これは、とある超越者が最高のヒーローに至るまでの物語 (玉箒)
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ヒーローを目指した理由

※話の都合上、葉隠に対する暴力的な描写があります。もし読まれる際は、お気をつけ下さい。


 「………うん、筆記は、多分大丈夫かな」

 

 そう呟くのは、何ともシュールな、学生服を来た白骨遺体。顎に手を当てながら少し俯きつつ廊下を歩いていく。人の波に流されるまま歩いていくが、時折周囲からの視線が気になりチラリと見回すと、目があった途端ビクリと体を震わせて視線を外す他の受験生。見た目もそうだが、中学三年生にしては異様に高い身長が人の目を集めていた。

 

――――鈴木悟、15歳。個性:魔法。本来一人個性は一つという制限、というか自然法則にも近い絶対的ルールが存在するが、その枠組みから逸脱した強個性が彼の能力。個性因子を伝う謎の物質を対価として、彼に超常的な力を与える。幼少期は小さな風や炎、光弾を放つだけであったが、彼の成長に伴いその力は規模を増していき、眷属召喚、空中浮遊、器用貧乏とは言い難い万能へとその力は昇華した。この超個性社会、どの場所でも強個性は優遇される。彼も本来ならばクラスで人気者、友達に囲まれ青春を謳歌しているはずであった。

 

―――複合型。彼は発動型の個性である『魔法』に付け加えてもう一つ個性を持っていた。強大な力の代償と言わんばかりに彼の肉体から皮と肉を削ぎ落とした呪いの正体―――個性:超越者(オーバーロード )。超越した力を持った彼に与えられたその名は単に彼の力を称えたわけではない。()()である。

 

 「……ハァ、見た目がこんなだから仕方ないけど、失礼だよなぁ普通に考えて。てか、なんなんだよ。虫とか鳥とか犬とかは良くて、骸骨の見た目はダメっていうのが理解できないんだよなぁ。そりゃどうやって動いてるか不思議に思うくらいは分かるんだけど、見た目が完全に人を逸脱してても他の人は普通に受け入れられてる人だっているじゃん。なんで俺だけこんなに睨まれるんだよ……」

 

 周りには聞こえない程度の小さな声でボソボソと呟きつつ、実技試験説明会場に着くと、適当な席を見つけて先に着く。そこでもやはりジロジロと見つめてくる不躾な視線の数々に苛立ちが隠せず、舌が無いにもかかわらず器用に舌打ちをする悟。気を紛らわせるために机の上に置かれている説明資料に目を移す。

 

 「(……ふむ、実技試験はこの機械の耐久性にも依るが、何とかなる、かな?いやいや油断は禁物、確実にポイントを稼がないとな)」

 

 頭の中で仮想ヴィランを倒す算段を整える悟。そうこうしているうちにプロヒーロー、プレゼントマイクが解説を始めると意識をそちらに移して真剣に話を聞く。ポイント、制限時間、実技試験会場、実技試験の詳細を語るプレゼントマイクが、最後にこう言葉を綴った。

 

 『最後にリスナーへ我が校"校訓"をプレゼントしよう!!!

かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った!「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!!

"Plus Ultra(更に向こうへ!!)"!!それでは皆良い受難を!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……でかいなぁ、うーん、少し緊張してきた。リラックスリラックスっと……さて」

 

 実技試験に集まる受験生の群れ、その中でも一際異彩を放つ髑髏の男。人間臭く、鳴りもしない首をコキコキと傾げた後に、受験生の群れをかき分けながらスタートラインギリギリまで歩み寄る。その威風堂々とした立ち振る舞いに気圧されて、後ずさり道を開ける他の受験生達。ふぅと、吐く息も無しに声を出した後ボソリと一言。

 

 「【上位道具創造(グレーター・クリエイト・アイテム)】」

 

 ピカッと、悟の足元が光る。眩い光が漏れ出し一瞬目を瞑る周囲の受験生達。異変に気づいた者達が、何だ何だとそちらに目を向けると、先ほどまでの骸骨の標本はどこへ行ったやら、黒を基調として金と紫の紋様、紅のマントを羽織った見事な戦士の姿があった。一流のプロヒーローを思わせるその姿に目を奪われていると、漆黒に身を包んだ眼前の男が、ゆっくりと鞘からグレートソードを引き抜く。重量を感じさせる、しかし俊敏な動きで剣を両手に握ると、腰を深く落として左足を後ろに引き、腕を十字にクロスさせる。そして静止。ジッと動かない。そうして何秒たったろうか。あまりにも異様なこの光景に、しかし誰も水を差すことはなかった。否、差せなかった。そして彼の妙に様になっている姿から目を離せずにいると、ついに、

 

 「受験開始ッ!!」

 

――――彼の韋駄天が、地を駆け、鉄屑を切り裂いた。

 

 

 


 

 

 

 

 「……ポイントは大丈夫だろう、おそらく―――と、これで……百ポイントは稼いだかな。筆記の手応えからして問題無しだな、多分」

 

 試験会場を縦横無尽に駆け巡り、ポイント泥棒と言われてもなんのその、見かけた仮想ヴィランを片っ端から潰していった悟。彼の肉体故に疲れはないが、精神的疲労は存在する。少し歩を緩めて速度を下げるが、まだこれで狩りを終わらせることは無く、二刀のグレートソードを地につけ火花を散らせながら流すように地を駆ける。

 

 「【敵感知(センス・エネミー)】……ん?」

 

 急ブレーキをかけて両手の剣を背中の鞘にしまい、首を曲げて入り組んだ通路の一角に聳え立つビルを見上げる。コンクリートの壁越しに感知した対象の影がうっすらと見える。何度も見た仮想ヴィランの機械的な単調動作、その一つに紛れ込む明らかに機械とは異なった滑らかな人の動き。先ほどまで受験生と仮想ヴィランが戯れている光景は何度も目にした。しかし、これは…と口にして方向転換し感知した方へと足を進める悟。ガチャガチャと鎧の音を響かせながら、脱兎の如き俊足でその場まで急行する。目的の一室にたどり着き、部屋の出入り口のすぐ隣の壁に背中をつけチラッと中を覗き込む。

 

 「(……やはりな、先ほどから無数の仮想ヴィランの一体すら倒せていないと思えば……おそらく、正面切って戦う個性では無いと思ったが、透明化か……そりゃあおおかた温度探知やモーションセンサー備えてるだろうコイツら相手は相性が悪いよなぁ)」

 

 女の、もはや透明化の個性なぞ気にする暇もないような、位置バレバレの叫び声が聞こえる。()()()()()。葉隠透、彼女の頭にあるのはこの一言だけ。最初は良かった。多くの生徒がいる中混戦に乗じて弱った仮想ヴィランの装甲が薄れた場所や、精密部に集中打撃を行うなど他の受験生、言ってしまえば囮がいる場所でポイントを稼げていた。だから勘違いしてしまった。自分は見つかっていないのだと。そしてこの場所に来て気付かされた、単純に優先度が低かっただけなのだと。透明な彼女が仮想ヴィランに至近距離まで近づいて、攻撃を喰らうまで時間は掛からなかった。足をやられ機動力を失い、仮想ヴィランを引き連れ逃げた先には仮想ヴィラン、追い込まれるようにこの部屋に逃げ、そしてついに逃げ場を失った。出入り口から出ようと思っても行手を阻む仮想ヴィラン。そして更に不味いことに、ポイントを稼がないといけないのに、という焦りが彼女を窮地に立たせた。無理にでも脱出しようとする彼女を仮想ヴィランが捉えるのはわけも無し、致命傷は避けているものの防戦一方、もはや傷を避けるだけで手一杯。息切れを起こしてガクガクと震える膝を何とか奮い立たせて、目の前の仮想ヴィラン達を睨みつける。

 

 「もぅ…ッ!!じゃま、なの、に…ッ、ハァ、こんな、とこ、で…ッ、つま、ずい、てぇ…はぁ、られないのにィッ!!」

 

 身をかがめて重心を落とす。地面を駆ける少女。背水の陣で特攻を仕掛ける。一体目、腕を横薙ぎし、顔面を叩こうとするが、スレスレでこれを回避。二体目、足を払おうと地面に沿わせるように機械のアームを薙ぎ払うが、ハードルのようにこれを飛び越えて回避。そして、出入り口の手前で待機する三体目、上空へ飛び上がり叩きつけるように両腕を振り下ろす。

 

 「――――――やあッ!!!」

 

 しかし、葉隠、瞬間的に地面を蹴り上げ全身を加速させて前方へ跳び、仮想ヴィランの股を潜る要領でこれを回避。

 

 「――――やったやったやったッ!!!出られ――――」

 

――――そして四体目、葉隠の死角から飛び出し彼女の脇腹を強打する。

 

 「―――え、な、に…ッ、あ、やば……あ、し、が……」

 

 壁に打ち付けられる葉隠。下半身にダメージが行き、膝がついに折れる。彼女を仮想ヴィランが囲い込み、絶体絶命。

 

 「(………助ける義理はない。他の受験生への妨害行為は御法度、ならば仮想ヴィラン達が彼女の意識を奪ってから始末するのが一番良い。ライバルは減らさなければ…それが最も賢いやり方だ)」

 

 一連の行為を傍観していた悟。実を言えばわざわざこんな戦いに意識を移さなくても場所を変えればそちらの方が仮想ヴィランはいるし、わざわざ名も知らぬ他の受験生の意識が落ちるまで待つのはただの時間の無駄でしかなかった。しかし何故か足を止める自分の行動の不可解さに理解が及ばず、苛立ちを覚える。

 

 「(……いや、時間の無駄だな。場所を移そう。放っておけば彼女は仮想ヴィラン達が始末してくれるだろ)」

 

 抜きかけていた剣を鞘にしまい直し踵を返す。カツンカツンとゆっくりとした足取りでその場を離れる悟。そんな彼に気付くはずもなく、葉隠は、神に祈ることすら忘れ、ボーッと正面の光景を見つめる。

 

 「(……あー、だめだ、動かない、か。きょう、まで、受験勉強とか、頑張ったのに、なぁ……ごめん、なさい、お父さん、お母さん)」

 

 もはや上体を立たせておくことすらままならず、体の力を抜いてゆっくりと正面に倒れ込む葉隠。そんな彼女に仮想ヴィランが容赦無く剛腕を振るい意識を刈り取ろうとする。当たれば致命傷、しかしもはや、立つことを諦めた彼女に避けようなどという気概は無く、当たったら痛そうだなぁなんてことを考えながら、ジッと半開きの眼で迫り来る鉄塊を眺める。実時間にすれば1秒に満たない一瞬が、数十秒のように感じられ、ゆっくりゆっくりと彼女に金属塊が伸びていく。

 

―――瞼が閉じていく、視界が黒く染まっていく。地面の硬いコンクリートに顔がぶつかるよりも先に、目と鼻の先に暴力が押し寄せる。少し怖がりながらも甘んじてその攻撃を受け止めようと、いや自暴自棄になりながら、どうすることもできず身を任せる。数十センチ、数センチ、数ミリ。そして、鼻の先で空気の振動を感じる距離までせまり、そしてついに、

 

 「―――伏せていろ」

 

―――金属の破砕音が鳴り響いた。

 

 「……………」

 

 最初に感じたのは、地面のコンクリートにぶつかった痛みでも、ましてや仮想ヴィランに殴られた痛みでも無い。熱を宿して火照った体の芯まで伝わる、自身を包むひんやりとした金属の感覚。自由落下する我が身を小脇に抱き抱えるように受け止めて、痛みが無いようにゆっくりと地面に下ろす漆黒の鎧に身を包んだ男。空いた方の手で大剣を軽々と振るい、仮想ヴィランを両断する。呆然として、地面に寝転んだまま彼を見つめる葉隠。

 

 「……私も実技試験に戻らなくてはならない、こんな所で時間を無駄にはできないのでな、すまんがさっさと消えてくれ」

 

 仮想ヴィランが襲いかかる。葉隠からすれば目で追うのが精一杯の、単純ではあるが素早い動き。それに対して、何の構えも取らずに立ち尽くす目の前の男。声を上げる体力すら残っておらず、仮想ヴィランの腕が彼にぶつかりそうになった瞬間、思わず目を閉じる。

 

――――ガキン。

 

 何か、金属のはち切れるような音が聞こえて、恐る恐る目を開く葉隠。そして思わず目を見開く。予想していた光景と真逆、首を刎ねられ、火花を散らして倒れ込む仮想ヴィランの姿があった。コイツは危険だと判断したのか、否、そんな機能は仮想ヴィランに備わっていない筈だが、残りの仮想ヴィランが束になって襲いかかる。しかし、葉隠の頭の中に先ほど浮かべた、目の前の男が仮想ヴィランにタコ殴りにされる、という痛ましいヴィジョンはもはや思い浮かばなかった。剣を十字にクロスさせる悟。次の瞬間、

 

 「――――すごい…」

 

 目にも止まらぬ俊速の斬撃。もはや瞬間移動といっても過言でないレベルの速さに口をポカンと開けて、バラバラになり崩れ去る仮想ヴィラン達を見つめるが、地面にできた確かな摩擦痕が、彼が瞬間移動で無く超速で移動したということを物語っていた。身をよじりながら目の前の、名も知らない男に感謝を述べる。

 

 「あ、りが、と「無理して口を開かなくていい、もはや受験続行は不可能だろう、その体。…動けそうも無いな」……うん」

 

 動けそうも無い、そう言われて悔し涙が出て両手を握りしめる。もっと戦えたはずなのに、もっと冷静になって動けていれば…そんなことを考えても後の祭り。涙が顔を伝って地面に落ちるが、それで結果が変わるわけも無い。静寂に、葉隠の啜り泣く声だけが聞こえる。

 

 「……あー、なんだ。ここに居ては、また仮想ヴィランが来るかもしれない。その、係員のところまで送っていこう」

 「そ、そんな!いいです!助けて貰った、のに、そんな、ことまで!」

 

 「遠慮するな、私が勝手に助けたんだ。最後まで責任は持つとも、よい……しょ………」

 「……そ……その………」

 

 戦闘が終わり剣を鞘にしまって、お姫様抱っこの形で葉隠を持ち上げる。姿は見えていなかったが、身体に砂埃やコンクリートの破砕片が降り掛かり何となく身体の輪郭は見えていたために身体に手を回して勢いよく持ち上げる。身体の大部分が金属の鎧に覆われているため手だけしか触感でわからなかったが、太もも、もっと言えば一瞬お尻周りに伸ばした手の、確かに感じた柔らかい触感で気付く。あれ、この人まさか、

 

 「す、すまないッ!!そ、その、服まで透過しているのかとッ!!!!」

 「あ、いや、その、大丈夫、です、はい……」

 

 もし彼女が個性で透明でなかったなら、今頃真っ赤になった彼女の顔が悟にも見えていただろう。いつもなら元気はつらつ、茶化すように突っ込みを入れる葉隠も、今だけはそんな雰囲気になれず素直に謝罪を受け取るだけであった。

 

 「(うわあァァアッッ!!!!やっちまったーッ!!!俺の不可知化(アンノウンブル)だと俺の装備ごと透明化させるからそれが当たり前だと思ってたッ!!!!どうしよどうしよ訴えられたら言い返せねぇよッ!!!迂闊だったッ!!!うわァァアあァ「あ、あの!」あ、はい!なんでしょうkん゛ん゛、何だろうか!?」

 

 「私は、本当に、大丈夫ですから…その、実技試験は続いてるので、どうぞ、行ってください」

 

 そこでハッとなり思い出す。そうだった、まだ実技試験の最中であったと。目の前の、と言っても姿は見えないが名も知らぬ受験生を見下ろしながら口を閉じて数秒思考した後に、ハァっとため息をついて、呪文を唱える。

 

 「【上位道具創造(グレーター・クリエイト・アイテム)】」

 「キャッ!!……ふ、ふく?」

 

 「………早くそれを着てくれ、時間が惜しい」

 

 ピカッと何か光が溢れたかと思えば、身体にふぁさりと無地の服が覆い被さる。呆然としている彼女を急かすような口ぶりで言葉をかける悟。

 

 「だ、だったら私なんか放っておいて―――「同じことを言わせないでくれ」―――ッッ、わ、分かり、ました……」

 

 渋々といった雰囲気でヨロヨロとフラつきながら何とか与えられた衣類を身につける葉隠。背中に二本の剣を帯刀している都合上、背中でおぶるわけにはいかず、お姫様抱っこで持ち上げる悟。少し気まずそうな雰囲気になり、無言の時間が流れる。身体に負担がかからないようスピードを落として歩く悟に、葉隠が言葉をかける。

 

 「……あ、あの、ありがとうございます…」

 「……私が勝手にやったことだ、気にすることはない……」

 「…でも、感謝すべきだと、思います……」

 「……………そうか、素直に受け取っておこう」

 「は、はい……」

 「……………………」

 

 沈黙。かなり中心地から離れているため、無駄に距離が長く、中々試験の係員が見えてこなかった。

 

 「…あ、あの」

 「……なんだ?」

 

 「………どうして、見ず知らずの私にここまで……?」

 

 単純に疑問に思ったことを口にする。受験生はライバル同士、潰し合いが前提のこの場で自分の時間を捨ててまで、それも、確かに危ない場面ではあったけど命を落とすことは無いと分かっているこの試験で、自分を助ける意味が全く理解できなかった。返答を戸惑った後、少し気恥ずかしそうに想いを吐露する。

 

 「……まぁ、なんだ、決まりが悪いじゃないか。中途半端に助けておいてそのまま放置、後で怪我して見つかりましたって言うのは……ばつがわるいというか、その、そんな感じだ、深い意図は無い」

 「……そう、ですか…」

 

 その後は、特に言葉を交わすでも無く中央まで戻ってくる悟。係員を見つけ彼女を預けた矢先、実技試験終了のアラームが鳴る。悟よりも葉隠の方が絶望に染まりきった顔をして何度も悟に謝るが、そんな彼女を手で制しながら別れを告げる悟。これで落ちたら仕方ない、自分で選んだ選択なのだから。そんなことを考えながら帰路に着くのであった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 「1-A1-A……あ、あそこか――って、彼も1-Aの人かな?」

 

 数日後、見事雄英ヒーロー科に合格した悟は1-Aのクラスの一員となった。そして今日が初の登校日である。1-Aの表札を見つけ扉の方へ目を向けると、扉の前で入室の踏ん切りがつかないようで緊張してぶつぶつと呟いているモサモサ頭の緑髪の生徒を見つける。

 

 「こんにちは、君も1-Aの人かな?」

 「え!?あ!ハイ!!そうで―――ワァァアアァァアッッ!!!」

 

 顔を見るやいなやいきなり絶叫を上げる、おそらくクラスメイト。別に鼓膜なんてものは無いが、あまりの声の大きさにビックリして両手で耳、が本来ならあるであろう場所を抑えると、何の騒ぎだと教室の中から扉に向かって歩いてくる音が聞こえる。

 

 「いったい何の―――き、君も!1-Aの生徒かい!?」

 「そうだよ。鈴木悟、よろしく」

 

 視点変わって教室内、いかにも聡明と言った感じの飯田と名乗る生徒が、通路から聞こえる大声に反応して扉を開けると、何かを見たらしく彼の背中ではあるが、体がぎこちなくなっていた。いったい何が、などと考える暇も無く、その理由をすぐに思い知ることとなる。ゆっくりと扉の前から彼が後ずさると、まずは緑髪の生徒が倒れ込むように入ってきた後、もう一人の生徒が姿を現す。

 

 「うおッ!!?」「マジ!!?」

 

 ガタンとビックリして椅子を引く幾人かの生徒。学生服を着ているため同じクラスメイトということは分かるが、異形型にしても珍しいその見た目に驚いて思わず声を上げる。

 

 「…………」

 

 無言で歩いていく悟。周りの視線にうんざりしながら後ろの方にある席に座り、ため息を吐く。未だにこちらを見つめるクラスメイト達に少し、苛立ちを覚えながらも顔を伏せて静かに腕を組む。

 

 「(………ふん、やっぱりどこ行っても同じか、まぁ仕方のないことだけど――「ねぇねぇ!!」―――ん?」

 「こんにちは!名前なんて言うの?」

 

 「………え、あ、鈴木、悟、です。はい」

 「へぇー、鈴木くんって言うんだ!よろしくね!私葉隠!葉隠透!」

 

 口をカパッと開けて唖然とする悟。初対面の人がこうして積極的に話しかけてきたことは初めてであるために戸惑ってしまっていた。声の方へ顔を向けると、どうやら個性故か姿が透明であった。空中に浮かぶ女生徒の制服やスカートを見て、シュールだなぁと、制服を着た髑髏が言えたことなのか分からないようなことを考えながら、ん?と言葉を漏らす。

 

 「?どうしたの?」「あ、あぁいや、なんでもないよ、葉隠さんね。よろしく」

 

 「うん!よろしくねー!」

 

 十中八九、実技試験会場で会った人に間違い無いだろうが、あの時のことを蒸し返しても何も良いことが無いなと考え、幸い顔を見られていないので初対面で通すことにした。にしても受かっていたのかと、何となく安心した気分でふぅ、と息を吐く。

 

 「(よかった…あの時鎧着てて。顔見られてたら絶対気まずくなってたよな…)」

 「ねぇねぇ!」

 

 「あ、はい。なに――「お友達ごっこなら他所でやれ」

 

 

 

 

 

 「ここは…………ヒーロー科だぞ」

 

 生徒達が固まる。身を乗り出して会話をしていた者も、無言で俯いていた者も、立って話をしていた者も、一人として例外無く同じ方向を見つめていた。のそりのそりと寝袋から起き上がる不健康極まり無さそうな男が手元のストップウォッチをカチリと鳴らす。

 

 「ハイ静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠けるね」

 

 なんだコイツ、と言うのが悟の内心。教室の空気を支配する目の前の男に、いやまさかな、なんて呟きながら疑心の目を向ける。最も彼に目玉なぞ存在せず、光るのは眼光では無く眼窩に灯る紅の炎であるのだが。

 

 「担任の相澤消太だ、よろしくね」

 

 コイツがか、と思ったのは悟だけではなかった。誰一人口を開くことができないままに時間が流れる。寝袋の中を弄る相澤。あったあったと言って取り出した彼の右手には、体操着が握られていた。

 

 「お前達、これ着てグラウンド出ろ。時間は有限、お前らに入学式やガイダンスなんてものは必要無い。とりあえず…

 

 

――――個性把握テストを受けてもらう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……いや入学式とガイダンスは必要じゃないか?」

 

 小声でボソリと呟く悟。何を着てもシュールな彼の立ち姿に思わず吹き出す生徒が数人。もう反応することすら鬱陶しく感じて無視を決め込む。相澤が地獄耳で悟の呟きを捉えて返事を返す。

 

 「ヒーローになるならそんな悠長な行事に出る時間ないよ」

 「あ、はい」

 

 「雄英は"自由"な校風が売り文句、そしてそれは"先生側"もまた然り……鈴木、お前中学の時のソフトボール投げの記録いくつだった?」

 「えーっと、五十前後ですね」

 

 「じゃあ個性使っていいからやってみろ、その円出なけりゃ何してもいいよ、はよ」 

 

 分かりましたと言ってソフトボールを握って円の中へ歩いていく鈴木を興味津々といった感じで見つめるクラスメイト達。見てくれから分かる通り彼の個性は異形型、しかし相澤が"個性使って"と言ったこと、そして手本として指名したことから、おそらくだけれど彼は"複合型"。その見た目だけで無く第二の力があることは明白。いったいどんな個性を使うのか、彼の個性を今か今かと待ち望んでいた。

 

 「……先生、質問よろしいですか?」

 「なんだ?」

 「この円から私が出なければ、どのように個性を用いても良い、と」

 「……結果を見てから決める、時間は有限と言ったろうが、早くしろ」

 

 「分かりました、では【下位アンデッド創造】」

 

 瞬間、空中に黒いモヤのような物質が現れる。収縮と拡大を繰り返し、心臓の鼓動のように一定のリズムで蠢くそれから、鳴き声が聞こえる。目を見開いて固まるクラスメイト達。そんな彼らのことは放っておいて、目の前に現れた忠実なる僕に指示を出す。

 

 「ボーン・ヴァルチャーよ、これを持って真っ直ぐ全速力で飛んで行け、時間の許す限りな。では行け」

 

 鳥のような、しかし亡者のおぞましい呻き声を上げて骨のハゲワシが飛び立っていく。羽もないその翼でどうやって滑空しているのかは分からないが、足でしっかりとソフトボールを握りしめて、空高く舞い上がり視界から消えていくのだった。

 

 「相澤先生、アレは稼働時間限界まで飛び続けます。記録が取れるまで時間がかかるので他の方達を先に済ませておいた方が良いと思います」

 「……戻れ、鈴木。……まず自分の"最大限"を知る、……それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

 ゆっくり歩いて生徒の群れに帰る。生徒達は既に相澤の話に耳を傾けており、悟には目もくれていなかった。相澤の話が続く、曰く合理的じゃない、曰く文部科学省の怠慢だ。段々と今回の個性把握テストの趣旨が理解できてきた生徒が、まだ学生の遊び感覚の抜けていない調子に乗った発言をしてしまう。

 

 「「うおぉぉおおおお!!なんだこれ!!?すげーおもしろそう!!!!」」

 

 あっ、と、相澤の顔色が変わったことを確認した悟が思わず声を漏らす。個性をフルに使えるまたとない機会ということで浮かれる生徒達とは裏腹に、相澤の顔色は暗く影がかかっていた。

 

 「おもしろそう…か、ヒーローになるための三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのか?よし… トータル成績最下位の者は見込み無しとして―――

 

――――除籍処分としよう」

 

 「「「「「えええぇぇえええええッッ!!!」」」」」

 

 「………ハァ………………めんどくさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「んん゛ん゛……初日から疲れた……」

 

 帰り道、精神的疲労を感じてため息を吐く。思い返すといろいろなことがあった。取り敢えず初めにクラスメイトの絶叫、その後まさかの実技試験会場の女生徒との再会、そして個性把握テスト。結局除籍処分というのは嘘らしかったが、それでもかなり精神をすり減らされた。あと、個性は一人一つしかないはずだろとクラスメイトにかなり突っ込まれもしたし、その説明でもかなり労力を使い果たしたものだった。でも、初対面にかかわらず他人とあんなに話せたのは久しぶりかもしれないと、少し浮かれる気分もあるにはあった。

 

 「………ん?………おい」

 「なんだよ、邪魔す―――「そのくらいでやめておけ」

 

 公園の一角でよってたかって一人の子供を殴る蹴る。この個性社会、いじめなんてものはいくらでも見てきた。なにより自分がそうだった。生まれた時からこの皮と肉の無い骨身、仲間なぞいるはずも無く、嘲り笑う対象になるのに時間はかからなかった。

 

 「―――え―――あ、ちょ「私でよければ相手になるぞ」

 「「「「「ご、ごめんなさいィィイイイイイイッ!!!!」」」」」

 

 「……………ふん」

 

 だから強くなった。力は正義である。睡眠も食事も取らないこの体、あまりある時間で個性を鍛え抜いた。肉体を鍛え抜いた。だからだろうか、同年代よりも少し達観したような口ぶりなのは。過ごした時間が違うのだ。一日二十四時間、一睡もせずに意識を覚醒させている。周りが幼稚に思えて仕方なかったのも、彼がみんなの中で浮いていた原因の一つかもしれない。

 

 「……君、大丈――「は、ひゃぁぁあああああぁぁあああッ!!!!」………はぁ、ま、仕方ないけどさ」

 

 お礼も言わず走り去る子供。慣れたことであるが、それは傷付かないという話ではない。数日前、鎧越しであるが久しぶりに人に感謝を向けられた。だから気が抜けていたのかもしれない。そうだ、これが普通の反応なんだ。

 

 「なんで俺、ヒーロー目指してんだろ」

 

