五等分の花嫁 家庭教師の二重奏 (暇人の鑑)
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1章 出会い
第1話 世にも奇妙な5つ子達


突発的に始めてみます。

駄文かもしれませんがどうぞ。


「おい起きろ!花嫁の準備が整ってるぜ⁉︎」

 

 眠っているやつを揺さぶると、そいつは気怠げに目を開けた。

 

「そろそろ式が始まるってのに、ガチ寝とはいいご身分じゃないか」

 

 俺が呆れたように告げると、目を擦り。

「悪い……夢を見てたんだ」

 

 夢?

 どう言うことだと聞き返すより早く、答えを出してくる。

「アイツ……いや、アイツらとの夢のような日の夢をな」

 

……成る程な。

「確かに。アレほどの日々はそうそうねえもんな」

 

 

 それは長くもなるはずだと、納得してしまった。

 

 

 

 そう。これはウソのようで本当の話なのだから………。

 

 

 5年前。

 

 

 

 

「……はあ」

「……どうした風太郎さんよ?いつも勉強してるお前が珍しいじゃないか」

「………ちょっとな」

 

「上杉 風太郎」は、所謂勉強の虫だ。

 

 休み時間に俺以外の誰かと話すことは無く、高校生活において割と大切なクラスの連中からの評価も「勉学の邪魔」と切り捨てて気にも留めない。

 

 学年1位の成績を誇りながらも、勉強に時間を費やし続ける勉強の虫………それがコイツなのだ。

 

 勿論、普段なら午後の授業の前の今頃にも机に齧り付いているのだが………このケースは初めてなので、俺は困惑のまま話を聞く。

 

 

「相場の5倍の額の家庭教師?闇バイトじゃねえよな?」

「ああ……親父がバイトを見つけて来てな。なんでも、最近こっちに越してきた金持ちの娘さんらしいが……怪しさしか感じん」

 切り出された内容の胡散臭さに眉を顰めると、お前もそう思うかという顔で続ける。

 

………ん?そう言えば。

「最近越してきた、ねえ……そういや今日、なんか見たことない美少女が居るとか騒いでたな。もしかしてそいつらじゃねえか?」

「そいつ"ら"……って、どう言うことだ? 奏ニ」

 

 俺が思い出した事の内容に、風太郎が食いついた。

 

 いつものコイツなら「下らん」で終わりなんだが……明日は槍でも降るんじゃないか?

 

「いや、俺も又聞きなんだけどよ?ここじゃない学校の制服着た美少女がウロウロしてたらしい」

 しかも、1人では無く5人……この時期によくもまあこんなに来たものである。

 なんせ、今は進級シーズンでも無く、夏休み明けから半月は経っている。

 

 そもそも、高校で転校生というのも中々聞かない話だしな。

………ん?なんか偶然にしてはできすぎてるような。

 

 俺は、突拍子もなく出した推測を投げかけてみることにした。

「案外、その5人の家庭教師だったりしてな……お前、教え切れるのか?」

 

 すると、風太郎は顔を少し青ざめさせ。

「怖いこと言うなよ……ほら、午後の授業が始まるから戻れ」

 

 俺は予鈴が鳴る前に、自分の席に追い返された。

 

 予鈴が鳴ると、担任が軽く話をしてから、午後の授業が始まるのがこの学校の時間の流れである。

 

 そんなのいいからとっとと授業進めて帰らせろと思うのだが……こう決まってるのだから仕方ない。

 

 だが、俺と似たような考えをする奴は多いもので、大体この話は聞き流すのが定例となっているのだが………今日は違った。

 

 

 

「おい、まさかこのクラスに来るのか!」

「奏ニ!そこ変われ!」

「誰が変わるかっての!」

「うるさいぞお前達!」

 

 俺の隣に空席が置かれたことにより、先程の「5人の美少女」のうちの1人が、このクラスに来ることが確定したからである。

 

 クラスメイトとのやり取りの末に、担任に怒られたので大人しく座って、その転校生とやらを待つことにする。

 

 その静まりを確認した担任が、ドアの外に手招きをすると………

 

 

「……成る程、確かに美少女だ」

 ウェーブがかかった赤髪を靡かせ、星型のヘアピンを左右につけた少女が教室に入ってきた。

 

 

 そして、そいつは教室において一番視線を集める場所……つまりは教壇の上に立ち。

 

 

 

 

「中野 五月(なかの いつき)です。 どうぞよろしくお願いします」

よく通る声で自己紹介をした。

 

 

 途端にクラスの中はざわめきだす。

 

 男子は美少女の降臨に浮き足立ち、女子は来ている制服にどよめく。

 

 

「………なあ、あの制服ってそんなにすごいのか?」

 気になって、前の席にいる女子に話しかけると。

 

「町谷(まちや)君、あの制服を知らないの⁉︎

アレは黒薔薇女子学院って言う、超お嬢様学校の制服なのに……」

「名前は聞いたことがあったけど、あれがそれかよ…」

 

 興奮冷めやらぬといった感じで食い気味に話してきたので、ちょっと引きながら返事をする。

 

 

 黒薔薇女子学院とは、かなりの家のお嬢様がこぞって通うとんでもなく厳しい事で有名な学校の事だ。

 

 そんな学校の制服を着ていると言うことは……コイツの家は相当な金持ちなのだろう。

 

 

 アイツの受けたバイトの内容と被るよな、と風太郎の方を伺うと。

 

 

 

 

「……………」

「………アイツ何やった?」

 

 周りの空気とは対照的に、頭を抱えていた。

 

 レアシーンのオンパレードだな、と思っていると転校生……中野があてがわれた席にやって来る。

 

 

 

「……どーも」

「………!」

 その途中で、風太郎が見たこともないような顔で挨拶をするが、中野はプイッとそっぽを向いた。

 

 

「……アイツ、何やった?」

 大事なことなので2回目入りました。

 

 やや不自然なそのやりとりに疑問符を抱える俺に、周りから視線が飛んできた。

 

…………「情報を引き出せ」か。

 

「任務了解っと……」

 担任にバレないようにサムズアップで応えると、隣に座った中野に。

 

 

「アイツとなんかあったのかい?」

視線だけ向けて話しかけると。

 

「………話したくありません」

 頬を少しだけ赤らめて、答えた。

 

 話したくないってことは、アイツが失言でもしたのだろう。

 

……しょうがねえ奴だ。

「アイツは無神経の鑑みたいな奴だが……決して悪い奴じゃないぜ」

「………いきなりなんなのですか?

 

 

それに、あなたの顔をどこかで……」

 

 警戒の視線を送ってきた中野。

 

 なんか、聞き捨てならない事を言っているようだが……取り敢えず、自己紹介をさせてもらうことにしよう。

 

「俺は町谷 奏ニ(まちや そうじ)。

 

 

……ある男の言葉を借りるなら、

 

逃げも隠れもするが、嘘はつかない町谷 奏ニだ」

 

 

 これが、奇妙な五つ子とその家庭教師………彼らの物語に俺が組み込まれた瞬間であった。

 

 

 

 翌日。

「焼肉定食の焼肉抜きで」

「お前、またその精進料理かよ……あ、俺は天ぷらうどんで」

「これが一番コスパがいいんだからいいだろ……先行ってるぞ」

 

 昼休みの食堂にて、俺は風太郎から話を持ちかけられた。

 

 

 それは………。

 

「どうやったらアイツのご機嫌を取れるかを考える」と言うことだ。

 

 話を聞くと、昼食時に中野と学食で先んじて会っていた風太郎がかなりの量を頼んだ中野に対して爆弾発言をかましたらしい。

 

 それで家庭教師の件の話がお流れになったら借金返済が遠のいてしまう為、何とか話を保とうってわけだな。

 

 

「素直に謝ればそれで解決だと思うけど……あいつ、ジジイみたいな頑固者だし…」

 

 まあ、暇潰しにはなりそうだし協力するけどさ。

 

 

 そんな訳で出来た定食を受け取り、風太郎の後を追うと。

 

 

「おい、友達と食べてるんだが……」

「いや、それで驚かれても困るぜ……?」

 

 中野は、他の女子達と同席していた。

 慄く風太郎だが……驚きのレベルが低すぎやしないだろうか。

 

 なかなかに失礼な話である。

 

 

 しかし、昨日お嬢様学校から越してきたやつが、いきなりこんな大勢の友達を作れるのかと考えれば……ちょっと考えにくいのもまた確かだ。

 

 

 と、ここで中野は俺たちの視線に気づいたのか、してやったりと言わんばかりに告げた。

 

 

「席は埋まっていますよ?」

 

「……奏ニ、別の場所に行くぞ」

「え?お、おう……」

 旗色が悪いと判断したのか、風太郎が別の場所に行こうとすると、席にいた女子達の1人が。

 

 

 

「あれ?行っちゃうの?」

 俺達に声をかけてきた。

 

 その子はショートカットで、制服をかなり着崩していた。

 

 おまけに胸元を開いており……目のやり場に困るので目線を上げると、中野と顔立ちがどこか似てるような……?

 

 姉妹か双子か?

「2人とも席、探してたんでしょ?

 

 私たちと一緒に食べていけばいいよ」

 

 その子の申し出に、特に断る理由もない俺が承諾しようとすると風太郎に制された。

 

「食えるか!」

 中野とのトラブルがあったからか、それとも女子数人と飯を食うことに危険を感じたのか、断固とした口調で断りを入れている。

 

「……」

 人間関係への考慮を微塵も感じられない断り方だが、それを受けた反応は……

 

「なんでー?

 

 美少女に囲まれてご飯食べたくないの?

 

 

 彼女いないのに?」

「き、決めつけんな!」

「まあ、彼女どころか友達も全然いないけどな」 

「おい、プライパシーの侵害だぞ!」

 意外や意外。

 面白そうなおもちゃを見つけた、と言わんばかりの質問責めだった。

 

 どうやらコイツはいじめっ子気質でもあるらしい。

 

 珍しく風太郎が女子生徒と話をしているのを横目に同席していた女子達に話を振る。

「アイツ、あんなこと言ってるけどアンタらはいいのか?」

 

 すると、この中で唯一身元が判明している中野が答えてくれた。

 

「彼と話さなければ良い話なので、それで構いませんよ。尤も………彼はもういませんが」

 

 そう言われて横を向くと確かにアイツは別の席に避難していた。

 

 本来なら俺もその後を追うべきなんだろうが……正直、この色々と謎な面々に興味が湧いたので残る事にしよう。

 

「なら、ここでご一緒させてもらうかな……」

 すると、風太郎と話していた奴が意外そうな顔で。

「あの子の友達にしてはノリがいいね。私の前の席においでよ」

 そう言われて向かいの席を差し出されたので大人しく座る。

 

「それで、君も五月ちゃんが狙いなのかな?」

「狙いって訳じゃ………まあ、気になった事があるのは事実だけど」

 すると、ズイと顔を近づけて。

 

「ふむふむ。お姉さんに話してみなよ」

 

 整った顔立ちの女子に詰め寄られてちょっと気恥ずかしいものがあるが、改めて見ると本当に似ている。

 

 きっとコイツと中野が家族なんだろうが……確認してみるか。 

「アンタらは中野と姉妹か双子なのか?顔立ちが似てるというか似すぎと言うか…」

「へえ………なかなか鋭いね」 

 口に出た疑問にそいつは、いたずらを思いついたような顔をする。

 

 

「じゃあ、私たちは何人姉妹でしょうか?」

「姉妹だったのね。人数は2人か3人……」

 問題を出されたので、他の女子達にも改めて目を向けると…………なんと、そいつらも似たような顔立ちをしていた。

 

 

 まさかとは思うが……

「4人……いや、今上杉のところに行ったやつを含めて5人か?」

 

 確か、日本人女性が一生に生む子供の人数は平均的に1人か2人。

 それを5人も同時期に産むなんて、普通はありえない。

 

 そんな常識のもとに半ば冗談で答えると。

 

 

 

「………大正解!」

「マジで⁉︎」

 

 まさかの返答が返ってきたのであった。

 

 

 その日の夜。

「しっかしまあ、5つ子で同い年、更には全員ハイレベルな美少女とはね……」

 家のリビングにて、パソコンをいじりながら俺はひとりつぶやく。

 

 

 ちなみに家には誰もいない。

 

 一人暮らし………と言うより、天涯孤独ってやつだ。

 

 今は、遺産と何でも屋の仕事で食い繋いでいる。

 

 とは言っても、何でも屋の仕事は放課後と休日しかできないので、主に遺産を切り崩しながら生活しているのだ。

 

 にしても……。

「家庭教師、ね………風太郎ほどじゃないにせよ、学力はそれなりにあるし、仕事の一つに取り入れても良いかもな」

 

 誰かの返事もない言葉を紡ぎつつ、何か依頼はないかとネットサーフィンを続けていると、電話が鳴ったので応対する。

 

 

「はい、こちらよろず屋町谷ですが」

 

 仕事の依頼かと思い、業務口調で話しかけると男の声が聞こえてきた。

 

「………町谷奏ニ君でまちがいないね?」

「……よくご存知で。仕事の依頼ですか?」

 

 よろず屋を訪ねるかと思いきや、いきなりフルネームで呼んできたソイツに警戒を強めて聞き返す。

 

 

 すると、その男は。

「……僕は中野。君のお父さんには世話になったよ」

「中野……?」

 

 今日越してきた転校生と、同じ名字を名乗ってきた。

 

「そこまで珍しい名前でもないだろう?」

「……いやあ。偶然今日同じ名字の知り合いができたもんで」

「……成る程、同じ学校の同級生と言うわけか」

「………待ってくれ。まさかそちらさん、5人の娘を持つ父親とか?」

 

 納得したような話の進め方に、待ったをかけて聞くと。

 

 

「ああ。旭高校……君が通っている高校にね」

「………あの5つ子の父親か。で、そんなお方が俺に何の用件で?」

 

 まさか、転校生の父親から名指しでの電話が来るとは。

 

 世間は狭いなと改めて感じながら続きを促すと。

 

「単刀直入に言うと、僕が雇った家庭教師のサポートをしてもらいたい」

「んな⁉︎」

 とんでもなくタイムリーな内容に俺は変な反応を返してしまった。

 

「どうかしたのかね?」

「いや、その家庭教師に心当たりがあるもんで……」

 

 頭に双葉をのっけたあの男が思い出される。

 

「彼の友人だったか……なら、話が早い。

 

 彼が1人では流石に荷が重いとのことで、君を指名してきたのさ」

 

 やっぱりあの男だったか。

 

 そして、やっぱり無理だったか。

「俺、アイツほど頭は良くないんですが」

 俺の平均は75点くらいで、100点の常連である風太郎と比べると見劣りしてしまうだろう。

「基本的には彼が仕切るので、それをサポートしてくれればいい。勿論報酬は出そう」

 

 そうして告げられた金額と条件はこんな感じだ。

 

1人につき1回2500円

 

月一で経過を報告すること

 

俺が赤点を叩き出したら即解雇

 

 

 家庭教師の相場がどれくらいかはわからないが1日で12500円稼げるとなれば相当なものだろう。

 

「どうだね?」

 

 今日のやりとりから、なんとなくアイツ1人じゃ手に負えない光景が目に見える。

 

……と言うか、一人で5人も見るなんて普通の家庭教師でも難しいだろう。

 

「……分かった。その依頼を引き受けますよ」

「………では、よろしく頼むよ。娘や彼には私から伝えておこう」

 

 

 こうして、家庭教師補佐という新しい仕事が俺の元に舞い込み……これが、俺のこれからの人生に大きな影響を与えてくるとは、この時の俺は思いもしていなかった。




いかがでしたか?

ここで主人公の設定を。

町谷 奏ニ(まちや そうじ)
高校2年生
身長 165cm 体重55kg
誕生日 9月13日
好物 エビフライ
主人公。
面倒見が良く社交的な性格で、上杉風太郎の数少ない友人。
5つ子の家庭教師を行う事になった風太郎によって、補佐役に指名された。

産まれてからすぐに家族を事故で亡くし、預けられた施設も無差別犯罪に巻き込まれて、そこの職員や子供達とも死別するという悲惨な過去を過ごす。
 たまたま何でも屋をやっていた「町谷 奏一」に拾われて、そこで様々なことを学んだので、基本的に何でもできる。
 彼の病死後に尊敬していた「奏一」を由来として「奏ニ」を名乗り、名字は町谷をそのまま使用しているので、本名は別にある。
 茶髪でヘアスタイルは後ろに一本の長い三つ編みだが、これは施設での思い出の現れである。

 

だいたいこんな感じです。

次回は5つ子と本格的に絡んでいきますので、どうぞよろしくお願いします。


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第2話 告白の舞台裏

第2話です。

今回から少しずつ5つ子達と絡んでいきます。
とりあえずまずは三玖が勉強会に加入するところですな。


 翌日。

 

 例の5つ子が住まう高級マンションの最上階にて。

「てな訳で、この上杉の補佐役に指名された町谷奏ニだ。よろしく頼むぜ?5つ子さん達」

「まさか、補佐役があなただったとは……」

 

 俺は改めて5人に向けて自己紹介をしていた。

 学食で一緒に昼飯を食べた時には、自己紹介をしてなかったからな。

 

 そうして、挨拶を済ませると5つ子のうちの1人が不服さを隠しもしないで。

 

「ウチには家庭教師なんていらないんだけど?」

 

 と、明らかに歓迎していない旨を伝えてきやがった。

 初っ端からいい根性をしてやがるが、俺は争いが嫌いだからな。

 

「いらないんなら、頼まれないはずだが?」

「………チッ!」

 

 図星をつかれて舌打ちをするのは長い髪をストレートに伸ばし、前髪が切り揃えられている少女で、蝶を思わせるような二つのリボンをつけているのが特徴だ。

 

……兎に角、反対意見もかわしたところで本題に入るか。

 

「………で、今日は何をするんだよ」

 

 俺が視線を向けると、カバンから何かを出していた風太郎は。

 

 

「………卒業試験だ」

 

 と、ドヤ顔で良くわからないことを言い出した。

 

 

 

「「「「卒業試験?」」」」

 昨日の今日で……俺からすれば初日の初っ端でやることがまさかの「卒業試験」だった。

 

 

 あまりに意味がわからず、その場にいたほぼ全員の声がハモる。

 

 

 その反応を聞いた風太郎は、パッツンの方を向く。

 

「さっき、お前は家庭教師はいらないって言ったな………なら、それを証明してもらおうじゃないか」

「……証明?」

 

話を振られたぱっつんは、冷や汗と共に返事をした。

 

「このテストは昨日やろうと思って、できなかったテストだが………

 

 合格点を超えたやつには、俺達は金輪際近づかない事を約束しよう。

 

 

 勝手に卒業していってくれ」

 

 要するに、的を絞りに来たってところか。

 

「あと、奏ニにも受けてもらう」

……は?

 

「おいおい、どう言うことだそりゃ」

「補佐ができるかどうか確かめておきたいからな」

「ああ……そう言うことね」

 

 ビビって損したぜ。

 

 俺が安堵していると、ぱっつんが妙な事になったと言わんばかりの顔で。

 

「………なんでアタシがそんなめんどーなことしなきゃ…」

 何かを言いかける前に、中野が静かに。

 

「分かりました。受けましょう」

 と、いつもの良く通る声で承諾した。

 

 

「は?五月アンタ、本気…?」

 ぱっつんが面くらった表情をしているのにも構わず、メガネケースから眼鏡を取り出した。

 

「合格すればいいんです……これで、あなたの顔を見なくて済みます」

 

 そもそもコイツの場合は同じクラスだからこのテストで得点を取れてもあんまり意味はないのだが……まあ、やる気になってるのに水を差すことはないか。

 

 

「……そう言うことならやりますか」

「みんな、がんばろー‼︎」

 

 今まで眠っていたショートカットや、何も考えてなさそうなうさ耳リボンも承諾したので、残ったヘッドホンに視線を向けると。

 

「合格ラインは?」

 

 どうやら受けてくれるようだ。

 

「60……いや、50点あればそれでいい。ただし、奏ニは60点未満の点数なら家庭教師補佐の話は無かった事にさせてもらう」

「あれ?俺だけ厳しくね?」

「お前なら普通にできるだろうしな」

 

 まあ、教える側に立つなら…ってやつだろう。

 

 

 そして、他の奴らが受けるならと言わんばかりの渋い顔で。

「……別に受ける義理はないんだけど、あんまりアタシ達を侮らないでよね」

 

 ぱっつんも了承してくれた。

 

 

 と、言うことでテストが開始した。

 

 

1時間後。

 

 

 採点を終えた風太郎が、テストを受けた俺たちの前に現れる。

 

「採点が終わったぞ……まずは奏ニ。

 

 まあ、普通に解けばこんなもんか」

 そうして返された答案は……80点だった。

 

「俺の実力を、分かってもらえて何よりだ」

「ああ。ただしこれからも油断すんなよ」

 

 答案をバッグに仕舞うと、次は5つ子達の採点結果だが………それはひどいものだった。

 

中野一花(ショートカット) 12点

 

中野四葉(うさ耳リボン) 8点

 

中野三玖(ヘッドホン) 32点

 

中野ニ乃(ぱっつん) 20点

 

中野五月(中野) 28点

 

 

「全員合わせて100点かよ……」

 先程の物言いがフラグに思えるレベルの点数で、生徒人数が減ることはなかったのである。

 

「お前ら、まさか……」

「逃げろ‼︎」

「あ、おい!」

 風太郎が震えながら出した言葉に、5つ子達は逃走という反応を見せる。

 

 

 そして、リビングには誰もいなくなったのであった。

「……とりあえず、俺たちも帰るか」

「はあ、少しでも楽になると思った俺がバカだった……」

 

 

 

 2日後の月曜日。

 

「……へえ、あのテストの復習か?」

「……そうですが、何か?」

 

 飯を食い終えた俺が教室に戻ると、中野……もうややこしいから五月でいいや。

 

 五月があのテストを広げて勉強をしていた。

 

 そんな光景を、クラスの連中は遠巻きに見つめているようだ。

「てっきりアイツの作ったテストなんて!って破り捨てるかと思ってたからさ……5人揃って勉強嫌いっぽいしよ」

 風太郎の仲間とでも思われてるのか、警戒の視線を向けてくる五月に弁明するかのように答えると。

 

「確かに、彼の作ったテストなんてできればもう見たくありませんでしたが……今の私が力不足なのも思い知らされました。

 

 だから……」

「自分で勉強して俺らを追い返そうってわけね……」

「………これでも気を遣おうとしてたのですが」

 しかめ面で頷く五月。

 

……全く、不器用な奴だ。

 

「……わかんないとこ見せてみろよ。教えるから」

「わ、私の話を聞いてたんですか?あなたの力を借りなくても……」

 

分からないくせに下手な意地を張ろうとするんだから。

「ノートがあんまり進んでないように見えるが?」

「………!」

 

 ノートを指差して聞いてみると、ウッとした顔になる………実は適当に言ってみたらあたりだっただけだが、それを顔に出さないように。

 

「俺を信じろとまでは言わないが、今は意地を張らずに教わった方がいいんじゃないのか?」

 

 そう提案すると、少しの沈黙の後。

 

「……悔しいですが、今は仕方ありませんね」

 

 根負けしたかのようでありながら、どこか憑き物が晴れたように息をついた。

 

 

「ここはこうして……こうするのさ。そうすれば……な?」

「成る程、こうすればよかったのですね……」

「そうだ。んで、次の問題は……」

隣の席に椅子をくっつけた俺は、五月の隣で問題を解いて見せるとそれは盲点だった、と言う表情を見せた。

 

 どうやらコイツは一度スイッチが入ればしっかりやってくれるタイプらしく、俺が教えているのを真摯に聞いてくれている。

 

 点数的には空回り気味だが、根っこは真面目なのだろう。

「……」

「次は……どうしたのですか?」

「いや、意外と真面目に受けてくれてると思ってさ」

 風太郎に対する反応的にいちいち噛み付いてくるか、気に入らなそうにやると思っていたのだが……。

 

「そうですか?……私からすれば、あなたが真面目に教えてくれる事が意外でしたよ」

 と、先ほどと比べるといかばくか軟化した態度でなかなか失礼なことを言ってきた。

 どうやら、俺への警戒心は解けてきたようだが……俺はしんみりとした空気は苦手だ。

 

「滅多な事言うなよ。持ちかけた以上は真面目にやるのが俺ってもんさ………って、あれ?」

 

 ちょっと茶化すように返そうとして……ふと思った。

 

「……何か?」

「そちらさん、飯食ったのか?学食に今から行っても混雑で間に合わないぜ?」

「………あ」

 

 不思議そうな顔をしてみてくる五月に聞くと、しまったと言う表情で自分の腹に視線を落とした。

 

 まさか、飯を楽しみにしてる感がある癖に、飯を食わずに今まで勉強してたのかよ。

 

……なんだか笑えてきたぜ。

「お前、真面目なんだか天然なんだかはっきりしたらどうだ?」

「……!この学校に購買は?」

「行っても売り切れの嵐だ。争奪戦舐めんなよ?」

 

 露骨に狼狽え出した五月に、カバンに入れてあるチョコレートでもやろうかと思い出した時だった。

 

 

 急にクラスが静まり返ったので、何があったと視線を上げると。

「………ヘッドホン?」

「三玖がどうしてここに……?」

 

 5つ子の1人である「中野 三玖」が、この教室にやってきていた。

 

 何を考えているか分からないくらいに動かない表情に、ヘッドホンが特徴のやつだが…なぜコイツがここに。

 

 俺と五月が顔を見合わせていると、ヘッドホンこと三玖がこちらにやって来た。

 

「五月……フータローの席はどこ」

「彼の席ですか?あそこですが……」

 

 抑揚の少ない声で聞かれた五月が、困惑しながらも風太郎の席を指さすと。

 

「そう……分かった」

 

 机の中に白い封筒のようなものを入れて、そのまま立ち去っていった。

 

 

 

……少しの沈黙の後、クラスの面々がどよめきだすのを横目に。

 

「……あいつ、自分のやったことを理解してないのか?」

「三玖はあまり人の目を気にしませんからね」

 

 俺は、三女に関する情報を一つ手に入れた。

 

 

 

 数分後。

 

 

「そんな過保護にならなくてもいいんじゃないか?同い年の姉だろ?」

 

 戻ってきた風太郎がその手紙を読み、そわそわとした感じで部屋を出ていったのだが、それにより俺は猛る五月を抑える役回りになった。

 

「三玖は私たちの中で一番頭はいいのですが、体力に欠けてるんですよ?もし襲われたら……」

「アイツもクラスの中で一番体力ないしそんなことできないと思うが」

 典型的なガリ勉だし。

 

 どうやらコイツはなかなかのシスコンらしく、しかもオカン気質ときた。

 

 それでさっきから俺がやったチョコレートを片手にワナワナと震えている。

 

 先ほどまでざわめいていたクラスメイトも、そんな五月の様子を見てある程度落ち着きを取り戻してるようなので、現在この話題に沸いてるのはコイツ1人だけってことだ。

 

 落ち着くように促すも、五月の混乱は収まらないようで。

「どうでしょうね?男の人は狼とよく言いますし………⁉︎まさかあなたも私を狙ってるんじゃ…」

「おい!こっちにまで飛び火させんな……まあ、心配する気持ちはわかるけど……自分の姉貴を信じてやれよ」

「……これで何かあったら、私は一生あなたを恨みますからね」

 

 割とマジトーンで返された脅しに、俺も少し心配になりつつも俺はあの2人に想いを馳せるのであった。

 

 

 

 放課後。

 

「お前……なんだその本の数々は。しかもほとんど歴史系じゃねえか」

「これは俺の負けられない戦いなんだ。放っておいてくれ」

 

 五月が「三玖に何かされてないか聞いてきます!」と、教室を飛び出した後に風太郎が教室に入ってきたのだが……同時に入ってきた物に俺は困惑していた。

 

 なんと、大量の歴史系の本を持ってきたのだ。

 

 先程三玖に手紙をもらったとして一躍時の人になったコイツだが、その後にこの行動である。

「歴史オタクの目覚めか?」

「……アイツに勉強で負けるわけに行くか!」

 帰ってきた言葉の意味もわからないので適当に言ってみると、マジトーンで告げられた。

 

「………何があった?」

 その鬼気迫る感じに圧倒された俺がたじろいているにも関わらず、風太郎は教室を出ていき……代わりに五月が戻ってきた。

 

「三玖は無事なようです!……って、どうしたのですか?」

「いや……風太郎が大量の本と共に出ていった……なんか、「アイツに勉強で負けるわけに行くか!」とか言ってたぞ」

 

 とりあえずこっちでの出来事を話すと、五月がどこか引っかかると言った様子で。

「……そういえば「あんまり大したことなかった」とか、三玖が言ってましたが、それと何か関係が?」

 

 と、向こうでの会話の一部を教えてくれた。

 

 この二つの情報をつなげると……

「……アイツって言うのが三玖のことを指すなら、歴史関連の知識量で風太郎が負けて。

 

 それで、リベンジマッチのために歴史系の本を読み漁ろう……って話じゃないのか?」

 

 出してみた推測に、五月が呆れたようにため息をつくが。

「負けず嫌いと言うか、諦めが悪いと言うか……でも、なんか少し見直したような気がします」

 

 

……最後に、ここにいない風太郎に対して少しだけ穏やかそうな顔をしているが、俺も似たようなことを思った。

 

 なんというか……誰かを意識して全力で動くなんてしないやつだと思ってたから。

「アイツ……意外と見どころあるじゃん」

 

 

 

 数日後。

 

「せっかくだしお前さんも行ってみたらどうだ?」

 と誘ったのだが。

「いいえ。彼の力を借りるわけにはいきません」

 

 と、例のやらかしがまだ尾を引いているらしく断られたので、俺は1人で図書室に向かう。

 

 現在の家庭教師の進捗状況としては、最初から風太郎に協力的だった四葉には風太郎が、警戒心を解いてくれたらしい五月には「復習の手伝い」という事で俺が教えており、他の3人はまだ参加していない状況だ。

 

 しかし……五月は今日こんなことを話してきた。

 

「三玖が少し変わったような気がします。……なんというか、自分に自信がついたような感じが」

 

 そして……風太郎はどこかやり遂げたような顔をしていた。

 

 きっと、例のリベンジマッチが成功したのだろう。

 

 そんな、昨日とは間違いなく何かが変わっていることへの期待を込めて、風太郎と四葉が拠点にしている図書室の扉を開けると。

 

 

 

 

 

「だから、何回言ったら分かるんだ……ライスはLじゃなくてR!

 

 お前シラミ食うのか!」

「あわわわ!」

 四葉が風太郎に絞られていた。

 

 他の連中はこの光景に慣れているのか、注意する様子はない。

「お前ら、図書室では静かにしねえとダメだぜ?」

「おう奏ニ。お前も来たか」

「まあな………あと、光の英訳の頭文字はRじゃなくてLだからな?」

「あ、そっちはそうなんですね!」

 

 四葉がやっている英語の問題集を見ると、スペル間違いがちょこちょこあるが、その度にこのやりとりをするのだろうか。

 

 騒がしくも微笑ましそうな光景を想像していると、風太郎が。

 

「四葉……なんで怒られてんのにニコニコしてんだ?」

 と、不思議そうに尋ねた。

 

 確かに、少しくらい不貞腐れてもおかしくなさそうだがコイツにその様子はない。

 

 俺も気になったのでその答えを待つと。

 

「家庭教師の日でもないのに、上杉さんが宿題を見てくれるのが嬉しくって」

 

 と、なんともシンプルな答えだった。

 

 で、その言葉に風太郎はため息を吐き。

「残りの4人もお前くらい物分かりがいいと助かるんだが」

……そういやコイツはまだ知らなかったな。

「五月には今俺が教えてるが……メインはお前なんだ。アイツとの確執も早めに対処しとけよ?」

「……待て、お前いつの間に五月と仲良くなった?」

「お前が知らない間」

 

 すると、俺たちのやりとりを見ていた四葉が。

 

「でも、お二人とも間違えてますよ……3人じゃなくて2人ですよ。

 

 

ね?」

 

 と、視線を向けた先を見ると。

 

 

「……三玖!来てくれたのか?」

 そこには気恥ずかしそうな顔をした三玖が立っていた。

 

 だが、風太郎が近づくと何故か三玖は素通りして、とある場所へと向かう。

 

 

 それは、歴史系の本が収まっている本棚で……そこに詰まっているのは風太郎が借りていた本達がある。

 

 そして、それを少しめくって。

 

「フータローのせいで考えちゃった。

 

 

 ほんのちょっとだけ。

 

 

 私にもできるんじゃないかって……だから。

 

 

 

 

 責任、取ってよね」

 

 と、何故かスッキリしたような顔で風太郎に告げ。

 

「任せろ」

 風太郎は、自信過剰とも取れる返事をした。

 

 

 だが……俺はなんとなく察する。

 五月が言っていた三玖の変化とは………。

 

 

「恋、ってやつか?」

「……⁉︎」

 

 

 何となく発した言葉に、三玖がビクッと震えた。

 

 




いかがでしたか?
三玖さんいいですよね。なんというかあの作品の中で一番ヒロインやっていたんじゃないでしょうか。

 そして、主人公の相棒枠として五月を選ばせていただきました。
現状として彼女に取っての主人公は「初めてできた友達」であり、主人公にとっては「女版風太郎」的な感じで放っておけない感じです。

 では、次のお話でお会いしましょう。

 感想や評価お待ちしております。


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第3話 問題だらけのプレリュード

第3話です。

楽しんでいただければ幸いです。


「ソージ?」

「三玖、なんでここに」

 

 5つ子の家庭教師の日。

 コンビニで飲み物を調達していた俺に声がかけられたので振り返ると、そこにはヘッドホンが特徴的な三女こと、三玖が立っていた。

 

「買い物……抹茶ソーダを買いに」

「アレを名指しで買いに来るやつ初めて見たな……俺も買い物だ」

「美味しいのに、みんな飲まない……」

 そう、残念そうな顔をする三玖に、俺は苦笑いする。

 

 抹茶ソーダとは、その名の通りお茶とソーダを掛け合わせた飲み物の事だが………アレは絶妙に不味く、シンプルに抹茶を飲んだ方がいいのでは?と思う。

 まあ、味の好みは人それぞれなのでなにも言わないが。

 

「まあ、強いる事もないだろ……それよかさっさと買って行こうぜ。あんまり遅いのも忍びない」

「そうだね」

 そうして俺たちはマンションへと向かったのだが………そこには不審な行動をしている知り合いが。

 

「風太郎のやつ、何やってんだ?」

「……まさか、オートロックを知らないとか」

 困惑しながらも近づいてみると、防犯カメラに向かって話しかけ始めた。

 

「アレじゃあ警備員に捕まえてくれと言ってるようなもんだろ」

 老人がデジタルに馴染めないのはわかるが、17歳の高校生がデジタル社会から取り残されてるのはなかなかに問題のある光景だ。

「仕方ない……」

 

 アイツにデジタル機器の操作法を教えた方がいいなと考えていると、三玖が風太郎に話しかけていた。

 

 

「今時オートロックも知らないんだ……ほら、ここに部屋番号を入れれば私たちに繋がるから」

「ま、まあ知ってたけどな?」

「嘘つけ。知ってたらあんな奇行に走らねえだろ」

「お前も見てたのか⁉︎」

 

 バツが悪そうにする風太郎に笑いが込み上げそうになるのを堪えていると、三玖が不思議そうに。

 

「2人ともなにしてるの?

 

………家庭教師、やるんでしょ?」

 

 と、振り向きざまに尋ねてきた。

 

 

 

「おはようございまーす」

 俺たちが三玖と共に部屋に入ると、ニ乃を除いた3人がリビングにいた。

 

 昨日の面子に一花が加わり、五月は少し離れたところで様子見って所か………昨日の2人からすれば大した進歩だ。

「準備万端ですよ!」

「私もまあ見てよっかな」

「私はここで自習してるだけなので、勘違いしないで下さい」

「約束通り、日本史教えてね」

 

 

 どうやら状況は前と変わらないらしいが、見ているだけでも今は良しとしよう。

 

「よーしやるかー!」

 

 初めてまともな家庭教師ができそうな状態に、風太郎が意気揚々と始めようとすると。

 

 

「なーに?また懲りずに来たの?」

 上から声がしたので視線をあげると、そこにはニ乃がいた。

 

「ニ乃…」

「懲りずに……?なに、お前アイツにはめられたの?」

「……初日にな」

 

 聞く俺に、触れてくれるなと言わんばかりのしかめ面で風太郎が答える。

 

 そんな俺たちをどこか侮るような顔で続けた。

「先週みたいに途中で寝ちゃわなきゃいいけど」

「……薬か」

 何かに薬混ぜて眠らせ、追い出した……ってところか。

 

 どうやらコイツはガチで俺たちが家庭教師をやるのを良く思ってはいないようだ。

 

 コイツはどうしたもんかと考えていると、風太郎は。

 

「どうだい、二乃も一緒に……」

「死んでもお断り」

 なんとか作ったような笑顔で誘うが、速攻で引き攣らせることになった。

 

 

「これ以上アイツに構って時間を削られちゃあ、それこそアイツの思う壺だ。今はここにいるのだけでやろうぜ」

「そ、そうだな……じゃあ、今日は俺らだけでやるかー」

「はーい」

 

 何とか堪えさせて、勉強会へと持ち込もうとするが……ニ乃はそれでも余裕の笑みを崩す事なくスマホを弄り。

 

「あ、そうだ四葉。

 

 バスケ部の知り合いが大会の臨時メンバーを募集してるんだけど、あんた運動できるし今から行ってあげたら?」

「い、今から⁉︎」

 

 こちらの生徒を削りに来る作戦に移した。

 

「えっと……でも……」

 

 四葉は風太郎の方を見ながら困った顔をして迷っているようだ。

 

 一応ネットで調べてみるとガセではないらしく、バスケ部のホームページには今日大会がやることが記されていた。

 

 そして、ニ乃はここが攻め時と言わんばかりに。

 

「なんでも5人しかいない部員の中の1人が骨折しちゃったみたいで、このままだと大会に出られないらしいのよ。

 

頑張って練習してきただろうに、あーかわいそう!」

 

 と、迫真めいた口調で捲し立てた。

 

 そして、四葉は風太郎の制止も叶わず。

 

「上杉さん、町谷さんすみません!困ってる人をほっといてはおけません!」

 

 一言謝ったかと思うと、自分の部屋へと戻っていった。

 

「嘘だろ……」

「あの子、断れない性格だから」

 

 風太郎と三玖が話している間にもニ乃は一花と五月にも話しかけ……結果的にこの場に残ったのは三玖とニ乃のみとなった。

 

「よーし、お前らあつまれー。授業を始めるぞー」

「現実見て、もうみんないない」

 風太郎が呆然としながら先程の話に戻そうとするが、三玖のツッコミ通りもうその場には誰もいない。

 

 つまりはニ乃の思惑通りになった訳だな。

 

 なにが狙いかはわからんが、気に入らないことがあるなら口ではっきりと言って欲しいものだ。

 

「とりあえず、三玖だけでもいるなら家庭教師はできる。人数は減ったがその分特化できるのは悪い事じゃない」

 

 そうして残っている三玖だけでも囲い込もうとするが、ニ乃はそれを黙って見過ごすわけもなく。

 

「あれー?

 三玖、まだいたの?

 

 あんたが間違えて飲んだアタシのジュース買ってきなさいよ」

 

 わざとらしい入りと共に勉強会から抜けさせようとするが。

 

「それならもう買ってきた。そんなことより授業始めよう」

「仕方ない……切り替えて行こう」

「……え⁉︎」

 三玖はコンビニの袋を指さして、風太郎に授業を行うように促した………ん?

 

 

「……五月からのメッセージか」

 スマホが振動したので取り出すと、そこには五月からのメッセージが入っている。

 

 ここ数日手伝っていたテストの復習において、リアルタイムで分からないところの共有をしたいと持ちかけた俺に、SNSアカウントのIDを教えてくれたのだ。

 

 えーと、何何……?

 

「2人の様子はどうですか?」

 

2人?

 とりあえずわからないので返信する。

「誰と誰の?」既読

 

「三玖と上杉君とのです」

 

どうやら、まだ三玖に何かするんじゃないかと疑っているようだ。

 

 心配しなくても………うん。

 

 

「ニ乃と息巻いてキッチンにいるぞ」既読

 

「何故キッチンにいるのですか⁉︎」

 

「俺がわからん」既読

 

「聞いてきてください」

 気になるなら帰って来ればいいのに…。

 

「町谷君?」

「分かったよ

 あと、勉強で俺が見た方がいいところあったら教えてくれ」

 

 そこまで打ったところで俺はスマホから視線を戻して、ぽかんとしている風太郎の元へ。

 

「何でアイツら、料理作ってるんだ?」

「いや、男の好みの話から料理対決することになってな……ニ乃が勝ったら今日の勉強は無しだとさ」

 

……なるほど。

「よくわかんねえけど分かったよ……にしても、流石に持ちかけただけあって手際がいいな、アイツ」

「………三玖は大丈夫なんだろうな」

 

 そうか。あいつに勝ってもらわないと風太郎的には困るんだよな。

 

 

 しかし……

 

「ニ乃と比べると、手際があんま良くないぜ」

「……わかるのか?」

「飯作ってりゃ、多少はな」

「……そう言えばそうだったな」

 

 一人暮らしで、安く美味い飯を食べたいのなら……美味い飯を作れるようになるしかないのだ。

 

 そうして俺たちが話している間に2人が料理を作り終えたようだ。

 

 

 果たしてなにを作ったのやら……。

 

「じゃーん!旬の野菜と生ハムのダッチベイビー!」

 

 まずニ乃が作ったのはドイツ生まれのパンケーキらしいダッチベイビー。

 

 本来ならおやつに食べるやつらしいが……多分お昼ご飯ということで野菜や生ハムを使ったのだろう。

 

「もっと適当に作るのかと思ったら、意外と考えたやつ作るんだな」

「生憎、手は抜けない主義なの」

 俺の感想にドヤ顔を見せたニ乃は、隣で縮こまっている三玖に視線を向けた。

 

 それは……

 

「そぼろご飯?」

「オ……オムライス」

 本人曰くオムライスらしいが……卵は散らばり、中の米も赤いところや白いところがまちまちという、失礼ながら「失敗作」と言って差し支えない代物だった。

 

 

 そんなふたつが並び、少しの沈黙のあと。

 

「やっぱいい、自分で食べる」

 いたたまれなくなったのか、三玖が言葉を発した。

 

「せっかく作ったんだから食べてもらいなよ〜」

 それを見ていたニ乃が勝ちを確信したかのようにニヤニヤとしている前で、風太郎がふたつを口に運んで。

 

 

 

「うん、どっちも普通に美味いな」

 まさかの審査員が一番の問題という結果に終わった。

 

「そういやお前、かなりの貧乏舌だったもんな……そうそうグルメなんてわからねえか」

「そんなこと言われても……うん、このオムライス、普通に美味いぞ」

 

 

 それを見て呆然としていたニ乃が、嬉しそうにニマニマする三玖を見て。

 

「………何それ!つまんない!」

 試合に勝って勝負に負けたと言った感じで、逃げるように自室に戻っていった。

 

 

……一応、俺も両方一口食べてみる。

 

「こればかりはお前に同情するぜ、ニ乃?」 

 

 結果は……まあ、予想通りだわな。

 

 

 

 

 カフェにて。

 

「それで、結局今日は料理を作ってお流れ……と?」

「俺は途中で抜けてこっちにきたけど、多分そうなんじゃねえか?」

 

 俺は、五月に今日の進捗を報告していた。

 

 ちなみに俺たちがマンションにいる間、コイツは授業の復習や俺から出されていたテストを解いていたらしい。

 

「………うん、流石に中学2年生レベルなら普通に解けるか」

「教えてもらっておいて何ですが、こんなスローペースでいいのでしょうか…」

「どの辺りから解けなくなるのかを知りたかったしな。それに……久しぶりにスイスイ解けるのは気持ち良かっただろ?」

「悔しいですけど、悪くはありませんでした」

 

 俺はバッグから新しいプリントを取り出して手渡す。

 

「じゃあ、次は3年のやつだな……高校入試と似たようなもんだと考えてくれればいい」

 新しいテストに少し顔を顰めたが、それでも拒否はせず。

「分かりました。それで、さっきお伝えしましたが授業の復習でわからないところが…」

「ん、どこだい?」

 

  

 そうして俺たちは秘密の勉強会に洒落込んでいった。

 

 

 

 

 その夜。

 

 勉強会が終わり、本来なら自分の家に帰る所だったが。

 

「5つ子裁判、開廷‼︎」

 

 

……何故か、今後の進退に関わる出来事の当事者となっていた。

 

 

 時は少し前に遡る。

 

「いやー、まさかパソコンを忘れちまうとは」

「全く……抜けてると言うか、不用心ですよ?」

「お前のお墨付きとは、こりゃあ相当なもんだ」

「茶化さないでください!」

「へいへい……」

 

 パソコンをマンションに忘れた俺は、五月に説教を受けながら30階の部屋にたどり着こうとしていたのだが。

 

 

「ん⁉︎今なんか音がしたよな⁉︎」

「ええ……一体何が⁉︎」

「とにかく行くぞ!」

 何かが倒れるような音がしたので、俺たちは慌てて部屋に入ってリビングに向かい。

 

 

 

「………最低」

「……お前、家庭教師じゃなくて変態教師やりに来たのかよ」

 

 風太郎がニ乃を押し倒しているのを目撃したのだ。

 

 そうして上杉風太郎を被告、中野ニ乃を原告とした「裁判」が行われているってわけだな。

 

 

 

 五月が、スマホを掲げて。

「裁判長、ご覧ください。

 

 被告は家庭教師という立場にありながら、ピチピチの女子高生を前に欲望を爆発させてしまった」

「ピチピチなんて単語、今どき聞かねえよな」

「町谷君、余計な口を挟まないでください!

 

……兎に角!この写真は上杉被告で間違いありませんね?」

 

「……冤罪だ」

 

 それに対して風太郎は、目を泳がせながら否定した。

 肯定と同義なのか、それとも否定したくても否定しきれないところがあるのか……何にせよ、今後の進退が決まる大事な裁判なのでもう少し情報が欲しい。

 

「裁判長、原告と被告の両方から今回の経緯を聞きたいんだが?」

 

 俺は裁判長……要するに長女の一花に手を挙げた。

 

「そうだねぇ……わたしも両方から改めて話を聞きたいな。まずは……」

 

 俺の提案に首を縦に振った一花が視線を2人にやると、先に手を挙げたのはニ乃だった。

 

「はい、原告のニ乃くん」

「この男は、一度マンションから出たと見せかけてわたしのお風呂上がりを待っていました。

 

 悪質極まりない犯行に、我々はコイツの今後の立ち入り禁止を要求します」

「ふむふむ、大変けしからんですなあ」

「お、おい!それはいくら何でも……」

 

 主語がなんか大きい気がするが、まあいい。

 次は風太郎の話を聞かないとな。

 

「一花!俺は財布を忘れて……」

「…………」

「さ……裁判長…」

「……(ニッコリ)」

 

 呼び名なんてどうでもいいと思うが、どうやら拘りたいらしい。

 

 そんな風太郎と一花のやりとりに一石を投じるように、今度は三玖が手を挙げた。

 

「異議あり」

「はい、三玖」

「フータローは悪人顔してるけど、これは無罪。

 

 私がインターホンで通した……録音もある。これは不運な事故」

「暇だし、確認させてもらうぜ……」

 

 俺がインターホンを操作すると、たしかに三玖と風太郎のやりとりらしき音声が記録されていた。

 

 どうやら、三玖は弁護人側に回るようだ。

 

 すると、それが気に入らないのかニ乃が噛み付いた。

 

「三玖、あんたまだそいつの味方でいる気?

 

 コイツははっきり「撮り」に来たって言ったのよ⁉︎盗撮よ!」

「忘れ物を「取り」に来たんでしょ」

 

「日本語って難しいよな……で、その忘れ物の財布はあったのか?」

「ああ。机に置いてあった」

 

 家の中にも防犯カメラがあれば、本人の発言だけじゃなく確実にわかるのだが……そんなもん家の中にはつけないわな。

 

 何かおかしなところはないかと考えていると、ニ乃が焦れたように。

 

「裁判長〜三玖は被告への個人的感情で庇ってま〜す」

「ち、違………」

 

 三玖へとその矛先を向けた。

 

 どうやら、弁護人を削ぐ作戦に移したようだ。

 

 しかも……偶然なのか狙っていたのか、内容は今の三玖にはよく刺さる。

 理由は何もいうまい。

 

「三玖……!信じてくれるって信じてたぜ…」

「それ以上近づかないで」

「あれ⁉︎」

 

 顔を赤くした三玖が風太郎に顔を見せたくないのか、感激の視線を向ける風太郎からそっぽを向いた。

………やっぱり、三玖は風太郎をかなり意識し始めているな。

 高速フラグ建築に、ラッキースケベ……実はコイツ、ハーレムラブコメの主人公の気質があるんじゃないだろうか。

 

 

「え〜?その態度は警戒してるって事かな〜?」

「してない。ニ乃の気のせい」

「言っとくけど、私は裸を見られたんだから」

「見られて減るようなものじゃない」

「はー?あんたはそうでも、私は違うの!」

「同じような体でしょ」

 

 と、馬鹿なことを考えていると風太郎の裁判のはずが、ニ乃と三玖の喧嘩になっていた。

 

「あの2人、さっきも喧嘩してたな……仲悪いのか?」

「まあ、ちょっとね……」

「のんびりしてないで止めましょうよ!

 

 ほら、私たちが争っていてどうするのですか?」

「おい、今行っても……」

 

 風太郎と一花に食ってかかった五月が、俺の制止も聞かずにニ乃と三玖の間に割ってはいるが。

 

「五月は黙ってて」

「てか、あんたもその写真消しなさいよ」

 

 こういう時だけ息ぴったりに、2人から集中砲火を喰らう羽目にあっていた。

 

「裁判長〜」

「よーしよし、頑張ったねー」

 

 五月が一花に泣きつき、泣きつかれた一花がヨシヨシしながら。

 

「うーん……三玖の言う通りだとしてもこんな体勢になるかなー?」

「一花!やっぱアンタは話がわかるわ。

 

 コイツは突然私に覆い被さって来たのよ!」

「………やっぱ有罪。切腹!」

「三玖さん⁉︎」

 

 ニ乃が一花の疑問に乗っかり、三玖が捲れて寝返って。

 

 いよいよ持って風太郎が崖っぷちに……ん?覆い被さる?

 

「……五月、俺にもその画像をよく見せてくれ」

「……え?ええ」

「ちょっと!アンタ勝手に…」

 

 俺は五月からスマホを借り受けて、よく注視すると……あたりには本が散らばっていた。

 

 そして、風太郎はニ乃の体が隠れるように覆い被さっていて……顔を顰めている。

 

 

 って事は。

「裁判長、被告人の上半身を脱がせていいか?」

「へ?」

「良いわけないでしょう⁉︎」

「いきなり何を言い出すんだお前は」

顔を赤くした五月に詰め寄られるがそれを止めて、困惑顔の風太郎に。

 

「あくまで可能性の一つだが、コレは被告人が原告を崩れ落ちた本たちから庇った……とも見ることもできる。

 

 襲うのが目的と言いづらい」

「………成る程。つまり、その本が当たったアザがあるかもしれない、と、言いたいのですか?」

「当たり。そのアザがあるならこの顔の顰め方も納得がいくだろ?」

 

 俺が画像を指さしながら五月に頷くと、一花が苦笑いしながら。

「だとしても、言葉が足りないんじゃないかな……まあいいよ。許可します」

「ええ⁉︎おい、俺の意思は…」

「冤罪を晴らせるかもしれないんだから、文句は無しだ」

 

 許可も得たので風太郎の背中を捲ると……ビンゴ。

 

「ポツポツと当たった跡にできる黒ずみがある……つまり、コレが答えさ」

「……俺、お前と友達で良かったと初めて思うわ」

「感謝の割には一言多いぜ」

 風太郎にツッコミながら、姉妹の方を見ると。

 

「確かに」

「……やっぱり、フータロー君にそんな度胸はないよねー」

 

……と、風太郎が無罪の方向に話が進み始めている。

 

 1人から「余計なことをしやがって」と言わんばかりの視線が飛んでくるが、こっちも仕事なんだから悪く思わないでほしい。

 

 そして、その1人は。

「ちょっと!なに解決した感じ出してんの⁉︎」

「ニ乃、しつこい」

「アンタねえ……!」

 

 またも食ってかかろうとしたが、三玖に一蹴されて睨みつけることしかできなくなっていた。

 

 そこから、また一波乱起こると見たのか一花がまあまあと。

 

「そうカッカしないで。

 

…私たち、昔は仲良し五姉妹だったじゃん」

 場を収めようとして言った言葉に、ニ乃は先程とは少し違う反応を見せた。

 

 まるで、「なんでわかってくれないんだ」と言った感じだ。

 

「とは言え、俺の注意不足が招いた事故だ……悪かったな」

風太郎がニ乃に謝罪するが、ニ乃は耳に入ってない様子で。

 

「昔はって……私は……!」

 

 意味深げな言葉と共に部屋を出て行ってしまった。

 

 

 10分後。

 そろそろ夕飯時という事で、俺達はエレベーターの中で駄弁っていた。

「さっきは助かったぜ。本当にありがとうな」

「お前がクビになると俺があの5人を見ないといけないからな。そんなの俺の身が持たねえよ」

 

 テーマは勿論、先程の裁判についてだ。

 

「にしても何でニ乃は俺たちを敵視するんだろうな」

「……最後にニ乃が見せたあの反応、風太郎も気になってたか」

 風太郎は少し驚いたような顔をしてたが、そのまま続けるようだ。

 

「ああ。俺たちが嫌いなだけじゃ説明がつかないんだよ。

 

 だって、何かやったわけでもないんだぞ?」

「今日やらかしたけどな……でも確かに、五月があの反応を見せていれば納得がいくが、ニ乃の場合はよくわかんなくなるのか」

 

 例の「太るぞ」発言をかますようなデリカシーのないやつが許せない、とかだな。

……やけに分かりやすい例えに笑いが込み上げてきたぜ。

 そうして笑っている俺をよそに、風太郎はどこかスッキリした顔で意外なことを言い出した。

「……だが、一花とのやり取りで何となくわかったぜ」

「……ほーん?お前の推理か」

 

 三玖からの好意に気づいてない鈍感かと思いきや、意外と鋭かったらしい。

 

「いいぜ。話してみろよ」

「アイツは……姉妹のことが大好きなんだ。だから、異分子である俺や奏ニが入り込んでくるのが許せない。

 そして、それを受け入れている三玖や「昔は仲良しだったのに今は違う」と言わんばかりの一花も気に入らない。

 

 

 誰よりも「5つ子の世界」が好きだからこそ、それを守ろうとしてるんじゃないか?」

「……おいおい、俺の台詞をとるんじゃないぜ」

「妹は良いもんなのは、俺もよくわかるからな」

 

……なんだ、よくわかってるじゃん。

 風太郎は人付き合いが苦手だから、俺が何とか仲を取り持たなければ

と思っていたが……コレなら俺が考えすぎなくても大丈夫だな。

 

 エレベーターが開き、入り口近くに出ると赤い人影がポツンと座っているのを見て。

「なら、ニ乃に関しては任せるとするかな?

……多分俺、アイツからお前以上に嫌われてるだろうし」

 俺は風太郎の肩を叩いた。

 

 風太郎に対しての二乃の警戒は、五月が現在同様に良い印象を持っていないのを知っているから5段階中の4くらいだろうが。

 

 多分俺は、5段階中の5だ。

 

 今日のやり取りでアイツの目論見をぶっ潰した事や、風太郎に対して似たような認識を持つ仲間であるはずの五月が、俺とは普通に話しているのを見ている事から更に警戒されているだろう。

 

 そんな、俺の考えを知ってか知らずか。

 

「……あんまり人の家庭に口を出すのはどうかと思うし、優しくするだけ無駄かもしれないが。

 

 まあ、何とかするさ。なんせ俺はアイツらの家庭教師だからな」

 

 と、どこか決意めいた表情を見せていた。




いかがでしたか?

今回は1話の後書きで出てきた人について紹介します。

 町谷 奏一(まちや そういち)
 無差別殺人により全てを失った奏ニを引き取り、育てていた男性で、奏ニ曰く「俺の心の父であり師匠」。
 普段は陽気だが、仕事は徹底的に行う性格。
 「よろず屋 町谷」の前身にあたる「町谷探偵事務所」を立ち上げ、一人で切り盛りしていた。
 奏ニにはその手伝いをさせる中で様々な分野の知識や技術、物事の考え方などを教え込み、その性格や言動に大きな影響を与えている。

 壮絶な過去を過ごしてきたことで自棄的かつ命の重みを理解できなくなっていた奏ニに「命の大切さと生きることの楽しさ」を教えなければならない言う使命感と愛情からの行動だった。
 奏ニが中学3年生の時に持病の不治の病により死亡した。

よろず屋 町谷

 奏ニが営んでいる何でも屋。
 奏一の死後に町谷探偵事務所を畳んで作り直した。
主な仕事は有償でのペット探しやイベントや仕事の手伝い、出前配達員やテストの採点、家事手伝いなど様々。
 主な客は奏一の作っていた知り合いや街の住民であり、評判は奏ニの高い技術力や人懐っこい性格も相まって悪くない。

 最近は中野医院の院長の5つ子の家庭教師補佐を主な仕事としている。


大体こんな感じです。設定考えるの楽しいですよね……現実的じゃないと言う意見は無しでお願いします。

次回は花火大会のお話になりますのでどうぞよろしく。


感想や評価をお待ちしてます。
 


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第4話 花火大会捜査線

第4話です。

どうぞよろしくお願いします。


 この街では、9月の末に花火大会がある。

 

 花火大会といえば7月や8月に多いイメージだが、その時期は他の場所でも似たような祭りがやっているので、特別性はいくらか薄れてしまう。

 

 その為、他の花火大会がないこの時期に行って、希少価値を出そうと言うわけだ。

 

 で、そんな花火大会となれば当然ウチにも仕事が舞い込んでくる。

 

 それは……毎年恒例「屋台の手伝い」だ。

「具材の仕込みが1時からで、開店が3時……今年もかなり作るんだな」

《あったりまえよ、今年もガシガシ作ってバンバン売りまくるぞ坊主‼︎》

「おう、じゃあまた後で」

 

 電話を切り、俺はノートに再びペンを走らせる。

 

 家庭教師の補佐をメインにしている今は、今回のようないつもやってる依頼以外はあまり受けないようにしているのだが、その分家庭教師補佐として今まで以上に勉強をする必要がある。

 

 学校の授業でやってるところやその先……あと、中学生レベルの勉強とかな。

 

 だが俺はダラダラとやるとやる気を無くすので、できる時にさっさと終わらせてるのだ。

 

 そして、そこから1時間と少しして。

「よーし、課題と復習、予習完了!」

 

 やっておくべきことを大体終わらせた俺が、出るまで昼寝と洒落込もうかと思っていた時、インターホンが鳴った。

 

「んあ?訪問販売お断りの看板貼ってるんだけどな…通販したもんが届くのも早いし…」

 心当たりがないその来客を訝しみながらも扉を開けると。

 

「………五月?」

「……こんにちは。あなたに渡したいものがあってここに参りました」

 

 最近顔馴染みの同級生兼生徒が、やや緊張した面持ちでそこにいた。

 

 

 応接間にて。

「粗茶ですが」

「どうも……それにしても、お店をやっているというのは事実だったのですね。それに……なんだか小洒落ています」

「広告もあんまり出してない小さな店だけどな……内装や小道具に関しては先代の趣味と俺の趣味の折衷だ」

 

 奏一さんはかなりの分野に精通しており、同時に多趣味だった。

 亡くなった後に、使わない趣味関連のものを捨てたり売ったりしたのだが、特に愛用していたものは残して飾ってあるのだ。

 

……って、そんな事はどうでもいい。

「んで、何の用だ?俺はこのあと出かけるから手短に頼むぜ?」

「私も長居するつもりはありませんから安心してください。

 

 用というのは………これです」

 本題を催促する俺に五月が出したものは……封筒だった。

 

「封筒?」

「お給料ですよ。父から預かってきたのです」

「そういや、月末支払いだったな」

 彼女の言う通り、その封筒には給料と中央に書いてある。

 

 「1週間でまだ2回しか行ってないし、25000円………ファ⁉︎」

 

 回数から給料を計算ながら取り出すと……そこには諭吉さんが3枚に

 樋口さんが1枚で35000円だった。

 

「多くね?」

「一日2500円の5人分を計2回で25000円、そこに私への個人指導が4回あったので10000円追加して、計35000円だそうです」

「……平日のアレを一日とカウントしていいのか微妙なところだが」

「私が申告して、父がいいと言うことにしているのなら、いいんじゃないですか?」

「……でも、それでも多いな」

 

 確かに2回5つ子に対して家庭教師を行っているが……卒業テストの時は兎も角、昨日は五月にしか教えてないので10000円多いのだ。

 

「1万多いから返しておいてくれ……昨日はお前以外には何もできてない」

 

 そうして一万円を封筒に戻して差し出すと、それを止められた。

「……何もできてないって事はないんじゃないんですか?」

「……え?」

「あなた達の存在や行動は……私達に何らかの変化を及ぼしています」

「そうか?」

「ええ、そうです……だから、返金は受け付けません」

 これはテコでも動かないと言った感じか。

 

「なんか申し訳ないけど、受け取っておくぜ」

「…そうしてください」

 

 ここで押し問答しても時間の無駄なので、おとなしく受け取ることにした。

 

 

 

 要件は済んだと五月が出て行って、数時間後。

 

 

 花火大会を見にきた客がひしめく前で俺は、ヘラを両手に鉄板と格闘していた。

 

「坊主!追加で作ってくれ!」

「あいよ!」

 

 おっちゃんの声を合図に鉄板へ油を敷き、温まったら焼いてある肉と生のキャベツ、モヤシ、塩胡椒を入れて炒める。

 

 野菜に火が通ったら一旦端に寄せ、焼きそばの麺と水を入れて麺をほぐしながら焼き、ある程度したら具材とあえる。

 

 そうしたらソースと塩胡椒を全体にかけて、焦がさないように焼き絡めて仕上げ。

 

 焼き上がった物をおっちゃんの方へと寄せたら1セット終了だ。

 

「いやー、相変わらず手際がいいな!親父さん以上じゃねえの?」

「いや、あの人にはまだまだ敵わねえよ」

 

 おっちゃんの言葉に謙遜してはいるが……料理は数少ない、俺が奏一さんより上手くできる事だ。

 

「そんなことよりお客さんが来てるぜ?」

「おっと、これは失礼……はい、400円ね!」

 

 おっちゃんが接客している間に鉄板の掃除を行い、きれいにしておく。

 お好み焼き、たこ焼き、焼きもろこしと毎年数多くの屋台を手伝っている為、この手のことには手慣れた物だ。

 

 そんなことの繰り返しで、小一時間経った頃。

 

 

 

 おっちゃんが休憩中なので俺1人で回し、祭りを見に来たクラスメイトや知り合いの相手をしながらも焼きそばを作って売っていると……

 

「奏ニ、お前ここにいたのか」

「あれ?お前今日一日勉強するって言ってなかったか?」

 

 風太郎が五つ子や妹のらいはちゃんと一緒にこちらにやってきていた。

 

 確かコイツは、今日は一日中勉強するとか言っていたはずだが……。

 

「……らいはの頼みは断れないさ」

「相変わらず妹に甘いよな、お前……」

 

 詳しく聞くと、あの後五月は風太郎の家に給料を渡しに行き、らいはちゃんの頼みでゲーセンに行き。

 

 その後流れでこの花火大会にもいくことになったのだが……5つ子達が課題を終わらせてなかったので家に戻してやらせ、ようやくここに来たらしい。

 

 5つ子に視線を向けると、何かを待っているようにソワソワしていた……まあ、ニ乃には思い切り睨み返されたが。

「で、何人分買うんだ?そっちにはカー○ィがいるんだし結構いるとは思うが…」

「そのカー○ィとは誰のことを指してるのですか?……3人前で」

「毎度あり…悪かったからそう睨むんじゃないぜ」

 そんなの言うまでもないが……無言の圧力が怖いので大人しく金を受け取り、3人分を用意する。

 

 

……そうだ。

「俺もう1時間やったら上がりだから、そしたら俺も混ぜてくれ」

「……頼む。通行人の視線が痛いし」

 風太郎が少し疲れたような顔で承諾した。

 たしかに、側から見たら美少女5人侍らせてるハーレム状態だもんな。

 

 そんな話をしている間にもお客さんが並んできたので7人を送り出し、再び焼きそば屋に戻るのであった。

 

 

 

 そして、1時間後。

 

「お?始まったか」

「坊主、待たせたな……それじゃあ、上がっていいぞ」

「分かった。報酬は今度受け取りにくるわ」

 

 

 アナウンスと共に花火の打ち上げが始まったところで上げてもらえた俺は、賄いでもらった焼きそばを夕飯にベンチに座っていた。

 

「……やっぱ、祭りの屋台で作る焼きそばはなんか別格だよな。そして……口直しのラムネもまた美味い」

 普段同じことをしても、ここまでの感動は生まれない。

 やはり、お祭り補正は良い物である。

 

 花火を見ながら、祭りの焼きそばとラムネを頂く……これだけでも人生への彩りが生まれる。

 

 それも……やはり奏一さんとの出会いがなければ興味すら持たなかっただろう。

 

 俺もいつかはそっちに逝くが……それまでにアイツらや奏一さんへ出来そうな土産話のストックを作っておいても、悪くはないはずだ。

 

 

「……おっと、らしくもなくしんみりしちまった」

 俺は嘘はつかないが、しんみりは似合わない男なんだ。

 

 風太郎達のいる場所を聞いて、そっちに向かおうと考え始めたその時、タイミングよく電話が鳴る。

 

 相手は……丁度いいところに風太郎だ。

 

「よお、今からそっちに行くから場所を教えてくれよ」

 電話に出た俺が気楽に頼むと、帰ってきたのはどこか焦りを滲ませた声だった。

 

 

 

「人混みに巻き込まれて迷子だと?お前ら一体いくつだよ…」

「仕方ねえだろ。急になだれ込んだんだから」

 話を聞くと、元々はニ乃が予約した店で眺める予定だったのが、花火が上がり始めた時にもっと近くで見ようと人が一斉に動いたことで、バラバラになってしまったことが原因だった。

 

「しかも、その店の事をニ乃しか知らないとか……詰めが甘いぜ?」

「分かってるからそう言ってくれるな…で、今ニ乃と2人でいるんだが、他のやつがお前の近くにいないか?」

 

 近くを見渡してみるが、それらしい人影はない。

 

……そもそも、ほとんどみんな浴衣姿だからそう簡単に判別がつく物でもないな、こりゃ。

 

「残念ながらこっちにはいないよ」

「そうか……クソッ、何とかみつけねえと」

 電話越しに毒づく風太郎に、俺は違和感を感じた。

 

「……何で、そんなに必死なんだ?花火ならどこからでも見れるだろうに」

 別にどこからでも花火は見れるのに、コイツはみんなで見ることに拘っている気がするのだ。

 

 

 そんな俺の疑問に風太郎は真剣な口ぶりで。

 

「アイツらにとって5人揃って見る花火は、母親との思い出なんだと。

 

……その為に真面目に宿題もやってたのも見てるからな。何というか……このまま終わらせちゃいけない気がする」

「……そう言うことね」

 

 責任的な物を感じてるのもあるんだろうが……コイツが勉強以外かつ、自分の事以外で真剣になるとは。

 

「お前も変わってるってことか……」

「どう言う意味だ?」

「いや、別に?」

 

 五月は俺たちが5人を変えていると言った。

 

 だが……それは俺たちもあの5人からなんらかの変化をもたらされているとも言えないだろうか。

 

 そして、その風太郎の変化の表れ始めがこの台詞なのだろう。

 

「で、この後お前さんはどうする?」

「他の姉妹達を探しに行くが……お前も手伝ってくれるか?」

 

 俺の変化がどんなもんかはわからんが、とりあえず今やることは……。

 

「オーライ……とりあえず、俺がいた焼きそば屋で合流するか。その時に今お前達がいる場所の住所と、ニ乃のスマホの電話番号を教えてくれ。上空からのサポートを頼みたい」

「はあ⁉︎なんでアタシの番号をアンタに教えなきゃ……」

 

 俺の話をスピーカー機能を使って聞いていたのか、ニ乃からの嫌悪が伝わってきた。

 案の定、あの裁判の一件以来俺はニ乃からかなり嫌われてるようだ。

 

 いつもの俺なら仲が拗れた相手とは、修復するのも面倒だからあまり関わらないようにするのだが………その情報を持っているのがニ乃だけなら今はなりふり構っていられない。

 

 

 それに………思い出の大切さは俺もよく分かってるからな。

 

「ニ乃も聞いてるなら丁度いいから言わせてもらうが……お互い、目的の邪魔になるようなしがらみは今は捨てようぜ。

 

 大切な思い出をこんな事で潰すなんてバカな話は……」

 

 と、ここで通信が切れ、無機質な機械音が聞こえるのみとなった。

 

 アイツが聞き入れてくれるかどうかは分からないが……今は信じるだけだ。

 

 

 

 

 数分後、ニ乃の連絡先と集合場所の住所を記したメモを持った風太郎

と合流した俺は少し安堵しながら電話帳にニ乃を登録し。

 

 

 一花を探しに行った風太郎と別れた俺は、居場所がわかっている四葉とらいはちゃんを集合場所に案内することになった。

 

 その、道中にて。

「しっかしお前、どんだけ乱獲してるんだ?」

「いやー、つい熱が入ってしまって…」

 ビニール袋にぎっしりと閉じ込められた金魚を横目に、少し呆れたように話すと、四葉は照れ臭そうにしていた。

……褒めてるわけじゃないんだが、まあ、この笑顔を曇らせるのもかわいそうだ。

「すごかったんだよ四葉さん……奏ニさんにも見せてあげたかったな!」

 小走りしながららいはちゃんがすごい物を見たと興奮したように話してくるが、きっと金魚掬いの屋台主が真っ青になってる事だろう。

 

「なんというか、らいはちゃんにはいろいろやってあげたくなっちゃうんですよ……やはり、これはお義姉ちゃんになるしかないのでは⁉︎」

「軽はずみに爆弾発言すんな……あ、そこの建物の屋上だ」

「すっごーい!高いビルだ!」

 

 地図アプリに検索させた場所はある程度の高さを持つ建物であり、屋上には1人の女がいた。

 

 

「2人はニ乃と合流してくれ。俺は残りをまた探しに行くぜ」

 2人に指示を出しながら、俺は電話をかける。

 

 

 すると、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。

「……2人が見えてきたわよ」

「なら、出迎え頼むぜ……風太郎からは何か連絡は?」

「………あ」

 

 2人が建物に入ったのを確認した俺は、現時点での進捗を聞こうとしたのだが、返ってきたのは一言の白状だった。

 

 

 要は、風太郎とニ乃は互いの番号を知らないから連絡できないって事だ。

「お前らが交換してなくてどうするんだよ……」

「うるさいわね!アイツの番号なんていらないわ!」

 

 逆ギレしてくるが、自分が悪いというのを分かっているのか、どこか覇気がない。

 

「じゃあ姉妹からは?」

「そっちもダメね……と言うか、アンタとこうしてそれなりに電話できてるのも距離が近いからだわ。遠いと繋がらないしメッセージの送信もできないもの」

「それもそうだな……悪い、じゃあ俺も捜索に戻るわ」

「……悔しいけど、頼んだわよ」

 

 まだ俺のことを信用しているわけじゃないが、今は仕方ないと言った感じで、ニ乃は頼んでくるのであった。

 

 

「しかし、風太郎は何やってるんだ?一花のところへ行ったのなら一花がこっちに戻ってきていてもおかしくないはずだってのに」

 

 メッセージを送っても、未だ返ってこない返信に苛立ちながらあたりを見渡すと誰かが声をかけてきた。

 

 正直、今は誰かに構っている余裕はないのだが……。

 

「あの、今俺は急いでるんで」

「ソージ、私」

 

 名前を呼んできたって、そんな親しい仲のやつが……って?

 

「………誰?」

「三玖」

 振り向いた先にいたのは、聞き覚えのある声ではあるものの、その声の持ち主にしては雰囲気が違う少女だ。

 

「いや、アイツならヘッドホンを付けてるんだが……」

 そもそも、アイツは今みたいに髪を結いてはいないはず。

 顔立ちは似てるので他の姉妹かとも思ったが、髪の長さ的に一花と四葉はありえないし五月だとアホ毛がない。

 

……まさか。

「隠された6人目の姉妹…⁉︎」

「……ヘッドホン」

 驚愕の新事実に俺が慄いていると、頬を膨らませた顔のそいつは三玖がつけているヘッドホンを……。

 

 

「三玖か⁉︎」

「ひょっとしてわざとやってる?」

 俺が驚きのあまり飛び退くと三玖が不機嫌そうに聞いてくるが、急なイメチェンは探す方からしたらいい迷惑だ。

 

「悪いな……あまりに雰囲気違うからわからなかったぜ。それで、お前は何をしてたんだよ」

「足を怪我しちゃって、フータローが五月を探しに行く間に少し休んでた」

「五月を……?って事は、一花は見つかってるのか」

「ヒゲのおじさんとどこかに行っちゃった、って言ってた」

「な……⁉︎」

 

 三玖から出た発言に俺は驚きのあまり声がうまく出なかった。

 

 つまり、アイツは俺たちが探してる間に逢引きを……ってか、相手がヒゲのおっさんってなんかヤバい気がする。

 

 新たな懸念事項に頭が痛くなってくるが、今は目先の任務が優先だ。

 

「あと20分……とりあえず、お前は回復したらこの場所に行ってくれ。そこにはニ乃と四葉、らいはちゃんがいるはずだ」

 住所を書いた紙を渡すと、三玖は不安そうに。

「でも、そうなると五月は」

「アイツは俺が探して連れてくから……下手に待ってみんなバラバラでした、は嫌だろ?」

 出来るだけ納得してくれそうな言葉を使って説得してみると、少しの間をおいて、首を縦に振ってくれた。

「……分かった。なら、五月のことは任せる」

 

 

 これで三玖も合流できるはず。

 後は一花と五月か……一花がそのヒゲのおっさんといるのなら、面倒ごとになりそうだからできれば五月を見つけたい。

 

 

 どこかで何か食べていてくれると足止めできて良いのだが……。

 

 三玖と分かれ、再び探し回りながら考えていた俺の耳には、迷子センターからのお知らせが……

 

 

 

 

 

「これだ‼︎」

 そうだ、五月を迷子ってことにして迷子センターに来させれば良いのか!

 

 多分、めちゃくちゃ怒られるだろうが………善は急ぐもの。

 

 迷ってる暇はないので、俺は迷子センターへと急ぐのであった。

 

 

 

 

 結論からすると、この作戦は成功した。

 

「迷子センターです。五月ちゃん……中野五月ちゃん。

 

 奏ニお兄ちゃんがお待ちです。至急、入り口付近の迷子センターまでお越しください」

 

 職員さんに事情を話してアナウンスをしてもらい、しばらくすると顔を真っ赤にした五月が駆け込んできたので、俺が探し回るよりも遥かに楽だったのだ。

 

 

 側から見たら妹と逸れた姉だろうし、まさか高校生が迷子だなんて誰も思うまい。

 

 

 そんな配慮も含まれた作戦は、無事に五月と合流という結果を残したのだが……問題はその後にあった。

 

 

「町谷君‼︎なんて事をしてくれたんですか⁉︎」

 

 そう。恥ずかしさと怒りがごちゃ混ぜになったような顔になっている五月の機嫌直しだ。

 

 ニ乃達が待つ場所に向かいながら、五月の説教を聞いておく……聞き流したらさらに怒られそうだし。

 

「私とあなたは連絡手段を持っているじゃないですか!」

「繋がらないだろうがな……そもそも、もし連絡できても合流できる自信あるのかよ?なかなかの人混みだってのに」

 

 因みに五月は三玖が休んでいた場所から少し遠いところを彷徨っていたらしい。

 要は、ふつうにやりとりしながら探していたら間に合わなかったわけだ。

「うっ………方向音痴ではありますが、だからってこんな辱めを……!多分ここにいるクラスメイトの方々にも聞かれてますよ、あれ!」

 

 覚悟していたとは言え、次の登校日には騒がれるのは間違いないだろう。

「悪かったって……ほ、ほら!今度なんかの食べ放題奢るから、それで勘弁頼むわ」

「………た、食べ物だけでなんとかなるほど単純じゃないですよ私は!」

「ちょっと間があったのは見逃してねえぞ」

 

 余計な事を言うなとキッとした目をする五月だったか、やがて仕方ないと言う口ぶりで。

「まあ、探してくれたのには感謝してます。

 

 …………ケーキバイキングと焼肉で」

「感謝して2つかよ……いえ、なんでもございません」

 食べ物でなんとか出来るのは認めてんじゃねえか。

 

 いや、下手に口を挟んで許されなくなったら面倒だし、何も言わないけどよ。

 

 

「それで、みんなは今からいく建物にいるんですよね?」

「何もなければな」

「不安になる事言わないでください……それより、一花はまだ見つかってないんですか?」

「ああ、風太郎曰くヒゲのおっさんと一緒らしいんだが……」

「ええ⁉︎そ、それって……」

「それ以上は言うなよ?」

 

 とんでもない事を口走りそうになった五月に釘を刺す。

「で、でも……!」

 

 だが……まあ、今考えていることはほぼ同じだと思う。

「……助けを求めてこない限りはそっとしておくのが優しさだ」

「………みんなを守るって決めたのに、情けないです…」

 ワナワナと震え始めた五月が、気になる事を言い出したので掘り下げようとした時。

 

 

「町谷さーん!手伝って欲しいことがあるのですが!」

 

 ニ乃達と合流していたはずの四葉が、コチラにやってきていた。

 

 

 

 

 数十分後。

 

 花火大会が終わり、結局一花と風太郎が合流することはなかったが……残った俺たちは近くの公園にやってきていた。

 

 

 

「水入りバケツ、準備完了だよ!」

「桶に氷、缶ジュース……疲れたけどいい感じ」

「三玖?なんか、抹茶ソーダが多い気がするのですが……」

「気のせい。別に布教なんて考えてない」

 

 四葉と三玖、五月が微笑ましいやりとりをしているのを横目に、俺はニ乃に噛みつかれている。

 

「アンタ、いつから私達と血縁関係持ったのよ……アンタみたいな弟いらないわ!」

「手厳しいな……俺は3人も見つけたMVPだぜ、お姉ちゃん?」

「お姉ちゃん呼ぶな!………もう、お礼言おうと思ってたけどやっぱ勿体ないわ!」

「そこは素直に言ってくれよ………あと、らいはちゃん起こしちまう」

 キャイキャイ騒ぐニ乃をあしらっていると、四葉達は先に始めている。

 

「お前ら、2人が来るまでにやり尽くすなよ?買いに行くの面倒なんだからな!」

 

 それは………おっと、来たな。

 

 

「………打ち上げ花火と比べると、随分見劣りするけどな」

 

 後ろを振り返ると、そこには風太郎と一花が公園の入り口に立っていた。

 

 

「上杉さん、準備万端です!

 

 我慢できずにおっぱじめちゃいました!」

「お前が花火を買ってたおかげだ……助かったよ」

「ししし!」

 

「まさか、あの場で一番いらないものがこんなところで役に立つとは……分からないもんだぜ」

 あの時、風太郎と四葉が提案したのは近くの公園で俺たちだけの花火大会を行うことだった。

 

 それで、合流していた俺達が買い出しや設営などの準備をしてたって訳だな。

 

 

 そんな風太郎に矛先を変えたニ乃が風太郎に詰め寄ったことで自由になった俺は、ベンチに座る。

「キミ!五月をおいてどこかいっちゃったらしいじゃない!

 お陰で町谷がとんでもないことをしでかしたんだからね⁉︎」

「ニ乃!私はもうそこまで気にしてないので……!」

 

 やりとりを眺めているとこっちに視線が向いたので片手を上げておく。

「わ、悪い……」

「アンタに一言言わなきゃ気が済まないわ!

 

 

 お、つ、か、れ‼︎」

 

 おっと、アレはいいツンデレですなあ。

 

 

 そんなバカな事を考えている間にも花火大会は本格的に始まるかと思われたが、一花が頭を下げた。

 

 

「ごめん、私の勝手でこんなことになっちゃって………本当にごめんね」

 

 おそらく、自分のせいでみんな揃って花火が見れなくなった事への謝罪だろう。

 

「そんなに謝らなくても…」

「まあ、一花も反省してるんだし……」

「全くよ」

 

 

 五月や風太郎が宥めてると、ニ乃が流れを変えんがばかりに言い切る。

 

「なんで連絡くれなかったのよ?今回の原因の一端はあんたにあるわ。

 

………あと、目的地を伝え忘れた私も悪い」

 

「私は自分の方向音痴加減に嫌気がさしました……」

 

「私も今回は失敗ばかり」

 

「よくわかりませんが私も悪かったと言う事で!屋台ばっかり見てましたので」

 

「みんな……」

 

 そして、それに他の姉妹達が乗っかるように謝罪した。

 その流れで俺の奢りをチャラに……は、ならなそうだな。

 

 せっかくもらった諭吉さんとも、どうやらすぐにお別れらしい。

 

 いい感じなムードの中で思いっきり俗な事を考えていると、五月が思い出したかのようにこんな事を言い出した。

 

 

「お母さんがよく言ってましたね。

 

 

 誰かの失敗は5人で乗り越える事。

 

 

 誰かの幸せは5人で分かち合う事。

 

 

 喜びも、悲しみも、怒りも、慈しみも………

 

 

 

 私たち全員で五等分ですから」

 

 

 

 本格的に始まった小さな花火大会。

 

 そんな光景をベンチでぼーっと眺めていた俺の前に、花火が差し出された。

 

「お前を燃やしてやる的な、新手の殺害予告か?」

「そんな物騒な事しませんよ……いちいち茶々を入れないと会話できないのですか?」

「生憎、これが俺の性分でね」

「……はぁ」

 

 

 渡してきたのは五月であり、それを受け取ると何故か俺の隣に座った。

「………今日は、色々とありがとうございます」

「そう思うなら奢りをチャラにしてくれると助かるんだがな?」

「それはそれ、これはこれです……そもそも、それを言い出したのは町谷君なんですからね?」

 やっぱダメだったか……まあ、金はあるからいいけどよ。

「へいへい……まあ、結局花火大会中での5人集合は出来なかったんだ。任務が失敗してるのに、礼を言われる筋合いはないぜ」

 

 下手な哀れみなら腹が立つだけだからいらないのだが……どうやら哀れみではないようだ。

「今揃ってるから問題ありませんよ。

 

………それに、お仕事を終えて疲れてるのに私達のために動いてくれた人に感謝しないなんて、お母さんに怒られてしまいます。だから………」

 

 そして、そこまで言ったところで後ろから缶ジュースを取り出し。

 

「………お疲れ様でした」

「花火の次は缶ジュースか………でも、ありがとな」

 

 俺も素直に例を言って、その缶ジュースを受け取るのであった。

 




いかがでしたか?

次回は中間テスト編となりますのでどうぞよろしくお願いします。

それではまた次回でお会いしましょう。


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第5話 真夜中の救出

 どうも、5話ですよ5話。

今回から、単行本のキャラ紹介にあるような一言プロフィールみたいな感じのもので奏ニの事を追加で紹介しようと思います。

 
 奏ニの秘密①
 猫に後ろの三つ編みをおもちゃと勘違いされ、よく飛び乗られる。



「………来たか。まあ、期間的に期末の範囲と被ってる所もあるよな」

 

 この学校では、十月上旬に二学期の中間テストがある。

 

 国数英理社の五科目のテストを50分ずつ行い……30点未満を取ると赤点となる。

 

 いわゆる普通のテストなのだが……俺と風太郎にとっては、別の意味を持つものであった。

 

「アイツら……勉強してるんだろうな?」

 

 そう。家庭教師として初めて臨むテストであった。

 

 花火大会から数日後。

 

 放課後の図書室にて、場所に似つかわしくないやりとりが起こる。

「上杉さん見てくださいよ、このリボン!最近チェック柄がトレンドだって教えてもらっちゃいました!」

「奇遇だな、お前の答案もチェックが流行中だ。良かったな」

「わ、わ〜最先端〜〜」

「アハハハハ」

「お前も笑ってる場合じゃないぞ一花!」

 

 で、そんな光景を背に。

「これでいいの?」

「そうだ………しっかしまあ、これで中間乗り切れるのか?」

「乗り切れる訳ないだろ!見ろ、この惨状を……」

 三玖に英語を教えていた俺が、キャイキャイ騒いでいる風太郎達を見ながら呟いた疑問に、風太郎がペケだらけの答案用紙を見せながら突っ込んできた。

 

 

 その、流行の最先端を見せてもらうと……おい。

「なんで英訳答える問題でローマ字が出てくるんだ……点取問題なのに勿体ない」

 他の問題も珍回答の嵐で、合ってるのはかっこの中の単語を並べ替えて、英文を作る問題くらいだが、恐らくヤマカンを張っただけだろう。

 

 四葉の答案に痛む頭を押さえていると、風太郎が意を決したように。

「俺が知りたいが……兎も角。

 今のままじゃとてもじゃないけど乗り切れない!

 

 その先の林間学校なんて夢のまた夢だ。

 

 中間試験は国数英理社の五科目……これから1週間、徹底的に対策していくぞ」

「「えー……」」

 四葉と一花からブーイングみたいな反応がくるが……それでもやばいことを自覚してほしいぜ。

 

「だから三玖も日本史以外を…」

 

 三玖に詰め寄ったところで、ようやく俺たちがやってることに気づいたようで。

 

「奏ニがやらせてるのか?」

「いや、教えてくれって頼まれた」

「……あの三玖が自ら英語を⁉︎

 

 熱でもあるのか?勉強なんていいから休め?」

「失礼な上に自己矛盾してるぞ」

 意外なのはわかるが混乱しすぎだ。

 

 

 過保護気味に心配する風太郎に、三玖は照れ臭そうにしながらも。

「平気。少し頑張ろうと思っただけ」

 

 意識の変化を目の当たりにして、どこか嬉しそうな風太郎に、「よーし、がんばろー!」と、乗っかる四葉。

 

……成績こそまだまだだが、いい傾向の片鱗を見せつつ図書館での時間が過ぎていった。

 

 

 数時間後。

 

「じゃあな……ちゃんと勉強しとけよ?」

「うん……ごちそうさま」

「頑張ります!」

「わかってるって……じゃあ、また明日ね」

 

 一花、三玖、四葉と分かれた俺は、痩せた財布の中身を見る。

 

「パフェが3つにコーヒー一杯で3000円……喫茶店ってやたらと高いんだよな」

 

 勉強を頑張ったご褒美が欲しい……と言うことで、駅前の喫茶店で3人にパフェを奢ったのだ。

 

 あの程度でご褒美とは、ちょっと甘やかし過ぎな気もするが……元は勉強嫌いな奴らがやる気になったのは大きな進歩だ。

 

 それに、心と脳への栄養補給も大事だし………まあ兎も角。

 

 犠牲になった3人の英世さんのためにも頑張って欲しいものだ。

 

 

 とりあえず、帰り際にスーパーで割引品を探しに行こうと自転車を漕ぎ出すと、俺の携帯に着信が。

 相手は………中野五姉妹の父親だ。

 

 

 報告の催促だろうか……?

「はい、町谷ですが」

 

 とりあえず出てみることにした。

「やあ。娘達が世話になっているね……」

「いえいえ。……それで、何か御用で?」

 早くしないといい割引品がなくなってしまうので、要件を促すと。

 

「なかなか顔を出せなくてすまないが……家庭教師はうまくやっているかい?」

「こう言う仕事は初めてだから、まだ手探りだけど……なんとかやれてはいますよ」

「……上杉君から聞いた話と少し違うが……まあ、解釈は人それぞれだね」

「風太郎にも電話したんですか?」

「……その様子だと、君にはまだ話がいってないようだ。

 

 なら、僕の口から言わせてもらおう。

 

 

 近々中間テストがあるそうだが……ここで君たちの成果を見せてもらうことにした」

「………それは?」

 仕事をする以上は成果を見せないといけないが、それは一体……?

 

 俺が言葉の続きを待っていると中野父は。

 

「1週間後の中間試験。

 

 5人のうち1人でも赤点を取ったら……君達には家庭教師を辞めてもらう」

 

 

 と、何気にとんでもないことを言い出した。

 

「ちょっと待ってくれ。こう言っちゃあ何だが、自分の娘達のテスト結果を見たことあるのか?……それでたった1ヶ月で全員赤点回避は流石に無茶だぞ」

 いくら何でもこれは無茶だと俺は抗議するが、中野父は声音を変えることなく。

「僕は、君達の能力を見てこれならいけるだろうと期待している。

 

……となれば、求めるハードルも高くなるものさ。

 

 それでは、健闘を祈る」

 

 そこまで言って電話を切ってしまった。

 

 いきなりまずいことになったが……とりあえず一言。

 

「出資者は無理難題を仰る……」

 

 感想はこれに尽きた。

 

 

 翌日。

 いきなり設けられたハードルについて、家庭教師の日ということもあり風太郎とどうやって乗り越えるかを話そうとした俺だったが……。

 

 

「何で人生ゲームなんてやってんだ……」

「まあまあ、このあとちゃんと勉強するからさ。息抜きも大事だよ」

 

 俺は、札束を片手にルーレットを回していた。

 

「それは認めるが……なんでこんな時間のかかるやつを」

 勉強の休憩という事で、近くに置いてあったからやることになったのだが……これではゲーム大会である。

 

 大体、風太郎が止まったマスの通り、家庭教師を解雇されてプー太郎になったらアイツは生活費を稼げなくなることをわかっているのだろうか。

 

 しかし……その表情はなぜか「やらかした……」と言わんばかりのものだ。

 

 一体何があったかは知らないが、これ以上の厄介ごとは………ん?

 

「町谷さん!私結婚したのでご祝儀ください!」

「あ、ああ……おめでとさん」

 四葉がどうやら結婚マスに止まったようなので、一万を渡す。

 

「じゃあ、次は私の番……スカウトされて女優になるだって」

「もー‼︎それ、私が狙ってたのに!」

 

 次に三玖が女優になり、一花が取り逃したと嘆いていた。

 

 そして、俺がルーレットを回して駒を進めて…

 

「って、エンジョイしてる場合か‼︎自分の人生どうにかしろ‼︎」

 

 と、ここで風太郎が手詰まりと言わんばかりに叫びを上げた。

 

「でも、今日はたくさん勉強したし休憩しようよ」

「もう、頭がパンクしそうです…」

「そうだが……」

 

 たしかに、今日は正午辺りから夕方近くまで勉強をしたし、これ以上は詰め込んでも頭に入らないと言う意見はわかるのだが……あと1週間もないのに今のペースでは、間違いなく赤点コースである。

 

 俺はこの仕事がなくなっても他の依頼でカバーできるからいいが、風太郎はマジでやばい。

 

 こいつの家の窮状は知っているから、なんとか続けさせたいのだが……。

 これはどうしたものかと内心焦りを覚えていると、三玖が。

「フータロー……ソージも、なんかいつもより焦ってる………。

 

 私たち、そんなに危ない?」

 と、風太郎の様子を見て顔を曇らせた。

 

「………実は」

 恐らく、風太郎も考えていることは俺と大体同じだ。

………このままでは間違いなく危ない。

 

 危ないのだが、この3人にそれを打ち明けたらプレッシャーに感じてしまわないだろうか。

 

 一花はわからないが、四葉と三玖は風太郎の悩みを聞いたらなんとかしようと頑張るだろう。

………だが、それで無理をさせて体調を崩させては元も子もない。

 

 望まぬ沈黙が流れる中で、何かを察したのか。

「……それなら、私から提案が「あー!なんだ、勉強サボって遊んでるじゃない」

 

 挙手して提案しようとしたところで、ニ乃がログインしてきた。

 

「私もやる。あんた代わりなさいよ……お金少なっ⁉︎」

「実は?」

「いや、何でもない!」

 

 今の状況で一番入ってほしくない奴に俺は内心舌打ちする。

 

 コイツはこの家庭教師の仕事に対していい感情を持ってない。

 

 その状況で今俺たちに課せられたハードルを知られたら、嬉々として妨害してくるだろう。

 

 とは言え、下手に遠ざけようとして怪しまれるのは避けたいし……

 

 そんな俺の葛藤の前で、ニ乃は。

 

「あんたも交ざる?」

 

 いつの間にか後ろにいた五月に声を掛け……風太郎の表情が強張った。

 

 そして、五月も……いつもと何か違う。

 

「五月……昨日は「私はこれから自習があるので失礼します」

 

 人の目を見て物事を話すコイツが、風太郎に一切視線を合わせなかったのだ。

 

「お、おい!」

 

 さっきのやらかしたと言わんばかりの顔はもしかして……

 

 俺の知らないところでやらかしていたらしい風太郎に、後で問い詰めようと声をかけようとすると、ニ乃が風太郎の背中を押して玄関へと追いやっていた。

 

「ほら、アンタも今日のカテキョーは終わったんでしょ!

 

 帰った帰った!」

「あ、ああ……奏ニは?」

「俺も帰らせてもらうぜ…屋台の報酬貰いに行かないとだし」

 と、俺達が帰り支度を始めていた時。

 

 

「待って、ニ乃……ソージ君は兎も角フータロー君は何言ってるの?

 

 

 今日は泊まり込みで勉強教えてくれるって話でしょ」

「「「え⁉︎」」」

 

 一花から出た初耳な話に、俺に風太郎、ニ乃の反応が被った。

 

 

 自宅のオフィスにて。

「これだけやりゃあ十分だろ……これなら70点は堅いしアイツらに教えることもできる」

 帰った後屋台のおっちゃんから給料と夕飯をもらった俺は、苦しくなった腹をさすりながらテスト勉強を行なっていた……家庭教師をやってる時は自分の勉強ができないからな。

 

 アイツらに教えるためというのもあるが……客からの信頼を得る為には俺自身の学力もある程度必要なのだ。

 

 それよりも、風太郎だが……予想通りアイツはやらかしていた。

「アイツらまた喧嘩かよ……本当、2人揃って意地っ張りだもんな」

 

 俺は、新たな懸念事項に溜息をついてしまう。

 

 理由は、さっきのハードルが設けられたことだったが……五月が今までの発言から勉強を教わることを拒み、それに腹を立てた風太郎が口を滑らせ。

 

 あとは、売り言葉に買い言葉……となったんだとか。

 

 あのマンションで感じた違和感はそれによるわだかまりで間違いないだろう。

 そして……そうなると心配なのは五月だな。

「風太郎にデリカシーがないのも問題だが……五月は1人で自習できてるのか?」

 

 アイツは真面目な割に要領が悪い……要は頭が固い。

 

 そして学力も高一の最初くらいのレベルで、今回の試験範囲の問題を1人で理解するのは難しいはずだ。

 

 きっと助けて欲しい筈なのに……風太郎に教わるのはプライドが許さず、1人で勉強を続けているのだろう。

 

「素直じゃねえな……全く」

 

 俺は、勉強道具をバッグに仕舞い……スマホの通話機能を起動した。

 

 

「………何か?」

「いや、しっかり勉強してるかなーって」

「みんなと一緒に遊んでいたあなたがいうセリフじゃないと思いますが」

「アレはレクリエーションって奴だ」

 

 電話相手は、俺の返しに幾らか棘がある口調で。

「苦しい言い訳を……それだけ聞きに来たのならもう切りますよ」

「釣れないなぁ……もう少し話そうぜ」

 そうして電話を切ろうとしたので慌てて止める。

 

「いったい何なのですか?」

 そんな俺に苛立ったのか、五月が声を荒げるが……その声はやはり苦しげだった。

 

 なら俺も本題に入るとしよう。

「テスト勉強……どこまですすんだ?」

「………‼︎」

 

 質問を少し変えると、五月は少しの間を置いて。

 

「……1人でできます」

「……まだ意地を張ろうってのかよ」

 

 予想通りの結果となったことを表す返事に、俺はため息をついた。

 

「意地なんて張ってません!」

「その返事ですでに張ってるんだよ……1人でベソかくくらいには」

 

 その涙声が全てを物語っているのに、無理して背伸びしてるのが丸わかりだ。

「今からそっちに行くから、ちょっと待ってな」

 

 俺の指摘に何も言えなくなっていた五月は絞り出すように。

「……私は、あなた達のお金儲けの道具じゃありません」

「……知ってるよ。お前は中野五月って人間だ」

 五月はまだ、湧いた不信感に駆られるように捲し立てた。

「あなただって、お金のために私たちの家庭教師をやっているのでしょう?

 

少しでも多くのお金が欲しいから、私に教えようとしているんじゃないですか?

 

 こんな、催促みたいな電話までして……」

 

 どうやら、風太郎がしたと見られる発言がよほどショックかつ頭にきているようで、それで、俺相手にもそうなんじゃないかと疑っているようだ。

 

 ここでそうじゃない、って言うのは簡単だけど……賃金のある仕事として引き受けている以上は嘘っぽくなってしまう。

 

 そうなれば、五月はもっと頑なになるかもしれない。

 

……だが、そんなのを俺達は望んでないし、五月のためにもならないだろう。

 

 だから……俺は素直に言うことにした。

 

「お金のためってのは否定しない……」

「やっぱり……なら、もう「でも、お前に教えようとしてるのは……それだけが理由じゃない」

「……じゃあ、その理由は何です?」

 

 なんか、これを言うのは恥ずかしいが……言う。

 

「苦しんでそうなお前を放っておけなかったからだ。

 

 俺は隣の席にいるんだぜ?

 

 あの4人ほどじゃないにせよ、お前のことは少しはわかってるつもりさ」

 

「………………」

 

 息を呑むような音の後、妙な沈黙が流れて。

「……おいおい、せっかく苦手なしんみりを口にしたんだから、なんか反応くれよ。恥ずかしいじゃんか」

 

 適当に話題を振ると、帰ってきたのは少しキレ気味の言葉だった。

「知りませんよ!そもそも、そんな恥ずかしいことを言わなければ……!」

「お、照れてる?」

「うるさい!……もう、勉強に集中できないじゃないですか‼︎」

「なら、俺がそっちに行くまでは休憩だ。……いつも通りに行くぜ」

「わ、私はきて欲しいとは一言も……!」

「意地張った罰だ。今夜はあんまり寝かさないからな!」

「だから……ああ、もう!

 

 分かりましたよ、分かりましたから……せめて早めにきてください!わからないところ結構あるんですから!」

 

 根負けして、吹っ切れたように頼んできた五月は……スッキリした様子だった。

 

……あ、そうだ。

「………夜食はいるか?」

「………やっぱり、少し遅くてもいいですよ」

「食が優先か…」

 

 

30分後。

「へー……美味しそうだね。ソージ君の手作り?」

「悪いな……五月のことを任せっぱなしで」

「そう思うならもう少し言葉を選んでくれよ…?」

 マンションに着いた俺は、先に事情を話した風太郎に中に入れてもらい……リビングにいた一花にも先程のことを話していた。

 

「五月ちゃんは幸せ者ですなあ……こんないい子な友達が出来て、お姉さん安心したよ」

「……やっぱ、アイツ前から友達できてなかったのか?」

「……まあね。どこかのフータロー君もそうでしょ?」

「そうそう。どこかのフータロー君もそうなんだよ」

「お前ら……ほら、とっとと五月のところに行ってこい!時間なくなっちまう」

 

 一花と俺に揶揄われ、恥ずかしそうにする風太郎に追いやられた俺は、言われた通りに向かうとするが……これだけは言っとかないとな。

 

「お前も、ちゃんと話をしろよ……?メインの家庭教師はお前なんだからな」

「……努力する」

 

 

 数時間後、日付が変わって少しした頃に五月の部屋にて。

 

 

「………美味しかったです」

「お嬢様のお口にあって、何よりでございます」

「……今は、何も言わないであげますよ」

 

 俺が夜食に作ってきたサンドイッチとミルクティーを綺麗に平らげた五月が、満足げに息を吐いているのを横目に、俺は教科書を見て。

「しっかし、ほぼ全てわかんないと来たか……」

「全部じゃありません……理科は何とかわかったんですよ?」

「生憎、テストは5教科だ」

「……そうですよね」

 

 現状の五月は理科は得意科目らしくそれなりにわかるのだが、後がヤバい。

 

 これで赤点ラインを突破するのも一苦労だろう。

 

 まあ……全く勉強らしいことをやってなさそうな奴が1人いるので、五月をどれだけ強化してもクビは決まったようなものだけどな。

 

 普通ならこの負け戦から手を引いて、自分のテスト勉強を行なった方が賢いが……風太郎は足掻いている。

 

 ならば、俺も諦めるわけにはいかない。

 

 

「……では、続きをお願いします」

 それに、お腹が満たされたおかげで元気になってる奴もいるしな。

 

 

 そんな訳で、この日は翌日も休みという事もあり徹夜……とはいかず、丑三つ時には船をこぎはじめた五月に掛け布団をかけ、俺はリビングに敷いた寝袋へと入り込むのであった。

 

 

 

 翌朝。

 

「なんでコイツがいるのよ……しかも、寝袋なんて」

「町谷君、部屋から消えたと思ったらこんな所に……」

「なんだか、こうしてみると町谷さんって女の子にも見えますよね」

 

 ハッとして目を覚ました私には何故か布団がかけられていて、隣で教えてくれていたはずの彼はいなかった。

 

 時間的に今から寝てもアレだったので、みんなが起き出すまで1人で勉強をしてる中でお手洗いのためにリビングへと向かったのだが……そこには黒い物体が。

 

 まさか、こんな朝にお化けが……と、少し怯えながら覗き込もうとすると、先に起きて朝食を並べていたニ乃が困惑顔で出てきていまに至る。

 

 

 四葉がそんな事を言いだしたので改めて見てみると……確かに、いつもの三つ編みをほどき、どこか生意気そうな笑みもなく穏やかに眠っている彼は……どこか可愛げがあった。

 

 

 すると、この時間帯には珍しい人物がやって来る。

「おふぁよ……あれ、ソージ君こんなところで寝てたんだ」

 

 あくびをしながらやってきた一花だが……どうやら一花は彼がここにきていた事を知っているようだ。

 

 

「アンタ、コイツがここに来たの知ってたの?」

「まあね………でも差し入れ持ってきたり寝袋用意してたりで、本当にこの子はいろんなところで気がきくよね。

 

 あのフータロー君のお友達とは思えないよ」

 

 感心したように言う一花の視線は私に向けられているような気がする………恐らく、私のところに来る前にあった時に理由でも聞いたのだ。

 

 なんだか恥ずかしくなって来ると、ニ乃が嫌そうな顔をした。

「そうかしら……?許可もなく勝手にリビングで寝てるあたりは、アイツのお友達って感じがするけど」

 

 確かに、事情を知らなければただの変質者だが……きっと、私と同じ部屋で寝る事を避けての行動だと思う。

 

 

「五月。コイツと仲良くしてるみたいだけど、絆されるんじゃないわよ?………そう言えば、三玖が起きてこないわね」

「あれ?起きた時隣にいなかったからここにいると思ったのに……」

「じゃあ私、探してきますよ!」

 

 朝から元気な四葉が三玖を探しに行き、ニ乃が調理に戻ったので座っているのは私と一花のみ。

 

そして、一花は私にしか聞こえないような声で。

 

「五月ちゃん……いい友達を持てて良かったね」

 

 いまだに眠る町谷君を見ながら囁いてきた。

 

 

「友達じゃありません!彼は………」

 

 私はそこまで言って改めて彼について考える。

 

 

 いつもヘラヘラしているかと思えば、私や上杉君が困っていると全てわかっているかのような鋭さで、色々と手を貸してくれる。

 

 気遣いができる人かと思えば、いつも余計な茶々やからかいで上がった評価を下げにくるようなことばかりする。

 

 言動もどこか胡散臭いのに妙な実感がこもっていたり、髪型も男なのに女の子でもあんまりやらない三つ編み。

 

 更には着ている私服も、改造こそされているが教会で神父さんが来ている牧師服だ。

 

 

 本当によく分からないこの人は、私にとってなんなのかを考えるが……私が思いつくどの言葉とも照合しない。

 

 かと言って、人付き合いの上手い一花が出した「友達」と言う言葉も何か違う。

 

……そうなると、当たり障りのないこの言葉しかない。

「ただのクラスメイトで……知り合いです」

 

 

 彼は私の性格をある程度わかってくれているし、私も彼が様々な要素を持つよくわからない性格の人だと知っている。

 

 お互いの事をある程度知っている……そんな知り合いだ。

 

 そして、そんな彼が友達だと言う上杉君の事も………昨日よりは、信じてみようと思った。

 

 

 その後、ヘッドホンをつけて勉強中にうたた寝をしていた私を三玖という事にした上杉君に勉強を教えてもらっていた時に、いつのまにか起きていた町谷君がニヤニヤしていたのを蹴り出したのは、また別のお話で。




はい。いかがでしたか?

今回は中間テスト回の前半ですので、当然後半もあります。


そんな次回を楽しみにしていただければ幸いです。


あと、感想や評価ももらえると尚励みになったり参考になったりします。

 ただし、場合によっては凹むのであんまりきついのは勘弁してください。

 それではまた。


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第6話 逆転の蝶

どうも、第6話です。

今回は中間テスト編の後半です。少し短くなりますがご容赦ください。


 奏ニの秘密②
 ゲームやSNSアカウントの名前は自分の名前を英訳した「デュオ」にしている。


 あの深夜の勉強会から数日。

 

 俺達を取り巻く関係性は少しだけ変わっていた。

 

 風太郎と五月の間にあった確執は沈静化したのか、五月が自習と言うスタンスは崩さないもののちょこちょこ風太郎にも分からないところを聞くようになり。

 

 なんと、あのニ乃もこちらで勉強するようになった。

 どう言う心境の変化かはわからないが、勉強をしてくれるなら良しとしよう。

 

  

 で、そんな変化と共に知識を溜め込むような日々を繰り返して……今日。

 

 

 ついに、中間テストの日がやってきた。

 

 

 

 やって来たのだが……。

「アイツら、徹夜でテスト勉強してテストの日に遅刻するって……一体なんのギャグだよ」

 

 ホームルームが終わったので、テストの支度をしていた俺は………隣の空席を横目にため息をついていた。

 

 

 確か昨日は「詰め込めるだけ詰め込む」と言う事で、仕事の打ち合わせがあったので参加しなかった俺を除く6人……風太郎と5つ子達は徹夜で勉強会。

……言ってしまえば一夜漬けをしていたのだが、結果としてはこのザマである。

 いくら詰め込んでも、それを出す機会を逃しては意味がないもんだ。

 

 

「これなら、早く寝させて万全な体調で臨ませた方が良かったぜ…?」

 と、一応今どうなっているのかを電話で聞こうとした時。

 

 

「………おはようございます」

「……」

 やってしまったと言わんばかりの表情で五月が入ってきた。

 

 

 悲壮感を感じさせるその雰囲気に、俺含め周りの席の連中が重苦しさを感じていた。

 

 

 これではテストの支度どころではないので、ちょっと離れた所に集まる。

 

 俺以外に集まったのはアイツの席を囲む位置に座っている女子2人と男2人だ。

 

女子A「ちょっと、何なのよあれ!」

 

女子B「なんか怖いんだけど……たかが遅刻しただけじゃないの」

 

俺「他のことかもしれないぜ……お前ら、なんかやったなら正直に手を上げろ?突き出してやるから」

 

男A「それで挙げる奴はいないわ!……てか、中野さんは町谷以外とはあんま話さないじゃんか。むしろお前がなんかやったろ」

 

俺「……記憶にございません」

 やったと言えば、風太郎に教えてもらってるのを生暖かい目で見守ったくらいだ。

 

男B「なんか怪しいな……町谷、お前聞いてこいよ」

 

女子A「そうだよ、中野さんと一番仲がいいのは町谷君なんだから」

 

男A「そうだな。……では、解散!」

 

俺「ちょっと待て、お前ら……いっちまいやがった」

 

 なんて薄情なクラスメイトだ、こんな事で一致団結しやがって。

 

 しかし……こんな重苦しい雰囲気でテストを受けたくないのは間違いないのでとりあえず聞いてみようか。

 

 

 

「五月さんよ、テストの前から0点ムード出してどうしたんだよ?」

「町谷君………私はとんでもない無礼をやってしまいました」

「無礼……?てか、お前がいるなら風太郎もいるだろ?アイツはどうした」

「彼だけは、作戦に失敗したのです……でも、いっそのこと正直に話して怒られていればこんな気持ちにならないで済んだのかもしれません」

「その作戦の内容は?」

 

 五月が口にした作戦について聞くと……なんともシュールなものだった。

 

 経緯としてはこんな感じだ。

 

 風太郎達は寝坊して、急いで学校に行こうとしたが運悪く迷子に出くわした。

 

 なんとか解決したものの、時間切れになってしまったのだが……先に行っていた四葉は学校にいたので無事だった。

 

 そこで風太郎は全員で四葉に変装して、生活指導担当を欺くという「ドッペルゲンガー作戦」を行ったのだが……風太郎は流石に無理があったのか捕まり。

 

 成功した五月も、遅刻した上にそれを隠すために教師を騙した事について罪悪感に駆られていたと言うのが、あの悲壮感の原因だった。

 

 

 真面目な五月からしたら大事件だろうが、俺達からしたら何ともくだらない話である。

「そんな事で落ち込んでたのかよ!真剣に聞いて損したぜ……」

「そんな事とは何ですか⁉︎」

「お前は頭が固いんだよ。変装に関しては見抜けなかったあのゴリラが悪いし、遅刻は学生の通過儀礼みたいなもんさ」

「でも、人を騙したんですよ?……それを肯定するなんて、あなたは嘘をつかないのではなかったのですか?」

「俺は嘘はつかないが、逃げや隠れはするんでね…てか、やったの俺じゃないし。俺は正直に思った事を伝えたのさ」

「ウグ……でも、でも………」

 

 と、五月が葛藤している所へ監督の教師が入って来た事により、この話はお流れとなったのだが………風太郎が未だ来ないまま、中間テストが始まった。

 

 

「町谷君に上杉君……あなた達を辞めさせはしません」

 その言葉に俺はどう言うことだと聞こうとしたが……カンニングを疑われても嫌なので今は気にしないことにした。

 

 

 

 その日の夕方。

「いやー、終わった終わった!今回のテストやたらと社会難しかったな。お前対策でもしてんじゃねえの?」

「違和感の正体はそう言うことか………まあ、全問正解だろうけどな」

「次の期末の社会、思いやられるな……」

 

 

 5教科全てのテストが終わり、生徒の誰もが解放感を享受しながら帰路につく中で、俺と風太郎も帰路についていた。

 

 

 ちなみに風太郎は1時間目の社会のテストは10分遅れ……つまり40分間でテストを受けていたのにこの余裕である。

 きっと、社会の担当(通称 ねずみ男)が歯噛みする事は間違いないな。

……まあ、そんなことはどうでもよくて。

 

 

「アイツら……大丈夫かな」

 俺が呟くと、風太郎は。

「やれるだけのことはやった……後は、アイツらを信じることしかできないだろ」

 同じ5人のことを案じるような発言をした。

 

 そして……風太郎の言葉の通り、今の俺にはそれしかできなかった。

 

「……そうだな」

 

 

 

 数日後。

 

 テストをやったと言うことは、当然その結果発表があるわけで。

 

 俺たちの下に全ての教科のテスト結果が返ってきた。

 

 俺の点数は……

 

 合計390点

 国語 81点 数学 79点 英語 80点 社会 72点 理科 78点

 

「平均78点か……アイツらに教えてる中で復習がいつもよりできてたのかもな」

 

 社会はミスったが、それ以外はいつもよりも少しだけ得点が高い。

 

 心なしか軽くなった足取りで席に着くと……隣から申し訳なさそうな視線が来た。

 

 点数を聞かなくても大体わかる。

 これは……どうやらこの仕事はこれで終わりみたいだ。

 そして、五月はもうそれを知っている……あの時の発言は恐らくそう言うことなのだろう。

 

「……大丈夫さ。仕事関係なく教えられる時は教えてやるから」

「……ごめんなさい」

 

 とりあえずかけておいた言葉に、絞り出したような声での謝罪が返ってきた。

 

 

 

 

 その日の放課後、図書室にて……風太郎主導の元、俺たちは集まっていた。

 

 クビは決まったようなものだが……俺達は結果を見届けなくてはならないからだ。

 

「よお、集まってもらって悪いな」

「どうしたの?改まっちゃって」

 風太郎の一言に、一花が答えが分かりきったような質問をする。

 

 そして、その答えは他の姉妹達も分かっていた。

「水臭いですよ?」

「中間試験の報告……間違えたところ、また教えてね」

 

 恐らく俺たちに課せられていたハードルを知らない三玖がそう言うと、風太郎は申し訳なさを隠すように頷いた。

 

「兎も角まずは……答案用紙を見せてもらうぜ」

 

 俺が本題を振ると、一花が見せようとしてきたが……それに待ったをかける声が。

 

「見せたくありません。

 

 テストの点数なんて他人に教えるものではありません……個人情報です。

 

 

 断固拒否します」

「……五月ちゃん?」

 その声は五月のものであり、一花が怪訝な顔をする。

 

 恐らく、俺たちのクビを回避させることができないような点数を取った事を、教えたくないのだろう。

 

 不器用な気遣いには感謝するが……どうせ終わるなら、スッキリしてから終わりたい。

 そして。風太郎も、似たような事を考えていたようで。

「ありがとな。

 

………だが、覚悟はしてるから教えてくれ」

 

 5つ子のテスト結果が明らかになった。

 

四葉 合計 95点

国語30点 数学9点 理科18点 社会22点 英語16点

本人のコメント「他の四科目はダメでしたが、国語はヤマカンが当たって30点を超えてました。こんな点数は初めてです!」

俺の感想「ヤマカンを公表とはいい根性してやがるな」

 

 

三玖 合計162点

国語25点 数学29点 理科27点 社会68点 英語13点

本人のコメント「社会は68点だけど、その他はギリギリ赤点。悔しい」

俺の感想「英語の赤点ラインは15点じゃないぞ」

 

 

一花 合計127点

国語19点 数学39点 理科26点 社会15点 英語28点

本人のコメント「今の私じゃこんなもんかな」

俺の感想「英語ができそうなイメージだったんだが意外だ」

 

 

ニ乃 合計119点

国語13点 数学19点 理科28点 社会14点 英語43点

本人のコメント「言っとくけど手は抜いていないから」

俺の感想「手を抜いてなくてこれか……」

 

 

五月 合計158点

国語27点 数学26点 理科 56点 社会24点 英語25点

本人のコメント「合格ラインを突破したのは理科だけでした……」

俺の感想「絶妙に惜しいのばっかじゃねえか、勿体ない…」

 

 

 5人のテスト結果を見て唸る俺の隣で、風太郎は意気消沈したかのように肩を落とした。

「短期間とはいえ、あれほど勉強して30点も取ってくれないとは…….

 改めてお前らの頭の悪さを実感して落ち込むぞ……」

「うるさいわね……まあ、合格した教科が全員違うなんて、アタシたちらしいけど」

「あ、そうかも」

「それに、最初の5人で100点に比べたら……」

  

 二乃、四葉、三玖の会話に、俺も首肯して。

「ああ。間違いなく伸びてる……これなら」

 

 「俺たちがいなくても大丈夫」とは、ムード的にも現実問題的にも、言えなかったが……俺達はここでさよならしなければならないのが現実だ。

 

「奏ニ…ここは俺から言わせてくれ」

「それが道理だ……好きに言うといいぜ」

 

 話しかけてきた風太郎に頷くと、風太郎は……まずは三玖に向けて話を始めた。

 

 

「三玖。

 

 今回の難易度で68点は大したもんだ……偏りはあるがな。

 

 今後は姉妹に教えられる箇所は自信を持って教えてやってくれ」

「え?」

 

 まずは三玖で、次は四葉。

 

「四葉。

 

 イージーミスが目立つぞ、もったいない。

 

 焦らず慎重にな」

「了解です!」

 

 そのまた次は一花で。

「一花。

 

 お前は一つの問題に拘らなさすぎだ。

 

 最後まで諦めんなよ」

「はーい」

 

 4番目はニ乃だ。

「ニ乃。

 

 結局最後まで言う事を聞かなかったな。

 

 きっと俺達は他のバイトや仕事で、今までのように来られなくなる。

 

 俺達が居なくても油断すんなよ」

「……ふん」

 

 と、残すは五月のみとなったところで三玖が待ったをかけた。

 

「フータロー……他のバイトってどう言う事?

 

 来られないって………なんでそんな事言うの?

 

 私……」

「三玖。今は聞きましょう」

 

 五月が三玖を諌めているが、これはもうベタ惚れですね。

 

 

 この場ではあんまりそぐわない事を考えている隣で、風太郎が五月に。

 

「五月。

 

 お前は本当にバカ不器用だな!

 

 一問に時間かけすぎて最後まで解けてねえじゃねえか」

「なっ⁉︎」

 

 まさかの路線変更な内容で、五月が変な反応を返していた。

 

 だが……。

「最後あたりにお前でも解けそうなやつあったぞ。わかんない時は諦めることも手だぜ」

 

 俺も頷きながら助言をすると、ウッとした顔で。

 

「……反省点ではあります」

「自分で理解してるなら良いよ。次からは気をつけな」

「はい……でも、あなたや上杉君は…」

 

 五月が何かを言いかけた時、携帯の着信音が鳴った。

 

 そして、その携帯の持ち主が画面を見て……風太郎に差し出した。

 

「……父です」

「……上杉です」

 

 恐らく5つ子の父親がテストの結果を聞きにきたのだろう。

 

 スピーカー機能がONになったスマホから、俺たちの雇い主の声が聞こえてきた。

 

 

「ああ。五月と一緒にいたのか。

 

 ここに結果を聞いていこうと思ったが、君の口から結果を聞こうか。

 

 嘘はわかるからね」

 と、5人や風太郎の誰に対しても念を押すような口調に、風太郎はそんなこと分かっていると言わんばかりに。

 

「つきませんよ。

 

 ただ………次からコイツらには、もっといい家庭教師を付けてやってください」

「と、言うことは?」

「………試験の結果は」

 

 と、結果を伝えようとしたところで、なぜかニ乃が風太郎からスマホを引ったくった。

 

「え?」

「……パパ?ニ乃だけど」

 

 突然の行動に俺と風太郎が互いに顔を見合わている間にも、ニ乃は続けた。

 

「一つ聞いていい?

 

 なんでこんな条件出したの?」

「僕にも娘を預ける親としての責任がある。

 

 高校生の上杉君や町谷君が、それに見合うか計らせてもらっただけだよ……彼等が君たちに相応しいのか」

 

 その言葉に驚く一花、三玖、四葉。

 

……そう言えばこの3人は知らないんだったな。

 

「私たちのためって事ね。

 ありがとう、パパ………でも、相応しいかなんて数字じゃわからないわ」

「それが一番の判断基準だ」

 

 本やドラマでのステレオタイプでしか、親の情を知らない俺だが。

……なんというか、この親父さんが娘達にやってる事は、ペットの飼育環境を揃えて「愛情」と言っているように思えた。

 人の家庭や、親としての教育方針に口出しする権限はないが……何かが足りないような気がする。

 

 

 その何かを考えていると、ニ乃がため息をつき。

 

「あっそ………じゃあ教えてあげる。

 

 

 

 私たち5人で、5科目全ての赤点を回避したわ」

 

 と、とんでもない事を言い出した。

 

 

「「⁉︎」」

 そのあまりの衝撃に先ほどまで考えていた事は頭から飛び、風太郎と2人で顔を見合わせる。

 

「………本当かい?」

「嘘じゃないわ」

「………そうかい。ニ乃が言うのなら間違いはないんだろうね。これからも上杉君と励むといい」

 

 そうして電話が切られ、なんとかフリーズから再起動した俺は。

 

「おいニ乃、今の嘘は一体…」

「アンタは頭がキレると思ったけど、意外と普通なのね……いい?

 

私は英語、一花は数学で四葉が国語……三玖の社会に五月の理科。

 

5人で5科目クリア……嘘はついてないわよ」

「……「で」に拘ったのはそう言う理由か…」

 思いっきり屁理屈だが………まあ、この5つ子らしいっちゃらしいか。

 

 

 そして、頭を抱えている風太郎に。

 

「結果的にパパを騙す事になった……多分、2度と通用しない。

 

 

………次は実現させなさい」

「………やってやるよ」

 

 最後の最後で特大のツンデレを発動させるのであった。

 

 

 

 

「………まさか、アイツが最後に助けてくれるとは思わなかったぜ」

「私も予想外でしたよ…」

 

 駅前のファミレスに7人で向かう道中で、先を歩く5人の後をついていく形で俺と五月は話していた。

 

「まあ、今の状況も予想外なんだがな……まさか、アイツの口からご褒美のパフェだなんて」

「5人で一人前とか言う限りは彼らしいですがね」

 

 普段なら即復習ってなりそうな風太郎が、すぐにじゃなくていいといった挙句にご褒美にパフェをと言い出したのだ。

 

「まあでも、お前ご希望の特盛じゃないか」

「5等分しちゃうとだいぶ少ないですよ?………でも、私たちらしいと言えば私たちらしいのかもしれませんね」

 

 温かい目をしつつも、物足りなさそうな顔をしている五月に。

 

「………ちゃんと連れてくから、今日はそれで我慢してくれ」

「……そうでしたね。まだあなたへのお仕置きが完了してませんでした。私、行ってみたい場所が………」

 と、スマホで見せられた場所は……かなり高かった。

 

「あの、五月さん?俺が連れてこうと思った場所よりもずいぶん高いんですが……」

「安くちゃ、お仕置きにならないじゃないですか……それに、美味しい方がいいです」

「……もう少し遠慮を」

「アンタ達!イチャイチャしてないで早く来なさいよー!」

「ニ乃⁉︎私は別にイチャイチャなんて……!」

「待て、話は終わって……!」

 

 

 顔を赤くして離れていく五月を、このまま高値の奢りにさせるかと追いかける俺。

 

 

 そんなこんなで、俺達は夕焼けの中で馬鹿騒ぎしていたのであった。

 




いかがでしたか?

次回からは林間学校編に突入する予定ですのでお楽しみに!


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第7話 告白の理由

第7話です。

 前回説明し忘れていたのですが、五月の点数が原作よりも少し上がっているのは、自主勉強の時間が奏ニとの勉強の時間に変わった事により、より質の高い勉強ができた為に点数が上がった……と言う感じになります。

 それでは、お楽しみください。

 奏ニの秘密
 好きな動物はオオカミで、コーヒー派。



「教えられた通りなら、もう着いてるはずだけど……寝坊とかやりかねないかも」

「………おいおいマジかよ」

 空港にて、俺達は頃合いになってもまだ来ない待ち人を待っていたのだが。

 

「前日まで旅行に行くとは、とんでもないマイペース……どうしたの?」

 隣で苦笑いしている相方の隣で、俺は風太郎から来たメッセージに頭を抱えていた。

 

「風太郎のやつ、婚約指輪を家に忘れたらしい」

「ええ⁉︎なんでそんな大事なものを……」

「今、らいはちゃんに連絡して届けてもらうらしいけどな……まあ、アイツが妙に締まらないのは昔からだろ?」

「……そういえばそうだったね。林間学校の時も…」

 

 と、林間学校の話が出たので改めて確認する。

「林間学校で思い出したけど………本当にアレやるのかよ?」

「………この時だからこそやらないといけないんです。

 

 そうでないと、私達は安心して2人の背中を押せません」

 

 

 懐かしい口調で話すそいつは決意に満ちた表情をしていたが、急に申し訳なさそうに。

「……あなたからしたら複雑な所もあるかもしれません。でも、どうか……」

「……俺はアイツを信じる俺を信じる。それだけだぜ」

 

 友人とはいえ自分の女を他の男に花嫁として選ばれるかもしれない事に抵抗がないとは言えない。

 

 だがこのゲームは、あの6人にとって様々な意味を持つ重大なものなんだ。

 

 これから人生を共に歩む相手への試練。

 

 一つの時代へ終止符を打つ最後の鍵。

 

 そして……これまでを総括し、これからを作り出す瞬間の見届け。

 

 

 そんなこのゲームには、俺も立ち会わなければならない………コイツらの物語を一番近くで見続けていた人間として。

 

「………ありがとう」

「そう思うならわかりやすくしてくれてると助かるんだがな………あれ、そうじゃねえか?」

「あ!本当だ………おーい!」

 

 何度も言うが俺はしんみりが苦手なので、いいタイミングで出てきた待ち人を指さすと、相方は手を振って近づいていったので、俺もその後をついていきながら。

 

 

 

「……この5つ子ゲームは何度目だったかな?風太郎」

 この場にいないおとぼけ新郎に、返事もない問いかけをした。

 

 

 5つ子のうち、誰が誰かを当てるゲームが5つ子ゲーム。

 

 

 何回かやったこのゲームだが、1度目は………林間学校のあの時だ。

 

 

 俺たちの関係性が複雑化し始めた、あの林間学校の。

 

 

 

 この学校では、2年の冬に林間学校がある。

 

 オリエンテーリング、飯盒炊さん、肝試しに登山、スキー。

 

 やる季節が違う気がするが、兎も角野外イベントが盛りだくさんなお泊まり行事だ。

 

 

 で、そんな林間学校には一つの伝説がある。

 

 

 最終日に行われるキャンプファイアーのダンスのフィナーレの瞬間に踊っていたペアは、生涯を添い遂げる縁で結ばれる。

 

 

 学生生活にありがちな伝説(笑)だが……それに乗っかったり、乗っかろうとする奴は多く。

 

 林間学校前日ともなると、俺たちのクラスでもその前支度だと付き合いだすやつや、備えをしようとして玉砕した奴がちらほら見え始めており。

 

 

 そんな2人だけの世界に入っている前者共を目の前に、俺は缶コーヒーを傾けるがなんだか妙に甘いのであった。

 

 

「しっかしまあ、甘ったるい空間だな……なあ五月」

「……はい?」

「俺らも混ざるか?」

「……ッ⁉︎」

 

 隣でメロンパンを齧っているやつに話を振ると、返ってきたのはなんとも初々しい反応だった。

「あ、あなたはいきなり何を言い出すんですか⁉︎

 

……学生の本懐は勉強なのに、交際だなんて……不純です!」

 お手本通りの真面目な回答だが……今の五月にはあまり似合わない。

 なぜなら……

 

「メロンパンを頬張り、グルメ雑誌持ってるやつには言われたくないな……こんな甘ったるい空間でよくそんな甘いもんいけるぜ」

「……これが、私のお勉強です」

「そうかい……でも、揃いも揃って緩んだ顔してるだろ?

そんなにいいもんなら恋をやってみたくならないかってな」

「お試し感覚でやろうとしないでくださいよ…」

 

 誰かに対して恋愛的な感情を抱いたことのない俺からしたら、未知の領域である恋。

……俺の体質的にできないのはわかっているが、未知の領域に踏み込んでみたいと思う知的好奇心は、ごく自然な考えではないだろうか。

 

 

 

「私もよくわかりませんが……いつか、わかる時が来るんじゃないですかね?」

「……いつかって…あまり長生きするつもりもないんだがな」

「…それ、どう言う…」

 

 

 五月の怪訝な表情に、失言をした事を悟った俺がどうしようかと考えていた所に、丁度よく昼休み明けのチャイムがなるのであった。

 

 

 案の定、あの後五月に質問攻めにされそうだったので、あまり触れてほしくない事だけを告げてかわした俺は、風太郎、四葉、三玖、一花と共に勉強会………となる所だっだが、今回は違った。

 

 

 

「三玖が一花に……あれはなんのつもりだ?」

「さあな……さっぱりだぜ」

 俺と風太郎の視線の先には女子トイレから出てきた一花……ではなく三玖がいた。

 

 

 女優の仕事で忙しい一花が、クラスのやつに呼び出されたので三玖に「いつもの」を頼み。

 

 それを引き受けた三玖が、フータローが持っていた仮装道具の中にあったウィッグと共に消えたので、何事だとなった風太郎に乗っかる形で尾行していたのだ。

……だが、おそらく「この時期の夕方」「クラスメイトからの呼び出し」と来たら「告白」だろう。

 

 

 それを代役で済まそうとは、なかなかえげつない事をする長女様であった。

 

 馬に蹴られない事を祈りながら尾行を続けていると、偽一花は教室の中へ。

 

「音を立てるなよ。バレたら面倒だ」

「おう…」

 扉は開け放ったままなので小型カメラを使う必要もなく、息を潜めて様子を伺うと、中にいるヤンキーっぽいやつが話し始めた。

 

 

 

「な……中野さん、来てくれてありがとう」

「あれ?えーっと、クラスのみんなは?」

「悪い。

 

 君に来てもらうために嘘ついた」

 

 おっと、これはやはり告白ですね。

 ドラマや漫画では見るが、リアルでは初見なので、どんなもんかと半ば観戦気分で見ていると、そのヤンキーが。

 

「俺とキャンプファイヤーで一緒に踊って下さい!」

「え?

 

……私と?なんで?」

「好き………だからです」

 

 と、またもステレオタイプな告白をしていた。

 

 

 どこまでマジかはわからないが、結果はわかっているので取り敢えずお祈りでもしておくか。

 

 と、ここで風太郎が。

「………三玖、なんて答えるんだろうな」

「なんだ、嫉妬か?」

「違えよ。答えによってはトラブルになるんじゃないか?」

「そんなん断って終わりだろ……」

 

口を挟んできたので適当に返していると、偽一花はそれとない返事をした。

 

「ありがとう、返事はまた今度……」

「今答えが聞きたい!」

「……え」

 だが、返ってきた答えに困惑している……あれは予想外といった顔だ。

 

 しかし……返答通りに退散すればいいのに、ちょっとしつこい奴だな。

 

「まだ悩んでいるから」

「と言うことは、可能性があるんですね」

「いやぁ」

 

 アレは相当困惑しているな……ちょいちょい一花を演じきれなくなってやがる。

 

 そろそろ助け舟でも出すかと思っていると、そのヤンキーが何かに気づいたように。

 

 

「………中野さん、雰囲気変わりました?」

「え?そ、そんな……」

「髪……ん?なんだろ……」

 

 どうやら余計なことに気がついたようで、それを受けた偽一花は冷や汗をかいていた。

 もしこのままバレたら、騙されていたと知ったアイツは何をしてくるかわからない。

 それで三玖に傷がついたとなったら、娘を守りきれなかった俺たちはオヤジさんからクビをもらう事になるだろう。

 

 「そう言えば中野さんって5つ子でしたよね。もしかして……」

 

 これはもう迷っている時ではないと行こうとした時。

 

 

「一花、こんな所にいたのか。

 

………お前の姉妹4人が呼んでたぞ、早く行ってやれ」

「……フータロー」

 

 風太郎が助けに入り、助けられた偽一花はホッとしたように風太郎の名前を呼んだ。

 

 

 だが……それを快く思わない奴がいるのを忘れてはならない。

 

「何、勝手に登場してんだコラ。

 

 誰だよお前コラ、気安く中野さんを下の名前で呼ぶんじゃねえよコラ……お、俺も名前で呼んでいいのかなコラ」

 

そう、このヤンキー………口調的にコラ助とでもしておこう。

 

 

 んで、そのコラ助にたいして風太郎は。

 

「返事くらい待ってやれよ。少しは人の気持ち考えろ」

 

 あってるんだが、説得力のかけらも無い事を言い出した。

……日頃の行いは大切だな。

「行くぞ」

「待てコラ!」

 しみじみと俺が思っていると、風太郎は話は終わりだと三玖と共に教室を出ようとして、コラ助に止められた。

 

 風太郎はいつもの顔だが…アイツは素で目つきが悪い。

 そんな目は……頭に血が上り始めていたコラ助にとっては火に油を注ぐようなものだ。

 

「しょうがねえな…」

 

 俺は、そんな一言と共に立ち上がった。

 

 

「俺はい……中野さんと踊りてえだけだ、お前関係ないだろ」

「一応関係者だ」

「はあ?」

「お、落ち着いて!」

 

 三玖の制止も聞かず、コラ助が風太郎を教室の外に追い出そうとしたところで。

「おいおい……濁されてる時点で気づけよ。お前なんかとは踊りたく無いと思われてるってさ」

「なんだお前はコラ。関係ないやつが出てくんじゃねえ……って、お前は町谷!」

「お生憎様、俺も知り合いでね……それより一花。確かお前風太郎と踊る約束してるだろ?断るならそうはっきり言えばいいさ」

 

「へ?」

「え?」

 

 威嚇するコラ助をあしらいながら出した俺の助け舟に、2人が何言ってんだお前と言わんばかりの目を向けてくるが、せっかくの助け舟に今は合わせて欲しい。

 

 

「えっと……その……」

「嘘だ。

 

 こんな奴中野さんに釣り合わねえ!」

 コラ助がそんな事を言い出したが、つりあわないからつきあえないなんて、くだらない価値観ではなかろうか。

なにせ……

 

「人の惚れた腫れたに釣り合いもクソもねえよ。それに……視線を上げて、一花の表情を見てみな」

「ああ?………嘘だろ?」

 先ほどから目線を合わせていなかったコラ助に顔を上げさせると。

 

 

「そ、そんな事ない………フータローは………かっこいいよ……」

 

 一花に扮した今だからこそ言えたのだろうが、その分演技ではない三玖の想いが口に出されていた。

 

 

「つ……付き合ってるんですか……?」

「適当言い出したのは奏ニだが…勝手に断っていいのかよ」

「……一花、仕事優先とか言ってたから」

「ん?違うのか?」

「ラ………ラブラブだよね!それじゃあ、仲良く一緒に帰ろっか」

「ああ、もうそれで良いよ……じゃあな奏ニ、お前も後で来いよ」

 バカなと言わんばかりに動揺しているコラ助の前で、勢いで押し切る事にしたらしい三玖に乗っかるように風太郎が教室を出ようとしたが。

 

 

「ちょっと待て!

 

 恋人同士なら手を繋いで帰れるだろ……」

 

 と、最後の足掻きと言わんばかりに出された言葉に2人は困惑した顔を見せた……ここはちょっとからかってみるかな。

 

「今更恥ずかしがることもないだろ?人がいない時はいつもやってるじゃないか」

「ちょ、お前……!」

「なんだ?出来ないのか?やっぱり怪しいな」

「あのなぁ…」

 

 まさかの俺からの焚き付けに食ってかかる風太郎に、少しの間を置いて偽一花を持ち直した三玖が意を決したように手を繋いだ。

 

「み……一花‼︎」

「えっと……これは……また手を繋ぎたかったとかじゃなくって…その……と、とにかく!初めてじゃないから……」

 初々しく赤面しながらそんなこと言われても説得力がないが……コラ助にはこれでも通用するらしく。

 

「くそーっ!

 

林間学校までに彼女を作りたかったってのに、結局このまま独り身かーっ!」

 

 と、悔しそうに声を上げた。

 そんなコラ助の姿を見ていた一花の姿をした三玖が。

 

 

「あの……今、私が聞くことじゃないと思ったんだけど。

 

 

 なんで、好きな人に告白しようと思ったの?」

 と、地味に俺も気になっていた事を聞いた。

 

「中野さんがそれを言うか………そーだな。

 

 

 とどのつまり、相手を独り占めしたい。

 

 

 これに尽きる」

 

 

「………俺には理解できない考え方だぜ」

 

 好きだからなんて曖昧な理由で、独り占めしようだなんてそんなのは俺からしたら良い迷惑だ……人間が独り占めして良いのは、自分の身体とその命だけなのだから。

 

 誰にも聞かれない程度の呟きは、誰にも聞かれることもなく。

 

「ったく。

 

 中野さんを困らせるんじゃねーぞ」

「俺が今、絶賛困っている最中なんだが…」

「何言ってるのフータロー、ほら!行くよ!」

 

 

 風太郎と一花が出て行ったのに乗っかるが如く、俺も教室を後にした。

 

 

 

 

 ところ変わってショッピングモールにて。

 

 そこでは上杉風太郎のファッションショーが開催されており、そこでは中野4姉妹がそれぞれ選んだ衣服を身に纏った風太郎がその姿を見せていた。

 

 

「どうですか?地味目なお顔なので、派手な服をチョイスしました」

「多分だけどお前ふざけてるな?」

 まずは四葉のプロデュースだが……うん、これはアレだ。「おかあさんといっしょ」の体操のお兄さんみたいだ。

 キャップを被り、ポップな動物が大発生しているシャツと長ズボン……何というかお子様センスな四葉らしい。

 

 

「フータローは和服が似合うと思ってたから、和のテイストを入れてみた」

「和そのものですけど!」

 2番手は三玖……まあ、和服で似合うのだがこれを来て林間学校は流石にない。

 

 極道漫画の黒幕的なやつならまだわかるんだが……。

 

 

「私は男の人の服がよく分からないので、男らしい服装を選ばせて頂きました」

「お前の男らしい像はどんなだ」

 3番手は五月だが………これには流石に吹き出しを禁じ得ない。

 

 なんせ、デスメタルかヴィジュアル系のロックバンドのボーカルあたりが着てそうな衣装であり、風太郎が着ていると浮いてるわ痛々しいわで、逆にネタキャラとして送り出してもいいな。

 

 

「………」

「あ、ニ乃本気で選んでる」

「ガチだね」

「他がネタに走りすぎただけだと思うがな」

「あんたたち、真面目にやりなさいよ!」

 最後はニ乃だが、ようやくまともに見れる服装がやってきた。

……前に言ってた「手を抜けない性格」なのは本当のようだ。

 

 ちなみに俺も選んだのだが……

「これで良くね?」

「……普通ですね」

「無難だね」

「まあ、格好つけられるような顔してないものね」

「おい、それどういう意味だ」

 グレーのフード付きパーカーに紺色のジーパン……いわゆる「おそ松さん」的な格好にしておいた。

 

 

 で、結果として俺チョイスとニ乃チョイスの物を購入して店を出て、ショッピングモールの通路を歩く。

 

 

「ふー、買ったねー」

「三日分となると大量ですね」

「お前ら、洋服に1万2万って……俺の服なら40着は買えるぞ」 

「こんなの安い方よ」

「流石お嬢様……まあ、風太郎の服は主にリサイクルショップからだもんな。驚くのも無理はないか」

「ほっとけ」

 

 たわいもない会話をしていると、三玖が持っていた手提げを風太郎に渡していた。

 

「はい、フータロー……お金はいいから」

「?しかし……」

 

 なんだか貢いでるみたいな光景の隣では、五月とニ乃が買うものを整理している。

 

 因みに俺は必要なものは大体もう準備してあるのでウインドウ・ショッピングだ。

 

 で、そんな俺たちの先を歩いていた四葉が。

 

「うーん、男の人と服を選んだり一緒に買い物するって、デートって感じですね!」

 

なんともタイムリーな感想をぶち込んでくれた。

 

 全員一瞬動きが止まっだが、そこへ待ったをかけるやつが。

 

「これはただの買い物です。

 

……学生の間に交際だなんて不純です」

「あ、上杉さんみたいなこと言ってる」

「なんだかんだで似たもの同士だしな」

 

「一緒にしないでください!

 

……最近なんだか距離感が近くなってましたがはっきりさせますが、あくまで上杉君や町谷君とは教師と生徒。

 

 一線を引いて然るべきです!」

「言われなくても引いてるわ!」

「へいへい……」

 キッとした顔でそんな事を言う五月に、ニ乃が声をかけた。

 

「ほら。そんなやつらほっといて、残りの買い物済ますわよ」

「そうですね……あなた達はここで待っていてください」

 その行く先は……うん、これは待つのが正解なのだが風太郎は。

 

「なんでだよ。俺の服を勝手に選ばれたんだからお前らの服も……」

「お前、行き先よく見ろ……ここは男子禁制だ」

 ニ乃達のあとについて行こうとしたので、止めて上を向かせた。

 

 

……アイツらの進む方向にある店はランジェリーショップ。

つまり、こいつらが買うのは……

「生徒の下着を選ぶ家庭教師がどこにいるんだ」

「……待ってまーす」

「そう言うことだ」

「デリカシーのない男って、ほんとサイテー」

「助かりました、町谷君……あと、その男が何かしないように見張っててください」

 

 そうしてニ乃と五月がランジェリーショップに消えたので、いるのは4人だけとなった。

 

 

「……よくわかったね」

「あの方向だとそれくらいしか行きそうな店がなかったしな」

 

 風太郎が四葉に絡まれているのを見ながら三玖と話していると、風太郎の携帯に電話がかかって来た。

 

 そして………電話が終わったかと思うと、家へ帰ると一言を残して、俺たちから一目散に離れていった。

 

 

「……何かあったんですかね?」

「……フータロー、かなり焦った顔してたけど」

「……後で聞いてみるか」

 

 

 

 

 翌日。

 

 バス乗り降りの時間がやってきたので列に並んでいた俺は、昨日買っていたおニューの服を着た五月に絡まれていた。

「服はあるから大丈夫と言ってたので油断してましたが……なんでまたその格好なんですか?」

 

 どうやらいつも着ている改造牧師服に青いコート、黒い帽子で来たことがご不満なようだ。

「ちゃんと追加で一枚羽織ってるし、帽子もかぶってるぜ?」

「上に着ればいいと言うものじゃないです!」

 

 母親みたいな事を言い出す五月の言葉に適当に返す。

「まあまあ、明日はちゃんと違う服だから楽しみにしててくれよ」

「変な決めつけしないでください!もう少し普通の服を……」

 尚も何か言おうとしたところに、クラスメイトに後ろから組みつかれた。

「町谷お前!彼女いない仲間だと思ってたら、中野さんと夫婦みたいな会話しやがって……この裏切り者!」

「おいおい。付き合ってなくても、俺たちの会話なんて大体こんなもんだろ?……こら、苦しいからそろそろ離せ!」

「案外余裕かもしれませんよ?普段から冗談ばっかり言うんですから……」

「五月さん⁉︎ いやだって、反応が面白いからつい……」

「一花みたいなこと言わないでください!」

「制裁中にイチャイチャとはいい度胸だなおい!」

 仕方ないので脇腹に肘鉄を入れて解いていると、担任が焦ったような顔で。

 

 

「中野さん、大変!

 

 肝試しの係、代役でやってくれないかしら?」

と、五月に向けて頼んできた。

 

 

 

 ここで、昨日何があったかを説明しよう。

 風太郎が突然帰った原因……それは、らいはちゃんが熱を出してぶっ倒れたことだった。

 

 アイツには親父さんがいるのだが、夜勤で帰って来れないので風太郎が看病するしかない。

 

 その看病をする為にこの林間学校を休むことにした風太郎が、担任にこの事を話したのが経緯だ。

 

 

 そんで今、担任は無欠席で無遅刻、忘れ物がないことで信頼が厚い五月に、アイツが押し付けられた肝試しの担当を任せ……五月は断りきれずに引き受けたのだが。

 

 

「ま、町谷君!どうしましょう……」

「なんでホラー耐性ないのに、肝試しの係引き受けちゃうんだよ……」

 

 担任が去って少しした途端にこのテンパりようだった。

 なんとこの五月は怖いものが苦手だったのだ。

 

「だって、先生からの頼み事を断るなんて……!」

「怖いから無理、でいいじゃねえか」

 

 流石に、それでもやらせようとするほどあの担任は鬼畜ではない。

 だが、テンパって正常な判断力を失っている五月は。

「こうなったら三玖に頼んで変装を……でも、違うクラスの三玖に迷惑をかけるわけには……そうだ、町谷君が私に変装すれば」

「おい、お前何言って……」

 

 とんでもない事を言い出していた。

「お願いします!私のことを知っている町谷君なら、きっと大丈夫ですから!」

「なんの根拠があってそんな事を……大体俺は料理担当で」

「私が変わります!味を見る目には自信がありますから!」

「量がとんでもない事になるだろうが!ニ乃から聞いたぜ!」

 

 料理当番の際に1人3合でいいかとか言い出して、クビになったんだとか……少し前に教えてくれた。

 1人3合……要は一回で15合も炊こうとする奴には流石に任せられない。

 普段からは想像もできない馬鹿な事を言い出し、焦りまくる五月とそれを抑えている俺を、クラスメイト達は遠巻きに見守っている。

 

 誰か助けてくれと思っていた所に。

 

 

「話は聞かせてもらいましたよ、お二人とも!」

 うさ耳リボンの救世主が、こちらに声をかけて来た。

 

 

 

「いやー、すごい座り心地。こりゃたまらんな」

「それは何よりでございます」

 

 高級そうな助手席に座った俺がその座り心地に驚いていると、運転席に座っていた江端さん……俺たちの雇い主の秘書が声をかけて来た。

 

「でも、俺までこっちで良かったのかい?」

「お嬢様方が良いと言っているなら良いんですよ……それより、この場所で良いんですな?」

「ああ。恐らく雪道を走る事になるけど冬用タイヤとチェーンは」

「ご心配なく。抜かりはありませんよ」

「それを聞いて安心したぜ」

 

 江端さんがカーナビに情報を入力しはじめたのを横目に。

「しかし、まさかこの黒塗りの高級車で送るとはな……バスで行くよりも高待遇だぜ」

 

 

 窓の外でやりとりをしている6人を眺めていた。

 

 四葉が提案したのは風太郎と5つ子、ついでに俺を送迎で使っている黒塗りの高級車で送る事だった。

 

 風太郎が行かないのは、らいはちゃんが心配というのもあるが、バスが出る時間に間に合わないと言ったこともあるだろう。

 

 それなら、別の車でいっちまおうって訳だな。

 

 そんな間にも風太郎たちが乗り込んで来たので片手をあげる。

「よお、おはようさん」

「奏ニ……お前がこれを?」

「いや、五月の奇行に気づいた四葉が提案したんだ」

「奇行言わないでください!」

「ししし!」

 

 俺がサラッとネタバラシすると、五月が恥ずかしそうに噛み付いてくる前で四葉が笑った。

 

 

 そうして、助手席に俺。

 二番目の列に左からニ乃、四葉、一花。

 3番目の列に風太郎、三玖、五月が座り。

 

 

「それでは、しゅっぱーつ!」

 

 ようやく、俺たちの林間学校が始まるのであった。




いかがでしたか?

 もうお分かりでしょうが、奏ニのヒロインは五月で行かせてもらう事にします。

 母親のようになろうとした五月と、なんでも1人でやらなければならなくなった奏ニの間には「一足先に大人にならなければならない者」同士で、何かしらのシンパシーがあると思うんですな。

 また、現状の奏ニの恋愛については、「漫画やゲーム、ニュースなどでどういうものかは知っているけど、やったことがないので実感が湧かない」と言った感じです。

 で、次回は本格的に林間学校編になりますのでよろしくお願いします。

 感想や評価をお待ちしています!


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第8話 警戒と追憶と失踪と

更新でございます。

楽しんでいただければ幸いです。


奏ニの秘密
最近普通二輪の免許を取得したが、バイクを買うお金がないので身分証がわりになっている。


「くそー!次、俺な!」

「やけにハイテンションですね…」

「お前たちの家を除けば、外泊なんて小学生以来だ…もう誰も俺を止められないぜ!」

「まあ…もう1時間以上足止め食らってるんですけどね」

 

 林間学校に向かう道中。

 いつになくテンションが高い上杉君に、この場にいる誰もが引いた視線を送っていた。

 

……いや、誰もがというのは語弊がある。

「しっかしすごい雪と渋滞だな……他の奴らも足止め食らってそうだ」

「今から宿の予約をしておいた方がいいかもしれませんな」

「なら、この辺の宿を探しますか………江端さんも人数に入れた方がいいかい?」

「いえ、私は仕事に戻りますので。それより……あなたは皆様と一緒に遊ばなくても良いのですか?」

「いや、なんか風太郎のテンションがおかしいからな。触らぬ神に祟りなしってやつさ」

 

 運転席にいる江端さんと助手席にいる町谷君は、現状とこれからの動向について話し合っていた……流石に、この2人は仕事をしているだけあって冷静だ。

 正直、町谷君には上杉君のブレーキ役をやってもらいたいのだが…。

 

 

 まあそれはともかく、私は改めて気合を入れる。

 

 少し前にあった中間試験で、指導してくれる人の必要性はこれ以上なく痛感したが……上杉君は私の理想とする家庭教師からかけ離れているし、町谷君は家庭教師としては理想的だが、色々と謎が多い。

 

 

 だから……この林間学校で見極めさせてもらいます。

 

「男の人はよく見極めないといけない」と言っていたお母さんのように……そして、みんなを守る為に。

 

 

 

 

 数時間後、車の中で俺が予約した宿になんとか辿り着くことができたが、そこでも新たな問題が発生した。

 

 それは………。

 

「まさか急に団体の客が入って、7人で5人部屋を使うとは………」

「でも、なかなかいい部屋だな!」

「わざとじゃないですよね?」

「ちゃんと俺は2人部屋と5人部屋で予約したぜ!」

 

 なんと、男女で別れて部屋を予約したのに団体客が入ったことで、女子達に用意しておいた5人部屋に7人で泊まる事になったのだ。

 

 

 やけに眼力のこもった視線を送ってくる五月に心外だと抗議していると。

「ねえ、本当にこの部屋に泊まるの?こいつらと同じ部屋なんて、絶対に嫌!」

「団体のお客さんが急に入ったって、旅館の人も言ってたし…仕方ないよニ乃」

「車は⁉︎」

「午後から仕事があるって帰ったぞ……大体、それがあるから近くのここにしたんだぜ?」

「ソージ君、適応するの早すぎない?」

「マイペース…まあ、フータローもだけど」

 四葉が宥めるのを横目に、寝転がって漫画雑誌を読みながら口を出していると、またもテンションの高い風太郎が。

 

「良い旅館だ!

 

 文句言ってないで楽しもうぜ!」

 まだ深夜のテンションみたいな感じでいた。

 あいつ、電池切れでぶっ倒れたしないだろうな…?

 

 

 俺が少し不安になっていると、ニ乃の掛け声で5つ子達が隅っこに集まっていた。

 

「……寂しいじゃねえか。俺も混ぜてくれっと」

 

 俺は三つ編みの中にしまっていた小型の録音機をあいつらの近くに投げ、イヤホンを挿したスマホのレシーバーアプリをこっそり起動する。

 どれどれ……?

 

 

ニ「不本意だけどご覧のありさまよ。

 

 各自、気をつけなさいよ」

四「気をつけるって何を……」

 

ニ「それは…ほら…

 

一晩同じ部屋で過ごす訳だから……アイツらも男でオオカミだってことよ」

 

 オオカミは好きだし、男はオオカミと言うが……流石に仕事相手に手を出すことはしない。

 

五「……そんな事あり得ません」

ニ「上杉もそうだけど……町谷はもっと危険よ。アイツは普通に行動力ありそうだもの」

五「……確かに」

 どう言う意味だコラ。

 

 抗議したくてもできない状況に心の中で歯噛みしていると、風太郎が。

 

「やろうぜ」

 唐突に会話に割り込み、それを受けて5つ子達が慌てふためいていた。

 

「な、何を⁉︎」

「トランプ持ってきたからやろうぜ!」

……この状況だと「ヤろうぜ!」にも聞こえそうだが、健全で何よりだな。

 

「き、気が利くねー。懐かしいなー」

「何やります?」

「七並べっしょ!奏ニもやろうぜ!」

 

 狙ったようなタイミングで俺にも召集がかかったので、俺も参加することにしたのだが………何というか、五月やニ乃からの警戒の視線が飛んできて、どことなくやりづらいのであった。

 

 

 夕食中。

 

 

「すげぇ!タッパーに入れて持ち帰りたい」

「家では腐ってるだろうからやめとけよ。冬の食中毒はシャレにならん」

「こんなの食べちゃってもいいのかな?明日のカレーが見劣りしそうだよ」

 夕食は旅館特有の豪華なもの揃いで、それなりに味にうるさい私でも満足がいくレベルだった……上杉君がタッパーで持ち帰ろうとして止められていたが。

 

 だが四葉の言う通り、初っ端からこんな豪華な食事では明日のカレーが見劣りしそうなのは分かる気がする。

 

「三玖、あんたの班のカレー楽しみにしてるわ」

「うるさい、この前練習したから…」

「黒焦げコロッケの再来はやめてやれよ?下手したらニュースになるぞ」

「そういえば、スケジュール見てなかったかも」

 

 姉妹達と町谷君のやりとりを注意しながら見ていると、一花の思い出したかのような呟きに、上杉君が即座に反応した。

「二日目の主なイベントは…

 

10時 オリエンテーリング

 

16時 飯盒炊爨

 

20時 肝試し

 

三日目は

 

10時から自由参加の登山、スキー、川釣り。

 

そして夜はキャンプファイヤーだ」

「なんでフータロー君暗記してるの?」

「このテンションを見れば分かるだろ?正直、こんなノリノリの風太郎を見るのは初めてだぜ」

 

 どうやら今の上杉君は、町谷君でも見たことのない状態らしい。

 

 それは、もしかしたら町谷君でも押さえきれない……いや、彼も危険なのに、何で彼を頼りにしているんだ私は。

 

 どことなく恥ずかしいので食事に集中しようとすると、四葉が。

 

「あと、キャンプファイヤーの伝説の詳細が分かったんですけど」

「伝説?」

「またその話か」

 キャンプファイヤーの伝説とは、一体………この学校では交友関係があまり広くない私には聞きなれない言葉だ。

 

「関係ないわよ。そんな話したってしょうがないでしょ?

 

 

……どうせこの子達に相手なんていないでしょ」

「お前にもいなかったんだなぁ…」

「多分、誰からも誘われてなかったんだと思う」

「そっか、拗ねてるんだ」

「その憐れむような視線をやめなさい、ブッ飛ばすわよ⁉︎……て言うか三玖に四葉はこっち側でしょ!」

 

 町谷君がまたも軽口を叩いてニ乃に威嚇されているが、それはもういつものことだ。

 それよりも………その話題が出た瞬間に上杉君と一花がどこか変な反応を見せていたのは気になる。

 

 どんな噂かはわからないけど……警戒に越したことはないだろう。

 

 後でその噂について詳しく聞こうと思っていると、話題を逸らすように一花がパンフレットを読み始めたのだが。

 

 

「えっ、混浴……」

「「はあ⁉︎」」

 

 衝撃の事実に、みんながギョッとした。

「温泉があるって言ってたが、混浴……⁉︎」

「こいつらと部屋のみならずお風呂も同じってこと⁉︎」

「言語道断です!」

 

 町谷君が顔色を変えてパンフレットを読み直す隣で私たちは揃って抗議の声を上げた。

 

「いや、混浴でも別のタイミングで入れば同じじゃあ……」

「ニ乃……一緒に入るのが嫌だなんて心外だぜ……。

 

 俺とお前は既に経験済みだろ〜?」

「わざと誤解を招く言い方すんな!」

「に、ニ乃。それどう言う……」

 

 上杉君やニ乃のやり取りに三玖も加わって収拾がつかなくなっていると。

 

「一花……これは混浴じゃなくて温浴な?

 小学生レベルの漢字を間違えるな、なんだか悲しくなってくるぜ」

「あはは……でも、似てるじゃん?」

 

 肩透かしを食らったような顔の町谷君が、疲れたように訂正した。

 

 

 温泉から上がった私たちが部屋に戻ると、町谷君らしき人が驚いたような顔をしていたが……私からすれば町谷君の今の姿にびっくりだった。

 

「お前ら、なんで揃いも揃って同じ髪型?」

「フータロー対策。誰が誰だかわからないなら見破りようがない」

「……なるほどね」

 

 三玖の説明を聞きながらパソコンと睨めっこしている彼は、前にも見た三つ編みを下ろした状態だが……なんというか、本当に女の子と言われても不思議ではなかった。

「ソージは分かる?」

「………4、2、1、5、3」

 

 

 そんな彼に三玖が5つ子クイズを出すが……流石というかなんというか、全問正解だ。

「髪型の細部と目つきで大体わかる…同じ顔パーツでもそこは違うからな」

 こうなると、上杉君よりも町谷君の方が危険なのでは……こんなことをしているのも、獲物を捉えるチャンスを待つ獣のように見えてきてしまう。

 

 改めて町谷君対策をどうしようかと考えていると、町谷君が布団を敷いた部屋を指さした。

「でも……アイツ対策なら心配いらないんじゃないか?

