっきり餌釣りだと思っていたマーガレットは、意外そうに目を丸くする。餌にも色々あり、粉末を丸めた練り餌や、生きた幼虫を使う場合もある。もしかしたら、生き餌につかう幼虫やミミズのようなものが苦手なのだろうか、とマーガレットは思案する。だが、槇菜は隣で生き餌を使っている雅人にも全く臆する様子はない。

 そんな槇菜は、マーガレットの質問を聞いて瞳を輝かせていた。

 

槇菜

「ルアーって、面白いんです。生きた餌を使うんじゃなくて、これを餌だと魚に思い込ませるようにしなきゃいけない。だから、海をうまく知らなきゃまず釣れないんです。だから、何度も何度も挑戦して、海と、魚と格闘するというか……だけど、だから釣れた時の達成感もすごいんですよ。ゆっくりと時間を楽しむ釣りも好きだけど、そういう釣りも楽しくて。それで……」

 

 目を輝かせ捲し立てる槇菜。何を言っているのか、マーガレットは半分も理解できなかった。だが、槇菜がルアー釣りに対して並々ならぬ情熱を抱いていることだけは、理解できた。

 

マーガレット

「……槇菜、釣りが好きなのね」

 

 だから、マーガレットはそう言って頷いた。そして槇菜の隣で釣り餌を取り出し、釣り糸を海へ垂らす。好きなものに対する情熱を真っ直ぐにぶつけられる人間が、マーガレットは好きだった。それは考古学を専攻し情熱を注ぐルー博士の人となりもそうだし、生前の紫蘭のように、夢を真摯に語る人もそうだ。槇菜の釣りに対する熱っぽさは、彼らに近いものがあるようにマーガレットは感じられる。

 それは、マーガレットが自分では得られなかったものだ。日々を生きるのに精一杯で、夢を持つことも忘れて生きてきたマーガレットにはない情熱。それは羨ましくもあり、微笑ましくもある。

 

槇菜

「うん。小さい頃お父さんと……お姉ちゃんと一緒に釣りをしたんです。小さいモーターボートを借りて、海の上で」

 

 お姉ちゃん。そう言った瞬間ほんの少しだけ、槇菜の表情に翳りができたのをマーガレットは見逃さなかった。その理由は、察するまでもない。

 

マーガレット

「仲直り、できるといいわね」

槇菜

「はい…………」

 

 お姉ちゃん。桔梗とのわだかまりはまだ解消できていない。桔梗がミケーネの侵攻に対して立ち上がり、戦っていたことは知っていたが、それでも自衛隊を抜けてまで戦争を煽るマッチポンプのような真似をしていたことの動機もわからなければ、納得もできていない。

 それでも、槇菜にとって救いなのは姉が生きていて、姉も槇菜のことを考えているという一点にあるとマーガレットは思った。マーガレットの大切な人は、もうマーガレットと言葉を交わすこともない屍人形に堕とされているのだから。

 

マーガレット

(……紫蘭)

 

 最初は、槇菜を巻き込んでしまったことへの責任を果たすため。そのためにマーガレットはゼノ・アストラについて調べはじめた。だが、その戦いは既に自分自身のものへと変わっている。だから、ルー博士が言うように“人々を守った”という実感は、マーガレットにはなかった。

 軍人として、国民の安全を守るのは使命だ。だが、この戦いはそのためのものではない。マーガレット個人が、あの少女を許せないから。紫蘭の死体を使って人形遊びをする、あの赤い少女。あの存在だけは、マーガレット自らの手で引導を渡さなければ気が済まない。

 そんな私情で武器を手に取った。その時点でマーガレットは、軍人としては失格だと自嘲する。

 マーガレットの戦う理由は、綺麗なものじゃない。兜甲児やショウ・ザマ、エイサップ鈴木にドモン・カッシュらシャッフル同盟。それに槇菜のような使命感を、マーガレットは持っていない。そんな自分が、槇菜に何をしてやれるというのだろうかとも思う。

 

マーガレット

「…………」

 

 マーガレットは、静かに釣り糸を垂らした水面を見やった。しかし釣り糸は、静かに水面を揺らすばかりで何も答えない。

 そんなマーガレットの横顔を、槇菜はまじまじと見つめていた。

 

槇菜

「……静かに時を過ごすっていうのも、釣りの楽しみ方ですよ?」

マーガレット

「へ……?」

 

 どうやら、思い詰めるマーガレットの表情を「釣れない」ことへの苛立ちか何かかと勘違いしたのだろうか、槇菜が言う。それを理解するとあまりに可笑しくて、マーガレットは思わず吹き出してしまった。

 

槇菜

「えっ、えっ?」

 

 何が何だか、わからない槇菜。それが余計に可笑しさを際立たせ、マーガレットは声を上げて笑い始めてしまった。

 

槇菜

「えっ、あの、マーガレットさん!? 私、何か変なこと言いました!?」

マーガレット

「ううん、違うの。ただ……」

 

 なんだか、妹ができたみたいで可愛い。そう口に出したら、槇菜は困ってしまうだろうか。マーガレットはただ、槇菜の隣で静かに佇む。不意に吹いた潮風が、マーガレットの亜麻色のなだらかな髪を撫でそよいだ。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

—科学要塞研究所—

 

 

 

 槇菜達を含め、多くのメンバーが研究所を開けている中、科学要塞研究所の所員達は大急ぎでロボット達の修理、点検を行っている。それに付き合いながら、兜甲児は眉間の皺を深刻そうに寄せていた。

 

甲児

「マジンガーZ……」

 

 長年、甲児と苦楽を共にしてきたマジンガーZ。鉄の城の損傷は、他のスーパーロボット達と比べても大きい。暗黒大将軍との決闘で大破したグレートマジンガー共々、マジンガーZは大規模な修理を余儀なくされていた。

 

せわし博士

「無理もないのう。マジンガーZはここのところずっと、応急修理で騙し騙し動かしていたようなもんじゃからな」

のっそり博士

「そうだねぇ。マジンガーZがどれだけ強くても、無理をすれば機械は簡単に壊れちゃうからねぇ」

甲児

「ああ……って、うわぁっ!? せわし博士にのっそり博士、いたのかよ!?」

 

 せわし博士とのっそり博士。亡きもりもり博士と並んで「三博士」と呼ばれていた天才科学者。彼らもこの事態に、光子力研究所から招集されマジンガーのオーバーホールに携わることになったらしい。

 

せわし博士

「これまでの戦闘データを見せてもらったけど、既に甲児くんの実力にマジンガーZがついてこれなくなっているんだよね」

甲児

「それって、マジンガーが俺の操縦についていけなくなってるってことですか?」

のっそり博士

「うん。単刀直入に言うとだね、基礎スペックそのものはさすがは兜博士の作ったマジンガーだけど、甲児くんの思うがままに動けば動くほど、マジンガーZの負荷も物凄いことになってる」

せわし博士

「つまり、マジンガーZが甲児くんについていけるように、全体の強度と反応速度を上げるんじゃよ」

甲児

「!?」

 

 それは、つまり。

 

甲児

「マジンガーZも、グレートくらいすごいロボットになって戻ってくるってことですか!?」

 

 実際のところ、甲児も薄々感じているところがあった。マジンガーZは強力なロボットだ。だが、グレートマジンガーやゲッターロボ。それにダンクーガやヴェルビン、ゴッドガンダムといった新しいロボットが次々と登場する中で、マジンガーZの持つ絶対的な力が薄れつつあると。

 彼らは皆心強い仲間だ。仲間と力を合わせることで、マジンガーZはこれまでパワー不足を補ってこれた。だが、この先もこの調子ならいつか、マジンガーZがお荷物に……足手纏いになってしまう日が来るのではないかと。

 だが、よりパワーアップしたマジンガーZならば。そんな期待を抱かずにはいられない。

 甲児が目を輝かせているがしかし、せわし博士とのっそり博士は少し申し訳なさそうに目を泳がせる。

 

甲児

「ん、博士?」

のっそり博士

「甲児君、パワーアップ計画のためにマジンガーZはオーバーホールを行うことになるんだけどねぇ」

せわし博士

「つまり、しばらくの間マジンガーZは光子力研究所に持ち帰って面倒見ることになりそうなんだ」

甲児

「あ……!」

 

 それはつまり、一時的に科学要塞研究所を離れなければならないことを意味していた。

 

せわし博士

「最低限のメンテナンスが終わり次第、マジンガーは光子力研究所に持って帰ることになるんじゃな」

甲児

「じゃあマジンガーZのオーバーホールが終わるまで、俺は……?」

 

 まさかダイアナンAか、アフロダイAに乗って経験を積めとでも言うのではないか。そんな嫌な予感がして甲児は額に汗を滲ませる。そこへ足を運んできたのは、兜剣蔵博士だった。

 

剣蔵

「甲児、お前はネオジャパンコロニーに行ってカッシュ博士の元で勉強してもらおうと思っている」

甲児

「お父さん……?」

 

 カッシュ博士。ドモンの父ライゾウ・カッシュのことだろう。あのデビルガンダム……正確にはアルティメットガンダムを開発した天才科学者ライゾウ・カッシュ。彼はたしかに、科学者としても剣蔵や葉月に負けない能力を持っている。だが、マジンガーの修理を地球でやっているのに、自分がコロニーに行っていいのだろうか。そんな不安が、 甲児の脳裏を過った。それを察してか、剣蔵はひとつ頷くと、甲児の肩に手をかけ、その顔を見つめる。

 

剣蔵

「甲児、お前には才能がある。おじいちゃんから受け継いだ、科学者としての才能だ。お前のその才能は、私のように戦いだけに費やしてはいけない。わかるかね?」

甲児

「お父さん……」

剣蔵

「カッシュ博士は元々、地球環境再生のためにアルティメットガンダムを作った。アルティメットガンダムは陰謀に巻き込まれ、バグを起こしデビルガンダムとなってしまったが……。カッシュ博士が地球を愛し、平和のために科学を使おうとした偉大な人物であることは、お前にもわかるだろう?」

 

 そこで、科学者としての正しい在り方を学んでほしい。そう、剣蔵は言っている。この戦いが終わった後、人々が平和に暮らせる世界を1日でも長く続けさせるためにこそ本来科学の力はあるはずなのだと。

 

甲児

「わかりました。マジンガーがパワーアップした時には、俺も今よりずっと大きくなって帰ってくることを約束します」

剣蔵

「ああ。しっかり学んできなさい」

 

 それは、今まで死を偽装しミケーネとの戦いに備えていた剣蔵が父として息子にしてやれる数少ない親らしいことだったのかもしれない。だからこそ、甲児はそんな父の想いが嬉しかった。

 

剣蔵

「あっちで勉強をサボらないよう、さやか君にもついて行ってもらう。そのつもりでな」

甲児

「さやかさんも……!」

 

 一瞬だけ、槇菜は大丈夫だろうかと甲児は思った。だが、そんな不安はすぐにかき消える。ここにはエイサップもいるし、それに鉄也やハリソン、ショウにトビア。マーガレットらもいる。何より自分達が見てやらなくても、槇菜はもうすっかり一人前だ。

 

甲児

「それじゃあ……荷造りしなきゃいけねえな」

 

 そうひとりごち、甲児は博士達とマジンガーZの前を後にする。格納庫を出る前に一度振り返り、甲児は傷ついた鉄の城を見上げて言った。

 

甲児

「待っててくれマジンガーZ。俺は、もっと大きな男になって戻ってくるからな」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

ヤヌス侯爵

(マジンガーZのパワーアップ……。それはまずい。だが、見ようによっては好機かもしれぬ)

 

 ヤヌス侯爵。ミケーネ帝国諜報部に籍を置く女スパイは既に、科学要塞研究所に忍び込んでいた。研究所の雑用所員の一人になりすまし、兜甲児、剣鉄也両名を暗殺する隙を窺っていたのだ。

 

ヤヌス侯爵

(ゲッターエンペラーが見えないのが気がかりだが、見たところどのロボットも消耗が激しい

。今奇襲をかければ、大した苦戦もせずに研究所を落とせるかも知れぬ)

 

 既に、研究所付近に配下の小型戦闘獣キャットルー部隊を配備している。疲労の蓄積と暗黒大将軍を倒したという安心感もあってか、今科学要塞研究所はかなり気が抜けているように見えた。ヤヌスの侵入を許してしまっているのが、その証拠だ。

 だが、まだだ。どうせならばより大きな手柄を立てたい。ヤヌスは今、野心に燃え上がっている。

 ヤヌス侯爵は格納庫の喧騒からそそくさと立ち去り、兜甲児の跡を追った。まずは甲児を始末する。マジンガーZを完全に破壊するのは、それからでいい。

 渡り廊下をゆっくりと歩きながら、甲児は自分の為に充てがわれた部屋へ向かっていく。部屋は自分の城だ。どんな戦士も自室にいる間は気を抜いてしまう。そこで仕留めよう。突き当たりを曲がったのを確認し、物陰からこっそりと甲児を見つめるヤヌス。左から三番目の扉に入っていくのを確認すると、ヤヌス侯爵は口の中で小さく呪文を唱えた。すると、みるみるうちにヤヌス侯爵の姿は弓さやかへと変化していく。

 

ヤヌス侯爵

「ホホホ、誰も私の変装を見破ることなどできはしない」

 

 兜甲児が誰よりも信頼する弓さやかの姿なら、甲児は安心する。そして安心は即ち、死。

 ゆっくり、ゆっくりとヤヌスは歩を進め、甲児の入っていった部屋の前で足を止めた。それから軽く扉を2回ノックする。ドアノブをつかむと、鍵は開きっぱなしのようだった。

 

ヤヌス侯爵

「甲児君。入るわよ?」

 

 さやかの声色を使い、ドアを捻るヤヌス。そしてドアを開くと……。

 

甲児

「うわっ! さやかさん!?」

 

 汗っぽいシャツを脱ぎ捨てた、上半身裸の甲児がそこにいた。

 

 

…………

…………

…………

 

「さやかさん、どうしたんだよ急に」

 

 兜甲児は脱ぎ捨てたシャツを咄嗟に拾い、裸身を隠すようにしている。完全に、自分をさやかだと思い込んで恥じているのをヤヌス侯爵は愉快に思った。

 

ヤヌス侯爵

「あのね、甲児君。コロニーに行くんでしょう?」

 

 だからヤヌス侯爵は、さやかを演じて甲児へにじり寄る。弓さやか姿が、甲児から判断力を奪っている。それならば、このままさやかに殺される方が幸せだろう。そんなサディスティックな想像に胸を躍らせながら、ヤヌスは甲児へ一歩、また一歩と近づいていく。

 

甲児

「あ、ああ……もう聞いてたのか。マジンガーZのパワーアップが終わるまで、ドモンのお父さんのところへ行くことになったんだよ。まあ、短期留学みたいなもんかな。へへっ」

ヤヌス侯爵

「ええ。寂しくなるわね……」

 

 できる限りしおらしく、女を意識してヤヌスは詰め寄っていく。ハニートラップに抗えぬ男などいない。それが思春期真っ盛りのガキなら尚の事。そのまま抱き締めそして、背中から刺殺してやろう。と、そうヤヌス侯爵は心に決めていた。

 

甲児

「…………?」

 

 だが、さやか……ヤヌス侯爵が甲児の肩に触れる後一歩という距離まで近づいたところで、甲児の表情は怪訝なものへと変化する。そして、「待て!」と甲児は叫び、一歩後ろに後退った。

 

ヤヌス侯爵

「甲児君?」

甲児

「お前、さやかさんじゃないな……?」

 

 甲児の口から出てきたのは、拒絶の言葉。

 

ヤヌス侯爵

「な、何を言ってるの甲児君!?」

 

 わからない。何故バレたのか。ヤヌスは狼狽を隠しながら、あくまでしおらしく甲児にさやかだと信じ込ませようと演技していた。しかし、

 

甲児

「さやかさんはもっとこう、男勝りで乱暴なんだ! お前、偽物だな!?」

 

ヤヌス侯爵

「なっ…………!?」

 

 そう、ヤヌス侯爵は肝心な部分が抜け落ちていたのだ。これがただの見知らぬ美女なら、或いは甲児はその毒牙にかかっていたかもしれない。しかし、甲児がよく知っている弓さやかという少女は、甲児の頭に花瓶を投げ被せてくるような少女だと、ヤヌスは想像もしていなかったのだ。

 

ヤヌス侯爵

「ええいこうなったら!」

 

 ヤヌス侯爵が叫ぶと、その首が180°回転する。人間ではまずあり得ないその挙動に甲児が悍ましいものでも見たかのように身震いすると同時、ヤヌス侯爵はその本性を顕にする。

 

甲児

「ウッ!」

 

 その姿は、まるで羅生門の話に出てくる醜い老婆のように歪み切った視線で甲児を睨む、醜悪な魔女だった。甲児は今まで、男と女の身体を繋ぎ合わせたあしゅら男爵や、自らの頭部を小脇に抱えるブロッケン伯爵のような怪物を幾度と間近で見てきた。だが、ヤヌス侯爵はその中のどれよりも醜く、そして悍ましい。

 

ヤヌス侯爵

「気付かなければ幸福なまま死ねたものを。兜甲児、ここが貴様の墓場だ!」

 

 甲児がその悍ましい姿に気を取られているその一瞬、ヤヌス侯爵の右手には杭のようなものが握られ、高々と掲げられた。そして、力任せに振り下ろすその瞬間、火薬の弾ける音とともにヤヌスの右手目掛けて弾丸が放たれ、しょうげきでヤヌスは杭を落としてしまう。

 

???

「全く、敵の侵入を許しちまうなんて。ここのセキュリティはどうなってるんだ?」

 

 そんな、皮肉げな声に振り向くと、そこには肩口まで髪を伸ばした男が、銃を構えて立っている。

 

甲児

「あ、あんたは……?」

キッド

「人呼んでブラスター・キッド。お呼びとあらば即、参上ってね!」

 

 ブラスター・キッド。そう名乗った青年の銃声に呼ばれたかのように、足音が甲児の部屋に近付いているのをヤヌス侯爵の耳は聞いた。このままではまずい。そう、直感が告げている。

 

ヤヌス侯爵

「クッ…………!」

 

 ブラスター・キッドがヤヌスの胴体を狙わずに腕を狙ったのは、胴や頭部を撃ち抜けば銃弾がそのまま甲児へと突き進んでしまうと読んでのことだろう。ただでさえ難しい手の甲への狙撃を軽々しくやり遂げた男だ。胴体や頭を撃ち抜くなど、朝飯前のはず。そう、ヤヌスは敵の実力を分析する。つまり、奇しくもこの態勢でいたおかげでヤヌス侯爵は命拾いをしたのだ。

 

ヤヌス侯爵

(下手に動けば、やられる。こうなれば……!)

 

 逃げるしかない。銃を構えるスナイパーの目の前から、ヤヌスはキッドと睨み合い、その隙を窺っている。

 

甲児

(そうか! 俺が邪魔で、あの人は撃てないのか!)

 

 そんなヤヌスの分析を読み解いて、甲児は咄嗟に動いた。

 

甲児

「こんにゃろう!」

ヤヌス侯爵

「なっ!」

 

 背後からのタックル。思いがけず叫びを上げ、ヤヌスは弾き飛ばされてしまう。

 

キッド

「今だ!」

 

 その瞬間を、ブラスター・キッドは見逃さなかった。人間ならば心臓があるだろう部分を狙っての、一撃。その弾丸は正確にヤヌス侯爵の胸を貫き、ヤヌスは悲鳴を上げる。

 

ヤヌス

「ギャァァッ!?」

 

 ドクドクと血が流れながらも、ヤヌス侯爵は立っていた。そして、憎しみに満ちた瞳でブラスター・キッドを睨み駆け出していく。

 

キッド

「心臓を外したか。しぶとい奴だぜ」

甲児

「す、すまねえ助かった……」

 

 部屋を出た2人はヤヌス侯爵の逃げた方を睨みながら、受け応える。そんな中、先ほどの銃声を聞いた本物のさやかとボス、それにハリソンが甲児の下へやってきた。

 

さやか

「甲児君! 何があったの!?」

甲児

「ミケーネの暗殺者に狙われてたんだ。そこをこのブラスター・キッドさんが助けてくれたんだ」

キッド

「そういうこと、イェイ!」

 

 親指を立ててサムズアップするキッド。その顔を見て、ハリソンが呟く。

 

ハリソン

「木戸丈太郎……丈太郎か!」

甲児

「ハリソンさんの知り合いですか?」

 

 キッドも、ハリソンの顔を見てバツが悪そうに肩を竦めた。

 

キッド

「格納庫に見慣れたモビルスーツがあると思ったら、やっぱりいたのね大尉」

ハリソン

「木戸丈太郎。国連軍所属の名スナイパーだが、数年前に軍を逃亡し追われる身となっている。俺も何度か作戦で共闘したことがあったが、どうしてお前がここに?」

 

 詰め寄るハリソンを制したのは、「積もる話は後にしましょう」という堅い声だった。ハリソン達が振り向くと、そこにはマントを羽織った美丈夫と、レースキャップを被る青年。それにグラマラスな美女の3人。3人とも、ウルフのマークをあしらった上着を身につけていた。

 

キッド

「遅い到着じゃないかアイザック」

 

 アイザック。そう言われたマントの美丈夫は頷くと、「依頼主と少し話をしていた」と返す。

 

ボス

「お、おい兜見ろよあの姉ちゃん! さやかより美人! さやかよりボイン! さやかよりチャーミング!」

 

 ボスが、美女を指差し下品に叫ぶ。その直後、ボスの後頭部を植木鉢が炸裂した。

 

さやか

「何よ失礼しちゃうわね!」

 

 自分を引き合いに出されたことに腹を立てたさやかが、近くにあった植木鉢でボスを殴打したのだ。「いやでも、ボクはさやかが一番だよ〜」という断末魔を吐き、ボスはその場に倒れ込む。

 

お町

「あらあら、女を口説く時はまずがっつきすぎないことよ坊や」

 

 エンジェル・お町。その通り名で呼ばれるスペシャリストは、ボスにそんな言葉を投げかけた。

 

ボウィー

「あらあら、随分勝ち気な仔猫ちゃんだこと。ボクちゃんビビっちゃった」

 

 キャップの男スティーブン・ボウィーが茶化す。それにキッドも、「間近で見るとすごい迫力だったぞ」と追随する。

 

甲児

「……はは」

 

 さやかは、自分が思ってた以上に怖いかもしれない。そう甲児は思った。

 

アイザック

「…………話を戻そう。敵は恐らく、既に研究所の外に出ているはずだ」

キッド

「ああ。俺に撃たれたのにあんな元気があるなんて、ミケーネ帝国とかいうのはどんな化け物なんだか」

アイザック

「そして、用意周到な暗殺者ならここで終わりのはずがない」

お町

「そうね。すぐにでも仕返しにくるかも」

アイザック

「だが、今動ける機体は研究所内では数少ないようだ」

ボウィー

「さっき来た時見たけど、ほとんどのマシンが大規模メンテに回されてたな。動けるのはガンダムくらいじゃないの?」

アイザック

「つまり…………」

 

 

 そう、アイザックが結論を口にしようとした瞬間。地鳴りと共に研究所に警報が鳴り響く。

 

甲児

「近くに戦闘獣を待機させてたのか!」

ハリソン

「クッ、今まともに戦えるのは俺くらいか。すぐに出る!」

 

 走り出すハリソン。それに続くように、アイザックも走り出す。

 

甲児

「お、おいあんたら!」

アイザック

「心配ご無用。我々も、降りかかる火の粉は払わねばならん」

 

 アイザックに続くように走り出すキッド、ボウィー、お町。彼らの背中にキラリと光る、ウルフのマークが吼えている。

 

キッド

「さて、お仕事しますか!」

ボウィー

「そゆことそゆこと」

お町

「イェイ!」

 

 

 

 

……………………

第16話

「情け無用のJ9」

……………………

 

 

 

 

—神奈川県/某所—

 

 

槇菜

「あ、あれ!」

マーガレット

「戦闘獣!?」

 

 科学要塞研究所から少し離れた釣り場で時間が経つのを楽しんでいた槇菜達の目にも、その存在はしっかりと認識できていた。戦闘獣バーグル。巨大な鉄球と斧を左右の腕に持つ超人型戦闘獣が科学要塞研究所へ向かっているのを、槇菜達は目撃した。

 

鉄也

「こんな時に!」

 

 近くで特訓していた鉄也達も同様である。そして、研究所へ近づけまいとベース・ジャバーに乗った青いF91が戦闘獣へ向かっている。だが、バーグルだけでない。他にも複数の戦闘獣が、小隊を作って向かっている。

 規模こそ前回と比べるべくもないが、それでも疲弊したところに仕掛けていることを考えれば十分な脅威。

 

マーガレット

「ハリソン大尉が出てるのね……!」

 

 今から戻って出撃の準備をしていては、時間がかかる。どうする、とマーガレットは歯噛みする。

 

雅人

「マーガレットさん、ローラをお願い。俺は避難誘導に回るよ!」

 

 そんな中、雅人の決断は早かった。釣り場の人々の避難誘導へ向かう雅人。雅人のランドライガーも、修理、整備に時間がかかると知らされていた。今戻っても、戦えない可能性の方が高い。そう判断しての行動。

 

ローラ

「雅人!?」

雅人

「大丈夫、ローラ、お姉ちゃん達についてるんだよ?」

 

 優しく諭す雅人に、不安げなローラは頷いて答えマーガレットの手を握る。その掌から汗が滲んでいるのを感じ、マーガレットも決断した。

 

マーガレット

「わかったわ。雅人も気をつけて。博士!」

ルー博士

「イエース。すぐに出発しマース!」

 

 そう言って、ルー博士を戦闘に車へと走るローラとマーガレット。しかし、槇菜はただ戦闘獣を見据えて、頷いていた。

 

マーガレット

「槇菜……?」

槇菜

「ゼノ・アストラなら、ここからでも来てくれます。だから!」

 

 眼鏡の奥にある目を閉じ、槇菜は両手を組んだ。神に祈りを捧げるように。数秒の後目を見開き、そして。

 

槇菜

「来て、ゼノ・アストラ!」

 

 友に呼びかけるように、その名を叫んだ。すると、時空が捻れるように揺らめき、事象を、因果を捻じ曲げて漆黒の機神が舞い降りる。旧神。そう呼ばれたモノ。異なる星と名付けられた太古の神。

 ダメージはまだ、完全には癒えていない。しかし、他の機体よりは軽傷で済んでいる。そんなゼノ・アストラの子宮が垂れ下がり、槇菜はそこに乗り込む。そしてコクピットが収容されると、槇菜の視界はゼノ・アストラの視界となる。

 

槇菜

「ゼノ・アストラ。行くよ、みんなを守るんだ!」

 

 光でできた、思念の翼を広げ、右手に盾を、左手に戦槍を召喚し、ゼノ・アストラは羽ばたいた。

 

 

鉄也

「ゼノ・アストラ。槇菜が出たのか!」

ドモン

「鉄也、お前は戻れ!」

 

 ドモンが叫ぶ。そして右手の指を高々と掲げ、叫んだ。

 

ドモン

「出ろォォォォォォォッ! ガンダァァァァッッム!」

 

 パチン。指を鳴らす音と共に、海中から迫り上がる白き巨神。神の名を与えられたゴッドガンダム。ドモンが乗り込み、そこに命が吹き込まれていく。

 

レイン

「ドモン!」

 

 通信越しに入る、レインの声。ゴッドガンダムは、ドモンは駆けながら、レインの言葉を聞いていた。

 

レイン

「ごめんなさい、全体のブラッシュアップのためにハイパーモードの機能を一時的にシャットダウンしてるの。今のゴッドガンダムは、ハイパーモードになれないわ」

 

 申し訳なさそうなレインの声。かつての自分なら、それで怒鳴り、レインに当たり散らしただろうと思いドモンはフッと笑う。

 

ドモン

「問題ない。むしろ基礎部分は全て終わらせてくれたんだな。さすがレインだ」

 

 そう、穏やかな声でレインを労うドモン。そこには、確かな余裕が感じられた。

 

ドモン

「ハイパーモードなどなくても、レインが点検してくれたゴッドガンダムなら十分にやれるさ。行くぞっ!」

 

 その言葉に、嘘偽りはない。何より、今ドモンは見せなければならないのだ。頑固な馬鹿弟子に。

 

ドモン

「さあ来い戦闘獣。明鏡止水の境地、お前達にも見せてやる!」

 

 

 

 

ヤヌス侯爵

「フフフ、研究所からはモビルスーツ一機。それにガンダムと旧神だけか。いいかバーグル。雑魚は無視し研究所を襲うのだ!」

 

 戦闘獣バーグルの肩に乗るヤヌス侯爵。彼女は自ら魔術で傷を塞ぎ止血し、戦場に立っていた。配下のキャットルー軍団に現在、研究所を襲わせている。恐らく、他の者達はキャットルーの相手に手間取っているのだろう。そう判断し、ヤヌス侯爵は指示を出す。戦闘獣バーグルは正面のF91を無視し、研究所を目指していく。

 

ハリソン

「しまった!」

 

 機動力の高いオーラバトラーなら、すぐに追いつける。しかしドダイのサポート受けなければ空中での立体機動ができないF91では、一度抜かれると接敵するのは至難の技になる。

 

槇菜

「私が行きます!」

 

 光の翼を広げ、ゼノ・アストラが動いた。空中での機動に関しては、今出撃している機体の中でゼノ・アストラは最も秀でている。それを理解しているからこそ、槇菜は前に出た。しかし、バーグルに近づこうとした次の瞬間、真下から何かに脚を掴まれてしまうゼノ・アストラ。

 

槇菜

「えっ……!?」

ハリソン

「槇菜君!?」

 

 戦闘獣ゴルドバ。烏賊のような触手を持つ魚類型戦闘獣が、海底で待機していたのだ。ゴルドバの触手に引き寄せられる。波飛沫を立てて、ゼノ・アストラは海底へ引き摺り込まれてしまった。

 

槇菜

「くっ…………!?」

 

 ゼノ・アストラを通して、槇菜に伝わる不快感。戦闘獣の触腕がゼノ・アストラの腕を、足を強く締め付ける。その痛みが、槇菜の身体を熱くする。だが、痛みは槇菜の闘志を萎えさせない。

 

 

槇菜

「こん、な……っ! こと、で!」

 

 むしろ強く、強烈な闘争心が掻き立てられていくのを槇菜は感じていた。

 四肢を羽交締めにする触手の主は、その頭部から生えた鎌をゼノ・アストラの首筋にかける。

 

槇菜

「このっ……!」

 

 水中での戦いは、地上や空とは勝手が違う。何より、ゼノ・アストラの象徴たる巨大な盾が、今この場では満足に使えない枷になっている。いつも槇菜を、そして仲間達を守ってきたその重量そのものが、今槇菜に牙を剥いていると言ってもいい。

 

槇菜

(どうにか、しなきゃ……!)

 

 ゼノ・アストラがキツく締め付けられ、必死にもがき羽ばたく、いつもなら鋭利な刃物として敵を捉える舞い落ちる羽根……セラフィムも、舞い落ちた先から海に溶けて消えていく。生命の形をした羽根が、生命の源へと還っていくように。

 

槇菜

(今、使えるのは……。槍も、盾もダメ。羽根も。手も、足も使えない……)

 

 このままでは、邪魔なだけだ。槇菜はハルバードと盾を離した。矛盾は海中へと落ちていく。しかし、それで身軽になっただけでは勝ち目はない。なんとかして、背中に這い寄っている戦闘獣を倒さなければ。あくまで冷静に、槇菜は考える。

 戦闘獣の鎌がゼノ・アストラの首へ少し、少しと寄っていく。一思いにやらないのは、戦闘獣なりにサディスティックな愉しみを覚えているからだろうか。だとしたら、今の自分は戦闘獣の玩具にされているということか。許せない。絶対に後悔させてやる。槇菜は背後の敵を心で睨み、そして閃いた。

 

槇菜

「やれるか、自信はない。でも……」

 

 ゼノ・アストラの左の指からワイヤーを射出する。それに、戦闘獣は気付いただろうか。腕を締め付けられて、ワイヤーは直接敵を刺しにはいけない。だから、悪あがきだと思って見逃すだろうか。それを確認する術すら、今槇菜にはない。

 ワイヤーが何かを掴む、確かな手応えを槇菜は感じた。あとは、

 

槇菜

「やる、しか、ないっ!」

 

 一気に、ワイヤーを収縮する。その時、戦闘獣ははじめて異常に気付いたのかゼノ・アストラの左手を締める触手の力が強くなった。だが、もう遅い。

 ワイヤーが拾い上げたゼノ・アストラのハルバード。それが、ワイヤーを収縮する力とともに戦闘獣ゴルドバを襲う。ゼノ・アストラを背後から襲う戦闘獣を、背後から刺突するひと突き。その一撃を受け、戦闘獣の力が一瞬弱まったのを、槇菜は逃さなかった。

 

槇菜

「今、だぁっ!?」

 

 触手を振り払い、戦闘獣を蹴り飛ばし身体の自由を手に入れるゼノ・アストラ。その手にはハルバードがしっかりと握られている。そしてそのまま力任せにハルバードを振り下ろし、戦闘獣を真っ二つに破砕した。

 

槇菜

「何とか、なった……」

 

 ドッと汗を滲ませる槇菜。だが、休んでいる時間はない。盾を回収すると、ゼノ・アストラは再び海中から空へと飛び立っていく。

 水飛沫を上げ、光の翼を広げた黒き巨神が空に出る。既に敵のリーダー格と思われる戦闘獣は科学要塞研究所に迫り、ハリソンのF91とドモンのゴッドガンダムは、随伴していた鳥類型戦闘獣達の足止めを喰らっていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

ドモン

「そこを、どけぇっ!」

 

 ゴッドガンダムが飛び上がり、ゴッドスラッシュで戦闘獣を斬り伏せていく。しかし、風雲再起の支援がない状態で、空の敵を相手に苦戦を強いられていた。

 

ハリソン

「こいつら、徹底的に邪魔だけを!」

 

 空と海の戦闘獣は、あくまで機動部隊を引きつけるのが役割。そして本命の戦闘獣はバーグルなのだろう。鳥類型戦闘獣オベリウスのミサイル攻撃を避け、ビーム・バズーカで迎撃しながらハリソンは考える。

 

ハリソン

「ドモン君、君はあの人型の方を何としても追ってくれ。鳥どもは、俺が引き受ける!」

ドモン

「わかった……!」

 

 駆け抜けるゴッドガンダムを追おうとする戦闘獣。そこにハリソン機がヴェスバーをぶちかましていく。

 

ハリソン

「勘弁してくれよ。こっちもまだ整備が完璧じゃないんだ。残弾も残り少ないんだ……ぜっ!」

 

 ヴェスバーは、モビルスーツの搭載兵器の中では最強の威力を誇る大型ビームライフル。しかし、その分取り回しも効きにくく、エネルギーの消耗も早い。だが、戦闘獣すら一撃で破壊できるその威力を、ここで使わないわけにはいかなかった。

 

ハリソン

「海賊達が留守の間に、軍人の俺がやられるわけにはいかないからな!」

 

 宇宙海賊クロスボーン・バンガード。今はここを開けているが、彼らはハリソンにとって同じ軍属の者達以上に理解者であり、戦友でもある。木戸丈太郎が軍を脱走した気持ちも、内心ハリソンは理解できる気がしていた。

 形式やら何やらに囚われ、現在の国連はロクに動けないのが現状だ。その結果として、科学要塞研究所の人達のように、自分達の手で世界と人を守ろうと立ち上がらなければならぬ人が出てくる。

 本当は、鉄也にも甲児にも、槇菜にも武器を取るような選択をしてほしくはないのだ。それでも、彼らの力無くしてこの世界を守ることは難しい。それ故に、彼らが武器を持つ事を認め、世界の守り手をやってもらう。それが、今の地球の現状なのだ。

 くそったれ。と思う。それでは、自分は何のために軍に入ったのかわからない。

 そんな世界で海賊達は、政府の敵という汚名を背負いながら影で地球を守るために戦い続けてきた。そんな自由さに憧れもしたが、自分はあそこまで自由人にはなれない。結局、自分は軍人としての使命から目を逸らせないのだ。

 そして。そんな自分のような軍人がいるから、あいつらは自由に戦える。そう、ハリソンは信じている。

 鳥類型機械獣達のミサイル攻撃が、ベース・ジャバーに直撃した。炎上するベース・ジャバーから飛び降り、F91は僅かな滑空能力で空の敵と対峙する。

 

ハリソン

「それでも、なっ!」

 

 フル出力でヴェスバーを発射し、オベリウスを一機撃破。それと同時にエネルギーの残量が切れたヴェスバーをパージし、少しでも機体を軽くする。それからビーム・バズーカに持ち替え、それを撃ちまくった。当たらなくてもいい。ドモンが研究所に到達する時間を作れれば。それで十分。だが、やれることは全てやり切らなければ、留守を預かった身として海賊達に、戦友に申し訳が立たない。

 

ハリソン

「ッ! パワーダウンか!」

 

 それでも、本来空中での長時間飛行を目的として調整されていないF91では、空戦可能時間には限界がある。スラスターを蒸し、必死に粘っても低重力空間では限界も早い。

 落ちていく青き流星。その手を掴んだのは、漆黒の巨神だった。

 

槇菜

「ハリソン大尉!」

 

 ゼノ・アストラ。海中から飛び立った光の翅をはためかせ、F91の腕を掴み飛ぶ。その黒い体躯の中から、少女の声が聞こえる。

 

ハリソン

「槇菜君、無事だったか!」

槇菜

「はい。それより、急ぎましょう!」

 

 情けない。とハリソンは自嘲する。民間人の女の子に、助けられるとは。それでも軍人かと。

 だが、あの頼りなかった女の子がここまで逞しくなっていることにはどこか、感慨深いものを感じた。

 

ハリソン

「今はとにかく、あの鳥どもをどうにかするのが先だ!」

 

 機体を地上に降ろし、ハリソンは空中の槇菜に指示を送る。ゼノ・アストラはF91を助けるために離した戦槍を再び手中に収め、そして強く羽ばたいてみせる。

 

槇菜

「やってみます!」

 

 その声と同時、羽撃き舞い落ちた翅が、鋭利な刃となって戦闘獣を追尾する。セラフィムフェザー。槇菜の意志を乗せて燃え上がる命の焔が、鳥類型戦闘獣達の動きを止める。そして、戦槍を構えたゼノ・アストラはそこへすかさず突っ込んでいった。

 

槇菜

「邪魔、しないでっ!」

 

 立ち塞がる巨鳥を戦槍で串刺し、ゼノ・アストラは飛び進む。刺されたオベリウスは断末魔の叫びを上げて、爆発。盾を掲げ爆発から機体を守り、羽根を羽ばたかせる。それを追うようにして進む。しかし、ゼノ・アストラの羽ばたき舞い落ちる羽根が熱を持ってそれを襲う。灼熱が戦闘獣を襲い、戦闘獣を焼いていく。燃え苦しむ戦闘獣を地上からF91が撃ち落としていく。

 

ハリソン

「急げよっ!」

槇菜

「はいっ!」

 

 飛び立つゼノ・アストラを、青いF91が見送る。ハリソンの視線を背に受け、槇菜は科学要塞研究所へと羽ばたいていった。

 

 

…………

…………

…………

 

 科学要塞研究所を目前に迫る戦闘獣バーグルは、その鉄球を振り回し科学要塞研究所へ向かっていた。鉄球が、研究所を襲う。研究所のバリアを突き破り、管制室を襲う。

 

ヤヌス侯爵

「ハハハ! いけバーグル。兜甲児もろとも、研究所を踏み潰してしまえ!」

 

 戦闘獣の脅威を前に、今科学要塞研究所は戦う力の殆どを失っている。オーバーホールに出されたマジンガー。パイロット不在のオーラバトラーや、獣戦機を守るように署員やパイロット達はキャットルー軍団を相手に応戦していた。

 

甲児

「てめぇら、マジンガーには傷付けさせねえぞ!」

 

 ケンカ殺法でキャットルーに殴りかかる甲児。その背中合わせに、忍が機関銃を構えキャットルーへ撃ちまくっていた。

 

「クソッ、こいつらキリがねえ!」

沙羅

「忍、弱音吐くんじゃないよ!」

 

 窮地を切り抜けた矢先の奇襲。それは定石といえば定石である。しかし、暗黒大将軍という強敵を打ち破った安心感が彼らを油断させていた。そして、その油断を掬うように仕掛けたミケーネのキャットルー軍団。科学要塞研究所は今まさに、地獄絵図の有様となっている。

 

ユウシロウ

「…………!」

 

 そんな中、TAに搭乗したユウシロウは人工筋肉でキャットルー達を薙ぎ払っていた。人工筋肉マイル1で稼働する小型マシンのTAは、スーパーロボットというよりはパワードスーツという概念に近い強化歩兵。このような局面でこそ、真価を発揮する。

 

ユウシロウ

「ハッ……ハッ……!」

 

 こうしてTAに乗り込みキャットルーを迎撃していると、ユウシロウの脳裏に過るのは存在しない記憶だ。昔も、こうして鬼神に乗り込み、敵を薙ぎ倒していた。そんな気がする。

 そして、そのあり得ない記憶の中にいつもいるのはミハルだ。

 

ユウシロウ

(俺とミハルの間には、何があるというんだ……?)

 

 その答えを、あの月は知っているのだろうか。月は、自分が何者なのか知っているのだろうか。

 

ミハル

「ユウシロウ……」

 

 そんなユウシロウを、物陰から見つめる瞳。ミハルの記憶の中にも、ユウシロウの息遣いが、言の葉が生き続けている。

 

ミハル

「私は……」

 

 自分が何者なのかわからない。それは、ミハルも同じだった。だから、ユウシロウに惹かれてしまうのかもしれない。

 

ミハル

「ユウシロウは、私の何……?」

 

 それを、知りたい。そんな気持ちが沸々と湧いている。そんな思いが、ミハルを行動させていた。

 

ユウシロウ

「ミハル……?」

 

 ミハルが走り出したのを、ユウシロウは視界の端で捉えた。逃げるつもりだろうか。ミハル自身の意志でなら、それを止める気はない。どうせ近い内、また巡り合うことになるだろう。そんな確信があった。

 

チボデー

「おい、嬢ちゃん!」

 

 チボデーのパンチを受けて、キャットルーの一人がノックダウン。その間にもミハルは走り、格納庫の出口に手をかけていた。

 

キャットルー

「逃すか!」

ユウシロウ

「ミハル!」

 

 キャットルーの一人が、ミハルに爪を立て迫る。ここからでは、TAの銃ではミハルごと吹き飛ばしてしまう。故に、撃てない。ユウシロウは歯噛みする。しかし、次の瞬間キャットルーを捕らえたのは、俊敏に振るわれたムチ。しなやかなムチがキャットルーに巻き付くと、そのまま力任せに振り回され吹き飛ばされる。

 

アイザック

「悪党にかける情けはない!」

 

 アイザック・ゴドノフ。“かみそりアイザック”とアステロイドベルトで恐れられる男のムチに振り回されたキャットルーがはたき落とされた先にいるのは、射撃の名手……ブラスター・キッド!

 

キッド

「いい位置だアイザック!」

 

 キッドの放った弾丸がキャットルーを撃ち抜く。それでたまらず絶命するキャットルー。ミハルはそれを見届けた後、ユウシロウの乗るTAを見上げていた。

 

ミハル

「…………」

 

 きっと、すぐまた会うことになる。そんな確信と共にひとつ頷くと、ミハルは科学要塞研究所の扉を開き、外へと飛び出していった。

 

甲児

「いいのかよユウシロウさん!」

 

 甲児が叫ぶ。TA越しでも、その声は聞こえている。いいも悪いもない。そう、ユウシロウは心の中で呟いていた。

 そして、

 

キャットルー

「な、なんだ!」

 

 マジンガーやオーラバトラーと違い、完全なノーマークだった一台の車のエンジンがかかる。

 

ボウィー

「お待たせ!」

キッド

「イェイ!」

 

 ボウィーの愛車・ブライサンダー。既にボウィーとお町が搭乗しており、すかさずキッド、アイザックもそれに乗り込んでいく。

 

ボウィー

「さぁて、暴れますか子猫ちゃん!」

アイザック

「うむ。ボウィー、運転は任せるぞ」

ボウィー

「イェイ!」

 

 爆音と共にフルスロットルで駆け抜けていくブライサンダー。その風のようなスピードで突っ切っていく存在に、甲児は思い出した。

 

甲児

「あ、あいつスティーブン・ボウィーだ!」

 

 スティーブン・ボウィー。走り屋達の間で“飛ばし屋ボウィー”と呼ばれ伝説となっているモータースポーツのパイオニア。バイクが趣味の甲児も、その名前は聞いたことがある。

 しかし、その飛ばし屋ボウィーがこんなところにいるだなどと想像もできず今まで気づかなかった。

 

ボウィー

「へへっ、気づいたやつもいるみたいだね。ボクちゃん、地球圏から消えてる間に無名になっちゃったかと内心ヒヤヒヤしてたよ」

キッド

「飛ばし屋ボウィーの伝説は、そうそう風化しませんよボウィーさん」

ボウィー

「ブラスター・キッドに言われちゃ世話ないですねキッドさん」

 

 軽口を叩き合いながら、軽快に飛ばすボウィー。ブライサンダーは滑走路を走りながら、目前の戦闘獣を挑発するように走り回る。

 

ヤヌス侯爵

「ええい、目障りな車め。バーグル、あれから踏み潰してしまえ!」

 

 戦闘獣は研究所から反転し、ブライサンダーを追う。破壊光線を放ちながらもブライサンダーはそれを軽々とかわしていき、研究所から離れていく。

 

お町

「おやおや、やっこさんも案外単純なことで」

 

 お町が呟く。実際、研究所に接敵されていては満足に暴れられない。だから、この挑発に乗ってくれなければ別の手を考えるか、研究所への被害を考慮に入れなければならなかったろう。しかし、思惑通りに動いてくれた。そのチャンスを逃す手はない。

 

アイザック

「キッド、ブライシンクロン・マキシムだ!」

 

 アイザックの号令とともに、操縦のメインコントロールがボウィーからキッドへ切り替わる。飛ばし屋としての操縦センス以上に、ブラスター・キッドの戦闘センスが問われる行為を行うからだ。

 そしてコズモレンジャーJ9は、それぞれがプロフェッショナル。4人が揃ってできないことなどありはしない。

 

キッド

「ブライシンクロン・マキシム!」

 

 キッドの合図とともに、ブライサンダーが巨大化する。普通のスポーツカーでしかないそれが、数十メートル級に膨れ上がり、そして変形していく。明らかに、質量を無視した変形にヤヌス侯爵は目を丸くする。目の前であり得ないことが起きれば、ヤヌス侯爵でなくてもそうなるだろう。そして、先ほどまで目障りにチョロチョロと走り回っていた車は、巨大な航空機に。そして航空機から手足を顔を持つ、人型の巨人への変身していく!

 

ヤヌス侯爵

「あ、あれは!?」

 

 スカラべス将軍を屠った、赤い体躯にウルフマークのマシン。それが、突如としてヤヌス侯爵と戦闘獣バーグルの前に現れたのだ!

 

 

 

 夜空の星が輝く影で

 悪の笑いがこだまする

 星から星へ泣く人の

 涙背負って宇宙の始末

 銀河旋風ブライガー

 お呼びとあらば即、参上!

 

 

 

キッド

「ブライソード!」

 

 キッドの合図でブライガーのウルフのマークが燃え上がると共に、ブライガーの手に剣が握られる。ゼノ・アストラの盾と槍のように、何もない空間から生み出された剣。

 

ヤヌス侯爵

「なっ、まさかそのマシンにも旧神と同じ力があるというのか!?」

 

 驚愕するヤヌス。しかし、それにアイザックは答えない。答えようがない。

 旧神のことなどアイザックも、J9の誰も知らないのだから。だから、無言でブライガーは斬りかかる。バーグルは左手の斧でそれを受け止めるが、ブライガーのパワーを前にジリジリと苦戦していく。

 

ヤヌス

「怪力自慢のバーグル以上のパワーだと……!」

アイザック

「キッド、力自慢に付き合ってやる道理はないぞ」

キッド

「ああ……!」

 

 バーグルの斧と鍔迫り合うブライガーの剣先が怪しく輝き始める。

 

ヤヌス

「!?」

 

 まずい。そう思った時ヤヌス侯爵はバーグルの肩から飛び降りた。その直後、ブライソードの剣先から放たれた光がバーグルを飲み込んでいく。

 

キッド

「ブライソード・ビーム!」

 

 物理法則も何もあったものではない、理不尽なビームにバーグルは飲み込まれていく。戦闘獣は痛烈な悲鳴を上げ、ブライガーから逃げるように後ずさる。

 

キッド

「逃すか!」

 

 ブライガーは即座に、二丁拳銃を抜き撃つ。弾丸が、戦闘獣の頭を撃ち抜いた。しかし、そこはあくまで機械部分の頭部。ミケーネ人の頭脳を搭載した頭脳にあたる頭ではない。

 

戦闘獣

「オノレ……オノレ!」

 

 怒りのままに鉄球を振り回し、荒れ狂う戦闘獣バーグル。ヘッドショットをものともせずに迫る戦闘獣に、キッドは舌打ちする。

 

アイザック

「キッド!?」

キッド

「悪いアイザック、しくじった!?」

 

 狙うべき場所を間違えた。戦闘獣の鉄球が、ブライガーを押し潰さんと迫る。その瞬間、

 

ドモン

「ひぃぃっさつ! ゴッド・スラッシュゥタイフゥゥゥゥン!?」

 

 突如として飛び出した白い機体が、両手に構えたビームの刃を振り回し、鉄球を砕いたのです!

 鉄球を砕いたゴッドガンダム! さらに、上空から舞い落ちる光の羽根が、戦闘獣を焼いていきます。

 

槇菜

「この……っ!?」

 

 ゼノ・アストラ。旧神と呼ばれた黒き機神が、ハルバードを振り下ろす。鉄球の破裂に目を奪われていた戦闘獣は、左腕を肩ごと奪われて、絶叫。そして、

 

キッド

「トドメだ!」

 

 最期。戦闘獣の顔……即ちミケーネ人の脳を宿す部分を、ブライガーの拳銃が撃ち抜くと共に、断末魔の絶叫は止まった。その直後、戦闘獣バーグルは地に倒れ伏し、爆炎の中に消えていく。

 

ヤヌス侯爵

「おのれ、コズモレンジャーJ9とか言ったか。この屈辱忘れぬぞ!」

 

 闇の中に消えていくヤヌス侯爵。それを追う余力はない。爆炎を上げる戦闘獣を一瞥し、アイザックが呟いた。

 

アイザック

「悪党には、情け無用」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—科学要塞研究所—

 

 

 

剣蔵

「コズモレンジャーJ9。君達のおかげで助かった。礼を言うよ」

 

 キャットルー軍団も引き上げ、科学要塞研究所は守り抜いた。今、研究所の会議室に集まった面々の前で改めてアイザックらコズモレンジャーJ9は剣蔵から感謝の言葉を述べられていた。

 

アイザック

「いえ。我々はたしかに金で動くアウトローですが、目の前で起こる悲劇を見過ごす吸血コウモリではありません」

キッド

「そゆことそゆこと。人として当然のことをしたまでさ」

 

 そう言って冗談めかすキッド。だが、彼がいなければ甲児の命も危なかったのは紛れもない事実だった。

 

甲児

「しかし、軍を抜けた名スナイパーにあの飛ばし屋ボウィー。それに謎の美女と美形……まるで漫画みたいですね」

 

 例もそこそこ、甲児が軽口を叩く。

 

槇菜

「あっ、そういえばそんな漫画読んだことあるかも」

 

 たしか、凄腕の泥棒が主人公の4人組が出てくる漫画だった。J9の4人は確かに、どこかあの漫画に似た雰囲気を持っているような気がした。

 

ボウィー

「あらあら。俺達はあくまでお仕事で戦うプロフェッショナルだぜ。漫画のヒーローとは生き方が違うのよ」

 

 ボウィーが言う。元々、彼らはフランシスからの依頼でパブッシュ艦隊についての調査のために、地球圏へ降りてきたのだ。そこでミケーネとの戦闘に巻き込まれ、結果としてミケーネ帝国とも敵対することになってしまった。そうボウィーは認識している。無論、人類の敵であるならばボウィーにとっても敵ではあるのだが、降りかかる火の粉でなければ手を出す必要も本来はなかったのだ。ミケーネとの戦いまでは元々の仕事のうちには入っていない。

 

フランシス

「それで、アイザック。パブッシュ艦隊についてだが……」

 

 フランシスにとっては、そちらが本題だった。アランも頷いて、アイザックの言葉を待つ。

 

アイザック

「うむ。私の調べたところですが、パブッシュの司令……エメリス・マキャベル。彼には大きなバックボーンが存在します」

 

 やはりか。そう、アランは目を細めた。

 

アイザック

「組織の名は、シンボル。その呼び名までは掴めましたが、残念ながら全容は掴めていません」

ユウシロウ

「シンボル…………」

 

 どこかで、聞いたことのある名前。そう、ユウシロウは感じていた。或いはそれは、自分とミハルの運命に関わる名前かと。

 アイザックは、一同の顔を確認しながら、話を続ける。

 

アイザック

「そしてシンボルという組織の裏には、ヌビア・コネクションの影が見え隠れしていました。我々の調査を妨害するように、ヌビアは行く先々で我々J9と交戦したのです」

マーガレット

「ヌビア・コネクション……。アフリカ系のマフィアね」

槇菜

「マフィア……?」

 

 槇菜が首をかしげる。マフィア。確かに怖いが、ミケーネのような存在に比べるとえらく小規模な存在に思えたからだ。だが、マーガレットがそんな槇菜に諭すよう、言葉を付け加える。

 

マーガレット

「各国家が首都をコロニーに移してから、地球でもマフィアの力がどんどん強くなっていってるの。ヌビア・コネクションといえば国連政府の中にも癒着が疑われる人物がいるくらい、大きな組織よ」

槇菜

「そうだったんだ……」

 

 そう思うと、槇菜はやはり治安のいい場所で過ごしていたのかもしれない。と改めて思った。それまで、マフィア・コネクションが大手を振っているところを少なくとも、日本では見たことがない。

 

ジョルジュ

「……日本は独自の文化が形成されていますが、確かに諸外国ではマフィアの活動は無視のできないものですね」

ドモン

「ああ。俺が戦ったミケロ・チャリオット。奴も元々はマフィアのボスだった。おそらく、どこかのコネクションの傘下だったのだろう」

 

アイザック

「その中でもヌビアは、最近新たな総帥の座についたカーメン・カーメンの恐るべき手腕によって、勢力を増している油断ならぬ存在です」

 

 そう言い切り、アイザックは窓の外に視線をやった。

 

アイザック

(カーメン・カーメン。何を考えている?)

 

 アイザックの頭脳を持ってしても、カーメン・カーメンという男は掴み所がない。何を考えているのかがわからない。そんな男が支援する“シンボル”。そしてマキャベル司令のパブッシュ艦隊。その先にあるものは……。

 

ボウィー

「…………まま、そんな話はいったん置いておいて。早いところズラかろうぜ?」

アイザック

「ム?」

ボウィー

「またまた惚けちゃって。今回のお仕事の報酬300万ボール。とっとと受け取ってアステロイドベルトに戻りましょうよ?」

 

 それだけあれば、しばらく遊んでいられる。そんな心の声がダダ漏れのボウィー。ところが、アイザックは澄まし顔で言うのだった。

 

アイザック

「すまん。報酬なんだが、払えなくなった」

ボウィー

「な、ななな何ィッ!?」

 

 これにはキッドとお町も驚いたように顔を見合わせ、アイザックに詰め寄る。

 

キッド

「おい、どういうことだよアイザック」

お町

「説明してほしいわね」

 

 彼らJ9にとって、戦いとは仕事。ビジネスだ。ボランティアではない。そこをきっちりとしているからこそ、アウトローとしてやっていられるというのに。

 

アイザック

「実はな、今回の依頼金……シンとメイが、ミケーネの襲来で傷ついた人々への寄付に全額入れてしまったんだ」

 

 シンとメイ。アステロイドベルトでJ9のサポートを担当している二人の姉弟。その名前と「寄付」という言葉を出されて全てを理解したボウィーは、がっくりと項垂れる。

 

ボウィー

「そ、そそそそんな! それじゃ俺、無報酬でお仕事したことになっちゃうじゃんかよ!」

アイザック

「いや……仕事なら続いている」

 

 アイザックはきっぱりとそう言い切った。そして、剣蔵とフランシス、アランを交互に見つめて言葉を続ける。

 

アイザック

「私達の次の仕事。それはあなた方と共に悪党と戦うこと。そうですね?」

剣蔵

「ああ。我々の敵はどうやら、共通しているようだからな」

 

 そう言って、機械の右腕を差し出す剣蔵。アイザックはそれを握り返し、フッと笑った。

 

アイザック

「聞いた通りだ。我々J9も、しばらく彼らと共に戦うことになった」

 

 真顔で告げるアイザック。それに対し、キッドはヤレヤレといった調子で肩を竦める。

 

キッド

「ま、いいんじゃないの? 久々の地球。しばらくは楽しめそうだしね」

お町

「それもそうね。と、いうわけでよろしく。イェーイ」

槇菜

「い、イェーイ……?」

 

 お町の陽気な声に釣られてしまう槇菜。しかし、他に誰も乗っていないことに気づくと、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

ボウィー

「あーあ、こんなことになるとはね……」

 

 未練がましく、ボウィーだけが天を仰いだ。

 

 

 

 今日も今日てと日は巡り

 御天道様は晴れ晴れと

 財布の中身はお寒いけれど

 熱い仲間に囲まれて

 コズモレンジャーJ9

 お呼びとあらば即、参上!

 

 

 




次回予告

 新たな仲間を引き連れて
 竜馬達が向かうのは
 元の世界の仲間の下へ
 喜び合う仲間達
 しかし!
 ゲッターの力手に入れようと
 暗躍するは豪和の兄
 パブッシュ艦隊唆し
 エンペラーを襲います
 自由の旗を汚すものは、許しはしないと立ち上がる。
 次回、「決して散らない鉄の華」
 お呼びとあらば 「即、参上!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話「決して散らない鉄の華」

—アルカディア号内部—

 

 海賊船アルカディア号。そこは、新天地を目指し旅をする男達の艦。「B世界」と呼ばれる平行世界において、彼らは異星人イルミダスに支配された地球を取り戻す為に戦った歴戦の戦士達。自由を掲げて戦った者達の炊事を担当していた少女アトラ・ミクスタは忙しなく艦内を走り回っていた。

 

アトラ

「どうしよう。どうしようどうしよう!」

 

 竜馬達がやってくるのは別にいい。しかし、この世界の仲間達も一緒に来るという。火星の田舎で暮らしていた時と同じ格好では、田舎者と思われるかもしれない。そう思うと、何かおめかしできないものかと。そんなアトラをぼんやりと眺める、松葉杖の少年。三日月・オーガス。ガンダム・バルバトスルプスレクスを操縦し、コクピットの中では鬼神の如き強さを誇る少年は、そんなアトラがあっちを行ったりこっちを行ったりするのを眺めながら、ポケットから火星ヤシをひとつまみすると、ポリポリと食べ始めていた。

 

アトラ

「ああ三日月! ねえこの格好おかしくないかな!?」

三日月

「いいんじゃないの、いつも通りで」

 

 正直、三日月にはアトラが何をそんなに慌てているのか理解できていない。年頃の女の子の気持ちを解するような機微を、この少年は心得てはいなかった。

 

アトラ

「もうっ! 三日月ってば……」

 

 三日月がそういうことに疎いのは、アトラも知っている。それでも、アトラがあえて三日月に訊くのはアトラにとって、誰に一番可愛く見えていたいかという、極個人的な問題だった。

 

三日月

「竜馬達、もうすぐ来るの?」

 

 そんな三日月は、見えていない右目でアトラを覗き込む。アトラはそれに頷いて答える。

 

アトラ

「うん、だからそろそろ出迎えの準備しなくちゃほら!」

 

 三日月の右手に手を伸ばし、アトラはその動かない右手を掴む。それから、右半身が動かない三日月の歩調に合わせてゆっくりと歩き始めるのだった。

 

アトラ

「竜馬さん達と会うのも、久しぶりだよね」

三日月

「そうだね。結局俺達、あいつらにはちゃんと挨拶できなかったし」

 

 三日月は、思い出す。

 それは決して散らない鉄の華の、散華の時。

 異星人イルミダスは、周到に地球圏を支配し、それまでの地球秩序を管理していた組織ギャラルホルンを完全に手中へ収めた。そして、イルミダスによる支配は当然、地球の管理下にある圏外圏……つまり、三日月の生まれた火星にも手が伸びることとなる。

 三日月と彼の半身でもあるオルガ・イツカ。そして彼らと同じような境遇の子供達で組織された組織・鉄華団。鉄華団は、火星の不当な支配に異を唱える少女・クーデリアの護衛という依頼を受け、それを達成するために地球圏へ向かい……そこで想像を絶するイルミダスの支配。そしてギャラルホルンを革命しようとする勢力との争いの渦中に巻き込まれることとなった。

 そんな中、鉄華団と共にイルミダスやギャラルホルンと戦った仲間達がいた。竜馬達ゲッターチームや、この海賊船アルカディア号のキャプテンハーロックも、その一人である。

 他にも、多くの仲間がいた。“地獄”を体現する二人の男が駆る魔神。青き流星とともに火星に舞い降りた少年。地球にも火星にも名を轟かせる、日輪を背負った噂の快男児。鉄華団と同じように強い絆で結ばれた、月の光のように儚く強い家族。炎のさだめを駆け抜け地獄の中を生き続ける男。思春期を殺した少年と、その翼。そんな仲間達と共に三日月達鉄華団はイルミダスを倒し、そして来る銀河決戦にてイルミダスら異星人の連合艦隊を退けた。

 

三日月

(けど……そこはまだ、俺達のたどり着くべき場所じゃなかった)

 

 三日月はまだ、止まれなかった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 アルカディア号の艦長室に呼ばれたオルガ・イツカは、背筋を伸ばし目の前の男……キャプテンハーロックと対峙していた。長髪に眼帯を持ち、顔に大きな傷を持つハーロックは、そこにいるだけで空気が変わる男だ。カリスマという言葉がふさわしい男を、オルガはまだ片手の指で数えられるほどしか知らない。だが、彼らはいずれもオルガにとっては偉大な背中だ。

 オルガのよき兄貴、名瀬・タービンもその一人だし、ギャラルホルンの若き総帥を務めたエレガントな男性や、あの快男児もそれに当たるだろう。

 だが、キャプテンハーロックのカリスマ性は彼らに勝るとも劣らない。そう、オルガは確信していた。

 

オルガ

「キャプテン、話ってなんすか?」

ハーロック

「ああ、オルガ。傷は傷まないか?」

 

 オルガの身体には、銃痕が残っている。そのどれもが、致命傷の傷痕だ。しかし、そんなオルガが生きているのはあの場に居合わせたガンダムパイロットの少年と、そしてアルカディア号の船医として当時在籍していたドクター蛮のおかげでもある。

 オルガは撃たれた胸に手を当てるとしばらくして、静かに口を開く。

 

オルガ

「…………今でも、時々痛むんです。だけどそれは、俺の痛みじゃあない」

ハーロック

「…………」

 

 ハーロックは、無言でオルガの次に来る言葉を待っていた。

 

オルガ

「ビスケットや、シノ……。それだけじゃねえ。今まで流れた俺達の家族の血が溶け合い、一つになっていく。俺の血は、俺の傷は、あいつら全員の血で傷なんだ。だから、俺は止まれねえ」

 

 あの戦いの結果として、地球圏は守られた。しかし彼ら鉄華団はギャラルホルンと敵対する立場となり、そして新たな秩序を構築した世界での居場所を失った。

 鉄華団。決して散らない鉄の華と名付けられた彼らはしかし、咲く場所を持てなかった。

 新たな世界において、秩序を乱す存在である鉄華団。彼ら鉄華団はある意味、見せしめとなった。新たなる秩序。正しい秩序のための犠牲。それが、鉄華団だった。

 

オルガ

「俺と三日月は表向き死を偽装し、鉄華団は解散した。いつか、再び咲く場所を手に入れるために」

 

 その旅路に誘ってくれたのが、他ならぬキャプテンハーロックだった。

 

ハーロック

「……本当なら、君達全員を乗せてやりたかった」

オルガ

「いや、いいんだ。結果として“鉄華団の壊滅”という結果を手に入れた以上、ギャラルホルンも残党がりめいた真似はしねえだろう」

 

 何より、今のギャラルホルンは組織改革、民主化が進んでいる。その結果、地球圏統一国家との政治的協力体制が確立している。統一国家には、銀河決戦において鉄華団や仲間達を支援してくれたクーデリアや、あのお転婆な外務次官もいる。

 

オルガ

「……宇宙のどこかにあるアルカディア。そこでなら、きっと鉄華団が鉄華団として再び咲ける。そう、あんたが言ってくれた」

ハーロック

「オルガ、お前達は常に今日を生きるために、明日を夢見続けていた。お前達鉄華団は、俺にとっても希望だったのだ」

 

 身寄りもなく、戦うことでしか生きる術を知らない。そんな子供達。大義も思想もないが、どこまでも遠い夢を追い走り続ける。その向こう見ずさは、若者の特権だとハーロックは思う。だからこそ、そんな若者を見ると助けたくなってしまうのが、キャプテンハーロックという男の性分だった。

 性分は変えられない。結果として自分達も地球に居場所を失ってしまったが、それでもこの選択に、後悔はなかった。

 

オルガ

「……俺達は、まだ止まれねえ。辿り着くべき場所に着くまで。その道を共に歩むのが、あんたでよかった。心からそう思うぜ」

ハーロック

「フッ……」

 

 ハーロックは戸棚にしまっているスコッチの瓶に手を伸ばした。そしてグラスを二つ取り出すと、それぞれに注ぐ。

 

オルガ

「盃、か……」

ハーロック

「契るのは、俺にじゃない。それぞれの旗にだ」

 

 ハーロックの言葉に、オルガは静かに笑う。それから2人の男は頷き合い、静かにスコッチを飲み込んだ。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—ゲッターエンペラー内部—

 

 

トビア

「それにしても、外の世界の宇宙海賊か……」

 

 アルカディア号との合流地点を目指すエンペラーの艦内で、トビアは遠い世界の宇宙海賊・キャプテンハーロックに思いを馳せていた。

 

シャア

「気になるのか?」

トビア

「ええ、まあ。違う世界で、同じようにドクロの旗を掲げた海賊がどんな人たちなのか……やっぱり、興味あります」

 

 トビア・アロナクスが宇宙海賊になったのは、成り行きというところが実のところ大きい。今でこそ愛する少女と共に生きる場所がここクロスボーン・バンガードだが、違う世界の彼らは、どんな思いでドクロの旗を掲げているのだろう。

 

弁慶

「ハーロックか……」

 

 そんなトビアの話を聞きながら、弁慶は旧友に思いを馳せる。ハーロック、トチロー。それに。

 

弁慶

「ラ・ミーメちゃんは美人だったなぁ……」

 

 そんな弁慶に溜息を付いて、竜馬が続ける。

 

竜馬

「キャプテンハーロック、あいつはな……男の中の男だ」

トビア

「男の中の男……」

隼人

「ああ。あいつは自由の旗を掲げ、支配に立ち向かった。あいつの活躍に、人々は沸き立った。キャプテンハーロックとアルカディア号は、自由の象徴だった」

トビア

「へえ……」

 

 自由の象徴。圧政に苦しむ人々の希望となった男。どんな男なのだろう。とトビアはより、期待に胸を膨らませた。

 

トゥインク

「キャプテンハーロック……まるで、御伽噺のヒーローのようですね」

竜馬

「ヘッ、言い得て妙だな。キザな男だが、情に脆い奴だった。俺の知る限り、ヒーローって言葉が最も相応しい男の一人なのは間違いねえ」

 

 竜馬が他人をそこまで誉めるのも珍しい、とトビアは思った。

 

トビア

「宇宙海賊キャプテンハーロック……」

 

 いったい、どんな人物なのだろう。そんなことを考えながらトビアは窓の外を見た。

 

トビア

「ン……?」

 

 ランデブー・ポイントにはまだ遠い。しかし、遠くに見えるものは空飛ぶ船……エンペラーやアルカディア号のような、飛行戦艦だ。昭和の日本軍が使っていたような、どこかふるめかしい風貌の戦艦と、白い円盤状のものが並んでいる。明らかに異質な存在感。それに随伴するようにして、虫のような羽根を持つマシンが飛んでいる。

 

トビア

「な、んだ?」

 

 羽根マシンがオーラバトラーであることは、トビアにも理解できた。しかし、理解できないことが二つ。何故オーラバトラーの軍団がここにいるのか。それに。

 

トビア

「UFO? 円盤? 一体、あれは?」

 

 疑問を口走るトビアに答えるように、白い円盤はエンペラーを狙うように砲門を向ける。そして、発射。

 

隼人

「撃ってきたのか……!?」

トビア

「あいつらは、一体?」

 

 円盤の砲撃はエンペラーのわずか右端を掠め飛んでいく。明かな威嚇射撃。それは、次はないぞという合図。

 

シャア

「円盤の隣にいるのは、オーラバトラーとオーラ・バトル・シップか……!」

 

 話には聞いたことがある。リュクス姫が地上に出た後、バイストン・ウェルに帰還せず地上に取り残された艦が一隻いたと。恐らくは、それなのだろう。つまり、あれはホウジョウ軍。そう理解すると同時、シャアは駆け出した。それに続くように竜馬達とトビアも。

 

 格納庫にやってくると、エンペラーの中に格納されているリトルグレイの中からF91が発進していくのが見えた。既に、キンケドゥは出撃したらしい。

 

トビア

「よし、俺も……!」

 

 愛機クロスボーン・ガンダムへ駆けようとするトビアだが、その首根っこをウモン・サモンにつかまれてしまう。

 

ウモン

「こりゃトビア。今回はお前は留守番じゃ」

トビア

「えぇっ!?」

 

 どういうことだよと詰め寄るトビアに、ウモンは禿頭を掻きながら彼のガンダムの方を指差す。

 

ウモン

「前の戦いで派手にガンダム壊したのはどこのどいつじゃ!?」

トビア

「ウ…………」

 

 そう。暗黒大将軍との戦いで派手にやられたクロスボーン・ガンダムは今、大幅なオーバーホール中だった。正式名称F97と言われるこの機体は、整備用のパーツに一点ものがかなり多い。それを今までどうにか騙し騙し修理してきたが、月のサナリィ本社に行かなければこの完全な修復は無理だろう。とウモン曰く。

 

オンモ

「ガンダムの修理は、当分先……ってことになりそうだねぇ」

トビア

「そんな……」

 

 

 こんな時に、指を咥えて見ているだけになるなんて。そう嘆きながら、トビアは途方に暮れていた。

 

 

 

……………………

第17話

「決して散らない鉄の華」

……………………

 

 

 

ミチル

「何が起こってるの!?」

 

 ゲッターエンペラーの艦橋で、ミチルの怒号が響く。早乙女博士は無言で、目の前に迫る円盤型の戦艦を睨め付けていた。無言の圧力。しばらくして、戦艦から通信が入る。映像に映し出されたのは、スーツ姿に薄い色のサングラス。それに唾の大きな帽子を被った男。

 

Mr.ゾーン

「フフ、久しぶりですね早乙女博士」

早乙女博士

「……フェーダー・ゾーンか」

Mr.ゾーン

「フッ……」

 

 フェーダー・ゾーンと呼ばれた男は不敵に笑う。それを無言で睨み続ける早乙女博士。

 

竜馬

「ゾーンだと……!?」

弁慶

「あいつ……」

 

 Mr.ゾーンの登場に竜馬達は驚愕の表情を浮かべていた。それは、即ち。

 

キンケドゥ

「彼は、君達と同じ世界の人間ということか……!」

 

 元の世界でゲッターチームとMr.ゾーンにどのような因縁があるのかは定かではないが、私闘ということもあり得るだろう。そうF91のキンケドゥは思った。だが、だとしたら随伴するオーラ・バトル・シップは何だ?

 

Mr.ゾーン

「早乙女博士。あなた方をテロ等準備罪で拘束させてもらいます」

早乙女

「……我々は、科学要塞研究所の所属として国際的な立場を担保されているはずだが?」

Mr.ゾーン

「海賊と手を組むような組織に国際的な立場、ですと?」

 

 鼻で笑うゾーン。そこには明らかに、侮蔑の色が見えた。しかし、テロへの加担を疑われているというのは血気盛んなゲッターチームとしても心外だった。

 

竜馬

「舐めたこと言ってんじゃねえ! 俺達はミケーネの奴らやデビルガンダムと戦ってたんだ。テロだなんだ言われる筋合いはねえ!」

Mr.ゾーン

「フン……。それを決めるのはあなたではないのだよ流竜馬」

 

 完全に、竜馬を見下している。知性も教養もない蛮族と。その態度が癇に障る。だが、それだけではない。

 

アムロ

「何だ、この男は……?」

シャア

「憎しみか。だが、何に対して……?」

 

 憎しみ。それも相当根深く、黒いものをアムロとシャアは感じていた。それほどまでに、ゲッターを憎んでいるのだろうか。しかし、ゾーンの奥底にある憎しみはゲッターに対してではないように感じられる。

 例えばジオンという国を恨む人々は、戦後からどれだけ時が経とうと決して消えることはないだろう。時間が全てを忘れさせるというには、ジオンという名前が残した傷痕は大きく根深い。何しろジオンの名を背負ったシャア本人もまた、その名に深い絶望を感じていたのだから。

 Mr.ゾーンの憎しみも、ジオンを憎む人々のように深く、積み上げられたもののように感じられる。

 

竜馬

「あの野郎、さっきから勝手なことばかり言いやがって。まるでこっちが悪人みてえじゃねえか!」

 

 竜馬達からすれば、別に正義の味方を気取っているわけではない。しかし、こうして一方的に決めつけられるのは我慢ならない。

 

Mr.ゾーン

「此方には、貴艦を撃墜する用意がある。大人しく此方の指示に従うことを薦めるが?」

 

 砲門をゲッターエンペラーに向ける円盤型の戦艦。そして、それが随伴する空母の周囲に展開されるオーラバトラー隊も剣を抜き、エンペラーを包囲するように飛び回った。それは即ち、戦の合図。

 

早乙女博士

「やむを得ん。各機、出撃! 降りかかる火の粉を払え!」

 

 早乙女博士の合図に。「よっしゃぁっ!」という声とともに3台のゲットマシンが出撃する。オーラバトラー隊を掻い潜り、ゲットマシンは空中でゲッター1に合体。トマホークでオーラバトラー・ライデンを出会い頭に斬り裂いた。

 

ホウジョウ兵

「なっ、なんだあれは!?」

竜馬

「へっ、ショウやエイサップを見ててずっと思ってたのよ。いつかオーラバトラーとも、ガチでやり合いたいってな!」

 

 ゲッター1は、あの暗黒大将軍との激戦の中でも比較的損傷が軽かった。専用のドッグでもあるエンペラーで直接で修理できるのも大きく、既にゲッターは万全に近い状態となっている。

 しかし、それでも完全ではない。それを竜馬は、トマホークを振るう動きで感じていた。

 

竜馬

「チッ、右腕の動きが鈍い。半端な整備しやがって!」

 

 口ではそう毒吐きつつも、ゲッターの動きそのものはライデン達を十分に凌駕している。

 

隼人

「無理はするなよ竜馬。ゲッターの整備も完全じゃないんだからな!」

竜馬

「わかってらぁっ!」

 

 トマホークを振り回し一機、また一機とライデンを落としていくゲッター1。その獰猛な動きに、バイストン・ウェルの武者達は戦慄を余儀なくされていた。

 

ホウジョウ兵

「が、ガロウ・ランめっ!?」

竜馬

「あぁ? ガロードラン?」

 

 なんだそりゃ。と吐き捨てて、ライデン達の火矢を避け潜る。そしてまた、トマホークで一閃。その戦いぶりはまるで鬼神の如く。そんなゲッターロボに、照準を向ける光子戦闘艦。

 

Mr.ゾーン

「ゲッターロボ、この光子砲を喰らうがいい!」

 

 光子戦闘艦から放たれる光が、ゲッターに突き刺さる。それを浴び、ゲッター1は大きくのけ反った。

 

竜馬

「ぅぉっ!?」

隼人

「何やってやがる竜馬!?」

竜馬

「るせぇ! こんなもん屁でもねえぜ!」

 

 悪態を吐きつつ、光子エネルギー砲から抜け出す竜馬。

しかし、ライデン部隊がゲッターを包囲し火矢を放つ。火矢の火力そのものは本来、大したものではない。しかし、地上に出たオーラバトラーは地上のオーラを吸うようにしてより強力になっていく。それは搭乗者が聖戦士たり得ない雑兵のライデンとて同じ。

 

竜馬

「ッ!?  オープンゲット!」

 

 包囲、波状攻撃を掻い潜るため、瞬時にゲットマシンへ分離するゲッター。それからさらに上空でゲッター1に再合体。ゲッターの腹部が、雑兵を捉えていた。

 

竜馬

「散々やってくれたお返しだ。ゲッタァァァァッッビィィィィッム!」

 

 ゲッター線の光が、オーラバトラー達を焼き尽くしていく。次々と羽根を失い、落下してライデン部隊。竜馬は、オーラバトラー隊の奥で照準を向けるMr.ゾーンの光子戦闘艦を睨んでいた。

 

竜馬

「おいゾーン! てめえ、いつからこの世界に来やがった。オーラバトラー共と手を組んで、何しやがるつもりだ!」

Mr.ゾーン

「フ……。相変わらず品性の欠片もない声だ。耳障りな蝿は撃ち落とすに限る。光子エネルギー砲、用意!」

 

 竜馬などはなから相手にしていない。そんな態度にカチンときた竜馬は、「なろぉっ!」と吐き捨て、ゲッタービームを光子戦闘艦へ照射した。しかし、ゲッタービームは光子戦闘艦の甲板に命中した瞬間に霧散してしまう。

 

隼人

「何だと……!?」

弁慶

「ゲッタービームが……!」

竜馬

「消された、だと……!?」

 

 驚愕するゲッターチーム。そして再び、光子戦闘艦はその砲門を開いた。

 

隼人

「竜馬!」

竜馬

「わかってらぁっ!?」

 

 同じ轍を踏みはしない。瞬時にオープンゲットし、今度はゲッター2へ変形合体したゲッターはドリルを翳して竜巻を巻き起こし、落下しながら上空の光子戦闘艦へ叩き込む。

 

隼人

「これなら、どうだっ!?」

Mr.ゾーン

「ふ、この光子戦闘艦にはどのような攻撃も届きはしない!」

 

 光子戦闘艦の全身を覆うように展開されるバリアが、ゲッターの強力な攻撃すらも弾き飛ばす。Mr.ゾーンの開発した光子戦闘艦は、圧倒的な防御力を誇っていた。

 

Mr.ゾーン

「フフフフ。まずは貴様達を血祭りに上げ、お前達の亡骸をハーロックの前に晒してやろう」

竜馬

「なめんじゃねえ……! ゾーン、ここでてめえの息の根を止めてやるぜ!」

 

 しかし、ゲッタービームも、ドリル・ハリケーンも通用しない光子戦闘艦を相手にどうするか。落下していくゲッター2から再びゲッター1へ合体しなおし、低空飛行しながら竜馬は闘争本能のみで思考を巡らせていた。そこへ、上空から再びオーラバトラー部隊が火矢を放つ。

 

竜馬

「なっ!?」

弁慶

「あ、あいつら!?」

 

 上空から、ゲッターへ向かい火矢を放つ。それは即ち、避ければゲッターよりさらに下方……地上の街や木々、人々の暮らす場所を燃やすことになる。

 

竜馬

「……きったねえぞ!?」

 

 罵倒するように叫ぶがしかし、それを意識した瞬間避けることができなくなってしまう竜馬。燃え上がる火矢を浴びるように受け続け、ゲッターは燃え上がっていく。

 

隼人

「クッ、竜馬!」

竜馬

「わかってらぁ!? だが……」

 

 このままではどうすることもできない。無関係な、戦う力を持たない人を巻き込むような戦いは好きじゃない。そんな竜馬の義侠心が今、ゲッターを窮地に陥らせていた。

 

ホウジョウ兵

「今だ、やれ!」

ホウジョウ兵

「あのガロウ・ランを撃て!」

 

 そんな掛け声と共に、さらに矢を放つオーラバトラー。しかし、追撃の矢は届かない。側面から放たれたメガ粒子の塊が、火矢を次々と撃ち落としていた。

 

アムロ

「ゲッター、無事か!?」

キンケドゥ

「ここは任せて、一度エンペラーに帰投しろ!」

 

 Zガンダム。その巡航形態ウェイブライダーのノズルに取り付けられたハイパー・メガランチャー。そして、F91のヴェスパーだ。突然の乱入者を前に、ホウジョウ軍のオーラバトラー部隊は一瞬、迷った。乱入者を倒すべきか。それとも、そのままゲッターを仕留めるべきか。

 

シャア

「そこだ!」

 

 そんな兵士たちの迷いを察したかのように、シャアのゲーマルクのバックパックから放たれたマザー・ファンネル。そこから射出されるチルド・ファンネルが、オーラバトラー部隊を取り囲み一斉砲火。一つ一つがビーム・ライフルに相当するチルドによる波状攻撃。バイストン・ウェルで育った武者達は、まるで蜂の巣をつついたかのようなファンネルの波状攻撃に翻弄されていく。

 

シャア

「私達が退路を守る。ゲッター戻れ!」

竜馬

「チッ……!」

 

 舌打ちし、踵を返す竜馬。本心では、まだまだ暴れ足りない。だが、今のまま光子戦闘艦を相手に闇雲な戦いを続けても、いたずらにエネルギーを消耗するだけになることは竜馬にもわかっていた。

 

隼人

「ヘッ、ゾーンの奴随分と大層なモンを作ったじゃないか!」

弁慶

「だが、どうする? 俺達のゲッターでも打ち破れないバリア、モビルスーツじゃ手に余るぞ」

竜馬

「ああ……。おいジジイ! エンペラービームは使えねえのか!?」

 

 怒鳴り散らす竜馬。今この部隊で最も高い出力を誇っているのは間違いなくゲッターエンペラーのエンペラービームだ。あれならば、光子戦闘艦をバリアごと消し飛ばしてしまえるかもしれない。だが……。

 

早乙女

「まだ、暗黒大将軍との戦いで受けたダメージが回復しておらん。撃てるものならとうに撃ってるわ!」

 

 早乙女の怒号が竜馬の鼓膜に炸裂する。キーンと鳴り響くマイクのハウリングが、竜馬の聴覚を刺激した。

 

竜馬

「怒鳴るこたぁねえだろうが!?」

 

 口答えしながらも、ゲッターロボは3機のゲットマシンに分離しエンペラーへと帰投していく。最低限の補給と整備を済ませ、すぐに再出撃することになるだろう。キャノピーを開き、竜馬はコクピットの中で深く息をする。それと同時、整備スタッフがゲッターの点検に取り掛かり竜馬にもスポーツドリンクが渡される。

 

竜馬

「ゾーンの野郎……。この世界にまでやってくるたぁ、しつこいにも程があるぜ」

 

 スポーツドリンクで喉を潤し、竜馬は静かに呟いた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—光子戦闘艦・艦内—

 

 

 

Mr.ゾーン

「フフフ、どうですかな? これが私の作り出した光子戦闘艦の力です」

 

 Mr.ゾーンは、隣に立つ黒髪の男に目配せする。男は、その防御力を堪能すると深く頷いた。男の名は豪和一清。豪和一族の長兄にして、野望の男。

 

一清

「なるほど、確かに凄まじい防御力だ……」

 

 東京を襲う安倍晴明とゲッターの戦いを見届け、エンペラーをべギルスタンへ派遣するよう根回しした後も一清の暗躍は続いていた。「F」……即ち“シンボル”の首領たるファントムとの会見や、日本国内で対コロニー国家の大規模クーデター計画“ゴッドマザー・ハンド計画”に参加する西田啓との協力関係を築いていく中、一清はゲッターやエンペラーについての調査を続けていた。そんな一清の下にやってきたのがMr.ゾーンだ。

 この怪しげな青年は「ゲッターと同じ世界より遣わされた」と語り、そして仮称「B世界」と呼ばれる並行世界について一清に教えてくれた。

 曰く。ゲッターロボとは破壊の力。その力は全てを滅ぼす。Mr.ゾーンは、「黄金の女神」と呼ばれる存在によりそう教えられ、ゲッターロボを滅ぼすために戦っていたという。

 それが真実か否かは定かではないが、少なくともゲッターはMr.ゾーンにそこまで敵視されるほどの存在であるということだけは一清にも理解できた。

 「ゲッターを倒すため並行世界より遣わされた」そう自ら語るだけあり、Mr.ゾーンの技術力は凄まじい。この光子戦闘艦のような戦闘母艦を開発することができる能力に一清は目をつけた。

 

一清

(西田さんやマキャベルの計画には、どの道強大な軍事力が必要になる……)

 

 エメリス・マキャベル。無国籍艦隊の総司令官にとっては、彼らゲッターエンペラーの部隊はある意味で目障りな存在だった。パブッシュ国がクーデターを起こす時、脅威になりうる存在。そう、マキャベルは認識している。今はミケーネ帝国という共通の敵がいる以上表だった対立は避けたがっていたが、おそらくマキャベルの艦隊とエンペラー部隊の衝突はいずれ避けられぬものになる。そう、一清は読んでいた。そして、その読みは正しかった。

 Mr.ゾーンをパブッシュ国に招き入れ、マキャベルは彼の光子戦闘艦と編入したというホウジョウ国のオーラ・バトル・シップ、レンザンにパブッシュ国の“暗部”としての活動を命じたのだ。

 即ち……“エンペラー部隊の拘束”。その理由など権力者たるマキャベルはいくらでもでっちあげることができる。ゾーンは大義名分を傘に着て、ゲッターとその仲間を追うことができる。完全な、利害の一致。それこそが、一清の狙いだった。

 

一清

(ガサラキへ至る道……。俺には“嵬“の血は宿らなかった。だが……)

 

 ガサラキへ至る手段は他にもある。そう、あの男は語った。そのうちの一つが、ゲッター線。エンペラー部隊にはユウシロウら特務自衛隊を置き、そしてパブッシュ艦隊にはMr.ゾーン。自分の駒を両方に置くことで、“嵬”の力をいずれ我がものにする。この協力関係は、そのための布石だ。

 

Mr.ゾーン

「フフフ、ゲッターを手に入れることができれば……」

一清

「フ……」

 

 ゲッターを滅ぼす。そう口では言いつつもMr.ゾーンの瞳にはギラついた野心の炎が燃えている。Mr.ゾーンのそういう所も、一清は気に入っている。

 ゲッターを追い詰めたという高揚が、Mr.ゾーンを昂らせていた。そんな中、随伴するレンザンのガルン司令から通信が入る。

 

ガルン

「ゾーンとやら、あのガロウ・ランが逃げたようだが?」

Mr.ゾーン

「ガロウ・ラン……? フッ、ゲッターロボのことなら、奴の強力な武器の全てがこの光子戦闘艦の前に無力化されました。もはやゲッターなど敵ではない。このまま押し切ればいい!」

 

 ガルンは苛立たしげに舌打ちをしたが、Mr.ゾーンには聞こえていないようだった。無理もない。と一清は思う。話を聞くに、地上へ出たオーラバトラーはその性能を飛躍的に上昇させる。しかし、ホウジョウ国の兵隊達はそのオーラバトラーの性能に振り回されているように一清には見えたからだ。

 

一清

(どのような高性能マシンも、パイロットが力を引き出せないなら意味はない。か……)

 

 それに対して、今オーラバトラー隊を足止めしているエンペラー部隊のモビルスーツの活躍は見事なものだ。その殆どが旧式だが、機体の特性を生かし不利な空中戦でオーラバトラーを相手に互角以上の戦いを繰り広げている。

 

一清

(清継達からの連絡で聞いていたが、エンペラー部隊のモビルスーツ・パイロット達は伝説のエースであるという話は本当のようだな……)

 

 そんなことを考えながら、一清は目の前の巨大なゲッター戦闘母艦を見据えていた。上に圧力をかけ、ユウシロウ含む特務自衛隊は今の所は化学要塞研究所に留めさせている。ゲッターとユウシロウが接触した時のデータを取りたかったが、それは後回しにするべきだという一清の判断でだ。しかし、彼らのようなエースパイロット達とユウシロウが肩を並べて激戦をくぐり抜けているという事実に、一清は興奮を隠せない。それは即ち、“嵬”としてのユウシロウに覚醒の時が近づいているということに他ならないからだ。

 

Mr.ゾーン

「一清さん?」

一清

「いえ……。作戦に口出しはしません。好きなようにやってください」

 

 それが、Mr.ゾーンと一清の間で取り決められた約束の一つだ。互いに協力はするが、専門外の面に口出しはしない。という。戦艦での戦いや技術に関してはMr.ゾーンが、政治や権謀に関しては一清が。互いの目的のために、それが最善にして最短であると2人ともに考えているからだ。

 それは、己の領域に関するプロ意識故のものかもしれない。しかし、その不干渉をお互いに心地よくかんじているのも事実だった。

 

Mr.ゾーン

「ええ。このまま押し切ります。光子砲、再発射急げ!」

 

 Mr.ゾーンの作り出した光子戦闘艦は、言わば光子力エネルギーを彼なりの理論で転用した要塞兵器だ。一清が提供したのは光子力研究所の光子力バリアの技術書。それを見たMr.ゾーンは、ものの見事に光子力マシンを作り上げた。

 言わば、この戦闘艦はマジンガーと同等以上の出力を誇る艦だ。少なくとも未来世紀62年現在、これほどの戦闘艦はどこの群も所有していない。

 

一清

(例外があるとすればあのゲッターエンペラーと、あの眠れる竜だが……)

 

 今ゲッターエンペラーは暗黒大将軍との戦いで万全ではない。そして、眠れる竜はまだ目覚めの時を待っている。光子戦闘艦の圧倒的な防御力を破れるものなど、この世界にはありはしない。そう、Mr.ゾーンは断言していた。そして彼が断言するのなら、戦いに関しては彼に任せる。それが、Mr.ゾーンと一清の関係だった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—レンザン艦内—

 

ガルン

「ええい、あの若造は戦を何もわかっておらん!」

 

 ガルン・デンは、あの青年……Mr.ゾーンの戦のやり方に腹を立てていた。あの男からは過信が伺える。自らの作った戦闘艦に対する過剰なプライドだ。

 それは武器でありあの男の美点かもしれないが、自惚れも甚だしい。と思う。

 艦と部下の命を預かる身であれば、あの男の造った艦には乗りたくない。口にはしなかったがガルンは、そう思っていた。

 

ガラミティ

「艦長、我が方が攻めあぐねているようだな」

 

 ガラミティ。かつて西の大陸での戦乱でオーラバトラーを駆っていたというコモンの男が言う。それに付き従うダーとニェットを含めた3人組。彼らは、サコミズ王に雇われた傭兵だった。

 

ガルン

「ホ! お前達か。丁度いい」

 

 さすがに歴戦の勇者なだけあって、彼らは地上で性能が向上したオーラバトラーでもものともせずに乗りこなしている。特に、彼らが乗るのはショット・ウェポンが手ずから設計したタイプであり、ヘリコンの地で生まれたライデンやシンデンとは多少特徴が違う。

 

ダー

「あのエンペラー艦隊にはショウ・ザマもいる

ときいている」

ニェット

「聖戦士の仲間を討てば、手柄などいくらでも取れるというものだ!」

 

ガルン

「ああ、行ってきてもらおう。赤い三騎士!」

 

 赤い三騎士……。そう呼ばれた厳しい顔をした男達は、「おう!」と答えると走り出し、格納庫へ向かう。そして、赤い3機のオーラバトラーが、レンザンより飛び出した。

 

 

…………

…………

…………

 

 

アムロ

「なんだ、赤いオーラバトラー?」

 

 突如レンザンから飛び出した3機の赤いオーラバトラー。ビアレスと名付けれたその機体は、戦場の中見事な連携でアムロのウェイブ・ライダーへ迫っていた。

 

ガラミティ

「いいかダー、ニェット。モビルスーツ隊の相手を俺達が受け持つ。その間にライデン隊は敵艦を包囲し、波状攻撃をかけろ!」

 

 「了解!」という掛け声と共に、ライデン隊はアムロ達から離れゲッターエンペラーへと向かっていく。

 

キンケドゥ

「逃すか!」

 

 それを追いビーム・ライフルを撃つF91だが、ニェットのビアレスが割り込むように飛び込みオーラバリアでそれを弾いてしまう。

 

キンケドゥ

「なっ……!」

ニェット

「俺達“赤い三騎士“を、他の兵と同じと思うなよ!」

 

 すれ違い様にF91を蹴り上げ、ベース・ジャバーから落とすビアレス。F91は姿勢制御バーニアを最大に噴かして姿勢制御を試み、ベース・ジャバーへと戻っていく。しかし、もうF91の周囲にビアレスはいない。

 3機のビアレスは、狙いをウェイブ・ライダーへ定めていた。

 

ガラミティ

「あのウィングキャリバーに変形する奴、厄介そうだな!」

 

 赤い三騎士の3人には、骨身に染み付いている脅威がある。ビルバイン。かつて、ショウ・ザマが愛機とした聖戦士の剣。その機体もアムロの乗るZガンダム同様に高速巡航形態への可変能力を有し、多機能を使いこなすことで通常のオーラバトラーを凌駕する力を発揮していた。知っているからこそ、ガラミティはアムロのZガンダムに注視し、警戒の色を顕にしていた。だからこそ、仲間の2人を引き連れた赤いビアレスはベース・ジャバーに搭乗するF91やゲーマルクよりも先にZガンダムを倒すべき。そう判断する。

 

キンケドゥ

「抜かれた!?」」

シャア

「アムロ!?」

 

 ゲーマルクのメガ粒子砲が、ビアレスの足先を掠める。しかし機体に触れる直前、メガ粒子はオーラバリアの発生により霧散してしまう。

 ベース・ジャバーでは、オーラバトラーのスピードに追いつけない。雑兵のライデンならそれでも狙撃できるが、赤い三騎士の乗るビアレスはそう簡単に撃ち落とすことはできなかった。

 

シャア

「奴等のオーラ力か。ええい!」

 

 オーラバリアを発生させるほどの強いオーラ力を持つパイロットが3人、アムロに迫る。手足のないウェイブ・ライダー形態では振り切れない。

 

アムロ

「チィッ!?」

 

 落下するのを覚悟の上で、アムロは空中でウェイブ・ライダーをZガンダムへと変形させる。巡航能力を失ったZガンダムに、地球の重力が襲いかかった。ノーマルスーツなしでは身体が潰れてしまうだろうほどのGがアムロを襲う。しかし、その中にあってもアムロの勘は冴え渡っていた。

 

ガラミティ

「ダー、ニェット。奴にトリプラーをかけるぞ!」

ダー

「おう!」

ニェット

「おう!」

 

 急降下でZガンダムを追う3機のビアレス。戦闘を走るガラミティの機体が、フレイ・ボムを発射する。

 

アムロ

「やられる……!?」

 

 シールドでは間に合わない。そう判断しアムロは咄嗟にビームサーベルを抜いた。Zガンダムのバイオセンサーが鋭敏に、アムロのオーラ力をエネルギーへと変換していく。アムロのサイコミュ的な波動が、Zガンダムの周囲にミノフスキー粒子の壁を作り出し、フレイ・ボムを霧散させる。

 

ガラミティ

「オーラバリアか!」

 

 地上とバイストン・ウェル.世界が違えど人が作り出したものにはある種の共通点がある。特にオーラバトラーの開発には、地上の技術者ショット・ウェポンの技術が使用されている。

 ショット・ウェポンは生体工学の権威でもあった。彼は元々、バイオセンサーの流れを汲む技術バイオ・コンピュータの研究に携わっていた過去を持ち、そして葉月孝太郎博士の元で感情エネルギーの研究に参加していた。

 そんなショット・ウェポンの地上における研究の成果がバイストン・ウェルで身を結んだのがオーラバトラーだ。その意味ではオーラバトラーとは、サイコミュ・モビルスーツの子孫であると言えた。

 そして、いやだからこそ。その祖先たるZガンダムにも、オーラバトラーと近い技術が搭載されている。

 宇宙世紀当時はブラックボックスだったサイコミュ・システムの共振が起こす超常現象。それをガラミティは機能の一部として理解していた。

 

アムロ

「今のは……? そうか、カミーユ……!」

 

 一方で、本質的には地上人であるアムロはそれを機能としては理解していない。しかし、カミーユ・ビダンの魂がこの機体・Zガンダムには宿っている。そう、信じられた。

 

 “カミーユ・ビダンが守ってくれた”

 

 そう理解することで、アムロは落下しながらもビーム・サーベルを引き抜き、左腕のグレネードランチャーを撃つ。しかしグレネードの弾丸はビアレスのオーラバリアに防がれ、オーラソードを抜いたガラミティ機がジリジリとスピードを上げ迫る。

 

ガラミティ

「もらった!」

アムロ

「やらせるか!」

 

 直後、ブースターを吹かせZガンダムは機体を僅かに逸らした。そのズレは微々たるものだったが、落下しながらの格闘戦においてその差は命を分ける差でもある。ガラミティの剣を寸でで躱したアムロだが、ダー、ニェットのビアレスがすぐに迫っている。

 

ダー

「そこだ!」

 

 ダーのビアレスが、フレイ・ボムを放った。奇跡は二度も起きやしない。そう直感したアムロはしかし、咄嗟の判断でガラミティのビアレスを踏みつけてZガンダムをジャンプさせる。

 

ガラミティ

「俺を踏み台にしたっ!?」

アムロ

「このぉっ!?」

 

 フレイ・ボムの軌道から機体を逸らし、回避するアムロ。今だ。アムロは直感に従い、再びZガンダムをウェイブ・ライダーへ変形させる。そして、急上昇。

 

ニェット

「俺達のトリプラーを、振り切っただと!?」

アムロ

「同じような手に、何度も食わされてたまるか!」

 

 アムロは苛立っていた。「三機の連携攻撃を行う」「赤いマシン」そんな、今まで戦ってきた強敵を合わせた紛い物のような奴に負けるつもりは毛頭ない。それも、シャアが見ているところで。

 

シャア

「無事かアムロ!」

アムロ

「振り切っただけだ、すぐに来るぞ!」

 

 今のアムロは、1人で戦っているわけではないのだ。強敵が相手でも背中を預けられる相棒が隣にいる。

 

ガラミティ

「俺を踏み台にするとは……その屈辱、必ず晴らす!」

 

 ウェイブ・ライダーを追うように上昇する3機のビアレス。それを待ち構えるように、赤いモビルスーツがZガンダムとの間を割り込んでビアレスに立ち塞がった。

 

シャア

「アムロはやらせんよ!」

 

 シャアの乗るゲーマルクだ。ゲーマルクの搭載するありったけの火力が、赤い三騎士のビアレスへ撃ち込まれていく。腹部のメガ粒子砲や、ファンネルの波状攻撃。オーラバリアはそれを弾いていくがしかし、目障りであることに変わりはない。

 

ガラミティ

「あの赤い奴!」

 

 鬱陶しい攻撃と、踏み付けにされたという屈辱がガラミティの思考力を奪っていた。

 赤という色は、自分達のトレードマークだ。それを他の人間が使っているという状況そのものに、ガラミティ・マンガンというコモン人はある種の腹立たしさを感じている。

 それだけではない。

 

ガラミティ

(なんだ、あの赤い奴の動きは……?)

 

 まるで遠い昔から知っている奴のような気がしてしまう。そんな、気持ちのザラつきがガラミティを苛立たせていた。

 

シャア

「こちらの攻撃を突破してくるか。さすがだな……!」

 

 ゲーマルクの攻撃を跳ね除けながら突撃するビアレスを前に、シャアは敵ながら称賛に値すると感じていた。それがかつて、共に戦ったことのある兵なら尚更のこと。

 

シャア

「いや、あれは彼らではない。ええい、何を言っているのだ私は!」

 

 シャアとしても、ガラミティ達赤い三騎士によく似た戦友を知っていた。その操縦のクセも三人の連携もよく似ている。機体越しで判別はつかないが、もしかしたら顔まで似ているのかもしれない。とシャアは漫然と思っていた。しかし、そんな郷愁を感じている場合ではない。

 

ダー

「もらった!」

 

 ダーのビアレスが突出して、側面からゲーマルクへ斬り込んだ。重武装、高火力モビルスーツのゲーマルクだが、指に仕込まれたビーム・サーベルがある。それを用い応戦するシャアだが、オーラバトラーの機動力、そしてオーラバリアに守られた重装甲を前に武装の火力とサイコミュのみが取り柄とも言えるゲーマルクは、ベース・ジャバーに乗りながらでの剣戟では次第に旗色を悪くする。

 

シャア

「ええい!」

 

 モビルスーツの性能差は、戦力の決定的差とはならない。しかし、今この状況においてはゲーマルクという機体の特性は間違いなく、シャアの足を引っ張っている。

 サザビーとまでは言わないが、せめてディジェでもあれば。シャアは舌打ちし、ベース・ジャバーを下がらせる。本来、シャアは4本の手足を用いた格闘戦や、機動力を生かした奇襲を得意とするパイロットだ。ゲーマルクの機体特性は、シャアの全力を発揮するには少々分が悪い。

 それでも、機体の性能を100%発揮し状況を切り抜けてしまうのがシャアという男だ。シャアはニェットのビアレスが背後から迫っていることに勘づき、咄嗟にベース・ジャバーから飛び降りる。

 

ニェット

「何だと!?」

シャア

「もらった!?」

 

 下駄履きでなければ満足な飛行もできないオーラマシンの出来損ない。相手はモビルスーツをそう評価し侮っているとシャアはこれまでの撃ち合いから断じていた。そして、そこに隙がある。

 ゲーマルクのメガ粒子砲が、ニェットのビアレス目掛けて線を描いた。

 

ニェット

「まさか!?」

 

 やられる。そうニェットが思い死への恐怖が全身を襲うと同時、ビアレスはそんなニェットのオーラ力を感じ取りバリアを展開する。オーラバリアは、メガ粒子砲を霧散させてしまう。だが、その一瞬の間に落下していたはずのゲーマルクはベース・ジャバーへ再び乗り移り、ゲッターエンペラーへ向かい旋回していた。

 

ガラミティ

「彗星め、逃すか!」

シャア

「私を知っている……?」

 

 赤い彗星。シャアの異名が咄嗟に口をついて出たガラミティ。しかし、当然ガラミティはそんなことは知らない。第一、バイストン・ウェルのコモン界には“宇宙の星々”という概念がないのだ。しかし、そんなことを不思議に思う暇もなくガラミティはシャアを追う。

 

アムロ

「シャア!?」

シャア

「ゲーマルクではな……!?」

 

 雑兵はともかく、オーラバリアを発現させるほどのオーラ力の持ち主が相手となればゲーマルクでは決め手がない。それさえあれば、シャアは歯噛みする。そんな時だ。

 

???

「じゃあさ、こういうのならどう?」

 

 そんな言葉と共に、通信回線に割り込む声。それと同時、巨大なメイスがニェットのビアレスを叩きつける。

 

ニェット

「な、何だとッ!?」

 

 今まで戦闘空域に、そんなものはいなかった。ゲッタートマホークにも負けない物理的な攻撃。オーラバリアごと叩き潰さんとするその獰猛な一打に、たちまちビアレスは叩き落とされてしまう。

 

ダー

「ニェット!?」

ニェット

「バカな……!」

 

 赤い三騎士の前に突如躍り出たのは、巨大なバックパックを取り付けた白いモビルスーツだった。ガンダム。その白い姿は見るものにその名を連想させる。しかし、アムロ達の知るガンダムとは決定的に何かが違う。

 

アムロ

「ガンダム……いや……?」

キンケドゥ

「あれは、まるで……!」

 

 大きく突出したツノ。身体の輪郭そのものも、一般的なガンダムよりもどこか獣じみた風体をしている。

 

シャア

「白い悪魔、か……」

 

 白い悪魔。その呼び名をほしいままとする異形のガンダムはその獰猛な目でビアレスを睨みつける。そのコクピットの中で、少年は無言で敵を見据え、再び飛び出した。

 

三日月

「…………!」

ガラミティ

「な、何だ……!?」

 

 長距離輸送ブースター・クタン参型を装備した悪魔……三日月のガンダム・バルバトスルプスレクスはその右手に持つロングメイスを力任せに振り回し、ビアレスに突撃。圧倒的な質量のロングメイスがコクピットスレスレを掠めるだけで、ガラミティの肝が冷える。

 

三日月

「やっぱり、こいつをつけたままじゃ戦いにくい」

 

 一方、三日月にとってもこの長距離ブースターは扱い慣れない。外付けのブースターは、自分の身体同然のバルバトスとは勝手が違う。三日月は、クタン参型をバルバトスから切り離すと、そのままブースターを蹴る。そしてそのまま跳躍力でビアレスへと飛んでいく。

 

ガラミティ

「ば、化け物か!」

三日月

「よく言われる」

 

 ジャンプ力だけでビアレスに追随するガンダム・バルバトスルプスレクス。ブースターに隠れて見えなかった尻尾のようなものを空中で振り回し、振り切ろうとするビアレスを尻尾が先回りする。まるで、猛獣が小動物を無ぶるかのようなその動きに翻弄されているうちに、ビアレスの頭を叩き潰すようにメイスが叩きつけられた。

 

ガラミティ

「うぉぉっ!?」

ダー

「隊長!?」

 

 頭の潰れたビアレスを、ダーの機体が咄嗟に引き寄せる。あと一瞬その判断が遅ければ、ガラミティはたちまちコクピットごと潰されていただろう。半壊したキャノピー越しにその悪魔の貌を見て、ガラミティは戦慄していた。

 

ガラミティ

「ニェットは無事か……?」

ダー

「あ、ああ……。だが、これ以上は無理だ。退こう」

 

 ダーの言うことに頷くしかない。今はただ、生きているだけでも儲け物。そう思うガラミティだった。

 

ガラミティ

「仕方ない……、一次帰投する!」

 

 厄介なモビルスーツ部隊の相手を受け持つこと。その仕事自体は果たした。あとは、あのMr.ゾーンとかいう優男の仕事だ。そう自分を納得させて、赤い三騎士はレンザンへと戻っていく。

 

三日月

「あ……」

 

 ジャンプ力で飛んでいたバルバトスは、空中を長く飛ぶことはできない。そのまま落下するバルバトスをクタン参型が回収し、再びドッキングする。

 

三日月

「助かったよ、オルガ」

オルガ

「無茶しやがって……」

 

 クタン参型を操縦していたオルガ・イツカは、本来想定されていない戦い方をやってのける三日月に感嘆としつつ、その無茶を支えてホッと息を吐いた。

 

キンケドゥ

「逃げるのか!」

アムロ

「よせキンケドゥ、今はエンペラーを守るのが先だ!」

 

 敵を追う余裕は、アムロ達にもなかった。赤い三騎士の相手に注力するあまり、他のオーラバトラー部隊は既にゲッターエンペラーに取り付いている。今、エンペラーはそれを対空砲火で応対しているがエンペラービームの使えない今いつまで保つか。

 

ミチル

「ッ! 左舷の弾幕薄いわ。何やってるの!」

 

 エンペラーの管制室でミチルが怒鳴る。早乙女博士は無言で敵を……Mr.ゾーンの光子戦闘艦を睨みつけていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

Mr.ゾーン

「バルバトス……! あの鉄華団の悪魔か!」

 

 鉄華団の悪魔。かつて、イルミダス、ギャラルホルン軍の指揮官として何度も戦場で相見えた強敵。その存在を前にMr.ゾーンは驚愕の叫びを上げる。

 

一清

「…………!」

 

 一清の目にも、その悪魔の姿は印象強く写っていた。悪魔。鬼。一清の野心を刺激する姿とギラついた瞳が、彼の胸を高鳴らせる。だが、隣で高揚を抑える一清に気付かぬほど、Mr.ゾーンは動揺していた。

 

Mr.ゾーン

「鉄華団が来たということは……!」

 

 光子戦闘艦の背後に、巨大な影。背面を映すカメラなど見なくてもわかる。Mr.ゾーンの網膜に焼き付いて離れない、巨大な髑髏の模様。

 

ハーロック

「アルカディア号、全速全身! 我らが友の危機を救うための戦いだ!」

トチロー

「おう、任せろハーロック!」

 

 アルカディア号。Mr.ゾーンに屈辱の記憶を与え続ける緑色の巨体が、すぐそこに迫っていた。

 

Mr.ゾーン

「ハーロック……!」

 

 わかっていた。アルカディア号と合流しようとするエンペラーを攻撃すれば、すぐにでも奴らはやってくると。だが、計算以上の迅速。

 アルカディア号の機関砲が、光子戦闘艦へと撒き散らされる。しかし、光子バリアはそれを受け付けない。

 

ハーロック

「あの艦は……!?」

トチロー

「あんなものを作れるのは、まさかゾーンか!?」

 

 ハーロックとその親友トチローも光子戦闘艦のバリアを一目見て、敵の正体を察知した。

 

 

Mr.ゾーン

「フフ、久しぶりだなハーロック」

ハーロック

「Mr.ゾーン……。俺を追ってきたのか」

Mr.ゾーン

「そうだ。ハーロック……貴様に与えられた屈辱。その命で晴らさせてもらう!」

 

 Mr.ゾーンの瞳に、憎しみに満ちたものがギラついている。ハーロックはそれを哀れに思いつつも、男として挑まれた戦いには全力で応じる所存だった。

 

ハーロック

「いいだろう……。その執念に敬意を表し、相手になってやる!」

 

 アルカディア号と光子戦闘艦。2つの巨大な艦が至近距離でぶつかり合う。しかし、光子バリアに守られるMr.ゾーンの艦は堅牢で、アルカディア号の攻撃を寄せ付けない。

 

Mr.ゾーン

「ハハハハハ! ハーロック、これが私の光子戦闘艦だ。お前が侮辱した、私の艦だ!」

ハーロック

「その執念を、正義のために燃やせば友になれたものを……!」

Mr.ゾーン

「戯れるなッ!」」

 

一清

「…………」

 

 Mr.ゾーンは明らかに、異常な執着をハーロックに向けている。一清はその見苦しい執念を「使える」と感じていた。この戦いの結果はともかく、将来的に……ゾーンの尊大なる自尊心は味方につければ大きな武器になると。

 

 

 

トチロー

「どうするハーロック! ゾーンの艦、以前より遥かに強化されてるぞ?」

ハーロック

「ああ。あの戦闘艦はあらゆる点でアルカディア号以上。だが……」

 

 艦と艦の戦いならば、負けるわけにはいかない。そこにはハーロックの誇りがある。たとえ自信よりも強大な相手であったとしても、無敵の艦など存在しない。だからこそ、ハーロックは今まで生き残ってこれたのだから。

 

ハーロック

(だが、どうする……? 奴のバリアを突破する方法を考えねば)

 

 カノン砲も霧散する超鉄壁の光子バリア。それを突破しなければ活路はない。ハーロックは一瞬たりとも目を離さず、敵のバリアを見据えていた。全身を覆うほどの強力なバリア。それを打ち破る方法は……。

 

ハーロック

「そうか!」

 

 立ち上がり、ハーロックは敵の猛攻に晒されるゲッターエンペラーへ通信を入れる。数秒のラグの後、眉間に皺を寄せた早乙女博士の顔がアルカディア号に映し出された。

 

ハーロック

「お久しぶりです、早乙女博士」

早乙女博士

「挨拶はいい。……奴を破る方法を思いついたか?」

ハーロック

「はい。ゲッターの出撃は可能ですか?」

 

 ハーロックが訊くと同時、ゲットマシンのコクピット内部の映像をカメラが映し出す。丁度補給と応急修理が終わった段階らしく、ゲットマシンは既にカタパルトへ移動していた。

 

早乙女博士

「この世界のモビルスーツ・パイロットはなかなか優秀でな。十分、時間を稼いでくれた」

 

 つまり、出撃は可能。

 

ミチル

「でも、どうするの。敵のバリアはゲッタービームも無力化してしまうほど強大よ」

ハーロック

「奴のバリアだが、一度全力で展開すると再展開にコンマ2秒の隙ができます。その隙を叩く」

 

オルガ

「なら、それは俺達がやる」

 

 会話に割り込んできたのはオルガだ。オルガの操縦するクタン参型に格納されているバルバトスのカメラアイが赤くギラつき、光子戦闘艦を睨め付ける。

 

ハーロック

「決まったようだな。アルカディア号は敵の隙を作る。その隙にゲッタービームを最大出力で叩き込んでくれ!」

 

 ハーロックの号令と同時、アルカディア号が動いた。緑色の巨大な艦体を光子戦闘艦から引き離しながら、機関砲を撃ちまくるアルカディア号。そのひとつひとつを光子バリアで防ぎつつ、光子戦闘艦は光子砲の照準をアルカディア号へ合わせていく。

 

ラ・ミーメ

「キャプテン、敵の攻撃が来ます!」

ハーロック

「今だ!」

早乙女博士

「ゲットマシン、出撃!」

 

 

 

竜馬

「よっしゃぁっ!?」

 

 竜馬の掛け声と共に、3台のゲットマシンが発進する。激しい攻防の続く戦場を駆け抜けゲットマシンはゲッター1に合体。それと同時に、ゲッター1の腹部に膨大なゲッターエネルギーが集中する。

 

Mr.ゾーン

「何、ゲッターロボ!?」

 

 このまま光子砲を撃てば、バリアが発生できない。咄嗟に攻撃命令を取り消しバリアの展開を指示するゾーン。竜馬はその僅かなもたつきに、鮫のように凶悪な笑顔を見せる。

 

隼人

「最大出力だ。ぶちかませ竜馬!」

竜馬

「わかってらぁっ! ゲッタァァァァァッビィィィィィッム!?」

 

 瞬間、ゲッター線の光が最大出力で放たれる。やられる。そう直感しつつもMr.ゾーンは、ビームが命中するその直前に光子バリアの展開を終え備えることに成功した。

 

Mr.ゾーン

「フハハハハ! 無駄だ、たとえゲッタービームとて、この光子バリアの前には無力だと思い知ったばかりだろうに!」

竜馬

「グダグダ言ってんじゃねえぇっ!?」

 

 吠え猛る竜馬。竜馬の雄叫びに呼応するように、ゲッタービームの出力も増していく。

 

隼人

(まただ……!)

 

 ゲッターロボは。ゲッター線は。明らかに竜馬に応えている。竜馬の闘争本能に。精神力に呼応し強くなっている。隼人はその事実に気付いていた。まるで、竜馬1人さえいれば隼人も、弁慶も不要とでも言うかのようにゲッターは、竜馬の声にのみ応えている。

 

隼人

(竜馬、なぜお前なんだ……!)

 

 自分ではなく。なぜ竜馬だけがゲッターに選ばれている? そんな疑問を口にすることもなく、隼人は無言でゲッターの操縦桿に力を込める。たとえ僅かでも、自分の力もゲッターが受け入れてくれているのならば。今はゲッターという運命に従う。それが、神隼人という探求者の姿だった。

 

 

 

Mr.ゾーン

「げ、ゲッター……流竜馬!」

一清

「これが、ゲッター線の無限の力……!」

 

 Mr.ゾーンは、その猛獣の如きゲッターの存在に恐れをなしている。一清は逆に、その鬼神の如き力に恍惚の表情を浮かべていた。

 

一清

(この力が手に入れば……!)

 

 無限力。ガサラキへ至る手段。“嵬”の血を引かない自分が、無限の力を手に入れるための力。その一端に触れた一清は、興奮を隠せないでいる。

 

Mr.ゾーン

「こ、光子バリア最大出力で展開! 絶対にバリアを超えさせるな!?」

 

 ゾーンの怒声と共に、バリアはさらに強力になっていく。竜馬の魂を込めた一撃すらも阻むほどに。

 

トチロー

「ゾーンの奴……。とんでもないものを作りやがって」

ハーロック

「あれが、あの男の執念の結晶か……」

 

 敵ながら見事と言わざるを得ない。だが、それでも立ち塞がる者は何人でも越えていくのみ。

 

 ゲッタービームを出し切り、ショートするゲッターロボ。光子バリアを限界まで使わせ、バリアの消費エネルギーを出し尽くさせる。

 

Mr.ゾーン

「お、終わったのか……」

 

 安堵の息を吐くMr.ゾーン。しかし、その直後。急速で接近する悪魔をゾーンは見た。

 

三日月

「オルガ、あれをやればいいんだね」

オルガ

「ああ……。ぶちかませ、ミカ!」

 

 先ほどと同じようにクタン参型をパージすると、ブースターを蹴り上げジャンプ力で滑空するバルバトス。その重たいロングメイスを掲げた悪魔は、一目散に飛び込んでいく。

 

Mr.ゾーン

「ば、バカめ。こちらの光子バリアに飛び込むなど自殺行為だ!」

 

 ゾーンが叫ぶ。しかし、光子バリアの発生にかかる時間よりも、バルバトスの飛び込むスピードの方が僅かに早い。

 

三日月

「フー…………」

 

 猛獣が狩りをする時のような吐息が、光子戦闘艦越しに伝わる。狼王ルプスレクス。その牙が、光子戦闘艦の装甲をぶち抜いた。

 

Mr.ゾーン

「な、うわぁっ!?」

 

 動力炉や艦橋は無事だ。だが、次はないとばかりに三日月は再びロングメイスを持ち上げる。今度こそ、息の根を止めるために。

 

一清

「これは…………!?」

 

 バルバトスの動きはまるで、生きている人間のように滑らかだ。パイロットが操縦していることで発生する動作のロスがまるでない。それは、マイル1……即ちTAに使用される人工筋肉の目指すものと同じであるといえる。

 Mr.ゾーンはバルバトスを悪魔と呼んだ。これが悪魔ならば……。

 

一清

「鬼とは……どれほどのものか……!」

 

 己の目指す存在。それへ至る道において避けることのできない存在。鬼。理論は違うが、目の前にいるバルバトスはおそらく一清の……豪和の目指すものの完成形に一番近い存在なのだ。それを悟り、ゴクリと固唾を飲む一清。

 死が目前に迫っているのを感じつつも、一清の心は興奮に満ちていた。

 

 

 

三日月

「アンタは、生かしておけば必ず俺の仲間を殺しにくる」

 

 ガンダム・バルバトスルプスレクスのコクピットに繋がれた三日月・オーガスは、艦橋にいるMr.ゾーンの姿を認めると、静かに呟いた。

 あいつがどうしてハーロックを追っているのかなど、三日月には興味がない。ただ、ハーロックは三日月の、鉄華団にとって得難い仲間なのだ。

 ハーロックが死ねば、オルガが悲しむ。アトラも悲しむ。それは、自分も悲しい。

 だから三日月は容赦しない。一才の容赦なく、呵責なく三日月はメイスを艦橋に突き立てようとする。

 

三日月

「……いや、そうでなくても」

 

 この男を生かしてはいけない。三日月の鋭敏な嗅覚がそれを告げているのだ。

 メイスを高々と掲げるバルバトス。そして……。

 

ハーロック

「よせ!」

 

 キャプテンハーロックの声が、三日月の動きをピタリと止めた。

 

三日月

「いいの?」

ハーロック

「奴は敵だが、同じ世界から来た地球人だ。これ以上、同じ故郷を心に持つ者を殺めたくはない……」

 

 その言葉に三日月が納得したのかは、定かではない。しかしバルバトスはメイスを振り上げるのをやめると、光子バリアを発生させている電磁装置の前でそれを振り下ろす。ドス、という鈍い音と共に、光子バリア発生器を破壊したバルバトスは再び跳躍し、クタン参型とドッキングした。

 

Mr.ゾーン

「ハーロック……。私に情けをかけるとは、後悔するぞ」

 

 腰を抜かしたMr.ゾーンは、やっとの思いでそれだけを吐き捨てる。それを聞き届けたハーロックは静かに頷いて、それから口を開いた。

 

ハーロック

「ゾーン……。お前が俺の命を狙うというのならば、それもいいだろう。私は何度でも、お前の挑戦に受けて立つ!」

Mr.ゾーン

「…………ッ! 全軍、撤退。これ以上の交戦は不要である!」

 

 あまりにも大きすぎる。器が違う。それを面と向かって再認識させられてしまう。今のままでは、勝てない。ハーロックを倒すためには、今以上の力を手に入れなければ。

 この千載一遇を逃し、苦虫を噛み潰したような表情で強敵を睨むMr.ゾーン。キャプテンハーロックは、その隻眼で彼の視線を見据え返していた。

 

 

 

アムロ

「終わった、のか……?」

シャア

「どうやら、そのようだが……」

 

 撤退する見送りながら、アムロとシャアは深い息を吐く。彼らほどの歴戦の勇姿でも、戦いの後はいつもこうだ。

 

竜馬

「しかし三日月……ハーロック。お前らまでこの世界に来るとはな」

 

 ゲッターロボの竜馬も、どっと汗をかきながら旧友へ言葉を投げかける。ぶっきらぼうだが、そこには彼なりの親愛の情が感じられる。そんな声だ。

 

三日月

「まあ、色々あってね」

ハーロック

「お互い、積もる話もあるだろう。一度帰投し、君達の本拠地でゆっくりと話したい」

隼人

「そうだな……」

 

 頷きつつも、隼人の視線は鋭い。

 

隼人

(ゾーンの光子戦闘艦。あれは間違いなく光子力エネルギーを使っている……。誰かが奴に、情報を渡したのか?)

 

 隼人達の世界にも、光子力に限りなく近い動力で動く魔神が存在した。だが、あれほどの防御性能を生み出すには至っていない。

 

隼人

(最も、あの“魔神はバルバトス同様に厄祭戦時代のマシン。あの時代にどんなオーパーツがあるかなんて知れたもんじゃねえがな)

 

 考えても仕方ない。今はとにかく、懐かしい顔ぶれとの対面が楽しみな隼人だった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—科学要塞研究所—

 

 

 

エイサップ

「そんなことが起きてたのか……」

 

 一連の事件が終わった後、研究所に戻ってきたエイサップは申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。彼は、リュクスの申し出である場所へ彼女を案内していたのだ。

 

槇菜

「そうなの。エイサップ兄ぃがリュクスさんとデートしてる間、こっちも大変だったんだから」

 

 むくれたように言う槇菜に、エイサップは「そんなんじゃない!」と否定する。だが、2人きりで外出したという事実は事実なのでそれ以上強くは言えなかった。

 

リュクス

「そのオーラシップは、レンザンですね……。私がオーラロードを開いた際、はぐれてしまった艦です」

 

 それが無事でいたことは嬉しい。しかし、Mr.ゾーンなどというならず者と行動を共にしているというのは、リュクスにも不可解だった。レンザンの艦隊司令ガルン・デンは、無能な人物ではない。彼なりの考えがあってのことだとは思うが……。

 

リュクス

(ガルンは、父上の下に……バイストン・ウェルに帰る気がないのか?)

 

アムロ

「ともかく、これで俺達の協力者は全員揃ったことになるのか?」

 

 今、科学要塞研究所にはゲッターエンペラーとアルカディア号が着陸している。巨大なゲッターの顔と、巨大な髑髏模様が並んでいる様は圧巻そのものだった。そして、今ここには暗黒大将軍との死闘を共に戦い抜いた仲間達に加えてコズモレンジャーJ9の4人。それに、キャプテンハーロックとその友大山トチローと、宇宙人の美女ラ・ミーメ。さらに鉄華団のオルガ・イツカ、アトラ・ミクスタ、そして三日月・オーガスが顔を並べている。

 

マーガレット

「…………?」

 

 マーガレットが、車椅子に乗る少年……三日月に怪訝そうに視線を寄せた。

 

三日月

「何?」

 

 その視線を感じたのか、三日月の方から口を開く。

 

マーガレット

「気を悪くしたらごめんなさい。ただ、あなた……」

 

 三日月の右半身は、完全に動きを止めている。

 瞳には何も映さず、腕もピクリとも動かない。

 右半身不随。そうとしか言いようのない少年が、この場にいるのだ。マーガレットだけでなく、それが気になっている者は決して少なくはなかった。

 

三日月

「ああ、これ。気にしないで。バルバトスに乗ってる時は見えるし動くんだ」

レイン

「え…………?」

 

 バルバトス。それが三日月の乗機の名前であることはわかる。だが、その理屈はわからない。そこで口を開いたのが、ラ・ミーメだった。

 

ラ・ミーメ

「三日月さんの機体……ガンダム・バルバトスルプスレクスは、三日月さんと阿頼耶識システムという機能で繋がっています」

アムロ

「阿頼耶識……?」

「仏教の言葉だな。サンスクリット語のアーラヤと、識。つまり場所と心の概念だ」

 

 亮が言う。しかし、それを聞いて「そうか」と思う者は決して多くはなかった。

 

シャア

「……なるほどな。つまり阿頼耶識システムとは、アーラヤ即ち機体と、識即ちパイロットの一体化を促す装置ということか」

 

 その数少ない1人……シャアはそう納得するが、それは決して気持ちのいいものではない。

 

ユウシロウ

「機体と……ひとつになる……」

三日月

「うん。バルバトスに乗ってる時は、自分の身体がバルバトスになってる。そんな感じ」

 

 呆気なく頷く三日月。しかし、それだけでは三日月の不随の説明になっていない。

 

オルガ

「……阿頼耶識は、子供の身体に外科手術で定着させるんだ」

 

 そんな中で口を開いたのが、オルガだった。

 

オルガ

「俺達の世界には大昔、厄祭戦っていうでけえ戦いがあってな。その時に作られたガンダム・フレームを操縦するために造られたシステムらしい。ミカはあのバルバトスに乗って、何度も阿頼耶識のリミッターを外してるんだ。その度に、ミカの身体はバルバトスに引き寄せられちまう」

 

 バルバトスの性能を引き出す代償として、三日月は身体機能をバルバトスへ引き渡していく。要約すればそういうことだ、と。

 

槇菜

「そんな……」

 

 戦えば戦うほど、バルバトスになっていく。それは、槇菜にはあまりにも残酷なことのように見えた。

 

三日月

「でも、バルバトスがあれば戦える」

 

 しかしそんな視線を、三日月は意にも返さない。その思考回路そのものが、痛々しいものに映ってしまう。

 

マーガレット

「……わかったわ」

 

 だがその質問を最初に投げかけたマーガレットは、そんな三日月を受け入れて静かに笑う。それから栗色の髪を靡かせると膝を屈ませ、三日月に視線を合わせた。

 

マーガレット

「あてにしてるわ。三日月」

 

 そう言って左手を伸ばすマーガレット。

 

三日月

「……今、手汚れてるけど?」

マーガレット

「構わないわ。汚れているのはお互い様だもの」

 

 そう言い切るマーガレットの手を、三日月の左手は握り返す。握手。それは三日月にとってある意味、思い出の行為だった。

 

三日月

(クーデリア……どうしてるかな?)

 

 元の世界に残して来てしまった、大切な家族。クーデリアだけじゃない。鉄華団という旗の下に集った、身寄りのない子供達。彼らの下に、一刻も早く帰りたい。そんな思いが、三日月の胸に去来する。

 死んだ奴には、死んだ後で会える。だから死ぬのを怖いと思ったことはない。だが、死んでしまえば生きている奴とは会えなくなる。それは、寂しい。

 元の世界には、三日月と共に生き抜いた鉄の華々が息づいている。優等生のタカキ。いじっぱりのユージン。ガチムチの昭弘。それに、あの戦いを共に乗り越えた多くの仲間達。

 鉄華団。決して散らない鉄の華とオルガに名付けられたその仇花は、鉄故に実を宿すこともなく散る運命にあった。

 だが、鉄は打たれれば打たれるほど硬く、強くなる。

 

三日月

(強くならなきゃな……)

 

 今よりも、ずっと。オルガが背負うものを、共に背負えるように。そして。

 

三日月

(いつか、また……)

 

 見果てぬ先へ。ここではないどこかへ。みんなで歩を進める日のために。

 

アトラ

「……三日月?」

 

 気付けば、三日月の左の瞳から小さな雫が伝っていた。

 

三日月

「あれ?」

マーガレット

「え、え……?」

 

 予想外の展開に、戸惑うマーガレット。しかし、戸惑っているのは三日月も一緒だった。

 

アトラ

「大丈夫三日月!? どうしたの!?」

 

 三日月の車椅子に寄って、甲斐甲斐しく聞く小動物系の少女アトラ。三日月はそんなアトラを見つめて静かに笑う。そして、

 

三日月

「……大丈夫。必ず、またみんなと会おうな」

 

 そう優しく囁いて、解いた左手でアトラの髪を撫でる。その手首には、アトラとお揃いのミサンガが小さく輝いていた。

 




次回予告

三日月
「あのマーガレットって人、結局何も聞かなかったな……。でも、なんとなくあの人が言いたいことはわかった。たぶん、あの人は俺達の境遇を察してるんだと思う。だから、何も言わなかった。それだけなんじゃないかなって。まあ、いいか。世界が変わっても、きっと俺達みたいな宇宙ネズミ同然の育ちをしてる人はどこにでもいる。命の糧が、戦場にしかない人が。次回、スーパーロボット大戦VB第17話、『Vanity Busters』」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話「Vanity Basters」

—科学要塞研究所—

 

 

 

速川

「……それはつまり、我々は引き続き彼らに協力しろという命令ですか?」

 

 特務自衛隊実験第三中隊の速川中佐は、上からの命令……即ち日本政府からの指令に食い下がった。ここにいるスーパーロボット軍団とそのパイロット達は信用に値する。そうは思うが特自の本懐はあくまで日本の防衛にある。世界を守る為に飛び回るエンペラーと共に活動するのは、国防の面では本意ではない。

 むしろ、彼らの背中を……背後を守る為にこそ特自はここでエンペラーと離れ、日本の防衛につくべきだと速川は思う。上……日本政府の広川参謀の指示に、速川だけでなく鏑木や高山、安宅らも難色を示していた。

 

広川参謀

「ええ。第三実験中隊は引き続き、科学要塞研究所と共同で任務に当たってもらいたい」

速川

「…………」

 

 この指令には、裏がある。恐らくは、豪和だろうか。日本政府に対し大きな影響力を持つとされる影の豪族・豪和一族。その中枢が第三実験中隊で……TAで何かをしようとしている。速川らにもそれだけは推測することができた。

 

速川

「命令である以上、従わない理由はありません。ですが、豪和大尉は……」

広川参謀

「ええ。民間人の彼は一度豪和総研に戻ってもらう手筈になっています。すぐに迎えの車が到着するはずです」

 

 豪和総研。豪和が管理する研究施設。ユウシロウは任務のない日はほとんど総研で過ごしているという。実験動物。そんな言葉が、速川の脳裏を過った。

 

速川

「……了解しました」

広川参謀

「豪和大尉については、我々が決められることはほとんどない。そのことは中佐もご存じでしょう」

 

 広川の言葉は、事実だった。豪和ユウシロウはTAのテストパイロットとして目覚ましい活躍を見せている。しかし、彼は元々民間人だ。民間人のユウシロウを自衛隊が戦地に連れていったことが知れれば、特自はマスコミや民意を敵に回すことになるだろう。

 

速川

(それを承知で強行したのが、豪和一族の意志か……)

 

 一体、ユウシロウに何があるというのか。速川中佐には見当もつかない。広川参謀は指令だけを告げると、通信を切ってしまう。それから暫くして、ユウシロウを迎えるための豪和の車が科学要塞研究所に到着した。

 

 

 

ユウシロウ

「…………」

 

 渦中の人物、豪和ユウシロウは特自の面々に一礼すると無言で豪和の車へと歩みを進めていく。そのすぐ後ろを、清継と清春の二人が歩いている。

 

ドモン

「ユウシロウ、行くのか?」

 

 そんなユウシロウに声を掛けたのは、ドモン・カッシュだった。その傍らにはパートナーのレイン・ミカムラ。それにゲッターチームの流竜馬もいる。

 

ユウシロウ

「ドモンさん……。はい、今までお世話になりました」

 

 敬礼するユウシロウ。

 

ドモン

「畏まらなくていい。豪和大尉、あんたは……変わったな」

ユウシロウ

「変わった?」

 

 きょとんとした顔をするユウシロウ。ドモンはそんな顔を見てフッと笑う。

 

ドモン

「べギルスタンで会った頃のあんたなら、変わったと言われても気にも留めなかったと思うぜ?」

ユウシロウ

「…………!」

 

 何がユウシロウを変えたのか。考えてみれば瞭然だ。ミハル。べギルスタンで出会った、いや遠い昔からお互いを知っているようなあの不思議な少女。あの少女が、疑問を投げかけてくれたからだ。

 

 “呼び戻さないで、恐怖を”

 

 恐怖。ユウシロウの中に脈々と受け継がれている何か。それが何なのか知りたくて、ユウシロウは火中へ挑むかのようにべギルスタンの派兵へ……ミケーネ帝国との戦いに挑んでいった。

 そして一つの疑問は、新たな疑念を生み出す。

 

ユウシロウ

「俺は……俺が何者なのか知りたくて、戦っています。そして、戦いはまだ終わらない」

 

 ようやくそれだけを口にして、ユウシロウはドモンへ視線を投げかけた。その視線にドモンは静かに頷くと、今度は竜馬が口を開く。

 

竜馬

「お前が運命と戦うって言うなら、俺は喜んで力を貸すぜ」

ユウシロウ

「竜馬さん……」

 

 静かに、2人は視線を交差させる。出会った当初、ユウシロウを毛嫌いしていた竜馬。しかし、今は違う。

 

ユウシロウ

「貴方には、何度も助けられた。礼を言います」

 

 ミハルと共に、地下迷宮でミケロに追われていた時も真っ先に助けに来てくれたのは竜馬だ。思えば、竜馬がいなければユウシロウもミハルも、あそこで死んでいたかもしれない。

 

竜馬

「……お前は操り人形の目から、運命に立ち向かう人間の目になった。それがあの、ミハルとかいう女のおかげだっていうなら上等じゃねえか」 

ユウシロウ

「ミハル……。あいつは……」

 

 しかし、ユウシロウはそれには答えなかった。2人の兄が、会話を聞いているからだ。改めて敬礼し、ユウシロウは豪和の輸送車へと乗り移る。竜馬とドモン、レインの3人はそれを暫く見送っていた。

 

レイン

「……ユウシロウ、この後どうするのかしら?」

ドモン

「さあな。だが、近いうちに再会することになると思うぜ」

 

 ドモンが言う。竜馬も、同感だった。彼の運命は、戦場の中にしかない。それを竜馬は心のどこかで感じていた。

 

竜馬

「ああ。あいつの戦いはまだ始まったばかりだがな」

 

 かつて、べギルスタンで出会ったユウシロウは自分の意志を感じさせない、人形の目をしていた。兄達の命令通りにTAに乗り、実験を繰り返すための人形……。その目的の意味も、価値も理解していない、興味もないものの目。しかし、今のユウシロウは違う。運命と戦う、抗う者の瞳。今の竜馬が……かつてのドモンがそうであったように、覚悟を決めた男の目。

 そして、ユウシロウの運命は戦場の中にある。そう、竜馬は直感していた。

 

ドモン

「……ああ」

 

 それをドモンも理解しているのか、静かに頷く。

 

レイン

「……もう、やっぱりファイターってみんなこうなんだから」

 

 唯一、レインだけはそんな通じ合っている2人に僅かばかりの疎外感を覚えていた。しかし、その疎外感にも慣れたもので、レインは溜息一つでそれを発散する。

 そんなドモンを、レインは好きになったのだから。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—アルカディア号—

 

 

 

 その日の夕暮れ、アルカディア号に何人かのメンバーが集まって談話室で話に花を咲かせていた。その中心にいるのは、隼人や弁慶らゲッターチームや、三日月とオルガ達鉄華団。『B世界』と仮称される並行世界の面々は、積もる話もあるのだろう。それに、彼らの話に興味がある面々もいた。

 

弁慶

「それにしてもびっくりしたぜ。俺はてっきりお前はくたばったかと思って念仏唱えたんだが……」

オルガ

「そう簡単にくたばってたまるかよ。……ドクター蛮と、今はここにいないお節介な死神のおかげで死に底なったんだ」

 

 オルガ・イツカ。鉄華団の団長である彼は車弁慶の憎まれ口に、呆れ顔で返す。しかし、彼が本気でオルガを、鉄華団を心配してくれていたことは理解していた。だから、表情も柔らかい。

 

隼人

「だが、よかったのか? 鉄華団は……」

三日月

「心配ないよ。あっちには昭弘もいるし、ガリガリが約束してくれた。みんなには、ギャラルホルンにも不当に手は出させないって。それに……」

 

 生きていくという、たったそれだけのことが満足にできないあの世界も、少しずつ良くしようとしている人達がいることを三日月は知っている。あの危なっかしい外務次官の女の子や、三日月達と共に戦ったあの快男児もそのために尽力している。それに、クーデリア。

 「自分達を幸せにしてみせる」とそう言った少女の青い瞳には、一点の曇りもなかった。だから、信じよう。と三日月は思う。彼らが地球を、自分達のアルカディアへと変えていくその日を。

 そんな、積もる話をしている彼らの話を熱心に聞いていたのは、トビア・アロナクスだった。

 

トビア

「凄い……」

 

 並行世界という、それだけでも想像を絶している。しかし、何より凄いのは彼らの歩んだ道そのもの。

 

トビア

「異星人に支配された地球と戦う……そんな過酷な戦いを、ゲッターチームはしてただなんて」

隼人

「俺達の場合は成り行きだがな。イルミダスの連中は、ゲッター線の研究成果を早乙女から奪おうとしていた。それを渡すまいと俺たちは、鉄華団やハーロック達と共闘することになったんだ」

 

 たとえどのような理由であれ、それだけの圧政に屈することなく立ち向かった。その精神性には、感服するところだ。

 

オルガ

「……俺達の地球は、だから大丈夫だ。そう信じて俺達はハーロックについていくことにした」

槇菜

「キャプテンハーロック……」

 

 キャプテンハーロック。顔合わせはしたが、彼にはまだ素性の見えないところが多い。眼帯と長い髪に隠れた瞳には、そこの知れないものがあるように槇菜には感じられた。

 

アトラ

「槇菜さん、船長は怖い人じゃないですよ?」

 

 そんな槇菜の心情を察したのか、アトラが言う。

 

ラ・ミーメ

「あの人は、戦いで大切なものや、愛する人を失いすぎてしまったんです。ですがその根底には、誰よりも慈悲深い心があります」

 

 不思議な光沢の肌をしたアロサウルス星の生き残りの女性ラ・ミーメが続ける。彼女はイルミダス軍の士官として働いていたが、故郷を滅ぼしたイルミダスから離反しハーロックについてきたと語る。恐らく、アルカディア号の船員の多くがそんな過去を経験し、ハーロックについてきているのだろう。と、彼女の過去はそんな想像をトビアや槇菜達に働かせた。

 

ラ・ミーメ

「私も、愛する人を失いました。だから、キャプテンの悲しみは理解しているつもりです……」

槇菜

「そっか……」

 

 キャプテンハーロック。彼の眼差しは即ち、彼の歩んできた道に他ならない。その道を、槇菜は知らない。だから、ハーロックという男の壮絶な歴史を想像するしかできなかった。あの隻眼には、何が見えているのだろうかと。

 

トビア

「愛する人を失う悲しみ、か……」

キンケドゥ

「…………」

 

 表情を険しくし、窓の外を見やるキンケドゥ。その視線の先に何があるのか、トビアは聞くまでもなく気付いている。

 

トビア

(結局、あれからベラ艦長の行方を掴む手がかりは何もない。無事でいてくれればいいけど……)

 

 ザビーネによって攫われたセシリー……ベラ・ロナ。彼女のことを考えているのだろう。恐らくはミケーネ帝国の拠点に囚われていると思われるが、それ以上の進展がない。キンケドゥはその現状に、やきもきしているのだ。

 そして、やきもきしているといえばトビアもである。

 

トビア

(ガンダム、なんとかしないとな……)

 

 宇宙海賊クロスボーン・バンガードは、木星戦役の頃は月面企業サナリィのバックアップを受けることができる立場にいた。それは木星帝国という脅威に対抗するためというのもそうだが、ロナ家のバックボーンによるところも大きい。しかし、ベラ・ロナが市政の女に戻り、ベラの従姉妹シェリンドン・ロナとも疎遠になった今のクロスボーンではそうもいかない。

 これまでは予備のパーツで騙し騙し使っていたクロスボーン・ガンダムも、いよいよ予備パーツに底が見えていた。

 

トチロー

「しかし……おたくらの地球も、なかなか凄いことになってんだな」

 

 ハーロックの相棒・大山トチローが言う。このアルカディア号を一人で建造した優秀な技師でもあるトチローは、この世界のスーパーロボットを中心とした機械技術の発展に大きく目を見開いていた。

 

トチロー

「突出してるのは、生体エネルギーの解明だな。俺達の地球よりもその点では遥かに進んでる」

ショウ

「それは、俺達のオーラバトラーやサイコミュを搭載したモビルスーツ。獣戦機やゴッドガンダムの感情エネルギーシステムのことか?」

トチロー

「ああ。俺達の地球では、阿頼耶識が一番近いが……この世界では人間の方を手術で改造するのではなく、適性のある人間を選ぶことでマシンを最適化してるんだな」

シャア

「…………」

 

 厳密には、その段階に至るまでには人間の身体に手を加える強化人間手術というものも存在していた。しかし、技術の発展に伴い特殊な才能を人間に植え付けるような改造はタブー視され、そしてニュータイプという言葉とともに強化人間手術も忘れられていった。その歴史をシャアは知っている。

 

シャア

(三日月達の阿頼耶識。あれは強化人間の行き着く果てなのかもしれないな……)

 

 そんな風に、『B世界』からやってきた新たな仲間達との会話に花を咲かせていた時だ。

 

アラン

「みんな、少しいいか?」

 

 アラン・イゴール。バンディッツのリーダーであり、今日このスーパーロボット軍団を一堂に集結させた功労者の一人。今後の方針を立てるために一度ブリーフィングルームに集まってほしい。とアランは告げると、そそくさと退出してしまう。どうやら、他の面々にも声をかけて回っているらしい。

 

槇菜

「……そういえば、すっかりここも大御所になったよね」

 

 最初、槇菜以外には甲児とさやか、ハリソン、ゲッターチームしかいなかった。それが気づけば数多くの仲間が集まっている。いち国家の兵力にも匹敵……或いはそれすらも凌駕する戦力が一つの場所に集まっている。その事実には、少々怖いものすら感じられる。

 今まではミケーネの脅威と、世界を脅かすものと戦うためと理解していたが、それでもこの急激な戦力の増幅は、他者から見れば脅威に移るかもしれない。そんなことを、槇菜は思った。

 

シャア

「……キミのその感性は、正しくはある」

 

 そんな槇菜の考えを見抜いたのか、シャアが呟く。

 

槇菜

「シャアさん……」

シャア

「だが、だからこそ考えてほしい。強い力を持つということの意味を」

 

 そう言って、ブリーフィングルームへシャアは足を運ぶ。シャアの言葉には、不思議な重みがあった。

 

槇菜

「力の意味、か……」

 

 思えば、ジャコバ・アオンも同じようなことを言っていた気がする。それに聖戦士……ショウ・ザマも。槇菜はそれを、「誰かを傷つける者から、誰かを守るためのもの」であれとそう願い、盾を構え続けていた。そして、ここに集う者達は多かれ少なかれ、近い考えを抱いていると信じている。

 

槇菜

(シャア・アズナブル……。人類粛清を宣言した人、か)

 

 現世に戻ったシャアには、どのように見えているのだろう。そんなことを、槇菜は漠然と考えていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—科学要塞研究所/ブリーフィングルーム—

 

 

ショウ

「隊を分ける?」

アラン

「ああ。暗黒大将軍が倒れ、ミケーネに大きなダメージを与えた。だが、先刻のヤヌス侯爵の奇襲……ミケーネにはやはり、大きな拠点を持っているに違いない。そこで、ミケーネの拠点を探す隊をひとつ、新たに組織する」

 

 ミケーネの拠点を探るための分隊は、アランが指揮するという。基本的な構成員はフランシスらバンディッツの面々とのこと。強力な戦力と言えるマシンは、アランのブラックウィングくらいのものだ。

 

「アラン、お前一人で大丈夫なのかよ?」

 

 必要なら付き合う。そう忍は言うが、アランは首を横に振る。

 

アラン

「この分隊の役割はあくまで偵察と情報収集だ。主力であるダンクーガを向かわせるわけにはいかん」

雅人

「そりゃそうだけどさ……」

 

 そんな獣戦機隊との会話を静かに聞いていたキンケドゥが、手を挙げた。

 

キンケドゥ

「アラン、俺一人ならついて行っても大丈夫だろ?」

槇菜

「パン屋のおじさん?」

トビア

「…………」

 

 トビアには、わかっている。キンケドゥがなぜその任務に立候補するのか。アランもキンケドゥの瞳を静かに見据え、頷いてみせた。

 

アラン

「……たしかに、キンケドゥとF91なら十分背中を預けられるか」

「お、おい! そりゃ俺には背中を任せられねえってことか!?」

 

 そりゃないぜと忍。そんな様子に、沙羅と亮は呆れ顔で頷いていた。

 

アラン

「勘違いするな藤原。ダンクーガは戦力の要だ。お前達ならば、この世界を守れると信じているからこそ、俺は行く」

「お前……」

 

 かつて、アラン・イゴールはムゲ・ゾルバトス帝国の月面基地を攻略する際、獣戦機隊に後を託して特攻したことがある。奇跡的な生還を果たしてここにいるが、一度捨てた命。世界の為に使う覚悟を、アランは既に決めている。それを忍は、この短い会話の中で悟った。

 

沙羅

「……アラン、馬鹿なことはするんじゃないよ」

 

 そんなアランに、沙羅が静かに言う。

 

沙羅

「アンタには、まだ親父がいるんだ。あんたが死んだら、私達がイゴール長官にそれを伝えなきゃならないんだ。そんなの、勘弁だよ」

アラン

「……そうだな」

 

 静かに、アランが笑った。

 

キッド

「そうだぜ、依頼主が死ぬのは寝覚めが悪い」

ボウィー

「そゆことそゆこと。だいたい、アランちゃんが死んだら報酬はどうなるのよ?」

 

 深刻な雰囲気で話す彼らを茶化すようにキッドが言う。それに続くように、ボウィーも。シリアスな雰囲気を壊すようなその言葉はしかし、その場には心地よいものだった。

 

剣蔵

「ではアラン君らバンディッツとキンケドゥ君には、偵察部隊をお願いしよう。それと、もうひとつ……隊の半数には、宇宙へ上がってもらいたい」

 

 静かに、剣蔵が口を開いた。宇宙、その言葉に一同はどよめいた。

 

マーガレット

「宇宙……。どういうことですか?」

剣蔵

「実は、月のサナリィと交渉してな。モビルスーツの補給物資を取りに行ってもらいたいんだ」

トビア

「モビルスーツの!?」

 

 海軍戦略研究機関サナリィ。国連直轄の兵器技術開発部門であり、モビルスーツ・フォーミュラナンバーの生みの親。つまりキンケドゥやハリソンのF91や、トビアの乗るクロスボーン・ガンダムを開発した大御所の兵器開発、技術機関である。

 

オンモ

「一応、元社員のアタシが必死に頭下げてね」

 

 現クロスボーン・バンガードのお頭……ブラックロー運送の社長でもあるオンモは、サナリィと個人的なコネを持っていた。それを今回は精一杯使ったと言う。

 

トビア

「オンモ艦長……」

オンモ

「あんたとガンダムは、ウチの顔だからね。今のまま放っておくわけにはいかないさ」

 

 そう言ってウィンクしてみせるオンモ。

 

ハリソン

「だがあのサナリィが首を縦に振るとはな。一体、どんな交渉を?」

 

 ハリソンの疑問に、オンモと剣蔵は一瞬視線を交わす。それから、少しだけ声のトーンを落とし剣蔵が呟いた。

 

剣蔵

「……技術提供だ。サナリィに、量産型グレートマジンガーの開発を依頼したんだよ」

 

 

鉄也

「量産型グレートですって!?」

甲児

「お父さん!?」

 

 グレートマジンガー。偉大な勇者の量産計画。それは聞き捨てのならないものだった。特に、マジンガーと共に戦い抜いていた二人にとっては。鉄也は前に乗り出し、剣蔵へ詰め寄る。

 

鉄也

「所長、グレートマジンガーは生半可な奴に乗りこなせる代物じゃない。量産化なんかしたとしても……」

 

 鉄也は、グレートのパイロットになるために厳しい訓練を積み重ねてきたプロフェッショナルだ。それこそ、訓練を受けた兵士よりもその鍛錬は遥かに厳しい。それほどの人材が、今の軍にいるとは思えないと言う。

 

甲児

「それだけじゃないよ。もしマジンガーが悪の手に落ちれば……」

 

 マジンガーは神にも悪魔にもなれる力。そう、祖父から教えられた甲児にとっても「マジンガーの量産化」という事実は衝撃的なものだった。

 

剣蔵

「…………わかっている。だが、どうしてもサナリィの手を借りなければならない事情があるんだ」

甲児

「事情……?」

 

 剣蔵の次の言葉を、甲児と鉄也は固唾を飲んで待った。やがて剣蔵は、静かに口を開く。

 

剣蔵

「先のヤヌス侯爵の襲撃で、おそらくミケーネはマジンガーZのオーバーホール計画について知ったはずだ。そこで、オーバーホールを行う場所を光子力研究所からサナリィへ移すことにしたのだ」

甲児

「…………!」

 

 光子力研究所は、科学要塞研究所ほど強力な武装は持っていない。もし、マジンガーZのオーバーホール中に襲い掛かられたら一環の終わり。剣蔵の言うことは、合理的ではあった。

 

鉄也

「……その交換条件として、グレートの量産計画の委任先としてサナリィを」

剣蔵

「そういうことだ。月なら、ミケーネも迂闊には手を出せん。そこで、せわし博士とのっそり博士をサナリィへ派遣し、マジンガーのオーバーホール計画にも協力してもらうことにしたのだ」

 

 静かな沈黙。それは剣蔵らの決定に対して不服や懸念はあれど、皆理性では必要を理解しているからだった。そんな沈黙を打ち破るように、オルガが口を開く。

 

オルガ

「取引ってことか。サナリィとやらが筋を通してくれるならそれでいいんじゃないか?」

 

 そう言って、オルガはサナリィへのコネを持つオンモへ目配せした。彼なりに助け舟を出している。そう受け取ってオンモが言葉を続ける。

 

オンモ

「……まあ、大丈夫じゃないかね。あの専務、なんていうかこう人がいいから、裏切るような真似はしないと思うよ」

 

 それを聞き、オルガは静かに頷いた。オルガはこの世界に来て日は浅い。しかし、ここに集まった面々に悪人はいない。そう感じていた。

 

トビア

「サナリィに行くなら、当然俺達が行くとして他は……」

 

 脱線しつつある話を戻すように、トビアが言う。

 

アムロ

「俺も行こう。今の宇宙がどうなっているのか、見ておきたい」

シャア

「そうだな……」

 

 まず挙手したのは、アムロとシャアだ。さらに、続くように手を挙げるのはハリソン。

 

ハリソン

「サナリィへ行くなら、俺も行きたい」

 

 ハリソンの愛機F91は、サナリィの開発した傑作機だ。その事で縁深いものがある。ハリソンが挙手したことを、不思議に思うものは誰もいなかった。

 

ハリソン

(サナリィなら……もしかしたらあの人に会えるかもしれないしな)

 

 ハリソンの胸中はしかし、期待で高鳴っている。まるで、小学生時代にお世話になった担任の先生に会いにいくかのような高揚と、不安のない交ぜになった目。

 

トゥインク

「大尉さんって、そんな子供みたいな目をするんですね」

ハリソン

「……っ!?」

 

 可笑しくなって、トゥインクが囁く。急に気恥ずかしくなったのか、ハリソンは手を下ろした。

 

ハーロック

「宇宙への航路は、アルカディア号が受け持とう」

トチロー

「ああ。アルカディア号は宇宙を旅するための艦だからな。それに、こっちの世界の宇宙海賊達の話も聞いてみたかったんだ」

 

 そう言って、トビアに目配せするトチロー。トビアは弱ったように髪を掻いて、「へへっ」と愛想笑いした。

 

オルガ

「アルカディア号が行くなら、俺達も宇宙だな」

三日月

「そっか。月に行くのか……」

 

 月。その言葉を呟いて三日月はふと空を見た。雲に隠れた満月が薄ぼんやりと、青い空に透けて見える。それを両の目で見れないことが、少しだけ残念に三日月は感じる。

 

剣蔵

「ハーロックさん、話の通りです。甲児も連れていってはもらえないでしょうか」

ハーロック

「フム……」

 

 剣蔵の提案にハーロックは暫しの間、甲児の顔を覗き込んだ。それから数秒の後にひとつ頷くと、

 

ハーロック

「わかりました。息子さんは責任を持って送り届けましょう」

 

 そう、静かな声が響いた。

 

甲児

「へへ、よろしくお願いします。キャプテンハーロック」

ハーロック

「兜甲児……。君はいい目をしている。俺の艦に乗る資格は、十分にある」

 

 ハーロックの視線を真っ直ぐに受け入れる甲児に、ハーロックは好感を抱いていた。真っ直ぐな瞳。裏表のない人格。それはハーロックが、自分の世界へ残してきた一人の少年によく似ている。

 

ハーロック

(……フフ、俺も青いな)

 

 誰にも、少なくとも親友であるトチロー以外の誰にも、そんなハーロックの内心は悟れなかった。

 

 

槇菜

「甲児さん、宇宙に行っちゃうんですか?」

甲児

「ああ、俺とさやかさんはマジンガーの修復が終わるまで、ネオジャパンのカッシュ博士の元で勉強することになったんだ」

 

 そう言って笑ってみせる甲児。宇宙。その言葉には少しだけ、槇菜の心もときめくものがあった。

 

槇菜

「ネオジャパンかぁ……」

レイン

「気になるの?」

槇菜

「はい。私……学校の先生になるのが夢だから」

 

 槇菜の元々の進路希望は、コロニーのハイスクールだ。今はそれどころではないが、もしあの時岩国に戦闘獣が、鬼が現れなければ今頃も甲児やさやかと一緒に、エイサップのバイトする喫茶店で勉強していたはずだ。

 しかし、今槇菜を襲っている現実は容赦がない。

 

ベルナデット

「槇菜さんも、宇宙へ来ますか?」

槇菜

「……ううん。私は、こっちに残る」

 

 ゼノ・アストラ。旧神と呼ばれたそれは、マチュピチュの遺跡で眠っていたという。それに邪霊機。あの少女は明確に、自分の知らないゼノ・アストラのことを知っている。そして。

 

槇菜

(お姉ちゃんのことだってある……。きっと、お姉ちゃん達が動くならこっちだ)

 

 槇菜の姉・櫻庭桔梗。姉が何をしようとしているのか、槇菜には理解できない。しかし、それでも。ミケーネと戦っていた姉は、本心から侵略者と戦っていたと……平和を愛する心は同じなのだと、信じたい。槇菜は自分に言い聞かせるように、静かに頷く。

 

マーガレット

「……なら、私が宇宙に行くわ」

 

 最後に手を挙げたのは、マーガレットだった。その意外な人物の挙手に、一同は「え?」と目を丸くする。

 

槇菜

「マーガレットさん?」

マーガレット

「宇宙に出るのは、はじめてじゃない。それに、少し気になることがあってね」

沙羅

「…………」

 

 マーガレットの横顔を、沙羅が神妙に覗き込んでいた。それから、しばらくして。

 

沙羅

「いいんじゃないか」

 

 そう、優しい声音で囁く。

 

沙羅

「アルカディア号の方は、少し後衛が少ないからね。あんたのシグルドリーヴァなら、援護くらいできるだろ」

マーガレット

「ええ。それは任せて」

 

 マーガレットなりに、何かを考えたいのだろう。そう、沙羅はマーガレットの考えを尊重した。それを理解して、マーガレットも沙羅へ微笑む。

 

「沙羅、俺たちもアルカディア号へ行くぜ」

 

 そんなマーガレットと沙羅の会話を見ていた忍が言う。それに沙羅は「えっ」と声を上げた。

 

「確かに、俺達は宇宙戦の経験もある。それに、スーパーロボットのパワーが必要になる局面もあるかもしれんしな」

 

 珍しく亮が忍の意見を肯定し、忍は「へへっ」と鼻を鳴らした。

 

 

ハリソン

「……なら、アルカディア号に乗艦するのは俺とクロスボーン、鉄華団、アムロ大尉とシャア大佐。獣戦機隊とそれに甲児くん、マーガレット少尉か」

ショウ

「こちらに残るのは鉄也君とゲッターチーム、シャッフル同盟。それに俺やエイサップ達オーラバトラー乗り。ヤマトと槇菜か。凡そ半々くらいだな」

 

アイザック

「我々は当初の依頼通り、地上で無国籍艦隊の動向を調べる関係上地上に残りましょう」

お町

「アステロイドベルトが少し恋しいけどね。お仕事優先」

 

村井

「中佐、私達はどうします?」

速川

「当面、科学要塞研究所の防衛に当たろう。彼らの作戦行動に支障が出ないようにな」

 

 実験第三中隊にとっては、日本政府からの命令が第一だった。科学要塞研究所の面々との協力。現状それが、彼らに首輪をつける行為だと速川も理解していた。だが、そんな中でもやりようはある。

 

鏑木

「研究所の防衛に就くのなら、必要に応じて国防任務に当たれる。そういうことですね」

速川

(それに、豪和の動向も気になるところだしな……)

 

 暗黒大将軍との死闘から、数日の時が流れていた。しかし、その間にも暗雲は迫っている。それを誰もが、肌で感じていた。

 

槇菜

「あ……」

 

 そんな時、槇菜が口を開いた。

 

槇菜

「そういえば、名前……決めてないですよね?」

 

 一同が、ぽかんとして槇菜を見やる。

 

エイサップ

「槇菜、お前……」

槇菜

「え、へ? 何か、おかしいこと言った?」

トビア

「いや……みんな、すっかり忘れてたから。感心してるんだよ」

 

 名前。それまでは「科学要塞研究所」「エンペラー部隊」などの名称で通していたが、大御所になり、エンペラーとアルカディア号という2つの旗艦を持っている今、組織・部隊としての名称は必要なものである。誰もがそう理解しながらも、忙しさの中で忘れていたものだった。

 

ジョルジュ

「名前、ですか……」

チボデー

「いざ決めるとなると、なかなか思いつかねえな」

サイ・サイシー

「そういやさ、竜馬のアニキ達の世界では、そういう名前ってなかったの?

 

 サイ・サイシーが、それとなく訊く。竜馬は「ああ?」と返事し、それから「そういや……」と目を宙へと泳がせた。

 

三日月

「……リベリオンズ」

 

 ポツリ、と三日月が呟いた。

 

竜馬

「ああ、そうだ。リベリオンズ。そんな名前だったな」

トチロー

「叛逆者……。なんだかんだ言って俺達にピッタリな名前だったな」

 

槇菜

「かっこいい……」

 

 叛逆者。その名を背負った者達……流竜馬、三日月・オーガス、それにキャプテンハーロックを槇菜は見やる。彼らには相応しい呼称であるかのように、槇菜には思えた。

 

三日月

「そもそもさ、俺達はどういう集まりなわけ?」

 

 不思議そうに、三日月が訊く。

 

三日月

「どうせなら、そういうのがわかりやすい名前の方がいいと思うけど」

マーベル

「そうね。私達、気付けばこうして集まって協力してるけど、元はそれぞれで戦ってたのよね」

マーガレット

「同じ敵と戦う為に、私達はこうして共にいる」

 

 無論、それだけが理由でない者も多い。しかし、世界を……或いは人々を脅かすものと戦うという意志を持たないものはここにはいない。そう、マーガレットは感じたままに言う。

 

オルガ

「あっちの俺達が“抗う者”なら、こっちの世界じゃ“撃ち破る者”……ってところか」

ハーロック

「バスターズ……。悪くない名前だな」

 

 バスターズ。そのシンプルな響きは確かに通りがよかった。だが、そこで手を上げたのはアイラ・ムーだ。

 

アイラ

「私達が戦う者は、未来を奪う者達です。過去から来た私が言うのも烏滸がましいかもしれませんが、私にはそう感じられます」

エイサップ

「未来を奪うもの、か。それはたしかに、そうかもな」

 

隼人

「……虚無」

 

 ポツリと、隼人が呟く。

 

弁慶

「どういうことだ?」

隼人

「奪われた未来に残るものを想像したんだ。死、絶望、恐怖……どれもピンと来ねえ。だが」

 

 虚無。この世のあらゆる真理、生命の意味を否定する言葉。それは確かに、“未来を奪う者”という概念にしっくりくる。そう、アイラが頷く。

 

ヤマト

「なら、さしずめ虚無を撃ち破る者……ってところか」

甲児

「ヴァニティ・バスターズ。いいんじゃねえか?」

 

 甲児が直訳する。その響きに誰も、否定意見を出さなかった。

 

ハーロック

「いいだろう……。俺達の集い、同盟をここに、ヴァニティ・バスターズとする」

 

 キャプテンハーロックが、重々しく口を開いた。その時だった。けたたましいサイレンの音が、科学要塞研究所に鳴り響く。それと同時、通信モニタが光子力研究所の弓教授の顔を映し出した。

 

さやか

「お父様!?」

弓教授

「こちら光子力研究所。現在、ミケーネの奇襲を受けている。至急援護を要請したい!」

 

 慌てた声色の父に、さやかの顔から血の気がみるみる引いていく。光子力研究所への襲撃。それは、即ち。

 

甲児

「あいつら、修理中のマジンガーZを攻撃する気か!?」

 

 剣蔵の予感は、当たっていたのだ。

 

剣蔵

「わかりました。すぐに応援を向かわせます」

 

 剣蔵が答え、通信が切れる。光子力研究所の応戦する音だけが、最後に鳴り響いていた。

 

剣蔵

「キャプテンハーロック。お願いできますか?」

ハーロック

「ええ。光子力研究所を襲う敵を撃退し、我々はすぐに宇宙へ飛び立ちます」

 

 頷き、ハーロックは剣蔵に右手を差し伸べる。握手に剣蔵は、冷たい鋼の腕で応じた。

 

ドモン

「こうしちゃいられねえ。俺達も援護するぞ!」

鉄也

「ああ。鍛え抜いた新しい技を、戦闘獣にお見舞いしてやるぜ!」

 

 

 

 

 

……………………

第18話

「Vanity Basters」

……………………

 

 

 

 

—富士/光子力研究所—

 

 

 

 光子力研究所に迫る、万能要塞ミケロス。修復を終えたミケロスを預かるゴーゴン大公は、マジンガーZの修復作業のために月へ向かう準備をしていた研究所の光子バリアを打ち破り、戦闘獣を差し向けていた。

 

ゴーゴン大公

「行け、戦闘獣ゼランギアよ! 動けぬマジンガーZを今ここで亡き者にしてやるのだ!」

 

 帰還したヤヌス侯爵によりもたらされた「マジンガーZの修復、強化」その情報はドクターヘル……地獄大元帥の瞳を醜くギラつかせていた。大元帥は、何としてもマジンガーZを倒すようゴーゴン大公を差し向けたのである。

 

地獄大元帥

「よいかゴーゴン。マジンガーZは我らにとっては仇敵。今ここで完全に破壊し、兜甲児を絶望の底に叩き込んでやるのだ!」

 

 火山島から通信で指示を出す地獄大元帥に、ゴーゴンは「ははっ!」と返す。

 万能要塞ミケロスは、この時のためにかなりの改良が加えられていた。特に、完全自動操縦システムに切り替えたことで、ミケロスはゴーゴンの指示を忠実にこなすように改造されている。ミケーネスの手違いや勘違い、指揮統制の乱れなどによる敗北は、このミケロスには発生し得ない。

 

ゴーゴン大公

「マジンガーを倒せば、俺こそが次の大将軍。その座も夢ではない……!」

 

 ゴーゴンの邪悪な笑みと共に、万能要塞ミケロスから放たれたミサイル弾が光子力研究所を襲う。その時だった。一条の熱線が、ミサイルを焼き尽くす。ブレストバーン。グレートマジンガーの強力な武器が、ミケロスの攻撃を阻んだのだ。

 

鉄也

「ゴーゴン大公! 貴様の好きにはさせないぜ!」

 

 グレートマジンガー。偉大な勇者が夜空に立つ。そして、大空に浮かび上がる巨大な髑髏。

 

ゴーゴン大公

「あ、あれは……!?」

 

 アルカディア号。七大将軍の一人を屠った巨大な海賊艦。それに続くように、ヴェルビン、ナナジン、ガンダム・バルバトスルプスレクス、ゴッドマジンガー、ブライガー、それにゼノ・アストラが、光子力研究所へと辿り着いていた。

 

三日月

「オルガ、あのクラゲみたいな化け物をやればいいの?」

 

 戦闘獣ゼランギアを指し、三日月。

 

オルガ

「ああ、景気付けだミカ。派手にぶちかませ!」

 

 オルガの返事に、三日月は少しだけ口角を釣り上げる。そして、悪魔の名を冠するガンダムはまるで獣のように瞳をギラつかせて戦闘獣へと駆けて行った。

 

ゴーゴン大公

「ううむ、こうなったら。奴らも出撃させろ!」

 

 ゴーゴン大公の怒声と共に、万能要塞から恐竜のようなロボット達が次々と現れる。明らかに戦闘獣とは異質の存在。

 

槇菜

「何、あれ……?」

エイサップ

「今まで戦ってきた戦闘獣とは違う……?」

 

 困惑する面々。しかし、そんな中でヤマトだけはその存在に驚きの表情を見せていた。

 

ヤマト

「あれは、メカザウルス……!?」

槇菜

「ヤマト君、知ってるの?」

 

 メカザウルス。そんなものは今まで聞いたこともない。しかし、ヤマトが知っている。それは即ち……。

 

ヤマト

「古代ムー王国と戦争してた、ドラゴニア帝国が使ってたマシンだ。ミケーネの奴ら、あんなものまで!?」

 

 翼竜型メカザウルスと、首長竜型のメカザウルス。それは確かに、ヤマトの知る敵の姿だった。嫌な汗が、滲み出る。

 

ヤマト

(まさか……奴もこの時代に?)

 

 メカザウルス達を操り、かつて自分と仲間達を窮地に追い込んだ強敵の影をヤマトはひしひしと感じていた。だからこそ、ゴッドマジンガーが先行する。メカザウルスとの戦いは、彼が最も慣れているのだ。ゴッドマジンガーが剣を抜き、首長竜型のメカザウルスへと向かう。

 

槇菜

「ヤマト君を援護します!」

ショウ

「了解だ。俺とエイサップは空のやつを叩く!」

 

 プテラノドン型のメカザウルスへと、飛翔するニ機のオーラバトラー。オーラの光が夜空に煌めき、剣の一撃がメカザウルス達を屠っていく。

 

チャム

「ショウ、あんな強獣もどきやっちゃえ!」

 

 ショウの耳元で、チャムが姦しく叫ぶ。元々、バイストン・ウェルのコモン界にはああいう怪物が沢山存在していた。それともショウはやり慣れている。だから、翼竜の動きはよく知っている。ヴェルビンの剣撃が、メカザウルスの右の翼を裂いた。

 

メカザウルス

「!?!?!?!?」

 

 悲鳴のような雄叫びが、ショウとチャムの耳元に響く。どうやら翼竜の雄叫びは、超音波になっているらしい。音波攻撃は、オーラバリアでも防げない。思わぬ強敵に、ショウは苦戦を強いられていた。

 

エレボス

「エイサップ、ショウを助けなきゃ!?」

エイサップ

「わかってる。行くぞ!」

 

 ヴェルビンを助けるように、青いオーラバトラーが翼竜めがけて翔ぶ。燃え上がるオーラソードを振りかざすと、逆巻く炎が翼竜型のメカザウルスへ降り掛かる。炎を浴び、メカザウルスの翼が焼かれていく。

 

チャム

「今よショウ!」

ショウ

「ええい、ままよ!」

 

 炎を中を駆け抜けるヴェルビン。深緑のオーラバトラーの翼が、炎を裂いて夜空を駆ける。そして、手にしたオーラソードにショウのオーラ力が宿り、黄金色に輝いていく。

 

ショウ

「ハァッ!!」

 

 必殺のオーラ斬りが、翼竜型のメカザウルスを斬り裂く。断末魔の悲鳴を上げて、爆発するメカザウルス。

 

ショウ

「助かった。すまないエイサップ!」

エイサップ

「ショウさん、次が来ます!」

 

 仲間を倒された翼竜型のメカザウルスが、仇を見るようにショウとエイサップを睨んでいる。

 

ショウ

「背中は任せた。行くぞ!」

エイサップ

「はい!」

 

 オーラ光を夜空に煌めかせ、聖戦士達の戦いは第二ラウンドが始まった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ヤマト

「来い、メカザウルス。ゴッドマジンガーが相手だ!」

 

 地上に押し寄せる、首長竜型のメカザウルスと対峙するゴッドマジンガー。メカザウルスの背中から放たれるミサイルの猛攻を受けながら、魔神は咆哮する。

 

ヤマト

「でやぁっ!!」

 

 ゴッドマジンガーが手にする魔神の剣が、メカザウルスの首を刎ねた。有機体とメカの混じり合った独特の感覚。それをムー王国でヤマトは嫌というほど斬ってきた。今、現代でそれと同じ感覚を味わうことになろうとは。

 

ヤマト

(闇の帝王の野望を打ち砕き、“光宿りしもの”を守り抜いた……。だけど、やはりまだ戦いは終わりじゃねえってことか!)

 

 闇の帝王の尖兵・ドラゴニア王国との死闘の日々。それはヤマトとって忘れ難きものである。突然、太古の世界にタイムスリップし、そしてわけのわからない軍団と戦う勇者となったのだから。

 竜の首を刎ねたゴッドマジンガーに、別のメカザウルスが襲い掛かる。その火炎攻撃はしかし、堅牢な盾によって阻まれた。

 

槇菜

「ヤマト君、大丈夫!?」

ヤマト

「ああ、助かった!」

 

 ゼノ・アストラ。思えばゴッドマジンガーはこいつを知っているようだが、ヤマトはそんなものをあの戦いで見たことがない。ゼノ・アストラの破邪の力を持つ翼が舞い、メカザウルスを焼き祓っていく。こんな奴が近くにいたのなら、古代の戦いももう少し楽ができたはずだ。ともヤマトは思う。

 

ヤマト

「ゴッドマジンガー、お前はゼノ・アストラを知っているのか?」

 

 知っているのなら、答えてほしい。しかし、マジンガーは答えない。マジンガーはいつも、意味深な託宣だけをヤマトに告げる。

 

ヤマト

「ちぇっ、わかったよ。……だったら、その真実は俺が見つければいいんだろ!」

 

 ヤマトの叫びと共に、ゴッドマジンガーが黄金に輝き始めた。“光宿りしもの”太古の神話にそう記された魔神の力。メカザウルス達の、恐怖と畏怖の入り混じった咆哮が聞こえる。そう、彼らにとってはゴッドマジンガーこそが破壊者なのだ。

 

メカザウルス

「オオ、オオ…………!?」

 

 首長竜型のメカザウルスが、そんな感情をない混ぜにした呻き声と共にゴッドマジンガーへと突進する。それをヤマトは無言で受け止め。そして。

 

ヤマト

「ハァッ!!」

 

 ゴッドマジンガーの剣を、その心臓目掛けて垂直に振り下ろした。たちまち絶命するメカザウルス。ヤマトはその死骸を振り払い、迫り来る次のメカザウルスへと剣を構える。

 

槇菜

「これ、何? メカなの? 恐竜なの?」

 

 盾を構えながらも戸惑いの言葉を吐く槇菜。無理はないとヤマトは思う。メカザウルスは、機械獣や戦闘獣とは根本的に別のものだ。ミケーネ人の頭脳をより屈強な機械の身体に移植して作られる戦闘獣と違い、メカザウルスはあの時代自然に生きていた恐竜を改造して作った存在。有機体とメカの比率が逆なのだ。

 

槇菜

「……嫌な感じ」

 

 それは、槇菜に「生き物を殺している」ような感覚を与えていた。厭な嘔吐感。罪悪感。それらがない混ぜになった感覚を今、槇菜は覚えている。

 

ヤマト

「槇菜、無理はするなよ」

 

 戦いの中で、普通は忘れてしまうその感覚を覚えていられる槇菜は優しい子なのだとヤマトは思った。

 

槇菜

「ううん。みんなを守るために戦うんだもん。私だけが弱音なんて吐けないよ!」

 

 それでも、気丈に振る舞う槇菜。ゼノ・アストラはその大きな盾を構え、迫り来るメカザウルスの群れへと飛翔する。

 

槇菜

「ヤマト君。お願い!」

ヤマト

「おう、任せろ!」

 

 ゼノ・アストラはその堅牢な盾を前面に押し出し、メカザウルスへと突進する。単純な質量攻撃。しかしそれは、有機体とメカの化合物であるメカザウルスを押し退けるパワーを秘めていた。

 

槇菜

「やぁっ!!」

 

 背中の羽根が輝き、舞い散るそれが刃となってメカザウルスの皮膚を切り裂いて行く。そこにできた傷へ、ゴッドマジンガーが剣を突き刺していく。

 

ヤマト

「さあ来いトカゲ野郎ども! ゴッドマジンガーの怖さ、たっぷりと思い出させてやるぜ!」

 

 剣を掲げ、ゴッドマジンガーが咆哮した。その神とも悪魔とも呼べる力を顕現させ、怒りの眼がメカザウルスを見つめている。

 隣で盾を構える心優しい少女に、これ以上殺生の苦しみを与えたくはない。だからヤマトは、敵を引きつけるように吼えていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

三日月

「なに、こいつ……?」

 

 戦闘獣ゼランギア。全身がぶよぶよの軟体に覆われた戦闘獣は、戦っても手応えを感じない。バルバトス得意のメイスを叩きつけても、ぐにゃりと曲がるのみで押し潰すまで達せないのだった。

 

ゴーゴン大公

「ハハハハハ! これこそ戦闘獣ゼランギアの恐ろしさよ」

三日月

「あいつ、五月蝿いな……」

 

 バルバトスの尻尾が、威嚇するようにブンブンと揺れ跳ねた。しかし、空高くにいるミケロスに尻尾の攻撃が当たるわけもない。とにかく、今は戦闘獣をどうにかするのが先だ。蛸のような戦闘獣の触手が、バルバトスのメイスを奪い取ろうとする。それをバルバトスはネイルで防ごうとした。しかし、その軟体はやはり攻撃の手応えがない。

 

三日月

「やりにくいな……」

 

 今まで戦ってきた相手はどいつもこいつも、真っ正面から叩き伏せてきた。だが、こいつはどうも、闇雲に戦ってもこちらの体力を消耗するだけらしい。

 

三日月

「どうにかして、ぶよぶよの奥に届かせないといけないか」

鉄也

「それなら、俺に任せろ!」

 

 バルバトスに代わるようにして、グレートが行く。ネーブルミサイルを叩き込み、そして必殺のアトミックパンチ。暗黒大将軍との死闘を駆け抜けたグレートマジンガーは、既に万全に蘇っていた。

 

ゴーゴン大公

「フフフ、バカめ!」

 

 しかし、ゴーゴン大公もこの時になんの備えもしていなかったわけではない。ゼランギアの蛸のような触手がアトミックパンチを絡め取る。

 

鉄也

「何ッ!?」

ゴーゴン大公

「剣鉄也、マジンガーの強力な武器は、腕を使う! アトミックパンチも、サンダーブレークも、両腕を奪われたお前には使えない!」

 

 そう、ゼランギアのこの軟体はまさにグレートマジンガーの強力な武装の数々と、そしてそれの要になっている腕を封じ込めるための装備だったのだ。グレートの腕を呑み込み、ゼランギアはさらに触手を伸ばす。

 

鉄也

「こうなったら、ブレストバーンッ!」

 

 腕がなくても、グレートマジンガーには強力な放熱機構がある。鉄也は胸のブレストバーンを放つも、戦闘獣ゼランギアの軟体は熱を受け流していく。

 

鉄也

「どういうことだ……?」

 

 物理的な攻撃を流すのは、理解できる。しかし、熱までも通用しないとなるとあの戦闘獣には軟体以外にも何かカラクリがあるはずだ。それを見極めるため、鉄也はもう一度ブレストバーンを放つ。

 

ゴーゴン大公

「バカめ! ブレストバーンが効かないことくらい、わかっただろうに!?」

鉄也

「…………!」

 

 わかっている。わかっているが、その絡繰を解かない限り勝利はない。鉄也はゼランギアが攻撃を受け流す一連の動きを、鋭く見つめていた。そして、

 

鉄也

「!? そうか……!」

 

 ブレストバーンを受ける際、ゼランギアは8本の触脚を全て地面につけていた。そして、しばらくすると地面の、コンクリートが溶けていく。

 

鉄也

「奴の脚は、エネルギーを吸収し、下へ受け流す能力を持っているのか!」

 

 ならば、あの脚をどうにかする必要がある。両腕を奪われたグレートマジンガーは、不恰好にバランスをとりながらスクランブルダッシュ

飛翔する。

 

鉄也

「奴の触手を破壊するんだ。そうすれば、奴に与えるエネルギーは逃げられない!」

 

 それを聞き、バルバトスのカメラアイが赤くギラついた。

 

三日月

「やってみる」

 

 それだけ言うと、バルバトスはまるで獅子のような速度で地を蹴り、駆け上がる。飛び跳ねて距離を取ろうとするゼランギアの触脚の一つに、自らの尻尾を引っ掛ける。

 

ゴーゴン大公

「何ッ!?」

三日月

「へぇ、そうなってるんだ」

 

 粘着く脚は、気持ち悪い。三日月はバルバトスの爪を立て、抉るように触脚のひとつへ突き刺した。ブスッ、という鈍い音と共に、青黒い液体が噴出する。それが戦闘獣のオイル混じりの血液であることなど、三日月には関係ない。

 

三日月

「そっか、叩いてダメなら、刺せばいいのか」

 

 成程、と三日月が頷く。それに合わせてもう一本の触脚に尻尾を突き刺すバルバトスルプスレクス。戦闘獣の絶叫が、三日月の耳に響いた。

 

三日月

「うるさいな……」

 

 だがバルバトスに乗っている時、阿頼耶識に繋がっているこの時だけ、三日月の右半身は自由。だから三日月・オーガスは、強い。

 阿頼耶識。人体と機体の完全なる人機一体を実現するこのシステムは、三日月の人間性を限りなく奪っていく。『コクピットから降りた後の、動かない身体』よりも、『モビルスーツに乗っている時の自由な身体』の方を本当の自分の身体であると感じてしまうのは、無理からぬことだろう。そして、人間性を捨て去り獣として本能のままに戦っている時こそ三日月は、自由になれるのだ。

 だからこそ、機械の獣になど三日月が負ける道理は存在しなかった。

 次々と、バルバトスの鋭利な爪が、尻尾が戦闘獣の触脚を引きちぎっていく。4つ、5つ。残るは3つ。無我夢中で引き裂くバルバトスと、なんとしてでも脱しようとあがく戦闘獣。既に、形勢は逆転していた。

 

三日月

「……………………」

ゴーゴン大公

「な、なんだというのだあいつは……!?」

 

 獣の本能のままに、戦闘獣を引き裂いていくバルバトス。悪魔。そうとしか言いようのないその獰猛な戦いぶりは、ゴーゴン大公をも戦慄させていた。

 

ゴーゴン大公

「あ、悪魔だ……。奴は悪魔だ!」

 

 放置すれば、必ずミケーネに災いを齎す悪魔。戦闘獣をズタズタに引き裂いていく三日月には、そんな姿を幻視してしまう。

 

 ズタズタにされた戦闘獣ゼランギアが必死に脱出したその直後、逃げ出した先に待っていたのは偉大な勇者。

 

鉄也

「さっきはよくもやってくれたな。もう一度ブレストバーンを喰らえ!」

 

 グレートマジンガーの灼熱が、戦闘獣ゼランギアを襲った。今度はその触脚で熱を受け流すこともできない。今度こそ、戦闘獣は絶叫し爆散した。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

ゴーゴン大公

「あ、悪魔め……。ここは一先ず、撤退を……」

 

 もはやマジンガーZどころではない。自分の命を守らねばならない。そう、心に決めたゴーゴンがミケロスを転身させようとしたその時、地獄大元帥の声が鳴り響く。

 

地獄大元帥

「どこに逃げる気だゴーゴンよ」

ゴーゴン大公

「地獄大元帥、今のままでは勝てません! ここは撤退を……」

地獄大元帥

「ならぬ。貴様はここで奴らと戦い死ね」

 

 無慈悲に告げる大元帥。その頭部の奥にあるドクターヘルの顔が、ゴーゴン大公へ憎しみに満ちた眼差しを向けていることにゴーゴン大公はこの時、はじめて気付いた。

 

ゴーゴン大公

「な…………っ!?」

地獄大元帥

「ゴーゴン。お前のミケロスには既に時限式の爆薬が積まれている。どの道あと3分で貴様はミケロスの爆発に巻き込まれて死ぬことになるのだ」

 

 爆薬。何を言われているのかゴーゴン大公は一瞬、理解できなかった。表情を強張らせ、ゴーゴン大公は「は……?」とそれだけ口にする。

 

ゴーゴン大公

「な、何故……。何故、そのようなことを?」

地獄大元帥

「貴様はバードス島での決戦を前にして、ワシの前から忽然と姿を消した。よいかゴーゴン。ワシは裏切りは決して許さぬ!」

 

 それだけ言って、地獄大元帥はプツリと通信を切ってしまう。残されたのは、ゴーゴンただ一人。

 

ゴーゴン大公

「地獄大元帥は、このオレを殺すためだけにミケロスを改造し、捨て駒にしたというのか…………!?」

 

 ゴーゴン大公は、みくびっていたのだ。ドクターヘルという人間の執念を。かつては同じマジンガーZ打倒という目的のために協力した同志。しかし、ドクターヘルに勝利なしと見限りミケーネ帝国へと帰還した。そのことを戦闘獣へ改造された今となって尚恨んでいたのだ。あと3分と言われたミケロスの中で、カチと音がする。1分が経過したと、ゴーゴン大公は悟る。

 

ゴーゴン大公

「こうなれば……ミケロスで貴様らも、マジンガーZももろとも吹き飛ばしてくれる!」

 

 死なば諸共。たとえ地獄大元帥の捨て駒としてこの生涯を終えるのだとしても、憎むべき敵が目の前にいるのという事実に変わりはない。

 

ハーロック

「ム……。敵艦の動きが妙だな」

 

 そんなミケロスの動きの不審に、ハーロックは真っ先に気付いた。

 

トチロー

「おいハーロック。あいつ、こっちに突っ込むつもりじゃねえか!?」

 

 特攻。トチローはその艦の動きが命を捨てたものであることを、間髪入れずに見抜いていた。

 

ハーロック

「よし……全艦、これより対艦戦に突入する!」

 

 艦と艦のぶつかり合いならば、引くわけにはいかない。そこにはキャプテンハーロックの、船乗りとしての意地があった。トチローは頷き、舵を取る。

 

トチロー

「よし、ミサイル発射だ!」

 

 アルカディア号の側面から、6発のミサイルが放たれる。全弾がミケロスに命中。しかし、まるで怯みもせずにミケロスはアルカディア号へ迫る速度を緩めない。

 

エイサップ

「なんだ、この気迫は……!」

エレボス

「エイサップ、あれ怖いよ!」

 

 メカザウルスを一通り撃退したオーラバトラーの2機が、アルカディア号を援護しようと夜空を舞う。しかし、ミケロスの対空砲火にその行く手を遮られ、小型のオーラマシンはミケロスから感じるプレッシャー……ゴーゴン大公の執念を感じざるを得ないでいた。

 

ショウ

「あれは、カミカゼをやるつもりか!」

エイサップ

「特攻を?」

 

 特攻。バイストン・ウェルでサコミズ王に見せられた桜花の佇まいが、エイサップの脳裏によぎる。

 

エイサップ

「命を捨てるような戦いは、ダメだ……!」

エレボス

「エイサップ……?」

 

 それがたとえ敵であったとしても、命を投げ出すような真似を認めるわけにはいかない。だからナナジンは、ミケロスの対空砲火を掻い潜り艦橋へと躍り出た。

 

ゴーゴン大公

「何をっ!?」

エイサップ

「よせ! そんなのは戦いじゃない!」

 

 戦いをする気があるのならば、こんな戦い方はやめてくれ。エイサップは敵であるゴーゴンにそう叫ぶ。

 

鉄也

「エイサップ……!」

槇菜

「エイサップ兄ぃ……!?」

 

 無謀とも言える行動に出たエイサップ。鉄也のグレートマジンガーがそれを制止しようとナナジンの側へと飛び寄った。

 

鉄也

「よせ、そいつは悪魔だ。お前の話を聞くような奴じゃない!」

エイサップ

「だからと言って、こんなやり方を認めてしまえば、俺達だって同じになる!」

 

 こういう時、エイサップ鈴木という青年は頑固だった。ナナジンはミケロスに張り付くようにして、エイサップは声を上げる。

 

エイサップ

「こんな命を無駄にするような戦いは、やっちゃダメだってわかれよ!」

 

 叫ぶエイサップ。その声が聞こえたのか、ゴーゴンは笑う。いや、嗤う。

 

ゴーゴン大公

「…………ク、ククク」

 

 嗤うしかないのだ。地獄大元帥に捨て駒にされた自分に、もはやミケーネでの居場所などありはしない。ここで尻尾を巻いて逃げたところで、行く場所などない。

 いや、何よりもミケロスの自爆プログラムは止まらないのだ。ならば……。

 

ゴーゴン大公

「人間の中にも、お前のような奴がいたとはな……」

 

 敵であるゴーゴン大公の命を、尊ぶものが。しかし、そんなものに安らぎを覚えることは結局、ゴーゴンの武人としての誇りが許さなかった。

 

ゴーゴン大公

「オレに残された名誉はただ一つ! このミケロスと共に貴様らを地獄への道連れにすることだけなのだ!」

エイサップ

「……っ!?」

 

 ミケロスから放たれるミサイル弾。対空砲火の嵐を抜け、ナナジンはミケロスの射程から脱出する。

 

エイサップ

「命は……命はおもちゃじゃないんだぞ!?」

ゴーゴン大公

「だからこそ、賭ける意味があるというものだ!」

 

 聞く耳を持たぬとゴーゴン。エイサップは歯噛みする。その時、アルカディア号が動いた。

 ナナジンとグレートの前を横切り、アルカディア号は万能要塞ミケロスへと接近する。艦と艦。その巨体同士のぶつかり合いは、機械の中越しに見ても圧倒的なまでの迫力を醸し出していた。

 

ハーロック

「……名前は何と言う?」

 

 そんなアルカディア号の舵を取る、隻眼の男の声。

 

エイサップ

「エ、エイサップ鈴木……。日本人です」

ハーロック

「そうか……。エイサップ、お前は戦場の中で、誰もが正しさと優しさを見失う地獄の中で、その優しさを見失わない心を持っている」

 

 そんな少年には、最大限の期待をかけたくなるのがハーロックという男だった。だから、エイサップの行動を咎めるようなことはしない。そして。

 

ハーロック

「だからこそ、介錯は俺の……海賊の仕事だ!」

 

 アルカディア号から伸びたサブアームが、ミケロスへと取り付いた。サブアームはミケロスの装甲にくっきりと穴を開け、そしてミケロスの内部で開かれる。

 

ゴーゴン大公

「き、貴様は……!?」

 

 アームの中から現れたのは、キャプテンハーロック。アーム越しに、自らの足でこの男は、敵の中心に乗り込んだのだ。

 

ハーロック

「海賊のやり方で、ケリをつけさせてもらう!」

 

 重力サーベルを翳し、一閃。サーベルから放たれたレーザー光線が、ゴーゴン大公の心臓を貫いた。

 

ゴーゴン大公

「カ、ハッ……!」

 

 血を吐き、項垂れるゴーゴン大公。それをハーロックは、憐れみの眼差しで見据えていた。

 

ゴーゴン大公

「これで、勝ったと思うなよ……。ミケロスには爆薬が積まれている。あと1分でミケロスは自爆し、この研究所ごと貴様らを吹き飛ばすのだ」

ハーロック

「何ッ!?」

 

 捨て石。最初からゴーゴン大公はそのために用意されていた。そのことを悟り、ハーロックの目つきがより険しくなる。そのような非道の作戦を立てる、ここにいないミケーネの幹部に対して。

 

ハーロック

「こうしてはいられんか!」

 

 アルカディア号へ駆け戻り、ハーロックは全員に告げる。ミケロスには自爆プログラムが仕組まれている、と。

 

エイサップ

「そんな……!」

槇菜

「自爆って……!」

 

 あと1分。今からでは避難もままならない。

 

鉄也

「クソッ! ミケーネめ。汚ねえ手を使いやがる!」

 

 しかし、鉄也はこの作戦に違和感を感じていた。ミケーネ帝国はたしかに冷酷非道だが、今まで平気で味方を捨て石にするような作戦は使ってこなかった。それどころか、七大将軍も、暗黒大将軍も仲間内での結束は強く、今まで鉄也はそれに苦しめられていたと言うのに。

 

鉄也

(敵のやり方が変わったのか。それにしても、急すぎる……!)