 "あなたは優しい子だから"、そんなことを親に言われたから、では無いと思う。ヒーローに憧れも別にない。人助けに興味があるわけでもない。さっきだって別に男の子が可哀想だったから助けた、というよりもいじめられている子供に過去の自分を重ねてしまい、なんだかムシャクシャするから止めただけだ。もっと言えば、()()()()()()()()()()。たったそれだけ。結局は明確な理由なんてない。ただ力はあるし頭は良い、だから最高峰の雄英に取り敢えず入ろうと思っただけ。ヒーローを目指したいから来たわけではない。

 

 「……………葉隠さん、か」

 

 別に、実技試験の時は顔を見せていなかったし、今日だって、彼女の顔は見えていないだけで、もしかしたら引き攣っていたかもしれない。そんな卑屈なことを考える自分に嫌気がさして、舌打ちをする。舌も唇も無いのだが。なるようになる、か。などとそんなことを呟いて歩き続ける悟。明日の朝まで、またいつものように、父と母が寝静まった後、一人眠れない夜を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ご、ごめんなさい!鈴木くんッ!!この前は、あんなこと言っちゃって…」

 

 昼休みの教室。唐突に頭を下げられても困るんだが、と、目の前で腰を九十度に曲げる男子生徒を見つめる。何のことかと聞き返そうとして、あぁ初日のアレかと合点がいき、まぁまぁと彼の頭を上げさせて穏和な雰囲気で緑谷を宥める。

 

 「いいよ別に、よくあることだし、無理もないから」

 「で、でも…「気にしてないから、えーっと、緑谷くんだっけ?緑谷くんも気にしなくていいから」……うん」

 

 絶対にずっと気にするパターンだなこれ。なんてことを考えながら緑谷の顔を見る。視線を自分に合わせずキョロキョロと目が泳いでいた。指と指をモジモジと交差させて、落ち着きがないようにソワソワしている目の前の生徒をどうしたもんかと考えていると、第三者が入り込んでくる。

 

 「緑谷くんと…そや!鈴木くん、であってたっけ?」

 「え、あ、うん。そうだけど……どうしたの?」

 

 声のした方へ緑谷と悟が同時に顔を向けると、一人の女生徒と、もう一人、眼鏡をかけたいかにも頭の良さそうな生徒が立っていた。初日に扉の前で挨拶を半ば一方的に交わした飯田とかいう生徒だ。

 

 「一緒に食堂いかへん?早く行かんと席埋まってまうし!」

 「あ、あぁ!ごめん!えーっと、鈴木くんも行く?」

 

 食事に誘われるという行為が何分初めてで、戸惑い固まってしまう。三人がどうしたんだろうと様子を窺っていると、ハッと意識が覚醒したように言葉を発する。

 

 「あぁいいよ、ほら、俺こんな体だから食事とか取らないんだ」

 

 そう言ってハハハと笑う悟を前にして、気まずそうにする三人。言った後に、あ、これ不味いなと気づいても後の祭り、別に悟本人は何ともおもってないのだが、誘った張本人である麗日は凄く申し訳なさそうな顔で俯いていた。

 

 「ほ、本当に大丈夫だから!ほら俺、生まれてこの方食事なんてしたことないし、そもそも食欲も無いから食事に対して思うところとかないから!本当に!だから、気持ちだけ受け取っとくよ、ありがとう。ほら、席埋まっちゃうだろうし、早く行った方がいいんじゃない?」

 「あ、あぁ、そうさせてもらうよ。ほら、麗日くん、彼もそう言っているし」

 「あ、うん……そ、その、ごめん……」

 

 本当に謝らなくてもいいんだけどなぁと後頭部に手を持っていって頭を掻く。自身の身体特有の他者とのすれ違いが時折こうして起こってしまう。食事、いったいどんな感覚だろうか。味覚という言葉は知っている、しかし何とも効率が悪いとしか思えない。わざわざ他の生き物を摂取して排泄を行わなければ生命を繋ぐこともできないとは。いや、そうでなくともただ食事という行為自体を"生きるため"ではなく楽しみとしているところもある。本当に不可解である。

 

 「"美味しい"ってのがどんな感覚なのか……まぁ、分からないし、分かる必要もないんだけどな……」

 

 これじゃあ、除け者にされても同然だな、と、少し自虐に走ってしまう悟。言ってて虚しくなり、また一人勉強に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(………本当に、死んでいるみたいだ…)」

 

 夜、親の睡眠を妨害しないように魔法で気配を消し、少し親の寝ている光景を見つめてみる。両親ともハッキリとした人の姿。愛する、愛おしい父と母である。こんな自分を、突き放すことなく愛情を持って接してくれた。その恩にいつか報いたいと考えながら、しかしやはり睡眠とは何だろうかと思いボーッと見つめ続ける。

 

 「(……脳を酷使すれば疲労が溜まり、エネルギーを消費し、不足した分を外部から摂取、休息を取り回復する。何とも合理的だ。自分で言うのもアレだが、俺の体よりも幾分か納得できる構造だ。説明もつく。いくら運動しても肉体的疲労のたまらない俺の体の方が、自分で説明つかないほどにおかしいからな……)」

 

 トコトコと部屋から出ていき、戸棚からコップを取り出す。蛇口を捻り水を入れ、ガバッと喉元に通してみるが、亜空間に消えるわけでもなくそのまま自由落下して、カーペットに染み渡る。何をバカなことをやっているんだろうかと思ってコップを乾かし元に戻して、カーペットも魔法で乾燥させる。

 

 「(……寝る、か。どんな感覚なんだろうか。視界が暗闇に染まり、意識を手放す……恐ろしそうだが、何も躊躇わず皆"睡眠"を行う。……俺も寝られたら、少しはこの虚無感も消えるのだろうか……俺が普通の人間だったら………()()()()()()()()()…)」

 

 いや、と頭を振って外に出る。なんで今更、他者との乖離など、分かり切ったことを悩んでいるのだろうか。

 

 「馬鹿馬鹿しい、どうせ目標も目的も、何も無く虚しく生きてきただけだ。今になって悩むことでもない。さて、個性の練習だな、今日は」

 

 不可知化(アンノウンブル)を使用して姿を消し、夜の山中へとその暗闇に身を投じ姿を消していく。無心で、ただ無心で個性を発動し続ける。明け方になって、ようやっと木々を揺らす音が鳴り止むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇねぇ、鈴木くん。鈴木くんって実技試験の時の会場ってどこだった?」

 

 ドクンと存在しない心臓がはねる。なんでそんなこと聞くのと言い返すよりも先に嘘が口を衝いて出てしまい、咄嗟に別の会場を言うと、ありゃ、そうなんだと言って身を引く葉隠。

 

 「ど、どうしたの?突然」

 「いやね、私の実技試験会場に鈴木くんと声が似てる人がいて、鎧着てたから顔まではわかんないんだけど、背丈も大体おんなじくらいだったから、もしかしたらって思ったんだけど、外れちゃった」

 

 そ、そうなんだと、なるべく動揺を表に出すまいとするが少し言葉が詰まってしまう。これで顔にまで現れるようであったら一目瞭然だっただろう。皮も肉も無いこの体に、こういうときだけは感謝しなければと、表情筋の存在しない骸骨が脳の詰まっていないすっからかんの頭でそんなことを考える。

 

 「数が数だから、そりゃ似てる人もいるでしょ」

 「あはは!それもそうだね!じゃあさじゃあさ!その時のことちょっと喋ってもいいかな!」

 

 なんでだよ!!っと反論はできず話の続きを促す悟。もしかして、気づいた上でおちょくってんのかと紅い眼光で睨みつけるがそんな彼の気など知ったこっちゃないようで、実技試験のことを話しだす葉隠。

 

 「…あのね、私、恥ずかしい話なんだけどさ。実技試験中に、その、他の受験生にっていうか、さっき言った人に、助けられちゃったんだ…」

 「……そうなんだ」

 

 薄っぺらい返事しか返せない。当然だろう、そこで"正義感の強い人だったんだろうね"なんて言えるわけがない。だって自分なんだからそれ。

 

 「うん、私がしくじっちゃってさ、仮想ヴィランに囲まれて動けなくて、もうダメだって思ったとき、一瞬で仮想ヴィランを全員倒しちゃったの。本当に凄かった!!それでそのあと、私の介抱までしてくれて……私なんか放っておいたら、もっと実技試験でポイント取れたはずなのにさ……」

 「……それで?」

 

 不意に相槌では無く話の続きを促してしまう悟。自分では、話を追求することなど考えていなかったが、無意識に、あの時のことをどう思っていたのか、彼女の本音を知りたいという気持ちが湧いてしまっていた。

 

 「それで、えーっと、"私が先に助けたのだ、責任は最後まで持つ"とか何とかいって、彼に頼り切っちゃったけど、やっぱり無理をしてでも振り払って自分の足で歩くべきだったかなぁって。鈴木くんはどう思う?」

 

 話を振られるが、動揺はせずにジッと考え込む悟。

 

 「……その人が"責任を持つ"って言ったんだから、まぁ、頼って正解だった……と、思うよ。別に、葉隠さんが負い目を感じる必要は無いと、俺は思う」

 「……そっか!ありがとう!なんだかスッキリした!ごめんね、鈴木くんには全然関係無い話なのに!」

 

 いや、大丈夫だよっと言って一安心してため息を吐く。どうやらバレずに済んだようで、雄英の受験よりも緊張したぞと胸を撫で下ろす。葉隠もどうやら抱え込んでいたモヤモヤが解消されて満足いったようで、そんな彼女の様子に悟も安心するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「鈴木ィ!!わりぃ!!今暇か!?」

 「え、あ、うん。ど、どうしたの?」

 

 昼休み、いつものように一人教室で勉強をしていた悟の元に歩み寄って顔の前で両の手をすり合わせる瀬呂。何か頼み込むような口ぶりで机の上に自分の数学の教科書を置く。

 

 「今日やったとこ分かるか?」

 「あぁそれくらいなら………えっと、たしか、二章の頭だったか」

 

 瀬呂から教科書を譲り受けて、ペラペラとページを巡っていく。すまんすまんと言いながら悟の話を聞くが、何とも論理的な言い回し。話の構成が上手く、数学を現実のもので例えて分かりやすく噛み砕く具体性を持たせた解説に、知らず知らずのうちに飲み込まれていく瀬呂。アレほど苦悩していた問題が、詰まることなくスムーズに解けていく。一通り終わったところで時計を見ると十分も経っていなかった。

 

 「―――てな感じで、まぁ、俺が解説できるのはこんくらいだけど、わかった?」

 「……いや、目から鱗っつうか、すげぇな、鈴木……いやもうばっちしよ!サンキューな!すまねぇな邪魔して」

 「……あぁいや、それは構わないんだけど……なんで、おれ?」

 

 「はい?」「いやだから、何で俺に聞いたの?」

 

 

 「なんとなくだけど?」

 

―――そっか。まぁ、そうだよな。別に、クラスメイトに尋ねるくらい普通のことか。うん。でも、

 

 「……その、忌避感とか無いのか?俺の見た目に。他にも、この程度の問題なら解ける人いるだろうに、なんで俺に?」

 「……さらっと"この程度"とか言われたら傷つくんだが、まぁ言い返せねぇけどさ…」

 「ご、ごめん!そ、それで、気持ち悪く無いのか?俺の見た目が」

 

 「いやそりゃ気持ち悪いかは置いといて、最初見た時はビックリしたけどよ、それだけだろ。あ!そうだそうだ、ちょっと気になってたんだけどよ」

 

 そう言って、唐突に悟の眼窩に人差し指を突っ込む瀬呂。唐突な奇行に不意をつかれたかのように固まってしまう悟。そして何故か瀬呂も固まる。無言で互いに見つめ合う二人。人差し指を眼窩に差し込んだままの状態で瀬呂が口を開く。

 

 「……なぁ、これお前にはどういう風に見えてんの?俺の指の断面とかが見えてる感じ?」

 「え、いや……普通に片目だけ視界真っ暗だが……え、なに、それだけ?」

 「あぁ、それだけ。そっか、なんか、スッキリしたわ、ありがとな、じゃあなー」

 「あ、うん。………行っちゃった……」

 

 嵐が過ぎ去ったようで、呆然とする悟。新鮮な気持ちだった。初見は驚いたという嘘偽りない言葉、自身の肉体のことに関するよく分からないスキンシップ、しかし不思議と不快感は無かった。初めての感覚、あんなに遠慮無く接してきたクラスメイトに対して抱いている形容できないこの感情の正体に、まだ彼は気付くことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………な、なんだ、これ。派手だし……いや杖なんか何に使えばいいんだよ………あ、軽。一応、武器ってことか……?魔法使いの………護身用の……ってこと?」

 

 ヒーロー基礎学、初の戦闘訓練日。各々が事前に要望を出しておいたコスチュームが届いてワクワクしながら自分の格好に酔う中、一人頭を抱える悟。そもそも彼は要望なんて出していなかった。機能性を求めるなら最悪彼は裸でもいいし、格好良く着飾りたいわけでもない。だからコスチュームの要望紙に、『特になし』と書き込んだのが運の尽き。黒を基調とした絢爛豪華なローブに、黄金に輝く首掛け。なんの意味があるのか分からない、肩へと伸びる角のような突起。その中間にはデカデカとした紅玉が二つ。首元から暗紫色の布が垂れ下がり、手には眩いほどの光を放つ金色の杖が握られていた。

 

 「うわ動きにく!!こんなのでまともに戦えるわけねぇだろ!!製作陣アホか!!!」

 

 ヒーローは格好から入るのも大切だとは言うが、それで本来の活動ができなくなってしまっては本末転倒。大きなローブを羽織って歩いた経験などあるはずもなく、仕方ないとため息を吐いて魔法を唱え空中に浮かび、ゆったりと廊下を進んでいく。

 

 「やべ、着替えんのに手間取った。みんなもう先に行ってるじゃん」

 

 グラウンドβへの通路を進んでも誰も見つからない。奥からクラスメイト達の、コスチュームに関する楽しそうな声が聞こえてきて、今更になって自分の格好を気にし始める悟。

 

 「うわぁ、やだなぁ。派手すぎるぞこれ。自分で言うのもなんだが、これどう見てもヒーローって見た目じゃないし……えぇい、なるようになれだ、引かれても知るか」

 

 覚悟を決めて通路の奥から差し込む光へと身を投じる悟。緊張して身体が固まり、ぎこちない動きになっていたが、それが逆にコスチュームを着た彼の立ち振る舞いに合っていた。ようやっとみんなの前に姿を表して、ゆっくりと地面に着地し、カツンと杖を鳴らす。

 

 「すいませんオールマイト、少々着替えにてま、ど…り………」

 

 クラスメイト達の視線が痛いほど突き刺さる。そりゃそうだと後悔の納得。なるようになれと覚悟を決めたはずなのに、それでも顔が熱くなるほどの羞恥心に襲われていた。

 

 「(あァァアアァァアッ!!!そうだよなッ、そうだよなッ!?普通そんな反応するよなぁ!?うわみんなシンプルで機能性もあってカッコいいじゃん!!クッッッッッソ俺も特になしなんて書かずに自分で要望書いとけばよかったあああああああッ!!!!)」

 

 眼窩に灯っていた炎が消える。シーンと固まるクラスメイト達。オールマイトはノープロブレムッ!!などと言って授業を進行しようとするのだが、肝心の生徒達が悟の方を見て動かない。悪いことは何もしてないはずなのに、何故かとてつもない罪悪感に襲われていた悟。オールマイトが少年少女達?っと声をかけると一人の生徒が口を開く。

 

 「……かっけぇ」「は?」

 

 「いやカッケェじゃん!!そのコスチューム!!すっげぇ凝ってるしよ、センスあるなぁそれ!!」

 「漆黒に身を包む死の王……といった具合か」

 

 一人が話し出すと、一気にその波が周りまで広がりやんややんやと騒ぎ立てる。思っていた反応と異なり戸惑ってしまう。拒絶はあれど理解されるとは思ってもいなかった。そもそも自分自身が理解できなかったのだから。

 

 「い、いやなんか違くない?これ。ヒーローというよりもヴィランというか……」

 「自分で出した要望に何引っ込み思案なこといってんだよ」

 「いやこれ俺が考えたデザインじゃなくて会社の方が勝手に……」

 「へぇー、でもでも!似合ってるじゃんそれ!!コスチュームのデザイン頑張って考えてくれたんだよ!!やっぱり本職の人は違うなぁ〜!!」

 

 頑張って考えてくれた、と言われてハッとする。そうか、自分のためにこのデザインを考えてくれた人がいるのかと。そう思うとやっぱり少し、自分のコスチュームに愛着が湧いてくる。そうか、俺のために……いやでも派手だなと、思いとどまる悟。

 

 「おっほん!さて少年少女達!!コスチュームに熱くなるのはいいけど授業のこと忘れてもらっちゃ困るぜ!!ハイ注目ッ!!!」

 

 手をパンパンと叩いて生徒達の気を引くオールマイト。何とか話を聞いてくれる生徒達にホッと一安心して説明を始める傍らで、悟もクラスメイト達の視線がオールマイトに移り一息ついていた。ヒーロー基礎学戦闘訓練、オールマイトの話では二人一組ということだがここで問題が発生する。

 

 「あの、一人余る方がいらっしゃると思うのですが……」

 「そうそこ!!悩んだけどサァー、苦肉の策でこうすることにしました!!ハイ、クジ引いて一人になった人は―――一人で戦ってもらいます!!!」

 

 「「「「「えぇぇえええええええッ!!!!!」」」」」

 

 「一人の人は、一番初めの対戦で勝った方のチームと最後に戦ってもらうってことね!!チームの人達は二回戦うっていっても最初と最後だったら体力はそれなりに回復してるだろうし、逆に二回戦わないといけないってことを考慮すると一人でっていうのは丁度いいハンデになるんじゃないかな?」

 

 若干納得いきはしないものの、文句を言っても仕方なし。祈りながら一人にならないよう覚悟を決めてクジを引く生徒達。悟は逆に、一人の方が気楽だと、クラスメイト達とは真逆のことを祈っていた。次々とクジを引いて自分の引いたクジを見る生徒達。一人にならずに済んで喜ぶ者、特に何の反応も示さない者、反応の仕方は各々異なるが皆クジを引き終わったようでオールマイトが確認を取る。

 

 「よし!みんな引いたかな!では不運?にも一人になっちゃったアンラッキーボーイorガールはハイ挙手ッ!!」

 

 生徒の群れからスッと手が上がる。普通ならその手だけで誰か判断することは難しいだろうが、こと彼に至っては一目瞭然であった。他に誰がいようか、あの白骨の腕。

 

 「―――俺ですね」

 

 げえっ!という声が何処かから漏れる。個性把握テストの時に、そして今までも何度か授業の中で彼の個性を目にしたが、いわゆる万能系。単純に強いのだ。あらゆる場面に対処可能、ぶっちゃけ人数差なんてハンデになるのか分からないレベル。

 

 「よし!では今から対戦するチームの勝った方が、最後にもう一度鈴木少年と戦うってもらうことで!それじゃあ最初の組を発表するから、該当のチームはスタート地点で準備、それ以外の人は先生と一緒に別室で観戦だ!!」

 

 オールマイトがチームナンバーを読み上げ、当然該当するわけのない悟は他の生徒達と一緒にオールマイトについて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「じゃあよろしくね、葉隠さん、尾白くん。二戦目で疲れてるだろうけど」

 「うん、よろしく鈴木」

 「よろしくね!ねぇねぇ鈴木くん!友達のよしみでぇ〜、そのぉ〜」

 

 「うん、友達のよしみで全力で潰しにかかるから、そのつもりで」

 「ひどーい!!そこは手加減するところでしょー!!!」

 「ははは…まぁお手柔らかに頼むよ」

 

 鈴木も笑って誤魔化すが、心の中は既に臨戦態勢。彼に油断の二文字は存在しない。例えアリ一匹だろうが確実に倒せる手段を持ってして、尚且つ失敗した時のリカバリーも考えておくのがこの男。オールマイトの指示を受けてヴィラン側に周り、スタート地点へ歩いていく間も二重三重に策を練る。

 

 「……ふうん、かなりでかいんだな、直に見ると。こんなビルの一室に核兵器っていうのも無茶な設定な気もするが、さて」

 

 個性の使用は開始の合図が鳴ってからということで、オールマイトのアナウンスを待ち続ける悟。カメラによって観戦室のモニター越しに移る彼の威風堂々とした立ち姿に感心するクラスメイト達。

 

 「な、なんか、あそこだけ切り取ったらマジでヴィランだな…」

 「やべぇ、俺あの光景見て勝てる気しないわ」

 

 「それでは両者良いかな?……オッケー!準備万端だな!それでは、ヒーロー基礎学戦闘訓練、最終試合―――始めッ!!!」

 

 瞬間、カメラに移る両者共に動きが現れる。まず悟。何か、せんすえねみー、とボソボソと呟くと煌びやかな音が流れる、が。特に見てくれに変化は現れない。何をやったんだろうかと観戦室の生徒達が呟いていた。次に、葉隠と尾白なのだが、

 

 『……なるほど、やはり二手に分かれてくるか。まぁ固まっておくメリットは無いからな、となるとおそらくだけど葉隠さんは全裸か……作戦としては正しいんだろうけど、倫理観大丈夫か?彼女』

 

 「な…ッ!?」「うっそぉ!!?」

 

 彼の言う通りであった。彼らが建てた作戦は至って簡単、尾白と葉隠が二手に分かれて何とかどちらか上階まで辿り着こうという、作戦というにはお粗末なものだがシンプルで分かりやすい、かつ有効的なものであった。別室で観戦してるクラスメイト達は、葉隠達の試合開始前の作戦会議をモニター越しに聞いていたため二手に分かれたのを知っているが、なぜ悟に分かったのか不思議でならない。

 

 「鈴木くん、ほんまに何でもできるんやなぁ……」

 「ケロ、次はいったい何をするのかしら」

 

 『ふむ、まぁ分かれてくれるのなら好都合。すまないがヴィランという立場を最大限有効活用させてもらおう。【中位アンデッド創造】』

 

 あんでっどそうぞう、というのは確か個性把握テストで聞いたことがある。つまり、眷属の召喚。今度はいったい何を呼び出すのだろうかと見守るクラスメイト達。あの時のハゲワシのように小柄な物を想像していたために、モニターに映った光景に度肝を抜かれただろう。

 

 「な、なんだあれぇ!!?」

 

 瀬呂がみんなの言葉を代弁する。鈴木が個性を使用した瞬間、鈴木の前方の地面が黒く染まる。コンクリートの平坦な床が、暗黒に侵食され、ゴポゴポと沸騰するマグマのように噴き上がる。ただの黒塊が段々と人型に変形していき、最終的にそこに現れたのは、巨大なフランベルジュとタワーシールドを携え、ボロボロに朽ちたマントを羽織り、瞳の無い眼窩に深淵を宿す―――死の騎士(デスナイト)であった。

 

 『死の騎士(デスナイト)よ。下の階層に降りて侵入者を迎え撃て、指示は私が出す。標的は……そうだな、白い胴着を着た尻尾の生えた金髪の男、貴様のスペックならば十分対処可能だ。打撲程度の怪我は許すが全治数週間レベルの大怪我を負わせるのは無しだ。見つけ次第敵を拘束しろ、では行け』

 『オォォオ゛オ゛ォオ゛゛ッ!!!!』

 

 ドスンドスンと部屋から出ていき廊下を突き進んでいくデスナイト。悟の伝言(メッセージ)の指示の元、階層を下りある場所へと突き進んでいく。足音と、その重量が成す振動により、何かが迫っているのは尾白には直ぐに分かった。何かとてつもなく巨大で、速い何かがこちらに迫っている。ふ、ふぅと緊張する心をほぐすために呼吸を整えて慎重に歩き始める。見つからないために気配を消し、ゆっくりゆっくりと、無駄な努力を足に込める。

 

 「(クッソ!なんなんだこの足音!鈴木か、それとも彼がまた何か呼び出したのか!?)」

 

 的中、分かったところで意味ないのだが。

 ダンダンと足音が、足裏で感じる振動の規模が大きくなっていく。長い通路に出た。この先から来る。階段を降りてくる何かが、来る。壁に背中をつけて、少し頭を覗かせるようにしてジッと通路の奥を見つめていた。今か今かと、大地の振動と心臓の鼓動が連動するように鳴り響き、ついに対面する。そして見た瞬間、反射的に身を引いて逃げ出してしまう尾白。()()()()()()()

 

 「―――無理無理無理ッ!なんだアイツ!!?」

 

 こちらが見つかったのかは分からない、ただ自分の生涯における、自己ベストを記録するほどの逃げ足だったことは確か。現在いる階層の一室に駆け込み。胸を押さえつけて何とか呼吸を落ち着かせようとするが、それでもあの憎悪に満ちたような骸骨の顔が脳裏にこびり付いて離れない。

 

 「(アレ倒さないと上に行けないってこと?多分音的にアイツは一人しかいないとは思うけど…葉隠さんに、頼むしかないか。上の階層は。僕が何とかアイツを引きつけ―――

 

 言い終える前に、壁が爆発する。うおっと声を漏らして手を顔の前に持って来る尾白。コンクリートの粉塵が舞う中、何が起こったとゆっくり瞳を開けると―――ヤツがいた。

 

 『……はは、そんなのアリかよ……まじでさぁ!?』

 『オォォオオオオ゛おオ゛オ゛゛!!!!!』

 

 そう言いたくなる気持ちはわかると相槌を打つクラスメイト達。単純であった。悟が出した指示は、()()()()()()()()()()()。盾を正面に構えて、壁に向かって斜め向きに走り出す。コンクリートの壁なぞ無視するかの如く、最短距離を突っ走って尾白の元まで到達した。標的を見つけたデスナイトが雄叫びを上げる。

 

 「うっへぇ、アレと正面きってやりあわねぇといけねぇのか…」

 「持ち堪えるっても、いけるのか…?」

 

 窮地に立たされたクラスメイトを見て彼らが口にすることは、尾白に対するエールでは無く絶望感漂う諦めの声。剣を手放したデスナイトが素手で襲いかかるが、回避した尾白の背面のコンクリートに深々と腕が突き刺さり壁全体に亀裂が走っていた。全員が尾白の映像に気を取られていると、戦闘音では無い肉声が聞こえてくる。

 

 『…やはり立ち止まるか、しかしそれでは二手に分かれた意味がないではないか。こうなることは想定済みで、仲間を見捨てる覚悟を決めたはずでは無かったのか?ヒーローよ』

 

 何言ってんだと思うのも束の間、もしや葉隠のことかと思い至る。悟を除いて誰も葉隠の姿を捉えられていないが、もしかすると立ち止まっているのかもしれない。あの大きな音と振動、例え離れていても気付かないわけがない。そしておそらく、その攻撃対象は尾白。事実彼女は後ろ髪を引かれるような思いで立ち止まってしまっていた。そこまでは悟の読み通り。願わくは、このまま引き返してくれないものかとも考えていたが、

 

 『………ほう、引き返さず突入して来るか。まぁどうあがいてもお前に勝ち目はないのだが、ひとまずは貴様の覚悟と、何よりもその無謀な蛮勇に敬意を表してやろう。よく来たな、ヒーローよ』

 『え!?な、なんで見えるの!!?』

 

 「う、うわぁ、鈴木くん、飯田くんに負けず劣らずヴィランムーブしとるなぁ…」

 「演技まで入ったら完全にヴィランだぞアレ…」

 

 姿は見えないが悟の言葉と、他ならぬ葉隠の声で彼女が核の部屋まで来たことを理解する。このまま気付かれないうちにとこっそり部屋に入った矢先声をかけられて完全に計画が破綻してパニックに陥ってしまう葉隠。どうしようと次の案を考えるも何も思い浮かばず立ち往生してしまう。

 

 『………そのまま待機しておけ、さて。ヒーローよ、ここまで来てくれてご苦労、私自ら足を運んでも良かったのだが、面倒はごめんでな。向こうから来てくれると言うのなら話は早い、丁度今し方尾白を捕獲した。もはや貴様に勝ち目はない、降参しろ』

 『お、尾白くんがいなくったって私一人でもやれるだけやるんだから降参なんてしないよ!』

 