 

もうぐっすりだぜ」

 

 そう言われてみんなが中を覗き込むと、上杉君は確かにぐっすりと眠っていた。

 

 すると、ニ乃が意を結したように。

「……あんたも早く寝なさい。その後に私たちも寝るわ」

「え?俺まだ仕事が……」

「あんたが大人しくならないと私たちが困るのよ!さっさと寝なさい!」

「そりゃ一体どう言う……おい、ひっぱるな!」

 

 町谷君を強引に布団が敷かれてる部屋に連れて行き、眠るように促した。

 

 

 翌朝。

 

「……朝風呂やってるとは、気の利いた旅館だな」

 あの後こっそり起きて昨日できなかった仕事を終わらせた俺は、朝風呂を浴びてさっぱりとした気分で着替えをしたあと、外に出て雪景色をぼんやりと眺めていた。

 

 俺や風太郎がアイツらに何かしでかさないようにするための防衛線として、俺が寝るまで監視でもしていたんだろうが……素直に従ってやるほど利口ではないって事だ。

……大体、寝相が悪すぎて人の浴衣を剥こうとする奴らに、危険だ獣だと言われる筋合いはない。

 

 

 それにしても……

 

「あの髪型……そして同じ顔の5人。

 

 アイツらが、あの時の5人だったのか?」

 

 俺は昨日アイツらがしていた髪型を見て、あることを思い出していた。

 5年前。

 奏一さんに連れられた俺は、とある葬式に参加した……まあ、参列者ではなくお手伝いとしてだが。

 

 その時、たまたま見かけたのが同じ姿をした5人の娘達で、俺と同年代だった。

 

 その中の1人と俺はちょいといざこざを起こしたのだが……そいつらの苗字も………。

 

「中野だったな……たしか、中野零奈だっけ」

「………いないと思ったこんなところにいたんですか」

 

 

 後ろからの声に振り返ると、いつも通りの髪型をした五月がいた。

「……こっそり抜け出してお仕事ですか?」

「これでも仕事熱心なんでね。それに、あのまま寝てたら誰かさんに剥かれてたぜ」

「まあ、あの寝相の悪さは昔からですから」

「開き直るな当事者」

 目を逸らしたのでこっちに向かせようとすると、それから逃げるように。

「……そろそろみんなを起こしにいかなくちゃ!」

「あ、コラ……はあ。

 

 しょうがねえお嬢さんだよ、全く」

 

 元の部屋に走って戻っていった五月に苦笑しながら後を追い……追いついたと思ったら、五月が変な感じで固まっていた。

 

 

「おーい、どうしたんだお前」

「……これは一大事ですよ、町谷君」

「一大事………って、何が」

 何が一大事なのかが分からないので聞き返すと、とんでもないものを見たと言わんばかりの表情を見せた。

 

「……誰かと風太郎がおっぱじめてたとか?朝から元気だな」

「ぶっ飛ばしますよ⁉︎………いやでも、あながち否定しきれないのかも…ど、どうしましょう町谷君!私、どうしたらいいか……」

「落ち着け!俺を揺らしても答えは……」

 

 冗談のつもりがあながち間違ってなかったのか、俺を揺さぶりながら慌てふためく五月を宥めていると。

 

 

「中野に町谷!お前達はこんなところで何やってるんだ」

 

「………え?」

「………先生?」

 

 想定外の人物の登場に、俺と五月が揃って間の抜けた声を上げた。

 

 

 

 結論から言うと、急に入った団体客とは、この旅館で一泊することになったうちの学校の連中だった。

 それで、事情を話して納得してもらったので俺たちもバスに合流することで、いよいよクラスの全員が揃っての林間学校が始まり。

 

 

 五月が見たと言う逢瀬の話は今は置いておくことにした。

 

 

 何故かって?………そこにカレーの材料があるからさ。

 

 

「よーし、こんなもんだろ。ルーの中身はどうなってる?」

「うわ、美味そう……町谷、お前本当になんでもできるよな」

「なんでもできなきゃ、何でも屋はつとまらないんでね」

 

 

 具材を盛り付けてサラダとフルーツヨーグルトを完成させた俺が同じ班の野郎に話を振ると、畏怖を込めた視線を向けながらも指を刺し。

 

「そうか……米はお前がいっぱいやってたのがもうできてるし、ルーの方は中野さんが張り付いてるぞ」

 

「そろそろ煮込めてきたかな」

「待ってください。後3秒で15分です」

「細かすぎない……?」

 

 言われた通りにアイツの方に視線を向けると、他の班よりも大きな鍋を前に、スマホと睨めっこしている五月がいた。

 

 米が多かったり、鍋が大きかったりするのは……うちの班のやつに全ての理由が詰まっている。

 まあ、アレに話しかけても面倒なので任せておこう。

「なら、俺たちはとっとと使ったもん片付けるぞ。後で洗うのがだるいからな」

「お前が洗いながらやってたからあんまりないが……なら、洗い物は俺がやるから町谷は休んでろよ」

「……なら、少しは働いてもらうぜ?」

 

 洗い物を任せたことでやることがなくなった俺は、居眠りと洒落込もうとしたのだが……。

 

「町谷君!ちょっと助けて欲しいんだけど………」

「町谷!そのあとこっちも頼むわ!」

 

 生憎、そうは問屋がおろしてはくれなかった。

 

 いろんなところからのヘルプコールが聞こえてくると、その男は小僧らしい笑みを浮かべるが。

「人気者はつらいな?」

「……なら、お前が行くか?」

「嘘ですごめんなさい!」

 

 速攻で謝らせた俺は、声のする方へと歩いていったのであった。

 

 

「み、三玖ちゃんがカレーにお味噌を入れようとしてるんだけど!」

「隠し味…」

「料理下手の隠し味は失敗するフラグだからやめろ!クラスメイトを葬る気か⁉︎」

「………むぅ」

 

 料理の手伝いや火起こし、さらには劇物製造を未然に食い止めたりした俺が、自分の班に戻ろうとしていると二乃とその班の奴らに会ったのだが……なんだか空気が不穏だ。

 

 

 男子の方は一年の時に同じクラスだったので声をかけてみると。

 

「ちょっと米を焦がしただけなのに、コイツらがうるせえんだよ…」

「やった事ねえから、誰だってこうなるんだよ……奏二もなんとか言ってやってくんね?」

 

 そんな事を言い出す男子達に、女子達が噛み付いた。

「だけって何よ!こっちは最高のカレーを作ったのに!」

「アンタらの所為で台無しよ!それなのに別のクラスのやつに泣きついて、恥ずかしくないの⁉︎」

 

 一触即発の空気を醸し出している男女4人を前に、やたらと静かなニ乃へ話を振ろうとした俺は、思わず後ずさった。

 

「じゃあ私たちでやってみるから、カレーの様子見てて?」

 顔は笑顔だが……かなり頭にきているようで、とんでもない圧を感じる。

 

……男子だけでなく女子達も引いてるし、ここは一肌脱いだほうがいい。

「……俺らの班の米分けてやるから、それで手打ちで頼むわ」

「お、おう……」

「助かった……えっと、町谷君だよね?ありがとう」

 とりあえず、俺は早急に班に戻り米の入った飯盒を一つ持っていくのであった。

 

 あと、二乃をガチギレさせるのはやばいことも覚えた……こんなの覚えたくもなかったが。

 

 

 そんな一幕があって、これ以上手助けするのも疲れた俺は班に戻り。

 

 誰よりも多く食べ、それでも物足りない顔をしていた五月に班のみんなで戦慄して飯盒炊爨は終わり……肝試しとなった。

 

 

 そして、俺は四葉に頼まれてある役をやる事に。

 

 

 それは……

 

 

「死ぬぜぇ………?俺の姿を見たものは……みーんな死んじまうぞぉ‼︎」

「いやあああ!」

 

 気配を消して潜み、道端に置いておいた生首と死体っぽくしたマネキンに驚く奴らを死神として後ろから追いかけ回し。

 

 

「うわああああ‼︎」

 

次に控えているピエロとミイラ……風太郎と四葉がいる場所に誘導すると言うものだった。

 

 

 俺は2人に渡していたトランレシーバーの対応機に話しかけた。

「いやー、お前やけにイキイキしてんな。絶好調じゃねえか」

「クックック……押し付けられた恨みをたっぷりと晴らしてやるぜ」

 昨日のままのテンションの風太郎に、自業自得と言う言葉を送りたいがそれはもう野暮だな。

 

「いつも死んだ眼をした上杉さんの眼に生気を感じますよ!町谷さんにも見せてあげたかったです!」

「そうか、甦れて何よりだよ」

「……そろそろ来るから切るぜ」

 四葉の微妙に失礼な感想を聞いていると、次の人が来そうだったので茂みに隠れて様子を伺うが。

 

 

「わわ、びっくりした……結構凝ってるね」

「うん」

 いたのは一花と三玖で、あんまりいいリアクションは期待できそうにないのでここはスルーする。

 

 あの2人はそうそう驚かないだろうし、一花に至っては弄られそうだ。

 

 次の2人組を待っていると………今度はいい感じに怖がっている。

 

 これは期待できそうだ。ちょっと凝った演出にしてやろう。

 

 

「……ううう、やはり参加するんじゃありませんでした…」

「ちょっと、離れなさい」

「クラスメイトが言ってたのですが、この森は出るらしいのです。

 

 森に入ったきり行方知らずになった人が何人もいるのだとか」

「デマに決まってるじゃない……伝説もそうだけど、信憑性がなさすぎるわ。

 

 こんなチープなオモチャで誰が誰が驚くのよ」

 

 なんか聞き覚えのある声な気がするが……まあ良い。

 

 

 俺は2人が通り過ぎたところで、スマホで女性の悲鳴のサウンドを鳴らす。

 そして、すぐに回収していた生首を道に放り投げた。

 

 

「……え⁉︎」

「………まさか、本当に出るの?」

 

 少ししてから首のないマネキンを押し出して、まさに今殺されたような感じにする。

 

「に、にのぉ……」

「嘘でしょ、すぐに警察を……」

 

 最後に、黒いローブを被り骸骨のお面をつけ、先端を赤く塗った大鎌のおもちゃを持って出てやった。

 

「死ぬぜぇ………俺の姿を見たものは、みーんな死んじまうぞぉ‼︎」

 

「わあああああ⁉︎で、出たああああ‼︎」

「ご、五月待ちなさい!置いていくんじゃないわよ……」

 

 そうして、風太郎たちがいる所へ悲鳴と共に走っていった奴らが見えなくなったところで。

 

 

 

「アイツらだったのか。まあ、これも脅かし役の任務さ……恨みっこ無しだぜ」

 

 次の獲物を見定めようとマネキンや生首を回収し、茂みに隠れようとした時。トランレシーバーから声がした。

 

「奏ニ、大変だ……五月と二乃がコースから外れた所へ行きやがった。四葉に後のことは任せて、お前も探してくれ!」

 

「は?」

 

俺は、風太郎の言葉に間の抜けた返事しか返せなかった。




いかがでしたか?

今回は色々迷った上でのこの結果となりました。


次回もまた迷うかと思いますので気長に待っていただければ幸いです。


それでは感想や評価をお待ちしています。


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第9話 五月を探せ!

第9話です。

今回と次回で林間学校編は終わりですので、最後までお楽しみください。

奏ニの秘密
泊まった旅館のゲーセンにあったレトロゲームができなかったことが心残り。


「おい、そりゃまずいぜ……確かあの近くには崖があった筈だ」

「脅かし役は私が引き受けますので、探してきてください!」

「ありがとな四葉……行くぞ、奏ニ」

「おうさ!」

 

 

 風太郎と俺は、四葉に後のことを任せてあの2人を探しに向かっていた。

 

 ちなみに格好はお面こそ外したが、ローブと鎌はそのままだ。

 

 ローブは脱ぐと少し寒いし、鎌はおもちゃといえども振り回せば立派な鈍器だ。

 

 もし獣と会った時に少しは役に立つだろう。

 

 

「オラオラ!死神サマのお通りだぁ!」

 

 俺はひょっとしたらこの声で気づくかもしれないと、そんな台詞を宣いながら森の中を進むのであった。

 

 

 

 

「わあああああ……ニ乃ぉ……どこいったんですかぁ……」

 

 ニ乃と逸れ、ここがどこかもわからず途方に暮れている私は、ニ乃が見つけてくれる事を頼りに泣きながら呼び続けていた。

 

 

……もし町谷君が今の私を見たら、ここぞと言わんばかりに揶揄ってくるんだろうが、怖いものは怖いんだから仕方がない。

 

 なんせこの森は本当に出たのだから。

 

 先に行っていた一花と三玖は大丈夫だろうか?

 

 ただの肝試しのはずがなんでこんな事に……

 参加するんじゃなかったと、今更ながらに後悔している。

 

 

「ニ乃ぉ……四葉ぁ……一花ぁ……三玖ぅ………」

 

 だめだ。怖すぎて心配してる人にまで助けを求めてしまう。

 

 もし今あのお化け達に出会ったら………と、考えてしまいさらに震え上がっていると。

 

 

「オラオラ!死神サマのお通りだぁ‼︎」

 悪い予感とは当たるもので、最初に会った方のお化けが、次の獲物を探しに来ていた!

 

 茂みに隠れてやり過ごそうと、しゃがみ込みながら様子を見ていると黒いローブ姿のお化けは、血が滴る鎌を両手に抱えて辺りを見渡し。

 

「この辺に誰かいるな……それに、何かの香水みたいな匂いがする」

 

 暗がりの中で足跡でも見つけたのか、なんとこちらに近づいてきていた。

 

 

 そして。私の方に視線を合わせ。

「……茂みの中にアホ毛が一本…見つけたぜ!」

 

 

 見つかった事を宣告された私は、もう遠くに逃げるしかないと、駆け出した。

 

「私なんて食べても美味しくないですよぉおお‼︎」

 

 

 

 

 

 

「私なんて食べても美味しくないですよぉおお‼︎」

「ちよ、アイツ!なんで逃げるんだよ⁉︎」

 

 

 茂みの中に特徴的なアホ毛が跳ねていたので、やっと見つけたと思ったら。

 五月のやつはなんと悲鳴と共に逃げてしまったので、俺はその後を追いかけていた。

 

 

 アイツはどうやら、俺のこの姿を本当のお化けと勘違いしてるようだ。

 

……確かに、絵面的には遭難者を追いかける亡霊だが。

 

 

 でもよく考えたら、危険な野生動物がいる場所で肝試しなんて教師陣が許さないだろうし、探してるのに目立たない色の格好をしても意味はないから、ローブと鎌はいらないよな。

 

 現に、それらがなければ俺だとわかるだろうし。

 

 自らのしくじりを軽く反省しながら足跡のする方へ向かうと、崖の方へと逃げていたらしく、五月は狼に追い詰められた仔羊といった感じで後ずさっていた。

 

「こ、殺さないで……!私はまだやることが……」

「だめだ、恐怖でパニックになってやがる……だから、俺だって」

  

 後ろが崖だと気づいてないのか、あるいは悪あがきのつもりなのか、少しずつ後ろに下がっていた五月に、ネタバラシをしようとした時だった。

 

 

「……え?」

「やべぇ…‼︎」

 

 下がりすぎたのかバランスを崩し、後ろ足を踏み外してそのまま崖の下に落ちそうになったので、俺はダッシュで前進。

 

「あーらよっと‼︎」

「きゃあ⁉︎」

 

 五月の腰に向かって横薙ぎに鎌を振るい、当たる直前に思いっきり前へと引く。

 要は鎌の内側に五月を引っ掛けて、こちらに引き寄せ……だめ押しで腕を掴んで俺の方へ引っ張った。

 

 

だが、そうなると引っ張られて加速づいた五月の体が俺に迫り。

 

「へぶぅ⁉︎」

「ま、町谷君⁉︎」

 俺は、五月にプレスされるように倒れ込んだ。

 

 

 

 

「………助かった、のですね」

 

 しばらく放心状態にあった私は、ようやく声を出すことができた。

 

 しかし……あのお化けが町谷君の仮装だったとは。

 

 助けてくれたことには感謝するが、普通の格好で来てくれればここまで怖い思いはしなかったのを考えると、少し恨めしく思う。

 

 

 だが、とりあえずお礼は言おうと思ったが……彼の顔が目の前になかった。

「あれ?町谷君は……」

 周りを見渡すと、彼らしき腕は動いているのでいることは間違いない………あれ、なんだか、胸の辺りがモゴモゴしている。

 

 そして、腕がこの位置にあると言うことは………⁉︎

 

 まさかと思った私はゆっくりと起き上がると。

 

「お前、殺す気かよ……!」

 丁度胸のあたりに、ようやく息が出来たと言わんばかりの表情の町谷君の顔がそこにあった。

 つまり、彼は私の胸に顔を埋めていたと言うことで………!

 

「へ、変態‼︎」

 恥ずかしさの頂点に達した私は、助けてもらったことも忘れて、彼の右頬に平手打ちをした。

 

 

 

「いってえ……本気でぶちやがって。親父にもぶたれたことないのによ」

「あんな怖い思いをさせた挙句、私の胸に顔を埋めたことをあれ一発で済ませてもらっただけ、感謝して欲しいものですがね……でも、助けてくれた事には感謝してますよ」

 

 打たれた頬をさすりながら、恨みごとをつぶやく俺に、怒りと恥ずかしさから頬をむくれさせた五月が、そっぽをむきながら答えていた。

 

 たしかに前者に関してはぐうの音も出ないが、後者に関しては事故のようなものだ。

 大体全ての原因は、五月とニ乃が恐怖のあまりコース外のところに行った事にあるのだが………まあ、これ以上言い訳をして機嫌を損ねられても面倒だし、いい思いができたのは間違い無いので、何も言わないでおこう。

 

 

「前にいた一花や三玖は、よくあんな怖いので驚きませんでしたね」

「まあ、あの二人にはマネキン置いておいただけだったしな。お前達にやったのは特別仕様さ………おい、脇腹をつねるな!お前ほど肉はないが服が!」

「この男、言うに事欠いて……!」

 

 平気なやつに挑むよりも、怖がりを脅かした方がこっちとしても楽なのでそれを行使したまでだが……どうやら五月にはご不満だったようだ。

 

「悪かったって……全く、暴力的なお嬢だぜ」

「あなたが立て続けにやらかすからでしょう⁉︎」

 

 気にしてるなら食事量を控えるなりして痩せればいいと思うのだが。

……まあ、こいつに食うなというのは死刑宣告みたいなもんか。

 

「で、それよりニ乃はどこ行ったんだ?」

「………さらっと流さないでほしいのですが」

「今はそっちが優先さ」

「……すみません、わかりません」

「なら、風太郎に任せるしかないか……それでもダメなら教師陣に話して協力を仰ぐか」

「それしかありませんね……って、上杉君も探してるのですか?」

「ああ。レシーバーに呼びかけても反応がないけどな……」

 流石にアイツは無茶しないと思うが、少し心配になっていると。

 

 

 

「五月!………何でアンタまでいるのよ。それに、その頬……」

「何も聞いてくれるな……てか、迷子だった割には機嫌良さそうじゃんか」

 ニ乃がこちらにやってきたので片手をあげるが……ニ乃がやけに機嫌が良さそうだった。

 

 不思議に思って聞いてみると。

「迷子じゃないわよ?私は……」

 と、後ろを向くがそこには誰もいない。

 

「に、ニ乃?まさかそこに幽霊が……」

「おい、今は冗談やってる時じゃ…」

 

 五月の顔が曇り、俺が呆れたように言うとニ乃は心外だと言わんばかりに。

「嘘じゃないわよ!さっきまでそこにいたのよ……金太郎君が!」

 

 まるで、恋する乙女のように変な事を言い出した。

「金太郎って……あの、まさかりかついだ?」

 

 俺と五月が顔を見合わせている間に、ニ乃は雄弁に語り出す。

「あんたと違って金髪のイケメンだったの。ちょっとワイルドな感じが……すごく好みだったわ。それで……その人と踊る約束もしちゃったの!」

「……そっちではなさそうですね」

「これはもう放っておこうぜ……それより風太郎は」

 

 どこにいるのかを聞こうとした時、レシーバーから風太郎の声で戻ったと連絡があったので、俺達は宿へと戻る事にした。

 

 

 

 宿に戻った俺は、五月やニ乃と別れて相部屋の野郎どもと寝るまでゲーム大会を行い。

 

 

 レシーバーを返してもらってない事を思い出したので翌日に風太郎の部屋を訪ねたのだが。

 

「おー…奏ニか」

「レシーバーを返してもらいにきたが……お前大丈夫か?なんか顔色悪いぜ」

 

 なんだが、風太郎の顔色が悪そうだった。

「昨日色々あってな……ちょっとダルいだけだ」

「お前、らいはちゃんから風邪貰ってるんじゃないのか?それなら無理しないで寝ろよ……担任には俺から言っておいてやるから」

 

 そうしてレシーバーも返してもらったので部屋から出ようとすると。

「おう……悪いな奏ニ。それならついでに一花の様子を見てきてくれないか?

 

 アイツもひょっとしたら体調崩してるかもしれないから…」

「人のことはいいから自分の体にも気を遣え……兎に角無理すんなよ」

 

妙な気遣いをする不調者に布団を被せ、俺は一花の元へ向かう事にした。

 

 

 

 一花の元へ向かおうとしたが、この林間学校においては異性の部屋に行くことは禁止されている。

 

 そうなると潜入しかないのだが……よく考えればアイツの電話番号を持っていた事に気づき、電話で様子を聞いてみる事にした。

 

 

「てな訳で、調子はどうだい?」

「うーん……あんまり良くないかな。今五月ちゃんに看病してもらってるところ」

 咳き込みながら一花が答え、五月が何かを言っているのが聞こえる。

「風太郎から聞いたけど、二人とも閉じ込められたんだって?……多分、風太郎に風邪移されたんじゃないか?」

 

 すると、一花は電話越しで苦笑いしながら。

「いや、寒い中で濡れちゃったから、そのせいで体冷えたのかも…」

「何やってるんだお前らは……まあ、アイツがいるなら大丈夫か」

「いい妹に恵まれて、お姉さん嬉しいよ……じゃあ、フータロー君によろしく」

「ああ。せいぜい大事にな」

 

 そうして電話が切れたので、俺はスキーをするための格好に着替えて風太郎へ報告しに行くが……。

 

 

「………上杉なら、ウサギの耳みたいなリボンをした子と外へ出て行ったぞ」

 

 四葉によって外に連れ出されたらしく、部屋はもぬけのからだった。

 

 

 

「町谷君はなんて?」

「フータロー君に頼まれて、調子はどうか聞きたかったみたいだね。

あと、私のことは五月ちゃんがいるなら大丈夫だってさ。

……信頼されてるんだね。五月ちゃん」

 

 体調を崩した一花を看病していたら、町谷君から一花に電話がかかってきたので、通話が終わった後に内容を聞いてみると、一花は安心したような目を向けてきた。

 

 確かに、姉妹以外の人に信頼される経験はあまりなかったが、姉妹とはいえ病人にそんな目を向けられるのもなんだか複雑な気分である。

 

「適材適所とでも言う気なんでしょうね」

「アハハ……確かに言いそう」

 確かに町谷君は頼りになるところがあるのは認めるし、そんな彼に頼りにされている事へ悪い気はしないのだが……それでも、信じ切ることはできない。

 

 

 どうしても、私達を身籠ったお母さんを見捨ていったあの人のことがちらついてしまうのだ。

 

「にしても、こんな時に体調崩すなんてついてないなー」

「事故とはいえ、不注意が招いた結果です。

 

 反省して、日中は大人しくしていてください」

「え〜〜」

 

 横になりながらぼやく姉に諭すように言うと、苦笑いしながら。

 

「あー……五月ちゃんは私に付き合わなくていいから、スキーしてきな?」

「ですが……それで体調が悪化したら町谷君を裏切る事に…」

「大丈夫。私も回復したら合流するし、ソージ君には私から言っておくから……それとも、フータロー君と顔合わせづらい?」

 

 その言葉に、私は昨日のことを思い出す。

 

 キャンプファイヤーの準備をしていた一花と上杉君は、薪を入れていた蔵の中に閉じ込められてしまい、私と三玖が鍵を開けた時に……濡れた状態で覆い被さっていたのだ。

 

 

 黙り込んだ私を見て何を思ったのか、一花が。

「あの旅館から、ずっと警戒してたもんね」

 色々ありすぎて忘れていた、旅館の事を話題に出した。

 

 私が振ったわけでもないのに、口に出すと言うことは……

「……あれは一花でしたか。

 

 あの日、食堂で勉強を教えてもらおうとした時には思いもしませんでした。

 

 まだ3ヶ月なのに、こんな事になるなんて……」

 

 考えてみれば、この3ヶ月は激動と呼んで差し支えないもので。

 

 2人の家庭教師がやってきて、私達の生活はガラリと変わっていったのだ。

「そんなに、フータロー君やソージ君は悪い奴に見えるかな?」

「そ、そう言うわけでは………」

 苦笑を崩さない一花の言葉を否定する。

 

 彼らは決して悪い人ではないことはわかった。

……片方はデリカシーがないし、もう片方は軽口ばかりだが。

 

ただ……

「でも、男女の仲となれば話は別です。

 

 私は、彼らのことを何も知らなすぎる…」

 

 私は、そんな表面的なものしか知らない。

 その奥にあるものが分からないと、本当の意味で彼らを信用することができないのだ。

 

 例えば……上杉君があそこまで勉強をする理由。

 

 「そんなに長生きするつもりもない」と、まだ夢や希望に溢れている筈である十代半ばの町谷君から出たあの言葉の意味。

 

 

 ある程度の関係が出来てきた今だからこそ、それを知らなればいけない。

「男の人は……もっと、見極めて選ばないといけません」

 

 お母さんも言っていたあの言葉を繰り返す私に、一花は少しの沈黙を経て。

 

「五月ちゃんは、まだ追ってるんだね」

 

 

「でも………大丈夫。

 

 フータロー君やソージ君は、お父さんとは違うよ」

 

 どこか、安心させるように呟いた。

 

 

 

 

「くっそ……四葉と風太郎は何処にいやがる?」

 

 スキー場に2人を探しにいった俺は、焦りを覚えながらもリフトから降りた。

 

 風邪の予兆がなかった一花がああなると言うことは、風太郎も同じようになる確率はそれよりも高く。

 

 また、らいはちゃんから風邪をうつされてたとしたら、もっとひどいものになるだろう。

 

 風邪はそれだけなら大した事はないが……肺炎やらインフルに発展させると洒落にならないし、人は案外そう言ったもので簡単に死ぬ。

 

 俺がいた孤児院でもそのケースで死んだガキがいたしな。

 そいつみたいに避けようがないもので死んだ命を悔やんでも意味はないが……。

 

 死神の俺でも、いま生きてる命が防げた原因で消えるかもしれないのを黙って見ているつもりはない。

 

 

 そんな訳で、上級コースに行った俺が下へ滑りながら探そうとすると。

 

「町谷、アンタも上級コースに来たの?」

 後ろから声をかけられた俺が振り返ると、ニ乃の声をしたニ乃らしき奴がいた。

 

「ああ。それじゃあ」

「待ちなさい」

 正直構っていられないのでそのまま進もうとすると、前に立ちはだかった。

 

「なんだよ。こちとら急いでるんだから手短に頼むぜ」

「滑りたくて仕方ないんでしょ?大丈夫、大した用件じゃないけど…」

 

 ニヤニヤとしてお門違いな事を言い出したが、それに口答えしたら話が長くなりそうなのでそのまま待つと、

 

「キンタロー君がいたら私が探している事を伝えて欲しいの……」

「フータロー君を探してくれるなら考えてもいいぜ!」

「あ、ちょっと⁉︎」

 

 また例のキンタロー君の話題だったので、俺は風太郎を探して欲しいことだけを告げて、ニ乃を避けながら発進した。

 

 

「上級コースにはいないか……リフトを見てもそれらしき奴はいなかったし」

 上級コースとビギナーコースの境目あたりまで滑り終えた俺は周りを見渡して探索を続けていた。

 

 四葉がいるなら上級コースにいてもおかしくないと思ったのだが、どうやらビギナーコースにいる様だ。

 

 それか、すぐ近くの食堂で休んでいるのかもしれない。

 

 または三玖あたりを見つけて協力を仰ぐのも案としてはアリだ。

 

 それならとスキー板を外し、食堂へと向かうと。

 

「町谷さんも見つけたー!」

 

 その声の方を見ると、四葉に三玖、そして風太郎が食堂の入り口のところに立っていた。

 

「風太郎、お前何やってるんだよ⁉︎病人は大人しくしてろ!」

「わ、悪い……押し切られた」

「やっぱり……顔色が悪いよ」

 俺が食ってかかると、いつもより覇気のない声で答えた風太郎に三玖が寄り添っていた。

 

「え、本当に具合が悪かったんですか……?」

 四葉に視線を向けると、なんとも頭が痛くなる様な反応を見せていた。

 恐らく、風太郎の様子を見ずに連れ出したんだろうな……。

 

 まあ、シュンとしてるあたり反省はしてる様だからこれ以上は言わないが。

 

 

 と、ここで風太郎が荒い息を吐きながら。

 

「奏ニ……お前、五月を見てないか?」

 突然そんな事を言い出した。

 

「え?五月は一花の看病をしてるんじゃ…」

「一花が送り出したらしいんだが……その様子だと知らないみたいだな」

 食堂にいないのかと聞くが、それでも首を振られたので俺は本格的にお手上げとなっていると。

 

「おーい、こっちこっち!」

「全く……私も人探ししてるのに…」

 

 四葉がいつの間にかニ乃を見つけていたらしく、こっちに戻ってきた。

 

 そして、その隣にいるのは……

 

「一花、休んでてって言ったのに」

「ごめーん、四葉に捕まっちゃって」

「全く……ほら、フータローと一緒にコテージに戻るよ」

 

 三玖曰く一花らしい。

 この病人どもはいったい何をやっているんだと説教してやりたい…ん?

 

「アンタ、さっきはよくも適当な返事してくれたわね……」

「げげっ、ニ乃……仕方ないだろ、こっちは急いでたんだから。あと、例のキンタロー君はいなかったぞ」

「……そう、探してくれてたならいいわ」

 えらくあっさりと引いたニ乃にちょっと薄気味悪さを覚えていると、風太郎が四葉に五月のことについて聞いたが、四葉も知らないらしい。

 

 そうなると……まさか。

「おい、これって……ヤバくね?」

「ああ……事態は、思ったよりも深刻かもしれない」

「………話、聞かせなさいよ」

 俺の振りに頷いた風太郎が、重々しい口調で4人に話し始めた。

 

 

「遭難?」

「ああ……広いゲレンデとは言え、6人がこれだけ動き回って会わないのは不自然だ」

「そうだね……五月はスキーに行くって言ってたんだよね」

「え……うん」

 三玖が一花に話を振ると、頷いてこそいるが……なんか妙に歯切れが悪い。

 いや、体調が悪くて呂律が回らないのかも……。

「もしかしたら上級コースにいるんじゃない?」

「そこは私も行ったけどいなかったわ……多分、町谷も見てないはずよ」

「ああ。……そもそも、俺は五月がコテージにいると思ってたから知るよしもないぜ」

 いや……しっかりと話をしている。

 風太郎もしっかり話せているから、呂律はあまり気にしなくていいか。

 

「ちょうど入れ違ったのかも。私、見てくるよ」

 

 そう言って離れようとする一花に四葉がまだ見てないと言うルートを指さした。

 

 

 そこは………

「たしか、整備されてないとかで立ち入り禁止のルートだろ?禁止線が貼ってあるはずだ」

 

 上級コースの初めで分かれ道から狭い方を進んでいくルートだが、そこは立ち入り禁止のテープが貼ってあるからいるとは思えないが……万が一ということがある。

 

「人探しで一応ドローン持ってきたが……まずは先公に話つけよう」

「なら、私が言ってくるよ!」

「それなら、私は本当にコテージにいないか見に行く」

 

 俺、四葉、三玖がそれぞれ案を出して行動しようとすると、何故か一花が待ったをかけた。

 

「どうしたのよ、一花」

「えっと……五月ちゃんもあんまり大事にしたくないんじゃないかなーって」

「……子供のかくれんぼとはスケールが違うぜ」

「そうよ!五月の命がかかってんのに、気楽になんていられないわ!」

 

 強まった違和感と共に口調を強めた俺と、ふざけるなと言わんばかりのニ乃に、一花……?は謝るだけだった。

 

「フータロー、もう休んだほうがいいよ……聞いてる?」

 いよいよ三玖の声に反応できないほどヤバくなってきている風太郎を前に、さっさと指示を出しちまおうと考えをまとめ始めていた時。

 

「……待ってくれ。俺に心当たりがある」

 

 と、風太郎が何かを思い出したかの様に呟いた。

 

 

 

「………流石に、立ち入り禁止のルートを滑るほどアイツはバカじゃないか」

 ドローンを操作して、立ち入り禁止のルートを上空から偵察してみたが、やはりそのルートには人の気配がなかった。

 

 

 しかし……やはりおかしい。あの一花は何処か違和感がある。

 

 普段なら、もっと必死になって五月を探そうとするはずなのに、なぜかアイツは五月の存在を隠そうとしていた。

 

 まるで、そこまで考えてなかったというように。

 

 

 だがもし、あれが……

 

 考えれば考えるほど感じる違和感が、疑念を確信に変えようとしていた時、三玖からメールが。

 

「一花がコテージにいた?そうなるとやっぱりアレは五月か」

 

 どうやら、俺の勘はあたりのようだ。

 

 自分の目の前で自分がいないと大騒ぎになるなんて、茶番もいいところだしな。

 

 でも、そうなると分からないことがまだ出てくる。

 

 何故五月は一花のフリを……ん?

 

「着信……五月か!」

 ケータイの着信を見ると、今度は件の五月様だ。

「全く、今回はアイツのせいで色々気を遣わされたからな……」

 文句の一つでも言ってやろうと電話に出ると。

「俺だ。お前一体「町谷君、何処にいますか⁉︎上杉君が……上杉君が……‼︎」

 

 ただごとじゃない事を知らせる、五月の涙声が響いてきた。

「……リフト降り場にいろ。すぐに行く‼︎」

 

 

 




今回は五月探索回でしたね。

五月は決してコミカルなキャラではないのに、結果的にコミカルになっているところが多いので面白いなと思います。

次回は林間学校編の終わりになります。
ここから原作では姉妹たちの風太郎への印象が結構変わっていきますが、果たして今作でそれをうまく書けるのか……

頑張りますのでお付き合いください。

 それでは、感想と評価の方をお待ちしています!


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第10話 信頼 そして……

今回で林間学校編は終わりです。

かなり短い上に意図が丸見えとなってますが、どうぞよろしく。



奏ニの秘密
 食べやすいからきのこ派。


「見つけた」

 その一言と共にフードが取られ、私はその顔をあらわにした。

 

「お前は目が悪いから、眼鏡がないと見にくいだろ。

 

 悪いな、大事にしちまって……言い出しづらかったろ」

 

 一花として私を探すために上杉君とリフトに乗った私は、誘導尋問に引っかかったのだ。

 

……だが、彼はその前から答えに行きついていて、それを確かめるためにあんな事をしたのだと思う。

「……い、いつから」

 

 そう思って聞くと、上杉君は赤い顔で。

 

 

 

「気づいたのはさっきからだが……きっかけはあの時だ。

 

 一花は俺を名前で呼ぶ。

 

 いくら俺でも、それくらいはお前らを知ってるさ」

「あ……」

 彼が勢いを殺せずに転んだ時、一花の真似をしていた私だったが咄嗟に「上杉君」と言ってしまっていた。

 

 気にしていないと思っていたが、それが私に行き着くヒントになったようだ。

 

 

 

 

「……すみませんでした……私、確かめたくって……」

 試すような事をして、町谷君の信頼を裏切り、姉達を心配させて……情けない事この上ない。

 

 何を言われるかは分からないし、怖いけど……今の私にそれを聞かない選択肢はない。

 

 そうして次の言葉を待っていると。

 

 

 

 

 

「バカ不器用め。

 

……詰めが甘いんだよ」

 そんな言葉と共に肩に重みがかかった。

 

 

 

「あ、あの!….…上杉君、それはちょっと……」

 まさかのボディタッチで来るとは思わなかった私は、どうしたらいいか分からないのでとりあえず彼の顔を見て対応を決めようと横を向くと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「………え」

 

 

 顔を真っ赤にして、脂汗を浮かべた上杉君が、目を閉じていた。

 

 

「上杉君……?」

 

 額に手を当ててみると………何、この熱さ。

 

 

 

「上杉君⁉︎あなた………」

 そこで私は、三玖がしきりに上杉君を心配していたことを思い出す。

 

 そして、それに対しての上杉君は……かなり弱っていた。

 

「上杉君?………上杉君⁉︎」

 

 呼びかけてみるが、反応がない。

 つまり、彼は最後の気力を振り絞って私を見つけに……!

 

 

 

 

「上杉君‼︎………意識を失ってる。

 

 

 

 

そんな、どうしたら………‼︎」

 

 そこまで理解してしまった私は、自責の念と混乱、そして焦燥が止まらず、ただ隣の彼に呼びかけるだけとなってしまっていたが。

 

 

 

 

 

「………あれは」

 すぐ近くを飛行する小さな物体………ドローンが飛んでいるのを目にして、もう一つの言葉を思い出す。

 

「人探しのためにドローン持ってきたが……まずは先公に話をつけよう」

 

 

 つまり、あのドローンは……!

 

 

 わたしは、寒さと別のもので震える手でなんとかケータイを操作して、電話をかけた。

 

 

 きっと、彼は怒るだろう。

 

 

 自分の友達をこんな目に合わせた私を………身勝手に姉の看病を放棄した私を。

 

 

 でも……今は。

「俺だ。お前一体何処に「町谷君、今何処に居ますか⁉︎

 

 

 上杉君が……上杉君が‼︎」

 

 

 お願い……上杉君を助けて‼︎

 

 涙で震えた声で、大した説明もなくそう叫んだ私の耳には。

 

 

「………リフト降り場にいろ。すぐに行く‼︎」

 

 

 全てわかっているかのような力強い返事に、私は安堵したのか感情を抑える弁は決壊し。

 

 

 

 

 

 

「う……ぐすっ………ひぐっ…町谷君……ごめんなさい………」

 声もなく泣き出してしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 指定したリフト降り場に俺が駆けつけた時には、涙でぐちゃぐちゃになった顔の五月が風太郎を支えた状態だった。

 

 今の五月はもう見ていられないし他人様に見せられないので、フードとマスクで顔を隠させ、風太郎は俺がコテージまで運び。

 

 

 揃っていた他の5つ子と共に、主任に風太郎を預けていた。

 

 

 

 

「よく連れてきてくれたな。

 

 上杉は一旦この部屋で安静にさせ、様子を見る……これ以上悪化するようなら、私が病院に送ろう。

 

 とりあえず、こいつの荷物を持って来てくれ」

「はい……」

「……病院には連絡したのか?場合によっちゃ救急車かヘリを…」

 そんで今は五月を他の4人に預け、俺が代表して主任と話をしている。

「……それも踏まえて考えるから、後は先生達に任せなさい」

「……あまり迷わないでくれよ、先生」

 

 

 これで話は終わりなので、後ろにいる5人の方を向くと一花が耐えきれないという顔でその場から走り去ってしまった。

「ごめん……私の所為だ」

「一花!」

 

 三玖が声をかけるが、風太郎の方が心配なのか後を追うことはしない。

 

 

 

「お前達は着替えて広場に集合だ。じきにキャンプファイヤーが始まる」

「そんな!私も残ります!」

 

 ある程度落ち着いてきたのか、五月が残ると言い出したところで、風太郎が。

 

「お前達がいても仕方ないだろ……1人にしてくれ」

 

 拒絶とも取れるような言い回しの配慮を見せた。

 

「ここまで運んでやった恩人に、ずいぶん言ってくれるぜ」

「悪いな奏ニ……でも」

「分かってるさ。それが事実だ」

 

 いつも通りのやりとりをする俺たちの後ろで、ニ乃が何かを言いかけるが。

 

「ちょっと冷たいんじゃない?五月はあんたを心配して……」

「という事だから、早く行きなさい」

「……でも」

「安静にと言っているだろう⁉︎

 

 これよりこの部屋は立ち入り禁止とする!入った者には罰則を与えるからな!」

 主任に一蹴されて食い下がるも、部屋を罰則込みの立ち入り禁止とされてしま……いそうな時、風太郎が。

 

 

 

「ニ乃……話がある」

 

 荒い息を吐きながら、ニ乃を呼び止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そのままでは汗が気持ち悪いので、足早に着替えを終え。

 

 三玖は一花の元へ行き、四葉が上杉君の荷物をまとめに行った。

 

 ニ乃は上杉君と話をしに行ってから会ってないが……多分大丈夫だろう。

 

 そして私は……呼び出した町谷君に全てを打ち明けていた。

 

「つまり、俺たちが家庭教師に相応しいかを確かめるために俺たちの行動を観察して、一花の真似をした……と。そういう事でいいんだな?」

 

「はい……でも、結果はこの通りです」

 町谷君の確認に、私は自嘲気味に答える。

 

 

 それを受けて彼が何をいうかは分からないが、どんな言葉だったとしても受け止めなければならない……それが、せめてもの贖罪だ。

 

 

 そうして次の言葉を待っていたが。

 

 

 

 

 

「……もうちょいお前は肩の力を抜けよ。

 

 他の姉妹を守りたいって言うのは……お前だけの思いじゃないんだぜ?」

 どこかへ去っていく彼が残したのは、望んでいた罰とは程遠いような優しい言葉だった。

 

 

 不意打ちを喰らったような感覚になった私は、思わず彼の後を追う。

「そ、それだけですか?」

「……それだけって何だよ」

「いや…その………もっと、罵詈雑言を浴びせてくるかと」

 

 怪訝な顔をする彼に、困惑の内容を伝えると。

 

「罰のおかわり要求してくるんなら、もう十分懲りてるんだろ?

 

 ……あんなボロ泣き見せられたら、バカでもわかるさ」

 

 悪戯めいた笑みで言う彼に少し恥ずかしいものを感じたが、こんな簡単に済まされては私が納得できない。

 

「でも……」

 

 何か言いたいけど、言う言葉が考え付かないもどかしさに歯噛みしていると、町谷君はため息をついた。

 

 

「お前は自分を追い詰めすぎなんだよ。自分のことを思いやれない奴が、他人を思いやることなんて出来ないぜ?」

「………」

「お前は、自分のせいで風太郎がああなったと思ってるみたいだが、あれは若干自業自得だ。

 

 風邪引いてるなら無理せずに休んでいれば良いのに、それをしなかったアイツのミスだ。

 

 そして……それもわからずに連れ出した四葉や、先公に伝え忘れた俺も悪い」

 慰めじゃなくて、やっているのは事実の羅列。

 

 でも……その事実は私のことを思って明かしたものだ。

 

 何せ、私にとっては都合のいいものばかりなのだから。

 

 

 

 

 そんな彼のちょっと変わった気の遣い方が………なんだか妙に心に染みる。

 

 そして……何の偶然か、それとも狙ってやったのかわからないが。

 

「お前1人で全部抱え込まなくていいんだよ。

 

……誰かの失敗は、みんなで乗り越える。

 

 

 自分で言ってたことだぜ?」

 

 

 花火大会の時に漏らした言葉を、彼は思い出したかのように私に投げかけた。

 

 

「………それじゃあ、俺は四葉の手伝いにでも行くかな」

「お気をつけて……あと、ありがとうございます」

 

 そう言って今度こそ彼は私の前からいなくなった。

 いつもしんみりは苦手だと言っていたし、おそらくそのためだろう。

 

 

 

 

 

 残された私は、先ほどよりも早くなった胸の高鳴りを感じつつ、心の中にいるお母さんに詫びた。

 

 

 

 

「………ごめんなさいお母さん。私………」

 

 

 男の人はよく見極めないといけないと、お母さんは言っていた。

 

 

 それは、男女の仲で苦しんだお母さんの実感がこもっていたし、私もその通りだと思う。

 

 

 

 でも、見極めなんてする暇もないほど……もう分かってしまった。

 

 

「私は、町谷君のことを…………」

 

 

 

 

 だって………それくらいにまで、彼の存在が大きくなってしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五月と話をした後に四葉の手伝いに行った俺は、忍び込むと言って飛び出していった四葉の代わりに風太郎の荷物をまとめ、主任の元へ行こうとしたのだが……時間帯的にキャンプファイヤーが始まるのか、コテージの中にはいなかった。

 

 

「……寝てる部屋にでも置いとくか」

 

 立ち入り禁止らしいが、カメラも警備もない立ち入り禁止なんてないのと同義だ。

 

 そう言うことにしておいた俺が扉を開けると、中にあったのは暗闇と静寂……いや、何人かいるな。

 

 数は……いや、考えるのも疲れたので荷物だけ置いて帰ろう。

 

 

……そうだ。

 

「あとは頼んだぜ?5つ子さん達」

 

 

 俺はなんとなくそう思ったこの場にいる面子に、一言だけ告げて自分の部屋に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして林間学校は終われば、俺たちはまたいつもの日常に戻る。

 

………まあ、風太郎が入院することになったので退院するまでは俺が家庭教師のメインをやるわけだが。

 

 

 とりあえず、数週間後に控えた期末試験に向けて、何をやらせるかなと考えながら、通学路を自転車で走っていると。

 

 

 

 

 

「………お前、いつもの車はどうしたよ」

「たまには健康のためにも歩かないといけないかと」

 この時間帯に、この道では見ない奴が待ち構えるようにして佇んでいた。

「……まあ、いいんじゃねえの?」

 

 どう言う心境の変化かは知らないし、知るつもりもないのでそのまま行こうとすると。

 

「……一緒に行きませんか?」

「2人乗りは嫌だぜ?」

 

 この辺りはたまに警官がいるので2人乗りを却下すると。

「自転車には乗れないので、安心してください」

 そうなると、歩くコイツにあわせてチャリを引かなけりゃならないんだが………

 

 

 

 

 まあ、こうなったのならしょうがねえな。

「……なら、とっとと行くぜ?五月」

「それじゃあ、一緒に行きましょう?町谷君」

 

 こうして俺達は隣り合って登校した。

 

 なんというか、まだまだコイツの監視対象としての日々は続きそうだが……まあ、仕事は信頼が大事ってことにしておこう。




いかがでしたか?

ここからはアニメで言うと2期、原作だと5巻のストーリーに入っていきます。

 そして、五月がここから奏ニ攻略に着手するのと同時に彼の過去話も入れていこうかと。

 それでは、次回もお楽しみに!


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第2章 それぞれの恋
第11話 0点と初恋は誰だ


今回は少し短いです。

過去編を入れるとえらい長さになりそうだったので短くしました。

奏ニの秘密
好きな漫画は「最遊記」だが、「西遊記」をよく知らない。


 ポニーテール。

 

 馬の尻尾のようだからと名付けられた髪型の一つであり、浴衣や七夕の織姫に似合うからと、7月7日にはポニーテールの日というものがあるんだとか。

 

 

……なんともアホらしい理由だが、日本人はこういうアホな日を作り出すことに関しては天才的なので仕方がない。

 

 なんせ、信仰心の薄さから、いろんな宗教から面白そうなイベントだけをかき集めて自国の文化にしちまうという、敬虔な信者からしたら無礼極まりない行為を平然とやらかす国だからな。

 

 勇者にも程があることをしようとする奴もいれば、それと紙一重なバカなことをする奴もいるもんさ。

 

 

 

……いかん、話が逸れた。

 

 と言うか、どうして俺がこんなことを考え出したかと言うと……それは、目の前に広がるポニーテールの園が原因だった。

 

 

 風太郎が病院から退院して、はじめての家庭教師の日。

 

 俺が5つ子達が住まうマンションの部屋に入ると。

 

「……お前ら、何やってるんだ?」

 

 目の前には髪型をポニーテールに変えた5つ子と、その5人を前に難しい顔をしている風太郎がいた。 

 

「私も今聞こうとしてたのよ……今日は家庭教師の日じゃなかったの?」

 ニ乃がそう聞くと、風太郎は。

 

「なんだニ乃、らしくもなく前のめりじゃないか」

「ニ乃は私よ」

「ボケ老人か、お前は」

 

 何故か三玖を見て意外そうに話し出したので、実はまだ入院してた方が良いんじゃないかと思っていると、意を決したように。

 

「一花、ニ乃、四葉、三玖、五月だ‼︎」

「ニ乃、三玖、五月、四葉、一花よ‼︎」

「お前、ニ乃と三玖は正解しろよ…」

 さっき訂正されたところも不正解じゃねえか。三玖の頬がどんどん膨れてんぞ。

 

 と、俺たち6人から微妙な視線を受けていた風太郎が仕切り直すかのように。

「………と、このように、なんのヒントもなければ誰が誰かもわからない。最近のアイドルのようにな!」

 

「それはフータロー君が無関心なだけでしょ」

「本人を前によく言えたなお前……」

「いちいち揚げ足取るな…ここからが本題だ!」

 

 そう言って机の上に出したのは……

「全教科0点…」

 

 名前は破られているが、全て0点の答案用紙だった。

 

 

 

 風太郎が言うには、10分前に来た時にバスタオル姿の奴が罵声と共に投げつけてきたらしい。

 

 

 つまり、このテストはのび太くんのテストではなくこの5人のうちの誰かってわけだが……

「これちょっと前にやった小テストのやつだな……ご丁寧に名前は破られてるが」

「バスタオル姿でわからなかったが犯人はこの中にいる!

 

……四葉、白状しろ!」

「当然のように疑われてる⁉︎」

………まあ、四葉には悪いがとってても不思議じゃないんだがな。

 

「顔さえ見分けられるようになれば、今回のこともスキーの時みたいな一件も起きないだろうからな」

「それでこの髪型だったんだ」

「反省してます…」

 この姉妹の顔立ちは、ちょこちょこ違いはあれども基本的には同じなので、風太郎にはまだ早そうな気がするが……やる気に水を差すことはしない。

 

 

「あの五月はマスクさえなければ私たちもわかったんだけど」

「なんでお前らは、顔だけで見分けがつくんだ?」

 ニ乃の呟きへ問いかけた風太郎に、ニ乃と三玖が互いを見合わせて。

 

「は?」

「なんでって……」

 

 

「こんな薄い顔三玖しかいないわ」

「こんなうるさい顔ニ乃しかいない」

「薄いって何?」

「うるさいこそ何よ!」

 

 

 互いの顔についての評価が気に入らないのか、2人の間に火花が散っていた。

 

 まあ、この2人がこうなりやすいのは前の料理対決でなんとなく分かってるのでそっとしておこう。

 

「奏ニ、お前は?」

 風太郎も同じことを考えていたのか、俺に振ってきたので。

「一花は悪戯小僧、ニ乃はネコ、三玖は眠そうで四葉は能天気……五月はそれっぽくなければそうだぜ」

「悪戯小僧って、女の子の顔の評価じゃないよ?」

「最後、考えるのが面倒くさくなってませんか?」

「お前の場合は髪型が特徴的な分、顔は普通なんだよ……要はバランスがいいってことさ」

「そ、そうですか……それなら最初からそう言ってください!」

 実際考えるのが面倒だったのだが……世の中には知らない方が幸せな事もあるもんだ。

 

 俺と一花、五月がやりとりをしている隣で四葉が風太郎に。

 

「良いこと教えてあげます。

 

 

私たちの見分け方は、お母さんが昔言ってました。

 

 

「愛さえあれば、自然とわかる」って!」

 

「どうりでわからないはずだ……」

「抽象的すぎる……ともかく、俺の顔での見分け方はこんな感じだぜ」

「俺からみれば同じに見えるんだが」

「なら髪の長さとかで……」

 

 俺と風太郎で見分け方について話し合っている隣で、一花と五月が髪を解いた。

 

「もう戻しても良いかなー?

 

 なんで今日はそんな真剣になってるんだろ」

 すると……風太郎が、なんとその匂いを嗅ぎ始めた。

 

「え……えっ?」

「なんかキモ……」

「おいおい、それはアウトじゃねえか?」

 

 突然の奇行に三玖は困惑し、ニ乃と俺が引いた視線を送っていると風太郎は何かに閃いたように。

 

「これだ!お前達に頼みがある!

 

 

 俺を変態と罵ってくれ‼︎」

 

「………ッ‼︎」

 

 突拍子もないことを言い出したのに、俺は吹き出してしまった。

 

 そんな風太郎に引いた視線を送る姉妹達は少し話し合い…ニ乃が代表するように。

「あんた……手の施しようのない変態だわ……」

「そう言う心にくるやつじゃなくていい!」

 

 ニ乃はこう言う罵倒に関しては板につくと笑いながら考えていると、三玖が今度はホクロで見分けることが出来ると言い出した。

 

 

 しかし、こいつらの顔にホクロはなかったような気がするが……。

 

 

 だが、風太郎はお手軽な見分け方だと、嬉々としてどこにあるんだと聞く。すると……何故か三玖は仰向けに寝転がり。

 

 

「フータローになら、見せても良いよ?」

「ダメです!」

「どこのホクロ見せる気だ⁉︎」

 

 なんだかR18なことを言い出そうとしていたので、五月と俺が待ったをかけた。

 

「そもそも、犯人のホクロを見てないと意味がないでしょう…」

「それもそうか……」

 

 五月が風太郎を諭す隣で俺は体だけ起こした三玖に。

 

「そこまで出来るなら、いっそ既成事実でも作っちまうのも手かもしれないぜ?」

「え?………ああ……」

 冗談めかして言ったのだが……三玖は少しの間を置いてモジモジとし始めた。

「三玖さん?一体どうした?」

「……ま、まだ私たち高校生なのに、子供は早いよ……でも……フータローとの子供……あっ、ダメ……やめないで……」

「冗談で言ったのに本気にされちまった…」

「あんたはなんてことを唆してんのよ⁉︎

 ……三玖も、声に出てるから早く帰ってきなさい!」

 ただの戯言のつもりで言った言葉が、三玖の妄想の着火剤となってしまい、顔を赤くしたニ乃からツッコミを受けた。

 

 すると、一花が一石を投じるように。

「フータロー君……もしかしたら、この中にいないのかもしれないよ?」

「どう言うことだ?」

「落ち着いて聞いてね。

 

 

 私達には、隠された6人目の姉妹………六海がいるんだよ!」

「おい、一度に何人産んでんだ」

 

 平均出産人数を、一日で更新しすぎてギネスでも取れるんじゃなかろうか。

 

 そのことを打診しようかと口を開きかけた時。

「なんだってー‼︎

 

 む……六海は今どこに…」

「ふふふ……あの子がいるのは、この家の誰も知らない秘密の部屋……」

「なんだ、ただの作り話か」

「勝手にやってろ……となると、残された手がかりはこの答案用紙か」

「そうなるな……俺にもよく見せてくれよ」

 

 広げられた答案用紙を見ていくと……一枚ずつに文字の書き方や消し方、用紙そのものの状態が違う。

 

 

「1人が全て0点取ったとしても、こうも状態がばらけるもんかな……」

「名前の破られ方は同じだぞ?」

「そこが妙なんだよな……」

 

 こうして悩んでから少しして。

「………ややこしい顔しやがって!

 

 こうなったら最終手段だ。これを使わせてもらう」

 

 焦れたように叫んだ風太郎が取り出した紙は……問題集だった。

 

 

「はーい、一番乗り」

「んぁ……一花が一番とは珍しい」

 微睡んでいた俺の目を覚ましたのは、一花の終わった宣言だった。

 

 風太郎の最終手段とは、あの問題集を解かせて点が取れなかった奴が犯人……と言うより、筆跡を見比べる事だった。

 

 他のやつを見ると、目を回してるやつや手こずっている奴ばかりだ。

 

 あれ、そんなに難しい問題あったかな……?

 

「ソージ君?補佐とは言え君も家庭教師でしょ?居眠りとはお姉さん感心しないぞー?」

「だって眠いんだもん……お前もわかるだろ?」

「まあ、この時間は寝る時間だよねー」

「だろ?」

 そうして2人で笑い合っていると、呆れたような顔の風太郎が。

「おい奏ニ。んな事言ってるなら、ノート見せてやらんぞ」

「悪い悪い。……んで、どうしたよ」

「ああ……ちょっと犯人に話があってな」

 

一花の頭に答案用紙を乗せた。

 

「……お前が犯人か」

「……あれっ、なんで?筆跡だって変えたのに」

 

……いま、なんか他の奴らがホッとしたのは気のせいか?

 

 俺が目を向けると、露骨に目を逸らし出したので、気のせいではないようだ。

 

 そんな無言の応酬の横では、風太郎が推理していた。

「ここ……bの書き方。

 

 1人だけ筆記体で書くことは覚えてた。

 

 

 俺はお前たちの顔を見分けられるほど知らないが、お前達の文字は嫌と言うほど見てるからな」

 

………まさに勉強の虫に相応しい推理方法だな。

 

 

 そして、一花は……ガックリと膝をついた。

「やられた〜」

「フハハハハハハ!」

 

 高笑いをする風太郎に五月がそろそろと。

「あのー、一応私たちも終わりました」

「ご苦労。ひとまず採点を……」

 

他の4人分の答案を渡し、それを勝利に酔いしれるように受け取るが……すぐに怪訝な顔をした。

 

「どうした?」

「五月の「そ」……これ、あの答案用紙になかったか?」

「………たしかに、あったな」

 

 風太郎の確認に俺が答案を見ながら答えると、五月がビクッとした。

 

「………ニ乃のこの「門構え」と同じのも別のやつにあったぜ」

「……他は?」

 

 ニ乃が余計なことに気づきやがってと言わんばかりに、こちらを睨みつけ。

 

「三玖の「4」……四葉の送り仮名も全部違う紙にあるな」

「………」

 三玖が目を逸らし、四葉がお祈りのポーズを向けてきたが……もう言ってしまったから遅い。

 

 そして、風太郎がワナワナと震えたかと思えば。

「お前ら………1人ずつ0点の犯人じゃねーか!」

「………バレた」

 

 と、今回の結論を叫んだ。

 

「俺が入院してた途端これか………おい奏ニ!お前ちゃんとこいつらの勉強見てたのかよ⁉︎」

「見てたわ!見ててこれな俺の気持ちを考えろってんだ!」

 

 一応この範囲の小テストがあるからって事で釘を刺して、一通りやったんだが……どうやら、それっきり勉強をやってなかったようだ。

 

 落胆する俺と風太郎に、五月が囁く。

 

「上杉君……今日あなたが顔の判別にこだわったのは、昨日話してくれた5年前の女の子と関係があるのでしょう?

 

 

 私たちの中の誰かだったと思ってるんですね?」

「……あの写真の子の話か」

「写真の子?」

「奏ニにはそう話してるだけで同じ子を指してると思うぞ…そして、五月の言う通りだ」

 

「……なんか、物語みたいな関係性だな。お前ら」

 

 前に俺は「なんでそんなに勉強するんだ」と聞いた。

 

 その時に話してくれたのだが……こいつには初恋の子との約束がある。

 

 修学旅行で行った京都にて。

「一生懸命勉強して、必要ある人間になれるように頑張る」ってその子と約束をしたんだとか。

 

 そのためにこいつはここまで勉強をしていたのだ……まあ、呆れるほどに一途な奴だと言っておこう。

 

 そして、その初恋の子がこの中にいるとしたら………なんかもう、運命を信じない俺でも、運命めいたものを感じてしまう。

 

 

……おっと、らしくもなく感傷に浸ってしまった。

 こんなのは俺じゃない。こんな俺じゃ、アイツらに合わせる顔が……。

 

「……町谷君?」

「ん?」

「どうしたのですか?なんだか辛そうですが……」

「あら、まだ眠そうだったか?ならもう一眠りするかな」

 

 どうやら顔に出ていたらしく、五月が心配そうな目を向けていたので慌てて誤魔化していると。

「………と思ったが、この中で昔、俺に会ったことがあるよって人ー?」

 

 タイミングよく風太郎が話題を晒してくれた。

「何よ、急に」

「どう言うこと?」

 

 当然、寝耳に水と言わんばかりにニ乃や三玖が首を傾げている。

 

 すると、風太郎はなぜかホッとしたような笑みを浮かべて。

 

「そりゃそうだよな。

 

 そんなに都合よく近くにいるわけがねえ。

 

 

 それに………お前らみたいな馬鹿があの子のはずがねーわ」

「ば……馬鹿とはなんですか」

「0点取るようなやつを馬鹿って言うんだと思うが」

 

 ヒヤリとさせられた仕返しも込めて乗っかってやると、風太郎が頷き。

「そう言うことだ……よくも0点のテストを隠してくれたな?五月。

 

 今日はみっちりと復習……」

 五月に話しかけようとしたらしいがそれは………

 

「もしかして、わざと間違えてる?」

「……あれ?」

「フータローのことなんてもう知らない」

「す、すまん!」

 先程何度も訂正された三玖であり、拗ねた三玖に謝り倒すのをみんなで笑って見ている中で……俺はふと考えた。

 

 

 あの写真の子は、母親の遺影の前で泣いていた奴らの1人……つまり、本当にこの5人の中の誰かだったのでは?と。




いかがでしたか?

次回からは姉妹たちの心情が変化していく「7つのさよなら」に入っていきます。

 お楽しみに!


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第12話 期末前の亀裂

12話です。

今回からは「7つのさよなら」のストーリーに入ります。

ぜひ、楽しんでいってください。

奏二の秘密
胸か太ももか尻、どれが好きかと言う問題を長らく脳内で議論している。


「遅いですね……」

 

 期末試験が迫ってきた中で、いつもの勉強会をやるべく俺は中野家にやって来たのだが……何故か風太郎が来なかった。

 

「……休むって連絡もないぜ」

「折角みんな集まっているのに、何をして……」

 五月が首を傾げていたのでスマホを見るが……風太郎からの連絡はない。

 

「ねえ?アイツが来ないなら今日は休みで…」

「俺がいるから休みにはならんぞ」

 参加するようにはなったものの、まだモチベーションが低いニ乃に釘を刺しておくと、五月が焦れたように。

 

「ちょっと見てきます」

「脱走すんなよ?」

「しませんよ!」

 

 外に出て行ったかと思いきや。

 

 

「町谷君、ちょっとこっちに来てください!」

 

 

 慌てたような口ぶりで、俺を呼びにやってきた。

 

 

 何事かと思ってきた俺の目に飛び込んだのは、死んだような顔をして眠る風太郎の姿だった。

「死んだように寝てる……」

「コイツ、またやったな……」

「また?」

 

「コイツの習性だ。

 勉強のあまり朝までオールさ………ほら、起きろバカ野郎」

 五月に軽く返した俺が、地べたで眠る風太郎をゆすると。

 

「またやってしまった……勉強に集中しすぎて気づいたら朝だった」

 のそりと起き上がりながら、やっぱりそれだったことを白状した。

 

「勉強でそこまで集中できるか……本当、お前の頭はいったいどうなってんだ?」

「朝勉は効果的らしいぞ?」

「朝まで勉強することを朝勉とは言いません」

 一夜漬けが正しい表現だな。

 

 

「お前がおせーから、俺らで先に始めてたんだ。さっさと目を覚ましな」

 五月の後を追う形でリビングへ戻りながら風太郎に話しかけると。

 

「まあ、そう慌てるなよ……試験まで後1週間。

 

 俺だってただ闇雲に勉強してたわけじゃない」

 

 なんだか悪い顔を浮かべ出したので俺と五月は後ずさる。

 

「町谷君?私なんだか嫌な予感がするのですが」

「……奇遇だな。俺もだ」

 

 互いに引き攣った笑いしか出ないでいる前で、カバンを漁っていた風太郎は。

 

「……これを用意した!

 

 今回の範囲を全てカバーした想定問題集だ。

 

 人数分用意したので、課題が終わり次第始めてもらうぞ…これを一通りこなせれば勝機はあるはずだ」

 

 

 やたらと分厚い紙の束を取り出した。

 

「………!」

「良かったな五月。期末テストの攻略本だぞ」

 

 俺が冗談めかして言うと、呆気に取られていた五月はその紙束の受け取りを拒否した。

 

「や、やっぱ今日の約束はなしで!お引き取りください!」

「逃げんな!お前がこれをお引き取るんだよ!」

 

 だが、結局押し切られることになり顔を青ざめさせることになった。

 

 意外と感情表現が豊かな五月だが、その問題集を見て……負けたと言わんばかりに苦笑した。

 

「……呆れました。まさかこれが原因で徹夜したんですか?」

「そ、そんなことはどうでも良いだろ?

 

 

 お前たちだけやらせてもフェアじゃない。

 

 俺がお手本になんなきゃな」

「……だ、そうですよ?町谷君」

「生憎、誰かの手本になろうだなんて立派な志は持ち合わせちゃいないんでね」

 したいやつは勝手にすれば良いのであり、そんなものを意識してると肩が凝ってくるからな。

 

 ……まあ、さらっとこちらも頑張らざるを得ない状況にしやがった風太郎や、なんだか失礼な五月に文句の一つも言ってやりたいところだが……今日は勘弁してやろう。

 

 

「つーか、誰か逃げ出さないうちに行こうぜ」

「は、はい。そうですね……また二乃を引き留めるのは骨が折れそうですから」

「やたら休みにしようとしてたと思えば、そんなことしてやがったのか」

「成る程成る程……それじゃあ、一言灸をすえてやらねばならんな」

「あの…揉め事は勘弁してくださいね?

 

 時間は限られてるんですから、仲良く協力し合いましょう!」

 

 なんだか深夜のテンションを引きずってそうな風太郎と冷や汗をかく五月の後を追ってリビングへ向かうと。

 

 

「三玖、この手を退けなさい!」

「二乃こそ諦めて」

「はあ?あんたが諦めなさい」

「諦めない」

 

 

 二乃と三玖の間でチャンネル争いが勃発していた。

 

「みんなで……なんだっけ?」

「……仲良く、協力しあう筈だったんですが」

「はぁ……お二人さん、何やってんの?」

 

 

 風太郎が2人に話しかけると。

「今やってるバラエティに、お気にの俳優が出てるのに三玖が……!」

「この時間はドキュメンタリー……今日の特集は見逃せないのに二乃が……フータローはどっちの番組がいい?」

「勉強中は消しまーす」

「「あー⁉︎」」

 

 予想通りのチャンネル争いだったが、選ばれたのはバラエティでもドキュメンタリーでもなく、真っ暗闇だった。

 

 反応が被ったかと思えば、そっぽを向き合う2人を前に風太郎と一花がため息をつく。

 

「前から思ってたが、あの2人仲が悪いのか?」

「んー、どうだろう。犬猿の仲って奴?

 

 特に二乃はあんなふうに見えて一番繊細だから。

 

 衝突も多いんだよね」

 威勢のいいやつに限って豆腐メンタルってケースは、施設でもよく見たな。

 

 そう言うやつは、扱いに困ったものだ。

「はーい!みんな再開するよー」

 

 一花がそんな二乃達や四葉、五月に勉強の再開を促し。

 

「それじゃあ2人とも?

 

 

 これから1週間、私達のことをお願いします」

 

 俺たちにも、勉強会を始めるように促すのであった。

 

「……ああ、リベンジマッチだ」

 

 

 そんなこんなで勉強会が始まったのだが……新たな問題が発生した。

 

「あ、それ私の消しゴム!」

「借りただけ」

 

三玖が二乃の消しゴムを使い。

 

「……それ、私のジュース」

「借りるだけよ……まずっ⁉︎」

 

二乃が三玖の抹茶ソーダを吹き出し、またも2人の間に緊張が走った。

 

 やっと5人揃って勉強をするようになったのだが……それだけで上手くいくわけがないと言うことだ。

 

 

 そこで、どうしたらみんなで仲良く勉強してくれるかを試してみることになった。

 

 

作戦① みんな仲良し作戦 by四葉

作戦内容

「きっと2人は慣れない勉強でカリカリしてるんです。上杉さんがいい気分にのせてあげたら喧嘩も治まる筈ですよ!」

 

実践結果

 

「はっはっは!

 

 いやー、いいねえ」

 

 なんだその作り笑顔は。のっけから笑わせにくるな。

 

「⁉︎」

 ほら、三玖達もおかしなものを見るような顔してる。

 

「2人ともいい感じだね。

 

 なんというか……凄くいい!

 

 

 しっかりしてて……健康的で………

 

 

 良いね!うーん………偉い!」

「褒めるの下手くそ⁉︎」

「笑かしにきてるだろそれ!」

 

 褒めるところを考えてないのが丸わかりである。

 

「どうしたのフータロー?」

「気持ち悪いわね」

 三玖が心配そうな顔をする一方で、二乃は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「気持ち悪くはないから」

 

「本当のことを言っただけよ」

 

「それは言い過ぎ。取り消して」

 

「あれー?って事は、あんたも少しは思ったんじゃない?」

 

 

 これはもう失敗としか言いようがない。てか、笑いすぎて腹が痛い。

 

 

 

 てなわけで次の作戦だ。

 

作戦② 第3の勢力作戦 by一花

 

作戦内容

「あえて厳しく当たることで、ヘイトがフータロー君へ向くはず。

 

 共通の敵が現れたら2人の結束力が強まる筈だよ」

 

 

 と、ここで風太郎が難しそうな顔をした。

 

「どうした?ノンデリカシーはおまえの十八番じゃないか」

「どういう意味だ。一応それなりに頑張ってるアイツらに、強くいうのは心が痛む…」

「あなたにも人の心があったのですね」

「『一応』とか『それなり』ってつけてる時点ですでに失礼な気がするぞ」

 

 俺と五月のツッコミを聞かなかったことにした風太郎は、とりあえずやってみる事にしたようだった。

 

 作戦結果

 

「おいおい!まだそれしか課題終わってねーのかよ!

 

 

 と言っても、半人前のお前らは課題を終わらせるだけじゃ足りないだろうけどな!

 

……あ!違った!

 半人前じゃなくて5分の1人前か!

 

ハハハハハハ‼︎」

 

「ねえ、フータロー君なんだかイキイキしてない?」

「ストレス溜まってるんだろ。そっとしておいてやろうぜ……」

「お前ら、可哀想なものを見る目で見るんじゃない!」

 

作戦としては……これはお蔵入りで。

 

 俺と一花でヒソヒソやっていると、二乃が鼻をあかしてやると言わんばかりにノートを広げて見せたが。

 

「……そこ、テスト範囲じゃないぞ?」

「あれぇ⁉︎やば……」

 

 テストとは関係のないところをやっていたらしく、風太郎の指摘を受けて慌てふためいていた。

 

……でもまあ、コイツがこれだけ真面目にやってるんだし褒めてやるか。

 

「まあ、真面目にやってるのは「二乃……やるなら真面目にやって」

 

 フォローに入ろうとした俺の言葉を遮って、三玖がこの状況では戦犯のような言葉を放り込みやがった。

 

 範囲を間違えたとは言えコイツは真面目にやっていたのだから、ここはよいしょをする場面だったのに……。

 

 そして、案の定二乃は不貞腐れたように。

 

「こんな退屈な事真面目にやってられないわ!

 

 部屋でやってるからほっといて!」

「お、おい!」

 自分の部屋へと戻ろうとしてしまった。

 

 

「くっ……ワンセット無駄になっちまった」

 机に出された想定問題集に四葉がビクッとする隣で五月が。

「お手本になるんでしょう?

 

 頼りにしてますから」

 発破をかけるような事を言い、それを聞いた風太郎は二乃の後を追いかけ、引き留めた。

 

「待てよ二乃。

 

 まだ始まったばかりだ……もう少し残れよ。

 

 

 ただでさえお前は出遅れてるんだ。

 

 4人にしっかりと追いつこうぜ」

 

 

 すると……一瞬の不自然な沈黙の後。

 

「うるさいわね……何も知らないくせにとやかく言われる筋合いは無いわ!

 

 あんたなんかただの雇われ家庭教師……部外者よ!」

 

 

 目障りだと言わんばかりに指を突きつけた。

 

 そして、そこで風太郎の味方である三玖が黙るはずもなく。

 

「……これ、フータローが私たちのために作ってくれた。

 

 

 受け取って」

 

 どこか冷めたような目をした三玖が、問題集を突き出した。

 

「問題集作ったくらいでなんだって言うのよ。

 

 そんなの……要らないわ!」

 売り言葉に買い言葉というべきか、二乃がそんな言葉と共に払い除け……問題集は足元にばらけてしまった。

 

 

 完全に一触即発なムードに一花と風太郎が待ったをかけるがそれで止まるはずもない。

「ね、ねえ……2人とも落ち着こう?」

「そうだ、お前ら……」

 

 これなら、分断でもしておけばよかったと頭を抱える俺の前では、三玖が冷たくも圧のあるような声で。

 

「拾って」

 

 たった一言だけ告げた。

 それを受けた二乃が一瞬だけたじろぐ。

 

 それを見る限り、二乃もここまで大事にするつもりはなかったんだろうが……ここまで拗れた以上、プライドの高いアイツが引き下がることも出来ず。

 

「こんな紙切れに騙されてるんじゃないわよ。

 

 今日だって遅刻したじゃない!

 

 それでこんなもの渡して……良い加減なのよ!

 

 それで教えてるつもりなら大間違いだわ‼︎」

 

 追い詰められてやけにでもなったかのように、一枚を破り捨てた。

 

「……二乃!」

「三玖、落ち着け!俺は良いから……」

 そして……三玖が完全にキレて、二乃に詰め寄ろうとした時。

 

 

 

 

 

「……………え?」

 

 風太郎が三玖を止めた隙を突くように、五月が二乃の頬を張った。

 

 

 まさかの五月の行動に、その場の全員が凍りつく。

 

 

 

「……五月、お前何やって「二乃………彼に謝罪を」

 いち早く解凍された俺が五月に一言言おうとする前に、五月が裁判官の如くはっきりと二乃に宣告した。

 

 

 

 お返しとばかりに二乃が五月の頬を張る。

「五月……急に何すんのよ⁉︎」

 当然抗議もしてきたが、五月はそれに構わず問題集を拾い上げた。

 

「この問題集は上杉君が私たちのために作ってくれたものです。

 

 

……決して、粗末に扱って良いものではありません。

 

 彼に謝罪を」

 

 有無を言わさないような五月の言葉に二乃は動揺と困惑、怒りを交えたように。

 

「あんた……いつの間にコイツの味方になったのよ!

 

 まんまとこいつらの口車に乗せられたってわけね。

 

 そんな紙切れに熱くなっちゃって」

 

 そこで、三玖が一枚を手に取り二乃に見せた。

「ただの紙切れじゃない……よく見て」

「は?」

 

「待て、二乃の言う通りだ。俺が甘かった」

「あなたは黙っていてください」

 

 風太郎が二乃に謝ろうとしたのを五月が一蹴し、未だに落ちているプリントに目をやり。

 

「彼はプリンターもコピー機も持っていません。

 

……本当に呆れました。全部手書きなんです」

 

 風太郎が一晩かけて作り出した問題集の真実を明かした。

 

……まあ、コイツは電子機器に関しては音痴という理由もあるがこれは言わないでおこう。

 

「だから何よ……」

「私たちも真剣に取り組むべきです。上杉君に負けないように」

 

 五月が説得するように二乃に語りかけるが……俺が真剣に取り組んでないように言いやがった。

 まあ、いつもおちゃらけているから仕方ない部分もあるのだろうが………。

 

「二乃……」

「良い加減受け入れて」

 

 そんな俺の葛藤など関係なく事態は進み、一花が困った顔で名前を呼び、三玖が最後通牒のような言葉を突きつけた。

 

 すると、それを受けた二乃は唇を噛み締め。

 

「分かったわ……アンタ達は私よりコイツを選ぶってわけね」

 

 

 

「いいわ……こんな家出てってやる!」

 

 やりきれなさを滲ませたような顔で、出て行くと言い出した。

 

「……お前、ここ出て行っても生活どうすんだよ」

「そうです。こんなの誰も得しません!」

 コイツの気持ちはなんとなくわかるが、感情を先行させての行動はまずいので声をかけ、五月がそれに乗っかるが。

 

「前から考えてたことよ。この家は私を腐らせる…もうこれ以上我慢ならないわ!」

 もう後戻りできないと頑なになった二乃は、聞く耳を持ってないようだった。

「こんなの、お母さんが悲しみます。やめましょう!」

 

 五月が尚も食い下がっていると、二乃は一瞥して。

 

「………未練がましく母親の代わりを演じるのはやめなさいよ」

 

 まだ引きずってんのかと言わんばかりの一言に五月が凍りついた。

 

「二乃、早まらないで!」

「そうそう、話し合おうよ…」

 

 一花と四葉も仲裁に入るが、二乃は。

「話し合いですって?

 先に手を出してきたのはあっちよ!

 

 

……あんなドメスティックバイオレンス肉まんおばけとは一緒にいられないわ!」

「……」

 いかん、ちょっと吹きそうになった。

 

 

 不謹慎さには余念がないことに、我ながらびっくりしていると五月が先程の静かな怒りとは打って変わって、よくも言ってくれたなと言わんばかりの顔で。

「ど、ドメ……肉……⁉︎

 

 そんなにお邪魔なようなら私が出て行きます‼︎」

「あっそ!勝手にすれば?」

「もー、なんでそうなるのよー⁉︎」

 四葉の叫んだ通り、唐突すぎる家出宣言と共に五月が自分の部屋に駆け込み……二乃も同じく自分の部屋に。

 

 

 そんな、突然の大惨事に俺は。

「……ど、どうすれば………」

「もうどうにでもなーれ!」

「奏二⁉︎」

 

 バカにでもなったかのように笑うしかなかった。

 

 

 

 翌日。

 

 日曜日なので朝飯を作るのが面倒だった俺は、適当な喫茶店で朝飯を取ることにした。

 

 なにせ、朝のコーヒーを頼めば色々ついてくるからな。

 

 安上がりかつ、味も確かと一人暮らしの友と呼んでいい。

 

 そしてバイクに乗りながら……俺は三玖からきた連絡に、何度目かわからないため息をついた。

 

「はぁ……どいつもこいつもバカばっかだ」

 

 あの2人が部屋にこもってしまった為に、やれるようなムードでは無くなったので早めにお開きになった昨日。

 

 

 その後に再び喧嘩になったらしく、それで今度こそ本当に出て行ってしまったらしいのだ。

 

 

 

 そこで、俺たちは朝早くから集まり、風太郎と三玖のコンビと俺1人に分かれて2人を探すことにしたのだが……俺は探す気はさらさらない。

 

 なにせ、今回のことの発端は風太郎の遅刻と三玖の余計な深追いなのだ。2人にある程度投げるのも、お仕置きにはちょうどいいだろう。

 

 そんなこんなで俺は大きな橋を渡ろうとしたが………あるものに気づいた俺は、その下を思わず二度見した。

 

 

 何故なら………

 

 

 

「お仕置きどころか手助けしちまってどうすんだよ、俺……」

 そこには、見覚えのあるアホ毛が段ボールにくるまっていたのだから。

 

 

 

「い、生き返りました……」

「家出するのに財布忘れたって……お前、しっかりしてそうで詰めが甘いよな」

「……反省してます」

 

 喫茶店ではなく、俺の家にて。

 

 カップ麺をスープまで飲み干した五月が幸せそうに息を吐いた。

 

 因みに俺はコーヒーとトーストのみだが……もう、正直これ以上の料理を作る気は起きなかった。

 

 受け取った割り箸とカップをゴミ箱に放り込みながら言うと、昨日と同じ姿の五月は肩を落とした。

 

 どうやらこいつは家出した後に財布を忘れたことに気づき、一晩は橋の下で過ごしたらしい。

 んで、そこに俺が通りかかったわけだな。

 

咄嗟に保護したものの、どうしたもんか……

「……文無しじゃきついだろ。大人しく家に帰ったらどうだ?」

 

 とりあえず資金もなしに生活はできないだろうし、帰るように促すが五月が首を振った。

「嫌です。3人には悪いですが、今回ばかりは二乃が謝るまで帰りません」

「でもな……宿の当てはあるのか?友達の家とか……いや、それはハードル高いな」

「どう言う意味ですか?それ……

 と言うか、そもそもこんなことで頼れませんよ」

 

 こいつの交友関係を鑑みたと言うのに、何故俺はジト目を向けられなければならないのか。

 

 

 そうなると風太郎の家考えたが………アイツの家は今いる住民で容量がギリギリだ。

 

 これ以上人を入れたらパンクするかもしれない。

 

 

 と、知り合いの家を頭の中で検討していた俺に五月が。

 

「あの……もし、ご迷惑でなければここにいさせてもらえませんか?」

「………え?」

 

 顔を赤くしてまた意外な事を言い出した。

 

 

「なんでまた……一応部屋は余ってるけど、住民は俺1人だぜ?」

「その……先程凄んだ後で言うのは恥ずかしいのですが、あまり頼れる人がいないもので……」

「でも、お前……年頃の男女が2人で共同生活って……」

 

 一応こいつは同級生で生徒で、客の御令嬢だ。

 男女の関係になるには強固な壁はあるし、なんと言うか美味しい状況ではあるのだが………世間体的にどうなんだろうか。

 

「お前はそれでいいのか?」

「有事です。この際なりふり構ってられません」

「あらやだこの子、随分と積極的……」

 

 しかし、五月は覚悟を決めたようで頭を下げた。

 

「お願いします……上杉君の家に迷惑をかけるわけにはいきません。そうなるともう……あなたしか頼れないんです」

 

……しょうがねえな。

 こいつがここまで覚悟を決めたなら、俺がビビるのも馬鹿馬鹿しい。

 

「ちょっと臭うから、シャワー浴びてこい。お前風呂入ってねえだろ」

「に、臭う⁉︎………今回は、聞かなかったことにしてあげます」

 

 俺は、五月を持っていた鞄と共にシャワーに押しやって。

 

「……片付けますか」

 

 掃除道具を片手に奏一さんがかつて使っていた部屋に向かうのであった。

 

 

「気持ちいい……」

 一日ぶりに浴びたシャワーに、私は思わず息を吐いた。

 

……同級生の男の子の家で生まれたままの姿になっていると言うことだが、シャワーを浴びているのだからこの際仕方ないと言うことにしよう。

 

「……一応、念入りに洗っておきましょうか」

 

 彼はそんな事をしないと分かってはいるものの……状況的にそうなっても良いように体を念入りに……って、何を言っているんだ私は。

 

 

 でも、彼は空腹の私を助けてくれただけでなく、こうして世話まで焼いてくれる。

 

 そんな彼にお金のない私が、何をすればお返しできるかと考えたら………

 

「……もうちょっと、細い方が好みなのかな」

 

 二乃に言われた「肉まんお化け」を思い出し、私は自分のお腹に目を落とした。

 

「………って、違う。あくまでお掃除とかお料理で……」




いかがでしたか?

今回の二乃と五月の家出ですが、三玖が結構戦犯な気がするんですよね。

感想や評価の方をお待ちしています。


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第13話 月夜の再会

更新です。

オリジナル展開は原作の流れを壊さないようにするのが大変ですね。



 奏ニの秘密
 嫌いな食べ物はみょうが。


 五月がウチに泊まることになった日の夜。

「二乃は高級ホテルで籠城か…んで、連れ戻せずと」

「痛い所をつくな……で、五月はお前の家に。何というか落差がひどいな」

「ほっとけ……財布を忘れたアイツが悪い。

 

 兎も角、一花や四葉にも連絡したから当面はこのままだな」

「……今回はあのハードルがない代わりにこれか。うまくことが運ばねえな」

 

 五月と一緒にテスト勉強をした後、買い出しやら食事やらを終えた俺は、風太郎と今日の成果について話していた。

 

 ちなみに五月は疲れて眠ったようなので、聞かれる心配はない。

「俺は二乃の説得を何とかやってみるから、お前は五月の方を頼む」

「………二乃からさっき連絡きた。お前がしつこいから何とかしろって」

「……五月のことは?」

「伝えたけど、それが何だって一蹴さ」

「分かった……じゃあ、また明日学校で」

 

 

 そうして切られた電話をベッドに投げた俺は、先程話した二乃の事について考えていた。

 

 

「人を狂わせるのは、憎しみや恨みじゃなくて、愛しさ……か。何となくわかるかもしれない」

 

 中野二乃は姉妹達が大好きで、姉妹5人でいる事を大事にしている。

……他の姉妹もそれは同じなのだが、特に二乃は「5つ子だけの世界」

を大事にしているんだ。

 

 だから、俺たちが家庭教師として来たての頃にいろんな妨害工作を働いたのは、その5人の中に異分子である風太郎や俺が入るのを拒むためだと言われれば説明がつく。

 

 

 で、それを踏まえての今回の二乃が家出に踏み切った経緯を考えてみると……正直、これほどやりきれないものはそうそうない。

 

 二乃は5人の世界を大事にしている中で、俺や風太郎が入ってくるのに良い感情を持っておらず、また、俺達に順応していく姉妹達にも疑念のようなものが湧いていた……なのに。

 

 いつのまにか三玖は風太郎に惚れ、他の姉妹も俺や風太郎を受け入れてしまった。

 

 自分の守ろうとした世界が崩れていくのを何とか食い止めようとした矢先に、三玖から告げられた最後通牒。

 

 それは、自分が守ろうとしたものはとうにないと言われているようなものだった。

 

 自分の望まない空間にいれば、人はやがて歪み壊れていく。

……パワハラやら人間関係のもつれで鬱になるように。

 

 二乃が「私を腐らせる」と言って出て行ったのは……壊れた世界の破片で傷ついた場所が傷む前に、その場から逃げたのだ。

 

 

 そう考えると、今俺達がやろうとしていることは、二乃をまた望まない鳥籠に連れ戻そうとしているだけなのかもしれない。

 

 

 だが……こうなった理由は、二乃が他の姉妹達を大切に思っていたからだ。

 

 そんな二乃がもし、それっきりで他の姉妹ともう話すことができなくなってしまったら………あの豆腐メンタルは、きっと大ダメージを受ける。

 

「もっとこうしておけばよかった」って。

 

 愛や恋なんてあんまりわからない俺でも、その後悔と痛みだけはよく知ってる。

 

 

「あんなのを何度も味わうのは、俺だけで十分だ。

 

……お前には渡さねえぜ、二乃」

 小さな決意を胸に、とりあえず何か策を練ろうとパソコンを立ち上げていると、ドアがノックされた。

 

 

 ドアを開けると、そこにいたのはジャージ姿の五月。

「どうした?お化けでも出たのか?」

「違いますよ!……って、もしかして出るんですか?」

 

 俺が適当に言った冗談に、五月はどういうことだと言う顔で震えだした。

「出ない………で、冗談はさておきどうした?あんだけ食った後の夜食は太るぞ」

俺のネタバラシと忠告に、五月が心配は無用だと言わんばかりに。

「脅かさないで下さい!……それに間食しなくてもいいように、沢山食べてきたので大丈夫です」

 そういう五月に、夕飯に行った焼肉の食べ放題を思い出す。

……もう、あそこは出禁になるんじゃないかと思うレベルの食いっぷりだった。

 回転寿司とかだったら一人で50皿とか行くんじゃないだろうか。

 

 って、だいぶ脇道に逸れたな。

「…んで、本題は?流石におしゃべりしたいだけとかはないよな?」

 

 俺がようやく本題に入ろうと聞いてみると。

 「あなたに聞いて欲しい事がありまして。

 

 今日は月が綺麗に見えますし………少し、歩きませんか?」

 夜のお散歩のお誘いが舞い込んできた。

 

 

 

 

「少し曇ってしまいましたね。折角今日は月が綺麗に見えていたのに」

 

 適当に夜道を散歩している中で、五月が曇った空を見て顔を顰めた。

 

「まあ、いつも綺麗ならそれが普通になっちまうぜ?

 

 こういう時があるからこそ、綺麗だと思えるのさ」

 

 諌めるように返事をしながら、歩いているが……すでに会話がない。

 

 いや、夜の静かさを堪能してると言えばいいのか……。

 

「そう言えば、風太郎から聞いたけど三玖が心配してたらしいぞ?」

 

 とはいえ、話したいことがあるのに静かさを堪能する意味はないので話を振る事にした。

「……今回ばかりは二乃が先に折れるまで帰れません」

「そうは言っても、ウチじゃああの家みたいな生活ランクは提供できないぜ、お嬢様?」

 

 一応、家族や奏一さんの遺産や万事屋の収入、株などをやっている事で一人で暮らしていく金はある。だが……それは今の生活ランクを維持していればの話であり、あの5つ子の家のような生活ランクに引き上げるのは難しい。

 

 

 そんなことを話すと、五月は苦笑して。

 

「それに関しては心配いりませんよ。

 

 私達は数年前まで、町谷君よりも貧しい環境で生活してましたから」

 

 と、懐かしそうに昔のことを教えてくれた。

 

 

 曰く、今の父親……要するに中野医院の院長と再婚するまでは、極貧生活だったとのこと。

 

 まあ、シングルマザーで5人養うとなれば当然の話だな。

「けれども、女手ひとつで育ててくれた母は体調を崩し、入院してしまって………」

「大したお袋さんだな……あの葬儀の時、「お母さんになります」って言っていたやつの気持ちが少し分かった気がするよ」

 

 その先を言わせるのは忍びなかったので、横取りするように言葉をかけると、五月は驚愕と納得の表情で。

 

 

「やはり、あの時の男の子はあなたでしたか……」

「そういうお前は星ヘアピンのやつか。奇妙な偶然もあったもんだ」

 

 俺も、どことなく感じていたものがようやく繋がった事を何となく悟る。

 

 母親になろうとしたアイツと、母親代わりをやっている五月は…同一人物だったのだ。

 

「そうですね……でも、そう考えると確かにあの男の子は、あなたしか考えられません」

 

 

 

 

 少しだけ昔話をしよう。

 

 俺と奏一さんが、この五月達の母親…「中野 零奈」さんの葬儀に手伝いとして参加した時のことだ。

 

「優一。この人が話があるそうだから5人を同じ部屋に集めておいてくれ」

 

「あいよ……連絡はケータイでいいか?」

「おう。充電は大丈夫か?」

「ノープロブレムだぜ」

 

 誰かと話していた奏一さんにそう頼まれた俺は、式場であるボロアパートの中を探し回っていた。

 その娘達は5人で、皆同じ容姿をしていた。

 だから、一人見つけても誰かは分からないので5人でまとまっていてくれるとありがたい……と、願っていたら。

 

 運良く奥の部屋で泣いてる5人を見つけたが、出る雰囲気でなさそうなので様子を伺っていたんだっけな。

 

 

「うわぁあん!

「……病死じゃ避けようもねえだろうに、何を大袈裟な」

 

 この時の俺は、暮らしていた施設が突如として壊滅し、そこにいた人達と死別したばかりで……もう、命の重さなんて忘れていた。

 

 命なんて簡単に無くなっていくし、無くならなくてもどうせいつかは無くなる。

 それは他人の命も、家族の命も……自分の命も同じものだ。

 

 なくなったことでクヨクヨするより、そいつの分まで今ある自分の命を生きようとした方がマシだ。

 

 それが俺のやろうとしてることの根底にあるし、今でもそう思うことがあるが……この時はそれが顕著だった。

 

「でも……これが普通なんだよな」

 命のひとつひとつに重みを感じ、その死を悲しむ……それこそが本来あるべき姿であり、この頃の俺は完全に壊れていたんだ。

 

 

 そんな俺の、羨望やら軽蔑やら諦めなどが混じったような目に気づいてないようで……5人は母親を失った痛みに震えている。

 

「お母さぁん!」

「うっ……うう……っ」

 

 しっかし、本当によく似た5人だな。

 

 うさ耳リボンが「四葉」で星のヘアピンが「五月」ということ以外、父親らしきおっさんに紹介されても誰が誰だかわからない。

「やっぱり……体調良くなってなかったんじゃん……」

 

「もう……いないんだね……」

 

 眠かったのであくびを噛み殺していると、その中の一人が壁に目を向けてその流れを断ち切った。

 

「いるよ」

 

 てっきり幽霊でも見えてんのかと少し近づくと………その顔に流石の俺も当時ながらにこれはまずいと思った。

 

「いるんだよ。お母さんは私たちの中に……

 

 

 

 これからは私がお母さんに………お母さんになります」

 

 目は絶望に浸っているのに口元はやけに吊り上がり……何というか、アイツらの死に目に立ち会った時の俺もこうはならなかった。

 

「五月……」

 誰かはわからないが……名前を呼んだ顔にあったのは紛れもない恐怖。

 それほどまでに、あの時の五月は痛々しかったんだ。

 

 

 そして、そんなこいつらを見て俺はため息を吐き。

 

「やめとけやめとけ。出来ねぇ事は言うもんじゃないぜ!」

 

 思わず、口を挟んでいた。

 

 

 

「あの時、突然入ってきたものだからびっくりしましたよ」

「バレないように忍び込むのは、あの頃からの得意技だったんでね」

「それで、あの後随分と言ってくれましたよね…あれ、結構ショックだったんですよ?」

 

 俺はジト目を向けてくる五月を宥めて。

「あの時のお前は、言葉を選ぶ事を忘れさせるくらいにやばかったからな。

 

 荒療治でもなんでもやらないとまずい……ってなったんだよ」

 

 あの時の俺を動かしていたものを思い返すと……多分、ほっとけなかったんだろうな。

 

 すると、懐かしむような目で月を見ていた五月がこちらに向き直り。

「でも……あの言葉があったから、今の私になれたように気がします」

 そう苦笑した。

 多分、あの後こいつが目指したものは、母親そのものではなく……

「母親代わりか……まあ、空回り気味だけどな」

「一言余計です……まあ、うまくいかないのが現状ですが」

「それだけ目指すものは大きいって事だろ?」

「……そうですね」

 

 少し雲が止んできた所で、再び俺達はあの頃へと戻る。

 

 

 突然姉妹の誰でもない声が響き、その方向を振り返るとそこには一人の男の子がいた。

 

 背丈は私たちと同じくらいだが……見た目が兎に角特徴的だ。

 

 

 服は神父さんが着るような服で、髪は三つ編み。

 

 瞳は私たちの物よりも明るめの青だった。

 

 今をして思えば、何でこんなに特徴的な見た目をした彼のことを忘れていたのかと驚きを隠せない。

 

 だが…問題はそこじゃなくて彼の言った言葉だ。

 

 

「あなたはお手伝いに来ていた子でしたよね?いったい何なのですか?」

 

 みんながお母さんがいなくて悲しんでいる。

 

 だから私がお母さんにならなければいけないのに、彼はそれを出来ないと言い切ったのだ。

 

 

 そんな失礼なこの男に詰め寄ろうとした私だが、彼は動じる様子もなく、ケータイを取り出して。

 

「こんな面で母親やろうってのかい」

 そこに写った私の顔を見せてきた。

 

 そこに写っていたのは……お母さんのものとは程遠い、怖い顔だった。

 

 記憶の中のお母さんの顔を、この時の私のものに置き換えたら……ゾッとする。

 

 そうして、何もいえなくなった私の前で呆れたような顔をした彼はこう聞いてきたのだ。

「大体、お前は何で死んだ母親になろうとしてるんだ。もし、自分の苦しみを娘達にも味わえとか言うんなら、飛んだろくでなしだぜ」

「そんな事ない!」

 

 なんでお母さんのようになりたいのか、わからないけどなろうとしたところにいきなり否定され。

 

 更にはお母さんを馬鹿にされたような気がした私は思わず彼に掴みかかっていた。

 

 でも……掴みかかってもどうしたらいいのかもわからずに、私は泣きじゃくることしかできなかった。

「そんな事ないもん……そんな事、絶対にないもん‼︎」

「五月!……君も、冷やかしに来たなら帰って!」

「すぐに帰るさ……だが、こいつを何とかしてからな」 

「………」

 一花が私と彼の間に入ってこようとしたが、彼は一瞥だけして再び私に視線を向けた。

 

「皆、お母さんが死んじゃって悲しんでる……だから、私がお母さんになって、みんなを守らないといけないのに、何でそんな事いうの?」

 

 そのどことなくバカにしたような顔に、私は問い詰めた。

 すると、少しの間が空いて。

「お母さんになる必要がないからだ」

 

 目から鱗と言わんばかりに予想外な事を言い出す。

「みんなを守りたいって気持ちはお前さんのものだ。なら……お前として守ればいいのさ。わざわざ他人になる必要はないぜ?」

「でも……そんなのどうやって」

 

 すると、先ほどのバカにしたような声音とは打って変わった優しい声で。

「そこで姉貴やお母さんのやり方の出番だろ。それを踏まえた上で自分でやり方を考えな」

 

 そこまで言って、彼は「誰かは知らないけど話があるらしいから、そこにとどまってろ」と言って外に出て行った。

 

 そして私は……

 

「私は……お母さんのように、みんなを……自分のやり方で」

 

 

 悲しみの迷路から、引っ張り出されたような感じを彼の言葉に覚えていた。

 

 

 

「……あの時のあなたの言葉がなかったら、今の私はなかった。

 

 

 本当に、ありがとうございました」

 

 その時を思い出した私が町谷君に頭を下げると。

 

「そう思うなら、早く二乃と仲直りしろよ?

 

 

 できなくなっちまったら……全てが遅いからさ」

 

 悲しげな瞳で告げた町谷君の顔が、月明かりに照らされてはっきりと映し出されていて。

 

「………は、はい…」

 

そこに触れてはいけないような気がした私は、そう頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 翌日。

 

 

「………なあ、なんか遠くね?」

「ここから一緒に登校していたら、同居してることがバレてしまいます!」

 

 月曜日で祝日でもないため、当然俺たちは学校へ向かうのだが……五月は俺の後ろから数メートル離れてついてきていた。

 

 正直これだとストーカーのようだがこいつは分かっているのだろうか。

 

 そうして俺と五月は数メートル越しに話をするが……そういえば気になったことが。

 

「うちに来た時に、制服とか学校のカバンって持ってたっけ?」

 

 五月が持っていたのは、下着やら私服、例の問題集などが入った大きなボストンバッグくらいで、今着ている制服とかはなかったはずだ。

 

 

 そう思った俺が聞いてみると、五月がああそれならと反応して。

 

「一昨日、四葉に持ってきてもらいました」

「………その時に財布も持ってきて貰えばよかったんじゃないか?」

 

 そんな俺の言葉に対して宥めるように。

「私も後から気づいたのですが、忙しそうだったので……」

「忙しそう?………そういえば昨日、三玖も四葉と一花は用事とか言ってたけど、なんかあるのか?」

 

三玖の言葉を思い出してまた聞くと、五月は聞いてないのかと言わんばかりに。

 

「え……聞いてないのですか?

 

陸上部の助っ人で、大会前の練習があるらしいですよ?」

 

「ほう?どういうことか詳しく聞かせてもらえるか?」

 

 五月の教えてくれた情報に、風太郎が詳しい情報を催促したので、ついでにそっちも聞こうと………

 

 

 

ん⁉︎

 

「風太郎⁉︎」

「上杉君⁉︎」

 

 いつのまにか近くにいた風太郎が、どういうことだと言わんばかりの顔で、俺たちに詰め寄ってきた。




いかがでしたか?

次回は偽零奈さん登場と四葉の陸上部騒動に触れていければなと思います。

それではお楽しみに!


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第14話 あの日からのさよなら あの日へのさよなら

生活環境が少し変わったもので、投稿が遅れました。

それではどうぞ。


 奏ニの秘密
 いつも三つ編みにしているが、時間がない時はポニーテールにしている。


「……テストまであと4日だってのに、なんで俺は……」

 

 三玖により財布を届けられた五月に連れてかれたのは、かなり高そうな服屋だった。

 

……いや、高そうではなく実際に高い。

 

 よくこんな高いもんをポンポン買えるなと、改めておぜうの金銭感覚に慄いていると、試着室のカーテンが開き。

 

「……どうですか?」

 

 そこには真っ白いコートと帽子を身に纏った美女がいた。

 

 

 いや、中身は紛れもなく五月だが……外見が全然違うのだ。

 

 

 特徴的なウェーブの髪は見る影もないほどにストレートで。

 

 赤みがかった髪は、桃色というか桜色というか……兎も角ピンク色になり。

 

 いつもの真面目そうな目つきは、人懐っこそうな丸目となっていた。

 

 

「………すげえや、写真のまま純粋に真っ直ぐ育ったみたいだ」

「普段の私が、真っ直ぐ育ってないみたいな言い方やめてください。

 

……でも、その様子だとかなりいい感じみたいですね」

 

渡された写真と見比べながら感想を言うと、いつも通りのジト目に戻った。

 

「悪い悪い……でも、こんな突飛な事して効果あるのかよ?」

 

 五月に提案された事を思い出しながら聞く俺に。

 

「何もしないよりは上杉君の心が軽くなるかと」

「……そう言うもんかね」

 

 五月はそんな言葉と共に再び試着室に入っていった。

 

 

 あの時五月から話を聞いた風太郎が四葉に問い詰めたところ、四葉は陸上部の助っ人をしながら風太郎の作ったあの問題集をやっているんだとか。

 

 

 だが……アイツにそんな両立ができるとは思えないし、陸上部も、テスト期間の日曜日にまで普通にやるようなところだ。

 

 

 そうなると、ろくな勉強ができていない可能性もある。

 

 

 そんな四葉やホテルに籠城した二乃をなんとか勉強させようと風太郎は動き、俺は残った3人に勉強を教えているのだが……風太郎がなんだか日に日にやつれている気がするのだ。

 

 

 で、そうなると俺も動くかと思い始めた頃に、似たような事を考えていた五月に「手伝って欲しいことがある」と頼まれていまに至る。

 

 そうして、その服を着たままの五月の後をついていく道すがら。

「例の初恋の子に化けて、過去への踏ん切りをつけてもらおうってか?

でも……」

「でも?」

「いいのかい?風太郎が出会ったその子は……」

 

 ここに来るまでに、五月から聞いた話を思い出して確認すると、少し悲しそうな顔の後。

 

「分かってますよ。その女の子は私じゃありません。

 

 でも、その女の子との約束が、今の彼を苦しめている。

 

 それなら……私はそれを解き放ってあげたい。

 

 それが、今の私にできる事ですから」

 

 そんな五月の言葉に俺は意外さを感じていた。

 

 

 これは言わば思い出の子を騙って風太郎を騙す事だ。

 

 抜けてるところはあれども、基本は真面目な五月がこんな手段を選ぶようになるとは。

 

 その変化を喜ぶべきなのか、危ぶむべきか……

 

 

「ま、他人の変化にケチつけるなんて野暮は無しだな」

「何か言いましたか?」

「何でもねーよ」

 

 なんかこれデートみたいだなとか、アホな事を考えながら五月の後をついて歩いていると、やがて大きな川の近くの遊歩道にて。

 

 

「……あいつ、あんなところにいた」

 

 先ほどから話に出ていた風太郎を発見した。

 

 

 

 

 

 

 

「試験まで残り4日………どうしたら、アイツらがまとまってくれるんだ」

 

 俺は、水面を見つめながら一人呟いていた。

 

 誰かが否定も肯定もしてくれるわけでもない一人の今、思考はどんどんと加速していく。

 

「ここで俺が溺れたりしたら、全員心配して集まってくれたりして………」

 

もちろん、マイナスな思考もその例から漏れないため、俺の思考はどんどんヤバい方へと……

 

 

「いや、ありえねー……そんなわけないよな」

 

 その思考を慌てて中断するが、一つだけ間違ってないことがあった。

 

 

 俺のやり方が間違ってたんだ。

 

 

 信用されて………頼られて。

 

 

 勘違いしていたかもしれない。

 

 

 他人の家の姉妹の仲を取り戻そうだなんて……人当たりのいい奏ニなら兎も角、今の俺には過ぎた役割だった。

 

 

「あんたなんて来なければ良かったのに!」

 

 二乃に言われた言葉が妙に反響する……今の俺にとってはこれ以上ないほどの正論だから。

 

……そうだ。最初から間違っていた。

 

 家庭教師の領分を外れて、俺はアイツらの事に首を突っ込み過ぎた。

 

 自分が突っ込めるほどの度量も技量もないくせに。

 

「勉強は大切だが、それだけで必要とされるなんて思ってるなら……それは大間違いだぜ?」

 

 昔、奏ニに言われた事がまさに現実となったのだ。

 

 

 そうだ。大間違いだ……なんとかしてやりたいが、今の俺には何もできないのだ。

 

 

 そんな、何もかも間違えた俺は……

 

「俺は、アイツらには不要だ」

 

 

 と、ここまで思考が進んだ時だった。

 

 

「また…落ち込んでる」

 

 遠い昔でも、鮮明に覚えている記憶と同じような声がして、振り返ると。

 

 

「やっぱり君は変わらないね。上杉風太郎君」

 

 そこには帽子を深く被っているが、あのとき出会った子の面影を持った少女が俺の名前を読んで立っていた。

 

 

「久しぶり」

 

 

 

 

 

 

「あーはいはい、久し……ぶり……だなっ。

 

 ああ!

 

 俺、今から用事あるから。じゃあな!」

 

「………あいつ、本当こう言う対話苦手だよな」

 少し離れたところからドローンとレシーバーで様子を伺っていた俺は、吹き出しそうになるのを堪えていた。

 

「おっかしいなー…頑張って当時を再現してみたんだけど」

「いや、そうも顔隠されちゃ思い出せるもんも思い出せん」

 確かに、あの写真では帽子かぶってなかったもんな。

 

「あー……これは許して欲しいな。

 

 こっちにも事情があってね」

 具体的には、ご立派なアホ毛様の事だ。

 

 本当、あのアホ毛はどうなってんだと考えていると五月は胸元から何かを取り出した。

 

「これならどうかな」

 筒のようだが……この状況で乾電池な訳がないし、多分お守りだろう。

 

 でも……アイツのことだからワンチャン乾電池出しててもおかしくはない。

 

 

 ツッコミがいないことで失礼な想像が止まらない俺だったが、風太郎がその場から走って逃げ出したのを見て慌てて操作した。

 

 

「どうして逃げるの?」

「俺はまだ、お前には会えない」

「なんで!」

 

 たしか、誰かに必要とされる人間になる……そうアイツは約束したはず。

 

 どうやら、ここ数日の出来事ですっかり自信を無くしてしまっていたようだ。

……馬鹿野郎が。少なくとも三玖はお前のことを必要としてるぞ。

 

 なんたって俺が教えてると風太郎を催促して来るんだからな。

 

 人は案外、近くのものを見落としがちなものさ。

 

 

 そんな事を考えていると、五月は風太郎の生徒手帳を人質にボートへと誘導した。

 

 

 

 

「ほーら、あそこまで着いたら返してあげるよー」

「ハァ……ハァ……もう限界……」

 

 あの写真の子……と言うか「昔の私」を真似た私が、上杉君を扇動すると、上杉君は疲れ切った顔をしていた。

 

 いくらなんでも体力なさすぎではないだろうか。

 

 そんな事を考えながら水面を眺めていたら、視線を注がれたので微笑むと、上杉君は思い出したかのように。

 

 

「……俺、そういえば名前知らない」

 

 と、名前を聞いてきた。

 

 そう言えば、名前まで考えてなかった。

 

 

………お母さん、名前をお借りします。

 

「そうだなぁ。

 

 じゃあ……零奈。

 

 私は零奈。

 

 5年ぶりだね」

「零奈………」

 

 

「風太郎君も元気そうで安心したよ。

 

 イメチェンはびっくりしたけど、高校デビュー?」

 

 ほぼ毎日会っている顔に、さも5年ぶりにあったかのような事を言っていると言う可笑しさに、笑いが出てしまわないかと心配になっていた私だが。

 

「なんでここに…」

上杉君は、初恋の子がここにいる理由を知りたいようだ。

 

 

 

「今の君に会うため。

 

 聞いたよ?

 

 あれから頑張って勉強して、学年一位になって。

 

 

 今は家庭教師してるんだってね………すごいよ」

 

「……ちょっと待ってくれ。なんでそこまで知ってる⁉︎」

 

 しまった。細かく喋り過ぎた。

 

………よし。

 

「三つ編みの男の子に君と会いたいって話をしたら…」

「奏ニか。………アイツ、余計なこと話してないか問い詰めねえとな」

 

 三つ編みの彼をでっち上げると、上杉君が頭を抱えながらそんな事を言いだす。

 

 

……町谷君には、後で事情を説明しよう。

 

「どんな生徒さんなの?教えてよ」

 

 とりあえず、私の方へ話を向けないとなので話を促すと。

 

 

「信じてもらえるか分からないんだが、教えてるのは5つ子で……」

「うんうん…」

「……意外と驚かないんだな」

「あ!5つ子って本当にいるんだ!ドラマでしかみた事ないよ!」

 

 危ない危ない。もっと演技をしないと。

 

 冷や汗をかいていると上杉君は苦笑して、私たちのことを語り出した。

 

「そいつらが困った事に、馬鹿ばかりなんだ。

 

 

 長女は夢追い馬鹿。 

 

 どうせ叶いっこないって言ってはいるんだが……まあ、根気だけはあるみたいだな。

 

 だが、馬鹿だ」

 

 まずは一花。

 

 

 「次女は身内馬鹿。

 

 こいつは姉妹贔屓ですぐ噛み付いてくる………だけかと思ったが、今はよくわからない。

 

 だが、馬鹿だ」

 

 次は二乃。

 

 

「三女は卑屈馬鹿。

 

 初めは暗くて覇気のない顔をしてたんだが……近頃は見るたび生き生きしていて安心している。

 

 

 だが、馬鹿だ」

 

 

 三玖。

 

 

「四女は脳筋馬鹿。

 

 1番の悩みの種だが……やる気はあって頼りになるところもある。

 

 

だが、馬鹿だ」

 

 

 四葉。

 

「五女は真面目馬鹿。

 

 こいつとはまず相性が悪い。

 

 だが、本当はやれる奴だ。このままじゃ勿体無いな……。

 

 

 だが、馬鹿だ」

 そして私だが……驚いた。

 

 あの上杉君が、ここまで私たちのことを見ていたとは。

 

 なんだか照れ臭くなって……おっと危ない。

「と、まあこんなところだが……どうした?」

「ううん、何でもないよ!

 

……でも、そうだなぁ。びっくりした。

 

 

 真剣に向き合ってるんだね。

 

 きっと君は、もう必要とされる人になれてるよ」

 

 話題を晒すかのように笑顔で言うと、上杉君は一瞬だけ目を見開き、またすぐに俯いて……聞いたこともないような暗い声で。

 

 

「いや……俺はあの日から何も変わってない」

 

 

 と、自戒を込めたように呟いた。

 

 四葉に頼まれたこともあるけど、落ち込んでいる彼を元気づけたいと、彼の初恋の子として現れたのだが……今の彼にとってこの初恋は呪いになりつつある。

 

だから……

 

「そっか。じゃあ………君を縛る私は、もう消えなきゃね」

「?なんて……」

 

 

 私の呟きを聞き返した上杉君の言葉を遮るように、池の中にあった噴水が水を噴射した。

 

「噴水だ!」

「普通に危ねえ……」

 

 丁度いい。このムードに乗ってしまおう。

 

「冷たーい、逃げろー!」

「また俺任せかよ!」

 

 私は、上杉君に発破をかけてボートを漕がせた。

 

 

「風太郎君遅ーい!」

「おまえも少しは手伝え‼︎」

 

 私の言葉に悪態を返す上杉君だが……口元は緩んでいる。

 

 そんな彼を前に、罪悪感が湧いたが……演じ切らなければ。

 

 

 せめて、彼にとっての最後のロマンスとして……楽しいものにしてあげたかったから。

 

 

 

 船着場に着いた私は、息が上がっている上杉君にお礼を言ってボートから降りた。

 

 ああ、そうだ。

 

 

「じゃあ、これは返すね」

 彼に学生手帳は返してあげよう。

 

 

 そう、学生手帳"は"。

 

 

「でも……これは返してあげない」

 

 そうして私が見せたのは……彼が学生手帳に忍ばせていたあの写真だ。

 

 顔色を変えた上杉君が何かを言う前に、私は言葉を続ける。

 

「私はもう……君に会えないから」

 

「なっ……俺を呼び止めておいて、どう言うことだ。

 

 

 

待ってくれ……頼む!」

 

 懇願を口にした彼に、私は懐からお守りを出して……彼に渡した。

 

 

「自分を認められるようになったら、それを開けて」

「なっ……どう言う……ッ⁉︎」

 

 

 これ以上振り返ることができなかった私はその場を立ち去ろうとして、上杉君に止められたが……彼は足を滑らせたのか池に落ちた音がした。

 

 

 なぜ、振り返ることができなかったのかって?

 

 

 

 

 

 

「………さよなら」

 

 

 この行為が誰にとっても救いのないものだとわかってしまったから。

 

 

 

 

 

 

「………だめ、辛いのは四葉なのに……」

 彼にとっての初恋の子………それは、四葉だった。

 

 でも………四葉は黒薔薇を退学になったあの日から、自分を抑え込んでいる。

 

 

 四葉は………ずっと、上杉君のことが好きだったのに、私に今回「初恋の女の子」として会ってほしいと言ったのだ。

 

 

 そうして、今こうして彼に自分の事を忘れてほしいと伝えてくれ……と。ここまでが四葉の指示だ。

 

 

 でも、それは四葉にとってどれだけ辛いものかは想像に難くない。

 

 

 そして……四葉がそんな辛い選択をしているのに、それを止めることができない自分が悔しい。

 

 

 彼の為とわかっていても……こんなに誰も救われない話があるだろうか?

 

 

 家で騒動を引き起こして、姉妹達を心配させてしまった自分への不甲斐なさや、そのやり切れなさに打ちのめされたような気分だった。

 

 

 そんな中でも……私は泣かない。

 

 

「こんな状況を招いた私が、泣く資格なんて………」

 

 そんな資格はないから……涙だけは零すまいと強く口を噛み締める私に、いつのまにかこちらにやって来ていた町谷君が。

 

 

 

 

 

「お前、やっぱりあれだけが理由じゃなかったみてえだな」

「町谷………君………」

 ため息と共に私に声を掛けてきた。

 

 

「えっと………その………」

 正直、今は慰めないでほしい。

 

 

 

 

 弱い私は、きっと縋り付いてしまうから。

「……気づいてたんですか?」

 

 何とか平静ぶって話をすすめようとするが、彼はそれも見抜いているのか。

「そんな爆発寸前みてーな顔してりゃ、なんとなく察しがつくもんさ」

 

 

 ダメだ。このままじゃ……自分からボロを出してしまいそうだ。

「………大丈夫です。私はしゃんとしてなきゃいけないんですから、泣いたりしません」

「おいおい、先手のつもりか?」

 そうして、話を終わらせようと必死になっている私に、町谷君は。

 

 

 

 

「そんな泣き顔で言われても格好つかねえよ、全く……」

 

 どこが呆れたような声で、私の肩に手を置く。

 

 

 

 

「ま、町谷君……?」

 

 

 そして。

 

 

「……泣いても良いんだぜ?」

「……⁉︎」

 私をまっすぐに見据え、私の感情の弁に槌を振るってきた。

 

 

 その、聞きたくなかったのに……聞いてしまった言葉に、私はひび割れた弁から溢れないように必死に抑えようとしていたのに。

 

 畳み掛けるように彼は軽く微笑み。

 

 

「……だから、人は泣けるんだろ?多分」

「…………」

 私の押さえ込もうとしていた感情に、赦しを与えてしまった。

 

 

「………」

 その言葉が。

 

 言葉に込められた優しさが、傷ついた心に染み渡る。

 

 

「今まで……よく頑張ったな」

「クッ……ウウッ……!」

 決壊したダムから水が溢れるように、赦しを得てしまった感情は目から涙となって、口から呻きとなって溢れ出す。

 

 

「ウッ……アアアアア………!」

 

 四葉に対してか。

 

 上杉君に対してか。

 

 はたまた……こうして私を気遣ってくれる町谷君に対してか。

 

「後は俺に任せとけ」

「町谷君……四葉ぁ……ごめんなさい……!

 

 ごめんなさい………!」

 堪えきれずに縋り付いた彼の胸の中で、誰に対してかわからない謝罪をする私。

「立ち上がるのに邪魔なもんは……この際まとめて流しちまえ」

「ウグッ……ヒック……」

 でも、こんな私を優しく受け入れてくれた彼は、そうして私を赦してくれる。

 

 

 そんな彼に、私は感謝と共にほんの少しの憎らしさを覚えた。

 

 

「本当……ずるいです………!」

「ずるくて結構。それが俺のいいところさ」

 私が私を赦せないのに、あなたは私を赦してしまうのだから。

 

 

 

「ここから先は………俺のターンだ」

 

 

 

 

 

 

「ふっ……ううっ……!………うぁああ……‼︎」

 意地を張っていても色々と限界だったのか、やがて泣き出してしまった五月。

 

 

 その、静かでも確かな慟哭は。

 

 泣き喚かれるよりもキツいものがあるんだが……まあ、それほどまでに自分を追い詰めていたってことだ。

 

 

 

 そして……これはもう、俺も真面目に解決に乗り出すしかねえ。

 

 

 

 

 

 そんな決意と共に、泣き疲れて眠ってしまった五月を、タクシーにおぶって運び。

 

 

 

 

 

「……アンタは来ないと思ってた時期が、私にもあったわ」

「まあ、今回ばかりは後に引けないんでね」

 

 二乃が泊まっている部屋に堂々とやって来て、呆れたような視線をもらっていた。

 

 思えばコイツとはあれ以来話してなかったので、感動の再会って奴だな。

 

「その為に同じホテルの部屋借りるなんて、私も予想外よ」

「近くで張り込むのは、潜入の基本さ」

 

 

 

 軽口で視線を受け流しながら、二乃の座っているソファーの向かいに座り。

 

「それで、お前はいつまでここにいるつもりだ?」

「いつまでだっていいでしょ⁉︎

 

 アイツにも言ったけど、期末試験なんてどうでも良いわ!」

 

 

 問いかけると、目を逸らしながらそう叫んだのでその視線の方へと歩いて、再び目を合わせる。

「……なによ」

「……お前には聞いてほしいことがある」

「勉強しろとか、仲直りしろとかなら聞かないわよ」

 

 そんな視線の応酬の後で、再びテーブルを挟んだ向かい合わせとなり。

 

「お前の気持ち的に、今のあのマンションがいて辛い場所ってのは分かるが……意地を張り続けた結果、アイツらと2度と話せなくなっても後悔しないのか?」

 

 そう問いかけると、二乃は目を見開いて。

「い、いきなり何言ってんのよ…」

「命なんて、ふとした時に簡単に無くなっちまう。

 

「いきなり」にも程があるくらいにな」

 

 いつも通りに帰ってきた俺の目に飛び込んできた、無数の冷たくなった家族に、消えゆく命の断末魔………かける相手を無くした言葉。

 

 すぎた事にたらればなんて意味がないとわかっているのに、あの日から俺は、救えたかもしれない命や伝えることができなかった事について後悔し続けている。

 

……人の死に慣れた今の俺でもこうなんだ。姉妹の仲を大切にしている二乃が同じ状況にあったら……どうなるかなんて、想像したくない。

 だから、こんな痛みを負うのは俺だけでいい。

 

「あの痛みを背負うのは、死神の俺だけでいい……他の誰にも渡さない」

 そうしていれば、他の誰もその痛みを負うことはないから。

 

 

 軋む心にあらためて楔を撃った俺がそう告げると、二乃は。

「………何があってアンタがそこまで言う理由は聞かない。

 

 でもね……私だって半端な覚悟でこうしてるわけじゃないの」

 

 俺に視線を合わせてはっきりと返し……そこからゆっくりと語り始めた。

 

「私たちが同じ見た目で、同じ性格だった頃。

 

 

 まるで、全員の思考が共有されているような気がして居心地が良かったわ。

 

 

 でも、5年前から変わった」

 

 その5年前とは、恐らく母親が死んだ頃だろう。

 

 そして、繋がりに安らぎを感じる二乃にとっての変化は。

 

「みんな、少しずつ離れていった。

 

 

 一花が女優をしていたなんて知らなかったし、五月があんな事をするようになるなんて……信じられなかったわ。

 

 そして、五月に関してはアンタのせいね」

「そうか?母親代わりとして変わっていっただけだろ」

 その繋がりが薄れていく事………自分の気持ちを共有してくれる相手がいなくなっていく事だ。

 

 

「まるで、五つ子から巣立っていくように……私だけを残して、ね。

 

でも……私だけが、あの頃を忘れられないまま。

 

 

 髪の長ささえ変えられない……だから、無理にでも巣立たなくちゃいけない。

 

 

 一人取り残される前に」

 

 そこまで聞いた俺は、二乃に聞く。

 

「本当にそれでいいのか?」

「いいのよ……過去を忘れて、前を向いていかなくちゃいけないんだから」

 

 すると、諦めと未練が混じったように苦笑した。

 

 

 確かに常に変わっていく時間や、他人の心を止める事はできないし、それは受け止めなくてはいけない。

 

 だが……

 

「お前も十分変わってるんじゃないか?

 

 少なくとも、前のお前ならこうしてサシで話すこともしなかった」

「………」

 

 思えば最初に俺に噛み付いてきたのはコイツで、その時は障害として捉えていたのだが……今のコイツをそうだとは思えない。

 現に、噛みつかれてないしな。

 

 大体3ヶ月くらいでこうなってるんだ。

 

 5年もあればかなり変化するだろう……少なくとも、部屋の隅でピーピー泣いてたあの頃からはな。

 

 

 そうして少しの沈黙があったが、それを破ったのは五月からの起きたと言う連絡だった。

「何かあったの?」

「……五月が起きたみたいだから、そろそろ帰らせてもらうぜ」

 それを二乃に伝えると、どこか同情するように。

 

「そう……アンタも大変ね」

「そう思うなら、手伝ってくれよ」

「お断り」

 

 そんな応酬の後に、俺は部屋を出ようとするが……一言だけ言いたいことがあった。

 

「……なによ」

「変わっていく中でも、変えちゃいけないものはある……それだけは、忘れるなよ」

「……わかってるわよ」

 

 そうして俺は、今度こそ二乃の部屋を後にした。

 

 

「全く、どいつもこいつも素直じゃねえなぁ…」

 机の上にあった、テープで補修された問題集の存在を知りながら。

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 五月に提供している部屋にて。

「よし、とりあえず解けたな」

「ええ……それにしても、二乃も解いてたなんて…」

 

 俺は、五月があの問題集を解く手伝い……要するに家庭教師をやっていた。

 

 ついでに、二乃と話したことも報告している。

「あの日だって、アイツは場所は違えどちゃんとやってたんだ。

 

 

 それを三玖が妙な方向に持っていかなければこうはならなかったはずだぜ」

「本当、すみません……二乃の気持ちも考えてあげなければいけなかったのに、それを失念してました」

「反省してるなら何より……それより、二乃から聞いたが風太郎はかなり落ち込んでたようだぞ」

「……それだけの事をしてしまったという自覚はあります」

 

 二乃から聞いた話によると、池に落ちた風太郎は二乃のいるホテルにやってきて、その様子があまりにおかしかったので話を聞くべく上げたんだとか。

 

「あと、お前のことも話してた……曰く、昔はあんなことする子じゃない。なんだか知らない子になったみたいだとさ」

 

 俺のせいだとも言われたが……五月が自分で変わっていっただけだと思う。

 

 

 謂れのない疑いに離れた場所から遺憾の意を表明していると、五月が少し心外そうに。

「……私からしたら、二乃も変わってるんですよ?

 

 前にホラー映画を一緒に見にいった時も「恋のサマーバケーション」という恋愛映画を面白そうと言ってました。

 

 私としては「生命の起源〜知られざる神秘〜」がいいと思うのですが……町谷君はどっちがいいと思います?」

 

……どっちも見ないジャンルだが、とりあえず。

「二乃のチョイスは分からんでもないが、お前のチョイスが奇天烈すぎるぜ」

「そ、そんなあ⁉︎」

 センスの良し悪しとは意外と本人はわからないもんだ。

 

 ちなみに俺の推しは「翔んで佐賀」だ。

 あのくだらなさが妙にツボなんだよな……。

 

 

 そして、自分自身の変化も。

「まあ、そこに関しても後で話を聞くとするさ……んじゃ、おやすみ」

「ええ、お休みなさい……あと、今日はありがとうございました」

「気にしなさんな」

 そうして眠るべく自分の部屋に戻ろうとした時、スマホに着信が届いた。

 

 相手は……一花だ。

 

 

「一花から……?」

「一花……差し支えなければ、私にもお話を聞かせてください」

「おう」

 

 首を傾げながらも電話に出る。

 

「やっほー。五月ちゃんとはどこまで進んだの?」

「一緒にショッピングに行ったよ。ついでにホテルでご休憩だ」

「え、ええ……あの五月ちゃんがそこまで」

 

 予想外と言わんばかりの声を上げる一花に、次はどう言おうかと考えてたら、後から頭を引っ叩かれた。

「誤解を招く言い方しないでください‼︎」

「に、二度もぶった!親父にも殴られたことないのに!

 

 てか、エロい展開にならなかっただけで事実じゃねえか!」

「それならそう前振りを、しっかりとしてください!」

「あははは……やっほー、五月ちゃん。元気そうで何よりだよ」

「おかげさまで……えっと、お久しぶりですね。一花」

 

 顔を赤くした五月が息を整えてるのを横目に本題に入ろうと話を促す。

 

 

 すると。

 

「四葉の事なんだけどね………その、当事者同士で解決できればと思ってたんだけど、どうやらそうもいかないみたいなんだ」

「……例の陸上部か。うちのクラスのやつにも聞いたけど、結構部長が強引なやつらしいな」

 

 あと、四葉がチョロいのもあるが。

 

 俺の反応に、そうなんだと笑った一花は。

 

「それでね……私もできる限りのことはするけど、力を貸して欲しいんだ」

 

 

 と、少し焦りを感じさせるような声で、新たな依頼を舞い込ませた。

 




いかがでしたか?
前回紹介し忘れた事があったので改めて。

優一
奏ニの本名。

次回は四葉陸上部解放作戦となります。

ぜひ、お楽しみに。


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第15話 四葉解放作戦 風が去るは嵐の如し

お久しぶりです。

期間開けた割にはクオリティーが微妙かもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。

奏二の秘密
取り返しのつかない嘘はつかないが、ジョークや冗談を会話に入れないとなんか落ち着かない。


「あれだな……四葉のリボン、目印としては一級品だからすぐわかるぜ」

 

 期末テストまで後3日。

 一花からもらった情報をヒントに、俺は朝練をやっている陸上部を後ろから張り込んでいた。

 

「それで……どうするのですか?」

 ドローンを操作している俺の後ろには、眠そうな顔をした五月がいる。

 

 流石に他人を自分の家で1人にさせるほど、俺は間抜けじゃないのだ。

 

「お前はもう知ってるだろうが、もうじき高校生駅伝っていう大会があるんだ。

 

 その為にアイツらはテスト期間を使ってまで練習をしているのさ……ここをベースとしてな。今はちょうど終わろうとする頃だぜ」

 

 陸上部員の知り合いから聞いた話を五月と共有しておくと、なるほどと頷いて。

「それで、四葉は助っ人を辞められずにいる……って事ですよね」

「ああ。四葉がきっちり断ってくれれば問題ないんだが……アイツの性格と部長の性格じゃあ望みは薄い」

「部長の性格?」

 

 あとついでに、そいつに教えてもらったのは……部長の性格についてだ。

 

「結構押しが強いらしいんだ。そして、その大会に対するモチベーションはかなりのもので……そんな奴が、お人好しで体力もある四葉をそうそう手離すと思うか?」

「むしろ、なんとかして囲い込みたい……ってなると思います」

「そういう事さ」

 

 要は、練習に出ざるを得ない雰囲気を作っているって事だ……あと、顧問が「赤点取らなければいいよ」というスタンスらしく、あんまり関わってこないのもまた問題だな。

「でも、あの問題集をやっていればテストは……今回は、ノルマがないんですよね?」

 ちなみに今回は、前回のようなノルマは設けられてないが……仕事をやるなら結果を残したいと言うのが、俺と風太郎の共通意見である。

 

 それに、まだ希望はあると言わんばかりの五月には悪いが、あの問題集の問題を四葉がわかるとは思いにくい。

「無いけど、今の四葉の成績であの問題集を解くのは他の奴らの力を借りればできるだろうが、それを理解するのは多分無理だ。

 

……ましてや、部活との両立なんて夢のまた夢だな。

 

 それを感じたから、一花達が俺と風太郎に助けを求めてきたようなもんだろ」

「……それもそうですよね。それで、町谷君は何をやろうとしているのですか?」

 

 状況を軽く説明し終えると、五月が改めて何をするのかを聞いてきたので、満を辞して話すとしよう。

 

 

「現状に対する反抗心を煽る。

「あとは卒業するだけの部長のエゴのせいで、俺たちは勉強できない」……的なやつをな。

 それを沸かせて、現状を続けることに対してのデメリットを強く認識させて譲歩を引っ張り出すんだ。

 まあ、部員でも無い四葉は本来拘束される義務がないわけだが……この際もののついでだな。

 だから、まずは協力者……要は不満を口にしてるやつを急いで見繕ってるってわけさ」

「頑張ってる人たちの水を差すようで、あんまり好ましくないのですが……」

 

 それを聞いた五月は、予想通りにいい顔はしないが……手段を選ぶにはあまりに時間がなすぎる。

「今回は期間が期間だ。綺麗汚いにこだわる余裕はないぜ……だから五月。今回はこんなことに付き合わなくていいぞ?」

 

………真面目で純粋な五月を、汚すような真似はしたくない。

 

 こんな汚れ仕事は、俺みたいに慣れてる奴がやればいい。

 

 そう思いながら品定めをしていると、五月が俺の隣に座って。

 

 

「お気持ちはありがたく受け取ります。でも……あなた1人に頼り切るのはもうやめにしました」

 

 と、俺の目を見てそう告げてきて。

 私だって、四葉を助けてあげたいんです。だから……」

 

 

 

「私にも、なにか協力をさせてください」

 

 と、覚悟を決めたように笑いかけてきた。

 

 

 正直、この作戦において五月が必要なことはない。

 

 

 真面目なコイツに謀略系は無理だろうし、情報収集にしてもある程度はもうやってある。

 

 だが……不思議と断る気にはなれなかった。

 

「………しょうがねえな」

なんというか、少しだけ気持ちが楽になったような気がしたから。

 

 よくわからないけど悪くはない…そんな不思議な感じがしながらも、俺は照れ隠しも兼ねていっそう獲物探しに精を出すのであった。

 

「……あの男子生徒はどうですか?テスト勉強があんまりできてないらしいですよ?」

「1年坊主か……なら、知り合いに連れてきてもらうかな」

 

……少しだけ楽しそうにしているあたり、存外俺が抱く印象もあてにならないようだが。

 

 

 

 昼休み。

 

「町谷、頼まれてたやつを連れてきたぞ」

「どうも……その、自分に話ってなんですか?」

 

 陸上部に関する情報をくれた陸上部員「加藤」に頼んで、その1年生を図書室に連れてきてもらった俺は、なるべく警戒されないように片手を上げた。

 

「よくきてくれた…まず、自己紹介からな。

 

 俺は町谷奏ニ……そこの加藤の知り合いだ」

「どうも……自分は山田と言います。加藤先輩が先輩が勉強を教えてくれるって言うからきたんですけど…」

 

 そう名乗ると、山田は緊張と困惑で首を傾げていた。

 

「加藤、普通にお悩み相談のプロとかでいいだろ」

「いつからプロになったんだ……俺の嘘の方がまだ普通じゃねえか」

 

 ヒソヒソとやっていると山田はますます怪訝な顔をしているため慌てて向き直り。

 

「悪いな。実はお前さんが部活が忙しくて勉強できてない事をそこの加藤から聞いて、ちょっと手助け出来るかもって思ってな。それで、代わりと言っちゃあなんだが、少し頼まれてほしいんだ」

 

 ちなみにこの場に五月はいない。

 アイツには俺とは別の作戦で動こうとしている風太郎の手伝いをを頼んであるからだ………まあ、昼休みのアイツに飯を食わせなければ、下手すりゃ放課後には電池切れなので飯に行かせたのもあるが。

 

 

 因みに、昨日落ち込んでいたらしい風太郎は何かを吹っ切ったのか、教室で見た限りではいつも通りに戻っていた。

 

 よくわからないが、元気そうで何よりだ。

 

「ええと……確かに、テスト週間くらいはテスト勉強したいと思ってましたけど……その、お恥ずかしながらあまり成績が良くない物で」

 

 この場にいない風太郎に少し安堵していると、山田は恥ずかしそうにそう白状した。

「朝早く練習があって、放課後も夜遅くまで練習。そして次の朝練に備えて早く寝ないといけないから、時間なんてほとんど取れないよな……わかるぜ」

「中間の時はちゃんと休みを取っててくれたんだけどな…やっぱり高校生駅伝がでかいわ」

「だが、駅伝に優勝しても進級にはなんの影響はない。

 ……しかし、期末でこけると進級が危うくなる可能性がある」

 

 加藤にそう返すと、どうやら山田は中間での成績があまり良くなかったようで、それもそうだなと頷くだけだった。

 

 

「それで……自分は何をすればいいんですか?」

「同じように勉強で苦戦してる奴に声をかけて、勉強したいって雰囲気を出してもらってくれ。

 

 あとは……部長の発言を録音しておいてほしい。

 

 特に、部活を優先するような言葉はな」

 そうして俺はボイスレコーダーを山田に手渡した。

 

 

 

 その日の放課後、山田から大変なことになったと報告を受けた俺が、五月と共に待ち合わせに指定したファミレスに向かい。

 

 

ドリンクバーのコーヒーを片手に、その大変な事を記録した音声を聞いていた。

 

「朝の乱入者はあったものの、今日は一日お疲れ様。

 

 

 だけど、みんなまだまだ伸び代があると感じたよ………

 

 

 そこで、この土日に合宿を行う」

 

 そう、なんとテスト前の土日で合宿をやると言い出したのだ。

 

「あの、土日は休みだったと思うんですけど……それに」

「山田の言う通りですよ。期末テストがあるのに……」

「あのね、2人とも?

 

 土日や試験を気にしてるような甘い考えじゃ、大会2連覇はできないよ」 

「す、すみません!」

「そんな無茶な……」

 

 ここまでのやり取りでわかるように、山田と加藤が待ったをかけるが、部長に一蹴されている。

 

「おいおいマジかよ……」

「そうですね……これでは四葉が」

 

 五月と顔を見合わせていると、山田が不思議そうな顔で。

「それって、中野先輩のことですよね?なんで町谷先輩の彼女さんがそれを知っているんですか?」

 

 首を傾げながら聞いてきた。

 

「か、彼女⁉︎違いますよ、ただのクラスメイトです‼︎

 

 それに、四葉は私の姉で……」

「彼女ではないが、コイツは四葉の妹の五月なのは間違いないぜ」

 

 慌てる五月を宥めながら理由を話すと、一応は納得してくれたようだ。

 

「そ、そうですか……それで、中野先輩にはかなり期待しているようで……続きを聞いてください」

 

 

「中野さん……あなたは走るために生まれてきたの。

 

 私があなたを立派なランナーにしてあげる」

「は……はい………」

 

………なるほど、これは相当強引な奴だ。

 

 そして、こう言うタイプは人の話を聞こうとしないのがまたタチが悪いんだよな。

 

「こう言う感じで……」

 

 山田がため息と共にそう締め括ると、五月が結構御立腹なようで。

 

「四葉がいる理由を、そんな簡単に決められたくありません」

……と、絞り出すように言葉を発した。

 

 まあ、五月ならこうなるだろうと思ったが……正直、俺もこの傲慢さには相当頭にきた。

 

 一人一人がなんのために生まれてきたかなんて、自分でもわからない物を他人が易々と決めて良いもんじゃない。

 

 人の存在理由を、自分の都合でいいように決めようとする奴を俺は許せないのだ。

「山田、その合宿の集合場所は?」

「はい、6時に学校ですが……」

 

 俺は、少しビビった様子で答える山田にわかったと返し、五月と互いに頷き。

 

 

「明日、俺がその部長と話す……そして、必ずお前らの勉強時間を勝ち取ってやるぜ」

「そうですね。善は急ぐものですよ」

 と、二人揃ってやる気満々であった。

 

 なお、後にその時の様子を山田から聞いたが……あまりに目がガチで、頼んで大丈夫だったかと少し悩んだとのこと。

 

 

 

 

 翌朝。風太郎に一花と合流した俺と五月は作戦の段取りを決めながら四葉達陸上部が校門にやってくるのを待ち構えていた。

 

 因みに一花は四葉から「辞めちゃダメかな…」と本音を聞いて、部長と話をしたいそうだ。

……どうやら、一花的にも看過はできないようだ。

 

 

「じゃあ……今、二乃のところに行っている三玖が、四葉のフリをして戻って来るから、その時にフータロー君が……」

 作戦としては、二乃の説得に向かっている三玖が四葉の格好をして出発時間までにやって来て。

「何とかして四葉の注意を惹きつけるから、その隙に四葉になった三玖が、辞める意思を伝える。そして、それが無理そうなら……」

 

 風太郎が四葉をこっちに掻っ攫ってから、三玖と入れ替えて話をして。

 

「私と一花、町谷君が四葉の格好をした三玖について話をするんですね」

 話が進まないなら俺、一花、五月も偽四葉の味方として加勢すると言う流れだ。

 

 因みに三玖の行動についてだが……どうやら、二乃がホテルを変えたらしく、その場所を知っているのが三玖しかいないからである。

「ああ……それでダメなら顧問と話すしかねえな」

「ソージ君、何だか悪い顔してるね」

「話だけしか聞いてないけど、俺例の部長みたいなタイプは嫌いなんでね」

 

 冷や汗をかいている一花に軽く返答しながら、作戦の起点となる偽四葉を待っていると、一花のケータイがなった。

 

 三玖から着くって言う連絡だろうが、一応スピーカーにしてもらって通話の内容を聞いてみると。

 

 

「一花……今すぐホテルにきて、助けて欲しい。二乃が……」

 

 

 まさかのまだホテルにいると言う大コケの連絡だった。

 

 

 

 

 陸上部は、一旦学校に集まってから駅に向かうとのこと。

 

 つまりは、目の前で出発したアイツらが電車に乗るまでになんとかしないといかず。

 

 三玖と二乃を心配した一花はそのホテルへと走って……残された俺達は。

 

 

「……なあ、本当にこの作戦やるのか?」

 

 史上最高に頭が悪くなってしまったこの作戦をやろうとしていた。

 

 

 何とか先回りした所で、風太郎発案のさっき作戦をやろうとしたのがきっかけだったが……いた人材が最悪としか言いようがないのだ。

 

 

 まず、一花は三玖と二乃の下に行き、三玖はホテルにいる。

 

 そこで残っているメンツでさっきの作戦をやろうとすれば……まあ、偽四葉をやれるのは1人しかいない。

 

 そして、その1人が……

「ぶ、部活を辞めさせていただきたく……」

「違う!もっとアホっぽく!」

「〜〜〜ッ‼︎無理です!こんな役目もう辞めたいですー!」

「それだよ、それ!」

 

 風太郎の熱血アホ講座に根を上げている五月である。

 

 要は五月を四葉とする方向にシフトしたわけだな。

 

 しかし……

「大事なことだからもっかい言うけど……なあ、本当にこの作戦やるのか?」

「勿論だ!見ろ……今の五月を。少なくとも見た目は完璧に四葉だ!」

「どこが完璧なんだよ、頭から下だけじゃねえか!」

「町谷君……」

 本気でコイツ、一回病院に連れて行った方がいいのではなかろうか。

 五月も、助けてくれと言う熱い視線を送ってきてるし。

 

 そもそも……

「四葉を引き剥がすとか言ったけど、お前どうやるんだよ」

「そうですよ、簡単に言いますが……」

 何だか穴だらけに思えてきた作戦の内容を、改めて確認しようとすると、風太郎は大きく息を吸って。

 

 

 

 

 

 

「痴漢だ!

 

 

 痴漢が出たぞー‼︎」

 

 と、大声で叫んだかと思うとどこかへ走り去ってしまった。

 

 そして、朝早くから出た痴漢魔を追う1人の勇敢な少女が、うさ耳リボンを靡かせて……

 

「そこの人、とまりなさーい‼︎」

「乗っちゃうのかよ……」

「四葉……」

 

 こちらに見向きもせずに、風太郎の後を追いかけて行った。

 

 つまり、痴漢の真似をして逃走を図り、それを四葉に追いかけさせることで引き剥がした………と。

 

 

「捨て身すぎだろ……」

「え、ええ………でも、ここまできたらやるしかないですね」

 まさかの方法に頭を抱えて言葉を漏らす俺に苦笑いしていた五月は。

 

「町谷君……私、行きますよ」

 と、覚悟を決めたように陸上部の元へと向かった。

 

「……これ、ボイスレコーダーな。あと、この際派手にぶちかましてこい」

 幸運にも、この惨状を逆手に取った揺さぶりも思いついたし。

 

 

 

「はあ……はあ………逃げられちゃいました」

 陸上部の方々の前に出た私は、いつバレるのかとヒヤヒヤしながら四葉を装って話すと、部長らしき人が心配そうに声をかけた。

 

「もー、いきなり走り出すからびっくりしちゃったよ。

 

早くしないと予定の電車行っちゃうよ」

 

 しかし、四葉ではなく練習の心配をするその言い方に文句の一つでも言いたいが……今の私は四葉だ。

 

 四葉を演じなくては。

「すみません。……私、合宿にはいけません」

「え?

 

 あなた……何やってるの?」

 

 

 私は、普段の四葉を思い出しながら不思議そうな顔をするその人に。

 

「私、部活を辞めたいです………」

 

 と、辞意を告げると。

「何で?」

 

 と、そんな事を言われるとは思わなかったと言わんばかりの顔をした。

 

「試験は来週ですし……」

 それならと理由を説明しようとしたわたしに、陸上部の部長は。

 

「違う違う。

 

 

 私が言いたいのは………なんで、別人が中野さんのフリしてるの?」

 

 当たり前だろうが、私たちの作戦をあっさりと突破してきた。

 

「いや、何を言っているんですか?部長……私です、四葉ですよ?このリボンを見てくださいよ」

 一応悪あがきはしてみるが……

 

「うん。似てるけど……違うよね。

 

 だって、髪の長さが違うもん」

 

 この作戦における致命的な欠陥を指摘してきた。

 

……まあ、私としても何でこれでいけると思ったのか問いただしたいのが本音だけど。

 

 

「あんなにやる気のあった中野さんが、そんなこと言うはずないもん。

 

 

 中野さんは五つ子だって聞いたし……あなたは姉妹の誰かかな。

 

 

 何でこんなことするの?」

 

 時間を奪われて怒っているのか、言葉の節々に圧のようなものが掛かってきている。

 

 

 これはもう、本当の私で話をするしかないと言葉を言いかけた時。

 

 

「よく言うぜ……部員でもない奴を囲んでおいてなあ?」

 

 

 

 呆れたような言葉とともに、町谷君が私の隣に並び立った。

 

 

「……君がこれを考えたの?私達は急いでるんだから、邪魔しないでもらえるかな」

「……なら聞くが、何で俺がこれを考えたと思う?」

 

 苛立ちを抑えるような声で聞いてくる部長に、質問で返してやると部長は眉を顰めた。

 

……まあ、赤の他人に近い俺が明確な理由を持って自分達の邪魔をしているんだし、当然か。

 

 

「知らないよ。他校のスパイとか?」

 吐き捨てるように言う部長に、俺はやれやれとため息をついて見せ。

「俺はそれほど暇じゃない……ただ、クラスメイトのコイツから頼まれてね。俺はそれを遂行してるまでさ」

 

 五月を指さしながら理由を明かすと、視線を五月に向けて。

 

「何を心配してるのか知らないけど、中野さんのことに関しては心配いらないよ。

 

 中野さんは、今回の合宿に関しても快諾してたからね」

「アレを快諾って言うか……その割には随分と強引だと思ったけどな」

 

 まさか、自分達の話の内容も知られてるとは思わなかったらしい部長が、俺に警戒の目線を向けた。

「随分と物知りだね。ウチに盗聴でもしたの?それなら顧問の先生に突き出すよ」

「いやあ、あんたのやり方が気に食わないって言う協力者がいたもんでね。そいつが録音してくれたのさ」

 

 

 ボイスレコーダーを見せながら答えるとさすがに予想外だったのか、部員達に疑惑の目線を向けた。

 

「おいおい、あんた自身が招いた結果だろうが」

 すると、部長はハッとして。

「……まさか、その協力者って中野さん?」

「誰かは言えねえな」

 

 五月の姿を見て思い付いたのか、あり得ないと言う顔をしながら答えたのをぼかした所で………本題に入らせてもらおう。

 

 

「疑心暗鬼になってくれた所で、本題だ……

 

 

 この合宿を自由参加にしてもらえないか?そうすれば俺はこれ以上何もしないが……

 

 

 嫌だと言うなら、陸上部の顧問にこの事を話す」

 俺がはっきりと要求を告げると、小馬鹿にしたように部長は返した。

「……名前も名乗らない人に、いきなりそんな事要求されたくはないな。それに、そのやり方もよっぽど強引じゃない」

「なら名乗ってやるよ。

 俺は町谷奏二………逃げも隠れもするが、手段は選ばない町谷奏二さ。

 

 そして、強引には強引をぶつけるくらいが丁度いい」

 それに……顧問に話すと言った瞬間に少しビクッとしたのを俺は見逃してない。

 

「そういえば顧問にはちゃんとこの事を話して、許可をもらってるんだよな?

 

 期末前の土日に、土日両方つぶすような合宿を入れる事を。

 

 部員の成績を落としにいくような事をよ」

 

 

 たしか、あの顧問は赤点さえ取らなければいいと言うレベルの放任らしいが……流石に赤点になる可能性を高めるような真似を許しはしないだろう。

 

 それを聞いた部長は少しの間を置いて。

「……私たちの話を聞いてるならわかるだろうけど、甘い考えで2連覇を狙えるほど、高校生駅伝は甘くない。

 

 それは顧問だって分かってるだろうし……言ってもあまり意味はないんじゃない?むしろ、危ないのは君の方じゃないかな」

 今度は俺に揺さぶりをかけてきた。

 

 勿論、この要求には俺にもリスクがある。

 

 それは、赤の他人が陸上部の会話を盗み聞きしていたと言う事実がある事であり……その実行犯である事を明かすなら、それ相応の処分は喰らうだろう。

 

 だが、俺にそんな揺さぶりは揺さぶりにならない。

 退学になったなら、学費を払う必要性がなくなる上に、何でも屋の方に専念すればいい話だ。

 

 それに、こうして高校に通っているのはブランド確保の為であり、それがなくとも高卒程度の資格が欲しいなら通信制にでも通えばいい。

「俺は別に、退学になっても構わねえぜ」

「………は⁉︎」

 

 言い切った俺に、馬鹿でもみるような目を向けてくる部長だが……自分も危ないと言う事はわかっているのだろうか。

「でも、もし推薦狙ってるならこの話をされるとやばいんじゃないか?

 

 優先順位も理解できず、他人の言葉に耳を貸さずに自分のわがままを無理矢理通す……更には部員でもない奴を無理矢理参加させる。そんな実態を知ったら、考え直しちまうかもしれないぜ」

「………そこまで考えられて、なんで退学することのリスクがわからないのかな」

 そうして俺と部長の間に流れた不穏な空気を、五月と部員が固唾を飲んで見守っていると言う構図が出来ていたころ。

 

 

 

「お待たせしました。

 

 皆さんご迷惑おかけしました」

 

 四葉らしき声がしたので後ろを振り返ると今度こそ本物の四葉が………

 

 

 いや、何かが違う。

「!」

「中野さん」

「今度は本物ですよね……」

 

 

「あはは…

 

 ちょっとしたドッキリでした。五つ子ジョーク」

「四葉……」

 

 五月は感じてないのだろうか、この違和感を。

 

 

 四葉にしては髪色が違うし……何より、これから運動しようとする奴がサンダルはないだろう。

 

 でも、髪の長さが似てる一花はホテルにいるだろうし多分違う。

 これは一体……。

 

 そんな違和感を強めていく俺とは対照的に、部長は錦の御旗でも手に入れたように。

 

「なんだ、冗談だったんだね……でも、こんな危ない人を使ってまでの悪ふざけなんて、笑えないから辞めてよ。

 

 

 中野さんの才能を放っておくことなんてできない。

 

 私と一緒に高校陸上の頂点を目指そう」

 

 四葉の才能を認めながらも、己の欲望丸出しな事を言い出していたのを遮るが如くそいつは。

 

 

「まあ、私が辞めたいのは本当ですけどね」

 

 と、笑顔ではっきりと辞意を伝えた。

 

 そして、この言い方で完璧に正体を確信した。

 

 

 そう、この笑顔は………林間学校で見せた相当キレている時の顔とよく似ていたから。

 

 まあ、ここで正体をバラすのは下策なので何も言わないが。

 

 

 

 そんな偽四葉に部長は困惑したように。

 

「な、中野さん……なんで…」

 と、言いかけたところでまたもや遮り。

 

 

「なんでって……

 

 そこの人も言ってましたけど、調子のいいこと言って私のこと考えてくれてないじゃないですか。

 

 

 そもそも前日に合宿を決めるなんてあり得ません」

 

 ほぼ目と鼻の先くらいの距離まで部長に近づき。

 

 

 

「マジありえないから」

 至近距離でのガチギレボイスをお見舞いしていた。

 

 

 こんなドスの聞いた声と圧は、四葉じゃ絶対に出せないが……部長はその迫力を前に完全に勢いを喪失して。

 

「は、はい……すみませんでした……」

 

 涙目で謝ったかと思えば、膝から崩れ落ちていた。

 

 

 その光景に流石の俺も少し引いていたが、近寄ってきたそいつの耳打ちで我にかえり。

 

 

「それじゃあ、ちょっとお話ししようか」

「は、はい……」

 

 俺は、すっかりしおらしくなった部長に、改めて交渉を持ちかけたついでに、今回の功労者へねぎらいの言葉をかけておいた。

「……助かったぜ、二乃」

 

 

 

 

 

 それからテストまでに起こった事を軽く話そう。

 

 まず、あの時現れた偽四葉は、唐突すぎる散髪を行った二乃だった。

 

 本人曰く「失恋みたいなもの」らしいが……こんなありがちな理由が今どき存在するとは、時代の流れとはわからねえもんだな。

 

 まあ、それはいいとして今日の本題だった四葉解放作戦に関しては、俺が同席こそしたものの、メインとなる四葉本人と陸上部の間での交渉の結果、四葉は大会の間まで協力してからお別れと言うことになり。

 

 今回の合宿は、俺が録音させていた音声の全削除を条件に自由参加となった。

 

 とりあえずこれで四葉に関するトラブルは解決したし、流れで五月と二乃の間にあった溝も2人での直接的な話し合いの末に消えたようだが……本題であるテスト勉強は、土日全てを使った詰め込み作業となった。

 

 

 一緒にやってた感想としては、やはり四葉にはまだ、部活との両立は難しかったようだ。

 

 

 だが……そんな嵐のような日々の中でも、一つだけ確かな成果がある。

 

 それは……五つ子達の勉強へのモチベーションが確実に上がっているの確認できた事と、成否はともかくあの問題集を終わらせてきた事だ。

 

 

 んで、そんな前回とは間違いなく何かが変わった状態で臨んだ期末テストが終わってから最初の夜。

 

 

 

 

 俺は、雇い主の親父さんからとんでもない事を聞かされていた。

「…………それ、本当なんですか?」

「ああ。彼の口から直接、家庭教師を辞めたいと申し出てきてね……それで、新しい家庭教師が見つかるまでは秘書の江端が臨時の家庭教師をやるから、君にはそちらのサポートを引き続きお願いしたい」

 

 

 

 それは……

「俄には信じ難いですよ。あの風太郎が辞めるだなんて」

 

 

 風太郎が、期末テストの当日に家庭教師を辞めたいと言い出した事だ。

 

 

「彼曰く、ただ勉強を教えるだけじゃダメだった。アイツらの気持ちも考えてやれる家庭教師の方がいい……とのことだ」

 第一の感想を伝えると、親父さんが状況を説明してくれたが……前に聞いた声よりも、声に圧があるような気がしてならない。

 

 

 そもそもなんで風太郎は、それを俺に言わなかったのかが……。

 

 まあ、それは後で聞くとしてこの親父さんの声の圧はどうにかならないもんか。

「……もしかして、あいつ何か妙なこと口走りました?」

「……彼のように他人の家庭のことに一々口を出すような家庭教師は、私から願い下げさ」

 それとなく探りを入れてみると、何を言われたか知らないが親父さんは相当お怒りのようだった。

……でも、それを聞いて風太郎の言いたいことが少しだけ分かった気がする。

 

 

 この親父さんは……父親の仕事をペットの飼い主のそれと間違えているような気がするのだ。

 

 人間は必要な物を揃えれば良いわけじゃない。

 

 育っていく上で親の存在は確かに必要となるのだ。

 

 現に、

……まあ、いまそれを言ってさらに機嫌を悪くされても面倒だから聞きたい事を聞くとしよう。

「それで……なんで俺は継続なんです?俺は確か風太郎の補佐として雇われたんだから、アイツが辞めたら連鎖的に俺もお役御免になるのがセオリーですよね」

 

 俺は風太郎の指名によってこの補佐の仕事をやっている。

 その指名した奴が辞めたなら俺がいることが少し変な状況となるのに、なんで俺は継続なのか。

 

 そんな当たり前の疑問を口にすると、親父さんはまたもすごい事を言い出した。

「彼の中野家への侵入及び介入を、今後一切禁ずる。

 

 そこで、君には彼が娘達に妙な事をしないかの監視と報告を頼みたいんだ」

 

 要はこの親父さんの密偵として風太郎を監視してほしいってわけだが……なんというか気に入らないから徹底的に省くと言ってるようにも取れてしまう。

 

 そう、まるで……

「風太郎が何を言ったのかは知らないけど、ひょっとして嫌ってます?」

 

 ふと思った事を聞いた俺に返ってきたのはかなり回りくどい肯定だった。

「……君のように勘が良すぎるのも、考えものかもしれないな」

「……生憎、鈍感に探偵補佐や何でも屋はできませんよ」

「それもそうだね……兎も角、引き続き君には期待しているからこれからも励みたまえよ」

「え、ちょっと⁉︎俺まだ良いって一言も……」

 

 と、そこで有無を言わさないように電話が切られた俺は。

 

「……とりあえず、風太郎から言い訳でも聞くか」

 

 風太郎のケータイに電話をかけた。

 

 

 五月がうちに居候してたこと、言わなくて正解だったな……。

 




いかがでしたか?

今回は二乃が散髪したところあたりまでをお話しとしました。


そして次回はクリスマス回をあげていきたいと思います。


次回の更新がいつになるかは分かりませんが、気長に待ったり評価、感想を入れてくれると幸いです。

それでは〜。


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第16話 覚醒の言葉

はい、第16話です。

今回は意外な人物がブレイクスルーとなりますよ。

それではどうぞ!


奏二の秘密

クラスメイトの男子に勉強を教えていた時、中野姉妹にやる時と同じようにやったら馬鹿にするなと怒られた。


「すげえ、マジで分かりやすい……」

「お褒めの言葉、恐縮ですな」

 

 

 家庭教師を辞めてから数日。

 

 テストの答案が全部返ってきたので、江端さんが家庭教師としてどれほどのものかを試すついでに、間違えたところを教えてもらったのだが………とんでもないやり手だったことを俺は実感していた。

 

 そう、マジで分かりやすいのだ。

 正直俺たちが臨時家庭教師だったのでは?と錯覚するくらいには。

 

「なにか、教育関係の仕事とかやってたり?」

「これでも私、元々教師をしていたものですから」

「……これ、俺要らねえんじゃねえの?」

 江端さんのスペックの凄さに脱帽していた俺がそう漏らすと、江端さんは。

 

「いえいえ。私一人ではお嬢様方全てに効率よく教えることができませんし、久々に教鞭を取るもので。町谷様には色々と助けてもらいますよ」

「そうかい……まあ、俺も江端さんからは色々学びたいって思ってた所だしな。何か頼みがあったら言ってくれ」

「良い心がけです」

 そうして色々と教えてもらいながら、テストの復習と今週の土曜に向けての打ち合わせを行い……そして。

 

 中野家のマンションにて。

 

「さーて、どう言うかな…」

「正直に言うしかないかと」

「それしかないですよね、やっぱ…」

 

 風太郎が家庭教師を辞めてから、初めての土曜日がやってきた。

 

 

 

 

 風太郎が家庭教師を辞めたと知った次の日。

 

「今更たらればに意味はないが……それでよかったのか?風太郎」

「ああ……俺にはすぎた役割だったんだ」

 

 俺は風太郎と二人で屋上で話をしたのだが……その時の風太郎は見た目こそいつも通りだったが、話してみるとそれまでより覇気がなくなっていた。

「前にお前が言ってた事が、今ならよくわかる」

「……それが分かったなら、繰り返さなけりゃ良い話じゃねえの?それに……」

 風太郎が今回の件でかなり思い詰めてたのはよく分かっている。

 だが、たとえ向いてなかったとしても風太郎は素直に引き下がるような奴じゃないし、今までだって引き下がらなかった。

 

 そんなコイツが自ら手を引く選択をするとは……本当に堪えたんだろうな。

 

「……あの仕事以上に、稼ぎのいいバイトはなかなかないぜ?」

「ああ……今のバイトをもっと入れるか、掛け持ちでなんとかするさ」

 なにせ、現実を見るタイプの風太郎が現実的じゃない選択をしたのだ。

 

 それほどまでに今回の件は風太郎の内面に大きな爪痕を残してしまったと言う事だろう。

 

 

 それを悟った俺は……話そうと思っていたことや、聞きたかった事を一旦胸の内に留めておく事にした。

 

 なんというか……少し精神的に休ませた方が良いと思ったから。

 

 俺は立ち上がり、仕事を斡旋しようかと申し出る。

「そうか……わかった。アイツらは俺に任せときな。

 あと一応、良い仕事がないか知り合いにも声かけてみるわ」

「いつも悪いな。お前には気を遣わせて…」

「気にすんな…何でも屋は頼られてなんぼなんでね」

 いつもなら「怪しいバイトじゃねえだろうな」くらい言ってきそうなら風太郎の、素直なお礼に手を振って、俺は屋上から戻って行った。

 

 

 

 ここまでくれば、俺が何を悩んでいるかはお分かりだろう。

 

 風太郎が家庭教師を辞めた事。

 

 そして、辞めた理由……つまり、この家の5姉妹との関わりからの心労と言う事実を、どうやって伝えるかという事だ。

 

 

 まあ、下手にオブラートに包むのも変だし、正直に言うしかねえな。

 

「では、行きますよ」

「…覚悟決めますか」

 

 そうして俺は息を一つ吐き、江端さんがインターホンを押すのを見守っていた。

 

 

 

 

中野一花

国25点 数49点 理41点 社28点 英38点 合計181点

 

 

中野二乃

国19点 数22点 理38点 社27点 英45点 合計151点

 

 

中野三玖

国37点 数42点 理41点 社73点 英21点 合計214点

 

 

中野四葉

国35点 数15点 理22点 社30点 英26点 合計128点

 

 

中野五月

国45点 数28点 理70点 社27点 英37点 合計207点

 

 

「これは酷い……」

「あんなに勉強したのにこの結果かー」

 

 私達に帰ってきたテスト結果を見て、私達は落ち込んでいた。

 

 少し前まではこの点数なら喜んでいたであろうことを考えると、ずいぶんとレベルが上がっているのだが……それでも赤点回避にはまだ遠い。

 

 現に、私は数学と社会で一問ずつあっていれば赤点回避はできていたのだから悔しさはかなりのものであるし、私達に起こったトラブルを解決しながら勉強を教えてくれた町谷君や上杉君に申し訳が立たない。

 

 

「二乃、元気出して」

「あんたは自分の心配しなさいよ」

「改めて、私たちって馬鹿なんだね…今日は期末試験の反省がメインかな」

 

 四葉が二乃に突っ込まれている隣で、三玖が窓の外に目を向けながらそうぼやいていると、タイミングよくインターホンがなった。

 

 

「お、噂をすれば……」

「フータローにしこたま怒られそう……ソージが口添えしてくれてると良いんだけど」

「だねー」

「……なんで、嬉しそうなのよ四葉」

「あはは……結果は残念だったけど、またみんなと一緒に頑張れるのが楽しみなんだ」

 

 

 みんなから一旦離れて、モニターに来客を写してみると………そこには珍しい組み合わせがいた。

 

「あれっ」

 それは……普段はお父さんの運転手を務める江端さんと、町谷くんと言う二人組だったのだから。

 

 

「……邪魔するぜ」

「失礼いたします」

 

 

「なんだー、町谷さんに江端さんか」

「今日はお父さんの運転手お休み?」

「小さい頃から江端さんにはお世話になってるけど、家に来るとか初だよね」

 

「ホホホ、何を仰る。

 

 私から見たら、まだまだ皆様小さなお子様ですよ」

 

口々に出たみんなからの感想を笑って受け流す江端さんだが……私はそれよりも町谷君がやけに緊張した面持ちなのが気になる。

 

 普段なら人懐っこそうな笑顔で軽口を叩いてきそうなのだが。

 

 

「町谷君、何故あなたが江端さんと一緒にここに来るのですか?それと、上杉君の姿が見えないのですが…」

「たしかに、フータロー君遅いね」

 

 一花のその言葉に、みんなも上杉くんがまだ来てないことに気づき、町谷君の言葉を待っていると。

 

 

 

「今から俺が話す事に、その答えも含まれてるから……俺から言わせてもらう。それで良いか?江端さん」

「構いません。詳しい事は私が説明しますので」

 

 町谷君は何故か江端さんに話を張り、江端さんも頷いた。

 

 

「ソージ、フータローに何かあったの?」

 

 その異様な光景に三玖が顔を曇らせながら聴くと、ゆっくりと噛み締めさせる様に。

 

 

 

「単刀直入に言う。

 

 

 

 期末テストの当日付で、風太郎が家庭教師を辞めた」

「え」

 驚愕の内容を口にして、私はあっけに取られることしかできなかった。

 

 

 

 

 町谷君からの衝撃的な告白を江端さんが引き継ぐように。

「そこで、新しい家庭教師が見つかるまで私が勤め、町谷様には私のサポートを行ってもらいます」 

「待って待って、二人してずれた冗談はやめてよー?ほら、今日はエイプリルフールじゃないでしょ?」

「何かの間違いだよね」

 

 話していた所を、一花と三玖が慌てて待ったをかけるが、江端さんは首を振り。

 

「事実でございます。

 

 旦那様から連絡がありまして、上杉様は先日の期末試験で契約を解除なされました」

「俺も、風太郎がやめた後に親父さんから聞かされたんだ……大体、俺は逃げも隠れもするが嘘は言わない男だぜ?」

 

 町谷君が、押し殺したような声で付け足したのを聞いて、私の頭は突拍子もないこの話が真実なのだと認識を始める。

 

 なにせ、彼の様子が変だったことが今回の辞任の予兆だったのでは?と、どこか理解してしまったから。

 

 そして、他の姉妹もどうやら本当のことを言っていると感じたらしい。

 

「フータロー君、もう来ないの?」

「嘘……」

 

 

 呆然と呟く三玖の後ろで、二乃がそう言うことかと下を向き。

 

「赤点の条件は生きてたんだ……」

「どう言うこと?」

「試験の結果のせいよ。パパに言われてたんだわ」

 三玖に中間の時に設けられていたあのハードルのことを説明していると、町谷くんがそれを否定した。

 

 

「それなら俺もクビになってないとおかしい。

 

……となると、残る可能性はもう一つだけさ」

「……自分からってこと?」

「フータロー、どうして……」

 

 町谷君に確認する四葉と項垂れる三玖は突然のことにショックを隠すことができずにいる。

 

 私だって、理解はできても納得なんてできない。

 町谷君だってきっと……!