 

ハーロック

「とにかく、ミケロスに仕掛けられた爆薬ごと完全にミケロスを吹き飛ばすしか生き残る道はない」

トチロー

「だがどうやって。今ここにいるメンバーに、そこまでの火力はないぞ?」

 

 トチローが言うように、今ここにいる面々……アルカディア号、グレートマジンガー、バルバトスルプスレクス、ヴェルビン、ナナジン、ゴッドマジンガー、ゼノ・アストラでは、ミケロスほどの質量を持つ物質を一瞬で消滅させてしまうほどの火力は搭載されていない。万事休す。誰もがそう思った時だ。

 

ボウィー

「あのさ、誰かを忘れちゃいませんこと?」

 

 陽気な声が、場違いに響く。スティーブン・ボウィー。“飛ばしやボウィー”の名を持つレーサーと、その仲間達J9。

 

アイザック

「この始末……我々J9が引き受けましょう」

 

 アイザックが、静かにそう宣言した。それに追随するように「イェイ!」というJ9メンバー達の合いの手。

 

槇菜

「でも、どうやって?」

 

 槇菜はたしかに、ブライガーの強さをその目で見た。強力なマシンであることは理解しているが、それほどの火力があるとは思えない。

 

お町

「もう、急かさないの急かさないの。……そろそろ来る頃よ?」

鉄也

「おい、ふざけてる場合じゃ……。何、急速でこちらに接近する機影?」

 

 グレートが振り向くと、そこには輸送機と思しき機影が一つ。輸送機が口を開くと、そこからキャノン砲のようなものが射出された。

 

ポンチョ

「お〜い、みなさんお待たせしましたでゲスよ〜!」

 

 輸送機から、やる気のない声が響く。その声を受けて、ブライガーがサムズアップした。

 

キッド

「遅いぜポンチョ。だが、ちょうどいいタイミングだ」

アイザック

「キッド、ブライカノンだ!」

 

 ブライカノン。そう呼ばれたキャノン砲が、ブライガーの背中に装着される。そして、肩から突き出す形で二門の砲身が伸び、今にも自爆せんとカウントを続けるミケロスへと向いた。

 

アイザック

「一刻の猶予もない。決めろキッド!」

キッド

「ブライカノン、発射!」

 

 

 キッドの掛け声と同時、ブライガーの砲門ら

二条の光が伸びた。光は万能要塞ミケロスを飲み込んでいく。ブライガーのエネルギー……シンクロン原理の応用で生み出される無限のエネルギーを砲塔という形に圧縮して放たれるそれは、まさに無限の熱量を誇っている。どれだけ大きな体積を誇るミケロスでも、ブライカノンの前には粒子と消えるのが定めだった。

 

ショウ

「なんてエネルギーだ……」

 

 核爆発にも等しいその光に、ショウは唖然とする。しかも、周囲の放射線に目立った上昇はない。完全にクリーンなエネルギーで、ブライガーはそれを実現していた。

 

槇菜

「すごい……」

ヤマト

「ああ……」

 

 誰もが、ブライカノンの圧倒的な出力に目を奪われていた。あと数刻遅ければ、皆ミケロスの爆発に巻き込まれて死んでいたかもしれないというのにだ。

 

トチロー

「……ありゃ、一種の次元連結装置ってことか」

 

 そんな中、技師であるトチローは冷静にブライガーのメカニズムを推測する。

 

ハーロック

「わかるのか?」

トチロー

「おそらくブライガーは、多元宇宙論に質量保存の法則を適応してるんだ。そんなことが可能だとは到底思えないが、実物が目の前にあるなら信じるしかないだろう」

 

 トチローが何を言っているのか、ハーロックには半分も理解できなかった。ただ、「あり得ないとしか考えられなかった原理を現実にしている」と、そう言いたいのだとハーロックは理解する。

 

アイザック

「悪党に、情け無用……!」

 

 粒子となり消えたミケロスのいた場所を見つめ、アイザックが静かに宣告する。それが、戦いの終わりの合図だった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—光子力研究所—

 

 

 

 のっそり博士とせわし博士。そしてマジンガーZを迎えてアルカディア号は、宇宙へ飛び立った。それを今、槇菜達は見送っている。

 

槇菜

「甲児さん達、大丈夫かな……?」

 

 宇宙。その闇の世界を槇菜は知らない。生で見たことはない。この未来世紀という時代において、地球とは荒廃し、エリート層から見放された土地だという。そこで生まれ、そこで育った槇菜にとって宇宙とは、憧れこそあれど未知の領域だった。

 

エイサップ

「心配ないよ。みんなもついてるしそれに、甲児君もさやかさんも強いからな」

 

 そんな槇菜の心配を察してか、エイサップが笑って言う。エイサップの胸中には、あの艦を預かるキャプテンハーロックの言葉が今も胸に響いていた。

 

エイサップ

(地獄の中で、優しさと正しさを見失わない心か……)

 

 買い被りすぎた。そう言おうと思った。だが、ハーロックという存在から感じるプレッシャーに、声が出なかった。

 

エイサップ

(俺は、どんな時でもエイサップ鈴木でいる。それだけだ)

 

 それだけが、リュクスを……大切な女の子を悲しませない方法なのだとエイサップは、強く拳を握る。

 

ヤマト

「しかし、メカザウルス……あんなものまで出てくるだなんて」

 

 ゴッドマジンガーから降りたヤマトは、先ほどまで戦ってきた古く、懐かしい敵の感触を思い出していた。

 

ヤマト

「……まさか、あいつもこの時代に蘇ったりしてねえだろうな」

 

 考えるのは、愛する少女を賭けて戦った仇敵のとだ。エルド。あの卑劣な皇子の奸計にかかり、古代ムー王国の仲間達も多くを殺された。その怒りを、悲しみをヤマトは今、思い出していた。

 

ヤマト

(来るなら来い、エルド。お前がその気なら……俺も容赦はしねえぞ!)

 

 ヤマトの握る拳は、闘争心に満ちたものだった。最大の敵。その影がまた、ヤマトの前を横切った。ヤマトという少年の中にある闘争本能……それをメカザウルス達は、刺激していた。

 そんな風に、それぞれがそれぞれの思いに馳せていると、輸送機から素っ頓狂な声が飛ぶ。

 

ポンチョ

「いやぁ皆さん危機一髪でゲしたねぇ。アッシも心臓がビクビクしてますよホホホホ」

 

 下品な笑い声でおべっかを使う片眼鏡の老人……パンチョ・ポンチョである。ポンチョは輸送機ブライキャリアにブライサンダーを格納すると、中から降りてきたかみそりアイザックにゴマを擦っていた。

 

槇菜

「何、あの人……?」

 

 今まで見たことのないタイプの人物の登場に、若干槇菜が引いている。明らかに場違いな人物。それ故に、ポンチョは悪目立ちしていた。

 

アイザック

「ポンチョ、ご苦労だった」

ポンチョ

「いえいえアイザックさん達J9の危機となれば、このポンチョたとえ火の中水の中。それででゲスね。このポンチョの大活躍を見込んで報酬を少しばかり……」

 

 露骨に胡麻を擦ってる。そんなポンチョの様子を槇菜だけでなく、ショウやエレボスらも呆れ顔で見つめている。そんな中、アイザックが口を開いた。

 

アイザック

「報酬……そうだな。それは前回、フランシスからピンハネした上前分をチャラにしてほしい。そういうことかな?」

 

 鷹のように鋭い目が、ポンチョに突き刺さる。

 

ボウィー

「あー! お前またそんなことしてたのか!?」

お町

「相変わらずだこと」

 

 アイザックだけでない。ボウィーやお町、キッドからの非難の視線。それがポンチョに集中する。

 

ポンチョ

「ゲゲェッ!? いやいやそんなことするわけが……」

 

 言い訳がましく何かを捲し立てるポンチョ。そこには説得力という言葉は一切ない。アイザックが鞭を振るうと、ポンチョの来ていた上着が裂けた。そして、その中から300万ボールはあろう紙幣の束がパラパラと零れ落ちていく。

 

アイザック

「もう一度言う。……ポンチョ、その上前をチャラにしてほしいというのなら、今回は免じてやろう」

ポンチョ

「は、ハハハハハ……」

 

 愛想笑いを浮かべ、そそくさと立ち去っていくポンチョ。彼もまた、コズモレンジャーJ9の愉快な仲間だった。J9の4人がコロコロと笑う。それは、このやりとりが彼らにとってある種の様式美であることを表していた。

 やがて笑い終えたアイザックは一人、月を見上げる。雲に隠れ、月の光は強くは届かない。しかし、アステロイドベルトで長く暮らしていたJ9にとって、地球から見る月はそれでもとても美しく、輝いて見えるものだった。

 

アイザック

(ミケーネ帝国も再び、本格的に動き出してきたか。おそらくは無国籍艦隊も動くだろう。豪和、“シンボル”、そしてカーメン・カーメン……。奴らはこの事態、どう動く?)

 

 月は、何も答えない。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

—豪和ビル—

 

 

 東京という都市には、光と闇がある。ガンダムファイト優勝国たるネオジャパンの恩恵を受けるこの島国において、首都・東京の一等地とは即ち繁栄の只中にあり、人々の生活も豪奢なものになっている。この豪和市は、その東京の“光”の部分を一身に受ける都市である。

 豪和市の象徴・豪和ビル。その最上階に居を構える豪和一族の長・豪和乃三郎は、鷲のように鋭い眼光で長男・一清を睨め付けていた。

 

乃三郎

「最初はワシも今回の派兵が、TAの新たな一面を切り拓くきっかけになるという……お前の言葉を信じていた。だが……」

 

 一清は無言で、父の言葉を受けている。その瞳に何が写っているのか、乃三郎には窺い知れない。その窺い知れなさが、乃三郎には恐ろしい。

 

乃三郎

「違う。それだけではない。決してそれだけではないと何かが告げているのだ」

一清

「…………」

 

 思えば、今回のべギルスタンへの派兵は不可解な点が多い。ミケーネ帝国という目下の危機がありながら、日本の防衛を無視してべギルスタンへの派兵を強行する必要などなかった。いや、むしろ。

 

乃三郎

「科学要塞研究所のスーパーロボットまでもをべギルスタンへ差し向けた。一清、その行動が結果として我が国の防衛にも大きな手傷を負わせたことになる」

 

 無論、それは結果論だ。乃三郎としてもそれは問題ではない。国防について口を出すのは、国防の専門家がやればいいだけのことだ。乃三郎も一清も、国防の専門家ではない。だが、それが火遊びだとすれば、注意を促すのは父の役目でもある。

 

乃三郎

「自らを窮地に追い込むほどのリスクを冒してまでの何が今回の行動にあるのだ。謎のTAによる焦りか? しかし、世界に先駆けて開発に成功したとしても、黒い商人として財を成すのが関の山……」

 

 そして、その程度の泡銭ならば困ることはない。現状でも十分な財を持っている。しかし、人の欲望が飽くなきものであるということを乃三郎は身を以って知っている。そして、同じ血を引く一清も。

 

乃三郎

「……ガサラキか?」

 

 ガサラキ。その言葉に一清は僅かだが眉を険しくした。図星だろう、と乃三郎は確信する。   

 ガサラキ。豪和の祖先が手にしていたという無限の力。しかし、祖先はその力を放棄した。そして今の豪和に世界を動かすほどの力はない。所詮はただの経済成金に過ぎない豪和にとって、伝承に語られる力を取り戻すことは一族の悲願でもあった。

 しかし。

 

乃三郎

「最近になり、ワシは一千年の昔“嵬の一族”がその力を捨て去り、自らを歴史の闇に葬り去ったのかわかるようになってきた」

 

 恐怖。力を振るうものが齎す。或いは力を求め、力に溺れるものが齎す恐怖。野望の為に若き日は邁進した乃三郎の手を止めるのは、恐怖に他ならなかった。

 

乃三郎

「夢を見るのだ。憂四郎の夢、空也の夢……。この手で奪った二つの命の夢を。それだけでない。愚かな欲望のため幾多の命が失われていった。最初から求めてはいなかったのだ。無窮の力を捨て去ったからこそ、“嵬の一族”は今まで生きてこれたのだ。捨て去ったものを、取り戻そうなどと……はじめから間違っていたのだ」

 

 その意味を、今こそ改めて問わねばならない。乃三郎は後継者たる一清に、自らと同じ業の道を行ってはほしくない。そう、願っている。しかし、それに気付いた時には……即ち今となっては、もはや全て遅いのかもしれない。そう、乃三郎は一清の視線の中に見え隠れする、僅かな軽蔑の色から感じ取る。

 

一清

「自らを焼く業火。ですか……」

 

 ようやく、一清はそれだけを口にすると、鋭い視線を乃三郎に投げかける。一清は、若い頃の乃三郎によく似ている。よく似ているからこそ、わかる。一清は、この程度の説教で野望を捨てるような男ではない。

 

一清

「べギルスタンから科学要塞研究所までの、TAの戦闘データです」

 

 そういって封筒に入れられた書類を置き、一清は背を向ける。要は済んだとばかりに。

 

一清

「……三界また火宅のごとし、といいます。自らを焚く日こそ、この世の本質なのではないでしょうか」

 

 それだけ言い捨て、一清は乃三郎の部屋を退出した。その後ろ姿を、乃三郎はただ睨めることしかできなかった。

 

乃三郎

「血は争えぬ、か……」

 

 野望に塗れ、親兄弟を追い落とした若き日の自分と、今の一清が重なって見える。自分は老いたのだろう。だから、野望に邁進する一清の若さが怖いのかもしれない。

 その若さは紛れもなく、親殺しすら躊躇わぬ苛烈さと同義なのだから。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—神奈川県某所—

 

ミハル

「ハッ……ハッ……」

 

 科学要塞研究所を後にしたミハルは一人、沿岸沿いを彷徨っていた。研究所から追っ手は来ない。ユウシロウがミハルについて何も話さなかった以上、あそこにミハルの正体を知るものはいない。それを考えれば、ミハルの捜索が後回しになるのは当然のことだろうと……そう、ミハルは考える。

 だが、行く当てもない。結局のところ“シンボル”以外の世界を知らないミハルだ。この日本で行動、生活するために先立つものは、何も持っていなかった。

 そんなミハルの前に、一台の車が停まる。銀色の外国産車。それに乗る金髪の青年と、目が合った。

 

ファントム

「……どこへ行くつもりですか?」

ミハル

「…………」

 

 その眼光に、ミハルは警戒の色を示す。全てを見通すかのような瞳。しかし、その奥にはそこ知れぬものが渦巻いているのを感じたからだ。

 

ファントム

「よければ、あなたの帰るべきところへお送りしましょう」

ミハル

「あなた……」

ファントム

「ええ。“シンボル”ゆかりのものです」

 

 “シンボル”その名前を口にする男は、明らかにミハルを知っている。知っていて、迎えにきたのだろうか。

 

ミハル

(運命には、逆らえない……)

 

 そんな言葉が、ミハルの胸の内に去来する。ミハルは頷き、男の車へと足を踏み入れ、シートに腰掛けた。

 ミハルがシートベルトを装着したのを確認すると、車は再び走り出した。高速道路に乗り、スピードを上げる。風を切って走る外国産車の窓からミハルが外を見ると、雲に隠れた月が全てを見透かしたかのように浮かんでいる。

 

ミハル

(月は……あの月は、全てを見てきた。何千年も昔から)

 

 月ならば、知っているのだろうか。ユウシロウと自分の全てを。問いを投げても、月は答えない。月とは、ただそこにあるものなのだから。

 

ファントム

「……第二幕の、はじまりですか」

 

 男の呟きが、ミハルの耳に届いた。第二幕のはじまり。戦いはまだ終わらない。ユウシロウの戦いも。自分とユウシロウの運命も。

 

“変わらない刻などない。変えられぬ運命などない”

 

 いつかどこかで、ユウシロウから聞いた言葉を思い出す。しかし、あれは本当にユウシロウの言葉なのか。それとも。

 

ミハル

「ユウシロウ……」

 

 高速道路を降りた車はやがて、都内の市街地の片隅に駐車されている一台のトラックの前に停まる。大きなトラックだ。メタル・フェイクが2機は格納できるくらいの大きさだとミハルは判断する。車のドアが開き、ミハルはトラックの前で降りた。トラックには、見覚えのある人物が載っている。

 薄い銀髪を長く伸ばした日本人……櫻庭桔梗。桔梗は運転席で煙草を吸いながら、ミハルを一瞥する。

 

桔梗

「フェイク1……。ミハル、無事ね?」

ミハル

「はい」

 

 どうやら、作戦が待っているらしいことだけはミハルにも理解できる。この日本で、やるべきことがあるのだと。

 

桔梗

「フェイク1。ここに作戦のデータが入ってる。見ておきなさい」

ミハル

「…………」

 

 桔梗からUSBメモリを受け取って、ミハルはトラックの荷台へと歩き出す。そこにはミハルの愛機でもある鈴蘭のマーキングが施されたメタル・フェイクが待機している。ミハルはフェイクのコクピットに乗り移ると機体を立ち上げ、桔梗からもらったUSBメモリを差し込んだ。

 

ミハル

(目標は、豪和総研……。豪和のフェイクについてのデータを回収すること?)

 

 豪和のフェイク。ユウシロウのことを指しているのは間違いない。ユウシロウ。その名前を思い浮かべると、ツンと胸に狂おしいものが蘇る。

 

ミハル

「ユウシロウ……。あなたは……」

 

 あなたは、誰?

 この胸のざわつきは、苦しさは。何?

 恐怖とは何か。その答えも、彼は持っているのだろうか。

 もとより拒否権などミハルにはない。だがこの命令を拒否する理由は、ミハルには何もなかった。

 

ミハル

「ユウシロウ……」

 

 かくして、第二幕は始まろうとしていた。

 




次回予告

トチロー
「しかし、宇宙か……。やっぱりアルカディア号には宇宙の海が似合うよな。ん、俺がアルカディア号を作り上げたなんて信じられない? 失礼な。アルカディア号は俺とハーロックの、友情の船なんだぞ。この海賊旗にも、俺達の命を賭けた友誼が詰まってるんだ。次回、『戦士、再び……』ニュータイプの修羅場が見れるかもな」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サブシナリオ02『木星のピーター・パン』

—木星/ガリレオ・コネクション支部—

 

 

 

 ガリレオ・コネクション。木星を二分する巨大なマフィア組織の独房に、老人が一人監禁されていた。齢既に7、80は超えているであろうその老人はしかし、その瞳だけは少年のように強い意志を秘めていた。

 

ストーク

「全く。ガリコネの奴ら、ドゥガチ総統が死んで帝国が弱体化している隙にどれだけ規模を整えていたんじゃ……」

 

 老人の名をグレイ・ストークという。ストークは、地球圏内のコロニーに生まれた スペースノイドだ。しかし、10代半ばに差し掛かる頃に木星へと移住したという特殊な経歴を持つ木星人だ。

 木星へ旅立った理由は、新天地を求めてのことだ。宇宙世紀の戦争で多くの悲劇を見てきたストークにとって、当時まだ未開の木星は地球圏にはない輝きを秘めた星に見えたのだ。それは、ストーク少年の冒険心を掻き立てたというのも大きな一因である。

 しかし、木星はいつしか変わってしまった。木星帝国。木星の開拓者であるクラックス・ドゥガチを総統とする一大帝国の発足。ジークドゥガチ、ジークジュピターと彼を崇めるカルトが、木星の主流派へと変わっていったのだ。

 ストークは、木星ヘリウム船団の人間だ。地球と木星を行き来する貿易商。木星帝国の隆盛は、ストークにとって歓迎し難いものだった。

 そんな木星帝国のドゥガチ総統が亡くなり、木星は緩やかに民主化する……かに見えた。

 

ストーク

(ところが、木星を待っていたのはドゥガチ派の残党をまとめ上げたカリスト派と、帝国から独立し経済ヤクザとして成り上がったガリレオ・コネクションの抗争か……。全く、人間ってやつはどうして)

 

 かつて、人間に絶望し孤独の闇に沈んでいった女がいた。まだ幼い子供だったストークは彼女の孤独を、絶望を受け入れてあげることができなかった。それは、グレイ・ストークという老人の人生に残る、大きな未練だ。

 少年グレイ・ストークも大人になり、彼女の感じた絶望を理解できるようになった……と思う。

 

ストーク

(世界も人も今だにこんなじゃ……何のためにみんな戦って、死んだのかわかったもんじゃねえな。ケッ)

 

 心の中で吐き捨て、ストークは髪を弄る。その中から、長くしなやかな一本の針金を取り出した。見張り役がサボって何やら喋っていることを確認すると、ストークは鉄格子に手を回し、鍵穴へと針金を通していく。

 

ストーク

「この“木星じいさん”を舐めんなよ。これでも若い頃は結構ヤンチャしてたんだぞ……っと!」

 

 “木星じいさん”グレイ・ストークの人生は、波瀾万丈の連続だ。これも、その1ページなのだとストークは諦めたように頷いた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ガリコネ構成員

「クソッ、ネズミは1人、それもジジイだぞ!?」

 

 ガリレオ・コネクションの構成員達は今、翻弄されていた。コネクションのシノギを邪魔していたネズミが一匹、脱走したのである。見るからに弱そうな老いぼれ1人と侮っていたことは否めない。だが、まさか。

 

ストーク

「よっと!」

 

 銃弾を避けて曲がり角を曲がったネズミ……グレイ・ストークを追い、ガリコネの兵士達は走る。しかし、彼らが曲がり角へ追いついた時、もう老人はいない。

 

ガリコネ構成員

「なんてすばしっこいんだ!」

 

 とても老人とは思えない。その身軽さに、腕利きマフィア達は翻弄されているのだった。すぐには遠くへ行けるはずない。そう行ってマフィア達は廊下を走っていく。

 

 …………その一部始終を、床下の排気口に潜むグレイ・ストークは心臓の鼓動を感じながら見送っていた。

 

ストーク

「ふぅ……。なんとか撒いたか」

 

 しかし、ストークもかなり無茶な動きをしていた。既に80近い老体を、まるで10代の頃のように動かしたのだ。関節も、腰も全てが痛いし、息も上がる。

 

ストーク

「だが……ここまでくればどうにかなるかね」

 

 排気口をゆっくりと進むストーク。その先には、倉庫がある。スクラップを溜め込む廃棄場。そこにはガリレオ・コネクションに拿捕されていた彼の愛機がまるでゴミのように捨て置かれていた。

 ハンドメイド・モビルスーツ……ガンプ。もう50年以上の間、“木星じいさん”の愛機として共に駆け抜けたモビルスーツだ。元となった機体は確かに存在するが、あちこちガタがきてその補修のためにジャンクパーツを継ぎ接ぎし続けた結果、今の姿になっている。

 

ストーク

「ガリコネの奴らめ。ワシの愛機を粗大ゴミにする気か!」

 

 腹立たしいが、無理もない。とストークは自嘲する。ベースとなったマシンが何かすらわからないほどにジャンクで作ったハリボテだ。レトロ・モビルスーツに詳しい人間でもいない限りその原型がわかるものもいないだろう。せいぜい、使えそうな部品だけ拾ってくず鉄にしてしまえ。そういう魂胆が透けて見える。

 

ストーク

「だが、おかげでなんとか……いけそうだなっ!」

 

 捕らえた侵入者が脱走し、逃げると考えるならば。間違いなく脱出ルートの警戒を強化するはずだ。例えば格納庫。ガリコネが主力とするバタラ・タイプのモビルスーツが数機、この基地にも数台置いてあったのをストークは見た。そこを中心として警備を固めるのが定石だ。まさか誰も、「ゴミ置き場」に行くなんて思わないだろう。そんなストークの読み通り、廃棄場はもぬけの殻。排気口の口を開け、ストークは廃棄場へと飛び降りる。着地と同時、強い衝撃が足腰に響いた。

 

ストーク

「!?!?!?!?」

 

 だが、声は上げない。必死に食いしばりストークは、スクラップの中に転がっている愛機へと駆け出し、そのコクピットハッチを慣れた操作開くとその中へと入り込み、シートへ座る。

 

ストーク

「さて……反撃開始だぜ、相棒!」

 

 全天周モニターが、CG処理された周囲の映像を映し出す。腕に直接括り付けたダブル・ビームライフルは取り上げられていた。だが、このゴミ捨て場にはそれに代わる武器がごまんとある。ストークが周囲を見回し、適当な大きさの鉄棒をガンプの手に取ると、“木星じいさん”の愛機は鈍い音を上げて、歩きだした。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ガリコネ構成員

「ウワァァァァッ!?」

 

 鉄棒を丸太のように持ったガンプは、その怪力のままに棒を振り回す。単純な質量武器。しかしその質量は、脆弱な装甲のバタラにとっては“当たれば死ぬ”レベルの脅威的な武器だった。

 

ストーク

「どけどけどけ! 加減なんか効かねえぞ!」

 

 ジャンク・モビルスーツのガンプは、その原型となっているモビルスーツの地力を巧妙に隠していた。そのモビルスーツは宇宙世紀時代においても、最強クラスのパワーを誇る超高性能機である。パーツの殆どをジャンク品で代替しているガンプは当時に比べて大きくパワーも劣るが、それでも十分な馬力を発揮していた。

 

ガリコネ構成員

「落ち着け、所詮はガラクタだ! 撃て撃て!」

 

 バタラのビーム・ライフルが束になって、ガンプへ迫る。鉄棒を振り回すガンプはしかし、そのビームを鉄棒によって本体から逸らし突き進む。その戦いぶりは、前線で戦う下っ端達にある既視感を抱かせていた。

 

ガリコネ構成員

「バカな、あれは……!」

 

 ガリレオ・コネクションは、元々木星帝国の一派閥だった。総統クラックス・ドゥガチの死後、分裂と合併を繰り返して生まれた一台犯罪組織。それが、ガリレオ・コネクションである。だからこそ、戦闘員の多くは知っているのだ。クロスボーン・ガンダムの恐怖を。

 クロスボーン・ガンダム。木星帝国に孤独な反抗作戦を挑んだ宇宙海賊クロスボーン・バンガードの象徴とも言うべき機体。その獅子奮迅の強さを、元木星帝国の戦闘員でもある彼らは肌身で知っている。

 グレイ・ストークとガンプのその無茶苦茶な強さはまるで、髑髏のマーキングを刻みつけたガンダムを戦う者達に連想させたのだ。

 

ガリコネ構成員

「あって、たまるか! そんなバカな話が!」

 

 一機のバタラが、ガンプめがけて突撃する。鉄棒を突き抜けそして、アームがガンプの頭部へ突き出した。

 

ストーク

「ヌォッ!?」

ガリコネ構成員

「ガンダムが、そう簡単に現れてたまるか!」

 

 幾度と帝国の計画を阻んだガンダム。あんな化け物に関わるのがゴメンだから、帝国を抜けてガリコネについた。それなのに、今更ガンダムに邪魔されてたまるか。そんな怒りと困惑のままに、その男は飛び出したのだ。衝撃で、ガンプの頭部が飛ぶ。そして……。

 

ガリコネ構成員

「な……。あ……!」

ストーク

「全く……この顔を見たからには、覚悟できてるんだろうな?」

 

 ツインアイ。口を思わせる排気ダクト。そしてツノを連想させるアンテナを持つその顔は、間違いなく……。

 

ガリコネ構成員

「が……ガン、ダム?」

 

 ガンダム。正確な機種名を男は知らない。しかし、その四文字だけが脳裏にこびり付いていた。

 

ストーク

「こいつはあんまり、使いたくなかったがな!」

 

 ガンプの……否、ガンダムの頭部。ツノの中央に構えられた巨大な砲塔に、光が集まっていく。死ぬ。消える。そんな言葉がガリコネ構成員達の脳裏に過ぎる。そして。

 

ストーク

「見せてやるよ、奥の手を!」

 

 光が、放たれた。その瞬く光が全てを飲み込んでいく。

 

ガリコネ構成員

「う、うわぁァァァァッッ!?」

 

 構成員達の断末魔の悲鳴が響き、やがて光が消えていく。

 

ガリコネ構成員

「あ、あれ……?」

 

 何も、起こらなかった。バタラ部隊は一機たりとも光の中に消えたりはしていない。ただの、

目眩しの光であることに彼らが気付くのに、数秒を要することになった。

 

ガリコネ構成員

「…………?」

 

 ただ、先ほどまで暴れ回っていたはずのガンプがそこにいない。そのことに気付くのに、彼らは更に数秒を必要とすることになる……。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—宇宙空間—

 

 

ストーク

「ふぅ……。死ぬかと思ったわい」

 

 ガンプのコクピットで、グレイ・ストークは大きく深い息を吐いた。ガンプの隠し球……ハイメガキャノンは、全盛期なら一瞬で敵部隊を壊滅させるほどの出力を誇っていた。しかし、今となっては目眩し程度の光しか発することのできないコケ脅し。それに敵がビビってくれた、そのおかげでストークは、命拾いしたのだ。

 

ストーク

「とはいえ、これからどうするか。なんとかジュピトリスに合流したいが……」

 

 旧式モビルスーツでこの広い宇宙を彷徨う。それは即ち、死を意味している。ストークの命の残り時間は、機体の酸素が保つかどこかに不時着するのが先か。

 

ストーク

(木星圏は、余所者に酸素を供給してくれるほど余裕はない……やはりジュピトリスに合流できなきゃ、死ぬなこりゃ)

 

 ストークは計器を弄り、彼の所属するヘリウム船団の旗艦ジュピトリスⅡの現在座標を確認する。どうにか、合流する算段を立てようとストークが頭を働かせていると、耳に女の声が響いた。

 

???

「ジュドー……」

ストーク

「……!? へっ、俺をその名で呼ぶ奴がまだいるとはね……?」

 

 ジュドー。懐かしい響きにストークの額から汗が滲み出る。ストークは神経を集中させ、その声の主を感じてみせた。

 

ストーク

「どこにいる? お前は誰だ?」

 

 声はどこか優しく、しかし厳しい色を帯びている。それを感じたと同時、ガンプの正面……何もない宇宙空間が黄金に輝きはじめた。

 

ストーク

「こ、これは……!?」

 

 ストークは若い頃、この木星圏である種の霊体験を経験していた。それを思い出す。この黄金の輝きはまるで、あの時巨人が発した伝説の光と酷似しているように感じられた。

 

ストーク

「なんだ、お前は? 俺に何をさせたい!」

 

 もし、ストークの知るそれとこの輝きの主が同じ種類のものならば、ストークに勝ち目はない。若い頃、あれを退けることができたのはそこに残った若さ故のエネルギーあってのものだった。老いた身体と心でどうにかできる相手ではない。

 

???

「ジュドー……あなたにこの火を託します」

ストーク

「な……に……?」

 

 火。炎。燃えるもの。燃やすもの。赤く輝く火。人に文明を齎したもの。それが突如、ストークの全身を包み込むように燃えはじめる。着火するようなものは、コクピットには置いていない。

 

ストーク

「う、わ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ?」

 

 身体は熱くない。燃やされているという感覚はない。しかし、身体の芯から何かが燃えているのを、ストークは感じていた。

 

???

「聖ワルキューレの火……この火はあなたの生命を燃やし、そして新たな生命を与えるもの」

ストーク

「じ、冗談じゃねえ! 俺は人として生きて、人として死ぬ。その邪魔をするつもりか!」

 

 何を言っているのかはわからない。しかし、何が起こるのかは理解できる。あの存在と……無限力とストークは今、ひとつになろうとしていた。それは、グレイ・ストークという一つの個としての命への、冒涜だ。ストークはだから、無限力を否定する。

 

???

「ジュドー、存在しようとする力と消滅しようとする力。宇宙はその均衡でできています」

ストーク

「なにを? 言って?」

 

 意味が、わからなかった。しかし声は、ストークは言葉を続ける。

 

???

「この均衡が乱れた時……再び世界は“発動”を受け入れなければなりません」

ストーク

「なっ……!?」

???

「だからこそ、あなたにこの火を託すのです。ジュドー……ジュドー・アーシタ。あなたの力を貸して下さい」

 

 ふざけるな。そんな勝手な理屈で、人を巻き込むな。ストークの抗議の声はしかし、炎の中に消えていく。

 

ストーク

「う……あ…………」

 

 “木星じいさん”グレイ・ストークの行方はそれ以降、ようとして知れていない……。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—月面/サナリィ本社—

 

 

 

ミノル

「おーい、新入り。そろそろ休憩にするぞ!」

 

 サナリィ新型機チームのパイロット教官、ミノル・スズキは、新入りの少年へ声をかける。作業用モビルスーツで雑用を担当する新入りの少年は、コクピットから顔を出すと「はーい!」と元気な声が帰ってきた。

 

 少年はある日、サナリィ本社の目の前でスクラップ同然のモビルスーツに乗って現れた。詳しいことはミノルも知らない。しかし、陽気で元気。それにモビルスーツの操縦にかけてもかなりの腕を発揮するその少年を、サナリィはバイトとして雇うことにしたのだ。

 

ジュドー

「へへっ、やっぱお仕事した後のメシはうまいなぁ!」

ミノル

「調子いいんだからもう……」

 

 少年……ジュドー・アーシタはハンバーガーの包み紙を開いて大きな口を開ける。その豪快な食べっぷりにはミノルも、テストパイロットの大男ドレックも呆れたように眺めていた。

 

ジュドー

(気付いたら俺は、月のサナリィにいた。しかもあの“聖ワルキューレの火”とやらのせいか十代の姿になっていた。あの声の主が何を望んでいるのか、正直わからない。だけど……深く考えても仕方ない!)

 

 きっと、この場所に送り込まれたことにも意味がある。ジュドーは運命論者ではないが、その思惑を感じ取れないほど鈍感ではない。

 今、少年はその時を待ち続けていた……。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話「戦士、再び……」

—サナリィ月面第二実験場—

 

 

 月面に本拠を置く研究機関サナリィ。その第二実験場に着艦したアルカディア号はでは今、人々が忙しなく行き交っていた。アルカディア号から降ろされる一機の魔神を、エンジニア達が垂涎の眼差しで眺めている。マジンガーZ。天才科学者兜十蔵博士の手によって作られた元祖スーパーロボットであり、鉄の城の異名をほしいままにする超技術の集合体。そのオーバーホール作業に携われるというのだから、技術者としてまたとない経験になるのは間違いなかった。ジョンと呼ばれるプロジェクトチーフの老人が、若いエンジニアたちに発破をかける。それに返事し、エンジニア達が整列。マジンガーZのオーバーホール作業の主任を務めるのっそり博士、せわし博士の両名とマジンガーZのパイロット・兜甲児を迎え入れていた。

 

のっそり博士

「それにしても、サナリィはすごいねぇ。こんな整った設備があるなんて思わなかったよ」

せわし博士

「では諸君、さっそくだが作業に取り掛かってもらうよ!」

 

 ゆったりしたのっそり博士と忙しないせわし博士のテンションの落差に巻き込まれながらも、サナリィのエンジニア達は博士達の指示に従いながら少しずつ、マジンガーZのオーバーホール作業に取り掛かっていく。その様子を、兜甲児は神妙な面持ちで見つめていた。

 

甲児

「みなさん、マジンガーZをよろしくお願いします」

 

 そう言って、深くお辞儀する甲児。そんな甲児にジョンと呼ばれたプロジェクトチーフの老人は「任せてください」と柔和な声で言う。

 

プロジェクトチーフ

「甲児さん、マジンガーZは責任を持って我々が修理します。そして、前よりも強く、前よりも大きな存在にして必ず、あなたの下にお返しすることを約束します」

甲児

「はい……!」

 

 力強く頷き、甲児はチーフと握手を交わす。もうすぐ、ネオジャパン行きの定期便が発つ時間だった。さやかと甲児はすぐにでも、それに乗る手筈になっている。

 

さやか

「甲児くん、そろそろ時間よ」

甲児

「ああ。わかってる」

 

 さやかの下へ急ぐ途中、甲児は一度だけマジンガーZへと振り返った。マジンガーZ。祖父の形見であり、もはや自分自身の半身と言っても過言ではない掛け替えのない相棒。

 

甲児

(待っててくれ、マジンガーZ……。お前が復活する時、俺も今よりもっと強く、お前にふさわしい男になって帰ってくるからな!)

 

 誓いを新たに、兜甲児はネオジャパンコロニーへと旅立つ。それを見送るのは、旧知の仲でもある獣戦機隊だった。

 

「甲児、もう行くのか」

甲児

「ああ。トビアやアムロさん達には、よろしくって伝えておいてくれ」

 

 戦場で、何度も共に戦った仲。2人は静かに視線を交わすと、互いの拳を突き出し交差させる。

 

甲児

「頼んだぜ忍」

「任せろよ」

 

 

 そんな、短いやり取り。それだけかわし甲児とさやかの2人はエレカに乗り空港へと出発する。それを、忍達4人は見送っていた。

 

雅人

「……甲児のやつ、さやかちゃんと2人でコロニーに留学かぁ。羨ましいぜ」

沙羅

「あんたね……。甲児達は勉強に行くんだ。別にデートじゃないだよ」

 

 軽口を叩く雅人に、呆れる沙羅。

 

「……藤原、気付いてるか?」

 

 そんな中、亮は一人真剣な面持ちをしていた。

 

「んだよ亮。どうしたんだ?」

「……明らかに、警戒任務に出ているモビルスーツの数が多い」

 

 そう言って亮は天上を指差す。ガラス張りの向こうに、ジェガン・タイプのモビルスーツが多数。恐らくは二個小隊ほど。サナリィといえばモビルスーツを中心に新技術の開発を支える研究機関。周辺警護も仕事のうちだが、コロニー国家間の中継地点でもあり国際法で不可侵宙域とされる月面都市としては確かに、その数は多く見えた。

 

沙羅

「……たしかに。ガンダムファイト期間や戦時中ならわかるけど、平時にこの数は少し多いね」

 

 たしかに地球は今、ミケーネ帝国の脅威に晒されている。しかし宇宙でも大きな騒ぎがあったという話を沙羅は知らない。

 

「まあ、サナリィといやぁ秘蔵の技術がごまんとあるんだ。もしかしたら、アナハイムのスパイを警戒してるのかも知れねえぜ?」

 

 冗談めかして忍が笑う。しかし、その目は笑っていなかった。何かが起きている。それを忍は、獣並の嗅覚で感じ取っていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

オーティス

「何をしにきやがったこの疫病神どもぉっ!?」

 

 トビア・アロナクスの顔を見るなり、サナリィ月面第二実験場の責任者でもあるオーティスはスパナを構え今にも飛びかからんばかりにトビアへ怒鳴りつけた。

 

ミューラ

「お、オーティスさん落ち着いてください!」

 

 秘書であり、エンジニアでもある女性ミューラ・ミゲルが、そんなオーティスの腕を抑えまるで赤子を宥めるように落ち着かせる。その様子に、月面基地への代表として足を運んだトビアとオンモ。それにハーロック、オルガ、マーガレットの5人は呆気に取られていた。

 

オルガ

「…………あんたら、取引先なんだよな?」

トビア

「サナリィは木星戦役の時、僕達に武器を提供してくれた企業なんです」

 

 しかし、オーティスの怒気はまるで留まることを知らない。かと思えば力無くへなへなと項垂れてオルガへ手を伸ばす。

 

オーティス

「ああ、前髪のお兄さん聞いてくださいよ。我らモビルスーツを作るものとしては、実戦データは何より重要なんでさ。そら戦場が遠い木星と来れば、多少非合法でも手を貸しますわな……」

オルガ

「お、おう……」

 

 勢いに釣られて頷いてしまったオルガ。彼も火星で鉄華団という組織を運営し、経営していた身である。オーティスの言い分は理解できた。一方で、火星で生まれた少年兵というオルガの生い立ちからすると、「知らぬ存ぜぬ」で通せるという魂胆には少々複雑なものがあるのだが。しかしオルガもそこまで子供ではない。内心はどうあれ、オーティスの続きの言葉を待つ。

 

オーティス

「だけど、戦火が地球に飛び火したどころかガンダムファイトにまで関わるもんだからF97を国連にも各国家コロニーにも売れなくなっちまったんでさ! 海賊に手を貸したのがバレるから……。あれだけ投資したのに、全然赤字……」

 

 ふらふらとまるで幽霊のように揺れるオーティスを、オルガもハーロックもどう反応すればいいのかわからず戸惑っていた。今まで黒い商人とはそれなりに付き合いがあったオルガも、こんなタイプの情緒不安定な人物の相手をするのは初めてだ。あえて近いタイプを言えば、トドのおっさんに似ている気がする。そんなどうでもいいことを考えてオルガは、やりすごしていた。

 

ハーロック

「ご老人、お気持ちはわかりますが今回は合法な取引のはずです。少なくとも、兜剣蔵博士から責任を持ってこの量産型グレートマジンガー生産計画書を預かってきたのですから」

 

 量産型グレート。その言葉にオーティスの耳がピクと動いた。それから数秒の後……

 

オーティス

「いやぁ〜〜兜博士をもお目が高い! 量産型グレートマジンガー。人類の希望を背負うこの計画をサナリィに任せてくれるのですから!」

 

 露骨に笑顔になり、ハーロックの右手を掴んでブンブンと握手する。その変わり身の早さはまるで電光石火のごとく。そんな様子にミューラ女史は溜息を吐き、マーガレットは呆れ返ったようにオンモへ囁いた。

 

マーガレット

「この人……大丈夫なの?」

オンモ

「まあ、なんていうかわかりやすくていい人なんだよ……」

 

 元々、そういう人らしい。余計にマーガレットはこの人を信用していいかわからなくなった。

 

トビア

「そ、それで補給の件なんですが……」

 

 そう、そもそもトビア達は替えの効かないクロスボーン・ガンダムの予備パーツの補給のためにこのサナリィへ足を運んでいるのである。オーティスの愚痴を聞くためではない。しかしオーティスはギロりとトビアを睨みつけ……ハァと溜息をつく。

 

オーティス

「地球のことは聞いてるよ。あんたらが今は一応、科学要塞研究所の預かりってことになってることも。ほんとはあんたら疫病神に渡せるもんなんかネジ一本ありゃせんって追い返したいところじゃが……既にF97用の予備パーツやその他諸々、用意してある」

 

 本当は渡したくないんだがな! そう、オーティスは念を押して言った。

 

トビア

「は、ははは……。ありがとうございます」

 

 実際、サナリィには多大な迷惑をかけていることに間違いはない。それでもこうして応じてくれたことに関して、実際トビアは感謝している。そんな時だ。トビア達が面会している応接室の窓ガラス越しに、真紅のモビルスーツが駆け抜けているのをトビアは見る。

 

トビア

「あれが、開発中のF99ですか」

オーティス

「うむ。F99レコードブレイカー。マザー・バンガードの“光の帆”をより小型・高性能化した“光の翼”を持つモビルスーツ。そのテストヘッドだ」

マーガレット

「“光の翼”……」

 

 その光は、ゼノ・アストラが飛翔する際に放つ輝きとは違う。あちらが得体の知れない何か……恐らくはヴリルエネルギーと、そうマーガレットに教えられていた機関で現出しているのだとすれば、レコードブレイカーの“光の翼”はむしろ、マーガレットに馴染み深い光であると言える。即ち、ビームの光。

 

オルガ

「……この世界のモビルスーツは、ビームの技術が進んでるんだな」

ハーロック

「ああ。俺達の世界では、こんな技術はあり得なかった」

 

 オルガ達の世界にも、一撃でコロニーすら沈めてしまうほどの強力なビームライフルのようなものは存在した。しかし、ナノラミネート装甲を前提とするモビルスーツ戦において、逆に言えばビームはそれほどの超高密度でなければ役に立たなかったのである。

 それと比べると、この世界のビーム技術の発展は兵器としての進歩以上に、文明としての進歩を象徴しているようにハーロックには見えていた。

 

マーガレット

「“光の帆”……たしか海賊軍の旗艦が搭載していた、ミノフスキー・ドライブユニットのことね。理論上、光速に達する航行能力すら可能になると言われていた」

 

 それを小型化し、モビルスーツ・サイズにする……それは並大抵の技術ではない。しかし、それを可能にしたのがサナリィであると言われれば、マーガレットも納得せざるを得なかった。

 

マーガレット

(さすがモビルスーツの小型、高性能化を実現した技術のパイオニア・サナリィといったところかしら)

 

トビア

「それにしても、すごい技術の進歩ですね。レコードブレイカー、こいつのスピードなら……」

 

 地球という重力圏の戦いの中で、トビアはいくつか思い知ったことがある。一つは、重力下での戦いは宇宙のように、機体を360度自由自在に動き回らせるというわけにはいかないこと。考えてみれば当たり前のことだが、マジンガーZのスクランダーやダンクーガのフライトユニットのような技術を搭載するにはモビルスーツという機体の強度は高くない。そして、オーラバトラーのオーラコンバーターは、完全に地上人には解析不可能な未知の技術だった。それらを相手に、モビルスーツで立ち回るのは至難の業と言わざるを得ない。

 

トビア

(アムロさんやシャアさんはそれをやってのけるんだから、ほんと参っちゃうよな……)

 

 それも、ベース・ジャバーの下駄履きや時代遅れの可変モビルスーツでだ。彼らにとってはそれが現役時代の主戦術なのだから慣れでしかないというかも知れないが、トビアは一生かかってもあんな操縦技術は身に付かない。とそう断じていいほどに2人の操縦技術は卓越している。

 もし、そんな2人がレコードブレイカーのような最新鋭モビルスーツに乗ったらどうなるだろう。いや、自分やキンケドゥ、ハリソンでもいい。少なくともベース・ジャバーというモビルスーツによる空中戦の絶対的なウィークポイントからは解放される。

 光の翼で、自由に空を飛び回るモビルスーツ……それはもはや、オーラバトラーやスーパーロボットに近い存在であると言えた。

 の、だが……。

 そんな興奮した眼差しのトビアを制するように、オーティスはトビアを睨め付ける。

 

オーティス

「やらんぞ。レコードブレイカー……F99は我が社の黒字の希望! お前達には絶対やらんからな!」

 

 ブンブンと首を振るオーティスに、トビアも「あはは……」と苦笑いするしかない。

 

トビア

(さすがに、レコードブレイカーを一台ください。とは言えないよな……)

 

 それが図々しいにも程のある要求だとは、トビア自身理解しているのだ。それに、クロスボーン・ガンダムの予備パーツやその他の補給物資だけでも有難いことだった。

 そんなやりとりを尻目にミューラ・ミゲル女史がアルカディア号へ搬入する予定の物資のリストをオンモへ渡し、オンモもそれに目を通す。

 

オンモ

「……うん。たしかに確認したよ」

ミューラ

「では、こちらが領収書です」

 

 事務的なやりとりを済ませると、オンモはアルカディア号に格納されているリトルグレイへ通信を送る。納品された物資の積み込み、そしてクロスボーン・ガンダムの修復作業を急ぐようにという命令だ。

 

オルガ

「それじゃあ、取引成立……ってことでいいんだな?」

 

 念を押すようにオルガが訊く。するとオーティスは、「あー……」と何やら申し訳なさそうに口を開いたその時だった。騒がしく廊下を駆ける音と共。それと共にバタンと扉が開かれる。そこにいたのは、巨漢の青年だった。人の良さそうな雰囲気を顔に醸し出している青年の名はドレック。レコードブレイカーの、テストパイロットチームの一員である。

 

オーティス

「どうしたのだねドレック君。そんなに慌てて」

ドレック

「そ、それが……月との往復定期便がたった今、海賊に襲撃されたらしいんです!」

 

 海賊の襲撃。その言葉にハーロックは鋭く目を細める。

 

トビア

「海賊が? 月の往復定期便を?」

 

 宇宙海賊。それはトビアやハーロックのような所謂“義賊”のことだけを指す言葉ではない。むしろ、何かしらの理由で社会からはみ出たならずものの行き着く先であり、暴力によって無辜の市民から財産や命を奪う悪党。そういう海賊の方が世間では一般的な“宇宙海賊”だ。しかし、そんな海賊達にもある種のしきたりと、繋がりがある。デビルドゥガチとの戦い以降、トビア達クロスボーン・バンガードやネオロシアのアルゴ・ガルスキーらはそんな無法者達をまとめ上げ、無法の海賊達にある種のルールを齎していた。

 その中の最も大きなルールの一つが、民間人を狙わない。巻き込まないというもの。それは海賊軍として世間に大きく認知されたクロスボーン・バンガードの旗と、シャッフルの紋章という大きな存在により齎されたはぐれ者達の秩序だ。

 

トビア

(俺達が地球に行ってから、まだそんなに日は経ってないはずだけど……。ギルドにも加盟していない本物のならず者か?)

 

オンモ

「だけど、海賊だろ? コロニー国家軍も国連軍も、この辺は睨み聞かせてるはずだ」

ドレック

「それが……その……。その定期便にはアナハイムに出向してたうちのスタッフ2人と、シェリンドン・ロナ嬢が乗っているらしいんです」

トビア

「シェリンドンさんが!?」

オルガ

「知り合いか?」

 

 驚くトビアに、オルガが訊く。トビアは深く深呼吸すると、ゆっくりと口を開いた。

 

トビア

「シェリンドンさんは、前クロスボーン・バンガード代表のベラ・ロナさんの従姉妹で、前の戦いでも僕達を支援してくれた後援者の1人です」

 

 厳密には、シェリンドンが支援していたのは貴族主義の旗印たるクロスボーン・バンガードだった。今のクロスボーンとは、シェリンドンは無関係の存在である。それでも、シェリンドンの身に何かがあればベラ艦長は悲しむだろうし、自分も後味が悪い。だから助けに行かなくちゃ。そう、トビアは拳を握りしめる。

 

オルガ

「なるほどな……」

 

 そんなトビアの様子を見て、オルガは静かに踵を返した。

 

オルガ

「要するに、そのシェリンドンってのはお前らの家族みてえなもんなんだろ。仲間の家族だっていうなら、命賭けて助ける。俺達、鉄華団がな」

 

 家族。その言葉を口にする瞬間オルガの声は僅かに上擦っていた。そこにどのような思いがあるのか、トビアには伺い知れない。しかし瞳をギラつかせ、鮫のようにニヤリとオルガは笑っていた。それに頷くようにしてハーロックもまた、オルガに続く。

 

ハーロック

「私も行こう。海賊のつけた不始末は、海賊がつける」

トビア

「俺達も行きます。シェリンドンさんには、まだ生きててもらわなきゃ困る!」

 

 

 

……………………

第19話

「戦士、再び」

……………………

 

 

 

—月軌道宙域/民間輸送船—

 

 

 

シェリンドン

「…………」

 

 シェリンドン・ロナは今、気丈にも宇宙海賊達の前に立っていた。緩やかにウェーブのかかったブロンドの髪。大きな瞳の中に淑やかさを持つ彼女はこの船を襲撃した海賊達へ、「関係のない民間人を巻き込むよりも、自分を人質にするべきだ」と名乗り上げたのである。

 海賊達……見るからに荒くれた、厳しい男達はそんなシェリンドンを気に入り、自分達の海賊船へと連れていこうとしている。その男達の影に隠れるように、銃で武装した十代前半の、或いは十にも見たないであろう少年たちは意志のない瞳でシェリンドンを眺めていた。そんな時である。

 

シェリンドン

(サナリィに着く前に、こんなことになってしまうとは……迂闊でした)

 

 本来なら、自分達の船で向かうべきだったのだ。しかし今回は秘密裏に、サナリィにあるものを運び込むという目的のために民間船を選んだ。それが、仇に出た。

 地球上の混乱は、宇宙にいても耳に入る。そして、その混乱の渦中を戦う宇宙海賊……クロスボーン・バンガードの旗を掲げる者達の活躍も。今彼らは、貴族主義とは無縁の身。表立って支援をすれば、コスモ・バビロニア貴族主義者の間でどのような風評が立つかもわからない。そういったリスクを考慮して、今回シェリンドンはあえて民間の輸送船に同乗していたのだ。

 もし、一年前の自分ならばそのようなことは、考えもしなかったろう。旧人類を切り捨て、ニュータイプによる理想国家の設立を夢見ていた一年前のシェリンドン・ロナならば。それはシェリンドン個人としては成長なのかもしれない。しかし今この窮地を招いていたのは間違いなく、その成長したが故の判断だった。

 

シェリンドン

(賊に“あれ”を奪われたりしたら、ここまで根回ししたことも全て無駄になってしまう。どうにかしないと……)

 

 サナリィに、トビア達に届けるはずだった積荷。それをこの海賊に奪われることだけは避けたい。そして貴族主義の、コスモ・クルツ教団のあるべき姿として尊き貴族は下々を守らなければならない。そんな思考の果て、シェリンドンは自ら身分を明かし、人質になることを宣言したのだ。

 海賊の頭……豚のような鼻を持つでっぷりとした腹の男はシェリンドンをマジマジと見つめ、そして醜く表情を歪ませる。

 

ブルック

「フン、威勢のいい嬢ちゃんだ。気に入った」

シェリンドン

「約束してください。他の方々には一切の手を出さないと」

 

 まるで信用できる顔ではない。しかし、今はこうして時間を稼ぐしかない。

 

シェリンドン

(コロニー軍でも、国連宇宙軍でも構わない……誰か、助けが来るまではこうしていないと)

 

 そんな時だった、輸送コンテナを物色していた海賊達が顔を出す。

 

クダル

「お頭、ちょっと見てくれ。なかなか面白いもんがあるぜ」

シェリンドン

「…………!」

 

 気付かれた。それを奪われるわけにはいかない。シェリンドンは咄嗟に「待って!」と声を上げ、海賊の副リーダー格と思われる筋骨隆々にピアスの男……クダル・カデルへ食ってかかった。

 

シェリンドン

「それらの積荷は、民のためにあるものです。奪うのならば私だけにしてください!」

 

 言っても聞かない輩なのは、シェリンドンにもわかっている。しかし、それ以外にシェリンドンに選択肢はない。

 

クダル

「あぁ? ……ケッ、おい嬢ちゃん。何か勘違いしてないか?」

 

 クダルはそんなシェリンドンの豪奢なドレスを乱暴に掴み上げると、そのままシェリンドンの華奢な身体を壁へと押し付ける。ドン、という鈍い音とと、シェリンドンの微かな呻き声が静かな船内に響き渡った。

 

クダル

「あんたはなぁ、商品としての価値があるからこっちで買ってやってるんだ。品物が、人間様に口ごたえすんじゃねえ!」

シェリンドン

「ッ……!?」

 

 痛みと衝撃。シェリンドンの細い身体に走るそれはしかし、彼女の心にまでは響かなかった。

 

シェリンドン

「……かつて、友達に言われたことがあります。自分は人間だ。人間でたくさんだと」

 

 シェリンドン・ロナは、ニュータイプ原理主義者である。人が宇宙に出てニュータイプへと進化し、優れた感性を持つニュータイプ達が次の世代を背負う尊き血……貴族となれば世界はより善い方向へ向かうはずだと。シェリンドンは今でもそう、信じている。だが、シェリンドンが見た誰よりもニュータイプに近い少年は、その未来を求めていなかった。

 

シェリンドン

「彼にはきっと、あの時の私は今のあなた達と同じように映っていたのかもしれませんね」

 

 そうなら、断られても仕方ない。そうシェリンドンは、貴族という概念から最も遠く下賤な賊と対話することで得心していた。だが、自分は貴族だ。ニュータイプだ。善き時代へと民を導くことこそ、自分の使命なのだ。

 

シェリンドン

「あなた方のような者に、渡せるものなどここにはありません!」

 

 毅然と叫ぶシェリンドン。その振る舞いは、恐怖に負けんとする声は、クダルの嗜虐心をそそらせる。大きくクダルがその拳を振り上げたその時。クダル目がけて何かが飛来した。

 

クダル

「っぉっ!?」

 

 突然飛び出してきたそれを敏捷な動きで避けるクダル。コロン、という軽く鈍い音と共にタイルに落ちたそれは、スパナだった。鉄の塊。機械整備に使う工具。それがもし自分の頭に当たっていたら、瘤くらいにはなっていたかもしれない。そのことに思い至ると、クダルはスパナの投げられた方を睨み叫ぶ。

 

クダル

「誰がッ! この俺に! こんな危ねえもん投げやがったのよぉっ!?」

 

 怒りのままにスパナの飛んできた方へと走るクダル。しかし、そこには誰もいない。

 

クダル

「ネズミが……! すぐにブチ殺してやるァッ!?」

 

 完全に頭に血が上ったクダル。その様子をシェリンドンは呆然と眺めていた。しかし。

 

???

(早く、こっちに!)

 

 そんな、少年の声がシェリンドンの頭に響く。その声はまるで、魂から魂へと直接叫んでいるかのような、そんな命の体温を伴った声だった。

 

シェリンドン

(あなたは……!)

 

 トビア。いや違う。トビアよりももっと、深い。少年らしい熱さのなかに、どこか老生したものを感じる。そんな声に導かれるようにして、シェリンドンは駆け出していた。

 

ブルック

「なっ……! おいクダル、ネズミは後回しだ!?」

 

 思いの外、シェリンドンは素早い。醜く太ったブルックの腕をすり抜け、シェリンドンは駆けていく。そして、声の示す方角……貨物室の中に入り込むと、警護に当たっていた海賊達は既にのびていた。

 

シェリンドン

「これは……あなたが……?」

 

 いたのは、少年だ。それと背の低い老人。声は少年のものだと、シェリンドンは直感的に理解する。

 

ジュドー

「全く、おつかいの帰りにこれなんだから、参っちゃうよもう」

ミノル

「ここの見張りは、僕達が片付けたからね。さあ、とっととお暇しよう」

シェリンドン

「お、お待ちになって!」

 

 どんどん話を進める2人を制すように、シェリンドンが声を上げた。2人は「ん?」とシェリンドンの方を向くが、その後方には厳ついマッチョが走っているのが見える。あまり待ってはいられないと判断し、ジュドーはシェリンドンの手を引いた。

 

シェリンドン

「あっ」

ジュドー

「残念だけど、待ってはいらんないかな。少なくとも、こいつに乗るまではさ!」

 

 シェリンドンの手を引いたまま走るジュドー。その先には、一機のモビルスーツ。既にミノルは自身のモビルスーツ……クロスボーン・ガンダムとよく似た姿をしているが、バイザー・タイプのカメラアイをしている所謂「ジム顔」と呼ばれる機体に乗り込んでいる。

 

ミノル

「先に行くよ、ジュドー君!」

ジュドー

「あいよ任せて。おじいちゃんも無理しないように!」

 

 軽口を叩きながら、ジュドーも自らのモビルスーツのコクピット・ブロックへと乗り込んでいた。その後部シートにシェリンドンを乗せ、ハッチを閉じる。

 

ジュドー

「へへ、まさかここまで復元してくれるなんて……サナリィも随分太っ腹だよね」

 

 ジュドー・アーシタがサナリィに雇われたことには、一つの条件があった。それは、彼が乗っていたスクラップ同然のモビルスーツにある。サナリィのエンジニア、ミューラ・ミゲルは一目でそのモビルスーツの正体を見抜き、競合他社であるアナハイム・エレクトロニクスにコンタクトを取った。このモビルスーツを復元させるためだ。アナハイムはミューラの持ちかけた話を飲み、このモビルスーツの復元作業に取り掛かった。

 それは、アナハイム・エレクトロニクス社の中でも半ば伝説と化しているモビルスーツ。モビルスーツの恐竜的進化の過程で生まれた、常識外の超馬力。超火力。超推進力。それを全てクリアした、ある種の芸術品。

 小型・高性能化を是とする現代のモビルスーツ開発事情から対極に位置するその機体はしかし、失われつつあるアナハイム・エレクトロニクスの威厳を復活させる希望だったのだ。

 そして、今や幻の機体として一部のマニアの間にのみ語られるその機体は復活した。生まれ故郷である、アナハイムの技術の粋を結集して。

 「幻のモビルスーツを復活させる」そこにはある種の、マニアめいた執念があったのかもしれない。少なくとも、その機体には犬猿の仲であるアナハイムとサナリィにある種の協力関係を約束させるほどのものだったのだから。

 ともかく……。

 

ジュドー

「さあ、久しぶりに全力で暴れるとするか。ジュドー、ダブルゼータ。行くぜ!」

 

 巨大な砲塔を頭部にもつ、大型のガンダム。その火力、パワーは現時点でもモビルスーツ界最強クラスと言われ、しかしその派生としての技術の系譜は数年でピタリと止まってしまった幻の機体。それ故に、今では一部では「当時の軍関係者の間で生まれた都市伝説」とまで揶揄される機体。ΖΖガンダム。ダブルゼータのツインアイがギラリと輝くと、その剛脚が動きそして輸送船を飛び出していく。宇宙世紀時代に生まれた怪物が今、復活したのだ。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

ミノル

「ジュドー君、その機体は大丈夫なのかい?」

 

 量産型F97。通称フリントと呼ばれる機体のコクピットの中で、見たことのない重モビルスーツを相手にしつつミノル・スズキはジュドーを気にしていた。ジュドー・アーシタ。ある日突然サナリィにやってきた不思議な少年。その不思議な少年が乗ってきたモビルスーツ……ダブルゼータはミノルの目から見れば明らかに骨董品だ。小型・高性能化を実現した現在のモビルスーツの常識からは明らかに逆行している。しかし、21m級の大型、重武装モビルスーツ最盛期に生まれたそのコンセプトは、現役マシンを操縦するミノルからしてみれば不安そのものであると言ってもよかった。

 

ジュドー

「大丈夫大丈夫。こいつの操縦は、慣れたもんだからね!」

 

 しかし、ミノルの心配をよそにジュドーは海賊達の重モビルスーツ……マン・ロディのサブマシンガンをものともせずに追突し、マンロディを突き飛ばしていく。圧倒的なパワー。現代のモビルスーツでは発揮できない力を、ダブルゼータは有していた。

 

宇宙海賊

「あいつ、この世界のガンダムフレームか!?」

 

 マン・ロディに乗る海賊達は、ダブルゼータの持つ特徴的なV字アンテナに注目する。ガンダム。その名前を持つモビルスーツを象徴するツノは、どんな時代どんな世界でも敵の注意を引きつけ……そして恐怖させるのだ。恐怖に打ち勝つために、海賊達はガンダムを狙う。ガンダムを落とせば、それだけで名が上がる。海賊達の間でのヒエラルキーも同様だ。そんな男達のギラついた野心を、ダブルゼータのコクピットに座るシェリンドンは敏感に感じ取る。

 

シェリンドン

「ッ!?」

 

 気持ち悪い。そんな率直な感想を抱くシェリンドン。ジュドーはそんな彼女をちらりと横目で見て苦笑する。

 

ジュドー

「無視しなよお嬢ちゃん。ああいう、汚い大人はさ!」

シェリンドン

「はい……?」

 

 ジュドーも、同じものを感じているのかもしれない。そんな感覚がシェリンドンの中にあった。そして、何よりもシェリンドンが感じていたのはジュドーという少年の、意志の強さだ。

 

シェリンドン

(この人は……私とも、トビアとも違う。ニュータイプなの?)

 

 シェリンドン・ロナは、ニュータイプと呼ばれる独特の感性の中で生きている少女だ。その感応能力は彼女と同じように独自の感性を持つ人々を嗅ぎ分けていた。その第六感が告げている。ジュドーは他のニュータイプとは違うと。

 

シェリンドン

(繊細さと頑固さを併せ持ったような、私の知らないニュータイプ……)

 

 シェリンドンは、知らない。

 このジュドー・アーシタという少年は歴史にこそ名を残さなかったが、歴史の大きな分岐点に立ち会ったニュータイプであるということを。歴史に名を残さずに埋没した名機・ΖΖガンダムと同じようにジュドーもまた、人々の知らない戦いを繰り広げ、そして歴史の中に消えていった存在なのだ。

 

ジュドー

「少し、我慢しててねお嬢さん!」

 

 ジュドーは、ダブルゼータを加速させる。それを追うようにして、マン・ロディも続く。

 

宇宙海賊

「行け行け! ガンダム・フレームなら腕の一本でも遊んで暮らせる金が手に入る!」

 

 野心と欲望に混ざった海賊達のサブマシンガンが、ダブルゼータの装甲を掠めていく。しかし、そんなものではビクともしない。

 

ジュドー

「すっごい感動の嵐! ダブルゼータって、なんて丈夫なんでしょう!」

 

 茶化すようにおどけるジュドーはしかし、そこでダブルゼータを反転させる。そして肩に装備していたビームサーベルの柄を抜くと同時、そのスイッチを入れた。強烈な熱エネルギーをミノフスキー粒子で固定化するビームサーベル。しかし、ダブルゼータのそれは規格外のサイズだ。身の丈の半身ほどの長さと、腕丸々一本ほどの太さを伴ったビームの刃。まさにハイパー・ビームサーベルとでも言うべき刀身。

 

ジュドー

「あんまり、殺したくはないんだよね。だからさ!」

 

 ダブルゼータのハイパー・ビームサーベルが勢いよく、マン・ロディの一機へと迫る。

 

宇宙海賊

「ビーム兵器!? だが……!」

 

 マン・ロディは、ナノラミネート・アーマーと呼ばれる装甲に守られている。この装甲は光学兵器を霧散させる特徴を持ち、ビーム熱に対しては優れた防御性能を有していた。それ故か、海賊はそれを避けようとはしなかった。むしろビームを受け、そのまま左手に持つ斧で斬り裂く。そう判断してのことだ。

 肉を切らせて骨を断つ。マン・ロディの重装甲ならばそれができる。そう判断してのことだった。しかし、受けようとして出した右腕はそのままビーム熱に焼き切られる。それは、海賊達の常識にはない現象だ。

 

宇宙海賊

「な、何ィッ!?」

 

 ありえない。そんな叫びをよそにダブルゼータはさらにV字にマン・ロディを斬る。両手両足を奪い達磨となったマンロディは、宇宙空間の中でまるでボールのように浮くしかできない。

 

宇宙海賊

「バカな、ナノラミネートだぞ? どうしてビームで……」

 

 マン・ロディはロディフレームと呼ばれる汎用フレームをギリギリまで重装甲、重武装にすることで補給線の薄い海賊活動での使用に耐えうるように構築した機体だ。その重装甲を、まるでナイフでバターを切るかのように容易く焼き切るビームサーベル。それは、彼らの常識にはあり得ない装備だったのだ。

 

ジュドー

「言っとくけど、ダブルゼータの本気はこんなもんじゃないよ!」

 

 ハイパー・ビームサーベルの威力に恐れをなしたのか、マン・ロディ達が固まった。その一瞬、ジュドーはダブルゼータの推進を蒸し、暗闇の宇宙を突き進む。フリントが他の敵をいなしながら退路を確保しているのが、シェリンドンには見えた。だが、それではシェリンドンの用意した荷物が海賊に奪われてしまう。それは、それだけはシェリンドンは避けたかった。

 

シェリンドン

「ねえ,待って!」

ジュドー

「さっきから何よもう!」

シェリンドン

「あの輸送船には、海賊に渡しちゃいけないものが入ってるの。だからお願い!」

 

 フリントとダブルゼータを追うマン・ロディが4機。それは倒せない数ではなかったが、それでも骨は折れる。それを、シェリンドンは涙ながらに訴えていた。

 

シェリンドン

「お願いジュドー……ジュドー・アーシタ。あの無法者を、追い払って!」

 

 それを聞くと、ジュドーは「ああもう!」と毒づきそして再び機体を旋回させる。

 

ミノル

「ジュドー君!?」

ジュドー

「あいつらを放っておいちゃいけないってことくらい、俺もわかってるよもう! ミノルさんは応援を呼んでくれ。俺は……ギリギリまでこいつらを食い止めるからさ!」

 

 実際、この場を逃げ果せたとして取り残された乗客の命は全く保証できない。それよりは、目の前にある「お宝」をぶら下げて海賊どもを引きつけておいた方がいい。そうジュドーも理解している。

 命が、勝手な理屈で奪われる。それはジュドーにとっても看過できないものだった。

 

ジュドー

「お嬢さん、言ったからには付き合ってもらうからね!」

シェリンドン

「え……?」

 

 ダブルゼータはブースターを全開で蒸すと、マン・ロディへと迫っていく。圧倒的な推進力は一瞬でマン・ロディへと喰らい付きそして、ハイパー・ビームサーベルで次々と斬り伏せていく。だがしかし、ダブルゼータは一機足りともマン・ロディのコクピットだけは潰さなかった。堅牢なマン・ロディの装甲をナノラミネート越しにでも斬り裂く高出力ビーム・サーベル。海賊たちもそれを警戒してかダブルゼータから距離を取り、サブマシンガンでの射撃攻撃に切り替えていく。

 

宇宙海賊

「化け物めっ!」

 

 マン・ロディのサブマシンガン斉射をダブルゼータはもろに受け、しかし尚その進撃を止めることはない。

 

ジュドー

「んなくそぉっ!?」

 

 コクピットを攻撃しないのは、ジュドーなりの慈悲だった。ジュドー・アーシタはかつて、ひどい戦争を経験している。大人達の都合に振り回され、彼の目の前で数多くの命が散っていった。中には、ジュドーを慕うものもいた。あんな戦いは2度とゴメンだ。そんな思いからジュドーは、極力敵を殺さずに無力化するように心がけるようになっていた。だが、そんなジュドーの感傷は海賊達には関係ない。むしろ、海賊達からすれば命を取ろうとしないのは侮辱であるとすら言えた。自分を脅威とすら認識していない。脅威だと思っているのなら、迷わず殺すはずだ。そういう倫理の中で生きてきた無法の海賊達からすれば、どこの馬の骨ともしれないガキに手加減されたなど、あってはならないのだ。

 だから、どれだけパワーに差があろうとマン・ロディに乗る海賊達はダブルゼータから逃げるという選択肢を持たない。そのつまらないプライドを、ジュドーは鋭敏に感じ取っていた。

 

ジュドー

「そんなだから、そんな勝手な理屈が通ると思ってるから、あんた達はダメなんだよ!」

 

 屈してなるものか。ジュドーの心は海賊達の敵意に当てられて、怒りに燃えていく。そんな風に、自分の都合ばかり押し付ける大人がいなくならないから。だから、いつもどこかで誰かが悲しい目に遭うんじゃないか。

 ダブルゼータ距離を取りながらサブマシンガンを撃ちまくるマン・ロディを前に、ハイパー・ビームサーベルをしまう。代わりに取り出したのは、砲身が二つドッキングしたダブル・ビームライフルだ。

 

宇宙海賊

「ガキに何がわかる! 俺たちだってなぁ、好きで海賊やってるわけじゃねえんだ!」

ジュドー

「わかるさ! あんた達にも事情があることくらい。けどね、そうやって力でなんでも解決しようってやり方は、古臭いんだよ!」

 

 二門の砲身に、メガ粒子の圧縮されたビームの光が灯る。その光が何なのか、海賊達は一瞬、理解できなかった。

 

宇宙海賊

「何だ、エイハブ・ウェーブが何かと干渉しているのか?」

 

 そう呟いた直後、高熱の光が二線、マン・ロディを撃ち抜いていく。ナノラミネートを貫通し、内部のフレームまでもをズタズタにしてしまう高熱。ハイパー・ビームサーベルと同等以上の出力が飛んできた。その事に海賊は気付くことはない。なぜなら撃ち抜かれたマン・ロディは爆炎を上げ、一瞬で火花と散ったからだ。

 

ジュドー

「あんた達がそのつもりなら、こっちだってやってやる。けどさ!」

 

 こんなつまらないことで仲間が死んで、お前達は本当にそれでいいのかよ。そう問い詰めたくて仕方ない。そんな思いを噛み殺し、ジュドーは再びダブル・ビームライフルをマン・ロディに向けた。だが、その時。輸送船の隣に錨を下ろす海賊艦からさらに一台のモビルスーツが飛来するのを、ジュドーは見た。

 

シェリンドン

「あれは?」

ジュドー

「新手だ!」

 

 そいつの見た目はマン・ロディに似ている。しかしマン・ロディよりもどこかゴツく、何より武装として持っている巨大なハンマーは、モビルスーツとしてもさらに異質に見える。何より、ジュドーはそのモビルスーツから感じる醜悪な、狂気にも似た凶暴性を感じ恐怖していた。

 

クダル

「おいテメェら! ボサボサしてんじゃねえっ!」

 

 クダル・カデル。海賊達の副リーダー格と思われる筋骨隆々にモヒカン。そしてピアスをした爬虫類のような男のプレッシャーだった。クダルの乗るモビルスーツ……ガンダム・グシオンが今、ダブルゼータを猛追する。

 

ジュドー

「何なんだよこいつ!」

 

 純粋な凶悪。悪徳というなの狂気。狂気という名の本能。そんな、ジュドーも知らない醜悪なエゴが、ジュドーという人間を飲み込まんとするのを、ジュドーの感性は鋭敏に感じてしまう。それは、陵辱にも似た不快感だ。ジュドーは咄嗟にダブル・ビームライフルを撃ちまくりグシオンを迎撃するが、クダル・カデルの乗るガンダム・グシオンはそれを避けると、おおきく振りかぶりダブルゼータをハンマーの射程圏内へと捉えた。

 

クダル

「アンタみたいなガキはねぇ、嫌いなのよ! 嫌い! あの生意気なガキを思い出して、はらわたが煮え繰り返って仕方ねえんだよ!?」

ジュドー

「そんなの、知らないよ! 勝手に俺を巻き込まないでよね!」

 

 ダブル・ビームライフルを構え、ジュドーはクダルを狙い撃つ。しかし、ガンダム・グシオンの重装甲はビームをものともせずに突き進む。グシオンは、マン・ロディを遥かに凌駕する堅牢な装甲を有しているのだ。

 

ジュドー

「嘘でしょ!?」

 

 ジュドーの常識に、ダブル・ビームライフルを耐えられるようなモビルスーツは存在しない。強いて言うならば、ダブルゼータよりも遥かに大型かつIフィールド発生装置を持つクィン・マンサやサイコガンダムMk-Ⅱクラスのものだった。それに匹敵する重装甲を、18m級のガンダム・グシオンは持っているのだ。

 

クダル

「効かない効かない効かねえ! そんなもんがぁ、このグシオンに効くもんかよぉっ!?」

 

 ダブル・ビームライフルを弾いて突き進むのは、ナノラミネートでコーティングされた装甲の力だ。だが、それはマン・ロディも同じ。それでもダブル・ビームライフル相手に無傷で突き進むグシオンに、ジュドーは驚愕していた。そして、驚愕するジュドーの一瞬の隙にグシオンはダブルゼータの懐へ飛び込む。

 

クダル

「死ねよ! 死んで、死になさいよぉっ!?」

 

 鈍重なハンマーの一撃が、ダブルゼータを突き飛ばした。

 

シェリンドン

「キャァッ!?」

ジュドー

「うわぁっ!?」

 

 衝撃がジュドーと、後部のシェリンドンを襲った。シートにしがみつくようにしていたシェリンドンが、今の衝撃で手を離し、狭いコクピットの後部に背中を打ち付けてしまう。鈍く、重い音がジュドーの耳に障った。

 

ジュドー

「大丈夫!?」

シェリンドン

「え、ええ……」

 

 目に涙を溜めながらも、気丈にシェリンドンは眼前のグシオンを睨んでいた。強い子だ。とジュドーは感心する。しかし、それを口にしている余裕はない。すぐさまミサイル・ランチャーで迎撃し、グシオンとの接近戦を演じなければならなかった。

 

クダル

「ああもうウゼェ! ウザったいったらありゃしねえっ!」

ジュドー

「それはこっちのセリフだよもう!」

 

 ガンダム・グシオンのハンマーが、ダブルゼータの装甲を大きく叩いた。再び振動で、ダブルゼータが大きく揺れる。舌を噛みそうになって、シェリンドンは思わず歯を食いしばった。

 

ミノル

「ジュドー君!?」

 

 ミノルのフリントが、助けに入ろうとビーム・ライフルを構え、グシオンを狙い撃った。だが、ナノラミネートにコーティングされた装甲を前に、ビームライフルは無力。

 

ミノル

「あのモビルスーツ、全身がIフィールドを展開しているのか?」

 

 ダブルゼータほどの馬力を、フリントは有していない。それを見た海賊達はダブルゼータをグシオンに任せ、フリントへ攻撃を集中する。しかしミノルは、卓越した操縦技術でフリントを操り、マン・ロディの攻撃を一撃たりとも機体へ当てなかった。それは、軍属を定年で引退し、再雇用先としてサナリィに配属された老人の操縦とは思えないほどの機体捌きだ。ビーム兵器が通用しないとわかるとミノルはライフルをしまい、頭部バルカン砲による迎撃のみで寄り付くマン・ロディの重装甲の、その奥に眠るフレームの接続部へ当て続けていた。

 

宇宙海賊

「このチビ……!?」

ミノル

「ただの海賊にしては、装備が特殊だ。なんだこいつら……?」

 

 そんなミノルの疑問に応えるように、戦場に接近するものがあった。海賊達はそれを、エイハブ・ウェーブの周波数で認識し、ミノルとジュドーも周辺のミノフスキー粒子濃度が上昇していることを示す通信映像の乱れで感知する。

 

宇宙海賊

「あ、ああ……!」

 

 そのリアクター周波数が何を意味しているのか、荒くれ者達は知っている。鉄華団の悪魔。誇り高き海賊旗。それらは彼らにとって、恐怖の象徴。それ以外の何者でもない。

 

ブルック

「アルカディア号……それに、あの悪魔は!?」

 

 忘れもしない。宇宙海賊ブルワーズに多大な損害と、屈辱を与えた白い悪魔。血染めの華を背負う鉄の鬼神。

 

オルガ

「あれは、ブルワーズのモビルスーツだ!?」

 

 アルカディア号で、オルガ・イツカは忌々しげにその名を叫ぶ。

 

マーガレット

「知ってるの?」

 

 アルカディア号の艦上に陣取るシグルドリーヴァのコクピットで、マーガレットが効く。シグルドリーヴァは宇宙空間でも活動自体は可能だが、キャタピラ式の脚部による機動性は宇宙では大きく損なわれる。マーガレットの役割は、援護射撃だ。

 

トチロー

「あいつらは、俺ら世界で悪さしてた宇宙海賊だ。俺らにとっても、少し因縁のある奴らでな」

 

 トチローが呟く。その声色には、明らかな嫌悪の色が感じられた。

 

ハリソン

「……ということは、あの丸いモビルスーツ達が海賊で、クロスボーンもどきとガンダムは、それと戦っているということか」

 

 F91のコクピット内でハリソンは呟きつつ、ビーム・ライフルでマン・ロディを狙撃する。ナノラミネートの装甲がビームを弾くが、マン・ロディのパイロットがそれに気を取られハリソンの方を見た瞬間、フリントのビーム・サーベルが重装甲の継ぎ目を串刺した。

 

ミノル

「その青いF91は……。ハリソン君かい?」

ハリソン

「!? お久しぶりです。スズキ教官!」

 

 ハリソン・マディンは、事前に民間機にサナリィのスタッフが乗り合わせているとブリーフィングで聞いていた。だから、もしかしたらとは思っていた。ミノル・スズキ。かつて国連軍で“青き流星”の異名を誇った凄腕のモビルスーツ・パイロットであり、ハリソンの尊敬する人物。そうでありながら生涯一度も実戦を経験することなくパイロット人生を終えた幻のエース。それが、ミノル・スズキだった。

 

ミノル

「しかし、キミもだいぶ貫禄が出てきたなぁっ!」

ハリソン

「あなたには、劣りますよ!」

 

 初代と二代目。二つの青き流星が戦場を駆ける。F91のビーム・ライフルはナノラミネートに霧散するがしかし、マン・ロディの持つサブマシンガンを的確に撃ち抜く。そしてその隙にフリントが接敵し、装甲の間を射抜くようにクリティカルな斬撃を浴びせトドメを刺していく。そのスピードは、まさに流星と呼ぶべき早業だった。

 

 

 

アムロ

「ハリソン大尉、やるな……!」

 

 ウェイブライダーで出撃したアムロが呟く。それは純粋な、賞賛の言葉だった。アムロが現役軍人だった頃、アムロと一対一のモビルスーツ戦で勝てる相手はシャアくらいのものだった。だからこそ、アムロは前線でパイロットをするしかなかったし、シャアもアムロと戦うためにはパイロットをやっていた。

 もしあの時、ハリソンのようなパイロットがいれば自分はもう少し楽ができたかもしれない。少なくとも、作戦指揮能力やそれに合わせたモビルスーツ戦のやり方に関してはアムロよりもハリソンの方が上手だろう。ハリソンが指揮を取り、アムロがそれに従うくらいの方が効率も良かったかもしれない。

 

シャア

「アムロ、見えるか?」

 

 それに随伴するゲーマルクのシャアは、ベース・ジャバーに搭乗し宇宙空間での機動性を確保していた。彼の視線の先にあるのは、ダブルゼータ。シャアはその実物を見たことはないが、データは一通り目を通していた。あのハマーン・カーンを倒したモビルスーツ。もしかしたら、この化け物を相手にする可能性がジオンの総帥だった頃のシャアにはあったのだから意識はせざるを得なかった。

 

アムロ

「ああ。ダブルゼータ……誰が乗っているんだ?」

 

 そんな時だ。2人の魂に流れ込むように、少年の声が聞こえる。その感覚をアムロは、シャアは知っている。

 

シャア

「む……?」

アムロ

「この感じは……?」

 

 カミーユ・ビダン。クェス・パラヤ。或いはララァ・スン。そんな名前が次々と浮かんでは、アムロ達の脳裏から消えていく。クェスのような無邪気さと、カミーユのような激情と、ララァのような慈愛。それらを内包した彼ら彼女らではない誰かが、この戦場にいるのを2人は感じ取っていた。

 

ジュドー

「何、この感じ……!?」

 

 アムロとシャアの存在を、ジュドーも確かに感じていた。精神の感応とも言うべきこの現象を、ジュドーもまた知っていた。その懐かしさもまた。

 

ジュドー

「アムロ・レイ……?」

アムロ

「ジュドー……ジュドー・アーシタか!?」

 

 本来、この時間にはいないはずの2人。それが今、同じ宇宙にいる。咄嗟にミサイルを撃ち込んでグシオンを振り払い、ダブルゼータはZガンダムへと合流した。

 

アムロ

「なぜ、君がここに?」

ジュドー

「細かい話は後々! とにかく、今はこいつらをどうにかしなきゃさ!」

 

 ダブルゼータを追うマン・ロディを迎撃するように、アムロはゼータの手首に搭載されるグレネードランチャーを放つ。グレネードはマン・ロディの装甲と装甲の繋ぎ目に命中し、大きく爆ぜる。爆炎で吹き飛んだ装甲。そこにゲーマルクがメガ粒子砲叩き込む。

 

宇宙海賊

「なっ……!?」

 

 爆発。メガ粒子がマシンの閉鎖空間で暴発し、ナノラミネートでコーティングされる装甲を内部から破砕したのだ。

 

シャア

「なるほど。三日月達の世界のモビルスーツを相手にする方法が見えたな」

 

 ガンダム・バルバトスの基礎スペックを聞いた時点で、アムロとシャアはビーム兵器を主流とする自分達の世界のモビルスーツでナノラミネートを攻略する方法を常に頭の片隅で考えていた。そして今、それを無言の間に披露したのだ。

 ナノラミネート・アーマーは、光学兵器を霧散させる特性を有している。ダブルゼータやF91のヴェスバーほどの火力ならいざ知らず、Zガンダムやゲーマルクでは、対応するのも難しい。しかし、ナノラミネートは装甲の表面を覆っているに過ぎない。装甲を破壊し、機体の内部へ高密度のビームを浴びせればいい。そう、アムロもシャアも結論を出しそして、実行した。

 口で言うのは簡単な理屈だ。だが、動いている相手に対しそれを阿吽の呼吸でやってのけるのは並大抵の技術ではない。

 アムロ・レイとシャア・アズナブル。この2人だからこそできる卓越した操縦技術が、それを可能としていた。

 

アムロ

「シャア、ゲーマルクは実弾武器が殆どない。俺とジュドーが装甲を破壊する!」

 

 ゼータが駆ける。ほとんど牽制用のビーム・ライフルを右手に構えつつ、本命のグレネードを急所へ叩き込むために。シャアのゲーマルクはそれに追随し、アムロの開けた穴へ確実に、トドメの一撃を刺していった。

 

ジュドー

「シャア? シャアって……」

 

 シャア・アズナブル。その名前を知らないジュドーではない。そして、アムロ・レイがここにいて自分もこの姿になっている以上、シャア・アズナブルが蘇っていてもおかしくないと、すぐにジュドーは理解した。だが、それでもジュドーの中には、一抹の疑念が過ぎる。

 

ジュドー

(ハマーンの寂しさを放って、地球潰しをやろうとした人が……どうしてアムロさんと一緒にいるんだ?)

 

 だが、そんな疑念は雑念でしかない。少なくとも戦いの場では。それをジュドーも理解しているから、ダブル・ビームライフルをマン・ロディに撃ち込んだ。先ほどまでとは違う。相手を殺めることも辞さない狙撃。ジュドーの正確な狙いと高出力を前に、ナノラミネートごとマン・ロディは弾け飛ぶ。

 

ジュドー

「アムロさん、ダブルゼータならこのくらい余裕余裕!」

アムロ

「ダブルゼータ……さすがの火力だな」

 

 事実、ダブルゼータの火力はゼータやゲーマルクよりも凄まじいものがあった。その超火力はナノラミネートすら打ち破るほどに。小型・高性能化を追求しコンパクトさと機動力を重点に置く現代のモビルスーツでは、ダブルゼータの火力に追随できるものはない。それは、最新鋭機であるクロスボーン・ガンダムですら同様だった。

 

シェリンドン

「アムロ・レイ。シャア・アズナブル……」

 

 ダブルゼータのコクピットの中で、シェリンドンは2人の名前を小さく口にしていた。伝説のニュータイプ。彼らの帰還こそが、シェリンドンがこの事態を前に立ち上がった原因であるのだから。だが、彼らに剣を届けるためにはまず、この無法者達を退けなければならない。しかし、シェリンドンは既に勝利を確信していた。

 

シェリンドン

「彼も、来てくれたのですね……!」

 

 アムロ達の乱入に紛れて輸送船に着艦した、マントを羽織ったガンダム。髑髏の紋章が刻み込まれたクロスボーン・ガンダムX1。それに乗る誰よりも強く、優しい瞳の少年をシェリンドンは知っているのだから。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

クダル

「テメェは……テメェは!?」

 

 クダル・カデルにその白いボディは、魂を刈り取る死神に見えていた。黄色い、大きく突出したツノはまさに象徴としての悪魔そのものに。それに、何よりもそのツインアイは、阻む者全てを叩き潰す強靭な意志力に満ちている。

 

三日月

「…………それ、昭弘のだろ。どうしてお前らが持ってるんだよ」

 

 ガンダム・バルバトスルプスレクス。三日月・オーガスと阿頼耶識で繋がった獰猛なる獣の王は戦場へ駆けつけると同時、ロングメイスでマン・ロディを叩き潰す。そこには、ジュドー・アーシタのように“殺さないで済ませよう”などという意思は介在していなかった。断末魔の悲鳴を上げる間もなく、海賊達のマン・ロディは次々と圧殺されていく。立ち塞がる者は全て一切の容赦なく。三日月はまるで、野生の狼のような目でグシオンのクダル・カデルを睨んでいた。

 バルバトスの介入に、グシオンはまるで先ほどまで戦っていたダブルゼータの存在を忘れたかのように標的をバルバトスへと変え飛び込んでいく。まるで、長年ん探し求めていた怨敵と出会ったとでもいうかのように。

 

クダル

「てめぇ! テメェもこっちにきてやがったか! また俺達の商売の邪魔をする気かよぉっ!?」

三日月

「どうでもいい。そのグシオンはどうしたんだよ。ねえ」

 

 ガツン。と鈍い音がした。バルバトスのメイスがグシオンの重装甲を叩く音だ。クダルの喚く声に耳を貸さず、三日月は、バルバトスはグシオンを追い詰めていく。

 

三日月

「おい、どうしたんだよそのグシオン」

クダル

「っ、のォッ……!」

 

 ルプスレクスのテールが、鞭のように畝りをあげた。そして刃のようにグシオンの重装甲を確実に痛めつける。ナノラミネートのコーディングが施された装甲は、熱光学兵器に対し強い耐性を誇っている。それ故に、彼らの世界のモビルスーツは光学兵器をほとんど搭載していない。

 彼らにとって、モビルスーツ同士の戦いとは打撃と刺突による接近戦なのだ。超重量のロングメイスとハンマーがぶつかり合うその様は、ジュドー達の知る機動戦士達の戦いよりも遥かに重苦しいものだった。戦士の誇りもなければ、兵士の矜持もない。あるのはただ、そこにある敵を殺すという意志だけ。それは、無法者同士の戦い……いや、潰し合いだった。

 

三日月

「答えろよ」

 

 今、三日月・オーガスはキレていた。クダル・カデルが搭乗しているその機体は三日月の、鉄華団の大事な家族である昭弘・アルトランドのものだ。それをなぜ、このクズが乗っているのか。

 

クダル

「知りたきゃ教えてやるわよぉっ! こいつはなぁ、レプリカよ! エイハブ・リアクターの出力だって本物には及ばねえ! けどな、テメェを殺るにゃあ十分すぎるくらいよぉっ!?」

 

 どうやら、昭弘から奪い返したわけではないらしい。それを理解すると、三日月は「なんだ、そっか」と呆けたように呟く。だが、その太刀筋に一切の鈍りはない。

 

三日月

「じゃあ、もういいや」

 

 途端に、クダルへの興味を失った三日月はロングメイスを思い切りグシオンへ突き立てる。かつて、クダル・カデルはその攻撃で右半身に大怪我を負った。そのことを思い出ししかし、クダルは怯まなかった。冷徹に、グシオンの装甲の最も硬い部分で受け切りそして、バルバトスを蹴り飛ばすとその反動で跳躍する。

 

クダル

「ああもう! 相変わらず思い通りにならねえガキだ!」

三日月

「チッ」

 

 サブマシンガンを撃ちまくりながら、グシオンは後退する。それが撤退の合図だと、三日月はすぐに理解した。敵が馬鹿ではないことを知っているからだ。

 

三日月

「逃すと思ってるの?」

 

 それを追う三日月。しかしグシオンはサブマシンガンの銃口を人質とも言える民間機へ向けた。

 

クダル

「動くなテメェら! こっちには人質がいるのよ!」

 

三日月

「……は?」

 

 関係ない。そう吐き捨てようとする三日月。しかしその動きは「よせミカ!」というオルガの叫びに制止される。

 

オルガ

「ブルワーズの奴ら、相変わらず狡い手を使いやがる」

トチロー

「だな……」

 

 額からを流しながら、ゆっくりとオルガは敵を……グシオンを睨んでいた。そして、その先にある海賊船を。

 

シェリンドン

「なんて卑劣な!」

シャア

「姑息な手を使う……!」

 

 それぞれに、クダルへ非難の言葉を浴びせる者達。そんな中でマーガレットは1人、無言でアルカディア号の艦体の上からスコープを覗き込み、グシオンに照準を合わせていた。

 

マーガレット

「……シグルドリーヴァなら、狙える。どうする?」

オルガ

「いや、まだだ」

 

 ここでグシオンにヘッドショットをかましても、次の瞬間海賊船からの報復があるだろう。今、オルガ達がやるべきことは仲間を信じることだった。

 

オルガ

(頼んだぜ……キャプテン!)

 

 アルカディア号。キャプテンハーロックの魂と言うべきその船の艦長席に立つオルガ・イツカは、慎重に“その時”を待っていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—民間輸送船・船内—

 

 

 

 宇宙海賊ブルワーズの頭ブルック・カバヤンは、自分達の海賊船へと戻る準備を着々と進めていた。片手にマシンガンを持ち、乗客を威圧的に見回しながら、彼はコツンコツンと歩を進める。乗客達は皆、頭を屈めて目を合わせないように怯えている。だが、怯えているのは乗客達だけではない。ブルック・カバヤン本人も、その心臓はドクンドクンと高鳴り、脂汗で額を浸していた。

 

ブルック

「よし、なんとか時間を稼げよクダル」

 

 宇宙海賊ブルワーズ。彼らは自分達の世界において、異星人イルミダスと契約をかわし合法的に略奪を行なっていた。だが、その蜜月も長くは続かなかった。宇宙海賊。それはいつしか自由と希望のために戦う戦士達にこそ相応しい言葉となっていたからだ。

 アルカディア号と鉄華団に何度も辛酸を舐めされられたブルワーズは、いつしかイルミダスの小間使いのような存在にまで落ちぶれてしまっていた。そんな彼らにチャンスをくれたのが、フェーダー・ゾーンである。

 Mr.ゾーンと共にこの世界にやってきたブルワーズに課された仕事。それは、海賊として宇宙の治安を荒らすというものだった。それが彼にどれほどの価値のある仕事なのか、ブルックは知らない。興味もない。ただ、暴力で全てを解決してよいという太鼓判は、ブルワーズにとっては何よりも魅力的だった。

 しかし、それが、まさか。

 

ブルック

「またあいつらの相手をするなんて、冗談じゃねえ……!」

 

 キャプテンハーロック。そして鉄華団。それは彼らブルワーズにとって、二度と相手にしたくないほどの悪夢なのだ。

 だが、それを理由に尻尾を巻いて逃げるなど海賊としての、略奪者としてのプライドが許さない。せめてあのお宝……。積荷の中にあった白と赤の2つのモビルスーツは、奪っておきたかった。

 

ブルック

(わかんねえのはずっと待機してるあのガンダム・フレームか。何しでかすかわからねえが……)

 

 窓越しに見えるのは、輸送機の上に鎮座するクロスボーン・ガンダムを睨んだ。この世界のガンダム。油断はできない。だがグシオンが旅客機に銃を向けている以上下手な真似はできないはずだ。そう考え、ブルックは手下達へ怒声を浴びせる。

 

ブルック

「てめえら! 早くしろ!」

 

 積荷の運搬を任せている手下を叱責するべく、首を伸ばし唾を吐いた。だが、答えはない。

 

ブルック

「…………」

 

 何かが、おかしい。ブルックはこの時になってはじめて、それに気付いた。今までは戦闘の騒音で意識しなかった部下達の無音。それが何を意味しているのか、ブルックは嫌な予感と共に、貨物室の扉を開けた。

 

ブルック

「なっ!?」

 

 そこにいたのは、眼帯の男。そして、1人の少年。少年の顔ははじめて見る顔だ。そもそも、子供など商売道具にしかすぎないブルックにとって顔の区別などつかない。だが、眼帯の男は違う。その顔。その眼光。その全てをブルックは知っている。覚えている。忘れようがない。

 

ブルック

「キャプテンハーロック……」

 

 宇宙の海に生き、自由と正義の為に全てを賭ける男。全ての支配者の、略奪者の、弱きものを虐げる全ての天敵が、そこに立っていた。

 

ハーロック

「久しぶりだな、ブルック・カバヤン」

 

 ハーロックの全てを射抜く鷹のような瞳に睨まれて、平静でいられる人間などいるだろうか。逃げるように視線を逸らすブルック。その視線の先には、降伏し両手を上げている手下達の姿。彼らはブルックを非難するような視線を向けていた。

 

トビア

「ヒューマンデブリかぁ……。全く、酷いことするよな」

 

 ハーロックの隣にいる少年がボヤく。そして、ブルックを睨む。はっきりと、軽蔑の眼差しで。

 

ハーロック

「ブルック・カバヤン。子供達の未来を、人生を搾取しゴミ同然に扱い奪うその所業。許してはおけん!」

 

 ヒューマンデブリ。人身売買でゴミ同然の値段で売り買いされる子供達。ブルワーズは大人の兵隊の他にも、多数のヒューマンデブリを買い叩き、道具として教育することで手足としていた。その鬼畜の所業を断罪するかのように、ハーロックは重力サーベルをブルックへ向ける。

 

ブルック

「く、クソッ!?」

 

 お宝など知ったことか。命あっての物種だ。ブルックは、そのカバのような巨体で豚のように息を上げつつ、しかし馬のように駆けた。彼の人生で、ここまで早く走ることができたのはこの時が最初で最後であろう。ハーロックを避け、トビアを無視し、ブルックは走る。脱兎の如きその速度でランチに辿り着いたブルックは1人、輸送機を後にし海賊船へ乗り移っていく。

 

トビア

「な、待て!?」

ハーロック

「いや、これでいい」

 

 追おうとするトビアを、ハーロックが制す。

 

ハーロック

「今は人質となっていた人々を解放するのが先だ」

 

 そう、依然としてこの船は、グシオンのサブマシンガンの射程にある。逆上したブルックが攻撃指示を出せば人溜まりもない。だから、最後の仕上げが必要だった。

 

トビア

「っと。そうでした。それじゃあキャプテン!」

 

 床を蹴り、無重力に任せ飛び上がるトビア。彼は自分とハーロックを乗せてきたコア・ファイターに飛び乗ると、そのまま輸送船を後にした。

 実のところ、クロスボーン・ガンダムの修復作業は今もアルカディア号内部で続いている。今、輸送機の上に着陸しているのはダミーバルーンで作った偽物だ。それに、ある細工を施して本物に近い重量を持たせている。そのクロスボーン・ガンダムに気を取らせている間に、トビアとハーロックはコア・ファイターで機内に潜入したのだった。

 トビアの仕事は終わり、次の仕事へ取り掛かかるためアルカディア号へ戻っていく。残されたのは、ヒューマンデブリの少年達と、そしてキャプテンハーロック。

 

ヒューマンデブリ

「キャプテンハーロック……」

 

 その名前は、ヒューマンデブリとしてゴミ同然に扱われる少年達の間にも伝説となっていた。自由を求め、支配者に抗い続ける者。真の宇宙海賊。いつか、キャプテンハーロックがヒューマンデブリを人間に戻してくれる。そんな信仰じみた伝説が流布されていることを、ハーロックも聞き及んでいる。

 その隻眼の男の伝説は、ブルワーズの“備品”として買われたヒューマンデブリの少年達からその眼力だけで戦意を喪失させ、そして降伏させたのだ。

 「キャプテンハーロックの伝説は本物だったのだ」という、淡い夢に縋るように。

 ハーロックは少年達の周囲を見回す。周囲には、警備員と思われる大人の男2人の死体が転がっていた。毛布に包まれて見えにくくされているが、血の匂いは隠せない。恐らく、少年達がやったのだろう。ヒューマンデブリとして、教えられたままに。本来ならば武器の使い方を知るよりも先に、まだ覚えなければならないことがたくさんある年齢の少年達だ。ハーロックは、そんなヒューマンデブリ達に一瞬、哀れむような視線を向ける。

 

ハーロック

「……残念だが、俺は君達を人間に戻す魔法使いではない」

 

 しかし、ハーロックの口から出た最初の言葉はそんなヒューマンデブリの少年達を失望させるものだった。露骨に肩を落とす少年達。だが、キャプテンハーロックはそんな少年達を決して見捨てはしない。

 この男は、そういう男なのだから。

 

ハーロック

「君達をゴミと呼ぶ者達は、俺が責任を持って始末しよう。その上で、君達がゴミのまま終わるか人間に戻れるか……それは君たち次第なんだ」

 

 優しく、諭すようにハーロックは言う。その言葉に少年達は最初、キョトンと目を丸くした。しかし、やがて1人の少年が静かに口を開く。

 

ヒューマンデブリ

「……わかったよ。俺、人間になるよ」

 

 少年はそう言うと、客室の方へと歩き出した。それから客室のドアを開く。バンという音と共に、怯える乗客達はビクリと心臓を跳ね上げた。

 

ヒューマンデブリ

「みんな、もう大丈夫だ!」

 

 少年は叫ぶ。それは、支配者への反逆の言葉。

 

ヒューマンデブリ

「僕たちも、みんなも、自由なんだ!」

 

 自分に言い聞かせるように、そうであれと願うように少年は叫んだ。ヒューマンデブリ。二束三文で売り買いされる奴隷などではないと。そして彼らも、もう怯えなくていいのだと。

 その少年の言葉を聞き、他のヒューマンデブリの少年達も次々と、声を上げる。

 

ヒューマンデブリ

「あんな海賊なんて、嘘っぱちだ!」

ヒューマンデブリ

「本物の海賊は、自由なんだ!」

 

 声高に叫ぶ少年達。それを貨物室から見つめるキャプテンハーロック。それは、人権を奪われ人であることを諦めた子供達が、自ら“ヒューマンデブリ”から“人間”に戻った瞬間だった。ハーロックは1人静かに笑み、そして機の向こうで銃を構えるガンダム・グシオンを見据える。そして、小さく呟いた。

 

ハーロック

「もういいぞ。オルガ」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 命からがら自分の海賊船へたどり着いたブルックは、深く息を吐く。こんなにも全力疾走したことはない。それができるということに、自分の体躯がまだ生きようとしていることに感謝しながらしかし、ブルックは怨敵の存在に腑を沸繰り返していた。

 

ブルック

「クソッ!?」

 

 だが、命は繋がった。そして怨敵の1人キャプテンハーロックは、輸送船の中。これを逃す手はない。ブルックは通信機を弄ると、ガンダム・グシオンのクダル・カデルを呼び出す。

 

ブルック

「クダル、もういい! その輸送船ごと、あの忌々しい奴らをやっちまえ!?」

 

 それだけ吐き捨てると、ブルック・カバヤンは自らの海賊船を輸送船から少しずつ引き離す。それは、撤退の意味。これは戦略的な撤退だ。こちらはモビルスーツを複数失っている。一刻も早くアジトへ戻り、ゾーンに武器の提供を依頼する必要がある。それに、最近略奪したガキどもをどこかのマフィア・コネクションにでも売り捌けばいい稼ぎになるだろう。今はとにかくポジティブにものを考えるべきだ。自分に言い聞かせるように、ブルックは皮算用を続ける。そして、艦長席に深く腰をかけるとまた、大きく息を吐いた。

 

 

 

クダル

「へっ、了解!」

 

 クダル・カデルはその通信をキャッチしたのと同時、サブマシンガンの引き金へ手を伸ばした。撃つのは一瞬だ。躊躇うことなどない。自分を散々コケにしたガキどもの悔しがる姿を想像すれば、ここのお宝ごと沈めるのも悪くない気さえする。いやむしろ、たくさんの人が自分の指先ひとつで死んでしまうというその快感は、何者にも代え難い宝であると言えた。

 コクピットの中から、トリガーを引くその一瞬。その一瞬でこいつらは絶望と怒りに塗れるだろう。その想像はクダルの嗜虐心を刺激し、興奮させる。

 だが、そうはならなかった。

 

オルガ

「今だッ!」

 

 オルガ・イツカの号令と共に、ベース・ジャバーで輸送船に着地し待機していたクロスボーン・ガンダムのABCマントが弾け飛ぶ。そこから現れたのは、黒き翼を持つ猛禽。イーグルファイター。

 

「へっ、ずいぶん待たせやがって。遅えんだよ!」

 

 藤原忍。獣戦機隊のリーダーにして、野生の本能そのものに戦う男は、ずっとこの時を待っていたのだ。

 オルガの立てた作戦は、つまりこうだ。

 アルカディア号の到着と同時、アムロ、シャア、三日月のモビルスーツ隊は敵機動兵器の迎撃。そしてアルカディア号からシグルドリーヴァによる援護射撃を行う。その間にマントに隠したイーグルファイターをベース・ジャバーとクロスボーン・ガンダムで運搬し、輸送機内部にトビアとハーロックが潜入。機内の制圧を完了次第、イーグルファイターが奇襲をかける。

 全員が命を賭けて動かなければ、成立しない。何より、少数人数で敵を鎮圧するためにはキャプテンハーロック自らが輸送機に乗り込まなければならなかった。その間、全員の命をオルガは預かり、チップを賭けた。

 イーグルファイターの翼が、忍の野性を力に変える。神速。そうとしか呼べない動きでグシオンに迫るイーグルファイター。その存在にクダルは一瞬、気を取られてしまう。そして、人間なら誰でも持っている自己防衛本能が、マシンガンの銃口を輸送機からイーグルファイターへと移させた。

 

クダル

「く、くるんじゃねえぇっ!?」

「黙りやがれ三下野郎!?」

 

 その覚悟の無さが、忍の神経を苛立たせる。ケンカがしたいならいくらでも買ってやる。だが、人質を取り、あまつさえ窮地に落ちればこうして動転する。そんなチンピラに、狩られていい命などあってたまるかと。

 イーグルファイターから放たれるバルカン砲が、グシオンを撃ちまくる。それを避けようとして、後退するグシオン。イーグルファイターの風切り羽は熱を高め、グシオンへ迫る。

 

クダル

「クッ、クソがァッ!?」

 

 ガンダム・グシオンの強靭な装甲を以ってしても、受けきれない。クダルは一瞬でそれを理解し、背中のブースターを全速で噴かす。だが、野生の鷹に狙われて逃げ果せることができるものなど、いるだろうか。ましてやここには。

 

三日月

「逃すわけないだろ……!」

 

 孤高なる狼の王までもが、君臨しているのだから。

 猛スピードでグシオンに迫るイーグルファイターとバルバトスルプスレクス。鷹と狼。空と陸に覇を成す孤高の猛獣に狙われた哀れな獲物となったクダル・カデルはしかし、生きるのを諦めはしなかった。彼もまた、弱肉強食の世界を生きてきた獣である。たとえ相手が空と陸の王であったとしても、どこまでも狡猾に生き残る。それが、蛇の戦い方だ。

 

クダル

「ああもう! ああもう!」

 

 頭に血が昇りながらも、クダルは生き残るための最善を尽くす。ハンマーをバルバトスに投げつけ、まずは三日月の注意を引く。

 

三日月

「…………!」

 

 ルプスレクスはその鋭敏な尻尾で、グシオンハンマーを振り払った。それも、クダルの計略通り。クダルはそのままハンドガンをバルバトスに向かい撃ちまくるが、このままではイーグルファイターの攻撃を防げない。そこでクダルは宙域に転がる仲間の遺骸……マン・ロディの残骸を盾にしながら、イーグルファイターとバルバトスの迫る前方へ手榴弾をばら撒いた。

 

「危ねぇッ!」

三日月

「……!」

 

 残骸の中で爆発する手榴弾は、マン・ロディの残骸を吹き飛ばしそれを三日月と忍へとぶち撒ける。バルバトスもイーグルファイターも、そういった物理的な衝撃への耐性は決して高いわけではない。一方で、超がつくほどの重装甲に固められたグシオンは爆発の中をものともせず、海賊船への軌道を進んでいた。

 

「野郎ッ!」

三日月

「……ッ!」

 

 それを追おうとする鷹と狼。しかし、「深追いするな!」というオルガの一声で、二機はピタリと動きを止めた。

 

「……どういうことだよ。もう少しであいつを倒せたんだぜ?」

オルガ

「奴らは、俺たちの世界から来た海賊だ。……おそらく、何者かの支援を受けて悪さしてるに違いねえ」

マーガレット

「……今叩けば、尻尾を掴めなくなる。そういうこと?」

 

 アルカディア号の船上でマーガレットが訊くと、オルガは首肯する。

 

オルガ

「おそらく、連中のアジトはそう遠くねえはずだ。今は輸送機の保護を優先し、準備を済ませてから改めて奴らを追う」

アムロ

「そうだな……。それに、色々と現状を確認したいところだ」

ジュドー

「…………」

 

 ともかく、ブルワーズ海賊団による民間輸送船襲撃事件は、同じ海賊船アルカディア号の介入により未遂に終わった。人質となった機内員、乗客計42名の中に死者がでなかったことは、ブルワーズの残虐さを加味すれば奇跡とも呼べる出来事だと言えるだろう。この奇跡を起こしたのが偶然機に乗り合わせたシェリンドン・ロナのノブレス・オブ・リージュと、アナハイム・エレクトロニクス社への出向から戻るために搭乗していたサナリィ社員2名の勇気ある行動の賜物であることは、公式的なニュースには記されていない。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—アルカディア号—

 

 

シェリンドン

「トビア! トビア・アロナクス!」

 

 ダブルゼータから降り、シェリンドンが真っ先にその少年へと飛び込んでいった。無重力の宇宙空間で、人工的に作られた重力が身体を大地へと押してくれる感覚がある。それは生粋のスペースノイドであるシェリンドンには少し違和感があった。

 

トビア

「シェリンドンさん。よくご無事で」

 

 そんなシェリンドンの無事を確認し、トビアはほっと息をおろした。シェリンドンは、今にもトビアに抱きつくのではないかというほどの勢いで迫り、しかしその背後に控えているベルナデット・ブリエットの存在を認めるとハッ、と顔を真っ赤にして首を振り、改めてトビアへ向き直る。

 そこには年頃の少女のものではなく、毅然とした貴族の顔があった。

 

シェリンドン

「話は聞いています。ベラが……攫われたのですね」

トビア

「はい……。今キンケドゥさん、仲間が全力で捜索に当たっています」

 

 シェリンドンとベラ・ロナ……セシリーは従姉妹に当たる。たとえロナ家と縁を切った者であったとしても、シェリンドンにとってベラは大事な従姉であることに代わりはないのだろう。そう、トビアは素直に思った。

 

シェリンドン

「地球にも、コスモ・クルス教団の信徒はそれなりにいます。私も彼らに命じて情報収集にあたっていますが……そうですか」

トビア

「でも大丈夫です。ベラ艦長は強い人だ。それにキンケドゥさんも。だから……」

 

 シェリンドン・ロナの思想。その根底にある「ニュータイプの世界」というものには正直、トビアは懐疑的だった。だが、それはシェリンドン自体を嫌悪しているわけではない。こうして話してみれば、案外話のわかる人だともトビアは思っている。そういう意味で、トビアはシェリンドンに対してはある種、気を許していた。そして、教団のトップであるシェリンドンに対しこのようにフランクな話し方をする“友人”はシェリンドンにとっても、トビアくらいのものだった。

 

ジュドー

「おお、誰かと思えばトビアじゃん! 元気にしてたか!?」

 

 そんな2人の会話に割り込むように、トビアへ気さくな挨拶をするジュドー。トビアは一瞬、ポカンとした顔をして、ジュドーを見つめていた。

 

トビア

「あ、あの……。どこかで会ったことありましたっけ?」

ジュドー

「え!? あ!?」

 

 やべっ。そう口に出そうになり、ジュドーは思わず口をつぐむ。

 

ジュドー

「あ、あはは。ゴメンゴメン。知り合いに似ててさ。間違えちゃったよ……」

 

 誤魔化すように捲し立て、ジュドーはそそくさとその場を離れていく。その様子を、トビアはただ見つめていた。

 

シェリンドン

「トビア、ジュドーと知り合いなのですか?」

トビア

「いや……初対面のはず、です、けど」

 

 はじめて会った気がしない。どこかで会ったような気がする。そんな不思議な既視感は、たしかにあった。だが、少なくともあんな顔の少年をトビアは見たことはない。

 

トビア

(強いて言えば、癖っ毛の感じがストーク卿に似てた気がするけど……もしかして、ストーク卿のお孫さんとかかな?)

 

 そんなことを、ぼんやりと考えるトビアだった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ジュドー

「ふぅ……。危ない危ない」

 

 トビアの前から逃げるように立ち去り、ジュドーは深く息を吐いた。トビア・アロナクス少年や宇宙海賊クロスボーン・バンガードとは、少しばかり縁がある。だが、それはグレイ・ストークという“木星じいさん”としての人間関係であり、今ここにいるのはジャンク屋上がりのサナリィスタッフ・ジュドーでしかないのだ。

 

ジュドー

「説明しろって言われたら、色々面倒だもんだ……」

 

 そうボヤきながらアルカディア号の格納庫をブラつくジュドー。その肩を、何者かがポンと叩いた。

 

アムロ

「俺にくらいは、説明してもらえるかな?」

 

 アムロ・レイ。かつて、宇宙世紀の戦いで一度だけ、共に戦った戦友であり、若いジュドーにとっては数少ない「尊敬できる大人」だった人物。

 

ジュドー

「アムロさん……」

 

 そのアムロが、当時と同じ姿でここにいる。それと、もう1人。

 

シャア

「そうか。君がジュドー・アーシタか……」

ジュドー

「…………!」

 

 シャア・アズナブル。その金髪と青い瞳に、ジュドーはあの寂しい女性の面影を見ていた。

 血の呪いに縛られた、悲しい女性。その悲しみをジュドーは受け止めてあげることができなかった。この男ならば、あの人にあんな悲しい目をさせずに済んだのではないか。そんな、勝手な怒りが沸いてくる。

 

ジュドー

「シャア・アズナブル……。アンタが地球潰しをしようとしたってことは、木星にまで話が伝わってましたよ」

 

 だから、ジュドーはシャアへ最大限の敵意を込めて見返す。見返してしまう。

 それは、トビアやマーガレットのような現代人。或いはハーロックや三日月のような異世界人では持ち得ない怒りだった。

 

シャア

「…………ハマーンを倒した少年の話は、私も聞いている。君が、そうなのだろう?」

ジュドー

「倒したくて倒したわけじゃないよ。アンタがやらなきゃいけなかったことを、みんなが押し付けられただけでしょうが」

シャア

「そうだな。その事は、謝って許されるものではない」

 

 だが、ジュドーはこのシャアという男を憎めなかった。憎みきれなかった。血の呪いに縛られてしまった哀しい女性と、エゴと呪いに塗り固められた哀れな男。そこに何の違いがあるのだろうかという気がしてしまうからだ。

 それに、自分はそんな地球の重力から逃げて木星へ旅立った。自由に生きるために。それでも結局、木星でもドゥガチ総統のような悲しい独裁者が生まれ、悲劇の歴史は繰り返されてしまう。それが人が人である故の性なのだと、年老いたグレイ・ストークの理性が理解してしまうのだ。

 だが、今ジュドーの身体に流れる血は若き日のジュドー・アーシタのものだ。それが未知なるものに与えられたものだとしても、その血は叫びを上げてしまう。

 老人の理性と若者の血潮。そのアンバランスの中でジュドーは、シャア・アズナブルへ握った拳をただ、虚空へ向かい突き上げることしかできなかった。

 

シャア

「……ハマーンのことで恨んでいるのなら、私を殴ってくれても構わんよ。私が犯した罪は、その程度で償えるものでないことは理解しているつもりだ」

ジュドー

「いや、あんたを殴ったって俺が虚しくなるだけだ。それは、俺が一番よく知ってる」

 

 昔、ジュドー・アーシタに対してよく接してくれた大人がいた。ジュドーが大人の不甲斐なさを嘆き、怒り、叫んだ時。彼は「ダメな大人」を代表してジュドーに殴られてくれた。

 それでジュドーの胸がすっきりしたかといえば、そんなことはなかった。むしろ虚しさや、悲しさの方ばかりが広くなっていた。だから今ハマーンのことでシャアを殴っても、きっとジュドーは同じ気持ちになるだろう。そう、ジュドーは理解していた。だからジュドーは虚空へ突き上げた拳を下ろし、その手を解く。そして、その手をシャアに差し出した。

 

ジュドー

「わかりました。あなた達には話しますよ。でも、代わりに話してよね。2人がどうして、こんなところにいるのかを」

 

 シャアはそんなジュドーの腕を握り返し、深く頷く。

 

シャア

「今を生きる者達の世界を、宇宙世紀のようにしたくはない。そのために私もアムロもここにいる。それだけは、理解してほしい」

 

 握手を交わし、見つめ合うジュドーとシャア。そこにはもう、憎しみや怒りの感情はなかった。

 

ジュドー

(憎しみや呪いの連鎖は、いつか地球を食い潰す。悲しみは俺たちの代で終わりにしなきゃいけない。そうだろう、ハマーン……)

 

 ふと、ジュドーは1人は少年の名前を思い出していた。もし、この場に彼がいたら何を言うのだろう。運命のバトンをジュドーへ渡してくれたあの少年は。

 

ジュドー

(俺にアムロ、シャアまでいるんだ。案外、あの人もどこかで戦ってるのかもしれないな……)




次回予告

ジュドー
「ブルワーズを追い詰めるため、アルカディア号は再び出発した。だけどあいつら、木星軍なんかとつるんじゃってさ。ほんとやんなっちゃうよ。だけど、シェリンドンのお嬢ちゃんが持ってきたモビルスーツと、トビアの生まれ変わったクロスボーン・ガンダムが大活躍しちゃうんだよね。えっ、ちょっとまって俺の活躍はどうなっちゃうの?
 次回、『猿の衛星』
ニュータイプの修羅場が見れるぜ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話「猿の衛星」

—アルカディア号—

 

 

ミノル

「それじゃあ、僕はサナリィに戻るからジュドー君。くれぐれもこっちの人たちに迷惑をかけないようにね」

ジュドー

「へへっ、大丈夫ですよスズキさん。ドレックさん達にもよろしく伝えといてください」

 

 

 月面都市フォン・ブラウン市からの救援に輸送船を任せ、アルカディア号はブルワーズの捜索へと向かっていた。ブルワーズの海賊船が逃げた方角に舵を取り、宇宙の闇をその巨大な髑髏の旗が往く。髑髏を高々と掲げる海賊船。それは暗に、民間の宇宙船を遠ざける役割を果たしていた。わざわざ海賊を意味する旗に近寄る者など、そうはいない。各国コロニー政府の軍属艦でさえ、実害がないのなら無視をするのが慣わしとなっている。そういう意味で、髑髏のマークは無用のトラブルを避ける役割を果たしているとも言えた。特に、これからアルカディア号が征伐へ向かうのは本物の無法者なのだからこの効果はありがたかった。

 

マーガレット

「それじゃあ……この船は当面海賊退治に当たるってこと?」

 

 シグルドリーヴァの整備を終え、タオルで汗を拭いながらマーガレットはその決定を聞いていた。

 

オルガ

「ああ。元はと言えば、あいつらは俺らの世界からやってきたお尋ねものだ。落とし前は俺たちで付ける。それが、ハーロックの決定だ」

 

 オルガがそう言うのは、言外に「嫌なら降りても構わない」と言っている……それをマーガレットは理解する。オルガや三日月、ハーロックらと違いマーガレットからすれば、ブルワーズは特になんの因縁もない相手だ。それを慮り、彼らなりに気を回している。ということだろうとマーガレットは認識する。

 

マーガレット

「そういうわけにもいかないわ。あのチンピラどもが宇宙で暴れるなら、それはこの世界の人間にとっても問題よ」

 

 そう言ってマーガレットは目を細める。マーガレットにとっても、あの海賊達の行いは許し難いものだった。

 

マーガレット

「……あの子供達、ヒューマンデブリって言ったかしら」

オルガ

「ん、ああ……」

 

 ヒューマンデブリ。人身売買にかけられ戸籍も、人権も失い海賊達の備品として使われていた子供達。彼らのような境遇の子供は、この世界でも……少なくともマーガレットの生きたアメリカという国では珍しいものではなかった。だからこそ、彼らを一目見た時からマーガレットは、理解していた。彼らが虐げられた者達であると。

 

マーガレット

「……別に、この世界でもあの子達みたいなのは珍しくない。恥ずかしいことではあるけれどね。あの子達みたいに奴隷みたいな扱いを受けてる子は珍しい方。多くの子供は、臓器を摘出されてそのまま埋められてしまう」

オルガ

「…………ひでえな。そりゃ」

マーガレット

「もちろん、あの子達みたいに武器を持たされる子もいる。ポルノの道具にされる子もいる。そういう犯罪コネクションが世界中に蔓延っているのが、私達の世界の現状よ」

 

 ガンダムファイトが齎した「平和な代理戦争」の時代。しかし、その裏では犯罪組織の巨大化という闇が存在していた。各国コロニー国家間の冷戦状態を盾に、荒廃し見捨てられた地球は悪徳の蔓延る世界に成り果てている。マーガレットが生まれ育ったのは、そんな地球の大地だった。だから、彼女はよく知っている。この世界が決して平和でも、正しくもないということを。

 

マーガレット

「……もし、あのチンピラがこの世界の犯罪コネクションと通じているとしたら、あの子達みたいな被害者がどんどん増えることになる。それは、防ぎたいの」

 

 幼いマーガレットの周囲にも、いつの間にかいなくなってしまう子供はたくさんいた。彼らがどこに行ってしまったのか当時は想像することもできなかった。だが、歳を重ね現実を見ることができるようになり……少しずつ、理解していった。自分は、運がよかったのだと。もし少しボタンの掛け違いがあれば、ゴミのような価格で売り飛ばされていたのは友達ではなく自分だったかもしれない。そういう偶然の積み重ねが、マーガレットの幼少期だ。その幼少期を、少女時代を過ごしてきたマーガレットにとって、ヒューマンデブリとは見過ごすことのできないものだった。

 それは、マーガレットのエゴでしかない。マーガレットが戦ったところで、虐げられる子供達がいなくなるわけではない。だが、そのエゴに満ちた瞳は強くオルガを射抜いていた。

 

オルガ

「……わかった。頼りにしてるぜ」

 

 オルガ・イツカの瞳には、そんなマーガレットはどこか懐かしいものに見えた。過酷な世界の中で、懸命に生きる者の目だ。それは、鉄華団の家族や、その仲間達……。共にあの過酷な戦いを駆け抜けた者達と同じものを宿している。そう、オルガに確信させる瞳だった。

 

 結局、マーガレットだけでなくアムロやシャア。獣戦機隊にトビア達……。誰1人、この作戦から降りる者はいなかった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—衛生E—

 

 

 

 ラグランジュ・ポイントに位置する小さな衛生。宇宙世紀時代に何者かが建造したこの衛星は今や無人化し、忘れられる存在として宇宙の海に鎮座していた。宇宙世紀時代のサイド・コロニー群の中にも、この衛星を覚えているものはいない。だが、そんな衛星だからこそ必要とする者達がいた。

 宇宙海賊ブルワーズ。彼らのような無法者にとって、この無人の衛星は絶好の隠れ家であり、拠点だった。

 

ブルック

「クソッ、あの宇宙ネズミどもめッ!?」

 

 思えば鉄華団には、何度も煮湯を飲まされてきた。そしてその度にブルワーズは、ブルックは何度も再起し、海賊稼業を立て直してきたのだ。それがこんなよくわからない世界へ飛ばされ、その先でまで商売の邪魔される筋合いはない。理不尽にも程がある。歯噛みし、床を蹴り付けるブルック。その様子を、この衛星で留守番を命じられていたヒューマンデブリの少年少女達は恐る恐る眺めていた。

 

クダル

「見世物じゃねえんだよォッ!?」

 

 同じように苛々を募らせるクダル・カデルが、そんなヒューマンデブリの子供達の方へとドスドスという足音を立てて迫る。そして、ふと目についた少女をひと睨みするとその隆々とした平手をお見舞いする。

 

カンナ

「ッ!?」

 

 弾けるような音と共に、少女は思い切り飛ばされる。そして頭から壁に激突し、さらに鈍い音が少年少女達の耳に響いた。

 

クダル

「てめえら、とっとと整備に取り掛かりやがれ!?」

ヒューマンデブリ

「は、はいっ!?」

 

カンナ

「…………!」

 

 怯えたように、クダルの命令に従う子供達。突き飛ばされた少女は痛みを堪えながらクダルを睨みつけ……それから渋々と、モビルスーツの整備へと取り掛かった。

 

クダル

「…………ケッ」

 

 クダル・カデルはそんなヒューマンデブリ……正確にはこの世界で買い付けた現地徴用の奴隷達の働きを一瞥し、唾を吐き捨ててその場を後にする。お頭……ブルック・カバヤンと、今後の相談をするためにだ。衛星の中の人工重力、人工酸素は生きており、ヘルメットや宇宙服なしで生活するのに支障はない。足音を立てながら、ブルックの後を追い会議室への扉を開く。そこにはブルックともう1人、長髪を結った金髪の男が椅子に腰掛け、その足をデスクにかけていた。

 

クダル

「カリスト……!」

 

 カリスト。そう呼ばれた男を睨みクダルは席へ座る。カリストはそんなクダルを、侮蔑に満ちた瞳で睥睨していた。

 

影のカリスト

「随分と派手にやられたみてえじゃねえか。せっかくのガンダム・フレーム様もざまあねえな」

 

 影のカリスト。そう名乗る男の明らかに舐めた口調はクダルの神経を逆撫でる。それでも言い返さないのは、彼ら木星帝国が、ブルワーズにとっても無視のできないスポンサーだからだ。

 

ブルック

「それで、何の用だ」

影のカリスト

「ほう…………」

 

 影のカリストは嗜虐的な笑みを浮かべ、ブルックを睨む。

 

影のカリスト

「お前、誰に口訊いてるのかわかってんのか? この木星帝国新総統が直々に会いにきてやってんだがなぁ」

 

 明らかな、挑発。そうとわかっていてもクダルは拳を振り上げてしまう。クダルの拳はしかし、ひょいと避けられて空を切った。影のカリストはまるで、クダルの拳がくるのをわかっていたかのようにその顎をほんの少し、後方へズラしていた。

 

クダル

「ッ!?」

影のカリスト

「クッハハ。遅ぇ遅ぇ」

 

 拳が空を切り、クダルの顔が羞恥に歪む。その顔を愉悦に満ちた目で堪能する影のカリスト。しかしカリストはすぐに斜に構えたように笑うと立ち上がり、口を開く。

 

影のカリスト

「なあに、今日はお前らに礼を言いにきたのさ。あんたらが騒いでくれたおかげで、十分に時間を稼げた。作戦決行までのな」

ブルック

「ほう……。それで、俺達にもうひと働きしてほしいってことか?」

 

 豚のように鼻息を詰まらせ、ブルックが言うとカリストは首肯する。

 

影のカリスト

「補充のモビルスーツをいくつかと、それとこの衛星で研究されてたおもしれーものをお前らに貸してやるよ。あんたらが苦戦してるアルカディア号とか言う奴ら……。あれも、俺達の計画には目障りなんでな。消してくれて問題はない」

クダル

「そういうことなら……。いいぜ、あんたの口車に乗ってやる」

 

 クダルも立ち上がり、カリストを睨む。明らかに、敵対的な視線を両者は交わし合いしかし、固く握手を交わした。

 

クダル

「あのガキどもを始末したら、次はあんただ。それまでせいぜい、首を洗って待ってることだなぁ!」

影のカリスト

「ククク、旧人類が俺に叶うと。思いも上がりも甚だしい」

 

 旧人類。明らかな侮蔑の言葉を吐き捨て、影のカリストは衛星を後にする。そして気づけば海賊船には2機の木星系モビルスーツが補充されている。そのモビルスーツに、パイロットはいらないとカリストからは聞いていた。バイオ脳。人間の脳によく似た物体を精製し、そこに記録を転写していくという方法で作られるある種の人口頭脳が搭載されているという。クダル達の元いた世界にも、機械のプログラムによる無人操作システムは存在していた。だが、このバイオ脳はまだ研究途上でこそあるが、生きた人間の記憶や人格までもを植え付けるある種のクローンの役割までもを可能にしているという。

 そのバイオ脳に、純粋な戦闘データだけを流し込むことで生まれた戦うためだけのマシン。それはある意味、安上がりな兵隊でもあるヒューマンデブリと対極を成す存在だった。

 ヒューマンデブリは生きている。生きているが所詮は金で買ったネズミ。せいぜい死ぬまで働いてもらうためにある。と、ブルックは考えている。だが、このバイオ脳は生きているとは生理的に言い難い物品ながら高価な研究成果だ。おそらくはテストの役割を兼ねているとも思われるが……そんなものを気前よく貸し出すなど、正気の沙汰ではない。少なくとも、ブルック・カバヤンにとっては。

 

クダル

「へっ、相変わらず薄気味悪い、人を苛立たせる野郎だぜ……」

 

 クダルがそう吐き捨てた直後、通信端末がアラームを鳴らす。ブルックがそれに応えると、モニタには薄いサングラスをかけたスーツの男……Mr.ゾーンが映し出されていた。

 

Mr.ゾーン

「首尾はどうですか?」

ブルック

「ゾーン……。お前気は確かか。あの木星帝国とかいう組織の新総統とやら、明らかに頭イカれてやがるぜ」

 

 ブルック達の後ろ盾のひとつ……Mr.ゾーン。同じ世界から飛ばされ、同じ敵を持つ者同士彼らは協力関係にあった。どうやら無国籍艦隊とかいうキナくさい連中の元に潜り込んだらしいゾーンは、宇宙での海賊行為をブルワーズに命じている。それは、ブルワーズとしても願ったり叶ったりのものだった。だが、そのスポンサーとして現れたこの世界の木星の連中とは、どうもソリが合わない。

 

Mr.ゾーン

「我々にも見返りはありますよ。この世界の技術力の吸収……。特にスーパーロボットやバイオ脳。ミノフスキー粒子。それに、生体エネルギー研究に関しては我々の世界よりもこちらの世界の方が一日の長がある。それに……」

Mr.ゾーン

「月の不可侵宙域。あそこにマスドライバーを建設する彼らの計画は、パブッシュ艦隊司令エメリス・マキャベルにとっても利益のあるものです」

 

 実際、Mr.ゾーンはマキャベルやカリストにいくつか、自分達の世界の技術を売り渡している。それらの中のいくつかには、マキャベルもカリストも目を輝かせていた。

 ブルワーズは今、Mr.ゾーンの私兵といっても過言ではない存在に成り下がっている。彼らからすれば、金と食い物が手に入るなら何でもいい。現に今まで彼の指示に従うことで甘い汁を吸えていたのだから、ブルックとしてもMr.ゾーンには一定の信用があるのは確かだ。

 

ブルック

「艦隊司令ね……。そいつがケツを持ってくれるっていうんなら、こっちから言うことは特にねえ。それに、作戦が終わればあの気に食わねえ木星の野郎どもも、殺しちまっていいんだろう?」

 

 フッ、と笑うゾーン。その笑みを無言の肯定と受け取り、ブルックとクダルはニヤリと顔を歪めた。それを見て、クダル・カデルは踵を返す。奴隷のガキどもが、しっかりグシオンの修理を終えられているか見定めなければならない。どの道グリスが甘いとかチューンがおかしいとか難癖つけて2、3人蹴りつける予定なのだが、それはクダルなりのネズミどもへの愛情表現だ。

 この世界に来てから攫った、或いは売り買いした子供にそのまま阿頼耶識手術を施して戦力にするには、この海賊船では設備が足りない。不可能ではないが、阿頼耶識手術を行うにはどの道Mr.ゾーンと合流する必要がある。クダルにもブルックにも、そんな外科知識はない。

 元の世界で手術済みの子供を買えば、こんな手間はなかった。それがイラつく。だからガキが蹴られるのは阿頼耶識をつけていない、戦力にならないなりに欲望の吐口になってもらうためだ。クダルは下卑た笑みを浮かべながら、整備師の真似事をさせられている子供達の下へ向かうのだった。

 

 そんなクダルを見送り、ブルック・カバヤンも席を立つ。

 

ブルック

「さて。カリストの奴はこの衛星の研究成果とか言っていやがったが……」

 

 たしかに、この衛星Eには立ち入り禁止の札がかけられた研究施設があった。ブルワーズがここへ来た時、既にこの場所を占拠していたカリストにより封鎖されていたため、その奥に何があるのかをブルックは知らない。興味もなかった。だが、それを使えとカリストは言っていた。つまり、この状況を打開する何かがあるということだ。

 

ブルック

「フフフ……。待ってろ鉄華団。そしてキャプテンハーロック。このブルワーズの恐ろしさを、今日こそは思い知らせてやる……」

 

 そして、ブルック・カバヤンは知ることになる。衛星E。宇宙世紀時代に作られ、そして時と共に忘れられたこの衛星。その真実を……。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—アルカディア号—

 

 

「衛星E?」

アムロ

「ああ。奴らの向かった先で逃げ込めそうなポイントを探してみたが、その中でひとつヒットしたのがこの衛星Eだ」

 

 アルカディア号のブリーフィング・ルームに主要なメンバーやパイロット達が集められている。モニタに表示される宙域を映した図面にひとつ、チェックされているポイントが衛星Eだ。

 

ハーロック

「これより、アルカディア号は衛星Eの探索に向かう」

オルガ

「話によれば無人衛星らしいが、何も出なけりゃそれでよし。奴らが待ってるようなら……ここで落とし前をつける」

 

 落とし前。そう言い切るオルガ。オルガにしてみれば、ブルワーズなど本来は眼中にない。ただのチンピラだ。だが、それが行く手を遮りこちらの邪魔をするならば容赦はしない。それが、鉄華団のやり方だ。

 

三日月

「でも、あいつらもこっちにきてるなんてね」

アトラ

「うん……。どうせ来るなら、味方の方がいいのに」

 

 アトラの押す車椅子に揺られながら、三日月ポケットを弄る。それから、「あ、」と間抜けな声を上げた。

 

三日月

「火星ヤシ、切れちゃった」

マーガレット

「火星ヤシ……?」

 

 怪訝な声を上げるマーガレット。

 

三日月

「うん。結構イケるからいつもポケットに入れてたんだけど」

トビア

「ナツメヤシみたいなもの? なのか?」

 

 マーガレットを筆頭に、この世界側の人間にはそれが一体どんなものなのか想像もつかないでいる。ただ、ベルナデット・ブリエットだけはその言葉から少し、特別な響きを感じていた。

 

ベルナデット

「火星にも、植物って育つんですか?」

三日月

「うん。さくらちゃんの農園を手伝ったりしてた」

アトラ

「あのね、三日月って自分の農家を持つのが夢だったの。だから、植物とか畑とか結構詳しいんだよ」

 

 まるで自分のことのように、アトラが自慢げに言う。それをベルナデットは、少しだけ羨ましそうに見つめていた。

 

トビア

「ベルナデット?」

ベルナデット

「あ、ううん。その、私の生まれたところ……植物なんてまともに育たなかったから、アトラ達の火星が少し、羨ましいなって」

アトラ

「えっ……えぇっ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げてしまうアトラ。「火星の田舎者」と思われたらどうしようとずっと思ってきたが、どうやらベルナデットの視点では火星はかなり「進んでいる」らしい。そのことに気付き、アトラはどうしようどうしようとあたふたし、ベルナデットはそんなアトラを不思議そうに見つめている。

 

マーガレット

「へえ…………」

 

 それは、マーガレットからしたら意外な情報だった。目の前にいるこの半身不随の少年が、農作物を育て、収穫することに興味があるようにはとても見えなかった。戦場の中でバルバトスを駆り暴れ回る三日月からは、そんな一面があるとは想像もできない。

 

オルガ

「……一応、作戦の説明中なんだがな」

 

 呆れたように、オルガがボヤいた。

 

アトラ

「す、すいません!」

三日月

「わかってる。要するにあいつらが出てきたら、潰せばいいんだろ」

 

 話を脱線させてしまった事に気づき、慌てて謝罪するアトラ。それに対し、平常の三日月。対称的な2人だな。とマーガレットは思った。

 

オルガ

「……まあ、そうだな。難しい話じゃねえ」

ハーロック

「衛星Eまで、そう時間はかからない。各員は持ち場について、いつでも出られるようにしておいてくれ」

 

 ハーロックの言葉に、「了解」とそれぞれに返し、一同は散っていく。そんな中、シャア・アズナブルは深刻そうな面持ちで、眉間に皺寄せていた。

 

シャア

(衛星E……。まさかな……)

アムロ

「シャア?」

シャア

「いや、なんでもない……」

 

 首を振り、アムロに続くシャア。そんな2人の後ろ姿を、まじまじと見つめる視線があった。

 

シェリンドン

「……待ってください」

 

 シェリンドン・ロナ。先の輸送船襲撃事件の際、ジュドー・アーシタが救出した少女であり、コスモ・クルス教団の重要人物。少女に呼び止められた2人は同時に振り返る。

 

シャア

「君は……」

シェリンドン

「シャア・アズナブル。それにアムロ・レイ……。あなた達に、返さなければならないものがあります」

アムロ

「何…………」

 

 同じ頃、アルカディア号の格納庫には輸送船の中から運び出された、2機のマシンがあった。   

 一つは白いモビルスーツ。もう一つは、赤いモビルスーツ。2機は埃除けの布を被せられ、真の主の帰還を待ち続けていた。

 ずっと、ずっと。長い時の中で、忘れられた機体。奇跡を起こしたと伝えられ、今なおその解明には至らないでいる。

 ニュータイプ原理主義を主張するコスモ・クルス教団は、ある財団が秘密裏に回収していたそれらのモビルスーツを買い取っていた。いずれ来る、ニュータイプの世界の象徴とするために。

 2機のモビルスーツは、その時を待ち続けていた。そして、訪れようとしていた。

 

 

 

 

……………………

第20話

「猿の衛星」

……………………

 

 

—衛星E軌道上—

 

 

 暗黒の宇宙の海を、青いF91とダブルゼータ。それにガンダム・バルバトスルプスレクスとシグルドリーヴァが先行する。ハリソンのF91には今回、トゥインクが同乗していた。クロスボーン・バンガードに所属する少女トゥインクは、通信士、分析官としても優秀な才媛である。

 

ハリソン

「恐ろしくはないですかトゥインクさん」

 

 コクピットの中、狭い空間に少女と二人きりという状況は、ハリソンとしては緊張感の高まるものだった。これから実戦になるかもしれない、という可能性とは別種の緊張。それと同時に、実戦になれば自分がこの少女を守り抜かなければいけない。という意識がさらに緊張を高まらせる。

 

トゥインク

「はい。私もクロスボーン・バンガードの一員ですから。それに、大尉さんは頼りになりそうですし」

 

 一方でトゥインクは、そんなハリソンの気を知ってか知らずか無邪気な笑みを向けている。全面的にハリソンを信頼している視線が、彼に突き刺さった。

 

トゥインク

「トチローさんからいただいたエイハブ・リアクターの周波数データと照合……。たしかに、この近辺にブルワーズが潜伏していることは確かです」

ハリソン

「……よし、各機。アルカディア号が到着するまで少し時間がかかる。それまでは派手に動かず、状況の確認に専念しろ」

 

 ハリソンが各機に指示を出す。マーガレットの「了解」という声が、通信越しに返ってきた。

 

ジュドー

「……それにしても、静かすぎるんじゃない?」

マーガレット

「……そうね」

 

 ダブルゼータ・ガンダムのジュドーが呟く。それにマーガレットも頷いた。海賊が拠点にしているというのならば、もう少し何かがあってもいいものだ。だが、何もない。しかし、張り詰めたような空気がこの空間には立ち込めている。だが、その張り詰めた沈黙も長くは保たなかった。

 

ジュドー

「…………!?」

 

 その異変に最初に気づいたのは、ジュドーだ。殺気。そうとしか言いようのない一瞬のプレッシャーを感じ取った。

 

ジュドー

「三日月さん、右だッ!?」

三日月

「え……?」

 

 その直後だ。衛星から伸びるビームの光が一条、バルバトスの右肩を掠める。掠めただけで済んだのは、ジュドーに言われて右を警戒したからだ。ナノラミネートがビームを霧散させるが、それでも全くの無傷というわけにはいかない。装甲と装甲の間。もし一瞬でも反応が遅れていたら、バルバトスの右肩は吹き飛んでいたかもしれない。

 

三日月

「いるね、何か……!」

 

 それが合図となり、三日月のガンダム・バルバトスルプスレクスが突進する。それと同時、ハリソンのF91とダブルゼータ、シグルドリーヴァも戦闘態勢を取りバルバトスに続いた。

 

ハリソン

「ビーム・ライフルだと……!?」

 

 ブルワーズのマン・ロディには、いや三日月達の世界のモビルスーツにはビーム・ライフルを主兵装とするものは殆どない。そう、ハリソンは聞いている。だが、今飛んできたのは間違いなくミノフスキー・コンデンサーで発熱したメガ粒子砲のそれだ。

 このビームの主が、姿を現す。衛星の中から現れたのは、マン・ロディではない。V字型のアンテナと大型のスラスターと、巨大なシールド。そしてビーム・ライフルを右手に持つシンプルなモビルスーツだ。

 

ハリソン

「見たことのない? モビルスーツだと?」

 

 だが、特徴から推察できるものはある。まずは頭部だ。ガンダム・タイプに近いシルエットをしているが、目元が違う。モノアイのような単眼が、ツインアイ状のバイザー越しに覗いている。これは、バタラ・タイプをはじめとする木星帝国のモビルスーツに見られる特徴だ。

 そして、全長。F91よりも大きく、ダブルゼータよりも小さい18m級。現在の小型・高性能が主流となったモビルスーツではなかなかお目にかかれないサイズ。だが、もし技術力で地球に劣る木星で最新技術の粋を集めれば、18mが小型化の限界になるおかもしれない。以上のことから、このモビルスーツを木星軍のものであるとハリソンは推察する。だが、それはハリソンに新たな疑問を投じることになった。

 

ハリソン

「木星軍と? ブルワーズが?」

 

 繋がって? あり得ない話ではない。鉄華団やキャプテンハーロックがこの世界に来て、自分達と行動を共にするようになったように、ブルワーズにも独自のコネがあってもおかしくはない。そこまで考えた直後、再び謎のモビルスーツのビーム・ライフルが光を放った。

 

ハリソン

「ぬおぉっ!?」

 

 一瞬。たった一瞬だ。ハリソンがビーム・シールドを構えようと左腕を前に出したその一瞬、ビームの光はF91の腕を焼き飛ばす。シールドの展開が、間に合わなかった。

 

トゥインク

「キャァッ!?」

ハリソン

「危ない!?」

 

 左腕を失いながらも、青いF91はビーム・ライフルを構え謎のモビルスーツを迎撃する。その一発一発が、必中の一撃。しかし、謎のモビルスーツはそれを悉く回避し、F91へ迫った。

 

ジュドー

「ハリソンさん!?」

 

 窮地に陥ったハリソンを助けたのは、ジュドーのダブルゼータだ。ダブルゼータのダブル・ビームライフル。二門の巨砲が謎のモビルスーツとF91の間を遮り、ハリソンは間一髪後退する。

 

ジュドー

「なんてこった……。あの時、全て潰したと思ったんだがね」

マーガレット

「知ってるの?」

 

 ジュドーの額に、じわりと汗が浮かぶ。

 

 

ジュドー

「あれは、アマクサ。木星軍が研究していた新型モビルスーツ。あれを操っているのは……回収されたアムロ・レイの戦闘データをコピーしたバイオ脳!」

ハリソン

「なっ…………!?」

 

 アムロ・レイ。ハリソン達と行動を共にしている伝説のニュータイプであり、有史以来最強と言われるモビルスーツ・パイロット。

 彼の打ち立てた伝説は、戦後70年経つ今なお語り継がれそして、アムロの活躍はその伝説が限りなく真実に近いものであるとハリソンにも、マーガレットにも納得せざるを得ない至高の存在。

 その戦闘データを忠実に再現したバイオ脳。

 

マーガレット

「まさか? そんな?」

ジュドー

「あれは……最終兵器ならぬ、最終兵士なんだよ!」

 

 アマクサ。アムロ・レイの完全な戦闘能力のコピーを搭載したそれが2機。ジュドー達の前に立ち塞がっていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 アムロ・レイの戦闘データをコピーしたバイオ脳に操られる二機のアマクサは、圧倒的な強さでジュドー達に迫る。アマクサがビーム・ライフル構え、ダブルゼータは回避行動に移った。間一髪、ビーム・ライフルの熱がダブルゼータの横を過ぎ去るがしかし、次の瞬間既にアマクサはダブルゼータの眼前に迫りビーム・サーベルを振り下ろす。

 

バイオ脳

「…………」

ジュドー

「う・ぉ・ぉ・ぉ・ぉ・ぉっ!?」

 

 ビーム・サーベルの間合いに入ってしまった。そのことに気づいた瞬間ジュドーはダブルゼータの右足でアマクサを蹴り飛ばさんとした。しかし、それをまるで察知してしたかのようにアマクサは後方へ下がり、ダブルゼータの足は虚空を蹴る。そして、それが再び隙となった。

 

バイオ脳

「…………!」

ジュドー

「しまっ……っ!?」

 

 アマクサはジュドーの後ろに回り込んでいた。ここからでは、回避は間に合わない。ジュドーの窮地を前に、ミサイル弾の嵐がアマクサの一機へ降り注ぐ。

 

マーガレット

「やらせないっ!?」

 

 マーガレットの乗るシグルドリーヴァだ。シグルドリーヴァのファランクスミサイル。マトリクスミサイル。過積載とも言うべき火薬がアマクサを襲った。だがアマクサは、まるで後ろにも目がついているかのようにミサイルの雨を避けていく。瞬時にシールドを突き出し、物理的に回避不可能な部分だけを防いで火薬の中を潜り抜けるアマクサ。それは、あまりにも常識はずれな動きだった。

 

マーガレット

「アムロ大尉のコピーっていうのも、嘘じゃなさそうね……!」

 

 モビルスーツでこんな出鱈目な動きができる人間を、マーガレットは2人しか知らない。1人はアムロ・レイ。もう1人はシャア・アズナブル。シグルドリーヴァのビームコーティングされた装甲を頼りに、今マーガレットはダブルゼータと、F91を庇うように動き回りながら援護射撃を続けている。元々、シグルドリーヴァは白兵戦を得意とする機体ではない。長距離狙撃と、弾幕。それこそが持ち味の機体。

 それを前衛に出してまで、味方を庇わなければ誰かが死ぬ。そう、マーガレットは判断しこの陣形を取っていた。

 

マーガレット

「でも、本物のアムロ大尉よりは幾分マシよ」

ハリソン

「だな。……みんな、アルカディア号の到着まで持ち堪えろよ!」

 

 アルカディア号が来れば、その本物がいる。それは、マーガレットにとってこの状況で数少ない頼みの綱だった。本物のアムロならば、バイオ脳になど敗れる道理はない。そう信じて、今マーガレットはあえて不得手なレンジで戦っている。

 

マーガレット

(槇菜は……あの子はいつも、こんな思いで?)

 

 思い出すのは、あの少女のことだ。戦いの世界に身を寄せる必要などなかった、それでも自分のように、何もかもを失ってしまう人を少しでも減らせるならばと盾を取り、守るための戦いに身を置く少女。

 怖いだろう。辛いだろう。戦いをやめたいと言えば、きっと誰もが許してくれる。それなのに、戦いの中に身を置くことをやめない少女。

 ジュドーが抑え込んでいるのとは別のアマクサが、シグルドリーヴァへ接敵した。一瞬。たった一瞬でミサイルの有効範囲から懐へ飛び込んだアマクサ。その異形の目を、マーガレットはスコープ越しに見る。

 

マーガレット

「!?」

 

 怯んではいけない。あの子なら怯まない。ここで怯んだら、槇菜に申し訳が立たない。だからマーガレットは、咄嗟にシグルドリーヴァの右腕を前に出す。

 

マーガレット

「やられるものかっ!」

 

 至近距離のビーム・サーベル。ビームコーティングが施された装甲ごと溶かしてしまうそれを、シグルドリーヴァは右腕で受け止めていた。

 熱い。熱が右腕を焼いていくのをマーガレットは感じる。

 

バイオ脳

「…………」

マーガレット

「こんな……命の宿らない、紛い物にっ!」

 

 右腕に、力を込める。本来のヴァルキュリアシリーズにとって、腕とは火器を操作するためのマニピュレーターでしかない。だが、このシグルドリーヴァは違う。ルー博士が取り付けた、出自不明のオーパーツだ。マーガレットは、不安定な兵器を信じない。シグルドリーヴァが気に入ったのは、そのコンセプトが理に適っていたからだし、そのスペックもマーガレットの理想を満たすものだったからだ。その意味で、マーガレットは最初からゼノ・アストラなどという不安定の塊のようなものとは相性が悪かったのかもしれない。

 だが、この右腕は違う。これはマーガレットにとってシグルドリーヴァ唯一の不安要素だ。不安定の塊。何を目的とするものなのかも不明。それでも。

 

マーガレット

「お前の腕は今、私の腕だっ!?」

 

 思い通りにやってみせる。ビーム・サーベルの刃を、シグルドリーヴァの右腕は熱に晒されながら受け止めていた。本来、ビーム熱をミノフスキー粒子で固定しているだけのビーム・サーベルを直に受け止めるなど不可能。だが、シグルドリーヴァの右腕が掴んだ先からビーム熱が霧散していくのをマーガレットは見た。いける、これなら。そうマーガレットは拳を伸ばし、殴りつけようとした。その時だ。

 

バイオ脳

「…………」

マーガレット

「え?」

 

 アマクサのシールドが二つに分かれる。そして、その中央部の丸い球体が、シグルドリーヴァめがけて飛び出したのだ。

 ハンマー。かつてアムロ・レイが乗っていたファースト・ガンダムは、チェーンで繋がれた鉄球を振り回し鈍器のように操ったという記録が残されている。おそらくこれは、そのデータをもとに作った木星版のガンダム・ハンマー。チェーン式のハンマーが至近距離から、シグルドリーヴァへ激突。

 

マーガレット

「ァッ!?」

 

 その衝撃で、シグルドリーヴァが重力空間を突き飛ばされる。あり得ないはずの重力が働いている気さえしてくる。シグルドリーヴァはしかしそれでも踏みとどまった。ボディの全体が酷く傷み、マーガレットの視界とシグルドリーヴァを繋ぐ神経接続スコープも右の視界に異常を感じる。

 

マーガレット

「ッ…………」

 

 今この場では、これがマシンのトラブルなのかマーガレットの右目が潰れたのかも判断がつかない。しかし、それでもマーガレットは残された左目でアマクサを見やり、近づけまいとファランクスミサイルを撃ちまくる。

 

ハリソン

「マーガレット少尉!?」

ジュドー

「いけない! このォッ!?」

 

 助けに行こうとするハリソンとジュドー。だが、二機のガンダムを阻むようにもう一機のアマクサが迫る。

 

ジュドー

「アムロさんのバイオ脳なんかに……!」

 

 苛立ちながら、ジュドーはダブル・ビームライフルでアマクサを迎撃する。だが、当たらない。ジュドーの狙いは正確だった。しかしアマクサの方が、一手上手だったのだ。

 

ジュドー

「嘘だろッ!?」

 

 命中さえすれば、アマクサでも吹き飛ばせる。そんな超火力のダブル・ビームライフルをものともしないアマクサにジュドーは舌打ちする。頭部のダブルバルカンで必死に弾幕を張るが、それすらもアマクサは見切っていた。やがて一瞬の後、アマクサはジュドーの懐に飛び込む。

 

バイオ脳

「…………」

ジュドー

「ん・な・く・そ・ぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 その刹那だ。ジュドーはあの時のことを思い出した。それは半年ほど前、まだジュドーがグレイ・ストークだった頃。ストークは木星軍の最終兵士計画を察知し、クロスボーン・バンガードと共闘した。その時今のように、いや今以上の窮地に立たされながらも諦めずに戦い抜いた、あの海賊の少年が言ったのだ。

 

『ひとつ、賭けてみませんか。どんなニュータイプでも、初めて見る武器には反応が遅れるものだって』

 

 そして、あの海賊少年は見事アマクサを撃破した。一瞬、たった一瞬の反応の遅れが死に繋がる。それはどんな人間も、ニュータイプも変わりない。戦場に出れば死は皆等しく平等に起こりえるということを彼は、教えてくれた。ジュドーは咄嗟に、ダブルゼータ・ガンダムの頭部に搭載されるモビルスーツとしては超大口径のハイメガ・キャノン砲の発射ボタンを押す。それは、ダブルゼータのエネルギーそのほとんどをメガ粒子砲に転換する一撃必殺の切り札だ。

 ダブルゼータの頭部が光る。それは、チャージ完了の合図。そして。

 

ジュドー

「いっけぇぇぇぇぇっ! ハイメガ・キャノンッ!?」

 

 ジュドーが叫ぶ。それと同時にダブルゼータの頭部から放たれた超高出力のメガ粒子。

 

バイオ脳

「…………!?」

 

 ダブルゼータを獲らんと至近距離まで詰めていたアマクサに、それを避けるのは物理的に不可能だった。たとえアムロ・レイそのものだったとしても、不可能だっただろう。もしこのハイメガ・キャノンをこの距離から回避できるものがあるとすれば、それは人間の反射速度を越え、そしてそれをマシンが体現するような……それこそゲッターロボや、ダンクーガのようなスーパーロボットがマシンの限界を超えた挙動をしてはじめて可能となる動きだ。アムロ・レイの戦闘能力と、それを最大限の生かせる装備を持つアマクサ。それだけでは、ジュドーの一撃に対応するには足りなかったのだ。

 

 

バイオ脳

「……………………」

 

 メガ粒子の大波に飲み込まれ、アマクサが溶けていく。アムロ・レイのバイオ脳と共に。それをジュドーは、神妙な面持ちで見送っていた。

 

ジュドー

(バイオ脳。人によって作られたあんたはアムロじゃない。だけどさ……)

 

 ただの戦闘データのコピー。そのためだけに生まれたそれに、ジュドーの記憶の中で少女がちらついてしまうのだ。

 

ジュドー

「ごめんな、プル……プルツー」

 

 かつて、救えなかった少女達。戦いの道具になるためだけに生み出された命。そうでありながらジュドーと心を通わせることのできた彼女達と、目の前で燃え尽きていくバイオ脳。そこに何の違いがあるのだろうか。ジュドーはガラにもなく、そんなことを思ってしまっていた。

 

 一方で、もう一機のアマクサは突き飛ばされたシグルドリーヴァを追い加速する。急激な重力で一瞬、意識を失いかけたマーガレットだがなんとか堪え、姿勢制御で機体を安定させてファランクスミサイルを撃ちまくる。だが、アマクサはその動きをまるで見切ったかのように……いや、まさに見切っていた。

 

マーガレット

「こっちの軌道が、読めるというの……?」

 

 戦慄する。これが、最強のニュータイプ。伝説のパイロット。自分とアムロ・レイでは腕が違いすぎると。このまま一瞬の後、アマクサはシグルドリーヴァをビーム・サーベルのリーチへ捉える。その時が、自分の死なのだとマーガレットは悟った。

 

バイオ脳

「…………!」

マーガレット

「ッ!?!?」

 

 だが、その時は訪れない。俊足のアマクサをそれよりも速く、バルバトスルプスレクスの尻尾が捕らえ、その脚部を奪っていったからだ。

 

三日月

「やらせるわけ、ないだろう……!」

 

 三日月・オーガス。鉄華団のエースであり、悪魔。少年の乗るガンダムが、アムロ・レイのバイオ脳が搭乗するアマクサの動きを捉えていたのだ。

 

バイオ脳

「…………!」

 

 今の一撃で、アマクサは標的をシグルドリーヴァからバルバトスへと切り替える。脅威判定の更新。今、アムロ・レイの戦闘データそのものと言える最終兵士は、三日月を明らかに脅威であると認識した。アマクサはビーム・ライフルをバルバトスへ放つが、ビームの線は装甲に届くと同時、霧散していく。ナノラミネート装甲。彼らの世界のモビルスーツが標準装備とするそれが、ビームの熱を最小限に抑えている。

 

三日月

「…………」

 

 無言でアマクサへ接近し、ロングメイスを叩きつける三日月。しかしアマクサもメイスのリーチ目掛けてシールドに内蔵されるハイパー・ハンマーを射出する。鈍器と鈍器。モビルスーツ同士の戦いの場には似つかわしくない鈍い音が、宇宙の静寂に響くのを、それを見るマーガレットは幻聴した。

 

三日月

「それ、厄介だよな」

 

 バルバトスは一旦アマクサから距離を離し、回り込むように軌道を描く。その間もレールガンで攻撃するが、脚部を失いながらもアマクサはバーニア機動だけでそれを避けていく。そして再びハンマーを振り回し、三日月を近づけまいと動いていた。

 

三日月

「チッ」

 

 バルバトスの尻尾が、背後から回り込むようにアマクサを狙う。だが、それすらも読んでいたかのようにアマクサはそれを躱す。一度見た武器は、アマクサに……アムロ・レイに通用しない。それを三日月も野生的な勘で理解すると、尻尾を引っ込める。

 

三日月

「もう少しで、マーガレットは死ぬところだった」

 

 マーガレットとは、まだ関わるようになって日が浅い。だが、それでも握手を交わした仲だ。死んだ奴には、死んだ後でまた会える。そう、三日月は思っていた。だが、それでも。

 

三日月

「……今話ができなくなるのは、やっぱり嫌だな」

 

 三日月は、思い出す。ダンジ。ビスケット。アストン。ラフタ。シノ。ハッシュ……それに、あまり話したことのない奴らも。鉄華団という一つの旗の下に集った家族のことを。

 今はもういない、大切な家族。それを失うということを。

 だから三日月は、その大剣を振り上げる。これ以上、家族が……家族になれそうな人達が死ぬのは嫌だから。この戦いはオルガの命令だ。だが、この感情はオルガの命令とは関係ない。

 

 だから、今。

 あの化け物にトドメを刺すために。

 

三日月

「もっとよこせ、バルバトス」

 

 三日月の願いに応えるように。

 悪魔の瞳が、赤く輝いた。

 

 それと同時。

 

マーガレット

「な、何……?」

 

 一瞬。一瞬のことだった。

 瞬く間にアマクサの懐に飛び込んだバルバトスは、その爪でアマクサの胴体を貫いていた。

 マーガレットの視点では、まるでバルバトスがワープしたようににしか見えない。それほどの、瞬発速度。

 

三日月

「フー…………」

バイオ脳

「……………………」

 

 コクピットごと潰されたバイオ脳のひしゃげる音を、三日月は聞いた。だが、自分のものとは思えない吐息にその音は掻き消される。

 

マーガレット

「阿頼耶識の……本当の力。そういうこと?」

 

 人機一体のマン・マシン・インターフェイス。ドモンらガンダムファイターのそれとは違うアプローチで作られた阿頼耶識は、機体をまるで自分の手足を動かすように動かせるという。しかし、そのリミッターを解き放った代償として三日月は阿頼耶識に神経の半分を持っていかれてしまった。ラ・ミーメから聞いた話を思い出し……ふと、あることに思い至ってマーガレットは血の気が引いた。

 

マーガレット

「三日月……!」

 

 もし。もし今のが阿頼耶識の更なるリミッター解除で。三日月の五感を犠牲にしてのものだとしたら。

 三日月はどうなってしまうのだろうかと。

 

三日月

「…………あ、」

 

 しかし、そんな心配をよそに三日月は素っ頓狂な声をあげる。

 

三日月

「ゴメン、なんかバルバトス動かなくなった」

 

 言うと同時、赤く輝いていた瞳から光が消え、バルバトスは力なく項垂れていく。

 

マーガレット

「え……? え……?」

三日月

「なんかさ。前にもこういうことあったんだよね。たぶん整備不良だと思う」

 

 マシントラブル。自由の利かない宇宙空間でのそれは、まさに死を意味するものだ。

 

ハリソン

「バルバトス……! クソッ!?」

 

 咄嗟に移動し、F91はビーム・ライフルを捨てて残された右腕でバルバトスを掴む。

 

三日月

「あ、ありがとう」

ハリソン

「しかし……これじゃ調査どころじゃないぞ」

 

 バルバトスはマシントラブルで動けず、F91、シグルドリーヴァは機体の損傷が激しい。そしてダブルゼータはハイメガ・キャノンを撃った反動でエネルギーが底を尽きかけている。もし、この状況でブルワーズが出てくれば……。

 ハリソンがそうボヤいた、その直後だった。

 

 重装甲で固めた丸い、ずんぐりとしたモビルスーツのエイハブ・ウェーブの反応をバルバトスが感知する。それはあのガンダム・グシオンのものだ。だが、様子がおかしい。グシオンはこちらに向かってくる気配はない。むしろ逃げるように背を向けて、何処かへと駆けていく。

 

クダル

「クソ! クソ! ああ何なのよもう!?」

 

 クダル・カデルのヒステリックな叫び声をシグルドリーヴァの集音マイクが拾っていた。

 

マーガレット

「…………?」

 

 マーガレットは違和感を抱く。何かの罠かと警戒を強め、シグルドリーヴァのセンサーと半壊した視界モニタを見た。それと同時、ワラワラと湧き出るようにモビルスーツが衛星から出撃していく。1機や2機ではない。3個小隊ほどの規模でそのモビルスーツ部隊は、マーガレット達を取り囲むように向かっていた。

 

三日月

「……何、あれ?」

 

 不思議なものを見たように、三日月は口をへの字に曲げていた。いや、三日月だけでない。

 少なくとも、本来脚部があるはずの部分に腕を付けたモビルスーツなど、ここにいる4人は誰も見たことがなかった。

 

ジュドー

「あれ……ザクだよな?」

 

 MS−06ザクⅡ。宇宙世紀時代に作られた、最古のモビルスーツ。ゲーマルクなどと同様のモノアイ型のカメラアイを持ち、動力パイプが露出した独特な姿をしているこのモビルスーツは、この世界の人間なら誰でも知っているものだ。だが、ザクは脚部に腕パーツを持つような異形ではない。むしろジュドーやハリソンの知るザクは、サイクロプスといった印象を受ける一つ目の巨人だ。今、目の前にいるザクにはそのような威圧感はない。

 

マーガレット

「ザク……あの衛星に保管されていたもの?」

ハリソン

「ありうる話だ。だが、ここにきて現地徴用のザクを使っていると言うことは、奴らの戦力もあまり残っていないのかもしれないな」

 

 だとしたら、パイロットは一体。一同は身構え、動けないバルバトスを守るように円陣を組む。そして、こちらの存在に気づいたザクもどきが一機、また一機とマーガレット達へと迫った。

 

マーガレット

「ミノフスキー粒子が薄くなってきた。今なら、無線通信が傍受できる?」

 

 おそるおそる、マーガレットはシグルドリーヴァの通信装置を操作し周波数を探る。しばらくして、何か甲高い悲鳴のようなものを聞き取った。ザクもどきのパイロットは、女性だろうか。一瞬マーガレットはそう考え……すぐに否定した。

 

マーガレット

「これって……」

 

 この悲鳴は女性のものではない。少なくとも、人間の女性のものでは。人間にこんな声が出せるはずがない。ありえるとしたら。

 

サル

「キキーッ!? ウッキー!?」

 

 猿。類人猿。霊長類。そんな言葉が浮かんでは可能性を否定し、マーガレットは必死に正しい答えを探す。しかし、

 

ジュドー

「あのザクもどき……サルが乗ってるの!?」

 

 どれだけマーガレットの理性が否定しても、その事実を認めないわけにはいかなかった。

 

…………

…………

…………

 

 

—アルカディア号—

 

 

 

 衛星Eに近づくにつれ、周囲の通信設備がクリアになっていく。本来ならば戦地真っ只中ではミノフスキー粒子が散布され、有視界戦術以外は意味をなさなくなるはずだがここにはそれがない。それを訝しむトビアが通信越しにはじめて聞いたのは類人猿の金切り声と、翻弄されるマーガレット達の声だった。

 

トビア

「サル……?」

ハーロック

「猿、だと……?」

 

 モビルスーツを操縦し、ハリソンやジュドー、三日月にマーガレットを翻弄するサル。あまりに常識からかけ離れた存在に、トビアはおろかあのキャプテンハーロックも開いた口が塞がらないでいる。

 そんな中、「まさか……!」と口をついたのはシャア・アズナブルだった。

 

アムロ

「シャア、何か知っているのか?」

シャア

「……一年戦争の折、ザビ家のある男がジオンの兵力不足に頭を悩ませていたことがある。戦場で兵士の命が次々失われることに、彼は心を痛めていた」

 

トビア

(ギレン・ザビが?)

ベルナデット

(ガルマって人かな?)

ウモン

(いや、ドズルかもしれんぞ?)

 

シャア

「ある日、地球の類人猿館に立ち寄った彼は、テレビゲームに興じる猿を目撃してな」

 

 シャア・アズナブルの脳裏には、その日のことが今でもありありと思い出せる。キラキラした瞳で、まるでこの世の全てを信じているような純粋な眼差しで友は言ったのだ。

 

???

『シャア! すごいぞ、教えればサルもモビルスーツ操縦ができるかもしれない! 父上に打診して、すぐにプロジェクトを進めるべきだ!』

 

トビア

ベルナデット

ウモン

「あー!」

 

シャア

「誰とは言っていない! 私はそういう話を聞いただけだ!?」

 

 友の名誉を守るべく、誰に向かってでもなくシャアは叫びを上げる。あまりにも冗談じみた、漫画のような展開にオフィシャルではない。オフィシャルではないと譫言のように呟きながら、自分の意識をかろうじて守っていた。

 

オルガ

「……サルでもなんでもいい。ミカ、無事か!?」

 

 アルカディア号から、オルガはバルバトスへ通信を送る。バルバトスの動きは、オルガの目に見ても不自然だった。狩り立てるように距離を取って包囲するサルザクの群れに、いつもの三日月なら突っ込まない理由はない。だが、バルバトスはまるで仲間に庇われるようにされており、動かないでいる。

 

三日月

「あ、オルガ。なんかバルバトス、動かなくなった」

オルガ

「何だと……!?」

 

 前にも、似たようなことがあったのをオルガは覚えている。その時は改修後初の再起動だった。今回のは、何が原因だ?

 

トチロー

「……元の世界から転移した直後から、バルバトスはフル稼働してたからな。もしかしたら、消耗が一気に来たのかもしれん」

ハーロック

「サルの真偽はともかく、今は友軍を助けるのが先だ。各機、出撃!」

 

 ハーロックの号令と共に、最初に飛び出したのは獣戦機隊だった。イーグルファイター、ランドライガー、ランドクーガー、そしてビッグモス。4機の獣は人を超え、獣を超え、神の化身として君臨する。その名も、超獣機神ダンクーガ!