 葉隠の威勢の良い啖呵を聞いて肩をすくめて戯けてみせる悟。物分かりの悪いヤツだと口にする悟の言葉に、葉隠のみならず観戦しているクラスメイトも少しムッとする。その発言と動作は、いくらなんでも葉隠をなめてかかりすぎではないかと。例え実力差が離れていようともそれは失礼だろう。だが失礼ではない。彼の発言を聞くまで、この戦闘訓練のヴィラン、ヒーローという立場を誰一人として弁えていなかった。

 

 『…私は別に、尾白の助けが来ないから貴様に勝ち目は無い、と言っているわけではないのだがね』

 『え?』

 

 

 

 『言い方を変えよう。仲間の命を助けてほしくば降参しろ、ヒーローよ』

 『ちょ……ッ!?』

 

 「…うっっっわ、えげつねぇ……」

 「お、漢らしくねぇぞ!!すずき「本質は捉えていますわ」

 

 

 「ヴィランならば当然の行動です。鈴木さんは今、葉隠さんの覚悟を試している。最初別れた時点で決めていたはず、いざというとき仲間を見捨てることくらい。それを最後まで貫き通せるか。……少し、酷な判断かもしれません」

 

 八百万の言葉に静まり返る生徒達。固唾を飲んで葉隠の行く末を見守るクラスメイト達。判断つかずに返答を迷っていたが、そんな悠長に考える時間など与えるはずもない。

 

 『三つ数える内に決めろ、でなければ尾白は死に、私は貴様を殺す。まぁあくまで、"そういう"設定なだけだがね』

 『ちょ、ちょっと待って―――『待てば何かあるのか?』そ、それは』

 

 『くだらん問答は無しにしよう、では一つ―――』

 

 人差し指を立てる悟。このやり取りを見ていて感心するオールマイト。完璧であった。事実オールマイトも現場でこういった仲間を人質に取られた命のやり取りに悩んだことは一度や二度では無い。彼の目から見て、誰よりも、悟がこの戦闘訓練の本質を掴んでいると言っても良かった。

 

 『う、うぅぅぅうううううぅぅぅううううッ!!!』

 『唸っていても解決はせんぞ。泣いて喚けばヒーローが来てくれるのは力無き一般人のみ、貴様はヒーローなのだからな』

 

 『……二つ―――『あーもう!!降参します!!降参するからぁ!!!』……そっか、じゃあ俺の勝ちだね』

 

 先ほどまでの覇気のある様子はどこへいったのか、空気が和らぎいつもの温厚な雰囲気へと様変わりする。肩の力が抜けてへたり込んだ葉隠が悟に文句を言うのだが、これが現実。非情になりきれなかった葉隠の敗北である。敗者への情けのように、魔法で服を作って貸し与えるが、それが逆に煽っているようである。といっても透明だとしても羞恥心はあるので渋々着るのだが。

 

 「もうずるいよ!!鈴木くん!!あんなこと言われたら誰だって降参選ぶに決まってるじゃん!!!」

 「そうかな?プロのヒーローだったら時には割り切る覚悟もいると思うよ。それに、二手に別れるのは良い案だけど、こういうことがあるからリスクも背負わないとね」

 「ううぅぅぅうううううぅ………!!!」

 

 オールマイトの試合終了のアナウンスが鳴り響くと、今度こそ負けを認めたようで悔しー!と言いながら手をブンブンと振るが、目の前にいる勝者に届くのは負け犬の遠吠えだけで、彼女の悔しさに満ちた表情までは分からない。悟が魔法を使って空中浮遊をするがもはや驚きもせず、ただただクラスメイトの勝ち誇った優雅な姿に羨ましがるだけである。

 

 「はぁ、いいなーそれ。楽しそう」

 「そう?なら葉隠さんも飛んでみる?」「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お!お疲れさん尾白!どうだ?アイツ強かった?」

 「強いなんてモノじゃないよ……反則でしょ、あんなの……俺これでも肉弾戦は結構自信あるのになぁ…」

 「ま、まぁ元気出せって、相手が悪かったっつうかなんつうか……」

 

 最初にいた、施設目の前の広場で授業の総括をするためにみんなが集まっていると、まず尾白が建物から出てくる。身体に傷一つないのだが、どうやら精神をかなりすり減らしたようで覇気が全く感じられなかった。魂の抜けた人形のようなクラスメイトに励ましな言葉を送るが効果があるのかは定かではない。

 

 「あとは鈴木少年と葉隠少女だけだが「とぉーりゃあー!!!」

 

 お、きたかな?と建物入り口の方へ顔を向ける。妙にハイテンションな声の正体に疑問を持つが、彼女が姿を表すとその悩みは直様氷解する、が。新たな疑問というか、空中に浮かぶ彼女の姿に氷解したはずの脳が再度フリーズする。

 

 「やっほー!!ねぇねぇ!凄いでしょこれ!?ねぇねぇ!……あれ?みんなー!反応薄いんだけどー!!」

 「ど、どうしたの葉隠?あんた、それ」

 「あ、これ?鈴木くんが作ってくれた!!別に透明だしいらないっちゃいらないんだけど、でも良いセンスしてるよねー鈴木くん!」

 「いや服の方じゃなくて!」

 

 「……俺の個性だよ、他人にもかけられるからね、一部の魔法は」

 

 葉隠と同様に、空をゆったりと飛んで現れる悟。楽しそうに空中を飛び回る葉隠とは違い、手慣れた感じで地上に降りて一息つくと、その真偽はさておいてあぁ疲れたと呟きオールマイトに話しかける。

 

 「お待たせしてすみません、えーっと、今から最後の試合の反省会ですかね?」

 「え?あ、あぁそうだね!そうしたいところなんだけど……」

 

 空中で意気揚々と飛び回る葉隠に気を取られる生徒が複数名。申し訳なさそうに頭を下げる悟。葉隠に声をかけようとした矢先、周りの生徒に取り囲まれてしまう。

 

 「すっげぇ!!お前他人まで飛ばせるのかよ!!?」「え」

 「なぁなぁ!!俺にもアレかけてくれよ!!」「ちょ」

 

 授業の進行的にこれ以上人を浮かばせるわけにはいかない悟。周りの圧に押されながらも何とか断り続けるも、であればとあの騎士はなんぞやと質問攻めに合う。魔法の効果時間が切れてふぎゃ!っと情けない声をあげて地に落ちる葉隠を見て、何とかオールマイトが声をかけて生徒達の注目集めるまで揉みくちゃにされる悟であった。でも何だろうか、例え自分の個性が原因でも、周りからこんな、輝いたような目を向けられるのは初めてだった。悪くない、悪くない感覚だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「母さん、お風呂入れといたよ。皿も洗っといたから」

 「あら、ありがとう悟」

 

 ご飯も食べなければ寝ることもない。彼の有り余る時間の有意義な使い方の一つが家事の手伝いである。最初は息子が手伝うと言い始めた時気が引けたのだが、我が子の熱意に押されて任せてみた結果まぁなんと手際の良いことか、スタミナという概念の存在しない肉体による俊敏で器用な動きのなせる技。一気に生活が楽になり、ストレスも減って顔のシワが減ったとか。もっともそのストレスの原因は、いつもつまらなさそうに学校から家へ帰ってくる息子の様子にあったのだが、これも最近では少し変化が訪れている。

 

 「悟、今日は学校で何があったのかしら?」

 「学校?なんか、戦闘訓練とか言って友達と戦ったよ。って言ってもどっちとも傷一つ負ってないんだけどね」

 「そう、まぁ悟は練習だったとしても他人を傷つけたりは中々できないだろうしねぇ」

 「母さん、俺だって流石にやるときはやるよ。あぁそれよりもさ、聞いてよ母さん。切島くんと瀬呂くん、それと砂藤くんがさ―――」

 

 「…ふふ」「?どうしたの母さん?」

 「あぁいや、何でもないわ。話を続けて頂戴」

 

 「?そ、そう?なら続けるけど……それで、アイツらが、授業終わった後飛ばせ飛ばせって―――」

 

 初めてだった。平然と"友達"という言葉を口にすることも驚きだが、よもやこんなに楽しそうに、聞いて欲しそうに学校の話をする息子の姿は。この前は楽しそうに話す息子の様子を見て涙を流してしまい、逆に息子に心配されてしまったが、やはり気をつけていても涙腺が少し緩んでしまう。これが普通なのだろう。これが常識なのだろう。しかし普通で無かった。ようやく息子に訪れた平凡を、息子以上に噛み締めていた。

 

 「……そう、それでどうしたの?」

 「いやしつこくってしつこくって、根負けして空飛ばせてあげたらこっちの話も聞かずに飛んでっちゃうもんだからさ。急いで追いかけたよ。魔法切れて落っこちたらどうするんだよ本当に…困るんだからさぁ」

 「ふふふ、面白いのねぇ、悟のお友達は。……そうだ、今度、家に連れてきたら?」

 

 先ほどまで饒舌に語っていた彼の口が止まり、母親の方を向いて標本と化す。ピクリとも動かない我が子の様子にどうしたのだろうとオロオロと戸惑っていると、悟が下を向いてゆっくりと口を開く。

 

 「………無理だよ、会ってまだ数週間しか経ってないし…」

 「何言ってるの、友達を家に誘うだけじゃない」

 「……家に呼んで、何したら良いのかも…遊び方とか、分かんないし」

 「何でも良いわよ、別に家に呼ばなくても、友達とどっかに遊びに行ってもいいし。なんなら勉強会とかでもいいのよ?」

 

 「……今日はもう出るね、おやすみ、母さん」

 

 いつもの日課である個性の訓練に一人勤しむため、部屋を出て玄関に向かう悟。返事は得られなかったものの、息子から否定の言葉が返ってこなかったことに満足して、笑みをこぼす悟の母親。少し強引すぎたかしらと口にはするが、その顔は心底満足そうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「すいませーん!!!」」」」

 

 

 「…い、いらっしゃい、本当に来たんだ…」

 「いや来るに決まってんだろ!無言で約束すっぽかしたりしねぇから!」

 「そ、そうだよね。まぁ、取り敢えず上がってよ」

 

 失礼シャース、などと言って普段学校で着ている堅苦しい制服とは異なり私服で鈴木宅に転がり込む悟のクラスメイト達。週明けの小テストに向けて誰かの家で勉強がてら遊ぶかという話になった際に、悟に勉強を教えてもらったことのある瀬呂がそう言えばと悟を話題に出したのが始まりだった。俺の家には何もないと言ったが、別に構わないと言われてしまえば、友達を誘うという未知の誘惑の前に勝てるはずも無し、ついオッケーと言ってしまった。

 

 「へぇー悟の家綺麗だなぁー、それに結構広いし」

 「ま、まぁ親がそれなりにいい所で働いてるから……つっても、家の掃除は結構俺がやってたりするんだけどね」

 「マジか!?あーいやでも何か想像できるわ、家の手伝いとかめっちゃやってそうだなぁ」

 「まぁ暇な時にやることが特に無いからね、そんくらいのことは」

 

 適当に話しながら廊下を歩いていく。扉を開いてリビングに皆を通すとキッチンの方から親が振り返ってみんなに挨拶をする。

 

 「あら、来たのね悟のお友達。どうもはじめまして、悟がいつもお世話になってるわ」

 「あ!こんちゃっす!切島っす!」

 

 元気溌溂な威勢の良い切島の挨拶を皮切りに、皆が次々と挨拶をしていく。中央の大きなテーブルを囲むように席につき、悟の母親がお茶を出すと感謝しながら飲み干す切島達。早速勉強、とはいかずに雑談に移っていた。ニコニコしながら彼らの様子を見守る悟の母親が、棚を探しながらあら?という言葉を漏らす。

 

 「どうしたの?母さん」

 「いやね、今日お友達が来るって聞いてお菓子買ってたはずなんだけど……やだ、どこ置いたのかしら……あ!」

 「……会社に忘れたの?分かった、取ってくるよ」

 「いやいいのよ!悟はお友達と話してて「休みの日なんだから、母さんはゆっくりしてなよ、俺が取りに行く方が早いし」ご、ごめんなさいね、悟」

 

 「ごめんみんな、ちょっと出てくるね。十分くらいで戻るから」

 「おいーっす、急がなくていいからなー別に」

 

 扉を潜って部屋が出ていく悟。そんな彼を申し訳なさそうに見つめる悟の母親を見て、口元を緩めながら瀬呂が質問をする。

 

 「悟のやつって、家でいっつもあんな感じなんすか?」

 「え?あ、あぁそうねぇ。いい子なんだけどね、何でもかんでも率先してやってくれちゃって、逆に申し訳なくなってくるというか…」

 「やっぱり!鈴木くんって学校でも家でも変わんないんだなぁー!」

 

 「……ねぇ、あの子の学校での話、少し聞かせてくれないかしら?」

 

 空いている椅子に腰掛け息子のクラスメイト達に話を振る悟の母。少々戸惑いつつも、一度口を開けば饒舌に語る葉隠達。満足そうにうんうんと頷きながら話を聞く悟の母の様子に、何がそんなに面白いのだろうと思いつつも、語っている本人達もそれなりに楽しく思い出話に花を咲かせていた。一通り話し終えた所で、悟の母親が真剣な声でお願いをする。

 

 「……そう、良かったわ、悟は学校で上手くやれてるのね。……もし、みんなが良かったらだけど、これからもあの子の友達でいてくれるかしら?」

 「あ、当たり前っすよ!!クラスメイトだし、当然っす!!」

 「ど、どうしたんすか?いきなり…」

 

………………この子達には、言っておきたい。あの子の苦悩を理解してくれる友達を、作ってあげたい。

 

 「……今からいう話を、あの子の前で出すのも、表情に出すのも控えてほしいの、いいかしら?」

 「う、うっす!!わかりました!!!」

 「えーっと、まぁ、話の内容によりますけど……え、なんすかね?」

 

 

 「……あの子、いじめられてたの。中学までずっと」

 

 言葉を失い固まる悟のクラスメイト達。

 

 「え、いや、え?アイツが、ですか?あんなすげぇ個性持ってんのに!?」

 「…そうよね、そう思うわよね。……妬みよ、あの子自身は気づいてないけど」

 「ねた、み……」「えぇ」

 

 「幼少期は単純にその見た目で怖がられたりはしたけど、小中と周りに突き放されたのは個性が原因よ。強すぎるもの。妬みや、逆恨みなんか日常茶飯事。そこにあの子の引っ込み思案な性格と見た目が合わさって、いじめの標的にされたってわけ。それにあの子、人にやり返すようなタイプじゃ無いから、何されても文句の一つも言わないから……あの子が悪いって言いたいわけじゃ無いわ、そういうところもいじめを助長させる原因になった。……あの子は、多分自分の見た目が原因だと思ってるけど、それが全てじゃないわ」

 「………」

 「だからあの子は必要以上に自分の見た目に関してコンプレックスを持ってる。思い当たる節、無いかしら?」

 

 「……あー、だからか、いやありますよ俺、思い当たる節ってやつ、なるほどっす」

 

 瀬呂が先日の出来事を思い出す。まぁたしかに異形型にしても中々に珍しい見た目だとは思うが、にしても自分の見た目について聞いてきたのはそれが原因かと納得する。

 

 「そう……やっぱり、自分の姿に自信が持ててないのね、あの子……改めて、もう一度お願いするわ。あの子があんなに楽しそうに学校の、お友達の話するの初めてなのよ。これからも変わらず、あの子と一緒にいてあげてくれるかしら?」

 

 互いに視線を合わせる瀬呂達、と言ってもみな答えは同じ。たしかにまだ浅い付き合いではある。おいそれと親友なんて言葉は使えないが、それでも同じクラスメイトなんだから、

 

 「…まぁ、あんまりその、硬っ苦しい感じはなんだかアレですけど…友達っすよ、これからも変わらず」

 「……そう、ありがとう」

 

 

 

 「?何か話でもしてたの?」

 

 悟が家に戻ってきて、手にはレジ袋が握られていた。キョトンとした様子で、母親が自分の友達と同じテーブルを囲んでいることに疑問を覚えるが、何でもないわと言って立ち上がり部屋を出る。何だったんだろうと見送るも、まぁいいかと席に着くとジーッとみんなが見つめてくる。

 

 「?どうしたの?みんな」

 「あ、いや、別に何も無いんだけど…」

 

 少しドギマギとした雰囲気になる。あるものは頬をポリポリと指で頬を書き、あるものは言葉に詰まって視線を外す。一体どうしたんだと声をかけるよりも早く、葉隠が身を乗り出して悟に話しかける。

 

 「ねぇねぇ!鈴木くん!聞いたよー?そんなに私達のこと好きなんだなぁ〜!」

 「す、好き?な、何のこと?」

 

 「だって、毎日楽しそうに"お友達"の話してるんでしょ?」

 「な!?」

 

 いきなりアタフタと動揺しだす悟。そして、ここぞとばかりに他の人間も葉隠に同調する。

 

 「そ、そうそう!お前の母ちゃんが言ってたぜ!あんなに楽しそうに友達のこと話す悟は初めてだーってよ!」

 「か、母さん!!」

 「学校ではあんなに落ち着いて冷静沈着って感じなのに、案外可愛いとこあるじゃん!」

 「ぐ、くくくうぅぅぅううううう!!!べ、勉強しにきたんでしょ!!?この話終わり!!!」

 「えー!!」「えー、じゃない!!!」

 

 無理矢理話を切り上げる悟を見て、微笑むクラスメイト達。その後は、他愛無いやり取りをしながら、小テストに向けて勉強をするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近は、それなりに毎日の生活に充実感を得られてきた。最初は何故雄英に来たのだろうとも考えたが、雄英の課す厳しいカリキュラムは悟にはちょうど良い暇つぶしになり、授業の中だけではあるが公で個性が使えると言うのも助かる話であった。そして何より、友達。今までいじめや差別の対象になってきた彼だが、やはり流石にトップヒーローを目指している人間なだけあって、根は真面目である。多くのクラスメイトが初日のことや、初対面で驚いてしまったことに謝罪してきたし、その後は普通に何気なく話を振ってくれる。特にこの間悟の家に来た人間は、特に悟に対して積極的に関わって来た。それだけで、彼は嬉しかった。今までの人生で得られたことのない、友達という充実感。楽しそうな息子の様子に、両親も顔を綻ばせる。尤も、まだヒーローを目指す理由というのは見つかっていないが。

 

 「へぇー!でも寝れねぇってなると、やっぱ退屈だろ!夜は」

 「うーん、その感覚が分からないんだよなぁ。退屈って言われても、今までずっとそうだったからさ。逆に俺からすれば、意識が途切れるっていう感覚が分からないからよく眠れるなぁって思うぞ、恐ろしいというか、何というか」

 「ふーん、そんなもんかねぇ」

 

 数週間前であればタブーに触れてしまって気まずくなるような話題も、普通にいじってくれるようになった。それが何とも嬉しい感覚で、初めて同じラインに立って会話をしてくれているような気がする。気を使うでも、使われるでもない。ただの会話。普通でない彼にとってとても愛おしい、普通の会話。

 

 「んじゃ、俺ら食堂行ってくるわ、またあとでな」

 「うん、行ってらっしゃい」

 

 手を振って教室から出て行くクラスメイトを見送る。他人と接する喜びを覚えたために、逆に一人でいるときの孤独感が増してしまったが、それを補って余りあるほどの満足感。さて、と口にして自分は授業の復習にのめり込むが、あっと思い出して立ち上がる。

 

 「そうだ、職員室に日誌取りに行かなくちゃ」

 

 日直の仕事を思い出して教室を出て職員室方面へと歩いて行く。職員室の方へ歩いて行くと他の普通科の教室の前も通ったりするために、あまり行きたくは無かったが仕方ないと観念して通り過ぎる。やはりパッと見て驚き声を上げる者は少なく無かった。

 

 「失礼します、一年A組、鈴木悟です。日誌を取りにきました」

 

 礼儀正しく、要件を言って職員室に入室する。数名の教員がチラリとこちらを見るが、ただの生徒が入ってきたことに対して気が向いただけであり、それ以上でもそれ以下でも無い。流石にそこは大人であった。普通は職員室に入ると少し緊張するものかもしれないが、彼にとっては自分の存在が許されているようで、自教室ほどとはいかないが、安心できる空間であった。

 

 「えーっと、1-A1-A……あれ?無くね?葉隠さんが既に持ってったのか?」

 

 日誌置き場を探すと、既に1-Aの場所が空になっており抜き取られているようであった。日直当番の相方の葉隠がもう取っていったのかとも考えたが、自身を呼ぶ声がして振り向く。

 

 「おーい、鈴木くん。日誌はココだよ、ココ」

 「え、あ、ありがとうございます!セメントス先生」

 

 いいよ、気にしないでと朗らかに笑って手を振るセメントス。相澤の机の近くまで歩いて行くと、確かに担任の机の上に日誌が置いてあった。今は別の用事か何かで外に出ているらしい。頭を下げて離れようとすると、待ったをかけられる。

 

 「あぁ、ちょっといいかな、鈴木くん」

 「あ、はい。何でしょうか?」

 

 「…ここでの生活は、どうかな?」

 「……ここでの生活、ですか?」

 

 「あぁいや、そんなに重く受け止めないでほしいんだ。少し、聞いてみたくってね」

 

 優しい声で、諭すように話しかけてくるセメントス。ここでの生活、と言われて入学式から今までのことを思い返す。始まりは苦々しい思い出であった。そこから数日間、周りが徐々に距離を詰めてきて、そして今に至る。

 

 「……概ね、満足してます。たしかに、周囲からの視線を時折感じることはありますが、それ以上にクラスメイト達が、今までに味わったことのない充実感をもたらしてくれている。ここに来て、良かったと……」

 「…そうかい、それは良かった」

 

 「……その、どうして突然、セメントス先生が俺に質問を?こういっちゃあなんですが、担任でもなければ、生徒指導でも無いし……」

 

 痛いところを突かれたようで、うーんと唸るセメントス。言い訳を考えていたわけでは無いが、仕方ないかとため息をついて、訳を話す。

 

 「…あまり単刀直入に言いたくは無いけど、君のその姿、自分でもいっていたように周りから"そういう目"で見られることは、少なく無かったろう?」

 「……はい、まぁそれは、仕方のないことだと「私もなんだ」…はい?」

 

 「私も昔は、そんな目でよく見られたものだよ」

 

 呆然として、言葉が出ない悟。そんな彼の様子を見て、話を続けるセメントス。

 

 「仕方のないことって言っても、子供の僕には納得できる問題でも無かったからね。ただ、君に僕を重ねたわけではないけど、もしそれで悩んでいたら力になってあげたいと思っただけさ。あんまり口が回る方ではないんだけどね」

 

 笑ってそういうセメントスを、信じられないといった顔で見つめていた悟が、しかし冷静に考えればそうかと納得する。今でこそプロヒーロー、セメントスの名はそれなりに知れ渡りプロヒーローとしてそれなりの人気を誇っているが、当然無名時代、というかそもそもヒーローでない時間の方が長いのだから当然差別にあっていた可能性だって考えられる。それに昔は今よりも異形型への理解が進んでいなかったという時代背景を考えても当然のことだろう。

 

 「……セメントス先生は」「ん?」

 

 「セメントス先生は、だからヒーローを目指したんですか?」

 

 要領を得ない生徒の質問に、だからとは?とセメントスが尋ね返すと少し動揺する悟。

 

 「あ、いや、その、今でこそプロヒーローセメントスの名は広く知れ渡っています。先生のことをプロヒーローとして羨望の眼差しを向ける者はいても"そういう目"で見る者などまずいないでしょう。だから、その…」

 「…ヒーローになれば、自分が世間に認められる。だから私がヒーローになったのではないか、と?」

 

 無言で頷く悟。そうだねぇとセメントスが腕を組んで体を悟に向ける。言いすぎたかもしれないと下を向いて俯いてしまう悟。

 

 「確かに、プロヒーローとして大成すればいい意味で世間の注目の的、私たち異形型に対する視線も変わってくる。そういう意味でもヒーローになる意味はあるかもしれないね、でも…」

 

 悟が顔を上げてセメントスの方を向く。先ほどまでの優しいそうな穏和な雰囲気から一転、少し凛々しく、厳しい顔つきになったセメントスが現実を突きつける。

 

 「だからヒーローになりたい、という人がヒーローを続けられるかは怪しい。あくまで先程言ったのは副産物。我々プロヒーローが第一に求めるのは市民の平穏だからね。果たして君は、君を異質なものを見るような目で見てくる彼らを守るために命を賭けて戦えるのか、もしくは救えるのか、という話さ」

 「……………」

 

 黙りこくってしまう悟。そんな生徒の様子を見て、少し言いすぎたかと思い、でもね、と言って悟の肩に手を置くセメントス。

 

 「私がプロヒーローとして名をあげることで、異形型への偏見を無くすことができる。私と同じような目にあう人々を減らすことができる、という考え方もあるんだ。もちろん、これは一つの考え方。他にも無数の個人個人の想いがあるとも」

 「君はまだ若い。この先生きていけば、命を賭けて守りたいと思える人だってできるかもしれない。ヒーローを目指した理由が曖昧でも、今は構わないさ。焦る必要は無い。じっくりと時間をかけて、ヒーローになるための理由を探してみなさい」

 「………はい、ありがとうございます」

 

 まぁ、君の担任は時間は有限、悠長なことは言ってられない、なんていうかもしれないけどね、と笑い声を上げるセメントス。凝り固まった悟の肩から力が抜けて、なんだか体が軽くなったように思う。

 

 「…その、すいませんでした、セメントス先生。変な質問して」

 「いいよいいよ!そもそも、元を辿れば僕から質問したんだから。……どうかな?少しは、力になれただろうか」

 「はい!なんだか、そういう考え方もあるんだなって、納得しました。おかげで、少し気が楽になりました、感謝します。………それでは、失礼します」

 

 自信の満ちた足取りで、出入り口まで歩いていき、そのまま扉を閉める悟。満足そうな顔でセメントスがそちらを眺めていた。

 

 「いつになく饒舌でしたねぇ、セメントス先生。何か彼に思うところでも?」

 「あぁいや、別に特別なこととかは何も無いんですけどね。何となく、彼の目が陰っているように見えて」

 「目?あの……赤い眼光が?」「はい」

 「ふーん、わかるものですかねぇ、私にはさっぱり」

 

 彼女の言葉にニコリと微笑むセメントス。

 

 「まぁ、そこは年長者の勘ってやつですかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……そっか、俺だけじゃ無いよな、ああいう想いしてるのは。なんだか気が楽になったなぁ」

 

 行きとは異なる軽快な足取りで廊下を歩いて行く。すれ違う生徒達がこちらに気づいて視線を飛ばしてくるが、それほど気にならなくなっていた。ふと、セメントスの言葉を思い出してこちらをジロっと見てくるギャラリー達を一瞥する。するとやはり、視線を外す生徒の群れ。

 

 「(……いつか、彼らを守りたいと思える日が来るのだろうか。彼らが俺を普通に見てくれる日が来るのだろうか……)」

 

 そんな光景を、思い浮かべようとしてもできるわけがない。今までに受けてきた視線の数々が、その幻視を妨害する。セメントス先生にも言われたじゃ無いか、これから考えていけばいいと。そんなふうに胸の内で語りながら、教室へ戻ろうと早歩きし始めた、その時だった。

 

 「………おい」「………」

 

 「おい!お前だよ、骸骨野郎ッ!!」

 「……何ですか?」

 

 暴言を吐きかけてくるのは久方ぶりだなっと、足を止めて振り返る。普通科の生徒がこちらを睨みつけていた。声をかけた生徒だけでは無い、周りの生徒も彼に乗るかのように一堂に会してこちらを見ていた。何度も見た、"あの目"だ。不快感極まりない、あの目だ。悟自身は、己が姿のせいだと考えているが、それも確かに一因である。ただし、今視線を飛ばしてくる普通科の人間の心の内にあるのは、ヒーロー科を落ちてしまった者の妬み。その正体に悟は気付くことはない。