 

「彼をここに呼んで、直接話を聞きます」

 そうしてスマホを取り出した私を江端さんが止めた。

 

「申し訳ありませんが、それは叶いません」

「アイツのこの家への侵入を、一切禁止しやがったからな」

 

 そこに町谷君の付け足しが入り、私はお父さんの考えが読めないでいた。

 

 確かに、お父さんと上杉君は合わなそうだなーって思いはしたが、どうしてそこまでするのかが理解できない。

 

 ここは上杉君よりも先にお父さんに話を聞かなければと思いだしていると、三玖が立ち上がって外に出ようとしたが江端さんに止められた。

 

「江端さんにソージ、通して」

「なりません。

 

 臨時とは言え家庭教師の任を受けております。

 

 最低限の教育を受けていただかなければ、ここを通すわけにはいきません」

「そう言うこった。外に出たきゃ出ても良いが、しっかりやることやってからな」

「ぐぐ……江端さんとソージの頭でっかち!」

「ホホホ、何度でも言いなされ」

「言うなら力を示しな」

 あくまで譲るつもりはなさそうな二人に三玖がむくれながらも引き下がり……私たちは素直にその教育を受けることにした。

 

 

 

「これ終わったら行っても良いのよね?」

「ええ。ご自由になさってください」

「町谷君、この後覚えておいてくださいね」

「さらっと物騒な言い回しすんな」

 

 先程のニュースの余波が覚めない中、二人から出されたプリントを解いていく……難易度はそこまで難しくはなく、結構自信を持って解けるものばかりだった。

 

「全く、アイツどう言うつもりよ」

「私はまだ信じられないよ」

「本人の口……最低でもソージ君からはちゃんと話を聞かないとね。

 

 

 誰か終わった?」

「私はもうすぐです」

「私も」

 

 一花に短く返しながら問題を解いていった私は、ついに最後の問題にたどり着いたが……これだけはどうしてもわからない。

 

「この問題、比較的簡単だよ。

 

 きっと、江端さんやソージ君も手心を加えてくれてるんだね」

「そうね。でも……前の私達なら危なかった。

 

 

 自分でも不思議なほど問題が解ける。

 

 

 悔しいけど、全部アイツのおかげだわ」

 

 二乃の言葉は、奇しくも私も考えていたことだった。

 

 

 今でこそ楽に感じるこの問題達も数ヶ月前の私達なら5人がかりで取り掛かっても4分の1も解けなかっただろう。

 

 私の場合は町谷君だが……他のみんなは主に上杉君からの指導でここまでのレベルに到達できた。

 

 

 ここまでの成果を出しておきながら、どうして…やはり、あのボートでの出来事が尾を引いているのだろうか?

 

 

「あと一問、あと一問なのに…」

「私も最後の問題が……」

 

 そんなことを考えている間にも、三玖も最後の問題に手を焼いている様だ。

 

「おいおい……その問題は前にもやったし、そこまで難しいものでもないぜ?」

「では、特別授業に……」

 

 町谷君と江端さんの声に、私たちは改めて考えてみるが……やはりわからない。

 

 

 こうなったら……上杉君からもらったアレを出すしかないだろう。

 

 

「あの……カンニングペーパーみませんか?」

「!」

「……それって、期末の?」

「はい。全員筆入れに隠したはずです」

「い……いいのかな……」

 そう……上杉君からもらったのは、カンニングペーパーだ。

 

 これは、テスト前日の土日に「村人でもボスを倒すことのできるチートアイテム」として渡されたが……正直、四葉が顔を曇らせた様に、こんなものを使うのは気が引ける。

 

 だが……

「目的のためならつまらない意地は捨てます。今は……そうしなければいけない時です」

「五月が町谷さんみたいになった!」

「五月、アンタ変わったわね……」

 

 今の私達には、上杉君に家庭教師を止めた理由を聞がなければいけないと言う止むに止まれぬ目的がある。

 

 だから、四葉や二乃が少し引いた様な顔をしていても……うん、結構心にくるものがあった。

 

 やはり、私にはまだ町谷君のような面の皮の厚さは……いや、この表現だと彼に失礼か……ええい!

 

「では……ってあれ?」

 

 二人が雑談を交わしている隙に、私は自分の持つカンニングペーパーを開くと………そこに書かれていたのは文章だった。

 

「どうしたの?」

「なんというか……私のはミスがあったみたいです」

 

 固まった私に三玖が問いかけてきたので、その謎の文章をミスとして伝えると、一花がペーパーを開いた。

 

 そこには……私のと同じ様な文章だったが、これは私のよりも最初に来そうな文章だ。

 

「安易に答えを得ようとは愚か者め」

 

「………なーんだ。初めからカンニングさせるつもりなかったんじゃない」

「でも、フータローらしいよ」

 

 確かに、彼らしいと言えば彼らしいけど……これではなんの解決にもならない。

 

 どうしたものかと考えていると、一花が紙の端っこに2と書かれているのを見つけた。

 

「②って……」

「私のかしら」

 

 そうして今度は二乃が開く。

 

「カンニングする生徒になんて教えてられるか→③」

 

「自分で言ったんじゃない」

 そうして三玖のものを見る様に促しているということは……

 

「みんな、これ……上杉さんの最後の手紙だよ」

 

 四葉の予想通り、おそらくこれは手紙の文章を5つに分けて、カンニングペーパーとして持たせたのだろう。

 

「これからは自分で未来を掴み取れ→④」

 

「奏二には悪いが、やっと地獄の激務から解放されてせいせいするぜ→⑤」

 

「……あはは。やっぱりやめたがってたんだ」

「私たちが相手だもん。当然と言えば当然だよね」

 

 みんなは苦笑しているが………ここで私がもらったペーパーに書いてあることが、彼の本当の思いであることがなんとなくわかった。

 

 

「最後、五月だけど……?

 

 

 五月?」

 

 

 それは……

「だが、そこそこ楽しい地獄だった。

 

 じゃあな」

 

 デリカシーがなく、意地っ張りな彼らしい感謝の言葉だったから。

 

 

 上杉君から贈られた言葉に、私たちが言葉を失っていると。

 

 

「風太郎は、テスト期間中お前らがどうしたらまとまるかを必死で考えてた。そして……自分の無力さが許せなかったんだろうな。

 

 

あいつ、ジジイみてえな頑固者だからよ」

 

 いつのまにか後ろにいた町谷君がカンニングペーパーを見て苦笑していた。

 江端さんはどこかに行ったらしく、今この場には私たち以外では彼だけだ。

 

「無力って……それは、私たちがバラバラになってしまったからで彼は……」

 その状況を招いてしまったものとして反論するが。

「多分アイツは、お前らがバラバラになったのも自分の能力不足のせいだって思ってるだろうぜ」

 

 町谷君が、もっと早く気づいてやればよかったと言わんばかりにつぶやく。

「町谷君……」

 何か言葉をかけてあげたいけど、なんてかければ良いのかわからない。

 そんな風に言葉を考えている私の隣では。

 

「……普段は自意識過剰な癖に、こういうときだけ謙虚になるんじゃないわよ、あいつ」

「二乃……」

 

 呆れたと言わんばかりにため息をつく二乃だが……その顔はどこか浮かばれない顔だった。

 

 きっと、二乃なりに上杉君を追い込んでしまったことに思うところがあるのだろう……私だってそうだ。

 

 問題を解くのも忘れ、それぞれがそれぞれの後悔に顔を曇らせていると。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソージ、問題が解けたからフータローの家に案内して」

 

 三玖が、町谷君に突然そんな事を言い出した。

 

 

 

「……確かに正解だけど、行って何をする気だ?」

 

 その場にいる誰もが思ったであろう事を町谷君が口に出すと、三玖は。

 

 

 

 

「フータローに無力なんかじゃないって伝える。

 

 それでフータローが否定しても、私はフータローに教えてもらいたいって伝える。

 

 だって私は、フータローなしじゃ、もう……」

 

 最後の言葉はよく聞こえなかったが、三玖は上杉君に教えてもらいたいとはっきりと口にした。

 

 

 

 

 

「フータローに無力なんかじゃないって伝える。

 

 それでフータローが否定しても、私はフータローに教えてもらいたいって伝える。

 

 

 だって私は、フータローなしじゃ、もう……」

 

 

 普段はあまり声を出して話さない三玖が、はっきりと口にした言葉に、俺は眠りから覚めた様な感じになった。

 

 

 そして、今風太郎に必要なものを改めて理解する。

 

 

 アイツに必要なのは、伝わるかどうかわからない気遣いよりも確実に「お前が必要だ」と伝える確かな言葉だったんだ。

 

 

 

 まさか、人付き合いに関して三玖から教えてもらうことになるとは。

 

 

 

 肺から暗いムードを溜め込んだ空気を追い出し、その分新しい空気を取り込んでいると、四葉も三玖にあてられたのか。

「私も……まだ、上杉さんに教えてもらいたいよ…」

 

 と、風太郎を所望する声を上げた。

 

 

「そうは言っても、あいつはここに来られないの。

 

……どうしようもないわ」

「それなら、突撃あるのみだぜ?」

「……アンタって、考えてる風で意外と脳筋なところあるわよね」

「シンプルイズザベストってやつさ」

 現実に引き戻そうとする二乃に軽口を叩いて応戦すると、一花が。

 

 

 

「みんな……私から提案があるんだけど」

 と、姉妹達を集めて何かを話しだす。

 

 

 それを遠巻きに見ていると、江端さんが用事から帰ってきて。

「みなさん、解けましたか?………おや、お嬢様方は何を?」

「さあ……よく分からんが、問題は解けてたぜ」

 

 そうして、2人で5人の様子を眺めていると、やがて俺たちの前に立ち。

 

 

「町谷君に江端さん……お二人に協力して欲しい事があります」

 

 やたらと真剣な顔をした5人を代表した五月が、その協力して欲しい事について話し出した。

 

 

 

 そして、それを全て聞いた時に江端さんは。

 

 

 

「………大きくなられましたな」

 

 

 万感を込めたように、一言呟いた。

 




はい、今回は少し短めとなりました。

あと、今回のテストの点数ですが、一花、三玖、五月は少しだけ点数を上げてあります。

 これは、原作で風太郎が自主勉としていた期間の一部を奏二が教えていた事から、原作よりも高得点が取れていても不思議じゃないのでこのようにさせていただきました。

 ただし、二乃と四葉は家出や助っ人で接点が他の3人ほどなかったので勉強時間が増えておらず原作の点数のまんまというわけです。


 また、風太郎を催促するのが原作では四葉が先でしたが、今作では三玖からとさせていただきました。


 そんな変更点を解説したところで、次回もお楽しみに!

感想や評価のほどお待ちしております。


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第17話 聖夜と言葉と

お久しぶりです。

色々シナリオを考えてたらかなり期間が空きましたね。

主人公をどう入れようかを考えてました。


あまりクオリティには自信がありませんがどうぞ!


奏二の秘密
期末テストの点数は
国語 81点
数学 77点
英語 76点
理科 78点
社会 80点

合計 392点

である。



 五つ子から頼まれごとを受けてから数日。

「いやー、随分攻めた格好だな江端さん」

「上杉様の不安を煽るような格好、ということでしたので。

 

 彼とは真逆の格好を意識しました」

 

 チョイスの意図を語る江端さんに、俺は吹き出しそうになるのを堪えながらカメラを構えていた。

 

 

 もちろんこれは遊んでいるわけじゃない。

 五つ子に頼まれた事をこなしているのであり……いわば仕事をしているのだ。

 

 

 だが……

「この時期にその格好は、寒がりの俺には目に毒だぜ…」

 この季節じゃ見てるだけでも寒い格好に、俺は苦笑いすることしかできなかった。

 

 

 そう、このクソ寒い冬だと言うのに、浅黒い肌に半袖のシャツ、そして金髪にサングラスと……まさに夏のチャラ男みたいな格好をしているのだ。

 

 と、そんな格好の江端さんを、笑いで震える手でなんとか撮影するのであった。

 

 

 なんで撮影するかって?

 

 それを説明するには、あの5人が俺達に頼んできたところまで遡らせてもらおう。

 

 

 

 5人からの話を聞いた俺は、苦笑いしながら内容を要約する。

「……つまり、ここから引っ越せば風太郎の出入り禁止は無くなるから、後は風太郎をその気にさせればいいだけになる……ってか」

 

 つまり、アイツらが考えた事は引っ越しだったのだ。

「そう言うこと。それで場所は……ここで」

 

 頷いた一花から渡された紙には住所と間取り図、そして家の写真が……ん?この場所見たことあるような。

 

 

 そんな俺の疑問は、次の江端さんと一花のやり取りで解決した。

「……よもや、この場所をお選びになるとは」

「うん………お母さんが再婚する前まで私たちが住んでいたアパートが空いてたのを、前々から狙ってたんだ。

 

 ここのお家賃なら、私の給料で払えるしね」

 

 

 要は、俺と五つ子達が初めて会ったあの場所だな。

 

 

 だが……あそこは女子高生5人が暮らすには狭すぎる印象しかない。

 

 少なくとも今のマンション暮らしと比べれば、かなり生活ランクは落ちるだろう。

 

「セキュリティ面は大丈夫かよ?あと、生活ランクって意外と下げにくいらしいぜ」

 

 後は、あの親父さんがこの話を聞いたらどんな反応をしてくるか……想像だけでもビビる自信がある。

 

 そんな俺の問いかけに、一花は。

 

「生活水準は……まあ、ここに来るまでに戻ると思えば何とかなるよ。

 

セキリュティ面は、一応アルゾックの警備があるみたいだから」

 

 前々から考えていたと言うだけあって、色々調査済みだった。

 

 だが……コイツらにはもっと大きな壁がいる。

「……なら、親父さんには何て説明する?」

 

 そう、あの親父さんだ。

 自分が追い出した相手を囲い込むために家出します、だなんて言い出したらどうなることやら。

 

 何度も言うが想像だけでびびっている俺がそう聞くと、さすがの一花も緊張したような顔で。

「事前に言ったら間違いなく却下されるだろうから、この際事後報告にさせてもらうよ」

 と、後が怖い事を言い出した。

 

 とりあえず……俺がやるべき事は、バレた時の言い分でも考えておくくらいだな。

 

 

 

 

 そんなこんなで風太郎を囲い込むの準備が進む中で、着々と日にちは進み……決行の日であり、終業式の日でもあるクリスマスイブを世間は迎えるのであった。

 

 

 

 終業式が終わり、夕方の事。

「メリークリスマスって事で、これをガキどもに渡しておいてくれ」

「いつもありがとうね、奏二くん……そちらのお嬢さんも」

「いえいえ……私はただ、後ろをついてきただけですから」

 

 突然だが、俺はクリスマスにやっている任務がある。

 

 それは……施設にプレゼントとしておもちゃやマンガ、本などを寄付する事であり、今年は五月にもプレゼント選びを手伝ってもらったのだ。

 

 俺が前いた施設でも、クリスマスにはおもちゃや本の寄付があったので、それの真似事だな。

 

 いや、真似事というよりも……贖罪という方が正しいのかもしれない。

 

 

「そうだ、子供達が帰ってくるから顔を出してあげてよ」

「あー、わり。今年もまだ仕事があるんだ」

 

 

 この言葉に嘘はない………実際、風太郎の囲い込みをやるという用事がある。

 

 だが、それだけかと言われたら違う。

 これは誰に頼まれたわけでもない、ただの自己満足で。

 

 それに付き合ってもらっている分、むしろ俺がお礼を言わなければならない。

 

 何より、無邪気な笑顔でお礼をもらうには、俺はあまりに汚れすぎている。

 子供好きなのか、残念そうな顔をしている五月には悪いが……。

 

 

 そんな意固地な俺に、ここの所長は。

 

「そう……分かった。なら、残りのお仕事頑張って」

「本当にすまねえな……来年もまたくるよ」

「それでは、失礼します」

 これ以上聞いてくる事はなく、ただ笑顔で送り出してくれた。

 

 まるで、俺にはそれが一番ありがたい事を理解してくれているように。

 

 

 

 その夕方。

 みんなが待っている場所に向かっていると、町谷君が頭を下げてきた。

「いやー、助かったぜ。女の子向けのプレゼントは毎回適当に選んでたからな。今年はかなりしっかりと選べたと思うよ」

「いえいえ……それより、子供達に顔を見せなくてよかったんですか?まだ、時間に余裕はあるんですよ?」

「……まあ、アレだ。サンタはミステリアスなもんだぜ?子供の夢を壊すような事はしないさ」

 

 唐突だけど、町谷君の笑顔には様々なものがある。

 

 包み込むような暖かなものや、悪戯めいた生意気そうなもの、純粋な子供を思わせるような満面のものなどあるが……

 

 

 先程彼が見せたのは、諦めを込めたような悲しいものだった。

 

 思えば、彼は自分の過去についてあまり話さない。

 

 話を聞こうとしても、それに触れたくないと言う感情を全面に出しながらお茶を濁す。

 

 

 だから私が知っているのは、彼とは昔一度だけ会っていることと、何でも屋を営んでいる事のみ。

 

 だから、彼のことをもっと知りたい私としてはその過去についても知りたい。

 

 そして……できれば町谷君の力になってあげたい。

 

 

 そう思えるほど、彼には色々な事をしてもらっているから。

 

 

 それに、お父さんの動きにも少し思うところがある。

 

 お父さんが上杉君が辞めた後でも町谷君を家庭教師補佐として雇っているのは、ただ辞意を表明してなかっただけなのだろうか。

 

 

 何か、彼には思うところがあったから、こうして継続して家庭教師補佐をやらせているのではないだろうか。

 

 わからないところが多いから……私は彼をもっと知らなくてはならない。

 

「今はそういうことにしてあげますよ」

「……なんか引っかかる物言いだな」

「でも……いつか、話してくれる日が来るのを待ってますからね」

「別にいいぜ………その日が来ると思うのならな」

 

 訝しむような目を向ける彼の前に出て、私はみんなが待っている場所まで向かった。

 

 

 何が待っていたとしても、彼をより深く知ろうという決意を胸に掲げて。

 

 

 

 すっかりイルミネーションの光が眩しくなったイブの夜。

 ケーキ屋の近くの暗がりから……

「アレだ。目つきが悪いながらも精一杯のスマイルをしているぞ」

「でも、反応はあまりよろしくなさそうですね……」

 俺たちはサンタコスの風太郎がケーキ販売の売り子をやっているのを伺っていた。

 

「やっぱり上杉さんには笑顔の特訓をさせるべきだと思います!」

「それはなんだか複雑……ライバルが増える」

「ライバルになるような人がいるの?」

「まあ、きっといてくれるよ……」

 

 スパイよろしく陰から覗いている俺と五月の後ろでは、お姉様方が思い思いな感想を述べていた。

 

 まあ、風太郎は無愛想なところがあるのでもう少し笑ってた方がいいのは確かだが……。

 

 

 

「それでは、そろそろ始めますよ」

「まあ、やるだけやってみな」

 

 腹を据えたような顔で五月が立つと、他の姉妹も立ち上がり。

「うん!必ず上杉さんに家庭教師を続けてもらおう!」

「そうでなくても、お話は聞きたいからね」

「そうね……仕方ないわね」

「……フータローとしっかり話す。逃がさない」

 

 そうして風太郎の元へ向かっていった5姉妹達を見送ってから。

 

 

「………そいじゃ、聞き耳を立てとくとするか」

 

 五月に渡しておいたレシーバーを起動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは一体どういうことだろう。

 

 

「わー、本当に働いてる!」

「クリスマスイブだってのに、偉いねー」

 

 ここの場所は奏二くらいにしか教えてなかったはずなのだが……。

 

 

「と言うか寂しい」

「ケーキも遅いわ」

 

 バイト先のケーキ屋に、元生徒だった5人が押しかけてきたのだ。

 勿論この五つ子にも教えてないが……それ抜きにしても、黙って辞めた手前、あまり入り浸られても忍びない。

 

 とりあえずケーキを渡してお帰り願うとするか。

 

 

「仕方ないだろ、今日は繁盛「ちょっと。私達はお客であんたは店員でしょ?」

「……さっさともってお帰りくださいませ」

「あーら、できるじゃない」

 仕事の邪魔をしに来たとしか思えない5人をさっさと帰らせようと対抗していると、五月が手を挙げて。

 

「すみません、ケーキの配達ってできますか?」

 

 この状況で中々エグい事を言い出した。

 

 

「は?配達なんてやってないけど」

 

 そもそもウチでは配達をやってないし、たとえやってたとしてもアイツらのマンションまで行くことになるから、勘弁願いたいのだ。

 

 

 だが。

「えー、落としちゃうかも」

 

「か弱い乙女に持たせるつもり?」

 

「雪降ってるし……いいでしょ?」

 

「すぐそこなので、お願いします」

 

 全く引き下がろうともしない5人に、俺では無理だと店長に助けを求めると。

 

 

 

「もう店も閉める。 

 

 こっちはもう良いから、最後に行ってあげなよ」

 

 店長もまたとんでもない事を言い出した。

 

……いや、気を利かせたんだろうが今の俺からすれば完全に余計な気遣いだ。

 

 

 大体、お客さんもそれなりにいるのに1人でなんて無理がある。

 

「店長!そんな事………」

 考え直してもらおうと声を上げると、店長は。

 

 

「上杉君……

 

 メリークリスマス」

 

 サムズアップと共に、嫌な笑顔で送り出しやがった。

 

 

……このバイトもやめよっかな。

 

 

 

 

 

 

「世間はクリスマスだってのに、働き者はいたもんだ?」

「奏二、お前コイツらのお守りをしっかりしてくれよ……」

「俺もコイツらにちょい頼まれた口でね。フライドチキンとシャンメリーのおつかいさ」

「勉強はしっかりやってるんだろうな……?」

 

 

 店を出て少しした頃に、バイクに乗った奏二がやってきたので、文句をぶつけると、返ってきたのはいつも通りの軽い声だった。

 

 

 おそらく、アイツらにあの場所を教えたのはコイツだろう。

 

 色々押し付けて悪いとは思っているが、こんな仕返しをしてきやがって。

 

 きっちり問い詰めてやろうと考えている俺の前では、四葉がやけにはしゃいでおり、それを見守る他の4人と言う構図が成り立っていた。

「四葉、雪の上は危ないよー」

「お子様なんだから………転んでも知らないわよ?」

 

 

 そうして歩いているが……俺はあることに気づいた。

 

 

「おい、お前らの家はこっちじゃないだろ」

 なぜか、あの5人はあのマンションとは別の方向に歩き出していたのだ。

 

 だが、それを指摘されたにもかかわらずアイツらは進むのを止めない。

 

「違うよー」

「こっちこっち」

 

 それどころか、こっちが正解だと言い始める始末。

 

 

「おい、アイツら気が触れたのか?」

「さーて、どうだろうな?」

 

 思わず隣でバイクを引く奏二に聞くが、返ってきたのは不敵な笑みだ。

 

 

 あれか?体力がない俺への当てつけか?

 

 大体、体力がないのは三玖も同じなので遠回りは諸刃の剣みたいなもんだと思うが……。

 

 

 

 変な行動をとっている6人に、なんか嫌な予感を感じるが……とりあえず、謝っておくか。

 

 

「黙って辞めた事は悪かった。だが……もう俺は家庭教師には戻れねえ」

 

 

 と、すると5人は立ち止まり一枚の紙を見せてきた。

 

 

「履歴書?」

「コイツらの新しい家庭教師だ。一応顔は合わせてある」

 

 奏二の説明を聞いて改めてその紙を見ると……見た目は怪しいが、経歴は申し分ない。

 

 

「そ、そうか。意外と早く決まったな。

 

 

 東京の大学出身で元教師。へぇー……」

 

 とりあえず、何か返しておかないと間が持たないし、妙な感じが湧いてきたので思考を総動員して当たり障りのない言葉を返す。

 

「優秀そうな人で良かったじゃないか。

 

 

 見た目は怪しいが、この人と奏二ならお前達を赤点回避まで導いてくれるだろう」

 

 

 そう。俺と奏二には出来なかったコイツらの赤点回避を……な。

 

 

 

 と、強引に納得しようとしている俺に、二乃がそれで良いのかと言う顔で。

 

「このまま次の人に任せて、私たちを見捨てんの?」

 

 

 また、何というか嫌な言い回しをしてきた。

 

 

 まあ、そこに嫌気を感じるのは……それを自覚しているからだな。

 

 

「俺は2度のチャンスで結果を残せなかったんだ。

 

 

 次の試験だって、うまくいくかは限らない。

 

 

………だったら、プロに任せるのが正解だ。

 

 

 これ以上、俺の身勝手にお前らを巻き込めない」

 

 勉強を嫌がるコイツらに、色々な手を使って勉強をやらせたくせに、いざ自分が結果を出せないとなった途端に逃げ出す。

 そんな俺がコイツらに顔を合わせるのは後ろめたい気がして、正論に逃げる俺だったが、そこに二乃が詰め寄って。

 

 

「そうね。あんたは……どうしようもなく身勝手だわ!」

 

 と、はっきりと言い切りやがった。

 

 そこまで言い切られるのは流石に文句の一つでも返そうとおもったが、反撃は許さないと言わんばかりに捲し立てた。

 

 

「あんたが身勝手だったせいでしたくもない勉強をさせられて!

 

 

 

 必死に暗記して公式覚えて!

 

 

 

 でも、問題解けたら何だか嬉しくなっちゃって!

 

 

 

 あんたのせいでここまで来れたのよ!

 

 

 だったら……最後まで身勝手なままでいなさいよ!

 

 

 謙虚なあんたなんて気持ち悪いわ‼︎」

 

 

 

 褒めてるのか貶してるのか分からない事を言い出した二乃に呆気に取られていると。

 

 

「俺たちのゴールはコイツらの卒業だ。

 

……ここで諦めるのはまだ早いんじゃないか?」

 

 

 奏二が5人を見ながら発した言葉に、俺は忘れかけていたこの家庭教師の仕事の最初の決意を思い出した。

 

 

 

 俺のゴールは……コイツらを笑顔で卒業させる事。

 

 

 そして……この5人も赤点脱出に向けて着実に歩き出している。

 

 

 俺が今までやってきた事は、結果は振るわないが……無駄じゃなかったんだな。

 

 

 だが……俺はもう。

 

 

「………俺はもう、戻れないんだ。

 

 俺は家庭教師を辞めて、お前らの家に入るのさえ禁止されている」

 

 俺はもう決断を下した後であり、時を巻いて戻す事はできやしない。

 

……後悔先に立たずとはよく言ったもんだな。

 

 

 

「それが理由?」

「ああ、早く行こうぜ」

 

 そうして、家に向かうことを促す俺に一花が。

 

 

「もう良いよ」

 

 と、突然ケーキを受け取った。

 

「え?」

「ケーキ配達ご苦労様」

 

 その行動の意味がわからない俺はとりあえず。

 

「いや、まだここは……」

 お前らの家じゃないと言いかけたが。

 

 

「ここだよ。

 

 

 

 

 ここが、私たちの新しい家」

 

 

 後ろにあったアパートに視線を向けながら、とんでもないことを言い出した。

 

 

 

「どういう意味だ……?」

 意味がわからないので聞くと契約者は別人であるものの、一花が借りたらしい。

 

 そして……

 

「今日からは私たちはここで暮らす。

 

 

 

 これで、障害は無くなったね」

 

 コイツらは、俺の為にこの生活を選んだ………と?

 

 

 

「嘘だろ……たったそれだけのために………。

 

 

 

 

 あの家を手放したのか?」

 

 

 ただ、家庭教師を辞めただけでこんな大ごとになるとは思わなかった俺は、思わず食ってかかる。

 

 

「馬鹿か!

 

 

 今すぐ前の家に戻れ、こんなの間違ってる!

 

 

 このままあの家で、新しい家庭教師を雇えば……奏二も何とか言ってやれよ!」

 

 だが、あまりにぶっ飛んだ行動に、どう言えば良いのかも思いつかないので奏二にも話を振ると。

 

 

「この規格外なお嬢様方に、俺がどうこう言って止まると思うか?

 

 恐らく、あの親父さんが止めても止まらないと思うぜ」

 

 と、お手上げと言わんばかりに笑うが、その顔は何だか楽しそうだ。

 

 

 コイツの酔狂な所は知っているが、流石に度が過ぎると口を出そうとしたが、それを封じるように四葉があのマンションのカードキーを取り出し。

 

 

「上杉さん?前に言いましたよね。

 

 

大切なのはどこにいるかではなく……5人でいることなんです!」

 

 

 そんな言葉と共に放り投げた!

 

 

「………やりやがった‼︎」

 

 宙を舞うカードキーに目線を奪われながら、俺はコイツらの覚悟を思い知った。

 

 

 いくらバカな奴らとは言え、流石に今の生活とこれからの生活のどちらが良いかくらいはわかるだろう。

 

 

 だが……コイツらは俺を家庭教師にする為だけにあの狭いアパートでの生活を選んだのだ。

 

 

 

 そこまでの覚悟を持ったコイツらに比べて、俺は一体何をうじうじと悩んでいたのだろうか……何だか馬鹿馬鹿しくなってくる。

 

 

 そうして急速にクリアになっていく頭に気を取られた俺は……凍結した路面に足を滑らせて、自分の体が背後にある川に傾いていくことにようやく気づいた。

 

 

 

 そして、遅れて俺の頭には走馬灯が浮かんでくる。

 

 

「さよなら」

 

 

「必要とされる人になれてるよ」

 

 

「久しぶり」

 

 

………あれ?なんだか直近すぎるな。

 

 

「どうしたらアイツらがまとまってくれるんだ」

 

 

「ここで俺が溺れたら……」

 

 

………まさか、この発言が盛大な振りになろうとは。

 

 

 何だか皮肉めいたものを感じずにはいられない俺が、水面に叩きつけられたのと同時に。

 

 

 

「………⁉︎」

 

 

 俺の周りには、5人の少女たちがいた。

 

 

 

 

 

 風太郎が足を滑らせたかと思いきや、何と5人も後を追うように川へとダイブした。 

 

 

 

 何を言っているのかわからないと思うが、俺もよくわからない。

 

 

 兎に角俺がやる事は……うん。

 

「フータロー、大丈夫⁉︎」

「全員で飛び込んでどうするんですか⁉︎」

「1人も飛び込む必要はねえんだよ、このバカヤロウが‼︎」

 

 すっとぼけたことを言い出した五女に突っ込みつつ、サドルの下にある収納場所からロープを取り出した。

 

 冬服の素材は、大体水を吸うと重くなるようなものばかりだし、このクソ寒い時期の冬の水中が身体に堪えないはずがない。

 

 

 咄嗟に俺はメットへロープをくくりつけ、あいつらの近くに投げる。

 

「町谷君!」

「さっさと上がりな!冷えた体に重たくなった厚着は、普通に沈むぞ‼︎」

 

 

 それに五月が捕まったのでこっちに引き寄せていると、四葉が自力で上がってきた。

 

「町谷さん、手伝いますよ!」

「お前は家に戻って風呂の準備しとけ!……クッ、重いなコンチクショウ‼︎」

「はい!」

 

 ダッシュで家へと向かった四葉に目を向けずに五月を引っ張っているが……予想外に重かった。

 

 水を吸って重くなった服があるとは言え、重すぎやしないだろうか。

「重いのは水を吸った服のせいです!私が重いわけでは……!」

 疑惑の目を向ける俺に、心外だと抗議する五月を何とか引っ張り上げていると、三玖が風太郎の元へ。

 

 

「三玖、何やってんだお前「たった2回で諦めないで、フータロー……」

 

 まずいことになる前にさっさと上がって欲しいが、それを止めるのは何だかよくない気がしたので俺はそちらに目を向ける。

 

 

「今度こそ私たちは出来る………フータローとならできるよ!

 

 

フータローが私達に5人でいて欲しいように、私は…私たちはフータローにいて欲しい!

 

 

 それに、成功は失敗の先にある……でしょ⁉︎」

 

 三玖が珍しい大声で風太郎に語りかけていると、一花が岸にたどり着く。

 

 

「………二乃?」

「……二乃、どうしたんですか⁉︎」

 

 そして、二乃の様子がおかしいことを伝えてきたので二乃の方を見ると、二乃が必死にもがいている様子だった。

 

 

「二乃、どうしたの⁉︎」

「つ、冷たくて身体が……!」

 

 それを聞いて、俺はいよいよヤバくなったことを悟る。

 

 

「あいつ、身体が鈍り始めてる!」

 人間は体温が低い状態が続くと動きが鈍る。

 

 そして、服は水を背負って重くなるから……あのまま放っておけば心肺停止で水死体の出来上がりだ。

 

 

 しかし、ここからではロープがギリギリ届かない。

 

 そうなると……!

 

「風太郎!二乃を…「分かってる!」

 

 二乃の近くで三玖と共に浮かんでいる風太郎に声をかけようとした時、風太郎は既に二乃の元へと向かっていたのであった。

 

 

 

 

 

「町谷さん!お風呂沸かしてきましたよ!」

「おう……って、お前着替えてくりゃよかったのに」

「みんなが心配で……それに、お馬鹿は風邪ひかないって言うじゃないですか」

 

 戻ってきた四葉に返事をしながら、他の面々が二乃の引き上げを完了して一息ついているのを見ていると、最後に岸に上がった風太郎が吹っ切れた様子で。

 

 

 

 

 

「これだからバカは困る。

 

 

 なんだか、お前らに配慮するのも馬鹿馬鹿しくなってきた。

 

 

 俺もやりたいようにやらせてもらう。

 

 

 

 だから、お前ら俺の身勝手に付き合えよ……最後までな‼︎」

 

 

 これぞ上杉風太郎、と言わんばかりの言い回しで新しい家庭教師の履歴書を思い切り破いた。

 

 

 

 そして、その光景をしっかりと見届けた俺は。

 

「五月、俺は少し席を外すから……チキンとシャンメリーは食っちまって良いぜ」

「……嫌です。あなたの分は残しておきますから、絶対に帰ってきて下さいね」

「……それ、俺死んじゃうフラグじゃねえか」

 おそらく冷め切ってるチキンとキンキンに冷えたシャンメリーを五月に渡して、「ある人」の元へと向かった。

 

 

 

 

 先程の寒空とは真逆な、暖かいけど物凄く狭い場所にて。

 

 

「……昨日、一花から部屋を借りたのでそこでみんなで暮らすと連絡があったんだが、君は止めなかったのかい?」

「止めて聞くような奴らじゃないでしょ。それに、あんたが風太郎の出入り禁止を表明したのに合わせるようにそれを言ってきたって事は……」

「娘達が彼に何らかの感情を抱いている……と?」

「そう言う事だろ。でなきゃあんなバカな選択はしないさ」

 俺は、話があると呼び出してきた雇い主……ようは五つ子達の親父さんと駐車場に止まっているリムジンの中で話していた。

 

「勿論風太郎から頼んだわけでもないですよ。

 

……この音声を聞けば分かると思いますが」

 勿論、先程のドボンのところまでを納めた音声を早速資料として使用している。

 

 

 それを聞いた親父さんは暫くの沈黙の後。

「僕には理解できないね。彼のどこにそこまで入れ込む要素があるのか……友達の君の前では悪いが、僕は彼が嫌いだ」

 

 動かない顔に少しの苛立ちを見せて、風太郎への敵意を口にした。

 

 別に、人の好き嫌いに対して文句を言うつもりはない。

 

 だが……風太郎があの5人に気に入られたのにはしっかり訳があると思う。

「……多分、あいつらにあそこまで食らいついたのがあいつが初めてだった。とかじゃないんすか?

 

 無礼を承知でいうけど、あなたのやり方はペットの飼育環境を整える飼い主みたいだ」

「………なに?」

 

 愛があっても金がないと育児はできないのは間違いないし、この人のスタンスは何らおかしな事はない。

 

 ある程度の管理下の中で自由に生きさせようとする……親が考える育児環境の最適解だろう。

 

 

 でも………いい環境だけでは成り立たないのが、ペット飼育と育児の違うところだ。

 

 

 

 俺は、突き刺すような視線になぜか恐怖を感じることなく。

「環境は大事だけど、人を育てる主要素はあくまで人だ。

 

……そっちのやり方を否定する気はないけど、それをもう少し考えてもバチは当たらないさ」

 

 

 そう、言い切る事ができた。

 

 それは多分……奏一さんや俺がいた施設の職員、所長とかの俺を育ててくれた人たちが、そうさせてくれたんだと思う。

 

 

 そして、それを聞いていた親父さんは。

 

 

「ならば、もう一つ君には仕事を頼もう………定時報告以外にも、今後娘達や上杉君の行動に何か変化があったら、僕に伝えるように」

 

 そこまで言って俺に降りるように指示してきた。

 

「………任務了解だぜ」

 

 言いたい事は山ほどあるが、取り敢えず歩み寄ろうとするならいいかな。

 

 

 

「さて……ご馳走がなくなる前に帰るか」

 

 俺は、止めていたバイクのキーを回した。

 

 

 

 

「……着く前に連絡をくれてもよかったのではないですか?」

「……こんな寒空で待っててくれなくてもよかったんだぜ?」

 

 あのアパートにたどり着いた俺の目の前には、濡れた服から着替えをしたらしい五月が待っていた。

 

「まあ、それはそうなんですけど……ほら、アレです!忠犬ハチ公みたいな感じです!」

「そうかい……でもまあ、悪い気はしないな」

 

 軽口を叩きはするが、待っててくれている人がいると言うのは久しぶりのことで少し嬉しい。

 

 

 しんみりは苦手な俺だが……今日くらいはいいよな。

 

「やけに素直ですね……さあ、お家に帰りましょう」

「へーへー」

 

 

 そうして階段を登り出した五月の後をついて行こうとすると、五月は俺に小さな箱を差し出して。

 

 

「メリークリスマス、町谷君」

「……おう、サンキューな」

 

 

 聖なる夜の始まりを告げた。

 

 

 

 




いかがでしたか?

 現状奏二はマルオさんに雇われた密偵のような感じとなっております。

 そして、ここから7巻のストーリーに入っていく訳ですが、色々考えて遅くなるかもしれませんのでご了承ください。

 それでは次回もお楽しみに!


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第18話 新年、新生活、宣戦布告

お久しぶりです。

色々忙しくて結構投稿頻度が空いてしまいました。

楽しんでいただければ幸いでございます。

あと、いつも誤字脱字の訂正ありがとうございます!


奏二の秘密
五月を家に泊めた次の日、同じシャンプーを使ってた事をクラスメイトに感づかれ、質問攻めにあった。


 風太郎が五つ子に雇われた家庭教師に、俺は親父さんに雇われた家庭教師補佐と言う少し複雑な状況になってから少し経ち。

 

 俺が大掃除やら客への挨拶回り、忘年会への出席などをこなしている間に年末を迎え。

 

 年明けに初詣にやってきた俺は、上杉兄妹と一緒に中野五姉妹が住まうアパートに招待されていた。

 

 

「キスしました……」

「ロマンチックだわ」

「録画してよかったね」

 

 テレビの前で張り付いている五月、二乃、四葉。

 

「恋愛ドラマなんて、どれも似たり寄ったりだと思うんだがな……」

「あはは……でも、こう言うのを見てみんな恋を勉強するんだぞ?ソージ君」

「何のために呼んだんだ……らいは、帰るぞ」

 

 それを遠巻きに眺めていた俺、一花、風太郎が立ち話をしていると、台所にいた三玖が重箱を片手にやってきた。

 

 

「3人とも、あけましておめでとう……お節作ったけど、食べる?」

「………手作り?」

「そうしたかったけど、スーパーで買ってきたものを詰めただけだよ」

 

 

 とりあえず、味は大丈夫そうだ。風太郎もホッとしている。

 

 

 安全性を確認していると風太郎の隣にいたらいはちゃんがなんだか居心地が悪そうにしていた。

 

「どうした?まあ、この部屋で8人は流石に多いと思うが…」

 

 すると、思ってたのと違うと言った顔で。

 

「えっとね……奏二さん。

 

 私、勘違いしてたみたい。

 

 お兄ちゃんやお父さんから、中野さんのお宅はお金持ちって聞いてたから」

 

 

 と、前と比べてずいぶん質素になった居間を見て感想を漏らした。

 

 

「あはは……まあ、色々ありまして」

「何もない部屋でごめんね……そうだ、振袖も大家さんに返しに行かなくっちゃ」

「ひとまず今は、必要なものから揃えてる段階です」

「じゃあ、テレビは後回しでいいだろ」

 苦笑しながら5つ子がこたつに入っていく。

 

 まあ、この時期といえば炬燵だが……流石に人が多いので俺は遠慮しておく。

 

 

 そのため少し離れたところに風太郎と共に座ると、二乃がそれを見咎めた。

 

「あんたら、何でそこに座んのよ………さむいでしょ、炬燵入んなさい」

「……だ、そうだぜ?2人とも」

「……なら、らいはが」

「ほーら、遠慮しない!」

「そうですよ。それに、私達だけ入っていても申し訳ないですし」

 俺達がらいはちゃんだけ炬燵に入らせようとすると、一花と五月が後ろに回り込み。

 

 

「そうだ、お疲れだろうしマッサージしてあげるよ」

「町谷君もどうですか?」

 

 と、またすっとぼけたことを言い出した。

 

「別に疲れてないが……」

「俺も、自分でケアできるし……俺の家にマッサージチェアあったのは知ってるだろ?」

 

 行動の意図が掴めず、困惑する俺と風太郎だったが風太郎の周りには一花、二乃、三玖、四葉が集まり、なし崩し的にマッサージを受けていた。

 

「奏二さん、お兄ちゃんがモテだした……!」

「絵面はハーレムだぜ………わかった、お願いするからそうむくれるな」

 

 拝みはじめたらいはちゃんを横目に、肩を揉んでもらうことにしたが……まあ、普段からマッサージチェアでコリはほぐしているものの、人の手によるマッサージはまた別物だよな。

 

 

「髪留め……使ってくれてるんですね。輪ゴムで留めてる時があったから心配だったんですよ」

 

 そうしてしばらく揉まれていると、五月は俺の三つ編みを見て何かに気づいたようだ。

「でもよ、あれ結構楽なんだぞ?」

「おすすめみたいにいうものではありませんよ?綺麗な髪してるんですから、もう少し労ってください」

 

 クリスマスに俺がもらった小箱の中には、髪留めがいくつか入っていたのだ。

「前向きに検討する方向で善処するよ」

「前向きな言葉なのに、なぜかやらないイメージしか浮かばないのですが…」

「気のせいさ。お前も新年だしこの際もう少し頭を柔らかくしたほうがいいぜ?」

「新年だからって口がよく滑るのも考えものですが……まあ、今日は聞かなかった事にしてあげます」

 

 いつもの応酬を繰り広げていると、風太郎の身体をいじっていた4人が。

 

「……ねえ、2人とも実は付き合ってたりする?」

「2人だけの世界をすぐ作るわよね、あんた達」

「羨ましい」

「本当に仲良しだね、2人とも!」

 

 

 四者四様な感想を述べていた。

「………折角だし、俺も揉んでやろうか?」

「せ、セクハラはダメですよ⁉︎」

「なんでやねん」

 

 

 

 

「風太郎にお礼?」

「ええ。何かいいアイデアはありませんか?」

 

 数分後、俺は5人に招かれたかと思いきや、風太郎へのお礼について聞かれていた。

 

 

 どうやら、風太郎が仕事でもないのに家庭教師を続けていく事に対して何かしたいそうだ。

 

「さっきのマッサージとお菓子、あの福笑いでいいんじゃねえの?」

「できれば、もう少し何かしてあげたい……」

「お父さんにはできるだけ頼りたくないしね」

 

 どうやら風太郎と言うお題に関しては、親父さんは完全に敵視されているようだ。

 

「とは言え、私たちが彼にしてあげられることって………」

 

 「親の心子知らず」と言う諺を思い浮かべたところで一拍置いて。

 

 

「不純です!」

「あんたも同じこと考えてたでしょ!」

 あのドラマのキスシーンでも思い浮かべたのか、顔を赤くして湧き出した。

 

 

「ちなみに四葉は何考えた?」

「金メダルです!」

「うん健やか」

 まあ、1人だけやたらと健やかなのがいるが。

 

 

 そして、残りの不健全達はまたも話し合う。

 

「あはは…それでフータロー君が喜ぶとは思えないけど」

「アイツも男だから分からないわよ。女優ならほっぺにくらいできるんじゃない?」

「じょ……女優をなんだと思ってるの!」

 二乃に突っ込む一花をゲーム片手にみていると、三玖の方を向いて。

 

「でもそれなら……私より三玖の方が適任じゃないかな!」

「私?私が………フータローに……」

 

 ご指名を受けた三玖は、しばらく間を置いたかと思えば。

 

 

「だ、だめだよフータロー………

 

 やめて………やっぱやめないで………」

「あんたが止まりなさい」

「みんななんの話をしてるの?」

「思春期の話さ。四葉にはまだ早いぜ」

「むむ、町谷さんまでお子様扱いして!」

 体育座りでモジモジしながら、妄想を垂れ流すムッツリにジョブチェンジしていた。

 

 とりあえずお子様に聞かせていい内容ではないのでモラルガーディアンとしての責務を全うしていると、五月が料理を打診したが、二乃がそれを止めた。

 

「だめ……せっかく忘れたんだから」

「……?どう言うことで」

「兎に角、料理は無しで進めてちょうだい」

「……分かりました」

 

 

 その顔は何かに迷っている様子で……後で探りを入れるとしよう。

 

 と、思ったところで一花が取り出したのはポチ袋。

 

「となると、やっぱりこれじゃない?」

「……お年玉?」

「うん、少ないけどね」

「相場はどれくらいのもんかは分からねえが……まあ、いいんじゃねえの?」

 

 なんせ生まれてこの方貰ったことがないからな。

 

 物心ついてない時にワンチャンもらってるのかもしれないが………まあ、もう使っちゃってるだろう。

 

「そうだね。予定通りあげよう」

「ですね。上杉君も1番喜ぶと思います」

 

 という事で、お礼はお年玉となったところで一花が扉を開けると。

 

 

「‼︎」

「一花、動くな」

 

 突如風太郎が一花に急接近した。

 

 

「え、ちょ、何………」

 

 突然のことに対して面食らう一花だが、それにかまわない様子で風太郎は真剣な眼差しを向ける。

 

 

 それに面食らった俺たちが固唾を飲んで見守り、当の一花は目を閉じてMtM受け入れ態勢を見せていると。

 

 

「やはり!

 

 

 これが一花の口だ!間違いない!」

「えー、こっちだと思うけどなー」

 風太郎はらいはちゃんの元へと戻っていった。

 

 

 そして、2人の視線の先にあるのは………

 

「福笑いか……まあ、ルール変わってるけど」

「わー、遊んでくれてるんですね!」

「四葉、これでどうだ?」

「えー、どれどれ……」

 小会議の前に四葉が風太郎に渡していた福笑いだった。

……一花が骨抜きになってるのに目を向けてないのを見ると、他意がない分なんだか憐れだ。

 

 無意識の残酷さに苦笑いを浮かべる前では、風太郎の頬にクリームらしきものが。

「おい、なんか「上杉さん、クリームついてますよ」

 

 

 四葉の口に吸い込まれていった………

 

「「「「‼︎」」」」

「無欲の勝利、だな」

 

 姉妹達が呆気に取られ、俺が思わず口笛を鳴らしていると四葉は自分が何をしたのかを理解した様で。

 

 

「お、お兄ちゃん⁉︎四葉さん⁉︎」

「今のほっぺにチューが、家庭教師のお礼ということで……」

 

 流石に照れた顔でそれっぽく言い訳したが……そのせいで三女からなかなかの密度の殺気が溢れ出ているのをどうするおつもりなのやら。

 

 

 殺気立つ三玖を抑えていると、五月が風太郎に現状だと報酬を出せない事を伝えていた。

 

 

 だが、風太郎は………

 

 

「出世払いで結構だ」

「え?」

 

「その代わりちゃんと書いとけよ!

 

 1日1人5000円!

 

 1円たりともまけねえからな!」

「うわー、ゲバい」

 

 中々の守銭奴っぷりを見せつけてきた。

 

 

 さすが、焼肉定食焼肉抜きの男は伊達じゃない。

 

 だが……結果としてはそのお年玉も「出世払い」と言うことになるのであった。

 

 

 

「ソージ君、いる?」

「ありがとう」

……おこぼれに預かれたので俺としては文句はないけどな。

 

 

 

 

 そんな年明けを過ごしてから数日も経った頃。

 

「もう、こんな生活うんざり!」

 

 勉強会の為に来た俺と風太郎の前では、朝っぱらからまた不穏なセリフが飛び出した。

 

 

 

「お前ら一部屋で寝てたのか」

「まあ、ここの間取り的にそうならざるを得ないしな」

 このアパートの間取り的に、五つ子達の寝床は個室ではなく一部屋に布団を並べて寝ると言う川の字スタイルになる。

 

 

 だが……こいつらは寝相が悪いのだ。

「なんで私の布団に潜り込んでくんのよ!」

「さ、寒くって!」

「あんたの髪がくすぐったいのよ、さっぱり切っちゃいなさい!」

「あー!自分は切ったからってずるいです!」

 例えば、五月が二乃の布団の中に入ってたり。

 

 

「お布団は久々で、まだぐっすり寝られてません」

「……四葉はもう少し寝付けないほうがいいと思う」

 

 四葉をジト目で見る三玖の右頬にはあざが出来てたりな。

 

 

 しかし、コイツらのパジャマ姿ひとつとっても、案外違いはあるなと改めて思う。

 

 二乃はパーカー、三玖はスタンダードなやつ、四葉は着ぐるみ、五月はネグリジェと。

 

 

 こうして観察していると意外と面白いもんだ。

 

 

 若干変態じみた思考をする俺の前では、姉妹達が生活環境の変化に嘆いている。

「フカフカのベッドが恋しいわー」

「そうですね、私もお布団は久々ですが……慣れるまで我慢しましょう」

「生活水準のダウンに適応できてねえじゃねえか」

「はあ、新生活始まってこれか……」

 

 風太郎が、ため息と共にこの騒ぎの中でまだ眠っているやつを指さし。

 

「この騒ぎの中でぐっすりと眠っている一花を見習え!」

「見習えって………」

「すでに汚部屋の片鱗が見え始めていますが……また掃除しないと」

 姉妹達の言う通り、一花が寝ている場所には服や雑誌が散乱している、いわば人の夢を壊しそうな状態となっていた。

 少なくとも、これを見習い出したら人間としては終わりである。

 

 

「一花、朝だ!

 

 早く起きて勉強するぞ‼︎」

「あ、上杉君‼︎」

 風太郎がそんな一花を起こそうと声を上げると、一花は目を開いてこちらを向き。

 

「あ、フータロー君にソージ君。おっはー」

 

 布団のおかげでR18とまでは行かないが、この季節では気が狂ってるとしか思えない、裸であった。

「一花⁉︎……町谷君、見たらどうなるかはわかってますよね?」

「見えてるんだから仕方ないだろ、悲しい事故だぜ」

「見えていても見なければいい話です!」

 五月に脅されている俺の隣では。

 

「フータローのえっち!見ちゃダメ!」

 

 三玖が風太郎に目隠しをしており。

「というか……よく考えたら、2人して乙女の寝室に入ってくんじゃないわよ!」

 

 最後は二乃に部屋から追い出され、準備が終わるまで居間に腰掛けるのであった。

 

 

 

 

 

 そうして準備が終わり、いざ勉強となったのだが……先程の騒動の元凶となった長女様は。

 

 

「……おい、起きろ」

「一花」

「あ、ごめん」

 

 コタツの中で舟をこいていた。

 

 四葉に揺すられて目を開けた一花は、先程のことについて苦笑する。

 

「フータロー君にソージ君も、先程はお見苦しいものをお見せして申し訳ない。

 

 

……それともご褒美だったかな?」

「冬くらい服着て寝ろ!」

「そうそう、こっちにとっては眼福だか目に毒だかわかんねえしな」

 

 俺と風太郎の突っ込みを受けて、一花は自分でも分からないといった顔で。

「……習慣とは恐ろしいもので、寝てる間に着た服を脱いじゃってるんだよ」

「え!授業中とか大丈夫?」

「あはは、家限定だよ」

 先程の朝チュンのような状態の理由を明かしてきた。

 

 

「授業中に寝る前提で話が進んでる……」

「否定してねえぞコイツ……まあ、ストリップショーになってないだけマシか」

 むしろ、脱いでもらうための金を払うまでもなく勝手に脱いでるのだから、ただの露出魔かもしれない。

 

 アホな事を考えていると、一花は弁明しながら。

「なんだと……?」

「あ、安心して?これからは勉強に集中できるように仕事をセーブさせてもらってるんだ。

 

 

……次こそ、赤点回避してお父さんをギャフンと言わせたいもんね」

 

 風太郎に発破をかけた。

 

「そうね。目にもの見せてやるわ」

「うん、頑張ろうフータロー」

「私も、今度こそ……!」

「そうですね。

 

 

 全員で合格してお父さんに上杉君を認めさせましょう」

そして、他の姉妹も賛成の意思を示した。

 

「……ふん、赤点なんて低いハードルに、これほど苦しめられるとは思わなかった」

「……お、デレ太郎だ」

「しかし!

 

 三学期末こそ正真正銘のラストチャンスだ。

 

 

 さっそく始めよう!まずは俺と一緒に冬休みの課題を片付けるぞ!」

 

 俺の発言をかき消すように大きな声で、課題の消化を提案するが、前髪をいじるのはコイツ照れている時の仕草と言うのを俺は知っている。

 

 

 そんな豆知識を披露したところで中野家の面々の反応は……

 

「え?」

「え?」

 

 五女がポカンとした顔をして。

 

「ふふ」

「あはは」

 

四女と長女が笑い。

 

 

「フータロー」

「アンタ、流石にそろそろ私たちを舐めすぎよ。

 

 

 

課題なんて、とっくに終わってるわ」

 

 三女と次女が完遂させた課題を風太郎の前に差し出した。

 

 

 

「あ、そう………奏二は?」

「年内に終わらせてあるぜ。俺は8月31日に焦るバカな子供とは違うんだ」

 俺も5人と同じようにノートを出すと、風太郎はマジかよと言わんばかりの顔で。

「そうか……じゃあ、通常通りで」

「あなたは今まで何をやっていたのですか?」

「私たちが手伝ってあげましょーか?」

「う、うっせー!」

 

 五つ子に煽られる風太郎と言う珍しい構図が発生しながらも今度こそ勉強会が始まった。

 

 

 

「私たちも働きませんか?」

 最近、一花が仕事の量を増やしている。

 

 理由は明白で……

「私たち5人の生活費を、1人で賄ってくれているのよ……もう少し寝かせてあげなさい」

「貯金があるから気にしなくていいって、本人は言ってたけどね……」

「こうやって、フータロー達に教えてもらってるのも、全て一花のお陰」

 

 私たちの暮らしているアパートの家賃や生活費を1人で賄っているからだ。

 

 その為今のように勉強会の中でも居眠りしてしまうほど疲れているのだろう。

 

 だから、こうして提案してみたのだ。

 

「まあ、担い手が増えれば一花の負担は減るだろうな」

 何か反応が欲しいので、町谷君の方に視線を向けるといつのまにか出していたパソコンをいじっていた。

 

「勉強の邪魔にならないようにですけど……少しでも、一花の負担を減らせたらと思いまして……」

「俺が斡旋してやれる仕事で、お前らでもできそうなのはちょこちょこあるけど…今リストアップするから待っててくれ」

 

 流石の手回しの早さにいつもながら驚いていると、上杉君が面接官のように質問してきた。

 

Q.「今まで働いた経験は?」

A.「ありません……」

 

Q.「勉強と両立できるのか?赤点回避で必死なお前らが」

A.「うっ………」

 

 今の私たちの最優先課題を突きつけられて言葉に詰まった私はしばらく考えて。

 

 

 

 

 

「それなら……私も家庭教師をします!」

「⁉︎」

 

 絞り出すように出した答えに、上杉君と町谷君はびっくりしたような顔をした。

 

 

「教えながら学ぶ!

 

 これなら自分の学力も向上して一石二鳥です」

「辞めてくれ……お前に教えられる生徒がかわいそうだ」

「小学生の勉強見たって学力向上には繋がらねえわな」

「なんで小学生って決めつけるんですか⁉︎」

「いや、すまん。幼稚園児か」

「町谷君‼︎」

 新年で浮かれているのか、口を滑らせまくる町谷君に詰め寄っていると四葉が。

 

「それならスーパーの店員はどうでしょう?

 

近所にあるのですぐに出勤できますよ」

「即クビだな」

「即答⁉︎」

 まあ、あっちは上杉君に一蹴されているけど。

 

 そして三玖は……予想外な職業を。

 

「私……

 

 メイド喫茶やってみたい」

「⁉︎」

 

 メイド喫茶って、確かフリフリのメイド服を着て「お帰りなさいませ、ご主人様!」ってやるやつだ。

 

 それを三玖がやると………

「ふ、不純です!却下です却下!」

「不純というのは極論かもしれねえけど、妙なトラブルに遭うリスクはあるな」

「意外と人気出るかもしれないぞ?」

「でも、この街にメイド喫茶はないぜ」

「むう……いい案だと思ったのに」

 

 そう肩を落とす三玖の横では。

「二乃は……やっぱ女王様?」

「やっぱって何よ!」

 

 四葉が二乃に突っ込まれていた。

 

「冗談冗談!

 

 でも、二乃はお料理関係だよね。

 

 

 だって、二乃は自分のお店を出すのが夢だもん」

 そして、訂正しながら二乃が小さな頃から抱いていた夢を口にする。

 

「へえ、初めて聞いたな」

「まあ、前にちょい見せてもらったけど中々の腕だったしな。そこに行き着くのもわかる話だ」

「……子供の頃の戯言よ。気にしないで」

 男性陣の反応を受けて、二乃は照れ臭そうにそっぽを向いていた。

 

 

「それならお前らに一つ言いたいことがある。

 

 

 居酒屋、ファミレス、喫茶店。

 

 

 和食に中華にイタリアン。

 

 

 ラーメン、そば、ピザの配達と、俺はさまざまなバイトを経験してきたが、どれも生半可な気持ちじゃこなせなかった」

「食べ物系ばっかり!」

「賄いが出るからでしょう」

「しかも、一年に9個経験って……お前一職毎はかなり短いじゃんか」

 そんな私達に上杉君は何か言い出し、私や四葉に町谷君のコメントを聞き流しながら。

 

「仕事を舐めんなって事だ!

 

 

 バイト探しもいいが、試験を突破してあの家に帰ることができたら全て解決する。

 

 その為にも今は勉強だ……一花が女優を目指したい気持ちもわからんでもないが、今回ばかりは無理のない仕事を選んで欲しいもんだな」

 

 と、眠る一花に目を向けながらそう締めくくろうとしたのだが。

 

 

 

 一花はそんな上杉君に反応したのか、はたまた癖が出たのか。

 

 

 

「んー……」

 着ている服をいきなり脱ぎ出そうとしていた。

 

 

「フータロー、見ちゃダメ!」

「町谷君、今度は見えたなんて言い訳は通じません!目を閉じてください!」

「まったくよ、この変態‼︎」

 

「「えー………」」

 

 止めに入った私達に、2人は理不尽だと言わんばかりの声を上げるのであった。

 

 

 

 

 ある日の夕方。

「すげえ、ここのサンドイッチ結構高いってのに……さすがは院長様ってところか」

 

 買い物を終えた俺が喫茶店で一息ついていると、そこに親父さんと五月が入ってきたかと思いきや、早速サンドイッチ全種を頼んでいた。

 

 

 どうやら五月の大食っぷりは理解しているようだ………ってそうじゃねえ。会話を聞いておかないと……

 

 

 

 

「ああっ、お気遣いなく!」

「いらないのかい?」

「…………い、いただきます……」

 

 そうして後ろに意識を向けていると、蚊の鳴くような声で承諾をした五月に親父さんは能面みたいな無表情を少し緩めて。

「いい子だ。

 

 

 五月君は素直で物わかりがいい。

 

 

 賢さとはそのようなところを指すのだと、僕は思うよ」

 

 

「……賢さ、ねえ」

 親父さんの言う賢さは、間違っちゃいない。間違っちゃいないが………

 

 少なくとも、俺はそんな賢さなんていらない。

 賢さとは真逆の生き方をしている俺が、どうにも腑に落ちないものを感じていると。

 

「お父さん。私をここに呼んだ理由はなんですか?」

 

 風太郎の一件で警戒しているのか、どことなく緊張感を漂わせた五月の問いに。

 

「父親が娘と食事をするのに、理由が必要かい?」

 

 当たり前だけど、こいつらにとってはそうでもない事を言い出した。

 

 

 

 

「君たちのしでかしたことには目を瞑ろう。しかし、どうやら満足いく食事も取れてないようだ」

 

 

 五月がサンドイッチを平らげ、空になった皿を見ながら親父さんが話し出す。

………まあ、満足いく食事に関しては五月に対しての必要量が多すぎるだけで、他はそこまでひもじい印象は受けないんだけどな。

 

 

 だが、その次の親父さんの言葉で今回の呼び出しの目的を理解する。

「すぐさま全員で帰りなさい。姉妹全員に伝えておいてください」

 

 

 俺が報告した新しい部屋の見取り図や生活の様子を鑑みて、全員で帰るように伝えに来たんだな。

 

 この会話の内容次第では、今後の俺に影響があるかもしれないので注意しながら聞いておく。

「………それは、彼らも含まれるんでしょうか」

「上杉君と町谷君のことかい?

 これは僕たち家族の問題だ。彼らはあくまで外部の人間であることを忘れないように。

 

 

 それに、町谷君はともかく上杉君のことは嫌いだ」

 

 うーん、大人げない。

 

 以前にも聞いたがやはりそんな感想が頭をよぎる。

 

 

 

「しかし、彼らを部外者と呼ぶにはもうかかわりが深すぎます。

 

……せめて、次の試験までの間は私たちだけで暮らしt「君たちの力?それは一体何だろう。家賃や生活費を払ってその気になっているようだが……。

 

 

 明日から始まる学校の学費に携帯の契約。保険はどう考えているのかな?

 

 

 町谷君のように一人で全てを賄っていての言葉なら自立と言えるが、君たちは僕の扶養に入っているうちは何をしても自立とは言えないだろう」

 

 それはこれ以上ないほどのド正論だ。

……俺の状況を知っていたのは、まあ、奏一さんのことを知っていたのならなんとなく察しでも付いたんだろう。

 

 

「……とは言え、五月君のいう事にも一理ある。

 

 そこでこうしよう。

 

……上杉君の立ち入り禁止を解除して、家庭教師を続けてもらう」

 

 

 とそんな中で、親父さんは意外な案を出してきた。

 

 

「え?」

「ただし、僕の友人のプロ家庭教師との2人体制で、彼にはサポートに回ってもらう」

「……町谷君は?」

「江端が自分が引退した際の後任を探しているので、彼にはそのためのノウハウを積んでもらうつもりだ」

 

 そして俺にとっては寝耳に水な案も。

 

 要するに江端さんの後任にするべくクビにして経験を積ませるということになるが…。

 

 技量を見込んでくれているのはありがたいが、俺は今の何でも屋としての生活をこの先も続けなくてはならない。

 

 奏一さんから受け継いだものを無駄にしたくないというのもあるが………俺は、それ以上にこの人生全てを賭けてやらなければならないことがある。

 

 

 それは……かつて俺がいて、7年前に壊滅してしまった施設にいた仲間たちの夢を背負い、叶えること。

  

 

 物心つく前に死んだ本当の家族や、そいつらの命を犠牲にしてまで生き残ってしまった、「死神」の俺ができる、唯一の贖罪の道だから。

 

 

そして、そんな内面的なもの以外にも気になるところがある。

 

 どうしてこの親父さんはそこまで俺を囲い込もうとする?

 

 

 奏一さんと何かしらの縁があったみたいだが、それの恩返しにしてもやりすぎではないだろうか。

 

 

 よくわからないでいる俺だったが、五月も同じらしく。

 

 

 

「………前から思っていたのですが、どうして町谷君にそこまで目をかけているのですか?

 

 家庭教師の友人……それくらいの関係性しかない筈ですよね?」

 

 

 困惑顔で聞くと、親父さんは一息ついて。

 

 

 

「五月君。君は町谷君から昔の話は聞いたことがあるかな?」

「………万事屋を先代の方から受け継いだことくらいしか」

「そうか……なら、簡単に話すとしよう。

 

 

 その先代とは友人だった。そして……僕は彼の病を治してやることができなかった。

 

 だから、せめて彼の最期の願い……「俺の息子を見ててやってくれ」と言う言葉を果たしているだけのことさ」

 

 

 

 奏一さんは、不治の病に侵されていた。

……だから医者が悪いわけじゃないと奏一さん自身が言ってたし、俺だってそう思う。

 

 だが……親父さんからすればそれで割り切れるものじゃなかったんだ。

 

 どうにもならなかったって割り切れれば楽なんだろうけど、それができないのが人間だからな。 

 

 

「町谷君の話はこれくらいにして……どうだろうか?君たちにとってメリットしかない話だ。

 

 高校生2人で5人を教えるとなれば、カバーできないところもあるだろう」

「し、しかし!

 

 みんなこの状況で頑張って……」

 

 五月がなんとか食らいついていくが、親父さんはそれも予想済みなのか。

 

「四葉君は赤点回避できると思うかい?

 

 二学期の試験の結果を見せてもらったが………とてもじゃないが僕にはできるとは思えないね」

 

 と、そこまで行ったところでガタッと音がしたので一旦そっちに目を向けると、そこには何故か風太郎と二乃が並んで座っていた。

 

 

 

 「あいつらもいたのか……下手に音立てて気づかれたら、俺まで巻き添えだぜ」

 

 言いたい事はあるんだろうが、今は我慢して欲しいものだ。

 

 

 そんな外野はさておいて、再び父子に目線を戻すと。

 

 

 

「やれます」

 

 なんとそこには四葉までいたのか、親父さんに向けて告げた。

 

 

「私達と町谷さん、上杉さんならやれます。

 

 

 7人で成し遂げたいんです。

 

 だから、信じてください………もう、同じ失敗は繰り返しません」

 

 

 

 その目は、いつもの能天気なものではなく確かな決意を秘めたもので、俺は静かに驚愕した。

 

 

 

 すると、数瞬置いて親父さんが。

 

「では、失敗したら?」

 

 水を差すような問いをしてきた。

 

 そして、そこに畳み掛けるように。

「これはあまり大きな声で言えないが………

 

 

 僕の知人が理事を務める高校があって、無条件で3年からの転入ができるように話をつけているんだ。

 

 

 もし、次の試験で落ちたらその学校に転校する。

 

 プロの家庭教師と2人体制ならそのリスクは限りなく小さくなると保証しよう」

「………やっぱ、お偉いは汚い手がお好みなのかねぇ」

 ガチモンの裏口入学だし、そもそもこの呼び出しも本来全員にすべき所なのに、それをしないあたり、他のメンツだと反論されるのをわかっているからじゃないのか?

 

 そんな俺の思考とは関係なく時は進み、最後に警告の念も込めているのか。

 

「それでもやりたいようにやるのならあとは自己責任だ。

 

 

 わかってくれるね?」

 

 と、言葉の圧を強めてきた。

 

 

 元来押しに弱い四葉が押し黙り、またも沈黙が流れてから……五月が静かな口調で。

 

「……分かりました」

「では、こちらで話を進めておこう。五月君ならわかってくれると思っていたよ」

「いいえ」

 と了承する………かと思いきや。

 

 

 

「もし、ダメなら転校という条件で構いません。

 

 

 素直で、物わかりが良くて………

 

 

 

 

 

 賢い子じゃなくてすみません」

 

 

 と、笑いながら親父さんの意図を蹴っていた。

 

 

 

 それには、流石の親父さんも少し固まっていたが持ち直し。

 

 

「………そうかい。

 

 

 どうやら、子供のわがままを聞くのが親の仕事らしい。

 

 

 そして、子供のわがままを叱るのも親の仕事」

 

 ゆっくりと立ち上がり。

 

 

「次はないよ」

 

 五月に念押しして。

 

 

「前の学校の時とは違うから」

「僕も期待しているよ」

 

 四葉の言葉に月並みな返事をして、今度こそ店から出ていった。

 

 

 

 

 

 

「………そう言う事だから、考えておいてくれたまえ」

 

あ、ばれてーら。

 

 

 

 お父さんとの、胃がキリキリと痛むような会話を終え、息をついていると何故かお客さんの1人の前で止まった。

 

 

 そのお客さんを良く見ると………ハットにサングラスを付けており、三つ編みで黒いジャケットだった。

 

 

 つまり、あのお客さんは………

 

「あの、町谷君?」

「ええ⁉︎いたんですか?」

「………なんであの人にバレてたんだよ。俺、気配消すのはそれなりに自信があったんだけどな……お疲れ五月」

「あはは……それにしてもおどろきました。あなたとお父さんにそんな過去があったなんて」

 

 やはり町谷くんであり、労いの言葉といつも通りのやりとりで、妙に心をほぐされていると。

「俺も初耳さ」

「あの、町谷さん?私も頑張りましたよね?」

 

 納得がいったような顔をしていて、更にそこには上杉君と二乃まで。

 

「おいおい、この世間は狭すぎやしないか?」

「たまたまの偶然だ。

 

……それより、想像通りの手強そうな親父だったな」

「そうね。あの人が言ってる事は正しいし、わたしたちをここまで育ててくれた事は感謝してるわ。でも………」

 

 そうしてその2人も会話に入り。

 

 

「あの人は正しさしか見てないんだわ」

「………やり方はだいぶ狡いけどな」

 

 二乃がお父さんをこう評し、町谷君がやれやれと言わんばかりに続け。

 

 上杉君がため息をついた。

「だが、転校なんて話まで出てくるとは、責任重大じゃねえか」

 

「我が家の事情で振り回してしまって、申し訳ありません」

「転校……したくないね」

 

 

 私が謝罪を口にした隣で四葉がつぶやく。

 

 

 そうだ。私だって転校したくない。

 

 なんだって私はまだ………町谷君に何も恩返しができていない。

 

 

 そう、町谷君をチラリと見ながら考えていると上杉君が口を開く。

 

 

「だが……どうでもいい。

 

 

 お前らの事情も、家の事情も、前の学校も転校の条件も………どうでも良いね」

 

 

 そして。

 

 

 

「俺は俺のやりたいようにやる。

 

 お前たちを進級させる………この手で!

 

 

 全員揃って笑顔で卒業………それだけしか眼中にねえ‼︎」

 

 握り拳と共に、高らかに宣言した。

 

 

 こうして始まる。

 

 私達7人にとってのプライドをかけた戦い………

 

 

 

 学期末試験が。




いかがでしたか?
次回は学期末テスト編となりますね。



それでは次回もお楽しみに!
感想や評価をお待ちしてます。


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第19話 死神なキューピッド

どうも、更新です。

楽しんでいってください。


奏二の秘密

 クラスメートと「胸、尻、太もものどこが一番好きか」と言う議題で熱論して、「腰が細くないと他がデカくても寸胴なので、案外腰が一番重要」と言う結論に至った。
 なお、どこが好きかに関しては脱線した模様。


「へえ……ここがお袋さんの墓か。まあ、この辺りの人なら大体ここだよな」

「ええ。ここに眠っているのが私の母です」

 

 

 冬休みが明けてから数日経った14日。

 

 月命日ということで私は毎月お母さんが眠る墓にやってくるのだが………今回はいつもと違っていた。

 

 

 私1人でのお墓参りではなく、町谷君もいるのだから。

 

 

 彼の話によると、彼の義理のお父様である「町谷奏一」さんが同じ墓地に安置されており、亡くなったのは10月15日らしいけど彼は月に一回不定期に来ているんだとか。

 

 

 それで、たまたま鉢合わせしたのである。

 

 

「俺以上にマメに来るやつがいるなんてな………折角だし線香あげさせてもらうぜ」

「ええ、勿論いいですよ。

 

……その代わり、後であなたのお父様のところにも……」

「ああ。頼むわ」

 

 そうして2人で線香に火をつけ、手を合わせる。

 

 

 

「……進路希望調査はどうしました?」

 

 そうして少しした後、私は目の前に立ち塞がった問題について2人に相談する。

 

「何でも屋の経営の継続………2年ぽっちで潰したら、あっちで合わせる顔がないしな」

 

 

 私と同じく、奏一さんと言う大きな背中を追う町谷君と………お母さんに。

 

 

「お母さんは、私にとって憧れでした。

 

 そして、そのようになりたいと思っていたのですが………空回りばかりです。

 

 

 私は、お母さんのようになれるのでしょうか」

「………」

 

 答えのない問いに意識を持っていかれそうになっているところに。

 

 

 

「お、珍しいこともあるもんだ。

 

 

 二つ揃って先客がいるなんてな……」

 

 

 聞き慣れない声がしたので振り向くと、そこには見覚えのない人が。

 

 

 いや、一応女性という事はわかるんだが………。

 

 

「よお、久しぶりだな……一番乗りは俺だぜ」

「おう奏二……って、お前なんでここにいんだ?

 

 ここは奏一の墓じゃ……」

 

 

 なんか、町谷君はしてやったりという顔をしてその人と会話をしている。

 

「えっと……初めまして」

 一体誰なのかと思いつつも挨拶をしてみるとその人は。

 

 

「うげっ………先生?」

 

 

 

 

 

 私を見て、なぜか顔を引き攣らせた。

 

 

 

 

 奏一さんの墓へやってきたら、偶然五月と鉢合わせして。

 

 

 五月と共に零奈さんの墓にお参りに来たら、またまた偶然下田さん……奏一さんの友達だった人と会った。

 

 

 そして……遺伝子とは面影さえも伝えるのか、下田さんはその娘である五月を前に驚いたような顔をしている。

 

 

 

「わっはっは……悪い悪い。

 

お嬢ちゃんがあまりに先生にクリソツだったから間違えちまった!

 

 

よく考えたら、とっくの昔に先生は死んでたわ」

「おいおい……一応その先生の娘の前だぜ?」

 

 この下田さんは、奏一さんの高校時代の友達だが……兎に角デリカシーをどこに置いてきたのかと聞きたいレベルで口が悪いのだ。

 

 

 「奏一の墓はどこだ」って、いきなりウチを訪ねてきたのは、なかなか印象に残っている。

 

「おっと、娘さんの前で言う事じゃねぇな。許してくれ。

 

 

 昔から口が悪くて、先生によく叱られたもんだ」

 

 マシンガントークというわけではないが、なかなかの勢いで話す下田さんに五月がポカンとした顔を見せる。

「五月、話についていけてるか?」

「なんとか………」

 

 

 

「ここで会ったのもなんかの縁だ。

 

 

 先生への恩返しで好きなだけケーキを奢ってやるよ。

 

 ここのケーキ屋は美味えぞ、店長はちょっと感じ悪いがな!」

「よく言うぜ、とんでもねえブーメランじゃねえか」

「まあ、野暮は言いっこなしだ奏二。あと、お前は自腹な?」

「最初から自分の分は自分で払うぜ」

 

 

 なんせ、この後下田さんは顔を引き攣らせる事だろうし……まあ、それを明かさないのは、奢られない事への抗議活動の一種だな。

 

「す、好きなだけ………」

「遠慮すんな!私に二言はねえ!」

 

 あーあ、言っちゃった。

 なんせ、食べ放題で出禁を喰らいかけるレベルの食いっぷりを、ケーキバイキングなしの店でやらせるとなれば、とんでもない額になる事が確定するのだ。

 

 

………まあ、この際たっぷり引きつってもらうとするか。

 

 口は災いの元と言う諺を頭に浮かべていると、五月がおずおずと。

 

 

「あの……下田さんはお母さんと、どう言う関係なんですか?」

 

 目の前にいる下田さんについての情報を所望した。

 

 

「ああ、そこの奏二の親父と同じく元教え子だな!

 

 

 お母ちゃんには何度ゲンコツをもらったか覚えてないね!」

 

 葬儀の手伝いの依頼を受けた時、奏一さんが教えてくれたのだが………零奈さんは高校の教師であり、奏一さんは教え子だったらしい。

 

 

 だが、この人もだったとは……。

 

 

 と、そんな下田さんに五月が。

 

 

「そ、それです!

 

 

 

 お母さんがどんな人だったのか教えていただけませんか?」

 と、問いかけた。

 

 恐らく、先ほどの「お母さんのようになれているか」という問いへの答えを見つけるための質問だろう。

 

 

 

 その質問に、下田さんは首を傾げて。

 

 

「覚えてないのか?

 

 5年前だから………結構大きかったろ?」

「ええ……そうですが。

 

 

 

 私は家庭でのお母さんしか知りません。

 

 

 

 お母さんが先生として、どんな仕事をしていたのか知りたいのです」

 

 

 運ばれてきたケーキを受け取っていると、下田さんは頭をかきながら。

 

 

「ふーん。

 

 

 まあ、聞きてえならいくらでも話してやれるし、話してやるよ」

 

 

 零奈さんの事を話し始めた。

 

 

 

 

 

「なにぶん先生とは、高二の1年間だけの思い出しかねぇ。

 

 

 私が少々………おてんばだったからかもしんねぇがよ?

 

 

 とにかく怖ー先生だったな。

 

 

 愛想も悪く、生徒にも媚びない。

 

 

 学校であの人が笑ったところを一度も見た事がねぇ」

「はは………さぞ、生徒さんには怖がられてたのでしょうね」

 

 

 フォークが止まらない五月の苦笑いを、なぜか否定した。

 

 

「いーや、それが違うんだよなぁ。

 

 

 

 どんなに恐ろしくても、鉄仮面でも許されてしまう。

 

 

 愛されて……慕われちまう。

 

 

 

 先生はそれほどまでに………

 

 

 

 

 

 

 めちゃ美人だった」

 

「………めちゃ美人……!」

「………確かに遺影めちゃ綺麗だったなー、って記憶あるぜ」

 さらに運ばれてきたケーキと、積み上げられていく皿の存在感に圧倒されながら思い返していると、下田さんはそうだろうと頷き。

 

「ただでさえ新卒の、歳の近い女教師で美人。

 

 

 

 それだけで同学年のみならず、学校すべての男子はメロメロよ。

 

 

 なんせ、先生がいた頃あたしら全然モテなかったからな」

「め、メロメロですか……」

 

 と、きょうび聞かないような擬音を交えた受け答えの後。

 

「ま、そんな事言わずもがなか。

 

 

 お嬢ちゃんも先生似だし、いけるんじゃねーか?」

「わっ、私なんてそんな………!」

「なあ、奏二もそう思うだろ?」

「全くだぜ。コイツ怒るとすぐ手が出るんだ」

「そ、それは町谷君が怒らせるような事を口走るからでしょう⁉︎」

 

 こちらに振られたので、正直に話すと五月に威嚇された。

 

 

 そして、そんな俺たちを見て下田さんは面白そうに。

「だっはっはっは!やっぱ先生そっくりだわお嬢ちゃん!」

 

 

 そうしてゲラゲラと笑った後にまた話し出す。

 

「なんたって、ファンクラブまであったくらいだったからな。

 

 

 

……そして、女の私でさえ惚れちまうほど、外も中も美しかった。

 

 

 

 あの無表情から繰り出される鉄拳に、私ら不良は恐れ慄いたもんでな……その姿はまさに鬼教師さ。

 

 

 

 だが、その中にも先生の信念みたいなもんを感じて、いつの間にか惚れちまってた」

 

 

 思い出話を語る下田さんの顔は、段々と昔を懐かしむようなものとなり。

 

 

「結局、1年間怒られた記憶しかねぇ。

 

 

 

 ただ、あの一年がなければ………教師に憧れて、塾講師になんてなってねーだろうな」

 

 

 と、確信めいたような言葉で締め括った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 下田さんの話を聞いて、私の中で一つの答えができた。

 

 

 お母さんのようになれるのなら………私が目指すものは一つだけ。

 

 

「ん…お前、何する気だ?」

「進路希望調査ですよ!

 

 

 下田さんの話が聞けて、踏ん切りがつきました」

 

 町谷君に短く返し、私はカバンから進路希望調査の用紙とペンを取り出す。

 

 

「下田さんのように、お母さんみたいになれるのなら………やはり私はこれしかありません」

 

 

 と、書こうとしたところで。

 

 

「え」

「ちょいと待ちな」

 

 

 下田さんにフォークでペンを止められ。

 

 

「母親に憧れるのは結構。

 

 

 憧れの人のようになろうとするのも決して悪い事じゃない。

 

 

 私だってそうだしな。だが………」

 

 

 

「お嬢ちゃんは、お母ちゃんになりたいだけじゃねえのか?」

 

 

 かつて、町谷君に言われたような事を、もう一度突きつけられた。

 

 その言葉に、返す言葉を探そうとしていると下田さんはフォークを下げて。

 

 

 

「とは言え、人の夢に口出す権利は誰にもないし………生徒に勉強を教えるのも、やりがいがあっていい仕事だよ。

 

 

 存分に目指すといいさ。

 

 

 

 

 

 お嬢ちゃん自身が「先生」になりたい理由があるならな」

 

「わ、私は………」

 

 

 そんな言葉を受けて、何か言葉を出そうと考えていると、下田さんは伝票を取って。

 

 

「おっと、こんなところまで説教とはな。

 

 先生の悪い所が出ちまった」

 

 その伝票を見て顔を引き攣らせ………流石に初対面の人にそこまで奢ってもらうほど図太くないので、あんまり食べてないんだけど……。

「あ、そうだ。

 

 

連絡先交換しようぜ。

 

 

 

 

 あと、お母ちゃんの話がまた聞きたくなったら………

 

 

 

 また会おうな」

 

 

 撤回することもなく、レジへと向かっていく。

 

 

 

 

「………あれ?あの人俺の分の代金も払っていっちまいやがったぜ」

 

 そして、町谷君がその背中を見て困惑している隣で。

 

 

 私は白紙の進路希望調査を見続けていた。

 

 

 

 

 バレンタインデー。

 

 その昔のローマ皇帝クラウディウス2世が、恋愛を法律で禁止した中で、恋愛を是とした司祭ウァレンティウスが処刑された日であり、それを祭る日が由来である。

 で、それに目をつけたお菓子メーカーが、「チョコレートを渡して思いを告げる」的な謎風習を作り上げて、俺たちのよく知るバレンタインになっているわけだ。

 

 

 で、なんで二月にすらなっていない今、昔検索して覚えた事を俺が思い浮かべたのかと言えば。

 

 

 

「ソージ君、お菓子作りができる知り合いっていない?」

「んあ?」

 

 学食で昼飯を食っていると、向かいの席にやってきた一花が突然そんな事を言い出した事に起因するのであった。

 

 

 

 

「料理か……でも、なんで急に?お前と料理のイメージが全然湧かねえんだが」

「むっ、失礼だよ。お姉さんだってやるんだから……まあ、必要としてるのは私じゃなくて三玖なんだけどね」

 

 ムスっとしながらの説明を纏めると、三玖が風太郎にバレンタインのチョコを渡すらしく、美味しいものにしたい為先生を探してるんだとか。

 

 

「それで、その当てがありそうな俺に来たってことね」

「そういう事。それで、誰かいないかな」

 言われて思い浮かべたのは風太郎のアルバイト先。

 

 偶に手伝いを頼まれるし、あそこの店長とはバイクを紹介してもらったり、バイトとして風太郎を紹介したりとそこそこ仲はいいのだが……最近向かいにあるパン屋に客を取られて躍起になっている為、他人の料理の世話をしてるほど暇はないはずだ。

 

 

 それに、俺が気になったのは……

 

「一花。お前さんは風太郎に渡さなくていいのかよ?」

「ふえ⁉︎」

 

 一花も恐らく風太郎に惚れている。

 つまり、三玖は恋敵となるわけで、今していることは敵に塩を送ることでもある。

 

 

 素っ頓狂な声を上げた一花は目を大きく見開いて。

「な、何言ってるのさ。私がフータロー君に惚れてるだなんて」

「死神に隠し事はできないぜ。

 

 最近風太郎に向ける視線が途切れ途切れになっているのは、勉強会でリサーチ済みだ。

 そもそも。

 正月に福笑いやった時、風太郎に詰め寄られてキス受け入れ態勢取ってたのはどこの「わー!認める、認めるからそれ以上言わないで!」

 

 すっとぼけようとしてきたので、声を大きくすると口を塞ごうと身を乗り出してきた。

 

 

 そして、乗り出す体勢を少しずつ解きながら一生懸命言い訳を探そうとする。

「で、でも私はお姉さんだから……それに、三玖はここ毎晩、フータロー君へのチョコレートを試作してるんだよ?」

 

 

 だが……俺からすれば、そんな遠慮に意味はない。

「だからって、お前が引く理由にはならねえだろ。

 

 お前は姉貴である前に、1人の恋した乙女なんだぜ?」

「ソージ君………」

 意味もなく自分を抑えて、終わった後に後悔するくらいなら……感情に赴くままに突っ走った方がいい。

 

 

 顔を赤くして悩み出した一花を前に、飯を食い終わった俺は立ち上がり。

「一応当てがあるから話してみるけど……自分が本当にしたいことを優先してもいいんじゃねえのか?

 

 

 人生は一度きりなんだし……初恋もまた一度きりさ」

「これが初めてみたいに言わないで欲しいなぁ……まあ、あながち間違いでもないけどさ」

 

 恐らくジト目を向けているであろう一花に手を振りながら、俺はその当ての元へと向かっていった。

 

 

 まあ……あのツンデレ様のところなんだけどさ。

 

 

 

 

 進路希望調査でその先のことを考えたとしても、学期末試験を乗り切らなければその先について語る資格はない。

 

 

 その為、まずは目の前の問題をなんとかしなければならないのだが………

 

 

「なあ、風太郎?」

「皆まで言うな、わかってる」

 

 

 

………うん。

「「詰まった」」

 

 

 俺たちは、机に突っ伏してる五つ子に対して同じ感想を漏らしていた。

 

 

 冬休み明けから二月の頭となる今まで、俺たちは学期末試験に向けて勉強をしている訳だが……

 

 

「えーっと…私が感じたことってなんだろう……」

 

 コイツらは何がわからないのか分からない。

 

 何がわからないのか分からないから、どう教えたらいいのかが分からない。

 

 

「くっ……IQの差とは何と残酷……!」

「ビギナーズラックは終わりって事だな」

「よく分からないけど、馬鹿にされてることはわかる気がするわ」

 

 二乃のジト目から目を背けていると、一花が疲れたような顔をして。

 

「と言うか、問題を解く以前に………

 

 

 みんな、集中力の限界だよねぇ……」

「わ、私はまだできるよ!」

「連日勉強漬けですからね……」

 

 

 この停滞の訳を簡潔に表した。

 

 

 そうなのだ。ここ連日はいつもの土曜日だけでなく、平日の放課後もこうして勉強をしている。

 

 

 そのおかげでもう赤点回避は現実のものとなっているが……油断はできない。

 

 

 とは言え、このまま続けてもあまり意味はないし……

 

 

 何とも難しい盤面に、どうしたもんかと頭を悩ませていると。

 

 

 

 風太郎が突然、一のジェスチャーを見せた。

 

 俺たち6人が首を傾げていると、風太郎が意外な事を言い出した。

 

 

 

「決して余裕がある訳じゃないが………

 

 

 明日は一日だけオフにしよう。

 

 

 思う存分羽を伸ばせ」

 

 

 

 要は、一回休みって訳だな。

 

 

 そうして俺たちが足を運んだのは………

 

 

 

「遊園地か。安直なとこ来たなおい」

「うるせえ」

 

 

 隣町にある、それなりに大きな遊園地だった。

 

 

 

 

 その遊園地は、特にこれといった目玉はないのだが……とにかく遊園地といえば的なものを目白押しにしたような種類のアトラクション構成をしている。

 

 んで、そのうちの一つであるお化け屋敷に行った後、五月の希望でジェットコースターに乗ることになったのだが……

 

 俺と二乃だけ次のコースターに乗ることになった。

 

 

 

 

「なあ二乃」

「何よ」

「風太郎の事、どう思ってる?」

「………何よ、急に」

 

 

 コースターへの列を町谷と並んでいると、突然今の私の中での大きな問題に触れてきた。

 

 

 随分突拍子もない発言だが、コイツはやたらと勘がいい。

「いやあ、お化け屋敷でお前が変な動きをしていたのが………いや、クリスマスの時からお前がしおらしくなってたのが気になってな」

 

 誰にも話してない悩み…………上杉のことを意識し始めてしまっていることを、いつの間にか嗅ぎつけているくらいには。

 

 

「前にアンタに言ったでしょ。私が好きなのはキンタロー君よ。アイツじゃないわ」

「風太郎の変装だってもうわかってるんだろ?

 

 別人だと思ってるなら、五月の提案に乗っかていた筈だ。

 

 

……お前が姉妹に甘いのは、もう検証済みだしな」

「……アンタ、本当いい性格してるわ」

 

 

 要は、あの時から私の葛藤に気づいていて、その上で三玖のお菓子作りの先生を頼んできたのだ。

 

 

………なんか、コイツの前での隠し事なんてもう無意味ね。

 

 

「誰かにバラしたら許さないけど………私がアイツを好きだなんてありえないし絶対に認めない。

 

 私はそんなに軽い女じゃないわ」

 

 そうだ。私の中で上杉の存在が妙に大きくなり始めている。

 

 前まではキンタロー君一筋だったのに、それが上杉の変装だとわかって私は悲しんだし、上杉に腹が立った。

 

 

 でも………今その感情があるかと言われればもうない。

 

 

 元はと言えば、アイツの変装だと見抜けなかった私が悪いし、アイツは浮かれた私のために嘘をつき続けただけだ。

 

 そして……溺れそうになった私を助けてくれたのは、恋焦がれていたキンタロー君ではなく上杉なのもまた事実。

 

 考えてみれば、必要とした時に私のそばにいたのはキンタロー君ではなく上杉だ。

 

 

 ならば……ひょっとしたら、上杉の事が気になり始めている今の状況は不思議なものではないのかもしれない。

 

 でも、それじゃあ……なんだかキンタロー君へ抱いていた思いが嘘臭くなってしまうような気がして。

 

 

 

 

 そこまで考えた私の横で、町谷がなるほどなと一息つきながらコースターに乗ったので私もそれに続く。

 

「あり得ないなんてことはあり得ないもんさ。

 

 現に、お前がそれを証明してる」

「……百歩譲って私がアイツを好きだとしても、アイツは私のことなんて生徒の1人くらいにしか思ってないでしょ?」

 

 

 コイツには着飾る必要がないと自分を許してしまえば、葛藤を話すのを止めることはできず、愚痴のようになってしまっていたが、登っていくコースターの先頭で町谷は。

 

「キンタローとして振る舞えるのも、アイツの良さの一つって考えればいい。

 

 そして、そう思うなら耳元で叫んでやればいいのさ。

 

 

「私を見ろ」ってね」

 そう、口元を歪めていた。

 

 

 

 

 

「一花一花!次はアレに乗りましょう!」

「五月ちゃんちょっと待って………」

 ジェットコースターから降りると、やたらテンションの高い五月とそれに付き合って疲れた顔をしている一花。

 

 そして、地図を見ている三玖と風太郎と………あれ。

 

「四葉はどこだ?」

「あら、居ないわね……でも多分トイレよ。あの子昔から限界まで我慢するから」

 

 四葉がいないのでみんなで辺りを見渡していると、三玖がスマホを出して。

 

「……お腹痛いからトイレだって」

「なぜ直で言わない……」

 

 と、四葉の行き先を明かし、風太郎はため息をついたがそれならと言わんばかりに。

 

「俺も便所行ってくる。待ってるのも勿体無いだろうし、後で落ち合おう」

「そうね。それなら先に行ってるわよ」

「待って。お姉さんはちょっと疲れちゃったから、ここで休んでるよ」

 

 そう言って風太郎はトイレのある方向へ向かい、一花はベンチで休んでいることを提案した。

 

 

「そうなると残りは俺ら4人か……どうする?」

 

 

 この後の予定が定まってないであろう二乃、三玖、五月に話を振ると。

「フリーフォールです!その後はゴーカートで……最後はサーカスに行きましょう!」

「私ちょっと考え事したいから、1人でいるわ。五月のお守りは任せたわよ」

「私も疲れたから一花といる…ソージは五月に付き合ってあげて」

「おいおいマジかよ……」

 

 

 ものの見事に、テンションの高い五月を押し付けられ。

 

「さあ、どんどん行きますよー!」

「おい待て、ついてくから引っ張るな!」

 

 

 五月にフリーフォールのある場所まで連行されていくのであった。

 

 

 

 

 数十分後。

 

 

「五月ちゃん、遊園地は楽しかったかい?」

「その、幼児へ語りかけるみたいな口調やめて下さい!

 

 私もなんであんなハイテンションを………!」

 

 

 ゴーカートまで行ったところでようやく素に戻った五月は、サーカスへ向かう道中で真っ赤にした顔を覆っていた。

 

 

「悪りぃ悪りぃ……まあ、ストレス発散できたって事でいいんじゃねえの?」

「………なんか、私の恥ずかしいところを大体町谷君に見られてませんか?」

「そんなん言われても。

 

 お前が意外とポンコツなのは多分みんな知ってんぜ?」

 頬を膨らませ、ジト目を向けてくる五月をあしらっていると、クレープの屋台があったのでそこで適当なものを買い。

 

「でもまあ、面白いもの見せてもらったから、これはそのお礼って事で」

「…………理由がとんでもなく失礼ですが、いただきます」

 

 ご機嫌斜めなお嬢様をクレープで鎮めようと働きかけていると。

 

 

 

「……町谷君、あの観覧車の中にいるのって四葉と上杉君じゃないですか?」

「………あのリボンは間違いないな。それに、黒い双葉もある」

 

 観覧車を指差して聞いてきたのでそちらを見ると、たしかに観覧車のゴンドラの一つに、四葉のリボンと風太郎の双葉があった。

 

 

「……そういや、2人ともトイレに行ったっきり帰ってこないと思ってたが」

「ひょっとして、2人は内緒で付き合ってるとか……ふ、不純です!」

 

 顔を赤くしてそう叫ぶ五月を宥めながら。

「まあまあ、ちょっと落ち着こうぜ?

 そもそもあの2人で不純な関係ってあんまり想像できないんだが……少なくともお前や他の姉妹よりは健全だぜ」

「誰が不健全ですか⁉︎」

「お前だお前!

 

 恩返しにキスを思い浮かべたお前!」

「なにおう⁉︎」

 いつもながらコントのようなやりとりをする俺達だったが、とりあえず観覧車へ向かうことにした。

 

 

 

「奏二、五月!光明が見えたぞ!」

「光明だあ?」

「一体どう言うことですか?それに、何故四葉と一緒に観覧車に……」

 

 観覧車に向かうと、俺たちが見えていたのか。

 

 観覧車から降りてきた風太郎達は、俺たちの元へやってきて早々得意げな顔をした。

 

 

「五月、国語でわからないところはない?」

「え、ええ?四葉、どう言うことですか?それに、国語って……」

 四葉は五月に詰め寄り、詰められた五月は目をぱちくりさせている。

 

 

「………おい、どう言うことだ?」

 その光景が異様で、俺は本当にどう言うことか風太郎に聞いてみると。

 

 

 

「これからは、みんながみんな先生だ!」

 

 

 と、よくわからないことを言い出した。

 




いかがでしたか?

次回で2年生編は終わりですな。

ぜひ、楽しみにしていてくださいな。


感想や評価をお待ちしています!


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第20話 出会いと別れだけ繰り返す

どうも、更新です。


 今回は学年末試験の前に奏二の過去について、軽く書くことにしました。

 と、言うのも全て書こうとすると重すぎて書く方が辛いので………

 なんで、今回は過去編の前半と考えてもらっても大丈夫です。

 それではどうぞ!


 突然だが、五つ子にはそれぞれ得意科目がある。

 

 分かりやすいのは三玖の社会と五月の理科、四葉の国語あたりだな。

 

 

 そして、他の科目に関しても数学なら一花が、英語から二乃が得意科目にしている。

 

 

 で、それを踏まえた上で今回風太郎が思いついた事は………

 

 

「これからは、全員が家庭教師だ。

 

 

 自分が得意な科目を他の姉妹にも教えるんだ!

 

 

 俺がいない時にもお互いに高め合ってくれ。

 

 

 そうして全員の学力を1科目ずつ引き上げるぞ!」

 

 

 俺ら以外にも姉妹同士で教え合う、教師3人体制だった。

 

 

 

 そろそろバレンタインデーに近づいてきた頃。

 そんな形で始まった3人体制だが……結果としてはいい傾向にある。

 

 他人に教えると言うことは、自分がその内容について深く理解しなければならず、必然的に勉強の質と量は上がり。

 

 

 また、教えられる方も教える事の大変さがわかるようになるので、

 大変な思いをしている教える側のためにも頑張ろうと言う姿勢になるってわけだ………特に、姉妹同士の関係を重視するこの5人なら尚更だな。

 

 

 そうして勉強をしていくうちに……俺にとって「あの日」がやってきた。

 

 

 

 

 血のバレンタイン。

 

 この単語の由来は、「機動戦士ガンダムSEED」の作中で起きた惨劇である。

 

 24万もの人々が、一瞬にして命を散らしたと言う他のアニメではなかなか見られない規模の事件だが………

 

 

 これはアニメの中での出来事の方なので、知らなければわかるまい。

 

 

 

 だが………今日、同じように「血のバレンタイン」と称された事件が起こってから。

 

 

 既に、7年の月日が経過していた。

 

 

 

 

 

「町谷君、今日はいなかったな………」

 お母さんのお墓へ向かった私は、先月いた同伴者のことを考えながら、帰路についていた。

 

 

「チョコレート、ひとつ無駄になっちゃいました……」

 そうして、いつもより少し重い鞄に目を落とす。

 バレンタイン用のチョコレートを買っておいたのだ。

 

 

 今までの私ならこんな事はしなかっただろう。

 

 でも……最近家の中に漂っているチョコレートの香りが、私にこれを買わせたのである。

 

 

 最近、みんなの様子がどこか変だ。

 前までは、バレンタインデーにはみんなでチョコレートを食べる日程度にしか捉えていなかったのに、今年は何だかみんなそわそわしている。

 

 

 考えられる理由としては、男女共学の高校に通ったことにより好きな男子ができて、チョコレートを作っている……このあたりが挙げられる。

 でも、私達が話す男子と言えば上杉君と町谷君くらいで………そうなると、姉妹の誰かがどちらかを好きになったのだろう。

 

 そう考えていたら……何というか、買わなければいけない気がしたのだ。

 

 お母さんのようにみんなを見守らなければならないのに、こんなことをしていいのかと悩む気持ちはある。

 

 

 でも……よくわからないけど、私に空腹とは別の理由でチョコレートを買わせたのだ。

 

 そして、それと同時にこのチョコレートを渡したい相手がぼんやりと浮かぶ。

 

 

 

 私は、町谷君の事をもっと知りたいと思っている。

 そして、このチョコレートを渡す相手に彼を思い浮かべた。

 

 

 バレンタインデーとは「意中の相手に想いを込めたチョコレートを渡す日」であり。

 その「意中の相手」に彼を思い浮かべたと言うことは……

 

 

 そこまで行った私の思考は、花の瑞々しい香りに中断された。

 

 

 行く道にある花屋でいつもお供え用の花を買っていくのだが、どうやらお墓からここまでの距離を既に歩いていたことに気づく。

 

 

 そうして視線をお花屋さんの方向に向けると………

 

 

「んじゃあ、ありがとな」

「こっちこそ、いつもありがとうね」

 

 大量の花束を購入している、町谷君の声がした。

 

 

 

 

 花を手に入れた俺は、とある広場にたどり着く。

 

 そして……そこにはそれなりの大きさの慰霊碑があり、そこには先月俺が供えた花束以外は2つくらいしかなかった。

 

 この慰霊碑が経ってから2〜3年くらいは結構な数の花束があったりしたのだが………今となっては、ここにお参りに来るのは数えられる程度なものだ。

 

 

 時間とは恐ろしい物で、どんなに惨たらしい事件が起きても、人々の記憶からその事実をかき消していく。

 

 そしてまた、似たような悲劇を繰り返す。

 

 

 だから………俺は忘れないし、忘れさせない。

 

 ここで確かに育まれていた命があった事を、示し続けなければならない。

 

 

 だから………俺はこの慰霊碑の管理を勤め続けているし、これからも勤め続ける。

 

 なぜならここは、「血のバレンタイン」で壊滅した、俺のいた施設の跡地であり……ここに刻まれている名前は、俺の育ての親ときょうだい達なのだから。

 

 

 

 

 

「よし………終わったぜ、お前ら」

 あらかたの掃除を終えた俺は、綺麗になった慰霊碑の前にしゃがみ。

 

 そこに刻まれている人々に想いを馳せる。

 

 

「そっちでは元気にやってるか?」

 

 答えなんてないのはわかっているが、声をかけずにはいられない。

 

「ファーザー………あんたが遺してくれた神父服、まだ着られそうにないや」

 

 

「シスターのおばさんたちが教えてくれた三つ編み……こんなに上手くなったよ」

 

 

 

「お前ら……ちゃんと歯磨きやうがいしてるか?向こうでも喧嘩してねえよな?」

 

 

 俺の頭の中には、あの頃の思い出が次々と蘇るが。

 

 その中で笑っているみんなは、あっという間に血反吐を吐き、ナイフを突き立てられて、ピストルで胸を撃たれた死体へと変貌する。

 

 

 そして……そこにあったのは、何も守ることができなかった現実だけだった。

 

 

 

 慰霊碑の前でしゃがみ、普段の彼なら考えられないような空虚な雰囲気を出す町谷君に戸惑っていた時。

 

 

「あら?あなたは………奏ニくんと一緒にいた女の子よね?」

「え?………あ、クリスマスの時にお会いしましたね」

「奏ニくんと一緒じゃ………あら、そう言うことね」

 聞き覚えのある声に後ろを振り返ると、そこにはクリスマスの時に伺った施設の所長として紹介された女性だった。

 

 

 その人は慰霊碑の方に目を向けると、ため息をついて苦笑する。

「……まあ、誰かを連れて来ようとは思わないよね」

「………あの、ここと町谷君は何の関係があるんですか?奏一さんのお墓は共同墓地の方ですよね?」

 

 そんな彼女に、尾行していた時に真っ先に考えた事を質問すると。

 

 

「…………とても重い話になるけど、いい?」

 先程までの柔和な印象からは予想外な、念押しめいた口調に少し戸惑ったが。

 

 

 そこまでしなければ話すことができないほど、彼の根幹に関わる話だと言うことで。

 

 

「構いません。私は………彼を知りたいんです」

 

 彼女の目を正面から見て返事をすると、そう……とまた、笑みを浮かべ。

 

 

 

「それなら……場所を移そっか」

 

 私を、この近くにある個室タイプの喫茶店まで連れていってくれた。

 

 

 

 

 物心がついた頃には既に1人だった。

 

 

 俺が生まれてすぐの頃、トンネルの崩落事故が起こり………そこで俺は父と母を喪ったらしい。

 

 そして、その後俺を引き取った祖父母は、物心がつき始めた俺に父と母が死んだ事とその理由を書いた手紙を遺して………立て続けに病死した。

 

 

 喫茶店にて、私は驚愕の真実を突きつけられた。

「…………それ、本当なんですか?」

「うん。「町谷 奏ニ」と言う名前は、本名じゃないの。

 

 あの子の本当の名前は……「田中 優一」。

 

 そして……両親を失った彼は、祖父母の家に預けられたんだけど、その2人もすぐに死んでしまって……そうして、彼は私がいた施設にやってきた」

 

 なんと、彼の名前は自分でつけたものらしいのだ。

 そして、この女性……村山さんは。

 

「……つまり、村山さんは町谷君がいた施設にいたという事ですか?」

「そう………初めて会った時、子供ながらにあの子が少し怖かったわ」

 

 その目に悲しみを宿しながらそう呟く。

「怖い?」

 聞き返した私に、村山さんは。

「たった4歳の子供が、涙を見せず。

 

 自分に家族がいない事を理解して……受け入れたのよ」

 

 その言葉の内容に、私は絶句した。

 

 

 

 

 俺が天涯孤独になった事を知ったのは、幼稚園に通い始めた頃だった。

 

幼稚園のバスの中、他の園児が両親に見送られてるのを見て、何で自分にはいないのかと思い、祖父母が遺していた手紙を読んだのだ。

 

 ついでにその祖父母も、もう亡くなっていた事をその時に知ることになったが………それで、どこか納得してしまった。

 

 自分には家族がいないから、見送られることもないんだって。

 

 更には、施設にはファーザーやシスターのおばさん達、俺と同じような境遇の仲間がいたので、親がいなくても別に寂しくなかったと言うのもある。

 

 

 だから……その時に俺は、死んだ家族の分までみんなのことは大事にしようって、子供ながらに強く思った。

 

 

 

 ついでに言うと、奏一さんに出会ったのもこの頃だ。

 

 探偵として色々なことをやっていた奏一さんの話を聞くのが、俺は大好きで………いろんなことを教えてもらったが、すくなくとも、学校の授業よりは真面目に聞いていたと思う。

 

 

 町谷君が施設に入ってからのことを、村山さんは遠い目をしながら話してくれている。

「施設に入ってからすぐに、彼は他の子達と打ち解けて……2年が過ぎて18になった私が施設を出た後、ちょくちょく様子を見に行ってたけど……あの子はみんなのまとめ役みたいになってたわ。

 

 そしてファーザー……施設長は「彼は将来立派な神父になれる」って、あの子が大きくなった時のための神父服を何着も用意してた」

「……あの神父服にはそんなエピソードが。てっきり変な趣味かと…」

「ちなみにあの三つ編みは、私やシスターのおばさん達が教えたのよ。

 

 それまでは長い髪を伸ばしてそのまんまだったからね」

 

 

 何というか、そこで彼の外見的な特徴や………優しさの元が作られていったんだなと思った。

 

 そうして出されたココアを口に含んでいると、村山さんの表情が少し強張り。

 

「………ねえ、五月ちゃん。ここからの話をする前に聞きたいんだけど……「血のバレンタイン」って呼ばれている事件のことを知ってる?」

 

 聞きなれない単語を口に出した。

 

「事件?」

「………まず、そこから話した方が良いわね」

 

 首を傾げる私に、村山さんの表情が陰った。

 

 

 そして。

 

 

「7年前の2月14日。

 

 とある児童養護施設に男が押し入って……そこにいた8人の子供と職員4人を殺したの」

 

 

 7年前に起きていたらしい、事件について話し始めた。

 

 

 

 

 7年前の今日は、雨雲がかかっていた曇りの日だった。

 

 

 小学校からの下校途中だった俺は、見えてきた施設から、何かが壊れるような音を耳にした。

 

 

「なんだ……?」

 

 そうして聞こえてくるのは、仲間達の断末魔に、甲高い悲鳴……そして下卑た笑い声。

 

 

 そんな明らかに異常な声に、胸騒ぎを覚えた俺は慌てて施設に駆け込み。

 

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 首から血を流して倒れているシスターのおばさんと鉢合わせした。

 

 

「おい、おばさん!

 

 何があったってんだよ、おい‼︎」

 

 

 肩を揺さぶってみるが、叔母さんからの反応はなく、力無くだれた首からは、修道女の服が真っ赤に染まるほどの血が流れていた。

 

 

「なんだよ……

 

 

 これはなんなんだよ………!」

 

 

 学校へ行く時には、笑顔で見送ってくれたおばさんが、今は生気のない青い顔で倒れている事に、混乱の極みの中にいるが。

 

 

 その、青い顔には見覚えがあった。

 

 

 それは、数年前に風邪をこじらせて死んでしまった仲間の顔色と同じで。

 

 

 

 つまりは………死んでいたのだ。

 

 

 酸っぱいものが込み上げたものの、先程聞こえてきた声が気になったので、俺は大広間へと向かう。

 

 

 そして………。

 

 

「…………⁉︎」

 そこに広がっていたのは、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 

 

 

 

 

「偶々用があった私が駆けつけた時………そこはもう、地獄と読んで差し支えないものだったわ。

 

 まだ10歳にも満たない子供が、さまざまな殺され方をして死んでいたの。

 

 

 そして……シスターの1人は………」

 

 

 

 

「夢だ……これは悪い夢だ‼︎」

 

 目の前の光景を受け入れたくない俺は、そう叫びながらそこにいたみんなに駆け寄るが。

 

 

 一人一人の状態が明らかになるたびに、それは現実だと理解してしまっていた。

 

 

 

 つい先日5歳になったばかりの1人は肺の部分にナイフを突き立てられて。

 

 

 小学校に上がったばかりの1人は、首を吊られていた。

 

 

 シスターのおばさん達もその例外ではなく、胸元を撃ち抜かれていたり、脇腹を刺されていたりと様々で。

 

 

「うっ………うえっ……」

 

 シスターの中でも一番若かったお姉さんは………すぐ近くのキッチンで下半身を丸出しにされ、股の部分には白い液体がついた状態で、頭から血を流して倒れていた。

 

 

 

「な、なんでこんな事に……みんなが何をしたってんだよ⁉︎」

 あまりに凄惨な光景に酸っぱいものを吐き出してしまい、その場にうずくまる。

 

 だが……ここに暮らしているのは、コイツらだけじゃない。

 

 

 まだ息がある人がいると信じたい一心で、俺は施設の中を駆け回ったが。

 

 

 

「だ、ダメだ……!誰も息してない……」

 廊下や部屋で見つかるのは、既に事切れていた奴らばかり。

 

 

 

 そして、最後の希望となったファーザーは………

 

 

 

「へっへっへ………全く、最初から殺されときゃ良いのに」

 

 扉を開けた部屋の窓際で、嗤う男の前で倒れていた。

 

 

 

 

 

「………これ、本当なんですか?」

「ええ……事実よ。そして奏ニ君は………全てのものを直視した。

 

 

 

 わずか10歳の子供が……ね」

 

 村山さんの話が始まってから数分で、私は耳を塞ぎ、想像してしまった光景をかき消そうとしていた。

 

 

 それほどまでに………その事件が惨かったのだ。

 

 

 17歳で、色々な悲しみを経てきた私ですら、その話を想像する事を頭が拒否しているのに……

 

 それを、わずか10歳の子供が直視したという事実が、陰鬱さに拍車をかけている。

 

 

 でも、それなら……

「は、犯人は……?それだけのことをしていたなら、絶対捕まるはずですよね⁉︎」

 

 少しもの救いを見出したくて、私は問い詰める。

 これで犯人が捕まらなかったとしたら、あまりにも……町谷君に救いがない。

 

 

 そんな、どうかそうあってほしいという願望も込めた問い掛けは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいえ………犯人はその場で射殺されたわ。

 

 

 

 

 

 

 

 奏二君の手でね」

「………え?」

 

 さらに後味の悪い結末の前に、私は言葉を失った。

 

 

 

「何でだよ‼︎何でみんなを殺したんだよ⁉︎」

 扉を開けた俺は、その男に血を吐くように叫びをぶつける。

 

 

 意味がわからなかった。

 

 

 許せなかった。

 

 

 

 許せなかったが………何があってこんな事を行ったのかくらいは知りたかった。

 

 

 すでに頭の処理が追いつかず、恐怖に震えながらの叫びにその男は。

 

 

 

 

「そんなの、ストレス発散しかねえじゃん」

 

 

 悪びれる様子もなく、そう言い放った。

 

 

「てか、お前もここのガキ?なら……あ?」

 

 

 つまりこいつは、大した理由もなくみんなを殺した………と?

 

 

 

「………何?その目………イライラさせんなよ、せっかく良い気持ちだったのにさ」

 ここにいるみんなは、辛い過去を持ちながらも……夢を持って精一杯生きていた。

 

 何より……俺にとって大切な家族だった。

 それを…………なんで、こうも簡単に殺されなければならない?

 

 

 

「お前だけは……お前だけは絶対許さねえ……!」

「……ふーん?」

 あまりの理不尽に対して、俺の中に燃えるような怒りと悲しみ、そして………憎しみと殺意が溢れ出す。

 

 

 そして………目の前にあるこの男だけは、このまま思い通りにさせたくないと、頭の中の知識を総動員して考える。

 

 

「でも……多分無理じゃない?」

 だが……目の前の男がそこまで待ってくれるわけはなく。

 

 

 

 

「どうせ…………これでおしまいなんだからさぁ‼︎」

 

 

 

 右手に持っていた銃を俺に突きつけてきたので……

 

 

「……………おしまいなのはお前だああああああ‼︎」

 隠し持っていた箒を滅茶苦茶に振り回して、銃をはたき落とした。

 

 

 

「痛え⁉︎………こ、このクソガキがぁ…‼︎」

 

 

 箒があたった腕を押さえている隙に、俺は銃を拾い上げて距離をとり。

 

 

 

「なっ………打ち方を知っ「終われえええ‼︎」

 ナイフを構えて飛びかかろうとしてきたソイツの、脳天に向けて1発を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 みんなの顔を見にいった私は……絶句した。

 入口や大広間、廊下などには無数の死体が転がっていたのだ。

 

 

 そして………1発の銃声が鳴り響く。

 

 

 

 

「誰かまだいる………?」

 

 

 

 一応、武器としてデッキブラシを持っておきつつ、その銃声がなった方へ駆け込むと。

 

 

 

 

「………………優一くん?」

 

 

 ランドセルを背負った優一くんが、拳銃を手にへたり込んでいた。

 

 

 

「優一君、何があったの………?それに、その銃は………‼︎」

 

 

 呆然としている優一君の手から、銃を取り上げて聞いてみると。

 

 

「姉ちゃん、俺……………

 

 

 

 

 

 

 何もなくなっちまった」

 

 

 泣き笑いのような顔で、私にそう告げた。

 

 

 

 

 

 その後の話を少しだけしようと思う。

 

 

 結局、俺以外の施設のみんなは殺されてしまっていた。

 

 

 要は………俺に残ったのは何も守れなかった現実と無力感。

 

 そして………12人もの人間を殺めた奴とは言え、人を殺したと言う十字架だった。

 

 

 事情聴取に来たお巡りさんに、自分を捕まえてくれと頼んだが………「14歳未満の子供を、罪に問うことはできないんだ」と犯罪者として裁かれることもできなかったのだ。

 

 

 その後は、事件のことを聞きつけたマスコミ達が詰め掛けたが………正直それには怒りしか湧かなかった。

 

 

 親に捨てられ、親を喪い………社会の中でもがき苦しんでいた俺達を、問題として取り上げてもくれなかったのに、死んだ途端に話を聞かせてとやってくる大人達が………

 

 

 俺らを金のなる木程度にしか考えてない気がして、どうしても受け入れられるものじゃなかったんだ。

 

 

 どうせ、少ししたらころっと忘れる癖に。

 

 まあ、一つだけ感謝する事があると言えば………俺の存在の意味を教えてくれた事だが。

 

 

「死神と、上手い取引でもしたんじゃねえの?」

「へっへっへ、違えねえ」

 俺の病室の前で、通り過ぎたマスコミ達の誰かがボソッとつぶやいた言葉。

 

 これが、俺にとってはまさに的を得ていて。

 

 

 

 そして、俺の生きる道を示した。

 

 

 

俺は…………アイツらの事を消させない。

 

 

 みんなの命も………俺が殺したあの男や、はるか昔に死んで行った家族の命も全部背負って生きていくし、みんなが抱いていた「夢」を叶えてやる。

 

 

 

 それが罪を犯した俺の罰で。

 

 

 向かう先に死を誘う………「死神」として俺がやるべき使命だから。

 

 

 だからまずは…………みんなを送るんだ。

 

 

 そして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その事件が起こってから、あの子は変わってしまった。

 

 

 何があっても泣かなくなった。

 

 

 どれだけ辛くても、仕方ないって飲み込んで……諦めて。

 

 

 そして………償いと使命のためにしか生きれなくなってしまった」

 

 

「そんなの………そんなのって………!」

 

 村山さんが、町谷君との関わりを大体話し終えた時、私は耐えきれなくなってしまい、涙を流していた。

 

 

 

 

 この話を聞いた後、町谷君の普段の行動を思い返してみると…………彼は、痛々しいほどの自己犠牲で………優しすぎるのだ。

 

 

「町谷君は……何も悪くないのに!」

「罪の意識は……そう簡単に消えるものじゃないわ。

 

 私だって………まだ10歳の子供を、こんな状態にしてしまった事を、今でも後悔してる」

 

 そして、自分の痛みを……他者への気遣いに変える事ができてしまう。

 

「痛みを背負うのは、死神の俺だけで良い……他の誰にも渡さない」

 

 二乃に言ったこの言葉が、まさにその意識の表れだろう。

 

 そんな彼が……あまりに眩しく、そして余りに辛くて、私はどうしたらいいのか。

 

 

「何か……私にできることはないんですか?」

 

 せめて、そんな彼に何かをしたいと聞く私に、村山さんは。

 

 

「……そう思ってくれる子がいるだけでも、奏二くんには大きな救いになるわ。

 

 少なくとも………あなたといるあの子は、どこか楽しそうだったからね」

 

 

 と、私の目を見て微笑んだ。

 

 

 それを見て、私は……改めて決意した。

 

 

 先生になるためにまずは、この学年末試験を乗り切って。

 

 

 そして………町谷君にお礼を言おう。

 

 

 「あなたが守れたものはあるんだよ」って、伝えたいから。

 

 

 

 でもまずは………

 

 このチョコレートを町谷君の家に届けに行こうと、村山さんにお礼を言って立ち上がった。

 

 

 

 




いかがでしたか?

ここで軽くキャラ紹介を。

村山さん

児童養護施設を営む女性。

奏二と同じ施設出身であり、奏二の過去を知る数少ない人物。

奏二に過酷すぎる運命を背負わせることになった事に、負い目を感じている。

また、奏二にとっても歳の離れた姉のような存在であり、彼女が営む施設に、手伝いにいっている。


田中優一
奏二の本名。


血のバレンタイン
本編開始7年前に起こった事件。
世間一般的には「総勢12名の犠牲者を出し、犯人の男は自殺した」と言うことになっているが、真相は「総勢12名の犠牲者を出し、犯人の男は、唯一の生き残りによってその場で射殺された」である。

奏二にとっては大きなトラウマを生む出来事となり、それにより彼の懐にいつも改造エアガンを隠すようになるきっかけとなった。



今回は、奏二、五月、村山さんの3人の視点が入れ替わり合う形にしてみました。

 また、五月が奏二の過去を知るタイミングがここくらいしかなかったので、今回のような過去回を入れさせていただきました。

 もう一つの過去回は、奏二と奏一の追憶のようなものにする予定なのですので。


 そして次回は、学期末試験まで行こうと思いますので、お楽しみに!


 感想や評価をお待ちしています。


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第21話 それぞれの恋路

今年最後の更新です。


楽しんでいただければ幸いですな。


奏二の秘密
厨二病ではないが、よく間違えられる。


 学年末テストは、2ヶ月もの準備期間に相反して、たった1日で終わってしまった。

 

 なんだかあっけない気もするが……俺たちにとってのメインイベントはこの後だし、そもそも何日もテストはめんどくせえわな。

 

 

 で、そのメインイベントは何かと聞かれれば………。

 

 

 それは点数発表。

あの5人の今後に関わる、大事なイベントだった。

 

 

 だが、自分の心配はしなくてはならない。

 アイツらの点が良くても、俺の点がダメならクビなのだ。

 

 んで、俺の点数は……。

 

 

国語 81点

 

数学 82点

 

理科 77点

 

社会 85点

 

英語 80点

 

 

合計 405点

 

 ついに、400点台を叩き出していた。

 

 

 俺の中では最高得点なのだが………それよりもアイツらの点数の方が重要だ。

 

 

 とりあえず、隣の奴に目を向けると。

 

 

 

「………平静装いきれてねえぞ」

「………それはそうですよ。やっと、達成できたのですから」

 

 

 すまし顔をしているが、口元が緩みまくっている五女様が俺に点数表を見せてきた。

 

 

 

 中野五月

 

国語 48点

 

数学 36点

 

理科 74点

 

社会 32点

 

英語 42点

 

合計 232点

 

 

「………まずは1人、だな。よくやったぜ」

「ええ………みんなの元に、笑顔で報告できそうです」

 

 嬉しそうに言う五月から、風太郎に目を向けると………あれ?

 

 

 なんと言うか、呆然としているような。

 

 

 何か言っている五月に、適当な返事を返しながら、俺は風太郎の様子にどこか腑に落ちないものを感じていた。

 

 

 その日の昼休み。

 

 

 

 風太郎の様子がおかしかったので、屋上で話を聞くことにした俺は……とんでもないものを目にしていた。

 

 

 上杉風太郎

国語 89点

 

数学 97点

 

英語 88点

 

理科 94点

 

社会 91点

 

合計459点

 

 

「全教科100じゃない………だと?」

「一生の不覚だ。………他のやつには言うなよ」

 

 

 

 あの勉強の虫だった風太郎が、なんと全教科において100点を逃したのだ。

「でも……、5人教えてて今までキープできてた方が不思議だったんだ。

 

 そう挫けるもんじゃないさ」

 

 とりあえず、前の家出騒動の時のように精神的にきてるかもしれないので、当たり障りのない言葉で励ましてみると。

 

 

 風太郎は、俺が奢ったお茶の缶を煽り。

「………今までの俺だったら、こんな点数を取った日には落ち込むなんてレベルの話じゃなかった」

 

 

 どこかスッキリしたような顔で。

 

「だが、今の俺にはお前が心配するほどのショックは無い。

 

 

 

 勉強以外のものにも……ある程度目を向けられるようになったからな」

 

 意外な事を言い出した。

「………そう言う面では、あの5人に感謝だな」

「……ああ」

 

 アイツらが、学力面において半年で大きく成長したように、風太郎も精神的に成長してるって事だな。

 

 

 だからこそ………もし、今回全員赤点を回避したら訪れる、仕事の終わりがどこか寂しいものに思えた。

 

 

 

 放課後、五月に引っ張られて風太郎のバイト先のケーキ屋にきた俺は。

 

 

「四葉、やりましたね!一番危なかったのに!」

「おめでとう」

「えへへ……

 

 私史上1番の得点です。合計190点とギリギリでしたけど……」

 

 赤点を突破した三玖、四葉、五月が喜んでいるのを遠目に見守っていた。

 

 

中野四葉

 

国語 54点

 

数学 34点

 

理科 32点

 

社会 37点

 

英語 33点

 

合計 190点

 

 

 点数としては……まず、一番危うかった四葉が赤点回避を成し遂げた。

 

 これなら、他の姉妹はもう大丈夫だろうが……まあ、全員分聞くまでは過信はいけない。

 

「私は232点。

 

 少し危ない科目もあったのが、今後の課題ですね」

「そうだな………で、三玖はどうだった?」

 

 五月に頷いた俺が、会話の輪の中に入りながら三玖に話を振ると……。

 

「248点」

 

 と、点数表を見せてきた。

 

 

中野三玖

 

国語 45点

 

数学 49点

 

理科 44点

 

社会 75点

 

英語 35点

 

合計 248点

 

 

「えー、凄い!」

「流石三玖ですね」

 

 四葉と五月が褒め称えていると、後ろで見守っていた風太郎が。

 

 

「見違えたな三玖。

 

 

 やはり、お前が1番の成長株だ」

「フータロー………!」

 

 それを受けた三玖が、何かを言おうとした時。

 

 

「あ、一花が来たよ。

 

 

 二乃はまだかな?」

「試験結果が返ってきたら、ここに集まると伝えてあるはずですが……もしかして?」

「さあな……で、一花はどうだった?」

 

 この場にいない二乃が少し心配になったが、とりあえず目の前の一花に点数を聞くと。

 

「えーっとね……250点」

 

 

国語 40点

 

数学 65点

 

理科 54点

 

社会 42点

 

英語 47点

 

 

合計250点

 

「……って事は!」

「一花が一番じゃないですか!」

 

 四葉と五月が顔を輝かせた通り、これまでのパターンを裏切る一花が一番と言う結果だった。

 

 

 だが………それよりも俺が気になったのは。

 

 

「…………え?」

「あ、そうなんだ…………

 

 

 やった」

 

 

 唖然としたような三玖と、してやったりと言わんばかりの一花の表情だった。

 

 

 

 こうして4人の赤点突破が確認され、後は二乃の結果を待つのみとなった中。

 

 

 俺たちはケーキ屋の中で駄弁っていた。

 

「今のところ、一花が一番だね」

「いやー、頑張りました」

「お仕事もあったのに、本当にすごいです!

 

 私、てっきり今回も三玖が一番かと」

 

 

 五月の言葉に、一花はハッとした顔になり。

 

「三玖………?

 

そ、その……私、そんなつもりじゃなくて………」

「一花………おめでとう。

 

 

 私もまだまだだね」

 

 

 三玖は………何かを諦めたかのような、笑顔を見せた。

「……………三玖………」

 

 

 その笑顔と、さっき一瞬三玖から感じた絶望。

 

 

 そして一花から前に受けた相談から、俺はなんとなく仮説を立てた。

 

 

 つまり、三玖は今回の試験において赤点突破+姉妹の中でトップを条件に、風太郎へ告白しようとしていたが。

 

 

 一花が一番になった事で、それが阻止されてしまった。

 

 そのことへの絶望と、一番になった一花への賞賛が混じり合った結果があの笑顔であり。

 

 逆に一花は、告白を阻止できたことに一瞬歓喜したものの、三玖の告白の条件を知っていたのか。

 あるいは知らなくてもチョコの件で三玖の風太郎への好意を知っているから、罪悪感でも湧かせたのだろう。

 

 

………なんと言うかくだらない気の遣い合いだな。

 

 そんな条件をつけなくても、好きになったなら言えばいいのに。

 

 

 現在、風太郎へ何らかの好意を抱いているのは三玖と一花だけじゃない。

 

 五月や二乃は兎も角……四葉は五月から聞いた話から察するに、相当入れ込んでいる。

 

 

 つまりは、最低3人最大5人での、風太郎を巡るゼロサムゲームが始まろうとしているのだ。

 

 

 そんな中でくだらない遠慮をしているやつは、不完全燃焼で終わるのがオチだと俺は思う。

 

 

 

 これはちょいと働きかけるかと、頭の中で色々考え始めた俺は、五月に肩を叩かれた。

 

 

「町谷君、二乃はどうやら先に来たようです」

「んあ?そりゃどう言うことだ」

 

 

 五月の言葉に首を傾げた俺は、五月が渡してきた紙を受け取る。

 

 

 するとそこには……。

 

 

 中野二乃

 

国語 34点

 

数学 33点

 

理科 42点

 

社会 50点

 

英語 60点

 

 

合計 219点

 

 

 

 

「任務完了……だな」

 家庭教師の仕事を始めてから半年。

 

 ついに、俺たちに課せられた任務が完了した事が、しっかりと記されていた。

 

 

 

 

 

 

 赤点回避を記念した祝賀会に、二乃を連れてくると言って上杉君が出て行ったので。

 

 

 私は、店の外へ町谷君を連れ出していた。

 

 

「3人と一緒に居なくていいのかよ?」

「あなたに、伝えたいことがありまして」

 

 

 理由は……決まっている。

 

「ありがとうございます。あなた達のおかげで、自分の力で進級できそうです」

「俺は任務を遂行しただけだ。気にすることじゃないぜ」

 

 

 これまでのお礼を言うためと………。

 

 

 今の私が、彼にしたい事をするためだ。

 

「………あと、ごめんなさい」

「…なんだよ急に」

 

 私は、首をかしげる町谷君に……打ち明けた。

 

「あなたの昔の話……村山さんから聞かせていただきました」

 

 

 

 

 すると、町谷君は素早く距離を取り。

 

「………バレンタインの時か?どこまで知っている」

 

 警戒の視線を向けてきた。

 

「あなたがあの施設に来た時から……その施設が壊滅するまでです」

 

 

 私が彼の質問に答えると、当然と言えば当然か。

 町谷君は古傷が痛んだような顔をしながらもキッパリと。

 

 

「下手に同情なんかしやがったら、お前でも許さない。

 

 

俺はずっと、死神のまんまでいいのさ」

「そうすれば、他の誰にも同じ道を辿らせないで済むから……ですか?」

 

 意固地に自分の中に押し込めようとする町谷君に、食らいついていると、疑いの目を向けてきた。

 

「……お前本当に五月か?勘が良すぎると言うか……」

「失礼ですね。二乃から聞いたんですよ」

「アイツ………まあ、口を滑らせたのは俺のミスか」

 

 彼は、むくれた私にしまったと言わんばかりに天を仰ぐ。

 

 きっと、詮索をされるきっかけになったと考えているんだろう。

……彼の考え方的には多分それであっている。

 

 

 どれだけ傷ついても、どれだけ辛くても。

 

 町谷君は、全て自分で背負おうとするから。

 

「…………優しすぎるんですよ。あなたは」

  

「…………だから、生きていられるんだ」

 

 そして……罪と罰を自分に課して、その償いのために生きている。

 

 

 だけど、彼の今までが罰せられるべき罪ばかりだなんて、絶対にない。

 

 

 私と二乃が喧嘩して、2人とも家出した時。

 私たちの絆を消させまいと行動して……結果、私たちの絆は守られた。

 

 

 私をお母さんを失った絶望から救ってくれたし、四葉が苦しんでいるのを助けてくれた。

 

 

 守れたものや、救えたものは確かにあることを私は知っている。

 

 

 だから私は………

「町谷君。それならあなたに覚えておいてほしいことがあります」

 

 町谷君に一歩ずつ近づき。

「なんだよ……⁉︎」

 

 後退りしようとする町谷君の顔を掴み、こっちに向けさせた。

 

 今から私が話す事に、目を逸らしてほしくないから。

 

 

「五月……?」

「あなたがそう言う生き方を望むように、私は……あなたに幸せになってほしいと願っています。

 

 誰にだって、幸せになる権利はある筈ですし……

 

 

 私は、あなたに何度も救われたんですから」

 

 

 彼の過去は間違いなく辛いものだし、その償いを止める事はない。

 

 

 でも……それでも、これからはどうにでもなる。

 

 

 だからそこに……すこしでも、自分の幸せを考えてほしい。

 

 

「どうして、そこまで俺に執着する?」

 

 何て言えばいいのかわからない、って顔をする町谷君の問いかけに、私は少しだけ考える。

 

 そして……結論はすぐに出た。

 

 

 

 

「私は………あなたの事が好きですから」

 

 

 

 

 私は、町谷君の事が好きだから。

 

 友達としても…………い、異性としても。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それだけは……忘れないでください」

 

 

 柔らかな笑みを浮かべた後、少しだけ頬を赤くして店へと戻ったので、俺1人が暗闇の中にいた。

 

 

 

「守れなかったと嘆くのは、守れたものを見ないだけ………か」

 

 五月に言われたことを自分なりに噛み砕いているが、気持ちは信じたい方半分と、楽な方に逃れてはいけないと言う戒めが半分だ。

 

 

 ここで五月に……甘い言葉に甘えてはいけない。

 

 

 でも……彼女の言葉で、どこか気持ちが少し楽になっている自分もいる。 

 

 

 そして、最後の言葉が本心なのか、ただの引き止め文句なのかはわからない。

 

 だが………コイツが軽々しく好きなんて言葉を使うやつじゃない事は、よく知っている。

 

 

 

「やってくれたな、あの肉まんお化け…」

 

 色々とよくわからない感情を、いきなり俺の中にぶち込んできやがった彼女に、俺は思わず言葉が漏れた。

 

 

 

 

「そう言えば、さっき五月ちゃんと一緒に外に行った後、五月ちゃんより随分遅く戻ってきたね。なにかあったの?」

「いやあ、ちょっと仕事の電話をね」

 しばらく、夜の闇の中で自分を落ち着かせていると風太郎と二乃がやってきたので、祝賀会は今度こそ開かれた。

 

 

 俺は、店長に頼まれて風太郎と共に客を捌いていたが、ひと段落したのでトイレへ向かったところで、一花と鉢合わせした。

 

 そうして今、一花にも呼び止められて話をしている。

 

 正直、今は五月からの言葉について考えたいので、そこまで他のことで頭を使いたくないので、さっさと答えて話を終わらせよう。

 

 

 

 そんな失礼な事を考えている俺に一花は。

「で、用件はなんだ?手短に頼むぜ」

「うん、えっと………えっとね?

 

 実は三玖、今回の試験で5人の中で1番の成績を取ったら告白するって言ってたの。

 

 

 でも……今回は私が一番だったじゃん?

 

 私、フータロー君に告白してもいいのかな……?って」

 

 

 食傷気味な恋愛相談を持ちかけてきやがった。

 

 

 まあ、俺も考えたほうが良さそうだから考えるけど……やっぱり。

 

 

「後ろめたい事じゃないんだし、堂々と告白してもいいんじゃねえの?

 

 

 その恋心は勘のいいやつには気付かれるだろうし。

 

……むしろ、三玖もお前さんも回りくどすぎだぜ」

「ソージ君……簡単に言ってくれるよね」

「簡単な事だしな」

「………それもそうだね。ありがとう」

 

 

 と、お礼を言った一花の後をついてく形で、厨房の方へと向かった時。

 

 

 

 

 

 

「あんたが好きだって言ったのよ」

 

 

 二乃の声で愛の告白めいた言葉が飛び出した。

 

 一花と俺が顔を見合わせて、厨房をこっそり覗くと……そこには二乃と風太郎が向き合っている。

 

 

「やっぱ、迷ってる場合じゃないぜ」

「フータロー君…………二乃…………」

 

 

 そして、二乃がまたも口を開いた。

「対象外なら、無理にでも意識させてやるわ。

 

 

 あんたみたいな男でも、好きになる女子……

 

 

 そんな奇特な子が地球上に1人くらいいるって、言ったわよね?

 

 

 

 つまり、それが私よ。

 

 

……残念ながらね」

 

 

 一花がえらいことになったと、目を丸くする隣で。

 

 

 

 

 俺は、風太郎を巡るゼロサムゲーム……「シスターズ・ウォー」の幕が切って落とされた事を悟った。

 

 

 

 さあ……ゲームの時間だ、ってね?

 




いかがでしたか?

今回で第2章はおしまいです。
次回からはシスターズ・ウォーへと突入していくことになります。


 それではお楽しみに!

 感想と評価をお待ちしています。


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第3章 開幕!シスターズ・ウォー
第22話 温泉旅館へGO!


皆さん、あけましておめでとうございます。

ここからは第3章の始まりとなります。

 3章は主にシスターズ・ウォーのあたりのお話となります。
原作だとシスターズ・ウォーはこの後の修学旅行編のことを指しますが、正直ここから既に始まっているような気がしますので、いわば8巻のあたりは前哨戦と言ったところでしょう。

 と、言うわけで本編へどうぞ!

 奏二の秘密

 ホワイトデーに五月へ何を送るか迷ったので、グルメ系のカタログギフトを手渡した。


「いやー、まさかまたここにくるとは」

「お客さんとしてくるのは初めてじゃない?」

 俺と五月の目の前にあるのは、歴史を感じさせるような佇まいの旅館。

 

 

 そんな旅館を前に……俺は当時を思い出して苦笑いする。

 

「おう………禅寺の修行体験かと思ったぜ」

「あはは………まあ、他の従業員さん達がいるにしても広いもんね」

「お前さんもやってみるか?」

「遠慮しとく。

 

 

 だって、折角今の奏二と来れたんだもん」

 

 おかしなことを言う五月にそう返すも、五月は笑みを崩さない。

「………今も昔も俺は俺だ。そしてお前もな」

「………そうだね」

大体、コイツも今と昔じゃ相当違うんだが……まあいいや。

 兎に角ここにある思い出は、とてつもなく疲れた事と…………

 

 

 

 俺が「シスターズ・ウォー」と名づける、争奪戦の始まりとなった場所だって事だ。

 

 

 

 

 

 

「さーて。次はどの仕事にすっかな」

 春休みということもあり、俺はさまざまな仕事をこなしていた。

 

 サーカス団の手伝いや、お坊ちゃんのストレス解消。

 

 道場での手合わせや、無鉄砲のお守りなど。

 

 家庭教師補佐や親父さんの密偵としての任務は、春休みはお休みとの指示があったので、最近受ける事ができなかったタイプの依頼を引き受けていたのである。

 

 

 休みとは言え遊んでるのはなんだか勿体無い気がするので、こうして仕事をしてるのだが……あえてやりたい事を挙げるなら。

「折角だし遠出してえな……」

 

 

 折角だし仕事ついでに観光がしたい事くらいか。

 

 

 そう考え出すと、当然選ぼうとする仕事は遠い場所でのものとなる。

 

 

 そうしてどこかいいところはないかと考えていると、パソコンに新たなメールが。

 

 

 

 

 内容は………ふむ。

 

「旅館の手伝いか………」

 

 

 どうやら、急に10人近くの団体客が入ったが、それに対して人手が足りないので、手伝ってほしいんだとか。

 

 場所的に、何でここに依頼したんだと気になったが、まあいい。

「交通費ありの飯あり、更には無料宿泊もさせてくれると来たか………至れり尽くせりってやつだな」

 

 条件として従業員として働かなければならないのだが………温泉旅館で無料宿泊+交通費支給となれば文句はない。

 

 

 そんな訳で、俺は一も二もなく飛びつくことにした。

 

 

 

 

 数日後。

 

 

 遠出がしたいと飛びついたこの仕事だが……俺は早速こき使われることになった。

 

「さすがは老舗旅館………畑まであるとは」

 旅館の近くにある畑から、採って来てくれと言われた野菜を収穫したり。

 

 

「でっけえ温泉だな、こりゃ、掃除も一苦労だぜ」

 この旅館の醍醐味である温泉の掃除を、入浴不可の内に掃除したり。

 

 

「ギックリ腰やんないように気をつけねえとな……」

 

 客が使い終えた布団を片付けて洗濯や干しをやり、その分新しい布団を持っていったりと………もう、とにかく大変だ。

 

 

 まあ、やってることは普段とあんまり変わんねえからお手の物だが……流石に何度もやると疲れるものである。

 

 

 とは言っても、休憩時間ではない限りは仕事はどこかしらにあるので、探しに行こうと歩き回っていると。

 

 

「ど、どうしてここにあなたがいるんですか⁉︎」

 

 後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー、久しぶりだ」

「そうね…‥何年ぶりかしら」

「おじいちゃん、元気にしてるかな…」

「早く温泉に入りましょう!泳ぎましょう!」

 

 三玖が温泉旅行を当てて、私達は虎岩旅館……お爺ちゃんがいる旅館にやってきていた。

 

 ここには、小さい頃はお母さんに連れていってもらったのだが……亡くなってからはめっきり来なくなったものだ。

 

 

「では行こう。他の客もいるとの事だからあまり騒がしくしないように」

 そうして、お父さんがお爺ちゃんと立ち話をしている間に、私たちはあてがわれた部屋に入る。

 

「ふぃ〜、疲れた疲れた」

「もう歩きたくない…」

「あんたらね………それ、年頃の乙女が、口にするような言葉じゃないわよ」

 

 

 一花と三玖に二乃が呆れたような声をかけているのを尻目に、私と四葉は温泉へと向かう。

 

「まさか、上杉さん達も来るなんてね〜。一緒の旅館に泊まったりして!」

「この辺りの旅館はここくらいしかありませんので、多分ここに来ると思いますよ」

 

 そうして、四葉との会話でここに来る前の展望台での一幕を思い出す。

 

 上杉君は、相変わらずお父さんから嫌われているようだった。

 

 

 本当に、上杉君は何をやったんだと頭を悩ませていると。

「そうだね。ひょっとしたら、町谷さんもここに来てるかもね!」

「まさか……そんな偶然はそうそうありませんよ……四葉?」

 

 急に四葉がモジモジとし出して。

「ごめん、ちょっと忘れ物‼︎」

「もう……」

 元きた方向へ駆け出していった。

 

 本人は忘れ物と言っていたが、おそらくトイレだろう。

 なぜ、不味くなる前に行かないのやら……姉妹の中の永遠の謎である。

 

 

 仕方ないので、1人で温泉に行こうとすると。

 

 

 

 

 見覚えのある三つ編みが、なぜかこの旅館の制服を着て歩いていた。

 

 

「ど、どうしてここにいるんですか⁉︎」

 

 

 

 

 声の方を振り向くと、なぜかそこには五月がいた。

 

 と言うか、俺がこんな所にいる理由はそうそう限られている。

「どうしてって……俺は仕事とあらばどこにでも行くぜ。

 

 てか、お前さんこそ、どうしてこんな所にいやがるんだ」

 

 むしろ、俺の方がそれを言うべきだし、できればコイツとはあまり会いたくなかったのだ。

 

 

 

 祝賀会のあの日、コイツは俺のことを好きだと言った。

 

 俺の過去を………罪を知った上で、好きだと言ったのだ。

 

 となれば、ただ口からの出まかせを言った訳ではないし、コイツはそれができるほど器用なやつではない。

 

 だが……だからこそ、俺はこいつの好意を受けていいのか、考える時間が欲しい。

 

 俺はもう、愛を信じるにはあまりに多くのことを知りすぎているから。

 

 永遠の愛を誓い合ったはずの夫婦が、流れる時の中で永遠のはずの愛を捨てて浮気に走ったり。

 

 

 愛の結晶として育んだ命を、自分の保身のために簡単に捨てたり。

 

 

 強い友情で結ばれたはずの人間達が、愛一つのためにその身を滅ぼし合ったりな。

 

 

 俺はもう………人の愛を臆面なく信じることはできないのだ。

 

 

 

 こんな俺が今、人から向けられた愛に対してどう結論を出せばいいのやら………俺は、考える時間が欲しい。

 

 遠出したいと言うのは、リフレッシュの面もあったが………メインはそのためだった。

 

 そうして、コイツがこなさそうなところにやってきたつもりだったのに………。

 

「お客さんとして来たんですよ。それに、ここにはおじいちゃんがいるんですから」

 

 なのに、どうしてコイツはここに来やがったと、頭を抱えたい衝動を堪えきれずに出た質問に、一つしかない理由を返されていると、ここのフロントにいた爺さんが、祖父である事が…………って、は?

「おじいちゃん?………あの番台の爺さんか」

「ええ。優しい人でしょう?」

 

 まさかの情報に、目を丸くしていると五月はあの爺さんを優しいとか言いだした。

 

 あの爺さんは……

「置き物みてえな爺さんだったぞ。それに……「お主の力、見極める」とか言ってたような」

 

 何故か、俺を知っているような事を言い出したのだ。

「え?それはどういう……」

 

 

 と、五月が首をかしげた時。

 

 

「あの〜、そこのお兄さん?ちょっと何とかして欲しいんだけど………」

 

 

 宿泊客らしきお姉さんが、俺に声をかけて来た。

 

 

 

 

 お姉さんの話だと、女子トイレの前で仁王立ちしている男がいるんだとか。

 

 

 で、たまたま近くにいた俺に助けを求めて来たって訳だ。

 

 

 変態の相手などしたくはないが、これも任務だから仕方ない。

 

 

 そう言う訳で、俺はその女子トイレに向かったが………そこで俺は頭を抱えた。

 

 

「奏二?お前その格好はどうした?」

「何やってんだよ、お前………」

 

 

 そこには、腕組みをした風太郎が立っていたのだから。

 

 

 

「アホなことしてんじゃねえ……」

「いや、すまん………その、五月に話があるって言われて。

 

 

 アイツ、トイレに入っていったもんだから、ここにいれば会えるってな………」

 風太郎に苦言を呈していると、風太郎は頬を引き攣らせながら変なことを言い出した。

 

 なんせ、俺はさっき五月に会っているから、少なくともトイレにいないことは分かるからだ。

 

 だが、風太郎は嘘を言っていると言う感じはない。

 

 つまりは、風太郎は本当に五月を見たと思っているわけだ。

 

 

「………兎に角、もうこんなことはやめろよ?

 

てか、そんなに気になるんなら本人に電話してみればいいじゃねえか」

「いや、充電忘れてて………」

「お前ってやつは………」

 

 風太郎に釘を刺しておきながら、俺は一体どう言うことなんだと密かに困惑しているのであった。

 

 

 

 

 

 

 俺に与えられた仕事は日中で終わるものなため、夜は自由となる。

 

 

 そして俺は、部屋の明かりをつけず、夜の闇の中で考え事をしていた。

 

 

 風太郎の話を聞くと、五月は至る所に現れているらしい。

 

 

 少なくとも、風太郎が見た五月と、俺が話した五月の2人はいる訳だ。

 

 だが、中野五月と言う人間は1人だけ………つまり、俺が会った五月以外は偽物という事になる。

 

 

 そうなると、その目的は何だ………?

 

 

 そうして考え事をしていたら………いつの間にか俺は寝落ちしていた。

 

 まあ、疲れてる中で暗い中にいれば当たり前か。

 

 

 

 翌朝。

 

「なあ、何で俺も風呂に入ってんだ?

 

 しかもここは混浴じゃねえか」

 

 朝の仕事を終えた俺は、なぜか風太郎に連れられて風呂にいた。

 

………まあ、さすがに入るわけには行かないので服を着ているが。

 

「まあ、俺からの労いってやつだ。それに……今からくるやつとする話は、お前とも関係があるからな」

「ああ?そりゃどう言う……」

 

 

 風太郎の言葉の意図がわからず、聞き返そうとした時、女湯の方から足音が聞こえる。

 

 

 

「デミグラス」

 

 すると、風太郎が突然単語を発して……

 

 

「は、ハンバーグ……」

 

 か細いが、五月の声で返事らしき単語が返ってくる。

 

 

「山!川!みてえなやつか?」

「町谷君も呼んだのですか……?ですが、そうですね。あなたにもいてもらった方がいいでしょう」

「………おいお前ら、俺に何聞かそうってんだ?」

 

 

 不穏当な会話になんだか不安になりながら、俺は続きを促す事にした。

 

 

 風太郎から飛び出した内容に俺は驚きを隠せなかった。

 

 

 なんと、五月に扮した誰かが風太郎に家庭教師をやめるように促して来たと言うのだ。

 

「風太郎を囲い込むために、あの親父さんに刃向かって置いて………なんでやめるように促したんだ」

「わ、私には何が何だかさっぱり………」

 

 

 つまり、五月以外の姉妹の誰かが風太郎と距離を置こうとしているってわけだ。

 

 

 しかし……俺にはそれ以上に気になることが。

 

「なんで五月に変装してんだ?する必要ねえだろ」

 

 正直、やりそうなやつには心当たりがある。

 

 だが………なんで五月の格好をするのかがわからないのだ。

 

 

 すると、五月が「ああ、それなら」と話し始めようとしたその時。

 

 

 

「あら……あんたとはよくお風呂で会うわね」

 

 

 何故か、二乃が混浴の方にやってきた。

 

「なんでお前、混浴の方に入ってくるんだ?女湯はあっちだぜ」

「あんたこそ、なんで温泉で服着てるのよ………それに、男湯は向こうよ?なんで2人して混浴にいるの」

「それは俺が聞きたい」

 

 とりあえず話を振ってみると、二乃は慌てる様子もなく風太郎の近くに行く。

「まあ、良いわ………それよりフータロー?せっかくだし体でも洗ってあげようか?」

 

 どうやら、お目当ては風太郎と言うことらしい。

 

 つまり俺は除け者にされた訳だが………とりあえず、これでその偽五月が二乃じゃないことは改めてハッキリした。

 

 

 二乃は警戒心が強い一方で、好意を抱いたやつには惚れ込むタイプというのは、キンタローの件で分かっている。

 

 で、今の二乃は風太郎に惚れ込んでいる訳だから………そりゃ、わざわざ拒絶する理由がないよな。

 

 

 とりあえず、変態紳士の名の下にその様子を眺めていたが。

 

 

「ちょっと待て。

 

 

 

 お前……誰だ?

 

 

 

 五月じゃないのはわかるんだが………しかし………」

 

 まさかのトンチンカンっぷりを発揮して来た。

 

「お、お前………本当、なんでわかんねえんだよ」

「上杉君………」

 

 2人分のため息が響いた後。二乃は恥ずかしさなのか、悔しさなのか。

 

 

 

「………馬鹿‼︎」

 

 風呂桶を風太郎に投げて出ていってしまった。

 

 

 まあ……コイツに恋は難しいって事だ。

 

 

 

 

「今のはあなたが悪いです」

「無茶な。全員同じ顔なんだぞ?奏二の見分け方を試してみたが、いまだにわからん。

 

 全部同じ柄の神経衰弱をしてる気分だ」

「間違い探しでいいだろ。それじゃあただのめくる作業じゃねえか」

 

 二乃の乱入から少しして、俺たちは話を元に戻していた。

 

 

「確かに、よく似てると言われますが……全てが同じという訳じゃありませんよ。

 

 現に私たちは見分けられています。

………きっと、上杉君もできるはずです。

 

 

 愛があれば!」

「出たよトンデモ理論」

「外見を見分けるのに、視覚情報以外に頼ってどうするんだ……」

 

 相変わらずトンデモ理論をかましてくる五月に頭を抱えていると、五月は咳払いして。

 

「………しかし、疑問です。

 

 

 あれほどあなたを嫌っていた二乃が、一体どういう風の吹き回しなんでしょう。

 

 

 いいえ、二乃だけじゃありません。

 

 一花も三玖も四葉も………

 

 

 春休みに入ってから、どこか変なのです」

 

 

 風太郎レベルで恋愛に関して鈍感である事を明かしてきた。

 

 

 一花と四葉は兎も角、二乃と三玖のそれはかなりわかりやすいし、そもそもコイツは同じ気持ちを俺に抱いているとみているから、俺は悩んでいるのに………呑気なもんだぜ、全く。

 

 

 

「お前は風太郎のことをとやかく言える立場じゃないと思う」

「何故⁉︎」

「答えを見つければ、俺の言ってることがわかるようになるさ」

 このモヤモヤをぶつけていると、風太郎が急に立ち上がった。

 

 

「何で俺がそれについて考えてるんだ!そんなことやってる場合じゃねえ!」

「おい、急に立ち上がるな!お湯がかかるぜ!」

 

 制服を濡らされちゃ敵わんと抗議する俺に、すまんと謝る風太郎は。

 

 

「俺にとっては、偽五月問題の方が最優先だ。

 

 アイツの真意が理解できないままじゃ、本当に家庭教師解消になりかねない。

 

 

 

……お悩み相談はその後だ!」

 多分、タイミング的にその偽五月の真意と五月の持ちかけてきた話は関係性があると思うんだが。

 

 

 家庭教師の仕事へこだわる風太郎に、その事を伝えようとした時。

「ですが………私も、偽五月に共感できる所もあるのです」

 

 

 五月が意外な事を言い出した。

 

 

 コイツ、さっきは鈍感だと思ってたが意外と勘がいいのだろうか。

 

 

「偽五月の真意は私にも分かりませんが………もう、利害一致だけのパートナーではないという事です。

 

 

 だってそうでしょう?」

 

 その言葉の先を待っていると、彼女は。

 

 

「数々の試験勉強の日々。

 

 花火大会に林間学校……年末年始。

 

 

 これだけの時間を私たちは共有してきたのです。

 

 

 それは最早…………

 

 

 

 

 友達でしょう?」

 

 

 やっぱりそんなことはなかったと、俺に再認識させた。

 

 

 少なくとも………アイツらはもう、友達の枠を飛び越えようとしているのだ。

 

 

 だが………風太郎への言葉としてはちょうどいいものだったらしく。

 

 

「恥ずかしい事を堂々と………。

 

 

 楽しい旅行が台無しだが………やるか。お悩み相談」

 

 

 風太郎は、ため息を一つついて、お悩み相談をやる事を表明した。

 

 

 

 その後、混浴に飛び込んできた五月を諫め、顔を赤くした五月を更衣室に向かわせて、更衣室から出た事を確認した俺達も風呂場を後にした。

 

 

 その後。

「さて、アイツらうまく言ってんのかな…」

 仕事の一つである草むしりや床掃除をしながら、俺は五月を追い出す前に風太郎がしていた話を思い出していた。

 

 風太郎曰く、あの4人から話を聞く事において1番の難関は親父さんとの事。

 そのため、五月に足止めをしてもらっているうちに話を聞くと言い出したのだ。

 

 

 正直、あの親父さんを足止めして稼げる時間がどの程度かはわからないが……まあ、ないよりはマシだろう。

 

 

 にしても……ここ最近色んな悩みが山積みだ。

 

 

 親父さんからの打診に始まり、五月からの言葉やここでの偽五月騒動。

 

 なんだか、アイツらと関わり始めてから、今まで悩む必要すらなかった事に悩みまくっている。

 

 だが俺はしんみりは苦手だし、うじうじ悩んでいる俺をアイツらは認めてくれないだろう。

 

 

 

 俺は一体どうすりゃいいんだと、ため息をついていると。

 

 

「奏二君!五月ちゃんからこの紙を渡してくれって!」

 

 仲居さんの1人が、小さな紙を持ってやってきた。

 

 

 

 

 

 

「浜辺で待ってます。

 

 あなたに見てほしいものがありまして 五月」

 

 

 もらった手紙を拝見すると、中には地図と共にこんなことが書いてあった。

 

 

 そして、手紙の内容を見せて抜け出させてもらった俺は、借りた原付で浜辺へ向かい……そこで絶句した。

 

 

 

 眠れない時にやることといえば、羊を数えることだが………少なくとも今目の前にいる奴を数えても、眠くはならないし頭が痛くなるだけだ。

 

 

 そう、今目の前にいるのは………

 

 

 

「風太郎が混乱するわけだ………なんで全員五月に」

 

 

 何故か5人に増殖した、中野五月五姉妹だったからだ。

 

 




いかがでしたか?

 前回までの奏二と五月について、少し補足を入れます。

 本来、五月の告白は学園祭の時にやる予定でしたが、それだと2章における総括として考えていた「7人がそれぞれの恋について考え始める章」において、五月と奏二だけ蚊帳の外になってしまうと思い、前回のタイミングで挟ませていただきました。
 そういう割には四葉の恋について触れてないのは、四葉の恋については奏二が五月の話からでしか知らない為です。

 そして、ここからは以下のことをテーマにお話を進めていけたらと思います。
・五月からの告白を受けて、自分で決めた人生の道のみを見て行動していた奏二が、これまでの自分とこれからの自分について他人の言動を取り入れて考え始める
・奏二への告白を経て、今まで感じたことのない想いが芽生えた五月が、その想いについて、他の人から学んでいく。
・7人がそれぞれの想いの下に、風太郎を巡るゼロサムゲームに臨んでいく


 なので今回は、一番上のテーマについて奏二が考え出すことを重点において書かせていただきました。


 正直、これからどう書いていくかは私にも想像がつきませんが、頑張って書いていこうと思います。


 それでは、次回もお楽しみに!


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第23話 ツキアカリのミチシルベ

更新でございます。

今回はステレオポニーさんの名曲からお名前をいただきました。

尚、曲から借りたのは名前だけとなっておりますのでご注意を。

奏二の秘密

月を見るのが好きである。


「何やってんだお前ら………しかも、全員五月の格好って」

 

 

 目の前の光景に俺は困惑していた。

 

 それはそうだろう。

 

 目の前にいるのは5人の同じ顔に同じ格好。

 

 さながら影分身の術だが……当然この世界ではできない。

 

 

 

 そんな俺に、五月達のうちの1人が。

 

 

「町谷君……今私達は、上杉君に対して五つ子ゲームを仕掛けています」

 

 そして今度は別の五月が。

 「そして………あなたには以前当てられてしまったので、リベンジマッチです」

 

 

「私達の中で、誰が本物の私かを当ててみてください」

 

 

 最後にさらに別の五月が、なんだか懐かしいことを言い出した。

 

 

 

 

 

 かつて、ポニーテールにした私たちを見分けられなかった上杉君に対して、全員が私の姿と格好にしての五つ子ゲームを仕掛けたのには、しっかりとしたわけがある。

 

 

 一つはおじいちゃんを心配させないように、みんなで同じ姿でいるため。

 

 そして。

 

 

「当ててみろと言っても……クソッ、格好だけじゃなく、表情も似せてきてやがる」

 もう一つは………今目の前にいる町谷君対策だ。

 

 

 なにせ、彼は家族以外で初めて初見で私たちを見分けることができたレベルの観察眼の持ち主。

 

 そうなると、生半可に似せてもすぐに見破られてしまうので、そこから上杉君に答えをバラされては元も子もない。

 

 だから………徹底的に私の姿をみんなには真似てもらった。

 

 

 そして……

 

「ちょっと自己紹介してみてくれないか?」

 

「いいですよ?私は中野五月です」

 

「5月6日生まれの牡牛座です」

 

「あなたと同じクラスです」

 

「好きな動物はカンガルーです」

 

「美味しいものを食べるのが大好きです」

 

「声もか!