 

「よっしゃあっ! サルだろうが何だろうが関係ねえ、やってやるぜ!」

 

 長距離ブースターを搭載するダンクーガの推進力は伊達ではない。瞬く間に戦場へ躍り出たダンクーガは、パルスレーザーを撃ちまくりまがら戦場を突き進んでく。だが、サルの乗るザクもどき……バルブスと名付けられたモンキー・スペシャルタイプのザクはパルスレーザーの軌道を読んでいるかのように避けていく。

 

沙羅

「忍、当たってないよ!?」

「わかってらぁっ! サルどもめ、すばしっこいぜ!」

 

 バルブスの四つの腕が、それぞれに持つビーム・ライフルを交互に撃ちまくる。4つのビーム・ライフルによる同時攻撃。巨大なダンクーガはそれを避けることができず、ビームの熱を直に受けてしまう。

 

雅人

「うわぁっ!? しっかりしてよ忍!」

「クソッ! こいつら……!」

 

 パルスレーザーの照準が、合わない。合ったと思ったその瞬間には、サルはすばしっこく逃げ回る。サルの動きに、野生の本能を持つ獣戦機隊は翻弄されていた。

 

ハリソン

「だが、所詮ザクもどき。こいつの威力の前には!」

 

 逃げ回るバルブスに狙いを定め、ハリソンのF91がヴェスバーを放った。モビルスーツに搭載されるものとしては、最強クラスのビーム兵器。ナノラミネートすら貫くその出力ならばと。しかし、渾身のヴェスバーすらも軽く躱してバルブスは狙いをF91へと定める。旧式のビーム・ライフルの雨が、ビーム・シールドを失ったF91に襲いかかった。

 

ハリソン

「こいつら……私達の攻撃を躱して、私に当てるのか!?」

 

 それは、ハリソン・マディンの……連邦の青き流星と呼ばれるエース・パイロットのプライドに著しい傷をつけると同時に……戦慄を与える光景だった。相手は旧式のザクもどき。それも、乗っているのはサル。

 

ジュドー

「なんだよ、こいつら……!?」

 

 エネルギーの残り少ないダブルゼータや、残弾の尽きかけつつあるシグルドリーヴァも応戦するが、サルの乗るモビルスーツにその攻撃は当たらない。宇宙空間という全天の世界を、サルは縦横無尽に駆け巡り獲物を追い詰めていく。今、彼らはまさに狩りの獲物となっていた。狩る側と狩られる側。そこに違いがあるとすればそれは、人かサルか。

 

マーガレット

「さっきのバイオ脳と同じ……まるでこっちの動きを読んでるみたいに動き回って!」

 

 マトリクスミサイルの残弾が底を尽き、シグルドリーヴァは自衛用のナイフを構える。この機体では本来想定されていない、格闘戦用の装備。それを使わなければいけないほどまでに今マーガレットは、追い詰められていた。

 

三日月

「あいつら、楽しんでる」

 

 動けないバルバトスの中で、三日月はサルの動きを見て思うがままを呟く。楽しむ。それはかつて三日月が、あのクダル・カデルに言われた言葉だ。

 

三日月

(あいつには、俺がああ見えたってことか)

 

 特に思うところはない。だが、あれに言われる筋合いも特にないな。と三日月は一人で納得する。

 

トゥインク

「きゃっ!?」

 

 至近距離にビームを掠め、トゥインクが小さな悲鳴を上げた。ハリソンが「クッ!」と呻く。少女を守らなければならないのに追い詰められている自分が情けない、と。

 

ハリソン

「相手は半世紀前のザクもどきだぞ。それが? こうも? 野生の勘だとでもいうのか? いや……まさか……」

 

 相手の先を読んでいるかのようなその動き。

 まるでこちらの殺気を察知したかのように、或いはウィークポイントを知っているかのような一撃一撃の手応え。

 その動きにハリソンは、覚えがある。

 それは、つい先ほど戦ったばかりのアムロ・レイの戦闘データをコピーしたバイオ脳。そのものではないかと。

 アムロ・レイ。宇宙世紀最強のパイロットであり……

 

ハリソン

「サルどもは……ニュータイプ、なのか?」

 

 

 ニュータイプ。戦場において味方ならば誰よりも頼もしく、だが敵として出会えば誰よりも恐ろしい。その存在をハリソンは、確信していた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—アルカディア号—

 

 

 

シェリンドン

「え、嘘……嘘よそんなの!?」

 

 ニュータイプ。その言葉を聞き、少女は愕然として叫ぶ。シェリンドン・ロナ。ニュータイプ原理主義教団であるコスモ・クルス教団の教祖である少女にとって、その事実は認めるわけにはいかないものだった。

 

シェリンドン

「サルがニュータイプになっただなんて、あり得ない。あるわけないわ!?」

ハリソン

「なったんだろぉっ!?」

 

 必死に、言い聞かせるように叫ぶシェリンドン。だが、その言葉は今まさに生死の境を彷徨う彼らには届かない。ニュータイプでもなければ説明がつかないのだ。サルの強さが。

 

シェリンドン

「だって、ジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプは、人の革新であり進化だったはず! つまり人の次に来るものなのよ! サルがニュータイプになっちゃったら辻褄が合わないじゃない!?」

 

 っていうか全否定。

 

シェリンドン

「ニュータイプは、人の進化だったのではないというのですかっ!?」

 

ハーロック

「…………」

オルガ

「…………」

トチロー

「…………」

ラ・ミーメ

「…………」

 

 少女の叫びの意味を、この場にいるものは誰も理解できなかった。ニュータイプ。彼らの世界では、宇宙の心とでも表現すべきその特質について、彼らの世界ではあまり研究が進んでいない。故に、彼女が感じている選民意識を、ニュータイプという存在に抱いている幻想を、彼らは理解できていなかった。

 だが、ブリッジに響くそんな声を彼は……聞き届けていた。

 

シャア

「違ったのだろうな……」

 

 シャア・アズナブル。ジオン・ズム・ダイクンの遺児であり、ニュータイプの世界を求めて戦ったシェリンドンにとってある意味先人とも言うべき存在。彼は、既にニュータイプになったサルという存在を受け入れている風だった。

 

トビア

「シャアさん……?」

シャア

「キャプテン、こちらの出撃準備は完了している。モビルスーツ隊も出る」

 

 そう言うと、シャアは自らが登場する赤いモビルスーツをカタパルトへと移送させる。そして、背面のブースターが火を吹くと同時、

 

シャア

「シャア・アズナブル。サザビー出るぞ!」

 

 サザビー。そう呼ばれた赤いモビルスーツのモノアイに光が灯り、アルカディア号を出撃する。そのモビルスーツは、ゲーマルクよりもさらに真紅の赤を体現し、そしてシャアという人間の思想を詰め込んだ機体だった。

 バックパックに装填されるファンネル。ミドルレンジを戦うビーム・ショット・ライフル。腹部のメガ粒子砲……。それらの装備はゲーマルクとよく似ている。しかし、鈍重な要塞であるゲーマルクと違い、サザビーは何よりも速い。高速戦闘を可能とする重武装モビルスーツ。赤い彗星の象徴であり、彼の最期の愛機でもあったそれは、瞬く間に戦場へと辿り着く。

 

サル

「キキ? キィィィ!?」

 

 新たな敵の乱入に、バルブスのサル達は威嚇の奇声を上げた。それを無視し、シャアはサル達の敵意を感じ取る。

 

シャア

「敵意が純粋な分、人間よりマシかもしれんな……ファンネル!」

 

 自重気味につぶやくと同時、サザビーのバックパックから放たれるファンネル。小型の端末の中に内蔵されたメガ粒子砲が四方、六方へと飛び散りバルブスを追い詰めていく。これは、狩りの兵器だ。

 

サル

「キィッ!?」

 

 小さな軌道砲台が、縦横無尽に宇宙空間を飛び回りバルブスの周囲を包囲し一斉射撃。バルブスの四肢を一つ、また一つと撃ち落とすファンネル。一機を行動不能にしながらサザビーは、ジュドー達の前に躍り出た。

 

シャア

「先発隊各機はバルバトスを牽引しアルカディア号へ後退。ダンクーガは味方機を守れ!」

ジュドー

「な、アンタだけでサルを相手にするっていうのか!?」

 

 たしかにサザビーは、シャア・アズナブルのために用意されたモビルスーツだ。そして、シャアはサル以上のパイロット。それは、ジュドーも理解している。だが、相手はニュータイプの群れ。いかにシャア・アズナブルと言えど。

 

シャア

「問題ない。我々も一人ではないからな」

 

 シャアがそう言った直後、サザビーの背後をバルブスの一機が取った。

 

サル

「キキィーッ!?」

 

 4つ腕のビーム・ライフルを、同時にサザビーへと向ける。だがその瞬間、バルブスは大きく爆ぜて吹き飛んでいく。

 

アムロ

「シャア、みんなは無事か!」

 

 アムロ・レイ。彼の乗る白いモビルスーツが、背中に背負ったバズーカをそのまま放っていた。ビーム・ライフルとシールドを持つ両腕が塞がっている状況では、バズーカに持ち替える数秒が命取りとなる。だが、360°全方位の立体機動を可能とする無重力空間ならば、機体の向きをずらすことで持ち替える事なくバズーカの引鉄を撃つことが可能だ。指でトリガーを引く動作をせず、マシンのプログラムで動作させることで、ハイパー・バズーカを持たずに撃つことを可能とする……アムロ・レイの得意とする奇襲だった。

 普通は、背中を敵に向けたまま攻撃などできるわけがない。だが、アムロならばできる。まるで後ろに目がついているかのようなスムーズな動作で、バズーカの弾頭はバルブスへと飛び……バルブスのバックパックごと、機体を爆炎させたのだ。

 

ハリソン

「な……」

マーガレット

「嘘、でしょ……」

 

 空いた口が塞がらないとはこのことだ。少なくとも、こんなことができる人間をハリソンも、マーガレットも知らない。

 本物のニュータイプ。今戦っているサルも、先ほどまで戦っていたバイオ脳も、この男には敵わない。敵うはずもない。それを彼らは、本能で理解する。それに、そんなアムロの動きを完全に信頼してフォワードに出たシャアにもだ。

 そしてすぐに、アムロもシャアと合流する。彼の乗るモビルスーツは、ゼータではなかった。ゼータよりも全体のディテールはシンプルに、しかし右肩に巨大な放熱板を持つ白いモビルスーツ。

 νガンダム。かつてアムロ・レイ本人がシャアとの決戦のために用意した、記録上最強と言われるガンダムの姿がそこにあった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 ジュドー達の後退を守りながら、ダンクーガはバックパックの巨大なキャノン砲。断空砲を放つ。受ければ忽ち、バブルスなど炭も残らず消し飛ばしてしまえる超火力だ。だが、敵はダンクーガの動きを察知したかのように散り、断空砲は無の宇宙空間を焼くに止まる。

 

「クソッ! サルどもめ、すばしっこいぜ!?」

アムロ

「だが、これで敵の注意はダンクーガに向いた。そこだっ!?」

 

 νガンダムのビーム・ライフルが、的確にバブルスのコクピットを撃ち抜いた。アムロ・レイは殺気に対し敏感な男だ。殺気を向ければ、防衛本能のままに迎撃する。「殺さないように」などという加減ができるほど、アムロは器用な男ではない。

 

サル

「キッ……!?」

 

 断末魔の悲鳴をあげる間もなく、サルが爆死する。群れの仲間を殺された。その事実がしかし他の猿の本能を刺激し、サル達の敵意はさらに過激になっていく。

 

アムロ

「チッ、邪気がないぶんやりにくい!?」

 

 バルブスが3機、νガンダムに迫った。4つ腕のビーム・ライフル。それが3機。計12発のビーム・ライフルの同時攻撃がνガンダムを襲う。

 

アムロ

「フィン・ファンネル!?」

 

 νガンダムの放熱板……フィン・ファンネルがバラバラに射出され、νガンダムを覆うように取り囲む。そして、フィン・ファンネルから放たれるミノフスキーバリア……Iフィールドが、バブルスのビーム・ライフルを霧散させていく。

 

サル

「キキィッ!?」

 

 フィン・ファンネル。νガンダムの最大の特徴とも言うべきそのファンネルは、ビーム・バリアをガンダムの周囲に展開する機能を持っている。乱戦になれば、機体を守る手段は多い方がいい。かつての戦争において、アムロはこの機能に命を救われたこともあった。

 バルブスはνガンダムのビーム・バリアに驚き、逃げていく。しかし、それを追うようにしてフィン・ファンネルはバリア・モードを解除しファンネルとして飛散。バルブスを追い、四方からの波状ビーム攻撃を仕掛けてまたバルブスを撃墜していく。

 

サル

「キィーッ!?」

 

 仲間を次々と殺され、サル達は逆上する。νガンダムに向かってはビーム・ライフルを乱れ撃ち、アムロはその悉くを回避していく。それは、あまりに鮮やかな戦いだった。野生のままに戦うサルを、その本能を察知し先回りする……人の気配もサルの気配も、本質的には変わらない。というように。

 

アムロ

「次から次へと、また来るかっ!?」

 

 νガンダムは万能のマシンだが、完全ではない。いや、完全なマシンなどありはしない。ファンネルを飛ばしている間、本体は至ってシンプルなモビルスーツでしかない。だが、そのシンプルさを突き詰めたものこそがνガンダム。

 避けられない攻撃をシールドで防ぎつつ、ビーム・ライフルで迎撃するνガンダム。だが、サル達もアムロの殺気を察知しその射線から退避する。

 

アムロ

「そこだっ!」

 

 しかし、アムロの方が一枚上手だった。サル達が退避したその射線上。そこには……

 

シャア

「落とさせてもらう!」

 

 シャア・アズナブル。赤い彗星の乗る真紅のモビルスーツ・サザビーがいたのだ。サザビーの腹部から放たれたメガ粒子砲が、一直線に並んでしまったバルブスを次々と落としていく。

 

サル

「ウッキィィィィィッ!?」

 

 激昂しつつもしかし、サルは狡猾だった。アムロとシャア。二人には勝てないと直感したサル達のバルブスは、νガンダムとサザビーから離れてアルカディア号へと軌道を向ける。

 

シャア

「奴らの知能は人間に負けていないというが、どうやら本当のようだな!」

 

 兵の戦いで埒があかないのならば将の首を取ればいい。それは兵法においても鉄則だ。生き残ったバルブスがアルカディア号へ向かうのは、彼らが兵法を理解しているということに他ならない。

 

アムロ

「チィッ!? ファンネルの残弾は残りわずか、どうするシャア?」

シャア

「問題ない。アルカディア号には、彼がいるからな」

 

 シャア・アズナブルが、未来を感じたニュータイプ。もし、それを彼に伝えれば、彼は自分はニュータイプなんかじゃないと否定し、固辞するだろう。だが、彼のような存在が……ニュータイプとしての感覚と、人間的な逞しさを併せ持つ者がシャアの時代にもっといれば、歴史は変わっていたかもしれない。そう、思わずにはいられない少年が。

 シャアが応えると同時、髑髏の刻印が施されマントを羽織る、白と青に彩られたモビルスーツがアルカディア号から飛び出すのをシャアは、アムロは感じた。彼ならば、任せられる。そう、アムロも安心する。

 

アムロ

「そうか……。任せたぞ、トビア!」

 

 トビア・アロナクス。海賊の旗を掲げ、大冒険の真っ只中を駆け抜ける台風の目のような少年が、アムロ達の後に続いていた。

 

 

 

トビア

「へへっ、ウモン爺さん。オーティスさん、オンモさん……ありがとうございます!」

 

 生まれ変わったクロスボーン・ガンダムのコクピットの中で、トビアはひとり感謝の言葉を呟いた。ガンダムを生まれ変わらせてくれたウモン爺さんに。パーツを提供してくれたオーティスに。橋渡しをしてくれたオンモに。

 トビアのクロスボーン・ガンダムの見た目は、スカルハートから大きくチェンジしている。

 今、トビアの乗るスカルハート……改め、クロスボーン・ガンダムX1パッチワークは、胴体を中心したそれまで黒を基調としたカラーリングの施された部分を、ネイビーブルーにまとめ上げられている。これは、かつてデビルドゥガチとの戦いの際、トビアが愛機としたクロスボーン・ガンダムX3の色だ。

 

ウモン

「サナリィの倉庫の奥にな、しまってあったんだとよ。X3の予備パーツ。せっかくだから修理するついでに、X3のパーツをいくつか使わせてもらったのよ。へっへっへっ」

 

 X3。かつての愛機の魂が今、この生まれ変わったX1には宿っている。キンケドゥ・ナウから譲り受けた器に、トビア・アロナクスの魂。パッチワークと名付けられたクロスボーンは今、真の意味でトビアの愛機となった。そんなパッチワークに今、サルの乗るバルブスが3機、近づいている。

 

トビア

「本当に、すばしっこいなこいつら。でもっ!」

 

 パッチワークはそのまま、スピードを上げる。の一機がパッチワークの背後へ回り込もうと旋回したその時、マントの中に隠れていたシザー・アンカーがその後ろ腕を掴む。

 

サル

「キ、キキィッ!?」

 

 応戦し、ビーム・ライフルを斉射するバルブス。しかしクロスボーン・ガンダムはその右腕を掲げると、ビームは霧散していく。Iフィールドハンド。ビーム・バリア発生装置そのものを搭載する掌。X3に実験的に取り付けられたその腕が、X1を……トビアを守っているのだ。

 

トビア

「X3の腕を持つこいつに……ビームは、効かない!」

 

 νガンダムのフィン・ファンネルのように、全身を守れる装備ではなくあくまで守れる範囲の限られる小型バリア。だが、突撃戦法を得意とするトビアにはこのくらいで丁度いい。

 

トビア

「い・ま・だ・ぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 虚を突かれたサル達めがけ、パッチワークは右腕に装備されたS字のフックを掲げる。フックシールドと呼ばれる、戦闘用ではなく作業用の一般的な備品だ。だが、スペースデブリの広がる宇宙空間ではこれほど頼りになる装備はない。何しろ危険地帯ばかりの宇宙で作業するための、マルチツールなのだから。クロスボーン・ガンダムX1パッチワークはシザー・アンカーを振り回し、捕まえたバルブスをそのままブン回す。まるでアマクサのハイパー・ハンマーの要領で、巨大な質量兵器と化したバルブス。周囲のサル達はクロスボーン・ガンダムの描く弧をうまく躱していくが、中には虚を突かれたようにバルブス同士で激突するものもあった。そして、激突したバルブスがさらに無軌道に飛び跳ね、別のバルブスと玉突きを起こす。

 

サル

「キィッ! キキィッ!? キィ…………」

 

 玉突きを起こしたサル達は、衝撃で伸びてしまったのかそのまま動かなくなった。その間にトビアはバルブスの四肢をビームダガーで切断すると、アルカディア号へ通信を入れた。

 

トビア

「サルの回収は任せます。たぶん、まだ生きてるやつもいると思うんで」

オルガ

「放っておいてもいいんじゃないのか?」

トビア

「そういうわけにもいきませんよ。自然環境の破壊や汚染で、類人猿の多くは絶滅危惧種なんですから。それに、サルだからってここで放っておくのは、寝覚めが悪いですからね」

 

 苦笑して言うトビア。オルガは「そういうもんか……」と納得し、ハーロックもそれに頷いた。

 

ハーロック

「……よし、各機を回収後我々は衛星Eに乗り込む。中がどうなっているのかわからん。各員、気を引き締めろ!」

 

 ハーロックの号令。それを了解すると、サルのモビルスーツを回収しながらサザビーはアルカディア号へと帰投する。息があるのは、理解できた。だが、戦意を完全に喪失していることも。

 

シャア

「……お前達は、本当にニュータイプだったのか?」

 

 そんなサル達を眺め、シャアはひとりごちる。結局、サル達がニュータイプだったのか。その結論はでていない。

 

アムロ

「シャア……」

 

 ニュータイプ。思えばシャア・アズナブルという人間の人生は、多くのものに縛られたものだった。父ジオン。ザビ家への復讐。そしてニュータイプ。人類がニュータイプへと進化していく世界。シャア・アズナブルが夢見た理想を、もしかしたらこの猿達のコミュニティは形成していたのかもしれない。

 だが、問うても答えはでない。だからシャアは、無言でサルを回収しアルカディア号へ戻るのだった。

 

…………

…………

…………

 

 

—衛星E—

 

 

 衛星E。その内部は今、地獄と化していた。ブルック・カバヤンが開けた開かずの間……。そこに眠っていたサルたちが目を覚まし、無秩序に暴れ回っているのだ。

 

ブルック

「助け、助けてくれぇっ!?」

 

 豚のような鼻を詰まらせながら、ブルックが呻く。クダル・カデルは一人で我先にグシオンで逃げていった。あんな恩知らずだとは思わなかった。次に会ったときはただじゃおかないなどと考える暇もなく、サルたちは荒れ狂い、ブルックはサルの大群に押しつぶされていた。

 

サル

「キキィッ! キィッ!?」

 

 サル達からすれば、ブルワーズは縄張りに侵入した部外者。徹底的に痛めつけて死に至らしめるつもりだろう。サルのうち一匹が、モビルスーツ・パイロット用のヘルメットをブルックに叩きつける。鈍い音と、してはいけない音がした気がする。

 

ブルック

「クソッ! どうして俺がこんな目に遭わなきゃならねえんだ! たかだかガキどもを攫って売り買いして、商売してただけじゃねえか!?」

 

 既に衛星の中は、サルどもに支配されている。猿の衛星。この星はサルのものなのだ。海賊船の中にまで押し寄せる猿を、惰弱で下等な人間にどうすることができようか。サルの腕力は、暴力は人間などよりも遥かに上なのだ。しかもサルはモビルスーツを操縦できるほどの知性を有している。もはやそれは万物の霊長であると言って差し支えない。

 なんとか逃げようと、ブルックは命からがら自分の船まで引き返した。しかし、待っていたのは既に大量の猿が船内にまで雪崩れ込み、人を襲う地獄絵図だった。

 

ヒューマンデブリ

「ヒッ、来るな……来るなッ! うわぁぁっ!?」

ヒューマンデブリ

「何だよ、何だよこれ!?」

 

 わけがわからない状況に狼狽える奴隷のガキども。煩い、何かと聞きたいのはこちらの方だ。

 

ブルック

「な、何やってやがる! とっととサルどもを追い出せ……ぬぉぁ!?」

 

 後ろから、手の長いサルに首を締め付けられる。忽ち呼吸が苦しくなるのを、ブルックは感じる。

 

ブルック

「く……そ……」

 

 首の骨が折れる音が、聞こえる気がする。終わりだ。一貫の終わり。ブルック・カバヤンの人生はここで終わるのだ。そう、猿の衛星で。

 ブルックは最期の瞬間、神に祈った。生まれ変わったら、今度は順風満帆な人生を送りたいと。ほしいものを何でも手に入れ、弱い奴らを踏みつけ、自由にできる。そんな人生を今度こそ。もしも、生まれ変わりというものが本当にあるのならば……。

 だが、ブルックの首を締め付けていたサルは突然、力なく項垂れブルックを解放してしまう。何が起きたのか、ブルックは理解できていなかった。だが、自分が助かった。それだけは、はっきりと理解できる。

 

ブルック

「はッ……ハッ……ウッ」

 

 荒く呼吸し、むせる。そして、ブルックが見上げた先には……。

 

ハーロック

「無様なものだな。ブルック・カバヤン」

 

 キャプテンハーロック。あの隻眼の男が堂々と立ち構えていた。倒れたサルは、眠っている。見れば、パイロットスーツを着た一団が麻酔銃のようなものをハーロックの脇で構えていた。

 

マーガレット

「……これを全部、殺さないようにってのは骨が折れそうね」

沙羅

「だね。でもまあ、仕方ないさ。貴族様の頼みだからね」

シェリンドン

「……はい。ありがとうございます皆様」

 

 マーガレット達に守られながら、シェリンドン・ロナが猿の衛星を進んでいく。それはそれとして、ブルック・カバヤンは今尚追い詰められていた。

 

ブルック

「キャ、キャプテンハーロック……」

オルガ

「俺もいるぞ。ブタ野郎」

 

 キャプテンハーロックと、オルガ・イツカ。天敵の中の天敵に睨まれ、ブルックは今まさにヘビに睨まれた蛙。

 

オルガ

「てめえには色々と聞かなきゃならねえことがあるみてえだからな。どうしててめえらが、木星軍とやらのモビルスーツを使ってたのかも含めてな」

ブルック

「クッ……!?」

 

 オルガ、イツカに片目で凄まれ、ブルック・カバヤンは狼狽えた。ハーロックの有無を言わさぬ視線と、オルガの恫喝する視線。そのどちらも、嘘や駆け引きといったものの通用しない瞳だ。

 

ブルック

「わ、わかった……。観念する。だから、命だけは助けてくれ」

ハーロック

「助かるかどうかは、今後のお前の働き次第だがな」

 

 ブルックの懇願を切って捨てたハーロックの視線は、既にその俗物にはなかった。視線の先にいるのは、荒れ狂う猿の前へと気丈に踏み出した一人の少女。

 

サル

「キキィッ! キィッ!?」

 

 新たな乱入者の登場に。サル達がいきり立つ。奴隷のように扱われ、そして今サル達から逃げ惑っていた子供達の視線も吸い込まれるように少女……シェリンドン・ロナへと向かっていった。

 

トビア

「シェリンドンさん、どうする気なんだ……?」

ジュドー

「猿の群れに踏み込むなんて、あのお嬢さん気でも触れたの?」

 

 愛機のコクピットの中で、ジュドーもトビアもその後継を中継越しに見守っている。シェリンドンは、そんなトビアの視線を感じたのかフッと口元を綻ばせると、それから瞳を険しくしてサル達へ言い放った。

 

シェリンドン

「整列なさい!」

 

 口で出たのは、少女の小さな叫びだ。だが、その言葉から放たれるプレッシャーは尋常なものではない。ジュドーも、トビアも、アムロやシャアでさえ脳裏に電撃が迸るほどの衝撃を、少女の言葉から感じ取る。そしてそれは……

 

サル

「キッ…………!」

 

 サルですら例外ではなかった。

 

シェリンドン

「あなた達は、優れた能力を持っています。おサルさん、もしかしたら、あなた達こそが真の意味で、ニュータイプと呼ぶべき存在なのかもしれません」

 

 その言葉には、慈しみすら感じられる。あれだけ衝撃を受けていたサルに対して、シェリンドンは慈愛の心で言葉を説いていた。それは、陳腐な言葉かもしれない。しかし、シェリンドン・ロナという少女がそれを語ることで、言葉の奥に潜む心に、サル達は触れることになる。

 

シャア

「これが……母性か……」

 

 気付けば、サル達は暴走をやめ、シェリンドンの前に並び、傅いている。まるで、ジャンヌ・ダルクに率いられた騎士のように統制された動きで、サル達はシェリンドンの下へと集っていた。

 

シェリンドン

「あなた達は、真のニュータイプです。ですがその力の使い方をまだ、わかっていないだけ……。だから、これから私の下でしっかり学びましょう?」

 

 そういって、にこやかな笑みをサル達に向けるシェリンドン。サル達は、その笑みに魅入られたかのうに両手を上げ、人間で言うところの万歳のポーズをする。そして、

 

サル

「ウッキィィィィィッ!」

 

 新たなボスの到来を、心より歓迎していた。

 

 

…………

…………

…………

 

—衛星E/海賊船内部—

 

 

カンナ

「…………終わったの?」

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた猿の衛星で、少女は一人物陰に隠れて全てをやり過ごしていた。こんなところで、あんなわけのわからない奴らに殺されてたまるものかと懐に忍ばせたナイフを少女は握り締め、おそるおそる外の様子を見やる。

 そこにあったのは、少女の想像力を超えた光景だった。サル達を率いた少女が、サルを更新させて船内を歩き回っている。そして、自分や同じ境遇の子供達をいじめ抜いていた大人のボス……あのブタみたいな鼻をした大男が、隻眼の男と前髪の長い男に捕らえられていた。

 

カンナ

「…………何、これ」

 

 海賊同士のいざこざで、あの豚野郎が負けたというのならそれはそれでいい。問題なのは、あの隻眼の男達はこの船の備品……つまり自分達のような子供達をどう扱うかだ。あの豚と、その隣にいた大男は自分達を「ヒューマンデブリ」「宇宙のゴミ」そう呼び罵っていた。実際、死んでも誰も顧みてくれない命などゴミ同然だろう。とカンナは納得したが、それでもゴミ呼ばわりされる筋合いはないと……自分には、カンナと言う名前があるんだと声を上げ、殴られ続けていた。

 もしあの隻眼の海賊がまた、自分をゴミ同然に扱う奴隷商人なら……今度こそこの手で殺す。このナイフは、そのためにずっと隠し持っていた銀の刃だ。

 

カンナ

(殺す……。殺さなきゃ……)

 

 自分は永遠に、ゴミのままだ。自分は少しだけ、機械いじりを習ったことがある。だから今日まで、労働力として生きてこれた。そうでなければ、きっと今頃もっと凄惨な状況になっていたに違いない。そういう意味で、カンナはもう顔も思い出せない両親に感謝していた。多少ながら、機械いじりを教えてもらって。

 隠し持ったナイフの手触りを確認し、ゆっくりと、息を殺しながらカンナは、忍び足で歩き出していた。今度こそ、自由になるんだ。そのためには、殺さなきゃ。

 一歩、二歩。三歩。少しずつ忍び寄るカンナ。殺すべき男は2人。隻眼の男と、前髪の男。2人を殺したら、そうしたらついでにあの豚男も殺そう。今まで痛めつけてくれた分の落とし前だ。既に、カンナの脳内は殺意でいっぱいになっていた。そして……。

 

マーガレット

「何してるの?」

カンナ

「あ…………」

 

 背後から、声をかけられた。ビックリして、ナイフを落としてしまう。カン、という金属音だけが無機質に、廊下に響いた。

 

カンナ

「あ……! ……!」

 

 見覚えのない女性だった。この船には少数の男以外は、拐った子供か買われた子供しかいないのだから、大人の女の人というものをカンナはしばらく見ていなかった。女性の視線は、ナイフへ移る。言い訳を考える余裕など、なかった。反抗の意志であるナイフを見られてしまったのだから。殴られる、殺される。そんな危機感だけが募る。

 

カンナ

「…………!」

 

 だから、カンナは女性を……マーガレットを睨み付ける。反抗の意志を、自由を勝ち取るんだという心までは摘み取られないために。媚び諂えば、心は死ぬ。それをカンナは、本能で知っている。

 

マーガレット

「…………」

 

 そんなカンナの視線を受けて、女性……マーガレット・エクスはその栗毛色の髪を困ったように掻き撫でた。この少女が所謂ヒューマンデブリ。それに近い境遇の子供であることは、その目でわかる。そうでなければ、こんな海賊船にまだ小学校も卒業していないだろう歳の女の子がいるはずもない。

 

マーガレット

(それに……)

 

 マーガレットは、少女……カンナの全身を改めて眺めた。ボサボサの黒髪。目には隈が見え隠れし、垢も煤埃もひどい。それに、簡素な襤褸を纏ったその衣服から見え隠れする手足は、満足な栄養が行き届いていないことを端的に表すほど痩せていた。

 野犬のような瞳でこちらを睨むのにも、頷ける。マーガレットが感じたのは、懐旧だった。幼い頃、あの治安の乱れたニューヨークで暮らしていた頃。その日を生きるためのパンを手に入れるために、マーガレットもああいう目をしていた。だからだろうか、マーガレットは無言でパイロット・スーツのポケットに腕を突っ込むと、そこから包み紙に包まれたチョコレート・バーを一本取り出す。

 

マーガレット

「……食べる?」

カンナ

「え…………?」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったように、目を丸くするカンナ。だがしかし、すぐには手を伸ばさずまじまじとマーガレットの顔を見つめる。それから、しばらくの後に、

 

カンナ

「……毒じゃ、ない?」

 

 と、たどたどしい英語でそう訊いた。

 口調こそたどたどしかったが、その訛りは西部のものだとマーガレットにはわかる。アメリカ西部。数年前、ムゲ・ゾルバドス帝国の支配地域となっていた場所だ。もしかしたら、この子はあの戦いで身寄りをなくして気付けばこうなってしまったのかもしれない。そう、マーガレットは理解する。

 

マーガレット

「毒なんて入ってないわ。ほら」

 

 そう言ってチョコレート・バーを半分に折ると、片方を自分の口に入れるマーガレット。それを見てようやく、カンナはチョコレート・バーに手を伸ばしそして、受け取るのだった。

 

カンナ

「……おいしい」

マーガレット

「でしょ?」

 

 もぐもぐと、口に入れていくカンナ。その様子を見て、マーガレットはフッと笑う。

 

マーガレット

「ねぇ、名前は?」

カンナ

「……カンナ。カンナ・ヘリオトロープ」

マーガレット

「そっか。綺麗な名前ね」

 

 綺麗な名前。それは素直な感想だった。夏に咲く紫色の花。花言葉は確か、献身。

 

マーガレット

「私はマーガレット。マーガレット・エクス。よろしくね」

 

 そういって、マーガレットはその場に座り込む。それからもう一度ポケットを弄ると、カラスのキャラクターが描かれた小さなヘアピンを、カンナの髪に翳した。

 

カンナ

「これは……?」

マーガレット

「お守りよ。カンナにあげる」

 

 お守り。言われてカンナは不思議そうに首を傾げる。確かに、カラスのヘアピンがお守りと言われてもピンと来ないだろうとマーガレットは苦笑し、言葉を続けた。

 

マーガレット

「私の祖先は、ハワイに住んでたらしくてね……ハワイ、知ってる?」

カンナ

「……ん」

 

 コクリ、と頷くカンナ。

 

マーガレット

「ハワイにはね。アウマクアっていう先祖様が動物の姿になって、守ってくれるっていう言い伝えがあるの。私の生まれはニューヨークだから、あんまり詳しいことは知らないけどね」

 

 ただ、マーガレットの血筋を辿ればハワイ州に長く住んでいた一族の血が通っていることだけは、確かだとマーガレットは伝え聞いている。自分の外見的な特徴も、多種多様な民族が暮らしていたハワイで血筋を重ねた結果なのだと、幼い頃に死んだ母はそう、マーガレットの栗毛色の髪を見て言った。自分の髪や瞳は母譲りだからそうなのだろうと、マーガレットも理解していた。

 

マーガレット

「……それで、私のご先祖様はカラスの姿を取ってくれるんだって。カラスの姿をした守護霊なんて、笑っちゃうでしょ」

カンナ

「…………」

 

 カンナは、笑わなかった。ただ、話を理解できていない。という風ではなかった。おそらく、そこそこの教育は受けていたのだろう。だからこうして、労働力にされていたのかもしれない。

 

カンナ

「……でも、いいの?」

 

 大事なお守りなんでしょう。と、カンナは訊く。先ほどまであった警戒心が和らいでいるのを、マーガレットはその視線で感じた。

 

マーガレット

「いいのよ。だけど、ひとつだけお願いしていい?」

カンナ

「…………?」

マーガレット

「カンナ、私の妹になってくれる?」

 

 どうしてそんな言葉が出てしまったのか、マーガレットにもわからなかった。ただ、この子を放っておきたくなかった。昔の自分そっくりな目をした、傷だらけの少女を。

 

カンナ

「どうして……?」

 

 当然のことを、カンナは訊いた。マーガレットが返事に困っていると、カンナは言葉を続ける。

 

カンナ

「ゴミなんかを妹にして、いいの……?」

マーガレット

「…………!」

 

 ゴミ。ヒューマンデブリというオルガから聞いた話が脳裏を過ぎる。カンナは、そういう扱いをされ続けていたことを、その一言が物語っていた。だからマーガレットはその手を伸ばし、優しくカンナを抱き寄せる。

 

マーガレット

「カンナは、強い子だね。ずっと、耐えてたんだね」

 

 この地獄の世界を。きっとマーガレットよりもずっと、過酷な人生をこの子は経験しているのだ。マーガレットの、半分くらいしか生きていなさそうなこの子は。

 

マーガレット

「カンナは、誰よりも幸せになる権利がある。だから、あなたの幸せを近くで感じたいの。それが理由じゃ……ダメ?」

 

 カンナはしばらくの間、無言でマーガレットの胸の中にいた。それから少しの間があって、

 

カンナ

「……嫌じゃない。ゴミのまま死んじゃうんだって、ずっと思ってた。だから、」

 

 そんな自分が幸せに、なっていいのなら。

 

カンナ

「マーガレットの、妹がいい」

 




次回予告

トビア
「ブルワーズの頭領を捕まえて、衛星の調査をする俺たち。そこで俺たちは、木星軍が月の不可侵領域にマスドライバーを建造し、地球をダインスレイブキャノンで狙い撃つ計画を展開していることを知った。マスドライバー破壊のため、月に戻るアルカディア号。だがそこに、ガンダムグシオンと、クロスボーン・ガンダムを恋人の仇と付け狙う木星の女戦士が立ちはだかる! 次回、『そして今宵、エウロペはゼウスの下より降る』来週も海賊らしく、いただいていくっ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話「そして今宵、エウロペはゼウスの下より降る」

—宇宙空間—

 

 

 

クダル

「クソッ! クソッ!?」

 

 どうして、自分がこんな目に遭わなければならないのか。クダル・カデルはガンダム・グシオンのコクピットの中で運命を呪い続けていた。

 

クダル

「なんなのよあの猿は! もう嫌! 嫌になるったら嫌!?」

 

 自分は今まで、まじめに働いてきた。宇宙海賊の一員として、略奪強奪殺戮誘拐密売なんでもやってきた。なのに、どうしてこう理不尽な目に遭わなければならないのか。

 じきに、グシオンのエネルギーも尽きる。そうなれば、クダル・カデルは暗黒の世界で独り、死を待つ存在に成り果てるだろう。酸素が尽きた時が、クダルの最期だ。

 なぜ、こんなことになってしまったのか。あの猿どものせいか。カリストの口車に乗ったせいか。こんな世界に来てしまったからか。いや……。

 

クダル

「それもこれも、全ては鉄華団のガキどものせいよ!?」

 

 そうだ。あの鉄華団のガキ。人殺しを楽しんでやがるあのガキどもが、何もかも悪いんだ。今度会ったら絶対に殺してやる。殺して潰して捻って捌いて犯してそれからまた殺して、あの世でこのクダル・カデル様に詫びさせてやる。呪いの言葉を呟きながら、クダル・カデルは狭いコクピットの中で怨念を充満させていた。そして、クダル・カデルは悪運の強い男だった。

 

クダル

「ン……?」

 

 ガンダム・グシオンの眼前に現れたのは、異様な艦艇だった。赤い塗装を施された艦首部分を覆うように、黄色い装甲をまるで、マントのように纏っている。そして、何よりも異様なのはその、艦の先端だった。まるで古代エジプトのファラオのような化粧を施した冠の男。それを模した造形。それは、まるでファラオを讃えるために作られた艦だった。こんなものを、クダルは知らない。クダルの常識にはない。

 

クダル

「な、何よあれは……」

 

 ファラオ艦から、数機の小型ロボットが飛んでくる。蜂のような姿をしたマシン。モビルワーカーだろうかとクダルは一瞬思った。だが、違う。無人機。蜂メカからは、人間の息吹のようなものを感じない。蜂メカ達はグシオンを包囲する。本来なら、ガンダム・グシオンの敵ではない。だがエネルギー残量も残り僅か。何より、今のクダルにはこれに歯向かう心の余裕など、残されていなかった。

 蜂メカ達は捕獲用のネットを繰り出し、ガンダム・グシオンを捕らえる。

 そして…………。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—アルカディア号/艦長室—

 

 

 

ハーロック

「……それで、マーガレット少尉はその子を引き取ると?」

 

 キャプテンハーロックがその報告を受けたのは、結城沙羅の口を通してだった。現在、アルカディア号は調査の為衛星Eに停泊している。最前線で戦うパイロット達にとって、この時間は束の間の休息でもあった。ハーロックはパイロット各員に自由時間を言い渡し、衛星の調査にトチローとラ・ミーメ。ブルック・カバヤンへの尋問をオルガに任せて状況の整理に努めている。

 問題のひとつであったサル達は一頭残らずシェリンドン・ロナに服従の姿勢を見せ、シェリンドンは鹵獲したブルワーズの海賊船にサル達を乗せ先に出発した。サル達はコスモ・クルス教団の管理施設で保護されることになり、そこで暮らすことになるだろう。シェリンドンのカリスマならば、サル達を任せることもできる。そう、トビア達も賛成していた。ハーロックも、そこに異論はない。

 もうひとつの問題が、ヒューマンデブリの少年少女達だ。輸送船の襲撃に使われた子供達はハーロックと同じ世界から転移してきたヒューマンデブリだ。行く当てもない彼らを引き取る責任が自分にはある、とハーロックは思っている。ヒューマンデブリに関しては、オルガ・イツカと話し合ってそう決めた。自分達で引き取るべきだと。だが、問題はこの衛星に残されていた……この世界の子供達だ。

 その多くが戦争や貧困をきっかけに身寄りを失った子供達。彼らに関しては、自分達の一存で決めることはできない。シェリンドンも、自分の教団傘下の慈善団体に掛け合うことを約束してくれたが、全てをそれにに押し付けるわけにもいかないだろう。そんな子供達が、2つの世界の子供を合計して15人近くいる。そのうちの1人……カンナ・ヘリオトロープと名乗ったという推定10代前半の少女をマーガレット・エクスは保護し、自分が後見人になると言ってきたのだ。

 

沙羅

「ああ。後でちゃんと話すって言ってたけど、一応ね」

 

 沙羅も呆れたように肩を竦める。しかし、そこにマイナスの感情がないことは、ハーロックにも見てとれた。無論、ハーロックとしても認められない理由があるわけではない。

 

ハーロック

「沙羅。俺はこの世界の面々とは、まだあまり話していない。だから、マーガレット少尉のこともよくは知らない。よければ、マーガレットのことを教えてくれないだろうか?」

 

 それでも、マーガレットがそんなことを言い出した理由は頭に留めておくべきだろう。そう判断し、ハーロックは沙羅に聞いた。沙羅は少し目を細めると、静かに口を開く。

 

沙羅

「あいつはさ……。なんだか昔の私を見てるみたいで、危なっかしいんだ」

ハーロック

「……と、言うと?」

 

 沙羅は、また少しの間口を噤む。慎重に、言葉を選んでいる。ハーロックはその口が開かれるのを、静かに待っていた。やがて沙羅は言葉を続けていく。

 

沙羅

「あいつは、昔の恋人を戦場で失った。そして……その恋人の死体を、敵に利用されてるんだ。だから、マーガレットは差し違えてでも恋人をもう一度……自分の手で殺すつもりでいる」

ハーロック

「…………」

 

 沙羅は、そんなマーガレットに自分を重ねて見ている。そして沙羅は、自らの手でかつての恋人に引導を渡した。そんな沙羅だからわかる。

 

沙羅

「マーガレットは……あいつは、苦しいんだと思う。だから、何かに縋りたいんだ。だけどあいつ、捻くれてるからそれを正義のためとか、平和のためとか。そういう風に言えないんだよ。だから、あいつなりに縋れるものがほしいんだと思う」

ハーロック

「なるほどな……」

 

 縋る。それは過酷な戦場を生き抜く人間が、多かれ少なかれしていることだ。生き死にの世界に身を置くのに、理由を必要としない人間は多くない。「戦いたいから戦い、潰したいから潰す」と言い切れる人間もハーロックは知っていたが、あれは例外だ。

 

ハーロック

(縋れるものか。もし、俺がトチローと出会わなければ……)

 

 イルミダスに敗北し、占領下となった地球のどこかで野垂れ死にしていただろう。だがトチローと、女海賊エメラルダスと出会いハーロックの運命は変わった。

 思えば、あの時からハーロックはこのアルカディア号に……トチローとの友誼と、自由の旗に縋るようにして生きてきたのかもしれないと自嘲的に笑う。そしてそれは、苦楽を共にしたもう1人の友……オルガ・イツカにしてもそうだった。彼もまた、鉄華団という存在に縋り、そして縋られる自分で在ろうと生きてきた。それは過酷な環境下で生き抜き、勝ち抜くためにオルガにできた唯一の生き方だったと言っていい。その果てに鉄華団は、オルガと三日月はあの世界に居られなくなったが少なくとも、その時まで鉄華団に集った若者達の明日を繋ぐ礎であり続けたのだと、ハーロックはオルガの戦いを誰よりも高く評価していた。

 マーガレットに縋るものが必要なのだと言うのならば、それを咎める筋合いはハーロックにはない。いや、それを咎めることができるのは唯一、縋られることになるカンナという少女だけだろう。しかし身寄りのないカンナもまた、マーガレットに懐いているらしい。つまり、これはマーガレットとカンナの2人の感情の問題でしかない。そう、ハーロックは結論づける。

 

ハーロック

「マーガレット少尉のことは、俺も許可しよう。だが、ひとつだけ条件をつけなければならんな」

沙羅

「条件?」

 

 沙羅が聞き返す。ハーロックは頷くと、静かに言葉を続けた。

 

ハーロック

「その子と家族になるというのならば、彼女の人生に責任を持て。そして、よく話をしろ。それだけが、俺からの条件だ」

 

 そう言って、ハーロックはブランデーを呷る。アルコールの焼けるような感覚が、口の中に広がっていく。それは、船員にできた新たな家族への祝杯だった。

 

沙羅

「ああ、それなら大丈夫じゃないかね。あいつら今頃……」

 

 

…………

…………

…………

 

 

—アルカディア号/シャワールーム—

 

 

 

 熱いお湯が滝のように、素肌に降り注ぐのをカンナは感じていた。気持ちいい。シャワーなんてどのくらいぶりだろう。思い出そうとしても、わからない。少なくともブルワーズに買われてからは、こんな風に身体にこびりついたものを洗い落とす機会などなかった。それ以前の場所でも、まるで鉄の塊を洗う時のように、ホースで無理矢理水を叩きつけられた記憶しかない。だからカンナは今、痣と傷だらけの裸身を晒してされるがままになっていた。

 

マーガレット

「お湯、熱くない?」

カンナ

「……大丈夫」

 

 すぐ後ろには姉が……マーガレットがいて、ガビガビになった髪をシャンプーで洗い流してくれている。指の感触が、心地いい。優しく、痛くしないように、そんな手つきでマーガレットは、カンナの髪を洗う。

 

マーガレット

「……うん、こんなものかしら。目、閉じててね」

 

 乱れ、汗で固まっていた髪が、シャワーの熱に溶かされ解けていく。水分を吸収し重くなった髪をシャンプーが解きほぐし、カンナの髪が滑らかになっていくのをマーガレットは確認する。それから優しく、シャワーの湯でシャンプーを洗い流すとマーガレットは蛇口を捻り湯を堰き止めた。

 

マーガレット

「身体は、自分で洗える?」

 

 マーガレットの目にも見える、痛々しい痣と傷。カンナがこれまで受けてきた虐待を象徴するようなそれから目を逸らさずに、しかしカンナの意志を尊重するように訊く。古いものから新しいものまで、多種多様な痣の残るその素肌は、マーガレットが触れば力加減を間違えてしまうかもしれない。そうすれば、痛いのは火を見るより明らかだ。

 

カンナ

「うん……。ありがとう」

 

 そう答え、カンナは自分の手でボディタオルを取る。それからボディソープを数滴垂らすと、シャワーで濡れた素肌にそれを当て擦っていく。

 

マーガレット

「……じゃあ、私はタオル用意しておくから」

カンナ

「ん」

 

 小さく頷いたのを聞き、マーガレットはシャワールームを後にしようと立ち上がった。その時、

 

カンナ

「マーガレット」

 

 妹に、呼び止められる。

 

マーガレット

「何、どうかしたの?」

 

 振り返るとカンナは、柔かな笑みを浮かべてマーガレットを見上げている。思わずドキリとしてしまうほどに、可愛らしい。そう、マーガレットは思う。

 

カンナ

「今度は……私がシャンプー、してあげるね。お姉ちゃん」

マーガレット

「ッ…………!?」

 

 そう言って悪戯っぽく笑うカンナ。それに対してマーガレットは、「ええ、そうね」と早口で言い切り慌ててシャワールームを後にするのだった。

 

 

 

マーガレット

「…………まったく」

 

 そんなことがあって、現在。マーガレットはシャワールーム脇のベンチに腰掛け、カンナが出てくるのを待っている。膝の上には、バスタオル。そんなマーガレットに、不思議そうに声をかける者がいた。

 

三日月

「……何してんの?」

 

 三日月・オーガス。そして、彼の乗る車椅子を押しているアトラ・ミクスタ。アトラはマーガレットの前で車椅子の足を止めると、奥のシャワールームから音がするのを聞いた。

 

アトラ

「三日月、いつもはバルバトスと繋がってるんですけど、整備の邪魔だからってウモンさんとルー博士に追い出されちゃって。あ、もしかして今さっきの子が……」

マーガレット

「そう、カンナっていうの。私が引き取った子。今、シャワー浴びてる」

三日月

「ふーん……」

 

 特に興味もなさげに、三日月は上着のポケットを弄る。しかし、火星ヤシが切れていることを思い出して「あ、」と間抜けな声を上げた。マーガレットはそれに苦笑すると、自分のポーチを弄りはじめる。その中からチョコレート・バーの包みを取り出すと、カンナにしたのと同じように三日月にも差し出すのだった。

 

マーガレット

「三日月には、助けられたわ。これはそのお礼」

三日月

「……あんたも、チョコをいつも持ち歩いてるの?」

 

 怪訝そうな目で、マーガレットを眺める三日月。

 

マーガレット

「も?」

三日月

「うん。前にもね、お詫びにってチョコをくれたやつがいる」

マーガレット

「へえ……」

 

 マーガレットがチョコレート・バーを携帯するのは、非常食糧としての意味合いが強い。すぐに食べることができて、腹持ちのいいチョコレート・バーはマーガレットにとって欠かせないものだ。何より、軍用のレーションよりも甘くて、おいしい。

 三日月はチョコレート・バーを受け取ると、左の前歯で強引に包み紙を噛みちぎる。

 

アトラ

「あっ、もう三日月行儀悪いよ!」

三日月

「いいひゃん、ほうへひぎへふはへないひ」

 

 いいじゃん。どうせ右手使えないし。そうチョコバーを頬張りながら言っていることだけは、マーガレットにも理解できた。

 

マーガレット

「三日月とアトラって、仲いいよね」

アトラ

「えっ、そ……そうですかっ!?」

 

 マーガレットが率直な感想を口にすると、アトラは顔を真っ赤にしてマーガレットを見やる。三日月は齧ったチョコレート・バーを飲み込むと、「そうだけど、何?」と不思議そうに聞いた。

 

アトラ

「えっ……み、三日月!?」

 

 さらに慌てるアトラ。

 

三日月

「仲良いのは、いいことだろ。どうしたの?」

 

 アトラが何を慌てているのか、三日月にはまるで理解できていない。それが2人が……少なくともアトラにとって三日月がどういう存在なのかを、雄弁に物語っていた。

 

マーガレット

「ふふ、ごめんなさい。ただ……2人はいつも一緒にいるから」

 

 実際、三日月は要介護者だ。アトラが身の回りの世話のほとんどをしているが、そのアトラは嫌な顔ひとつせずにやっている。マーガレットもカンナを引き取った以上、面倒を見てあげる機会は増えるだろう。マーガレットがこれから見習わなければならないたくさんのものを、アトラは持っているように見えた。

 

三日月

「そうかな?」

 

 チョコレート・バーをもぐもぐしながら、三日月。

 

アトラ

「だって……三日月と一緒にだと、楽しいですから」

 

 アトラは少し照れくさそうに、はにかんでいた。

 

マーガレット

「……そろそろ、カンナもシャワー終わる頃かしら」

 

 タオルを届けてあげないと。と、マーガレットが立ち上がる。

 

三日月

「ねえ、マーガレット。そのカンナって子……」

マーガレット

「ん?」

 

 車椅子の三日月を、見下ろす形でマーガレットが振り返った。三日月は、光の宿らない右目と、射抜くような左目でマーガレットを見つめている。

 

三日月

「家族になるなら、たくさん話しなよ」

 

 三日月の視線は鋭かった。しかし、決してマーガレットを非難する類のものではない。むしろ、そこには三日月なりの、優しさが感じられる。

 

マーガレット

「話……?」

三日月

「うん。前にも言ったっけ……。俺達鉄華団は、オルガの下に集まったひとつの家族だった。その中にさ、昭弘ってガチムチな奴がいたんだ。そいつもヒューマンデブリの出自で、保護したヒューマンデブリの子たちに、自分の苗字をあげてたんだ」

 

 昭弘・アルトランド。三日月と並ぶ鉄華団のエースであり、寡黙でストイックな性格の裏には誰よりも熱い血の流れていた男。昭弘は、戦場で実の弟を失った。そして、弟と仲良くしてくれていたヒューマンデブリ達に、アルトランドの姓を与えた。

 アルトランド。それは宇宙のゴミとして蔑まれてきた子供達に与えられた、誇るべき兄弟の証となっていた。

 

三日月

「でもさ、そうして苗字を上げた奴が死んでいく度に、昭弘は辛そうに溢してた。“もっと、話をしておくべきだった”って」

マーガレット

「…………」

 

 死んでしまえば、話などできない。だから生きているうちに、もっと話をするべきだった。昭弘という男の後悔を、マーガレットは三日月の言葉から感じ取る。それは、同じ経験をマーガレットも繰り返しているからだった。

 

マーガレット

(紫蘭……)

 

 恋人との最後の会話は、大した話もできなかった。紫蘭の戦死を聞かされた時、もっと話したかった。そんな思いが溢れて……パニックになったのを憶えている。

 

マーガレット

「ありがとう、三日月」

 

 だからマーガレットは、三日月の言葉を素直に聞き入れていた。そして、シャワールームの音が鳴り止み、扉を開ける音がしたのを聞くと再び歩き出す。

 

マーガレット

「ちゃんとたくさん、話をするつもりよ」

 

 たとえ、もし次の戦いでマーガレットが死ぬことになっても。カンナには、自分のことを憶えていてほしいから。

 それがきっと、姉妹というものなのだから。そう、マーガレットは自分に言い聞かせるように小さく呟き、頷く。三日月はそんなマーガレットとの話をもう忘れたかのように、「あ、」と間の抜けた声を上げた。

 

三日月

「早くしてね。次は俺が使うから」

マーガレット

「え? ええ……。え?」

 

 シャワールームの前まで来ているのだから、それは考えてみれば当然のことだ。だが三日月・オーガスは半身不随である。自力でシャワーなど浴びれるわけもない。

 だが、シャワーを浴びる権利は誰にでもある。それは三日月だって平等だ。

 そして、そんな三日月の車椅子を押すアトラの外ハネが、ピョコンと揺れる。

 

マーガレット

「え……、あ……ああ、そうね。急ぐわ」

 

 これ以上考えるのはよそう。そう思い、顔を真っ赤にしてマーガレットは逃げるようにシャワールームへと入っていった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—月面/ムゲ・ゾルバドス基地跡地—

 

 

 月。地球に夜に輝くこの星は、宇宙世紀時代からずっと、地球とスペース・コロニーを支える貿易の星として繁盛していた。アナハイム・エレクトロニクス社を筆頭に多くの企業が月に本社を持ち、経済を支えている。未来世紀に年号を改め、社会体制が大きく変化した現在も国家コロニー間の貿易の中心としてこの月は、今なお数多くの人々が行き交っていた。

 しかし、そんな月には一部だけ、ひっそりと静まり返った箇所がある。不可侵宙域……。そう、遠い昔に決められた場所。かつて旧世紀に、人類がはじめて月の大地を踏んだ記念すべき土地として、そこは聖域と呼ばれていた。聖域。誰も侵すべからずとされる領域。そこにアポロ11号以後はじめて土足で足を踏み込んだのが、ムゲ・ゾルバトス帝国だった。帝国は秘密裏に、地球侵略の本拠地を建造。この月面から強かに地球を狙いそして……ダンクーガに敗れた。

 今、このゾルバドス帝国跡地は完全な廃墟と化している。ムゲ戦争、木星帝国の巨兵、デビルガンダム、ガンダムファイト……それだけに留まらず、日夜起きるあらゆる問題への対処を優先するあまり、戦後処理が疎かになっているというのが、この世界の現実だった。そして、木星軍の残党はこの廃墟を隠れ蓑にしている。カマーロ・ケトルは新総統直々の指令により、地球からこの月へと戻ってきたばかりだった。

 

カマーロ

「これは……」

 

 カマーロを出迎えたのは、巨大なマスドライバー。即ち、ここから地球やコロニーにまで物を投げ飛ばすことのできる巨大なカタパルト機構。こんなものは、カマーロがここにいた時にはなかった。つまり、帝国が密にこの設備を用意したということになる。

 

影のカリスト

「遅かったな、カマーロ・ケトル」

カマーロ

「申し訳ありません」

 

 地球から月へ戻るのに、どれだけの金が必要になると思っているのか。そう内心カマーロは、新総統たる影のカリストを罵った。実際、宇宙行きの切符を買うために彼は、残されたバタラを何機か売り払うハメになったのだから。

 

影のカリスト

「ああ、気にするな。お前はこれより、このダインスレイヴキャノンの防衛任務に当たってもらう」

カマーロ

「ダインスレイヴキャノン……?」

影のカリスト

「ああ。こいつを打ち出すための装置さ」

 

 カリストが脇目に見やるものを、カマーロも目で追う。そこには、全長200mほどの巨大な杭のようなものが見えた。

 

カマーロ

「これを? まさか?」

影のカリスト

「そう。地球に……さしずめガンダムファイト優勝国の日本にでも向けて撃つとするか。今の国連で一番強い発言力を持つ国の国土にこんなものが落ちれば、ネオジャパンはその対応に追われなきゃいけなくなる。そして……本当はガンダムファイトなんてプロレスごっこをせず、戦争で権力を勝ち取りたいと思ってる各国家コロニーの連中はこれみよがしに日本を、ネオジャパンを喰おうとする……フフ、素晴らしいと思わないか。一撃、たった一撃で地球国家は滅びの道を辿ることになる」

 

 かつて、木星帝国総統クラックス・ドゥガチは地球環境を完全に破壊すべくいくつもの核弾頭を搭載したモビルアーマーを地球へ向けて放ったことがある。しかもそれらはDG細胞に感染し、あの恐るべきデビルドゥガチを生み出した。それに比べれば、一時的な被害は微々たるものだろう。しかし、この作戦が成功した場合の地球圏の経済的な損失は計り知れないものになる。それは、カマーロにも理解できた。

 

カマーロ

(フ、フフ……影のカリスト。流石はドゥガチ総統の後継者というだけはあるわね)

 

 現在、木星は混乱の只中にある。帝国総統クラックス・ドゥガチ崩御の後、ガリレオ・コネクションが急速にその勢力を増した。帝国は今、カリスト派とコネクション派。そして和平派の三派閥に分かれている。そんな中にあって、地球へ向けて攻撃作戦を立てていたとは……。カマーロは舌を巻いた。

 

影のカリスト

「おいおい、この作戦は別に地球だけに被害を与える作戦じゃねえぜ」

 

 そんなカマーロの考えを見透かしたかのように、カリストは呟く。

 

影のカリスト

「この作戦には、大事なスポンサー様がいるのさ。同じ敵を持つ、な」

 

 カリストがそう言うと同時、巨大な宇宙艦艇が一隻、この不可侵宙域へと着陸する。巨大なキングコブラの冠を持つ、奇妙な艦。その中から、1人の男が降りてくる。宇宙用のヘルメットをしていて顔は判別できないが、成人男性用のものであることはわかった。故に、カマーロは男と判断した。男は、数人の側近を従えこのゾルバドス基地の跡地……木星帝国の修復作業により宇宙線遮断と、人工酸素供給機能を復元させた状態のそこに足を運び、カマーロとカリストの前でヘルメットを脱いだ。

 

カーメン・カーメン

「ホッホッホッ。首尾は上々のようだな」

カマーロ

「こ、この男は……!?」

 

 カマーロ・ケトルも知っている。いや、裏社会に耳を持つものならば誰もが聞いたことくらいはあるだろう。カーメン・カーメン。地球のアフリカ地区を生業とする巨大なマフィア組織ヌビア・コネクションの若き総帥。先日、新総帥として就任するや否やそのカリスマを見せつけヌビアを地球最強の犯罪組織へと乗り上げた謎多き男。そのカーメン・カーメンが、木星帝国のスポンサー?

 

影のカリスト

「カーメン・カーメン。お前とヌビアのお陰でこのダインスレイヴキャノンの準備は整った。後は、実行に移すのみさ」

カーメン・カーメン

「ホホホ。全ては大アトゥーム計画のため……。約束通り、木星のゴミどもを掃除する手伝いは、させてもらおう」

 

 大アトゥーム計画。カマーロも聞きなれない言葉だったが、あえて聞かなかったことにした。そして彼はカリストへ敬礼すると、そそくさとその場を後にする。

 影のカリストと、カーメン・カーメン。2人の間にどのような密約が交わされたのかはわからない。だが、知らぬが仏という言葉もある。

 

カマーロ

(薮から出てきたコブラに噛み殺されるなんて、アタシはゴメンよ!)

 

 カリストとカーメン・カーメンが何を企んでいようと、カマーロには関係ないことなのだから。内心でそう吐き捨て、逃げるように司令部へと急いだ。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—衛星E/アルカディア号—

 

 

オルガ

「何だと、そいつは本当か!?」

 

 尋問のために、ブルック・カバヤンへ宛てがった独房。そこでオルガ・イツカは怒声を上げた。そのあまりの大声は独房を越えて船内に響き、数名の乗組員がオルガの下へ集まっていく。藤原忍も、その中にいた。

 

ブルック

「ああ。本当だ。俺たちはゾーンの奴に雇われて、木星軍と協力してたんだ。そこで木星軍の連中と一緒に、月面から巨大なダインスレイヴを地球へ撃ち落とす計画に参加する手筈だった」

 

オルガ

「…………!?」

「ダインスレイヴ?」

「北欧神話に登場する魔剣の名だな。一度抜けば最後、誰かを切り殺すまで鞘に収めることのできないダーインの遺産……。恐らく、兵器か何かのコードネームなんだろう」

 

 亮が解説する。阿頼耶識の件といい、やけに詳しいなと忍は思ったが、特に口にはしなかった。重要なのは名前の由来より、それが何をするためのものかだ。

 

オルガ

「ダインスレイヴは、俺達の世界では使用が禁止されている兵器のひとつだ。超硬度の弾頭をレールガンで撃ち出す質量兵器。モビルスーツどころか、戦艦のナノラミネートだって貫いちまうほどの威力を持ってやがる」

 

 鉄華団のメンバーの中には、直接的、間接的問わずこのダインスレイヴで命を失ったものもいる。そういう意味でもオルガ達にとって、ダインスレイヴは呪わしい言葉だった。

 

雅人

「それの、どデカいサイズを作ったってことかよ。そんなものまともに受けたら、ダンクーガだってお陀仏だぞ!?」

オルガ

「テメェ……それがどう言う代物かわかってんのか?」

 

 オルガが凄み、ブルックは怯む。しかもそれを地球へ向けて発射などしたら。

 

シャア

「……着弾した周囲一帯への被害は尋常ではないものになるな。コロニー落としと同じ過ちを、人はこうも繰り返すか」

 

 シャアもまた、俗物を睨みつける。ブルックの瞳の中に映るシャア・アズナブルの姿に気付き、シャアはさらにその視線に殺意を込めた。

 

「仮にその弾頭が崩壊せずに地球へ着弾したなら、都市一つを消滅させるのに十分な破壊力を有するはずだ。だが、より問題なのはその衝撃で発生する熱波と、クレーターが発生する際に生まれる無数の灰だ。何千、何万という人間が死ぬことになる」

「ッ!? この外道! そこまでして何が目的だってんだ!」

 

 完全に頭に血が上り、忍はブルックの胸倉を掴んだ。ブルックはその獰猛な野犬のような瞳に睨まれ、身を竦ませる。

 

「答えやがれ!」

ブルック

「か……金以外に何があるってんだ!?」

「このッ……!?」

 

 話にならない。こんな下衆相手にするだけ無駄だ。そう判断し、忍はブルックをそのまま叩きつけた。

 

「こうしちゃいられねえ。俺達も月へ急ぐぜ!」

オルガ

「ああ、キャプテン。それでいいか?」

 

 アルカディア号の端末を操作し、オルガは艦長室へ繋いだ。数秒後、モニタにハーロックの顔が映し出される。彼はオルガに渡していた通信機で予め、オルガの尋問を聞いていたのだ。

 

ハーロック

「ああ。トチローとラ・ミーメも、衛星の中で作戦資料と思われるものを発見した。どうやら、その男の話は本当らしい」

 

 そう言って頷くと、ハーロックはアルカディア号の全域放送をオンにする。そして義憤と信念に満ちた声で、高らかに叫ぶのだった。

 

ハーロック

「アルカディア号、発進! 目的地は月面。木星軍のダインスレイヴキャノンを叩き、奴らの作戦を阻止せよ!」

 

 

 

 

……………………

第21話

「そして今宵、エウロペはゼウスの下より降る」

……………………

 

 

 

—月面/ムゲ・ゾルバドス帝国基地跡地—

 

 

 

エウロペ

「カリスト!」

 

 一人の女性が、影のカリストに食ってかかっていた。木星帝国で、影のカリストにこのような口の利き方ができる人間は今二人しかいない。一人は光のカリスト。影のカリストの半身にして、半神。そしてもう一人……カリストの姉でもあるエウロペ・ドゥガチは眉間に皺を寄せ、物凄い剣幕で弟を睨む。

 

影のカリスト

「姉上……。新総統であるこの私に意見するつもりですか?」

エウロペ

「当然です。こんなことをしても、意味がない!」

 

 エウロペはその美しい、銀色の髪を振り乱しながら叫ぶ。それは、懇願にも似た色を帯びた叫びだった。

 

エウロペ

「仮にこの作戦が成功したとして、今の木星では混乱する地球圏を制圧する手立てがない。我々はガリコネという内部の敵を抑え込めていないというのが現状なのに、外の敵までもを刺激する必要はないでしょう!」

 

 エウロペは吼える。それは、木星という小さな国家の現状だった。現在、木星圏は大きく二つに分かれている。クラックス・ドゥガチの地位を継承した新総統カリストの派閥と、クラックス・ドゥガチ没後に巨大化した巨大マフィアのガリレオ・コネクションの二大派閥。内なる敵であるガリレオ・コネクションを牽制しながら地球と全面戦争を行うメリットなど、事実としてどこにも木星にはなかった。

 クラックス・ドゥガチの死後、仮初とはいえ結ばれた停戦。それを破ってまで事を起こすには、あらゆる準備が足りていない。

 

エウロペ

「あなたの計画は……地球の人々を大勢死に至らしめる。ですが、それで我々に与えられるものは地球人からの憎しみの炎。それがわからないのですか?」

影のカリスト

「ククク……わかっていないのは姉上の方ですよ」

 

 だが、影のカリストにそんなエウロペの……姉の懇願が届くことはなかった。

 

影のカリスト

「ダインスレイヴキャノン計画はあくまで前哨戦でしかない。我々の真の計画……“神の雷”のね」

エウロペ

「そんな、まさか……?」

 

 神の雷。それが何を意味する言葉なのか、エウロペは知っている。しかし、それは口にするのも憚られるほど恐ろしいものだった。あれを本気で、弟はやろうとしている?

 

カリスト

「それに……ククク、姉上。どうやらパーティのゲストがやってきたようですよ」

エウロペ

「……!?」

 

 エウロペが宇宙の海を見上げると、月に迫るものがあった。巨大な髑髏の海賊船……アルカディア号。そして、アルカディア号に先行するようにX字型のバックパックを背負うモビルスーツ。

 

エウロペ

「クロスボーン・ガンダム……!」

影のカリスト

「なるほど。海賊軍とやらは確かに、国連のマヌケ共とは違うらしい。姉上、あれが仇ですよ」

エウロペ

「……わかっている!」

 

 踵を返し、エウロペは走り出す。自らの、モビルスーツの下へ。

 

エウロペ

「カリスト、とにかくこのような馬鹿な真似はやめなさい!」

影のカリスト

「そうですね、姉上が海賊のガンダムに勝てたら、考えてあげてもいいでしょう」

 

 せせら笑うように、影のカリストは言った。明らかに、エウロペを見下している。それを感じながらもエウロペは、弟の言うことを信じる他に道はなかった。エウロペが自らのモビルスーツに乗り込むと、彼女を護衛する木星兵たちも自分のモビルスーツへ搭乗。物々しい駆動音と共に、バイザーアイの中の瞳がギラついた。

 

木星兵

「奥様、ここは我々にお任せください!」

エウロペ

「いや……クロスボーン・ガンダムは、カーティスの仇は、私が撃つ。エウロペ・ドゥガチ、アマクサ出るぞ!」

 

 エウロペ・ドゥガチの胸中にあったのはしかし、迷いだった。このままで、結局弟の言いなりになるしかできないままでいいのだろうか。カーティスの仇であるクロスボーン・ガンダムへの憎しみは確かに、エウロペの中にわだかまっている。だが、憎しみでこんな戦いをしていいのだろうか。そんな迷いを振り払うように、エウロペは操縦桿を強く握った。

 

 

 

 

影のカリスト

「全く、愚かな姉だ……」

 

 出撃する姉とその護衛達を、影のカリストは嘲笑っていた。正直、この作戦が成功しようが失敗しようがどうでもいい。ただ、“木星はまだ地球を敵視している”というメッセージさえ地球に送れれば、それが彼の計画の第一段階だ。そして、「地球を敵視する」敵の存在というものがこの計画を裏で支援しているエメリス・マキャベルには必要なものらしい。そう、影のカリストはMr.ゾーンという男から聞いている。

 

カーメン・カーメン

「ホッホッホッ。まるで女騎士の在り用だな」

影のカリスト

「姉上はあれで人望がある。まだ使い道があるから、今は好きにさせているだけだよ」

カーメン・カーメン

「成程。では、カリスト殿。我々の艦にお乗りください」

 

 これから影のカリストは、このヌビア・コネクション旗艦に乗艦し木星へ帰る手筈になっている。ヌビア・コネクションにとっても、木星で幅を利かせるガリレオ・コネクションは目障りな存在らしい。そしてカーメン・カーメンの語る大アトゥーム計画。それはカリストにとっても魅力的なものだった。だからこそ、カリストとカーメン・カーメンは手を組んでいる。そして、このヌビア・コネクション旗艦ならば地球から木星までの距離も遠いものではない。

 

影のカリスト

「さて、姉上の部隊は海賊軍を相手にどう立ち回るかな?」

 

 影のカリストには、姉の……エウロペの全てがわかる。伝わる。だから、エウロペがいる限り離れていても問題はなかった。エウロペが、生きてさえいれば腕の一本、足の二、三本くらいなくなっても問題ないとさえ考えている。

 

カーメン・カーメン

「戦力的に不安が残るなら、我々の戦力も少しばかりお貸ししよう」

 

 そう言って、カーメン・カーメンが指を鳴らす。すると、筋骨隆々にモヒカンの大男が現れ、カーメン・カーメンの前に傅いた。

 

クダル

「……お呼びでしょうか、カーメン・カーメン」

影のカリスト

「…………!」

 

 クダル・カデル。宇宙海賊ブルワーズの一員であり、ガンダム・グシオンのパイロット。弱いものいじめが大好きでヒステリックなあの男が、まるで操られたかのようにカーメン・カーメンに屈服している。その様子に、さしもの影のカリストも目を見開いた。

 

カーメン・カーメン

「よいか、お前は月基地を防衛するのだ。お前の最も得意な、戦いでな」

クダル

「はっ……はっ!」

 

 恭しくお辞儀をし、クダル・カデルは退出する。あれだけ敵視していたカリストなど、眼中にないように。

 

影のカリスト

「……これは、少し驚いたな」

カーメン・カーメン

「ホッホッホッ、月へ向かう途中で回収したモビルスーツに乗っていてな。使えそうなので洗脳措置を施してみたのよ」

 

 こういう時のための、捨て駒に。そう、カーメン・カーメンは妖しげな笑いを浮かべ、ほくそ笑んでいた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

ハーロック

「あれが、ダインスレイヴキャノンか」

 

 アルカディア号から見える、巨大なカタパルト。その射出口を睨む。ダインスレイヴ。あの忌まわしい兵器を。既にアルカディア号の存在を察知した木星軍のモビルスーツ達が、アルカディア号へと迫っていた。多くはバタラ・タイプだが、中にはバタラとは違うものもいる。その中にはあのアマクサや、ガンダム・グシオンの姿もある。

 

三日月

「あいつ、まだ生きてたんだ」

 

 三日月もそれに気付くが、グシオンは既に眼中になかった。あれは昭弘に危害を加えて奪ったものではない。その言質を取った以上、あれに興味はなかった。

 

オルガ

「ミカ、雑魚には構うな。あのダインスレイヴキャノン。あれだけはなんとしても破壊しなきゃならねえ」

三日月

「わかってる。あれには俺も、随分酷い目に遭わされたからね」

 

 三日月の肩が、静かに震える。元の世界での、三日月が生死の境を彷徨うほどの傷を受けたギャラルホルンとの戦いで、三日月はダインスレイヴの斉射攻撃を浴びた。その結果、一騎当千を誇るガンダム・バルバトスルプスレクスすらその威力を前に沈黙した。それだけではない。敵のダインスレイヴは、三日月の家族を……鉄華団の命を次々と奪っていった。

 

三日月

「……もう、あんな思いはごめんだもんな」

 

 それはオルガも、それにハーロックも同じ気持ちだった。

 

ハーロック

「各員、雑魚に構うな。目的はあくまでダインスレイヴキャノン。その破壊だ。アルカディア号、全速前進。あの悪魔の剣を、今ここで叩き砕け!」

「おう! やってやるぜ!」

 

 アルカディア号から出撃するモビルスーツ達。そして、超獣機神ダンクーガ。エンペラー班と比べて、アルカディア号班には超推力、超馬力のスーパー・ロボットが著しく不足している。今、ダインスレイヴキャノンを一撃で破壊できるような兵器はおそらくダンクーガの断空砲のみだろう。

 

シャア

「ダンクーガを中心にフォーメーションを組む。敵をダンクーガに近寄らせるな!」

マーガレット

「了解……!」

 

 今回、シグルドリーヴァはベース・ジャバーを下駄履きしての出撃だ。理由は明白、ダンクーガと足並みを揃えるため。普段は後方からの火力支援を主眼に置いた機体だが、今回シグルドリーヴァはそのありったけの火力で、敵をダンクーガに近寄らせないという仕事があった。そして、シグルドリーヴァと同じく重武装。そして高機動を両立するサザビーと、ダブルゼータがダンクーガの側面につく。

 

アムロ

「俺と三日月、トビア、ハリソン大尉は敵の撹乱だ。行くぞ!」

トビア

「了解!」

 

 そして、もう一面。迎撃に現れた木星軍のモビルスーツ部隊の撹乱のために編成された遊撃部隊。こちらは遠近両用の装備を持つνガンダムとF91。そして近接戦においては無類の強さを発揮するバルバトスとクロスボーン。ハーロックを司令塔に、アムロとシャアに二小隊を任せる布陣。まさしく、アルカディア号にとっても最大戦力でこの戦いに臨んでいた。

 

 

カマーロ

「あれは……忌々しい海賊どもめ!」

 

 月面基地の司令室。ダインスレイヴキャノンを任されたカマーロ・ケトルはその髑髏のマークを忌々しげに見つめて舌打ちをした。ドゥガチ総統存命の時から今まで、奴らにはロクな思い出がない。だが、今カマーロには切り札がある。ダインスレイヴキャノンという、強力な切り札が。

 

カマーロ

「ダインスレイヴキャノン、発射準備を急がせなさい!」

 

 地球へ落とす前に、試し打ちをさせてもらおう。目標はあの海賊船。旗艦に風穴が開いた時、あの海賊どもどう思うだろうか。カマーロは醜い笑みを浮かべ、クツクツと嗤っていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

トビア

「あのアマクサ、クロスボーンを狙ってくる?」

 

 多くのバタラがダンクーガの強襲を阻止せんと特攻している中、執拗にトビアの乗るX1パッチワーク目掛けて真っ先に突撃をかけるアマクサの小隊がいた。そこからアムロ・レイのようなプレッシャーは感じない。つまり、バイオ脳が乗るものではなく量産型だろう。だがトビアは、クロスボーン・ガンダムへの敵意を鋭敏に感じ取る。ザンバスターを構え、迫り来るアマクサを迎撃。しかし、先頭に立つアマクサは巨大なシールドを構えザンバスターによる攻撃を防ぎ、クロスボーン・ガンダムへと迫った。

 

トビア

「こ・い・つ!?」

エウロペ

「海賊軍……カーティスと、テテニスの仇!」

 

 ビームサーベルを抜き斬りかかるアマクサ。それをクロスボーン・ガンダムは、同じようにビーム・サーベルで鍔迫り合う。

 

トビア

「離してくれ! 今は戦ってる場合じゃないんだ!」

エウロペ

「私には、戦う理由がある!」

 

 ビームの刃が激しい火花を散らせ、クロスボーンのABCマントを焼いた。このままでは埒が開かない。とトビアは脚部に隠すヒートダガーを展開し、アマクサを蹴り上げる。

 

エウロペ

「っ!? 武器が? そんなところに?」

 

 怯み、エウロペは一瞬身を引いた。しかし、そんなエウロペを守るように周囲のアマクサが前に出て、ビーム・ライフルを斉射していく。

 

木星兵

「あのガンダムは、木星から全てを奪ったガンダムだ。ここで落とせ!」

トビア

「な……!?」

 

 マントの間を狙われる。Iフィールドハンドでも間に合わない。しまった。そう思った直後、クロスボーン・ガンダムを包み込むようにビーム・バリアが展開される。

 

アムロ

「トビア、油断するな!」

 

 νガンダム。アムロ・レイのために作られた白いモビルスーツ。そのフィン・ファンネルが、クロスボーン・ガンダムを守るようにサイコミュ・シールドを展開していたのだ。

 

トビア

「すいません、でも……!」

 

 やりづらい。木星の相手にここまでやりづらさを感じたのは初めてかもしれない。周りの連中は、明らかに指揮官を守るように動いている。それは、「ドゥガチ総統のために命を捨てよ」というこれまでの木星軍の動き方とは違うものだ。

 

トビア

(もしかしたら、話せばわかる人かも……)

 

 それが、トビアの少年の心が感じる甘えなのは、自分でもわかっていた。だが、その直感に……感情に従ってこれまで生き抜いてきたのがトビア・アロナクスという少年だ。

 

トビア

「俺達の目的は、ダインスレイヴキャノンの破壊だ。あんた達だって、本当はこんなことしたくないんじゃないのか?」

 

 だからトビアは、目の前にいる木星人の善性に賭けてみることにする。

 

アムロ

「トビア……!?」

ハリソン

「トビア君?」

 

 アムロは驚き、ハリソンは目を剥く。トビアは自らのコア・ファイターを分離させ、ガンダムを宇宙空間に放り出してアマクサ隊の方へと向かっていくのだ。

 

木星兵

「な、なんだこいつは……!?」

エウロペ

「な・に?」

 

 その行動に驚いたのは、アムロ達だけではない。エウロペ以下アマクサ部隊も、その行動に虚を突かれる。

 

トビア

「たしかに、俺達は木星軍にとっては仇敵かもしれない。だけど、あんた達だってこんなやり方は正しくないって……わかってるんじゃないのか!」

 

 コア・ファイターで迫るのは、敵に自分の声を届けるためだ。コア・ファイターから伸びるワイヤーが、エウロペのアマクサを捉える。それは、トビアの声を真空の宇宙でよりクリアにエウロペに届けるための……お肌の触れ合い回線と呼ばれるアナログな手法だ。ガンダムのままでも、行うことはできる。だが、ガンダムで行けば回線を触れ合わせる前にドンパチしてしまうだろう。そう考えて、トビアはあえてガンダムを捨てたのだ。

 しばらくの間、静寂。しかし、数秒の時がエウロペの口を、静かに開かせる。

 

エウロペ

「……そうだ。私は、この作戦をやめさせるためにこの地へ来た」

トビア

「だったら!」

エウロペ

「だが! 私の愛する人と、テテニス様を殺した宇宙海賊を許すこともできんのだ!?」

 

 悲痛な叫びが、トビアの耳に伝わり裂く。女の声だ。しかし、

 

トビア

「え……と? テテニス? 様?」

 

 トビアの方は、目を丸くすることしかできなかった。

 

エウロペ

「そうだ。忘れたとは言わせまい! ドゥガチ総統の一人娘である、テテニス姫。彼女が生きていれば、今頃……!」

トビア

「あの、えーと……。大変申し上げにくいんですが……」

 

 トビアはアルカディア号に、正確に言えばその中に格納されている海賊輸送船リトルグレイに通信を送る。その通信をキャッチし、トゥインクの声がコア・ファイターの中に響いた。

 

トゥインク

「こちらリトルグレイ。トビア?」

トビア

「あー、悪いんだけどベルナデットを出してくれないかな」

ベルナデット

「え、私?」

 

 不思議そうに、きょとんとしたベルナデットがモニタに映る。トビアはコンソール・パネルを開くと、目の前にいるアマクサに回線の周波数を教える。

 

エウロペ

「何だ、なんのつもりだ?」

トビア

「いいから、その回線を開いてください」

 

 怪訝そうな顔でエウロペが言われた回線を開くと、モニタに映し出されたのは、金髪碧眼に、童顔の可愛らしい少女……ベルナデットだった。いや、正確にはベルナデットではない。少なくとも、エウロペにとっては。

 

エウロペ

「な……あなたは……」

ベルナデット

「エウロペ……エウロペなの!?」

 

 テテニス・ドゥガチ。木星帝国前総統クラックス・ドゥガチの一人娘であり、以前の戦役で海賊軍の手にかかり殺された……そう、エウロペが信じていたはずの少女。そのテテニスが、海賊軍の船に乗りそして、ブリッジにいる。その事実と今まで信じてきた真実の矛盾に、エウロペは愕然とした。

 

エウロペ

「テテニス……様。生きて、いたの……」

ベルナデット

「ええ。ええ! あなたも、よく無事で!」

 

 無事などではない。少なくとも木星は、以前よりもひどくなっている。ドゥガチの死後、新総統カリストと新たに台頭したマフィアのガリレオ・コネクションの内紛で、木星の未来は今にも閉ざされようとしているのだ。しかし、そのことを皇女たるテテニスはきっと知らない。そして知らずに海賊軍の船に……。

 

エウロペ

「生きていたのなら、どうして木星へ戻ってきてくれなかったの! お前が、テテニスがいてくれれば、木星は……」

ベルナデット

「え……、エウロペ?」

 

 テテニス・ドゥガチが生きている。その事実はエウロペだけでなく、エウロペを護衛していたアマクサの動きをも動揺で鈍らせていた。

 

木星兵

「テテニス様が? 生きて?」

木星兵

「だが、海賊軍にいるのはなぜだ?」

 

ベルナデット

「……エウロペ、よく聞いて」

 

 そんな中、ベルナデット・ブリエットは……いやテテニス・ドゥガチは気丈な眼差しでエウロペを見つめ、言葉を探していた。

 

ベルナデット

「ダインスレイヴキャノンが発射されれば、きっと地球の人達は木星を恨みます。その憎しみはきっと、第二のクラックス・ドゥガチを地球で生んでしまう。だから、手伝ってほしいの」

エウロペ

「私だって、理解している。だが、私に帝国を裏切れというのか?」

 

 ベルナデットは「ううん」と首を振り、それから改めてエウロペに向き直る。

 

ベルナデット

(リュクスさんは、お父さんを止めようと必死になってる。あの時、私にできなかったことをしようとして。アトラたちのいた火星だって、大変だったみたいだけど、少しずつよくなってる。それは、みんなが頑張って戦った結果として、勝ち取ったもの。だから……)

 

 木星だけが、木星帝国の姫君だけが、何もしないわけにはいかなかった。もし木星が大変なことになっているのだとしたらそれはベルナデットにとっても、いやテテニスにとっても見過ごせない問題なのだから。

 

テテニス

「テテニス・ドゥガチに力を貸して。木星を、憎しみから解放するために」

エウロペ

「っ……!?」

 

 それは。エウロペが。エウロペ・ドゥガチがずっと、待ち続けていた言葉だった。

 

エウロペ

「テテニス……。木星のために、立ち上がってくれるというの?」

ベルナデット

「うん。だけどそのためにはエウロペ、あなたに教えてもらいたいの。今、木星がどうなっているのか」

 

 リュクスは今も世界を見て、父を止めるためにどうすればいいのか考えている。ベルナデットも、クロスボーン・バンガードの……そして、ここに集った仲間達と多くのものを見てきた。それに、自分は一人じゃない。

 

ベルナデット

「今の私には、たくさんの仲間がいるわ。きっと、力を貸してくれるはずよ」

 

 虚無を撃ち貫くために集った、仲間がいるのだから。

 

エウロペ

「テテニス……」

 

 アマクサ達はその言葉に武器を降ろし、踵を返す。

 

エウロペ

「聞いたな。私達は、テテニス様の命令でダインスレイヴキャノン破壊任務に当たる!」

木星兵

「了解!」

木星兵

「へっ、あのいけ好かない新総統様より、可愛いテテニス様の為に死にてえもんな!」

 

 ジーク・ジュピター。ジーク・ドゥガチ。そう唱え、4機のアマクサはダインスレイヴキャノンへと飛んでいった。そして残るのは、トビアのコア・ファイター。

 

トビア

「話はついた……のか?」

 

 もう少し、ややこしい話になるのを想像していたトビアだが、どうもスムーズに丸く収まってくれたことを悟りコア・ファイターを再びガンダムにドッキングさせるトビア。パッチワークは、ハリソンがうまく守りながら戦ってくれていた。

 

ハリソン

「全く、木星軍を説得するだなんて。無茶なことをする!」

トビア

「すいません!」

 

 激戦の中に晒しながら、ガンダムには傷ひとつついていない。さすがはハリソン大尉だ。とトビアは心の中で感謝しつつ、ベルナデットに通信を送った。

 

トビア

「あの人……木星で知り合いだったの?」

ベルナデット

「うん……トビア。エウロペを、母さまを援護して!」

トビア

「おう! …………ん?」

 

 エウロペ。それがあの女性の名前であることは、二人の話からも推測できた。だが、しかし。

 

トビア

「かあ……さま?」

 

 一瞬、トビアの思考は真っ白になってしまっていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

オルガ

「ミカ……。バルバトスの調子はどうだ?」

三日月

「うん。問題ない。むしろ、前より調子いいかも」

 

 モビルスーツ部隊の先頭を行くのは、ガンダム・バルバトスルプスレクスだ。阿頼耶識システムによってまさに三日月と一体化しているバルバトスには、「操縦」という行為で発生するラグが非常に少ない。その敏捷性を生かし、アムロと共に敵を撹乱していた。

 

アムロ

「三日月、前の敵は任せる!」

三日月

「わかった」

 

 迫るペズ・バタラに、バルバトスの鋭利な尻尾が襲い掛かる。無軌道に戦場を駆け回り、全てを切り裂くブレードテイル。それは、ある意味では物理的な刃を伴うファンネルのようなものにアムロには見えていた。

 

アムロ

「阿頼耶識は、パイロットの神経をより研ぎ澄ませる力でもあるというのか?」

 

 無論、こんな真似ができるのは三日月とバルバトスだからである。だが、人機一体を体現する阿頼耶識ならば余計に、「尻尾を振る」という動作はイメージしづらく、難しいはずだ。三日月はそれを、まるで生身の身体にも尻尾があるかのようにやってのけている。それは、イメージによって縦横無尽に動かすサイコミュ兵器のそれと近いようにアムロには見えていた。

 

アムロ

「だとしたら、阿頼耶識のリミッターを外すというのは強制的にニュータイプ能力を発現させることに近いのかもしれないな……」

 

 そう言葉にしながら、νガンダムは次々とバタラを撃墜していく。獣のように狂い舞う三日月と、人間離れした超常的反応速度で敵を撃ち落としていくアムロ。νガンダムのシールド裏に隠されているミサイルがまた、バタラを撃ち落としていく。

 

アムロ

「ム……? 来るのか!?」

 

 フィン・ファンネルを展開し、νガンダムは前方の敵へ射出する。多くの有象無象はファンネルを避けることもできずに爆散していく中、一機だけアムロの攻撃を突っ切り突撃してくるものがある。

 

クダル

「カーメン……! カーメン……!」

 

 ガンダム・グシオン。そのナノラミネートの重装甲とそれに機動力を与える推進力が、アムロ達の前に迫っていた。

 

アムロ

「何だ、敵意は感じない。いや、だがこれは……?」

 

 純粋な殺意。しかしそこに意志を感じられない。それがアムロに、違和感を抱かせる。しかし、殺意を感じるのならば、その殺意に合わせて引鉄を引く。だが、ビーム・ライフルの光はナノラミネートアーマーが直撃を弾いていく。チィッ、アムロは舌打ちし機体を上昇させハイパー・バズーカの背面撃ちでグシオンを迎撃する。至近距離での白兵戦でなら、ナノラミネートを貫く算段もある。しかしあの重装甲と巨大なハンマーを持つグシオンに迂闊に近づくのは危険と判断し、アムロはバズーカで対応していた。

 

アムロ

「奴の相手を頼む、三日月!」

三日月

「あいつか……」

 

 面倒臭そうな生返事をしつつ、三日月はルプスレクスの尻尾を振り回しグシオンへと伸ばす。それをクダルは避けもせず、装甲を貫かれながらバルバトス目掛けて突撃していた。

 

三日月

「何……?」

 

 おかしい。その動きに三日月は違和感を覚える。あいつは別に、特別強敵だったわけでもない。ただちょっと硬くて、面倒なだけだ。だが、その硬さに任せて雑な操縦をするような奴ではないことを、三日月は知っている。

 

クダル

「カーメン……カーメン……!」

三日月

「え、カメ?」

 

 よくわからないことを喚いているのは、変わらない。だが、わからないの質が違う。三日月の知るあれは、見当違いなことを喚いて煩いことこそ多かったが、意味不明のことを叫ぶようなやつではなかった。だが、今は違う。

 

三日月

「あんた……誰?」

 

 それが、三日月が今のクダル・カデルに抱いた印象だった。そんなことはお構いなしに、グシオンはルプスレクスへ突っ込んでいく。そして、その巨大なハンマーを大きく振り上げ、バルバトスへと叩きつけた。

 

クダル

「カーメン!」

三日月

「危ないな……!」

 

 咄嗟の判断で、ロングメイスを掲げ防御する三日月。その動きには寸分の狂いはない。戸惑いながらも、三日月の心は殺し合いの中にあった。だから、相手の強襲にも対応できる。巨大な金槌と大剣が激しく鍔迫り合い、火花を散らす。

 

三日月

「まあ、いいか!」

 

 クダル・カデルに感じた違和感を無視し、三日月はバルバトスの尻尾をグシオンから引き抜く。天使の名を持つ災厄から奪い取った尻尾。それを縦横無尽に振り回し敵を寄せ付けない孤高の狼。バルバトスは今、まさしく敵に災厄を降り注ぐ悪魔と化していた。そう、死を告げる悪魔に。

 

クダル

「カーメン……カーメン……あ、あああああ!!!!!?」

 

 尻尾を引き抜かれ、ガンダム・グシオンの重装甲が大きく裂ける。亀の甲羅にも見まごう装甲が砕け、内部のフレームが露出する。機体が上げる悲鳴に呼応するかのように、クダル・カデルも大きく叫びを上げた。そして、阿鼻叫喚のまま大槌を振り回す。機体は既に、限界を迎えている。恐らく、まともにメンテもされていないままこの戦いに赴き、そしてバルバトスのテールブレードの直撃を受けながら暴れ回ったのだ。無理もない。しかし、そんなこと三日月は知る由もない。

 

三日月

「まだやるのか。あんたもしつこいよ」

 

 三日月は舌打ちすると、ロングメイスを思い切りグシオンに突き刺す。コクピットが潰れようが構うものか。

 

三日月

「こいつは、死んでもいい奴だから」

 

 三日月・オーガスという少年は、人を殺すことに一切の躊躇がない。はじめて人を殺したその日から。オルガの命令を聞いたのその日に、彼の自我は芽生えたのだから。

 オルガにもらった命。オルガのために使うと決めた命。だけど今は、オルガのためだけじゃない。これは、自分の意志だ。明確な自分の意志で、三日月はクダル・カデルを殺す。そこに迷いや憐れみや、増してや良心の呵責など存在しない。

 

クダル

「あ、ああああああ!!!?」

 

 目の前に迫るバルバトスの赤いツインアイ。それを間近で見たクダルは、発狂したかのように叫びを上げる。だが、関係ない。殺すと決めた奴は殺す。それが、三日月・オーガスなのだ。

 

三日月

「……………………」

 

 無言の抜刀。無言のままロングメイスを水平に構え、グシオンへ頭から突き刺す。圧倒的な質量のメイスはグシオンのナノラミネートを貫き、コクピットの中で叫ぶクダル・カデルをも真っ二つに引き裂いた。

 

クダル

「カァァァァァァァッメェェェェェェン!?!?!?!?!?」

 

 バルバトスの、悪魔のような赤い瞳に見入られながら、クダル・カデルは最期の叫びを上げる。脳裏を過ったのは、あの蛇のような……無機質な瞳だ。カーメン・カーメン。たしかに奴はそう名乗り……クダル・カデルの精神を支配してしまったのだ。

 嫌だ。死にたくない。そんなことを思う余裕がどういうわけか、その時クダルにはあった。まだ、自分は暴れたりない、殺し足りない。まだまだガキを殴りたい、嬲りたい。ゴミどもは人間に支配されるために生まれてきたと教え込みたい。そうだ、あのカンナとかいう生意気なガキ。あの反抗的な瞳が、何もかもを諦めるようになる瞬間をまだ見ていないじゃないか。それなのに、どうして今自分があんな蛇男に支配されて、ゴミのような捨て石にされなければならないのか。この世は理不尽だ。

 自分が真っ二つにされていることにも気づかぬまま、クダル・カデルはグシオンと共に大きく爆炎を上げ、そこで爆ぜた。

 

 クダル・カデルは最期の瞬間まで、自分をゴミのように扱ったカーメンとそして……三日月を呪い続けていた。

 

 

 

三日月

「ふぅ……」

 

 グシオンの撃破を確認し、バルバトスは再び宇宙を駆ける。敵のモビルスーツの攻撃が散漫になりつつあるのを、三日月はその肌で感じていた。迎撃部隊の規模が、衰えている。

 

三日月

「オルガ、次は何をすればいい?」

 

 引っ掻き回しの囮役は、充分に果たしただろう。そう判断し、オルガへ通信を入れる。

 

オルガ

「上出来だミカ。敵を撃破しつつ、ダインスレイヴキャノン攻撃部隊に合流しろ!」

 

 アルカディア号の中でオルガは、三日月の戦いぶりを見届けている。見届けた上で、オルガは三日月には見えない部分まで見てくれている

。アルカディア号は、ダンクーガの後方からカノン砲でダインスレイヴキャノンへの攻撃に転じていた。ダンクーガやダブルゼータといった主砲を一点に集めての突撃部隊。戦局の中心は既に、あちらに移行している。オルガはそこに三日月を向かわせ、さらに火力を集中させることを提案していた。

 

三日月

「わかった」

 

 今まで、自分とオルガはオルガが頭で、自分が手だと三日月は考えていた。その根本は今でも変わらない。だが、今は三日月も自分の意志を認めた上で……オルガの言葉に従っている。

 

三日月

(俺も見たいんだ。オルガが連れて行ってくれる場所を)

 

 その時まで、オルガは絶対に止まらない。だから、三日月もその時まで止まらない。それが、三日月の意志だった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

木星兵

「敵スーパーロボットの進撃、止まりません!」

カマーロ

「クッ……猪口才な。こうなったら、もう構うことはないわ。 奴らにダインスレイヴキャノンをお見舞いしてやりなさい!」

 

 司令部の喧騒の中、カマーロ・ケトルは忌々しげに迫り来る敵を睨め付けていた。敵の旗艦が巨大な海賊旗。木星帝国を、カマーロを幾度となく失墜させた憎き敵。奴らに一矢報いることができるならば、新総統の命令などどうでもいい。沸々と湧き立つ怒りと憎しみが、カマーロ・ケトルを突き動かしていた。

 

 

 

ハーロック

「ム……?」

 

 キャプテンハーロックは、鷹のように鋭い眼光でその違和感を射抜いていた。月面基地を防衛する敵戦力の動きが、おかしい。今まではこちらを近づけまいと必死になっていた防衛網。それに、緩みが生じている。

 

シャア

「この感じ、来るぞ!?」

 

 シャア・アズナブルは、この動きを知っていた。かつて、シャア自身が防衛戦に参加したコロニー・レーザーを巡る三つ巴の戦い。防衛網が薄くなるこの瞬間はつまり、敵の主砲射線が剥き出しになるということ。

 

ハーロック

「面舵いっぱい! 艦を敵主砲から退避させるんだ!?」

 

 敵の意図に気付くと同時、ハーロックは回避行動を命令する。ダインスレイヴの威力は、ハーロックも良く知っている。その巨大版となれば、受ければこのアルカディア号は宇宙の藻屑となるだろう。自分一人の命ならば、それでもいい。地球を守る盾として死ぬのなら、それは男の死に様だ。だが、

 

ハーロック

(この船に乗せてきてしまった子供達……。彼らの未来まで奪うことはできん!)

 

 ヒューマンデブリとして、大人達の道具として酷使されてきた少年少女達が今、このアルカディア号には同乗している。彼らの命を巻き添えにする選択を、彼はできなかった。

 だが、そんな中にあってダインスレイヴキャノン目掛けて直進するものがある。超獣機神ダンクーガ。人を越え、獣を越えた神の戦士。

 

マーガレット

「ダンクーガが突っ込む? 沙羅!?」

 

 その蛮勇とでも言うべき行為に、マーガレットが叫ぶ。

 

沙羅

「悪いけど、あたし達は今完全にトサカに来てるんだ。逃げも隠れも、できないね!」

「こんな作戦、許すわけにはいかねえ!」

 

 藤原忍の怒りが、内なる野生を解放する。忍だけではない。沙羅、雅人、亮。誰もが怒りに満ちていた。怒り。人間にとって最も純粋な、ストレートな感情は、人間という霊長類の最も獣じみた部分を刺激する。4人は今、野生の獣へと還りそして……怒りが神をも超越した戦士へと4人を変えていく。

 

沙羅

「忍、しっかりやんなよ!」

「あたぼうよ! みんな行くぜ、断空砲フォーメーションだ!」

 

 「OK忍!」3人の返事と共に、胸部から伸びる砲身パルスレーザー。背面から展開される断空砲。ダンクーガの全ての火器が、ダインスレイヴキャノンへと照準を合わせる。

 

木星兵

「敵スーパーロボット、尚も接近!?」

カマーロ

「構わないわ! 奴ごと撃ち込んでしまいなさい!」

 

 カマーロの叫びと共に、ダインスレイヴキャノンを守るバタラはその砲身をダンクーガに合わせた。

 

カマーロ

「ひ、ひ、ひ。よくも、よくもこの私をここまで追い詰めてくれたわね……」

 

 こっちがどれだけ惨めな思いをしながら、残党活動をしていたか奴らは知っているのだろうか。泥水を啜り、溝鼠で飢えを凌ぐような屈辱の日々を、カマーロは思い出す。それからようやく見つけた儲け話も、シャッフル同盟と海賊軍に潰された。それだけではない。ミケーネ帝国とかいう奴らの挙兵で、自分達はまるで小物のように相手にもされていない。

 それを、どうして今更阻止しにきたというのだ。都合の悪い時にだけ現れる。そんなのは都合が良すぎる。訳のわからない感情のままにカマーロは叫んだ。

 

カマーロ

「誰のせいで、こんな思いしとると思ってるんじゃぁっ!?」

 

 その叫びと同時、バタラがダインスレイヴキャノンの引鉄を引く。ダンクーガはもう、至近距離にいた。ダンクーガから放たれる断空砲フォーメーションが、ダインスレイヴキャノンごと月面基地を呑み込んでいく。灼熱の光の中で尚、その弾丸は突き進む。

 

沙羅

「忍! ムゲ野郎の残した基地ごと、あんなものはこの世から消しちまいな!」

「わかってらぁっ! みんな、俺たちの野生で、あの鉛玉を溶かしてやろうぜ!」

雅人

「うん! 地球にはローラもいるし、みんなの故郷なんだ。あんなものを落とさせてたまるかよ!」

「この勝負、一蓮托生だな。行くぞ!」

 

 忍、沙羅、雅人、亮。4人の野生が熱量を増加させる。全てを融かす灼熱の怒りが、ダインスレイヴ弾頭を溶かしていく。融けながらしかし、ダンクーガ目掛けて突き進む。杭のように尖った先端がそのまま突き刺されば、ダンクーガはひとたまりもない。

 

「うぉォォォォォッ!?」

 

 ダインスレイヴが激突するその直前、ダンクーガは断空剣を引き抜いた。断空剣を垂直に構え、ダインスレイヴを迎え撃つ。

 

「忍、何をするつもりだ!?」

「こうなりゃ一か八かだ。やってやるぜ!」

 

 垂直に構えた断空剣が、迫り来るダインスレイヴ弾頭に激突する。しかし、それまで灼熱の怒りに溶かされていた弾頭は元来の硬質を維持できなくなっており、断空剣の刃を受け真っ二つに裂かれていく。まるでバターのように裂けていくダインスレイヴ。その光景を、アルカディア号の中でオルガ・イツカは信じられないものを見たかのように見つめていた。

 

オルガ

「あれを、斬り裂いてるっていうのかよ……!」

 

 ダインスレイヴ。あれは一度放たれれば悲劇を齎す魔弾だ。敵味方問わず、多くの者があれを受けて死んでいった。それを今、ダンクーガは受け止めているのだ。驚かない筈がない。

 

トゥインク

「ダンクーガの出力、尚も上昇!」

トチロー

「まずいぞハーロック、このままだとダンクーガがオーバーロードしちまう!」

 

 今、超獣機神はその全身全霊を欠けて魔弾を受け止めている。ジリジリと裂けながらも勢いを止めないダインスレイヴ。野生の高まりとともに神の領域へと至るダンクーガ。しかし、機械の器は限界が近づいている。

 

雅人

「忍、ダンクーガのエネルギーも残り少ないよ!?」

「足りねえ分は、俺達の野生で補う! ダンクーガ……俺達に力を貸してくれ!」

 

 ダンクーガの瞳が、真紅に煌めいた。まるで、忍の声に応えるように。断空剣と断空砲。その両方を受けながらダインスレイヴは溶け裂けていく。発射の勢いを殺さぬまま、そしてついに、忽ちダインスレイヴの弾頭は真っ二つに割れた。二つに割れた弾丸は、回転力を失い残骸へと姿をかえていく。

 

ジュドー

「す、すげえ……」

 

 ジュドー・アーシタは今、はじめて目の当たりにし戦慄した。人の魂が、命が多くの力を秘めていることを彼もその身で体験している。だが、これほどとは。

 

トビア

「単独で? 敵のマスドライバーごと?」

マーガレット

「ダンクーガ……。これが、ムゲ帝国を倒したスーパーロボットの全力」

 

 周辺の敵を撃退していたトビアやマーガレット。それにサザビーのシャア・アズナブルすら、その姿に畏敬の念を感じざるを得ない。

 

シャア

「これが若さか……」

 

 新しい時代を作る原動力。それこそが若さ。シャアはそう、常々感じていた。自分やアムロが失い、トビアに感じる若さ。それを、獣戦機隊も持っている。そしてダンクーガは、その若く、エネルギーに溢れる精神力……即ち野生の力を体現するマシン。それは、シャアやアムロが乗っているサイコフレーム搭載モビルスーツの、真なる後継機であることを意味していた。

 

シャア

(あの時、サイコフレームが起こした共振現象。私にもアムロにも、あれが結局何だったのかはわかっていない。だがこのダンクーガは、それを科学的に解明したマシンなのかもしれないな)

 

 確証はない。しかし、ダンクーガはかつて、バイストン・ウェルの戦いでもショウのヴェルビンと共に奇跡のような輝きでムゲ・ゾルバドスを滅ぼした。二度も奇跡を起こしたその勇姿に、シャアは確信していた。

 

シャア

(人を超え、獣を超えた力。それを引き出す彼らの野生。彼らはニュータイプではない。だが、より原始的な……人の生きる意志そのものなのかもしれん)

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

カマーロ

「なんて……なんてことなの……」

 

 ダインスレイヴを打ち出すマスドライバーも、渾身の一発も破壊された。今、カマーロ・ケトルの目の前に浮かぶのは絶望の二文字。怒り任せに命令を出したのがよくなかったのだろうか。それとも、敵の力がこちらを遥かに超えていたのだろうか。その答えはない。ただ、絶望の中でカマーロ・ケトルは打ち震えいた。絶望に心を支配されそして、今自分が何をしたのかを客観的に、カマーロは思い出す。

 

カマーロ

「私は、新総統の命令を守れなかった……!」

 

 木星帝国において、失敗は即ち死。それはクラックス・ドゥガチの時代から変わらない木星の常識だ。

 

カマーロ

「こ、こうしちゃいられないわ。とっととずらかるわよ!?」

木星兵

「は……?」

 

 鈍い部下に舌打ちする。カマーロだけではない。この場を守る命令を出されていた者は皆、死を以て償う以外に許されないのだ。そんなのは御免被る。それが、カマーロ・ケトルの処世術。まるで兎のように飛び跳ねながら、カマーロは走った。どこか、逃げ場を探して。司令部は無事だったが、敵のエネルギー砲を受けた基地内部の被害は甚大だった。元々ゾルバドス基地の跡地を改装したもの。綺麗なものではなかったが、今はもはや廃墟としか言い表すことができない。そんな外観に目もくれず、カマーロは走る。

 

カマーロ

「こうなったら、私だけでも助かるしかないじゃない!」

 

 どの道、海賊軍に捕まればどうなるかわかったものではない。海賊軍の捕虜など論外だし、見せしめの処刑だってありうる。だから白旗を上げるという選択肢はカマーロにはなかった。あるのは、逃亡。月のフォン・ブラウンかグラナダにでも流れ込めば、どうにかなる。贅沢な暮らしはできないだろうが、ジャンク屋あたりを細々と始めよう。それで戦場とは無縁の生活をする。そうすれば、帝国からも海賊からも逃げられる。だから今は、逃げなければ。

 そんなことを考えながら格納庫まで走ったカマーロ。ダインスレイヴキャノンは見事に溶け、無惨な有様だ。弾頭の装填を行なっていたバタラも、見事に塵も残っていない。そんな中、自分用のアラナ・バタラを見つけたカマーロは、一目散に愛機へ走る。帝国ドゥガチ時代から、ずっと乗り続けていた相棒だ。そのコクピットハッチを開き、乗り込もうとするカマーロ。しかし、そのシートにはあり得ないものが乗っていた。

 

カマーロ

「え?」

 

 蛇。体調1mほどの長さでとぐろを巻くキングコブラ。なぜコブラがこんなところに? などという思考をする暇もない。コブラはカマーロの身体に巻き付くと、その首筋に牙を立てた。

 

カマーロ

「あ? え?」

 

 カマーロ・ケトルの意識が最期に感じたのは、場違いな存在への違和感。それから身体を締め付けられる束縛感。そして牙を差し込まれる痛みだった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

「ふぅ……。死ぬかと思ったぜ」

沙羅

「思ったぜ、じゃないよ。あと少しで本当に死ぬところだったんだよあたし達」

 

 

 ダインスレイヴキャノンを破壊し、全ての気力を振り絞った獣戦機隊。ダンクーガは月面に着陸し、アルカディア号の到着を待っていた。木星軍の敵戦力も、その多くが撤退を選択していた。それを追う余裕は、彼らにはない。それでも尚向かってくる蛮勇を振りかざした者達も、アマクサに乗る女戦士が諌めている。

 

 

エウロペ

「みんな、聞け! テテニス様が、テテニス・ドゥガチ様がご存命だった!」

木星兵

「テテニス様が!?」

 

 テテニス・ドゥガチ。木星帝国前総統クラックス・ドゥガチの一人娘。彼女の存命を、新総統カリストの姉であるエウロペ・ドゥガチの口から聞かされる。その現実は少なからず、木星帝国の兵士たちにとっても衝撃的だったようであり、多くの敵は武器を下ろしエウロペの話に耳を傾けてくれている。

 

エウロペ

「テテニス様は、新総統のやり方に……この作戦に反対している。これはテテニス様の意思でもあるのだ!」

 

 だから、戦う必要はない。これから木星は、テテニス様が治めるべきだ。エウロペはそう、捲し立てて木星兵達を聞き入らせていた。

 

トチロー

「なあ……そろそろ説明してくれ。こいつは一体どういうことなんだ?」

 

 不思議そうな声を上げ、説明を促すトチロー。トチローだけではない。ハーロックやラ・ミーメ。三日月、オルガ、アトラ。それにマーガレットや、アムロ、シャア。誰もがあのアマクサと戦っていたトビア・アロナクスに視線を向けている。

 

トビア

「…………まあドモンさん達は知ってることだし、隠してるつもりもないんですけどね」

 

 観念したように、トビアが呟く。その口を遮ったのは、他ならぬベルナデットだった。

 

ベルナデット

「その話は、私の口からさせてください」

 

 ベルナデットの幼い瞳はしかし、気丈な強沙を秘めている。それを認めると、ハーロックが「続けてくれ」と彼女を促した。

 

ベルナデット

「私の本名はテテニス・ドゥガチ……。木星帝国前総統、クラックス・ドゥガチの娘です」

 

 クラックス・ドゥガチ。木星戦役を巻き起こした大戦犯であり、デビルコロニーでの戦いでは自らをデビルドゥガチと化しガンダム連合を追い詰めた狂気の独裁者。しかし、この場にいる多くの人間はその名を知らない。それでも、その名を知る……木星軍との戦いを潜り抜けた者にとっては、それは少なからず衝撃的な事実だった。

 

マーガレット

「嘘……」

ハリソン

「娘? あのドゥガチの?」

 

 公式的には、ドゥガチの娘は戦死したと伝えられている。少なくともハリソンもマーガレットもそう教えられ、信じていた。それが、今になって。

 

ベルナデット

「私は、父が地球を侵攻する計画を立てている際、実母の故郷である地球を一目見たいと思い……ひとり、密航したんです。ですがそこで父の恐ろしい計画を知り、海賊軍の方々に助けられ、トビアと出会いました……」

マーガレット

「……あなたのお父さんが仕掛けた戦いで、私は初陣を経験した。あそこで少しの偶然が味方してくれなかったら私は死んでいたかもしれない。ううん、私の戦友や上官だった人達の多くはあの戦いで死んだのよ」

 

 淡々と語るベルナデットに、マーガレットは吐き捨てる。マーガレットを含め、彼女が本心からトビアを想い、海賊軍と行動を共にしていることを疑う者はいない。しかし、それでもその事実を受け止めるには、あの戦いを知る者には少々重いのも事実だった。

 

ベルナデット

「はい。父の仕掛けた戦いです。父は本気で、地球を滅ぼそうという妄執に取り憑かれていました。それを止められなかったことには、私にも責任があります……」

マーガレット

「やめて、そんなことを言いたいんじゃないの。ただ、私は……」

 

 クラックス・ドゥガチは、ネオジャパンのウルベ大佐と密約を交わしていたと記録されている。その記録が真実であるならば、ドゥガチはデビルガンダム事件の黒幕の一人でもあるわけだ。デビルガンダム。マーガレットの恋人・紫蘭の命を奪った存在。それとここにいるベルナデットは、テテニス・ドゥガチは関係ないことはマーガレットにもわかっている。それでも、感情の整理がつかない。

 

沙羅

「マーガレット……」

トビア

「やっぱ、こうなるよな……」

 

 観念したように、トビアが溜息を吐く。吐くが、それと同時。

 

トビア

「な……え……!?」

ジュドー

「この感じ……!?」

 

 トビア達がが呻いたのは、この世のものとも思えない怨念が渦巻いているのを感じたからだ。それは、研ぎ澄まされた第六感が働いたと言ってもいい。そして、この怨念を、憎悪をトビアは知っているし、ジュドーは今はじめて体感している。

 

ジュドー

「ハマーン……? いや、違う。だけど近い。この感じは……!?」

 

 ダブルゼータは、咄嗟に虚空へダブル・ビームライフルを掲げた。憎悪の感じる方角へ向かい構える。ヘルメット越しに映るジュドーの額に、じわりと嫌な汗が滲んだ。

 

シャア

「このプレッシャーは……!」

アムロ

「来るか……!」

 

 知っているのは、トビアだけではない。アムロとシャア。それに獣戦機隊も。一度経験したことのある憎悪の渦。

 

三日月

「…………」

 

 三日月・オーガスは、無言でその虚空を睨みつけていた。彼の狼のような全身の神経が言っているのだ。警戒せよと。

 

ハーロック

「…………ベルナデット。どうやら、話の続きは後で聞くことになりそうだ」

 

 キャプテンハーロックも同様に、宇宙に渦巻く怨念の災禍を感じ、その鷹のような眼光を鋭くさせている。宇宙の海は、彼の海だ。それは、どの宇宙でも変わらない。そして、宇宙に災いと呪いを撒き散らす存在は……彼の敵だ。

 

 皆が皆、一様に虚空を睨め付けている。ある者は敵意、ある者は恐怖。ある者は懐旧。それにある者は殺意。皆が皆、それぞれの視線で彼女を迎えている。そして、

 

 真空の宇宙空間に、その怨念は渦巻いた。まるで時空を、次元を裂くように畝りを上げ、存在感を増していく。やがて、黒い翼が宇宙空間に現出した。

 

ライラ

「……よりによって、この場所でなんてことを」

 

 鴉のような漆黒の翼。血染めの髑髏。邪霊機アゲィシャ・ヴル。それに傅くように、もう一機。

 

紫蘭

「…………」

 

 ニアグルーズ。青き邪霊機もまた、ライラを守るように立ちはだかっている。

 

マーガレット

「…………」

 

 シグルドリーヴァは、無言でその銃口を虚空に構えていた。重力、密度、時空の歪み。計器が示すその“狂い”に狙いを定める。そして、彼女らの現出と同時、寸分の狂いもなくミサイルの雨を叩き込んだ。

 

紫蘭

「…………!」

 

 アゲェィシャ・ヴルを守るように、ニアグルーズがその弾頭全てを受け止める。火薬の弾ける爆炎の中、血涙のように眼光を光らせ青き邪霊は、シグルドリーヴァを見据えている。

 

マーガレット

「紫蘭…………!」

紫蘭

「……………………」

 

 無言のまま、ニアグルーズが舞った。飛び上がり、シグルドリーヴァの眼前まで一気に距離を積める。それは火力支援機であるシグルドリーヴァのレンジではない。だが、シグルドリーヴァには“右腕”がある。

 

マーガレット

「今日こそ、貴方を!」

 

 ここでもう一度、殺してあげる。それが、自分にできる唯一の愛の示し方だ。こんな、醜いゾンビみたいな姿にされてしまった恋人を、ここで介錯する。そのためにマーガレットは、“右腕“を振り上げる。ニアグルーズの拳と。シグルドリーヴァの拳。2つの拳が激突したその時、

 

 

——今宵ぞ、今宵ぞ——

 

 どこからか、詩が聴こえた気がした。

 

 

アムロ

「なんだ、この詩は……?」

 

 アムロの脳に、それは響いていた。重くのしかかるような重圧感。それは、およそ人間のものではない。アムロがこれまで経験したもので言うならば、最も近いのはかつて、木星でジュドーやシャアと共に戦った巨神。

 

シャア

「恐怖……? 呼び戻す?」

 

 その歌が何を意味しているのか、彼らには理解できない。しかし、たしかに何者かが歌っているのだ。

 

ラ・ミーメ

「これは……!?」

ハーロック

「ラ・ミーメ?」

 

 アルカディア号の艦内にも、その詩は響き渡っていた。まるで呪い歌。その不気味な独唱に思わずラ・ミーメは肩を震わせ、膝を抱えてしまう。

 

ラ・ミーメ

「……私の故郷、アロサウルス星には言い伝えがあります。黄金の女神の伝説。全てを焼き尽くすワルキューレの火。その歌に、これは……」

オルガ

「似てるっていうのか。違う世界の、違う星の歌だぞ?」

 

 あまりにも不可思議な、あり得ないと言いたくなる現象。しかし、ラ・ミーメのこの震えようは冗談ではない。

 

エウロペ

「何だ? 何が、起きている?」

 

 エウロペの周辺に集まっていた木星軍の兵士達も、その異変に気付き狼狽えている。だが、彼らも木星戦役を潜り抜けた強者だ。その唄が聞こえる方面にビーム・ライフルを構え、周辺への警戒を強めながら木星軍のモビルスーツ隊はおそるおそる、歩みを進めた。

 

エウロペ

「宇宙に唄が聞こえるなど、あり得ない……何だというのだ」

 

 エウロペのアマクサが、モビルスーツ隊の先頭に立ち踏み込んだ。唄声は、宇宙空間には本来響かない。音のない真空空間の中で唄が聞こえるということは即ち、そこには振動する何かがあるということ。エウロペはモビルスーツの足で月面を踏み進めながら、それを確かめていた。だが、

 

トビア

「待て、ダメだ!?」

 

 踏み入れてはならない領域。人智を超えた何か。そういうものが介在していることをトビアは、本能的に悟った。だからトビアは叫ぶ。だが、その声がエウロペらに届くより早く……。

 

 斬。

 

 垂直に振り下ろされた刃が、随伴するバタラの一機を斬り捨てる。瞬間、バタラは真っ二つにバラけそして、砕け散ると共に爆炎を上げた。

 

エウロペ

「なっ!?」

 

 見えなかった。敵の存在が。それは、18m級のアマクサのコクピットからは知覚できない攻撃。何が起きているのか、エウロペにも、周辺の兵士達にもわからない。ただ、メインカメラの死角……全天周モニターで360°をクリアに見せて尚、どこから来るのか知覚するより速く繰り出される斬撃が、木星軍のモビルスーツを次々と斬り捨てているのだ。

 

木星兵

「お、奥様っ……ヒィッ!?」

 

 知覚できない攻撃の数々に悲鳴を上げるアマクサのパイロット。そしてその時、彼の視界にそれは、はっきりと映った。

 

骨嵬

「……………………」

 

 それは、骨だ。甲冑を着た骸骨。5mほどの……ユウシロウ達が乗るTAほどの大きさしかない何か。

 

「…………!?」

シャア

「なっ…………!?」

 

 ゾクリ。その姿を視認した誰もが、感情を泡立たせた。モビルスーツやスーパーロボットに比べれば、それは遥かに小さい。だが、その小さな全身には、幾百、幾千年分の恐怖と呪いが詰まっている。

 

アムロ

「悪魔か、鬼だとでも……言うのか?」

三日月

「……やばいな、あれ」

 

 誰よりも鋭い感覚を持つアムロや、野生の狼のような感性を有する三日月にも伝わる。いや、彼らのように純粋な感性を持つものほど、それの異様さはダイレクトに伝わるだろう。

 恐怖とは、生命の根源にある衝動なのだから。

 

ライラ

「骨嵬……。ムゲがこの地に施していた、ガサラキの封印が解けてしまった」

 

 赫い邪霊機に乗る少女は、その骸の武士を忌々しげに見つめていた。その視線に気付いたかのように、鬼は邪霊機へと首を向ける。

 

紫蘭

「…………!」

 

 シグルドリーヴァと殴り合っていたニアグルーズが飛び跳ね、アゲェィシャ・ヴルの前に出た。まるで、姫を守る守護騎士のように。

 

マーガレット

「紫蘭!?」

 

 無視された。紫蘭に。たとえ骸で作られた操り人形だとわかっていても、よりによって自分が紫蘭に無視された。その事実はマーガレットの胸中にドス黒いものを生み出しそして、マーガレットはミサイルの銃口を赤き邪霊機に向ける。

 

マーガレット

「お前……! お前が!?」

 

 お前が、紫蘭を。許せない。殺してやる。その血のような赤い体躯と鴉のような黒い翼を持つ邪霊機目掛け、マーガレットはありったけのミサイルを撃ち込んだ。だが、それは届かない。鴉の翼が大きく翻り、マーガレットの弾丸を悉く弾き落としたらだ。

 

ライラ

「今は、お姉さんと遊んでる時間はないの。よりによってこの場所を踏み荒らすなんて……やっぱり人間ってどうかしてる」

 

 そうライラが呟き、挑発的な笑みをマーガレットに送った。だが、ライラはすぐに自身へ降りかかる別の殺気に身構え翼を閉じる。見れば2機の邪霊機の周囲を赤と白の砲台が飛び回り、包囲していた。

 

シャア

「君はどうやら、何かを知っているようだな!」

アムロ

「クガイ……ガサラキ。たしかにそう言った。あれは何だ!?」

 

 サザビーとνガンダム。2機のファンネルによる波状攻撃。小型端末が縦横無尽に飛び回り、ライラと紫蘭の行手を遮る。逃げ道を塞ぐように繰り出される無数のファンネルに、ライラは舌打ちする。

 

ライラ

「あなた達が知る必要はないわよ。だけど、そうね……せっかくだから行ってみれば?」

 

 クス。小さく少女が笑ったのを、マーガレットは聞き逃さなかった。それと同時、アゲェィシャ・ヴルは手にした剣を真上で翳す。それからライラは、小さな声で何か、呪文のような言葉を紡いでいた。

 

ライラ

「カ・ラナキラ,エア,エコル,エウア,エアヒ,ナウヒ,クマカイア……ペペナ・ペレ!」

マーガレット

「え……?」

 

 瞬間、マーガレットは気の抜けたような声を上げる。そして次の刹那……この漆黒の宇宙には決してあり得ない色の輝きが、この月に広がっていく。極光の光。オーロラの光。オーロラの中には何重にも別の色が重なり、複雑な模様を呈している。それはどこか、月光色の羽根を持つ蝶のようにマーガレットの目には映った。

 

ハーロック

「これは……!?」

トチロー

「空間位相……次元振動。やばいぞハーロック! この空間ごと、あの光の中に呑み込まれる!?」

 

 呑み込まれる。その先に何があるのかなどわからない。

 

ハーロック

「やむを得ん。各機を回収し、全速離脱!」

トチロー

「無理だ! あの光、重力を伴ってやがる!?」

 

 全てを吸い込むブラックホール。それに近い性質を、あの光は有している。この距離では逃げられない。トチローの叫びに、オルガは苦々しく舌打ちした。

 

オルガ

「まだだ……まだ止まれねえ!?」

 

 

 

 

 その光は、アルカディア号のブリッジ以外からも視認できるほどに強い光だった。ともすれば、目をやられかねないほどの極光。それをカンナ・ヘリオトロープは、マーガレットに充てがわれた部屋の中で感じていた。

 

カンナ

「マーガレット……?」

 

 全身を貫く悪寒はなんだろう。わからない。ただ、今この瞬間にとても良くないことが起ころうとしている。それだけは、理解できる。うずくまるカンナ。その小さな手を、また小さな手が握る。

 

アトラ

「大丈夫。怖くないよ」

 

 アトラ・ミクスタもこの異様な光を感じていた。だが、それでもアトラは信じている。

 

アトラ

「マーガレットさんは、きっと無事。だから、大丈夫」

カンナ

「…………」

 

 マーガレットだけでなく、こうして自分に手を差し伸べてくれる人がここにはいる。そのことがカンナを戸惑わせる。それは、この非常事態に感じるのが少し不思議なくらい温かい感情だった。

 

カンナ

「マーガレット……」

 

 帰ってくる。そう、信じる。口にはしないが、カンナはそう決意し、アトラの手を握り返した。その様子に、アトラはどこか鉄華団の年少組を思い出して笑みを溢す。

 

アトラ

(信じてるからね、三日月……)

 

 アトラもまた、信じていた。最愛の人ときっと、無事にまた会えると。

 

 

 

 その光に呑み込まれる感覚。それは、トビアや獣戦機隊にとってははじめてのものではなかった。

 

雅人

「忍、これ……!?」

「ああ、でもどういうことだ!?」

 

 何故あいつが、この翅を広げる力を持っているのだろうか。いや、これは本当に忍達の知るそれと同じなのか。疑問は尽きない。だが、自分が何に呑み込まれているのかは、理解できる。

 

トビア

「これ……オーラロード!?」

 

 オーラロード。かつて、岩国に現れたリュクスが開き、そしてエイサップ鈴木により再び開かれたバイストン・ウェルへの道。その感覚と、今感じているこの光はとてもよく似ている。

 

ジュドー

「どうなっちまうんだよ、これ!?」

トビア

「とにかく、みんなアルカディア号から離れないで! あの中で迷ったらたぶん、二度と戻れない!?」

エウロペ

「クッ……!?」

 

 部下の仇をせめて。アマクサがビーム・ライフルを構えた瞬間にはもう、あの骸骨武士はいなかった。それを追おうとするアマクサ。だが次の瞬間、極光はさらに勢いを増して周囲のものを吸い込んでいく。その重力に一瞬、アマクサは足を取られてしまった。だがフックシールドを伸ばし、トビアのクロスボーン・ガンダムがアマクサに食い込ませる。

 

エウロペ

「海賊、なぜ助ける!?」

トビア

「あんたが、ベルナデットの大事な人だからだろ!?」

エウロペ

「ベルナデット……?」

 

 ベルナデット。それはエウロペにとっては亡き夫クラックス・ドゥガチの、前妻。つまりテテニス・ドゥガチの母の名だ。それが出てきて一瞬困惑するが、すぐに悟る。

 

エウロペ

「そうか、テテニス…………」

 

 あの子らしい偽名だと思う。テテニスをベルナデットと呼ぶこの海賊に、少しだけ好感を覚えた。だからエウロペは、トビアに従うことにする。

 

トビア

「エウロペさん、あんたを死なせたりなんかするもんか。そう、ベルナデットと約束したんだ!?」

 

 右腕でアマクサを掴み直すと、クロスボーン・ガンダムはシザー・アンカーを射出した。アンカーをアルカディア号に絡ませ、オーラロードの中を泳ぐ。見ればアルカディア号側も、各機をどうにか回収しようとアンカーを出し、バルバトスやF91、νガンダム、サザビー、ダブルゼータ、シグルドリーヴァはそれに捕まっていた。唯一、ダンクーガだけはアルカディアと並走する形でいる。

 

マーガレット

「紫蘭……」

 

 気付けばライラと紫蘭は、もうどこにもいなかった。また、殺せなかった。それは自分の甘えだ。未練だ。マーガレットは自責に唇を噛み締めていた。

 

マーガレット

「あの子……」

 

 この光を生み出す直前、どこか懐かしい言葉を紡いでいた気がした。細かな訛りやイントネーションこそ違うが、あれはハワイ語に似ている。生前の母が、よくハワイの民謡を歌っていたのを憶えている。だから、似ていると感じたのかもしれない。だが、

 

マーガレット

「あの子は……何者なの?」

 

 一度過ぎった疑念は、マーガレットの殺意に小さなしこりを残していた。

 

 

ラ・ミーメ

「あ、ああ……!?」

 

 光の航路を、アルカディア号は往く。この艦は、自由の旗を掲げる艦だ。こんなものでくたばるものか。キャプテンハーロックは光を見据え、仲間達に号令を出す。

 

ハーロック

「全艦、全機、対ショック姿勢を急げ! この先に何があるかわからんぞ!?」

トチロー

「ハーロック、お前……」

 

 しかし、ハーロックの瞳にどこか、少年のような冒険心がぎらついているのを、その隣で大山トチローは見た。彼以外の人間ならば見逃してしまうだろう、小さな心の昂り。それは、トチローも感じているものだ。

 未知なる航海。その新たな航路。それに冒険心を激らせない船乗りがどこにいるというのだろうか。

 

トチロー

「……ともかく、今は自分と仲間の命を守るのが先決だ。みんな、気を引き締めろ!」

 

 

 かくして、その光の先に待つものは……。




次回予告

みなさんお待ちかね!
宇宙へ行ったマーガレット達が大変なことになっているその頃、地上でも大変なことが起きています。
なんと! シンボルの命令で豪和総研を襲撃したミハルは、ユウシロウの真実を知ってしまうのです!
果たして、ユウシロウとは何者なのか。
そして待ち受けていたのは恐怖を呼び起こす存在だったのです!

次回
「豪和憂四郎」にレディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話「豪和憂四郎」

—???—

 

 

 

 闇の中、1人の男が叫んでいた。苦悶の表情を浮かべ、男は憎しみと怒りを喚き散らしている。

 

ミケロ

「ああ! ああ! 許せねえ、許せねえ!?」

 

 ミケロ・チャリオット。かつてドモン・カッシュに敗れたガンダムファイターであり、現在は謎の少女・ライラの命令に従うリビングデッドがひとり。ミケロの全身を覆うのは銀色の鱗。DG細胞。自己進化、自己再生、自己増殖の三大理論により成長する機械・デビルガンダムの細胞が今、ミケロの身体を復元していた。

 

ライラ

「…………」

 

 その様子を、赤い髪の少女は面白くもなさげに眺めている。

 

ミケロ

「クソォ!? 殺せ! 俺を殺せぇッ!?」

ライラ

「嫌よ。まだあんたには使い道があるんだから」

 

 ライラが蘇らせたリビングデッドは、6人。シャピロ・キーツ、ショット・ウェポン、ザビーネ・シャル、ジェントル・チャップマン、ミケロ・チャリオット。そして、

 

紫蘭

「…………」

 

 ライラを膝に乗せ、無感動な瞳でその光景を眺める紫蘭・カタクリ。

 

 そのうち現在も活動しているのはショット・ウェポンと紫蘭のみ。チャップマンはゲッター線の力で支配を脱し離反。シャピロはムゲの空間で消息を絶ち、ザビーネは修理に時間がかかる。再強化の必要もあるだろう。それらの事情を鑑みて、ミケロ・チャリオットの修復作業はライラにとっても優先だった。

 

ライラ

「お兄さん、情けないよね。本当にガンダムファイターだったの?」

 

 退屈なので、苦しんでいるミケロを嘲ることで時間を潰す。ミケロは今にも殺さんばかりの視線をライラに投げつけながらも、急速に自身を支配するDG細胞の増殖に呻いている。

 

ミケロ

「て、テメェ! 俺をどうするつもりだ!?」

ライラ

「お兄さんとデビルガンダムの親和性を高めるの。それで、お兄さんにはシャッフル同盟を殺してもらう」

 

 シャッフル同盟。その言葉にミケロはピクリと耳を立てた。

 

ミケロ

「クッ、クックッ。俺に、ドモン・カッシュを殺してくれってことかぁ!?」

ライラ

「そう。今代のシャッフル同盟は間違いなく、歴代最強。それを殺せるほどの力よ」

 

 赤い少女は妖艶に笑う。それは、死と隣り合わせの艶だ。或いは、生きている人間にはできない表情。人は古来より、死というものにある種の幻想を抱いてきた。そして、文学や絵画、映像。その他あらゆる芸術で死を表現し、その恐怖と奥底に潜む美を描き出そうと苦心し続けてきた。

 ライラの笑顔は、それら死の芸術全てが霧散してしまうほどに蠱惑的な、死んだ笑顔だった。

 推しむらくは、ここに芸術を解する教養を持つ者がいないことに尽きる。死人形としてライラに隷属する紫蘭も、そしてミケロ・チャリオットにも、その美しさを理解しない。ただ、ミケロはその動物的嗅覚でライラの発する死の匂いを感じ取りそして……歓喜した。

 

ミケロ

「ヒャ、ヒャハハ……そいつはいい! ドモン・カッシュをぶっ殺す力! そいつは……最高だ!」

 

 細胞が細胞を呼ぶようにして、ミケロの全身と彼のガンダムヘブンズソードはDG細胞の中に溶けていく。まるで芋虫が蛹を作るように、今ミケロはDG細胞の海とひとつになっていた。

 

 そんな時である。ライラの脳裏に、声が響いたのは。

 

ライラ

「月の静寂が……破られる?」

 

 月。静寂を約束された場所。前の宇宙からずっと、そこは約束の地。

 月に眠るものを、蘇らせてはいけない。

 恐怖が、全てを包み込んでしまうから。

 ライラが立ち上がると、紫蘭も続く。残されるのは、ドロドロに溶けたミケロ。

 

ライラ

「……ミケロ。生まれ変わったらまず、豪和に行って」

 

 ライラは告げる。もし、恐れていたことが現実に起こるなら、破壊しなければならないものは鍵だ。嵬を殺め、ガサラキの降臨を阻止する。返事はない。だが問題ない。リビングデッドは結局、ライラの命令には逆らえないのだから。ライラと紫蘭は自らの邪霊機へ乗り込むと、その場から消える。まるで最初からそこにいなかったかのように。

 

ミケロ

「………………クク、キャキャ」

 

 ドロドロに溶けた思考で、ミケロは自らの中に芽吹く力に歓喜していた。

 

 

 そして、夜は更ける。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—科学要塞研究所—

 

 

 アルカディア号を見送った後、地球に残った面々は散発的なミケーネ帝国の攻撃を撃退しながら彼らの帰りを待っていた。ミケーネのやり方は、明らかに暗黒大将軍の時から変わっている。今までのような果敢な攻撃は鳴りを潜め、現在ミケーネ帝国は消極的な破壊活動に終止していた。

 

鉄也

「ミケーネめ。一体いつまでこんな戦いを続けるつもりだ」

 

 戦力としては、明らかに暗黒大将軍が指揮していた頃よりも弱くなっている。しかし、まるでこちらの力を確かめるようにゆっくり、ゆっくりと続く攻撃は何か意味のあるようなものに思え、鉄也は下唇を噛んでいた。

 

ヤマト

「……気になるのは、メカザウルスだな」

 

 ヤマトが呟く。メカザウルス。光子力研究所を襲撃したゴーゴン大公以降、定期的にミケーネが使役するメカ恐竜。ヤマトはそれを、古代ムー王国で戦ったドラゴニア帝国のマシンと呼んでいた。

 

アイラ

「メカザウルスまで、この時代に現れるなんて……」

ヤマト

「ああ。俺は古代ムー王国で、闇の帝王の配下達と戦った。その時、メカザウルスは全て倒したはずなんだがもしかしたら、俺達の知ってる奴もこの時代に蘇ったのかもしれねえ」

槇菜

「それって……」

 

 一呼吸し、ヤマトが続ける。

 

ヤマト

「エルド皇子。ドラゴニア王国の皇子で、卑怯な手で俺達の仲間を何人も殺したやつだ。あいつが生きてるっていうなら、俺たちがこうしてこの時代に戻ってきた理由も納得だ」

 

 ヤマトとゴッドマジンガーは、バイストン・ウェルの最奥……闇の世界でシーラ女王の魂を守り続けていた。そして、地上人である槇菜達と合流しヤマトは現代に帰還した。だが、それすらも真の目的ではないとしたら。

 

ヤマト

「……もしかしたら、闇の帝王やエルドと決着をつけるために、俺は現代に戻ってきたのかもしれない」

アイラ

「…………」

 

 わかりきったことではあった。古代ムー王国の守り神であるゴッドマジンガーが、何故現代の戦いに介入することをよしとしたのか。それは、ヤマトとアイラにも無関係の話ではないからだと。しかしドラゴニア王国の皇子エルド。その名前を出しただけで、アイラは身震いしてしまう。

 

槇菜

「……アイラさん、そのエルドって人と何かあったんですか?」

 

 恐る恐る、槇菜が訊いてみる。

 

アイラ

「あの男は、私を強引に自分の妃にしようとしたんです」

 

 吐き捨てるように、アイラが言う。妃。それが何を意味しているのかわからない槇菜ではないが、強引にというのはあまり聞いていても気持ちのいいものではなかった。

 

チャム

「妃って、アイラはそのエルドと結婚しちゃったの!?」

ショウ

「コラ、チャム!?」

 

 下世話なことを無邪気に喚くチャムに、ショウがデコピンする。

 

アイラ

「あの男は、野心と欲望の塊です。もし生きているというのなら、どのような卑劣な手を打ってくるか……」

ヤマト

「なぁに、心配するなって。その時は俺とゴッドマジンガーが、またあいつを倒すだけだ」

 

 アイラを励ますように、ヤマトが胸を張る。その様子にアイラは少し安心したように、小さく頷くのだった。

 

リュクス

「……野心と欲望の塊。まるでガロウ・ランのようなものですね」

 

 そんな話を聞きながら、リュクスがぽつりと呟いた。

 

槇菜

「がろーらん?」

アルゴ

「そんな名前のガンダムファイターがいたような気がするが……」

 

マーベル

「バイストン・ウェルに棲む、粗野で野蛮な種族のことよ。私達がいた西の大陸では、ガロウ・ランは徒党を組んで山賊まがいのことをしてる連中もいれば、騎士や貴族の小間使いをして小銭を稼いでいる者もいたわ」

ショウ

「一概にガロウ・ランといっても、見た目も人間と変わらないし話が通じないわけじゃない。中には義理堅い奴もいたよ」

 

 バイストン・ウェル。海と大地の間にあると言われる別世界。そこでは地上侵攻を目論むサコミズ王の軍と、アマルガン・ルドルの反乱軍が今も戦いを続けている。そして、その戦いの渦中にはあの男がいる。

 

ドモン

(師匠……)

 

 東方不敗マスターアジア。彼の魂は今、バイストン・ウェルに暫しの猶予を与えられていると言っていた。こうしている今でも、師匠の下に駆けつけたい。そう考えてしまうドモンだった。

 

アイザック

「……そして、無国籍艦隊か」

 

 原子力空母パブッシュを中心とする無国籍艦隊。その裏には陰謀が渦巻いていることを、アイザック・ゴドノフ達J9は調べ上げている。秘密結社“シンボル”や、B世界からの転移者でもあるMr.ゾーンを招き入れて独自に戦力を強化しながら、未だに無国籍艦隊は表だった動きを見せていない。

 

アイザック

(裏で糸を引いている黒幕……カーメン・カーメン。今度こそ奴の尻尾を掴んでみせる)

 

 “ヴァニティ・バスターズ”に参加する以前から、コズモレンジャーJ9は何度かカーメン・カーメンの率いる犯罪組織「ヌビア・コネクション」と対決していた。急速に勢力を増すマフィアであるヌビア・コネクション。しかし、その動きには妙なものがあるとアイザックは確信している。

 

アイザック

(ただ勢力を強くしていくだけではない。カーメン・カーメン。奴の意志にはもっと底の知れぬものを感じるのだ)

 

 確証はない。だが、様々な戦いの中心となるここでなら、彼の核心にもたどり着けるかもしれない。既にアイザックには、近い将来実現するであろうカーメン・カーメンとの対決が見えていた。

 

槇菜

「…………無国籍艦隊」

 

 表だった動きは見せていないが、その傘下と思われる部隊とは何度か交戦している。そのうち一つが、べギルスタンの謎の部隊。TAとオーラバトラー、そして槇菜の姉・桔梗が所属していた部隊。桔梗は自分達の活動を「革命」と称していた。だが、ミケーネのような脅威が目前に迫っている今それをする必要がどこにあるというのだろうか。

 

槇菜

「お姉ちゃんと、戦わなきゃいけないのかな……」

 

 槇菜にとって、桔梗は自慢の姉であり大好きな存在だ。両親がいなくなってから、姉はずっとひとりで槇菜を守ってくれた。感謝もしているし、できれば戦いたくないというのが本音だ。だが、それでも桔梗が悪事に加担しているというのならば、自分自身の手で止めるしかない。そういう風に考えるのが、槇菜でもある。

 

リュクス

「槇菜……。私も父と対立している身。その辛さはわかるつもりです。でも……」

 

 もし、最愛の人が決定的に間違えてしまうのなら。命に変えてでも止めなければならない。リュクスはこれまでの戦いを見てきて、そういう思いを固めている。

 

リュクス

「地上に生きる人々も、バイストン・ウェルに生きる者も変わらない。みんな、今日という日を必死に生きている。それを奪う権利は、どこにもありはしない」

 

 ミケーネ帝国の侵攻で、地上は大きく傷ついた。それを、リュクスは自分の目で確かめた。今父がやろうとしていることがそれと同じならば、それを止めるのは自分の役目だと。

 

エイサップ

「……それじゃ、ダメだ」

 

 しかし、同じものを見てきたエイサップ鈴木は、違うことを考えていた。

 

リュクス

「エイサップ?」

槇菜

「エイサップ兄ぃ?」

エイサップ

「流血の繰り返しじゃきっと……何も変わらない。俺達が戦うのは、それで傷つく人を守るためだ。だけど、親殺し子殺し、兄弟殺しなんていうのは悪を成す者の考え方だ」

 

 だから、それではダメだとエイサップは言う。

 

ドモン

「……そうだな」

 

 そんなエイサップを聞いて、ドモンは静かに頷き席を立った。その様子を、シャッフル同盟の仲間達は複雑な表情で眺めている。

 

レイン

「もうっ、ドモン!」

 

 そんなドモンを、レイン・ミカムラが追いかけていった。

 

槇菜

「ドモンさん……?」

 

 当人である槇菜やリュクス以上に、今のエイサップの言葉にドモンは深刻な表情をしていた。それを不思議に思う槇菜。

 

ジョルジュ

「……そういえば、あのことは世間には公表されていないのですね」

サイ・サイシー

「ドモンのアニキはさ、前のガンダムファイトでデビルガンダムの生体コアになった実の兄を……キョウジ・カッシュをその手にかけたんだ」

槇菜

「お兄さんを……!?」

 

 信じられない。という風に槇菜の表情が歪む。兄の命を奪った。その気持ちは槇菜には想像もつかない。

 

エイサップ

「そうか……。それは、悪いことを言ったかもしれないな」

 

 気まずそうに、エイサップが呻いた。

 

アルゴ

「……気にするな。あいつも気を悪くしたわけじゃない」

チボデー

「ああ。キョウジ・カッシュは、デビルガンダム事件の被害者でもあった……。あいつは、介錯してやったんだよ。デビルガンダムの呪いから、尊敬する兄貴をな」

チャップマン

「…………」

 

 チボデー達シャッフル同盟は、その戦いを間近で見守っていた。チャップマンはその時、デビルガンダムの配下として操られていたが、それでもドモン・カッシュの魂の鼓動は感じていた。解放され、命を得た今でも時折疼くDG細胞の名残。それはチャップマンの精神力が抑えつけることができるほどに微弱なものだが、あれに取り込まれた時に感じた力は、甘美なものだったと理解してしまうのも確かだった。

 

チャップマン

「……あの若僧は、立派に使命を成し遂げた。それだけのことだ」

 

 即ち、兄殺しを。

 

槇菜

「はい……」

リュクス

「…………」

 

 再び、押し黙ってしまうふたり。そんなふたりに、チャップマンは言葉を続ける。

 

チャップマン

「……だが、ドモンの兄は本当の意味で末期だった。殺す以外の選択肢がなかった。そうだろう?」

ジョルジュ

「ええ。長くデビルガンダムの生体コアとして肉体と精神を侵蝕された彼は、もはや屍当然でした。それでも尚、デビルガンダムは脅威的な強さだった……」

チャップマン

「お前達は、まだ他にも選択肢がある。それを忘れるな」

 

 そう言って、チャップマンも席を立つ。定期検診の時間だった。彼の身体は一度死に、DG細胞で甦った。そして、ゲッター線の光を受けてDG細胞を焼き殺し……復活した。そんなチャップマンの身体には、まだ謎が多い。ゲッター線の影響、DG細胞の後遺症。それらを調べるために早乙女博士に呼び出され、定期的に診察を受けている。

 

チボデー

「……ヘッ、あいつも不器用な奴だね」

ジョルジュ

「ですが、彼なりに貴方達を気遣ったのでしょうマドモワゼル・槇菜、マドモワゼル・リュクス」

リュクス

「はい……」

槇菜

「うん。エイサップ兄ぃとチャップマンさんのおかげで、少しだけ気持ちが楽になった気がする」

 

 そう言って、槇菜が人懐っこい笑みを浮かべた、その時だった。鳴り響くサイレンの音。それまで雑談に花を咲かせていた者たちの顔が、一瞬で険しいものへと変化する。

 

鉄也

「ジュン、何があった!」

 

 観測室にいるジュンに、鉄也が通話を繋いだ。

 

ジュン

「豪和総研で火災発生。例のTAと、アサルトドラグーンの姿が確認されてるわ」

 

 豪和総研。特務自衛隊の一員であり、彼らの仲間でもあるユウシロウがいる場所。そして……

 

槇菜

「アサルト・ドラグーン……お姉ちゃん!」

 

 櫻庭桔梗。彼女が動き出したと知り、槇菜は真っ先に駆け出していく。それに続くようにしてエイサップやショウも。

 

隼人

「奴らの目的は……ユウシロウか?」

竜馬

「かもしれねえな。隼人、弁慶、俺達も行くぞ!」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—豪和総研—

 

 

 数時間前。豪和ユウシロウは総研に充てがわれているベッドに横たわりながら、これまでのことを思い返していた。鬼哭石の里で、舞を踊ったあの日から続く、少女との因縁。

 

ユウシロウ

(ミハル……。俺はあの子を知っている。そしてあの子は、俺の知らない俺を知っている)

 

 それは、幾千年の時を越えた因縁。恐怖とは何か、呼び起こすものとは。全ては、己の血の中に宿るもの。それを巡り、兄達は策謀を巡らせていることはユウシロウも知っている。恐らくはミハルの背後にいるシンボルという組織や、ユウシロウとミハルを狙い現れたミケロ・チャリオットもそうだろう。ユウシロウの運命を狙う黒い意思……その存在を、あのべギルスタンでの戦いで彼は確信していた。

 

ユウシロウ

(俺は、知りたい。俺の運命を操るものの正体を。そして……)

 

 考えていても、答えは出ない。頭の中ではぐるぐると思考が巡っていても、答えのない問いばかりがユウシロウの脳内を駆け巡っていく。意味の無い、取り止めもない思考の渦がユウシロウの脳を疲れさせ、やがてユウシロウは微睡の中に落ちていく…………。

 

 

ユウシロウ

「TA……?」

 

 夢の中、ユウシロウはTAのコクピットにいた。息苦しさも肌触りも、まるで現実のような夢。そうでありながらユウシロウがこれを夢であると自覚できたのは、自分の声が幼い子供のそれだったからだ。そして目の前に立っている少女趣味な鈴蘭のマーキングが施されたTAに乗っているのが、誰かもわかっている。しかし夢の中でユウシロウは、言葉を交わすこともなくTA同士を激突させていた。無言のまま、アームをぶつけ合わせるTA。拳を合わせる度に、ドクンと胸が脈打つのをユウシロウは感じる。それは、あの鬼哭石での舞や、べギルスタンでの戦いに近い。あの時のような高揚感を夢の中で、ユウシロウは浴びていた。

 

ユウシロウ

(俺の中に、いくつもの俺がいる……。僕の知らない僕が。千年以上前から続く、血の轍。それをこの夢は、俺に伝えているのか?)

 

 血。DNA。塩基。それが人というものを形作る設計図だというのならば、それを作ったものがいる。それは科学的には父や母。自身の血統と呼ぶべきものだろう。先祖代々から受け継がれてきたもの。その起源を辿れば、どこかにユウシロウの血の起源がある。

 だとしたらこれは、先祖返りなのだろうか。ユウシロウの中にいる無数のユウシロウ。ミハルの中にいる無数のミハル。幾千の世代を越えた記憶の奔流。ユウシロウが見ている夢は次第に溶けていき、目の前にいるはずの鈴蘭の模様もどろりと姿を変えていく。

 ユウシロウの意識もまた闇の中へ、さらなる微睡の中へと誘われ、そして……。

 

 

 

 

ユウシロウ

「——っ」

 

 気付けばユウシロウは、どことも知れぬ閑散とした平野を一人、歩いていた。意識は連続している。先ほどまで見ていた夢の内容も、思い出せる。だが、これは知らない。知らない景色だ。どこまでも続く、長い路。それをただひたすら歩くユウシロウ。見覚えのない道。しかしユウシロウの脳は、記憶はその道を知っている。

 

ユウシロウ

(この道は……嵬の道)

 

 カイノミチ。不思議と浮かび上がったその言葉と共に、ユウシロウは進む。やがて、道の先に仄かな光が見えた。その光に導かれるように、ユウシロウは歩く歩けば歩くほど、光が遠ざかっていくような錯覚を覚える長い路。しかし夢の中でも、道は無限には続かない。

 

ユウシロウ

(…………あの光は、月か?)

 

 月。月の光に導かれているとでもいうのだろうか。古来より人を照らし出す光。幾千、幾万もの悠久の時人々を見守り続けてきたその光が、ユウシロウを誘ったのかもしれない。

 ユウシロウは、歩き続ける。歩き続けて、やがて……。

 

少女

「お立ち去り、ください」

 

 声を、かけられた。まだ十代半ばほどの少女が気付けば、ユウシロウの後ろにいる。幼い顔立ちに、全てを諦めたような目をした少女だった。どことなく、あの子に似ている。そう、ユウシロウは感じる。

 

ユウシロウ

「この先に、俺の求めているものがある。そんな気がする」

 

 ユウシロウがそう答えると、少女は押し黙る。しかし、やがて少女の全身が纏うオーラが強くなっていくのをユウシロウは背中で感じた。これは、本当に夢なのだろうか。

 

ユウシロウ

「——っ!?」

 

 思わず振り返り、今一度少女を見やる。しかし、そこに少女はいない。いたのは、鬼だ。

 鬼。そうユウシロウが判断したのは、能舞台を舞う際に被る鬼面のような貌を、少女だったそれは被っているからだ。全体のシルエットはむしろ、骸骨に近い。さしずめ巨大な妖怪の骸が、鬼の面を被っている。そんな印象を受ける。

 

「ユウシロウ、お前の望みは何だ!? 鬼を滅することか。それとも……天下を統べる我が力か!?」

 

 鬼は問う。望み。自分自身の求めるもの。それは……。

 

ユウシロウ

「俺は……俺自身が何者なのかを、知りたいだけだ」

 

 迷いなき瞳で、鬼を見据えるユウシロウ。しかし、その答えに鬼はクツクツと嗤う。まるで、ユウシロウの求めるそれに、価値がないとでも言いたいかのように。その昏く、重い嗤い声をユウシロウは不快に思う。

 

「クッ……クッハハハ……。貴様自身が何者かだと。では問おう。人とは何だ!?」 

 

ユウシロウ

「何……?」

 

 瞬間、ユウシロウの脳裏には連想ゲームのようにたくさんの言葉が浮かんでは消えていった。人。自分。他人。男。女。ユウシロウ。ミハル。だが、それは全て、「人とは何か」というという問いの答えにはなり得ない。ユウシロウは、押し黙る。

 

「人は何処から来て、何処へ行くのだ? 答えられぬか。フフフ……ならば、お前は!」

 

 鬼が何を言おうとしたのか、ユウシロウにはわからなかった。彼の夢は、突如鳴り響いたサイレンの音と共に醒めそして、ユウシロウの意識は急速に、現実へと引き戻されてしまったからだ。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

ミハル

「…………」

 

 豪和総研ビルの内部を、鈴蘭のマーキングを施されたメタルフェイクが走る。隔壁を破壊し、ミハルは総研のコンピューター・ルームに辿り着いた。マニピュレーターから細いコードが伸び、巨大なコンピューターに侵入を試みる。ミハルの目的はただ一つ。豪和ユウシロウ。

 

ミハル

(彼は、一体何者なの……?)

 

 私の脳裏に過ぎるヴィジョン。言葉。それらの中には全て、あのべギルスタンで初めて出会ったはずの少年がいる。ミハルは、自分が何者なのかを知らない。“シンボル”の尖兵として、この機動兵器を操る兵士であり、操り人形。そういう運命にあると思っていた。だが、運命は変えられる。そう、教えてくれた人がいる。

 

ミハル

(あれは、本当にユウシロウ? それとも……)

 

 ここには、答えがある。或いは、答えに辿り着くための何かが。メタルフェイクのモニターに、コンピューター内に保管される重要機密のデータが映し出されていく。ミハルはそれを、無感動な瞳で読み解いていく。豪和ユウシロウ。彼のデータは、豪和総研の最重要秘密事項となっていた。それは、予想通りであると言える。だからミハルはそれに構うことなく、侵入を進めていく。すると、モニター内にはユウシロウの出生簿のようなものが表示された。だが、そこに記されている事項はあまりにも少ない。

 

ミハル

(豪和憂四郎……。未来世紀46年生まれ。未来世紀54年……死亡?)

 

 死亡。ユウシロウは、8年前に記録上死んでいる。それが嘘ではないことを、この豪和総研という場所と、厳重な秘匿レベルが示していた。疑う余地など、ありはしない。

 だが、だとしたら……。

 その疑念を口に出す間も無く、外が騒がしくなっていることにミハルは気づく。それと同時、外で待機している櫻庭桔梗から、通信が届く。

 

桔梗

「フェイク1。すぐに帰投して。例の部隊が近づいてる」

 

 例の部隊。べギルスタンで交戦し、そしてミケーネ帝国との戦いの中心になった彼らのことだろう。ミハルはそう理解する。

 

ミハル

「了解」

 

 そう答え、ミハルはコードを引き抜いてメタルフェイクを再び起動させる。そしてマシンを走らせようとしたその直後、背後に人の気配を感じた。正確には、彼の気配を。

 

ユウシロウ

「ミハル……!」

 

 ユウシロウ。ミハルの心を奪い続ける少年。同じ運命を共有し、真実を探すもの。ミハルはメタルフェイク……イシュタルMk−Ⅱのコクピットハッチを開け、叫んだ。

 

ミハル

「ユウシロウ! 貴方は……貴方はもう死んでいるのよ!」

ユウシロウ

「何……?」

ミハル

「8年も前に……貴方は、貴方は誰なの!?」

 

 それだけを吐露し、ユウシロウを見やる。死んでいるはずの少年。それは今もたしかに、実体を伴ってミハルを見つめていた。死んでなど、いるはずもない。ユウシロウは確かに、ここにいる。

 ならば8年前に死んだユウシロウは誰で、ここにいるユウシロウは何だ?

 わからない。渦を巻いてミハルの思考を奪う疑念、懸念、雑念、恐怖。それらから背を向けるように、ミハルはコクピットハッチを再び閉め、ユウシロウを後にするのだった。

 

 

 

……………………

第22話

「豪和憂四郎」

……………………

 

 

—豪和市—

 

 

 豪和市。豪和のお膝元であるこの街は、東京でも有数の治安で守られた街だった。デビルガンダム事件で新宿が崩壊し、その余波を受けて東京近辺は2年前、かなりの被害を受けている。その結果として独自のスラムを形成し、東京は首都としての機能をほぼ完全に失った。それでも尚、日本国内の政治機能を司るのは東京である。それは真の首都でもあるネオジャパン・コロニーが地球という場所を軽視しているという見方もできるが、日本の場合この豪和市を支配する豪和一族のように、独自の権限を持つ豪族が存在していたことも大きいだろう。

 だが、そんな豪和市は今炎に包まれている。豪和総研を襲った謎の機動兵器群。その中に、櫻庭桔梗と愛機アシュクロフトはいた。

 夜の街の静寂を引き裂く機動兵器のエンジン音と耳を裂くサイレン。櫻庭桔梗は今、アシュクロフトのコクピットで静かに敵を見据えていた。桔梗は、待っている。あの子が来るのを。

 

桔梗

「槇菜……」

 

 櫻庭槇菜。桔梗にとってただ1人の大切な妹。槇菜は、あんなもの乗って戦うような子ではない。だけど、べギルスタンで会敵したあの子は本気だった。

 本気で、自分と対決するつもりだった。

 

桔梗

(……どうして、わかってくれないの)

 

 この世界が、あまりにも危うい均衡で保たれているということはここ10年で誰の目にも明らかなことだった。

 コズモ・バビロニア建国戦争、ムゲ・ゾルバドス帝国の襲来、ドクターヘルの挙兵、デビルガンダム事件と木星戦役。バイストン・ウェルからの東京上空事件とそして、今回のミケーネ帝国の侵略。これらのような大きな事件だけではない。宇宙世紀時代の戦争で汚染された地球はエリート達から捨てられ、4年に1度行われるガンダムファイトの舞台として使われるばかり。そうして見捨てられ、酷使される地球に桔梗も、槇菜も住んでいる。

 コロニー国家は、地球を軽視している。それは桔梗だけでなく、地球に住む住人の多くが実感として感じているものだった。

 

桔梗

(それなら、地球の統治はコロニーに任せるべきではない。私はそんな、西田さんの思想に共感した)

 

 だからこそ、桔梗は西田の意向に沿って“ゴッドマザー・ハンド計画”に賛同し、その先兵となった。エメリス・マキャベルのことは好きではないし、“シンボル”の思惑も知ったことではない。ただ、「日本を、世界をより善い形に導きたい」という西田の信念は本物だと、桔梗は確信している。

 槇菜が生きる世界は、よりよいものであってほしい。その一念で、桔梗はこの計画に参加したのだ。

 

 日本は、他国に比べて遥かにマシである。それは前回ガンダムファイト優勝国ネオジャパンのカラト首相が、地球の福祉を他の国家元首より多少は考えているからだろう。だが、それだけだ。他国よりマシというだけでしかない。

 ドクターヘルをはじめとした侵略者の脅威も、地球圏が一丸となって立ち向かえばあれほどの被害を被ることはなかった。両親が死に、槇菜に寂しい思いをさせる必要もなかった。そう、桔梗は思っている。

 

桔梗

「それなのに……」

 

 段々と、それは肉眼で確認できるまで近づいてきていた。夜空に紛れて黒い体躯は見えにくい。しかし光り輝く翼を羽撃かせるそれを、桔梗が見間違えるはずもない。

 

桔梗

「どうして、お姉ちゃんのいうことを聞けないの。槇菜!?」

 

 ゼノ・アストラ。漆黒の巨神に身を包む最愛の妹が、桔梗のアシュクロフト目掛けて飛び込んでいた。

 

槇菜

「お姉ちゃん……!?」

桔梗

「槇菜、まだそんなものに乗って!」

 

 ビットガンを構え、ゼノ・アストラと対峙するアシュクロフト。まだ、その引鉄は引かない。今回の目的は、戦いではないのだから。

 

槇菜

「お姉ちゃん、答えて! こんなことをして何の意味があるの!?」

桔梗

「…………!」

 

 桔梗はその答えを、持っていない。この作戦は、マキャベルの背後にいる組織“シンボル”からの優先任務だ。桔梗や、彼女が心酔する西田啓の思惑からもズレていた。

 

桔梗

「意味を作るのは、私じゃない。私は、作戦を進めているに過ぎないわ」

 

 だから桔梗は、取り繕った答えで妹を威嚇する。しかし、槇菜は桔梗が思っているよりも聡かった。そんな欺瞞が通じる妹ではない。

 

槇菜

「誤魔化さないでよ! お姉ちゃんが武器を取ることで、一体どれだけの人が傷つくと思ってるの。それがお姉ちゃんの掲げた革命なの?」

桔梗

「なっ……!」

 

 ゼノ・アストラの右手には、巨大な盾が握られている。盾を構え、銃を取るアシュクロフトと対峙する。盾。それは守るための武器だ。対するアシュクロフトは今、最愛の妹に銃口を向けている。桔梗が、誰よりも健やかに、安らかに過ごしてほしいと願ってやまない妹に。

 べギルスタンで槇菜と交戦し、それからも計画に参加している時点でいつかこうなる日が来るのは覚悟していた。だが、それでも不服なのは槇菜が機動兵器に乗り、戦いなんかをしているという事実だ。

 

桔梗

「槇菜……。あなたこそそんなものに乗って、調子に乗ってるんじゃないの?」

 

 その強大な力が、槇菜を変えてしまったのではないか。だから、槇菜が自分に楯突くのではないか。そんな疑問をずっと、桔梗は胸の内に抱いていた。もしそうなのだとしたら、姉として正さなければならない。元の優しくて可愛い槇菜を、取り戻すために。

 

槇菜

「そんなこと……!」

桔梗

「だって、そうじゃない。あなたがそんなもので戦う理由がどこにあるというの!?」

 

 余計なことをせず、私に守られていてほしい。槇菜はそういう子のはずだ。桔梗は叫ぶ。しかし、それは姉の驕りでしかない。

 

槇菜

「お姉ちゃんの……バカッ!?」

 

 櫻庭桔梗は、槇菜がゼノ・アストラに乗ることになった経緯を知らない。ワーラーカーレンでジャコバ・アオンと話したことを知らない。ゼノ・アストラと共に、どれだけの戦いを潜り抜けたのかを知らない。どれだけの怖い思いをしながら、守るために戦うことを決意したのかを知らない。

 とどのつまり、櫻庭桔梗は櫻庭槇菜のことを何も知らないに等しい。それなのに、桔梗のなかで槇菜は幼いまま時間を止めている。

 それは桔梗の、槇菜への侮り。いつまでも姉に守られてばかりの妹だと思われている。その事実を認識し槇菜は……頭にきていた。

 

桔梗

「ま、槇菜……?」

 

 妹の剣幕に、桔梗は一瞬たじろぐ。

 

槇菜

「お姉ちゃん。私の目の前で、学校が潰れたの。たくさんの人が、私の目の前で死んだの。それだけじゃない。ミケーネ帝国が攻めてきて、たくさんの人が死んでいったんだよ?」

桔梗

「だから、私は……」

 

 そんな世界を少しでも良いものにするために。そのために、この道を踏み出したのに。

 

槇菜

「お姉ちゃんは、自分達のやってることを正しいって思ってないんでしょ。仕方がないって諦めてる。だから、そうやって誤魔化すんじゃないの!?」

桔梗

「————っ!?」

 

 言い返す言葉が、見つからなかった。全ては槇菜のために。槇菜が健やかに暮らす世界のために。その一念でこの計画に加担ししかし、そこで桔梗が行なっているのはこうしてテロリスト紛いの犯罪行為に他ならない。

 だが、それを認めてしまえば。桔梗がこれまで槇菜のためとやってきた全ては。

 

ミハル

「…………」

 

 姉妹が対峙する中、小型の機動兵器が燃え上がるビルの中からこちらへ駆けてくるのを、桔梗は確認する。ミハルのメタルフェイク。ミハルを回収次第直ちに退却する。それが、命令だった。しかし、

 

槇菜

「お姉ちゃん!」

 

 槇菜のゼノ・アストラが、それを阻む。退路を塞ぐようにアシュクロフトとの距離を詰めていくゼノ・アストラ。ジリジリと、2機の距離は近くなる。既にビットガンの射程内に、ゼノ・アストラはいる。しかし、それは桔梗も同じ。ゼノ・アストラはセラフィムフェザーを展開し、その羽根を今にもこちらへと射出できる姿勢だった。

 

ミハル

「…………!」

 

 そんな時、ミハルを追ってさらに。燃え上がる建造物から1人の少年が駆けてくる。

 

ユウシロウ

「ミハル……!」

 

 豪和ユウシロウ。特務自衛隊実験第三中隊に大尉階級で所属することになった民間人。特自に所属していた人間として、彼のことは桔梗も記憶していた。彼が、豪和一族に名を連ねる存在であることも。

 桔梗は、“シンボル”からの具体的な命令は聞かされていない。パブッシュ艦隊の同盟者でもある“シンボル”からの依頼任務……それに桔梗が充てがわれただけのことだ。べギルスタンでロストしたミハルが日本にいる……その情報を知らされ、回収に向かうのが最初の任務だった。だが、“シンボルの男”を名乗る何者かがミハルを回収したとの報告が入り……“シンボル”から新たな作戦を依頼されたに過ぎない。

 

ミハル

「ユウシロウ……」

ユウシロウ

「…………」

 

 正直、ミハルと豪和ユウシロウの間にどのような関係があるかなど、桔梗からすればどうでもいいことなのだ。だがミハルはこれでも桔梗にとって、べギルスタンを共に戦った戦友でもある。

 

槇菜

「ユウシロウさん……無事だったんだ!」

 

 そしてそれは、槇菜にとってのユウシロウも同じ。

 

ユウシロウ

「あれは……エンペラーにいたマシン。彼らが近くに来ているのか」

 

 だがたとえエンペラーが来たとして、ここで戦闘になることはない。そう、桔梗は考える。豪和総研は市街地から少し離れた位置にあるが、エンペラーが戦うのであれば街中に大きな被害が出ることになる。それはお互い、避けたいはずだ。

 

桔梗

「……槇菜、ここは引いて。お願いだから」

 

 だから、今どうにかしなければいけないのはゼノ・アストラのみ。

 

槇菜

「ヤダッ! お姉ちゃんが私の話を聞いてくれないなら、私は引かない!」

 

 しかし、槇菜が頑固なところがあるのは桔梗もよく知っている。全く、誰に似たんだか……桔梗は観念し、ビットガンの銃口。そのスコープを覗き込んだ。その時、

 

 

桔梗

「急速に接近する機影!?」

槇菜

「な、何ッ!?」

 

 そう! その時だったのです! 巨大な翼。巨大な脚。まるで隼のようなシルエットを持つそれが、豪和市の上空から舞い降りたのは!

 

ミケロ

「ヒャヒャ……ヒャァーッヒャヒャヒャ!?」

 

 ミケロ・チャリオット! そしてその愛機ガンダムヘブンズソード! あの時、科学要塞研究所での戦いで倒した強敵が再び立ち塞がったのです!

 その翼から放たれるヘブンズトルネード! 竜巻が、桔梗達4人のいる方向へ放たれました。突風は瓦礫や砂利を巻き込み、物凄い速さで迫ります。マシンに乗っている槇菜、桔梗、ミハルはともかく生身のユウシロウがこれを受ければ、命はありません!

 

ミハル

「ユウシロウ!?」

 

 咄嗟に、ミハルの乗るイシュタルMk-Ⅱが、ユウシロウに覆いかぶさるように屈みました。ミハルのマシンにしがみつくようにして、ユウシロウはその竜巻に備えます。ですが、華奢なメタルフェイクでは、強化されたヘブンズソードの突風を耐えられません!

 

桔梗

「こんな時に……ッ!?」

 

 咄嗟に、ビットガンを構えるアシュクロフト。ですが物凄い風圧がアシュクロフトを襲い、狙いが定まらない。万事休す、その時!

 

槇菜

「もうっ!?」

 

 漆黒の天使が、ゼノ・アストラが飛びました。光の翼を広げ、巨大な盾を構えます。ガンダムヘブンズソードの突風を跳ね除けるように、ゼノ・アストラ自身が巨大な風除けとなりユウシロウを、ミハルを、そして桔梗を守るのです!

 

槇菜

「今は大事な話をしてるの。邪魔しないでよ!」

ミケロ

「テメエこそ、俺の邪魔するんじゃねえ!? そいつらを殺したら次はメインディッシュがぁ……ドモン・カッシュが待ってるんだからよぉっ!?」

 

 竜巻に炎を混ぜ、ガンダムヘブンズソードは怒り狂ったかのようにその羽根を広げました。対するゼノ・アストラも、光の翼から舞い落ちたセラフィムをヘブンズソードへと突き立てていきます!

 

桔梗

「槇菜……!」

槇菜

「私が守ってる間に、早くユウシロウさんを助けて!」

ミハル

「…………」

 

 コクリ。とミハルが頷く。

 

ミハル

「入って」

ユウシロウ

「……ああ」

 

 イシュタルのサイドポケットに、ユウシロウを入れる。TA同様、メタルフェイクのコクピットも人を一人強制固定するように造られている。中に一緒に入れるわけにはいかない。だが、特殊な任務で回収品を保護する時などに使われるサイドポケットが丁度、今は空いている。少なくとも、戦火で野晒しになるよりは安全だろう。機密保持とかそういうことは、この時ミハルの頭から抜けていた。今はただ、ユウシロウを守らなければ。そんな気がしたのだ。

 

ミケロ

「チッ、埒があかねえ! こうなりゃ……こいつをお見舞いしてやらぁっ!」

 

 瞬間、ガンダムヘブンズソードは空高く飛び上がった。そして猛禽の脚を変形させ、豪脚を伸ばす。それは、ミケロ・チャリオット必殺の!

 

ミケロ

「ハイパー銀色の脚スペシャラァァァァァァッ!?」

 

 繰り出される銀色の脚が槇菜を、ゼノ・アストラを襲います! かつて、シャッフル同盟すらも圧倒したそれに対し、シールドを展開し耐え続ける槇菜。ですが、守ってばかりでは勝つことはできません!

 

槇菜

「反撃、しなきゃ……!」

 

 セラフィムフェザーを飛ばし応戦するゼノ・アストラですが、そのヘブンズソードの敏捷はオーラバトラー並か、それ以上! 耐えながらなんとかやっているような攻撃ではミケロに届くことはないのです! 危うし槇菜!

 

ミケロ

「これでぇぇぇっ、終わりヤァァッ!」

 

 再び銀色の脚スペシャルが、ゼノ・アストラを捉えました。万事休す、その時!

 

桔梗

「槇菜!?」

 

 アシュクロフトが、動きました。最愛の妹を助けるために。ビットガンを放ち、ヘブンズソードの軌道を僅かに逸らしたのです!

 

ミケロ

「チッ、雑魚が邪魔するんじゃねえ!?」

 

 再び猛禽形態に変形し、ヘブンズトルネードによる竜巻攻撃に切り替えるミケロ。それは、かつてのランタオ島での戦いの時とは比べ物にならないほどの出力でした!

 

槇菜

「ッ、キャァっ!?」

桔梗

「ァッ!?」

 

 圧倒的な力に、ゼノ・アストラとアシュクロフトはなす術もなく吹き飛ばされてしまいます。大きく飛ばされ、その巨体をコンクリートへ叩きつけてしまう2機。その力の差は、歴然と言っても過言ではないでしょう。

 

ミケロ

「すげえ! すげえすげえ! この力だ。この力があれば今度こそ俺は、あいつを倒せる!」

 

 今までにないほど、ミケロ・チャリオットの力は強くなっていました。舞い上がり、ミケロは有頂天だったのでしょう。故に、

 

ミハル

「…………今なら」

 

 5mにも満たないメタルフェイクなど、見えてなかったのかもしれません。ミハルのイシュタルMk-Ⅱから放たれた低圧砲が、ヘブンズソードの脚部を狙い撃ったのです。

 

ミケロ

「ぁあん?」

 

 ですが、そんなものは焼石に水。ミケロは次の標的をミハルに……いえ、本来のターゲットであるミハルとユウシロウに、狙いを定めました。

 

ミケロ

「そんなカトンボみたいな機体で、このデビルガンダム様の力を得た俺に勝てるかよッ!?」

 

 猛禽形態のまま、猛スピードで降下するガンダムヘブンズソード。いかに小回りの効くメタルフェイクでも、猛スピードで突っ込んでくるものを避けるのは至難の技。しかも今機体の中には、ユウシロウがるのです。

 

ミハル

「ハッ……ハッ……!」

ユウシロウ

「…………!」

 

 ヘブンズソードの猛追を躱し続けながら、2人の心拍数は急激に上昇していきました。まるで、あの時のように。血液が沸騰し、目の前が真っ赤に染まるような感覚を覚えながらミハルは無心で、ヘブンズソードの猛追から逃れ続けます。ですが、機体性能の差は歴然。

 

ミケロ

「死ねよやぁッ!?」

 

 瞬間、ヘブンズソードの翼から放たれるメタル手裏剣。その軌道を、ミハルは読み切ることができませんでした。

 

ミハル

「やられる……?」

 

 こんなところで。ユウシロウとふたり。死の恐怖が、ミハルの眼前に迫ります。その時ミハルが感じたのは、それも悪くないか。という諦めの心です。

 

 ある日、中国大陸で起きた飛行機事故。機内唯一の生存者であったミハルは、それ以前の記憶を持っていません。“シンボル”に回収され、“インヴィテイター“と彼らが呼ぶ特殊な才能を持つが故に、メタルフェイクのテストパイロットを続け……いつしかミハルは、“シンボル”の先兵となっていました。

 そんなミハルの記憶のどこかに棲み続けていた男……ユウシロウ。

 自分とユウシロウがどういう存在なのか、ミハルはまだ答えを得たわけではありません。ですが、ここで終わるのなら。

 

ミハル

「それも……」

ユウシロウ

「ダメだ!」

 

 そんな諦念を打ち破ったのは、ユウシロウです。

 ミハルの諦めを察知したかのように、ユウシロウは叫びます。

 

ユウシロウ

「俺はまだ、俺が誰なのか知らない。ここで終わるわけには、いかない!」

ミハル

「ユウシロウ……?」

 

 そう、豪和ユウシロウは、まだ諦めてはいませんでした。彼自身の運命。その決着がこんなものでいいはずがないと、彼は叫びます。そして!

 

???

「よく言ったぜ……ユウシロウ!」

 

 彼の叫びが天に届いたのか。それはわかりません。ですが、あの男がやってきたのです!

 爆熱の拳を高らかに掲げ、掌底から放たれた熱波がメタル手裏剣を燃やし尽くします。

 そう!

 真っ赤に燃える掌は爆熱の如く!

 

桔梗

「あ、あれは……」

 

 白馬を自在に操り、背中に輝く日輪と共に現れた彼は!

 

槇菜

「ゴッドガンダム……ドモンさん!」

 

 

ドモン

「ああ。待たせたな槇菜、ユウシロウ!」

 

 みなさんお待ちかね!

 風雲再起に騎乗したゴッドガンダムを筆頭に、シャッフル同盟のガンダムファイター軍団!

 さらに後方には、ゲッターエンペラーがその勇姿を現しました。我らがヴァニティ・バスターズが到着したのです!

 

ドモン

「ミケロ・チャリオット……やはり生きていたか!」

 

 ユウシロウを助けた後、ゴッドガンダムは再びガンダムヘブンンズソードへと向き直りました。かつて倒した敵。ミケロ・チャリオットへ。

 

ミケロ

「へ、へへへ……ドモン! ドモン・カッシュゥゥゥゥゥゥッ!」

 

 対するミケロは、ゴッドガンダムの登場に歓喜の声を上げます。殺意に狂った感性が、ドモンの耳に障りました。

 

チャップマン

「ミケロか……。哀れな奴め」

ジョルジュ

「奴も相当、しぶといですね」

チボデー

「ヘッ、だが今更ミケロなんざ、俺達の敵じゃねえ!」

 

 ジョンブルガンダムのロング・ビーム・ライフルが、続け様にヘブンズソードを狙撃します。それを避けるミケロ。ですが、彼の回避ルートには既にゴッドガンダムが回り込んでいます!

 

ドモン

「ミケロ! 今度こそ、地獄に送り返してやる!」

 

 ゴッドガンダムの掌が、ヘブンズソードの顔面を掴みました。そして、ドモン・カッシュの愛と怒りと哀しみを乗せて、燃え上がるのです!

 

ミケロ

「ド、ドモン!?」

ドモン

「ガンダムファイト国際条約第一条。頭部を破壊されたものは失格となる! ミケロ、お前は最初から、このリングに立つ資格はない!」

ミケロ

「あ、あァァァァッッ!?」

 

 爆熱ゴッドフィンガー! ゴッドガンダムの十八番が、ヘブンズソードを焼き尽くしていきます。その高熱を間近で浴び、ミケロは地獄の責め苦でも受けたかのような叫びを上げました。彼は、思い出していたのです。あの時のことを。

 イタリアマフィアのボスだったミケロ・チャリオットは、その腕っ節を買われネオイタリア代表ガンダムファイターとなりました。ガンダムファイターという、国の威信と名誉を賭けた存在になることで、ミケロは事実上イタリアを手に入れたといっても過言ではなかったのです。

ですが、そんな彼の人生を狂わせた存在……ドモン・カッシュ!

 

『ガンダムファイト国際条約第一条。頭部を破壊されたものは失格となる!』

 

 彼のシャイニングガンダムを前になす術なくやられたミケロ。あの時既に、僅かばかり残っていたガンダムファイターとしての矜持はボロボロに崩れ落ちたのでした。

 

ミケロ

「ドモン! ドモンテメェっ!?」

ドモン

「うるさいっ!」

 

 そんなミケロの恨み言など、聞く耳を持つドモンではありません。ファイターとしての誇りを失い、デビルガンダムの尖兵となった者にドモンができることは……介錯の二文字のみ!

 

ミケロ

「ドモン! ドモンァァァァァァァッ!?」

 

 叫びと共に、ミケロ・チャリオットとガンダムヘブンズソードは燃え上がりそして、堕ちて行きました。

 

 

サイ・サイシー

「やったの?」

ドモン

「…………いや、まだだ」

 

 ですが、ドモンは感じていました。ミケロの中のDG細胞が、まだ増殖を繰り返していることを。故に、ドモンは構えを解きません。これからが本当の闘い。そう、ドモンの直感が言っているからです。

 そして!

 

ミケロ

「ハハハハハ……ヒャハハハハハハハハ!?」

 

 ミケロ・チャリオットの笑い声が、豪和市に木霊しました。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 エンペラーから出撃したヴェルビン、ダンバイン、ナナジン、グレートマジンガー、ゴッドマジンガー、ゲッターロボ、ブライガーも、豪和市に降り立ちました。ですが、ミケロの笑い声は尚も止みません。

 

ショウ

「これは……」

チャム

「ショウ、これ怖いよ!」

 

 ショウ・ザマは、ミケロの中で肥大化していく野望のオーラ力を敏感に感じとっていました。それは、かつてショウとマーベルが戦ったシェリル・クチビのそれにも似た不快感を伴い、ショウを襲います。

 

鉄也

「何が起きているんだ……?」

ヤマト

「何か……来るっ!?」

 

 最初にそれを感じたのは、ゴッドマジンガーの火野ヤマト。ゴッドマジンガーは魔神の剣を構え、それを待ち受けます。

 

エレボス

「エイサップ、これ!?」

エイサップ

「わかってる。これはでも、おかしいでしょ!?」

 

 エイサップの敏感なオーラ力も、それを感じ取りました。肥大化する怨念。巨大化する野望。燃え堕ちたガンダムヘブンズソードを中心に、金属でできた鱗のようなものが増殖をくりかえしていました。そう!

 

ドモン

「あれはッ!?」

ジョルジュ

「デビルガンダム三大理論……!」

 

 自己再生、自己進化、自己増殖。ヘブンズソードのDG細胞はこの短期間にそれを繰り返し、中のミケロごと新たな存在へ作り替えているのです!

 全身を金属の鱗に覆われたヘブンズソード。その体躯が膨張し、巨大化していきます。そして、あわられたものは!

 ドモン達のガンダムよりも、遥かに大きい。そう、全長だけでゴッドガンダムの10倍以上はあろう巨体!

 背中に砲塔、巨大な翼。さらに尻尾のように巨大なガンダムヘッドを備えたそれを、ドモン達は知っていました。

 

サイ・サイシー

「おいおい、ウソだろ……?」

ジョルジュ

「まさか、これは……」

 

 グランドガンダムを彷彿とさせる全身のシルエット!

 背中から生えたガンダムヘブンズソードの翼と爪!

 尻尾を形成するウォルターガンダム!

 そして、マスターガンダムの頭部と両腕!

 

チボデー

「Jesus Christ!?」

アルゴ

「……グランドマスターガンダム、だと!?」

 

 グランドマスターガンダム!

 かつて、デビルコロニー内部での決戦の際、全ての黒幕ウルベ・イシカワが乗り込んだデビルガンダム四天王全ての特徴を兼ね備えた最強のモビルファイターに、ヘブンズソードは進化していたのです!

 

ミケロ

「ハハハ……ハハハハハハハ!!!」

 

 なんということでしょうか。全身をDG細胞に侵されながら、ミケロ・チャリオットは笑っていました。

 

ボウィー

「おいおい冗談じゃないぜ。ブライガーやゲッターよりデカいガンダムなんて、ありえないでしょ常識的に」

キッド

「つまり、奴さんは常識外れの存在ってことだよボウィーさん」

 

 軽口を叩きながら、ブラスター・キッドも戦慄していた。グランドマスターガンダムは、ゴッドガンダムはもとよりブライガーやゲッターロボよりも遥かに大きく、醜い姿を晒している。しかし、その醜さはそれそのまま威圧感となっていた。

 

桔梗

「グランドマスターガンダム……。以前の戦いでは、シャッフル同盟が倒したんでしょう?」

ドモン

「ああ。だが奴はデビルコロニーを完全に落とすまで、再生を続けていた。もしあれが、あの時と同じなら……」

 

 即ち、今のミケロにはデビルコロニーと同等のDG細胞量が備わっていることになる。無尽蔵に増殖を繰り返すデビルコロニー。その動力炉でもあったグランドマスターガンダム。それは、真の意味で決着をつけることのできなかった強敵でもあった。

 

槇菜

「危ない、ドモンさん!?」

 

 槇菜が叫ぶ。それと同時、ウォルターガンダムの凶悪なガンダムヘッドがゴッドガンダムへ迫った。咄嗟に風雲再起を引かせ、距離を離すドモン。しかし、執拗に迫るガンダムヘッド。捕まればひとたまりもないことは、前回の戦いで身を以て思い知っている。故に、ドモンは既に、明鏡止水の心を開眼していた。

 

ドモン

「ハァァァァァッ!」

 

 風雲再起から飛び降りるゴッドガンダム。必殺のゴッドスラッシュ・タイフーンでウォルターガンダムへと飛び込んでいく。獰猛な歯を並び立てる口内目掛けて、飛び入るドモン。

 

鉄也

「ドモン!?」

ヤマト

「どうする気だ!?」

 

 2本のビーム・サーベル……ゴッドスラッシュでウォルターガンダムの牙と戦いながら、ドモンは叫ぶ。

 

ドモン

「この化け物を倒すには、俺達の力を結集する必要がある! みんな、力を貸してくれ!」

 

 つまり、あの時と同じように。

 

ミケロ

「無駄だ無駄だァッ! この力は無限なんだよぉドモォォォン!?」

 

 全身を機械の鱗に覆われながらミケロが叫ぶ。しかし、そんなものはドモン・カッシュにとっては笑止千万!

 

ドモン

「力に溺れる者など……俺達の敵ではない!」

 

 竜巻のように駆け抜けるゴッドスラッシュ・タイフーンがついに、ウォルターガンダムを突き抜けました! 怨嗟の雄叫びを上げながら、グランドマスターガンダムの尻尾……即ちウォルターガンダムが沈みます。そして、立っているのはゴッドガンダム!

 

チボデー

「へっ、ジャパニーズの言う通りだ。みんな、一気に行くぜ!」

サイ・サイシー

「おう!」

 

 ゴッドガンダムを先頭に、ガンダムマックスター、ドラゴンガンダム、ガンダムローズ、ボルトガンダムらも続きます。そう、シャッフル同盟。かつてグランドマスターガンダムと激戦を繰り広げた彼らが、先陣を切ったのです!

 

チボデー

「まずは軽いジャブだ。豪熱ゥゥ、マシンガンパンチ!」

 

 ボクサーモードのマックスターから放たれる連続パンチ! 一度に10発の拳を同時に繰り出すマシンガンパンチが炸裂します! ですが、圧倒的な質量を誇るグランドマスターガンダム。チボデー渾身の拳を受けながら尚、平然と立っているのです!

 

ミケロ

「弱え! 弱え弱え!?」

 

 グランドマスターガンダムの巨大な足が、マックスターを踏み潰さんと動きました。圧倒的な質量差。モロに受ければ致命傷は避けられません。事実、この踏み付けにかつてチボデーは苦しめられたのです。ですが、そこにすかさず割り込むものがいました。

 

アルゴ

「ヌンッ!」

 

 ボルトガンダム! シャッフル同盟最強のパワーを持つアルゴ・ガルスキーが、その脚を受け止めたのです!

 

アルゴ

「クッ……!?」

 

 しかし、その力の差は歴然。いかにボルトガンダムといえども、このままでは踏み潰されてしまうのは時間の問題。ですが、その隙に敵の攻撃から逃れたガンダムマックスター。その隣にはガンダムローズ!

 

ジョルジュ

「チボデー、攻撃を合わせましょう」

チボデー

「ああ。行くぜぇッ!」

 

 マックスターのバーニングパンチ! 炎を纏いしその拳が、薔薇の咲き誇る竜巻……ローゼスハリケーンと共に放たれました! 完全に息を合わせたその波状攻撃。普段は反目し合いながらもチボデーとジョルジュは互いを完全に信頼しているのです。だからこそ、放てる一撃! しかし、その攻撃はグランドマスターガンダムの背中から放たれたヘブンズトルネード……ガンダムヘブンズソードのそれをさらに強化した突風に相殺されてしまいます!

 

サイ・サイシー

「お次はオイラだ! 天に竹林、地に少林寺。目にもの見せるは……最終秘伝!」

 

 高く舞い上がったドラゴンガンダム。その機体が胡蝶の如く霧散していきます。

 

サイ・サイシー

「真・流星胡蝶けぇぇぇぇぇん!?」

 

 己の命を燃やすことでのみ放たれる少林寺最終奥義、真・流星胡蝶拳! 自らを胡蝶へ姿を変えたドラゴンガンダムが、グランドマスターガンダムへと飛び込んでいきました!

 

ミケロ

「ウゼェ! ウゼェんだよてめえらぁっ!?」

 

 しかし、グランドマスターガンダムは尚も再生と増殖を続けています。グランドガンダムの砲塔でドラゴンガンダムを迎撃し、寄せ付けません。それでも尚、飛び込んでいくドラゴンガンダム! そして!

 

アルゴ

「ヌゥォォォォッ!?」

 

 グランドマスターガンダムの脚を支え続けていたボルトガンダムの怪力が、いよいよグランドマスターガンダムを持ち上げたのです!

 

ミケロ

「な、何ぃッ!?」

 

 姿勢を崩し、砲撃の照準をずらしてしまったミケロ。そこに!

 

サイ・サイシー

「破ァァッ!?」

 

 真・流星胡蝶拳が、かつてゴッドガンダムすら打ち破った最終奥義がついに、グランドマスターガンダムに届いたのです!

 

 

ミケロ

「ウォァァッ!?」

ドモン

「今だッ! 流派、東方不敗が最終奥義……」

 

 ゴッドガンダムの右腕が、烈火の如く燃え上がります。愛と怒りと悲しみを超越した、必殺の!

 

ドモン

「石破ァッ、天驚けぇぇぇぇっん!?」

 

 真・流星胡蝶拳と、石破天驚拳。シャッフル同盟が誇る2つの究極奥義が、グランドマスターガンダムに炸裂したのです! その威力に、グランドマスターガンダムは爆煙を上げてしまいます。ですが!

 

エイサップ

「やったのか!?」

ショウ

「いや……」

 

 やがて爆煙が治まり、そこには無傷のグランドマスターガンダムが立っているではありませんか!

 

ドモン

「む、無傷だと……!?」

サイ・サイシー

「化け物かよ……!」

 

 圧倒的な強さを誇るグランドマスターガンダム。しかし、その無傷はただノーダメージというわけではないようです。

 

桔梗

「あのガンダム……受けたダメージを瞬時にDG細胞が再生させているというの?」

 

 そう、デビルガンダム三大理論。このグランドマスターガンダムは、デビルガンダム四天王4機の集合体でもあります。そのDG細胞の量は、デビルガンダム最終形態にも匹敵するまでに膨れ上がっているのです!

 

ミケロ

「ククク、ヒャハハハハ!」

 

 

…………

…………

…………

 

 

槇菜

「あれっ!?」

竜馬

「ガンダムヘッドが、次々湧いてきやがる!?」

 

 グランドマスターガンダムを中心に、自己増殖を繰り返すDG細胞。それが無数のガンダムヘッドを生み出している。大地を割り、コンクリートを突き破り現れたガンダムヘッド。巨大、獰猛、凶悪なそれは、火の手が上がる街中で暴れ回る。豪和のお膝下とも言うべき東京有数の治安を誇る豪和市は今、阿鼻叫喚の地獄へと変わろうとしていた。

 

桔梗

「これは……っ!?」

 

 桔梗は、知っていた。これは新宿で起きたデビルガンダムによるデスアーミーのパンデミック。その再現。そんなものを許してはいけない。アシュクロフトは収束粒子砲を展開し、グランドマスターガンダムに狙いを定める。

 

槇菜

「お姉ちゃん、危ないッ!?」

桔梗

「えっ!?」

 

 しかし照準を定める前に、再生したグランドマスターガンダムの尻尾……即ちウォルターガンダムが、アシュクロフトの背後を取っていた。凶悪な牙が、アシュクロフトを襲う。

 

桔梗

「ァァッ!?」

槇菜

「お姉ちゃん!?」

 

 ウォルターガンダムに噛みつかれ、アシュクロフトの機体全身が悲鳴を上げていた。それと同時に牙より放たれる雷撃が、機体を通して中の桔梗を襲う。

 

槇菜

「お姉ちゃんを、離して!」

ミケロ

「離すかよォッ!?」

 

 ゼノ・アストラは左手にハルバードを作り、アシュクロフトを助けんと飛んだ。しかし、グランドマスターガンダムの両腕から放たれるダークネスショット……あのマスターガンダムのダークネスフィンガーと同等以上の威力を誇る闘気弾が、ゼノ・アストラへと降り注ぐ!

 

槇菜

「キャァッ!?」

 

 咄嗟に盾を構える槇菜だが、ダークネスショットの威力を前にゼノ・アストラは再び大きく吹き飛ばされてしまう。

 

桔梗

「ま、槇菜……逃げて!」

 

 そんな時でも尚、桔梗は槇菜が戦うことを拒んだ。自分を助けようとして苦しむくらいなら、見捨ててほしい。槇菜が傷つくところなど見たくはない。そんな思いが桔梗の中で、張り裂けんばかりに大きくなっていた。

 

桔梗

「私は、大丈……」

 

 抵抗しようと操縦桿を握る手が痺れて、力が入らない。目が霞んでよく見えないが、危機的状況を知らせるアラームがずっと、アシュクロフトのコクピット内では鳴り響いている。

 

槇菜

「い、嫌だ……」

 

 立ち上がり、再びグランドマスターガンダムを睨むゼノ・アストラ。しかし、鉄壁の防御力を誇り暗黒大将軍との戦いですら耐え抜いてみせたゼノ・アストラも満身創痍。

 

槇菜

「お姉ちゃんを見捨てて逃げるなんて、できない。それで助かっても、私は絶対後悔する!」

 

 だから、助ける。そう叫ぶ槇菜。丸い眼鏡の奥にある瞳は、桔梗の知っている甘えん坊の目ではない。 

 

桔梗

「……バカ」

 

 この時、櫻庭桔梗はようやく理解した。

 櫻庭槇菜は、守られるだけのお姫様では決してないと。

 

槇菜

「だから、逃げたりなんてするもんか!」

 

 傷付きながらも、ゼノ・アストラが飛ぶ。それを近づけんと、無数のガンダムヘッドが立ち塞がった。口内から粒子砲を放つガンダムヘッド。ゼノ・アストラはそれを、堅牢な盾を用い防いでいく。

 

槇菜

「邪魔、しないで!」

 

 光の翼がはためき、舞い散る羽根が刃となりガンダムヘッドに突き刺さった。それでも尚、無限に数を増やしていくガンダムヘッド。

 

ミケロ

「ハハハハハハハ! ハハハハハハハ!!」

 

 狂ったように笑うミケロ・チャリオット。そこにはもはや、正気は存在しない。

 

ドモン

「ミケロ……!」

 

 DG細胞に感染しながら、表面上の性格に変化がなかったのがミケロ・チャリオットの恐ろしいところだった。それが生来の残酷さ、非道さ故のDG細胞との親和性によるものなのか或いは、ミケロの精神力によるものなのかは定かではないが、DG細胞に侵されたものは須く正気を失う。それを見てきた中でミケロは、数少ない例外でもあった。それが、今や見る影もない。

 

チャップマン

「……俺も、ああだったのか」

 

 かつて、デビルガンダム四天王の一人としてその身体を利用されていたチャップマンが呻く。そこには明確な、嫌悪の感情があった。

 

アイザック

「! キッド、ブライスターだ!?」

キッド

「アイザック?」

 

 アイザックの指示で、ブライガーは航空飛行形態ブライスターへと姿を変える。メインのコントロールをボウィーに移し、大空を駆けた。それを追い回すガンダムヘッド。

 

アイザック

「やはりそうか。ガンダムヘッドの狙いは、我々を分断し戦力を集中させないことにある!」

 

 ミケロは狂いながらも冷徹に勝利のためにデビルガンダム細胞を動かしていた。無造作に現れているかに見えたガンダムヘッド。それは一見すればデビルガンダム細胞の力を誇示しているだけのようにも見えた。しかし、所狭しと暴れ回るガンダムヘッドはいつしかダンジョンのように壁となっていたのだ。

 

ヤマト

「なっ、しまった!?」

 

 既にゴッドマジンガーの周囲もガンダムヘッドに埋めつくされ、上空を飛ぶオーラバトラーやゲッターロボも多数のガンダムヘッドに追い回されその対応に追われている。

 戦力を集中すれば、グランドマスターガンダムも倒せるかもしれない。しかし戦力を分断され個々の対応を追われている状況はまずい。

 

ミケロ

「ハハハハハ! テメェらはどの道全員ここで死ぬんだよぉッ!?」

桔梗

「クッ……ッ……!?」

 

 アシュクロフトを噛み砕かんとする牙は、その装甲の奥深くにまでめり込んでいる。激痛が桔梗を襲い、彼女を守るコクピットは今にも無惨に砕かれようとしている。歯を食いしばり、桔梗はしかしアシュクロフトの火器をウォルターガンダムの口内で放ち続けていた。だが、焼け石に水。

 

槇菜

「お姉ちゃん!?」

ミケロ

「行かせねえよ!?」

 

 グランドマスターガンダムから放たれる雷撃が、再びゼノ・アストラを襲う。純粋なエネルギー熱の集合体でもある雷は、シールドでは全てを防げない。

 

槇菜

「ァァッ!?」

 

 衝撃がゼノ・アストラを通して槇菜を襲う。堅牢な守りを誇ったゼノ・アストラだがしかし、今槇菜は誰よりも救いたい人に手が届かないでいた。

 

槇菜

「お姉、ちゃん……」

 

 超高圧のサンダーボルト。そんなものを受ければ本来人間はひとたまりもない。今、槇菜や桔梗が辛うじて生きているのはひとえに精神力で持ち堪えているに過ぎなかった。だが、それも長くは続かない。やがて、ゼノ・アストラは光の翼を失い、空から墜ちていく。墜ちれば待っているのは蠢くガンダムヘッド達。このまま墜ちればひとたまりもないことは明白だった。

 

エイサップ

「槇菜!?」

エレボス

「まずいよエイサップ!」

 

 助けに行こうとするナナジンも、ガンダムヘッドに阻まれてしまう。ナナジンは燃え盛るオーラソードでそれを切り伏せていくが、キリがない。誰もが諦めかけた。しかし、そんな中ガンダムヘッドを突き抜けていくものがいた。

 

チャム

「ショウ、あれ!」

ショウ

「あの機体は……!」

 

 緑色の、オーラバトラー。高機動、軽装備タイプのヴェルビンと対を成す重武装。オーラキャノンを撃ちまくりながら推進するパワー型オーラバトラー・ライネック。

 

トッド

「腑抜けてる場合かよ、ショウ!」

 

 トッド・ギネス。ショウと幾度と剣を交えた好敵手であり、命懸けの友がそこにいた。

 

ショウ

「トッド、手伝ってくれるのか!?」

トッド

「手伝うも何も、今あそこでもがいてる奴は一応仲間ってことになってるんでな!」

 

 ライネックが指差す先にいるのは、アシュクロフト。トッド・ギネスは軽薄な男だが、決して薄情者ではない。岩国での戦いの後、桔梗に助けられたことに恩義は感じている。それに、

 

トッド

「ハンバーガーの借りは、これでチャラにするぜ!」

 

 叫び、ライネックは突貫する。ライネックの開けた穴に続くようにヴェルビンとダンバインも。

 

ミケロ

「カトンボが、よるんじゃあねえ!」

 

 グランドマスターガンダムは、ヘブンズソードの風切羽をメタル手裏剣にしてオーラバトラー達に射出する。ガンダムヘッドのような密度はないが、その分鋭利な攻撃。ライネック、ヴェルビン、ダンバインの3機はオーラバリアでそれを防ぎつつ、敵陣を切り込んでいく。そんな激戦。

 

エイサップ

「クッ、ゼノ・アストラは!?」

エレボス

「エイサップ、見て!」

 

 激戦の渦中。ガンダムヘッドが蛇のように蠢く大地へ墜ちていくゼノ・アストラに、一匹のガンダムヘッドが喰らい付こうとしていた。しかし次の瞬間、旧神のツインアイに赤い光が宿る。そして指先から射出されたワイヤーで、迫り来るガンダムヘッドを斬り裂いていた。

 

槇菜

「ま……だッ!」

 

 櫻庭槇菜という少女は、それまでずっと守ってもらってばかりだった。幼い頃から大好きなお姉ちゃんに。エイサップ鈴木に、兜甲児に。或いは、人間誰しもそういうものなのかもしれない。誰かに、何かに守られて生きている。

 それは、櫻庭槇菜が過ごした15年という歳月で得た一つの真実だ。人は一人では生きられない。誰かに助けられ、守られて生きている。

 だから、誰かが守り切れないと人は簡単に死んでしまう。あの日、槇菜の目の前で潰えた沢山の命も。数年前、機械獣の襲来でいなくなってしまった両親も。

 しかし、だからこそ。

 

槇菜

「私は……せめて、大切な人だけでも守れる自分でいたい。力を貸して、ゼノ・アストラ!」

 

 瞬間。ゼノ・アストラの消えかけていた翼が煌めきと共に、広がっていく。まるで、槇菜の命に応えるように。

 

ミケロ

「しゃらくせえ、しゃらくせぇッ!?」

 

 そんなゼノ・アストラに、再び雷撃が襲う。しかし、命の色に煌めく翼がそれを弾き飛ばす。いや、雷を吸収していた。

 

ショウ

「槇菜、ここは俺達が抑える。お前はお姉さんを!」

 

 ヴェルビンが、ダンバインが、ライネックがオーラバリアを展開し、グランドマスターガンダムの攻撃を防いでいた。その間にもナナジンが、ブライガーが、ゴッドマジンガーが、グレートが、ゲッター1がガンダムヘッドを迎撃し続けている。

 

ヤマト

「槇菜、今あの人を助けられるのはお前だけだ!」

キッド

「援護くらいは、してやるけどね!」

竜馬

「だから、しくじるんじゃねえぞ!?」

 

 それぞれの言葉。それは槇菜を信じて投げかけられた言葉。それを背に、ゼノ・アストラは飛ぶ。悪魔に囚われた、姉のもとへ。

 

槇菜

「待ってて、お姉ちゃん!」

 

 光の翼でガンダムヘッドを振り切り、ゼノ・アストラはグランドマスターガンダムの尻尾……即ち、ウォルターガンダムに取り付いた。ハルバードの一振りを、巨大なガンダム頭へと叩きつける。ガンダムに痛覚があるのかはわからない。しかし、邪悪を祓うその戦槍の一撃は重く、ウォルターガンダムは叫びを上げた。

 

桔梗

「このっ!?」

 

 大口を開けたその一瞬に、アシュクロフトは加速する。ウォルターガンダムの拘束から解き放たれたアシュクロフト。肩に格納されている収束粒子砲を展開し、桔梗はその撃鉄を引く。瞬間、多重に収束された高熱粒子の波がウォルターガンダムを呑み込んだ。溶かされていくウォルター。強化されたDG細胞はすぐに再生をはじめるだろう。だが、粒子熱を浴びせられ溶け爛れた金属の塊となったそれの再生には、暫しの時間を要するだろう。

 粒子砲を空中で放った反動で、アシュクロフトはガンダムヘッドの蠢く地面へ落下をはじめる。しかし、ゼノ・アストラがその手を掴んだ。

 

桔梗

「槇菜……」

槇菜

「お姉ちゃん……」

 

 よかった。安堵したその瞬間、ひどい疲れが全身を襲う。ゆらり。ゼノ・アストラの黒い体躯がよろめき、機体が揺れる。だが、今眠るわけにはいかない。ゼノ・アストラはアシュクロフトを抱えたまましかし、周囲をガンダムヘッドに埋め尽くされた地上では、どこも安全地帯とは言えない。いや、唯一安全な場所はひとつ。

 

槇菜

「お姉ちゃん、まだ戦える?」

桔梗

「ええ。無論よ」

 

 実際のところ、ゼノ・アストラもアシュクロフトももうボロボロだ。だが、槇菜も桔梗も戦う意志は衰えていない。アシュクロフトを抱えたまま、ゼノ・アストラは飛ぶ。そして、グランドマスターガンダム目掛けてセラフィムフェザーを放ちながらゴッドガンダムのすぐ隣に着地するのだった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ドモン

「槇菜! 大丈夫なのか!?」

 

 槇菜が見つけた安全な場所。そう、それはグランドマスターガンダムとの闘いその最前線。無数のガンダムヘッド蠢く地帯に降り立つよりもここの方が安全だと判断したのだ。

 どこにいても、死ぬ確率は変わらない。ならば敵の懐に飛び込み倒すことで、少しでも生存率を上げるしかない。僅かな時間に槇菜はそれだけ考えた。剣鉄也なら、流竜馬なら、きっと同じことをするだろうという確信のもと。そして、今最速でそこに辿り着けるのは間違いなくゼノ・アストラだったのだ。

 

槇菜

「まだ、やれます!」

桔梗

「援護くらいならできるわ。シャッフル同盟。この化け物を倒して!」

 

 シールドを構えるゼノ・アストラ。ビットガンを構え、照準を合わせるアシュクロフト。そんな2機の前に、鈴蘭のマーキングが施されたメタルフェイク……イシュタルMk-Ⅱが合流する。

 

 

ミハル

「…………」

ユウシロウ

「……呼び戻さないで、恐怖を。お前はあの時、そう言った」

 

 恐怖。今ユウシロウの目の前に立ちはだかるグランドマスターガンダムは、まさに恐怖そのものの具現化とでも言うべき存在。それを前に、臆することなくユウシロウは見据えている。

 

ユウシロウ

「……豪和憂四郎は、もう死んでいる。なら俺は誰なのか。俺は、その答えがほしい」

 

 はっきりと、ユウシロウは言った。それは、自分自身の意志。ユウシロウの言葉に応えるように。ミハルのイシュタルMk-IIは駆動する。低圧砲を撃ち放ち、グランドマスターガンダムの脚を狙う。

 

ミハル

「私も、貴方のことが知りたい。それが、私自身を知ることにも繋がる筈だから」

ユウシロウ

「お前も……」

 

 イシュタルMk-IIの携行武器では、グランドマスターガンダム相手に決定打になることはない。しかし、敵も人型機動兵器である以上明確に弱点は存在する。そのひとつが、脚部だ。

 人型機動兵器が軍事の主役になった背景には、ミノフスキー粒子の発明による電子戦の衰退がある。レーダーに頼れない戦いでは、航空機や戦車は前時代の遺物となり……モビルスーツを筆頭とする、手足を持ち人のように動くマシンの戦いになった。TA、或いはメタルフェイクと呼ばれるそれもそんな時代故に生まれた、より柔軟な動きを可能とする小型歩兵と位置付けられる。

 しかし、人型をしている以上マシンの全身を支えるのが脚部だ。脚を奪われれば、どれだけ強力なマシンもその機動力を奪われる事になる。飛行機における翼。戦車のキャタピラ。それが、人型機動兵器の脚部だ。

 今、ミハルはイシュタルMk-IIの全火力を、グランドマスターガンダムの脚部に集中している。攻撃力の低いフェイクの火器が、強大なグランドマスターガンダムに通用する箇所があるとすればそこは脚部に他ならない。そう判断してのことだ。おそらく、ユウシロウも同じ状況でTAに乗っていれば同じことをしただろう。

 

ミハル

「…………」

ミケロ

「ウゼェ! ウゼェウゼェ、ウザってえんだよ!?」

 

 しかし、そんなミハルの攻撃は却って、ミケロの逆鱗に触れる。グランドマスターガンダムはその巨脚を振り上げると、華奢なイシュタルMk-IIへ蹴り付けようとした。

 

ミハル

「!?」

槇菜

「危ないッ!」

 

 咄嗟にシールドを構え、ゼノ・アストラが防御に入る。だが、体積差は歴然。再び大きく突き飛ばされるゼノ・アストラ。

 

桔梗

「槇菜! よくも……!?」

 

 アシュクロフトはファイヤダガーを斉射し、ビットガンでグランドマスターガンダムへ放った。それらの一撃一撃は、グランドマスターガンダムを屠るには至らない軽微な一撃だ。だが、それら巨象に挑む蟻のような攻撃はミケロの神経を逆撫で、キレさせる。

 

ミケロ

「テメエら、ファイトの邪魔するんじゃねえ! これは俺と、シャッフル同盟の……殺るか殺られるかのガンダムファイトなんだよォッ!?」

チャップマン

「…………」

 

 ガンダムファイト。ミケロ・チャリオットの口から放たれるその言葉にチャップマンは目を細める。

 

チャップマン

「ミケロ、お前も囚われているのだな。ガンダムファイトと言う名の牢獄に」

 

 ジェントル・チャップマン。かつて、ガンダムファイト3連覇という偉業を成し遂げた伝説のファイター。不敗神話を築き上げた彼はしかし、ガンダムファイトという枷に囚われながら晩年を過ごしたと言ってもいい。

 ジョンブルガンダムのロング・ビームライフルがグランドマスターガンダムの中央……マスターガンダムの胴体へと放たれた。しかし、グランドマスターガンダムはダークネスショットでそれを相殺する。

 

ミケロ

「チャップマン! 裏切り者のてめえにも、地獄へ落ちてもらうぜァァァッ!」

チャップマン

「俺の罪はいずれ地獄で償おう。だが、お前を野放しにしたままにはできん!」

 

 ガンダムファイトに呪われた者。その呪いを解き放つために。ジョンブルガンダムは狙い撃つ。その性格無比な狙撃はしかし、圧倒的なパワーとDG細胞の再生能力を誇るグランドマスターガンダムを前には、焼石に水。

 

槇菜

「つ、強い……」

 

 強すぎる。と槇菜は思った。暗黒大将軍のそれをはるかに上回る、無尽蔵の再生能力からくるタフネス。そして狂気のままに荒れ狂う暴走。デビルガンダム細胞。地球を滅ぼしかけたそれを今、槇菜は目の当たりにしている。

 

ジョルジュ

「…………まずいですね。ミケロは完全に、DG細胞に支配されている。それに、グランドマスターガンダムの自己増殖はこのままでは、東京をデビルコロニーにしてしまいかねない」

チボデー

「ケッ、さしずめデビルトーキョーってことか。笑えねえぜ」

 

 そうなれば暴走と増殖を続けるDG細胞は更なる増殖を続け、やがて日本を、世界を、地球をDG細胞で覆い尽くしてしまうことだろう。

 

桔梗

「……デビルジャパンなんて、許すわけにはいかない」

アルゴ

「全くだ。こうなれば……」

 

 跡形もなく、グランドマスターガンダムを破壊するしかない。二度と再生できぬまで、完膚なきまでに。だが、急速な自己再生と自己増殖を続けるDG細胞を前にそれができるかどうか。

 

ミケロ

「ドモン、ドモン・カッシュ! 俺と……俺とファイトしやがれぇぁっ!?」

 

 荒れ狂うグランドマスターガンダムが叫ぶと共に、さらにガンダムヘッド達が蠢き始める。豪和市全体が今や、デビル包囲網と化していた。そんな悪夢の空を突き抜けて、ヴェルビン、ダンバイン、ライネックの3機がグランドマスターガンダムへと突っ込んでいく。

 

ショウ

「俺達のオーラ力で、グランドマスターガンダムを封じ込む!」

マーベル

「やれるの?」

トッド

「やるんだよ!」

 

 3機のオーラバトラーが纏うオーラ光。ショウの合図と同時に、それを一気に放出する。オーラの波が重なり、より大きく響き合う。言わば、オーラ・エクステンション。かつて太平洋上のドレイク軍との決戦の際、女王シーラ・ラパーナが行った“浄化”それと同じことを三人の聖戦士は今、行おうとしていた。

 

チャム

「ショウ、がんばれー!」

ショウ

「チャムのオーラ力も貸してくれ!」

 

 ヴェルビンから放たれるオーラがさらに、大きくなる。オーラの波を受けるグランドマスターガンダムはしかし、怒り狂ったかのように暴れ回る。

 

マーベル

「効いてない!?」

 

 オーラシュートを全開するダンバインも、もはや限界に近い。これ以上の“浄化”は命に危険が伴うことをマーベルは悟る。それこそ、全てのオーラマシンを“浄化”したシーラ・ラパーナは命と引き換えにそれを行ったのだ。同じことがマーベルに、ショウにトッドに起こらないとは言い切れない。

 

ドモン

「いや……グランドマスターガンダムの再生速度が、弱くなっている!」

 

 これなら、今ならいける。ドモン・カッシュは……ゴッドガンダムは背中に背負った日輪を輝かせ、グランドマスターガンダムへと飛び込んでいく。続くようにガンダムマックスター、ドラゴンガンダム、ガンダムローズ、ボルトガンダム。彼らシャッフル同盟の力を結集させ、今こそ勝負の時。

 

ドモン

「決着をつけるぞ、ミケロ・チャリオット!」

ミケロ

「こいやァァッ、ドモォォォォォォォン!」

 

 ミケロ・チャリオット! 彼は第13回ガンダムファイトにおいて、初のガンダムファイトを……戦いのゴングを鳴らしたファイターであります。その際の対戦相手はそう……我らがドモン・カッシュ!

 今ここに、あのガンダムファイトからはじまる彼らの因縁に、決着の時が訪れようとしているのです!

 

 それでは!

 ガンダムファイト!!

 レディ・ゴー!!!

 

 

…………

…………

…………

 

 

 みなさん、この豪和市では今変則的なガンダムファイトが繰り広げられています!

 ドモン・カッシュ率いるシャッフル同盟と、ミケロ・チャリオットの乗るグランドマスターガンダム! この戦いは、地球の存亡を賭けた戦いであると言っても過言ではありません!

 

ミケロ

「死ねよやぁドモン! グランド銀色の脚スペシャルゥァァッ!?」

 

 グランドマスターガンダムの巨体が飛び上がり、銀色の脚が炸裂します! 一撃でも受ければ、忽ちゴッドガンダムは踏み潰されてしまうでしょう!

 

ドモン

「甘い! 分身殺法……ゴッドシャドー!」

 

 しかし、ゴッドガンダムは一瞬で10体に分身。10体のゴッドガンダムが、無尽蔵に繰り出される銀色の脚を受け止めながら突き進んでいきます!

 

ジョルジュ

「ドモンの道は、私達が切り拓く! ローゼス・スクリーマー!」

 

 ガンダムローズの左肩から展開されるローゼスビット。薔薇の花弁は渦を作りだし、グランドマスターガンダムの脚を封じ込めます!

 

ミケロ

「なっ、てめぇ……!?」

ジョルジュ

「今ですアルゴ!」

アルゴ

「おう! 砕け、ガイアクラッシャァァァッ!」

 

 グランドマスターガンダムの動きが止まったその一瞬、今度はボルトガンダムが動きました。大地を叩きつけ、地割れを起こすガイアクラッシャー。割れた地面からはアルゴの気迫を受けた土が隆起し、グランドマスターガンダムへ襲い掛かります!

 

ミケロ

「効かねえ、効かねえ! 効かねえって言ってるんだよぉッ!?」

 

 炸裂したガイアクラッシャーを受けて尚、グランドマスターガンダムは健在! ですが、薔薇の渦潮と隆起する大地を踏み越えたその先には……。

 

チボデー

「次はこっちの相手もしてもらうぜミケロ!」

 

 ガンダムマックスター! アメリカンドリームを叶えた男・チボデーが待っていたのです!

 

チボデー

「豪熱ゥゥゥマシンガンパンチ……100連発だ!?」

 

 一度に10発のストレートパンチを叩き込む豪熱マシンガンパンチ。その100連発。即ち一度に1000発のストレートが、ミケロ・チャリオットを襲うのです! それに加えて……

 

サイ・サイシー

「こいつもついでに、くらいやがれ!」

 

 背後を取ったドラゴンガンダム! 伸縮自在のドラゴンクローが、グランドマスターの背中……即ちガンダムヘブンズソードの翼へと迫ります。それを追い払うように、メタル手裏剣を飛ばすグランドマスターガンダム。ですが、もうドラゴンガンダムは止まりません!

 

ミケロ

「テメェらァァッ!?」

サイ・サイシー

「フェイロンフラッグ、行け!」

 

 サイ・サイシーの叫びと同時、6本のフェイロンフラッグがグランドマスターガンダムに突き刺さりました。そして、ドラゴンクローら

放たれる火炎地獄!

 

ミケロ

「うがぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ゴッドガンダム、ガンダムマックスター、ドラゴンガンダム、ガンダムローズ、ボルトガンダム。彼らの奥義を立て続けに受け、ついにミケロは絶叫しました。DG細胞の再生が、追いついていないのです!