 

 「お前…1-Aってことは、ヒーロー科だよな」「…そうですが」

 

 「なれると思ってんのかよ、そんな見た目でよ」

 

 手をギュッと握りしめて我慢する。

 

 「……はい、なれると思います。だからヒーロー科に入りまし「無理に決まってんだろ」

 

 「お前、周りにどんな目で見られてんのか自覚ねぇのかよ。さっきもジロジロこっち見やがって、現実見れねぇのかよ」

 

 つい先ほど、セメントスの励ましが無ければ既に彼らに失望していたかもしれない。しかし、今までハッキリと口にして言われていなかっただけで、なるほどこれが彼らの視線の理由かと理解して、堪える。

 

 「…すいません、それでも、ヒーローを目指していますので」

 「うるせぇよヴィランがよ」

 「……人を見てくれで判断するのは良くないと思い「人じゃねぇだろ、何言ってんだ」………」

 

 「言い返せねぇのかよ、人じゃ無かったらお前何なんだよ。自己紹介もできねぇとか終わってんだろお前、今いくつだよ」

 

 嘲笑が周囲から聞こえる。もう、心が折れかかっていた。ヒーローとは、こんな屑共を身を挺して守らなければいけないのかと。

 

 「……失礼します」「おい待てよ」

 

 「………まだ、何か?」

 

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 眼窩に灯る紅い火が消える。手をプルプルと震えさせながら、それでも言い返すことはない。もはや視線を合わせずとも、クスクスとした無数の笑い声が聞こえ、中には隠すことも無く悪口を言う輩もいる。何も言い返さない自分がこの上なく情けない。しかし、それでも言い返さない。惨めになって、早く、一年A組の教室(自分の居場所)に戻りたかった。

 

―――嘲笑が、かき消える。

 

 

 

 

 「謝りなさいッ!!!」

 

 「葉隠……さん……」

 「謝りなさいよッ!!!あなた!!!」

 

 いつもの温厚な彼女からは信じられない、張り裂けんばかりの音量で怒号をあげる。真剣な彼女の様子に、一瞬笑いが止まるが、そんな程度で止まる由も無かった。

 

 「なんだよ、お前もヒーロー科かよ。なんでそんな奴の肩持つか、理解に苦しむんだけど」

 「そんな奴じゃない!!大切なクラスメイトよ!!さっきの発言、撤回してッ!!!」

 

 大切なクラスメイトと言われて、苦しくなる。そう言ってくれることはこの上なく嬉しい。だからこそ、自分なんか放っておいてほしかった。自分がここで我慢して教室まで歩いて戻れば何事もなかったのだから。

 

 「葉隠さん、ありがとう。俺は大丈夫だから、教室に戻ろう」

 「鈴木くんが大丈夫でも私は大丈夫じゃないのッ!!!あんなこと言われて引き下がってられるわけないじゃんッ!!!」

 

 かつて、自分のためにこれほど熱くなってくれる人は、肉親以外にいなかった。"彼女の顔は見えていないだけで、もしかしたら引き攣っていたかもしれない"、などと考えていた過去の自分を殴ってやりたかった。

 

 「撤回?馬鹿言うなよ、他でもないソイツが言い返さないんだぜ!?図星じゃねぇかよ!!」

 「図星じゃないッ!!鈴木くんは優しいから言い返さないだけ!!周りの人達も、集団で束になって鈴木くんのこと馬鹿にして、何が楽しいのッ!!?」

 「やめてくれ、葉隠さん。俺なら本当に大丈夫だから、昼休みが終わっちゃうしさ」

 「でも……ッ!!!」

 

 

 「それによォ、お前も内心思ってるじゃねえのかよ、気持ち悪いってよ」

 

 は?と言葉を漏らす葉隠の側で、誰も気づかないが僅かに身体をピクリと震わせる悟。

 

 「上部だけなら何とでも言えるよな、誠実な自分に酔ってんのかよ」

 「ち、違うッ!!!上辺だけじゃないッ!!!本当に怒ってるのッ!!!さっきの貴方の発言に!!!!」

 

 「だから、それを上辺だけじゃねぇかつってんだよ、顔も見せねぇくせに、何言ってんだオメェはよ」

 「こ、これは個性だから―――「はッ!!個性なら許されるのかよ!!!大事な大事なクラスメイトに顔色一つ見せなくてもよッ!!!ずっと言葉だけ飾って、どんな表情してるか分かったもんじゃねぇんだからな、見てる側はヨォッ!!!」

 

 「違うッ!!!絶対に違うッ!!!気持ち悪いなんか思ってないッ!!!!」

 「もういらねぇよ、口先だけの発言なんか。意味ねえって言ってんだろ。どうせ―――()()()()()()()()()()()()()()()()に決まってんだろ」

 

 違う、そんなことない、とボソボソと俯いて呟く葉隠。先ほどまでの勢いはどこへ行ったのか、プルプルと腕を震わせて涙目になる。目から離れた涙の雫が、ピチャピチャと地面に滴り落ちる。泣き落としかよッ、と、嘲り笑う周囲の声。ごめんなさいごめんなさいと、何故か悟に謝る葉隠。―――()()()()()()()()()

 

 地面にへたり込んでしまった葉隠に合わせるように、肩膝ついて姿勢をかがめて肩に手を置く悟。

 

 「………?鈴木……くん?」

 「……ごめん、葉隠さん。少し、我慢して」

 

 我慢して、と言った割には何もせずに立ち上がり振り返る悟。お、何か言い返す気か?と真面目に対応する様子は無さそうで、完全に茶化すような口ぶりだった。故に安心した、心置きなくやれると。

 

 「おう、ヴィランがよ、何か言いかえ―――

 

―――最後まで言葉は続かなかった。否、続けられなかった。彼だけでない、周囲にいる普通科のギャラリー達、そして何より、悟の最も近くにいた葉隠を、殺気にも近い身の毛もよだつ、波動が全身を襲った。

 

 「ヒ……ッ!!?」

 

 「ひあァァアアぁぁぁああァァアアッ!!!!」

 「ウワァァァアアぁぁぁあッ!!!!」

 

 阿鼻叫喚、床にへたり込んだままクラスメイトを見上げる葉隠は、体の震えが止まらず、目の前の友達が、何故か"とても恐ろしく"感じた。そして、悟を嘲っていた生徒達。漏れなく恐怖を覚えていた。表情の変わることのない骸骨頭が、何故か憤怒の炎に燃えているように感じた。

 

 「……フン、そう言えば、自己紹介がまだだったな。鈴木悟だ。僭越ながら、1-Aでヒーローになるべく日々鍛錬を積んでいる」

 

 誰も言い返すことができない。そんな状況ではもはやないのだ。今すぐこの場から逃げ出したいが、足が動いてくれない。ガクガクと子鹿のように震える何とも頼り無い二本足を奮い立たせて、何とか床に尻をつけずに踏ん張っているのがやっとである。

 

 「恥ずかしながら、まだヒーローを目指しはじめて日が浅いからな。君たちの目に、ヒーローとして失格に写っても、まぁそこは許してくれ、これから頑張って行く所存だ。ではな。………葉隠さん、戻ろう」

 

 「へ!?…あ、うん…ッ!」

 

 突然、全身を覆っていたピリつくような覇気が消えて、世界に色が戻る。ポカンと気の抜けていた葉隠が、歩き出した悟の後ろを追いかけて追従するように走り去って行く。後に残ったのは、全身を汗でビッショリと濡らしてへたり込む生徒の群れであった。

 

 

 

 

 

 

 

 「…ごめん、なさい。私、でしゃばっちゃって、結局、迷惑かけて…」

 「そんなことはない。……嬉しかったよ、大事なクラスメイトだって言ってくれて」

 

 とぼとぼと、肩を落として下を俯いて拳を握る葉隠。悟の、優しい言葉が逆に胸を締め付ける。余計なことをしなければよかったと。

 

 「ほ、本当に私!鈴木くんのこと気持ち悪いとか思って「分かってる、伝わった。葉隠さんは嘘なんてついてない。大丈夫だから」……なさい、ごめんなさい…」

 

 怒りがおさまらず、チリチリと心の中に憤怒の炎が燃えたぎる。ごめんなさい、と呟く彼女の言葉が、燃料となって薪をくべていた。自身を笑う生徒達、葉隠を馬鹿にする屑共、そして何より許せなかったのは―――我慢できずに反論してしまった、自分自身。

 

 「…………みんな、ごめん……」

 

 ボソリと、何か悟が呟いたように聞こえたが、追求できなかった。というよりも、おいそれと話しかけられなかった。

 

 「……葉隠さん、今日のことは、クラスのみんなには言わないでいてくれるかな?」

 「でも……ッ!!…………分かった」「ありがとう」

 

 教室に戻ってきた二人。まだ昼休みは終わっていない。教室には悟と葉隠のみ。ぎこちなく、気まずい雰囲気が流れるが、無情にも時間はゆっくりゆっくりと過ぎ去っていく。

 

 その日の翌日からであった。クラスから、悟の姿が消えたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よし、全員揃ったな、んじゃいくぞ」

 

 バスの前に1-Aの生徒達が並ぶ。クラス委員長、飯田天哉の元、一列に整列、することはなく皆が皆ガヤガヤとバスに乗り込んでいく。結局バス座席の構造的に、飯田の努力はただの徒労に終わっていた。

 

 「ケロ、今日も鈴木ちゃん、来なかったわね……」

 「うん……ここ最近、ずっと姿見てないし大丈夫やろか…」

 

 何も知らないクラスメイト達の心配する声に、胸が痛くなる。自分だけが、あの日の出来事を知っている。しかし本人と、何も言わないと言う約束を交わした、それを破ることはできない。

 

 「あと、なんか、最近……視線感じるんだけど」

 「あ、そう!それ!俺も思ったぜ!なんか悪いことでもしたか?俺たち」

 

 この言葉で納得がいった。あの日聞こえた言葉は間違いでは無かった。たしかに聞こえていた「みんな、ごめん」という声。このことだったのだ。自分が我慢しきれず手を出してしまったが故に、1-Aが逆恨みを受ける。ここまで彼は、読めていたのだ。彼が頑なに言い返すこと無く引き下がろうとしていた理由、全ては他者を思っての行動。ともすれば、罪悪感で苛まれる。やはり自分は、あそこででしゃばるべきじゃなかった。彼が一生懸命、震える拳を振り上げることなく我慢していたのに、自分は何も考えずに叫んでしまった。最悪だ。

 

 「葉隠ー、大丈夫ー?」

 「……………「葉隠ってばー!!!」え!?あ、うん!!大丈夫大丈夫!!今日の授業、楽しみだね!!」

 

 思い詰めたような顔をする葉隠、顔色を窺うことはできないがどうにも落ち込んでいる彼女を見て心配になり声をかける芦戸。平気そうに振る舞うが、やはりどこか、から元気のようであった。

 

 「葉隠も心配だよねー、席も近いし、よく鈴木と話してたじゃん」

 「……うん、早く戻ってくるといいんだけど…」

 

 無理にはにかんで笑い声をあげる葉隠。無言で腕を組み座席に座る相澤が、背後から聞こえてくる生徒達の会話に少し耳を傾ける。鈴木の奴にいったい何があったのか、未だ詳細を掴めずにいた。親からは"体調不良"としか聞いていないが、絶対何かあったなと、少し頭を抱えつつも、先日のマスコミの件もあり、気を引き締めて授業に臨むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………今日も、行かないの?」

 「……ごめんなさい、母さん」

 

 「いいのよ、今まで文句の一つも言わずに頑張ってきたあなたが"休みたい"だなんて言い出すもの。よく耐えてきたわね。少しくらい休んでちょうだい。お母さんも、その方が安心できるわ」

 「……ありがとう、母さん」

 

 悟の自宅。机に座って母親と言葉を交わす。先日まで楽しそうに学校の話をしていた息子が、今度は今まで見たことも無いほどに落ち込んでいた。息子が暴言を吐かれて傷つき頼ってくれるときはあったけれど、そんなレベルじゃ無い。雰囲気で分かる。何か言われた程度でここまで意気消沈しない。

 

 「……ごめんなさい、母さん、あなたが見たことも無いくらいに楽しそうだったから、高校でのあなたのこと、全く気にかけてやれなかったわ。何かあったなら、気づいてあげるべきだった……」

 「や、やめてよ母さん!母さんは悪く無いし、本当に、突然だったから…気づくも何も、母さんのせいじゃ無いよ」

 

 涙目になって目元をすすると、ガタリと立ち上がってそばに駆け寄り、背中をさすってくれる優しい子。世間一般では、忌避される見た目であるらしいが、はっきりと断言できる。自慢の息子だと。

 

 「……ありがとう、優しい子ね。あなたは」

 「……そんなことないよ、別に、これくらい……その、迷惑かけて、ごめん……」

 「いいのいいの!逆に母さん、昼間は基本いつも一人だから、あなたがいてくれて嬉しいわ!普段はテレビ見たりしてるけど、あんまり面白くないし、悟の学校でのお話が聞けて―――

 

 ハッとした口を押さえる悟の母。彼女の息子は、学校を休み始めてから、一度も学校での生活の話なんかしていない。にもかかわらずそんな言葉が口をついて出てしまったのは、悟が学校を休み始める前までの、楽しそうに友達の話をする息子の様子がとても印象に残っていたから。やってしまったという顔で、謝罪を口にする前に、息子が口を開く。

 

 「……学校は、楽しかったよ。……また、みんなと話したいなぁ」

 「……ッ!!」

 

 これほど傷ついてもなお学校に行きたいと口にする息子の痛ましい様子に涙が溢れそうになるが、グッと堪えて唇を噛み締める。

 

 「……学校へは、行かないの?」

 「………行っても、仕方ない」

 

 「何があったの?……お母さん、頼りないかもしれないけど、話くらいなら聞くわよ……?」

 「………………」

 

 

 「………迷惑かけた、みんなに」

 

 やはり、自分のことに関する悩みではなかった。息子は、自分に対する陰口や悪口程度だったら我慢して溜め込んで、後で吐き出すようなタイプの人間。それでイザコザが発生するとは思えない。彼の長所であり、短所でもある。おそらく、なんてないことかもしれない。ただ、初めてできた友達だからこそ重く捉えすぎているだけなのだろう。

 

 「……そんなに、不味いことをしたの?」

 「…みんな許してくれるわけないし……嘘もつきたくないから……」

 

 「みんな、許してくれないの?」

 

 少し、ハッキリとした口調で母が問い詰めてくる。真剣な瞳に少し狼狽えるが、すぐにソッポを向いてしまう。

 

 「……許せるわけがない」

 「あなただったら、許せない?」

 

 またもや、言葉に詰まる。あなただったら、なんて言い方されたら、何とも言いづらい。

 

 「………それは」

 

 「……例えばだけどね、あなたが何をしたのか分からないわ。でも、あなたの友達が、あなたのしたことと同じことをしたと言ったとき、あなたは許してあげられないの……?

 

……そうよね、あなたは優しい子だもの」

 

 無言で首を横に振る息子を見て、満足そうに"優しい子"と口にする。

 

 「もう一度聞くわ……()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 「………分から、ない……」

 

 「分からないのなら、会って、聞いてみなくちゃ、ね?」

 「…………」

 

 自身の隣に立ち身をかがめている息子の、テーブルの上に置かれた手の上に、自身の手を重ねる。

 

 「……母さんは、俺に、学校に行ってほしいの…?」

 「ええ、行ってほしいわ、だって、あんなに楽しそうなあなた、見たことないもの………」

 

 無理にとは言わないけどね、と言ってニコリと微笑み、両腕で息子を抱擁する。とても心が落ち着く感覚であった。こんな時に、母のように、父のように、人間のように表情一つ変えることのできない我が身を呪う。

 

 「……少し、考えてもいい…?」

 「ええ、もちろん。あなたのやりたいようにしなさい」

 

 学校での、友達のことを思いながら、今はただ、その細く脆い骨の腕で母を抱き返すだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前ら!一塊になって動くなッ!!!」

 

 担任の、初めて耳にする怒号。額から汗が滴り落ちる。USJ内の中央に広がる暗黒の渦から一人、また一人と悪意の塊が姿を表す。現実を受け止められない、いや、無意識的に現実から目を背けようとする生徒の的外れな言葉を相澤が否定する。

 

 「な、なんだ?また入試んときみてぇに、もう始まってるパターン?」

 

 「違うッ!あいつらは"ヴィラン"だッッ!!」

 

 ハッキリと担任が口にして、ようやっと理解する。緊急事態なのだと。本物のヴィランが、自分達を狙ってこの場に姿を現したことに足がすくむ者、逆に己を振るい立てる者。様々であった。相澤がゴーグルを目元にかける。

 

 「13号、生徒達を頼む」

 

 それだけ言って走り出そうとする相澤に緑谷が待ったをかけるが、一芸だけではヒーローは務まらないと言ってそのまま敵の群れに突っ込んでいく。その言葉に恥じない大立ち回り。巧みな動きでヴィランを翻弄し、着実に一体ずつ仕留めていた。

 

 「すごい……!多対一こそ先生の得意分野だったんだ…!!」

 「分析してる場合じゃないッ!!早く避難を――「そうはさせません」

 

 USJ内から脱出しようとした生徒達の前に一体のヴィランが立ちはだかる。黒い霧が彼らの背後に行手を阻むように広がり、やがて収束して身体を形作ると、それがただの霧ではなく意志を持った、一体のヴィランであるということがわかる。

 

 「はじめまして、我々はヴィラン連合。僭越ながら…この度、ヒーローの巣窟雄英高校に入らせていただいたのは、平和の象徴―――オールマイトに、息絶えていただきたいと思ってのことでして」

 

 オールマイトが見当たりませんが何か変更があったのでしょうかと、紳士口調で落ち着き払いながら説明するヴィランの言葉がより一層恐怖を煽る。ジッと睨み合う13号とヴィラン。ブラックホールを発動するために指先のキャップを開く、よりも早くヴィランが手を出した。

 

 「まぁ、それとは関係なく私の役目は―――散らして、嬲り殺すことッ!!」

 

 瞬間、生徒達が黒い霧に包まれる。瞬時に自己の判断で個性から逃れた者、周囲の人間に助けられた者を除いてその場から姿を消す。クラスメイトを包む黒い半球上のドームを見て、飯田天哉の悲痛な叫び声のみが響くだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……来ちゃった、どんな顔してクラス入ればいいんだよ……というか、今日のカリキュラム知らないし……とりあえず全教科分持ってきたけど……相澤先生になんて言われるか分かんないなぁ。説教……いや、退学でなければマシな方か」

 

 ドキドキ、なんて心臓も無いのにするはずないのだが、それでも緊張で身体が強張っているのが分かる。一歩一歩、教室に近づく毎に身体が固くなっていく。機械仕掛けの錆びついたブリキのおもちゃのように、グギギと不自然な歩みながらも着実に教室へと近づいていき、扉の前に立った所で、異変に気づく。

 

 「(………?音が……全くしない、声が聞こえないから自習かとも思ったけど……これは)失礼しま―――誰もいない……まぁ、他の施設でまた訓練でもしてるのかな…?でも、ふぅ、少し寿命が伸び「あれ?鈴木少年?」はいぃ!!―――あ、あれ?オールマイト?」

 

 「イェエエスッ!!私が鈴木少年とばったり廊下で会ったッ!!!って、鈴木少年はこんな所で何してるんだい?遅刻かな?」

 「え、えぇ、まぁ、そんなところです」

 

 扉を開いてこっそり教室の中を眺めていると、背後から声がかかる。そんなに頻繁に会うわけでは無いが、時折授業で顔を合わせることもあったNo. 1ヒーロー、オールマイトが立っていた。どうやら、ここ連日の自身の不登校の件は把握していないようで、少し安心する悟。

 

 「えっと、オールマイト先生はいったい何を……」

 「ハァーッハッハッハッハッハー!!っとと、あんまり大声出したら気付かれちゃうな……いやぁ、奇遇だなぁ、鈴木少年!私もちょっと朝っぱらから事件の匂いを嗅ぎつけて街中を走り回ってたら遅刻しちゃってサァ!1-Aの一時間目の授業に遅れちゃって、校長先生にお小言貰ってたのを抜け出してきたってわけ!」

 「……あ、あの、遅刻した俺がこんなこと言える立場に無いんですけど、その、授業に先生が不在だとそもそも授業にならないし流石に不味いんじゃ……?」

 「うぐッ!?くぅぅううう、痛いとこ突いてくるなぁッ!こんちくしょう!ま、まぁ大丈夫大丈夫!!相澤先生と13号先生がついてるからねッ!!!―――て、言いたい所なんだけど……」

 

 歯切りの良く無いオールマイトの言葉に疑問を覚える。何か困ったことでもあったのだろうか。そう言えば、校長先生のお小言から抜け出してきたって言ってたけど、何か急いであるんだろうか。そこで、ふと思いつく。本来だったらこの人、授業に出てるんだよなと、だったら。

 

 「授業で何か起こったんですか?」

 「ん?あぁ、いや、そういうわけじゃあ…」

 

 怪しい。すっごく怪しい。自分のように髑髏でも無いのにニッコリと笑ったまま表情を変えないのはすごいと思うが、明らかに動揺が見て取れる。この人、嘘を隠すのがヘッタクソだと。

 

 「本当ですか?」「も、もちろん!!」

 

 「ほんとにほんとの本当ですか……?」

 

 言葉に詰まるオールマイト。別に何も無いというのは嘘では無いのだ。ただ携帯が繋がらないだけ。実際には何か起こったという報告はない。変に生徒の不安を煽る必要もないし、仮に何か起きていたとしたらそれこそ悟には何も知らせずにここで待機させておいた方が良い。どちらにしろ伝えて事態が好転するとも思えない、思えないのだが。

 

 「………相澤くんと、それから13号くんにも電話が繋がらない」

 「な……ッ!?」

 

 「あぁいや!落ち着いて鈴木少年!!授業中、それも実践的な訓練だから携帯に出られない状況なんて普通に考えられる!そんなに焦ることはないさ!……ただ、留守電ではなくて、繋がらない、というのが少し気がかりではあるんだけど――「場所は?」――す、鈴木少年?」

 

 「今日の授業、場所はどこです?」

 

 自分の瞳をジッと見つめてくる。炎のように燃え盛る眼窩の光。初めて見るが、初めてではない、真剣な瞳であった。

 

 「何をする気だい?」

 「何を?私は1-Aの生徒です。遅刻はしてしまいましたが、今からでも授業に参加する必要があります。私にはその権利がある。場所を教えていただけませんか?」

 

 「む、うぅぅぅ…し、しかしだね……」

 

 悩んでるオールマイトを目の前にして、ため息をつき彼の隣を通り過ぎて廊下の窓を開ける。

 

 「ど、どこにいく気だい!?鈴木少年!!」

 「………生徒を万が一危険に晒してはいけない、ということですか。なるほど、先生の立場というものがあります、分かりました、ならば仕方ない。私は私のやり方で現場に向かいます。では、失礼します」

 

 窓から外に出ようとする悟。生徒の、クラスメイトを思って迷いなく行動するその姿に心を打たれる。友のために危険を顧みず行動する彼の背中が、つい先月に見た、自身の愛弟子の姿と重なり合った。待ったをかけるオールマイト。

 

 「……なんでしょう、私には時間がありません。早く授業に戻らなくては」

 

 

 「…あぁ、だから鈴木少年ッ!!―――私に、つかまりなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(来ないで……ッ、来ないで……ッ!!)」

 

 ガクガクと足が震える。息を止めて、音を立てないように気配を押し殺す。衣類を脱ぎ捨て、逃げ込んだ炎の舞うビルの一室、その角で口を両手で押さえて目を閉じてへたり込む。情け無い、多勢に無勢、一人では何もできない自分が悲しかった。でも、それでも、足が動いてくれない。心が立ち向かってくれない。本物の"悪"というのが、これほど恐ろしいものとは思わなかった。

 

 「おい、いたかッ!!!」「見つかんネェッ!!!あのガキどこ行ったッ!!!」「この建物からは出てねぇはずだッ!!!隈無く洗い出せッ!!!」

 

 ドタドタと廊下を走る音が近づいては離れていく、その度に心臓の鼓動が早まり、涙が溢れそうになるが、必死に堪える葉隠。一度泣いてしまったら、折れてしまいそうだったから。

 

 「(耐えるんだ……ッ!このまま、助けが来るまで、耐えるんだ……ッ!!)」

 

 自分を探そうと躍起になって叫ぶヴィラン達の声が聞こえてくる。苛立ち、彼らの怒りが増していく。見つけ次第殺せ、なんて言葉も聞こえる。耳を両手で覆って塞ぐが、それでも手を貫通して音が耳に入ってくる。誰か来て、誰か来てと祈るばかりであった。

 

 

―――願いも虚しく、来てしまった。()()()()が。

 

 「…クッッッソッ!!!あのガキ、本当にどこに消えやがったッ!!!」

 「(気づくな……ッ!!!どっかいけッ!!どっかいけッ!!)」

 

 「おい、そっちは!!」「いねぇよ、クソがッ!!!おい!本当に出ていってねぇんだろうなッ!!!あのガキッ!!!」

 

 「出ていってねぇよッ!!出入り口は塞いでる、窓から出たとしても、こんな高さから落ちたらペチャンコで内臓飛び出してんぞ」

 「ふん、まさか死んだ後も、血とか内臓まで透明、なんて言わねぇだろうなッ!!あのガキッ!!!」

 「知るかよ、てか本当に探したんだろうな、あとここぐらいしか残ってねぇぞ部屋」

 

 ゾロゾロと、ヴィランが五、六人ほど室内に入ってくる。探知系統の個性を持った者はどうやらいないようで、手探りで探し回っていた。壁を殴ったり、床を殴ったり、手当たり次第に部屋を壊す。あるヴィランが地面を殴ると亀裂が入り、彼女の足元までピシリと伸びていく。誰にも聞こえない程度に小さく悲鳴をあげる葉隠。来るな来るなと心の中で叫ぶ彼女の願いとは裏腹に、足音がどんどん近づいてくる。そして、

 

 「―――え?」

 

 「オラッ!!!!」

 

 増強型の個性による、常人の域を超えた一撃。打撃音とは思えない、パァンという音が鳴り響き、建物を僅かに振動させる。不幸にも、偶然その位置は、葉隠の頭部と同じ高さであった。土煙が舞う。パラパラと亀裂の入った壁からコンクリ片が崩れ落ち、ゆっくりと足を引き抜く。そして舌打ち。

 

 「……チッ!!ハズレかよ―――――あ?」

 

 「あ………あ、ぁ……あぁぁぁ……

 

―――絶望であった。肌で感じる。ざらざらとした砂埃の感触。頭を下げて避けはしたが、それだけ。地面に俯きながら、体の震えを止められないでいた。

 

 「――――――おい」

 

 勢いよく走り出す。本能であった。逃げないと、と思って走り出しわけではない。生物としての生存本能が、この場からの逃走を選んだ。もっとも―――逃げられるわけが無かったのだが。

 

 「―――カハッッ」

 「どこ行く気だよ、待てやクソガキ」

 

 位置がバレバレ、体にこびりつく砂利で、個性なんてもはや関係なかった。出入り口に向かおうとした体に蹴りを入れられ、押し戻され壁に打ち付けられる。もはや息を押し殺すこともなく、激しく咳き込み、口から血が滴り落ちる。

 

 「やっと見つけたぞ、オイ、逃げられるとでも思ってたのか?あ゛ッ?なんか言えや」

 「ウゥ、ゴホッ、ゴフッ、オ゛ェ゛ッ、ハァ、フゥッ……」

 

 「……なんか言えって……」

 

 拳を握るヴィラン。

 

 「―――言ってんだロォォオオオッ!!!!」

 「―――――ガハッ!!うう゛ゥウ゛、オ゛ェ゛……もう、やめてよ……」

 

 ヒーロー科としての、ヒーローを目指す者の矜持なんて存在する筈もない。齢15、ヴィランと対峙するにはまだ若すぎる、成人すらしていない子供が、よくぞここまで耐え抜いたというべきレベル。涙を流して、ついに崩れ去ってしまった。嗚咽が止まらず、泣きじゃくる声がする。