 

……お前ら、風太郎を試すにはちょい難しすぎるぜ?」

 

 声も彼の前では、5人で出来るだけ同じ声で話すように心がけている。

 

 彼なら声の違いでも見破る可能性があるから。

 

 

 

 

 正直、偽五月騒動にほとんど関わりがない彼を巻き込むのは気が引ける。

 

 だが………これまでの過去がそうしてしまったのかもしれないが、彼は愛に対して「役に立たない」と言い切ったことに関しては看過できない。

 

 だから、お母さんやおじいちゃんが教えてくれた、愛がないと見分けることができない程に難しくする。

 

………少しでも、愛は良いものだって知ってほしいから。

 

「それでは……健闘を祈ります」

 

 

 

 

 

 五人の五月が浜辺から、風太郎達のいる堤防の方へ歩いていくのを眺めながら、俺は厄介な事になったと頭を抱えていた。

 

 

 五月が5人で、俺対策でもしてるのか、マジで見た目だけだとほとんど見分けがつかない。

 

 

 正直、見た目で見分けてきた俺からすれば、これ以上ないメタと言っていいだろう。

 

 

 そうなると、見た目以外の要素から判断するしかないなと思っていると、五月からのLINEが。

 

 

 えーっと……?

 

「今回の五つ子ゲームについてのルールです

 

 お題 本当の私はどの私でしょう

 

 ルールです

 1、あなたからの上杉君への相談禁止

 

 2、お父さんやおじいちゃんへの助けを借りない

 

 3、回答期限は明日まで

 

 4、ふしだらな手を使わない

 

 答えがわかったら、私に教えてください

 

 あなたが正解する事を私は祈っています」

 

 

「要は、俺一人でやる事と盗撮や覗きはダメって事だな」

 

 俺が気になってるのは、なんで全員同じ格好なのかと言う事であり、誰が誰だなんて正直どうでもいい。

 

 

 だが……多分これに正解しない限り、その答えは教えてもらえないだろう。

 

 

 どうしたもんかと考えていた俺は、あることに気がついた。

 

 

「砂の沈み方が足跡ごとに違う……」

 

 砂浜にある幾つもの足跡が、足跡一つによって沈み方が微妙に違っていたのだ。

 

 

 沈み方が違うと言うことは………ああ、そりゃそうか。

 

 

 そうして俺はそこから考えて……当たり前の結論に達した。

 

 

 だが……それで十分。

 

 

 

 俺は一つの収穫を脳に刻みつけながら、姉妹達の跡を追った。

 

 

「姿形を変えようとも、身体の数値は変えられない」と言う真実をな。

 

 

 

 

 バスの後を原付で追いかけながら旅館に戻ると、風太郎が何故か濡れており、タオルにくるまっていた。

 

 

「お前、結局話はできたのか?てか、なんで濡れてるんだ」

 

「アイツらの誰かに突き落とされたんだ。クッソ、腿の傷も確認できたのに」

 どうしたのかを聞いてみると、何やら耳寄りな情報が入ったが………それを深掘りするのはルール違反になってしまうのでダメだ。

 

 

 かと言って、俺がそれを見ようとするのなら、風呂の覗きか盗撮をするしかなくなるが……それだとルールどころか法律に抵触するので勿論アウト。

 

 

 と言うかそもそも、風太郎が探しているのは家庭教師の解消を持ちかけてきた偽五月であって。

 

 

 その偽五月の特徴が腿の傷だとするのなら……本物の五月を探している俺がみても意味はない。

 

 

 残念だがこの案はボツだな。……ついでに、姉妹達から圧のこもった視線が飛んでくるし。

 

 

 

 そうなると、やはり体重が一番重いやつを探し出すしかない。

 

 

 しかし………体重計を判別に使おう物なら、怒られるどころか殺されてしまうし、こっそり測ったとしても結末は変わらない。

 

 

 そうして、またも振り出しかと思われたが………「体重が一番重い」と言う予測から、俺はある言葉を思い出した。

 

 

 

「肉まんお化け」………かつて二乃が五月に対して使っていた言葉だ。

 

 

 そこから俺は、さらに考える。

 

 アイツらの体型は大体同じ………に見えるが、その形容詞があると言うことは他の姉妹よりも若干太いのだろう。

 

 そりゃそうだ。日頃から何かしら食べているし、所々で五月は腹ペコ大食いキャラとしての片鱗を見せつけてきた。

 

 

 そしてそうなると………当然顔の輪郭あたりにも違いが現れるはず。

 

 

 そうして考えついた手がかりをメモしていきながら、俺は勝負の時が来るまでに色々と準備を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「あれからまだ数時間しか経っておりませんが……本当に本物がわかったのですか?」

 

 夕飯が終わった後、私は町谷君に呼び出されていた。

 

 

 なんと、あれから数時間しか経っていないのに、もう分かったと言い出したのだ。

 

「おう………お前に送ってもらった写真ではっきりした」

 

 

 そう言う彼に、私は送った写真に怪しまれるようなところはなかったと思い返す。

 

 

そう。私が彼に頼まれて送ったのは……1から5までの番号札を持った状態の立ち姿を写真に撮った物だ。

 

 

 なんだか囚人みたいだと思いはしたが……おかしなところはなかったと自負している。

 

 

 適当に当てずっぽうをするつもりではと考え始めた私に、町谷君は………とんでもない推理をしていた事を明かしてきた。

 

 

 

 

 

 数分後。

 

 町谷君は正しい答えを導き出した。

 

 導き出したが………その方法はあまりに失礼な物で。

「いや、その……一番太って………いや、ふくよかなのが本物って捉え方をしたのは悪かったと思ってるぜ?」

「言い直しになってません!本当に……あなたはなんて推理をしてくれてるんですか⁉︎女の子の体重から答えを導き出したなんて………!」

 

 

 私は、デリカシーのかけらもない判別方法をして来た町谷君に説教をしていた。

 

 

 なんと、姉妹の中での体重から私が一番重いとして。

 

 そうなると、お腹周りや顔に影響があるだろうと、さっきの写真を撮らせてきたのだ。

 

 

 確かに、見た目がそっくりとは言っても身体の状態は一人ひとり違うけど………失礼な話である。

 

 

 

「見た目を寄せても、身体の数値は変わらないからな。

 

………それに、体重の暴露大会をやらなかっただけまだ優しい方だぜ?」

「そんなことをした日には、5つ子魔女裁判ですからね」

「せめて普通の裁判にしてくれよ」

 得意げな顔をしながら、恐ろしい事を言い出した町谷君に絶対やるなよと念を押す。

 

 でも…その得意げな顔は久しぶりに見た。

 まあ、そうなったのはテストやら偽五月騒動が原因だろうけど。

 

 ちょっとした満足感に浸っていると、彼は思い出したかのように。

「ヘイヘイ………ああ、そうだ。お前に聞きたいことがあったんだ。正解した報酬ってことで聞かせてもらうぜ」

「………仕方ありませんね。どうぞ」

 

 すっとぼけた事を言い出したが、正解したのは事実。

 

 仕方ないのでその内容を促すと。

 

 

「そんな大した事じゃない。なんで全員がお前の格好をしてたのかだ。流石に5つ子ゲームの為だけじゃねえだろ?」

 

 

 町谷君は、意外とまともな質問をしてきたので……考えるきっかけになればと、私は出来る限り丁寧に説明をした。

 

 

 

 

 5つ子が全員五月の真似をした理由を聞いた俺は、五月と別れて一人で夜空を見上げて考えていた。

 

 

 要は……あの爺さんへの忖度だ。

 

 

 5人が同じ姿じゃないのを見て、仲が悪くなったのでは?と心配のあまり倒れた事から、爺さんの前ではそっくりな姿でいることになり。

 

 

 んで、話し合いの結果五月の格好に………と、いう事らしい。

 

 

 

 しかし……人は時の流れの中で変わっていく。

 

 心も…………見た目も。

 

 十人十色という言葉があるように………いつまでもそっくり仲良しだなんてあるわけがない。

 

 それを受け入れようとしないのか、受け入れられないのかは知らないが……そんなのただ弱いだけだ。

 

 

 

 あとついでに「愛があれば」というトンデモ理論についても教えてもらった。

 

 曰く、「長い年月をかけて、仕草や声などの相手のふとした癖を知ること。 それはもはや愛と言える」というものであり、中野家に代々語り継がれる教えらしい。

 

 

 まあ……家の教えは家それぞれだな。

 

 

 少なくとも、俺とあの爺さんが仲良くなることはないなと考えていると。

 

 

「おや………町谷君じゃないか」

 五つ子の親父さんが、俺に声をかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「夜になったら、ここを抜け出して彼に会いに行くわ。

 

 

 手助けしてちょうだい」

 

 

 二乃から頼まれ事を受けた私は、通路で一人座り込んでいた。

 

 

 引き受けたは良いものの……本当はやりたく無かったのに。

 

 

 

 私が頼まれたのは、お父さんを足止めして、二乃とフータロー君の密会を成功させること。

 

 

 だが、もし成功したら………二乃はフータロー君とキスをするのだろう。

 

 おじいちゃんの旅館があるこの島には、「誓いの鐘」と言うものがある。

 

 

 そこの鐘を鳴らした男女は、永遠に結ばれる……と言う、まあパワースポットみたいなものだ。

 

 そこで二乃は、言い伝えにあやかろうとしている。

 

 でも……いや、だから私は温泉で持ちかけられた相談で、できる限りそれを阻止しようと言葉を尽くした。

 

 

 ソージ君は迷うなって言ってたけど………もし、二乃の想いが成就したら。

 

 

………私たちは今の私たちではいられなくなるから。

 

 

 

 お姉ちゃんとして、それだけは阻止しないといけない。

 

 

 だけど二乃は………止まらない。

「私の恋だもの。私が幸せにならなくちゃ意味ないわ」

 

 

「同じ人を好きな子がいて、その子の方がずっと思っていても……悪いけど、蹴落としてでも叶えたい。

 

 そう思っちゃうわ。

 

 

 町谷の言葉を借りるなら…「突撃あるのみ」ってやつね」

 

 愛の暴走機関車は、どんな言葉も葛藤も響かないのだ。

 

 

 そして………私みたいにずるくない。

 

 他人の告白の機会を奪っておいて、告白に踏み出せない私みたいに。

 

 

 

 誰の目も気にせず、全力で………本気で恋してるんだ。

 

 

 そんな二乃を前にしていると、いやでもこう思わざるを得ない。

 

 

「私には、入る余地も資格もない…………」

 

 

 でも、私だって、本当は…………

 

 そこまで考えていると、いつの間にそこにいたのか。

 

 

 

「どうしたの?

 

 

…………泣かないで」

 

 四葉が、私がいつの間にか泣いていたことを教えてくれた。

 

 

 

 

 親父さん曰く、五月と三玖以外の3人がどこかへ行ったらしい。

 

 

 だが、俺は会ってないので知らないと答えたところ……話したい事があるとのことで。

 

 

 

 俺は、親父さんに捜索へ駆り出されていた。

「しかし……参ったものだよ。いつの間に家出癖がついていたとはね」

「子供は巣立つもの、って奴じゃないんですか?」

 

 

 そうして、二乃を見つけた後に一花と四葉を探すために夜道を歩きながら、心なしか疲れたように言う親父さんに、軽口で返す。

 こう言う時は軽口を叩くに限るからな。

 

 

 すると。

 

「………やはり、血の繋がりは無くとも、親子は似るということかな。

 

 奏一も、よくその様な軽口を言っていた」

「………そーですか」

 

 どこか懐かしいものを見る目を向けながら、親父さんは。

 

「そして………君の事をよく心配していたよ。

 

 全てやり切った後………自ら命を絶つと言っていたみたいじゃないか」

「………話してたのか」

 心なしか咎めるように言葉を投げかけてきた。

 

 

 何も守れず、死を招くことしかできなかった俺に、おめおめと生きている価値なんてない。

 

 

 そんな俺に課した罰の終着点は……あいつらの夢を叶え終えた後、自らこの命を絶つことだ。

 

 

「誰に何を言われようとも、俺にはこのやり方しかできない……」

 

 だから、何でも出来るように奏一さんのもとで働く中で様々なものを身につけ………何でも出来るように何でも屋になった。

 

 

「だから………あんたの申し出は受けられない」

 親父さんの打診を受けることはできないと、キッパリと言い切る。

 

 すると、少しの沈黙の後に親父さんは。

 

 

「僕も医者という職業上、人の死に立ち会う機会というのは存在する。

 

 

 そして………その度に、救えなかったことを後悔していた。

 

 

 零奈さん……彼女達の母親に、奏一みたいによく知る人の命や、僕達を頼ってきた患者達。

 

 

 そういう事もある仕事だと割り切るしかないにせよ………楽になることはない」

「…………同情ならお断りだぜ」

 

 

 なぜか身の上話をし始めたので、先手を打っておくが、首を横に張った。

 

「その後悔の拭い方は、決して一つだけではないということさ。

 

 

 僕は助けを求めてきた命には手を尽くす。

 

 

 その助けられなかった命が、今の糧になっていると示す為に」

 

 そして、俺の正面に立ち。

 

「前にも言ったが、僕は君の事を奏一から頼まれている。

 

 

君の道に一つ物申すなら………彼との最期の約束を、破らせないでくれたまえ」

 

 

 どこか、懇願めいた口調で告げてきた。

 

 

 

 

 そう言ったかと思えば、スタスタと去っていった親父さんの背中を尻目に、俺は考えていた。

 

 

 

「生きる方が、戦いだ……ってやつか」

 

 俺の罪は決して許されることではない。

 

 だから、今俺はその命を持って償いをしている。

 

 

 でも………親父さんが言った通り俺が決めた方法以外にも、償う方法はあったのかもしれない。

 

 今まで俺が見向きもしてなかっただけで。

 

 

 それが何なのかはわからないが……わからないならちょうど良い。

「………悪いなみんな。まだこっちでやる事ができそうだ」

 

 

 答えを探しに生きますか。

 

 

 そうして俺は、月明かりの下。

 

 

 

 自分の道を見つめ直す旅を始めた。

 

 

 

 

 一花を誘って屋根に登った私は、お父さんと町谷さんが外へ出て行ったのを見ていた。

 

「お父さん気づいたみたい。町谷さんも連れて探しに来てる………多分、怒られるんだろうな」

 

 

 どうやら、お父さんは町谷さんの事を結構気に入っているようだ。

 

 

 「ししし……

 

 でも、まさかこんなところにいるとは思わないだろうね」

 

 沈黙ばかりの一花に、何とか反応してもらおうと話を振るけど、一花はお父さんの方を見て顔を青くしていた。

 

 

 よくわからないけど……

「ブエックシ‼︎」

 

 何かを話そうとしたが、くしゃみが先に出てしまった。

 

 だが、それが功を奏したらしく、一花は苦笑いして。

 

 

「そんな薄着で出てくるからだよ………鼻も出てるし、これでチーンね?」

「ひ、ひとりでできるもん!」

「ふふっ、いつまでもお子様なんだから……」

 

 何だか気恥ずかしいので思いっきり鼻をかんでいると、一花は立ち上がる。

 

 

「でも……ありがとね。

 

 元気付けようとしてくれたんでしょ?

 

 

 

 だけど、大丈夫だから……ありがと」

 

 そう言いながら、一花はお父さんを追いかけようとしているようだが……私は思わずその手を取った。

 

 

 だって………。

「無理してない?

 

 

 心配だよ」

 

 

 その顔は、とても悲しい顔だったから。

 

 

 

 

 

 まさか、四葉に悟られるとは思わなかった私は、呆気に取られて変な声しか出せなかった。

 

「気のせいだったらごめんだけど………私、ここに来てから昔のことを、色々思い出したんだ」

 

 そんな私に、四葉はここで過ごした日々を思い起こさせてくる。

 

 

 昔はおじいちゃんが怖かったことや、悪戯ばかりして怒られた事。

 

 

 確かに言われてみれば……

 

「四葉はやんちゃだったもんね」

 と、記憶を頼りに話すと、四葉は何言ってんのと否定してきた。

 

 

 曰く、昔の私は………

 

 人のおやつを横取りして、集めていたシールを奪い、気になった男の子もいつのまにか取ってしまっていたらしい。

 

 

「あはは………いや、どうもすみません」

 

 我ながら、とんでもない子供時代を過ごしたものだと思っていると、四葉が本当に不思議そうにぼやく。

「不思議だったんだー。

 

 何で私は子供のままなのに、一花だけ大人になれたんだろって」

 

 それは……間違いなくあの頃からだ。

 

 

 

「それは、お母さんが死んじゃった後の、あの痛々しい五月ちゃんの姿を見てたらね…

 

 

当然だよ。お姉ちゃんらしくしないと」

 五月ちゃんのことを、何とか元気付けないといけなかったのは間違いない。

 

 

 でも………

「あとは、あの三つ編みの男の子……多分だけどソージ君に負けたのが悔しかったのかも」

「あ〜あの時の子って、やっぱり町谷さんなのかな」

 

 あの日、何も知らないはずの男の子が、絶望という泥沼のどん底にいた五月ちゃんを、あっという間に岸へと引っ張り上げた。

 

 それからの五月ちゃんは……立ち直った後は、わたしたちに色々聞いてはきたものの、基本はソージ君の言葉を道標にして人生を歩み始めて。

 

 

 そこで私は……姉として、初めて人としての負けを感じた気がしたんだ。

 

 

 まあ、そんな感情を抱いてたことを思い出したのは、今四葉と話している中でだけど。

「……まあ、私たちの場合はお腹から出てきた順だけだよね」

「あはは……私が一番じゃ無くてよかったよ」

 

 

 我ながら適当な頭をしてるなーと思いながら笑うと、四葉は。

 

 

 

「でも……一花が一番でよかった。

 

 

 子供の頃の一花はガキ大将で。

 

 

 すぐ人のものが欲しくなっちゃう嫌な子だけど。

 

 

 私たち姉妹のリーダーだった。

 

 

 

 あの頃からずっと………お姉ちゃんだと思ってたよ」

 

 中々に失礼なことを言いながら。

 

 

「だから………

 

 

 

 

 一花だけ我慢しないで、したい事をして欲しい……かな!」

 

 最後の最後で、私が欲しくないのに、今最も欲しい言葉を投げかけてきた。

 

 

「私がしたい事……」

 

 その言葉が、私の中の何かを溢れさせる。

 

 

 ずっと、今が続いて欲しかった。

 

 

 この、一番心地のいい空間が……変わって欲しくなかった。

 

 

 でも………本当は。

 

 そして、その溢れる何かは、私がずっと押さえていた何かを再び呼び起こした。

 

 

 そうだ。わたしは………

 

 

「誰にも取られたくなかったんだ」

 

 

 姉としての立場も………フータロー君への恋路も。

 

 

 そして……

 

「えい!」

「あれ、えっ⁉︎」

「あはは………

 

 

 

 実は、わたしも寒かったんだ」

 

 この一枚の上着さえも。

 

 

 だから。

「えーっ⁉︎一度は貸してくれたのに……ってアレ?

 

 一花はお父さんに用事があるんだっけ」

「ううん……やっぱ、もういいや」

 

 まず、二乃のためにしている我慢を止めるところから始めることにした。

 

 

 

 その頃、女湯の脱衣所にて。

 

 私はとんでもない事実に直面していた。

 

 それは……

「上杉くんが言っていた偽五月は、三玖………だったのですね」

「そっか、この足の傷残ってたんだ」

 

 上杉君に一番協力的だった筈の三玖が、上杉君に家庭教師の解消を促してきた偽五月という驚愕の事実だった。




いかがでしたか?

今回は、「自分と似た後悔を持つマルオの言葉から、新たな道を探し出す決意をした奏二」と、「義務感と本心での板挟みとなっていたが、四葉の言葉により、自分の道を突き進み始めた一花」をお話の中で書かせていただきました。

 月明かりの下で、それぞれの道に新たな道標ができたことからあのサブタイトルなわけですな。

 次回は春休み編の終盤まで書ければと思っておりますので、お楽しみに!


 感想や評価をお待ちしております。


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第24話 自分の言葉で見つけ出す

今回で、8巻のストーリーはおしまいです。

なんと言うか、息が詰まりましたな。


そんなこんなでいつも通りの低クオリティですが、楽しんでいただからば幸いです。

奏二の秘密
誕生日を明かしたところ、五月に「お姉ちゃんと呼んでほしい」とせがまれた。


 お父さんに部屋で待機しているように言われていた私は、一緒に正座している三玖を誘って、温泉に向かっていた。

 

 ただ待っているのも何だかつまらない気がしたからだ。

 

 

 そして、そんな私達の前に上杉君とおじいちゃんが。

 

 

「…………えー…」

「五月、三玖」

「あー!今言おうとしてたのに!」

 

 どうやら、上杉君はまだ5つ子ゲームに苦戦しているみたい。

 

 因みに町谷君に本物以外は誰が誰だかわかるかと聞いてみたところ、番号を掲げている指についていたマニキュアや、ヘッドホンをつけているせいか、他の姉妹よりもうっすらと白い首。

 じっとしているのが苦手なために、若干強張っている表情などを改めて見返した中で察したらしく、これも全問正解してきた。

 

 

 流石の洞察力と言わざるを得ないが……私の見分け方に関しては納得がいかない。

 

………って、私のことはいい。

 

 それより……

 

「あなたは一日中何をしているのですか?」

 私が上杉君を呼び寄せて聞くと、彼はまだ当てられないことを咎められていると感じたのか。

「いや、その……もう少しだけ時間をくれ。

 

 お前達の爺さんから、もう少しで何かを学べそうなんだ」

 

 そう言って、去っていくおじいちゃんの後をついていった。

 

 

 

 

 

 女湯の更衣室にて。

「フータロー、大変そうだったね…」

「三玖たちも、何もこんなタイミングで彼を試さなくてもいいじゃないですか……」

 

 

 私たちの話題は自動的に先程の上杉君のことになる。

 

 それにしても……

「あの人は、自分で解決する気はないのですか?」

 

 いくら難しいからと言っても、おじいちゃんの力を借りようだなんて。

………いや、彼にはそれくらいのハンデがないと一生見分けられないかもしれない。

 

 そんな私のぼやきに、三玖がどこか浮かない顔で。

 

「仕方ないよ。

 

 ソージがおかしいだけで……わたしたちを見分けようだなんて、無理な話だよ」

「そうですね……このまま彼に任せておくと、ずっとこの問題が残ってしまいます。

 

 町谷君に頼んで、それとなくヒントを伝えてもらいましょうか」

 

 

 と、そこまで言ったところで………わたしは三玖の太腿にあるアザに目がいく。

 

 

 なぜならそれは………上杉君に家庭教師の解消を持ちかけた、偽五月の特徴だったのだから。

 

 

 

 

「そっか。この足の傷残ってたんだ」

 

 フータローに家庭教師の解消を持ちかけたときに出来た傷が残っていた事を、私は五月に指摘されて気がついた。

 

「三玖……なぜです?

 

 

 なぜ、一番協力的に見えたあなたが、上杉君との関係を断とうとしているのですか?」

 

 いったいどこまで知っているのかはわからないけど、五月は予想外と言う顔を見せていた。

 

 

 その理由は説明するけど……その前に。

 

「その前に、五月に謝らなきゃ。あの時はおじいちゃんがいたから咄嗟に……いや、それも言い訳だね」

 

 私が五月の真似をした理由を伝えないといけない。

 

 

 何故なら………言えなかったから。

 

 

「三玖(わたし)として言えなかった。

 

 

 フータローを大好きなのに、あんな事………」

 

 フータローに、別れを告げるような事を私自身として言えなかったから……五月の姿を借りたんだ。

 

 なぜなら、五月はきっと………

 

 

 そう思っていると、五月は少しぽかんとした後。

 

 

「三玖って上杉君が好きなのですか⁉︎」

 

 今更な事を、本当に知らなかったように聞いてきた。

 

 

「ああ!なんて事でしょう!

 

 こんなこと、皆んなが知ったら驚きますよ!」

 

 そう言ってクネクネしている五月だけど……多分みんな知ってる。

 

 

 と言うか、五月だって多分ソージの事を………いや、この子は恋愛に関してはフータローと同レベルの鈍感だ。

 

 まあ、ソージも恋とかについてはあまり興味がなさそうだし……

 

 

 ある意味お似合いの二人だなって思っていると五月は。

 

「でも……いいのでしょうか。私たちは仮にも生徒と教師なのに……」

 

 

 五月らしい優等生な反応を見せる。

 

 そう。今の私たちは生徒と教師で。

 

 その関係性が………私にはただの足枷にしか思えなくなったから。

 

「だからだよ………」

 

 

 

 

 

 

 だから、こうしたんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 俺が旅館に戻ると、風太郎と爺さんが何故か一緒にいたので声をかけたところ。

 爺さんから「お主に話がある」と呼び止められた。

 

 

 呼び止められたのだが……さっきから会話がない。

 

 

 これはどうしたもんかと悩んでいると、爺さんが。

 

「どうしてこんな遠くから、仕事の依頼をしたのか………不思議に思わなかったか」

「不思議に思ったとしても、引き受けたなら下手な詮索はしないタチでね」

 

 色々ありすぎて、もはや今更な事を聞いて来たのでため息と共に返すと。

 

 

「お主の事は、マルオから聞かされていた。

 

 だからこそ……ワシはお主をここに招いたのだ」

「……初日の台詞はそういうことね」

 

 この仕事に込められた内情を話してきた。

 

 つまり、親父さんからの話を聞いて興味が湧いたから呼んだってところだろう。

「先程五月から色々聞かされているのを、偶々聞いていた。

 

 

………そして、それに対してのお主の言葉もな」

「………撤回するつもりはないぜ」

 

 全ての命は生きている限りは変わり続ける。

 

 中身も……見た目も。

 

 その変容を受け入れられないのも、受け入れないのも、ただ弱いだけであり。

 

 その変容を認められなくても、受け入れるしか

 

 

 それに……

「変わっていったとしても、変わらないものもある。

 

 

 アイツにとっちゃ五つ子である事と………互いを思う気持ちがソレなんじゃねえか?」

 

 

 大事なものは、その中でも変わらないものにあると俺は思うから。

 

 

 倍以上も歳が離れていそうな相手に、偉そうに説教している状況に、給料もらえねえんじゃねえかなと内心ビクビクしていると。

 

 

 

「………零奈を喪ったワシにとっては、あの子達は最後の希望だ。

 

 

 そして……ワシはもう長くはないだろう」

 

 なかなかの眼力で、俺をまっすぐ見据える。

 

 

 まるで、何かを託そうとするかのように。

 

「だから……孫達にこう伝えてほしい。

 

 

 

 自分らしくあれ……と」

 

 

 伝言を頼んで来たが、俺は背中を向けた。

 

 

「………んなもん、手前自身が言うんだな」

 

 

 俺は、臆病風に吹かれた爺さんに付き合ってやるほど優しくはないし……

 

 

 大事なことは自分で直接言うもんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

「よし……来たな」

「ええ……」

 

 俺と五月は、一室に集った風太郎と三玖の様子を、仕掛けておいたマイクを使って傍受していた。

 

 

 そしてその時に五月から伝えられた内容を、改めて想起する。

 

 

 今回の偽五月騒動は、三玖が起こした自棄に他の姉妹が図らずも乗っかった事で起こったものだった。

 

 

 まあ、感想としては……

「おとなしい奴に限って、やることが派手なんだよな…」

「気づかれてしまいます、お静かに……!」

 これに尽きる。

 

 

 そうして、それに対して五月が持ちかけたのが……フータローと三玖の直接対面だ。

 

「上杉くんは、この騒動の解決に対して……真剣に取り組もうとしています。

 

 他力本願なのを差し引いたとしても、その熱意を無駄にさせたくないんです」

 

 とのことらしい。

 

 

 まあ、アイツにはこれを放置したら家庭教師の仕事がなくなると言う事情があるが………爺さんに師事してまでも、コイツらに向き合おうとする覚悟を無駄にさせたくないのは同意見だ。

 

 

 だから……

 

「頼みましたよ、上杉君………」 

「ここで決められなきゃ、男じゃないぜ……」

 

 俺たちは、耳をすませ続けていた。

 

 

 私たちは、教師と生徒……それでいいと思ってた。

 

 

 フータローが大好きなのに言葉で伝えることができず。

 

 その癖に他の姉妹達に余裕をひけらかすような、臆病でずるい私。

 

 そんな私でも、認められるようなチャンスを公平な形で掴めるから。

 

 1番の生徒になれば。

 

 

 

 

 でも………今回の学年末テストでそれは潰えてしまった。

 

 

 

 潰えてしまった今………私に残された手は「リセット」だったから、それを使った。

 

 

 家庭教師と生徒。

 

 この関係のままじゃあ、いつまで経っても私とフータローの関係性はここから動かないから、それを解消しようと五月の姿を借りて働きかけた。

 

 

 

 昨夜の更衣室にて、そこまで話した私に五月は考え込むような顔をして、顔を上げた。

 

 

 そんな五月に勝手に姿を借りた事への罪悪感からか、なんだか圧を感じていたときに、五月はこう持ちかけた。

 

 

 

 最後に、フータローに会って欲しい、と。

 

 どんな顔をしていいかわからなくて、嫌だったけど……五月の言葉には、嫌だと言うことを忘れさせる何かを感じた。

 

 

 だから一夜明けた今、偽五月としてフータローの前に立ち。

「お前は初日の夜、俺と話した五月って事でいいんだよな?」

「はい。私の正体は………」

 

 さっさと終わらせるべく、正体を明かそうとして……

 

「待った」

 

 フータローに待ったをかけられた。

 

 

 

 

「五つ子ゲームを、結局俺は正解できなかった……降参だ」

 

 

 最初に会った五月を前に、俺は白状する。

 

 

 結局俺は、変装が苦手な四葉以外を見分けることができなかった。

 

 

 だが………コイツに家庭教師の解消を持ちかけられたことと、今回の五つ子ゲームにはなんらかの関連性があるのなら。

 

 

「一人も見分けることもできない奴に家庭教師はできない」と言うことだろう。

 

 

 四葉は自滅みたいなものだからノーカンだとして………せめてコイツだけは。

 

「お前だけは、俺から正体を暴く」

 

 それが、今の俺が示せるコイツらと向き合う覚悟だ。

 

 

 そして今。

「五月から話は聞いてるな?」

「ええ……」

「それなら、アイツに頼まれた件を含め、順を追って説明していこう」

 

 

 俺のリベンジマッチが始まった。

 

 

 

 まずは四葉。

 アイツの悩みは、「しっかり五月の真似ができているか」というこの旅行自体にあったから、今日が終われば自動的に解決する。

 

「そしてお前は四葉じゃない。

 

 

 アイツは、お前ほど完璧に変装できないからな」

 

 正直、ここが一番自信を持って答えられるが……どうだ?

「……正解です」

 

 よし、これで四葉という可能性は潰れた。

 

 

 次は二乃だが……アイツは少々甘かった。

 

 足の爪に塗るマニキュア……ペディキュアっていうのか?成る程………。

 

 

 とにかくそれを落とし損ねていたのを、更衣室で奏二が教えてくれた。

 

 

 そして……目の前にいるコイツの足の指に不自然な艶はない。

 

 そこまで話した俺に、その五月は怪訝な顔をして。

 

「待ってください。

 

 

 顔の判別もつかないのに、なぜペディキュアを塗っているのが二乃だとわかったのですか?」

「その話は置いといてくれ」

「わ、分かりました……」

 

 

 何故なら………言うのが気恥ずかしいので、とりあえずその話よりも正解かどうかを聞くと。

 

 

「正解です。

 

 それで、その二乃の悩みと言うのは……?」

「いや、これだけは言えない」

 

 二乃の悩み……悩みってわけでもないだろうが、アイツは俺への好意で動いている。

 

 しかし、それを言ってしまうのは自惚れているみたいで恥ずかしいし、こう言うのは誰彼構わず言うものではない。

 

 

 そうした俺の葛藤を察したのか、今はそれよりも答え合わせが先決なのか。

 

「分かりました。聞かないことにします」

 

 目の前の五月は聞かなかったことにしてくれた。

 

 

 こうして問題は三択式になったわけだが………いや、二択だな。

 

 

 もしコイツが本物なら、家庭教師の解消を持ちかけてきたタイミングで、中庭で待っていたと言うアイツの証言がおかしなことになるからな。

 

 

 だが一応………

 

「デミグラス」

 

「えっ⁉︎

 

 デッ、デミッ……⁉︎」

「いや、その反応で安心した。

 

 お前は本人でもない」

「せ、正解です……」

 

 合言葉に対応してないから、コイツは五月本人じゃないな。

 

 

 そうして後は、一花か三玖のどちらかと言うことだが………残念ながら。

 

 

「そこからは、まだわからない」

 

 

 格好がつかないが、まだわかってない事を白状した。

 

 

 

 私は、何を期待していたんだろう。

 

 

 フータローに、見つけて欲しかった。

 

 

 私に気づいて欲しかった。

 

 

 でも……神様は残酷で、フータローに天啓を与えてはくれない。

 

 

「俺のこと呼んでくれない?」

 

「上杉君……その手にはかかりませんよ」

 

「徳川四天王って誰だっけ?」

 

「わかりません」

 

「内緒話があるから耳を貸してくれ」

「左耳ならどうぞ」

 フータローの質問から、なんとか隙を作り出そうと言う悪あがきみたいなものが透けて見える。

 

 

 つまり、そうでもしないと私か一花を見分ける手段がないのだ。

 

 

 その光景に、やめてと言いたいけど……それを言い出したら止まらなくなってしまうだろうから、グッと堪えると……飲み込んだ言葉に、心を幾重にも切り裂かれているような気分だった。

 

 

 見つけられないのなら、こんなことに意味はない。

 

 それどころか、想い人に「お前の事なんて眼中にない」と告げられているようなこの状況から、たまらなく逃げ出したい。

 

 

「だめだ、分からん……お手上げだ」

 

 そうして、無情にもフータローはギブアップを宣言した。

 

 いや、むしろ私にとっては楽にしてもらったと言うべきか。

 

「そう……ですよね………」

 

 

 

 幾度となく味わった挫折と諦めを、今度も繰り返すのだと言い聞かせていると。

 

「だから、アイツを呼んできてくれないか?」

「あいつ?」

 

「お前らの末っ子の………

 

 ほら、今お前が変装してる………」

 

 

 幸か不幸か、フータローからこの針の筵からの出口を教えてくれた。

 

 

 そうだ。ここで一花の真似をすれば………きっとこの生き地獄から抜け出せる。

 

 

 そうして私は……

「ああ、五月ちゃんね」

 

 

 一花の口調と呼び方を真似した。

 

 

 

「ハハハハハ‼︎

 

 かかったな!

 

 五月をその呼び方で呼ぶのは一花のみ!

 

 

 つまり………お前が一花だ!」

 

 俺が五月の格好をした一花にそう告げると、一瞬の間をおいて笑い出した。

 

「あはは。いやー、まんまとやられちゃったなぁ」

「まったく、手間をかけさせやがって」

 何日も悩んで出した結果で、そんな気の抜けた笑い方をされてはたまったもんじゃないとため息をつく。

 

 

「まあ、お前だけ悩みの見当がつかなかったから、そうじゃないかと睨んではいたがな」

「へえ、すごい……」

 

 そうして、一花の悩みについて答え合わせをしようとすると、一花は何故か背中を向けて。

 

「じゃあ、私もう行くね」

 

 と、出口へ向かおうとしていた。

 

「え?いや…」

「帰り支度があるから、またね」

 

 

 話を続けようとしても、それより先に予防線を張られてしまう。

 

 

 そんな姿に…………俺はさっきの一瞬を含めて違和感を感じる。

 

 

 

 あの一花が、こんな強引に話を切ろうとするだろうか?

 

 

 もっとこう………キリのいい形で終わらせようとするはずだ。

 

 

 それに……一花なら、奏二のものとはタイプは別だが、馬鹿げた茶々を入れてくるだろう。

 

 

 それをしないと言うことは………

 

 

 俺は、そうして改めて去ろうとする後ろ姿を見ると、五月であり一花なはずの後ろ姿が、何故だかアイツに見えてきて………。

 

 

 この考えに、今までみたいな証拠はなく……要はただの直感だ。

 

 だが………この直感に賭けてみたい。

 

 

 

 

 だから………

 

 

「お前………三玖か?」

 その背中の持ち主の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 なぜ、今になって私に気づいてくれたのか。

 

 

 私に気づいてくれたのは、とても嬉しいのに………諦めをつけて、振り出しに戻そうとした私の想いを、何故また掘り起こしたのか。

 

 

 なぜ、楽にしてくれないのかと滲む涙を見せたくなかったから、私は振り向かずに問いかける。

 

 

「………なんで?

 

 

 一花って言ったじゃん」

 

 

 すると、フータローは。

 

 

「いや、すまん………今、なんとなく思ったんだがな?

 

 

 

 一瞬……お前が俺の中の三玖と重なったんだ」

 

 

 と、はっきりと口にしたのを聞いて、せめぎ合っていた気持ちは一瞬にして幸福に埋め尽くされてしまった。

 

 

 フータローは、私のことをちゃんと見ててくれたんだ。

 

 

 そう考えると、この嬉しい気持ちを伝えたくてしょうがなくて。

 

 

 

 

 

「当たり!」

 

 

 わたしは、思いっきりフータローに飛びついた。

 

 

 

 

 

「マジか………」

 

 三玖に飛びつかれた俺は、まさか正解だったとは思ってなく、惚けた顔をしていた。

 

 

「一つ聞いてもいい?」

「………なんだよ」

「私の悩みは心当たりがありそうだったよね。

 

 

 私が偽五月じゃなかったら、何に悩んでると思ってた?」

 

 

 しばらくして、三玖が思い出したかのように聞いてくる。

 

 まあ、なんと言うか自意識過剰な話だが………

 

 

「間違えてるとわかった今となっては、恥ずかしい話だが………笑わないで聞いてくれ」

 

 俺は、念押しをして意を決し。

 

 

「バレンタイン……返してないことに腹立ててんのかと思ってた」

 

 

 言いながら顔を晒すフータローが、なんだかおかしくてつい私は笑ってしまった。

 

 

 

「わ、笑うなって言っただろ⁉︎大体、お前なんで家庭教師をやめるように……」

「ごめんごめん。やっぱアレなしで」

「な⁉︎お前な……」

 

 

 そうして頭を抱えるフータローに、私は改めて思った。

 

 私とフータローの関係性は、家庭教師と生徒。

 

 それは変わらないとしても………その中の全てが変わらないわけじゃない。

 

 

 私がフータローを好きになり。

 フータローが私を見分けることができるようになったように。

 

 

 だから……私はフータローに目を合わせ。

 

「フータロー……私を見つけてくれて、ありがとう」

「………おう」

 

 顔を赤くして目を逸らそうとするフータローに、感謝した。

 

 

 

 

 そんなこんなで、偽五月騒動は終わりを告げ、俺のこの旅館での仕事も終わりを告げた。

 

 

 あの爺さんは、ちゃんとあの5人に伝えることができたのだろうか?

 

 

 あるいは、俺じゃなくてフータローに伝言を託したのか………爺さんが死んでしまってから数年経った今は、もはや迷宮入りである。

 

 

 まあ………答えは、孫達と笑顔で写ってる写真を見れば、言わなくてもわかるな。

 

 

 そうして俺の記憶はこの次へと向かっていく…………。

 




いかがでしたか?

今回は、
「学期末試験の結果から悲観した三玖が、風太郎とのやり取りで関係性を考え直した」
「自分の意志は、自分の言葉を用いて、自分で伝えないといけない」

 これらを重点に書かせていただきました。


 あと、本作において初めて三玖視点になります。

 そして、今回カットしたシーンの中に風太郎の花嫁が決まる大事なシーンがあるのですが、これはこの作品においての花嫁は四葉ではないと言うことです。


次回からは9巻のストーリーになりますが、ここは8巻のシリアスムードより、序盤のコミカルなムードでのお話にしようと思います。

まあ、一花さんが目覚めてしまうのでそこは仕方ないとして。


 それでは、次回もお楽しみに!
 




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第25話 新学期への新展開

お久しぶりです。更新です。

今回から9巻でのお話になります。

楽しんでいただければ幸いです。


奏二への秘密
一花、二乃、三玖に「奏二が同じ男でよかった」と安堵されている。


 春休みが終盤に差し掛かり、桜の花びらが舞い散り始めたある日のこと。

 

 一花の招集により、私たちは緊急の五つ子会議を開いていた。

 

 

 そして……

 

 

「来週から、お家賃を5人で五等分します。

 

 

 払えなかった人は、前のマンションに強制退去だから………みんなで一緒にいられるように頑張ろ!

 

 

 それじゃあ……私は仕事に行ってくるから、よろしくね♪」

 

 

 そう言い残して、仕事に向かってしまうのであった。

 

 

 

「………とりあえず、仕事を探すわよ」

「そうだね」

「うん!」

「い、いきなりすぎますよ……」

 

 

 

 

春休みのとある昼下がり。

 

 

「と、そんなことがあった訳よ」

「そうかそうか。それは大変だったな」

 そう愚痴る二乃に頷く俺だったが、頬はおそらく引き攣っているのを感じていた。

 

 

 愚痴を聞くのは慣れているが………この状況で堂々とされていることに、頬が引き攣っているのだ。

 

「うーん、ここで働くことってできますか?」

「生憎、人を雇うつもりはないぜ」

 

 

 すると、二乃が机の上の紙に視線を戻し、同じように机の上の紙を見ていた四葉がキョロキョロと部屋を見回しながら聞いてくるので、現状を教えておく。

 

「ソージ、緑茶ない?」

「…………」

 

 さらには四葉の向かいには、年寄りくさく茶を啜る三玖に段ボールから出した緑茶のペットボトルを手渡し。

 

 

「町谷君、これ美味しいですね。おかわりって………」

「ちょい待てや」

 

 

 来客用に備え付けてある菓子を食べ尽くした五月を前に、ついに待ったをかけた。

 

 

 

 そう、今なぜか俺は………

 

 

「何よ」

「お前ら、ここをハローワークか喫茶店と勘違いしてんじゃねえか?」

 

 俺の家に押しかけて来た一花以外の中野家の4人の給仕をやっていた。

 

 書類仕事をやっていたら「相談に乗ってほしい」とこの4人がやって来たのだ。

 

 

 なんでも、一花が家賃の分担を提案……と言うか、ほとんど一方的に押し付けて来たらしい。

 

 まあ、いくら結構なボロアパートと言ってもそれなりに家賃はするだろうし、長女一人で賄うってのもなんか変だわな。

 

 だから、こうして妹達を社会的に次のステージへと向かわせようとしているんだろう。

だが……

「なんで俺のところに来るんだ」

 

 わざわざここに来る理由がわからないでいると、三玖がペットボトルのお茶を紙コップに注ぎながら。

「それで、アルバイトを探そうと言うことになって。

 

 そうしたら……」

 

 五月の方を見ると、補充した菓子に早速手をつける五月がビクッとしつつも説明を引き継ぐ。

 

 

「前に、「私たちでもできそうな仕事をリストアップしておく」とあなたが言っていたのを思い出したんです。

 

 それで、そのリストを見せてもらうついでにお仕事探しの相談に乗ってもらおうと」

「そういやそんなん言ってたな」

 

 その説明で、ようやく俺はこいつらがここに来た理由を理解したが………。

 

 

「日雇いみたいなもんが大半だから、大人しくバイト雑誌読んでおいた方がいいんじゃないのか?」

 

 俺は、パソコンでそのリストを表示させ、見せながら説明する。

 

 そう。これは元々俺が受けようとしていた依頼だった物から、簡単な物をまとめた物であり………依頼は大体一日で終わるし、報酬もそこまで高くない。

 

 

 つまり、突発的な小遣い稼ぎにはいいが、家賃を払うとなると安定性に欠けるのだ。

 

 

 

 

 それを説明し終えると、4人は机の上の求人のチラシを前に唸り始めた。

 

 ここにあるチラシは俺が用意したものはいくつかあれど大半はこの4人が持ち込んだものでもある。

「コンビニ、新聞配達……みんな大変そう」

「全員で同じ所で出来たら、安心できるのですが……」

「そんなに募集してる職場はないわ。

 

 それに、得意なこともそれぞれ違うんだし」

 

 俺は四人が持ってきた求人を確認しながら。

「てか、お前らバイトしたことないのかよ?」

「ええ。それほど困窮してはなかったので……」

「…まあ、あの親父さん金銭面のサポートは、かなりきっちりやってるみたいだしな」

 

 何時ぞや連れてかれた、0が一つ多そうな服屋を行きつけにしてるなら、確かにバイトが必要になるような金欠にはならないか。

 

「私に接客業なんてできるかなぁ?

 

 悪ーいお客さんとか来たらどうしよう。

 

 お金を稼ぐって大変だなあ」

「店で働いてる以上クソみてえな客が来たり、上物な客が来たりするのは仕方ねえさ」

 

 何を考えているのか、珍しく考え込んでいそうな四葉に口を挟んでいると、二乃が仕方ないと言う顔をして。

「まあ、そこはもう割り切るわよ。

 

 

 お金は必要だけど……○交とか絶対嫌だし、どのみち働くつもりだったから、求人集めててよかったわ。

 

………にしても、まさか一花が急にあんなこと言い出すなんてね」

「うん。でも………」

 

 そこに三玖が頷きながらも昔を懐かしむ顔をした。

……コイツ、本当に俺らとタメだよな?

 

「一花のあの感じ、懐かしかった」

「あ、私も思った!」

「むしろ、今まで一花ひとりに無理をさせすぎてましたからね」

 

 四葉と五月が頷くのを横目に、二乃は。

 

「そうね。

 

 ああなった一花は、なかなか手強いわ。

 

 それに、あのマンションでひとりっきりね……」

 

 そこまで言って苦い顔をした。

 

 

「親父さんとの食事シーンでも思い浮かべたか?」

「わざわざ言うんじゃないわよ。

 

 緊張感で胃薬のお世話になりそうだわ」

「五月は目星つけた?」

 

 

 三玖が五月に話を振ると、どうやらまだ決めかねているようだ。

 

 

「するからには自分の血肉となり得る仕事にしたいのですが……

 

 都合よくそんなもの見つかりませんよね……」

「賄いが出るかってこと?それならフータローに聞けばいいじゃない」

「私をあの人と一緒にしないでください!」

 

 まあ、五月といえば食べ物系の店………かと思いきや、この発言を聞くにそういうわけではないようだ。

 

 

 風太郎と一緒にするなと叫ぶ五月の言葉で、俺はある求人を思い出す。

 

 

「何をしてるんですか?」

「ちょっと待ってな。とっておきを用意してやるぜ」

 

 覗き込んでくる四葉に返事をしながらその求人を探して………あった。

 

 

「お嬢さん方、こんなのはどうだい?」

「あ!ここって上杉さんの!」

「正解」

 

 

 俺が取り出したのは、風太郎のバイト先のケーキ屋の求人。

 

 店長から紹介を頼まれていたのだ。

 

 

 そうして俺がその求人を机の上に置くと…………二乃と三玖がビーチフラッグが如くその求人に手を伸ばした。

 

 

「二乃、それ渡して」

「なんでよ、これは私の得意分野よ!」

「なんでわざわざ、フータローのいる所なの?」

「うっ……あいつがいるのは不本意。

 

 

 不本意だわ」

 

 そうして、勝者の二乃が言葉と裏腹な表情を見せ、三玖がその光景に頬を膨らませていると、四葉が。

 

「私はやっぱり、みんなで一緒のお仕事がしたいなー……

 

 ねえ三玖、このお掃除のバイトなんていいんじゃない?一緒にやろうよ」

 

 掃除のアルバイトを勧めてくるが、三玖の頬はふくれたままだった。

 

 

 

 

 

 それから一週間経ち、3人のバイト先は大体決まって来た。

 

 二乃と三玖が風太郎のいるケーキ屋に押しかけ、ケーキ作り対決の末に二乃がケーキ屋のバイトを勝ち取り。

 

 三玖はその向かいに出来たパン屋で働くことになった。

 曰く「作ることは好きみたい」とのことらしい。

 

 これであの奇天烈料理ともお別れかと思うと、ホッとするような寂しいような………。

 

 

 四葉は、一花の部屋の掃除をよくやってる事から清掃のアルバイトをするとの事。

 

 

 そして五月は…………

 

「下田さんに話をしようと思います。

 

 

……教育の現場を見ておくチャンスにもなるでしょうし」

「ほーん?」

 

 

 どうやら塾でのバイトを考えているようであり、俺は登校の間で相談に乗っていた。

 

 まあ、教師を目指しているコイツならその結論に行き着くのもわかる話だな。

 

 

 だが、その道に行くのなら聞いておかなければいけないことがある。

 

「それは、お前自身がやりたいからだよな?」

 

 これは、かつての下田さんの言葉の引用だが……多分、本人も同じことを聞く。

 

 何度も言うが、コイツの人生は母親の2周目じゃないのだ。

 

 

 そうして答えを待つと、五月は迷いはないといった顔で。

 

 

 

「みんなに教師として教えて……お礼を言われた時。なんとも言えないような想いになりました。

 

 

 私は、その時の気持ちを大切にしたい。

 

 

 

 だから……先生を目指すんです」

 

 と、俺の目を見据えてきた。

 

「なら、大丈夫だな」

 

 

 

 

 

 

 五月の決意を確認しながら、俺達は学校にたどり着き。

 

 新しいクラス分けを確認したのだが…………そこで俺は衝撃的な光景を目にした。

 

 

 それは………

 

 

 

 

「親父さん?姉妹全員と風太郎、俺が同じクラスにいるんだが……」

「……どうやら、無事に通ったようだね」

 

 

 なんと、中野家の五つ子が同じクラスに配属され、さらには俺や風太郎もその中に組み込まれていたのだ。

 

 その光景に思わず親父さんに連絡を取ってみたのである。

「たしか、兄弟や双子って同じクラスには入れないんじゃ……」

「あくまでそれは暗黙のルールだ。……希望をすれば通ることもあるのさ」

 

 

 そう言われて調べてみると、確かに親父さんのいう通りだ。

 とは言え………

「俺と風太郎も同じクラスな理由は?」

 

 俺たちをそこに加える理由がよくわからないのでそこを聞いてみると。

「僕への報告を円滑にできるようにする為だね」

「さいですか」

 

 つまり、同じとこに束ねておけば監視がしやすいと踏んだわけだな。

 

 

「それでは、会議があるのでこれで切らせてもらうが………これからも励みたまえよ」

「へいへい……」

 

 そうして、権力によるパワープレイを見せつけてきた親父さんに、俺は嘆息するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、客寄せのパンダかよ」

 俺が教室に戻ると、異様な光景が広がっていた。

 

 

「わぁ〜〜」

「中野さんが五つ子なのは知ってたけど」

「実際揃ってる所を見ると凄えな」

「やっぱりそっくりなんだねー」

 

 中野家の五つ子に、野次馬と化したクラスメイト達が群がっていたのだ。

 

 まあ去年の二学期に突如現れた、謎の美少女5姉妹がここに集っているのだから、こうなるのもわからなくはないのだが、まるで動物園の展示コーナーである。

 

「ああ加藤、アイツらずっとあのままか?」

「大体そんなもんだ。にしても、このクラスやばくねえか?

 

 この学年の有名人が揃い踏みじゃんか」

 

 近くにいた加藤に話を振ると、その群がりをチラチラ見ながら答えてくる。

「まあ、学年主席と次席、謎の美少女姉妹がそろっちゃあな」

「おい、三つ編み。自分をさらっと除くな」

「何のことやら」

 

 俺がすっとぼけている間にも、クラスの奴らは5人から色々聞き出そうと躍起になっている。

 

 一花と二乃は対応できているが、三玖は鬱陶しそうにしている上に四葉と五月は勢いに押されている。

 

「仕方ねえ奴らだ。ちょっと助けに……」

 

 後で文句を言われるのも面倒なので、助け舟でも出してやろうと立ち上がったときだった。

 

 

「退いてくれ」

 

 

 そのムードを断ち切らんとする言葉が、風太郎の口から飛び出した。

 

 

「よくあの中を突っ切っていけるぜ、アイツ……」

「少なくとも俺にはできないわ」

 

 加藤と二人でその光景を眺めていると、女子の一人が。

 

「何?上杉君も中野さん達のことが気になるの?」

「フータロー……」

「た、たすけてください」

「邪魔だから声をかけただけだ。道を開けてくれ」

 

 問いかけたり、三玖や四葉が助けを求めてくるが、それもバッサリ切り捨てて、教室から出て行った。

 

「……フータロー……」

 

 いや、二乃の呼びかけに一瞬ピクっとしたのを見るに、アイツなりの助け船なのかもしれないが………やり方が下手すぎる。

 

「え………何あれ」

「あの人感じ悪っ」

 

 現に、他の奴らからの第一印象は最悪の一言だろう。

 

 

「相変わらずだな……」

「まあ、それがアイツなのさ」

 

 去年同じクラスだった加藤が、ようやるわと言った視線を風太郎に向けていると、五月がこの学校での風太郎について説明しようとしたが、それを待ってくれるほど他のメンツが気が利くわけがなく。

 

「いい加減に……」

 住所あたりまで聞き始め、二乃がガチギレスマイルを見せ始めようとし始めたので、これはまずいと割り込もうとしたとき。

 

 

 

「みんな、やめよう………ね?」

 

 

 外野から制止の声が掛かった。

 

 

 その声の先を見て俺はコイツもこのクラスにいたのかと頭を抱える。

 

 

「そんなに一気に捲し立てたら、中野さん達も困っちゃうよ」

「武田君……!」

 

 声の主は「武田祐輔」。

 

 この学校の理事長の息子であり、成績は風太郎に匹敵するレベルの秀才。

 

 おまけに人当たりや性格、評判が良く、スポーツ万能で見た目も申し分なしと言う、理不尽なまでの勝ち組だ。

 

 

 んで、なんで俺が頭を抱えるのかと言えば……何故かコイツによく噛み付かれるのだ。

 

 

 だが………今はこの野次馬を鎮めるのが先決なので、コイツに乗っかるとしよう。

 

 

「それに、そんなに一気に知ろうだなんて野暮は無しだ。

 

こう言うのは、少しずつ解き明かしていくのが面白いんだぜ?」

 

 すると少しして。

 

 

「確かにお前らの言う通りだったわ」

「そうだね。ごめんね、はしゃぎ過ぎちゃった」

 

 野次馬達はその勢いを抑えて行った。

 

 

「町谷、助かったわ。後そこの君もありがと………ね?」

「気にしなさんな」

 

 二乃に気にするなと手を振っていると、武田は。

 

「だけど、気持ちはわかるよ。

 

五つ子だなんて、みんな君たちのことがもっと知りたかったんだよ。

 

 

ね?」

 

 やたらとキラキラしながら5人に話を振り、二乃と一花は苦笑いを見せていた。

 

 

 もっとちゃんと笑顔作れと言いたかったが、そこで担任がやってきたので武田はキラキラオーラを出しながら去っていき。

 

 

「武田さん!なんて親切な人なんでしょう!」

「そう?胡散臭いわ」

「コラコラ…」

「まあ、メッキくさいのはわからんでもないがな」

 

 純粋な反応を見せた四葉に、二乃がジト目を向けているのであった。

 

 

 

 

 ホームルームと言えど、今日は簡単なオリエンテーションを済ませれば終わりなので、適当に聞き流そうとしていたが………

 

 

「なあ五月。後ろのやつは何してんだ?」

「私が知りたいですよ。何が何やら……」

「お前の姉貴だろうが」

 

 何故か席を立ち、手を挙げるといった奇行に走った四葉に、困惑の視線を送っていた。

 

 

「トイレではなさそうですね。四葉はギリギリまで我慢するので」

「お子様かよアイツは」

 

 割と真ん中の席でコソコソと話をしているが、担任も四葉の行動に困惑しているらしく、俺達に注意が飛ぶことはなく。

 

 

「………なんだ?」

 

 とうとう耐えきれなくなったのか、話を中断して四葉に話を振ると。

 

 

 

「このクラスの学級長に立候補します!」

 

「⁉︎」

 

 頭がおかしくなったのか、とんでもない言葉が耳に入ってきた。

 

 

「ええー……まだ、誰も聞いてないけど」

 

 担任が、唖然とした顔で四葉に応えるが、四葉はさらに畳み掛け……

 

 

 

「皆さん、困ったら私になんでも言ってくださいね!」

 

「四葉……大丈夫なんでしょうか」

「まあ、いいんじゃねえの? 」

 

 

 そのまま四葉が女子の学級長に決まり、その流れで男子の学級長も決めることになった。

 

 だが……これに関しては武田がいるので心配はご無用。

 

 

「お前やれよ」

「いや、男子の学級長なんて武田か百歩譲って町谷しかいねーよ。

 

 その内誰か推薦するだろ」

 

 このクラスの男の中なら外面がいい武田が1番の適任なので、俺に話が行くことはそうそうないからだ。

 

 ちなみに去年や一昨年は仕事を理由に出して切り抜けている。

 

 

 で、誰が推薦するかのなすりつけあいに発展しかけたそのとき。

 

 

「先生!

 

 私、学級長にピッタリな人を知っています!」

 

 

 学級長様が推薦をしたいと言い出し…………

 

 

 

「上杉風太郎さんです‼︎」

「はあ⁉︎」

 

 

 とんでもない番狂わせをぶちかましてきやがった。

 

 流石の俺も予想外の選択肢に一本を取られる。

 

「えっ……上杉君で大丈夫なの?」

「武田君を差し置いてなんて………」

「一体何者なんだ………」

 

 

 

 そして、クラスメイトが風太郎に疑惑と困惑の目を向けている中。

 

「四葉………本気で?」

「俺が知るかよ……でもまあ、それもまた一興じゃねえの?」

 

 

 次へと進めようとする担任に待ったをかける本人を前に、面白いことになりそうだと密かに期待を抱くのであった。

 




いかがでしたか?

ついに出てきましたね、武田が。

ちなみに、この時点での武田と奏二の関係性としては、武田視点だと「ライバルと何故か仲のいいイレギュラー」であり、奏二視点だと「悪い奴じゃないが面倒な奴」と なっております。


 で、次回は四葉への噂回を取り上げつつ、新・川中島編に向かおうかと思いますので、お楽しみに!


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第26話 噂の群雄割拠 答えを見つけるまで

第26話です。

今回から、視点が変わるときには誰視点でのモノローグになるのかを分かりやすくしてみました。

 それがなくてもいいのか、はたまたこのスタイルがいいのかを意見していただけるもありがたいです。


奏二の秘密
制服の着こなしはまとも。


「くそっ、四葉の野郎余計なことを……」

「まあまあ、新規開拓ってことでいいんじゃねえか?」

「お前、他人事みたいに……そうだ、お前を推薦すればよかったんじゃ」

「もう決まってるんだなあ、これが」

「全く……」

 

 風太郎が学級長に抜擢されたあとの休み時間、トイレで話をしていた俺らは、風太郎の横にいる人物に気が気ではなかった。

 

 

 そいつに対して、どっちが話しかけるかの押し付けあいを少しした後……

 

「なんだよ」

 

 風太郎が応対する事に。

 

 すると、その隣にいた奴……武田は待ちかねたと言った様子で。

「上杉君に町谷君、君達は随分彼女達に信頼されているみたいだ……ね?」

 

 

 いつものメッキめいたオーラと共に会話に加わってきた。

 

「親父さんと仕事の付き合いがあるだけだぜ」

「それに、学級長なんて勉強の足枷でしかねえ」

 

 俺が何でも屋をやっているというのは割と周知の事実なので、それをダシに答え、風太郎が嘆息すると武田は笑みを崩さず。

 

 

「昔から変わらないね、君は………さすがは僕のライバルだ」

 

 その一言を置いて立ち去って行った。

 

 

「なんなんだ、全く……」

「さあな…」

 

その後、入り口で待ち構えていた三玖が風太郎に用があるそうなので、俺は先に教室に戻っていると。

 

「町谷君、四葉ちゃん知らない?」

 

 

 クラスメイトの女子二人が、四葉はどこかと聞いてきた。

 

「四葉?教室とかにいるんじゃねえの?」

 覚えがないので質問で返すと、二人曰くどうやら担任が呼んでいたらしいが、いなかったので探しにきたらしい。

 

「悪い、わかんねえわ」

「そっか……うん?」

 

 だが、それでも俺にはわからないので謝ると、そのうちの一人が俺の後ろで話をしている三玖を見て。

 

 

「あ、あれじゃない⁉︎」

「ホントだ!四葉ちゃーん!」

「ちょい待ち、それは………!」

 

 

 俺の制止も叶わず、三玖の所へと突撃して行った。

 

 

 

 

 

side三玖

 

「四葉ちゃーん!先生が呼んでたよ!」

 フータローから5つの願いを引き出していた私は、今まで数多くあった洗礼を受けていた。

 

 

 私たち姉妹は、初対面に近い相手には間違われやすいのだ。

 

「おい待て、ソイツは四葉じゃなくて……」

 

 その後ろからソージが慌てた様子でこちらにやってくるが、二人の耳には入ってないのか、私が四葉として先生の元に連れてかれそうになっていると。

 

 

「そいつは四葉じゃないぞ。

 

 三女の三玖だ」

 

 

 フータローが、間違いを訂正してくれた。

 

「えっ」

「そうなの?」

 

 女生徒達の問いかけに、首を縦に振って肯定すると、やはり覚えきれていなかったことを告げられる。

「問題ない、慣れてる」

 

 

 そして、その一人がソージに。

「ねえ、ならあれが四葉ちゃんじゃない?」

「ん?………待て、そいつも違う!」

 

 

 通りかかった五月を四葉かどうか聞き、待ったをかけられていた。

 

 

「も〜〜皆んな同じ顔でわからないよ〜」

「だったらすぐ突撃すんな……」

 

 ソージが疲れたようにぼやいている隣で、フータローが焦れたように。

 

「いいか⁉︎

 

 面倒なら身につけてるアイテムだけで覚えろ!

 

 

 このセンスのかけらもないヘアピンが、五女の五月だ!」

「いきなり失礼な話ですね…⁉︎」

「本人を前によく言えるなお前⁉︎」

 

 

 五月とソージのツッコミを無視して、フータローは続ける。

「四葉はあの悪目立ちリボンだ、それだけ覚えておけば間違いない!」

 

 と、ここまで言ったところで女生徒達は少しポカンとした後。

 

 

「上杉君凄いね!

 

 

 意外とちゃんと中野さん達のこと見てたんだ!」

「ありがと!

 

 流石学級長だね!」

「いや、そうじゃなくて………」

 フータローにお礼を言っていた。

 言っていただけなら良かったのだ。

 

 

 

 その女生徒達は、フータローの腕を組み。

「5人のこともっと教えて!」

「は?それなら奏二が………」

「ほら、付いてきて!

 

 向こうにもう一人いたんだ………おーい、四葉ちゃん!」

「まて、アレは二乃……⁉︎」

 

 

 あっという間に私、五月、ソージは取り残されてしまったのだった。

 

 

 

「あの女生徒、フータローにベタベタと……」

 私だってやりたいけど、まだそこまでやったら変かなって思って思いとどまっているのに、あんなあっさりとフータローと密着して………!

 

 

 

「まあいいじゃねえか。アイツの印象が上がってハナタカって事でよ」

「きっと、彼も変わってきてるんですよ」

 ソージと五月が呑気な事を言っているが、私にとっては重大な問題だ。

 

 

「四葉が推薦したのも間違いじゃなかったですよね。

 

……でも、少し妬けてしまうのもわかります」

「お前さんも風太郎を?こりゃあライバルが増えたな」

 

 まさか、本当に五月まで……⁉︎

「町谷君⁉︎そこでなぜ三玖を煽るのですか⁉︎三玖もそんな目で見ないでください、あくまで友達としてですよ!」

「む〜…」

 

 五月がソージに食ってかかりながら否定しているのを見て、とりあえずそう言う事にしてあげるけど………何気にこの二人のやりとりも、私にとってはどこか羨ましいのであった。

 

 

 

 

 

 

 

side四葉

 

 なんて事だ。

 

 

 

 私は、風太郎君が凄い人なんだってみんなに知ってもらいたくて、学級長に立候補して、彼を推薦した。

 

 

 それなのに………

 

「え?上杉って誰?」

 

「ほら、学級長の……」

「あー、そんな名前だっけ」

 

 もう忘れられているのも問題だけど………それ以上に。

 

 

「小耳に挟んだんだけど………これってホント?

 

 

 四葉ちゃんと上杉君が付き合ってるって噂」

 

 

 なんと、私と風太郎君が付き合っているという噂が立っているらしい。

 

 

「わ、私と上杉さんが……⁉︎そ、そんな事ないですよ⁉︎」

「二人とも学級長で仲良さそうだし、あんな大胆に推薦するなんて勘繰っちゃうよね」

 

その光景は想像するだけで恐れ多いので、慌てて否定するが、目の前にいる二人のうちのもう一人は。

「でも、火のないところに煙は立たないって言うし」

「そ、そんな……恐れ多いです!」

 

 

 知らないうちに自分でやらかしていたらしく、確かにアレはそうとられても無理はなかったかなと思いながらも否定を続けると。

 

 

「どうかなー?

 

 

 

 案外、上杉君の方は満更でもないかもよ」

 

 

 一人の言葉に、心のどこかで望んでいても、思ってはならないと封じ込めていた「もしかしたら」を呼び起こされてしまった。

 

 

 

 そう、私は5年前から風太郎君のことが好きだ。

 

 できる事なら………そうあってくれたら嬉しいと思っている。

 

 

 でも………私はみんなの為に生きるって、黒薔薇を退学する事になったあの日に誓ったんだ。

 

 

 だから、みんなが風太郎君の事が好きなら……私は自分の気持ちくらいは譲ってみせる。

 

 

 そう、決めたんだ………!

 

 

 目の前の二人の前で、改めてそのことを誓いながらも………私は、その「もしかしたら」への期待が、前よりも大きくなっているのを感じていた。

 

 

 

 

 

 更衣室で四葉がそんなやりとりをしているのと同刻。

 

 似たような話題は五月の元にもやってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

side五月

「ねえねえ、町谷君と五月ちゃんって付き合ってるの?」

「わ、私と町谷君が……ですか⁉︎」

 

 体育の授業のため、運動場に向かっていた私はクラスメイトからとんでもない質問を受けていた。

 

 

 なんと、私と町谷君が付き合ってるのでは……と、言い出したのだ。

「そ、そんな事ないですよ?大体、どうしてそんな話が……」

 

 確かに私は彼のことが好きだけど、それでも付き合ってはいないし、そもそも、彼が私のことをどう思っているのかわからないのだ。

 

 そんな私たちのどこに、こんなことを疑われる要素があるのかと聞いてみると。

 

 

「えー?だって2年生の頃から一緒にいたでしょ?」

「それに、五月ちゃんは困った時、大体町谷君に頼ってるような気がするんだけど……町谷君も、五月ちゃんと話してる時、なんだか楽しそうだし」

「あと、林間学校の時も………」

「えーと、そうでしたっけ?」

 

 

 意外と疑わしいことしてたんだなと少し反省する。

 確かに、この学校だと町谷君としかあんまりやり取りしていなかったからか、彼に頼りがちになっていたし………

 

 バレンタインの時に村山さんからも似たようなことを言われていた。

 

 でも、私としては………

「あの人はいつも、楽しそうにしてるような気がしますが……」

 

 いつも何かしら笑っている気がするし、他の人への態度と私への態度に大した違いはないように思える。

「んー、確かにそうなんだけど……」

 だからこそ、時折見せる真剣な顔や行動が………って、いけないいけない。

 

 

 なんだか頬が熱くなってきたような気がするので、パタパタと仰いでいると。

 

 

「やっぱり、なんか違う気がするんだよね。

 

 

 その………気のおけない相手みたいな感じで」

「うん、きっと町谷君も五月ちゃんのこと……好きなんじゃないかな?」

 

 

 聞き捨てならないことを言い出した。

 

 

 

 

 

 

side奏二

 

「6.9秒。流石中四だ、鬼速ぇ…」

「んで、こっちは10.5秒……おいおい、大丈夫かよお婆ちゃん…」

「お、お婆ちゃんじゃない……!」

「こーら、ソージ君。女の子に失礼だぞ?」

 今日の体育の授業は、50m走。

 

 なので、男女で順番にタイムを測っていくことになり、先に走り終えた男子陣の中から選ばれた俺と加藤は、女子のタイムを記録していたのだが……三玖のタイムはクラスの中で最下位となってしまった。

 

 

 たった50mを一回走っただけなのに、この疲れ様を見せる三玖に声をかけると、三玖は荒い息を吐きながら否定したが……どっからどうみてもソレである。

 

 

「いや、でも……流石にこのタイムは」

「下には下がいるし、上には上がいるもんさ。

 

 とりあえず、あっちに爺さんもいるから休ませようぜ」

「……フータロー君、まだあそこで休んでるの?」

 

 

 そんなやりとりを見咎めて来た一花や、結果に苦笑いを見せる加藤と共に階段の方を見ると………男子の中で最下位となった、風太郎がうずくまっていた。

 

 

 因みにタイムは10.3である。

 

 と、そんなやりとりをしている間にも次の二人が用意していたのでこっちも名前を探して記録の準備をしていると。

 

 

 

「体育委員いるかー?これ、片付けておいてくれ」

「あ、今日は休みです」

「では学級長、頼んだ」

「はーい」

 

 ボールの入ったカゴの片付けを頼まれた四葉が、風太郎と共に向かっていく。

 

 

 その様子をもう少し眺めていたかったが、タイム計測の準備が完了したので、一花と三玖を応援にやり、こちらは記録作業に戻るのであった。

 

 

 

 

 

side四葉

 

「五月!学級長変わって‼︎」

「えっ」

 

 

 昼休みの学食にて。

 

 私は、呼び出した五月に、学級長を変わってもらえないかを頼んでいた。

 

 

 風太郎君と学級長の仕事をしていると、何かを探るような視線を感じたのだ。

 

 それがなんなのかは……多分、さっき聞かされた噂についてだろう。

 

 だから、真面目な妹にこうして頼んでいるのだ。

 

 

「あんなにやる気だったじゃないですか」

「お願いだよー、コロッケパンあげるから」

「た、食べ物で釣ろうとしても無駄ですよ!」

 そう言いながらも、そのコロッケパンを既に食べているのは………

 

 まあ、話を聞いてくれそうだしいいか。

 

 

「変な噂が流れていて困ってるんだ。

 

だから、学級長を五月にやって欲しいんだよー……」

「噂と言うと?」

 

 怪訝な顔をした五月に、その内容を言おうとしたが……口にするのはなんだか………

「わ、私と上杉さんが………つ、つき………突っつき……」

「つ、つき……もしかして、四葉も「もー!こんなことになるなら推薦しなきゃよかったな!」

 

 

 思わず突っ伏してしまうが、私の頭だとこれくらいが処理の限界なので勘弁して欲しい。

 

 

 私と風太郎君が付き合ってるなんて、噂だけでも………嬉しいけど、それ以上にみんなに悪い。

 

 それに………この推薦だって何度も言うが。

 

「上杉さんが凄い人だって、みんなに知って欲しかっただけなのに………」

 

 

 私は、風太郎君がみんなと仲良くなれるようにって、やっただけなのだ。

 

 

 

 

side五月

 

 四葉に呼び出された私は、噂について相談しようとしたのだが……時を同じくして、四葉も似たような噂に困っていることを知った。

 

 

 上杉君の事を大好きと言っていた三玖や、上杉君と何年も前から出会い、一途に思い続けて来た四葉に、町谷君との噂についての解決案のヒントをもらおうと思っていたのに………これでは相談し難い。

 

 

「それじゃあ、上杉さんにも話してみるから。

 

返事はその後でね!」

「え?ええ………」

 

 

 私は、とりあえず頭を使いそうなので目の前のカツ丼を食べることにした。

 

 

「………少し冷めてしまいましたね」

 

 

 

 

side風太郎

 

「ったく……学級長って肩書きの割には、やってることは雑用ばっかじゃねーか」

 

 四葉と共に返却されたノートをクラスメイトの机に置く雑用をこなしているが、なんだか四葉の様子がおかしい気がする。

 

 と言うより、体育の授業の時から誰かにじろじろ見られている気がするし、四葉もらしくもなく何かに悩んでいる様子だった。

 

 

 なんとなく調子が狂うし……これでまた家庭教師の話が危うくなるのは勘弁なので。

 

 

「四葉、どうしんだお前今日」

 

 ぼーっとしているコイツに話しかけると。

 

 

「う、上杉さん……一つ聞いてもいいですか?」

「………なんだよ」

 

 

 面倒ごとになるんだろうなと思いつつ、話を促すと。

 

 

 

「上杉さんは、私の事どう思ってますか?」

 また、よくわかんねえ質問をしてきた。

 

 

「何言ってんだ、おま「私は上杉さんが嫌いです」」

 

 もう少し詳しく話してもらおうとしたが、四葉はなぜか距離を取る。

 

 

「ほ、本当ですからね!

 

 だから、もう私に近づかない方が身のためです!」

 

 そのいつも以上の変な言動に俺が困惑の極みに陥っている前でも、四葉は予防線でも貼るように警告を続けて来た。

 

 

「でないと………たっ、大変なことになります!」

「はあ……」

 

 だが…ここまで距離を置くと言うことは、俺と四葉の間で何か起こったのだろう。

 

 大変遺憾ながら、俺にはデリカシーがないらしいので知らないうちに何かをやらかしたかもしれない。

 

 理由を聞いてさっさと謝ろうと、俺は。

 

「何を気にしてんだ?」

 

 顔を赤くして、下を向いている四葉に改めて問いかけてみた。 

 

 

 

side四葉

 

 

「俺と四葉が付き合ってる⁉︎」

 

 噂のことを話したら、風太郎君はそんな馬鹿なと言わんばかりの顔を見せて、ため息をついた。

 

「………ったく。

 

 どうしたらそう見えるんだ、あり得ないだろ」

「でも、女の子ってそう言う恋バナ大好きですから。仕方ありませんよ…」

 

 苦笑いしながらそう答えると、彼は遠い目をして。

 

「恋ねぇ……」

 

 と、窓の外を見てぼやいている。

 

……そういえば。

「えっと……こう言う話はお嫌いでしたよね?

 

 たしか、学業から……」

 

 確か、風太郎君がこの手の話についてよく言っていたことがあったはず。

 

 それを思い出そうとしていると。

 

「最もかけ離れた愚かな行為………って、思ってたんだが」

 

 

 風太郎君が補足と共に。

 

 

 

「あそこまで真剣な気持ちを、前ほど馬鹿にする気はもうないな」

 

 

 なんとも予想外なことを言い出した。

 

 

 そんな彼に一抹の期待を抱く。

もしかしたら……

 

「どうしたんですか?

 

 まさか、ついに誰かを好きに………ま、まさか!」

「……なんだよ」

「本当に私の事「ねーよ」

 

………ちょっと傷ついた。せめて言い切ってから否定してほしかったな………。

 

 でも、風太郎君自身もさっきあり得ないって言ってたし、仕方ないか………。

 

 

 そんな私の傷心に気づいてないらしい風太郎君が話を続ける。

 

「つーか、そんな事自分で聞くな……」

「ししし、火のないところに煙は立たないらしいですので!」

「それに、特定の誰かがいるわけじゃなくて………」

 

 そんな、バツの悪そうな風太郎君にちょっとした仕返しを試みる。

 

 

「そうなんですかー?誰も好きじゃないんですかー?

 

 

 例えば………三玖とか!」

 

 ついでに三玖についてどう思っているかも聞いてみると、本当に意味がわからないと言った顔で。

 

 

「………何故に三玖?」

「うーん、道のりはまだ長そうですね」

 

 どうやら、恋愛についての印象が変わっただけで、鈍感なのは変わってないらしい。

 

 でも……それだけでも確かな進歩だ。

 

 

「でも……良かった。上杉さんが恋愛を愚かじゃないと思ってくれて。

 

 だから……私から一つ言わせてもらうと。

 

 

「この先、上杉さんにも好きな人ができるかもしれません。

 

 

 その時、誰を好きになったとしても………私は味方です。

 

 

 

 

 

 

 

 全力で応援します!」

「………気がはえーよ」

 

 私は……例え選ばれることはないとしても、ずっと君の味方だよ。

 

 

 風太郎君。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、風太郎君がトイレに向かったが、「先に行っててくれ」と言う言いつけ通り、先に帰ろうとしていると。

 

 

「四葉ちゃん!また上杉君といたでしょ!」

「見ちゃったよー!」

 

 私に噂のことを教えてくれた二人組が、私達のやりとりを見ていたらしく、詰め寄って来た。

 

 

………正直、今は話しかけないでほしかった。

 

「放課後の教室で二人きりだなんて!」

「キャー!ロマンチック!」

 

 

 今は、いつも通りに笑えそうにない。

 

 

「やっぱり、上杉君と四葉ちゃんって……「ないよ」

 

 

 

 だって………

 

 

 

 

「あり得ません」

 好きな人に、自分以外の子を見ろだなんて、言いたくなかったから。

 例え、それを私が望んだとしても………。

 

 

 

 

 

 

side奏二

 

 体育の授業の後あたりから、俺は妙にチラチラとした視線を感じていた。

 

 その方角を見るとそいつは目を逸らす癖に、またすぐするとチラチラしだす………まるでどこかのテレサだな。

 

 

 そして、放課後となってもそんなことが続いたので。

 

「………なあ、俺の顔になんかついてんのか?」

「え?そんなことは……」

 

 俺は隣にいる「そいつ」こと五月に話を振ってみることにした。

 

 いくらある程度の親交があるとは言えど、こうもされると流石にうざったいのだ。

 

「それじゃあなんだよ。体育の授業の時からチラチラこっち見て…」

「………気づいてました?」

「気づいてなきゃ聞いてねえよ。さっさと話しな」

 

 びっくりしたような顔をする五月に、話を促すと意を決したように。

 

 

 

 

 

「えーと………その、町谷君は、私の事好きなんですか?」

「……おいおい、なんの真似だよ」

 

 まるで期末テストの後の一幕を思い出させるかのようなことを言い出した。

 

 

 

 

 数分後。

「なーるほどね。要は俺とお前が付き合ってるって噂が流れてて、それにあてられたってわけか」

「そんな軽々しく言わないでください、これでも勇気を出したのに……」

 

 

 突然の話に困惑した俺に、五月が説明した内容を照らし合わせると、どうやら俺と五月が交際してるのでは?と言う話が持ち上がったらしかった。

 

 付き合ってないんだし、そうはっきり言えばいいと思うんだが………まあ、確かに今までのことを考えると、ちょいと距離が近すぎたかもしれない。

 

 

「それで……どうなんです?」

 

 と、少し反省して、ちょっとだけ距離を空けると、その距離を何故か詰めて来た。

 

 

 まるで、いつもみたいな冗談は無しだと言われているように感じたので、真面目に考えて数分後。

「まあ、俺もお前のことは好きだぜ?

 

話してて面白いし………悪意なく俺のことを知ろうとしてくれる奴を、嫌いになったりはしない。

 

 何より見た目と中身がいいしな」

「最後の一言が余計ですが……ありがとうございます。

 

 私も前に言った通り、あなたの事が好きですよ」

 

 少し頬を染めながらも言い切る五月との、直球の言葉のやりとりに少しやりにくさを感じるが………だからこそ。

 

「今はまだその好意は受けられない。

 

 

 俺は………自分の中で踏ん切りをつけきれてないから」

「町谷君………」

 

 死神の自分の宿命とそれが及ぼすことへの恐怖。

 

……これを乗り切らない限り、俺はコイツの飾り気のない好意を受け止められないと思うのだ。

 

 

 「でも……少しずつ、その答えが見えて来た気がする」

 自分を許すこと……自分を信じることができて。

 

 そして………後悔を拭う新しい方法を見つけることができたら。

 

 

 俺は………約束しよう。

 

「だから……「分かりました。………その答えが見つかったら、私にも教えてください」

 

 

 言葉を続けようとしたら、五月が満足げに。

「私も………そのあなたの答えを受け取れるような自分を目指します」

「ハードル高えなあ…」

 

 夕焼け空に照らされながら、正面から告げて来るのであった。

 

 

 

 

 

side五月

「どうしたの?五月。随分ご機嫌だね」

「そうですか?」

 

 久しぶりに大人数での勉強会をやろうと言う時。つい顔に出ていたのか、四葉が声をかけて来た。

 

 それはそうだろう。

 

 私が抱いている想いを、町谷君も抱いていて………頑張って応えようとしてくれていることを知ったのだから。

 

 

 この通じ合っていることへの喜びが、「恋」と言うものかもしれない。

 

 だから、私がやるべき事は一つ。

 

「私も、前に進まないといけませんね」

 

 彼が答えを見つけるその日に相応しい私になろうと、まずは目の前の問題集に予習として取り掛かるのであった。

 

 

「にしても、最近はバイトばっかで勉強してないけど、大丈夫かな〜?」

「………ギクッ」

 

 あと、下田さんへの話も早く通しておかないと……。




いかがでしたか?

今回は「五月の想いに応えるために、改めて自分を探そうと誓う奏二」と「さらに成長するであろう奏二の隣に立てるように、奮起を誓った五月」が想いの共有をして、それぞれの成長を誓い合うところまで書かせていただきました。

 お互いを認めているからこそ、相手の輝きに負けないように自分を磨く……そんな、リスペクトしあい、高め合うという恋人ともライバルとも親友とも言えるようなある意味理想てんこもりな関係性になりましたな。


 次回は武田との新・川中島編に入り、そこでは風太郎の成長を書いていければいいなと思っております。


 それでは、また次回にお会いしましょう。
 


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第27話 井の中の風太郎、大海を知る

更新です。
ちょっとした報告になるのですが、14話の一部を改変いたしました。

というのも、原作の終盤の方をあんまり読み込んでいなかったもので、五月本人のみによるものとしてしまいましたので、そこを修正しました。

その辺りの解説は後書きで行いたいと思います。


奏二の秘密

イメージCVは関俊彦さん。

 それでは本編へどうぞ。


「失礼するよ」

 

 その一言と共に入ってきた親父さんに、俺、奏二、一花以外の五つ子は面食らった顔をしていた。

 

 

 それはそうだろう。

 

 普段この親父さんは娘達のことには放任主義なところがある為、こんな風に予告なしで来る事は想像しにくいからだ。

 

 

 そんな中、なんとか持ち直した二乃が。

 

「どうしたのよ急に………と言うかこの家………」

「もうすぐ全国模試と聞いてね」

 

 用件を聞くと、親父さんは短く答えたかと思えば、なぜか出入り口を見て。

 

 

「彼を紹介しに来たんだ。入りたまえ」

 

 と、誰かを連れて来ていることを明かした。

 

 

 そして、その声に呼応するようにやって来たのは。

 

 

「お邪魔します。

 

 

 

 申し訳ない。

 突然押しかける形になっちゃって」

 

 

 前から妙に突っかかってくる謎の男だった。

 

 

「え……君って……」

「どう言うこと……?」

「わ、私……何が何だか……」

 ソイツの登場に、五つ子達の困惑はさらに深まるが、それと対照的に何か理解したらしい奏二が。

 

 

「………風太郎の後任か!」

「町谷君、それは一体……」

 発した言葉に、コイツが来た意味を理解した俺。

 

 そうして親父さんも頷いて。

 

「流石に鋭いな……その通りだ。

 

 今日からこの武田君が、君たちの新しい家庭教師だ」

 

 

 と、少し前にコイツと話した内容が伏線だったことを悟るのであった。

 

 

 

 

 

 時は数時間ほど前に遡る。

 

 もはやコイツとの話場所の定番となった男子トイレにて。

「中野さんのお父様から話は聞いたよ。

 

 

 成績不良の五つ子の皆さんを赤点回避させるべく、学年一の成績を持つ君に白羽の矢が立ったとね。そして、その補佐として町谷君を選んだことも……」

 

 なぜか、俺や奏二くらいしか知らない五つ子との関係性がコイツの口から飛び出てきた。

 

 

「なぜお前があの父親と面識があるんだ」

 

 なんだか寒気みたいなものを感じつつも聞いてみると。

 

「僕の父がこの学校の理事長でね。

 

 

 お父様とは、かねてより懇意にさせていただいているのさ」

 

 ボンボン故のコミュニティの広さを見せつけて来た。

 

 

 だが……それよりも俺が聞きたいのは。

 

「お前が俺らの関係性を知ってることと、その理由はわかった。

 

 

 だが……それを代わるとはどう言うことだ?」

 

 

 

 コイツは「代わってもいい」と言い出したのだ。

 

 

 どういう風の吹き回しか、どう言う意味かもわからないが……なんだか横取りされそうな気がして腹が立つので、少し語気を強めると。

 

 

「なあに、そんな事はどうでもいい。

 

 

 君は他でもバイトをしているみたいじゃないか。

 

 

 それに加えて家庭教師とは、さすがに大変だろうと思ってね」

 

 

 と、なんと言うか拍子抜けなことを言い出す。

 

 

 見ず知らずの相手にそこまでの気を回すとは、コイツは一体……

 

 

 だが、コイツがどれだけ気を回そうとも。

 

 

「今俺を雇っているのは、アイツら5人だ。俺が決めることじゃねえ」

 

 今親父さんが直接雇っているのは奏二だけなのでそれを代わると言うなら五つ子達に話をしないと……

 

 

 と、考えていると。

「へえ……

 

 

 確信しているんだね。中野さんたちが君を手放さないと」

「うっ……」

 

 

 と、何処か当たり前に思ってしまっていたことを指摘された。

 

 確かに、よくよく考えてみればそんな確証はどこにもねえなと、少し思い上がりに恥ずかしくなっていると。

 

 

「しかし……君はこんなことをしている場合じゃないだろう。

 

 

 もっとやるべきことがあるはずだ」

 

 と、どこか咎めるような口調になった。

 

「……なんのことだ?」

 

 

意味がわからず、内容を話すように促すと、そんなこともわからなくなったのかと言う失望を隠すことなく。

 

 

「……そんなこともわからなくなったような、腑抜けた君に用はない。

 

 

 それでは失礼」

 

 

 と、トイレから出ていったのだが……まさか、それがここに繋がってくるとは。

 

 

 そんなことを考えていると、それを受けた娘達の反応は正に寝耳に水と言ったものだった。

 

 

 

 

side奏二

 

「はあ⁉︎」

「どう言うことでしょう?説明してください!」

 

 突然やって来て、新しい家庭教師として武田を紹介した親父さんに、二乃と五月が食ってかかると、親父さんは風太郎を見て。

 

 

「上杉君に町谷君。

 

 

 先の試験での君達の功績は大きい。

 

 成績不良で手を焼いていた娘達が、優秀な同級生に教わると言うことで、一定の効果を生むと君達は教えてくれたからね」

 

 と、なんとも客観的な言葉を発すると、そこに三玖が待ったをかけた。

 

 

「それならフータロー達を変える必要なんてない」

 

 だが……その隣で何かに気付いたのか、話を聞いていた二乃が顔を少し青ざめさせた。

 

「………あ、でもフー君は!」

「………どうやら二乃君も勘づいたようだね。

 

 そうだ。彼等が未だ優秀ならば変える必要はなかったんだが………。

 

 

 

 町谷君は兎も角、上杉君はどの科目も点数を落とし、順位を落としている」

 

「だからその代わりに、新たに学年主席の座についたコイツにやらせようってわけだな」

「そう言うことさ……つまり、家庭教師にふさわしいのは彼だろう」

 

 親父さんのこの判断は、確かに間違っちゃいない。

 

 間違っちゃいないんだが………四葉と五月は兎も角、二乃と三玖が苦虫を噛み潰したような顔をしているのには、気付いているんだろうか。

 

 

 と、親父さんがそこまで説明を終えると、武田はもう抑えきれない様子で、込み上げた笑いを爆発させた。

 

 

 

「ヤッター‼︎

 

 

 勝った!勝ったぞー!

 

 

 イエス!

 

 

 オーイエス‼︎

 

 

 イエスイエスイエス‼︎」

 

 その突然の言動に、若干引いた視線を送る女子勢だが、武田はそれに構いもせず、勝ち誇ったように。

 

 

「上杉君!

 

 長きにわたる僕らのライバル関係も、今日で終止符が打たれた!

 

 

 

 ついに僕は君を超えた!

 

 

 この家庭教師も僕がやってあげよう!」

 

 

 

「ねえ、なんかあの人……」

「有頂天だね」

「よっぽど嬉しかったんでしょうね」

 

 二乃、三玖、五月がどこか冷めた目で武田を見ている隣で、当の風太郎は過去話を始めた武田に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、お前誰だよ」

 

 

 冷や水どころか液体窒素をぶっかけるようなレベルの発言をぶっ込んできた。

 

 

「……………ッ‼︎」

 そのあまりの展開に、笑いを堪えるのに必死になっている俺の前では、武田が必死に自己紹介をするが、それでようやく合点がいったのか。

 

 

「今まで満点以外しか取ったことなかったから、

 

 

 2位以下は気にしたことなかったわ」

「に、2位………以下………⁉︎」

 

 顔色を変えずにとどめを刺しにいっていた。

 

 

「そういやお前、一位なのは分かってるから、順位なんて見るだけ時間の無駄とか言ってたもんな……!」

「町谷、笑いすぎよ……にしても、憐れね」

 その光景に笑い転がる俺に、二乃が咎めながらも憐れむような視線を武田に送る。

 

……地味にその行動も俺の腹筋をいじめにきてるので、やめて欲しいと思っていると、五月が。

 

 

「分かりました。

 

 

 

 学年で一番優秀な生徒が、家庭教師にふさわしいと言うのなら構いませんが……

 

 

 おそらくそれだけが理由ではないのでしょう。

 

 

 しかし、それなら私にも考えがあります。

 

 

 

 

………私が3年生で1番の成績を取ります‼︎」

 

 

 何を考えたのか、とんでもない事を言い出し。

 

 

「「「「「え」」」」」

「なぜ、みんなしてその反応なんですか⁉︎」

 俺、二乃、三玖、四葉、風太郎が素っ頓狂な声をあげたが。

 

「ふむ……いいだろう」

 親父さんだけは、その動かない表情で了承しようとしたところで、三玖が待ったをかける。

 

 

「ちょっと待って!

 

 お父さんに何を言われても関係ない。

 

 少なくともフータローは私たちが雇っているんだもん」

 

 そこに二乃が乗っかり、今更なんだと言った顔で。

 

「そうよ!

 

 大体、ずっとほったらかしにして来たくせに、今になって………」

 

 親父さんへの鬱憤を爆発させようとしたところで、武田が。

 

「いい加減気づいてくれ。

 

 

 上杉君が家庭教師を辞めると言うことは、他ならぬ上杉君のためだ!

 

 

 君達のせいだ………君達が上杉君を凡人にした!」

 

 

 と、何故か五つ子達を糾弾し始めるが、それを見てなんとなくわかった。

 

 

 要は、コイツは自分のライバルがライバルじゃなくなっていくのが許せなかったんだな。

 

 だから、その原因をなんとかして取り除き、再び風太郎をライバルにしようという事だろう。

 

 だが……コイツはそもそも大きな勘違いをしているんだがな。

 

 そんな俺が言葉を発する機会を窺っていると、親父さんが。

 

 

「彼には彼の人生がある。

 

 解放してあげたらどうだい?」

「………ッ」

「でもっ…」

 嫌っていると言う本心を、オブラートに包んできて、二乃達は何も言えなくなってしまったので。

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ……勘違いもここまでくると笑いもんだぜ!」

 

 ここからは俺のターンに入らせてもらうことにした。

 

 

「勘違いとは……どう言うことかな?町谷君」

 

 親父さんがこちらに視線を向けて話を振って来たので、まずは武田に視線を送る。

 

 

「風太郎のレベルが下がったとしても、この残念メッキのレベルが上がったわけじゃない。

 

 家庭教師としての仕事によるハンデを半年ももらってないと、風太郎に勝てないレベルの奴だ……それが風太郎のレベルを越すほどに上がったとは考えにくい」

「随分な物言いだが……中々痛いところをついてくれるね……あと、その残念メッキと言うのは…」

 メッキめいた笑みを引き攣らせている武田に。

 

 

「ふむ……それで?」

「そんなコイツが一位になったからって任せちまうのは、ちょっと考えが浅いんじゃねえか?

 

 コイツと五つ子たちで、今からの良好な関係性の構築には、えらい時間がかかる。……勉強させることができるようになるまで、俺ら二人で半年かかったんだ。コイツ一人ならそれ以上かかるだろう。

 そんなハンデを負わせれば、自分の勉強に集中できるようになった風太郎には速攻で負けるだろうし………なんなら俺にも負けるかもしれない。

 

 所詮はその程度のやつを囲うために、実績があるやつを追い出すのは変な話じゃねえか?」

 

 一瞥だけして親父さんへとぶちまけた俺に、親父さんは娘達を見るが………四葉は困惑顔で、二乃と三玖、五月は臨戦態勢に入っていた。

 

 

 そりゃそうだ。

 そもそも親父さんの意向に逆らって今この生活をしているんだし、この提案を素直に呑むわけがないのは分かり切っている。

 

 

 そんな状況に、親父さんはため息を一つ吐き。

「どうやら、僕は随分と警戒されているようだね。

 

 それに、君の言うことにも一理ある。

 

 ならば……こうしよう。

 

 今日君には、家庭教師補佐の仕事の解消を伝えに来たんだが………武田君のサポートに町谷君がついてくれ。

 

 これなら彼の学力の低下の恐れや、娘達と彼の衝突を低減できるし、君の成績の更なる向上にもなる。

 

 これならどうだろうか」

 繰り出して来た妥協案に、俺は一つ頷き。

「その話に関しては考えさせてもらうぜ。

 

 

……風太郎が何か言いたそうだしな」

「お前、本当妙に鋭いよな……」

「お生憎様、鈍感に元探偵助手は務まらないんでね」

 

 風太郎に話を振ることにした。

 

 

 

 

side風太郎

 

 

「……まずは、その通りだな」

 武田や親父さんに言われたことは、自分でも薄々わかっていた。

 

 最近、この五つ子とのやりとりで、勉強が疎かになってきているのを。

 

 そして、コイツはそんな俺を凡人になってしまったと……昔の俺を非凡だと評価したが……全くその通りだと思う。

 

「上杉さん……」

「お前が俺を過剰に評価してんのはわかった。お前が言ってることも間違いじゃないんだろう。

 

 

  でも、今だからわかる。俺に必要なのは、お前の言う凡人になる事なんだって」

「なんだって……?」

 

 顔を曇らせる武田だけじゃなく、不安そうな顔で見守る二乃、三玖、四葉、五月。

 

 そして……こちらに矢のような視線を向ける親父さんと、ことの成り行きを楽しんでる様子の奏二に。

 

 

「もし、この仕事を受けてなければ………俺は凡人にもなれてない。

 

奏二曰く、「勉強しかできない大馬鹿野郎」のままだっただろうよ」

 

 

 これまでの人生の総括として、俺自身にも言い聞かせるように話し出した。

 

 

 

「そういや昔言ったな……」

「忘れてんなよ……俺は、教科書を最初から最後まで覚えただけで、俺は全部を知った気になってた」

 みんなの視線が向いた奏二が、思い出したかのように笑う。

 

 俺にとってその言葉は大きな問題提起になったのに、この男ときたらすっかり忘れてやがったとは。

 

 本当、適当なんだか真面目なんだかわからない奴だ。

 

 

 

 

 

 まあ、それは置いておくとして……その言葉とは、奏二に勉強する理由を聞かれて、答えた時に言われた言葉。

「勉強さえできれば、それで全てが上手くいくと思ったら………大間違いだぜ?

 

………それがわからねえんじゃ、お前はどこまで行っても井の中の蛙。

 

 勉強しかできねえ大馬鹿野郎さ」

 

 当時は、ただの戯言として聞きながしていたつもりでも、その言葉は俺の中でずっと引っかかっていた。

 

 

 

 

 そして、その答えに行き着き始めたのは……去年の夏休みが明けてから。

 

 

「俺は知らなかったんだ。

 

 世の中にはあれ程の馬鹿どもがいるって事を………

 

 

 俺もまたコイツらに負けず劣らずの馬鹿だった事も」

 

 

 ここにいる四人と一花を含めた5人の家庭教師を始めてから……俺は幾度となく予想外の事態に直面して来て……その時に、教科書の知識なんて対して役に立ちやしないことを学んだ。

 

 

 対して役に立ちもしないことを一生懸命になって学び、それで全て分かった気になって………まさに、井の中の蛙であり、勉強しかできない大馬鹿野郎だったと言うわけだ。

 

 

「それで、何が言いたいのかな?」

 本題に入れと親父さんに促されたので、俺は親父さんを見据えて。

 

「コイツらが望む限り、俺は付き合いますよ。

 

 

 解放なんてしてもらわなくても結構」

 

 初めて、この人に正面からはっきりと拒絶を口にした。

 

 

 

「君の変化に娘達が関わっているのは理解した。

 

 

 しかし…そこまでする義理はないだろう」

 

 親父さんは、またも正論をぶつけてくる。

 

 確かに、いくら恩があるからと言えど、成績を落としてまでやることじゃない。

 

 

 

 だが……義理はなくとも。

「義理はありませんが………

 

 

 

 

 

 

 この仕事の手綱は、俺にしか握れない自負がある‼︎」

 

 

 勉強の虫とまで評されるほどに、がむしゃらに勉強をして………常にトップの成績を叩き出して来た俺にしかできないと言う自負が。

 

 それ以外にも大事なものがあるとしても……俺にとっての最大の武器はやはりこの「勉強」なのだから。

 

 

 

「コイツらの成績を2度と落とすことはしません。

 

 

 

 

 俺の成績が落ちてしまったことに関してはご心配をおかけしました。

 

 

 そして………俺はなって見せましょう。

 

 

 そいつに勝ち、学年一位………いや、今からなら全国模試の方が近いし、全国模試一位に!」

 

 

 だから、この直近の模試で証明してみせる。

 

 

 

 俺の最大の武器は、決して衰えてなんていないことを………2度と、この仕事を代わってあげようなんて言わせないために。

 

 

「そして…」

 

 

 続きを言おうとしたところで、突然俺の口は塞がれ、中野家の4姉妹にもみくちゃにされる。

 

 

「う、上杉さん!」

「なんだよ!」

 

 何を無茶なことをと言わんばかりの四葉に言い返そうとするが、そこに五月と三玖も。

 

 

「全国は無茶ですって!」

「フータロー、もう少し現実的に……」

 

 大変失礼なことを言い出した。

 

「あ⁉︎

 

 学校内で一位だけじゃ、今までと変わんないだろ!」

「いいから!」

 

 これくらいでないとこの親父さんを納得させられないだろうと、大きな目標を掲げたのに、二乃まで文句をつけて来て………結果。

 

 

 

「全国で十位以内!」

 

「これでどうですか⁉︎」

 

 だいぶ日和った内容に変更されてしまった。

 

 

 

 

「おい!離せ!」

 

 

 

 

 

 

side奏二

 風太郎(?)から飛び出して来た全国模試10位以内という目標。

 

 

 本人は不服そうにしてはいるが……まあ、今の成績の落ちた風太郎ではこの四人が焦るのも無理はない。

 

 

 現に、勉強事情に関しては4姉妹よりもはるかに精通している武田も冷や汗を流し。

 

 

「…………大きく出たね。

 

 

 だが……そんなの無理に決まってる。

 5人も教えながらなんて」

「おいおい、家庭教師補佐の俺の存在を忘れてんじゃねえのか?」

 

 そこに待ったをかけると、すまないと一言だけ挟み。

「……しかし!君がいたとしても、今の上杉君では」

 

 不安と期待が入り混じったような目を風太郎に向けていた。

 

 

 たしかに、上手くいかないかもしれない………だが、上手くいくかもしれない。

 

 無茶であり、妄言かもしれないが……要は上手くいくかいかないかだから、確率は50%だ。

 

「五分五分の賭けなら上手くいく方に賭けるもんだぜ。

 

 少なくとも、あの五女の妄言よかよっぽど現実的だ」

「全く君は……でもまあ、その考えは嫌いじゃないよ」

 

 

 

 そんな俺の言葉に武田はため息をつきながらもその顔は、どこか期待しているようであり。

 

 

 

 4人とワイワイしている風太郎を見ていた親父さんはため息と共に。

 

 

「分かったよ。

 

 

 もし、この全国模試でそのノルマをクリアできたのなら、改めて君が娘達に相応しいと認めよう。

 

 

 

………せいぜい励みたまえよ」

 

 

 了承という、風太郎と五つ子への挑戦状を叩きつけて来た。




後書きですね。

 今回は風太郎と奏二の主人公達をメインに話を進めさせていただきました。
 風太郎にとって奏二は、自分の未熟さを教えてくれた恩人ですが、奏二にはそれほどのことをしたという自覚がありません。
「自分がうっかり落とした種を、知らないうちに誰かが大きな花に育てていた」くらいのものでしょう。

 かつて「お手本とはしたい奴が勝手にすれば良いものであり、それになろうとするものではない」みたいなことを彼のモノローグで書いた気がするのですが、それが体現できたような気がします。



 そして、14話の改変箇所の五月に関してです。

 四葉の心情を汲み取った上で零奈として振る舞ったことで、自分の本心を自分で壊そうとしてしまっている四葉。

 四葉に頼まれ、自身も風太郎を元気付けたかったとは言え、それを引き受けてしまった自分。

 そして、勉強をする理由として存在していた初恋の子に別れを告げられてしまう風太郎。

 この誰も救われない状況と、それを止められなかった自分への情けなさで泣く寸前までおいこまれていたところで、なんとなくそれを察した奏二の気休めと決意を現した言葉が刺さってしまい、彼の背中に縋り、泣き出したと言うことになります。


 その前の二乃とのいざこざなども彼女の精神に何らかの負担をかけていたのかもしれませんが……そのあたりの想像は読んだみなさんにお任せします。
 
 ただ、私としてはこちらの方が改変前よりも深みが出るかなー?と思って書き換えました。



 さて、それでは次回はこの全国模試と、この辺りから出てくる闇落ち一花さんについて触れていければと思います。


 それではお楽しみに!

 感想や評価のほどをお待ちしております。


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第28話 想いは花を狂おしく咲かす

更新です。

今回は一花と二乃に焦点を当てました。


ぜひ、最後まで読んでいただけたら幸いです。


奏二の秘密

白い服を着ると調子が狂うので、制服のワイシャツはグレー。


 みなさんこんにちは、中野一花です。

………誰に挨拶してるんだろ、私?

 

 

 まあ、朝の挨拶は大事ってことでここは一つ……それよりも、私が仕事に行っている間に、面白そうな事が発生したようだ。

 家にお父さんと武田君がやってきて、彼を新しい家庭教師にしようとして。

 

 それに対してフータロー君が、全国模試で10位以内を取ると宣言したんだとか。

 

 そんなこんなで、全国模試に向けて頑張るフータロー君に、一花お姉さんからコーヒーを差し入れようと待ち構えていると。

 

 

「おっはーフータロー君。前見ないと危ないよ?」

 

 赤本っていうんだっけ……?

 

 とにかく、参考書を鬼気迫る様子で読み込んでいたフータロー君を、独り占めすることに成功した。

 

 

 

 

「一花か。

 

 

 不自然なほどお前とは登校時に会うよな。

 

 

 他の姉妹は一緒じゃないのか?」

 

 意外と昔のことも覚えているフータロー君にヒヤリとさせられた私は慌てて誤魔化す。

「い、いやー、そうかな?

 

 ほら、この近くの喫茶店で朝限定のこのドリンクが売ってるからね!

 

 

 それをよく買いにくるんだよ!だからこれはただの偶然………そうだ!」

 

 そのついでに、フータロー君への印象もあげようと、コーヒーを差し入れしたのだが。

 

 

「わるい、俺コーヒーは苦くて飲めない……奏二にやったら喜ぶんじゃないか?」

「そ、そっかー!

 

 

 でも、ぬるいもの渡されてもソージ君困るだろうし、これは私が飲んじゃおー」

 

 フータロー君に、申し訳なさそうな顔で断られてしまった。

「はあ……兎に角遅刻する前に行こうぜ」

 そうして役に立たなくなってしまったコーヒーを処理しながら、「貢ぎ物作戦」が失敗したことを悟った。

 

「……熱っ!」

「お前、熱いのを一気に飲もうとするなよ……大丈夫か?」

「あはは……」

 

 

 

 とは言え、フータロー君にこうして心配してもらえるなら、無駄じゃあなかったのかもね♪

 

 

 今の私に、二乃みたいな直球勝負は恥ずかしくてできない。

 

 

 だから、こうしてわずかな時間でも一緒にいて、アプローチできたらと思って、眠いのを我慢している。

 

……この時間の私だけが独り占めできる、彼の隣と言うポジションを、他の誰にも譲りたくないから。

 

 

 

 そうして歩いている間の会話だけど……やはり話題はつい昨日のことになった。

「みんなから聞いたよ?

 

お父さんとまた一悶着あったみたいじゃん」

「まぁな……家庭教師をやめるやめないって話もこれで何度目だ」

 

 どうやら、成績が落ちてきたフータロー君の代わりに、武田君を新しい家庭教師にしようと言うことらしく、それに対して「全国模試で10位以内」を目指すと宣言したらしいのだ。

 

 

 フータロー君なら一位を取るとか言い出しそうなのに、自信がないのか……はたまた、みんなが止めたのか。

 

 まあ…それはどうでもいいか。

 

 

「しかも、相手はあの武田君なんでしょ?」

「知ってるのか?」

 

 私が武田君について話すと、フータロー君は興味を持ったように目線をこっちに向けてきた。

 

 

 そんな期待に応えようと、私は記憶をたどる。

 

 彼は……そう。

 

「2年の時に同じクラスだったからね。

 

 あの時からザ・好青年!って感じだったなぁ」

 

 まあ、あれはあれでストレス溜まりそうだけど。

 

 

 私がそう締めくくると、フータロー君はなるほどなと一息ついて。

 

 

「………だが、誰が相手だろうが負けるつもりは毛頭ない。

 

 

 これから月末の試験まで勉強漬けだから、覚悟しろよ」

「わ、私達もか……」

 

 

 私達も、昔よりは勉強の必要性を理解していると思う。

 

 だけど、まだフータロー君ほどのモチベーションはない。

 

 

 それに、フータロー君には悪いけど、私にとってはもうすぐあるフータロー君の誕生日について話したかったのに、話しづらくなってしまったではないか。

 

 そんな、なんとかタイミングを掴もうとしていた私に、フータロー君が。

 

「でもまあ……

 

 他の姉妹と違って、学年末試験の頃から働きながら勉強してきたお前だ。

 

 何も心配はしてないがな」

 

 さらっと、私を舞い上がらせるような事を言ってくれた。

 

 我ながらチョロいと思うけど、嬉しいんだから仕方ない。

「むふふ〜♪乙女の扱いがお上手になりましたねぇ」

「ん?お前眼鏡とかしてたっけ?」

「今更⁉︎」

 

 頬の緩みを抑えようと、照れ隠しをしてみたら、今更私の眼鏡に気がついたように驚きの表情を見せた。

 

……前言撤回。

 

 やっぱフータロー君は鈍チンだ。

 

 でも、だからこそ不意打ちで嬉しいこと言ってくれるのなら、このままでも良いのかな……?

 

 

「もっと早く気づいてほしいけど……まあ、良いか。

 どうかなフータロー君?少しは知的に見えるんじゃない?」

 そんなモヤモヤを抱えながらも、フータロー君に伊達眼鏡のことを教える。

 

 この伊達眼鏡がないと……こうして普通の女の子としてフータロー君と一緒に登校できないからね。

 

「ほら、昨日私が出た映画の完成試写会があって……。

 

 そこそこテレビとかで取り上げられたみたいだしさ………」

 

 そう、今の私は駆け出しとは言え女優。

 

「お、覚えてる……?

 

 

 あの時の映画なんだけど………」

 

 否応なく認知度は高まってしまう。

 

 そうなると、変装でもしてないと………ん?

 

 

「くくく………声かけられないように変装してたのか?

 

 

 これは大女優様だな、おい」

「もー!恥ずかしいから言わないで!」

 

 震えているフータロー君に目を向けると、もう堪えきれないと笑いだしたので待ったをかける。

 

 なんというか、余計なことに関しては鋭いんだから……!

 

 

 そうして、話題は変装についてに変わると、フータロー君から驚くべき言葉が飛び出した。

 

 

 

 なんと、私たちの中で最も変装が得意な三玖のソレを、ノーヒントで見破ったと言うのだ。

 

 それについて詳しく聞こうとすると、フータロー君は階段の下に目を向ける。

 

「どうしたの?」

「あれ、お前の妹じゃねえか?」

 そう言われて私も下を見ると、確かにそこには私の妹達が。

 

 

「追いついたみたいだな……そうだ、お前の笑える勘違いを教えてやろうぜ」

 

 そんな妹達に視線を切り替えたフータロー君の隣で、私は………

 

 

「おいおい、五月の奴……まーたなんか食ってやがる。

 

 四葉の声うるせえし」

 

 フータロー君の言葉に耳を塞ぎたかった。

 

 

 フータロー君の口から、他の子の名前が出るのが……最近どうにも嫌になっている。

 

「二乃がうちのバイトに入った時は驚いたが……。

 

 

 

 三玖が向かいのパン屋で働きだしたと聞いた時は、もっと驚いたな。

 

 

 なぜか、ライバル店の客向きが減ったと、うちの店長が喜んでたが……」

 

 たとえその子が……私の大事な妹達だったとしても。

 

 

「待って」

 

 

 私は………。

 

 

「……なんだよ」

 

 

 

 私だけを………。

 

 

 

「ねえ。このまま二人でサボっちゃおうよ」

 

 

 私だけを見てほしい。

 

 

 

 そんな想いを込めた私の誘いは………。

 

 

 

 

 

 

「ダメっしょ」

 

 にこやかに却下された。

 

 

 

 

 数十分後。

 

 

「お前が駄々捏ねるから、遅刻寸前じゃねーか!」

「フータロー君こそ真面目すぎ!」

 

 体育の授業など、彼が嫌いそうな物を武器に、なんとかサボらせようとした私だったが、結局遅刻寸前の今、教室に小走りで向かっていた。

 

 そんな中で。

「ただでさえお前は昨日の勉強会サボってんだから、しっかりしてくれ……」

 

 

 フータロー君のため息混じりの言葉に、私は少しムッとした。

 

 

 サボっていると言うが、私は私で仕事をしていたのだ。

 

 

 そもそも、昨日の話にしたって、私抜きで進んでたのを少し気にしてるのに……!

 

 

 色々とうまくいかないなと、内心頭を抱えながらも教室の扉を開けると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一花さん、朝のニュース見たよ!」

 

 

「女優ってマジー⁉︎」

 

 

 

 朝のニュースを見たらしいクラスメイト達が、興奮した様子で群がってきた。

 

 

「びっくりしたよな!」

「同じクラスに、こんなスターがいるなんて!」

 でも……そんなみんなの賞賛よりも。

 

 

 

 

「そんなにでかい映画だったのか……。

 

 

 

 でもまあ、オーディション受けてよかったな。

 

 

 もう、立派な嘘つきだ」

 

 

 フータロー君が、私を気にかけてくれていたこの事実が胸に響いてしまうんだ。

 

 

 我ながら単純だなと苦笑しながらも、私はフータロー君の言葉を胸に噛み締めていた。

 

 

 

 

そんな、一花が女優であることが発覚した日の放課後。

 

 

「………どう言うつもりだ?三玖………いや、一花」

 

 

 

 三玖の格好をした一花に、奏二は警戒の視線を送っていた。

 

 

 それは……ほんの少し前に遡る。

 

 

 

 

 

「あれっ」

「どっち行った?」

 

 放課後となり、先に図書室へ向かった四葉と三玖の後を追いかけようとした私は、野次馬となったクラスメイト達に纏われ。

 

 三玖の真似をしてそんな子たちの追求を振り切っていると……フータロー君がやってきた。

 

 

「お前、まだここにいたのか?

 

 

 早く行こうぜ、三玖」

 

 

……まあ、三玖の格好をした私を三玖と間違えているけど。

 

 朝に言ってた発言は見栄だったんじゃないかと思いつつ、正体を明かそうとするがそれより早く。

 

 

「あ、ごめん。私……「もう公開とか早ぇーよな」

 

 

「え?何が?」

「一花の映画の話。

 

 

……お前が昨日教えてくれたんだろ」

 

 私の映画の話を、三玖から教えられていた事が明かされる。

 

 

 

 その事実に、私の中で朝に浮かんでいたあの気持ちがより強く頭に浮かぶ。

 

 

 アレから色々あって……そんな中で、きっとフータロー君は私とだけじゃくて皆んなとも関係性を築いている。

 

 

 少なくとも……私の事だけなんて、そうそううまくいかないだろう。

 

 

 でも……それなら。

 

「お好きにどうぞ、負けないから」

 

 三玖が好きにアプローチをするように、私だって好きにやらせてもらう。

 

 

「蹴落としてでも叶えたい。……そう、思っちゃうわ」

 

 

 二乃の言う通り、他のみんなを蹴落としてでも………私は彼に、私の事だけを見てほしい。

 

 

「一花だけ我慢しないで………

 

 

 したい事をしてほしい……かな!」

 

 

 もう、我慢なんてしない………誰にも取られたくないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 "どんな手を使ってでも"。

 

 

 

 

 

 

 

「フータローく………フータロー」

 

だから、私は。

 

 

 

 

 

 

「なんだ?」

「フータロー…………教えてあげる」

 

 

 

 自分の培ってきたものを使って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一花、フータローの事好きだよ」

「⁉︎」

 

 

 そんな私の言葉に、驚きの表情を見せるフータロー君。

 

 その表情に、この嘘がバレてないかヒヤヒヤするが、もう戻れない。

 

 

 

 ならば………突き進むのみだ。

 

 

「すごくお似合いだと思う。

 

 

 

 

 私、応援するね」

 

 

「嘘………だろ………?」

 

「嘘じゃないよ」

 

 何かを言おうとしたフータロー君に、それ以上言わせまいと私は念押ししておく。

 

 

 そう。嘘じゃない。

 

 

 

 君への想い"は"……嘘なんかじゃないから。

 

 

 

 

 

 そんな私に、一応は納得したのか、はたまた今その話題は後回しということにしたのか。

 

 フータロー君が、図書室への道を再び歩きだしたのをついて行こうとした時。

 

 

 

 

 

「どう言うつもりだ?三玖。

 

 

 

………いや、一花!」

「………なーんで君がそこにいるのかな?」

 

 

 いつのまにか後ろにいたソージ君が、警戒の目と共に問いかけてきた。

 

 

 

 

 

 

side奏二

 

「私、三玖の変装には自信あったのになー…」

「アイツのカーディガンは青だ。そして……お前はタイツを履いてない」

 用を足した俺が教室に戻ろうとすると、廊下に風太郎と三玖の格好をした一花がいたのだが………驚くべきはその会話の内容と、一花の雰囲気だ。

 

 

 三玖の真似をして、風太郎と一花をお似合いだから応援すると言い出し。

 

 

 その顔は………なんというか。

 

 

 何か………暴走と呼んで、差し支えない物を感じた。

 

 

 少なくとも嘘によって、ライバルといえども姉妹を嵌めるような手段を使う事を躊躇ってなかったくらいには。

「まあ、ここにきたのは偶然だけどな。

 

それより……随分な変化球で攻めてきたな」

 

 どこか黒いものを感じつつも弁明すると。

「……………君だって言ってたじゃん。自分を抑えるなって」

 

 どこか言い訳じみた事を言い出したが………こいつは何かを勘違いしている。

 

 

「別に、お前のやり方を責めるつもりはない」

「………そうなの?」

「ああ。………むしろ、ゼロサムゲームでみんな仲良くなんて、できるわけがないぜ」

 

 

 いま、一花と二乃、三玖に四葉が風太郎に好意を抱いている。

 

 

 そんな、一人の異性に複数の同性が好意を抱いたとなれば、その同性同士での争いが起こるのは避けられない。

 

 

 そして………そんな戦いに仁義なんてない。

 なんせ、その争いにはたった一人の勝者と、その他大勢の敗者しか生まれないのだから。

 

 

 そんな中でみんな仲良くなんて言ってたら、真っ先に使い捨ての道具にされるのがオチである。

 

 

 

「なーんだ、びっくりさせないでよ。

 

 

 ほら、行こ?」

「ああ……」

 

 だが……あくまでこれは俺の考えであり。

 

 

 そのやり方を良しとしないやつは必ずいる事や………嘘を積み重ねても、それで出来た物は脆く。

 

 それで壊れたものは、決して元通りにはならない事を。

 

「覚悟はできてるんだろうな?」

「………できてなきゃ、あんな嘘つかないよ」

 

 

 

 

 

 

side風太郎

 

「少し休憩にしよう」

「だな…」

 

 図書室で勉強をしていた俺たちはしばしの休息をとっていた。

 

 

 ちなみにメンバーは俺、奏二、一花、三玖、四葉だ。

 

 

「二乃は買い物してから来るって言ってたけど……五月ちゃんは?」

「用事があるから、今日は無理だとさ」

 

 

 二乃と五月はそれぞれ用事があってこれないらしいが……まあ、たまにはそういう日もある。

 

 

 それよりも俺は………ん?

 

 

「上杉さん、この問題ですが………あれ、上杉さん?」

「………おい、大丈夫かよお前」

 

 

 どうやら、四葉と奏二が心配そうな顔をしているあたり、ぼーっとしていたようだ。

 

「………悪い。ちょっと外の空気吸ってくるわ」

 

 こんなんではダメだと、一旦外で休もうと歩きながらも……俺の思考はもうすぐに控えている全国模試にあった。

 

 

 現状、もう少し教えておけばあの5人の点数は元に戻るだろう。

 

 だが……奏二がいるとはいえ、任せっきりにして自分の模試勉強に集中するわけにもいかない。

 

 

………いや、そんな言い訳に意味はない。

 

 俺は両立させる。

 

 

 

 アイツらが帰った後……一人で勉強すれば良い。

 

 

 アイツらの自学にもかかっているが……きっとやってくれる。

 

 

 

 アイツらは足枷なんかじゃない!

 

 

 そうして自分を奮起させていると、三玖がこちらにやってきた。

 

 

「フータロー?」

「三玖………」

 

 

 そうだ。昨日のことについても少しコイツに聞いておきたいことがあったんだ。

 

 

 

「昨日のことだけど」

「明後日のことだけど」

 

 気分転換に聞こうとしたら、三玖は似たような話題の振り方をしてきた。

 

 

「………なんだ?」

「フータローこそ………」

 

 

 それなら先に三玖からの話を聞こうと促そうとすると、またタイミングが被る。

 

 

 これはどうしたもんかと考えていると。

 

 

 

 

 

「二人してなにを話してるの?」

 

 

 と、一花から声がかかってきた。

 

 

 正直、今コイツと顔を合わせるのは避けたかった。

……どう話せば良いのかわからないからだ。

 

 

 

 一花が俺の事を好きで、それを応援すると三玖は言った。

 

 

 だが……これまでを思い返してみれば、むしろ俺に好意を抱いていたのは三玖の方じゃないだろうか?

 

 

 自意識過剰かもしれないが……流石の俺も、あれだけの行動を見せられたらわかる。

 

 

 とは言え、それを一花のいる前で聞くのも憚られるので。

 

「ん?」

「な、なんでも良いだろ」

 

 

 この話題を断ち切って、その場から立ち去ることにした。

 

 

 

 

side一花

 

 「フータロー、大丈夫かな……」

 

 三玖がフータロー君に心配そうな目を向ける隣で、私は密かに安堵していた。

 

 

 あそこでのフータロー君と三玖の会話によっては、私の嘘がバレちゃうため、会話を断ち切っておく必要があったのだ。

 

……ついでに、私のことを意識してくれているみたいだしね。

 

 

「大丈夫だよ。

 

私達にできるのは、少しでも負担を軽くする事だけ。

 

 

………だから、誕生日のことは一旦忘れよ?

 

 

ね?」

「…………うん」

 

 念には念を入れて、三玖に誕生日の話題を出させないようにするが………その無理矢理納得したような返事に、自分の中の良心が痛みを訴えてきた。

 

 

 

 でも………私は、こう戦うと決めたんだ。

 

 

 自分のした事を後悔しない………私はこの手で彼を掴む。

 

 

 全員に釘を刺した今、私だけがプレゼントを贈るのだ。

 

 

 

「随分と居心地が悪そうじゃないか?」

「……まさか」

 

 いつの間にかそこにいたソージ君に短く返し、あらためて迷ってる余裕なんてないと、良心を奥に引っ込めていると。

 

 

 

「あ〜、迷ってたら遅れちゃった」

 

 

 浮かれた様子で何かを抱えた二乃が、そんな声と共にやってきた。

 

 

 

 

side二乃

 

「クーポンありがとね。おかげで安く買えたわ」

「俺が持ってても、無用の長物だったしな。役に立って良かったぜ」

 フー君へのプレゼントを手に、図書室にやってきた私が町谷と話をしていると、一花は驚いたような顔をしながら。

 

「に………二乃?

 

 それ………何?」

 

 プレゼントを指さして聞いてきたので。

 

「え?これ?

 

 疲労回復効果のアロマよ。もうアイツの誕生日だし………」

 

 と、ここまで言ってここにはフー君がいる事を思い出した。

 

 せっかくサプライズで買ってきたのに、露見しては意味がないのだ。

 

 

「おっと、危うく当日前にネタバレしちゃうところだったわ」

 そうして周りをうかがっていると、一花が。

 

 

 

「あの…昨日のメッセージ見た?」

 

 呆れたように言ってきた。

 

 

 

「ああ……あれね」

 たしかに、昨日「フータロー君の負荷にならないように、誕生日の件は白紙にしよう」と言う提案はあったけど………

 

「でも、あげたいものはあげたいわ」

 

 そんなもので私は止められない。

 

 と言うか………これはもしや。

 

 

「ちょっと待って……と、言うことは私一人だけってことかしら?

 

 

……これは効果絶大ね!」

 

 

 みんなあげないなら、私だけ一人勝ちができると言うことでは⁉︎

 

 

 と、思ったけれども………一花がそれにこだわると言うことは。

 

 

 

「それで?」

「え?何が?」

 

 私は、一花の制服のポケットを指差し。

 

 

「あんたも用意してるんでしょ?………プレゼント」

 

 

 恐らく持っているであろうプレゼントについて聞いてみると。

 

 

「………」

 一花は白状するように、ギフトカードを取り出した。

 

 

 

 

side一花

 

 

 ギフトカードを取り出した私に、二乃はやっぱりと言う顔で。

 

「一つだけハッキリさせなきゃいけないわね。

 

 春の旅行の最終日………私はあんたにパパの足止めを頼んだはず。

 

 

 それなのに、待ち合わせ場所にパパは現れたし、町谷もあんたは見なかったって言ってたわ。

 

 

 

 何か弁明はある?」

 

 

 少し前のことについて、思い出したかのように問い詰めてきた。

 

 

 あの日、自分の本心に基づいての行動の始まりとして、二乃の頼みを蹴ったことに関して、少しは申し訳ないと思っている。

 

 

 でも……そんなに大事なら、初めから全部自分の手で行うべきだったのだ。

 

 

 ある意味で狡い二乃に、私は話題を変えるべく。

 

 

「私達、五つ子なのに好みはバラバラだよね」

 

 

 好みについて話題に出すと、何かに気付いたのか。

 

 

「………そうね。おかげでご飯作る時、毎回困ってるわ」

 どこか皮肉気味に返してきた。

 

 

 そう、私たちはそれぞれ味の好みは違うけど……珍しく、姉妹のほとんどが共通して好きなものがある。

 

 

 それは………

 

「ねえ、二乃。

 

 二乃は、フータロー君好き?」

「何を今更………大好きよ」

「奇遇だね、私もだよ」

 

 

 それは、上杉風太郎という一人の男の子だ。

……五月ちゃんはソージ君にゾッコンだけど。

 

 

 でも、だからこそ………私は改めて誓おう。

 

 

「だから……譲るつもりはないから」

「姉ってだけで、随分と上からね」

 

 

 どんな手を使っても、フータロー君を勝ち取る事を………!

 

 

 

 

 

「そもそもアロマって男の子にあげるものじゃないでしょ」

「はぁ⁉︎あんたのギフトカードだって大概だわ」

「いいじゃん。これなら本当に好きなものが買えるんだし」

「おまえら、こんなところでキャットファイト繰り広げるんじゃねえよ………風太郎にバレるぞ」

 

 




いかがでしたか?

次回は9巻のラストまでいけたらなとおもっておりますので、よろしくお願いします。

それではお楽しみに。


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第29話 決着、そして新たな決戦へ

お久しぶりです。

いろいろ構造を練ってたら時間がかかってしまいました。


クオリティに自信がありませんがぜひご覧になってくれると幸いです。


奏二の秘密
花粉症持ち。


「………お前ら、ひっでぇ顔してやがんな」

 

 姉妹間でいろんな小競り合いはあったものの、遂に全国模試の当日。

 

 

 いつも通りしっかりと寝た俺が出会った風太郎や五つ子達は………なんともひでぇ顔をしてやがった。

 

 

 

「おはようございます………それは、ここ毎日夜遅くまで勉強してたらこうもなりますよ。

 

 むしろ、あなたがいつも通りなことに私はびっくりです……」

 五月の言う通り、全員が例外なく目に隈を浮かべているのだ。

 

「……町谷さん、自信満々ですねえ」

「あんた、よくも言ってくれたわね。後で覚えてなさいよ……」

「ソージ、油断大敵だよ」

 

 苦笑いしたり、物騒な事を言ったり、忠告したりしてくる3人に軽く詫びながら。

「悪い、でも……そんなにやって試験中に居眠りはシャレにならねえだろ?その対策も兼ねてるのさ」

「あはは……まあ、お姉さんもだけど睡魔の管理は大事だよね」

 

 

 それに、俺は今回の模試にはそこまで大きな物はかかってない。

 俺は今回の模試において、風太郎みたいな目標値はないし……そもそも大学に進学する気がないから、この試験に熱中する意味はないのだ。

 

 だから……まあ、親父さんにクビを言われない程度に点を取れればと、割と気楽に考えながら風太郎に話しかける。

 

 

 

「おう風太郎、ノルマ達成はいけるか?」

「勿論だ。お前は?」

「まあ、気楽に高スコアでも狙うさ」

「お前な……」

 

 そんな、どこか呆れたような目をしてくるが、俺の適当とマイペースはスタイルなのだから許してほしい。

「あの5人ですら真面目にやってるんだぞ?」

「ですらってお前……大体、普段からしっかりやってればそんな風にはならないし、遊びが無い糸は、長持ちしないんだぜ?」

「だとしても、ここは張るべき時だろうに……気を緩めすぎて油断すんなよ?」

「へーいへいっと」

 

 そうして学校へ続く階段を上ろうとすると。

 

 

 

「はーっはっはっは‼︎」

 

 朝っぱらからテンションの高い高笑いが聞こえてきたので、何事かと上を向くと。

 

 

「出た………」

「上杉君!逃げずにここに来たことを、ひとまず褒めておこう!」

 

 

 げんなりした三玖が言うように、そこには残念メッキこと武田が階段の上からこちらを見下ろしていた。

 

 

「どうやら、やる気満々みたいですね……」

「王座防衛に必死なんだろ?」

 

 疲れているからか、アホ毛にハリがない五月と俺のジト目には意に介さず、武田は続ける。

 

 

 

「だがしかし、君は後悔することになるだろう!

 

 

 あの時逃げておけばよかったと!」

 

 

「朝からうるさいわね……」

「上杉さんは負けません‼︎」

「君たちには話していない‼︎」

 

 

 日頃の好青年っぷりは何処へやら、もはや風太郎しか眼中にないようで。

「こんな人でしたっけ……」

 

 更には五月の言う通り、かなりお鼻が高くなっているようだ。

 

 

「上杉君、ここが僕と君との最終決戦だ。

 

 一騎討ちで雌雄を決し………」

 

 だが、その風太郎は武田の横をすり抜けて。

 

 

「お前ら急げ。

 

 

 まだ開始まで時間がある。

 

 

 少しでも悪あがきするぞ」

 

 

 俺達にもそう促し、それを受けて俺たちも後をついていく。

 

 

 

 そして。

 

「悪いが、生憎一騎討ちじゃないんだ。

 

 

 こっちは7人いるからな」

 

 この戦いにおいて、風太郎は一人じゃない事を理解していた。

 

「ふふふ………それが君の弱さだ」

 

 それなら、仲間のうちの一人として応えてやるとしますか。

 

 

 

「へっ、知らねえのか?

 

いいか?戦いは棍棒を多く持った方が勝つんだぜ?」

「………聞こえなかったのかな?君とも話していないんだが」

 

 

 

 俺は、頬を引き攣らせる武田を一瞥だけして。

 

 

「驕れる者は久しからず、噛ませ犬程よく吠える……この世の常を説いてるだけさ」

 

 そんな言葉を残して、俺も後へと続くのであった。

 

 

 

 

「……どうした?」

「………ふと、昔を思い出しまして…」

 

 

 なぜか、古傷が痛んだような顔をする四葉には困惑を隠せなかったが。

 そんな困惑はさておき、教室について少しした後。

 

 

「全国統一模試を、これより開始します」

 

 

 「新訳 川中島」とも言うべき決戦が、人知れず始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1教科目の国語が終わり、テストの難易度に嘆く声がちらほら聞こえている中で、俺と五月は目の前に広がる景色に釘付けになっていた。

 

 

「おい、アイツ顔色悪くねえか?」

「そうですね……」

 

 前の方の席にいる風太郎が、どうにも具合が悪そうだったからだ。

「フータロー君、顔色悪くない?」

「気………気にすんな」

 

 

 それは、一花の問いかけに覇気のない声で応えていることから一目瞭然だろう。

 

 

 

 

 

 だが………今朝に通学路で合流した時はなんともなかったはず。

 つまり、時間差でやばくなる事をその前にしたってことになるわけで。

「俺が合流する前、何かやってなかったか?」

「えーと……」

 

 とりあえず、何か手がかりがあるかもと五月に聞いてみると。

 

 

 

 

 思い出したかのようにぼやいた。

「…………そう言えば、パックの牛乳を飲んでいましたね」

 

その単語に、俺は上杉家の家庭事情を思い出す。

 

 要は………

「……………消費期限切れにでも当たったか」

「ええ⁉︎よりにもよってこんな時に………」

 

 風太郎の親父さんは、自称「鉄の胃袋」を持っているらしく、消費期限が切れた牛乳を飲んでも大した影響がないんだとか。

 

 そんな胃袋は風太郎にも受け継がれ、三玖の奇天烈料理やドクロチョコを食べても平気だが………流石に親父さんがおかしいだけで、普通は傷んだ牛乳には勝てないわな。

 

 つまり、その牛乳で腹を下したという事だ………意外な伏兵がいたものである。

 

 

「ストッパねえんだよな、今……」

「薬局って近くにありませんでしたっけ?」

 なんというか、何かしらのハプニングがないと事が進まないのかと、先行きが危うくなってきた事を感じながら、俺は次の教科に備えていくのであった。

 

 

 

 

 

そこから数時間後。

 

 

 国語、数学、英語の試験が終わり、昼休みを迎えたが、俺は男子トイレにいた。

 

 

「おいおい、お前やべえんじゃねえのか?」

「全くだ。こんな時になんて不運………!」

 

 

 やはり腐った牛乳が当たったらしく、個室に篭り切った風太郎に付き添うためだ。

 

「再試験があれば保健室に連行するけど、ないんじゃそうもいかねえか」

「ああ……てか、今日を越したら覚えたことが抜け落ちていきそうだ」

 一夜漬けした奴みたいな事を言い出す風太郎に、どこからしくなさを感じていると。

 

 

 

「やあ、二人とも随分と長居だね」

 

 風太郎が個室から出てきたと時を同じくして、武田がやってきた。

 

「お前、俺ら探してスタンバッてたのか……若干気持ち悪いぜ?」

「そんな事して時間潰すなよ………復習の一つでもしとけ」

 

 少し引いている俺と、どこか諦めたような顔の風太郎の言葉に、鼻を鳴らして。

 

 

 

「………そんなもの、必要ないさ」

 便箋を俺らに見せてきた。

 

「………これさえあれば、確実に君達に勝てる」

 

 さらに自慢げな付け足しで、その中に入っているものを俺は理解した。

 

「……全国模試の模範解答だな」

「な、なんでそんなもんが」

 

 それは、おそらく全国模試の模範解答。

 

 そして……

 同時に風太郎は残りの教科において、全て満点を取る事を迫られたのと同義だ。

 

 

 コイツの今の最悪なコンディションで、できるかと言われたら無理だと俺は答えるし、風太郎自身もなんとなくわかっているのか、冷や汗を流していると。

 

 

 

 

「「……………は?」」

 

 

 なんと、武田は何を思ったのかその便箋を真っ二つに裂いた。

 

 

 

 呆気にとられる俺達の前で、その便箋を破り続け。

 

 

 

「安心してくれ。前半の教科でもこれは使っていない。

 

 1時間目の後、父に渡されたが………こんなもの、クソ喰らえさ」

「おい、それ詰まるんじゃ…」

 

 個室の便器に投げ捨てたかと思えば、その答案を水で流してしまった。

 

 

 

 なんとか言葉を発した俺の隣で、荒い息を吐いた風太郎が困惑しながらも続けて。

 

 

「お、お前……なんで」

 

 武田の返答を待っていると。

 

 

 

 

「上杉君に町谷君………僕はね。

 

 

 

 宇宙飛行士になりたいんだ」

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

「「は?」」

 またもや唐突すぎる内容に、本日2度目のポカンとした反応を見せる俺達。

 

 

 

「えっと……どういう事だ?」

 

 風太郎が、困惑の極みにいる中でなんとか絞り出した問いかけに、武田はよくぞ聞いてくれたと。

「地面も空も……空気さえもないあの空間に憧れているんだ。

 

 

 全てがないからこそ………あそこには全てがある!」

「分かった。分かったからその辺で説明はストップだ」

 

 捲し立ててきてので慌てて止める。

 

 

 すると、流石に度が過ぎたと咳払いしながら。

 

 

「だが………その道は無論険しい。

 

 

 なにせ、この地球で一握りの選ばれた者しか、宇宙へ行くことはできないからね。

 

 

 

 世界中の人間がライバルさ」

 

 と、いつものメッキ臭いオーラではなく、心の底からの思いを語る奴が持つ、輝きみたいなものを纏いながら。

 

 

 

「だから僕は………こんな小さな国の、こんな小さな学校で負けるわけにはいかない。

 

 

………夢があるから」

 

 風太郎をまっすぐに見据えて。

 

 

「実力で君を倒す!

 

 

 あんな物を使っての結果なんて、何の意味も持たない!」

 

 

 改めて、宣戦布告をしてきた。

 

 

 

 

 それに対して、我らが上杉風太郎は…………

 

 

 

 

 

 

 

「ウッ⁉︎」

「お前、この流れでそりゃねえぜ⁉︎」

「うるせえよ、生理現象に無茶言うな!」

 

 

 またも腹痛がやってきたのか、再び個室へと駆け込んだ。

 

 

 

 

 だが………どうやらそれだけではなく。

 

 

 

「武田…………

 

 

 受けて立ってやるよ」

 

 

 今度こそ、風太郎が武田を「二位以下」ではなく、「武田祐輔」と言うライバルとして認めた瞬間でもあった。

 

 

「ははは!何を今更!

 

 

 当たり前さ……僕らは永遠のライバルなのだからね!」

「やーい、永遠の2番手」

「今は1番だ!」

 

 

 

 

 そして俺も。

「武田………お前、頑固で根性あるじゃねえか。見直したぜ」

「………お褒めに預かり光栄だね、町谷君」

 

 

 今までより少しだけ、武田への印象が良くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 数週間後。

 

 全国模試の結果が返ってくる頃となったある日の昼下がり。

 

 

「いやー、あのコンディションでその順位は大したもんだぜ」

「全くだ。見事と言う他ないね。

 

 

 君が十位以内に入ったとしても、勝つつもりで挑んだ全国統一模試。

 

 

 八位と言うのは願ってもない好成績だが……まさかのその上をいくとは。

 

 

 全国第三位おめでとう。

 

 もうすぐ修学旅行だけど……」

 

 ブランコが揺れる音をBGMに、武田がそこまで言ったところで。

 

 

 

 

「ちょっと待て。

 

 何故俺は、こんな昼間からお前とブランコを漕いでるんだ」

 

 ようやくというか、我慢できないと言った体で風太郎がツッコミを入れた。

 

 

 確かに、大の野郎3人が真っ昼間からガキどもに混じってブランコを占領しているのは、中々に場違いな光景だ。

 

「ははっ。

 

 昨日の敵は今日の友と言うものさ。

 

 これも青春なのかもしれないね」

「まあ、下手なツッコミは野暮ってもんだな」

 

 囲いに座っている俺が諌めると、風太郎はため息ひとつついて帰ろうとするが。

 

 

 

「おいおい、忘れたのかい?

 

 僕らは呼び出されたんだ。そう焦るんじゃない」

「………そして、主役のお出ましだ」

 

 

 公園の入り口に、見慣れたリムジンが止まり………中から親父さんが出てきた。

 

 

 

 

 無邪気に遊ぶ子供達を眺めながら、風太郎達3人はベンチに腰掛けていた。

………俺は座れるところがなかったため、街灯に背を預けているが、今回の話の当事者は俺以外の3人なので問題はない。

 

 

 

「待たせてすまないね。

 

 まずは武田君………全国八位おめでとう。

 

 

 出来のいい息子を持てて、お父さんも鼻が高いだろう。

 

 

 医師を目指していると聞いたが………どうかな。

 

 君のような優秀な人材ならば、僕の病院に………」

 

 と、親父さんが祝福と誘いをかけてきたが、武田は申し訳なさそうにしながらもキッパリと。

 

 

「申し訳ございません。

 

 大変光栄な話ではありますが、僕の進路についてはもう少し考えたいと思っています」

「そうかい。いい返事を期待しているよ」

 

 

 そして親父さんは風太郎に。

 

 

「上杉君。

 

 

………君に家庭教師の仕事を再度頼みたい。

 

 

 報酬は相場の5倍で、アットホームで楽しい職場だ」

「よーく知ってます」

 ブラック企業の求人みたいな誘い文句を言い出す親父さんに、風太郎が何を今更と言わんばかりに返す。

 

 

 

「また君に依頼するのは正直不本意だ。

 

 

 本来ならば、プロでさえ手に余る仕事らしいが…………君にしかできないらしい。

 

 やるかい?」

 

 そして、多量にツンデレじみた打診をする親父さんに、風太郎は勿論と言わんばかりに表情を明るくした。

 

「勿論!

 

 

 言われなくてもやるつもりだったんだ、給料を貰えるのなら願ったり叶ったりですよ」

「銭ゲバ丸出しにしなければ、いいセリフだったのによ……」

「まあ、彼の家庭状況を鑑みればわからない話じゃないけどね」

 

 一言多い風太郎に武田と共にジト目を向けていると、親父さんは。

 

 

「それは良かった。

 

 では、当初の予定通り町谷君と共に卒業まで……」

 

 と、俺を見ながら内容を確認しようとするが、そこに風太郎が待ったをかけた。

 

 

「あ、その事で一つお伝えしたいことがあります。

 

 

 成績だけで言えば、アイツらはもう卒業までいける力をつけてますが………

 

 

 五月と武田の話を聞いて思い直しました。

 

 

 次の道を見つけてこその卒業という事で、俺はアイツらの夢を見つけてやりたい」

 

 と、少し前までなら絶対出ないような計画を提案してきた。

 

「上杉君……」

「これ、そんなジーンとする話か?」

 願いや夢なんてのは自分で叶えるものであり、少なくとも俺にとっては大きなお世話だ。

 

 

 武田がよく言ったと言わんばかりに目を輝かせる隣で困惑していると、さすがの親父さんも少しの間を置いて。

 

 

 

「随分な代わりようだ。

 

 

 就任直後の、流されるまま嫌々とこなしていた君とはね」

「し、知っていたんですか………」

 

 

 そして、間違いない念押しを込め。

 

 

「どのような方針を取ろうが自由だ。

 

 

 間違っているとは思わないしね。

 

 

 

 

 

………だが、忘れないでほしい。

 

 

 君達はあくまで家庭教師とその補佐………娘達には紳士的に接してくれると信じているよ」

 

 中々の圧をかけてきたので、俺たちは必死に了承するのであった。

「も、勿論ひいてますよ!俺はね!」

「言うまでもねえな。信用問題に発展すんのはごめんだ」

 

 

……まあ、誰も人の惚れた腫れたに口出しは出来ないと思うが、そこは言わないお約束って事で。

 

 

 

 

side五月

 

「隠し事の臭いがします」

 

上杉君が、お父さんから改めて家庭教師として雇われた事をお祝いしたかったのに、私………いや、皆んなを避けているような気がして。

 

 一緒にいた町谷君を置いて、いそいそと部屋から出ていった上杉君に、私は問い詰めていた。

「なんだよ五月、別にお菓子とかは持ってねえぞ」

「そう言う意味じゃありません!」

 

 私が腹ペコキャラ認定されているのは仕方ないとしても、流石に自宅にいるのに来客からお菓子をもらおうとするほど卑しくはない。

 

 

「ピンと来ましたが、あなた私に何か隠していませんか?

 

 

………ひょっとして、お父さんに何か言われましたか?」

「違ぇーよ」

 

 一瞬浮かんだ可能性を告げてみるも、それは違うとのこと。

 

 

 何か隠してるような感じはあるのに、それを引っ張り出す手が………

 

 

 こうなったら仕方ない。

 

 

「では、こうしましょう。

 

 あなたの隠し事を話してくれたら、私も一つお話ししましょう!」

 

 

 

 ここは恥ずかしいけど、少し大胆に行こうとしたら………

 

 

「………お前の隠し事なんて聞きたくもないが、まあいい。

 

 

 

………俺、モテ期が来たかもしれん」

「うわぁ………」

 

 

 

 また、反応に困る隠し事がやってきた。

 

 

 

 

 side奏二

 

「いや、最近色々あってな?モテ期が来たような気がするんだ……。

 

 

 ちなみに相手は二乃と一花な」

「ね?何だかおかしくなってしまって……」

「お、おう………」

 大慌ての五月に連れてこられた玄関先にて。

 俺は、風太郎の口から出たとは思えない言葉に、固まっていた。

 

 いや、あの二人が風太郎に好意を抱いているのは知ってるし、一花が何かをしでかすつもりでいるのも何となく感じている。

 

 二乃に関しては、熱すぎる手のひら返しが如く攻めの恋を展開している故にわかりやすいし、一花は姉妹達の姿を使って自分に目を向けさせようとしているので、そう行き着いてもおかしくはないが………

 

 

 

 風太郎の口から実際に出ると、なんというかミスマッチすぎて変な感じがするのだ。

 

 

「少し疲れていませんか?

 

 休養を取ることをお勧めします……」

「流石に失礼だぜ?五月さんよ」

 引いた顔をしている五月にツッコミを入れていると、五月はふと怪訝な顔をして。

 

 

「……でも、二乃と一花ですか?三玖じゃなくて……」

「いや、アイツじゃねえよ……三玖と四葉は応援するとか言いやがる」

 

 三玖の事を出したが、それに対しては困惑気味に首を振る。

 

 

 

 恐らくその三玖はあの放課後に見た、一花の変装だろう。

 

 で、その内容は「一花が風太郎を好きであり、三玖は応援する」といったところか。

 

 だが……三玖本人は、ある程度好意を示すような行動を風太郎にとっている。

 

 

 そこの矛盾が、混乱の要因……ってかんじか。

 

 

 そんな事を考えていると、風太郎にお前も話せと詰め寄られた五月は焦った顔をして。

 

 

 

「す、すみません!またの機会に!」

「お、おい!

 

 俺は言ったのにフェアじゃねえぞ!」

 やがて、四葉がやってきた隙を見て、話を放棄して家の中に入っていった。

 

 

 

「アイツ、人呼んでおいて置いてくなよな……」

「どうやらお邪魔しちゃったみたいですね…」

「まあ、その隠し事も想像つくけどな………

 

 

 

 お前ら、有名レビュワー「M・A・Y」って知ってるか?」

 

 

 

 

side二乃

 

「フータローには、とっておきの舞台で食べてもらう」

 

 四葉が外で何か騒いでいたので、様子を伺いに行くと、そこではどうやら三玖が作ったパンを食べているようだ。

 

 

「ところで、とっておきって?」

「ほら、京都の………」

 そして……そのとっておきの舞台といえば、やはり京都の修学旅行。

 

 

 恐らく、三玖はそのパンでフー君にアプローチをかけに行くつもりなのだろう。

 

 

 また………そこで何かを仕掛けてくるのは恐らく三玖だけじゃない。

 

 

 何かいいものを得たと上機嫌な一花、物憂げな表情の五月………それぞれがそれぞれの思惑をこの修学旅行に抱いている。

 

 

 それなら……上等だ。

 

 

「ここで決着をつけてやるわ」

 

 

 私は、誰もいない調理場で自分に宣言した。

 

 

 




いかがでしたか?

次回から10巻のストーリーとなります。


ここからかなりストーリーを変えるか、ストーリー通りに行くかなどを悩むことになるので、かなり時間がかかってしまいそうですが、待っていただけると幸いです。


 それでは、次回もお楽しみに!
感想などがありましたらさいわいです。




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第30話 風は誰の隣に吹く

更新兼生存報告です。


 今回は修学旅行が始まるまでのお話になります。

 それではどうぞ!


 奏二の秘密

全国模試は全国20位。


 全国模試を終え、初夏の風が吹いて来たある日のこと。

 

 

 

 俺達は目の前の風太郎と四葉に視線を集めていた。

 

 

 その理由は………

 

 

 

「全国模試も無事終わったと言う事で、修学旅行の話に本格的に入りたいと思います。

 

 

 事前に配られたパンフレットに、三日間の流れは書いてありますが………皆さんは、明日までに班を決めて置いてください」

 

 

 いよいよ、修学旅行に向けた準備が始めようとしているからだった。

 

 

 

 

 まず、この班の組み方を明らかにしておこう。

 

 今回の旅行における一班の定員は5人で、男女比率は特に問わないらしい。

 

 だが、一人班はなしとの事なので、2〜5人での班を組めとのこと。

 

 つまり、彼氏彼女で組んでイチャイチャするのもよし。

 

 友達同士でワイワイ組んでもよしってわけだな。

 

 

 だが……班長を決める必要があるため、それをやりたくなければ班長をやりそうな奴を仲間にしなければならない。

 

 

………まあ、そこまで考える必要性もないのかもしれないが。

 

 そんなわけで、ひとまず加藤か風太郎のどちらかを誘おうとした時。

 

 

 

「ソージ君、ちょっと相談なんだけど………

 

 

 

 五月ちゃんをソージ君の班に入れてあげてくれないかな?」

 

 一花に連れ込まれた空き教室で、そんな提案を受けていた。

 

 

 

 

 

 

side 一花

 

「私と四葉とフータロー君で一班………いいよね?」

 

 

 四葉にこう頼んだ私は、次はソージ君に五月ちゃんの事について頼んでいた。

 

……正直、五月ちゃんはソージ君にゾッコンだしそこまで心配じゃないんだけど、念のためだ。

 

 それに、五月ちゃんが昔から友達を作るのが苦手なことはわかってるからね。

 

 

「何でまた……てか、多分五月のことだからお前ら5姉妹でー、とかになるんじゃねえのか?」

 

 案の定訝しむような視線を向けてくるソージ君。

 

 確かに、五月ちゃんならまずそう言い出すと思う。

 

 だが、流石に班を決めてしまえば、それを崩してでも皆んなでいたいって言い出しはしないだろう。

 

 良心が痛まないといえば嘘になるが、私だってフータロー君の隣という座を、他の誰にも譲りたくないのだ。

 

 

「自由行動の時とかに5人になることは出来ると思うよ?

 

 だから、二乃もいつも一緒にいる子達と班を組もうかって考えてるみたいだし」

 

 そう、咄嗟に二乃のことを話題に出すと。

「……アイツのことだから風太郎との二人班狙いじゃねえの?

 

 つか、お前もそれを狙ってるから五月を厄介払いしたいんじゃ………」

 

「じゃあ、私先生に呼ばれているから、よろしくね」

「ちょ、待てよ……!」

 一体どんな思考回路をしているのか、何かに勘付いたかのようなソージ君から逃げるように、教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

side四葉

「お、今日は珍しく三玖がいるな」

「この後バイトだけど、ちょっとだけ参加する」

「俺もこの後、何でも屋の仕事があるから、途中でお暇させてもらうぜ」

「全国模試以来の全員集合ですね」

「そうだな……アレから1週間か」

図書室に集まったみんなの前で、私は一人悩んでいた。

 

 

 三玖と風太郎君と私の3人で班を組もうとしたら、一花と風太郎君と私の3人で班を組めるようにして欲しいと頼まれてしまったのだ。

 

 出来ればみんなの希望を叶えてあげたいけど、それはできない。

 

 これはどうしたものかと、パンク寸前になるまで考えていると二乃が。

 

 

「四葉、どうしたのよ?そんなに唸っちゃって」

 怪訝な顔を向けて来たので、慌てて誤魔化す。

「い、いえ!ちょっと考え事を………さ、さあ!勉強を始めましょう上杉さん!」

 

 そうして、いったんこの話題は後回しにしようとしたら。

 

 

「その前に、修学旅行の話がしたい。

 

 

 

フータロー、誰と組むか決めた?」

 

 三玖によって、その願望は潰えることになった。

 

 

………私の頭にこれ以上の負荷をかけないで!

 

 

 

 

side 奏二

 

 三玖が切り出した、班決めについての話題。

 

 

「あの………町谷君?何だか空気が張り詰めたような気がしますが?」

「ようなじゃなくて、実際張り詰めてるぜコイツは……」

 

 それにより、和気藹々としたムードから一転、どこか張り詰めたような空気がこの場を占めたような感じになる。

 

 冷や汗を流す五月と共に成り行きを見守っていると。

 

 

「俺は……」

「待って!四葉が話したいことがあるって!」

「ええ⁉︎」

 

 

 何故か一花が四葉に話を振った。

 

 

「四葉にも何かやったな、アレは……」

 話を振られた四葉の「ついに来てしまった」と言わんばかりの顔から、恐らく俺だけじゃなくて四葉にも何か頼んだのだろう。

 

 

 だが………

 

「ほら……ね?」

「…え、えーと……」

 

 一花だけじゃなく三玖も四葉に話すように促す。

「何?」

「うーんと………」

 

 三玖も何か頼んだのかもしれないが、四葉はその二つの依頼で頭を回転させているのだろう。

 

「早く言えよ」

「あー……」

 

 

 そして、風太郎にも早く話すように促され、しばらく唸った後。

 

 

「あ、あのですね…

 

 

三玖も一花も一緒に………

 

 

だけど五月と二乃は………」

 

 

 と、しどろもどろになったかと思えば。

 

 

 

「あ、そうだ!

 

 この際みんなで同じ班になろうよ!上杉さんも一緒に!」

 

「え?」

 思いついたような無茶振りを言い出した。

 

 

「確かに、それが一番だけど……」

「定員は5人だぜ?」

 

 確かに、6人全員で組めれば一花の希望も三玖の希望も叶えられるが………現実は八方美人に甘くはない。

 

 

 

 誰かの希望を叶えると言うことは、誰かの希望を叶えないことでもあるのだ。

 

 

 そんな念も込めて口を挟むと、少し寂しそうな顔をしながら。

 

 

「だから……私と町谷さん以外のみんなでってこと!

 

 これなら万事解決だね」

 

 

 

 つまり、四葉は俺と自分を抜くことで一花と三玖の希望を叶えようとしたわけだな。

 

 

「それは……いくらなんでも………」

 

 流石の一花もそれは申し訳ないらしく、難色を示すが。

 

 

「何か問題あるかな?」

 

 と、やはりどこか諦めたような顔で笑う。

 

 

 多分、四葉も風太郎と回りたいんだろうなと思った。

 

 

 

 だが…コイツはなにがあったかは知らないが、自分より他人の幸せを取ろうとしているのだ。

 

 

 

 そんな四葉に、一花と三玖がどこが申し訳なさそうな顔をしていると、そこに待ったをかける声が。

 

 

「ま、待ってください………それなら、私が町谷君と二人班を組みます!それなら四葉も………」

 

 

 これ以上見ていられないと言わんばかりの顔の五月が、何かを言い出そうとした時。

 

 

 

「待ちなさい四葉。

 

 そんなこと誰も望んでないわ………だから、こんなのはどうかしら。

 

 

 まあ、最初から決めてたことだけど…………私とフー君が二人っきりの班を組むの。

 

 

 好きな人と回る………いい?あんたに拒否権はないから」

 

 

 二乃がまた、ど直球な案を風太郎に提案して来た。

 

 

 

………だが、風太郎はそもそも…………。

 

 

 

 

 

 

 

side五月

 

 みんなの間で何が起こっていたのかは、正直わからない。

 

 

 でも……四葉がまた、自分の気持ちを抑えてまでみんなのために動こうとしているのだけは、何となくわかった。

 

 

 四葉だけが割を食うだなんて絶対にあってはならない……だから、私が一肌脱ごうとしたら。

 

 

 

 二乃が、上杉君を好きだと公言した上で二人班を組むことを提案して来た。

 

 

………まさか、上杉君の言ってたことは嘘じゃなかったとは。

 

 

 そして、それはつまり本当に一花も………!

 

 

 そうして視線を向けた先で一花は、やられたと言わんばかりの顔を見せていた。

 

 

 

 

 

side一花

 

 

 二乃の突然の提案に、私は先手を打たれたことを悟った。

 

 四葉に私からのお願いを提案してもらう為に、話を振ったところまでは良かったのだ。

 

 

 だが……どうやら三玖にも似たようなことを頼まれていたようで、その板挟みになった結果、四葉に割を食わせてしまう結果となってしまいそうになってしまい。

 

 

 そこから、五月ちゃんが何か言い出す前に、二乃が清々しいほどに堂々と宣言したのだ。

 

 

 ここまではっきり言われては、手の出しようがない。

 

 

「おい二乃、勝手に……」

「フー君は黙ってて!」

 

 待ったをかけようとしたフータロー君にも釘を刺す二乃に、何とか食らいつく方法はないかと考えていると。

 

 

「ふ、フー君!

 

 

 

 わ………

 

 私も…………」

 

 

 三玖も、顔を真っ赤にしながら、絞り出すように言い出そうとして………。

 

 

 

「何よアンタ達。

 

 

 言いたいことがあるなら、いまここではっきりと言いなさい」

 

 

 それに対する反応は、三玖だけならず私にも向けられているような気がした。

 

 

 三玖にまで言われたら、ただでさえ手が出せないのに余計に出せなくなってしまうので、肝が冷えたが………三玖は結局言い出すことができず。

 

 

「………決まりね」

 

 そんな三玖に呆れたように鼻を鳴らし、話は終わりだと締めくくろうとすると。

 

 

「いや、決まったところ悪いんだが………恐らくそれは無理だ」

 

 

 ソージ君が、突然このやり取りの意味をなくすようなことを言い出す。

 

 

「はあ?何でよ」

「それでは種明かしを頼むぜ?風太郎」

 二乃がそれに噛み付くと、ソージ君はフータロー君に話を振り。

 

 

 

 

「その……悪いんだが、俺、もう奏二と武田と前田とで班組んだぞ」

 

 フータロー君は、申し訳なさそうに告げて来て。

 

 

………もしかしたら、最大の敵はソージ君かもしれないと、私はこの時密かに思うのであった。

 

 

 

 

 

side五月

 

 

 その日の夜。

 

「なるほど、そんな事が……」

「ああ。四葉は元々三玖と風太郎での3人班を組もうとしてたらしいんだが……そこに一花が自分と四葉と風太郎での3人班を組むように言い置いていったんだと」

 

 家の中なのに、どこか張り詰めたような空気を感じながら、それぞれの時間を過ごしている中で。

 

 私は仕事終わりの町谷君と通話していた。

 

 四葉が自分を犠牲に何かをしようとしていたのはわかったが、それがどう言う経緯からかわかっていなかったからだ。

 

 

 なので、何か知っている様子だった町谷君に心当たりはないか聞いてみて今に至る。

「それで四葉はあんなことを言い出したのですね……それに、私とあなたでの班を組ませようとしてたとは、俄には信じ難いですよ」

「それだけ奴さんは本気って事さ」

 

 まさか、おかしくなってしまった上杉君の妄想かと思っていたが本当に一花と二乃が上杉君を好きだったなんて………

 

「そう言えば、お前二乃が言う前になんか言ってたよな?」

 それに、三玖と四葉も………ああ、それなら。

 

 

「あなたと班を組もうとしてたんですよ………ハッ⁉︎

 

 

 

 ゆ、誘導尋問とはズルいです!」

「どっちかってーと自滅だろ、今のは………で、理由は?」

 

 

 呆れたように言う町谷君に、誘導尋問の仕返しの念も込めて。

 

 

「四葉に、これ以上我慢して欲しくなかった………のは半分で。

 

 

 

 

 

………もう半分は、二乃と同じです。

 

 

 

 

 好きな人と回りたい、から…………」

 

 

 すると、しばらくの沈黙の後。

「な、何か言ってくださいよ」

「いや、なんかむず痒くてな………でも、それならちょっと勿体ねえことしたかも」

 

 どこか照れたような口振りの町谷君だが、こんな恥ずかしいことを言った私はもっと照れていると、熱くなった頬が教えてくれていた。

 

………これじゃあ本当に自爆したみたいじゃないか。

 

side 風太郎

「下着と靴下……歯ブラシは持ってくんだっけ?」

「ああ。今回は私服じゃなくていいらしいから、ここで買うもんと言ったらそれくらいだな」

「おい、らいは。わざわざ新調しなくていいだろ?」

 そろそろ修学旅行との事で、俺はらいはに連れられてショッピングモールにやって来ていた。

 

 

 そこで、たまたまやって来ていた奏二と合流して、下着コーナーにいる。

 

 

「えー?

 

 だってお兄ちゃんのパンツビロビロだもん。

 

 

 クラスの人に笑われちゃうよ!」

「今笑われてるんですが…」

「これは買うしかねえな?風太郎さんよ」

らいはのネタバラシに、そこらからくすくすとした声が聞こえてくるのを聞き流す。

 

 

「それに、折角家庭教師に復帰できたんだし、少しくらい自分のために使ってもバチは当たらないよ………あ!

 

 そして、そこまで言ったらいはは思い出したように。

 

「でも、五月さん達への誕生日プレゼントをケチってたら嫌われちゃうよ?」

「へぇ、あいつら誕生日なのか」

 

 

 あいつらの誕生日について………

 

「えっ、もう過ぎてるけど」

「お前、やってねえのかよ……」

 

 一拍おいて、らいはと奏二からジト目を向けられた俺は少し考えて。

 

「まあ、やらなくても………

 

 

 つーか、あいつらも遅れてたし?

 

 

 いや、そもそもあっちから言わないと言う事は………」

「お、お前って奴は……。釣った魚に餌くらいやれや…」

「頂いたらお返しでしょ!