 

ミケロ

「俺は負けねえ! 俺は強い強い強い強い! 俺は、俺で、俺だ! だから俺は負けねえんだよぉぁっ!?」

 

 燃え上がる機体の中で、ミケロ・チャリオットが叫びます。それは、ミケロなりのプライドが吐いた言葉なのかもしれません。ですが、既に彼は正気ではありません。

 

ドモン

「……今、楽にしてやる」

 

 かつて、DG細胞に汚染され正気を失った者達をドモンは何人も見てきました。その末期……自らの兄・キョウジもその一人だったドモンはそんなミケロの姿を前に、静かに言い放ちます。そう、それこそがシャッフルの紋章を受け継いだ者の、宿命なのです!

 金色に輝くゴッドガンダム。それに続くようにしてガンダムマックスター、ドラゴンガンダム、ガンダムローズ、ボルトガンダムもその機体を金色に輝かせました。そして、その胸に輝くは彼らの受け継いだ、シャッフル同盟の紋章!

 

ドモン

「キング・オブ・ハート! ドモン・カッシュ!」

チボデー

「クイーン・ザ・スペード! チボデー・クロケット!」

サイ・サイシー

「クラブエース! サイ・サイシー!」

ジョルジュ

「ジャック・イン・ダイヤ! ジョルジュ・ド・サンド!」

アルゴ

「ブラックジョーカー、アルゴ・ガルスキー!」

 

 彼らは、己の感情をより高次へ高めるために言葉を紡ぎ始めました。そう、言葉には力があるのです。己の限界を、超えたパワーを発揮するための言霊が!

 

 『この魂の炎、極限まで高めれば!』

 『倒せないものなど、何もない!』

 『我らのこの手が、真っ赤に燃える!』

 『勝利を掴めと、轟き叫ぶ!』

 

 そして! ゴッドガンダムの掌に5つの紋章が集約されていきます。シャッフル同盟。彼らの限界まで高めたこの力を結集して放たれるそれは!

 

ドモン

「ばぁぁくねつ! シャッフル同盟けぇぇぇぇぇん!?」

 

 5機のガンダムの、ガンダムファイターの魂を結集した一撃。その爆熱が、グランドマスターガンダムを飲み込んでいきます!

 

ミケロ

「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」

 

 絶叫と共に、ミケロ・チャリオットは焼かれていまいた。限界を超えた、魂の炎に。

 

ミケロ

「ア、アアアアアハアッハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 そんな中でも、狂ったようにミケロは笑っていました。笑って、笑って、笑い続けてそして。

 

ミケロ

「……いい夢、見せてもらったぜ」

 

 自分が今、ガンダムファイターとしてリングの上で死ねることに思い至り、笑いながら逝ったのです。

 

トッド

「これが、いい夢なものかよ……!」

 

 その最期を、吐き捨てるようにトッドは見守りました。まるで、自分自身を見つめているように。

 グランドマスターガンダムが消滅し、マザーであるDG細胞が消滅したことで次々とガンダムヘッド達も息絶えていきます。さながら、脳の死と同時に起こる細胞のアポトーシス。

 

槇菜

「終わった、の……?

桔梗

「ええ……」

 

 そう、我らがシャッフル同盟が……

 ドモン・カッシュが、勝ったのです!

 

ドモン

「ミケロ・チャリオット……。先に地獄で待っていろ」

 

 爆炎を上げ燃え落ちていくグランドマスターガンダム。そして、ミケロ・チャリオットの亡骸を背に、ゴッドガンダムはその勇姿を見せつけます。チボデー、サイ・サイシー。ジョルジュ、アルゴ。それは、戦い抜いた男の後ろ姿に他なりません。

 その背中は、勝利者達の挽歌を高らかに謳っていました。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—ゲッターエンペラー艦内—

 

 

 ゲッターエンペラーに収容されたユウシロウを迎えたのは、ドモンや竜馬達……共に激戦を繰り広げた戦友達だった。それに、特自の安宅大尉も、ユウシロウを出迎えてくれている。

 

ユウシロウ

「安宅大尉……?」

安宅

「速川中佐からの指示でね、私はエンペラーに同乗させてもらうことになったの。それで……」

 

 ユウシロウを乗せていた鈴蘭のメタルフェイク。それにアシュクロフトとライネックも今、ゲッターエンペラーに収容されていた。彼らは豪和総研に襲撃をかけただけでなく、べギルスタンでも特自と戦闘行動を行っていた所属不明軍。

 

ミハル

「…………」

 

 鈴蘭のTAから降りてきたのは、まだ十代半ばほどの少女だった。べギルスタンで、ユウシロウと逃げていた少女。

 

安宅

「ユウシロウ、あんたは知ってたの?」

ユウシロウ

「……はい」

 

 ユウシロウの返事を聞き、安宅は面倒臭そうに髪を掻いた。それから、「……ま、そんなことだろうとは思ってたけど」と呟く。そんなミハルや、彼女と共に収容された槇菜の姉……桔梗の姿には、目を引かれる者がいた。

 

ボウィー

「おやおや、なかなか可愛らしいお嬢さん方じゃないですことキッドさん」

キッド

「そうですねボウィーさん。けど、見てみなさいよ」

 

 桔梗は今、エンジェルお町に装備を預けている。軍用のナイフと、マグナム銃。その銃は銃口が3つついている特注品だった。

 

お町

「ボウィーさん、襲い掛かろうものなら穴だらけになってたかもね」

ボウィー

「うっへぇ〜。おっかねえ」

 

 実際、あれは機械獣やモビルスーツを相手にすることを想定している特別な装備だ。訓練をすれば使いこなせるとか、そういうレベルの代物ではない。それを携行している桔梗に、ボウィーは身震いする。

 

竜馬

「それで、なんでお前らはユウシロウを狙ったんだ?」

ミハル

「……ユウシロウのことを、知りたかったから」

 

 真顔で言うミハル。

 

桔梗

「……私達は、命令で豪和総研を襲っただけです。その真意までは、知らされていません」

隼人

「…………ほう」

 

 隼人が値踏みするように、桔梗を睨む。

 

槇菜

「隼人さん……!」

 

 そんな隼人を非難するように、槇菜が抗議の声を上げる。しかし、隼人は意に返さない。

 

桔梗

「いいのよ槇菜。少なくとも、捕虜としての扱いなら、甘んじて受けるつもりです」

 

 そう言い切る桔梗。そんな彼ら彼女らの元にやってきたのは、几帳面に髪を揃えた長身の美丈夫……アイザック・ゴドノフ。

 

アイザック

「失礼。いくつか確認したいことがあります」

桔梗

「……あなたは、たしか」

アイザック

「かみそりアイザック。そうお呼びください。あなた方に指示を送っていた者。それは“シンボル”で間違いはありませんか?」

桔梗

「…………!?」

 

 “シンボル”歴史の表舞台には決して出ないその名前を口にしたアイザックに、桔梗は目を見開く。

 

桔梗

「……そう。そこまで調べがついているなら、私が知っている情報であなた達が知らないことはほとんどないんじゃないかしら」

アイザック

「いえ、そうとも限りません。例えば……豪和総研を襲撃し、貴方達が何を得たのか」

 

隼人

「…………」

 

 一層、隼人の眉根が険しくなる。

 

ミハル

「ユウシロウのことです」

 

 桔梗を庇うように、ミハルが発言する。隼人やアイザック、それに桔梗ら全員の視線が、ミハルに集まった。

 

ミハル

「ユウシロウに関するデータの収集。それが、“シンボル”の指示でした。そして……ユウシロウは、8年前に死んでいると知りました」

槇菜

「え……?」

 

 首を傾げる槇菜。

 

弁慶

「どういうことだ。だってユウシロウはここにいるだろ?」

ユウシロウ

「……俺も、それが知りたい。俺が誰で、何者なのか」

 

 そのために、ユウシロウはここにいる。真実に近づくために。豪和憂四郎はもう死んでいる。ならば、ここにいるユウシロウは何者なのか。

 

ユウシロウ

「……鬼哭石へ、行かせてください」

桔梗

「鬼哭石?」

 

 以前、晴明の操る鬼の襲撃を受けて戦った場所。そして、石舞台でユウシロウが伝承の舞を踊った場所。

 

ユウシロウ

「……俺の一番古い記憶。そこで俺は、舞っていました。師匠の厳しい教えを受けて」

ドモン

「師匠との、思い出の地か……」

 

 思い出の地。そう呼ぶのは違和感があったが、他に適当な言葉も思いつかず、ユウシロウは頷いた。何しろユウシロウの中で鮮烈な記憶として残っている場所は石舞台と、べギルスタンくらいのものなのだから。

 

ユウシロウ

(思えば……)

 

 ユウシロウは、隣のミハルを一瞥した。石舞台で最後に舞ったあの日にも、べギルスタンの神殿にも。ユウシロウの記憶にある場所はどこにも、ミハルがいたような気がする。もしかしたら、ユウシロウ自身も気付かない間にミハルと何度もすれ違っていたのかもしれない。ユウシロウの記憶の中に、これほどまでに強くこびりつく少女。

 

ユウシロウ

(自分自身が何者なのか……。それを知らないのは、ミハルも同じなのかもしれない)

 

 ふとユウシロウは、窓辺に映る月を見上げる。幾千年もの間、地球を見下ろしていた月ならば答えを知っているのだろうか。そんなロマンチックなことを考えている自分を、意外に思った。それは、ミハルとの出会いで自分も変わりつつあるということなのかもしれない。それに、悪い気持ちはしなかった。




次回予告

みなさんお待ちかね!
ユウシロウの真実を知るため、鬼哭石の里に向かった一同。鬼哭石の御蔵には、豪和一族の仕舞い込んだ過去が遺されていました。
骨嵬。ユウシロウとミハルの記憶の中にある恐怖そのものを狙い現れるミケーネ帝国。封印を解かれ荒れ狂う骨嵬。そしてガサラキとゲッターロボをこの宇宙から消滅させるため、神の四天王が降臨するのです!

次回、「DEEP RED」に、レディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話「DEEP RED」

—???—

 

 

 何処ともしれぬ闇の中、闇の帝王と呼ばれ恐れられるミケーネ帝国の王は、その時を待っていた。

 

闇の帝王

「恐怖を呼び起こす者……」

 

 ガサラキ。太古より伝わる全知全能。それを受け継ぎしものが人間であるということが、闇の帝王には気に食わない。それは宇宙すら滅さん力を宿す、人間の身に余る劇物なのだから。

 

???

「二つの世界のガサラキが、邂逅を果たした」

 

 闇の帝王の耳に伝わるのは、神の声。神。自身やジャコバ・アオンと起源を同じくする超越者。思えばドクターヘルが世界征服の野望を抱いたのも、そしてミケーネ帝国が目覚め、地上制圧を開始したのも、神の意思によるもの。しかし人間という種族は愚かにも、神の意思に離反し繁栄を極めようとする。

 かつてムー大陸が、アトランティスが、どうして滅んだのか人間どもに教えねばならない。そしてその果てに、人間どもがどれだけのまつろわぬものを滅ぼしてきたかも。

 

闇の帝王

「ガサラキ。あれを手に入れようなどと人間はやはり愚かしい」

???

「しかし、時を越えてガサラキの何たるかに触れてしまったものがいる」

 

 茫、と影がひとつ、またひとつ増えていく。闇の帝王は自らを取り囲む四つの影に見向きもせず、言葉を待っていた。

 

???

「それこそが、早乙女博士。彼方の世界でその真理に到達し、ゲッター線という名前を与えた賢者……いや、愚者」

???

「早乙女博士はゲッター線を解析し、そこに形を与えてしまった」

???

「それこそが、ゲッターロボ……そしてゲッターエンペラー」

 

 代わる代わる言葉を紡ぐ影達。ゲッター。その名を口にする時彼らの声色は確かに、憎悪に満ち溢れているのを闇の帝王は感じていた。それは人が闇を恐れるように……或いはミケーネの者達が魔神を恐れるように、神たる彼らもゲッターを恐れている。

 

闇の帝王

「だが、今ゲッターと嵬の血を引くものは一つの場所にいる」

???

「ゲッターエンペラー……。悍ましい殺戮者になる未来を背負いしもの。宇宙を破壊するもの」

闇の帝王

「エンペラーは暗黒大将軍との戦いで、全力を使えずにいる。今ここで、エンペラーが真の覚醒を果たす因子は全て潰さねばならん」

 

 闇の帝王を形作る、暗黒の炎がメラメラと揺らめいた。そして、燃える陽炎の中から一人の男が現れる。男は……長く伸びた金髪を持つ、端正な顔立ちの美丈夫だった。しかし、その目は醜く歪みまるで悪徳と欲望に満ちているかのような目。

 その者こそがエルド王子。かつて、ミケーネ帝国の傘下にあったドラゴニア王国を率いてゴッドマジンガーと戦ったその人であった。

 

闇の帝王

「エルドよ。お前にゲッターロボとガサラキの因子を持つ者の排除を命じる」

エルド

「は、ははっ……。闇の帝王様の威光にかけて必ずや果たしましょう!」

 

 心にもないことを言うものだ。そう、闇の帝王は感心した。エルド王子。彼は欲望と野心のために実父を陥れ、アイラ・ムーを手篭めにし王として君臨しようとした経歴がある。そんな者の忠誠を、素直に受け取れるほど闇の帝王は人が、もとい神ができていない。

 エルド王子を蘇らせたのは、彼の記憶にある恐竜プラントを目覚めさせるためだった。暗黒大将軍の決起で、ミケーネは戦闘獣の多くを失った。新たな戦闘獣を作るよりも、残っているメカザウルスを復元する方が効率的。そう判断せざるを得ないほど、あの時ミケーネ帝国が受けた傷は大きかったのだ。

 そして何よりも、あの邪神の巫女の少女がやったのと同じように死者を蘇らせる……ドクターヘルを地獄大元帥として蘇らせる前に、術の実験をしておきたかったというのもある。そしてエルド王子はその呪われた眠りから目覚め……復活を果たしたのだ。

 

闇の帝王

「よいかエルド。ゲッターロボはゴッドマジンガー……火野ヤマトと行動を共にしている」

 

 火野ヤマト。その名前にピクリ、とエルドは頬を引き攣らせる。無理もない、と闇の帝王は思った。火野ヤマト。それはエルドを地獄へと送り出した怨敵の名前なのだから。

 

闇の帝王

「火野ヤマトとアイラ・ムー。奴らは我らの復活を察知し、この時代へ送り込まれたのだ。ゴッドマジンガーによって」

エルド

「ほう……。つまり、アイラ・ムーもヤマトと共にいると?」

 

 それは僥倖。エルドの頬は醜く歪む。

 

エルド

「闇の帝王、それは即ち……ゲッターロボと嵬の血を引くもの。そしてゴッドマジンガーを倒した暁には、アイラ・ムーを好きにしてもよろしいということですか?」

 

 エルドという男にあるのは、野心と欲望のみ。それを闇の帝王はよく知っている。アイラ・ムーを手篭めにしたい。そんな性欲とも所有欲ともつかないものが、エルドの本性なのだ。

 

闇の帝王

「好きにするがいい。それは勝者にのみ与えられた特権だ」

 

 闇の帝王からすれば、エルドの欲望など微塵も興味がない。アイラ・ムーなど、ゴッドマジンガーのおまけでしかない。しかし、その欲望がエルドを駆り立てるのならば、それを使わない理由はなかった。

 

闇の帝王

「エルド。輪廻の輪から弾き出され、暗黒の海を彷徨っていたお前に再び肉の身体を与えたのが誰か。忘れるでないぞ!」

エルド

「はっ!」

 

 威勢のいい返事と共に、エルドは闇の中へと消えていく。しかし、闇の帝王にはわかっていた。エルドでは所詮、彼らに勝てないであろうことを。

 エルドは所詮、リビングデッドに過ぎない。ゴッドマジンガーだけならいざ知らず、現代のマジンガーやスーパーロボット。旧神の巫女に聖戦士、そしてゲッターロボとガサラの記憶を受け継ぐ者……全てを相手にできるような器ではない。

 故に。エルドは所詮斥候。

 本命は、闇の帝王の傍らで囁き続ける影なる者達。

 

???

「では、我々も征くとしよう」

 

 影なる者が、再び口を開いた。

 

???

「宇宙の安寧のため、人間には消えてもらわねばならぬ」

???

「でなければこの星の生命も鬼や、爬虫人類、そして蟲どもと同じ末路を辿ることになる」

???

「それだけは、阻止せねばならぬのだ」

 

 ひとつ、またひとつ。神の影が闇の帝王の周囲から消えていくのを、帝王は気配で感じていた。

 

闇の帝王

「動くか、四天王……」

 

 かくて、神風は吹こうとしていた。

 それは奇しくも、アルカディア号の班がダインスレイヴキャノンの発射を阻止するための戦いに出たのと、同じ頃合いだった。

 そして、運命は更なる畝りを上げて流転し、再びもつれあう……。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—豪和邸—

 

美鈴

「…………お兄様!」

 

 豪和美鈴が屋敷に戻った時、最初に聞いたのは天気輪の回る音だった。天気輪。天気を占うその道具で美鈴と兄ユウシロウは、よく遊んだものだった。あの日、べギルスタンへの派兵へ行ったきり兄はここには戻っていない。日本に戻ってきている。そう聞いてはいた。ようやく、帰ってきてくれた。そんな気がして美鈴は走り出す。しかし、待っていた人はそこにはいない。あったのはただ、風に回る天気輪。それだけが、寂しく庭に置き去りにされている。

 まるで、去ったものを名残り惜しむかのように。

 

雪乃

「……ユウシロウさんは、行ってしまいました」

 

 そんな美鈴の背後に、義母が立っていた。豪和雪乃。豪和乃三郎の後妻であり、清楚な佇まいの初老の女性だった。美鈴は振り返る。普段、厳しい表情と言葉で美鈴やユウシロウに接する雪乃だが、この時はどこか寂しそうな顔をしていた。それは、美鈴もはじめて見る義母の顔だった。ユウシロウを、美鈴を哀れむ女性が、そこにいた。

 

美鈴

「お母様……」

雪乃

「ユウシロウさんは、もうここに戻ることはないでしょう……」

 

 美鈴が戻る数刻前、確かに豪和ユウシロウはここに足を運んでいた。しかし、彼が求める真実はもうここにはない。そう告げたのは雪乃だった。ユウシロウは、豪和を離れた。己の真実に迫るために。

 

美鈴

(お兄様は、私の……)

 

 美鈴にとって、兄ユウシロウはこの家で唯一心を許せる存在だった。一族の悲願。それに邁進するあまり豪和家は、家族という形を忘れているとさえ思う。前に、ユウシロウに言われたことがあった。「自分達は、家族である以前に一族なんだ」と。しかし、一族の悲願だからといってユウシロウを犠牲にするようなやり方を、美鈴は認めたくなかった。

 一清をはじめとして、兄達はユウシロウを実験動物のように扱う。清次は何かと気にかけてくれているようだが、それでも扱いそのものは変わらない。そんな中で、それを運命と言わんばかりに受け入れるユウシロウが、美鈴には悲しかった。

 美鈴はただ、ユウシロウと兄妹でいたいだけなのだ。学友には、ブラコンと茶化されたこともある。そうなのかもしれない。しかし、美鈴にとっての真実とは、ユウシロウの中にしかない。

 天気輪だけが、カラカラと回っている。義母と天気輪を、美鈴は交互に見つめてそして気付けば、豪和美鈴は走り出していた。兄が行くところなど、決まっている。ユウシロウの記憶の中に、家族以外のものがあるとするならばそれは、舞のことに他ならない。

 

 ユウシロウと、伝承の舞。それ繋ぐ場所はひとつしか存在しなかった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—鬼哭石の里/ゲッターエンペラー艦内—

 

 

 

 ゲッターエンペラーは今、ユウシロウの過去の記憶に繋がるルーツ……石舞台がある鬼哭石の里に着艦している。一面を森に覆われた小さな里に、エンペラーの巨大な身体、その異様はあまりにも悪目立ちしていると言ってよかった。

 現在、エンペラー艦内ではいくつかの班に分かれている。ユウシロウと、彼を護衛するために数人のメンバーが現在、ユウシロウの故郷とも言うべき石舞台……その管理を任されている空知に会いにいっている。その中には、あのミハルという少女もいた。もし逃走を図るとしても、動向班にはドモンやゲッターチームがいる。そう簡単にはいかないだろう。何より、ミハル本人もユウシロウの真実を知りたい。そう希望してのことだった。

 そして今、櫻庭桔梗はパブッシュ艦隊メンバーの代表として、尋問という名の質疑応答を受けている。それは何度か休憩を挟み、立会人を変えつつ行う形式となっていた。

 先ほどまでは剣鉄也が尋問し、エイサップ鈴木が立ち会っていた。鉄也はここにいない兜剣蔵博士や葉月博士の代理として、彼らからの質問を読み上げる形での形式的な尋問だった。そして、改めてその内容から確認事項を質問する……今行われているのは、そのフェイズだ。

 

 

アルゴ

「……なら、お前は本当にこれ以上の情報は持っていないんだな」

桔梗

「ええ。私が話せるのはこれが全てよ」

 

槇菜

「お姉ちゃん……」

 

 今、この小さな尋問室にいるのはアルゴ・ガルスキーとナスターシャ。そして槇菜。桔梗を含めた4人が、神妙に顔を合わせている。

 

ナスターシャ

「では、お前はあくまで一兵士であり、計画の全容までは把握していない。そういうことか?」

桔梗

「ええ。ただ、最終目標は地球をコロニーの支配から独立させ、地球国家政府を樹立させることにある。それが、“ゴッド・マザー・ハンド計画”だと教えられているわ」

アルゴ

「…………」

 

 神の手。そう名付けられた計画の目的はわかった。だがそれが何故べギルスタンの戦争を裏で操り、そして豪和総研を襲撃することに繋がるのか。それがわからない。

 

桔梗

「……計画賛同者も、一枚岩じゃないということよ。パブッシュ艦隊のマキャベルも、“シンボル”も。みな共通の目的を持ちながらその水面下で牽制しあっている。私達は彼らの特命を受けて動く実働部隊だった」

ナスターシャ

「……我々も、彼らの組織背景についてはある程度調べている。櫻庭中尉、君はマキャベルの背後に“シンボル”だけでなく、ヌビア・コネクションが存在していることはご存知か?」

 

 ヌビア・コネクション。その名前に桔梗はピクリと眉根を寄せた。

 

桔梗

「冗談を言わないで。マキャベルは野望の男だけど、高潔な軍人よ。犯罪結社なんかとつるんでいるっていうの?」

 

 そう、櫻庭桔梗にとってエメリス・マキャベルは高潔な軍人だった。第二次カオス戦争と呼ばれる戦いを若くに経験し、その戦争を裏で操る犯罪結社と戦った軍人。マキャベルはその戦争を機に、コロニーの支配から脱却するこの計画を提唱したと……そう語り、だからこそ西田は桔梗をこの計画に遣わしたのだから。

 そのマキャベルが、犯罪コネクションのヌビアなどと繋がっているなどあってはならない。それは、彼についてきた兵士達への裏切りだ。

 

アルゴ

「…………だが、事実らしい」

 

 寡黙なアルゴが、口を開く。そして桔梗に見せたのは、1枚の写真だ。

 

桔梗

「これって……」

 

 そこに映っているのは、恰幅のいい中年男。口髭を蓄えたエメリス・マキャベル。そして、アイシャドーを施し、蛇の飾りをつけた帽子を被る男……それは、桔梗も危険人物リストで見たことがある。ヌビア・コネクションの新たな総帥カーメン・カーメン。

 ヌビアは、アフリカを中心に勢力を強めている犯罪結社だ。カーメン・カーメンの指示のもと、暗殺や恫喝、抗争……あらゆる手段で世界の裏側に手を伸ばすマフィア。地球の治安を悪化させている諸悪の根源とも言うべき存在。それとマキャベルが、握手を交わしている写真。それは、J9のエンジェルお町が潜り込み撮影したものだった。

 

桔梗

「嘘よ……」

 

 だとしたら、マキャベルはひどい裏切りをしていることになる。西田は、このことを知っているのだろうか。或いは、“シンボル”もヌビアと同じように根深い悪で、パブッシュは当初の理想を失いつつあるのだろうか。

 

アルゴ

「残念ながら、信頼できる筋からのものだ」

槇菜

「…………」

 

 普通、尋問の際に身内を置くようなことはしない。しかし槇菜は、桔梗の口から真実を聞きたいとそう願い出て……彼女の尋問に同席させてもらっている。そんな槇菜にとっても、目の前で打ちのめされている桔梗を見るのは辛いものがあった。

 

槇菜

「ねえ、お姉ちゃん」

 

 それが辛くて、たまらなくて。槇菜は口を開いてしまう。

 

槇菜

「お姉ちゃんは、世界を変えるために動いたんだよね」

桔梗

「…………ええ」

槇菜

「私、そんなお姉ちゃんのことはすごいと思う。だって、私……ずっと自分のことばかりだったんだもん」

 

 自分が教師になりたいという夢を持ち勉強に励んでいた頃、桔梗は世界を変えるために戦っていた。それそのものは、すごい覚悟だと槇菜は言う。

 

桔梗

「槇菜…………」

 

 だが、実際にはそれは違う。桔梗が得たかったのは、槇菜の幸福。それを保証してくれる世界なのだ。そのために流れる血の犠牲に目を瞑り、槇菜が夢を叶えられる世界を作りたかった。たったそれだけの小さなエゴ。

 べギルスタンは、桔梗のそんなワガママを正当化するために犠牲になったといっても過言ではない。

 

槇菜

「だけどね、お姉ちゃん」

 

 槇菜は続ける。桔梗に……姉に少しでも、わかってほしくて。

 

槇菜

「世界を変えることができるのは、こんな力じゃないんだって私思うの」

桔梗

「え……?」

 

 優しく、諭すように。昔泣き虫だった自分をお姉ちゃんが慰めてくれた時のように……槇菜はそう意識しながら言葉を、声色を探って、少しずつ話し続ける。

 

槇菜

「だって、世界ってたくさんの人が集まってできてるんだよ。私も、お姉ちゃんも。甲児さんやさやかさん、エイサップ兄ぃ、ドモンさん、鉄也さん、ユウシロウさん、トビア君、ヤマト君、ショウさん。マーガレットさん。それに竜馬さんや三日月さん、ハーロックさん。たくさんの人が集まって、いろんな意見や考えがあって……それで時々はケンカしちゃったりもするけど。でも、そうしてたくさんの人が少しずつ動かしていくものが世界なんだって思う」

桔梗

「槇菜、あなた……」

槇菜

「だから、お姉ちゃんたちが世界を変えるんだって思って何かをはじめるのも大事なことだと思う。だけど、それで変わるのってほんの少しのことだと思うの」

 

 ジャコバ・アオンはリュクスに言った。“世界と人を知れ”と。それは、世界とは人であり、人こそ世界だからなのだと今の槇菜は考えている。急激に何かが変わり、世界に革命が起きるのではない。少しずつ、亀の一歩を一人一人が繰り返すことでしか世界とは変えられないのだと。

 

槇菜

「私……お姉ちゃんとあんなに大喧嘩したの生まれてはじめてだった。お姉ちゃんと喧嘩して、ショウさんやヤマトくんに止めてもらって。あの時、お姉ちゃんを殺さないで済んでよかったってそう……思った」

桔梗

「それは、それは私もよ。トッドが止めてくれなかったら、私……」

槇菜

「お姉ちゃんの言う革命は……お姉ちゃんが手に入れたい世界はきっと、必ず実現するよ。少しずつ、ゆっくりでも。それが世界ってものなんだって、世界が変わっていくってことなんだって私、今なら言えるから」

桔梗

「だけど、それじゃ……」

 

 何年先か、何十年、何百年先かわからない。そんな果てしない先では、槇菜はその世界を生きられない。それでは、桔梗にとっては何の意味もなくなってしまう。

 それなのに。

 

槇菜

「だからお姉ちゃん。私は戦うの。世界を……今を必死に生きてる人達を守るために。そうして世界が回って、歴史ができるんだから」

 

最愛の妹は、迷いなくそう言い切ってしまう。そんな槇菜が。

 

桔梗

「槇菜……」

槇菜

「ん?」

桔梗

「少し、背……伸びたんじゃない?」

 

 しばらく見ない間に、妹は随分と大きくなったのかもしれない。そんなことを、桔梗は思っていた。

 

 

…………

…………

…………

 

ショウ

「…………」

 

 ゲッターエンペラー内の食堂で今、ショウ・ザマは好敵手だった男と合間見えている。トッド・ギネス。このいけ好かない金髪のアメリカ人とショウは、因縁浅からぬ関係だった。

 

トッド

「そんなに睨むなよショウ。俺だってここが敵地のど真ん中だってことくらいはわかってるんだ。野蛮なジャップと違ってカミカゼアタックなんかゴメンだね」

 

 そう言いながら、ハンバーガーを貪るトッド。トッド・ギネスは豪和市でのグランドマスターガンダムとの戦いにおいて、真っ先に加勢に入った。それは櫻庭桔梗を救出するためでもあったが、結果として艦内である程度の自由行動を認められている。それはショウやマーベルからの希望でもあり、同時に常に監視をつけるという条件付きでのものではあった。しかし、それに悪態をつくほどトッドも無思慮ではない。今はこうして監視役を兼ねているショウ・ザマとふたり、ランチをいただいている。

 

ショウ

「お前を疑ってるわけじゃないさ。むしろ、トッドが仲間になってくれるなら心強い」

トッド

「ヘッ、甘ちゃんなところは相変わらずだね。言っておくが、お前さんと馴れ合って友達ごっこをするつもりはないんだぜショウ」

 

 ランチテーブルで向かい合いながら言うトッド。その減らず口に、ショウの隣を飛んでいるチャムは思わずムッとしてしまう。

 

チャム

「何よわからず屋!」

ショウ

「こら、チャム。……けど、お前はミケーネ帝国の総攻撃の際、あの桔梗さんって人と七大将軍と戦ってくれていた」

トッド

「アメリカは、俺の故郷だ。腐った国でも故郷を焼かれるのを黙って見過ごせるほど、俺も大人じゃないってことさ。それに……」

 

 ボストンには、母がいる。母に危害が及ぶようなことはしないしさせないというのがトッド・ギネスがパブッシュ艦隊へ合流する際に交わした約束だ。しかし、エメリス・マキャベルは最悪の場合アメリカ本土を核攻撃することでミケーネの脅威を取り除くことを示唆していた。それは、トッドにとって裏切りにも等しい行為だ。

 

トッド

「あの桔梗って姉ちゃんはまあ、嫌いじゃねえ。だがな、もうあの艦隊に従う義理もねえってことさ」

ショウ

「トッド、お前……」

 

 向かい合い、睨み合う2人。そんな時、トッドの背後に立つ男がいた。

 

チボデー

「いいじゃねえか。俺はコイツを気に入ったぜ」

トッド

「あんたは……!」

 

 チボデー・クロケット。ネオアメリカ代表のガンダムファイターであり、その拳ひとつでアメリカンドリームを叶えた男。その名前と顔を知らないアメリカ人などいない。それは、トッド・ギネスも例外ではなかった。

 

チボデー

「ヘッ、嬉しいねえ。俺のことを知ってるか」

トッド

「あんたを知らないアメリカ人なんかいたら、そいつはモグリだぜ」

 

 トッドの額に緊張の汗が流れるのを、ショウは見た。それは、ショウにはわからない感覚だった。ショウにとってのチボデー・クロケットは、共に戦う仲間のひとり……それ以上でもそれ以下でもない。そこに友情や信頼はあるが、憧憬というものはない。だが、トッドは違う。

 

マーベル

「緊張してるのなら、無理もないわね。私も最初のうちはどう話せばいいかわからなかったもの」

 

 そんな様子を見ていたマーベルが、茶化すように言う。実のところ、ここにはいないがマーガレットとも以前、マーベルはそんな話をしていた。

 

ショウ

「そんなに凄かったんだ。チボデーって……」

 

 アメリカンドリームを叶えた男、チボデー・クロケット。第13回ガンダムファイトにてゴッドガンダムに敗れて尚、再起し続けるその姿は全アメリカ人の希望の象徴だった。

 

トッド

「お前……! チボデー・クロケットの功績を知らねえのかよ!?」

 

 だからこそ、全アメリカ人の希望であるチボデーに対して敬意を感じないショウの態度に、トッドは驚愕する。

 

トッド

「チボデーはな。貧しいニューヨークで生まれ、母と離れ離れになりながらもひとりでコロニーに上がったんだ。当時まだ10にもならない子供の頃だぜ。そりゃあもう辛く、寂しい旅路だったに違いねえ!」

チボデー

「お、おいおい……」

トッド

「けどなぁ、そこからボクシングの腕一本でチャンプにまで上り詰め、今や誰もが知るスーパースターになったんだ。こいつぁ並のタフネスじゃ、ラックじゃ成り上がれねえ。けどチボデーは俺たちアメリカ人に“夢は叶う”と教えてくれた。俺たちアメリカンの希望なんだよ、ショウ!」

 

 早口で捲し立てるトッド。ショウは助けを求めるように、周囲の人を探し……エイサップ鈴木と目が合った。

 

ショウ

「は、ははは……。そういえばエイサップは、日本人とアメリカ人のハーフなんだよな」

エイサップ

「……ええ。そうですけど」

 

 エイサップ。その名前にトッドはピクリと眉根を寄せる。

 

トッド

「あの時、俺を倒した名無しのハーフ野郎か!」

エイサップ

「っ! 初対面の人間に、そういう口の利き方はないでしょう!?」

 

 怒鳴るエイサップ。普段温厚なエイサップの口から出たとは思えない怒声が、食堂に響く。

トッド

「……チッ。気にしてるなら悪かったな」

エイサップ

「……いえ、俺も怒鳴ったりしてすいません」

 

 そう言って、逃げるように食堂から出ていくエイサップ。ショウはその後ろ姿を、神妙な表情で見つめていた。

 

トッド

「……随分とナイーブな聖戦士がいたもんだな」

ショウ

「お前がガサツすぎるんだよ。すまないマーベル、チボデー。トッドは任せる」

 

 そう言って立ち上がるショウ。ショウはエイサップを追って食堂を後にする。

 

ショウ

(エイサップ……何か思い詰めているのか?)

 

 ショウには、エイサップのオーラ力が揺らいでいるように感じられていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

—ゲッターエンペラー艦内/通路—

 

 

 

エイサップ

「……………………」

 

 正直なところ、エイサップ鈴木は気が立っていた。その理由は、いくつかある。

 

エイサップ

(槇菜は、桔梗さんと仲直りできただろうか……)

 

 一つが、桔梗のこと。今アルゴとナスターシャの尋問に槇菜が立ち会っているようだが、どうなることか。勿論、仲直りしてほしいと思っている。エイサップにとっても桔梗は顔馴染みの存在で、槇菜は妹分だ。心配になってしまう。だが、エイサップの心を騒がせているのはその桔梗の口から聞いたパブッシュ艦隊の内情だ。

 

 

桔梗

『パブッシュ艦隊はエメリス・マキャベルを最高司令として置き、旗艦パブッシュの艦長を務めているのはアレックス・ゴレム大佐。彼はマキャベルの理想に同調し、クーデター計画に関わっているわ』

 

 

エイサップ

(どういうことだよ、親父……!)

 

 アレックス・ゴレム。エイサップの父親であり、生粋のアメリカ軍人。岩国基地の司令官をやっていたはずの父親が、パブッシュの艦長を務めているという情報はエイサップの心を騒つかせるのに十分な衝撃だった。

 

ショウ

「おい、エイサップ!」

エイサップ

「……ショウさん」

 

 立ち止まり、振り返るエイサップ。ショウも悪気があってエイサップに話を振ったわけではないことくらい、彼にもわかっている。しかし、今クーデター計画の中心にいる男の血が自分の中に流れているという事実が、エイサップに冷静さを欠かせていた。

 それでもエイサップは自制のできる男だ。あそこでトッドが暴言を吐かなければ、理性でそれを制することができただろう。だからエイサップはショウの方を向き、「さっきはごめんなさい」と謝罪する。

 

ショウ

「いや、いい。悪かったのは俺とトッドの方だ。……エイサップ、気になるのか?」

エイサップ

「そりゃあ、自分の父親と戦わなきゃいけない可能性があるんだ。気にならないわけないでしょう」

 

 リュクスがサコミズ王に立ち向かうように。自分もまた、父アレックスを諌めるために剣を抜かなければならない。そんな予感が沸々と、エイサップの中に湧き出ている。ショウはそれを理解すると、穏やかな顔でエイサップと対峙する。

 

ショウ

「…………親っていうのは、いつだって困ったものだよな」

エイサップ

「ショウさん?」

ショウ

「槇菜には前にも話したんだけどさ。前の戦争で俺が地上に戻ってきた時、オーラバトラーで戦う俺を両親は拒絶したんだ。『あなた宇宙人なのよ』だってさ。おふくろひどいよな」

 

 ショウ・ザマにとって、両親との思い出は苦い記憶である。家庭を顧みず仕事に明け暮れる母と、不倫している父。ショウのことは、家政婦さんの方がよく見てくれていたくらいだ。そんな家庭からの反発で、ショウは危険なバイクレースに明け暮れるようになった。そしてある日……バイストン・ウェルへと誘われることになった。そんなショウだから、内心はエイサップやリュクスのことを羨ましいとすら思っている。たとえ今は対立していても……いや、対立しているからこそ親子で、向き合うべき時があるのだから。

 

ショウ

「親父にとってもおふくろにとっても、俺は迷惑な存在だった。だから、俺は家族と訣別して……バイストン・ウェルに戻った」

 

 思えば、ショウ・ザマが真の意味で聖戦士となれた理由はあの時現世に……地上に一切の未練がなくなったからかもしれない。あの時、母親の言葉で地上人ショウ・ザマは死んだのだ。生きながら死んだ魂だから、地上人でありながらバイストン・ウェルはショウを祝福する。聖戦士として。

 

ショウ

「エイサップ。お前は……決着をつけてくれ。どんな形でもいい。親子の呪いに」

エイサップ

「……ショウさん。どうして俺にそんな話を?」

ショウ

「どうしてだろうな。けど……俺はお前に、新しい聖戦士に期待してる。それは間違いない」

エイサップ

「……俺は、そんなもんじゃありませんよ」

 

 そう言って、エイサップの視線は足下を……ジャコバ・アオンに言われるまま履かされたリーンの翼の沓を見つめていた。

 

エイサップ

「この沓だって結局、あれから一度も何も起こしてはくれない。俺は、摩訶不思議なものに選ばれるような者でも、聖戦士なんて大それた肩書きを背負えるような奴でもないんですよ」

 

 そう言いながらしかし、エイサップの口調からは自嘲的な響きはなかった。むしろ、それでいい。それで当たり前だとでも言うかのように平然と言う。

 

ショウ

「……そうか」

 

 しかしショウには、そんなエイサップが頼もしくさえ思った。慢心、野心、復讐心。そういった負の心はオーラを増長させ、どれだけ精錬な心を持つ聖戦士でさえも瞬く間に鬼道へ落とす。ハイパー化。そう言われる現象を間近で見てきたショウからすれば、エイサップのそんな心はむしろ心強い。

 

エイサップ

「トッドさんには、後で俺から謝ります」

ショウ

「いや、いいんだ。あのヤンキーにはいい薬だよ」

 

 だからショウはこうして、エイサップと笑い合うことができた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

—鬼哭石の里—

 

 

空知

「これは……」

 

 突如として着陸した巨大な戦闘母艦ゲッターエンペラー。その存在感に空知は気圧されていた。石舞台からでも、その威容はありありと見ることができる。そのくらいに巨大。そしてそれが、ユウシロウに新たな運命の時が近づいていることを空知に予感させる。

 

空知

「ユウシロウ……」

 

 もし、ここにユウシロウが来るのならば。彼が行くところは一つしかない。空知はその唯一の心当たり……石舞台へ赴きそして、舞うユウシロウを見つけるのだった。

 

 

ユウシロウ

「…………俺の原初の記憶。それは、ここで舞っていた記憶だった」

 

 しかし、踊りながら生まれてくる人間などいない。ここでこうして舞う前にも、ユウシロウはどこかで産声を上げ、生を受けたものがする数多のことをしていたはずだ。

 

ドモン

「…………その記憶がないっていうのは、不思議なものだな」

 

 ユウシロウの護衛についていったメンバーの一人。ドモン・カッシュが呟く。ドモンもまた、思春期を師匠の厳しい教えの下で修業に費やした武闘家だ。しかし彼の原初にある記憶は父と母。それに兄と共に過ごした優しい時間。そしてレイン・ミカムラとの甘酸っぱいひと時。そういった自身のルーツを、ユウシロウは持たないと言う。

 

レイン

「……記憶喪失。ということなのかしら?」

 

 医学的に考えるなら、とレインは付け加える。しかし、調べてみてもユウシロウの脳に問題はない。身体的には、至って健康な状態である。

 

隼人

「……ユウシロウはここで能を舞っていた。そしてここには、ゲッターエネルギーが満たされる何かがある」

 

 以前の戦い。そこで起きた未知のゲッター線増幅現象。べギルスタンでもそれは起きた。この場所に、豪和に、ユウシロウに何があるのか。神隼人はその答えを求めてユウシロウに同行している。そして、隼人は考える。あらゆる因果関係を結ぶ糸を。

 

弁慶

「しっかし……そんな演目見たことねえなぁ」

 

 弁慶がボヤく。

 

隼人

「弁慶、お前能なんかわかるのか?」

弁慶

「俺は詳しくねえが、和尚が好きだったのよ。だから、寺では数少ない娯楽として能を親しむ奴もいたし、俺も何度かは見た。けどよ……」

 

 頭をポリポリと掻く弁慶。その様子を竜馬は鼻で笑う。

 

竜馬

「大方、見ながらいびきかいて眠っちまったんだろ?」

弁慶

「何だとぉ!? いや、その通りなんだが……情けない」

 

ミハル

「…………」

 

 ミハルはといえば、そんなユウシロウの舞をずっと、見つめている。

 

安宅

「ミハルちゃん、だっけ?」

 

 ミハルの監視を兼ねて同行していた安宅が、そんなミハルを見て悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

ミハル

「はい」

安宅

「ユウシロウのこと、好きなの?」

 

 あまりにも単刀直入に訊くので、ドモンとレインは思わず「お、おいっ!」と声を荒げていた。しかし、ミハルは少し困ったような表情をして押し黙り……やがてポツリと、

 

ミハル

「ユウシロウは、私と同じなんです」

 

 と、それだけ答える。そんな時だった。カン、と石舞台を叩くユウシロウの足踏み。それと同時にユウシロウは、近付く足音に振り返った。

 

ユウシロウ

「……師匠」

 

 空知。ユウシロウに舞を教えた老人が、舞台へと歩みを進めている。敵意はなかった。あればすぐにでもドモンか竜馬、隼人あたりが空知を仕留めていただろう。

 

空知

「…………ここには、何もありますまい」

 

 それだけ、静かに告げる空知。

 

ドモン

「……この声、この威厳。たしかにあんたは、ユウシロウの師匠らしいな」

空知

「……ユウシロウ様の、お客人ですか」

 

 ドモンらを一瞥し、空知は改めてユウシロウを見やる。

 

ユウシロウ

「俺の原初の記憶は、ここで舞っていたことだけだ。幼い頃から、師匠の厳しい教えで」

空知

「舞こそユウシロウ様のなさるべきこと。それ以外の記憶など必要ございますまい」

 

 そう言い放つ空知。しかし、ユウシロウが聞きたいのはそのような形式的な言葉ではなかった。

 

ユウシロウ

「死んでいれば、記憶など初めからない」

ミハル

「…………」

 

 死。豪和ユウシロウは既に死んでいる。ミハルが突き止めた真相。それが、今のユウシロウを突き動かしている。

 

空知

「ない記憶を掘り起こして……いかがなされたいのですか?」

ユウシロウ

「俺は、俺自身が誰なのかを知りたい」

 

 真っ直ぐに、空知を見据えてユウシロウは言う。その目は既に、空知の知る豪和ユウシロウの目では……兄や父の意志に従う人形の眼ではなかった。

 一人の、人間。自らの意思でこの場所にくることを選択し、真実に挑む者の目。その目を見れば、今のユウシロウになら告げられるとわかる。

 

空知

「……あちらをご覧ください」

 

 空知が向いた先には、小さな蔵があった。周囲を木々に覆われ、その蔵はあちこちに苔が生している。忘れ去られた蔵。時の中に置いて行かれた場所。そんな印象を、ユウシロウは受けた。

 

空知

「この鬼哭石の里は豪和の元屋敷があったところ。今の御本家は一千年前に移ったものです。けれど元屋敷のこの御倉だけは、移さずこの地に残しました。いえ、残すしかなかったのです」

ユウシロウ

「御倉……?」

空知

「蔵は過去を仕舞い込む場所でございます。ユウシロウ様。

 

 そう語り、空知は歩き出した。無言で空知についていくユウシロウ。

 

弁慶

「お、おいユウシロウ」

竜馬

「へっ、何が何だかわからねえが……面白そうじゃねえか。おいおっさん! 俺達も連れて行けよ」

 

 ピタリと足を止め、空知は振り返る。そこにいるの見るからに野蛮な男達。しかし、彼らはユウシロウが認めた人物なのだろう。それだけは、空知にも理解できる。

 

空知

「……よいでしょう」

 

 彼らがユウシロウの仲間なら。ユウシロウの運命を分かち合う存在ならば。彼らにも豪和のことを知る権利はある。空知はそう認め、頷くのだった。

 

…………

…………

…………

 

 

—鬼哭石の里/豪和の御倉—

 

 

 

 狭い蔵の中はしかし、一見すればわからないほど長く通路が伸びている。暗く、狭い道を空知、ユウシロウ、ミハル、安宅、ドモン、レイン、竜馬、隼人、弁慶は一列になって進んでいた。そこに仕舞われている物品の数々は、歴史的な価値のあるものだと素人にもわかる。刀剣や巻物は中には、莫大な金銭価値を持つものもあるだろう。しかし、そんなものには見向きもせずに空知は進む。やがて、蔵の突き当たりに小さな階段があった。

 

空知

「こちらです」

ユウシロウ

「…………」

 

 地下。人間は本質的に暗闇を嫌う。光刺さぬ場所は本来、人の生きる場所ではない。しかし地下階は蔵の中とは思えぬほど涼しく、そして仄かな照明が闇を消していた。

 

竜馬

「こいつは……」

 

 そこに並ぶ光景に近いものを、以前竜馬は見たことがある。早乙女研究所で、鬼の死骸を保管していた部屋だ。鬼をホルマリンにつけ、ケースの中に保管していたあの場所と同じように、この部屋にはたくさんのカプセル状の、人間大サイズのケースが並んでいる。

 

レイン

「人……?」

 

 中に入っているのは、人間だった。ホルマリンではなく、冷凍処置が施されている。この部屋が肌寒いほどに涼しいのは、この設備のためかもしれない。

 レインが見たのは、端正な顔立ちをした長髪の男。その遺体だった。

 

空知

「それは、私の息子……空也でございます」

安宅

「自分のお子さんを、こんな風に……!」

 

 信じられない。とでも言いたげな目を安宅が向ける。そこには明らかに、軽蔑の色があった。

 

隼人

「…………なるほど。死体すらも貴重なサンプルってわけか。もしユウシロウが死んだら、ここに並んでコレクションのひとつになってたわけか?」

 

 皮肉げに隼人が言う。それに、空知は答えない。答えないまま、空知は進む。

 

ユウシロウ

「…………これは、」

 

 その中にひとつ、他よりも小さなカプセルがあった。膝を屈ませ、蒸気で曇ったガラスを手で拭くとそこには、10歳ほどのこどもが眠っていた。

 

ユウシロウ

「お前が……憂四郎なのか?」

 

 豪和憂四郎。8年前に死んだとされる、本物のユウシロウ。その死。その事実が今、ユウシロウに突き刺さっていた。ユウシロウ、空也。彼らは何のためにここに保管されているのか。そして、自分もそうなるのか。疑問は尽きない。それでも、「豪和憂四郎は8年前に死んでいる」その事実を認識することができただけでも、価値はあった。ユウシロウは一人頷き、空知の言葉を待つ。

 

空知

「……私に言えること。それはユウシロウ様も、その者達もガサラキの神事を行う者。嵬の一族だということです」

 

隼人

(嵬…………)

 

 それは、隼人の追い求めるゲッター線の謎とどう関わっているのか。隼人は険しく、眉根を寄せる。

 

ユウシロウ

「嵬の一族……」

空知

「ユウシロウ様。あなたは嵬としての素質があった。嵬とは連綿と記憶を受け継ぎながら世代を重ねる人々。ユウシロウ様、時折自分の知らない自分を感じたことはございませぬか?」

ユウシロウ

「!?」

ミハル

「…………」

 

 自分の知らない自分。ミハルと出会っていた自分。ここではないどこかで戦う自分。それは、受け継いだ嵬の記憶?

 ならば、自分もミハルもその受け継いだ記憶に縛られて生きているということなのか。

 

空知

「かつてこの地に生きた人の心にも……嵬の記憶は受け継がれている。そして……」

 

 空知はさらに最奥の扉。鬼のような壁画の描かれた扉を開き、それをユウシロウたちに見せるのだった。

 

ユウシロウ

「————!?」

ミハル

「あ、ああ…………!」

 

 そこに鎮座していたのは、鬼だった。全身を甲冑に覆われた骸の鬼。骸の鬼が、魂の宿らぬ瞳で彼らを睥睨している。

 

弁慶

「こ、こいつは……!」

 

 鬼。それは弁慶の恩師の仇でもある。思わず警戒の声を上げる弁慶。

 

隼人

(ついに、出やがったか……!)

 

 以前ハッキングした時に見たそれを、隼人ははっきりと覚えている。これとゲッター。鬼と晴明。そして……。疑問は尽きない。だが、真実の一端に触れようという感触を、隼人は空気で感じていた。

 

空知

「嵬とは、骨嵬を目覚めさせ、操る者。ユウシロウ様は、これを操るために生まれてきたのです」

 

 静かに、厳かに空知は告げた。

 

 

竜馬

「……………………どういうことだ?」

 

 絶句するユウシロウの代わりに口を開いたのは、流竜馬だ。恐れるものなど何もない、怖いもの知らずの竜馬でさえ骨嵬の姿に脂汗を滲ませている。だが、竜馬が恐れているのはこの姿ではない。

 

竜馬

「……俺はこいつを、知っている?」

ユウシロウ

「な…………!?」

 

 竜馬がべギルスタンで見た幻影。黒平安を舞台に、鬼どもを薙ぎ払い晴明と対峙する。そして、その最中……。

 

竜馬

「俺は、こいつに乗っていた……?」

隼人

「何だとッ!?」

 

 驚愕の声を上げる隼人。しかしその直後、急激な地鳴りの音が蔵を襲う。

 

ドモン

「何だッ!?」

 

 同時、隼人の通信端末からミチルの声が響いた。

 

ミチル

「神君、至急エンペラーに戻って!」

隼人

「何があった?」

ミチル

「敵がきてるわ。ミケーネのメカザウルス軍団よ!」

 

 

…………

…………

…………

 

 

—ゲッターエンペラー艦内—

 

 ゲッターエンペラー。早乙女研究所そのものを改造して生み出された宇宙戦闘艦。その奥には早乙女博士以外に立ち入ることを禁じられた区画があった。時折、早乙女博士はそこに一人籠り思案を試みている。ゲッター線とは何か。かつて、安倍晴明は何故ゲッターロボを倒すために暗躍したのか。竜馬達が迷い込んだという、黒平安京とは何なのか。何故、敵はゲッターを狙うのか。なぜこの世界にもゲッター線は降り注いでいるのか。これまでの戦い、ゲッター開発を巡る犠牲。それらに意味はあったのか。

 

早乙女

「達人……」

 

 早乙女博士は、今は亡き息子の名を呟く。早乙女達人。ゲッター開発計画において、鬼との戦いにおいて、自らを犠牲にしてゲッターを、竜馬を、早乙女博士を守った男を。

 夢に見ない日はない。非情な人物に見える早乙女博士も、人の心がないわけではない。むしろ、誰よりも犠牲に心を痛めいているのが早乙女博士だった。

 だが、そんな感傷では何も生み出すことはできない。ゲッター線の意味も、ふたつの世界の関わりも。

 早乙女博士がエンペラーの開発を可能とした膨大なゲッター線。早乙女研究所の地下にある日忽然と生まれた地獄の釜。そこには、無限にも等しいゲッターエネルギーがあった。この特殊区画は廃棄されたゲッターロボの墓場であり、地獄の釜の採掘場。この場所には通常の20倍近いゲッター線がある。

 ゲッター線は、時折早乙女博士に不思議な夢を見せる。死んだ息子……達人の夢。ゲッター計画の過程で死んでいったパイロット、研究員。スタッフ。彼らの夢だけなら、早乙女博士も受け入れることができただろう。しかし、釈然としないものも、早乙女博士に語りかけるのだ。

 

???

「早乙女博士……」

 

 例えば、今この場で早乙女の隣で語らう者。全身が鱗に覆われ、無機質な目で早乙女を睥睨するハチュウ人間。彼は、別の世界のゲッターに滅ぼされたと語っている。

 

早乙女

「何の用だ。恨み言なら聴く気は無いぞ」

 

 そもそも恨み言を吐かれる筋合いがない。トカゲ人間がゲッターに滅ぼされたのだとしても、滅ぼしたゲッターは、早乙女博士は少なくともこの世界の早乙女博士でも、ゲッターロボでもないのだから。

 

???

「フフフ、恨み言など吐きますまい。ゲッター線と同化し、ひとつになる……。それはとても心地のいいものなのだから」

早乙女

「…………」

 

 ゲッター線との同化。それが何を目的とする現象なのか、早乙女もわからない。そもそもゲッター線には、わからないことが多すぎる。しかし、ゲッター線が明確に意思のようなものを持っていることを、早乙女は既に確信していた。

 

???

「……博士、間も無く敵が来ます」

 

 敵。そもそもゲッターエンペラーは今、ミケーネ帝国を中心したこの世界の脅威と戦っているのだからその言葉に不思議なことはない。だが、ゴールの言う敵がそれと……つまりはミケーネ帝国と同じものを指しているのか、早乙女博士にはわからなかった。

 

早乙女

「……急がねばならんか」

 

 達人が、ハチュウ人類の幻影が見えるようになったのは、アルカディア号が宇宙へ旅立ってからだ。それから早乙女博士はこのエンペラー開かずの間で、時折思索に耽るようになった。

 ゲッターロボの整備や点検、それに艦の運営もミチルがいれば問題ない。竜馬、隼人、弁慶の3人は……この世界に来て己のやるべきことをやっている。ならば、

 

早乙女

「今が、その時なのかもしれんな……」

 

 ゆらり、とまるで亡霊のように早乙女博士は立ち上がった。ゲッター線の立ち込めるこの蒸し暑い地獄の釜の入り口で、早乙女博士は……。

 

 

 

 

 

……………………

第23話

「DEEP RED」

……………………

 

 

 

 

—鬼哭石の里—

 

 

 ゲッターエンペラーを包囲するように、空には翼竜型メカザウルス・バド。そして地には緑色の装甲に覆われたメカザウルス・ギロ。それらを率いて進む、巨大な恐竜戦艦の姿がそこにはあった。

 

ミチル

「メカザウルス……あれは本当に、ミケーネの手先なの?」

 

 ミチルが疑問を抱くことには、理由がある。ミチルや竜馬らは「B世界」と呼ばれるもう一つの世界……パラレルワールドからの来訪者だ。故に、彼女達の母艦ゲッターエンペラーも本来この世界のものではない。しかし、ゲッターエンペラーのゲッター線値はこのメカザウルスと遭遇戦を繰り返す度に、上昇していたのだ。まるでメカザウルスと戦い、倒すことをゲッター線が喜んでいる。そんな、あり得ない想像をしてしまう程に。しかし、それ以上に問題なのは。

 

ミチル

「エンペラーの出力は、まだ回復しないの?」

所員

「すいません。どうもゲッター線出力が不安定で、まだエンペラービームはチャージできません」

ミチル

「仕方ないわね……。自動防衛システムを作動させて!」

 

 ゲッターエンペラーの相次ぐ機能不全。本来ならば次元を越えることすら可能なゲッター炉心を搭載しているこのエンペラーだが、ゲッター線には未知の部分も多い。まるで、何者かの意志が働いているかのようにここ最近のエンペラーは、弱体化していた。

 

所員

「早乙女博士じゃないと、これ以上のことは……」

ミチル

「……引きこもりの老人に何を言っても無駄よ。あの人は自分の研究のことしか頭にないんだから」

 

 何よりも問題だったのは、本来指揮官として前線に立っているはずの早乙女博士が急に職務を放り出し、引きこもりはじめたことだ。チャップマンの定期検診の時だけふらりと顔を出したかと思えば、すぐに開かずの間に引きこもっている。それをアルカディア号と別れてから、ずっと繰り返していた。

 父の気まぐれなど、珍しいことでもない。だが、今は勘弁してほしい。頭痛に頭を抑えつつ、ミチルは父に代わりエンペラーの指揮を取る。

 

ミチル

「神君達は、まだ戻らないの?」

所員

「は、はい……」

 

 頭痛の種が尽きない。チッとミチルが悪態をついた時だ。レイン・ミカムラの通信端末から、エンペラーへの呼びかけがあったのは。ミチルはすぐに繋ぐと、レインに状況の報告を促す。

 

レイン

「ミチルさん、大変なの!」

ミチル

「何があったの!?」

レイン

「それが…………きゃぁっ!?」

 

 レインの悲鳴と共に、プツリと回線が落ちる。あちらの状況は不明のまま。

 

ミチル

「……とにかく、整備の終わってる機体から順次出撃して!」

 

 そんな、当たり障りのない指示を出すことしか今のミチルにはできなかった。

 

ヤマト

「メカザウルスが出たんなら、俺の出番だ。行くぜ、ゴッドマジンガー!」

 

 エンペラーを飛び出し、火野ヤマトは腰に携えた剣を掲げる。するとたちまちヤマトの身体は光に包まれそして守護神……ゴッドマジンガーと一つになっていた。古代ムー王国の守り神。守護神マジンガー。その大いなる姿を認めると、メカザウルス達はヤマトに注目する。

 

ヤマト

「メカザウルスども! ここで会ったが百年目、成仏させてやるぜ!」

 

 魔神の剣を構え、ヤマトは前方のメカザウルス……ギロの部隊に突貫した。ゴッドマジンガーが咆哮し、大地が唸る。太古の世界を生きた恐竜と、古代ムー王国の守り神。時を越えた神話の戦いがこの鬼哭石の地に再現されようとしていた。

 

鉄也

「俺達も出るぞ!」

キッド

「了解!」

 

 ゴッドマジンガーに続くように、グレートマジンガーとブライガー、ヴェルビン、ナナジン、ゼノ・アストラも出撃する。さらに……

 

トッド

「ヘッ、恐竜どもか。バイストン・ウェルでは随分世話になったな!」

 

 ライネック。トッド・ギネスの乗るオーラバトラーも、その翼を広げ戦線へと加わっていた。

 

ボウィー

「本当にいいのかね。あのタレ目の兄ちゃん」

 

 ブライガーのコクピットで、ボウィーがボヤく。

 

お町

「あら、あの子なかなか可愛いと思いませんボウィーさん」

ボウィー

「いやはや、エンジェルお町がああいうのが好みとは思いませんでしたよ僕ちゃん。お町ってばもっとこう……実直そうな人がタイプじゃなかったっけ?」

キッド

「無駄話は後にしてくださいよみなさん。ここは俺たちで踏ん張らなきゃいけないんですからね!」

 

 ゴッドガンダム以下モビルファイター部隊は、出撃に時間を要している。グランドマスターガンダムとの戦いを最前線で戦ったダメージがまだ回復していないのだ。なので、比較的ダメージの少なかったスーパーロボットとオーラバトラーが、今回は先陣を切っていた。つまり責任重大。

 

アイザック

「キッド、周囲の被害を考えるとブライカノンは使えない。いいな!」

キッド

「任せろ!」

 

 ブライガーの右腕に、どこからともなくブライスピアが転送される。シンクロン原理。多元宇宙を利用して質量保存の法則を無視することで、ブライガーは莫大なエネルギーを取り出すことが可能な機体だ。ブライガーの持つ武装……。ブライスターや、ブライサンダーではどこにも本来収納できないそれらは、多元宇宙より召喚され真なる持ち主であるブライガーの手に渡る。

 

キッド

「まずは、一番槍だ!」

 

 ブライスピアを投げるキッド。それはしかし、メカザウルス・ギロに命中することはなく虚空を刺す。

 

キッド

「何ッ!」

ボウィー

「キッドちゃんもっとよく狙って!」

 

 メカザウルスは反撃にとばかり雄叫びを上げると、腹部の装甲を開く。すると、胸部から放たれる竜巻がブライガーを襲うのだった。

 

アイザック

「まずい!」

キッド

「わかってますよ!?」

 

 竜巻の直撃を避け、ブライソードを召喚するキッド。投げ槍が通用しないならば、今度は白兵戦とばかりにブライガーは飛び込んでいく。しかし、ギロは素早く、ブライソードを振り上げる前にブライガーの背後へと回り込んでいく。

 

槇菜

「危ない!」

 

 ブライガーの背後に迫る鉤爪と一撃。ゼノ・アストラは2機の間に回り込みその巨大な盾で鉤爪を受け止める。

 

槇菜

「ッ……! 今エンペラーには、お姉ちゃんも乗ってるんだ。絶対、通すもんか!」

 

 指のワイヤーを射出するゼノ・アストラ。しかしその瞬間には既にギロは遠くへと下がり、ゼノ・アストラの射程内から離れていく。

 

鉄也

「あのメカザウルス、とんでもない速さだ!」

 

アイザック

「ああ。今計算してみたところあのトカゲは、ゲッター2並のスピードを誇っている」

キッド

「何だって!?」

 

 森林地帯に囲まれる特殊な状況下では、ビームや火器を使えば延焼を起こす。そうなればこの地は瞬く間に火の海と化してしまうだろう。故に、面制圧の攻撃はできない。そんな中で超スピードを誇るメカザウルス・ギロが4機。その圧倒的な速度と突風攻撃がブライガーに、グレートに、ゼノ・アストラに、そしてゴッドマジンガーに迫った。

 

槇菜

「ぁっ!?」

鉄也

「クッ!?」

 

 森林地帯で無闇にブレストバーンやサンダーブレーク、セラフィムフェザーによる攻撃を行うわけにはいかない。強力な武器を封じられているグレートとゼノ・アストラに迫る竜巻。ゼノ・アストラはシールドを傘にして本体を守っているが、この強風では満足に動けない。

 

鉄也

「こうなったら……どちらの竜巻が上か勝負だ! グレートタイフーン!」

 

 グレートマジンガーの口にある排気ダクトから、同じように突風が巻き起こった。グレートタイフーン。時速150kmの竜巻がぶつかり合い、激しい音を立て対消滅。その隙を、剣鉄也は見逃さなかった。

 

鉄也

「ここだ、グレートブーメラン!」

 

 ブレストバーンを使うわけにはいかない。しかし、胸部放熱板には他にも使い道がある。放熱板を取り外したグレートはそれをブーメランにして、メカザウルス目掛けて投げつける。しかし、超スピードのメカザウルス・ギロは向かってくるブーメランを軽々と躱し、グレートマジンガーへと迫っていく。雄叫びのような咆哮を上げ、グレートの眼前へとギロは踊り出た。しかし、それこそが鉄也の狙い。

 

鉄也

「今だ!」

 

 この距離ならば、たとえどんなに速い敵でも外さない。鉄也にはその自信がある。戦闘のプロとしての誇り、鍛え抜いた根性がある。そして何より。

 

鉄也

「修行の成果、見せてやるぜ!」

 

 ドモン・カッシュらと共に叩き抜いた新必殺。グレートの肘から、スパイクが展開される。そしてスパイクのついた肘蹴りを、思い切り叩き込む!

 

鉄也

「ニーインパルス・キック!」

 

 避けきれず、悲鳴を上げるメカザウルス。機械の音と同時に、青黒い血飛沫がグレートを染め上げていく。ニーインパルス・キック。以前、暗黒大将軍との戦いで損壊したグレートマジンガーは、新たな力を得て生まれ変わっていた。その一つが、ニーインパルス・キック。アトミックパンチ、グレートブーメラン、ブレストバーン、サンダーブレーク、ネーブルミサイル。グレートマジンガーのあらゆる装備は一つ一つが強力だが、その全てが上半身に集中している。つまり、下半身を重点的に狙われた際グレートは迎撃手段を持ち合わせていないという弱点があった。それを克服するために追加されたのが、ニーインパルス・キックだ。

 当然、超合金ニューZの塊である足自体が、強力な鈍器である。しかし、そこに鋭利なスパイクが加わることで破壊力を増したキック。それを使いこなすためにも鉄也自身に抜群の体術センスが要求された。

 鉄也自身、戦闘のプロだ。厳しく鍛えぬ痛み身体はヤワじゃない。しかしドモン・カッシュとの修行を耐え抜くことで今の鉄也には、さらなる自信が漲っている。それこそが、生まれ変わりより強くなったグレートに必要なもの。

 蹴り飛ばされるメカザウルス。その背後から飛んでくるのは、先ほど投げたグレートブーメラン。背中からの攻撃を避けきれず、ギロは真っ二つになる。

 

鉄也

「行くぞグレート、まだまだ戦いは始まったばかりだぜ!」

 

 グレートマジンガーの瞳が輝き、排気ダクトの音はその声に応えるかのように唸り声を上げていた。

 

 

 

ヤマト

「さすが鉄也さんだ。俺達も負けらんねえぜ!」

 

 しかし、ゴッドマジンガーは超スピードのギロを前に苦戦を強いられていた。元々ゴッドマジンガーは、力押しを得意とする機体。魔神の剣であらゆる敵を薙ぎ払う大魔神。しかし、グレートやブライガーのように、手数を持っているわけではない。ゴッドマジンガーが、火野ヤマトが持っている本質的な武器。それは、

 

ヤマト

「敵が速いなら……ハァッ!」

 

 ヤマト自身に他ならない。ヤマトは、ゴッドマジンガーと一体化を続けるうちに魔神の依代として……“光宿りしもの”として覚醒していった。ヤマトの反射神経そのものをダイレクトに反応し、ゴッドマジンガーは動く。それは、神通力で繋がった阿頼耶識といっても過言ではない。

 

ヤマト

「そこだっ!」

 

 元々、ラグビー部のエースを任されているほどにヤマトの運動神経、動体視力は抜群だ。たとえ敵が速くても、それを追う力をヤマトは持っている。ゴッドマジンガーとひとつになっている今なら、尚のこと。風よりも速く走るギロに追随し、ゴッドマジンガーは剣を振るう。

 一刀両断。忽ちメカザウルスは青黒い血飛沫と断末魔の悲鳴を上げ、絶命する。敵を倒しながら、ゴッドマジンガーの中でヤマトは感じていた。ヤマトを射抜くような憎悪の視線。それは倒したメカザウルスからではなくその先……巨大な恐竜戦艦から投げかけられている。それをヤマトは己の第六感で感じていた。

 

ヤマト

「へっ、このやり口……。いるのはわかってるんだ。出てこいエルド!」

 

 ヤマトが叫ぶ。その叫びに応えるように、クツクツとした暗い笑い声が森林地帯にこだまする。それは、遠くに鎮座する無敵戦艦から響く声だった。

 

ショウ

「なんだ、このオーラ力は……?」

 

 空中のメカザウルス・バドを両断しながらもショウは、その憎しみに満ちた声を聞く。

 

チャム

「ショウ、怖いよ……!」

エレボス

「エイサップ……!」

エイサップ

「大丈夫だ、エレボス……しかし、」

 

 人間が、ここまでの憎しみを抱けるものなのか。エイサップは戦慄する。それは、エイサップ鈴木の知らない感覚だった。

 

エルド

「フフフ……久しぶりだな、火野ヤマト!」

 

 メカザウルス部隊を率いる無敵戦艦ダイから、通信映像が映し出された。そこにいるのは、長い金髪に長身の美男子。しかし、その瞳は黒く濁り切り、その美形を台無しにしていた。

 

アイラ

「エルド……!」

リュクス

「あれが、アイラ殿とヤマト殿の宿敵……!」

 

 エルドの視線が、アイラ・ムーを捉える。

 

エルド

「アイラ・ムー。お前を取り戻すために、私は地獄より蘇ったのだ」

アイラ

「な、何を……! 恥を知りなさい!?」

 

 そう言い放つアイラに、エルドはニヤリと笑みを返す。

 

エルド

「その気丈さ。やはりお前は私の妃に相応しい」

 

 いけしゃあしゃあとそう返すエルド。アイラは顔を真っ青にし、ブルブルと首を振る。身体全身で表現する嫌悪。それをエルドは鼻で笑い、そしてまじまじと視線を泳がせる。

 

エルド

「ほう……。アイラほどではないにせよ、なかなかよい女が揃っているものだな」

リュクス

「は?」

 

 口をついて出てきたのは、そんな言葉。

 

エルド

「クク、よいぞ。火野ヤマトを倒した後は、揃えて妾にしてやろう」

ミチル

「……この男は、何を言っているの?」

 

 意味がわからない。そんな風にミチルはアイラに訊ねる。しかし、アイラは侮蔑の意味を込めた視線をエルドに投げかけるのみだった。それが答えだとミチルは、リュクスは悟る。

 

エルド

「だが、それも全ては火野ヤマト。お前を倒し闇の帝王へその首を土産にしてからの話だ!」

ヤマト

「勝手に決めるんじゃねえ! てめえなんかに、アイラは渡さねえぞ!」

 

 無敵戦艦ダイ目掛けて、ゴッドマジンガーは走る。剣を構え、大魔神が咆哮する。

 

エルド

「死ねぇ、ヤマト!」

 

 それを迎撃するように、無敵戦艦ダイから放たれるミサイル弾。ゴッドマジンガーはそれを斬り裂き、高く飛び上がる。

 

ヤマト

「行くぞ、ゴッドマジンガー!」

 

 ヤマトの叫びに呼応するかのように、ゴッドマジンガーは黄金色に輝き始めた。“光宿りしもの”火野ヤマトと守護神ゴッドマジンガーのシンクロが高まり、ゴッドマジンガーは神の如き力を発揮する。言わば魔神パワーとでもいうべきものをゴッドマジンガーは解き放ち、宿敵エルドへと挑む。

 

エルド

「フフ、バカめ!」

 

 だが、そんなことはエルドも百も承知だった。エルドは幾度と火野ヤマトと戦い敗れてきたのだから。無敵戦艦ダイの口から火球が放たれる。火球。火の玉。それが狙うのはゴッドマジンガーではなく……。

 

ヤマト

「なっ!?」

 

 竜馬やユウシロウたちの向かった、鬼哭石の里。ゴッドマジンガーは咄嗟に手を伸ばすが、火球には届かない。

 

ヤマト

「てめえ、卑怯だぞエルド!?」

エルド

「ハハハハハ! 卑怯もらっきょうもあるものか! 私に下された指令……それはもとより嵬の抹殺だ!?」

 

 高らかに笑うエルド。しかし、その火球は里までは届かなかった。巨大な盾を構える、全てを守らんとする意志が飛び込んでいたのだから。

 

槇菜

「っぅ!?」

 

 ゼノ・アストラ。漆黒の旧神。少女の意志に、願いに応えるがままに現出するその盾が火球に触れると、燃えながら蒸発していく。

 

エルド

「何……!?」

槇菜

「そんな卑怯な手でしか戦えない人なんかに、誰もやらせはしない!」

 

 槇菜が叫ぶ。それと同時にゼノ・アストラのツインアイが赤く、輝いていた。

 

エルド

「ほう……」

槇菜

「な、何ですか?」

 

 エルドは、ゼノ・グラシアの中で啖呵を切る槇菜を見つめていた。その値踏みするような視線を感じ、槇菜は一歩後ずさる。

 

エルド

「ふっ、未成熟だかなかなかよい。お前も殺さず、妾の一人に加えてやろうではないか!」

槇菜

「……は?」

 

 カチン。何かを踏んだ音を、その戦場にいた誰もが聞いた気がした。そして次の瞬間、ゼノ・アストラのハルバードがエルドのいる艦首部分目掛けて振り下ろされる。距離の概念を超越した高速移動。既にゼノ・アストラは、無敵戦艦ダイの喉元に喰らいかかっていた。

 

槇菜

「冗談でも、そういうこと言うのはやめた方がいいと思いますよ!?」

エルド

「女ごときが、この私に楯突くか!」

 

 戦艦ダイは、巨大なメカザウルスを馬車のように連結させた要塞だ。故に、巨大な首長竜は格闘戦も可能としている。二頭の首による頭突きが、ゼノ・アストラを襲う。

 

槇菜

「っ!?」

 

 歯を食いしばり、耐える槇菜。光の翼が不思議な重力でゼノ・アストラを支え、巨竜の体当たりを堪える。だが、それだけでは終わらない。

 

槇菜

「あったま、きた!」

 

 このエルドという男は、女の敵だ。槇菜の本能がそう叫ぶ。次の瞬間、ゼノ・アストラは左手でハルバードを思いっきり、ぶん投げた。まるでゲッターロボのトマホークブーメランのように飛ぶハルバード。加速する刃が、巨竜の首を一つ落とす。生々しい悲鳴を上げて、戦艦ダイの左首が断末魔の悲鳴を上げた。しかし、それでもまだ戦艦ダイは生きている。

 

エルド

「ははは、気丈な女はさらに好みだ。よいぞよいぞ!」

槇菜

「そういうの、セクハラっていうんですよ!」

 

 ゼノ・アストラの左の指が、ワイヤーとして射出された。ワイヤーは肉巨竜の肉に食い込み、そして破邪の熱が戦艦ダイを襲う。

 

エルド

「こ、これは……!?」

 

 その時になり、エルド王子ははじめてその機体の意味に気付いた。旧神。繰り返す世界における特異点。

 

ヤマト

「俺を忘れるんじゃねえ、エルド!」

 

 そしてすかさず、ゴッドマジンガーが剣を振るう。もう片方の首を斬り裂き、守護神が吼える。

 

エルド

「火野、ヤマト!?」

 

 双頭を潰された無敵戦艦ダイ。メカザウルスとしての格闘能力を奪われたダイは足を止め、狼狽えながらミサイル弾を乱射する。とこと構わず放たれるミサイル。それは周囲を森林に囲まれたこの地帯では、最悪の兵器。

 

槇菜

「そんなもの!?」

 

 しかし、ゼノ・アストラのセラフィムフェザーが広がり、ミサイル弾を包み込むようにして受け止める。邪悪なるものを祓うその羽根は、ミサイル弾を爆発する前に次々と分解していく。無機物が生まれる前に、分子の世界へ。

 

エルド

「き、旧神の力を取り戻しかけているというのか!? ええい、なんということだ!」

 

 旧神。古き神。遥かな太古より……世界の輪廻を見守ってきたもの。その存在をエルドは、父であるドラドから伝えきいたのみである。しかし闇の帝王の傘下で勢力を伸ばしたドラゴニアにおいても、その名はゴッドマジンガー同様に轟いていた。

 しかし、旧神はまだ未覚醒。そうエルドは闇の帝王に教えられていた。だがこれはなんだ。話が違う。狼狽するエルドに、ゴッドマジンガーが突撃する!

 

ヤマト

「でかした槇菜! さあエルド、ここがお前の墓場だ!」

エルド

「ぬ、ぬぅ……!」

 

 金色に輝くゴッドマジンガー。“光宿りしもの”として覚醒したヤマトの威光は、戦艦ダイの動きを完全に封じていた。このままでは負ける。エルドの本能がそれを知覚する。それは恐怖だ。だが、恐怖の中にありてもエルドは狡猾に、事態を見極めようとしていた。

 

エルド

「そ、そうか……! 闇の帝王は、この俺を捨て駒にしたのか。奴らの力を見極めるための!」

 

 そのために、死の淵から蘇らせた。その確信はエルドという男にとって、屈辱だった。

 

エルド

「ぬ、ぬぅ……。おのれ闇の帝王。この俺はただでは死なん。必ずや、貴様に復讐してやる!」

 

 憎悪と怨嗟の言葉を吐きながら、エルドは逃げる。エルドが艦首を脱出するのと、ゴッドマジンガーの剣が無敵戦艦ダイを一刀両断するのはまさに、紙一重のタイミングだった。

 

ヤマト

「エルドの奴、逃げたか……!」

 

 しかし、追う暇はない。生き残りのメカザウルス達が、まるでエルドを庇うようにゴッドマジンガーに、ゼノ・アストラに襲い掛かる。

 

槇菜

「この恐竜、やりにくい!」

 

 首を飛ばせば血飛沫が飛ぶメカザウルス。それは殺生に慣れていない槇菜にとって、非常に気味の悪い相手でもあった。倒せば、生き物を殺した実感が後からやってくる。だが、やらなければこちらが……守るべき人達がやられる。それは、殺し合いの感覚だ。エイサップもヤマトも、「そんなものに慣れる必要はない」と言ってくれる。しかし降りかかる火の粉ならば払うしかないし、先ほどのエルドのように許せない相手なら尚更だ。

 それでも、ハルバードに伝わる血と肉の感触は槇菜を迷わせる。

 

槇菜

「手加減なんて、できないんだからね……!」 

 

 それでも、メカザウルス・ギロをハルバードで一突きにするのを槇菜は躊躇わなかった。黒い体躯が、青い血飛沫に染まる。その感覚はやはり気持ち悪い。それでも、ここで戦わなければ槇菜の決意は揺らいでしまう。だから、戦う。

 

槇菜

「お姉ちゃんだって、見てるんだ。絶対に、負けるもんか!」

 

 槇菜の叫びが天に届いたのか。それはわからない。しかし槇菜の叫びと同時、天を裂くかのような雷鳴が轟いた。

 

トッド

「何だっ!?」

 

 雷は空中のメカザウルスを焼き焦がし、空で戦うオーラバトラー達は己の直感でそれを避ける。紙一重の回避を重ねながら、ミ・フェラリオ達は只ならぬ恐怖を感じていた。

 

エレボス

「エイサップ、これ怖いよ!?」

エイサップ

「この雷、俺達を狙ってるのか!?」

 

チャム

「ショウ!? ショウなんとかしてよ!?」

ショウ

「邪魔だよチャム!?」

 

 眼前で視界を塞ぐチャムを後ろに払い除けつつ、しかし戦慄がショウを襲う。

 

ショウ

(これは……このオーラ力は何だ?)

エイサップ

(ワーラーカーレンの、ジャコバ・アオンなのか? だとしたら、なぜ……)

 

 エイサップが感じたように、それはジャコバ・アオンのオーラ力とよく似ていた。しかし、二つの世界の調和を誰よりも重視するジャコバが、地上の戦いに干渉するとは思えない。

 

???

「やはり、そうか。これがゲッター線に選ばれた種族」

 

 空から、言葉が響いた。声ではない。まるでそこにいる者達の頭の中に直接響かせるような言葉。その言葉の圧だけで、誰もが畏怖してしまう重い言葉と共に……天は割れ、後光が射す。

 

ボウィー

「今度は何だっていうの!?」

キッド

「あれを見ろ!」

 

 後光が射した後、降りてくるものがあった。金色の、神像。そうとしか呼びようのない巨大がキッドの、鉄也の、ヤマトの、ショウの、エイサップの、槇菜の眼前に舞い降りる。

 

槇菜

「かみ……さま?」

 

 思わず、槇菜が呟く。

 

鉄也

「馬鹿を言うな! 神だとしたら、何故俺達の邪魔をする!?」

 

 咄嗟に否定する鉄也。しかし、その威圧感。神という言葉で形容できるのならば、納得してしまっても無理はない。鉄也がそれを否定したのは理性を、闘志維持するためだった。……もし、これらが敵ならば。神であるなど認めるわけにはいかない。しかし、降臨した神像はそんな鉄也の意志を打ち砕くが如く鼻で笑う。

 

多聞天

「フン……。旧神の巫女なだけあって、純粋な感性を持っているとみえる。いかにも、我らはお前達の言葉で翻訳するならば、神と呼ぶべき存在だろう」

 

トッド

「我ら……だと?」

 

 オーラソードを構えながら呟くトッド。その直後。さらに後光が増えていく。そして、

 

広目天

「いかにも」

 

 スキンヘッドに、桃色の肌を保つ神像が。

 

持国天

「我らは神である」

 

 青い体色の、寡黙な雰囲気を纏う神像が。

 

増長天

「宇宙の安寧のため、我らはお前達に裁きを下すのだ」

 

 爬虫類のような長い顔と、錫杖を持った黒い神像が。

 

多聞天

「全ては、この宇宙のため。ゲッター線の真なる覚醒を阻止するために」

 

 神。それを名乗る四天王が今、槇菜達の目の前に降臨した。圧倒的な威圧感。圧倒的なまでの力の差。剣を交えなくても、それが伝わってしまう相手だった。オーラも、スケールも、全てが違いすぎる。あれほど苦戦した暗黒大将軍や、グランドマスターガンダムなどこの四天王に比べれば子供騙しに過ぎない。嫌でもそれが、伝わってしまう。それに、何よりも。

 

槇菜

「ゼノ・アストラ……。あれを知ってるの?」

 

 ゼノ・アストラのコクピット内にまた、象形文字のようなものが流れ始める。槇菜の脳に直接響くようにして、ゼノ・アストラの言葉がダイレクトに槇菜へと伝わっていく。

 

槇菜

「四天を司る守護神……。四天王……?」

多聞天

「ほう……」

 

 呻くような槇菜の声を、金色の神像……多聞天は聞き逃さない。

 

多聞天

「旧神はやはり、我らの存在を記録しているか」

槇菜

「っ! 貴方達も……ゼノ・アストラを、この子をしっているの!?」

 

 クツクツと嗤い、四天王は答えない。それが、槇菜を苛立たせる。ゼノ・アストラはハルバードを構え、セラフィムを展開すると四天王の一角……多聞天へと飛びかかる。

 

槇菜

「答えてっ!?」

 

 しかし、槇菜の飛んだ先に多聞天はいない。代わりにそこに立っていたのは青い体躯の持国天。

 

持国天

「知る必要はない。お前達はここでしぬのだからな!」

 

 持国天は剣を抜くと、ゼノ・アストラのハルバードを受け止める。そして力任せにゼノ・アストラを振り落とした。

 

槇菜

「ゃぁっ!?」

エイサップ

「槇菜っ!?」

 

 助けに行こうと、ナナジンが駆ける。しかしナナジンの前に立ち塞がるのは、禿頭の巨神・広目天。

 

エイサップ

「邪魔を、するなっ!?」

 

 広目天の巨大を避けるようにして、ナナジンは飛ぶ。しかし、広目天はどこからか取り出した巻物を広げ印を結ぶと、広がる巻物がナナジンを捕まえ蛇のように纏わりつく。そして、

 

広目天

「破ァッ!」

エイサップ

「う、うわぁっ!?」

 

 広目天が叫ぶと同時、巻物は爆発。爆炎に巻き込まれたナナジンも落下していく。オーラ力は生体エネルギー。エイサップの心の乱れを察知してナナジンのオーラ力も弱くなる。しかし、落下しながらも必死に意識を取り戻したエイサップは、渾身で機体を乗りこなし姿勢を安定させた。

 

広目天

「ほう……さすがは聖戦士いったところか」

エイサップ

「俺は、そんなもんじゃない!」

 

 まるで自分に言い聞かせるように、エイサップは叫ぶ。姿勢を立て直したナナジンは再び広目天へと向き直るが、そこに立っているのは黄金の多聞天。

 

鉄也

「どういうことだ。奴ら、瞬時に居場所を入れ替えているのか?」

アイザック

「互いの立つ位置同士なら、いつでもシフトチェンジできる……。なるほど、四天王を名乗るだけのことはある」

 

 ブライガーの中でアイザック・ゴドノフは冷静にその特性を分析していた。原理原則は不明でも、その特性が事実として存在するのならばそういうものとして戦うしかない。そう、受け入れるために。

 

キッド

「でも、どうする? こう一々瞬間移動されちゃさすがのブラスター・キッドでもお手上げだぜ?」

アイザック

「…………」

 

 分析を専門とするアイザックだが、キッドの言う通りだった。そもそも敵……四天王の力は、名だたるスーパーロボット軍団を集結させた“Vanity Busters”のどのスーパーロボットよりも上に見える。少なくとも敵の瞬間移動能力だけでなく、ゼノ・アストラを一撃で叩き落とす持国天の剣技。ナナジンを一瞬で捉える広目天の秘技。そのどれもアイザックには理解不能だった。敵が生きた有機体なのか、メカザウルスのように機械仕掛けの部分を持っているのかすら不明。弱点など、調べようもない。

 

ヤマト

「クソッ! てめえら、何が目的だ!」

 

 魔神の剣を掲げながら、ゴッドマジンガーの中でヤマトが叫ぶ。天高くに居座る四天王を前に、その声はまるで遠吠えのようでもあった。

 

多聞天

「知れたこと。お前達は、宇宙の調和を見出す存在だ」

鉄也

「何だと?」

 

 それは、聞き捨てならない言葉だった。

 

多聞天

「不思議に思わないのか。光子力、ゲッター線、シンクロン原理……。ひとつひとつが宇宙の原理原則を捻じ曲げてしまうやも知れぬ危険な力が、何故ひとつのところに集まるのか」

アイザック

「…………」

多聞天

「そして、お前達人間は再び“恐怖”を呼び起こそうとしている」

ショウ

「……恐怖?」

 

広目天

「左様。ガサラキの神事は、目覚めさせてはならぬもの」

槇菜

「ガサ、ラキ……?」

 

 ガサラキ。はじめてゲッターロボがこの時空に現れた時にゼノ・アストラが示した言葉。それが何を意味するのか、結局のところ何もわかっていない。木々に激突しながらも起き上がり槇菜は叫ぶ。

 

槇菜

「知ってるのなら、教えてください。ガサラキって、何ですか。ゲッターと関係があるっていうんですか!」

多聞天

「何も知らぬのか……」

 

 多聞天は口を開かない。ただ、神通力で言葉を発する。しかし、その声には哀れみのような感情が乗っているのを槇菜は感じた。

 

多聞天

「冥土の土産だ。教えてやろう。ガサラキとは遥かな昔。この宇宙に飛来した無限の力を得た種族。しかし、その力を破壊と闘争……即ち“恐怖”のために浪費し、最終的に肉体を失った成れの果てだ。だが、ガサラキは己の叡智をこの星に生きる人類種の祖先へと託したのだ」

アイザック

「肉体を失った生命……。その遺伝情報が太古、人類の祖先に与えられたということか」

多聞天

「左様。ガサラキ……即ち先史高度文明人によって齎された遺伝情報。宇宙を喰らい尽くす悪魔の遺伝子を受け継ぐ種族。それが、人間だ」

 

 キッパリと、そう多聞天は言い切る。

 

エイサップ

「何だと…………!」

多聞天

「なぜ人間は徒党を組み、同族同士で殺し合う。なぜ人間は他の生き物を滅ぼす。それらは全て……ガサラキの遺伝子に定められた刻印。恐怖……静寂たる宇宙に、災厄を齎すものは早急に立たねばならん」

 

ショウ

「それが……それがお前達が、人類を滅ぼそうとする理由だっていうのか」

多聞天

「そうだ。この宇宙を食い尽くす醜い化け物……それがお前達だ」

槇菜

「そんなの……」

 

 勝手に決めつけないで。そう槇菜は言おうとした。しかし、言葉を発することができなかった。人間が争いを繰り返す種族であるという事実は、槇菜の好きな歴史が何よりも証左となってしまうからだ。

 宇宙世紀……いやそれ以前から、人間は醜い争いを続けてきた。今でこそ共に肩を並べているアムロとシャアも。あのサコミズ王も。連綿と続く争いの歴史の被害者だ。そして、何よりも。

 

槇菜

(お姉ちゃん……)

 

 槇菜が敬愛している姉ですら、その火種を生もうとしていた。そして槇菜は、それと戦ったのだ。

 槇菜が学習し、そして将来に伝えたいと思い抱いている人類史は、戦いの歴史であると言って過言ではない。そしてムゲ帝国のような地球外の存在や、ミケーネのような過去より現れし敵とまで人類は戦争している。

 そんな人類が、他の生命にとって“恐怖”以外の何だと言うのだろう。そんな思いが過り、槇菜は言い返すことができなかったのだ。

 

多聞天

「茶番は終わりだ。逝くがよい」

 

 そう言って、多聞天は右手を振り翳した。そして、次の瞬間。地鳴りと共に、地下よりそれは目覚める。

 

チャム

「!? ショウ、怖いよ!?」

 

 その存在を感じ、チャム・ファウは震えることしかできなかった。全身を震わせながら、恐怖を紛らわせるようにショウへと引っ付く。

 

ショウ

「このオーラ力は、何だ……?」

 

 ミ・フェラリオのチャムほどではないにせよ、ショウ・ザマもそれを感じていた。背筋が凍るほどの寒気。目の前に君臨する神からではない。背後から……全てを屠る恐怖を纏いしものが、迫っている。

 

槇菜

「ゼノ・アストラが……怖がってる?」

 

 槇菜は、それが何なのかわからなかった。しかし、その本質をゼノ・アストラは語る——恐怖、と。

 

 それは。

 武者のような鎧兜を纏っていた。しかし、その顔は鬼面。その面が全身の雰囲気を、“骸骨”のように想起させる。

 骸骨。まさにそれは恐怖の象徴。

 

骨嵬

「……………………」

 

 骸骨武者は上空に聳え立つ“神”を見やると、カタカタカタと全身を震わせる。それは、武者震いだった。剣を抜き、一目散に“神”へと飛びかかる骸骨武者

 

ユウシロウ

「……………………」

 

多聞天

「やはり、出たな……ガサラキの器。人の造りし、恐怖の傀儡。骨嵬!」

 

 骨嵬。そう呼ばれた骸骨武者は手近にいた“神“……黒い体躯の増長天へと斬りかかった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—鬼哭石の里/豪和の古蔵—

 

 

 “神”が降臨する少し前。メカザウルスとの激闘が続いている最中に話は遡る。古蔵にも招かれざる客が押し寄せていた。この世のどんな生物よりも黒い肌。膨張した筋肉と剥き出しの牙。そして頭部から生える異形の角を持つ怪物。鬼。押し寄せる鬼の軍勢を前に、竜馬達は白兵戦を強いられている。

 

隼人

「ヒッ、ヒヒッ!?」

 

 引き攣った笑みを浮かべながら、鬼の頭を手刀で潰す隼人。その鋭利な爪は鋼鉄のように硬い皮膚を持つ鬼を容易く抉り、生々しい血の感触と共に隼人の神経を研ぎ澄ませていく。

 

弁慶

「こいつらには指一本触れさせねえぞ! 大雪山おろしぃぃぃぃ!?」

 

 非力な安宅やミハルを守るように前に出て、迫り来る鬼を次々に投げ飛ばしていく弁慶。投げ飛ばす際に、首を折るのを弁慶はそれでも忘れていない。頭を壊さなければ、鬼達はすぐに息を吹き返してしまう。まるで、映画に出てくるゾンビのように。それを弁慶は、自身の恩師たる和尚や、兄弟弟子達の末路で知っている。鬼は、弁慶にとって彼らの仇だ。だから弁慶は、一切の容赦無く呵責なく、鬼を次々と潰し続けていた。

 

ドモン

「超級! 覇王! 電影だぁぁぁぁぁん!」

 

 自らを台風の目にすることで、荒れ狂う嵐に自らを変質させる超級覇王電影弾。ドモンはそれをガンダムに乗らず、生身のままでも使用することができる。次々と迫る鬼を前にこのままでは埒があかないと判断したドモン・カッシュは、必殺の奥義を以て鬼を殲滅ていた。

 

竜馬

「クッ、おいジジイ! ここから逃げる道はねえのかよ!?」

 

 強烈な回し蹴りで鬼の首を吹き飛ばしながら、竜馬が言う。

 

空知

「この蔵はあくまで一本道。来た道を戻るしかございますまい」

 

 つまりは、今まさに鬼の群れが押し寄せる中を突破する以外に道はないということ。

 

竜馬

「面倒な造りしやがって! おいユウシロウ、てめえもなんとかいいやがれ!?」

ユウシロウ

「…………」

 

 怒鳴り散らす竜馬。だがユウシロウは迫り来る鬼の群れを前に……そして自分の後ろにある鬼の鎧を前に、茫然としているのみだった。

 

隼人

「だが、何故鬼どもが今になって!?」

 

 鬼を操っていた黒幕・安倍晴明は倒したはずだ。まさか晴明がまだ生きている。その可能性を隼人は疑ったが、すぐに破棄する。エンペラーのゲッタービームを吸収し放ったシャインスパークを受けて、無事であるわけがない。

 

弁慶

「こいつら、ユウシロウを狙ってるのか!?」

 

 その進軍を阻止しながら、弁慶は敵があまりにも一直線に、棒立ちのユウシロウへ向かおうとしていることに気付いた。無論、近寄らせるわけにはいかない。

 

安宅

「クッ、こいつら銃が効かないの!?」

竜馬

「そんなもんで、こいつらがくたばるかよ!」

 

 裏拳で頭部を粉砕し、竜馬が言う。

 

ミハル

「……ユウシロウ?」

ユウシロウ

「…………ク、ガイ」

 

 この危機的状況の中、ユウシロウは無造作に右手を振り上げる。そして……カタン。石舞台でやったように大きく踏みつけ、その場で舞を踊り始めるのだった。

 

ユウシロウ

「……………………」

 

 淡々と舞うユウシロウ。しかし、その鼓動が次第に加速し心拍数を大きく跳ね上げる。

 

——今宵ぞ。今宵ぞ。

 

 ユウシロウの心のどこかから、声が聞こえる。今宵ぞ。今宵ぞ。不思議な唄が、ユウシロウの舞を加速させる。

 

——飢沙羅の鬼と、相成らん。

 

 ユウシロウの舞に呼応するかのように。その背後に鎮座するモノが、動き始めた。

 

空知

「お、おお……!」

隼人

「骨嵬が、動き出しただと……!」

 

 ゆっくりと、ゆっくりと、ユウシロウの舞に合わせて立ち上がる骨嵬。甲冑に覆われた腹部がパカリと開く。その中は肋骨のような形をしたものに守られており、しかし人一人が入ることのできる余地がある。

 

ミハル

「ダメ、ユウシロウ!? やめて!?」

ユウシロウ

「…………」

 

 ユウシロウは、答えない。まるで心ここに在らずという風に舞い続け、そしてユウシロウは骨嵬へと飛び乗った。ユウシロウの存在を認めると骨嵬は再び甲冑を、骨を閉じる。

 

ミハル

「それは……それは恐怖を呼び起こす、偽りの神!?」

 

 わけのわからない状況の中で、ミハルだけがユウシロウへ呼びかけ、叫んでいた。なぜ、そんなことを知っているのかミハルにもわからない。しかし、それでもミハルの中にいるいくつものミハルが叫ぶのだ。『呼び起こさないで、恐怖を』と。

 

ユウシロウ

「今宵ぞ……今宵ぞ……。飢沙羅の鬼と相成らん」

 

 しかし、その叫びもユウシロウには届かない。ユウシロウは、まるで骨嵬に支配されているかのように呟きそして、骨嵬の空な瞳に、赤い光が灯った。

 

骨嵬

「……………………!?」

 

 閉ざされた口を開き、骨嵬が吼える。その咆哮は狭い蔵を震撼させ、襲い掛かる鬼達を畏怖させる。

 

竜馬

「骨嵬……!?」

 

 ドクン。竜馬の中にある記憶が、また呼び起こされた。流竜馬は確かにあれに乗り、安倍晴明と戦っていた。そんな記憶が確かにある。いや、それだけではない。

 その記憶の中には、天草四郎を名乗る妖術使いと戦う流竜馬がいた。忍者の支配する世界で、立ち向かう流竜馬がいた。恐竜軍団と戦う流竜馬がいた。宇宙から来たインベーダーと戦う流竜馬がいた。遥かなる宇宙の意志と一つになり、奇形の獣との永遠の戦いに挑む流竜馬がいた。

 それらの、流竜馬であって流竜馬ではない記憶。動き出した骨嵬はそんな現実とも幻覚ともつかないビジョンを想起させ、竜馬を困惑させる。

 

竜馬

「俺は……何だっていうんだ?」

空知

(骨嵬がこの男の中に眠る、記憶を呼び起こしている……。とすれば、この青年は、嵬だというのか?)

 

 しかし、竜馬の疑念も空知の疑問も今はそれどころではない。目覚めた骨嵬は、一歩また一歩と歩き出す。鬼達は動き出した骨嵬を前に、狂ったように飛びかかる。しかし、

 

ユウシロウ

「…………」

 

 骨嵬は一瞬のうちに抜刀し、その刀で次々と鬼の首を刎ねるのだった。まるで平安絵巻に記された源頼光のように。いや竜馬の記憶にある……これはれっきとした、竜馬自身が体験した記憶の中にいる源頼光のそれ以上の荒武者ぶりを骨嵬は、ユウシロウは披露していた。

 

隼人

「……!?」

 

 骨嵬の振るう剣が、鬼を次々と滅ぼしていく。その様を凝視しながら、隼人はあることに気付いた。

 

隼人

(あの剣……。僅かだが、ゲッター線を纏っている?)

 

 黒平安世界で源頼光が所有していた愛刀は、眠っていたゲッタートマホークを削って作られたものだった。それは、竜馬達がタイムスリップしたことで生まれたタイムパラドックスの産物であると言ってもいい。しかし、ここは竜馬や隼人の世界ではない。この世界の平安時代に、ゲッターは……。

 

隼人

(いや、まさか。この世界と俺達の世界を繋げたのがゲッター線だとしたら。黒平安世界とは……こちら側の世界だったということもありうるのか?)

 

 そうであれば、時空を越えた晴明を追ってゲッターロボが、この世界にたどり着いたことにも説明がつく。だが、今はそれどころではない。

 

ユウシロウ

「…………!」

骨嵬

「…………」

 

 鬼を斬り、骨嵬は進む。そして、骨嵬は敵の存在を感知していた。鬼を使役する、真なる敵の存在を。骨嵬は鬼を蹴散らして進む。地上目指して。そこに、敵がいる。敵の首を落とすために。飢沙羅の鬼。今ユウシロウは間違いなく、鬼と化していた。

 

弁慶

「あれは……人のまま鬼になる器なのか」

 

 戦慄する弁慶。

 

ドモン

「ユウシロウ……!」

竜馬

「……行くぞ。隼人、弁慶」

 

 自らの見たビジョンを振り払い、竜馬が言う。敵が来ている。そしてユウシロウは敵に向かっている。それは間違いない。ならば、

 

隼人

「竜馬……」

竜馬

「……俺が何であの鬼の化物を知ってるのか、正直わからねえ。だがな、俺達は戦うためにここにきた。そしてユウシロウの運命があの化物だって言うなら、ユウシロウもあれに勝たなきゃならねえ!」

ミハル

「勝つ……骨嵬に?」

 

 それは、ミハルにとっては俄に信じられない言葉だった。だが、竜馬の目は本気だ。

 

竜馬

「ああ。俺も、ユウシロウも……それにおめえもだ。運命なんてもんが立ち塞がるなら、運命に勝つ。それしか生きる道はねえんだからよ!」

 

ユウシロウ

(勝つ……。運命に……?)

 

 鬼を蹴散らし荒れ狂いながらも、骨嵬の中でユウシロウは、その言葉を聞いていた。ミハルの声も、聞こえる。それでも、まるで本能に支配しされるようにユウシロウは無心で鬼を潰し、敵を求めて突き進んでいく。骨嵬はやがて御蔵の扉をこじ開け、外の光へと躍り出た。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

増長天

「やはり……目覚めていたか。骨嵬。人の作りし“恐怖”」

骨嵬

「……………………」

 

 蔵の前にいたのは巨大な……黒い人形。まるで爬虫類のように長い貌と鋭い目。そして錫杖のようなものを武器に持つもの。

 “神”の一柱、増長天は骨嵬を前に錫杖を抜き身構える。鬼を遣わせ、あわよくば骨嵬と嵬を亡き者にする……その目論見が破産したことを、目の前で荒れ狂う骨嵬は物語っていた。

 ならば、やはり当初の予定通り自分達で始末をつけねばならない。

 

骨嵬

「……………………」

 

 敵。その黒い神像をそう認識して骨嵬は跳躍。手に持つ刀で大きく振りかぶる。

 

増長天

「遅い!」

 

 しかし、数々の鬼を屠ったその一刀は神に届かず。錫杖の一振りで骨嵬は大きく跳ね飛ばされてしまう。

 

ユウシロウ

「…………!?」

 

 大地に激突し、狭い機内でユウシロウの内臓が大きく跳ねた。しかし、痛みをものともせず立ち上がり、剣を構える骨嵬。竜馬達が蔵の外へと辿り着いたのは、そのタイミングだった。

 

竜馬

「な、なんだあれは……?」

 

 竜馬達が見たのは、鬼とは似ても似つかない、神々しさすら感じられる存在。“神”を名乗る四天王はしかしユウシロウを、そして鉄也やヤマト、槇菜達を攻撃している。つまり、敵。

 

隼人

「あれは、生命なのかメカなのか……?」

 

 その呟きに答えるものはいない。しかしその直後、隼人の通信端末がエンペラーからの発信を受領する。

 

早乙女博士

「全員、揃っているな?」

隼人

「早乙女?」

早乙女博士

「今、ゲットマシンをそちらに射出する。すぐに戦列に加われ」

 

 有無を言わせぬ早乙女博士の言葉。それに弁慶が反論する。

 

弁慶

「ま、待ってくれ! ここに無人のゲットマシンを送るのか?」

早乙女博士

「そうだ。そこからゲットマシンに飛び乗り、空中で合体しろ」

 

 低空スレスレを超スピードで駆けるゲットマシンが、既に目視できるところまで迫っていた。つまり、失敗すればゲットマシンに潰されて南無。

 

竜馬

「ヘッ、面白えじゃねえか。やるぞ隼人、弁慶!」

隼人

「フッ……」

 

 既に、竜馬と隼人はやる気十分。

 

弁慶

「お、おいお前ら!?」

竜馬

「何だ弁慶、ビビってんのか?」

 

 こうなったら竜馬は誰の話も聞かないことを、弁慶は長い付き合いで知っている。弁慶は「クソッ!」と悪態を一つつくと、両手で合掌のポーズを取る。

 

弁慶

「今度ばかりは、情けないなんて言ってられんな……南無三!」

 

 弁慶も覚悟を決め、迫り来るゲットマシンと向き合う。

 

安宅

「ちょっ、あなた達!?」

ドモン

「いや、あいつらならできる」

 

 止めようとする安宅を制し、ドモン。ゲッターチームとゲットマシンが衝突するまで、あと1秒もないだろう。0.01秒。そのコンマの世界を3人は見極め、そして。

 

竜馬

「うぉぉぉりゃぁぁぁぁっ!?」

 

 3人同時に、ジャンプ。ゲットマシンへと

飛び乗り手動でハッチを開け、マシンの中へと入っていく。

 

竜馬

「ヘッ、くたばってねえだろうな隼人、弁慶!」

弁慶

「ヘッ、何度テメエの無茶に付き合わされたと思ってやがる!」

隼人

「同感だ」

 

 命懸けの大スタントショーをやってのけながらも、軽口を叩き合う3人。本来のパイロットにコントロールが移ったゲットマシンは空高く舞う。そして、

 

竜馬

「早速行くぜ、チェェェェンジゲッタァァァァァッ1!?」

 

 若い怒りが一直線に並んだ時、神をも恐れぬ赤鬼がその姿を現すのだった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

竜馬

「こ、こいつは……!」

 

 ゲットマシンの操縦桿を握りながら、流竜馬は戦慄する。新しいゲッター炉心。今までのゲッターとはあパワーも、スピードも何もかもが違う。いや、それどころではない。

 

槇菜

「ゼノ・アストラ……どうしたの、怖がってるの? ゲッターを?」

 

 ゼノ・アストラの画面モニタがゲッターロボを観測し、真っ赤に染まった警告音を放ち続ける。しかし、それまでは言葉は理解できなくとも意味を理解できたゼノ・アストラのそれを、今回は理解できない。まるで、ホラー映画のスプラッタシーンを見てしまった多感な年頃の子供の如く、ゼノ・アストラが泣き叫んでいるように槇菜には感じられた。

 

多聞天

「出たな……」

 

 重々しい声が、竜馬達に響く。

 

多聞天

「出たな、ゲッターロボ!」

 

 その声はやはり、口からは発されず脳へと直接怒鳴りつけるような独特の響きを持っていた。明らかな敵意を向けられ、ゲッターはすかさずトマホークを抜く。

 

隼人

「こいつらは……」

鉄也

「わからん。だが、自らを“神”と名乗り……暗黒大将軍以上の力を一人一人が持っている」

竜馬

「へっ、自分から神を名乗る奴にロクな奴はいねえ。こいつらが敵だって言うなら、神だろうが鬼だろうが関係ねえ!?」

 

 叫び、ゲッターが飛ぶ。新型炉心によって齎された圧倒的なスピード。まるでワープでもしたかのように瞬時に多聞天の眼前へ躍り出たゲッター1。

 

竜馬

「早速ぶちかましてやるぜ! ゲッタァァァァァッビィィィィィム!」

 

 ゲッターの腹部から、緑色の光が放たれる。それと同時、ゲッター1の装甲が緑色に輝く。それは、今までのゲッターロボにはなかった現象だ。新型炉心は、有り余るゲッターエネルギーを放出しより高度のゲッタービームを可能としているのだ。周囲の空気すらもゲッター線が気化させ、大気を震わせる。それは、今までのゲッタービームではない。

 

隼人

「これほどのパワー……!?」

弁慶

「お、おい……!?」

 

 弁慶が動揺する。ゲッター線の放出が、周囲に高熱を発生している。イオン化した待機は空を焼き、イオン化した熱は空気を伝い森を発火させるのだ。

 

アイザック

「これは……!」

鉄也

「なんてことだ……!?」

 

 森林火災。ブライガーやグレートマジンガーが危惧し、全力で戦うことができなかった原因。それをゲッターは、有り余る力で起こしてしまったのだ。敵は空高く聳え立つ神。本来、空に放ったゲッタービームで地上を焼くなどあり得ない。あり得なかった。以前のゲッターでは。今までのゲッタービームなら、そこまでの出力はなかった。余熱の排出でこれほどまでのゲッター線が放たれることもなかった。だが、これは。

 

弁慶

「こんな力を使い続ければ……」

隼人

(本当に、これはゲッター炉心を変えただけでここまで変わるのか?)

 

 隼人の脳裏によぎるのは、今ゲッターのメインコントロールを操る男の顔。

 

隼人

(竜馬が……ゲッターを強くしているのか?)

 

 だが、だがそれでも。

 

多聞天

「ゲッターロボ……哀れなり!」

 

 聳え立つ神に、その攻撃は届かない。ゲッタービームを霧散させ、多聞天は剣を抜く。そして、一振り。その衝撃がゲッターロボを吹き突ばし、ゲッターは大地へと激突する。

 

隼人

「クッ……!?」

竜馬

「っまだまだぁっ!?」

 

 立ち上がり、再び多聞天へと飛びかかるゲッター。しかし、既にそこに多聞天はいない。代わりに現れたのは、青い神像……持国天。

 

持国天

「ゲッターロボ……ここで貴様を倒す!」

竜馬

「何ッ!?」

 

 持国天の剣捌きは風よりも疾く、ゲッターが持つトマホークを弾き落とす。そして連続で繰り出される斬撃が、ゲッターを追い詰めていく。

 

竜馬

「チッ!?」

隼人

「スピード勝負なら俺が行く。竜馬、俺と変われ!?」

竜馬

「おう、オープン・ゲット!?」

 

 瞬時にゲットマシンへと分離したゲッターは、さらに空高く飛ぶ。そして、

 

隼人

「チェンジ! ゲッター2!?」

 

 右腕のドリルを回し、天から突き抜けるゲッター2と、持国天がぶつかり合う。2つ青が激突し、ドリルと剣が火花を散らす。

 

隼人

「うぉぁぁぁぁっ!?」

 

 今、隼人の中にあるのは不安。恐れ。そして恐怖。竜馬が、竜馬だけがゲッターに選ばれた理由。それは竜馬が空知の言う、ユウシロウやミハルと同じ“嵬”だからなのか。それを確信できるものはどこにもない。しかし、それでは。

 

隼人

(俺では……俺ではダメだと言うのか! 俺ではゲッターの真理に、辿り着けないと!?)

 

 それを認めるわけにはいかない。そんな隼人のプライドが、執念が、ゲッター2の力を更に引き立てる。

 

持国天

「……その驕りが、欲望が。全ての生命を呑み込む渦となる!」

 

 次の瞬間、持国天の姿は禿頭の神像……広目天へと変化する。瞬時に自らの位置を入れ替える四天王の能力。ゲッターはそれに、翻弄されていた。

 

広目天

「爆ぜよゲッター……破ァッ!?」

 

 広目天が経文を広げると、広がった経文がゲッターを縛り付ける。そして韻を結ぶ。すると雷鳴が轟き、轟音と共にゲッターの頭上に雷が降りかかる。その電圧は、あのグレートマジンガーのサンダーブレークすらも凌駕する。電熱

がゲッターを焼き、中のパイロットすらも襲う。

 

隼人

「うぉぉぁっ!?」

 

 隼人が、竜馬が、弁慶が叫びを上げる。

 

鉄也

「隼人、弁慶、竜馬!? クソッ……!」

 

 グレートマジンガーが走り、広目天へと迫る。しかし、次の瞬間広目天を庇うように現れる持国天。マジンガーブレードと持国天の剣が

激しく鍔迫り合い、そして突き放される。

 

持国天

「魔神の操り手。何故ゲッターを助ける」

鉄也

「何故かだと? 笑わせるな! 友を助けるために戦うことの何が悪い!」

 

 刹那の会話。しかし、そこには剣鉄也という男の意地があった。

 

鉄也

「お前達が何者で、ミケーネとどんな関わりがあるかは棚上げだ! お前達が神であろうが、友を傷付けるのなら立ち向かうまで!」

 

 剣戟の最中、グレートはブレストバーンを開放する。グレートの必殺技。メカザウルスとの戦いでは、森林への影響を考えて使えなかった。しかし、空高くに立つ神を前に……一人一人が間違いなく、暗黒大将軍以上の強敵である四天王を前に、出し惜しみはしてられない。

 

鉄也

「ブレストバーン!」

 

 しかし、その熱は持国天へと届かなかった。持国天はグレートの攻撃を受ける直前、多聞天へと入れ替わる。そして、多聞天の周囲に突如発生した結界のようなものが、ブレストバーンを打ち消したのだ。

 

多聞天

「無駄だ。我らは神。お前達に勝てる道理はない」

鉄也

「いや、マジンガーは神にも悪魔にもなれる力。お前達が神ならば、グレートと俺の技もまた神に届く!」

 

 誰もが、神という存在に圧倒されている中。

 剣鉄也は戦う意志を失っていなかった。

 広目天の振り上げる巨大な剣が、グレートを押しつぶすように迫り来る。しかしグレートはスクランブルダッシュでそれを振り切った。剣を振った衝撃で吹き起こった突風が、燃える木々を吹き飛ばしていく。

 それは、もはや森羅万象そのものが脅威となり鉄也達に牙を剥いているに等しい暴力。

 

鉄也

「どうした、俺はここだ!?」

 

 それでも、鉄也の闘志は衰えない。その姿勢が、偉大な勇者の背中が、仲間達を後押しする。

 

ショウ

「そうだ……。こんなところで、負けるわけにはいかない!」

エイサップ

「神様だからって、命を奪うのは悪行だ。それを許してはいけないんだ!」

トッド

「生憎、俺は典型的なアメリカンなんでな。信仰してる神様は1人だけなんだよ!」

 

 ヴェルビンが、ナナジンが、そしてライネックが翔ぶ。聖戦士達のオーラ力を吸収し、オーラソードに光が走る。それを抑えたのは、持国天。

 

持国天

「聖戦士。“死の世界”と“生の世界”の調和を保つ者よ。既に事態はお前達の負える者ではないのだ!」

エイサップ

「俺は、そんな大それた存在じゃない。一人の人間、エイサップ鈴木だ!」

 

 ナナジンの炎を纏うオーラ斬りが、ついに持国天の剣に届く。

 

エイサップ

「一人の人間として、俺はあんた達を斬る!」

 

 その叫びを聞き、ライネックのトッドはニヤリと笑っていた。そして、オーラバルカンで持国天を牽制する。

 

トッド

「いい啖呵じゃねえか!」

エイサップ

「トッドさん……?」

トッド

「さっきは悪かったなエイサップ。お前は日本人、アメリカ人、聖戦士。それ以前にお前か。気に入った!」

 

 トッド・ギネスのオーラ力が増幅し、持国天の攻撃をオーラバリアで防ぐ。神の一撃すらも、人の魂は受け止めることができる。それをトッドは……ショウ・ザマと同格の聖戦士は、自ら証明していた。

 

ショウ

「よし……トッド、オーラ力を合わせるんだ!」

 

 そしてヴェルビン。ショウ・ザマは幾度となく剣を交えたトッド・ギネスの技量を誰よりも知っている。その操縦のクセも。だからこそ、普段マーベルとやっているのと同じように、トッドとも合わせることができる。ショウはそう確信していた。

 

トッド

「他人に指図するほど、歳を取ったのかよショウ!」

 

 憎まれ口を叩きながらも、トッドはオーラバルカンで持国天を牽制しつつ、反撃の隙を与えず火力を集中させる。全てはヴェルビン……ショウ・ザマが斬り込む一瞬の隙を作るために。

 

持国天

「ぬ……ん!?」

ショウ

「このぉっ!?」

 

 次の瞬間。ヴェルビンのオーラソードは輝き、そして大きく伸びたかのように持国天には見えた。オーラ力。人間の持つ生体エネルギーがそう見せているのだとわかっていても、それは神の所業。その域に人間が届きつつある証。

 

持国天

「やはり人間は……危険だ!」

ショウ

「それを決めるのが、お前達であるものかよ!」

チャム

「ショウ、やっちゃえぇぇぇぇっ!」

 

 その瞬間、ヴェルビンの放ったオーラの力は確かに持国天に届き、その姿を斬り裂いた。青い神像が、虚像のように消えていく。

 

 

 

多聞天

「持国天!?」

鉄也

「余所見をする暇はないぜ!」

 

 黄金の輝きを放つ多聞天。そこに再び迫り来るグレートマジンガー。魔神の拳が、空を裂く。

 

鉄也

「ドリルプレッシャー・パンチ!」

 

 ドリルプレッシャー・パンチ。ゲッタードリルを参考に、アトミックパンチを改造した更なる力。元々超合金ニューZの塊でもあったアトミックパンチは、非常に強力な貫通力を持つ質量兵器だった。しかしこのドリルプレッシャーパンチは拳を守るように鋭角グローブ展開され、さらに回転を加えることでアトミックパンチ以上のパワーを与えている。その分、コントロールも難しい。だがそれを、剣鉄也は難なく使いこなす。

 

多聞天

「愚かなり……」

 

 多聞天はそれを、再び結界のようなバリアで防ごうとした。しかし、鋭角の回転はそれを突き破り、多聞天の顔面へと迫り来る。

 

多聞天

「何と!?」

鉄也

「ドモン・カッシュとの修行の成果……伊達じゃないぜ!」

 

 ドモンとの修行の中で、鉄也は学んでいた。相手の動きを見るということの重要性。自分でもわかっているつもりだったそれを、最強の武闘家でもドモンは自分の想像する遥かに上の次元で行っていたことを、鉄也は短い修行の中

見抜いていた。

 

鉄也

「お前の結界は確かに強固だ。だが、その発生から完成までにコンマ2秒を要するようだな!」

 

 その2秒を狙った、直撃。それを鉄也はやってのけたのだ。

 

 

 

広目天

「おのれ人間……。だが!」

 

 未だゲッターを拘束し、雷撃による攻撃を続ける広目天。その背後に迫る、ウルフのマーク。

 

アイザック

「キッド、出し惜しみはなしだ!」

キッド

「了解、ブライソード・ビーム!」

 

 銀河旋風ブライガー。クールに決めるニクいヤツ。ブライソードの剣先から放たれた一条の光が、広目天に迫ります。

 

広目天

「ええい!?」

 

 咄嗟にゲッターへの攻撃を中断し、巻物をブライガー相手に振り回す広目天。しかしそこはコズモレンジャーJ9。くぐった修羅場の数ならば、神の所業と言って差し支えない四人組。

 

アイザック

「キッド、コントロールをボウィーに回せ!」

キッド

「あいよ!」

 

 巻物が届く直前、ブライガーの体積が急激に小さくなっていく。ブライスター。宇宙の星々を駆け抜けた万能航空形態に変化したブライガーは、脱兎の如きスピードで広目天の攻撃を避けていく。

 

ボウィー

「ヒュー! 久々にかっ飛ばしますよ子猫ちゃん!」

お町

「あら、いつでもトップスピードが飛ばし屋ボウィーさんじゃなくて?」

 

 お町の茶々に「違いない違いない」と冗談めかしながら、スティーブン・ボウィーは突き抜けていく。ブライスターは広目天の周囲をうるさく飛び回り、煽るように駆け抜ける。飛ばし屋ボウィー。その真骨頂に広目天は振り回されていた。

 

広目天

「グヌヌ……おのれ!」

 

 広目天の口から、青黒い墨のようなものが噴出される。しかし、その攻撃はブライスターに届かない。

 

槇菜

「やらせない……絶対に!」

 

 ゼノ・アストラ。ゲッターロボに、骨嵬に恐れ慄いていた旧神はそれでも、槇菜の意志に応えるように立ち上がっていた。ゼノ・アストラのシールドが、広目天の攻撃を抑え込みブライガーを守る。

 

広目天

「旧神の巫女か。邪魔をするな!」

槇菜

「そんなの、知らない! ゼノ・アストラが何者で、私にどんな使命があるのか。その答えを私は知らないもん。だけど……!」

 

 ゼノ・アストラの光の翼……セラフィムが輝きを纏い、広がっていく。破邪の翼。

 

槇菜

「私は、私の大切な人を守る。相手が神様だったとしても!」

広目天

「その狭い視野が、宇宙を食い尽くす悪魔を生み出すとしてもか!」

槇菜

「だとしても、それを食い止めるのは人間がやるべきなんです。ただの神様なんかが、口を挟まないで!」

 

 槇菜の叫びに応えるように、ゼノ・アストラの瞳は赤く輝いていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

ドモン

「フッ……。鉄也のやつ、完全に迷いは晴れたようだな」

 

 その戦いの様子を見上げながら、ドモンが呟く。ゲッターチームの出撃の後、ドモンとレイン、安宅、ミハルの4人はエンペラーへ帰投していた。そして格納庫から、仲間達の戦いを見守っている。しかし、その時間も終わりだ。

 

チボデー

「ヘッ、あのトッドってガキもなかなか根性据わってやがる」

サイ・サイシー

「オイラたちのガンダムも、出撃準備できてるぜ」

 

 しかし、そんなドモン達を押し退けるようにしてエンペラーのカタパルトから射出されていく機体がある。鈴蘭のマーキングが施されたメタルフェイク。イシュタルMk-Ⅱだった。

 

 

 

ミハル

(ユウシロウ……)

 

 言い出したのは、他ならないミハルだ。『ユウシロウを、止める』と。まだ、ミハルを完全に信用できているわけではない。しかし、彼女がユウシロウを止めたいとそう思っていることを、疑うものはいなかった。

 ユウシロウは今も、荒れ狂う骨嵬の中で“神”を名乗る増長天と戦っている。しかし、骨嵬の影響で荒れ狂う今の状態は長く続かない。それをミハルはわかる。

 

ミハル

「ユウシロウ。あなたは…………!」

 

 少女は、その鉄の身体で走り出す。変わらぬ運命などないと教えてくれた人の下へ。それがたとえ、お互いの持つ前世の記憶だったとしても。そこでたしかに、ユウシロウとミハルは出会っているのだから。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ユウシロウ

「ハッ…………ハッ…………」

 

 骨嵬。それが何なのか今もユウシロウは理解できずにいた。しかし、この中は不思議な心地よさがある。暑く、狭く、息苦しいそこはまるで胎内にも似ていて、内なる己を通して聴こえる声に耳を傾けることの安心感にユウシロウは身を委ねていた。

 

骨嵬

(懸首せよ……懸首せよ……)

 

 目の前の敵を滅し、その首を掲げよ。そして都に、天下に轟かせるのだ。恐怖を。

 

ユウシロウ

「恐怖…………」

 

 どこかで、声がする。懐かしい声が。声を背に受けながら、ユウシロウは“恐怖”を与える偽りの神に身を委ねていく。

 

 

 

増長天

「ム、ヌゥ……!?」

骨嵬

「……………………」

 

 増長天の錫杖を押し込み、骨嵬は荒れ狂っていた。カタカタカタと歯を震わせ、嗤うように剣を振るう。まるで、恐怖を拡散するように。

 

増長天

「だが、その力こそがこの宇宙を滅ぼす。根源的な恐怖を生む!」

 

 増長天の持つ錫杖から放たれる竜巻。それを受けて吹き飛ぶ骨嵬。しかし、それでも骨嵬は止まらない。

 

増長天

「人が作りし、人を喰らう鬼……。やはり人間は、滅ぶべし!」

 

 “神”を名乗る黒竜は、明らかな侮蔑の眼差しを骨嵬に……それを作り出した人間へ向けていた。しかし、ユウシロウは止まらない。

 

骨嵬

「……………………」

 

 

 

ヤマト

「あれ、ユウシロウなのか……?」

 

 ゴッドマジンガーの中で、火野ヤマトはその存在を感じていた。骨嵬。恐怖を呼び起こすもの。あんなものははじめて見た。だが、ゴッドマジンガーは知っているかのように、唸り声を上げている。

 

ヤマト

「マジンガー、お前は……っ!?」

 

 あの“神”を名乗る四天王が現れてから、ゴッドマジンガーの様子がおかしい。まるで、“神”の言葉に同調しているかのような雰囲気すらヤマトには感じられる。瞬間、ヤマトの脳裏に映像が浮かぶ。それは、荒れ狂うゴッドマジンガーの姿だ。ムー王国の全てを破壊し、海の底へと沈めていくマジンガー。それは、あってはならなないことだ。

 

“ヤマト、人間は争いを繰り返す。融和や和解を拒否し、殺し合いを続ける”

 

 マジンガーの声が、ヤマトに響く。

 

ヤマト

「今のは……だからお前は、ムー王国を沈めたのか?」

 

 そんな記憶は、思い出はヤマトにはない。ならば、今のヴィジョンは何だ?

 

“宇宙は、繰り返し輪廻する。それはまるで螺旋階段を降りるように深く、深く続く繰り返し。今のは、そんな輪廻の一つ”

 

 重く、静かなゴッドマジンガーの声。それはまるで、ヤマトに選択を迫っているかのように続く言葉を待っていた。それをヤマトは、心で感じる。ゴッドマジンガーは、最古のマジンガーだ。神の器に、人の心。ゴッドマジンガーを

通して、ヤマトは神にも悪魔にもなることができる。

 

ヤマト

「……マジンガー。俺の心は決まってる!」

 

 だから、火野ヤマトは叫ぶ。

 

ヤマト

「俺の敵は、俺の愛する者を……アイラと生きる世界を奪おうとする全てのものだ! 例えが人間が間違った生き物でも、関係ねえ。アイラと、アイラが生きる世界を奪うものが神でも悪魔でも、俺は戦うぜ!」

 

 ヤマトの叫びに応えるように。

 再び、ゴッドマジンガーは金色に光り輝く。そして、神の咆哮が神なる者を恐れさせた。

 

増長天

「何、“光宿りしもの”か……!」

ユウシロウ

「……………………!」

 

 そのゴッドマジンガーの輝きを、骨嵬の胎内でユウシロウは見ていた。怒れる神。それはまさしく、恐怖に他ならない。しかし、不思議なことにその咆哮にユウシロウは、恐れを抱かなかった。それは、骨嵬という“恐怖”の器に乗り込んでいるから感覚が麻痺しているのかもしれない。だが、ともかく。その一瞬骨嵬の動きはピタリと止まり、増長天の視線もゴッドマジンガーへと注がれることになる。

 その一瞬の間に、骨嵬の前に躍り出るものがあった。

 

ミハル

「ユウシロウ…………!」

 

 鈴蘭のマーキングが施されたメタルフェイク。戦場で出会い、銃を向け合った機体。それをユウシロウの眼窩は骨嵬を通して認識し、骨嵬はそれを敵と判断し、引き抜いた剣をミハルのメタルフェイクへと突き立てる。

 

ミハル

「…………ッ!」

骨嵬

「……………………」

 

 ユウシロウの耳に、苦しみ呻くミハルの息遣いが聞こえる気がする。戦場で相対する時、二人はいつもこうだ。自分の息遣いも激しく、高揚していることがわかる。

 

ミハル

「呼び起こさないで……恐怖を」

 

 必死に呼びかける声は、あの時と同じ。

 

ユウシロウ

(恐怖……)

 

 その刹那、ユウシロウの脳裏に浮かんだのはいくつもの光景だった。今よりも遥か昔の日本……東京の夜空を、航空機が埋め尽くす光景。それは次の瞬間、東京の街は火の海と化していく。それをユウシロウは、知っている光景な気がした。炎。火。全てを燃やす劫火から連想された次なる光景は、火炙りにされる女性だ。神の啓示と嘯き、悪魔の教えを広めたとして断罪される聖女。その女性の顔を、ユウシロウは知っている気がした。

 

ユウシロウ

(ミハル…………?)

 

 嗚呼、これが嵬という生き物か。ユウシロウは、空知の言葉を反芻する。前世の記憶を持ち、骨嵬を操る資質を持つもの。悲劇はいつの世も、恐怖によって呼び起こされるのだろう。そして、その引き金こそが嵬。恐怖。人の根源的感情。恐怖は悲劇を生み、惨劇を繰り返す。だからこそ、“神”は恐怖を生み出すものを許さないのかもしれない。

 だが、だがそれでも。

 

ユウシロウ

「恐怖とは……」

 

 骨嵬は剣を引き、ミハルの前から一歩後ずさる。そこに、今までのように荒れ狂う姿はない。

 

ユウシロウ

「恐怖とは、人が人の意志で乗り越えるもの」

ミハル

「ユウシロウ……?」

 

 目の前の少女が、自分が。嵬と言われる何かであったとして。“恐怖”を呼び起こすものだとして。人が人であるならば、乗り越えられぬ恐怖などないはずではないか。ユウシロウの心は、恐怖に勝るものを手に入れそして今、“恐怖”そのものとでも言うべきものを操っている。

 

ユウシロウ

「骨嵬は人が作り出した、恐怖を呼び起こす器。だが、人が作ったものならば……」

 

 骨嵬は、ユウシロウは走り出す。手に携えた剣は仄かに緑色に輝いている。それがゲッター線の光なのかどうか、ユウシロウにはわからない。だが、しかし。

 

ユウシロウ

「運命とは、人が人の意志で切り拓くものだ!」

 

 既にユウシロウの心は、決まっていた。

 骨嵬は、TAとさほど変わらぬほどに小さい。“神”たる増長天とは比べ物にならないほどに。しかし、人工的にそれを再現しようと作り上げられたTAよりもはるかにその動きはしなやかだった。TAではできない立体機動。それをユウシロウは、己の意志でやっている。骨嵬より遥かに大きい増長天を前にして、骨嵬はその剣を“神”の腹部へと突き立てる!

 

増長天

「グゥァァァァァァッ!?」

 

 増長天の呻く声が、耳に響く。そして、ゴッドマジンガーもまた“神”へと剣を振り下ろす!

 

ヤマト

「そうだ! 人は人の意志で、困難を乗り越えられる。お前らの判断で、可能性を潰されてたまるかよ!」

増長天

「まさか……。骨嵬に、ガサラキに同化されずに……己の意志で骨嵬を操ったと言うのか……」

ユウシロウ

「たとえ神であろうが、己であろうが、俺は屈しない」

 

 神と鬼。二つの剣が重なり合いそして、増長天の黒き神体が二つに裂かれていく。

 

増長天

「まさか、このような……!」

 

 黒い身体が霧散していく。倒した。そんな手応えをユウシロウは確かに感じていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

広目天

「持国天、増長天…………!」

多聞天

「やはり、人間は危険すぎる……。そして、ゲッター線は……!」

 

 残る二柱の“神”。広目天と多聞天は、“神”すら打ち砕くその力に戦慄を覚えていた。広目天の前にはブライガーとゼノ・アストラ。多聞天の前にはグレートマジンガーとそして、ゲッターロボ。さらに持国天を倒したオーラバトラーが、神々の前に迫る。

 

竜馬

「ヘッ、ユウシロウの奴やりやがったか!」

隼人

「喜んでる場合じゃねえぞ。竜馬!」

竜馬

「わかってらぁっ!」

 

 黄金の多聞天は、明らかに他の神よりも格が違う。おそらく、奴こそが四天王のリーダーなのだろう。竜馬は動物的な勘でそれを見極め、多聞天に攻撃を集中していた。広目天と多聞天が互いに入れ替わろうにも、どちらにも張り付くようにスーパーロボットによる攻撃が降り注ぐ。故に多聞天は、ゲッターを自ら迎え撃つことに決定していた。

 

多聞天

「愚かなり。その傲慢が……恐怖すら支配できるという傲慢が、鬼を生んだ!」

隼人

「鬼、だと……!」

 

 ゲッタートマホークを指先で受け止めながら、多聞天は叫ぶ。

 

槇菜

「鬼…………」

 

 忘れもしない。あの日のことを。岩国に突如現れた鬼としか言いようのない化け物。槇菜の日常を奪った怪物を。

 

多聞天

「そう。鬼とはゲッター線の促す進化の袋小路で淘汰された生命。まつろわぬもの。ゲッターが、人類がある限り、鬼のようなものが生まれ続ける。だからこそ!」

 

 だからこそ、人類はここで滅ぼさねばならない。多聞天は指先に力を込め、ゲッターを放り投げた。しかし、

 

竜馬

「大層なこと抜かしてんじゃねえ! てめえらは要するに、ゲッターにビビってる肝っ玉の小さい小物じゃねえか!」

 

 そんな理屈。流竜馬には関係なかった。力任せのゲッタートマホークが届かないならば、今度はトマホークブーメランで。それでもダメならゲッタービームで。立ちはだかる壁を前に竜馬が行く。

 

弁慶

「竜馬、お前……!」

隼人

「新型炉心の影響なのか……!?」

 

 ゲッター1の戦いぶりは、まるで無茶苦茶だった。強い。ひたすらに強い。だがこの強さは。

 

多聞天

「…………哀れな」

竜馬

「てめえが何者だろうが関係ねえ! 俺は、俺は! 俺は!」

 

 竜馬の脳裏にあるのは、無数の戦いの記憶。自分の20年余りの生涯では決して体験できぬ戦い。あらゆる時代、あらゆる宇宙。あらゆる世界を流竜馬は見ていた。そして、常に竜馬の眼前には戦いがあった。

 竜馬は今、自分自身と戦っている。自らの記憶の中にある“恐怖”と。それに比べれば、“神”など恐れるに足らず。

 

隼人

「冷静になれ、竜馬!」

弁慶

「どうしちまったんだ!?」

 

 ゲットマシンの中で、隼人と弁慶が叫ぶ。だが、届かない。周囲への被害などお構いなしに放たれるゲッタービームが、空気をイオン化させていく。

 

鉄也

「竜馬、どうしたんだ!?」

エイサップ

「これじゃ……ダメだ!」

槇菜

「竜馬さん……!」

 

 そんな中、静かに動き出そうとしているものがあった。ゲッターエンペラー。その巨体が唸りを上げ、上昇していくゲッター戦闘艦。その艦首に、よろよろと現れた早乙女博士。博士は静かに艦長席へ座り込むと、ジャガー号、ベアー号へ通信を入れる。

 

早乙女

「…………隼人、弁慶」

隼人

「!? 早乙女……」

早乙女

「竜馬は今、自らの記憶に……ゲッターの記憶に取り込まれようとしている」

弁慶

「何だと!?」

 

 驚愕する弁慶。しかし隼人は憎悪の目を剥き出しに早乙女を睨め付けていた。

 

隼人

「早乙女……お前は、竜馬の秘密を知っていたのか!?」

 

 竜馬がゲッター線に選ばれていることは、隼人も承知していた。しかし、選ばれすぎている。そして、豪和の蔵で見せた反応。それらの辻褄を合わせることができるとしたら、答えは一つ。

 骨嵬とゲッターロボは同じルーツを持つものであり、竜馬こそが嵬であるということ。

 

早乙女

「全ては知らなんだ。だが、予感はあった」

 

 全く悪びれずに、早乙女は言う。

 

早乙女

「いいか隼人、弁慶。これよりエンペラーのゲッターエネルギーを、ゲッターと一つにする」

隼人

「何っ!?」

 

 かつて、晴明を倒した時と同じ。エンペラーのゲッター線を浴びたゲッターは、爆発的な力を発生させ本来ならば存在しない機能・シャインスパークで晴明を葬り去った。新型炉心に換装された今のゲッターならば、あの時以上のパワーを発揮するに違いない。だが、

 

弁慶

「今の竜馬に、そんな量のゲッター線を与えたら……!」

 

 何が起こるかわからない。しかし、だからこそと早乙女は言う。

 

早乙女

「竜馬の心を引き留められるのは、お前達だけだ。隼人、弁慶。任せたぞ」

 

 それだけ言って、早乙女からの通信は一方的に切れる。そしてゲッターロボの後方に、超高密度のゲッターエネルギー。エンペラーが、ゲッター線のチャージを開始していることを告げるアラートが鳴り響く。

 

竜馬

「俺は! 俺は!! 俺は!!!」

 

 そんなことはお構いなしに、竜馬は、ゲッター1は多聞天へと殴りかかっていた。多聞天はしかしそれを受けて尚まるで動じず、冷静にゲッターの攻撃を受け流していく。

 

鉄也

「クッ、これじゃあ援護に入ることもできん!」

 

 獰猛すぎるゲッターの全身の動きもそうだが、多聞天はまるで隙を見せていない。迂闊な攻撃をすればフレンドリーファイアは免れられない。鉄也が舌打ちする。せめて、竜馬に連携する意思がなければと。

 

隼人

「こうなったら、覚悟決めるぞ弁慶」

弁慶

「ああ。…………南無三!」

 

 合唱し、弁慶も肝を据える。それと同時、エンペラーから高出力のゲッタービームが放たれた。それを背に受け、吸収していくゲッターロボ。ゲッターの全身が、緑色に輝いていく。

 

ユウシロウ

「竜馬さん……!」

ショウ

「馬鹿な、何をする気なんだ!?」

 

 誰もがその、不可解な行動に目を奪われていた。

 

竜馬

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!?」

 

 エンペラーの放つ多量のゲッター線を浴びながら、竜馬は叫ぶ。今竜馬はまさに戦っている。自分自身の記憶と。ゲッター線と。運命と。

 運命の終着点。竜馬はゲッターロボとひとつになっていた。ゲッターと共にどこまでも、どこまでも新しい戦場を駆け抜けていく。終わることのないサバイバル。魂の記憶。赤い血が求める欲望。意識を越えた先にあるもの。それは本能。怒りさえ喜びへと変わる。そこにあるのは無限の闘争。こんなに気持ちのいいものはない!

 戦う意味など知らず、衝動のまま。それこそが生きるということ。そんな世界を見せられ……否、魅せられていた。だがこれほどまでに渇望するものを目の前に出されながらも竜馬の心はしかし、抗っていた。ゲッターの力で得られる無限など、それは本当に竜馬自身が求めているものなのか。

 

竜馬

「俺を…………舐めんじゃねぇぇぇぇぇっ!?」

 

 否。断じて否。与えられた戦場など意味がない。ゲッターが、竜馬を介して何かをしようと言うのならばゲッターすら竜馬の敵だ。そして、一方的な尺度でこちらを悪と断罪する神など以ての外。だから竜馬は歯を食いしばり、エンペラーのゲッター線を浴びより強大に進化していくゲッターの力に溺れながら、抗い続けていた。抗い、抗い、抗いそして……。

 

弁慶

「クッ……!」

隼人

「取り、込まれるな……」

隼人・弁慶

「竜馬!!!!!」

 

 共にエンペラーの光を浴び続ける友の、声を聞いた。

 

 

竜馬

「…………!?」

 

 それと同時、これまでただ乱雑に荒れ狂っていたゲッターの動きがピタリと止まる。まるで、我に返ったかのように。

 

槇菜

「ゲッターロボ……?」

 

 一瞬、死んだのかと槇菜は思った。だが、違う。そこにある命の煌めきはまるで衰えることなく、今も真っ赤に燃え続けているのだから。

 

多聞天

「ゲッター線との同化を意図的に促し、力を増幅させているのか……」

広目天

「なんと、愚かな……!」

 

 やはり人間は、ゲッターは滅ぼさねばならない。このような蛮行を許してはならない。多聞天の持つ剣が高々と掲げられたその時だった。エンペラーのゲッターエネルギーを浴び、膨大なゲッター線の本流を受けながらも突き進み“神”へとにじり寄っていく。

 

竜馬

「へっ……。おい隼人、弁慶! 起きてるだろうな!?」

 

 その中にはたしかに。流竜馬という男一匹。

 

隼人

「竜馬!」

竜馬

「へっ……。てめえらが大声出すもんだから、起きちまっただろうが!」

弁慶

「けっ、口の減らねえ野郎だぜ」

 

 罵り合いながらも、ゲッターの操縦桿を握る3人の呼吸は完全に合っていた。故に、エンペラーの放つゲッター線の光をゲッターロボは完全に吸収して、多聞天へと突き進む。

 

竜馬

「隼人、弁慶。ペダルを踏むタイミングを合わせるぞ!」

隼人、弁慶

「おう!」

 

 そう。たとえ竜馬がゲッターに選ばれた血を持つ男であったとしても。ゲッターロボとは三つの心がひとつにならなければ真価を発揮できないマシンなのだ。全身を緑色の輝きに包んだゲッター1。その全身はまさに、ゲッター線そのものといっていい。

 自身を巨大なゲッターエネルギーの塊へと変換させての体当たり。その熱量を持って起こすビッグバン。その名は!

 

竜馬

「シャィィィィン・スパァァァァァック!!」

 

 それを正面に受けた多聞天。今までずっと表情を変えなかった“神”はこの時、はじめて表情を苦痛に、苦悶に歪める。そして、

 

多聞天

「ぬぅ、ぬぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 天地を揺るがすほどの絶叫が、鬼哭石の里全体に響き渡る。“神”の怨嗟、慟哭、驚愕。それらを突き抜けるほどの、男達の叫び声。

 

多聞天

「この力! この力が宇宙を喰らい尽くす! ゲッター、お前は……!」

竜馬

「黙りやがれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 多聞天を突き抜け、ゲッター線が爆発する。圧倒的な力。それは“神”すらも飲み込み破裂した。だがゲッターの放出する圧倒的な熱量。それは多聞天だけでなく、その場に生きる全てのものに降り注がれる。

 

鉄也

「こ、これは……!」

 

 ゲッター線の光を受けて、グレートが異常をきたしている。コントロールが効かない。このままでは不味い。それを鉄也は悟る。まだ、勝敗は見えない。しかし、それを見届ける前に自分の命すら危うい状態にある。

 

槇菜

「ゼノ・アストラ……!?」

 

 ゼノ・アストラが何かを伝えようとしている。それを槇菜は狭い子宮の中で感じていた。ゼノ・アストラ。古くを生きる者達から“旧神”と呼ばれるもの。それは骨嵬を、ゲッターを知っている。そして、ゲッターの目覚めを恐れている。それを槇菜は、旧神の巫女は託宣される。だが、槇菜は巫女である以前に一人の少女であり、ゼノ・アストラは神である前に槇菜の相棒だった。少なくとも槇菜はそう信じ、そう信じて行動する槇菜に、ゼノ・アストラは応えてくれる。

 

槇菜

「うん、やるよ。ゼノ・アストラ……!」

 

 セラフィムを全開にして翔ぶゼノ・アストラは、ゲッターとエンペラーの背後を取る。翼をはためかせ、飛び散る羽根のひとつひとつ。それが、降り注ぐゲッター線を吸収していた。

 

早乙女

「…………」

ミチル

「ゼノ・アストラが、ゲッター線を受け止めている?」

 

 もし、このゲッター線がすべて放出されれば鬼哭石の里は大惨事となるだろう。それは、ユウシロウの心にある故郷が焼かれるということだ。誰かの故郷が焼かれるのを、槇菜はもう見たくはなかった。その思いに応えるように、ゼノ・アストラは余剰のゲッターエネルギーを吸収していく。

 

広目天

「愚かな、そんなことをすれば貴様が同化される!」

槇菜

「か、まう……もんか!」

 

 ゼノ・アストラを包む黒い鎧が、次第に焼けて溶け始めているのを槇菜は感じていた。それに合わさるように、セラフィムは大きく広がっていく。ゲッター線の光を浴びて燃え、そして大地に落ちる前に燃え尽きていく羽根の一枚一枚。槇菜は今、全身でゼノ・アストラの痛みを感じている。それでも。

 

槇菜

「これは私が……私の意志で決めた戦いなんだ!」

 

 誰かを守るための戦い。心を守るための戦い。滅ぼすことだけが、倒し倒されることだけが戦いではないと槇菜は知っている。ゼノ・アストラが与えてくれた盾はそのためのものであり、翼はその意志をどこまでも広げてくれるのだから。

 

エイサップ

「槇菜、ひとりでは無茶だ!」

 

 そんなゼノ・アストラに続くように、ナナジンが翔ぶ。脚部から展開される翅がゲッター線の光を遮り、エンペラーとゲッター、そして“神”の領域を塞ぐように壁を作る。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃこそ、無茶しないで!」

エイサップ

「無茶でもなんでも、やらなきゃいけないことなんだろ!」

 

 ナナジンの装甲表皮が、ゲッター線を浴びていく。それを受けてエイサップの履く靴が、リーンの翼の沓が何かを感じたかのように、蝶のような翅を広げていく。

 

エレボス

「エイサップ!?」

エイサップ

「リーンの翼が!?」

 

 何が起きているのか、エイサップにもわからない。いや、わかるものなどこの場にはいなかった。ゲッターとエンペラーの放つゲッター線の奔流。それを外へ漏らさぬよう、羽根を広げるゼノ・アストラ。そして、ゲッター線を吸収して発現するリーンの翼。

 

多聞天

「これは、路が拓くか……!」

 

 爆発の中多聞天がそう呟いた次の瞬間、鬼哭石の里を包み込むようなオーロラの光が、大地と空の狭間より伸びる。その光景を槇菜は、ショウは、エイサップは知っている。

 

ショウ

「これは、オーラロード!?」

槇菜

「また、呑み込まれる…………!?」

エイサップ

「リーンの翼が……いや、それだけじゃない。何かがオーラロードを開いたのか!」

 

ミハル

「何……この光?」

ユウシロウ

「……俺達を、誘っている?」

 

 もし。もしオーラロードを拓いたものがここにいるとすれば。

 

エイサップ

「こうなったら、覚悟を決めるしかない!」

 

 聖戦士の羽根だろうか。

 

槇菜

「うん。前の時だって戻れたんだ。今度だって!」

 

 旧神の巫女の、祈りだろうか。

 

早乙女

「…………」

 

 それとも。

 

竜馬

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁっ!?」

 

 宿命を前に戦い続ける。男達の叫びだろうか。

 答えを知るものは、どこにもいない。

 だが、その光が全てを飲み込み、御伽噺の世界へ人を誘うことを誰もが知っている。

 

 全てを呑み込む光はやがて大きくなり、そして……。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 その光が収まった時、鬼哭石の里で戦いの意志を持っていた全てのものは、その光の中に消えていた。それを蔵の前で見守る男が一人。

 

空知

「……ユウシロウ」

 

 ユウシロウと骨嵬もまた、オーラの輝きの中に消えていった。それもまた、彼の運命なのだろう。空知は一人、石舞台のある屋敷へと戻る。何事もなかったかのように。

 

 それから数時間の後、一人の少女が空知の下を訪ねる。黒髪を長く伸ばした美しい、しかしまだどこか幼さの残る顔立ちの少女だった。

 

美鈴

「……おじさま」

 

 豪和美鈴。豪和の末娘であり、ユウシロウの妹。美鈴がひとりでここにくるとは珍しい。そう思ったが空知は、なにも言わなかった。ユウシロウを心から慕う彼女がここに来た理由など、聞くまでもない。

 

空知

「……ユウシロウ様は、旅に出られました.ご自身の、誠を求めて」

 

 だから静かに、空知はそう応える。

 

美鈴

「……おじさま。お兄様は本当に、私の兄なのでしょうか」

 

 美鈴は、ずっと心のどこかで燻っていた疑問を吐き出した。もし、兄ならば。なぜユウシロウにこうまで心ときめいてしまうのか。美鈴はずっと、それが疑問だった。血の繋がった兄を思慕する。それは当然だとずっと美鈴は思っていたがしかし、この気持ちは兄への思慕だろうかと。

 

空知

「あなたのお兄様、本物の憂四郎様は8年前に実験中の事故で亡くなっています」

 

 そんな美鈴を哀れに思いながらも、空知は正直に告げることしかできなかった。

 

空知

「今のユウシロウ様は替わり身。豪和一千年の野望のため、生前の憂四郎様の記憶をある人物に転写したのです」

 

 これは、ユウシロウにも告げることができなかった真実。それを空知が……本当のユウシロウの祖父である空知には、伝えることができなかった真実。

 

美鈴

「わ、私は……」

 

 美鈴の頬に、雫が溜まっているのを空知は見た。だが、どうすることもできない。

 

美鈴

「お兄様が何者であろうと、私は私の真を貫くのみです……」

 

 そう言う美鈴を、強い娘だと空知は思った。そして、空知は月を見やる。幾千年もの間、月は人の営みを見下ろしてきた。この愚かな営みに月はなにを思うのだろう。

 

空知

(二人の……いや、三人の嵬が出会ってしまった。これも運命だと言うのか。ユウシロウ……お前は私の孫である以前に、嵬なのだ。私には、見送ることしかできぬ……)

 

 

 夏の月は高く、高く……星の近い夜空が、光に消えた者達を探しているように空知には見えていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—科学要塞研究所—

 

 

 ゲッターエンペラーロストの報告を受けたその直後、兜剣蔵博士は月でアルカディア号をロスしたとの報告を受け頭を抱えていた。

 

剣蔵

「なんと言うことだ。鉄也……」

葉月

「兜博士、嘆いている場合ではないようです」

 

 サイボーグの剣蔵以上に冷徹にしている葉月博士もしかし、内心穏やかではないだろう。研究所に残っているジュンやボス、ローラ、それに特自の面々への示しもある。ここで弱気な顔をしていられないことは、剣蔵自身もわかっていた。

 

剣蔵

「ああ。まさかこのような形で動くとはな。エメリス・マキャべル……」

 

 今、剣蔵と葉月が見ているモニターには、ひとりの恰幅のいい男が堂々と、演説していた。その声には、強さがある。人を従わせてしまう強さだ。エメリス・マキャベル。パブッシュ艦隊の創立者。

 

 

…………

…………

…………

 

—西田の屋敷—

 

 

西田

「まさか、このような手に出るとは……」

広川

「ええ。編入させた櫻庭中尉とも連絡が取れません……」

 

 西田啓が、“ゴッドマザー・ハンド計画”に賛同したのは、それが最も効率よく世界を変えることのできる手段だと思っていたからだ。しかし、西田はマキャベルという男を見誤ったのかもしれない。そう、内心で歯噛みする。

 西田には目が見えない。しかし、その分本質を見抜く“目”がある。それを持ってしても見抜けなかった。或いは。

 

西田

(力を手に入れて変わったか。マキャベル……)

 

 

…………

…………

…………

 

 

—クイーン・エメラルダス号—

 

 

 女海賊エメラルダス。キャプテンハーロック、大山トチローと友誼を交わした美女は今、独立部隊バンディッツと協力関係にあった。バンディッツの当面の目的。それはミケーネ帝国火山島基地を発見すること。そして発見次第ゲッターエンペラー、アルカディア号と合流し総攻撃をかける。その時トチローと再会するのをエメラルダスは内心、楽しみにしていたのだ。しかし、

 

 

エメラルダス

「この男……正気なのですか?」

 

 ブロンドの長髪に切長の瞳。そして顔に大きな傷を持ちながらもその美貌に一切の損ないを持たない美女・エメラルダスは忌々しげにその放送を眺めている。脳裏に過るのは、あの侵略者イルミダス軍だ。人々の自由を奪い、隷属させる支配者。今モニタに映る男……エメリス・マキャベルからはそれと同じ匂いがする。

 

アラン

「…………パブッシュ艦隊。裏で動いていた真相はこれか」

キンケドゥ

「こいつは……」

 

 アラン・イゴールとキンケドゥ・ナウも、その放送に目を細めていた。

 

アレンビー

「なにさ、まるでコロニーの人間がみんな悪者みたいじゃないか!」

キラル

「少なくとも、あの男の目にはそう映っているのだろう。我々がガンダムファイトで齎した破壊を考えれば……無理もありますまい」

 

 盲目の男キラル・メキレルが言う。しかし、それを認めることは断じてできない。ゴーグルの奥に隠された心眼が、そう言っていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—太平洋上/パブッシュ艦隊—

 

 

アレックス

(これで、いいのだろうか……)

 

 アレックス・ゴレム大佐は今、迷いの中にあった。エメリス・マキャベルの全世界放送。威風堂々と演説するマキャベルの傍に整列しながらもアレックスの脳に過っているのは、逡巡だ。

 月面で木星軍残党が起こしたダインスレイヴキャノンによるテロ。これは明らかに地球への利敵行為だ。しかし、今マキャベルが演説するそれは口実でしかないことをアレックスは知っている。

 

マキャベル

「——然るに、宇宙コロニーに住む連中は地球に価値があることを理解している。広く、自然豊かで、文化に溢れる星は地球を置いて他になく、コロニーや月ですらその代用は望めないからだ! にもかかわらず宇宙に住む者達は地球を代理戦争の場として使い、あまつさえ地球が抱える問題に対しては棚上げしてばかりである! 責任を持たず、利用する。それは侵略以外の何者でもないと私は考える。そう、ガンダムファイトとは地球への国際テロに他ならないのだ! 故に、我々パブッシュ国は、地球の鎖国を宣言するものである! 宇宙から地球を支配する時代は終わりを迎える。もしそれを断ると言うのならば、パブッシュの軍事力……そう、旧世紀。今コロニーでのうのうと暮らす者達の祖先が後先考えずに作り出した核弾頭を以て応える所存である!」

 

 

 未来世紀62年8月。夏の暑さは今ピークに達しようとしていた。




次回予告

 みなさんお待ちかね!
 月で行方を眩ましたアルカディア号。そして鬼哭石の里でオーラロードに消えたゲッターエンペラー。彼らがたどり着いたのは無数のロボット達の残骸が朽ち果てる、廃棄場のような世界でした。
 バイストン・ウェルでの戦いで此方に飛ばされてしまったオウカオー、マスターガンダムと協力し脱出を試みる槇菜達。しかしそこに、再び邪霊機の少女が襲い掛かるのです! 絶体絶命のピンチ!
 そして、少女の秘密と共に解き明かされる世界の謎!
 果たしてリーンの翼とは、旧神とは!

次回
「EX MACHINA」に、レディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サブシナリオ03「激突! マスターガンダム対オウカオー!」

—???—

 

 みなさん、この男のことを覚えているでしょうか。東方不敗マスター・アジア。そう、あのドモン・カッシュの師匠にして最大のライバルだった男です。彼はドモンとの決戦……あの第13回ガンダムファイト決勝戦の後にバイストン・ウェルと呼ばれる魂の故郷たる世界で、その魂を清めていました。

 

 今回、彼が戦うのはホウジョウ国の国王であり、聖戦士のシンジロウ・サコミズ。そして愛機オウカオー!サコミズ王は、地上に残した未練を遂げるべく軍を率い、地上侵攻を目論んでいます。果たして東方不敗は、彼の野心を正すことができるのでしょうか!

 

 それでは!

 スーパーロボット大戦!

 レディ・ゴー!!

 

 

…………

激突!

マスターガンダム対オウカオー!

…………

 

 

—バイストン・ウェル/ホウジョウ国—

 

 

 ホウジョウの国。争いの絶えぬヘリコンの地を平定した聖戦士・サコミズ王が打ち立てたその国は今尚、オーラマシンの建造を押し進め、それにより臣民への重税を課している。かつてサコミズ王と共に戦った荒武者アマルガン・ルドルはそれ故に反乱軍を組織し、サコミズ王と敵対する道を選んだ。

 エイサップ鈴木がバイストン・ウェルを離れた後も、ホウジョウ軍と反乱軍の戦いは続いている。戦力で劣る反乱軍を支えるのは、この男だった。

 

東方不敗

「温い、手温い、生温い! その程度でこの東方不敗に勝てると思うてかぁっ!?」

 

 東方不敗マスターアジア。彼の乗機マスターガンダムは今日も、バイストン・ウェルの激闘を制している。地の利、時の利。あらゆるものを生かす万能の兵法家たる東方不敗だがしかし、反乱軍の戦力低下には思うところがないでもない。いや、

 

ロウリ

「クソッ! 覚えてやがれ東方不敗!」

 

 ホウジョウ軍の戦力が日増しに強くなっていることこそが、最大の問題だった。以前は赤子の手を捻るよりも容易くあしらうことのできたロウリと金本の地上人2人。彼らは実戦の中でオーラ力を高め、今となってはあれとまともにやりあえるのは自分とアマルガンしかいない。さらに、サコミズ王の腹心を務める地上人……ショット・ウェポンの入れ知恵かホウジョウ国は新型オーラマシンを次々と投入してくるのだ。それらは西の大陸でショットが開発したマシンを再開発したものらしいが、ショウキやライデンとはやはり武装の質が違う。このままではいずれ、反乱軍の敗北は必至。それがわからぬ東方不敗ではなかった。

 

東方不敗

(ドモン……。あの馬鹿弟子は果たして、地上で己が役目を果たしているかのう)

 

 上空に広がる海を見わたしながら、東方不敗は思案する。もし、この局面に大きな変化を齎せるものがあるとすれば、伝説の聖戦士に他ならない。リーンの翼を顕現させる聖戦士として恐れられるサコミズ王の武勇。それを諌めることができるものがあるとすれば……。

 

東方不敗

(王の心残り。そして……)

 

 東方不敗には、サコミズ王の心が痛いほどにわかる。しかし、彼が戻ったところでもうサコミズ王の知る日本は存在しない。自然豊かな関東平野。人々の心の拠り所となる東京駅。そんなものはとっくの昔に、変わってしまったのだから。

 

東方不敗

(西田よ……お前もそれを嘆いておったのう)

 

 地上に遺した旧友に、思いを馳せる。志を同じくし、心豊かな国を取り戻すべく戦い続けている奴は今、何を思うのか。西田啓。彼は東方不敗が「デビルガンダムによる人類抹殺」という使命を手に入れた時、唯一包み隠さずに本心を話したほどの盟友だった。その西田はよく、東方不敗と酒を飲み交わしながら言っていた。

 

西田

『国とは、国境の定めた土地のことを指します。しかし、それは本質ではありません。旧世紀より何度となく、国と国は侵略戦争を繰り返していきました。この日本も、アメリカの領土となった。ですが、国民の心は常に日本と共にありました……」

 

 だからこの島国は、日本という名前と文化を残すことができたのだと。あの時と同じように、日本が世界が少しでもこの世界の在り方を考えるようにならなければだめだと。

 西田は結局、東方不敗の理想に与することはなかった。しかし、その行いを黙認し受け入れた。それは、彼の中にある諦観がそうさせたのかもしれない。だが現実東方不敗はドモンに敗れ、人類抹殺による地球再生は塵芥と消えた。

 

東方不敗

(だがそれも…………。ム、)

 

 断崖の上に立ち、上空を見上げるマスターガンダム。海と大地の間の世界に、地平線はない。しかし不思議な天体の動きとともに日は落ちる。黄昏。地上ならばそう表現されるだろう景色とともに、それはやってきた。

 紫色のオーラバトラー。赤々とした羽根を羽ばたかせながら、2本の刀を抜いてこちらに迫るそれは。それこそは!

 

東方不敗

「オウカオー、サコミズかっ!」

サコミズ

「今日こそその命貰い受ける、流派東方不敗!」

 

 王の専用オーラバトラー・オウカオー! 日本刀を思わせる美しい刃を持つオーラソードの斬撃が、マスターガンダムへ襲い掛かるのです!

 

東方不敗

「舐めるなぁっ、はぁっ!」

 

 しかし相手は東方不敗マスターアジア! サコミズの太刀筋を見切った黒いガンダムは、ビームでできた帯を振り回しオウカオーの剣戟を捌き切るのです!

 

サコミズ

「一筋縄ではいかんなぁッ!」

東方不敗

「この東方不敗、貴様如きに遅れを取るまいがァッ!」

 

 東方不敗がしたのと同じように、今度はオウカオーがマスタークロスを捌き飛び回ります。マスターガンダムとオウカオー。モビルスーツとオーラバトラーの間にはひと回りほどの対格差が存在します。ですが、サコミズ王のオーラ力の前にはそんな差はないに等しい!

 

東方不敗

「フンッ! 他の雑魚と違い流石は聖戦士といったところか……。しかし!」

 

 マスターガンダムは飛び上がり、マントのように展開していたウイングを展開! そして鋭利な爪を伸ばし、オウカオーとぶつかり合うのです!

 

東方不敗

「炸裂、ニアクラッシャァァッ!」

サコミズ

「ヤァエェェェェェェッ!」

 

 オウカオーの剣捌きは、マスターガンダムのニアクラッシャーを次々と受け流します。サコミズ王のオーラ力がそうさせるのか。或いはサコミズ王の経験してきた戦いとは、あの東方不敗と互角に渡り合えるほどに過酷なものなのか。どちらにしても、拳を振り上げながら東方不敗は思いました。サコミズ王の剣には、邪なものが隠れていると。かつての自分の拳と同じように。

 

東方不敗

「コヤツ……まさかっ!?」

 

 オーラロードが、高まるオーラ力により開かれるというのならば。

 オーラ力が、生命力の発露だというのならば。

 オーラロードを開く方法は何もリーンの翼だけではない。そのことに気付き、マスターガンダムは機体を反転させます。そして、東方不敗が見たものは!

 

東方不敗

「こ、これは……!?」

 

 王の乗艦フガクから放たれる無数の火の弾。燃え広がるのは反乱軍の宿営地・アブタ・プラスがある方角。

 東方不敗は、まんまと乗せられたのだ。王の奸計に。

 

東方不敗

「サコミズ……貴様ぁッ!?」

サコミズ

「フッ……気づいたところでっ!」

 

 オウカオーの剣圧が、オーラ力を吸い上げより強力になっていることを東方不敗は感じました。そう、燃え上がる集落に住む人々の怨嗟、憎悪、慟哭。コモン人一人一人が持つオーラ力は小さなものなれど、それら負のオーラ力は聖戦士の翼にも匹敵する圧力を時に齎すのです!

 

サコミズ

「ショット・ウェポンは、いいことを教えてくれた!」

東方不敗

「かつての聖戦士が、悪鬼に堕したかァッ!」

 

 集落には女子供もいる。戦士だけが戦っているわけではない。戦士を支え、助け、日々の糧を共にし生活する者達……サコミズ王とホウジョウ軍は、その命を狙ったのです。許すまじ、ギリと東方不敗は歯噛みしました。目的のためならば人は……どこまで残酷になれるというのでしょうか!

 それは、かつて東方不敗マスターアジアその人自身が犯した過ち。業。新宿をデビルガンダムの支配下としたあの日を思い出さずにはいられないものでした。今彼の瞳に映るサコミズ王の姿は、あの日の東方不敗そのものだったのです。

 

東方不敗

「だからこそ、許すわけにはいかんのだァッ!」

 

 マスターガンダムの漆黒の機体が、金色に染まっていきます。流派・東方不敗。その奥義を以てここでサコミズ王を食い止めねばと。漢のその手が真っ赤に燃えるのです! そう、若き日の自分のように。そして今尚勝利を掴めと轟き叫ぶ、あの馬鹿弟子のように!

 

サコミズ王

「来るか、東方不敗ィッ!」

 

 オウカオーの翼も、負のオーラ力を浴びて大きくなっていきます! まるで血を吸ったように赤黒い翅が羽撃き、二刀流でマスターガンダムへと飛びかかるのです!

 

東方不敗

「流派、東方不敗が最終奥義……」

 

 しかし、マスターガンダムの両腕に込められた気はそれにも決して劣らぬ赤い光を輝かせていました。そう、その名も!

 

東方不敗

「石破! 天驚拳!!!!」

サコミズ

「ヤァエェェェェェェッ!!」

 

 マスターガンダムから放たれた渾身の気弾。石破天驚拳。周囲の岩を吹き飛ばし、巻き込みながらその力を、圧力をさらに高めていく東方不敗最終奥義が、サコミズ王を襲います! しかし、怯むことなく爆熱の渦の中をオーラ力で突き抜けていくオウカオー! そしてオウカオーの剣先が、マスターガンダムの拳に触れた瞬間それは起こりました!

 

 混沌とする怒りのオーラ、憎しみのオーラ、絶望のオーラ、慟哭のオーラ。それらを吸い上げ、オーラ力を増幅させるオーラマシン。そして相対するは正のオーラ力とも言える武闘家の魂を宿した拳。その全てが一つの場所で膨れ上がる。それは、穏やかなオーラが流れるバイストン・ウェルにおいては異常な事態であったと言わざるを得ません。そう、人の心を、魂を増幅させ薪とするオーラマシンがここにあり、そしてリーンの翼の聖戦士たるサコミズ王がそれに乗っていたことも一因と言えるでしょう。

 

 ともかく──その戦場全体を包み込むように、海と大地が揺れたのです。

 

東方不敗

「こ、これは……!?」

サコミズ

「ついに来たか。オーラロード!?」

 

 オーラロード。バイストン・ウェルと地上を繋ぐ路。その橋が今ここにかかった。それをサコミズ王は、自らの経験でわかりました。ですが、このオーラロードは今まで彼が渡ってきたそれとは違う。彼が今履いているサンダルが、それを告げています。

 

サコミズ

「!? まさか、これは……!」

 

 サコミズ王がオーラロードを開いた時、そこにはいつも命の散る瞬間がありました。それは、桜花と共に運命を共にするはずだった自身の命も例外ではありません。

 しかし、ここまでの慟哭と怨嗟を吸い上げて開いたオーラロードを……サコミズ王は知らなかったのです!

 

東方不敗

「サコミズ、貴様ァッ!」

サコミズ

「これは、これは違う……! これは、地上への道ではない!?」

 

 そして、激突する2機のマシンはその渦の中へと飲み込まれていきました。暗く、昏い、虚無へと続くオーラロードの中へと……。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 みなさん、大変なことになってしまいました。サコミズ王と東方不敗。彼らは果たして、どこへと辿り着くのでしょう。そして彼等は知覚できませんでしたが、フガクのホウジョウ軍とアマルガンの反乱軍もこのオーラの渦に飲み込まれてしまったのです。

 さて、間話はここまでにしておきましょう。

 この物語はあくまでエイサップ鈴木の、櫻庭槇菜の、そして我らがドモン・カッシュの物語なのですから。

 

 それでは!

 次回もスーパーロボット大戦!

 レディ・ゴー!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話「EX MACHINA」

 少女は思う。みんな、死ねばいいのにと。

 炎ような赤い髪を長く伸ばし、血のような緋い瞳を持つ少女。ライラと名付けられたその少女の中に渦巻くのは赫赫ととした憎しみの焔。絶望の吐息。邪霊機に取り込まれたその日から、消えることのない炎こそが、少女の糧だった。

 月の静寂を破るような愚かな行為を働くのだから、やはり人間などという生き物は滅ぶべくして滅ぶのだ。そして、何もない虚無の世界だけが残ることこそ、救いなのだ。少女は暗闇の中……邪霊機の胎内で瞳を閉じ、強く思う。

 邪霊機。その中で少女はまるで、磔にされているかのように両手両脚を伸ばしている。それは、ここが罷り間違っても子宮などではないことを意味していた。

 あえて言うのならば、処刑台。これから火刑に処されるものの姿。見るものに炎を思わせるほどの赤い少女は、そういう姿勢でいる。それこそが、少女の本来の姿だった。簡素な赤い襤褸を纏い、これから火刑に処される魔女。或いはその炎を、世界へと向けるもの。

 ライラは思う。やはり人類の歴史は終わるべきだと。

 ライラは思う。やはり輪廻など、あってはならないと。

 ライラは思う。ここまで人を憎めてしまうのは、自分がもう人ではないからなのだろうかと。

 だが、そんな疑念疑問はすぐに朱い憎しみに燃やし尽くされ、灰も残らない。それが、邪霊機アゲェィシャ・ヴルの贄となった少女・ライラのさだめだった。

 

ライラ

「……ッ、ァ……ッ!」

 

 邪霊機が、邪神と呼ばれるものが、ライラを呼んでいる。全身に迸る焼けるような痛み。それは、この宇宙に木霊する断末魔の悲鳴そのもの。

 今日もどこかで人が死んだのだろう。寿命や病気などではない。生まれた命が次の命へとバトンを渡す為でもない。ただの無意味な死。ライラがこの姿を手に入れた旧世紀の1941年12月。その日から今日までずっと、ライラを焼き続ける痛み。ワーラーカーレンへ還ることもできず、永遠に苦しみ宇宙に漂い続ける無念の命。その断末魔を少女は、一身に背負い続けていた。

 

ライラ

「こんな……痛み。苦しみ……」

 

 なくなってしまえばいい。世界や宇宙などという器ごと。痛みに悶え苦しみながら今も少女は、地獄の劫火を心に燃やしつづていた。

 新しい輪廻など、いらない。それは再び魂を、地獄の苦しみに満ちた現世へ送り届けるということなのだから。人類という種の根源に“恐怖”という感情と、それ故に手放すことのできない業がある限り、この痛みは消えることなどないのだから。

 

ライラ

「消えてしまえばいい……」

 

 だから、今度こそ。

 髑髏のような眼窩と鴉のような翼を持つ赫い機体……邪霊機アゲェィシャ・ヴルの瞳に、暗い光が宿った。それと同時、アゲェィシャ・ヴルの隣に傅くように待機していたニアグルースも立ち上がる。

 

紫蘭

「…………」

ライラ

「心配、してくれるの……?」

 

 そんなことはあり得ないとわかっていながらも、ライラは呟いた。紫蘭の何も映さないはずの瞳の中に、仄かに優しさを感じたからだ。それは、無念の死を遂げた者同士の憐憫なのかもしれない。今まで蘇らせたリビングデッド達……シャピロ・キーツやザビーネ・シャル、ミケロ・チャリオットらと違い意識そのものが死んでいる紫蘭は、ライラに従順だった。物言わぬ骸でしかない紫蘭が、心強く……側にいるだけで温もりを感じてしまう。それは或いは、邪霊機の贄として巫女となったライラの中に残る少女性の現れなのかもしれなかった。

 だが、そんなものはどうでもいい。

 重要なのは、これからライラが為すべきことだ。

 この宇宙を終わらせる程の業火があるのならば、それは創生から……いや、かつて存在し今は消えた宇宙の数々においても燻り燃え続ける魂を焦がす灼熱に他ならない。

 今こそライラは、灼熱となるのだ。

 ゲッター線。ガサラキ。シャッフル同盟。リーンの翼。それに旧神。そんな者たちを纏めて焼き払い、しまいには宇宙すらも終わらせ輪廻の円環をも灰にする。そのために、戦うのだ。

 

 そうして、暗闇の世界を2機の邪霊機は翔ぶ。ここは輪廻の墓。幾度となく繰り返された“厄祭戦”の行き着く場所。そして、無数の宇宙の分岐の中で死んだ世界の廃棄物が辿り着く世界。

 ライラは全ての因果の糸を、この場所に集結するように仕組んだ。オーラロードを歪め、魂の辿り着く場所を書き換えた。

 だから、ここには今ライラが倒すべき全てのものが集結している。

 

ライラ

「フフフ……待っててね。全部壊してあげるから!」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—オーラロード—

 

ショウ

「クッ……。みんないるか!?」

 

 オーラロードに呑み込まれ、海と大地の狭間を泳ぐ。この感覚は何度経験しても、気持ちのいいものではない。最初は本当に、訳がわからなかった。しかし既に2回、3回とそれを経験しているショウ・ザマはオーラ光の中でも意識を保ち、仲間達を誘導する。ショウの声を聞き、仲間達は互いに所在を確認し合っていた。

 

槇菜

「全員、います!」

竜馬

「だが、あの神気取りの野郎共がいねえ……!」

 

 どこに行きやがった。そう言って獰猛な視線をギラつかせる竜馬。しかし、今はそれどころではない。ゲッター1の腕をブライガーが掴み、敵を求める竜馬を引き止める。

 

キッド

「ちょい待ち竜馬さん。こんなところではぐれたらヤバいって」

アイザック

「ここはエンペラーに帰投するべきだ」

竜馬

「チッ……わかったよ」

 

 正論を吐かれ、渋々了解する竜馬。しかし、どこまでも続く極光と波の音はどうしても心を騒つかせる。

 

エイサップ

「この道は本来、生きた人間が通っちゃいけない道なんだ……!」

 

 エイサップ鈴木の履くリーンの翼の沓は熱く、熱を伴って輝いていた。翅が切り拓いたオーラロード。それが何を意味するものなのか、知るものはいない。まるでオルフェウスの冥府下り。魂の修練の場でもあるバイストン・ウェルは、本来肉の身体に包まれたものが迷い込んではいけない世界。このオーロラ光と、生命の原初を連想させるヴィジョンは物質世界に生きるエイサップにすら、否が応でもそれを感じさせてしまうものだ。

 

槇菜

「だけど、この感じ……前に通ったオーラロードと違うよ」

 

 そんな中、槇菜は漠然とした不安感に苛まれていた。じんわりと滲む汗が冷たい。ゼノ・アストラの全力を解放すればするほど槇菜の体力は吸い取らせ、しかし意識は鋭敏に研ぎ澄まされていく。マラソン選手が感じるランナーズハイに似た感覚だが、そこに恍惚感はなかった。

 

ドモン

「ああ。この先には何か、どす黒いものを感じる」

 

 ドモン・カッシュの格闘家としての神経も、それを肯定する。その時だった。オーロラ光がさらに強くなり、濁流が押し寄せる。濁流は飛沫を上げて、その中からマシンが姿を現すのだった。

 

東方不敗

「ぬぅ!?」

サコミズ

「こ、ここはオーラロードか!?」

 

 マスターガンダムと、オウカオー。先ほどまで剣と拳を交え合っていた両機。

 

リュクス

「父上!?」

ドモン

「師匠!?」

 

 それは、あまりにも突然の再会だった。オウカオーは即座にマスターガンダムから離れると、前方を飛ぶナナジンの存在を認める。

 

サコミズ

「それはナナジンの鈴木君か!」

エイサップ

「サコミズ王こそ、どうしてこんなところに!」

サコミズ

「オーラロードを突き抜けるための、リーンの翼なのだ。そうであろうが!」

エイサップ

「それはそうでしょうが!」

 

 機体同士が触れ合う距離で、口論を始めるエイサップとサコミズ王。叫んでいる言葉はどこか要領を得ていないが、空気で何を伝えようとしているのかを感じている。そんな会話だった。

 

エイサップ

「だいたい、どうして王の下にリーンの翼があるんです!」

 

 今、リーンの翼の沓を履いているのはエイサップ鈴木に他ならない。そうでありながらサコミズ王のオウカオーも、オーラの翅とは別に光の翼のようなものを脚から顕現させていた。エイサップには、それはリーンの翼だとわかる。

 

サコミズ

「リーンの翼のサンダルは、形見なのだ!」

エイサップ

「サンダル? 形見って何よ!?」

 

 エイサップは、知らない。今サコミズは履いているこのサンダルは、若き日……アマルガン・ルドルと共にヘリコンの地を平定していく中で出会った女王、リンレイ・メラディから譲り受けたものであると。そしてリンレイは、アマルガンの凶刃からエイサップを庇い命を燃やし、そのサンダルの翼の中に還って行ったことを。実の娘であるリュクスや後妻のコドールですらこのサンダルのことは知らないのだ。それを地上人の婿が知るはずもない。だが、それは本筋ではない。

 

サコミズ

「エイサップ鈴木君! ホウジョウの婿になる話は、考えてくれたか!」

エイサップ

「そんな場合ですか今は!?」

 

 そんな、感情だけで叫び合うような会話を続けるエイサップとサコミズ王。二人の履くリーンの翼の沓は近く、ナナジンがオウカオーの足を小さく蹴る。その瞬間、二機の翅が突如としてさらに大きく開いていくのを、ゼノ・アストラの中で槇菜は見た。

 

エイサップ

「これは……!?」

サコミズ

「ぬ、うぉぉぉぉっ!?」

 

 二対四枚の翅が広がり、ナナジンとオウカオーを包んでいく。エイサップとサコミズ王。二人の聖戦士はそのまま光の球となりそして、まるでシャボン玉が弾けるようにしてその場から霧散してしまうのだった。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃ!?」

リュクス

「父上、エイサップ!?」

 

 槇菜とリュクスが叫ぶ。その声と同時、濁流がさらに押し寄せそして…………。

 

ショウ

「オーラロードの先が……見えた!」

 

 激流に押し出されるようにして、光の先へと突き進む一同。光が大きくなり、先が見え始めるにつれてゼノ・アストラは何かを伝えるように、アラートを発し続ける。

 

槇菜

「ゼノ・アストラが……怒ってる?」

 

 何に怒っているのか。それはわからない。しかし、この光の先に待ち受けるものがゼノ・アストラにとって敵であることだけは、槇菜にも理解できた。光の中に消えたエイサップも心配だが、今は探しにいく余裕がないのも事実。槇菜はきつく唇を噛み締めながら、光を見据えていた。

 

槇菜

「こうなったら……!」

 

 セラフィムを展開し、ゼノ・アストラは前進する。前を行くヴェルビンに続き、オーラロードを切り拓くように進む黒い体躯と光の翼。

 

ショウ

「槇菜?」

槇菜

「この先、たぶん敵がいます。だから!」

 

 そして、オーロラ光は全てを呑み込んでいく。それが、オーラの道の終着点であることを槇菜もショウも理解していた。故に、ゼノ・アストラはシールドを構えるのだった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—???—

 

 

 その場所は、一言で言えば奇妙なところだった。天には何も映さない暗い空が広がり、地には見渡すばかりに機動兵器と思しきものの残骸が転がっている。機動兵器。つまりはモビルスーツやオーラバトラーに、マジンガーやゲッターのようなスーパーロボット。果ては機械獣や戦闘獣のように見えるものまでその種類は千差万別。それらを「兵器の残骸」とマーガレットが認識できるのは、例えば今彼女の目の前に横たわるそれにはV字型のツノがついているように、どこか彼女達の知るそれと似通ったパーツを持っているものが多かったからだ。

 

マーガレット

「…………けど、使えそうにないわね」

 

 作業用のモビルワーカーに乗りながら、今マーガレットはそんな残骸部品達から使えそうなパーツをかき集めている。マーガレットだけではない。ジュドーと、トチローもモビルワーカーで同行していた。

 

トチロー

「それにしても、妙な世界だなここは」

 

 まるで、スーパーロボットの墓場。そんな表現を思いつく。とすれば今自分達がしていることは墓荒らしなのかもしれない。

 

ジュドー

「このモビルスーツもダメだな。なんていうか、俺たちのと似てるけど中身が全然違う」

マーガレット

「私達の世界のモビルスーツと、三日月達の世界のモビルスーツみたいに?」

 

 何気なく訊いてみたマーガレットだが、ジュドーはそれに頷くしかなかった。

 

ジュドー

「俺も機械いじりを生業にしてたし、ジャンク屋稼業もやってたけどさ。こんなに違うのはまるで、別世界のモビルスーツとしか思ないよ。あのガンダムみたいなやつだって、軽くいじってみた感じ全然知らない技術でできてるみたいだし……使えそうな部分なんてまるでないってくらい完全に死んでる」

トチロー

「別世界の、ロボット達の墓場か……」

 

 長くメカニックをやっているトチローには、ここにある機体のどれもが戦いの中で朽ちていったものであることを既に見抜いていた。だが、とすれば自然と次の疑問に行き着く。

 

トチロー

「……こいつらは何と戦って、いやどこで戦ってこんな風になっちまったんだろうな」

 

 一通り、調べてみてここで朽ちている機体にはある共通点があった。それは、パイロットがいないということ。無人機と思われる機体も数多く存在したがそれ以上に、コクピットが存在するものもその中がもぬけの空なのだ。

 戦いの果てに力尽きたマシンであるというのならば、パイロットも運命を共にすることもあるだろう。しかし、少なくともトチロー達が確認した限りにおいては、コクピットには死体はおろか人がいた形跡も残っていない。長い年月で風化し、骨も残らなかったという可能性はある。しかし、無造作に打ち捨てられたこれらのマシンはむしろ、この場所に流れ着いたかのようにトチローには映っていた。

 

マーガレット

「……私達も、そのうちこうなる?」

トチロー

「かもな。だが、今は生きてここを出ることだけを考えよう」

 

 思考を切り替え、年長者のトチローの指示でモビルワーカーは引き返す。どこまでも続く、マシンの墓場。不時着しているアルカディア号を目指して。

 

“どうして、どうしてこんな戦いばかりを繰り返すんだ!”

 

ジュドー

「…………!?」

 

 ジュドーがそれを感じたのはまさに、その最中だった。ジュドーの心を触るような、啜り泣くような声が彼の脳裏に響く。その感覚はどこか懐かしく、そして悲しい。その声はまさに、慟哭だった。

 

 

ジュドー

「ちょ、ちょっと待って!?」

 

 運転するマーガレットを引き留め、モビルワーカーから飛び降りるジュドー。その不可解な行動にトチローとマーガレットは顔を見合わせる。

 

トチロー

「お、おいジュドー!?」

 

 ジュドーは廃棄されたマシンの上を、一目散に走っている。まるで、その先に何かがあるのを知っているかのように。それはトチローやマーガレットには持ちえない皮膚感覚故のものだった。その感覚は、宇宙という広い空間で長くを過ごし、そして子供に顕著な瑞々しい感受性から与えられるもの……人によってはそれをニュータイプと呼ぶが、そんな言葉は今はさして重要ではない。重要なのはジュドーの第六感が感じたそれを、トチローもマーガレットも感じることができなかったという一点にある。

 

マーガレット

「ジュドー・アーシタ……不思議な子ね」

 

 モビルワーカーを転身させ、ジュドーを追いながらマーガレットは呟いた。

 

トチロー

「そうだな。ああいうのをこの世界じゃ、ニュータイプっていうんだっけな」

マーガレット

「さあ、私は哲学や宗教、人文学には興味ないから。ただ、宇宙世紀の時代にはああいう感性を持ったエースパイロットをニュータイプと呼んだそうよ」

 

 宇宙世紀末期には、ニュータイプ神話は飽和していたという。それはアムロ・レイやシャア・アズナブルを筆頭としたニュータイプと呼ばれた人々が歴史の表舞台から姿を消し、やがて未来世紀へと年号を改め数年後にはニュータイプという言葉は大した意味を持たないものになった。「人の革新」というジオン・ダイクンの言葉を信じるものは今でもいる。シェリンドン・ロナらがそうだった。しかし、衛星Eで戦ったサルはそんな「人間の先に来るもの」という概念を破壊してしまったと言っていい。

 

マーガレット

「ただ、ジュドーの感性……直感力は本物だと思う。それがニュータイプなのかどうかは、私が決めることじゃないわ」

 

 もしニュータイプという存在が本物であるのなら、それはきっとその人だけのものなのだろう。そう、マーガレットは考えていた。ジュドー・アーシタも、アムロ・レイも、彼らの持つニュータイプはきっと彼らだけのもの。だからきっと、その言葉には意味が無い。ただ、ひとつ確実なのはジュドーもアムロも、その本質を見抜く確かな目を持っている。それだけは、信じることができた。

 

ジュドー

「聞こえる。たしかに……」

 

 ジュドーが聞いたのは、まるで生まれたての赤ん坊のようにか弱い声だった。誰かがその手を取らなければ、死んでしまうほどに弱い声。こんな墓場みたいな場所に置き去りにしてはいけない声。それを無視できる心を、ジュドーは持ち合わせていなかった。頭部に髪の毛のようなものを持つマシンの残骸を踏み越え、元々はスーパーロボットのものだったであろう巨腕を潜る。やがて、モビルスーツと思われるマシンの朽ちた胴体が、ジュドーの視界に入る。

 

ジュドー

「この感じは……あそこからか!」

 

 ジュドーの走るスピードが速くなる。声が、段々強く感じられるようになる。やがて、言葉がはっきりとジュドーには聞こえるようになった。

 

「暗いな……ここ、どこなんだろう。あ、星が見える。あれはなんだろう、彗星かな?」

 

 その声を、ジュドー・アーシタは知っている気がした。とても昔、どこかで……。それは運命を変えるような出会いだった。だけど、

 

「暑苦しいな……ここ、出られないのかな? おぉーい、出してくださいよ。ねえ!」

 

ジュドー

「そんな、バカな……!」

 

 あり得るはずがない。ジュドーがそのマシンにたどり着いた時、真っ先にコクピットブロックの開閉スイッチに手を伸ばしていた。数秒の後にコクピットは開かれそして、少年を守っていた殻は破られる。

 

少年

「……………………」

 

 まるで不思議なものでも見るかのように、少年の視線がジュドーと合った。そして、少年の心がまるで洪水のようにジュドーの中へ押し寄せていく。それは、ジュドーがその少年とはじめて出会った日と同じ感覚だった。

 

ジュドー

「何でだよ……なんであんたが、ここにいるんだよ」

 

 少年の腕を掴み、肩で支える。少年は抵抗しない。されるがままの少年の瞳には何が映っているのか、無感動な、しかし決して無表情ではない瞳をキョロキョロさせていた。

 

ジュドー

「カミーユ……。どうして」

 

 カミーユ・ビダン。Zガンダムのパイロットとして宇宙世紀時代を戦ったエースパイロット。多くの死を目の当たりにし、そのシャープな感性を磨耗させ心を砕いてしまったニュータイプ。戦士であるには、優しすぎた少年。しかし、彼はジュドーが本当に少年だった時……つまり、宇宙世紀に生きた人間だ。それが何故、このような場所で。少年の姿のまま。あの時と同じ虚ろな瞳で虚空を見つめているというのか。

 

マーガレット

「……人がいたの?」

 

  マーガレットの運転するモビルワーカーがジュドーに追いつく。ジュドーはカミーユを肩でおぶり振り返った。

 

ジュドー

「うん。この人、ちょっと訳ありみたいでさ。アルカディア号まで連れて行きたいんだ」

 

 カミーユ・ビダンという名前を知っていることは、ジュドーはあえて言わなかった。アルカディア号にいけば、アムロとシャアもいる。遅かれ早かれわかることだった。

 

トチロー

「勿論だ。こんなところに置き去りにするのは、寝覚が悪いからな」

 

 二つ返事で返すトチローに、マーガレットも頷く。二人の善性にジュドーは感謝しつつ、カミーユをモビルワーカーに乗せるとシートベルトを締めてやる。しかしカミーユは無言のまま、虚ろな瞳を揺らすのみだった。

 

マーガレット

「この人……」

ジュドー

「うん。詳しいことは診てもらわなきゃわかんないけど」

 

 カミーユ・ビダンは何も言わない。しかし、ジュドーにはこの少年が自分の知るカミーユ・ビダンその人であると確信していた。魂の共鳴とでも呼べるだろうものを、ジュドーは彼に感じていたからだ。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—アルカディア号/格納庫—

 

 

 意味不明な場所へ辿り着いたアルカディア号だが、だからといって休養を取れるわけではなかった。いや、むしろ格納庫では今までにないほどの忙しなさに満ちている。

 ここがどういう場所かわからない以上、いつでも出撃できるようにはした方がいい。モビルスーツを中心とした機動兵器部隊の整備は、メカニック達や果てはパイロットまで駆り出されての大騒動だった。

 

ウモン

「それにしても、こいつはなんなんじゃろな……」

骨嵬

「…………」

 

 中でもメカニックたちの頭を悩ませているものは、月面に突如現れた骸骨武者。月で一通り暴れ狂った後、この鬼神はピクリとも動かなくなってしまっていた。それをアルカディア号で回収し、調べているのがウモンらである。

 

エウロペ

「そいつは、私の部下達を……」

トビア

「でも、なかに人もいないし電子頭脳みたいなものが乗ってるわけでもない。なんなんでしょうねこいつ」

 

 憎しみを込めて睨むのは、ベルナデットの義母というエウロペ・ドゥガチ。彼女もこの非常事態の中、アルカディア号の面々と協力している。現在の木星の情勢。その話はこの危機を切り抜けてからだ。そう割り切っているように見えていたがしかし、それでも監視つきだ。その監視を買って出ているのが、木星圏ではお尋ね者のトビア・アロナクスなのだから奇妙な縁もある。そうエウロペは感じていた。

 

「ケッ、気味悪いったらありゃしねえ。じいさん、そんなもんとっとと捨てちまおうぜ」

雅人

「お、おい忍! そんなことしてバチでも当たったらどうすんのさ!」

 

 バチが当たるかどうかはわからないが、現状廃棄は得策ではない。だが再び暴れられては困る。そういった事情のもと、骸骨武者はハンガーに固定されさらに両腕を鎖で繋ぐような形で保管されることが決定していた。今は、その最中。

 

トビア

(だけど、なんだろう……)

 

 鬼神の目を見つめていると、肌が泡立つような感覚を覚える。おそらく、それはトビアだけではなかった。ウモンやエウロペ、そして忍までもが鬼神を眺めながらも決して目を合わせようとはしていない。それにトビアは気付いていたからだ。

 或いはそれは、人のDNAに根付く根源的な“恐怖”なのかもしれない。そんなことを思いながらしかし、トビアはそれを口に出すことはなかった。

 

 

 

 

 そんな格納庫にアルカディア号のメカニックチーフでもある大山トチローが戻ってきた時は、まさに騒動の真っ最中といったところだった。一緒に外の偵察任務に出た面々も、マーガレットは既に愛機シグルドリーヴァの方へ向かっており、ジュドーは救助した少年を医務室へと運んでいる。その際にシャアとアムロと何やら話をしていたようだが、3人の話はトチローにはよくわからないものも多い。

 

トチロー

「三日月、バルバトスはどうだ?」

 

 報告のためハーロックの下へ向かう途中、トチローの目に止まったのは、まるで臍の緒のようにガンダム・バルバトスルプスレクスと阿頼耶識で繋がっている三日月・オーガスだった。三日月は、バルバトスのコクピット内でアトラのお手製サンドイッチを食べている。整備中はいつも外に放り出されている三日月がこうしているということはどうやら、バルバトスのメンテナンスは終わったのだろう。

 

三日月

「ん、大丈夫だと思う。っていうかバルバトス、なんか調子いいんだよね」

トチロー

「調子いい……か」

 

 バルバトスには、ガンダム・フレームにはトチローにもわからないことが多い。どのように動いているのかの原理は理解できても、時折バルバトスにはバルバトスの意思のようなものがあるように感じられる時すらトチローにはあった。それは、この機体が“厄祭戦”という過去の遺物であることも関係しているのかもしれない。

 

トチロー

(とすると、この場所が“厄祭戦”と関係があるってことか……?)