 

 「そうそうそうそうッ!!別に俺ガキいたぶる趣味はねぇけどよ、やっぱ仕事と見返りは釣り合ってねぇーと働いた気がしねぇんだわ。テメェの顔は個性で見えねぇしよォ、やっぱ声くらいは聞かしてもらわなぁと頑張った甲斐がねぇんだよコチトラッ!!!」

 

 人を、他者を何だと思っているのか。いや、この場に集うヴィランの誰もが、何とも思っていないのだろう。自身を殴ったヴィランの言葉に賛同するかの如く、下品な笑い声をあげるヴィランの集団。どうして自分はヒーローなんて目指してしまったのだろうか、どうして自分は雄英なんかに来てしまったのだろうか―――こんなことなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「……う、ぅぅうううぅうううぅぅ………助けて……助けてよッ!!誰か助けてよッ!!!助けて……ッ!!!助けて………助けてよ……けて……助けて………

 

 「助けなんて来ねぇ……ヨッ!!!」

 

 今度は、左脇腹に蹴りを入れられる。また激しく咳き込み、血反吐を吐く。次は右、今度は背中から踏みつけられる。身体中に青あざができる。骨も何本かいったかもしれない。遂には、無言になって伏せてしまった。

 

 「……オイ、なんも鳴かなくなったぞ、コイツ」

 「お前が加減も知らずにボコすからだろ、そういうやつに限って早くオモチャ壊しちまうんだからヨォ、バーカ」

 「うーん、おもんねぇなぁ、無反応だとやっぱ」

 

 「見つかったのか?」

 

 部屋にまた一人、ヴィランが入ってくる。どうやら彼らと同じく随分探し回ったようで言葉から苛立ちが感じられた。仲間―――といっても単なる同業者であるからそれほど深い繋がりは無いが―――の方を向いて、驚いたような声をあげる。

 

 「ウォッ!!?きんもち悪ぃ見た目してんナァテメェ、んで、なんだ?お前も腹いせに一発いっとくか?」

 「……………ふむ、そうだな」

 

 カツンカツンとゆっくりヴィランの近づいてくる足音がする。もう、目を開きたくなかった。耳を塞いで、目を閉じて、あらゆる情報をシャットアウトする。丸くなって、プルプルと震える身体に、ソッとヴィランが手を振れる。ビクンと身体が揺れて、一層震えが激しくなる。それを見て面白がったギャラリーが、ふざけたような口ぶりで言葉をかける。

 

 「おい、死ぬ前に何か一言言ったらどうなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そうか、では一言、くたばれ」

 「あ?何言っ――【衝撃波(ショック・ウェーブ)

 

 葉隠の前に片膝をついて座る男の背中から、不可視の衝撃波が吹き荒れる。空間をねじ曲げヴィラン達を襲い、対象の骨を砕きながら、それでも勢いを止めずにヴィラン達を押し上げていき、現代アートのように壁に打ち付けるが、なおやまない。メリメリとコンクリートにヴィランをめり込ませ、壁を破壊し廊下までヴィランを押し返し意識を奪ってようやく風が止む。

 

 「……ごめん、遅くなった」

 「……ず、き……く…………」

 

 顔をあげる。先ほどまでは何も見たく無いと俯いていた彼女が、今はいち早くその顔が見たくて、聴き慣れた声に惹かれて、重い頭をゆっくりと、ゆっくりと持ち上げる。瞼が腫れ、半開きの眼であるが、しっかりと捉える。自身を救ってくれたクラスメイトの姿を。

 

 「……待ってた………まってたあぁぁぁ…………」

 「大丈夫、もう大丈夫、大丈夫だから」

 

 彼の目に、憤怒の炎が吹き荒れる。全てを焼き尽くさんマグマの如き、噴火の豪炎。怖くなかった。暖かかった。今すぐにでも、彼は葉隠のために駆け出して、ヴィラン達を蹂躙したかったのだろう。それでも、クラスメイトのことを第一に考えて、震える拳を抑えて、目の前の少女を慰める。やっぱり、敵わないなぁと思って、安心して涙を流して目を閉じる葉隠。

 

 「……さて、【上位アンデッド創造】」

 

 地面に暗紫色の渦が現れ、そこから一体の蒼い馬に跨った禍々しい騎士が現れる。ピリピリと感じる強者の波動。味方と分かっていても心臓の高鳴りが止まらなかった。

 

 「蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)よ、彼女を無事にこの建物の入り口まで届けろ、生徒達が多く集まっている筈だ。良いな、彼女に傷一つつけることすら許さん。出入り口に着いたらそこで待機、生徒を守れ」

 『承知いたしました、我が命に代えても使命を全ういたします』

 

 優しい手つきで葉隠を持ち上げ、ペイルライダーに預ける。主の名を受け、優しく抱き上げ、空いた手で手綱を握るペイルライダー、飛び立つ寸前、身を乗り出して悟に声をかける。

 

 「す、ずき、くんも……ッ、逃げ、よう……ッッ」

 「ありがとう葉隠さん、でもまだ他にも見つかっていない人がいるんだ、その人たちも探さないといけないから。大丈夫、すぐに戻るから」

 

 待ってと一声かけるよりも早く、主の意図を汲んだペイルライダーが、ハイヤーッ!!とたくましい声をあげると、掠れたような馬の声が聞こえ、瞬時にその場を離れて空高く舞い上がる。手を伸ばして、いかないでと言うが、彼の姿は直様点になり、視界から消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あ!鈴木くん!!」

 

 夕方、保健室前に集まる生徒の群れ、全員では無いが複数名のA組のクラスメイトが保健室前で固まっていた。麗日がいち早く悟の存在に気付いて振り返ると、クラスメイト達が周囲に集まってくる。

 

 「長かったなぁ取り調べ!大丈夫だったかオイ!何かされなかったか!?」

 「いや警察になんかされるわけねーだろーが、まぁお疲れさん、色々聞かれただろ?」

 「ケロ、にしても久しぶりに鈴木ちゃんの顔を見たけど、変わりないようで安心したわ」

 「そりゃ変わるわけねーだろ、骸骨なんだから」

 

 懐かしい騒がしさ、久しぶりにこの空間に戻ってきたのだという自覚で嬉しさが込み上げてくる。しかし、それよりも、はっきりと謝らなければならない、説明、それに謝罪。隠し事は、ダメだ。

 

 「……その、俺、みんなに、謝らないと――「気にしてねぇよ」……へ?」

 

 「だから、気にしてねぇって。聞いたよ全部、葉隠から」

 

 間の抜けた顔をして、口を開いて動かなくなる悟。そんな骸骨の間抜けヅラに、吹き出すクラスメイト。

 

 「え?聞いたって、え!?葉隠さん言っちゃったの!!?」

 「おう!!様子見にいったら自分の体のことよりもいの一番にお前の話題だったぜ!許してあげてって懇願しながら、涙ながらに説明するもんだからさ」

 

 切島の言葉を聞いて頭を抑える。もっと口酸っぱく言っとくべきだったかと。しかし過ぎてしまったことは仕方がない。逆にこれでもう後戻りできなくなった。覚悟を決めて口を開く。

 

 「……みんな、ごめ――「怒ってないわ、別に」…ほ、本当?」

 

 「えぇ、逆に、どうして教えてくれなかったの。そっちの方が怒ってるわよ」

 「蛙吹の言う通りだぜ!!一人で塞ぎ込んで、我慢して抱え込んで。そんなの、漢らしいけど漢らしくねぇッ!!!」

 「どっちだよッ!!んまぁ、俺らもさ、友達貶されて黙ってられるほど薄情でもねぇからさ、正直に言っとけよ?そう言うこと。頼らねぇと逆に友達無くすぜ?」

 

 「……頼って、いいの?」

 

 「そりゃそうだろ、友達なんだから」

 

 

 「……そっか、そうだよね、友達なんだから。…友達は、頼る、もの……か………ありがとう」

 

 腰を直角に曲げて深々と頭を下げると、みんながやめろやめろと言って慌てて頭を上げさせる。そんなやり取りすらも嬉しくって、思わず微笑んでしまった。

 

 「それで、ほら、お前も見舞いっちゅーか、葉隠の様子見にきたんだろ?いけよ」

 「……うん、また、明日」

 

 「おう!また明日な!」

 

 瀬呂と言葉を交わして、廊下の奥に消えていく彼らを見送ったあと、意を決して扉を開ける。中には、リカバリーガールがいるものかとも思ったが、今は何処かに出ているようであった。

 

 「あ!鈴木くん!」

 「………葉隠さん」

 

 悟に気づいた葉隠が、ピョコリとベッドから跳ね起きる。体には包帯が巻かれ、姿の見えない彼女を頑張って治療したリカバリーガールの努力の跡が垣間見えた。

 

 「………言ったんだね、あの話、皆んなに」

 「そ、それは、その…ご、ごめんなさ―――!!」

 

 「ありがとう」

 

 目をパチクリとさせて何回か瞬きを繰り返す。固まっている彼女を尻目に折りたたみ式の椅子を引き出してきて、彼女の隣に開いて座る。

 

 「……ごめん、もうちょっと早く駆け付けてたら」

 「あ、謝らないでよ!こっちこそごめんなさい!一人じゃ何にもできなくて、あの時は鈴木くんに頼りっきりで、何にもできなくて…」

 

 「…あと、あの話。皆んなに言ってくれてありがとう。おかげで助かった」

 

 感謝に戸惑いつつも、言ってよかったの?と恐る恐る聞き返す葉隠。深々と頷いてそのワケを話す悟。

 

 「……多分、自分で言い出しても、まごついて中々言い出せなかったろうから、助かった。……あんまり、自分だけで抱え込むものじゃないって分かった、言ってみれば楽になるって」

 「…そっか、ならよかった」

 

 「……ねぇ、鈴木くん」

 

 少し改まって自分の名前を呼ぶクラスメイトにどうしたんだろうと思いながら、何?と尋ねると、返ってくるのは感謝の言葉。

 

 「……ありがとう」

 「いいよいいよ、別に」

 

 「…いや、やっぱり、ちゃんと言わないとダメだよ。あの時は、しっかりと言えなかったから」

 「……?………あぁ、だって仕方ないでしょ、葉隠さん、あの時一刻を争う状態だったし、俺も他の人探さないと「違うよ?」……はい?」

 

 「いやだから、さっき助けてもらった時のことだと思ってるでしょ?それももちろん感謝してるけど、そっちじゃなくて」

 「…………………あ!あれか!別に良いってそん「実技試験」そうそう実技しけぇぇぇえええええええッ!!!?!?」

 

 シーッと包帯を巻かれガーゼの貼られた右手を口元に持っていって人差し指を立てるジェスチャーをすると、焦って口を閉じる悟。シーンと静まり返る保健室。え、え、え、っと完全に動揺が隠しきれていない悟が葉隠に尋ねる。

 

 「い、いいいい、つ、つ、気づい「最初から」最初からッ!!?」

 「うん、だって鈴木くんに声めちゃくちゃ似てるもん。多分同じ人かなって、あとー、実技試験の話したじゃん?鈴木くんの反応めっちゃくちゃ分かりやすかったよ?」

 「………そ、そっか……そ、その、なんで、分かってて………あんな話を…………?」

 

 穴があったら入りたい、というのはこういう気持ちのことを言うんだろうなと赤く染まる頰の肉なぞ存在もしないのに、両手で顔を覆う悟。そんな彼の様子が面白おかしく笑ってしまう葉隠。

 

 「あはははは!!えっとね、鈴木くんだって気づいてた上でなんで実技試験の話なんかしたかの理由?うーん、なんとなく!!」

 「なんとなく!!?」「うん!!」

 

 「……まぁ、本当に、確認したかっただけかな。本当に、私を実技試験会場で助けて時間を無駄にしたこと、後悔してなかったのかなって。聞いた結果は、そんなこと気にもかけてなかったようで、安心したけど」

 「……普通のことだと思うよ、そんなに、特別なことじゃ無い」

 「なんで?」

 

 

 「…………それは……」

 

 いざどうしてか聞かれると答えづらい。"当然のことをしたまで"なんて言ってしまえば、またもなんで?と聞かれるのが落ち。だからといって明確な理由を持って人助けなんてしたことが無い。返答に困っている鈴木を見かねて、少し微笑みながら葉隠が言葉をかける。

 

 「…ねぇ!鈴木くん!」

 「ん?なに?」

 

 

 「―――助けてくれて、ありがとう」

 「―――――え、あ、うん」

 

 表情は分からないが、真剣さの伝わる声色。不思議な感覚であった。嬉しいとも違うが、少なくとも不快感は無い。"ありがとう"という言葉が芯まで響いてくる。

 

 「…無条件で人を助けるって、どんな理由があってもそう易々とできることじゃ無いと思う。それこそ、ヒーローでない限り」

 「………ヒーロー」「うん」

 

 「"別に普通のこと"とか、"気にしなくていい"とか、謙遜するのは分かるけど、本当に、感謝してるの。だから、一回だけでいいからさ、素直に受け止めてみてよ。鈴木くん―――――

 

 

―――――ありがとう」

 

 「……どう、いたし、まして」

 

 形容し難い充実感。今まで受け流していた感謝の言葉を、初めて向き合って向け入れてみると、直に相手の気持ちが伝わってくる。別に声援や感謝の声が欲しくてヒーローを始めたわけではないが、にしても"ありがとう"という言葉が離れなかった。他人から素直に感謝され慣れていないということもあるのだろうが、にしてもこれは。

 

 「……鈴木くんは、どうしてヒーロー目指してるの?誰かに憧れたとか、それとも、やっぱり根っからのヒーロー気質なのかな?困ってる人は見過ごせないとか」

 「い、いや、明確な理由とかは…………は、葉隠さんは?どうして…」

 

 「私?私は単純にヒーローカッコいいなって思ったから!だから目指したんだけど……正直、今回のことで、心が折れかけた。痛くて、怖くて、こんな目に遭うならヒーロー目指さなければ良かったって」

 

 彼女の目が一瞬曇る。不味いことを聞いてしまったと思って悟が謝罪を挟むよりも早く、彼女が言葉を綴る。

 

 「ご、ごめ「でもね」……?」

 

 「やっぱ諦められないや!やっぱりヒーローは、()()()()()()()から」

 「……?葉隠さんは、誰か、憧れのヒーローがいるの?」

 「うーん、憧れっていうほど大層なものじゃないけど、そうだね。最近できたというか」

 「そうなんだ……俺には、憧れのヒーローとかいないから」

 

 自分で言っててほとほと情けなくなってくる。憧れのヒーローもいない、ヒーローになりたい理由もない、人を助ける理由も分からない、なのにヒーローを目指している。憧れのヒーローがいると言う、目の前の同級生が羨ましくなってくる。

 

 「……葉隠さんは、どうしてそのヒーローに憧れたの?」

 「うーん、まぁ実際助けられたからね、それも危険な所を二度も。憧れないって方が無理があるというか」

 「な、なるほど、それはそうだね………どんな人なの?」

 「いい人だよ、人助けなんか当たり前、どんなに辛くても他者を思いやって、人前では決して弱さを見せないようにと頑張る、そんな人」

 

 

 

 「……そっか、葉隠さんがそれほど言うってことは、さぞや立派な人なんだろうね」

 

 「……ふふ、あはは!うん!うん!そうだね!立派な人だよ、立派な人!」

 

 唐突にクスクスと笑いながら自身を見つめてくる葉隠を見て、首を傾げる悟。何か変なことを言ったろうかと自分の発言を思い返してみても、思い当たる節が見つからない。

 

 「ふふふ……!……ふぅ、ねぇ、鈴木くん。鈴木くんは、ヒーロー目指してる理由がないって言ったけどさ、私は鈴木くんがヒーロー目指してて良かったって思ったよ?」

 「……な、なんで?」

 「だって、鈴木くんって根っからのヒーロー気質じゃん!人助けに理由はいらないとか、他者を思いやるとか、それになにより―――

 

 

 

――――鈴木くんがヒーロー目指して無かったら、私は今ここにはいなかったよ、多分」

 

 「―――――――」

 

 

 

 「………しつこいようだけどさ、鈴木くん―――ありがとう」

 「……うん、どういたしまして、葉隠さん」

 

 何かに気づかされたように、顔つきが変わる、いや、変わったように感じた。隣に座るクラスメイトの顔色どころか表情ひとつ変わりはしないのだが、確かにそう感じられた。

 

 「えへへ、なんかしんみりしちゃったね…明日からまたヒーロー目指して頑張ろう!鈴木くん!」

 「うん、そうだね、また明日、葉隠さん……さて、ごめん、ちょっと長居しちゃった」

 

 椅子から立ち上がり、椅子を折り畳んで元の位置に戻すと、扉まで歩いていく。保健室の扉を開いて、じゃあねと一言告げて扉の向こう側に消えていくクラスメイトの背中を見つめながら、ふぅとため息を吐く葉隠。背中をベッドに預けて仰向けになり、天井を見つめながら一人ごちる。

 

 「……やっぱり、鈍感だなぁ、あのヒーロー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………………」

 

――――鈴木くんがヒーロー目指して無かったら、私は今ここにはいなかった――――。

 

 「……そう、か。助けたのか、俺が」

 

 今になって実感が湧いてくる。自分が助けたのだと。人一人の命を救ったのだと。そう考えると、何かとても、大事なことに思えてくる、人助けが。今なら、あれほど感謝を告げる葉隠の言葉が分かるような気がした。

 

 「やぁ、お疲れ様、調子は……悪く、ないようだね」

 「あ、セメントス先生…なぜここに?」

 「別に、ただ通りかかっただけさ、それよりも……ありがとう」

 「え?」

 

 「さっき君の友達と会ったよ……君に助けられたって生徒の話を幾人かね……教師として、不甲斐ない話だ。本来なら生徒を守るのは我々教員の仕事、生徒に頼ってしまうなどあってはならないことだ、それもまだ雄英に入って間もない、ヒーローとして右も左も分からぬ生徒達………教員一同に代わって礼を言う……ありがとう、鈴木くん」

 

 「……いいえ、とんでもありません。私も、ただ必死なだけでしたから」

 

 自己肯定感の低い生徒だと言うのは把握しているためこの返答は予想していたことだが、彼の声色が柔らかく余裕のあるものに感じられ、クラスメイトが傷ついていることにナーバスになっているのではと考えていたセメントスは、おや?っと不思議に思う。セメントス先生、と語りかける悟。

 

 「?どうしたんだい?」

 「……いつかセメントス先生が言ってくださった、ヒーローになる理由を探してみなさい、という話……」

 「……見つかったかい?」

 

 「いえ、明確な理由はまだ、ですが……ヒーローを目指してて良かったと、そう、思いました」

 

 後ろを振り返りセメントスに背中を向ける悟。彼の視線の先には保健室の扉が映っていた。

 

 「……ヒーローを目指せば、この手の届く範囲が広がる。ヒーローを目指せば、誰かの未来が繋がる。………先生の言っていた、名も知らぬ市民のために、というのはまだ厳しいかもしれません。ただ―――俺がヒーローを目指してたから助かった命があった……それだけで、満足です。俺はヒーローを目指せる、それだけで。………すみません、ヒーロー科の人間が、ヒーローあるまじき発言をしてしまい……」

 

 若干申し訳なさそうに、ハハハと薄ら笑いを浮かべる悟。確かに、ヒーローとしての心構えはまだまだ未熟、しかしこの短期間でいったい何が彼をここまで成長させたのか。目標も無く焦点の定まっていなかった彼の瞳に、決意の炎が燃えていた。ニッコリと笑い、彼の肩に手を置く。

 

 「……立派だな、君は。……頑張ってね、未来のヒーロー」

 

 「…!……………はい!!」

 

 

 

 

―――これは、異形と恐れられた一人の青年が、最高のヒーローになるまでの物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、アインズ様inヒロアカ小説でした。
いかがでしたでしょうか?ぶっちゃけ書きながら無理がある話だとは思いました。
だって会って間も無いし、そんなに距離近づくかなって……思ったんですけど、書いちゃったものは仕方ない。コミュ力お化けのA組のみんなならいけるやろ!って思って投稿した次第です。
短編なので、特に続きを書くことはありませんが、今書いている別の小説が完結、もしくは手が空いたら、こっちも書いてみようかなぁと考えています。
ちなみに、もし葉隠が内通者だったら僕は血の涙を流しながらこの小説を闇に葬ることでしょう。まぁそんなことないからヘーキだよな!ガハハ!

では、また別の小説で会うことがあれば。


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日常

結局続きました
どこまでやるかは分かりませんが、ゆっくりゆっくり更新していきたいと思います


 「……おはよう、今日は……全員、いるみたいだな」

 

 その言葉に、にやりと微笑む生徒であったり、教室後方へ顔を向ける生徒であったり。当の本人はたいへん申し訳なさそうにおずおずと顔を下に向けて相澤から視線を外していた。

 

 「…鈴木」「は、はい!」

 

 「……体は、もう大丈夫なのか?」

 「……!……は、はい。何ともありません。ご迷惑おかけしました」

 

 

 「……そうか、ならいい。つっても授業は待っちゃくれねぇからな。遅れた分取り返せよ」

 「あ、はい!」

 

 あ、はいらん。返事はハイだ!っと指摘する相澤。一見何とでもないやり取りに見えるが、悟は不思議に思っていた。確かに学校側には体調不良で通していたが、まさか相澤先生が真に受けるはずも無いだろうと。説教をくらうと身構えていた悟は、なんだか拍子抜けである。え?それで終わりなの?

 

 「……連絡事項は以上だ。鈴木は昼休み職員室の俺んとこ来い、休み期間中のプリント渡すから」

 「はい、分かりました」

 

 じゃあ今日も一日励めよ。とだけ言って教室から出て行く相澤。緊張が途切れてやっとこさ一時間目開始前の休み時間に入り皆がガヤガヤと騒ぐ中、周りに座っていた生徒が体の向きを変えて、みんな悟の方を向く。

 

 「いやー!これでやっとこさ、1-Aって感じだねー!!」

 「お、大袈裟だって葉隠さん…」

 「大袈裟じゃねぇよ、一つ席がぽっかり空くだけで案外寂しいもんだぜ?雰囲気的に」

 「そ、そうかな?でも……なんか、うん。居心地はいいや、やっぱりこの席は」

 

 そう言って瀬呂と葉隠を見つめる悟。満足そうな悟を見て、満足そうな顔をするクラスメイト。そう長い付き合いってわけでも無いが、目の前に佇む骸骨の、表情が何となく読めるくらいにはなってきた。いや、逆に顔に変化がないからこそ、細かい動作や声色に気が向くのかもしれない。

 

 「それよりもよぉ、お前が休んでて困ってる奴がいるんだぜ?どうにかしてやれよ、つっても俺もその一人だけどな」

 「は?俺が休んで困るってなんで「おい鈴木ィ!!」か、上鳴くん?」

 

 「オメェが休んでから教えてくれる奴居なくなってヤベェよ!!どうすりゃいいんだよ来週頭の小テスト!!?」

 

 あぁ〜あぁ〜と、納得したように口をぽっかり開けたまま頭を縦に振る悟。そう言われれば自分が休み始める日まで、数人のクラスメイトに勉強教えてたんだったと、かつての日課を思い出す。そもそも雄英に入れた時点で地頭は良いし、頑張れば自分でもなんとか出来そうなものだけどなぁと心の中でボヤいても上鳴の血の涙は止まらない。

 

 「ごめんごめん、今日からまた教えるからさ」

 「いや教えるったって、お前今日まで休んでんだからわかんねぇことだらけだろ」

 「………数学ってどのくらい進んだの?」

 

 カバンから教科書を開いてそう尋ねる悟に、えーっと確か、などと言って教科書をめくって行く瀬呂。

 

 「…っと、ここだな確か。ほら」

 「……うん、なるほどね。そっか、もっと進んでるもんだと思ったけどそうでもなかったな……大丈夫、ここなら分かるから教えられると思うよ」

 

 はぁ?などと小馬鹿にしたように半笑いで上鳴達が悟に突っ込むが、何を笑っているのか分からないといった顔でキョトンと上鳴達を見つめる悟。彼らの反応の原因に思い至り、すぐさま言葉を付け加える。

 

 「俺休んでた間一応自分で勉強はしてたから」「は?」

 

 「授業の進行速度は分かんなかったけど、まぁ最低限このくらいはやっておくかってことで……まだ自力で解ける範囲ではあるからね」

 

 石像になり手に握っていた自身の数学の教科書を足元に落とすと、バサリと乱雑にページの開かれる音が響く。ピクリとも動かなくなったクラスメイトを前にして、どうしたんだと様子を窺い顔の前で手を振ってみせても反応はない。格の違いを見せつけられた虚しさだけが彼の心の中に漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……鈴木、ちとついて来い」「?はい」

 

 昼休み、職員室でプリントを受け取り帰ろうとする悟を呼び止めて、椅子から立ち上がり扉の方へと歩いて行く相澤。職員室を出て少し歩くと、空き教室を見つけて入れ、と一言。何のこっちゃと言わんばかりに流されるまま指示に従う悟。どこでもいいから腰掛けろと言われて、戸惑いながらも失礼しますと言って相澤の対面に座ると、相澤も椅子に座り、互いに向き合う状態となった。相澤の圧のある眼光に怯み、やっぱり説教かと思い気を引き締める。

 

 「……体調不良、か」「え?」

 

 「どんな症状だ」「はい?」

 「体調不良っつっても色々あるだろ。お前は何だ、頭痛か?腹痛か?吐き気か?風邪か?どんな症状だった、答えろ」

 

 いったい何でそんなことが知りたいのか、と思った矢先、ハッと気づく。違う、これは多分、そんなことが知りたいんじゃなくて、尋問。考えてみれば、親が学校に連絡はしていたが言わばズル休み。母が学校になんて連絡していたかなんて知るわけがない。相澤先生は今話の辻褄合わせをして生徒の嘘を暴こうとしているのだと気づきくと、ドッと汗が噴き出るような感覚に襲われる。

 

 「あ、いや、その……………ず、頭痛、です、かね……」

 「……そうか、俺は単に"気分が悪い"としか聞いていなかったがな」

 「うぐ」

 

 「……嘘をつくぐらいなら、せめてこういう時のために話の口裏は合わせておくもんだ、覚えとけ」「は、はい……」

 

 ふぅ、とため息をついて沈黙を決め込む相澤に言い返す言葉も無く、相澤に視線を合わせたままピクリとも動かない。何も言わず自分を睨みつけてくる担任の鋭い視線に、身が竦む思いであった。

 

 「…で?何で休んだ、授業が嫌になっただとか、そんな理由で休むとは思えんが」

 「い、いえ。その、何でもないですから」

 

 「………………………」

 「………………………」

 

 飲み込む唾がないため、音はしないがゴクリと喉元を揺らせる悟。まさかこんな言葉が通じるわけもないが、それでも別に、今更あの時のことをどうとか言うつもりはない。今更掘り起こして関わりを持ったり、変に教員へ話を通して間接的に手を下す気も毛頭ないのだ。しかし、

 

 「……普通科のバカ共か?」「………ッ!?」

 

 「いるんだよ、体育祭とか文化祭で顕著になるけどな。特に今の時期、入学直後、最初っから普通科志望だった奴らは兎も角、ヒーロー科落ちた普通科一年が妬みや逆恨みで同じ一年のヒーロー科に八つ当たり、とかな。お前が休む前日、昼休み以降のお前の雰囲気がおかしかったって話は他の生徒から聞いた………同時に、普通科の一部の生徒もな」

 「………………」

 

 「……何があった」

 

 それでも、無言を貫く。答える義理は……まぁ、あるだろう。生徒達のことは知っておく責務が教員にはあるだろうし、何より彼は自分の担任である。色々自分達のため動いている彼に、伝える義務はあるのかもしれない、が。

 

 「特に何もありません、体調不良です。それ以上でもそれ以下でもありません」

 「……ハァ………あのな」

 