 

 小学生でも知ってる常識だよ!」

 

 と、そこまで言われて渡さないのは、何だかあくどいことをしてる気分になって来たので、らいはと奏二が向かっていった方向に俺も向かい。

 

 

 

 

「やっぱ、あげたほうがいいかな?」

「ひゃあっ!

 

………って、誰かと思えば上杉君もいたのですか……」

「上杉さん!らいはちゃんと町谷さんもこんにちは!」

 

 

 らいはにむけて声をかけたつもりが、そこにいたのは五月と四葉だった。

 

 

 

 

 らいはの話によると、昨日五月と買い物をする約束をしていたんだとか。

 

 

 で、折角だしコイツらの買い物を見て、欲しがりそうなもんを探そうと思ったが。

 

「下着を買いに来たんですよ!ついて来ないでください!」

 どうやら向こうも下着を買いに来たらしく、懐かしい反応と共に追い返されてしまい。

 

 

 そうしてらいはと五月が下着売り場に行ったので、残る俺と奏二と四葉はベンチで一息ついていた。

 

「お前さんはいいのかい?四葉さんよ」

「ふふん…私、こう見えて物持ちがいいんですよ?」

「どうせお子様パンツだろ」

「な、なぜそれを……‼︎」

「おい。どっから仕入れて来た?その謎情報」

 不思議そうに尋ねる奏二にドヤ顔で答える四葉に付け足してやると、予想外と言わんばかりの反応が返って来る。

 

「ったく、模試を終えたばかりとは言え、こんなことしてる場合かよ……」

「まあ、この先のお楽しみなんてこれと文化祭くらいしかねえんだし、浮かれさせてやろうぜ?」

 

 相変わらず気楽そうに言う奏二にため息を吐く。

 

……なんか、こいつに毒されたのか、色々悩んでるのが馬鹿馬鹿しくなって来たような気がする。

 

 

 

………よし。

 

 俺は、隣に座っている四葉に。

「……お前、将来なりたいものとかあるか?」

 

 意を決して聞いてみたが。

 

「………考えた事なかった」

「やはりか……」

「まあ、お前もまだ考えてないだろうし、そう焦るもんじゃないさ。最悪その場の勢いでどうにかしちまえばいいしな」

 

 

 まるでダメ人間の教えみたいなことを言い出す奏二だが、実際俺も四葉と似たようなもんだし言い返せない……。

 

 

 しかし、コイツにはずば抜けた身体能力がある。

 

 その方面で探してやれば、きっと適したものが見つかる筈だ。

 

 

 とりあえず、要検討と言うことにしておくと、ほくほくした様子のらいはがやってきた。

 

 

「あら?五月はどうしたよ」

「奥で採寸と試着してるよ」

「五つ子なんだから、他のやつと同じサイズでいいだろ」

「あ!五つ子ハラスメントですよ、イツハラ!」

 

 

 そう言ってホイッスルを鳴らす四葉だが、確かに不自然だと唸った後。

 

「もしや五月……一人だけ抜け駆けしたんじゃ………」

「まあ、あんだけ食ってりゃ、萎むことはねえだろうよ」

「五つ子の皆さんも大変なんだね」

 自分の胸を抱えてなんだかブツブツ言い出した四葉は、らいはのぼやきに反応して。

 

 

「そうなんですよ、最近なんて特に………」

 

 何かを言いかけたが、慌てて誤魔化すように立ち上がり。

 

 

「い、いえっ!

 

 

 兎に角林間学校は散々な結果で終わってしまったので、今度こそ!

 

 

 

 後悔のない修学旅行にしましょうね!」

 

 屈託ない顔がどこか眩しいので目を逸らす。

 

 

「どうでもいいがな。体調管理は気をつけるさ」

「もー、本当は楽しみにしてるくせに!

 

 

 家で何度もしおりを確認してるんだから」

「らいは!」

「お前案外可愛いところあんじゃねえか。武田あたりに教えてやるぜ」

「やめてくれ、なんかアイツからたまに寒気を感じるんだ……」

 

 らいはと奏二に食ってかかろうとした時、らいはが。

 

 

 

 

「それに、写真の子に会えるかもしれないしね」

 

 最近色々忙しくて、薄れかけてきた記憶を呼び起こした。

 

 

 

side四葉

 

「写真の子にも会えるかもしれないしね」

「それはないだろ……」

「あれ?京都じゃなかったっけ?

 

 お父さんそう言ってたけど……」

「だとしても、あっちも旅行者だから………」

 

 風太郎君とらいはちゃんのお話に、私はドキッとした。

 

 

 なんたって、その女の子は私だから。

 

 とは言っても、今ここで明かすべきじゃないような気がしたので、知らないふりをする。

 

 

「写真の子ってなんですか?」

「ほら、四葉さんも気になってるみたいだし、見せてあげなよー」

 

 そう言って、風太郎君の周りを回るらいはちゃん。

 

 

 

「……なんでもねーよ、写真ももうない」

「むっ」

 そんならいはちゃんにせびられても尚、誤魔化すように言う風太郎君に、私は詰め寄る。

 

 

 私は、みんなの為に生きると誓った。

 

 

 誓ったけど………でも、やっぱり思ってしまう。

 

 

 私のことを好きであり続けてくれたらって。

 

 

「なんだか怪しいですね!

 

 何もないなら言える筈ですよ!」

 

 

 未練がましいと言われてもいい。

 

 

「何故話せないのか、私にはわかります!

 

 

 それは未練があるからです!

 

 

 さぁ、話してスッキリしちゃいましょう!」

 

 

 ずっと、風太郎君は私の………

 

 

 

 その続きが出ようとしたところで、風太郎くんは。

 

 

「京都で偶然会った女の子だ。

 

 名前は零奈」

「えっ?

 

 

 零奈って……」

 

 私達5姉妹にとって、余りにも覚えのある名前を出してきた。

 

 

 

 

 何せ、その名前は……

 

「おしまい」

「えっ」

 

 

 私たちのお母さんの名前であり、その名前を何故五月が使ったのか気になったが………それよりも、かなり気になるところで風太郎君は話を終えてしまった。

 

 

「か、かなり気になるんですが………もう少し教えてくださいよ〜」

 

 そう頼むが、風太郎君は目を逸らしてこちらを向こうとしない。

 

 

 だが、そんな風太郎君の隣でらいはちゃんは。

 

 

「つまり、お兄ちゃんの初恋の人だよね」

「は、初恋‼︎」

 

 

 先程出かかった言葉を口にしてきた。

 

 

 そう。風太郎君は、私の初恋で。

 

 

 そして、風太郎君の初恋が私…………

 

 

 

 どうしよう。今すぐに踊り出したいくらい嬉しい。

 

 

 今もそうであってくれたらもっと嬉しいけど………でも、少しの間でも好きでいてくれたなら、今はそれでいい。

 

 

 

 顔がにやけないように必死に表情を作っていると、ちょうどよくらいはちゃんがお腹が空いたと言い出したので。

 

 

「じゃ、じゃあ!

 

 

 私がなんでも買ってあげちゃいますよ!

 

 

 上杉さんと町谷さんは五月を待ってる係です!」

 

 

 私は、これはいい機会とらいはちゃんを連れて、フードコートの方へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

side風太郎

 

 

 四葉とらいはがフードコートに向かった後、奏二は靴屋に行ってくると、人ごみの中に消えた。

 

 

「疲れた……」

 

 色々聞かれて疲れていた俺は、ベンチに腰掛けて息を吐く。

 

 

…………その隣には、また相手をするのに疲れそうなやつがいるけどな。

 

 

 

 

「2回目は驚かねえぞ………零奈」

 

 

 俺が、視線を合わせることなく話しかけると。

 

 

 

「なーんだ、残念」

 どこか、残念そうな声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「修学旅行、京都らしいね。

 

 懐かしいな〜」

 

 昔を懐かしむ声音で話しかけてくる零奈。

「もう姿を見せないんじゃなかったのか?」

 

 だが、俺は気になっていたことを聞くことにした。

 これでは、1回目にあんなに必死に引き留めたのがバカみたいに思えたからだ。

 

 

「なぜ、また現れた」

 

 あの時のことが頭にちらつきながらも聞いてみると、どこか悪戯めいたような笑みを浮かべ。

 

 

「君に会いたくて………って言ったら、どうする?」

 

 

 頓珍漢なことを言い出した。

 

 

 

 いや、だって………

 

「こんなことしなくても、いつも会ってるだろ」

「えっ」

 

 そう、誰かまではわからないが、こいつからは、毎日会っているような感じがしたからだ。

 

 

 そして………

 

「なぜ、母親の名前を名乗った」

 

 この名前を出した時、四葉は驚いたような顔をした………つまり、アイツの関係者の名前で。

 

 零……一の前の漢数字を冠すると言う事は、多分母親なのだろうとカマをかけてみると。

 

 

 

「はは……そこまでバレちゃってるんだ………」

 

 そいつは、白状するかのように軽く笑い。

 

 

「なら、問題……

 

 

 私は、五つ子のうちの一人です。

 

 

 さあ、私は誰でしょう?」

 

 

 質問に質問で返してきたが………。

 

 

 

 

「わからん!早く教えろ」

「諦め早っ!」

「この手のクイズはもううんざりだからな」

 最近この手のクイズに食傷気味だった俺は、速攻で答えを求めてやった。

 

 

 何というか………誰が誰とか、誰のふりをした誰だとか、もううんざりだったからだ。

 

 

 

ただ………

「お前には……感謝してるけどよ」

 

そう伝えようとしたが、もう隣に零奈と名乗ったあの子の姿は見えなかった。

 

「………嵐みてえな奴だ」

 




いかがでしたか?

次回からはいよいよ京都を舞台にシスターズ・ウォー開戦でございます。


色々考えを捻り出し中ですので、待っていただけると幸いです。


 それではお楽しみに!


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第31話 蹴落とし愛、頂

更新でございます。


基本は原作通りにしながらも、ちょいちょい変えるのは苦労しますね。


色々と変なところがあるかもしれませんが、楽しんでいただけると幸いです。


奏二の秘密
依頼で、ゲームキャラの声を当てたところ、なぜか歌わされた。


 それは、6年前の京都でのこと。

 

 当時小6の風太郎がゴスロリババアに絡まれ、あわや警察沙汰になりかけたところで。

 

 修学旅行でやってきて、京都ではぐれた四葉に助けられ。

 

 

 そこで清水寺やら京都駅周辺やらを回ったとのこと。

 

 

 そうして二人で「必要のある人間になる」という誓いを立てた………。

 

 

 風太郎、五月、四葉からの情報をまとめるとこんな感じで。

 

 

 それを踏まえて現状を整理しよう。

 

 

 まず、一花は他の姉妹を偽って、四葉や俺にサポートを押し付けてまでも風太郎をものにしようとしている。

 

 まあ、このゼロサムゲームに対して、最もまともな考えをしていると言っていいだろう。

 

 

 次に二乃は、最初から風太郎との二人班を狙っていたが……搦め手なしの真っ向勝負ってところか。

 

 まあ、一花以外は正攻法で行こうとしているわけだが、1番その傾向が強いと言える。

 

 

 三玖は一花と同様に、風太郎と同じ班を狙ってはいたものの……元々の引っ込み思案から、どうにも踏み切れてない様子だ。

……まあ、何か狙ってはいるようだが。

 

 

 四葉は、二人の板挟みにあったものの最終的には5姉妹での班に落ち着いた。

 

 そして、恐らくは三玖のフォローに回るだろう。

 アイツの性格的に、風太郎へのアプローチ手段を決めあぐねている三玖に味方するはずだ。

 

………正直、この中で一番理解しかねるのがこいつなんだよな。

 

 四葉も間違いなく風太郎のことが好きだろうし、思ってきた年月はこの中の誰よりも長い。

 

 いくら負い目があるからと言っても……そんな、使われっぱなしな生き方なんて俺はゴメンである。

 

 

 

 最後に五月は、風太郎に6年前のことをより深く思い出してもらおうとしている。

 

 立場的には四葉の味方………と言ったところだが、姉妹の中では唯一、この争いに参加しておらず、独自の行動ってわけだな。

 

 四葉に頼まれた域を超えて「初恋の子」としての働きかけを行なっていたのも、おそらくそこからの行動だろう。

 

 

 

 そんなこんなで、それぞれの想いが交差する修学旅行が、今始まるのであった…………。

 

 

 

 

 

 京都へ向かう新幹線の中。

 

「ロイヤルストレートフラッシュ」

「だーっ!町谷てめえ強すぎだろ!」

「うーむ……イカサマしてるわけでもなさそうなのに、僕らさっきから一回も勝ててないよ」

「次だ次!」

 

 俺、風太郎、武田にコラ助はトランプと洒落込んでいた。

 

 

 新幹線で1時間くらいの暇があるので、折角だからと持ち寄ったのだ。

 

「チェスや将棋は風太郎の独壇場だったろ。神経衰弱でもコラ助以外に勝てる気しねえしな」

「フッ……今まで負けたことはなかったんだけどね。さすがは僕のライバルだ」

「コラ助言うな……上杉と武田がやってたのを見てたが、さっぱりわかんねえぞコラ」

「次は何やるんだ?どんどんやろうぜ!」

 ついさっき無双していた風太郎は、林間学校でも見せたハイテンションの片鱗を見せており、少しだけ心配になる。

 

 ここでも風邪でダウンしたら、逆に面白いのかもしれないが……

 

 

「んじゃ、風太郎のお守り頼むわ。おやすみ………」

 兎に角、後20分くらいで着きそうなので、俺は京都に備えて仮眠を取る事にした。

 

 

 

 

side四葉

 

「はい、フルハウスー」

「ぐぬぬ……」

「負けました……」

 

 新幹線の中で皆んなとトランプをしていた私は、隣で物音立てずに眠っていた三玖に声をかけた。

 

「終わったよ」

「……あ、ツーペア」

「遅いし弱い!」

 

 別に、具合が悪いわけじゃなさそうだけど………あ、そうだ。

 

「ひょっとして、今朝早起きしてどこか行ってたのって……」

「うん。

 

 バイト先に無理言って、朝から厨房貸してもらってた」

 

 思い当たるところがあったので、そこを指摘してみると当たりだったようで、三玖は天井の荷物入れに視線を向ける。

 

 それはつまり……

「パンを食べてもらって、いよいよか……」

 

 三玖は風太郎君に告白をするつもりなんだ。

 

 そして、場合によっては………私の初恋は終わってしまう。

 

 

 でも………三玖がこの日のために、頑張ってきたことは、紛れもない事実。

 

 

「ずっと今日のために頑張ってきたんだもんね。

 

 

 最後まで応援するよ」

「うん……ありがとう、四葉」

 

 だから私は、自分に納得させると言う意味も込めて、三玖へのエールを送った。

 

 

……納得しようとしても、できることはないのかもしれないけど。

 

 

「……そうだ、次勝った人はなんでも命令できるってルールでやろうよ」

「なんでも、ね……」

「負けない」

「いいね、私も負けないよ!」

「みんな、妙に気合入ってませんか?」

 

 あ………多分コレ私の勝ちだ。

 

 

 

side奏二

 

 京都駅に降り立ち、学年主任からの注意事項を皆んなソワソワしながら聞き流し。

 

 一日目の自由行動が始まったところで、俺、武田、コラ助は風太郎にある依頼を受けていた。

 

 それは……

 

 

「コラ助、盗撮は雑音があって、撮影音が紛れそうな時にやるもんだぜ」

「そんな知識いらねえよコラ」

 

 中野家の五つ子を、撮れるだけ写真に収めてくれとの事………要は隠し撮りである。

 

「多分、あれ二乃が少し勘づいてるぞ」

「確かに、彼女警戒心が強そうだしね……これは手強くなりそうだ」

 

 

 だが、コラ助は撮影音が聞こえやすい状況で撮ってしまい、二乃がキョロキョロし始めていた。

 

「……まあ、まだ一日目だ。三日もあるんだしそこまで必死にならなくていいぞ」

 

 

 そんなこんなで、俺達は作戦を練りつつも、予定通り東丸神社へ向かう事にした。

 

 

 

 

 数十分後。

 

「なんだここ………」

「見ての通り東丸神社だ。北野天満宮ほどメジャーじゃないにせよ、学問の神様が祀られている神社だぜ」

「君の成績は見るに堪えないんだから、深ーく祈りたまえ。前田君」

「んだとコラァ!」

「お前らうっせー!」

 

 

 目的地に到達し、前田と武田、風太郎がコントを繰り広げている隣で

、俺はどこからか視線を感じ取っていた。

 

 

 正確には俺に向けてじゃなくて、風太郎に向けてのものなんだが……。

「奏二、どうした?そっちには何もないだろ」

「んあ?ま、まあな…」

「おい、なんか霊が視えてんじゃねえのか?」

「安心したまえ。

 

 お墓があるのはお寺だけだ」

「こ、怖くなんかねえぞコラァ!」

「お前、自爆してんじゃねえか」

 意外と怖がりらしい前田に苦笑する風太郎達を横目に。

 

 

 

「悪りぃ、俺トイレに行ってくるから先に行っててくれ」

「んあ?おう……」

 

 俺は、その視線の主を突き止めるべく一旦みんなから離れて動く事にした。

 

 

……突き止めると言うより答え合わせだな、多分。

 

 

 

 

side五月

 

「なんか地味ね……」

「こらこら」

 

 上杉君達が騒いでいるのを、私達5人は物陰から見つめていた。

 

………皆んな、上杉君と一緒に回りたいはずなのに、なぜか隠れて尾行しているのだ。

 

 私としても、彼と京都駅周辺を周って昔を思い出して欲しかったんだけど………町谷君達と楽しそうにしている彼を連れ回すのは、流石に気が引ける。

 

 

 ショッピングしたいと言っていた二乃が微妙な顔をしているのを横目に、観察を続けていると……

 

 

「移動するみたいだよ」

「隣にも神社があるみたいね……行くわよ」

「自由昼食は今日しかないのに……分かっていたけど、この班行動が最大の難関……」

「大丈夫!きっと二人きりになれるチャンスは有るはずだよ」

 

 紙の袋を抱えた三玖と四葉が、何をしようとしているのか気になりつつも、動き出した上杉君達の跡を追いかけようとした時。

 

 

 

 

 

「おいおい……雁首揃えて野郎のストーカーかよ」

「え」

 どこか呆れた様な顔をした町谷君が、後ろから声をかけてきた。

 

 

 

 

「そ、ソージ君⁉︎」

「あんた、急に出てくるんじゃないわよ!」

「おかしい……気づかれない様に気配消してたのに」

「町谷さん、ひょっとして忍者……⁉︎」

 

 

 確か彼はトイレのある方向へ向かっていたはずだが………

 

 

「背後の人数と足音の数が合わなかったからな。それに……お前らの諦めが、そうそういいとは思えないぜ」

「……本当、油断も隙もありませんね」

 

 まさか、そんなところから私たちに行き着くとは思わず、一層感心している私の隣で。

 

 

「で、なんでこんな事をしてたんだよ。一緒に回りたいなら普通に回ればいいってのに」

 

 一応の確認みたいな感じの、町谷君の質問に。

 

 

 

 

 

 一花と二乃が軽く目配せしたかと思えば。

 

 

「じ、実は五月ちゃんが、ソージ君と一緒に回りたいって!」

「でもこの子方向音痴の恥ずかしがりだから、アンタが一人になるのを待ってたのよ!」

 

「ええ⁉︎一花、二乃⁉︎」

 

 息ぴったりに、いきなり私を引き合いに出してきたので、思わず素っ頓狂な声を上げるが、それで三玖と四葉も何かを察したのか。

 

 

「……だから、五月と一緒に回ってあげて。私たちは先に行ってるから……」

「そ、そうだね!お邪魔しちゃ悪いよね!」

 

 

 どうやら、私と町谷君を引き合わせる機会を窺っていた……と言う事にするつもりのようだ。

 

 

 確かに、町谷君と一緒に回りたいのは事実だけど、いきなりだと緊張しちゃうし、私には私のやることが……。

 

 

 しかも、なんだか押しつけようとしている感じがして、流石に待ったをかけようとしたら。

 

 

 

「……行っちまいやがった」

 

 

 みんなは上杉君達が向かった方へ向かっており、ここにいるのは私と町谷君の二人だけになるのであった。

 

 

 

 

「……その、ここで立ち話もなんですし、私たちも跡を追いかけませんか?」

「……そうするしかねえか」

 

 

 

 

 町谷君の話だと、上杉君達は東丸神社から伏見稲荷大社の本殿に向かい、そこから千本鳥居、四ツ辻を行って山の頂上まで向かうとの事。

 

 

 きっとみんなはその後を追うと思うので、私達もそのさらに後を追うことにした。

 

 

……まあ、そんな考え事は後にしよう。

 

 

 

「写真では見ていましたが、やはり実物は壮観ですね」

「ああ、何を思ってこんな数作ったのかは理解できねえが、そんな野暮はなしだな」

 

 

 見渡す限りの緋色の鳥居が織りなす、壮観な景色に失礼だ。

 

 

 

 その景色につい心が躍るのを感じていると、町谷君は私に向かってスマホを……って!

「………撮るなら先に言ってくださいよ」

「悪りぃ悪りぃ。……お前さんとここの組み合わせが、あまりに綺麗だったもんで、つい……」

「………褒めてくれるのはうれしいですけど、私にも心の準備が」

「されてると表情作られちゃうだろ。ありのままの五月と、ここの組み合わせが良かったんだから」

「そ、そうですか………」

 

 

 どうやら町谷君は、いつもの私が良かったらしい。 

……そう言われると、ニマニマしちゃいそうだ。

 

「んじゃ、アイツらに追いつこうぜ。三玖がいるから追いつけないことはないと思うが……」

「あ、待ってくださいよ!あと、それ三玖が聞いたら怒られますからね?」

 

 そうして歩き出した町谷君の後を、さっきよりも軽くなった足取りで追いかけるのであった。

 

 

 みんなに後でお礼言わないとな……。

 

 

 

side二乃

 

「け、結構きついわね………」

「足が痛くなってきたよ……」

 

 写真映えすると喜んでいたのも束の間。

 

 私は長すぎる鳥居の道を前に痛くなった足を動かしていた。

 

 

 長いスパンの罠に引っかかったものである。

 

 

 そんな私と一花の前を行き、三玖を支えながらも未だ堪えている様子もない四葉が。

「もー、皆遅ーい‼︎」

 

 能天気な声を上げた。

 

「全く……あの子は気楽でいいわね」

「あはは……あれが四葉の良いとこだよ』

 

 まあ……一花の言う通り、それが良いところなのは間違いない。

 

 

「そうね……どこかの誰かさんとは大違いだわ」

 

 

 私の隣にいる、どこかの誰かさんとは違って。

 

 

 さっきの五月の件に関しては、私も同罪ではあるけど……図書室で班決めの話が出たあの時、四葉に何かを促していた。

 

 それは恐らく、自分とフー君、四葉での班を組ませようとしていたんじゃないだろうか。

 そして、五月と町谷の通話を偶然聞いたのだが……町谷にも働きかけていたらしい。

 

 

 そんな誰か……一花がこの修学旅行で、何も仕掛けてこないわけがない。

 

 

「どうせ今日も悪巧みを企ててるんでしょ」

 

 そんな私の問いかけに一花は。

 

 

「ははは………しないよ、そんなこと」

 

 そう言いながらも、なぜか持っていた手提げ鞄に手をやっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

side奏二 

 

「四ツ辻か……風太郎達は確かここで休憩してるはずだが…お前も休憩した方がいいな」

「お願いします……流石に疲れました…」

 

 千本鳥居を渡り、そこからさらに歩いたところにある四ツ辻。

 

 

 疲れた五月に合わせて動いたお陰で、そこまで疲れてない俺は風太郎達にメールを送っていた。

 

 

 どこかで飯でも食っていてくれると合流しやすいんだが……。

 

 

 兎も角、返信を待っている間にどこか休める場所を探すべく、五月の方を見ると。

 

 

「皆んなはもう、山頂のほうに向かっているそうです。

 

 三玖と四葉はこの先の分かれ道において右のルートを………一花と二乃は左のルートへ向かうらしいですよ?」

 

 グループチャットで情報共有をしていたらしく、姉妹達の現状を教えてくれた。

 

 アイツらは風太郎たちの後をついていく様にコースを決めている。

 

 つまり……

「風太郎達は山頂にいるか……どうする?

 お前疲れてるだろうし、ここで待ってても良いと思うぜ?」

 

 この場合、風太郎達はその先を行っていると考えるのが妥当だろう。

 

 ただ、五月が疲れている以上、無理に歩かせるのも気が引けるので一応どうするか聞いてみると。

 

「仲間はずれみたいで寂しいので、行きましょう」

 

 負けず嫌いが発動したのか、行く事を選択した。

 

 

 

 

side二乃

「あ、一花!二乃!」

「やっと追いついたぜ……」

「随分と急いできたわね」

 

 一花と一緒に左ルートに差し掛かったところで、町谷と五月が追いついてきた。

 

 二人とも急いできたのか、少し息が上がっている。

「コレでやっと聞けるな。

 

お前ら、何で俺達を尾け回してた?」

 

 そんな中で、少し前に五月を差し出して回避した話題を再び再燃させようとしてきたので……いや、もう良いか。

 

 

「フー君と一緒になる機会を窺ってたのよ。

 

 尾行したことは悪かったわね」

「んあ?珍しく素直じゃねえか。雨でも降るのか?」

「うっさいわよ」

 

 一言余計な町谷に突っ込みながら周りを見るが……やっぱり。

 

 

「人の流れから見て、あっちが正規ルートよ。もしかしたら先に合流されるかも……一花、あんたが余計なこと提案したせいで、変なことになっちゃったじゃない」

「いや〜、運命の女神様は意地悪だよね」

「えっと、二乃達は何の話を?」

 

 私たちの会話についていけてない五月だったが……。

 

「あ、お手洗いです。

 

 ちょうど行きたかったので助かりました」

 公衆便所に安堵した顔を見せていた。

 

「たしか、この先はまだ距離があるよな……俺も行っておくぜ」

 

 町谷も地図を見ながら五月の後に続いて男子の方に入っていく。

 

 たしかに、地図を見る限りこの先には無さそうだ。

 

 正直、一花が何かしそうであまり目を離したく無いけど……催すよりはよほどマシだろう。

 

「なら私も行くわ」

 

 そうして、私もトイレに入ってから数分後。

 

 

 

 

「もうお昼なのに、お腹空きましたね……」

「フー君達は、お昼どうするつもりだったのかしら…」

 

 

 

 トイレから出てきた時には、町谷しかいなかった。

 

「なあ、一花そっちに行かなかったか?」

「………いえ、来ませんでしたね……二乃?」

 

 

………やっぱり。

「町谷、ちょっと急ぐわよ」

「……何か仕掛けてくるか」

「ええ?」

 

 

 

 

side一花

 

 皆んながトイレに向かった隙に、私は一人頂上を目指していた。

 

 

 フータロー君に会って何をしたいのか?

 

 

……それはわからないし、例え会えたとしても、あの男の子二人がいる可能性がある。

 

 

 

 でも………それでも、三玖と四葉の動きが怪しい。

 

 図書室で私が四葉に話を振った時、三玖も何かを促す様子だった。

 

 そして……四葉は、現状三玖のサポートに回っている。

 

 

 きっと、この修学旅行中に何かアクションを起こすのだろう。

 

 

 

………となれば、やることは一つ。

 

 

 私は、バッグの中に隠していたウィッグとヘッドホンを装着する。

 

 

 一度ついた嘘はもう取り消せないなら、突き進むだけだ。

 

 

 

「三玖を止める為、私は嘘つきを演じ続ける……!」

 

 

 地図を見る限り、左のルートの方が山頂まで近いし、四葉だけならまだしも、向こうには体力のない三玖がいる。

 

……つまり、私のほうが先に着く確率が高い。

 

 

 もし、向こうのほうが早ければ茂みに隠れるなりすれば良いと、私は走り続け………

 

 

 

 

 山頂に辿り着いた時には誰もいなかった。

 

 

 つまりは、フータロー君は右ルートの途中にいるのだ。

 

 

「………急がなきゃ!」

 

 

 コレだけ走ったんだから、三玖達はまだ…………。

 

 

 

 side三玖

 

「三玖〜、早くしないとお昼終わっちゃうよ〜」

「う、うん……あと少し……」

 

 体力不足を痛感しながらも、私は前を行く四葉に頑張ってついて行っていた。

 

 

 普段の私ならここでもうダウンしているだろう。

 

 

 でも今日は………今日だけは、ここで止まるわけには行かない。

 

 

 

「この日のためにずっと頑張って来たんだもん。

 

 

 あと少しだけ頑張ろっ!」

「四葉………ありがと………」

 今日のために、ずっと私に協力してくれた四葉の為。

 

 

 

 そして、このパンを食べてもらって、私はフータローに想いを伝えるんだ。

 

 

 でも、いくらそう思っても、ひ弱なこの身体はもう限界を………

 

 

「三玖、私の後ろに捕まって。

 

……おんぶしていくよ」

「………うん、本当にありがとう」

 

 

 そんな私を背負った四葉が、全くブレない足取りで登っていき。

 

 

 

 もう少しで頂上と言ったところで……………

 

 

 

 

 

 

 

 

「え………」

「「え?」」

 

 

 私の格好をした一花が、そんなまさかと言った顔を浮かべて立ち尽くしていた。

 

 

 

「一花…………何で、私の変装してるの?」

 

 

 

side四葉

 

 

 私と三玖が頂上に着きかけた時、私たちの前に三玖の格好をした一花がいた。

 

 

 そして………その表情から、私は何となく理解してしまう。

 

 

「一花……私、そんなつもりで言ったんじゃないよ……」

 

 

 確かに私は、「一花だけ我慢しないで、やりたいことをして欲しい」って言った。

 

 

 でも………私はこんな事をさせたくて言ったんじゃない。

 

 

 こんな………みんなの仲を引き裂きかねないような事を。

 

 

「それが本当にしたい事なの……?

 

 

答えてよ、一花!」

 

 

 何でこんな事をしているのかと言う混乱と、裏切られたような悲しみが混じった様な気分の私に、よくわかっていない様子の三玖が。

 

 

「四葉……どう言う事?

 

 

 一花も、何か理由があるなら……」

 

 

 少し震えた声で聞いてきたので、私は……周りに目を向けることもなく。

 

 

 

「一花は邪魔しようとしてる」

「邪魔って何の………」

 

 

 そんなのは決まってる。

 

 

「それは……「四葉、まっ……「三玖から上杉さんへの告白を、だよ!」

「よし!1番乗り!」

 

 

 

 そう、今一番乗りした風太郎君の……………

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

「は?

 

 

今………なんて………?」

 

 

 なんで、今このタイミングで来るの……?

 

 

 そんな感想が喉から出かかったが、何とか堪えて一縷の望みをかけ。

 

 

「上杉さん……もしかして、今の聞こえて………?」

 

 

 聞こえてないかもしれないと聞こうとしたその時。

 

 

「…………!」

 

 

 これ以上この場にはいられないと、三玖が左コースの方へと向かって走って行ってしまった。

 

 

「三玖!」

 

 

 

 

 

 

side奏二

 

「三玖!」

 

 

 

 頂上まで走っていた俺達の耳に、四葉の声が聞こえてきたと思えば。

 

 その上から泣きながら三玖がこちらにやってきた。

 

 

「ちょ、三玖⁉︎」

「待ってください、どこに行くのですか⁉︎」

 

 

 二乃と五月の声も聞かずに、そのまま下へと降りて行ってしまう。

 

 

「……まさか………行くわよ、町谷!」

「おう……五月は三玖を頼む!」

「ええ⁉︎二乃、町谷君まで……‼︎」

 

 その光景に何かを悟った俺と二乃は、五月に三玖を任せて少し先の頂上へ視線を向ける。

 

 

 

 

 そこには………

 

 

 一花の後ろ姿があったが、その手にはヘッドホンとウイッグが。

 

「………遅かったか」

「…………一花、やったのね」

 

 

 要は、一花がまたあの変装をして、三玖の行動を邪魔したのだろう。

 

 

 

 

「あんた、いい加減にしなさいよ。

 

 あの子を泣かせて、コレで満足⁉︎」

 

 それを大体察したのか、二乃がふざけるなと言わんばかりに一花の胸ぐらを掴む。

 

 

 その光景を見た四葉が待ったをかけようとするが、そこに一花が待ったをかける。

 

「四葉………良いから。

 

 

 結果はどうであれ、私がしようとしてたのはこう言うことだから」

 

 

 その冷静さが神経を逆撫でしたのか、二乃が冷たい目線を向ける。

 

 

「あんた、どこまで………「二乃がそれ言っちゃうの?

 

 

 温泉で言ってたよね……「他人を蹴落としてでも叶えたい」って。

 

 

 私と二乃の何が違うのか、教えてくれないかな?」

 

 そんな二乃に、一花はいっその事演じ切ることにしたのか、芝居めいた口調で問い詰めていた。

 

 

 

 少しの沈黙が、その場を否応なく張り詰めさせる。

 

 

 そして、その沈黙を破ったのは二乃。

 

 

「………確かにそう言ったわ。

 

 

 他の誰にも譲るつもりもない」

 

 一花の言葉は事実らしく、そこは認めたが。

 

 

「でも………私たち5人の絆だって、同じくらい大切だわ……」

 

 

 絞り出す様な言葉の後。

「例え……あんたが選ばれる日が来たとしても、私は……

 

 

 

 私は!

 

 

 

 祝福したかった……!」

 

 

 と、目尻に涙を浮かべながらそう叫んだ。

 

 

 まさに痴話喧嘩……いや、修羅場となった頂上。

 

 

「ううっ……もう一歩も歩けねぇ……」

「全く………下のお店でお昼ご飯の食べ過ぎだよ………

 

 

おや?そこでみんな何しているんだい?」

「いや……俺にも何が何だか………」

 

 

 

 どうやら下で飯を食っていたらしい武田とコラ助が困惑顔でその成り行きを見守り。

 

 

「………お前ら、一旦落ち着け」

 

 俺より先にいた風太郎が、場を収めようとやってくるが。

 

「うるさい!

 

 

 あんたが来るとややこしいわ!

 

 

 すぐに三玖を追いかけなさい!」

 

 二乃がそこに噛み付く。

 

「早く!ダッシュよ!」

 

 ポカンとした風太郎に、早く行く様にさらに促すと、渋々と言った感じで風太郎も武田達に一言残して、四葉と共に降りて行った。

 

 

 だが………流石に天下の往来でやるのは不味かったのか、ゾロゾロと野次馬があつまっている。

 

 

 コレは……もし、一花が女優の中野一花だと知られると色々まずいことになりそうだ。

 

 

 そうなると………仕方ないな。

 

 

 

 

 

「さあさお立ち会い‼︎

 

 

 今からちょっとしたマジックショーするから、ぜひ見てってね‼︎」

 

 

 俺は、持っていたトランプを見せて、野次馬達の目線をこっちに向けさせることにした。

 

 

 

 

「……全く、甘い奴らばっかだぜ」

 

………それに付き合ってる俺も大概かもしれないが。

 

 

 

 




いかがでしたか?

今までちょいちょい出てたけど紹介してなかったキャラがいたので、ここで紹介します。


加藤 

本名「加藤 倫也」(かとう ともや)。

陸上部に所属する奏二のクラスメイト。

奏二や風太郎と言ったクセの強い人物が多い中で数少ない普通の常識人だが、中野家の五つ子のことを「中一」〜「中五」と略するとんでもないセンスを持ち合わせている。

「安芸 恵」(あき めぐみ)と言う彼女がおり、そのやりとりはまるで熟年夫婦の様だと奏二は言う。


 はい、お名前のモチーフは冴えカノの主人公とメインヒロインです。
折角ですので揃えて出してみました。


 そして、二乃と奏二の絡みが今回多かったのですが、まあ、コレに関しては、このシスターズ・ウォーにおいては、五月より勘が鋭くて話が通じやすいため、自然とそこでタッグの様な状態になったわけですな。

あと実は、五月と二乃で奏二を取り合うと言うストーリーも考えていたのです。

 ツッコミ役ポジションで似てますしね。


 次回は、中野家の五つ子試練の時ですな。

 果たして彼らはどうなっていくのか………次回にご期待ください。

 感想や評価の方もお待ちしています。


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第32話 掲げた旗は降ろせず、覆水は盆に帰らない

更新です。

最近、pixiv様でもこの作品のアップを開始してみました。


似たような作品名にピンと来たら、見ていってくれるとありがたいです。

それではどうぞ!

奏ニの秘密

デュオ・マックスウェル+モモタロス+玄奘三蔵の性格や言動を足して3で割ったようなものを目指してキャラの台詞回しを考えてます。


「五月と電話がつながりました!

 

 三玖と一緒にバスに乗ってるそうです!」

「そうか……なら、俺たちも乗るぞ」

 

 三玖を追いかけていた俺は、付いてきた四葉と共にバスに乗っていた。

 

 

 乗ったはいいものの、起こったことがことだけに妙な沈黙が続く。

 

 

 そして……その沈黙は四葉が破る。

 

 

「上杉さん………

 

 

 

 さっき頂上で私の言ったこと………

 

 

 

 聞こえてましたよね?」

「聞こえてねーよ?」

「あ!

 その反応絶対聞こえてます!」

 

 案外と鋭い四葉に、先ほどの四葉の言葉を聞いていたことがバレてしまったが、聞いたところでこの状況でできることなどありはしない。

 

 

 だから、聞こえてなくても問題はないのだ。

「聞こえてねーって、それでいいだろ」

 

 

 兎に角この話題を終わらせたかった俺だが、四葉は悔やみきれないと言った感じで。

 

 

「とは言え………私の発言で、三玖を傷つけてしまったのは事実です。

 

 

 ずっと………あんなに一生懸命頑張ってたのに……。

 

 

 それに……一花も家族旅行の時に私が言ったせいで……」

 

 顔を暗くする四葉だが………言ってることはまさに全て事実。

 

 

「そうだな………お前のせいだ。

 

 

 あんなこと、もっと周りを見てから言え」

「……聞こえてたんじゃないですか」

 

 

 

 

 弁護や慰めをする余地はないが……一つだけ付け加える。

 

「まあ、知ってたけどな」

 

「え?」

 

 

 四葉が「何を?」と言った顔をしているが………そんなの決まっている。

 

 

「知ってたって………何をです?」

 

 

 

「だから…………その、あれだよ…………

 

 

 

 

 

 

 み、三玖が俺に……………好意を抱いてくれてたことだ」

 

 

 自分で言っててクソ恥ずかしいが、自惚れじゃなければ真実だろう。

 

 

 

 そんな、俺の告白は………

 

 

「聞き間違いでしょうか?

 

 

 もう一回………」

「やめろ!もう言わねえよ!」

 

 

 四葉が、そんなバカなと言う様な顔で、失礼な反応を受けていた。

 

 

「あの、鈍感上杉さんが………信じられません………」

「まあ、色々あったからな」

 

 

 まあ確かに、そう言われても仕方ないところはあるが……流石にあそこまで見せられては気づかないわけがない。

 

 

 だからこそ………廊下での告白には困惑していたが、コレではっきりした。

 

 

「あの三玖はアイツじゃない。

 

 

…………あの予感は間違いじゃなかったんだな」

 

 

 あの、一花との仲を応援すると言った三玖に困惑したのは………あれが本物じゃなかったからだ。

 

 

 

 

 そう考えていた俺を、四葉が不思議そうな顔をして覗き込んできたので俺は手を振る。

 

 

 

 

 そして、前々から思っていたことをこの際ぶちまけることにした。

「だから気にすんな。

 

 お前は人に気を遣いすぎだ…………

 

 

 

 はっきり言って度が過ぎている」

 

 

 

 

 

side四葉

 

 

「お前は人に気を遣いすぎだ…………

 

 

 はっきり言って度が過ぎている」

 

 

 風太郎君の指摘に、私は苦笑いをするしかなかった。

 

 

 確かに、側から見たら変かもしれないと言うのは、自分でも薄々思っていたからだ。

 

 

 だが……それはいいのだ。

 

「落第した私にみんなが付いてきてくれた話は、前にしましたよね?

 

 

 

 私がみんなを不幸に巻き込んじゃったんです。

 

 

 簡単に取り返せるものではありません」

 

 そう………私がみんなを不幸にしてしまった。

 

 そして、今回もまたやってしまった。

 

 

 

「姉妹の皆んなが、私より幸せになるのは当然です」

 だから………それが当然の報いだ。

 

 

 

「そんなもんかね……」

 

 そんな、ため息混じりの反応を見せる風太郎君に。

 

 

「上杉さん……

 

 

 

皆んなが幸せになる方法ってないんでしょうか?」

 

 

 この修学旅行のあたりから探していたものが、どこにあるのか聞いてみると。

 

 

 

 

 

 

「あるぞ」

 前を向いている風太郎君が何かを教えてくれる様だ。

 

 

「人と比較なんてせす、個人ごとに幸せと感じられる。

 

 

 

 もし、そんなことが出来たら、それはお前の望む世界だ」

 

「そ、そうですよね!」

 

 そして、その世界に行き着く方法を聞こうとしたが。

 

 

「だが、所詮は夢の話。

 

 現実的には、誰かの幸せによって別の誰かの不幸が生まれるなんて、珍しくもないさ。

 

 

 競い合って………奪い合って。

 

 

 そうやって勝ち取る幸せもあるだろ」

 

 

 

 風太郎君によって、その世界は否定されてしまった。

 

 

 じゃあ、私はどうしたらいいんだろうか。

 

 

「そんなこと言ったら、私のできることなんて………!」

 

 何も出来ないと言う悔しさから、さらに言葉を発しようとしたが。

「あるわけねーだろ。

 

 

……流石に欲張りすぎだ。全てを得ようだなんて。

 

 

 

 だから………俺も、いつかは決めなくちゃいけない日が来るんだろうな」

 

 

 風太郎君の意味深な言葉に、封じられることになった。

 

 

 

 だが、その言葉に私はなんとなく思う。

 

…………決着の時は近い、って。

 

 

 

 

 

 

 

side奏二

 

「いやー、楽しかった。おひねりもらっちまったし満足だぜ」

 

「芸は人を助ける」とはよく言ったもので。

 

 奏一さん仕込みのトランプマジックを使って、一花達がこっそり下山する為の時間稼ぎをした俺は、やってきた警備員に、事情を話して謝り倒して難を逃れた。

 

 

 因みに、その場にいた武田とコラ助はしばらくしたら見えなくなっていた。

 

 恐らく、俺がマジックの後半に、時間稼ぎから純粋なパフォーマンスが目的になっていたのを見て、ほっとくことにしたのだろう。

 

「よーし、売店で豪遊しちまうとするか!」

 そうして小銭が入った袋を片手に、ホクホクしながら夕食をとるべくホテルに戻ると。

 

 

 

「来たわね町谷………あんたに話があるからついて来なさい」

 

 二乃が、いつもより気持ち張り詰めたような顔で出迎えて来た。

 

 

 

 

 二乃に言われるがままについて行くと、そこは食堂であり。

 

 

 テーブルに案内された俺と、既にその席にいた四葉と五月の前で。

 

 

 

「みんな聞いて。

 

 

 

 盗撮犯に追われているわ」

 

 

 なんだか、妙な状況に立たされようとしていた。

 

 

「えっ」

「……いつからだ?」

 一縷の望み……これが本当の盗撮犯ならと、希望を込めて聞いてみたが。

 

 

「京都駅にいたころから、ずっと感じてたの。

 

……間違いないわ。

 

 修学旅行生がターゲットにされるって、前にニュースで見たもの」

「なるほどな……」

 

 

 やっぱり、コラ助の行動が勘付かれているようだ。

 

………いや、本物の盗撮犯ならってなんだ。

 

 

「だとしても、何故二乃なのですか?」

「ど、どう言う意味よ!」

 

 なんとかボロを出さないようにしなければと思っていると、この話の中普通に食ってる五月が地味に失礼なことを言い出し。

 

 二乃に噛みつかれていた時……シャッター音がなった。

 

 

「‼︎やっぱり!」

「ご馳走だねー」

「インスタあげよー」

 

 だが、その方向には食事を撮影している女子二人がおり、コラ助じゃなければ盗撮犯でもなかった。

 

……ここはちょい有耶無耶にしてみるか。

「ピリピリしすぎじゃねーの?

 

 大体、撮影音なんてどこでも聞くだろ」

「あんたね、盗撮されてるかもしれないってなって、平然としていられるわけないでしょ⁉︎」

「まあまあ二乃……不安なのはわかりますが、考えすぎではないですか?町谷君の言うことも一理ありますよ」

 

 

 どうやら神経質になりかけている二乃を、五月が宥めていると。

 

 四葉が、ふと気になったように。

 

「そう言えば、三玖と一花は……?

 

 結局、日中には追いつけなかったけどホテルに帰ってはいるんだよね?」

「ええ、2人とも歩き疲れてしまったようで、自室で休んでいます」

 

 聞かれた五月はそう言うが………

「それはねえと思うぜ?流石にアレの後じゃ」

 

 流石に、それが出来るようなメンタルなら、滅多なことでは逃げ出したりはしないだろう。

 二乃も同じことを考えていたのか、首を流石に縦に振る。

「そ、そうですか?………でも、どうしたのでしょう。三玖もいきなり単独行動を取り出して………」

「………五月さんよ、三玖から今回のことについてなんか聞いたか?」

「い、いいえ……そっとしておいたのですが…」

 

 これは後でことの成り行きを話す必要があるな……

 

 なんだかんだで蚊帳の外にいがちな五月が、深刻な顔をしながらも食事の手を止めないでいると、四葉が立ち上がって。

 

 

「やっぱり、私見てくるよ!」

 と、おそらく姉妹達の部屋に行こうとすると、二乃がそれに待ったをかける。

 

 

「待ちなさい。

 

 

………もうすぐ食べ終わるから、一緒に行くわよ。

 

町谷も、さっさと食べちゃいなさい」

「因みに私はもう食べ終わってます!」

「全く……人遣いが荒いお嬢さんだぜ」

 

 そんなこんなで、俺の一日目の夕食は、何故か早食いを強いられることになった。

 

 

 

 

side三玖

 

 

 部屋の中で、私はひとりベッドとベッドの隙間に縮こまっていた。

 

 

 

 フータローに想いを知られてしまった。

 

 

 四葉の気遣いを、無駄にしてしまった。

 

 

 みんなから、逃げ出してしまった。

 

 

 

 そんな私が、どんな顔をしてみんなに会えば良いのかわからないし……怖い。

 

 

 

 だから、部屋の隙間に収まっていると。

 

 

 

「三玖ー、一花ー?

 

 

 いるんでしょー、鍵開けなさーい?」

 

 

 ノックと共に二乃の声が聞こえて来たので、私は羽織っていた毛布を頭まで被って、その声を頭から追い出す。

 

 

「反応なし、だね……」

「電話も無視、と……一応、ここ私たちの部屋でもあるんだけど」

「問答もめんどいし、ピッキングで強行突入を試してみるか?」

「そんなものを、真っ先に視野に入れないでくださいよ……」

 

 

 扉の奥からうっすらと聞こえてくる会話に、内心冷や汗を流していると。

 

 

 

「三玖、ごめん!

 

 

 私のせいで………

 

 

 

 でも、まだ修学旅行は2日あるんだよ?

 

 

 これから私に取り返させて欲しいんだ!」

 

 

 と、謝罪をして来たけど………四葉は何も悪くない。

 

 

 だって、これは………

 

 

 その先の言葉が頭に浮かぼうとした時。

 

 

 

 

 

 

「キャアアアア‼︎」

「ちょ、おい⁉︎待てって!」

 

 

 突然響いた3人分の悲鳴と、それに驚くソージの声。

 

 

 その後に続く足音に、流石の私も思考がかき消された。

 

 

 

 

 

side奏二 

 

「……悪い、ミスった」

「だから言ったろうが……あんな所で撮ったら確実に勘付かれる」

 悲鳴を上げて逃げて行った3人を追いかけるフリをして、俺はしくじりやがったコラ助と合流していた。

 

 

 示し合わせてはいないが、まさかこんな人通りの少ない所で実行に移すとは……流石に間抜けすぎである。

 依頼を果たそうとする心意気は買うが、それで撮りにくくされたら意味がないと言うことだ。

 

 

 

「兎に角お前さんはさっさと逃げな……パクられないように注意しろよ」

「あ、ああ……」

 

 

 兎に角、これで盗撮犯が内部犯と言う可能性を検討されることになってしまったので、慎重に立ち回っていかないといけない。

 

 

 そんな訳で、コラ助を逃した俺はどこかへ逃げて行った五月達を追いかける事にした。

 

 

……盗撮犯を追いかけてたけど、取り逃したとでも言えばなんとかなるだろ。

 

 

 

 翌日。

 

 俺達は本来なら清水寺に行く予定だったが。

 

 

 風太郎が三玖に用があると言い出し、俺も三玖に用があったので、団体行動を取るのは武田とコラ助のみとなった。

 

 

 

「………てな訳で、風太郎に三玖から話があるそうだが、多分アイツ本人の話じゃねえな」

「あの子の性格的に、昨日の今日でそんなこと言うとは思えないわね」

「となると………まあ、一花が何か仕掛けてくるか」

「全く、あの女狐は……」

 

 だが、三玖とサシで話そうとしても多分無理なので、俺は三玖の格好をした二乃と合流していた。

 

 

 同じように話があったらしい二乃に、協力を仰いだのだ。

 で、話し合った結果三玖の格好をした二乃が仮病を使って、俺はその付き添いとして忍び込み、三玖と話をしようと言う算段だ。

 

 

 

「だが、今回の風太郎を巡っての争いでは、一花が一番まともだ。

 

 風太郎を手に入れることができるのは1人だけ……そこに敵との馴れ合いは要らないことを、アイツは分かってる」

「………分かってるわよ。

 

 フー君を手に入れるには、他の姉妹たちを蹴落とさないといけないことは分かってるわ。

 

 

 今、私がやろうとしてることは、敵に塩を送るようなこと……」

 

 

 昨日言えなかった事を視線を合わせずに告げると、同じように視線を合わせずに反応が返って来た。

 

 

「でも………それでも大事な姉妹だもの。

 

 ライバルでも………たった4人の大事な家族よ」

 

 まあ、昨日聞いてた事と大して変わらないが……つまりは、アレがコイツの本心って事だろう。

「そうかい……まあ、言うだけならタダだ。

 

 その世迷い言がどこまで貫けるか、見ものだぜ」

 

「言ってくれるじゃないの……良いわ。

 

あまり私を……私たちを舐めないでよね」

 

 

 憎まれ口を叩き合いながら、俺達は先公を見つけて仮病の旨を伝え。

 

 

 

「二乃、ソージ……何してるの」

「知りがたきこと陰の如く、だっけ?」

「いやー、案外騙せるもんだな」

 

 

 俺達は、無事三玖と話す機会を手に入れていた。

 

 

 

 

side二乃

 

 

「アンタの真似よ。二つの意味でね。

 

 で、町谷はアンタに話があるんだって……そう言えば、次の点呼って」

「まだ時間はあるが、のんびりもしてられないな……まあ、多分二乃が言おうとしてる事と被りそうだし、お先にどうぞ」

「ソージは分かったけど、二乃はなんでここに来たのか聞きたいんだけど…」

「電話でも言ったでしょ。アンタに話があるって……」

 

 

 髪を戻していると、三玖が訝しげな目を向けていたが、私の話のあとに少しの沈黙があって。

 

 

「……慰めならいらない」

 

 見当違いも甚だしい事を言い出した。

 

 

 

「おいおい……慰めをもらえるとか思ってるのかよ」

「全くね……そんなことする訳ないじゃない」

 私は、慰めなんてしない。

 

 

「恋のライバルが勝手に手をひいてくれたんだもの。

 

 私にとってはラッキー以外の何物でもないわ」

 

 この子が勝手に手を引いたんだから、罪悪感なんて湧かないし……

 

 みんなよりもアプローチ期間が短い私にとっては幸運以外の何物でもない。

 

 

 四葉はわからないけど、五月はそもそもこの戦いに関与していない。

 

 つまりは……

 

「あとは一花を倒すだけね。

 

 

 あの女狐め……どうしてやれば良いかしら?」

「お前は恋愛脳筋なんだし、パワープレイで十分だろ」

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 失礼な事を言う町谷を、追い出してやろうか迷ったけど……今は押し倒した三玖が優先だ。

 

 

 

「……って事で、フー君は私が貰うわ。

 

 それで良いわね……答えは聞いてないけど」

 

 私がそう確認すると、三玖は冷や汗を流しながら。

 

 

「フー君……二乃はいつから」

 困惑気味に聞いてくる。

 

「何よ。

 

 まさか、自分の方が早かったから譲れって言いたいの?」

「そ、そう言う訳じゃ……」

「そりゃ、アンタが一番だったかもしれないわね」

 

 確かに、みんなの中で1番最初にフー君の味方になったのは三玖だったと思う。

 

「愛に時間は関係ないなんて言えるほど、私もよくわからないわ」

 

 

 今までの人生の中で、ここまで1人の男に想いを寄せることなんてなかった私には、何が正しくて何が間違ってるのかなんてわからない。

 

 

 でも……確かなことは一つだけある。

 

 

 

「確かなのは、誰よりも私がフー君の事を好きだって事よ」

 

 

 

 

side三玖

 

 

 二乃の堂々とした宣言に、何を言えば良いのかわからないけど、何かを言わないといけないと思った私は。

 

「私だって………諦めてない」

 

 

 まず、思った事を口にしてみるが。

 

 

「折角の修学旅行で接近するチャンスを、こんな部屋に閉じこもって無駄にしてる時点で、諦めたようなものよ。

 

 

 アンタのターンはこれでおしまい」

「全くだな。

 

 昨日の自分に負けてるような奴のくせして……」

 

 

 二乃とソージは、当然と言わんばかりに突き放してくるが、2人は自分に自信があって……それほどの強さがあるからそんなことが言えるんだ。

 

 

「諦めたくない!」

 

 

 私だって、フータローのことを諦めたくない。

 

 諦めたくないけど………

 

 

「でも……怖いよ」

 

 

 

……お好きにどうぞ、負けないから……

 私以外の誰かが、同じようにフータローが好きになった時。

 

 

 

 心のどこかでは、こうなるって分かっていた。

 

 

 分かっていたはずなのに………。

 

 

「いざ、自分の気持ちがフータローに知られたら、私なんかじゃダメだって思えてきて………」

 

 みんな、私なんかよりもずっと良いところがある。

 

 そんなみんなと戦っても………

 

 

「私なんかが、フータローから好かれるわけないよ……」

 

 

 私が選ばれることなんてない。

 そう思うと、なんだか怖くなってきて………

 

「公平に戦うことが、こんなに怖いなんて思わなかった」

 

 

 縮こまって、恋敵を前にみっともなく泣く私に、二乃はため息をついて。

 

 

 

「なんで負ける前提なのよ。

 

 

 そこからして気持ちで負けてるのよ」

「旗を掲げておいて、戦うのが怖いってなんの冗談だよ……」

 

 そこに首肯と共に呆れたように言うソージ。

 

 

 でも……例えば私と一花や二乃が並んでいたら。

 

「だって、相手はあの一花だもん。

 

 

 可愛くて、社交的で、男子からも人気で………自分の夢を持つ強さもある。

 

 

 私が男子だったとしても……多分、一花を選ぶ。

 

 

 それに、二乃だって………」

 

 

 家庭的で、自分の意見をはっきり言えて、オシャレで……

 

「それはどうも………ま、まあ⁉︎私が可愛いなんて分かりきってた事だけどね!」

「まあ、自信過剰ですぐ調子に乗るけどな」

「何ですって⁉︎」

「そしてすぐ怒る……」

「あんたね…‼︎」

 

 茶々を入れるソージに、ヘッドロックをかけている二乃だけど、残念ながらそれも事実だ。

 

 

 

「んん……!

 

 

 それだけに、アイツは変なのよね。

 

 私の告白を即OKしなかったのよ?どれだけ勇気を振り絞ったことか……。

 

 

 まあ?返事を先延ばしさせたのは私の方だけど、でもムカつくわ!

 

 

 そうでしょう町谷?」

「ヘッドロックを敢行しながら聞くな……!」

 

 解放されたソージが咳き込んでいるが、私はそれどころじゃない。

 

 

 やっぱり二乃はすごい。

 

 

 告白までもうしたんだ………。

 

 

「兎に角、あの朴念仁は言わなきゃ分かんないわよ」

「ハーレムラブコメ主人公は、得てして鈍感なもんだぜ?」

「私だって、告白したことはあるけど……」

 

……まあ、不発だったけど。

 

 

 でも、あの時できていた事が今は……

 

「もう今は、そんな自信湧いてこない。

 

 

 テストで1番になったら。

 

 

 美味しいパンが焼けたらって……

 

 

 

 そうやって、先延ばしにしてたのは私。

 

 

 一花も誰も悪くない‥‥自業自得だよ」

 

 

 色々言い訳をつけて、実行に移してこなかった意気地なしは、自分の思いを伝える機会を悉く不意にしてしまったのだ。

 

 

 

 そうして、どんどんと思考の沼に沈んでいくような私に。

 

 

 

「………おい、顔を上げろ」

 

 ソージが、私の目を正面から見据えてきた。

 

 

side奏ニ

 

 今回俺が三玖と話をするのは、励ましたり慰めるためじゃない。

 

 

 

 俺の目の前でウジウジされるのがうざったいから、ケツを蹴り飛ばしても退かせるためだ。

 

 

「お前のその言葉は、今ここにいる二乃だけじゃねえ。

 

 一花や四葉……そして、お前が大好きな風太郎への愚弄もいいところだ」

 

 

 一花は、三玖が恋敵に値すると思ったから、搦め手を使っても止めようとした。

 

 

 二乃や四葉は、三玖の行動に本気を感じたから、支えたり……立ちはだかった。

 

 

 風太郎は、三玖の事を少なからず想っていたからこそ、温泉旅館で必死こいて見つけようとした。

 

 

 

 みんな一者一様に、コイツの想いを認めていた。

 

 それなのに……コイツときたら。

 

「たかが露見したくらいで、臆病風に吹かれて?

 

 

 ソイツらの思いを踏み躙って……そんで、自信が湧いてこないだあ?

 

 

 悲劇のヒロインぶってんじゃねえ。

 

 

 旗を掲げた以上は、立て!

 

………精々、格好つけやがれ!」

 

「ソージ……?」

 

 こんな簡単にへし折られては、葛藤の末に狂わされた一花や、自分の思いを押し込めてサポートに回った四葉があまりにやりきれない。

 

 

 と言うかそもそも………

「それに……お前が思ってるほど、他人はそこまで思ってねえんだよ!」

 

 

 俺は、怯えたような目を向ける三玖から、後ろの二乃に視線を移す。

 

 

「だろ?二乃」

「………アンタ、それ女の子への発破の掛け方じゃないわよ」

「知るか。

 

 老若男女関係ねえ……中途半端に迷うなら、即蹴り飛ばすさ。

 

 俺の道の邪魔だ」

「あっそ……まあ、話したいことがあったからちょうどいいわ」

 

 

 頭を掻きながら、二乃は扉に向かう。

 

 

「三玖、よく聞きなさい。

 

 

 アンタとはやっぱりソリが合わないわ。

 

 

 いつまでもウジウジと塞ぎ込んで……」

「二乃…?」

 

 

 そして、そこまで言ってから振り返り。

 

 

「………私の目をバカにしてんじゃないわよ!

 

 

 私はアンタをライバルだと思ってたわ!

 

 

 アンタは私とじゃ勝負にならないって言ってたけど……冷静に考えてみなさいよ。

 

 

 

 

 

 

 私がアンタが認めるほど可愛いのなら、アンタも可愛いに決まってんじゃん‼︎」

 

「………二乃………」

 

「………じゃあね!行くわよ町谷!」

 

 

 特級のツンデレなエールと共に、部屋から出ていくのであった。

 

 

  

 

「……素直じゃねえな、相変わらず」

「アンタこそ、もっとマシな励まし方を考えなさいよ」

 

 

 

 

「間に合わなかったか……」

 そんなこんなで、三玖の部屋からでた俺は二乃と別れ、急いで清水寺に向かっていた。

 

 

 折角の修学旅行2日目を、お説教で終わらせたくなかったし、一花が何か仕掛けてくるはずなので、それが気掛かりだったのだ。

 

 

 

 そんなこんなで、清水寺に着いた俺が、曇天の雨降りの下で傘を差して歩いていると。

 

 

 

「風太郎、お前………」

「悪い、今はそっとしておいてくれ…

 

 

 あと、一花を頼む」

 

 

 濡れ鼠となった風太郎が、すれ違い様に肩に手を置いてきた。

 

 

 そして、その手の震えから……

 

 

 

「……だから言ったろ?一花」

 

 

 一花が何か仕掛けて、玉砕した事を何となく悟った。




いかがでしたか?

次回は上手くいけば、第3章の最終回となるかと思われます。

奏ニと五月のいつものやりとりが描きたいですな。


それでは、ごきげんよう。

 評価や感想などありましたら、宜しくお願いします。



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第33話 思い出と願いと葛藤と

更新です。


今回と次回でシスターズウォー編は終わりとなります。


なので、今回は少し変な終わり方となりますが、ご了承ください。


奏二の秘密
好きな色は黒。


 あの日のことは、今でも思い出せる。

 

 

 俺はあの日、あの子……零奈に振り回されるがままに、辺りを散策した。

 

 

 俺を必要としてくれた彼女との旅が、楽しくないはずがなかった。

 

 

 

 気がつけば陽は落ちて、夜になっていた。

 

 

 

 学校の先生が迎えに来るまで、零奈が泊まっていた旅館の空き部屋で待たせてもらってる間、トランプをしていた。

 

 

 その後、担任にこっぴどく叱られると言うオチがあったものの………今となってはいい思い出だ。

 

 

 だから………

 

 

 

 もういいだろ?

 

 

「え?」

 

 

 これ以上、俺とあの子との思い出に……後悔を滲ませないでくれ。

 

 

 目の前にいる奴に、何の意図があるかは分からないが……流石の俺もここまでされたら限界だ。

 

 

 俺は、目の前に立つ三玖……じゃない。

 

 

「お前に付き合うのもここまでだ。

 

 

 

 

 

………一花!」

「………え?」

 

 

 

 驚いたような顔をする一花に、目線を据えた。

 

 

 

 

 

 

 何で分かったのかって?

「ただの勘……だけじゃない。

 

 

 これまでの状況を考えたら、お前の可能性が1番高い」

 

 

 三玖が俺を好きだとして……それが明らかになった今、1番都合が悪いのは、あの一花をプッシュしていた三玖だ。

 

 で、その三玖が偽物だとしたら………まあ、誰かと言われたら一花になるだろう。

 

「ち、違うから、ハズレ!

 

 残念でした!」

 

 

 明らかに動揺していて怪しいし……仮に本当に違ったとしても、もうコイツらのミニゲームに付き合ってやる義理はないから同じことだ。

 

 

 だがまぁ……どうやら俺の予想は当たりのようで。

 

「ほら、正解だ」

「………っ」

 

 

 ウィッグを取り上げると、そこにいたのは一花であった。

 

 

 

 

 曇天だった空が、何かに呼応したかのように雨を降らす。

「このタイミング………先日、廊下で会った三玖の中身もお前だな?」

 

 

 

 さっきの推理の続きをしよう。

 

 

 昨夜、悲鳴を聞きつけた俺が、偶々一花と会った時。

 

 

「三玖の話を聞いてあげてよ」

 

 三玖の話を聞くように言われた。

 

 だが……それは、恐らく矛盾の解消が目的だろう。

 

 三玖が俺のことを好きなら、「一花とお似合いだと思うから、応援する」と言ったのと矛盾してきてしまう為、辻褄を合わせに来たのだ。

 

 

 

 怒りとも……悲しみとも、分からないものが頭を渦巻くが、それを出さないように何とか抑えて。

 

「あ、あれは私じゃ……」

「なぜあんな嘘をついた」

 

 あんな嘘をついて、こんな事態を引き起こした訳を聞くと、答えはなかった。

 

 

 いや……沈黙はもはや肯定と同義か。

 

 

 そうしてしばらくの沈黙の後。

 

 

「さっきの話………

 

 フータロー君は、知ってるんじゃない?

 

 6年前のその子が私たち5人の誰かだって」

 

 不意にそんなことを聞いてきた。

 

 

「………ああ」

 

 

 その結論は、旅行前から行き着いているので肯定する。

 

 

 すると……

 

「……私だよ。

 

 

 

 私………私なんだよ。

 

 

 私たち、6年前に会ってるんだよ……

 

 

 嘘じゃないよ……信じて…………」

 

 

 

 この一花の言葉が、本当か嘘かはわからない。

 

 

 いや、本当だったとしても疑わしいが、一応……

 

 

「6年前、俺とここで買ったお守りを覚えてるか?」

「えっ、うん!

 

 今でも持ってるよ……」

 

 やっぱり嘘か。

 

 

 あの子が持っていたお守りは、クリスマスに川に流れて行った。

 

 

 つまり、ここにそのお守りがあるわけがないのだ。

 

 

 

「忘れる訳ないよ……」

「嘘……なんだな」

 

 目を逸らし、必死に探すふりをする一花をこれ以上見たくなかった俺は。

 

 

 

「もう……今はお前を信じられない。

 

 お前の何を信じていいかわからない」

 

 

 

 何かが溢れる前に一言だけ告げて、この場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

side奏ニ

 

 

「アイツに、あの思い出絡みの冗談は禁句だ…流石にやりすぎたよ。お前らは」

「ソージ君……」

 

 

 

 声をかけてきた先公に話をつけて、寺の敷地内を探していると、ちょうどこちらに向かってくる一花と鉢合わせした。

 

 

 その顔は、大切な何かを失ったかのようだ。

 

……まあ、愛しの風太郎からの信頼と、姉妹達との情をダブルで失えばそうもなるか。

 

 

 だが……

 

「俺は言ったはずだ。

 

 嘘で積み重ねた物は脆く、嘘が壊した物は戻らない……って」

「……そうだね」

 

俯く一花は、自嘲気味に笑う。

 

 

 三玖の姿を使った嘘を積み重ねて作ろうとしたシナリオは、三玖と四葉によって壊され。

 

 その嘘が壊した風太郎からの信頼は、どれだけ時を重ねても、そっくりそのまま元通りとはならないだろう。

 

 

 

「………悪役を演じられても、お前に悪役は似合わねえよ。やっぱ」

「………」

 

……やっぱり覚悟しきれてなかったんじゃないか。

 

 

 いや、そんな覚悟が出来ちまったら……それはある意味、真人間を辞めちまうようなもんか。

 

 

 俺は、俯く一花を傘の中に入れる。

「……ほら、誤解されたくなきゃさっさと行くぞ」

「ソージ君……ごめんね」

「謝るんじゃないぜ……俺はしんみりが苦手なんだ」

 

 お節介の焼き過ぎも、考え物だと少し反省しつつ。

 

 俺達は、相合傘の形でホテルへと戻って行った。

 

 

「お前の取った道は間違いじゃないが……それが受け入れられるかどうかは別問題さ」

「………ごめん」

 

 

 

side一花

 

「シャワー空いたよ。

 

 先、頂いてごめんね」

 

 

 シャワーから出た私を待っていたのは、外の曇り空よりもどんよりとした空気だった。

 

 

「で、では……次は四葉がどうぞ…」

「うぅ〜…

 

 下着までぐっしょり……」

 

 

 四葉と五月ちゃんは私と同じようにびしょ濡れになったからだが……二乃と三玖に関しては、私の自業自得のようなものだ。

 

 

 

 

「わぁ……五月ちゃん、これ攻めてるね……着ないの?」

「こ、これは違うんです!

 

身の丈に合わないので捨ててしまいます!」

 

 とりあえず、バッグに凄い下着を入れていた五月ちゃんに話しかけていると。

 

 

「一花。

 

 

 

 三玖に言う事…あるんじゃないの?」

二乃が、逃げるなと言わんばかりに声をかけてきた。

 

 

 その声にビクッとした三玖と私はしばらく見つめ合う。

 

 

 三玖の顔は、どこかやつれたようであり……目は少し赤い。

 

 

 その顔に、押し込めたはずの罪悪感が蘇る。

 

 それだけのことを私はしてしまったのだと、突きつけられているのとイコールだ。

 

 

「ごめんね……一花」

 

 違う。

 

 謝らないといけないのは私の方だ。

 

 それなのに……たった一言の「ごめんなさい」も言えず、三玖の優しさに甘えてしまう。

 

 

 どうしてこうなったんだろう。

 

 

 どうして、私はこんな嫌なやつになってしまったのだろう……?

 

 

 

 重い空気が、さらに重くなって行こうとしていた時。

 

 

「五班……全員いるか?

 

 連絡事項を伝えにきた。

 

 30分後に2階の大広間に集合だ……奏ニがクラスのグループチャットに詳しい内容を送ってくれているから、そっちも見てくれ」

 

 

 ノックの後、フータロー君が私達に連絡事項を伝えにきた。

 

 

「なぜ、あなたが……」

「一応学級長だからな」

 

 

 先程のいざこざが記憶に新しい私は、あの時向けられたあの拒絶の目が頭をチラついて目を逸らすが……三玖の反応はその比ではなく。

 

 

「と、トイレ!」

 

 フータロー君から逃げるように、トイレへと向かってしまった。

 

 

 それを受けたフータロー君はため息を軽く吐き。

 

 

「お前ら、まだ揉めてんのか。

 

 ちょっと俺に話してみろ」

 

 サラッと爆弾を投げ込んできた。

 

 

 この場でそれをフータロー君に話すと言うことは、立ち回り方によっては、自分が原因で私達が喧嘩していると知られることになる。

 

 そうなれば、責任感の強い彼はまた辞めてしまうかもしれないし、あるいは自分自身を責めるかもしれない。

 

 そうでなくとも……フータロー君に、また心配をかけさせたくない。

 

 

 とは言え、このままでいても彼は納得してくれないし………。

 

 

 どうしたものかと頭を悩ませていると。

 

 

 

 

「ふー、スッキリしたー!」

 

 突然ドアが開き、全裸に近い姿の四葉が出てきたかと思ったら、速攻でまた閉めた。

 

 

 その、嵐のような出来事に張り詰めた空気が一瞬壊れたので、そこに畳み掛けるように。

 

「大したことないよね!」

「ええ!こんなの、姉妹じゃ日常茶飯事よ」

「じょ、じょ、じょーしきですよね!」

 

 なんとか誤魔化す流れに持って行くと、フータロー君は疑惑の目を変えることなく。

 

「ならいいが………

 

 兎に角30分後な。

 

 明日のコースもそこで決めるらしいから、考えておけよ?」

 

 

 と、言葉だけを残して去って行った。

 

 

 

 そうして、また訪れる張り詰めた空気。

 

「ごめん、勝手なこと言って…」

「いいわよ。フー君に心配されるのだけは1番避けたいもの」

 

 とりあえず、適当なことを言ったことを謝ると、二乃は仕方ないと言った顔で頷き。

 

 

「あんたもすぐ逃げんじゃないわよ。町谷にも言われてたでしょ?」

「確かにそうだけど、でも……」

「三玖…いつまでもそうは、していられませんよ」

 

 

 トイレから出てきた三玖に苦言を呈していた所で………

 

 

 

「………みんな、はっきりさせよう。

 

 私たちはずっと、フータロー君と2人きりになる機会を伺ってる」

 

 私は、今まで誰も触れてこなかった所を自分から口にした。

 

 

 

 

side五月

 

「私は班決めの時からそう言ってるわ。

 

 五月、あんたもなの?」

「否定はできません…」

 二乃に話を振られた私は、静かに肯定した。

 

 私は、今回上杉君にあの日の事を思い出してもらおうとして、2人きり……ではなくとも、一緒に行動したかったのだ。

 

 だから、正確には少し違うんだけど……まあいい。

 

 

「でも……このままじゃ、誰の目的も叶わない。

 

 

 それは全員が望む所じゃないはず」

「あんたがそれを言うのね……」

「も、もういないよね……?」

 

 顔を真っ赤にした四葉が顔を覗かせてきたので、一花が会話に入るように促したところで。

 

 

「だから………最終日のコース別体験学習。

 

 

 五つのメニューから一つを選んで、各地に赴くカリキュラムなのは知ってるでしょ?

 

 そこで……それぞれ一つずつ選択するのはどう?」

 

 と、一つの案を提示してきた。

 

 

 

 

 

side三玖

 

 

 なんと言う事だ。

 

 

「「あ」」

 

 昨日の雨から一転して、まさに行楽日和となった最終日。

 

 

 みんなでバラバラに行き先を選んだ中で、コース別体験学習で私が選んだのはDコース。

 

 それが……

 

 

「やっぱDコースがいいな……三玖、交換しようよ」

 

 そんな申し出をしてきた一花とコースを交換したことで、私がやってきたのはEコースだった。

 

 いや、それだけじゃない。

 

「三玖……」

「フータロー…」

 

 

 一体なんの因果か、折角低い可能性で外れるように祈っていたのに、まさかここで5分の1を引き当ててしまうとは。

 

 

「ここにいるのは一花のはずだったのに……」

 

 二乃やソージに色々言われたけど、やっぱりまだ私には想いを伝えるだなんて無理だよ……。

 

 

 どうか、このまま1人でいさせてほしいと思っていると。

 

 

 

「この後、お昼過ぎまで見て回れるらしいね」

「どこ行くんだコラ」

「適当に回ろうぜ」

 

 フータローの班の3人が話し合っていた。

 ソージがいないのが気になるけど、いても勘付かれそうだからこれでいい。

 

 兎に角この場から離れるべく、気配を消してみたが……

 

「あ、中野さん。また会ったね」

 

 武田君が、余分にもめざとく見つけてきた。

 

 

「ははっ、また逃げられちゃった」

「嫌われてんじゃね?」

 3人分の視線も構わずにその場から逃げていると。

 

 

「三玖、止まれ!」

「あっ!」

 目の前に人がいたのに気づかず、そのままぶつかってしまった。

 

 

「すみません……おい、大丈夫か?」

 

 その場にへたり込む私にフータローが近づいてくるが。

 

 

「危ないだろ?立てるか………おい!」

「じゃ、じゃあね!」

 

 フータローの顔をまともに見れず、私はまた逃走を再開した。

 

 

 二乃、ソージもごめん。

 

 

 やっぱり、無理だよ……!

 

 

「あ、おい!」

 フータローの声に後ろ髪を引かれながらも、それを振り切って逃げようとした時。

 

 

 

「戦国武将の着付け体験いかがですかー?」

 

 まさに私に刺さりそうなイベントの宣伝が、私の足を止めた。

 

 

 

 

 

side奏ニ

 

 

 映画村に班でやってきた俺は、仕事関連の用事があるからと理由をつけて、単独行動を取っていた。

 

 その用事とは……

 

「待たせたな、五月……に四葉?」

 

 五月に三玖のサポートのサポートを頼まれたのだ。

 

 本来、こんな贔屓じみたことはしないが……まあ、この争いを煽った身としては、見届けるくらいはしないとな。

 

 

「五月と町谷さんも一緒なら百人力だね!」

 と、能天気に笑う四葉の隣で、五月が俺の服を見て何か言いたそうだ。

 

「なんだよ」

「…折角の映画村なんですし、もっと観光地らしい格好をしても良かったんじゃないですか?」

「別にいいだろ?しっくり来るんだからよ」

 因みに、今の俺の格好は宣教師であり、着付け体験で選んだ物だ。

 

 呆れたようにいちゃもんをつけてくる町娘姿の五月に応じていると、同じく町娘姿の四葉が考え込むような顔で。

「でも、なんかいつもと変わらないような…」

「いつものは改造神父服で、今回のは宣教師だ。

 

 それより……お前ら何で、わざわざ別コースから来たんだ?」

 

 大した事ないような事を考えていたので、適当に答えながらも気になっていた事を聞いてみる。

 

 

「……お巡りさんに聞きながら、なんとか迷わずに来れたんですよ」

「方向音痴がようやるわ……で、なんで別コースからわざわざ」

 話題を逸らそうとする五月に、改めて聞こうとしたが。

「2人とも、上杉さんたちが行っちゃうよ?」

 

 四葉がそう促してきた。

 

 まあ、聞こうが聞かまいがやることは変わらねえし、今はよしとしよう。

 そんなこんなで俺達は、茂みに隠れながら、風太郎達を尾行し始めた。

 

「さあ…スニーキングミッションだ」

 

 

 

 

side二乃

「一花、なんで……⁉︎」

「二乃こそ……」

 

 折角2人きりになったのに、三玖がフー君から逃げようとしてたので、興味をひけそうなものを探して。

 

 

「「戦国武将の着付け体験いかがですかー⁉︎」」

 

 適当に、それっぽいものをでっち上げて叫んでみたら、なぜか一花が同じように茂みに隠れ、同じ言葉を叫んでいた。

 

 私が言えたセリフではないが、皆んなバラバラに選ぼうって言い出したのは一花なのに、これはどう言う事なのか。

 

「私はせめて、あの2人を見守ろうと仮病を使って……

 

あんたまさか、またあの子の邪魔をしようって⁉︎」

「ち、違う!

 

私も腹痛で抜けてきたの!」

 

 アレだけやってまたやるのかと詰め寄る私だが、どうやら一花も私と同じく様子を見にきたようだ。

 

 

「……って言っても、信じてもらえないと思うけど…

 

 

 私のしたことは許されない。

 

 

 最終日が終わる前に、少しでも罪滅ぼしをさせて欲しいんだ。

 

 

 

 

……きっとこれが、私たちの最後の旅行だから」

 

 と、ここで一花が聞き捨てならない事を言い出す。

 

 

「あんた、まさか……」

 

 一花が何を考えてそんな事を言っているのか、一瞬よぎった嫌な考えに駆られるように問いただそうとした時。

 

 

 

 

「あれ!一花と二乃もいる!」

「結局皆、Eコースに集まってしまいましたね」

「これなら、最初からEコース希望すりゃ良かったんじゃねえか?」

 

 

 私たちと同じように、町娘の格好をした四葉と五月。

 

「あんた、ここでもいつもの服着てんの?」

「違えよ、宣教師のコスをここで借りてんだよ!」

「変わり映えしないわね…」

「ガロンハットと黒い羽織してんじゃねえか…」

 そして、ここで借りたと言い張ってるが、いつもの格好とあまり変わらない町谷の3人がやってきていた。

 

 どう言う意図かは……大体わかる。

 

 多分、この子達も三玖の事を見守りに来て、町谷を巻き込んだのだ。

 

 

「全く……誰もルールを守ってないじゃない」

 

 

 ため息と共にそうこぼすと、どうやらフー君と三玖が動き始めたようだ。

 

 

「三玖達が移動するみたいだよ」

「と、とりあえずついて行きましょう」

「はい!」

「よーし、みんなで三玖をサポートしよう!」

 

 

 そんなわけで、私達5人はフー君と三玖の後を尾行し始めた。

 

 

side一花

 

「着付け……でしょうか?」

「フー君は絶対似合うわ。

 

 なんせ顔が良いんだもの」

「すげえバイアスのかかり方だな」

「最初はタイプじゃないとか言ってなかったっけ?」

「え、何それ?

 

 そんな大昔の私なんて覚えてないわ」

 

 

 茂みに隠れて様子を伺いながら、4人が会話してる中でふと、二乃が私をチラリと見て。

 

 

「まあ、一花がフー君と会った初日から、気にかけてたのは覚えてるけど」

 

 と、また懐かしい事を言い出した。

 

「そ、そうなのですか?」

「はは……気のせいだよ」

 

 

 だって、アレを……あの時の事を思い出したのは、あの日の夜だから。

 

 

 6年前、フータロー君と……

 

 

 あの時の記憶がふと蘇り、その記憶は、今の私があの時のようには戻れない事を私に突きつけてくる。

 

 嘘をつき続け、信頼を失った私には……

 

 

 痛みに苛まれている私の隣で、二乃が難しい顔をしている。

 

 

「やっぱ、あの男2人が邪魔ね。

 

ちょっと私がなんとかしてくるわ」

 

 どうやら、フータロー君と同じ班の2人の男の子達を、排除しようと考えているようだ。

 

「折角だし、一花は三玖に着付けさせるように仕向けなさい」

 さらには、私にまでよくわからない事を言い出す。

 

 

 唐突な妹にどうするのか聞いてみると。

 

「そりゃあもう……得意でしょ?

 

 三玖の変装」

 

 私が悪いとは言え、傷口に塩を塗るような方法を打診してきた。

 

「意地悪……」

 

 

 仕方ない。あの中でとびっきり可愛くしてあげよう。

 

 

 side二乃

 

「ヒィ〜〜⁉︎」

「よし、誘導完了ね」

 

 邪魔な男2人をお化け屋敷に放り込み、一仕事終わったと息をついていると、視線の先には新撰組?の袴を着たフー君と、艶やかな着物に身を包んだ三玖が、2人で歩いているのが目に入った。

 

 

 

 つまりは……一花も上手くやったのだ。

 

「ふーん、お似合いじゃない」

 

 

 今のフー君と三玖は、誰が見てもお似合いの2人だと思う。

 

 

 

 でも……そう思うほど、自分がああなりたかったって思ってしまう。

 

 

 これでは一花を責められたものではない。

 

 

 

 そう思うと、居ても立っても居られなくなって。

 

 

 

 無防備なフー君の背中に飛びついた。

 

 

 

「譲ったわけじゃないんだから……」

 

 

「うおッ⁉︎」

「あ」

 流石に、その衝撃で三玖が池に落ちることは予想外だったけど。

 

「……やり過ぎたわ」




いかがでしたか?

次回でこの章は終わり、第11巻あたりのお話となります。



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第34話 雨降って地固まる さながら映画のように

更新です。

今回でシスターズ・ウォー編は終わりとなります。


少し短いですが、ご了承願います。


奏二の秘密
雑学に詳しいが、使い道がない。


 ちょっとした雑学を話そう。

 

 

 時代劇の舞台といえば……大体江戸時代だ。

 

 水戸黄門や暴れん坊将軍、鬼平犯科帳や必殺仕事人……あげればまあキリがない。

 

 で、そんな江戸時代において、なんと女性は下着を履く習慣がなかったとのこと。

 

 「お馬」と呼ばれる生理の時につけるふんどしみたいなものはあったらしいが、基本的には腰蓑みたいな「湯文字」やら、それの上につける「けだし」などを下着としており、今みたいにパンツを履くのは戦後あたりになってからなんだとか。

 

 

 つまり、江戸時代を舞台にした、時代劇の世界を体験するこの映画村において。

 

 

着物に身を包んだ中野家の三玖嬢が、池に落ちて下着を濡らしてしまい、悲しきかなノーパンになったところで……。

「………なんですか?その続きを早く言ってみてください」

 

 

 続きを促す声が聞こえてきたので、お答えしよう。

 

 

 

「その当時のリアルを、体験できたって事でいいんじゃなかろうか?」

「いい訳ないでしょう⁉︎

 

今は平成です!江戸時代じゃありません!」

 

 と、歴史好きな三玖を鑑みた素晴らしいアイデアを申してみたところ、顔を真っ赤にした五月に怒られた。

 

 

 

 

 話を平成の今、映画村に戻そう。

 二乃によって池に落とされた三玖と風太郎が、着付け体験の場所に戻ったのを見守っていたところ。

 

 四葉が「三玖がノーパンになるかも」と言い出した。

 

 

 そうしてそれに対して慌てふためく3人を宥めるべく、こうして話をしてみたのだが……。

 

「…そもそも、なんで女性用下着の歴史なんて知ってるんですか⁉︎

 不純です!」

「いやあ、浴衣の下に下着は履かないって言うのが、どうしてか気になって調べてたら、そこまで行き着いちまって……」

「うーん………。

 

ソージ君もフータロー君も、勉強はできるのに変な所でおバカだよね」

 

 

 どうやら、この3人を落ち着かせることはできなかったようだ。

 

 

 

しかし……

「……でもよ、そうなるとどうすんだ?

 

 漏らした時用のお子様パンツじゃあるまいし、ショーツなんざ、こんな所で売ってねえだろ」

 

 そうなると、何かしらの物による対処が必要になるため、どうするか聞いてみると。

 

「ふ、ふんどしとかどうかな……?いや、でも、流石にそれは……」

「最悪隠せたらなんでもいいよ!四葉の俊足で見てきて!」

 

 一花と四葉によりふんどしを届ける流れになりそうな所で。

 

 

「あ、あの……!

 

 

 その………変な話ですが!

 

 

 何かあるといけないと思って……

 

 

 下着を1セット持ってます」

「「「なんで?」」」

 

 

 僥倖といえば僥倖だが、意味がわからない事を言い出した五月に、俺達3人の反応が綺麗に揃った。

 

 

………どうやら五月も、三玖に負けず劣らずのむっつりスケベなようだ。

 

side三玖

 

「アイツら見つかんねーな。どこに行ったんだか……

 

ん?どうした三玖」

「な、何でもない……!」

 下着を履いて、ちゃんといつも通りのタイツも履いているのに、今の私は下半身の状態に、気が気ではなかった。

 

 

 なんせ、その下着は………あまりにも大胆過ぎるから。

 

 もし、それがフータローにバレて、エッチな女の子って思われたら、一巻の終わりである。

 

 いや、でもそれを逆手に……おっと、危ない。

 

 

 

 そんな訳でスカートを手で抑えていた私に、強い風が吹き付けてきて。

 

 

「………ッ!」

「おい、本当に大丈夫か?」

 

 いけない。もっと平静を装わなくては。

 

 何だかどっと疲れたような気がした私は、そこにあったベンチを指し。

 

「つ、疲れちゃったから、少し休んで行かない…?」

「お、おう……」

 

 一先ず休んで、心を落ち着かせる事にした。

 

 

 

 

「目まぐるしくて、あっという間の3日間だったね」

「……だな」

 

 休憩所っぽい所で休んでいた私達は、今日までの3日間を苦笑いと共に振り返っていた。

 

 

 まあ……色々あって。

「私は実質2日だったけど……最後にフータローと過ごせたから、それだけで嬉しい」

 

 

 いろんな気持ちになったけど……なんだかんだで。

 

 

 いま、こうして大好きな人と一緒にいられるのならそれでいい。

 

 

 つい昨日まで、泣いたり落ち込んだりしてたのに、細かい事だと忘れちゃう。

 

 このまま、今履いてる下着のことも……いや、それは流石に無理か。

 

 そうして、フータローの反応を待っていると、彼の視線は私の後ろに向けられていた。

 

「…どうしたの?」

「いや、それは何だと」

 その言葉を不思議に思った私も、後ろを振り返ると……

 

 

「な、何で私のパンがここに……」

「作ってきてくれたのか?」

 

 見覚えがあり過ぎるあの袋が、私の近くに置いてあった。

 

 たしか、一昨日みんなの前から逃げた時に、無くしたと思ってたのに……。

 

 

 

「え、いや、そうなんだけど……」

「腹減ってたし、一個もらうな」 

「あ、ちょっと…」

 どう言うことだと混乱している私に構わず、フータローは袋から一つ取って……口に入れた。

 

 

 そして、咀嚼して飲み込んだ後………

 

 

 

「うまい。

 

……まあ、俺味音痴らしいから、正直自信はない。

 

 もしかしたら、このパンはまずいのかもしれない。

 

 

 どっちかはわかんねえが……

 

 お前の努力だけは分かった。

 

 

……ありがとな」

 

 

 私のこれまでが、無駄じゃなかったことを教えてくれた。

 

 

 

 

「……うん」

 かつて、フータローが教えてくれた好みの子の特徴。

 

 

 それを信じて、私は今までいろんな料理をしてきた。

 

 

 髑髏が出てきたり、二乃にダメ出しされまくったり……色々あって。

 

 

 その度に、フータローに「美味しい」って言われたくて。

 

「私……頑張ったよ。

 

 

 

……頑張ったんだよ」

 

 今こうして……実を結んだ。

 

 

 つい昨日も流していた涙なのに、今込み上げてくるものは別物だ。

 

 

 震える声でそう返す私に、フータローは懐かしいものを見るような目で、私のパンの袋を見る。

 

 

「どうしたの?」

「いや、ちょっとな……お袋を思い出した」

 気になったので聞いてみると、フータローは、自分のお母さんのことを話してくれた。

 

「6歳の頃死んじまったんだが……元気なうちは、毎日パンを焼いてくれたんだ。

 

 

 親父も俺もそれが大好きで……」

 

 と、ここで口をつぐんだので首を傾げる。

 

 

「大好きで……何?」

「いや、今は俺の話なんてどうでもいいかって思って」

「そんな事ない!」

 

 

 そうして……私は気づいた。

 

 

「こんなに一緒にいるのに、そんな事全然知らなかった!」

 

 人を好きになるには、人を知らなければいけない。

 

 何かの本にそう書いてあった気がする。

 

 それなのに、今まで私は……好きになってもらおうって、自分のことを知ってもらおうとしてばっかりで。

 

 

 フータローの事を……少なくとも、今教えてくれたような事は全然知らなかった。

 

 いや、知ろうともしなかった。 

 

 

 でも……

 

 

「私……もっと知りたい。

 

 フータローの事、全部!」

 

 そう思ったのなら今から知ろうとすればいい。

 

 思いがあるなら、たとえ失敗しても、そこから立ち上がれる……

 

 あの時ソージが教えてくれたのは、きっとこう言うことだろう。

 

 

「私のことも、全部知ってほしい」

「……お、おう」

 

 

 だから……今から自己紹介をする。

 

 

 私は中野三玖。

 

 好きなものは日本史関連のもの。

 

 

 戦国武将も、こう言う街並みも……時代劇も。

「あれ!

 

 お奉行所として、時代劇にも使われる名スポット。

 

 今日はあそこを見れただけで私は満足。

 

 Dコースほどじゃないけど、ここにも私の好きなものがたくさんある」

 

 そしてここには、私の好きなものがたくさんある。

 

 例えば……

 

 

 

 さっき渡った大きな橋。

 

 

「またドラマか?」

「うん。それとね……」

 

 

 左隣にある提灯が立ち並ぶ建物や。

 

 

 

 瓦版みたいなものが貼ってある看板。

 

 

 

 私達を日差しから遮ってくれている和傘。

 

 

 

「いや、多すぎじゃね?」

「ううん、まだまだあるよ」

 

 

 

 そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好き」

 目の前にいる、フータローが、私は大好きだ。

 

 

 

「ああ、知ってる」

……よかった。伝わった。

 

 

 

 

 side一花

 

 

「私………全員が幸せになってほしくて。

 

 いつも消極的になってる子を、応援してたのかも……

 

 

 こうなるって、少し考えたら分かるはずなのに…

 

 

 だから、一花の本当の気持ちに気づいてあげられなかった。

 

 

 

 だから……ごめん」

 

 

「一花……ごめんね」

 

 

 私は……謝られてばかりだ。

 

 

 1番謝る必要があるのは私なのに。

 

 

「私のことも、全部知ってほしい」

 

 三玖……ごめんね。

 

 

 ずっと、邪魔してばっかりでごめん。

 

 

「悪いが、今はお前を信じられない。

 

 何を信じて良いのかわからない」

 

 フータロー君……嘘ついてばかりでごめんなさい。

 

 

 

 

 だけど。

 

 

「よっ、来てくれたのか。

 

 1人で退屈だったし、何かしようぜ」

「じゃ、じゃあ、七並べ!」

 

 

 だけどね……。

 

 

「なんだ、ネタがバレてる2人か。

 

 脅かして損したぜ」

 

 あの時、2人で七並べをした思い出は。

 

 

「私達、6年前に会ってるんだよ」

 

 ほんの少しの僅かな間だし、もう信じてもらえないだろうけど。

 

 

 

「好き」

「言った……」

 三玖の声が、嘘ばかりついていた私が、言う機会を失った言葉を発する。

 

 

 

 あの思い出と、君への想いだけは……

 

 

 

「嘘じゃないんだよ……!」

 

 ダメだ。止まらない。

 

 

 後悔と、悲しみと……涙が。

 

 

 そんな私に、二乃が肩を置いた。

 

 

 

 side二乃

 

 ボロボロと泣く一花に、私は白状した。

 

 あれだけ偉そうな事を言っていたのに……私も結局、三玖の邪魔をしていた事を。

 

 「私ね……あの2人が一緒にいるのを見て、いてもたってもいられず、気づいたら飛びついてた。

 

 あれだけあんたを責めておいて、私が三玖の邪魔をしてるんだもの。

 

 情けないわ……」

 

 そして……だからこそ理解できた。

 

「あんたの気持ちが、今なら分かる。

 

 もしかしたら……タイミングが違えば、立場が逆だったかもね」

 

 

 だから……私の方こそ言うことがある。

 

「偉そうなことばかり言ってごめんなさい」

「そんなこと……そんなことない………」

 

 例え、相手が自分のせいだと言ってくれたとしても。

 

 

「ありがとう。

 

 でも、同時に己の愚かさにも気づいたの。

 

 あんたもそうなんじゃない?

 

 

 最後は三玖まで……一花は悪くないって言ってたわよ」

 

 最後まで自分のせいだって落ち込んでいた、手のかかる妹のように。

 

 

「だから……

 

 

 抜け駆けや、足の引っ張り合い。

 

 

 

 この争いには何の意味もないわ。

 

 

 何故なら……私たちは敵じゃないんだもの」

「うん……そうだね」

 私達はフー君を取り合う敵同士じゃない。

 

 だから……

「これが最後だなんて言わないで、三玖に謝りましょう」

 

 

 その責任をとって離れるなんて絶対に嫌。

 

 なぜなら……。

 

「きっと前よりも仲良くなれるわ」

 

 私たちには……フー君がいる。

 

「私達にしては珍しく、同じ好きなものを話せるんだもの」

 

 

 

 同じように想いを寄せる、彼がいるのだから。

 

 

 

 

 と、そんなふうに思っていた時。

 

「やっぱり私は、家族のみんなが好き」

 

 三玖が私の方を指差していた。

 

 

「ええっ⁉︎」

「えええ⁉︎」

 

 そして、フー君が振り向き様に私を確認して驚きの声を……。

 

 

「あ」

「逆にバレねえと思ってたのかよ……」

 

 

side五月

 

「お前ら、何故ここに……てか、奏二もかよ」

「おう……ちなみに仕事ってのはこいつらのお守りだ」

「三玖、気づいてたの?」

 

 驚いたような顔の上杉君と、いつも通りの町谷君の隣で四葉が三玖に声をかけると。

 

「やっぱり……一花と二乃の声が聞こえた時から、おかしいと思ってた」

 

 と、少し前から疑ってた事を明かしてきた。

 

 

「だろうな。てか、風太郎は何で壁一枚隔ててのやりとりに気づかねえんだよ…」

 

 嘘だろ?と言わんばかりの町谷君に、上杉君は待ったをかけて。

 

「ちょっと待ってくれ。

 

 と言うことは……今の「好き」ってのは?」

 

 と、深刻そうな顔で三玖に聞くと。

 

 

 

「そこに隠れてたみんなを指して、だけど。

 

 

 もしかして………自意識過剰くん?」

 

 と、悪戯めいた笑みで答えていた。

 

 

 

 side奏二

 

「ば、馬鹿にしやがって‼︎」

 

 

 顔を真っ赤にして、どこかに行った風太郎を見送っていると。

 

 

「三玖、良いの?折角伝えたのに誤魔化して」

「良いんだよ。

 

 私は誰かさんみたいに、勝ち目もないのに特攻するほど馬鹿じゃない」

「誰が馬鹿よ」

 

 四葉の問いに三玖が答え、そこに二乃が噛み付いていた。

 

 まあ、ほぼいつも通りの姉妹のやりとりだな。

 

 

 そして、そこに付け加えるように。

「それに……

 

 フータローも、思ってるほど鈍くもないから」

 

 三玖は、自信ありげにそう言った。

 

 

「ちょい前までピーピー泣いてたやつが、随分大きく出たな」

「旗を掲げたなら、格好つけるよ……ありがとう、お陰で自信ついた」

「そーかい…」

 

 思わず軽口を挟んでいると、三玖が改まったように姉妹達に向き直る。

 

 

「四葉……パンをありがとう」

「ししし、一時はどうなるかと思ったよ」

 

「五月、多分あの下着五月だよね……ありがと……」

「すみません……」

「何であれで五月って分かるんだ……?」

 

 まあ、多分そう言うことなんだろうな……。

 

 

「二乃」

「いいわよ。水臭い」

 

 と、二乃にまでお礼を言った所で。

 

 

「ごめん!

 

 

 ごめんね、三玖……ッ」

 

 一花が、三玖に抱きついて謝っていた。

 

 

 そして、そんな一花に三玖は。

 

「いいよ。

 

 

……ありがとう、一花」

 

 

 その手で、一花を抱き返す。

 

 そんな2人に他の3人も静かに寄り添った。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、しばらく続いたシスターズ・ウォーは終わりを迎えた。

 

 

 とは言っても、風太郎が答えを出さない限り、戦いは終わらない。

 

 

 

 だと言うのに、こんな「雨降って地固まる」みたいな雰囲気を出すとは、甘い奴らだとしか言いようがない。

 

 

 

 だが……コイツらは俺に勝った。

 

 俺はゼロサムゲームの形が出来上がった以上は、「みんな仲良く」なんてできるわけがないと思っていた。

 

 だから、泥沼化させるよりかは、短期決戦で決着をつけさせようとしたが……姉妹の絆まではどうすれば良いのかわからなかった。

 

 だが……こいつらは、本音をさらけ出して、ぶつかり合って。

 

 そして……この戦いが無意味だと悟ることができただけでなく、姉妹の絆をより強めたようなものだ。

 

 

 少なくとも……俺では、このルートに辿り着くことはできなかっただろう。

 

 

 だから………素直に賞賛を送ろう。

 

「……大したもんだぜ。おめでとさん」

 

 

 

「雨降って地固まる」を、ゼロサムゲームから見出したこの5人にな。

 

 

 

 

 

 

 

 数年後。

 

 結婚式が始まる式場の、花嫁の控室にて。

「あの後、俺は風太郎達のところに戻ったんだが……お前らは何を話してたんだ?」

「それは、私たちだけの秘密だよ……多分、五月に聞いても同じ答えが出てくる」

 

 

 神父服に身を包んだ俺は、ウェディングドレスに着替える前の花嫁と話をしていた。

 その中で、修学旅行の時のことを思い出した俺が聞いてみたところ、今の答えが返ってきたってわけだ。

 

「だろうな……まあ、それを聞くのは不躾か」

「そう言うこと」

「へーへー」

 

 まあ、あの時の俺が聞かないって決めたんなら、それを尊重するとするか。

 

「んじゃ、そう言うわけでそろそろ着付けのスタッフが来るから、作業に戻るわ」

「そう。じゃあまた式の時に会おうね」

 

 

 そう言うわけで、俺はドアを閉め、会場へと向かって行った。

 

 

 

 

 あ、そうだ。

「………風太郎のことは頼んだぜ。

 

 

 

 

 あと、改めておめでとさん。

 

 

 

 

 三玖」




いかがでしたか?

 今回は主人公と五つ子達の対立ルートも考えてましたが、そうなると暗くなってしまうため、やめました。

 また、この作品での風太郎の相手は三玖でいかせていただきます。


 そして次回から新章……と言うより最終章へ突入していこうかと考えております。
 最後までお付き合いしていただけると幸いです。


 と、言うことで次回もお楽しみに!
 


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第4章 そして終わらせない未来へ
第35話 追憶「町谷奏二」が生まれた日


今回は少し前の回で予告しておいた過去編となります。

 お話的には原作87話から89話の四葉視点の過去編みたいなものを、主に奏一視点で見ていくものとなります。

 なお、今回はオリキャラが多数出てきますが、彼らは本編にもしっかり登場させるつもりです。

 ひょっとしたらこういう過去編が無駄と思われる方もいるかもしれませんが、一応今回は後々出すオリキャラとラスボスのチラ見せ的なものもありますので、ご了承いただけると助かります。


 そいつのことは、馴染みの教会の親父さんから聞かされていた。

 

 なんでも、すごい子供がやってきたとのことで……「将来は立派な神父になる」との事だ。

 

 あまりに嬉しそうに話すもんで、興味が湧いた俺は……そいつに話しかけてみることにした。

 

 

 そして、俺はそいつ………「優一」に会って、仕事であったいろんな事を話したり、いろんな事を教えるのが、一つの楽しみとなった。

 

 

 

 そいつは、いわゆる「天才」と言うやつだった。

 

 類まれなるコミニュケーション能力と……天性の勘と才能があった。

 

 

 そして……呆れるほどに優しかった。

 でなければ、たった7歳でそこにいた他のガキどもと打ち解けて………面倒を見れたりしないだろう。

 

 

 だが、それと同様に………悲しかった。

 

 この施設にいる奴らは、大抵事故や犯罪に巻き込まれて親を亡くしたり、虐待やらで親から見捨てられた子供などが多い。

……まあ、後者に関しては俺が連れてきたのもちらほらいるが。

 

 コイツに関しては、物心ついた時には天涯孤独となっていた。

 

 この年頃だと、まだまだ大人に甘えたりするだろうに……コイツはそれができないと諦めてしまっていて。

 

 ここにいる他の奴らの面倒を見ることで、早々と俺たち大人の仲間入りをするしかなかったんだ。

 

 

 だから、せめて俺だけ……いや、ここにいる大人達だけには、子供としていて欲しかったから、俺はいろんな事を教えた。

 

 

 独身の探偵……いや、汚れ仕事もこなすろくでなしには、子供の世話なんて縁のない話だったから、嬉しくて尚更入れ込んだのかもな。

 

 

 だが………その中で教えた事の一つが、コイツの人生に暗すぎる影を落としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 その事を思い知らされた時の事は、よく覚えている。

 

 

 ある年のバレンタイン。

 仕事終わりに、偶々立ち寄った教会は………地獄絵図と化していた。

 

 

 そこにいた親父さんやシスター達。

 

 果ては子供達の亡骸がブルーシートに包まれていて。

 

 

 事件の対処にかかっていた誰もが、悲痛な面持ちをしていたが……それ以上に。

 

 

「じゃあ、優一は………」

「はい。犯人の男を、銃で撃ち殺したんだと思います」

 

 病院で村山の嬢ちゃんから聞かされた内容に、俺は打ちのめされた。

 

 

 なんと、犯人のクズを優一が撃ち殺してしまったんだとか。

 

 確かに、撃たなければ逆に殺されてたかもしれないが……俺が教えた銃の扱いが……アイツを、人殺しにさせてしまったのだ。

 

 

 更には、俺が見てきた亡骸も、全て直視しているとのこと。

 

 

 人のあんな死体に慣れた俺でも、楽になることはないが……大人ぶっていてもまだ子供のメンタルで、あんなものを見せられて。

 どれほどのダメージを負ったかわからないアイツに、どれだけ重い十字架を背負わせてしまったのだろう。

 

……流石の俺も、こんなガキの頃に人を殺したことなんざない。

 

 

 

 だから俺は、せめてもの償いとして……アイツが運ばれた病院には、よくお見舞いに訪れていた。

 

 運のいいことに、そこは普段から通っていた病院だったし、そこの医者には俺のダチがいる。

 

 

「……アイツはどうだ?マルオ」

「ああ……目立った外傷はないが、やはり精神的なショックが大きいようだ」

「だろうな……悪いな、預かってもらって」

「構わないさ」

 

 マルオに経過を聞き、その後に病室に行き話をする……事件の後から、そんな事を続けて1週間経った頃。

 

 

 

「奏一さん。頼みがあるんだ」

「何だ?言ってみろよ」

「俺を……奏一さんのところで働かせてほしい」

 

 と、頭を下げてきた。

 

 

「何でまた……たしか、この後の引き取り先は、村山の嬢ちゃんのところじゃなかったか?」

 

 施設で職員として働き始めた嬢ちゃんが、話をつけたと言ってた事を思い出しながら、その言葉の真意を聞くと。

 

 

「俺は……生き残っちまった。

 

 みんなの命と引き換えにな」

 

 その口から出たのは、余りにも強烈な言葉だった。

 

 言葉を失う俺に構わず、優一は続ける。

 

「だから……俺はみんなの夢を叶えなきゃならない。

 

 それが、死神の俺ができる唯一のことだ。

 

 人殺しとして、裁いてももらえないみたいだし」

 

 

 そう、決意を固めたように言う優一を前に、俺は天を呪った。

 

 

 コイツが何をした?

 

 何故……この、呆れるほどに優しすぎたコイツに、こんな考えを持たせた?

 

 

 

「俺のところで働くとなると……あの日見た地獄を、また目にするかもしれないぞ。

 

 それに……俺も、もう長くない」

 

 打ちのめされたような気分の俺が、せめてこれ以上は普通の人生を生きてくれと言う願いを込めて、出来るだけ思いとどまらせようとしても。

 

 

「それなら、奏一さんの命も無駄にさせない……俺は13の十字架を背負うって決めたんだ。

 

 今更1や2増えても問題ない。

 

それに……死神は地獄の番人みたいなもんだろ?

 あんな光景を、他の誰にも見せたくないし、ドブ臭え役は俺がひっ被ればいい。

 

……誰も守れなかった人殺しには、それがお似合いだぜ」

 

 

 もう、目の前の少年は壊れてしまったのだと理解した。

 

 

 

 

 

 

「……ってわけなんです」

「成る程。それで私に相談を」

 

 優一に「少し考える時間をくれ」と答えた日の翌日。

 

 どうしたもんかと悩んだ俺は、高校時代の恩師である零奈先生のところへやってきていた。

 

 

 零奈先生は、5人の娘を養うシングルマザーで……尚且つ、無堂のクソ野郎にトンズラこかれたのにも拘わらず、その娘達を虐げることなく育てている立派なお方である。

 

 これは、堅物のマルオがゾッコンなのもわかる話だな。

 

 

……ちなみに無堂ってのは俺やマルオ、そして下田や勇也にとって高校時代の教師であり、最低のクソ野郎だ。

 

 当時同僚だった零奈先生に目をつけ、病弱だった先生に5人もの娘を孕ませた挙句に、5人いると分かった瞬間に責任も取らずに逃げやがったんだ。

 

 更には、自分の立場を濫用して、女子生徒や女性教諭に手を出したり、気に入らない奴を他人を使って消そうとするなど……やりたい放題やってやがる。

 

 俺が探偵をしているのも……言わば、コイツを見つけ出して、必ず罪を償わせる為だ。

 

……まあ、それはどうでもいいか。

 

 兎も角、零奈先生に優一のことをある程度ぼかしを入れつつ話し、相談しにきたのだ。

 

 

「俺は、どうしたらいいのか……」

 

病院の待合室で少しの沈黙の後。

 

 

 

「あなたは、その子にどうあってほしいのですか?」

 

 先生は吸い込まれそうな群青の瞳で、真っ直ぐ俺を見据える。

 

 

「俺は……」

 俺は……アイツを、何とかしてやりたい。

 

 

 あのままじゃ……優一は自分で自分を壊しかねない。

 

 

 家から追い出され。

 

 病に侵され。

 

 何もかも失って、希望もないと自棄になったように汚れ仕事に身を染めた俺にとって。

 

 無邪気に慕ってくれる優一は最後に残った救いだったんだ。

 

 

 だから……失いたくない。

 

 

 

「思うところがあるのなら、何をすべきか見えてくるはずですよ」

 

 

 そうして………俺は優一を養子に迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、お前も子持ちになるとはな!ガハハハハ!」

 

 俺の隣で、そう豪快に笑うのは上杉勇也。

 

 マルオと同じく俺の高校からのダチの1人で、2人の子供を持つシングルファーザーである。

 

 親としては歴の長いコイツに、久々の再会がてら話を聞こうと思って、居酒屋に誘ったのだ。

 

 そして、しばらく話した後に。

 

「でもよ……いいのか?お前の病気は」

 

 と、幾らかトーンを落として聞いてくる。

 

 コイツは、4年前に嫁さんを亡くしており……先立つことが残された者にどれだけの打撃を与えるかを、よくわかっている。

 金髪にピアスと、チンピラみたいな格好をしてる割には、そう言うところでしっかりしている勇也に。

 

 

「まだくたばるつもりはねえが……もし、予想以上に早く俺がいなくなった後には施設に入れてもらうように話をつけてるし、それはあらかじめ優一にも話してる」

「……それで?」

「なら、技術やら考え方やらを全部教えてくれってさ……」

「ガハハハ!子供の成長は早えぞ!

 

 

………まあ、なんか必要ならいつでも言ってくれや。

 

 助けになってやれるかもしれねえ」

「……必要になったら頼むわ」

 

 

 

 それから俺は、時間が許す限り優一にいろいろなことを教えていった。

 戦闘技術や、銃や電子機器の扱い。

 

 視野を広く持つことや、尾行術、話術にさまざまな考え方。

 

 

 更には、色々な遊びや雑学なんかも……思いつく限りで色々教えた。

 

 コイツは……一度に多くのものを失いすぎて、いろんなもの……特に命に対してドライになりすぎている。

 

 

 そんなコイツに、少しでも潤いを取り戻して欲しかったんだ。

 

 

 

 そうして教えていった結果優一は、教えたことをスポンジのように吸収していって……2年もすれば、助手として頼れる程のレベルに成長し。

……親父さんの言った通り、優一は人に寄り添うことに関しては天賦の才能を持っていた。

 

 

 

 零奈さんも、優一と話した後に「いつか、娘たちに会わせてあげたい」と褒めていた程だ。

 

 

 

 

 

 そして……そう笑っていた少し後に、零奈さんは闘病生活の末に亡くなってしまった。

 

 それを知った時、俺は優一がいないところで絶叫したね。

 

 あのクズ野郎を、零奈先生の前で謝らせたかったのに………それが叶うことはついぞなかったからである。

 

 

 5人の娘を育てるシングルマザーに、大きな葬儀を開くほどの金があるわけがない。

 

 なので、近しいものだけでやることになり、俺と優一はその手伝いにやってきていた。

 

 

 

「優一。この人が話があるそうだから、5人を同じところに集めておいてくれ」

「あいよ」

 

 喪服代わりに、改造神父服に身を包んでいる優一に、5人の娘を一ヶ所に束ねておくように言い、それをマルオと共に見送る。

 

 

 

「で、結局あの5人はどうするんだ?」

「あの子達は、僕が責任とって面倒を見よう。

 

 あの人が残した、大切な命だ……と、言うのは簡単だが、僕自身あの人の死をまだ受け入れられずにいる」

「まあ、お前ずっとゾッコンだったもんな……」

「……僕は、あの子達と向き合えるだろうか」

 

 恩師であり、妻を亡くしたマルオはいつもの能面みたいな顔に、翳りを見せてそう呟く。

 

「出来るか出来ねえかじゃねえ。やるしかねえだろ?」

「……ああ、分かっている。とりあえず、知り合いが理事長をしている私立中学に入れられないか当たってみるよ」

 

 

 そんな話をしながら、優一からの連絡を待っていると……

 

 

「そんな事ない‼︎」

 

 女の子の声がしたので、何事かと様子を伺うと。

 

「五月‼︎

 

 君も、冷やかしに来たのなら帰って‼︎」

「言われなくてもすぐに帰るさ。

 

……コイツを何とかしてからな」

 

 泣きじゃくる女の子に胸ぐらを掴まれていた優一が、もう1人に目線もくれずに返しているところだった。

 

 

「あいつ、何か言ったな……?」

「彼は、人当たりがいいのではなかったのか?」

「人当たりはいいが、口が悪いんだよ……まあ、男親1人で育てた結果だな」

 まあ、汚ねえ大人達の罵り合いだのを見せちまってたってのもあるが。

「肝に銘じておくよ」

「言ってくれる…」

 

 

 そんなやりとりをしながらその一部始終を見ていたが……どうやら、優一の奴はその五月と呼ばれた女の子を、導いたようだった。

 

 

「………これは負けてらんねえぞ?マルオ」

「……そのようだね」

 

 

 

 そうしてすぐ、優一は中学生になったが……この頃から、俺の持病は悪化し始め、もう2〜3年も持たないと言われ始める。

 

 

 それを優一に言うと、「覚悟はしてた」と表面上は笑顔だったが……そこからコイツは、益々俺から知識や技術を得ようと躍起となった。

 

 

「学校の勉強で手間取ってるわけにはいかない」と、部活もやらずに学校から帰ってきたらすぐに勉強漬けの日々。

 

 

 勇也の話だと、アイツの息子の風太郎君も似たような状態になりつつあるとの事なので……一応。

 

「知識や学力、技術だけがあってもダメだ。

 

 遊びのない糸は、すぐに切れる」

 

 そう、忠告はしておいた。

 

 すると、コイツは……仕事先で変な友人ばかり作り始めた。

 

 

「無口で無愛想で無鉄砲」な商売敵……いや、少年探偵の「緋色 唯(ひいろ ただし)」。

 

動物に好かれる体質のサーカス団員「鳥羽 三ツ矢(とば みつや)」。

 

 

大財閥の嫡男にして、4代目の当主である「愛鬨 四郎(まなどき しろう)」。

 

空手道場の若き師範の「張 竜伍(はり りゅうご)」。

 

 

 本当に癖だらけの奴らだったが……コイツらと優一は妙に噛み合うらしく、仲は良さげだった。

 

 

 コイツら5人と……いや、もしかしたら風太郎君や、マルオの所の5人も入れた、騒がしくも楽しいに違いない日々を見てみたいと願っていたのだが。

 

 

 

 

「……どうやら、俺はここまでみたいだな」

 優一が15の頃に、俺は……リタイアしなければならないようだった。

 

 

 

side優一

 

 奏一さんに「俺は長くない」と言われてから、心のどこかで覚悟はしていた。

 

 

 だから……それまでに後悔がないようにって、俺は奏一さんからたくさんのことを学んだ。

 

 

 いつ来るかわからない別れで、悲しくならないように……笑って、奏一さんの命を背負えるようにって。

 

 

 でも……

 

「やっぱ……苦しいよ」

 

 だからって、この胸の痛みが無くなるわけがなかった。

 

「当たり前だ……人の命は、そんな軽くないさ。

 

 

 俺のも……お前のもな」

「ああ……でも、ごめん。

 

 やっぱ、俺にはこの生き方しかできないや」

 

「だろうな。

 

……お前、結構強情なところがあるし」

「でも………生きるよ。

 

 アイツらの願いを全えて。

 

 そっちにいった時、奏一さんが音を上げるほど、一杯話題ができるまでは」

 

 アイツらの夢を全部叶えて、その後自分で自分の命を絶つ。

 

 

 それが、俺みたいなクズに相応しい最期だと思ってた。

 

 

 でも……その後も、少しだけ生きてみようと思う。

 

 

 もし、すぐに死んだら……奏一さんが、「生きててほしい」と教えてくれたいろんなものを、無駄にしてしまうから。

 

 

 そう。ほんの少しだけ……。

 

 

「そうか………

 

 

 なら…………安心だな……」

 

 

 そんな俺の思いを悟ったのか何かはわからない。

 

 わからないが、奏一さんは1つ微笑み。

 

 

 

 

 

 

 10月15日……その命に終わりを告げるのであった。

 

 そして、その瞬間から……

 

 

「俺は町谷奏二………逃げも隠れもするが、嘘は言わない町谷奏二だ」

 

 

 俺、田中優一は"町谷奏一を継ぐもの"こと、「町谷奏二」として生まれ変わった。

 

 そして俺は…‥少しだけ泣いた。

 

 許してくれ、みんな。

 

 これで………泣くのは最後にするから。

 

 

 

 

 

 それからは、もう激動の毎日だった。

 

 奏一さんの葬儀を、葬儀会社の人たちと協力して執り行い。

 

 奏一さんが残した趣味関連のものを整理して。

 

 奏一さんの遺産を元手に、四郎の協力の元で何でも屋開設の準備をして。

 

 16歳になるまでは村山さんの勤めている施設で世話になりながら、色々なことを行っていった。

 

 

 

 そうして………

 

 

 

 

 

「そいじゃあ……おっ始めますか‼︎」

 

 

 16歳の10月16日。

 

「町谷探偵事務所」改め「よろず屋 まちや」が、産声を上げた瞬間だった。

 

 

 

 

………奏一さん、見ててくれよ。




いかがでしたか?

今回出てきたオリキャラ達ですが、もちろん元ネタはあの人たちです。

そして、無堂先生ですが原作よりもよりヤバめに仕上げようと思っております。


 そして、ここで紹介も。

緋色 唯(ひいろ ただし)
 奏二が優一時代に、仕事の中で出来た友人。

 無口で無愛想で無鉄砲な少年探偵で、共に仕事をする際は奏二がフォローに回る事が多い。

 キャラの元は「ヒイロ・ユイ」。


鳥羽 三ツ矢(とば みつや)
 唯と同じく、優一時代にできた友人。

 サーカス団の千両役者であり、団が飼育している動物と心を通わせることができる。

 キャラの元は「トロワ・バートン」。


愛鬨 四郎(まなどき しろう)
 優一時代にできた友人。

 大財閥の嫡男にして、4代目の当主である。

 中世的な見た目をした心優しい少年で、ブロンドの髪が特徴。

 奏二の何でも屋のスポンサー的な立場を取っており、よく遊びにくるついでに当社の書類仕事を手伝わせる。

 キャラの元は「カトル・ラバーバ・ウィナー」。


張 竜伍(はり りゅうご)
 優一時代にできた友人。

 道場の若き師範代。

 正義感が強く、他人にも自分にも厳しい性格をしている。


 意外にも将棋や学問、戦略を嗜む知識人であり、奏二曰く「風太郎以上のジジイ気質」。

キャラの元は「張五飛」。

ちなみに全員奏二と同い年です。



 そして次回は、原点回帰として五月と奏二がタッグを組んでわちゃわちゃしますので、久しぶりに軽い気持ちで書けそうです。

 それでは、次回もお楽しみに!



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第36話 夏と水着と変貌と

番外編を挟んで、最終章に入っていきます。

あと、ここで一つお礼をば。

毎回誤字・脱字を修正してくださる方がいらっしゃいます。

書き終えてから、脱字などを確認する気力が湧かず、投稿した後に見つかると言うパターンが多い中での修正は非常にありがたいです。

 私も出さないように執筆中から気をつけるようにしますので、それでも出た時にはお世話になるかと思われますので、何卒よろしくお願いします。

 と、なんとも情けない前置きからのスタートです。


 奏二の秘密
 自分の三つ編みを作るのは得意だが、他人の髪を三つ編みするのは苦手。


 風太郎の結婚式の朝。

 

「「………」」

 共同墓地にて、俺と五月は零奈さんの墓に手を合わせていた。

「みんなを代表して、お母さんに報告したい」とのことで、朝早くやってきているのである。

「俺は少し奏一さんの方にも行ってくるぜ」

 ついでに奏一さんの方の墓の方へもお参りに行ったが……今日のメインは零奈さんの方だ。

「うん。……お母さん、五月だよ。

 

今日ね……?」

 なので、五月が零奈さんの墓に語りかけている間に、ささっとお参りと掃除を済ませる。

 

 そうしたら、2人で零奈さんの墓への献花や軽い掃除を終えたら、駐車場へと向かっていく。

 

「んじゃ、行くか……」

「そうだね。一花のお迎えに行かなくちゃ」

 

 この墓地には、俺達を作った「過去」があり。

 

 その過去の積み重ねが、今こうして並んで歩いている「現在」であって。

 

 そして、止めてあった車に乗って……幾つもの「未来」にむけて走るのだ。

 

 

 

 孤独を受け入れるしかなかった俺が。

 

 孤独を恐れた私が。

 

 

 

「あれから4年経ってるんだよな……月日の流れは早いもんだぜ」

「そうだね。私たちもそろそろ……」

「そっちの仕事が落ち着いたらでいいんじゃねえの?」

「うん、まずは今の仕事に慣れなくちゃ」

 こうして、2人で歩いていく。

 

 

 死が俺たちを分かつまで……終わらない。

 

 いや、終わらせない未来を………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修学旅行が過ぎると、そろそろ3年生には受験の影がチラついてくる。

 

 そうともなれば、夏休みは基本的に受験勉強がメインとなるわけだ。

 

 俺は卒業したら、本格的に何でも屋に専念するため、受験をする気はさらさらないが。

 

 

 兎も角、高3の夏休みのメインが受験勉強だとしても、ティーンエイジャーたるもの、どこかしらで遊びたいわけで。

 

 

 

「いやー、晴れたな」

「そうだねぇ」

 

 そんなこんなでウチのクラスの面々は、海へとやってきていた。

 

 

「折角なのでみんなで遊ぼう」となって、協議の結果海水浴となったのだ。

 

 だが、ここにいない奴もちらほらいる。

 

「でも五姉妹も、来ればよかったのに……いや、中一は女優なんだし下手に動くわけにも行かないか?」

「あれー?上杉君もきてないんだっけ?」

 

 加藤と安芸の2人が言うように、あの6人が来ていないのだ。

「風太郎は知らんが、あの5人は今日引っ越しらしいぜ」

 

 

 そのおかげか、いつもよりも静かだが……なんか、物足りない感じは拭えないな。

 

 

「まあ、その分俺らが構ってやるから気を落とすんじゃないぞ?」

「へっ!そっちこそ、他の女のケツに靡かねえようにな?」

「うーん、浮気はダメだよー?」

 見透かしたような加藤の発言に、とりあえず軽口で応戦していると。

 

 

 

「あ、奏ニさんだよお兄ちゃん!」

「……さっき武田と前田にも会ったが、これはどう言うことだ?」

 

 困惑顔の風太郎が、らいはちゃんに手を引かれていた。

 

 

 

 

 どうやら、風太郎は武田がメールで送ったと言う今日の予定を見ていなかったらしく。

 

 偶々今日、ここに海水浴に来たんだとか。

 

 

「おかしいなー、なんで五つ子のみなさんに会えないんだろ」

「そう言えば、やけに静かだと思ってたが……アイツらいないのか」

 

 そんな事情を話しながらも、らいはちゃんと風太郎が不思議そうな顔をする。

 

「あれ、お前さん知らねえのか?今日アイツら…」

 

 事前に聞かされていた俺が、理由を教えようとした時。

 

 

「やあ皆んな!

 

 スイカ割りをやるけど参加するかい?」

「するー!」

 

 武田から出たスイカ割りに、らいはちゃんが食いついた為、その理由か話されることはなかった。

 

「……まあ、後で分かるしいいか」

 

 

 今日、あの5人がここにいない理由。

 

 まあ、さっきも言ったが引越しだ。

 

 なんでも、今住んでいるあのボロアパートが近々解体されるんだとか。

 

 

「人生の大半を過ごした場所がなくなるのは寂しい」と、教えてくれた五月は苦笑していたが……老朽化では仕方ない。

 

 

 で、もともと住んでいたあのタワマンへの引っ越しが決まり、その引っ越す日が今日だったって訳だ。

 

 

 そんな訳で、せめて写真くらいはくれてやるかとカメラを構えた先では……

 

 

 

「……何やってんだアイツら」

 

 風太郎のヤツがスイカと間違えて、なぜか埋まっているコラ助の額に一撃を喰らわせていた。

 

 

 

 その日の夕方。

 

「上杉……まだ痛ぇぞ」

「だから、何度も謝っただろ……」

 

「まだメソメソ言ってるの?男らしくない…」

 

 

 疲れて眠ったらいはちゃんを膝に乗っけている風太郎と、額に絆創膏を貼っているコラ助が不毛な争いをしているのを、コラ助の彼女である松井が見咎めていた。

 

「でもまあ、あの時は笑ったぜ?お陰でいい写真が撮れたしな」

「町谷、何撮ってんだよ……」

「でも、大怪我にならなかったし良いじゃないの。

 

 それに……上杉君も楽しそうだったしね」

「え……」

 そして、松井の振りに風太郎がポカンとするが、確かに楽しそうにしていた。

 

 

「……俺、楽しそうにしてたか?」

「うん」

「おう、アイツらへの土産話にはなりそうだぜ」

 

 そう言われて、どこか照れ臭そうにしている風太郎に武田が。

 

 

「この後花火をするそうだが、君はどうだい?」

「いや、俺は帰ることにする。らいはも疲れちまったしな」

 

 花火に誘うが、らいはちゃんをダシにして断っていたが……

 

 

「みんなによろしく伝えといてくれ」

「「「⁉︎」」」

 

 

 意外な続きにその場にいた俺、武田、コラ助の反応が見事に被った。

 

 

 

「……なんだお前ら、そんな驚いた顔して」

「いや、意外だと思ってね。君がクラスに馴染もうとするなんて」

「そうか?元からこうだろ」

「それはない」

「だな。今までを振り返って、それで同じこと言えたら鉄面皮も良いところだ」

 

 俺たち3人の総ツッコミを受けている風太郎に、武田は昔を懐かしむような顔で。

 

「一年の頃と比べたら、驚くべき変貌だ。

 

 

 何が……いや、誰がそうしたかは言うまでもないね」

 

 

 すると、風太郎が観念したようにため息をついて。

 

 

「数年ぶりに海に来て。

 

 お前らやクラスの連中と盛り上がれて楽しかったのは事実だ。

 

 だが……わるいが、どこか物足りなさを感じちまってた」

「分かっているさ。今の君と彼女達といる君を比べればね」

 

 

 と、いつになく素直なことを言い出していた。

 

 

「……変わったな。風太郎」

「そんなしみじみと言うなよ、奏ニ」

「君もそう思うだろ?町谷君」

 

 

 

 

 

 

side五月

 

 少し前にあった修学旅行。

 

 

 そこでは、多少張り詰めた空気や、出し抜きあいこそあったものの、最終的には前よりも仲良くなれたと思う。

 

 

 だが……それと同時に、もう一つの変化も現れ始めてしまう。

 

 

 

 それは……

 

「フータローもここに呼んであげよう。久しぶりに会いたい」

「あら、いいわね」

 

 

 姉妹のみんなが、事あるごとに上杉君のことを話題に出して……その好意を隠していない。

 

 

 現在、上杉君達は私たちに宿題だけ出して、家庭教師は休みにしているのだが………それも、ひょっとしたら上杉君に会いたいと思わせる一因なのかもしれない。

 

 

 更には、少し前に一花も電話越しに家を出ると言い出した。

 

 一花は私たちの中で1番成熟していると感じていたが、どうしてそんなことを………

 

 

 

 受験に向けて色々あるのに、どうして目の前にはこんな懸念事項ばかりなんだろうか。

 

………いや、多分どれもこれも上杉君の所為だ。

 

 

「私はどうしたら……」

「どうしたのよ五月?今からフー君に電話するから静かにしてちょうだい」

 

頭を抱える私に怪訝な顔をした二乃が、上杉君に電話をかけようとしていたので、取り敢えず待ったをかける。

 

「待ってください二乃。

 

 彼も受験を控えて、1人の時間が必要なのでしょう。

 

 で、ですから!

 

 あまり迷惑にならないように……」

 

 

 そうだ、私達のここ最近の問題には大体上杉君が絡んでいた。

 

 

 だからせめて、私にできることはこの平穏を保つこと。

 

「せめて、夏休みの間は会うのを控えましょう!」

「何それ、電話しよ」

「わぁぁぁああ!」

 

 

 その為に、少し会うのを控えようと提案したものの、ものの見事に却下されてしまった。

 

「………」

 

 無慈悲に鳴る呼び出し音。

 

 いつ出てしまうのかと、内心ビクビクしながら待っていると。

 

 

 

「繋がんないや」

 

 どうやら繋がらなかったらしく、私は安堵し………

「フータロー、会いたいな………

 

 

 きっと、今頃1人で寂しくしてるよ……」

 

 たかったが、どうやらまだ気が抜けないようだった。

 

 

 

 

 その夜。

 

「へー、お引越ししてたんだ。

 

 だから海にいなかったんだね」

「ええ、まさからいはちゃん達が来るとは思っておらず、お伝えしないままにしてしまい、すみませんでした」

「らいはちゃん⁉︎

 

 私もお話ししたーい!」

 

 

 

 らいはちゃんと電話していた私は、みんながらいはちゃんとお話したいとの事で、スマホを机の上に置く。

 

 

 

「そういや妹ちゃん、もう中学生だっけ。

 

 おめでとう」

「早いね」

「わー、ありがとう!」

 

 そうして、みんながらいはちゃんと電話越しで話し始めたのを横目に、私は息を吐く。

 

 

「危うく鉢合わせするところでした……危機一髪です」

 

 もし、今日海に行っていたら上杉君と今の彼女達が鉢合わせしてしまう。

 

 そうなってしまったら、どうなるのかなんて予想がつかない……。

 

 

 通話が終わるまで気が抜けずにいると。

 

 

「あー、もしもし俺だが」

 

 

 らいはちゃんから代わってもらったのか、上杉君が出てきた。

 

「う、上杉君⁉︎」

「あんた、なんで携帯見ないのよ」

「フータロー、久しぶり」

 

 びっくりする私の前で二乃が悪態をつくが、その表情は嬉しそうだ。

 

 

 だが、続いて上杉君は聞き捨てならないことを言い出す。

「それよりお前らに………

 

 

て、提案なんだが………」

 

 

 なんと、何か提案があると言い出したのだ。

 

 何が出てくるかはわからないが、今の彼女達を刺激する内容はやめてほしいと願っていると。

 

 

 

「えー、その……

 

 

嫌ならまあ、断ってくれても構わないがな………?

 

 

 

……プールでも行かないか?」

「「「「行く!」」」」

 

 

 なんと、上杉君からプールのお誘いが。

 

 

「…………あ、あなたから誘ってくるんですか⁉︎」

 

 

 みんなが上杉君を誘うことはあっても、逆はないと思っていた矢先のこれに、私はつい叫んでしまうのだった。

 

 

 せ、せっかくの平穏が……!

 

 

 

 翌日。

 

「そんな訳で、由々しき事態なんです!」

「へー」

「な、その反応は何ですか⁉︎」

 

 町谷君の家にやって来た私は、昨日の事を相談したが、帰ってきたのはなんとも気の抜けた返事だった。

 

 

 確かに今日は暑いが、こっちは真剣に話をしているのに……。

 

 そんな私を前に、彼はアイスコーヒーを啜りながら。

「そこまで大事でもないからな。

人付き合いをしなかった頃に比べたら、確かな進歩じゃねーか?」

 と、大したことはないと言わんばかりの顔だ。

「で、でも……やっと平穏が戻ってきたのに……!」

 

 また、修学旅行の時の雰囲気に戻るのなんて、真っ平御免である。

 

「平穏なんざ、退屈の言い換えだ………てか、そんなに心配なら風太郎に目を光らせておけば良いだろ」

 

 そうは言うけど、1人であの4人を制御するには無理があるし、矛盾してるんだろうが、私も好きな人と一緒に行きたいのだ。

 

 修学旅行の時、結局彼と一緒にいられた時間は少なかったし。

 

……あ、そうだ。

「それなら、あなたもきてもらえませんか?あなたも一緒ならみんなも少しは遠慮すると思うので……」

 

 それなら、彼も巻き込めばいいと提案したところ、彼は少し唸り。

「そううまく行くもんかな……まあ、その日は暇だし別に良いぜ。

 

 だがな……」

 

 

 先日塾で受けた模試の結果に視線を向けて。

「どっちかっていうと、こっちの方が由々しき事態じゃねえの?」

 

 と、分かっていたけど目を逸らしたかった現実を突きつけてきた。

 

「うぅ……分かってます」

「じゃ、遊ぶ前にしっかりお勉強だな」

「遊びじゃありません!これは秩序を守るための……」

 まあ、こうして2人きりで勉強できるのなら……おっと、いけないいけない。

 

 

 

 

 

side奏ニ

 

 

 数日後。

 

「お、来たなお嬢さん方」

 

 入り口で待っていた俺は、見えた5人組に声をかける。

「町谷君、お待たせしました」

 

 最初に反応してくれた五月に続いて、後の4人も暑いと愚痴りながらやって来た。

 

 因みに、ここに言い出しっぺの風太郎はいない。

 

「フータロー君は遅れてくるらしいから、みんなで先に入ってよっか?」

 

 用事があるとかで、少し遅れてくるらしいのだ。

「待っても気を遣わせそうだし、それで良いんじゃねえの?」

「決まりね。それじゃあ中に入りましょ」

 

 そんな訳で、俺たちは先に入ることにしたのだが……

 

 

「三玖、行くよー……って、どうしたの?」

 

 三玖が立ち止まっていたので、何事かとみんなでその視線を追うと。

 

 

 

「二乃、大丈夫?」

「やってないわよ」

 

 どうやら、入れ墨やタトゥーお断りの看板を見て、二乃が心配になったようだ。

 

「あはは、二乃はオシャレだからやってそうだよね」

「若気の至りで彼氏の名前入れちゃったり?」

「ありがち」

 

確かに、この5人の中で1番今ドキの女子をやっているのはこいつだが……

 

「あんたら私をどう思ってんのよ!」

 

 

 流石にそこまでバカじゃないらしく、強い口調で否定する。

 

「ま、相手との絆を刻み込むってのもロマンチックだけどね」

 

 まあ、先が不安になる続きがあったが。

 

 

「やっぱり!」

「ダメです!そんなことしたら不良です!」

「五月ちゃんは真面目だなー」

 

 五月が優等生らしい止め方を見せていた。

 だが……それは心配ないと思う。

 

「いや、注射やピアスを怖がってんのに、入れ墨する度胸はねえとおもうぜ?」

「余計なこと言うんじゃないわよ。まあ、痛そうだしやりたくないのは事実だけどね」

 

 前に風太郎から聞いたが、コイツは以前ピアスを開けようとしてチキったらしいのだ。

 

 

 と、二乃からの威嚇を聞き流しつつ、いつの間にか随分な昔に感じた、去年の事に思いを馳せていると。

 

「はぁ……。

 

 上杉君がいない時はこうして平和なんですがね」

「危機感抱くのは良いが、もう少し肩の力を抜きなって」

 

 と、プールに入る前から疲れている五月に、まずはリラックスをする事を提案してみた。

 

 

 

 そんなこんなで水着に着替え、数分後。

 

 

 先に着替え終えた俺が入り口で待っていると、辺りがざわめき始める。

 

 なんとなく心当たりがあるので、視線を向けると……案の定。

 

「……改めて見ると壮観だな」

「うぅ……」

「なんだか視線が落ち着かない……」

「あはは……確かにね」

 

 そこにいたのはやはり中野家の5つ子であり、改めて、コイツらのプロポーションとルックスの凄さを思い知る。

 

 そこにいた女子達のほとんどが物足りなく思える程のレベルの違いに、普通の男どころか、真っ先に声をかけそうなウェイ系達も、自らの小ささをわからせられてるようだった。

 

 

「俺今からアレに声をかけるのか……」

 優越感に浸れば良いのか、嫉みの視線に肩をこらせればいいのか……。

 

 

 いや、変に考えるのは野暮だな。

 

「あ、町谷さんお待たせしました!」

「どう?ソージ君。美少女達の水着姿だよ」

 

 どうやら向こうにも気づかれたようなので、合流する事にした。

 

「……自分で言うな、自分で」

 

 

 

 

 

 合流したは良いものの、こいつら恒例のバラバラな目的により、落ち合う時間を決めて、それまで好きに回ろうと言う事になったので。

 

 

「町谷君!こっちですよ!」

 

 

 俺は、五月の焼きそば購入に付き合っていた。

 

「どんだけ焼きそば食いてえんだよ……止めねえけど、食い過ぎると身体に出るぜ?」

「人前で言わないでください、そんなに食べませんよ!」

 

 軽口にそう答える五月の格好は、赤いビキニみたいな水着だ。

 

 さらに、動きやすくするためかポニーテールにしており……なんか新鮮である。

 

 

「と、ところで…この水着、似合ってますか?

 

 今日のために慌てて買って来たのですが…」

 

 すると、視線に気づいたのか。

 五月が体を両手で隠すようにして聞いてきた。

 

 

「似合ってるぜ。通行人の視線が痛いくらいだ」

「ありがとうございます……じゃ、じゃあ直ぐに買ってくるので少し待ってて下さいね」

 飛んでくる嫉妬の視線に少し疲れた俺がそう返事をすると、照れ臭さと嬉しさ半々と言った顔で焼きそばの列に並んだので、俺は少し離れた所にあるベンチで一休み。

 

 

 焼きそば屋の屋台の看板をぼーっと見ていると。

 

「お、ここにいたか奏二。案外近くにいたな」

 

 思いのほか早く来た風太郎が、こちらに声をかけて来た。

「おう風太郎。今五月のやつが焼きそばを買いに行ってる所さ」

「分かってる。さっきアイツとも話して、ここを教えてもらったんだ」

「成る程ね」

 

 そうして風太郎と2人で五月を待つ事になる。

 

「にしても、お前がプールにアイツらを誘うなんざ、珍しい事もあるもんだな」

「いや、まあ…あれだ。引越しで海に行けなかったアイツらに、楽しんでもらえたらなーって……」

 

 そうして俺から出した今回についての話題に、風太郎は言い訳じみたことを言い出すが、海水浴であんな話をしてたのに今更である。

 

「……アイツらと遊びたかったんだろ?」

「あまり言うなよ、結構恥ずかしいんだから………な?」

 

 

 照れ臭そうにする風太郎だったが、やってきた五月を見て絶句する。

 

 もちろん俺も。

 

 

「お待たせしました……って、どうしたんですか?」

「お前、遂にそこまで……」

「5人前は食いすぎじゃねえか?」

 

 

 

 なぜなら、五月が持っていた透明な袋の中には、パック詰めされた焼きそばが5つ……

 

「違います‼︎

 

 これは姉妹の分も含めてですよ、割り箸がちゃんとあるでしょう⁉︎」

 

 

 とうとう1人で5人分平らげるのかと言う俺たちの引いた声に、五月が顔を真っ赤にして否定する。

 

 まあ、流石にそこまでは行かないか…。

 

 と、安堵のため息をついた。

 

 

 

「大体、私が気に入らないのは2人して私がそこまで食べるかもと考えているところで………」

 

 まあ、そのおかげで五月はお冠なわけだが。

 




いかがでしたか?

次回はプール編の後半と、一花の休学をさわりだけでもかけたらなと思っております。


 そんな訳で、投稿をお楽しみに!


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第37話 夏が胸を刺激して、自爆スイッチに手をかける

プール回の後編と、一花の退学騒動への前振りとなります。

それではどうぞ。


 奏二の秘密

 水着は、ワゴンセールでの掘り出し物。


 一花に四葉と合流した私は、目の前の光景に面食らっていた。

 

「……おいおい。コイツは別に普通じゃねえか?」

 

 私の話に思うところがあったのか、町谷君も拍子抜けといった表情をしている。

 

 

「え、ええ……私もちょっと予想外でした」

 そんな私たちの目の前では……。

 

 

「フータロー君久しぶり!二乃も三玖も会いたがってたよ」

「さあ、みんなで遊びましょー!」

 

 一花と四葉が、上杉君の手を引いてプールに向かっていた。

 

 正直、修学旅行の二の舞になるのではないかとヒヤヒヤしていたのだが……。

 

 

「上杉さん、ちょっと日焼けしました?」

「ほらほら〜、同級生の美少女の水着だよ?これが目的だったんでしょ?」

「うーん、やっぱプールはやめておくべきだった……」

 

 この様子を見る限り、そんなことはなさそうである。

 

 そういえば四葉は、もう過去のことは洗い流したように見えた。

 

 ひょっとしたら、一花が家を出る件にしても、上杉君は関係ないのでは……?

 

 

 

 

「なんだか、早とちりしていたみたいで恥ずかしいですね。てへへ…」

「まあ、よくわかんねえが考えすぎってことだな」

 私達が3人を前に安堵の息をついていると。

 

 

「フー君!」

「フータロー!」

 

「「会いたかったー‼︎」」

 

 

 2人分の声がしたかと思えば、二乃と三玖が上杉君に飛びついていた。

 

 

「「……⁉︎」」

 呆気に取られ、互いの顔を見合わせる私達の前で、二乃と三玖は上杉君に迫る。

 

 

「お、おう……二乃も三玖も元気だったか?」

 

「うん!プールに誘ってくれて嬉しかった。暑いけど平気?

 

 日焼け止め持って来たから、お互いに塗り合いっこしようよ」

 

「って言うか聞いて?

 

 コンタクトが流されちゃって、よく見えないのよ……本当にフー君なのかわかんないから、よく見せて欲しいの。

 

 いいえ……むしろもっと私をよく見なさい。似合ってるかしら?」

 

 

 

「二乃は兎も角、三玖が吹っ切れたな……人は恋をして強くなる、ってか?」

「そんな悠長なこと言ってる場合じゃありませんよ、この2人は本気です!」

 

 考えてみれば、みんなの中で特に上杉君に会いたがっていたのはこの2人だった。

 

 そんな2人が上杉君に会えば、こうなるのはわかりきっていたのかもしれないが……それでも、大胆すぎやしないだろうか。

 

 

「……」

 

 そんな2人のアプローチに、タジタジになっている上杉君だったが、そこに四葉が。

 

 

「よーし、みんな揃ったね!

 

 ご飯食べたら早速アレやろう、アレ!」

 

 と、このプールにあるアトラクションの中で、一際大きいウォータースライダーを指差した。

 

 

 

side奏二

 

 昼飯の焼きそばを食った俺達は、ウォータースライダーの列に並んでいた。

 

「わー…」

「意外と高いわね……」

 

 俺の後ろでは、四葉と二乃、風太郎がその高さに圧倒され。

 

 

「むぅ……フータローにお願いしたんだけど」

「姉妹で仲良く塗り合いっこです!」

「五月ちゃん、次は私ねー」

 

 前では、「姉妹の秩序を守る」と奮起した五月が三玖に日焼け止めを塗っていた。

 

 

 まあ、三玖は残念そうな顔をしているが……まあ、そんな展開が起こるのはプライベートビーチくらいなもんだろう。

 

 

「あ、あの……やっぱりやめませんか?」

「平気だって。

 ジェットコースターだってやってみたら楽しかったじゃん。

 怖いなら手を握っててあげるから」

「約束ですよ!本当に手を握っててくださいね!」

 

 と、なんとも微笑ましいやりとりを聞いていると、風太郎が。

 

 

「そういや聞いたか?うちのバイト先の店長が事故ったって」

 

 と、あの店長の話題になった。

 

「本人から連絡きた。

 バイクでの事故には気をつけろとさ……まあ、こむぎやの店長がなぜか見舞いに来てるみたいだし、なんとかなるだろ」

 

 どうやらあの店長、バイクで事故って入院しているそうだ。

 

 退院がいつかは知らないが……同型のバイクをショップで探しておいてくれと頼んでくるあたり、取り返しのつかない程の怪我はしてないだろうしそこまで心配はしてない。

 

 すると、同じバイト先の二乃も食いつき……

「そうね……ねえフー君?今度お見舞い行こうよ」

「そうだな。俺も行こうと思ってたところだ」

 

 

「なんの話かわからないけど、私もいく」

「あんたは関係ないでしょ!」

「なんかひっつき虫みたくなってねえか?」

「ソージ、女の子に失礼」

 何故か、関係ない三玖まで食いついて来た。

 

 吹っ切れたのはいいが、常識から吹っ切れるのはいかがなものか。

 

 

 と、するとまた話題は変わり、今度は引っ越しが話題に上がったが……。

 

 

「どうだ?」

「思ってたよりは穏やかですね。これなら特に何も起こらないでしょう」

「いや、そいつはフラグ……」

 

 五月がフラグになりそうなことを言い出し。

 

 

「お次の方、お待たせしました!

 

 こちらは二人乗りのボートです。

 

 これから先は二人一組でお並び下さい!」

 

 わずか数分での回収となった。

 

 

「「「「…………!」」」」

 

「フラグ回収が早いぜ」

「はあ……やはりこうなってしまうんですか」

 

 

 

side三玖

 

「三玖……変わったね」

 

 2人乗りのボートに対して、私達の人数は7。

 

 誰と誰がペアで乗り、誰が1人で乗るかを協議した結果、二乃と四葉、フータローと五月、そして一花と私になった。

 

 因みにソージは、あぶれたので一人で乗るとのこと。

 

 できればフータローと乗りたかったけど、それだと私が嬉しすぎてどうにかなりそうだったかもしれないから、これでよかったのかもしれない。

 

 そんな訳で、私と一花が乗り込んだ所で、一花がさっきの言葉を言い出したのである。

 

 

「うん……もう、弱気になっていられない」

 

 

「……好き」

 

 修学旅行のあの時、私はフータローに告白した。

 

 結局あの時は答えをはぐらかしちゃったけど、それでも……気持ちは伝わったと思う。

 

 

 何だか不思議な気分だ。

 

 告白するまでは、さっきみたいに飛びついたり、こうして前向きな思考を持つことは出来なかったのに……。

 

「告白してからは、なんだか……景色が違って見える」

「……そっか。よかったね」

 

 旗は掲げた。

 

 だからもう……迷わない。

 

 天命を受けるために、私は人事を尽くすんだ。

 

 すごいスピードで降ったボートが、水飛沫を上げて前に出る。

 

 

 そうして見えた景色は……やはり、以前よりも晴れやかな物だった。

 

 

 

side奏二

「いやー、笑った笑った。

 

 アイツ直球すぎるぜ!」

「あまり笑いすぎると、後で彼女に怒られますよ?」

 

 一人でボートに乗るべく、3ペアの後に並んでいた俺は。

 

「にしてもあれが、例の五つ子とその家庭教師でしたか…」

「おう、癖だらけだけど楽しくやってるよ」

 

 お忍びでやって来ていた四郎と偶然会ったので、その二人でボートに乗り込んでいた。

 どうやら、息抜きとしてここにやって来ていた時、俺を見つけて登って来たらしい。

 

 で、俺がバカ笑いしていたのは、俺たちの前に乗った五月と風太郎の事なんだが……

 

 なんと、風太郎が五月の腹に頭を乗っけたかと思えば、枕みたいと言い放ったのだ。

 

 

 最近なりを潜めていたものの、やはりノンデリカシーの名前を欲しいままにするだけのことはある。

 

 まあ、俺も笑ったから後で怒られるんだろうし、さながら刑罰の執行場所に向かう犯罪者だな。

 

 と、そんなこんなで覚悟を決めて、俺たちも滑ろうとした時。

 

「………それで、例の事は?」

「……その話は、また今度にしてくれ」

 

 四郎の耳打ちに、俺は声のトーンを落として返した。

 

「無堂のクソ野郎がこの街に来るかもしれない、なんてよ」

 

 

 

 

 滑り終えた俺達は、また近いうちに会うことを約束して別れ。

 

 俺がみんなのところに戻ると、真っ先に飛んできたのは捲れた顔をした五月だった。

 

 

 

「町谷君‼︎

 

 さっきはよくも笑いましたね⁉︎」

「いやー、まさかあんな唐突に来るとは俺も予想外で……ブハッ!」

「また笑った⁉︎」

 

 まあ、焼きそば食った後で腹が膨れてたのかもしれないが……それにしても、あの不意打ちはダメである。

 

 

「まあ、普段の食生活の賜物よね……五月、本当に肉まんお化けにならないように気をつけなさいよ?」

 

 二乃がため息と共に、俺を揺さぶることで報復に移った五月にそう注意すると、五月はムキになったかのように。

 

 

「もう!町谷君にはお仕置きですからね⁉︎」

「おい、俺は大食いはやらねえぞ?」

「まだ言いますか⁉︎

 

 運動ですよ運動、プールで泳いでフィットネスです!」

 

 

 と、俺の手を引いてどこかへ連れて行くのであった。

 

 

「姉妹の秩序はどうすんだ?」

「今はあなたへのお仕置きです!」

 

 

 

side五月

 

 

「で、結局なんでまたここに」

「他に良さそうな場所がなかったので……」

 

 

 出来れば遠泳用のプールがあればよかったのだが、運悪く存在せず。

 

 そんなわけで、私たちは再びあのウォータースライダーにやって来ていた。

 

 

……さっきのが楽しかったから、またやりたいというのは内緒だが。

 

「一人用のボートがあればな…」

「無い物ねだりはなしです。

 

 それに、私だけ恥ずかしい思いをするのは不公平だと思うんですよ」

 

 思えば、大食いキャラと勘違いされたり、体重が重いと認識されたり、お腹の事を笑われたりと……私は今まで、散々町谷君に辱められて来た。

 

 

 ここは一つ、彼にも恥ずかしい思いをしてもらってもいいのではなかろうか。

 

……決して、三玖達にあてられたわけじゃない。

 

 

 そんな私の復讐劇は、こうしてボートに乗り込むところから始まり……

 

「ん?どうしたよ」

「さあ、私に体を預けてください」

「………へ?」

 

 先程と同じく私が後ろに座り、町谷君に早く乗り込むように促す。

 

「お前、さっき風太郎に言われてたのにまだ懲りてねえのか?」

「きっと、彼が使っている枕は硬いのでしょう!私のお腹はそこまで弛んでません!」

 

 そうだ。彼のお家はお世辞にも裕福とは言えない。

 

 そうなれば……枕だってそんなに柔らかいものは使ってないだろう。

 

 

 だから私のお腹だってそこまでは……!

 

「さあ、早く来てください!

 

私はこんなのヘッチャラなんですから!」

 

 何だかすごく恥の上塗りみたいなことをしているような気がするが、いまさら後には引けないのだ。

 

 そんな私に根負けしたのか、町谷君がやれやれと言った顔でボートに乗り込み、私のお腹に……

 

 

 

 

 

「いや、そもそも寝そべる必要ねえ気がするんだが……現に、他の面々は普通に乗ってたし、俺と四郎だってそうだぜ?」

 

 乗る前に、さらっととんでもないことを言い出した。

 

「……え?」

「たぶん、風太郎がやり方を間違えただけだな」

 

 ため息と共にそう告げて来た町谷君と、固まる私。

 

 そんな少しの沈黙があったが、それを打ち破ったのは。

 

 

……クゥゥゥゥ〜……

 

 

 私のお腹が、小腹をすかせたことを告げる音だった。

「…………」

「………言いたいことがあるのなら、はっきり言ったらどうですか?」

 

 咄嗟にお腹を押さえ、思わず睨みつけるが、町谷君は笑いを堪えているのか、こちらに目線を一切合わせなかった。

 

 

 そんな彼にこっちを向かせようと手を伸ばした時。

 

「キャアアア⁉︎」

「おわぁ⁉︎」

 

 ボートが突然進み出し、その勢いで前に出た私は、町谷君に抱きつく形となる。

 

「………もう、お嫁に行けません……」

「……フルコンボだドン、ってか?」

 

 滑り終えた後にきっと、彼はしてやったりと言わんばかりの顔なんだろうが……空腹と勘違いで屈辱の極みにいた私は、その顔を見ることができず、そう訴えかけることしかできなかった。

 

 

side奏二

 

 ここで、このボートの乗り方を改めて確認しよう。

 

 このボートは2人一組であり、後ろに乗った奴が足を広げ、その間に前の奴が収まる形となる。

 

 その形となると、普通は体が大きい方が後ろに行った方が収まりやすいのだが……五月はそれを考慮せずに後ろについた。

 

 更に言えば、風太郎も普通に体を起こしておけばいいのに、なぜか五月の腹を枕にして寝転がった訳だな。

 

 

……で、それでヤケになった五月が俺を巻き込んで自爆テロをかまそうとしたが、お腹の虫がそれを止め。

 

 結果としては、勘違いと空腹バレで自爆した、燃え滓が出来上がったのであった。

 

 

「んー♪」

「んー……こんな屋台で3000使うとは思わなかったぜ」

 

 で、流石にこのままでは通行人の視線が痛かったので、フードコートに連れて行ったら……かき氷や冷やしパイン、その他諸々の食い物で、ある程度機嫌が治っていまに至る。

 

 

 

「お仕置きです、お仕置き」

「でもよ、そんなに食ったら……」

「大丈夫です、最近スポーツジムに通い始めたので…」

 

 正直、スポーツジムに行ったとしても、一回のカロリー消費なんざたかが知れている。

 

 こいつの食事量分のカロリーに対して、どこまでの効力を発揮するかはわからないが……まあ、それはおいおい考えよう。

 

 

「やっぱお前は、その食ってる表情が1番だな」

「⁉︎」

 こいつのこの顔を、もう少し楽しみたいからな。

 

「も、もう!そんなことでおだてたって……」

 そんなこんなで俺は、五月が食い終わるまで待ち。

 

 

「……それなら、もうちょっと見せてあげますよ」

「まだ食うのかよ⁉︎」

 帰り際、それを見ていたらしい二乃に、あまり甘やかすなと怒られたのだが、それはまた別のお話で。

 

 

 

 

 そんなプールでの一件から数日。

 

「折角だし、あの5人と行ってもいいんじゃ?」

「きっと警戒されてしまうだろう……それに、命日くらいは親子水入らずにさせてやりたい」

 奏一さんの墓を手入れするべくやって来た俺は、たまたま会った親父さんと共に、零奈さんの墓の前で手を合わせていた。

 

 今日は8月14日。

 

 アイツらの母親である「零奈」さんの命日なのだ。

 

 

 

 そうして線香と献花をした後。

「………そう言えば、五月君がずいぶんと世話になっているね。彼女から君の話をよく聞くよ」

「……何を話したのか、気になるけど知りたくねえや」

 

 五月の話題になったので、場合によっては土下座に移れるように構えるが。

 

 

「何か思い当たるところがあるようだが………安心したまえ。ただ単にお礼が言いたかっただけさ」

「それが俺の仕事だ。別に気にしなくていいぜ」

 何だ拍子抜けなことを言い出した。

 

 お礼とは何のことやらさっぱりだが、俺はしんみりは苦手だ。

 なので話を断ち切り、掃除用具を持って奏一さんの墓に向かおうとすると。

 

「………先生が亡くなって、5人の中で1番ショックを受けていたのは五月君だった。

 そんな彼女を救ったのは……間違いなく、あの時の君の言葉さ。

 

 本当に感謝している」

 

 親父さんは、そこまで言ったところで俺の目を見据え。

 

 

「君を想うのは、君だけじゃない。

 

 

 それは忘れないでくれたまえ」

 

 念押しめいた口調で、そう告げてくるのであった。

 

「………俺は1人でよかった筈なんだけどな。

 

 お節介焼きな連中だぜ」

 

……わかっているさ。アレだけはっきり言われちゃあな。

 

 

 

 数分後。

 

「それじゃあ、俺は慰霊碑の整備に」

「ああ。これからも励みたまえよ」

 

 ここでの用事を済ませた俺が、次の要件を果たしに行こうとすると。

 

 親父さんが思い出したかのように。

 

 

「ああ、そうだ……君には先に言っておくが、二学期から一花君抜きで家庭教師補佐を行ってくれ」

 

 と、一花を抜きに………ん?

「へ?」

 とんでもないことをサラッと言われたので、そのことの意味を理解するのに少しの時間を要した。

 

 

 

「……おいおい、マジかよ」




いかがでしたか?

 次回は一花の退学疑惑騒動となります。

 今回は二乃のアプローチイベントである病院編は、省かせていただきました。

 その分、次回は二乃視点を多くしていこうと思います。

 それではお楽しみに!


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第38話 雛が巣立つ時 

更新です。

今回は少し短めですが、前後編という事で。


奏二の秘密

霧雨魔理沙のコスチュームを持っている。


「いつまでも、みんなで一緒」なんて、できるわけがないのはわかっていた。

 

 鳥の雛が巣立つように……いつか、みんながそれぞれの道を見つけて、羽ばたいていくのだから。

 

 

 

 町谷から「二度と会えなくても後悔しないか」と念押しされたあの時は、深く考えなかったけど……。

 

 

 先日、一花が出ていくかもしれないと聞いて、改めてその時が迫っている事を感じた。

 

 

 

 進学……仕事………結婚。

 

 理由はいろいろあるけれど、私たちは、いつか離れ離れに巣立っていくのだ。

 

 そんなこと……考えたくなかったのに。

 

 

 

「フー君は…いなくならないでくれる?」

 

 そうして巣立っていくことによる孤独に怯えたのか、取り残されていく事への不安に駆られたのか……フー君に繋がりを求めてしまった。

 

 

 

 そうやって、恐怖を少しでも拭おうとしたのに。

 

 

「みんなには言っておかないとね。

 

 

……私、二学期からは学校行かないから。

 

 

 

 辞めるんだ、学校」

 

 

 お母さんの命日、墓前にて。

 

 五月の聞き間違いかと思ったら………一花本人の口から、そう告げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞こえない。

 

 

「あーあー!聞こえない聞こえない」

「突然ごめんね。

 

 

9月からの長期ロケを受けることにしたの」

 

 

 

 聞きたくない。

 

 

 

「あーあー」

「少し離れた撮影地で、拘束時間も長いの。

 

 

 できるだけ、家から通うつもりだけど……」

 

 

 

 受け入れたくない。

 

 

「聞こえないわ」

「学校は諦めないと」

 

 

「なんでよ!」

 まさかこんなに早く、その時が来るだなんて……!

 

 

「あと、半年じゃない。

 

 

 もうちょっとで卒業なのに……

 

 

 私達が同じ学校に通えるのは、これが最後なのよ?」

「そ、そうだよ一花!