 

 “厄祭戦”トチローや三日月達のいた「B世界」において、300年前に起こったとされる終末戦争。一説では無人機モビルアーマーの暴走と、72機のガンダム・フレームの戦いだったと言われている。

 

三日月

「そういえば、外はどうだったの?」

トチロー

「ん、さっぱりわけわからなかったな。スクラップの山も、スーパーロボットやモビルスーツににてるのはわかるが、正確な機種までは判別できないものばかりだった」

三日月

「そっか」

 

 それだけ呟くと、三日月は特に興味もなさそうにサンドイッチを口へと運び、視線を向かいのハンガーに立てかけられたシグルドリーヴァへ移す。そこではトチロー同様、偵察から帰ってきたばかりのマーガレットがルー博士と、二人の少女に話しかけていた。

 

マーガレット

「シグルドリーヴァ、悪いの?」

 

 アトラ・ミクスタからスポーツドリンクとタオルを受け取りながら、マーガレット。シグルドリーヴァのメンテナンスを受け持つルー博士は難しそうな顔をしながら、マーガレットへ視線を向けた。

 

ルー博士

「右腕の動きが、ぎこちないデスネー。こんなのははじめてのことデース」

マーガレット

「右腕が?」

 

 シグルドリーヴァの“右腕”。ルー博士曰く、出自不明のオーパーツ。マーガレットが動かしているときにも、あの邪霊機の少女を前に“右腕”が疼き出すような感覚があった。それは、マーガレットには不快なものでもある。一方で、その剛腕は長距離砲撃機であるシグルドリーヴァの死角を補う活躍を見せてもいた。

 

カンナ

「すごく、消耗してるみたい」

 

 コクピットの中で、カンナが呟く。カンナは小さな手でレバーを握るが、“右腕”は上がらない。

 

マーガレット

「カンナ、わかるの?」

 

 意外そうに、マーガレットは目を丸くする。

 

カンナ

「機械いじりなら、少しだけパパとママに教えてもらったから」

 

 顔も思い出せない、カンナの両親。この技術のせいでブルワーズでは酷使されていたが、今はその技術をマーガレットのために使うことができる。それは少しだけ、カンナには誇らしいものだった。

 

ルー博士

「カンナはメカニックの才能がありマース。ご両親の教えもよかったのショウ」

 

 ルー博士にも褒められて、カンナはどこか嬉しそうに頬を赤らめる。その様子は、マーガレットにとっても嬉しいものだった。

 

アトラ

「カンナ、凄いなぁ……」

 

 そんなカンナを、アトラは羨ましそうに見つめていた。アトラ・ミクスタは、メカはもとより戦いに関することに関しては何もかもが素人以下だ。戦場で命のやりとりをする三日月達のためにできることは、炊事洗濯家事全般くらいしかない。

 

マーガレット

「……アトラは、誰よりみんなの役に立ってるでしょ」

 

 そんなアトラに、マーガレットは肩を竦める。「へ?」と声を漏らすアトラ。

 

マーガレット

「ここにいるのは戦うことしか脳のない奴らばかりよ。アトラみたいなことができる人の方が少ないんだから」

アトラ

「マーガレットさん……」

マーガレット

「だから、アトラももう少し胸を張りなさい。それに……」

 

 向かい側のバルバトスから、そんなやりとりを眺める三日月・オーガスにとって、アトラという少女がかけがえない存在であることは、間違い無いのだ。それこそニュータイプ的な感性を持ち得ずとも、誰の目にもわかるほどに。

 

三日月

「……ん、何?」

 

 マーガレットから横目に視線を投げかけられ、不思議そうに首を傾げる三日月。その右の目にも、今は光が宿っている。阿頼耶識システムを介し、バルバトスに奪われた右半身の感覚。バルバトスと繋がっている今なら、それもある。

 

マーガレット

「何でもないわ。それ、アトラのお弁当?」

三日月

「うん。あんたも食べる?」

 

 そう言ってバスケットを持ち上げると三日月は、まだ手をつけていないサンドイッチを見せる。以前あげたチョコレートのお礼。ということだろうかとマーガレットは思ったが、首を横に振った。

 

マーガレット

「お腹は空いてないから、大丈夫よ。それ、おいしい?」

 

 そんな、他愛もないやりとりの最中。突如としてアルカディア号艦内けたたましいサイレン音が、三日月の返事を遮る。

 

三日月

「……敵か?」

 

 一瞬で、戦いの目になる三日月。その変わり身の速さは頼もしくもあり、危うくもある。それをマーガレットは、三日月・オーガスという少年と関わる中で強く感じていた。

 

マーガレット

(……やっぱり、アトラみたいな子が必要なのよ。三日月には)

 

 それが、三日月を人間に留めている。あまりにも獣じみた嗅覚と才覚を持つ、狼王としての三日月に残された純朴な人間性。それを失わせないためにもやはりアトラには、三日月の側にいてほしい。そう感じながらマーガレットは、カンナからシグルドリーヴァの座席を交代する。

 

カンナ

「マーガレット……」

 

 どこか不安そうな面持ちで、マーガレットを見つめる瞳。そんなカンナの黒髪に、マーガレットは優しく手を伸ばす。

 

マーガレット

「……ルー博士、アトラ。カンナをお願い」

 

 既に三日月のガンダム・バルバトスルプスレクは発進の準備を整えている。カタパルトへ乗り出したバルバトスの瞳が、静かにギラついていた。即ち、戦いの合図。それを理解しているルー博士は静かに頷くと、カンナの小さな手を取ってシグルドリーヴァから離れていく。

 

ルー博士

「グッドラックデース!」

カンナ

「マーガレット……」

 

 それでも、不安そうな面持ちのカンナに背を向けて、シグルドリーヴァも動き出した。確かに、“右腕”の挙動が鈍い。しかしこの機体は腕を使わなくても、火力で戦うことができる。その特性を信じ、マーガレットはコクピットに備えられたバイザーを被る。視界が開いていくのを、マーガレットは感じていた。今、マーガレットの目はシグルドリーヴァの目と一体化している。そういう感覚。それは高揚感を高鳴らせ、次第にマーガレットは戦場に赴く戦士の顔つきになっていく。モビルワーカーの運転では、味わえない感覚だ。

 

マーガレット

(鎮まりなさい。私……)

 

 高鳴るものを抑えつつ、シグルドリーヴァもカタパルトへと移動する。そして、急加速する重力と共に戦乙女が、海賊船から飛び出して行った。

 

 

 

……………………

第24話

「EX MACHINA」

……………………

 

 

 

—???—

 

 

 アルカディア号が警戒体制を発令したのは、その空……青も黒も映さない。一切の色彩から隔絶された無色の天上に大きな歪みが見え始めたからだ。

 

ハーロック

「我々をこの場所へ誘ったオーロラ光と、似ているようだが……?」

 

 とすれば、ここへ何かが迷い込もうとしている。或いは明確に、アルカディア号を狙っての行動かもしれない。それがわからない以上、警戒する以外の選択肢はない。

 

三日月

「…………」

 

 甲板上に、既にモビルスーツを中心とした機動兵器群が出撃していた。スカルハート、F91、νガンダム、サザビー、そして三日月のガンダム・バルバトスルプスレクス。

 

ハリソン

「アムロ大尉、ジュドー君は?」

 

 ZZガンダムの姿がないことに気付き、ハリソンが訊く。

 

アムロ

「ああ。先ほど外で救助した男性を医務室に運んでいたからな。その関係で遅れているのかもしれない」

シャア

「…………」

 

 ジュドーが運んだ男性、カミーユ・ビダンはアムロとも、シャアとも因縁浅からぬ相手だった。特にシャア・アズナブルは、彼のシャープな感性を武器に仕立て上げてしまった張本人であると言ってもいい。その事実は、シャアの気分を重くさせる。

 

シャア

(言い訳など、できようもないが……)

 

 カミーユ・ビダン。シャアが未来を期待し、しかし絶望するきっかけともなってしまった少年。彼がどうして、こんなところにいるのかはわからない。まるで、運命か何かが引き合わせたとしか思えない再会に、シャアの心は泡立っていた。

 

オルガ

「ミカ、どう思う?」

三日月

「なんていうか、ざわざわする」

 

 三日月の心を騒つかせるのは、色のない天か。歪むオーロラか。ともかく三日月は今、狼のような嗅覚で敵意を感じている。

 

三日月

「……来る」

アムロ

「ああ。キャプテン、下だっ!」

 

 アムロが叫んだ直後、アルカディア号の不時着した地面……正確には無数の機動兵器が打ち捨てられた瓦礫の山が、地鳴りを上げる。スクラップ達が蠢き、この世のものとも思えぬ雄叫びが、耳へと響いた。

 

ハーロック

「ッ!? こ、これは……!」

ラ・ミーメ

「あ、ああ……!?」

 

 まるで、死霊の慟哭。怨嗟の声が大きくなるにつれて、異変は起きた。ガタガタと震えながら、スクラップ達が起き上がる。中に誰かが乗っているわけでもない。無人の残骸。それらが人型を模るように集まり、寄り合わさり、次々と立ち上がっていくのだ。それは、旧世紀に流行ったと言われるゾンビ映画のような光景だった。

 

アムロ

「この凄まじい邪念は……!?」

 

 覚えがある。ライラ。邪霊機の少女。あの少女が纏うそれとよく似たしかし、違う念。

 

マーガレット

「何よ、こいつら……!?」

 

 出撃したシグルドリーヴァの中でマーガレットも、それを見る。続いて出撃する獣戦機隊にとっても、その光景は異常なものに見えた。

 

雅人

「うわぁ、お化けなんか勘弁だよ!」

沙羅

「冗談言ってるんじゃない!」

 

 訳のわからない存在を前に、既に獣戦機はダンクーガに合体している。しかしそれでも尚、沙羅の肌に泡立つこの感触は拭えない。戦いの熱気でも、空調の涼しさでもない。まるでインフルエンザを罹患した時のように、身体の中から怖気が走っているのだ。

 

トチロー

「こんなもの、さっきまではなかったぞ?」

ハーロック

「何者かが、ここに朽ちている機体を操っているのか……?」

 

 ハーロック達のいた世界では、無人機に関する技術はこの世界以上に発達していた。高性能モビルスーツの無人化に成功したことで、戦いは次のステージへ進んだとも言えるほどに。だが、これはそういった無線通信や或いは、サイコミュで動かしているようなものとは違う。それはハーロックの鷹の眼でなくとも明らかなことだ。

 寄り合わさった機械の部品。その一つはバラバラで規則性もない。しかし、色褪せて風化したマシンの中央部にはいずれも茫、と仄啖い光が灯っていた。その姿はまるで、亡霊のよう。そんな亡霊達が、何も映さない死んだ瞳を一斉に、アルカディア号へ向ける。そして、オォォォという叫びと共に、ゆらり、ゆらりと歩き出した。

 

トビア

「こいつら……!」

三日月

「…………」

 

 恐怖に身が竦むこともなく、真っ先に飛び出したのはバルバトスだ。ロングメイスを握りながらも、より速く敵へと届くテールブレードが亡霊マシンの頭部を斬り裂く。

 撥ねられた首は、大きく吹き飛びそして、瓦礫の山へと激突する。

 

三日月

「ん……?」

 

 しかし、首を跳ね飛ばされた亡霊マシンはそんなことまるで気にもしてないかのように、ゆらり、ゆらりと歩を進める。そして存在しない、しかし確かにそこにあるとわかる眼窩でバルバトスを……三日月を見つめていた。

 

死霊

「…………」

三日月

「なんだ、こいつ……?」

 

 今まで戦ったことのない感覚。切った手応えなく、感情のない視線を向け続ける敵。今まで三日月・オーガスは、あらゆる感情を敵から向けられ続けてきた。それは恐怖や侮蔑、憎しみや畏怖。それらがいくつも混じり合った感情の視線。しかし、これらは違う。

 無だ。それも、無人機のように感情を持たないタイプの無ではない。感情と呼ぶべきものを持ちながら、今まで三日月が……いや人類が向けられたことのない感情を向けているのだ。それは、感情と読んでいいものなのだろうか。

 

アムロ

「……シャア、感じるか?」

シャア

「ああ。奴らはまるで……」

 

 それは、人間には理解不能の生命体が人間の理解を越えた感情を向けている。そう感じてνガンダムはハイパー・バズーカを構える。

 

アムロ

「三日月、離れろ!」

 

 νガンダムから放たれたバズーカの弾頭が亡霊マシン目掛けて飛ぶ。それと同時にバルバトスがジャンプし、バルバトスのいたその位置を弾頭が突き抜けていく。弾丸が頭部を失った亡霊マシンに直撃し、破裂する。それと同時に、纏っていたスクラップ部品が弾け飛んでいく。だが、その人型はまるで無傷とでもいうかのように無言で、ただ無言で今度はアムロに視線を向けた。

 

死霊

「…………」

アムロ

「!?」

 

 視線を向けられた瞬間、本能的にアムロは理解する。あれは、既に死んでいる魂。その成れの果てであると。だが肉の身体から解脱し魂だけの存在になった、意思を持つ霊などではない。この世界に、この宇宙に漂う魂の残り香。そういうものだと。人らしい意思を感じながら、人間的な感情を感じないのも当然だ。これらの魂は、既に壊れている。壊れても尚そこにあり続ける魂。ワーラーカーレンへ還ることも叶わず、このマシンの墓場に置き去りにされ、成仏することも輪廻することも解脱することも叶わずに存在を鈍化させ続けたモノ。

 それに、形を与えることができるものをアムロは知っている。

 

アムロ

「そうか……あれはリビングデッドか!?」

マーガレット

「!?」

 

 リビングデッド。その言葉にマーガレットの白い肌が泡立った。それが意味するものは、ひとつしかない。その存在を意識すると同寺、自然のマーガレットはスコープ越しに、それを探しそして……アルカディア号の前方。亡霊マシン達の蠢くさらにその奥に。彼女の存在を見出した。

 

マーガレット

「いるのはわかっている……出てきなさい!」

 

 マーガレットの叫びに応えるように、空間が歪む。歪んだ先から黒い翼が生え、大きく羽ばたく。そして中から窪んだ眼窩を持つ、髑髏のような貌の赤いマシン……邪霊機アゲェィシャ・ヴルと、青い体躯のニアグルースが姿を現すのだった。

 

ライラ

「バレちゃったならしょうがないか。もう少し、お姉さんの怖がる顔を見ていたかったけど」

紫蘭

「……………………」

 

マーガレット

「誰が、怖がるものか!」

 

 まるで自分を焚きつけるように、マーガレットは叫ぶ。それと同時、シグルドリーヴァはファランクスミサイル、マトリクスミサイルを次々と亡霊マシンたちへと叩き込む。次々と巻き起こる爆炎。爆煙。爆宴。亡霊マシン達が纏う機械の鎧が次々に爆ぜていき、しかしそこにある虚ろな仄暗い光は健在。そして、弾け飛んだ機械が少しずつ、仄暗い光へと集まっていく。

 

ハーロック

「……成程な。正体が見えたか」

 

 その一部始終を、キャプテンハーロックは見逃さなかった。三日月が破壊しても健在。マーガレットが吹き飛ばしても、仄暗い光を中心にまた機械部品が集まっていく。原理原則は不明だが、事実だけを抜き出せばそういうことだ。

 

ハーロック

「各員、敵機動兵器はおそらくあの光が本体だ。そして、この場所にあるガラクタを無尽蔵に吸い上げて鎧にしている。以降あれをポルターガイストと呼称。各員はあの光と、それを操る邪霊機を迎撃せよ!」

トビア

「了解!」

 

 ハーロックの号令と同時、次々とモビルスーツを中心とした機動兵器達が飛び出していく。その先頭に立つのが、トビアの乗るクロスボーン・ガンダムX1パッチワーク。髑髏のマーキングが施された胴体をマントに隠し、海賊のガンダムは走る。

 

トビア

「敵がお化けでもなんでも、戦い方さえわかれば!  ……って、言ったはいいけど!」

 

 とはいえ、敵は機械のパーツを次々と組み合わせて変質する騒霊軍団。どうしたものかとトビアは独言る。目の前に立ち塞がるのは、まるで蛸のように脚を無数に増やした歪な姿をしたポルターガイスト。その手にはどこから拾い上げたのか、大きな銛のような武器を持っている。

 

死霊

「ォォォォォォッ……ォォォォォッッ!」

 

 そんな叫び声が、トビアの脳に響く。それがどのような感情から迸る絶叫なのか、トビアには理解できない。ただ、わかっていることは一つ。

 

トビア

「う、わ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、っ!?」

 

 蜘蛛のように広がる脚を大きく掲げられると、人は生理的に恐怖を感じてしまうということ。金切り声をあげながらしかしトビアは、冷静にピーコック・スマッシャーの引鉄を引く。多重構造のビーム・ライフルは、一度に多面的な攻撃を可能とする。ピーコック・スマッシャーは言わば、拡散メガ粒子砲をビーム・ライフルサイズで作り上げたような代物った。まるで孔雀のように広がるビームが、広がる脚を焼く。だが、これでは敵の核……仄暗い光へは届かない。だが、それでいい。

 クロスボーン・ガンダムは、シザー・アンカーを展開するとそれを百足のようにも見えるポルターガイストの腹部へと食い込ませた。そして、力任せに引き抜く。ガリッ、という音とともに敵の鎧に穴が空いた。そして、中から見える黒い光。

 

トビア

「そ、こ、か、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、っ!」

死霊

「ォォォォォォォッ!」

 

 ピーコック・スマッシャーに焼かれた脚がクロスボーン・ガンダムを掴むのと、トビアがビーム・ザンバーを光目掛けて突き刺すのはほぼ同時だった。光を突き刺した瞬間、トビアが感じたのは水風船に針を刺した時のような鋭い感触。パシン、という何かが弾ける音を、トビアは聞いた。それと同時に黒い光は霧散し、纏っていた機械が崩れ落ちていく。まるで、魂を失った肉体が倒れ伏すように。

 

トビア

「ッ!?」

 

 クロスボーン・ガンダムは崩れ落ちる機械の雪崩に飲み込まれそうになりながらも、間一髪退避した。だが、敵を倒したその瞬間にトビアが感じたものは……。

 

トビア

「殺したのか? 魂を?」

 

 それは、拭い去りたい感覚であり、忘れられない刺激だった。モビルスーツという機械の身体越しに殺人をした時よりも、もっと生々しい死の感触。それがトビアの心に染み付く。だが、それは所詮エゴでしかない。そう自分に言い聞かせて、トビアは正面を見据えた。敵はまだ、残っている。

 

トビア

「みんな、さすがだな……」

 

 ポルターガイスト達は、その霊魂を機械の鎧が守っている存在。霊魂を破壊しない限り何度でも再生する。その特性を理解すれば、彼らとっても対応は簡単だった。

 νガンダムのフィン・ファンネルが敵の四方を包囲し、装甲を破壊。破壊したその都度バルバトスが霊魂を叩き潰す。或いはνガンダムと同じようにファンネルで敵を牽制しつつも、本命は自身の質量を生かしたキックを叩き込んでいるサザビー。ダンクーガなどは断空剣で、装甲ごとその霊魂を叩き切っている。

 

ハリソン

「スカルハート、無理はするな!」

 

 F91で敵陣に切り込みながらハリソン・マディンは、トビアを気遣っていた。

 

トビア

「ハリソン大尉……」

ハリソン

「こいつらがただの敵でないことくらいは、俺にもわかる。倒せばドッと汗が出るこの感覚は、正直身体に悪い」

 

 そう言いながらも、ザクのような一つ目をしたポルターガイストにヴェスバーを浴びせるハリソン。焼け爛れた装甲が復活する前に、バルカン砲とマシンキャノンを撃ちまくりながら接敵し、隙を与えずビーム・サーベルでその霊魂を斬り裂いていく。それは実戦で叩き上げられた、スマートな戦い方だった。

 

トビア

「いえ、ここで僕が戦わない。なんてわけにはいきませんよ」

 

 苦笑しつつも、トビアはそんなハリソンの気遣いに感謝する。自分だって木星戦役を戦い抜いた歴戦の自覚はある。しかし、こういう時はやはり正規の訓練を受けた軍人というものは心強い。戦うための心構えというものがしっかりしている。そう、民間人上がりのトビアには見えた。

 

ハリソン

「……なら、君は装甲の破壊に集中してくれ。核の撃破は俺が受け持つ!」

トビア

「了解!」

 

 そして次の瞬間、クロスボーン・ガンダムのザンバスターが火を吹き、迫る双刀のポルターガイストの胸部を弾く。そこにF91がビーム・バズーカを叩き込み、ポルターガイストを起こす黒いオーラは忽ち霧散した。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

「気分を悪くしても仕方あるまい。生きている人間を殺すのではなく、一度死んだ命をもう一度殺しているようなものだぞこれは」

 

 激闘の続く中、チーム最大パワーを誇るダンクーガはその力を遺憾無く発揮し、次々とポルターガイストを破砕していた。鉄拳を繰り出し霊魂を叩き潰しながら、亮が呻く。

 

雅人

「それ、やっぱりこいつら悪霊ってことかよ!」

「へっ、悪霊共の親玉なんか、ムゲ野郎の相手で慣れてらぁっ!」

 

 ブーストを噴かし、突進するダンクーガ。胸部のパルスレーザーを撃ちまくりながら、目指す場所はただ一つ。赤い邪霊機アゲェィシャ・ヴル。そして、それを操る赤い髪の少女。

 

ライラ

「やっぱり獣だよね……お兄さん達!」

 

 アゲェィシャ・ヴルの握る剣に、黒いオーラが宿った。そして、振り抜く一閃。次の瞬間には邪霊機は、断空剣と鍔迫り合っている。

 

「やいてめえ、ダンクーガを紛い物とかほざきやがって! どういう意味か、説明しやがれ!」

ライラ

「知る必要ないよ。お兄さん達もすぐに、ここに朽ちるんだから!」

 

 ダンクーガの巨体から繰り出される剣撃を意図も容易く受け切り、今度はライラが反撃に出る。剣に纏うは邪霊。遍く世界に眠りしまつろわぬ魂。怨念、怨恨、悔悟、憐憫、そして憎悪。あらゆる負の魂を纏う剣の一撃が、ダンクーガを襲った。

 

沙羅

「ァッ!?」

 

 サイズ差ならば、ダンクーガの方が圧倒的に大型。しかし邪霊機の剣圧は、一振りでダンクーガすらも吹き飛ばす。

 

「沙羅!? こんにゃろぅ!」

 

 しかし、ダンクーガも負けてはいない。剣での戦いを不利と判断した忍はすかさず背中のキャノン砲……断空砲を展開。そのまま発射する。邪霊機を呑み込まんばかりの光。しかしその直後、アゲェィシャ・ヴルの周囲に黒いオーラが靄のように立ち込める。

 

ライラ

「ラ・レフア」

 

 少女の呟きと同時、靄は突如として発火。断空砲の光とぶつかり、合わさりそして、爆発。怒号のような爆音、爆風がダンクーガに襲いかかった。

 

「うぉぁっ!?」

沙羅

「忍!?」

 

 吹き飛ばされ、大きくよろけるダンクーガ。その隙を少女は逃さない。邪霊機は一瞬でダンクーガへと接近し、その刃を振り上げた。

 

ライラ

「これでまず、一人!」

「野郎!?」

 

 刃が振り下ろされるのは、ダンクーガの頭部。コントロールの中心にあるイーグルファイターをライラは、的確に狙っていた。しかし、振り下ろされる直後、邪霊機目がけて放たれる弾丸の雨。

 

ライラ

「チィッ!?」

マーガレット

「やらせるものかよ!」

 

 マーガレットのシグルドリーヴァ。全身に格納されるミサイル弾を叩き込み、キャタピラつきの脚部で進む戦乙女が、そこにいた。

 

ライラ

「お姉さん、生意気!」

 

 舌舐めずりし、邪霊機はターゲットをシグルドリーヴァへと変更する。邪霊機が剣を掲げると、3つの球体がゆらゆら、ゆらゆらと揺らめきながらシグルドリーヴァへと向かっていく。プラズマ光。或いは、人魂。不思議な重力を伴ってシグルドリーヴァに迫るそれは、確かな熱を持っていた。

 

マーガレット

「黙りなさい、小娘!」

 

 その熱を、シグルドリーヴァはビームコーティングが施された装甲で受け止める。ビーム熱と原理は違えど、熱は熱。シグルドリーヴァはプラズマ熱を耐え切り、再びミサイルの照準をアゲェィシャ・ヴルに合わせる。そしてファイア。4発のミサイルが火を吹き、弧を描く。しかし、赤い邪霊機に目掛けて飛んだはずのそれは、青い邪霊機の膝蹴りに叩き伏せられてしまう。

 

紫蘭

「…………」

マーガレット

「紫蘭……!」

 

 紫蘭・カタクリ。ライラによって蘇り、屍人形として傅くかつての恋人がマーガレットに立ちはだかる。紫蘭の邪霊機ニアグルースは拳を構え、無感動の瞳でシグルドリーヴァへと駆けた。ニアグルースの攻撃その切れ味を、マーガレットは知っている。熱エネルギーを伴う攻撃ではない物理的な打撃に対しては、シグルドリーヴァは脆い。攻撃を受け止めるために、“右腕”を上げようとしたがしかし、上がらなかった。

 

マーガレット

「こんな時にっ!?」

 

 視界を真っ赤に染め上げてしまうほどの敵意を前に失念していた不調。それが今、裏目に出た。防御しきれない打撃の嵐が、マーガレットを襲う。

 

紫蘭

「……ニアグルース、やれ!」

マーガレット

「紫、ら、ん……!?」

 

 掌底。肘撃ち。回し蹴り。次から次へと繰り出される攻撃の数々は、マーガレットに防御の隙も、反撃のタイミングも与えない。一撃、また一撃とシグルドリーヴァはそれを喰らい続ける。ビームコーティングされた装甲が弾け飛び、機械が露出する。露出したセンサー類へ、抉り込むような拳が伸びる。コクピットごと潰れかねない剛腕が、シグルドリーヴァを貫いた。

 

マーガレット

「あ、う…………っ!?」

 

 狭いコクピットの真横。マーガレットの右肩を掠めるような位置をニアグルースの拳は通り過ぎていた。衝撃で、コクピット内の様々な機器が弾け飛ぶ。精密な電子部品の数々が燃えるような熱さのまま、マーガレットへと飛び散った。パイロットスーツを着ていなければ、火傷していただろう。しかし、どこかが焼けるように熱いのをマーガレットは感じる。もしかしたら、パイロットスーツが破けたのかもしれない。だとしたら、危ない。しかし、神経接続スコープに映る景色が揺れ、視界が安定しない。今マーガレットができるのは、せめて舌を噛まぬように唇を噛み締めることだ。だが、それでも衝撃と痛みで息が漏れる。

 

沙羅

「マーガレット!?」

ライラ

「あなた達は、こっち!」

 

 助けに行こうとするダンクーガを、赤い邪霊機は離さない。黒いオーラを纏う剣から放たれる一条の光が、ダンクーガを焼いた。

 

雅人

「クソッ、このままじゃ!」

「忍、もっと出力を上げろ!」

「やってらぁっ!」

 

 ブースターを噴かし、光の中から脱出するダンクーガ。しかし、それを狙い澄ましたかのように背後から3体のポルターガイストが迫り来る……!

 

リビングデッド

「ォォォォォォ……ォォォォォォ!!」

 

 両手がギロチンのような刃になっているポルターガイストがその両手を大きく掲げ、ダンクーガへと振り下ろす。その瞬間だった。

 天上に鎮座する空間の歪みが大きく畝り、そこから一条の光が差し込む。そして、ダンクーガとリビングデッドの間へと光は颯爽と飛翔する。そのオーラは強く、そして強固な意志を持ってこの空間へと乱入する深緑の光。

 

ショウ

「はぁぁぁっ!」

チャム

「ショウ、いっけぇぇぇぇぇっ!」

 

 ヴェルビン。聖戦士ショウ・ザマが聖少女シーラ・ラパーナの祈りと共に手にしたオーラマシン。ショウのオーラ力は、オーラ光を撒き散らしそして、この空間に漂う怨念に取り憑かれたマシンを断つ。

 

ライラ

「やっときた……聖戦士!」

 

 斬り込むヴェルビンと共に、もうひとつ光の翼が舞った。舞い散る羽根はポルターガイスト達の装甲を焼きつくし、そして飛翔するそれから放たれるワイヤーは、邪霊機ニアグルースの拳に深々と突き刺さった。

 

紫蘭

「!?」

槇菜

「マーガレットさんに、ひどいことするな!」

 

 ゼノ・アストラ。黒き機神は破邪の熱を伴う翼を広げそして、盾を構えてワイヤーを引っ込める。深々と刺さったニアグルースがワイヤーに吊られそして、ゼノ・アストラの盾に衝突した。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

マーガレット

「ゼノ・アストラ……槇菜なの?」

 

 ニアグルースの放つ打撃は重く、シグルドリーヴァのカメラモニタの数々を潰していた。今、マーガレットは神経接続型スコープ越しに赤く染まった視界を見ている。そんな中でも、見間違えようない光の翼と、全てのものを守ると誓った堅牢な盾を持つ機神の存在は、見間違えようもない。

 ゼノ・アストラ。旧神と呼ばれる黒き機神は邪霊機ニアグルースを振り落とし、そして槇菜は改めてその場所を見る。

 

槇菜

「マーガレットさん……それにみんなも。ここは?」

 

 空のない天上。廃棄されたマシンの墓場から次々と湧き上がる騒霊。そして邪霊機。ゼノ・アストラのモニタに、象形文字のようなものが浮かび上がる。

 

槇菜

「“厄祭戦”……輪廻の坩堝。どういうこと?」

 

 “厄祭戦”その言葉は以前聞いたことがある。竜馬やハーロック、三日月達のいた世界でかつてあったとされる大戦争。その名前だ。しかし、それがこの場所とどう関係あるというのか。

 

 ショウ、槇菜に続くように大きく時空が歪み、畝りが起きる。畝りの中から顔を出す巨大なゲッターロボの顔が、万物を睥睨していた。ゲッターエンペラー。そのあまりにも巨大な存在感が、戦場に君臨する。

 

トビア

「エンペラー! みんなが来たのか?」

アムロ

「どういうことだ。地上でも、何かがあったのか?」

 

 迫る敵を追い払いながら、それぞれに呟くトビアとアムロ。

 

シャア

「だが、今は……ありがたい!」

 

 真正面の敵にメガ粒子砲を放ち、シャアが叫ぶ。それと同時、エンペラーからも機動部隊が次々に出撃し加勢へと回った。ゲッターロボ、グレートマジンガー、ゴッドマジンガー、ブライガー、ゴッドガンダム、マスターガンダム。それに……。

 

ユウシロウ

「…………」

 

 骨嵬。あの月面に現れた謎の鬼武者と瓜二つのメカ。

 

ハーロック

「そのマシンは……?」

隼人

「説明すると長くなる。ともかくそいつは味方だ」

 

 手短に伝えるジャガー号の隼人。そして、遅れながらエンペラーから発進する機体があった。

 

桔梗

「……システム、オールグリーン。アシュクロフト。出ます」

 

 アシュクロフト。櫻庭桔梗の乗る青いアサルト・ドラグーン。カタパルトから射出されると同時にブースターを噴かし、右手に構えたハルバードランチャーで槇菜のゼノ・アストラを狙うように迫るポルターガイスト達を次々と撃ち落としていく。

 

槇菜

「お姉ちゃん……!」

桔梗

「槇菜、私も戦うわ」

 

 空中での自由飛行のできないアシュクロフトは、ブースターを使った上下移動しか基本的にはできない。すぐに着地し、アシュクロフトはゼノ・アストラを援護するようにファイアダガーを斉射。迫るポルターガイスト達を退けていく。しかし、ポルターガイストはすぐに周囲の機械を取り込み再生を始めていく。そして黒いオーラが強まる。その不可解な現象は、やはり桔梗もはじめて見るものった。

 

桔梗

「どういうの、あれ?」

 

 迎撃しながらも、桔梗が毒付く。次の瞬間、アシュクロフトの背後に接近するポルターガイスト……百足のような多脚を有する個体の心臓を、骨嵬の刀が突き刺した。仄暗い光が霧散し、鉄の鎧はバラバラのガラクタへと変貌し崩れ落ちる。骨嵬を操る者……豪和ユウシロウは、直感的にその存在を理解しているようだった。

 

ユウシロウ

「……骨嵬。お前は知っているのか」

 

 ポルターガイスト。即ち、邪霊機に従えられた悪霊達を鎮める方法。鎧を砕き、心臓とも言うべき霊魂を斬る。それを知っているのは骨嵬か。それともユウシロウの“嵬”としての記憶か。

 

ヤマト

「ゴッドマジンガーが言ってるぜ。こいつらの中心にある黒い靄。それが本体だって!」

 

 古代ムーの守り神ゴッドマジンガーも、それを知っていた。故にヤマトには、わかる。魔神の剣で敵を斬り、剥き出しになった霊魂を魔神は握り潰していた。

 

鉄也

「なるほどな。ぱっと見は面喰らったが、そういうことなら話はシンプルだ」

東方不敗

「うむ。要するに邪念の核を破壊すればいいだけのこと。行くぞドモン!」

 

 マントを広げた黒いガンダム……マスターガンダムが飛び上がる。それに続きゴッドガンダムも風雲再起から飛び降りると、2機のガンダムは自らを超級の竜巻へと変えて戦場へ飛び込んでいった。

 

ドモン

「超級!」

東方不敗

「覇王!」

ドモン、東方不敗

「電影だぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 二つの電影弾が戦場を突き抜けていく。その爆発的なエネルギーの嵐は、周辺のポルターガイスト達を巻き込みながら爆発する。超級覇王電影弾。流派東方不敗の奥義がひとつは自らの周囲にエネルギーの渦を発生させ、それを回転させることで爆発力を高めながら突撃する面制圧奥義。マスターガンダムの電影が敵の装甲を破壊し、続くゴッドガンダムが顕になった霊魂を介錯していく。師弟の息の合った連携攻撃が、次々と炸裂しポルターガイスト達を沈めていった。

 

ライラ

「キング・オブ・ハート……! また私の邪魔をする!」

 

 その様子を、ライラは憎々しげに見つめている。電影を解除したゴッドガンダムはしかし、そんなライラの憎しみの視線などものともしない。

 この場所にエンペラーが来るようにオーラロードに細工を仕掛けたのは、ライラだ。しかし、エンペラー側の戦力が想定以上に膨れ上がっている。口には出さないが、ライラは焦っていた。オーラロードは、簡単に開かれるものではない。リーンの翼を介しても、フェラリオの祈りによっても簡単に開くことのできない神秘の扉。それをライラが月で開くことができたのは月という場所の引力と……ライラの、邪霊機の力あってのことだ。

 本当なら、アルカディア号側の面々を片付けてから呼び出し、アルカディア号の者達をリビングデッドにして戦わせるつもりだったのだ。それが、二つの部隊が合流する結果を生んでしまった。

 

ドモン

「やはり貴様か。お前にどのような理由があるのかは知らぬが、シャッフル同盟として、悪を為すものは許すわけにはいかん!」

 

 しかし、そんな皮算用こそドモン・カッシュには関係ない。ライラが、邪霊機がこの世に災いを齎す存在であるならば倒すのみ。ゴッドガンダムは邪霊機を指差し、風雲再起を呼びつける。再び騎乗すると、アゲェィシャ・ヴルへと向かっていく。邪霊機は剣に黒いオーラを纏い、ゴッドガンダムへと対峙するのだった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

アルゴ

「あの女、いいのか?」

 

 エンペラーの甲板に立ちながら、グラビトンハンマーで敵を迎撃しつつアルゴ・ガルスキーが呟いた。あの女、とは櫻庭桔梗のこと。それに応えるのは、彼のパートナーでもあり共に尋問を担当したナスターシャ・ザビコフ。

 

ナスターシャ

「ああ。こういう事態だからな。動かせる機体は少しでも多い方がいい」

 

 そういうナスターシャの顔色には、緊張のようなものが見えた。無理もない。とアルゴは思う。あの時……“神”との戦いの中エンペラーはゲッターエネルギーの殆どをゲッター1へと放出した。今のエンペラーは、少なくともまともな戦闘行為はできない状態らしい。その中でどうにか辿り着けたのがこの空間で、そこは既に戦いの渦中なのだから。

 

アルゴ

「わかった。お前の判断を信じよう」

 

 そう言って、アルゴは再び通信を切る。今回、長射程武器を持つガンダムローズ、ジョンブルガンダムを中心に空中での自由飛行ができないモビルファイター達は、エンペラーの周囲で敵の迎撃任務に当たっている。アルゴも例外ではなく、グラビトンハンマーで近づくものは次々と薙ぎ払っていた。

 

早乙女

「ハーロック。どうやらアルカディア号は無事らしいな」

 

 そんなエンペラーの艦長……早乙女博士は今、職員の避難を急がせている。機体や資材、人員。あらゆるものを艦載機に移行させており、手の空いている者は全員、その作業に当たっていた。

 最悪、エンペラーを放棄する可能性がある。そういう判断だ。

 

ハーロック

「早乙女博士。そちらも、ご無事で何よりです」

早乙女

「いや、そうとも限らん」

 

 博士がそう言った直後、エンペラーの推進力が急激に弱くなる。空中を飛行するだけの推進能力を確保できないエンペラーはそのまま落下。艦上に展開していた機動部隊は咄嗟にジャンプするも、自由落下を余儀なくされる。激しい衝突音。それと共に、エンペラーの黄色く輝く目から光が消えかかり始めていた。

 

早乙女

「ッ!?」

 

 激しい衝撃が、エンペラー艦内を襲う。それと同時に各種の電源がショートし、照明が暗転。自動的に予備電源に切り替わり、薄ぼんやりとしたほのかな灯りが早乙女博士を照らした。

 

ミチル

「お父様、今のは何!?」

 

 格納庫からの通信で、ミチルの声が響く。それと同時に、早乙女博士は外の光景を睨み……全てを理解していた。

 

早乙女

「そうか……。そういうことだったのか」

ミチル

「……お父様?」

 

 早乙女博士は、元々気難しい気性の人間だった。しかし、ここ最近の父はそれに輪をかけて人を寄せ付けない雰囲気を放ち始めている。そうミチルですら感じるものがあった。

 

早乙女

「キャプテンハーロック。アルカディア号にこちらの人員を避難させたい。できるか?」

ハーロック

「……早乙女博士?」

 

 その早乙女の顔には、鬼気迫るものがあった。有無を言わさぬ表情。とも言える。その顔を、ハーロックは知っている。

 

ハーロック

「……わかりました。職員の命は、私が預かりましょう。トチロー、オルガ、しばらく艦を頼む」

オルガ

「あ、ああ……」

 

 そう言って、艦長席を離れるハーロック。その後ろ姿を、オルガは無言で見つめていた。おそらく、エンペラーからの搬入作業を自ら指揮するつもりだろう。だとすれば、その邪魔をさせるわけにはいかないのが彼の命でもある艦を任されたオルガの仕事だった。

 

オルガ

「ミカ、アルカディア号の防衛だ。オフェンスはダンクーガに任せて、ディフェンスに回れ!」

 

 故に、オルガは指示を出す。自らの半身とも呼べる相棒に。

 

三日月

「了解」

 

 二つ返事で頷き、三日月のルプルレクスが後退する。その最中にもテールブレードがポルターガイスト達を斬り裂き、その亀裂にνガンダムがトドメを刺す。

 

アムロ

「俺も手伝おう。νガンダムには防衛システムがある」

三日月

「わかった」

 

 三日月に続いて、後退し艦の防衛に回るアムロ。それにエンペラーから着地したガンダムファイター達が加わり、防衛網は完成した。

 

ハーロック

「バルバトスが防衛に? オルガの指示か……」

 

 その光景を、エンペラーから発信する輸送船へビーコンを出しながらハーロックは見る。オルガの指示は的確で、エンペラーとアルカディア号の中間点……。こちらの防衛網が最も薄い位置に配置されたバルバトスは鬼神の如き強さで敵を寄せ付けないでいる。敵にすれば恐ろしいが、味方にすれば頼もしい。三日月・オーガスとオルガ・イツカのコンビとは、そういう存在だった。

 故に、ハーロックも負けてはいられない。腰の重力サーベルを引き抜くと、味方機の攻撃を掻い潜る僅かな、小さなポルターガイスト達目掛けてハーロックはそれを振るう。忽ち粉微塵に消えていくポルターガイスト。キャプテンハーロックという男は、鉄騎の塊を前にしても決して怯むことはないのだ。

 やがてゴルビー2を筆頭に、エンペラーの艦載機達が目前へと迫る。

 

ハーロック

「こっちだ。急げ!」

ナスターシャ

「了解した!」

 

 ナスターシャのゴルビー2を先頭に、ミチルの指揮する輸送機と、他早乙女研究所管轄の輸送ヘリ2機がアルカディア号目掛けて続く。それを狙う百足脚のポルターガイストの装甲を叩き割るように、ガンダムマックスターの強烈なパンチ。砕けた隙間から、ジョンブルガンダムの性格無比な狙撃が入り、百足型ポルターガイストは崩れ落ちる。

 

チボデー

「ヘッ、俺たちを忘れてもらっちゃ困るなキャプテン!」

チャップマン

「敵の方から向かってくると言うなら、いっそ狙いやすい」

 

そう、頼れる仲間はオルガと三日月だけではない。エンペラー部隊からもマックスター、ドラゴンガンダム、ガンダムローズ、ボルトガンダム、ジョンブルガンダム。それにライネックやダンバインが、防衛兼遊撃部隊として戦っている。

 

ハーロック

「……ありがとう!」

 

 素直な賞賛と感謝の言葉を、海賊の中の海賊は惜しまなかった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 エンペラー部隊の合流で激しさを増す戦いの中、ゼノ・アストラはやはり、不思議な警告を槇菜へ発し続けていた。それを聞きながら、槇菜はニアグルースの攻撃を捌き続けている。“厄祭戦”“輪廻の坩堝”そんな不気味な言葉を叫ぶゼノ・アストラの中で槇菜は、強敵と対峙しているのだった。

 

紫蘭

「フゥ……ハァッ!」

槇菜

「ッ! セラフィム!」

 

 ゼノ・アストラの光の翼……セラフィムが羽ばたき、舞い散る羽根はニアグルースへと向かう。破邪の熱を持つ天使の羽根。邪悪なる者を焼き祓うその力は、邪霊機に対しても有効だった。聖なる炎が燃え上がり、ニアグルースの右拳が燃える。

 

紫蘭

「…………!?」

桔梗

「逃がさない!」

 

 咄嗟にゼノ・アストラから距離を離す紫蘭。そこに、アシュクロフトは大型の収束粒子砲を叩き込んでいく。姉妹の息の合った連携は、確実に紫蘭を追い詰めていた。

 

マーガレット

「…………ッ!」

 

 不甲斐ない。マーガレットは下唇を強く噛み締め思う。紫蘭を殺すのは、自分だと。解放してあげるのが恋人だった自分の義務だと。なのに、このザマはなんだ。シグルドリーヴァはひどく損傷し、スコープの照準も狂っている。“右腕”の上がらないことが口惜しい。

 そして、何より。

 

槇菜

「マーガレットさん、後退してください!」

 

 槇菜にそう言われてしまうことが、悔しかった。だが、今自分がいては足手まといになることをマーガレットも理解している。

 

マーガレット

「……ええ。ありがとう」

 

 だからそう言って、シグルドリーヴァを後退させる以外にマーガレットにできることはなかった。しかし、それを簡単に許す敵ではない。ニアグルースの掌から、黒い光が放たれる。気弾とでも言うべきそれは的確にシグルドリーヴァを狙い、ゼノ・アストラはそれを庇うように躍り出る。

 

槇菜

「このっ、卑怯者!」

紫蘭

「…………」

 

 そんな罵倒も、紫蘭には届かない。それがマーガレットには悲しく、虚しい。だから、せめて楽にしてあげたいのに今はそれができない。それが、あまりにも惨めだった。

 

マーガレット

「こんな時に……私は何もできないなんて」

 

 歯痒さが、そう呟かせる。力があればと。槇菜に守られるような弱さでは、ダメなんだと。これではきっと、カンナのことも守れない。紫蘭と同じように、いつか失ってしまう。そんな思いが、マーガレットの脳裏をよぎる。その時だった。ピクリ、とシグルドリーヴァの右腕が動いた。そう、感じる。それは神経接続型の機体故のものかもしれなかったがともかく、マーガレットにはその反応を無視できなかった。

 

マーガレット

「シグルドリーヴァ……?」

 

 シグルドリーヴァが、何かを伝えようとしている。そう、マーガレットは感じた。その思いを一瞬で、くだらないと却下する。マシンはマシンだ。道具でしかない。道具とは使用者に思いを伝えるものではなく、使用者の思いを体現するためのものなのだから。

 だが、“右腕”は尚も語りかける。

 “戦う意志はあるか”と。

 

 それは。

 それは。

 

マーガレット

「当たり前だ!」

 

 言われるまでもない言葉だった。そんなことを問うているのならば、愚問も甚だしい。怒りを通り越して呆れ返るほど、それは当たり前の質問。故に、マーガレットは叫んだ。

 

マーガレット

「槇菜は、私のせいで巻き込んでしまった女の子だ。本当は、戦わなくてもいい子なんだ。その槇菜に守られるなんて、私は嫌だ!」

 

 それは、マーガレットの魂からの叫びだった。

 

マーガレット

「シグルドリーヴァ、戦う力があると言うなら私によこせ。紫蘭を貶めた、あの子を屠る力を。今もこうして、誰かを守るために傷つき続ける少女を守れる力を」

 

 そして、何よりも。

 

マーガレット

「私自身が、後悔しないための力を!」

 

 マーガレットの叫びが通じたのか。それは定かではない。しかし、そう叫んだ直後のことだった。

 天地を引き裂かんばかりの雷鳴。それと同時に、シグルドリーヴァの“右腕”が天を掴まんばかりに大きく上がる。当然、そんな動作をマーガレットは行っていない。しかし、異変はそれだけには留まらなかった。

 

槇菜

「えっ!?」

 

 ゼノ・アストラのセラフィムが広がりはじめた。まるで、この世界を包みこまんばかりに広く、大きく広がっていく光の翼。槇菜の意志で操る破邪の翼は今、槇菜のコントロールを離れて暴走を始めている。

 

ショウ

「これはっ!?」

 

 広がり続ける翼から舞い散る羽根は焔へと変わり、全てを燃やす。それは、今までのゼノ・アストラからは……槇菜が操る限り、全てのものを護る鉄壁の守護神だったゼノ・アストラからはあり得ない挙動だった。

 

ドモン

「槇菜、どうしたっ!?」

槇菜

「ゼノ・アストラのコントロールが、効かないんです……。どうして!?」

 

 異変が起きているのは、ゼノ・アストラとシグルドリーヴァだけではない。ずっと敵を屠り続けていたバルバトスの動きが、急に緩慢なものになる。

 

オルガ

「ミカッ!?」

三日月

「これ……あの時と同じだ」

 

 バルバトスのエイハブウェーブが、異常な周波数をキャッチし誤作動を起こしているのだ。それはかつて、『B世界』の火星でモビルアーマー・ハシュマルと戦った時と同じ変調。

 

三日月

「バルバトス……何かを待ってるのか?」

 

 三日月の嗅覚は、バルバトスの異変から何かを感じ取ったように呟いた。しかし、問題は今ここでバルバトスが動かなくなるのは、自分の命も危険であるということ。迫り来るポルターガイストの放つ気弾のようなものを、バルバトスの前に躍り出たフィン・ファンネルが電磁シールドを作り受け止める。

 

アムロ

「三日月、下がれ!」

三日月

「そうしたいけど、バルバトスが言うこと効かないんだ」

 

 三日月・オーガスは、自身の五感をバルバトスに預けてしまっている。バルバトスから脱出することも叶わないその身体は今、バルバトスの不調と併せて窮地に陥っていた。

 

シャア

「しかし、なんだこの胸騒ぎは……!」

 

 サザビーで敵を薙ぎ倒し、荒れ狂うセラフィムを避けつつもシャアは呻くように言う。シャアの鋭敏な感覚は、この空間に渦巻くものを感じ取っていた。そしてそれは、ライラの放つ邪悪なプレッシャーだけでは決してないことを彼は悟る。

 

ライラ

「これ……。そうか、リーンの翼が呼んでるんだ!」

 

 ゴッドガンダムの拳を躱しながら、邪霊機の少女が叫んだ。

 

ドモン

「何ッ!?」

槇菜

「リーンの翼……エイサップ兄ぃが!?」

 

 オーラロードに突如現れたサコミズ王と共に、どこかへと飛び去っていったエイサップ。槇菜がそれを意識すると、ゼノ・アストラは仄かな光をキャッチする。人だ。槇菜が画面を格段すると、モニタに映るそれは見間違えようもない。

 

エイサップ

「うぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

サコミズ

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 エイサップ鈴木と、サコミズ王。二人は自らの履く靴から生え伸びる翼の意思に操られるがまま、空を飛んでいた。

 

槇菜

「エイサップ兄ィ!?」

リュクス

「父上!?」

ショウ

「クッ……!?」

 

 それぞれに言葉を発し、ショウのヴェルビンはエイサップを助けに行こうと急行する。しかし次の瞬間、リーンの翼は眩いばかりの輝きを放ち、そして舞い燃え散るセラフィム達がそれに共鳴するように輝き始めるのだった。

 

アムロ

「これは……!?」

トビア

「な、ん、だ?」

 

 その輝きは激しさを増し、周囲全てを包み込んでいく。

 

鉄也

「クッ、この眩しさは!?」

竜馬

「チッ、前が見えねえ!?」

 

 その温かく、しかし冷たい空気が空間を、世界を支配していく。それを彼らの戦場で刺激された肌が感じる。

 

ユウシロウ

「…………!?」

ショウ

「うッ…………!?」

 

 眩さに目を細める者達。

 

シャア

「この肌寒さは……何だ!?」

三日月

「…………バルバトス。お前、知ってるのか?」

 

 今まで経験したことのない……しかしどこかで覚えている。これは、まるで輪廻の記憶。

 

ヤマト

「ゴッドマジンガー、お前……?」

キッド

「こいつは一体……?」

 

 それは人が、生物が知る原初の光なのかもしれない。あるいは人は生まれ落ちると共に、この光を忘れてしまう性を生まれながらにして持たされている。そういう性質のものだった。

 

ハーロック

「この光は、まるで……!?」

 

 アルカディア。宇宙のどこかにあるとされる伝説の理想郷。それを人が求めて止まぬのは、この光を知っているからなのかもしれない。

 

ドモン

「だが、この恐怖感はなんだ!?」

東方不敗

(これは、まるで……!)

 

 暖かな光の中に迸る冷たさ。それは生命の原初の冷たさ。或いはそれこそが、死という感覚なのかも知れない。東方不敗は、それを一度経験している。命の灯火が消える最期の熱。彼がドモンとの死闘の果てに得たものだ。それと同じ温かさと冷たさが同居するこの感覚が、世界を包んでいる。

 

槇菜

「ゼノ・アストラ、何をっ!?」

 

 その最中にありて、黒き旧神の翼が羽ばたくと、舞い散るセラフィムの炎はゼノ・アストラ

の装甲を……黒いボディを焼いていく。

 

桔梗

「槇菜っ!?」

マーガレット

「何が、起こって……」

 

 まるで自らを裁くかのような炎を浴びるゼノ・アストラ。その炎の中で少女は、櫻庭槇菜の視界には、映るものがあった。

 

槇菜

「これ……これって……」

 

 それは槇菜が知っているようで、知らない世界。機械の巨人が闊歩し、戦う光景。そしてその中で散っていく無数の命と、新たに生まれる命。

 

ライラ

「“厄祭戦”……」

 

 槇菜の見ている光景が何なのか、少女は知っているかのように呟いた。

 

オルガ

「何……?」

隼人

「“厄祭戦”だと?」

 

 その言葉を、オルガや隼人。それにハーロックら『B世界』の者達は知っている。彼らの世界において、それは伝説ともなっている大戦争を表す言葉だった。

 

ライラ

「リーンの翼が見せている光景に、旧神が共鳴しているんだ。なら……!」

 

 丁度いい。そう言って邪霊機の少女は剣を掲げ、祈るような言葉を呟く。それは、マーガレットの耳には懐かしい音を伴いそして一瞬、空間が黒く染まる。しかし、数瞬の後……。

 

 世界の光景は、塗り替えられていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 槇菜達の目に映るその光景は、宇宙の闇だった。青い星。見渡すばかりに広がる闇。その先には槇菜達が月と呼ぶ衛星が浮かんでおり、その周辺には金色の輝きを伴う何かが無数に蠢いている。

 

エイサップ

「これは……!」

サコミズ

「リーンの翼が、この光景を見せていると言うならこれは、現実だというのか!?」

 

 サコミズの叫びに応えるものはない。やがて、青い星から一条の流星が飛んできたように見える。白く煌めく流星。その両手には決して折れない二本の剣。マシンだ。しかし、その流れるような姿形は美しく悍ましい。マシンは、赤い瞳を迸らせる。

 そのマシンを、オルガ・イツカは知っている。

 

オルガ

「バエルだと!?」

 

 ガンダム・バエル。三日月の乗るガンダム・バルバトスと同じガンダム・フレームを搭載する72機のモビルスーツがひとつであり、その第一号機のあたる機体。オルガ達鉄華団の協力者でもあったマクギリス・ファリドが革命のために欲したギャラルホルンの象徴とも言うべきマシンが、そこにいた。

 

三日月

「だけど、あれはチョコじゃない」

竜馬

「マクギリスの野郎じゃねえってんなら、誰がバエルに乗っているってんだ!」

 

 竜馬が叫ぶと同時、ガンダム・バエルはその剣を高く掲げる。まるで、革命に挑む騎士のように。そして、

 

『戦士達よ今こそ集え、アグニカ・カイエルの名の下に!』

 

 そんな、宇宙に響き渡る声が彼らの耳に去来する。アグニカ・カイエル。ギャラルホルンの創始者であると同時、このガンダム・バエルで“厄祭戦”を収めたとされるオルガ達の世界に伝わる英雄。その名前をバエルの操縦者は口にするのだ。

 それと同時、バエルに続くように集結するガンダム・フレーム達。キマリス、グシオン、フラウロス、それにバルバトス。三日月達が知っているそれらだけでなく、数多くのマシン達がバエルの名の下に集い、月を目指して進軍する。その光景は、伝説に伝わる“厄祭戦”そのものであるかのようにキャプテンハーロックには映っていた。

 

ハーロック

「そんな、ことが……!?」

 

 あり得ない。そう言いたい気持ちと、ならばこの光景はなんだという気持ちがせめぎ合う。それに答えを与えるように、邪霊機の少女は呟くのだった。

 

ライラ

「“厄祭戦”……。これはその記憶。“前の宇宙”で起きた人類の終末戦争」

ドモン

「“前の宇宙”だと?」

ライラ

「そう。人の命がバイストン・ウェルで転生し、魂の修練を積むのと同じ。世界……ううん、宇宙だって生き物だから輪廻する。これは宇宙の、前世の記憶。そして再び生まれた宇宙は、双子だった」

隼人

「…………それが、俺たちの世界とこの世界だと言うのか?」

 

 並行世界。並行宇宙。そう呼ばれる世界だと解釈していたものに、新たな答えを示される。だが、そうであると言うならば納得のいくものもある。

 

ユウシロウ

「……あれは、骨嵬?」

竜馬

「何だとっ!?」

 

 月より出でる軍団。その中にある骨嵬のような鎧武者の姿をした鬼がそれだ。骨嵬。自らを鬼へと変貌させる器。それが今、バエル率いる悪魔の名を冠するガンダム達と剣を交えている。それは、世界の垣根を越えた戦いだった。

 

隼人

(ガサラキが地球に流れ着いた過去というのは、まさかこの世界なのか?)

 

 そして輪廻は周り、しかし隔世遺伝的に嵬の一族が現れるとしたら。ユウシロウやミハルだけでなく、『B世界』の人間でもある竜馬が嵬であっても筋は通る。

 

沙羅

「忍、あれ!?」

「ダンクーガだと!?」

 

 月へ向かい集結するマシンの中に、ダンクーガとよく似た黒いマシンがあった。違いがあるとすれば、赤いマスクをかぶっていることと、背中のブースターがさらに強力に進化していること。おそらく、合体している獣戦機が4機ではなく、5機。それに向かい集まる骨嵬の軍団を前に、そのダンクーガは断空剣を抜く。そして黄金の輝きと共に、剣を振るう。

 

『断空弾劾剣!』

 

 ダンクーガから放たれる魂の一振り、重なる叫び。それは確かに人を越え、獣を越えた先に至る力。人類の希望を一身に背負いし方舟。

 

「……あの少女の言っていたオリジナルとは、こいつか?」

 

 亮が呟くと同時、次に飛び込んできたのは髪の毛のような触覚を頭部に束ねる白いマシンだ。髪の毛から光の輪を放ち、敵陣へと猛スピードで切り込んでいく。

 

鉄也

「あれは、光子力エネルギーを使ったマシンか?」

トビア

「だけど、マジンガーではない……一体あいつは

?」

 

 まるで孤高の王者の如きスピードで骨嵬を蹴散らしながら、髪の毛マシンは月に集結する金色の巨人達へと迫る。黄金はブラックホールのようなワームを発生させるが、周囲に光子の壁を作り出してそれを掻い潜る髪の毛マシンは、チェンソーのような武器にポケットから取り出した弾頭を込めていく。

 

『そっちが心を読めても、こっちにはオーバースキルがある!』

 

 髪の毛マシンがチェンソーから銃弾を放つその瞬間、まるで時間が凍りついたかのように止まったように見えた。正確には止まったわけではない。そう見えるほどに髪の毛マシンの攻撃は鋭く、冷たく、そして熱いのだ。金色の巨人に着弾した弾頭は凍りつき、真空の宇宙の中にありながら絶対零度が金色の巨人達を凍てつかせていく。

 

シャア

「まるで超人……オーバーマンか」

 

 オーバーマン。シャアにそう称されたマシンに続くように現れたのは、モビルスーツだ。一機はガンダム。しかしバエルのようなガンダム・フレームタイプと違い、むしろシャア達に馴染みの深いスタンダード・モビルスーツのように見える。白と青の体色と大きなバックパックを背負ったガンダムを援護するように、まるで華美なドレスのように見える多重砲身を持つガンダムと、シャアやジュドーが戦ったことのある純白のモビルスーツ……キュベレイを想起させる一つ目モビルスーツが宇宙を駆ける。

 純白の機体のスカートのようになっている部分がパージされると同時、ファンネルとなったスカートが次々と骨嵬を撃ち落としていく。続くように、ドレスを纏うガンダムもその砲身を骨嵬へ向け、一斉射撃。暗闇の宇宙を彩るビームの光がまるで花火のように、宇宙を彩っていく。それは、ともすれば綺麗な、引き込まれるような光だ。

 

 

『ゲッター線があなた達を選んだからって、それは他の生き物を滅ぼしていい理由にはならないでしょう!』

『それがわからないあなた達はぁーっ!』

 

 少女のものと思われる叫び声が、宇宙に響く。さらに続けて大きなバックパックを背負うウサギの耳のような特徴的なV字アンテナを持つガンダムが、月を覆う金色の巨人達目掛けてビーム・ライフルを撃った。しかし、ビームの光は不思議な重力場に打ち消され、代わりに発生するワームホールがガンダムを襲う。ガンダムはシールドを構えると、シールドはフォトン光を放って巨大化したかのようにアムロには見えた。そして、バックパックから何かが展開されると当時、螺旋を描くかのように宇宙に光が満ちる。

 

『あなた達が対話を拒むなら、使いますよ!』

 

 螺旋の先……金色の巨人達は次々と消滅し、光に還っていく。光へと還元された金色の巨人達はガンダムのバックパックに吸い込まれ、それを操る少年には巨人の声が聞こえた。

 

『あなたは、そこにいますか?』と。

 

槇菜

「!?」

 

 まるで深淵から語りかけるような冷たく、しかし優しい声。まるで胎児の夢を見ているようなその感覚に、槇菜は猛烈な吐き気を催した。

 

桔梗

「槇菜、大丈夫なの!?」

槇菜

「う、うん……。それより、これ……」

 

 今も、ゼノ・アストラは燃えている。しかし、焼けるような感覚はない。むしろシャワーを浴びている時のような心地よさすら、ゼノ・アストラの炎にはある。そうでありながら、今の声は。

 

ライラ

「……聴いたんだ。天使の声を」

槇菜

「天使……?」

ライラ

「そう、天使。宇宙の彼方から舞い降りたそれは、人類の常識を超越した高次生命体だった」

 

 それがあの、金色の巨人達なのだろうか。槇菜は再び視線を、月を舞台にした戦いに移す。金色の巨人……天使達の囁き声に呑まれた名も知らぬガンダム・フレーム達からエメラルドの宝石が伸びていく。まるで、機体の、或いは体内の構造を変換しているようなその光景は美しくもあり同時に、悍ましさを醸し出している。

 

『あなたは、そこにいますか?』

 

 その声を受けたガンダム・フレームは忽ち体内から抽出された結晶へと身体の全てを置換され、弾ける。それは死と呼ぶにはあまりにも実感のわかない消滅だった。「いなくなった」という方が適切かもしれない。

 

チボデー

「Jesus!」

 

 それは、あまりにも常識から離れた末路だった。その光景に、機能不全に陥っていた三日月のガンダム・バルバトスルプスレクスが吠え猛るように駆動音を掻き鳴らす。

 

三日月

「バルバトス、お前……」

 

 あれと戦うために、悪魔は生まれた。そうバルバトスは言っているようだった。

 

エイサップ

「俺たちの宇宙が生まれる前に、こんなことが……」

ショウ

「あれは、何だ!?」

 

 激動の宇宙を突き抜けるように、さらに二条の流星が走る。片方は純白。片方は紫根。それぞれが、あの天使達と同じような煌めきを宿している。

 

『間に合わなかったか!』

『いや、まだだ。俺がやる!』

 

 前に出たのは、白い方だ。そのマシンは手足が長く胴が細い。まるで神話に登場する竜人のようなフォルムをしていた。そしてその右腕には、結晶で固定された棒状の武器。それを振りかざすと、白い竜人は一瞬、戦場で固まった。だが次の瞬間、棒の先端が二つに分かれる。忽ち周囲のガンダム・フレーム達を襲う緑色の結晶を覆うように白い竜人を中心にして咲き乱れる結晶が、宇宙を包み込む。そして、パリン。

 

『半分は、もういないのか……!』

 

 白い竜人は、敵に侵蝕されこの宇宙から生滅しようとする者達を救ったのだ。敵の侵蝕行為を逆侵蝕することで中和し、その侵蝕を自らが引き受け逆に喰らい尽くす。

 救世主。そう名付けられし片翼は存在の力を体現する機体。そして、もう片翼。紫根の体躯を持つ竜人は、肩から伸びるワイヤーを次々と敵へ突き刺していた。

 

『貴様らぁぁぁぁっ!?』

 

 獰猛な声と共に、ワイヤーは敵を同化していく。そして、同化された敵は瞬く間にワームに呑まれ消滅。虚無の申し子。

 激闘の光景が映し出され続ける中、月が茫と輝いたのを、槇菜達は見た。そして現れるのは、金色の巨人……今までのものとは桁違いに大きく、そして明確な敵意の視線で世界を睨む憎しみの巨人だった。その姿はまるで神話に登場する堕天使アザゼルのようで、他の金色の巨人達にあったそこはかとない神々しさすら、感じられない。

 

マーガレット

「これは、何なの。宇宙の終わり?」

キッド

「だとしても、それをどうして今になって俺たちが見ることになる?」

 

 キッドの疑問に応えるように、それは現れた。天地を揺るがすほどの速度で突っ切る、3台の戦闘機。

 

竜馬

「あれは……!?」

早乙女

(やはり、そうか……!)

 

 3台の戦闘機は一つの姿へと代わり、その巨腕が姿を表す。尚も巨大なアザゼルの遥か、左上。

 

『チェェェェンジゲッタァァァァァ天!』

 

 ゲッターワン。宇宙を震撼させるその巨腕を振り上げ堕天使と戦うその声は紛れもなく、流竜馬のものだった。

 

弁慶

「どういうことだ。なんでゲッターが……」

ユウシロウ

「…………」

 

 ゲッターに続くように、次々と現れるスーパーロボット達。巨大な腕が、敵陣を突き破り飛んでいく。その姿はまさに、ロケットパンチ。

 

ヤマト

「まさか、おい!?」

鉄也

「間違いない、あれは!?」

 

 巨大な腕は姿を変えていく。空に聳え立ち、幾度となくこの世界を守り抜いた鉄の城。マジンガーZ。それと瓜二つの鋼鉄魔神が、両腕を振り上げ君臨するのだった。

 

『てめえらに地球を好きにはさせねえ、光子力ビーム!」

 

 マジンガーZの目から放たれる高出力高視力ビームが、金色の天使達を次々と消滅させていく。さらに、マジンガーZに並ぶように立つ巨人がいた。魔神の剣を構え、荒れ狂うように乱舞するその姿は見間違えようもない。ゴッドマジンガー。

 

ヤマト

「ゴッドマジンガー……。お前も、この戦いに参加していたのか?」

 

 魔神は答えない。しかし、それを肯定と受け取りヤマトはその戦いを食い入るように見つめていた。

 だが、敵は天使達だけではないようだった。遥か宇宙の彼方より、現れる機械の巨人群。その先陣を切るのは、どこか甲殻類を思わせる風貌のマシンだった。その尻尾はどことなく、バルバトスに似ている。

 

オルガ

「ハシュマルだと!?」

三日月

「……………………」

 

 ハシュマル。オルガ達の知る“厄祭戦”は、暴走した無人機モビルアーマーとの戦いだったと言われている。ハシュマルは、オルガ達の火星に眠っていたそのひとつ。ハシュマルに続くように後進するのは、無骨な外観を持つ巨人達だった。物言わぬ巨人が、破壊のかぎりを尽くすようにビームを放ち、後進する。その余波で、戦艦が一つ、二つ、また一つと沈んでいく光景が見えた。

 

ライラ

『暴走する機械仕掛けの神……。それが、この戦いをより混迷に導いた』

 

 破壊と混沌を撒き散らす無人機達。だが、その前に立ちはだかるものがあった。それは、暴走する巨人と同じような風貌を持つ機械巨人。両腕が大きく突き出たような姿を持つ巨大なる王。

 

トチロー

「あの機体、マシンの墓場に朽ちていたのに似ているぞ……!」

 

 トチローが叫ぶ。それと同時、機械の軍団に立ちはだかる大いなる王が叫び声を上げるのだった。

 

 

『これ以上暴れるのならば、力づくで止めさせてもらう! このロジャーの法が、君達を断罪する!』

 

 黒い巨人の胸部が開くと、ミサイルの雨が飛ぶ。さらに腰から射出されるアンカーがハシュマルを捉えると、黒い巨人は容赦なくハシュマルを殴り叩いた。

 

『ビッグオー、アクション!』

 

 まるで、物語に終局を齎す神の如く荒れ狂う巨人。そしてその巨人の背後。月を背に戦う白い機神がいた。背中に日輪を背負い、鏡のように透き通った装甲を持つ神々しい機体。それもまた、神話の時代から出でたような姿と、光でできた剣を握り、月より現れたモノと戦っていた

 

サコミズ

「おお! あの姿はまるで天叢雲剣!」

東方不敗

「まさに、神話の戦いか……」

 

 幼い頃に本で見た神。それをサコミズは日輪に見る。それは東方不敗も同様だった。そして剣を振るう少女達の声が届く。

 

『あなたの愛する世界を守る。そのためなら私は死ぬことだってできた……』

『うん、だけどね。わたしはこれからも、2人で一緒に生きたい。だから!』

 

 共に生きる明日のために。少女達は剣を振るう。沈み逝く月の迷いも、昇り往く太陽の迷いも受け入れ進む。例え何度生まれ変わろうと、きっとまた出会える。それは永遠の空の向こうかもしれないし、背教の果てにあるものかもしれない。それでも二人はきっと幾度と出会い、愛し合う。そう確信しながらも、今この輪廻で掴んだ運命を離さないと決意した少女達の一撃が、アザゼルを斬り伏せる。そこにできた隙に、白い竜人がランスを突き刺した。そして一瞬、堕天使アザゼルを想起させる巨体はエメラルドの結晶に包まれ、弾ける。弾け飛んだその瞬間、中から飛び出した小さな欠片を紫紺の竜人が消し去った。

 

 だが、月から出る猛攻は止まることを知らない。金色の巨人達はさらに増え続け、戦いは激化するばかり。敵も味方も損耗し尽くした、死力の戦いが宇宙では展開されている。

 

『さすがに敵のミールの中心地なだけはある……!』

 

 紫紺の竜人に乗る少年の呟き。そして次の瞬間、赤い体躯の巨神がその空間に姿に表すのだった。

 

アムロ

「あれは……!?」

 

 

…………

…………

…………

 

 

—アルカディア号/医務室—

 

 

 その光景を医務室でカミーユ・ビダンを診ているジュドー・アーシタも目撃していた。赤い巨神。それをジュドーは知っている。

 

ジュドー

「まさかだろ。お前は……」

 

 伝説巨神。かつて木星で発見され、ジュドーとアムロ・レイが協力しその覚醒を阻止した機体がその映像の中では、圧倒する力を奮っていた.全身から放出されるミサイルの雨。敵のワーム攻撃を受けながらそれを対消滅させるバリア。そして、両手から発生する無限のエネルギーをソード状に束ね、力の限り振るう。

 

『死んでたまるかよ。俺はまだ十分に生きちゃいないんだ!』

 

 銀河を揺さぶる少年の叫びが、ジュドーの心に響いた。宇宙を駆けるコスモスの色が、消えゆく魂達の慟哭が宇宙を震わせる。

 

ジュドー

「……こんな戦い、本当はあっちゃいけないはずじゃないか」

カミーユ

「あ、ああ……」

 

 その叫びを聞くものが、もう一人その場にいた。寝台で寝かされている少年、カミーユ・ビダン。カミーユの意識に、コスモスが語りかける。それは、生命の消える音。狂騒の宇宙にただ一つ、凛然と煌めくものが尽きる静寂の音。

 

カミーユ

「ダメだ……それは……」

 

 それは、やっちゃいけないことなんだ。魘されながらカミーユはそう、声を漏らす。

 

ジュドー

「カミーユ……」

 

 そんなカミーユが何を感じているのか、ジュドーにその全てがわかるわけではない。ただ、それでも彼の感じ方はあまりに過敏で、この空間は危険すぎる。それを察したジュドーはただ、カミーユの手を握るのだった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

槇菜

「ゼノ・アストラは、この戦いを知っている……経験している?」

 

 映し出される光景の全ては、ゼノ・アストラとリーンの翼が共鳴して見せている現象だとライラは言う。しかし、あまりにも現実離れした“厄祭戦”の光景は、槇菜の常識を根底から揺るがす力を持っていた。

 宇宙の輪廻。それは人の想像力の遥か及ばないものであり、だが輪廻の記憶はしかし、人々の記憶の奥底にある。それをマジンガーやゲッター、ガンダムといったマシンがそこに存在していることが物語っていた。これはカートゥーンでもなければ、映画でもない。生の現実であることを。

 やがて、月を舞台にした“厄祭戦”の最中にそれは現れる。黒い体躯と、光の翼を持つマシン。細部の形状は違うがそれをゼノ・アストラであると槇菜は疑わなかった。対峙するは、血のような赤に染まり、髑髏のような窪んだ眼窩を持つ機体。邪霊機アゲェィシャ・ヴル。だが、あの特徴的な鴉翼を持たない。持っているのは、猛獣のような鋭い鉤爪。

 月面で激突する2体の機神。セラフィムが羽ばたき、舞い散る羽根が邪霊機を焼く。しかしそれにまるで物怖じせず、獰猛な爪を立てて邪霊機はゼノ・アストラと思しき機体に喰らいつく。そして、食い込んだ爪がギリギリと音を立ててゼノ・アストラの右腕を弾き飛ばした。その光景に、マーガレットの表情が凍る。

 

マーガレット

「まさか、それじゃあ……!」

 

 シグルドリーヴァの“右腕”。それは本来、ゼノ・アストラのものだと言うのならば。

 ゼノ・アストラを思しき黒い機体の、奪われた腕の切断面から筋肉のようなものが膨張し、膨らんでいく。再生能力。そうとしか表現できない現象を起こしながらも隻腕のゼノ・アストラが邪霊機へと向かっていく。尚も激しい戦いが続く“厄祭戦”の光景が広がる中、燃えるような赤い少女が呟いた。

 

ライラ

「だから……もう終わらせなきゃいけないの。こんな輪廻、みんな苦しいだけだから!」

 

 瞬間、“厄祭戦”の光景は光と弾け、凄まじい衝撃音が彼ら彼女らの耳を襲う。それは、夢の終わりのような刹那。

 

エイサップ

「うわぁっ!?」

サコミズ

「ぬぉぉっ!?」

 

 その衝撃に、吹き飛ばされそうになるエイサップとサコミズ。そんな二人を助けるように、彼らの背後に飛んでくるものがあった。ナナジンとオウカオー。彼らの愛機とも言うべきそれらは、主を守るように優しくそれぞれを手でキャッチすると、キャノピーを開き迎え入れる。

 

エレボス

「エイサップ!」

エイサップ

「エレボスか!」

 

 キャノピーを閉じ、エイサップは邪霊機を探す。邪霊機の周囲にはみるも悍ましいほどの黒いオーラ力が蠢き、邪霊機は燃え盛る炎に包まれながらその剣に暗黒を吸収させていた。負のオーラ力が、この空間には充満している。それが何なのか、今の光景でショウは悟る。

 

ショウ

「まさか、この場所は……“厄祭戦”で滅んだ世界の成れの果てなのか!」

 

 映し出された“厄祭戦”の結末は、わからない。しかし、これと同じような光景を、宇宙が輪廻する度に繰り返されているというのならば。

 

ライラ

「そう。ここは吹き溜まり。前の宇宙、その前の宇宙。輪廻する度に輪廻から弾かれた魂達がいくあてもなく彷徨い続ける宇宙の墓場。だからここは、私に力をくれる!」

 

 尚も強力に膨れ上がるライラのオーラ力。あまりにも常軌を逸した悪意の渦が、心を喰らいつくさんばかりに濁流する。

 

アムロ

「これは……!」

東方不敗

「ぬぅ……!」

トッド

「なんてこった……!」

 

 それは、信心深いものやこの世ならざるものを感じることのできる人にとってはまさに毒であり、そうでないものでも、宇宙が輪廻した分だけ蓄えられるという途方もないエネルギーは想像もつかない。それを今、ライラという少女はその身に宿し、マシンを通して体現している。

 

ライラ

「あはは……はははっ!」

 

 その身を焦がすほどに焼きながら、ライラは歓喜の声を上げた。少女が邪霊機の巫女として再誕を果たしてから、どれほどこの時を待っただろうか。宇宙の輪廻。それを断ち切ることで完全な虚無を、死の安寧を世界に齎す。それが、邪霊機の巫女の宿痾。幾度となくそれを阻んだシャッフル同盟。そして人知の及ばぬところでそれを司るリーンの翼を、旧神をこの宇宙から完全に消し去る。そうしたら、次は神を名乗る者達を。最後は木星に眠り続ける巨神と、輪廻の狭間から来る者達を。全てを消し去ることでようやく、宇宙は救われる。完全なる死と虚無によって。

 

ドモン

「させるかぁっ!」

東方不敗

「はぁっ!」

 

 ゴッドガンダムとマスターガンダムの掌が真っ赤に燃え、邪霊機へと放たれた。石破天驚拳。しかし天地すらも驚するその爆熱すら、今のライラはその身を焼く炎で打ち消してしまう。

 

東方不敗

「此奴、自らの身体を焚べておるのか!?」

ドモン

「何っ!?」

 

 あのグランドマスターガンダムか、それ以上。今のライラのプレッシャーがそうさせてしまうのだろうか。ともかく、必殺の一撃すらも軽々と凌駕する今の邪霊機は、燃えていた。自らの羽根に焼かれるゼノ・アストラと同じように。

 

「三界また火宅の如し。奴は自らを焚く炎を以て自らの中に世界を取り込んでいるというのか?」

「冗談じゃねえ! 死んだ世界なんかに、今生きてる俺たちの邪魔をされてたまるかよ!」

 

 今度はダンクーガが動く、断空砲とパルスレーザー、全砲門を一斉射する断空砲フォーメーション。だが、それも邪霊機の炎は霧散させてしまう。

 

ライラ

「うるさいよ、飛び回るなハエが!」

 

 邪魔機が燃える剣を一振りする。その斬撃は波立ち、吹き荒ぶ炎がダンクーガを、ゴッドガンダムを、マスターガンダムを襲う。

 

沙羅

「キャッ!?」

東方不敗

「ぬぅ!」

 

 今のアゲェィシャ・ヴルは、自らを燃やす炎に守られていた。それは世界を呪う炎。輪廻の輪から外れ、帰るべき場所も行くべき場所も失った魂達の、慟哭の宴。

 

シャア

「このプレッシャーは……!」

チャム

「ショウ、怖いよ……悲しいよ」

ショウ

「泣いてる……のか?」

三日月

「……………………」

 

 少女の、少女に付き従うまつろわぬ者達の慟哭が声。それは感受性豊かなフェラリオには毒となり、そうでない者にも胸を突き刺すような悲しみと怒りを想起させる。

 

ライラ

「今ここで、みんな殺してあげる。そうしたらその魂をリビングデッドにして、マシンはポルターガイストの部品にしてあげるから! アハハ、ハハハ!!」

 

 黒いオーラを、死霊、怨霊、怨念、怨恨、憎悪、執着、偏愛あらゆる悪なる意志の力を宿す邪霊機の剣が燃える。死した世界そのものをエネルギー源とするその力は今も尚無限に膨れ上がり続けている。

 

アイザック

「シンクロン原理と同じか……」

 

 ブライガーの中で、アイザック・ゴドノフは冷静に分析していた。

 

お町

「ブライガーなら、あれに対抗できるの?」

アイザック

「未知数だ。シンクロン原理は多次元世界から余剰のエネルギーを抽出し、超質量を可能とする原理だが暴走の危険を考えると長時間保たせることはできない。ブライガーの変形がブライキャリアから射出後24時間以内に限定されるのは、それが理由だ」

キッド

「けどあいつは、この空間そのものから無尽蔵にエネルギーを吸収してる。やってやれないことはないが、分が悪いってわけかい!」

 

 ブライガーが動く。この状況を打破することができる可能性があるのならばと。ブライソードを構え、邪霊機と対峙する。アゲェィシャ・ヴルと斬り結びながらしかし、その剣圧に押されつつあった。

 

ライラ

「アハハ、すごいねそのマシン。世界をいくつ取り込んでるの!」

キッド

「取り込んじゃいないさ。少しだけ、エネルギーを貸してもらってるだけでね!」

 

 軽口を叩くが、実際にはそんな余裕はどこにもない。邪霊機の放つ漆黒の意志に塗れた炎はめらめらと燃え上がり、ブライガーを圧倒するのだから。

 

ライラ

「じゃあ……死んでよ!」

 

 剣を横薙ぎ、ブライガーを蹴り上げる。その剛脚にブライガーが大きく突き飛ばされたのと同時、ライラへと迫るものがあった。

 

マーガレット

「…………!?」

 

 シグルドリーヴァだ。装甲はボロボロに砕け、視界もうまく定まらない。しかしその“右腕”を力強く掲げながら、シグルドリーヴァはライラへと殴り込む。

 

ライラ

「死に損ないのお姉さんが、よくもまあ!」

 

 “右腕”だけで戦う満身創痍のシグルドリーヴァ。ライラはその厄介な“右腕”のパンチを受け止めると、強引に力を込める。ギリ、ギリと軋む音。それと同時に、邪霊機はシグルドリーヴァの“右腕”を掴み、ギチギチという音と共に強引に引き抜くのだった。

 

マーガレット

「けど、この距離なら外さない!」

 

 シグルドリーヴァのマトリクスミサイルが火を噴き、邪霊機アゲェィシャ・ヴルへと至近距離で撃ち込まれる。爆炎が巻き起こり、それと同時シグルドリーヴァは地へと落下する。シグルドリーヴァは、元々推力の高い機体ではない。それであの高度を跳んでみせたのは、限界を越える挙動だった。それを可能としたのはシグルドリーヴァの“右腕”……ゼノ・アストラの片割れでもあったそれが、性能を超えた動きを可能としていたのだ。

 最後の悪あがき。爆炎が止み、赤き邪霊機はその姿を現す。無傷。マーガレットの悪あがきは、失敗に終わった。

 

マーガレット

「ここまで、か……」

 

 落下しながら、マーガレットは呟いた。できることは全てやった。それでも、倒せなかった。自分には、力がなかった。この高度から地面に激突すれば、機体はバラバラになるだろう。自身の命も、無事では済まない。わかっていたことだ。それでも、動かなければ気が済まなかったのだ。

 

マーガレット

(槇菜に守られるような女じゃ……嫌だもんね)

 

 ゼノ・アストラは槇菜を選んだ。それはいい。だが自分のヘマで戦いに巻き込んでしまった女の子。自分が守らなければならなかった槇菜に守られてばかりでは、情けない。だからせめて、今尚燃え続けるゼノ・アストラを守らなければならない。そういう意識が、働いたのだ。

 

マーガレット

「カンナ、ごめん……」

 

 心残りがあるとすれば、残してしまう妹になってくれた少女のことだ。あの子をまた、ひとりぼっちにしてしまうことになる。それは、申し訳ない。マーガレットがそう思い心の中で十字を切ったその時、落下するシグルドリーヴァを掴むものがあった。

 

槇菜

「ダメです。マーガレットさん、そんなの……」

 

 それは、黒い人型だった。装甲の所々が焼け爛れ、中身が露出している。人間の筋肉のように膨張と収縮を繰り返す器官と、精密機器と思われる機械が複雑に絡み合い、中からどくどくと液体を垂れ流しているが、間違いない。ゼノ・アストラだ。

 

マーガレット

「槇菜……?」

 

 セラフィムは今も燃えている。ゼノ・アストラ自身を燃やしながらしかし、槇菜はそれを使ってみせている。燃え落ちていく装甲。落ちた箇所に少しずつ膜のようなものができていく。それは、皮膚のようにも見えた。自らを焚く火の中で、旧神は本来の姿を取り戻しつつあるのかもしれない。

 だが、それは槇菜の本意ではなかった。

 

槇菜

「私、マーガレットさんに感謝してるんです。あの時ゼノ・アストラを連れてきれくれなかったらきっと、お姉ちゃんと仲直りできなかった。ううん、お姉ちゃんのことを、誤解したままだったから」

 

 自らの炎で装甲を焼き、皮膚のようなものを作り、変質しつつあるゼノ・アストラに抱かれながら、シグルドリーヴァの中でマーガレットはその告白を聞く。その腕の中で、シグルドリーヴァが変質していくのをマーガレットは理解した。長く“右腕”を使い続けたことで、シグルドリーヴァの性質もゼノ・アストラに寄って変質しているのだろうか。

 

槇菜

「だから私、マーガレットさんと一緒に戦いたいんです。マーガレットさんと一緒なら、勇気を貰えるから」

 

 セラフィムの炎が、シグルドリーヴァに燃え移るのをマーガレットを感じた。だが、熱さはない。やがて、セラフィムフェザーが弾けるように霧散し、ゼノ・アストラとシグルドリーヴァを包む混むように炎が燃え広がる。

 

桔梗

「槇菜、何が起こっているの!?」

ライラ

「ッ! やらせない!?」

 

 北欧のウィッカーマンのように芯から燃えるゼノ・アストラ。それが何を意味しているのか理解したのか、ライラは剣から黒いオーラを放ちゼノ・アストラを攻撃する。

 

ライラ

「ヘヘナ・ペレ!」

 

 漆黒の斬撃。しかしそれは吹き荒ぶ炎によって掻き消される。炎が炎を喰らうようにして強く、激しさを増す煉獄。そして、渦巻く炎が弾け、フラッシュ光が起こった。

 

三日月

「!?」

ショウ

「これは……!?」

 

 炸裂する光。その中から撃ち込まれるものがあった。それは邪霊機アゲェィシャ・ヴル目掛けて飛び、赤い邪霊機はその身に纏う炎を盾にするも、それは炎を貫き邪霊機の眉間を撃ち抜く。

 

ライラ

「何ッ!?」

 

 撃ち抜かれた箇所に、痛みが走る。撃ち抜いたそれは、銀だった。銀の弾丸。それは古来より、邪悪なるものを打ち砕くとされるもの。それが邪霊機の放つ災厄の炎を打ち破った。

 瞬間、どこからか吹き荒んだ風が纏う炎を飛ばす。現れたのは、黒い機神。しかしその細部には赤く、燃え滾るような色が残っている。そして何より、胴体や膝、肘、踵といった細部に緑色のアーマーが装備されていることだ。ゼノ・アストラ。漆黒の機神はしかし、今までのそれではない。左手に構えたハンドガン。それは、今までのゼノ・アストラにはなかったものだ。

 

マーガレット

「う…………。ここは?」

 

 意識を取り戻したマーガレットが最初に見た景色は、狭いコクピット。自分が座っているシートの股下には、槇菜が座っている。槇菜は一切の迷い一つない瞳で、邪霊機アゲェィシャ・ヴルを見据えている。

 

沙羅

「マーガレット、無事なの!?」

 

 ダンクーガから響く沙羅の声。どうやら、自分は死んだわけではないらしい。

 

マーガレット

「ええ。ありがとう沙羅。槇菜、これは……?」

 

 自分のシートの横に存在するコンソール・パネルは、シグルドリーヴァと同じものだ。そして、神経接続型スコープ。しかし先ほどまでのシグルドリーヴァと違い、視界はクリア。

 

槇菜

「マーガレットさんは火器管制と、狙撃をお願いします」

 

 困惑するマーガレットに、槇菜が言う。言いながらレバーを上げ、マーガレットへと向けるそこには、かつてマーガレットが槇菜に預けた拳銃が備え付けられていた。

 

マーガレット

「ゼノ・アストラと、シグルドリーヴァが融合した……?」

 

 シグルドリーヴァの“右腕”を、ずっと使い続けていた影響だろうか。ゼノ・アストラは今、シグルドリーヴァと一つになっていた。

 

槇菜

「私の願いに、ゼノ・アストラが答えてくれたんです。マーガレットさんと一緒に戦いたいって。そのために、生まれ変わってくれた」

 

 それは、この空間……“厄祭戦”の墓場とも言うべき特異点が齎したものかもしれない。或いはゼノ・アストラの『旧神』と呼ばれる力の片鱗なのかもしれない。その答えは、マーガレットにも槇菜にもわからない。だが、今ここで起きた変質は、融合は紛れもない現実だった。

 

マーガレット

「この機体は、ゼノ・アストラなの?」

 

 そのエネルギー総量は、テスト起動で搭乗した際の比ではない。もはやこの機体は、ゼノ・アストラではない。そう感じるほどに。

 

エイサップ

「そんなことが、起こるのか……?」

ショウ

「だが、夢じゃない。これは、現実だ!」

 

 リーンの翼のようなものが実在し、幾度と奇跡を起こしているのならば、ここで起きていることもまた現実だ。そうショウは認める。

 

ヤマト

「本来の姿に近くなった……。そうなのか?」

竜馬

「ヘッ、前よりは強そうじゃねえか」

 

 変質したゼノ・アストラが、セラフィムフェザーを広げた。片翼は虹色に輝き、片翼は灼熱に燃える二対の翼を広げ、ゼノ・アストラは……ゼノ・アストラと呼ばれていたものは飛び立つ。

 舞い散るそれぞれの羽根はポルターガイスト達を次々と焼き、敵の親玉即ち、邪霊機アゲェィシャ・ヴルの目前へと君臨する。

 

槇菜

「エクス・マキナ……」

マーガレット

「え?」

槇菜

「今、決めました。この子の名前です!」

 

 機械仕掛け。そう名付けられた漆黒の機神は、再び銃を構える。至近距離からの放たれる銀の弾丸が、邪霊機へと迫った。しかし、ライラはそれを跳ね除けるように炎の壁を作り出し、銀を燻す。

 

ライラ

「そんな虚仮威しで、今のアゲェィシャ・ヴルに勝てると思うな!」

 

 漆黒の剣を振るう赤い邪霊機。黒いオーラに全てを焼き払う炎を乗せてライラは、ゼノ・アストラ改めエクス・マキナへと大きく振りかぶった。しかしその瞬間、エクス・マキナの肩部から放たれるミサイルの雨。それは、シグルドリーヴァのものと同じ。不意を突かれ、アゲェィシャ・ヴルの動きが止まった。その瞬間をエクス・マキナは見逃さない。

 

槇菜

「そこだっ!」

 

 槇菜の叫びに応えるように、ゼノ・アストラの左手にシールドが展開された。ゼノ・アストラのものと同じ、あらゆるものを護るための力。槇菜はそれで、思い切り邪霊機をブン殴る。ゴン、という鈍い音と共に、邪霊機は大きく突き飛ばされた。だが、それで終わらない。エクス・マキナは追撃とばかりにシールドを投げる。まるでブーメランのように空中で回転するシールドが加速力を増して、アゲェィシャ・ヴルを追い討ちする。

 

ライラ

「なっ……!?」

槇菜

「まだ、終わりじゃない!」

 

 叫ぶ槇菜に合わせて、マーガレットがハンドガンの引き金を引く。ガン、ガン、ガン。3回の破裂音と共に、アゲェィシャ・ヴルの頭部に、胸に、腹部に銀の弾丸が撃ち込まれた。

 

ライラ

「クッ、ウァァァッ!?」

 

 苦しそうに呻く少女の声。少女は今、全てを業火を受けながら燃えている。銀の弾丸、それは邪悪な魂を祓う効能を確かに秘めているのだ。

 

マーガレット

「……一つだけ、答えなさい」

 

 銃口を構えながら、静かにマーガレットが口を開く。

 

マーガレット

「あなたの呪文。私のお母さんが時々口にするおまじないだった。あなたは一体、何者なの?」

 

 ライラの呪文には、ハワイ訛りがある。それを見抜くことができたのはマーガレットだけだった。ライラ。邪霊機の巫女として選ばれたという少女。死霊を操り、死者を蘇らせ、世界と人を憎悪する不思議な少女はしかし、それでも尚不敵に笑う。

 

ライラ

「故郷の言葉を使って、何が悪いの……?」

マーガレット

「……!?」

 

 やはり、そうマーガレットが思い下唇を噛み締めると同時、槇菜は虚を突かれたように目を丸くする。

 

槇菜

「え、じゃああなたも……人間?」

 

 人の姿を取る怪異などではない。邪霊機の巫女を名乗るこの少女は、人間なのだと。

 

ライラ

「ハハッ……。覚醒しても人を殺せないんだ。甘ちゃんの巫女だよね!」

 

 そんな槇菜を嘲笑うようにライラ。しかしそれに対して返すのは、マーガレットだった。

 

マーガレット

「私は殺せる。槇菜が殺せなくても、私が!」

 

 今度こそ、引導を渡す。そう心に決めて引き金を引いたその時だった。

 

紫蘭

「……ライラ!」

 

 瞬時の跳躍と共に、ニアグルースが駆ける。そしてアゲェィシャ・ヴルを押しのけるようにして、銀の弾丸の直撃を心臓に受けるのだった。

 

紫蘭

「…………!?」

マーガレット

「紫蘭!?」

ライラ

「どうして……?」

 

 何が起きたのか、ライラには一瞬わからなかった。だがたしかに言えることは、心を殺され物言わぬ屍人形と化したはずの紫蘭が、まるで自らの意志かのように動き出し、ライラを庇ったということ。

 

マーガレット

「紫蘭、ここであなたも……!」

 

 楽にしてあげる。そう言いかけた時、優しげな声がマーガレットの耳に届く。

 

紫蘭

「マー……ガ、レット……」

 

 それは、紫蘭の声だった。まるで生前のように、士官学校の食堂で聞いた声。ある時は昼下がりのハイウェイで聞いた声。ある時はベッドの上で聞いた声が、マーガレットを惑わす。

 

マーガレット

「紫蘭……。紫蘭なの?」

 

 だがその直後、ニアグルースはエクス・マキナを蹴り飛ばしそして、アゲェィシャ・ヴルの手を引いて離れていく。

 

槇菜

「キャッ!?」

マーガレット

「紫蘭!?」

 

 その一連の動きは、紫蘭を蘇らせた張本人であるライラにも、わからない挙動だった。

 

ライラ

「助けて、くれるの……?」

紫蘭

「ああ……」

 

 ニアグルースが拳を掲げると、天井が歪む。彼らは来た時と同じようにして空間の裂け目を作り出し、そこへと退避する。撤退。紫蘭は最後にチラと、エクス・マキナを見やった。

 

マーガレット

「紫蘭、どうして……」

槇菜

「追わなきゃ、ッ!?」

 

 追おうとするエクス・マキナだが、その直後、槇菜の背中に激痛が走った。集中力を途切れさせ、セラフィムの羽ばたく力が弱まっていく。その間に、2機の邪霊機は完全に消えてしまっていた。

 

桔梗

「槇菜、大丈夫なの!?」

三日月

「マーガレット、無事?」

 

 アシュクロフトとバルバトスが、エクス・マキナへと駆け寄る。槇菜は機体を起き上がらせると、「うん、大丈夫」とそう返すのだった。そして、

 

サコミズ

「ムッ、こ……これは!?」

 

 邪霊機を退けたことが何かの合図だろうか。リーンの翼が再び、輝き始めるのだった。

 

ショウ

「オーラロードが、また開くって言うのか!?」

エイサップ

「クッ、この……!?」

 

 エイサップのリーンの翼もまた、暴れている。まるで、何かを伝えるように。その光景を見守りながら、静かに早乙女博士が宣言する。

 

早乙女

「エンペラーのゲッター炉心を解放する。お前達は速やかにエンペラーから離れろ」

 

 厳かな口調でそう宣言する早乙女博士。そこには、一切の迷いの色は存在しなかった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

竜馬

「お、おいジジイ! どういうことか説明しやがれ!」

早乙女

「説明している時間はない。エンペラーの炉心爆発ならば、オーラロードを開いた際に指針を作るはずだ」

 

 早乙女は、理解していた。ゲッター線はより強く、より過酷な闘争を本能的に求める。オーラロードが開いた時にゲッター線の爆発があれば、死と静寂の世界であるバイストン・ウェルではなく今まさに戦いの最中だろう地上へと押し戻す力があるだろうと。

 そして、エンペラーは存在してはいけないマシンであると。

 

早乙女

(ゲッターエンペラーの存在する宇宙は特異点を生み出し、エンペラー自身が閉じた宇宙を作りだしてしまう。つまり、エンペラーは宇宙の中に別の宇宙を作りだし、輪廻の袋小路を生み出してしまう)

 

 この宇宙が輪廻を繰り返すことで命を循環させるというならば、エンペラーはおそらく輪廻を超える永遠の方舟になることも可能だろう。しかし、その度にエンペラーは大きく、強く成長しやがて生まれた宇宙を喰らい続ける存在に進化する。そうなれば待っているものは、ゲッターによる宇宙の淘汰。無限の進化を目指すゲッター線の特性がしかし、その進化を阻む最大の障壁となることを早乙女博士は、あの映像の中に現れた惑星と見まごうほどに巨大なゲッターワンの存在から見抜いていた。

 

ハーロック

「早乙女博士……」

 

 神妙な面持ちで通信を送るキャプテンハーロック。おそらく、ハーロックもある程度まで理解してしまったのかもしれない。それ故に、これからやろうとしていることがどういうことか、ハーロックはわかっている。

 

早乙女

「……キャプテンハーロック。あとを頼む」

 

 既に、エンペラーに収容していた物資や

人員のアルカディア号への搬入は終わっている。エンペラーに残っているものも残すは、早乙女博士と彼の個室に立てかけられた、ミチルや達人。それに亡き妻と撮った写真のみ。

 

ハーロック

「了解した。ナナジンとオウカオーを除く各機は、アルカディア号へ帰投せよ!」

 

 ハーロックの号令に従い、マシンたちは帰投する。しかし、ゲッターロボだけは帰還せずにエンペラーの周りを飛んでいた。

 

竜馬

「おいジジイ! エンペラーを捨てるなら捨てるで、とっとそこから出やがれってんだ!」

早乙女

「……全く、少しは静かにせんか馬鹿者が」

竜馬

「んだとぉっ!? 人が心配してやりゃ……」

 

 心配。あまりにらしくない言葉に呆れたように笑う早乙女。その態度が気に入らない竜馬は、ますます腹を立てて怒鳴り散らす。だが、もう準備は済んでいる。

 ゲッターエンペラー。『B世界』の早乙女研究所をそのまま改造して要塞化したゲットマシン。このマシンの動力炉は早乙女研究所地下に偶発的に生まれた“地獄の釜”だ。危険すぎるほどのゲッター線の湧き出る釜を多くの犠牲を払って抽出し動力化したその時から、こうなることは決まっていたのだろう。

 

隼人

「早乙女、お前……!」

弁慶

「博士……!」

ミチル

「お父様!?」

 

 口々に早乙女博士を呼ぶ声。思えばミチルには、辛い思いをさせ続けたと早乙女は今になって思う。妻のことも、達人のことも。それでもこうして立派に育ってくれたことは、父として誇らしい。

 しかし、この問題児どもは。

 

早乙女

「最期くらい、素直に言うことを聞かんか」

 

 早乙女博士がそう言って、フッと笑ったその瞬間。ゲッターエンペラーに備わるゲッター炉心の、臨界がはじまった。

 

隼人

「!? 離れろ竜馬!」

 

 急激なゲッター線濃度の上昇。ゲッターロボですら危険なほどのそれを感知し隼人が叫ぶ。それと同時にオウカオーの翼が大きく広がりそして、エンペラーから光が放たれた。“厄祭戦”の墓場を包み込むほどの激しいゲッター線の光は一条の線となり、方角を指し示す。そして、ゲッター線の光を浴びたリーンの翼は燕尾色に輝き、オーロラを纏って羽ばたく。それは、オーラロードの開く音だ。

 

エイサップ

「オーラロードが……!」

サコミズ

「ここで迷えば、生き死ににもならんぞ!」

 

 飛び立つナナジンとオウカオー。アルカディア号はそれを追うようにして、出航する。

 

竜馬

「…………ジジイ」

 

 アルカディア号を追うようにして、ゲッターロボも飛ぶ。やがてアルカディア号のマストを掴むと、ゲッターは光の中に溶けゆくエンペラーを見やった。

 

早乙女

「道は開いた。もはやこれ以上ワシにできることは何もない……。竜馬、隼人、弁慶。ここから先は、道は自分で開け……!」

 

 オーラロードの彼方に消えゆく息子達を見守りながら、早乙女博士は静かにそう呟いた。そして次の瞬間、早乙女博士の意識は無限の中に溶け、大いなる意志の中に一つとなった。




次回予告

みなさんお待ちかね!
オーラロードへ戻り、地上を目指す槇菜達。しかし、リーンの翼が見せるのは、凄惨な過去の悲劇だったのです!
刻の涙に慟哭するサコミズ王。一方地上では、いち早く地上へ降りたホウジョウ軍がマキャベルと密約を交わし、破壊の限りを尽くしていました!

次回「桜花嵐(前編)」に、レディ・ゴー!



特別出演

・「機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ」より
ガンダム・バエル/アグニカ・カイエル
ハシュマル

・「ガンダム Gのレコンギスタ」より
G-セルフ パーフェクトパック/ベルリ・ゼナム
G-アルケイン フルドレス/アイーダ・スルガン
G-ルシファー/ラライア・マンディ、ノレド・ナグ

・「伝説巨人イデオン」より
イデオン/ユウキ・コスモ、イムホフ・カーシャ、ギジェ・ザラル

・「THEビッグオー」より
ビッグオー/ロジャー・スミス
ビッグデュオ
ビッグファウ

・「オーバーマンキングゲイナー」より
キングゲイナー/ゲイナー・サンガ

・「真マジンガー 衝撃! Z編」より
マジンガーZ/兜甲児

・「ゲッターロボアーク」より
ゲッター天/流竜馬

・「獣装機攻ダンクーガノヴァ」より
ダンクーガノヴァマックスゴッド/飛鷹葵、館花くらら、加門朔弥、ジョニー・バーネット、エイーダ・ロッサ

・「蒼穹のファフナーEXODUS」より
ファフナー・マークザイン/真壁一騎
ファフナー・マークニヒト/皆城総士
フェストゥム・スフィンクス型
フェストゥム・アザゼル型ウォーカー

・「神無月の巫女」より
剣神 天群雲剣/来栖川姫子、姫宮千歌音


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サブシナリオ04「ショット・ウェポン」

—???—

 

 ショット・ウェポンの魂は、ワーラーカーレンへ還ることを許されなかった。魂だけが永遠にこの宇宙を彷徨い、その意識は死すらも許されることはない。魂の救済を許されなかった青年は、その骸の中で苦しみと、憎悪を募らせていた。

 

──許せない。

 

 自分をこんな目に合わせた全てが。地上。バイストン・ウェル。聖戦士。全てのものをショットは恨み、その憎悪は陽炎のように揺らめいてはしかし、オーラロードの狭間で誰にも感知されることなく漂っていた。

 

──どうして、自分がこんな目に。

 

 理由は明白だった。魂の安息の地でもあるバイストン・ウェルを戦場にし、そして地上とバイストン・ウェル全てを戦火の中に陥れたショットは、救済から拒まれるという形で死後、その罪を贖うことに決定されたのだ。

 それはジャコバ・アオンすらも預かり知らぬ、世界の仕組みというものかもしれない。東洋ではそれを因果応報と呼び、ショットが生まれ育った地に根付く宗教ではゲヘナと呼ばれるものなのかもしれない。

 最後の審判からも弾かれた永遠の地獄。そこでショット・ウェポンは永遠の責苦を受けることになっていた。

 

──苦しい。

 

 その声を聞くものはいない。ショットの魂は永遠に、救われることはない。それは例えこの宇宙が死を迎え、次の輪廻が始まったとしても終わることはない。その、はずだった。

 

──鴉。

 

 一羽の鴉が、ショットの魂を見つめていた。ショットの願いが通じたのか、或いは。鴉は羽ばたき、その弱く、脆弱な魂を啄む。まるで心臓を貫かれるような痛みが、ショット・ウェポンの魂を貫いた。

 

──あなたの力を、私に頂戴

 

 声がする。しわがれた老婆の重い、しかし少女のものだとはっきりわかる声。その声は、鴉から響いていた。

 

──何でもする。だから、助けてくれ!

 

 それは、懇願だった。少女の声がショットの魂全体に染み渡っていく。それは、契約だった。

 

──ハ・パヒ

 

 その言葉と同時、ショット・ウェポンの魂は鴉の中で溶け合い、そして…………。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—東京湾—

 

 

 

老人

「しっかし、パブッシュ国ねえ……」

 

 世界を揺さぶるほどのニュースが起きたとして、大多数の民衆にとってそれは対岸の火事だ。危機意識のなさ、当事者意識の薄さというものはどれだけ時代が変わっても、衆愚というものの性であろう。それが、旧世紀から宇宙世紀にかけての消費文明を助長し、未来世紀62年現在も多くの問題を先送りにする結果となっている。この老人もそんな民衆の例に漏れず、新聞の一面を眺めながら釣り糸を垂らしていた。ガンダムファイトにより傷つき続ける地球。その権威を取り戻すというのならば良い話ではないか。というのが老人の抱いた感想だ。ミケーネ帝国が攻めてきている今ですら、コロニーに上がったエリートどもは地球のことをロクに考えもしない。そんな奴らに政治を任せるというのも、癪な話だ。と、その程度に老人は考えていた。

 

 と、釣り糸が大きく揺れるのを見て老人は新聞紙から釣竿に視線を移す。しかし、揺れているのは水面だけではない。大地、空、空気……。森羅万象に属するあらゆるものが揺れていることにこの愚かな老人は、その時になってはじめて気がついた。そして、直後のオーロラ光。眩いばかりの輝きは目を奪い、そして次の瞬間、光の中から現れるのは巨大な戦艦。戦艦。そう老人が理解したのはその細部が、子供の頃に模型で作った大和に似ているように感じたからだ。

 

老人

「な……な……!?」

 

 ホウジョウ軍のオーラ・バトル・シップ。フガク並びにキントキはこの日、オーラロードを突き抜けいち早く、地上へと進出したのだ。

 

 

 

コドール

「この光……。この空気の香り。これが、地上界か!」

 

 フガクの艦内で、女王コドールが第一に感じたのは、バイストン・ウェルにはない活気に満ちた空気だ。豊かな静寂がたゆたうバイストン・ウェルと比べ、地上の空は輝いている。そして、立ち並ぶ建造物の出立ちも未来的なフォルムを持ち、物珍しい。何よりもコドールを驚かせるのは、オーラ・エンジンを使用していないにも関わらず動いている機械……車や船舶、飛行機といったものに溢れている。それはサコミズ王やショット・ウェポンからの知識で知ってはいたが、やはり珍しくコドールをときめかせるものだ。

 

コットウ

「確かなのか?」

ホウジョウ兵

「はっ、王はオーラロードで、迷われたものと……」

 

 そもそもこの計画は、サコミズ王にショット・ウェポンが打診したものだ。憎しみのオーラ力をオーラエンジンに吸わせ、絶大な憎悪を持ってハイパー化させる。それほどのオーラ力を持ってすれば、オーラロードは開くと。そのために王は自ら囮になりマスターガンダムを引きつけ、反乱軍の拠点にフガクで殲滅戦を敢行した。女子供、負傷兵などの区別なく焼き払う。それにより反乱軍に満ちる負のオーラ力を利用する。それを決行したのはサコミズ王だが、王はそのオーラロードで迷った。

 オーラロードで迷えば、生き死にも確認できない。そう言い伝えられている。そのような目に夫であるサコミズ王が遭っているとなれば……。

 

コドール

「なんたる吉報か……!」

ショット

「…………」

 

 女王が醜く口角を歪めるのを、ショット・ウェポンは見逃さなかった。

 

 

 

—原子力空母パブッシュ—

 

 

 バイストン・ウェルのホウジョウ軍が地上へと浮上した。そのニュースは瞬く間に知られることになる。昨年起きた東京上空事件。太平洋を舞台にしたドレイク・ルフト戦争。そして岩国で起きたリーンの翼の権限。オーラマシン、バイストン・ウェルに関わる事象は既に、世界国家にとっても無視のできない事案だった。そしてそれは、パブッシュのエメリス・マキャベルとて例外ではない。

 

マキャベル

「ホウジョウ軍のオーラバトラーの様子は?」

Mr.ゾーン

「ハッ、既に東京へ侵略を開始し、都市部を中心に攻撃を仕掛けている模様です」

 

 それは無論、予想されうる事態だった。だがレンザンのガルン司令と密約を交わしたマキャベルとしては、ホウジョウの戦力は是が非でも取り入れたいものである。

 

アレックス

「日本政府の解答は?」

アメリカ兵

「現在、解答を保留中……」

 

 パブッシュ艦隊は、コロニー国家との戦争に勝ち抜かなくてはならない艦だ。故に、地球全土の戦力を手中に集める必要がある。そう考えたマキャベルは宣言の後、真っ先に日本政府へと打診した。目的は、2つ。

 一つは科学要塞研究所を中心としたスーパーロボット研究機関を、パブッシュ艦隊の補給拠点として開放すること。グレートマジンガーを含むスーパーロボット達の徴収までは、マキャベルは手を伸ばさなかった。彼らはミケーネ帝国を中心としたノミどもと戦ってもらわねば困る。そのために泳がせるという判断だ。

 もう一つは、国連軍極東基地に秘匿されている龍……。宇宙戦艦ガンドールの徴収。ムゲ・ゾルバドス帝国との戦いで一度姿を現したとされる幻の決戦兵器を日本は未だに隠している。それはマキャベルにとって、許せないことだった。

 来たるコロニー国家との戦いにおいて、ガンドールは切り札になる。Mr.ゾーンによりもたらされた並行世界の技術と、ホウジョウ国のオーラマシン。そしてパブッシュの核弾頭。そこにガンドールが加わればパブッシュは、宇宙最強の軍事艦隊となることも夢ではない。だからこそ、これからの戦いのために必要なガンドールを手に入れるため、パブッシュもまた日本の領海内へと踏み入れていたのだ。

 

マキャベル

「日本は相変わらずの日和見か……」

 

 そんな中で、ホウジョウの主力艦隊が現れたとなれば座して待つだけというのも気に入らないのがマキャベルだった。

 

マキャベル

「ガルン司令、ホウジョウ国は味方になってくれるな?」

ガルン

「当然です。サコミズ王はニッポンやアメリカに恨みを晴らしたいのですから」

マキャベル

「結構」

 

 不敵に笑みを浮かべてみせると、マキャベルはガルンにホウジョウ国のオーラ・バトル・シップ……フガクへと連絡を取り継ぐように依頼する。ここからが忙しくなる。そう言ってエメリス・マキャベルはその笑みを不気味に歪めるていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—東京湾/オーラシップ・フガク艦内—

 

 

 そして今、エメリス・マキャベルはアレックス・ゴレムとレンザンのガルンと共に、コドール・サコミズはコットウ・ヒンを伴って同盟のための協定を交わしている。ホウジョウ国の旗艦・フガクは今、そのために東京湾に停泊していた。

 以前、エイサップら地上人がサコミズ王により会食に招かれた席で、コドールとマキャベルは互いに顔を見合わせ、腹の内を探り合っている。

 

コドール

「……それで、日本政府の解答は?」

マキャベル

「それが……攻撃しているホウジョウ軍を我々が攻撃した後でなら、計画に参加してくれると」

 

 真っ赤な嘘である。日本政府は現在、回答を保留している。しかし、それを知らぬコドールに対して恫喝を兼ねた牽制を。という腹だ。

 

 

コドール

「フンッ、ニッポン国の言いなりになって我が艦隊を叩こうと言うのなら、こちらにも必殺兵器というものはございますよ?」

 

 これもまた、ブラフ。しかしその見え透いたブラフを笑って受け流し、マキャベルは続ける。

 

マキャベル

「いやいや。承知しておりますから、レンザンとは協力し合っているのです」

コドール

「フフ、よろしい。共益のためにお互い利用し合う。本来の交渉の姿です。同志と呼ばせていただきましょう」

 

アレックス

「…………」

 

 まるで狂言だ。そう、アレックスは青い瞳の奥でそう感じつつも、何も言えない自分に歯痒さを感じていた。

 

アレックス

(敏子さん……。エイサップ……)

 

 本当に、これでいいのだろうかとアレックスは思う。マーガレット・エクス中尉や櫻庭桔梗中尉。アレックスが好感を抱いていた兵達はいつしかいなくなり、現在パブッシュ艦隊の戦力の中枢はヌビア・コネクションのシンパと“シンボル”に乗っ取られているといっても過言ではない。この状態で、マキャベルは初志を貫徹できるのだろうかと。

 ここにホウジョウ国の戦力まで取り入れようとするマキャベルに、アレックスは危ういものを感じていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—東京上空/キントキ艦内—

 

 

 ホウジョウ軍の指揮を取るショット・ウェポンのもとに一人の男が現れたのは、丁度コドールとマキャベルの会談が進んでいるその頃だった。深い色眼鏡をかけた神経質そうな男は自らをフェーダー・ゾーンと名乗り、同盟の使者としてショットの下を訪れていた。

 

ショット

「ほう……。つまり貴殿は、最終的にホウジョウとパブッシュ。その双方を手中に収めるつもりなのか」

Mr.ゾーン

「それは人聞きが悪い。私が世界の全てを手に入れるのは、言わばさだめなのです」

 

 曰く、黄金の女神。彼のいた世界に伝わる伝説の存在と邂逅したゾーンは、真理を授かったという。その野心に燃え滾る目をショットはな内心、疎ましく感じた。しかし、それをおくびにも出さずショットは話を促す。

 

ショット

「フ……。かつては私も野望に燃えた身。そして技師としての高い技術とプライド。なるほど、君が私に話を持ちかけるのも理解できる」

 

 Mr.ゾーンは、自らがパブッシュとホウジョウを手中に収めた後の協力者を探していた。そして、ホウジョウ側の協力者としてショットを選んだ。

 

Mr.ゾーン

「私からの手土産です。これを、友好の印として差し上げましょう」

 

 そう言って、ゾーンが提示したものを見てショットは目の色を変えた。

 

ショット

「おお、これは……!」

 

 生体エネルギーの技術転用……即ちオーラ・エンジンの開発者でもあるショット・ウェポンには、それがどれほど素晴らしいものであるか一目で理解できた。これがあれば、サコミズ王のオウカオーや、或いは。

 

ショット

(ライラ……。私を蘇らせたあの少女をもだし抜けるかもしれない)

 

 冷徹なショット・ウェポンの中に燻っていた野心の炎が、メラメラと燃えていく。あの頃を思い出す。ドレイク・ルフトの下で信用を勝ち取り、そして雌伏の時を待ち続けた日々を。

 リビングデッドとして再び現世に肉の身体を得た時からずっと、ショットは雌伏の時を待ち続けていた。

 

ショット

(そうだ。俺は今度こそ……!)

 

 それができなければ、何のために再び肉を得たのかわからない。恐らく、シャピロ・キーツもそうだったのだろう。輪廻の輪から外れ、まつろわぬ魂となった苦しみ。そして、死後の安寧すら許されぬその身を利用しようとするあの少女への叛意。全てを煮詰めて、ショット・ウェポンはクツクツと嗤うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話「桜花嵐(前編)-水の星へ愛を込めて-」

—???—

 

 

 

 オーラロードは、極彩色の景色を彼らに見せる。しかし、それがどこへ通じる道なのかは誰にもわからない。オーラロードが地上とバイストン・ウェルを繋ぐ道である以上地上へ出るのが道理だが、リーンの翼は時折、記録を見せる。それは、生命のメモリーとも呼ぶべきものだ。ゼノ・アストラ……もとい、エクス・マキナの記憶とリーンの翼の記録が反響しあうことで垣間見ることになった“厄祭戦”然り。そして、その記録或いは記憶に誘われるようにしてエイサップ鈴木とサコミズ王。そしてアルカディア号に収容されたVanitybustersの面々は、星々の輝きを瀬にする暗闇……宇宙空間を彷徨っていた。

 

エイサップ

「ここは、どこだ!?」

サコミズ

「おお、あれは地球だというのか!?」

 

 彼らの周囲には、多数のモビルスーツが展開し撃ち合いをはじめている。ジェガン・タイプの初期型モデルを中心したモビルスーツ群と、モノアイタイプの緑色のモビルスーツ……ギラ・ドーガと呼ばれるマシンを中心とした部隊の激戦。それをアルカディア号の中でアムロ・レイとシャア・アズナブルはまじまじと見つめている。

 

シャア

「この光景は……」

アムロ

「間違いない。あれはラー・カイラム……。俺達ロンド・ベルと、シャアのネオ・ジオン軍の戦いだ」

 

 今から70年近い昔。静寂の宇宙を激しい音で掻き鳴らした戦いがあった。その現実を生きたアムロとシャアにとって、この光景はつい昨日のことのように思い出せるもの。

 

鉄也

「なら、あれがアクシズ……!」

 

 鉄也が指差す先にあるのは、青い星へと迫る大きな、大の字に近い風貌の巨大な石。それは少しずつ、ゆっくりと地球へ向かい進行を続けており、石に取り付けられた核パルスエンジンがジェットを噴き出している。

 アクシズ。ジオンの資源採掘用小惑星であるとともに、この大戦末期においてシャア・アズナブルが計画した地球寒冷化作戦の切り札。スペース・コロニー10基分にも勝る質量を持つこのアクシズを地球へ落とすことで、地球を人の住めない星にする人類粛清計画。今彼らはまさに、その渦中を垣間見ていたのだ。

 

シャア

「そうだ。私はあれを地球に落とそうとした……」

 

 今にして思えば、ゾッとする。そのことでどれだけ多くの人が死ぬことになるのか考えなかった訳ではない。しかし、それでもその時シャアを突き動かしていたのは、忌まわしい記憶だった。

 

アムロ

「シャア……」

トビア

「こんなことを、シャアさんは……」

 

 今、彼らの仲間として戦うシャア・アズナブルからは、想像できない。そうトビアは思う。歴史に名を残す重罪人であるという事実と、頼もしい仲間であるという現実がどうしても、一致しないのだ。

 

東方不敗

「……そうか。シャア・アズナブル。お主が」

 

 マスターガンダムから降りた東方不敗が、そんなシャア・アズナブルを見据える。

 

シャア

「……東方不敗。話には聞いていたがそうか、あなたが」

東方不敗

「……ワシに、お主を裁く権利はない。何しろワシも大罪人よ」

 

 巨大隕石が迫る中で、白いモビルスーツと赤いモビルスーツが戦っているのが見えた。νガンダムとサザビー。今なおアムロとシャアの愛機として活躍し続ける、彼らの生涯最期の時を共にしたマシン。νガンダムの拳がサザビーの頭部にめり込み、しかしサザビーも負けじとνガンダムを蹴り上げる。

 

『貴様がいなければ、アムロ!!』

『シャア! うぉぉぉぉぉっ!!』

 

 他者を寄せ付ける隙のない、圧倒的な強者と強者の戦い。しかし、広がり続ける戦場は次々と悲劇を招き続けていた。槇菜の視線の先にあったのは、大型のモビルアーマー。脚部全体を巨大なブースターと化し、十字架のようなシルエットを持つマシーン。αア・ジールと名付けられたそれに、一機のジェガンが付き纏っている。しかし、αア・ジールはそれを攻撃せず、振り払おうと躍起になっている。だがそれに張り付いて離れないジェガン。そこに、傷ついたモビルスーツが近づいていた。傷ついたモビルスーツは、危険な敵から味方を遠ざけようとグレネードを撃つ。その弾道はあまりにも素人の撃つそれで、敵へ向いていない。このままの軌道を行けばジェガンへ直撃するだろう。それを射撃に関してはまるで素人の槇菜にすら、予想させてしまうへっぴり腰の弾丸。だが、そうはならなかった。

 

『ハサウェイ、離れなさいッ!?』

 

 巨大モビルアーマーは、ジェガンを庇うように自身をずらした。そしてミサイルの直撃軌道へ入り込み……。次の瞬間、爆炎が巻き起こる。ただその中に消えていくモビルアーマーと、呆然とただそれを見つめるジェガン。

 

槇菜

「敵を庇って、死んだの……?」

 

 その光景がただ、槇菜の胸を突いて離れない。それは、敵味方に分かれたパイロット同士が既知の関係でなければ起こり得ない場面だった。

 悲劇。そう言ってしまうのは簡単だ。だが、残されたパイロットのことを思うとやり切れなさが槇菜の胸の中に渦巻き続けていた。

 

マーガレット

「槇菜……」

槇菜

「ここだけじゃない……。きっと世界中にこんな悲しみが広がるんだ」

 

 こうして戦った人々のうち、どれほどの人間が生きて帰ることができたというのだろうか。彼らの帰りを待つ家族や友人は、帰らぬ者達に心を痛めることになる。

 

シャア

「どれほどの理想を掲げた戦いであろうと、その後に残るのは悲しみに覆われた宇宙という現実。これが……」

 

 シャアの反乱。そう呼ばれたものの正体。シャアがそう呟いた直後、宇宙が歪む。

 

エイサップ

「!?」

オウカオー

「オーラロードは、リーンの翼は、まだ何かを見せようというのか!?」

 

 サコミズ王が叫び、そして……。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 次に彼らが見たのは、地球のどこかだった。心地の良い陽射しに照らされながら、戦禍の爪痕の激しく残る景色。その中で唯一、比較的無事な様相を保つ建物の中で銃声がした。口髭を蓄えた男性が、その音にピクと耳を立てる。アムロは、その男の名前を知っていた。

 

アムロ

「ブライト……」

 

 ブライト・ノア。アムロ・レイと生涯共に戦った戦友。ブライトは立ち上がり、自分に充てがわれた部屋を出ると、30代ほどに見える若い士官の元へ伺う。

 

『……どうでしたか?』

『……潔い、立派な最期でしたよ』

 

 アムロ・レイは知らない。これがブライト・ノアという人間の連邦軍最後の任務であることを。そして、この後にブライト・ノアは……その家族は人生最大の悲劇に直面することを。だが、ブライトと対面するその士官の面持ちはどこか思い詰めているようでもあり、まるでブライトに何かを隠しているのではないかという気をアムロに起こさせる。それと同時、それが悪意や欲望からのものではなく、純粋にブライト・ノアを思ってのことであることも、アムロは見抜いていた。

 

アムロ

「…………ブライト」

 

 この時、ブライトの支えとなれなかったことが悔やまれる。もし、自分があの時、シャアと共にメビウスの宇宙の向こうへ消えずに生還していたなら或いは。そう思わずにはいられない。だがそれも束の間。オーラロードはまた景色を変えていく。畝りを上げるように、魂を呑み込むように。それは或いは、リーンの翼というものが見せる宇宙の、命の記憶。

 

 この宇宙が生まれる前から、リーンの翼は命の記憶を吸いながら羽ばたき続けてきた。“前の宇宙”の“厄祭戦”その記憶すらもリーンの翼は備えている。

 しかし、それは本来全ての命が生まれ出るその時まで克明に記憶し、そしてこの地上に生を受けた瞬間に忘れてしまう性を持たされたものだ。

 それをリーンの翼は、彼らに見せ続けている。それがいかなる奇跡によるものなのか。或いは呪いなのか。それは定かではない。

 しかし、次に彼らが見た光景もやはり……現実に起きた出来事だった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—アルカディア号/医務室—

 

 

 

 カミーユ・ビダンの意識は混濁の中にありながら、それを魂で感じ取ることができた。リーンの翼が見せるそれは網膜を通して他者へ訴えるものではない。本質的には、人の霊魂へ直接語りかけるものであるからだ。

 故に、震えながら譫言のように叫び続けるカミーユに、ジュドーはどうすることもできないでいる。

 

カミーユ

「ダメだ、それは……。そんなことをしたら、ダメだ……」

ジュドー

「カミーユ……。わかる、わかるよ……」

 

 ジュドーには、カミーユのシャープな感性にはこの光景は……リーンの翼が見せる生命の散る瞬間瞬間の景色は刺激が強すぎるように思う。自分でさえ重く、堪えるものがあるというのに。ましてや今のカミーユの心は、抜き身なのだから。

 リーンの翼が見せる、地球にコロニーが落ちる瞬間。それを、ジュドーとカミーユは心で見ていた。一年戦争と呼ばれる宇宙世紀最大の戦争。その象徴とも言える大災害にして大虐殺。人々の生命が焦熱と砂塵の中に消えていく光景を2人は追体験していた。おそらく、アルカディア号に乗船する他のメンバーもそれを見ていることだろう。

 

カミーユ

「うわぁっ! ああぁぁっ!?」

 

 そしてその光景は、カミーユのような強い感受性を持つ人間にはあまりにも、刺激が強すぎるのだ。

 

カミーユ

「いけない……。空を落とすのは、ダメだ……」

 

 今も尚、カミーユ・ビダンは戦っていた。その心が受けた傷は癒えず、宇宙に漂う無念の魂達に耳を傾けながら、彼の心はそれに寄り添い続けている。

 肉の身体を持ちながら、少年の魂は限りなく彼岸へと歩みを寄せ、魂の慟哭に心を痛め続けている。

 そんな少年にとって、リーンの翼が見せるその光景はあまりにも、刺激が強すぎるものだった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—???—

 

 

 

 暖かな木漏れ日が差し込める中で、少女は目を覚ます。なだらかな栗色の髪をした、まだ12、13ほどの少女だ。ベッドから起き上がった少女は、パジャマ姿のままカーテンを開く。暖かな陽射し。海の香り。それは、少女の毎日を象徴するルーティーンだった。

 

少女

「あれ……?」

 

 しかしその日は、どこか空が騒がしい。少女はそれを怪訝に思いながら空を眺めていた。そして、次の瞬間。まるで天地が裂けたかのようなけたたましい怒号。そして窓辺に見える建物から煙と火の手が上がり、耳を裂くようなサイレンの音が鳴り響く。

 火事。そんな言葉が少女の脳裏を過り、そして……。

 

少女

「お父さん……!?」

 

 今まさに燃え盛る建物……そこで働いている父親の顔を思い出し、金切り声を上げる。何が起こっているのか、まるで理解できない。しかし、今まさにその渦中に放り出されてしまった最愛の父親を思いいても立ってもいられなくなった少女はパジャマのままサンダルを履き、家を飛び出していた。

 自分に何ができるかなど、少女にはわからない。行ったところで足でまといにしかならないなど、考える余裕もない。ただ、少女は心配だったのだ。だから、なだらかな髪を振り乱すように駆け、燃え盛る建物を目指す。走れば走るほど、動揺する周囲の喧騒も耳に入るがしかし、それすらも掻き消してしまう轟音が空を裂き、そして爆音が鼓膜を刺激する。それでも尚少女は走り、そして……。

 

少女

「あ……?」

 

 突如として巻き起こる爆風。その衝撃と共に押し寄せる分厚い鉄の板が、少女の視界を覆う。鉄板は少女の全身を押し出すように飛び、華奢な身体は宙へと弾き出された。

 その一瞬、少女の視界に映ったのは空高く飛ぶ、日の丸の旗だった。そしてびゅう、と風が吹き……少女の身体は燃え盛る炎の中へと落ちていく。まるで血のように赤い炎。それが、少女の見た最期の景色だった。

 

 

 

 

マーベル

「この海、この陽射し……!?」

トッド

「間違いねえ。ここはハワイ・オアフ島だ。空軍学校の頃に何度か行ったことがある!」

 

 その悲惨な光景を、リーンの翼は映し出していた。ハワイ州オアフ島。自然豊かなこの地の青を赤く染め上げた凄惨な事件。空を駆ける日の丸の航空機は、その日を正確に指し示している。

 

槇菜

「真珠湾攻撃……」

マーガレット

「パールハーバーの悲劇……!」

 

 リーンの翼が見せる幻影は宇宙世紀を遡りそして、旧世紀を辿っていたのだ。揺らめく炎。その中に投げ出された少女。マーガレットはそれの光景に、ギリッと奥歯を噛む。

 

マーガレット

(今のは……まさか)

 

 邪霊機の少女ライラは、ハワイ州を故郷と呼んだ。マーガレットの、母方の血筋はここにある。その奇妙な縁がそうさせるのか、マーガレットには炎の中に消えた少女とライラが重なって見えた。

 そんなマーガレットの下に、黒髪の少女が駆け寄る。不安そうな瞳に涙を浮かべながら、少女はマーガレットへと抱きついた。

 

カンナ

「マーガレット……!」

マーガレット

「大丈夫、大丈夫だから……」

 

 カンナを……妹を抱き止めながらマーガレットはそれでも、戦火に包まれるハワイの海を見やる。リーンの翼が見せるその光景を焼き付けながら、マーガレットが思うのは邪霊機の、あの鴉のような羽根だった。

 

マーガレット

「アウマクア……」

 

 ハワイに伝わる先祖神。先祖の守護霊が、動物の形を取って守ってくれるという言い伝え。母から聞かされたマーガレットの家系に伝わるアウマクアも、鴉だった。それを象徴するお守りを……鴉のキーホルダーを握りしめるカンナの髪を優しく漉くように撫でながらしかし、マーガレットの心は掻き乱されている。

 

カンナ

「マーガレット……?」

 

 そんなマーガレットの動揺を察知したのか、不安そうにカンナは、マーガレットを見上げていた。それに気付き、マーガレットは微笑を作る。

 

マーガレット

「大丈夫。カンナは私が守るから」

 

 そう言って、少女を抱く腕に力を込めるマーガレット。今は、この光景から抜け出して地上へ出ることを考えなければ。そう、思いを新たにした。

 

 その一方で、リーンの翼の導きを先導する2機のオーラバトラーもまた、その光景に圧倒されていた。

 

サコミズ

「これは……。こんなことを日本軍は!?」

 

 オウカオーの中で、サコミズ王が呻く。彼の信じた日の丸が、一方的に海を焼く光景。太平洋戦争の引き金ともなったこの事件の折、若き迫水進次郎はまだ、前線に出てはいなかった。

 彼が初めて最前線に出撃したのは対戦末期。特攻機「桜花」に乗ってのことである。当時、快勝と報じられたその戦はしかし、今のサコミズ王には違う形に映る。

 

エイサップ

「サコミズ王?」

サコミズ

「この豊かな海を、大地を、炎の中に沈めてしまうのが戦争であるというのか!」

 

 バイストン・ウェルで彼が経験した戦は、まだオーラマシンが建造される以前の……生身の戦いだった。当然、不意打ち騙し討ちも経験したし、自分だって清廉潔白な戦士だったとは言わない。

 だが、鉄の機械で一切の慈悲も呵責もなく敵地を焼くそれは、戦などではありはしない。

 

サコミズ

「これでは、虐殺であろうが!」

 

 これが、かつて自分が信じた大日本帝国なのか。握り拳を振り上げる場所もないサコミズは、慟哭することしかできない。

 

エイサップ

「サコミズ王……!」

 

 やがて、オーロラ光が立ち込める。その先へと突き進むオウカオーとナナジン。それにアルカディア号。次に広がった景色は、赤い夜空だった。

 

 

 

 赤い夜空。そう見えるのは夜景の下、地上が赤く燃えているからだ。空を埋め尽くすものは、星のマークをあしらった航空機。ミノフスキー粒子の発明と、モビルスーツの開発共に戦場の主役を交代したマシン。戦闘機だ。

 両翼のプロペラを回し、圧倒的な数で徒党を組み夜空を赤く染め上げるそれを、エイサップは知っている。いや、エイサップだけではない。

 

桔梗

「あれは、B-29?」

 

 今となっては歴史……それも旧世紀史の教科書や、戦争博物館で展示されているものくらいしかお目にかかることができなくなった当時のアメリカ軍の主力戦闘機B-29。B-29から投下される爆弾が燃やすのは、これもまた今となっては資料でしかお目にかかれない木造の建築物が立ち並ぶ街。そして、なだらかに流れる河がそこを、東京の街であると告げている。

 

サコミズ

「あ、あれが隅田川なら……これは昭和20年。

3月か5月の東京大空襲だ!」

 

 東京大空襲。それは、積み重なり、積み上げられゆく歴史の中で語られなくなった事件だ。旧世紀史をハイスクールで学んだ桔梗も、日本旧世紀史を取らなければ知ることのなかった。

 

ハーロック

「……赤ん坊や、老人もいるというのか!」

竜馬

「戦場でもねえ所に、爆弾をばら撒いてやがるのか!?」

隼人

「この爆発の規模は、おそらくはナパーム弾だろうな。爆発じゃねえ。相手に着火させて燃やすってやり方だ」

弁慶

「ひでえ……ひでえぜ!」

トッド

「マジかよ。アメリカはこんなことをしたっていうのか……!」

 

 先に見せられた真珠湾の悲劇を考えれば、その気持ちは理解できた。しかし、東京の街を焦土と化すこの作戦は、トッドの戦士としての部分を逆撫でる。それは、トッド・ギネスなりに聖戦士と煽てられ、自身もそうであると思い込み戦ったことで生まれた自尊心だろう。

 

アイザック

「……当時の世界大戦は、お互いに矛を収めるタイミングを失いつつあったものと聞いたことがある。この攻撃も、そのひとつだったのかもしれん」

 

 冷静に言うアイザックだが、その表情は険しい。

 

キッド

「……俺が国連軍を抜けた理由、納得してくれるかい?」

ハリソン

「……こんなものを見せられてはな」

 

 生々しい戦争の現実。それはどれだけ社会倫理が発達しようとも変わらない。軍人として、最前線に立っていたものですら客観的な視点でそれを見てしまえば、理解もできる。幸運なことに、ハリソンはこのような無差別攻撃作戦に参加したことはなかった。だが、自分の代よりも昔……。それこそアムロやシャアの世代では大量破壊兵器を使用する作戦が幾度となく決行されている。コロニー落とし、アクシズ落としと呼ばれるものもそのひとつだ。

 

シャア

「私は……私は人の革新を夢見て軍を率いた。だが、今こうして見せられている一連のものは……」

アムロ

「シャア……」

 

 自分が決行したアクシズ落としが、人類史に残る悪行であるという自覚はあった。だが、こうしてまざまざと見せ続けられれば、自分の愚かさにも敏感になってしまう。

 リーンの翼が導く旅路は、シャア・アズナブルという男にとってはあまりにも酷なものだった。

 

 燃え上がる街並み。大衆食堂の屋根が崩れ、逃げ惑う人々が押し潰される。屋根の重量か、燃え盛る炎か。どの道、助かりはしないだろうその絶望的な光景。今すぐにでも駆け出し、助けに行きたい衝動に駆られながらしかし、それは無駄なことだった。

 ナナジンがオーラソードでB-29を斬り伏せても、瞬く間に斬り裂かれた戦闘機はまるで、糊で接着するようにくっついてしまう。

 

エイサップ

「なんで……!」

サコミズ

「過去の事実は……リーンの翼を持ってしても変えることはできん。世界が違うのだ……!」

 

 まるで自分に言い聞かせるように、サコミズ王が叫ぶ。その声は上擦り、普段の威厳と貫禄に満ちたものが擦れている。

 

リュクス

「父上が……」

エイサップ

「泣いている……?」

 

 やがて、燃え盛る東京の街から何か、白いものが浮かび上がるのをエイサップとサコミズ王は見た。白く、優しく、しなやかであり柔らかなそれは、羽根だった。

 

エイサップ

「羽……?」

 

 羽根はサコミズ王へ、エイサップへ何かを語りかけるように舞い、そして消えていく。ナナジンのコクピットへ迷い込んだ羽根をエイサップが手に取ると、赤子の泣く声が聞こえた気がした。

 

サコミズ

「おお、リーンの翼よ……。これは、お前が見せているというのか!」

 

 サコミズ王が叫ぶと同時。再び視界がオーロラ色に染まる。そして次の瞬間に浮かび上がる景色は、青空だった。

 

 

 

 澄み切った青い空。そして青い海とのどかな街並み。エイサップは、その景色をどこかで知っている気がする。それに、槇菜と桔梗も。

 

槇菜

「これ、瀬戸内海……?」

桔梗

「宮島……岩国?」

 

 岩国。桔梗と槇菜の姉妹にとっては生まれ故郷であり、エイサップも長く暮らしている街。しかしそののどかな空にも、B-29の姿があった。

 

エイサップ

「ここにも、B-29?」

 

 そのB-29をまじまじと見つめるエイサップ。その機体には、東京大空襲の時に見たものとは違うマーキングが施されていた。達筆のアルファベット。何かの単語だろうか。

 

ハーロック

「文字を拡大しろ!」

 

 アルカディア号のモニタに、拡大された文字が浮かび上がる。「ENOLA GAY」その文字を見て、槇菜は血の気が引いたように悲鳴を上げた。

 

ヤマト

「お、おい!?」

槇菜

「エノラ・ゲイ……それじゃあ、ここは……」

 

 それが意味するものを、エイサップも理解していた。エノラ・ゲイ。特殊なシルバープレート改造が施されたB-29のうち一機。瀬戸内海。快晴。それが意味するものは一つしか存在しない。

 それを理解した瞬間、エイサップは飛び出した。ナナジンでエノラ・ゲイを斬り伏せても歴史は、世界は変わらないことは重々理解している。しかし、それでも駆けることをエイサップはやめることができなかった。

 エノラ・ゲイの機体下部から、一基の爆弾が落ちる。東京大空襲の時のような、大量の攘夷弾ではない。たった一機が、一発の爆弾を落とす。これはそれだけの作戦なのだ。

 

エイサップ

「リトルボーイは、ダメだァァァァッッ!」

 

 エノラ・ゲイを突っ切り、落ちる爆弾……原子力爆弾リトルボーイへと迫るナナジン。しかし、空中から落下するリトルボーイは広島の空で、光った。

 

エイサップ

「────ッ!」

サコミズ

「────ッ!」

 

 眩い光に呑み込まれるナナジンとオウカオー。そしてアルカディア号。その瞬間にエイサップが、サコミズ王が見たものは光の中に熔けていく何もかも。長閑な街並みも、平和な朝も。全てを無へと還す光。爆煙を上げるキノコ雲。そして、空へと舞い上がりサコミズ王に、エイサップに群がる無数の羽根達。

 

エイサップ

「この羽根……!」

サコミズ

「鈴木君!?」

 

 呆然とするナナジンの手を掴み、オウカオーが羽ばたく。光の中へと消えていくナナジンとオウカオー。そして、核の光と共に訪れる強烈なオーロラ光が、アルカディア号を呑み込んでいく……。

 

ラ・ミーメ

「これは……キャプテン、コントロールが効きません!?」

トチロー

「これは、何か引力みたいなものに吸い寄せられているのか?」

ハーロック

「全員、命を賭けろ。この先に何が待っているのか、誰にもわからん!」

 

 アルカディア号の操舵を握りながら、キャプテンハーロックはその鷹のように鋭い隻眼で光の先を見据えていた。

 

 

 

…………………………

第25話

「桜花嵐(前編)」

…………………………

 

 

 

—東京—

 

 

 

 日本の首都でも東京は、昨年のオーラバトラー事件や新宿事件等様々な災禍に襲われながらも、未だ首都としての機能を果たしていた。旧世紀に作られた東京タワー。今や電波塔としての役割を果たさぬこの“象徴”はしかし、人々の心を繋ぎ止めていたのだ。

 今、この東京タワーを見上げる男が1人。西田啓。彼は刀傷で失った双眸でこの狂騒を静観していた。

 

西田

「これが、答えか……」

 

 現在、東京の街は戦火の只中にある。突如東京湾に現れたオーラ・バトル・シップ。そこから出撃したオーラバトラー。彼らは東京の街を飛び回り、無差別に攻撃を仕掛けていた。

 

広川

「西田さん、避難を!」

 

 側近の広川参謀に急かされるが、西田は首を横に振る。

 

西田

「私には、見届ける義務があります。中佐、あなたはお逃げなさい」

 

 西田が言うと、広川は諦めたようにひとつため息をを吐く。

 

広川

「……いえ、私もお供させてください」

 

 西田の画策した計画は、いつしか西田本人も預かり知らぬところで暴走を始めていた。“ゴッドマザー・ハンド計画”。エメリス・マキャベルによって主導されているそれは、いつの頃からマキャベルの野望の走狗へと変わり果てていた。その見極めが、僅かに遅かったと西田は思う。

 現在、マキャベルの独立宣言によりコロニーはおろか、地球全体が揺らついている。彼の計画に賛同するか、否定するか。この混乱の中に現れたオーラバトラーによる東京侵攻。そして現在、東京湾では不時着したオーラ・バトル・シップにエメリス・マキャベルが交渉のために赴いていると聞く。これらの混乱を収める力は、西田にも、或いは世界中のどこにもなかった。

 こうなる前に、手を打つことができたはずだ。それが、西田の後悔になる。だから西田は、自らの屋敷からその狂騒をただ、見守っていた。

 

 

 東京上空を飛び回るオーラバトラー。シンデンに乗るロウリと金本の2人は、興奮していた。

 

ロウリ

「ハハハハハ! すげえ、地上に出てからオーラエンジンが、急激に出力を増してやがる!」

金本

「地上のオーラ力を吸って強力になるっていうのは、本当だったんだ! 我慢した甲斐があるってもんだね、ロウリ!」

 

 火矢を撒き散らす金本。燃え盛る炎はビル街を焼き尽くし、瞬く間に火の海を作り上げる。それはまるで、昭和20年の再来であるかのように。

 

ロウリ

「ああ! コドール女王の東京壊滅作戦、手柄の立て放題だぜ!」

 

 サコミズ王とはぐれたホウジョウ軍は、その指揮権を女王コドールに移した。コドールはサコミズ王の当初の計画に便乗する形で日本の首都・東京への無酒別攻撃を敢行。その先陣を切っているのが、地上人のロウリと金本である。

 地上へ上がった彼らのオーラバトラーは、ヘリコンの地で反乱軍と戦っていた時よりも飛躍的に上昇している。戦艦キントキ並びにロウリ、金本の率いるオーラバトラー部隊。それが今、東京の街を襲っていた。

 

ロウリ

「アハハッ! 日本人! 平和ボケの目を覚ませやァッ!」

 

 防衛のために出撃するモビルスーツ・ジェガンでは、オーラバトラーなどまるで相手にならない。ベース・ジャバーの支援なしに空中戦のできないマシンでは、空を自由に飛び回るオーラバトラーを前に攻撃を当てることすらままならないのだ。今も金本のシンデンが放った火矢が、ベース・ジャバーを沈める。それだけで、ジェガンは足を失い地上へと落下。旧世紀に作られたテレビ局へと落下し、歴史ある建造物は真っ二つに折れてしまう。そして、折れたビルはさらに逃げ惑う人々を下敷きにする。

 それは、地獄のような光景だった。

 

ショット

「コドール女王の命令である。敵の本拠たる東京を焼き払うのだ!」

 

 キントキの艦長席を任されたショットの号令。キントキの艦長であるコットウ・ヒンは現在、女王陛下と共にコンタクトを取ってきた地上人……エメリス・マキャベルと会談している。マキャべルは、レンザンのガルン司令を保護し、彼を指揮下に置いていたらしい。そして、ガルンを通しての会談。それがどのようなものになるかは大方察しはつく。故に、それにショットは興味を持たなかった。

 

ショット

(所詮、狐と狸の化かし合い。好きにさせればいい。その隙に、俺は……)

 

 ショット・ウェポンの心臓は、邪霊機の少女が握っている。かつての戦争で死に、輪廻からも弾かれた大罪人であるショットはしかし、ライラの呪術により再び肉の身体を得ることができた。

 ライラから任された使命はひとつ。バイストン・ウェルと地上。その双方を混沌へ導くこと。そのためにショットは地上人・サコミズ王の下へ潜り込み、地上へと還る手段を仄めかした。それがホウジョウ国のオーラマシン建造を急がせる結果となり、そして今まさに地上は炎の中に包まれている。

 

ショット

(だが、まだだ。それでは奴の手駒でしかない。俺は俺の目的を達成するために、自ら奴の奴隷になる道を選んだのだから)

 

 オーラバトラーの猛攻で崩れ落ちるビルを眺めながら、ショットは思う。生涯最大の敵のことを。

 ショウ・ザマ。ショットの野望を打ち砕き、そして今なお彼に仇なさんとする聖戦士。ショットはかつての戦いにおいて、ひとつだけ大きな後悔を抱いていた。

 

ショット

(ミュージィ……。私の為に命を投げてくれた女よ。私は今度こそショウに勝ち、お前の献身に報いよう)

 

 ミュージィ・ポー。ショット・ウェポンの恋人であり、ショットの野望の走狗として自らを激しい戦場の中へと追いやった女。ミュージィはショウを討てず、ショットは野望を叶えることができなかったことは少なからず、彼の心を苛んでいた。

 せめて、この第二の生をミュージィの献身に報い、彼女の死を意味あるものにしてみせる。そのためにはショウを討ち、そして自らが世界の王にならなければ。今のショット・ウェポンを突き動かす野心は全て、亡きミュージィのためにある。故に、

 

ショット

「ライラなどに負けてくれるな……。ショウ・ザマ、早く来い!」

 

 ショット・ウェポンは叫んだ。怨敵の名を。自らの野望を潰えさせ、そして愛するものを奪った者の名を。それは、ショットのオーラ力がそうさせたのかもしれない。オーラ力とは、精神の力だ。煮えたぎるショットの闘争心、野心、復讐心、或いは戦渦を齎すもの達の狂騒。それに巻き込まれる者達の悲鳴。それらが渦巻く東京は、オーラ力の磁場を生んでいるといっても過言ではない。

 その闘争と狂騒のオーラ渦巻く戦場を指し示すように、あかときいろの極光が空を射す。

 

ロウリ

「なんだ、ありゃぁ!?」

ショット

「来たか……!」

 

 オーラの光。魂を浄化するバイストン・ウェルよりの光。その光の彼方より現れたのは、巨大な髑髏だった。髑髏の船体を持つ緑色の艦。海賊船アルカディア号が帆を張り、光の中よりその姿を見せるのだった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ハーロック

「く……ここは、地上か!」

 

 照りつける日の光。それが生の肌感覚を通し、ハーロックに告げる。ここが、地上であると。しかしそこに映る光景は、凄惨な有り様を示している。

 

マーベル

「あれは、ホウジョウ軍のオーラバトラー?」

トッド

「あいつら、地上でドンパチ始めやがったのか!」

 

 東京の被害は、目に見えるほどひどい。それをやっているのは、オーラバトラー。その光景はショウに、あの日を連想させる。

 

ショウ

「貴様達……何をしているのかわかってるのか!」

 

 ダンバインとバストールが地上へと浮上した日。2機のオーラバトラーの戦いはやはり、東京の街に壊滅的な被害を齎していた。だが、今ここで起きているのはその比ではない。

 

ロウリ

「うるせー! 戦争じゃ沢山ポイント稼いだ方が勝ちなんだよ!」

 

 喚くロウリの声。アルカディアはその声をキャッチし、一同の顔は嫌悪に染まる。

 

鉄也

「奴ら、戦いを遊びだと思っているのか!」

トビア

「戦争をゲームだと思っているだなんて……!」

 

 トビア達が先ほどまで見せられた戦いの歴史。それは悲惨という言葉も生温い光景だった。それを見てしまえば、今のロウリがどれだけ的外れなことを言っているのかなど、子供にも理解できる。

 

リュクス

「あの艦はキントキ……ならば、コットウか!」

 

 リュクスはキントキの無線周波数へ繋ぎ、怒鳴りつける。しかし、現れたのはコットウ・ヒンの禿頭ではなく金髪の青年。

 

ショット

「姫様、エイサップ鈴木君と共に消息を絶ったと聞いていましたが……」

リュクス

「ショット・ウェポンか!」

 

 ショット・ウェポン。シャピロ同様、父サコミズの野心に油を注いだ地上人。リュクスの顔は嫌悪に染まり、ショットを睨む。

 

ショウ

「ショット・ウェポン! また地上を戦場にする気か!」

ショット

「これはコドール女王の命でもある。作戦遂行の邪魔をするならば、お前たちも死んでもらうことになるぞ」

 

 そう言って、キントキの主砲をアルカディア号へ放つショット。アルカディア号はそれを回避しようと舵を取る。しかし、ここが大都市の只中であるという事実がハーロックの判断を鈍らせ、アルカディア号の船体をオーラキャノンが襲う。

 

ハーロック

「クッ……!」

 

 アルカディア号の背後。キントキの射線上にはスカイツリーが聳え立っていた。今アルカディア号があれを避ければ、スカイツリーに命中し甚大な被害が出る。それを避けるため、ハーロックはあえて命にも等しいアルカディア号の船体で受けたのだ。

 

ショット

「ほう……」

 

 感心するように、ショットの声が漏れる。ショットは、あえて民間人を巻き込むような攻撃を敢行したのだ。それを悟り、ハーロックの鋭い眼光はショットを睨める。

 

ショウ

「いい加減にしろ、ショット!」

 

 ショウの叫びと共にダンバインとライネック、そしてヴェルビンがアルカディア号から出撃した。それに続くように、空中戦を得意とするマシン……ゲッター1やブライガー、それにエクス・マキナが発進する。続くように、モビルスーツを中心とした部隊も展開。と、そこで槇菜は先陣を切っていたはずのナナジンと、オウカオーがまたしてもいないことに気付いた。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃ……?」

 

 リーンの翼が見せる過去の戦争の光景。その中から弾き出された槇菜達。ならば、エイサップとサコミズ王は今も、あの中にいるのだろうか。エクス・マキナは答えない。その漆黒と両翼はしかし、不思議と槇菜に寄り添っているように、槇菜には感じられた。

 

槇菜

「……そっか、エイサップ兄ぃとサコミズ王はまだ、あの世界で戦ってるんだ」

 

 ならば、自分達も負けるわけにはいかない。エクス・マキナはその両翼を広げ、駆ける。目指すは悪意の源。オーラシップ・キントキ。キントキはオーラキャノンを放ち、エクス・マキナを襲う。しかしエクス・マキナのシールドはそれを受けると、それを忽ちオーラへと還元していく。

 

ショット

「成程。あれが“旧神”か……!」

 

 ショット・ウェポンも、ライラから知らされてはいた。旧神。この世界の輪廻を守りしものと。

 

マーガレット

「照準内に入ったわ!」

槇菜

「お願いします、マーガレットさん!」

 

 エクス・マキナは右手にハンドガンを召喚すると、素早くそれをキントキへ撃ち放つ。銀の弾丸。悪しき魂を屠るもの。銀の弾丸はキントキを射抜くように、真っ直ぐに飛んでいく。

 

槇菜

「こんな戦い、意味はありません!」

ショット

「意味などは自ら作るものだ!」

 

 エクス・マキナのハンドガンから放たれた銀の弾丸はしかし、キントキの周辺を覆うオーラバリアによって弾かれてしまう。地上に出たオーラマシンは、地上のオーラ力を吸い急激に出力を上げる。それはオーラ・シップすら例外ではなかった。

 

槇菜

「っ!」

ショット

「旧神と言えど、オーラコンバーターを改良したこのキントキの前では。オーラ砲、撃て!」

 

 キントキから放たれるオーラ力を熱へと変換した砲撃。エクス・マキナはシールドでそれを防いで見せるがしかし、キントキとオーラバトラー部隊の防衛網を前に攻めあぐねていた。

 

マーベル

「槇菜、地上のオーラ・シップは核熱すら耐えてみせるの。ここは私達が!」

槇菜

「マーベルさん、ショウさん!」

 

 エクス・マキナと入れ替わるようにフォワードに入るダンバインとヴェルビン。キントキの周囲を守るように発進する量産型オーラバトラー・ドラムロを蹴散らしながら聖戦士が往く。

 

マーベル

「ショット・ウェポン! あの時、確実に倒していれば……」

 

 マーベルが歯噛みする。あの時、差し違えて倒したはずのショットが今ここに立ちはだかっている。それは彼女の生を賭けた戦いを侮辱するに等しいものだからだ。オーラショットを撃ちまくりながら、ダンバインがとぶ。今のマーベルのオーラ力ならば、雑兵のドラムロなど歯牙にも掛けない。しかし、ショット・ウェポンとなれば話が違う。

 

ショット

「マーベル・フローズン、思えば貴様だ。貴様さえいなければ!」

 

 キントキのオーラバリアがオーラショットを防ぎ、反撃のオーラキャノンをダンバインはかわしていく。しかし、ショットのオーラ力は以前にも増して強力になっているのを、マーベルは感じていた。

 

マーベル

「このオーラ力、本当にショットなの……?」

トッド

「あいつだって地上人の、アメリカ人だぜ!」

 

 ダンバインの行く手を遮るように展開されるドラムロを、トッドのライネックがオーラバルカンで牽制する。その間にマーベルはショウのヴェルビンと合流し、今度はショウが前に出た。

 

ショウ

「マーベルは援護を! ショットは俺がやる!」

マーベル

「ショウ!」

 

 そんなヴェルビンを前に、舌舐めずりするものがいた。ロウリと金本の乗るオーラバトラー・シンデン。両手に持った二刀流のオーラソードを掲げ、ロウリが見栄を切る。

 

ロウリ

「お前が噂の聖戦士か! 撃墜マークにしてやるよぉ!」

チャム

「ショウゥゥ! うるさいのがきたよ!」

ショウ

「うるさいよチャム!」

 

 目の前で飛び回るチャムを左手で払い除ける。すると既に目の前に飛び込んでいたシンデンに、ショウは自身の迂闊を呪った。

 

ショウ

「迂闊なっ!」

ロウリ

「どこ見てやがる!」

 

 ロウリのシンデンのオーラソードが炎を纏い、ヴェルビンと鍔迫り合う。そして、回り込むようにして金本のシンデン。

 

ロウリ

「金本、あれやるぞ!」

金本

「ああ!」

 

 両手のオーラソードをクロスさせ、垂直に突っ込むシンデン。オーラソードの重ね斬りが、ヴェルビンに迫る。

 

ロウリ

「ダブル!」

金本

「ディスパァーッチ!」

 

 しかし、その大振りな動きはショウほどの聖戦士にしてみれば、あまりにも杜撰なものだった。4本のオーラソードは見事に空を切り、ヴェルビンはロウリと金本の包囲網を抜けてキントキを目指す。

 

ショウ

「現実の見えていない攻撃になんか、当たるかよ!」

チャム

「あっかんべーっだ!」

 

ロウリ

「あのフェラリオのガキ……!」

 

 チャムの煽りに、ロウリは青筋を立て追撃をかけようとした。しかし、シンデンの動きは突如現れたビームの帯に阻まれる。そこにいたのは、そう!

 

東方不敗

「フン、貴様らも地上に出ておったか!」

 

 東方不敗・マスターアジア! そして彼の乗機マスターガンダムが、威風堂々とビルの上に立っていたのです!

 

 

ロウリ

「で、出やがった!?」

金本

「マスターガンダム!?」

 

 バイストン・ウェルでの戦いで幾度となく辛酸を舐めさせられてきたその黒い機体の登場に、全身から鳥肌が噴き出るロウリと金本。東方不敗は彼らのその、言うなれば肝っ玉の小ささを看破すると同時にビーム帯を振り回し、シンデンを絡め取ります。

 

東方不敗

「世直しを掲げておきながら、自分より強いものに立ち向かう意志を持たぬとは……だからお前らは、浅いのだ!」

ロウリ

「ひ、ひぇぇぇぇぇっ!?」

 

 振り回され、投げ飛ばされるロウリと金本。地上に出てオーラエナジーの活性化を感じながらも、本能的な恐怖心はそう簡単に克服できるものではないのです。そして、

 

東方不敗

「聖戦士を名乗るならば、たかがジジイに臆するではないわぁっ! ダァァァクネス・フィンガァァァッ!」

 

 マスターガンダムから放たれる紫紺の気弾が、ロウリと金本のオーラバリアを突き破り爆発!

 

ロウリ

「お、覚えてやがれ!」

 

 ボロボロになりながら、何処かへと逃げていくシンデン。それを、ブライガーのかみそりアイザックは見逃さなかった。

 

アイザック

「キッド、ブライスターだ。奴らの後を追う」

キッド

「了解、ブライシンクロン・アルファ!」

 

 ブライガーは瞬く間に高速機・ブライサンダーへと変形する。ブライスターは星間距離すらも移動する脅威のマシン。以下に高速機動を可能とするオーラバトラーとて、ブライスターならば逃さない。

 

ボウィー

「それじゃ、久々に俺ちゃんの出番ってわけね!」

お町

「まあボウィーさん、主役をキッドさんに取られちゃうのを気にしてらっしゃる?」

ボウィー

「まさかまさか、ロボットアニメの主人公なんて俺ちゃんには似合いませんよ!」

 

 軽口を叩きながらも、ボウィーはアイザックの意図を汲んでいた。ピッタリとくっつくのではなく、レーダーの反応を拾えるギリギリのライン……ミノフスキー粒子散布下ではそれも難しいが、ホウジョウ軍はミノフスキー粒子の技術は持っていない。

 ブライサンダーでないのは、オーラバトラーの襲撃により道路は瓦礫にまみれ、悪路と化していたからだ。加えて、逃げ遅れた人がいた場合ブライサンダーのスピードでは轢いてしまう可能性もある。

 

アイザック

「キャプテン、おそらく奴らは拠点へ向かったものと思います」

ハーロック

「ああ。J9は奴らを追跡し、敵の拠点を突き止めてくれ!」

ボウィー

「と、いうわけで皆さん、この場は任せますよっと!」

 

 いつもの調子を崩さず、飛ばし屋ボウィーは空を駆ける。その軽口はしかし、頼もしさすら感じられた。

 

ショウ

「そっちの聖戦士は片付けた、残るは貴様だショット!」

 

 ヴェルビンのオーラソードを翳し、ショウが叫ぶ。ショット・ウェポン。彼は地上とバイストン・ウェルの双方に災いを為す諸悪だ。生かしてはおけない。そう、ショウは自分に言い聞かせていた。

 

ショット

「フッ……フフフ……。ショウ・ザマ。この私が何の策も講じていないとでも?」

ショウ

「何ッ?」

 

 しかし、ショットは不敵に笑う。そして次の瞬間。アルカディア号のラ・ミーメはそれを捉えた。

 

ラ・ミーメ

「西南より接近する物体あり。これは!?」

 

 ラ・ミーメが驚愕の声を上げる。その機体は、エイハブ・ウェーブの周波数を発していた。つまり、ラ・ミーメやハーロック、竜馬、三日月らと同じ『B世界』の機体ということになる。だが、驚いているのはそれだけではなかった。そのエイハブ周波数を、ラ・ミーメは知っていた。

 

ラ・ミーメ

「この周波数……モビルアーマーです!」

オルガ

「何だと!?」

 

 モビルアーマー。オルガ達のいた『B世界』において、“厄祭戦”で暴れ回ったとされる機動兵器。そして、“前の宇宙”と邪霊機の少女が呼んだ“厄祭戦”においても、その姿を映し出されていた存在。それと同質のエイハブ・ウェーブを感知していた。

 

ショット

「驚くのも無理はない。このマシンは私一人では組み上げることができなかった。そう……君達の言う『B世界』の技術なしには完成し得なかったろうな」

竜馬

「ウダウダ御宅を並べやがって! 何が来ようが俺とゲッターが捻り潰してやるぜ!」

 

 叫び、竜馬はゲッタートマホークを握る。そして投擲。トマホークブーメランは緑色の輝きを放ちながら、モビルアーマーと推定されるマシンへと放たれる。だが、その方向から降り注ぐ無数のビームが、トマホークを弾き返した。

 

竜馬

「何ッ!?」

 

 迫り来るものの影が、ようやく見え始める。それは、異様な存在感を放っていた。紺色のモビルアーマー。いや、あれは本当にモビルアーマーなのだろうか。竜馬の記憶にあるモビルアーマー……ハシュマルとは似ても似つかない姿をしている。

 全体的なシルエットは、三角錐とでも言うべきだろうか。頭頂へ近づくほどに小さくなっていく姿形はどこかクリスマスツリーのようにも見える。しかし、そんな楽しげなものでは一切ない。

 

シャア

「あの機体は……!?」

 

 ベース・ジャバーに搭乗し、主力部隊の支援に回っていたシャアが驚愕の表情を浮かべる。そして、アムロも。

 

アムロ

「バカな、そんなことがあるはず……!」

ショット

「そうか。伝説のニュータイプならば知っていて当然か。見せてやろう。私の技術と、『B世界』より齎されたモビルアーマー技術の集合体を!」

 

 それは、圧巻の巨体だった。オーラバトラーなどとは比べるべくもない。ゲッターロボにも迫るほどの迫力を持ってそのクリスマスツリーは動き、そしてぐるりと回る。

 

ドモン

「まさか、あれは!」

三日月

「……ガンダム?」

 

 クリスマスツリーのような姿をしたそれから脚が生え、手が伸び、V字型のアンテナが顔を覗かせる。しかし、アムロのνガンダムや、トビアのクロスボーンなどとは顔の雰囲気はまるで違う。むしろ、三日月のバルバトスに近い、悪魔めいた容貌を醸し出していた。

 

アムロ

「サイコガンダム……!?」

 

 サイコガンダム。かつてアムロやシャアが戦った悪魔のマシーン。悪魔じみたその形相と紫色の機体色は、アムロの記憶の底に深く刻みつけられていた。

 

トチロー

「……データが出てきたな。サイコガンダムMk-Ⅱ。宇宙世紀時代に作られたニュータイプ専用モビルスーツ。だが、どうしてこいつからモビルアーマーと同じ周波数が?」

ハーロック

「まさか、ゾーンか!」

 

 『B世界』の技術を持ち得る人物として、真っ先に思い至る存在といえばMr.ゾーンだ。ゾーンはゲッターチームやハーロックを個人的に恨んでもいる。ゾーンならば、『B世界』における禁断の技術をこの世界に齎したとしてもあり得ない話ではない。そう断じたハーロックにショットは、不敵な笑みで返す。

 

三日月

「何でもいいよ。あれがあのカニの仲間なら、ここで潰す」

 

 サイコガンダムMk-Ⅱの巨体を、三日月は恐れなかった。ガンダムバルバトス・ルプスレクスはコンクリートを蹴り上げ、飛び上がる。そしてテイルブレードで風を切りながら、ロングメイスを振り上げてサイコガンダムに迫った。サイコガンダムの胸部から放たれる無数のビームの雨。まるで土砂降りのように叩きつけられるそれを避けながら、バルバトスが一番槍を叩きつける。

 

 

三日月

「そこ…………!」

 

 しかし、サイコガンダムの前腕、手首から巨大なビーム・ソードが展開されると同時、メイスを叩き込まんとするバルバトスをまるで、仔犬のように振り払った。

 

三日月

「!?」

オルガ

「ミカッ!?」

マーガレット

「三日月!?」

 

 戦場を自由自在に駆ける狼王。ルプスレクスはその一撃に突き飛ばされ、しかしテイルブレードを使いなんとか、体制を立て直していた。

 

三日月

「アイツ、ヤバいな……」

ヤマト

「まるで全身が凶器かよ。飛んだバケモンだぜ」

 

 思わぬ強敵の出現に戸惑う中、アムロはしかしどうにもサイコガンダムへの違和感を拭えないでいた。 

 

アムロ

「いや……あのサイコガンダムを俺もシャアも、感じられなかった。あれは、俺たちが戦ったサイコガンダムとは何かが違う……?」

シャア

「三日月達の世界では、モビルアーマーは無人機だったときいた。まさか、あのサイコガンダムも無人機なのか?」

 

 ビームショット・ライフルを撃ち込むシャアだが、ビームの光はIフィールドによって掻き消されてしまう。そして、反撃とばかりに全身から放たれるメガ粒子砲。その流れ粒子がビルを溶かし、崩れ落ちていく。

 

トビア

「やめろ! ここは人が生きる場所なんだぞ!」

 

 サブフライトユニット“ノッセル”に搭乗し、モーターボートのように空を駆けるクロスボーン・ガンダムが、サイコガンダムMk-Ⅱの周囲を飛び回り、トビアが叫ぶ。しかしそれに聞き耳を持たないサイコガンダムは、クロスボーンめがけて指からメガ粒子砲を放った。

 

トビア

「なんだ? こいつ?」

 

 トビアが違和感を抱いたのは、その動き。まるで生きている人間のように滑らかにサイコガンダムは指を動かしている。モビルスーツは人が乗り操縦する兵器である以上、必然的に動作にはラグがある。「撃とう」と思った時に撃っても、そのコンマのズレが致命傷になるのが戦場だ。そのラグはパイロット達に取って常に抱える問題であり、アムロのように先読み能力に長けたパイロットは重宝され、ドモン達ガンダムファイターや特務自衛隊のTAのように人機一体のアプローチは常に需要がある。

 そう、人機一体。このサイコガンダムの動きは闇雲にメガ粒子砲をばら撒いているだけのように見えて、滑らかな動きでトビアや三日月の攻撃に対応しているのだ。

 そしてそれと限りなく近い動きをする仲間が、トビアの周りには一人、いる。

 

トビア

「ま、さ、か?」

 

 それに気付いたのは、トビアだけではなかった。

 

ハーロック

「あのマシン……阿頼耶識システムを搭載しているのか!」

オルガ

「何だとッ!?」

 

 阿頼耶識。三日月・オーガスがバルバトスと繋がる悪魔の契約。未成年の子供にだけ僅かの確率で定着する外科手術を介し、マシンとの一体化を促す禁じられた技術。

 

 

阿頼耶識強化兵

「……………………」

ショット

「フ、フフフ……」

 

 ショット・ウェポンは、悪魔の技術に魅せられていた。Mr.ゾーンから提供された技術……阿頼耶識の素晴らしさは、パイロットの五感を直接マシーンに繋ぐことにある。それを応用することで、人間の生体エネルギーを直接マシーンへと接続する。これにより、特殊な感覚を持たないパイロットでもサイコミュ・モビルスーツの操縦が可能になるのではないか。そう、ショットは直感した。

 すぐさまショットは、秘蔵していたマシーン……サイコガンダムMk-Ⅱを用意しそして、Mr.ゾーンら買ったヒューマンデブリの少年兵に阿頼耶識手術を施した。それが今、東京で暴れ回るサイコガンダムの正体である。

 

シャア

「阿頼耶識だと! ええい!」

 

 ショット・ウェポンの天才的な頭脳は、阿頼耶識システムのなんたるかをすぐに理解した。阿頼耶識とは即ち、人間と機械の完全なる融合であると。オーラ・エンジンを開発する過程でショットが研究していたもののひとつ。サイコミュ・システムの完成形。それは人間の超感覚を兵器へと転用するものだが、超感覚を鍛えた兵士を阿頼耶識で機体と接続することで、より完全なマシンと人間の融合は果たされることになる。

 今、暴れ狂うこのサイコガンダムはまさに、そのためにショットが生み出した決戦兵器と言って差し支えなかった。

 

槇菜

「ひどい……!」

マーガレット

「…………!」

 

 何をしたのかを悟り、槇菜は呻き、マーガレットは下唇を噛む。

 

ユウシロウ

「パイロットは、実験動物か……」

 

 豪和でユウシロウがそうであったように。それをまざまざと見せつけられて、ユウシロウは嫌悪感を露わにする。

 

竜馬

「ど腐れ外道め……なんて真似しやがる!」

「許せねえ……人間を何だと思ってやがるんだ!」

 

 ストレートな怒りが竜馬を、忍を突き動かした。

 

ショット

「所詮パイロットなど目的達成の道具にすぎない。このヒューマンデブリも、サイコガンダムのパーツとなることで才能を開花させたのだ。それは称賛されるべきものではないか?」

 

 涼しげに行ってのけるショット。そのショットの乗るキントキ目掛けて、放たれるものがあった。高密度のメガ粒子。本来ならばオーラバリアがそれを弾き返す。しかし、そのビームはオーラバリアを貫き、キントキの船体を焼く。

 

ショット

「何……!?」

???

「そうやって人の命を弄ぶようなことはしちゃいけないって、なんでわからないんだ!」

 

 瞬間、その声は東京の街全体に響き渡ったような気がした。それは、少年の声だった。少年の声は怒りを帯び、しかしその怒りの中には慈愛と、悲しみがある。

 それは少年の放つ、巨大なオーラ力だった。オーラ力が強大なプレッシャーとなり、ビームにオーラバリアすら貫く力を与えた。そうとしか考えられない。

 奇しくもそれは、ショットの考えうる生体エネルギーそのものの、物理的な力。

 

シャア

「お前は……!」

 

 サザビーのシャアは、アルカディア号から発進したそのモビルスーツを見た。Zガンダム。νガンダムを手に入れる以前まで、アムロがこの戦いで乗っていたマシン。

 それに乗り魂の力を体現できる少年など、一人しかいない。

 

カミーユ

「ショット・ウェポン! お前は生きていてはいけない存在だ。暗黒の世界に帰れ!」

 

 カミーユ・ビダン。かつてシャアが戦いの世界に導き、そして心を壊してしまった悲しき少年が、そこにいた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—アルカディア号/医務室—

 

 

 サイコガンダム。その悪魔のマシーンが現れた時、異変は起こった。その存在と深く関わり合いのある一人の少年にとって、その存在は許し難いものだった。

 

カミーユ

「うう、ああ……!」

ジュドー

「カミーユ、クッ…………!?」

 

 カミーユの感じているものを、ジュドーもそのシャープな心を通して感じしまう。カミーユは今、死者達と会話しているのだ。

 

少女の声

「カミーユは、優しいね。私達のことをずっと、忘れないでいてくれるんだ」

 

 その囁きは甘く、カミーユ・ビダンはその声に感じたときめきを忘れることができなかった。しかし、今まさに市街地で暴れ回る悪魔のマシーンに残る残留思念が、それと同時に少女の最期をカミーユに想起させ、カミーユは叫ぶ。

 

カミーユ

「忘れられるわけ、ないじゃないか! 君は、僕の心に入り込んで!」

 

少女の声

「アハハ。そんなカミーユだから、私も心を許したんだ」

女性の声

「うん。お兄ちゃんの優しさ、嬉しかった」

 

 また違う女の声が、カミーユを蝕む。カミーユ・ビダンの人生を狂わせたファム・ファタール達の声が、カミーユの心を刺激する。

 

カミーユ

「違うんだ。違うんだよフォウ、ロザミィ……」

 

 命が永遠に生き続けるのは、拷問にも等しい。それが肉の身体を持たず、現世への介入すら許されない精神のみの存在であれば尚更だ。カミーユ・ビダンの人生を狂わせた女達は今、その命の残り香をサイコガンダムを通して伝えている。カミーユにとっては、戦いと死の匂いと同義であるそれはカミーユを苦しめ、苛む。

 その少女達は、カミーユが死なせてしまったも同然の少女達だ。少なくともカミーユ・ビダンにとっては、そうだ。

 それがたとえ強化人間という、カミーユと出会ったその時にはもう運命が決まっていた少女達だったとしても、救えたはずだと考えてしまうのがカミーユ・ビダンだった。

 そしてそれは、ジュドーもそうだ。

 

ジュドー

「プル……プルツー……」

 

 その運命に縛られた悲しい少女をジュドーは、救うことができなかったのだから。

 しかし、それはジュドーの傷だ。ジュドーだけが背負う、ジュドーの苦しみだ。

 ジュドーはカミーユの手を握り、叫ぶ。

 

ジュドー

「ダメだ、カミーユ! 死んだ人間に引っ張られるな! あんたはまだ、生きてるんだろ!」

 

 それは、まるで自分に言い聞かせるかのような叫びだった。

 

カミーユ

「ウ……。ア……」

ジュドー

「死者達の言葉に、身体を預けちゃダメだ。カミーユ、あんたはまだ生きてる。生きて帰らなきゃいけないんだよ!」

カミーユ

「!?」

 

 瞬間、カミーユ・ビダンの脳裏を過ぎったのは、常にカミーユの隣で世話を焼いてくれた。時には心を摩耗させていくカミーユの支えとなり続けてくれた少女の顔だった。

 

カミーユ

「ファ……」

 

 その呟きが契機だろうか。カミーユ・ビダンの意識は覚醒し、寝台から起き上がる。その瞳にはしっかりと、ジュドー・アーシタの顔が映っていた。

 

ジュドー

「カミーユ……」

カミーユ

「君は、たしか……。ファとアーガマを守ってくれた、ジュドー・アーシタか」

ジュドー

「あ、ああ。意識が戻ったのか?」

カミーユ

「……ずっと、意識はあったさ。だけど、意識の広げ方がわからなくなってたんだ。シロッコめ」

 

 意識を彼岸へ預けながらも、カミーユは現実を認識していた。カミーユは立ち上がり、そして歩き出す。

 

カミーユ

「急ごうジュドー。あの悪魔のマシーンは、俺達が止める!」

ジュドー

「ああ、格納庫にゼータがある。それを使ってくれ!」

 

 

…………

…………

…………

 

 

 そして今、カミーユ・ビダンは戦場に戻ってきた。愛機Zガンダムのコクピット・シートはかつてカミーユが使っていたそのままで、まるでカミーユの帰還を待っていたのではないかという感覚がある。しかし、目の前の戦場は宇宙世紀とはまるで違う。

 

シャア

「カミーユ、本当にカミーユ・ビダンなのか?」

カミーユ

「はい。貴方にも言いたいことはたくさんありますよクワトロ大尉……。いえシャア・アズナブル」

 

 カミーユ・ビダンは、その心を痛めながらもずっと見ていた。刻の涙の流れる瞬間を。だから、漠然とだが理解していた。今ここにいる自分は、本来の時間軸の人間ではないことも。それはシャアやアムロ、ジュドーも同じだろう。

 何者かの意図によるものか。或いは偶然か。何にせよ、宇宙世紀の宇宙を駆けた哀しき戦士達が今、この瞬間に集っている。

 

槇菜

「カミーユ・ビダンって……」

 

 槇菜が以前読んだ、シャアの伝記小説の後半に登場する人物。それが今、シャアと共に戦場に立っている。

 

アムロ

「カミーユ、やれるのか?」

カミーユ

「はい。僕も戦います。それがきっと、この世界に迷い込んだ理由だと思うから」

 

 だが、それ以上の問答を待っていてくれるほど戦場は都合のいいものではない。サイコガンダムMk-Ⅱの両腕が飛び、Zガンダム目掛けて突き進む。

 

鉄也

「ガンダムにロケットパンチだと!?」

 

 正確にはロケットパンチとは違う。有線式サイコミュ・ハンド。νガンダムやサザビーのファンネルと同様の脳波コントロール兵器。有線接続の分ファンネルよりはコントロールが難しくないという特徴を持つ一方で、完全なコントロールにはやはり特殊な超感覚を必要とする兵器だ。

 かつてカミーユが、ジュドーが対決したサイコガンダムMk−Ⅱは薬物投与やマインドコントロールで強化されたパイロットを乗せることで解決していた。しかし、今回のそれはさらに違うアプローチが行われている。

 

ショット

「阿頼耶識で繋がったパイロットは、もはやサイコガンダムと一体化している。ニュータイプ能力などなくとも、完成された阿頼耶識ならばサイコミュを自分の身体のように操れるようになるというわけだ!」

三日月

「……………………!」

 

 それと同じものと、以前三日月は戦った記憶があった。

 

トチロー

「前に戦った……ギャラルホルンのグレイズアインと同じってことか」

 

 サイコガンダムMk-Ⅱの有線式サイコミュ・ハンドが、Zガンダムへと迫る。捕まればそのまま握りつぶされてしまいそうなほどの大きな手。しかしカミーユは、怯みはしなかった

 

カミーユ

「そこだっ!」

 

 カミーユの肌に染み付いた記憶は、Zガンダムの性能を100%熟知していた。ゼータの腕部に搭載されたグレネードランチャーを撃ち込むと同時、瞬時にウェイブ・ライダーへ変形。カミーユはサイコガンダムMk−Ⅱ目掛け駆ける。それを援護するように、二門のビーム・ライフルがサイコミュ・ハンド目掛けて飛んだ。

 ジュドーのダブルゼータである。

 

ジュドー

「カミーユ、行け!」

ショット

「ええい目障りな蝿め。サイコガンダムよ! 全てを灰にしてしまえ!」

 

 ショットが叫ぶと同時、一瞬苦痛に歪んだかのようにサイコガンダムMk-Ⅱのカメラアイが曇ったかに見えた。しかし、その次の瞬間サイコガンダムの背後から無数のリフレクター・ビットが展開される。

 

阿頼耶識強化兵

「あぁ、アァァァァァァァッ!!」

 

 そして、サイコガンダムの全身から放たれるメガ粒子砲。ウェイブ・ライダーはそれを回避して突き進むが、リフレクター・ビットはメガ粒子砲を反射しカミーユの背後を襲う。

 

カミーユ

「しまった!?」

 

 だが、そのビームはウェイブ・ライダーには届かない。三角形を描くように展開された3枚の板が磁力バリアを作り、カミーユを守るのだ。

 

アムロ

「迂闊だぞカミーユ! 背後にも目をつけろ!」

カミーユ

「アムロさん……!」

 

 アムロ・レイ。彼の乗るνガンダムには、敵のビーム攻撃から身を守るIフィールドを発生させる仕組みが存在していた。それを使い、カミーユの死角を庇うアムロ。しかし、無数に偏向するビームと、さらに放たれるビーム。ビームの滝に打たれるかのような重圧をカミーユは感じていた。

 

カミーユ

「クッ、ロザミィ……!」

 

 サイコガンダムMk-Ⅱに近づけば近づくほど、カミーユにのしかかるのは別のプレッシャーだ。ロザミア・バタム。かつて、救ってあげることのできなかった強化人間の少女兵。あの悪魔のマシーンに囚われてしまった少女の幻影がカミーユを捕らえて離さない。

 

ロザミィ

『私はロザミア・バタムッ! Zガンダムは、空を落とす私の敵だッ!』

 

 そんな声が、サイコガンダムから聴こえるのだ。それは、幻聴などではない。少なくとも、この時この場の戦いで命を賭けている者達にとっては。

 

ショウ

「これは、ハイパー化しているのか……!?」

 

 40mを超えるサイコガンダムの巨体が、さらに巨大化していくようにショウには見えた。それは、あの赤い髪の女や、今際のバーン・バニングスらと同じようにエゴを肥大化させているというのか。否。

 

シャア

「あのマシンに残る強化人間の残留思念が、阿頼耶識で一体化したパイロットを介して伝わっているとでもいうのか!」

 

 サイコガンダムという存在の恐ろしさは、パイロットを縛り付ける呪いの力にある。それは、死などでは到底払拭することのできない存在の呪縛と言っても過言ではない。

 

槇菜

「どんどん、大きくなってく……!」

桔梗

「化け物ね……!」

 

 やがてサイコガンダムはゲッター1すら見下ろすほどの質量へと変貌していく。まさにハイパー・サイコガンダム。そのマシンに囚われて死んでいった女達の妄念が、阿頼耶識を介して物理的な力を得た存在。

 

ショット

「フフフ、これこそが私の野望の器。そうだ、サイコガンダムと阿頼耶識。この力があれば!」

 

阿頼耶識強化兵

「アァァ、ァァァァッッ!」

 

 阿頼耶識により物理的に繋がったパイロットの中に、サイコガンダムの記憶が流れ込む。それは、拷問にも等しいものだった。自分の中に自分でないものの、意識ですらない何かが入り込み自分を支配しようとしている。それに耐えられる人間などいようものだろうか。

 

ユウシロウ

「恐怖……」

 

 そんな中、ハイパー化を続けるサイコガンダムを静かな、しかし強い意思を秘める眼差しで見つめる男がいた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 骨嵬の中で、ユウシロウは巨大化していくハイパー・サイコガンダムの姿を見据える。あのなかにいるのは、自分だ。自分と同じ存在だ。そう、ユウシロウは直感していた。

 

ユウシロウ

「……受け入れるな。自らを支配する恐怖など!」

 

 故に、ユウシロウがそう叫んだのは、鏡像を見てのものかもしれない。そう、“恐怖”そのものともいうべき器・骨嵬。その正体はユウシロウもまだ確信には至れていない。これを操ることが、兄達の野望に加担することなのかもしれないという疑念はある。だが、嵬などという運命に支配されることだけは、断じて認めるわけにはいかない。骨嵬。その器を通してユウシロウは刀を握り、大きく跳躍する。だが、リフレクター・ビットにより無尽蔵に跳ねるビームにさ遮られ、ただでさえ大きく、高いハイパー・サイコガンダムに届かない。

 

ユウシロウ

「クッ!」 

竜馬

「うぉぉぉぉりゃぁぁぁぁっ!!!」

 

 地へと叩き落とされそうになる骨嵬を庇うように飛翔するものがあった。ゲッター1。骨嵬はゲッターウィングを掴み、その肩に乗って風を切る。

 

竜馬

「ユウシロウてめえ、先走るんじゃねえ!」

隼人

「フッ、ユウシロウもお前だけには言われたくないだろうよ」

弁慶

「ああ全くだ」

 

 軽口を叩きながらしかし、ゲッターはハイパー・サイコガンダムの頭部のあたりまで飛翔すると、今度こそと骨嵬はそこから飛び出す。

 

ユウシロウ

「お前は、支配されている。恐怖に! 呼び起こすな、恐怖など……逆に支配しろ!」

 

 まるでそれは、自分に言い聞かせるかのような言葉だった。骨嵬が刀を振るえば、ゲッター線の光が斬撃の後に吹き荒ぶ。ゲッター斬りはハイパー・サイコガンダムのリフレクターを打ち砕き、しかしハイパー・サイコガンダムにその声は届かない。

 

阿頼耶識強化兵

「ああ、空が……空が落ちる!」

 

 そう叫ぶと同時、ハイパー・サイコガンダムはまるで錯乱したかのように腹部の拡散メガ粒子砲を撃ち放つ。何を狙うわけでもない。ただ、目の前にある全てを破壊しなければ気が済まない。目に映る全てのものが、今彼か或いは彼女か。それすらも定かではないものには空を落とす敵に見えてしまうのだ。

 

 

ユウシロウ

「ダメか……!」

カミーユ

「ロザミィの心を歪めたマシーンが、また人の心を弄ぶのかよ!」

 

 その光景はカミーユ・ビダンにとっては許し難いものだった。いや、カミーユだけではない。

 

トビア

「泣いてる、のか……?」

ジュドー

「ああ。そうだ、あのマシンはパイロットの命を、涙を吸って強くなるんだ。そんなの、許せるかよ!」

三日月

「…………」

 

 クロスボーン・ガンダムが、タブルゼータが、バルバトスがビームの雨を掻い潜り、ハイパー・サイコガンダムへ迫る。そしてピーコック・スマッシャー、ダブル・ビームライフル。テイルブレードでの攻撃。だがそれらは本体には届かず霧散してしまう。

 Iフィールドバリアと、ハイパー化によって発生する質量の増大が攻撃をブレさせているのだ。

 

ショット

「フッ、どれほどの戦力を集めたところでハイパー・サイコガンダムは止まらん!」

 

 その巨体からメガ粒子砲を乱射するハイパー・サイコガンダム。メガ粒子の光は東京の街を地獄へと変えていく。これ以上の被害を出さない為にも、一刻の猶予もない。

 

アムロ

「だがどうする? コクピットだけを狙えるのか……」

 

 ただでさえ強固なIフィールドに守られ、そして常にメガ粒子の弾幕を展開する巨大な機動要塞。その頭部が脱出ポット兼任のコクピットになっていることは、データで知っている。だが、核融合炉を誘爆させずにコクピットを潰すのは、アムロやシャアですら至難の技。

 

シャア

「……できるかもしれん」

 

 そう言ったのは、シャアの方だ。

 

アムロ

「シャア、策があるのか?」

シャア

「分の悪い賭けかもしれんがな。カミーユ!」

 

 Zガンダムの前に立つサザビー。メガ粒子砲の直撃を避けながら、マシンの回線越しにカミーユに言葉を送る。

 

シャア

「すまなかったな。カミーユ……。それだけは、伝えさせてくれ」

 

 それは、作戦中に出る言葉ではなかった。戦闘中においては常に厳しかったクワトロ・バジーナ大尉……いや、シャア・アズナブルの姿を知るカミーユは、シャアがらしくないことを考えていると悟る。

 

カミーユ

「クワトロ大尉、何をする気ですか!」

シャア

「サザビーのサイコフレームを磁場暴走させ、サイコフレームの共振を起こす」

カミーユ

「!?」

 

 サイコフレーム。νガンダムとサザビーのコクピット周りに使用されている特殊なフレーム。かつて、このサイコフレームの磁場暴走により奇怪な現象が起きたことがある。

 

槇菜

「それって、アクシズを地球から遠ざけたっていう……」

シャア

「詳しいな。そうだ。あの時起きたことを、もう一度起こせないわけはない!」

 

 サザビーの乗るベース・ジャバーが、メガ粒子砲を受けて爆散した。シャアは即座に飛び降り、機体のブースターで飛翔する。サザビーは他のモビルスーツよりも高い推力を発揮するマシンだ。馬力に関してはνガンダム以上のものがある。サザビーはバックパックからファンネルを展開すると、6基のファンネルはハイパー・サイコガンダムのリフレクターを攻撃する。ひとつ、またひとつリフレクターを破壊しながら、シャアは突撃する。

 

アムロ

「バカな真似はやめろ、シャア!」

 

 サイコ・フレームの磁場暴走。それを起こすということは即ち、サザビーを爆発させるということ。シャアは自らハイパー・サイコガンダムの至近でメガ粒子砲を喰らい、サザビー諸共爆散するつもりなのだ。それをわかるのがアムロだ。

 

シャア

(アムロ、お前も悟っているのだろう。私達はあの時、既に……)

 

 未来への礎となるならば、それこそが自分の役目。シャア・アズナブルに迷いはなかった。しかし、

 

カミーユ

「ふざけないでくださいよ!」

 

 突撃するサザビーを遮り、前に出るものがある。ウェイブ・ライダー。カミーユの乗るZガンダムの航空形態がサザビーを追い越し、前に出たのだ。

 

シャア

「カミーユ!?」

カミーユ

「そういうやり方じゃダメなんですよ! いい加減にわかれ、シャア・アズナブル!」

 

 前に出たウェイブ・ライダーは瞬時にZガンダムへと変形し、そしてサザビーを踏み台に跳躍。

 

シャア

「私を踏み台にするか……」

 

 それは屈辱的であったがしかし、シャアはどこかに安心を覚えていた。

 カミーユ・ビダンが、間違いなく自分を越えた存在になっているのだと、今ならば確信できたからだ。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 ハイパー化したサイコガンダムMk-Ⅱ。その存在感は全てを恐れさせる。しかし、カミーユ・ビダンはそれを恐れはしなかった。悪魔のマシーンに囚われた、悲しき魂を救わなければない。今はただ、それだけを考えて。

 

ロザミィ

『お兄ちゃんは! お兄ちゃんはどこ!』

阿頼耶識強化兵

「ァァァァァァァァッ!!」

 

 カミーユは感じていた。サイコガンダムMk-Ⅱの中に存在するロザミアの呪縛。阿頼耶識でサイコガンダムと、ロザミアと繋がってしまったパイロットは死者の声に引きずられている。

 それは、あの時の自分と同じだ。

 

カミーユ

「ロザミィ、フォウ……。みんな、みんなが死んで、俺はここにいる。俺はみんなに生かされたんだ!」

 

 だからこそ、あの最後の戦いでカミーユは死者達の声を聞き、パプテマス・シロッコを倒した。

 そして、死者の声に引きずられてカミーユの心は、彼岸を見てしまった。

 だが、今カミーユはここにいる。

 遥か未来の戦場で、あの時できなかったことをするために。

 

阿頼耶識強化兵

「ァァァァァァッ! ァァァァァァァァッ!!」

 

 ハイパー・サイコガンダムの両腕から、極大のビーム・ソードが伸びる。目指す相手はZガンダム。

 

ジュドー

「カミーユ!?」

 

 危ない。そうジュドーが叫んだその時しかし、ビーム・ソードは瞬く間に霧散していく。

 赤く輝くZガンダムに触れた途端、ビームが弾け消えていったのだ。

 

ショット

「バカな!?」

 

 キントキでそれを見たショットは、驚愕の声を上げる。そんなことは、ショットの計算上起こり得ないことだ。しかし、今まさに起きているのはデータを越えた現象。

 

カミーユ

「あの時と同じ……だけど、あの時とは違う!」

 

 あの時、カミーユは死者達の声に身を委ねすぎた。だが、今は違う。

 

シャア

「カミーユを通して溢れる力。これは……」

 

 シャアも、知っているものだ。サイコ・フレームの共振。あの時感じた温かさ、安らぎ。それを今、カミーユは体現している。

 

ジュドー

「カミーユの思いを、Zガンダムが守ってるんだ」

三日月

「ガンダムにも、色々あるんだな」

 

 カミーユの魂を通して発生した光。赤い輝きは瞬間、緑色に光った。ライムグリーンの、温かな光。それを受けたハイパー・サイコガンダムに、異変が起きた。まるでもがいているかのように、ハイパー・サイコガンダムが苦しみ出す。いや、金縛りにされている。

 

ドモン

「奴の動きを止めたのか!」

ショット

「な、何が起こっている!?」

 

 天才的な頭脳を持つショット・ウェポンをして、その現象が何なのか一見では、理解できないでいた。ただ、赤く輝くZガンダムのオーラが一瞬、緑色に発光したのをその場にいた誰もが見た。それだけだ。

 

カミーユ

「お前にはわかるまい! 戦いを道具にして楽しんでいる……貴様のような奴には!」

 

 ショット・ウェポンこそが、今倒すべき敵。それをカミーユは本能的に察知している。だが、それよりもまずは。

 今ここでガンダムの呪縛に苦しめられている囚人を、解き放つのが先だ。

 Zガンダムが再びウェイブ・ライダーに変形すると、ハイパー・サイコガンダムへ突っ込んでいく。Zガンダム全体を守るように展開される光が、ハイパー・サイコガンダムの動きを完全に止めていた。

 

ショット

「ど、どうしたというのだ! 動けサイコガンダム! お前は、究極の人機一体を……」

三日月

「そんなもの、あるわけないだろ」

 

 仮にそれが存在するとすれば、人と機械。その双方の弱点を併せ持つ存在であることになる。サイコガンダムをハイパー化させる人の意識。それを通して今ハイパー・サイコガンダムは恐怖を感じてしまっていたのだ。

 

阿頼耶識強化兵

「ァァ、ァァッ!」

カミーユ

「もう還るんだ、ロザミィ!」

 

 ウェイブ・ライダーは加速し、動けないハイパー・サイコガンダムへと迫る。そのフロントノズルが、ハイパー・サイコガンダムに突き刺さると同時、カミーユは少女の声を聞いた気がした。

 

ロザミィ

『見つけた……お兄ちゃん!』

 

 その声と同時、ハイパー・サイコガンダムのコクピットはウェイブ・ライダーの突撃により潰れる。コントロールの中枢を失ったハイパー・サイコガンダムはその質量を縮小させそして、完全に沈黙した。

 

カミーユ

「フォウ……ロザミィ。僕もいつかはそっちへ行く。だけど、」

 

 それは今じゃない。カミーユは操縦桿を握る腕に力を込めて、前を向いた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

ショット

「ば、バカな……。こんなことがあるはずがない!」

 

 生体エネルギーであるオーラ力。それを阿頼耶識を通して直に吸い上げるサイコガンダムは、技術系統こそ地上のものを使用しているが究極のオーラマシンだった。モビルフォートレスでありながらハイパー化を果たしたことこそ、その証拠だ。

 だが、敗れた。

 それは、あってはならないことだ。

 

ショウ

「もうやめろショット!」

 

 ヴェルビンから、ショウ・ザマの声が届く。

 

ショット

「ふざけるなショウ・ザマ! 悉く私の邪魔をして……!」

 

 今はその声も憎々しい。だが、得るものはあった。

 ハイパー・サイコガンダムは、パイロットの残留思念がオーラ力を増幅させる現象を見せた。そして阿頼耶識を通して、その意識は声という形で具現するに至った。

 

ショット

「ふ、ふふふ……。そうか、これを実用化すれば!」

 

 ミュージィを取り戻せるかもしれない。

 サイコガンダムの中に残った少女の残留思念。そのようなものが実在するならば、きっとミュージィの魂もどこかに残っているはずだ。それを手に入れ、復元することができるならば。

 

ショット

「私は、まだ終わるわけにはいかん!」

 

 キントキの周囲に展開されたオーラバトラー達に指示を出す。後退の時間を稼げと。ここでサイコガンダムを失ったのは手痛い。しかし、まだショットにはやるべきことが残っている。ここで無駄に戦い死ぬのはナンセンスだ。そう判断する理性が、ショットには残っていた。

 

マーベル

「逃げる気!」

チャム

「ショウ、追いかけなきゃ!」

ショウ

「ああ!」

 

 ドラムロの放つフレイボムを掻い潜りながら、ヴェルビンはキントキを追う。しかし、敵の後退線は厚く、高機動を誇るヴェルビンでさえもそれを掻い潜るのは難しい。だが、ここでショットを仕留めなければ。

 

ショウ

「ショットを生かしておけば、必ず次の悲劇が生まれる……ここで終わらせる!」

 

 ヴェルビンのオーラソードに、ショウのオーラ力が宿る。吸い上げたオーラを纏い、ヴェルビンは加速する。

 

チャム

「ショウ、やっちゃえぇぇっ!」

ショウ

「チャムのオーラ力も貸してくれ!」

 

 迎撃するドラムロをオーラの風が振り払い、戦雲となってショウが往く。

 

ショット

「ショウ・ザマ!?」

ショウ

「ショット、お前は蘇って何を得た!」

 

 ドラムロを突き抜け、キントキへと張り付く

ヴェルビン。ショウのオーラ力を纏うその剣が、キントキへ突き刺さる。

 

ショット

「力と狡猾さ。そして執念だ! ……さすれば、貴様などに!」

 

 こうなれば、せめてもの。ショットが復讐を遂げるべく相手がそこにいる。ショットは、ヴェルビンを道連れにせんとキントキのオーラエンジンを臨界まで上昇させていく。

 だが、

 

ショウ

「俺は人は殺さない……その怨念を断つ!」

 

 ヴェルビンのオーラソードを介し、ショウのオーラ力がキントキの中に流れ込んだ。オーラの奔流。ショウのオーラ力を介し、あかときいろの煌めきがキントキを包んでいく。

 

ショット

「これは、このオーラ力は!?」

ショウ

「ヴェルビンは、シーラ様から賜った剣。シーラ様の祈りが、この剣には宿っているんだ!」

 

 聖少女シーラ・ラパーナの祈り。それが何を意味するものかショットが理解するのに、数瞬を要した。そして、

 

ショウ

「シーラ・ラパーナ、浄化を!」

 

 オーラの煌めきが爆発し、キントキが、ショットがオーラの中に溶けていく。

 

ショット

「こ、これは…………!」

 

 自らの命を繋ぐ何かが、抜けていくのをショットは感じた。邪霊機の少女ライラから与えられた第二の命。ショットの身体が、光へと還っていく。

 だが、不快感はなかった。

 それは、ショットを呼ぶ声が聞こえたからかもしれない。

 

???