 相澤の目が紅く光り、髪が逆立つ。瞬間、彼の首に巻いた合成繊維による布が悟の身体を縛り付けると、うぐっと小さく声を漏らすが、当然表情は変わるわけもなく、厳つい髑髏がただただ相澤を見つめ続けるだけである。

 

 「勘違いすんな、別に俺はお前を心配してこんなこと言ってるわけじゃねぇ…担任として、自分の生徒が何をしでかしたか知っておく必要があるってだけだ。場合によっちゃぁテメェを処分することだってあり得るんだよ。………分かりやすく言ってやる。お前、まさかとは思うが普通科の生徒に挑発されたから手を出した、とかふざけたこと抜かすんじゃねぇだろうな」

 「……ッ!!!……………もうし、わけ……ありません…………」

 

 嘘はつけなかった。掘り起こしたくないと言っても、あくまでもう終わったことと自分が思っていただけ。いざ改めて目の前で罪状を読み上げられれば、自分の罪を認めないわけにはいかない。相澤から視線を外して俯く悟だが、ここで終わりなわけがない。彼が厳しい口調で言葉を続ける。

 

 「……あるんだよ、ヒーロー科にいりゃそんなこと、日常茶飯事でな。お前が何をされたかは知らねぇし知りたいとも思わねぇ。だけどな、ヒーロー目指す人間がそんなことでやり返してたら器の小ささが知れるってもんだ。ヒーローなんかやってけねぇぞ」

 「………返す言葉も、ありません…」

 

 「……………ふん、まぁ、お前は物分かりが良い。今回の半ば無断欠席、許すわけじゃねぇが………次はねぇぞ」

 

 悟の身体を拘束していた布が解け、相澤の逆立っていた髪が垂れ落ち元のボサボサ頭に戻ると、ポケットから目薬を取り出して乾いた目を潤す相澤。上を向いて目薬をさし、瞬きを繰り返して馴染ませた後に目薬をしまって正面を見ると、俯いたまま思い悩むような悟の姿があった。図体だけはデカイのに、心はまるで繊細な子供のようである。事実高校一年生であるのだが。椅子に座ったまま動かない悟を置き去りにして、相澤が教室出入り口扉まで歩いて行く。

 

 「………まぁ、あんまり考え込むな。ヒーローやってりゃ何の根拠もない誹謗中傷なんてよくあるもんだ。……それと、一つアドバイスしとく」

 「………?」

 

 扉を開いて向こう側に立つ相澤が、悟に背中を向けたまま一言。

 

 「……溜め込み過ぎんなよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 「……!」

 

 それだけ言って教室を去る相澤。既にいなくなった担任の背中を見つめるように、扉の方へジッと視線を注いでいた。自分を何の疑いもなく人間と言い切る担任の言葉が心に響く。自分ではもう、あの時の忌々しい八つ当たりの暴言は乗り越えたものだと思ったが、いざ"人間"と言われると、何となく嬉しくなってしまう。それほどに、心の根深い部分に呪詛のように人間を否定する言葉が絡みついていた。

 

 「……いや、自分に自信を持たなきゃな。俺のために怒ってくれるみんなにも失礼だろ、そうだ。俺は、人間だ。紛れもない……うん」

 

 相澤の後を追うように、彼も教室を出て行く。その足取りは、先ほどまで弱々しく項垂れていた男のものとは思えないほどしっかりと大地を踏みしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……………あれ?」「……………あ゛?」

 

 教室に戻ると、いつもはこの時間帯、がらんどうな教室に見覚えのある人影、と言っても言葉を交わしたことはないが。爆豪勝己、強い口調の特徴的な、成績でも中々に優秀なクラスの、人気者ではないが注目の的ではある。色んな意味で。

 

 「……なに人のことジロジロ睨んでんだテメェは」「あ、いや……ごめん、何でもない」

 「………チッ」

 

 うわぁ、隠すこともなく舌打ちしやがったぞコイツ、などと考えながら、そーっと近くを通り過ぎて自分の席に着く。いつもはこの時間帯一人で教室にいる悟は何か落ち着かずソワソワしていたが、よくよく考えれば別に当然のこと。早く飯を食い終わったのかもしれないし、気分で教室にいるだけかもしれない。というか、

 

 「(そもそも爆豪くんって、一緒にご飯食べる相手とかいるのかな……?)」

 

 そう考えると、爆豪くんは世に聞く、ぼっち飯、という奴だろうかなどと思い浮かべる。教室での彼を取り巻く環境を思い浮かべてもそうだ。周りからいじられ触れられることはあるが、自分から過度に突き放している。仲が悪いというわけではないし、飯に誘われはするだろうが、自分から断ってそうだと勝手な憶測を立てる悟。ここで思い切った決断をする。

 

 「(そう言えば俺って爆豪くんと全く話したことないな……変な視線を感じる時はあるけど……よし、周りに頼ってばっかじゃダメだな。自分でも積極的に話しかけないと)……ごめん、ちょっといい「よくねぇわッ!!!話しかけんな!!カスッ!!!」あ、はい……」

 

 くうぅ、何だよ何だよ、少しくらい話してくれても良いじゃん、と心の中で悪態を吐く。確かに、話しかけたら気まずいかもしれないが、話しかけなかったらそれはそれで無言のままこの教室で二人過ごすんだぞ、そっちの方が気まずいだろお前、と口には出さないが背中越しに爆豪に訴える悟。仕方がないからいつものように自習に取り組み、教科書とノートを開いてペンを走らせていると、背中から声がかかる。

 

 「……おい」「………え?あ、はい。何?」

 

 「…………テメェか、入試一位」

 

 

 「……………あ、はいはい。何か、そう言えばそうだったかな。ほら、相澤先生の独断で個性把握テストやったから入学式受けられなかったけど、本来なら俺主席だから新入生代表挨拶しなきゃいけなかったんだよね」

 「……ッ!!……………」

 

 

 

 「……………あ、あの「うるせぇ!!話しかけんなッ!!!」えぇ…………」

 

 またも舌打ちをする爆豪。お前から話しかけてきたんだろと言いたかったが、そんなこと言ったところでまた暴言吐かれて話を有耶無耶にされるだけということは簡単に思い浮かぶ。かと言って折角あちらから話題を振ってきたのだ。何か話を続けられないかと考える悟だが、

 

 「………ねぇ」

 「話しかけんなっつったろ「爆発さん太郎って君のこと?」――いきなり何言い出すんだッ!!クソ髑髏ッ!!!」

 

 「いやぁ、切島くんと話してたらその名前出してきて、誰のことか聞いても教えてくれずにはぐらかすからさぁ」

 「クソ髪ィ!!ぶっ殺すッ!!!」

 

 「うぅん、クソ髑髏かぁ……もう一捻り欲しいなぁ」

 

 あぁ?と、流石にわけが分からないといった様子の爆豪。顎をさすりながらそう口にする目の前の髑髏が、噛み締めるようにクソ髑髏を呟いていた。

 

 「いや、そのクソ髑髏ってのは、所謂あだ名ってやつでしょ?安直すぎるというか、もうちょっとこう、何かないかなって…」

 「キメェんだよ!!あだ名でも何でも無いわッ!!!」

 「ん?そうなの?じゃあ何?」

 「知るかッ!!聞くなッ!!!しゃべんなッ!!!」

 「そんなこと言わずにさぁ……そうだ、俺と話してくれたら何でも良いから何か言うこと聞くからさ」

 

 空でも飛んでみる?君自力で飛べたろうけど、などと口にする悟には分からないくらいの表情の変化だが、目が少し真剣味を増していた。返事が返ってこないことを不思議に思って、やっとこさそこで悟も爆豪の表情の変化に気づく。

 

 「……なら俺とやり合え」「え?」

 

 

 「俺と戦え」「…………………いつ?どこで?」

 「今すぐだッ!!グラウンドで俺とやれッ!!!」「うん無理」

 

 「なんでだあッ!!!」

 

 困ったなぁと自分の髪の毛一つ無いツルツルの頭蓋骨を撫で回して、目の前の活火山をどう鎮めようか考える悟。しかし上手く爆豪を丸め込む言葉が思い浮かばずに、思ったことを率直に伝えることにした。

 

 「……あのね、グラウンド使うってことは、まぁ先生に許可もらうんだろうけど、何て言うの?爆豪くんと組手をするから貸してくださいって相澤先生にでも伝えるの?無理だと思うよ」

 「だから、なんで無理だっつってんだろッ!!!」

 「だって、爆豪くん、数週間前のヒーロー基礎学の戦闘訓練、自分の行いを忘れたの?相澤先生にも話はいってるし、多分許可もらえないでしょ。危なっかしいやら何やらで」

 

 「………ッッ!!なら「言っとくけど嘘ついて借りたくないよ俺、嘘ついてまでグラウンドとか他の施設借りるんなら自分で頼み込んでね」

 

 歯をキリキリと擦り合わせて歯軋りの止まない爆豪を見て、相当頭にきてるなぁと呑気なことを考える悟だが別に意見を変えるつもりは無い。爆豪の謎の願望のためにわざわざ教員に嘘をついてグラウンド貸し切ってまで付き合う気は無いし、そもそも別に悟は戦う理由がこれといって無かった。だが、それでは収まりがつかないだろうとこんな提案をしてみる。

 

 「………腕相撲でもする?」「あ゛ぁ゛?」

 

 「ほら、これなら怒られないでしょ。力比べだよ、力比べ。個性使ってドンパチせずに済むでしょ」

 

 背中を丸めて身を乗り出すようにして、右腕の肘を机に当てて開いた手のひらを爆豪に向けたまま腕相撲に誘う悟。何をバカなことを言っているんだと爆豪が瞬きを繰り返して悟を見つめるが、めげずに腕相撲に誘い続ける。

 

 「魔法使いは本体が弱い、とか思ってない?結構力には自信あるよ?俺。勝ち負け決めるんだったら何でもいいじゃんか、殴り合わなくても。どう?腕相撲」

 「……………」

 

 ダメだこりゃ、と心の中で呟く。鈴木悟、今まで生きてきた中で一番と言っていいほど頑張ってコミュニケーションを取ろうと努力したつもりだが、結果はあえなく惨敗。何がダメなのかなぁと思ってため息を吐き、腕を戻しかけると、

 

 「…………構えろや」「へ?」

 

 「さっさとしろ、カス」「……あら、意外……よいしょ」

 

 自分で誘っておいてアレだが、まさか乗ってくるとは思わず少し反応が遅れる悟。肘を立ててこちらに伸びてくる爆豪の右手を、肉のない骨だけの手のひらで包み込む。親の仇でも見るような鋭い視線をぶつけてくる爆豪に、怯むことなく視線を返す悟。

 

 「それじゃあ………レディ―――

 

 

――――ファイトッ!!」

 

 「ラァァアアッ!!!」「フンッ!!」

 

――――カッッッてぇ。なんだ、コイツ。

 腕を震えさせながら、ピクリとも動かない対戦相手を驚愕の表情で睨みつける爆豪。まるで大木に拳を叩きつけているような、不動の存在。動かざる山の如しといった感じ。棒切れのように細い腕のどこからそんな力が湧いてくるのか。

 

 「クッ……ソッ………ガァ………ッッ!!!」

 「(ふうむ、流石に強いな。これが爆豪くんの全力だとしたら負ける可能性は無いにしても、隙をつかれるともしものことがありそうだ。戦闘訓練の時のセンスも抜群だったし、あらゆる面で高水準だな)」

 

 「あー食った食った……お?何してんだ?」

 「真剣勝負」

 

 ちょうど食堂から帰ってきた切島達が机を挟んで向かい合う二人に声をかける。なんとなしに返事をしただけの悟だが、爆豪はその姿を見てまた一つ血管を浮かび上がらせる。そんなに余裕かと。

 

 「な、めんなああああああッ!!!!」

 「うお!?」

 

 火事場の馬鹿力というやつだろうか、出し惜しみする人間では無いと考えていたためにここでギアを一段階高めてくるのは予想外であった。遂に均衡が破れてジリジリと悟の腕が押され始める。同じタイミングで昼食を終えた人間がゾロゾロと教室に戻ってきて、なんだなんだとギャラリーの数が一人、また一人と増えていた。

 

 「ラァァアアあぁあああああッ!!!」

 「中々、やるねぇ!だけど……!!」

 

 「なッ!?ク……ソ……ッッ!!!」

 

 今度は逆に押し返し始める。爆豪優勢かと思われたその戦局は、しかし悟の怒涛の巻き返し。机と四十五度を描いていた悟の腕が、ジリジリと直角へと戻っていく。

 

 「おぉ!!いけいけ鈴木ィ!そのまま終わらせちまえ!!」

 「負けんな爆豪!!漢見せろ!!」

 

 周りからの声に一切反応しない爆豪。否、反応しないのではなく出来ない、そんな余裕がこれっぽっちもないのだ。汗が顔を滴り落ちるが、戦況は以前変わらず悟の流れ。一歩、また一歩と敗北に近づく己が手に全身全霊を込めるが一切の効果無し。ふざけんな、負けてたまるか。

 

 「……うし……んな……」「ん?」

 

 

 

 

 「調子乗んなァァァアアアッ!!!」「あちょ――」

 

 瞬間、眩い光と轟音が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……で、その結果が器物破損及び他生徒への攻撃、か………冗談抜きで除籍処分にするぞお前」

 「………………」

 

 「…………で、どうしてまたお前なんだ………ハァ……」

 「すいません!本当に申し訳ございません!!」

 

 不貞腐れる爆豪の隣で、腰を直角におる悟。話の顛末を聞いて頭を掻きむしる相澤。聞き耳を立てていた周りの教員も、気の毒そうに悟を見つめていた。

 

 「………あのなぁ、お前ら入ったばっかのペーペーであることには変わりねぇが、腐ってもヒーロー志望の端くれって自覚を持て。俺の仕事を増やすんじゃねぇよ、ったく………爆豪、鈴木」

 「………んだよ」「は、はい」

 

 「……明日から一週間日直、分かったな」

 「なんで俺がコイツと「文句あっか?」……チッ」

 「分かりました」

 

 「じゃあさっさと教室戻れ、バカどもが」

 

 失礼します、と一人分の声だけが聞こえて職員室の扉の開閉音が響く。ため息を吐いてぐったりと背中を椅子に預けて天井に顔を向ける相澤を、面白おかしくからかう同僚が一人。顔にいつもの笑みを浮かべて肩をパンパンと叩きながら話しかける。

 

 「お前も大変なクラス持ったなあ!!イレイザーッ!!」

 「茶化すなマイク………ハァ、ため息が止まんねぇよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「バカなの?」「んだとテメェッ!!」

 

 「いやバカなの!?個性使わないって話だったでしょ!?たかだか腕相撲で、なんで個性使ったの!!?」

 「うるせぇッ!!!話しかけんなあッ!!」

 

 教室、破損した机は既に新品に差し替えられており、爆破の痕跡は跡形も見られない。放課後、日直の仕事に勤しむ二人であるが口論に次ぐ口論。きちんと仕事はしていたが、言い争いが絶えることはない。苦笑いで彼らのやりとりを見つめるクラスメイト達。まぁ0:100で爆豪に非があるのだが。

 

 「おいおーい、日直なんだから仲良く「しねえッ!!」あそう……」

 

 「……個性使って傷ついた人がいるんだぞ、分かっているのか」

 「知るかよ、んなこと」

 

 「――そんな言い草は無いだろ」

 

 背筋が凍りつくようなオーラを感じてスッと振り返ると、日直の相方が、しまったしまったと言って自分を落ち着かせてる作業に従事していた。ふんわりと、彼を包み込むオーラがいつもの雰囲気に戻ると、先ほどまでのおぞましい波動が嘘のようである。で、どうなんだ?と言葉を綴る悟を前にして、額を一筋の汗が滴り落ちるが、空気に呑まれそうになっていた自分を半ば強引に奮い立たせるように声を荒げる。

 

 「だから、知らねえっつってんだろッ!!!ウルセェんだよさっきからごちゃごちゃ話しかけやがってッ!!!」

 

 「……全く、下らないプライドをぶら下げて、謝罪の一つも出来ないのか………思春期の小学生でもあるまいに…」

 「んだとッ!!!」

 

 間に入って喧嘩を止める生徒が複数名。互いにバチバチと火花を走らせていたが、痺れを切らしたように手元の箒を地面に投げつけ、舌打ちを打ってカバンを乱雑に背負い、教室から出ようとする爆豪。

 

 「おい爆豪!!まだ日直の仕事は「うるせぇ!!!」…どうしたんだ?アイツ……」

 「さぁねぇ…?怒りっぽいにしても過剰だよな、なんか今日は」

 

 「……ハァ、困るなぁもう」

 

 足元に落ちた箒を拾い上げる悟。教室後方のロッカーに仕舞うと、一人で教室の廊下を掃く作業に勤しむ。周りの生徒達が気遣うような声をかけるが、大丈夫と口にして掃除を続ける。

 

 「鈴木くん、手伝うよ僕」

 「え?あぁいいよ別に、そもそも……悪いのは、まぁ少し強く言い過ぎた俺の落ち度でもあるし……自分の尻拭いくらい自分でするからさ」

 

 「おいおい、友達の優しさを無下にすんなよ〜、緑谷がやるっつってんだからよー。友達は頼るもんだろ〜?」

 「んじゃあんたが手伝えばいいじゃん、見てないでさ」

 「い、痛い所つくなよ…」

 

 「…ま、まぁ、僕も特にすることないしさ…二人でやった方が早く終わるし…」

 「…そこまで言うなら、じゃあ、黒板頼んでもいい?」

 「分かった」

 

 持ち前の優しさか、緑谷が日直の仕事を手伝う。こういう作業には小慣れているのか、テキパキと作業を進める緑谷を前に、己の要領の悪さを自覚する。考え直してみれば、他人とは違って時間が有り余っているために、仕事の効率化をあまり考えたことがなかった。こういう所にも差が出るんだなぁと感慨深くため息を吐く。数分も過ぎれば教室で談笑していた生徒達も皆帰路に着き、残っていたのは鈴木と緑谷だけだった。思っていたよりも早く仕事が終わり、感謝を述べる鈴木。

 

 「ありがとう緑谷くん、おかげで早く終わったよ」

 「あぁいや、大丈夫、僕から言い出したことだしさ」

 

 互いに謙虚で言葉遣いも柔らかいために、他愛無い、どこか他人行儀な会話になってしまうが、当人達は別に何とも感じていない。日誌を書く自身の目の前に立って動こうとしないクラスメイトに声をかける。

 

 「もう仕事無いし帰っていいよ?流石に日誌くらいは自分で届けるからさ」

 「え?いや、その…い、一緒に、か、帰らない?」「え?」「え?」

 

 

 「……あ、うん。そうだね、一緒に帰ろうか」

 

 自分で勇気を振り絞って誘ってみる緑谷。そして誘われた悟は、一瞬固まってしまうが、特段変な話でも無いし普通に了承する。妙な空気になるが、少しの沈黙の後、視線は日誌に落としたまま、悟が緑谷に質問する。

 

 「……ねぇ緑谷くん」「な、何?」

 「緑谷くんって確か爆豪くんと同中だったっけ?」

 「え?あ、うん。同中っていうか、幼馴染っていうか……」

 「なるほど……」

 

 「……爆豪くんは昔からああなのか?」「………ッ」

 「流石にさ、プライドが高いって言っても、個性で怪我をさせた相手に謝罪くらいはするもんでしょ。まぁ怪我って言ってもしょうも無い火傷程度だけどさ、対面に座ってるのが俺じゃ無くてその人だったら、火傷程度じゃ済まなかったぞ」

 

 「………まぁ、プライドが高いのはそうだと思う、昔っから」

 

 「そっか……よし、書けた。じゃあ相澤先生に日誌出してくるから、少し待ってて」

 「あ、うん。分かった」

 

 日誌を小脇に抱えて教室から出て行く鈴木の後ろ姿を眺める緑谷。高校に入って出会った大天才。文武両道、良識もあり思い遣りのある人格者、何より個性が超強力。先ほどまで話題にしていた彼の幼馴染と匹敵――否、凌駕するレベルの強個性。中学まで緑谷を包む周りの環境においてNo.1だった爆豪がヒーロー基礎学戦闘訓練のその後に、勝てねぇと思った、と吐露するほどの環境変化を目の当たりにして、まさに井の中の蛙であることを自覚した。

 

 「(かっちゃん……)」

 

 No.1だと思っていた、彼のプライドの傷つきようは如何程だろうか。強さだけを追い求めてきた彼の前に立ちはだかった、何とも力に無頓着そうな様子の強者。自分の在り方を否定された気持ちにもなったかもしれない。もちろん、幼馴染の蛮行を許す気では無いが。理解はある。

 

 「……ふぅ、お待たせ。じゃあ帰ろっか」「あ、うん」

 

 戻ってきた悟に言われてカバンを背負い彼に並んで廊下を歩き、門から出て行く緑谷。帰り道、会話をする二人。授業の話であったり、個性の話であったり。

 

 「でも、凄いよね鈴木くんの個性。万能って感じで…」

 「そうかな?言い方を変えたらパッとしないんだよね。何でもできちゃうから、逆に"個性が無い"というか……それこそ、緑谷くんの個性は分かりやすくて印象にも残るよね」

 「そ、そう?」

 

 「うん、他の人も言ってたけど、何だかオールマイトに似てるよね」

 「そ、そそそ、そうかな!?ぼ、僕は、結構、違うと思うんだけど!!」

 「そう…?まぁ、身のこなしとかは確かに」

 

 妙にテンパるクラスメイトに違和感を覚えなかったわけではないが、深く追及することもあるまいと話を区切ると、どこかホッとしたように落ち着く緑谷にやはり疑問を覚える。まぁ人には隠し事の一つや二つくらいあるかと納得して抱いた疑問を押し殺す悟。

 

 「緑谷くんの個性はさ、超パワーしかだせないの?微調整とかは」

 「あ、はは…実力があれば、理論上は可能なんだろうけど……その、未だに経験が浅くて……」

 

 「経験が浅い?」

 

 顔を青ざめて悟を見つめる緑谷、に視線を飛ばす悟。

 

 「いいいいや!ホラ!そ、そのぉ僕の個性って最近発現した個性でさ!!あぁあの、個性の突然変異というか!!あり得ない話では無いというか!!!」

 「わ、分かった分かった!……まぁ、その、詮索はしないけど……気をつけなよ?」

 

 なにが、とは言わないが何となくニュアンスで暗に伝える悟。ズーンと肩を落として、頭の上に曇天の広がる緑谷が、おっしゃる通りですハイと、観念したように返事を返す。

 

 「…にしても、なるほど、個性の扱いに慣れない、か……単刀直入に聞くけど、なんで?」

 「その、僕の個性の性質上さ、人に向けて練習、なんてできっこないでしょ?感覚が掴めないんだよね、他人に撃つっていう」

 

 「(……なるほど、そりゃあんなの普通の人が生身で食らったら五臓六腑が弾け飛びかねないもんな……デスナイト殴ったら感覚身についたりするのかな……でもアイツだと硬すぎるか「あのー、鈴木くん?」…ん?」

 

 「どうしたの?考え込んでたけど?」

 「あぁいや、もしかしたら、手伝えるかなって。その感覚を掴む練習とか」

 

 「ほ、本当!?」

 

 目を見開いて悟の方へ身を乗り出す緑谷に、びっくりして身を引く悟。自分の浅ましい行動に恥じらいを感じて、即座に引き下がって謝罪する緑谷。

 

 「ご、ごめん!いきなり大声出して……」

 「い、いや大丈夫だけど……意外だね……」「な、何が?」

 

 「いや、緑谷くんがそこまで力に貪欲だとは思ってなかったからさ。あ、馬鹿にしてるわけじゃないんだけどね」

 「ど、貪欲って…まぁ言われても仕方ないけどさ」

 

 緑谷を見下ろしながら様子を窺っていると、先ほどのようにがっつく雰囲気は無いが、やはりこちらを気にしてチラチラと視線が泳いでいた。ちょっと期待させすぎたかなと罪悪感を覚える悟。

 

 「……まぁ、いいよ。個性の練習、付き合おうか?」

 「ほ、本当!?いいの?」

 「うん、と言っても、今日はお別れかな」「へ?」

 

 「俺の家ここなんだ」

 

 「……うわ、おっきいね……」

 

 八百万ほどの規格外とまでは行かないが、にしても立派な一軒家に首を曲げて見上げる緑谷。今日はお別れ、と言われて話を聞きそびれたことを緑谷が悔いていると、顔を見て察したようで悟が緑谷に声をかける。

 

 「……あー、うち、寄ってく?」「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「じゃあ母さん買い物行ってくるから、お友達とゆっくりしててね」

 「うん、行ってらっしゃい」

 

 リビングから悟の母親が出て行くと、二人っきりになる悟と緑谷。清潔感の漂う広い部屋の中心には、天井に大きなシーリングファンが備え付けられており、心地よい音を響かせながら回っていた。

 

 「どうしたの?そんなにガチガチに固まって」

 「そ、その、友達の家に誘われるのって久しぶりで……すっごい綺麗な家だし…」

 

 「……言われてみれば、俺はそもそも友達の家に行ったことが無いなぁ」

 「え?そうなの?なんていうか、意外だね……」「そう?」

 

 「うん、だって凄い個性持ってるし、みんなの中心の的とか、そんなの勝手に想像しちゃってて……」

 「……あんまりいい個性でも無いよ、本当に」

 

 どこか哀愁を漂わせて虚空を見つめながら口ずさむ悟を見て、地雷を踏んでしまったのかと焦る緑谷だが、そんな緑谷の雰囲気に悟もまた、自身が空気を悪くしていることを自覚していつもの調子に戻る。

 

 「あぁいや、ごめんごめん。関係ない話だったね、それで……そう、緑谷くんの個性の強化について、だったか」

 「あ、うん……その、個性の練習の方法って?」

 

 

 

 「簡単だよ、感覚が掴めない?なら実際に殴ってみればいい。死者召喚(サモン・アンデッド)

 「わあぁぁあああッッ!!?!?」

 

 唐突に魔法を発動するクラスメイトを前に、へ?と間抜けな声を上げる緑谷。次の瞬間、悟の隣の床に魔法陣が広がり、一体のゾンビが現れる。悟の魔法で作り出されたそれではあるし、ゾンビの実物など見たことあるはずもないが、さながら映画から飛び出してきたようで、腰を抜かしてひっくり返ってしまう緑谷。

 

 「ご、ごめん。ちょっとショッキングだったかな……」

 「い、いや、こっちこそ、ごめん、大声出して」

 

 地面にへたり込んで過呼吸気味に息を吸っては吐く緑谷の背中をさする悟。流石にゾンビは不味かったかと自分の非を認めて緑谷を立たせると再度椅子に座らせる。

 

 「……んん、えっと、話を戻すけどさ。人を殴る感覚が分からないんだったら、実際に殴ってみろって話だよ。まぁ、人間もどきだけどね、コレは」

 「に、人間、もどき……こ、この……人?って……生きてるの……?」

 「さぁ?」「さぁ!?」

 

 「俺の……まぁ便宜的にマジックポイントとでも言おうか、それを対価にして召喚してるんだけど、表面上は生きてるのと遜色無いくらいに会話できる奴もいるよ。コイツは知能が低いし戦闘力も無いけどね、最低限の命令は受け付ける程度。所詮駒、それ以上の感情をコイツらに持った事は無いよ……それに」

 

 パチンと、器用にも骨のみの右手で、指先を弾いて音を鳴らすと、ゾンビがその姿を消していく。

 

 「時間が経ったらコイツらは消えるしね、今は意図的に俺が消したんだけど……どう?やっぱり、創造物のゾンビでも抵抗がある?人を殴るってのは」

 「どうだろう……ちょっと、分かんない」

 

 「……そっか、まぁ少し考えてみてよ。それと、緑谷くん、一ついいかな?」

 「ん?どうしたの?」

 

 改まったような口調で悟が緑谷に声をかける。

 

 「爆豪くんって、どんな性格なの?」

 「かっちゃん?の、性格?……うーん、見たまんまとしか、どうして?」

 