 

 他に選択肢はなかったの?」

 

 思わず一花に食ってかかった私の後に、四葉も困惑した顔で聞くが。

 

 

 

「お仕事に専念したいから」

 

 当の一花本人は、もう決心したようだ。

 

 でも……

 

 

 なんで、そんなにさっぱりと決心できるのだろうか。

 

「なんで、そんな大事なことを1人で……

 

 

 相談してくれなかったのよ」

 

 

 納得がいかない私に、五月が諭すように。

 

 

「二乃……

 

 

 寂しいですけど、家では一緒と言ってくれてます。

 

 

 一花が学校よりも大切なものを見つけたことを喜びましょう」

 

 と、まさに優等生な事を言ってきたが。

 

 

「それは、本当にあんた自身の言葉なのかしら」

 五月だって、私に負けず劣らずの5人でいることにこだわっていたはずなのに、一体どう言う心境の変化なのか。

 

 

 疑わしい五月に疑惑の目を向けていると、四葉が。

 

 

「すごいなあ、一花。

 

 私も一緒に卒業したかったし、一花だけいないなんて寂しいよ。

 

 

 でも……一花の夢だもんね。応援するよ」

 

 一花を激励している隣で、三玖は何かを考えているようだった。

 

 

 

 

 

 side三玖

 

「フータロー、一花の事……」

「ああ。お前らの父親から話は聞いた」

 

 

 一花が学校を辞めると言うことが発覚してから数日。

 

 ソージに案内してもらったフータローの家で、私とフータローはその件について話をしていた。

 

「お前も、親父さんから聞いたのか?」

「違うよ。私達は一花から直接」

 

 墓地でのことの顛末を話すと、フータローは少し考え込み。

「他の姉妹達は今、どんな反応を?」

 

 それからの様子を聞いてきた。

 

 ここ最近は、学校での夏期講習がちょこちょこあるので、そこまで大きな動きがあるわけじゃないけど……

 

 

 まあ、ないわけでもなかった。

「二乃はまだ、気持ちが追いついてないみたい……納得しようとはしてるみたいだけど」

「…まあ、アイツの性格ならそうだよな。五月も似たような感じか?」

 

 二乃は物言いこそキツいけど、私達姉妹への想いは本物で……

「5人で一緒」にこだわりを見せている。

 

 そうなると、今回の一花の退学は大きなショックだったことだろう。

 

 

「五月と四葉は一花を応援してる……まあ、あの2人はそこまで深く考えることないから」

「辛辣だな、おい。まあ、否定出来ねえところはあるが……」

 

 五月は「一花がやりたいことを見つけたなら、それを祝福すべきだ」と、まさに優等生みたいな主張をしており、四葉も似たようなものだ。

 

 

…まあ、一花も家では一緒にいると言ってくれているので、そこまで深く心配してないのかもしれない。

 

 あの2人は、タイプは違えども呑気な性格をしているから……。

 

 

 そこまで言ったところで、フータローは私を見据えて。

「で、お前は?」

 

 私についても触れてきた。

 

 

 私は……

「祝福したいけど……一緒に卒業したい。

 

けど……私じゃ多分止められない」

 

 やっぱり、姉妹一緒に成すことができる最後の学生生活を、こんな中途半端で終わらせたくない。

 

 あの修学旅行の件で、私といるのが辛くてこの道を選んだのだとしても……そんな選択はさせたくない。

 

 

 

 でも……過程はどうあれ、一花は女優の道に専念すると決めており。

 

 この姉は決めたことに関しては頑固かつ、聞く耳を持たない。

 

 

 そんな姉を……多分、私では止められないのだ。

 

 

 

 そこまで打ち明けた私が、フータローの反応を待っていると。

 

 

 

「教師たるもの、本来生徒の巣立ちは喜ぶべきもんなんだろうが……生憎、5人で笑顔で卒業させるって、お前と約束しちまったしな。

 

 

 それに……アイツには借りがある」

 

 

 何かの書類を取り出しながら、風太郎はそう切り出したのを聞いて、私はまさに我が意を得たりと言った気分だった。

 

「……そっか。よかった」

 正直、今の一花を止められるのはフータローやソージくらいしかいないと思っていた。

 

 でもソージの方は「クライアントがそう言うなら、下手な口出しはしない」と一花の決定を了承している。

 

 

 だから、もしフータローが止めようと考えているなら………

「だから…」

「うん……私も多分、同じ事を言うと思う」

 

 私と同じ方向を向いてくれているのなら。

 

「「力を貸してくれ(ほしい)」」

 

 私は、私ができる精一杯で、フータローと一緒に戦うんだ。

 

 

 

「微妙に違くね?」

「細かいことは気にしない」

 

 

 

side一花

 

「……」

 退学を承認してもらった私は、学校の中を散策していた。

 

 

 たった一年だけだけど……ここには色んな思い出がある。

 

 

 少なくとも、前の黒薔薇の時はこうやって別れを惜しむこともしなかっただろう。

 

  

 久しぶりにフータロー君に会った学食。

 

 

 私達が普段使っている教室。

 

 

 勉強会をやってた図書室。

 

 

 そして……

 

 

「あ、一花ちゃん!

 

 夏休みなのに、学校来てたんだ!」

 

 

 ここで出来た友達。

 

「すげー、本物だ!」

「俺、初めて見たよ!」

「こら!失礼でしょ!」

 

 

「あはは…気にしてないよ。みんなは部活?」

 

 後ろで、私の姿に湧いている他の部員に喝を入れていたので、それを宥めつつ聞いてみると。

 

「うん。もう3年だけどね。

 

 私が大会が残ってるからさ。

 

 これで最後だし、悔いなく終わらせたいんだ」

 

 

 と、照れくさそうに話してくれる。

 

 

「そうなんだ…偉いね」

「い、いやぁ……一花ちゃんに比べたら、私なんて屁みたいなものですよ。

 

 

 この前CMに出てたでしょ?お母さんと2人でびっくりしちゃって……」

 

 私の言葉にそう謙遜した彼女は。

 

 

「こんな有名人と同じ学校に通っているなんて、誇らしいよ」

 

 

 と、やはりもう私は「テレビの向こうの人」というキャラ付けがされているんだと突きつけてきた。

 

 

 そうだ。私は女優として生きていくって、もう決めたんだ。

 

 

 そしてその言葉で、私にはこの道しかないって、覚悟が決まった気がする。

 

 

 そうしてテニス部の子達を見送っていると。

 

 

「有名人だって。

 

 

……おかしいね」

 

 いつのまにかいた三玖が、塀に腰掛けていた。

 

 

 

 side三玖

 

「学校には話せた?」

「うん、応援してくれるって」

 

 一花のあの告白から、初めてこうして2人で話す機会を得た私は、昇降口で話をしていた。

 

 

「もう、これで戻れない。

 

 私にはこの道しかない……覚悟が決まった気がするよ」

 

 一花は、もう女優としての道を選んでおり、その言葉に迷いはなかった。

 

 

 でも……

「そうかな?

 

 一花なら、何でも器用にこなせるような気がするけど」

 

 普段はグータラな姉だけど、なんだかんだで二足の草鞋を履いてこれていたのだ。

 

 それをあと半年続けるくらいなら、できそうな気がする。

 

 

 でも、一花は首を横に張り。

「私もそう思ってたんだけどね〜。

 

 

 仕事と学業の両立ができるほど、現実は甘くなかったよ。

 

 私にはソージ君ほどの力はなかったみたい」

 

 

 と、窓の外を見ながら言うが……本当にそれだけなんだろうか。

 

 

 ひょっとして……

 

 

「私といる事が、まだつらい?」

 

 私に負い目を感じて、辞めようとしているのかもしれない。

 

 修学旅行の一件が、まだ尾を引いているのなら……

 

 

 

 

 そう思った私の質問に、一花は。

 

「違う。

 

 辛いのは三玖と一緒にいるからじゃない。

 

 また、元のように戻れると思ったけど、フータロー君と一緒にいると……自分が許せなくなる」

 

 自戒を込めたように否定して。

 

 

「…………一緒に卒業したいよ」

 

 一瞬、弱々しい声で、絞り出すようにそう言った。

 

「……それなら!」

「なんちゃって。

 

 ありがとね三玖。帰ろっか」

 

 その後、すぐにはぐらかしたけど……きっと、あれは一花の本心なんだと思った。

 

 でも、一花は修学旅行の一件を振り切る事ができなくて、こうして責任を取ろうとしている。

 

 私達は……少なくとも私はそんな事望んでないし、一緒に卒業したいけど。

 

 一花はもう……私じゃあ止めることはできない。

 

 

 止める事ができるのは…………!

 

 

 

 

「………だってさ。フータロー」

「⁉︎」

 

 そうして、私は待機していたフータローに声をかけた。

 

 

 

 

side風太郎

 

 家にやってきた三玖に協力を仰ぎ、なんとかして一花の退学を考え直させようと調べた所。

 

 ある一つの道を見つける事ができた。

 

 

「休学?」

「……ああ。

 

 出席日数と一定の学力を示せれば、また復学し、卒業までできるそうだ」

 

 

 それは、退学ではなく休学。

 

 言ってみれば、「5人揃って笑顔で卒業」を達成させるための切り札だ。

 それに……どうやら一花もそれを望んでいるようだし。

 

「この手段を選べ。

 

 5人で卒業したいと言う気持ちがあるならな」

 

 

 俺がそう告げると、一花は一瞬目を見開いて。

 

 

「意外だなぁ。

 

 

 君は後押ししてくれると思ったのに」

 

 と、ため息をついた。

 

「一定の学力って……これからずっと撮影と稽古だよ?

 

 

 ただでさえお馬鹿なんだから……

 

 

 授業も出ないでそれは無理だよ」

 

 と、実に客観的な自己分析をしてきた。

 

 

 たしかに、度合いは知らないが多忙を極める女優業と、学業の両立は困難を極めるのだろう。

 

 だが………それはこいつだけならの話。

 

 

「だが、俺がいるならそうなるとは限らない。

 

 また、お前が個人的に俺を雇うんだ。

 

 お前の時間に合わせて、俺が一対一で教える。

 

 

 お前の学力は落とさない」

 

 

 これなら、女優業を続けながら、示せるほどの一定の学力を保つ事ができる。

 

 

 俺たちが夢見た、5人揃っての卒業も不可能じゃないだろう。

 

「フータロー君は優しいなぁ」

「ビジネスだ。………どうだ?」

 

 

 

 そんな、半ば願望も込めた俺の提案に。

 

 

 

 

 

「ごめんね。

 

 

 女優一本でいくって決めたんだ。

 

 

 そのビジネスには乗れないよ」

 

 

 と、断られてしまった。

 

 

 

「ふっ……やれやれ」

「カッコつけたのに、失敗したね」

「ほっとけ」

 

 

 正直、事実でとどめを刺すくらいなら優しくして欲しいが……ここで慰めてもらっても事態は変わらないし、それは良しとしてやる。

 

 

 

 それよりも……次の手だ。

「三玖、頼んだ」

「うん。覚悟はいい?フータロー」

「ああ……こんなところで諦めてたまるか」

 

 

 そんなこんなで、俺は三玖と共にある場所へ向かっていった。

 

 

 




今回はここまでとなります。

次回は一花退学騒動の後編となりますので、お楽しみに!


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第39話 分枝 旅立ちの刻

第39話です。

 今回で11巻のお話はおしまいとなります。

 いろいろ迷走していましたが、とりあえず形には出来たかと思います。

 それではどうぞ!

 奏二の秘密

声優としての芸名は「関 優一」(せき すぐかず)としている。


 あらすじがてら、現状の整理をしよう。

 

 

 風太郎のバイト先と言えば、ケーキ屋と家庭教師だが……近頃風太郎にとっての死活問題が起こっていた。

 

 

 

 夏休みということで家庭教師の仕事はしばらくお預けとなり、その間はケーキ屋のアルバイトがメインの稼ぎ扶持になるはずだったが………

 

 つい先日、店長がバイク事故により入院したので、そのバイトの収入もしばらくは期待できなくなってしまっていて。

 

 

 現在、なんとか一花の退学を止めようと、色々策を練っているみたいだが……軍資金が無いのではどうにもできず。

 

 そんなピンチに陥った風太郎に、協力者である三玖がとある提案を持ち出していた。

 

 

 

 夏休みがいよいよ終わりに差し掛かってきたころ。

 

「お、あれだあれ」

「むむむ……」

 

 俺は、二乃に連れられてこむぎやのバックヤードにいた。

 

 三玖が風太郎をこむぎやで働かせている事を聞きつけ、俺を巻き込んでその視察に来たわけである。

 

 

「こ、こんな感じか……?」

「もっと強く………うん、いい感じ」

 

 

 ライバル店のエースバイトと部外者を、入れてくれるのか心配だったが……風太郎から俺の紹介でケーキ屋のバイトを始めた事を聞いたらしく、紹介の参考にしてくれと中に入れてくれた。

 

 

 

「へえー、初々しいねえ…」

「そんな事言ってる場合じゃ無いわよ!折角の私だけの特権が……」

「店が臨時休業してんなら仕方ねえだろ?そんなに殺気立つなよ」

 

 殺気立つ二乃を抑えていると、店長が目頭を押さえて。

 

「あの三玖ちゃんが、新人君にレクチャーしてる……

 

 新人君はものすごくシフト入ってくれてるし、このお店はもうあの子達のものよ………」

 

 

 と、苦労してきたのかやけに実感のこもる喜びの声を上げていた。

 

「あの奇天烈料理ともお別れか〜…」

「そんなに寂しそうにしなくても大丈夫よ。

 

 料理が出来ないのが三玖だけだと思ってるのかしら?」

 

 

 二乃のジト目を受け流しながら、三玖と風太郎の共同作業を見守っていると。

 

 

 

「ねえ、改めて聞いてもいい?

 

 

 なんで一花をそこまで引き止めようとするの?」

 

 

 三玖が、俺も地味に気になっていた事を話題に出していた。

 

 

 

 

 

side三玖

 

 

「前にも言ったろ?お前ら5人を笑顔で卒業させるって…」

 

 

 

 私達の次の手は、自主映画……まあ、内容は一花が勉強してるだけだけど、復学に必要な「一定の学力」を用意する事だった。

 

 

 そのため、ここでのバイトでお金を貯めることにしたのだ。

 

 

 で、今はまずフータローにここでの仕事に必須な技術を教えているところで……まあ、ここまできたら説明はいいか。

 

 

 

「本当にそれだけ?」

 

 気恥ずかしそうに言うフータローに、念押しするように聞く。 

 

 

「それだけってなんだよ」

「なんとなく、それだけじゃ無いような気がした」

「ウグッ………また随分とアバウトだなオイ」

 

 

 呆れたように言うフータローだが……その前に若干「バレた」みたいな顔をしたのは見逃さない。

 

 ここには私しかいないんだし、意地を張る必要はないのに……。

 

「今いるのは私だけ。素直になっていいんだよ」

 

 と、フータローの目を見て促すと、分かったと言わんばかりに嘆息して。

 

 

 

 

「………クリスマスのあの時。

 

 俺を雇い直すために、あのアパートの敷金やら礼金を出してくれたのは一花なんだろ?

 

 

……だから、その恩返しがしたいんだ」

 

 

 と、さっきよりも赤い顔で白状した。

 

「……誰にも言うなよ⁉︎」

「分かってるって。じゃあ、続きを始めていこう」

 

 

 

 

 

 

 

「覚悟が決まったような気がするよ」

 

「自分が許せなくなる」

 

「……一緒に卒業したいよ」

 

「なんちゃって」

 

 一花の言った事がどのくらい本気で、どのくらい冗談なのかは分からない。

 

 本当は一緒に卒業したいのかもしれないし………もう、女優一本で生きていこうと決めているのかもしれない。

 

 

 でも……どんな思いを抱いていようと、私はみんなで卒業したい。

 

 

 

「フータロー……頑張ろう」

「……おう」

 滅多に見られないであろう、フータローの可愛い顔を独り占めできた事に満足しながら、改めて一花の退学を止めようと心に決めた。

 

 

 

 

 side二乃

 

「あ、二乃と町谷君じゃないですか。ちょうど今いいところなんで一緒に見ませんか?」

「……ながら勉強は効率が悪いらしいぞ?」

 

 視察に付き合ってくれた町谷に、クッキーでもご馳走しようと家に連れてくると、リビングには勉強中の五月がいた。

 

 

「あんた、後で机の上のアイスのゴミを片づけなさいよ?

 

……で?何を見ようって言うのよ」

 

 

 机の上にある大量のアイスの殻を指差しながら、その内容を聞くと。

 

 

「これです!一花の出てるCMですよ!」

 

 

 と、リモコンの再生ボタンを押す。

 

 

 

 すると、最近話題の一花が出ている炭酸飲料のCMが流れ。

「忘れられない夏にしてあげる♡」

「キャー‼︎」

 

 最後の決め台詞に五月が沸いた。

 

「運動会の父兄かよ」

「うるさいわね……一花なら毎日見てるでしょ?」

 

 町谷と私のツッコミに、五月は振り返り。

 

「それとこれとは話が違います。

 

 

 テレビや映画で観る一花は、いつも見ている一花より輝いて見えます。

 

 

 それはきっと……本当に一花がやりたい事をやれているからだと思うんです。

 

 だって……こんなに楽しそうじゃないですか」

 

 

 と、まさに優等生な事を言い出した。

 

「仕事人のプロ意識みたいなもんじゃねえの?

 

 ……まあ、それに関しちゃ俺も通ずるところはあるがな」

「本当、優等生よね……」

 

 そのブレなさにため息を吐くと、五月は真面目な顔になって。

 

 

「それでも、一花を応援する気持ちは本当です。

 

 

………二乃もそうでしょう?」

 

 

 と、見透かしたような発言をしてきた。

 

 

「……あ、もうこんな時間。それでは私も一花を見習ってお仕事に行ってきますので!」

 

 真面目なのに、どこか抜けている五月がそう言って自分の部屋に向かっていったのを横目に。

 

 

「………ちょっと待ってなさい。用意するから」

「へーへー……」

 

 

 私は台所に引っ込んでいった。

 

 

 

 side奏二

 

 二乃に出されたクッキーとアイスコーヒーで一休みしていると、目の前でアイスティーを飲む二乃が。

 

 

「……それで、あんたは何かやるの?」

 と、ぶっきらぼうに聞いてきた。

 

「何かってなんだ?」

 間違いなく一花の事についてだろうが、素直に答えてもつまらないので聞き返す。

 

「茶化すんじゃないわよ。一花の退学についてよ!」

 

……まあ、神経質になってるらしいので、これ以上のちょっかいはやめておいてやるか。

 

 

「……まあ、俺から何かアクションを起こす気はねえな。

 

 

 依頼者がこうだと言ったのなら、妙な詮索はしないもんさ」

「……あんたのことだからちょっかいでもかけるかと思ったけど、意外ね」

「俺、任務に対してはまじめなんでね」

 

 

 失礼な事を言い出した二乃に抗議すると、難しい顔をして押し黙る。

 

「………何か迷ってるみたいだな」

「……五月の言う通り、応援したいわ。

 

 一花が自分のやりたい事を見つけて、自分の道を進もうとしてるんだもの。

 

 

……でも、折角みんなで過ごせる最後の学生生活だもの。

 

 やっぱり一緒に卒業もしたい」 

 

 

……そして、その心境を吐露してきた。

「まあ、お前の姉妹への入れ込みは相当なもんだしな。三玖も似たようなこと言ってたし」

 

 風太郎の家に案内する前に、三玖から聞いていた事を思い出しつつそう話すと、二乃は難しそうな顔で。

「……三玖はフー君と組んで何かやるみたいね。

 

 何をやるかは聞いてないの?」

 

 

 どこか、期待するような目を向けてきた。

 

 

 

 何をやるかに関しては、風太郎から聞いたので大体は知っている。

 

 

 だが……

 

「風太郎達の案が通ったとしてもだ。

 

 それで、一緒に卒業できるかは微妙だぜ」

「そんな………」

 

 風太郎の手前言えなかったが……今や一花はその存在を大きくしすぎたが故に、小回りの効く選択はできない。

 

 本人がそうしたいと言っても、そうはさせない大人の事情というやつだ。

 

 それに……

「例えそのやり方で今回の撮影を乗り切ったとしてもだ。

 その後にまた大きなものが来てしまえば、その時こそ退学が避けられないかもしれない。

 

 こう言った懸念事項の解消も、今回退学に踏み切った理由だろうな」

 

 言ってみれば、今風太郎達が考えている未来図とは、分の悪い賭けって事だ。

 

 

 

 俺がそこまで言うと、二乃はしゅんとしてしまう。

……どうやら、色々あって普段の強気な思考は鳴りを潜めているようだ。

 

だが、これはあくまで現実的な話であり。

 

「もしかしたら奇跡が起こるかもしれない。

 

 お前の姉貴と……妹と。

 

 

 風太郎を信じてやれば……あるいはな」

 

 

 現実だけに囚われて、諦めるのはナンセンスってわけだ。

 

 

「……んじゃ、俺も仕事があるから帰らせてもらうよ」

「……ええ、わかったわ」

 

 そこまで伝えた俺は、残ったクッキーをもらって家に帰るのであった。

 

 

 

 side一花

 

 ブランコに乗りながら、私と四葉はフータロー君のことについて話していた。

 

 これから会えなくなっていく前に、みんなとの思い出を作りたかったのだ。

 

「やっぱり覚えてたんだ。フータロー君のこと」

「あはは…見た目がすごく変わってたからびっくりしたけどね」

 

 

 そして、あの時のことを思い出したら、色々と納得が行った四葉の態度の原因は……初めからフータロー君のことを覚えてて、わかってたからだと言う推測をぶつけてみたところ、正解だと白状される。

 

 

 そうなると……私は知らず知らずの内に四葉に苦しい思いをさせてしまっていたのだ。

 

 

「あの時、四葉がどんな気持ちで慰めてくれたのか、私には分からなかった。

 

 

 ごめん………お姉さん失格だね」

 

 許してもらえるとは思ってないし、許されてはいけないが……謝っておきたかった。

 

 

「これから会えることも少なくなるだろうから、言っておきたかったんだ」

 

 

 

 都合が良すぎるかもしれないけど、こうしないとスッキリしないから。

 

 

 そうして、四葉の返事を待っていると。

 

 

 

「本当に辞めちゃうの?

 

 

 私を1人にしないでくれたのは一花達じゃん」

 

 と、焦りを滲ませた顔で聞いてきて。

 

 

「一花が辞めるなら私も………」

 

 と、また自分を蔑ろにするようなことを言い出したので。

「よしなよ。

 

……四葉は四葉自身がやりたい事を探しな」

 

 

 姉として、一言物申した。

 

「……夏も、もう終わりだね」

 

 

 

 

side奏二

 

 夏休みも残り数日となったある日のこと。

 

 

 

「……どうも、菊は元気?」

 

 俺は、風太郎と三玖に連れられてとんでもない場所にやってきていた。

 

 

 そこは………

 

「フータロー君……三玖にソージ君まで……?」

「ふふふ……嬉しいよ。

 

 ようやくプロダクションに入る決意を固めてくれたか」

「いや、そう言う話ではなく」

 

 一花が所属する芸能事務所の応接間である。

 

「なあ、菊って……?」

「そこの社長さんの娘さん…」

 

 俺が三玖から情報をもらっていると、風太郎は社長の感激の言葉を流し。

 

 

「分かってるでしょ。一花のことだ。

 

 

 

……退学を考え直して欲しい」

 

 

 と、単刀直入に切り出す。

 

 

 

 すると、社長は即座に首を振って。

 

「それは無理な相談だ。

 

 彼女は君の想像をはるかに上回る程、大きな存在になっている。

 

 

 今まで通り、学校に通いながらと言うのは不可能だろう。

 

 

 何より彼女が決めた事だ………僕はそれを尊重する」

 

 と、こちらに目を合わせない一花を横目にそう締めた。

 

 

 

 

 

 まあ、俺が考えていたことと似ているが……一応、俺がここに呼ばれたのは交渉役としてだし、ちょっと揺すりをかけてみるか。

 

 

「とは言っても……中卒だぞ?

 

 子役から上がったわけでもなく、おバカタレントとして起用するわけでもねえなら、今は良くても、いずれ期限が切れるのはそう遠くねえんじゃねえのか?」

 

 芸能界に学歴はそこまで関係はなさそうと言っても……やはり、学のない人間はどこにいても長持ちしない。

 

 今は話題性があって、なおかつ若さがあるから良いのかもしれない。

 

 だが………それがなくなった時は、生き残るためには知恵や学力がないとダメだと思うのだ。

 

 そんな、いきなりの不躾な発言に社長は眉を顰め、こちらに何か言ってくるかと………

 

 

 

「………君、もしかして「関優一」かい?」

 

 思いきや、俺がゲームの声優の依頼をこなす時の名前を出してきた。

 

 

「…………なんだその名前?」

「……依頼先での芸名だよ」

 

 風太郎の問いに、少しむず痒いものを感じながら答えると。

 

「………なんか「戦国乱舞」の最新作で聞いたことあると思ってた。

 これで謎が解けたよ」

「そ、そうなの?ソージ君…」

 

 三玖が思い出したかのように頷き、一花が驚いていると、社長はやはりと言わんばかりに。

 

 

「その声のトーンを聞いて確信したよ。まさかこんな近くにいたなんて……どうだい?うちのプロダクションに入る気は…」

「いや、声優はあくまで依頼されたからやってるだけで、本業にする気は……」

 

 

 と、契約書片手に詰り寄ってきた社長に抵抗していると、風太郎が咳払いして。

 

 

「……それなら、仕方ない。

 

 諦めよう」

 

 

 と、迷いなく言い切った。

 

 

「……えっ」

「……君は一体何をしに来たんだい?」

 

 呆気にとられる一花と社長だが、そこに風太郎は。

 

 

「それじゃあ次は……ビジネスの話だ」

 

 

 と、第二の矢を取り出した。

 

 

「フータロー君?それなら前に……」

 

 その、第二の矢とは………

 

 

「俺は、自主映画を撮ることにした」

「じ、自主映画⁉︎」

 

 一花が目を丸くして繰り返したように、自主映画と言う名の復学に必要な実績の証拠映像を撮ることであった。

 

 

 

 

 

 この映画の内容を改めてはっきりさせておこう。

 

 

 この映画は、一花が復学する際に必要な「一定の学力」を示すための証拠映像であり……ジャンルは実録ドキュメンタルかバラエティーあたりだろうか。

 

 

 撮影回数は週2回。

 

 

 製作兼脚本兼監督兼主演は、初挑戦の上杉風太郎………比べるのも烏滸がましいが、「アイアンマン」シリーズの監督で有名なジョン・ファウロー氏が手掛けた「シェフ」みたいなもんだな。

 

 

「それで、生徒役をお宅の中野一花さんにお願いしたい」

「お金はあります」

「……撮影機材関連は俺が用意してあるから、そこは心配しなくて良いぜ」

 

 

 三玖が金の入ってそうな封筒を出し、俺が機材のリストを見せる。

「君たち………まさか………」

 

 社長が冷や汗を流しながら何かを言いかけていると、一花が意味がわからないと言うように。

 

 

 

「フータロー君……なんで、そこまでして……?」

 

 そんな質問を投げかけられた風太郎は、鬱憤を晴らすが如く。

 

 

「俺はなぁ……正直イラついてるんだよ。

 

 

 

 一度、俺が家庭教師を辞めた時に、引き戻したのはお前らだろ。

 それなのに、勝手におりやがって……。

 

 

 

 「5人揃って笑顔で卒業」………それができなきゃ俺が納得いかねえんだわ」

 

 調子が入ってきたのか、タカリ屋みたいな事を言い出す風太郎だったが。

 

 

「………違うでしょ」

 

 ジト目の三玖が、それを半ば奪い取るように引き継ぎ。

 

 

 

「フータローは感謝してるんだって。

 

 

 あの時フータローを雇い直せたのは一花のお陰。

 

 

 その恩返しがしたいんだよ」

「お前⁉︎それは言うなって……」

 

 何時ぞや聞いた、風太郎の本心を暴露した。

 

 

「全くお前は………まあ、そう言うわけだ」

 

 素直じゃない風太郎から一花に目線を移し替えると、一花はためらいがちに。

 

 

 

「フータロー君……私、卒業できるかな。

 

 ソージ君が言うこともわかるけど、このままお仕事に専念ってのも悪くないと思ってるんだ。

 

 

 あとたった半年、これ以上君に迷惑かけて………

 

 そんなに勉強してまで、学校行く理由ってなんだろ?」

 

 

 そう聞かれた風太郎は、しばらく唸った後、照れ臭そうに。

 

 

「そりゃ……青春をエンジョイ……言ってただろ?」

 

 

 と、あまりに似合わない事を言い出した。

 

 

「………明日の天気は槍か?」

「……私もびっくり」

 

 

 俺と三玖が唖然としている前で、風太郎は続ける。

 

「この前、クラスの奴らと海に行ったんだ。

 

 

 

 俺が今まで不必要だと切り捨ててきたものだが……きっと、こんなことができるのは今しかない。

 

 

 そんな、今しかできない事を俺はお前たちとしたいんだよ」

 

 

「フータロー、大胆……」

「デレ太郎が振り切れるとこうなるんだな……可愛いとこあんじゃねえか」

 

 俺と三玖の反応に、余計なこと言うなと言わんばかりにこちらを向いた後。

 

 

「………とはいえ、全てはお前次第。

 

 

 

 生半可な覚悟では出来ないだろうが………もし、学校に未練があるのなら、この金で雇われてくれ」

 

 

 と、さっき三玖が持っていた封筒を一花に差し出す。

 

 

………でも、なんか出演料にしては薄過ぎるような。

 

 

 ふと、嫌な予感が浮かんだ俺を前に、社長がその中身を改めると。

 

 

 

「全然お金足りないけど………。

 

 いくら君の頼みとは言っても、うちの看板女優をみくびらないでくれ」

 

 と、少し申し訳なさそうに突き返してきた。

「嘘だろ⁉︎それでも多めに入れたのに⁉︎」

 

 風太郎が、そんなまさかと言わんばかりに抗議するが………。

 

 

「………流石にこれじゃあ無理だと思うぜ」

「マジか……」

 俺も改めさせてもらうと、中に入っていたのは15万円。

 

 

 たしか、ドラマや映画の出演料はエキストラなら一日5000円程度でいいらしいが……起用する役者になって異なりはするものの、ドラマの主演ならば1話分につき100〜300万。

 

 映画なら規模や制作会社によるが300万からとなるらしい。

 

 

 今回の場合なら規模は超小規模で製作は個人……ほぼ友情出演みたいなもんだとしても、流石に15万で引き受けてはくれないって事だ。

 

 

「世間はお前が思う以上に、金の動きが派手なのさ………」

 

 

 と、項垂れる風太郎にそうフォローすると、風太郎は。

 

 

 

 

 

 

 

「一花、金貸してくれ」

 

 さっきまでの勢いが嘘かのように、情けない事を情けない顔で言い出した。

 

 

「お、お前……」

「フータロー………」

 

 まさかの展開に俺と三玖がジト目を向けていると。

 

 

 

「ぷっ………あははははは!

 

 

 カッコ悪っ!

 

 

 途中まではよかったのに、締まらないな〜」

 

 

 一花が揶揄うように笑い、風太郎が顔を赤くして震えていると。

 

 

 

 

「仕方ないな……じゃあ、足りない分は出世払いで」

 

 と、可笑しさと嬉しさが混じったような顔で、風太郎の案を了承した。

 

 

 

 

 

「ああ……契約成立だ!」

 

 

 

 

 

 

side五月

 

 

 月日は流れ、いよいよ夏休みが終わり。

 

 

 2学期の始業式の日に、私達は駅へとやってきていた。

 

「いやー、月日の流れは早えな。

 

この騒動で揉めていたのが、もう昔のことに思えるぜ」

「町谷君、なんだか年寄りくさいですよ?

 

でも……喉元過ぎれば熱さを忘れる、と言った感じなんでしょうね」

 

 と、町谷君と話している前では。

 

 

 

 

「忘れられない夏にしてあげる♡」

「わー、そっくり!」

 三玖が一花のモノマネをしていた。

 さすが、変装が得意なだけあってクオリティはかなりのものだ。

 

 

 

「……三玖、もう一度やってくれよ。これ撮って風太郎に見せてやろうぜ」

「いいね、それ撮れたら私にもちょうだいよ。

 

 それと、私の出席日数足りなくなったら、代役お願いね」

「絶対ヤダ!」

 

 スマホを構えた町谷君と、囃し立てる一花の悪ノリに三玖が恥ずかしそうに拒否していると、やがてその時はやってくる。

 

 

 

「………じゃあ、私こっちだから」

 

 そう、今から来る電車に乗って、一花は遠い撮影先に向かうのだ。

 

 

「ええ、頑張って下さい」

「帰ったら、お話聞かせてね」

 

 私や四葉がそう送り出すと、一花も手を振り。

 

 

「うん、みんなも頑張ってね」

 

 と、改札を通ってホームへの階段へ向かおうとした時。

 

 

 

 

「一花!

 

 

 

 体調、気をつけて………!」

 

 

 二乃が、目に涙を浮かべながら、気遣いの言葉を投げた。

 

 

「………まあ、吹っ切れたなら何よりだな」

「……そうですね」

 あまりいい顔をしていなかった二乃の、そんな送り出しへ安堵の息を吐く町谷君に頷くと、一花も。

 

「………うん、行ってきます!」

 

 

 と、涙ぐみながら返事をして、今度こそホームへの階段に向かって歩き出していった。

 

 

 

 

 こうして、一花は休学となった。

 

 

 きっと、今回みたいな事は他のみんなにも起きて……少しずつ、生活が変わり。

 

 

 私たちが一緒にいられるのも、後少しなんだろう。

 

 

 

 

 それぞれの道へ羽ばたく時………卒業の時は、すぐ近くまで迫ってきているのだから。

 

 

 でも、だからこそ私は思う。

 

 

 いつか旅立っていく日が来るまで、今を大事にして行こうって……!

 

 

 




いかがでしたか?

映画のギャラ関連のお話は、簡単に調べたものを自分なりに噛み砕いて載せてみたものですので、もし気になったらご自身でも調べてみるといいかもしれませんな。


 次回からはいよいよ学園祭編となりますので、頑張って書いて行こうと思いますので、楽しみにしていただければ幸いです。


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第40話 日の出へ向かう夜

今回から学園祭編のお話となります。


ここから12巻と13巻を読み込みまなければいけないため、少し更新頻度が落ちることが予測されますので、先に断っておきます。


奏二の秘密

自動車学校に通い始めている。



 

 「どうしよう………」

 

 最近、私の中で何かか変わってしまった。

 

 

 きっかけは……一花に言われたあの言葉だ。

 

「四葉は四葉のやりたい事を探しな」

 

 

 みんなのために生きていくと決めたあの日から……無意識に目を逸らしていたんだと思う。

 

 

 自分自身の望みを考えなければならなくなる事から。

 

 

………いや、やりたいことはあるのだ。

 

 

 みんなに申し訳ないような感じがして隠していたし、それが当然だと思っていたけど………。

 

 

 

「風太郎君………」

 

 

 教室で勉強している風太郎君の横顔が、私の思いを加速させる。

 

 

……そうだ。私は風太郎君のことがずっと好きなんだ。

 

  

 

 そう考えちゃうと、なんだか声をかけづらくなってしまう。

 

 

「文化祭の屋台について話しておいてくれ」と先生に言われたとおり、話さなくちゃいけないのに。

 

 

「どうしたんだろう、前は普通に話せてたのに……?」

 

 

 いけない。私は学級長なんだからしっかりしなくちゃ………

 

「どうしたんだよ」

「ぬわぁ⁉︎」

 

 

 と、そんな葛藤をしていた私の後ろから、風太郎君が声をかけてきた。

 

 

「う、上杉さん⁉︎どうしたんですか⁉︎」

 

 いきなりのことに面食らった私はそう聞くが、彼は心外そうに。

 

 

「いや、教室にいた時からお前が変な行動してたから……」

「き、気づいてたんですか……」

 

 

 どうやら、さっき扉に隠れて様子を伺っていたのがバレていたようだ。

 

 

 色々と空回りしている状況に歯噛みしていると。

 

「……屋台のこと、話し合わなくていいのかよ?」

「え、屋台?」

 

 風太郎君の口からでたその言葉に、私は思わず間の抜けた声を出す。

 

 

「先生から聞いてないのか?俺とお前で決めるんだとよ」

「い、いえ…ただ、上杉さんの口から出て来ることに違和感が」

 

 

 さっきも勉強していたし、きっと聞いてないと思ったのに……。

 

 意外な状況に思わず口が滑ってしまう。

 

 

 すると、風太郎君はため息をついて。

 

「………なし崩し的になったとはいえ、俺だって学級長だ。

 

 やるからにはちゃんとやるし、最後の学校行事を無駄になんかしないさ」

 

 

 と、決意を秘めたような目で私を見据えた。

 

 

 その輝きに、無意識に鼓動が高鳴ってしまう。

 

 顔に出ていないか心配になっていると。

 

 

「てなわけで、去年の屋台のデータを聞き込みに行くからついて来てくれ。

 

 

………頼りにしてるぞ」

 

 

 と、一瞥だけして校舎に戻っていくので、私はさっきよりも軽い足取りでその後をついていくのであった。

 

「はい、任せてください!」

 

 

 

 

 

 

side奏二

 

 

「………と、言うわけでこれが去年人気だった屋台メニューです。

 

勿論、これ以外にもやりたいことがある人は教えて下さい」

 

 

 とある昼下がり。

 

 

 微睡の中にいた俺が、五月にゆすられて目を覚ますとクラスで催す屋台を決めようと言うところだった。

 

 

「……たこ焼き、チョコバナナ、焼き鳥にフランクフルト、チュロスにタコせん………美味しそうですね」

「まあ、ザ・屋台って感じはあるよな……」

 

 

 と、目を輝かせる五月に返答していると、風太郎が。

 

 

「……やっと起きたか。お前らなんか案はないか?」

 

 と、少しばかり呆れたように促してきた。

 

 

「待ってください!私は別に眠ってなんて………」

「そこはどうでもいい。見てたから知ってる……で、どうだ?」

 

 

 心外そうに抗議する五月にそう付け足した風太郎が、改めて俺に聞いてきたので………。

 

 

「冷えたジュースとかどうだ?」

 

 と、ふと考えついたものを挙げてみた。

 

 

「……また、楽そうなものを出してきたな。理由は?」

「種類と数を揃えやすいし、火を使わないから火事なんかの危険性もない。

 

 食品系屋台特有の食中毒対策も、既製品を冷やして売るだけだから、そこまで考えなくていい。

 

 

 そんなに期間がない上に、販売員も素人ばかりなら下手に手を加えるよりも無難を選んだほうがいいってもんさ」

 

 

 そして、その理由も添えて提案するが、風太郎は手にある資料に目を通し。

 

 

「………おい、それ去年にお前と数名がやった屋台じゃねえか。

 

 しかも、それ今年もやる気だろ」

「あら、バレた?」

 

 俺がそこまで具体的に語れる理由を暴露しやがった。

 

 

 そう、この日の出祭の屋台は3年生が出すことが定番だが、1年や2年も出す奴は出すのだ。

 

 

「思い出しました。町谷君、去年の学園祭にやってましたよね……」

「そう言えば懐かしいねえ……私、倫也君と一緒に売り子やったっけ」

「しかも、それを何でも屋の宣伝につなげようとするんだから商魂逞しいと言うか、抜け目ないというか………」

 

 去年は、俺と加藤と安芸でやったのだが……今年はそのメンツに加え、かつて四葉の助っ人騒動の時に知り合った、陸上部の山田を戦力として確保してある。

 

 

「……要するに、少なくともお前と加藤と安芸はこっちには参加しないって事か」

「そのかわり、そっちの販促になるようなプランを考えてるから、支店ってことで一つ。

 

 ついでに、決まった屋台に合いそうなドリンクを仕入れるから、早く決めてもらえると助かるぜ」

 

 

 と、そこまで言うと風太郎は仕方ないとため息をつき。

 

 

「それなら、何か案があるやついないか?」

 

 

 と、他の連中に話を振ると、二乃が手を挙げた。

 

 

 

「私はたこ焼きに1票。

 

 

 町谷も言ってたけど、こういうのは奇をてらわない方がいいわ。

 

 

 それに、あんたがそのリストを調べてくれたんでしょ?」

 

 

 と、たこ焼きに1票を入れた。

 

 

「たこ焼きなら、バイトで磨いた俺の腕を見せてやるぜ!」

「うん、楽しそうだよね」

 

 そこに前田と武田が乗っかり、男子もそれに続くが……女子は面白くなさそうだ。

 

 

「他にあるかー?」

「たい焼きやりたい」

「タピオカ!」

 

 そんな一幕の後、意見がいくつか出て来る中で風太郎は。

 

 

 

「三玖、何かやりたいか?」

「えっ」

 

 存在感を消していた三玖に話を振り、振られた三玖はビクッとしていた。

 

 

「えーと……」

 

 

 自分が当てられると思ってなかったのか、三玖は緊張と恥じらいを滲ませた顔で。

 

「………スフレパンケーキ」

 

 

 

 なんとも可愛らしい案を出してきた。

「私もいいと思ってたー!」

「絶対可愛いよ!」

「三玖ちゃんありがとう!」

 先ほどまで不満な顔をしていた女子達も、救世主が現れたみたいな感じで顔を明るくしている。

 

 

 正直、スフレパンケーキは調理技術がそれなりに必要で、失敗しやすそうなイメージが先行するが……まあ、折角の案をほぼ部外者がへし折る必要はないな。

 

「じゃあ、今日はこれまで。

 

 後日また話し合おう」

 

 

 と、言うことで初めての話し合いは、そんな意見の群雄割拠で終わりを迎えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 前回はみてるだけじゃつまらないと、適当にやったこのジュースの屋台。

 

 それを、クラスでの出し物への参加を拒否してまで今年もやろうとするのには、ある理由が存在した。

 

「……てなわけで、俺は割と自由に動けることになった。

 

 特別講師以外のアクションを見せてきたら、また連絡して欲しいぜ」

「……悪りぃな。折角の学園祭を」

 

 

 今電話している下田さんから、無堂が塾の特別講師としてこっちにやって来ることが決まったと連絡を受けたからだ。

 

 無堂がやらかしたことの数々は、奏一さんから聞かされていた。

 

 あまり人に対して嫌悪感を露わにしなかった奏一さんが、例外的に敵視しており………いつか絶対に罪を償わせると言っていたし、俺もそうなるべきだと思っている。

 

 だが……奏一さんは志半ばで死んでしまった。

「問題ないさ……これまでの被害者や、奏一さんの無念を晴らす千載一遇のチャンスだ」

 

 

 これは言わば、奏一さんの弔い合戦ってわけだ。

 

 

「必ず、ヤツを止めてみせるぜ」

「……そうだな。頑張れよ」

 

 

 下田さんの、迷いを孕んだような声が少し気になったが、その後忙しいからと言って切られたので、その意図を確認することはできなかった。

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 クラスの面々が学級長を中心に、文化祭へ向けて動き出した。

 

 男子数名がバンドのステージ参加を四葉に交渉したり、親戚に招待状を出したい女子が四葉に聞いてみたり、被服部の出し物について四葉が相談されたりと………。

 

………誰1人として相談に来ない風太郎と、人望の差がえぐいことになってるが、まあ日頃の行いという物だ。

 

 

 んで、俺と加藤と安芸…‥さらには五月も東奔西走真っ只中。

 例えば、他クラスや部活の部長にやる事の聞き込みに行ったり、山田が戦力を連れてきてくれたのでその顔合わせに行ったりと……下調べからやることが山積みである。

 

「……とりあえず、今回も被りはなさそうだな」

「まあ、ジュースの販売なんざ1クラスの人数でやることじゃないしな。町谷みたいな物好きじゃないとそうそう考えつかないさ」

「他の部活も、ちゃんとした屋台だもんねぇ…」

「おい、お前ら?さらっとディスるんじゃないぜ」

 

 さらっとちゃんとしてない屋台扱いしてきた協力者達に、ツッコミを入れつつ、教室の扉を開けると。

 

 

 

「パンケーキで良いじゃん!

 

 このままじゃ屋台のメニュー決まらないよ」

 

「良い加減諦めなさいよ男子!町谷君達困ってるでしょ⁉︎」

 

「ふわっふわなパンケーキ食べたことないの?みんな大好きなんだよ⁉︎

 

……三玖ちゃんも言ってあげて!」

「え……えっと……」

 

 三玖を頭に据えたパンケーキ派と。

 

 

「たこ焼きだって!

 

 決まんねーのはお前ら女子が頑固なせいだ!」

 

「去年のデータ見ただろ⁉︎

 

 たこ焼きが嫌いな日本人なんて、存在しねーよ………ね!二乃さん!」

 

「ま、まあ……」

 

二乃を頭にしたたこ焼き派が、いまだに熾烈な争いを続けていた。

 

 

「……この様子だとまだ決まってねえな?」

「ええ、そのようですね……二乃と三玖はそこまでこだわってないようですが、他のみんながヒートアップしてるようで…」

 

 

 ここのクラスの情報収集と、ドリンクの種類の選定を任せている五月が、何か思い詰めた様子で状況を教えてくれる。

 

 

「………お前、何かあったのか?様子が変だぜ」

「え?そんなことはありませんが………ほら、私は元気ですよ?」

 

 そう笑う五月だが、どことなく無理矢理感があった。

 

 

 ひょっとして、最近配られた模試が関係してるのかと考えるが、その思考は遮られることになる。

 

 

 

「あーもう‼︎

 

 

 仕方ないでしょ!

 

 

 私が最初に言い出したんだもの、最後まで責任は持つわ!

 

 

 それと、食べるのと作るのじゃ話が別よ!

 

 

 そのふわっふわのスフレパンケーキ、私だってたまに失敗するんだから!」

 

 

 姉御肌が発動したのか、それとも焦ったいのにキレたのか、二乃が一気に捲し立て。

 

 

「これ以上の話し合いは無駄よ!

 

そんなにやりたいなら二つともやるしかないわ‼︎」

 

 

 まさかの三つ巴状態を提案し始めた。

 

 

 

 

 三つ巴……というより、俺ら以外の男女に分かれてやると言う、前代未聞の提案により、なんだかギスギスした日の夕方。

 

「他のクラスに値引き券の話を持ちかけてみるか。そうすればかなり売れると思うぜ」

「よくもまあ、そんなポンポンとアイデアが浮かぶもんだ」

 

 加藤と通話しながら資料に目を通していると、クラスで見覚えのある女子3人組がとある方向を険しい顔で見つめているのを目にした。

 

 

 その方向にいるのは……二乃と三玖だ。

 

 

 たしか、あの3人はパンケーキの店を特に推していたはず。

 

 そして、そのうちの1人は武田に惚れているのか、風太郎を見る二乃や三玖みたいな目で、チラチラと見ていたのを確認した。

 

 

 とりあえず、俺は二乃達の元に向かう。

 

 

「よお、お二人さん」

「町谷」

「ソージ……どうしたの?」

 

 二乃と三玖が難しい顔をしながらこっちを見る。

 

「んにゃ。たまたま見かけたから声をかけただけさ。

 

 

………それより、また随分な事態になってんじゃねえか」

 

「あんた、他人事みたいに………でも、本当に面倒臭いわ。

 

 あんたもそう思うでしょ?三玖」

「まさか、あんなことでクラスが二分するなんて……言わなきゃよかった」

 

 俺が話を振ると、恨めしげにこちらをみたが、すぐに疲れたように話す二乃に、三玖も同じように首肯した。

 

 

「……てか、なぜにパンケーキ?鈴カステラとか人形焼きとかじゃなくて」

「そうよ。確かにそこは変ね」

 

 かつて行った祭での一幕を思い出しながら聞くと。

 

「フータローのお母さんが、よくパンを作ってくれたんだって。

 

 それで、ウチのことを思い出してみたら………」

「………そうね。あれこそフワッフワだった」

 

 

 三玖と二乃が懐かしそうな顔をした。

 

 

「……でも、そんなもんおいそれとできるわけじゃねえだろ?」

「ええ。一朝一夕じゃ間違いなく作れない」

「………作ったことあるんだ」

 

 

 三玖の呟きに二乃がなんてことはないと言うように。

 

「私の初めて挑戦した料理だわ。

 

 どうしてもあの味が恋しくて、昔パパにお願いしたことがあるの。

 

 パンケーキのお店に連れて行ってほしいって。

 

 頑なに聞き入れてもらえなかったけどね」

「それなら自分で、か……にしても、あの親父さんが意外だな。お前らには甘そうなのに」

 

 あの親父さんらしくない行動に、違和感を覚えて口を挟むと。

 

「…………そんなことないわよ」

 

 一瞬翳りを見せた顔で否定する。

 

 

……どうやらこれ以上触れるのは不味そうだな。

 

 

「まだ、たこ焼きの方が楽だわ。

 

 屋台なら尚更ね」

「だからって、あんな直接言わなくても……」

 

 座っていた椅子から立ち上がった二乃に、三玖が呆れたように言うが。それに対して二乃は嫌そうに。

 

「……嫌なのよ、陰でコソコソすんのは」

「……お前らしいな」

 

 どこか気品みたいな物を感じさせつつ、きっぱりと口にした。

 

 

「褒めてるのか馬鹿にされてるのか分からないわね………それに、もしかしたら恨まれてるかも。

 

 

 でも……」

 

 そして、闘志でもたぎらせたのか。

 

「その時は遠慮しないわよ。受けてたってやるし、その方がスッキリするわ!」

 

 と、自信満々に言い放った。

 

 

 

「……それなら、見せてもらうとするかな」

「………どう言うこと?ソージ」

 

 三玖が俺の言葉に首を傾げるが、その答えの代わりに俺はとある方向を向き。

 

 

 

 

 

 

 

「………おい!隠れてないで、そろそろ出てきたらどうだ⁉︎」

 

 

 後ろから感じていた視線の主に向けて、出てくるように声をかけた。

 

 

「……成る程。噂をすればなんとやら、ね」

 

 

 二乃が言う通り、出てきたのは先程の3人組であり。

 

「……ねえ、なんか怒ってない?」

「…さあな」

 

 三玖が冷や汗を流しながらことの成り行きを見守る中、二乃とその3人がついに対峙…………

 

 

 

 

「二乃、三玖、奏二まで?

 

 珍しい組み合わせだな」

 

 

 しようとした時、風太郎が声をかけてきた。

 

 

「フータロー、どうしたの?」

 

 三玖が、先程の一触即発ムードが薄れたことへの安堵を滲ませながら応対するが、風太郎は。

 

「………いや、それなら良いんだ。

 

 まあ、今は色々忙しいが、折角の学園祭。

 

 楽しんでいこうぜ」

 

 その言葉と共に、そそくさと帰って行った。

 

 

「………なんなのよ」

「あ、私フータローに用があったんだ。

 

 先に帰ってて」

 

 

 その後を三玖が追い、その場にいたのは俺たちとあの3人……だったが、あの3人は背中を向けて退散しようとしていたので。

 

 

 

「言いたいことがあるなら、さっさと言ったらどうだい。

 

 

 見ていて無様だぜ!」

 

 

 焚き付けるような言葉を投げてやったが、一瞬こちらを睨みつけただけで、そのままどこかへ行ってしまった。

 

 

 

「………あんた、私が言うのもなんだけど、遠慮ってものがないの?」

「俺はやるべきことをやったまでさ。

 

……負けることができない奴が、何かを得ようだなんて馬鹿な話はないだろ?」

 




いかがでしたか?


今回は奏二の下準備回ですね。

あと、37話の一部が今後のストーリーと矛盾してしまいそうになったので、一部変更させていただきました。

「言えるわけねえだろ」→「その話は、また今度にしてくれ」

と、奏二と四郎のやりとりが変わっています。

と言うのも、今回のお話の時点では、無堂が5つ子の父親であることを知らない状態にしておきたかったのですが、元のままだとおかしなことになってしまうと感じたので、修正いたしました。


 次回は三玖と風太郎の水族館デート、風太郎とパンケーキ3人組との対峙、二乃の招待状回、そして、奏二が無堂についての新事実を知る所までを書けたらなと思います。

 楽しみに待っていただけると幸いです。


 それでは、感想などがあれば是非是非。


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第41話 決意 向き合いと飛び立ち

お久しぶりです。

いろいろ悩んでいたのと、生活環境が変わったのが相まって遅くなってしまいました。

色々変な部分もあるでしょうが、楽しんでいただければ幸いです。

奏二の秘密

朝食はソイジョイ派。


「あれ、二乃と町谷君も今帰りですか?」

「いや、俺は直で自動車学校に行くところだぜ」

「私は一緒に帰る人探してるとこよ」

 

 

 俺と二乃が玄関に向かうと、同じように帰ろうとしていた五月と遭遇した。

 

 

「そうですか……でしたらすみません。

 

 

 私はこれから塾に直接向かいますので」

 

 その質問に各々答えると、五月は申し訳なさそうに二乃に謝る。

 

「いいわよ。真面目にやってる人の邪魔はしないわ」

 

 

 二乃が気にするなと言わんばかりに手をヒラヒラさせ、靴箱から靴を取り出していた時。

 

 

「あの……二乃は………入試判定どうでしたか?」

 

 と、どこか期待を滲ませながら聞いてきた。

 

 

「思ったほど悪くなかったわ。Bだったっけ……まあ、受けるところ選んでるってのもあるけどね」

 

 その声に怪訝な顔をしながらも答えると。

 

 

「うううう…」

 

 下を向いた五月が、謎の唸り声を発し出した。

 

 

「ん?」

「い、五月?」

 

 突然の奇行に俺と二乃が戸惑いを見せるが、五月は止まる様子もなく。

 

 

「……ううううう………うううううううう………!」

 

 

「……どうなってやがる?」

「聞いてみないとわかんないわよ!……ど、どうしたの?」

 とりあえず、人語を話してもらわないと理解できないので、二乃がそれとなく答えてみると。

 

 

 

 

 

「2人とも、どうしましょう……。

 

 

 全力で取り組んでいる筈なのに、この結果です!

 

 お先真っ暗です!」

 

 そうして見せられたのは、合格判定にデカデカと「D」と書かれた判定用紙だった。

 

 

「所詮私はお母さんの真似事!

 

 学校の先生なんて夢のまた夢なんですー!」

 

「ちょ、落ち着きなさい!」

「世話の焼ける奴……」

 

 

 

 

 side二乃

 

 数分後。

 

「……落ち着いた?」

「はい、取り乱してしまいすみません……」

 

 結果が振るわなかったことで自棄になっていた五月を、なんとか宥めた私はベンチに座っていた。

 

 因みに町谷は自動車学校に向かったので、ここにはいない。

 

「……まあ、あのテストを受けた段階ではD判定ってだけよ。

 

 落ち込むことはないわ」

「……はい…」

 

 とりあえず言葉をかけてみるが、返事をする五月は元気がない。  

 

……そうだ。

「フー君には言ったの?」

 

「お忙しそうでしたし……何より申し訳なくて………」

 

 

 フー君に相談したのか聞いてみるが、五月は表情を曇らせたままだ。

 

「先生は、一度親と相談したほうがいいと……でも……」

 

 そうして、親との相談を持ちかけられたみたいだが……

 

 

「そんなことをしてくれる親でもないか」

 

 あの人がそんな事をしてくれるとは思えないと、半ば諦めたように自己完結するが。

「い、いえ!

 

 

 そう言う意味ではなく……これ以上、お父さんに心配をかけたくないんです」

 

 

 聞き捨てならない事を言い出した。

 

 

「心配ですって⁉︎

 

 あの人がいつ……」

 

 

 あの人が、いつ私たちのことを気にかけてくれた?

 

…‥確かに、お母さんが死んでしまった後に私たちを引き取り、ここまで面倒を見てきてくれた事は分かっている。

 

 

 でも、面倒を見てきたと言っても、衣食住を与えて後は放任気味だったのだ。

……なんなら、町谷の方があの人に気にかけられているような気がする。

 

 

 正気とは思えない事を言い出した五月に詰め寄ろうとしたが、それでも五月は止まる事なく。

 

 

「私たちが、ここまで成長できたのはお父さんのおかげ。

 

……私も、そう思えるようになってきました。

 

 

 あの花は、間違いなくお父さんです。

 

 

 直接何かをしてもらったことは少ないですが、ずっと気にかけてくれたんだと思いますよ」

 

 

 そう言われはしたものの、やはりどうしても今までのことがチラついてしまう。

 

「そんなわけ………」

「ひとまず下田さん……塾でお世話になっている先生に、相談してみます」

 

 ごちゃごちゃの感情が拒否反応を言葉にしていると、五月はそう立ち上がり。

 

 

「それに近日、有名な講師の方による特別教室が開かれるらしいのです。……二乃も来ますか?」

「何それ、怪しいわ」

 

 

 茶化すように、胡散臭い事を言い出した。

 

 

 

 

 

 

 

「………って事よ」

「成る程ね……分かった。

 

 昨日は悪かったな」

「良いわよ別に」

 

 その次の日。

 町谷に昨日のことについて聞かれた私は、簡単に説明をしていた。

 

 

 

 

 そして、それを聞いた町谷はメモを取り終えたのか、メモ帳をポケットにしまい。

 

「後で親父さんへ上申してみるわ。

 

……ちょうど、この模試の話をしてたしな」

 

 と、話をしていた廊下から教室に戻ろうとするが……パパの事を口に出したのを聞いて、昨日の五月の言葉が頭をよぎる。

 

 

 

 そして。

 

「………ねえ」

「ん?」

 

 信じたいと言う思いと、信じるなと思い浮かぶ過去の出来事がせめぎ合い。

 

「あの人は……私たちのこと、心配してるのかしらね」

 

 今こうして、パパとの話題を口にする町谷に、その答えを求めてしまった。

 

 

 

 

side奏二

 

 

 二乃が、親父さんに対して不信感を抱いているのは前々から感じていた。

 

「ずっとほったらかしにしてきた癖に、今になって…」

 

 

 3年になって初っ端のころ、武田が襲来してきた時に言いかけたこの言葉は、その現れにすぎない。

 

 

 

 確かに、家庭教師補佐の仕事を始めてから今まで、一度もあの高層マンションで親父さんがいることはなかった。

 

 

 期末前に起こった二乃と五月の家出の時も、風太郎から聞いて初めてその事実を知るレベルで、家の中で起こっていることにも関心を見せなかった。

 

 

 その時は「飼い主」と「親」をごっちゃにしてるんじゃないかと思い、口を挟みはしたが………。

 

 

 今思えば、一杯一杯だったんだと思う。

 

 

 恩師であり妻であり……兎に角大事な人がいなくなり、悲しくないはずはないだろうし、痛みを吐き出したかっただろう。

 

 

 だが……取り残され、悲しみに打ち据えられた5人の形見を前にそれを曝け出すわけにも行かず。

 

 その死と向き合い……受け入れる時間もないまま、接するしかなかったのではないだろうか。

 

……幸か不幸か、あの5人は母親にある程度似ているのも、いなくなった事が嘘なんじゃないかと言う希望を持たせてしまいかねない。

 

 

 要は、思いが現実に追いついていないのが今の親父さんってわけだ。

 

 だからこそ、あのスタンスもせめて好きな事をさせてやろうと言う思いからのものだったと、なんとなく思えるようになった。

 

 

 まあ……それを伝えたところで、二乃はすでに不信感を抱いてしまっていて、他人の俺がそれを払拭するのは簡単なことじゃない。

 

 

 自分の中で折り合いをつけるしかないのだ。

 

「見えるけど見えないもの……大事なのは表面上のものだけじゃないさ」

「……あ、ちょっと!」

 

 

 俺は、それだけ告げて教室に戻っていった。

 

 

 

side二乃

 

「二乃ー、上杉さんどこ?」

「さっき町谷と出てったわよ。案内いる?」

「うん、お願いー」

 

 学園祭がもうすぐだというのに、まだどの店をやるか決まってない中、四葉にフー君はどこかと聞かれたので、案内ついでに廊下へと連れ出した。

 

 

「そうだ、この前言われた招待状用意してるけど……」

「………やっぱやめとくわ」

 

 四葉に頼んでおいた招待状。

 

 渡す相手は………

 

「え、いいの?」

「パパを呼ぼうだなんて、一時の気の迷いだわ」

「………私は良いと思ったんだけどね」

 

 パパに来てもらおうと一瞬思って、その時に勢いで四葉に頼んでみたけど……冷静になって考えれば。

 

「どうせ来るはずないわ。

 

 家に立ってほとんど姿を見せずに………いっつも陰でコソコソしてるんだわ」

「ははは……手厳しい……」

 

 

 いっつも忙しいと言って、家にだって帰ってこない。

 

 

 どうせ、後ろめたいことでもあるから、顔を合わせられないのだろう。

 

「でも…」

「あ、ちょっと待って」

 

 何か言いかけた四葉を遮って、私は回れ右させる。

 

 

 向かっていた先にいたのは……

「私を睨んでた女子だわ。面倒なことになる前に回避しておきましょう」

 

 屋台決めの時から、チラチラと睨んでくるあの3人組だ。

 

 正直、今私にはこの問題があるのであの3人はどうでも良いんだけど……四葉を巻き込むわけには行かない。

 

 

 フー君を探すのは諦めようと促そうとした時。

 

 

 

「お前らの意見はよく分かった」

 

 探していたフー君の声が、なぜか下から聞こえてきた。

 

 

 

 

「この声……上杉さん?」

 

 思わず下に目を向けると、そこにはあの3人と対峙しているフー君と町谷が。

 

 

「女子なのに男子組にいるのはおかしい。

 

 あんな媚を売って、男子の誰かを狙ってるのに違いない………か」

「まあ、こいつらの話をまとめるとそうだな……」

 

 

 フー君が纏め、そこに町谷が呆れたようなため息と共に首肯する。

 

……正直、私もそんなところだろうと思っていたし、町谷のため息には激しく同感だ。

 

 

 

「そ、そうだよ。もし、その相手が祐輔だったら………

 

 

 二乃ちゃんが相手なんて……私に勝ち目ないよ……」

 

 その女子達の1人が、自信なさげに言う。

 

 

 気持ちはわからないわけでもないが、そのためにチラチラ睨んでくるのは鬱陶しい。

 

 今から乱入して直接対決に持ち込んでやろうと思いかけていると。

「安心しなよ。二の足踏んでる時点で負け確だぜ」

 

 

 町谷がバッサリと切り捨てていた。

「……ッ」

「ねえ、ちょっと酷くない?」

「あんた何様のつもりよ!」

 

 

 あまりの遠慮ない一言に、真ん中の子は涙ぐみ、その傍に控えていた2人が詰め寄る。

 

 

 だが、町谷は全く調子を崩さず、飄々とした様子で。

「二乃っていう強敵がいても、諦めきれてないんだろ?

 

……なら、わざわざ日和る必要なんかあるもんか」

 

 

 と、焚き付けるようなことを言い出す。

 

「で、でも……振られたら立ち直れるかどうか…」

「クドい。

 

 OK貰えるか振られるか……要は50:50だ。

 

 なら、上手く行く方に張るもんだぜ?」

 

 

 コイツの言葉は一見すると棘だらけだが……その中には確かな思いやりがある。

 

 

「見えるけど見えないもの………」

「二乃…?」

 

 もしかしたらパパの行動の裏にも……

 

 そう思いかけた時に、フー君が前に出て。

 

 

「……安心してくれ。学級長と奏二、加藤に安芸は中立の立場を取るために投票してないし……二乃の意中の相手はあの中にはいない」

 

 私の身の潔白を話してくれたが、当然と言えば当然か。

 

 

 

「………意味わかんない!」

「なんで上杉君にそんなこと言えるの?」

「関係ないじゃん!」

 あの女子達は困惑のまま食ってかかる。

 

 

 すると、フー君は意を決したように。

 

 

「二乃は俺を……すっ、好きだからな。

 

 

 だから仲良くしてやってくれ」

 

 

 さらっととんでもないことを言い出し、私達は言葉を失った。

 

 

 確かに、私はフー君が好きだしそれを彼に対して宣言したけど、他の人にこんな形で露見するなんて………!

 

 

 と、そんな思考が頭の中で巡り回っていると。

 

 

 

「う、上杉君………妄想はやめよう?

 

 その設定は二乃ちゃんがかわいそうだし………

 

 

 ほら、良い子紹介してあげるからさ?」

「それか、町谷君に紹介してもらうのは……」

「お断りだぜ……」

 

 

 あの3人が引いた顔で失礼なことを言い出し、あの町谷も難しい顔をしている中で、フー君は必死の弁解をするが……誰の耳にも本気で入ってくることはなかった。

 

 

 

 でも………わかることがある。

 

 彼は私があの3人に睨まれていることを知り、自分を犠牲にして助けようとしてくれたんだ。

 

 

「二乃。

 

 

 陰でコソコソも悪くないと思うけどな。

 

 

………きっと、何か理由があるんだよ」

「………ッ」

 

 

 

 その行動に、私はある時のことを思い出す。

 

 

 スフレパンケーキが食べたいとパパに頼み、断られてから数日。

 

 

 机の上にあったのは………パンケーキの材料やレシピに調理器具。

 

 

 

………そこから、私はあの人に対して心を開き始めたんだ。

 

 

 

「ねえ、四葉。

 

 ……招待状の文面、一緒に考えてくれない?」

「二乃………うん、いいよ!」

 

 正直、あの人に対してはまだ不信感は拭いきれてない。

 

 

 

 でも………今よりもう少しだけ、信じてみようと思えた。

 

 

 

 

side三玖

 

 

「お待たせ、フータロー…」

「お、ようやく来たな」

 

 ある日の昼下がり。

 

 私はフータローと水族館にやってきていた。

 

 いわゆるデートと言うものだが………それだけじゃない。

 

 

 今日、私はフータローに伝えたいことがあるのだ。

 

 フータローが、私の決断にどんな反応をするのかはわからない。

 

 

 分からないけど……私は自分の夢に向かって走りたい。

 

「うん……大丈夫。告白までしたんだもん」

「ん?どうした」

「な、なんでもない!」

 

 

 そうして、私はフータローを連れて水族館に入って行った。

  

 

 

 やや薄暗い部屋の中、ガラス越しに広がる魚達の世界を眺めている私達の会話は、水族館の感想ではなく……学園祭のこと。

 

「来週はもう学祭……三日間楽しみだね」

「素直に喜べなくなってきたがな。

 

 

 まさか、他のクラスよりも少ない人数で、屋台を二つもやることになるとは………正直どっちでも良いだろ」

「それだけみんな真剣なんだよ……忙しいだろうけど、フータローも食べにきてね」

 

 ため息をつく風太郎を宥めていると、少し疲れたような顔で。

「……学級長の負担が、想像以上に重くてな。

 

 ここ最近は四葉と東奔西走してる」

 

 たまにフータローは難しい言葉を使ってくるが、この言葉の意味は分かる。

「とーほんせーそー……なんか四葉も言ってた。とにかく忙しいって。

 

 演劇部の舞台にも参加するからって」

 

 どうやら四葉は、既に色々な頼み事を引き受けているのに、そこに加えて演劇部の舞台にも参加するらしいが、フータローに伝えてなかったようで。

 

「アイツが演技だと……?

 

 お遊戯会でもあるまいし、どんなのになっても知らねーぞ…」

 

 深刻な顔を見せていた。

 

 言いたいことがわからないわけじゃないけど、流石に失礼である。

「そうかな?

 

……まぁでも、わからなくもないかも…」

 

 

 あの出鱈目な体力が、私たちの血のどこにあったのだろうと改めて不思議に思っていると、フータローが。

 

「とまあ、クラスにまだ気を回しきれなかったのもそれが原因だ。

 

 もしかしたら、当日も顔を出せないかもしれない。

 

 

……その時は三玖、お前に任せたぞ」

 

 

 私にまた大きな任務を言い渡してきた。

 

 正直言って、荷が重いけど………

 

「う、うん。頑張ってみる」

 

 他ならぬフータローからの頼みを、断ると言う選択肢はなかった。

 

 

 

 

 

「………」

 

 大前提として、フータローは体力が私並みになく、ここ最近の学級長としての負担が相当なものであることは想像に難くない。

 

 その為……。

 

「お疲れの中、呼び出しちゃってごめんね…?」

「き、気にすんな……」

 

 

 フータローは、疲労を顔に滲ませながら座り込んでしまった。

 

 

 思わず謝罪の声をかけるが……それでも譲れないことがある。

 

「でも私、学園祭前にフータローに言っておきたいことがあって……」

 

 私は……

 

 

「そうか。

 

……俺もお前に言いたいことがあるんだ」

「それ、先に聞いて良い?」

 

 まず、フータローの話を聞くことから始めよう。

 

 

 

 数分後。

 

「大学の入試判定の結果……A判定だったって聞いたぞ。

 

 やったじゃねーか」

 

 

 まあ、予想はしてたけど本当にその通りになるとは。

 

 

 私は、苦い表情を悟られないようにしつつも、その話を中断しようとタイミングを探していた。

 

 

 

「初テスト32点のお前がついにここまで来たな」

「そ、そのことなんだけど……」

 このままでは、私がしたい話とは逆の状況へと進んでしまう。

 

 

 

 

「思えば、長い道のりだった。

 

 家庭教師として力不足だったと不安になったりもしたが………」

「私、大学は……」

 そう。だって私は………。

 

 

「しかし、すべてはお前らが大学に入学してくれたら報われる………俺も授業した甲斐があったってもんだな!」

 

 

………でも、この選択ができるようになったのはフータローの授業のお陰なのは間違いない。

 

 

「そう……だね。フータローのおかげ……」

 

 

 とりあえず、それにはお礼を言いつつも……言いたいことは、結局言い出せずじまいとなってしまった。

 

 

「あ、見て。ペンギンいるよ…」

「おい、お前はなんの話をしようとしてたんだ?」

 

 

 

 

 この水族館における1番のお目当て………それはこのペンギン水槽だった。

 

 なにせ、私はハリネズミほどじゃないにせよペンギンも好きだから。

 

 

 さらに、ここのペンギン達の中には………

 

「こちらがアンちゃんで、あちらがサンちゃんで……なんと、この子達は五つ子の姉妹ペンギンなんですよー!」

 

 

 私たちと同じように、五姉妹のペンギンがいるらしい。

 

「……なあ、三玖?そんなに張りつくのもどうかと思うぞ」

「当ててあげたい」

「とは言ってもだな…」

 

 

 私とフータローがやりとりをしている後ろでは、数人の集団が。

「みんな同じ顔だよねー」

「違いわかんない」

 

 

 こんなことを言い出すから、余計に当ててあげたくなったのだ。

……もしかしたら、普段の私達に重ね合わせたのかもしれない。

 

 

 そうして深く観察していると、ぱっと見では同じ顔だとしても、ちょっとずつ違いが………

 

 

「……あれはお前にそっくりだな」

「フータロー……」

 

……運動音痴のペンギンを私と重ね合わせる失礼なフータローに、抗議の視線を送る。

 

 でも、姉妹の中ではダントツに運動音痴なのは認めざるを得ないからか、その子に対してなぜだか強い愛着が湧いた。

 

 

 

 その子は、他のペンギン達と同じように水の中に飛び込めずにいる………まるで、調理学校に行きたいと言い出せずにいる私のように。

 

 

 

……ひとまず、大学に行ってからでも遅くはないのかもしれない。

 

 かつて二乃が「フー君と同じ大学に通えるかも」と夢見がちなことを言い出した時、私も実は考えてしまったのだ。

 

 そう、フータローとのキャンパスライフを。

 

 

 

 

 

 

………でも。

 

 

………だけど。

 

 

 

 

………それでも。

 

 

 

 

 

「私、料理の勉強がしたい。

 

 

 

……だから、ごめんフータロー。

 

 

私は大学には行けない」

 

 

 私は、自分の夢に向けて飛び立つんだ。

 

 

 

 

 前に飛び立つことを決意した、もう1人の私のように。

 

 

 

side風太郎

 

「………そうか。

 

 

 お前が選んだのなら応援するさ」

 

 なんとか応援を口にはできたものの、その胸中は自分でも分かるくらい顔に出るほどに複雑だった。

 

 

 三玖の進む道を応援したいのは間違いない。

 

 

 でも、ここまで教えてきた身としては、大学への道を進んでもらいたかったと言うのもある。

 

 

 なんと言うか、ここまで教えてきたのが無駄になりそうなことに抵抗があるのかもしれない。

「そうだよな……専門学校、それもありだよな……」

 

 

 正直、専門学校で燻らせて良い成績じゃないんだが……。

 

 

 そんな葛藤を頭の中で絶えず繰り返している俺だが。

 

 

「大学に行くのも間違いじゃないと思う。

 

 

………でも、もうね。

 

 

 私は自分の夢に進みたくてしょうがない」

 

 

 

 続けて三玖が放った言葉に、俺はハッとさせられた。

 

 

 

 俺は全国模試の時に言ってたじゃないか。

 

 コイツらの卒業後の夢を見つけてやりたいと。

 

 

 それなのに、自分のプライドと功名心との秤にかけてしまっていたのだ。

 

 

 

 初めて、最強の武器としてきた勉強で負けた時。

 

 

 初めて、人間関係で心が折れた時。

 

 

 初めて、向き合うと決めた時。

 

 

 俺に道を示してくれたのはコイツだった。

 

 

 そして今も………夢に対しての新たな考え方を突きつけてくる。

 

 

「それを伝えたかった。

 

 

 フータローは私にとって特別な人だから」

 

 

 そんな、いつだって俺の前に立ち……俺の背中を押してくれたこの少女に。

 

 

「私は伝えたよ。

 

 

 じゃあ次は………フータローの番だね」

 

 

 俺は、応えたいと思った。

「………ああ。分かってるさ」

 

 

 

 

 

side奏二

 

 自動車学校の教習から帰ってきた俺は、家の前に珍しい客がいるのを

目にしていた。

 

 

 それは………

「あれ?風太郎の親父さんじゃないっすか」

「ガハハ!覚えてくれてたとは光栄だな!」

 

 金髪にアロハシャツ、サングラスとチンピラみたいな風貌をしたその人は風太郎の親父さんである。

「ここに来るなんて思ってませんでしたよ……どうしたんです?」

 

 この時間帯にここにいるのが珍しい人なので、何かあったのか聞いてみると。

 

「マルオから、これを渡してくれって言われてな……」

 

 あっけからんと笑っていたのが嘘のようにその表情を顰め。

 

 

「……下田のやつから奏二君が無堂を追っていることを聞いてね。

 

 で、そう言う時が来た時に備えて奏一が用意していたものを、マルオが保管していたんだ」

 

 

 俺に向けて手紙のようなものを差し出してきた。

 

……まさか、奏一さんがそこまで予想をつけていたとは、やっぱり敵わねえもんだ。

 

 

 しみじみとそう思っていると、風太郎の親父さんは俺に背を向けて。

「……んじゃ、俺はこれで失礼するよ。家でらいはの飯が待ってるからな!ガハハハハハ!」

 

 

 そんな笑い声と共に、立ち去った親父さんが残した手紙だが。

 

 

 

 

 その内容はあまりに衝撃的すぎるものだった。

 

 

「おいおい、冗談じゃないぜ………⁉︎」

 

 その内容を頭が理解した時、手紙を握る手に力がこもる。

 

 

 

何故ならそれは………。

 

 

「………アイツらが無堂の娘……?」

 

 

あの5人が無堂と零奈さんとの間に生まれた娘であるという、いくつかの資料も添えたものだったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?
今回は二乃、三玖、風太郎に視点を当ててみました。

次回は奏二メインでお話が進んでいくかと思われますので、楽しみにしていただくと幸いです。


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第42話 日の出 差し掛かる暗雲

今回はキリの良いところで終わらせたかったため、かなり短めです。

簡単に言えば学園祭前の下準備編の終わりといった感じですな。


奏二の秘密
 最近ドクターペッパーにはまっている。


「お兄ちゃん、お父さんお帰りー」

 

 親父と共に帰宅した俺の目の前には、エプロンをつけたらいはと………。

 

 

「なぜお前がウチにいる」

「五月ちゃん来てたのか」

 

 なぜか五月がちょこんと座っていた。

 

 

「お父様、お邪魔しております…」

「お邪魔すんな、帰れ」

「もー、失礼なこと言わないの‼︎」

 

 

 とりあえず帰らせようとするが、らいはにお玉で止められたので、痛む頭をさすりながら、何しに来たのかを聞くと。

 

 

「こちらです。四葉が上杉君に渡した覚えがないと言うので」

 

 

 

 学園祭の招待状を取り出した。

 

 

 

side五月

 

「学園祭の招待状です。中に出し物の無料券や、割引券が入ってて便利ですよ」

「お、こりゃ助かるぜ。サンキューな」

「お兄ちゃん、こんな大切なもの忘れてたの?五月さんにお礼言わなきゃダメだよ?」

「あ、あり……」

 

 招待状を前に和気藹々としている上杉家の方々に和んでいると、お父様が。

 

「学園祭楽しみにしてるからな。

 

 

……ところで五月ちゃん。

 

 ここ最近変わったことなかったか?」

 

 

 と、突拍子もない質問をしてきた。

 

 意味がわからなかったが、その顔は決してふざけたことを言っているようには思えない。

 

 

「えっと……心当たりはありませんが…」

「何のことだ?親父」

 

 同意見だったらしい上杉君も話に加わるが、そこで終わりだと言わんばかりに。

 

 

「外はもう暗ぇから、女の子一人じゃ心配なんだよ!

 

 おい風太郎、帰りはちゃんと送ってけよ」

「はーい、カレーできましたよ!五月さんも遠慮しないで食べていって下さいね!」

「い、いただきます!」

 

 

 らいはちゃんが持ってきたカレーが運んできた、夕食ムードに流されて行った。

 

 

 

side風太郎

 

 最近はあまり構ってやれなかったが、五月について気になっていたことがある。

 

 

「お前……こんなことしてて良いのか?

 

 奏二から聞いたぞ、判定……」

「うっ…」

 

 

 模試の判定が、D判定だったらしいのだ。

 

 まあ、その時の時点での成績だし気にしすぎる必要はないが、気にしなければいけない結果なのは間違いない。

 

 

 そして、それを自分でも分かっているのか五月の表情は苦い。

 

 

「だ、だからって希望校を諦めたりしません!

 

 学園祭返上の覚悟で頑張ります!」

「頼むぞ……入ってくれなきゃ困る。

 

 これで落ちたら俺たちのやってきた事が無意味になっちまうからな」

 

 

「何とかしてやらねえとな…」と焦りを滲ませながら報告してきた奏二の顔を思い出していると、五月が歩みを止めて。

 

 

 

 

「それは違いますよ。

 

 女優を目指した一花や、調理師を目指した三玖との時間は無意味だったのでしょうか?」

 

 

 と、諭すように聞いてくる。

 

 

……いかん。さっき三玖とのやりとりで学んだばかりじゃないか。

 

 

「そうは……思いたくないな」

 

 

 大学だけが全てじゃない。

 

 

 コイツらが本当に望んだ道を……決断を尊重すべきなんだ。

 

 

 

 浅慮を詫びる俺に五月は。

「‥…すまない」

「私たちの関係は、すでに家庭教師と生徒というだけでは語れません。

 

 

 そう思っているのは、きっとみんな同じはず。

 

 

 だから、この先失敗が待ち受けていたとしても。

 

 

 

 この学校に来なかったら……あなた達と出会わなければなんて、後悔することはないでしょう」

 

 

 これまで選んだ道への総括と共に、これから選ぶ道への後押しをしてくれた。

 

 

 多分、コイツにそんな意図はないと思うが……勝手にそう思わせてもらう。

 

 

 

 そうだ。コイツらは決断した。

 

 

………次は、俺の番だ。

 

 

 

 

 

side奏二

 

 無堂ニノ介。

 

 学校教育に長いこと携わり、今は全国各地を飛び回って教鞭を振るう教職者であり、界隈では講師として招かれるほどの有名人。

 

 正に生涯現役、若者達の先に立つ立場の人間の鑑で………ここまでの話が表向きの評判。

 

 

 その本性は……先ほどまでの紹介とは正反対のクソ野郎だった。

 

 

 

 女生徒や女性教諭に対してのセクハラや売春の強要などはお手のもの。

 自分の意にそぐわない教諭や生徒に対して、冤罪をふっかけたり進路を潰したり……場合によっては、不慮の事故に見せかけての抹消などやりたい放題。

 

 更には、無堂の傘下となっている教員への不当な優遇人事や、手篭めにした女性の提供などを行っているとのこと。

 

 

 

 つまり、その内実は教育界に根を下ろす怪物と言って差し支えないものであった………。

 

 

 

 

 

 

「……で、この5人が無堂の娘か」

「ああ。この鑑定の精度がどこまでのものかは分からねえが……」

 

 

 そんな、無堂と5つ子の血縁を知らされた日の深夜。

 

 

 俺と以前から無堂を探っていた唯はその事について話し合っていた。

 

 

「………たまたま、講演のためにこっちに来たってわけじゃないと思うぜ」

「ああ………十中八九、この5人へなんらかのアクションを起こすな」

 今回無堂がこの街にやってきたのは、ただ講演に行くためだと思っていたが………

 

 

 5人が無堂の娘となると、この学園祭の時になんらかの形で接触を図ってくる可能性も考えられる。

 

 だが……その場合考えられる理由として、最悪なパターンが存在する。

 

「……傘下の教師とのつながりを強めるために、娘をそいつらに売ることくらいはやるだろう」

「あるいは、なんらかの形で借金を背負ったから、その肩代わりに…ってか?

 

……吐き気がするぜ」

 下田さんの話によると、今まで講演を希望しても却下されていたのに、急にすることにしたらしい。

 

 

「……だが、そのケースを考えておかないといけないのは事実だ。割り切るしかない」

 

 最悪な想像が一瞬頭をよぎり、吐き気を催しそうになるが、唯の顔を顰めつつの嗜めに、なんとか持ち直して。

 

 

「分かってる。そんなことはさせないさ……」

「ああ……必ず阻止するぞ、奏二」

 

 

 無堂の行動に対する対策を、日付が変わるまで話し合っていた。

 

 

 

 その数日後。

 

「来たな、奏二……」

「ああ、サンキューな。急な頼みを受けてくれて」

 

 学園祭はもうすぐと言ったところで、俺と唯は下田さんのいる学習にやって来ていた。

 

 

 今日は無堂が特別講義をこの塾で行う日であり、下田さんにたのんでこの講義に飛び入り参加させてもらったのだ。

 

 

 

「……しっかし、結構な数の生徒がはいってやがるな。

 

俺には理解できないぜ」

「まあ、お前みたいに中身を知らなければ、あの人は高名な教育者だからな」

 

 下田さんのため息混じりの言葉の通り、入り口に立っている俺達とすれ違う受験生らしき人はかなりな数がおり、それだけ表向きの評判がいいことを感じさせる。

 

 

 現に、身近にいる受験生である五月もこうして………ん?

 

 

「五月⁉︎」

「町谷君?どうしてあなたがここに……」

 

 

 俺は、素っ頓狂な声を出していた。

 

 

 

side五月

 

 特別講師の講義を受けにやってきた私は、目の前でポカンとしている町谷君に首を傾げた。

 

 確か、彼は受験はしないと言っていたし……模試も大学を適当に選んで受けていたはず。

 

 そんな彼が、なぜこの場にいて……なぜ、私がきたことに驚いた顔をしているのだろう。

 

 

「ひょっとして、受験する気になったんですか?」

「いや、する気はないし、するにしても………」

「私が頼んだんだよ。機材の修理はコイツの得意分野だからな………」

 

 場違い感のある彼が何かを言いかけたところで、下田さんが理由を説明してくれた。

 

「そう言うことでしたか……あ、おはようございます下田さん。

 

 本日行われる受験対策の教室と言うのは、こちらで合ってますか?」

「んあ?

 

 お嬢ちゃんには今日のこと、伝えてなかったはずだが………

 

 他の講師から聞いたのか?」

 

「はい。

 自習だけではどうも不安でして……目指す夢のため、今はできることをしたいと思います」

 

 そう意気込む私だったが、対する町谷君と下田さんは複雑そうな顔をする。

 

 その顔の真意を聞こうとした時、後ろから。

 

 

「素晴らしい!

 

 こんな暗い世の中では、夢を持てると言うだけでも一種の才能だ!」

 

 

 と、男の人の声がしたので振り返ると、そこには一人の老年の男性が。

 

 

「………こちらが今回の特別講師、無堂先生だ」

「よ、よろしくお願いします……!」

 

 と、下田さんに紹介された無堂先生は。

 

 

 

「才気溢れる若者よ。

 

 私は君にエールを送るよ」

 

 

 激励を口にするが、それよりも。

 

 

 

「……………」

 

 町谷君が、きつく握りしめた拳と共に、今まで見たこともない表情を見せていたのが、妙に気になった。

 

 

 

 

side奏二

 

 夕陽が差し込む道場に、激突の音が響く。

 

「この俺から誘わない限り応じなかった貴様が、この頃はどう言う風の吹き回しだ?………フッ!」

「ちょっと入り用ができたんでね……ハッ!」

 

 

 無堂の受験対策の特別講座と言う、生き地獄のような時間を耐え切った俺は、竜伍の道場にいた。

 

 

 

「………無堂が送り込んでくるかもしれない刺客に、備えておきたいのさ」

「……俺も少し調べてみたが、わかりやすい悪だ。だが……だからこそ、あらゆる策に備えておく必要がある」

 

 

 ストレス発散と修行、そして協力を取り付けに来たのだ。

 

「俺も手を貸してやろう………容赦はせんぞ!」

「良いぜ…遠慮はいらねえ!」

 

 そうして、俺は無堂への怒りとあの5人を守り抜くと言う決意を込めて、目の前の竜伍との戦いに打ち込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 そして………数日後。

 

「ご来場の皆様は、体育館にお集まりください。

 

 

 

 

 ただ今より、第29回旭高校「日の出祭」開会式を執り行います」

 

 

 

 俺の人生において、大きな転換点となった「高校3年生の時の学園祭」が、幕を開けることになった。

 

 

 

side???

 

 とある場所に呼び出された私は、とんでもない要求をされていた。

「この男を始末しろ……そうすれば、無堂先生が特別に治療費を工面してくださるそうだ」

 

 

 差し出された写真に写っているのは、私と同い年くらいの男の子。

 

 そして、この人を……殺してしまえと言ったのだ。

 

「そんな!そんな事………」

 

 

 私は里中佳奈。

 

 私には、2個下の妹がいる。

 

 そしてその妹は………数年前から病に侵されていた。

「いいのか?妹はこのままでは治らないかもしれないんだぞ?

 

 それに………この男は人殺しで、警察を丸め込んで好き勝手している極悪人だ。

 

 今から君がやるのは正義の行いなんだ」

 

 

 

 その病を治すためには、大金が必要であり………母子家庭の私達には到底払えない額だった。

 

 

 お母さんは借金して、働いてでも返すと言ってるけど……お母さんはこれまでも毎日必死に働いていて、体を悪くしてしまっている。

 

 そんなお母さんに、更なる借金が重なってしまっては………どうなるかなんて想像したくない。

 

 

 私も、高校を中退して、水商売でも何でもやって働こうとしたが……お母さんにそれだけはやめてくれと泣かれてしまった。

 

 

 

 でも、そうでもしないと誰も救われない………私がどうなってでも、お母さんと妹だけは明るく元気でいてほしい。

 

 

 でも、そう思っていても、私が出来ることなんてたかが知れている。

 

 どうしたらいいのかわからなくて、私はお悩み相談員として学校に来ていたこの人に話をしてみて、今に至る訳だ。

 

 

「………妹を治したいんだろう?母親に無理をさせたくないんだろう?」

 

 

 

 畳み掛けるような口調に私の中の天秤が揺れる。

 

 

 人を殺してはいけないと言う良心と、………たとえ自分の手を汚してでも、二人を助けられるのならと言う思考が、せめぎ合う。

 

 

 

 人を殺すなんて間違っている。

 

……でも、このチャンスを逃して仕舞えば、妹もお母さんも………!

 

 

 

「相手は人じゃない。人の皮を被った悪魔なんだ……きっとみんな許してくれるさ」

 

 

 

…………そうか。

 

 

 目の前に置かれている紙にある通り、この子は13人も殺した挙句、それをもみ消してのうのうと生きている極悪人なんだ。

 

 

 

 

 だったら………

 

 

「受けてくれるね?」

「……………はい」

 

 

 私が取る選択なんて、一つしかないんだ。

 

 

 この悪魔を討ち取って、私は妹を救ってみせる………!

 

 

 

 私は、依頼者に書かれた「町谷奏二」と言う名前と、その顔写真を食い入るように見つめていた。

 

 

 

 

 

 

side奏二

 

「それじゃあ今日の打ち合わせをするぞ。

 

 午前は俺と山田が屋台での販売をする。

 

 で、午後は加藤と安芸に交代しよう。

 

 五月と助っ人の田中は明日から販売をしてもらうから、今日はオフ。

 

……あと、全員何かあったら俺に知らせてくれ。対策を考える」

 

 

 開会式セレモニーが終わり、いよいよ学園祭が始まろうとする頃。

 

 

 俺達は空き教室にて最終確認をしていた。

 

 

 で、俺が今日の動きを大体話すと、5人分の了解が返ってくる。

 

 

 それじゃあ……ゲームスタートだ。

 

「んじゃ、行ってみようか!」

 

 

 

 

 そんな訳で、学園祭第一日目の販売が開始された。

 




いかがでしたか?

今回は少しだけ新登場のオリキャラがおりますのでそちらの解説をば。

里中佳奈(さとなか かな)

17歳。

何の変哲もなく、優しい少女だが、病気の妹と働き詰めの母親がいる。

家庭が貧困で、妹の病を治するために必要な費用を工面できず、途方に暮れていたところを無堂の差し金に漬け込まれてしまう。


田中
山田の友人で、奏二達の出し物に助っ人として参加する。


次回は学園祭第一日目のお話となります。

楽しみにしていただけると幸いです。


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第43話 過去からの鎖

お久しぶりです。

生活環境の変化と、アイデアの難産により遅れてしまいましたが更新です。

それではどうぞ。

奏二の秘密

神父服を格好良く着こなすため、食事に気をつけている。


 学園祭が始まって、小一時間くらい経った頃。

 

「いやー、すごいお客さんですね先輩」

「そりゃあ、いくつかの屋台とタイアップしてるからな」

 

 

 山田がそう漏らすように、俺たちの屋台にはなかなかの列ができていた。

 

 まあ、そうなるように下準備をしていたから当然と言えば当然か。

 

 

 

 俺がその屋台に持ちかけた取引は、屋台の食い物と、こっちの飲み物でセット販売をしようと言うものだった。

 

 

 例えばウチのクラスのたこ焼き屋でたこ焼きを買うと、そのたこ焼きにウチのドリンクの当日限定の値引き券を付けさせる。

 

 その逆に、俺らの屋台でドリンクを買えば、タイアップした屋台の食い物の当日限定の値引き券を渡す……と言った感じだ。

 

 

 これが宣伝代わりになるおかげで、他に比べて圧倒的に少ない人数でも、売り子などに人数を割かなくてもいいし、その屋台の宣伝をこっちでもやることで向こうの宣伝になる。

 

 さらに、数が売れるようになるから、値段が下がってもそこまで問題ない。

 

 まさにwin-winという訳だ。

 

「……てな訳で、まだまだ来るから気を抜くなよ?」

「先輩って本当に何でもできますよね……」

「何でも屋だからな」

 

 

 そんな訳で、なかなかな滑り出しを見せていると。

 

「安全点検に参りましたー!」

 と、四葉が安全点検をしにやって来た。

 

 

「中野先輩、ここ最近ずっと働いてますよね。大丈夫なんですか?」

「全然平気だよ!」

 

 

 チェックリストに書き込んでいる四葉に、山田が心配そうな顔をするが、それを受けた四葉の顔は、いつも通りの顔だった。

 

 

 流石は無尽蔵のスタミナだ……と言いたいが、人間である以上はそんなもの存在しない。

 

 

 更にはコイツは自分を抑える傾向にあるためかなり消耗しているのかもおかしくはないのだ。

「……ほらよ。やってもらっておいて何だが、あんま無理すんなよ?」

「町谷さんまで!心配無用ですってば!」

 俺は、冷蔵しておいた栄養ドリンクを出して四葉に握らせ。

 

 

「どうだかな…心なしか動きが鈍い気がするぜ」

「もう、本当にへっちゃらなんですからねー!」

 

 やけに元気を強調する四葉に、手を振って送り出した。

 

「……まあ、多分3時に間に合わせたいんだろうな…」

 

 

 

 

side五月

 

 

「は?学祭中も一人で自習してる?

 

お前……勉強ばっかで大丈夫か?

 

 友達いる?

 

 

 学校つまんねーなら、相談乗るぞ?」

 

「あなたにだけは言われたくなかった言葉です」

 

 

 学園祭中も勉強をすると宣言した私に、上杉君はとんでもなく失礼な事を言い出した。

 

「俺ですら、この場の雰囲気に少しワクワクしてるってのに…

 

 

 しかし、わかんねーもんだな。

 

 これだけやってりゃ、流石にお前程の馬鹿でも何かしら成果は出て来ても不思議じゃないが……奏二には言ったのか?」

 

 

 その名前を聞いて、私は彼に思いを馳せる。

「いえ。最近、町谷君とても忙しそうにしていたので……それよりも、想像を絶するバカで悪かったですね!」

 

 ここ最近は、出し物に関することや、お仕事に関することが忙しいらしく、ずっと余裕なく動いていた。

 

 

 

 ここ最近、不可解な動きが多いのである。

「いや、まあそこまで気にすることでも……」

「そこで変に気を遣われると逆に不愉快ですよ!

 

 約束は15時……それまでに用意した問題集を終わらせます!

 

 教室にも行きませんからね⁉︎」

 

 

「流石に、夜までは待てねえぞ…?」

「上杉君‼︎」

 

 どこまでも失礼な上杉君に抗議した私は、絶対終わらせて見返すべく、問題集に目を落とした。

 

 

 

 

side二乃

「何で私がこんな目に……」

 学園祭のオープニングライブがあってからと言うもの、道行く生徒に声をかけられ、サインを求められ、探し回られるようになってしまい。

 

 一花の気持ちが少しだけ分かったような感じがしつつも、人目が無いところをブラついていると……。

 

 

「二乃」

「ヒッ⁉︎

 

……って、五月じゃない」

 

 

 学園祭だって言うのに、なぜか勉強の態勢をとっている五月に遭遇した。

 

 

 

 

「そう言えば、お見事なダンスでしたね。

 

まさに学園祭という感じでしょうか」

「あのね……。

 

 

そのせいで、知らない人に声かけられまくりでむず痒いんだけど?」

 

 

 他人事のように言う五月に、ため息と共に噛みつく。

 

 と言うか、そもそも……

 

「何であんたは、学園祭だってのに勉強してんのよ』

 

 折角の学園祭だと言うのに、この子は一体何をやっているのだろう。

 

「町谷達を手伝わなくてもいいの?」

 

 ジュースを売る屋台について話し合っていた事を思い出して聞くと、苦笑いしながら。

 

 

「私のシフトは明日なんですよ‥‥15時には終わらせますのでご安心を」

 

 先ほど来たメールを話題に出した。

 

 

「全く、どう言うつもりなのかしら、フー君は……」

 

 

 

side奏二

 開会式が始まってから少しした頃。

 

「学園祭初日15時に、教室に来てくれ」というメールがあった。

 

 

 随分と突拍子もない話だが……何というかただ事じゃない気がする。

 

 

 そんな訳で、15時まで少し時間があるのでウチのクラスの出し物に差し入れに行こうとした時。

 

 

 

「……三ツ矢?お前何してんだよ」

 

 何故か、人だかりの前で大道芸をしていた三ツ矢に出くわしていた。

 

 

 この学園祭中に無堂が何かしてこないかと、唯、三ツ矢、四郎、竜伍の4人に見回りを頼んでいたのだが、これはどう言うことなのか。

 

「頼んでいた仕事はどうした?」

 

 

「やろうとしていたら、迷子がぐずっていたんでな……泣き止ませようと色々していたら、この有り様だ」

 

 意味がわからず真意を尋ねると、デジャヴを感じざるを得ない事を言い出す。

「成る程ね……他の奴らから何か連絡は?」

「今のところ特にないな」

 

 

 相変わらず気を使いすぎるやつだ。

 

 と言うか、その野次馬達が早く話を終わらせろと言わんばかりの目を向けてくる。

 

 まあ、俺らが雇った売り子って事にすればいいか。

 それに、これに無堂がおびき出されるかもしれないし………

 

「そいじゃ、しばらくは天の岩戸を頼むわ」

「ああ…大喝采を聞かせてやる」

 

 

 

 そうして三ツ矢と別れた俺は、今度は………。

 

「……お、現在話題沸騰中の、レッド先輩じゃないっすか」

「あんた、分かってて言ってるでしょ……」

 

 現在一躍時の人となった二乃……いや、レッドさんに出くわしていた。

 

 

 

「お前があんな事をするとは、意外だな」

「らしくないってのは分かってるわよ……」

 

 人通りの少ない場所にあるベンチにて。

 

 二乃への違和感をぶつけていた。

 

 

 今回やったオープニングのダンス。

 コイツは、こう言ったことは恥ずかしがってやらないと思っていたからだ。

 

 と言うかそもそも……

 

「これ、確か四葉がやるんじゃなかったか?」

 

 確か、この仕事を元々引き受けていたのは四葉だったはず。

 

 

 一体どう言うことだと考えていると、二乃が呆れたように。

「あの子がどれだけ仕事引き受けてると思ってるの……あんな量、無茶苦茶すぎるわ」

「だから代わりに引き受けたってわけね……相変わらずお節介だぜ」

 

 

 一応の合点が行った俺が頷いていると、二乃はそれにと前振りをして。

 

「舞台の上からなら、客先を見渡せるかなって思ったのよ。

 

 

……まあ、無駄だったけど」

 

 と、諦めたように肩を落とした。

 

 

「一応、屋台の場所はそれとなく教えてあるから、もしかしたらこの後来るかもな」

「そう……」

「まあ、諦めるのはまだ早いってことさ……じゃあな」

 

それとなくフォローを入れ、別れようとすると二乃は思い出したかのように。

 

「あ、町谷……五月ったらせっかくの学祭なのに、学食で勉強してんのよ。ちょっと様子見に行ってあげてくれない?」

 

 

 

 と、五月の居場所を教えてきた。

 

 それなら差し入れの量を増やすかと考えていたのだが……。

 

 

 

 

 

 

「……こちら四郎。

 

 

 ターゲットを確認しました。

 

 今、学生食堂に入ってます」

 

 四郎がもたらした聞き捨てならない情報に。

 

「町谷、いきなりどうしたの⁉︎」

 

 

 俺は、嫌な予感に駆られて走り出した。

 

 

side五月

 

 祭りの喧騒が遠く聞こえる学食の一席にて。

「やっぱり私には、分不相応な目標だったのでしょうか」

 

 

 つい先ほどの自分の言葉が、私の頭の中で反響する。

 

 

「そ、そんなこと言ってないわよ。

 

 学校の先生なんて、立派な夢じゃない。

 

 

 

……これでも、あんたの夢応援してるんだから」

 

 二乃は照れ臭そうにしながらこう言ってくれて。

 

「少々弱気になってしまってました」

 

 

 それに応えようと、その場ではこう言ったけど……やっぱり、それでどうにかなるものではない。

 

 

 

 誰かに頼れればいいけれど……今ここには誰もいない。

 

 

「全く……あんたがこんなに悩んでるのに、パパは何してるのかしらね」

「え?どうしてお父さんが…」

「招待状送ったのよ。

 

 十中八九来ないでしょうけど……」

「頼ってみたら?

 

 こう言う時に道標になってくれるのが、親なんじゃないの…?」

 

 

 お父さんも……

 

「……いや、あんたにはそれ以上の適任がいたわね。呼んできてあげるからちょっと待ってなさい」

 

 

 町谷君も………って!

「い、いえ!待ってください、町谷君もきっとお忙しいでしょうから……!」

この頃いろいろと忙しそうにしていた彼に、余計な負担を与えたくなかったので慌てて待ったをかけると、二乃はしたり顔で。

「誰も町谷だとは言ってないわよ?」

「…は、謀りましたね!?」

「あんたが自滅しただけじゃないの」

 

 

 

 墓穴を掘ったような恥ずかしさが私の頬を熱くする。

「まったく…人に大人しくするように言っていたくせに、やっぱあんたも五つ子なのね」

「う、うぐゥ…で、でも忙しくしてるのは本当ですし…」

 

 もはや、私の中でそれほどまでに彼の存在が大きくなっていたのか。

 

 私はもっと身持ちの堅いしっかり者だったはず……。

 

 

 

 受験生なのにこんな色恋にふけっていていいのかと、頭を悩ませる私に二乃は自信ありげに。

 

「……アイツ、午後はオフなんでしょ?

 

 大丈夫。あんたのピンチとあらば、きっと来てくれるわ」

 

 と、言い残して学食を後にしてしまった。

 

 

 

 

 

 それからさらに少し後。

 

 

 

「い、いけません。はしたない………」

 

 フランクフルトやかき氷、じゃがバターに焼きそば、唐揚げ………

 

 

 いろんなところから耳に入る甘言の数々に、いつのまにか口から涎が出てしまっていた私は、自らを叱咤していた。

 

 

 本当ならいますぐにでも食べたいけど、今は勉強中。

 

 

「集中しないと………」

 

 

 そう、こうして漂ってくる甘い香りにも………

 

 

「………‼︎」

 

 

 反応してしまった私が、その元に視線を向けた時。

 

 

 

 

「いいねえ、学園祭。

 

 

 10年以上前の記憶が蘇ってくるよ」

「!」

 

 

 

 そこには先日お世話になった、無堂先生が綿飴を片手に歩いてきた。

 

 

 

 

「あなたは………」

「おっと、奇遇だね。

 

 君は先日の教室に来てくれてた……五月ちゃんだっけ?」

 

 

 私が言葉を発すると、向こうも私に気づいたようで、そう話しかけてくる。

 

 

「その節はお世話になりました。

 

 

 無堂先生………」

 

 

 とりあえず、先日のお礼を言う私を見て、無堂先生は。

 

「おや、こんな祭りの中勉強かね」

 

 机の上の参考書をめざとく見つけてきた。

 

 

「えっと……はい、まぁ……」

 

 

 

 どこか照れ臭さを感じながら答えると、無堂先生はなんと、と言った顔で。

 

 

「なんとストイックな!

 

 素晴らしい向上心だ!」

 

 

 と、褒め称えてくれた。

 

「授業に参加する生徒が、皆んな五月ちゃんみたいな心持ちだったら僕も楽なのに。

 

 

 僕はね、昔教師をしていた時から………

 

 

 あ、五月ちゃんも先生目指してるって聞いたよ」

 

 

 ここ最近、こうして褒められる事があんまりなかった私は少し気が楽になる。

 

 

 

 …………でも、なんかこの人のこの話し方、誰かに似ているような?

 

 

 何か違和感を感じていた私には無堂先生はどうして先生を目指しているのかを聞いてきた。

 

 

 ちょっと恥ずかしいけど、この人なら話しても笑ったりはしないだろう。

 

 

「正直に言うと、今まで苦手な勉強を避けてきました。

 

 

 でも………夢を見つけ、目標を定めてから、学ぶ事が楽しくなったんです。

 

 

 そんな風に、私も誰かの支えになりたい。

 

 

 それが……」

 

 と言いかけた時。

 

「感動した!

 

 

 なんて健気で清らかな想いなんだろう」

 

 と、拍手と共に称賛してきた。

 

 

 

 その言葉に、胸の中にあったモヤが少し晴れたような気がして。

 

 

「……少し、救われた気がします………

 

 

 本当に、私の夢は正しいのか……

 

 

 今になっても、そんなことばかり考えてしまって、机に向かっても集中できず………

 

 

 実は生前、母が言っていた事があるんです。

 

 

 学校の先生をしていたのですが………」

 と、ここまで思っていたことを吐き出していた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知ってるよ」

「え?」

 突然の反応に、私は素っ頓狂な声を出す。

 

 

 そんな私に、無堂先生は。

 

 

「僕は彼女の担任教師だったんだ」

 

 

 と、衝撃の事実を告白してきた。

 

 

 

side奏二

 

 学食についた俺は、無堂と五月のやりとりを小型のレシーバーで傍受していた。

 

 今すぐ突撃してもよかったが、無堂の真意がまだわからない以上、情報が欲しかったのだ。

「君は若い頃のお母さんそっくりだ」

「そっくり……」

 

 そう言う五月の目は、不安に揺れている。

 

 

 この前にも何かあったのかは知らないが、今のアイツからすれば無堂は顔見知りの講師。

 

 そこまで人を疑うことがない気質から、ヤツの話を馬鹿正直に聞いちまってるんだろう。

 

 真面目で純粋すぎんのも考えもんだ。

 

 

 周りを警戒しながら、俺は傍受を続けるが。

 

 

「ああ、歪なほどね。

 

 

 

 君がお母さんの後を追ってるだけなら、おすすめはしない。

 

 

 歪んだ愛執は、五月ちゃん自身を破滅へと導くだろう。

 

 

 

 まるで呪いみたいにね」

 

 

 

「そういうことね………」

 

 その言葉を聞いて、俺はなんとなく無堂がたまたま会った筈の五月にここまで言う理由を察した。

 

 

 要は、五月が教師となれば零奈さんとの娘……つまり、自分の悪行の証拠がうろついてることになる。

 

 つまり、目の上のたんこぶみたいなもんだ。

 

 だから、五月の教師への道を断つことで、悪行が露見するリスクを無くそうとしているんだろう。

 

 

 

「………反吐が出るぜ」

 

 

 あまりのクズっぷりに気が狂いそうになっている間にも、五月は必死で否定しようとするが。

 

 

「ち、違います!

 

 これは私の意思で……!」

「そうだと無意識に思い込んでる……それが呪いだ。

 

 

 現に、君の想いに君自身が追いついてないじゃないか」

「…………!」

 

 

 悦に浸ったように放たれた言葉に、鋭く息を呑む音がした。

 

 

 これ以上無堂と五月を対面させておくのはまずいと、乱入を考えたとき。

 

 

「………⁉︎」

 

 突如向けられた殺気に、思わずその方向を向くが。

 

 

 

 

………誰もいない。

 

 

 

 

「なんだ、今の………?」

 

 

 正体を知るべく、その方向に行った方がいい気もするが………今は無堂だと、近づいて話を聞くことにした。

 

 

 

 

 

side五月

 

 

 今までやっていた事が正しいのか……それとも間違っていたのか。

 

 色々な考えに迷い、息苦しさを感じていた私に無堂先生は。

 

 

「きついことを言ってしまってすまない。

 

 

 でもね、僕は五月ちゃんにお母さんと同じ道を辿ってほしくないんだよ」

 

 申し訳なさそうな顔をして…………

 

 

 

 

 

 

 え?

「え…?」

 

 

 その話の内容に、一瞬思考が止まって。

 

 

「どう言うこと……ですか?」

 

 再起動した思考回路が、なんとか言葉を絞り出すと。

 

 

「彼女は僕に憧れて、似合わぬ教職の道へと進んだ……最後まで、そのことを後悔していたよ」

 

 

 

 その言葉に、私は遠い記憶を引き摺り出された。

 

 

 

 

 

「私の人生………間違ってばかりでした」

 

 

 聞いた時は、よくわからなかったけど………胸の片隅に引っかかっていたこの言葉。

 

 

 その言葉が、今無堂先生の口から放たれた言葉にリンクする。

 

 

 私は、お母さんが今でも大好きだし、お母さんのようになりたいと強く思っている。

 

 

 先生になりたいのだって……憧れが理由の一つだ。

 

 

 でも……お母さんがもし、その道を歩いたのを後悔していたのだとしたら。

 

 

 間違っていたのだとしたら………?

 

 

 

 私のこの思いも、間違いだったんじゃないか………?

 

 

 そんなこと思いたくないのに、浮かんでしまう考えに、息苦しさを覚え。

 

 

「す、すみません。

 

 このあと約束があるので私はこれで………」

 

 

「悩んでいるのなら、いつでも相談に乗るよ。

 

 

 きっと、君に合った道は他にもある筈だ……明日も来るよ」

 

 

 無堂先生の言葉もそこそこに、私はその場から逃げるように立ち去った。

 

 

 

 

 私………どうしたらいいの?

 

 

 

 

 

 side奏二

 

「よお、随分なご高説だったぜ」

 

 

 五月がいなくなり、どこかへ行こうとした無堂を、俺は逃すまいと引き留める。

 

 

「………君は確か、町谷君だったね」

「覚えていてもらわなくてもよかったけどな……それより」

 

 

 怒りをなんとか抑えながら、絞り出すように。

 

「アレが親が娘にかける言葉かよ」

 

 

 

 その言葉に無堂の顔色が険しくなる。

 

 そりゃそうだ。

 コイツとあの5人にある血縁関係を知っているのは、おそらく親父さんと風太郎の親父さん、そして奏一さんに下田さんくらいだろう。

 

 

 まさか、講義に来ていた受験生がその情報を持っているだなんて普通は思わない。

 

 

 そんなこんなで険しい顔をしていたが、ふと納得したような顔で。

 

 

「………成る程。

 

 

 君はあの町谷君の息子か。

 

 

 僕も随分と嫌われたものだ」

「当たり前だ!

 

 アンタ、自分がやった事がいい事だとでも思ってんのかよ⁉︎」

 

 ため息混じりのその態度に、思わず怒気が込もってしまう。

 

 

「そして、母親をダシにして、自分の娘の夢を潰そうとするなんざ……吐き気がするぜ」

 

 

 そう吐き捨てるが、無堂は言われ慣れてると言うふうに。

「僕が言ったことは現実で……事実さ。

 

 

 それに……人殺しの君が言えたことでもないと思うがね」

 

 

 施設でのあの惨劇のことを知っていたのか、侮るような目を向けてきた。

 

 

 確かに、相手がどんなクズだったとしても。

 

 罪に問われることはなくとも……俺のしたことは決して許される事じゃない。

 

 

 

 だが。

「俺は、自分のした事から逃げない。

 

 

 過ちは、繰り返さない!

 

 

………自分のケツも拭けねえアンタみたいな男にだけは、なりたくねえからな、無堂さんよぉ!」

 

 

 だからこそ、俺は背負って生きていく。

 

 

 自分の過去も……罪も。

 

 

 もし、そこから目を背けたら、コイツと同レベルにまで堕ちてしまうから。

 

 

 

 そんな大見得を切った俺に、無堂は。

 

「………この子ネズミめ」

 

 

 と、吐き捨てて立ち去っていった。

 

 

 

 静寂が戻った食堂では、ついさっきあった殺気は感じない。

 

 だが……アレは間違いなく俺に向けられていた。

 

 

 

 その正体が非常に気になるが……今はそれよりも。

 

「………アイツ、妙な考えに行きついてないといいが」

 

 

 五月へ一抹の不安を覚えながら、俺は指定されていた教室へ歩き出した。

 

 

 

「死神のセリフじゃねえんだろうが………今度こそ、守ってみせる」

 




いかがでしたか?

次回は一日目の後半となります。


ぜひ、お楽しみに!


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第44話 真逆の告白

お久しぶりです。

主人公の動きや、その他諸々を考えていたら間が空いてしまいました。


なんとか完結まで頑張って、なんでもありのお話ではっちゃけたいなと思います。

それではどうぞ。


奏ニの秘密

漫画は紙派。


「……一花?」

「お、ソージ君じゃん。久しぶりだね…」

 学食から教室に向かっていた俺は、一花と遭遇した。

 

 

 一花と最後に会ったのは、あの退学騒動以来なので結構間が空いての再会である。

 

「風太郎が呼んだのか?」

「うん、それにしても………」

 

 例のメールが頭に浮かんで聞いてみると、ひとつ頷き。

 

 

「最近、二乃がなんかしたの?

 

 道行く人に声かけられて大変だったんだよ」

 

 

 脈絡もない事を言い出した。

 

 

 

 

 

 詳しく聞くと、ここに来た時に二乃の変装をしていたらしく、それを本物と勘違いされたようだった。

 

 どうやらオープニングステージのことを知らない様だし、正直に教えても良いんだが……あいつも疲れてるよな。

 

 

「遅まきながら高校デビューしたのさ……」

「……本当にどういうことなの?」

 

 適当にはぐらかしつつ、指定された教室への道すがら、世間話をしていると……さっきの事が頭をよぎる。

 

 

 無堂がここに来ている事……そして、五月に接触した事。

 

 

 

 一応、コイツには話しておいた方がいいんだろうか?

 

 

 コイツに話しておけば、五月を守ろうとしてくれるだろうが……奴の狙いが五月だけとは限らない。

 

 でも精神面でキツくなりそうな五月にとって、姉妹がそばにいるというのは悪い事じゃないだろうし………ん?

 

 

「ソージ君、どうしたの?難しい顔しちゃって……」

 

 しまった。顔に出てたか。

「いやあ、ちょっと考え事を」

「ふーん……お姉さんが話聞いてあげよっか?」

 

 

 そう言って、心配そうな顔を向ける一花に、その厚意に甘えてしまおうかと一瞬考えた時。

 

 

「お、来たかお前ら」

「一花?」

「来ていたんですね……町谷君と一緒なのは驚きですが」

 

 

 いつの間にか到着していた教室の扉から、他の姉妹達と風太郎が手招きをしていた。

 

 

 

 

 

 

side風太郎

 

 

「これで、本当に全員集合だ」

「…‥よくわかりませんが、何故呼び出したのですか?」

「そうね。わざわざ学園祭中じゃなくても良いのに」

「でも、やっぱこの感じが落ち着くよね」

 

 

 ついにその時が来たと、軽く深呼吸する俺の前では。

 

 

「確かにそうだね」

「せっかくだし食べよっか」

 

 

「やべ!そう言えば差し入れ忘れてたぜ……」

「大丈夫です!屋台でたくさん買ってきましたからね」

「私、ずっと我慢してました!」

 

 奏二と五つ子達がたくさんの屋台の食い物を囲んでいる。

 

 

 そこに俺が入れば、いつも通りの7人組の完成だ。

 

 

 そう、俺の生き方を変えた、とても大切な関係性。

 

 

 

 このままでいられたなら、どれだけよかったのだろうか。

 

 

 だが………温泉旅館や修学旅行の時の様に、俺を巡る争いが起こったり。

 

 一花の退学騒動やこれから先の未来があって……ずっとは続かないんだ。

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

「俺はお前達が好きだ」

 

 

 答えを出さなくちゃいけないと思った。

 

 

 

「………俺も?」

「お前はこっちだ」

 

………コイツを外すの忘れてたわ。

 

 

 

 奏二をこちらに引っ張り、対象から外させた俺は姉妹達に視線を戻すと、十人十色な反応を見せていた。

 

 二乃はジュースを吹き出し。

 

 

 三玖は思わず顔を背け。

 

 

 四葉は驚きからか固まり。

 

 

「え………どういう意味ですか?」

 

 五月は、アメリカンドッグを食べようとした手を止め、なんとか言葉を搾り出していた。

 

 

「……いきなり来たね」

 一花は、先ほど会った時にある程度予想していたのか、他の姉妹達よりは冷静だ。

 

 

「……とりあえずこのままじゃ収拾がつかないから、説明を頼むぜ」

 

 そんな中、奏二が何かを探る様な目を向けながら降ってきたので。

 

 

 

「この7人でずっと……このままの関係でいられたらって願っていた。

 

 

 だが……今までいろんなことがあったろ?

 

 

 だから……答えを出さなければいけないと思ったんだ」

 

 

 ついさっきまで考えていた事を、つまらない様に言葉にする。

 

 

 

 

 すると、三玖は穏やかな笑みを浮かべて。

 

 

「うん、いいよ。

 

 

 その答えを……私たちに教えてほしい」

 

 

 そう促してくれたが。

 

 

 

 

「………とは言っても、俺も俺で答えを出し切れてるわけじゃない。

 

 

 こんな祭の最中で言うことでもないだろうし………

 

 

 その、最終日まで待ってくれねえか?」

 

 

 

 情けなくも、まだその答えは出てない事を白状した。

 

 

 

 

 

「もー!何よそれ、拍子抜けじゃない!」

 

 悪いな。こっちもこっちで一杯一杯なんだ。

 

 

………誰かに想いを伝えるのは、生まれて初めてなんだから。

 

 

 

 

side奏二

 

 

 風太郎の衝撃的な宣言で、頭から飛びそうになったが今の俺の最優先事項は……

 

 

「あれ?ここにあった唐揚げは………」

「はむっ………す、すいません!断食の反動でつい………」

 

 

 10個あったはずの唐揚げを、告白の衝撃が冷めやらぬ中。

 

 ものの数分で平らげてしまった五月のことだ。

 

 

 コイツなら、本当に反動でドカ食いに走ってもおかしくないが………

 

 

 

 先程の無堂とのやりとりがストレスになり、そこから暴食に走ってしまっていないかと邪推してしまうのである。

 

 

……ダメだ。今の俺はコイツらの和気藹々とした雰囲気の邪魔になっちまう。

 

 

 

「………わり、ちょい加藤達が心配なもんで、俺は店の様子を見てくるぜ」

 そう言って、俺は教室を後にした。

 

 

 

 

 教室から出た俺は、外へと向かいながら考えに耽る。

 

 

「さて、どうしたもんか………」

 

 

 五月の反応的に、恐らく無堂との血縁関係については知らないと見ていいし、あの対面の時に無堂も口にしていなかった。

 

 だが……奴の目的が自分の保身であり、五月の素直なところにつけ込もうとするなら、手段を選ばず。

 

 その血縁関係もカードの一つにしてくるだろう。

 

 

 それを無効にするためには、俺が先にあいつにその事実を伝えるのが手だろうが………

 

 

 それは親父さんも恐れてか、そうしなかった様に。

 

 五月に対してどれほどの衝撃になるかがわからない。

 

 

 ただでさえ、先程の会話でも動揺を見せていた五月がそれを知って仕舞えばどうなるか。

 

 

 

 なんとか奴がボロでも出してくれれば、そこから尻尾を掴めるかもしれないのに……俺が奏一さんの子供だと知ったなら、そう簡単に隙は見せないはず。

 

 

 それなら、無堂が手を出しにくい様に他の奴らにこの事を話して。

 

 五月や他の姉妹達を単独にしない様、協力を仰ぐくらいしか出来ることは…………

 

 

 

 と、そこまで考えていた俺は。

 

 

 

 

「何の用だ……野郎のストーカーなんざ、趣味悪すぎるぜ?」

 

 

 学食でも感じたあの殺気に、出て来いと呼びかける。

 

 

「………」

 

 

 すると、少しの間が空いたかと思えば一人の少女がこちらを睨みつけながら姿を見せた。

 

 

 

 

 

 祭りの喧騒から切り取られたような、張り詰めた空気の中。

 

「………うちの学校のやつじゃねえな」

 

 

 この辺りにある公立高校の制服を着たその子は、セミロングの黒髪で……どこか幸薄そうな雰囲気を出している。

 

 

 だが……その顔には明らかな嫌悪と憎悪。

 

 

 

 そして………やりきれなさが見えた。

 

 

「恨まれる商売してる自覚はあるが……アンタは初対面のはずだ」

 

 

その表情に不穏なものを感じながら問いかける。

 

 

 

 

「誰に何を吹き込まれた?」

 

 相手の動きに対処できるように腰を落とし、目を離さないように警戒する俺に。

 

 

 

「………あの子があんな苦しい思いをしてるのに、何で………」

 

 一瞬苦々しい顔をしたかと思えば、目尻をキッと上げ。

 

 

 

「私はあなたを許さない!

 

 13人も人を殺しておいて、ヘラヘラしてるなんて………あの子のためにも死んでもらうわ!」

「⁉︎」

 

 

 覚えのある言葉と、ない言葉のミックスを投げつけてきたと同時に何処かへ走り去ってしまう。

 

 

 

 

 そして、その場に残ったのは霧散していく張り詰めた空気と、言葉が残した大きな謎。

 

 

 

 

「何だったんだ………?今の」

 

 

 そして、それに対する困惑だった。

 

 

 

 

 

 

 外に出ると、四郎、唯、三ツ矢が待っていたので先程までの出来事を共有し。

 

 

「………上手く利用されたな」

 

 

 唯がバッサリと切る隣で、俺はさっきのことを改めて思い出していた。

 

 

 俺のことを憎んでいるようだったが………俺はアイツと面識がない。

 

 もしかして、アイツが無堂が差し向けてきた刺客なのか?

 

 

 

 

 だが……その顔には焦りが滲んでいた。

 

 まるで、何とかしないといけないと言う強迫観念に囚われているような……。

 

 

 その真意を探ろうとしている俺の前で、三ツ矢があまり開かない口を開けて。

「……何かを人質に取られてるのかもしれない」

「確かに、それを助けて欲しければ奏ニを殺せ……と脅すことができますね」

 

 四郎もそれに頷いていた。

 確かに、それならさっきのアイツの発言も納得がいく。

 

「それが「あの子」ってやつか………」

 

 恐らく「あの子」を何らかの形で人質にされていて。

「フン、そのために使い捨ての手駒にもなるか…危ない女だ。冷静に考えれば吹き込まれたことがおかしいとわかるだろうに…」

「そうしなきゃ行けない状況にまで追い込まれてる……って事じゃねえか?多分」

 

 竜伍の言う「使い捨ての手駒」になることも辞さないほどに、向こうからすれば切羽詰まっている訳だ。

 

 

 だが……

「その状況を調べようにも時間がない……次に出てきたタイミングで取り押さえ、情報を吐かせるしかないな」

 

 

 楽しい学園祭のはずが、何故にこんなことになったのやら………いや、もう考えるのはよそう。

 

 そうして、これからどうするかを簡潔に話し合おうとなった時。

 

 

 

 

 

 

 

「………待ってください!アレ!」

 

 

 突然、会話の流れを断ち切った四郎が指さした先では………

 

 

 

 

「おい、アレ火事じゃねえか⁉︎」

 

 

 灰色の煙が、一点から立ちのぼっており。

 

 

 

 

 

 

 消火器を持って向かったその場所は………

 

「おいおい……冗談だろ?」

 

 

 

 うちのクラスの出し物の一つ、たこ焼き屋だった。

 

 

 

 

side一花

 

「おい、タクシー来たぞ」

「うん、わかった」

 

 

 あのフータロー君の告白から数十分後。

 

 

 できればもうちょっとみんなといたかったけど、仕事がある以上そうはいかず。

 

 

 私は、フータロー君が呼んでくれたタクシーで仕事場に戻ることになった。

 

「明日は撮影があるんだろ?大変だな」

「バタバタしてるとこごめんね。

 

 でも、今日は久々に7人で過ごせてよかったよ。

……フータロー君の意外な告白が聞けたしね」

「…あんま揶揄わないでくれ」

 

 先程の衝撃的な告白を話題に出すと、照れ隠しなのか、彼は前髪をいじる。

 

 

……でも、あの告白の仕方って。

 

「みんな好きなんて……まるで、浮気男のセリフだよ」

「……そんなにひどいか?でも、確かにアレだと五月まで入っちまうか…」

 

 真意はわからないけど、文脈だけ取ったら浮気男と略奪愛宣言だ。

 

「あはは…まあ、私はいいと思うよ?

 

 それに、五月ちゃんとソージ君がまだどうにかなってるわけじゃないしね」

 

 

 そんな、たわいもないやりとりもそこそこに、私はタクシーに乗り込もうとしたが………そうだ。

 

 

 

「なんなら………今、君の答えを聞いちゃダメかな。

 

 ほら、私はもう来られないかもしれないじゃん?

 

 べ、別にまだ迷ってるなら……」

 

 

 ちょっとした興味心と希望。

 

 或いは、私じゃなくて…二乃でも、三玖でも。

 

 

 姉妹の誰であっても。

 

 

「わかった。

 

 

俺は…………」

 

 気持ちの区切りをつけることが出来ると聞いてみた私に、フータロー君は。

 

 

「………俺は、誰も選ばない。

 

 

 

 それが俺の答えだ」

 

 

 

 予想外であり……最低な答えを突きつけてきた。

 

 

 

side三玖

 

 

 

高校生活最後の学園祭。

 

 

黒薔薇の時は参加しなかったし、2年の時はぼんやりと回るだけだった。

 

 

 

 だから……私にとっては最初で最後の、主導的な立場になっての学園祭で。

 

 みんなにとっても、高校生活における最後の思い出づくりの場だ。

 

 

 

 でも、蓋を開けてみればたこ焼きとパンケーキでの争いの末、男女間の戦争みたいな形になってしまった。

 

 

 

 折角の学園祭を、こんないがみあいの場にしたくないし……男の子も、女の子も仲良くして欲しい。

 

 

 

 だから、フータローと一緒にたこ焼きの方に視察に行って……

 

 

「全部終わって、卒業した後も……いい学園祭だったって、みんなで喜べるものにしよう」

 

 

 勇気を出してそう呼びかけたら、男の子達も根っこの思いは一緒みたいで、みんなを動かすことができた。

 

 

 

「強くなったな……三玖」

 

 

 フータローにも、そう言ってもらえた。

 

 

 勇気を出せば、どんな不可能も変えられる。

 

 

 もしかしたら、成就は不可能なこの想いも……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 って、思っていたのに。

「みなさん、離れて下さい!」

「おい、風下にいるやつも逃げろ!煙をモロに喰らうぜ!」

 

 

 

 今、目の前では………たこ焼きの屋台が、燃え盛る炎に包まれていた。

 

 

「四郎と奏ニはそのまま野次馬が入ってこないようにしておいてくれ。

 

 

 唯、竜伍。俺達はこのまま消火作業だ」

「任務了解…」

「言われるまでもない!」

 

 ソージと、見たことのない4人の男の子が必死に沈静化に取り組んでいる前で立ち尽くす私に、周りにいた女の子達の声が聞こえてくる。

 

 

 

「最悪……ねえ、この屋台って」

「……うん、たこ焼きだよね」

 

 

 その声には呆れと失望がまじまじと現れている。

 

 

 折角、男の子達の意識をまとめることができたと思ったのに。

 

 

 

 クラスの皆んなで、仲良くできると思ったのに。

 

 

 

 

 

 なんで、こうなるの………?

 

 

 

「……三玖?三玖、大丈夫⁉︎」

 

 

 

 隣にいる二乃の声が遠くなっていくのを感じながら、私は目の前が真っ暗になっていった。

 

 

 

 

 フータロー………私はどうしたらいいの?

 

 

 

 

 

side風太郎

「お前らが対応してなきゃ危なかった……迷惑かけたな」

「いえいえ……怪我人はいなかったんですし、どうってことないですよ」

「そうそう。それにそこまで大きなボヤじゃなかったしな。

 

 それより、その頬の傷はどうしたんだよ」

 

 

 ウチのクラスのたこ焼きの屋台で火事があり、その対応にあたった奏ニとその連れに頭を下げると、ブロンドの髪の奴が気にするなと気遣ってくれた。

 

 奏ニに勘付かれそうなので、視線を別の方向に向ける。

 

「焼け跡から調べてみたが……どうやら通常よりも高い熱量で調理をしていたらしいな」

「素人が下手な改造をした代償だな」

 

 すると、前髪の量がおかしい奴が渡してきた紙には、色々な情報がまとめてあった。

 

………たしかに、チェック項目にはなかったが、褒められた事じゃないよな。

 

 

 黒い髪をオールバックにしている奴が咎めるように吐き捨てているのを受け止めていると、先生がやってきて。

 

 

「みんな、ご苦労だった。

 

 君たちの素早い対応のお陰で、小さなボヤで済んだが……当然、それで終わりというわけにはいかない」

 

 

 と、仕方ないと言わんばかりの顔で。

 

 

 

 

「よって………

 

 

3年1組のたこ焼き屋屋台を出店停止とします。

 

 

異論はないね?」

 

 

 たこ焼き屋の出店停止を宣告した。

 

 

 

「……はい」

 




いかがでしたか?

次回からは学園祭2日目のお話に入ります。

お楽しみに!


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第45話 決戦の予感

お久しぶりです。

仕事が忙しくなり、かなり投稿が遅れてしまいました。


生存報告も兼ねて45話、読んでいってください。


「……やはり現れたか」

「……五月だけを狙ってるのか、はたまた5人を狙ってるのかはまだわからねえが」

 

 

 一日目の夜、俺は親父さんの病院にいた。

……無論、無堂が動きを見せたことを報告するためだ。

 

 

「…‥これがその一部始終だ」

 

 

 食堂でのやりとりの一部を録音しておいたので、それを再生すると親父さんは若干顔を顰めたように見えた。

 

「明日も来るそうだが……さて、どうします?」

 

 一応、机にある招待状を見ながら確認してみると。

 

「………行こう。折角の招待状を無駄にしてしまうからね」

 

 

 と、行くことを選択した後は適当に世間話をして、そろそろ帰ろうとしたところで。

 

 

「……町谷君。くれぐれも無茶はしないでおくれよ」

 

 どこまでわかってるのかは知らないが、わかってるかのような念押しをしてきた。

 

 

「奴らの出方次第さ……どうとも言えないね」

「それでも……頼む」

 

 

 

 院長室を出た俺が、帰ろうと下の階に降りていると。

 

 

 

「………アイツ、昼間の」

 

 向こうはこちらに気づいてないようだが……昼間に、俺に殺害予告をして来たあの少女が、こちらに歩いていた。

 

 

咄嗟に身を隠して、様子を窺っていると……一つの病室に入っていく。

 

 

 扉を閉じたのを確認したので病室の近くに向かうと、その扉には「里中」と書かれたネームプレートが。

 

 

 

 

「アイツの苗字は里中って言うんだな………ウチに依頼した客の中にそんな苗字はなかった」

 

 

 これで怨恨という線は消えたから、誰かに何か吹き込まれてると見て、間違いなさそうだ。

 

 

 とは言っても、病人の前でするもんじゃないし……よし。

 

 

 

「乗っかってくれるといいが…」

 

 

 俺は、メモ書きをドアの下の隙間から投げ入れ、帰路に着いた。

 

 

 

「………何から伝えれば良いのかねぇ?」

 

 

 

 

 

side風太郎

 

「アイツらの本当の父親……?あのおっさんが?」

 

 夕飯の最中に親父がした話に、俺は困惑していた。

 

 

「あのおっさん」と言うのは、今日の昼頃に食堂へ案内した、上下逆さにしても顔になりそうな髭のおっさんの事だ。

 

「ああ……俺の高校の時の担任だったんだ」

「いや、その情報はいらないが……。

 

 どう言うことだ?」

 

 

 少し前に、5人を同じ日に出産するなんてあり得ず、実は腹違いの姉妹なんじゃないかと考えたことがあったが……

 

 

 よく考えれば、共通の遺伝子がなけりゃ、あそこまで似たような顔立ちにはならねえか。

 

 

 在りし日に思いを馳せていると、親父は語り出す。

 

「あの5人は、再婚相手……要はあの子らの母親の連れ子なんだ。

 

 6年前に亡くなっちまったからマルオが引き取ったわけさ」

 

「………で、なんでそのおっさんの話が出てくるんだ?」

 

 

 アイツらの家庭環境が少し複雑なのはわかったが、そこであのおっさんが出てくる理由や、話してる親父の顔が苦々しいのが分からないので続きを促す。

 

 

 

「アイツは……あの子らが先生のお腹にいるとわかった途端、どこかに消えやがったんだ。

 

 

 そして……」

 

親父はどこからか封筒を取り出して俺に渡して来る。

 

「お父さん、それ何?」

 

 らいはが首を傾げるが、親父は首を横に振る。

「らいはは見ないでくれ…教育に悪すぎるからな」

「う、うん」

 

 ガサツな親父がそこまで言うとは、一体何があるんだと不安を覚えながら中身を改めると………。

 

 

 

「………な、なんだよこれ」

 そこには言葉にするのも憚られるような話が書き連ねられていた。

 

 

 

 

「………こんなヤツが、今更アイツらに何の用があるのか?」

 

 本当に、らいはに見せるべきものじゃないと実感しながら、親父に聞くが。

 

 

「それは分からねえ。奏ニ君が今調べてはいるが………」

 

 

 

 返ってきたのは、さらに予想外の情報だった。

 

 

 

「待ってくれ、何で奏ニが出てくる?」

 

 

 

 

side奏ニ

「え?パンケーキ屋さんの方に行くんですか?」

「恐らく、今日は昨日以上に盛況になるだろうからな。

 

 一人でも多い方がいい」

 

 

 二日目の朝。

 

 俺は、五月にパンケーキ屋の方へ行くように頼んでいた。

 

 

「盛況になるのはこちらも同じですよね?大丈夫なんですか?」

「言われたジュースとクーポン渡して金もらうだけなら、俺ら4人でなんとかなるからな。

 

 だが、あのままじゃ女子どもが全員ダウンしかねない」

「確かに……三玖も大変だったと言ってましたよ」

 

 

 パンケーキ屋の店員数は、他のクラスの屋台の半分以下であり。

 

 そんな中で役割分担をするとしたら、他のクラスの奴らに比べたら一人へかかる負担はかなりのものになる。

 

 それで今日と明日を乗り切れるとは考えにくい。

 余ってる野郎どもも戦力に出来ればいいが……男女の溝は相当深く、今から協力を取り付けるのは難しいだろう。

 

「ですが……私、スフレパンケーキなんて作れませんよ?」

「そこは二乃に話を通してあるから心配ないぜ」

 

 

 

………あと、五月を一人にする機会を減らせば、無堂も手出しできにくくなるのでは?という淡い期待もある。

 

 

 

「それなら、パンケーキ屋さんの方に行きますが……何かあったらすぐに呼んでくださいね?」

「ああ。そうさせてもらうよ」

 

 そうして、パンケーキの屋台がある方向へ歩き出した五月だったが……チラチラと向けてくる心配そうな視線に、俺は。

 

 

 

 

「………すまない」

 

 これまでとこれからに、詫びることしかできなかった。

 

 

 

 

 

side二乃

 

 

「五月をこっちに助っ人にくれる?

 

 ありがたいけど……どうしたのよ急に」

 

 二日目の朝、私は町谷からある話を持ちかけられた。

 

「いや、流石に今いる女子だけで回すのは厳しいだろうし、救援をやろうと思ってね」

 

 なんと、屋台を6人で回しているのにも拘らず、私達に五月を助っ人に向かわせてくれるらしいのだ。

 

 

 ありがたい話ではあるし、二つ返事で受けたいのは山々なんだけど………

 

 

 

 ここ最近の町谷は変だ。

「………ねえ、五月になんかあったの?

 

アンタ、昨日も私と別れる時に慌ただしくしてたわよ」

 

 

 昼に話した時も……フー君からの話があった後も。

 

 

「俺の仕事内容は知ってるだろ?

 

 そりゃあ、やばい情報が入れば……」

「そのやばい情報に、五月が関係してるのかどうか答えてくれないと、アンタの申し出は受けないわ。

 

 調理できないんじゃ、戦力としては微妙だもの」

 

 誤魔化そうとしている町谷に、逃がさないと畳み掛けると、少しの間を置いて。

 

 

「………分かった。だが、この事は出来るだけオフレコで頼むぜ」

 

 

 

 町谷は、現在五月……いや、私達全員を揺るがしかねない非常事態について、嘆息と共に話し始め…………

 

 

 

 

 

 

「二乃………二乃!」

 

 

 追憶に耽っていた私を、五月の声が現実に戻す。

 

 

「……ど、どうしたのよ?」

「それはこちらのセリフです!さっきからぼーっとしていて……」

 

 

 いけない。

 町谷から聞かされた話が衝撃的すぎて、他のことに頭が回ってなかった。

 

 

曰く、私達の本当のお父さんがここにやってきていて、五月に夢を諦めろと働きかけているらしく……町谷はそれを阻止する為に動き回っていたんだとか。

 

 で、今こうして私や他のみんなといさせる事で、接触しにくくする……と言うことらしい。

 

 冗談だと笑い飛ばしたかったけど、話す町谷の顔や聞かされた音声からして、とても冗談だとは思えないし……

 

「………ごめん、色々あって疲れてるのよ」

「そうですよね……

 

たこ焼き屋さんの方は大丈夫ですか?」

 

 

 五月も、何か引っかかっている様な表情を見せていた。

 

 表向きはこう言う話をしているけど……きっと、その時にした話について悩んでいるのだろう。

 

 

「………さあね。どうなるのかしら」

 

 軽い気持ちで、とんでもないことを聞いてしまったと後悔しているが、内容が内容なだけに無視するわけにはいかず………

 

 

 今まで起こったことも相まって、思考に言葉を奪われた沈黙の後。

 

 

「‥‥上杉君、誰を選ぶんでしょうね」

 

 

 五月が零した言葉に、先ほどまで頭の中を占めていた話題がまた再燃した。

 

 

 そう。昨日フー君から発せられた、「学園祭最終日に気持ちをはっきりさせる」と言うものだ。

 

 

 つまり、私達の争いはここで一旦区切りがつくことになる。

 

 

「えらく他人事じゃない………まあ、アンタの心はもう決まってるかもしれないけど、アンタの可能性だってあるのよ」

 

 他人事の様に話す五月にカマをかけてみると、五月はアタフタして。

 

「そ、そんな……!

 

 恐れ多いです‥‥困ります…」

 

 と、頬を染めて困惑していた。

 

 

 町谷とのやりとりがあるとは言え、やはり色恋沙汰に関してはウブな妹である。

 

 

「……そうね。さながら板挟みってやつかしら?」

「も、もう!」

 

 五月の反応を楽しんではいるが……恥ずかしながら、私も困惑してるわけで。

 

 

「フーくんの中には、もう特別な誰かがいるって事よ」

 

 

 その誰かを決めるのを待ち望んでおり、その日のためにアプローチを仕掛けていたとは言え……その時が来るとなると尻込みしてしまう。

 

 

「なんて声をかけたらいいか、分からないわ……」

 

 

 昨日と今日で詰め込まれた事態の数々を前に、私は頭を抱えることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

side五月

 

 

「なんで声をかけたらいいのか分からない」

 

 

 二乃から出てきた言葉は、まさに今の私に突き刺さるものだった。

 

 

 無堂先生から突きつけられた現実……在りし日の母との記憶が導き出した言葉。

 

 

 上杉君からの告白。

 

 

 それらが私の前に突きつけられた時……どうすればいいのか分からなかった私は、町谷君を求めた。

 

 

 だが……ここ最近、彼は文化祭の準備だけとは言い難いほど、色々と忙しそうで。

 

 

「……突然で悪いが、パンケーキ屋の助っ人に行ってくれ」

 

 

 どこか、私を遠ざけようとしているように思えた。

 

 

 三年の初めの頃、わたしたちが交際していると言う噂が立った時……彼は私を好きだといってくれた。

 

 その言葉が嘘だとは思わないし、私も今でも彼が好きだ。

 

 

 でも、それがあるからこそ………今日のあの行動に謎が深まる。

 

 もしかして、私以外に気になる人ができたのか。

 

 

 

 

………それとも。

 

「………あなたは、何をしようとしているんですか?」

 

 

 

 何か、胸騒ぎみたいなものを感じていると、何故か二乃は私の前で目をぱちくりさせていた。

 

 

 その方向を私も振り向くと……そこには、上杉君と町谷君。

 

 

 そして、知らない女の人がいた。

 

 

「えーと、どちら様ですか?」

 

 

 

side奏二

 

 

「………お前さんも聞いたのかい」

「嘘じゃないんだな、やっぱり…」

 

 

 昨日よりも忙しく屋台の仕事をこなしていた俺は、貴重な休み時間に風太郎に呼び止められていた。

 

 

 この後のことも考えて、しっかり休んでおきたかったが……無堂の事と言われては仕方ない。

 

「……何をする気だ?」

「刺し違えてでも無堂を止めるさ。

 

 アイツの被害者を、これ以上増やすわけにはいかないんでね」

 

 

 俺の答えに、風太郎は少し強張った顔をして。

 

「………そんな事をして、五月はどうするんだよ。

 

 アイツがお前のことを好きなのは、流石の俺でもわかるぞ」

「お、朴念仁が言うようになったじゃねえか」

「茶化すなよ……これでも恥ずかしいんだから」

 

 「人の心があったのか」と驚かれた程の風太郎が、随分と変わったものだ。

 

 嬉しさと寂しさの両方を覚えつつも、俺は努めて明るく振る舞う。

 

「ま、簡単にくたばるつもりはねえよ。

 

……だが、もしもの時は頼むわ」

 

 

 

 振る舞おうとしたが………なぜかうまくいかなかった。

 

 

 

side風太郎

 

 刺し違えてでも……と、奏二は言った。

 

 普段からジョークを交えて話をするコイツだが……その言葉に嘘はないように思える。

 

 

「……もしもの時は頼むわ」

 

 コイツのいうその時はなんなのだろうか。

………いや、なんなのかなんとなく想像がついてしまい、咄嗟に止めようとしたところで。

 

 

「お、まさか二人揃ってるなんて。

 

 ラッキーなこともあるね」

 

 

 懐かしく感じつつも、あまり覚えのない声がかかってきた。




いかがでしたか?

後半から、奏二は割と二乃と協力関係になることが多いなと書いていて感じました。

と、言うのも二乃と五月で奏二を取り合うと言うのも考えていたのですが、そうなると原作の流れを壊しかねないと思い、五月一本に絞ったのです。

書き終わった後、なんでもありの短編集みたいなものを書こうと思っている為、そちらで二乃ルートも書けたらなと思います。

それでは、次回でまた。


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第46話 大きくなった2人へ 

 46話です。

 50話で終われればいいなとか思っていたのですが、このペースだと多分それは叶いませんな。

 結末は何通りか浮かぶのに、そこまでの過程を描くのが難しいです。


 それではどうぞ。

奏二の秘密
 もしもの時の財産やら家財道具は、村山さんの孤児院に渡すと約束してある。
 尚、それを話した時に村山さんに怒られた模様。



 私が声をかけると、深刻そうな顔をした二人は不意を突かれたようにこちらを見上げてきた。

 

 そしてその顔で、2人が間違いなく私が探していた子達だと判明する。

 

 片方は、小学生時代によくいがみ合っていた「上杉風太郎」。

………オールバックの金髪にピアス、そして粗暴。

 どこに出しても恥ずかしくない、立派な悪ガキだった頃と比べるとかなり姿は変わっていたけど、顔つきはあまり変わってない。

 

 

 そして、もう片方は中学生の時の同級生だった「町谷奏二」。

 

 こちらは背丈以外は、当時とほぼ同じだけど……あの頃と比べると、かなり穏やかな顔つきになった気がする。

 

 

 

 2人とも、本当に………

 

「大きくなったね……風太郎、奏二」

 

「そんな月日経ってねえだろ、おい」

 奏二は流石に私の正体に気づいたようだけど、風太郎は呆けた顔をして。

「竹林…………どちら様?」

 

 

 身に覚えがないと言わんばかりの反応だった。

 

 

 

………おいおい。

「酷いなー、冗談きついよ?

 

 

 生き別れの姉を覚えてないなんて、お姉ちゃん悲しいなあ」

 

 あれだけ勉強を教えてあげたのに、酷い話である。

 

 

 

 恩知らずな風太郎に文句をつけるも、その反応に変化はない。

 

………ちょっと?

「本当に覚えてない?

 

 

 私だよ?私。

 

 

 小学生の頃、勉強教えてあげた恩師さんだよ?」

 

 

 そこまで言うと、風太郎はようやくピンときたのか。

 

 

 

 

「お前………あの竹林か?」

 あっけに取られたように、私のことを口にした。

 

 

 

 

side奏二

 

 親父さんから聞いたのか、無堂のことについて聞いてきた風太郎に、ついつい口が滑ってしまった俺は。

 

「風太郎とも面識があったなんてな。案外世間は狭いもんだぜ」

「そう?2人が同じ高校にいるって知ってから、私は知り合っていても不思議じゃないと思ってたけど……」

「おい?中学の時、奏二に余計なこと吹き込んでねえだろうな?」

 話題を断ち切ってくれた竹林に、チュロスでお礼をしていた。

 

 

 コイツと、その彼氏である真田とは中学時代に付き合いがあったのだ。

「似てるとは思ってたけど、口にはしなかったかな。……で、風太郎。学校で昔みたいに馬鹿なことしてない?」

 竹林は、昔を思い出しながら過保護な姉みたいなことを聞いてくる。

 

「してねえよ。精々学年主席をキープしてるくらいか……」

「「焼き肉定食焼き肉抜きの上杉」って通り名がついてるぞ」

「ぶっは!」

「待て、それ初耳なんだが⁉︎」

 

 

 そこに風太郎が慌てて食いついてきて、俺たちは先程のシリアスムードから一転して和やかなムードの中、昔話と近況報告に花を咲かせていた。

 

……因みにこの話はノンフィクションである。

 

「そりゃ、側から見たら変なやつだよ。焼肉定食から焼肉を抜くなんて……あ!」

 

 ここ最近、シリアスな事ばかりだった事もあってか、こんなアホみたいな会話が妙に心休まるものだ。

 

「ねえ、射的あるから3人で勝負しようよ!」

 

 そんなこんなで束の間の休息に身を委ねるのであった。

 

 

 

 

side三玖

 

 

「はーい、ありがとうございまーす。

 

 じゃあ三玖ちゃん、頑張ってね」

「うん。ありがとう」

 

 校内テレビにて、パンケーキ屋の宣伝を行った私は、ある人を探していた。

 

 その探し人とはもちろん………

 

 

 

 

「四葉、フータロー見なかった?」

 

 昨日、私たちに衝撃的な告白をして、学級長の1人として今日も色々忙しいであろうフータローだ。

 

 

 せっかくの学園祭なんだし、少しでもいいから一緒に回りたくて、場所を知ってそうな四葉に聞いてみたんだけど………

 

 

「ごめん、ずっと学園祭の仕事しててわかんないや。

 

 どうかしたの?」

 

 四葉も知らないらしく、逆に質問されてしまった。

 

 

 いや、用事があるにはあるけど、今こうして頑張ってる四葉を引き留めてまで果たしたい用事かと言われればそうでもない気が………

 

 

「………三玖?」

「ごめん、大した用事じゃなくて、ただフータローと一緒に回りたかっただけ……」

 

 そう考えていたら、四葉が心配そうな顔をしてしまったので白状すると、四葉は何かを迷っている様子で。

 

「……そうだよね。

 

 昨日のこともあって、会っちゃいけないような気がしてたけど………

 

 

 「最後」に「思い出作り」。

 

……私もした方がいいかもね」

「………四葉?」

 

 よく分からないけど、放っておけないような事を言い出し、私が困惑していると。

 

 

「あ!上杉さんと町谷さんの声だよ、近くにいるかも!」

 

 

 お目当ての声に四葉が反応し、私も声の元を辿ってみると。

 

 

 

 

 

 

「もー、風太郎ってば射的下手すぎ!もっと左だって!」

「うるせーな……全く、仕切りたがりなところは相変わらずだ。

 

 てか、奏二に取って貰えばいいだろ」

「俺を巻き込むなって……てか、俺はもうちょいしたら戻るぜ」

 

 

 

 

 そこにはフータローとソージ、さらには黒い髪の毛をした女の子が仲良さそうにやりとりをしていた。

 

 

 

 

「へぇ………昨日私達にあんなこと言っておいて、今日は別の子とデートですか………」

「あはは……上杉さんも町谷さんも隅に置けないね……」

 

 

 

 

 side四葉

 

 風太郎君と町谷さん、そして長い髪の女の子が射的を楽しんでいるのを、私と三玖が発見してから。

 

「………昨日、私達にあんなこと言っておいて、今日は別の子とデートですか…」

「あはは……上杉さんも隅に置けないね」

 

 どんよりとしたオーラみたいなものを纏わせたような三玖に、頬のひきつりを覚えながら反応していた。

 

 

 まあ、私としてもモヤモヤしないかと聞かれれば嘘になるけど。

 

 

 

「……でも、フータローは私達5人から選ぶなんて一言も言ってない。

 

 

 

「俺、彼女ができたから」とか言ってあの子を……」

「三玖のネガティブが炸裂してる⁉︎

 

 

……大丈夫だよ!これは何かの間違いだって!

 

 贔屓目に見ても、町谷さんなら兎も角上杉さんがそんなモテるとは思えないもん」

「そ、そうだよね。

 

 フータローはみょうが……良さがわかるまでは少しかかるはず」

 

 三玖のネガティブに必死にフォローを入れると、少し落ち着きを取り戻したようだ。

 

……いや、町谷さんの彼女だったとしても、五月にとっては面白くない話だろう。

 

 そもそも、まだあの3人がどう言う関係か分かってないのに、文句をつけるわけにはいかない。

 

 

「あんな知り合ったばかりの人とは……」

 

とは言え、風太郎君をあんな気安く呼び捨てできるなら、赤の他人じゃないんだろうな……

 

 

 なんだか自分までモヤモヤしてきたのを感じていると、そのモヤモヤを加速づけるように。

 

「風太郎、奏二もこっち来て」

 

 

 その女の子が、2人の手を引き。

 

 

「……!」

「あ、あの方向って……」

 

 

 その方向には、パンケーキ屋があることを思い出した。

 

 

 ど、どうなっちゃうの……?

 

 

 

 

 side奏二

 

「いらっしゃいませー、パンケーキいかがです……か……」

 

 

 俺と風太郎が、竹林に手を引かれてやってきたのはパンケーキ屋だった。

 

 

 そこにいたのは、売り子をしている二乃と五月。

 

「パンケーキだって風太郎。食べようよ」

「ああ……ここは、俺達のクラスの屋台だ」

 

 

「フー君……?」

「町谷君?こ、これは一体……」

 

 目を丸くした2人の問いかけに、竹林は何故かフフンと笑って。

 

 

「ああ、コイツは…「いつもウチの風太郎と奏二がお世話になってます」……」

 

 

 俺と風太郎の保護者みたいなことを言い出した。

 

 

「ウチの……?」

「どちら様ですかー?」

 

 

 痴話喧嘩になったら面倒な為、先手を打とうとしたが……それを遮った台詞は、今の状況では宣戦布告でしかなく。

 

 二乃が笑顔で臨戦態勢を取るが、竹林は余裕の笑みを浮かべていた。

 

 

「……町谷君?」

「俺にとっては同中。風太郎にとっては……」

 

「初めまして、竹林と申します。

 

 風太郎とは、小学生からの同級生です」

 

「……ってことだ」

「そう言うことでしたか。しかし……」

 

 

 俺の説明に冷や汗をかく五月に、内心同意する。

 

 

「あらそう?

 

 私たちも同級生だけど、教師と生徒。

 

 

 いわば同級生以上の関係と言っても過言じゃないわ」

 

 

 二乃の余裕ぶった迎撃に、竹林はぱあっと顔を輝かせ。

 

「そうなんだ、奇遇ですね!

 

 

 私も風太郎に勉強教えたんです」

 

 

 

「……そう言うつながりなのね」

「………「も?」」

 

 

 納得する俺と首を傾げる五月を他所に、3人のやり取りは続く。

 

 

「ずっと言うことを聞かなかった問題児に、頼まれた時は驚いたなー」

「いや、こいつらが俺の生徒」

「あ、そうなんだ……」

 

 

 と、ここで訂正を受けた竹林は成る程と頷き。

 

 

「……じゃあ、これではっきりしたね。

 

 

 私とあなた達……どちらがより親密なのかを」

 

 

 なぜか変な方向にまで目をやりながら、挑戦状を叩きつけた。

 

 

 

 竹林の見た方をチラリとみると、そこには三玖と四葉が隠れていたようだが……四葉が何かを言おうとしている。

 

 

………していたが、それより早く。

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 五月がいきなり竹林にお礼を言い出した。

 

 

 

side竹林

 

「……五月?」

 

 呆気に取られたように呟く奏二を無視して、「五月」と呼ばれた女の子が私に真正面から向き合い。

 

「もし……それが本当ならば、私達は間接的にあなたのお世話になったと言えます。

 

 上杉君や町谷君と過ごした時間は、あなたに負けてしまいそうです」

 

 

 と、少しだけ残念そうにした後。

 

「しかし……その深さでは、負けるつもりはありません」

 

 

 と、はっきりと口にした。

 

 

 

「お前ら……こっぱずかしいからやめてくれ……」

 

 そこに、照れ臭そうにしながらも風太郎は。

 

 

 

「……コイツらは俺の数少ない友人だ。

 

 全員が特別に決まってる」

 

 

 と、この子達の前でしっかりと口にするのを見て、私は安堵した。

 

 

「………俺は風太郎の過去がどうだったかは分からねえが。

 

 

 一つだけ、確かなことがある。

 

 

 俺は兎も角、今のコイツは………お前が知ってる時よりも強く、大きくなってるんだぜ?」

 

 

 自分を無価値だと、必要ない存在だと言った風太郎。

 

 

 常に何かに囚われ………それ以外を諦めていた奏二。

 

 

 

 その2人が……こうして友達になって。

 

 

 2人を大切に思ってくれる5人に会って……前に進んでいる。

 

 

 そう。本当に奏二の言った通り………

 

 

 

「大きくなったね。」

 

 

 私は、思わずそう呟いた。

 

 

 

 

「……ごめんね2人とも。パンケーキ、一つくださいな」

「は、はい!」

 

 

 ありがとう。2人をここまで大きくしてくれて。

 

 

 

side二乃

 

 

 五月の言葉は、私の気持ちを再度奮い立たせた。

 

 

 私とフー君の関係は、他のみんなと比べれば短いかもしれないし………フー君の想い人は私じゃないのかもしれない。

 

 

 

 だけど……それがどうした。

 

「フー君!」

 

 

 どんな逆境であれど………私のこの気持ちに嘘はないし……どんな結果であれ、揺らぐことはない。

 

 

 

「私の気持ちは、ずっと変わらないから!」

 

 私はそれだけを伝えたいと、精一杯に叫んだ。

 

 

 だから……次はフーくんの番よ。

 

 

 

side五月

 

 

 久しぶりに町谷君と話して………彼の様子を見て、やっぱり何か嫌な予感が私の中で燻っていた。

 

 

 

 何かを必死に押し込めているような表情で。

 

 

 一つでも多くのことを伝えたいと言うような口振りで。

 

 

 

 その姿は………亡くなる前のお母さんを彷彿とさせる。

 

 

 町谷君は、そんな雰囲気を纏わせて何をしようとしているのか…何を考えているのか。

 

 

……まさか、近いうちに町谷君も……?

 

 兎に角彼に直接聞こうと、焦燥と共に彼がいるであろうジュース屋へ向かおうとした細道で。

 

 

 

 

 

「やあ……また会ったね。五月ちゃん」

 

 

 無堂先生が、飴を片手に私の前に現れた。

 




今回は竹林さん登場回でしたね。

あの作品の中で一番末恐ろしいのは彼女なのかもしれません。

いや、どこまで知ってんねん!みたいな感じで。


 次回は五月と無堂の対峙、四葉の気絶、二乃とマルオさんの確執の解消、奏二の身辺整理辺りを書けたらなと思います。

 学園祭編は同じくらいの時間でいろんなことが併発してる為、取捨選択が難しいですが、なんとか書いていくのでお楽しみに!


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第47話 何を決め、何を間違え、何を思う

47話です。

前回の後書きで予定したもの全部を書き切るのは、なんか詰め込みすぎな気がしたんや……

てな訳で、五月VS無堂、四葉と竹林の邂逅、二乃とマルオさんの確執解消への足掛かり的なところまでにしました。


 休憩から戻って少し経ち、そろそろお昼時みたいな頃。

 

「パンケーキ屋のクーポンがすごい速度でなくなっていくな」

「それだけ人気って事だよー」

「こっちもウハウハなんだから良いんじゃねえか?」

 

 パンケーキ屋のクーポンが少なくなってきたことに気づいた加藤に、安芸が頷いていた。

 

 

 取引をした店舗のクーポン券の中で、うちのクラスのパンケーキ屋がやたらと人気であり、他の店よりも多めに刷っておいてもこの通りである。

 

「でも、人気ってことはその分女子達への負担も相当になるんじゃないか?

 流石にヤバいんじゃ……」

 

 

 因みに今は俺と安芸、そして顔を曇らせる加藤が店番で、山田と田中の二年組はオフにしてやった。

「恵。スフレパンケーキ作れないか?

 

 町谷のダチの中の何人かをこっちに来させて、恵も助っ人に行かせたほうがいい気がするぞ」

「一応作ったことはあるけど、あれ結構難しいんだよー。

 

 それに、他のみんなと比べて慣れてもないから屋台で出せる出来にもならないだろうし……」

「これ以上助っ人やったら、こっちが回らなくなるぜ。

 

 それに………アイツらを店番にしたら、何されるかわかったもんじゃない」

 

 アイツらはかなりの美形揃いなので、それ目当ての行列なんてされたらたまらないし、女子がいなくなることで、こちらに華がなくなる。

 

 

 しかも……四郎は兎も角、他3人は愛想が良い方じゃないので接客ができるか怪しいところで。

 

 

 最後に……無堂の監視体制を緩めたくない。

 

 

 まあ、五月に他の姉妹達が付いてるなら、そこまで心配することはないんだろうが………

 

 

 

 

 と、そこまで考えていると電話が鳴る。

 

 相手は……二乃だ。

 

「二乃から電話だ」

「パンケーキ屋がヤバいから、クーポン付けるな……とか来るんじゃないか?」

「かもな…」

 

 

 

 苦笑いする加藤に返事をしながら、電話に出ると……

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、五月がアンタのところに行くって……今、あの子に誰もついてないわ!」

「何ぃ⁉︎

 

 ………わかった、見回りを強化するぜ。

 

見つけたら連絡するから、そっちも頼むわ」

「ええ。あの子ったら……」

 

 さりげなく、ヤバい状況になっている事を知らされた。

 

 

………そろそろ、加藤達に隠しきれないかもな。

 

 

 

 

 

side五月

 

 

 

「昨日はすまなかったね。

 

 赤の他人に突然あんな事を言われて、困惑するだけだろう」

 

 

 私の前に現れた無堂先生は、申し訳なさそうに謝ってきた。

 

 でも……どこか白々しさを覚えた私は後ずさる。

 

「……何のご用でしょうか。私は今忙しいのですが……」

 

 

 だが、無堂先生は逃げるなと言わんばかりに前に踏み出し。

 

 

「警戒する気持ちもわかる。

 

……私も、君にいつ打ち明けるか迷っていたんだ」

 

 

 一息ついた後に。

 

「君のお母さんが……元教え子で。

 

 さらに、元同僚で。

 

 

 そして……元妻だった事をね」

 

「…………え?」

 

 

 頭が一瞬真っ白になった私に、言い聞かせるように。

 

 

 

「つまり私は………君のお父さんなんだよ」

 

 

 お母さんとの関係性を、私の前に突きつけた。

 

 

 

 

 お父さんの事は、お母さんから聞かされていた。

 

 私たちが生まれる前、忽然と姿を消した事を。

 

 

 でも、お母さんがいて……亡くなってしまった後も、今のお父さんがいて、そこまで気にしてはいなかったのに。

 

 

 

「お父さん………?

 

 

 そんな……私たちが生まれる前、消息不明になったと聞いています。

 

 

 

 本当に、無堂先生が……?」

 

 

 いま、こうして「お父さん」と名乗る無堂先生の存在と、嘘を言っているようには思えない態度により、私は混乱の極みに陥っていた。

 

 

 

 そんな私の混乱を他所に、その「お父さん」は口を開く。

 

 

「ずっと会いたかったんだ。

 

 

 講師として、全国を回りながら……。

 

 

 いつも、どこかにいる君たちのことを想っていた。

 

 

 そんな時、テレビに映る一花ちゃんを見つけたのは……」

「ま、待ってください!みんなを呼ぶので……」

 

 

 そのまま話を続けてきたので、慌てて待ったをかけた。

 

 

 この話は、私だけが聞いて良いものじゃないし……

 

 

 私1人だけで、こんな重い話を受け止め切れる自信がない。

 

 

 そうして、電話を取り出した私に。

 

 

 

 

「今は、五月ちゃんと話をしているんだ」

 

 抑え込むように、キッパリと言い放った。

 

 

 その言葉に体が強張り、思考が飛んだ私を見て、無堂先生は再び言葉を紡ぎ出す。

 

 

「君が僕の教室に訪れたのは、決して偶然ではないはずだ。

 

 

 悩んでいるんだろう?聞かせてくれたじゃないか。

 

 

 

 今こそ、父親としての義務を……」

「今更なんですか!」

 

 

 

 飛んだ思考はリセットされ、感じていた不安は、お母さんへした仕打ちに対する怒りへと転化された。

 

 

「あなたのことはお母さんから聞いてました。

 

 

 お腹の中にいる子供が、五つ子だとわかった途端に姿を消したと!

 

 

 その時、お母さんがどんな気持ちだったか……⁉︎」

 

 

 きっと、私が想像したもの以上の絶望や悲しみを味わったのだろう。

 

 

 

「私は………私はあなたを……!」

 そんなものを味わわせた発端に、さらにぶつけようとした言葉は。

 

 

 

「ごめんなさい!」

「……⁉︎」

 

 突然土下座をした無堂先生の、謝罪の言葉にかき消された。

 

 

 

「自分の事ながら、なんて情けない!