『ショット様……』

 

 その懐かしい響きを、忘れることなどありはしない。

 

ショット

「あ、ああ……ミュージィ。そこにいるのか!」

ミュージィ

『はい。このミュージィ、ショット様を探しておりました』

 

 ミュージィ・ポー。遠い異卿の地であるバイストン・ウェルで愛し合った女。そうでありながら野望の道具にしてしまった女性。ミュージィは、ショットの側にずっといたのだ。ただ、ショットがそれに気づいていなかっただけで。

 

ショット

「そうかミュージィ。お前と共にいられるというなら、悪くない……」

 

 そのことに気付き、ショットの中から黒いものが抜けていく感覚があった。欲望、野心。執念、復讐。それらの雑念を捨てた先にあるものを。

 最期の瞬間、ショットは自らの身体をミュージィの肢体に預けるようにして、そしてキントキと、周囲のドラムロ達はオーラの光の中へと消えていった。

 

ショウ

「ハァ……ハァッ!」

 

 ヴェルビンは健在。剣を引き抜き、鞘へと戻す。シーラの“浄化”。ヴェルビンはそれを小規模ながら起こす力を持っていた。それは、ショウ・ザマの聖戦士としての覚悟を通してのみ発現する奇跡であると言ってもいい。

 

槇菜

「すごい……」

カミーユ

「あれも、ゼータと同じく命を体現するマシンなのか……」

 

 或いはそれは、ショウの為に祈ったフェラリオの……チャム・ファウの起こした奇跡なのかもしれない。チャムは力が抜けたかのようにショウの肩に座り込むと、ショウの顔を見上げる。

 

チャム

「ショット笑ってたよ。どうして?」

ショウ

「いいんだチャム。誰だって、死んでまで苦しむ必要はない」

 

 ショット・ウェポンは確かに、許されない悪を働いた。だが、そんなショットであったとしてもその魂は救われるべきだ。そう、ショウは思った。

 だが、息を吐く間もない。

 

ラ・ミーメ

「キャプテン、重力場の異常を感知!」

ハーロック

「何!?」

 

 ラ・ミーメの計測した方位を見ると、オーロラ色の光が突き抜け、伸びるのが見えた。

 オーラロード。このタイミングでオーラロードより現れるものがあるとしたら一つしかない。

 

リュクス

「父上とエイサップ!」

槇菜

「エイサップ兄ぃだ!」

 

 

…………

…………

…………

 

 

—東京湾—

 

 オーロラの光とともに吹き上がる水飛沫。その中から現れたのは、2機のオーラバトラーだった。オウカオーと、ナナジン。ナナジンの機体色は赤く染まり、2機の周辺では無数の羽根が飛び散り消えていく。

 その様子を、フガクの中でコドール・サコミズは驚愕の表情を浮かべて見ていた。

 

コドール

「お、オウカオー……! まさか王も、地上界に辿り着いた……」

マキャベル

「あれがサコミズ王……」

アレックス

「オウカオーとかいう……」

 

 対峙する2機のオーラバトラー。オウカオーは周囲を見回し、困惑の表情を浮かべていた。

 

サコミズ

「こ、ここは……」

エイサップ

「東京……東京湾です!」

 

 

 かくして。

 リーンの翼が導く御伽噺は今、佳境を迎えようとしていた。




みなさんお待ちかね!
日本へ戻ってきたサコミズ王。ですが変わり果てた日本に絶望し、オウカオーは暴れ始めてしまいます! そしてコドール女王の野心、マキャベルの陰謀が渦巻く戦場で、ロウリと金本は禁断の兵器に手を染めようとしてしまうのです!

次回、第二部最終回!
「桜花嵐(後編)-MY FATE-」に、レディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話「桜花嵐(後編)—MY FATE—」

—???—

 

 

 エイサップ鈴木がリーンの翼の導きの中で見たのは、激しいの雨が降る景色だった。どこか懐かしく、しかし見慣れたそれが岩国飛行場前のターミナルであることに気付くと同時、聞こえてきたのは男の声だ。男は金髪と青い瞳を持つ美丈夫で、その対面には女がいる。

 

アレックス

「必ず離婚して帰ってくる」

 

 対面の女はしかし、そんな男を責めるような瞳で睨んでいる。

 

敏子

「誰がそんなこと信じますか。お腹の子は降ろします!」

アレックス

「それだけはやめてください!」

敏子

「あなたが本国の奥さんと離婚してくれなかったら、お腹の子は父なし子になってしまうのよ! 3ヶ月経ったら、お腹の子は6ヶ月よ!」

アレックス

「必ず離婚して戻ってくる! 約束する!」

 

 降りしきる雨の中で口論する男女は、周囲の注目の的になっている。その光景を、ナナジンの中でエイサップ鈴木は呆然と見つめていた。

 

エイサップ

「親父……お袋……?」

 

 と、ナナジンから舞い落ちた一枚の羽根が風に乗り、アレックスの目の前へと降りていった。ひらひら、ふわふわと舞い落ちる羽根をアレックスが掴む。

 

アレックス

「この羽根に誓って!」

 

 だが、敏子はリアリストだった。

 

敏子

「そんな子供騙し!」

アレックス

「偶然にしても羽根は本物だ。信じてくれ!」

 

 それからも口論は続くがしかし、互いに納得できないまま時間がきてしまう。アレックスの乗る航空便の時間が来てしまう。金髪の青年は踵を返し空港へ向かっていくが、しかし最後に女性へ振り返り言うのだ。

 

アレックス

「いいですね敏子さん、私はすぐに戻ります!」

 

 そう言って、本国……つまりはアメリカへと戻るアレックス。彼はアメリカ軍人であり、国に尽くす義務がある。それを敏子も本心では理解しているのか、言い返す言葉が出なかった。

 

敏子

「うぅ、うぅぅぅ…………!」

 

 その代わりに敏子の口から漏れるの音は、、ただただ啜り泣く、嗚咽の音。それからおよそ一年弱の後に誕生することになる一人息子のエイサップは、その光景をただ見ているしかできないでいた。

 

エイサップ

「母さん……」

 

 そんなエイサップのナナジンを掴むのは、オウカオー。

 

サコミズ

「オーラロードで迷えば生き死ににもならんぞ!」

 

 わかっていた。これはリーンの翼が見せる過去の光景。やがて光が立ち込めればまたそこは、別の景色へと変わる。

 

エイサップ

「はい……!」

 

 エイサップは覚悟を決め、前を向く。もう地獄のような戦場も、自分が生まれる前の光景まで見せられたのだ。ならば、次は……。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 サコミズ王の眼前に広がった景色は、燃える島だった。島を包囲するように巡洋艦が海を埋め尽くし、陸地を制圧せんと歩兵が大挙する。

 

サコミズ

「こ、これは……」

エイサップ

「アメリカ軍に……沖縄?」

 

 その島から舞い上がる無数の羽根。そのひとつに触れた瞬間、イメージがエイサップの中に広がりはじめた。

 列を組み、非難する女性達。次の瞬間、女性達が爆発の中に飲み込まれる光景。

 

 「皇軍である! 皇軍である!」

 そう叫び、狂乱の中で死に絶える兵士。

 

 防空壕の中で啜り泣く子供達。

 

 「おっかぁぁぁぁっ!」

 特攻兵が、アメリカ軍のB-29へ突っ込んでいった。爆炎の中に消える命。

 

 そんな、幾つもの悲劇が。惨劇が実感を伴って浮かんでは消えていく。

 この羽根は、命の羽根。生を全うすることすら許されなかった命達の、断末魔の悲鳴。

 

エイサップ

「こんな……こんなことが、現実に日本で?」

 

 事実としては知っていた。だが、現実としてではない。本や映画、そういった形で切り取られた歴史としてではない過去の現実。それがこの燃える沖縄。

 エイサップは、そしてサコミズはその光景を呆然と眺め、そして。

 

サコミズ

「そんなことで……そんなことで日本を狂わせたかぁっ!?」

 

 その現実を生きた者にとって、この現実は決して許すわけにはいかないものだった。

 

エイサップ

「サコミズ王だって、特攻する気だったのでしょう!」

サコミズ

「沖縄で決戦をやっていると知らされていたからだ! しかしこれは軍隊の決戦ではない!」

 

 サコミズ王の目に映るのは、戦火に晒された若者達だった。まだ20にも満たないであろう少年兵。学徒動員。戦いに出る必要のない人間までもが駆り出され、死んでいく光景。

 そんなものは、

 

サコミズ

「戦争ではない!」

 

 サコミズ王にとって何よりも惨いのは、この状況を作り出したものは鬼畜米英と教えられていた敵だけではなく、明らかに日本軍のやり方がそうさせていることだ。

 「沖縄県民には深い慈悲を持っていただきたいとの伝聞、送信完了」そう言う兵士のすぐ隣には、上着を脱いだ士官が正座している。すぐ手元には、切腹用の小刀。

 それが何を意味しているのかわからないサコミズ王ではなかった。

 

サコミズ

「無惨なり、女・子供まで火薬の中に放り込むとはァッ……お、ぉぉぉぉぉ!!」

 

 徹底抗戦。その命令だけ出して軍は機能を停止し、状況は混乱している。それが、戦う必要のない命さえも奪う事態に陥らせている。

 それは、許せない。我慢ならない。

 そんなことのために自分は、死を覚悟して桜花に乗ったわけではない。

 これは、裏切りだ。愛する祖国からの。

 リーンの翼に導かれるように、沖縄の島から舞い上がる羽根。その羽根のひとつが、サコミズ王の手に触れた。瞬間、サコミズ王は理解する。この羽根は、戦火に晒されて生まれることすらできなかった水子なのだと。

 

サコミズ

「おお……死にゆくことさえできなかった命の色……苦しい、それは苦しかろう……!」

 

 生まれて、生きて、死ぬ。全ての生命がそうであることができないまま死んだ命はどこへ行けばいい。そんな生命を次々と生み出してしまう戦争というものを、どうすればいい。

 そのために命を燃やした無念に、どう報いればいい。

 

サコミズ

「グウウ……この身を引き裂かれるような思い。これが戦争の実感なのか。これはあってはならぬ! あってはならぬことだ!」

 

 だから叫ぶ。サコミズ王は。

 

エイサップ

「サコミズ王!」

 

 しかしエイサップには、そのサコミズ王の叫びは、慟哭は危険なものに見えた。サコミズ王が言うように、これはあってはならない。しかし、その怒りのままに剣を振るうことは、さらなる悲劇を呼んでしまう。そういう直感が働いた。

 

サコミズ

「この苦しみ、東京にいる俗物達にも思い知らせる!」

エイサップ

「!?」

 

 そして、今。

 2人は現代……未来世紀62年8月の東京に戻ってきていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

—東京湾—

 

 

 

エイサップ

「ここは……東京。東京湾です!」

 

 

 東京湾上に突如出現したナナジンとオウカオー。エイサップの言葉にサコミズ王は驚愕の声を上げる。

 

サコミズ

「何ィ!? あれが関東平野だとォッ!」

 

 オウカオー越しに見える東京湾の向こうに広がるのは、一面に聳え立つビル街。しかしその多くは傷付き寂れ、見渡す限りに広がる廃墟の山。

 新宿で起きたデビルガンダム事件を筆頭に、東京はここ1年でかなりのダメージを受けている。ホウジョウ国が今まさに起こしている動乱もその例外ではない。しかしそうでありながら、サコミズ王の驚愕は別のところにあった。

 

サコミズ

「緑が全く見えない! これがあれだけの死者を出した結果だと言うのか!?」

 

 サコミズの知る昭和日本と未来世紀の日本では、その様相がまるで違うのだ。

 サコミズ王は一度、アマルガン・ルドルによって誅殺されかけた際、一瞬だけだがこの地上の景色を見ることができた。その時は戦争の爪痕こそひどかったが、サコミズの知る日本の名残を残していたし、だからこそ迫水真次郎は、帰りたくなったのだ。

 しかし、今はどうだ。

 

サコミズ

「こ……これは許せん。許せんぞ!!」

 

 オウカオーは両手に握る、二振りのオーラソードを掲げて飛ぶ。ビル街へ向かって。

 

エイサップ

「何をする気なのです!?」

 

 今のサコミズ王に武器を持たせてはいけない。エイサップはそれを直感的に理解し、オウカオーと対峙する。

 

サコミズ

「許せるかぁっ!」

エイサップ

「ダメです!」

サコミズ

「何がぁっ!!」

 

 だが、地上に出たオウカオーのパワーは尋常なものではなかった。鍔迫り合いながらもナナジンは次第に押されていく。そのパワーは地上に出たオウカオーの出力上昇なのか。或いはサコミズ王のオーラ力所以のものなのか。尤もエイサップは、そんなことを考えている余裕はなかった。

 

サコミズ

「リーンの翼は宇宙世紀だけでなく、沖縄の命、大陸・半島の命も吸った。その力を以って、武力を使うものを成敗する!」

エイサップ

「グッ……!」

 

 二振りのオーラソードはナナジンを突き飛ばし、しかしナナジンは負けじとそれを追う。

 

エイサップ

「そ、それでは昭和の日本軍と同じでしょう!」

サコミズ

「リーンの翼はオウカオーの力と共に、私を地上界へ導いてくれた。ならばこの力は、使うことができる!」

 

 リーンの翼。エイサップの沓とサコミズのサンダル。二つのそれが共鳴して起きた摩訶不思議がサコミズ王をこの場所へ導いた。それはサコミズ王の願いであり、過去の戦いで死んでいった命達へ報いるためでもあると王は言う。だが、それはエイサップにとっては詭弁でしかない。

 

エイサップ

「それは違います。思い込まないでください! 死んで行った者は過去なんです。過去の力は、振るっちゃいけない!」

 

 ナナジンの青い機体が、仄かに赤く変色していた。それは、ナナジンもまたリーンの翼の導きで過去を吸収したからだろうか。あるいは、エイサップ自身のオーラ力がそうさせているのだろうか。

 サコミズは視界を真っ赤に染めながらも、そのナナジンの変化に気づいていた。だが、それを認めるわけにはいかない。ナナジンのオーラ剣が、オウカオーに迫る。

 

エイサップ

「力とは未来を築くために、振るうものだ!」

 

 だが渾身の一打を剣で受け止めたオウカオーの蹴りが、ナナジンに炸裂する。それでも、ナナジンは怯まない。オーラソードを赤く燃やし、オウカオーへ振りかぶる。全ては、ここでサコミズ王を止めるために。

 だが、その一撃は、オウカオーの剣に受け止められてしまった。

 

サコミズ

「ならば滅せよ。貴様もリーンの翼の一片となれ!」

 

 オウカオーの剣もまた、炎を纏い燃え上がる。その勢いのまま振るわれる剣ナナジンを突き飛ばし、そして大きく引き離した。

 

サコミズ

「うわぁっ!?」

エレボス

「エイサップ!?」

 

 衝撃でキャノピーが揺れ、エレボスが叫ぶ。

 

サコミズ

「私はリーンの翼の意志を以て、地上人へ鉄槌を振るう! よって、私を止められるものではない!」

 

 突き飛ばされたナナジンを一瞥し、王は叫ぶ。そして、今まさに地獄の戦場と化している市街へ向かいオウカオーは飛び去っていった。

 

エイサップ

「クッ……。サコミズ王!」

 

 体制を立て直し、ナナジンも飛ぶ。その時だった。深緑のオーラバトラーが空を舞い、ナナジンへ接近する。

 

ショウ

「エイサップ、無事か!」

エイサップ

「ショウさん!」

 

 ヴェルビンのショウ・ザマだ。ナナジンはヴェルビンと合流し、エイサップは深く息を吐く。

 

エイサップ

「ショウさん、サコミズ王が市街へ行きました。このままだと……!」

ショウ

「ああ、今みんなも、ホウジョウ軍と戦ってる」

エイサップ

「ホウジョウと!?」

 

 エイサップ鈴木が地上へ辿り着くよりも前に、既に東京は戦場になっていたのだ。

 

ショウ

「急いでみんなに合流しよう。このままだと、何が起こるかわからない!」

エイサップ

「はいっ!」

 

 

………………………………

第26話

「桜花嵐(後編)

………………………………

 

 

—東京湾/フガク艦内—

 

 

 

 コドール女王は焦っていた。サコミズ王の帰還。王がオーラロードの中で迷ったと考えて行動を起こしたコドール女王にとって、この事態は非常事態であるといっていい。

 

コドール

「お、王は地上に出て聖戦士に……」

 

 聖戦士伝説は、ヘリコンの地に根深く語られている。故に、聖戦士という存在への畏怖をコドールは……いやコドールだけではない。バイストン・ウェルに住むコモン人はもれなく、その感情を持っている。

 だが、サコミズ王から実権を奪う。コドール・サコミズを唆した地上人のアメリカ人が唱えたその計画はもう始まってしまっている。今更、やめるわけにはいかない。

 パブッシュのエメリス・マキャベルが自分達の艦に戻り、レンザンのガルン司令がホウジョウ軍へ帰還し同盟は結ばれた。今、動かなくて何が女王かという意地も、コドールにはあった。

 

コットウ

「何、それは本当なのか!?」

 

 遠くで、コットウ・ヒンの怒鳴る声がする。コドールは「何事か」と声を荒げながら促すと、コットウは鎮痛な面持ちでコドールに耳打ちする。

 

コットウ

「キントキが……ショット殿が墜ちました」

コドール

「何ッ!?」

コットウ

「落としたのは、地上人の聖戦士……ショウ・ザマとその仲間達とのことです」

 

 ショウ・ザマ。西の大陸で聖戦士と呼ばれた地上人。反乱軍に加担し幾度となく我が方を苦しめた敵とその一派までこの戦いに介入している。そえは、コドールにはやはり面白くない報告ではあった。

 

コドール

「だが……そうか。ショウ・ザマがいるならば、いっそのこと……」

 

 王とショウ・ザマ。その同士討ちを誘うのも面白い。どの道、ここまで来てサコミズ王の言いなりになるのは面白くない。

 

コドール

「よし……カスミとムラッサ。それにレンザンのガルン司令にも通達しろ。動く時が来たと」

 

 既に賽は投げられている。コドールにはここで立ち止まるという選択肢は、存在しなかった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

—東京—

 

 

 東京の街に突如現れたオーラバトラー部隊。その存在は東京を、ひいて日本を大混乱に陥れていた。科学要塞研究所から日本防衛のために出撃した特務自衛隊のTA部隊やビューナスA、ボスボロットも応戦に出ていたが高速で空を飛び回るオーラバトラーは、彼らには手に余る相手だった。

 

村井

「9時の方向よりオーラバトラー3機!」

北沢

「TAは歩兵だぞ。空の敵相手にどうしろってんだよ!」

 

 管制室から聞こえる村井中尉の声に、北沢大尉が下を打つ。

 

高山

「フォワードはビューナスAに任せるしかない。我々は民間人の救助を最優先に動く!」

 

 特務自衛隊のTAは高性能だが、その本質は歩兵である。今必要とされる戦力はオーラバトラーを相手に空中戦ができる機体だ。自衛隊も戦闘機やベース・ジャバー付きのジェガンを展開しているが、問題はオーラバトラーという機体の恐るべき高機動だ。

 

ジュン

「光子力ビーム! フィンガーミサイル!」

 

 唯一の空戦能力を有するビューナスAと炎ジュン。しかし、ホウジョウ軍のオーラバトラー・ドラムロはビューナスの攻撃をバリアで防ぎ、オーラバルカンで距離を取りながらビューナスをジワジワと追い詰めていく。訓練では、ベース・ジャバーに乗ったジェガンとも戦ったことのあるジュンだが、オーラバトラーの機動性はそれとは訳が違う。

 

ボス

「このぉ〜よくもジュンちゃんを!」

 

 そんなドラムロ目掛けて、ボスボロットは投石で応戦していた。ゴツゴツした石はしかしドラムロの剣に弾き返され、逆にボスボロット目掛けて飛んでくるのだった。

 

バカラス

「アホー! ボスのアホー!?」

ヌケ

「ボシュ〜〜。俺たちじゃ無理でしゅよぉ〜!」

ボス

「馬鹿野郎! 鉄也も兜もいねえ今、俺達がやらなきゃならねえんだよ!」

 

 自分の投げた石から必死に逃げ惑いながら、ボスが叫ぶ。と、踵を返したボロットは咄嗟に手に持った金属バットで、石を打ち返した。

 

ムチャ

「やったぜホームラン!」

ボス

「へへっ、ざまあみろってんでぃ!」

 

 しかし、咄嗟に打ち返したボスは、石の飛ぶ方向を意識していなかった。石はオーラバトラーを華麗にスルーしビューナスAにゴツん。

 

ジュン

「キャァッ!? もう、ボス邪魔しないで!」

ボス

「あわわわわ、ゴメンジュンちゃーん!?」

 

 戦局は、彼らの到着するその時までホウジョウ軍の優勢だった。

 そう、その時である。

 

ホウジョウ兵

「な、何だ!?」

ホウジョウ兵

「あれがニッポン軍の新兵器なのか? ヤマトとかいう!」

 

 ホウジョウの兵士たちの眼前に飛び込むのは、巨大な髑髏の旗。髑髏。即ち死を連想させる模様を船体に大きく描いた海賊艦アルカディア号。その巨大な艦の登場に、彼らが一様に目を見張ったのは。

 

ラ・ミーメ

「照準、よし!」

ハーロック

「主砲、一斉発射!」

 

 ハーロックの合図と共に放たれる砲撃が次々と、ドラムロを撃ち落としていく。オーラバリアを発現したオーラバトラーは、パイロットのオーラ力によってバリアの出力も上昇する。そして、彼らもこれまで反乱軍と戦ってきた戦士だ。生半可な攻撃はバリアが通すはずがない。

 しかし、アルカディア号のその威容は戦士達を萎縮させた。それは、たった一瞬の出来事だったがしかし、キャプテンハーロックとアルカディア号にとって、その弱まったオーラバリアをごと敵オーラバトラーを撃破するのは造作もないことだった。

 

トチロー

「へへ、なんたって俺たちの艦だからな」

ハーロック

「ああ。各機、敵はオーラバトラーだ。空戦能力の高いスーパーロボットを機動部隊の中心に、モビルスーツ、モビルファイターはSFSの準備が出来次第出撃だ!」

竜馬

「おう!」

 

 

 ハーロックの号令に、流竜馬が応える。それと同時にアルカディア号から出撃した第一陣。ゲッター1、グレートマジンガー、ダンクーガ、ダンバイン、ライネック。続いて風雲再起に騎乗するゴッドガンダム、さらにウェイブ・ライダー形態のZガンダムとGフォートレス形態のダブルゼータ。そしてエクス・マキナだ。

 

鉄也

「ジュン、ボス、無事か!」

 

 グレートマジンガー。空を守る偉大な勇者の君臨は、過酷な戦いを強いられていたジュン達にとっては救いそのものであると言っても過言ではない。

 

ジュン

「鉄也、無事だったのね!」

ボス

「やいやいやい! おいしいところ持っていきやがって!」

鉄也

「フッ、憎まれ口を叩く元気があるなら問題ないか!」

 

 突如現れたオーラバトラーでも、モビルスーツでもない地上のスーパーロボット。その存在は、ホウジョウ兵達の動揺を誘った。

 

ホウジョウ兵

「あ、あれは地上人のスーパーロボットやらか!」

 

 スーパーロボット軍団の力は未知数。一方で此方はドラムロとライデンを中心とした混成部隊。何より、その中に聖戦士のオーラバトラー・ダンバインがいることが彼らを恐れさせる。ライデンのカスミ・スガイはその存在を脅威と感じ、そして次の瞬間には野心が働いた。ライデンはそのスピードでダンバインに迫ると、オーラソードを振り上げる。

 

カスミ

「ダンバインと地上人は手を組んだか!」

マーベル

「バイストン・ウェルの戦いを、地上に持ち込むなんて!」

 

 オーラソードで受け止め、昆虫の腕のように鋭いワイヤークローを射出するダンバイン。しかし、カスミも武者である。オーラソードを使いワイヤークローを絡ませると、今度はダンバインを蹴り上げる。

 

マーベル

「クッ!」

カスミ

「ダンバインの首があれば、出世も夢じゃない!」

 

 事実、ダンバインという存在はバイストン・ウェルでは伝説となっていた。西の大陸で起きたドレイク・ルフトの挙兵。その話は東のヘリコンにも伝わるほどであり、その戦いの中心となってドレイク軍と戦った聖戦士ダンバインの名は、バイストン・ウェルにおいても知らないものなどいないほどである。

 だが、今ダンバインに乗っているのはショウ・ザマではない。マーベルも一流のオーラバトラー乗りであり聖戦士と呼ばれる存在だが、彼女の実力はショウに劣っているのも事実。

 

マーベル

「ここで落ちるわけには……!」

 

 オーラショットを放ち敵を引き離そうとするダンバインだが、さらに数機のドラムロが四方から押し寄せる。フレイ・ボムを放ちながらダンバインを重点的に狙うその光景は戦いというよりもむしろ、狩りとよぶべきものだろう。

 

槇菜

「マーベルさん! このっ!」

 

 エクス・マキナがアシンメトリーの羽根を広げ、ダンバインの援護へと駆けつける。

 

マーガレット

「照準内に入った!」

槇菜

「お願いします!」

 

 右腕に召喚されたハンドガンから、撃ち込まれる銀の弾丸。それはドラムロの右肩を撃ち抜き、オーラソードごと吹き飛ばす。その間に左手に構えたシールドを持って、エクス・マキナはダンバインとライデンの間に割り込んでいく。

 

マーベル

「槇菜!」

カスミ

「邪魔をするかっ!」

 

 カスミの乗るライデンのオーラソードが燃え上がり、エクス・マキナへと振り上げられた。その剣圧は以前にバイストン・ウェルで見た時よりも遥かに強力になっているのを槇菜はその熱で実感する。

 

槇菜

「だけど、まだっ!」

 

 それでも、ナナジンやヴェルビンに比べればマシ。そう槇菜は敵の強さを判断すると、シールドを握る手に力と、祈りを込めた。

 

カスミ

「こ、これはっ!?」

 

 エクス・マキナのシールドが輝きを放つ。それは瞬間的な光。しかし、ライデンに乗るカスミの視界を一瞬でも奪えれば、それで十分。

 

槇菜

「はぁぁっ!」

 

 ライデンがダンバインにしたように、エクス・マキナの蹴りがライデンを襲った。その足だけでも、ライデンを踏み潰せるほどの巨体。質量の攻撃は武者の乗るオーラバトラーを突き飛ばしていく。

 

カスミ

「こ、これが地上人のマシンの力なのか……だが、ダンバインだけは!?」

 

 カスミ・スガイの叫びと同時、ライデンの翼に光が灯る。カスミのオーラ力を吸いライデンもまた、その力を高めているのだ。そして、出力を上げたライデンはダンバインに食らい付く。

 

マーベル

「あぁっ!?」

マーガレット

「しまった!」

槇菜

「まだっ!」

 

 エクス・マキナはしかし、ドラムロに取り囲まれる。まるでバスケットボールの試合のようにエクス・マキナの動きに食らいつくドラムロを、槇菜は引き離すことができないでいた。その間にもカスミはダンバインを捕え、その頭に深くオーラソードを突き立てる。

 

マーベル

「クゥッ!?」

 

 頭部の破損と同時、コクピット内の視界が狭まる。カメラ部分がやられたのだと、マーベルは理解する。そして、敵は死角に入り込んでいるらしい。

 

カスミ

「ダンバイン、獲ったぞ!」

マーベル

「やられる……!?」

 

 マーベルは死を覚悟し、カスミは叫ぶ。だが

そんなカスミの声と同時、さらに戦場へ迫るものがあった。

 

アマルガン

「ダンバイン、聖戦士殿かっ!」

 

 オーラ・シップ・アプロゲネ。反乱軍の旗艦。そこから聞こえるのは反乱軍のリーダー・アマルガン・ルドルの声。

 

マーベル

「アマルガン・ルドル!? あなたまで地上に?」

アマルガン

「マーベル殿か!」

 

 アプロゲネは推力を増し、戦場へと接近する。だが、それを通さんとばかりにホウジョウ国のオーラバトラー部隊は敵をアプロゲネに定めると、オーラバルカンを撃ちまくりアプロゲネへと迫っていた。

 

ミガル

「アマルガン!?」

 

 ドラムロの火力は、旧式オーラシップのアプロゲネの装甲を容易く撃ち破る。しかし、アマルガン・ルドルは退かない。ここでマーベルを、サコミズ王を倒せるかもしれない聖戦士を失うわけにはいかないのだ。

 

アマルガン

「地上へ禍根を残さぬためにも、聖戦士殿を守る。そのためならば、体当たりもよしとする!」

 

 叫び、出力を上げていくアプロゲネ。だが、それを止めたのは、

 

エイサップ

「そんなのは、ダメだ!」

 

 もう一対の、リーンの翼を持つ聖戦士だった。赤く染まった機体色をしたナナジンが、アプロゲネを追い越して敵陣へと斬り込んでいく。

 

槇菜

「エイサップ兄ぃ!」

リュクス

「エイサップ!?」

 

 エイサップ鈴木。彼はオーラロードを突き抜けて、この時間に戻ってきたのだ。そして、ナナジンの青かった機体色は赤く染まっている。まるで、エイサップのオーラ力に呼応するように……或いはリーンの翼が見せた命の灯火を受けて、ナナジンに魂が宿ったかのように。まるで桜花のような赤を宿したナナジン。その存在うを、戦場にありて誰もが注視した。まるで、伝説に語られる聖戦士のように。

 

エレボス

「エイサップ、やっちゃって!」

エイサップ

「地上で戦いを広げるなら、斬るぞ!」

 

 それぞれの声と同時。赤く燃え上がるオーラソードを振り上げたナナジンの斬撃と共に、炎が飛ぶ。渦巻く炎はドラムロを取り囲むように燃え上がりそして、

 

エイサップ

「ハァッ!」

 

 ナナジンの一閃が、炸裂した。

 その一閃が、ドラムロを次々と薙ぎ払う。それはまるで、伝説に記された聖戦士。それそのものであるかのようにアマルガンには見えた。

 

エイサップ

「今です、ショウさん!」

 

 ナナジンのさらに後方から飛び込むものはヴェルビン。ショウ・ザマの、聖戦士の力を体現するマシンは目にも止まらぬ速さでカスミのライデンへと向かっていく。

 

ショウ

「マーベル!」

マーベル

「ショウ!?」

カスミ

「聖戦士だとぉっ!?」

 

 ヴェルビンの深緑の体躯から発露するオーラ力の輝きを、カスミ・スガイは見た。鮮やかで美しく、そして生きた人間のオーラ。コモンでは決して引き出すことのできない命の色をしたオーラ力が、カスミに迫る。

 ショウ・ザマのオーラ力を顕現させたヴェルビンのオーラソードが暁色を纏い、ライデンに迫った。ショウのオーラを間近で見たカスミの脳裏に過ぎるものは、恐怖。或いは畏怖。その感情は剣を鈍らせ、受け止めようと出したオーラソードはものの見事に弾かれ、砕かれる。

 

カスミ

「おぉぉっ!?」

ショウ

「はぁぁっ!」

 

 ライデンを斬り捨て、ダンバインを抱き止めるヴェルビン。かつてショウが愛機とし、マーベルが命を預けた聖戦士の乗機はもはや、死に体と言っても過言ではないほどに傷付き、ボロボロだった。

 

ショウ

「マーベル、無事か?」

マーベル

「ええ、ショウ……ありがとう」

 

 だが、それはマーベルを、ショウの愛する人を守るために負った傷だった。それをショウは、誇らしいとさえ思う。

 

ショウ

(ありがとうダンバイン。マーベルを守ってくれて……)

 

 一方、ヴェルビンとナナジンの登場はホウジョウ軍を怯ませていた。ダンバインのみならず、聖戦士がさらに2人。それはバイストン・ウェルの……こと聖戦士伝説が強く息づくヘリコンの地に生きた者たちにとっては恐怖以外の何者でもない。

 

カスミ

「か、勝てるわけがない……」

 

 機体を損傷し、オーラエンジンの出力にも異常が出ている。無理だ。そう、カスミが呻いた次の瞬間、暗号伝聞がライデンのコクピットにもたらされる。それを開き、カスミは一瞬思考を巡らせた。そして、

 

カスミ

「撤退だ、一時撤退する!」

 

 カスミの号令に合わせて、オーラバトラー部隊が退いていく。それは、今まで無軌道に都市部を破壊していた者達としては鮮やかすぎる退き際だった。

 

エイサップ

「退いた……。そうだ、サコミズ王は!?」

リュクス

「父上も、地上に?」

エイサップ

「ああ。今のサコミズ王は、何をするかわからない……!」

 

 エイサップと共に見た景色。あの光景はサコミズ王に負の力を与えてしまっている。それを剣で実感しているエイサップの言葉を聞き、アルカディア号のラ・ミーメはすぐに索敵を開始した。

 

ラ・ミーメ

「オウカオーの信号を確認。オウカオーは現在、東京駅にいるようです!」

ハーロック

「よし、我々は東京駅に向かい、サコミズ王を止める!」

 

 アルカディア号、それにアプロゲネはキャプテンハーロックの号令に合わせ、東京駅へと進んでいく。その間、アプロゲネのアマルガンはショウとマーベルに着艦を要請した。

 

アマルガン

「聖戦士殿。以前に渡しそびれたオーラバトラーがあります。使ってください!」

マーベル

「そう……。前は補給物資の受け取り前に地上へ戻ってしまったから」

 

 その時に受領できなかった機体。確かに、ダンバインは既に満身創痍。ここ最近の連戦も災いし、これからの戦いについて行けそうもない。

 

マーベル

「……了解したわ」

 

 そう言うと、マーベルはダンバインのコクピットを名残惜しそうにさするのだった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

—東京—

 

 

 サコミズ王の駆るオウカオーは、紫紺の四枚翅を広げ空を舞う。その眼下に映るものは、見るも無惨な姿に成り果てた故郷。

 

サコミズ

「な、なんだァ……この有様は」

 

 サコミズ王が特攻に出てから、どれほどの時が経てばこのようになるというのか。コンクリートが敷き詰められた関東平野だったそれはもはや、サコミズ王の知る東京ではない。これは、もはや。

 

サコミズ

「ニューヨークではあるまいがぁぁっ!?」

 

 怒りのままに、オウカオーは二振りのオーラソードを振った。サコミズ王の強大なオーラ力に反応して炎を纏った剣先から放たれる炎の渦。それが次々とビル街を薙ぎ倒していく。その苛烈ぶりは、他のオーラバトラーやこれまで幾度と東京を襲った機械獣、戦闘獣などとは一線を画している。一瞬で次々と崩れ落ちていくビルの数々。怒りのままに剣を振るうサコミズ王の視線にふと留まったのは、そんな中にありながらも昔ながらの……いや、王の生きた時代そのものを色濃く残す建造物だった。

 

サコミズ

「しまった! ここは東京駅!?」

 

 東京駅。空襲で被災しながらも戦後、復興され今日に至るまで不可侵の場所とされてきた日本の聖地。宇宙世紀の戦争やデビルガンダム事件、先のドレイク軍の動乱の際にも奇跡的に被害を免れたそこの屋根を、オウカオーは壊してしまっていた。

 

サコミズ

「ここが東京駅ということは……!?」

 

 近くに、ある。今日に至る日本の惨状を良しとした者が。サコミズ王が最も尊き者と敬う方の居城が。サコミズが視界をぐるりと回すと、たしかにそれはあった。

 やはりそこだけは緑に囲まれ、かつての景観の面影を残している。ならば、話を聞く必要がある。オウカオーは一目散にそこを……皇居を目指し飛び立つが、皇居を目指す途中、背後から迫る熱源を受けて振り返る。

 そこにいたのは、ベース・ジャバーに搭乗したジェガンが3機。ショット・ウェポンやロウリ、金本からモビルスーツというマシンの話は聞いていたので、すぐにサコミズはそれだと思い至った。

 だが、問題はマシンの機種などではない。ジェガン部隊は肩に星条旗のマークをつけていること。そして、サコミズ王のすぐ側には皇居が立ち構えているということだ。

 

サコミズ

「べ、米軍めぇ……! ここは、皇居なのだぞぉぉぉっ!?」

 

 オウカオーの羽根が広がり、ジェガン隊の放つビーム・ライフルを受け止める。帝国軍人の端くれとして、死んでも皇居を傷つけさせるわけにはいかないという意地がサコミズ王にはあった。そして、振り向き様にオーラソードを飾り、爆炎でジェガンを一度に3機、まとめて焼き尽くす。だが、今度は航空戦闘機が2機、オウカオー目掛けてバルカン砲を放ってきた。そんなもので傷がつくオウカオーではない。だが、サコミズ王を驚愕させたのは戦闘機は星条旗ではなく、日の丸を掲げていたことだ。

 

サコミズ

「ひ、日の丸が……皇居を守った特攻兵を攻撃するのかァァッ!?」

 

 オーラフレイムソードの二振りは、航空戦力などものともしない。圧倒的な戦力差にあえなく撃墜されていく日の丸を掲げた戦闘機。その姿はまるで、零戦のようにもサコミズ王には映った。

 

サコミズ

「米国の植民地となった、東京天国など……!」

 

 植民地という言い方は適切なものではない。日米間の同盟条約は現在も続いているが、それは決して支配という構造のものではなかった。だが、それでも。

 皇居を構わず攻撃する米軍を援護し、あまつさえこの国のために命をかけた特攻兵を撃つのが今の日本だと言うのか?

 サコミズの怒りと悲しみはさらなる負の感情を呼び寄せ、思考を連鎖させる。その時だった。

 

エイサップ

「サコミズ王!」

 

 ナナジンが、オウカオーに追いついたのは。

 

サコミズ

「エイサップ鈴木君か。そしてその髑髏の艦はぁっ!」

 

 アルカディア号。エンペラー亡き後、唯一残るVanityBustersの旗艦が、東京の中心地に姿を現す。そして、次々と出撃するスーパーロボット達。その中には、バイストン・ウェルで幾度と死戦を演じたマスターガンダムの姿もあった。

 

東方不敗

「サコミズゥッ! 貴様、何をするつもりだ!」

サコミズ

「東方不敗。リーンの翼は私を導いてくれた。これは天命なのだ! 過去の戦争で歪んだ日本を正すために、リーンの翼は命の嘆きを糧としてくれたのだぁっ!」

 

 そう宣言するサコミズ王。言葉こそ強いがしかし、そこには深い悲しみの心が存在することをジュドーは感じた。

 

ジュドー

「あのおっさん、泣いてる……」

カミーユ

「ああ。無念の心が、あの人を逸らせているんだ……!」

アムロ

「だが、それはエゴだ!」

 

 アムロが叫ぶ。かつて、同じようにエゴで世界を壊そうとした男をアムロは知っている。

 

シャア

「サコミズ王。貴方の心は理解できるつもりだ。だが、その行いはさらなる悲しみを生むだけになる!」

サコミズ

「理解などできようものか! この無念を晴らせぬまま私の魂は、未だ特攻死できぬまま燃えている。そんな私だからこそ、リーンの翼は導いてくれたのだ! 過去の戦争で犠牲になった、全ての命に報いよと!」

 

 オウカオーのオーラは肥大化し、強烈なプレッシャーを放っていた。それはかつて、ジュドー・アーシタがハマーン・カーンに、トビア・アロナクスがクラックス・ドゥガチに感じたものと同質の……そうでありながら、より一層力強く、深い念。

 

リュクス

「父上……!」

 

 そんなサコミズ王の姿を、悲しげに見つめながらリュクスの心はしかし、決まっていた。エイサップの赤いナナジンに寄り添うようにして飛ぶオーラバトラー。反乱軍の主力機ギム・ゲネンのコクピットの中で、リュクスは父を見据える。

 

リュクス

「父上、どうか剣を納めください!」

サコミズ

「そのギム・ゲネン、リュクスか……!」

 

 ナナジンに守られるように翔ぶギム・ゲネン。その動きは悪くないが、それでも素人に毛が生えたようなものだった。それをしっかりと支えているエイサップ鈴木には、やはり好感を持てる。そう思うサコミズだがしかし、それとこれとはもはや別問題だった。

 

エイサップ

「剣をお収めください、サコミズ王!」

 

 ギム・ゲネンの前に出て、エイサップは万が一にもリュクスをオウカオーの間合いに入れないように剣を構えている。サコミズ王もその意を汲みながら飛び回り、決戦の場を制御していた。

 

サコミズ

「見事だよ鈴木君。リュクスに付き添いながらも隙を見せない。いざとなればリュクスの盾になろうと前に出る。やはり君は婿に相応しい」

エイサップ

「な、何をこんな時に!?」

 

 エイサップが叫んだ瞬間、サコミズが前に躍り出た。両手に持ったオーラソードに炎を灯し、ナナジンへと斬りかかる。

 

サコミズ

「全てが終わればリーンの翼の沓もホウジョウも譲ろうと思っていたというのに!」

 

 だが、赤く染まったナナジンに宿るオーラ力は、今のオウカオーにすら拮抗していた。エイサップはリュクスを後ろに下がらせるとナナジンのオーラソードで鍔迫り合い、そして膝蹴りでオウカオーを押し返す。

 

サコミズ

「なんとぉっ!?」

エイサップ

「この赤ナナジンも、パワーが上がっているのか……!」

サコミズ

「アッカナナジンと名付けたか。桜花の!」

 

 赤華七神。奇しくも桜花王と同じ由来を持つオーラバトラーが激しくぶつかり合う。かつてまだ青かったナナジンの時と今のエイサップ鈴木とでは、まるで別人のような圧力をサコミズ王は感じた。それは、リーンの翼が命の羽根を吸い上げ力を増していることも関係しているだろう。だが、それだけではない。

 

エイサップ

「戦いの連鎖で、報いることなんてできませんよサコミズ王!」

サコミズ

「ほざくな青二才!」

 

 口ではそう言うが、エイサップ自身の力も以前とは比べ物にならない程に上がっているのだ。地上で経験した数々の実戦が、そしてショウやマーベルをはじめとした多くの人々との出会いが、エイサップのオーラ力を高めている。

 オーラ力とは生体エネルギーだ。ならばそれを高めるものとは、エイサップ鈴木の心持ちに他ならない。

 

エイサップ

「考え直してください、サコミズ王!」

サコミズ

「私を止められるものではないぞ、未来世紀の日本人!」

 

 オウカオーの背中から展開される薄紫の四枚羽根が大きく広がっていく。バイストン・ウェルでの戦いでは、ここまで巨大な羽根を見せつけることはなかった。

 

ショウ

「サコミズ王のオーラ力も、尋常じゃないぞ!」

トッド

「おいおい、エイサップだけじゃ歯が立たねえんじゃねえか?」

 

 そう言って、トッド・ギネスのライネックを皮切りに次々とオウカオーへ向かっていくスーパーロボット達。その先陣を切るのは、ショウのヴェルビンとマーベルの乗る、赤いウィングキャリバーだった。

 

マーベル

「ビルバイン……使いこなしてみせる」

 

 ビルバイン。アマルガンがショウの為に用意していたオーラバトラー。正確にはこれは、その2号機にあたる。かつて西の大陸で起きた動乱。その際、ナの国で開発されショウに届けられた1号機は太平洋上での戦いで失われた。

 これは、ナの国に残っていた設計図を基に反乱軍で組み上げた機体。オウカオーに拮抗しうる切り札として、再びショウに託されるはずだったもの。

 だが、ショウにはシーラ女王の形見と言うべきヴェルビンがある。限界を超えたダンバインに代わり、今ビルバインを操縦しているのはマーベル・フローズンだった。

 

ショウ

「マーベルなら大丈夫だ。ビルバインの力に振り回されるな!」

マーベル

「ええ、言われなくとも!」

 

 ビルバインは、支援航空ユニット・ウィングキャリバーへの変形機構を備えている。ただでさえ速いオーラバトラーのそれを遥かに凌駕するスピード。ウィングキャリバードの背にヴェルビンを乗せ、ビルバインがオウカオーへと向かう。

 

サコミズ

「そのロケットエンジン、桜花のものか!」

マーベル

「サコミズ王……ここで落としてみせる!」

 

 地上界とバイストン・ウェル。その双方に争いを生む源。ショット・ウェポンを倒した今残る敵はサコミズ王のみ。ヴェルビンが飛び上がると、ビルバインはオーラバトラーの姿に戻り即座にオーラビームソードを展開。背後に回ったヴェルビンと交互にオウカオーへと詰めていく。

 

ショウ

「こんな戦いに意味はないと、あなたはわからない人じゃないはずだ!」

サコミズ

「歴史に意味のない戦いを繰り返させた現代人が、それを言うか!」

 

 しかし、ヴェルビンとビルバイン。両者の同時斬りを二刀流で受け流すオウカオー。サコミズ王の技量もまた、卓越した聖戦士のもの。

 

マーベル

「ショウ!?」

ショウ

「サコミズ王のオーラ力が、どんどん膨れ上がっている!?」

チャム

「それはダメよ! ハイパーしちゃう!?」

 

 ハイパー化。あのサイコガンダムのようにそれを起こす危険をショウとマーベル。それにチャムは理解する。今のオウカオーがハイパー化を起こせば、何が起こるかわからない。

 

トッド

「だったら、その前にやればいいんだよ!」

 

 割り込むように迫るのはライネックだ。緑のオーラバトラーはオーラバルカンを撃ちまくりながらオウカオーへと迫っていくが、しかし四枚羽根を殻のように閉じて防御するオウカオー。地上に出て出力を増したオーラバトラーの攻撃すら、今のオウカオーにはまるで効いていない。

 

トッド

「洒落くせえ!」

サコミズ

「アメリカ人の傭兵風情がァッ!?」

 

 羽根を広げ、その風圧だけでライネックを押し返すオウカオー。トッドだけではない。ショウやマーベル。それにエイサップ、リュクスをも風圧で威圧し、王の貫禄を見せつけるようにオウカオーは舞い上がる。

 

サコミズ

「滅せよ。貴様達もリーンの翼の、一片となれッ!」

 

 オーラ力により発生する炎を剣に纏わせ、それを放つオウカオー。まともに受ければただでは済まない極熱の一撃。

 

槇菜

「ダメです、そんなの!」

 

 だが、炎は届かない。エクス・マキナが前に出て、その盾を構える。槇菜の思いに呼応するかのようにシールドのイメージが広がっていく。セラフィムで構築された羽根の盾が、オウカオーの炎から味方を、街を守っていた。

 

槇菜

「クッ、ウッ……!?」

桔梗

「槇菜ッ!?」

 

 アシュクロフトで援護に回ろうと、ベース・ジャバーを急がせる桔梗。しかし、圧倒的な熱量とオーラ力を以て君臨するオウカオーの重圧が、桔梗の照準を鈍らせていた。

 

桔梗

「これが、特攻兵の圧力なの……?」

 

 それは、命を燃やす熱量だ。サコミズ王がどういう人物なのかは、ここに至るまでに簡単にだが聞いている。昭和日本軍人の生き残りであり、広島、長崎の次に小倉へ落とされる予定だった原爆を防いだ特攻兵。

 歴史に記されることのない英雄。その命は今も真っ赤に燃え続けている。

 命の燃える熱。それこそがサコミズ王のオーラ力である。それを桔梗は、本能的に理解していた。

 

サコミズ

「そこを退け、翼の乙女よ! こんなコンクリートを敷き詰めれば、日本人は窒息してしまうだろうがぁっ!」

 

 サコミズ王は憎々しげにビル街へと舗装された東京の街を見やる。オーラ力で放つ炎はさらに熱を増し、エクス・マキナを襲う。

 

槇菜

「認めてください。これが歴史なんです!」

 

 しかし槇菜は怯むことなく、サコミズ王へ啖呵を切った。

 

槇菜

「このコンクリートで作った、たくさんの集合住宅があったから、全盛期の東京には1300万もの人が住んでたんです!」

サコミズ

「何ィ? 全盛期の!?」

 

 エクス・マキナは炎を受けながらも一歩も退かない。槇菜はこの炎を受けながらしかし、そこからサコミズ王の悲しみと、無念を感じていた。故に、退けない。

 今ここで退いてしまえば、それはサコミズ王の心を認めてしまうことになる。

 

槇菜

「サコミズ王、歴史は続いていくんです。サコミズ王の知ってる日本はもうないのかもしれない。だけど、サコミズ王の守った日本があったから今があって、私もエイサップ兄ぃも、生まれることができた!」

サコミズ

「間違った歴史を、認めろと言うかぁっ!」

 

 だがそれでも、サコミズ王は頑なだった。そんなサコミズ王のオウカオー目掛けて飛ぶ、一振りのマサカリ。まるで昔話の赤鬼のような出立をしたゲッターロボのゲッタートマホーク。オウカオーはそれをオーラソードで切り払うと、改めてトマホークの飛んできた方角を見やる。

 

竜馬

「ウダウダと女々しいこと言ってんじゃねえ! 起きちまったもんはしょうがねえだろうが!」

 

 流竜馬。彼はサコミズの怒りや悲しみを一蹴しオウカオーへ向かっていく。女々しい。面と向かってそう言われたのは、サコミズ王も初めてのことだった。

 

サコミズ

「何がァッ!?」

 

 体格差は歴然。しかしオウカオーは素早く飛び回りゲッター1を寄せ付けない。新型炉心でパワー、スピード共に大幅に向上したゲッターの動きに対し、それ以上の速度を発揮し竜馬のステゴロを翻弄する。

 

隼人

「闇雲に戦うんじゃねえ、竜馬!」

竜馬

「うるっせぇっ! いいかサコミズ! 俺はなぁ、てめえみてえに恨みったらしい野郎が大っ嫌いなんだよ!」

 

 トマホークを振り回すゲッター。その一振りがオウカオーへ届く。だがオウカオーは四枚羽根でトマホークを受け止めると、そこからのぞくカメラアイをギンと光らせそして、ゲッターを蹴り飛ばす。

 

サコミズ

「この恨みに、この無念にリーンの翼は応えたのだ! この力は!」

竜馬

「わけのわからねえもんに頼ってんじゃねえ!」

 

 空中でオーラソードとゲッタートマホークが激しく火花を散らし、ぶつかり合う。体積差は明らかにトマホークが有利。それでも剣圧は、オウカオーが上。サコミズ王のオーラ力により圧を増すオーラの一打に、次第にゲッターは押し込まれていく。

 

サコミズ

「戯れるな野蛮人め、リーンの翼をぉっ!」

竜馬

「それよ。ゲッター線だの嵬だのと五月蝿えやつらと、今のてめえは同じなんだよ! 男なら男らしく、自分の力だけを信じやがれ!」

 

 そう叫んだ瞬間、ゲッターロボが3つのマシンの分離する。急に質量がなくなり、オウカオーは一瞬、虚を突かれたように止まった。だが、その隙を補うように四枚羽根がオウカオーを包む。

 

隼人

「へっ、言うじゃねえか竜馬!」

 

 瞬間、再び合体し今度はゲッター2へ変化したゲッター。ゲッター2の右腕から放たれたドリルハリケーンが、オウカオーへと炸裂した。

 

サコミズ

「何とッ、神風を吹かせるか!?」

隼人

「お前みたいな素早い奴と喧嘩するならまずは、足を止めるのが定石だからな!」

 

 そう言いながら落下するゲッターロボ。それと入れ替わるように、オウカオーへと突撃するのは悪魔の形相を持つガンダム。

 

三日月

「……………………」

 

 ガンダムバルバトス・ルプスレクス。支援ユニットのクタン参型を装備し、急激な速度でオウカオーへと迫る。そしてクタンをパージすると飛び上がり、テイルブレードで風を切りながらロングメイスを構え、ドリルハリケーンの中にいるオウカオーへと突っ込んでいく。

 

サコミズ

「特攻兵か!?」

三日月

「生きて帰るよ。だけど、死ぬ気でやらなきゃあんたには勝てないだろ」

 

 そう言って、ロングメイスを突き立てようとバルバトスが振りかぶる。だがオウカオーはその直前、四枚羽根をさらに広げドリルハリケーンを打ち破り、オーラソードから灼熱を放ってバルバトスを振り払った。

 

三日月

「あいつ……やばいな」

 

 炎。原始的な恐怖を生き物に与えるそれに、三日月は本能的に危機感を覚えて身を退く。しかしその間にも攻撃をやめないのが三日月だ。テイルブレードを振り回しオウカオーを迎撃するが、オウカオーは超高速機動を以て三日月の攻撃射線から離れる。

 攻撃力、防御力、機動力。どこを取ってもオウカオーに隙はない。

 

エイサップ

「サコミズ王……!」

 

 だが、それに追随する力を発揮するのが今のナナジン……アッカナナジンだった。アッカナナジンはオウカオーの超高速機動に並走しながら、剣を交え鍔迫り合う。ほとんど人間の目では追えないレベルの機動をくりかえしながらしかしエイサップもサコミズもその判断は冷静だった。

 

サコミズ

「いい仲間を持ったな鈴木君! 確かにこの戦士達と共にならば、未来を信じることもできよう。だがなぁっ!」

 

 それでは、持たざる者はどうすればいい。

 たった1人で異郷の地へと降り立ち、信仰も思想も胃にする世界で聖戦士などと囃され、その果てに友と信じた者と袂を分ち、そして終生、王としての責務に身を粉にした日々。

 気づけばサコミズ王の周囲には誰もいなかった。バイストン・ウェルに流れ着いたその頃から共にあったコモン人も、何の因果か共に過ごした者達も。王である、聖戦士である以前に男として愛した女も。

 孤独な王が最後に欲したものこそが、帰郷だったのかもしれない。だが、王が信じた祖国は既になく、そしてここにある日本の惨状。

 その憤りをどこへぶつければいい。

 サコミズ王は王でありながら、聖戦士として生きながらずっと、孤独だった。

 そしてその孤独を理解できる者は、もうどこにもいない。

 

リュクス

「父上……」

 

 迫水真次郎の血を分けた唯一の娘は、リュクスはそんな父の吐露に言葉を失っている。

 

ショウ

「サコミズ王……」

 

 そんなサコミズ王の激昂を受け止めながらしかし、エイサップ鈴木は諦めていなかった。

 

エイサップ

「だとしても、これはダメです!」

サコミズ

「何がァッ!」

 

 激しくぶつかり合うアッカナナジンとオウカオー。オウカオーの羽根がより一層激しく広がり、鱗粉のようにオーラを撒き散らす。その鱗粉に導かれるように、戦場に新たな影が迫っていた。

 

カミーユ

「!? ……なんだ、この感じは」

 

 カミーユが感じ取ったものは、どす黒い欲望と野心。あのショット・ウェポンのそれにも決して負けていない黒い感情の渦。

 

ラ・ミーメ

「キャプテン、後方から更に熱源反応。オーラバトラー多数とオーラシップと思われます!」

ハーロック

「ホウジョウ軍とやらか!」

 

 沿岸部より迫る軍勢。それはまさしくホウジョウ軍の旗艦フガク。そして彼らの誇るオーラバトラーの軍勢が、アルカディア号の背後より姿を現したのだ。

 

 

…………

…………

…………

 

 

サコミズ

「コドール、来てくれていたか!」

リュクス

「後妻様!?」

 

 フガクだけではない。フガクはジンザン、レンザンを随伴しさらにオーラバトラーの軍勢が、一団となって東京を埋め尽くしている。その中でも異彩を放つのは、重々しい外観を持つ黒いオーラバトラーだ。

 

カスミ

「このズワァース、なかなかいいぞ!」

ムラッサ

「ショット殿が隠していた切り札。使わせてもらう!」

 

 ズワァース。かつてドレイク軍で使用されたマシンに乗り換えたカスミ・スガイと、同僚の女武者ムラッサだ。

 

沙羅

「あのオーラバトラー……シャピロが乗っていた奴だ!」

「落ち着け、沙羅。シャピロじゃねえ。シャピロはお前がトドメを刺しただろ」

 

 ダンクーガのコクピットで逸る沙羅を、忍が抑える。だが、ズワァースは高性能機である以上に、そういう意味で沙羅とも因縁のある機体。ダンクーガに流れ込む野生の力が、さらに過激に増していく。だが、敵はズワァースだけではない。

 

ガラミティ

「フン、新しい玩具にはしゃいでいるようだが……ダー、ニェット。ホウジョウの奴らに遅れを取るなよ!」

ダー

「おう!」

ニェット

「赤い三騎士の名にかけて!」

 

 レンザンから出撃する赤い三騎士。チームワークでかつてショウを追い込み、以前の戦いでアムロ、シャアと拮抗したオーラバトラー乗りもこの戦場へと繰り出していた。

 

隼人

「どうやら、挟み撃ちにされたらしいな」

竜馬

「ヘッ、上等じゃねえか!」

 

 だが、彼らも疲弊していた。“厄祭戦”の墓場からずっと、ほぼ無補給で戦い続けている。マシンだけの問題ではなく、パイロットの精神力もここが正念場であると言えた。

 

トビア

「やれるのか? 相手はオーラバトラー。機動性はあっちが上だぞ?」

 

 ヘルメットのバイザーを開カフェイン剤を飲み込み、トビアが言う。今までも戦ってきた相手ではある。だが、ホウジョウ軍とのここまでの全面対決ははじめてのことだ。

 

鉄也

「甲児だって、ドレイク軍との戦いでは最前線にいた。甲児がコロニーにいる今、俺達がやるしかないだろう!」

 

 グレートマジンガーでホウジョウ軍の方を向き、鉄也。甲児が戻るまで、日本の……世界の平和を守る使命を託された偉大な勇者。その背中は真っ赤に、燃えている。

 

ドモン

「フッ……。そうだな!」

「ここで負けてちゃ、甲児の奴に笑われちまうぜ!」

 

 鉄也の言葉を合図に、気合を入れ直す戦士達。だが、フガクの様子がおかしいことに三日月・オーガスは気付いていた。

 

三日月

「オルガ、なんかおかしい」

オルガ

「何?」

 

シャア

「この感じは何だ? ホウジョウ軍から感じる気配……これは!」

 

 シャアが何かを悟ったと同時、フガクの主砲が火を吹いた。続いてジンザン、レンザン。さらにオーラバトラー・ライデン達の火球の矢。次々と放たれる攻撃はしかし、スーパーロボット達を越えた先……オウカオーを狙ってのもの。

 

サコミズ

「グゥッ!?」

エイサップ

「サコミズ王!?」

 

 味方である筈のホウジョウ軍から、次々と放たれる攻撃。絶対の防御力を誇る4枚羽根での守りはサコミズ王の中にあるコドール達への信用が一瞬、遅れさせた。その一瞬は次々に、火球弾を受ける隙となってしまう。

 

リュクス

「後妻様、何を!?」

 

 フガクの甲板上。そこにコドール女王の姿がはっきりとリュクスには見える。コドールはマイクを口下へゆっくりと近づけると、その口を開き、厳かに言い放つのだった。

 

コドール

「全軍、聞けぇ! 王はオウカオーに取り込まれ、ガロウ・ランへと堕ちた! これより全艦隊の指揮は、女王である妾のものとする!」

 

 コドールの宣言は、高らかに響いた。その内容は紛れもない。

 

シャア

「クーデターか!」

槇菜

「えっ!?」

桔梗

「…………!」

 

 コドール女王はオウカオーごとサコミズ王を亡き者にし、新たな体制を樹立せんとしている。

 

リュクス

「後妻様!?」

 

 コドールに野心があることは、わかりきっていたことだ。その野心のために、サコミズ王の望郷の念を利用していたことも。だが、それでも信じられない。

 

槇菜

「だって、コドールさんはサコミズ王の奥さんなんですよね? なのに……」

マーガレット

「……そこに、夫婦の愛なんてものはなかったということよ」

 

 少なくとも、コドールの方には。マーガレットは吐き捨てるようにそう断じる。

 

カミーユ

「この不快感は、あの女か!」

 

 流血の輪廻を回す元凶。それが今目と鼻の先にいる。あの女は生きていてはいけない。カミーユの直感がそう断じ、ウェイブ・ライダーが動いた。

 

コドール

「街もオウカオーも潰せ! そしてリーンの翼を我らの手に取り戻し、地上界とバイストン・ウェルを浄化するのだ!」

 

 コドールの号令と同時、ホウジョウのオーラバトラー達が動き出した。だが、それよりも速く。

 

コドール

「なっ……!」

 

 火球弾の嵐を受けながら尚無傷のオウカオーが、フガクの艦上でコドールと、さらにその上で指揮を取るコットウ・ヒンを睥睨していた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

サコミズ

「懇ろになって私を欺くか」

コットウ

「い、いや……これは、その……」

 

 間近で見れば、震えが止まらない。今のオウカオーは……サコミズ王は祖国に裏切られた怒りを二乗にして、コットウを睨んでいる。

 

コットウ

「ち、地上人の国を興す方法に驚嘆致すからこそ……」

 

 もはや、コットウ自身も何を言っているのかわからない。ただ、この場を切り抜けなければという思いだけで必死に舌を回している。頭など回ろうはずもない。

 

サコミズ

「ホウジョウが落ち着けば、貴様らの部族が乗っ取るのだろうが」

 

 だが、舌先三寸で今の王を納得させることなどできはしない。

 

コットウ

「せ、聖戦士を相手にするなど……」

 

 それでもコットウは、必死に口を回転させていた。もはや言葉の中身などどうでもいい。ただ、この場を切り抜けなければ命はない。そのためならば、先ほどのコドール女王の言すらも白紙にしなければ。いや、今のコットウにそんな思考など存在しなかった。

 あるのはただ、恐怖。それ故に、矛盾にも気づかない。

 

サコミズ

「コドールの褥は温かいよなぁ」

 

 無論、そのような詭弁を聞く耳をサコミズ王は持たなかった。

 

コットウ

「ぬ、ぬははははは…………」

 

 腰を抜かし、尻餅をつくコットウ。じわりと股下を濡らしながら、理性のタガが外れた目でオウカオーを見上げるのみ。

 

サコミズ

「…………」

 

 ギロリ。サコミズ王の射抜くような視線を感じ、コドールは一瞬悲鳴を上げた。だが、コドールはコットウに比べれば幾分か冷静でもあった。

 

コドール

「う……撃てェェェェッ! あの地上人の王を!」

 

 コドールの号令と同時、フガクの主砲が、ドラムロ部隊のオーラバルカンがオウカオーへと叩き込まれる。東京を瞬く間に焦土でできるだろうほどの火薬量。まるで東京大空襲のそれをオウカオーは今、一身で受けている。

 

リュクス

「父上!?」

エイサップ

「不意打ち騙し討ちなんて……卑怯者のやることだろ!」

 

 オウカオーを助けようと、ナナジンとギム・ゲネンが動いた。だが、次の瞬間……。

 

サコミズ

「コドールと腹を合わせて……ヘリコンの地の者はぁぁぁぁっ!!」

 

 オウカオーの四枚羽根が、さらに急激に広がっていく。それと同時、白くしなやかに伸びる翼が、オウカオーのコクピットから伸びる。

 

コドール

「り、リーンの翼!?」

 

 リーンの翼。バイストン・ウェルに古く伝わる伝説の翼を顕現させるオウカオー。リーンの翼はどこまでも、どこまでも広がりそして、巨大な腕がフガクへと伸びた。

 

コドール

「ひっ!?」

 

 巨腕が振り下ろされると同時、フガクの主砲がその質量差に押し潰される。衝撃で飛び散った破片が、コドール女王の右目に深々と突き刺さった。絶叫を上げ、のたうち回るコドールを近衛の武者達が抱き止め、奥へと引っ込んでいく。

 

コットウ

「ま、待って!」

サコミズ

「死ねやァァァッ!!」

 

 逃げ遅れたコットウは、突如現れた巨腕の動きに巻き込まれフガクの艦上から大きく跳ね飛ばされた。

 

槇菜

「な、何が起こって……」

 

 エクス・マキナが、恐怖しているのを槇菜は感じ取る。エクス・マキナだけではない。

 

チャム

「ショウ、怖いよ!」

エレボス

「白が黒に……黒が白になる力……!」

 

 フェラリオ達も、その存在に本能的な恐怖を感じ取っていた。

 

 ホウジョウ軍のオーラバトラー隊が、火力をオウカオーへと集中させる。砲撃は止むことなく、孤独な王へ滝雨のように打ちつけられていた。だが、フガクに打撃を与えた巨大な腕の出現と同時にオウカオーから展開されるリーンの翼と、紫紺の四枚羽根の羽ばたきが次々とドラムロを、ライデンをその風圧だけで撃破していく。地上に出て、出力を上昇させたオーラバトラーがまるでカトンボのように撃墜されていくその光景は、異常としか言いようがない。

 

ジュドー

「これって、まさか……!?」

 

 まるで東京全体を覆うように伸びる羽根。フガクを一撃で轟沈させる剛腕。天にまで届くその怒髪。ゲッターロボが見上げる形を取らなけらばならないほどに、オウカオーは巨大化していたのだ。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

リュクス

「父上……」

 

 ギム・ゲネン越しにリュクスは、その光景に絶句していた。尊敬する聖戦士であり、大きく強く、優しい父の背中。それと今のオウカオーの姿は、あまりにも乖離している。

 

ショウ

「ハイパー化だ……恐れていたことが起きてしまった!」

 

 サコミズ王のオーラ力が、怒りと失望に膨れ上がった。ショウは幾度となく、ハイパー化を目の当たりにしてきた。そしてその度に、ハイパー化で力を膨張させたものは悲惨な末路を迎えているのを見てきた。

 

カスミ

「う、うわぁァァァァッッ!? 化け物ォォォォォォッ!!」

 

 オウカオーの巨大化。その異常事態にホウジョウ軍の面々も恐慌状態に陥っていた。恐怖のままに、ズワァースの剣にオーラが宿る。だが、恐怖と狂乱に彩られたオーラ力では、今のオウカオーにまるで届かない。

 

サコミズ

「……………………」

 

 無言でオウカオーは、巨大化した腕でズワァースを鷲掴みにする。オウカオーが力を込めると、ズワァースの身体全体が万力に挟まれたように圧力を受けた。

 

カスミ

「ぁぁ、ぁぁぁぁっ!?」

 

 絶叫と共に、ズワァースがバラバラになっていく。まるで虫でも潰すかのように、あのビルバインすら苦戦させたオーラバトラーは砕け散った。

 

ムラッサ

「カスミィィィィッ!!」

 

 オウカオーの掌から落ちるズワァースの残骸。その中に、赤く染まった塊があったのをムラッサは見逃さなかった。

 

ホウジョウ兵

「う、うわぁぁぁっ!?」

 

 カスミの死。それが堰を切ったようにホウジョウ軍の兵士達を狂乱へ導いていく。剣を抜き、火矢を構え、次々とオウカオーを攻撃する兵士達。彼らは皆、サコミズ王を聖戦士と呼び畏れていた武者達だ。サコミズが信を置いた武者達が、一様にオウカオーを攻撃する。

 今のオウカオーは、サコミズ王は。

 彼らから見ればガロウ・ランよりも悍ましいものに成り果てていた。

 

サコミズ

「…………黙れぇやっ!」

 

 だが、オーラバトラーたちの狂騒に彩られた無秩序な攻撃は、今のオウカオーに傷ひとつつけることはない。ハイパー化し、サコミズのオーラ力が怒髪天をついたオウカオー。言わばドハツ・オウカオーはオーラソードを振り上げると、灼熱の業火がホウジョウ軍を襲う。

 

ムラッサ

「あぁっ!?」

 

 オーラコンバーターを破壊され、ムラッサのズワァースが地へと堕ちる。名もなき武者達の乗るライデンやドラムロ達は直撃し、次々と爆炎の中に消えていく。

 

ガラミティ

「何だぁっ!?」

ニェット

「こいつは、やばいぜ!」

 

 赤い三騎士だけが、サコミズ王の攻撃を躱していた。だが、その力の差は歴然。

 

チボデー

「なんてこった……!」

ジョルジュ

「この力……まさに悪魔」

アマルガン

「サコミズ……悪鬼に堕ちたか!」

 

リュクス

「父上……」

 

 戦慄が支配する空間。その渦中にあってリュクスは呆然と、その光景を見つめていた。

 

リュクス

「父上は荒まれてしまった……。もう、私の声では……」

 

 この時まで、どれだけ反目しあいながらも心の奥底で、リュクスは父を信じていた。高潔なる聖戦士であり、強く優しい父を。

 信じていたからこそ、リュクスは父がいつかは思い直してくれると……その為にリーンの翼の沓を盗み出し、そしてエイサップ鈴木と出会った。

 

エイサップ

「リュクス……」

リュクス

「もう、父上には私の声は届かない。う、うぅ……」

 

 変わり果てたサコミズ王の姿は、そんなリュクスにはあまりにも壮絶で、認め難いものだった。力なく肩を落とし、泣きじゃくるリュクス。

 

槇菜

「諦めちゃ、ダメ!」

 

 そんなリュクスへ真っ先に声を投げかけるのは、槇菜だった。エクス・マキナがギム・ゲネンに並ぶと、肩を優しく掴む。

 

槇菜

「リュクスさんは、サコミズ王と……お父さんと仲直りしたいんでしょ。まだ、諦めちゃダメだよ。私だって、お姉ちゃんともう仲直りできないんじゃないかって……ずっと、不安だった。だけど!」

 

 今、槇菜の側には桔梗がいてくれている。それは槇菜が、諦めなかったからだ。だから、諦めないでと槇菜は叫ぶ。

 

桔梗

「そうね……。私はそれを諦めて、放棄しようとした。ううん、見てみぬふりをしていた」

マーガレット

「二度と声が届かなくなってからじゃ遅い。やれるだけのことはやるべきよ」

 

 アシュクロフトの桔梗が頷き、槇菜の後ろでマーガレットが言う。後悔を残して離別するよりは、ここではっきりと伝えるべきだと。

 

アムロ

「そうだな……。一生のしこりになるくらいなら、最後まで足掻く方がいい」

鉄也

「俺は物心ついた頃から両親と死別し、所長の厳しい訓練の下で生きてきた。だけどわかるぜ、リュクス。あんたの心はまだ、サコミズ王を諦めたくないんだろ?」

 

 νガンダムが、グレートマジンガーが立ち上がり、オウカオーへと向かっていく。

 

ショウ

「……そうだ。リュクス姫が呼びかければ、サコミズ王も心を取り戻してくれるかもしれない」

トッド

「なら、やることは決まりだな」

 

 ヴェルビンが、ビルバインが、ライネックが再びオウカオーへと向かい飛び立った。強大なオーラ力の本流がショウ達を襲い、苦しめる。それでも、止まるわけにはいかない。

 

リュクス

「みなさん……!」

エイサップ

「……そうだ。サコミズ王はリュクスを忘れてなんかいない。信じるんだ、サコミズ王を」

 

 アッカナナジンがギム・ゲネンの手を強く握り、エイサップが言う。エイサップの青い瞳が、強く抱きしめるようにリュクスに降り注ぐのを感じた。

 だが、ドハツ・オウカオーはその四枚羽根を広げ続けている。既に羽根の全長が数百kmに及ぶほどの不気味な巨大化・膨張を繰り返しており、東京中に広がっている。

 そんなドハツ・オウカオーに対し一番槍を挙げたのは、漆黒の闘士。

 

東方不敗

「…………サコミズゥッ!」

 

 マスターガンダムだ。マスターガンダムがウイングを広げ、オウカオーへと突っ込んでいく。オウカオーはオーラソードから炎を発し、マスターガンダムへと放った。

 

東方不敗

「ぬぉぉっ!?」

 

 マスターガンダムはフレイムショットを受け止め、しかし怯むことなく突き進む。黒い体躯が黄金に輝き、獄炎を弾き返す。

 

東方不敗

「サコミズ! 貴様は聖戦士なのだろうが! このザマは何だ!」

 

 マスターガンダムの鋭利な手刀が、ドハツ・オウカオーの右腕に突き刺さる。血飛沫のようにオイルを吹き出すオウカオー。ハイパー化を果たしたオウカオーに、はじめてまともなダメージが入った。だが、それだけでは終わらない。

 

東方不敗

「ただの悪党に成り下がって、何が世直しか! 貴様が滅ぼそうとしているものもまた、貴様が愛した国と、民なのだぞぉっ!?」

 

 追撃の拳をしかし、オウカオーは巨大化した羽根を盾にし防ぎ切る。そして反撃とばかりに振り下ろされたオーラソードから放たれた炎が、マスターガンダムに炸裂した。

 

サコミズ

「ならば今すぐ、この愚民どもの目を覚まさせて見せろよぉっ!」

東方不敗

「それがお前の本音か、サコミズゥゥゥゥッ!」

 

 繰り出される火炎の威力も、ハイパー化の影響か上がっている。頑強な装甲と屈強な精神力を持つマスターガンダムと東方不敗でなければ、一瞬で消炭になるだろう威力。東方不敗は心頭を滅却し、武闘家の心でそれを受け止めていた。だが、それも時間の問題。段々と、マスターガンダムの放つ金色の輝きが弱まっていく。サコミズ王の怒髪天を突いたオーラ力を前に、東方不敗の精神力すら飲み込まれようとしていたのだ。

 

ドモン

「師匠!?」

 

 マスターガンダムを助けようと、風雲再起に跨り空を駆けるゴッドガンダム。ゴッドガンダムから放たれる爆熱の衝撃波が、オウカオーの放つ火炎を呑み込んでいく。その瞬間を逃さず、マスターガンダムは空を蹴って飛び上がり、オウカオーの炎を抜け出した。

 

東方不敗

「礼を言うぞドモン……あのままならワシは今頃」

ドモン

「師匠は風雲再起に! ここからは、俺たちがやる!」

 

 風雲再起から飛び上がり、ゴッドガンダムが跳ねた。それに続くようにガンダムマックスター、ドラゴンガンダム、ガンダムローズ、ボルトガンダムが並ぶ。

 

チボデー

「おいドモン! あの化け物をどうする気だ?」

ドモン

「サコミズ王の心を取り戻す。俺達の拳だけでは足りんかもしれん。だが!」

 

 ドモンがチラリと一瞥したのは、ギム・ゲネン。

 

ジョルジュ

「父と子の絆に賭ける。そういうことですか……」

アルゴ

「…………だが、それを置いて他にあるまい」

サイ・サイシー

「ああ、その為にはまず、オイラたちの拳でサコミズ王の目を覚まさせる!」

 

 ドモンを援護するように、ガンダムローズから薔薇の花弁が放たれオウカオーを取り囲む。ローゼスハリケーン。ローゼスビット同士のコンビネーションで発生する渦巻きがオウカオーを取り囲み、足を封じる。そこに放たれるのは、ドラゴンガンダムの火炎だ。そしてゴッドガンダム、ボルトガンダム、ガンダムマックスターの3機がドハツ・オウカオーの懐へと飛び込んでいく。

 

チボデー

「まずは俺だ。豪熱ゥゥ、マシンガンパンチ!」

 

 マックスターから放たれるガトリングガンのような怒涛の連続パンチ。サコミズ王の意識がそこへ向かった瞬間、ボルトガンダムの鉄球……グラビトンハンマーが頭上へ炸裂する。

 

アルゴ

「フン!」

サコミズ

「シャッフル同盟……。歴史の影から世界を守り続けた武闘家が、何故私の邪魔をするぅ!」

 

 グラビトンハンマーを振り払いながら叫ぶサコミズ王。それに応えるのは、金色の輝きを放ちながら迫るゴッドガンダムのドモン・カッシュ!

 

ドモン

「サコミズ王! あんたは間違っている! 何故なら、あんたが焼こうとする今の日本も、連綿と続く歴史の中で生まれたもの。言わば、歴史の一部!」

サコミズ

「それを認めろというか!?」

ドモン

「人が犯した過ちは、人の営みの中でしかやり直すことはできん。それを忘れて、何が世直しかぁッ!」

 

 ゴッドガンダムの右腕から放たれる超級の気迫弾。石破天驚拳がドハツ・オウカオーを呑み込み爆熱する。だが、それでも尚サコミズ王の激情は癒えるものではない。

 

サコミズ

「忘れているのは、未来世紀の日本人だろうがぁっ!?」

 

 叫び、ドハツ・オウカオーの羽根が羽撃く。その風圧にゴッドガンダムらは押し飛ばされ、だがそこに隙ができた。

 

ドモン

「今だ!」

「ああ。やってやるぜ!」

 

 超獣機神ダンクーガ。人を超え、獣を超えた戦士がその剛腕を以てドハツ・オウカオーへと突撃する。鉄拳が、オウカオーの怒髪に炸裂した。

 

サコミズ

「ぬぅぉっ!?」

「やいてめえ! さっきから黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって! あんたの言い分聞いていると、この時代を生きてる俺達が悪いみたいじゃねえか!」

 

 即座に振り抜いた断空剣と、オーラソードが激しくぶつかり合う。ハイパー化したサコミズ王の激しいオーラ力を叩きつけるように剣に込めた一打が、ダンクーガを押し返していく。

 

サコミズ

「戦争で失われた命を忘れ、のうのうと惰眠を貪る連中を悪と言わず、何が悪かぁっ!」

「それでも、みんな今を必死に生きてるんだよ!」

 

 忍の叫びに反応するように、断空剣の力も増す。沙羅が、雅人が、亮が。4人の心が一つになり、サコミズ王の放つオーラに拮抗していた。

 

沙羅

「あんたに同情しないわけじゃないけどね。私達だって、あんたの癇癪で故郷を焼かれるわけにはいかないんだ!」

 

 断空剣を握る腕に力がこもり、ジリジリと押されながらもダンクーガは踏みとどまる。その気迫に只ならぬものを感じながら、サコミズ王もしかし譲らない。剣に更なる力を込め、横なぎに斬り払いダンクーガを振り払う。

 

「うぉっ!?」

 

 だがその瞬間、パルスレーザーを放ちダンクーガは反撃した。レーザーは羽根が本体を庇うように受け止めるが、そこに隙ができる。

 

サコミズ

「リーンの翼が見せてくれた戦争の現実! それを顧みないで作られた歴史などぉっ!」

ヤマト

「それはあんたが、一方的にしかものを見てないからそんなことを言えるんだよ!」

 

 ダンクーガを振り払った直後、入れ替わるように飛び込んできたのはゴッドマジンガーだ。太古の神像。古代ムーの守り神。古くから歴史を、人を見守り続けてきたゴッドマジンガーは咆哮し、輝きを放ちながら魔神の剣を振るう。自分よりも遥かに巨大なドハツ・オウカオーを前にしかし、火野ヤマトは怯まない。

 

サコミズ

「ヌゥ、その輝きはリーンの翼と同じ起源を持つものか!」

 

 ドハツ・オウカオーから放たれた火炎。それを振り切り跳躍するゴッドマジンガー。魔神の剣を振りかぶり、オウカオーへとぶつかっていく。

 

ヤマト

「なあサコミズ王! リーンの翼ってのは、八つ当たりのために使うもんじゃないだろ! だからもうやめてくれ!」

 

 ヤマトが叫ぶ。サコミズ王はしかし、それでも攻撃をやめない。四枚羽根を大きくはためかせ、より一層にオーラ力を纏った一打がゴッドマジンガーへと振り下ろされた。体積差は歴然。神秘の力で怪力を発揮するゴッドマジンガーのそれすらも、ドハツ・オウカオーには届かない。だがダンクーガが、ゴッドマジンガーがサコミズ王の注意を引く中で、巨大化したオウカオーの機体を駆け上がるものがいた。

 

ユウシロウ

「……」

 

 骨嵬。連綿と続く歴史の記憶を継承する嵬の血を持つもののみが操ることのできる古代兵器。そしてそれを操る豪和ユウシロウ。骨嵬を操る時、ユウシロウは常に舞を踊る時の高揚感に包まれている。ドクン、ドクンと脈打つ心臓を意識すれば、今自分は命を削ってこの骸の鬼になっているのだろうと実感する。その感覚は、自分の意識を骨嵬の中へ埋没させているようにも感じられた。だが、

 

ユウシロウ

「あんたは、リーンの翼に負けている」

サコミズ

「何ィッ!?」

 

 骨嵬を操る甘美に呑まれてしまえば、たちまちユウシロウは自分を失ってしまうだろうことを、ここ数回の搭乗で確信していた。それ故に、ユウシロウにはわかる。

 

ユウシロウ

「リーンの翼が命の記憶を体現するものだとしても、それに引っ張られるな。恐怖に……支配されるな!」

 

 骨嵬の剣が、ドハツ・オウカオーの膝に突き立てられる。仄かに緑色の輝きを帯びる剣。バチバチバチと火花を散らし、暴れ狂うオウカオー。

 

サコミズ

「リーンの翼は、今日まで私を導いてくれたのだ! それをなぁっ!」

ユウシロウ

「サコミズ王……!」

 

 荒れ狂うオウカオーに、骨嵬もまた振り落とされる。だがそれを空中でキャッチするものがある。グレートマジンガーだ。

 

鉄也

「どいてな。俺は少々荒っぽいぜ!」

ユウシロウ

「ああ」

 

 グレートから飛び降りる骨嵬。それを見届けると鉄也はフッと笑みを作り、ドハツ・オウカオーへと向き直る。

 

鉄也

「どうやらあんたは、相当な石頭らしいな!」

サコミズ

「我が身は特攻死できぬまま、今日まで燃え続けているのだ!」

 

 グレートが放つネーブルミサイルをオウカオーの羽根が防ぎ、オーラソードから放たれる炎がグレートを襲う。だが、グレートマジンガーは炎の射線を掻い潜り、オウカオーへと急ぐ。

 

鉄也

「聖戦士だの王だの特攻兵だのと、今のお前は肩書きでしか言葉を喋れないのか!」

サコミズ

「何ィッ!?」

 

 必殺パワーのサンダーブレークが、ドハツ・オウカオー目掛けてひた走る。超高電圧の神鳴はしかし、オーラ力を吸い続けて巨大化する四枚羽根に吸収され本体へは届かない。

 

鉄也

「そんな肩書きの御宅はもういいんだ! 今のアンタを求めてる人がいるのを、忘れるな!」

 

 ドハツ・オウカオーの剣圧は、あの暗黒大将軍と拮抗したグレートマジンガーすら容易く弾き飛ばしてしまう。それでも尚、鉄也は呼びかけ続けた。

 それは鉄也自身に言い聞かせるような、或いは鉄也自身がそうであってほしいと願うような叫び。そして、アッカナナジンに支えられながらギム・ゲネンがドハツ・オウカオーの前まで飛び込んだ。

 

リュクス

「父上! 私です、リュクスです。お願い、私の声を聞いて!」

サコミズ

「リュクス…………」

 

 一瞬、オウカオーの手がピクリと止まった。

 

槇菜

「やっぱり、サコミズ王は……!」

ショウ

「ああ、リュクス様を忘れてはいない!」

 

 ならば、希望はある。そう誰もが思った次の瞬間、戦場に迫るものがあった。2機のオーラバトラー。ホウジョウのエース機のひとつでもあるシンデン。

 

エイサップ

「ロウリ、金本……?」

 

 ロウリの乗るシンデンの右腕には、何か箱状のものを持たされている。そしてその箱の中には、ペンシル型のものが括り付けられているのをエイサップは見た。そして、そこには放射性物質を表すハザードマーク。

 

金本

「ヒュー、ずいぶん派手にやってるね」

ロウリ

「エイサップ、苦戦してるみてえだな!」

 

 まるで冷やかすようにそんなことを言う2人。ショウや東方不敗に圧倒されて逃げた2人にしては、その態度は妙なほどに強気だった。その強気を支えているものがあるとすれば、

 

マーガレット

「……あれ、パブッシュに貯蔵されていた核弾頭よ!」

 

 ハザードマークの正体に他ならない。

 少し遅れて、シンデンを追うようにやってきたのはブライガーだ。ブライソードを握り、交戦の後がある。

 

アイザック

「キャプテン!」

 

 アルカディア号へ通信をかけるアイザックの表情には、いつにない焦りの色が見てとれた。

 

アイザック

「奴らはパブッシュの核兵器を強奪し、東京への投下を画策している。絶対に阻止するんだ!」

 

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—原子力空母パブッシュ—

 

 

 サコミズ王のハイパー化まで、時は遡る。東京湾上に停泊するパブッシュのカメラは、その一部始終を捉えていた。ホウジョウ軍が突如、オウカオーを攻撃し始める場面も、そして人智を超えた巨大化を果たすオウカオーも。

 

マキャベル

「俄には信じ難いな……」

 

 だが現にオウカオーは巨大化し、まるで神話に伝わる荒ぶる神の如くホウジョウのオーラバトラー達を蹂躙している。

 

アレックス

「あれが必殺兵器の性能だと言うのか……?」

 

 だとしたら、度を超えている。このままあのオウカオーが暴れれば、日本の被害は計り知れないものになる。

 

アレックス

「我々もオウカオーを撃退するべく、軍を派遣するべきではありませんか?」

 

 言ってみるが、マキャベルはあまりノリ気ではないように見える。マキャベルからすれば、日本がどうなろうと関係ないのかもしれない。だがそれでも、アレックスにとってあの島国は、愛する女性とその間にできた子供の暮らす国だった。

 

アレックス

「司令!」

 

 アレックスが叫んだ次の瞬間、パブッシュが大きく揺れた。衝撃のあまり艦内の電気が一部破損し、一瞬視界が黒く染まる。すぐに非常電源に切り替わりほのかな灯りがつくが、次にアレックスが見たものは信じ難い光景だった。

 

アレックス

「な……。オーラバトラーだと!?」

 

 オーラバトラー。先ほど正式に同盟を結んだはずのホウジョウ国のマシンが、パブッシュに剣を突き立てているのだ。

 

アレックス

「どういうつもりだ!?」

 

 しかしオーラバトラー・シンデンは突き立てた剣をぐるぐると回しながら恫喝するように声を荒げる。

 

ロウリ

「どこにあるんだよ?」

アレックス

「な、何が……?」

ロウリ

「水爆の、弾頭だろうがよ」

アレックス

「なっ……!?」

 

 絶句するアレックス。パブッシュには、旧世紀から蓄えられた多数の核弾頭が保管されている。それは世界への抑止力であり、簡単に使っていいものではない。だが、オーラバトラーに乗る青年はそれをよこせと言う。

 

アレックス

「そんなこと、できるわけないだろ!」

ロウリ

「いいんだぜ、今すぐこの艦を沈めるくらいしても」

金本

「おじさん、言うこと聞いた方がいいですよ」

 

 そう言って、剣をアレックスへ向ける金本。少しでも余計な真似をすれば、命はないと脅している。

 

アレックス

「クッ……!」

 

 言う通りにする以外、選択肢はない。パブッシュの戦力で反撃を試みようにも、2機のシンデンは既に喉元に剣を突き立てているのだから。

 

ロウリ

「そっちの起爆装置も解除しとけよ」

 

 シンデンの手に水爆を乗せながら、ロウリが言う。

 

アレックス

「お前達、それはおもちゃじゃないんだぞ!」

 

 それでも尚アレックスは、必死に説得せんと呼びかけていた。核兵器はその威力だけでなく、毒性も群を抜いている。一度放たれれば全てを焦土と化してしまうだけではない。放射能の影響は生態系に影響を与え、残留放射線は人の住めない場所を作り出してしまう。いや、そもそも。

 

アレックス

「一千万以上の人を殺すことになる!」

 

 たった一発の爆弾で失われる命。それを考えればとてもじゃないが渡せるものではなかった。

 だが、そんなことは今時小学生でも知っている。

 

ロウリ

「リモコンボタン押した3秒後だろ? 心配すんなって。それでも1億人は残るんだからな!」

 

 水爆を手に乗せたロウリは、ご満悦と言った風に口笛を吹く。この青年に、倫理を説いても仕方がない。それをアレックスは今更悟ったがしかし、時既に遅し。

 

ロウリ

「サンキュー、アメリカ!」

 

 そう言って羽根を広げるシンデン。今まさに飛び立とうとするその時だった。

 

ボウィー

「そうはさせるかっての!」

 

 猛スピードで突っ込む航空機・ブライスター。ブライスターから放たれたビームが、シンデンを襲う。

 

金本

「ロウリッ!?」

ロウリ

「ッ! つけられてやがったか!?」

 

 脱兎の如く飛び立つシンデンを、ブライスターは追う。機動性に関しては、互角。そうなれば勝負を決めるのは。

 

ボウィー

「俺ちゃんのテク、久々に見せてやるぜ!」

 

 スティーブン・ボウィー。彼の卓越したドライビング・テクニックだ。ボウィーはハンドルを回しながらオーラバトラーの超高速機動に追随する。しかし、ブライスターの武装ではオーラバトラーの鱗粉から放たれるバリアを突き破るには至らない。

 

キッド

「あいつら、華奢な見た目しててなかなか硬いぜアイザック」

アイザック

「ああ。ブライシンクロン・マキシムで一気にカタをつける!」

 

 アイザックの号令と共に、「イェイ!」という明るい声が響いた。

 

キッド

「ブライシンクロン・マキシム!」

 

 合図と共に、ブライスターの質量が増加していく。シンクロン原理。多元宇宙から膨大なエネルギーを流入することによって可能となるこの複雑怪奇なシステムある限り、奴らは悪の笑いを見逃さない。

 仁義を通さぬワルどもを、斬って捨てては銀河の果て。

 その名も銀河旋風ブライガー。

 お呼びとあらば即、参上!

 

アイザック

「キッド、奴らは核兵器を持っている」

キッド

「ああ、間違っても誘爆はさせない!」

 

 ブライガーは二丁拳銃を抜くと、ブラスター・キッドの早撃ちで続け様にシンデンの背中を狙う。その狙撃は百発百中。だが、ロウリと金本のオーラ力はそれでも尚、オーラマシンの性能を引き出しより強大なオーラを生み出し続けていた。

 

ロウリ

「気に入らねえぜ、スカした格好しやがって! そのダセエ犬のマーク、今時流行らねえんだよ!」

お町

「あら、ウルフマークをワンちゃんだなんて」

ボウィー

「あの子なかなかセンスあるんじゃないの?」

 

 怒鳴り散らすロウリを、茶化して余裕を崩さないお町、ボウィー。しかし、彼らが核兵器を所持しているという事実を忘れたわけではない。

 

キッド

「ブライソード!」

 

 故に、ブライガーは近接白兵戦を選択した。ブライカノンで消滅させるのが一番楽だが、今ブライキャリアはアルカディア号にある。ポンチョの到着を待っていては、核兵器を取り逃してしまう可能性があったからだ。

 ブライガーの巨体から繰り出される斬撃が、シンデンに迫る。だが、シンデンのロウリは舞い上がっていた。

 

ロウリ

「邪魔するんじゃねぇよ!」

キッド

「だったら、ふざけたことはすぐにやめな!」

 

 ロウリを庇うように、金本のシンデンが躍り出る。二振りのオーラソードをクロスさせ、ブライソードと鍔迫り合う金本。

 

金本

「ここはロウリの好きにさせてやってくださいよ!」

キッド

「聞き分けのない子供だな全く!」

 

 だが、その一瞬の激突でロウリのシンデンは距離を伸ばしていく。金本を振り払うようにブライソードチャンバラするも、金本も強力なオーラ力を持つオーラバトラー乗り。剣の圧は予想以上に強い。

 

アイザック

「まずいな。キッド、なんとか振り払って奴を追うんだ!」

キッド

「了解だ!」

 

 キッドが叫び、ブライソードから光を放つ。ブライソードビーム。シンクロン原理により発生するエネルギーの余熱をビームに変換し、敵へ直接ぶつける必殺武器だ。

 

金本

「うわぁっ!?」

 

 金本はビビり、瞬間に発揮した生存本能で回避する。だが、それで十分。ブライガーは金本を押し退け、ロウリを追わんとした。だが、次の瞬間……

 

お町

「3時の方向から何か来るわ!?」

キッド

「何ッ!?」

 

 現れたのは、赤いマシンだった。ジェット機の翼のようなフォルムの大きな両腕。そして指がプロペラ戦闘機のように回転している。その姿にアイザックは、いやコズモレンジャーJ9は見覚えがあった。

 

ボウィー

「おいおい、あれって!?」

アイザック

「ああ。“厄祭戦”の光景で見た、荒れ狂う機械の神……」

 

 地球を目指し進軍する機械の軍勢。その中に、このマシンがあったのをアイザックは忘れてはいなかった。

 

???

「この姿に驚かぬとは……どうやら、真実の片鱗を垣間見ているようだな」

 

 赤いマシンから、声がする。だが、今はそれを相手にしている場合ではない。ブライガーは赤いマシンを無視しシンデンを追おうとするが、赤いマシンはシンデンを援護するようにブライガーへと回り込む。

 

金本

「手伝ってくれるの!?」

???

「君達の手にあるそれは、世界に真実を伝える火だ。愚かな豚どもを焼却する業火を私に見せてくれ!」

 

 言っていることの意味はわからない。だが味方であることは確か。そう判断したロウリは「サンキュ!」と挨拶し飛び立っていく。金本も、それに続いた。

 

キッド

「クソッ、核を取り逃した!」

アイザック

「みんなを信じるしかない。キッド!」

 

 赤いマシンと向き直り、ブライソードを構えるブライガー。赤いマシンに乗る男の声が、クツクツとコクピットに響く。

 

???

「腐った世界の腐った犬よ! 崩壊の時は近い!」

 

 芝居がかった、支離滅裂な言葉。そんなものに耳を貸すJ9ではない。キッドは無言で、ブライソードで斬りかかる。だが赤いマシンの目から放たれた光の線が、ブライガーへと炸裂する。

 

キッド

「うわぁっ!?」

???

「ハハハハハ! お前の力はこんなものかブライガー!」

 

 勝ち誇るように笑う男の声。だが、その言葉をアイザックは聞き逃さなかった。

 

アイザック

「ブライガーを知っている? お前は何者だ!?」

 

 コズモレンジャーJ9が巨大ロボットを操っているというのは、圏外圏では有名な話だ。だが、ここは地球。しかも、巨大ロボットの名前をブライガーと知っているのは極一部のみ。

 

???

「私は世界の全てを知り、知らせるために生きたもの……。秘密を暴き、真実を知らせるためにこの姿へ生まれ変わったのだ」

 

 ブライガーのカメラモニタに、男の姿が映る。映し出された男は、上質なスーツに身を包んだ紳士だった。だが、ギラギラとした目を向けて口元が大きく歪んでいる。不気味な表情の全てはしかし、はっきりと見ることはできない。表情のほぼ全てが全身を包む包帯に隠された怪人だった。

 

アイザック

「…………!!」

お町

「っ!?」

 

 生理的な嫌悪感を催す風貌。その感情を一言で表すならば、恐怖。アイザックの脳裏によぎったのは幼い頃、ドイツの黒い森に1人で入り込んでしまった日のことだった。

 黒い森。恐怖を刺激する存在。まさに、

 

アイザック

「シュバルツバルト……」

 

 シュバルツバルト。そう呼ばれた男がクツクツと笑い、値踏みするような視線を向ける。

 

シュバルツバルト

「腐った世界の腐った犬共に真実を見せる! これはその最初の炎となるとだ!」

キッド

「冗談じゃないぜ怪物野郎。あんたの妄想に付き合ってる場合じゃないんだ!」

 

 ブライソードからビームを放ち、包帯男の赤いマシンを牽制するブライガー。しかし、赤いマシンはまるで霧のように霧散していく。

 

シュバルツバルト

「フフフ、そこで見ているがいい。世界に真実の炎が灯るのを!」

 

 まるで呪いの言葉のように、包帯男の声が響いた。赤いマシン諸共、まるで幻のように世界から消えていくシュバルツバルト。

 

ボウィー

「な、なんだったんだ今の……?」

 

 冷たい汗が、ボウィーの額に滲んでいた。だが、一瞬で我に帰ると飛んでいったシンデンを確認し、冷や汗の質が変わる。

 

お町

「まずいんじゃないの!?」

キッド

「どうするアイザック。このままじゃあいつら、間違いなく核を使うぜ」

アイザック

「ああ。それだけは何としても阻止せねばならん。全速力で追うぞ!」

 

 「イェイ!」の掛け声と共に、ブライガーも飛び立つ。窮地にあっても、J9は自然体を崩さない。それは、彼らのプロとしての矜持だった。

 

アイザック

(しかし、シュバルツバルト……それにあのロボット。奴は一体何者なんだ?)

 

 アイザックは、すぐにその懸念を振り払う。今重要なのは、未知の敵ではない。今すぐそこに迫る危機。そう思い直して前を向く。

 

アイザック

「外道にかける情けはない。急ぐぞ!」

 

 

 夏の日差しを背に受けて

 空を急ぐはブライガー

 核の火が日本に再来する

 秒読み始めるカウントダウン

 さあ、コズモレンジャーJ9

 この始末、どうつける?

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

アレックス

「今のは……」

 

 一部始終を見届けたアレックス・ゴレムは、呆然と呟いた。突如現れた赤いマシンは、幻のように消えてしまった。そんなことが、現実に起こりうるのか。

 いや、それどころではない。奪われた核兵器をすぐにでも取り返さなければ。

 しかし、その隣で事態を見守っていたエメリス・マキャベルはニヤリと口元を歪めている。

 

マキャベル

「ホウジョウ軍をダシにするより楽かもしれんな……」

アレックス

「……何ですって?」

 

 言っている意味がわからない。ホウジョウ軍とは同盟を組んだ。今のオーラバトラーの行動は明らかな、利敵行為。それを追及する必要はあったとしても、ダシにするという言葉の意味にはならない。

 

マキャベル

「焼け野原になった後、我々が日本の復興に手を貸せばこの島国は好きにできる。加害者は全てオーラバトラーだものな?」

 

 そう言ってみせるマキャベルの瞳には、ドス黒い欲望のオーラが滲み出ていた。その言葉に、その欲望に、アレックスは言葉を失う。

 

アレックス

「な……何だと?」

 

 瞬間。アレックスの脳裏に過ぎったのは敏子の顔だった。アレックスはアメリカ軍人としての責務がある。それ故に敏子と正式に籍を入れるわけにはいかないでいた。その敏子の間に生まれたエイサップの、視線を合わせようともしない横顔も。

 

アレックス

「ふ……ふざけるな!」

 

 自分は何のために、敏子とエイサップに辛い思いをさせてきたのか。この作戦が終われば3人で暮らせる。そう願い、今までやってきたというのに。

 沸々と湧き上がる怒り。それは裏切られたという思いと同時に、アレックスのアメリカ軍人としてのこれまでを踏み躙られた思いだった。

 

アレックス

「私はコロニーを諌めるためのクーデターに賛同しただけです。敏子さんの……いや、私の家族の国を破壊するためではない!」

 

 立ち上がり、アレックスは毅然とした態度でマキャベルを指差し叫ぶ。

 

アレックス

「諸君、司令を拘束する。核兵器を利用しようとした罪でだっ!」

 

 アレックスの宣言と共に、兵士達がざわつき始める。パブッシュの最高責任者であるエメリス・マキャベルへの糾弾。それは、パブッシュ艦隊の存在意義を揺るがすものだった。

 

マキャベル

「裏切るのか、アレックス!?」

アレックス

「核兵器をバーゲニングの手段にするほど、アメリカは堕ちていない!」

 

 きっぱりと言い切るアレックス。それに勇気づけられるように、アメリカ兵達も勇気を振り絞るように声を上げた。

 

アメリカ兵

「我々も証人になります」

アメリカ兵

「司令は言いなりです!」

 

 次々と声を上げ、マキャベルを取り押さえんと兵士たちは動き出す。

 

マキャベル

「き、キサマら……!」

 

 欲望や野心に囚われ、マキャベルは道を踏み外した。マキャベルの理想を信じた者として、その歪んだ理想を正す。マキャベルの当初の思想に共感を示した兵士たちは、アレックスの声に応えてくれた。

 

アレックス

「悲しい人だ……あなたは」

 

 取り押さえられたマキャベルを、アレックスは憐れむように一瞥する。

 

アレックス

「敏子さん……エイサップ」

 

 静かに、アレックスは守るべき家族の名を呟いた。その瞳には静かな、しかし力強いものが宿っていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

ロウリ

「サコミズ王、こいつを使えば雑魚など無視できるぞ!」

 

 そして今、ロウリと金本の2人は核弾頭をこの戦場に持ち込んでしまった。だが、2人も予想だにしなかった異変が一つ。

 

サコミズ

「核弾頭を捕獲したか!」

金本

「うわぁ!?」

ロウリ

「で、でかくなってやがる!?」

 

 サコミズ王のハイパー化。常識を越えた異変を前に、2人は驚いて動きを止める。その瞬間、シンデンとオウカオーに割り込むようにアッカナナジンが飛び込んだ。

 

エイサップ

「ロウリ、頭を冷やせよ!」

ロウリ

「あぁ!? エイサップてめえ、俺たちとやる気かよ!」

 

 剣と剣がぶつかり合い、激しいオーラが衝突する。核兵器を手に入れたことでの優越感か、或いは戦場の毒に充てられたのか、ロウリのオーラ力も以前とは比べ物にならないものになっているのをエイサップは剣圧から感じていた。だが、それでもこれを認められるものではない。アッカナナジンが剣を横凪に払うと、シンデンは距離を取る。そして、ロウリを庇うように金本のシンデンがエイサップの前に躍り出た。

 

金本

「ここはロウリの好きにさせろよ!」

エイサップ

「金本か、核兵器で遊ぶな!」

 

 シンデンの火矢を避け、アッカナナジンもオーラソードに炎を纏い、それを放つ。だが、シンデンの羽撃きに呼応するように金本のオーラ力が鱗粉を作りだし、エイサップの攻撃を受け止めた。

 

金本

「エイサップだって、差別されてきたんだろ!」

 

 金本のオーラ力も負の感情を吸い込むようにして膨れ上がっているのをエイサップは感じる。アッカナナジンのコクピットで、エレボスはその黒いオーラを直に見て震えていた。

 

エレボス

「ダメだよ……こんなの。流血の連鎖じゃ誰も救われない!」

エイサップ

「ああ、そうだエレボス。だから!」

 

チャム

「ショウ、ここはダメよ! 怖いのが漂ってる」

ショウ

「サコミズ王の怒りと悲しみだけじゃない……あいつらの憎しみや憤り。そして戦場全体に渦巻く恐怖。オーラ力が良くない方向に導かれている」

 

 ヴェルビンの中で、ショウも呻く。

 

槇菜

「もう……ダメなの?」

 

 槇菜が呟いた、その時だった。

 

???

『地上界は命の遊び場かい?』

 

 遠く、遠くから声がする。その声は耳を通してではなく……魂を通して彼らに響いていた。それを聞くことができたのは、より純粋なる魂を持つ存在。チャムやエレボスといったフェラリオ達。

 

チャム

「この声!」

エレボス

「ジャコバおばあさま!」

 

 そして、魂の気配を感じる才能を持つもの達。

 

アムロ

「この声が……」

シャア

「ジャコバ・アオン……。まさかな」

カミーユ

「だけど、聞こえる……。命が生まれ、還る場所の音が」

 

 或いは、神の器に身を委ねる者達。

 

ヤマト

「俺も聞こえるぞ。ジャコバ・アオンの声……。ゴッドマジンガーが、中継してくれてるのか?」

槇菜

「エクス・マキナが……ジャコバさんの声を拾ってる?」

 

 ジャコバ・アオンは重く、厳かな響きを持って彼ら彼女らの魂に響いていた。ジャコバ・アオン。ワーラーカーレンの主であり地上とバイストン・ウェル……生の世界と死の世界を視る目を持つもの。ジャコバはワーラーカーレンから、この一連の戦いをずっと見続けていた。

 

ジャコバ

『エレボスよ、祈れ』

エレボス

「は、はい!」

 

 ジャコバの声に言われるがままに、エレボスは両手を握り締め祈りのポーズを取る。人智を越えた力。人智を越えた存在の力を信じられないものは、ここにはいない。これまで何度も、人智を越えた魂の力に救われてきたのだから。

 

槇菜

「エクス・マキナ……!」

 

 エクス・マキナが、その代表だ。“旧神”そう呼ばれる宇宙の輪廻を司る機神は光と炎の翼……セラフィムを展開し、舞い散る羽根が金本のシンデンを取り囲む。

 

金本

「な、何ッ!」

 

 炎の羽根が熱を上げ、じりじりとシンデンを鱗粉諸共焼いていく。破邪の炎。死と再生の光。エクス・マキナの中に内包される輪廻そのものの熱量が、シンデンを襲う。

 

槇菜

「どうして、核を落とすなんてことを思いつくんですか!」

金本

「だって、そうでもしなきゃ変わらないよ! あんたもいじめられてたんだろ!?」

 

 日本人の意識は変わらない。それが、金本の実感だった。実際、ロシア系ハーフの槇菜は幼い頃、奇異の視線で見られていたこともある。青い瞳と銀色の髪を揺らしながら、槇菜は金本の言葉を受け止める。

 

槇菜

「でも私は、エイサップ兄ぃと出会えた。甲児さんやさやかさん、それにマーガレットさんとも。だから!」

マーガレット

「勝手な理屈で人の未来を奪うなら、私達が撃ち抜く!」

 

 銀の弾丸が、エクス・マキナから放たれる。邪なるモノを打ち破る破邪の弾は負の感情に支配されたオーラ力を貫きそして、シンデンの頭部を撃ち抜いた。

 

金本

「あぁっ!?」

ロウリ

「金本ォッ!?」

 

 金本が悲鳴を上げて落下する。その隙をつくように、ドハツ・オウカオーの右腕がロウリのシンデンを掴んだ。

 

ロウリ

「うわぁっ、なんだよ。離せよ!」

サコミズ

「その力、私に……!」

 

 ギリギリギリとシンデンを掴む腕に力がこもる。このままでは死ぬ。恐慌状態に陥り、叫ぶロウリ。その時、ドハツ・オウカオー目掛けて飛ぶものがあった。フィン・ファンネル。アムロのνガンダムだ。ベース・ジャバーに搭乗したνガンダムはドハツ・オウカオーの周辺を飛び回り、ハイパー・バズーカでオウカオーの頭部を狙い撃つ。それに続くように、ウェイブ・ライダーとGフォートレスがオウカオーへビームの雨を浴びせる。

 

ジュドー

「どうしてそう、極端な方に走るんだよ!」

カミーユ

「たくさんの人が死ぬんだぞ! そんなことをしちゃいけないんですよ!」

 

 しかし、モビルスーツ達の攻撃の殆どはオウカオーの羽根を突き破ることはできない。今のオウカオーを相手にするには、モビルスーツでは火力が足りない。

 

サコミズ王

「そんなもので、私を止められると思うな!」

アムロ

「チィッ!?」

 

 νガンダムと並ぶように、サザビーが来る。ファンネルを展開し、ビームショット・ライフルでロウリを握る腕を撃ちながら進撃するサザビー。だがやはり、それは決定打とはなり得ない。しかし、サザビーの赤い機体色にサコミズ王の視線が止まる。

 

サコミズ

「知っているぞ、その機体は!」

 

 リーンの翼が見せた光景。アクシズ落としと呼ばれる人類史最大の暴挙。それを牽引していた赤いマシン。それが今、サコミズ王の目の前にいる。憎々しげな視線を浴びせながら、ドハツ・オウカオーは左手のオーラソードを振り上げた。

 

シャア

「覚えているなら話は早いな。サコミズ王、今あなたがしているのは、かつての私と同じことだ!」

サコミズ

「貴様のようなガロウ・ランが、それを言うか!」

 

 モビルスーツの装甲など一瞬で消し炭にしてしまうオウカオーの灼熱。それを掻い潜るサザビー。サザビーの進軍を援護するようにウェイブ・ライダーとGフォートレス、それにνガンダムは攻撃を続ける。小さな攻撃でも、累積すればストレスになる。サコミズ王は忌々しげにモビルスーツ部隊を睨み、オーラソードを振り上げる。

 

サコミズ

「散れ! 散れ! 散れ!」

 

 闇雲にオーラソードを振り回すそれだけで、熱を伴う突風がガンダム達を襲った。だがそんな中で、ガンダム達を庇うように前に出て熱風を受けるものがある。

 

ガラミティ

「ダー、ニェット。俺達のオーラ力を信じろ!」

 

 赤い三騎士の乗るビアレスだ。前の戦いでショウ・ザマと、以前の戦いでアムロやシャアと激戦を繰り広げたオーラバトラー乗りが、アムロを庇い熱風をオーラバリアで中和している。

 

アムロ

「お前達、どうして!」

ダー

「地上とバイストン・ウェル。ふたつの世界がダメになるかどうかなんだ」

ニェット

「やってみる価値は、あると思うぜ!」

 

 ビアレスのオーラバリアが風除けになるも、しかしそれは長くは続かない。サコミズ王の、ハイパー化した聖戦士のオーラ力はコモンのそれを遥かに凌駕する。次第にビアレスのオーラバリアを熱風は突き破り、ビアレスの本体を巻き込み燃やしていく。

 

ニェット

「ここまで、か……!」

ガラミティ

「今度こそ、この世界を……シャア・アズナブル!」

 

 シャア・アズナブル。名乗ったことのないその名を叫び爆散するビアレス。その魂の鼓動をシャアは自らの魂で感じ、叫んだ。

 

シャア

「ガイア大尉!?」

 

 決して親しい間柄だったわけではない。むしろ、互いに牽制し合うライバルだったと言ってもいい。だが確かに、その魂の鼓動をシャアはガラミティ達の命が散る瞬間、感じたのだ。

 

カミーユ

「ああ……ああぁっ!?」

 

 命の散る音を間近で聞いたカミーユは、慟哭の声を上げる。カミーユにとって、命に敵も味方もなかった。ただ、人が死ぬという戦いの現実。それを今また目の当たりにし、カミーユは叫ぶ。

 

カミーユ

「どうして命を粗末にするんだよ! それじゃあ……それじゃあ……同じことを繰り返すだけじゃないか!」

サコミズ

「!?」

 

 カミーユの叫びに呼応するように、ウェイブ・ライダーに命のオーラが吸い寄せられていくのを、サコミズ王は見た。それは、リーンの翼が見せる奇跡によく似ており……だからこそ、サコミズ王はそれを認めるわけにはいかない。

 

サコミズ

「黙れぇっ! お前達に何がわかる! 力を持つことの意味が!」

カミーユ

「わかりませんよ! こんな力なくったって、人は生きていけるじゃないか。なのに!」

 

 どうして戦いになると、人は命を粗末にしてしまうのか。どうしてそれを認めながら、戦いをやめようとはしないのか。ウェイブ・ライダーのフロントノズルに投資されるハイパー・メガランチャーが火を吹く。オウカオーの羽根すらも貫く命の光。

 

アムロ

「これは……!?」

 

 カミーユの叫びに反応するように、νガンダムのコクピット・フレームに搭載されているサイコフレームが、共振現象を起こしはじめていた。かつて、落下するアクシズの中で起きた機体のオーバーロードに伴う現象。それをカミーユが引き出したというのか。

 

シャア

「サコミズ王、信じるんだ。人は、命はこの温かさを持つことができると!」

 

 νガンダムだけではない。サイコフレームの共振現象はサザビーにも発生している。サザビーはカミーユの開けた風穴を突き抜け、オウカオーへと肉薄し、サコミズ王へ語りかける。

 かつての自分と同じ孤独を抱えた、孤独な王に。

 

サコミズ

「それを持ちながら、今日まで惰眠を貪っていたのだろうがぁっ!」

 

 それでもサコミズ王は、頑固だった。オーラソードを振り上げ、サザビーを振り払う。だが、その隙を突くように巨大化したオウカオーへと肉薄する機影がある。

 

エイサップ

「サコミズ王! あなたは広島、長崎の次小倉に落とされるはずの原爆を止めたのでしょう! だったら、そんなものに頼らないでくださいよ!」

 

 アッカナナジン。エイサップはそれでもまだ、サコミズ王へ呼びかけることを諦めてはいなかった。

 

サコミズ

「黙れ! 聖戦士でありながら、力の使い方もわからぬ愚か者がぁっ!」

 

 オウカオーの巨腕が、アッカナナジンを阻む。だが、さらに背後から迫るものがあった。

 

ショウ

「マーベル、俺達でサコミズ王の動きを止める!」

マーベル

「わかったわ、ショウ!」

 

 ヴェルビンとビルバイン。ウィングキャリバーのオーラキャノンがオウカオーの背中に炸裂し、キャリバーから飛び降りたヴェルビンはオーラソードを抜く。ショウのオーラ力に呼応するように光り輝くオーラソードを掲げると、急速でドハツ・オウカオーの右腕へ切り込んでいく。

 

ショウ

「今だ、マーベル!」

マーベル

「ええ!」

 

 ショウの合図に合わせ、ビルバインも動く。マーベルのオーラ力を吸い強力になったオーラソードが輝き、ヴェルビンのつけた傷へさらに深く突き刺していく。

 

サコミズ

「貴様ら……!」

ショウ

「サコミズ王、バイストン・ウェルの意志に耳を傾けるんだ。あなたならできる!」

サコミズ

「黙れ! 黙れ、黙れ!」

 

 ショウのオーラ力がサコミズ王と拮抗し、その声が響く。サイコフレームの共振現象が、より剥き出しの命を響かせている。だからこそ、サコミズ王の悲しみが、怒りが、絶望が、慟哭が胸を突きしかし、それでもと叫ぶ声がサコミズ王の魂へと響く。

 それが、寸分の隙も見せなかったオウカオーに一瞬の隙を与えた。エイサップは、それを見逃さない。今はとにかく、サコミズ王の手から核を奪わなければ。

 

エイサップ

「サコミズ王、あなた達の想いの果てにあるものが、娘の声も聞こえないものになってはいけないんです!」

 

 ヴェルビンとビルバインのオーラ斬りでダメージを受けた右肩の動きが鈍くなっている。アッカナナジンはエイサップのオーラ力を吸い、オーラソードに炎を灯す。炎を纏った斬撃。それがドハツ・オウカオーの右腕をギリギリと斬り進む。

 

サコミズ

「エイサップ鈴木ッ!」

エイサップ

「たとえ戦争の行く末の袋小路が、人間性を失ってしまうものだとしても!」

 

 エイサップの叫びと同時、ドハツ・オウカオーから飛沫が上がる。そして、ロウリのシンデンを握っていた右腕が、オウカオーから切り離された。

 

 

…………

…………

…………

 

 

鉄也

「やったのか!?」

 

 ハイパー化したサコミズ王に、はじめてまともなダメージが入ったのを見て、鉄也は叫ぶ。

 

サコミズ

「グゥッ!?」

 

 ショウの、マーベルの、そしてエイサップのオーラ力による一打はたしかに、オウカオーに致命的な一撃を与えたらしい。エイサップの切り離した右腕から上がる飛沫は凄まじく、オウカオーのパワーダウンも無視のできないものだった。だが、切り離された右腕から自由になったシンデンが飛び立ち、空高くへ飛ぶ。

 

ロウリ

「ハッハァッ!」

エイサップ

「ロウリ!?」

 

 核弾頭を持っているのは、ロウリ。エイサップはロウリを追い空を駆ける。

 

エイサップ

「やめろォッ!」

ロウリ

「うるせぇ! 俺に上からものを言うんじゃねえ!」

 

 ロウリの心は既に決まっている。ジリジリと距離を詰めるがしかし、シンデンも速い。焦りながら、エイサップは歯噛みし、怒鳴る。

 

エイサップ

「ロウリ、斬るぞ!」

ロウリ

「やってみろよ! その前に起爆スイッチは入れてやる!」

 

 その一部始終を視界に入れ、ドハツ・オウカオーも飛ぶ。サコミズは今だ憎しみの炎を燃やし続けていた。

 

サコミズ

「やれ……。天皇のいない東京天国など消せばいい!」

リュクス

「父上!」

 

 オウカオーを追って、ギム・ゲネンも上昇する。シンデンとアッカナナジン、ドハツ・オウカオー。ギム・ゲネン。4機のオーラバトラーが空高く舞い上がる。オウカオーのコクピットから生えるリーンの翼は命を吸い上げ、さらに大きく羽ばたいた。

 

エイサップ

「オウカオーに、追いつかれる!」

リュクス

「父上、もうやめて! 優しい父上に、戻って!」

 

 なりふり構わず叫ぶリュクス。その時だった。

 

エレボス

「!?」

 

 ジャコバ・アオンの言葉に従い祈りを捧げ続けていたエレボスの掌が仄かに光だす。エレボスの手の中に、温かな感触を伴うものが生まれていた。

 

ジャコバ

『フェラリオの祈りだけではない……。この地に戦う地上人の命の発露が、間に合わせてくれた……』

エレボス

「ジャコバ様?」

ジャコバ

『今こそサコミズ王へ……命の手紙を!』

 

 ジャコバ・アオンの声が響く。それと同時、エレボスの手の中からたくさんの紙人形が生み出され、アッカナナジンのコクピットから、まるで紙吹雪のように溢れ出していく。

 

エイサップ

「こ、これは……!」

 

 エレボスの手の中から溢れ出した紙人形は次々とドハツ・オウカオーへ向かって吹雪く。紙の一枚一枚がオウカオーに張り付き、いつしかオウカオーはたくさんの紙に包まれていた。紙人形。その一枚がオウカオーのコクピットへ入り込み、サコミズ王の手の上に落ちる。

 

サコミズ

「お、おお……。これは、これは、」

 

 その紙人形は、和装の少女をかたどったものだった。髪を結った少女の人形。それをサコミズ王は知っている。

 

サコミズ

「こ、これは……私の桜花に遺した。文金高島田の特攻人形!」

 

 瞬間、サコミズ王の視界に溢れ出したのは遥か昔の……忘れていた記憶だ。特攻兵として戦地に赴くことが決まった自分達を送り出すために、女学生達が用意してくれた特攻人形。女性経験などないまま死地へ赴くことが決まった迫水真次郎は、その少女の顔を見据えることができなかった。それは迫水真次郎特攻兵の、数少ない心残りだった。

 この紙人形は、その時にもらったものとよく似ている。手で触れ、撫でれば当時の記憶が蘇る。

 

リュクス

「その人形は、父上達を特攻に出すしかなかった少女達の、悲しみと感謝の印だったのではないのですか!」

 

 リュクスの叫びが、サコミズ王の……真次郎の魂に波紋を起こした。紙人形と共に思い出される数々の思い出。決して幸せな記憶だけではなかった。アマルガンと共に戦った日々も。王として初めて妻を喪った日も。最初の息子を流行り病で失った日も。祖国の為に、命を賭けて桜花でB-29へ突撃した瞬間も。

 それでも、幸せな瞬間もあった。リュクスの成長を見守る日々。リーンの翼のサンダルを託してくれた、リンレイ・メラディと肌を重ねた日。この特攻人形をくれた少女の言葉。

 

“生き神様でした……”

 

サコミズ

「そう言って……そう言って哀れんでくれた……!」

 

 長い孤独の中で忘れていたものが、胸の中に溢れ出す。その思い出に包まれながらサコミズ王は……迫水真次郎は、まるで魔法が解けたかのように急激に老けていった。

 黒髪は白く染まり、筋骨隆々とした体躯が小さく、縮んていく。まるで止まっていた時間が動き出したかのように、迫水の姿は老人のものへ変わり果てていく。

 

 だが、そんなオウカオーの、サコミズ王の変化とは裏腹に事態は深刻に進む。アッカナナジンを振り切ろうと駆けるシンデン。それを追うエイサップ。

 

エイサップ

「ロウリィィィッ!」

ロウリ

「ハハハハハ! 遅え、遅えんだよエイサップ! おめえはいつも肝心な時に間に合わねえんだよ!」

 

 勝ち誇り、核を高々と掲げるロウリ。だがシンデンの翼は、突如伸びてきた光の銃線に撃ち抜かれ、バランスを崩す。

 

キッド

「そう簡単に、やらせるかよ!」

 

 ブラスター・キッドだ。キッドはブライガーのブライショットで、遠くのシンデンの羽根を撃ち抜いたのだ。高速で移動するオーラバトラー同士の戦闘に割り込むのは、至難の業。コクピットを貫くのはキッドの腕でも一発とはいかなかった。それでも、両翼を撃ち落とし羽根を毟るくらいのことはできる。

 

ロウリ

「チィッ、だがなぁっ!」

 

 ロウリの判断は迅速だった。このままでは自分は助からない。だが、それでいい。シンデンは咄嗟に水爆を投げ捨てる。

 

ロウリ

「東京都民! 未来世紀最初の、核の火だぁっ!?」

 

 この国を変えたいというロウリの理念そのものは、ずっと一貫していた。故に、その行動に一切の迷いはない。

 

エイサップ

「ロウリィィィッ!!」

 

 バランスを崩したシンデンに、一瞬で詰め寄るアッカナナジン。オーラの刃は鋭利に、シンデンを真っ二つに斬り裂く。だが、

 

ロウリ

「エイサップ……俺の、勝ちだ!」

 

 機体がバラバラになるその瞬間、ロウリは核の起爆スイッチを押していた。ロウリの言葉からそれを察し、エイサップは投げ落とされた核兵器をキャッチする。数分の後、これは爆発し東京を死の街へ変える。それだけは、阻止しなければと。

 

槇菜

「エイサップ兄ィ!?」

 

 核兵器を持ったまま、ナナジンが上昇する。何をやるつもりなのか、槇菜は察し青ざめた。

 

マーガレット

「まさか、あなた!」

エイサップ

「核爆弾を持ったまま、成層圏まで上昇します!」

チボデー

「何だと!?」

 

 それは、つまり。

 

桔梗

「鈴木君、死ぬ気なの!?」

三日月

「…………!」

 

 自分自身を犠牲にする方法に他ならない。

 

竜馬

「ふざけんじゃねえ! 核なんざゲッタビームで……」

隼人

「ダメだ。もう火が入った核にゲッタービームやブライカノンを当てれば、最悪誘爆して全てを吹き飛ばす!」

ボウィー

「オイオイ、なんとかならねえのかよ!?」

アイザック

「残念だが……最も確実な手段はエイサップくんの言う手段しかない」

 

 確かに、超兵器で核弾頭ごと消滅させる方法はある。しかし、既に起爆スイッチの入った核弾頭だ。何が起こるかわからない。何よりも、時間が足りない。隼人とアイザックは、そう結論づけてしまっていた。

 

槇菜

「そんな……」

リュクス

「エイサップ!?」

 

 リュクスのギム・ゲネンが、アッカナナジンを追う。やがて追いついたギム・ゲネンはアッカナナジンの左手を握った。

 

エイサップ

「リュクス、ダメだ! こんなことに付き合う必要はない!?」

リュクス

「いいえ、エイサップ……共に行きましょう。どこまでも、私はあなたとなら」

 

 地上へ出て、初めて出会った青年。リーンの翼の沓に選ばれ、共に父に立ち向かってくれた男の子。エイサップをひとりで逝かせるわけにはいかない。リュクスのために、命をかけてくれたエイサップのために今こそ、リュクスも命を賭す番だと。

 

エイサップ

「……わかった。リュクス、エレボス。ワーラーカーレンへ還るぞ!」

エレボス

「おばあさまのとこ?」

 

 無言で飛び続けるアッカナナジンとギム・ゲネン。それをただ、見守ることしかできない槇菜達。そんな中、アッカナナジンの背後を取るものがあった。

 

サコミズ

「ナナジンにリーンの翼はないぞ」

 

 ドハツ・オウカオー。その巨体がアッカナナジンを突き飛ばすと、核兵器はナナジンの手を離れてしまう。

 

エイサップ

「しまった!?」

 

 ここからでは間に合わない。エイサップすらも諦めかけたその瞬間、核爆弾をオウカオーの左手が掴んだ。そしてアッカナナジンとギム・ゲネンをその羽根で振り落とすと、オウカオーは天高く舞い上がっていく。

 

リュクス

「まさか……父上!?」

 

 オウカオーの羽根が広がっていく。東京を、日本を覆わんばかりに広がっていく紫紺の羽根。まるでステンドグラスのように、或いは万華鏡のように色鮮やかな模様をした羽根が、日本の夕焼けを覆い被した。そして、

 

サコミズ

「リーンの翼が聖戦士のものなら……我が思いを守れ」

 

 瞬間、天に閃光が輝いた。眩い光はしかし、オウカオーの羽根に遮られ地へは届かない。その光景を誰よりも近くで見守っていたリュクスとエイサップの下に、無数の羽根がバラバラバラと舞い落ちていく。その中に、一枚の紙人形があった。ギム・ゲネンのコクピットを開き、リュクスはそれを拾う。

 

リュクス

「……………………!?」

 

 ボロボロの紙人形。それは、父の桜花に飾られていたものを真似て、幼い頃に自分が作ったものだった。父の誕生日に。聖戦士であり王である父に、小さな娘がしてやれるささやかな誕生日プレゼント。それを父は、心から喜んでくれた。

 

リュクス

「父上…………!」

エイサップ

「……………………」

 

 泣き崩れるリュクスを、エイサップは優しく抱き寄せ天を見上げる。オウカオーの羽根はいつしか消滅し、そして沢山の命の羽根が、空から舞い散っていた。

 これは、聖戦士の命の羽根だろうか。

 はたまた、一国の王のものだろうか。

 それとも、ようやく燃え尽きることのできた特攻兵の命だろうか。

 或いは、一人の父親の。

 

 

 

 ともかく、未来世紀62年8月15日。

 空は赤く、不思議なほどに羽根が舞い散る東京で。

 ひとつの戦争が、終わりを告げた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

—東京/新宿区—

 

 

 

 新宿郊外。デビルガンダム事件の爪痕も深い

そこにアッカナナジンは不時着している。核爆発が起きたにも関わらず、海上での放射線量は正常との連絡があり、エイサップは胸を撫で下ろした。少なくとも、サコミズ王の特攻は意味のあるものだったと信じることができたから。

 あの後、全てのマシンが機能不全に陥った。東京駅方面では、アルカディア号が不時着し他の機体を回収して回っている。だが、高く飛びすぎたナナジンとギム・ゲネンは新宿区に不時着し、回収を最後に回すのを余儀なくされていた。

 

自衛隊員

「お前は動かせないのか!」

エイサップ

「できませんよ!」

 

 今は自衛隊や民間組織が一丸となって、事後処理に回っている。フガクを筆頭としたホウジョウ軍も、オーラマシンのほとんどとオウカオーを失い戦争を続ける体力はなかった。今、停戦の条約が日本国と結ばれているらしい。

 

自衛隊員

「疲れてるのね、どうぞ」

リュクス

「ありがとう」

 

 リュクスは女性隊員から、温かい飲み物をもらっていた。ゆっくりと、口に含むリュクス。緑茶の芳香が、彼女の鼻腔を優しく刺激する。

 

エイサップ

「リュクス……よかった」

 

 目の前で父を失ったリュクスだが、それでも気丈に振る舞っている。その様子にエイサップは安堵し、彼女の側に寄り添うようにして肩を抱いた。

 

リュクス

「エイサップ……」

 

 エレボスは説明するのが面倒なので、ナナジンの奥に引きこもってもらっている。今は、二人の時間を邪魔するものはいない。それはリュクスにとってもエイサップにとっても、ささやかな幸福でもあった。そんな時、

 

敏子

「エイサップかい?」

 

 ふと、懐かしい声に呼ばれ振り返る。そこには母・敏子と、アレックスの姿があった。敏子は戦に出るための鎧のようなパイロットスーツを着ている息子に駆け寄ると、「こんな格好して、ああ……!」と涙ながらに訴える。

 

敏子

「無事でよかった……本当に……」

エイサップ

「心配かけてごめん、母さん……」

 

 そんな敏子から数歩遅れて、アレックスがやってくる。アレックスは軍帽を脱ぐと、穏やかな笑顔でリュクスに挨拶した。

 

アレックス

「エイサップの父の、アレックス鈴木と言います」

リュクス

「リュクス・サコミズと言います。以後お見知り置きを」

 

 アレックスの穏やかな顔と青い瞳は、どこかエイサップを思わせる。それは、確かな血の繋がりをリュクスへ実感させた。

 エイサップはそんなアレックスへ向き直る。色々なわだかまりを抱えた父。パブッシュ艦隊に席を置いていたはずの父。だが、今アレックスは名乗った。鈴木と、日本の姓を。

 

エイサップ

「……母さんと、暮らしてくれるの?」

アレックス

「ああ。事後処理が終わったら、私は日本に帰化する。敏子さんと一緒だ」

 

 そう言い切るアレックス。思えば、アレックスは昔から嘘だけはつかない人だった。だから今回も、そうなのだろうと思う。

 

エイサップ

「ありがとう……後で一発くらい、殴らせろよ」

アレックス

「いいよ」

 

 そう言って見つめ合う父子。面と向かってアレックスの顔を、こんなに正直な気持ちで見つめることができたのはいつ以来だろう。そんなことをエイサップは、考えていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

—???—

 

 

 ここはパラダイム・シティ。記憶喪失の街。この街は40年以上前のメモリーを失っている。そんな街の一角に居を構え、ブランデーを嗜む紳士がいた。男は一冊の本を開き、ページをパラパラと捲りながら思案する。

 題名は“メトロポリス”。作者の名はゴードン・ローズウォーター。

 その本には、巨大な機械のロボット達が世界を滅ぼす、終末戦争の様子が描かれていた。

 

ロジャー

「……どうやら、動き出したようだな」

 

 “厄祭戦”と呼ばれる、幾度となく繰り返される宇宙の終末戦争。どうやら、またその時が来たらしい。ロジャーは傍に控える執事のノーマン・バーグを呼びつける。

 

ノーマン

「ロジャー様、いかがいたしました」

ロジャー

「ノーマン、私とドロシーはしばらくこの街を後にすることになる。それまでの間は、食事の用意はなくていい」

 

 ロジャーがそう言うと、ノーマンは和かな笑顔で応えるのだった。

 

ノーマン

「承知しました。お帰りはいつ頃で?」

 

 そう言われるとロジャーは、暫くの間考える風に上顎に手を添える。そして、

 

ロジャー

「この街に、私が必要になる頃には戻るとするさ」

 

 そう言って、フッと笑って見せるのだった。

 

 

 

 私の名はロジャー・スミス。

 この街ではなくてはならない仕事をしている。

 だが、私の仕事を必要とする声はこの街に留まることはない。

 もし、私の力が必要になったならば、私は可能な限りその依頼に応えよう。そう、ネゴシエーターとして。

 だが、時には交渉の余地の存在しないものがいる。人の、命の自由を奪うもの。歴史、記憶を利用するもの。

 そう言った輩には、全力で立ち向かうまでだ。

 そう。

 

ロジャー

「ビッグオー、ショータイム!」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

—“厄祭戦”の墓場—

 

 

 ゲッターエンペラーが臨界を迎えることで、アルカディア号を、ゲッターロボを地上へと送り返した次元の、宇宙の狭間。そこに一機のロボットが降り立っていた。

 そのマシンは赤く、鬼のような姿形をしている。ゲッターロボ。その姿と名前を知る者は誰もがそうとわかる風貌をしていた。だが、竜馬達の乗っていたゲッターではない。

 

拓馬

「ここは……?」

 

 ゲッターのパイロット・流拓馬は周囲を観察する。辺り一面、ロボットの残骸。その中に、一際目立つものがあった。

 

「気をつけろ拓馬。あのどデカい繭から過剰なゲッター線反応がある。俺や拓馬はともかく、カムイは近づくだけでまずいレベルだぞ」

カムイ

「…………」

 

 

 同じくゲッター乗組員の山岸漠が拓馬に忠告し、そして緑色の肌を持つ少年・カムイはその繭と呼ばれたものを見据える。

 

カムイ

「エンペラー……」

拓馬

「何っ!?」

 

 ゲッターエンペラー。彼らが倒すべき存在の成れの果てだとカムイはそう、直感していた。

 

拓馬

「エンペラーがこんな姿に……それじゃあ、辻褄が合わなくないか?」

カムイ

「わからん。だが、この次元はゲッターの特異点から逃れた宇宙なのかもしれん」

「それじゃあ……!」

 

 拓馬の脳裏によぎるのは、“厄祭戦”の最終局面。宇宙のリセットを行おうとする巨神と、果てなき進化を望むエンペラーが激戦を繰り広げた。その結果巨神とエンペラーは共に倒れ、世界は救われた。

 

拓馬

「ってことは、この世界はエンペラーなしで“厄祭戦”を迎える……巨神の暴走を止めなきゃならねえのか!?」

カムイ

「そういうことになる」

 

 暴走する意志と意志の対決。そこに運命を委ねるわけにはいかない。しかし次の“厄祭戦”は、進化の意志を司るものが不在のまま迎えることになる。

 

???

『竜馬……』

拓馬

「何ッ!?」

 

 繭から、声がする。それはどこか懐かしい、しかし聞き覚えのない声。

 

???

『いや、拓馬か」

拓馬

「俺を知ってるのか!?」

???

「知っているとも。ワシはエンペラーと共に宇宙に接続し、全てを知った。故に……」

 

 重い声が、3人の脳に直接響く。その感覚は決して初めてではないがしかし、気分の良いものではない。

 

???

「拓馬、カムイ、漠。お前達に告げる。“厄祭戦”は、もうすぐそこまで迫っていると!」

「な!?」

カムイ

「やはり……!」

 

 その声を受けて、拓馬たちの乗るゲッターは繭から踵を返す。この宇宙が今、虚無に包まれようとしている。それを打ち砕くために彼らは、宇宙を越えて旅を続けているのだから。

 

拓馬

「カムイ、漠。一気に通常空間に出るぞ。しっかり捕まってろ!」

カムイ

「フン、拓馬。焦ってハジをかくなよ!」

 

 飛び立ち、光と同化していくゲッター。3つの心を1つにし、今新たなゲッターが舞い上がる。

 

???

『行け! ゲッターロボアーク! 宇宙の果てで命を燃やせ!』

 

 マシンの墓場で、早乙女博士の声だけが強く、強く響き渡る。最後のゲッターロボ・ゲッターロボアークはその声を背にしただ、次の戦場を求めて旅立つのだった。




第三部追加参戦作品

機動戦士Zガンダム
機動戦士VS伝説巨人 逆襲のギガンティス
THEビッグオー
ゲッターロボアーク


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三部『神の雷編』
プロローグ「逆襲のギガンティス 胎動編」


—???—

 

 

 その場所は…………。

 ただひたすら薄暗く、肌寒い。まるで人の生きる実感の伴わない暗黒の海だった。男は暗黒の海をただ、たゆたう。髪は濡れ、肌は湿り、暗黒の海でただ溶けている。

 

シロッコ

「私は……」

 

 男……パプテマス・シロッコの意識が覚醒したのは、つい最近だった。シロッコの意識は宇宙の暗闇の中で爆ぜ、霧散したことを彼は自覚している。最後に聞いたのは、少年の怒りと悲しみの叫びだった。

 

“ここからいなくなれ!”

 

 シロッコはそれを、煩わしいと感じ……恐怖した。恐怖。それは天才であるシロッコが生まれて初めて感じ……そして感じた時にはもう遅かった感情。だが、シロッコの思念はそれに対しせめてもの反撃を試みていた。

 自分がこんなことで死ぬなど理不尽すぎる。そんな衝動的な怒りがあったからだ。シロッコの思念は少年を……カミーユ・ビダンを暗黒の淵へと道連れにし、そして霧散した。

 それが今、こうして意識を覚醒させている。

 

シロッコ

「手足はある……。感覚も、蘇っているか」

 

 意識だけではない。肉体、感覚。舌で上顎を触れば触覚も、暗闇の中で目が慣れることで視覚も健在なことを自覚する。生きている。それを自覚した次にシロッコが思うのは、“何故、自分は生きているのか”という一点だ。

 

ライラ

「目が覚めた?」

 

 シロッコの視界の端に、少女が現れた。まるで幽霊のように茫、と浮かび上がる赤い少女。薔薇のように赤い髪。血のように赤い瞳。そして炎のように赤い衣服に身を包んだ少女が、シロッコを睥睨する。

 

シロッコ

「……………………」

 

 死の淵から蘇ったばかりでも、シロッコの眼は衰えを知らない。シロッコは起き上がり、少女を睨む。少女から感じられる深い憎しみ、絶望……シロッコの眼がそれを捉えているのを、少女は勘付いたのか眉を顰める。

 

ライラ

「初対面の女の子の中に入り込もうとするなんて……随分と破廉恥な男ね。パプテマス・シロッコ」

シロッコ

「その言葉、そのまま返させてもらおう。……私の魂を掬い上げたのはお前なのだろう」

 

 詰問するように、シロッコの眼光がライラを刺す。カミーユ・ビダンの目覚めと共に、魂の重圧から解放された……それでも尚、シロッコの魂は無の暗闇を彷徨うことになるはずだった。

 そのシロッコが今、こうして生の肉体を再び手にしている。

 肉体を再び与えたのは、間違いない。この女だ。シロッコの眼光がライラの深淵を覗いた時、それを確信していた。

 

ライラ

「…………」

 

 心の中を覗き込むようなその視線に、ライラは露骨に不快感を露わに顔を歪める。しかし、それに構うことなく、ライラは言葉を続けた。

 

ライラ

「……話が早いのは助かるわ。パプテマス・シロッコ。あなたの魂を深淵から掬い上げたの理由はひとつ」

 

 ゆっくりと、ライラはシロッコへと歩みを寄せていく。ひた、ひたという足音。そこには生の感覚がない。まるで幽霊。いや……。

 

シロッコ

(怨念、か……)

 

 ライラという存在の正体を、シロッコは半ば確信していた。死と生の狭間を行き来し、強い怨念を残す魂を現世へ呼び戻す巫女。それは一度死ぬ前のシロッコだったら、頑なに信じることを拒んだであろう存在。そんなライラが、ゆっくりと口を開く。紅い唇が弧を描き、少女の声がシロッコの耳に伝わっていく。

 

ライラ

「“血まみれの巨神”」

シロッコ

「……!」

 

 瞬間、シロッコの脳裏に飛来したのは途方もないイメージの奔流だ。宇宙を震わせる剛腕。輪廻を見通す視界。世界を呑み込む極光。

 それは、シロッコの脳に焼き付いた遠き記憶。木星で見た夢の欠片。

 

シロッコ

「それを、どこで知った!?」

ライラ

「“巨神”は宇宙に偏在する。この宇宙に遍く命を次の輪廻へ導く方舟として。時折、あなたが見た夢に出てきた“巨神”それは……」

 

 ライラの語るそれは、誇大妄想もいいところだ。少なくとも、一度死ぬ前のシロッコならそう一蹴しただろう。だが、今は違う。

 

シロッコ

「“巨神”……。それは神にも等しい存在ということか」

 

 コクリ、と頷くライラ。しかし次の一瞬、ライラの唇は妖艶に揺らめく。そして……。

 

ライラ

「ねえ、パプテマス・シロッコ……。“巨神”を手に入れたいと思わない?」

シロッコ

「何……?」

 

 “巨神”を手に入れる。それはまるで、御伽話だ。だが、シロッコは少女の……ライラの紅い瞳が自分を謀ろうとしているようには感じなかった。

 本気で、少女は“巨神”へ何かを仕掛けようとしている。シロッコはそう感じ取り、怪訝な顔で少女を見やる。

 

シロッコ

「私はもはや死人。今更歴史に干渉しようなどとは思わんよ。だが……“巨神”を手に入れて何をするつもりなのかは興味があるな」

 

 既にシロッコは、心の剣を抜いている。この少女は、自分を利用しようとしている。この天才パプテマス・シロッコの才能を。叡智を。力を。そこに露骨な嫌悪感を現しながらしかし、シロッコは冷静だった。

 

ライラ

「世界の輪廻を司る力。“無限力”。それを手中に収めた時、あなたはこの世界を……宇宙を、輪廻を好きにすることができる」

シロッコ

「…………」

ライラ

「私がほしいのはただ一つ。宇宙の静寂。静かで優しい死の時間が、宇宙を満たすこと。だけど、あなたは個人的にこの世界に復讐がしたい。そうでしょう?」

 

 復讐。そんな言葉は考えてもみなかった。だが、形容されることでシロッコの中にメラメラと燃え上がるものがある。それをシロッコは感じ、自らの胸に手を当てる。

 

シロッコ

「復讐、か……。フフフ、そういうことか。フフフ、フハハハハハ!」

 

 自分の意識がこうして再び世に解き放たれた。その意味を考えればそれは自然の帰結だった。パプテマス・シロッコの意識が鎖となって縛り付けていた獰猛で繊細な、無垢なる魂。シロッコの魂が表層化したということは彼の魂もまた、この世界に戻っているはずなのだから。

 

シロッコ

「フフフ、いいだろう。“血塗られた巨神”。“無限力”。それらが示す世界の行く末になど興味はない。だが、フフフ……。カミーユ・ビダン。この私を愚弄した小僧。奴への復讐だと言うのならば。面白い、お前の児戯に付き合ってやろう!」

 

 パプテマス・シロッコという男は、本質的には野蛮な人間である。しかしそれと同時に理知的なペルソナを持つ彼は、その仮面の下の獣性を丹念なマスクで隠してきた。

 だが、もうその必要はない。

 

シロッコ

「私を木星へ連れていけ。“巨神”を手に入れるならば、それが一番の近道だ」

 

 シロッコの言葉を聞き、ライラは小さく頷く。そして、薄く紅い唇を小さく歪め、古いハワイの祈りの言葉を紡ぐのだった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

—科学要塞研究所—

 

 

 サコミズ王との激闘から、一夜が明けたその日、VBの面々は研究所のブリーフィングルームに集められ、一様に着席していた。皆の注目を浴びる褐色肌の美女……エウロペ・ドゥガチ。エウロペは、そこに呼び集められた戦士達の顔を見やると息を吐く。エウロペが注目を集めるのは、何も彼女が木星軍から投降してきた人間であるというだけが理由ではなかった。

 

槇菜

「それにしても、ベルナデットが木星のお姫様だったなんて……」

ベルナデット

「隠してたわけじゃないんです。でも、騙していたみたいになってしまったことはごめんなさい」

 

 ベルナデット・ブリエット。トビアのパートナーを務める金髪青眼の小柄な少女は、申し訳なさそうに苦笑する。実際のところ、木星帝国との戦いをトビア達と共にしたドモン達シャッフル同盟や、一部の人間にとってはそれは公然の秘密ではあった。しかし、表向き木星帝国の王妃テテニス・ドゥガチは戦死していると伝えられている。

 

ドモン

「あの時、トビアがX3でベルナデットを……テテニス姫を助けたんだ」

チボデー

「ああ。こいつなかなか根性あるんだぜ」

 

 昔を懐かしむように補足するドモン達。しかし当の本人であるトビアと言えば、気が気ではないという風にエウロペの方を見ている。それもそのはずだった。

 

トビア

「エウロペさん、大事な話だって言ってたけど……」

ベルナデット

「うん……」

 

 エウロペ・ドゥガチは、テテニス・ドゥガチの義母にあたる。テテニスの実母ベルナデット・ドゥガチの死後、政略結婚という形でクラックス・ドゥガチに迎え入れられた女性。それが、エウロペだ。

 

アイラ

「政略結婚、ですか……」

マーガレット

「ドゥガチ総統もかなりの高齢だったはずだもの。結婚と言っても形だけのものだったのかもしれないわね」

槇菜

「形だけって?」

 

 不思議そうに小首を傾げる槇菜。

 

桔梗

「槇菜はわからなくていいわ」

 

 桔梗がそう言うのと、エウロペの姿を舐め回すように見やるウモンが口を開くのはほぼ同時だった。

 

ウモン

「にひひひ、それにしても美人じゃのう……。いつヨメに行ったんじゃろうな。22、23?」

エイサップ

「…………こう言う人もいるから、油断なりませんよ」

 

 そう言うエイサップに、呆れたようにため息を吐く桔梗。槇菜は今だに頭にクエスチョンマークを浮かべたままだが、改めてエウロペへ視線を戻す。

 確かに、エウロペ・ドゥガチは目を引くほどの美人だった。

 

サイ・サイシー

「へへっ、すんごい美人じゃんあのお姉ちゃん」

隼人

「……そうだな」

 

 腰の辺りまで伸びた緩やかなウェーブの掛かった髪。どことなく憂いを帯びた瞳。そういったパーツの一つ一つもそうだが、何よりもそれがかけ合わさった時に発生する全体のオーラが、彼女の美しさを際立たせている。

 

雅人

「へぇ、隼人も女の子に興味あるんだ」

隼人

「フッ、俺はボインちゃんが好きなのさ」

 

 平然と言ってのける隼人に、隣に座る竜馬と弁慶が噴き出す。エウロペが憮然とした視線を隼人に向けると、隼人も負けじとエウロペを睨み返した。

 

オルガ

「ったく……。いいから話を始めてくれ」

 

 呆れ顔で、オルガが促す。

 

エウロペ

「……わかった。まず、お前達は月面でダインスレイヴキャノンによる地球への直接攻撃を阻止してくれた。もしそれが成功していたら今後の地球と木星の関係はより最悪のものになっていただろう。そのことに関しては木星を代表し、感謝する」

トビア

「…………」

 

 そう言って、エウロペは改めてVBの面々を一瞥する。その視線がふとトビアの前で止まり、キッとその目を細めるとエウロペはまた口を開いた。

 

エウロペ

「お前達の戦いを、私も見せてもらっていた。お前達の中には、我ら木星軍とは因縁浅からぬものもいるが……それもいい」

ドモン

「勿体ぶるな。俺達はあんたが伝えたいことがあるというから、こうして集まっているんだ。要件を早く言ってもらおうか」

レイン

「ちょっと、ドモン!」

 

 椅子に座らず、壁柱にもたれかかり射抜くような視線でエウロペを睨むドモン。レインが嗜めるがそれをエウロペが「いや、いい」と言って制すと、ようやく木星よりの来訪者は、話を切り出した。

 

エウロペ

「クラックス・ドゥガチ総統の野望はまだ、生きている」

ベルナデット

「え…………!?」

 

 クラックス・ドゥガチ。その名前がエウロペの口から出た瞬間、空気が凍りついた。

 

三日月

「誰?」

マーガレット

「……2年前、地球を滅ぼそうとした木星帝国の総統よ」

ジョルジュ

「ですが、ドゥガチ総統はデビルコロニーの決戦で自らをデビルドゥガチを化し、ガンダム連合との戦いで……」

トビア

「…………」

 

 そう。その戦いの中心にいたのがシャッフル同盟。そしてトビア達クロスボーン・バンガードだ。特にトビアはデビルドゥガチとの決戦に

て、ドゥガチ総統に直接引導を渡してもいる。「ドゥガチの野望が生きている」その言葉は俄には信じ難くそして、無視のできないものだった。

 

エウロペ

「……“巨神”」

ジュドー

「え?」

 

 だが、エウロペの呟いた言葉に反応したのはその戦いの渦中にはいなかった、ジュドー・アーシタだ。 

 

エウロペ

「宇宙世紀末期の時代に、木星で発見された“巨神”がある。一説によればその“巨神”は、星をも砕く力を秘めていると言われている」

 

 淡々と、言葉を続けるエウロペ。その言葉はあまりにも荒唐無稽で、しかしエウロペが嘘を言っているようには誰の目にも見えなかった。それだけ、危機迫る顔をしていたのだ。

 

エウロペ

「ある時、木星のガリレオ・コネクションが違法ヘリウム採取の為に送り出した部隊が、巨大なモビルスーツと思われるものを発見、回収した。帝国はガリコネからそれを強奪し調査を開始したのだ」

アムロ

「まさか……それが?」

 

 エウロペは首肯する。

 

エウロペ

「ああ。宇宙世紀末期に発見されたという伝説巨神。帝国はそれを、手に入れてしまった。そして……新総統は巨神を目覚めさせ、地球への直接攻撃を計画している」

トビア

「な……ん、だ、と?」

 

 俄には信じ難い、荒唐無稽な計画。だが、それを笑い飛ばすことは少なくとも、トビアにはできなかった。木星帝国は既に、月面に設置したダインスレイヴキャノンによる質量攻撃を行っている。そして、ドゥガチ総統は多数の核で地球を死の星へ変えようとしていた。

 木星帝国が本気なら、地球を滅ぼすような手口をいくらでもやってくる。それは直にドゥガチと戦ったトビアなら、信じることができた。

 しかし、問題なのはその手段だ。鉄也が手を挙げる。

 

鉄也

「……その“巨神”とやらが本物だったとして、木星から地球への直接攻撃だと?」

エウロペ

「ああ。“巨神”の力が伝説に語られるそれならば地球だけでない。宇宙全てを打ち壊すことも可能だろう」

 

 そう言って、ノーマルスーツのエウロペが胸ポケットから取り出したのは、1枚の写真だ。解像度は低い。だが、何が写されているかくらいは読み取ることができる。そこには、作業用のモビルスーツが数台と、そして巨大な機動兵器の腕と思われる赤いものが写っている。

 

槇菜

「プチモビと、木星のモビルスーツと……それに……」

桔梗

「待って。その写真が本物であるという証拠は?」

エウロペ

「解析にでも回せばすぐにわかる。これは復元作業中の“巨神”を望遠カメラで撮影したものだが、バタラとの大きさを対比すれば100mを誇る超大型になると推測されている」

サイ・サイシー

「ひゃ、100!?」

 

 サイ・サイシーが驚くのも無理はない。平均的なモビルスーツで18m級。グレートマジンガーが25m。VBの中で特に大型のゲッターで約50mだ。それを遥かに超える巨体。おそらくは、ハイパー化したオウカオーと同じかそれ以上。

 

ジュドー

「…………」

トチロー

「ジュドー?」

 

 その写真に写る赤い腕。それをジュドーは忌々しげに睨め付けている。その様子を怪訝に思い、トチローが声をかける。ジュドーは少し困ったように髪を掻き、アムロ・レイに視線を投げた。

 

アムロ

「……もう、隠し切れるものじゃないな」

 

 アムロが観念したようにため息を吐く。それを肯定と受け取って、ジュドーは口を開いた。

 

ジュドー

「…………俺、知ってるんだ。こいつを。伝説巨神を」

エウロペ

「何だと?」

 

 伝説巨神。それは木星帝国でもトップシークレットだ。それを知っている者がいるなどとは考えられない。エウロペはジュドーを睨む。だが、ジュドーはそんなエウロペの視線を制し、言葉を続ける。

 

ジュドー

「伝説巨神。こいつが宇宙世紀90年代のある時木星圏に現れたのは事実なんだ。何せその時俺は、復活する“巨神”と戦ったんだからね」

オルガ

「何だと……!?」

 

 オルガが驚くのも無理はない。ジュドーの外見は10代半ばの少年。オルガや三日月と同じか、もう少し下でも通用する外見だ。だが、その話が本当ならジュドー・アーシタは、約70年前に木星にいたことになる。

 

カミーユ

「やはり、ジュドー。お前も……」

ジュドー

「ああ。俺とカミーユは、宇宙世紀の人間なんだ。詳しいことは俺もわからないけど、アムロさんやシャアと同じように、この時代に流れついちまったんだ」

 

 ジュドーの言葉に、槇菜が「あっ」と声を漏らす。

 

槇菜

「カミーユ・ビダン……。シャア・アズナブルの伝記で名前を見たことがあります」

カミーユ

「ああ。俺はクワトロ大尉……いや、シャア・アズナブルと共にティターンズと戦ったんだ。そして気がついたら、あそこにいた」

 

 アムロ・レイ。シャア・アズナブル。それにカミーユ・ビダンとジュドー・アーシタ。本来この時代にいるはずがない者達が、互いに顔を見合わせる。

 

シャア

「かつて、木星に逃げ込んだジオン残党勢力は“巨神”を発掘した。“巨神”のあまりある力は連邦の打倒に留まらず、宇宙そのものを崩壊させる。その可能性を危惧し私は“巨神”の破棄を命じた。だが、木星駐留艦隊はそれを拒絶し、“巨神”を復元させてしまった」

アムロ

「一方で当時の連邦でも、木星に“血まみれの巨神”がいるという噂が流れていた。俺はその調査のために木星圏へ飛び……ジュドーと出会ったんだ」

槇菜

「…………」

 

 槇菜の学んだ歴史の中に、そのような記録は残されていない。歴史の裏側。語られざる真実。しかし、そう呼ぶにはあまりにも現実感がない“巨神”という存在を槇菜は、否定できなかった。

 

ヤマト

「マンガじゃあるまいしって言いたいけどな。俺のゴッドマジンガーだって、古代ムー王国の守り神だ。木星にそんな、神様みたいなマシンが存在しててもおかしくはねえか」

アイラ

「ええ……。それに、ゴッドマジンガーだけじゃない」

ユウシロウ

「……………………」

槇菜

「うん…………」

 

 摩訶不思議な、常識を覆す存在。それらは既に、このVBに集まりつつある。古代ムー王国の守護神ゴッドマジンガー。伝承に語られる恐怖の器である骨嵬。それに旧神と呼ばれたゼノ・アストラもとい、エクス・マキナ。

 

ハーロック

「……俺達があの空間で見た“厄祭戦”が真実なら、もはや何が真実でもおかしくない」

三日月

「あれは本物だと思う。なんていうか……そういう感じがあった」

 

 “厄祭戦”。邪霊機の少女とリーンの翼。そしてエクス・マキナの共鳴により垣間見た「前の宇宙」での出来事。それこそ俄には信じ難い。しかしここにいる誰もが、その真偽を疑いはしていない荒唐無稽の最たるものだ。

 

キッド

「それで、その“巨神”とやらは復元できたのかい?」

エウロペ

「いや、だが新総統は“巨神”復活のために、地球のヌビア・コネクションと協定を交わしている」

アイザック

「ヌビア……!」

 

 ヌビア・コネクション。パブッシュ艦隊のエメリス・マキャベルとも癒着し暗躍していた彼らはしかし、マキャベル拘束後の取調べでも重要な手がかりを掴むことはできなかった。そのヌビアの名前が出たことに、アイザックが驚きの声を上げる。

 

エウロペ

「ヌビア・コネクションのカーメン・カーメンは、新総統と協力して“巨神”の復活と、その力による地球攻撃計画を進めている。そして、木星側の計画のコードネームは……『(ゼウス)の雷』」

鉄也

「ゼウスの、雷……」

 

 鸚鵡返しする鉄也。だが、その途方もない程に壮大な名前は、“巨神”というあまりにも現実感を伴わない存在を表すのに相応しいとすら感じられる。

 

ショウ

「それで、その“巨神”でどんな攻撃をするつもりなんだ?」

エウロペ

「それは……これだ」

 

 そう言ってエウロペが差し出したのは、もう一枚の写真。“巨神”と共に映る、巨大な砲塔。作業用モビルスーツと“巨神”のサイズ比較から“巨神”を100m級と推測するにして、その砲塔はおそらく70mはあるだろう。当然のことながら、機動兵器が持つ武装としては他に例を見ないサイズの巨大兵器だ。

 

ハリソン

「“巨神”の、銃?」

エウロペ

「解析班には、波動ガンと呼ばれている。小型のブラックホールを生成し射出することで、周囲一体に壊滅的な被害を与えることができるらしい」

マーガレット

「ブラック、ホール……?」

 

 ブラックホール。崩壊する星。光さえ届かない、光すら飲み飲む宇宙の崩壊点とでも言うべきもの。それを兵器として転用している。それは、あまりにも現実離れした理論だ。

 

隼人

「そんなことが可能だっていうのか?」

「俄には信じられんが……」

エウロペ

「少なくとも、帝国とヌビアはそれを可能だと信じているようだ」

 

 そこまで言うと、エウロペはゴクリと固唾を飲む。そしてゆっくりと、念を押すように再び口を開いた。

 

エウロペ

「帝国の計画。それはこの波動ガンを用い、木星から直接地球への遠距離攻撃を行う……超・長距離攻撃だ」

 

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

トビア

「な……ん、だっ、て?」

 

 沈黙が支配する空間の中、最初に口を開いたのはトビア・アロナクスだった。荒唐無稽な“伝説巨神”の持つ波動ガンによる直接攻撃。そんな途方もない、想像力の遥か向こうに存在する計画を伝えられて停止する思考の空間。だが、トビアは理解していた。

 その計画の、恐ろしさを。

 

槇菜

「木星から直接って……そんなことできるの?」

桔梗

「星と星の狭間には途方もない距離がある。それを……」

 

 言いかけてしかし、桔梗もそれに気付く。途方もない距離。それは地球と木星だけではないということに。

 

ドモン

「なるほどな……」

隼人

「宇宙空間は真空。速度を落とす要素も存在しない」

トビア

「宇宙には何もない……地球と木星がどれだけ離れていても関係ないんだ。人間が小惑星帯と呼んでいる宙域だって、実際にはほとんどの石が月と地球よりも遠い間隔で浮いているに過ぎない。隙間だらけなんだ!」

 

 隙間だらけの宇宙。重力のない宇宙。それら全ての、ただただ当たり前の現象が答えを示している。木星から地球への直接攻撃は届くと。

 

エウロペ

「ああ。そして波動ガンが帝国の推定する通りの性能だったなら、どうなると思う。地球に直接、ブラックホールが到達すれば……」

アムロ

「まず、小型ブラックホールというものの規模にもよるが、到達する前に地球の自転に異変が起こる」

カミーユ

「そうなれば、地殻変動や洪水、火山の噴火のような災害は避けられないでしょうね」

 

 それだけでも、既に大惨事は免られない。しかし、ことはそれに留まらない。

 

シャア

「ブラックホールが接近すれば、コロニーも無事では済まんだろう。だが、もしそれが地球に着弾した場合か……。下手をすれば、ブラックホールに飲み込まれて地球という星そのものが粉々になる」

槇菜

「そんな……」

 

 それは、絶望的な推測だった。ダインスレイヴキャノンが直撃した場合の想定とは比較にはならない。地球という星そのものが、この宇宙から消滅するかもしれないという危機。

 

トビア

「冗談じゃないっ。冗談じゃないぞ……」

 

 地球から木星までの航行は、最低でも3ヶ月かかる。おそらく、3ヶ月もあれば帝国は“巨神”を

完全に復活させ、波動ガンによる直接攻撃……『(ゼウス)の雷』は完遂してしまう。

 

竜馬

「チッ、ゲッターも単独で木星まで行くってなれば、エネルギーが保つかどうか……」

 

 時間だけではない。備蓄の問題もあった。スーパーロボット達ならば、長距離航行も可能かもしれない。しかし、機体もパイロットもその間無補給というわけにはいかない。

 

ボウィー

「ブライガーならどうにかなるだろうけど、さすがに俺ちゃん達だけで引き受けるには大きすぎる仕事じゃないか?」

アイザック

「ああ……。だが、最悪の場合我々だけでも先行し、“巨神”を叩く必要がある」

 

 皆が皆、動揺を隠しきれないでいた。だが、そんな中でも冷静な男が只一人。

 

ハーロック

「……事情は理解しました」

 

 キャプテンハーロック。鷹のように鋭い眼光を持つ、隻眼の大海賊。彼の目には既に、次の航路が見えている。

 

トチロー

「へへっ、俺たちのアルカディア号なら、木星まで二週間あれば辿り着くぜ」

エウロペ

「本当かっ!?」

 

 海賊艦アルカディア号。こことは違う、双子の宇宙より現れた艦。彼らは、戦い抜いてきたのだ。遥か宇宙の彼方からの侵略者達と。

 

オルガ

「木星帝国の奴らには、少々付けてもらわならねえ落とし前もあるからな。この仕事、鉄華団も引き受ける」

エイサップ

「サコミズ王が……先人達が生きて、守り続けてきたものがこの星にはあるんだ。それを、粉々になんてさせるものか」

 

 エイサップの目には、一点の迷いもなかった。その手には、小さな御守りが握られている。昨夜、母……敏子が、安全を祈って寄越してくれたものだ。

 

リュクス

「……エイサップ」

エレボス

「地球が粉々になったら、バイストン・ウェルはどうなっちゃうのかな?」

 

 エレボスが不思議そうに小首を傾げた。

 

マーベル

「地上とバイストン・ウェルは、常に密接な関係にあると言われているわ。バイストン・ウェルが海と大地の狭間の世界にあるなら、地球が粉々になったらバイストン・ウェルも存在できなくなるかもしれない」

チャム

「えぇっ! そんなのイヤよ!?」

 

 忙しなく羽ばたき、ショウの頭上を飛び回るチャム。ショウはそんなチャムを右手で掴むと、「うるさいよ!」と放り投げる。

 

ショウ

「だからこそ、俺達がやるんだ」

ユウシロウ

「そうだな……」

 

 意を決すように、ショウ。それを肯定するように、ユウシロウが頷く。その直後だった。カシャという音と共に、ブリーフィングルームの扉が開かれる。そこに立っていたのは、几帳面なオールバックの青年。その爬虫類のような無機質な、人を値踏みするような視線を何人かは見覚えがあった。

 

一清

「……久しぶりだな、ユウシロウ」

ユウシロウ

「兄さん……」

ミハル

「…………」

 

 豪和一清。豪和インスツルメンツの代表であり、ユウシロウの実兄。いや……。

 

一清

「ユウシロウ、骨嵬を動かしてみせたようだな。やはり、お前は私の期待に応えてくれる。本物のユウシロウよりもな」

ドモン

「っ……!」

竜馬

「この野郎……!?」

 

 ユウシロウは、正確には豪和憂四郎ではない。嵬の血を持つ者として、ユウシロウにされてしまった存在。一清は、ユウシロウがその真実に行き着いたことを知っているのだろう。そしてあえて、煽るように付け加えた。そう受け取られても仕方のない言動。だが、当の本人であるユウシロウは意に返そうとしない。ただ、明確な意思を宿した瞳で兄を見据えている。

 

ユウシロウ

「一清兄さん。何をしにここへ?」

一清

「お前達に伝えなければならないことがある。パブッシュ艦隊の中で、停止命令を無視し独断で行動を続ける部隊が存在する」

エイサップ

「何だって……!」

 

 パブッシュ艦隊は、エメリス・マキャベルの拘束と共に艦隊停止命令が出されていた。パブッシュには核弾頭の他にも、独自に蓄えられた多数の戦力が存在する。アレックス鈴木の証言により得られた情報では、ホウジョウ国とも秘密裏に同盟を結んでいたらしい。ホウジョウ国の艦隊も、サコミズ王を失いコドール女王もまた戦意を失った中、東京湾に停泊し日本政府の管理下に置かれている。

 そんな中で、独自の行動を取る部隊。

 

ハーロック

「まさか、ゾーンか!」

 

 フェーダー・ゾーン。ハーロックへの個人的な怨恨を晴らすため、そして自らの野心のために暗躍する紳士。ハーロックがその名を叫ぶと、一清は首肯する。

 

一清

「ゾーン艦は現在、ある場所を目指して進軍している。その場所は……マチュ・ピチュだ」

マーガレット

「マチュ・ピチュ?」

 

 マチュ・ピチュ。マーガレットは覚えていた。以前、ゼノ・アストラの出自についてルー博士に訊いた時に博士が答えた場所だ。

 

ジョルジュ

「マチュ・ピチュ、ですか……」

槇菜

「たしか、ゼノ・アストラ……エクス・マキナが眠っていたのが、そこなんですよね?」

マーガレット

「ええ。もしかしたら、何かあるのかもしれない……」

 

 エクス・マキナ。槇菜により名付けられた生まれ変わりし『旧神』。エクス・マキナにはまだ、謎が多い。いや、むしろその謎は深まったと言っても過言ではない。

 

ヤマト

「エクス・マキナが眠っていた場所……。もしかしたら、あの邪霊機とかいうやつについても何かわかるかもしれねえ」

オルガ

「“厄祭戦”についてもだ。ゾーンの奴も、何かに勘付きやがったか?」

一清

「可能性について考えるのは君達の仕事ではない。だがどのようなものであれ、危険なものであることに変わりあるまい」

 

 冷淡に告げる一清。だが、言っていることは正しい。

 

ユウシロウ

「……わかりました。兄さん、俺達はマチュ・ピチュへ行きます。ですが答えてください」

一清

「何だ?」

 

 その一瞬、まるで時間そのものが凍りついたような間があった。ただ、偽りの兄弟が互いの視線を見据えている。それだけの間。だが、そこには他社の付け入る隙ひとつない。

 例えるならば、そう。二人の剣豪が互いに向き合っている時の。刃を抜いた瞬間、互いの生死が決まるような。そんな冷たい時間が、兄弟の間に漂っている。

 やがて、ユウシロウは口を開いた。

 

ユウシロウ

「本物の豪和ユウシロウは、8年前に死んでいた。……俺は一体、誰なんですか?」

 

 それを受けて一清は、微動だにしない。ただ一清は自分を見据えるユウシロウの目を見て、静かに告げる。

 

一清

「お前は……嵬だ」

 

 

レイン

「…………」

槇菜

「あの人……」

 

 一清の言葉は、まるで凍ったナイフのように冷たい。少なくともそれは、

 

桔梗

「弟にかける言葉が、それなの……?」

 

 それは少なくとも、桔梗には俄かに信じ難いことだった。桔梗だけではない。ドモンや鉄也、ヤマト。それにマーガレットらからも非難の視線を浴びながら一清は、それを意に返さない。

 

ユウシロウ

「……そうですか」

 

 だが、そんな中でもユウシロウはただ一清を見据える。その眼を受けて一瞬、一清の表情に揺らぎが見えた。

 

シャア

(この男……動揺している?)

チャップマン

(ほう……)

 

 それをシャアやチャップマン。アムロ、東方不敗と言った面々は見逃さない。ほんの一瞬、些細な変化だ。だが次の瞬間には一清は踵を返し、その表情は伺えない。

 

一清

「では、私はここで失礼しよう。……ユウシロウ、しばらく見ない間に変わったな。残念だ。俺は以前の、人形のようなお前の目が好きだったんだがな」

 

 ただそれだけを言い残し、豪和一清はブリーフィングルームを後にした。

 

…………

…………

…………

 

 

—某所—

 

 

 東京の街は、甚大な被害を受けながらも少しずつ日常を取り戻しつつある。昨日発生したホウジョウ国による東京襲撃事件。その戦禍の爪痕は激しいが、首都部だけが東京ではない。むしろ、実際にはそういった都心部から外れた住宅地域の方が多い。

 VBにMr.ゾーンの行方を教えたその夜、豪和一清はそんな東京の景色を背景に一人、歩道橋を歩いていた。車を呼ぶのも可能だったが、昨日の事後処理で交通は渋滞している。それでも一清が科学要塞研究所へ向かったのは、直にユウシロウの顔を見ておきたかったからだ。

 

一清

(ユウシロウ……)

 

 ユウシロウは、変わった。眼に意志を宿すようになった。それなりにユウシロウのことを弟として気に入っている清継や清春ならばその変化を好ましく思うかも知れないが、それはやはり、一清にとっては嬉しい変化ではない。

 ユウシロウは、餓沙羅鬼(ガサラキ)へ至るための切り札だ。骨嵬を動かしたユウシロウは今や、完全なる嵬として目覚めている。そうでありながら、ユウシロウは自らの意志を手に入れてしまった。

 

一清

(人形であるからこそ、価値があったものを……)

 

 一清が餓沙羅鬼(ガサラキ)を手に入れるために、ユウシロウは最も重要な駒だ。そうでありながら、駒が意志を持ってしまった。

 意志のある兵など、必要ない。ユウシロウに人としての感情を与えてしまったというのならば、VBでの人との関わりはユウシロウの覚醒を助長すると同時に……一清の計画に誤算を与えていたことになる。

 それは、ユウシロウを優秀な人形として扱い続けていたが故の、見えない誤算だった。

 

???

「焦っているようですね」

 

 一清が対角線上に、一人の男が歩いてくる。夜の中でも目立つ金髪に、白いスーツの白い男。一清は、その男を知っている。

 

ファントム

「第三幕の、はじまりですか……」

 

 ファントム。彼が“シンボル”の総帥であるという事実を知るものは、この世で彼自身とカーメン・カーメン。それに一清のみであろう。一清と同じく「ガサラキ」を求める者。それ故にファントムは一清に接触し、一清の求める知識を授けてきた。

 ゲッター線。ゲッターロボ。黒平安。そしてそれらが齎すものと、ガサラキとの因果。

 一清は嵬ではない。代を重ねるごとに薄れつつある嵬の血を、一清は引き継ぐことができなかった。

 もし、憂四郎やユウシロウではなく自分自身が嵬だったならば、一清の人生はまるで違うものになっていたのかもしれない。だが、そんな仮定の話に一清は興味を持たなかった。

 

一清

「……あなたは、知っている。これから、何が起こるのか」

ファントム

「“厄祭戦”。機械仕掛けの神々が目覚めることで始まる最終戦争。しかしゲッターエンペラーは、この宇宙から失われた」

一清

「エンペラーの加護なくして、“巨神”の“発動”を止めることなどできない。だが、“発動”による終焉を越える手段はある」

 

 人通りのない歩道橋で、互いに顔を見合わせながら話す二人。まるで世界から、世間から隔絶されたように東京の街から隔絶された二人の会話。だがもし誰かが耳にしていたとしても、誰も気に留めるものではないだろう。精々、漫画か何かのネタを出し合っている。その程度にしか受け取られないだろう。ましてやそれが、世界の真実と、運命に関わるものであろうなど誰が想像できようか。

 

ファントム

「……私とあなたは、千年の野望に憑かれた時の虜囚」

一清

「古の野望は、我が意ではない」

ファントム

「ならば何故、今更ながらに餓沙羅鬼(ガサラキ)の力求めようとするのです?」

 

 一清の視線に映る青年の表情からは、彼が何を求めているのかは窺い知れない。餓沙羅鬼(ガサラキ)を求める理由も、その背景も。ただ、自分と青年は違う。と言うことだけは理解できた。

 一清が求めるのは、力。力とは振るうために存在する。宇宙世紀の人間が地上に住む者達を一掃するために隕石を落とそうとしたように。力を振るうことの本質は、破壊にある。

 

一清

「全てを拒むため……この国、この世界が作り上げたあらゆる秩序を破壊すること」

 

 一清の野心。その根底にあるものは、憎悪だ。この世界は、正しくない。汚染された地球を見捨てたコロニーの連中も、その地球にしがみつく自分を含めた愚民どもも。

 世界とはより正しく、よりシンプルに有るべきなのだ。そのためには。

 

一清

「時の足跡を破壊し、その後私が新たな時の支配者となる」

 

 これまでの輪廻。これまでの歴史。そういったものから解放された新たな輪廻を、自らの手で創出する。それこそが、豪和の悲願すらも踏み台にし、兄弟や父を利用し出し抜いて手に入れんとする。一清の野心。

 それは。

 それは、紛れもない。

 

ファントム

「業……ですね。あなたこそ人の業そのもの」

 

 三界また火宅の如し。一清は自らを焚く火の中で生きていた。そして、その炎はやがて一清の全てを飲み込んでいくだろう。それを一清自身も、理解していた。

 

一清

「それでもイカロスは、天を目指した。人とは元来、そういうものだと私は思う」

 

 そう言って一清は、鮫のように笑う。自らを焚く業火を感じながら、それでも豪和一清という怪物は嗤っている。

 

 そして夜は、更けていく。




次回予告

皆さんお待ちかね!
ゾーンの艦を追い、マチュ・ピチュへ急ぐアルカディア号。
マチュ・ピチュはしかし、ミケーネ帝国の戦力が集結していたのです!
ピンチに陥る槇菜達。さらに、ゲッターロボをこの世から消し去るべく、四天王も最後の戦いを仕掛けてきました!

次回、『運命の申し子! 出撃ゲッターロボアーク!』に、レディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話「運命の申し子! 出撃ゲッターロボアーク!」

—アルカディア号/格納庫—

 

 

ミハル

「これは……」

 

 ミハルの眼前にあるのは、骸の武者。骨嵬。月面での戦いで、アルカディア号の前に立ち塞がったものだ。ユウシロウの乗っているものと同じ、“恐怖”を呼び起こす器。“シンボル”が探して求めているオリジナルともいうべきものが、ここにあった。

 

トチロー

「俺にはこいつが何なのか、さっぱりわからなかった。だけどユウシロウが乗ってたやつ。それとあんた達の話を信じるならこいつは、あんたなら使えるんだろ?」

 

 ミハルの無表情が、微かに強張る。確かにミハルには、骨嵬を操る才能があった。だがそれは、ミハル自らが望んで手に入れた力ではない。むしろ嫌悪し、恐れている力。“恐怖”を呼び戻す器……。この骨嵬は間違いなく、ミハルの理性を蝕む代物だ。

 

ミハル

「私は……」

 

 ミハルの胸の奥が、ざわざわとざわめき立つ。記憶。ミハルではないミハルの記憶が、彼女の中で流れては消えていく。

 あるミハルは、フランス革命期の時代に乙女と呼ばれ、神の遣いたるこれを使役していた。

 骨嵬を巡り、あらゆる時代、あらゆる土地で“恐怖”は蘇り……たくさんの悲劇が生まれた。その全てを思い出せるわけではない。

 ちらりとミハルは、隣にいる豪和ユウシロウへ視線を映した。

 

ユウシロウ

「…………」

 

 このもう一つの骨嵬の存在は、アルカディア号へ訪れてからずっと、ミハルもユウシロウも問題を先送りにしていたものだ。ユウシロウは骨嵬に乗り、そして骨嵬からの支配に自らの意志で打ち克った。骨嵬とは、嵬を鬼そのものへ変貌させる力。だが今のユウシロウと骨嵬は言わば、鬼を調伏し自らの式神としている。そういう関係にある。

 それでも尚、ユウシロウの感情を“恐怖”に塗り潰そうとするのが骨嵬の恐ろしさだ。骨嵬の中には入っている間、石舞台で舞っている時のような高揚感がユウシロウを支配する。その中で、自らの理性を塗り潰さない強靭な精神力。ユウシロウは、それを発揮することができた。

 だが、それと同じことをミハルに強いるのはユウシロウの本意ではない。

 

ユウシロウ

「……この骨嵬は、月にいたのか」

トチロー

「ああ。月の不可侵宙域に眠っていたんだ。まるで、俺達と木星軍の戦いがこいつを呼び起こしちまったみたいに突然出てきて、暴れるだけ暴れた後はウンともスンとも言わねえ」

 

 月。何千年と昔から地球を、人々を見下ろし続けてきた星。宇宙世紀に入り、人類が月を植民したとしてもそれは変わらない。夜空を照らし続ける月と共に、この骨嵬は人類の営みを見てきたのかもしれない。

 

ユウシロウ

「この星で、この宇宙で起き続けてきたことをお前は、月と共に見てきたのか」

 

 人が変わり、星が変わろうとも。月は変わらずに。ならば、月に問えば答えは出るのだろうか。そんなことをふと、ユウシロウは思った。

 だが、そんなものはユウシロウの夢想に過ぎない。月に埋没していた骨嵬に何を問うてもユウシロウが、それにミハルが求める答えなど返ってこようはずもない。

 

ミハル

「…………これは、“恐怖”を呼び起こす偽りの神。“恐怖”を、呼び起こしてはいけない。その心は、今も変わらない」

 

 辿々しく、ぽつりぽつりとミハルは呟き始めた。もし、ミハルが骨嵬に乗り込んだことで、ミハルの意識が“恐怖”に塗りつぶされてしまうとしたら。その時、ミハルがどうなってしまうのかわからない。

 

竜馬

「ケッ。てめえも結局、ビビってんのか?」

 

 そんなミハルの様子を見かねたのか、竜馬が悪態をついた。コツコツと足音を立てながら、ユウシロウとミハルの背後に近付く竜馬。竜馬は心なしかピリピリしているようで、眉間には皺が寄っている。

 

ユウシロウ

「竜馬さん……」

竜馬

「偽りの神とやらが怖くて、ビビってんなら乗らなきゃいいだけじゃねえか。んなことで一々考え込んでるんじゃねえ」

ミハル

「……!」

 

 言い方は乱暴だが、竜馬の言うことは決して暴論ではない。「逃げたければ逃げてもいい」そう、竜馬は言っているのだ。それはミハルにとっては、救いにも近い言葉だった。

 

ミハル

「……変えられぬ刻などない。変わらない定めなどない」

 

 ミハルの脳裏に過ったのは、かつての……遠き過去の誰かだったユウシロウの言葉。ミハルの心に、記憶の中に残り続ける刻印。

 ミハルはひとつ頷いて、ユウシロウへと向き彼の瞳を見つめる。

 

ミハル

「……私達がこれに乗り続ける限り、またたくさんの悲劇が生まれてしまうかもしれない。私達がいては、終わらない」

ユウシロウ

「…………」

 

 ユウシロウは、何も言わない。ただ、ミハルの言葉を受け入れそして、視線で彼女の全てを包み込む。それ以外に、できることなどなかった。

 

ミハル

「私達は、死ぬべきなの」

ユウシロウ

「…………ああ」

 

 頷くユウシロウ。だがたとえミハルとユウシロウが死んだとしても、連綿と続く輪廻の中でふたりはきっと出会ってしまう。それでも、次に起こる悲劇、惨劇を引き延ばすことはできるだろう。

 

ミハル

「だけど、できない。私は、あなたを……」

 

 この胸の内に宿る感情の名前を、ミハルは知らない。恋などという言葉で片付けるものでは断じてなく、しかしユウシロウは、ミハルの中に入り込んでしまっている。

 

ユウシロウ

「……もし俺が骨嵬に乗ることで“恐怖”を、悲劇を起こしてしまうとしても」

 

 ゆっくりと、ユウシロウは口を開く。

 

ユウシロウ

「俺が悲劇を起こす前に、きっとみんなが止めてくれる。それを、俺は信じている」

 

 そう、ユウシロウは言い切る。その様子を見ていた竜馬は、満足げに頷いた。

 

竜馬

「安心しな。もしお前らが骨嵬に……ゲッターに取り込まれちまったとしても、その時は俺が殺してやるよ」

 

 のっぴきならないことを言う竜馬。だが、その言葉とは裏腹に彼の言葉には親愛の情が込もっている。或いは、それは同族意識なのかもしれない。

 竜馬もまた、嵬……。或いは、ゲッター線という運命の囚人。しかし、だからこそ。

 

竜馬

「運命に立ち向かうのも運命だって、誰かが言ってたぜ。そいつに乗るも乗らねえも、てめえの勝手だ」

 

 流竜馬は悩まない。いや、悩むだけでは何も解決しないことを知っている。だからこそ、竜馬は行く。立ち塞がるものがいる限り。たとえそれが、運命だとしても。

 そんな竜馬の言葉に、ユウシロウも頷く。

 

ユウシロウ

「……変えられぬ刻などない。変わらない定めなどない。俺達を(とら)える運命があるとしたら、俺はその運命に立ち向かう。俺はここにきて、その覚悟を学んだのかもしれない」

ミハル

「私は……」

 

 たとえ、運命の囚われ人であったとしても。

 今のユウシロウと共になら。

 運命を変えられるかもしれない。

 

ミハル

「トチローさん。骨嵬の肩にマーキングをお願いします。鈴蘭の絵を」

 

 鈴蘭。それはミハルのメタルフェイクに刻印されている彼女のパーソナルマーク。

 

トチロー

「了解した。それじゃあこの骨のバケモノ……骨嵬の処遇に関してはお前らに一任するぜ」

 

 そう言ってトチローは丸眼鏡を掛け直して骨嵬へと向き直る。それからユウシロウのものと、これからミハルが乗るそれを見比べて言った。

 

トチロー

「そういや、どっちも骨嵬って呼び方だと紛らわしいな。何かないのか?」

 

 二つの骨嵬は、よく似ている。だが、瓜二つというわけではない。ユウシロウが乗っているものは刀を持ち、鎧兜を纏った戦武者の姿をしている。一方でこれからミハルのものとなるそれは黒く、般若のような面をしている。また、だらんとと伸びる腕は異様に長い。そして、両刃のついた長槍を持っていた。

 

ユウシロウ

「……………………」

ミハル

「……………………」

 

 言われてユウシロウとミハルは、不思議そうに首を傾げる。トチローが何を言っているのか理解できていないと言う風に。

 

トチロー

「あのな……名前だよ。どっちも骨嵬じゃ紛らわしいだろ」

ユウシロウ

「……あ、」

 

 言われてはじめて気づいたかのように、ユウシロウもミハルも、ポカンと口を開けていた。

 

竜馬

「ヘッ。そういう物騒でケッタイなもんなら、ミチルの鬼娘か亮の奴にでも相談してみたらどうだ?」

 

 冗談めかして、竜馬が言う。それと同時、竜馬を呼ぶ声が耳に届いた。

 

弁慶

「おい何油売ってやがる竜馬!」

隼人

「やる気がないなら、イーグル号は自動操縦でいいんだぜ」

 

 隼人と弁慶。2人は既に自分のゲットマシンに乗り込んでおり、竜馬が来るのを待っていた。

 

竜馬

「おう、悪ぃな。それじゃあ俺はこれで行くぜ!」

 

 そう言って竜馬は駆け出し、イーグル号へと飛び乗った。エンジンに火を入れ、アクセルを踏み込む。

 

竜馬

「遅れんなよ。隼人、弁慶!」

弁慶

「それはこっちの台詞だ!」

 

 乱暴な言葉と共に、ゲットマシンはアルカディア号を発進。けたたましいブースターの音が、ユウシロウ達の耳に伝わる。ユウシロウにはそれは、荒武者の叫びにも似ている気がした。

 

トチロー

「ったく……騒がしい奴だよ」

ユウシロウ

「……そういえば、ゲッターはマチュ・ピチュへ先行するんですね」

トチロー

「ああ。それとグレートマジンガーもな。マチュ・ピチュの様子を先に見てもらうのが目的なんだが……。あいつらで大丈夫かねぇ」

 

 トチローの小さな身体は、全身で溜息を吐いていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

—アルカディア号/ブリッジ—

 

 

 

 Mr.ゾーンを追いマチュ・ピチュを目指すアルカディア号には現在、VBの半数が搭乗している。艦長たるキャプテンハーロックの一行と鉄華団。それに鉄也、ヤマト、竜馬達ゲッターチーム、ユウシロウとミハル、ショウ達オーラバトラー隊。それに槇菜とマーガレット、それに桔梗らが今アルカディア号に乗船していた。

 現在、アルカディア号に先行してゲッターチームとグレートマジンガーがブリッジでは他の主要メンバーが顔を合わせている。話題の中心は当然、これから行くマチュピチュという土地についてのものが中心となっていた。

 

 

槇菜

「マチュ・ピチュって、そういえばどんな場所なんですか?」

 

 そんな、何気ない槇菜の一言が話の発端だった。

 

ショウ

「ペルーに存在する、空中都市だな」

 

 ショウが答える。空中都市。それはスペース・コロニーが現実のものとなる未来世紀においても、不思議な魅力を放つ言葉だった。

 

三日月

「空に街があるってこと?」

槇菜

「ほぇ……」

 

 三日月も槇菜も、不思議な想像を膨らませている。その様子に苦笑しながら言葉を続けるのは桔梗。

 

桔梗

「空中都市といっても、ラピュタみたいに空に浮かんでるわけじゃないわ。マチュピチュは標高2400mの高地に作られた都市なの」

ルー博士

「その通りデース。マチュピチュはその高さからか、時のスペインからの攻撃を逃れたとされるインカの古代遺跡。人々が何故そんな場所に都市を作ったのか。その目的は何か。それらは未だ謎に包まれていマース」

 

 桔梗に続いて、ルー博士が饒舌に語り始める。槇菜も三日月も、それを聞いては頷き、時々質問を挟んでいた。

 

三日月

「そんなところで、何食べて暮らしてたの?」

ルー博士

「それも不思議の一つデース。マチュピチュにはジャガイモやトウモロコシの畑があったと考えられていマスが、どのような理由で作られたのか、それは歴史のミステリーなのデース」

 

槇菜

「ルー博士は、マチュ・ピチュの遺跡を調査してゼノ・アストラ……エクス・マキナを発見したんですよね。じゃあ、エクス・マキナはマチュ・ピチュと関係があるかもしれない……」

ルー博士

「そう考えるのが自然デスネー。あの場所で見た“厄祭戦”の記録が事実なら、マチュ・ピチュには“厄祭戦”に関する事実も眠っているのかもしれまセーン」

 

 質問に答えながらも、ルー博士の瞳は輝いている。それは、彼が生粋の考古学者であることを雄弁に物語っていた。

 

オルガ

「……お前ら、遠足に行くわけじゃねえんだぞ」

 

 そんな三日月と槇菜、それにルー博士に呆れるようにオルガがボヤく。

 

ハーロック

「いいじゃないか。これから行く場所に対して何も知らないよりは、少しでも知識がある方がいい」

オルガ

「そりゃあ、そうだが……」

 

 それにしても、緊張感がないようにオルガには感じられる。

 

ヤマト

「オルガさん、ビビってるの?」

オルガ

「なわけねえだろ。だがよ、あのゾーンが出向いてるとなるとどんな罠が張り巡らされてるかわからねえ」

 

 忌々しげに、オルガが吐き捨てる。

 

マーガレット

「そんな卑劣な男なの? そのゾーンって」

オルガ

「ああ。元々あいつはギャラルホルンのエンジニアで、モビルスーツや戦艦の開発に関わっていたんだ。だが……」

アトラ

「地球がイルミダスに占領された後、あの人は率先してキャプテンを追い詰めるため鉄華団とも敵対したんです。私はあまり詳しいことは知らないけど、キャプテンに恨みがあるらしくて」

ハーロック

「…………」

 

 フェーダー・ゾーンとハーロックの間にある関係。それはゾーンの逆恨みといっても過言ではないものだった。しかし、そのきっかけを作ってしまったのは他ならぬハーロックであることは事実。ハーロックはその隻眼を細める。彼の瞳の奥底にあるものを窺い知る事は、この場にいるもの達にはできなかった。それができるのは今機関室と格納庫を往来している親友大山トチローと、それに同志ともいうべき女海賊エメラルダスだけである。

 

ハーロック

「フェーダー・ゾーン。あの男は俺がギャラルホルンの軍人だった頃、指揮を取ったある艦の設計者だった。たしかに、奴の作った艦は強力な武装を持ち、戦果を上げることはできた。だが……乗艦する乗組員の安全を無視した、命を預けるに値しない艦だった」

 

 この一点において、ゾーンの艦はトチローが設計したこのアルカディア号や、軍属時代のハーロックが愛艦としたデスシャドウ号と決定的に違っていた。ハーロックという男にとって……いや、航海するものにとって艦とは家であり、自らの命を預けるものだ。時として乗組員は、艦と命を共にしなければならない時もある。

 ハーロックはこのアルカディア号と共に命を散らすのならば、それこそ我が天命なのだと思うことができる男だ。だが、ゾーンの設計した艦はとても、命を預けることができない。そう、あの時ハーロックは感じていた。

 

ハーロック

「俺はゾーンに突き付けた。お前の艦には命を預けられない。乗組員への配慮が足りないと。それを大勢の前で怒鳴り散らしてしまったからだろう。ゾーンはエンジニアとしての、出世の道を断たれてしまい……俺を恨んでいる」

 

 今思えば、ハーロックも配慮が足りなかったのかもしれない。ハーロックの一言がゾーンの自尊心を傷つけ、そして彼のキャリアを決定的に破壊してしまったのだから。だからこそ、ハーロックは何度も敵対しながら、ゾーンという男を憎めないでいた。

 

ヤマト

「ヘッ、なんでえ。ハーロックを付け狙うっていうんだからどんな奴かと思えば、随分器の小さい野郎じゃねえか」

 

 とはいえ、それはハーロックの……当事者の感傷に過ぎない。客観的な話を聞けば、ゾーンの行為は逆恨みだ。

 

ショウ

「だが、ゾーンは傷付いたプライドを取り戻すためにキャプテンと戦い続けている……。その執念は余程のものだと思うな」

 

 ショウの脳裏に過ったのは、かつての好敵手。力と狡猾さを手に入れるため、騎士としての誇りを捨ててショウに挑んだ黒騎士バーン・バニングス。ある意味一番の強敵だった男の執念を、ハーロックの話からショウは思い出し身震いした。

 

マーガレット

「そうね。理由はどうあれ、ゾーンはキャプテンを倒すことで自らの自尊心を取り戻そうとしている。そうだとしたら、強敵だと思う」

 

 そう言って、マーガレットは腕を組みトントンと数回、足踏みする。

 

カンナ

「マーガレット……」

 

 マーガレットが苛立っているのを、カンナは漠然とだが感じる。カンナにとってマーガレットは、優しくて強い姉。姉になってくれた人。身寄りのない彼女にとってたった一人の家族だった。そのマーガレットが、カンナの前では決して見せなかった苛立ちと焦りの顔。マーガレットはあの時以来、時折そんな表情を覗かせている。

 

マーガレット

(紫蘭は、自らの意志であの子を……ライラを助けた。私じゃなく、ライラを)

 

 紫蘭が物言わぬリビングデッドに成り果て、あの赤い少女に隷属している。マーガレットはずっとそう考えていたし、事実そうだった。だが、あの“厄祭戦”の墓場で起きた戦いの最中、紫蘭は自らの意志でライラを救い、マーガレットに……恋人に牙を向いた。少なくともマーガレットには、そう見えた。

 その感覚はマーガレットにとってショックであり、屈辱であり、そして何よりライラへの憎悪をより募らせる。それは戦士として、兵士として以前の……女としての屈辱だ。

 

マーガレット

(ともすれば、今の私もそのゾーンという男と同じなのかもしれない)

 

 キャプテンハーロックから受けた屈辱を晴らすために、悪の道を突き進む男。ハーロックらの口から語られるその姿はどこか、愛する男を奪われた憎しみを研ぎ澄ます自分自身とに通っているようにマーガレットは感じていた。

 

カンナ

「…………」

 

 そんなマーガレットの手を、ギュッと握る小さな少女。カンナは不安げな表情で、マーガレットを見上げている。それに気付き、マーガレットは柔らかな笑みを作って膝を屈め、カンナに視線を合わせる。

 

マーガレット

「大丈夫、ごめんね?」

カンナ

「ううん。マーガレット、辛そうだったから」

マーガレット

「……うん」

 

 今のマーガレットは、孤独な女ではない。そのことを思い出し、マーガレットは嫌な思考の坩堝に陥っていた自分を恥じる。少なくとも、この子だけは。カンナだけは手放してはいけない。自戒を込め、マーガレットはカンナの髪を優しく撫でる。

 

槇菜

「マーガレットさん、お姉ちゃんみたい」

 

 そんな様子を眺めながら、槇菜が小さく呟いた。

 

桔梗

「え?」

槇菜

「私が小さい頃、私がいじめられたりして泣いてると、お姉ちゃんもよくお姉ちゃんに撫でて貰ったよね」

 

 それは槇菜にとって、大切な記憶。桔梗お姉ちゃんと共に過ごした日々。今のマーガレットとカンナのやりとりが、槇菜にとってはそんな、優しい記憶を思い出させる。

 

桔梗

「そんなことも、あったかしらね」

 

 桔梗は長い銀髪を弄りながら、照れくさそうに呟いた。桔梗にとってもそれは、大切な思い出だったからだ。

 

桔梗

(だけど、槇菜はもう強い子に育った……)

 

 桔梗の中にあった槇菜の印象は、その頃のままずっと、固定されていた。弱くて泣き虫で、夢見がちな妹。だけど、そんな槇菜はもう過去の幻影に過ぎない。

 

桔梗

(槇菜は強い。強くなってる。私がいなくても、きっと大丈夫なくらい……)

 

 それは本来、喜ばしいことなのかもしれない。しかし桔梗はそのことを思うと、胸の奥が軋むような感覚を覚えてしまう。

 

桔梗

(思えば私は、たぶん日本の……世界のことなんて考えてなかった)

 

 何も考えてなかったから。だからこそ深く日本を、世界を憂い行動に移した西田啓に感銘を受け、彼の計画に賛同したのだと今になって桔梗は思う。

 考えていたのはいつも、妹の……槇菜のことだけだ。

 槇菜が将来、夢を叶えられる世界。それを作るためには現在の地球とコロニー間に存在する経済格差は無視のできるものではない。ならばこそ、地球は地球。コロニーはコロニーで社会を完全に分断するという“ゴッドマザー・ハンド計画”は槇菜のためにも必要なことと考えていた。

 全ては槇菜がこれから先、苦労なく生きていくために。槇菜が幸せであることこそが、自分自身の幸福。使命。いつしか桔梗は、槇菜のためと言って全てを犠牲にする詭弁ばかり覚えてしまっていた。

 だが、槇菜は違う。槇菜はそんな詭弁に舗装された未来、将来など望んでいない。そのことに気付くのに、桔梗は時間がかかりすぎてしまった。

 

桔梗

(だけど、今更生き方を変えるなんて私には……)

 

 この命の全ては、槇菜のために。むしろ国家や秩序という建前を打ち砕かれた今、この気持ちはより強いものになっている。そう、桔梗は

思う。

 桔梗は無意識のうちに、槇菜の右手に自分の指を絡める。槇菜の手は、温かい。

 

槇菜

「お姉ちゃん?」

 

 きょとん、とした表情で桔梗を見つめる槇菜。その顔も、桔梗には愛おしい。

 

桔梗

「薪菜、私は……」

 

 桔梗が何かを言いかけた、その時だった。アルカディア号のモニタに、剣鉄也の顔が映し出される。鉄也の顔は、心なしか焦りのような色が垣間見えた。

 

鉄也

「こちらグレート。アルカディア号聞こえるか!」

ハーロック

「問題ない。そちらの様子はどうだ?」

 

 ハーロックが訊く。それに応えたのは轟く爆音。それは爆発物の音だ。

 

鉄也

「俺達は嵌められたんだ! マチュ・ピチュにはミケーネの軍団が待ち伏せていやがった!?」

 

 鉄也の怒声が、ブリッジに響き渡った。

 

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

—マチュ・ピチュ—

 

 

竜馬

「こいつは……どうなってやがる!?」

 

 マチュ・ピチュ。標高約2400mの高山地帯に作られた古代都市。そこは今、戦場と化していた。ゲッター1へ群がる翼竜の群れ……メカザウルス・バド。メカザウルス達は憎しみの視線をギラつかせ、ゲッターへ次々とミサイルを撃ち放つ。堅牢な装甲を持ち、卓越した操縦センスを持つゲッターと流竜馬でも、次々と誘爆し続ける無数のミサイルによる波状攻撃を避け続けるのは至難の業だった。

 

隼人

「竜馬、オープンゲットだ!?」

竜馬

「クソッ、オープンゲット!」

 

 瞬間、真紅の機体は3つの戦闘機へと分離。表面積を小さくし、各々の操縦センスに任せてミサイルを回避し続ける。

 

弁慶

「うわっ、おっと!? 南無三!?」

竜馬

「おい弁慶、よそ見してんじゃねえぞ!?」

弁慶

「してるわけないだろうが! だがこのままじゃ、ジリ貧だぜ……!」

 

 3台のゲットマシンを追い詰めるように、翼竜達はそれぞれに分散していく。それは好都合だった。一瞬の隙を突き再びゲッター1へ合体すれば、ゲッタービームの一撃でカタはつく。しかし、

 

隼人

(その隙を……作れればだがな!?)