 「いや、まぁ、付き合い方を間違えたというか、なんであんなに怒ってるのかなぁって。何となくだけど、俺に対しての当たりが強いような」

 「……ッ!!そ、それは………」

 

 ん?と、言葉に詰まる緑谷の様子に疑問を覚える悟。何か、自分が気付いていないだけで、客観的に見ると自分が失態を犯してしまっていたのだろうか?思い当たる節でもあるのかと尋ねる悟。

 

 「………その、鈴木くんが、強いから、だと思う……」

 「へ?それだけ?」

 

 「うん………その、鈴木くんからしたら、しょーもないとか、そういうふうに思うかもしれないけど、かっちゃんからしたら、強さって本当に大切なんだと思う…中学まで一番、負けなしだったから……世界の広さを知って、プライドが傷ついたんだと……あくまで、僕の予想だけど」

 「……そっか、まぁ、だったとしたら、少しぞんざいに扱いすぎたかなぁ……」

 「あ、いや!多分だけど、詳しい話知らないから何とも言えないけど、多分かっちゃんが理不尽な事して鈴木くんに迷惑かけたんだと思うよ!鈴木くんに非は無いと思う!かっちゃんのことだから、多分そうなんだろうけど………でも……」

 

 「納得は無理でも、理解はしてくれ……って奴か………うん、ありがとう緑谷くん、助かったよ」

 

 感謝されるほどのことでも無いと、慌てて謙遜する緑谷を見て、クラスメイトに自分と緑谷が似ていると言われたのはあながち間違いでは無いのかもしれないと何となく考える悟。

 

 その後は日も暮れていき、礼を言って帰っていく緑谷に気を利かせて、蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)不可視化(インビンジヴィリティ)とその他バフをかけて豪速球で駅まで送ったところ、酔って吐いたことはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんだ……?騒がしいな……?」

 「さぁ?てか、めっちゃ人いね?」

 

 廊下からガヤガヤと話し声が聞こえる。朝方、相澤から体育祭の話を聞かされ浮かれていた生徒一同であったが、そのテンションを払うほどのざわめきが扉の向こう側から聞こえてくる。意を決してクラス委員長、飯田天哉が扉を開けると案の定人だかりができていて、廊下に出るのも一苦労な状況になっていた。既に時間は放課後、いったい何のようだと問いかける飯田の言葉に返すのは群れる普通科生徒やB組の生徒では無く、同じクラスメイトの爆豪。フンッ、と、群がる有象無象を小馬鹿にしたような鼻笑いをかますと、端的に彼らのことを説明する。

 

 

 「敵情視察だろ、そりゃあヴィランの襲撃に耐え抜いたクラスだからな、本戦の前に把握しておきたいって寸法だろ………どけッッ!!!モブ共ッッ!!!!」

 

 爆豪の覇気に怖気づいて、身を引く普通科生徒が複数。飯田の咎める声などお構い無しでズカズカと生徒の群れを掻き分け歩いていくが、すれ違いざまに一人の生徒が煽るように爆豪、否、ヒーロー科A組の生徒達に声をかける。

 

 「…どんなもんかと見に来たが、随分と偉そうだな。ヒーロー科に在籍する奴はみんなこんななのかい?」「あ゛?」

 

 売られた喧嘩を買うように、睨みを利かせる爆豪。その鋭い視線に怯む様子も無く言葉を続ける男の名は普通科、心操人使。ヒーロー科が全員こんなやつ、では無いんですと全力で顔を横に振る緑谷のことは眼中にないようで、話を続ける心操。

 

 「こういうの見ると、ちょっと幻滅するなぁ。普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴けっこういるんだ、知ってた?」

 「…体育祭のリザルトによっちゃヒーロー科編入も検討してくれるんだって、その逆も然りらしいよ……」

 

 「敵情視察?…少なくとも俺は、いくらヒーロー科だからって余裕ぶっこいてると足元すくわれるっつー――

 

 

 

――――宣戦布告しに来たつもりなんだがな」

 「へぇ、そんなシステムあるんだ、流石雄英だなぁ」

 

 ピリついた雰囲気にそぐわない、柔らかな青年の声が、廊下に群がる生徒達の後方から聞こえてくる。皆が正面に気を取られていたためにその生徒の接近に気づかず、後ろを振り向いた生徒達が驚きの声をあげ、中には腰を抜かしてしまう生徒も複数。おそらく、あの日、彼を知った人間だろう。

 

 「ッッ!!な、何者だお前ッ!?」

 「何者って、この教室に来るってことは俺も1-Aの生徒だってことくらいは気付いて欲しいんだけど……まぁいいや。えーっと、初めまして、一年A組、鈴木悟です。よろしくね」

 

 小脇に抱えていた日誌を左手に持ち替えて、右手を差し出し心操に握手を求める白骨遺体。困惑して、差し出された右手にどう返せば良いか分からずに固まってしまっていると、それはそれで悟も困るようで、おーいと言葉を投げかけてくる。

 

 「大丈夫?」「―――な、なんで、なんだ、なんなんだ、その、右手」

 

 「なんだ……って……握手だけど………あぁ、もうちょっと言葉を飾った方が良かったかな。体育祭、敵同士だけどそれはそれ、共に切磋琢磨しあって頑張ろう、よろしくね。えーっと……ごめん、名前聞いてもいい?」

 

 当初の目的も忘れ、悟の言葉に翻弄される心操。ヒーロー然としたあるべき姿をこうまで見せつけられて、格の違いを思い知った、というわけでは無い。どこか天然な目の前の男の、はるか上空から自身を見下ろす赤い眼光が放つ迫力に呑まれていたのかもしれない。カタコトになりながら、しん、そう、ひとし、と答えると、満足いったようにギュッと手を握られて、よろしくと再度念を押される。

 

 「じゃあ、意地悪で言うんじゃ無いけど用が済んだなら道を開けてもらってもいいかな?皆が困るからさ―――っと、何帰ろうとしてんの爆豪」

 「離せや、もう俺の仕事は終わってんだよカス」

 「んなわけ……本当だ……黒板も消えてる、チョークも交換されてる、マジックのインク詰め替えは……できてるな。やればできるじゃん」

 「舐めてんのかテメェッ!!!」

 「うん、舐めてた」

 「ブッ殺すッ!!!!!」

 

 日直期間も最終日、それなりに二人の親睦も深まった、のかは分からないが、少なくとも爆豪"くん"付けは無くなったようである。先ほどまでの緊迫した様子はどこへ行ったのか、ワーワーと約二名―――一名な気もするが―――が騒ぎ立てる。ごめんごめんと悟が口にすると、鼻息を鳴らして踵を返し、今度こそ群れを掻き分け帰っていく爆豪、それに続いて轟も部屋から出て行くが、他の生徒は固まったまま。悟がアレ?っと口にして周りを見渡すと、廊下にいる複数名の見覚えある生徒達と視線が合うが、怯える彼らに特に口出しすることは無い。思う事が無いわけでは無いが、ここで蒸し返す話でも無いだろう。魔法で精神支配して無理矢理退かせようかとも考えたが、校内で個性を他人に使用して難癖つけられたらそれこそ言い返せない。仕方ないから自分が先頭に立ち、失礼と言って廊下に出ると、さながらモーセのように人の波を割って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぇ〜、すっごい人だかりですねぇ」

 

 そう呟くのは今日の体育祭のために招集された警備担当のプロヒーローの一人、Mt.レディ。その美貌にものを言わせて無銭飲食、もとい譲り受けたたこ焼きを頬張りながらデステゴロ、シンリンカムイと共に会場の見回りに従事していた。

 

 「まぁな、例年ならメインは三年ステージだがテレビであんだけ報道されちゃあな。人も集まるってもんだ」

 「今年に限っては一年ステージ大注目だろう」

 

 その言葉通り、例年ならば朝早く人も集まり難い一年ステージだが、早朝であるというのに一般客のみならず、スカウト目的のプロヒーローが多数スタジアムへと足を運んでいた。彼らを見つめながら、我らもスカウトに勤しみたいところだがと、彼らしくも無く愚痴を漏らすシンリンカムイ。

 

 「警備依頼が来た以上、仕方ねぇよ。俺らは大人しくモニターで観戦するしかねぇな」

 「ですねぇ。目星つけてた子がいたんですけどねぇ」

 

 「ほう?気まぐれなお前にしては珍しく予習でもしてきたのか。まさかとは思うが商業目的のモデル体型の生徒、とか言うんじゃないだろうな?」

 

 シンリンカムイが意外そうにそう呟くと、まぁそっちもあるんだけどと言葉を漏らすMt.レディ。どうやら本命は別にあるようで、話を続ける。

 

 「ほら、なんか、一人突っ走っていっちゃった子がいるとかいう話じゃない」

 「………?はて、俺は知らないが……」「あ、やべ」

 

 「………お前、どこでそんな話聞いたんだ、テレビで報道されてなかったぞ、生徒の動向なんか」

 

 デステゴロが疑いの視線を向けると、いやぁねぇ、と、誤魔化すように口元に左手を持っていき、右手をブンブンと振る。

 

 「ちょっとパトロールしてた時、暇してたから警官さんに面白い話の一つや二つでも無いか聞いてただけですよ!」

 「……お前なぁ、色仕掛けも大概にしとけよ?あんまり知りすぎても自分の首絞めるだけだぞ?」

 「分かってますって!」

 

 「………でも、そんな奴の何がいいんだ?どんな理由であれ、一時の感情に任せて単身で突っ込むなど、とてもヒーローとは言い難いが……」

 

 いまいち、話を聞いても同僚がその生徒に関心を寄せる理由が分からず、率直に抱いた疑問を口にするシンリンカムイ。

 

 「いやね?その生徒が単身で乗り込んだ結果、怪我人がいっぱい出たって話で、感情的になっていて仕方なかったとはいえ、警察からも厳重注意を受けたそうなのよ、事態が事態だから許されたことには許されたらしいけど」

 「……ますますわからねぇぞ、一人で突っ込んで、他人様に世話焼かせて、ただのお荷物じゃねぇか。本当に雄英生か?そいつ」

 

 いやいや、だからそっちじゃ無くて、というとデステゴロとシンリンカムイが頭の上に疑問符を浮かべて同時にMt.レディに視線を向ける。

 

 「だから、その子を救出しにいったヒーロー側に怪我人が出たんじゃ無くて―――

 

 

 

 

 

 

――――その子が一人で、複数の区画のヴィランを壊滅させちゃったってこと。

 

 

 「……もうそろそろかな」

 

 控室。壁に立てかけられた時計を眺めてそう呟くのは体操服を着込んだ等身骸骨。周りの生徒達が緊張を感じて互いに言葉を掛け合い不安を誤魔化す作業に勤しむ中、何でもないようにただ時が過ぎるのを待っていた。

 

 「皆、準備はできているか!?もうじき入場だ!!」

 「うおぉぉぉ…!来たあぁぁぁ………ッ!!」

 「こええぇぇぇええええ!!!鈴木ィ!!なんでお前はそんな平然としてるんだよオォォオオオ!!!!」

 

 「そう?これでも俺なりに気は引き締めてるんだけどね、んじゃ行こっか………ん?」

 

 峰田の背中を押すように言葉をかけて、いざ行かんと椅子から立ち上がる彼の視線の先では、轟が緑谷に宣戦布告しているところであった。彼の、オールマイトに目をかけられている、という発言はまぁ納得できる。お気に入りの生徒、というには少し度が過ぎているレベルで関係性の窺える緑谷とオールマイトであるが、そんな彼にどうして轟が固執するのかは理解できなかった。

 

 「そりゃ、君の方が上だよ…実力なんて、大半の人に敵わないと思う…客観的に見て……」

 

 またいつもの、自分を卑下してしまう緑谷の悪い癖かと悟が心の中で呟くが、直後の彼の、情熱の宿った瞳を見て、その考えをすぐさま捨てる。

 

 「でも……皆、他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ…ッ!僕だって、遅れをとるわけにはいかないんだ、だから―――

 

 

―――僕も本気で獲りに行く」

 

 その言葉は、嘘偽りの感情の一切こもっていない誠の言葉であった。もちろん、悟や爆豪の存在を無視したわけではない。化け物どもの巣窟で、頂点に立つと本気で言ってのけたのである。短く、おう、とだけ返事を返して轟がその場を去って行くと、続いて爆豪が部屋から出る。一人、また一人廊下へと出ていき、生徒が皆揃った所でクラス委員長である飯田を中心にして、廊下の向こう側、スタジアム内部より漏れ出る日の光により白く包まれた出入り口へと歩を進めていくA組の人間達。最後尾を歩く悟の目の前の生徒が後ろを振り返り、悟に声をかける。

 

 「ねぇねぇ!鈴木くん!!」「ん?何、葉隠さん」

 

 「―――私、負けないよ!!」「―――俺も、負ける気はないよ」

 

 悟が右腕の握り拳を差し出すと、目には見えないが、コツンと手の甲と甲がぶつかり合う感触がする。観客達が俺の姿をどう見るのか、なんていう心配などもはやありはしない。ただ一つ―――体育祭に全力を注ぐ、これだけを胸にして、

 

 

―――今、力強くスタジアムの大地を踏みしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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執念

前回からかなり時間が空いてしまい申し訳ありません
というのも、内容が少し無理がありすぎる気がして、このまま投稿しても良いものかと悩みましたが、結局このまま投下します
それでは、本編どうぞ


 『選手宣誓!!選手代表、一年A組、鈴木悟!!!』

 「はい」

 

 人の波を掻き分けるように1-A後方から台上へと歩み寄って行く一人の生徒。頭一つ飛び抜けたその体躯もそうだが、何より人の目を引くのは異形型にしても見たことの無いその白骨化した肉体。その顔は、ただの髑髏とは言い難い、生者を憎むような憎悪の如き厳つい形状へと変貌していた。

 

 『……宣誓』

 

 マイクを手にして言葉を発する。発声器官など存在するはずもないのだが、それでもマイクが音を拾い拡散するのはいったいどういうメカニズムなのだろうか。

 

 『我々選手一同は、練習の成果を十二分に発揮して、互いに切磋琢磨し合い、最後まで全力で戦い抜くことを誓います。選手宣誓、選手代表、一年A組鈴木悟』

 

 何ともこれ以上ないくらいに平凡な選手宣誓に、拍子抜けする一部の生徒達であったり、観客達であったり。しかし大部分の人達にはただの形式的な選手宣誓であり、形だけの拍手を送る。パチパチと会場から手を叩く音が鳴り響く中、ミッドナイトに背を向けて自分のクラスに戻って行く悟。

 

 「素晴らしい選手宣誓だったぞ!!鈴木くん!!!」

 「い、いや別に形式的なものだから、アレくらい普通の宣誓だよ」

 

 飯田が自分の選手宣誓を褒め称えるが、本当の本当に選手宣誓に別に思い入れは無いために少し調子が狂う悟。前から分かっていたことだが、飯田はこういうの重んじる人なんだなぁと改めて認識する。

 

 『さーて!それじゃあ早速第一種目いきましょう!』

 

 ミッドナイトの言葉に気を引き締める生徒一同。彼女の背後にあるモニターの種目名がスロットのように次々と切り替わる。

 

 『いわゆる予選よ!毎年ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!!さて運命の第一種目!!今年は―――

 

―――コレ!!』

 

 「……障害物競走?」

 

 ミッドナイトの言葉と同時に生徒達の背後にそびえる入場門がガチャリと開く。隔壁シャッターのようなそれが、ガコンガコンとストッパーを外し、スタジアム外への通路を作ると、我こそがとスタートラインに急ぐ生徒達。ミッドナイトの説明を耳にしながら、自分も遅れていられないなとスタートライン付近に近寄る悟。スタートランプが光る。

 

 『コースはこのスタジアムの外周4km!我が校は自由さが売り文句!コースさえ守れば()()()()()()()()()()()()!!』

 「何をしたって、ねぇ………」

 「お、おい、鈴木…?変なこと考えてねぇよな!?」

 

 「さぁ?どうだろうね、さて……」

 

 隣で何か不穏なことを口にするクラスメイトに話しかける上鳴だったが、有耶無耶にはぐらかされてしまう。いよいよレースの火蓋が切られようとしていた。

 

 『さぁさぁ!位置につきまくりなさい!!よーい―――

 

 

―――スタートッ!!』

 

 「な、何だぁ!!?」

 

 スタートを知らせるアラームと同時に、一人の男子生徒の困惑した声が聞こえてくる。否、その男子生徒の声が聞こえずとも、何が起こっているかは直ぐに理解できた。足元から冷気が漂う。

 

 「そう上手くいかせねぇよ半分野郎!!!」

 

 氷に足を取られる生徒達の中から飛び出すのは、轟の第一手を読んでいた同じクラスメイト達。即ち、A組の生徒達。為人や個性を知っていたというのもあるが、先手を回避できた一番の要因は、やはり先日のヴィラン襲撃。それが彼らを急成長させたのだろう。

 

 「(うわぁ、えげつないことするなぁ。と、いかんいかん、俺も急がなくちゃな)……なんだあれ?」

 

 開始直後、飛行(フライ)を使い生徒の頭上を通り過ぎて空中を走り去る悟。先頭集団のやや後方で様子を窺いながらその距離を保って飛行していたところ、視線の先、地平線から巨大な影が浮かび上がる。

 

 「あぁ、入試の時の……面倒くさいなぁ」

 

 怖気付いて足を止める生徒達が大多数。その中でもやはり足を止めないのはA組の生徒達、勇猛果敢に、無謀にさえ見える特攻を仕掛ける。

 

 「せっかくならもっとすげぇの用意してもらいてぇもんだがな……

 

―――クソ親父が見てるんだからよ」

 

 この障害をまず初めに攻略したのは、やはりトップに立つ轟。生徒達の目を奪っていた巨大な仮想ヴィランがものの数秒で氷の彫像と化す。そして再び目を奪われる生徒達。ハッと意識を切り替えて、轟の後を追いかけるように氷の彫像の股の下を潜ろうとするも、本人にやめておくよう言われ、その直後大きな音を立てて仮想ヴィランが崩れ去る。ハイエナのようにたかっても美味しい思いなど出来ようはずもなく、被害を受ける生徒達が複数名。切島に至っては瓦礫の下に埋もれてしまっていた。

 

 「うーん、上から行けば早いけど、少し遅れをとるな……仕方ない」

 

 爆豪や常闇が個性を使ってヴィランを飛び越えて行く中、一直線に突っ込んでいく悟。何かが超速で風を切る音がしてチラッと爆豪が後ろを振り返ると、人差し指を立てて仮想ヴィランに突撃して行く悟の周りに、輝く魔法陣のようなものが展開されているのが見えた。次の瞬間

 

 「―――魔法最強化(マキシマイズマジック)獄炎(ヘルフレイム)

 

 指先から吹けば消えそうな、小さな火種が飛んで行くのが見えた。自分が今頭部に足をつけている、目下の仮想ヴィランへと火種が飛んで行く。直感、何かやばそうだと感じて直ぐに空中へと爆破で飛び立つが、直後、その予感は正しかったのだと思い知る。

 

 「―――は?」

 

 悟のことは放っておいて先に進もうと正面を見据えた瞬間に、背中から熱気を感じて顔を傾けて後ろを見ると、つい先程まで自分が足をつけていた仮想ヴィランが、豪炎に焼かれていた。それだけに留まらない。消えていく。とんでもない速度で、焼失していく。溶けるのでは無い、文字通り消えていくのだ。どんな火力だそれはと突っ込む暇も与えない。脳が硬直から治るよりも早く、仮想ヴィランが姿を消した。

 

 「―――待てやッ!!!」

 

 自分の真下を優雅に飛び去る悟を見て、やっとこさ意識が切り替わる。自分でも無意識のうちに過剰な量の爆破で無理矢理速度を上げて、開いた差を埋めようと悟に迫っていく。開始早々、既に轟、爆豪、そして悟の3トップの体制が出来上がっていた。

 

 「―――鈴木…ッ!」

 「クソ髑髏ォッ!!半分野郎ッ!!どけえッ!!!」

 「やだよ!轟くん、今度は俺の番だ」

 

 「何だと?」

 

 三人が並走していた所、少しギアを上げた悟が彼らの前にひょこりと身体を乗り出して、そのままの速度を保ちつつクルリと体を後ろに向ける。コースを進みながら向かい合う一人と二人。"今度は"俺の番、というのはおそらく、開始直後に仕掛けたことを言っている。つまり、今から悟が何かを仕掛けてくるということ。それに気づいて先手を打とうとする頃には、既に遅かった。

 

 「魔法持続時間延長効果範囲拡大最強化(エクステンドワイデンマキシマイズマジック)

 

 目の前を行くクラスメイトから何重にも重なる魔法陣が形成され、肌がピリつくほどの覇気を感じる。何かは分からない、当然何をしてくるかは分からないが、爆豪と轟、二人ともに共通して分かったことが一つ。()()()()()()()

 

 「―――獄炎の壁(ヘルファイアーウォール)

 

 コイツは不味い。そう思った二人が移した行動は先手を打つ、では無くブレーキ。本能が感じ取ったのだ、危険を。そしてそれは正しかった。正面に爆破を行い無理矢理速度を押し殺す爆豪と、正面に氷の壁を貼り無理矢理体を止める轟。彼らの正面の床から炎が吹き荒れる。飛び越えることなぞ許さないと言わんばかりに天高く聳える炎の壁が、2人の行手を阻んでいた。

 

 「…一応、助言しておく。生半可な覚悟でコレに突っ込まない方がいいよ。じゃ、お先」

 

 炎の壁に揺らめく黒い影が消えていき、その場から悟が去ったことを二人に知らせる。舌打ちよりも先にごくりと喉元を鳴らす二人。意を決して爆豪と轟が体を突っ込み―――弾き出されるように倒れ込む。体に氷を纏っていた分轟の方がコンマ数秒耐えられていただろうか。それも僅かな誤差。腕を、足を一本突っ込んだだけなのに、まるで身体の一部を焼失したような感覚に襲われる。しかし、有るのだ。その痛みは本物だが、体の一部は無くなっていない。無くなっていないどころか、火傷一つ負っていないのだ。やはりさっきの感覚は偽物か?などと考えて今度こそはと立ち向かおうとして―――足が、竦む。偽物などではない。本物だ。あの感覚は、本物。あの時の感覚が脳裏に刻み込まれ、足が動いてくれないのだ。今まで何度か悟の呪文を目にしてきた二人、そこから推測するに、これもおそらくだが時間制限がある。ならばここで少しくらい待って呪文が収まるのを待つ方が賢明、しかしそれではまんまと悟にしてやられてしまうわけだが。だがそんな選択は彼らに存在しない。目指すは一位、完全勝利。なのに突破する力が無い。自分には、その力が無い。そう、()()()()

 

 「……爆豪」「ア゛ァ゛ッ!!?」

 

 「協力しろ」

 

 驚愕して目を見開く爆豪。何と言ったんだコイツは。聞き間違いでなければ、到底彼の口からでなさそうな、というか出るわけのない言葉。俺にとっても屈辱だが、その選択はお前にとっても屈辱じゃ無いのか、と。

 

 「聞こえなかったか?」「…ざけんなッ!!何でテメェに―――」

 

 「だったら一位諦めんのかッ!!!」

 

 血眼になってこちらを憤怒の表情で見つめる轟に、執念じみた何かを感じ取り、ゾワリと悪寒が走る爆豪。一位諦めんのか、という言葉に爆豪への気遣いなぞ一つも存在しない。呉越同舟、などでは無い。爆豪すら利用する。そんな瞳であった。

 

 「どうすんだ!!爆豪ッ!!!」

 

 どうすんだ、とは聞いているが、聞いていれば分かる。もはや爆豪の判断は仰いでいない。さっさと従え。そういう類の言葉の重み。しかし、爆豪にとってもそれが最善だろう。ここで立ち往生すれば、ただ悟に一位を献上するだけ。ここで突破すれば、また三つ巴の戦いに戻り、一位を狙えるかもしれない。分かっていた、決して安く無い安っぽいプライドを掲げているべきでは無いと。

 

 「……クッソがァァァアアアッ!!!」

 

 手に火花を走らせて轟に向かい合う。自分に注がれる怒りを正面で受け止める轟。彼の取った選択とは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『A組鈴木悟ゥッ!!早くも第二関門へとうちゃあぁぁあくッ!!!入試一位は伊達じゃねぇってかあ!!?でも盛り上がりに欠けるなぁオイ!!一人で、しかも飛んでるからココ楽勝じゃん!!!』

 「…なんか、悪いことした気分になってくるな」

 

 第二関門が見えてきて、少しスピードを落として警戒する悟。またも仮想ヴィランが現れるのかと思いきや、現地に到着すると、あぁなるほどそういう障害なのかここはと、奈落の底まで続く大穴を見つめていた。

 

 「……さて、ここにも何か仕掛けておくか……いやほっとこ。あんまりやり過ぎて体育祭お通夜ムードにしても仕方ないし」

 

 地面に降り立ちかがんで地の底を見つめていた悟がゆっくりと立ち上がり、再度空中に浮遊して進みだ―――そうとした瞬間―――

 

 「―――何ッ!?」

 

 サッと身を翻して、後ろから飛んでくる爆風を回避して地面に片手を付けると、今度は地面から氷が延びてくる。自身の左手に触れる瞬間手を地面から離して空中に浮かび上がると、ゼェゼェと息も絶え絶えにこちらに迫ってくる二人の姿があった。

 

 「(バカなッ!!?どうやって通り抜けたんだ!!!コースを外れて横道から逸れようものなら即座に失格だぞ!!そんなに効果時間は長くは無いが、まだ時間も残っている……どういうことだ)……何をした?」

 「…知る……かよ……ッ!!」

 「……俺の……前に、は、行かせねぇッ!!!!」

 

 前に進むことも忘れ、二人を問い詰める悟だが、ここで二人がかなりのダメージを負っていることに気付く。悟に攻撃を仕掛ける二人だが、技にキレが無い。つまり二人は、本当にあの壁を突破したのかと思い、畏敬の念を抱く。ただの尊敬では無い。どうやって、まさか執念で耐えたなんてバカな話があってたまるかと。だからこその畏敬。事実二人はやってのけた。一種の恐ろしささえ感じる。

 

 「……耐えたのか、アレを…」

 「うる…せえぇぇえええッ!!!!」

 

 やり場の無い怒りを悟にぶつける爆豪。しかし、体力を、生気を奪われたようにフラフラとした動きで、悟に当たることはない。しかし彼の瞳が、悟をざわつかせる。そこまでか、そこまでの執念か。

 

 「……魔法の矢(マジックアロー)

 「グォッ!!?」「ク…ッ!!ッッツァ!!」

 

 悟の背後から光の矢が放たれる。爆豪の身体に突き刺さり彼を後方へと吹き飛ばし、轟の正面に立つ氷の壁を砕き、同様に轟も吹き飛ばす。地面に倒れ伏す二人を見下しながら、ゆっくりと口を開く。

 

 「……そんなにか、そこまで、そこまで一位になりたいんだ……すごい、執念だね……」

 

 「待ッ、て、やッ」「クッ、ソッ」

 

 プルプルと震える四肢を奮い立たせて、無理矢理身体を起こそうとするが、到底悟と渡り合えるほどの体力は戻ってこない。二本足で立つよりも早く、悟が飛び去ってしまう。

 

 「……先に行く、第二種目でまた」

 

 そう言って後ろを振り向き、颯爽と空中を駆け抜けていく悟。当然彼らが追いつけるはずもなく、最終関門も同様に悟に効果は無し。危なげなく一位を取り凱旋を果たす悟であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい、どういうことだ、あの生徒の個性…」

 「知らねぇよ、だがこれだけは言える。競争率とんでもねぇことになるぞ」

 

 悟が帰ってきて会場から歓声が上がるが、プロヒーローはそれどころではない。今年の目玉は前情報からエンデヴァーの息子だろうと目星をつけていたが、とんでもないダークホースが紛れ込んでいた。反則級である。まるでファンタジーに出てくる魔法のように陣を展開し、空中浮遊、業火、光の矢、あの様子ではまだまだ引き出しがありそうだ。しかもゴールして一人立ち尽くす彼を見て分かることだが、まだまだ余力を残しているようである。