 

 

 ずっと後悔していたんだ。

 

 当時の僕に甲斐性があれば、君達にこんなに迷惑をかけずに済んだのに、と!」

 

 その勢いに言葉を失う私に、頭を地につけたまま。

 

 

「そして……君達の行く末を考えると、心が張り裂けそうな思いだった。

 

 

 私の罪が消える事はない。

 

 

 しかし、許されるのならば……」

 尚も謝罪の言葉を続ける無堂先生だが……私としては。

 

 

 

「罪滅ぼしをさせてほしい。

 

 今からでも、父親として……娘にできることをしたい」

「………もう、私たちに関わらないでください。

 

 

 お父さんならもういます」

 

 

 もう、関わらないでほしいとしか思えなかったが………

 

 

 

「中野君か」

 思い当たったように、今のお父さんのことを口にする。

 

 

 

「あの子は優秀な生徒だったが、父親としては不合格だと言わざるを得ない。

 

 

 やはり、血のつながりが親子には必要不可欠だ。

 

 

 それに………」

 

 そして。

 

 

 

「お母さんが死んだ時、彼が君に何をしてくれた?」

「!」

 

 その問いかけに、そちらが言えたセリフではないと言葉が出かかったが、無堂先生は畳み掛けるように。

 

 

 

「娘が、亡くなった母親の影を追い続け。

 

 

 母親と同じ、間違った道に歩を進めようとしている。

 

 

………学校の先生が、君にふさわしくないと言うことは、君が一番分かっている筈だ」

 

 

 

 昨日のことが頭を駆け巡り、言葉は失われ。

 

 

 

「父として、到底見過ごすことができない!

 

 

 君たちへの愛が、僕を突き動かしたんだ!」

 

 

 そこに、無堂先生が高らかに放つ言葉が頭に入り込み。

 

 

「………僕ならば、違う道を用意してやれる。

 

 

 思い出して欲しい。

 

 

 

 君のお母さんは言ってた筈だ」

 

 

 その言葉通りに思い浮かべてしまった、在りし日のお母さんは。

 

 

 

 

 

 

 

「"私のようにはならないで"とね」

 

 

 

 

 確かに、そう私に語りかけてきた。

 

 

 

 

 

 

side奏二

 

 

「………五月!」

 

 

 無堂の場所がわかり、そこで五月が無堂と話していると竜伍から連絡を受けた俺は、四郎に店番を任せてそこに駆けつけたが。

 

 

 

 走ってきた五月に声をかけても、そのままスルーされてしまった。

 

 

 

 

 俯いていた彼女から、その表情は伺えなかったが………

 

 

 

 

 

 

「………ッ‼︎」

 

 

 頬に飛んできた水滴で、どんな物なのか理解した………

 

 

 

 

 

 いや、してしまった。

 

 

 

 

 

 

「この、馬鹿野郎がぁ‼︎」

 その瞬間、やり場のない感情は拳となって、壁を殴りつける………自分への怒りが口に出るが。

 

 その拳の痛みは、あんな顔をさせてしまった不甲斐なさをかき消すはずもなかった。

 

 

 あんな顔はさせまいと、俺はこうして水面下で動いてたってのに……!

 

 

 悔しさと申し訳なさ、怒りに頭が沸騰しそうだったが。

「………少し頭が冷えたか?」

「………わりぃ、まずは礼が先だな」

 

 竜伍の声にハッとした俺は、ひとまずの礼と共にボイスレコーダーを受け取る。

 

 

 それを再生すると、無堂と五月の会話らしき音声が頭に響いてきた。

 

 

 

……その会話の内容を頭に刷り込みながら、竜伍に目を向ける。

「………五月の後を、追いかけてもらえるか?」

「……三ツ矢が既に行っている。

 

 そして、こうなってしまっては俺達ではどうにもならん。

 

 

 あの女に全てを話し、自分で決着をつけさせるしかないだろう」

 

 

 この事態にそぐわないほどに冷静な竜伍の提案に、確かにそれしかないと思ったが。

 

 

 

 それとは別に………五月にあんな顔をさせて、里中と言う少女を唆し……それ以前に、多数の人の夢を絶ち、欲望のままに弄んだ。

 

 

 自分の欲の為なら、他人の痛みに気も留めない、そんな外道に………絶対に落とし前をつけさせなければならない。

 

 

 

 だから、俺は………

 

「………悪いな。そっちに行くのが早まりそうだ」

「奏二……貴様、何をするつもりだ?」

 

 

 

 絶対に、刺し違えてでも止めようと思った。

 

 

 

side四葉

 

 

 頭が上手く回らないのに、視界はぐらぐらと揺れ。

 

 

 走ってるわけでもないのに、息はやたらと上がっていて。

 

 

 

 私の身体は、限界を迎えようとしていた。

 

 

 私には、やらなきゃいけないことがあるのに………みんなの為に、役に立たなきゃいけないのに。

 

 

 これじゃあ……思い上がり、姉妹を見下し、風太郎君との約束を守れなかった、昔の愚かな自分と同じじゃないか。

 

 

……いや、今も昔とあんまり変わってないか。

 

 約束一つも守れなかったのに、風太郎君に約束を果たすための知恵を授けた竹林さんへ対抗しようとしたんだから。

 

 

 そんなことを考えている間にも、私の意識は遠くなろうとして……。

 

 

 

「風太郎のお友達さんですよね」

 

 

 先ほど頭に浮かんだ、竹林さんに声をかけられた。

 

 

「あの……上杉さんは?」

「さっきまで一緒にいたんですが、放送部の話をしたらどこかに行っちゃいました」

 

 

 ついさっきまで風太郎君と一緒にいた筈なのに、なぜか1人でいることが不思議だったが、すぐに解決する。

 

 だが、不思議なことは連続しておこるもので、彼女はマジマジと私の顔を………

 

 

「……何か?」

「あ、すみません。

 

 

 まじまじと見てしまって……五つ子の方を拝見するのは、今日が初めてで。

 

 

 本当にそっくりなんですね」

「あはは……よく言われます」

 

 誰かと会話することで多少はマシになったものの、未だふらつく頭でいつもの流れに苦笑いするが。

 

 

「四つ子は見たことあるんですけどね」

「⁉︎ど、どこで……」

 

 そこから放り込まれた言葉に、私は思わず質問してしまう。

 

 だが、竹林さんはその反応を想定していたかのように。

 

 

 

「6年前に京都で……。

 

 

 風太郎と会ったのは、あなたですか?」

 

 

 なんてことないように、姉妹達しか知らないような事を聞いてくる。

 

 

 どこまで知ってるかわからないような底の見えなさを覚えつつ、何でそう思ったのか聞き返すと、どうやら風太郎君がよく私とのツーショットを見せてきており。

 

 さっきのパンケーキ屋での一悶着の後に二乃達に聞いて、確信したんだとか。

 

「……さすが、上杉さんの先生ですね」

 

 

 あの金髪の不良みたいだった風太郎君を、今の天才にしただけはあると感心していると。

 

「その事、風太郎には……」

「い、言わないで……言わないでください」

 

 

 風太郎に伝えたのかという彼女の問いに、答えとも取れる懇願をしてしまった。

 

「どうしてですか?秘密にする理由は……」

 

 首を傾げる竹林さんに、私は。

 

 

「がっかりされたくないんです……

 

 

 上杉さんは、ずっと正しく努力してきたのに。

 

 

 私は、無駄なことに執着した意味のない6年間でした」

 

 

 そこまで言って………

 

 

「それだけですか……?」

 

 

 その後に、何か話していたのは知っているけど……それを考える間も無く、色々動いていたのは覚えているが………

 

 

 

 

「………あれ?ここは」

「病院よ」

 

 次に思考がまとまったのは、二乃曰く病院のベッドの上だった。

 

 

 

 side二乃

「どうしたのよ、その手は……」

「いやあ、はやる若さを抑えられなかったっつーか……」

「変な言い訳は良いわよ。それで、五月はどうだったの?」

 

 休憩時間中に町谷の元に向かった私は、何故か手を怪我していたが……兎に角五月の事を聞くと。

 

「………無堂に出くわした。

 

 アイツは今、相当不安定になりつつある」

 

 

 後悔を滲ませた顔で、ボソリとつぶやいた。

 

 

「………ごめん」

「……悪りぃ、八つ当たりみたくなっちまったな」

 

 原因を作ったことへの罪悪感に駆られて謝る私に、慌てて取り繕っていたが……ふと、思い出したように。

 

 

「……そういや、親父さん見なかったか?

 

 昨日、来るとか言ってたんだけどよ」

 

 

 色々あって忘れかけていたが、心残りだったことを思い出した。

 

 

 

「……本当?」

「ああ、待ち合わせとかはしなかったけどな」

 

 半信半疑の私に、町谷は考え込む仕草と共に頷く。

 

 

「あの人もなんだかんだで、お前らのこと心配してんだぜ?」

 

 

 その後につづいた言葉に、昨日のある言葉が思い浮かぶ。

 

 

 昨日、フー君のパパはこう言った。

 

「お嬢ちゃん達が心を開いていったように、アイツも歩み寄っているはずさ」

 

 

 確かに、初めて会った時に比べれば距離は近くなったような気はするが………それでも、まだ心の底からパパとは思えない。

 

 

 町谷から聞かされた、「本当のお父さん」の存在もあるが………今までしてもらえなかった事や、そう言う人なんだと言う固定観念が、先に思い浮かんでしまうのだ。

 

 

 でも……親交があるらしいフー君のパパや、私たちより近い距離で見てきた町谷もこう言ってるし、信じても良いのかも………

 

 

 

 

 と、思っていた………待っていたのに。

 

 

 

 

「………どうせ、そんな事だろうと思ってたわよ」

 

 17:00を示す時計とアナウンスに、その希望は打ち砕かれる。

 

 

 やっぱり、あの人は私たちのことなんて………!

 

 

 

 まだ並んでいるお客さんに気取られないようにしつつも、頭に諦念や失望、怒りが染みていくような感覚を覚えていると、突如前方が騒ぎ出す。

 

 

 

「え?」

「何?」

「カッケぇ…」

 

 更には、エンジンをふかす音まで聞こえてくるではないか。

 

 

「きっと武田君よ、カッコイ〜」

「前田か町谷じゃない?あの2人なら似合ってるし」

 

 

 何事かと視線を上げると。

 

 

 

「あっ!」

「もう待ってらんねえよな。

 

 

……行くぞ、二乃」

 

 

 

 クリスマスのあの時と同じように、フー君がメットをかぶっていた。

 

 

……露骨にがっかりした他の連中には、このかっこよさがわからないのよ。

 

 




いかがでしたか?


次回は二乃の確執の解消、奏二の身辺整理あたりを書ければなと思います。

 具体的には二日目の夕方以降ですな。

 時間の流れが分かりにくいんですよね、学園祭編って。

 なんとか書いていくのでお楽しみに。


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第48話 家族の為にできること

お待たせしました、48話です。

 最近、仮面ライダー龍騎を見てます……鬱展開の前振りじゃありませんのでご安心を。

 今回は意外な人の視点が多めですので、楽しんでいただければ幸いです。


奏二の秘密
家族写真が一枚もない。


「行かないわよ」

「え?」

 迎えにきたフー君は、おそらくパパのところへ行くのだろうが、私はNOを突きつけた。

 

 何故かって?

 

 

 もう、裏切られるだけの希望なんて持ちたくないから。

 

 

「パパは来なかった。

 

 招待状は読んだのに……どうせ、私たちのことなんか微塵も考えてないのよ!」

 

 

 こんな事を、フー君にぶつけるのはお門違いなことはわかっているけど……でも、彼にはわからない。

 

 

 いつもそばにいてくれて、こうしてイベントにもきてくれるパパや妹ちゃんがいるんだから。

 

 

「学園祭は明日もあるけど、もう嫌。

 

……どうせ叶わないのなら、望んだ事すら後悔しそうだわ!」

 

 それに、今五月に迫っている魔の手についてすら、私たちに教えてくれなかったのも納得がいかない。

 

 

 考えれば考えるほど、あの人への怒りが込み上げてきそうな時、フー君はひとつ息をついた。

 

 

「……俺は、お前達家族のことはよく知らない。

 

 

 わかるのは、普通の親子関係とは違うってことだけだ」

 

 そして、少し顔色を悪くして。

 

 

「だが、逆にお前は知ってるか…?

 

 

 

 俺に対する警戒心、メチャクチャ怖ぇーぞ…」

 

 

 その情報に虚を突かれる私に、更に。

 

 

「あれが父親の目なんだろう。

 

 あんなの、お前らへの愛情ゆえでしかねーだろ。

 

 

 だから、「お前らめんどくせえ」って、文句を言ってやるんだ」

 

 

 その言葉に、押し込めたはずの希望がまた湧き出てしまう。

 

 

 父親が、娘に近寄る男を警戒するのはよくある話。

 

 

 でも、その当たり前に近い事をやっていた事に、親としての思いを見出してしまう。

 

 もう、裏切られたくないのに……フー君の青ざめっぷりを見るに、嘘じゃないのだろう。

 

 

 でも……!

 

 

 そうやって葛藤する私の意識は、近寄ってくる誰かの足音で、思考の海から現実に引き戻される。

 

 

「おーい、上杉君!

 

 例の人、見つけたよ。

 

 テープ見直してたら、君が探してた人と特徴が一致する人がいてさ。

 

 もしかしたらと思ってきたんだけど……どうかな?」

 

 

クラスメイトの子とフー君の会話に、意味がわからず首を傾げていると、フー君に動画を見るように促される。

 

 

 言われるがままに見ると………。

 

 

「パパ……?うそ……」

 

 

 そこには、インタビューに答えているパパの姿が。

 

「どう?これだけなんだけど……」

「サンキュー。どうやら来てたみたいだな。

 

 親父の言ってた通りか」

 

 

 フー君がその子にお礼を言った後。

 

 

「………どうする?二乃」

「……フー君…」

 答えがわかっているであろう質問を投げかけてきた。

 

 

 それは勿論……!

 

 

 

「パパのところに連れてって!」

 

 ここは当然私らしく行かせてもらう。

 

 

 押しても引いても、手応えがなくても………

 

 

「更に攻めるのが私だわ」

 

 

 ウジウジして弱気になるなんて、私らしくもないから。

 

 

 

 

side奏二

 

 旅立つ事を終着点にしていたのに、いざそうなるかもしれないとなると、意外と何をすべきか迷うもので。

 

 

 里中と対峙する時が来るまでの間に、俺は考えつく限りの準備をしていた。

 

 

 加藤や安芸、山田達には、明日いないかもしれないって先手を打った。

 

 これで、俺がいなくて店が回らない……なんて事にはならないだろう。

 

 

 何でも屋そのものや施設、設備、バイクなどの後始末は唯達に任せる約束は昔からしてあるし……稼ぎは、村山さんの孤児院に寄付する約束をした。

 

 

 取り付けに行った時、すっげえ怒られたが……我ながら村山さんにはいつも迷惑ばっか掛けていたと思うし、いっつも心配してもらっていた。

 

 

 それなのに、更にまた勝手な事をするのは申し訳ないが………こっちも後には引けない。

 

 

 慰霊碑は、市が管理を引き継ぐ事になっており、心配は残るが……どうなるかなんて考えても意味はない。

 

 唯達には、何でも屋に書き置きを残してあって…………風太郎達に宛てた手紙は、後で郵便受けにでも入れればいいな。

 

 

 だから、最後に俺は………。

 

 

 

 

「できれば、明日に来れれば良かったんだけどな。奏一さん……」

 

 

 

 身辺整理の締めとして、奏一さんの墓に手を合わせていた。

 

 

 これまで何回もきた場所だが、これが最後かもと思うと色々違って見える。

 

………多分、最後になるであろう場所を、この目に焼き付けておきたいのかもしれない。

 

 

「まだ、そっちにいった時の土産話がそんなにねえのによ……」

 

 

 俺は、墓の前で1人懺悔する。

 

 

……いや。

 

 懺悔というよりも、思い残しを吐き出したかったんだな。

 

 

 

 それにしても、不思議なもんだ。

 

 使命だなんだと言いながら、心のどこかでは「いつ死んでもいい」と思っていて……だからこそ、諦めが良くいられたのに。

 

 

 今になっては、「生きなければ」じゃなくて「生きたい」と思ってしまう。

 

 

……多分、それはアイツらのせいだ。

 

 

 

「俺は………アイツらと一緒に生きたかった」

 

 風太郎や中野家の面々、その他いろんな奴らといる今の日常で、すごく満たされていたからだ。

 

 そして、それ以上に。

 

 

「アイツが、夢を叶えた姿を見たかった」

 

 

 不器用ながら真っ直ぐで。

 

 ひたむきな彼女と一緒にいたかった。

 

 俺の過去から目を背けずにいてくれて……俺を受け入れてくれたあの人の隣で、これからもバカみたいなジョークをかましていたかった。

 

 だが……もう、それができなくなるかもしれない。

 

 俺は嘘をつく事になるからだ。

 

「告白の返事……結局直接してやれない」

 

 数ヶ月前にした約束すら、嘘にしてしまった。

 

 

……だから、その嘘に対するけじめをつけなければならない。

 

 そのけじめこそ………

 

 

 

 

「里中を救って、無堂を警察に突き出す……五月の夢の邪魔はさせない」

 

 俺がやろうとしてる事なんだ。

 

 

 

 きっと、みんな怒って……俺をバカだと言うし、呆れるのだろう。

 

 

 だが……結局今の俺にはこの方法しか与えられなかった。

 

 

 自分の新たな道を探し出そうともしたが………人殺しの死神にそんな希望はなかったのかもしれない。

 

 

 満月が照らす夜空をどこか恨めしく思いながら、俺は墓地を後にして………待ち合わせの場所に向かった。

 

 

 こうして行動しないと、未練ができてしまいそうで。

 

 

 

 

side里中

 

「俺を殺すつもりなら、しっかり準備してからにするんだな」

 

 

 そんな挑発を添えた手紙に指定された場所は、ある廃工場だった。

 

 

 差出人は、今から私が殺そうとしている男である「町谷奏二」。

 

 

 私が妹の「沙奈」のお見舞いに来ていた時に、ドアの隙間から投げ入れられていたのだ。

 

 

 あれだけのことをしておいて、沙奈にまで何か良からぬ事をしようと企んでいたのか。

 

 なんて卑劣な……!

 

「………どうだ?」

「今つきました」

「そうか………相手は何をしてくるか分からないんだ。油断するんじゃないぞ」

 

 

 近くに待機してもらっている相談員の人からの通信に答え、私は自分を鼓舞しながらその廃工場へと足を踏み入れた。

 

 

「待っててね、沙奈……絶対、治してみせるから」  

 

 そして、親子3人で仲良く……!

 

 

 

side奏二

 

 

「来たか……」

 誰もいない廃工場の中。

 

 1人で時が来るのを待っていた俺の耳に、1人の足音が響く。

 

 

 

 誰が来るかはわからないので、物陰に隠れて様子を伺い……

 

 

 その足音が、待ち人のものであると視認した。

 

 

「隠れてないで出てきなさいよ、卑怯者!」

 

 

 やたらと殺気立って叫んでいる辺り、どうやら完全に無堂達の手駒と化しているみたいだな。

 

 

 

 とは言え、この状況を作ったのは俺だし、無視するわけにもいかないので。

 

 

 

「………あんまりはしゃぐもんじゃないぜ?お嬢さん」

 

 

 やれやれと言った感じを出しつつ、俺は里中の前に姿を現した。

 

 

 

 

「やっと現れたわね………さあ、覚悟はいいかしら?」

 

 ナイフを構えたので、改造エアガンを構えて動きに備える。

 

 

「アンタを殺せば、無堂先生が沙奈を助けてくれる……これ以上辛い思いをしなくて済む!」

 

 

 

 アイツの妹さんの病気については、簡単にだが看護婦から聞いた。

 

 

 治せないものではないらしいが、治療に莫大な金がかかるらしく……母子家庭で生活が苦しい一家では、なかなか支払えない金額なんだとか。

 

 

 で、今は治すと言うよりも少しでも進行を抑えるための治療を行なっているらしい。

 

 だが、その治療費だって決して安くはなく。

 

 

 治療費の嵩みによって、母親は疲労困憊の体に鞭打って働き。

 

 

 アイツもアルバイトなどをして稼いでいるらしいが……それでも、時が経つにつれて病状は進行していき、それだけ食い止めるための金も高くなってしまっている……とのことだった。

 

 

 そんな彼女たちからすれば、まさに藁をも掴むような思いだったのだろうが。

 

 

 

 だが、その藁に染み込んだ毒を掴んでしまえば、それは全てを壊すことになってしまう。

「頓珍漢なこと言ってんじゃねえよ。

 

 そんな胸糞悪い治され方をして、妹さんがどう思うかもわかんねえのか」

 

 

 少し考えたら分かりそうなことも、わからないでいるコイツに一言申してみる。

 

 

 しかし、向こうにとって俺の言葉はスタートの合図だったのか。

 

 

「アンタがいえたセリフじゃないでしょ⁉︎」

 

 

 ダッシュと共に切り掛かってきた。

 

 

 

「逃げるなぁ‼︎」

「クソッ、撃つにも距離が足りねえ!」

 

 銃を使う時間を与えないように詰め寄ってくるので、避けるのに専念する。

 

 正直、竜伍との組み手に比べれば大したことないが……勢いがすごい為、迂闊に出たら不味そうだ。

 

 

「わたしには、もう時間がないの!ここで諦めたら……!」

 

 

 今のコイツが、俺について誤った情報を聞かされているのは間違いない。

 その誤解を解くためにも、まずは無力化して話ができるようにする必要がある。

 しかし、無力化と言っても意識を刈り取ったら話ができないから……攻撃はできないな。

 

 

 

「だから……絶対に殺す!」

「お断りだ!

 

 死神が死んでちゃあ、格好つかねえからな!」

 

 そんな訳で、俺は向こうのスタミナ切れを待つことにした。

 

 

 

sideマルオ

 

「すみません、せっかくお休みのところを……」

「構わないさ。医者として当然のことをしたまでだ」

 

 

 入院している患者の診察を終えた僕は、院長室に向かっていた。

 

 今日は休暇をとっていたので、事前にある程度仕事は終わらせていたのだが……こうなってしまっては仕方ない。

 

 

 それに……

 

「四葉は大丈夫だろうか…命に別状はないらしいが」

 

 

 学園祭の最中に、四葉が倒れたらしくここに運ばれている。

 

 

 見たところ過労によるもので、病気ではなさそうだが……後で様子を見に行こう。

 

……後は、招待状を書いてくれた二乃に謝らなくてはならない。

 

 

 

「………これでは休暇どころではないな」

 

 自嘲気味に息を吐きながら、目的の部屋に入ると。

 

 

 

「……どーも。

 

 借りた娘さんを返しにきました」

 

 上杉君が、二乃と共にやって来ていた。

 

 

 

 

「なんで、今日は……」

「暗くなる前に早く帰りたまえ」

 

 何かを言いかけた上杉君に、帰る様に促しつつ部屋に入るが、何故か甘い匂いが漂っている。

 

 

「もう少しでできるから、ちょっと待ってて」

「食べてやってください。学校に来てたのは知ってます」

 

 どう言うことかと周りを見渡すと、二乃が応接間の机の上でパンケーキを焼いていた。

 

 

 その匂いに、僕の意識は数年前を遡る………

 

 

 

 

 

零奈さんの病室にて。

 

「パンケーキ……ですか?」

「えっと、意外と安く作れて……娘達も喜んでくれてたんですよ」

 

 零奈さんが遠い目をしていたので、何事かと聞いてみたところ、パンケーキについて話してくれた。

 

 確かに、卵と牛乳とミックスがあればそれなりの数を作れるから、納得がいく話だ。

 

 しかし……

「最後に、作ってあげたかった……」

「最後だなんて、そんなことありませんよ」

 

少し悲しそうにそうぼやいたので、元気づけようと否定する。

 

 

 しかし、彼女の命はもう長くは持たないことが分かってしまっているからか、その励ましがどこか薄っぺらく感じてしまった。

 

 そんな内心を見透かした様に。

 

 

「中野君……あなたには、感謝してもしきれないわ。

 

 

 でも……だからこそ。

 

 あなたの貴重な時間を、余命僅かな私に注ぐ様なことはしないで」

 

 

 零奈さんはその顔に諦めを滲ませていた。

 

「余命だなんて……そんなこと言わないでください。」

 その言葉に、たまらず待ったをかける。

 

「零奈先生は、僕の恩師ですから」

「先生だなんて……もう、何年前のことでしょう」

 自分が憧れた恩師に……自分が救うべき患者に、そんな事を言ってほしくなかった。

 

 そして何よりも……

「君は生徒会長で、そして私のファンクラブ会長を見事勤め上げていましたね」

「そ、そのことは忘れてください……」

 

 気恥ずかしさから目を逸らしたのを見て、可笑しそうに微笑むこの人に。

 

 

「一分一秒でも長く生きて頂きたい。

 

 

 僕がしたくてしてる事ですし……あなたがいなくなったら、娘さん達も悲しみます」

 

 

 少しでも長く生きて欲しかった。

 

 

「そうですね。

 

 あの子たちだけが心残りです……

 

 

 まだ小さなあの子たちの成長を見届ける事が、私の使命……」

 

 

 

 だけど。

 

 

「ありがとう中野君。

 

 もう少しだけ甘えさせていただきます。

 

 

 だから……退院した際は是非ご馳走させてください。

 

 

 パンケーキ、きっと君にも気に入ってもらえると思いますよ」

 

 

 

 

 その約束は、ついぞ叶うことないまま………

 

 

 

 

 

 

「……あの、何かありました?」

「……すまない。少し考え事をしていた」

 

 上杉君の声で思考は現在へ呼び戻され、思考する前とのズレを埋めるべく、周りに目を向けるとそこにはパンケーキが。

 

 

 

 正直、僕はパンケーキにいい思い出がない。

 

 パンケーキを見ると、救えなかった零奈さんや守れなかった約束を思い出してしまうのだ。

 

 

 だが。

 

 

「この生地、三玖が作ったのよ。

 

 

 あんなに料理が下手っぴだったあの子が、目指すものを見つけて頑張っているわ」

 

 

 手を拭っている二乃が、真っ直ぐに見据えて。

 

「………それだけじゃない。

 

 私達5人全員、あの頃よりもずっと大きくなったわ。

 

 

 だからお願い。

 

 

 その成長を……側で見ていてほしいの」

 

 

 

 

「"お父さん"」

 

 

 そう訴えかけるのを見て、ここで目を背けてはいけないことを悟る。

 

 

 

 僕は……君達から距離を置くことで、受け入れ難いあの人の死から逃げていたのかもしれない。

 

 

 だが、君達はそれを乗り越えた。

 

 

 そして、前を向いて歩いて行った。

 

 

 そんな、君達の親になると決めた僕がやらなければいけない事は。

 

 

 

 この目の前のパンケーキを口にする事なんだ。

 

 

 そうして食べたパンケーキの味は、あの人を感じる様な味で。

 

 

 

「この味……君達は逃げずに向き合って来たんだね」

 

 

 そして。

「え?どういう……」

「しかし、量が多くて僕1人では食べられそうもないな。

 

 

 次は、みんなで食べよう」

 

 

 この子達と向き合う覚悟が、初めてきちんとできた様な気がした。

 

 

 

 零奈さん……あなたとの約束、ようやく果たせましたよ。

 

 

 

side風太郎

 

 

「これは君の計画かい?」

 

「それは……どうだろう。

 

 家庭教師の範疇を超えていると思うのだが?」

 

「だが、それが私に出来なかったことだ」

 

「不出来だが親として……。

 

 

 君が娘達との関係を真剣に考えてくれることを祈ろう」

 

 

 

 親父さんからの親バカフルコースを堪能した俺は、二乃と共に院長室を出る。

 

 

「ふん、今までほったらかしにしてた癖によく言うわ。

 

 フー君はお父さんが思ってるより、ずっとしっかりしてるんだから……

 

 ね?」

「あ、ああ…」

 

 心なしかテンションの高い二乃に、素直に返事をすることができない。

 

 

「真剣に……か」

 

 俺は、出来ているんだろうか……?

 

 

 あんな大見得を切った癖に、こうして迷っている有様で………。

 

 

 

「それに、今までも……どうしたの?」

「いや、なんでもない…」

「そう?

 

 そ、それでね。明日のことなんだけど………」

 

 

 何か言いかけようとした二乃だったが。

 

 

「キャッ⁉︎」

「おい、危なっ⁉︎」

 

 

 足を滑らせたのを受け止める。

 

 しかし、俺の勢いが強すぎたのか、このままではキスができてしまうレベルで顔が……!

 

 

「忘れ物だ」

「危ねーっ‼︎」

 

 

 近づいていたが、突然聞こえた親父さんの声に、なんとか持ち堪えるのであった。

 

 

「何をしているんだい?」

「ちょっと滑ってしまいまして!もう帰りますから!」

「ああ……そうするといい」

 

 

 

 

 

side二乃

 

「チッ、惜しかったわね」

 

 もう少しでキスできると思ったのに、お父さんに邪魔された私は舌打ちする。

 

 今までの放任主義が改まったのはいいけど、横槍を入れるのだけはやめてほしいのだが………まあ、いいや。

「ギリギリセーフ………二乃、大丈夫か?」

 

 

 こんなロマンチックもクソもないキスじゃあ、今の私は満足できない。

 

 

 だから……

 

 

 

「えっ、えっ?」

「やっぱ、恋は攻めてこそよね」

 

 私は、何か言いかけた彼に口づけをした。

 

 

 

 

 

「ん?今なんて……」

 そして、耳聡く聞いていたお父さんに。

 

 

 

 

 

 

「フー君を、家庭教師に選んでくれてありがと!」

 

 初めて、笑顔で感謝を伝えることができた。

 

 

 

 

 この先、私たちの関係がどう変わろうとも………私のこの気持ちは変わらないから。

 

 

 




いかがでしたか?

 マルオ視点は、奏二と似た様な感じで書けるから感情移入しやすいですな。

 次回は奏二vs里中の決着と、一花、四葉、三玖の2日目夜でのお話を取り上げていければなと思います。
 


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第49話 過去から未来へのバトン

あけましておめでとうございます。

どう言う流れで書くか、時系列順に誰から書くのが正しいのかなどを考えていたら、年が明けました。


それでは、本編にどうぞ。


奏二の秘密

四葉のことが何気によくわからない。




 

 

 足音や叫び声が響いていた工場内に、静寂が戻る。

 

「……やっと捕まえたぜ」

「……」

 

 里中の攻撃をひたすら避け続けて、数十分くらいが経ったのだろうか。

 

 

 俺は、彼女を押し倒す形になったものの、なんとか無力化に成功していた。

 

「さて……」

「……!」

 組み伏せられた里中は殺してやると言わんばかりで睨みつけ、起きあがろうと抵抗しているが、そこは男と女の力の差と言うものか。

 

 

 動きこそするものの、それで押しのけられる気配はなかった。

……いや、目的は話し合いだからこの態勢を解きたいけど、解いたらさっきまでの焼き直しになっちまう。

 

 

「さて、どうすっかな……」

 

 どうしたもんかと考えていた俺の耳に。

 

 

 

 

「………なんで」

「ん?」

 

 何かが聞こえたかと思えば。

 

 

「どうしてこうなっちゃうの⁉︎」

 

 里中が、悔しさと絶望に顔を歪ませていた。

 

 

 

 

 呆気に取られる俺の前で、半狂乱で喚く。

 

「私は………昔みたいに戻りたかっただけなのに………!

 

 

 

 沙奈も、お母さんも助けられなくて………

 

 

 

 それで……こんなの……

 

 

 どうして……?

 

 

 

 

 どうしてよおおおお⁉︎」

 

 

 決壊したダムの様に溢れ出す慟哭の後、胡乱げな顔で俺を見ていた。

 

 

 

 

「どうして……どうしてなのよ……」

 

 

 絶望に枯れた目で、壊れた様に繰り返す。

 

 

 

 その姿は、いつかの俺と重なるデジャヴを俺にもたらし。

 

 

「………なら、昔話に付き合ってくれや」

 

 

 今まで誰にも話したこともない事を話そうと思った。

 

 

 

 

 

side里中

 

「こんな体勢じゃ変だし、まずはお互い離れて座ろうぜ」

 突然昔話をしたいと言い出した町谷に、座る様に促された私は困惑した。

 

 

 だってそうでしょう?

 

 あの態勢なら………

「……何のつもり?あそこから私をレイプするなり殺すなりできたでしょ?」

 

 

 どうせ、私にはもう何も希望がない。

 

 それならいっそ、このまま絶望し続けるより………快楽にでも堕ちた方がまだマシだ。

 

 投げやりに問いかける私に、息を一つつき。

 

 

「それなら俺も拘束を解かねえよ……兎に角聞け。負けたお前に拒否権なんてねえからな」

 

 面倒臭そうにしてる癖に、反対意見を封殺してきた。

 

 

 

 そして、軽く咳払いをして。

 

「まず、単刀直入に言うが………俺はお前の一歩先にいる」

 

 

 脈絡もない事を言い出す。

 

 

「どう言う意味?」

「いや……二十歩くらいかな?」

 

 

 すぐに訂正したが、したからって分かる様にはなっていない。

 

 

 人に聞かせたいなら、分かりやすく話すべきではないだろうか。

 

 

 と、胡散臭いものを見る様な目に……

 

 

「………まあ、そんだけ人の死に目に立ち会ってるって事だ」

 

 

なろうとしたところで、不意打ちを受け………いや、コイツは……!

 

「何を悲劇ぶって……何人も殺して、のうのうとしていた癖に!」

 

 

 自棄になっていた心が、冷静な思考と正義感を取り戻す。

 

 

 だが、その冷静な思考は。

 

 

「………罰してくれる人がいたなら、まだマシだったんだろうさ」

 

 

 目の前の少年の顔に滲む後悔と無力感にも気づいてしまった。

 

 そんな様子に、つい先ほどまで抱いていた印象が揺らぐ。

 

 

「他人の命を代わりにして生きながらえたんだ。

 

 

 ………ある意味「殺し」ってのは言い得て妙だな」

 

 

 少し前まで、不敵な笑みを浮かべていたのはどこへやら。

 

 その表情と……雰囲気は、どことなく他人に思えない。

 

 

 

 私の中に渦巻く疑念をよそに、後悔を携えた瞳はこちらを見据えて。

 

 

「だから、お前の気持ちは……。

 

 

 取り残される方の辛さは、痛いほど分かるんだわ」

 

 

 自棄に重みを感じさせる共感を口にした。

 

 

 

 犯罪者に同情なんてされたくはないが……

 

 その言葉には、なぜか嘘だと思うことができない。

 

 

 この少年へとむけていた殺意に、これは本当に正義なのかと頭の中で問答し始めた時。

 

 

 

 

 

「何を迷っている。妹にはもう時間がないのを忘れたのか?

 

 

 このチャンスを逃して、妹を治してやれるのか?」

 

 

 

 レシーバーから聞こえてきた音声が、迷っていた私の心を再び凍り付かせる。

 

 

………そうだ。たとえこの少年が本当に悪人で、その場での出まかせを言っていたとしても……あるいは、本当はただの善人で、人殺しは何か理由があって、仕方なかったのかもしれなくても。 

 

 

 

 

「………お話ありがとう。でもね………」

 私にはもう、賽を投げるしか道が残されていないのだ。

 

 

 

 ゆっくりと立ち上がり、隠していた拳銃を取り出して、安全装置を外す。

「………もう、私にはこれしかないの!こうしないと………あなたを殺さないと、沙奈の治療が………!

 

 

 弾丸を装填して、いつでも発射できる様な状態にして………!

 

 

 

 

「……え?」

 

 撃とうとしたその時、私が突き出した銃は手元から弾き飛ばされた。

 

 

 呆気に取られた私の前では、銃が地面へ落ちてゆく。

 

 

 

そうして弾を発することなく落とされた銃が、地面と擦れ合う音で理解が追いつき、拾い上げようとするが。

 

 

 

 

「…………ああっ!」

 

 

 1発の銃声と共に、さらに遠くに弾き飛ばされてしまった。

 

 

 

 

 その光景に、咄嗟に放たれたであろう方向を見ると。

 

 

 

 

「……もうよせ。

 

 地獄から門前払いされてんだよ、アンタは!」

 

 

目の前では町谷が銃を片手に口を歪めていた。

 

 

 

 

 

side奏二

 

 

 その場にへたり込んだ里中を警戒しつつ、打ち落とした銃を拾い上げると、そこには懐かしい重みがあった。

 

 

 

 その重さは、7年前よりもはるかに力がついた今でも………変わることはない。

 

 

 

 この重さは………人を殺せて、殺した重さなんだ。

 

 

 でも、だからこそ………里中にこの重さを知られなくてよかったと思う。

 

 

 しかし……いくら説得しようとも、コイツの妹さんに時間がないのは現実だ。

 

 

 

 

 

 だから……

 

「………取引をしよう」

 

 

 俺は、札束を入れた封筒を里中に手渡した。

 

 

 

 

 

side里中

 

 渡された封筒を見て、私は目を張った。

 

 

 そこには、一万円札の束が入っていたからだ。

 

 

 

「50万はいってるはずだ………妹さんの治療費にでも使え。

 

 

 その代わり……もう、あんな奴の言いなりになんてなるな」

「………なんで」

 

 

 行動の意味がわからずに彼の顔を見るが、その目には後悔の色は微塵もない。

 

 

 確かにこれだけの金額があれば、今すぐ沙奈を治すことは可能だ。

 

 

 でも……そんな魅力よりも、目の前にいる彼に困惑が尽きない。

 

 

 

 自分を殺そうとした人に、何か反撃するどころか、こうして妹の治療費に使えと現金を差し出すのは、あまりに理解できなかったからだ。

 

 

 

 

 

「あなたは何を考えてるの?」

「………」

 たまらず口に出た問いかけに、ため息と共に彼が口を開こうとした時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、1発の銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 その後、誰かの足跡が遠ざかっていくのと同時に。

 

 

 

「おい、伏せろ‼︎」

「キャッ⁉︎」

 

 

 その声と共に、私は前からの衝撃で後ろに倒れ。

 

 

 

 

 後からつんざめく、重いものが落ちてくる音や衝撃の中。

 

 

 

 後頭部への衝撃と共に、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

side二乃

「もう……四葉ったら、無理しちゃって……」

 

 フー君と熱いキスをした後、お父さんに四葉がここに入院したことを教えられ。

 

 

「フー君もフー君よ。

 

 教えてくれたっていいじゃない?」

「いや……それが気掛かりで、お前らがパンケーキ屋の方に集中できないかと思ったんだが、すまなかった」

 

 目に隈を作りながら眠る四葉を前に、後ろに控えているフー君に抗議する。

 

 

「他の姉妹たちには連絡したのか?」

「もうすぐ一花と三玖が来るはずよ……五月はまだだけど」

「奇遇だな。奏二のやつからも連絡が来てねえんだ」

 

 スマホの返信を見ながら、質問に答えるが…ここで眠っている四葉以上に、連絡のない五月と町谷が心配だ。

 

 

 

 姉妹のトラブルに反応できないほどに追い詰められている五月と、それを気に病んでいた町谷。

 

 

 フー君はこのことを知っているのだろうか?

 

「……ねえ、ちょっと話が」

「まさか、あの2人……なんだ?」

「あ⁉︎え、えっと………」

 

 聞こうとしたところに、気掛かりなつぶやきを被せてきたので、今がチャンスと聞こうとしたが。

 

 

「……すまない、話の前に一回トイレへ行かせてくれ」

「……タイミング悪すぎ!」

 

 

 最低なCMの後に回されてしまい、思わず不満の声を上げたが。

 

 

 

「………あれ」

 ベッドの方から聞こえた声に、その後回しが適切だったと思い知らされた。

 

 

 

 

 

side四葉

 

「……あれっ」

 

 目が覚めたと思えば、見慣れない天井が映ってきた。

 

 

 見覚えはあるんだけど……。

 

 

「学校……家……?」

 

 寝ぼけた頭でまとまらない考えに苦戦していると、横から。

 

 

「病院よ。

 

 あんたがここにいるって聞いて驚いたわ。

 

 

……全然、余裕持ってやれてないじゃないの」

 

 

 心配そうな顔をしてそうで、咎める様な口調の二乃の声がした。

 

 

「………二乃?」

「フー君ったら、私に気を遣って言わなかったのね」

「……心配かけてごめんね」

 

 

 どうやら、風太郎君と一緒にお見舞いに来てくれたみたいだが、私にはやるべきことがある。

 

 

「ちょ…何してんの?」

「すぐ戻るよ。

 

 まだやり残したことがたくさんあるんだ」

 

 

 演劇部の舞台への助っ人があるのだ。

 

 早くしないと、演劇部のみんなに迷惑をかけてしまう……!

 

 そんな義務感に駆られ、ベッドから飛び出そうとしたが。

 

 

 

 

「……何するの?」

「時計を見なさい。もう夜よ」

 

 

 

 二乃の言葉に、そんなまさかとスマホを見るが……

 

 

 

 

「……嘘」

「学園祭2日目は、もう終わっているわ」

 

 時刻は18:00を回っており……咄嗟に、頭の中をある思考が支配した。

 

 

 

「あ、あんたどこいくのよ……」

「ごめん、行かなくちゃ…」

 

 

 みんなに謝りに行かなくちゃ……!

 

 

 少しふらつく足で、病院の廊下を進んでいると。

 

 

 

 

「………お、目が覚めたか」

「上杉さん……」

 ハンカチを手に持つ風太郎君と出くわした。

 

 

 お見舞いのお礼くらい言いたいけど、今は迷惑をかけた人たちへの謝罪が先だ………え?

 

 

 

 

「……通してください」

 

 なぜ、廊下の真ん中に立ち塞がるのだろう。

 

 

 

「ダメだ」

 

 なぜ、私が行くのを止めようとするのだろう。

 

 

 

「行かないと…」

 

「行ってどうする?もう、みんな家に帰ってるぞ」

 

「それなら、そこへ頭を下げて回ります‼︎」

 

 

 たとえ風太郎君が相手でも、引けない理由があるのに。

 

 

「演劇部の方達だけではありません。

 

 

 その後もたくさん引き受けたのに、こんな事………

 

 

 私のせいで、多くの人達に迷惑をかけてしまいました!

 

 

 だから、謝らないといけないのに……!」

 

 

 どうしてわかってくれないのかと憤りも込めたが、彼は。

 

 

 

「……それでも、通すわけにはいかない。

 

 

 俺は、ここから動かない」

 

 

 

 

 断固として、私が行くのを許可してくれない。

 

 

「どうして……!」

「ちょっと落ち着け。

 

 

 とりあえず、お前が倒れた後の話をしてやるよ」

 

 

 そして、おもむろに私が倒れた後の話を始めた。

 

 

 

side風太郎

 

「と、いう事で……。

 

 中野四葉は過労で倒れていたところを発見され、病院に搬送されたらしい。

 

 舞台に穴をあけてしまったことを、あいつに代わって謝罪する」

「そ、そんな!いいですよ……助けてもらったのは私たちですから」

「中野さんが、それほど溜め込んでいたのを気づけなかった私たちも悪いわ」

 

 

 四葉が倒れたと聞かされた俺は、演劇部に謝罪しに向かっていた。

 

 

 正直、何故欠員に対応できる体制を、整えてなかったのかと思うが……まあ、こんな文句に意味はない。

 

「それで……演劇の方は」

「そうね。今からでも代わりの役者を探すしか……」

 

 今は、目の前の緊急事態への対処が先だ。

 

 そんなわけで、演劇部内で話し合いが始まったが……

 

「だけどよ……人に余裕がないから、中野さんに頼んだわけで…」

「衣装も彼女に合わせて作ってあるものだけだ。

 参ったな………流石にこれは無理だろ……」

 

 

 裏方らしき男子達が苦しい顔をする様に、状況は最悪に近いものだ。

 

 奏二でも呼んで、何か良い案がないか聞き出せないかと思ったその時。

 

 

 

 

「話は聞かせてもらいました!」

 

 突然扉が開かれ、その先には懐かしい顔があった。

 

 

 

 

side四葉

 

「え?この人……陸上部の部長さんですよね」

「初日の公演から、お前に会いたがっていたらしくてな。

 

 代役も買って出てくれたよ」

 

 今日の劇の映像を見せられた私は、頭の中に大きなハテナマークが鎮座していた。

 

 

 なぜ、あの部長さんが私を探していたのか。

 

 

 なぜ、私の代役が必要だと言うことを知っていたのか。

 

 

 なぜ……陸上部の件で色々あったのに、代役を買って出たのか。

 

 

「急拵えのくせに、なかなかのはまり役じゃねえか?」

「え、いや……私、頭が混乱して。

 

 

 何が何だか………」

 

 可笑しそうに笑う風太郎君の横で、なおも理由がわからないでいると。

 

「後……この2人を覚えてるか?」

 

 風太郎君は新しい写真を見せてくる。

 

「被服部のお二人……?」

「この2人は、お前を採寸して作った衣装を縫い合わせたんだ。

 

 

 そして、コイツらだけじゃない」

 被服部の2人に、バンドを組んでいた3人組。

 

 

 更には、招待状を貰いにきた三つ編みの子まで……

 

 

 その写真の人たちは、何をしているかはバラバラだが、共通点がある。

 

「……気づいたみたいだな。

 

 

 コイツらは全員、お前の世話になった奴らばかり。

 

 

 言わば、お前のために集まったんだ」

 

 

 そう、私が仕事を引き受けた人たちだ。

 

 こんな私なんかのために………力を貸してくれたのか。

 

 

 目頭が熱くなっていると、風太郎君は一つ咳払いをして。

 

 

 

「……さて、お前は明日も安静にしてなければならない身だ。

 

 そうなると、お前の抜けた穴は当然大きい。

 

 

 だが、俺もお前の世話になって……お前のために集まった1人だ」

 

 

 私の目をまっすぐ見据えて。

 

 

 

 

「託してくれ。

 

 

 持ちつ持たれつ、だろ?

 

 

 お前が持たれたっていいんだ」

 

 

 私が一番託したい人に、託してくれと言ってもらえた。

 

 

 自分が受けた仕事を投げるのは、正直罪悪感はある。

 

 

 

 でも……もう、一人で背追い込む必要なんてないんだ。

 

 

 私には、風太郎君をはじめ、後を託してもいい人たちがいるんだから。

 

 

 だから。

 

「上杉さん。

 

 

 最終日の仕事…私の分も、どうかお願いします」

 

 

 みんなの思いに甘えて、バトンを託すことにした。

 

 

 

 

「ああ。任せろ」

 

 

 

 

side一花

 

 昼頃に、学校で四葉が倒れたと聞いて。

「倒れたって聞いたけど……元気そうで安心した」

 

 大急ぎでやってきた病院にて、私は四葉の様子に安堵していた。

「うん……ありがと」

 

 

「でも……人の頼みを聞きすぎて、自分を疎かにしちゃダメだよ?

 

 それで倒れられたら、罪悪感を与えちゃうからね」

「うん……」

 

 病人に説教なんてしたくはなかったが、こうでも釘を刺しておかないと、四葉はまた無茶なことをするだろう。

 

「それじゃあ、安静にしてなよ?」

 

 そうして、挨拶と共に部屋を出たところで。

 

 

 

「一花…」

「二乃、フータロー君」

 

 二乃とフータロー君が一緒にやってきていた。

 

 

 

「一花も来てたのね」

「今来たところだよ。

 

 電話したんだけど、いてもたってもいられなくて……」

 

 意外そうな顔をする二人に、ちょっとした抗議の念も込めながら皆んなの様子を聞くと、この後に三玖がくるようだが。

 

 

「五月ちゃんとソージ君と連絡がつかない?

 

 二人は何かしてるの?」

「加藤の話だと、奏二は5時頃には帰ったらしいが……既読すらつかねえんだ」

 

 フータロー君が、困惑顔でソージ君について話す隣では、二乃が思い悩む様な顔をしていた。

 

 

「………二乃?」

「……………兎に角、私たちは大丈夫だから、心配しないで」

 

 そんな強がりは逆に不安を掻き立てるんだけど……。

 

 そんな私の視線に気づいてか、目を逸らしていた二乃は思いついた様に。

 

「ああ、そうだ!

 

 私、後片付けがまだなの忘れてたわ。

 

 

 学校に戻るから、フー君は一花を送ってあげなさい」

「え?お、おう……」

 

 

 そう言い残して、どこかへ行ってしまった。

 

 

 取り残される私とフータロー君に、どこか気まずい空気が流れる。

 

 

 フータロー君の返答に、思わずビンタをしてしまったのが昨日の話なのだ。

 

「じゃ、じゃあ……今日は家に帰るよ」

「あー……明日の仕事は大丈夫か?」

「うん……明日はオフなんだよ」

 

 

 会話も、どこかぎこちなくなってしまった。

 

 二乃のことが気になりすぎるけど、まずはこの空気をなんとかしないと……

 

 

「フータロー君」

「一花」

 

 なんでまた変なタイミングで重なっちゃうんだろうか。

 

 

 これじゃあ……いや、もういいや。

 

 

 なんだか可笑しくなってしまった私は、軽く息を整え。

 

「ねえ……今日の仕事はもう終わった?」

「終わったが……それがどうした?」

「じゃあさ……。

 

 

 

 

 

 少し、あるこうよ」

 

 

 フータロー君を、夜道の散歩に誘い出した。

 

 

 

 

 数十分後。

 

「わっ、意外と広いんだね……」

「花火大会の時は、あんなに狭く思えたのにな。

 

……まあ、人も屋台もないから当たり前か」

 

 適当にぶらついてた私達は、花火大会の会場だった場所にたどり着いた。

 

 ここら辺に来る時は、いつも人混みがすごいからか。

 

 こんなに静かなのが、違和感を感じさせてしまう。

 

 

 そして、こんなに静かだからか……路地裏でイチャつく声が、やけによく聞こえてくるのだ。

 

 

「あ。誰かまた花火してるみたい」

 

 また、花火をして騒ぎ立てる声も。

 

「うちの生徒じゃねーか?

 

 どいつもこいつも浮かれやがって…」

 

 ため息混じりに話すフータロー君だが、私としては騒ぎたい気持ちもわかる様な気がする。

 

「でも、そうなるのも納得だよ?

 

 学園祭の真っ最中……カップル成立もこの三日間が多いみたい。

 

 その中でも三日目の後夜祭と来たらもう……なんだってさ。

 

 君もそれを知っててあんなこと言ってたんじゃないの?」

「ふっ……。

 

 俺がそんな世間の風潮に流されるやつだと思うか?

 

……なんでそこで笑うんだよ」

「いや、その……」

 あくまで硬派ぶるその姿に、思わず待ったをかけた。

 

「だって、フータロー君意外と俗っぽい所あるのに、硬派ぶるのが可笑しくて………」

「ど、どこが⁉︎」

 

「1、高級車見たら、窓から覗き込む。

 

 

 2、久しぶりの旅行にテンション爆上がり。

 

 

 3、山頂でヤッホーって叫ぶ。

 

 

 4、女の子に借金。

 

……どう?」

「………ナンノコトデショウ」

 

 できるだけ丁寧に教えてみると、彼は気恥ずかしいのか。

 

 目を背け、そっぽを向いていた。

 

 

……でも、そんなところも惚れた弱みと言うのか。

 

 

「まあ、そこも可愛く思えちゃうんだけどね。

 

 

 そう言う素直な気持ち、大事にしなよ」

「……何が言いたい」

 

 少し恨めしげに聞いてくるが、私からしたら昨日の返答の仕返しだ。

 

 

「誰も選ばないなんて、言わないで」

 

 

 少し語気を強めると、彼は一瞬怯んだ様だがすぐに持ち直した。

 

 

「俺の気持ちなんて、俺自身もわかんねーよ」

 

 どこか逃げ道を探そうとしているフータロー君に、逃げ道なんて与えない。

 

 

「難しく考えすぎなんだよ。

 

 それか考えない様にしてるだけ」

「うぐっ……でもな……」

 

 逃げ道を選んだ君なんて、見たくないから。

 

「じゃあ……今から問題を出すよ。

 

 

 

 二乃に三玖………四葉にそれから五月ちゃん。

 

 

 

 君は誰と一緒なら嬉しいですか?」

「……!」

 

 

 その問いに、目を見開いて固まる彼に、私は答え方を指し示す。

 

 

「そこの自販機の飲み物。

 

 お金渡すから、好きなのを2本買ってきてよ。

 

 

 フータロー君が飲みたい奴、同じのを2本ね」

 

 

 400円を握らせ、自販機の前に立たせたら………

 

 

「は?いやどう言う………おい、どこに行くんだ?」

「私、仕事先から飛んできて疲れてるんだよね……そこのベンチで待ってるから」

 

 

 そう言って、近くの公園のベンチに座る前に。

 

 

 

 

 

「ちなみに紅茶が二乃。

 

 お茶が三玖で四葉はジュース。

 

 

 コーヒーが五月ちゃんだからねー?」

 

 

 選択肢を与えておくことにした。

 

「さて……見せてもらおうかな?フータロー君」

 こうすれば流石に………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 決めるだろうと思った時期が、私にもありました。

「信じらんない。なんで10分もかけてまだ悩んでるの……?」

 

 

 まさか、後制限時間が一日もないのにまだ決めあぐねていたとは。

 

 

「うーん、締まらないなぁ………」

 

 まあ、答えを急かしたからああなってるんだから、原因は私にあるのはわかっているけどね?

 

 

 そんな光景を見ていたら、なんだか眠くなってきて。

 

 

「ふぁーあ……」

 

 いつの間にか、ベンチで横になっていた。

 

 

 

 

 side風太郎

 

 好きなものを二本買ってくる。

 

 そして、選択肢として挙げられた飲み物の種類。

 

 つまり、誰が好きで……誰と一緒に飲みたいかを一花は答えさせようとしてきたのだろう。

 

 

 そして、俺の答えは決まっていた。

 

 

 だが………そいつ以外の姉妹達それぞれと過ごした思い出があって。

 

 それぞれの姉妹に好きなところがあって。

 

 

 そいつらも俺を好いてくれていたのに、応えられないのが苦しくて。

 

 

 だから俺は選ばないことを選ぼうとした。

 

 

 そうして俺は、その金ではなんの味もしない天然水を2本買って一花の元へ戻る。

 

 

 すると、一花はスヤスヤと眠ってしまっていた。

 

 

「待たせすぎた………」

 

 

 まるで、優柔不断への罰を受けている様な気分だ。

 

 

「だせえとこ見せちまったな………いや、お前とはいつもこんな感じか」

 

 ……いや、もしかしたら俺の考えを見透かしているのかもしれない。

 

 俺の考えに気づいて、それに向かい合わせようとしたのかもしれない。

 

 だとすれば……一花にとっては残酷な結論を突きつけられることになる。

 

 それをわかっていて……俺の背中を。

 

 妹の背中を押そうとしたのだろう。

 

 現に、コイツは自分自身を選択肢に入れてなかったしな。

 

 

 

 なら……俺がやる事は、選ばない事じゃない。

 

 

「ありがとな……一花。そして……」

 

 

 俺が、コイツのためにできる事はと、その先の言葉を紡ごうとした時。

 

 

 

「………」

「………は?」

 

 突然迫ってきた一花に、唇を奪われていた。

 

 

 

 

 side一花

 

 

 

「………おめでとう」

 

 どうやら答えにたどり着いたらしいフータロー君に、私は祝福を送った。

 

 

……いや、祝福なんて立派なものじゃない。

 

 

 悪あがきと呼んだほうが近いだろう。

 

 

「素直な気持ちを大事に」と言ったのは、自分が気持ちを伝えることの大義名分にしたかったのかもしれない。

 

 

……フータロー君が誰を選んだとしても関係なしに、私は君が好きで。

 

 

「………んじゃ、家に帰ろっか!」

「え?ちょ……一花⁉︎」

 

 

 歩き出した私を慌てて追いかけるその可愛げな姿に、私の答えはずっと出てきた。

 

 

 

「………この気持ち、まだまだ収まりそうにないや」

「おい!そんな簡単にキスすんのかよお前!」

「失礼だな君は。乙女のキスは安くないんだぞ?」

 




いかがでしたか?

 次回は、最終日に向けてのお話を書いていきますので、気長に待っていただけると幸いです。

それでは、お楽しみに!


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第50話 無知と無謀へ罰を

第50話です。

 今回まではちょい鬱ムードとなりますがご容赦ください。

 次回から巻き返します。


奏二の秘密

 唯、三ツ矢、四郎、竜伍の保護者を気取っているが、他四人からすれば一番危なっかしいと言う評価で一致している。


 

 途切れた意識が戻ってきた時。

 

 

 目を開けた私に飛び込んできたのは、瓦礫の山を背にした町谷の姿だった。

 

 

「………なんで」

「目ェ覚めたかよ……?」

 周りの状況も輪郭でしか分からないほどに、瓦礫に埋め尽くされている周囲の中、町谷が私を守ってくれたのだ。

 

 

 震える声で語りかけるその姿は、身体中を傷で塗れさせ、滴る血は私の頬に流れ落ちる。

 

 

 荒い息を吐きながらも、私と瓦礫の間に壁となっていた彼は。

 

 

「これが無堂のやり方だ。

 

 お前ごと俺を殺せば………その後の報酬を踏み倒せるし、お前が生き残っても……俺を殺した殺人犯として、真っ先に切り捨てる。

 

 

 アイツに……妹さんを助ける気なんてさらさらねえぜ」

 

 

 わかっていたかの様に吐き捨てる。

 

「あんなに親身になって話を聞いてくれていたのに……?」

「ベラベラ喋りすぎだ、馬鹿野郎が……」

 

 衝撃的な内容に、思わず耳につけていたイヤホンマイクで、外に待機してるであろうカウンセラーの人に呼びかけるが……。

 

 

「……出ない」

 

 帰ってくるのは、無機質な機械音だけだ。

 

 

「多分撃ったのは、お前が呼びかけてる奴だよ。

 

 

 お前が使えなくなったからって、俺もろとも殺そうとしたのさ」

 

「そんな……」

 

 

 話を聞くほどに、裏切られた悔しさと、沙奈への気持ちを弄ばれた事への怒りが湧いてくる。

 

 でも……

 

「なんで、私を助けたの……?

 

 アソコで普通に逃げていれば、あなたはそんな怪我をしないで済んだのに。

 

 しかも、私はあなたを殺そうとして……」

 

 

 大怪我を負ってまで私を助けた理由がわからず、問いただす。

 

 

 すると……やはりこの態勢を維持するのが難しいのか、顔を顰めながら。

 

 

「大事なものを失くした時。

 

 それを止めることができなかった時の苦しみも……取り残される痛みをそれを味わせたくなかった」

 

「………!」

「そして……一つでも命を奪ったら。

 

 

 お前はもう、後戻りできなくなっちまう……」

 どこか祈る様に、私にまっすぐと告げてきた。

 

 

 

 気遣いへの感謝をするべきなのか、そんな理由でこんな無茶をした事への糾弾をするべきなのか。

 

 

「ドブ臭え役を引っ被るのは……俺だけで……」

「ちょ、ちょっと……!」

 そんな私の葛藤を他所に、彼に力が入らなくなってきたのか、間にできていた空間が狭まろうとした時。

 

 

 

 

 

「奏二!大丈夫ですか⁉︎」

 

 瓦礫のドームの天井から光が差し込み、そこから天使のような声がした。

 

 

 

side奏二

 

 咄嗟に庇ったは良いものの、結果として俺の背中には多数の瓦礫が降り注ぎ。

 

 

 そのうちのいくつかが体に刺さり、切り裂いた事を、貧血に似た様な目眩や、灼けつくような痛みが教えてくる。

 

 

 そんな大怪我の功名か、里中はほとんど無傷だったが………踏ん張る俺の身体が限界を迎えはじめてるのか、背中にのしかかる瓦礫に押しつぶされそうになったその時。

 

 

 

「奏二!大丈夫ですか⁉︎」

 

 

 聞き慣れた声と共に、突如として俺にのしかかっていた重みがなくなった。

 

「……四郎?」

「……返事はできるな?」

「三ツ矢……唯まで」

 

 更には、突然の浮遊感と共に、別の聴き慣れた声も聞こえてくるときた。

 

 

「な、なんで……お前らがここに」

 

 助けてもらった事への感謝はあるが、それ以上になんでここにいるのかがわからず問いかけると、入口から足音がして。

 

 

「今日の貴様の様子は色々とおかしかったからな……後を追跡させてもらった。

 

 詰めが甘いぞ、奏二」

 

 黒服の男を抱えた竜伍が、いつも通りの仏頂面でやってきた。

 

「……ったく。言ってくれるぜ」

 

 大丈夫かの一言くらいくれても良いと思うが、遠のく意識が文句をつけるだけの威勢を、俺に与えてくれない。

 

 

「今救急隊が来る。

 

……せっかくだ、まだ死ぬなよ」

「へっ……心配すんなって。あいにくこれくらいじゃ死ねなそうだ……」

 珍しく心配してくる唯に、どこか恥ずかしいものを感じながら返事をする。

 

 あれだけ色々用意したのに、結果としてはこのザマなのだ。

 

 いっその事、あの場で死んでた方がまだ格好がついたかも知れない。

 

「……まさか、本当に」

 

 

 だが、里中の男を見る目をみるに、どうやら無堂の刺客なのは間違いない。

 

 竜伍が拘束しているなら、じきに警察に引き渡されるだろうし……里中を人殺しにも、死人にもしなくて済んだ。

 

 

 それなら……まあ、この展開でも悪くはねえのかもな。

「……じゃ、おやすみ……」

 

 ひとまずの達成感を感じながら、俺は救急車のサイレンが聞こえてくる中で意識を失っていった……。

 

 

 

side風太郎

 

「それ…本当なの?」

「ああ。奏二がその場面を目撃しているらしい」

 

 

 一花と公園で恋バナをした後。

 

 二乃の言いつけ通り、家に送るまでの道で、俺は一花にあの話を打ち明けていた。

 

 

 

「お前らの元父親が、五月に接触した」

 

 学園祭の一日目で、学食に案内したおっさんがコイツらの本当の父親で。

 

 

 ソイツが五月に何らかの働きかけをしたことを。

 

 

「でも…嘘……なんで……?」

「それはわかんねえが……親父も言ってたが、奏二がなにかしでかす気だ」

 

 

 

 目を見開く一花の質問に、連絡がつかない五月と、それ以上に不穏なことをつぶやいていた奏二が頭にちらついてくる。

 

 

 

「最近の五月の様子はどうだ? 何か変わりはなかったか……?」

 

 一応、今日は一度も姿を見ていない五月の様子を聞くと、一花は表情を曇らせ。

 

 

「私も、昨日から会ってないからわからない…。

 

 

 四葉が倒れたときに連絡したんだよね?」

 

 

「ああ。

 

 それでもあいつからの反応は、俺のところにも二乃のところにもなかった」

 

 

 スマホを改めて確認するが、やはり五月と奏二からの反応はない。

 

 

「そう……フータロー君、ちょっと急いで家に帰ろう。

 

 もしかしたら、五月ちゃんに直接話が聞けるかもしれないよ」

 

「ああ、急ぐか」

 

 

 そうしてマンションに走る俺の中には、いやな予感が渦を巻いていた。

 

 

 

 

 

 

side五月

「お母さんの後を追ってるだけ」

 

 

「ゆがんだ愛執は、五月ちゃん自身を破滅に導く」

 

 

「君の思いに君自身が追い付いていない」

 

「母親と同じ、間違った道に歩を進めようとしている」

 

 

 自分をお父さんと名乗った無堂先生に投げかけられた言葉を、頭の中から追い出そうと、問題集に取り掛かったが。

 

 

「どうして……どうして私は…」

 

 

 

 進まない問題集は、無堂先生の言葉をより鮮明に突きつけてくる様だった。

 

 

「お母さん……」

 

 お母さんの選んだ道が、間違っていたなんて思いたくない。

 

 

 思いたくないのに………それを否定することが出来ない。

 

  

 そうなるとつまり………

 

 

 本当にお母さんの選んだ道は間違っていて。

 

 

 私がしている事………その道を目指して進む事は、過ちの繰り返しに過ぎないのか?

 

 

 

 そうなると、今やっている行為は、意味のないものだというのか?

 

 

 

 

 

 

 そんな事、考えたくない。

 

 

 

 お母さんが間違ってたなんて。

 

 

 

「思いたくないよ…!」

 

 

 

 そんな結論を見出したくないのに、無堂先生の言葉と、お母さんの言葉が反響して、私に刻み込まれていく杭の様だ。

 

 

 

 軋む様な胸の痛みと、お母さんとの思い出が紛い物の様に霞んでいくような感覚への苦悶は、問題集のインクを滲ませていく。

 

 

「うぐっ……うぇっ………」

 

 

 悲しくて、悔しくて……惨めで、やるせなくて。

 

 

 それでも、否定もできない情けない自分に、泣く資格なんてないのに……!

 

 

 

 失意の中に沈んでいくような思いは、救いを求める様にいつもそばにいてくれた彼を思い出す。

 

 

 お母さんがいなくなった時……四葉のことで、色々とやりきれなくなった時。

 

 

 そんな時、彼は手を差し伸べてくれた。

 

 

 私を許してくれた。

 

 

 私を……助けて、救って、守ってくれた。

 

 

 

 そんな彼に、会いたくて……せめて、声を聞きたくて。

 

 

 町谷君の番号を、スマホに入力しようとした時。

 

 

 

 

 

 

「五月ちゃん、大変‼︎

 

 

 

 ソージ君が大怪我をして、お父さんの病院に救急搬送されたって!」

 

「………え?」

 

 

 

 一花の声に、私の時が止まった。

 

 

 

 

side風太郎

 

 

 

 

「三玖、四葉!」

 

 

 一花と五月の2人と共に、急いで病院に駆け込んだ俺は、三玖と四葉に声をかける。

 

 

「あ、上杉さんこっちです!」

「一花と五月も来たね」

 

 ホッとした様子の四葉と、深刻そうな顔の三玖に出迎えられた俺達が、病室に入ると。

 

 

 

 

「ソージ君…!」

「………ッ」

 身体中の至る所に包帯やガーゼをつけ、眠る奏二の姿があった。

 

 

 心のどこかで、冗談だと笑う姿を想像していたが……現実は非情だ。

 

 口元を抑える一花や、呆然としている五月と共に言葉を出せずにいると、三玖が心配そうな顔をして。

 

「命に別状はないそうだけど……しばらくは目を覚まさないって、お父さんが」

「………それならよかった。でも、ボロボロじゃねえか」

 

 よくはないんだろうか、とりあえず助かりはしたことに安堵する。

 

 

 だが………それと同時に、止められなかったことを呪った。

 

  

 親父から無堂のやった事は聞いてるし、力を貸してやることが……いや、せめてこうなることを止められたかもしれないのに。

 

 

「……馬鹿野郎が」

「……フータロー?」

 

 三玖の怪訝な顔に、口に出た言葉をどう誤魔化そうかと急いで頭を巡らせていた時。

 

 

「二乃ももうすぐしたら来るそうです。

 

 そして、みんなに話したいことがあるとも」

 

 

 どうやら、二乃も何かを知っている様子だ。

 

 

 謎が謎を呼び、何が明らかになるのか少し怖くなっていると。

 

 

「……では、役者が集まるまで俺たちも待つとしよう」

 

 

 昨日、奏二といた4人がゾロゾロと入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side二乃

 

 

 

 町谷がお父さんの病院に運ばれたと聞いて、学校での用事もそこそこにやってきた私は。

 

 

 

「お見舞いに来たつもりなのに、なんで会議室に連れてこられたのよ」

 

 

 なぜか病室ではなく会議室に案内されていた。

 

 

「病室で話すような内容じゃないし、人数が多すぎるって……」

 

 

 誰の言葉かは知らないが、確かに病室で話して、他の誰かに聞かれたくない。

 

 それに、6人も一病室にいたら確かに窮屈だろう。

 

 気遣いに感謝しつつ扉を開くと。

 

 

 

「……来たな」

 

 そこには、いつもの顔ぶれの他に、昨日の火事の時に町谷と一緒にいた男たちが待ち構えていた。

 

 

 

………誰?

 

「な、何よあんた達……」

 

 

 

 赤の他人に、今からの話を聞いてほしくないのもあって警戒を向けると、四葉が割って入って。

 

「二乃、落ち着いて……この人たちが、救急車を呼んでくれたんだから!」

「え……?」

「それに、応急手当もしてくれていたってお父さんが言ってたよ」

 

 

 三玖の付け足しに、この四人の火事の時の動きを思い出す。

 

………それなら、少なくとも聞かせちゃいけないわけではなさそうだ。

 

 

 とは言え、困惑は隠せないでいた私の心情を察してか、ブロンドの髪をした一人がどこか気品を漂わせ。

「ありがとうございます四葉さん……しかし、貴方にはまだ名乗っていませんでしたね。

 

 僕は愛鬨 四郎です。以後、お見知り置きを」

 

 

 恭しく頭を下げてきた。

 

「……中野二乃よ。よろしく」

 

 流石に、こうも礼儀正しくされてはこちらもしっかり答えざるを得ない。

 

 

 気後れというか、変な感じがしながらも後の3人に目を向けると。

 

 

「緋色 唯だ」

「………鳥羽 三ツ矢」

「俺は張 竜吾だ……中野二乃」

 

 

 後の3人はものの見事に無愛想というか、なんか偉そうと言うか………まあ、今だけの関係だろうし別に構わないけど……。

 

 

「そ、そう……よろしく」

「二乃…頬が引き攣ってるよ」

 

 一花が苦笑いするまでもなく、私の表情はきっと固まっているのがなんとなく分かった。

 

 

 

 と、ここで。

「自己紹介はその辺にして……話ってなんだ?」

 

 

 フー君がこの空気を変えるようなアシストをしてくれたので、それぞれ会議室に設けられた椅子に座り。

 

 

 

「コホン………じゃあ、単刀直入に言うわね。

 

 

 今、私たちの生みの父親が学校にやってきて。

 

 

………五月に接触して来てるわ」

 

 

 そんな導入と共に五月を見ると、どうしてと言う顔を向けてきた。

 

 

 

side五月

 

 二乃の言い放った言葉に、私は唖然としていた。

 

 

 どうして、私が無堂先生にあった事を知っているのか?

 

 この事は、まだ誰にも話してない。

 

 

 みんなを呼ぼうとしていたけど、結局阻止されて、色々言われて。

 

 頭の中にいろんなことがいっぱいになって、耐えられなくなって…。

 

 

 結局話せなかったのに、なんで二乃がそれを既に知っている?

 

 

 どう言うことだと視線を送ると、二乃はため息混じりに。

 

 

「町谷に聞いたのよ……アイツと言いアンタと言い、なんか様子がおかしかったからね」

 

 

 放った言葉に、町谷君がこの事を知っていたことに驚こうとしたが……そう言えば、私を呼ぶ声が聞こえた気がする。

 

 

 あれは、そう言う事だったのかと納得していると。

 

 

「……奏二はずっと前から、無堂を追っている。

 

 

 奴の師……町谷奏一が生きていた頃からな。

 

 

 そしてその死後も、俺達と共に追い続けていた」

 

 

 緋色さんが、町谷君のお義父さんの名前も出してきた。

「それって、お母さんと……」

「ええ。貴方のお母さんと、奏一さんは高校時代の生徒と教師……貴方達の今のお父さんと同じなんですよ」

 

 

 他のみんなは驚きと困惑を顔に浮かべるが、私は下田さんや村山さんから聞いている。

 

……でも、町谷君はそんな前から無堂先生を追っていたことは初耳だった。

 

 

 罪悪感みたいなものを感じていると、上杉君が解せない表情で。

「……でも、なんで五月なんだ?思ったんだが、姉妹なら誰でも良いんじゃねーのか」

 

 

 その問いに、確かに無堂先生はみんなを呼ぶのを止めようとしてたのを思い出した。

 

 間違いなく他のみんなにも聞かせた方がいい話なのに……なぜか、私だけに聞かせようとしてきたのだ。

 

 

 

 「後ろめたいことがあって、みんなの前で話せなかった……とか?

 

 でも、父親としての勤めを果たすのなら、どの道みんなと会わなければいけないから、結局意味がないんじゃ……」

 

 

 その矛盾を孕んだ行動が、どこか卑怯さを感じる。

 

 そして、そんな人の言葉に揺らいでしまっている自分が、なんとも情けなく思えて……

 

 

「……五月、大丈夫?」

「ええ、なんとか……」

 

 

 心配そうな顔の四葉に、なんとか気丈に振る舞おうとしたが。

 

 

「……残念だが、そんな綺麗なものじゃない」

 

 

 三ツ矢さんのため息混じりの否定に、振る舞いを考えるのを止められ。

 

 

 

「無堂からすれば、お前の夢は邪魔でしかないからだ」

 

 緋色さんのきっぱりとした言葉に、突然殴られた様な衝撃を受けた。

 

 

 

side風太郎

 

 

「……⁉︎」

 

 緋色の言葉に、鋭く息を呑む音がした。

 

「………え?」

 

 五月の瞳が焦点を見失い……他の姉妹達の顔が凍りつく。

 

 

「簡単な話だ。

 

 無堂は、お前達5人を身籠った中野零奈を捨て、姿を消した。

 

 

その娘のうちの一人……しかも、もっともその面影を持つ奴が教師となれば……どうなると思う?」

 

 

 親父や奏二から、あのおっさん……無堂がやらかしてきたことは大体聞かされていた為、答えはすぐに出た。

 

 

「コイツらの母親との一件が明るみに出る……かもしれなくなる」

「……そう言うことだ」

 

 俺の予想に、緋色は静かに頷き。

 

「そうなれば、無堂にとって自分の地位が危うくなりかねない。

 

 だから、その道にゆくのを阻止しようとした」

 

 

 張が、吐き捨てるように締め括ったが、そのやり方のクソっぷりを考えればそんな言い草になるのも無理はないと思える。

 

 

 凍りついた様な空気の中、二乃が裏切られた様な顔で。

 

「………なんでそこまで言ってくれなかったのよ。町谷」

 

 悔しそうに涙ぐむが、緋色は一切顔色を変えず。

 

 

「認識が足りないな。

 

 

 言ったところでお前にできた事はない」

 

「………でも!」

 

 無慈悲な断言を下し、食い下がるのにも構わず。

 

 

「むしろ、余計な事をしてチャンスを逃される事を防いだんだろう」

「………」

 

 

 歯に衣着せぬ物言いだが、奏二の性格を考えるとあながち間違っていない。

 

 

 

 きっと、俺達には最低限の情報しか与えず、関わらせなかったのは、取り押さえるチャンスを不意にしたくないのもあるだろうが………俺達を危険に晒したくなかったんだと思う。

 

 

 それでも……二乃からすれば、妹に迫る危機を詳しく教えてくれなかった奏二に腹が立つのも無理がない話だ。

 

 

「だが、それで自分がこんなボロボロになって……結果的にこんな形で知られちまったんじゃ、意味ねえだろ」

「そこに関しては同感だな」

「僕らが駆けつけた時も、そんなまさかと言わんばかりでしたからね……」

 

 俺の吐露に三ツ矢は嘆息しながら同意し、愛鬨は苦笑する。

 

 

 どうやら、この怪我の元になった件に関してはコイツらにも言ってなかったようだ。

 

 

 で、次はその怪我がどう言う経緯からのものかを聞こうとした時。

 

 

「……あれ?五月ちゃんは?」

 

 

 

 話を呑み込んで、少し顔が青くなった様な一花の声が響いた。

 

 

 

 

side五月

 

 

「………」

 

 居た堪れなくなって、会議室から出た私は、町谷君が眠る病室にいた。

 

「………私が」

 

 私が、分不相応な夢を抱いたから。

 

 

 みんなに打ち明ける勇気がなかったから。

 

 

 

「町谷君を、こんな目にあわせた……!」

 

 

 

 布団を捲ると、顕になった部分にも、顔や腕と同様に包帯が巻かれていた。

 

 更には、目の周りには隈ができていて……その罪深さを改めて突きつけられる。

 

 

 

 私が迷っている間にも、助けようとしてくれていて。

 

 

 私の事を、信じてくれていたんだろうに……!

 

 

 彼に無意味な葛藤を強いて。

 

 

 信頼に応えることができず。

 

 

 その優しさからの無謀を止められなかった。

 

 彼ほどの行動力があれば、こんな無茶をするのは予想できたはずなのに……!

「こんな、私なんかの為に………私のせいで」

 

 そこまでのことをしておきながら、私はまだ……お母さんへの諦めをつけることも、決意を固めることもできない。

 

 

「ごめんなさい………ごめんなさい……!」

 

 

 謝って済む問題じゃない。

 

 

 でも……謝らないではいられない。

 

 

 こんな私に、彼から好意を向けられる資格なんてない。

 

 

………とすら考え出した時。

 

 

 

「………私宛て?」

 

 

 机の上に、私宛てと書かれた封筒が置いてあった。

 

 




いかがでしたか?


 次回からは今までの暗いムードを巻き返していこうと思いますので、楽しみにしていてください。


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第51話 声なき慟哭 変革と決意

更新でございます。


今回で二日目が終わりとなります。


いよいよ文化祭編もクライマックスとなりますので、最後までお付き合い頂ければ。

 それではどうぞ!


 奏ニの秘密

 手紙の内容に恥ずかしさのあまり悶絶した。


「……とりあえず、命に別状はなかったよ、奏一」

 

 

 町谷君の措置を一通り終えた僕は、院長室で物思いに耽っていた。

 

 

 そして、彼が病院に運ばれた時にその友人たちから大体の経緯は聞いている。

 

 

 

「……その役は、僕が担うべきだった」

 

 零奈さんから託された娘達に迫る危機を、自分が対処しなくてはならなかったのに………結果としては彼に押し付ける形になってしまった。

 

 

「我ながら情けない…」

 

 

 仮にも親として向き合おうと決めていたのに、このザマだ。

 

 

 

 

「君にはいつも先を越されてばかりだな」

 

 虚空の中、ため息と共にこぼれた言葉は。

 

 

 

「………どう言うことだ?」

 

 眠っているはずの町谷君からのメールが届いたことを知らせる、着信音にかき消される。

 

 

 

 そして、その内容に呆れとも称賛ともつかない何かを覚えた。

 

 

 

「203号室の里中沙奈の治療費を、その子の姉貴に渡した。

 

 

 それで、操り糸を断ち切って欲しい」

 

 

 里中さんの事は、緋色君達から聞かされていた。

 

 

 彼女らもまた、無堂先生に操られていただけなのだから、恨むなんて事はしない。

 

 それに、もし恨んでしまったら自らを危機に晒してまで救おうとした彼の意に、背くことになってしまう。

 

 

 だが、仮にも自分を殺そうとした相手の心配とは、お人好しと言えばいいのか、バカと言えば良いのか……。

 

 

 いや。そんな感想はどうでもよくて。

「失わせたくないし、守ってみせる」

「奇遇だね……僕もだよ」

 

 

 僕の答えは医師としても個人としても、すぐに決まっていた。

 

「零奈さん………奏一」

 

 

 僕が救えなかった人達のためにも……

 

 

 

 

side五月

 

 机にあった手紙を前に、私の頭にはハテナが浮かんでいた。

 

 

 確か、会議室に行く前には何もなかったはずなのに……。

 

 

 だが、手紙の筆跡は町谷君の字によく似ている。

 

「服の中にでも入ってたのかな……」

 

 

 お父さんが、私宛てだとわかって置いていったのかもしれない。

 

 

「町谷君……」

 

 

 その手紙は、私に読んでほしいから書いたのであって……私はそれを読まなくてはならない。

 

 

 どこか免罪符のような結論を出して、私は手紙の封を開けた。

 

 

 

"もし何かがあって、話せなくなった時のために"

 

 

"伝えたいことを書き残しておこうと思う"

 

 

 

 

side奏二

 

 俺には夢がなかった。

 

 

……いや、7年前のあの日から、夢を見る事が許されないような気がして。

 

 

 何も守れなかった俺が……未来に胸を馳せるのは、逃げてるような気がしたんだ。

 

 

 そうして俺が定めたのは……贖罪の為の人生だった。

 

 

 七夕の短冊に書くような願い事を……一人一人が願っていた事を、代わりに叶える。

 

 

 宇宙飛行士になりたいだの、お嫁さんになりたいだの、パイロットになりたいだの………

 

 人1人の人生で、叶えられるレベルのものじゃない?

…………そんな事はわかっている。

 

 

 でも……そう誓いでもしてアイツらの存在を、この世界に刻み込んでおかないと。

 

 

 やがて、時の流れに呑みこまれて、その命の存在も……苦しみの中にあった悲痛な叫びも消えていってしまって。

 

 あまりにも報われないような気がしたんだ。

 

 

 だから……アイツらの命が刻み込まれた十字架を……出会った人たちの命を背負って生きると誓った。

 

 

 そうでもしないと、生きてる事に意味がない。

 

 そこから俺は、奏一さんの下でいろんなものを見てきて……感じて。

 

 夢を見ることが、机上の空論を唱えるようなものにすら思えてきて。

 

 

 灰色の中、屍を背負って生きてきた。

 

 

 

 

 それが当然だって思い込んでいたが……苦しかった。  

 

 

 人の死に目に立ち会うのには慣れたが……楽にはならなかった。

 

 

 その使命を放棄して、壊れていくのもアリかもって思えてきていた。

 

 

 

 

 そんな中で、お前との出会いは新たな光だった。

 

 

 弱さに触れて。

 

 ひたむきさに触れて。

 

 その光は真っ直ぐなのに………どこか危うくて。

 

 最初は仕方ないと助けに入ったが……いつしか、助けたいと思うようになって。

 

 

 傍にいることが心地よく思えてきて。

 

 

 そうして、お前が葛藤の中で見つけ出した夢に触れた。

 

 

…………すごく眩しかったし、羨ましかった。

 

 

 

 だから無堂が近づいてきた目的が、お前の夢を閉ざすことだとわかった時に……どうしても許せなくて、水面下で動いていたんだ。

 

 

 

 結果として、お前を追い込むことになっちまったのは悪かったと思ってるよ。

 

 

 だからその詫びとして、お前の背中を押す。

 

 

 

 お前の人生は決して、お袋さんの2周目なんかじゃない。

 

 

 誰かの言葉じゃなくて、お前自身の言葉と想いを信じ、決めて。

 

 

 お前自身が望んだ夢に向けて進むんだ。

 

……その道が、たまたまおふくろさんと似ていただけで、同じ道なんかじゃないさ。

 

 大体、別の人間が歩む人生と、同じ道なわけがないだろ?

 

 つまりはそういう事で。

 

 お前が大好きだったお袋さんを、誰かの道具になんかさせちゃダメだ。

 

……ましてや、お前や姉妹達の人生を、自分の免罪符にしようとするようなクソ野郎なんかのな。

 

 

 自分の思い出は、良くも悪くも自分の物だ。

 

 

 だから……自分の道を、誰かの言葉に委ねるな。

 

 

 お前が、こんな俺の幸せを願ってくれたように。

 

 

 俺も、お前が幸せになるのを願ってるよ。

 

 

 

 "中野五月"の幸せをな。

 

 

 

 

side五月

 

 その手紙は、彼の声なき慟哭だった。

 

 冗談めかして、笑って見せてるその裏で……軋み、もがき、苦しんでいた。

 

 

 でも、今まで彼はそんな面を曝け出すことがなかった。

 

 いや……曝け出せなかったという方が正解か。

 

 

 そんな彼が、私に弱さを曝け出したのは……都合のいい解釈をすれば、それほどまでに心を預けてくれたのだろうか。

 

 

 

 私は……町谷君にとって、光と呼んでもらえるような存在かどうかは、自分でも自信がない。

 

 

 でも……そんな彼の想いに応えられるようになりたいって、強く思える。

 

 

 

 まだ自分の夢に手が届いていないけど。

 

 いつか届くようになるために、勉強してるんだから、そんなのは当たり前なんだ。

 

 

 それに、先生を目指すと決めたのは、お母さんへの憧れだけじゃない。

 

 期末試験の時、教えたみんなからのお礼に……とても嬉しくなって。

 

 

 そんな気持ちを大事にしたくて……私は先生になりたいって思った。

 

 

 

 そして、その憧れていたお母さんが自分自身や選んだ道を否定しても。

 

 

 私のお母さんへの想いが変わることはない。

 

 

 

 私は、空に浮かぶ月に願った。

 

 

 

「私は……あなたが信じてくれた私を、もう少し信じてみます。

 

 

 だから……お願いします。

 

 頼りないかもしれませんが……後は任せて下さい」

 

 

 

 そして、彼に誓おう。

 

 

 無堂先生との問題は、私達が終わらせるって。

 

 

 

 

 

side二乃

 

「あれじゃあ、姉の面目丸潰れじゃない……」

 

 途中から消えた五月を探して、たどり着いた町谷の病室。

 

 

 そこで見たのは、静かな決意を秘めた五月の横顔だった。

 

 

 会議室で見たまでの、絶望や悲壮感といったものはもうない。

 

 

 

 少しでも、傷ついた妹のケアができればと思ってたのに………

 

 

 

「アンタには敵わないわね、ホント」

 

 不甲斐なさを感じながらも、私のやることはすぐに見えてきた。

 

 

……幸運にも、今度は抜け駆けをされないで済む。

 

 

「今度は、私達のターンよ」

 緋色の言葉への対抗心もあってか、足早に向かった先は。

 

 

「……何か忘れ物かい?」

「……いいえ、頼み事よ」

 

 

 

 この問題における、もう1人の当事者のところだった。

 

 

 

「勝ち逃げは許さないわ、町谷」

 

 

 

 

 

side三玖

 

 四葉のお見舞いに来たと思えば、ソージのお見舞いにも立ち会って。

 

 

 ソージの友達から、学園祭の裏で動いていたことについて知らされて。

 

 

 その衝撃の余韻も冷めぬ中で、私達は日付も変わる頃にタクシーで家に帰った。

 

 

 ちなみに四葉は大事をとって、病院での泊まりである。

 

 

 そうして、お風呂に入りいざ寝ようとしたところで。

 

 

「三玖……お願いしたいことがあるのですが」

 

 

 いつもと何か違う雰囲気を纏った五月に呼び止められた。

 

 

 

 

 リビングにて。

 

「五月の真似?」

「……はい。明日、私は無堂先生の所に行こうと思います」

 

 お願いと言うのは、私が五月に変装して、本当のお父さんのところへ向かうと言うものだった。

 

パンケーキの試作に付き合ってくれたし、引き受けてあげたいけど……。

 

 

「大丈夫?」

 

 今は兎も角少し前まで、ずっと思い悩んでいて……ソージのお友達からの話を聞いてる時は、お母さんがいなくなった時みたいな顔をしてた。

 

 

 この妹は、たまに極端な行動に出るから心配なのだ。

 

 

 いつかの家出騒動を思い出しながら、返答を待つ私に苦笑する。

 

 

 

「正直……不安がないといえば嘘になります」

 

 

 でも……その後キッと顔をあげ。

 

「ですが、これは私達家族の問題です。

 

 その解決から逃げては……町谷君1人に任せっぱなしにしちゃダメなんです」

 

 

 

「だからお願いします。

 

 

 どうか……力を貸して下さい」

 

 

 深々と頭を下げるその姿に、私はこれまでの学園祭を思い出す。

 

 

 

 私は、自分でパンケーキ屋を提案したのに、それが原因で起こったクラス内の溝から、目を背けてきた。

 

 

 勇気を出すって決めたのに……たった一つのトラブルを前にその意志を揺るがせ。

 

 

「決して変えられない結果もある」

 

 なんて嘯いて逃げ出した。

 

 

……それだけじゃない。

 

 フータローが家庭教師になりたての頃、「自分が好きになったものを信じろ」って言われて。

 

 

 その言葉が嬉しくて……私のとっての心の支えで。

 

 

 フータローが好きだから、それまで歩んでこなかったような道も、信じて進んでこれた。

 

 

 それなのに、あの射的の女の子の登場に、その思いは簡単に揺らいでしまった。

 

 

 好きな人を信じる……そんな簡単なこともできなかった。

 

 

 

 こんな臆病者な私が、今の五月に力を貸していいのだろうか……?

 

 

 

 

 そう迷う私から生まれた沈黙は、目の前ではない方向から破られた。

 

 

 

「……私達家族の問題を、私ら抜きで話し合ってんじゃないわよ」

「そうそう。お姉さんショックだよー?」

 

 

 ハッとして振り向くと、そこには二乃と一花が立っている。

 

 

「一花、二乃……起きていたのですか?」

「寝ようとしてたら、なぜか下に降りてる音がしたからね」

「それで様子を伺ってたら……よ」

 

 そうして2人は私たちが囲っていたテーブルに着き。

 

 

「それで、どうするつもりなの?」

 

 二乃が、五月にちょっと不機嫌そうな視線を送る。

 

「明日、無堂先生が来ると思うのでそこに突撃しようかな、と……」

「その人が来るって確証は?」

「ないですけど、一日目から私に声をかけてきてるんです。

 

 なら、明日いても不思議じゃないかな……って」

 

 しどろもどろに答える五月に、二乃はため息ひとつついて。

 

 

「張……だったかしら?アイツが偽情報を流して、学校に来させる予定らしいわ。

 

 そこであの4人と私服の警官たちで取り押さえるみたい」

 

 そう言いながら、小さな機械を手渡した。

 

 

「これは?」

「町谷が持ってた小型の通信機よ。

 

来た時にそれで居場所を教えてくれるらしいから、その時に行くわよ」

「……!」

 

 その通信機が、まるで形見であるかのよう手に取る五月にひとつ微笑んで。

 

 

「アンタもよ、三玖。

 

 何か迷ってるみたいだけど……止まるよりも突き進んだ方が良いわ。

 

 気持ちなんて勝手についてくるものね。

 

 

「どうすればいい」のか、じゃなくて「どうしたいか」よ」

 

 前にどこかで聞いたことのあるような事を言ってくる。

 

 

 

「二乃、なんかお姉ちゃんっぽい事したいのかな?」

「そうよ!町谷にばっか良いカッコさせてたまるもんですか!」

 

 

 苦笑いしながら聞く一花に、食い気味に答える二乃は、なんというか……やっぱり単純なのか、考え無しと言うか。

 

 でも……今の私に必要なのはこれくらいの勢いなのかもしれない。

 

 

「そうだね……ありがとう、二乃」

「……アンタが素直ってのもなんか変な感じね」

「……二乃には言われたくない」

 

 

 どうすればいいかなんて、私にはまだ考え付かない。

 

 でも、したいことはいっぱいある。

 

  

 

 そう、例えば……

 

 

「わかった。協力するよ」

 

 目の前で、大きな壁を乗り越えようとしている妹に力を貸すことや。

 

 

 

 

 "屋上に来て、話がある"

 

 

 私が蒔いた種の、落とし前をつけることだ。

 

 

 

 

 

 side無堂

 

「町谷奏ニ、里中佳奈の死亡が確認されました」

 

 

 入ってきた連絡に、私は小さな喜びと安堵を覚えた。

 

 

 これで、私を嗅ぎ回ってる男も………犯罪者の妹を救ってやる義理も消えた。

 

 

 そして後は……娘たちの懐柔だけだ。

 

 

 そうすれば、目の上のたんこぶは綺麗さっぱり消し去れるし、いつまでも私にまとわりつく亡霊ともおさらばだ。

 

……ついでに、コネを作るための道具も手に入る。

 

 

 つくづくいいことだらけだ……まあ、そうでなければこんなところには来てないわけだが。

 

 

 まあ、町谷君の死で揺らいでる五月ちゃんなら、ちょっと慰めてあげればころっと落ちるだろうが……油断はできない。

 

 

「さて、どういう方向で行こうかな?」

 

 そうして来たるべき時に向けての作戦を、頭の中で考えていた。




いかがでしたか?


 次回からは3日目となりますが、ぜひ楽しみにしていただければと思います。


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第52話 眠れる虎の覚醒 反撃の声

勢いで書けたので、ちょっと早めに載せます。


楽しんでいただければ幸いです。


奏ニの秘密

手紙のクサイ内容に、内心悶絶している。


 この日の出祭におけるルールはいくつか存在する。

 

 

 例えば、屋上は使用禁止だったり、過度な客引きだったり……賭博系の屋台禁止だったりとか、まあ一般的なルールだな。

 

 

 つまり、屋上は基本的に行く用事がないはずなんだが……。

 

 

 

「フータロー、ついてきて」

 その言葉と共に、俺は三玖に手を引かれていた。

 

 

「なんでこんな事。

 

 最終日だろ?お前、店にいた方が良いんじゃ……」

 

 ただでさえ、パンケーキの屋台は人手不足。

 

 それなのに、主戦力であろう三玖が抜けて、大丈夫なんだろうか?

 

 

「大丈夫、とにかくついてきて」

 

 

 そんな疑問を抱いたが、今の三玖にとってはそこまで重要じゃないらしい。

 

 

 

「ここなら迷惑かけないと思う」

「何をする気なんだ……」

 

 

 物騒な言葉に内心冷や汗をかいていると。

 

 

 

 

「ふざけんな!

 

 どうせ俺たちが店出せなくなったのを、嘲笑ってんだろ!

 

 なんなら今から同じ目に遭わせてやろうか⁉︎」

「私達の誰が!

 

 いつ!

 

 そんなこと言ったのよ⁉︎

 

 そっちが事故起こしたのが悪いのに、八つ当たりやめてくれない⁉︎」

 

 

「んだとぉ⁉︎」

「何よ!」

 

 

 

 不穏なやり取りをする男女が目に入った。

 

 その男女は……

 

「男女の代表2人……?

 

 確かにここなら、他の奴は来ないだろうし迷惑はかからないが……」

 

 

 うちのクラスの屋台の代表者たちだ。

 

 

……要は、この言い争いは、現在のクラス間にある男女間の雰囲気の象徴とも言える。

 

 いろいろな問題が積み重なって忘れていたが、一番最初の問題はこれだったな。

 

 

 この調子だと、学園祭の後も尾を引いてしまうかもしれない。

 

 だが、ここまでこじれてしまった以上修復するのも難しい話で……

 

「…………ちがう。迷惑かけるのは私」

「……み、三玖さん?」

 

 と、どこか詰みを感じつつある俺の隣では、いつぞや二乃に見せたように、静かにキレているご様子だった。

 

 

 

 そんな静かな怒気に気付いたのか、一触即発だった2人はこちらに視線を向け。

 

 

「……中野さん?」

「三玖ちゃん?こんなところに集めて、一体何を………」

 困惑顔で何かを言いかけたが。

 

 

 

 

「………仲!

 

 

 

   良く!

 

 

 

   して!」

 

 

 それを掻き消すがごとく、今まで聞いたことのないような大声で爆発した。

 

 

 

 

 side三玖

 

 

 たしかに、この問題の最初のきっかけを作ったのは私だった。

 

 

 そして、こうなるまで放置していたのも私だ。

 

 

 だから、ここでそれを終わらせる。

 

 

「男の子も女の子も、いつまでも意地を張って………

 

 

 もう高校生だよ、来年は大学生でしょ?

 

 

 

 それなのに……こんな子供みたいな喧嘩して恥ずかしくないの?」

 

 フータローと2人の男女がポカンとしているが、こうして口に出している間にもここまでの鬱憤が湧いてくる。

 

 

「パンケーキとたこ焼きに上下なんかある訳ない。

 

 

 もちろん男女だって!

 

 

 

 どっちも美味しいし、頑張ってる……なんでそれが認められないの?」

 

 

 私なんかがすぐに辿り着いたような答えだ。みんなだってきっと行き着いてる。

 

 

 それなのに、みんなして意地を張って明後日の方向を向いて……

 

 

「学園祭の準備からずっと………

 

 

 楽しくないし、居心地も悪かった………

 

 

 

 ずっと我慢してたけど、もう限界‼︎」

 

 

 私1人が罪悪感を感じていたのが馬鹿みたいだ。

 

 

 

「三玖、お前……」

 一気に捲し立てるように話した反動か、荒い息をつく私に、フータローが呆気に取られたような顔をする。

 

 

「どうしたの……?なんで急に……」

「女の子!」

「は、はい!」

 

 そして、この後に及んでなあなあにしようとする女の子に。

 

 

「最終日前に、もうみんな疲れてる。

 

 

 それもそのはず、他のクラスは男女で役割分担してるから。

 

 

 仕事を単純にしたり、助っ人を雇ってるソージ達みたいにしてない今の私達じゃ、たくさんの人が来る状況を乗り切れない。

 

 

……わかってる⁉︎」

「はい………」

 

 この状況の不味さを改めて説明した後は………

 

 

「男の子!」

「な、なんでしょう……」

 

 気圧されたように小さくなっている男の子に視線を向ける。

 

 

 敵状視察と称して、様子を見に行った時にその熱意は十分伝わってきた。

 

 だから……

 

「出店禁止は残念だった。

 

 

 みんなが努力してた分、気持ちはわかる。

 

 

……でも、言うほど女の子達を目の敵にはしてないよね?」

 

 

 どうして、と言った顔を見せる男の子に、昨日見た光景を伝える。

 

「お友達に勧めてたでしょ?パンケーキ」

「えっ……嘘でしょ?」

 

 女の子にまさかと言わんばかりの目を向けられ、バツが悪そうにする。

 

「見てたのか……」

「じゃあ、二日目からお客さんが増えたのって……」

「ソージ達が割引券出してたのもあるけど、他の男の子も進めてたんだと思う」

 

 

 やがて、ポツポツと話し出した。

 

「俺たちは本気で、最優秀店舗を狙ってたんだ。

 

 

 それがああなっちまったのは残念だが……その上他のクラスに取られるなら、お前らに取らせた方がまだマシだ」

 

 

 照れ臭そうなその台詞に、同じような顔をした女の子が。

 

 

 

 

「もっ……もっと早く言ってよ!」

 

「言ってどうすんだ!」

 

「わからないけど、言ってくれなきゃ……!」

 

「言ったって、どうせ聞かねえだろお前ら!」

 

 

 

「また喧嘩?」

「「すいません‼︎」」

 クレームをつけたと思ったら、また喧嘩を始めようとしてる。

 

 

 こうなったら、向こうに会話の隙を与えない方がよさそうだ。

 

「……パンケーキ屋さんの裏方を、男の子に手伝ってもらおう」

 

 

 そう思って提案すると、男の子はポカンとした後。

 

 

「は?いや……でも、なあ?」

「う、うん……私が良くても、みんなはなんて言うかわからないよ…?」

 

 先程までの険悪さは何処へやら、女の子と共に困惑したような顔を見せた。

 

 

 確かに、言いたいことはわかる。

 

 

 これで簡単になんとかなったら、ここまで拗れてはいない。

 

 

 だけど。

 

……"旗を掲げた以上は、せいぜいカッコつけやがれ‼︎"

 旗を掲げた以上は、押し通して見せる。

 

 

「そこは任せてほしい。

 

 

 私が説得するから……信じて」

 

 

 

 そうして、少しの間をおいて。

 

 

 

「………簡単なのしかできねえぞ」

「すぐにできるから大丈夫だよ」

 

 少しだけ、蟠りが抜けたような気がした。

 

 

 

 

side風太郎

 

 

「……ふう」

 

 男女代表の2人を見送った三玖が、一息をつく。

 

 

 どうやら、相当気張ったみたいだが……そりゃそうか。

 

「驚いたな……あんな大きな声を出せたなんて、初めて知ったぞ」

 

 

 遠くで見ていた為、詳しい会話の内容はわからなかったが……少なくとも、ピリついた空気はもうない。

 

 

「アイツら、なんて言ってた?」

「ひとまずは………理解してくれたみたい」

 

 

 働きかけた張本人が、満足そうな顔をしているあたりは、きっとうまくいったのだろう。

 

 

「すごくわがままだったけど………勇気を出して言えてよかった」

 

 

 そんな三玖に、俺はまた新しい答えを教えてもらったような気分で。

 

 

「……すまん」

「え?どうしたの急に」

 

 

「実は、この問題に関しては諦めてたんだ。

 

 

……修復は無理って、勝手に自分で線引いちまってた」

 

 

 これまでの諦めについて謝罪する。

 

 

 俺は……俺と奏ニはもう、男女の溝を埋めるのは無理だと見切りをつけちまってた。

 

 

 だから俺は実行委員に逃げたし、奏ニは第三勢力や無堂の問題に走った。

 

 

 五月を応援として行かせたのは、無意識のうちに罪悪感を感じていた事もあるんじゃないかとも思える。

 

 

 だが……三玖はそれをやり遂げたのだ。

 

 

「お前に教えられたぜ……ありがとな」

 

 

 改めて、その礼を告げると……。

 

 

 

 

「……えい」

「うおっ⁉︎」

 

 

 突然、俺を地面に押し倒してきた。

 

 

 

 いきなり何をするんだとか、痛えとかは思ったが、それを口にする前に。

 

 

 

「あの女の子、だれ?」

 

 

 いきなり頓珍漢な質問をされて、頭に大きなハテナが浮かぶ。

 

 

 いや、アイツは………

 

「女の子………女子代表の名前か?同じクラスなんだし覚えてやれよ…」

 

 とりあえず、真っ先に思い浮かんだやつについて話してみるが。

 

 

「射的やってた子!」

 

 

 食い気味の否定に、ようやくその意図を理解した。

 

「あ、アイツ……竹林のことか?

 

 幼なじみで……」

 

 

 なんだか目が怖いので、冷静にさせるべくわかりやすい説明をしようと口を開いたが………

 

 

「好きなの?異性として!」

「と、友達です!」

 

 

 さながら尋問の様な問いに、めっちゃ端的な返事しか出来なかった。

 

 

 でもどうやら、三玖の中の何かはそれで静まった様で。

 

 

「友達?

 

 そっか……ならよし!

 

 

 これを聞くのもずっと我慢してた」

 

 

 なんだか晴れやかな表情を見せてきた。

 

 つーか、クラス全体への鬱憤を晴らすような事をしてたのに、なんで俺1人に我慢するんだ。

 

 

 何もしてないはずなのに、えらく疲れた様な気がして。

 

 

「我慢って……今更だろ?

 

 俺に遠慮なんてすんなよ」

 

 

 何の思考もなしに投げかけた言葉に。

 

 

 

 

 

「じゃあ……キスするね」

 

 獲物を見つけた野獣の様な目の光り方をした三玖が、有無を言わさずに覆いかぶさってきた。

 

 

 

「え?ちょっと待てそれは……⁉︎」

「いいよね?答えは聞いてないけど」

 

 

 蛇に呑まれたネズミの如く唇を覆われた俺は、眼前に迫る整った顔立ちやら、むせかえる様な甘い匂いやらの。

 

 

 

「んっ、ん〜〜〜⁉︎」

 

 

 暴力的なまでのその刺激に、しばし考える力を失い、もがくことしかできなかった。

 

 

 

side三玖

 

 結婚式に、誓いの口づけがあるように。

 

 

 

 私は、今この口づけに誓う。

「お父さんが言ってたわ。

 

 

 アンタのパンケーキ、お母さんの味にそっくりだって」

 

 

 料理とか、進路とか、恋路とか。

 

 

 例え、どんなに変えられない壁が現れても。

 

 

 

「私はもう迷わない……!」

 

 

 自分を信じる限り、どこまでも進んでいける。

 

 

 だから………!

 

 

 やっと解放されたと言わんばかりに、空気を求めて息を吐くフータローが、搾り出す様に聞いてくる。

 

 

「も、もしかして……これも我慢してた事なのか……?」

 

「うん、でも……」

 

 その答えとして、私は。

「実を言うと、まだ全然我慢してることがある」

「えっ、うぉぉあっ‼︎」

 

 

 そんな姿にまたシたくなったので、第二幕を開始した。

 

 

 

 

side四葉

 

 風太郎君に後のお仕事を任せたので、必然的に私は暇になる。

 

 

 町谷さんが目を覚ました時に、みんなに伝えられる様に残るのもアリかと思ったけど……私が選んだのは。

 

 

 

「中野さん!」

 

 昨日、私が倒れた事で穴を開けてしまったことへの謝罪行脚だ。

 

 演劇部の皆さんや……

 

「ぶ、部長!苦しいですって……」

「ごめん、でも無事でよかった……!」

「あはは……今日は保健室で寝てなきゃいけないんですけどね」

 

 バンドの男子達に、被服部のお二人。

 

 

 私に代わって実行委員の仕事を引き受けてくれていた子にも、頭を下げて回った。

 

 

 でも……みんな心配してくれていた。

 

 こうして会うまでは半信半疑だったけど……みんな、本当に私のために集まってくれてたんだ。

 

 

 私のせいでなんて、考えなくてもよかったんだ……。

 

 

 泣きそうになるのを何とか持ち直しながら。

 

 

「あ、そう言えば上杉君ならあそこにいるよ」

 

 

 指差された方向には、階段に座っている風太郎君がいた。

 

 

 でも………今はまだそこには行かない。

 

 

「後で様子見てきます!」

 

 

 そこに行くのは、全てを終わらせてからだ。

 

 

 

 

 

 

side奏ニ

「………」

 

 重い瞼を開けた先にあった景色は、知らない天井…‥と言うわけではなく。

 

 つい先日も来た、病室の天井だった。

 

 つまり俺は………

「痛っ………」

「ちょっと、安静にしてなきゃダメよ……!」

 

 

 起きあがろうとしたが、身体中にピリつく痛みが走る。

 

 そりゃそうか、身体中に鉄屑やら砂利やらが当たったんだから。

 

 

………ん?そう言えばなんか聞き覚えのある声が聞こえてきたな。

 

 

 

 痛みが落ち着いたので、そっちを振り向くと。

 

「里中……」

 

 昨夜対峙した、あの少女が傍に座っていた。

 

 

「……寝首を掻けば良かったのに、チャンスを逃したんじゃねえか?」

「もう少しマシな言葉はかけられないの?」

 

 

 一応昨日の今日なので、茶化した口調で聞いてみるが。

 返ってきたのは、バツが悪そうにはしてるものの、マジもんの呆れ顔だ。

 

 

 しかし……こいつは自分の状況がわかってない様だ。

「……そりゃ無理だな。

 

 

 俺だし……俺じゃなくても無理だぜ?

 

 気絶から回復したら、その前に殺そうとしてきたやつが目の前にいましたなんざ……普通なら鳥肌もんよ」

 

 

 まあ、それを懇切丁寧に説明してやる俺も、大概馬鹿野郎だが……

 

 

 

「でも、お前がそれをできる様な奴じゃない」

「……ごめんなさい」

 

 今までそうされてない以上、こいつにそれはもう出来ない。

 

 

 

 だからこの話は一旦ここまでだ。

 

「俺が選んだ事だ、気にすんな。

 

 ………それで、妹さんの話はどうなった?」

 

 こいつに対して、聞きたいことがあるからな。

 

 

 そんな俺を前に、一瞬迷った様な顔をして。

 

 

「………お代は要らないって」

 

 困惑顔で、あの時渡した封筒を差し出してきた。

 

 

……は?

 

「いや、どう言うことだよ……金払わなきゃ、治療はできねえだろ」

 

「よく分からないわよ、私達だって……」

 

 

 怪我の功名とでも言えばいいのか、だったら最初から善意で治療してやれば良いのにと、文句を垂れればいいのか。

 

 

「だから……これは受け取れない。私達家族で話し合ったわ」

 

 

 よく分からないが、どうやら妹さんの治療費はタダになった様で。

 

 50万は、受け取り拒否をされてしまった。

 

 

 せっかくカッコつけて渡したのに……!

 

「俺って、格好悪りぃ……」

 

 なんだか拍子抜けなことばかりだが……少なくとも、これで無堂の筋書き通りにはいかない。

 

 

 なら……まあ、いいや。

 

「……で、撃った奴は捕まったのか?」

 

 次は、現状を知らなければいけない。

 

 

 

 数分後。

 

「なるほどな……大体わかったぜ」

 

 話を聞き終えた俺は、開かれた手紙を見ながら、乾いた喉を潤す。

 

 

 

 曰く、無堂の刺客は捕まって、取り調べが始まっており。

 

 未遂に終わったとは言え、里中は実行犯なわけだが、脅迫の被害者でもあり……俺が被害届を出さなければ捕まることはないらしい。

 

 で、廊下で待機しているらしい警察官の同伴を条件に、俺への見舞いを許可してもらったんだとか。

 

 そんなことが可能なのかとも思ったが……まあ、俺は出す気はないし、できてるなら深く追求はしない。

 

 あと無堂本人には、俺達を殺したと言う偽情報を流しておいた様だ。

 

 つまり、そうなった奴が取る行動は一つ。

 

「嬉々として、五月達を取り込みに来るな…」

 

 きっと、俺をネタにして五月を取り込もうとしてくるはずだ。

「……で、そこを緋色君達で取り押さえるんだって」

 

 そんな俺の予想に頷きながら、唯達の行動も教えてくれる。

 

 

 そして……開かれた手紙には、五月のやる事も記されていた。

 

 

「後は任せて」……つまり、アイツは無堂と直接対決するつもりだ。

 

 

 

……となれば、俺のやることは一つ。

 

 そして、この50万の使い道も浮かんだ。

 

 

「……ちょっと、何やってんの⁉︎」

「おい、何があった…き、君!勝手にそんなことしたら…」

 俺は、刺さっていた点滴を引き抜く。

 

 

 そして、傷ついた身体に鞭を打ち、ベッドから出て。

 

 

「……里中。俺に悪いと思ってるなら、罪滅ぼしだ。

 

 この50万で雇われてくれや」

 

 

 里中の手に封筒を握らせた。

 

 

「俺を、旭高校まで連れて行ってくれ」

 

 

 

 

 

side五月

 

 

「‥‥こんなクオリティでいいの?」

 

 やけにツヤツヤした顔の三玖が見せてきたのは、星形のペンダントをつけ、黒タイツじゃなくて白いソックスを履いただけの変装だった。

 

「……ええ、これで良いんです」

 

 下手したら上杉君にも見破られるようなものだが……多分、それでも問題ない。

 

 

 もしバレたら、私が直接出向くだけだ。

 

 

 

「でも、なんか懐かしいね……林間学校の時以来かな?」

 

「そうだね……前田君には謝ったけど」

 

「でも、大丈夫なの?」

 

「大丈夫よ四葉。もしもの時には取り押さえられるように、周りに張り込んでるわ」

 

 懐かしそうな顔をする一花に、ため息と共に返す三玖。

 

 

 心配そうな目を三玖と私向けてくる四葉に、周りに目を向ける二乃。

 

 

 

 そんな、各々でやりとりをしていると、やがて通信機から声が。

 

 

………どうやら、無堂先生がやってきたようだ。

 

 

 

「それじゃあ、頼みましたよ」

 

 

「うん……任せて」

 

 

 そうして、私達にとっていろいろな意味を持つ、大事な一戦の幕が。

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは無堂先生……五月です」

 

 

 切って落とされた。

 




 いかがでしたか?

 今回は、三玖の好きな武田信玄の「甲斐の虎」にちなんで虎をよこくにいれてみてます。

 現実で警察がこんな計らいはしないでしょうが、探偵の唯のコネみたいなもんだと思っていただければ幸いです。

 そもそも現実を持ち込んだら、五つ子が生まれる確率なんてほぼ奇跡みたいなもんです。

 ましてや、みんなスリーサイズがほぼ同じなんて無理です。

 つまりはそう言うことです。

 あと、四葉のネタバレイベントのタイミングを少し変えるつもりです。

 そして、次回からいよいよラスボス戦となりますのでお楽しみに!


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第53話 友として、子として、親として

今回で無堂と一応の決着がつきます。


最後まで読んでいただけると幸いです。


「本当に大丈夫なの?息荒いけど……」

「心配すんなって。伊達に鍛えてるわけじゃないんだぜ…」

 

 今の俺には、行かなきゃ行けない舞台があり。

 

 

 見届けなければいけない戦いがある。

 

 

 そんな訳で、俺は里中に支えられながら、見張りの警官が運転する車に乗っていた。

 

 

 本来なら、俺との面会が終わった後、里中を警察署に送り返す予定だったらしい。

 

 だが、俺が被害届を出さないことを公言したことや、俺も里中も無堂の被害者である事などを配慮してくれたのか。

 

 

 既に張り込んでいる警官達に紛れると言う形で、旭高校へ連れて行ってくれていた。

 

 

 流石に昨日の今日なだけはあり、動くたびに身体中が痛む。

 

 傷口が開かないか心配だが……ここまできたら引き下がれない。

 

 

 いや、自分から逃げ場を無くしてるようなもんか。

「ほんと、こんな時に突っ込むバカはいないぜ……」

 

 

 そんなこんなで自嘲気味にため息をつき、痛みに呑まれないように改めて気を張ることにした。

 

 

 

 

side五月

 

「やあ、まさか五月ちゃんの方から来てくれるとはね」

 

「私」の登場に、無堂先生は上機嫌な様子だった。

 

 

「僕の言葉に、耳を傾けてくれるようになった……と言うことで良いかな?」

 

 

 それはそうだろう。

 

 あの人からすれば、自分の邪魔をする町谷君を葬り去ることができて、私を丸め込むまで後一歩なのだから。

 

 

 

 今も目を覚まさない彼を思うと、目の前の男への怒りが込み上げてくるが……ここで変な事をして、「私」……三玖を危険に晒してはいけない。

 

「五月ちゃん、ここは堪えて……」

「分かってます…」

 

 

 後ろにいる一花達と共に、息を潜めている間にも、目の前の2人の会話は続く。

 

 

「ええ……聞かせてください。

 

 学校の先生になりたいと言う夢が間違っているのだとしたら、私はどうしたら良いのですか?」

 

 三玖のいかにもな聞き方に、悦に浸ったような口調で。

 

 

「五月ちゃんが、五月ちゃんらしくあってほしい……その手助けがしたいんだよ。

 

 君は今もお母さんの幻影に取り憑かれている……それは、そぐわぬ先生を目指しているからに他ならない。

 

 学校の先生以外なら、何でも良いんだよ。

 

 お母さんと同じ……間違った道を歩まないでくれ」

 

 

 詠うように、お母さんを間違いだと言った。

 

 

「………なぜ、急に私の前に現れたのですか?」

 

 

 その言葉に苛立ったのか、「私」の問いに少しばかり圧が強まる。

 

 

 だが、そんな圧など気にも留めないのか。

 

 

「離れていた時も、ずっと気にしていたのさ……罪の意識に苦しみながらね」

 

 言葉の割にはスラスラとした口調で、罪の意識と宣う。

 

「それがどうだい。

 

 

 まさか、こうして父親らしい事をしてやれる日が来るとはね……

 

 

 この血が引き合わせてくれたんだ。

 

 

 愛する娘への、挽回のチャンスを………」

 

 

 そんな、白々しくも父親を語る無堂先生だが。

 

 

 

「ガハハハ、父親だって?

 

 

………笑わせんな!」

 

 聞き馴染みのない声が、それを断ち切った。

 

 

 

「あれ、フー君の…!」

 

 二乃が驚いた声を上げるように、その声の方にいるのは…。

 

 

「き、君たちは!」

「うーっす、先生ご無沙汰」

 

 上杉君のお父様と、下田さんだ。

 

 確かに、お二人はお母さんの生徒であり……無堂先生とはある程度の因縁みたいなものはあるんだろう。

 

 特別講習で、町谷君と同じような表情をしていた理由を、今になって悟るが、下田さんは後ろを振り向いて。

 

 

「つっても、用があるのはうちらじゃないんだけどな」

「………え?」

 

 

 

 その先にいたのは。

 

 

 

「お久しぶりです、無堂先生……お元気そうで」

 

 

「私達」にとっての「お父さん」だった。

 

 

 

 

 

sideマルオ

 

「お二人に加えてお父さんまで……何でここに……?」

「俺らが連れてきたんだ」

 

 五月の真似をした三玖の、困惑しながらの問いに上杉が答える。

 

 

……実際に頼んだのは僕の方だが。

 

 せっかくの同窓会なら、参加者は多い方がいいだろう。

 

 

 まあ、それはさておき無堂先生に視線を向けると、申し訳なさそうな顔を作って。

 

「……君にも謝るきっかけができてよかった。

 

 中野君には苦労をかけたからね。

 

 思い返せば、君は人一倍……零奈を慕ってた覚えがある。

 

 

 すまなかった」

 

 頭を下げてきたが……僕は大根芝居を見に、ここに来たわけではない。

 

……ましてや、零奈さんを疫病神のように扱うような男の謝罪なんて。

 

 

「いえ、あなたには感謝してます」

 しかし、芝居を見せてくれたことには礼を述べるべきだろう。

 

 

「あなたの無責任な行いが、僕と娘達を引き合わせてくれた」

 

 こちらも、感謝を述べるきっかけを作ってもらったのだから。

 

 

 すると、しばらくの沈黙の後、どこか憐れむような目を浮かべ。

「それはどうだろうね?

 

 責任に関しては、君も果たせてないように見える」

 

 

 高らかに、「五月」を指し示し。

 

 

「だから五月ちゃん自らここに来た。

 

 頼りない君ではなく、僕のところにね」

 

 

……これは一体何の茶番なのかはわからないが、乗っておくのも一興か?

 

 

「五月君が……ここに……?」

「ああ、心中察するよ。

 

 君は親失格の烙印を押されたようなものだ。

 

 

 よければ教えてあげようか?

 

 

 本当の父親の在り方を……」

 

 どうやら、茶番ではないようだが……熱が入りすぎてるようだ。

 

 

「何を言ってるのですか」

 

 

「よく見てください。

 

 ここに五月君はいない」

 

 

 ここにいるのは五月ではなく三玖。

……父親の在り方を語ろうとするその口が、自分の娘の顔もわからなくなっているようだし。

 

 

 

side奏二

 

「……へっ、笑わせてくれるぜ」

「私もスカッとしたかも」

 物陰に潜んだ俺が、茶番劇に賞賛を送っている間にも、御指名に預かった五月は柱から出てきて。

「……私はこちらです」

 

 ため息混じりに、無堂に告げた。

 

 

「……何のつもりだい?」

 

 騙されたことに腹を立てたのか。

 

 トーンを下げた声で問いただすが、五月は怯むことなく。

 

 

「騙してしまい、すみません。

 

 ですが……こうなることはわかってました」

 

「それがどうした?たかが間違えていただけの事……」

 開き直りに転じる無堂に対して。

 

「"愛があれば、わたしたちを見分けられる"

 

 

 私たちの母の言葉です」

 

 零奈さんの言葉を告げる。

 

 

 その言葉に、無堂の顔から建前が消える。

 

 

 そして……うんざりだと言わんばかりに本性が曝け出された。

 

 

「また彼女の話か………良い加減にしろ‼︎

 

 

 そんな良い加減な妄言を、いつまで未練がましく信じているんだ‼︎」

 

 

……それは、向き合うべき過去から逃避し続けた、男の全てが詰まっている。

 

「今すぐ忘れなさい!

 

 お母さんだってそう言うはずだよ。

 

 

 思い出してごらん、お母さんがなんて言ってたかを!」

 

 

 そして……その過去を使って、五月の未来を決めさせようとする。

 

 

「お母さんが、後悔を口にしていたことは覚えています」

 

「そうだ、君のお母さんは間違っていたんだ!

 

 二の舞を踏むんじゃない!」

 

 

 

……だが、今の五月には届かない。

「……ですが、私はそうは思いません」

 

 

 

 

 

side五月

 

 

「きみがどう思おうが関係ない!

 

 零奈自身がそう言ってたのなら……」

 

「ええ、関係ありません」

 

 確かに嘘だと思っても、お母さんがそう言った事実は変わらない。

 

 

 

「たとえ本当にお母さんが自分の人生を否定しても、私はそれを否定します」

 

 でも……お母さんがどう思ってそれを言ったとしても。

 

 

「いいですよね?

 

 私はお母さんじゃないのですから」

 お母さんじゃない私がそれを否定したって、何の問題もない!

 

 

 だって……私の脳裏に、より深く刻まれているのは。

 

 

「ちゃんと見て来ましたから!

 

 全てを投げうって、尽くしてくれた母の姿を!

 

 

 あんなに優しい人の人生が、間違ってたはずがありません‼︎」

 

 

 いつも優しくて、凛々しくて……大好きだったお母さんなのだから。

 

 

 

「五月……」

 

「うん、きっとそうだよ……」

 

 後ろから聞こえるみんなの声に、しっかりやり切れたことを噛み締めていると、憎々しげに。

 

「子供が……知ったような口を」

 

 何かを言い出す前に、お父さんが。

 

 

「あなたこそ、知ったような口ぶりで話すのですね」

 

 私たちの前に立ち塞がるように、無堂先生に歩み寄った。

 

 

 

sideマルオ

 

 

「……どう言う事だ、中野君」

 

 五月の話はどうやら終わったようなので……今度は僕の番だ。

 

 

 

「恩師に憧れ……同じ教師となった彼女の想いは、あなたに手ひどく裏切られた。

 

 そして、見捨てられ……傷ついていたのは事実」

 

 同じ志を持っていた、ある探偵の友として。

 

「しかし、そこで逃げ出したあなたが知っているのもそこまでだ」

 

 

 あの人の生徒として。

 

 

「………その後の彼女が、子供達にどれだけの希望を見出したのかを、貴方は知らない」

 

 

 この5人の娘達の父親として。

 

 

「断じて……あなたに彼女を語る資格はない」

 

 

 この男にこそ、父親失格の烙印を刻まなければならなかったのだ。

 

 

「お父さん……」

 

 形式的なものだけじゃない……彼女たちにとっての「父親」になる為にも。

 

 

 僕は、今は亡き人へ思いを馳せる。

……零奈さん。

 

 やっと、彼女達のお父さんになれたようです。

 

 

 

 そして、父親としてやるべき事は……。

 

 

 子供のわがままを聞く事。

 

 

 子供を叱る事。

 

 

 そして子供の成長を見守り、背中を押す事だ。

 

 

「五月君。

 

 

 僕もまだ、何かを言える資格を持ち合わせてはいないが……」

 

 

 例え、その資格がないとしても……

 

「君が君の信じた方へ進む事を望む。

 

 

……きっと、お母さんも同じ思いだろう」

 

 

 思いと言葉があるなら、やらない理由はない。

 

 

「………はい!」

 

 零奈さんが育てた彼女達なら……きっとわかってくれる。

 

 

 何かに打ち震えるような五月を前に、僕の心も、先ほどより少しだけ晴れていくような気がした。

 

 

 奏一……見ててくれたかい?

 

 

 side五月

 

 抑えきれない感情が視界を曇らせていくが、私は目の前の人に伝えなければならないことがある。

 

 

 この人は結局………自分の罪から目を逸らしたいだけだ。

 

 

「無堂先生……結局、最後までお母さんへの謝罪の言葉はありませんでしたね」

 私達の信頼を免罪符に、お母さんを過去の亡霊として葬りたいだけなんだ。

 

 

「……私は貴方を許さない!」

 そんな事絶対にさせない。

 

「私達は、貴方の罪滅ぼしの駒にはなりません!」

 

 そもそも……教育者としても、1人の人間としても、こんな人を許して良い訳がない。

 

 

「あなたが、お母さんや……被害者の方々から解放される日は永遠に来ないでしょう」

 

 だから……今ここでこの人に「さよなら」を叩きつけなければならない。

 

 

 

「僕が、せっかく……!」

「見苦しいぜ、おっさん!」

 

 

 まだ何か言おうとする無堂先生を、上杉君のお父様が遮るが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生意気言いおってええええええええ‼︎」

 

 突然そう叫んだと共に、私に迫って来た。

 

 

「五月ちゃん⁉︎」

「逃げて!」

「野郎!」

 

 

「ヒッ……⁉︎」

 みんながどよめく間にも、その巨体は真っ直ぐこちらに詰め寄って来て来る。

 

 だが……突然のことで固まってしまい、私は動けない。

 

 

 そのまま、私に向かって手を伸ばしたその時だった。

 

 

「伏せて‼︎」

 聞き覚えのない声と共に、銃声が響く。

 

 

 

 

「ぐうっ⁉︎」

 

 その一撃で手を弾かれ、無堂先生が動きを止める。

 

 

 

 訳がわからず、その弾が飛んできたであろう方向を見ると。

 

 

 

 今度は、誰かが私の前に割って入ってきて。

 

 

 

 

 

 

「………うりゃあッ‼︎」

 

 

 気合いの叫びと共に、彼の顔面に渾身の右ストレートを叩き込んでいた。

 

 

 

 吹っ飛ばされた無堂先生はうずくまり。

 

 反対に私は目の前に立つ背中に、先ほど以上に込み上げるものを覚えた。

 

 

 

 

 その声は……聞き馴染みがあって。

 

 

 

 

 どこか懐かしくもあって。

 

 

 

 

 私が、ずっと聞きたかった声だし、見たかった姿だ。

 

 

 つまり。

 

 

「………無事か?五月」

 

 その人こそは……今、こちらに振り向いた町谷奏二だった。

 

 

side奏二

 

 

 現在絶賛怪我人中な俺にとって、この拳はまさに諸刃の剣だが……間に合ってよかった。

 

 

 ここまできて守れませんでしたなんて、悔やんでも悔やみきれない。

 

 

 背中に感じる視線にとりあえずの安堵が湧く。

 

……だが、まだそれに浸るのは早い。

 

 

「………き、君は………⁉︎」

 

「………お前を道連れにしないまま、棺桶行きはしねえぜ」

 

 この因縁に終止符を打つまでは……。

 

 

 

 血走った目でこちらを見る無堂に、努めて明るく笑いかけてやると、その顔は、さっと青くなった。

 

 

 そりゃそうだ。

 

 コイツにとって俺は死んだ存在……こうしてここにいるなんて、夢にも思うまい。

 

 いわば……

「死神と亡霊の参上って奴だ」

 

 

 

 

 無堂は俺の言葉に、まさかと言わんばかりにある方向を見るが。

 

 

 

「………ふぅ」

 

 そこには、銃をおろして息をつく里中の姿があり、今度こそ無堂は理解した。

 

 

「ま、まさか……!」

「そうだ……そっちが聞いたのは、俺のダチが送った偽情報だった。

 

 

 てめえは……子供の妄言に負けたんだ」

 

 

 さっき散々五月に言っていた「妄言」に、まんまと踊らされていたのだ。

 

 

 

「そして今……あんたは傷害未遂の現行犯にもなった。

 

 

 今まであんたがして来たような、もみ消しはもうできない」

 

 

 

 その言葉に、私服の警官たちが無堂に群がり。

 

「………こんな、こんな所でええええ‼︎」

 

「ちょうど良いんじゃねえの?

 

あんたには反省すべきことが山ほどあって……今からあんたがいく場所は、反省をするための場所さ」

 

 

 項垂れる無堂を拘束して、俺たちの前から姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その姿を見送った後、押し込めていた喜びなのか、疲労なのかはわからないが……めまいみたいな感覚に見舞われつつも、成し遂げたという事実を噛み締める。

 

 

 これで、やっと無堂の野望を止めることに成功した。

 

 

 ついに俺は………守れたんだ。

 

 

 

「奏一さん……これで、少しは恩返しできたかな」

 

 俺と同じくらいに、この瞬間を待っていたであろう人に思いを馳せ。

 

 今までの張り詰めた息を吐き出すと、俺の身体は無茶をした反動を、痛みという形で突きつけてくる。

 

 どうやら、先ほど感じたものは喜びと疲労のダブルパンチみてえだな。

 

 

「任務……完了……………」

 抗う力が残ってない身体は、マッチ棒の様に膝から崩れ落ち。

 

 意識は再び眠りに………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「町谷君‼︎」

 

 落ちてゆく中で、暖かい何かが俺の体を抱き止めたような気がした。

 

 

 

 

side五月

 

 絶望のどん底に突き落とされた時、私は君に救われた。

 

 

 

 初めて会った時も……今回も。

 

 

 でも……ようやく。

 

 

 

 ようやく、私も君に手を差し伸べることができた。

 

 

 抱き止めた彼は、何かを感じたのか体を深く預けてくる。

 

 

「町谷君……」

 その重みや温もりは、間違いなく生きている事を教えてくれて。

 

 

 何よりその顔は、今までで一番安らかなものだった。

 

 

 

「……やっと、終わったんだね」

 

 

 

 

 そんな彼を抱きながら、私はこの先の未来に願った。

 

 

 どうか、私たちの約束が果たされる時が来る事を………。

 

 




いかがでしたか?

 今回、無堂と五月の対峙の時に奏二のことを出そうか迷ったのですが、そこで出しちゃうと、あくまであの一家の問題として対峙してると言う状況に矛盾しちゃうなと思い、今回は零奈さん関連の因縁は、原作通りに五月とマルオで決着をつけさせていただきました。
 

 次回からは奏二関連のイベントを少しやった後、ついにこの作品における最大のイベントである、風太郎のルート選択イベントになります。

 クライマックスに向けて頑張って執筆していきますので、応援のほどよろしくお願いします。

あと、前々から予告をしていた、なんでもありのスピンオフ的なもので、やってほしいネタがありましたら是非感想にて。


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第54話 死神の目にも涙 〜Good luck and Good bye.〜

生存報告兼更新です。

今回は五等分の花嫁らしくない描写でありつつ、若干オカルトじみた物となっていますが、これなくして奏二のその後は書けないなと思い、入れさせていただきました。


 あと、前回においてかなり最初に出したものから修正を加えています。


 出したはいいけど、なんかコレジャナイ感が強かったので…。

 それでは、第54話をお楽しみください。


 そこは、先ほどまでいた場所とは正反対の静かな場所だった。

 

 

 青い空に白い雲……そして、どこまでも広がる水平線。

 

 

「海……いや、川か」

 

 

 どうやら、とてつもない大きさの川のようだが……もしかして。

 

 

「三途の河だったりしてな……」

 

 

 あれだけの怪我の後にあれだけ派手に動いたんだ。

 

 くたばっていてもおかしくはない。

 

 

 おかしくはないが………俺の頭に浮かぶのは心残りなことばかりだ。

 

 奏一さんや施設のみんなにする話のネタはまだ足りないだろうし………村山さんには面倒をかけっぱなしで。

 

 

 そして何より……アイツとの約束を果たせずじまいだ。

 

 

 

「死にきれねえ死に方だぜ……」 

 

 

 

 自分で言ってて悲しくなるが……まあ、死神にはそれがお似合いか。

 

 

「…………んじゃ、地獄行きの船でも探すとするか」

 

 

 クソッタレな気分のまま、船着場がないかと探し回ろうとした時。 

 

 

 

 

「………安心しろ。それが来ることはねえよ」

 

 

 ひどく懐かしい声が、後ろから聞こえる。

 

 

 

 

 

 

「……………奏一さん?」

 

 

 思わず振り返ると……そこにいたのは、紛れもなく奏一さんだった。

 

 

 

 

 

 

「………大きくなったな、優一」

 

 在りし日の記憶のまま、嬉しそうに笑う奏一さんを前に、俺は呆気に取られる。

 

 

 あの人の火葬には立ち会ったし、遺骨も拾ったから、肉体があるはずがなくて。

 

 

 そもそも、アニメや漫画じゃあるまいし……死んだ奴と話なんてできる訳がない。

 

 

 でも……目の前にいる奏一さんは間違いなく、俺に話しかけてきていた。

 

 

「…………どうして」

 

 

 意味がわからず、言葉が漏れる俺に苦笑する。

 

 

「……依頼の報酬を渡しに来た。

 

 俺が果たすべきだったんだが………お前には苦労をかけたな」

「…………本当だよ。厄介な依頼持ち込んじゃってさ」

 

 

 続いて出た言葉に、思わず皮肉を返してしまう。

 

 

 いや、実際数年かけての解決だったこともあって、すごく厄介だったのは事実だが………例え、育ての親で師匠であったとしても、こう返さずにはいられなかった。

 

 

 

「………俺、結局何も出来てねえままだ」

 

 それがわかってしまった今、俺の中にあるのは達成感ではなく罪悪感……そして後悔だ。

 

 

 そんな俺の抗議を聞いた奏一さんは一つ息をついて。

 

 

「………むしろそうでないと困るさ」

 

 

 聞き捨てならない言葉に、一瞬怒りがよぎるが。

 

 

「………お前はまだこっちに来れねえよ。死んでねえんだから。

 

 

 

 そして、俺からの報酬を受け取ったお前の未来は、きっと明るくなるはずだ」

 

 さらっと出された情報の衝撃で、怒りは驚愕の波に消えていった。

「……………死んでねえの?」

「そうだよ。送り返すついでに連れてきたんだからよ」

「………タチの悪い冗談だぜ。で、今度はなんだよ」

 

 気恥ずかしいものを感じて、さらに抗議するが。

 

 

 

「………あまり揶揄うものでもありませんよ」

 声を聞いた途端、俺の頭は一瞬で考えるより早く何かに埋め尽くされた。

 

 

 

「な………え………?」

 なにせ、目の前に飛び込んできたのは………

 

 

 

 

 

 

「………ほら、俺からの報酬だ」

「…………ファーザー……?」

 

side五月

 

 あの後、町谷君は学校の保健室へ運ばれた。

 

 

 無堂先生の連行や町谷君の搬送をおおっぴらに行えば、学園祭どころではなくなってしまうとの事で、連行は裏口に止めてある車に乗せて行い……町谷君の搬送は、後夜祭に生徒の目が向いてるうちに行うらしい。

 

 

 また、彼の体に関しては………意識が戻って直ぐの無茶による気絶らしく、命に別状はないと診断された。

 

 

 下田さんや緋色君達には「馬鹿につける薬はない」と呆れられていたが………とりあえず無事で何よりである。

 

 

 

 で、夕方に姉妹のみんなで集まる約束をして……それぞれの居場所に向かっていく中で私は。

 

 

「……あの、また敬語になってるんだけど」

「む、難しい……今までの敬語が染みついちゃってます………かな!」

 

 

 町谷君と一緒にいた里中さんと、脱敬語のトレーニングをしていた。

 

 

 

 話は少し前に遡る。

 

 

「………そうだったんですね」

「……本当にごめんなさい」

 

 町谷君の目覚めを待っていた私は、里中さんが一緒にいた理由と、それまでの経緯を打ち明けられた。

 

 

 頭を深く下げる里中さんだが……私に、彼女へ何かするつもりはない。

……要は、里中さんもあの人に騙されていて、家族を人質に取られていた様なものだ。

 

 

 しかも、町谷君がそれを助けようとして、今の状態になっている事はわかっている。

 

 

 当事者である彼が恨んでるわけでもないのに、私が恨む理由があるわけない。

 

「だ、大丈夫ですから顔を上げてください………!

 

 それに、あなたのおかげで無堂先生から何かされないで済んだんですから」

 

 むしろ、私はあの時助けてもらったのだからお礼をしなきゃいけないのであって………

 

 

しかし、それを言っても里中さんの表情は浮かないままで……気まずい空気が流れ出す。

 

 

 

 その空気が続くのに耐えかねて、少し考えた後。

「じゃ、じゃあ!こんなのはどうでしょうか……」

「な、なんでもします!」

「そんな深刻な話じゃありませんから……」

 

 

 食い気味に了承する里中さんに、待ったをかけながら、提案したのが………。

 

 

 

side里中

 

 警察での話が終わり、旭高校に送ってもらった私は町谷の様子を見に行った。

 

 そこにいたのは……

 

「えっと……あなたは?」

「里中佳奈です………さっきぶりですね」

「あ、私は中野五月です……先に名乗っておくべきでした」

 

 

 あの手紙の中に出てきた、「五月さん」だった。

 

 

 

………あの手紙をチラッと読んだだけでも、町谷がどれだけこの子に惚れ込んでいるのかよくわかる。

 

 

 それ程の子であり……また、おそらくこの子も町谷に惚れている。

 

 

 となれば、この状況は私にとってどれほど気まずいものかは想像に難くないだろう。

 

 

 で、そんな空気の中で謝罪した私に対して、五月さんが提示したのは………!

 

 

 

 

「……無理して脱敬語しなくていいんじゃない?町谷も混乱するでしょ」

 

 

「脱敬語トレーニング」と言う謎のトレーニングだった。

 

 

 

 

 

 この状況と言う結果を生み出した大元として、断る事はできないが………理解できるかと言われれば微妙であり。

 

 背景は納得できるけど………そこからのコレにも納得とはいかない。

 

 

 敬語のトレーニングなら普通にあると思うが、その逆パターンとは……。

 

 と言うかそもそも……それまで敬語だったのに、急に変わってしまうのは流石に混乱するのでは無いだろうか。

 

 

 そんな珍妙な内容かつ、経過としては全然進展がないと言う実態から、先ほどまで感じていた引け目はなりを潜め。

 

 呆れとも賞賛ともつかない感じの私に、五月は少し唸って。

 

 

「確かに、びっくりするかもしれません。でも……

 

 

 これからは、お母さん越しじゃない、ありのままの私を皆んなに見てほしいから…」

 

 

 迷いを飲み込んだように、キッパリと口にした。

 

 

 

…………そんなまっすぐな目をされたら、付き合ってあげたくなってしまうじゃないか。

 

 

 

「わかった。じゃあ、次は……」

 

 

 そうして私は、さっきまでより真剣な気持ちで、脱敬語トレーニングに付き合おうと思った。

 

 

 それが、町谷と五月にできる償いだと思ったから。

 

 

 

 

 

 

side奏二

 

 俺は神なんて信じない。

 

 

 運命なんてもっと信じない。

 

 

………もし、運命なんてものがあったとしたら、俺達にあまりに救いがない。

 

 

 たが、本当に神がいるとして、願いを聞き届けてくれるのなら。

 

 

 叶えてほしい願いがあった。

 

 それは……

 

 

 

「ファーザー………皆んな………?」

 

 

 「ファーザーや皆んなに、もう一度だけ会いたい」

 

 

 

 

 そんな願いは今こうして叶った。

 

 

 

 そして……叶ったらやりたい事は決まってる。

 

 

 

「みんな………ごめん!

 

 

 俺……みんなを守ることができなかった」

 

 

 あの日の事を、謝りたかった。

 

 

 こんなのは、ただの責任逃れかもしれない。

 

 

 許してもらえるだなんて思ってない。

 

 

 でも………それでも、謝らずにはいられなかった。

 

 

「許される事じゃないのは分かってる………でも、どうしても謝りたくて……!」

 

 

 あの日味わった喪失感、無力感、絶望……それらが俺の頭の中にかつてないほど痛烈に蘇ってくる。

 

 

 そんな俺の前で、みんなを代表したかのようにファーザーが。

 

 

「………顔を上げてください」

 

 懐かしい声音で、語りかけてきた。

 

 

 

 

sideファーザー

 

 

 久しぶりに見た優一は、あの頃の面影を残しながらも大きく成長していた。

 

 

………神父服が似合うと見た私の目は間違いじゃなかったようだ。

 

 

 

 だが……だからこそ悔やまれる。

 

 

 これほど大きくなった彼や、他の子達の成長を見守ることができないことを。

 

 そして………それを私以上に悔やんでいるのが、目の前の優一だと感じる。

 

 

 

 本来、子供達やシスターを守るのは私の役目だった。

 

 

 それを私は成し遂げられず……結果としては優一に押し付ける形になってしまった。

 

 

 

 彼に……優しい心には背負いきれないであろう数の十字架と、夥しい量の血を被せてしまったのだ。

 

 

 

 謝るのは決して彼じゃない。

 

 

「謝らなければいけないのは私達です」

 

 

 奏一に引き合わせてもらった今、私たちが彼を救わなければならないのだ。

 

 

 

「………だから、自分をこれ以上責めないで。

 

 

 

 許してあげて。

 

 

 

 それが、私たちの願いよ」

 

 

 シスターの1人が優一の手を取ると、彼の目から涙が溢れ出す。

 

 

「………ごめん……ごめんなさい…………」

 

 

 そして、まるで張り詰めた糸が切れたように。

 

 

 その手を握ったまま泣き崩れた。

 

 

 

 正直、こんな優一は初めて見る。

 

 でも………この涙は彼にとってはどれほどの物が詰まってるかは予想もつかない。

 

 

 いわば、両親の死を悟ったその時から………無意識にかけてきた感情のストッパーを、今ようやく外すことができたのだろう。

 

 

 

「本当に………よく頑張ったね」

 

 1人の少年から、悲しみを奪ってしまっていた事を既に亡き心に刻みながら、その慟哭が止むまで私達皆んなで、そばに寄り添っていた。

 

 

 

side奏二

 

 

 生まれて初めて、こんなに泣いた気がした。

 

 

 そう思えるほどに、涙が流れた。

 

 

 そんな土砂降りの後に見える空は……人は。

 

 

 

 

 とても、透き通って見えた。

 

 

 

「ありがとう……みんな」

 

 ようやく感情が落ち着いた俺は、気恥ずかしいものを感じながら礼を述べる。

 

 

「俺………やっと、空を見て生きていけそうな気がするよ」

 

 

 でも……そんな気恥ずかしさなんてどうでもいいくらい、あの時間には救われたような気がした。

 

 

 そして、俺たちの様子を遠巻きに見ていた奏一さんに。

 

 

「ありがとう………こんな機会を設けてくれて」

 深々と頭を下げると、奏一さんは飄々とした顔で。

 

 

 

「言ったろ?

 

これから先のお前の未来は、きっと明るくなるはずだって」

 

 

 

 少しずつ、あたりが眩しくなっていった。

 

 

 いや、俺の体がやけに光り始めていたのだ。

 

 

「………なんだ、これ?」

「お前の身体が呼んでるんだよ。

 

 

………そして、お前を待ってる子もな」

 

 

 奏一さんの言葉に、俺は思い浮かべる。

 

 

 

 俺に希望を取り戻させてくれた人を………俺に生きたいと思わせてくれた人を。

 

 

 

 そして俺は生きている………なら、ずっとここにいるわけにはいかない。

 

「………ああ、サンキューな」

 

 

 俺は、奏一さんに礼を告げてから、ファーザー達に向き直り。

 

 

「ありがとう。

 

そして……」

 

「皆まで言わなくてもいい。

 

 

 私達はまた会える………その時には、いろいろお話を聞かせて下さいね」

 

 

 さようならを言おうとしたが、遮られてしまった。

 

 

「……一応言っておかないとって思ったのに」

 

 思わず抗議しようとしたが、ファーザー達と一緒にやってきた子供達が俺の近くにやってきて。

 

 

「………あのね、お兄ちゃん!

 

 

 僕たち、お兄ちゃんに頼みたいことがあるんだ!」

 

 

「………なんだ?なんでも言ってみろ」

 

 ある意味、これまでの俺の生きる意味だったこいつらの願い。

 

 俺が必死に縋った過去の戯言じゃなくて、本物を聞けるなんて滅多にない機会だ。

 

 

 その内容を心して聞こうと身構える俺に。

 

 

「………大きくなって、幸せになってね!」

 

 

 

 

 

 なんとも大雑把なお願いをしてきたのであった。

 

 

「………ああ、お前らこそ元気でな!」

 

 

 

 そうして俺の周りの景色は、やがて真っ白に染まっていき………‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「……何やってんだ?」

「うわぁ⁉︎」

 次に見えた景色は、目を瞑った五月の顔のどアップだった。

 




いかがでしたか?

今回は奏二への救済回とも呼ぶべきものにしました。


 あのオカルト的な会話は、「ガンダムSEED DESTINY」の最終話における、シンとステラの精神世界での会話や、「仮面ライダー鎧武」の最終盤にあった、呉島主任が意識不明から目覚める前の、紘太との会話。
あと、NARUTOの戦争編の最終盤にあった、ナルトが穢土転生から昇天していくミナトとした会話を参考にしてみました。


 ちょっと唐突にも思えたかもしれませんが、これが無いと奏二にとってのハッピーエンドは訪れないと思い、この展開を入れさせていただきました。


 そして次回は、実に久しぶりな奏二と五月の絡みと、あわよくば風太郎の告白イベント前の描写もしていければなと思います。


 それではお楽しみにお待ちください。


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第55話 行こう、終わり始まる新たな旅路へ

お久しぶりです。色々悩んだ結果こうなりました。

 楽しんでいただければ幸いです。


奏二の秘密

赤いコートといえばハガレンのエドのイメージがある。


 奏一さん達と話して、憂が晴れたような気分で目を覚ましたかと思いきや。

 

 

 俺の前に飛び込んできたものは、五月の顔のどアップだった。

 

 

「うわぁ⁉︎」

 

 驚きの声と共に、慌てふためいた五月は後ろに倒れる。

 

 

「五月……?」

「え、えーと……」

 とりあえず何をしようとしていたか聞いてみると、尻餅をついたまましばらく目を泳がせ。

 

 

「大丈夫か?」

「目覚めたんです………だね!」

「それで誤魔化す気かよ!」

 

 やがて、そのまま何事もなかったように話を進めようとしたので待ったをかけた。

 

 いや、マジで何をしようとしてたんだ………

 

 

 仕方ないので、自分で考えてみるとするか。

 

 

………だめだ、あの状況じゃあキスしか思いつかねえ。

 

 

 いや、そもそもしようとしたんじゃなくて、もうし終えた後なのかもしれない。

 

「口紅とかついてねえか……いや、したとしても五月は色気より食い気だな。

 

 ついてるわけねえか」

「ちょっと、それどう言う意味ですか⁉︎私だって最近は……」

 

 口元を拭って確認してる俺に、五月が心外だと食ってかかってきたところで。

 

 

「こう言う事よ」

 

 俺たち以外の声と共に、スマートフォンが布団に投げられた。

 

 

 

「……里中」

 その声の主は里中だが……その表情は楽しそうにニヤついている。

 

「ちょ、いつの間にそれを……わ、わああああっ⁉︎」

「何が写ってるんだ……」

 チラリとでも見えたのか、慌てた様子の五月に取られないうちにそのスマホを手にして、画面を見ると………。

 

 

 

「お、お前………」

「…………」

 

 そこには、バッチリ唇を重ねた様子が写っており、視線を上げた先では、五月が顔を覆っていた。

 

 

「いやあ、さながら白雪姫ね」

「……まあ、あの姉妹の一員だしな」

「み、見ないでください………」

 

 

 どうやら、里中は五月と一緒にここにいて。

 

 

 ちょっと部屋から出たら五月が俺のファーストなんたらを奪っていたんだとか。

 

「いやー、真面目そうな顔で大胆なことするね」

「全くだ。寝てる俺に悪戯してただなんて……俺はそんな子に育てた覚えはないぜ?」

「育てられた覚えもないよ!もう………」

 

 なんとか気を取り直したのか、五月は恨めしげな目を里中に向ける。

 

 

 状況は軽くカオスの様相を表してきたので、話題を変えることにした。

 

 

「………で、俺が倒れたあと、どうなった?」

 

 

 

 

 数分後。

 

「……というわけで、みんなどこも怪我してないし、学園祭にも支障は出てないよ」

 

 

 俺が倒れた後の状況を知りたくて、五月達に教えてもらったが特になんの波乱もなかったようだった。

 

 

 

 この後の俺は、学祭終わりに病院に運ばれ、検査を行い。

 

 そこで異常がなければ退院らしい。

 

 

……まあ、俺のことはどうでもいいや。

 

「………なら、取り敢えず一件落着だな」

 

 これでようやく、本当の意味で無堂との戦いは終わりを告げたのだ。

 

 

……だが、ここで死ぬことも覚悟してた身。

 

 こうして生き残れたのは、ファーザー達と話が出来て、憂いが晴れた状態で生きていけると喜べばいいのか。

 

 或いは、死に損なって格好がつかないと思えばいいのか……

 

 我ながら罰当たりな考えを浮かべていると。

 

 

 

「………どうして?」

 

 しばらく黙っていた五月が、顔を上げた。

 

 

 

 その顔はちっとも笑っておらず、どこか咎めるような口ぶりで。

 

「………そんなに傷ついて、痛かったでしょ?」

 

 

 俺の身体にある絆創膏やら包帯を見て、心配の言葉をかけてきた。

 

 

 確かに、痛くないと言えば嘘になる。

 

 だが………

 

 

「こんなの少しすれば治るさ。そう心配すんなって」

 

 こんな傷程度でこの因縁を断ち切れたんなら、経費としては安いもんだ。

 

 だから、余計な心配をかけないように振る舞ったが。

 

 

「………そんなの無理だよ」

 

 

 ひどく悲しげに否定された。

 

 

side五月

 

 私が欲しかったのは……そんな痩せ我慢じゃない。

 

 無理をしてまでもされる気遣いじゃない。

 

……そんな気遣いなんて、ちっとも嬉しくない。

 

 

 確かに、私がもっと早く答えを出せていれば……彼がこんな怪我をする必要はなかったし、そうさせてしまった自分の不甲斐なさが嫌になる。

 

……でも、それとは別に。

「……大切な人がそんな痛々しい姿で、矢面に立ち続けてる。

 

 

 いい気分の人はいないよ」

 

 

 町谷君は、自分の命をなんだと思っているのか。

 

 誰かのために、自らの身を顧みずに立ち向かう。

 

 普通なら人は勇敢というのかもしれないが………彼の場合は死に急いでるよう見えてしまう。

 

 どこか、お母さんや四葉を思わせるようなその自己犠牲は………当人の本心はどうあれ、見てる私は心が痛い。

 

 

 そもそも、他人が自ら泥をかぶろうとする姿なんて……側から見て心地よいと感じるものではない。

 

 

 

 

「だから……お願い。

 

 

 もう、1人で抱え込んで………自分の命を粗末にしないで。

 

 

 そんな守られ方をしても、安心なんてできないから……」

 

 こんな、責める様な言い方じゃ無くても……もっと気の利いた言葉や言い方はあるのかもしれない。

 

 

 でも……とにかく繋ぎ止めておかないと、どこかへ消えていってしまいそうで。

 

「頼りにならないかもしれないけど………話を聞いて、一緒に頑張る事はできるから……」

 

 こうして、先回りした思いを、後から浮かんだ言葉で形作ることしかできなかった。

 

 

 

 そうして、生み出された少しの沈黙の後。

「………ありがとう」

 

 

 なんて事ないはずのお礼の言葉に、少しだけ安堵の感情が湧いた。

 

 

 

side奏ニ

 

 

 今までの俺なら、心配をかけたことへの謝罪をするか、適当な軽口で矛先を逸らそうとした。

 

 

‥‥実際、そうするつもりで口から言葉が出かけていた。

 

 

 

 でも………多分、本当に返すべき言葉はそれじゃない。

 

 

 

 俺の命が、多くの人の命の犠牲の上に成り立つ程の命かと考えると……どうもそんな御大層なものには思えなくて。

 

 これまでの行動に自棄が滲んでたのは、きっと……どこか、その罪悪感から死に急いでたんだと思う。

 

 

 だから、差し伸べられた手に対しても理由をつけて逃げていた。

 

 

 でも………もう、逃げない。

 

「誰にだって幸せになる権利はあるはずです」

 

「私は……あなたのことが好きですから」  

 

 コイツから差し伸べられた手からは、逃げたくないって思えたから……!

  

 

 

「ありがとう」

 そうしてやっと、その手を掴む決意がついたような気がした。

 

side五月

 

 あの町谷君が、軽口なしで素直に礼を述べた。

 

 しかもその顔は今までになく穏やかな顔だ。

 

 

 その変貌を目の当たりにした私は、しばらくの間放心する。

 

 

 一見すると普段とあまり変わらないけど………それでも、その顔からは角みたいなものはなくなっていた。

 

 

「………どうした?」

「い、いえ……なんか、今までと違う感じがして」

 

 

 何かが変わったような感じに、嬉しさと戸惑いを覚えながら答えると、少し面食らったように。

 

 

「お前も口調戻してんだろ……お互い様だぜ」

 

 

 私の口調について触れてきた。

 

「てっきり気づいてないと思ってたけど、どうです……かな?

 

 

 あ、あれ?」

 

 

 さっきまで、普通に話せてたのが嘘であるかのように、また敬語が出かかっていたので、方向修正する。

 

 ひょっとして、変えようと意識すると逆に失敗してしまうのではないだろうか。

 

 

 微妙に気恥ずかしいものを感じていると、町谷君は。

 

 

「………よくわかんねえけど、できねえ事は無理にするもんじゃないぜ?」

「そ、そんな事ないよ!里中さんと練習した時はできてたんだから……!」

 

 

 なんだか懐かしい言い回しで失礼なことを言い出したので、待ったをかけて………気付いた。

 

 

 下手にこうしようとか……ああしようとか、難しい事は考えなくていいんだ。

 

 ただ、肩の力を抜いて……目の前の物や人と向き合えばいい。

 

 

 それが「私」なのだから。

 

 そう思うと、彼の変化の理由もまたわかってきた。

 

 

 きっと、町谷君の過去について……どこか踏ん切りがついて、抱え続けることをやめたんだろう。

 

 

 だから角が取れて………いや、憑き物が落ちたのだ。

 

 

 なら……やっておかないといけない事がある。

 

 

 ようやく、君に会えたんだから。

 

 

 

「だから……改めて自己紹介!」

「……奇遇だな。俺もそういやしっかりしてなかったっけ」

 

 あの時……お母さんの葬儀の時に、やっておかなければならなかったことを。

 

 

「私は……五月。 中野五月だよ」

 

「町谷奏ニだ…………よろしくな」

 

 

 

 そうして、私達は本当の意味で出会ったのどった。

 

side里中

 

 

 2人にとっての時間が、ようやく今に辿り着いた。

 

 

 詳しい事はあんまり知らないけれど、なんとなくそんな感想が思い浮かぶ。

 

 

「やっと、時計が直ったね」

 

 過去の傷に囚われていた心を、やっと自分の意志で解放することが出来たんだ。

 

 

 途中から後ろに下がって、2人のやりとりを聞いていた私は。

 

「………じゃ、私は沙奈のところに戻るから」

「ん?あっ……おう……」

「な、なんかすいません……」

 

 

 私の存在を思い出したのか、少し照れくさそうにする2人を愉しんでから踵を返す。

 

 

 

 あ、そうだ。

 

 

「町谷、手紙だけで済ませちゃダメよ?」

 

 

 時計を動かすためのネジを巻いておかなくちゃ。

 

 

 side奏二

 

「……ちょ、ちょっと待て!」

 

 なぜ、あの手紙を里中まで知ってるんだと問いただそうとしたが、それに対して返答がくる事はなかった。

 

 

……逃げ足の早いやつめ。

 

 

 きっと今頃、ニヤニヤしてるんだろうなと憎たらしくはなったが……。

 

 

 

「町谷君………」

 

 嬉し恥ずかしといった顔で口元をムニムニさせている五月からは、どこか期待の込められたような視線が飛んでくる。

 

…分かってるさ。アレはもしもの時のための最後の悪あがきだったんだ。

 

 

 今こうして生き残れた以上、それだけで終わらせていいはずがないし……。

 

「約束してたもんな。

 

 答えを見つけたら、しっかり話すって」

 

 

 終わらせたくない。

 

 

 やっと、あの時の五月の言葉を受け取る覚悟ができたから。

 

「………ずっと待ってたよ」

「ああ……前振りとしちゃ100点だろ?」

「勝手にいなくなろうとしてたのに?」

「………まあ、今はいるからそれで手打ちって事で…」

「もう、調子いいんだから……」

 

 少し拗ねたようにいう五月に頭を下げると、少し満足げな顔をした後。

 

「うん……大丈夫。

 

私も、心の準備はできてるよ」

 

 

 俺の目をまっすぐ見据えて、その答えを求めてくる。

 

 

 

 そんな彼女を前に俺は………。

 

 

「俺は………もう、過去も未来も蔑ろにはしない」

 

 

 いろいろな人たちの背中を見て、やっと辿り着いた答えを今明かした。

 

 

 なんか色々それっぽいこと言ってたけど。

 

 

 結局、また失うことが怖かったんだ。

 

 

 だから、また失うくらいなら、いっそ何も持ってない方がいいって………そう思ってた。

 

 そして、依頼の中で人の醜い部分ばかりを頭に刷り込んで……目の前の現実や、これからの未来から目を背けていた。

 

 

 実際、それが人の命を犠牲にし続けてきた罪に対しての償いだって思ってた。

 

 

 

 でも………過ちの償い方は決して一つじゃない。

 

 

 過去を悔やみ続ける事だけじゃない………過ちは繰り返さない。

 

 

 

 

「過去は十字架じゃなく糧にして、今を生きていくんだ。

 

 これまでが後悔の連続だったからこそ、これからを全力で生きていくし……その後悔を、誰にも味わわせない。

 

 

 失うことが怖いなら……後悔がないように、やりたい事をやりたいようにやっておくんだ」

「………これまでも結構やりたいようにやってなかった?」

「これまで以上にやるんだよ……例えば」

 

 そうして、五月の手を取り。

 

 

「お前からの言葉、きっちり受け取らせてもらうぜ……俺も、お前のことが好きだからな」

 

 

 新たな決意のままに………その心のままに。

 

 

 約束をした時とは違って……自分から、五月への好意を口にした。

 

 

 

side五月

 やっと、2人とも新しいスタートラインに立てたような気がした。

 

「うん………私も町谷君の言葉、確かに受け取ったよ」

 

 

 湧き上がる歓喜のまま、町谷君に抱きつく。

 

 そのまま静かに抱き合うだけでも、高揚感やら多幸感が押し寄せてきて………

 

 

 それ以上のこともしてみたくなるけども、彼はまだ怪我人だ。

 

 

 

 と言うかそれ以前に。

 

 

「でも………その前に、乗り越えなきゃいけない壁があります」

 私には叶えたい夢がある。

 

 

 お父さんや、姉妹のみんな、下田さんに上杉君とそのご家族。

 

 

 そして。

「ああ。分かってる」

 

 頷く町谷君の皆んなが、進めと背中を押してくれた私の道が。

 

 

 でも、その道はとても険しくて……1人だけで進めるものじゃない。

 

 

 だから……

 

 

「あなたに依頼があります」

 

 目の前の何でも屋に、お客さんとして依頼することにしよう。

 

 

 私は、町谷君から一回体を離して、その瞳を見据えて。

「………一緒に、その道を走ってくれませんか?」

「………報酬は?」

 

 

 報酬は……よし。

 

 

「…………これでどうですか?」

 

 私は、未来の予約だと、彼との距離をまた一瞬だけゼロにした。

 

 

「前払いかよ……」

「乙女の初めては、プライスレスだって二乃が言ってました!」

「いや、2度目じゃね?」

「さっきのはノーカンですよ!事故みたいなものでしたし……それで、どうなんですか?」

 

 遅れたように赤くなる頬を感じつつ、その答えを待つと。

 

 

 

 

「………オーライ、俺にお任せってね!」

 

 久しぶりに、ニカっと笑って了承してくれた。

 

 

「……あれ?そういや口調」

「あ!

 

 でも、頼み事するなら普通は敬語じゃないですか?」

 

……口調に関してはこれからに期待しよう。

 

 

 

 

side風太郎

 

「……お前、どうした?スキップなんかしちまって」

 

 奏二の様子を見に行こうと、五つ子の親父さんに教えてもらった保健室に向かった俺は、なんとも幸せそうな顔をした五月に遭遇した。

 

「う、上杉君⁉︎これは、その………軽い運動だよ!」

 声をかけられて俺に気付いたのか、五月はしばらく慌てた様子を見せる。

 

「頭の悪い言い訳すんなって……あと、なんか喋り方変わってね?」

「失礼ですよ!