 

 敵の攻撃は容赦がない。まるでゲッターを憎んでいるかのように、メカザウルス達はゲッターロボを集中的に狙う。

 

鉄也

「竜馬、隼人、弁慶!?」

 

 そんな窮地に陥ったゲッターを助けようと、偉大な勇者グレートマジンガーは剣を握っていた。しかし、グレートの前に君臨しているそれは、容易く鉄也の思い通りにはさせてくれない。

 

地獄大元帥

「ククク……これで終いよ。撃て!」

 

 グレートの眼前にいるのは、巨大な顔。ミケーネの万能要塞ミケロスや、ジオン公国軍のザクレロのような怪物めいた顔を前面に押し出す怪物だった。その威圧感は、さしもの鉄也ですら身震いさせる。それだけの執念、憎悪。そして執着がその顔には込められている。

 その名も、無敵要塞デモニカ。ミケーネ帝国の新たなる前線指揮官・地獄大元帥の旗艦として作られた新型移動要塞だった。

 デモニカの口のような部分が開き、放たれる巨大なミサイル。ミサイルそのものがグレートに匹敵する質量。猛攻に晒される鉄也は、それを回避できない。グレートの胴体に命中すると、巨大なミサイルは爆音と共に爆ぜる。鉄也の鼓膜を突き破る轟音。そして爆発と共に飛び散る熱と破片が、グレートをそして鉄也を襲った。

 

鉄也

「ぐぉぉぉっ!?」

 

 衝撃と共に、忽ち吹き飛ばされるグレートマジンガー。プレーンコンドルの堅牢なキャノピーにヒビが入り、突き破られたガラス片は鉄也の顔を襲う。咄嗟に顔を守るように屈んだおかげで、ガラスが大事な鉄也の肌を襲うことはなかった。しかし、強化スーツもヘルメットもメチャクチャだ。ガラスを受けてくれたヘルメットに守られていなければ、鉄也は即死だっただろう。超合金ニューZのグレートマジンガーを以てしても苦戦必至のその威力に、鉄也は戦慄する。

鉄也は思い出す。敵……ミケーネ帝国が、どれほど強力な相手だったかを。

 

地獄大元帥

「まだだ、デモニカのこの巨体に踏み潰されるがいいマジンガー!」

 

 汗と血を拭う暇もない。すぐさま無敵要塞デモニカの巨体は、鉄也の眼前に迫っていた。

 

鉄也

「クッ、こんなものをモロに受けたら、グレートでもバラバラだ!」

 

 受けるわけにはいかない。咄嗟にスクランブルダッシュを展開し、マジンガーは翔ぶ。しかし、それを見越したかのようにデモニカからは無数の火砲が開き、グレート目掛けて放たれた。

 

鉄也

「なんだと!?」

地獄大元帥

「グハハハ。兜甲児の前に、まずは貴様を血祭りに上げてやる!」

 

 超合金ニューZでできたグレートマジンガーの装甲をものともしない強力な攻撃。その衝撃を受けながら鉄也は思う。

 元々これは、Mr.ゾーンを追って彼の目的を明らかにし、場合によっては阻止するという任務のはずだった。そのために、特に推力の高いグレートマジンガーとゲッターロボが先行したのだ。

 だが、現実はどうだ?

 フェーダー・ゾーンの影などどこにもない。あるのはミケーネの無敵要塞と戦闘獣。そしてメカザウルスによる待ち伏せだった。

 

鉄也

「まさか……あの男は……!?」

 

 ゾーンの情報を齎した男……豪和一清の爬虫類のような視線を思い出す。この事態を一清は知っていて、その上で伏せていたとしたら。

 

鉄也

「俺達は……嵌められたのか!?」

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—一時間前/マチュ・ピチュ—

 

 

 

 神秘の地マチュ・ピチュ。グレートマジンガーとゲッターロボが到着するより一時間前。そこには夥しい数の戦闘獣がひしめいていた。そしてその奥に鎮座するのはフェーダー・ゾーンの光子戦闘艦と、その隣にはゾーンの艦よりさらに大きく、全てを威圧する無敵要塞デモニカ。地獄大元帥が旗艦とする、文字通り無敵の強さを誇る移動要塞だった。

 

地獄大元帥

「…………とすれば、現在に東京湾に停泊している軍艦には原子爆弾が残っているというのだな?」

 

 デモニカの艦長席に座る地獄大元帥は、正確にはその頭部に繋がれる科学者ドクターヘルは通信モニタにうつるサングラスの男……ゾーンの言葉を聞き、興味深そうに聞き返す。

 

Mr.ゾーン

「はい。パブッシュ艦隊のクーデター計画はオーラバトラーの内乱に巻き込まれる形で頓挫。現在、日本政府の管理下にパブッシュ艦は置かれています。おそらく、エメリス・マキャベルは戦争犯罪人として裁かれることになるでしょう。そして、マキャベルのクーデター計画を隠れ蓑として暗躍する組織……“シンボル”についてもいずれ明るみに出る」

地獄大元帥

「フム……」

 

 Mr.ゾーンを名乗るこの男がミケーネ帝国へコンタクトを取ってきたのは、つい先日のことだった。ゾーンはマジンガーの同胞……ゲッターロボやキャプテンハーロック達のいた並行世界からの使者であり、彼らに個人的な憎しみを抱いているという。そして、その恨みを晴らすべくマキャベルと木星軍に協力している。

 

ヤヌス侯爵

「地獄大元帥、如何致しましょう」

地獄大元帥

「この男の言うことが本当ならば、核兵器は利用できる。だが……」

 

 地獄大元帥は、ゾーンを睨み沈黙した。薄いサングラスに隠れてよく見えないが、男の顔には野心の炎が見て取れる。恐らく、彼の本質は恨みや憎しみに燃える執念よりもそちらなのだろう。そう、地獄大元帥は感じ取っていた。野心故の行動力。それはまさしく、かのバードス島で機械獣を発見し、世界征服の野望に燃えたかつての自分自身と同じだからだ。

 だが、Mr.ゾーンは若い。青二才と呼んでも差し支えない青年の野心に満ちた瞳は、それを隠すことができないでいる。そういう意味で、彼はわかりやすい男だった。

 

地獄大元帥

「いいだろう。フェーダー・ゾーン。木星軍の新総統とやらに伝えるがいい。(ゼウス)の雷計画とやら、我々ミケーネ帝国も手伝おう。とな」

 

 そう告げると、地獄大元帥は通信を切る。それを合図として、Mr.ゾーンの艦は発進する。彼には彼の、次の仕事があった。

 そうして残るのは無敵要塞デモニカ率いる、ミケーネ帝国の一団。

 

ヤヌス侯爵

「よろしいのですか?」

 

 ヤヌス侯爵が怪訝な顔をするのも、理解できる話だった。Mr.ゾーンの語る(ゼウス)の雷計画は、地球という星そのものを破壊し、宇宙全体に影響を与えかねない危険な計画だ。それが理解できない地獄大元帥ではない。

 

地獄大元帥

「フン、問題ない。奴らの言う“巨神”とやらの力がどれほどのものであろうと……いや、闇の帝王が拾ってきたあの男を利用し、“巨神”を手に入れるというのも面白い」

ヤヌス侯爵

「あの男……ザビーネはまだ使えるのですか?」

地獄大元帥

「フフフ……」

 

 ザビーネ・シャル。地獄大元帥の見立てではあの哀れな男は既に、限界だった。そうでありながらDG細胞により無限に再生し動き続ける人形。いずれ遠くないうちに、彼はゾンビ兵へと成り果ててしまうだろう。

 だが、地獄大元帥……いや、Dr.ヘルは知っていた。DG細胞……その大元であるアルティメット細胞が本来、地球環境の絶対なる守護者として生み出されたものであると。

 

地獄大元帥

「おそらく、“巨神”とやらは純粋な生命力をエネルギーに変えるものだろう。そうでなければ理論上のエネルギーに説明がつかぬ。それも人間一人レベルの生命力ではないぞ。全ての命が持つ、“生きたい”と願う意志の力……」

 

 科学者としての頭脳は、Mr.ゾーンから得た僅かなデータから多くを推論し、仮説していく。その仮説が正しければ、“巨神”を完全に操ることなどできはしない。そう地獄大元帥は考えていた。だからこそ、利用できるかもしれないとも。

 だが、今大事なのは“巨神”の話ではない。Mr.ゾーンから齎された情報の中でも、最も優先すべき情報……VBが、マジンガーがここに現れるというものだ。

 

地獄大元帥

「よし、戦闘獣とメカザウルスの出撃準備を済ませろ。奴らがこの地へ踏み込んだ瞬間に、総攻撃で畳み掛ける!」

 

 地獄大元帥の号令と共に、無敵要塞から次々と機械の獣が、機械の竜が雄叫びを上げた。

 

 そして今……彼らの思惑通り。偉大な勇者グレートマジンガーは、そしてゲッターロボは最大の危機に立たされていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

竜馬

「クソッ、こいつら……寄ってたかってゲッターを狙いやがって!」

 

 翼竜型メカザウルスの群体によるゲッターへの、ゲットマシンへの波状攻撃は今なお続いていた。竜馬、隼人、弁慶の3人はそれぞれにミサイル弾を回避し飛び続けているが、マチュ・ピチュまでの飛行で燃料も大幅に消耗している。ゲッター炉心により供給され続けるとはいえ、長時間飛び続ければその分パワーダウンもする。本来ならばそれを考慮してもハイパワーを誇る二大スーパーロボット……即ちゲッターと、グレートマジンガーが切り込み役にやる事でその負担を減らす手筈だったが、アルカディア号よりも先行したことがここにきて仇となっていた。

 

弁慶

「なんとか合体のタイミングを見つけねえと、このままじゃ嬲り殺しだぞ!?」

竜馬

「わかってらぁっ! こうなったら隼人、弁慶。全速力で突っ切るぞ!」

 

 燃料は残り少ない。だが、ゲッターロボに合体すればまだチャンスはある。ギリギリの燃料を燃やし、竜馬のイーグル号が加速する。

 

弁慶

「お、おい竜馬!」

隼人

「弁慶、こうなったら竜馬の無茶に乗るしかねえ!」

弁慶

「ええい、南無三!」

 

 奥歯を噛み締め、ジャガー号が走る。合掌と共に、ベアー号が駆ける。最大戦速。ゲットマシンのスピードは、ミサイルの雨を掻い潜りながらも上がっていく。そして、

 

竜馬

「見えた! チェェェェンジゲッタァァァァッッワンッ!」

 

 空を震わせる叫びと共に、今再び3つの心は一つとなる。ゲッター1。合体の瞬間、全身から緑色の輝きを放ちメカザウルス達を威圧する。その光に、メカザウルスは恐怖にも似た叫びを上げた。

 

隼人

「こいつら……?」

竜馬

「ヘッ、ゲッターにビビってんのかよ、おらぁっ!」

 

 ビビらせついでとばかりに、腹部から緑色の熱光線……ゲッタービームを照射するゲッター1。その熱を受けた翼竜達は悲鳴のような声を上げ、みるみるうちに蒸発していく。

 

竜馬

「おい隼人、アルカディア号が到着するまであと何分だ?」

隼人

「およそ3分といったところだ。それまでゲッターのエネルギー残量が持つかどうか……」

 

 今のゲッタービームにも、相当量のゲッターエネルギーを使用した。ゲッタービームは撃ててあと1発が限度。冷静に分析しながら隼人は残るメカザウルスを睨み付ける。

 

竜馬

「だったら話は早え。残り3分、暴れるだけ暴れてやるぜ!」

 

 それでも竜馬の判断は、迅速だった。トマホークを展開すると、ゲッターはそれで次々と、メカザウルスの首を掻っ捌いていく。青い血とオイルの混ざった液体が噴射するメカザウルス。血に塗れながら、ゲッターは荒れ狂う。

 

弁慶

「竜馬、右だ!」

竜馬

「わぁってらぁっ!」

 

 右から飛来するミサイル。それをゲッターは背中のウィングを展開し風を切り、そして右手のゲッターレザーでミサイルごと真っ二つにし直進する。そしてミサイルを放ったメカザウルスをそのままゲッターレザーで切り刻み、そして翼を削ぎ落とす。

 竜馬の、ゲッターの戦いはあまりにも、荒れ狂っている。そのコクピットの中、隼人は一人冷徹に分析を続けていた。

 

隼人

(やはり、そうだ。 新型炉心に変更して以来、ゲッターは竜馬の叫びに呼応して出力を飛躍的に上昇させている……!)

 

 元々、ゲッターロボは3人のパイロットが心を合わせなければ真の性能は解放されないはずだった。しかし、今のゲッターは竜馬一人だけでも、今までのそれとは比べ物にならない力を発揮している。

 

隼人

(竜馬が、嵬だからか? だとしたら、ユウシロウとミハル。もし奴らがゲッターに乗れば……)

 

 余計な思考は、ゲッターを鈍らせる。それでも尚鬼気迫る強さを見せつける竜馬とゲッター1の姿は、隼人を戦慄させる。だが、今は余計なことを考える場合ではない。

 目の前の爬虫類は隼人の、いやゲッターの命を奪おうと死に物狂いで襲ってくるのだ。ならば、自分達も死に物狂いになるしかない。

 

隼人

「ぶちかませ、竜馬!」

 

 覚悟を決めて、隼人は叫ぶ。

 

竜馬

「おう! トマホゥゥゥゥク・ブーメラン!」

 

 放り投げられたトマホークが回転し、翼竜を叩き切る。血とオイルの混じった液体を吹き出しながら、メカザウルスは倒れていく。しかし、多勢に無勢。いつまでも優勢が続くわけはない。

 

地獄大元帥

「よし、対空部隊の増援を出せ!」

 

 地獄大元帥の号令でデモニカより発進する翼竜型メカザウルス達が更ゲッターへ向かい、ミサイルによる波状攻撃。激闘の中で消耗するゲッターに、それを捌き切る余力はなかった。

 

竜馬

「うぉっ!?」

弁慶

「おい、竜馬!?」

 

 サーカスのように飛び回るミサイルの軌道。さらに自爆覚悟で突っ込んでくる手負いのメカザウルス達。それらを前についに、ゲッターは被弾する。その衝撃に揺さぶられ、急降下するゲッター。

 

鉄也

「ゲッター!?」

 

 助けに行こうと反転するグレートをしかし、無敵要塞デモニカは見逃さない。

 

地獄大元帥

「逃さんぞマジンガー。デモニカ突撃!」

 

 デモニカの巨大な質量が、グレートマジンガーを襲う。衝撃に突き飛ばされ、グレートも再び体勢を崩してしまう。

 

鉄也

「クッ……。お前が、ミケーネの新たな指揮官だな。正体を現せ!」

 

 怒鳴り、ブレストバーンを発射する鉄也。ブレストバーンの高熱はジリジリとデモニカを焼いていくがしかし、今までの戦闘獣とデモニカでは装甲の厚さが違う。焼かれながらもデモニカは、まるで無傷かのように超然としていた。

 

地獄大元帥

「グフフ……。よかろう、この顔を見るがいい!」

 

 そう言って、地獄大元帥はデモニカの通信モニタをグレートの周波数と繋いだ。ミノフスキー粒子の薄い今、その顔はくっきりと見える。

 

鉄也

「お、お前は……!?」

 

 直にその顔を見たことはなかった。しかし、写真や映像で何度も目にしている。そいつは戦闘獣のように頭部と別の位置に、本体とも言うべき顔があった。それは頭のさらに上部に存在し、その部分はまるで水槽のようになっている。

 しかし、泳いでいるのは魚ではない。コードのようなものに繋がれた、人間。まるで死人のように青白い肌をした、老人。

 

鉄也

「ドクターヘル……!?」

 

 ドクターヘル。かつて、兜甲児とマジンガーZによって倒された悪の科学者。

 

地獄大元帥

「フフフ……はじめましてだな。剣鉄也君。ワシの名は地獄大元帥。マジンガーへの憎しみにより蘇った。地獄への案内人よ!」

 

 その目は、憎しみと悪意に満ちている。まるで地獄の底から鉄也を、マジンガーを沼底へ引き込もうとしている地縛霊のように。鉄也は戦慄する。それと同時に、一つの可能性に思い当たる。

 

鉄也

「貴様もあのライラとかいう小娘の力で蘇ったのか? あのザビーネやミケロ、ショット・ウェポンのように……」

 

 死者を蘇らせる力。それを持つ者がいる。ならば今目の前ににいるドクターヘルも、それと同じなのではないか。そう、鉄也は考えた。しかし、地獄大元帥……もといドクターヘルは戦闘獣の頭を大仰に振ることでそれを否定する。

 

地獄大元帥

「あの小娘の力は確かに強力だ。だが、ワシは違う。ワシは闇の帝王によりこの戦闘獣の身体と、お前達マジンガーへの憎しみを与えられて蘇ったのだ!」

鉄也

「地球がミケーネの、闇の帝王のものになってもいいというのか!? お前は自分自身で世界を征服したかったんじゃないのか!」

地獄大元帥

「黙れ! その野望を潰したのは貴様らマジンガーに他ならん。ワシの世界征服は剣鉄也、そして兜甲児への復讐を果たしてからでなければ始まらんのよ!」

 

 地獄大元帥の叫びと同時、デモニカの口が開く。再びのミサイル攻撃。本来なら躱せる攻撃。しかし地獄より蘇ったドクターヘルという存在が、鉄也の精神を揺さぶる。

 その動揺は、一瞬の隙となった。

 

鉄也

「まずい!?」

 

 咄嗟にレバーを引き、グレートを加速させる。だが、間に合わない。それを鉄也は戦士の勘で理解すると、グレートの両腕で防御の姿勢を取る。

 もう一度あんなものを喰らえば、いかにグレートとて。万事休す。そんな言葉が浮かんだ

ではいたが、何もしないよりは万に一つの可能性に賭けるしかない。鉄也はその一瞬の間にそう判断し、グレートの耐久力を信じることを選んだのだ。

 

地獄大元帥

「いかにグレートマジンガーと言えど、デモニカのミサイルを二度も耐えられるものか!」

鉄也

「どうかな、やってみなくちゃわからないぜ!」

 

 そうは言うものの、デモニカのミサイルがメガトン級の破壊力を誇っていることは一撃目で実証済み。たとえグレートが無事でも、鉄也が無事で済む保証はどこにもない。

 それでも、覚悟を決めるしかなかった。

 

鉄也

「命を燃やす時が来た。どこからでも来やがれ!」

 

 例え鉄也が死んだとしても、グレートマジンガーさえ無事ならば問題ない。きっと第二第三の剣鉄也が、今ネオジャパンコロニーにいる兜甲児と共にこの戦いを引き継いでくれる。

 ならばこの命、ここで燃え尽きても構うまい。鉄也は操縦桿を握り、ミサイルを耐えるべく歯を食いしばる。

 地獄大元帥は確信している。このミサイルをグレートは耐えられないと。そこに隙がある。例え腕を捥がれ脚を失おうとも、グレートの全身には無数の武器がある。

 そのありったけをぶちかます隙。

 それはこのミサイルを耐えた先にしか存在しないからだ。

 だが、そうはならなかった。

 

鉄也

「何だ、レーダーに熱源反応……!?」

 

 急速で接近する機影。あり得ないスピードだった。まるで稲妻を描くようにマチュ・ピチュへ接近するそれを、グレートのレーダーは観測する。

 いやグレートだけではない。デモニカ艦内でもその不穏な影は捕捉されている。

 

ヤヌス侯爵

「地獄大元帥、これは!?」

地獄大元帥

「あり得ん。この速度でこの軌道を描けば、全身がバラバラになるはずだ!?」

 

 天才科学者の頭脳を持つ地獄大元帥ですら驚愕する速度。物理法則を無視した軌道。それは瞬く間にグレートへ……否、グレートへと迫るミサイルの真上に飛来する。

 

拓馬

「うぉぉぉぉぉっ、地獄へのエレベーターだぁぁぁぁっ!?」

 

 天の鬼。まるで悪鬼のような凶悪な形相をし、

背中に生える棒状の9枚羽根を広げる赤き鬼神。巨大なマサカリを構えるその姿は、そして赤い体躯の所々に緑色に輝く光は。

 

弁慶

「お、おいあれは!?」

隼人

「俺の知らない、ゲッターだと!?」

 

 ゲッターロボ。竜馬、隼人、弁慶が今まさに乗りメカザウルスと熾烈な戦いを繰り広げる赤鬼。機体の形状こそ大きく違うがそこから発せられるイメージ、その機体が纒うゲッター線の輝き。

 

竜馬

「あのゲッターは……!?」

 

 ドクン。と竜馬の心臓が鳴った。それは、彼の知らない未知のゲッター……いや、その中に宿る心に感応したのかもしれない。

 

「ぶちかませ、拓馬!」

拓馬

「うぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 未知のゲッターロボは右手に持つマサカリ……ゲッタートマホークを振りかぶり、ミサイルを叩き切る。

 

地獄大元帥

「何だと!?」

鉄也

「あの質量のミサイルを、叩き切った!?」

 

 全てのマシンが不可能なわけではない。事実、ダンクーガは大型ダインスレイヴ弾頭を切り裂くことに成功しているし、遡れば一年戦争でアムロ・レイはガンダムで水爆ミサイルを斬り捨てている。

 だが、デモニカのミサイルを瞬時に斬り裂くそのスピードは鉄也の常識には存在しない。

 

拓馬

「へっ、どうやらここが地獄のど真ん中らしいな!」

カムイ

「ああ、ゲッター線の反応を辿り来てみれば、ドンピシャだったらしい」

「俺の予感も、どんぴしゃだ」

 

 未知のゲッターのコクピット……それぞれのゲットマシンの中。それぞれのパイロットが声を上げる。

 

カムイ

「これは……メカザウルスだと?」

拓馬

「カムイ……」

 

 その内の一人。赤い瞳に金髪の少年は周囲を見回し、苦々しく呟く。カムイと呼ばれたその少年はゲッターロボからこちらへ視線を変える翼竜達を見て、目を細める。

 

カムイ

「いや、いい。例え同胞が相手でも俺は、俺の使命を……贖罪を貫く」

拓馬

「ああ。そうだな」

 

 未知のゲッター。その存在に恐怖するかのようにメカザウルス達は一斉に、その標的を未知のゲッターへと変えた。翼を広げ、ミサイルの雨をたたみかけるように放つメカザウルス。

 

鉄也

「あ、危ない!?」

 

 だが次の瞬間、未知のゲッターは背中の棒状のウィングを広げる。ミサイル攻撃を避けようともせずに。ウィングを広げたその姿はどこか、絵に描かれた鬼……鉄也も見たことのある、雨雲に乗り太鼓で雷を起こす鬼のように見えた。

 そして、棒の一本一本から放たれる閃光。それは鉄也には馴染みのあるエネルギー。

 

鉄也

「あの背中の全てが、サンダーブレークなのか!?」

 

 サンダーブレーク。グレートマジンガー最大の必殺技であるそれと同等か、それ以上のエネルギーを一瞬で溜め込み、放出する。竜馬達のゲッターにはないそれこそが。

 

拓馬

「サンダァァァァッッボンバァァァァッッ!」

 

 サンダーボンバー。竜馬達のゲッターには存在しない超高熱のプラズマ攻撃が、ミサイル諸共次々とメカザウルス達を焼き焦がしていく。悪鬼が如きその形相と相まって、未知のゲッターはまさしく伝説に残る鬼そのものとも言うべき存在感を放っていた。

 

地獄大元帥

「バ、バカな。一撃でメカザウルスの過半数を壊滅させただと!?」

 

 メカザウルスは戦闘獣に比べ、一体一体が強力なわけではない。しかし、群れを成しての戦闘力には目を見張るものがある。それをたった1機で壊滅に追い込むその力に、地獄大元帥は驚愕する。

 

隼人

「お前は……何者だ。何だ、そのゲッターは!?」

 

 隼人が叫ぶ。未知のゲッターは二振りのトマホークをひとつに合体させ、その視線はデモニカを見下ろしている。

 

拓馬

「こいつはゲッターアーク。俺の名は、流拓馬!」

弁慶

「ながれ、だと!?」

隼人

「まさか、お前は……!?」

竜馬

「!?」

 

 未知なるゲッターロボ。ゲッターアークは巨大なトマホークを振り上げ、デモニカへと駆けていく。

 

拓馬

「親父の名は、流竜馬だァァァァァァッ!!」

 

 

 

……………………

第27話

「運命の申し子!

 出撃ゲッターロボアーク!」

……………………

 

 

 

 

竜馬

「俺の……息子?」

 

 あり得ない。竜馬の額に一瞬、冷や汗が浮かぶ。

 

弁慶

「竜馬、お前……ちゃっかりやることやってたのか!?」

竜馬

「なわけねえだろ!? てめぇじゃあるめえ!」

 

 大体、自分の子供だとしたら余計にあり得ない。今の竜馬は二十歳。対してゲッターアークに乗る少年……拓馬はモニタ越しだしヘルメットもしているが、精々が十代半ばに見える。

 子供がここまで成長しているとするならば、竜馬の子供が出来たのは、多少遅く見積もっても竜馬が5、6歳の頃と言うことになる。

 

隼人

「どうだかな。俺達が黒平安に迷い込んだ時、3人の時間は全て微妙にずれていた。ゲッターの関わる時間軸では、何が起こっていてもおかしくねえ」

竜馬

「隼人てめえまで!?」

 

 何とかして誤解を解かなければ。そんな焦りが竜馬の中で生まれていた。このバカ二人だけならいい。だがVBの面々……ユウシロウやドモン、槇菜。それに三日月やオルガ、ハーロックらにまで誤解されたらと思うと焦りで操縦感を握る手が震えてしまう。

 しかし、今はそれどころではない。ゲッター1はアークの側まで移動すると、トマホークを構え背中合わせの陣を作る。

 

竜馬

「てめえ、一体何の目的だ!?」

拓馬

「この声……」

 

 親父。拓馬が以前、ゲッターエンペラーの中で聞いたそれと同じ声がする。細部こそ違うが、ゲッターの形状も親父が乗っていたというゲッター1に近い。拓馬は確信する。目の前にいるゲッターのパイロットが、流竜馬であると。

 

カムイ

「…………俺達は、早乙女博士からの伝言を受けてこの地にきた」

隼人

「何ッ!?」

「敵が来る。地球を……全ての生命を無へと還す強大な敵が」

弁慶

「まさか……」

 

 巨神。木星で目覚めを待つというその存在を弁慶は感じ、戦慄する。

 

拓馬

「だが、そんなものは関係ねえ。俺達は、俺達自身が運命を切り拓くためゲッターに乗っている」

竜馬

「……へっ。なるほどな」

 

 拓馬達が、ゲッターアークが何のためにここに現れたのか。その理由を竜馬は直感していた。

 

竜馬

「いいぜ。お前らがお前ら自身の運命と戦うっていうなら、信じてやるよ。ゲッターアーク!」

拓馬

「……恩に切るぜ、親父!」

 

 次の瞬間、アークが加速した。

 

「どうやらあのデカブツが、メカザウルスどもの要塞らしいな!」

拓馬

「事情はわからんが、今ゲッターを破壊させるわけにはいかねえ!」

 

 双刃のゲッタートマホークを振りかぶり、アークが吼える。自分よりも遥かに巨大な無敵要塞デモニカに向けて。

 

地獄大元帥

「ええい何をしておる! 対空砲火を絶やすな!」

 

 突然の乱入者を前にし、そして驚異のパワーを前にしても地獄大元帥は怯まなかった。むしろ怯む部下を叱咤し、自ら指揮を執る。火砲をアークへ向けて放ちまくりながら、迫るアークから離れるように距離を取っていく。

 

ヤヌス侯爵

「地獄大元帥?」

地獄大元帥

「機を見て撤退する。今の戦力であのゲッターアークまで相手にはできん!」

 

 無敵要塞デモニカの戦力は、まだ十分に残っている。しかしここでゲッターアークを相手にすれば、アルカディア号との対決に不安が残る。

 何より、アルカディア号の到着までにグレートマジンガーとゲッターロボを血祭りに上げ、奴らの戦意を削ぐのが当初の作戦だった。その作戦はアークの乱入により失敗に終わったと言っていい。

 ならば、Mr.ゾーンから齎された核兵器の情報や木星軍の「(ゼウス)の雷」計画。それらを利用し新たな作戦を立てたるべき。そのためには、今ここでやられるわけにはいかなかった。

 

鉄也

「逃げる気か!?」

拓馬

「逃すかァッ!」

 

 ゲッターアークが吼える。デモニカの火砲を避けながら、一気に距離を詰めていく。

 まるでUFOのような軌道を描き、アークの戦斧がデモニカの間近へ迫った。次の瞬間にはその一振りが降ろされる。誰もがそれを確信した。その時だった。

 血のように赫いオーラを纏う青いマシン。この世の悪意を形にしたかのようなそれがアークの前に立ちはだかる。髑髏のような眼窩を持ち、全てを憎む邪霊。

 

紫蘭

「その男をやらせはしない」

 

 邪霊機ニアグルース。その魂魄を穿つ漆黒の拳が、トマホークを受け止めていた。

 

カムイ

「何!?」

拓馬

「こいつは……!」

「気をつけろ拓馬。このマシンはヤバい!」

 

 三者三葉の言葉を発し、邪霊機と対峙するゲッターアーク。その後方で、デモニカはマチュ・ピチュを離脱せんと戦闘空域を離れていく。

 

地獄大元帥

「貴様、なぜワシを助ける?」

 

 地獄大元帥からしたら、自分が助けられる理由がない。だが、この場において渡りに船なのも事実。

 

紫蘭

「……お前には役目がある。お前の憎しみは糧になる」

地獄大元帥

「…………」

 

 紫蘭が、邪霊機が、邪神の輩が何を考えているのかなど、地獄大元帥には知る由もなかった。だが、紫蘭のその言葉には言外の意味を感じ取る。即ち、利用価値があるから助けたと。

 

地獄大元帥

「……それもよかろう。だが覚えてけ邪神の輩よ。ワシが貴様達の思い通りに動くとは思わぬことだ」

紫蘭

「俺には興味のない話だ」

 

 吐き捨てた捨て台詞も、紫蘭には効果がない。それを確認し地獄大元帥は、万能要塞デモニカはマチュ・ピチュから遠ざかっていく。

 

鉄也

「待て、地獄大元帥!」

竜馬

「てめえ、逃げる気か!」

 

 グレートとゲッター1がデモニカを追おうと加速する。しかし次の瞬間、ニアグルースから放たれる瞬足の蹴り。脚圧が衝撃波となり二機を足止めする。

 

鉄也

「何だと!?」

隼人

「データにない攻撃か!」

 

 ゲッターアークを中心に左右にグレートマジンガーとゲッター1。3機と対峙しながらニアグルースは一切隙を見せない。それは今までの、もう一つの邪霊機を駆る少女・ライラの人形だった頃の紫蘭とは別次元の存在感を……言うなればプレッシャーを醸し出していた。

 

竜馬

「どきやがれ! さもなきゃ地獄へ送ってちゃるぜ!」

 

 ゲッターの肘部に内蔵される刃、ゲッターレザーを構え竜馬が怒鳴る。

 

紫蘭

「ゲッターロボ……流竜馬。無限地獄を彷徨うのは、お前の方だ」

竜馬

「!?」

 

 無限地獄。かつて安倍晴明に吐かれた呪いの言葉。まるでゲッターに選ばれた者の運命とでも言うかのように、その言葉が竜馬の耳に残る。

 

竜馬

「黙りやがれ! 地獄だろうが何処だろうが関係ねえ!」

 

 ゲッターレザーを展開し殴りかかるゲッター1。それをニアグルースも、肘の刃で受け止め、すかさずの回し蹴り。ゲッターはそれをオープンゲットで回避すると、瞬時にゲッター2へ変形。ドリルストームを繰り出し、竜巻がニアグルースへと迫った。それと同時、ニアグルースの腹部が穴を穿つように展開する。その中心点……血に濡れたその機体色よりさらに赤黒い部分にエネルギーが収束していく。そして、照射。

 

隼人

「でぇゃっ!」

紫蘭

「吹き荒べ……瞬黒!」

 

 瞬黒。そう呼ばれた黒いエネルギー砲がドリルストームの嵐とぶつかり、せめぎ合う。それはやはり、今までのニアグルースには存在しなかった機能だ。

 

隼人

「チッ!」

紫蘭

「暗黒の海に呑まれて、溺れろ!」

 

 ニアグルースの放つ漆黒の波動が、ドリルの嵐を突き破りゲッターへと迫る。しかし、その漆黒はゲッターへは届かない。飛来する銀の弾丸が、闇を祓ったのだ。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

マーガレット

「紫蘭……!?」

 

 銀の弾丸が飛んできた方角から、光焔の翼を広げて迫るものがある。エクス・マキナ。旧神と呼ばれ、邪なる者を灼く機神。その後方には巨大な髑髏の旗を掲げる海賊艦アルカディア号。

 

ハーロック

「竜馬、隼人、弁慶、鉄也、無事か!」

鉄也

「アルカディア号! みんなが来てくれたか」

竜馬

「来るのが遅せぇんだよ!」

 

 エクス・マキナに続き、続々と出撃するマシン達。アッカナナジンにヴェルビン、ビルバイン、ゴッドマジンガー。ガンダム・バルバトスルプスレクス。アシュクロフト。

 

三日月

「オルガ、あの蝙蝠みたいなのは何?」

オルガ

「俺が知るかよ。見たところ、ゲッターに似ているが……」

 

 ゲッターアークの存在を確認し、バルバトスはテイルブレードを振りながらアークを睨め付ける。まるで、群れの中に入り込んだ部外者を警戒する獣のように。

 

弁慶

「待て待て。三日月、そいつは味方だ」

隼人

「ああ。ミケーネの攻撃で窮地になっていたところを、俺達はゲッターアークに助けられた」

三日月

「そっか」

 

 隼人、弁慶から説明され、バルバトスは警戒する相手を変える。“厄祭戦”の墓場の世界でエクス・マキナと戦っていたマシン。ニアグルースへと。

 

チャム

「ショウ、あの敵……!」

ショウ

「ああ。以前に戦ったよりも深い、嫌なオーラ力を纏っている」

エイサップ

「でも、あの赤い女の子の方とは違う。憎しみと絶望のオーラ力じゃありませんよこれ」

 

 今まで対峙したニアグルースは、確かに悪意のオーラを纏っていた。しかし、それは邪霊機というマシンが放つオーラ。今回のそれは違う。

 

 

紫蘭

「マーガレットか……」

 

 紫蘭。そうマーガレットが呼ぶ男の放つ存在感。そのオーラ力が明確な悪意と害意を伴って、こちらを睥睨する。ニアグルースを駆る紫蘭は構えを解かずしかし、エクス・マキナとの距離を開いた。まるでマーガレットから逃げるように。

 

槇菜

「……マーガレットさん、あのマシン」

マーガレット

「…………」

 

 その動きは、以前に戦ったニアグルースとは違う。確かな意志を持つ者の動きだ。

 

マーガレット

「紫蘭、あなた……自分の意志を取り戻したの?」

紫蘭

「ああ。無論、この身体は生前と全く同じと言うわけではない。今の俺はさしずめ、生きた死体というわけだな」

槇菜

「リビングデッド……」

 

 生ける屍。ライラは、ザビーネやミケロをそう表現していた。今の紫蘭は、それらと同じと言うことだろうかと槇菜は考える。しかし、銃を握るマーガレットには、そんな余裕はない。

 

マーガレット

「だったらなんで、こんなことをするの。私の知ってる紫蘭は……」

 

 紫蘭・カタクリという男はマーガレットにとって、大きな夢を見せてくれる男だった。貧しく沈んでいくアメリカにあって、夢と平和を人々に与えたいと語ってくれた夜をマーガレットは一夜たりとも忘れたことはない。

 そんな紫蘭の心を踏み躙り、悪の尖兵にしたライラを許すことはできない。それが、ただの兵士だったマーガレットを戦士として歩ませてくれる原動力だった。

 それなのに、今の紫蘭は自らの意思で悪魔の手先をやっている。

 

紫蘭

「お前の知っている俺、か……」

 

 紫蘭はどこか、昔を懐かしむように遠い目をした。その一瞬、ニアグルースの構える拳が緩んだように見え、マーガレットは無言で銀の弾丸を撃ち込む。だが、それはニアグルースの掌から放たれる気弾に阻まれ、本体には届かない。

 

紫蘭

「お前に語った言葉。そこに嘘や偽りはない。俺は今でも、俺の夢のために戦っている」

マーガレット

「嘘をつくな! だったら……だったらどうして」

 

 どうして私の隣にいない。

 どうして私に、愛を囁いてくれない。

 どうして、どうして、どうして。そんな思いばかりがマーガレットの思考を圧迫する。圧迫された思考は正常な判断力を失わせ、マーガレットの照準を狂わせる。2発、3発。何度撃ち込んでもエクス・マキナの銀の弾丸は、ニアグルースに届かない。

 

マーガレット

「どうして、どうして!」

 

 どうして当たらない。どうして届かない。どうして紫蘭は私のところに帰ってこない。どうして紫蘭は、あの少女を選ぶ。

 

槇菜

「マーガレットさん、落ち着いて!」

マーガレット

「ッ!?」

 

 槇菜の叫びに、正気に返る。それと同時に、猛烈な羞恥心がマーガレットを襲った。

 

槇菜

「あの人のことを、私は知りません。だけど、マーガレットさんの大切な人なら……」

 

 戦いたくはない。できることなら説得したいという気持ちが槇菜にはあった。同じコクピットに乗り、命を預け合うマーガレットにはそれが理解できる。だが、しかし。

 

マーガレット

「……無理よ。紫蘭は本気で私と袂を分かった。だから、せめて」

 

 せめて、私の手で殺す。それだけが、マーガレットが恋人としてしてやれること。

 

槇菜

「そんなの……」

 

 悲しすぎる。そう言おうとして槇菜は口を噤む。だが、それでも。

 

槇菜

「……わかりました。マーガレットさんがそれを望むなら、私も力を貸します」

 

 目の前にある邪霊機を滅することにも、その核として活動する紫蘭を屠ることにも躊躇うつもりはない。槇菜は、エクス・マキナは盾を作り出しニアグルースを見据える。

 しかし、対するニアグルースの紫蘭は、不敵な笑みを浮かべていた。

 

紫蘭

「残念だが……ここでお前達は死ぬことになる。そして、それは俺の手による死ではない」

 

 そう、紫蘭が呟いたその瞬間。時空が震え、空が揺れる。

 

ラ・ミーメ

「時空振動を感知。これは……!」

ハーロック

「リーンの翼が共振した時と同じ、いや……それ以上の振動だと?」

 

 それと同時、天から後光が射す。その光を、竜馬達は……あの時、豪和の里にいたメンバーは知っている。

 

槇菜

「これって……」

ヤマト

「来やがったか!?」

 

 後光から舞い降りるそれは、神々しい姿をしていた。黄金に輝く神仏。その神々しさとは裏腹に、敵意に満ちた視線で彼らを睨めるもだった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

多聞天

「そうか……旧神は覚醒し、リーンの翼の沓までも揃っていたか」

 

 神。以前そう名乗りゲッター線の、それに選ばれた種族である人類の根絶を謳った四天王の最後の一人である多聞天。だが、以前戦った時とは違う。

 

カムイ

「なんだ、あれは……?」

拓馬

「ウザーラよりもデケぇ……」

 

 天空遺跡とも言うべきマチュ・ピチュの大地に降り立たず、標高2400mの高知から上半身を覗かせる。

 

隼人

「バカな。そんな質量……重力崩壊を起こすはずだ!」

多聞天

「お前達をこの地で完全に屠る。その為に四天王の力を結集したのだ!」

 

 それこそが神の御業であるとでも言いたげに、多聞天は荘厳な眼差しでゲッターを睨む。

 

紫蘭

「神。宇宙の進化を見守る者……人間はそれすらも敵に回したというわけだな。ククク」

マーガレット

「何を言って……!」

紫蘭

「静寂の宇宙に、人間はもはや不要ということだ」

 

 ニアグルースが空を蹴り、飛び上がる。エクス・マキナはハンドガンから放たれる銀の弾丸でそれを追撃するが、破邪の銀は多聞天の放つオーラ……或いは念力、神通力のようなものに阻まれ落ちていく。

 

多聞天

「人間に味方するというならば、旧神とて容赦はできぬ」

槇菜

「っ……!?」

マーガレット

「待て、紫蘭!?」

 

 マーガレットの叫びを無視するように紫蘭は、ニアグルースは空を駆けていく。まるで、彼女の声など聞く耳持たぬかのように。

 

紫蘭

「マーガレット」

 

 だが最後に、紫蘭は小さく囁いた。

 

紫蘭

「お前を愛したのは、紫蘭・カタクリという人間の本心だ」

マーガレット

「な……!?」

 

 その言葉が、マーガレットの照準を鈍らせる。それでも、

 

紫蘭

「だが今は……一人の人間の感情など、塵芥にも等しい」

 

 次に放たれるのは、拒絶の言葉だった。

 そしてニアグルースは、マチュ・ピチュの空から消えてしまう。マーガレットの心を残し。

 

マーガレット

「紫蘭……」

 

 それでも、マーガレットはその銃口を今度は多聞天へ向ける。泣いている暇などどこにもないと、彼女も理解していた。

 

マーガレット

「お前が神だと言うなら、何故紫蘭を助けた!」

多聞天

「この宇宙に静寂と安寧を。その志において我らとかの邪霊は同志と言える。この宇宙から喧騒と暴虐を取り除く。その目的は一致しておる」

 

 そう言って左手を翳す多聞天。その瞬間、エクス・マキナの全身に強烈な重力がのしかかる。明らかにその一点のみに発生する超重力が、セラフィムの翼すらも跳ね除けエクス・マキナを落下させ、大地へ押し付ける。

 

槇菜

「ァッ……ァァッ!?」

マーガレット

「息が……重い……!」

 

 念動力。或いは神通力。そうとしか言いようのない得体の知れない力で、多聞天はエクス・マキナを抑えつけていた。

 

三日月

「マーガレット!」

竜馬

「野郎!」

 

 ゲッター2からゲッター1にチェンジし、竜馬が行く。トマホークブーメランが緑色の輝きを纏い、多聞天へと迫る。しかしトマホークは多聞天へ命中する事なく、その直前で加速を失い落ちていく。

 

隼人

「あれは、念動力によるバリアみたいなものか?」

ハーロック

「あの質量を維持しているのも、バリアによるものかもしれん」

鉄也

「…………」

 

 その一連の光景を見ながら、分析する3人。一方で、トマホークを投げた張本人。流竜馬は神……多聞天へ啖呵を切り、ゲッターはその巨体へ迫っていた。

 

竜馬

「さっきから黙って聞いてりゃ、言いたい放題言いやがって! てめぇら神様はどいつもこいつも、余計なお世話なんだよ!」

 

 注意がゲッターへと向いたその瞬間、一瞬だけ弱まった重力波からエクス・マキナは光焔の翼を広げ飛び立ち離脱。すぐ様シールドを召喚し、再び多聞天へと向き直る。

 

槇菜

「あなたが神様ならどうして、人間を滅ぼそうとするんですか。そんなに、人間は悪いことしたんですか?」

多聞天

「ゲッターの進化は、その起源はここで断たねばならん。ゲッター線に選ばれし種族……人間もまた宇宙の静寂を乱す存在。“発動”の時を回避するためには、人類をその歴史ごと消し去らねばならぬ」

竜馬

「ケッ、もっともらしい御託を並べようとな。こっちだってはいそうですかと殺されるわけにはいかねえんだ!」

 

 ゲッターが、多聞天と対峙する。その体格差……否、質量差は一目瞭然。ゲッターに残ったエネルギーも決して多くはない。そうでありながら、竜馬の闘志は衰えない。むしろ煮えたぎり、それに応えるようにゲッターの力も増していく。

 

カムイ

「…………」

 

 その様子をゲッターアークの中で、カムイは複雑そうに見守っていた。

 

拓馬

「カムイ……」

 

 ゲッターの撲滅。それはかつて、カムイ自身も掲げたこと。そして今でもそれは正しいと認識している。

 

カムイ

「俺達の宇宙では遥かな未来、ゲッターと人間は宇宙を侵略する怪物と化した」

「ああ……」

カムイ

「だが俺は今こうして再びゲッターに乗り、無限の宇宙を渡り歩くお前達の旅に加わっている」

 

 故に、多聞天の……神を名乗る者の理屈は認められるものではない。アークもまたトマホークを握り締め、多聞天の巨躯に挑む。

 

拓馬

「そうだな。俺達は俺達の力で運命を切り開く。誰かの勝手で滅ぼしたり、滅ぼされたりするのはもう真っ平ごめんだ。そうでなきゃ、俺達にはどんな未来だってありはしねえんだ!」

 

 高速の軌道で、多聞天へと迫るアーク。振り上げた一撃はしかし、多聞天の眼光より発される念力により阻まれてしまう。

 

多聞天

「異なる宇宙のゲッター。いや、多元宇宙の放浪者か」

カムイ

「俺達が何者かなど、お前には関係ない。今ここで死ぬお前にはな!」

 

 念動力を受けながらも、馬力で進んでいくアーク。その頭部に光が灯るのを、多聞天は見逃さない。

 

拓馬

「ゲッタァァァッビィィィィム!!」

 

 叫びと共に、ゲッター線の光が神を襲う。念動障壁を突き破り、アークのゲッタービームが多聞天の肩に命中した。

 

多聞天

「これは……!」

拓馬

「アークの力はこんなもんじゃねえぜ。カムイ!」

カムイ

「ああ。オープンゲット!」

 

 瞬間、3つのゲットマシンに分離したアーク。ゲットマシンの状態で多聞天へと突撃し、ゲッタービームがこじ開けた小さな穴に突っ込んでいく。

 

カムイ

「チェンジ! ゲッターキリク!」

 

 現れたのはゲッター2に似た、しかし右腕のドリルとは別に巨大な鋏を持つゲッター。ゲッターキリクは滑空しながらブーストし、その超高速の機動で多聞天の周囲を旋回する。

 

カムイ

「見せてやろう。これが司令直伝の、0.01秒の世界!」

多聞天

「ヌゥ……!」

 

 目にも止まらぬスピードの旋回。その間にキリクはドリルで、鋏で、多聞天の各部を切り刻んでいた。普通の動体視力では何をしているのかすらわからない攻撃。しかしその攻撃は着実に、多聞天へのダメージを蓄積させる。

 

多聞天

「だが、効かぬ! そのような攻撃が神に効くと思ったか!」

 

 多聞天はその巨大な右腕で、ゲッターキリクを振り落とす。質量差は歴然。並のモビルスーツならそれだけでバラバラに落とされるだろうはたき落としにより、ゲッターキリクが落下していく。

 

「カムイ、オープンゲットだ!」

カムイ

「ああ。オープンゲット!」

 

 衝撃をものともせず、タイミングよく分離するゲットマシン。そして次の瞬間、ゲッターは巨大なスパイクタイヤに変形していた。

 

「チェンジ、ゲッターカーン!」

 

 ゲッターカーン。ゲッター3に似た重量級。しかしスパイクタイヤ形態への2段変形機能により、ゲッター3にはない突進力を実現した機体。そのスパイク形態による突撃・スパイククラッシャーが多聞天の腹へとぶち込まれる。

 

「おぅりゃぁっ!」

多聞天

「こやつら……!」

 

 怒髪天を突く。多聞天は怒りの形相と共に念力を発し、ゲッターカーンを弾き飛ばす。

 

「うぉっ!」

 

 今の多聞天は、神の力により質量を無尽蔵に増加させた最終形態。この惑星で戦える限界のサイズにまで自らの質量を変化させたことにより、通常の人型兵器の攻撃など塵芥にも等しい。故にゲッタービームも、ドリルアタックも、スパイククラッシャーも多聞天に致命傷を与える一撃には至る事はなかった。

 しかし、もし以前と同じ姿で戦っていたら。自分も広目天や増長天、持国天と同じ末路を辿っていただろう。そう確信するのに十分な力をアークは持っている。

 

多聞天

大日如来(アーク)千手観音音菩薩(キリク)不動明王(カーン)などと……神仏の名を使うか。ゲッターが!」

カムイ

「名付けたのは俺たちじゃない。文句は神司令に言うんだな」

 

 減らず口を叩くカムイ。そして次の瞬間だった。

 

多聞天

「何……?」

 

 猛スピードで神へと突っ込む、白銀の翼。それが多聞天を守るバリアへとぶち当たる。

 

多聞天

「これは、魔神の翼か!」

鉄也

「そうだ、名付けてグレートブースター。どんなものでも貫き砕く、勇者の翼をお見舞いしてやるぜ!」

 

 偉大な勇者、グレートマジンガー。グレートの放つ必殺兵器が、神の護りへと飛び込みそして、貫いたのだった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

鉄也

「アークのゲッタービームが、敵の懐に穴を開けたか!」

ハーロック

「どうやら一定以上の出力でバリアを破れば、敵の懐へ飛び込めるらしい」

 

 その瞬間を、剣鉄也は見逃してはいなかった。そしてそれはキャプテンハーロックの隻眼も同様である。

 

エイサップ

「でもどうするんです? ダンクーガやブライガーがいればともかく、今の俺達であのバリアを突破できるのは……」

 

 新型炉心に切り替えたゲッターなら、可能かもしれない。しかし、ゲッターはここまでの戦いでかなり消耗しているのも事実だった。

 

槇菜

「エクス・マキナには、あそこまでの出力を一度に放出できる力はないし……」

ヤマト

「ゴッドマジンガーもだ。クソッ!」

三日月

「…………」

 

 一瞬、バルバトスのリミッターをさらに一段階解除するという選択肢が三日月に浮かび上がった。しかし、右手に巻きつけられたアトラのミサンガが視界に入り、その思考を棄却する。

 恐らく、これ以上リミッターを外せば今度こそ、三日月は戻って来れなくなる。そうなった時、自分がどうなってしまうのかを三日月は本能的に理解しそして、忌避していた。

 

鉄也

「……キャプテン。俺に考えがある」

 

 そんな中で、突破口を見出したのが鉄也だった。

 

ハーロック

「鉄也。まさかあれを使う気か?」

 

 出立の際、兜剣蔵博士から渡された秘密兵器。その名もグレートブースター。グレートマジンガーのスクランブダッシュを遥かに越える加速力を有し、その加速とマジンガーとの分離、合体機能を掛け合わせることでブースター自身を直接敵にぶつけることが可能な特攻兵器。

 

トチロー

「無茶だ。まだ一度もテストしてないんだぞ?」

 

 グレートブースターの速度はマッハ5。もし合体中に衝突事故でも起きようものなら、グレートマジンガーとてバラバラになってしまうだろう。

 

鉄也

「だがグレートブースターの最大出力ならば、あの訳のわからんバリアを破れるかもしれん!」

 

 鉄也の目に、迷いはない。迷いや恐れを捨てた心。明鏡止水。ドモン・カッシュとの修業の中、鉄也自身は何度も己の心を見つめ直してきた。

 

鉄也

「以前の俺なら、自分の力を証明するために無茶をやっちまったかもしれない。だが、今は違う。これは全員で生き残り、明日を掴むための最善手だ」

 

 命を捨て、命を燃やす。その果てにこそ明日を切り拓くことができる。捨て鉢の特攻とも取れるこの提案は鉄也が、そして皆がこの場を生き抜く為の決断だった。それをハーロックは、鉄也の目を数秒見つめ、確信する。

 

ハーロック

「わかった。グレートブースター射出準備。各機はブースターと敵の衝突後、アルカディア号を中心に一斉に敵の懐へ飛び込む!」

 

 ハーロックの指示の下、ゲッター1、ビルバイン、ヴェルビン、ライネック、アッカナナジン、バルバトス、それにエクス・マキナとアシュクロフトがアルカディア号の周りへと移動する。そして、その中央にはグレートマジンガー。

 

ハーロック

「よし……行くぞ。ブースター射出!」

 

 ハーロックの合図とともに、アルカディア号から発進するグレートブースター。その加速圧は凄まじく、その周辺を飛んでいたライネックは一瞬、風圧で飛ばされそうになる。

 

トッド

「うぉっ!?」

マーベル

「なんて速度なの!」

 

 それがグレートブースターだった。熱核にすら耐えるオーラバリアを持っていても、物理的な衝撃までは防ぐことはできない。それを今鉄也は、グレートマジンガーは自分のものとしようとしている。

 

鉄也

「…………」

 

 鉄也にも、緊張が走っていた。失敗すれば命はない。そしてコンマ1秒の狂いも許されない。

 

槇菜

「鉄也さん……!」

竜馬

「心配は無用だぜ、槇菜」

 

 しかし流竜馬は、確信していた。

 剣鉄也という男は、やると言ったことは必ずやり遂げる男だと。

 それはグレートブースターの射出から、実際には1秒にも満たない時間だった。だが、その時が来るまでのは、永遠のようにも感じられる。

 マジンガーがブースターと並走し、そして鉄也は一瞬のタイミングを見極める。そして、

 

鉄也

「装着完了!」

 

 グレートのスクランブルダッシュが格納され、超高速のグレートブースターから展開されたベルトがグレートマジンガーを掴む。僅かな空気抵抗すらも致命傷となる一連の動作を、鉄也は確実にやり遂げた。あとはその加速を自分のものにするため、鉄也はブースターを目一杯加速させながら上昇する。そして、

 

鉄也

「喰らえ、グレート・ブースター射出!」

 

 ドッキングを解除したグレートブースターが、多聞天目掛けて飛んでいったのだ。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 グレートブースターが多聞天の障壁をぶち破ったのと同時、その風穴目掛けて突入するものがある。アルカディア号。巨大な髑髏を掲げた海賊艦。巨大化した多聞天の顔よりも大きな髑髏のマークが、多聞天の眼前へと飛び込んだ。

 

多聞天

「不遜な旗を掲げるか。人間よ」

ハーロック

「海賊旗は自由の旗だ。たとえ神にだって、この旗に込められた誓いを否定することはできん!」

 

 アルカディア号の全砲門が、多聞天へと火を噴いた。並の戦艦ならば木っ端微塵にしてしまえるアルカディア号の全火力。そのありったけを叩きこむハーロックの眼光は鋭く神を射抜く。

 

多聞天

「…………この男は!」

 

 瞬間、多聞天は恐怖していた。キャプテンハーロック。その偉大な男の眼光に。

 

ラ・ミーメ

「カノン砲、チャージ完了」

ハーロック

「よし、カノン砲発射。続けて機動部隊のありったけを目標に浴びせる!」

 

 アルカディア号の主砲。3連装のパルサーカノン砲の集中砲火。その威力を前に多聞天の巨体が一瞬、揺らいだ。

 

ハーロック

「今だ! 機動部隊、突撃!」

 

 キャプテンの号令と同時、次々とアルカディア号から多聞天へと飛び込んでいくマシン達。その一番槍を買って出たのは、ウィングキャリバーに騎乗するヴェルビン。ショウ・ザマとマーベル・フローズン。二人の聖戦士だ。

 

マーベル

「ショウ、この距離なら!」

ショウ

「わかった! 合わせろマーベル!」

 

 ヴェルビンがウィングキャリバーからジャンプし、高く飛び上がる。それと同時、ウィングキャリバーは真紅のオーラバトラー・ビルバインへと姿を変える。

 

マーベル

「これで!」

 

 ビルバインはオーラバトラーとしては高機動と重装備を併せ持つ特殊なマシン。オーラキャノンを撃ちまくり、多聞天の動きを牽制していく。その間に、ヴェルビンが多聞天の間近へ迫る。

 

チャム

「ショウ!」

ショウ

「わかってる!」

 

 ヴェルビンのオーラソードに、ショウのオーラ力が宿る。だが、一人のオーラ力で神に勝つことなどできはしない。

 

マーベル

「ショウ、これを!」

 

 

 

 瞬間,ビルバインがオーラソードを投げた。ヴェルビンはそれをキャッチし、両手にオーラソードを掲げる。

 

多聞天

「聖戦士か。地上とバイストン・ウェル。二つの世界の調和のため戦う者が何故、神に剣を向ける」

ショウ

「俺が守るのは、命が生きる場所だ。それを奪おうとするならお前とは、戦ってみせる!」

 

 二本のオーラソードに聖戦士のオーラ力が宿り、オーラの奔流が起こった。オーラシュートとでも呼ぶべきその現象は、オーラ力の渦となり多聞天へと走っていく。

 

多聞天

「愚かな。ゲッターを放置すれば、やがて人間そのものが宇宙を喰らう存在に進化するぞ!」

ショウ

「その時は、俺がゲッターを斬る。それは人間が、この世界で生きる者がやるべきなんだ!」

 

 オーラ力の渦を受けながら、多聞天の表情に小さな苦悶が見えたのを、ショウは見逃さなかった。

 

ショウ

「エイサップ!」

エイサップ

「やってみます!」

 

 アッカナナジン。まるで桜花のように赤い七福神が、神の背後を取った。そして、

 

エイサップ

「落ちろよぉ!」

 

 オーラソードの一振り。エイサップのオーラ力を炎の形に具現化するナナジンのオーラフレイムソードは吹き荒ぶ炎を纏い、その剣圧は多聞天に届く。

 

多聞天

「リーンの翼。宇宙の輪廻を見届けてきた命の羽根に選ばれておきながら、神に刃向かうか!」

エイサップ

「俺はそんなものに選ばれちゃいない。リーンの翼が顕現するのは俺が選ばれたからじゃない。世界がそれを必要としているからだ!」

 

 多聞天が腕を振り上げると、巨大なエネルギーが剣の形を作る。体積差は歴然。喰らえばひとたまりもないそれが、アッカナナジンへと振り下ろされる。だが、当たる事はない。

 

槇菜

「エクス・マキナ。お願い!」

 

 エクス・マキナの召喚したシールド。一つ一つの粒子がセラフィムでできた命の護りがナナジンを庇うように前に出て、多聞天の攻撃を防ぐ。

 

多聞天

「旧神の護りか!」

槇菜

「まだ、終わりじゃない!」

 

 攻撃を受け切ると同時、シールドが形を変えていく。セラフィムの羽根が盾の形から巨大なハルバードへと変化し、エクス・マキナの槍になる。

 

槇菜

「ハァッ!」

 

 槍の形を取る光炎の輝き。その一振りが多聞天を飲み込んでいく。だが、それで倒れる神ではない。

 

多聞天

「ぬぅん!」

 

 その気迫で、エクス・マキナの攻撃は弾き返されてしまう。しかし、十分な牽制にはなっている。エクス・マキナが、ヴェルビンとビルバインが、アッカナナジンが気を散らせたその隙に、動き出すものがあった。

 それは、アルカディア号の甲板上。

 

ユウシロウ

「……………………」

ミハル

「……………………」

 

 骨嵬。そのひとつがいが、剣を携え神を見据えていた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ユウシロウ

「……ミハル、大丈夫か?」

ミハル

「ええ。だけど……」

 

 動悸が治らない。きっとユウシロウもそうなのだろう、とミハルは思う。骨嵬は嵬の精神を擦り減らし、“恐怖”へと誘う機神。自らが鬼へと成り果ててしまうような恐怖を、ミハルはその胎内で鋭敏に感じ取っている。

 

ユウシロウ

「……安心しろ。もしお前が“恐怖”に取り込まれて、鬼になってしまったのならその時は、俺がお前を殺してやる」

ミハル

「ユウシロウ……」

 

 それはだが、逆も然り。

 

ミハル

(できない……。私にはきっと、ユウシロウを……)

 

 殺せない。彼を知る前ならばともかく今の自分では、ユウシロウを殺す事などできない。例え“恐怖”を具現化する鬼そのものに成り果ててしまったとしても。

 その時が来ないことを願いながら、ミハルは……骨嵬は歩み進んでいく。

 

──いざや。

──いざ往かん。

 

 そんな歌声が、ミハルの脳に直接響く。それは幾千年の歳月を越えて、少女の中に受け継がれしもの。

 

ミハル

(ユウシロウ、あなたの運命を私は……)

 

 この思いすらも、幾千年の月日に定められたものだとしたら。それが己の運命だとしたら。

 

ユウシロウ

「──それでも俺は、お前と共に生きたい」

 

 小さな呟きが、ミハルの耳に届いた。

 

ミハル

「えっ……?」

 

 それと同時、ユウシロウの骨嵬……朱天と名付けられた鎧武者が、剣を構える。

 

ユウシロウ

「俺の運命は俺が決める。例え神にだって、俺は従わない」

 

 剣の一振り。ユウシロウという嵬が乗り込んだ骨嵬の剣圧は、緑色に発光しその剣圧が多聞天に届く。

 

多聞天

「嵬……。“恐怖”を呼び起こすか!」

ユウシロウ

「俺は“恐怖”の奴隷になどならない」

 

 それはユウシロウの、決意の言葉。

 

ミハル

「……………………」

 

 やはり、ユウシロウは強い。自分にはやはり、そこまでの決意はできない。それでも、共に生きたいという気持ちだけはミハルも同じだった。故に、ミハルの骨嵬……克天と名付けられたそれも、長刀を振り上げる。

 

多聞天

「二つの骨嵬。二人の嵬。合わされば殺し合う運命を持つ者が、何故神に逆らう」

ミハル

「…………」

ユウシロウ

「己の運命を、越えるためだ」

 

 骨嵬。その起源にゲッター線を持つもの。ゲッターに選ばれ、しかしゲッター線の進化の中で振り落とされたまつろわぬ民・ガサラキの力の片鱗たるそれが、神に挑む。

 

多聞天

「わかっているのか。その力に呑まれれば、お前達は晴明のように鬼へと堕落する。それが嵬。呪われた血は、絶たねばならぬ!」

 

 多聞天の眼光が光を放つ。しかし、骨嵬の前に立ち塞がる巨神像ゴッドマジンガーが、黄金の輝きでその光を相殺していく。

 

ヤマト

「そうやって何でもかんでも否定するのが神様なのかよ! 神様なら、そういう奴らだって救って見せろよ!」

多聞天

「“光宿りしもの”か。だが魔神こそが、争いに明け暮れるムー王国を沈めたのだ。それと同じことを我はやろうとしているに過ぎぬ」

 

 ヤマトの知らない、ゴッドマジンガーの記憶。それを多聞天は知っている。しかし、だからと言って。

 

ヤマト

「過去は過去だ。俺はアイラと共に生きる未来のためなら、例え神にも悪魔にも従わねえ!」

多聞天

「それが、ゴッドマジンガーに選ばれた者の言うことか!」

 

 人間のエゴというものは度し難い。やはり滅ぼさねば、宇宙の安寧は守られない。

 

多聞天

「やはり人間は……ゲッター諸共滅ぶべきだ!」

 

 多聞天の右肩に聳える塔のようなものから、無数の光が放たれる。全てを滅する仏滅の光。孔雀状に放たれた光がゴッドマジンガーを、エクス・マキナを、アルカディア号を襲う。

 

マーガレット

「クッ……!」

槇菜

「シールド……!」

 

 セラフィムのイメージを広げ、全てを護るように展開するエクス・マキナ。しかし、イメージを広げれば広げるほど槇菜の脳は焼け付くような痛みを受ける。

 

桔梗

「槇菜!? このっ!」

 

 アシュクロフトのビットガンが、多聞天へと飛んだ。しかし、今更そんな攻撃の一つでどうこうできるものではない。それは体積差だけでなく、存在感の圧。プレッシャーで感じてしまう。

 

多聞天

「旧神の巫女……。哀れなり。全てを護ろうとすれば、その分巫女の霊力を吸うのが神というものだ」

槇菜

「っ……。それでも、エクス・マキナは全てを護る力がある。私の思いを通して、みんなを守るために、この力はあるんだ!」

 

 エクス・マキナの背中からアシンメトリーな光焔の翼がさらに広がっていく。神の攻撃を一身に引き受けながら、槇菜は歯を食い縛る。

 

多聞天

「神の威光を愚弄するその驕り。貴様は巫女に相応しくない」

 

 エクス・マキナにトドメを刺そうと、多聞天の放つ光がさらに強くなる。しかしその時、

 

三日月

「それを決めるのはお前じゃないんだよ」

 

 神仏の意向など見向きもしない、真に獰猛な孤狼が多聞天の左肩に乗り上げていた。ガンダム・バルバトスルプスレクス。その目を赤く滾らせ、巨大なロングメイスを振り上げる異形のガンダム。

 

多聞天

「貴様は……。何だ、その歪な器は」

三日月

「は?」

 

 多聞天が、神が狼狽する。

 

多聞天

「供仏に魂を入れてはならん! 貴様、その器に取り込まれようとしているのか!?」

 

 それは即ち、ゲッター線の齎す同化と同じこと。機械の器の中に、意志を宿す。その結果齎されるのは理性の崩壊。悪魔の所業。

 

多聞天

「ゲッター線に導かれずとも、人間は悪魔を造り出してしまう。やはり、生かしてはおけぬ!」

三日月

「だからさ。それを決めるのはお前じゃないって言ってるだろ」

 

 多聞天が振り上げるエネルギーの集積した剣。バルバトスはそれをくるりと回避する。普通のマシンではできない動き。しかしバルバトスは自分の……三日月の神経を尻尾に集中させることで尻尾の筋肉で飛び、テイルブレードを旋回させて空中でバランスを取りながら躱す。そして、

 

三日月

「……………………」

 

 思い切り、ロングメイスを叩き付ける。

 

三日月

「お前みたいな奴を、何人も見てきたよ」

 

 三日月・オーガスにとって、自分達の権利を、生命を上から踏み潰そうとする者は敵であることに変わりはない。それが権力と汚職、差別と偏見に塗れた大人達であろうと、厳粛な正義と秩序を掲げる神や仏であろうと、こちらの生きる権利に見向きもしない者に何の違いもありはしない。

 

三日月

「オルガ、次はどうすればいい?」

 

 故に、三日月はオルガに訊く。返ってくる返事が、わかっているから。

 

オルガ

「ああ。そいつは俺達の敵だ。俺達の命を、ネズミ以下のちっぽけなものだと見下す奴だ」

 

 アルカディア号から、オルガの言葉が通信越しに聞こえる。それが三日月には気持ちいい。やはり自分達は、二人で一人なのだと思えるから。

 

オルガ

「俺達の生きる場所を守れ、ミカ。そいつには、落とし前をつけてもらう!」

三日月

「了解」

 

 渾身の一振り、また一振り。ロングメイスの一打一打が、多聞天へと振り下ろされる。

 三日月には、共に戦う仲間がいる。オルガも、マーガレットも。三日月には、帰るべき場所がある。鉄華団。元の世界に残した家族達。三日月には、行かなきゃならない場所がある。アルカディア。例えどれほど遠くとも、共に見つけようと髑髏の旗に誓った場所。三日月には、共に生きるべき人がいる。アルカディア号で待つ、アトラの声を思い出す。右手に撒かれたミサンガの感触も、バルバトスに乗っている時なら感じることができる。

 だから、

 

三日月

「お前、邪魔だよ」

 

 たとえ神であろうとも、三日月・オーガスには関係ないことだった。いつもと同じように、降りかかる火の粉を払う。自分の、仲間の、家族の命を奪おうとする者は徹底的に叩く。今回はただ、的がでかいだけ。

 

多聞天

「このっ……悪魔がっ!」

三日月

「それは言われ慣れてる」

 

 三日月は生まれてからずっと、祈る神など持ってはいなかった。神という存在を概念では知っているが、三日月の知る限りその座を目指す者も、その座についた者もろくな奴がいない。だから悪魔と呼ばわれることにも三日月は、何の感情も湧かなかった。むしろこんな風に他人を見下し、生存の権利すら一方的に否定するのが神というものならば。

 

三日月

「悪魔でいいよ、別に」

 

 ロングメイスが多聞天の目を、耳を、鼻を潰す。徹底的に潰す。友の、隼人の得意技を三日月なりに真似てやっている。敵の図体がでかい分、潰しがいがあった。

 グサリ。という音と共に多聞天の右の目が潰れ、三日月がメイスを引き抜く。

 

多聞天

「つけあがるな、悪童が!」

三日月

「!?」

 

 しかし次の瞬間、多聞天の全身から放たれるオーラ……神通力とも言うべき謎の力学により、バルバトスは弾き飛ばされてしまう。

 

マーガレット

「三日月ッ!」

 

 エクス・マキナがハンドガンから銀の弾丸を撃ち込み、多聞天を迎撃する。しかし、銀の弾丸は不思議な重力を伴い多聞天へ届く前に落ちていく。

 

多聞天

「銀の弾丸とは、悪しき者を滅する力。神に届くことはない」

マーガレット

「な……ッ!?」

 

 吸血鬼、屍人、亡霊、悪鬼羅刹。邪悪なる魂を屠る銀の弾丸では、正真正銘の神を倒すことはできない。至極当然のことを突き付ける多聞天。次の瞬間、バルバトスに潰された目が、鼻が、耳が復活していく。

 

三日月

「あいつ……」

 

 尻尾をうまく使い、なんとかアルカディア号に不時着するバルバトス。あいつは、ヤバい。今まで戦ってきた誰よりも。三日月の直感がそう告げる。

 

多聞天

「もはや児戯は終わりだ。滅せよ人間!」

 

 多聞天の右腕に収束したエネルギーが、再び刃の形を取る。その渾身の一振りならば、質量差で全てを吹き飛ばし、バラバラにしてしまうだろう。

 

エイサップ

「クッ……!」

ラ・ミーメ

「あ、ああ……!」

槇菜

「エクス・マキナ! みんなを護らなきゃ……クゥッ!」

 

 エクス・マキナの光焔の翼が揺らぐ。

 

桔梗

「槇菜!?」

 

 エクス・マキナは、ゼノ・アストラをより本来の姿に近いもの変貌させた機神。性能も飛躍的に上昇しているが、同時に槇菜の精神力を著しく消耗しているのだ。

 今まではそれでも、どうにかなっていた。しかし、神という強大な力を前に槇菜の精神は限界に達そうとしていた。

 今はまだ、なんとかエクス・マキナの操縦自体はできている。しかし翼も盾も出力が下がり、銀の弾丸を敵は受け付けない。

 

マーガレット

「このままじゃ……!」

 

 万事休す。そんな言葉が浮かぶマーガレット。しかし、

 

槇菜

「ま、まだ……!」

 

 槇菜はまだ、諦めていない。

 

ヤマト

「そうだ。エクス・マキナが限界なら、俺とゴッドマジンガーがみんなの盾になる!」

ショウ

「俺達のオーラバリアも健在だ!」

 

 ゴッドマジンガーが吼える。ヴェルビンが、ビルバインが、ライネックが、アッカナナジンがエクス・マキナの前に出てオーラバリアを展開する。

 

マーガレット

「みんな……!」

マーベル

「槇菜には、みんな助けられているわ」

エイサップ

「ああ。だから今度は、俺達が盾になる!」

鉄也

「そうだ。ここで命を燃やさなきゃ、どこで燃やす!」

ハーロック

「全砲門用意。オーラバリアで攻撃を防ぎ、敵の攻撃が終わった後反撃に出る。グレートとアシュクロフト。骨嵬はその攻撃に加われ!」

 

 アルカディア号も、キャプテンハーロックもまだ戦いを諦めてはいなかった。

 

カムイ

「これは……」

 

 その光景を、ゲッターアークのコクピットでカムイは見る。

 

「どうやらこの世界にも、命を燃やしてる人たちがいるみたいだな」

拓馬

「ああ。俺達も続くぞ!」

 

 ゲッターアークが、オーラバトラー達の防壁に加わる。いや、アークはその中で尚攻勢に出ようとしていた。

 

多聞天

「愚かな。全員纏めて塵芥と化すがいい!」

拓馬

「させるかよぉっ!」

 

 アークの肘に搭載される刃が伸びる。バトルショットカッター。あらゆるものを両断する獰猛なる刃が、神の一打を食い止めんと展開される。しかし多聞天は質量も、体積も、全てにおいてアークよりも上。肉弾戦で勝てる相手ではない。

 

竜馬

「あいつら……」

 

 その光景は、竜馬の闘志に火をつけるのに十分だった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

隼人

「アークが燃えている……!」

 

 目の前で神の一撃を受け止めるアーク。残りのエネルギーもわずかのゲッター1。満身創痍の仲間達。そんな中でも竜馬は真っ直ぐに、敵を見据えている。

 

竜馬

「隼人、弁慶。俺達も行くぞ」

弁慶

「だが、ゲッターの残りエネルギーは……」

 

 先のメカザウルスとの戦い。ニアグルースとの戦い。そして続いて現れた神。連戦の中でゲッターは消耗していた。

 

隼人

「これは……?」

 

 消耗していた、はずだった。隼人がメーターを確認すると、ゲッターエネルギーの残量が僅かだが回復している。元々、ゲッター線は右中から降り注ぐエネルギー。当初は完全無公害を謳い開発に取り組んでいたとは早乙女から聞いているし、新型炉心には自己回復能力が備わっている。しかし、こうも短時間で回復するとは。

 

隼人

(まさか、アークの影響か? それとも……)

 

 竜馬の闘志に応じて、ゲッター線も力を振り絞っているのか。真相は定かではない。だが、考えている時間もない。

 

竜馬

「ゲッタァァァッウィング!」

 

 ゲッター1の背中がマントのように広がり、そして飛ぶ。そしてゲッタートマホークにエネルギーを集約させると、多聞天のそれと同等のサイズに巨大化したトマホークで多聞天の攻撃を受け止める。

 

竜馬

「拓馬、てめえは下がりやがれ!」

拓馬

「んだとぉ!」

 

 言い合いながら、アークとゲッター1は渾身の力で多聞天の攻撃を押し返していく。まるで、ゲッター線同士が共鳴し合っているかのようにゲッター1の、アークのパワーが上がっていくのを多聞天は理解する。

 

多聞天

「クッ。猪口才な!」

竜馬

「いつも後出しでこっちを潰しに来るてめえが言うんじゃねえ!」

 

 竜馬が叫ぶと共に、ついにトマホークが多聞天を押し返す。この戦いではじめて、多聞天は膝をよろつかせた。

 

多聞天

「ゲッター線が活性化している。生きようとする人間どもの意志に答えているというのか!?」

竜馬

「だとしたら、それはゲッター線の力じゃねえ。俺達の、人間の力だ!」

 

 

 啖呵を切り、竜馬が行く。巨大化したトマホーク……ファイナルゲッタートマホークを振り回し、多聞天とあり得ないチャンバラを演じている。

 

多聞天

「ならば滅せよゲッター。我らの宇宙を汚させはせん!」

竜馬

「うぉぉぉりゃぁぁぁっ!」

 

 多聞天の剣圧がアルカディア号や仲間達に届かないのは、その全てをファイナルゲッタートマホークが受け止め相殺しているからだ。だが、そんな無茶な戦いはいつまでもは続かない。スタミナの面で、ゲッターが不利なことは火を見るより明らかだった。

 しかし、その火は別の魂に更なる火を起こす。

 

カムイ

「……人間の、いや生命の生きる力。即ち本能か」

拓馬

「ああ。そしてそれは、人間だけが持つ者じゃない。カムイ、お前にだって」

カムイ

「拓馬……。そうだな」

 

 わかっている。だからこそ今拓馬の、カムイの、獏の心は一つになっている。

 

拓馬

「よし、ありったけのゲッターエネルギーをあいつにぶち込む。ペダルを踏むタイミングを合わせるだ!」

カムイ

「おう!」

「おう!」

 

 叫ぶと同時、天高く飛ぶアーク。日輪を背に受けそして、全てのエネルギーを解放し多聞天へと突撃する!

 

拓馬

「ゲッタァァァッシャインッ!」

多聞天

「な……馬鹿な!」

 

 ゲッターシャイン。心を一つにしたゲッターにしかできぬ最終奥義。多聞天はその神通力で、アークに乗る者のうち一人は人間でないと見抜いていた。故に、ゲッターシャインはできない。そう考え、本来の滅すべき敵……竜馬達のゲッターを最重要目標と定めていた。

 しかし、そうではなかった。

 

カムイ

「確かに、私とこいつらでは銀河に描く理想の色は違う」

「だがな。共に戦い、運命を切り開く。その為に俺達は集まった」

拓馬

「神だかなんだか知らねえが、受けて見やがれ。アークシャイン・ボンバァァァァッッ!」

 

 アークシャイン・ボンバー。3つの心をひとつにすることで、アークのサンダーボンバーの威力をさらに3乗に上乗せし一点へと突撃するアーク最終奥義。光の速さで迫るそれに、多聞天は対応することができなかった。

 

多聞天

「グ、グォォォォォッ!?」

 

 ゲッターエネルギーの超爆発。それをモロに受け、多聞天は苦悶の叫びを上げる。

 

多聞天

「供仏に魂を入れてはならんのだ。ゲッター線は、ゲッターロボはぁっ!」

竜馬

「訳のわからねえことを言ってんじゃねえ!」

 

 多聞天の叫びを遮り、竜馬が吼える。ゲッターの残エネルギー。その全てを放出する最大出力のゲッタービームが放たれ、アークシャインボンバーを受けた多聞天の腹に直接、流し込まれた。

 

竜馬

隼人

弁慶

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 竜馬が、隼人が、弁慶が。全身全霊の叫びに応えるようにゲッタービームのフルパワーも上がっていく。既に、ゲッターロボの残エネルギー量を越える出力のゲッター線を、フルパワーのゲッタービームは放出していた。

 マチュ・ピチュに残された遺跡群諸共、多聞天はゲッタービームに呑み込まれ、吹き飛ばされていく。やがてビームの光が止み、エネルギーメーターの振り切れたゲッターロボが残された。そして、

 

多聞天

「………………今回は、我々の負けということになるか」

 

 身体がバラバラに砕け、心の臓を失い、顔と肩だけになった多聞天が空から舞い散っていた。

 

槇菜

「ゲッターが……あの神様を倒したの?」

 

 エクス・マキナは答えない。誰もがその視線を、2機のゲッターと多聞天へ向けている。

 

多聞天

「だが、お前達は後悔することになる。ゲッターの進化は……。人類の存在は、全ての命を消し去る“発動”を早めることになる」

カムイ

「!?」

 

 “発動”。意味深なその言葉にカムイは眉根を寄せた。

 

カムイ

「やはり、そうか。この世界の『巨神』は……!」

鉄也

「『巨神』だと!?」

 

 木星帝国が手に入れたという『血まみれの巨神』。『(ゼウス)の雷』計画の中心に位置するその存在が多聞天と、それにカムイの口から出てきたことは少なからずVBの面々に動揺を与えていた。

 

槇菜

「知ってるの。『巨神』について……」

オルガ

「待て、“発動”って何だ。何のことを言ってやがる!」

 

 しかし、多聞天は答えない。代わりに返ってきたのは、不気味な笑い声だった。

 

多聞天

「この宇宙は滅びる。ゲッター、お前達の所業によって。フフフ、フハハハハハ!!」

 

 脳裏に響く笑い声は、永遠にも感じられた。しかし、実際には1分と経ってはいないだろう。それが止んだ時、既に多聞天の姿はどこにもなく、砂となり崩れた土塊が風に乗ってどこかへ消えていくのみだった。

 

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

─アルカディア号/格納庫─

 

 

 

拓馬

「よいっしょと」

 

 そんな気の抜けた声と同時、ゲットマシンから拓馬が顔を出した時、待っていたのは熱烈な歓待だった。

 

隼人

「おい」

拓馬

「ん? ……えぇっ!?」

 

 拓馬の前にやってきた男を見たその瞬間、拓馬の肝っ玉は縮み上がる。拓馬だけではない。獏、カムイもまた少なからず、その姿に驚きを隠せないでいた。

 

カムイ

「神司令……」

 

 拓馬達が知るそれよりも幾分若いが、見間違えようもない。何よりその異様な存在感を、誰かと勘違いするはずもない。

 神隼人。彼は間違いなく、拓馬達の知る早乙女研究所・所長であり彼らに戦いの何たるかを教え、地獄を見せた男だった。

 

隼人

「拓馬、怪我を見せろ?」

拓馬

「え? ああ……」

 

 実際、多聞天との激しい攻防の中で頭を打った。メット越しでも血が出ているのは伝わる。しかし、戦いの中ではそれに頓着する余裕もなく、拓馬は後頭部から血を流していた。

 

拓馬

「こんなのケガのうちに入らねえ。放っときゃ治るよ」

隼人

「怪我を見てるんじゃねえ。血だ。竜馬から受け継いだというゲッターの血。それをもっと俺に見せろ」

 

 自分達の世界の神隼人とも、似たようなやり取りをした記憶が拓馬にはある。しかし、この神隼人は神司令よりも常軌を逸した目をしているのを、拓馬は皮膚感覚で感じていた。

 

隼人

「ヒ、ヒヒ。これがゲッター線の申し子の血か……」

拓馬

「お、おいカムイ、獏。助けてくれ〜!」

 

 拓馬の悲鳴が、格納庫に響く。

 

「お、おいカムイ」

カムイ

「あのバカが大人しくなるなら、それもいい。今から私はこの世界の事情を聞きにいく。返ってくるまで神さんの相手をしていろ」

 

 カムイの、爬虫類のように冷たい声。「そ、そんな殺生な……」という拓馬の断末魔と、興奮した隼人の笑い声が格納庫に響いていた。

 




次回予告
みなさんお待ちかね!
マチュ・ピチュでゲッターアークと合流したアルカディア号。一方その頃、国連軍極東基地に危機が迫っていました。父の窮地に駆けつけるアラン駆るブラックウィング。そして今、天翔る竜と最後の戦士が目覚めようとしていたのです!
次回、「獣を越え、神を越え、出でよ最後の戦士ファイナルダンクーガ」に、レディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

インターミッション『カムイ・ショウという少年』

─アルカディア号─

 

 

 その少年は、短く刈り揃えた金髪と灼熱のように赤い瞳が印象的な少年だった。一見して誰もがハンサムと認めるその出立ちはしかし、周囲から戸惑いの視線に晒される。無理もない。

 少年の肌は蜥蜴のような鱗に覆われた、緑色をしているのだから。

 

カムイ

「……………………」

 

 少年。カムイ・ショウは山岸獏を引き連れ、アルカディア号の主要メンバーと対面していた。隻眼の海賊キャプテンハーロックと、彼の友であり相棒の大山トチロー。鉄華団のオルガ・イツカ。それに……。

 

竜馬

「何だぁ。化け物じゃねえか」

 

 流竜馬。カムイの親友でもあり宿命の相手でもある拓馬の父は開口一番、カムイの地雷を踏んだ。

 

カムイ

「…………!」

竜馬

「へっ。やるか?」

 

 ギロリ。とした赤い目が竜馬を睨む。それに対し竜馬はどこか嬉しそうに口元をニヤつかせる。一触即発。そんなピリピリした空気はしかし、「そこまでにしろ」というキャプテンハーロックの重々しい一言でどこかへ霧散する。

 

カムイ

「失礼しました」

竜馬

「チッ、悪かったな。だが一応説明してくれよ。お前のその肌、どうなってんだ?」

 

 実際、竜馬が言わずともその疑問はアルカディア号にいる……この場に集まる誰もが疑問に思うところだった。「化け物」という言い方こそ問題はあるものの、その異様な容姿は警戒心を与えてしまうものであることも、カムイは理解している。

 

「あ、ああ。こいつは……」

カムイ

「いい、獏。……私は、人間とハチュウ人類。私達の世界において、人類の発生以前に地球を支配していた種族とのハーフです」

 

 気遣う獏を制し、カムイが告白する。自らの血に刻まれる、忌まわしき螺旋の話を。

 

カムイ

「私達の世界では、私が生まれるより以前……ハチュウ人類と人類の戦争がありました。地球という星の霊長の座を賭けた生存競争。その際、私の母はハチュウ人類の恐竜帝国に拉致され、交配実験に使われたのです」

マーガレット

「拉致した人間を、実験台に……」

 

 それは当然、倫理的に許されるものではない。槇菜やリュクスなどは口元を塞ぎ、そうでないものも眉を顰める。それだけの凄惨な出自。

 

カムイ

「結果としてハチュウ人類の恐竜帝国は敗れ、私の母は海底深くのマシンランドウに潜伏した恐竜帝国で暮らさざるを得なくなりました」

ハーロック

「そうして、君が生まれた。だが解せないのは、その君がなぜゲッターロボに乗っているかだ」

 

 問われて数秒、カムイは押し黙る。それは思考を整理する時間だった。何を話し、何を話さないべきか。カムイ達は異世界人だ。違う世界、違う歴史。違う未来。それらの存在をハーロック達は理解しているようだが、それがどこまで理解できているのかという問題もある。

 だが、この場所に竜馬……即ちカムイ達とは別の可能性を持つゲッター線の申し子が存在する以上、この世界における戦いの中心に彼らいることは間違いない。そう判断し、カムイは口を開く。

 

カムイ

「……恐竜帝国と人間の戦争が終わって十数年後、地球は更なる窮地に立たされていました。恐竜帝国と人類は秘密裏に協定を結び、私はゲッターの操縦者として……人間との混血により普通のハチュウ人類よりゲッター線に耐性があるという理由で選ばれた。そしてと拓馬や獏といった仲間を得て、共に“厄祭戦”を戦った」

オルガ

「“厄祭戦”だと……!」

槇菜

「……!」

 

 “厄祭戦”。オルガ達の歴史の上では300年前に起きた終末戦争とされているもの。しかし、この宇宙においても繰り返される輪廻の終末戦争。そう邪霊機の少女が語ったものでもある。

 故に、その言葉は彼らにとっても無視できるものではなかった。

 

カムイ

「私達ゲッターアークは戦いの中で“厄祭戦”……。未来の人類が経験することになる、宇宙規模の戦いの渦中に巻き込まれることになった。その中心にあったのが、ゲッターエンペラー」

竜馬

「!? エンペラーだと……!」

カムイ

「ああ。私達の経験した“厄祭戦”においてエンペラーは、人類の守護者であると同時に宇宙の破壊者。人類は宇宙全てを淘汰し、ゲッターで破壊の限りを尽くす、宇宙全てに恐怖をもたらす悪魔と化してしまっていた」

ユウシロウ

「……………………」

 

 宇宙を破壊する悪魔。“恐怖”を呼び起こすもの。それは竜馬達の知る……早乙女博士の開発した戦闘母艦としてのエンペラーと詳細は違うがしかし、エンペラーが行き着く未来として十分な実感を竜馬に伴わせる。

 

槇菜

「じゃああの神様は、ゲッターがそうなっちゃう可能性のことを言ってたの……?」

「だろうな。そして俺達は“厄祭戦”を見届けた後、自分達の世界に戻り……ゲッターを宇宙の破壊者にさせないために、新しい未来を手に入れる為の旅を始めたんだ」

 

 それこそが、ゲッターアークがこの世界に現れた理由。

 

カムイ

「…………エンペラーの特異点から脱したことで、この宇宙のゲッター線は新しい進化の可能性を獲得した。それと同時に、エンペラー抜きで人類は“発動”を乗り越えねばならなくなった」

ハーロック

「そこだ。あの敵も言っていたが“発動”とは何のことだ?」

 

 ハーロックは、射抜くような眼光でカムイを見据えていた。彼が嘘を言っているようには見えない。しかし、全ての言葉を信用するには、まだ情報が足りていない。

 

鉄也

「どうも『巨神』と関係があるような素振りをしていたが、どういうことだ?」

カムイ

「……“発動”とは、無限力による死と再生。宇宙をリセットし、輪廻させる力の発露。そして、その力の器こそが『巨神』。イデオンと呼ばれるものだ」

 

 死と再生。宇宙の輪廻。カムイの語るそれは荒唐無稽でありあまりにも壮大だった。しかしそうでありながら、そこにはある種の現実感を伴っている。

 

槇菜

「……あの時、“厄祭戦”の墓場で私達は、『前の宇宙』の“厄祭戦”を見た」

鉄也

「ああ。その中にはヤマトのゴッドマジンガーや、俺たちの知らないマジンガーZ。それにゲッターの姿もあった」

 

 宇宙そのものが輪廻転生を繰り返し、その記憶が集積されていく。エクス・マキナが時折示す反応や、ゴッドマジンガーの記憶。それらが『前の宇宙』と呼ぶべき宇宙の前世での出来事であり、イデオンと呼ばれる巨神もまたエクス・マキナやゴッドマジンガー同様、その輪廻を越えて存在し続けているとしたら。

 

ユウシロウ

(……俺とミハルの、嵬の記憶。それも輪廻の蓄積なのか?)

ミハル

「…………」

 

 “厄祭戦”の映像の中で、月に蔓延る骨嵬の軍団がガンダム・バエル率いるガンダム・フレーム達と戦う映像をユウシロウは見た。即ち、骨嵬……ガサラキの記憶を引き継ぐ嵬の乗り物であるそれも、繰り返す宇宙の輪廻を越えて存在しているのかもしれない。

 無論、答えはない。故にユウシロウは月に問いかけることしかできない。しかし、今まで燻っていた多くの疑問がここにきて、ひとつの解……その指針を導き出していることは事実だった。

 

カムイ

「……あなた達の言う『巨神』が私達の知るイデオンと同一のものであるならば、この宇宙にも“発動”……そして、そのトリガーとも言うべき“厄祭戦”が迫っていることになる」

ハーロック

「……………………」

 

 宇宙の輪廻を司る神。俄かには信じられなかった。しかし、ハーロック達が今まで見て経験してきた全てが、カムイの言うことを肯定する。

 

トチロー

「もし、そいつが本当なら“発動”とやらは、『巨神』を倒せば止めることができるのか?」

エイサップ

「そうです。あなた達は、一度その“発動”を阻止したのでしょう?」

カムイ

「わからない」

 

 カムイは即答する。しかし、その回答はトチローの望むものではなかった。

 

ショウ

「わからないって、どういうことだ?」

カムイ

「私達が経験した“厄祭戦”では、イデオンとゲッターエンペラーが運命を共にし、対消滅した。それを“倒した”と表現していいのか、それともイデオンの無限力とゲッターエンペラーの無限力がぶつかった結果、全く違う何かに変質したのか……。その答えを私達は持っていない」

 

 ともあれ拓馬、カムイ、獏の3人は未来で起こった“厄祭戦”を生き延び……この宇宙へと流れ着いたという。

 

カムイ

「……私は、恐ろしかった。ゲッターエンペラーの加護の下、全てを破壊し生命を奪う侵略者と化した人間が」

トチロー

「…………そうか」

 

 トチローは、そこについては何も訊かなかった。宇宙の破壊者と化したゲッターへの恐怖。かつて侵略者イルミダスに愛する地球を占領されたトチローには、痛いほどわかる。

 それでもゲッターに乗り旅を続け、竜馬達のゲッターを守るために戦ってくれた。それだけで、カムイの決意は伝わった。だから敢えて、それ以上追及する必要はなかった。

 

トチロー

「お前さん達も、苦労したんだな」

 

 トチローができるのは、そんな彼らに労いの言葉をかけることだけだった。

 

カムイ

「……」

 

 トチローの屈託ない笑みと言葉に、カムイは虚を突かれたように口をポカンと開ける。

 

カムイ

「……警戒しないのか、人間とハチュウ人類のハーフである私を」

トチロー

「ハチュウ人類ったって、同じ星で生まれてるし言葉だって話せるんだろ。そりゃあパッと見はびっくりするが、こちとら宇宙海賊だ。いろんな見た目の人を知ってるよ」

 

 冗談っぽく言うトチロー。

 

オルガ

「まあ、そうだな。アロサウルス星人のラ・ミーメさんなんか、身体全体が金色に光ってる」

マーガレット

「前に聞いたわ。アロサウルス星人の身体は全体が水とアルコールの化合物でできているから、そう言う肌の色になるって」

 

桔梗

「……本音を言うと貴方の肌の色や鱗は少し怖い。だけどそれは、貴方を奇異の視線で見たり、不当に扱うことを正当化する理由にはならない」

 

 桔梗は感情と、理性を整理しながら口にする。それは、桔梗自身の感じる本能的な差別意識を理性で受け入れ、そして律することでカムイを仲間として受け入れようと意識してのことだった。

 

カムイ

「…………」

「大丈夫だカムイ。この人たちは信頼できる」

 

 静かに、諭すように言う獏。カムイは小さく頷くと、改めてキャプテンハーロックへと向き直る。

 

カムイ

「あなた達が『巨神』と戦うなら、それが“発動”を食い止める道に繋がるはずだ。我々の戦い……ゲッター線に関わる者の運命を越えるための戦いにおいても、『巨神』の存在は避けられない」

「だから、しばらくの間俺達も仲間に入れてくださいよ」

 

 坊主頭を掻きながら巨漢の少年……山岸獏はそう、屈託なく笑う。それは、人好きのする笑顔だった。

 

ハーロック

「……わかった。お前達の決意。そして旅の意味は聞かせてもらった。誰のためでもない。自分自身の信じるもの、胸の中にあるもののために戦うお前達だから、俺たちと道を交えたのだろう」

 

 運命を越えるための戦い。それは広大な広い宇宙の中で、遠き理想郷を探す旅を続けたハーロックにとって、他人事のようには思えない長く、果てしない道のりを想像させた。

 生まれた世界が違えど、彼らがハーロックにとっても友であるゲッターチームと同じ宿命を、そして血統を持っているというのも、理由だったのかもしれない。ともかく、キャプテンハーロックは既に、カムイと獏。それに今神隼人の面倒を見ている流拓馬を既に同志と認めていた。

 

ハーロック

「我々は今、木星へ向かう手筈と戦力を整えている。そして、それまでの間に地球圏に抱えている敵……ミケーネ帝国の火山島基地を破壊するのが、当面の目的だ」

「ミケーネ帝国……。あの時メカザウルスを操ってた奴らか」

桔梗

「ええ。それに関連して、今極東基地で会議が行われているはずよ」

 

 この世界の問題も山積みになっている。それらを早急に片付け、木星へ出発する。それがVBの、当面の方針だった。

 

鉄也

「特に大きな敵がミケーネ帝国と、『巨神』を有する木星軍だな」

桔梗

「それに、木星軍に協力しているヌビア・コネクション。ヌビアはパブッシュ艦隊にも出資していたことを考えると、同じようにパブッシュと同盟していた“シンボル”も、何かを仕掛けてくるかもしれない」

竜馬

「それだけじゃねえ。ゾーンの野郎も結局、雲隠れしたままだ」

マーガレット

「あの子。邪霊機に乗るライラと、紫蘭も“厄祭戦”について何か知っている風だった。どうあれ衝突は避けられない」

 

 現在、この世界にはこれだけの危機と陰謀が跋扈している。その中心にあるのはミケーネ帝国と、木星軍。それは誰もが一致する見解だった。

 

ハーロック

「マチュ・ピチュのフィールドワークに出たルー博士とヤマト、アイラ姫が戻り次第我々も出立する。いいな」

 

 ハーロックがそう言った、その直後だった。アルカディア号の通信設備がひとつの周波数をキャッチし、モニタに映される。そこに映っていたのは金髪の美青年。アラン・イゴールだった。

 

アラン

「こちらバンディッツ。アルカディア号応答されたし」

ハーロック

「こちらアルカディア号。どうした?」

 

 一瞬、モニタに映るアランの顔にノイズが走った。ミノフスキー粒子の影響だろう。しかし、濃度はそう高くなかったようですぐに映像は正常なものへと戻る。

 

アラン

「2つ、伝えなければならんことがある。1つは先程、極東基地がヌビア・コネクションの襲撃を受けた」

マーガレット

「何ですって!?」

 

 極東基地は、ムゲ・ゾルバドス帝国との戦いで獣戦機隊の前線基地として活躍した国連軍の秘密基地だ。四方を海に囲まれ、易々と手出しは出来ない立地と防衛機能を有している。そこを一回のマフィア・コネクションが襲撃したというのは、俄かには信じがたい。

 

アラン

「ヌビアは俺と、科学要塞研究所から出向していたVBの残りメンバーで対応し基地そのものは無事だ。だが、結果として極東基地司令ロス・イゴールが重症。生死の狭間にあるというのが現状だ」

 

 アランの瞳が一瞬、躊躇いと悔恨に淀んだ。それをハーロックの鷹のような眼光は見逃さない。

 

槇菜

「イゴール……って」

 

 槇菜の呟きに、答えるものはいない。しかし、やがてアランが静かに口を開く。

 

アラン

「……俺の、父だ」

 

 アランの声がどこか、震えているように槇菜には聴こえた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話「獣を超え、神を超え、出よ最後の戦士 ファイナルダンクーガ!」

─クイーン・エメラルダス号─

 

 

 

 青い船体に髑髏の旗を掲げた海賊戦艦クイーン・エメラルダス号。アラン・イゴールとその仲間達は今、その艦に乗船し、任務に当たっている。VBの分隊として、隠密にミケーネ帝国の火山島基地を発見する。目下の脅威と戦い続ける本隊の負担を少しでも減らすため、この任務は必要不可欠のものだった。

 

エメラルダス

「……では、そのポイントが敵の火山島基地で間違い無いのですね」

アラン

「ええ。我々バンディッツの情報網にようやくヒットした。まず間違いなく、ミケーネの火山島基地でしょう」

 

 スクリーンに映し出される島。その映像には、ミケーネの無敵要塞デモニカが飛び立つ場面がありありと映し出されている。

 

キンケドゥ

「ここに、セシリーが……」

アラン

「確証はないが、可能性は高い。問題はこの火山島基地だが、相当の防衛戦力を有していることだ。現地に潜入したフランシスが言うには、戦闘獣だけでなく機械獣やメカザウルスのプラントにもなっているらしい」

アレンビー

「まさに、前線基地ってわけね」

 

 しかし同時に、地下深くに眠っていたミケーネ帝国がここまで迅速な動きを可能としたのも、この火山島基地の存在が大きく関与していることは疑いようのないものだった。

 

エメラルダス

「アルカディア号は現在、マチュ・ピチュに向かっているとの情報を得ています。アルカディア号が任務を遂行した後、我々が先に火山島へ襲撃する。そして敵の戦力を削ったのちにアルカディア号と合流。全戦力で基地を攻略するというのはどうでしょう?」

アラン

「私も、同じ考えです。このクイーン・エメラルダス号はアルカディア号と同等の戦闘力を有している。この艦の戦力ならば、奇襲をかけるのに十分と思います。問題は敵の無尽蔵な攻撃をどう掻い潜り撤退するかですが……」

 

 率直に、アランは答える。クイーン・エメラルダス……『B世界』においてキャプテンハーロック。それに大山トチローと友誼を結び、自由の旗の下に戦った女戦士を前にしても、彼は動じることはない。戦友として当然の敬意と、忖度ない言葉にエメラルダスはフッと笑う。

 

エメラルダス

「それに関しては問題ありません。引き際を見極めるのはアラン。お前に一任します」

アラン

「……了解しました」

 

 故にエメラルダスもまた、アラン・イゴールという男を信頼していた。政府組織に表立っては属さず、独自の情報網でこの世界の危機を察知し、それに立ち向かうチーム……VBの成立に誰よりも貢献したこの男を。

 

キンケドゥ

「そういえばアラン。兜博士から送られてきた(ゼウス)の雷計画に関してはどうするんだ?」

アラン

「我々もアルカディア号と合流し木星軍との戦いにあたる。だが、その前に地球圏の問題を解決しなければならん。そのために……ある男の助力を得ようと思っている」

キラル

「ある男?」

アラン

「西田啓。日本の国学者にして、おそらくパブッシュのクーデターにも関与のある男だ」

 

 そう言って、アランはデスクの上に資料を並べていく。西田啓という人物に関する経歴や思想。それに彼の影響力。それらあらゆるデータが紙面には記載されている。

 

エメラルダス

「……クーデターに関与した男の協力を得るのですか?」

アラン

「西田の望みは、日本をかつての精神的に豊かな国へ取り戻すことです。その為の第一歩として、コロニーからの支配を脱却すべくクーデターに手を貸していました。ですが、地球規模の危機を前にすれば間違えない。そう信じています」

 

 アランが入手した情報によれば、マキャベルのクーデターが強行された後、西田は東京湾でのオーラバトラー事件を経て自身の屋敷で謹慎しているという。だが、その影響力は未だに健在。マキャベル失脚後の地球圏は、既に多くの火種を抱えている。世界中のマフィア・コネクションがこの混乱の中で相手を出し抜こうと画策しているはずだ。そして、そのような状況を抑える力は今の国連軍にはない。

 

キンケドゥ

「……それで、その西田って人を説得してこちらの協力者になってもらおうってことか」

アラン

「ああ。既に雇ったネゴシエイターが西田の下に向かっている。彼はアメリカ人だが、仁義を重んじる彼の性格は西田氏にとっても好ましい人物のはずだ」

 

 アランの雇ったネゴシエイターは、予定では今頃西田氏と面会している頃合いになる。地球での諸問題に関し、西田を動かす事ができるのならば、今後VBは木星軍の『(ゼウス)の雷』計画阻止に専念することができるだろう。

 

キンケドゥ

「……だが、俺達が木星軍の相手をするとなれば、ミケーネ帝国だけは今のうちに叩かなければか」

アラン

「ああ。故にこの火山島基地攻略は急務となる。……何だ?」

 

 アランがそう言って、一呼吸置いた次の瞬間だった。クイーン・エメラルダス号が、ひとつの暗号通信をキャッチする。バンディッツ内部で使われる独自の暗号文だ。印刷された暗号文に目をやるアラン。するとアランの表情はたちまち深刻なものへと変わっていく。

 

エメラルダス

「……どうしました?」

アラン

「……極東基地が、敵の襲撃を受けている」

キンケドゥ

「何だって!?」

 

 国連軍極東基地。かつてのムゲ・ゾルバドス帝国との戦いの最前線基地でもあった獣戦機隊の本拠地であり、科学要塞研究所と共にVBの母体でもある軍事基地。

 

アレンビー

「襲撃? 科学要塞研究所じゃなくて?」

 

 アレンビーが怪訝な声を上げる。VBとしての前線基地はむしろ、科学要塞研究所の方が表向きその傾向が強い。現に今も、アルカディア号に乗艦していない半数のメンバーは科学要塞研究所で待機しているはずだった。戦略的な価値で言えば、科学要塞研究所の方が高いと言っても過言ではないはずだ。

 

アラン

「……そうか。敵の狙いはガンドール!」

エメラルダス

「ガンドール?」

 

 エメラルダスが訊く。

 

アラン

「極東基地が所有する機動戦艦……我々の切り札だ。今ガンドールを失えば、木星軍との決戦において大きな痛手になる」

キラル

「……聞いたことがあるな。ムゲとの戦いにおいて、天翔る竜がその姿を現したと」

 

 今ガンドールを……そして極東基地を失うわけにはいかない。アランは通信回線を開き、科学要塞研究所へと繋げる。

 

アラン

「科学要塞研究所、応答しろ。現在、極東基地が敵の攻撃を受けている! 繰り返す、応答しろ!」

 

 暫くの間、流れたのはノイズだった。しかし数秒の後、途切れ途切れだが音声をキャッチしはじめる。平時なら、現代の通信回線においてここまで時間を要し、荒い回線になることはあり得ない。ましてや科学要塞研究所はその名の通り最先端の科学技術の粋を集めた要塞だ。それが起きていると言うことは。

 

アラン

「ミノフスキー粒子が、戦闘濃度まで散布されている……?」

 

 それはつまり、今科学要塞研究所もまた戦場となっているということ。やがて炎ジュンの声が、アラン達の耳へと届く。モニタ内にも、荒い解像度の研究所内の映像が映し出された。

 

ジュン

「こちら科学要塞研究所。現在、謎の敵から攻撃を受けているわ。アムロさんや獣戦機隊が応戦してくれてるけれど……」

アラン

「やはりか。こちらの情報網から、極東基地も同じような襲撃を受けているとの情報が入った」

 

 アランがそう告げると、「なんだって!」という声を荒げた忍の声が返ってくる。しかし、間髪入れずに敵のものと思われる激しいミサイルの音が、その後の忍の言葉を遮る。

 

アラン

「藤原……!」

キラル

「どうやら、この襲撃は入念に計画されたもののようですな」

 

 キラル・メキレルはその盲目の瞳で何かを見つめるように、静かに呟く。

 

アレンビー

「このままじゃまずいよ。アラン、助けに行かなきゃ!」

アラン

「…………ああ。だが、今クイーン・エメラルダス号は火山島基地を張れるこのポイントから離れるわけにはいかない」

 

 火山島基地には、フランシス他数名のバンディッツが潜入している。彼らは特殊部隊として訓練を受け、ムゲ戦争やデビルガンダム事件を生き抜いた手練だ。しかし、相手はミケーネ帝国。根本的に人間と違う倫理観を持っている敵の下に潜入しているとあれば、その危険度は人間の軍やマフィア・コネクションを相手にするのとは次元が違う。

 相手は人間を虫か何かでも殺すように簡単に殺してしまえる力と残酷さを持っているのだ。彼らが速やかに火山島を脱出した後、クイーン・エメラルダス号は彼らを救助するという任務がある。

 

キンケドゥ

「となれば、今から救援に迎えるのは単独での飛行能力があり、極東基地へひとっ飛びできるマシンだけか」

 

 つまり、今クイーン・エメラルダス号にそんな機体はアランのブラックウィングしか存在しない。

 

アラン

「俺が行く。エメラルダス号は科学要塞研究所、並びに極東基地へコンタクトを続けてくれ」

 

 そう言うと同時、アラン・イゴールは駆け出していく。その背中にはどこか、焦りのようなものが見え隠れしていた。

 

アレンビー

「アランの奴、ちょっと様子おかしくない?」

キンケドゥ

「……前に聞いたことがある。極東基地のロス・イゴール長官は、アランの親父さんなんだそうだ。軍人としての考え方の違いで仲違いしたそうだが……」

 

 キンケドゥには、アランの焦りがわかる。かつて、シーブック・アノーという少年は戦乱の最中で父を失った。母が仕事にかまけて家を空けてばかりいたアノー家で、父はまだ幼い妹のリィズと、シーブックのために尽くしてくれていたと言っても過言ではない。

 そんな父は自分を守るために戦って、コスモ・バビロニアのモビルスーツにやられたのだ。あの光景は今でも、たまに夢に見る。

 

キンケドゥ

(父親に、あんな形で死なれたらたまったもんじゃない。間に合えよ、アラン……!)

 

 キンケドゥの視線は、飛び立ったブラックウィングに注がれていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

─科学要塞研究所─

 

 

 アランからの通信を受けたその時、既に科学要塞研究所は敵の奇襲を受けていた。敵はギラ・ドーガタイプのモビルスーツに加え、小型の陸上歩兵。それらを中心とした部隊。

 

村井

「敵機確認。ネオ・ジオン製モビルスーツと、べギルスタンで確認したTAの混成部隊です!」

 

 オペレーターを務める特務自衛隊の村井

中尉。特自のTA部隊も今はユウシロウを除き全員が科学要塞研究所の防衛に回っている。

 

安宅

「どうしてあいつらがここに来るの!?」

北沢

「わかんねっすよ!」

 

 防衛に出撃したロボット部隊。しかし、TA部隊はギラ・ドーガのパワーを前に窮地に陥っていた。

 

速川

「TAのパワーが上がらない?」

鏑木

「はい。以前の、暗黒大将軍との決戦時に比べると……」

 

 安宅、高山、北沢の一小隊。その練度は決して悪いものではない。むしろTAの操縦において、彼らはスペシャリストだ。ひとつ、以前と違うことがあるとすれば。

 

速川

(豪和大尉の存在か……)

 

 安宅から、鬼哭石での出来事やそれに付随する豪和ユウシロウの話は聞かせてもらっていた。そこから推測するに、豪和はあの骨嵬を復活させるための一歩としてTAを開発した。そしておそらく敵……“シンボル”も。

 TAの性能を引き出すことで、周囲のTAも性能を飛躍的に上昇させる昨日相転移が起きる兆候が見えない。この現象は常に、豪和ユウシロウが引き出していた。

 

速川

(やはり、TAは豪和大尉のために作られたものなのか……!)

 

 

 

カミーユ

「どうして、どうしてこんな時に人間同士で戦争なんかやってるんです!」

 

 カミーユ・ビダンの感情が発露し、Zガンダムのハイパー・メガランチャーが火を吹く。彼の眼前に現れた敵……以前、べギルスタンで交戦したTAとよく似たメタルフェイク・イシュタルMK-Ⅱはメガ粒子の波動を直撃させ、爆発する。

 

ジョルジュ

「どうやら、敵は“シンボル”のようですが……」

アルゴ

「解せんな」

キッド

「ああ。例のクーデター艦隊が解体された今、どうして“シンボル”が動く必要があるんだ?」

サイ・サイシー

「ミハル姉ちゃんを返してほしいっていうんなら、生憎ミハル姉ちゃんは留守なんだよ!」

 

 ドラゴンガンダムの伸縮自在の両腕が、フェイク部隊を囲むように伸びる。そして、両腕から放たれる火炎が敵機を蒸し焼いていく。

 

トビア

「頼むから、脱出しててくれよ!」

 

 ピーコック・スマッシャーで次々と敵を撃墜していくクロスボーン。だが、敵の動きが妙であることを既に、トビアは気づいていた。

 

 “シンボル”。歴史の闇に潜む秘密結社。彼らはパブッシュ艦隊のエメリス・マキャベルと同盟を結び……いや、マキャベルという存在を隠れ蓑に今まで、裏方に徹していた。彼らが表立って行動する時はいつも、後から考えればガサラキに関わることばかり。べギルスタンの紛争や、豪和総研への襲撃。ユウシロウとミハルという二人の嵬が一緒になったことで、その事実が浮かび上がっている。

 

アイザック

(彼らの情報網ならば、今ここにミハルとユウシロウがいないことくらいは既に判明しているはず。なのに何故、“シンボル”は科学要塞研究所を狙う?)

 

 アイザック・ゴドノフは思考する。その間にもブライガーは、ブライスピアの一閃でギラ・ドーガを真っ二つにしていた。J9は情け無用。トビアやジュドー達のように、できれば急所は外そうなどと彼らは考えない。悪党には、死あるのみ。

 

アイザック

(“シンボル”……パブッシュ艦隊。Mr.ゾーン、豪和……そして、その全ての裏に潜むもの!)

 

 彼が一つの仮説に思い至った時。科学要塞研究所へコールサインが鳴り響く。オープンチャンネルにしていた各機にも、それはしっかりと伝わっていた。

 

アラン

「科……塞研究所、応答しろ。現在、…………が敵の……………………いる! 繰り返す、…………しろ!」

 

 ノイズに塗れた声。しかし、それがアランのものであり、必死に何かを伝えようとしていることはミノフスキー粒子の影響下でも理解できる。科学要塞研究所の天上に備えられた高度のアンテナが回転し、ミノフスキー粒子の影響の薄いポイントを探り始めた。それから数秒、アランの声が少しずつ鮮明なものへと変わっていく。

 

アラン

「繰り返す。現在、極東基地が敵の攻撃を受けている!」

 

「なんだって!?」

アイザック

「そういことか!」

 

 忍の怒声。そして、アイザック・ゴドノフは真実に辿り着いた。

 

ボウィー

「おいおいアイザック。今ので何かわかったの?」

アイザック

「ああ。現在極東基地では、エメリス・マキャベルとの司法取引が行われている。だが……それを快く思わないものもいるだろう。パブッシュ艦隊に協力する見返りとして、己の野望を成そうとしていた者達だ」

 

 アイザックの脳裏に浮かぶのは、蛇のような笑みを湛えた不気味な男。

 

シャア

「カーメン・カーメン……。君達の言うヌビア・コネクションとやらの総帥か」

沙羅

「冗談じゃないよ。極東基地は私たちにとって、故郷も同じなんだ!」

雅人

「そうだよ! それに今は、葉月博士とローラもそっちに行ってるじゃないか!」

 

 科学要塞研究所に出向していた葉月孝太郎博士と、その養女のローラは今、(ゼウス)の雷計画を阻止するための切り札を起動するため、極東基地へと戻っている。そのタイミングでの襲撃。博士やローラの身に何かあったらと思うと、雅人はいても立ってもいられない。

 

「……そういうことか。こいつらは俺達への足止め。奴らの本命はガンドールだ!」

 

 エウロペ・ドゥガチ曰く、木星帝国の地球での動きには、背後にヌビア・コネクションの影があるという。そして、ヌビアは“シンボル”と同様にパブッシュ艦隊を隠れ蓑としていた。そこから導き出される答えはひとつしかない。

 

シャア

「“シンボル”もまた、木星軍の動きに同調していると?」

アイザック

「おそらくは。或いは“シンボル”すらもカーメン・カーメンに利用されているのかもしれません」

 

 しかしそうであるならば、やることは決まっている。

 

アイザック

「キッド、ブライスターだ。最高速で極東基地へ急ぐ!」

キッド

「了解! ブライシンクロン・アルファ!」

 

 ブライガーがサイズを可変させ、航空機形態ブライスターへ変わる。今、この場で機動力と推進力、そしてパワーを併せ持つブライガーがやるべきことはひとつ。

 

アイザック

「ハリソン大尉。我々は極東基地へ向かいます」

ハリソン

「了解した。獣戦機隊も行け!」

 

 現場指揮官のハリソン・マディンは青いF91のビーム・サーベルで敵モビルスーツを斬り裂くと同時、ダンクーガは指示を送る。

 

沙羅

「いいのかい? ブライガーだけじゃなくダンクーガまで抜けたら」

 

 現在科学要塞研究所に残っている戦力のうち、圧倒的なパワーを有するスーパーロボットはブライガーとダンクーガの2機。相手がモビルスーツとメタルフェイクの混成部隊とは言え、スーパーロボット2機が持ち場を離れるとなれば、隊列は大きく見直さざるを得なくなる。

 

ハリソン

「大丈夫だ。このメンバーはそういう不測の事態には慣れている」

ドモン

「ああ。早く行ってやれ」

東方不敗

「この程度の敵ならば、ワシ一人でも十分よ!」

 

 ゴッドガンダムとマスターガンダムの超級覇王電影弾が次々と敵を薙ぎ倒し、撃ち漏らした敵を研究所の上に鎮座するジョンブルガンダムが狙撃していく。さらにサザビー、νガンダム、ダブルゼータ、ゼータといった英雄達もシャッフル同盟に全く引けを取らない。

 それに、何よりも。

 

「彼らなら大丈夫だ。急ぐぞ忍!」

「おう! イゴールの親父、俺達が行くまでくたばるんじゃねえぞ!」

 

 獣戦機隊。彼らは野生のままに力を解放するその時こそ力を発揮する。大事な仲間の危機とあって、それに目を瞑り隊列を守らせるよりも。

 

ハリソン

「獣戦機隊、それにJ9! 兜博士も葉月博士も、それにイゴール長官も未来のために必要な人物だ。絶対に助け出してくれ!」

「おう! やってやるぜ!」

 

 ブライスターを追い、ダンクーガも飛行ブースターを最大に噴かし上昇していく。風を切り、加速するダンクーガ。その雄々しき姿に賭けるべき。そう、ハリソンは確信していた。

 

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 

─国連軍極東基地─

 

 

 アランからの連絡がアルカディア号に齎される数時間前。極東基地にはロス・イゴール長官と葉月博士。それに科学要塞研究所の兜剣蔵博士が集まり、エウロペ・ドゥガチによりもたられた木星軍の計画……。即ち「(ゼウス)の雷計画」を前にして、ある男との司法取引が行われようとしていた。

 その男は両手こそ拘束されているものの仕立てのいいスーツを纏う、恰幅のいい巨漢の紳士だった。エメリス・マキャベル。パブッシュ艦隊の責任者であり、多数の核兵器と軍事力を背景に地球の鎖国とコロニー国家からの独立を宣言した男。

 

マキャベル

「アレックス。この場を設けたのはお前か?」

 

 マキャベルは、彼の隣に立つ金髪の軍人へ訊く。アレックス・ゴレム大佐。彼はパブッシュ艦隊において実務の中心を担い、アレックスの側近だった。そしてマキャベルを更迭に追い込んだ男。

 

アレックス

「……司令。確かに我々は袂を分かちました。ですが、あなたが当初に掲げた理念。即ち地球の自立を促すというものに感銘を受けたのも事実です」

マキャベル

「フン……」

 

 更迭された今、マキャベルにパブッシュ艦隊の実権はない。しかし、パブッシュ艦隊が彼のカリスマと長い年月をかけた根回しで作られたものであるということも事実だった。

 やがてマキャベルは、ひとつの部屋に通される。会議室のようなその部屋にはマキャベルのために用意された椅子と、向かい側には無骨な雰囲気の軍人……ロス・イゴール長官。それに葉月博士と兜剣蔵博士の3人が座っていた。

 

イゴール長官

「エメリス・マキャベル……。久しぶりだな」

マキャベル

「イゴールか……。ムゲとの戦争では随分、活躍したらしいじゃないか」

 

 最初に交わされた言葉は、旧友との再会の挨拶。しかしそこにあるものは決して、友好的な視線ではない。二人の間にどのような友情があり、そしてどのような確執があるのか。それを知るものもここにはいなかった。

 

イゴール長官

「マキャベル。単刀直入に言う。パブッシュの貯蔵する核兵器。それを我々に譲ってもらいたい」

マキャベル

「……何?」

 

 怪訝な目をイゴール長官へ向けるマキャベル。無理もない。核兵器は極東基地が所有するスーパーロボット・ダンクーガとはわけが違う。一度撃てばどう使おうと悲劇を起こす代物に他ならない。ダンクーガだけでなく、組織間の協力体制を経て多数のスーパーロボットや、オーラバトラーを始めとした超兵器を保有する特殊部隊VBを管轄に置いている中で、さらに核兵器まで手中に収めるとなれば。

 

マキャベル

「イゴール貴様、世界の支配者にでもなるつもりか?」

 

 そのような目を向けられても、不思議なものではなかった。

 

剣蔵

「待ってください。イゴール長官はそのような

……」

イゴール

「兜博士」

 

 剣蔵の抗議の声を、イゴールは制す。

 

イゴール

「マキャベル。木星軍が地球への長・長距離攻撃を画策しているという情報が入った。それを阻止するための戦力を我々は集めている」

マキャベル

「……何?」

 

 木星軍。その言葉にマキャベルはピクリと反応しイゴールを睨む。その視線を受け取りイゴールは、ニヤリと笑った。

 

イゴール

「以前、月面のゾルバドス軍基地跡に木星軍が長距離レールガン……奴らの呼称ではダインスレイヴキャノンによる地球への直接狙撃を試みたという事件があった。幸い、VBの分隊がその作戦を阻止する事はできたが、いくつか気掛かりなことがある」

マキャベル

「……………………」

イゴール

「ひとつは、ダインスレイヴキャノンの防衛に参加したモビルスーツの中に、『B世界』の機体があったこと。それに、ダインスレイヴという長距離マスドライバーも元々は『B世界』で使われた兵器だという」

 

 淡々と、事実を重ねていくイゴール。『B世界』……竜馬やハーロック、それに鉄華団が守った地球でギャラルホルンが使った兵器の数々を木星軍が所有しているという事実は無視こそできないが、この場において重要なものではないように一見すれば聞こえた。しかし、

 

マキャベル

「……イゴール、貴様何が言いたい?」

イゴール

「お前の艦隊には、『B世界』出身の技術者フェーダー・ゾーンがいたはずだ。そしてゾーンは艦隊の停止命令を聞かず、現在も独自の行動を続けている」

マキャベル

「……………………」

 

 遠回しに、ゾーンの暗躍に言及するイゴール。マキャベルの額に冷たい汗がジワリと滲み出ているのを、隣に座るアレックスは見逃さなかった。

 

アレックス

「まさか、司令……」

 

 フェーダー・ゾーンの暗躍。そこにエメリス・マキャベルの関与を追及されている。ダインスレイヴキャノンによる地球への狙撃。それはパブッシュ艦隊が地球独立宣言を掲げる口実として十分なものだった。そして事実、マキャベルはダインスレイヴキャノン事件の直後、パブッシュの独立宣言を全世界に発表している。その手際は鮮やかすぎると言っていい。まるで誰かと、示し合わせたかのように。

 

マキャベル

「……脅迫のつもりか。イゴール」

イゴール

「そう取ってくれて構わん。だが、パブッシュには未だお前を信奉する士官が多く残っているのも事実だ」

 

 その状況を差し置いて、マキャベルをただ罪人として処断するより司法取引に持ちかけた方がいい。ロス・イゴールはそんな駆け引きのできる男だった。冷たく重い静寂が、その場を満たす。マキャベルとしても、テロリストに加担することでテロリストとの戦いを謳ったマッチポンプが知れ渡るのは大きな痛手だ。世間に知られれば、おそらくマキャベルのキャリアは、人生は二度と再起できるものではなくなるだろう。それだけではない。

 

マキャベル

(どの道、このままでは“シンボル”とヌビア・コネクションが黙っていない。奴等は何れワシを始末しに来る。それならば……)

 

 身柄の保護と引き換えに、イゴールの提案を呑むのが最も賢い処世術であると理解していた。

 

マキャベル

「わかった。イゴール、お前の提案を……」

 

 エメリス・マキャベルがそう言いかけた次の瞬間のことだった。マキャベルの巨体が、グラリと揺れる。

 

葉月

「ム……?」

アレックス

「司令……?」

 

 それは、あまりに不可解な動きだった。まるで、一瞬で身体全身が硬直と弛緩を繰り返しているかのような……。

 

マキャベル

「グ、グォ……」

 

 そんな言葉とも呻きともつかない声を漏らしたマキャベルは、口から泡を吐きそのまま力なく後ろへ倒れていく。それはあまりにも常軌を逸した動きだった。

 

アレックス

「し、司令!?」

 

 マキャベルが倒れた直後。彼のスーツの裏で何かが蠢いた。うねうねと蠢き、顔を出したのは猛毒のコブラ。

 

葉月

「これは……!?」

 

 当然、この極東基地やその周辺にコブラなど生息していない。このコブラは野生のものが紛れ込んできたわけでは断じてない。

 そうなると、可能性はひとつ。何者かが暗殺のためにコブラを差し向けたということだ。

 

アレックス

「暗殺用コブラ……まさか、カーメン・カーメンか!」

 

 カーメン・カーメン。ヌビア・コネクションを若くして手中に収めた新総帥。彼が得意とする要人暗殺手段の一つが、コブラである。

 コブラはするすると、逃げるようにマキャベルの身体から離れていく。そして、自分が注目されていることに気付くと舌と牙を見せて威嚇のポーズを取る。

 

イゴール

「マキャベル!」

アレックス

「クッ!」

 

 咄嗟に銃を抜くアレックス。乾いた破裂音が2、3回鳴ると同時、彼の正確な射撃がコブラの頭部を撃ち抜いた。それを見た直後、葉月博士がマキャベルへ駆け寄り脈を取る。

 

イゴール

「博士!」

葉月

「……………………」

 

 首を横に振る葉月。それが何を意味することか、その場の誰もが察する。

 

アレックス

「なんてことだ……」

葉月

「長官、ヌビアの狙いがマキャベルだけであるとは考えられない。恐らくは……」

 

 葉月博士がそう言った直後、耳を裂くようなサイレンの音が、基地全体に響き渡った。

 

イゴール

「何事だ!」

職員

「敵襲です! 上空よりロボット部隊。こ、これは……!」

 

 剣蔵が窓を見やると、それは肉眼でも確認することができた。研究所へと降り掛かる小型の蜂型ロボット。そして、パラシュートで降下する人型機動兵器。人型の脚。その踵の部分にキャタピラを装備した迷彩柄のマシン。

 

剣蔵

「シグルドリーヴァだと……?」

 

 シグルドリーヴァ。マーガレット・エクスが愛機としたヴァルキュリアシリーズ。開発計画そのものが抹消されたはずの幻の機体。その量産型モデルが、極東基地の大地に足を踏み入れていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 その機体は、サングリーズという名前が与えられていた。ヴァルキュリアシリーズ。戦車の延長線上にあるキャタピラを内蔵した脚部と、ビームコーティング。そして多数のミサイル兵器を内蔵する重装歩兵。かつてマーガレット・エクスが愛機としたシグルドリーヴァ。彼女が出会った時には最後の一機とされたヴァルキュリアには、隠し子が存在していたのだ。

 

アレックス

「まさか、完成していたのか……」

 

 アレックスが呻く。

 

葉月博士

「ゴレム大佐、何か知っているのですか?」

アレックス

「ええ。Z&R社のヴァルキュリアシリーズと、フレンモント・インタストリー社のアサルト・ドラグーン。国連軍の次期主力機候補だったこれらの開発が凍結したのは、日本のある企業が自社の新型をトライアルするために、圧力を与えたからだと聞いています」

葉月博士

(豪和インスツルメンツの、TAか……)

 

 しかし、それは今ここに迫る戦乙女への説明にはなっていない。葉月が視線で続きを促すと、アレックスはひとつ頷いて言葉を続ける。

 

アレックス

「しかし、シグルドリーヴァやアシュクロフトのように、既に完成している実機は存在していました。また、開発計画に携わったエンジニアも。マキャベル司令はそれらを集め、パブッシュ艦隊の独自戦力とすべく量産計画を進めていたのです」

剣蔵

「量産計画……」

イゴール長官

「その量産型を、ヌビア・コネクションにまんまと使われているというわけか!」

 

 イゴールが怒りに声を荒げた、その時だった。会議室の向こうから、悲鳴が響く。それはまだ幼い、少女の声だ。血気盛んな男所帯の軍事基地には似つかわしくない声。それが誰のものであるかを理解すると同時、イゴール長官の身体は動く。

 

イゴール長官

「ローラ……!?」

 

 ローラ・サリバン。気付けば獣戦機隊のマスコットのような存在になっていた少女。戦うことはおろか、自分の身を守ることもできないだろう華奢な少女。少女の身を守るべく、ロス・イゴールは駆け出していた。

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 極東基地を包囲するように着陸したサングリーズ部隊。緑色を基調とした森林迷彩のそれは、ダムに覆われ周囲に木々が立ちこめる極東基地の地形と合わさり効果を発揮している。その中に一機、色違いの機体があった。

 紫。紫紺色のそれは緑迷彩を中心とした部隊の中で一際目立ち、異彩を放つ。それに乗る男は、淡々と僚機へと指示を送っていた。

 

シャピロ

「……各機、速やかに極東基地を制圧。目標はこの基地に隠されている戦艦、ガンドールだ」

 

 シャピロ・キーツ。以前、バイストン・ウェルの深遠……カ・オスの空間での闘いでダンクーガに敗れ、死んだはずの男。しかしシャピロの右半身は金色の鉄に覆われ、その瞳はどこか虚空を見ている。

 心ここに在らず。シャピロ・キーツはまるで機械のように、淡々と指示を出す。

 シャピロの号令と同時、緑色のサングリーズ達は一斉に極東基地へ向かい進軍を始める。機械のように正確な隊列。まるでブリキの兵隊のように、乱れることなく進軍する戦乙女。

 

ヌビア構成員

「大アトゥーム計画のために……」

 

 蜂型の小型ロボットが空を埋め尽くし、大地を塞ぐ戦乙女の隊列。

 

ヌビア構成員

「シャピロ様。これでよろしいのですか?」

 

 シャピロに随伴するコネクションの若い構成員は、疑問を口にする。ヌビア・コネクションの……偉大なるカーメン・カーメンの目的は極東基地の切り札であるガンドール。マザー・バンガードが失われた今、地球圏に唯一存在する2週間以内に木星へ辿り着く可能性を秘めた艦。しかし、そんなものが存在するならば無傷で手に入れ自分達の戦力にするべきではないか。若い構成員はそう、シャピロへ訊いている。

 

シャピロ

「敵の力を侮るな。基地内の人間は一人残らず殺し、ガンドールも速やかに爆破しろ。時間をかければ奴らが……ダンクーガが来る」

 

 ダンクーガ。その名前を口にした瞬間、シャピロの脳に火花が走る。それは、憎しみという名の閃光だった。しかし、何故自分がダンクーガを憎んでいるのか。ダンクーガという名前と共に思い出す赤い髪の女の横顔は何なのか。今のシャピロには何も、思い出せないでいる。

 

シャピロ

(混沌の宇宙を漂っていた私を拾い上げ、こうして新たな身体へ生まれ変わらせてくれたのは他ならぬカーメン・カーメン……。しかし何故、私はダンクーガを憎む。そして何故、ガンドールとダンクーガに繋がりがあることを知っている?)

 

 シャピロ・キーツという男には、憎しみのみが残されていた。しかし、その憎しみのルーツをシャピロは知らない。或いはそれを確かめるため、シャピロはこの作戦の指揮を買って出たのかもしれない。

 

シャピロ

「全軍、攻撃開始。極東基地とガンドールを粉微塵に、塵ひとつ残さず消滅させろ!」

 

 シャピロの号令と共に、サングリーズ部隊の砲塔が開かれる。シグルドリーヴァのものと同タイプのマトリクスミサイル。戦車砲のそれと同等以上の威力を有し、しかも連射可能。畳み掛けるように放たれるミサイルの雨が極東基地へと浴びせられていく。警備のモビルスーツが発進する暇など与えない、迅速な殲滅戦。ミサイルの爆発音と土煙が極東基地を覆っていく。

 

シャピロ

「よし、ハチどもを突入させろ」

 

 風穴を開けた次は、無人機による虐殺。かつて、クロスボーン・バンガードを名乗る貴族主義者達が実行したそれを彷彿とさせる無情にして合理的な作戦だった。シャピロの合図と共に、基地へ向かい進んでいく蜂型ロボット達。しかし、その後進は空より来たる荒鷲に阻まれる。

 

ヌビア構成員

「シャピロ様。4時の方向より接近する機影あり。数は1!」

シャピロ

「ム……」

 

 風を切り、バルカン砲を撃ちまくりながら接近する機影。その黒い翼はまるで、大空を駆ける竜騎兵。

 

アラン

「……こちら黒騎士。極東基地へ、応答しろ!」

 

 ブラックウイング。アラン・イゴールが駆る猛禽類を模したマシン。黒騎士アランが蜂型ロボット達を蹴散らし、極東基地を守るよう駆け、極東基地へコンタクトを取り続ける。しかし、応答はない。

 

アラン

「……親父」

 

 歯噛みするアラン。ブラックウイング目掛けて飛び交うミサイルを掻い潜り、ビーム砲で反撃する。しかし、サングリーズのビームコーティングされた装甲はビームの粒子を霧散させ、熱を弱めていく。

 

アラン

「やはり、シグルドリーヴァと同様の耐ビームコーティング装甲か。ならば!」

 

 大空を飛ぶ荒鷲は、その姿を四肢を持つ人型へと変え、大地へと急降下する。落下の加速を加えた剛脚が、サングリーズの頭部を押し潰す。

 

ヌビア構成員

「な、何ッ!?」

アラン

「その機体のデータはこちらにもある!」

 

 ビーム砲による砲撃が効かない、重装砲撃マシン。ならばその懐に入り込み、射程の死角から潰す。数は手間だが、それが一番効率的な手法だと判断しアランは実行に移す。敵の懐の中に入り込むことで、僚機のミサイル攻撃を躊躇わせる効果もあった。

 しかし、ブラックウイングたった一機で全てを相手取るには多勢に無勢。それは、アラン自身が一番よく理解している。

 

シャピロ

「……黒騎士、か」

 

 突如現れた乱入者を、紫色のサングリーズに乗る男は冷徹な瞳で睨んでいた。その目に映るものは、憎しみ。しかし何故それを憎んでいるのか、今のシャピロには理解できないでいる。

 

シャピロ

(私はあれを、知っている。ガンドール……そしてダンクーガの仲間であると理解している。だが、何故だ?)

 

 しかし、その憎しみはシャピロに行動させていた。無言のまま、マトリクスミサイルを憎き敵……ブラックウイングへと撃ち放つシャピロ。アランはブラックウイングを再びビーストモードへ変形させ、迫り来るミサイルを躱してみせた。そして、シャピロの放ったミサイル弾は次々と部下のサングリーズへと命中し、爆炎をあげていく。

 

ヌビア構成員

「シャピロ様、何を!?」

シャピロ

「馬鹿者めが。敵が懐に入り込むならば、そこを撃つまでのこと。お前達は偉大なるカーメン・カーメンの教えを忘れたか。大アトゥーム計画の為に命を捨てるのが、我々の本懐だろう」

 

 言い切るシャピロに、ヌビアの構成員達は戦慄する。しかし、戦慄はすぐに納得に、そして狂信へと変化していった。カーメン・カーメン。その名が持つ威光をヌビアの構成員達は信じているからだ。

 

ヌビア構成員

「そうだ。カーメン・カーメン……!」

ヌビア構成員

「大アトゥーム計画の為に……!」

 

 動き出すサングリーズ達。その動きは今までとは違う。

 

アラン

「何……!?」

 

 サングリーズ達はブラックウイングを無視して極東基地へと再びスコープの照準を合わせ、次々とミサイルを撃ち始めたのだ。

 そもそも、この作戦の目的は極東基地とガンドールの破壊。乱入者の存在など、何の問題でもない。それも、たかだか一機の機動兵器など。

 

 大アトゥーム計画の完遂。それに伴うヌビアの神による救済こそが真実。それ以外に何があろう。彼らは、ヌビア・コネクションの構成員は……カーメン・カーメンの信徒とは即ち、殉教者なのだ。

 

シャピロ

「そうだ。これは聖戦(ジハード)だ。お前達の死後の安らぎ。来世の安寧。それらは神たるカーメン・カーメンが約束してくれることだろう」

 

 先導するように謳う紫色のサングリーズ。シャピロ・キーツの機体のみがバックパックに装備する大型の砲塔が展開され、ブラックウイングへと照準を合わせる。圧縮荷電粒子砲。フレンモント・インダストリー社で開発されたアサルト・ドラグーンの一機アシュクロフトが装備しているものと同じ超火力のビーム砲だ。一撃をまともに受ければ、超合金のブラックウイングだってただではすまない。

 

アラン

「まずい!」

 

 避けようとして、アランは自分の迂闊さを呪う。今ここで粒子砲を避ければ、ブラックウイングの斜線上に存在するのは極東基地。まるで、そうなるのを見越したかのように敵は陣取り、手厚い攻撃を浴びせている。

 量産機の攻撃を止めるために動けば、或いは指揮官機の攻撃を避ければ、指揮官機の攻撃は確実に基地へ届いてしまう。それでは、ここにきた意味がない。

 

アラン

「万事休すか……」

 

 こうなれば、ブラックウイングを盾にして攻撃から基地を守り、少しでも時間を稼ぐ以外に方法はない。そう、諦めかけたその時だった。戦場を覆うような、巨大な影。まるで雨雲のように空を覆うそれは、風を切り裂く黒き超獣機神。

 

雅人

「いけるぜ、忍!」

「やってやるぜ! パルスレーザー、シュート!」

 

 超獣機神ダンクーガ。その胴体から伸びるパルスレーザー砲が火を吹き、サングリーズ部隊へと伸びたのだ。

 ビームコーティングされた装甲を持つサングリーズだが、そのダメージを完全にシャットアウトできるわけではない。畳み掛けるように放たれるパルスレーザーは少しずつ、しかし確実にサングリーズの装甲を焼いていく。そして、

 

「いけるぜ、忍!」

「任せたぜ亮!」

 

 敵の見せた一瞬の隙に繰り出されるしなやかな蹴り。巨体故の四肢のリーチが、サングリーズのうち一機を突き飛ばした。

 

「来やがれ悪党ども! 俺たちが来たからには、基地には指一本触れさせねえ!」

 

 超獣機神ダンクーガ。その燃え上がるような怒りの咆哮が、戦場に木霊した。

 

 

…………

…………

…………

 

 

ヌビア構成員

「だ、ダンクーガだと!?」

 

 サングリーズのパイロット達が驚愕の声を上げる。それを無視し、ダンクーガはブラックウイングの前に降り立ち、巨大なライフル……4機の獣戦機の携行武器を合体させたダイガンを放った。その目標は、指揮官機。

 

シャピロ

「ダンクーガ……!」

「俺達の野生、受けてみやがれ!」

 

 ブラックウイングを狙って放たれた荷電粒子砲。それとダイガンが熱の渦を作りぶつかり合う。周囲の大気をイオン化させ、周辺の木々に引火していく中、ふたつのエネルギー砲が互いを呑み込まんと拮抗した。

 そして、勝ったのはダイガンだ。圧縮された荷電粒子砲すらも飲み込む灼熱の怒りが、熱を放ち、シャピロの乗るサングリーズへと迫る。

 

シャピロ

「ちぃっ……」

 

 しかし、シャピロの明晰な頭脳はその結果をいち早く計算すると同時に荷電粒子砲を投げ捨て、ダンクーガの射程から退避していた。数瞬後、先ほどまでシャピロのいた位置をダイガンの光が通り過ぎ、周囲は炎に包まれる。

 

沙羅

「おい忍! 何やってんだ!」

「今のは仕方ねえだろ。それより、敵は!?」

「敵の指揮官機、どうやらできるようだな。すぐにこちらの射程から退避している。粒子砲を捨てる判断も早い」

雅人

「嫌だね。そういう思い切りのいい敵って」

 

 軽口を叩く雅人を尻目に、忍はブラックウイングへ通信を送る。

 

「黒騎士、無事か?」

アラン

「なんとかな……。おかげで命拾いした」

「命拾いついでに頼みがある。基地へ行って、長官達を助けてやってくれ」

アラン

「だが、お前達だけでは……」

 

 渋るアランに、忍は続ける。

 

「何もお前の親父さんを助けに行けなんて言ってねえ。イゴール長官は、俺達にとっても親父なんだ」

沙羅

「頼むよ黒騎士。今、基地にはJ9が向かってる。けどあんたがいれば百人力だ」

アラン

「…………」

 

 アラン・イゴールが答えるのに、数秒を要した。アランにとって、ロス・イゴールは決していい父ではなかった。人類存亡を賭けた戦いの中で和解こそしたものの、アランの中にあるわだかまりは完全に氷結したわけではない。

 それでも父が、ロス・イゴールが獣戦機隊にとって……人類の今後にとって、そしてアランにとって大切な存在であるということも、理解していた。故に、

 

アラン

「了解した」

 

 ブラックウイングはビーストモードへ変形。翼を広げて戦場を反転する。目指すは極東基地。基地に侵入した敵を殲滅し、ロス・イゴール長官以下所員の人命を守ること。

 それは、戦士として最も誇り高き任務だった。

 

「頼んだぜ、アラン……。さて、こっちも行くぜ!」

 

 ブラックウイングをの背中を守るように、ダンクーガが聳え立つ。胸のパルスレーザー、腰のレールガン、そして背中から展開される巨大な砲門。それらが基地を狙うサングリーズ達を一度にまとめてロックする。

 

雅人

「狙いはばっちりだ!」

「行くぜ、断空砲フォーメーションだ!」

 

 断空砲フォーメーション。ダンクーガの火器全てを一度に放つ必殺兵器。その圧倒的な火力の嵐はたちまちサングリーズを呑み込み、蒸発させていく。

 

沙羅

「マーガレットのマシンのコピーなんか、私達の敵じゃないね!」

「同感だ。だが、あの指揮官機……妙なだな」

 

 圧倒的な戦闘力を誇示するダンクーガ。それを前に、燃え盛る森林を掻い潜るように紫色のサングリーズは距離を取りながら、マトリクスミサイルでダンクーガを迎撃していた。

 

シャピロ

「ダンクーガ……」

 

 その名前はシャピロ・キーツという男にとって、憎しみの象徴である。口の中でその音を半数だけで、右肩が小刻みに震えるのがわかる。だが、自分が何故こうまでダンクーガという存在を憎んでいるのかがわからない。或いはその答えを得るために、シャピロは憎むのかもしれない。

 サングリーズのミサイル攻撃を受けながら、ダンクーガはジリジリと距離を詰めていく。荒ぶる野生を前に、サングリーズのミサイル弾などでは、今のダンクーガに致命傷を負わせることはできない。荒ぶる野生が、ダンクーガの全てのポテンシャルを限界を超えた領域へと引き上げている。

 獣戦機。それはパイロットの野生を力へと変え人を獣に、獣を神へと回帰させるマシンなのだ。

 

「野郎。ちょこまかと逃げ回りやがって!」

 

 連装キャノン砲を打ちまくりながら、ダンクーガは進撃する。サングリーズはそれを回避しながら、まるでダンクーガを基地から引き離すように少しずつ、少しずつ後退していく。

 

沙羅

「…………あいつ?」

 

 その動きに、沙羅は妙な既視感を覚えた。同じような動作を繰り返しながら、右肩を振るわせミサイル攻撃を続けるサングリーズ。敵の懐に飛び込む隙を窺いながらも、少しずつ前進しサングリーズとの距離を詰めていくダンクーガ。そのやりとりは。

 

沙羅

「シャピロ……!?」

「何ッ!?」

 

 沙羅が叫んだその瞬間。ダンクーガの周囲を包囲するように現れる多数のサングリーズ。死の包囲網。かつてシャピロ・キーツが多用した戦術。敵を引きつけ、消耗したところを包囲殲滅するシャピロの十八番ともいうべきそれが今、ダンクーガに炸裂したのだ。

 

「伏兵か!?」

雅人

「ミノフスキー粒子が濃くて、レーダーに映らなかったんだ!」

シャピロ

「やれ!」

 

 シャピロの号令とともに降り注ぐミサイルの雨。ダンクーガの巨体は、爆ぜるミサイルの業火に晒される。いかにダンクーガが強力と言えど、一度に畳み掛けるような攻撃を受ければダメージになる。装甲に傷がつけばそこが弱点となり、砕ければ内部の精密機器が露出する。

 

沙羅

「きゃぁっ!?」

 

 マトリクスミサイルとファランクスミサイル。サングリーズの放つミサイルによる波状攻撃が、ダンクーガを追い詰めていた。

 

シャピロ

「ダンクーガ。私の憎しみを終わらせるために、貴様には死んでもらう……」

「この声は……っ!」

 

 指揮するシャピロの、漏れ聞こえた声。それをイーグルファイターの集音器が広い、その声は爆音の中、微かだが藤原忍の耳に届いた。

 

「シャピロ……てめぇ!」

「シャピロだと!」

沙羅

「やっぱり……シャピロなのかい!」

 

 シャピロ・キーツ。獣戦機隊にとって因縁浅からぬ敵。そして結城沙羅の心に一生消えぬ傷を与えた男。

 

シャピロ

「…………攻撃の手を緩めるな。相手はあのダンクーガだ」

沙羅

「シャピロ!」

 

 シャピロ・キーツは死んだ。自分の手で殺した。そのはずだった。それなのに、今三度沙羅の前に姿を現したシャピロ。沙羅の野生は、或いは女の勘とでも言うべきものは、シャピロという男の宇宙すら喰らい尽くすほどの憎しみを、爆炎の中から感じ取っていた。

 

沙羅

「そんなに……そんなに私達が憎いのかいシャピロ。墓場から這い出てくるほどさ」

 

 宇宙を手に入れようとした男の、宇宙すら呑み込む暗い憎しみの渦。死の淵にあってシャピロを形容する憎悪と執着。それが今ダンクーガを、沙羅を追い詰めている。

 

「しっかりしろ沙羅! シャピロはお前が殺した。あそこにいるのは、ただの抜け殻に過ぎねえ!」

 

 サングリーズの一斉砲撃を受け続けながらしかし、忍の闘志は燃え上がっていた。それは、宿敵を前にしての高揚なのかもしれない。断空剣を引き抜き、迫るミサイルを振り払ってダンクーガはブースターを噴かし上空へ飛ぶ。空への一時退避。サングリーズの射程圏から脱することができるわけではないが、時間は稼げる。そう考えての判断だ。しかし、忍がそう考えて上昇することはシャピロも予測の上。

 

シャピロ

「ステルス解除。デスシャドウ号、ダンクーガへ引導を渡すがいい!」

 

 ダンクーガが上昇したその先。現れたのは巨大な機動戦艦。全長はおよそ280mに及ぶその巨体の正面に備えられた2門のエネルギービーム砲が、ダンクーガを捉えていた。

 

「何ッ!?」

 

 全くの予想外の角度から繰り出される集中砲火。それを正面から浴びてダンクーガは地に堕ちていく。瞬間、亮が咄嗟の起点で姿勢制御することで致命傷は免れたがしかし、既にその姿は満身創痍だった。

 

「グッ…………。なんだよ、ありゃ」

雅人

「ミノフスキー粒子が濃いからって、あんな馬鹿でかいやつを見逃すわけない」

「どうやら、アルカディア号並のステルス性能を有しているようだな……」

 

 突如現れた戦艦デスシャドウ号は、冷酷にダンクーガを見下ろしている。その間にも下部の砲門はダンクーガを捉えている。

 

シャピロ

「終わりだダンクーガ……。死ぬがいい」

 

 シャピロの合図とともに、デスシャドウ号の砲門が再び開く。

 

沙羅

「忍、忍!?」

 

 急いで退避行動を取らなければやられる。それはしのぶにもわかっていた。しかし、今の落下の衝撃で右手の感触が鈍い。脳震盪でも起こしたのか、力が入らない。

 

「クソッ……腕が、動かねえ……」

雅人

「おい、冗談だろ!?」

 

 冗談ならどれだけよかったことか。ダンクーガのメインコントロールを担当する忍の身体は今、満身創痍の状態だった。

 

シャピロ

「さらばだダンクーガ。そして、私の胸にこびりつくこの焦熱」

 

 シャピロが勝利を確信した次の瞬間、それは起こった。

 

ヌビア構成員

「シャピロ様、地下より高エネルギー反応!」

シャピロ

「何……!?」

 

 地鳴りと共に、極東基地が揺れる。ダムの貯水槽が割れ、中から現れ出でるものはデスシャドウ号のそれよりも遥かに巨大な、1kmはあろう巨大な機動要塞とでも言うべきものだった。

 

葉月

「ガンドール、始動!」

 

 機動要塞の下部からまるで東洋の伝説に伝わる龍のような鋭く、細い手足が伸びる。そして、中心部から伸びるのは龍の頭部。ガンドール。ムゲ・ゾルバドス戦争末期に突如として現れた幻の龍。その雄大な姿が今再び、極東の空に姿を現したのだ。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

─極東基地内部─

 

 

 時は、ダンクーガが極東基地へ到着したあたりに遡る。

 忍達がシャピロ・キーツとの激戦を演じているその頃、基地内部は阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。侵入した蜂のような形状の小型マシンは、熱を感知すると自動的にそれを追尾し熱源へ向かい針を飛ばす。その機械的な動きで、基地内の所員は次々と貫かれていった。

 その仕掛けは10年前、コスモ・バビロニア建国戦争でクロスボーン・バンガード軍が使用したとされる殺人兵器・バグの応用だ。曰く、人間だけを殺す機械。その侵入を許した極東基地は今、まさに地獄と化していたのだ。

 その蜂型マシンを蹴散らし、広大な基地を突き進むスーパーカー・ブライサンダーの車内でJ9の4人は渋面を作っていた。

 

キッド

「こいつはひでぇや」

お町

「この蜂型メカ、ガリコネの防衛メカよね」

アイザック

「ああ。だが恐るべきはカーメン・カーメン。そして敵の指揮官だ。この蜂メカを殺人マシンへと改造し、基地へ侵入させるとは」

 

 今までJ9は、あらゆる悪党を成敗してきた。マフィア・コネクションの手先だけでなく、マフィアと癒着し守るべき市民から金品を巻き上げる悪徳警官のようなものもいた。だが、これは人の所業ではない。

 

ボウィー

「こういうの、嫌になっちゃいますねまったく」

キッド

「ああ全くだ。ですからボウィーさん、かっ飛ばしていきましょう!」

 

 「イェイ!」と4人はサムズアップし、基地内をブライサンダーは加速する。道中の蜂型メカをブラスター・キッドは機銃で次々と破砕し突き進む。百発百中。正確無比な射撃こそが彼をブラスター・キッドと言わしめるのだ。故に、キッドは外さない。例え高速で突っ走るブライサンダーでも、ボウィーの操縦に合わせて狙撃してしまうのがキッドだった。

 やがてブライサンダーは基地格納庫までの区画を制圧する。問題となるのはこの先、居住ブロックだ。小型の蜂メカが居住ブロックから先へ侵入している可能性は否定できない。

 

ボウィー

「それで、どうすんのさアイザック。俺の子猫ちゃんでも、居住区画まで入るのは無理があるぜ?」

アイザック

「仕方あるまい。ここから先はキッドとお町に任せ、私とボウィーはいつでも出られるよう待機する」

キッド

「そういうことなら任せてくださいよ。行くぜお町」

お町

「イェイ」

 

 手早く、そして軽快にやり取りを済ませてキッドとお町がブライサンダーを降りる。蜂メカが侵入しているのならば、ここから先は命懸けだ。

 

アイザック

「頼むぞ、二人とも……」

 

 今ここには、地球の未来を肩にかけた頭脳が集まっている。それらを失うことは、人類の敗北を意味している。J9に課せられた責任は重大だった。

 

 

 

 キッドとお町が侵入した居住区画のあちこちに、蜂メカはいた。しかし、彼らが発見したその全ては完膚なきまでに破壊されている。

 

お町

「あら、ここの兵隊さんもなかなかやるみたいね」

キッド

「ああ。……見てみろよお町。こいつはすげえぞ」

 

 破壊された蜂メカの近くに落ちていたのは、焦げついた弾丸。しかしそれは、あまりにも乱雑に散らばっている。

 

キッド

「フルオート式マグナム弾散弾銃……。どこのどいつだよ、こんなもの考えたの」

 

 それは、特務自衛隊で開発されていた対機械獣想定のマグナム。その改良版だった。おそらく、まともに喰らえば蜂メカはおろか、旧式のモビルスーツなら吹き飛ばせる代物。

 

お町

「あら、そんなものがあるならもしかして私達余計なお世話だった?」

キッド

「いや、こんなもん人間が撃ちまくったら肩から思いっきりぶっ壊れる。急いだ方がいいな」

 

 キッドがそう言った直後、けたたましい銃声が鳴り響く。それも一回や二回ではない。乾いた音が次々と鳴り響き、それと同時に破裂音。

 

キッド

「……どうやら、探す手間が省けたみたいだぜ」

お町

「ええ。行きましょう!」

 

 戦場と化した基地の中を、キッドとお町の2人が走る。長い廊下の突き当たり、銃声は強くなっていく。戦場はすぐそこだ。キッドは覚悟を決め、腰から銃を引き抜いた。そして突き当たりを右折する。そこでキッド達が見たものは、

 

イゴール長官

「ぬぉぉぉっ!」

 

 対機械獣用のマグナム散弾銃を撃ちまくり、群がる蜂ロボットを次々と破砕するロス・イゴールの姿だった。その膝下には、金髪の少女……ローラ・サリバンが愛犬ベッキーを抱えて身体を丸く屈めている。

 

ローラ

「おじいちゃん……!」

イゴール長官

「やらせん、やらせんぞ! 私の命に代えても、この子と仔犬を殺させはせん!」

 

 鬼気迫る叫びと共に、イゴール長官は散弾銃を撃ちまくる。

 

イゴール長官

「この若い命こそ未来への希望。それを守り抜くのが、私の務めだ!」

 

 散弾銃が弾け、蜂メカを次々と打ち砕いていくロス・イゴール。しかし蜂メカ達は人間の熱を感知し自動で攻撃するようにプログラムされている。イゴール目掛けて針を向け、突撃する蜂メカ。それをイゴールは一機一機と撃ち落としていく。眼前の敵を撃破するイゴール。やがて散弾銃の弾が尽き、カチ、カチと音を鳴らす。

 

イゴール長官

「くっ……!」

キッド

「危ない!」

 

 瞬間、ブラスター・キッドの銃弾が蜂メカのエンジンを撃ち抜く。落ちる蜂メカ。イゴール長官はその瞬間、ローラを抱え踵を返す。

 

イゴール長官

「そのウルフマークは!」

お町

「コズモレンジャーJ9、只今参上よ長官さん。イェイ!」

 

 そう言ってお待ちはポーチから丸いものを取り出し、そのピンを引き抜く。そして突き当たりへキッドとイゴール長官、それにローラが避難すると同時、その丸いもの……即ち手榴弾が爆裂した。

 

キッド

「ヒュー。なかなかいいもの持ってるじゃないですかお町さん」

お町

「あらやだキッドさん。手榴弾は乙女のたしなみですよ?」

 

 軽口を叩き合うキッドとお町。危機的な状況にあっても余裕の態度を崩さない。それは彼らが数々の修羅場を潜り抜けてきた証拠だった。

 

ローラ

「おじいちゃん、そうなの?」

イゴール長官

「…………」

 

 しかし、そんな冗談を信じてしまう無垢な少女がそこにいれば、堅物なイゴール長官は彼らを睨むしかない。

 

キッド

「あらら、冗談言ってる場合じゃないみたいですよ」

お町

「そうね。本気にしちゃダメよお嬢さん」

 

 イゴール長官の眼光に気圧されて、お町は観念しつつもチャーミングなウィンクを欠かさない。それはエンジェルお町の矜持だった。

 

キッド

「それで長官殿、どうすればいい?」

イゴール長官

「今、葉月博士が龍の心臓に灯を入れているはずだ。龍が目覚めれば、勝てる」

お町

「龍……。ガンドールのことね」

イゴール長官

「ああ。ガンドールとダンクーガが揃えば、この局面も……グッ!」

 

 ローラを抱えるイゴールの手。本来ならば屈強な握力を持つはずのその手から力が抜け、ローラが床へ着地する。ローラは心配そうに、イゴールの顔を見た。

 

ローラ

「おじいちゃん?」

イゴール長官

「あ、ああ。大丈夫だ。このくらい……」

 

 そうは言うがイゴールの額には汗が滲み、肩から手の指先にかけての動きは明らかに精彩を欠いている。キッドはそんなイゴールの様子を一瞥すると、何かを悟ったように神妙に頷いた。

 

キッド

(年甲斐もなく無茶をしたもんだ……。あんなものを撃ち続ければ、肩から骨ごと砕けても文句は言えねえ)

 

 天才スナイパーであるブラスター・キッドから見ても、先ほどまでイゴール長官が使っていたマグナム散弾銃は無茶な代物だ。おそらくは本来、補助用の強化服か何かを着ていることが前提の出力。それでも、連射できるものではない。イゴール長官はそれを、スーツ姿のまま何度も撃ち続けていた。キッドとお町が来た道で見た蜂型メカの残骸も、イゴールの成果だろう。

 ロス・イゴールは相当に無理をして、このローラ・サリバンという少女を守っていたのだ。

 

キッド

「なあ長官殿。あんたとローラちゃんは一体、どう言う関係なんだ?」

 

 ローラ・サリバン。藤原忍が助けた戦災孤児で、葉月博士が養子として引き取り、以降は獣戦機隊のマスコットのような存在だった少女。しかしそれは獣戦機隊のメンバー達の話であり、このロス・イゴール長官はまた違う。それは純粋な、興味だった。

 

イゴール長官

「ローラ……。ローラは……」

 

 足を止めず、しかしイゴールは言葉を選んでいた。ローラへと投げかける優しい笑顔は、噂に聞く厳格な軍人像からはかけ離れている。

 

イゴール長官

「私には、息子がいた。アラン・イゴール……。お前達の雇い主か。私は軍人として強く、厳しく生きるあまり、家庭を顧みない父親だった」

 

 キッドもお町も走りながら、それに耳を傾けていた。イゴールの独白は続く。

 

 

イゴール長官

「アランは、母の葬式にも出席せず軍務に明け暮れる父を見限った。私も、私のやり方を否定するアランとは勘当同然だった。だがな……はは、獣戦機隊。あの問題児どもを見てみろ。自由に大空を羽ばたき、野生のままに戦う。鉄の規律をよしとした私の生き方は、あいつらにとっては古臭いものだったかもしれん。それに、ローラは……あのバカどもが連れてきたこの子は、そんな私などをおじいちゃんと呼び、慕ってくれる」

ローラ

「だって、おじいちゃんはやさしいよ? 私、おじいちゃん大好きだもん」

 

 ローラの顔は、純粋に祖父を心配する女の子のものだった。そこには一切の嘘偽りはない。

 

ローラ

「お母さんが死んじゃって、私にはベッキーしかいなかったの。ベッキーのことは大好きだけど、それでもお母さんがいないのは寂しかった。だけど忍が、雅人が、亮が、沙羅が、それに葉月のおじちゃんと、おじいちゃんが私をここにいていいって言ってくれた。だから私、寂しくなくなった。ここが新しいお家で、優しいお兄ちゃんとお姉ちゃん、おじちゃん、おじいちゃんがいるのが嬉しかった」

イゴール長官

「ローラ……。そうだ、ローラは私の孫だ。この若く、未来のある命を守ることこそが軍人の使命なのだと、私はローラに教えられた。だから……」

 

 話しながらも、4人は居住区画のさらに奥へ進んでいた。地下へと続く階段。その先に眠る龍の心臓へ向かって螺旋階段を降りていく。もう少し、もう少しでガンドールへ辿り着く。しかし、煩い羽音とモーター音が少しずつ迫っているのを、キッドは聞き逃さなかった。

 

キッド

「危ない!」

 

 4人を追いかけて迫る蜂メカ。キッドの銃撃が正確にエンジンを貫いていくが、すぐにまた次の蜂がやってくる。

 

キッド

「このままじゃ埒が明かないな。お町さん、何かいい手はないですか?」

お町

「お生憎様。こんなところで手榴弾投げたら私達も生き埋めですわよキッドさん」

 

 即ち、万事休す。それでも万に一つのチャンスに賭けて、ブラスター・キッドは狙い撃つ。小型の蜂メカは生き物を殺すために最適化された動きをする自律回路。人間の熱を感知するとそれを自動で追尾し、そして羽音は周囲の蜂を呼び寄せるようにできている。

 一機、また一機撃ち抜いても現れる蜂はキリがない。やがてキッドの愛銃も残弾が尽きれば、リロードに時間を要してしまう。

 

キッド

(その時は仕方ない。俺がイゴール長官の盾になるしかねえか)

 

 ロス・イゴールは失ってはいけない男だ。そうキッドは今までのやり取りで確信していた。ブラスター・キッド……木戸丈太郎はかつて、

国連軍に所属しその射撃の腕を振るっていた。しかし、キッドの射撃の腕はいつしか汚れ仕事を任されるようになり……命令とはいえやりたくもない殺しをさせられることにキッドは嫌悪し、軍を抜けた。そんなキッドにとってロス・イゴールの第一印象は、旧来通りの堅物な軍人。それは決していい印象ではないものだった。だが、

 

キッド

「長官殿。あんたは俺が命に代えて守る。だから急げ!」

 

 小さな命のために己の命を捨てて戦えるこの男ともし早くに出会えれば、木戸丈太郎の人生は変わっていたかもしれない。軍というものに失望することなく、人を守るための職務に誇りを持てたかもしれない。

 これからも、国連軍に志願する若者はきっと現れる。そんな若者達がかつての自分のように軍に失望してしまわない為にも。

 軍人という職務を、誇り高い生き方だと思えるためにも。

 

キッド

「あんたは若者達のためにも、死んじゃならねえ人だ!」

 

 残りの弾はあと3発。ブラスター・キッドはそれを的確に、蜂ロボットへ当てていく。1発。コントロールを失った蜂は力なく明後日へと飛び落ちる。2発。エンジンに直撃し蜂は爆裂。3発。センサーを失った蜂は瞬く間に落ちていく。しかし、それで弾切れ。リロードにかける時間より先に、次の蜂メカがやってくる。

 

キッド

「俺の命も、これまでか……」

 

 そう、キッドが呟いたその時。少女ローラの手からするりと仔犬が抜けていく。

 

ローラ

「ベッキー!?」

ベッキー

「ワン!」

 

 ベッキーは小さな身体を奮い立たせ、主人の前に出て蜂を威嚇するのだ。しかし蜂は犬の小さな身体の熱よりも、人間の熱を優先して感知する。だが、そんなことをローラが知るべくもない。

 

ローラ

「ベッキー、ダメ!」

 

 瞬間、ローラ・サリバンはキッドよりも前に……仔犬を庇うように躍り出たのだ。

 

お町

「お嬢ちゃん!?」

イゴール長官

「いかん!」

 

 蜂ロボットが、ローラの幼い身体に針を向ける。一瞬。一瞬あれば距離を詰め、ローラは串刺しになる。誰もがそう思った。蜂が動き出した。その瞬間だ。

 

イゴール長官

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 ロス・イゴールは全身の気力を振り絞り、既に疲弊しているはずのその身体を動かしていた。キッドが反応するよりも早く、ローラの前に飛び出すイゴール長官。そして、ブスリ。

 

イゴール長官

「グ、おォッ……!」

 

 瞬間、ローラの前で赤いものが噴き出す。それがロス・イゴールという男の血液であることを、いかにローラが箱入り娘だったとしても理解しないわけにはいかなかった。

 

ローラ

「おじいちゃん!? い、嫌ァァッ!」

 

 蜂メカの針は、ロス・イゴールの腹に大きな穴を開けていた。しかし、それでも尚ロス・イゴールは立っている。そしてイゴールは、力任せに蜂メカを針の部分に右拳を押し当てた。瞬間、針の付け根にヒビが入る。

 

イゴール

「今だ、ブラスター・キッド!」

キッド

「!!」

 

 イゴールの叫びと同時、弾倉を入れ替えたキッドの狙撃が蜂メカの針とお尻を確実に撃ち抜いた。針と本体が完全に分かれた次の瞬間、キッドは本体にトドメの一撃をお見舞いする。その場で蜂は崩れ落ち、ロス・イゴールもそこに倒れ伏した。

 

ローラ

「おじいちゃん! おじいちゃん!」

 

 イゴールの身体に縋り付くローラ。しかし、蜂の行軍はまだ終わらない。

 

キッド

「クソッ! クソッ!」

 

 動けないイゴールを運びながらでは、無理だ。キッドはあの時、動けなかった自分を呪う。そして次の蜂が襲い来るその時……。

 

アラン

「……!」

 

 巨大な腕が、地下階段越しに蜂の群れを握りつぶした。

 

お町

「ブラックウイング!」

 

 ブラックウイング。先ほどまでサングリーズと交戦していた黒騎士アランの愛機。それが今、基地の隔壁をブチ破り腕を伸ばしていたのだ。ブラックウイングから飛び降りるアラン。アランは腹に大きな穴を開けたロス・イゴールを一瞥すると、その瞳を大きく見開く。そして小さく「親父……」と呟くと、イゴールの下に駆け寄るのだった。

 

イゴール長官

「あ、アラン……」

アラン

「親父、喋るな。ガンドールはすぐそこだ。治療室ならまだ間に合う!」

 

 アランは言い聞かせるように、或いはそう願うように父へ叫ぶ。アランは携帯していた小さなカバンからガーゼと包帯を取り出すと、手早く父の止血を始める。

 

イゴール長官

「いつの間にか、こんなに大きくなっていたのだな……」

アラン

「やめてくれ! アンタの口からそんな弱気な言葉は聞きたくない!」

 

 

 父を肩で抱え、歩き始めるのアラン。ジワリとした熱の感触が、アランの肩に伝わる。それは、命の漏れ出る熱だ。

 

イゴール長官

「アラン……。我が息子……。獣戦機隊と、4人の息子達と共にこの星を、若者達の生きる未来を守ってくれ」

アラン

「ああ……親父。約束だ」 

 

 そうして、ガンドールへ繋がる扉を開くアラン。手近な所員にローラとベッキー、それにイゴール長官を預けると、ロス・イゴールは担架で運ばれていく。アランはそれを、静かに見送っていた。

 

アラン

「偉大なる最後の将軍ロス・イゴール。親父……」

 

 アランの肩に乗っていた父の腕は、自分の知るそれよりも小さなものだった。いや、アランの記憶の中にあった父の大きな腕は、幼い頃のアランの思い出のまま、更新されていなかったのかもしれない。アランが思春期を迎える頃には、父子はそれほどまでに疎遠になっていた。だが、アランは知っている。ロス・イゴールがなぜそれほどまでに厳格に、家庭すら顧みず軍務に励んでいたのかを。

 

アラン

(ガンダムファイトで疲弊した地球は、常に争いの火種に塗れていた。それは今も、昔も変わらない。親父は誰よりも、そんな地球を、人々の未来を守るために軍人であり続ける人だった)

 

 そしてその血は、アランにも受け継がれている。やり方こそ違えたが、根っこの部分で親子は、似た者同士だった。そうであるが故に、

 

アラン

「……行くぞJ9。すぐに龍が目覚める」

 

 既にやるべきことは、決まっていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

 極東基地が崩れ落ち、その地下より浮上する巨大空母。デスシャドウ号よりも遥かに大きなそれを、忍達は知っている。

 

「ガンドール……!」

 

 ガンドール。「龍」と呼称される極東基地の切り札。地球上に現存するあらゆる戦闘母艦よりも大きく、しかしそれに見合うエネルギーを持たぬ故に短命のこの空母は、起動に爆発的なエネルギーを要するという弱点を抱えていた。そのガンドールの司令塔で、葉月博士は通信マイクを持ち、ダンクーガへコンタクトを送る。

 

葉月

「藤原、結城、司馬、式部、全員無事か?」

「ああ……どうにかな。それより、他のみんなは!?」

 

 それに答えたのは、ガンドールを旋回するように大空を舞うブラックウイングだった。

 

アラン

「ローラは無事だ。あの人が……俺達の親父が命を賭して、守ってくれた」

沙羅

「それじゃ……長官は?」

 

 愕然とする沙羅。しかしアランは頑なに首を振り、その可能性を否定する。

 

アラン

「……あの人らしい、誇り高い生き様だ。そして父は今も闘っている。俺達にできることは、親父が戻ってきた時に胸を張れる戦士であることだ」

 

 ブラックウイングは翼をはためかせ、バルカン砲をデスシャドウ号に浴びせていく。ダンクーガへ狙いを定めていたデスシャドウ号の周囲を飛び回り、ダンクーガが立ち上がる隙を作っているのだ。

 

「イゴールの親父……。うぉぉぉぉっ!」

 

 イゴールは戦った。戦って戦いって戦い抜いた。大事な命を守るために。生命を振り絞るような叫びを上げて、忍はダンクーガの姿勢を但した。再びブースターを噴かせ、立ち並ぶ大鷲と機神。

 

「そうだ、イゴールの親父だけじゃねえ。俺達は沢山の人達に生かされて、ここまできた!」

雅人

寮長(ドン)やゲラールの兄貴だって、俺達に未来を託してくれた……!」

「俺達の背中には、多くの人が託した未来がある!」

沙羅

「だから、あんたの復讐になんか付き合ってやれないんだよ、シャピロ!」

 

 忍の、沙羅の、雅人の、亮の心は今、爆発していた。ダンクーガは、全ての人々の希望を乗せた剣。ここで折れるわけにはいかない。

 ダンクーガは腰から断空剣の鍔を抜く。荒ぶる野生のエネルギーが断空剣の刀身を固定し、デスシャドウ号を前に構えを取る。

 

シャピロ

「ええい何をしている。デスシャドウ号、ダンクーガを撃ち落とせ!」

 

 シャピロの合図とともに、三連装ビームキャノンが光を放つ。ダンクーガは、エネルギーの線を見切り機体の軸をずらす。その巨体で躱しきれない僅かな光を断空剣のエネルギーで相殺し、デスシャドウ号の攻撃を無傷で乗り切っていた。

 

「そんな攻撃で、今の俺達を止められると思うなよ!」

 

 忍の、沙羅の、雅人の、亮の野生は最高潮に達している。人が理性の枷で止めている力の限界。それを超えた先にある境地。そして、

 

アラン

「これは……この感覚は……!」

 

 その境地に今、アラン・イゴールも達していた。ブラックウイングの操縦桿を通し、アランの野生が解き放たれる。そしてその時を、ガンドールの司令塔にいる葉月博士は待っていたのだ。

 

葉月

「藤原、結城、式部、司馬、アラン。今からダンクーガの最後の封印を解除する!」

「最後の封印だと?」

葉月

「そうだ。以前の月面基地でアランが特攻した後、修復したブラックウイングにも獣戦機と同じシステムを組み込んでおいた。今、送信したコードを解放しろ!」

 

 ガンドールから送信されたコードに従い、ダンクーガとブラックウイングはデスシャドウから距離を離していく。その動きに、シャピロは只ならぬものを感じデスシャドウ号へ指示を送る。

 

シャピロ

「デスシャドウ号、奴らの妙な動きを牽制しろ!」

 

 デスシャドウ号から放たれるミサイル弾がダンクーガを襲う。しかしミサイルの悉くは降り注ぐビームの閃光により、ダンクーガへ届くことなく弾けて消える。

 

キッド

「ダンクーガを、イゴール長官の希望をやらせるかよ!」

 

 銀河旋風ブライガー。操るは狙撃の名手ブラスター・キッド。ブライガーが両手に持つ二丁拳銃・コズモワインダーがデスシャドウ号のミサイル攻撃を次々と撃ち落としたのだ。

 

ボウィー

「あらあら、キッドさんいつになく熱いじゃないですか」

キッド

「悪いけどボウィーさん、今回ばかりは冗談じゃないですよ」

 

 ロス・イゴールという男の生き様。それはブラスター・キッドの胸にもしかと響いていた。だからこそ、仕事である以上に義理人情として、イゴール長官が希望を託したダンクーガに自分も賭けてみたいという気持ちになっていた。

 それは、闘志だ。

 

シャピロ

「なんだ、あのロボットは……?」

 

 シャピロの記憶にない伏兵の介入。それが瞬間、シャピロの思考処理を遅らせた。その隙はそのまま、ダンクーガとブラックウイングに時間を与えることになる。

 

「データTEX-138-4EB、ロック解除!」

 

 ダンクーガのモニタに、アルファベットが表示される。ダンクーガが初めて合体した時と同じ。しかしあの時以上の高揚感が、忍を昂らせる。

 

「発動コード、F•I•N•A•L! ファイナルダンクーガ!」

 

 ダンクーガとブラックウイングが垂直に飛ぶ。ブラックウイングの脚が収納されると同時、ダンクーガの飛行ブースターが切り離される。切り離されたブースターとのコネクタ部分をブラックウイングの収納された脚が掴み、そのまま姿勢を固定。そのまま新たな高機動ブースターとして、ブラックウイングがダンクーガへ納まった。

 漆黒の荒鷲を背負ったダンクーガ。その姿こそが、

 

「人を超え、獣を超え、神をも超える最後の戦士、ファイナルダンクーガ! もうお前らの好きにはさせねえ、やってやるぜ!」

 

 

………………………………………

第28話

「獣を超え、神を超え、

 出よ最後の戦士

 ファイナルダンクーガ!」

………………………………………

 

 

 

 ファイナルダンクーガ。ブラックウイングを加えた5機の獣戦機が真の力を解放したことによって生み出されたダンクーガの最終形態。その圧倒的な存在感に、サングリーズに乗るヌビアの構成員達は慄く。それは無論、指揮官であるシャピロ・キーツも同様だった。

 

シャピロ

「なんだ……その姿は?」

 

 シャピロの脳裏に、いくつもの光景がフラッシュバックする。シャピロの完璧な作戦は、常にダンクーガの発揮する力に一手上回られてきた。ダンクーガ。シャピロ・キーツの憎むべき宿敵であり、死戦の中に常に存在した強敵(とも)とも言うべき存在。そして、一人の女。

 それが今、再びシャピロの計算を、予測を荒ぶる野生の力によって越えたのだ。だが、だからと言ってそう簡単に負けを認めるわけにはいかない。

 

シャピロ

「デスシャドウ号!」

 

 デスシャドウ号のビームカノンが、続け様にファイナルダンクーガを狙う。ダンクーガを地へと落とした連続砲撃。しかし、その攻撃はファイナルダンクーガに届くことはない。

 

アラン

「来るぞ、藤原!」

「わかってらぁっ!」

 

 獣のような防衛本能で危機を察知し、ブラックウイングの翼即ち、ファイナルダンクーガのブースターは忍の反射神経に応えるように俊敏に起動する。以前のダンクーガよりも、立ち上がりがスムーズ。その結果、光の速さで迫るビーム砲撃を忍は、動体視力で避けてみせた。

 それは、今までのダンクーガではありえない動きだ。

 

「すげえ……すげえぜ!」

「ファイナルダンクーガ……。燃え滾る闘志の中にありながら、澄み切った水の一雫のような境地に達した気分だ」

 

 真の野生化。それは人の理性でブレーキされた荒ぶる野生を引き出し、それでありながら愛の心を失わぬ境地。

 

アラン

「俺にも、野生が眠っていたのか……」

 

 今新たに、ダンクーガの一部となったブラックウイングのコクピットでアランは小さく呟いた。データの収集と解析・予測を信条としていたアランにとってそれは、俄には信じられないことだった。だが、悪い気はしない。それに、今なら信じることができる。

 

アラン

(俺の中に眠れる野生……。ロス・イゴールから受け継がれた遺伝子が叫んでいる。彼らと共に戦えと!)

 

 圧倒的な存在感を解き放つファイナルダンクーガ。このままではまずい。シャピロは、自覚のない記憶の中にこびり付いた経験からそれを理解する。

 

シャピロ

「ええい、それならば奥の手だ。ザン・ガイオーを発進させろ!」

 

 シャピロの合図と共に、デスシャドウ号のハッチが開く。そこから現れたのは赤いボディに身を包んだ、しかし内部からは触手のようなものが蠢く異形の兵器。ザン・ガイオーを呼ばれたそれは、憎しみに満ちた瞳でファイナルダンクーガを睨む。その姿は以前、岩国でダンクーガが戦った自爆するメカ恐竜・グザードを想起させる。

 

雅人

「あれ、ムゲの兵器だろ!」

 

 雅人は記憶していた。以前の戦いでムゲ・ゾルバドスの本拠地へ乗り込んだ際に戦った強敵。それが今、どういうわけかヌビア・コネクションの手先として再びダンクーガと対峙している。

 

「ムゲ野郎まで生きてるのかは知ったこっちゃねえ。だがな、そんなもんでファイナルダンクーガを止められると思うなよ!」

 

 ザン・ガイオーの肩に装備されたハッチが開き、ミサイルがファイナルダンクーガを襲う。しかし、今のファイナルダンクーガはミサイルの軌道を読み切り、そして瞬時に避けるほどの運動性を獲得していた。ならばとザン・ガイオーは、腕のメカ部分の隙間から緑色の触手を伸ばし、ダンクーガの手足を絡め取る。

 

「相変わらず気色悪い野郎だぜ。雅人!」

雅人

「OK、忍!」

 

 手足の動きを封じらてた程度で止まるファイナルダンクーガではない。その推進力に任せた突進は余りある勢いで、渾身の力でダンクーガを縛る触手の筋肉を引き攣らせる。その瞬間、触手の拘束が弛んだ。ファイナルダンクーガはその隙を見逃さず、パルスレーザーを浴びせてザン・ガイオーを怯ませる。怯んだその時、ファイナルダンクーガは触手を振り解いた。そしてザン・ガイオーが体勢を整える前に、その眼前へと躍り出る。

 

「そこだっ!」

 

 ザン・ガイオーの眼前に広がったのは、ファイナルダンクーガの掌だ。掌底。顔面を潰すような掌の一撃は重く、ザン・ガイオーを吹き飛ばす。距離が離れたその瞬間、ザン・ガイオーは再び触手を伸ばした。だが、既に勝敗は決している。

 

アラン

「照準はこちらに任せろ!」

「おう!」

 

 ファイナルダンクーガのバックパック……即ちブラックウイングの、嘴が大きく開いた。本来のブラックウイングには存在しない機能。超獣機神となったことで、今ブラックウイングには新たな機能が追加されている。

 開いた嘴に、膨大なエネルギーがチャージされていく。それこそオーバヒートしてしまいかねないほどの、危険な熱量。しかしアランは性格無比に照準を定め、忍の号令で引き金を引く。

 

「ファイナル断空砲!」

 

 同時、真紅のエネルギーが渦を巻いて、ファイナルダンクーガから放たれた。

 放たれた赤い光の渦は天を裂き、そして天空で狼のようなシルエットを浮かび上がらせる。獣の唸り声のような音を立てて、狼はザン・ガイオーを呑み込んでいく。

 灼熱の怒り。そして怒りすらも超克した戦士の雄叫びの中に呑まれたザン・ガイオーは、真紅の光の中に消えていった。

 

キッド

「すげえ……これがファイナルダンクーガ」

 

 ロス・イゴールが託した人類の希望。その姿にキッドは、感嘆の声を漏らす。

 

アイザック

「そうか。獣戦機とは人の野生を解き放つ機体。超獣機神は解放された4人の野生をより高めるもの。しかしその数式は倍式ではなく、乗式だったか」

 

 悟ったように、アイザック。ブラックウイングが合わさっただけで、ここまでのパワーアップが測れるとは考えにくい。とすれば、その真髄はパイロットの野生。アランを加えた5人の野生が5乗され、ファイナルダンクーガは神をも超える戦士として覚醒する。

 

葉月

「これがファイナルダンクーガ……。人類の希望を背負う最後の戦士」

アラン

「次はてめえだ! シャピロ!」

 

 断空剣を抜き、ファイナルダンクーガは紫色のサングリーズをカメラで捕捉した。

 

シャピロ

「この力は……。機械を、人を、獣を、神をも超える力だというのか!」

 

 今解き放たれたファイナルダンクーガの力。それをシャピロはどうしようもなく、“ほしい”と感じてしまっていた。他人を羨むなど、恥ずべきことだとシャピロのエゴが告げているにも関わらず。しかも、なぜその力を欲してしまうのか、今のシャピロは見当もつかないでいる。

 

シャピロ

「理性が野生を超え、混じり合った境地……。この戦いに勝ち目はない……」

 

 そう呟くと同時、デスシャドウ号から放たれた光が戦場を包んだ。

 

「何っ!?」

アラン

「閃光弾だ!」

 

 視力を奪う強烈な光。それが収まっても数秒の間、目がチカチカする。忍の視界が安定してきた時にはデスシャドウ号も、サングリーズの姿も消えていた。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

─アルカディア号─

 

 

アラン

「以上が、戦いの顛末だ。現在ロス・イゴールは意識不明。生死の境を彷徨っている」

 

 

 全てが終わった直後、ガンドールに帰投したアランから受けた通信を聞き、槇菜は大きく動揺していた。

 

槇菜

「じゃあ、お父さんを……」

アラン

「気持ちは有難いが、余計な心配な無用だ。科学要塞研究所に立ち寄りハリソン大尉達と合流後、我々はついにミケーネ火山島基地への総攻撃を仕掛けることになる」

槇菜

「ミケーネと……!」

 

 毅然とした態度で告げるアラン。ミケーネ帝国。それは槇菜の日常を一変させた、はじまりの敵。

 

トッド

「ここの指揮官様は随分、ドライなんだな。親父さんの側にいてやった方がいいんじゃないのか?」

 

 トッドが言う。それはトッドなりの、気遣いだった。

 

トッド

「もし今お袋の身に何かあったら、俺は戦場を放り出してでもお袋のところへ駆けていくぜ」

アラン

「……俺は、俺達は偉大な父から希望を託されたのだ。ここで立ち止まるわけにはいかん」

 

 それこそが親孝行だ。そうアランは言ってトッドを睨む。その視線にトッドも、アランの覚悟を感じ取った。

 

トッド

「悪かったな。今のは失言だった」

ショウ

「お前は一々、一言多いんだよ」

 

 謝るトッドと、嗜めるショウ。アランはそれ以上の追及はせず、話を戻す。

 

アラン

「アルカディア号も激戦続きかもしれないが、マシンの整備、補給をしつつ指定座標へ向かってほしい」

ハーロック

「…………了解した」

 

 しばらく沈黙し、そして了解するハーロック。だがキャプテンハーロックの目が大きく見開かれているのを、アランは見逃さなかった。

 

アラン

「何か、気になることでもあるのか?」

ハーロック

「ああ。今、画像で確認したがヌビアが使っていたという艦。デスシャドウ号だが、あれは……」

トチロー

「…………」

 

 事情を知っているのか、トチローは深々と帽子を被る。しばらくの間があり、やがてハーロックは口を開いた。

 

ハーロック

「あれはかつて、俺が命を預けた艇だ」




次回予告

みなさんお待ちかね!
ミケーネ帝国火山島基地を突き止め、先攻するグレートマジンガー。
しかし、待ち受けていた地獄大元帥の罠により、窮地に陥ってしまうのです!
ですが、友のピンチを救うべく、我らがヒーローが帰ってきました!