 

 口調に関しては……母脱却みたいなところで。

 

 

 上杉君も、きっと見てくれてたんでしょう?」

 

 確かに俺も物陰から見てたし、無堂のおっさんが殴りかかった時は間に入ろうともしたが………それよりも。

 

「………って、また戻っちゃいます!」

「違和感しかねえから、元通りにしてくれ」

「もう!そんなこと言わないでくだ………言わないで!」

 

 何があったのか、五月の喋り方がよくわかんねえことになっていた。

 

 

……まあ、どうせ奏二と何かあったんだろう。

 

 

「で、奏二が目を覚ましたんだろ?」

「………ええ。多分今も起きてますよ」

「ああ……ありがとう。じゃあな」

 

 予想通りの答えにひとつ頷いて、俺は再び保健室に向かおうとした時。

 

 

「あ、待ってください。

 

 あなたに伝えておかなくちゃいけないことがあるんです」

 

 

 五月が突然呼び止めてきたので、そちらに視線を向けると。

 

 

 

「上杉君。

 

 

 

 今日の全てが終わる頃……私以外の4人は、各々の部屋で待っています。

 

 

 各々に想いを抱えたまま……あなたを待っています」

 

 

 俺にとっては予想外の提案を投げかけてきた。

 

 

………まあ、五月に関しちゃ奏二以外あり得ねえと思うが、問題はそのやり方だ。

 

 

「それで、私たちがそれぞれいる教室ですが………」

「ちょっと待ってくれ。

 

 何もお前らがそこまでする必要はねえ」

 

 これは、俺のわがままみたいなものなのに、それに対してここまでお膳立てをされるのは、なんだか気が引ける。

 

 だが、五月はそんなことと言わんばかりに。

 

 

「私たちで話し合って決めたことです。

 

 

 それに……上杉君が、真に気にすべきはその先です」

 

 俺の反対をもろともせずに、さらに話を進める。

 

 

 

 

「あなたが向かうのはただ一つの教室。

 

 

 

 この提案が、逆にあなたを困らせてしまう事は分かってます。

 

 

 

 ですが………」

 

 

 そして、一息ついて。

 

 

 

「これがみんなの覚悟です。

 

 

 どうか、それを理解して……悔いなき選択を」

 

 逃げる事は許さないと、念押すように締めた。

 

 

「…………ああ」

 

 

………生徒がここまで覚悟を決めたんだ。

 

 

 教師の俺がヘタれるわけにはいかねえわな。

 

 

 

 そうして見上げた空には、青空の中でうっすらと月が満ちていた。

 

 

 

 

 




 はい、いかがでしたでしょうか。

 もっとイチャつかせてもよかったと思うのですが、とりあえずの着地点として、「恋人」と言うより「同志」と言った感じにしてみました。

 まあ、この2人はまだまだその次の進化があるので楽しみにしていただければ幸いです。


 そして次回は、風太郎の選択シーンあたりまで持っていけたらなと思っております。

それでは、感想などがありましたら是非。


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第56話 風よ、いま恋に吹け

第56話です。

今回は、約束の時間までの前菜みたいな感じです。


今日の全てが終わる頃

 

各々の部屋で待っています

 

各々の想いを抱えたまま………

 

 

 

「………ついに来たか、この時が」

「…まだ決めてねえのか?」

 

 五月が去って行くのを見送っていると、後ろから呆れたような声が聞こえてきた。

 

 その声の主は勿論奏二。

 

 

「奏二‥‥お前、体の方は大丈夫なのか?」

「お陰様でな……こうして歩くくらいはできる。

 

 今から、加藤達にちょっかいかけてくるつもりさ」

「……怪我人が無茶すんなよ」

 

 身体中についてる包帯やら絆創膏が痛々しいが、どうやら無事らしい。

 

 とりあえず、安堵と危なっかしさを感じながら、並んで昇降口へと向かい始めた。

 

 

 そうして少し歩いていると、奏二は仕切り直すように。

 

「で……どうするよ」

 

 

 さっきの会話が聞こえてたのか、探るような目を向けてきた。

 

 

 

「………選ぶやつは決まったんだ」

「ほーん?」

 

 

 まず、俺の中で答えは決まった。

 

………と言うか、この話の大元は俺の宣言からだからな。

 

 それで答えが出なかった、なんて言おうものなら俺は6人からボコボコにされるだろう。

 

 ただ………

 

 

「どう言おうか、ってのが……」

 

 

 恋愛ガイドである程度の勉強はした。

 

 

 だが……そんなステレオタイプに沿う形で本当にいいのか。

 

……しかし、王道と呼べるやり方に沿った方が失敗しなくていいのかも………。

 

「ここ1番の大勝負なんだ、ちゃんとしないと……」

 

 そんな迷いを打ち明けると……奏二は可笑しそうに笑いだした。

 

 

「……なんだよ」

 

 こっちは真剣に相談したのに、まさかの反応に食ってかかると。

「いや、五月も似たようなこと言ってたからつい……」

 

 どうやら、今の俺はあの変な口調の五月と同レベルらしい。

 

 少し気恥ずかしさを感じてジト目を向けていたが、目の前でひとしきり笑った奏二は。

 

 

「………んなもん、言いたいようにいえばいいんだよ。

 

 それがちゃんとしてるか、そうでないかなんて………受け取ったやつが思うことさ。

 

 

 大事なのは、どう伝えるかじゃない………何を伝えるかだぜ?」

 

 

 どこか実感を込めたように語ってきた。

 

 

「………五月にもそうやって伝えたのか?」

 

 きっと、さっき五月がスキップしてたのはそう言うことだろう。

 

「さあな……俺に手本や見本なんてねえ。

 

 言いたいように言うだけさ」

 

「そうか……そうだな」

 

 

 それにアイツは……ド直球に答えを伝えてきたんだ。

 

 なら俺も……

 

 

 

 

side五月

 

 約束の時間が近づいてたので、待ち合わせの場所に向かうと、そこにはみんなが揃っていた。

 

 

「すみません、遅れて………」

「大丈夫だよ。わたしたちも早くきちゃっただけだから……」

 

 

 頭を下げる私に、四葉が手を振り。

 

「どう?町谷は大丈夫だった?」

 

 二乃が落ち着かない様子で聞いてきた。

 

 

 聞けば、私が悩んでいる間に町谷君は二乃に今回のことで相談してたらしい。

 

「ええ。父の件についても、きちんとお礼もできました……」

「そう………良かったわ。アイツ、あんたの事で凄く悩んでたのよ」

 私の返事を聞いた二乃が、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 きっと、二乃……いや、みんなも同じように相当気を揉んでくれたであろう事が伺える。

 

 

 改めて、姉妹のありがたみを噛み締めていると、三玖が話題を変えるように。

 

 

「……それで、フータローにあの話はできたの?」

 

 今晩控えているイベントについて触れてきた。

 

 それにより、4人の表情に緊張が走る。

 

「はい。上杉君………かなり悩んでましたよ」

「あはは……フータロー君らしいや」

 

 あの後、後ろから聞こえてきた会話を少しだけ聞いていたが……

 

 

 

「……でも、誰にするかは決めてるみたいです」

 

 

 彼の心の中には、もう4人のうちの誰かが定められているのだ。

 

「だから、誰も選ばないと言う事はないと思いますよ」

 

 

 彼の迷いながらの決意を思い出して、そう伝えると……一花はそっか、と呟いた。

 

 

「一花?」

「え?あー……こっちの話。

 

 じゃあ、その時まで存分に楽しもうよ!」

「なんか気になるけど……そうね。今はそれしかないわ」

「うん………お客さんとしてはまだだったからね」

「そうそう、楽しもー!」

 

 続きを促そうとしたが、一花はそれを断ち切るように文化祭巡りへと私たちを引っ張って行き、みんなもそれに賛同していった。

 

 

………そうだ。

 

「あの……みんな!」

「「「「ん?」」」」

 

 

 みんなへのお礼がまだだった。

 

 

「その………あ、ありがとね!」

「………なんか、違和感しかないわ」

「そんなー、皆んなまで⁉︎」

 

side一花

 

 仕事の為に休学中とは言え、私も今をときめく女子高生。

 

 となれば、当然学生っぽいことをしたいのだ。

 

 そんなわけで、後夜祭のライブを後ろから観戦していると。

 

 

「中野一花さん。

 

 

 学園祭中に、弟が世話になったみたいね。

 

 

 ありがとう」

「あ、迷子の………」

 一昨日、迷子の親探しをフータロー君とした時の子のお姉さんらしき女子生徒が、何かの券と共にお礼を述べてきた。

 

 こう言う経験は、駆け出し女優とは言えそれなりにあるが……やはりむず痒いものがある。

 

 

 それを表に出さないようにしていると、その子は去り際に。

 

 

「弟も応援してるって。 がんばってね」

 

 

 

 と、またもむず痒くさせるようなことを言ってきた。

 

 

「何……?

 

アンタのファンってとこ?」

「どうだろう」

 

 

 でも……少しだけ寂しさを感じてしまう。

 

 私はもう、テレビの向こうの存在であり……普通の女子高生や、夢見る少女じゃいられない。

 

 

「…‥これがやりがいってやつなのかな」

 

 でも、こうした嬉しいことは、これからも大切にしていきたいと思った。

 

 

「なんか、年食ったみたいだわ」

「失礼だなチミは。私はまだピチピチのうら若き乙女だよー?」

 

 

side二乃

 随分と大人びたことを言い出した一花に、なんだか妙な焦りを感じながら、私の行きたかったところに向かうと。

 

 

「あちゃー」

「うちの屋台、誰もいないね」

「多分、出し物の結果を見に行ってるんだよ」

 

 

 そこは、さっきまでの盛況が嘘だったかのように、静かなものだった。

 

……まあ、今は皆んな結果発表の方に行ってるか。

 

「じゃあ、私たちも行きましょう……三玖と四葉もそっち行きたいのよね?」

 

 

 そう言うわけで、さっさと体育館に戻ろうとすると。

 

「……お父さんが今日ここに来たのは、二乃に頼まれたからだと言ってました」

「え……」

 

 五月が、改まった様子でどこか懐かしいことを言い出した。

 

「……実際、すごいよ二乃」

「あのこわーいお父さんに立ち向かったんだもんね」

 

 それに乗っかるように、一花と四葉が尊敬の眼差しを向けてくるが……多分私だけじゃ、あの仏頂面のお父さんに、そこまで何かを頼み込むことはしなかっただろう。

 

 そんな今までから、先へ進めたのは……

 

「私だけの力じゃないわ」

 

 自らの殻を破って……私に匹敵するレベルの料理を作れるようになった三玖や、将来に向けて真剣に考えている五月。

 

 必死に、私達を繋ぎ止めようとしてくれた町谷やフー君の存在あってこそだ。

 

 

 そして……それは他のみんなも同じ事。

 

 きっと、私と同じような事をする時が来る。

 

「だけど……アンタ達も、立ち向かわなきゃ行けない日が来るわ。思ったより近いうちにね」

 

 

 そんな時のために……今から助言しておく事にした。

 

 

 

side三玖

 

 珍しく姉っぽいことを言い出す二乃だが……言ってることはその通りだと思う。

 

「やったね、四葉」

「三玖もおめでとう」

 

 たしか、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」だったっけ。

 

「最初は、クラスメイトに嫌われないか怖かったけど……」

 

 何かをしたいとなった時……。

 

「やるべきと感じたまま、やり抜いたことを後悔してない」

 

 

 例え、目の前に壁があったとしても、それを乗り越えなければ何もできないし……諦めたら、もしもの可能性に悩み続ける事になる。

 

 男女の壁を乗り越えた結果、最優秀賞の栄誉を勝ち取ったクラスのみんなを前に、ようやく出せた結論に。

 

 

「うん、私も同感。

 

 

 

 例え、望んだ結果が出なくても……後悔しながら生きていくより100倍いいよ」

 

 

 演劇部に視線を向けながら、四葉は深く頷いた。

 

 

side四葉

「例え、望んだ結果が出なくても……後悔しながら生きていくより100倍いいよ」

 

 三玖の言葉に私は、自分自身に言い聞かせるようにも頷く。

 

 

………この後の約束の時を過ぎれば、閉じ込めてきた想いを打ち明けることが、できなくなってしまうかもしれない。

 

 そしてその後………それを気にしないでいられるかと聞かれたら、答えは多分「NO」だ。

 

 だから、私は…。

 

 

「最後は五月だよね?ほら、行こう!」

 

 五月の行きたい場所を早く行って、その後の約束に備える事にした。

 

 

 

side五月

 

 "私たちは、いつまで五つ子でいられるんだろう?"

 

 

 一花の発した言葉は、ポップコーンでお腹を満たしている間にも私の頭の中を渦巻いていた。

「凄い勢いで……よほどお腹が空いてたんだね、五月ちゃん」

「……待ちなさい。アンタに持たせてたら一人で食べきられそうだわ」

 

 二乃の言葉と共にポップコーンが取り上げられてしまい、栄養補給ができなくなった頭は……難しい思考を止める。

 

 

「五つ子って何なのでしょうか……」

 

 

 すごく単純な形で口に出たこの疑問は、みんなの頭を唸らせた。

 

 そうして少しして、二乃が。

 

 

「……はっきりとはわからないけど、少なくともいろいろ苦労が多いのは確かね。

 

 こうして屋台回るだけでもめんどくさいもの」

 

 

 と、少し疲れたように口にする。

 

 確かに、こうして回ろうにもどこから行くかとか、ポップコーンの味をどれにするかとか………人数の分だけ選択肢が多くなり、それは簡単ではなくなる。

 

 

「私たちが普通の姉妹だったら、違ったのかなあ?」

「うーん、それはそれで別の悩みがあったと思うよ」

 かと言って、普通の姉妹だったら……五つ子特有の悩みはなくなるかもしれないが。

 

 

 そうしたら、洋服のお古だったり……ご飯のおかずの量の差だったりと、別の悩みが生まれるだろう。

 

「二乃が妹をいじめたり」

「あーら、五つ子でよかったわね」

 

 姉妹喧嘩は、五つ子だろうが普通の姉妹だろうが起こるものだ。

 

 

………うん、答えを出そうとしてもこれは出せない。

 

 

 でも……確かなことは一つだけある。

 

 

「はい!

 

 五つ子でよかったです」

 

 五つ子が良かったか悪かったかと聞かれれば………間違いなく良かったと思う。

 

 

「うんうん!

 

 私、みんながいたから頑張れた気がする」

 

 みんながいたから頑張れて。

 

「この学祭中、離れてもみんなを感じてた」

 

 離れていても、多くの絆を感じることができて。

 

「同じ顔の別の子が頑張ってるってだけで、私にもできる気がするよ」

 

 みんなの姿を見て、「自分も」と勇気を貰えた。

 

「ふんっ、そんなの今更よ!」

 

 それを、この学園祭で今まで以上に感じることができた。

 

 

 

 

「五つ子と言うのは、きっと切っても切り離せないのでしょう。

 

 

 でも……それによる問題は、みんなで乗り越えることができて。

 

 

 嬉しいことは、みんなで分かち合える。

 

 

 それはとても、幸せなことで………きっと、これからもそう思っていける気がするんです。

 

 

 

五つ子でよかったと」

 

 

 そうして、約束の時が来るまで………ポップコーンを分け合いながら、何気なくも愛おしい会話が弾けていた。

 

 

 

 そして…………

 

「では……みんな、覚悟はいいですね?」

 

 

side奏二

 

「お前、昨日と今日で随分ボロボロじゃないか………何があった?」

「いや、まあ……ちょっと事故っちまって」

 

 加藤達の前にやってくると、皆んなは昨日との変化に随分驚いた様子だった。

 

 確かに……つい一日前にも見たはずの景色と顔なのに、えらく懐かしく感じる。

「でも、一応動けるから手伝いをな」

「バカ言うんじゃない。

 

 そんな格好じゃ、客もビビって逃げるぞ。

 

……だから、後は俺たちに任せとけって。

 

 伊達にお前の背中は見てねえし、緋色達もいるからな」

「そうそう。わたしたちに任せておいてよー」

 

 そうして2人が見せてきたスマホには、売り子や客引きをやってる唯達の姿があった。

 

 

「………一皮剥けたじゃねえか」

「うるせえ」

 きっと、俺がいない間も2人は山田やあの4人と協力して、この屋台を引っ張っていたのだろう。

 

 すっかり歴戦の猛者みたいな顔つきになった2人の言葉に、甘える事にした。

 

「サンキューな……2人とも」

「えらく素直だな……なんか変な感じだ」

「なんだと⁉︎」

 

 

 

 

 そして次は………

 

 

 

「お前ら、ありがとな」

 

 

 仕事を終え、それぞれの場所へ戻ろうとした4人を捕まえて、改めて礼を告げた。

 

 

 思えば、コイツらには今回の件で3年以上も付き合わせてしまった事になる。

 

 それに加えて、今回は色々と手を借りることになったからな。

 

 そんな俺の礼に、唯は。

 

「……お前のミスの清算は、今に始まったことじゃない」

 

 

 三ツ矢は。

「……今度に借りを返してもらう。日程は追って通達する」

 

 

 四郎は。

「いえ……これくらいお安い御用ですよ」

 

 

 そして竜伍は。

「バカは死んでも治らん……なら、せめて拾った命を捨てるようなバカにならないことだ」

 

 

 微妙に煽りがこもったような返答と共に踵を返していった。

 

 

「………ったく、素直じゃねえな。相変わらず」

 

 (お前が言うな)

 

 暗くなりかけた夜空でぼやいた俺は、その4人にほぼ同じ事を思われている事を、知る由もなかった。

 

 

「………んじゃ、病院に行く前にもう一仕事するとするか!」

 

 まあ、この後のイベントの前では些細なことだがな。

 

 

 

 

 

side風太郎

 

「行きたまえ、上杉君……君はそれで勉学をおろそかにする様な人ではないのはわかってるよ」

「上杉!せっかくカッコつけたんだから、ビシッと1発決めてこい!」

 

 

 恋愛は、学業から最も離れた愚かな行為。

 

 

 ましてや、こんな受験への佳境で手を出そうとするなんざ、迂闊以外の何物でもない。

 

 

 なぜなら、学生の本分は勉強なのだから………

 

 

 今までの俺はそう信じて生きてきた。

 

 

 だが……そんなことはなかった事を、俺は随分な遠回りの末、やっと気づくことができた。

 

 

 

 勉強。

 

 

 

 友情。

 

 

 

 仕事。

 

 

 

 

 娯楽。

 

 

 

 そして、恋愛。

 

 

 あの5人は……常に全力投球で。

 

 

 凝り固まった俺に、それを教えてくれた。

 

 

 そして……ここまで、随分待たせちまったんだ。

 

 

 挙句の果てには……そのうちの3人には、待たせた挙句に「NO」を突きつける事になるのが、正直心苦しいし、胸が痛い。

 

 

 

 でも……アイツらはそれでもって、俺の答えを待ってくれている。

 

 

 武田も前田も…そんな俺の背中を、揶揄いながらも押してくれた。

 

 

 

 何より……

 

 

 俺自身、その選ぼうとしてる未来に進みたくて仕方ない。

 

 

 

 

 だから、俺は………覚悟を決めて、待ち人のところへ歩き出した。

 

 




いかがでしたか?

今回、もしかしたら初めてのメイン7人全員分の視点が入ってます。

次回こそ、ついに風太郎の告白イベントですが、我らが主人公の友人系主人公の奏二も動くので、原作とは流れを少し変えていこうと考えております。


 どうなるのか、楽しみにしていただけると幸いです。

 感想のほど、お待ちしております。


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第57話 行き着く先で、再び弾は込められた

 はい、筆が載ったので更新します。


 今回は、風太郎の告白回ですね。


 ノリで書いたので、変なところがあるかもしれませんが、楽しんで読んでいただければ幸いです。


………それではどうぞ!


 俺が校舎の入り口にやってくると、そこには2人の先客がいた。

 

「………来たな、風太郎」

「…奏二、五月」

 

 その二人に声をかけると、五月が一枚の紙を手渡してくる。

 

「……みんなは、それぞれこの場所にいます。くれぐれも間違えないようにお願いしますよ」

 

 それは、この学校の見取り図で……それぞれの色で、点が書き足されている。

 

「黄色が一花で、ピンクが二乃。

 

 

 青が三玖で、四葉が緑な………」

 

 その点について説明していた奏二は、俺の持つビニール袋に目をつける。

 

 

「勝利の美酒か?」

「お酒⁉︎未成年が飲酒だなんて、不良です!」

「いつもの胡散臭い比喩表現だよ、そもそもここじゃ売ってねえ」

 

 なぜか反応した五月に突っ込んでおくが……奏二は途端に訳知り顔になる。

 

 

「………なるほど、お前はアイツを選んだのか」

「……透視能力でもあんのか?お前」

「さあな……でも、覚悟はできてるんだなって」

「人を優柔不断みたいに言うなよ…」

「実際そうだったろ?」

 

 親友の勘にしては鋭すぎるその精度に、少し身構えるが……って、こんなところで時間食ってる場合じゃねえ。

 

 

「じゃあ、行くわ」

「ええ……頑張ってくださいね」

 

 

 そんな訳で、五月に片手を上げて応えつつ、俺は校舎の中へと入って行った。

 

 

 

「風太郎!この際派手にぶちかましてやれ!」

「……おう!」

 

 

 ありがとよ、奏二。

 

 

 

 

side奏二

 

 

「……これから、どうなるんでしょうね」

 

 

 風太郎を見送った俺達は、ベンチに腰掛けていたが……ふと、五月が言葉を漏らした。

 

 

「どうなるって……そりゃ、誰かを選んで、そいつと付き合うんだろ」

「それはそうですけど……その、それからですよ。

 

 

 みんなを信頼してはいますが、修学旅行あたりの時みたいにならないかって……」

 

 

確かに、コイツらは一時期……姉妹の仲の崩壊の危機と隣り合わせの時期があった。

 

 今回はその時と違って、お互いに折り合いをつけてるとは言え……恋には、信頼や友情……果ては家族愛すらも揺るがすほどの力がある事を知ってしまっているからこその、この心配なのだろう。

 

 だが……まあ、コイツらなら多分大丈夫だろうし。

 

「一度乗り越えた壁だ。きっと大丈夫だろ。

 

 それに、何かが起こっても、それを止めたいと願うお前がいて……それを助ける俺がいれば、モーマンタイだぜ?相棒」

 

 

 もしもの時には俺もいるからな。

 

 すると、五月は目を丸くしたあと。

「………うん、ありがとね」

 

 

 安堵の表情を向けてきた。

 

 

「じゃあ……早速付き合ってもらおっかな」

「おま、そう言うことなら早く言えよ……」

 

………人使いの荒いお嬢さんだぜ、本当によ。

 

 

 

side風太郎

 

「………お前」

「風太郎君」

 

 

 指定された場所に向かう俺の前に、一人の影が現れた。

 

 

 夜の校舎の暗闇の中、そいつは純白のコートと、帽子を身に纏っており………どことなく、ミスマッチを感じるのは、きっと服装のせいだけじゃない。

 

 

「………零奈」

「久しぶり……」

 

 つい数ヶ月前……いや、数時間前にも会ってるはずなのに、その姿と立ち振る舞いは、6年前、初めて会ったあの初恋の子を感じた。

 

 

 要は………コイツの中身が、あの時会った子って訳だ。

 

 

 そして………その中身は。

 

「……じゃ、ないだろ?四葉」

「…………ごめんね。

 

 

 

 私は、約束守れなかったよ」

 

 

………四葉だったんだな。

 

 

 

side四葉

「自分は、無意味で必要ない人間だと……同じようなことを言っていた人を知っています。

 

 そして、その人は今……前を向いて歩き始めています」

 

 

 やっぱり、さすが風太郎君だ。

 

 

 ずっと正しく努力してきただけじゃない。

 

 たった一年で……血のつながりのあるお父さんも見破れなかった、わたしたちの変装を見破れる様になるなんて。

 

 

「ごめんね………ずっと、約束を覚えていてくれたのに」

 

 バレてしまったとは言え……帽子やカツラを外すことはしない。

 

 

 かつて私は……この姿を使って、身勝手にこの思い出を消し去ろうとして。

 

 

 結局残ったのは、消し去れなかった私と……追い打ちをかけられた風太郎君。必要もなく傷つき……涙した五月だけだった。

 

 

 これは……そのケジメのようなものだ。

 

 

「……そんなこと気にすんな」

 

「風太郎君は、気にしてないの?」

 

 そんな私への気遣いの言葉に、思わず問いただすと。

 

 

「………大事なのは、昔のことより今だろ?」

 

 

 風太郎君は、少しの躊躇いの後。

 

 

「………もう、君との思い出に頼らない。

 

 

 

 自分で自分の価値を探しに行くよ」

 

 

 と、真っ直ぐに私を見つめて告げてきた。

 

 

………おめでとう、風太郎君。

 

 

 君は……過去から踏み出せたんだね。

 

 

 それなら、私も………

 

「あなたも、過去から踏み出せますように」

 

 

 過去から踏み出そう。

 

「なら、私もこれが最後!」

 

 

 

 私は……かつらと帽子を外して。

 

 

「え?何を……」

「……大好きだったよ、風太郎君」

 

 風太郎君との距離を、一瞬だけゼロにした後、その場から立ち去り。

 

 

 そのすぐ後に聞こえた、遠くへ向かう足音に……私の初恋にもピリオドが撃たれた。

 

 

side五月

 

「……四葉」

 

 こちらに歩いてくる四葉に駆け寄ると、その顔は涙でぐちゃぐちゃだった。

 

 

「……五月」

 

 私の顔を見ると、その顔には少しだけ罪悪感が差し込んでいた。

 

……多分、期末前に今の四葉と同じ格好をした時のことを気に病んでいるのだろう。

 

 そんなこと、気にしなくていいのに……少なくとも、私はそれを承諾して行ったんだ。

 

 その時に色々あって泣いちゃったのも………四葉のせいだとは思ってない。

 

 

「……大丈夫です。大丈夫ですよ」

 それを示すのも兼ねて、四葉を抱き締めると。

 

 

 次の瞬間、四葉の慟哭が胸に響いた。

 

 

 

「上杉君……ここまでして、選んだ子も泣かせたら、許しませんからね」

 

 

 

side奏二

 

 泣きじゃくる四葉を抱き締める五月。

 

 

 しばらく、その光景を眺めていた俺は……そこから踵を返す。

 

 

 元々俺はこう言うシチュエーションは苦手だし……俺には俺でやることがある。

 

 

「んじゃ、俺もお仕事しますかっと……」

「ええ……お願いします」

 

 

 その仕事とは………

 

「好き嫌いはダメですよ、ってか?」

 

 まあ……五月の真似事だな。

 

 

 

side風太郎

 

 初恋のあの子は四葉だった。

 

 

 その時からずっと、彼女は俺を好きでいてくれた。

 

 

 

………だが、俺は彼女を選べなかった。

 

 

 

 ただの悪ガキだった俺に、ここまでこれたきっかけを与えてくれたのは……間違いなく彼女のおかげだ。

 

 

 そのことにはすごく感謝してるし……それに答えられなかったことは正直すごく苦しい。

 

  

 でも……

 

「フータローのおかげで、少しだけ考えちゃった。

 

 

 私にも、できるんじゃないかって。

 

 

 だから……責任とってよね」

 

 

 だけど………

 

 

「当ててほしい……フータローに」

 

 

「………あたり!」

 

 

「………好き」

 

 

 それでも………!

 

 

「私はもう、自分の夢に進みたくて仕方ない」

 

 

「私はもう……迷わない」

 

 

「返事は後で聞くね」

 

 

 俺が進みたいのは………!

 

 

 

 そうして、俺は未来への扉を開けた。

 

 

 

「待たせたな………三玖」

 

 

 

side一花

 

 

 屋上にいた私は、自販機で何かを買うフータロー君が見えた。

 

 

 その買ったものは………林間学校の時にもらって、見覚えのある緑の缶。

 

 

 つまり、彼はやっと……決断したのだ。

 

 

「やるじゃん、フータロー君」

 

 そして、逆説的に私は選ばれなかったことになる。

 

 

「……ま、色々やっちゃったしなー…」

 

 これまでのことを思い返して、適当に言い訳を並べてみるけれど………それでも、胸の痛みは消えることはない。

 

 

 それほどまでに……私は、彼のことが好きだったんだ。

 

「………フータロー君やソージ君のこと、言えないかもね」

 

 自嘲とも後悔とも言えるような事を呟きながら、私は月明かりと夜風に慰めを感じていた。

 

 

 月の光は私を優しく照らしてくれるし……夜風はこの涙を飛ばしてくれるから。

 

「今だけは、お姉さんにさせないで……」

 

 

side二乃

 

 

 どこかで、扉が開く音がした。

 

 

 

 ここか……それとも別の部屋か。

 

 

 どちらかを知るべく、私が振り向こうとした時。

 

 

 

 私の足元に、何かが飛んでくる。

 

それは………トランプのジョーカーのカードだった。

 

 

 

 

「ジョーカーは外れだ……二乃」

 

 

 別の所から聞こえた足音と、町谷の宣告で、ハッキリと悟る。

 

 

 

「悪趣味にも程があるわよ、アンタ」

 

……つまり、終わったのだ。

 

 

 涙を悟られないように、その声の主を追い返そうとするが……その足音はどんどん大きくなる。

 

 

 やがて、私の隣に並んだそいつに、ビンタの一つでもかましてやろうと振り向いた瞬間。

 

 

 私の目には、黒い背中が映し出された。

 

 

 

 要はコイツはここまできて、なぜか私に背を向けたのだ。

「……何よ」

 

 振りかぶった腕を下ろしながら、困惑をぶつけると。

 

「……見な」

 

 

 ケータイのバイブ音と共に、町谷が短く告げた。

 

 よくわからないが、画面を開くと……。

 

 

 

 

「………バカ!」

 

 

 "陰で泣いてりゃ、誰もわからん。

 

 

 ちなみにそこの窓は若干反射するぜ"

 

 

 

 最低かつ悪趣味で……今の私にはありがたい気遣いをしてくれた町谷の背中に、涙が溢れた。

 

 

 要は、私の泣き顔をバッチリ見ていたのだ。

「……おい、背中を殴るな。一応怪我人だぜ?俺は」

「なら、こんなことするんじゃないわよ……!」

 

 

 やがて……悲しいんだか、恥ずかしいんだか、腹立たしいのかわからない感情を、その背中にぶつけていた。

 

 

「………試合はまだ前半戦だぜ。たしか、お前の思いはずっと変わらないんだろ?」

「……ホント、五月はなんでアンタなんかに惚れたのかしらね」

 

 本当……コイツには敵わない。

 

 

 

side奏二

 

 扉の音は別の場所からだが……すくなくとも、上からは聞こえなかった。

 

 

 つまり……一花は選ばれなかった。

 

 

 四葉は五月のところにいるし……あとは、風太郎が選ばなかった方の部屋に俺が行った。

 

 

 

 と、言うことは………選ばれたのは三玖だ。

 

 

 とりあえず、ここにいないアイツには、警告を送ることにする……祝福は他の奴らの役目だからな。

 

 まず、これから三玖は、風太郎の彼女と言う座を守らなければならない。

 

……現に、二乃はまだ諦めたつもりはなさそうだし。

 

 そして、人と深い関係になると言うことは……見てこなかった一面を見ることにも繋がる。

 

 人は万華鏡やボールのようなもので、1ミリでも見る場所を変えれば、見えるものは変わってくる。

 

 それを受け入れられるかどうか……それができないなら、人を愛することはできない。

 

 

……それは俺にも言えることか。

 

 

 なんせ、俺は同じところにいると、ケツが痒くなってくる。

 

 つまらないと感じたら、すぐに他に目移りしちまうしな。

 

 

 まあ、つまり………

 

 

「お互い気をつけようぜ……お二人さんよ?」

 

 

……って事だな。

 

 

 

side三玖

 

「………待たせたな。三玖」

「え?」

 開かれた扉と、かけられた言葉に………私は変な声が出た。

 

 

 好きになってもらえるように、頑張りはしたけど………きっと、私は選ばれないと思ってたから。

 

 

 

 いつもしっかりものの大人で、今をときめく女優で……まるで高嶺の花な一花。

 

 

 

 家庭的で、自分の芯をしっかり持てて……やかましいけど、優しいところのある二乃。

 

 

 

 数年来の想いを、ずっと一途に抱き続けることができて……なおかつ、誰かのために必死に動ける四葉。

 

 

 

 迷いながらも……苦しくても、私みたいに縮こまる事なく、前に進み続ける強さを持つ五月。

 

 

 そんなみんながいるなら………その中から五月を選んだソージのように。

 

 

 男の子たちは皆んな、他の姉妹を選んで………私が選ばれることなんて、きっとない。

 

 

 

 そう思ってたのに……

 

「………痛い⁉︎」

「おい、夢じゃねえって……」

 

 

 今、フータローは私の前にやってきた。

 

 夢なんじゃないかと頬を引っ張ってみたけど……どうやら夢じゃないらしい。

 

 

 じゃあ………

 

「私が……?」

「そうだよ……俺はお前を選んだんだ」

 

 本当に私を…………?

 

「私でいいの?」

 

 

 嬉しい。

 

 

 とっても嬉しい。

 

 

 でも……だからこそ、夢なんじゃないかと疑ってしまう。

 

 

 手に届かないと思ってたから……余計に。     

 

 

 そんな、喜びと不安の境目に立った私の体は。

 

 

 

「……俺は三玖がいい。三玖じゃなきゃダメなんだ」

「……フータロー‼︎」

 

 

 その言葉を聞いた途端に、彼の胸の中に飛び込んでいた。

 

 

 喜びの感情が爆発し、深くは考えられないけど………

 

「私もフータローがいい……!

 

 フータローじゃなきゃヤダ………!」

 

 

 これだけは、確かに言えたような気がした。

 

 ありがとう……私を見つけてくれて。

 

 

 ありがとう………私を、選んでくれて。

 

 

 

 ありがとう‥‥私を、好きでいてくれて。

 

side風太郎

 

 

 出会った頃よりはマシとは言えど、飛び込んできた三玖を支えるには、まだまだ筋力が足りないようで。

 

 

 

「……イッテ!」

「あ、その……ゴメン」

 

 

 虎岩旅館の時のように、俺は尻餅をついていた。

 

 

 教室の床は木の板なので、当然尻が痛いが……まあ、待たせた分のツケを支払ったということにしておこう。 

 

 

………と言うか、そんな事より言わなきゃいけないことがあるからな。

 

 

「三玖………お前に伝えたいことがあるんだ。聞いてくれるか?」

「………うん」

 

 気を取り直すように提案すると、三玖もそれに合わせてくれたかのように、穏やかな笑みを讃える。

 

 

 

 そんな彼女を前に、深く深呼吸して。

 

 

「俺は………思えばいつも、お前を見ていた」

 

 

 この一年ちょいで見出した、答えを話し出した。

 

 

 

 俺が三玖から初めてもらったものといえば……敗北と自信だ。

 

 

「日本史の知識で負けて………バカだと思ってた奴に、勉強で負けて悔しかった。

 

 

……だが、そこからお前に負けないほどに歴史を勉強して。

 

 

 お前に認めてもらった時、めちゃくちゃ嬉しかった」

「……確かに、一日で私レベルになるなんて思ってもみなかったよ」

 

 そしてそこから……大体俺のそばにいた三玖から、いろんなことを教わったし……もらってきた。

 

 

「俺が適当に並べた、好みのタイプをずっと覚えてくれてて……それで、努力を今まで続けてきたのを見て、恋の凄さを知ったし。

 

 二乃や五月の家出に、四葉の陸上部の件とかで……自分自身が嫌になりそうな時も、俺のことを考えてくれてたって奏二から教えてもらって、すごく救われた。

 

 川に落ちた時の、あの言葉があったから……立ち直ることができたんだ」

「……うん」

 

 春休みでの五つ子ゲームや、修学旅行、一花の退学を止めようとした時などなど。

 

「………もう、自分の夢に進みたくて仕方ない」

 

「俺が何かにぶつかった時……いつも、俺のそばにいてくれて。

 

 

 俺を導いてくれて。

 

 

 俺に、いろんなものを与えてくれて。

 

 

 凝り固まった俺に、新しい道を切り開いてくれた」

 

 そして何より……

 

 

「……好き」

 

「フータローは、私にとって特別な人だから」

 

 

「もっと知りたい!

 

フータローの事、全部!」

 

 

「私のことも、全部知ってほしい」

 

 

 

 自分の全てで、俺の全てを求めてくれた人の事を、好きにならないわけがなかったんだ。

 

 

 多分、それまで一番仲の良かった奏二にすら話したことのなかった、死んだお袋の話を三玖に話した時から。

 

 いや、もしかしたら、偽五月を三玖だとなんとなく思った時から。

 

 

 俺は、三玖に応えたいってなって……多分、三玖のことが好きだったんだ。

 

 

 

 それをずっとわからずに……三玖からのサインに気づかずに、ここまで引き伸ばしてしまった。

 

 

 

 とんだバカ野郎な俺だが……もう、ここでそれを終わらせる。

 

 

 

「だから……今度は俺の番だな」

 

 

 

 俺は、三玖の手を握って。

 

 

 

「俺は……お前のことが好きだ。

 

 

 三玖。

 

 

 

 俺と付き合ってくれ」

 

 

 ようやく、全てを三玖に伝えることができた。

 

 

 

 

side三玖

 

 

 ここまで、本当に頑張った。

 

 フータローに好きになってほしくて……応えたくて。

 

「頑張ったんだよ……」

 

 フータローからの告白に、私はそう返すことしかできなかった。

 

 

 感極まるなんてレベルじゃないほどに、込み上げるものが多すぎて……しゃくり上げながら、それくらいしか伝えられない。

 

「………本当に、頑張ったんだよ?」

「……ああ。知ってる」

 

 

 フータローの腕の中、背中をさすってもらいながら………私はここまでのいろんなものを、なんとか伝えたくて必死だった。

 

 

「随分、待たせちまったな」

「本当だよ……すごく、待ってたんだから。だから今、全然上手く応えられない。

 

 

 切腹……本当、切腹ものだよ」

 

 こんなに泣かされて……こんなに、ぐちゃぐちゃにされちゃって。

 

「………責任、とってよね?」

 

 これはもう……一生かけて欲しいレベルだ。

 

 

……いや、こんな嬉しいのが一生続くなんて、おかしくなっちゃうのかもしれない……。

 

「………ああ。ところで、返事の方は……」

 

 

………でも、いいや。

 

 

 嬉しいのがずっと続くのは、絶対いいことなんだから。

 

 この喜びの渦に、この先を委ねるのも悪くない。

 

 

 

 だから……私の答えはもう、ずっと前から決まってる。

 

 

「うん……ずっと、私の事をよろしくね」

 

 

 そして今……ようやく、その答えを返すことができたのであった。

 

 

 

 

 side二乃

 

「……どうしたのですか?なんだか痛そうですが」

「二乃も、なんか目が赤いね」

 

 町谷の背中で泣いた後、少しスッキリした私は。

「聞いてくれよ、ひどいんだぜ?どっかの暴走機関車に轢かれたんだ」

「フン!あんな乙女の敵みたいな事しといて、それだけで済ませたんだから感謝しなさいよね!」

「………これは、多分ソージ君がなんかしたと見た方がいいかな?」

 

 一花、四葉、五月の3人と合流して、いつも通りのやりとりをしていた。

 

 

 さっきまでのシリアスなムードが、まるで嘘であるかのように。

 

 

 そして、ここにいないのは……フー君とあの子だけ。

 

 

 つまり………フー君に選ばれたのは、三玖と言うわけだ。

 

 

 

 そして、噂をしていれば………その二人がやってくる。

 

 

「………お前ら」

「みんな…」

 

 既に、フー君の腕に抱きついてる三玖からは、幸せオーラが満ち溢れており……やはりと言うか、何というか。

 

強敵であることは間違いないと再確認する。

 

 

 だが………上等だ。

 

 

 相手が強いほど………こっちだってやりがいがある。

 

 

 そんな三玖が、顔に少しの罪悪感を滲ませる前に。

 

 

「………三玖!

 

 

 ここからは第二ラウンドよ。

 

 

 少しでも隙を見せたら、私がフー君を取っちゃうんだから、覚悟しなさい‼︎」

 

 

 この恋の第二章を、高らかに宣言した。

 

「………いいよ。二乃が入り込む余地がないほど、フータローを私の虜にしちゃうから」

 

 

「お!ならおねーさんもエントリーしようかな?」

 

「な、なら私もそうするよ!」

 

「町谷君⁉︎私の懸念を聞いた後で、何を吹き込んでるんですか⁉︎」

 

「悪いな!トリックスターの性分だ。

 

 日常はこうでなくちゃ、面白くないぜ!」

 

「お前らな……まあ、俺も気をつけるよ」

 

……うん、やっぱり私たちはこうでなくっちゃね!

 




いかがでしたか?

 告白後の展開を、14巻を片手に考えてみましたが……シリアスはもう御免という事で、ギャグテイストに終わらせてしまいました。

 次回は、久しぶりのほのぼの日常回……要は、五つ星プランのあたりの話になります。


 お楽しみに!


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第58話 そしていつもの日常へ

お久しぶりです、更新です。


今回はちょっとした後始末と……ここから一気にラストまで進むので、その前の小休止みたいなものと考えていただければ。


 病院にて。

 

「うん……これなら、明日には退院しても大丈夫だ」

「……そうすか」

 

 親父さんの診察を受けた俺は、退院の許可を得てとりあえずホッとしていた。

 

「………何か気になることでもあったのかい?」

「いや、今日一日色々ありすぎて………」

 

 目を覚ましてや否や、全力疾走の上に渾身のパンチを叩き込んで。

 

 

 それで痛みに倒れて、保健室に運び込まれたかと思えば、奏一さん達と霊界通信みたいな事をして。

 

 

 それで、色々とスッキリして目を覚ましてからは、里中との和解から始まり、五月からの依頼を受け、二乃から理不尽な暴力を受けた。

 

 

 

「………なんか、本当に後は寝るだけでいいのか?みたいな感じが」

「それはまた、随分濃密な時間を過ごしたみたいで何よりだよ」

 

 エピローグみたいな気分でいた俺に、親父さんはどこか棘のある口調で返してくる。

 

 

……まあ、この人からすれば入院してきたかと思えば、なぜか抜け出してた聞かん坊でしかないが。

「………すみません。あと、里中のこと」

 

 とりあえず謝罪をしつつも、里中の妹さんのことについて聞くと。

 

「彼女については、僕が責任取って治療する。

 

……だから、君は早く休みなさい。僕からしたらそちらの方が心配だよ」

 

 

 ため息混じりの返答で念を押されつつ、親父さんは扉を閉めようとしたが、突然こちらを振り向いて。

 

 

 

 

「あと、親として……娘達を守ってくれた事には、感謝を申し上げたい。

 

 ありがとう、町谷君」

 

 

 

 鋼鉄の仏頂面に、少しの緩みを見せてきた。

 

 

 

 

side村山

 

 

「奏二君‼︎良かった、無事で……‼︎」

 

 数日前。

 

 自分が死ぬかもしれないと、死んだ後の相談をしてきた奏二君を、私は何度めかもわからない説教をした。

 

 でも、この子がそれで止まった試しは一度としてなく………一昨日に病院に運ばれた事を知り、昨日行ってみれば………もぬけの殻で。

 

 

 

 それで今朝、どこと無くバツが悪そうにしながらも、孤児院にやってきた彼を見つけて、今に至る。

 

 

「死ぬ死ぬ詐欺の記録更新の報告に来たぜ……ってか?」

「そんな詐欺なら何万回でも大歓迎よ、バカね……!」

 

 奏二……いや、優一君とは、10年以上の付き合いで……言わば、歳の離れた弟であり……親族のいない私に取っては、残されたただ一人の家族みたいなものだ。

 

 

 それなのに、この子ときたら……いつも自分勝手に、自分の命を危険に晒すような無茶ばっかりする。

 

 

 挙句の果てには、痛々しい姿で、ブラックジョークをして来るんだから、取り残される方からしたら溜まったものではない。

 

「ホント、バカなんだから……」

「そうですね。それに関しては頭でっかちのおバカさんです」

「おいおい、2人してバカだバカだ言いやがって。

 

 へそ曲げちゃうぜ?」

 

 付き添いできてくれていた五月ちゃんも、実感を込めたように彼にジト目を向ける。

 

………その姿に、初めて会った時に見せた、優一君のために泣いてくれた姿とその優しさに、偽りがなかった事を実感した。

 

 また、優一君も……五月ちゃんの事を凄く大切に思ってることが、病室にあった手紙から容易に推察できる。

 

 

 だからこそ……そんな五月ちゃんのためにも。

 

 私はまた、彼にこの言葉を向けるのだろう。

 

 

「ホント、もう無茶しないでね?」

 

 こんな素敵な子がそばにいてくれるんだから……置いてけぼりにしちゃダメよ?奏二君!

 

 

「約束はできねえぜ」

「そこはしようよ⁉︎」

………ホント、バカなんだから!

 

 

 

side奏二

 

 学園祭が終われば、いよいよ受験から目を背けることができなくなり。

 

 

 数日もすれば、受験勉強ムードが常にどこかしらで漂うようになっていく。

 

 

 当然、我らが勉強の虫たる上杉風太郎も、日本最難関のあの大学を目指して勉強を開始していくのかと思いきや。

 

 

 

 

「………悪い。もう一度言ってもらえるか?」

「だから……!その、三玖とどこかにいきたいなって」

 

 なぜか、恋愛相談を持ちかけられていた。

 

 

 

「おいおい、随分呑気なこと言い出してんなお前」

「まあ、それはそうなんだが…」

 勉強でこいつが俺に相談することは多分ない。

 

 

 だから、てっきり大学に行くための金がないとかって、金策の相談だと思っていたら、まさかの内容である。

 

 俺が面食らっている間にも、風太郎はその経緯を話す。

 

 

「………その、付き合いだしてから色々してくれてるのに、何もしてやれてねえなーって…」

「まあ、三玖は専門行くからな……」

 

 因みに、三玖は料理の専門学校に行くらしく、受験勉強はほぼやってない。

 

……試験があるにはあるが、三玖なら問題なく解けるレベルだから、普段の勉強でも十分なのだ。

 

 

 なので、風太郎の彼女としてお弁当を持ってきたり、お茶を淹れたりと献身的なサポートに磨きをかける毎日である。

 

 

……まあ、そのお陰で受験勉強をしなければならない二乃は、やきもきしてる訳だが。

 

 で、そんなのが少し続いたある日の放課後に、風太郎に呼び出されて今に至る。

 

 

「とは言っても、三玖は毎日楽しそうにやってるし、礼さえ言ってりゃ気にしなくても良いんじゃねえの?」

 

 幸せそうに風太郎の世話を焼く、三玖の顔を思い浮かべながら聞いてみるが、どうやら風太郎はどうしてもお返しがしたいようだ。

 

「……まあ、お返しをしようって言う気概は買ってやるよ」

「お前に売ったつもりはないぞ……で、何かいい案はないか?」

 

 ため息混じりの問いかけに俺は少し考えようとして……やめた。

 

 

 

「………良いところにいた。

 

 三玖!風太郎がお前とデートしたいってよ!」

「「え⁉︎」」

 

 偶々、噂の彼女さんが通りかかったからだ。

 

 

 

side二乃

 

「………もう一度言ってもらえるかしら」

 三玖の口から飛び出した言葉に、私の心中は穏やかではいられなかった。

 

 なぜかって?

 

 

「その、フータローとデート行くんだけど……メイクやファッションを教えてほしいなって」

 

 なんと、恋敵である私にデートのアシストをしてほしいと頼んできたからだ。

 

 確かに、三玖は私や一花に比べて美容にそこまで頓着していないし、服装も地味なものばかり。

 

 だから、デートに行くには少し華がないとは思うが……なんで、わざわざ私のところに。

 

「一花や、五月に聞けば良いじゃやない。

 

……そもそもあんた、私がフーくんのこと狙ってるのを承知で頼んでる?」

「一花は仕事で忙しそうだし、五月は受験勉強で大変だろうから…」

「私も一応受験生なんですけど⁉︎」

 なんとも失礼な理由で、舐め切った頼みをしてくる三玖に、文句の一つもつけてやろうと口を開きかけたが。

 

 

「………それに、そう言うのは二乃が一番しっかりしてるの、知ってるから」

 

 間違いないと自信を込めての言い切りに、その言葉は封殺されてしまった。

 

……そう言われちゃうと、断れないじゃない。

 

 

 現に、今私の中では、途端に何通りのアドバイスを頭に浮かべてしまう。

 

 

 

「我ながら難儀ね…」

「どう言うこと?」

「なんでもないわ………」

 自虐的な気分を飲み込んだ私は、ひとまずは目の前の鍋に視線を戻すことにした。

 

 

「……ご飯の後、みっちり叩き込んでやるから覚悟なさい」

「……うん!」

 

 本当……世話の焼ける妹だ。

 

 

 

 

 

side奏二

 

 

「……お前が俺を誘って出かけるなんて。珍しいこともあるもんだな」

「まあ、学園祭の時は、あんたに色々してもらったからね。

 

 そのお礼よ………つーか、女の子と出かけるんだから、もうちょっとおしゃれしなさいって」

 

 

 風太郎と三玖がデートする予定の日に、デートの行き先の大型ショッピングモールにて。 

 

 

 その様子を背後から観察しようと思っていたが、俺は二乃に呼び出されていた。

 

 

 修学旅行の時に、行動を共にしていたとは言え……こうして2人で遊ぶのは初めてなので……結構新鮮である。

 

 

「俺としては普通にいけてると思うぜ」

「新鮮味がないのよ……後で適当に服見繕ってあげるわ」

「オカンかお前は……」

 

 しかし、普段通りの会話をしているだけで動きがない。

 

 

「……どこか行くんじゃないのか?」

「もう1人待ってるのよ。そろそろ来ると思うんだけど……」

 

 

 どうやらさらに待ち合わせていたらしく、その待ち人を待っていると………急に周囲がざわつき始めた。

 

 

 

「なんだ?芸能人でも来てたのか………」

「最近のイケメン俳優とか来てたら良いわよね……」

 

 俺と二乃が、なんとなくその方を振り向いてみると…………俺たちはそのまま唖然としてしまった。

 

 

 何故かって?

 

「あ、お二人ともお待たせしました!」

 

 

 俺たちのよく知る奴が、わけわかんねえ顔面を引っさげて来たからだ。

 

 

 

「五月…アンタその顔……」

「三玖がお化粧をしていたので、私もやってみようと……」

「おかめ納豆のパッケージに出てたりする?」

「⁉︎」

 素材の良さを殺す匠の技だな、こりゃ。

 

 

 

side三玖

 

 フータローとの初デートに私が選んだのは、林間学校の買い出しの時にも行った大型のショッピングモールだった。

 

 私達はどちらかと言うとインドア派なので、おうちデートとかでも良いかと思ったが………

 

 姉妹の誰かがいたら間違いなく揶揄われるし、万が一デートのその先まで行っちゃった時に、声が漏れてしまう。

 

 それに、あそこなら色々楽しめる……まあ、フータローと一緒ならどこでも多分楽しいからあんまりこだわる必要もないのだ。

 

 

 

「お待たせ…」

「いや、俺も今きたところだ」

 そんなこんなで、集合時間5分前にやってくると……既にフータローが。

 

 今きたところと言ってはいるが……ひょっとしたら、かなり前からいたのかもしれない。

 

 あるいは林間学校の時みたく、変なテンションになってたりとか……

「……大丈夫?風邪引いてたりしてない?」

「いきなりどうしたんだ……?

 

 なんともねえよ。

 

 それより、なんか雰囲気違うな」

 

 思わず聞いてみると、返って来たのは私の格好についての感想だった。

 

「楽しみだったから、ちょっとおしゃれしてみようかなって……どうかな?」

 

 今日のデートの為に、二乃からいろいろなメイクやファッションを教えてもらったのだ。

 

……普段はキャイキャイうるさいけど、こう言う時には役に立つ姉である。

 

 

 しかし、今日のメイクは私1人でやったものである為、不安でもあったのだが………。

 

「……なんか、華やかな感じがしていいと思う」

 

 

 風太郎の反応を見るに、結果は上々のようだ。

 

「……ありがと。照れてるフータローも可愛いよ」

「ほっとけ……てか、折角揃ったんだから早く行こうぜ」

「うん……そうだね」

 

 ちょっとした満足感と幸せに安らいでいく心に、背中を押されたような気分で、私はフータローとの初デートに、足をすすめていくのであった。

 

side風太郎

 

 生まれてこの方、彼女ができるなんて初めてのことで、勿論デートも初めてだ。

 

 だから、緊張で変なことをやらかして、折角誘いを受けてくれた三玖に呆れられないか心配だったが………

 

 

「え、化粧品ってこんなするのか……俺、男でよかったかも」

「食べ放題に行った方が、より満足できると思うのですが……」

「これから役に立つんだから、残念そうな顔しない!」

 

 

「………あいつらは何やってるんだ?」

「よくわからない組み合わせ…」

 

 目の前でわちゃわちゃしている知り合い達を前に、全てを持ってかれていた。

 

……てか、なんで五月はあんな麻呂みたいな顔してるんだ。

 

 そこは、雑貨屋とかではなくお洒落な化粧品売り場。

 

 見た目は3人とも良いからこそ、余計にその会話の内容が雰囲気とのミスマッチを招いてしまっているような気がしてならない。

 

「二乃は兎も角、奏二と五月にはあまり縁がなさそうな……」

「五月だって女の子だよ?まあ、イメージつきにくいのはわかるけど」

 

 五月をフォローする三玖も、その光景のミスマッチさには困惑を隠せない様子だ。

 

……なんか、さっきまでの緊張がすっかり抜けてきちまった。

「……声かけるか?」

 

 どこか拍子抜けしたような気分で提案すると、三玖はしばらく考えた後。

「あっちはあっちで楽しくやってる。

 

……私たちは私達で行こう?」

 

 仕切り直しと言わんばかりに、俺の腕に抱きついて来た。

 

 その行動に、盛り下がっていた気分は再び昂り始める。

………キスをして、告白までしたのに、この温もりと甘い匂いにはドギマギせずには居られないのだ。

 

「……俺、お前を選んでよかったよ」

「ふえ⁉︎

 

……フータロー、不意打ちは反則!

 

 禁止……天然ジゴロの女たらし…」

「おい、最後のは余計だろ…」

 

 顔を赤くして、モニョモニョしだした三玖に突っ込みつつも、どこか満たされたような気分で、デートを再開するのであった。

 

 

 

side一花

「うーん……貸した化粧品が、ごっそり減った理由がわかったよ」

「アレじゃバカ殿様みたいだもんね!」

 

 フータロー君と三玖のデートを観察しようと、四葉と共にショッピングモールにやって来た私は、化粧品を片手に困惑顔の五月ちゃんを見ながらため息をついていた。

 

 確かに、五月ちゃんは基本お肌のケアをするだけで化粧はしてないけど………それにしても、随分と厚化粧をしたものである。

 

 

「……四葉も後でお化粧の練習しようね」

「ええ?私は運動で汗かいちゃうからいいよ」

 

 ギクリと言わんばかりのリアクションをする四葉は、冷や汗をかきながら断るが………五月ちゃんのアレを見せられたら、流石に放っておくわけにはいかない。

 

「今の五月ちゃんみたいにしなきゃ大丈夫だから…ほら、フータロー君に振り向いてもらえるかもしれないよ?」

「そ、そうかなぁ……三玖に悪い気もするけど……」

 

 フータロー君の名前を出されて頭を悩ませる四葉を尻目に、私は3人のやりとりを観戦し続けていた。

 

 

side奏二

 

 バカ殿様の珍道中となってしまった俺達は、五月の化粧品を見繕った後、風太郎達を探していた。

 

 どうやら二乃も、風太郎達の動向は気になっていたらしい。

 

 だが……ショッピングモールとはそこかしこに誘惑があるもので。

 

「ん、ここって……」

 

 とある一店に、俺の目線が吸い寄せられてしまった。

 

 

「……どうしたんですか、町谷君」

「ここは……下着屋だけど、男物はないわよ?」

 

 そこはランジェリーショップであり、五月は首を傾げ。

 

 二乃は怪訝な顔をしているが……別に、下着が欲しい訳じゃない。

 

 

「………そういや、前にここでらいはちゃんと一緒に、五月が下着買ってたのを思い出してさ」

 

 修学旅行の時の一幕を思い出したのだ。

 

「五月と妹ちゃんが?……修学旅行の時?」

「おう……で、京都での三日目の時、二乃に池へ落とされた時にだ」

 

 興味を惹かれたのか、続きを促すような二乃に頷いて、ふと思った疑問をぶつけようとしたら、五月が急に飛び掛かって来た。

 

「町谷君‼︎あの時は私が持ってた下着が役に立ちましたよね⁉︎」

「……いや、俺が聞きたいのは、なんで下着を持ってたかって話だよ、普通下着なんだから着けるか履くだろ⁉︎」

「……確かに、考えてみたらおかしいわね」

 俺と二乃の疑惑の視線に、五月はしばらく考えるように間を置いた後。

 

 

「えーっと……アレです!もしもの時のエチケットアイテムです!できる女性の必須アイテムなんです!」

「聞いた事ねえよそんなん。

 

……いや。それだったとしても履いた三玖がタイツ越しでも恥ずかしがるレベルのものって、お前………」

「一花のを見習ったんですよ、私ももう高校生ですから……四葉のようなお子様パンツでは」

 

 半ばやけくそ気味に、意味不明な事を言い出していた時。

 

 

 

「ちょちょちょ⁉︎五月ちゃんストップ‼︎」

「五月、町谷さんの前でそれをハッキリ言うのはやめてえ!」

「一花⁉︎」

「四葉まで……⁉︎」

 もう耐えられないと言わんばかりに、一花と四葉が乱入して来た。

 

 

 

「………やっぱりお前らだったか」

「「⁉︎」」

 

 なんか尾けられてるなとは思っていたが……意外と釣り餌はあるもんだな。

 

side二乃

 私が今回町谷と五月を誘ったのは……フー君達が気になって、同志を募ろうとしたのはもちろんあるが。

 

……それと同様に、町谷と五月への借りを返すためだった。

 

 少し前までは、2人とも色々立て込んでいて……折角の学園祭も満足に楽しめていなかったと思うし。

 

 それがスッキリしたかと思えば……学園祭後から昨日まで、2人は受験に向けた勉強ばかり。

 

 

 いくら五月の夢がかかっているとは言え、2人とも両想いで……やっと、それが伝わりあったのに、デートのひとつもしないのは、流石に姉として心配だったのだ。

 

 

 だから、おせっかいを焼くと言う面もあっての今回だったが………どうやら、一花と四葉もフー君と三玖のデートを尾行しようとしてたようで。

 

 

 

「もう……!

 

 ソージ君ってば、たまにフータロー君以上にデリカシーがないよ?」

「五月もいくら動揺してたからって、あんな所でとんでもないこと言い出そうとして……!」

 

  

「「ごめんなさい……」」

 

 2人は、1階の噴水の近くにあったベンチで、一花と四葉の説教を受けていた。

 

 

「……お前がとんでもないこと言い出すから、2人して怒られてんじゃねえか」

「元をふっかけたのはあなたでしょう。むしろなんで私まで一緒に……」

 

 だが、2人はそんな状態でも変な小競り合いを繰り広げ始める。

 

「………ほんと、手間のかかる子達ね」

「なに達観してお姉さんムーブしてんだよ、本来ならお前もこっち側だろうが!」

「そうですよ、二乃だけずるいです!」

 

 

 私のぼやきを聞きのがさず、食ってかかってくる2人を見て、私のこの心配は杞憂となっていた。

 

 

「‥‥みんな、揃いも揃って何してるの?」

「…‥お前ら、こんな所でバカやらかしてんじゃねえよ…」

 

 

 ついでに、フー君と三玖も合流して来たし……このお出かけは終了ね。

 

 

「みんなでご飯食べに行きましょ……五月と町谷の奢りでね!」

「そうだねえ……2人と二乃にはお仕置きが必要だね」

「さんせー!」

「「ええ⁉︎」」

「私も……?まあ、いいわよ」

 

「……何があった?」

「わかんないけど……いいんじゃない?いつものこれも楽しいよ」

 

 

 でも……こうしてわちゃわちゃするのは、この先何があったとしても続いて欲しいと思った。

 




いかがでしたか?
 今回はいろんな方の二次創作を参考にさせていただきました。

 やっぱり、五月はおもしろ可愛いのが良いヒロインだなと再認識した気分です。

 そして次回は風太郎と奏二のそれぞれのプロポーズを書ければなと思います。

 それでは、お楽しみに!


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第59話 カウントダウン

はい、更新でございます。

今回は、原作に添えない部分が大半なのでかなりの難産でした。

楽しんでいただければ幸いです。


 どんなものにも始まりがあれば、終わりがあるもので。

 

 俺と五月の間のパートナー関係も、俺たちの家庭教師の関係も、もう残りわずかなものとなっていた。

 

 

 もうじきすれば新年となり、受験生達はセンター試験を経て、入学試験に突入する。

 

 つまり、どんなに長くなっても後数ヶ月でこの関係性は終わることになるのだ。

 

 今までの俺なら、そんなの当然だとあっさり受け入れたんだろう。

……そもそも、依頼が終わればクライアントとの関係が切れるのは当たり前のことだからな。

 

 だが……今、その当たり前に対して。

 

 どこか物悲しい気分になっていた。

 

 

「俺も変わってたんだなぁ…」

 

 

 

side風太郎

 

 

 少し前、俺はある考えを述べた。

 

「あいつらの将来を見つける手助けをしてやりたい」

 

 

 だが……俺はその時から、ある問題から目を背け続けていた。

 

 

「将来何になりたいんだ?俺…」

 

 

 自分の将来が、まだまともに見つかってないのだ。

 

 

 高校を卒業したら、大学に行って、いい企業に就いて、借金を返済する。

 

 

 今まで、なんとなく考えていたルートで、将来を見据えてるつもりになっていたが………

 

「もう、自分の夢に進みたくて仕方ない」

 

「だって二乃は、自分のお店を出すのが夢だもん」

 

「女優として生きていくって決めたんだ」

 

 今となっては、手助けをしようとしてた生徒達に先を越されている始末である。

 

 

「うーん……」

 そうして唸りながら図書室に入ると。

 

「あ!上杉さんも図書室に御用ですか?」

 

 四葉が、いつも通りの悪目立ちリボンを揺らして駆け寄って来た。

 

 

……そうだ。

 

「なあ、四葉。

 

 お前、将来なりたいものとかあるか……?」

 

 

 

side四葉

 

 風太郎君からの突然の質問に、面食らった私だが。

 

 改めて考えてみると………あまり思い浮かばない。

 

 いや、一つだけあった。

「あ!」

「何かあるのか?」

「お嫁さんです!」

「遊びで聞いたんじゃないんだぞ⁉︎」

 

 お嫁さんになりたいのは確かにあったが……その相手はもう三玖のものだ。

 

「ちょっとくらい良いじゃないですか、上杉さんの頭でっかち!」

 そのことに対して、せめてもの抗議をしていると、風太郎君はため息をつきながら。

「お前な……せっかく体育系の大学の推薦来てるんだから、何か考えたりしてねえのか?」

 

 

 そう聞いてきたので、もう少し考えてみると……やっぱり、長年の積み重ねというか。

 

「私は……やっぱり、誰かのサポートをして支えることが自分に合っていると思います」

 

 始まりは、決して誉められたものじゃないけど………

 

 

「諦めから始めたことでしたが、今ではそれも誇れることだと……価値があると思えるようになったんです」

 

 困ってる人を放っておきたくないと言うのは、紛れもない本心だ。

 

 

 だから……多分、将来の事で困っている風太郎君も放っておきたくない。

 

 

 私も将来についてはそこまで具体的に考えてないが……逆に言えば。

 

「今決まってないのなら、これから決めれば良いんじゃないですか?」

 

 

 長い人生の中で、大学に入ってからの色んな発見はきっとある。

 

 

 その発見を前に、すでに考えてしまっている道との天秤に掛けなくて良いのは……きっと、何も無いことのいい所だ。

 

 なにより。

 

 

「風太郎君には前に言ったよね?

 

 

……これから何を考えて、何を決めたとしても。

 

 

 私は、ずっと君の味方だよ」

 

 

 その背中を、私がずっと押し続けるだろうから。

 

 風太郎君のお嫁さんは無理でも……これくらいはいいよね?

 

 

 

 side風太郎

 

 四葉の言葉は、言ってしまえば成り行き任せの賭けだ。

 

 

 現実的に考えれば、多分良策ではないだろう。

 

 

………でも、答えが見えないままじっとしてるよりは、答えを探しに動いた方がいい。

 

 

 それに……出てきたものはどうあれ、俺の背中を押してくれようとしてるのは、伝わってきた。

 

 

「……ありがとな、なんかスッキリした」

「いえいえ、これくらいお安い御用です‼︎」

 

 俺は、お礼を言って四葉と別れる。

 さっきまで悩んでたことの答えは、結局出せてはいないが………不思議と今の俺は清々しさを感じていた。

 

 

 

「……まずは、物件探しだな」

 

 

side奏二

 

 

「………東京の安い物件?」

 

 十二月に入ったある日、俺は度肝を抜かれていた。

 

「………ああ。俺は、卒業したら上京しようと思う」

 

 風太郎の口から、そんな言葉が飛び出したからである。

 

 確かに、前々からやってた赤本を見て、なんとなくの予想はついていた。

 

 だが…抱いてしまった物悲しさから逃げるように、五月との勉強や仕事で、考えないようにして。

 

 なんとか紛らわそうとしていたのに、現実からの不意打ちを受けたような気分だ。

 

 

 とりあえず、気分を落ち着けるように。

 

「武田に相談してみたらどうだ?多分嬉々として探してくれるぞ。

 

 なんなら、家賃が安く済むとか言ってシェアハウスなんかも……」

「冗談は辞めてくれ、それはちょっと寒気がする……」

 

 武田を引き合いにしてみたが、風太郎は身震いするだけで、うやむやにはできそうにない。

 

「………で、どうだ?」

 

 そうして改めて提示された問いに対して、俺は知り合いの不動産を紹介してやることしかできなかった。

 

 

 そんなことがあった日から、心の底に打ち込まれた物悲しさは、胸を燻り続ける。

 

 その燻っていた感情は………やがて、黒い灰を纏わせていった。

 

 

"いっそ落ちてしまえば、この関係は続けられるかもしれない"と。

 

 

side風太郎

 

 奏二が紹介してくれた不動産屋で、安くて良さそうな物件は見つけた。

 

 金に関しては……バイトの給料をかなり貯めておいたし、元々卒業したら家を出るとは、高校入学の前から決めていたことだ。

 

 俺の武器が勉強だけならば、将来のため、学歴にこだわりすぎると言う事はない。

 

 その考えが、少し前までの宙ぶらりんにつながったんだとは思うが……だからと言って、そこに変化は無いはずだ。

 

 そう、変わったとすれば………

 

 俺の環境の方だな。

 

 少し前まで俺は、家族がいたとは言え基本的には1人だった。

 

 だが……今は違う。

 

 

 奏二に武田や前田。

 

 

 一花、二乃、四葉に五月……そして、三玖。

 

 俺にとって大切な存在が、いっぱい手に入ったんだ。

 

 そして、そいつらと送ったこの高校生活は……間違いなく、今までで一番楽しかった。

 

 だが……卒業してしまえば、その大切な存在達と作った今までのようにはいかない。

 

 

「見て、一花から連絡が来てる」

 

「これって、前言ってたドラマの役ですか?」

 

「凄ーい!合格できたんだ!」

 

 

 一花を除いた4姉妹……今はいないが、奏二とも歩いたこの帰り道は、もうやってこないのだ。

 

 

「全く、あの子は私たちの何歩も先を行ってるわね」

 先に奏二にやったその幕引きを、これからコイツらにもしないといけないと考えながら。

 

 それをやり遂げた一花の凄さを、二乃と同じように再認識していると。

 

「………アイツ」

 

 一花からのメールで、最早しつこいレベルでまた認識させてきた。

 

"フータロー君、次は君だよ"

 

 

 分かっているさ。

 

 まだ俺は、お前の家庭教師だからな。

 

 

 そうして俺は、顔を上げ……

 

 

 

「お前達に、言っておかなくちゃいけないことがあるんだ。

 

 

 俺……卒業したら、東京に行くんだ!」

 

 4人を前に、半ばやけくそ気味に打ち明けた。

 

「………そんなこと知ってますよ?」

「ええ、フー君ならそうだろうと思ってたわ」

「あえて聞くことはしませんでしたが……」

 

……………え?

 

 

side二乃

 

 フー君が、大学は地元じゃないのはなんとなく分かっていた。

 

 アイツの学力なら……多分、東京のあの大学に行くんじゃないかと思っていたし。

 

……今みたいに、本人から宣告されるのも覚悟はしていたのだ。

 

 

 それに。

「あっ、そう……俺だけ1人で盛り上がっていたのか…」

「あはは。 一生のお別れじゃないんですから……。

 

 

 それに、どこにいても私は上杉さんを応援してますから!」

 

 四葉の言う通り、私達は卒業後だってきっと付き合いはある。

 

「そんな寂しそうにしなくたって、住所さえ教えてくれればいつでも会いに行ってあげるわよ」

 

 そう……会おうとさえ思えば、会えるのだ。

 

「………ありがとな、お前たちと会えてよかったよ。

 

またな」

「ええ。また明日」

 

 珍しく、ニカっと笑ったフー君に答える五月の言う通り、明日もまた会えるのだ。

 

 

 だから、大して気にしなくてもいい筈なのに……。

 

 

 フー君と別れた私たちの声は震えていた。

「予想通りでしたね」

「珍しく寂しそうだったわ」

「でも、ちょっと嬉しいかも…」

「上杉さんのあんな顔が見られるなんて、ラッキー………………」

 

 

 それはそうだ。

 

「………バカ、泣かないって決めたでしょ」

「に……二乃だって…」

「寂しい……」

「もうすぐ、卒業なんですね…」

 

 どれだけ覚悟してたとは言え……

 

 やっぱり、この寂しさは拭えるものじゃないから。

 

 

 

side三玖

 

「……一花は、ある程度予想してたんだ」

「うん……まあ、かなり前に、本屋で赤本買ってあげたからね」

 

 フータローから上京すると聞かされた日の夜。

 

 涙目で帰ってきた私たちを見て、驚きの表情を浮かべた一花に今日のことを話すと、一花はそっかと言う一言で返してきた。

 

「でも、フータロー君が東京か〜……私は仕事で何度か行ったけど、大丈夫かな?」

「お上りさんみたいなことしかしないんじゃないか、とか?」

 

 そして、心配そうな顔をする一花は、私の言葉に頷いて。

「それもそうなんだけど……

 

 ほら、フータロー君が都会に染まって、そこで他の女の子と……!なんてならないかなって」

 私の密かな懸念事項を、図星でついてきた。

 

 

 そう……フータローはカッコいい。

 

 髪型や貧乏性、更にはノンデリカシーである程度デバフがかかるとは言えど、顔立ちは二乃を落とすレベルでは整ってる。

 

 更には、人の心に寄り添える暖かさや、真摯な態度。抜群の知性で……きっと、上京先で女の子たちを虜にしてしまうだろう。

 

 

 そんな子達を前に……たまにしか会えなくなる私は、霞んでしまうのかもしれない。

 

 でも……そんなことで譲ってるほど、もう私の諦めは良くない。

 

 

「大丈夫だよ。

 

 私がフータローの恋人で、フータローは、私の恋人だから」

 

 そんな私の言葉を聞いた一花は。

 

「あの三玖が大胆になったね……

 

 でも、それなら安心だ。私も諦めたつもりはないからね」

「いいよ…譲らないから」

 

 林間学校の時と同じように、宣戦布告をしてきた。

 

 

 

side五月

 

 上杉君の上京宣言から数週間経ち。

「町谷君、最近何か私に隠し事してませんか?」

 

 

 センター試験を後1週間に控えたこの頃。

 

 ここ最近感じていた違和感が、ついに噴出した。

 

 

「……隠し事?そりゃ、俺にだってプライパシーはあるぜ」

「そういうのじゃなくて……もっとこう、悩み事とか」

 

 怪訝な顔をする町谷君だが……一瞬、痛いところを突かれたような顔をしたのは見逃さない。

 

 

 数週間前……上杉君が宣言した辺りから、彼の表情がどこか浮かばれないものが多くなってきた気がするのだ。

 

 確かに、日々の勉強のおかげでレベルが上がっているとは言え、決して余裕をもって臨めるほどの学力はまだない。

 

 それが原因かもしれないが………私の勘としては、上杉君と似たような……いや、それ以上の爆弾を抱え込んでいる気がする。

 そんなものを感じながら、受験に100%集中するなんて無理な話なのだ。

 

 私の精神的衛生の為にも、どうか話してくれとその瞳を見据えていると。

 

 

「……ここ最近、ベルツノカエルと五月でのコラ画像作って遊んでたのは、悪かったと思ってるよ」

「茶化さないでください!」

 

 突拍子もない事を言い出したので、思わず声を荒げるが………えっ?

 

「……まさか、本当に作ってないですよね⁉︎」

「いや、もう消したから大丈夫……いててて!」

「何してくれてるんですか⁉︎というか、私の写真なんてどこで……!」

 

 

 どうやらそれも事実だったらしく、私は彼のこめかみにグリグリを食らわせて抗議して……じゃなくて!

 

「もう!そんなしょうもない事で、ウジウジ悩むようなあなたじゃないでしょう⁉︎

 

 諦めて、私に話してください‼︎」

 

 

 くだらない茶番で逃げようとする町谷君の、退路を絶つように詰め寄ると。

 

 

「………わかった。俺の負けだ」

 

 根負けしたかのように、苦笑した。

 

 

side奏二

 

 これまで考えていた事を話すと、五月は一花みたいな表情をして。

「………なるほど。つまり寂しくなっちゃったと」

「いや、そう簡潔に言うなよ……俺だってこんな気分になるの初めてなんだからさ」

 

 多分、この思いを抱えておかなくては……と思う反面、誰かに相談したかったんだとは思う。

 

 だが………その相談する相手が相手で、これではカミングアウトのようだった。

 

「学園祭の時、あれだけ言ったのに……同じ事でまた悩んでるなんて、女々しいったらありゃしないだろ」

「まあね……でも、ある意味安心したかも」

 

 そんなんじゃ、呆れられると思ったが……思いの外、五月はスッキリしたように笑い。

 

 

「…なんか、今まで悟りを開いちゃってるみたいで。頼りになる反面、心配だったんですよ?」

「俺も、少しは変わってんのかな」

 

 花火大会の時のことを思い出して、ようやくその意味を理解していると……五月は、「でも」と頬を膨らませて。

 

 

「私は、あなたに夢の半分を託しました。

 

 そして、ファーストキスも…あなただから捧げたんです。

 

 そんな簡単に、挫けたり……諦めようとしないでくださいよ」

 

 少し怒りの混じったような言葉に、俺は言葉を少し考えて。

 

「……悪かったな。お前はそんな軽いやつじゃねえか」

「ちょっと?それはどう言う意味で言ってるの?」

 

 五月が決めていた覚悟に対して、迷っていたことを謝罪すると、返ってきたのはなんとも頓珍漢な答えだった。

 

「流石の俺でも、このタイミングで体重の話はしねえぞ」

「………んんっ!そ、そうだよね……じゃなくて、分かればいいんです、分かれば」

「まあ、気にしてるなら運動に付き合うが…」

「畳もうとした風呂敷を、態々開こうとしないで!」

 

 そして、いつも通りのやりとりに発展して行くわけだが……なんだか、くすぐったいような気分に…もやが晴れていくようなスッキリ感を覚えていると。

 

 

「……だから、つまり!

 

 これから先、私達………いや、少なくとも私を!

 

 勝手に諦めようとしないでって事です!」

 

 五月は、俺の手をがっしりと掴んで、そう告げてきた。

 

「……ありがとう」

 

 俺も……覚悟を決めるとするか。

 

 

side五月

 

 私は、大学の校門前にいた。

 

 隣には……いや、周囲には、私と同じような感じの人たちがいっぱいいて。

 

 私達は、今か今かと待ち構えていた。

 

 もうすぐに迫る審判の時……入学試験の合格発表を。

 

 

 私のこれからがどうなるのか……それが決まる時を。

 

 

 そんな、これまでで一番緊迫した数分間を過ごしていると、やがて校門が開き。

 

 

 大学の職員らしき人が、大きな掲示板の前にやってきて………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん……皆んな………私、やったよ……!」

 

 

 張り出された合格発表者一覧の中にあった、私の受験番号を見て、思わず声が溢れた。

 

 

 

side奏二

 

 

 五月から、合格したと言うメッセージが届いて……俺の後ろから逃げ道が消えた。

 

 いや、俺に逃げ道がないのは昔からだな。

 

 俺に足りなかったのは……諦めの悪さと、覚悟だ。

 

 アイツは……諦めず、最後までやり遂げて。

 

 

 結果……自分の夢への切符を勝ち取った。

 

 

 だが……俺だって負けやしない。

 

 俺だって……もう、心に決めたから。

 

 

「さあ……行くか」

 

 そうして俺は、ある場所に向かうべく家の扉を開いた。

 

 

 

「給料3ヶ月分………賭けたんだ。もう後には退けねえぜ」

 

 小さな黒い箱を、懐に隠しながら。

 

 

 




はい、いかがでしたでしょうか。

実は今回は、奏二と五月の関係性を逆転させた様な感じで描いております。

大人を演じていた子供が、大人に導かれて、大きくなっていく……みたいなイメージですね。

逆に言えば、今まで奏二に助けられていた五月が、初めて奏二を助けたことにもなります。


 そして、次回は奏二と風太郎のプロポーズを描ければなと思っておりますので、お楽しみに!

 感想があれば、お待ちしております。


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第60話 始まる、新たな二重奏

 はい、奏二のプロポーズ回です。

 本当は風太郎のものも書きたかったのですが、それを考えたら投稿が遅くなりそうだったので、今回は奏二のものだけにしました。


 こう言ったものは書くのが初めてなので、変なところだらけかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです。


 珍しく弱気な彼に、発破をかけるが……正直、私は困惑の中にいた。

 

 

「………やっぱ、まだ大学に入学してすらないのに、気が早えかな?」

「何言ってんの。

 あんないい子、うかうかしてたらすぐ取られちゃうわよ?」

 

 奏二君が今まで、辛い目に遭い続けてきたのはわかっている。

 

 

 だからこそ、幸せになってほしいとも常に思ってきた。

 

 

 でも……まさか、私より先に結婚するかもしれないとは、誰が想像できたろうか。

 

 いつも彼が相談に来る度に、私は度肝を抜かれていたものだが……今回は、一味も二味も違った意味で度肝を抜いてきたのであった。

 

 

side奏二

 

 つい先日まで、俺が結婚なんて絶対にあり得ないと思っていた。

 

 大切な人に先立たれるのは、もうこれ以上経験したくないし、不倫だ価値観の違いだとかで、裏切られたくも裏切りたくもない。

 

 そもそも俺は自由気ままに生きてきたタチで、誰かとの結婚生活なんて想像できねえ。

 

 

 だから、異性付き合いなんざ……やりたくなったら、水商売の女と適当にやればいい。

 

 お互い商売だと割り切れているのなら、そっちの方が気が楽だ……と、割と投げやりに思っていたのだが。

 

 そんなクズの思考回路は五月の言葉で、かき乱されまくり……いまや、青春ときめく普通の男の子だ。

 

 てっきり、あのキスは脱走防止策みたいなもんだと思っていたが……どうやら、向こうは俺との付き合いを継続する気満々のようだ。

 

 

 まあ、俺も関係が続けばいいのにとかは思ったし、そう思えてしまうほどにアイツのことは好きなんだが。

 

 

 それにしても……バカだなぁ。

 

 真面目なくせして、なんでそこまで俺にお熱なんだか。

 

……とか嘯いてはいるが、その熱に見事に浮かされているのが、今の俺なので、なんとももどかしい話であって…………

 

 

 

 と、そんなふうに考えていると、やがて俺の頭はある結論を出した。

「………いや、もうウダウダ考えるのはやめだ!」

 

 

 箱に収めた婚約指輪が、お前が出した答えじゃないか……と。

 

「この際だ、どこまでも浮かれてやるぜ……!」

 

 

side五月

 

 まだ、夢の中にいるような気分で家に帰った私が、リビングへの扉を開けると。

 

 

「「「「五月(ちゃん)、大学合格おめでとー‼︎」」」」

 

 クラッカーを持った姉達が、夢のような現実を私に改めて見せてきた。

 

 

「五月ちゃん、本当によかったよー!」

「うんうん!ホントホント!」

「ありがとうございます、みんなのおかげです……!」

 

 一花と四葉が、感極まったように駆け寄ってくるのに、私も言葉が上擦らないように返事をする。

 

 

 そう、合格した事が信じられないほど嬉しくて、どこか夢見心地な気分なのだ。

 

 

「合格おめでとう五月。

 

 二乃がご馳走いっぱい作ってるから、ここにすわっててね」

 私の手を引いた三玖に導かれるようにソファーに体を沈めると、やがてテーブルには色とりどりのご馳走が並べられていき、最後にそれを作ってくれたのか、今までエプロンをしていた二乃が。

 

 

「本当、よくやったわ五月……今日だけは、好きなだけ食べてもいいわよ」

 

 若干涙ぐみながらも、満面の笑みを浮かべていた。

 

「うん………ありがとね、みんな!」

 

 

 決して、ここがゴールなんかじゃない。

 

 むしろ、ここから大学に行って……教員採用試験を受けてと、色々ある中で、やっとスタートラインに立てただけだが。

 

 それでも、そのスタートラインに立つまで必死に足掻いた自分の為にも、今は祝福の風に身を任せていた。

 

side風太郎

「ここに来るのも久しぶりだな…」

「奇遇だな、俺もさ…」

 

 五月からの合格報告を聞いた俺と奏二は、なぜか親父さんのいる病院に呼び出されていた。

 

「三玖達から早く来いって催促されそうだが」

「まあ、そん時は親父さんに謝ってもらおうぜ」

「免罪符にしてやるなよ…」

 祝賀会をするから来いと、三玖や二乃から言われているし、俺自身の勉強も佳境に入っているのだ。

 

 奏二みたいなことをする気はないとしても、早くそっちに行きたいのをなんとか堪えていると。

 

 

「待たせたね、2人とも……」

 

 白衣姿の親父さんが、俺たちの前にやってきた。

 

 

sideマルオ

 

 零奈さんの死後、彼女達を引き取ってからすぐ、僕が真っ先に不安になったのは……彼女達の将来だった。

 

 無論、引き取ると決めた以上見捨てるつもりはなかったが………成績はあまり良い方ではなく。

 

 その上、それに対する危機感もあまり持ち合わせていなかった。

 

 どんどんと成績を落としていき、特例で入れてもらった黒薔薇から、旭高校に転入させる際も結構苦労しており………正直に言わせて貰えば、これからこんな事がずっと続いて大丈夫かと言う気持ちはやはりあったものだ。

 

 

 そこで、理事長の息子である武田君を上回るレベルで成績優秀であり……なんやかんやで腐れ縁となった勇也の息子の「上杉風太郎」と。

 

 偶然……いや、幸運にも旭高校に入学していた、「町谷奏二」の2人を、娘達の家庭教師に採用して。

 

 

 

「色々あったが……君たちのおかげで、無事娘達は高校を卒業して……それぞれの進路を見つける事ができた。

 

 本当に感謝しているよ」

 

 

 まさか、1年以上の付き合いになるとは思わなかったし……わずか1年で、僕達家族の関係がこうも進展していくとは、夢にも思わなかった。

 

 正直、この選択は正気の沙汰ではなかった。

 

 いくら成績優秀とは言っても……彼らはまだ同年代の高校生。

 

 すぐになんらかの問題を起こして……やっぱりと思いながら、彼等にクビを言い渡し、プロの家庭教師を雇う。

 

 

 そうなるかと思えば……蓋を開けてみれば、この選択が結果としては最善の選択だったとは、小説よりも奇怪なものである。

 

 

 一花は今をときめく女優。

 

 二乃と三玖は料理の専門学校。

 

 四葉は体育大学の推薦合格。

 

 五月は教育系の大学に合格。

 

 

 まだ、ここからどうなるかはわからないが………それでも、1年前では考えられないほど明るいであろう未来であり。

 

 それを導いてくれたのは、紛れもなくこの2人だったのだ。

 

 しみじみと数奇な運命だと感じつつ、親として最大限の感謝を表していると、2人は驚いたような顔をしていたが、やがて。

 

「いえ、これは娘さん達の努力の結果です。俺たちは、ただそれを手助けしただけですから」

「そうそう……てか、むしろ感謝したいのはこっちの方だぜ。

 

 お陰で、無堂に一泡吹かせられたからな」

 

 頼んだ時よりも、他人ながら大きくなったと感じられる表情を見せていた。

 

 

 これで、彼らは僕から出された依頼を完遂させたことになり……自動的に、今の関係性はなくなる。

 

 

 だが……。

 

「そして、もう一つ」

 

 かつて上杉君が家庭教師を辞めた時、娘達が僕に反抗してでも囲ったように。

 

 

 きっと……僕たち家族と彼らの付き合いは、もう切っても切れなくなるのだろう。

 

 

 今日彼らをここに呼んだのは、お礼もあるのだが……本音を言うとこちらがメインだ。

 

 

 彼らは側から見ても、良い友人関係だが………それでも、僕は年頃の娘を持つ父親なのだ。

 

 そばにいる彼らに……改めて、釘を刺さなくてはならない。

 

 

 

「不出来な親だが………娘達との関係を、真剣かつ紳士的に考えてくれる事を願わせてもらうよ」

 

 そして、それを受けて2人は……前にも似たようなことを言った時と同じように。

 

 

「ええ、もちろ「なら、真剣に考えてたことを言わせてもらうぜ。

 

 

 

 五月さんと、結婚させてください」

 

 

 

………え?

 

 

「「え?」」

 

 町谷君のまさかの発言に、僕と上杉君の反応が被った。

 

 

 

side奏二

 

「え……そ、奏二?お前何言って」

「町谷君……そう言う冗談は流石に笑えないんだが」

 

 風太郎が目を丸くするのを尻目に、困惑を交えたような顔の親父さんに。

 

「本気さ………本気じゃなきゃ言えねえよ。

 

 取らなかった冷たい手を前に、後悔するのはもうたくさんだ」

 

 冗談じゃないと、きっぱり否定した。

 

 この決意を……冗談なんかで済まされてたまるか。

 

 

 さっきまでは、俺達は客と何でも屋だったから言えなかった。

 

 客に手を出すなんて、俺のポリシーが断じて許さないからだ。

 

 でも、今はもう違う………俺にとってこの人は、想い人の父親でしかない。

 

 だから、言って……乗り越えなければならない。

 

「嘘じゃないし……この気持ちからは、逃げも隠れもできないし、したくない」

 

 

 出来るだけ目を合わせ、本気である事が少しでも伝わるようにとしている俺に、親父さんは少しばかり鋭くなった目で。

 

「……ちょっと待ってくれ、そもそも君と五月君は」

 

 聞いてきたので、正直に頷く。

「ああ、まだ付き合ってない。

 

 だから、今から告白しに行く。

 

 断られればそれまでだが……それでOKを貰えたら、俺はもうそこまでぶっちぎる」

 

 そして、懐から指輪の入った箱を出して、中身を見せてやった。

 

 

「お前……なんか吹っ切れたな」

「踏み続けてたブレーキ、もう壊れちまったからな」

 風太郎の、若干尊敬を込められたような視線を感じつつ、親父さんの呆気に取られたような目線に正面から対峙する。

 

 

 そして……それによって生まれた緊張は、親父さんの口元が崩した。

 

 

sideマルオ

 

「君にはいつも、驚かされてばかりだが……今回の件は、その中でも最大級だ」

 

 諦めの境地に達していたような彼が、ここまでの願いを持てるようになったのは、ものすごく嬉しいものがある。

 

 そして、それを持たせてくれたのが誰かも大体想像が付く。

 

 とは言え、この場で宣言したことに……僕は呆れと称賛が混ざったような思いを思わずぼやいていた。

 

 だが……心のどこかでは、こうなるかもと思っていたのかもしれないと、どこかスッとする感覚が教えてくる。

 

 2年の学期末試験の前。

 五月は僕と町谷君の関係について聞いたりして……なにかと、彼を気にかけていた。

 

……いや、それよりも前か。

 

 最初からずっと、繋がってたんだ。

 

 零奈さんの葬式でのやり取りの時から、2人の道は………。

 

 

「……でも、やっとなのかもしれないね」

「なんか、もっとギスギスするかもとか思ったけど……まさか、あの手紙を読んでたりします?」

「さあね……でも、五月が無茶をする君に胸を痛めていたのは知ってるよ」

 

 

 まあ、だからと言って無茶や予想外の行動ばかりする彼に、零奈さんから託された娘を引き継がせていいのかは……多少の不安が残る。

 

 だから……僕の答えはこれしかない。

 

「娘を悲しませるような真似をしたら、その時は承知しない。

 

 肝に銘じておきたまえ」

「ああ、俺には立派な反面教師がいるからな」

 

 

 そうして僕は、娘を嫁にやる父親になった。

 

 

 

 

side風太郎

 

「あ、遅いじゃないフー君!」

「ソージと一緒にお父さんに呼ばれたって聞いたけど………何かあったの?」

 

 中野家に入った俺は、二乃と三玖から早速聞かれたので。

 

「お前らの進路が無事決まった事に、お礼を言われてな……で、奏二は今親父さんからの用命で、この祝賀会への差し入れを選別中だ」

 

 あの大胆すぎる宣言を思い浮かべつつも、簡潔に説明した。

 

……まあ、俺の貧乏舌とセンスよりもアイツの方が適任だしな。

 

 

「お父さんが……それなら、直接ここにくればいいのに」

「なんか、これからやることがあるから無理だってよ」

 

 一花に返しつつも、なぜかワインセラーからボトルを見繕っていた後ろ姿を思い出す。

 

……たしか、あの人は祝い事の時にしか酒は飲まないはず。

 

 

「……なんだかんだで、嬉しいのかもな」

「………どうしたんですか、なんか気持ち悪いですよ?」

 

 分かんないと思っていたあの人のことを、少し理解できたような気になっていると、五月が失礼なことを言ってきやがった。

 

 

「お前こそ、なんだその空っぽの皿の山は……おまえ、受験勉強で運動もしてないだろうに、流石にその量は確実に太るぞ」

「な!祝いの席だと言うのに失礼な方ですね⁉︎

 

 それに、私はきちんと運動しますから!」

「さすが上杉さん、こんな時でもノンデリカシー…」

 違うぞ四葉。むしろこれは俺からの気遣いだ。

 

………せっかくのプロポーズ中にゲップなんてしようものなら、流石に台無しになっちまうからな。

 

 

 俺は、この場にいない親友の為のお膳立てに勤しむと同時に。

 

 

「………いつか俺も、プロポーズしないとだな」

「ふ、フータロー⁉︎」

 

 俺にも、その時が迫っていると感じていた。

 

 

「それってもしかして…」

「……どうかしたのか?三玖」

「……フータローの意地悪」

 

……あ、口を滑らせちまった。

 

 

 

side五月

 

「……主役を差し置いて何やってんだ、コイツら」

「いつもの流れですよ」

 

 レジ袋を片手にした町谷君が、説明できない状況の説明を求めてきたので、いつもの凌ぎ文句で応じる。

 

 

 

 そこでは、テディベアのように上杉君の腕の中に、三玖が収まっていた。

 

「……なあ三玖、ちょっと足が痺れてきたんだが」

「重いって言いたいのなら、切腹」

 

 曰く、「お仕置き」らしいが……何を言ったのかは上杉君が教えてくれないので、私たちはどう言う事なのかがわからないのである。

 

 そして、そんな状況に歯軋りしていた二乃が、我慢できないと言わんばかりに。

「三玖、そろそろ私に代わりなさいよ。急にお仕置きだなんて言い出して、フー君困ってるじゃない!」

「それじゃ状況変わんねえだろ!」

 

 欲望丸出しの注意喚起を飛ばし、上杉君に突っ込まれていて。

「二乃がここに来たら、フータローに香水臭いのがうつっちゃう。ここは私の場所なんだから」

 

「アハハ……むしろ、それが目的かもしれないね。犬が電柱にマーキングするのと同じ感じで」

「おしっこでやるやつだよね!」

 

「そこまで濃くやってないわよ!………あと、そこ2人は失礼な表現しないで頂戴」

 

 苦笑いする一花と、屈託ない笑顔の四葉に二乃が噛み付いていた。

 

………たしかに、あんな明るい顔で「おしっこ」だなんて言わないでほしいのはわかる。

 

 

「……まあ、いつものキャットファイトか。てか、週一間隔でやっててネタがつきねえのかよ」

「まあ、縁が深いのはきっと悪いことじゃないですし、いいんじゃないですか?」

 

 いつもの文句で、追求を逃れられてしまうほど見てきたこの流れ。

 

 

 感覚が麻痺してるのかもしれないが、これが普段の私にとっての平和な証であり………今の私にとっては、絶好の機会。

 

 

「……それに、町谷君に伝えたい事があったので、ちょうどよかったです。

 

 

 

 ちょっと外に抜け出しませんか?」

 

 ここから先の話は、2人でゆっくりと進めていきたいから。

    

 

side一花

 

 

「………さて、行ったわね」

「うん、何とかここは守り切った」

 

 こっそりと抜け出すように、この場からいなくなったソージ君と五月ちゃん。

 

 きっとこの2人は、知る由もないだろう。

 

 

「全く、家族よりもソージ君を優先するだなんて、お姉さんは悲しいなー」

「でも、そうなるのも無理ないよ。2人ともすごく頑張ってたもん。私は良いと思うよ」

 

 

 ここまでが、あの2人へのアシストだったなんて。

 

「お前ら、意外と良い姉貴やってんだな………」

 

 フータロー君は失礼な褒め方をしてくるが……いや、さっきまでのことがあるならその感想でも無理はないか。

 

 

 でも、五月ちゃんが途中からご飯があっても物足りない顔をしていたし。

………雰囲気から、何かを企てているんだろう。

 

 

 そして、その物足りなさを解消し。

 

 企てに関わるような人物となれば……もう、ソージ君しかいない。

 

 

 何をする気なのかは教えてくれなかったけど………まあ、頑張った末っ子にたいしての、姉達からのプレゼントだ。

 

 

「どうする?主役不在だが……」

「同級生美少女のお姉さん達が、まだまだ君を楽しませちゃうから安心してね。

じゃ、五月ちゃんの幸せを祝して乾杯しよっか!」

「そうね。町谷の差し入れもあるし……ここからは私のアピールタイムだわ」

「え、勝手に開けちゃって良いのかな……?」

「大丈夫、ソージがきっと五月にとっての最高のメインディッシュ。

 

……あと二乃、アレだけ言ったそばからのつまみ食いは許さないよ」

 

 

 

side奏二

 

「………なんか、あっという間だったね」

「……昨日まで、落ちてたらどうしようとかってビクビクしてたのに、随分なセリフだな」

「それは……アレだよ。喉元過ぎれば熱さを忘れるってやつ」

 

 月あかりに照らされながら、俺は五月についていく形で夜道を散歩していた。

 

 

「学園祭最終日から、数ヶ月は経ってるはずなのに……全然そんな感じしねえよな」

 

 思えば、いつぞやの冬にもこんなことをしていだ記憶があるが……あの時はこんな余韻に浸るような会話をするなんて、誰が予想できただろうか………

 

 

「………で、何か用か?わざわざ抜け出して、世間話をしたいだけじゃないんだろ?」

「もちろん用事はあるよ。

 

……でも、なんかこんなゆったりとした会話も久しぶりだもん。

 

 何だか落ち着くんだ」

 

 

 そんな、どこか実感のこもった返事に、しんみりとした空気が流れるが……まあ、今までバタバタしてたんだし、今日くらいはいいか………

 

 

「でも、そんなに町谷君がしてほしいなら…」

「……今度でいいわ。じゃあな」

「わー、待って待って!話すから帰ろうとしないで!」

 

 と、おもったが五月が調子に乗り始めたので回れ右をすると、慌てて食い下がってきた。

 

 

「冗談だ。ったく、一花じゃねえんだからよ…」

「もう、今日くらいは浮かれさせてよ」

 

 適当なベンチに座った俺の隣に、ジト目を浮かべながら五月が座り。

 

「………でも、今そうしてられるのも町谷君のおかげ。

 

 本当にありがとね」

 

 その表情を穏やかな微笑みへと変えた。

「……いや、俺は大したことはしちゃいないよ」

 

 その微笑みに数瞬引き込まれたが、それで終わっては俺の決意の出しどころが遠のいてしまうので、なんとか持ち直す。

 

 

「むしろ、凄いのはこれからだからな」

「……何をする気なの?」

 

 ベンチから立ち、五月の正面に移りながらの俺の前振りに、少し警戒するように身構えた五月に。

 

 

 

「中野五月さん。

 

 

 俺と、結婚を前提に付き合ってください」

 

 懐から、指輪の入った箱を取り出した。

 

 

 

side五月

 

「…………え⁉︎」

 

 

 町谷君からの、あまりに唐突な言葉に私の頭は真っ白になった。

 

「………冗談とかじゃないよね?」

「こんなところで冗談言うほど、馬鹿だった覚えはないぜ」

 

 夢なんじゃないかって思い、咄嗟に聞くが……帰ってきた恨めしげな視線に、その言葉は現実のもので……嘘や揶揄いじゃない事がはっきりした。

 

 

 いや、付き合うことが嫌なわけじゃない……むしろ、諸手を挙げて歓迎する。

 

 だが……大学合格まで一緒にいてくれたことのお礼も兼ねて、私から交際を申し出ようとしていたのに、まさか先を越されるとは。

 

 

「…‥夢みたい」

 

 でも、私だって女の子だ。

 

 そして、私を「お母さんの代役」じゃない、1人の女の子でいさせてくれた町谷君………好きな人からの告白が、欲しくないわけがなかったし、今こうして彼から差し出された手が………嬉しくないわけが無い。

 

 

「夢じゃない………俺はもう逃げないし、諦めない」

 

 私のことを真剣に考えて……悩んで。

 

 そして……私と一緒にいる決意を、その眼に宿しているのだ。

 

「だから、お前と一緒の未来を歩かせてほしい」

 

 なら、私の答えは………いや、私の答えなんて初めから決まってる。

 

 

 

「………こちらこそ、末永くよろしくね」

 

 頭に思い浮かべるこれから先は、いつもあなたとの二重奏だから。

 




いかがでしたか?

次回は、風太郎のプロポーズ回を書こうかと思います。

他の二次創作にて、素晴らしいプロポーズが飛び交う中で、皆様に満足していただけるがわかりませんが、頑張って書いていくので待っていていただけるとありがたいです。


 それでは、次回もお楽しみに!


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第61話 風の終着点

第61話にして、5年前の話としてはこの回が最後となります。

とはいえ、あとは書くことといえば風太郎の告白くらいなので、少し短くなっております。


それでは、本編の方にどうぞ。


 とある昼下がり、3月も残りわずかとなったある日のこと。

 

「1人で行くのは抵抗あったけど、実は行ってみたかったんだよね、本家の二郎らーめん。

 付き合ってくれてありがとう、奏二」

「まあ、女子1人で入るイメージはつかねえわな。

 

……ブレスケアいるか?」

「うん、一粒あるとうれしいかな」

 

 俺と五月は、東京のラーメン屋にいた。

 

 俺があの日に告白して、五月にOKを貰い。

 

「ようやくか」「やっとかい?」「むしろ今まで違かったの?」

 

 このような反応の下で、俺達は晴れて恋人同士になった。

 

 

 ぶっちゃけ、やってる事は今までとあまり変わらないが……それでも、お互いが呼び捨てにしあえるなど、距離の縮まりは確かに生まれている。

 

 で、なんやかんやしているうちに、風太郎は大学受験に余裕で合格し。

 

 卒業式を迎え、進学に向けた準備を進めていく中で……俺達は東京に行く用事ができて、今に至るってわけだな。

 

 その当時はすごく慌ただしかったのに、それをすぎてしまえばどうってことはないものだ。

 

 

……って、誰に向けてかもわからないダイジェストはここまでにしよう。

 

「荷物は既にマンションに運び込まれていて、三玖が先にいるはずだが……なんせ、体力なしコンビだからな。下手したら2人でバタンキューだ」

「んー……四葉も連れてきたほうがよかったかもね」

 

 アパートへの地図を確認する俺に、五月は黒烏龍茶を飲みながら苦笑する。

 

 

 そう、俺たちが頼まれたのは風太郎の引っ越しの手伝い。

 

 この場にいない三玖を含めた3人で、東京にやってきたのだ。

 

 

 因みに、他の姉妹達はいない。

 

「大学の事前ガイダンスだろ?なら無理だぜ……二乃共々来たがってたけどさ」

 

 四葉はこの通りで、二乃は友達との卒業旅行。一花は仕事に行っているのだ。

 

 そこで、三玖の提案の下、風太郎の引っ越しの手伝いに俺たちが駆り出されたわけだな。

 

 と、戦の前の腹拵えにしては若干多すぎた量に、少し苦しさを感じている隣で、全くそんな事なさそうな五月は、軽く伸びをした後。

「……なら、みんなの為にも早く行ってあげないとね」

「そうだな……あいつらだけじゃ、三日くらいかかりそうだ」

 と、なんとものんびりとした会話と共に俺達は風太郎の新たなマンションへの道のりを歩いていくのであった。

 

 

side三玖

 

「……つ、疲れた……もう無理…」

「バテるの早すぎだろ……」

「そう言うフータローこそ……」

 

 フータローと早く会いたくて。

 

 そして、少しでも長く一緒にいたい一心で、ソージや五月よりも先にフータローのマンションにやってきたものの。

 

 

 朝から動きっぱなしな私達の身体は、体力の限界を迎えていた。

 

 

「おかしい……パンケーキ屋さんの時はあんなに頑張れたのに」

「俺だって、実行委員でかなり鍛えられたと思ったのによ………」

 

 

 2人とも、以前よりは格段に体力がついたとは言えど……流石に現実はそう甘くなかったらしい。

 

 

「やっぱ、四葉も連れてくればよかったかも……」

「でも、この後奏二と五月が来るんだろ………」

 荒い息を吐きながら、この後やってくる助っ人達に想いを馳せる。

 

 

 五月もソージも、この現状においてはすごくありがたいけど………

 

 

「ソージに揶揄われるのは間違いないよね…」

「容易に想像つくのが腹立つな……」

 この、あんまり進んでない状況を見て、イキイキと揶揄ってくるんだろう。

 

 そして、五月にたしなめられて、私達の手伝いを………ん?

 

 

「もう動いて平気なの?フータロー」

「………三玖、本気出して奏二達がくる前にほとんど終わらせるぞ。

 

 なんか、このままじゃ負けた気分だ」

 

 

 どうやら、負けず嫌いに火がついてしまったようだが……こう言う、たまに大人気なくムキになるのが、可愛いところで………うん、我ながらベタ惚れである。

 それに、私もこれでも18歳のうら若き乙女。

 

 年寄り呼ばわりも、年寄り扱いもされたくないものだ。

 

 

「うん。頑張ろう、フータロー」

「おう」

 

 そうして、私たちは疲れた体に鞭を打つように、引っ越し作業に情熱を燃やしていった。

 

 

 

side風太郎

 

 奏二に馬鹿にされまいと、頑張って2人が来るまでに殆ど終わらせた俺たちたったが………思わぬ伏兵が潜んでいた。

 

 

「お前、俺達は引っ越しの手伝いに来たんであって、筋肉痛の介護に来たわけじゃねえんだぞ…?」

「あー……でも、俺たちでもやればできるんだぜ?」

「2人とも筋肉痛でダウンしておいて、よくそんなこと言えるよな」

 

 

 呆れ顔の奏二が言うように、無茶しすぎた俺たちは、筋肉痛を引き起こしていた。

 

 因みに今は、廊下に布団を敷いた状態で寝そべり、半ば野戦病院のようである。

 

「もう、2人とも負けず嫌いなんですから……あ、三玖の痛いところはここかな?」

「ああッ⁉︎い……五月!もうちょっと優しく……」

「本当にここだけかな……?」

「そ、それ以上痛くしたら切腹だからね……」

「わかってるよ…………ほら、これでいいでしょ?」

 

 そして、閉められた扉の向こうでは、五月が三玖のどこに湿布を貼ればいいのか、触診して確かめてるようだ。

 

「全く、俺だって自重するさ……お前はもやしの部類なんだから、無理するもんじゃないぜ」

「言ったそばから、できてねえじゃねえか」

 

 結局、コイツに揶揄われる運命が変わらなかったことへの敗北感を覚えながら、早速揶揄ってきやがったことに抗議することしか、今の負傷した俺にはできなかった。

 

 

 side三玖

 

 五月達からの看病の甲斐あって、私たちはなんとか動ける程度には回復したが……本来の予定であった、みんなでご飯を食べに行くのはキャンセルとなり。

 

 ファストフード店で買ってきた物を、4人で突きながら夜遅くまで喋っていたのだが。

 

 

「……どうした?三玖」

 いざ寝ようとした時、なんか寂しくなっちゃって………私はフータローと一緒にベランダにいた。

 

 そう、みんなで話したり、引っ越し作業に集中したりして、考えないようにしていたが………もう逃げ場はない。

 

 

 この夜を過ぎれば、私たちはしばらく直接会うことは叶わなくなってしまうのだ。

 

「明日には、離れ離れになっちゃうと思ったら、つい……フータローは、寂しくないの?」

 

 

 それがなんだかすごく寂しくて……悲しくて。

 

 少しでも一緒にいたいと……もしかしたら、このまま一緒にいられるようになるかもしれないと、形のない希望にすがるようだ。

 

 

「私は、やっぱり寂しい……」

 

 フータローの将来を邪魔したいわけじゃない。

 

 困らせたいわけじゃないし、今生の別れというわけでもない。

 

 

 それでも、この騒がしくも愛おしかった私達の物語のエンドロールを、後腐れなく受け入れるのは、できなかった。

 

 その後の「もしも」を想像してしまって……進むのが怖くなってしまった。

 

 押し込めていたものが溢れた今、その濁流が伝えた胸の痛みに耐えきれず、押さえていた涙が頬を伝ってしまう。

 そんな、子供のような駄々をこねる私に、フータローは少し迷うような素振りを見せて。

 

 

「……顔を上げてくれ、三玖」

 

 どこか、吹っ切れたような声と共に、私の背中に腕を回した。

 

 

side風太郎

 

「確かに、奏二に前田に武田………そしてお前らと過ごしていたあの一年半はすごく楽しかった。

 

 だから、それが終わって……明日には、もうそれを過去の思い出にしなきゃいけないのは、なんか嫌だったんだ」

 

 もうすぐ、俺達はそれぞれの道を歩き出す。

 

 それは当然のことだし、それを拒否することはできない。

 

 

……と、分かっていても。

 

 

 三玖が思い詰めていた事は、俺も思っていたように……やっぱり、あのままでいられたらとも思うことはある。

 

 だが…それでも。

 

「俺は、これからに向けて歩きたい。「このまま」じゃ嫌なんだ」

 

 ずっと「このまま」では、その先に進む事はできないし……俺はその先に行きたい。

 

 そして……三玖にはその隣にいて欲しい。

 

 

「三玖……ちょっと、目を閉じてくれ」

「え?うん……」

 

 とは言え、しばらくは物理的な距離が俺たちの邪魔をしてしまうのは間違いない。

 

 

 他のやつに取られてしまうかもしれないのは、俺より魅力のあるやつだと、三玖が選んだと言うことで、仕方ないかもしれないが……嫌なことには間違いない。

 

 少しでも「俺の彼女だ」と示したいし。

 

 

 何より今、目の前で涙を流す三玖の悲しみを………その不安を……少しでも拭ってやりたい。

 

 

 

 プロポーズするのなら、もっとそれらしい場所や……ふさわしい格好はあるだろうし、そう言うところを見繕ってはいた。

 

 

 だが、今以降に……今以上に、それが必要な場面はないと思う。

 

 

 そんな、どこか使命感に駆られたような俺は、取り出した箱から。

 

 

 

「………フータロー、これってもしかして」

「あの時はごめんな……そして、待たせたな。

 

 

 

 中野三玖さん。俺と、結婚してください」

 

 口を滑らせて、はぐらかしてしまった思いを、三玖の前に差し出した。

 

 

side三玖

 

 

 フータローが、指輪と共に差し出した言葉に、私は驚愕と喜びの感情でいっぱいになった。

 

 

 五月の合格祝いの時に、思わせぶりな事を言っていたのは……まさか、この時のためだったとは。

 

 でも……初めて会った時から、フータローは予想外の方向から、私の世界を広く。

 そして、鮮やかなものにしてくれたのをかんがえると、そこまで不思議なことでもないのかもしれない。

 

 

「フータロー……いいの?私、こんな夢見せたら、戻ってこれないよ」

 

 それでも、ついさっきまで、ネガティブな事しか考えられていなかった姿を見ても……こんな、素敵な物を渡してくれる彼は、実は夢の中の王子様なんじゃないかと疑ってしまう。

 

「夢じゃねえよ……これが証拠だ」

 

 だが、フータローはそんな私に少し不満そうな顔をした後、焦れたように私の唇を奪う………⁉︎

 

 

「ふ、フータロー⁉︎」

「今のお前には、頬をつねるよりもこっちの方がいい目覚ましか?」

「キスで起こしてくる目覚ましなんて前代未聞……!」

 まさか、あのフータローがこんな大胆な事をするとは……!

 

 

 

 でも、確かにこの無茶苦茶感は夢じゃない。

 

 私の過去と、想像では……フータローはこんなやり方で、私の唇は奪わなかった。

 

 

 つまり、これは……紛れもない現実で、私はフータローからプロポーズされたと言う事だ。

 

 

 その事実だけで、天にものぼるような嬉しさだけど……それでも、現実で起こった非現実的な出来事に、私の心はまだ不安を拭いきれず……確かさを欲してしまう。

 

 

 

「本当に、私なんかで「それ以上は言わせねえよ。

 

……前にも言ったろ、俺はお前がいいからこうしてるんだ。

 

 それに、俺相手に遠慮なんかすんな。不安ならしっかり口にしてくれ。

 

 俺はお前の支えでありたい……この先だって、お前と一緒であり続けたいんだ」

 

 

 だが…フータローは、そんな私にお構いなしに私が欲しい言葉を打ち込んでくる。

 

 

「………だから」

「分かった、ちゃんと答える。

 これ以上はなんかおかしくなっちゃうから……!」

 

 さっきまでの悲しみはもう陰もなく、今はもう嬉しすぎておかしくなっちゃいそうなので……ここで、かろうじて正常な私の頭が出した結論を、フータローに伝える事にした。

 

 

 

「決めたよ………これから先のフータローの幸せ、私が責任とってあげる。

 

 

 だから、私のこれからの幸せ………責任、とってよね」

 

 

 これが、みんなとのストーリーのエピローグであり。

 

 私達だけのストーリーのプロローグとなるのだから。

 

 

 




いかがでしたか?

 ちょっとグダってしまったかもしれませんが、私にはこれが限界でした。

 そして、次回は原作で言う121話「1/5の確率」あたりの話となります。

 まあ、各章の始まりでの奏二と五月のやりとりに肉付けしていく感じとなりますな。

 それでは、次回もまた。


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第62話 現在と未来へのゴール

更新です。

今回からは現在のお話となります。

時系列としては、それまでが過去のお話なんですよね。

濃密な出来事なのは間違いありませんが、よく原作の風太郎ははっきり覚えてたなと思います。

それでは、どうぞ!


 カーテンから差し込んできた朝日に照らされ、目を覚ました私が隣を見ると……そこはもぬけの殻だった。

 

 

「……夜遅くまでなんかやってたって事ね」

 

 ひょっとしたら、私が蹴り落としてしまったのかもしれないと床を見るが、やはりいないので………まあ、多分予想通りだろう。

 

 

 眠い目を擦りつつ、メガネをかけながら部屋を出ると……。

 

 

「イッテェ⁉︎」

 

 大きな物音と共に、間の抜けた声が響いた。

 

 

「もう、世話が焼けるんだから……」

 

 

 数分後。

 

 物音がしたところでは、伸びでもして後ろにひっくり返ったらしく、強烈な目覚ましに頭を押さえる同居人の姿があり。

 

「大怪我とかじゃなくてよかったよ……いや、いっその事そのおバカごと治してもらった方がよかったかも」

「素直じゃねえな、おい……折角今日のために、残ってた仕事を片付けたってのに」

 

 朝ご飯を作りながら、何事もなかったことへの安堵を口にした私の隣から、薄情なやつだと言わんばかりのジト目が返ってきた。

 

 

 だが、今日の行事は本当に失敗できないのだ。

「その大事な今日を跨いで、仕事とはいえ徹夜しないの。

 

……まあ、私もたまにやるからこれ以上は言えないけど…」

 

 普段の生活でたまにやりがちなことも白状しつつ、今日はあえて彼に忠告を飛ばした。

 

「……ま、お互い様ってこったな。

 

 俺"は"!今度から気をつけるぜ」

「分かってる。私も気をつけるよ……じゃ、運ぼっか」

 

 そんな、軽口の叩き合いをBGMに、朝ごはんを作り上げた私たちは、テーブルに並べて……。

 

 

 

「「頂きます」」

 

 かつては、姉妹のみんなとしていた挨拶を、今度は私と彼の2人で口にした。

 

 

 これは、私と彼の互いへの鼓舞。

 

 なんといっても、今日は2人して一日中動くハードスケジュールにして………とても、喜ばしい日。

 

 

 今日は、私達共通の友人である「上杉風太郎」と。

 

 

 私の姉の1人である「中野三玖」の結婚式なのだから。

 

 

side一花

 

「んー、やっと着いたー!」

 伸びをして、体をほぐしながら空港内を歩いていると、ケータイが着信を知らせた。

 

 そろそろ空港に着くけど、寝坊してないよね?

 

 その内容は、若干失礼だが。

「もー…流石に侮りすぎだよ」

 

 いくら朝が弱い私でも、流石にこんな大事な日にそんなやらかしはしない。

 

 日頃の行いの大切さを、不本意なところから再認識していると、周りにいる人たちの格好が帰ってきた事をヒシヒシと感じさせた。

 

 

 つい、数日前にも見たはずなのに……やはり、住み慣れた国と外国を行き来したとなれば、見える景色は違ってくるものだ。

 

 

……よし。

 

「この国も変わらないわね……帰ってきたわ、日本」

 

 

 ちょっと帰国子女っぽいセリフを言って、それっぽい気分になっていると。

 

 

「旅行行ってただけでしょ」

「寝言は寝てから言うもんさ」

 

 聞き馴染みのある2つの声が、私の世界を現実に戻した。

 

 

 この声は………

 

 

 

「あ、五月ちゃんにソージ君。

 

 お迎えありがと〜」

 

「わっ、ゆ、有名人なんだから! こっそりこっそり!」

「お前がもうちょいこっそりしてくれ………まあ、野次馬に勘づかれる前に、さっさとずらかろうぜ」

 

 

 私の妹の1人である「中野五月」と、義弟の「町谷奏二」だった。

 

 

side奏二

 

 普段の休日よりも、少し早めに起きた俺と五月は。

 

 零奈さんや奏一さんの墓に風太郎たちのことを報告に行った後、海外での仕事から帰国した一花を、迎えに行っていた。

 

 

「いやー、朝早くからありがとね」

「気にすんなって。時差ぼけでなんか事故られたら不味いしな。で、旅行はどうだった?」

 

 運転席に座る俺は後部座席に座る一花に、視線を前に向けたまま話を振る。

 

 なんと、コイツはつい昨日まで海外に旅行に行ってたのだ。

 

 自由というか、馬鹿というべきか……

 

「旅行じゃなくて一応仕事だって!まあ、観光はしたけどさ…」

 そんな俺にバックミラー越しに抗議の視線が向けられた。

 

 

「あはは……で、どう?手応えの方は」

 

 そんな一花を宥めるように、助手席の五月は苦笑していたが。

 

「うーん、まだイントネーションだけが不安かな」

「イント↓ネー↑ション→」

 

 

 一花の発音のミスを訂正していた。

「あちゃー、厳しいな」

 

 そう、なんたって今の五月は……

 

 

「一応、先生だからね」

 

 晴れて、高校の教師となり一クラスの担任をやっている。

 

 

 で、俺はそんなコイツと事実婚状態であり、現在同棲中と言うわけだ。

 

 

……まあ、そんな話は後にしておこう。

 

 

「……五月ちゃん先生、そろそろ着くから二乃達に連絡頼むわ」

「うん……って、なんで私の学校での呼ばれ方知ってるの⁉︎」

 

 

 そろそろ目的地に着く頃合いだしな。

 

 

 

side二乃

「いらっしゃいませー……って、なんだアンタたちか」

 

 ドアに取り付けてあるベルの音がなり、お客さんかと思ったら、アメリカから帰ってきた一花と、そのお迎えに行っていた五月と町谷だった。

 

「一花、久しぶり……あと、五月とソージもご苦労様」

「おう……あと、この度は結婚おめでとうございます。今後とも是非ご贔屓に…」

 

 3人の姿に微笑む三玖に、町谷は立派な箱に包まれた菓子折りを渡してくるが………

 

「なんか、ソージに敬語使われるのも変な感じだね」

「心外だな……これでも一応経営者だぜ?必要とあらば敬語も使うさ」

「分かってるわよ……いつもありがとね」

 

 自然な形で敬語を使う姿が似合わず、なんか可笑しくて。

 

 私たちが笑うと、町谷は馬鹿にするなとそっぽを向いた。

 

 だが……社会に出て、経営を始めた今は、出会った頃からそれをやっていたコイツの凄さに驚かされるばかりである。

 

 そして、この店を作る時から色々と手を回してくれたのもあって、頭が上がらないものだ。

 

「………やっぱ、お前に素直に感謝されるのは、なんか気味悪いな」

「何ですって⁉︎」

 

 まあ、この減らず口に関しては話は別だが。

 

 と、そんな私たちを見ていた一花は満足そうにしながら。

 

 

「うんうん、みんな元気そうでよかった……それに、お店も大繁盛のようで」

「……アメリカかぶれはジョークがお上手なようね」

 

 狙ってか、素なのかは知らないが、中々のジョークを飛ばしてくれるものだ。

 

 

「まあ、今は朝早いし仕方ないよ……でも、折角だからなんか食べてく?」

 そんな空気を読んでか読まずか、三玖が聞くと頷く一花の隣で、五月が嬉しそうに。

「うん、お願いしようかな……流石にちょっとお腹空いちゃってて」

「やったー!」

「……まあ、式中に腹の虫鳴らされるよりはいいか」

「ん?」

「なんでもございません……俺もコーヒーだけもらえるか?ブラックで」

「いいよ、3人ともちょっと待っててね」

 さっきまでの落ち着いた感じは何処へやら、ワクワクしたような様子を見せた。

 

………町谷の台詞から察するに、どうやらもう既に朝食は食べてるらしいが。

 

 

「ふんっ、アメリカのあんな気取ったカフェに行ってる人の口に合うかしら」

「あれ?私が行ったこと教えたっけ?」

 言われっぱなしではいられずに出た言葉に、一花は首を傾げて……あ!

 

「二乃、いつも一花のインスタ見張ってるから」

「三玖!言うんじゃないわよ!」

「お前、調子に乗るとヘマ率上がるんだから変なことすんなって」

 なんか恥ずかしいので、慌てて誤魔化そうとしたが三玖にバラされてしまった。

……町谷がまた失礼なことを言ってくるが、今まさにそうなったので何とも言えないのが歯痒いものだ。

 

「素直じゃないなあ、二乃は……でも、それならそのお礼にこのお店も紹介しちゃって……」

 熱くなった頬を手で煽って冷やしていると、一花が慣れた手つきでスマホを操作しようとして。

 

「待って」

 

 三玖に待ったをかけられていた。

 

 

side三玖

 

「確かに、一花の人気にあやかればお客さんも絶対増える」

 

 そう、今目の前にいるのは私の姉にして、今をときめく若手女優の一花で、その一押しとなればお客さんは絶対増える。

 

 商売をしている以上、売上が増えるに越したことはない。

 

 

 でも……安易にそれに頼るのは、なんか違う気がした。

 

「でも、遠慮しとく。

 

 最近、ようやく常連さんも増えてきたんだ……」

 最近、やっと自分達の力を認めてくれる人たちが出来たから。

 

「それに、こんな設備の整った場所を用意してくれた人たちのためにも、もう少し自分達の力だけでやってみたい」

 

 

 この店には、場所を提供してくれたフータローのお義父さんに、そこを築き上げてくれたお義母さん。

 

 設備を整えてくれたお父さんなど、さまざまな人たちの想いを背負って、私達は今この店を運営しているのだ。

 

 

 その想いを背負ってやってきたこれまでが、「一花の人気に乗っかっただけ」と霞んでしまうのは、なんかモヤモヤしてしまうのだ。

 

 

 何とも面倒臭いことを言い出した私だが、一花はそれでこそと言わんばかりに。

 

 

「うーん、自慢の妹!

 

 どこに出しても恥ずかしくないね」

「わわっ、一花⁉︎」

「また、私が体調崩しちゃった時はよろしく」

「そ、それは流石にヤダ…」

 

 抱きつきながら、怖いことを言い出したので何とか離れようとするが。

 

 

「冗談だよ。お互い頑張ろうね」

「うん」

 

 今をときめく女優にして、私達の自慢の姉からの激励に、そんな気持ちはなりを潜めていった。

 

 

「アンタが売れなくなったら、働かせてあげてもいいわよ」

「あっちは可愛くないなー」

「あれはあれで可愛い」

 

 あんなふうに強がってはいるが、きっと一花もここで働くとなったら大喜びしそうなのを思い浮かべながら、幾つになっても変わらない二乃を眺めていると、来客を告げる鈴の音が鳴り。

 

 

「いやー、皆さんお揃いで」

 

 なぜか、汗だくになっている四葉がやってきた。

 

 

「これで、姉妹全員集合だけど……」

「何でお前汗まみれなんだ?今日はそこまで熱くねえと思うんだが…」

 

 五月が困惑し、ソージが恐らくこの場の全員が思ったであろう疑問を投げかけると、四葉は照れ臭そうに。

 

「なんかじっとしていられなくて、ウチから自転車で走ってきたんだ」

「マグロかお前は⁉︎」

「アンタね……大事な式の前に何してんのよ」

 

 お子様みたいなことを言い出して、ソージと二乃からのツッコミを受けていた。

 

……まあ、四葉らしいと言えばらしいけど。

 

 で、そんな四葉に苦笑していた一花は、表情をまじめなものに変え。

 

「……じゃあ、みんな揃ったことだしやろうよ。ある程度ならした方が良いし」

 

 それに釣られるように、みんなの空気が少しだけ締まる。

 

 今日は私とフータローの結婚式の当日だが、こうして姉妹で集まったのはこれが理由だ。

 

 

「……んじゃ、俺は先に式場に行ってるぜ。遅刻すんなよ?」

「うん……私たちもすぐ行くよ。道中気をつけてね」

 

 ヘルメットを持ったソージが五月に見送られながら店を出るのと同時に、一花がバッグから小さな箱を取り出す。

 

「改めて、これが私たちからの結婚祝いよ」

 

 それは……

「お母さんの形見のピアス……でも、こういうのって開けてすぐにつけて良いの?」

 

 あまりものを持たなかったお母さんが、唯一遺してくれたピアス。

 

 決して高いものじゃないけれど……これには値段になんか変えられない価値がある。

 

 本当なら、お母さん自身に祝ってほしいという思いもあるけど……残念ながらそれだけは叶わない。

 

 とは言っても、今までこんなものをつけたことがなかったので……色々と不安だ。

 

「どのみち今日開けないと間に合わないわよ……覚悟はいいわね?」

 だが、二乃の念押しするような問いに、もう逃げ場はないと悟る。

 

 

「うん……お願いします」

 

 そして、私は大人の階段を、痛みと共に一段登る事になった。

 

 

 

side奏二

 

式場にやってきた俺は、早速今日の為に用意していた神父服に袖を通していた。

 

 これは、あの5人にとっての零奈さんのピアスと同じ意味を持つもの……要するに、ファーザーの形見である。

 

 

 そう、よくある「なんたらを誓いますか」的なのを言うのが、今日の俺の仕事というわけだ。

 

 本来着るべきなのはこれじゃなくて、プロテスタントの牧師服なんだろうが……まあ、そもそもここ最近の結婚式ではガチモンの牧師じゃなくて、外国人のアルバイトだったりすることもあり。

 

 俺みたいなジャパニーズ似非神父がやるパターンも存在するため、服装が違っていても、もはや今更だな。

 

 多分、本場の敬虔な皆様がこの有様を聞いたら大激怒間違いなしである。

「つくづくいい加減な国だよな……」

 

 「真面目で勤勉」ステレオタイプなイメージは、案外役に立たないもんだ。

 

 そんなことを思い浮かべながら式場を歩き回っていると。

 

 

「あ、奏二さん!」

 

 そんな元気な声と共に、らいはちゃんがやってきていた。

 

 

sideらいは

「すごいな〜ここ……お城みたい」

「まあ、三玖の事だから、袴と白無垢での和式の結婚式を推すと思ってたんだけどな………」

「でも、ウェディングドレスは女の子の憧れだよ」

 

 お父さんと共に式場にやってきた私は、お兄ちゃんに指輪を渡しに行こうとした所で、神父服に身を包んだ奏二さんに出会った。

 

 私が漏らした感想に、苦笑で返しながら感慨深げに見渡す姿は、すごく大人びた印象だ。

……まあ、お兄ちゃんと同い年だから大人ではあるんだけど、そっちは指輪を忘れると言う、新郎にあるまじき失態を犯したのをもあってか、余計にそう見えるのかもしれない。

 

「私も結婚する時は、こんなところがいいな〜…」

「その時には是非当店をご贔屓に、ってね」

「いよっ、商売上手!」

 そうして、たわいもない世間話に花を咲かせていた私達は、新郎の待機部屋に着く。

 

 

 そこには、机に突っ伏しているお兄ちゃんの姿があった。

 

 

 

「あーいたいた。こんなところで何やって」

 かすかに開いてた扉から部屋に入り、近くに寄ってみるが……

 

 

「コイツ、寝てやがる…」

「はぁ……今日が特別な日ってわかってるのかな」

「特別な日にポカをやらかすのは、今に始まった話じゃないさ」

「うーん、そう言えば…でも、今から結婚するんだよ?

 

 まあ、お兄ちゃんは超現実主義だからなぁ。そう言うの気にしてないのかも………」

 

 

 規則正しい息遣いから、どうやら居眠り中のようだった。

 

 奏二さんといっしょに呆れたような目線を向けていた私だが。

 

 

「……これ、まだ持ってたんだ」

「ミサンガか……」

 

 

 腕から見えたミサンガに、お兄ちゃんはお兄ちゃんであると、しみじみと感じてしまった。

 

 どれだけ時が流れても、その腕にあり続けたように……お兄ちゃんは、この先もきっとお兄ちゃんなのだろう。

 

 理屈っぽくて、シスコンで、変なところで抜けているけれど……それでも、私の大好きな家族のお兄ちゃんだ。

 

 

 だから、私は。

 

「結婚おめでとう、お兄ちゃん」

 

 改めて、ゴールインを迎えたお兄ちゃんに、おめでとうを伝えた。

 

side奏二

 

 

 式場の扉を開くと、観客席の空気がいくらか引き締まったような感じがした。

……牧師の入場は式の始まりを意味するわけだから、当然と言えば当然だが。

 

 

 そうして、牧師が真ん中を通るわけにはいかないので、横の壁沿いを回っていくと、参列者の一部が驚いた顔をする。

 

 まあ、このタイプの結婚式で神父服を着た日本人で、しかもかなりの年若がこの結婚式の音頭を取ると知れば、そりゃびっくりもするか。

 

 

 俺の中のエンターテイナーが、その驚きの視線で疼いてしまっていると、招待されていた武田とコラ助、そしてお腹を大きくしていた松井が。

 

「……この場所でのその格好とは、やはり度肝を抜かれるね。

 

 恐れる心がないのかい?」

「まあいいじゃねえかコラ。俺の式の時もだけど、かなり様になってるんだぜコイツ…」

「うんうん、カッコいいよね……今回もしっかりね」

 

 ようやるわと言った視線と、頑張れと鼓舞する声をくれてきた。

 

 

 そんな連中にサムズアップで答え、やがて出入り口と向かい合わせの位置に立つ。

 

 

 そして、その場にいる全員に軽く目配せをした後。

 

 

「皆様、この度は大変おめでとうございます。

 

 

 それでは、新郎新婦の入場となりますので、皆様静粛にお願いいたします

 

 

 

それでは………"新郎"入場!」

 

 

 今ここに、風太郎と三玖の結婚式の開幕を宣言した。

 

 

 

 

side風太郎

 

 奏二のアナウンスで式場に入場した俺は、定位置に着くとアイコンタクトを送る。

 

 

「新婦、入場」

 

 

 それを受け取った奏二のアナウンスと共に扉が開かれた、扉の先には……この世のものとは思えないほど、神々しい景色があった。

 

 

 近づくにつれてより輝きを増すようなその姿に、しばらく呆気に取られてはいたが……こんな所でポカをやらかすわけにはいかず、なんとか落ち着きを取り戻し。

 

 

 

「………三玖」

 

 

 その神々しさの源にして、俺の妻の名前を呼んだ。

 

 

 すると、彼女は艶やかな笑みを浮かべて。

「フータロー……行こう」

 

 白い手袋越しでもわかるほど、繊細さが窺える右手を俺に向ける。

 

 

 その手が望むのは………

 

「……ああ」

 

 俺はその手に自分の左手を差し出すと……ゆったりと、二つの手は一つに交わる。

 

 

 それまでに手を繋いだことはあれど……これほどまでに心音がうるさくなったことはなかった。

 

 この胸の高鳴りは……これからの未来への際限のない希望なんだろう。

 

 

 そうして俺達は、鼓動を伝え合うように手をしっかりと繋いで。

 

 

「……二人でゴールインだね」

「おう」

 

 教壇の前に並び立った。

 

 

 ここから……俺と三玖の物語が始まる。

 

 

 




いかがでしたか?

風太郎の結婚式の前編となりました。

次回は後編にして、原作の最終回までいけたらなと思います。

奏二の結婚式はその後に書いていければと思いますので、まずは結婚式について調べなければ……

そんな訳でラストまで駆け抜けていきますので、お楽しみに!


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第63話 青薔薇の花嫁

生存報告兼更新でございます。

しばらく職場環境の激変で、書くほどの気力が湧きませんでしたが、ようやく落ち着いたものでして……。

そんなこんなでお久しぶりですが、楽しんでいただければ幸いです。


 ある時、私たち姉妹をバラに例えた人がいた。

 それは、容姿を讃えてのことなんだろうが……内面的なコメントとしても、言い得て妙である。

 一花は黄色、二乃はピンク……四葉は緑で、五月は赤。

 

 それぞれの花言葉は……….

 

黄色……「献身」「友情」「嫉妬」

 

ピンク……「上品」「感銘」

 

緑……「穏やか」

 

赤……「愛情」「美」「情熱」

 

 

 こんな感じで、大体みんなのイメージにピッタリだ。

 

……ちょっと疑わしいものもあるが、あくまで大体だ。

 

 

 そして、みんなにそれぞれの色が振り分けられているように……私にもある。

 

 

 それは青いバラで………花言葉は「不可能」。

 

 

 それを調べて知った時、自嘲気味に笑うしかなかった。

 

 これ以上なくピッタリな花言葉である。

 

 私程度にできることは、他の四人もできるに決まってる。

 

 5人の中じゃ、私が1番の落ちこぼれなんだから。

 

 

 そんな、諦めの中で生きてきた私に、貴方は手を差し伸べてくれた。

 

 

 「新郎上杉風太郎。

 

 あなたはここにいる中野三玖を、

 

 病める時も、健やかなる時も。

 

 富める時も、貧しき時も。

 

 妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

 

「誓います」

 

 

 そして、私に「奇跡」を見せてくれた。

 

 

 少し前の話。

 

「ん……どうした?」

 フータローとショッピングに出かけた私の目に、花屋の店先に並んだいくつものバラが映る。

 

 その中にあった青いバラに、その例え話を思い出して。 

 

「……ちょっと、昔を思い出して。なんか、今でもこうしてフータローと付き合ってるのが夢みたいだなって…」

 

 

 半ば厄落としのようにその事を話した私に、フータローはため息をつき。

 

「夢にされてたまるかよ。

 そもそも、青い薔薇の花言葉が「不可能」なのは間違いないが、それだけじゃない。

 

「夢が叶う」「奇跡」「神の祝福」って言葉もあるらしいぞ」

 

 

 そう、一本を手に取りながら、教えてくれたことがあった。

 

 

「新婦中野三玖。

 

 あなたはここにいる上杉風太郎を、

 

 病める時も、健やかなる時も。

 

 富める時も、貧しき時も。

 

 夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

 

 

 1本のバラの花言葉は、「あなたしかいない」。

 

 私のドレスにあしらわれたバラは99本。

 

 

 私は、"ずっとあなたが好きでした"。

 

 

 これからの人生……死が二人を分かつまで、"永遠"に。

 

 

 "ずっと、一緒にいてください"。

 

 

「はい、誓います」

 

 

 "100%の愛"を込めて、私は誓うのであった。

 

 今までも、これからも……私はフータローが大好きだから。

 

 

side五月

 

 三玖と上杉君の挙式は、上杉君が指輪を忘れると言うとんでもないやらかしをした以外は、大体トラブルなく終わり。

 

 私達は、返ってきた三玖と共に披露宴に向けて、ある準備を進めていた。

 

 因みに私達はその準備のために挙式には出席しなかったので、挙式の様子は奏二が中継してくれたのものを見ていたのである。

 

 

「にしても、ソージ君ってあんな落ち着いた雰囲気出せるんだねー」

「そうね。普段は小生意気ばっかだもの」

「それは二乃も同じでしょ」

「一緒にすんじゃないわよ!」

「まあまあ二乃、落ち着いて?お化粧が乱れちゃうよ」

「まあ、仕事には真面目だからね奏二は……普段はおバカだけど」

 

 そんなこんなで、挙式への感想を語り合いながら、三玖を除く4人はその身を三玖がきていたドレスと同じものに包んでいた。

 

 それは……私たち姉妹からの上杉君への最後の試練のためである。

 

 

 でも……いくら作戦とは言えど、自分の結婚式よりも前にこの姿を、知り合いとは言え奏二ではない人に見せるのは正直思うところはある。

 

 

 でも……「愛があれば見分けられる」と育てられてきた私達にとっては、今からやる最後の五つ子ゲームこそが、上杉君が三玖に向けている愛が、言葉だけのものじゃないことの証明なのだ。

 

 

「上杉君……信じてますからね」

 

 私は、ここにいない彼に静かに祈った。

 

 

side風太郎  

 

「挙式はなんとかなったな……

 

 あとは、新婦のお色直しが終わってから披露宴だ。

 

 それまで休めるだけ休んどけよ」

「おう…もしまた寝てたら起こしてくれ」

「そこまでガッツリ休むんじゃねえよ⁉︎」

 挙式が終わった俺は、新郎の控室に戻っていた。

 

 とりあえず、これで前半戦は終わったと言う事だが……式前のハプニングもあってか、実際以上に疲れているような感じだ。

 

 若干の本音混じりのジョークに、呆れたような顔を見せた奏二は、披露宴の為に着替えてくると残して、部屋を出ようとしたところで。

 

 

「そういや、式場に三玖以外の4人がいなかったよな。何か知らねえか?」

 やけに数が少なかった新婦の家族席を思い出した。

 そう、挙式の時になぜかあの4人がいなかったのである。

 

 姉妹のおめでたい日なら、アイツらのことだし揃って参加すると思っていたので、不思議だったのだ。

 

 

 そんな俺に対して、奏二は少し言いにくそうにした後。

 

「新婦の準備ができたら、すぐにわかるさ」

 

 と、はぐらかすような言葉を残した。

 

「なんだそりゃ…?」

 

 意味が分からず、掘り下げるためにさらに問いかけようとした時。

 

 

「新婦様のご親族がお見えになりました」

 

 式場のスタッフが、アイツらがきた事を教えてくれた。

 

「おかしいな、まだあいつらの準備はできてないはずなんだが……」

「多分連絡し忘れたんだろ……」

 

 それに怪訝な顔をする奏二に返しながら、その来訪者に………

 

 

「よかった!来てないかと思ったぞ……なんで式に参加してくれなかったんだ?」

「お、おい!ちょっと待て「すまないね。来るべきか否か、直前まで思案していたんだ」

 声を掛けたところで帰ってきた返事に、不意打ち気味に背筋が凍った。

 

 ………この声はまさか。

 

 

 俺は、慌てて後ろを振り向くと。

 

 

「お、おおお、お父さん⁉︎」

「君にお父さんと呼ばれる資格はない」

 

 あいつらの親父さんが、なぜかこの場にいた。

 

 

sideマルオ

「お越しくださってありがとうございます!

 

 てっきり僕とは会ってくれないものかと……」

 

 先程の不躾とも言えるような言葉から一転、明らかな動揺を顔にしながら話す上杉君だが。

 

「昔は若さゆえの数々のご無礼を……」

 

 僕の目的はそんなおべんちゃらを聞くことでも、彼をいびる事でも無いのだから、いい加減慣れてくれてもいいのにとは思う。

 

……半分自分のせいなのかもしれないが。

 

 

 まあ、それは兎も角僕が本当に聞きたいのは……

 

「三玖は、心から喜んでいるかい?」

 

 自分の娘が、幸せかどうかだ。

 

 

 だが、どうやら……

 

「はい。僕も同じく」

 

 その心配は徒労なようだった。

 

 

「………ワインを頂こう」

 

 

 

side風太郎

 

 それは、もう10年以上の前の事だったが……今も鮮明に覚えている。

 

 

 自分の店を開いて……涙ながらに喜んでた母さんが、事故で居なくなり、形見と言わんばかりにウチには多額の借金が残された。

 

 

 正直、残った空き店舗を売ってしまえば……今も続く貧乏生活はもう過去のものになってただろうに、親父はそれをしなかった。

 

 ガキの頃は、馬鹿だと思うこともあったが……心に決めた相手がいる今なら、親父の気持ちが少しは分かったような気がする。

 

 

 二乃と三玖に、あの空き店舗を貸したのは……叶わなかった母さんの夢を、託したかったんだろう。

 

 他人に託してまで、母さんの夢を叶えたかったのは………

 

 

「1人の女性を、一生かけて愛する……俺は、そんな男になりたいんです。

 

 

2人の父のように」

 

 

 ひとえに母さんへの愛ゆえなんだと。

 

 目の前にいる………アイツらの母親を愛しぬいたこの人と同じように。

 

 

sideマルオ

 

「よしてくれ」

 

 正直、僕の風太郎くんへの印象は昔の頃から変わらない。

 

 

 彼にはことごとく邪魔をされてばかりで。

 

 

 彼と関わる度に、僕の予定は狂わされる。

 

 

 まったく、困ったものだ。

 

 

「あっ、すみません…」

「慣れていないんだ。

 

 

 

 父と呼ばれることにはね」

 

 こうして、「娘を持つ父」と扱われるのには、慣れていないのだから。

 

 

 そんな気恥ずかしいような感覚を、酒の酔いで誤魔化すようにしていると、どうやら三玖から呼ばれているようだ。

 

「あの……えっと……」

 

 だと言うのに……何かを躊躇っている様子だ。

 

 花嫁が呼んでいるのに、ここで僕と会話し続ける理由はないだろう。

 

 

 だが、丁度いい。

 

 

 

「行きたまえ…」

 義理とは言え、子供達の背中を押す機会が与えられたのだから……。

 

 

 

side奏二

 

 親同士の会話の中、こんな言葉が聞こえてきた。

 

 

"一筋縄ではいかないことは確かだ"

 

 

 義理とは言え子供の考える事には、何となく予想がつくのが親ってやつなのかは知らないが……その言葉は間違いなく当たってる。

 

 

 普通なら、こんな試し行為みたいな真似はしない。

 

 

 改めて、今から起こりうることに思いを馳せていると、後ろを歩く風太郎が不思議そうに。

「そう言えば、アイツら結婚式の時にいなかったよな。

 

 何か知らねえか?」

 

「さあな。バカの発想は突飛なもんさ」

 

「どう言う意味だ」

 

「始まってからのお楽しみだ」

「……何が起こるんだ?」

 

 

 適当にはぐらかしながら、しばらく歩いてると……花嫁の部屋の扉の前までやって来て。

 

 

 その扉を開けた先には………いくつもの時代の節目があった。

 

 

「………は?」

「五つ子ゲームファイナルだよ。愛があれば、見分けられるよね」

 




いかがでしたかね?

次回からいよいよ最終回秒読みとなりますので、最後までお付き合いいただけると幸いです。



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第64話 夢の続きは七十奏

とりあえず、いろいろとおくれましたが、今回で原作の話は終わりです。




「俺は、夢でも見てるのか……?」

 もう何年も前の事なのに、俺は未だにあの頃を鮮明に思い出す。

 

 アイツらと、初めて顔を合わせた日のことなんて、特に脳裏に刻み込まれているのだ。

 

 それから始まった苦難と葛藤と……言い出したらキリがない。

 

 

 そして、あの頃から変わらず………こいつらの企む事はよくわからなかった。

 

 

「五つ子ゲーム…ファイナルだよ。愛があれば、見分けられるよね」

「とんでもない悪夢だ…」

 

 

side奏二

「馬鹿か⁉︎

 三玖以外の4人、こんなお遊びでウェディングドレス着てんじゃねえ!

 三玖も、お色直しはどうしたんだ⁉︎」

 

 

「まあ、ちょっと複雑だけど……」

「でも、思いついちゃったしね…」

「いやー、ツッコミが止まらねえなぁ?」

「何すっとぼけてんだ、お前これがあるのわかってたろ!」

 

 

 俺にも噛みついて来た風太郎に、まあまあと宥める。

 

 確かに、もうすぐ披露宴だってのに…こんな事して時間を食ってるなんて、バカのする事で。

 

 風太郎の反応も、特段おかしなものじゃないが。

 

 

「人が何をどう感じるかなんて人それぞれだぜ?

 

 確かにお遊びかもしれんが……こいつらにとってはそうじゃない。

 

 

 それは分かってんだろ」

「いや、けどな……」

 

 理解はできても納得はできないと、食い下がる風太郎に畳み掛けるように。

 

「ファイナルって言ったろ?

 

 つまり、5年前からのこの5人の思いは……まだ着地点を見つけてない。

 

 

 お前さんが導くんだ。5つの終わりを……そして、新しい始まりをな」

 

 そんな俺の言葉に、しばらく風太郎は思考を巡らせだ様子だが、花嫁候補の1人が。

 

「そうだよ。

 

 お遊びじゃないんだよ?

 

 これでも花嫁の親族だからね……いや、私が花嫁本人だからね!」

「違うよ、私だよ」

「花嫁といえば私、私といえば花嫁!」

 

 そこに1人、また1人と花嫁と名乗り……最後に。

「風太郎なら、わかるよね?」

 

 どこか、祈るように……煽るように、風太郎の反応を窺っていた。

 

 そして、そんな俺たちに頭を抱えたかと思えば。

 

「………ったく、少しは分別のつく大人になったかと思えば、相変わらずの馬鹿で安心しちまった。

 

 

 俺を舐めんな」

 

 何か吹っ切れたように、指を突きつけた。

 

 

「お前だ」

 

 

side奏二

 

「お父さん そして天国のお母さん。

 

 私が今日、この日を迎えられたのは2人がいたからに他なりません」

 

 

 長々とした準備期間に反して、結婚式と披露宴はもうすぐ終わりを迎える。

 

 そして今、新婦の三玖によるメッセージを俺は参列者として聞いていた。

 

 挙式では似非神父の俺が音頭を取ったが、披露宴では式場スタッフがその役割を果たしているからな。

 

「お母さんは、私が小さな頃にいなくなってしまいましたが、その教えと愛は、いつまでも私の中に残っています」

 

 そんな訳で、俺はこれまでのことに思いを馳せる。

 

 それまでもちょいちょい関わりがあったとはいえ……5年前、家庭教師の仕事が舞い込んでから、本当にいろんなことが起こって……俺たちの景色は一変した。

 

 それまでいた世界は壊れ。

 

 初めて芽生えた感情に戸惑い。

 

 目を背けて来たものと向き合うことになった。

「そしてお父さん。

 

 幼かった私は、気持ちの整理がつかずに反抗してしまう時もありました。

 

 

 ですが……今、ようやくお父さんの気持ちを知ることができました。

 

 

 お父さんが、私達のお父さんになってくれてよかったと……今ではそう思います」

 

 

 もしもの話なんざ興味ないし、自惚れかもしれないけど。

 

 この出会いがなければ……俺たちは今のようにはなれなかっただろう。

 

 少なくとも、俺に嫁さんはいなかった。

 

 

 

「改めて、家族に感謝を申し上げます。

 

 今日の私がいるのは、父と母……そして、姉妹のみんなのおかげです」

 

 どこか感慨深いものを覚えていた俺は、つい先程終わりを告げた物語に思いを馳せた。

 

 

side風太郎

「俺を舐めんな」

 

 いきがってそう言った俺だったが……内心、俺はこんな時を待っていた。

 

 

 文化祭の最後の夜、俺は三玖を選んだ。

 

 だが…それはつまり、他の選択肢を選ばなかったという事で。

 

 俺は、他の姉妹たちに謝罪の一言も述べていなかった。

 

 俺たちの日常は、きっとこれからも続いていく。

 

 でも……ここで、俺たち7人でのラブコメディは終止符が打たれるのだ。

 

 だから、伝えなければならない言葉を。

 

 あの時伝えられなかった言葉を。

 

 ようやく、口にする時が来た。

 

 

side一花

 

"長女の一花は、個性豊かな私達をまとめてくれるお姉さんです"

 

「お前が一花だ」

 

 驚いた。

 

 三玖の格好をした私に困惑していたのが、ずいぶん遠くにきたものだ。

 

 いや、そのすぐ後に見破られちゃったからそこまで感慨深くもなかったか。

 

「正解。

 お姉さんびっくりしちゃったよ」

 昔のことを思い出しながら、いつもの髪型に戻している前では、フータロー君は調子が出て来たのか。

 

"みなさんもご存知の通り、大活躍している女優さんです"

 

「クールビューティーなんて世間は謳ってるが、俺は騙されねぇ。

 

 

 自堕落、鈍間、惰眠を貪る、怠惰だ」

「そ、そこまで言わなくても……」

 

 仮にも大活躍している女優に対して、失礼極まりないことを言い出す。

 

 思い当たる節がいくつもあるのは事実だけどもね?

 

 何年経っても変わらず、デリカシーのないフータロー君だったが。

 

 

「……だが、それでも強くあろうとする姿は、とても眩しかった。

 

 大した長女だ、お前は」

 

 

 何年経っても変わらず、不意打ち気味にクリティカルを出してくる。

 

 

 そんな、デリカシーがなくて、突拍子もなくて。

 

 「……だから、悪かった。お前の気持ちに答えられなくて」

 

 不器用だけどすごく優しい、君のことが好きだった。

 

 

……おめでとう、フータロー君。

 

 

side二乃

"次女の二乃とは、反りが合わずにいがみ合うこともありました。

 

 でも……それ以上に、強くて優しくて、女子力も抜群で。

 

 私の憧れでもありました"

 

「で、お前が二乃だ」

「そうよ、正解よ!」

 ついに、この日が来てしまった。

 

 この日をもって……私のリベンジマッチは終わりを告げる。

 

 私のこの恋は、終わるのだ。

 

「はいはい、よかったわね、次どうぞ!」

 覚悟はしていた。

 

 泣くまいと思ったが……声の震えは止まらなかった。

 

「なんで、こんな時に当てるのよ……露天風呂の時は当てられなかったのに」

 

 当ててくれたという嬉しさと、今になって当てられてもという痛みが、つい口からこぼれてしまう。

 

 そんな私を前に、フー君は少しだけ申し訳なさそうにしたが、それでも。

「お前の強さは、その人一倍の弱さの裏返しで。

 

 あの厳しさも、勢いも……それだけ全力で、大きな愛情があったんだって今ならわかる気がする」

 

 「その答えに気づかなくて……そして、答えられなくて済まなかった」

 

 これだけは言わねばと言わんばかりに、この恋の終わりを突きつけてきた。

 

 そんな彼に、私が返すのは……

 

「良いわよ。これまでフー君のことが好きだったのは、後悔してないから」

 

 この思いを抱けたことは、決してマイナスなんかじゃないと、振り返る彼の背中を押すことだけだった。

 

……三玖、アンタは私が憧れだと言ったけど、私にとってもあんたは憧れだわ。

 

 だから……フー君共々、これから絶対に幸せになりなさい。

 

 

side四葉

"四女の四葉とは、あまり妹という感じはせず……同じ立場で接して来た親友に近いかもしれません。

 

 だからこそ、いつも誰かのために頑張れる四葉を尊敬しています"

「……お前が四葉なのは見当ついてた」

「……流石は風太郎君だね」

 

 10年来の恋が実る事はなかったと言うのに、不思議と悔しいとか、妬ましいみたいな感情は湧いてなかった。

 

 それは、確かに風太郎君のことは異性として好きだったけど……共に同じものを目指した、同志の門出を見ているような気分だ。

 

「俺が今、こうしてこの場に立っていられるのは……間違い無く、お前との始まりがあったからだ」

「私だってそうだよ……」

 始まりは同じはずだったのに、私は意味のない道のりを闇雲に走り続けて来た。

 

 自惚れて、間違えて、諦めて。

 

 でも、その度に姉妹の思いを知って。

 

 どうすれば良いかを考えて。

 

「それでも」って立ち上がって。

 

 

「私も、風太郎君との始まりがあって、本当によかった……」

 今の私になれた。

 

 抱いてきた理想通りの人生じゃないけれど……それでも、楽しくないかと聞かれれば、間違いなくNOと言うだろう。

 

 

 だから……これからも歩み続けよう。

「これからは、誰よりも三玖にとって必要とされる君であり続けてね」

「……任せとけ」

 私たちが目指した道は、きっとまだ終わらないから。

 

 

side五月

「……で、残るお前が五月だ」

"五月は私たちにとってはいつまでも可愛い末っ子です。

 

実際は……うじうじ悩んでばかりだった私なんかより、ずっとちゃんとしてるんですが。

 

いろいろなことに悩んで、迷って……それでも、前に進み続ける姿はとても眩しいものでした"

 

……この男は、この大事な大一番で何をやっているのだろう。

「フータロー……私が三玖だけど?」

「……え?」

 

 まさか、三玖と私を見間違えてしまうとは!

 

 余裕そうな表情を引き攣らせ、慌てて奏ニの方を向くが。

 

「あちゃー……こりゃやっちまったなあ?新郎さんよ」

 

 やれやれとため息をつく彼に、上杉君は冷や汗を流した。

 

 

……うん、これ以上の意地悪はいいか。三玖にも悪いしね。

 

「なーんて。

 

 じゃーん!五月でした!

 

 どう?上手くなったでしょ」

 

「お、お前ら……ビックリさせやがって!」

「いやー、即興のアドリブにしちゃあうまいもんだろ、お義兄さん?」

「……とんでもねえ義弟ができたもんだ」

 そんな訳でサッと種明かしをした私に、上杉君はおどろいたような顔をしたあとに。

 

「この際だから言わせてもらうが、お前に会ってからだ!

 

 俺の人生が狂い始めたのは!

 

 

 諸悪の根源、妖怪カレー喰い女!」

「な、なな、何ですって!」

 

 言うに事欠いてすごく失礼なことを言ってきた。

 

 私がちょっとした悪戯を仕掛けたのが先だが、言って良い事と悪いことがあるものだ。

 

「わ、私だって!あなたと会うまでこんなにデリカシーのない人がいるだなんて想像もつきませんでしたよ、この頭でっかち!

 

 天然キス魔のスケコマシ!」

「な、何だと!」

 

 せっかく祝い事の席だというのに、やはり彼にそう言った配慮はないらしく、私たちは相変わらずな口喧嘩に花を咲かせるのであった。

 

「やっぱりあなたとは、一生馬が合いそうにありません!」

「まったくだ、奏ニはよくあわせられるな!」

 

 もう、そこにあの頃のわたしたちはいない。

 

 1人で悩み、苦しみ、自棄になった私たちは。

 

 

「はあ…また始まったぜ」

「もう仕方ないよ…フータローとはね」

 私に奏ニがいるように、今の君には三玖がいる。

 

 私たちはもう、1人じゃないよ。

 

 

side奏ニ

 

 今、俺は初めて自分の境遇に少しの不満を覚えた。

 

 起こってしまったことに対して、どんな文句をつけても意味はないし……時は過去には戻せない。

 

 でも、それでも……もしもを想起せずにはいられない。

 

 俺にも、こうした家族が。

 

 きょうだいが今もいたのなら?

 

 だめだ。そんな寂しさは、この祝いの場には必要ないと言うのに……。

 

 後ろめたさと眩しさを感じて、目を背けそうになった俺の耳に。

 

 まずは、風太郎から。

「奏ニ……お前が補佐として側にいたから、俺達は今日この場に立てたし、この関係性になることもできた。今までありがとう。そして……」

 

"奏ニは、私たちに新しくできた弟です。

 

 一見すると不真面目なんですが……それでも、困った時はすごく頼りになる存在でした。

 そして、それはこれからも変わりません。だから……"

 

 そして今、三玖から。

「「これからもずっと、よろしく頼む(お願いします)」」

 なんだかんだで……ずっと心の底では欲しかったものが…言葉が届いた。

 

 なんだ。どれだけ強がっていても…いらないふりをしても、やっぱり欲しかったんじゃないか。

 

「奏ニ……君はもう、1人じゃないんだよ」

 

 

 守りたいと思える人たちが……家族が。

「……皆が、少なくとも私が側にいる」

 

 あの精神世界みたいなところではノーカンだとしても、感涙なんて物とは程遠いと思っていた俺は。

 

「………ああ」

「だから大丈夫だよ。我慢しないで」

 

 優しく輝く月の下。

 

 頬を伝う涙を取り戻したのであった。

 

 

 

 

"みんながいなかったら、私の人生はまったく別のものになっていた事でしょう。

 

五つ子である事を呪いと感じた日々もありましたが……それ以上に、祝福と感じた日々が残っています。

 

「これだけ長く付き合ってりゃ、嫌でも覚える。

 

 俺は家庭教師だったが……お前達からも多くのことを教わった」

 

"私はみんなと五つ子の姉妹として、生まれることができてよかったです。

 

他の家とは少し違って、側から見たら変なのかもしれませんが……"

 

 

 

「お前達に出会えた事は、数少ない俺の自慢だ」

 

"私は、そんな家族が大好きです’’

 

 

 そして、その涙に俺は誓おう。

 

 そんな俺たちが歩んでいく未来は……なんとしても守っていく事を。

 

 

side風太郎

 

「いやー、なんかあっという間だったな」

「うん……でも、誓いのキスの時のフータロー、プルプルしててかわいかったよ」

「ほっとけ」

 

 式が終わり、らいはにタキシードを返しに行ってもらったのと入れ替わりで、控室にやってきた三玖と、俺は式場の通路を歩いていた。

 

 いや、何気ない話の裏で、俺は三玖に誘導されているようだ。

 

「どこ行くんだ?」

「どこって……フータローは私とどこかに行くの、嫌?」

「いや、そんな事ないが…」

 

 そんな、取り留めのない話と共に、導かれた部屋には。

 

 

「何してんだ?お前ら…」

「ご苦労様、良い式だったね〜」

 

 机に地図を広げて、残りの姉妹達と奏ニが集結していた。

 

 

 そして、その様子に俺はハッとする。

 

「お前らまさか……」

「そのまさかよ。新婚旅行だわ!」

「で、行き先に困ったから地球儀とダーツを使って…」

「バラエティ番組と勘違いしてない?三玖達が決めるんだからね?」

 

 コイツらが、話し合ってる内容は理解した。だが……

 

「着いてくるつもりか⁉︎」

「正解です!」

 

 なぜかリボンを振るわせている四葉が、楽しみそうに言うが……新婚旅行ってのは、夫婦2人で行く物だ。

 

 これじゃあただの家族旅行である。

「こ、コイツらメチャクチャだ……」

「……うん。でも、そんなのいつものことだし」

 

 何度目かもわからないため息をついた俺の隣で、三玖は。

 

「それに、みんながいた方がきっと楽しいよ」

 

 間違いないと言わんばかりに微笑んだ。

「お前がそれで良いなら……って、おい!」

 

 その笑顔を前に、意見を引っ込めざるを得なくなった俺が反応をする前に、三玖は姉妹達の中に入りどこが良いかと話を咲かせだす。

 

 思わず唖然とした俺の隣で、奏ニは仕方ないと言わんばかりの顔で。

「いやー、コイツらには敵わねえぜ」

「お前は止める側だったろ、なんで一緒になってんだ!」

「いや、だって家族だし…」

「俺もその家族の一員だ!」

 

 そうして、くだらない会話をする俺たちの前では、姉妹達の間で指差した場所に行くことが決まったようだが……多分、それじゃあ決まらない。

 

 こいつらの好みなんざ……ああもう!

 

「ホント、めんどくせぇ……」

 俺は、改めて感じた言葉が口から飛び出したのであった。

 

 

 

side奏ニ

「間も無く、ハワイに到着します。シートベルトをしっかりつけて衝撃に備えてください」

 

 機長席にいる四郎のアナウンスを隣で聞いていた俺は、シートベルトを締めつつ手に持っていた冊子に目をやる。

 

 そんな俺に気づいたのか、四郎がシートベルトを締めつつ。

 

「それは…しおりですか?」

「ああ……風太郎が読んでおけってさ。修学旅行かっての」

 

 そう答えた俺は、イキイキとしたテンションでこれを作ったであろう奴の顔をおもい浮かべながら。

 

 

「めんどくせぇ……」

 

 恐らくあの5人も思ってそうな事が、思わず口から漏れたのであった。

 

 

 家庭教師の二重奏から始まった俺たちは、きっと続けていくのだろう。

 

 

 めんどくさくて、騒がしくて。

 

 

 取り止めもなくて、かけがえのないような……

 

 

 そんな、俺たちだけの七十奏を。

 

 

 




いかがでしたか?
次回はいよいよ最終回、奏ニと五月の結婚式ですね。

今回で終わりにして、続きはなんでもありの方で書こうかと思ったんですが、やはりこの小説の主人公のお話で締めた方がいいかと言う事で、あと1話だけお付き合いお願いします。

それでは、次回もおたのしみに!


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