次回、「決戦ミケーネ帝国! 我らがダブルマジンガー」にレディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サブシナリオ05『漆黒のSTORM』

─木星圏/衛星イオ─

 

 

 木星の第一衛星イオ。4つのガリレオ衛星の中でも最も大きなそこに建造された軍事施設に、“巨神”は眠っていた。

 “巨神”。イデオンと呼ばれるそれは静かに

だが厳かにその時を待っている。イデオンの内部……操縦席とでも呼ぶべき場所には帝国の技師や士官達が日夜、目覚めの時を迎える準備を進めていた。

 

帝国士官

「“巨神”のゲージはどうだ?」

 

 小太りの士官が、部下に聞く。

 

帝国兵

「はっ。ゲージは依然として沈黙を保っています。やはり、この“巨神”は新総統以外に扱えるものはいないのでは……?」

帝国士官

「フム…………」

 

 以前の起動実験の際、カリスト新総統がこの席に座ったと同時、イデオンのゲージは灯り、動き出した。それは新総統の持つサイコミュ的な波動を“巨神”が感じ取り、呼応してみせたのかもしれない。

 

帝国士官

「となればやはり、サイコミュ・システムによる調整が急務となるか」

 

 予定される(ゼウス)の雷計画。その本番までの猶予は残り僅かとなっている。その際、新総統がこの“巨神”の座に座ることになるが、一方で敵……Mr.ゾーンを名乗る協力者から齎された情報によれば、地球のスーパーロボットやシャッフル同盟。それに伝説のニュータイプ達や、宿敵でもある海賊軍らが結集したVBという特殊部隊が木星へ攻撃を仕掛けてくることは明白だった。

 その時、新総統は自らのモビルスーツで迎撃に出るつもりでいる。その間、“巨神”を動かすための調整は帝国にとって必要なことだった。

 

帝国兵

「アムロ・レイのバイオ脳を使うというのは?」

帝国士官

「バカモン。バイオ脳の培養にどれだけの時間とコストがかかると思っている?」

 

 アムロ・レイのバイオ脳。正確にはその戦闘データのみを学習させた最終兵士。たしかに記録上では、アムロのバイオ脳はサイコミュ的な波長を発揮したと言われている。しかし、製造されたバイオ脳は全て木星軍に破壊されている。今から作り直していては、計画には間に合わない。しかし、それは強化人間を作るにしても同じこと。小太りの士官は腕を組むと小さく唸り、それから溜め息を吐いた。

 

帝国兵

「隊長?」

帝国士官

「いや…………。なかなか前途多難だと思ってな」

 

 そう、士官が言った時だった。ポゥン、という音ともに“巨神”の計器に光が灯る。

 

帝国兵

「これは……!?」

 

 ポツンと灯った光は一条の線を描き、そして急激なGが士官達を襲う。“巨神”が、動き出したのだ。

 

帝国士官

「どうなっている!?」

帝国兵

「わかりません!?」

 

 “巨神”が立ち上がり、そして天を見上げる。暗い空の向こうには、果てしない闇。吸い込まれるような宇宙が広がっていた。木星からでも、宇宙は暗く、星は眩い。しかし、そんな闇の向こうから、何かが迫っているのを士官達は見た。瞬い光と共に降り注ぐ光。一瞬、それは隕石か何かに見えた。しかし、違う。隕石ならばこんな軌道は描かない。

 それは、直角に曲がる不自然な軌道を描きながら接近しているのだ。

 

帝国士官

「UFO!?」

 

 幼い頃、そんな話を聞いたことがある。旧世紀の中世、宇宙に夢と希望を抱いた人々が作り上げた御伽噺。しかし、違う。御伽噺などではない。なぜなら瞬い光と共にそれは、現実に士官達の下へ向かっているのだから。やがて一瞬の時間が過ぎ、それは眼前に姿を現す。それは、黒い外観を纏った悪魔のようなマシンだった。地球に住む蝙蝠という動物を思わせる大きな翼を広げ、両手に戦斧を構えたそれを視認した瞬間、“巨神”の計器に灯ったゲージがさらに輝きを増す。まるで、生存本能に訴えかけるように。

 黒い悪魔は“巨神”の前に躍り出ると同時、戦斧を振りかざす。そして、

 

「ゲッタァァァットマホォォゥク!!」

 

 その宇宙すら揺るがす咆哮に、誰もが目を奪われる。“巨神”の生命を刈り取る悪魔の戦斧が振り下ろされ、しかし、

 

イデ

「…………!」

 

 “巨神”の頭。バイザー型のカメラアイが緑色に発光すると同時、巨神の腹部のハッチが開き、キャノン砲が展開される。荷電粒子砲(グレンキャノン)。その火力が炸裂し、悪魔に降り注いだ。岩山ばかりの衛星イオに、爆炎が立ち込める。しかし、“巨神”のゲージは収まらない。まるで、悪魔の存在を許さぬ荒ぶる神のように。そして、

 

 

「ゲッタァァァッビィィィッム!」

 

 爆炎の中から立ち込める緑色の光。ゲッタービームが、“巨神”に炸裂するのだった。

 

 

 

…………………………

 

「漆黒のSTORM」

 

…………………………

 

 

 一文字號。悪魔を操る少年は、対峙する“巨神”を睨む。そこにあるのは、敵意でも殺意でもない。純粋な使命感。それはある意味、本能と言ってもいい。號は本能で、己の精神力で、本来ならば3人のパイロットが必要なマシンを動かしている。

 

「真ゲッター……。奴が“巨神”か!」

 

 真ゲッター。そう呼ばれた黒いゲッターロボは唸るような駆動音を上げ、號の言葉に応えた。

 真ゲッターロボ。それは拓馬達の世界で過去に、流竜馬らが搭乗し地球の危機を救ったとされるゲッター。今の一文字號は、正確にはゲッター線により受肉した意識体である。ゲッター線の代行者。その黒い疾風が嵐を呼ぶ。ゲッタービームの一閃が“巨神”へと届き、爆ぜる。全てをゲッター線へと同化していく、真ゲッターロボのゲッタービームを浴び、“巨神”の巨体は大きく揺さぶられた。

 

帝国兵

「う、うわぁぁっ!?」

 

 圧倒的な力を持つ“巨神”の中にあっても、真ゲッターロボの威容は、そしてゲッター線の光は恐怖を呼び起こす。

 

イデ

「…………!」

 

 “巨神”の計器に記されたゲージが、また一つ伸びた。次の瞬間、ゲッタービームは“巨神”へ届くその直前に霧散していく。まるで、“巨神”を守るように、見えない障壁が生み出されたかのように。

 

「バリアか!」

 

 號の……ゲッター線の記憶の中に、それは刻み付けられている。イデバリア。意志を持つエネルギーが、自らの防衛本能を剥き出しにして発動する障壁。前の宇宙で、ゲッターエンペラーのエンペラービームからもその身を守り抜いた絶対の防衛結界。ゲッタービームすら打ち消してしまうまでに、既に“巨神”は復活を果たしている。だが、まだ完全ではない。

 

「ならば、ゲッタァァァッサイトォッ!」

 

 二振りのトマホークを重ね合わせる真ゲッター。トマホークはたちまち命を刈り取る大鎌へと変化し、漆黒の嵐は再び“巨神”へと接敵する。

 

「うぉぉぉぉっ!」

 

 “巨神”の懐に入り込み、號はゲッターサイトを振り上げた。しかし次の瞬間、“巨神”はまるで赤子のように身を屈める。当然、中の士官達はそんな操作はしていない。

 

帝国兵

「な、何が……?」

帝国士官

「“巨神”が、勝手に動いているのか!?」

 

 瞬間、“巨神”の全身から次々とミサイル弾が発射される。まるで近づくもの全てを迎え撃つようなミサイルの雨が、真ゲッターに叩きつけられた。

 

「グォッ……!?」

 

 振り上げた大鎌は“巨神”に届くことなく、真ゲッターはミサイルの雪崩に飲み込まれていく。光速で飛び回る真ゲッターすらも、避けきれない量のミサイル。それを“巨神”は、防衛本能のままに繰り出していた。

 

帝国兵

「こ、これが“巨神”なのか……!」

 

 その力で地球への直接攻撃を計画している木星軍の兵士ですら、“巨神”の力を前に戦慄する。もし、この力の矛先が我が身に……そして木星に向いたらどうなるか。想像するだに恐ろしい。だがしかし、より恐ろしいのは“巨神”の力に撃たれても尚、立ち上がる悪魔の姿。

 

「ハァ……ハッ……!」

 

 真ゲッターは受けた傷を即座に癒し、腹部から螺旋状のゲッタービームを撒き散らす。“巨神”のバリアはそれを霧散させるがしかし、真ゲッターは畳み掛けるようにさらにゲッタービームを連射する。“巨神”の存在を、今ここで完膚なきまでに打ちのめす。そんな強い意志がそこにはあった。

 

帝国士官

「な、なんなんだこいつは!?」

帝国兵

「ば、化け物めぇっ!?」

 

 しかし、その漆黒の意志は帝国士官達の恐怖を助長し、恐怖心は“巨神”に更なる力を与える。イデバリアの出力は上昇し、グレンキャノンの斉射が真ゲッターを襲う。しかし、既に一度受けた攻撃を易々と受ける真ゲッターではない。號はゲッターウィングを広げ、直角に機体を動かしグレンキャノンを避けていく。

 

「ゲッタァァァッバトルウィングッ!」

 

 大きく広げた悪魔の翼は、それそのものが鋭利な凶器になる。號は光速で真ゲッターを移動させながらも、“巨神”への攻撃の手を緩めない。

 

「ウォァァァァァッ!!」

 

 叫び、吼え、唸る。まるで闘争本能のままに戦っているかのような號に応えるかのように、漆黒の嵐……真ゲッターロボ・タラクもその力を高めていく。その本能のままに荒ぶる血潮が、その全身という武器が、イデのバリアを突き破り“巨神”の装甲に傷を与えた。

 

帝国士官

「な、ぁぁっ!?」

 

 鋭利な爪が眼前に迫る。士官が叫び、失禁する。一切の躊躇ない、剥き出しの殺意を浴びればいかに訓練を受けた、帝国のために死ぬ事を喜びと教えられた士官であっても湧き上がる恐怖の感情には逆らえない。人間とは、そういう生き物なのだ。

 そして、ヒトが“恐怖”に呑まれる生き物であればこそ、“巨神”はその秘めたる力を刺激される。

 

イデ

「…………!」

 

 巨神の全身が、秋桜(コスモス)色の輝きを放った。

 

「何ッ!?」

 

 瞬い光に、號の視界が一瞬、歪む。そして、

 

イデ

「…………ゲッターよ。何故、刃を向けるのです」

 

 “巨神”の輝きの後、ゲッターに……號に語りかけるものがあった。その姿はまるで、黄金の女神。もし信心深いものが一度その姿を見れば、忽ち傅いてしまうだろう。しかし號は黄金の女神の姿を認めると、敵意を剥き出しの視線で叫ぶ。

 

「黄金の女神……いや、イデ。お前達は、人類の文明を……歴史を無へと還す。意志を持つ者は、お前達の有り様を認めない!」

 

 叫ぶ號。しかし黄金の女神……イデの化身はそんな號の叫びを憐れむような瞳で受け流す。

 

イデ

「それは、ゲッター線の……全ての生命を果てなき闘争へ導くもの。お前はその意志に従い、全ての宇宙を破壊するのをよしとするのですか?」

「…………!」

 

 イデの化身は語る。號はしかし首を振り、黄金の女神を睨め付ける。

 

「黙れ! 俺はゲッターに支配されちゃいねえ! ゲッターが宇宙を破壊しちまうなら、俺がゲッターをぶっ壊す!」

 

 號が吼える。その叫びに呼応するように、真ゲッターロボは両手を掲げると、その中に熱を

灯した。

 

「ゲッター線も、無限力も関係ねえ! てめえらが人類を試すような真似をするなら、俺は絶対に認めねえ!」

 

 それは、ゲッター線の意志すらも超克する叫び。號の叫びと共に、ゲッターエネルギーが膨れ上がる。真ゲッターロボ・タラクの両腕の中で増幅するゲッターエネルギーの熱暴走。それを精神力で球体に押し留めている。それは黄金の女神……イデの化身から見ても、驚愕すべき出来事だった。

 

イデ

「お前はゲッター線を、自らの意志でねじ伏せているとでもいうのか?」

 

 そんなことができるわけがない。何故なら號は、既に同化された存在。ゲッターと一つになることを受け入れた自我が、ゲッター線に……無限力に叛逆しそして、ゲッター線を支配している。神ですら畏れ、悪魔すら慄く無限の力。その片鱗を支配できる人間など、いるはずがない。

 

「俺の意識は、長くは持たねえ。いずれゲッター線の中に戻っていく。だがな! 今てめえをぶっ倒すには十分なんだよォッ!」

 

 真ゲッターの両手に込められたゲッターエネルギーの塊が、一気に膨れ上がる。それはまるで、ゲッター線の太陽。太陽を生み出した真ゲッターロボは、その超高熱の塊をそのまま“巨神”めがけて投げつける。

 

「ストナァァァァァァッサン、シャイィィィィィィッン!」

 

 ストナーサンシャイン。ゲッター線の力で擬似的な太陽を作り出し、敵のど真ん中で太陽を爆発させ、ゲッター線のビッグバンを発生させる真ゲッターロボの最強兵器。それを受けた“巨神”はイデバリアを発動させるが、次第にビックバンの中に呑まれていく。

 

帝国兵

「ウ、ウワァァァァァッ!?」

 

 イデバリアに守られながらも、“巨神”の中にいた木星帝国軍人達はその光を、熱を完全に遮断することはできない。生命が消える音を、“巨神”は聞き届ける。そしてそれは、“巨神”の覚醒を促すゲージに更なる力を与えていく。

 

イデ

「愚かな……ゲッター線よ。全ての生命は輪廻する。お前は輪廻の円環を侵し、全ての生命を闘争へと駆り立て、宇宙を破局させる!」

 

 黄金の女神が叫ぶと同時、ストナーサンシャインのビックバンの中から伸びてきたものは、小宇宙(コスモス)色の光の線。いや、線と呼ぶには太すぎる。惑星すらも両断しかねない生命を輝きを宿した熱線が、真ゲッターロボを襲う。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

イデ

「争い、憎み合い、滅ぼし合う。そのような道しか選ばなかった愚かな無限力・ゲッター線の使者よ。お前は、ここで果てるがいい」

 

 イデオンソード。無限力そのものを放出する必殺の技。それに打たれたものは悉く、文字通りの無へと還元されていく。真ゲッターはイデオンソードを真正面から受け、號の全身に激痛が走り、絶叫する。

 

イデ

「ゲッターよ。お前と私は決して相入れることはない。必ず滅ぼし合う。だからこそ宇宙はイデの宇宙とゲッターの宇宙に分たれた。だが、ゲッター線の意志が私の宇宙を侵すのならば、消えてもらう」

「ふ、ざ、け、ん、、じゃ、ね、ぇぇぇっ!」

 

 真ゲッターは、イデオンソードの光の中でしかし、その大きな翼を翻す。一文字號という男の精神は、イデの光を拒みそして、振り切ったのだ。しかし、

 

「チク、ショウ……」

 

 一文字號の意識が連続していたのは、その瞬間までだった。やがてプツリと、糸の切れた人形のように號の意識は暗転し……真ゲッターロボ・タラクも光となって消えていく。

 やがてイデオンソードの光は止み、“巨神”に灯っていた熱も、ゲージも消えた。まるで、はじめからそこに意志など存在しなかったかのように。それは、號という存在を“巨神”は、イデの化身は既に脅威と認識していないことを意味していた。

 

 そして残されたのは、ダメージを受けた“巨神”のみ。それの解析を続けていた木星帝国の士官、調査班、技師、兵士は全て……忽然と姿を消してしまっていた。

 

 

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

─???─

 

 

 深い、深い闇の中で一文字號の意識は覚醒する。まだ、自分の意識は完全にゲッター線へ取り込まれていない。それを認識すると、號は精神を集中し、自らを包む深い闇を真ゲッターロボの姿へと変化させていく。

 

「俺の力じゃ、“巨神”は倒せない……」

 

 不完全な覚醒を果たした“巨神”にすら、號と真ゲッターロボ・タラクでは届かない。それは號には屈辱だったがしかし、予想していたことだった。

 

「人類の未来は、あいつらに託すしかねえか……」

 

 ゲッターロボアーク。ゲッターエンペラーの意志を越え、運命に勝つ力と可能性を秘めた若き戦士。そして、號の知るそれとは違う、もう一つの世界の流竜馬。

 

 

「なら、俺にできることは……」

 

 少しでも気を抜けば、再びゲッター線の中に還っていく。そんな不安定な状態のまま號は力を振り絞り、真ゲッターロボの翼を広げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話「激闘ミケーネ帝国! 我らがダブルマジンガー!」

─火山島基地─

 

 

 

地獄大元帥

「何? それは本当かヤヌス侯爵」

ヤヌス侯爵

「はっ。人間どもはこの火山島基地を発見を発見し、既にグレートマジンガーが向かっている模様です」

地獄大元帥

「フム……。東京湾に駐留している艦から核弾頭を強奪する作戦は、一時保留にする他ないか」

 

 地獄大元帥の耳に届いたその報告は、彼の脳裏に“決戦”の二文字を想起させるものだった。地獄大元帥はしかし、それを聞いて不敵に笑う。前回のマチュ・ピチュでの戦いでは、ゲッターロボアークの乱入により不覚を取った。しかし、ここは火山島基地。こちらにとってのホームグラウンドでもある。

 

地獄大元帥

「フフ。飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのことよ。ヤヌス侯爵。剣鉄也を迎え撃つ準備をしておけ。丁重にな」

 

 地獄大元帥がそう言うと、ヤヌス侯爵はニヤリと笑う。既に準備は万端。そういう雰囲気がヤヌス侯爵にはあった。

 

ヤヌス侯爵

「はっ。既に手は打ってあります。キャットルー!」

 

 ヤヌス侯爵の合図に合わせ、黒豹のような出立ちの人造人間……ヤヌス侯爵の忠実な手駒・キャットルー達がモニタを映す。そこは、火山島基地に捕えられた人間達を捕囚する地下牢だった。映されているのは、金髪と凛々しい目をした女性。ベラ・ロナ。闇の帝王の手駒となったザビーネによって捕えられ、闇の帝王の妃になることを強要されている女性。で、あると同時にVBの主力メンバーである宇宙海賊クロスボーン・バンガードにとっての要人。

 

ヤヌス侯爵

「諜報部の調べでは、ベラ・ロナはVBのメンバーであるシーブック・アノーの妻でもあるようです。仲間の身内を人質にすれば、剣鉄也も迂闊には攻撃できないことでしょう」

 

 ヤヌス侯爵は、それが名案であるかのように語る。ベラ・ロナの命を盾にするのは悪い作戦ではないと地獄大元帥もコクリと頷いた。しかし、その表情はどこか不満げ。

 

ヤヌス侯爵

「いかがいたしました。地獄大元帥」

地獄大元帥

「いや、ベラ・ロナは貴族主義を終わらせた女。そして木星軍との戦争では海賊軍を率いた女傑でもある……」

 

 地獄大元帥はモニタ越しに映るベラの顔をまじまじと見やった。覚悟を決めた人間は、時折人質としての価値を放棄する恐れがある。生半可な戦士が相手ならそれでもいけるかもしれない。しかし、相手は剣鉄也だ。ミケーネを滅ぼすために青春を捧げた偉大な勇者だ。

 地獄大元帥が恐れているのは、剣鉄也が人質を無視する覚悟を決めてしまうことだった。

 剣鉄也という人物を、地獄大元帥はまだ十分に見極めたわけではない。しかし、はっきりしていることが一つだけある。それは、鉄也は誰よりも厳しく、強い生き方を自らに課した戦士であり、真の勇者はたとえ仲間から恨まれようとも世界の、人類の未来のためならば大義を成すだろうと言うこと。

 ベラ・ロナという人質だけでは切り札になり得ない。そう、地獄大元帥の直感は言っていた。

 

ヤヌス侯爵

「フフフ、地獄大元帥。既に抜かりはありません」

 

 ヤヌス侯爵が言う。それに合わせるように、キャットルー達は地下牢の映像をスライドさせる。ベラが捕まっている牢の隣。そこには、幼い子供がひとり。

 

地獄大元帥

「ほう! その子供を捕まえていたのか!」

 

 地獄大元帥……ドクターヘルにとっても、その子供は因縁浅からぬ相手だった。兜シロー。兜十蔵の孫であり、宿敵・兜甲児の弟。

 

ヤヌス侯爵

「兜シローはあの兜甲児の弟であり、兜剣蔵の実の子です。剣鉄也も易々と見捨てることはできないでしょう。そして万一見捨てたとしても、鉄也と甲児、そして剣蔵の間には決して埋まらない深い溝ができるのです!」

地獄大元帥

「フム……。面白い、面白いぞヤヌス侯爵。兜甲児と剣鉄也。魔神の宿命を背負う者同士が憎み合うやもしれぬ。それに何より、甲児は唯一の肉親としてシローをとても大事にしていた。鉄也が降伏するならばそれもよし。鉄也がシローを殺し、甲児と憎み合うことになるならばそれもよし!」

 

 甲児と鉄也が憎み合うことになれば、ダブルマジンガーは連携を取れなくなる。それだけではない。ともすればダブルマジンガーが激突する展開もあるかもしれない。それは、あまりにも魅力的な想像だった。地獄大元帥の憎むマジンガー。マジンガー同士が憎み合い、殺し合う。実現すれば、どれほど胸のすく思いがするだろう。

 

地獄大元帥

「よし。エルド王子に迎撃の指揮をやらせろ。ヤヌス侯爵は人質の準備を整えておけ」

ヤヌス侯爵

「はっ」

 

 ミケーネ帝国火山島基地。ここはもうじき戦場になる。下手をすれば、ミケーネは地上侵攻のための最前線基地を失うことになるかもしれない背水の陣だ。当然、やってくるのは鉄也だけではないだろう。ゲッターロボやシャッフル同盟。VBの全戦力がやがて火山島基地へ向かいやってくる。

 だからこそ、全戦力で迎え撃ちそして、完膚なきまでにVBを叩きのめす。それは語るまでもない前提だった。その上で、憎きマジンガーに最大限の屈辱を与えたい。そんな、ドクターヘルという人間としての心が今、地獄大元帥を逸らせていた。

 

地獄大元帥

「それとヤヌス侯爵。エルド王子にはあれを渡してやれ」

ヤヌス侯爵

「あれを、ですか……?」

 

 地獄大元帥の指示に、ヤヌス侯爵は怪訝な声を上げる。地獄大元帥の言うあれとは言わば、ミケーネの切り札だ。

 

ヤヌス侯爵

「お言葉ですが大元帥。エルド王子をそこまで信用してよろしいのですか?」

 

 ドラゴニア王国のエルド王子。ミケーネ帝国がかつて傘下としたドラゴニアにおいて、国王ドラドを追い落とし自らが権力の座に立たんとした若き王子。彼が闇の帝王への叛意を秘めていることなど、ヤヌス侯爵にもわかっていた。

 そのエルドに、切り札を与える。それは新たなミケーネの敵が生まれることを意味しているのではないかとヤヌスは考える。

 

地獄大元帥

「フフ、ヤヌス侯爵。お前の懸念は最もだ。だが、だからこそお前にはエルドへの抑止力となってもらう」

ヤヌス侯爵

「! それは、つまり……」

地獄大元帥

「ヤヌス侯爵。お前にも切り札を与える。エルド王子がワシや闇の帝王へ叛意を見せたら、容赦なく殺せ」

ヤヌス侯爵

「ハハッ!」

 

 敬礼と共にヤヌス侯爵らが退出し、地獄大元帥はひとりになる。孤独の時間。しかしそれも長くはない。もうじき敵が来るのだ。もしかしたらこれが最後の時間になるかもしれない。

 だからこそ、地獄大元帥……ドクターヘルはひとりごちる。

 

地獄大元帥

「あしゅら、ブロッケン。地獄で吉報を待つがいい。ワシがついに憎きマジンガーを倒すという、お前達の念願をついに、叶える時が来たぞ」

 

 この戦いは地獄大元帥……ドクターヘルにとっても、家族同然でもあった仲間の悲願。そして、

 

地獄大元帥

「兜……。ワシはドクターヘルだった頃、ついぞお前に勝つことはできなかった。ワシの機械獣達はことごとく、お前のマジンガーに倒されたのだからな」

 

 ドクターヘルはひとりごちる。今は亡き宿敵(とも)へ。

 

地獄大元帥

「冥土の土産を待っておれよ。ワシと、お前の遺したマジンガー。それに子と孫の戦いを思う存分、語って聞かせようじゃないか」

 

 それは、ドクターヘルという人間性の哀愁なのかもしれない。歪んだ友情を語る地獄大元帥の声は暗く、しかし楽しそうだった。

 

 

 

 

 

…………………………………………

第29話

「激闘ミケーネ帝国!

 我らがダブルマジンガー!」

…………………………………………

 

 

 

 

─ミケーネ帝国・火山島基地─

 

 

 

 

 火山島基地に潜入し、クィーン・エメラルダス号との連絡役を買ってでいるフランシスは、基地の様子が何やら慌ただしくなっていることに気づいていた。物陰に隠れ、ミケーネス達の行き交う様子を息を殺して見守っている。

 

フランシス

(VBの火山島基地攻撃作戦が始まるのか?)

 

 だとしたら、急がなければならない。危険を承知でフランシスがミケーネへ潜入したのは、クィーン・エメラルダス号に情報を送るためともう一つ、重要な仕事を任されている。

 

フランシス

(ミケーネに囚われているベラ・ロナを救出する。今がチャンスだな……)

 

 ベラ・ロナが囚われている地下牢への道は、既に調べはついている。あとは鍵さえ手に入れれば、救出に向かうことができた。ここが戦場になるならば、警備も手薄になるかもしれない。そうなれば、まさに千載一遇のチャンス。

 

フランシス

「…………よし!」

 

 ミケーネス達の行軍が去ったのを確かめると、覚悟を決めてフランシスは駆け出していった。

 

 

 それと時を同じくして、火山島基地は既に迎撃体制を固めていた。空を、海を、大地を埋め尽くす機械獣、戦闘獣、メカザウルス。そしてその中央には、地獄大元帥の無敵要塞デモニカが鎮座し、その時を待っている。

 

エルド

「……地獄大元帥、本当に敵が来るのか?」

 

 メカザウルス隊を指揮する無敵戦艦ダイの艦長席に座る金髪の美青年、エルドは疑いの目で地獄大元帥を見やる。しかし、地獄大元帥はそんなエルドの視線を受け止めると、「無論だ」と呟くのみ。

 

エルド

「……闇の帝王に捨て駒とされた俺を拾ってくれたことには感謝している。だが、俺はこれでもドラゴニア王国の王子だ。地獄大元帥、俺を手駒にできるとは思っていまいな?」

 

 エルドにも、プライドというものがあった。今となってはミケーネ帝国の一部に加えられたといえ、彼はドラゴニア王国の王子だ。

 だが地獄大元帥は、そんなエルドの眼光を物ともしない。エルドの心に野心の炎が燃えていることなど、地獄大元帥には手に取るようにわかっていた。何故ならその炎は、一度はドクターヘルだった自分も燃やしたものなのだから。

 

地獄大元帥

「フフフ、エルドよ。お前が闇の帝王への叛意を隠していること、見抜けぬと思うか?」

エルド

「!?」

 

 ミケーネ帝国が地上を支配した時、エルドは闇の帝王に叛旗を翻す。やがて自らが世界の全てを手に入れなければ気が済まない強欲の男。そんなエルドの心を、地獄大元帥はまるで小学生向けのパズルでも解くかのように容易く解いていた。

 

エルド

「……それでどうする? 貴様も闇の帝王のように、この俺を使い捨てるつもりか?」

地獄大元帥

「いや、お前の野心……ワシは高く買っておる」

 

 エルド王子も地獄大元帥も、共に闇の帝王の力でこの世に再誕した存在。闇の帝王の支配に抗うことはできない存在であると、地獄大元帥は自らを理解していた。おそらく、闇の帝王に逆らえばその瞬間にもこの命は潰えることになる。だからこそ、地獄大元帥はミケーネの尖兵という立場を受け入れている。

 だがエルド王子は違う。エルドは今も、闇の帝王の寝首を掻くチャンスを伺っているのだ。いずれ自らが、闇の帝王となるために。

 それは、同じく世界の頂点に君臨することを志した地獄大元帥にはないエネルギーだった。

 

地獄大元帥

「エルド。お前がこの世の全てを手に入れるのをワシも見てみたいのだ。だが、そのためにはまず憎き魔神をこの世から葬り去らねばならん」

 

 グレートマジンガー。それにマジンガーZ。地獄大元帥の胸中に渦巻く黒い炎。それを激しく燃やす薪。そしてそれは、エルドの胸の内にもある。

 

エルド

「火野ヤマトと、ゴッドマジンガー……!」

 

 “光宿りしもの”にして、ムー王国の守り神。ゴッドマジンガーと火野ヤマトに、エルドは幾度となく辛酸を舐めさせられた。その屈辱は、筆舌に尽くしがたい。

 

地獄大元帥

「エルドよ。闇の帝王は邪霊機の娘……ライラの術を真似て我らを蘇らせた。そしてライラが蘇らせたリビングデッド達には、共通点があった。何かわかるか?」

エルド

「…………この世にしがみつくほどの、強い憎しみか」

地獄大元帥

「左様。この世で最も強く、世界すらも変えてしまう感情。それが憎しみだ。我々はマジンガーを強く憎むが故に、闇の帝王が蘇らせることに成功したのだ」

 

 魂がワーラーカーレンを通り、新たな命として生まれ変わるためにはバイストン・ウェルで魂の修練を積む必要がある。人間の言葉で言うならば天国や地獄といったような死後の世界。しかし、あまりにも強い憎しみの心は現世に留まり……或いは魂の坩堝に陥って嵐の壁を越えることはできない。

 

地獄大元帥

「シャピロ・キーツやショット・ウェポン。それにミケロ・チャリオットにザビーネ・シャル。奴らはそんな強い憎しみを抱えていたが故に、邪霊機に見初められたのだろう。そしてワシらもまた、マジンガーへの憎しみが現世に染みついていた。故に、闇の帝王に見染められた」

 

 それは、地獄大元帥として復活してからずっと、ドクターヘルが考えていたことだった。闇の帝王との邂逅。そしてミケーネの知識の片鱗を与えられたことで、ドクターヘルは人間だった頃には辿り着けなかったいくつかの答えに迫りつつある。

 闇の帝王曰く、宇宙とは無限に輪廻を繰り返す螺旋迷宮。神とはその輪廻を越えて存在するもの。宇宙は膨張を続け、やがてビックバンにより消滅する。そして再び新たなる宇宙が生まれる。途方もない時間をかけて行われるはずの、言わば宇宙という生命の寿命。その中で繰り返される闘いの数々。宇宙を越えて人々のインスピレーションに現れる魔神の姿。

 

地獄大元帥

(“光宿りしもの”……。ゴッドマジンガーとは即ち、原初の魔神。その姿を人間のDNAは克明に記憶するが故に、マジンガーが生まれる。或いは宇宙の輪廻を越えて必ず生まれるガンダムやゲッターロボという存在も、オリジンが存在するのやもしれんが……)

 

 地獄大元帥は、常に疑問を抱いていた。なぜ闇の帝王は、人類の殲滅と地上への侵攻を掲げるのか。たしかに地下に追いやられたことは事実だろう。しかし、地下がミケーネにとって過ごしにくい環境であったかと言われれば疑問が残る。地下で繁栄を続け、人類と不干渉を貫くという方向に舵を切ることもできたはずなのに、ミケーネ帝国はそれをしなかった。

 そして今、一つの仮説に思い至っている。それは、即ち。

 

地獄大元帥

(人間という存在を滅ぼさぬ限り、宇宙はいずれ破滅を避けられぬのやもしれぬ……)

 

 マジンガー。ゲッター。それにガンダム。宇宙が幾度と無く輪廻転生を繰り返しながらもその果てに必ず生み出される機神。それが人間の想像力の産物であるというならば、人間から想像力を奪う……即ち生きる力を失わせることこそが、宇宙を永遠に導くものであると。だからこそ闇の帝王は地下での潜伏を止め、人類への攻撃を開始したのではないかと。

 とはいえ、全ては空想に過ぎない。闇の帝王の真意など窺い知れようもない。故に地獄大元帥は、闇の帝王の忠実な駒になった。だが、エルドは違う。

 

エルド

「フン、闇の帝王が我が身を蘇らせたことには感謝もしよう。憎き火野ヤマトを血祭りに上げるチャンスをくれたことにもだ。だが、俺は誰かの下につくというのは我慢ならん。それだけのことだ」

 

 エルドは、闇の帝王に魂魄を握られながらもその叛意を捨てていない。その燃え上がる憎しみと野心は、時に思いもよらぬ力を発揮させる。

 地獄大元帥は、見てみたいと思ったのだ。この男と、マジンガーの戦い。その行く末を。

 

ミケーネス

「2時の方向より、高速で接近する物体あり! 数は1!」

地獄大元帥

「お喋りの時間は終わりのようだな」

 

 たった一機でこの火山島基地に迫る者など、心当たりはひとつしかない。地獄大元帥の指示で2時の方向のカメラを拡大すると、そこには真紅の翼を広げた偉大な勇者が一人。

 

鉄也

「マジーン・ゴー!」

 

 グレートマジンガー。ミケーネ地上侵攻における最大の敵がついに、この火山島基地に足を踏み入れようとしていた。

 

エルド

「来たか。メカザウルス隊、攻撃開始せよ!」

 

 エルドの号令と共に、上空を舞う翼竜型のメカザウルス・バドの一団がミサイルを放つ。グレートマジンガーはミサイルの軌道を見切り、最低限の動きでそれを躱す。躱わせない攻撃と判断すれば、グレートタイフーンでミサイルそのものを吹き飛ばしていく。そして、

 

鉄也

「雑魚に用はないぜ! ダブルマジンガー・ブレード! アトミックパンチ!」

 

 肩部から展開された二振りの剣を両手に握るグレート。握った剣を掲げた拳を、アトミックパンチ諸共射出する。剣を握る拳が飛び、次々と翼竜の首を斬り落としていく。

 

地獄大元帥

「やるではないか。ならばこちらはどうだ! 機械獣グロッサムX2よ。対空魚雷を発射せよ!」

 

 地獄大元帥が叫ぶ。それと同時、火山島基地の近海に潜んでいた頭部に大きなハサミを持つ機械獣・グロッサムX2が飛び出し魚雷を発射。今のグレートは両手を飛ばした状態。空中での防御姿勢に僅かな揺らぎがあることを、地獄大元帥は見越していた。しかし、

 

鉄也

「甘いぜ機械獣! バックスピン・キック!」

 

 飛んできた魚雷を、グレートマジンガーは速攻で蹴り飛ばす。蹴られた魚雷はそのまま反転。グロッサムX2目掛けて落ちていく。そして機械獣の目の前で爆発。そのまま機械獣は、自らの放った魚雷で木っ端微塵。

 

地獄大元帥

「ぬう。やるではないか剣鉄也!」

鉄也

「地獄大元帥、貴様を地獄に送り返してやるぜ!」

 

 アトミックパンチがグレートの身体に戻ると、紅の翼がはまた大空を駆けていく。スクランブルダッシュの加速と共に、デモニカ目掛けるグレート。デモニカからの弾幕を掻い潜り、ネーブルミサイルを叩きつけていく。しかし、デモニカの重装甲はそれをものともしない。

 

地獄大元帥

「効かぬ。効かぬわ! 戦闘獣軍団よ、今こそ憎きグレートを血祭りに上げよ!」

 

 地獄大元帥の合図とともに、デモニカの周辺に待機していた戦闘獣達が動き出す。グラトニオス、ダンテ、ゴールドフェニックス……いずれも強力なパワーを、技を持つ強敵達。グラトニオスのムチが伸び、ゴールドフェニックスの放つ火球がグレートを襲う。

 

鉄也

「ヌッ!?」

 

 グラトニオスのムチが、マジンガーブレードを叩き落とす。ダンテの放つ破壊光線が、超合金ニューZのボディに傷をつける。しかしその程度のアクシデントで怯む鉄也ではない。

 

鉄也

「戦闘獣が束になったところで、今のグレートの敵じゃないぜ! ブレストバーン!」

 

 グレートの胸部放熱板が、灼熱を放射する。それに合わせてグレートは空中で回転。回転する火炎放射器がグラトニオスを、ゴールドフェニックスを、ダンテを瞬時に溶解していく。

 

鉄也

「地獄大元帥、今の俺はこんなもんじゃ止められないぞ!」

地獄大元帥

「フン、流石は魔神に選ばれた男なだけはある。だが、ここは火山島基地。我らミケーネの本拠地だぞ?」

 

 地獄大元帥が不敵な笑みを見せる。そう、ここは敵の総本山。まだ機械獣も、戦闘獣も、メカザウルスもごまんといる。それに対し鉄也は孤軍。

 

鉄也

「フ……。本当にそうかな?」

 

 対する鉄也の口元にも、ニヒルな笑みが浮かんでいた。それと同時、グレートマジンガーの後頭部、プレーンコンドルのハッチが開く。

 

鉄也

「雑魚の相手は任せたぞ、ヤマト!」

ヤマト

「任せろ鉄也!」

 

 プレーンコンドルの後部座席。そこに静かに待機していた少年が剣を抜き、空高くから飛び降りる。まるで自殺行為。しかし、この少年に限ればそうではない。

 

ヤマト

「ゴッドマジンガー!」

 

 ヤマトが声高に叫ぶと同時、空に投げ出された身体が黄金の輝きに包まれる。そして現れたのは、青銅の大魔神。

 

エルド

「ゴッドマジンガー……火野ヤマトか!」

 

 火野ヤマト。ゴッドマジンガーと一心同体となっているこの少年が呼べば、ゴッドマジンガーは瞬時に現れる。そこに時間や距離、次元の概念は存在しない。

 “光宿りしもの”火野ヤマトは、ゴッドマジンガーの中に宿ると同時、その剛脚と剛腕で次々と機械獣とメカザウルスを蹴散らしていく。

 

ヤマト

「お前達との決戦とあっちゃ、いてもたってもいられねえ! エルド、貴様との因縁も今日までだ!」

エルド

「ほざくがいいヤマト! 飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのこと。今日こそお前を血祭りにあげ、その屍をアイラへの手土産にしてくれる!」

 

 雑魚を蹴散らし、無敵戦艦ダイを目掛けて進撃するゴッドマジンガー。機械獣の破壊光線を魔神の剣で弾き返し、剛脚が機械獣を蹴り飛ばす。

 

ヤマト

「勝負だ、エルド!」

 

 ゴッドマジンガーよりも遥かに巨大な無敵戦艦ダイ。背中の大砲が火を吹き、ゴッドマジンガーを襲う。生半可なマシンなら、一撃で吹き飛んでしまう火力。しかしゴッドマジンガーはそれをものともせず、高く跳び上がり剣を振り上げる。轟、という叫びと共に、ゴッドマジンガーは無敵戦艦の首に剣を突き立てる。悲鳴のような叫び声を上げる無敵戦艦。エルドはしかし、そんな中でも不敵に笑みを浮かべている。

 

エルド

「フッ。その程度かゴッドマジンガー!」

ヤマト

「何ッ!?」

 

 無敵戦艦ダイの残る一頭の口が開き、灼熱の業火がゴッドマジンガー目掛けて放たれた。ダイの身をも焦がすほどの灼熱地獄。神の加護によって護られたゴッドマジンガーの装甲を越えてヤマトを炙る。

 

ヤマト

「ウッ!?」

 

 熱に炙られ、ヤマトは呻く。ジリジリと身を焦がす灼熱は、確実にヤマトの超能力を奪っていく。

 

エルド

「フフフ。魔神が無事でも、その中身が動けなければゴッドマジンガー、恐るるに足らず!」

ヤマト

「う……る、せぇ!」

 

 歯を食いしばり、ヤマトは耐える。無敵戦艦ダイの火炎放射を受けて、膝を付くゴッドマジンガー。無敵戦艦の丸太のような脚が、ゴッドマジンガーに蹴りを入れる。脳天をグラグラと揺らすような衝撃が、ヤマトを襲った。

 

ヤマト

「ウワァッ!」

 

 突き飛ばされるゴッドマジンガー。しかし、その衝撃はヤマトの超能力をさらに刺激させる。空へと投げ出されたゴッドマジンガーの姿が、無へと消えた。そして次の瞬間、大魔神は無敵戦艦ダイの背後にその姿を現す。

 

エルド

「な……っ!」

ヤマト

「残念だったなエルド。俺とゴッドマジンガーは一心同体だ。どちらかだけを倒そうなんて甘えたことを考えた時点で、お前は負けてるんだよ!」

 

 黄金の輝きを放ち、ゴッドマジンガーの口が開いた。まるで怒髪天を突いたかのような憤怒の表情を浮かべる魔神。その姿は、エルドすらも恐怖させる。

 

エルド

「お、おお……!」

ヤマト

「ゴッドマジンガー、フルパワーだ!」

 

 魔神の剣を大きく振り上げ、ゴッドマジンガーが吼えた。それと同時に振り下ろされる刃。恐竜戦艦は甲高い雄叫びを上げると同時、ゴッドマジンガーの剣は恐竜の、心の臓を突き破る。それは、断末魔の叫びだった。

 

ヤマト

「エルド、お前との因縁もこれまでだ!」

 

 魔神は剣を引き抜く。血液を噴き出して倒れる無敵戦艦。ゴッドマジンガーは思い切り、艦橋に剣を突き立てんと掲げた。狙うは敵将・エルドの首只一つ。

 

エルド

「フフフ……。これで終わりと思うな」

ヤマト

「何ッ!?」

 

 しかし、エルドはそんな中にあっても不敵な笑みを、余裕を崩さない。まるでこの局面を既に予測していたかのように。そうでありながら、エルドを乗せたまま無敵戦艦ダイは倒れ臥す。巻き上がる土煙。ゴッドマジンガーは逃れるように身を引き、無敵戦艦ダイの屍骸を見据えていた。

 

ヤマト

「何かがおかしい……。あのエルドが、こんなに簡単にやられるわけがねえ」

 

 古代ムー王国に召喚された時から、エルドはヤマトにとって最も手強い相手だった。執念深く狡猾なあの男が、こんなに簡単に死ぬだろうか。そんな疑念が、ヤマトの中で渦巻き続けている。だが、いつまでもエルドにかまけるわけにはいかない。ゴッドマジンガー目掛け、機械獣の破壊光線が迫る。ヤマトはそれを念力で弾き飛ばし、魔神の剣で髑髏の機械獣・ガラダK7を両断する。

 

地獄大元帥

「フフフ……。見せてもらったぞ。“光宿りしもの”これがその力の片鱗か」

 

 無敵戦艦ダイを沈めたゴッドマジンガーの力。それを目の当たりにした地獄大元帥。その目は醜く歪み、そして憎悪に満ちている。

 

ヤマト

「けっ、悪の親玉に褒められたって嬉しくねえな!」

地獄大元帥

「“光宿りしもの”。お前の伝説がバードス島に残っていたからこそマジンガーZ、そしてグレートマジンガーは作られた。言わばお前は、ワシにとっても仇敵。そして……見るがいい!」

 

 戦艦ダイが倒れたあたりで何かが蠢いたのをヤマトは見た。そして、次の瞬間に飛んだものは黒鉄の拳。漆黒のアトミックパンチが、ゴッドマジンガー目掛けて飛ぶ。

 

ヤマト

「何ッ!?」

鉄也

「バカな!?」

 

 グレートマジンガーのそれと同等の鉄拳。咄嗟に防御耐性を取るゴッドマジンガーだがしかし、超合金ニューZの質量攻撃を前に突き飛ばされてしまう。

 やがて炎の向こうから現れたもの。それは黒い翼を広げ、胴体には金色の放熱板。その姿はまさに、漆黒のグレートマジンガーそのものだった。

 

 

…………

…………

…………

 

 

エルド

「フッ、フフフ……」

ヤマト

「エルドか!」

 

 漆黒のグレートマジンガー……ブラックグレートの頭部、プレーンコンドルの中でその操縦桿を握るのは、先程まで無敵戦艦の指揮を取っていたエルド王子。あの時、エルドが発した不敵の笑い声。その正体はこれかとヤマトは自分の迂闊さを呪う。

 

鉄也

「どういうことだ。何故、グレートをお前達が持っている!」

地獄大元帥

「グレートマジンガーの量産計画……。月のサナリィで行われていたな」

鉄也

「ッ!?」

 

 量産型グレート。それはマジンガーZの強化計画と合わせて密かに進行していた計画だ。それを地獄大元帥が知っているとなれば。

 

鉄也

「まさか……スパイがいたのか!?」

 

 無敵要塞デモニカの不気味な口が、ニィと口角を吊り上げているように鉄也には見えた。

 

エルド

「このブラックグレートは、サナリィの量産型グレートの設計図を盗み出し作り上げたもの。基礎スペックは完全にグレートマジンガーと同じ。だが、細部の調整を地獄大元帥が直々に行った、言わば最強の魔神。ヤマトよ、貴様とゴッドマジンガーはこの最新の魔神の前に敗れるのだ!」

 

 マジンガーブレードを抜き、ブラックグレートがゴッドマジンガーへと迫る。対するゴッドマジンガーも魔神の剣を抜き、ブラックグレートと相対。剣の腕ならばヤマトも決して引けを取るものではない。いかにブラックグレートがグレートマジンガー同等の豊富な武器を持っているとしても、この距離に近づいてくれるならばやりようはある。気をつけるべきはグレートブーメランやネーブルミサイル、ブレストバーンによる不意打ち。それができないように、後ろを取る必要がある。ヤマトは一瞬の間にそこまで考え、ゴッドマジンガーは大きく跳ねた。

 飛び上がり、ブラックグレートの上を取るゴッドマジンガー。そのままプレーンコンドルを蹴り付けようと足に力を込める。しかしエルドもそれは見抜いていた。ブラックグレートは顔を上げ、口の排気口から巻き起こす竜巻……グレートタイフーンでゴッドマジンガーを吹き飛ばす。

 

ヤマト

「ウワァッ!?」

エルド

「はははは、風速150mの竜巻だ。如何にゴッドマジンガーが頑丈とはいえ、中の貴様はどうかな!」

 

 ゴッドマジンガーと一体化するヤマトは、マジンガーの感じる痛みを肌で受けてしまう。今、ヤマトはその身を突風に刻まれているも同じだった。マジンガーと一体化していなければ、当然ヤマトは全身をズタズタにされて死んでいただろう。

 

ヤマト

「クソッ、こんなもんで死ねるかよ!」

 

 ゴッドマジンガーと一体化するヤマトの超能力が、魔神の力を高める。黄金に輝いたゴッドマジンガーは竜巻き切り裂き、再びブラックグレートへと切り込んでいく。

 

エルド

「ハハハ、これがマジンガー。神にも悪魔にもなれる力か!」

 

 しかし、ブラックグレートはスクラナンブルダッシュを展開すると空高く飛び上がり、ネーブルミサイルを次々と打ち込んでいく。最初のマジンガーブレードは、接近戦に持ち込むと見せかけたフェイント。エルドはゴッドマジンガーの特性を理解している。

 

エルド

「ヤマト、貴様のマジンガーは如何に強力な神通力があろうと、空からの、そして長距離からの攻撃には対処できまい!」

ヤマト

「エルドの野郎っ! ウワァッ!?」

 

 ネーブルミサイルが次々と放たれ、ゴッドマジンガーのボディで弾け、爆炎を呼ぶ。全身が焼け爛れるような激痛が、ヤマトを襲った。

 

鉄也

「ヤマト!? クソッ、グレートの紛い物め!」

 

 ゴッドマジンガーを助けようと、グレートはマジンガーブレードを抜いた。しかし、次の瞬間だった。

 

地獄大元帥

「フフ……。準備ができたようだな。剣鉄也、それに火野ヤマト。お前達に降伏を勧告する」

鉄也

「何だと?」

ヤマト

「ふざけるな……。どういうつもりだ!」

 

 声を荒げ、抵抗の意思を見せる鉄也とヤマト。その反応に地獄大元帥は、愉しげな笑みを溢す。

 

鉄也

「!? 何がおかしい!」

地獄大元帥

「フフフ……。これを見ろ!」

 

 無敵要塞デモニカのハッチが開くと同時、戦闘獣がデモニカの天井へと登ってくるのを鉄也は見た。以前、科学要塞研究所での戦いでジュンとボスが交戦した戦闘獣・グレシオスだ。

 

鉄也

「今更戦闘獣の一体が増えたところで!」

地獄大元帥

「フフフ、よく見るがいい!」

 

 グレシオスの胴体には、牢屋のようなスキマと、それを埋める柵がある。その中に、何かが入っているのが見えた。鉄也はカメラを拡大し、望遠する。そこに見えたのは女性と、子供だ。

 

鉄也

「あれは……まさか、貴様!」

 

 ベラ・ロナ。またの名をセシリー・アノー。キンケドゥの妻であり、宇宙海賊クロスボーン・バンガードの立役者。ザビーネに拐われていたセシリーが、グレシオスの牢屋の中にいる。

 

セシリー

「…………卑怯者」

 

 セシリーは柵を掴みながら、気丈にな目でこちらを見据えていた。そして、セシリーの足下。彼女の内腿にしがみついているのは、まだ小学校低学年程の男の子だ。

 

シロー

「うぅ……。こんにゃろう! 俺達を解放しろってんだ!」

 

 兜シロー。兜甲児の弟であり、兜剣蔵の次男。そのシローが、グレシオスの中に捕えられていたのだ。

 

鉄也

「シロー……!」

地獄大元帥

「剣鉄也、それに火野ヤマトよ。その女と子供の命が惜しくば、武器を捨てて投降するがいい」

 

 地獄大元帥の得意げな声。それは圧倒的な優位に立っている人間が、不利な立場の者を見下す時に特有の声色を以て響いた。

 

ヤマト

「卑怯だぞ。地獄大元帥、エルド! お前らそれでも男か!」

エルド

「何とでも言うがいい。この世界を制するものは力。卑怯などと、弱者の遠吠えに過ぎぬ!」

 

 ヤマトの罵声。しかしそれは、エルドにとっては心地の良いものだった。今まで何度も辛酸を舐めさせられ、そしてこの命すらも奪った怨敵。そのヤマトが、ゴッドマジンガーが、振り上げた剣を振り下ろせずに止まっている。

 

エルド

「ヤマト。女子供を見捨てることのできぬ甘さが貴様の敗因だ!」

 

 ブラックグレートの胸部から照射されるブレストバーン。その威力はグレートマジンガーのものと一切の遜色はない。超高熱が、ゴッドマジンガーを焼き焦がす。

 

セシリー

「なんて事を……!」

シロー

「クソー! 鉄也さん、こんな奴らの言うことなんか聞かないでくれよ!」

 

 グレシオスの中から叫ぶセシリーとシロー。しかしマイクのない戦闘獣の牢屋からでは、その言葉は鉄也の耳には届かない。いや、届いていたとしても鉄也にシローを見捨てるなどという選択は取れなかった。

 

鉄也

(俺にはできない。甲児の、所長の大切な家族を奪うなんて……)

 

 孤児だった鉄也にとって、兜剣蔵は実の父も当然の存在。その剣蔵の息子である甲児とシローは、鉄也にとっては弟も同じ。

 何より、家族を失う辛さは鉄也の心の底に染み付いている。

 剣蔵に、甲児に、自分と同じ辛さを体験させることなど、鉄也にはできない。

 

鉄也

「クソ……。地獄大元帥、見下げ果てた野郎だぜ」

地獄大元帥

「このワシは地獄大元帥。マジンガーへの恨みを晴らすため、地獄より蘇った。貴様らに屈辱的な敗北を与えるためならば、喜んで悪鬼になろうではないか!」

 

 攻撃の手を止め、立ち尽くすグレートマジンガー。そこへ頭部から腕の生えた異形の戦闘獣スパイスの持つ鎖が巻きつけられ、さらに鳥類型戦闘獣イゴーが、この時のために用意したとばかりにグレートの頭部に鉄のマスクをつける。視界すらも奪われ、安定感を失ったグレートは地上へ降下。鉄也のバランス感覚で咄嗟に両脚で受け身を取るが、今自分が何処に不時着したかもわからない。

 

鉄也

「クッ、どうするつもりだ。地獄大元帥!」

 

 セシリーと、シローを人質に取られている今、鉄也はどうすることもできない。鉄也は戦闘獣達に引きずられるまま、グレートを歩かせる。

 

ヤマト

「鉄也!?」

エルド

「ヤマト、貴様はこっちだ!」

 

 助けに行こうにも、ブラックグレートは強い。そして人質がいる以上、ヤマトも迂闊な動きはできないでいる。

 そして両腕と胴を縛られ、顔を仮面で隠されたグレートマジンガーは火山島基地の麓……。活火山が生き、マグマが脈打つ火口へと連れてこられた。火山の熱が、グレートマジンガー越しにも鉄也に伝わる。

 

地獄大元帥

「剣鉄也。そこからグレートマジンガーを3歩進めろ」

鉄也

「っ……!」

 

 それが何を意味するのか、視界を遮られていても感じる熱で鉄也にはわかる。

 

鉄也

「…………」

 

 3歩進めば、グレートはたちまち火口に落ちる。超合金ニューZのボディはそれでもしばらくは保つかもしれない。しかし、プレーンコンドルと中の鉄也は、ひとたまりもない。

 

鉄也

「なるほどな。この鉄仮面は俺を逃さないためでもあったのか。悪知恵の働く奴だぜ」

 

 悪態を吐きつつも、鉄也に選択肢はない。セシリーを、シローを人質に取られている以上。

 

鉄也

(どうする……。アルカディア号や別動隊の到着まで時間を稼げるか?)

 

 こうしている今もマチュ・ピチュからアルカディア号が、日本からガンドールがこちらに向かっている。それに、近くにはアランの集めた別働隊……キンケドゥ達も待機しているはずだった。

 

地獄大元帥

「どうした? 偉大な勇者も命が惜しくなったか」

 

 煽るように、挑発の言葉を放つ地獄大元帥。その声色からは勝者の余裕すら感じられる。

 

地獄大元帥

「いいことを教えてやろう。グレシオスの中にはヒーター機能が備わっていてな。あの女と子供は幸い、凍えることはない」

鉄也

「何……?」

地獄大元帥

「最も、人間には耐えられない熱の鉄板じゃ。今はまだ靴底が溶けかかる程度だが、お前がもたもたしている間にどんどん温度は上昇する。そうなればどうなると思う?」

 

 くつくつと笑う地獄大元帥。その心底楽しげな笑い声は、この男は確実にそれを“やる”男だと鉄也に確信させる。もはや一刻の猶予も、ありはしない。

 

鉄也

「万事休すか……」

ヤマト

「クソッ。こんな勝ち方して楽しいのかよ!」

 

 ヤマトの罵声も、今の地獄大元帥には、エルドには届かない。吠えれば吠えるほど、悩めば悩むほど、この二人は勝利を確信し……いや、憎き相手の屈服する姿に愉悦するのは火を見るより明らかだった。

 

シロー

「チクショウ。セシリーお姉ちゃん、どうにかならないのかよ!」

セシリー

「…………」

 

 セシリーの表情も険しかった。自分達に人質としての価値がある以上、彼らは戦えない。しかし、地獄大元帥が自分達を生かしてくれるとは思えない。この状況下でセシリーが打てる最善手。それは自ら舌を噛み切り命を絶つことに他ならない。そうすれば、自分の人質としての価値はなくなり、マジンガーは全力で戦うことができる。

 

セシリー

(覚悟はしていたはず……。なのに……)

 

 今のセシリーには、それができない。

 

セシリー

(キンケドゥ……シーブックは今も、私を助けるために戦ってくれている)

 

 愛する人のためにも、自分は死ぬわけにはいかない。それは命を捨てることすら覚悟して木星帝国との戦いに挑んだあの時にはない心だった。それだけではない。

 

シロー

「セシリーお姉ちゃん。なんとか言ってくれよ!」

 

 今こうして、共に捕まっているシロー。自分が死を選ぶと言うことは、まだ幼く未来あるこの少年にまで死を選ばせることに他ならないのだ。

 

セシリー

(そんなこと、できはしないわよ!)

 

 兜シローという少年がここにいることで発生する効果は、地獄大元帥の目論見以上の成果を上げていた。剣鉄也がシローを見捨てることなど選べないだけでなく、この小さく、弱い少年の存在は強く気高いセシリーの心すらも、鈍らせてしまうほどに大きなものだったのだ。

 それはコスモ貴族主義の先頭に立つ祖父・マイッツァー・ロナからの教えによるところも大きい。即ち、ノブレス・オブ・リージュ。

 セシリーはその気高き心故に、シローに犠牲を強要することなどできはしない。自分一つの命ならば、投げ出す覚悟をしていたとしても、そこに守るべきものがあればセシリーにそんな決断はできなかった。

 

セシリー

(どうすればいいの……)

 

 足下の鉄板は、ジリジリと靴底を焼いている。少しずつ、少しずつ熱くなっていくそれはやがて二人の靴を完全に溶かし、次は足を焼く。そうなればこうして柵に捕まるのもままならなくなるだろう。待っていても、やがて訪れるのは死。

 

ヤマト

「どうすればいいんだ……」

 

 抵抗できないゴッドマジンガーも、ブラックグレートの攻撃に傷付き膝をついていた。積年の恨みを晴らすかのように苛烈なエルドの攻撃。それを耐え続けているのはヤマトの精神力に他ならない。

 

鉄也

「……………………」

 

 ドクン。と心臓が鳴る音を鉄也は聞いた。このまま時を待っていても、おそらく地獄大元帥は待ってはくれない。このままでは確実に、全員が死ぬ。

 

鉄也

「クソッ……。俺は……」

 

 鉄也、今こそ甘さを捨て去る時じゃないのか。所長が自分を鍛えてくれたのは、こういう時に非情な選択ができる戦士にするためじゃないのか。鉄也の中で、戦士としての心が叱責する。

 だが、人質に取られているのは他ならぬ所長の息子なんだ。そしてそれは、自分にとっても家族同然。家族を見捨てるなんて、俺にはできない。鉄也の人としての心は、抗議する。

 

鉄也

「俺は……いつからこんな甘ちゃんになっちまったんだ!」

 

 かつての鉄也なら、肉親を盾に取られても戦士として使命を果たしただろう。それこそが自分の、勇者の義務として。しかし今、それができないでいる。

 鉄也は悩み、葛藤の末……。

 

鉄也

「……わかった。人質の解放だけは約束してくれ」

 

 敗北を、認めるのだった。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

—火山島基地・内部—

 

 

 人質に取られたセシリーとシロー。その罠にかかり窮地に陥ったマジンガー。その一部始終をモニター越しに眺めながら、恍惚の表情をする男がいた。

 

ザビーネ

「ああ……ベラ様。あなたの命が盾となる。それは、真の貴族である証!」

 

 ザビーネ・シャル。暗黒大将軍との決戦の際、キンケドゥらに倒された男。ザビーネはDG細胞によって自らの傷を癒やし、雌伏の時を待っていた。ザビーネの本来なら美しいなだらかな金髪は既に色褪せ、狂気の眼を血走らせたままセシリーの、ベラ・ロナの窮地に興奮するザビーネ。その姿にはかつて、クロスボーン・バンガードでモビルスーツ隊の指揮を執っていた頃の面影はない。

 

ザビーネ

「ああ……ああ。美しい、ベラ様。やはりあなたこそが人類の未来を背負う貴族!」

ヤヌス侯爵

「……………………」

 

 恍惚のまま譫言を吐き続けるザビーネを、ヤヌス侯爵はまるで不可解なものを見るかのような目で一瞥する。しかし、今はザビーネの妄想に付き合うつもりはない。

 

ヤヌス侯爵

「ホホホ、剣鉄也。暗黒大将軍の仇は討たせてもらうぞ」

 

 戦闘獣グレシオスは今、ヤヌス侯爵のコントロールで動いている。ヤヌス侯爵が握っている杖で、戦闘獣という身体に本来入っているはずのミケーネ人の頭脳をミケーネ帝国諜報部が使用するコントロール装置と同期させているのだ。

 地獄大元帥曰く、バードスの杖で機械獣を操るのと原理は同じだと言うことだが、つまり今グレシオスは……或いはセシリー、シローの命はヤヌス侯爵が握っていると言っても過言ではない。

 敵の命を握っているという優越感。それはやはり、ヤヌス侯爵の気を大きくさせていた。加えて言えば、ヤヌス侯爵には地獄大元帥より授かったもう一つの切り札がある。エルド王子が叛意を見せた時のために用意された切り札。ともすれば、今ヤヌス侯爵はミケーネ帝国における最高戦力を有していると言っても過言ではない。

 

ヤヌス侯爵

「ホホホ、剣鉄也。そしてグレートマジンガー。お前達の亡骸はこの火山島基地の養分になるのよ。けれど安心しなさい。VBの奴らも、お前と同じところに送ってやるわ」

 

 高々と杖を掲げるヤヌス侯爵。その後ろ姿を、ゆっくりと観察する人影があった。

 

フランシス

(…………あの杖が、あの戦闘獣をコントロールしているのか)

 

 フランシス。黒騎士アランの同志であり、火山島基地に一足早く潜入していた工作員。フランシスはたった一人で敵地の中核に忍び込み、そしてついに敵に捕えられたベラ・ロナを救出する鍵を見つけたのだった。

 

フランシス

(あの杖を奪えば、戦闘獣ごと人質を救助できる……!)

 

 戦場では今まさに、グレートマジンガーは窮地に陥っている。少しずつ、ゆっくりだがグレートは火口へ向かい進んでいる。もう、時間はあまり残されていない。迷う時間すら、今フランシスには残されていなかった。フランシスはおもむろに、右手に握った玉を投げ入れた。直後、玉からもくもくと煙が立ち込める。

 

ヤヌス侯爵

「な、何だ!?」

 

 発煙弾。狭い室内を瞬く間に煙で満たし、ヤヌス侯爵とザビーネの視界を眩ませる。

 

フランシス

「今だッ!」

 

 瞬間、フランシスは駆ける。そして力一杯のタックルでヤヌス侯爵を突き飛ばし、その右手に持つ杖を引ったくった。

 

ヤヌス侯爵

「なっ……!」

 

 捨て台詞を吐く余裕もない。杖を引ったくるとフランシスは反転し、脱兎のごとく駆けていく。

 

ヤヌス侯爵

「お、おのれ……!」

ザビーネ

「どうやら、鼠が紛れ込んでいたようですな」

 

 ゆらり、とザビーネが揺れる。一切の迷いなく、フランシスを追って動くザビーネ。駿足がフランシスを追い詰めていく。

 

ザビーネ

「その杖はァァッ! 平民が触っていいものではないィィィィッ!!」

 

 般若のような形相でフランシスを追うザビーネ。視界を奪う煙幕を浴びながら、充血した目を向けてフランシスへ迫っていく。

 

フランシス

「な、なんだあいつは!?」

ザビーネ

「その杖はァァッ! 歴史あるミケーネの貴族のみが触れるものぉ! 平民ごときが奪うなどぉ恥を知るがいい!」

 

 今のザビーネは、全身をDG細胞により強化されている。ガンダムファイターにも決して引けを取ることのない身体能力は、ゲリラで鍛えたフランシスすらも凌駕している。フランシスは一瞬の内に距離を詰められ、そして手刀の一撃で胸を刺し貫かれた。

 

フランシス

「カハ……!」

 

 吐血。心の臓を貫かれたことを確信し、しかしフランシスは決して怯まない。

 

フランシス

「俺の任務は、ミケーネの偵察。そして貴様に攫われたベラ・ロナを奪還すること……」

ザビーネ

「何?」

 

 ザビーネの、槍のように重い手刀に貫かれながらもフランシスは、渾身の力を込める。火事場の馬鹿力とでも言うべきものだろうか。死を覚悟した男の怪力。ベキ、という音と共に、フランシスの怪力が戦闘獣をコントロールする杖を真っ二つに折る。

 

ザビーネ

「なっ……!」

フランシス

「仕事は果たした……。あとは、頼む!」

 

 フランシスが叫んだ、その直後。

 火山島基地の上空に、青い飛行船が姿を現した。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

 

—クイーン・エメラルダス号—

 

 

 

 フランシスから、戦闘開始の合図を受けたクイーン・エメラルダス号は最大船速で火山島基地へ向かっていた。その間、フランシスとの通信越しに火山島基地の様子は知ることができていた。

 グレートマジンガーと、ゴッドマジンガーが先行しミケーネに打撃を与えていること。量産型グレートマジンガーのデータが、ミケーネの手に渡ってしまったこと。ベラ・ロナ……いや、セシリーと兜シローが人質にされ、グレートが窮地に陥っていること。

 そして今……フランシスが命を賭けて任務を果たしたこと。

 

エメラルダス

「……フランシス、勇敢な男です」

 

 その一部始終を聞いた女海賊は凛と立つ。美しく、なだらかな髪を伸ばし、強い意志を秘めた瞳と瞳を割くような傷を顔に持つ美女。しかしその傷すらも、神秘的な魅力を醸し出す女。

 

エメラルダス

「各機、出撃。フランシスの勇気を無駄にするわけにはいきません」

 

 女の号令と共に、戦場に現れたのは3機のガンダムだ。ガンダムの特徴とも言うべきトリコロール・カラーに、女性的なフォルムをしたしなやかなマシン・ノーベルガンダム。鐘のような出立ちにマスクを被る特徴的な外観のマンダラガンダム。そして、流星形のフォルムをしたガンダムF91。

 

ヤマト

「援軍か!?」

エルド

「何とッ!」

 

 クイーン・エメラルダス号の艦首から放たれるビーム砲が、ミサイルが戦闘獣を次々と撃破し、ガンダム達の道を切り開く。それは、戦場に突如現れた死神も同様だった。

 

地獄大元帥

「なんというステルス性能……。近くに潜んでいたか!」

 

 クイーン・エメラルダス号。一見すれば優雅な飛行船のようにも見える船はしかし、その中央部に髑髏のマークを持ってる。海賊船。それはこの広い宇宙において、誰よりも自由に生きることを己の魂に定めた者の刻印。

 クイーン・エメラルダス。彼女は何者にも縛られることはない。その顔の傷は、死神を連想させる。だが、彼女は真の勇気を持つ者の味方なのだ。急降下し、フランシスの信号ポイントへ突き進むクイーン・エメラルダス号。その突進は火山島基地を穿ち、火山島に覆われた基地施設を露わにしていく。

 

エメラルダス

「……………………」

 

 女海賊が降り立ったのは、ザビーネ・シャルがフランシスを突き刺した場所。今まさにフランシスは倒れ伏し、ザビーネは狂気の瞳をエメラルダスに向ける。

 

ザビーネ

「賤しい女海賊が……神聖なるミケーネ貴族の城に足を踏み入れるなどォッ!」

 

 ガンダムファイターもかくやというジャンプ。そこからの飛び蹴り。DG細胞に侵蝕されたザビーネの身体能力は、人間だった頃よりも飛躍的に上昇していた。しかしエメラルダスは、腰から引き抜いた重力サーベルを一振り。ザビーネを腰から真っ二つにする。瞬間、流れたのは赤い血などではなく、ザビーネの身体を作り替え蝕む金属細胞。二つに分かれたザビーネは呻くような声を上げ、しかしDG細胞はその上半身と下半身を一つに繋げようと自己再生、自己増殖、そして自己進化を試みる。

 

エメラルダス

「黙りなさい。人の心を捨て、偽りの永遠に手を伸ばした愚か者。私はお前のような卑怯者にではなく、真の勇者のために足を運んだのです」

 

 エメラルダスは倒れ伏したフランシスを抱き抱える。既に冷たくなったその身体からは、命が抜けていることをエメラルダスに実感させる。

 

フランシス

「……う、」

エメラルダス

「喋らないで。まだ間に合う」

 

 無理だ。そうわかっていてもエメラルダスは、まるで自分に言い聞かせるように声をかける。だが、フランシスの口は止まらない。

 他人から見て間に合わないほどの傷を負い、死を覚悟した渾身の力を使い果たした男はしかし、安らかな顔をしていた。

 

フランシス

「美しい女海賊、クイーン・エメラルダス……。最期に看取ってくれるのがあんたなら、俺も悔いはないさ」

エメラルダス

「…………!」

 

 その言葉を最期に、フランシスの全身に残っていた小さな力は今度こそ、完全にぬけていた。エメラルダスはフランシスの亡骸を抱き、自らの艦へと戻っていく。フランシスの託した仕事は、まだ終わってなどいない。

 

エメラルダス

「ゴッドマジンガー、それにグレートマジンガー。悪魔の軍団へ果敢に挑んだ勇者達。あなた達のおかげで、時間を稼げました。そして、フランシスの勇気ある行動が、道を切り開いてくれました」

 

 クイーン・エメラルダス号に戻り、エメラルダスは気丈に指揮を取る。今ここで、ミケーネの息の根を止めるために。

 

キラル

「左様。故に、今度は儂らの番だ!」

アレンビー

「王子様は早く行ってあげなよね、キンケドゥ!」

 

 エメラルダス号の指揮の下、マンダラガンダムの錫杖が敵を切り伏せる。ノーベルガンダムのしなやかな動きが、敵を引き付ける。

 

キンケドゥ

「わかった。待ってろ、セシリー!」

 

 専用のドダイ改から飛び立ったガンダムF91は、ブーストを吹かせて飛ぶ。F91の口元を隠すマスクが開き、肩や膝から放熱フィンが展開されていた。デモニカ周辺を護衛する機械獣や戦闘獣達が、F91目掛けて次々と攻撃を放つ。しかし、攻撃された箇所にF91はいない。

 

地獄大元帥

「質量を伴う残像だと!?」

キンケドゥ

「なんとぉぉぉぉっ!」

 

 敵の分厚い防衛網を突破するため、F91の腰から大型のビーム・ライフル……ヴェスバーが放たれた。高エネルギーのビームが、敵の防衛網に風穴を開ける。そうなれば、やることは一つ。

 

キンケドゥ

「セシリー!」

 

 キンケドゥ・ナウには……いや、シーブック・アノーには、わかっていた。セシリーが、どこにいるのか。だからこそ、F91は迷わずに突貫できる。

 

セシリー

「シーブック!」

 

 その姿を、セシリーははっきりと見ることができていた。

 

セシリー

(あの時……私が鉄仮面にやられて、宇宙に投げ出された時も、シーブックは見つけてくれた)

 

 だから、今度もきっと助けてくれる。セシリーはそれを一瞬たりとも疑ったことなどなかった。だが、それでも。

 

セシリー

(ガンダムが……あんなに頼もしく見えるなんて)

 

 きっとあの時も、シーブックのガンダムはこんな顔をしていたのだろう。あの時は、漆黒の宇宙空間に投げ出され、意識も朦朧とした中だった。だが、今ははっきりと見える。ガンダムを通した、シーブックの顔が。あの時と同じガンダムに乗り、あの時と同じように必死で自分を助けようとしてくれるシーブック。それがセシリーの心を、一瞬だけ少女時代へとタイムスリップさせる。

 

セシリー

「シーブック……私はここよ!」

 

 だからセシリーは、叫んだ。心のままに。

 

キンケドゥ

「ああ、見えてるよ。セシリーの花が!」

 

 フランシスの特攻で、戦闘獣グレシオスはコントロールを失っている。そこまで取り付いたF91は、グレシオスの胴体に極小サイズまで出力を絞ったビーム・サーベルを押し当てた。瞬間、柵が融解する。

 

キンケドゥ

「セシリー、早く!」

セシリー

「ええ!」

シロー

「お、俺も!」

 

 手を伸ばすF91。それに飛び乗るセシリーとシロー。キンケドゥはビーム・サーベルを格納すると、二人を両の手で抱え身を切るだろう風から、戦場で散らす火花から守るように抱き止める。そして離脱する直前、F91はその華奢な外観から繰り出される蹴りでコントロールを失ったグレシオスを叩き落とした。

 

キンケドゥ

「鉄也、聞こえるか! こちらキンケドゥ・ナウ。人質の救出に成功した!」

 

 コックピットハッチを開き、セシリーとシローを入れながら、キンケドゥは今まさに火口へ進むグレートマジンガーへ通信を送る。視界を封じられながらも、一部始終の空気を鉄也は肌で感じ、そして今それは確信に変わった。

 

鉄也

「キンケドゥか!」

 

 火口へ向かい歩を進めていたグレートの足が、ピタリと止まる。

 

地獄大元帥

「ええい何をしておる! そのままグレートを火口へ突き落とせ!」

 

 地獄大元帥が怒鳴り、戦闘獣スパイス、イゴーはグレートを突き落とさんと手を伸ばした。しかし、その手は届かない。彼らが手を伸ばしたその瞬間、しなやかなビームのリボンが伸び、戦闘獣の腕を切り落とす。

 

アレンビー

「マジンガーはやらせないよ!」

 

 ネオスウェーデンのノーベルガンダム! 新体操の動きをガンダムファイトに取り入れ、柔よく剛を制すを体現したその機体。ビームのリボンが戦闘獣の腕を切り、締め上げるのです!

 そして!

 

キラル

「暫し待たれよ、マジンガー!」

 

 2体の戦闘獣は、その背後より忍び寄る黒き影の手で真っ二つにされました。マンダラガンダム。盲目の暗殺者キラル・メキレルの操る異形のガンダムが持つ錫杖。そこに隠された仕込み刀が、戦闘獣を切り裂いたのです!

 

 そしてマンダラガンダムは、目にも止まらぬ神業でグレートマジンガーを縛る鎖を、視界を奪う鉄仮面を斬り落としました。グレートマジンガー本体には一切の傷を付けず。それは、盲目の男にできる業とは到底思えぬものです。

 ノーベルガンダム、それにマンダラガンダム。その姿を鉄也は、一度見たことがありました。

 

鉄也

「あんた達は……七大将軍と戦ってた」

アレンビー

「そう、ガンダム連合のアレンビー・ビアズリーと」

キラル

「キラル・メキレル。我らも義によって助太刀致す!」

 

 かつてデビルドゥガチと宇宙海賊クロスボーン・バンガード、そしてシャッフル同盟の戦いにおいて、各国のガンダムファイター達を集結させたガンダム連合。その立役者でも2人が今、ミケーネ帝国との戦いに馳せ参じたのです!

 

キンケドゥ

「鉄也、無事か?」

 

 ドダイ改に搭乗し、F91はクイーン・エメラルダス号へと引き返していきます。コックピットに乗せたセシリーとシローを降ろすと、再び戦場へ向かうキンケドゥ。彼は状況を確認するべく鉄也に通信を送りました。

 

鉄也

「ああ。あんた達の到着があと3秒遅かったら、俺はマグマであの世行きになってたかもしれん。だが……助かったぜ!」

 

 セシリーが、そしてシローが助け出されたのならば、敵の言うことを聞いて死んでやる道理などどこにもない。グレートマジンガーはその目を光らせ、スクランブルダッシュを展開。再び、大空を飛ぶ。

 

ヤマト

「へへっ。見たかエルド! 卑怯な手を使って勝とうとしたってな。こういうしっぺ返しがあるんだよ!」

 

 ブラックグレートの攻撃を耐え続けていたゴッドマジンガーも、黄金の輝きでブレストバーンを跳ね返し立ち上がった。

 

エルド

「お、おのれ……!」

地獄大元帥

「伏兵を忍ばせていたとは、なんという卑劣な!」

 

 怒声を放つ地獄大元帥。その乗艦である無敵要塞デモニカの前に、巨大な髑髏が立ちはだかる。クイーン・エメラルダス号。ハーロック、トチローと友誼を交わした女海賊エメラルダスの艦であり、その優美にして苛烈な眼は真っ直ぐに地獄大元帥を見据えていた。

 

エメラルダス

「女子供を人質に取り、自決を強要する……男のやることではない。お前達こそ、恥を知るがいい!」

 

 エメラルダスの怒りの言葉が、裂し、ビーム砲が、ミサイルが、次々とデモニカへと降り注ぐ。しかし、その体積はデモニカの方が遥かに上。

 

キンケドゥ

「流石は敵の要塞だ。一筋縄ではいかないか!」

 

 F91のビーム・バズーカが、クイーン・エメラルダス号を援護する。しかし、F91目掛けて飛ぶ高出力のバスター・ランチャーが、キンケドゥの進行を妨げるのだった。

 

ザビーネ

「ハハハハハハ! キンケドゥ、なぜ貴様がここにいるキンケドゥ!?」

キンケドゥ

「ザビーネかっ!?」

 

 ザビーネ・シャル。キンケドゥの宿敵たる男と黒いクロスボーン・ガンダムX2。キンケドゥ……シーブックの手からセシリーを引き離した張本人が、狂気の笑みを浮かべていた。

 

ザビーネ

「キンケドゥ! ダメじゃないかキンケドゥ! 貴様のような下賎なものが、ベラ様に触れたりしちゃあ……」

 

 狂乱状態にありながら、ザビーネの狙撃は正確無比。ドダイに乗りながらでは、F91の機動性も満足には発揮しない。キンケドゥはドダイを乗り捨て、X2の下へと降下する。

 

ザビーネ

「キンケドゥゥゥッ! 貴様さえ、貴様さえいなければ! 貴様のような平民に、ベラ様が心を奪われたりしなければ!」

 

 迫るF91を、クロスボーンX2は狙い撃つ。しかしキンケドゥは、F91のポテンシャルを最大に高めて加速。バスター・ランチャーの砲撃を避け切り、ビーム・ライフルを構えて迎撃する。

 

キンケドゥ

「ザビーネ……貴様ッ!」

 

 キンケドゥの胸に去来するのは、虚しさだ。

 キンケドゥ・ナウの知るザビーネという男は、貴族主義者であることにさえ目を瞑れば優秀で頭の切れる優秀な男だった。しかし、今のザビーネはどうだ。

 

ザビーネ

「罪を償え、キンケドゥゥゥゥッ!」

 

 今のザビーネは、耄碌している。貴族主義社会というそのものを取り違えている。

 F91はビーム・ライフルを立て続けに3連射。X2はその軌道を見切りながら、バスター・ランチャーを投げ捨てビーム・ザンバーを構える。それを確認すると、キンケドゥもF91のビーム・サーベルを引き抜いた。

 

キンケドゥ

「ザビーネ、まだミケーネに手を貸すのか!」

 

 サーベル同士が鍔迫り合い、火花を散らす。頭部のバルカン砲を撃ち放つX2に、F91は咄嗟に距離を引き離す。

 

ザビーネ

「闇の帝王が、世界を導いてくださると仰ったのだよ! 死と再生を繰り返す宇宙を、永遠に導けるのは闇の帝王のみであると!」

キンケドゥ

「何っ!?」

 

 マシンキャノンをばら撒きながら、X2の周囲を動き回るF91。しかしザビーネのクロスボーン・ガンダムは損傷を即座に回復させてしまう。DG細胞の自己再生。それを上から叩き潰すには、F91の武装では分が悪い。

 

ザビーネ

「や、闇の帝王様によって……正しい世界を!」

キンケドゥ

「…………」

 

 いや、ある。F91にはひとつだけ。DG細胞すら焼き尽くすパワーを秘めた力が。

 

ザビーネ

「正き貴族による、美しき世界……。その時、闇の帝王様の隣にいるのはべ、ベラ様でなければならないのだよぉっ!」

 

 もはや、ザビーネの言葉には一切の意味がない。これ以上の問答は無駄。そう断じたキンケドゥは、F91の腰に下げられた2丁の大型ビームライフル・ヴェスバーの照準を定める。そして、

 

キンケドゥ

「ザビーネ、お前は……!」

 

 放たれたヴェスバーの光が、クロスボーン・ガンダムX2を飲み込んでいく。通常のモビルスーツならば、一撃で爆散する威力を秘めた超兵器。しかし、X2はそれでも尚、悪魔の形相でF91へ向かっていく。

 

ザビーネ

「キンケドゥ……キンケドゥゥゥゥッ!」

キンケドゥ

「………………」

 

 さらに、F91の肩部から2門のヴェスバーが展開される。そして、斉射。計4門のヴェスバーが黒いガンダムを、男の歪んだ精神諸共に焼き尽くしていく。

 F91のツイン・ヴェスバーは、諸刃の剣だ。4門同時の発射は、機体のエネルギーを瞬く間に食い尽くす。それだけではない。機体の耐熱装甲も追い詰めていくほどの高火力。それをキンケドゥ・ナウは無言で叩きつけていく。今や妄執のみで動く、かつての友へ。

 

ザビーネ

「あああ、おおおおぉぉぉっ!」

 

 クロスボーン・ガンダムX2は、ザビーネは今全身がDG細胞で強化されている。自己再生能力を持つ今のザビーネは、焼き尽くされながらも瞬時にその皮膚を銀色の細胞に置換し復活させていく。だが、ヴェスバーの4斉射はそれを上回る熱量でザビーネを焼き尽くしていく。

 やがて、ヴェスバーは全ての熱を出し尽くす。その先にあるのは、焼け焦げ、消し炭となったX2。そしてその中心……。

 

ザビーネ

「ははは、見える……。見えるぞキンケドゥ……。お前の負けが、私の勝ちが」

 

 もはや見る影もない、ザビーネ・シャルの姿。F91は4撃ち尽くしたヴェスバーを切り離すと、ゆっくりとX2へと向かう。そして、

 

ザビーネ

「ベラ様が……世界を正しく統治する未来が……」

キンケドゥ

「……例え幻でも、お前にそれを見せるわけにはいかない」

 

 剥き出しのコックピットに座るザビーネへ、ビーム・サーベルを押し当てた。それと同時、X2の再生もピタリと止まる。

 

キンケドゥ

「……やはり、自らを生体コア化させてDG細胞を操っていたのか」

 

 ビームの熱量で、ザビーネは……ゾンビ兵同然と成り果てていた男は完全に蒸発した。核を失った細胞は、そのまま自己崩壊を始める。ボロボロに崩れ落ちるX2……かつての友の愛機を、キンケドゥ・ナウは静かに見守っていた。

 

キンケドゥ

「お前が……支配者に最も相応しいと言った女性はな。支配など正しいと思っていない。支配をよしとしないものが支配者に相応しいなら、それを望むものは支配者に相応しくないことになる。……貴族主義は、はじめから間違っていたんだよ。ザビーネ」

 

 友へ向けるその言葉を聞き届ける者は、もうどこにもいなかった。

 

…………

…………

…………

 

 

 キンケドゥが宿敵・ザビーネを倒したのと同じ頃、空中では無敵要塞デモニカとクイーン・エメラルダス号の熾烈な対艦戦が繰り広げられていた。 

 

地獄大元帥

「ええい小癪な女め。デモニカの体当たりを喰らわせてくれる!」

 

 デモニカの巨体が激突すれば、クイーン・エメラルダス号はひとたまりもない。しかしエメラルダスは、誇り高き女海賊はそうであっても決して怯みはしなかった。

 

エメラルダス

「面舵いっぱい。敵艦の突撃を躱し、側面から叩く!」

 

 デモニカの動きを見切ったエメラルダスは、その動きを逆手に取る。側面からの一斉射撃。それは確実に、デモニカに被害を蓄積させていた。

 

エメラルダス

(だが、艦の出力はあちらが上。このままではジリ貧になる……!)

 

 クイーン・エメラルダス号は、エメラルダスの誇り。負ける気は毛頭ない。しかし、彼我の戦力差を理解できないエメラルダスではなかった。

 

地獄大元帥

「フン。この火山島基地は我らが本拠地。そこに飛び込んだのが運の尽きだ!」

 

 地獄大元帥の号令で、次々と戦闘獣が出撃する。かつて怪鳥将軍バーダラーが指揮していた鳥類型戦闘獣の大群。それがエメラルダス号へ向けて進撃する。だが、その時だった。

 

ミケーネス

「ま、待ってください。火山島基地に、何かが迫ってきます!」

 

 戦場へ何かが迫っているのを索敵担当のミケーネスがキャッチする。

 

ミケーネス

「熱源反応は1! で、ですがこれは……」

 

 大きい。デモニカの巨体にも匹敵……いや、それ以上のものが、火山島基地に近づいている。数秒後、まるで巨大な雨雲のように火山島基地を覆う影。

 

鉄也

「あれは……!?」

エメラルダス

「龍……?」

 

 飛龍。その影形は確かにそう見えた。長い首と尾を持ち、鋭い爪を生やし、悠々と空を飛ぶ。まるで、東洋の神話に登場するかのような出立ち。

 

ミケーネス

「り、龍から高エネルギー反応!?」

地獄大元帥

「何ッ!?」

 

 瞬間、エメラルダスは見た。大きな口を開き、全てを灰燼へと帰す龍の息吹を。

 

葉月

「エネルギー充填100%。ガンドール砲、発射!」

 

 天翔る龍……ガンドールの口から放たれた熱線。ガンドール砲。その一撃が、戦闘獣軍団の行進を呑み込んでいく。

 

地獄大元帥

「あの龍はまさか……現れおったか、VB!」

 

 地獄大元帥が言うと同時、ガンドールから次々と機動兵器が出撃する。Zガンダム、ZZガンダム、νガンダム、サザビー、クロスボーンガンダム・パッチワーク、青いF91のモビルスーツ部隊。ゴッドガンダム、ガンダムマックスター、ドラゴンガンダム、ガンダムローズ、ボルトガンダム、さらにジョンブルガンダムとマスターガンダムのモビルファイター部隊。そしてブライガーと、ファイナルダンクーガ。

 

「鉄也、ヤマト!」

トビア

「キンケドゥさんも、無事ですか!」

 

 戦場に駆けつけた仲間達。その存在は、鉄也を安堵させるものだった。抜群の機動力を持つウェイブ・ライダーと、風雲再起に騎乗したゴッドガンダムは瞬く間に戦場のど真ん中へと突撃し、次々と敵を撃破していく。

 

キンケドゥ

「ああ、なんとかな。セシリーも助け出したが……ヴェスバーはエネルギー切れだ」

トビア

「ウモンじいさんが、バックキャノン装備を用意してくれました。使ってください!」

 

 パッチワークがF91の隣へ行くと、“ノッセル”に格納していたバックキャノンをF91へ装備させる。

 

キンケドゥ

「こいつは……」

ハリソン

「F91の武装バリエーションプランだ。ヴェスバーの使用できない状況下を想定して作られた4連装ビームガトリングガンとミサイルランチャーの複合装備だとよ」

 

 ヴェスバーを装備した青いF91のハリソンが答える。本来のヴェスバーが装備された位置に、バックキャノンを装備したF91は、スマートなフォルムの中にある種のマッシブさを兼ね備えている。

 

キンケドゥ

「なるほどな……。出力はヴェスバーには劣るが、火力は負けてないって感じか」

 

 それなら、十分に戦える。キンケドゥはそれを確信し、再び戦場に意識を向けた。

 

 

 そして、ここにも再会を果たした者達がいる。ドモン・カッシュとアレンビー、それにキラル。

 

ドモン

「アレンビー、キラル・メキレル……。お前達も、バンディッツに合流していたのか」

 

 ノーベルガンダムとマンダラガンダムの姿に、ドモンも感慨深げな声を上げる。彼らは第13回ガンダムファイトで戦ったライバルであり、そして戦友でもある。特にアレンビーには、少々複雑な思いがドモンにはあった。

 

キラル

「この地球の危機に、人種や国籍など関係あるまい。儂は己の贖罪のため、こうして地球と人を脅かす敵と戦うことを選んだまでのこと。……ドモン・カッシュ。お主とのガンダムファイトが、その道を示してくれたのだ」

アレンビー

「そういうこと。ねえドモン。平和になったら、またファイトしようよ。今度は負けないんだから!」

 

 キラル・メキレル。それにアレンビー・ビアズリー。ドモンとの出会い、戦いによって人生を大きく変えた二人は言う。それは、決意の言葉だ。

 

東方不敗

「なるほどな……。ドモン、お前のファイトは少しだが、確かに世界をいい方向を変えたのかも知れぬ」

 

 本来なら敵同士である各国のガンダムファイターが、世界の危機を前に団結し共に脅威に立ち向かう。それは、東方不敗が見ることのできなかった世界。

 

チャップマン

「……俺達が本来、見る事のできなかった未来か」

 

 チャップマンも、東方不敗も、本来ここにいるはずのない存在。そしてそれは、宇宙世紀を戦い抜いた戦士達にとっても同じだった。

 

アムロ

「そうだ。国家や人種。スペースノイドやアースノイド。人間の英知はそんなものを、乗り越えられる」

シャア

「この希望の火。これが未来か」

ジュドー

「ならさ。俺達にできることって、それを守ることだよね?」

カミーユ

「ああ。そういう戦いなら、俺も喜んで参加できる」

 

 ベース・ジャバーで火山島へ到着したモビルスーツ部隊。彼らの仕事は敵地上部隊の撃滅だった。ダブルゼータのハイパー・ビーム・サーベルが、狙撃タイプの機械獣ジェノバM9の腹部を貫き、さらにウェイブ・ライダーから変形したZガンダムはグレネードランチャーで敵の視界を潰していく。そしてサザビーとνガンダムは伏兵として待ち伏せていた戦闘獣達をファンネルで先回り牽制。突貫し戦闘獣の頭脳だけを次々的確に撃ち抜いていた。

 

ドモン

「そうか……。俺の、俺達のこの手が掴んだ未来!」

 

 今こうして、人類の危機を前に団結することができる。それを信じることができることこそが、あのガンダムファイトでドモンが、ファイター達が手にした輝く光。

 

地獄大元帥

「ほざけ! 貴様ら人類はそう言って綺麗事を並べ、何度それを反故にしてきた!」

 

 だが、それを許せないのがドクターヘル……地獄大元帥だった。

 

地獄大元帥

「生まれの違い、身分の違い、人種の違い、信条の違い……些細な違いで争いを繰り返し、この地球を破壊してきたのは他ならぬ人間だろうに。何を今更都合のいいことを言う!」

東方不敗

「…………」

 

 地獄大元帥の怒声が響く。それは暗く、黒い声だった。

 

地獄大元帥

「貴様達がどれだけの綺麗事を並べようと、これまでこの地球を蔑ろにしてきたのがお前達人間だろう。その結果が宇宙世紀に起きた戦争であり、今日まで放置され続けた地球とコロニーの関係ではないか!」

 

 デモニカからの爆撃が、モビルスーツ隊を襲う。絨毯爆撃。機動性が高く、抜きん出た反応速度を誇るエースパイロット達は爆弾の落ちてくるポイントを先読みし回避し続けていくが、面を制圧するような爆撃はアムロ達の体力と精神力を奪っていく。

 

アムロ

「クッ……!」

 

 万能要塞デモニカから放たれるドス黒いプレッシャー。アムロはそれを感じ、舌打ちする。

 

シャア

「地獄大元帥……。それが貴様の本音か」

 

 シャア・アズナブルが、東方不敗が、サコミズ王が感じた激しい失意と怒り。それと同じ……いや、それ以上に暗い激情を地獄大元帥は吐露していた。

 

地獄大元帥

「フン、シャア・アズナブル……。人類に絶望した挙句、隕石落としなどという愚行を行なった貴様に何かを言われる筋合いはない。ワシはワシのやり方で、この地球を……人類を正しく導くために世界征服へと乗り出した。貴様のような愚か者が、これ以上この星を汚し、この世界を破滅させようとする前に、ワシの手でこの星を支配する……。その才覚がありながら、世界を征服する度量もなかった貴様の言葉など、ワシに通じるものか!」

シャア

「……!」

 

 ドクターヘルの怒りと憎しみ。闇の帝王により、マジンガーへの復讐のために蘇った地獄大元帥の原動力。地獄大元帥は今、人間への失望と憎悪を煮えたぎらせていた。

 

アイザック

「……都合のいい時だけ団結するが、常にいがみ合い諍う。そんな人間への失望が、悪の科学者ドクターヘルを生み出したか」

 

 ブライガーの操縦席で、アイザックは冷静に分析する。

 

地獄大元帥

「人類の歴史を知れば、人類の未来に希望など持てるはずもない。素晴らしい科学の進歩を、愚かな人類はいつだって徒労に終わらせる。地球の自然環境を蘇らせるために生まれたアルティメットガンダムが、一人の人間の欲望のためデビルガンダムへと突然変異してしまったように!」

ドモン

「何ッ!?」

 

 地獄大元帥の言葉は、その当事者であるドモン・カッシュにとって聞き捨てならないものだった。

 

東方不敗

「ドクターヘル。貴様、デビルガンダムについて知っておったか」

地獄大元帥

「そうとも。カッシュ博士の提唱した理論は、当時科学者の間でも注目を集めていたからな。だが、その結果はウルベの暴走。そして、デビルガンダムの力を巡って醜い争いが繰り広げられた」

ジョルジュ

「第13回ガンダムファイト……。その裏ではウォン首相やウルベ。それに木星軍といった多くの勢力がデビルガンダムを巡る陰謀を張り巡らせていた」

地獄大元帥

「それだけではない。人類の歴史を知れば、似たような話はいくらでも出てくる。宇宙へ進出して2世紀が経とうとしている中で、人間という種は一向に成長しておらん。故に、ワシは古代ミケーネの遺産を使い、世界征服に乗り出した」

 

 地獄大元帥は語る。自らの野望、その原点。そこにあるのは、人類への深い憎しみと怒り。そして失望。

 

トビア

「そんなに人類のことを考えてるなら、どうしてミケーネなんかに力を貸すんだ!」

 

 クロスボーンのトビアが、抗議の声を上げる。しかし、その言葉は地獄大元帥に届くことはない。その程度の言葉は、聞き飽きている。

 

地獄大元帥

「人間に失望したからこそだ。あのザビーネは闇の帝王が正しく人間を導くことができると信じておったようじゃがな……ワシからすれば、正しく導かれる必要などない」

キンケドゥ

「何っ……!?」

 

 それは、ザビーネへの。道を違え、見るに耐えないものに成り果ててしまった友への侮蔑の言葉だった。

 

キンケドゥ

「貴様達は、最初からザビーネを利用していたのか!」

地獄大元帥

「利用され、道具となることを望んだのはあの男だろう。所詮人間など、ミケーネの奴隷にすぎぬとな!」

キンケドゥ

「それは貴様も同じだろうに!」

 

 キンケドゥにとって、それは許し難い言葉だった。道を違え、理想を異にし、その果ての自己矛盾に狂ってしまった男だが、ザビーネはそれでも戦友だった。そのザビーネを、もう一度この手で殺させたミケーネ。理想を歪ませ、悪魔の力に手を染めさせた闇の帝王。その存在を、許すわけにはいかない。

 

エルド

「フン、さっきから何をくだらぬ話をしている」

 

 一方で、そんな問答に一切の興味を持たない者もいた。ブラックグレートに乗るエルド王子。ブラックグレートはマジンガーブレードを引き抜くと、ゴッドマジンガー目掛けて突撃する。

 

ヤマト

「エルド、てめぇっ!?」

エルド

「今は戦争の只中、卑怯とは言わせまい!」

 

 ゴッドマジンガーも魔神の剣でそれを受け止め、鍔迫り合いの状況となった。しかし、不意を打つように仕掛けたエルドに対し、受け身を取ったゴッドマジンガーは体制的に不利を強いられている。

 

エルド

「地獄大元帥も貴様達も、思想を語るのは勝者の特権であると忘れるな! 力で全てを手中に収めた者こそが、大義名分を振り翳せると!」

ヤマト

「そんな理屈で、てめえは!」

 

 ゴッドマジンガーが反撃に繰り出した蹴りを、ブラックグレートはスクランブルダッシュを展開し上昇することで回避する。

 

エルド

「この世界を統べるものは力だ。神にも悪魔にもなれる力……魔神の力を持ちながら、くだらぬ正義や愛などのために戦う貴様達にはわかるまい!」

ヤマト

「なんだと、この野郎!」

 

 正義と愛。火野ヤマトがそれまで芯としてきたものをエルドは愚弄し、嘲笑する。

 

エルド

「地獄大元帥、貴様は言ったな。私の野心が世界を統べるところを見てみたいと。ならば見せてやろうではないか! ブラックグレートと、この私ならばそれも可能であると。だが、そのためには!」

 

 飛び上がったブラックグレートはマジンガーブレードを抜剣。再び加速し、ゴッドマジンガーへと突撃していく。

 

エルド

「“光宿りしもの”! 貴様の力、今日こそ貰い受ける!」

ヤマト

「ッ!? 速いッ!」

 

 ブラックグレートの性能は、鉄也の乗る本物のグレートマジンガーと遜色ない。その危険なパワーをエルドは、全力の殺意を込めて振り回す。パワーならゴッドマジンガーも引けを取らないが、ことスピードや、武装のバリエーションといった面でゴッドマジンガーは、グレートに大きく水を開けられている。それをカバーしているのは、ラグビーで鍛えたヤマトの反射神経と、ゴッドマジンガーと一つになったことで得た超能力。だが、エルドの執念はヤマトから集中力すら奪う。いや、エルドの憎しみが乗ったマジンガーブレード。距離を離す際に打ち込まれるネーブルミサイル。さらにバックスピンキックの波状攻撃は、ヤマトに反撃の隙を与えない。

 

ヤマト

「エルドの攻撃を防ぐので、手一杯かよ!」

 

 ゴッドマジンガーを援護しようとファイナルダンクーガが、ガンダムローズが、マックスターが動いた。しかし、それを遮るようにデモニカから放たれるミサイルの弾幕。さらに、戦闘獣が次々と押し寄せていく。

 

チボデー

「sit!」

ジョルジュ

「そう易々と、近づかせてはくれませんか……ならば、ローゼススクリーマー!」

 

 ガンダムローズの左肩、巨大な盾と一体化した肩部から射出されたローゼスビットが回転し、渦を作り出す。渦の中に巻き込まれた戦闘獣の動きを封じていく。

 

ジョルジュ

「今です、チボデー!」

チボデー

「ナイスアシストだ。バーニングパァァァンチ!」

 

 続け様に繰り出されるマックスターの拳。一発のパンチから繰り出される灼熱が、次々と戦闘獣を燃やし尽くしていく。戦闘獣は確かに、機械獣よりも強い。しかし、修業と実戦を重ねてガンダムファイター達の技のキレはそれを凌駕するものへと成長していた。

 

地獄大元帥

「目障りな奴らめ!」

「それはこっちのセリフだぜ! グレートのパチモノなんか作りやがって。所詮てめえらは他人の褌でしか戦えねえ、肝っ玉の小さい野郎ってことだろうが!」

エルド

「フン。狡猾さとは即ち力。それを理解できない以上、貴様達に勝利はない!」

 

 忍が吼える。しかし、それすらも地獄大元帥は、それにエルドは意にも返さない。ブラックグレートは追撃と言わんばかりに、ゴッドマジンガーを蹴り飛ばす。

 

ヤマト

「ウワァッ!?」

エルド

「トドメだ、火野ヤマト!」

 

 ブラッググレートの周囲に、暗雲が立ち込めていく。そして雷鳴がひとつ鳴ると、ブラックグレートのエネルギーが膨れ上がっていく。

 

鉄也

「あれはっ!?」

ヤマト

「これが魔神の力。受けろ、サンダーブレーク!」

 

 サンダーブレーク。グレートマジンガー最大最強の必殺技。あらゆるものを焼き焦がす雷光が、ゴッドマジンガー目掛けて飛んでいく。

 

ヤマト

「避けられ……ねえ!?」

 

 ブラックグレートの苛烈な攻撃を前に、ヤマトの体力はひどく消耗していた。何より、サンダーブレークは光の速さでゴッドマジンガー目掛け迫っている。このままでは、直撃。誰もがそう思った時だった。

 暗雲を突き破り、天より二筋の光が伸びる。光はサンダーブレークと激突すると、激しい爆発を起こし、対消滅。

 

エルド

「なんだと!?」

地獄大元帥

「こ、これは!?」

 

 その光を、地獄大元帥はよく知っている。ドクターヘルの野望を幾度となく潰えさせた、光子力の光。

 

鉄也

「光子力ビーム。まさか!」

 

 鉄也が、グレートマジンガーは天を仰ぐ。天より降り注いだ光子力ビーム。正体は空に聳え、大空羽ばたく紅の翼を掲げ、今。

 

甲児

「マジーン・ゴーッ!」

 

 マジンガーZ。山を砕き、正義の怒りと平和の祈りを一身に背負った鉄の城がここに今、再び降り立ったのだ。

 

 

 

…………

…………

…………

 

 

地獄大元帥

「マジンガーZ……。兜甲児! おめおめと現れおったか!」

 

 地獄大元帥の中で、ドクターヘルの意識がザワつくのを感じていた。兜甲児。それにマジンガーZ。世界征服の野望を阻み打ち砕いた最大の敵。だがそれと同時に沸き立つのは歓喜の声。

 

地獄大元帥

「フフフ、マジンガーZよ。今度こそ貴様を血祭りに上げてくれる!」

 

 自分がなんのために甦ったのか、この時地獄大元帥は……ドクターヘルははっきりと理解した。世界征服、ミケーネの悲願、マジンガーへの復讐。全ては正しく、全ては間違っている。

 

甲児

「ドクターヘル! 性懲りもなく蘇りやがって。てめえの出番はもう終わってんだよ!」

 

 その減らず口すら、今は愛おしく感じる。それこそ、老体が若返るような感覚だった。やはり、兜甲児だけは……マジンガーZだけは己の全身全霊で叩き潰さねばならない。めらめらと燃え上がる闘志のようなものを、ドクターヘルは自覚する。

 しかしそんな地獄大元帥の無敵要塞デモニカを無視し、マジンガーZはゴッドマジンガーと対峙していた黒き魔神・ブラックグレートの下へと割り込むように降下していった。

 

甲児

「やいやいてめえ! 量産型グレートマジンガーのデータを盗んだみてえだがな。てめえはマジンガーの力を100分の1も引き出せちゃいねえぜ!」

エルド

「何だと?」

 

 ゴッドマジンガーを庇うように立つマジンガーZ。対峙するブラックグレートは胸部の放熱板を引き抜き、グレートブーメランにして投げつけた。しかし、その軌道は容易く、甲児に見切られてしまう。

 

甲児

「お前はそのブラックグレートを、マジンガーを神にも悪魔にもなれる力と言った。だがなぁ、マジンガーが真の力を発揮するのは神や悪魔になろうとした時じゃない。人の心が宿った時なんだ!」

 

 グレートブーメランの軌道を見切り、マジンガーZが突撃する。スクランダーカッター。ジェットスクランダーを質量兵器として、マジンガーZが直接切り込む突貫攻撃。鋭利なスクランダーの突撃が、グレートブーメランを真っ二つに引き裂いた。

 

エルド

「何ッ!?」

 

 グレートブーメランは知っての通り、ブレストバーンの射出口の役割を兼任している。それを破壊されるということはつまり、ブレストバーンまでもを使用不能にされたも同じこと。そのことに気付き、エルドの表情には僅かな焦りが見え始めていた。

 

甲児

「てめえみたいにマジンガーを自分の力だと思い込んでる奴にはなぁ、一生かかってもマジンガーを使いこなすことなんざできねえ。それを教えてやるぜ!」

 

 スクランダーから放たれるサザンクロスナイフが、ブラックグレート目掛けて飛ぶ。超合金ニューZすらも容易く破壊する金属の撹乱幕。エルドは怯み、機体を下へと降下させた。それが、隙になる。

 

甲児

「そこだっ、ロケットパンチ!」

 

 マジンガーZの右腕が火を噴き、ブラックグレートを追いかけるように飛んだ。

 

エルド

「しまった!?」

 

 落下する速度は、ロケットパンチの方が速い。その重力加速度を受けた鉄の拳が、ブラックグレートを殴り飛ばす。その一連の動きに、エルドは全く反応できなかった。そしてすかさず、マジンガーZは追撃の冷凍ビーム。ロケットパンチをもろに喰らい態勢を崩したブラックグレートは、それを避けることができなかった。ブラックグレートがの胴体、手足がたちまち凍り付く。

 

エルド

「こ、これでは!?」

 

 グレートマジンガーは全身の多くの装備を持っている。しかしアトミックパンチも、ネーブルミサイルも、そして最強武器でもあるサンダーブレークも手足を凍らされてしまえば使えない。氷漬けを解くことができるだろうブレストバーンも、放熱板を破壊された今使用不能。この状態で使える武器は、グレートタイフーンのみ。

 

エルド

「ええい、こうなっては!」

 

 このままでは袋叩き。そう判断したエルドは迫るマジンガーZへグレートタイフーンを放った。突風が、マジンガーZを襲う。だが、その判断は誤りだった。

 

エルド

「マジンガーZなど、所詮は旧式の魔神。最新型の魔神たるこのブラックグレートの敵ではない!」

 

 ブラックグレートの放つ竜巻を受け、マジンガーZは防御の体制を取る。たしかにグレートタイフーンは、マジンガーZの装甲をジリジリと削っている。しかし、

 

甲児

「今だ、ヤマト!」

ヤマト

「おう!」

 

 エルドは完全に、失念していたのである。背後から迫る、青銅の魔神が黄金の輝きを放ち魔神の剣を振るう。

 

エルド

「火野、ヤマト……!?」

エルド

「エルド。お前の言う力なんてのはな。結局、独りよがりなんだよ!」

 

 魔神の剣が、ブラックグレートの後頭部……ブレーンコンドルからエルド諸共、ブラックグレートを真っ二つに斬り裂いていく。

 

エルド

「バカな……。この私が……」

 

 エルド王子は確かに、類稀なる才覚を有していた。それは戦争において発揮され、かつて古代ムー王国は壊滅寸前まで追い込まれた。

 しかし、エルド王子はその実誰も信頼せず、武力と陰謀によって全てを手中に収めようとした。それは、自分ならば誰にも負けないという

自負故のものだったのかもしれない。

 だがそれを、火野ヤマトは独りよがりと断じた。他者を顧みず、野望の道具としか見ない男の、独りよがりな力の発露。

 魔神の剣に斬り裂かれ、ブラックグレートは爆発する。その爆発の最中、エルドはアイラ・ムーの事を思った。

 アイラ。アイラ・ムー。気高く優しき王女。その細い身体。なだらかな髪。慈愛の瞳。

 世界の全てを手に入れれば、アイラもまた手に入れることができる。そう、思っていた。だが、アイラは自分ではなく、ヤマトを選ぶ。

 それは、この結果を思えば。

 

「そうか……。私の力では、お前を手にするには足りなかったということか……」

 

 それが、エルド王子が最期に口にした言葉だった。

 才能と権力を持つが故に、幼稚なエゴを律することのできなかった男は、自らを顧みることなくその野望を潰えさせることしかできなかったのだ。

 

 

 

 ブラックグレートは、エルド王子は倒れた。その事実を突きつけるようにマジンガーZは拳を振り上げ、無敵要塞デモニカへ向かい突き上げる。

 

甲児

「次はてめえだ、地獄大元帥!」

地獄大元帥

「ヌゥ、兜甲児……!」

 

 地獄大元帥が、ドクターヘルが最も警戒していた男。兜甲児の存在は、確実に自分達の側にあった流れをあちら側に引き戻している。

 

鉄也

「甲児君……。来てくれたのか」

甲児

「待たせたね、鉄也君。マジンガーZ、ここに復活だ!」

 

 並び立つマジンガーZと、グレートマジンガー。その光景は地獄大元帥が最も恐れた光景。地獄大元帥の中に、僅かな焦りが見えはじめていた。だがそんな中でも地獄大元帥は静かに、そして激しく燃え上がるものを沸々と感じている。

 

地獄大元帥

「フフフ……そうだ。兜甲児、そしてマジンガーZ。貴様の存在こそが人類の希望。貴様がいる限り、人類は希望などという愚かなものに縋りつく!」

 

 だからこそ、マジンガーはこの手で倒さなければならない。そうでなければ、地獄大元帥として復活した意味もない。

 

甲児

「うるせえ! 俺とマジンガーZが切り開くのは、みんなが生きる明日だ。それを奪おうとするなら、何度だって地獄に送り返してやるぜ!」

地獄大元帥

「やれるものならばやってみるがいい。だが、お前達はワシを本気にさせたのだ。見るがいい!」

 

 地獄大元帥が叫ぶと同時、火山島基地が大きく揺れる。陸上部隊のモビルスーツ達が足元をふらつかせるほどの強い地震。

 

アムロ

「この感じ……この悪意は!」

トビア

「なんだ……これ……!」

 

 悪意。邪霊機のライラが発露する深く、黒い憎悪とは違う。ハイパー化したサコミズ王が見せた深い悲しみとも違う。ただ純粋に、敵に対する加害意識と衝動がプレッシャーとなっていた。

 

東方不敗

「この悪意の源泉、下か!」

アラン

「藤原、海底深くから浮上する熱源がある。これは……!」

エメラルダス

「!? 各機、対ショック体勢を!」

 

 次の瞬間、海水が柱を作るように迫り上がる。水柱はあまりにも大きく、上空で戦うクイーン・エメラルダス号すらも呑み込まんほどの水飛沫となって押し寄せる。

 

甲児

「うわぁっ!?」

鉄也

「クッ!?」

 

 水飛沫は、物理的な力を伴いスーパーロボット達を襲った。超合金が身を守り、科学の粋を結集して作られたスーパーロボット達と言えど、圧力を感じる水圧。その奥に何かが、立っていた。

 

甲児

「あ、あれはっ!?」

 

 空に聳えるは、漆黒の城。

 四本の腕と、胴体に大きく描かれた髑髏のレリーフ。

 

「で、でけえ……!?」

アイザック

「バカな。これほどの質量をどうやって支えているというのだ!」

 

 アイザックの知見を持ってしても、理解不能の巨体。ゆうに3000mはあるだろうか。空に聳える……いや、天に轟く地獄の城。

 

地獄大元帥

「兜甲児。ドクターヘルがこれを完成させていたならば、今頃世界はドクターヘルのものだったろう」

甲児

「何ッ!?」

ヤマト

「ならあれは、機械獣だっていうのかよ!」

 

 にわかには信じられなかった。機械獣の全長は大小あれど、そのほとんどはマジンガーZと比較ができるサイズ。だが、目の前のこいつはどうだ。鉄の城マジンガーZが、まるで小人のようではないか。

 

エメラルダス

「しかし、あの巨人には頭がない……?」

 

 あまりの体格差で見えにくいが、カメラを拡大するとわかる。巨人には頭部がない。まるで、そこだけが未完であったかのように。

 

シャア

「頭など飾り。そういうことか……?」

 

 否。即座に出た呟きをシャアは即座に否定する。このマシンに頭がない理由は、決して慢心などではないと直感が告げていた。

 

鉄也

「俺が、震えているのか……?」

 

 超巨大機械獣。あまりにも世界観の違う存在が鉄也すらも戦慄させる。その体格差がどれほどのアドバンテージになるか、戦闘のプロは知っているのだ。

 

チボデー

「あんなデカブツ相手に、どうすりゃいいんだ!」

アルゴ

「まるで、デビルコロニーだな……」

地獄大元帥

「フフフ。今こそこの、地獄王ゴードンは復活する!」

 

 地獄王ゴードン。そう呼ばれた首なしの超巨大機械獣を目指し、デモニカが上昇した。雲を突き抜け、やがて地獄王ゴードンの肩のあたりまで届き、そしてデモニカは自らの船体を存在しないゴードンの頭部であるかのように合体させる。

 

鉄也

「デモニカは機械獣の頭部だったのか!」

地獄大元帥

「そうだ! この地獄王ゴードンは、ワシ自らがパイルダーオンすることで真価を発揮する。そして!」

 

 地獄大元帥の合図と同時、火山島基地から飛び出す戦闘獣が、ブライガーを襲った。女性型のフォルムをし、腰にドレススカートを纏いながら凶悪な爪を持つ戦闘獣。その姿ははじめてみるものだが、その気迫は知っているものだった。

 

キッド

「こいつはっ!?」

ヤヌス侯爵

「あの時の雪辱、晴らさせてもらう。ブラスター・キッド!」

 

 ヤヌス侯爵。以前、科学要塞研究所に潜入し兜甲児を暗殺しようとしたミケーネの女諜報員。さらに続くように現れたのは、不気味な赤い花。

 

キンケドゥ

「な……!?」

セシリー

「あ、ああ……!?」

ハリソン

「資料で見たことがある。あれはたしか、旧クロスボーン・バンガードの……」

 

 ラフレシア。かつてセシリーの父であったクロスボーンの鉄仮面が自ら乗り込み、シーブック・アノーのガンダムF91と対決した悪魔のサイコ・マシーン。その悍ましい赤い花が、火山島基地で不気味に咲き、その悪意を振り撒いていたのだ。

 

カミーユ

「あのマシーン、サイコガンダムと同じか!?」

ジュドー

「だけど、なんだ。こいつ……」

 

 サイコ・ガンダムから放たれたドス黒い波長。それはそれは強化され、人格崩壊した少女達の叫び声だった。だが、ラフレシアから感じられるものは純粋な悪意。

 

アムロ

「悪意の正体は、こいつらか!?」

地獄大元帥

「そうとも。そのラフレシアはザビーネの記憶を元にワシが再現したもの。だが、それを完全に操るにはエゴを強化した強化人間が必要だった」

 

 強化人間。現在では禁止されている人工ニュータイプの製造実験。カロッゾ・ロナは自らを強化し、ラフレシアの生体ユニットとなることでそれを解決していた。だが、地獄大元帥は違う。

 

地獄大元帥

「ラフレシア・プロジェクト……ワシもその資料を集め、調べさせてもらった。人類の粛清管理。それを効率化する画期的なプロジェクトではないか」

キンケドゥ

「黙れド外道!?」

地獄大元帥

「だが、そこには致命的な欠陥があった。それはラフレシアを管理する生体コア……鉄仮面に身を滅ぼす巨大なエゴが存在したこと」

 

 愉しげに、地獄大元帥は語る。その一字一句にキンケドゥは歯噛みし、ドモンは嫌悪の表情を示す。

 

地獄大元帥

「このラフレシアの生体コアは、ヤヌスに拐わせた人間から脳を直接取り出し、戦闘獣化手術の要領で一体化させたもの。そして、その際に植え付けたのよ、人間社会破壊学をな!」

トビア

「な…………!?」

 

 それは、以前ショット・ウェポンがサイコガンダムを阿頼耶識に繋げたのと同じ……いや、それ以上の非道。

 

ヤヌス侯爵

「ホホホホホ、こいつはまさしく戦闘獣ラフレシア! 貴様達を地獄に送る妖花よ!」

戦闘獣ラフレシア

「………………」

 

 戦闘獣ラフレシア。そして地獄王ゴードン。ドクターヘルの悪魔の研究その集大成が今、VBに襲い掛かろうとしていた。

 

地獄大元帥

「さあ、第二ラウンドを始めようではないか!」




次回予告

みなさんお待ちかね!
圧倒的な力でマジンガーを圧倒する地獄王ゴードン。ガンダム達を追い詰める戦闘獣ラフレシア。VBは今、まさに絶体絶命の大ピンチ!
ですが、その窮地に集結するアルカディア号のロボット軍団。そして、ついに闇の帝王との決戦が始まるのです!

次回、『平和の鐘よ、勇者の頭上に鳴り渡れ!』に、レディ・ゴー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

TIPS
キャラクター辞典


●機動戦士ガンダム 逆襲のシャア

 

アムロ・レイ

初登場:第5話

 ファースト・ガンダムのパイロットであり、その後の「ガンダム伝説」を作り上げたと言っても過言ではない男。元々は内気な少年だったが、否応なく巻き込まれた戦争の中で多くの出会いと別れを経験し、人として、戦士として成長していった。また、戦争の中で特殊な超感覚・ニュータイプとしての素養を露わにしていき、戦いの中で出逢った少女・ララァと強い感応で結ばれた。だが、そのララァを喪ったことで生まれたシャアとの確執が生まれてしまう。

 その後、幾度となく繰り返される戦いの中で時には敵として、時には味方としてシャアと関わり合いになるが、シャア自らが決起した第二次ネオ・ジオン抗争の終盤、シャアと共に行方不明となってしまう。

 

特殊技能

ニュータイプLv9

切り払いlv3

シールド防御Lv3

見切り

 

精神コマンド

集中 直感 加速

魂  覚醒 突撃

 

エースボーナス

赤い機体に対してダメージ+20%

「ガンダム」タイプ搭乗時移動力+1

 

 

シャア・アズナブル

 ジオンの「赤い彗星」と呼ばれたエースパイロットであり、宇宙コロニーの独立運動家ジオン・ダイクンの息子。本名はキャスバル・レム・ダイクン。当初は父を暗殺したザビ家への復讐のため軍へ入隊し出世を重ねていったが、ガンダムへの敗北、ララァとの出逢いにより。「ニュータイプの世界」を夢想するようになる。しかし、ララァの死によって生じたアムロとの確執や、父の名を背負う重圧といったものから逃げるようにパイロットとして活動するようになっていった。

 その後、カミーユ・ビダンという強いニュータイプの素養を持つ少年と出会い、彼の成長に期待を寄せるようになったが、カミーユの心が人の魂に引かれ壊れてしまったことで、本格的に人類に絶望するようになる。

 そして、自ら父の理想を体現するため、そしてアムロとの決着のために挙兵し、地球へ隕石落としを敢行する。その作戦の最終盤、アムロとの一騎打ちに敗れる。そして落下する小惑星アクシズの中で、アムロと共に人の心の光に触れるが、そんな優しさを持ちながら地球さえも食い潰す人類への絶望をアムロへ吐露しながら、アムロと共に光の中へ消えていった。

 

特殊技能

ニュータイプLv8

切り払いLv2

シールド防御Lv2

援護攻撃Lv4

 

精神コマンド

加速 必中 狙撃

不屈 魂  ド根性

 

エースボーナス

白い機体に対して与えるダメージ+20%

連続ターゲット補正無視

 

●機動戦士クロスボーン・ガンダムシリーズ

 

 

トビア・アロナクス

初登場:第1話

 「機動戦士クロスボーン・ガンダム」シリーズの主人公。ひょんなことから宇宙海賊クロスボーン・バンガードと木星帝国の戦いを目撃してしまい、海賊軍に参加することになった。

 ベルナデット・ブリエットとの出会いにより彼女の為に戦う意思を見せるようになり、クロスボーン・ガンダムX3で木星帝国と戦うエースパイロットに成長した。

 戦後、よき先輩キンケドゥ・ナウからクロスボーン・ガンダムX1を譲り受ける。

 

特殊技能

ニュータイプLv8

底力Lv9

切り払いLv4

強運

 

精神コマンド

不屈 必中 幸運

熱血 集中 加速

 

エースボーナス

気力130以上で「不屈」使用時に「魂」が同時にかかる。

 

 

ハリソン・マディン

初登場:第1話

 「連邦の青き閃光」と言われるエースパイロット。量産型F91を青く塗装し、海賊軍のエースパイロット、キンケドゥと激闘を演じた。

 その後も宇宙海賊「スカルハート」とは任務の先々で共闘することになる腐れ縁。

 誠実な人柄で行動力もあるが、正義感が強すぎることと、女の子の趣味が幼すぎることから上層部からは危険視されており、厄介な任務を放り投げられることが多い。

 続編「機動戦士クロスボーン・ガンダムゴースト」ではリガ・ミリティアに参加している。

 

 

特殊技能

指揮官

援護攻撃Lv2

援護防御Lv2

シールド防御Lv4

 

精神コマンド

根性 集中 ひらめき 

熱血 突撃 愛

 

エースボーナス

搭乗機の消費ENを半分にする。

 

 

キンケドゥ・ナウ

初登場:第3話

 本名はシーブック・アノー。「機動戦士ガンダムF91」の主人公その人である。クロスボーン・バンガードとの戦いの後、木星帝国の陰謀を察知した彼と恋人セシリーは、宇宙海賊クロスボーン・バンガードを組織し歴史の裏で木星帝国と戦っていた。宿敵ザビーネとの戦いで右腕を失うなどのトラブルに見舞われるが、戦後はセシリーと共にシーブックに戻り、市政でパン屋のおやじになっている。

 彼の愛機クロスボーン・ガンダムX1は戦後、トビアに譲られた。

 

特殊技能

ニュータイプLv7

底力Lv6

切り払いLv2

シールド防御Lv4

 

精神コマンド

集中 直感 熱血

狙撃 直撃 愛

 

エースボーナス

撃墜される場合、一度だけ残HP1で生存する。

 

 

ベルナデット・ブリエット

初登場:ルート分岐1

 トビアが出会った、金髪碧眼に幼い顔立ちの美少女。その正体は木星帝国の総統クラックスの娘テテニス・ドゥガチ。「地球を見てみたい」という好奇心から木星から地球へ行く船に密航し、クロスボーン・バンガードと行動を共にするようになった。

 トビアと思いを寄せ合うようになるが、お互いにオクテなので進展はなんとも言い難い。

 また、「どこも出っ張ってないため密航が得意」とはオンモ曰く。

 

トゥインク・ステラ・ラベラトゥ

初登場:ルート分岐1

 トビアが資源衛星で出逢った少女。母から与えられた絵本でしか外の世界を知らなかったため、初対面の頃は頭がだいぶメルヘンな少女だった。現在は通信士としてクロスボーン・バンガードの一員になっており、トビア達を支援している。

 続編「ゴースト」ではハリソンと共にリガ・ミリティアに所属しており、セクシーなお姉さんに成長していた。(尚テテニスは特に大きな変化がない)

 

ウモン・サモン

初登場:ルート分岐1

 宇宙海賊クロスボーン・バンガードのベテランパイロット。高齢のホラ吹き好々爺で、「一年戦争でドム6機をボールで撃墜した」と吹聴している。尚、このエピソードの真実は「スカルハート」の第一話で語られているので是非君の目で確かめてほしい。

 「鋼鉄の7人」ではパイロットを引退しているようで、メカニックとしてトビアを支援した。

 

オンモ

初登場:ルート分岐1

 ブラックロー運送の社長兼、海賊艦リトルグレイの艦長。

 豪快な女傑で、その豪快さで海賊軍とサナリィのパイプ役になったりもしている。現在のクロスボーンで一番「海賊らしい」性格。

 

カマーロ・ケトル

初登場;第3話

 「スカルハート」に登場する木星軍残党の指揮官。オカマ口調で喋る。原作コミックでは名前がなかったが、Gジェネで名前がついた。筆者のお気に入り。

 

特殊技能

底力Lv3

強運

 

精神コマンド

不屈 熱血 根性

突撃 鉄壁 ド根性

 

エースボーナス

「海賊」への与えるダメージ+20%

 

ザビーネ・シャル

初登場:第8話

 「機動戦士ガンダムF91」の頃からベラの目付け役をしていたクロスボーン・バンガードの精鋭「黒の部隊」の隊長。冷徹な性格かつ合理主義者であり、感情を処理し任務を遂行していたが、鉄仮面のバグによる人類粛清には異を唱える等良識を持ち合わせた人物だった。

 「クロスボーン」でもベラのために戦っており、クロスボーン・ガンダムX2でキンケドゥと2大エースをしていたが、彼の底にある貴族主義社会への理想はその10年間で大きく肥大化し、何よりザビーネが「理想とする貴族」であるベラが貴族主義を望まないことによるアイデンティティの崩壊が彼を決定的に間違わせてしまうことになる……。

 

特殊技能

底力Lv9

切り払いLv4

逆恨み(キンケドゥ)

見切り

ガード

 

精神コマンド

直撃 直感 集中

熱血 狙撃 覚醒

 

エースボーナス

命中率+20%

 

 

●機動武闘伝Gガンダム

 

ドモン・カッシュ

初登場:第3話

ネオジャパン代表ガンダムファイターであり、キング・オブ・ハートの称号を受け継ぐシャッフル同盟の一員。ウルベの陰謀がきっかけで母は死に、父は冷凍刑。そしてキョウジとシュバルツという2人の兄、師匠マスターアジアを喪いながらも、最後の最後には幼馴染レインと結ばれる。

正義感が強い一方で過去の事件から斜に構えた一面も見せるが、本質は心優しく、友情に厚い性格。

 

特殊技能

明鏡止水

底力Lv9

インファイトLv9

 

精神コマンド

不屈 集中 熱血

直感 友情 愛  

 

エースボーナス

気力上限200。「愛」使用時に同時に「魂」がかかる。

 

レイン・ミカムラ

初登場:ルート分岐1

 ドモンの幼馴染で、医師兼メカニックとしてドモンと行動を共にする才媛。また、弓道の腕も達者でガンダムファイターとして戦えるだけの身体能力を有してもいる。ドモンとは物語開始当初からずっと両思いだったが、お互いにオクテで意地っ張りなためなかなか進展せず、恋敵アレンビーの登場、実父が黒幕の1人だったことなどを理由に一度は自らドモンから身を引く。しかし、ウルベの陰謀でデビルガンダムの正体コアにされた後、ドモンからの初めての愛の告白で自らを取り戻し、ドモンとの石破ラブラブ天驚拳でデビルガンダムを粉砕した。

 

 

サイ・サイシー

初登場:第3話

ネオチャイナ代表のガンダムファイターであり、クラブエースの称号を受け継ぐシャッフル同盟の最年少。少林寺再興の夢を抱くも、お調子者でよく修行をサボっていた。しかし、多くの出会いで成長をとげ、ゴッドガンダムとの決勝トーナメントでは熱い闘いを見せ、ドモンをして「一番の強敵」と言わしめるほど。

ネオデンマークのハンス・ホルガーの妹セシルと遠距離恋愛中で、彼女と出会った際には咄嗟に「チン・チクリン」という偽名を名乗った。 

 

特殊技能

底力Lv7

切り払いLv3

カウンターLv4

インファイトLv9

 

精神コマンド

加速 集中 ひらめき

熱血 直撃 必中

 

エースボーナス

「分身」発動確率+20%

 

 

チボデー・クロケット

初登場:第10話

ネオアメリカ代表ガンダムファイターであり、アメリカンドリームの体現者。そしてクイーン・ザ・スペードの称号を持つ男。貧しいスラム育ちからボクシングの腕ひとつで一財産を築き上げ、貧困に喘ぐアメリカ国民に「夢を諦めないこと」を胸に刻み付けた。

貧しく、素行不良な少年時代を送っていた事からか少々ガラが悪い所もあるが、根は素直で可愛い一面もある。

ある日、コロニー行きのシャトルへ母と乗る際、最後に地球で見たサーカスにピエロの格好をした強盗が押し寄せ人質となり、その場で母と逸れ生き別れてしまった。その経験からマザー・コンプレックスとピエロ恐怖症になっている。

 

特殊技能

底力Lv9

カウンターLv4

インファイトLv7

援護攻撃Lv2

 

精神コマンド

必中 不屈 努力

熱血 加速 愛

 

エースボーナス

移動力+1、回避率+15%

 

 

ジョルジュ・ド・サンド

初登場:第10話

ネオフランス代表ガンダムファイターであり、ジャック・イン・ダイヤの称号を持つ男。誇り高い騎士であり、常に執事のレイモンドと行動を共にしている。また、王妃マリアルイゼ様に非常に慕われており、彼女の起こすアクシデントに振り回されることも多かった。しかし、ジョルジュ自身もマリアルイゼを敬愛しており、小さなお姫様と若く気高い騎士の組み合わせはとても華やか。

 

特殊技能

底力Lv9

切り払いLv4

シールド防御Lv4

インファイトLv9

 

精神コマンド

集中 根性 突撃

必中 不屈 愛

 

エースボーナス

誇りのない者への与えるダメージ+20%、受けるダメージ−20%

 

 

アルゴ・ガルスキー

初登場:第8話

 

 宇宙海賊として恐れられていた犯罪者だが、収監された仲間を助けるためにガンダムファイターとなったネオロシアの巨漢。そしてブラック・ジョーカーの称号を持つ男。胸には爆弾が取り付けられており、脱走を防ぐため普段はナスターシャに手錠をかけられていた。

 寡黙だが、胸の内には熱い心を持ち、宇宙海賊としても人は殺さず民間人は襲わない主義だった。しかし、アンドリュー・グラハムの妻を過失で死なせてしまったことで彼に恨まれることにもなっている。

 パワーレスリングスタイルを好む怪力の持ち主で、そのタフさにはドモンもかなり苦しめられた。戦いの後は爆弾を解除され、軍を抜けたナスターシャと共に行動している。

 

特殊技能

底力Lv9

ガード

インファイトLv9

援護防御Lv4

 

精神コマンド

鉄壁 不屈 必中

熱血 信頼 愛

 

エースボーナス

「鉄壁」消費SPを10に変更。

 

 

東方不敗マスターアジア

初登場:第6話

ドモンの師匠にして最大のライバルだった人物。流派東方不敗の始祖であり、生身でモビルスーツを破壊できるほどの武術家でもある。

「ガンダムファイトを見極める」という使命のため第12回ガンダムファイトに参加、優勝を果たしたが、振り返れば地球はガンダムファイトにより汚染、破壊されその断末魔の悲鳴を聞いてしまう。そのため、「地球環境再生のために人類を抹殺する」ことこそ人類が地球にできる贖罪と考え、デビルガンダムを手に入れそれを達成しようとした。

しかし、愛弟子ドモンがガンダムファイターとなり、そして新宿で再会してしまったことで運命は大きく動くことになる。

そして決勝戦を勝ち残ったドモンのゴッドガンダムとの死闘の果て、想いの全てを伝えた上で「滅ぼそうという人類もまた天然自然の中から生まれた、地球の一部」とその考えを否定され、全てをファイトの中にぶつけ合い……息絶えた。

 

「スパロボ」ではその後もフラグを満たすとなんか生きてて仲間になることが多く、あらゆる作品でドモンに匹敵かそれ以上の強さのまま仲間になるバランスブレイカー。

 

 

特殊技能

底力Lv9

見切り

ガード

インファイトLv9

カウンターLv4

 

精神コマンド

直感 加速 信頼

不屈 直撃 魂

 

エースボーナス

気力上限200

 

 

カラト

初登場:第3話

 ネオジャパンのガンダムファイト委員長。ドモンをファイターとして任命し、デビルガンダム破壊、回収の任務を与えていた。

 俗物だが良識はちゃんとあり、デビルコロニー戦では国民の安全を第一に指示を飛ばしており、ドモンから「あんた良い首相になるかもな」と認められる。

 本作ではその経緯から現在はネオジャパンの首相を務めている。

 

ミケロ・チャリオット

 

 ネオイタリア代表のガンダムファイターであり、ドモン・カッシュが第13回ガンダムファイトで最初に戦った男。マフィアのボスでもあり、ガンダムファイターになったことで大手を振るい悪事のかぎりを尽くしていたが、頭部を破壊され失格となった。その後、デビルガンダム四天王として復活。ガンダムヘブンズソードに搭乗し、ドモン達を苦しめる。

 最期はサイ・サイシーとアルゴのタッグを前に敗れ、死亡した。

 典型的なチンピラで、かませ的な見られ方をしがちだがその強さは本物。幾度となくドモンを苦しめた強敵。

 

特殊技能

底力LV4

カウンター

インファイトlv7

逆恨み(ドモン・カッシュ)

 

精神コマンド

加速 直撃 不屈

鉄壁 覚醒 必中

 

エースボーナス

自分が空にいる時、陸の敵に対して与えるダメージ+20%

 

 

ジェントル・チャップマン

 

 ネオイングランドのガンダムファイターであり、ガンダムファイト3回連続優勝を果たして達人。正確な狙撃で敵を狙い撃つジョンブルガンダムのパイロットだったが、第13回ガンダムファイトの際すでにその身体は限界を迎え、ドモンとのファイトを最後に戦士のプライドとともに息を引き取った。

 だが、その後決勝トーナメントで謎の復活。その死をDG細胞に利用され、生前の誇りを失った傀儡となった。

 最期はチボデーとジョルジュの連携攻撃により、彼は二度目の死を迎えることとなる。

 彼のガンダムファイト三連覇という偉業はガンダムファイトの火力偏重時代を生み出したという。だが、その第12回を制した東方不敗マスターアジアにより、ガンダムファイトは再び格闘路線へと戻っていった。

 

特殊技能

底力LV5

ガンファイトLV9

援護攻撃lv3

集中力

ガード

 

精神コマンド

必中 狙撃 ひらめき

熱血 直撃 愛

 

エースボーナス

射撃武器の命中率+100%(ひらめきは有効)

 

 

●機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ

 

 

三日月・オーガス

 

 火星の貧民街で生まれた少年。同じ境遇の少年オルガ・イツカと共に、民間組織CGSの参番隊に所属していたが、とある事件をきっかけにCGSを乗っ取ったオルガと共に鉄華団を立ち上げる。

 貧しく、常に死と隣り合わせの境遇で生きてきたためか独特な倫理観、死生観を持ち一般常識に欠ける部分もあるが、本質的には仲間思いで心優しい少年。失敗すれば命の危険すらある阿頼耶識手術を3回受け、そして3度成功する強運を持ち、鉄華団のエースとしてガンダム・バルバトスを駆り続けた。

 その代償として少しずつ、バルバトスに右半身の感覚を奪われてしまい最終的には完全な半身不随状態となるも、それでも仲間のため、ここではないどこかへ行くためにバルバトスに乗り戦い続ける。

 幼馴染であるオルガ・イツカとの約束をずっと胸に秘めており、ある種の共依存的な関係になっているがその事がオルガを追い詰めていった。

 最期、オルガの死に迷う鉄華団を導くように「オルガの作戦を実行する」と宣言。ギャラルホルンを昭弘と2人、最後まで食い止め続け鉄華団の家族を守り通す。この時、三日月を想う少女アトラには彼の命が繋いだものが確かに宿っていた……。

 

特殊技能

 

阿頼耶識

インファイトLV8

再攻撃

 

精神コマンド

加速 直感 集中

直撃 魂  覚醒 

 

エースボーナス

反撃時、与えるダメージ+20%。阿頼耶識リミッター解除時さらに+30%

 

 

 

オルガ・イツカ

 

 鉄華団の団長。三日月・オーガスとは幼馴染であり、はじめて彼が人を殺した時から血よりも深い鉄の絆で結ばれている。自分達を搾取する大人達から自分と仲間を守るためにCGSを乗っ取り鉄華団を結成。経験の浅い子供達を中心にしながらも持ち前の度胸と命を賭けた駆け引きで圏外圏の経済組織テイワズの傘下として認められ、後に兄貴と慕うことになる名瀬・タービン、そしてテイワズの親父マクマードと盃を交わす。そして、クーデリアを地球へ送り届け、ギャラルホルンの腐敗を暴くことで鉄華団をさらに有名な存在へとのし上げた。

 オルガがどこまでも突き進もうとするのは、幼い頃に三日月とかわした約束が大きく関係しており、そのために1人で何もかもを背追い込もうとする悪癖がある。終盤、マクギリス・ファリドの計画に乗り「火星の王」となるためギャラルホルンと敵対する道を辿ることになるが……。

 鉄華団という“家族”を背負う大黒柱として常に大人達に負けないように振る舞っているが、まだまだ経験の浅い子供じみたところも多くそれが玉に瑕。だが、名瀬・タービンやメリビットのように、彼のそういうところに好感を抱いた大人も少なくない。

 

 

 

●聖戦士ダンバイン

 

ショウ・ザマ

初登場:ルート分岐1

 エ・フェラリオのシルキー・マウにより、ドレイク軍に召喚された聖戦士。当初は状況に流されるままドレイク軍に加担していたが、マーベルらとの出会いをきっかけに反乱軍へ参加。ダンバイン、ビルバインでオーラ力を高め聖戦士として活躍するようになる。聖戦士としての自覚を覚えるにつれ、全てのオーラマシンを破壊し、地上とバイストン・ウェルの安定を考えるようになっていく。

 地上に戦乱が拡大していくにつれ、自分1人ではどうにもならない事態を目の当たりにしていくようになり、最期の戦いの際には憎しみに囚われず、宿敵バーン・バニングスの怨念を討ち、シーラ・ラパーナの“浄化”を敢行させた。

 

特殊技能

聖戦士

オーラ力Lv9

切り払いLv3

 

精神コマンド

集中 加速 熱血

必中 不屈 魂

 

エースボーナス

邪悪な魂への与えるダメージ1.5倍。

 

 

チャム・ファウ

初登場:第7話

 ミ・フェラリオの少女。当初はドレイク軍の一味として働くショウをやっかんでいたが、ショウが仲間になったのちは何かとくっついて回るようになり、いつからか自然と相棒になっていた。

 「かしましい」の擬人化のような存在でショウにはウザがられているが、確かな信頼関係が二人の間には存在する。

 また、裁縫も達者なようで中盤以降自分の戦闘服をお手製で縫っていたり、遊び好きなミ・フェラリオとしてはかなり達者で万能。

 全てが終わったのちひとり生き残ってしまったチャムは地上人にバイストン・ウェルの物語を伝え、そしてある月夜に消えてしまった。

 「聖戦士ダンバイン」とはチャムがそうして地上人に語った御伽噺である。

 

特殊技能

なし

 

精神コマンド

偵察  応援 信頼

かく乱 幸運 

 

 

 

マーベル・フローズン

初登場:第6話

 アメリカ人。ドレイクに反抗するニー・ギブンに惹かれ、彼の下で戦っていた女戦士。当初は言われるがままドレイク兵をするショウを「バカな男」と軽蔑していたが、そんなショウが仲間になったのちは同じ地上人ということもあり親密にしていた。

 ショウがビルバインに乗り換えた後はダンバインを引き継ぎ、ショウに負けない活躍を見せる聖戦士。

 終盤にはショウと両思いになっており、互いの存在が厳しい戦いを生き抜くのに不可欠な存在となっていた。

 最期はショットのスプリガンと差し違えるような形になったがショウにはそれを悟らせず、この物語の主役メカ・ダンバインと運命を共にした。

 

特殊技能

聖戦士

オーラ力Lv7

切り払いLv2

援護攻撃Lv3

 

精神コマンド

ひらめき 努力 集中

友情   加速 激励

 

エースボーナス

ショウへの援護攻撃時、与えるダメージ+20%

 

 

シーラ・ラパーナ

初登場:第7話

 ショウ・ザマが嵐の壁の中で出会った少女。その実態はナの国の女王。

 うら若き見ながらカリスマを備えた女王であり、一兵士に甘んじるショウに苦言を呈することで「聖戦士」としての自覚を促した。

 ショウを仄かに慕っている素振りを見せていたが。「戦場では想いは伝えぬ方がよい」とし最後まで女王としてショウに接していた。

 ショウ・ザマがバーンと差し違えた直後、シーラの命を賭した”浄化”により地上からオーラマシンは消え去ってしまう。

 

 余談だが、嵐の壁を越える際にダンバインの中でショウの膝に乗るシーラ様の「こう?」がすごく可愛い。

 

 

トッド・ギネス

初登場:第4話

 ショウと同じ時に召喚された地上人でアメリカ空軍学校の出。ショウを当初は「ジャップ」と呼び侮っていたが、ともに戦ううちに友情を感じていた。しかし彼が裏切ったことで対立し、ショウを倒せないことで立場が危うくなり、撃墜された際行方不明となった。

 本作はこの後ビショット軍に参加しなかったイフのトッドであり、サコミズ軍に拾われ聖戦士として活躍していたが、再び現れたショウとの戦いの最中に地上へ降りてしまった。

 ヤンキーだが故郷ボストンにマミィがおり、元々は母親に楽をさせたくて軍人になった経歴を持つ孝行息子。

 

 

特殊技能

聖戦士

オーラ力lv7

切り払いLv4

底力Lv5

 

精神コマンド

幸運 集中 熱血

不屈 必中 友情

 

エースボーナス

「友情」使用時、対象のSPを30回復。

 

 

ショット・ウェポン

初登場:第5話

 アメリカ人。ドレイク・ルフトのもとに召喚されオーラマシンの建造に勤しんだ機械工学の天才。当初はドレイクの腹心であり同じ地上人としてショウやトッドの相談役のような立ち位置だったが、次第に作戦にも関わるようになり、自らの野心を燃やしていく。

 後半、物語が地上へ移った際には“ドレイクを討つ”タイミングを見計らい続けていた。

 マーベルにより討たれるが、死後もショットの魂は転生することも消滅することもなく、バイストン・ウェルに縛られ続けることになる……。

 

 

●リーンの翼

 

迫水真次郎

初登場:第5話

 小説版、小説完全版の主人公であり、アニメ版ではラスボスとして描かれる人物。第二次世界大戦末期、沖縄での本土決戦を前に特攻機・桜花でアメリカ軍に特攻し、その爆発でバイストン・ウェルへ飛ばされた。召喚された後、アマルガン・ルドルと共に戦乱に満ちたバイストン・ウェルを「リーンの翼の聖戦士」として激戦を潜り抜けながら平定していく。しかし、最後の最期にアマルガンの裏切りにより命を絶たれるはずだったところを最愛の女性リンレイ・メラディの犠牲により開かれたリーンの翼によって再び地上の空へ降り、小倉に落とされるはずだった第三の原爆を阻止した。

 しかし、その際に見た「敗戦し植民地となりながら平和な日本」に愕然とし、心の中に「日本を取り戻す」という願望を抱くようになった。バイストン・ウェルに帰還した後、ホウジョウ国を建国。そして、オーラマシンの建造によって地上へ帰還する道を探すようになった。

 

特殊技能

聖戦士

オーラ力Lv9

底力Lv9

切り払いLv4

見切り

気力限界突破

サイズ差補正無視

 

精神コマンド

魂  加速 直感 

集中 覚醒 愛

 

エースボーナス

「リーンの翼」顕現時、与えるダメージ+20%

 

 

エイサップ鈴木

初登場:第1話

 アニメ版の主人公。大学浪人中のフリーターで、生まれた時から別居、不仲の父母の間で育っている日米のハーフ。

 鬱屈した現実から「飛び立ちたい」という思いを抱いており、その思いがリーンの翼が導く出会いと別れの物語へ彼を誘っていく。

 

特殊技能

聖戦士

オーラ力Lv8

 

精神コマンド

幸運 集中 加速

直感 直撃 魂

 

エースボーナス

「リーンの翼」顕現時、命中率、回避率+30%

 

リュクス・ホウジョウ

初登場:第4話

 迫水王の娘。父の野心と養母の傲慢を糺すべく、父の宝物「リーンの翼の沓」を盗み、オーラロードを開いてしまう。正義感が強く行動力もあるが世間知らずなお姫様。かわいい。サコミズ王から「エイサップを婿にする」という旨を言われた時には動揺のあまりナナジンから落ちてしまう。かわいい。

 

エレボス

初登場:第5話

 ミ・フェラリオの少女。人懐っこい性格で、ジャコバ・アオンの命によりエイサップ、リュクスに同行する。「聖戦士ダンバイン」のミ・フェラリオと違い10歳程度の少女ほどの大きさをしている。金髪ツインテール堀江由衣。

 

特殊技能

なし

 

精神コマンド

偵察  友情 応援

かく乱 努力 奇跡

 

 

 

アマルガン・ルドル

初登場:第4話

 かつて迫水真次郎とともに動乱のバイストン・ウェルを平定した武者。粗忽な荒くれ者で、戦うことしかできない人物だったが故に戦後敵になることを恐れ迫水を殺害しかけるも、リーンの翼が起こした奇跡により迫水は一命を取り留める。その後、互いの過去は水に流すも王となった迫水の強権的な姿勢を目の当たりにし、友としてサコミズ王を討つことを決意した。

 アニメ版、漫画版、小説版全てで微妙に印象が違う人物。

 

 

矢藩朗利

初登場:第1話

 愛称はロウリ。エイサップ、金本と共に長屋に暮らしているルームメイト。実際にはエイサップの部屋を朗利、金本が無償で使わせてもらっている関係。在日米軍基地に勤務する父のアメリカ人に媚び諂う姿勢に嫌気が差し、反米グループ「ジスミナ」を組織した。

 

特殊技能

オーラ力Lv6

切り払いLv2

 

精神コマンド

直撃 集中 狙撃

熱血 根性 激怒

 

エースボーナス

アメリカ人への与えるダメージ+20%

 

 

金本平次

初登場:第1話

 エイサップ、ロウリのルームメイト。韓国系の血を引く。ロウリとは親友であり、ロウリと共に「ジスミナ」に参加。ファッションで反米をやっている。

 兵器オタクな一面もあり『桜花』のレプリカに興奮する場面も。

 

特殊技能

オーラ力Lv5

援護攻撃Lv3

援護防御Lv3

 

精神コマンド

偵察 かく乱 幸運

根性 熱血  ド根性

 

エースボーナス

アメリカ人への与えるダメージ+20%

 

 

コドール・サコミズ

初登場:第5話

 サコミズ王の後妻であり、野心の強い才媛。サコミズとは夫婦だが、コットウと不倫関係にあり、王の望郷の念を自らの野心へ利用している。

 褥は温かいらしい。

 

コットウ・ヒン

初登場:第4話

 オーラシップ・キントキの艦長であり、骨董品。

 

ミガル・イッツモ

初登場:第6話

 オーラシップ・ギプロゲネの艦長を務める反乱軍の武者。いつも身軽な服装をしている。

 

 

アレックス・ゴレム

初登場:第1話

 エイサップの実の父であり、米軍岩国基地の司令。マキャべルに賛同し、原子力空母パブッシュの艦長となる。

 厳格な性格で、国に尽くしているが日本人の妻敏子と、息子エイサップへは本物の愛情を抱いている。

 

 

エメリス・マキャベル

初登場:第1話

 原子力空母パブッシュの司令であり、アメリカ軍でもかなりの地位を持つ人物。アレックスや世界中の賛同者を味方につけ、ある計画を進めている。

 

●ガサラキ

豪和ユウシロウ

初登場:第2話

 17歳。豪和一族の四男で、「嵬」の才能を一族で唯一宿しているが故に、ガサラの舞の伝承者となり、TAの実験被験者となる。

 ガサラの舞の際、石舞台の中で見た幻影の少女……ミハルに叫ばれた言葉が、彼の人生を大きく左右することとなる。

 寡黙な性格だが、実妹の美鈴には優しく、他人を思いやれる少年。

 10歳以前の記憶がなく、己の真実を見つけるため戦うことになる。

 

特殊技能

嵬(気力130以上で命中、回避、技量に大幅な補正がかかる。ミハルが敵又は味方にいる場合、上昇値が更に上がる)

 

精神コマンド

集中 必中 狙撃

不屈 魂  幸運

 

エースボーナス

獲得経験値+20%、移動力+1。特殊技能「嵬」の補正値がさらに上昇する。

 

 

ミハル

初登場:第3話

 幼い頃、秘密結社「シンボル」に拾われたインヴィテーターの少女。無口で任務に忠実だが、ガサラキ、鬼嵬に関わる事象に対しては怯えたような反応を見せる。ユウシロウとの邂逅し、惹かれあっていくが……。

 

豪和美鈴

 

 ユウシロウ達豪和兄弟の妹。比較的歳の近い兄であるユウシロウをやや異性愛的に思慕しているブラコン妹。ガサラキ実験の被験者として道具のように扱われることにあまりいい感情を抱いていない。また、まだ幼いためか家族は美鈴に何も教えていないため、ユウシロウへの慕情と心配、家族への不信感を募らせている。

 ある時、一族を出奔したユウシロウを追い単独行動に出るが、その際安宅大尉にシェイクスピアの戯曲を引用し自らの愛の深さを語るなど、博学かつ愛が重い。

 

豪和一清

初登場:第2話

 豪和家長男。野心家かつ天才肌で、自らの野望のために豪和の伝承や弟ユウシロウを利用する。

 

豪和清継

初登場:第2話

 豪和家次男。ガサラキ実験の技術面を受け持つ。ロン毛で茶髪。豪和家の中だとオシャレな印象を受ける。

 

豪和清春

 

 豪和家三男。中肉中背に眼鏡のサラリーマン風の男。できるビジネスマンであり、兄達の研究のコーディネートを担当する交渉役で縁の下の力持ち。

 

豪和乃三郎

初登場:第2話

 豪和家総代。かつては自らの野心のため親兄弟を追い落としてきたが、8年前の事故以来その覇気に陰を落としている。末娘の美鈴を溺愛しているが……

 

空知

初登場:第2話

 伝承の舞を守る、豪和一族関係者。現在の豪和に疑問を抱いている素振りもあり、ユウシロウを心配しているが……。

 ユウシロウの舞の師範でもあり、ドモンの武術の師匠みたいな声をしている。

 

速川中佐

 

 特務自衛隊第三実験中隊隊長。任務に忠実だが常に部下の安全を考える優れた指揮官であり、人望は厚い。豪和の陰謀に内心舌打ちながらも、べギルスタン派兵に参加した。

 

安宅大尉

 

 特務自衛隊実験第三中隊のTA乗り。気軽な性格でユウシロウにもフランクに話しかけ、何かと気にかけるお姉さん。フォーカス2。

 

鏑木大尉

 

 特務自衛隊実験第三中隊のオペレーター。主にフォーカス1、フォーカス2を担当。民間人であるユウシロウをべギルスタン作戦に連れて行くのに反対していた生真面目な女性で、口は厳しいが根は優しい。

 

高山少佐

 

 特務自衛隊実験第三中隊のTA乗り。民間人であるユウシロウ「必ず日本に連れて帰る」と約束する実直な男。フォーカス3。

 

北沢大尉

 

 特務自衛隊実験第三中隊のTA乗り。軽薄そうな印象の男で、豪和の人間であるユウシロウに反感を持っていたが、戦場で共に戦う中で和解し仲間と認めるようになる。フォーカス4。

 

村井中尉

 

 特務自衛隊実験第三中隊のオペレーター。主にフォーカス3、フォーカス4の担当。若くてミーハーな女性で、「ムラチュー(村井中尉の略)」と呼ばれる隊内のアイドル的存在。全体的にシリアスで辛気臭い画面のガサラキを華やかにするCV丹下桜。

 

 

ファントム

初登場:第3話

 秘密結社「シンボル」を指揮する謎の青年。独自の目的を持っており一清や西田に接触する。その正体は謎に包まれている。

 

メス

初登場:第3話

 秘密結社「シンボル」の幹部の1人。「ガサラキ」の謎に迫っているが、その鍵を握るミハルを保護したことから親心のようなものを感じてしまっている。

 

西田啓

初登場:サブシナリオ1

 現代の日本を憂う憂国の士。物質的な豊かさに拘泥し、醜くなっていく日本をこれ以上見たくないという理由で自らの目を愛刀で斬った愛国者であり国学者。ある意味では『ガサラキ』という作品を象徴する人物。戦後日本への失望を説きつつも彼自身は決して軍国主義者ではなく、未来を見通す先見性と凡ゆる才智に長けた万能性と博識を持って豪和一清と共に暗躍した。

 

 

●マジンガーZ

 

兜甲児

初登場:第1話

 祖父・十蔵から託されたマジンガーZで悪と戦う正義感。優秀な科学者の血を引き、自らも頭脳明晰だが、少々ケンカっ早いのが玉に瑕。

 ドクターヘルの機械獣軍団を倒し、束の間の平和を享受していたが……。

 本作では『聖戦士ダンバイン』のショウ・ザマとはバイク仲間であり、異世界に旅立ってしまった彼を心配している。

 

特殊技能

底力Lv9

援護防御Lv4

 

精神コマンド

必中 鉄壁 加速

熱血 狙撃 幸運

 

エースボーナス

「熱血」を「魂」に変更する。気力130以上で受けるダメージ−20%。

 

 

弓さやか

初登場:第1話

 兜甲児のガールフレンドで、自らもダイアナンAで機械獣と戦ったおてんば娘。気が強い美少女で、甲児も頭が上がらないこともしばしば。

 しかし、常に最前線で戦う甲児を想い、心配している。

 

 

ボス

初登場:第1話

 兜甲児のライバル(自称)。自らもボスボロットで戦うマジンガーチームのコメディリリーフ兼ムードメーカー。基本的には「お荷物」だが、彼の機転が甲児を救ったことも多く、甲児にとっては親友でもある。

 

 

●グレートマジンガー

 

剣鉄也

初登場:第2話

 偉大な勇者。グレートマジンガーでマジンガーZの危機に颯爽と現われた戦闘のプロ。孤児院育ちで、剣蔵博士に厳しく鍛えられた。剣蔵を実の父同然に慕うからこそ、剣蔵の実の息子である甲児に対して嫉妬心を抱いてしまう部分もあり、冷徹に見えてその奥には激情が宿っている。

 戦闘のプロだが報酬制ではなく月のお小遣い制でお菓子代をやりくりしている一面もある。

 

特殊技能

底力Lv9

援護攻撃Lv4

切り払いLv4

ガード

 

精神コマンド

努力 突撃 熱血

必中 不屈 勇気

 

エースボーナス

「熱血」を「魂」に変更する。気力130以上で与えるダメージ+20%

 

●ゴッドマジンガー

 

火野ヤマト

 

 現代の高校生。ある日、アイラ・ムーの祈りによりゴッドマジンガーの操縦者として古代ムー王国に召喚された。最初は戸惑い、テレビもクーラーもないことに苛立つなどの場面も見られたが、ドラゴニア王国との戦いの中で次第に戦士としての自覚を強めていく。そして、ムー王国側の中心人物となりアイラや仲間達をまとめていくリーダー格。また、ゴッドマジンガーとの結びつきが強くなるにつれ予知能力のようなものや、アイラしか読めない古代ムー語を理解できるようになるなどの超能力を目覚めさせていく。

 ドラゴニア王国のエルド王子とは幾度も死闘を演じた宿敵であり、アイラを巡る恋のライバルでもあった。

 現世ではラグビーが得意なスポーツ少年で、ムーの戦士達に教えたりする場面も。

 

特殊技能

超能力Lv6

底力Lv7

切り払いLv2

 

精神コマンド

加速 鉄壁 必中

不屈 熱血 覚醒 

 

エースボーナス

気力130以上で毎ターン開始時「ひらめき」がかかる。

 

 

アイラ・ムー

 

 古代ムー王国の若い王女であり、絶大的なカリスマでドラゴニア王国と戦う乙女。神の器であるゴッドマジンガーに選ばれた現代の少年・火野ヤマトを古代ムーに召喚した張本人。はじめのうちは現代人のヤマトとの価値観の相違でギクシャクする場面もあったが、次第にヤマトに惹かれていく。ドラゴニア王国のエルド王子からの求婚を断り続けてはエルドに付き纏われるハメになるなど気苦労が絶えない。

 両親も幼き日に死に別れ、育ての親であるムラジもエルドに殺されるなど悲劇に見舞われながらも気丈に振る舞うヒロイン。

 余談だが、「マジンカイザーSKL」のアイラ姫は彼女がモデル。

 

●新ゲッターロボ

 

流竜馬

初登場:第1話

 ゲッター1のパイロット。空手の達人だが道場は寂れ、借金まみれの生活をしていた。早乙女博士に見込まれゲッター乗組員となり、戦いの道を生きる。京都を寺がいっぱいある場所だと思っている程度の知能。

 

特殊技能

底力Lv7

インファイトLv7

 

精神コマンド

熱血 気合 必中

不屈 突撃 覚醒

 

エースボーナス

搭乗機の全武器攻撃力+500

 

神隼人

初登場:第1話

 ゲッター2のパイロット。テロリストであるが、ゲッター線に興味を持ち早乙女研究所に襲撃をかけ、ゲッターの秘密を探るべくゲッター乗組員となる。頭脳明晰で、しなやかな肉体から繰り出される拳は目や耳や鼻などを抉るサミング殺法。

 

特殊技能

カウンターLv3

 

精神コマンド

加速 必中 ひらめき

狙撃 集中 幸運

 

エースボーナス

搭乗機の全武器射程+2

 

 

武蔵坊弁慶

初登場:第1話

 ゲッター3のパイロット。山賊をしていたが、旅の僧侶に説き伏せられ改心し、修行僧となる。しかし、和尚も坊主仲間たちも鬼へと姿を変えられ、自らの手で引導を渡す宿業を背負ってしまう。その後、ひょんなことからゲッター乗組員に。肉を食い女を侍らすのが好きな生臭坊主。

 

特殊技能

底力Lv6

 

精神コマンド

努力 根性 鉄壁

熱血 友情 気迫

 

エースボーナス

登場機の全武器命中率+20%

 

早乙女博士

 

 早乙女研究所の所長であり、ゲッターロボの開発者。元々は宇宙開発のために作ったゲッターロボを戦闘用にしなければならなかったことに内心で心を痛めているが、人類が生き残るためにはどれだけ過酷、苛烈、残酷なことも辞さない覚悟のキマッた人物。ゲッターロボ操縦者候補として“まともでない人間”を3人(少々非合法な手段も問わず)集めた。

 本作では竜馬、隼人、弁慶が黒平安京へ消えたのち、彼らを救出するべく早乙女研究所そのものを巨大戦艦ゲッターエンペラーへ改造し、次元を越えて竜馬達の下に現れた。実質、エンペラーの艦長。

 

特殊技能

なし

 

精神コマンド

分析 鉄壁 必中

気合 覚醒 魂  

 

 

エースボーナス

「鬼、爬虫類、昆虫」の属性を持つ敵に対して与えるダメージ+20%

 

 

早乙女ミチル

 

 早乙女博士の娘であり、考古学者。ゲッター線の研究にはあまり興味を持たず、現代に現れた「鬼」の調査に集中している女史。冷血、冷淡な性格は早乙女博士譲りだが、本来は心優しい女性。プロトタイプゲッターの起動テストを行う兄・達人を見守る若き日の姿はTVアニメ版のミチルさんによく似ていたので、ゲッター研究に没頭する父への反骨心が彼女をそうさせたものと思われる。

 今回のミチルは「新」の「黒平安編」以降のロングストレート白衣ビジュアル。弁慶の◯◯◯◯を思いっきり蹴る女傑。

 

安倍晴明

初登場:第1話

 黒平安京から鬼を使役し、ゲッターロボを滅ぼそうとしていた陰陽師。子安の声で喋り、子安の言葉で話す。

 

特殊技能

陰陽師

見切り

 

精神コマンド

挑発 根性 ひらめき

熱血 直撃 魂

 

エースボーナス

「ゲッター線で動くメカ」へのダメージ+20%

 

 

●超獣機神ダンクーガ

 

藤原忍

初登場:ルート分岐1

 獣戦機隊のリーダー。血の気の多い性格で、暴力沙汰を度々起こす問題児だが、戦闘機乗りとしての腕は一流。結城沙羅を少なからず想っており、シャピロへの想いに苦しむ沙羅の事を心配していた。彼の血気盛んな性格はピンチを招くことも多いが、同時に危機を乗り越える原動力にもなる。そういった魅力が獣戦機隊を引きつけ、ムゲ帝国との戦いを支えた。

 

特殊技能

野生化

 

 

精神コマンド

加速 熱血 気合

必中 直撃 愛

 

エースボーナス

「断空光牙剣」の悪しき者への与えるダメージ1.5倍。

 

結城沙羅

初登場:ルート分岐1

 獣戦機隊の紅一点。軍学校の教官シャピロと恋人同士だったが、自らの野望のため異星人の下へ降ったことで、シャピロと破局。当初はシャピロについていこうとしていたが、沙羅よりも野望を選んだことでシャピロとは決定的に訣別した。忍とはすぐに喧嘩ばかりだが、互いに信頼し合っている。最終決戦の前には、けっこういい雰囲気だった。

 

特殊技能

野生化

 

精神コマンド

熱血 気合 ひらめき

直感 鉄壁 魂

 

式部雅人

初登場:ルート分岐1

 獣戦機隊の最年少。お調子者で女好きで、ストライクゾーンは幅広い。

 戦災孤児の少女ローラ・サリバンに一目惚れしてかなり熱を上げており、ローラとしても遊び相手としても異性としても満更ではなかった模様。実は実家はボンボンのおぼっちゃま。

 

特殊技能

野生化

 

精神コマンド

気合 幸運 かく乱

集中 信頼 応援

 

司馬亮

初登場:ルート分岐1

 獣戦機隊の一員。クールでキザを絵にかいたような性格で、初登場時は薔薇を咥えていた。忍に突っかかっては険悪になることもしばしばだが、ゲラールの兄貴の犠牲を経て戦士としての自覚を強く持つようになった。

 中国拳法の達人で、その武術はダンクーガでの格闘戦にも生かされている。よくイメージ上で半裸になる。

 

特殊技能

野生化

インファイトLv6

 

精神コマンド

不屈 熱血 努力

友情 信頼 気迫

 

 

シャピロ・キーツ

初登場:第4話

 かつて忍達の教官だったが、自らの野心に負けムゲ帝国に寝返り、国連軍の主要拠点などの機密を教えた張本人。その後、ムゲ帝国に重用されるも、沙羅との愛憎を捨て切れずに作戦ミスを犯して失敗を繰り返し、最後には捨て駒にされた。

 親を持たぬ孤独を癒すために訪れた洞窟で「世界の調和の乱れる音」を聴き、「自らが神となり世界の調和を取り戻す」という野心を抱くようになった。

 

特殊技能

野生化

指揮官

見切り

ガード

気力限界突破

サイズ差補正無視

逆恨み(沙羅)

 

精神コマンド

集中 偵察 直撃

熱血 不屈 愛

 

エースボーナス

反撃時、ダメージ+20%

 

 

ムゲ・ゾルバドス帝王

初登場:第7話

 地球へ侵略した異星人。ムゲ帝国の帝王。デスガイヤー、ギルドローム。ヘルマットの三将軍を従え地球に大打撃を与えた。

 ムゲの宇宙は通常の宇宙とは違う別次元に存在しており、暗黒の魂によりムゲ帝王は無敵に近い存在だったが、ダンクーガにより敗れる。

 

 余談だが、この手の「悪のラスボス」だが部下を「バカ者!」となじるシーンがほとんどなく、「お前ほどの者が苦戦をしたのだ。敵の強さを見誤った私の失敗でもある」「今はゆっくり休め」など部下にやたら優しい。

 

特殊技能

超能力

底力Lv9

見切り

ガード

サイズ差補正無視

気力限界突破

2回行動

 

精神コマンド

魂  直感  直撃

不屈 かく乱 ひらめき

 

エースボーナス

気力120以下の敵に攻撃した時、与えるダメージ+50%

 

 

葉月孝太郎

初登場:第3話

 獣戦機を開発した博士。科学を信頼するあまり初期は忍らと険悪な雰囲気もあったが、ローラを養子に迎えるなどの人間味を見せ、次第に忍達からの信頼を勝ち取った。

 イゴール長官の死後は自らが獣戦機隊の長官として、跳ねっ返りどもをまとめあげている。

 

アラン・イゴール

初登場:第3話

 黒騎士としてレジスタンス活動をしていた。父ロスを「時代遅れの軍人」と称し当初は反目し合っていたが、父の命を賭けた戦いの末和解する。黒騎士隊の仲間が続編で「バンディッツ」を名乗って活動をしていたが、今作ではアランは生存しているため彼がバンディッツを率いている。

 

特殊技能

野生化

指揮官

 

精神コマンド

偵察 分析 加速

気合 集中 激励

 

エースボーナス

武器消費EN -20%

 

式部雅男

初登場:第4話

 OVAで登場。式部重工の社長で雅人の父。「人殺しの道具を作る」ことを雅人に反発され、半ば家出同然で軍学校へ行かれてしまった。雅男自身は決して非情な人間ではなく、雅人のことを想っていた。

 

 

フランシス

初登場:第15話

 アラン率いる「黒騎士隊」の一員であり、原作ではアランの最期の作戦に同行した人物でもある。OVAでは黒騎士隊の仲間達を率い「バンディッツ」のリーダーとして、忍達を陰ながら支援した。

 

 

●銀河旋風ブライガー

 

木戸丈太郎(ブラスター・キッド)

初登場:第15話

 通称ブラスター・キッド。かつては軍に所属しており、その射撃の腕を振るっていたが、汚職に塗れた軍に嫌気が差し、脱走。その後、アイザックに雇われアステロイドのウエストJ区を根城に活動する「コズモレンジャーJ9」の一員となり、悪党どもの成敗を生業に活動するようになる。

 射撃の腕も一流だが、ギターの腕もかなりのもの。ダブルネックのギターを愛用するミュージシャンでもあり、ロック愛好家。今どきレコード収集が趣味という一面を持っている。

 

特殊技能

底力Lv6

ガンファイトLv9

再攻撃

 

精神コマンド

必中 狙撃 ひらめき

熱血 直撃 幸運

 

エースボーナス

全射撃属性武器の命中補正+80%、クリティカル発生率+50%

 

 

スティーブン・ボウィー(飛ばし屋ボウィー)

 

初登場:第15話

 

 超一流のレーサーとして名を馳せた「飛ばし屋ボウィー」だが、表舞台から姿を消しコズモレンジャーJ9の一員となった。お調子者な性格で高級車と美女に目がない三枚目だが、孤児院で育った過去を持ち、孤独なこどもに対しては昔の自分を重ねてしまう一面も持っている。

 愛車ブライサンダーを「子猫ちゃん」と呼び溺愛しており、じゃじゃ馬のブライサンダーを乗りこなせる世界で唯一の男。

 

特殊技能

 

精神コマンド

加速 突撃 ひらめき

努力 信頼 幸運

 

 

マチコ・ヴァレンシア(エンジェル・お町)

 

初登場:第15話

 

 ウェーブかかった亜麻色の髪の美女であり、スパイとして諜報活動を行っていたフリーのエージェント。アイザックらと意気投合しJ9の一員となる。チームの紅一点だが、スパイとしての能力は非常に優秀。特に爆発物に関してはエキスパート。元々は父が木星開発局の長官だったが、木星のガリレオ・コネクションと癒着していることに腹を立て家を出た過去を持っている。

 惚れた男が次々死んでいくジンクス持ち。

 

 

特殊技能

 

 

精神コマンド

偵察 鉄壁 応援

信頼 祝福 激励

 

 

アイザック・ゴドノフ(かみそりアイザック)

 

初登場:第15話

 

 コズモレンジャーJ9のリーダーである謎多き美丈夫。寡黙で沈着冷静。悪党には一切の情け無用だが、アストロイドで孤児となったシンとメイを保護するなど、人情を理解する人物でもある。

 彼自身もかなりの体術の使い手であり、また科学的な知見からの分析及び、情報収集に関しても力を発揮する。

 嫌いなものは金の貸し借りとピーマン。そして下戸という意外な一面を持つ。

 

特殊技能

 

 

精神コマンド

分析 信頼 闘志

友情 覚醒 愛

 

 

●わが青春のアルカディア 無限軌道SSX

 

キャプテンハーロック

 

 海賊船アルカディア号の船長。かつては太陽系連邦軍の軍人として、戦艦デスシャドウ号の艦長を勤めていた。しかし、異星人イルミダス軍との敗戦を機に軍を除隊。植民惑星と化した地球でのちに親友となる大山トチロー、クイーンエメラルダスと出会い、恋人マーヤの死を契機に海賊船アルカディア号の艦長として地球を経つ。

 「キャプテンハーロック」では寡黙な人間として描かれるが、それはマーヤやトチローといった彼にとってかけがえの無い多くの存在を失った心の痛みからくるものであり、「SSX」時代のハーロックは寡黙ながら、どこか朗らかな印象を受ける。

 ハーロックの下に集った40人の海賊達は、今日もどこかで自由のために戦い続けている。遠い理想郷。アルカディアを目指す戦いを。

 「VB」では表向き死亡したはずのオルガ・イツカと三日月・オーガス。それに三日月についてきたアトラ・ミクスタを新たな船員として加え、どのような運命の悪戯かこの世界に流れ着いた。

 

 

特殊技能

指揮官

底力LV9

見切り

ガード

2回行動

集中力

再攻撃

カウンター

インファイトLV9

ガンファイトLV9

 

精神コマンド

必中 不屈 激励

鉄壁 直撃 愛

 

エースボーナス

「激励」の消費SPを10に変更。

 

 

 

大山トチロー

 

 キャプテンハーロックの親友であり、アルカディア号を作り上げた天才技師。小柄で丸眼鏡の青年で、長身にハンサムなハーロックとは対照的だが2人は固い友情で結ばれている。アルカディア号のメカニック部分をほぼ1人で受け持つ天才であり、異性として愛するエメラルダスのピンチには命を賭けて彼女の下へ向かい必ず救い出す行動力溢れる男。そんな彼の勇気と愛がハーロックを、エメラルダスの心を動かした。

 終盤、エメラルダスの危機を救うために宇宙線の中を飛び込み、宇宙病と呼ばれる奇病に罹ってしまう。残り少ない命をひた隠しにしながら彼は最期までハーロックと、アルカディア号のためにその命をもやし尽くした。

 

精神コマンド

信頼 友情 ひらめき

熱血 分析 補給

 

 

●オリジナル

 

櫻庭槇菜(さくらば-まきな)

初登場:第1話

 15歳。歴史の先生を夢見る女子中学生。教師になれるように日夜勉強中だが、成績は中の上くらい。薄い銀髪に青い目をしたクォーター。

 唯一の肉親であるお姉ちゃんが大好きなお姉ちゃんっ子。

 ある日、岩国が鬼に襲われた時に舞い降りた人形機動兵器「ゼノ・アストラ」に乗り込み、窮地を脱する。

 

特殊技能

援護攻撃Lv4

援護防御Lv4

援護射程延長(援護攻撃、援護防御を2マス先の味方を対象に使用できる)

 

精神コマンド

努力 鉄壁 加速

直感 覚醒 愛

 

エースボーナス

援護防御時、受けるダメージ−20%、援護攻撃時、与えるダメージ+20%

 

 

マーガレット・エクス

初登場:第1話

 21歳。アメリカ海軍少尉。「ゼノ・アストラ」のテストパイロットを務めていたが、起動実験中に本機は暴走し、コントロールを失ったままミケーネ帝国と交戦状態に陥ってしまう。

 かつての恋人・紫蘭がデビルガンダムに殺された過去を持ち、デビルガンダムの復活を機に独自の行動を開始する。

 

特殊技能

ガンファイトLv4

底力Lv7

 

精神コマンド

不屈 狙撃 必中

直撃 激励 魂

 

エースボーナス

移動力+1、精神コマンド「不屈」をかけると同時に「幸運」がかかる。

 

 

櫻庭桔梗

初登場:第3話

 22歳。特務自衛隊中尉。対テロ特別対策班に所属しており、対ミケーネの為の増強軍備をハリソンに届けた。しかし、彼女は同時に西田啓の息がかかった部下であり、地球内での反コロニー国家クーデター計画『ゴッドマザー・ハンド計画』に賛同し独自の行動を取っている。

 愛機アシュクロフトは現存する唯一のアサルト・ドラグーンであり、戦闘機乗りだった経歴から彼女に任された。

 妹の槇菜を溺愛しており、槇菜に対しては普段のクールな態度を貫けず激変する。

 

ライラ

初登場:第6話

 12、3歳ほどの外見の少女。燃えるような赤い髪と赤い瞳。そして秋の紅葉よりも赤い燕尾色のドレスを纏う謎の少女。

 シャピロ・キーツを蘇らせ、自らの手駒としバイストン・ウェルで暗躍していた。

 非常に強い憎悪と怨念の塊で、この世の生きとし生ける全てを呪っており、その呪いが邪霊機アゲェィシャ・ヴルの巫女となる資質となった。

 

 

ルー・ギリアム博士

初登場:第10話

 生粋のアメリカ人で考古学を専門とする学者。マチュピチュの遺跡で発掘した機動兵器のフレームを「ゼノ・アストラ」と名付けた張本人。しかし、その後の軍のやり方についていけずプロジェクトを離脱。べギルスタンでしがない古本屋をやる傍ら、独自に研究を続けていた。

 実は日本人の妻がおり、日本に帰化するのを考えている。

 作者がCOCで使用した探索者のスターシステム出演。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロボット辞典

●機動戦士ガンダムF91

 

ガンダムF91(ツイン・ヴェスバー搭載型)

 

 「F91-MSV」に登場するガンダムF91のバリエーション機。F91の最強武器であるヴェスバーをさらに二門増設し、威力強化を行ったタイプ。

 これに伴いバックパックを従来のものから「ツイン・ヴェスバー・ユニット」と呼ばれる上下に展開する四門のヴェスバーを装着したものに改修され、サブスラスターの補強により推力も強化され、ビーム・シールドも両腕に搭載された。

 雑誌「B-CLUB」によれば全てのヴェスバーの同時使用はF91の出力を持ってしても不可能らしいが、「VB」劇中ではヴェスバー一斉射撃を可能にしている。これは「スパロボ」的なハッタリ演出の意図もあるが、ゲーム的にはEN消費量が半端じゃないやつなのでEN改造や大型ジェネレーター、プロペラントタンク等の強化パーツを必需品にする。

「VB」ではヴェスバーを外したバック・キャノン搭載型に換装可能。こちらはEN消費を抑え弾数制の武装を増加したスタイル。

 

●聖戦士ダンバイン

 

ヴェルビン

 

 「オーラファンタズム」に掲載されていたオーラバトラー。

 機械的な意匠が強く変形機構など「ロボット」的なイメージが強かったビルバインを本来のオーラバトラーが持つ「生物的」イメージにリデザインした機体。あくまでデザインのみの存在だったが「スパロボT」にて登場し、ショウ・ザマが登場した。

 「VB」ではグラン・ガランの中で製造されており、完成すればショウの新たな剣としてシーラから賜れるはずだった機体として位置づけられており、ビルバイン以上の性能と、シーラ・ラパーナの祈りが込められている。

 

 

ズワァース(シャピロ・キーツ搭乗)

 

 シャピロは「ダンクーガ」の登場人物なのでこの機体の組み合わせは当然、作者のオリジナルである。ミュージィ機と同じ白銀のズワァースをショット・ウェポンがシャピロに与え、ダンクーガを苦しめる。

 シャピロの憎しみのオーラ力を与えられたズワァースという器。ショットの目論見は……。

 ゲームだったらシャピロは「オーラ力」を持たないが「野生化」を使うため、気力130以上になると全ての武装がハイパー化してる並の火力になっている想定。

 

 

●ゴッドマジンガー

 

ゴッドマジンガー

 

 古代ムー王国の守り神であり、邪悪なドラゴニア王国と戦うために現代人の少年・火野ヤマトをムーに呼び寄せた。「マジンガー」の名を冠しているがどちらかとえば映画「大魔神」のそれに近い風貌で、ロケットパンチもなければブレストファイヤーもなく、剣と怪力だけが武器であるとも言える。しかし、ヤマトがゴッドマジンガーと親和していくに従い黄金に輝き強大なパワーを発揮するようになった。

 漫画版では争いを繰り返す人類に絶望し自らムー王国を沈めてしまうが、アニメ版ではエルド王子を倒した後どうなったのか不明。

 本作「VB」ではヤマトとアイラを異世界で再会させ、邪悪の使徒との次なる戦いに備えていたということになっている。

 

●ゲッターロボ大決戦!

 

ゲッターエンペラー(イーグル号)

 

 漫画「真ゲッターロボ」や「ゲッターロボアーク」等に登場するゲッターロボの最終進化形態。ゲットマシン単体で惑星、宇宙レベルの大きさを持ち、ゲッターチェンジだけでビッグバンを巻き起こす宇宙の災害として描かれていた。ゲーム「ゲッターロボ大決戦!」では早乙女博士が開発した宇宙船として登場。「VB」ではその設定をベースに採用している。

 アニメ「新ゲッターロボ」の早乙女研究所をひとつのゲットマシンとして改造した巨大宇宙戦闘艦が本作のエンペラー・イーグル号であり、動力は早乙女研究所の地下に存在していた『地獄のカマ』をそのまま動力源としており、『地獄のカマ』に存在する無尽蔵のゲッター線が、宇宙船をゲッターエンペラーに進化させた。

 超高出力収束ゲッタービーム・『エンペラービーム』を口に搭載している他早乙女研究所の防衛ミサイル群を装備しており、ゲットマシンというよりは艦としての機能を備えたゲッターロボであるとも言える。

 また、星や文明そのものを腐らせる『ダーク・デス砲』などの武装案もあったが、ミチルにより却下された。

 

 現在のエンペラー・イーグルは「機動戦士ガンダム」の空母ドロスほどの大きさであり、既に機動戦艦としては最大級のサイズだが、進化を繰り返すことでいずれは銀河を震撼させる存在へと変質していくのかもしれない……。 

 

 

●オリジナルロボット

 

ゼノ・アストラ

 

体長:22m

重量:22t

動力:ヴリルエネルギー

開発者:不明(ルー・ギリアム博士)

 

 マチュ・ピチュの遺跡に眠っていた人型機動兵器。発掘時はほぼフレームのみの状態だったが、発見者であるルー・ギリアム博士により、ネオアメリカ政府最新の装備や外装を用意され、「ゼノ・アストラ」と名付けられた。

 本機の解析研究を進めるうち、ゼノ・アストラの動力源はまだ生きていることが判明し、調査を続けた結果それは20世紀に提唱され、一笑に付された無限機関ヴリルと類似した特徴を持つことが判明。ヴリルエネルギーと名付けられ、その未知の無限機関の調査・そして実用化のために試験運用のためにパブッシュ艦隊へ編入された。この時、テストパイロットとして選ばれたのは元海兵隊所属のマーガレット・エクス少尉。

 しかし、本機の機動実験の際、ゼノ・アストラは暴走。日本の岩国に姿を現し、戦闘獣と交戦。この際マーガレットは負傷し、民間人の少女・櫻庭槇菜が搭乗した。

 マーガレットが搭乗した際はハルバードを召喚し荒れ狂うような戦いを見せていたが、槇菜登場後は一変・大きな盾を主武装とし、常に仲間を守るように前に出る。また、シールドバッシュのように盾を鈍器として使用することも。

 また、腕の指全てにワイヤーが仕込まれており、そのワイヤーを生かした立体機動や敵の拘束も可能な模様。

 バイストン・ウェルと地上を繋ぐワーラーカーレン。その嵐の壁を越える際に新たな機能として光の翼を体得し、空中戦を可能にした。

 

 ミケーネ帝国やジャコバ・アオンらはこの機体を「旧神」と呼んでいる。

 

 デザインのイメージはバイザーを外し、盾を大型化した黒いアンジュルグ。

 

 

アシュクロフト

 

全長:19.5m

重量:46t

分類:アサルト・ドラグーン

 

 フレモンド・インダストリー社が開発した戦闘機の流れを組む人型機動兵器アサルト・ドラグーンシリーズの1機。『VB』世界にはEOTが存在しないため『スーパーロボット大戦』シリーズのパーソナルトルーパーは存在せず。本機はモビルスーツに並ぶ次期主力機動兵器になるはずだった。しかし、豪和一族の裏交渉によりアサルト・ドラグーン計画は凍結。現存する機体はそのデータを式部重工が買収し開発したこのアシュクロフトのみである。

 試作機ソルデファー同様簡易入力システムが搭載されており、パイロットの負担を脳波を測定し最適化した動きを行うことが可能。

 本来の後継機であるアシュクリーフをZガンダム、アシュセイヴァーをνガンダムに相当する機体と分類するなら、アシュクロフトはガンダム開発計画のマシンに相当する機体であり、スプラッシュブレイカー、ソードブレイカーに当たる装備を持っていない。反面、内蔵火器の種類は豊富となっており、対抗馬のひとつだったヴァルキュリアシリーズの思想を一部継承している。

 

 デザインのイメージはソードブレイカーのない軽装のアシュセイヴァー。

 

 

シグルドリーヴァ

 

全長:20m

重量:105t

分類:ヴァルキュリアシリーズ

改造:ルー・ギリアム博士

 

 ルー・ギリアム博士が個人的に買い取り、改造していたヴァルキュリアシリーズの1機。戦車の流れを汲むヴァルキュリアシリーズの例に漏れず、重武装・砲撃性能に特化した人型機動兵器であり、脚のかかとに付けられたキャタピラにより、どんな荒れ地でも機動力を損なうことなく進むことができる。全身に多量のミサイル兵器……マトリクスミサイル、ファランクスミサイルを多数搭載し、しかも移動しながらの姿勢制御を可能とし、さらに装甲表面には対ビームコーティングが施されている。まさに歩く要塞。しかし、ルー博士がゼノ・アストラと同時に発掘しアメリカ軍から隠し通した「オーパーツの右腕」を装備しており、時折その右腕が自らの意思を持っているかのように反応する。

 マーガレット・エクス少尉を気に入ったルー博士により託され、マーガレットの愛機となる。

 マーガレットは、その「徹底した道具」としての設計思想を気に入っている一方、自らの意思を持つ右腕は気に入らない。だが、精神力で右腕を支配し自らの道具としている。

 

 デザインイメージはラーズアングリフ。右腕のイメージは「オーバーマンキングゲイナー」に登場するブリュンヒルデの腕。

 

 

アゲェィシャ・ヴル

 

全長:25m

重量:25t

動力:不明(死者の魂?)

分類:邪霊機

 

 謎の少女ライラが乗る深紅の邪霊機。髑髏のような頭部が特徴的で、黒い鴉のような翼を持つ以外は全身が血染めのような赤い体色をしている。死魂をエネルギーとしているらしく、本機が持つ剣は世界に蔓延る怨念や邪念、そういった負のオーラを吸い上げあらゆる超常的な現象を巻き起こす。それら負の思念はニュータイプやフェラリオなどの敏感な感性を持つ者には毒となり、そうでないものでも最悪の場合発狂してしまうほどの呪いがこの機体には込められている。

 ライラは本機の技を使用する際、ハワイ語に似た独特な呪文を唱えることがある。

 

 デザインのイメージは赤いヴァイサーガ+マジンカイザーSKLみたいな感じ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オリジナルキャラクターマテリアル01/櫻庭槇菜

キャラクター詳細

 

櫻庭槇菜(さくらば-まきな)

年齢:15歳

生年月日:未来世紀47年12月30日

身長:152㎝

体重:47kg

血液型:O型

出身地:日本・山口県岩国市

利き手:右

スリーサイズ:83/55/78

趣味:大河ドラマ、釣り

家族構成:姉

尊敬する人:カイ・シデン(宇宙世紀に活躍したジャーナリスト。数年前に放送していた歴史特番『カイ・シデンのレポート』を見て以来のファン)

得意科目:国語、歴史

苦手科目:数学、英語

 

備考:祖父がロシア系のクォーター。両親は数年前に機械獣襲撃の際に他界。彼女の学費や生活費は両親の遺産の他、自衛隊所属の姉・桔梗が工面している。

 

 

プロフィール1

 日本の岩国に暮らす普通の女の子。夏休みのある日、故郷を襲う戦闘獣そして鬼との戦いの中で目覚めた旧神……ゼノ・アストラに乗り込み、戦いの渦中へ足を踏み入れることになってしまう。

 歴史の先生を目指して勉強中だが、成績は中の上。特に英語と数学が致命的に苦手であり、大苦戦している。(英語は宇宙世紀時代に公用語として浸透している。教師という職業に就くには設備のいいコロニーのカレッジに進学するのが前提であるため、特に英語圏の影響が大きいコロニーでは英語が苦手なのは致命的である)

 

プロフィール2

 数年前、機械獣の襲撃を受けて両親と別れてしまった。父は研究者であり、ドクターヘルは父の研究成果を狙っていたらしい。その時以来、マジンガーZのパイロット・兜甲児やダイアナンAの弓さやかとは親交があり、夏休みになると岩国の港町に遊びに来てくれる。

 槇菜自身、頼りになる甲児やお節介なさやかには強く懐いており、戦いの中に足を踏み入れてからも甲児とさやかの存在は槇菜の精神的な支えになっていた。甲児とさやかからも、特にさやかからは妹分として可愛がられている。

 

プロフィール3

 宇宙世紀時代やコロニーではあまり珍しいものではないが、未来世紀では国家の線引きが宇宙世紀よりも強く、当時よりも純血意識が強い。特に幼い子供の中では尚更だ。槇菜は祖父にロシア系の血が流れているクォーターで、純粋な日本人離れした薄い色素の透き通った銀髪と、蒼い瞳を持っている。幼い頃は、それが理由で同世代からは奇異の視線で見られていた。しかし、そんな頃に隣に引っ越してきた日本人とアメリカ人のハーフであるエイサップ鈴木と出会ったことで、彼に懐く。優しいエイサップを介して、少しずつ色々な人と打ち解けるようになった。

 現在の人懐っこい性格は、エイサップと出会ったことで得た安心感に強く起因している。

 

プロフィール4

 歴史の先生を目指すきっかけとなったのは大河ドラマ。槇菜が10歳の頃に放送していた大河『閃光』(宇宙世紀晩年を描いた大河。シャアの反乱の後に人生を決定的に踏み外した主人公の悲劇と、それを見届けた男の友情を描いた大傑作)を見たことがきっかけ。

 それ以来、「未来のために過去を伝える」人になりたいと思うようになり、歴史の勉強をはじめた。

 そのため、歴史の成績は学年トップ。しかし、他の教科が足を引っ張るため全体的な成績は中くらいなのが悩みどころ。

 

プロフィール5

 幼い頃、海難事故で生死の境を彷徨ったことがある。「奇跡的に助かった」とはその際の主治医の言。そのため、一時は海の近い岩国から引っ越すことを両親は考えていたが、槇菜自身は海が好きで反対。結果、両親が折れたことで岩国に住み続けていた。

 

プロフィール6

 ワーラーカーレンの主ジャコバ・アオンにより、「旧神の巫女」と呼ばれる。ゼノ・アストラが「旧神」と呼ばれる何かであり、自分はそれに選ばれた。それには必ず理由があると思い、戦いへの決意を新たにした。

 しかし、戦いの中で戦いの理由をゼノ・アストラに仮託することをやめ、ゼノ・アストラを「一緒に守りたいものを守る相棒」と呼ぶようになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オリジナルキャラクターマテリアル02/マーガレット・エクス

キャラクター詳細

 

マーガレット・エクス

年齢:21歳

生年月日:未来世紀41年7月7日

身長:171㎝

体重:52kg

血液型:A型

出身地:アメリカ合衆国・ニューヨーク

利き手手:右

スリーサイズ:82/55/85

趣味:ポーカー、格闘技の観戦

家族構成:天涯孤独

尊敬する人:チボデー・クロケット

 

 

プロフィール1

 アメリカ海兵隊出身の若きパイロット。初陣をデビルコロニー戦で飾ったが、その際海賊軍のパイロットに命を救われた。同じ海兵隊出身のアレックス・ゴレムの計らいでパブッシュ艦隊へ編入され、特機「ゼノ・アストラ」のテストパイロットを務めていたが、機動実験中に暴走し負傷。

 ゼノ・アストラに選ばれた櫻庭槇菜にゼノ・アストラを託し、軍から処分を受ける。

 

プロフィール2

 責任感が強く、槇菜を戦いに巻き込むきっかけを作ってしまったことに後悔の念を抱いている。そのため、少しでも槇菜の力になろうと処分を受けた後にパブッシュ艦を降りて独自にゼノ・アストラの調査を開始。その開発者でもあるルー・ギリアムと接触する。その際、べギルスタンを襲う敵との襲撃でアサルト・ドラグーン「シグルドリーヴァ」を受け取り、再び戦いの渦中へと戻ることになる。

 

プロフィール3

 マーガレットの生まれたニューヨークは、未来世紀のアメリカでも特に治安の悪い地域である。強盗、殺人、強姦、人身売買なんでもありの無法地帯を生き抜いてきたマーガレットは、強くならなければ生きていけない環境にあった。

 そんなマーガレットがはじめて心を許した存在である紫蘭・カタクリは新宿のデビルガンダム騒動の際に戦死し、そしてべギルスタンで彼女の敵として立ちはだかる。紫蘭の死という傷までもを奪った少女ライラを激しく憎んでおり、紫蘭を、ライラをこの手で殺すことを固く誓っている。

 

プロフィール4

 栗毛色のなだらかな髪が特徴的な、長身の美人。血筋を辿ると祖先はハワイに長く在住していた血統らしく、複雑な人種の血が彼女の中には混じっており、西洋人的な長身と、アジア人らしいたおやかな佇まいを両立させている。

 

プロフィール5

 趣味のポーカーや格闘技の観戦は幼い頃、酒場でギャンブルに明け暮れる荒くれ共を相手に“賭け”で稼いでいた時期の名残りでもある。幼くして勝負勘が強く、ボクシングの試合でどっちが勝つかを賭けては金を巻き上げていた。また、その際に大人どもにナメられないようにするために飲酒や喫煙も覚えた不良娘。そんな過去があるからか、槇菜には健やかに育ってほしいと思いつつも、周囲にたくさん頼れる人がいる境遇にはジェラシーを感じている。

 

プロフィール6

 「今を生きる」ことに精一杯だったマーガレットに希望を見せてくれたのは、ネオアメリカ代表のガンダムファイター、チボデー・クロケットである。幼くして天涯孤独となりながら、ボクシングの腕でチャンピオンに昇り詰め、“夢は叶う”と教えてくれたチボデーのファイトをガンダムファイトの前からずっと応援し、尊敬している。紫蘭に惹かれたのも、彼が夢を見せてくれる人だったから。

 つまり、マーガレット・エクスという人間の根っこは純粋なロマンチストである。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オリジナルキャラクターマテリアル03/櫻庭桔梗

櫻庭桔梗(さくらば-ききょう)

年齢:22歳

生年月日:未来世紀40年11月9日

身長:166㎝

体重:52kg

血液型:A型

出身地:日本、岩国

利き手手:右

スリーサイズ:77/54/82

趣味:ソロキャンプ

家族構成:妹

尊敬する人:西田啓

 

 

備考:祖父がロシア系のクォーター。薄い銀髪と青い瞳を持つが、れっきとした日本人。

 

 

プロフィール1

 特務自衛隊に所属。階級は中尉。西田啓の国防論に共感し、内密に無国籍艦隊の特務部隊として出向していた。岩国で救助したトッド・ギネスや、秘密結社“シンボル”から差し向けられた少女ミハルらと行動を共にしている。

 

プロフィール2

 妹の槇菜を溺愛しており、両親が他界してからは自分で妹の養育費を払っている。しかし一方でコロニーの属国である今の地球では槇菜が幸せにくらせる世界にならないと考えている。

 4年に1度開かれるガンダムファイト。それによって齎される破壊、被害の復旧も後回しにされあまつさえコロニーに住むエリート達の尻拭いをさせられるかのように戦争の舞台となる地球。そんな地球圏の統治体制に疑問を抱いていた。

 

プロフィール3

 そんな彼女が西田啓と出会ったのは、広川中佐の仲介である。西田と広川もまた、コロニーから地球を支配するやり方に意義を唱え、国の在り方を是正する方法を模索していた。桔梗は西田啓の語る日本の在り方に感銘を受け、彼の密命を遂行するためにパブッシュ艦隊に合流する。

 

 

プロフィール4

 普段は自己鍛錬を怠らず、自分にも他人にも厳しい印象を与える女性。しかし妹の槇菜には甘く、彼女の望むことならなんでも叶えてあげようと思っている節がある。仕事柄中々家に帰ることができないが、家に帰れば優しくて頼りになるお姉ちゃん。それが櫻庭桔梗だった。

 

 

プロフィール5

 愛機アシュクロフトは、現在では生産されていないアサルト・ドラグーンシリーズという戦闘機から派生して作られた人型機動兵器の一種である。桔梗はドクターヘル反乱時代に戦闘機乗りを務めていた時期があり、そのキャリアを買われてアシュクロフトのパイロットに任命された。桔梗は特務部隊においては指揮官に任命されている。トッド・ギネスやミハルといったクセの強い面々を纏められたのは、彼女の尽力あってのものだろう。

 

 

プロフィール6

 桔梗にとっての槇菜は、「なによりも守りたい尊いもの」であり、彼女自身の生きる意味そのものであると言っていい。しかし、槇菜は槇菜で「守るための戦い」をはじめていた。自分の何よりも守りたいものが、自分が犠牲にしようとしていたものを守るために戦っている。その矛盾に桔梗は苦しんでいる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。