 

 「それに、選手宣誓の様子を見るに素行も良いときた、逸材だぜ、アイツは」

 

 第二種目を見るまでもない、というわけではないが、もう既にプロヒーロー達の中での格付け、その一位は大方きまったようで興味津々といった様子でスタジアム内に佇む一人の生徒を眺める。

 

 「……ずっと立ってるのもアレだな、上位道具創造(グレータークリエイトアイテム)

 

 何とはなしに椅子を作って背を預け、ハァとため息をついて空を仰ぐと、またもや会場からワアッと歓声が上がりビックリする悟。スタジアムの観客のことなど忘れて、精神的に溜まった疲労から無意識の内に魔法を使ってしまっていたが、これも一つのアピールになってしまっていることに気づいてアッと声を漏らす。今更慌てても後の祭りなのでため息を吐いてそのまま椅子に座り、第一種目が終わるのを待っていた。

 

 「(……本当に、あの壁を突破したのか)」

 

 未だに疑問が残る。警告もしたのに馬鹿正直に突っ込む輩では無いと思っていた。その結果がアレだ。ブツブツと呟きながら、本当にどうやって、いやしかし……などと、その真実を知らぬ悟は悩み続けていた。時は少し遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 『……どうやんだ、半分野郎。俺もお前も、通り抜けるこたぁ出来てもそこが限界、意識なんて手放してんだろ』

 

 未だ震える右手を左手で握りしめて押さえつける爆豪。ハァハァと息を漏らしながら轟を見据えると、そんなことは分かっていると言った風に話し出す。

 

 『俺があの壁まで一直線に氷の足場を作る。お前の全力の爆破による加速と氷の足場がありゃあ一瞬であの壁を突破できる』

 『んなことしても身体焼かれちま『あぁ、だから俺が全身氷で覆う、俺とお前が密着してりゃいけんだろ』

 

 『……おい』

 『分かってる、俺の氷の鎧じゃ至近距離での爆破の反動で剥がれちまうし、そもそも氷の重量が加速の妨げになるってこともな。……加速した後、炎に突っ込む直前で全身に氷を瞬時に貼る。それでいいだろ』

 

 

 

 『……失敗しやがったら、ぶっ殺す』

 

 できるのか、とは尋ねない。そんな不毛な問答をする時間が勿体なかった。こうしてぐずっている間にもアイツは先へ先へと進んで行く。言われずとも直様位置につき、背中を轟に預けるようにして後方に右腕を突き出し、左手を添えて支える爆豪。キィーンと甲高い音が鳴るのと同時に轟が炎の壁に向かって一直線に道を敷く。準備は整った。

 

 『…やれ!!』

 『俺に命令、すんなぁァァアアアアアアアッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その結果が、あの意識朦朧とせん不屈の闘志を見せつけた二人の様子の正体である。失敗は無かった。タイミングは完璧であった。氷の膜が剥がれ、炎を抜ける正にその一瞬、本当に一瞬だけ身体が炎に焼かれてしまった。それでもアレだけのダメージ。身体に外傷の一つも存在しないが、マグマを塗りたくられたような灼熱が全身を襲い、炎の壁を抜けた直後、意識を手放してしまいそうになるが、爆豪の、

 

 『止ま、るなッ!!こ、おり、貼り続けろオッ!!!』

 

 という雄叫びを背中越しに聞き、何とか意識を保ち続けて、そのまま直進、とんでもない速度で追いついた結果がアレである。

 

 「(俺にアレほどの決意は存在しない……強い、本当に強い二人だ)」

 

 そんなことはつゆも知らない悟が勝手に恐れ慄いているが、事実あの策を練っていたとしても、常人ではあり得ないほどの精神力を持っていたことは事実。悟はただ一人、二人に尊敬の念を送ると共に、障害として認めるのであった。例え負ける確率が、落雷に当たる確率よりも遥かに低かったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「済まないが、俺は誰とも組む気はないよ」

 

 エッと残念そうに声を漏らすのは騎馬戦のチームを組むために悟の周りに集まってきたA組の生徒達。確かに1000万ポイントは脅威だが、それを補って余り有るほどの魅力が悟にはあった。それに彼の性格を考えたら組んでくれそうと思っていたのに、いざ頼み込んでみたらキッパリと断られてしまった。どうしてと尋ねると、少し迷ったように踏ん切り付かない様子で語り出す。

 

 「……まぁ、ちょっと、少し自覚したから。一位を目指すってことの意味というか……この種目は俺の実力だけで勝ち抜けることができる、そう判断したから俺は一人でやってみるよ」

 「つ、つってもよ、騎馬がいねぇと流石にお前でもルール的に」

 

 「騎馬ならいるさ、上位アンデッド創造」

 

 アンデッド創造、と聞いてアッと漏らすのはおそらく、その手があったかという意図が含まれていた。地面に黒い渦が浮かび上がると、そこから一体の馬に乗った、勇ましくも禍々しい騎士が現れる。騎乗する馬のけたたましい鳴き声が辺りに響き、観客のみならず辺りの生徒の視線も集めていた。

 

 『我が主よ、何なりと御命令を』

 「ふむ、この後騎馬戦がある。まぁ細かい指示はその時出そう。私を乗せて指示通りに動けばそれで良い。勿論、私の護衛は当然だがな。あぁ、まだ手は出すなよ、私の指示が出てからだ」

 

 『承知いたしました。この命に替えましても使命を全ういたします』

 

 ギロッと、力強い瞳が周囲の生徒達を一瞥する。並々ならぬ覇気を感じさせる眼窩の光に腰を抜かす生徒達。その目には、容赦の一文字も存在しなかった。

 

 「な、なぁ鈴木、コイツ俺たちのこと、こ、殺したりしねぇよな……?」

 「あぁ大丈夫大丈夫、俺の言うことはちゃんと聞くから」

 「いやどういう意味だよ!!?怖えよッ!?」

 

 「……さて、騎馬がいるならそれを護衛する騎士もいるよな、中位アンデッド創造」

 

 これで終わりとは言わせない。今度は空中に黒いモヤが三つ現れ、コールタールのようなそれが段々と人型に形を変形していく。A組の、特に尾白は特に印象に残っているであろう、いつかの()()()。その召喚方法と瓜二つ。実際、そこから現れたのは、ボロボロに朽ちたマントを羽織い、巨大なフランベルジュとタワーシールドを携えた、死の騎士(デスナイト)。身も凍りつく雄叫びを上げると悟の周りで待機して指示を仰ぐ。

 

 「ま、こういうわけで。悪いけど―――いや、悪く無いな、皆、かかってくるなら―――容赦はしないよ?全力で叩き潰す」

 

 悟の、本気の視線がクラスメイト達に突き刺さる。コイツはこんな顔ができたのかと、表情は一切変わるはずも無いのに雰囲気で感じとる。ゴクリと唾を飲み込み固まるクラスメイト達に、ところで相方探さなくていいの?といつもの雰囲気に戻って尋ね返すと、慌てたように散っていくクラスメイト達。他の強豪をスカウトしに行ったのだろう。さて、と言って蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)の背後に騎乗する悟。周りに聞こえないように伝言(メッセージ)を使って指示を出すと、コクリと短くペイルライダーが頷き、三体のデスナイトがペイルライダーを囲むように陣取り戦闘準備に入る。一瞬の隙も無く、三方向を警戒するデスナイト。いよいよ、プレゼントマイクがカウントダウンを行う。

 

 『いくぜ!!残虐バトルロイヤルカウントダウンッ!!!』

 

 10、9、とカウントが小さくなるにつれ、各々が覚悟を決めたように顔付きが変わる。標的はただ一人。目と鼻の先にいる、限りなく遠い世界の存在。しかし挑まないという選択は存在しない。爆豪が悟を挑戦的な目で睨み付けると、互いの視線が交差する。声に出さずとも、爆豪には悟の言っていることがわかった。かかってこいと。

 

 

―――2、1 ―――ゼロォオッ!!第二種目、スタートォオッ!!!』

 

 「実質1000万(それ)の争奪戦だッ!!いけぇ!!」

 「悟くん!!行くよ!!」

 

 鉄哲と葉隠チームがまず先手を打つ。最初に仕掛けたのはB組の骨抜、地面に両手を当てて広範囲を柔化させると、底なし沼に浸かったようにデスナイト達の足元がドボドボと沈んでいく、が。ここでまず異変に気づく。

 

 「おい骨抜!肝心の騎馬が沈んでねぇぞ!!」

 「第一種目でも見たでしょ、アイツが飛んでるの。馬にもあの個性使っただけでしょ、多分」

 「なるほど!流石骨抜!!柔軟な思考だぜェ!!」

 

 実際には、ペイルライダー自身が飛行能力を有しているだけだが、この場では関係無い話である。次に仕掛けたのは―――早くも動きを見せる悟。不動のままであったペイルライダーの騎乗する馬が前足を上げて甲高く嘶くと、

 

 『ハイヤァッ!!!』

 

 残像を残す勢いの速さで空中へと飛び立つ。驚いて顔を見上げる周囲の生徒達。上空で静止したペイルライダーが辺りを見回し―――獲物と、目が合う。

 

 「鉄哲!!一旦引く―「いや引かねぇッ!!あっちから来るってんなら好都合だ!!泡瀬、結合ッ!!塩原、壁作れッ!!俺が耐えるッ!!!」

 

 泡瀬の声を振り切り指示を出す鉄哲。個性を用いて身体を白銀色に変えるとガチンと胸を叩いて金属音を響かせると、来いッ!!と大声で挑発する。それに応えてかは分からないが、空中で再度馬が嘶き、力を溜めるようにグッと足を曲げる。そして次の瞬間―――地面が、爆発した。

 

 「―――は?」

 

 そんな間抜け声をあげたのは、未だ悟の元までは距離があるために離れたところで爆豪の騎馬として足を走らせていた瀬呂。空中に佇むペイルライダーが消えたと思った瞬間に、来いと挑発したB組生徒のいる辺りに土煙が舞い、地面が振動した。いったい何が起こったと思うのも当然で、次の瞬間―――煙の中から額に新たな鉢巻を巻いた悟を乗せたペイルライダーが現れ空中へと駆けて行く。煙が晴れたそこにいたのは、意識は手放して無いものの、呻き声をあげて結合軸の泡瀬を中心に地面へ倒れ込む鉄哲達であった。

 

 「クッ……ソッ!!立て、るか、お前ら!!騎馬、早く作り直すぞ……ッ!!」

 

 どうやらまだまだ戦う気力はあるようで、被害についても真新しい外傷などは無くどうやら鉢巻のみのようである。それが一番の痛手なのだが。それと、もう一つ。骨抜きが個性を解除してしまった。

 

 ということは、奴らが動き出す。

 

 

 「「「オ゛ォォォ゛゛ォオオ゛オォォオオ゛オッ!!!!」」」

 

 おぞましい雄叫びが、生徒達を震え上がらせる。そして第一歩を踏み出した瞬間、大地が揺れた。その重量を感じさせる重みのある足取りで、俊敏に地を駆けて行く。重くて早いという物理法則を無視した怪物の動きに戸惑っている―――暇すら与えない。

 

 「オォ゛ォあアア゛あァァ゛アア゛゛ッ!!!

 「いぃッ!!?」

 

 一体のデスナイトが標的を轟達に定め、ドスンドスンと距離を狭めていく。焦る上鳴とは反対にあくまで冷静な轟は、いつも通り個性を用いて氷漬けにするのだが、

 

 「……長く持ちそうにねぇな」

 

 氷の中に閉じ込められたデスナイトが、プルプルと震えるたびに氷に亀裂が入っていく。次の手を考える暇も与えないといった様子で今にも解き放たれんとしていた。

 

 

 「ワァァアアァァア!!!来るな来るな来るな来るなあああああッッ!!!!」

 

 汗を垂らしながらデスナイトから逃げる障子の背中、触手に覆われる袋の中から紫色の粘着質の玉が無数に放出される。一心不乱に個性を発動する峰田。いつもならば冷静になれと側にいるものが注意するのだろうが、今はその行動が最適解であった。

 

 「ッしゃああああああッ!!!ザマァみやがれえぇぇえええッ!!!」

 「ケロ、ナイスよ!峰田ちゃん!」

 「いいぞ峰田!良くやった!」

 

 全速力で走っていたデスナイトの動きがピタリと止まり、慣性の法則により体が前のめりに倒れ込む。余り知能は高く無いようで、地面や自身の肉体に付着する紫色の玉を一切警戒もせずに突き進んでいた為に、地面と体がくっ付き離れなくなってしまっていた。更に悪いことに倒れ込んでしまった為に足裏だけで無く全身がピッタリと大地に張り付いてしまっていた。余計に煽る峰田だが、絶望を目にする。

 

 「―――あ?何やってんだアイツ―――――おい、オイオイオイオイッ!!うそだろぉぉおおおお!!?!?」

 

 かろうじて動く腕を地面に押し当てて、ぐぐぐッと身体を地面から引き剥がそうとする。しかしどれだけ腕力が凄かろうとそれを上回る峰田のモギモギ、絶対に離してなるものかとグイッと伸びながらも地面とデスナイトを繋ぎ続ける。しかしデスナイトも諦めない、というか、諦めるという選択が無い。理性で考えることをしない為に、言ってしまえばバカだから、立ち上がらなくては、という一心の元ただ行動に移すだけである。離れない、離れない、離さない。モギモギが伸びきって、いよいよデスナイトの身体がこれ以上持ち上がらなくなったところで、まだ押し続ける。そしてついに、

 

 ピシッと、地面に亀裂が入る。

 デスナイトが耐え、モギモギが耐えたとしたら、もはやあと一つだけ。即ち大地。とてつもない剛力でメリメリと引き剥がされるようにモギモギと結合したデスナイトに引っ張られ地面が捲り上がる。デスナイトの全身を岩石片が覆い、大変不恰好ながらも復帰するデスナイト。床に落としていた大剣と大盾を握りしめると、再度障子を狙って走り出す。ちょっとやそっとで止まるほど、彼らの忠誠心は薄く無い。

 

 

 

 「オイオイオイオイ!!どうすんだ爆豪!!!」

 「うるせぇ!!テメェはさっさと硬化しろクソ髪!!黒目!!正面に溶解液ぱなせ!!殺すつもりでやれッ!!!」

 

 「だから切島だっつってんだろ!?」

 「あ・し・ど・み・な!!」

 

 容赦なんて、言われなくともするわけが無いと言わんばかりに全力の溶解液を迫り来る対象にふりかける芦戸。勢いは弱まることはないが、どうやら酸耐性は無いらしく、ジュウッとタワーシールドが焼け崩れ、使い物にならないと判断したのか投げ捨てるように鉄屑を放り捨て、雄叫びを上げてフランベルジュを両手で握り更に加速する。

 

 「黒目!!後ろに軽く溶解液!!醤油顔!!俺が攻撃すると同時にテープで引けッ!!!」

 「だ・か・ら!!芦戸三奈だって言ってるでしょ!!」

 「了解!!あと瀬呂な!」

 

 爆豪に突っ込みを入れつつも指示には従う二人。どんな状況でも冷静に立ち回る爆豪は、流石にこと戦闘においてはその天賦の才をプロヒーローに一目置かれるだけはあった。相手と自分、仲間、そして環境から最善策を瞬く一瞬の間で構築し、無駄の無い指示を出す。準備は整った。背後から地面の焼ける音が聞こえるのを耳にして、迎撃態勢に入る。

 

 「死ねヤァァァアアア゛アア゛゛ア゛ッ!!!!」

 

 アッパーをするように下から手のひらを広げた状態でグルンとすくうように腕を振り上げる。それと同時に大火力の爆破、鼓膜が破けそうになるほどの爆破音が轟き、その反動で爆豪の乗る騎馬全体が後方へ押し出される。瞬間、瀬呂が背後の床にセロハンを接着させて騎馬全体を引く。芦戸の個性で足場が軽く溶解し、スケートリンクを滑るように滑らかに彼らの騎馬が後ろに下がる。この程度で止まるわけが無いと理解していた爆豪は次の攻撃に備えてまたも爆破の準備を行う。

 

 「テメェら!!ここで畳みかける!!黒目と醤油顔はさっきと同じ要領で回避に専念しろ!!クソ髪は硬化!!」

 

 「いやだから瀬呂な!?てかそれよりも爆豪!!コイツとやりあわねぇ方が良いって!!余計に消費するし、倒してもどうせ新しいの召喚「しねぇわボケェ!!」――な、なんでだよ!!」

 

 「できんだったらもうしてんだろ!!でもしねぇってことは何か理由があるッ!!個性使いすぎたって感じもしねぇし個性の限界ってわけじゃねぇ!!一番考えられんのは時間当たりの使用限界!!!今だしすぎると本戦で使える手駒が減る、だから三体しか呼ばなかった!!そもそも戦力の随時投入が意味ねぇ!!ことあの鎧髑髏に関しては出し惜しみはしてねぇ筈だ!!!コイツら倒しゃあ新しいのは来やしねぇ!!そんくらいテメェの頭で考えろカスッ――「爆豪!!」――んだ黒目!!?」

 

 

 

 「上ッ!!!」

 

 

 「――――回避ッ!!!」

 

 芦戸に"上"と言われて上を見るよりも早く回避指示を出す。即座に芦戸と瀬呂がさっきと同じ要領で騎馬を引き、爆豪が爆破で後押しすると、間一髪ペイルライダーの襲撃を避けられたようで、先ほどまで爆豪達がいた付近に土煙が舞う。その煙の中に向かって爆破を放つ爆豪だが、当たるわけもなく黒煙の中からペイルライダーが現れまたも上空へ飛び去り空中を旋回するように回り込んで別の獲物へと飛びかかって行く。

 

 「待ちやが―――クソッ!!!」

 

 正面から迫り来るデスナイトに意識を集中させる。もはや他の騎馬との競い合いなどという状況では無かった。視界の端に映るペイルライダー、その背に跨る悟を見て、何か違和感を覚える。

 

 「……まずはテメェを片してからだな」

 

 

 

 

 

 

 

 「轟さん!!ダメですわ!!有効な手立てが見つかりません!!」

 「クソ……ッ!!」

 

 彼には珍しく、焦ったように悪態をつく。負けはしないが勝ちもしないというのはこういうこと。一定周期で氷漬けにしてやれば、動きそのものは止めることができるが大したダメージにはなっていないようで当分倒せそうも無かった。時間が過ぎて行くばかりで悟を狙うことが全くできていない。鋭い目つきで首を傾げて上空を見つめる。

 

 「……轟くん」

 「なんだ」

 

 「一つ、法則がある」

 

 何のことだと口にする前に飯田が話を続ける。

 

 「空を飛ぶ鈴木くんを乗せた騎士、無差別に俺達を狙っているが、アイツの攻撃が来る直前になると時々地上にいるあの骸骨達の一体が停止する。恐らく、襲撃に巻き込まれない為、つまり……」

 

 ハッと気付いて正面のデスナイトに目を向ける轟。止まっている、つまり。

 

 「―――飯田ッ!!」「分かっているッ!!!」

 

 瞬時に騎馬が向きを変えて、飯田の個性を発動する。ターボの加速にかかる時間がもどかしく、たった一瞬のはずが何秒にも感じられ、まだかまだかと待ち望み―――間一髪で回避。避けた後にクルリと後ろを振り返ると地上に降りたペイルライダーが轟の騎馬を睨んでいた。

 

 「(クソッ、もう時間があんまり残ってねぇっつうのに……ッ!!)」

 

 苛立ちが募り冷静さを欠いてしまう轟。完全にこちらを見下しているような騎士の目を見つめる。どうすればと考えあぐねていた所、再び飯田から声がかかる。

 

 「……轟くん、これを逃せば残り一分、鈴木くんが俺たちの近くまで来るチャンスは、恐らく無い、だから―――取れよ」

 

 何を―――グンと、身体が前に引っ張られるような感覚。意識を正面に集中させる。色々問いただしたいことはあったが、それよりも、()()()()()()()()()()。飯田が何をしたかなんて、今はどうでよかった。今はただ―――あの一千万を、この手に掴み取る。

 

 「(いける―――ッ!)」

 

 あまりの速さに空気抵抗で身体がのけ反りそうであったが、何とか制御して悟の頭部に手を伸ばす。ドンピシャであった。悟も反応できていなかった。仕方ない。事実、自身も今制御できているとは言い難い状況。飯田の言葉があってこれだ。何の前振りも無く突拍子にコイツを受けたら、誰だって対応できるわけが無い。ヒラヒラと揺れる悟の頭部に巻かれた鉢巻の帯に轟の手が触れる。そして―――

 

 「―――クソッ!!無理だったか!!」「そんな……ッ!」

 

 「―――な、んだ、今の」

 

 呆然とする轟。たしかに取ったと思ったのに。位置も、タイミングも完璧だと思ったのに。なんで、取れなかったんだ。

 

 「轟くん!!」「ッ!!」

 「何をしているんだ!!君らしくも無い!!!まだ時間はあるんだ!!やれるだけとことんやるぞ!!!」

 

 飯田の激励を受け、意識を切り替える。そうだ。時間はまだある。今ので決められなかったことはでかい。だがまだ終わりではない。活動を再開したデスナイトを前にして顔付きが変わる。まだ終わりじゃねぇ、必ずあの鉢巻を奪い取る、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「クソがあッ!!タフすぎんだろがテメェッ!!!」

 

 爆破を浴びせながらデスナイトに暴言を吐く爆豪。呼吸が荒々しくなってきてハァハァと息を吐くが、当然消耗しているのは爆豪だけで無く、騎馬を形成する瀬呂と芦戸も肩で息をしていた。

 

 「(クソッ、もう時間がねえってのに―――あ?)」

 

 今、ペイルライダーを見つめていた爆豪の目に、おかしな光景が映る。それなりに休憩を取った峰田が、またもや放り投げたモギモギの一つがあらぬ方向へ飛んでいき、その一つが誰もいない空中高く飛んでいく。すると、何故かペイルライダーが突然進行方向を変えてそのモギモギを一刀両断したのである。なんでそんな無駄なことを、と考えていると、またもぐるりと大きく空中を旋回したペイルライダー、その背に跨る悟と目が合う、そして―――

 

 「―――あの野郎、まさか―――――」

 

 段々と、疑念が確信へと変わっていく。いやまさか、しかし。爆豪の様子がおかしいことに気付いた切島達が声をかけるよりも早く爆豪が指示を出す。

 

 「……醤油顔。今から言うことやれ、一回しか言わねぇからな」

 

 いつに無く真剣な様子の爆豪が、ボソボソと声を荒げずに二人へ指示を出すと、驚いたような顔をする騎馬の人間達。何でそんな作戦を立てるのかが一切理解できないのである。理由を尋ねようとするが、そんな暇を与えてくれるほど敵も優しくは無い。上空からおぞましい嘶きが轟く。

 

 「さっさと準備しろッ!!」

 「いやなんで―――あぁッ、クソッ、後で問い詰めっからなあ!!!」

 

 空から押し寄せる駿馬の一撃を、芦戸と瀬呂のコンビネーションにより即座に回避。と、同時に正面に爆破を行う。ここまでは同じ。黒煙で相手の視界を奪う。次の瞬間、

 

 「―――ラァァアアッ!!」

 

 勢い良く空中へ駆け出す爆豪。誰も存在しない虚空に向かって走り出す。周りから見れば血迷ったかとでも思う奇行。しかし、ここで焦ったような反応を示すのはペイルライダー。むっ!?と短く声をあげて爆破音が聞こえる方向へ首を傾げる。彼の、黒煙に包まれる視界の先に、たしかに捉えた爆豪の姿。その進行方向を見て、まさかと思い直ぐに飛び立とうとする、が。

 

 『―――ヌゥッ!!?なんだッ!?』

 

 飛び立とうとした瞬間、ガクンと足が止まるペイルライダー。足元を見ると、紫色の、弾力のあるボールが床と馬の足を繋いでいた。

 

 「オイオイオイ!!何焦ってんだよ鈴木ィ!爆豪が変なこと言い出したかと思ったら、()()()に何かあんのかよ!!」

 『貴様、余計なことをするな!!』

 

 返事をするのはあくまでペイルライダー、煽られた張本人である悟はどこ吹く風で無言のまま、ジッと虚空を眺めていた。一瞬モギモギに気を取られてしまったペイルライダーだが―――何事も無かったように空へ飛び立つ。彼の能力、幽体と実体を使い分けることができる。身体を幽体と化しモギモギから足を離した駿馬であったが、その一瞬さえあればいい。その時間があれば、爆豪の攻撃範囲ならば、射程距離に近づくのに時間は十分。両の手のひらを正面に構え、天を穿つ。

 

 「―――死いいィィイイイイイイねえぇエエ゛エ゛ッ!!!!」

 

 何もない虚空へ向かって調整なんて考えていないような大爆発をお見舞いする。あまりの爆音に地上にいる人間の鼓膜を震わせ、衝撃波が肌を撫でると、ゾワリと全身に鳥肌が立つ。反動で地上へと落ちてくる爆豪をテープで回収する瀬呂。

 

 「っとお!お疲れさん!!んで、何やったんだお前!?」

 「黙ってろ!!おいクソ髑髏ッ!!!出てこいやあ!!!!」

 

 未だ自身の個性により煙に覆われる空中のある地点に向けてそう叫ぶのは爆豪。勘の悪いチームメイトも、ペイルライダーの動きから、あそこに何かあるのは分かっていた。しかし、どういうことだろう。()()()()、とは。煙が晴れ、答え合わせが行われる。

 

 「…え?あれ!?何で!!?」

 

 

 

 「………どうして分かった」

 

 煙が晴れ、中から現れたのは、今現在ペイルライダーの背後にまたがる鈴木悟その人。彼のそばに追従して頭を下げるペイルライダーの背中には依然として悟の姿があった。なのに煙の中から現れたのは鈴木悟。爆豪達だけでは無い。他の生徒も、教員も、そして観客達も目が奪われる。爆豪が返事を返す。

 

 「……おかしいんだよ、テメェの出した馬の動き。ある一点を中心として旋回するようにスタジアムの上グルグル回って、余計なモン切り捨てて、やらなくていいことまでやって。んで何より、テメェと目があった時―――()()()()()()()()。つまり……偽物。本体は見渡しの良い場所で、姿隠して指示だけ出してるってことだろ」

 

 

 

 「……なるほどね、まぁ幻術に意識は宿らない。天才的な観察眼だ。そこまで予測できるとは……流石だな、さて……」

 

 パチンと指を鳴らすとペイルライダーの背後にいた悟の姿が消える。地上に降りろと口頭で命令されたペイルライダーが即座に地面へ降り立つと、一言。

 

 「―――俺は、本物だ」

 

 爆豪の、チームメイトへの怒号が第一声。それを皮切りにして、弾かれたように他のチームも一斉に襲いかかる。ある者は一発逆転を狙って、ある者は一位の座を狙って、その頂へと手を伸ばす。それがどれだけ過酷な道だと分かっていても、どれだけ遠い世界か分かっていても。

 

 届かないと、分かっていても。

 

 「【負の爆裂(ネガティブバースト)】」

 

 「うおッ!!?」「グァッ!!!」

 

 黒く輝く光の障壁が悟を包み、次の瞬間辺りに爆散する。360度全方位への死角無き攻撃を避ける術もなく、彼に近づいていた騎馬が一騎の漏れもなく全て後方に吹き飛び倒れる。呻き声が聞こえる中、ついにタイマーの残り時間がゼロになり、試合終了の合図をプレゼントマイクが告げると、会場から歓声が上がる。全ては、スタジアムの中心に立つ超越者を讃えるため。もはや勝負では無い―――蹂躙であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………あ」「………んだよ」

 

 昼休憩、皆が食堂に向かう中、一人選手控室に籠ろうと人っこ一人存在しない廊下を歩き、目的の部屋の扉を開けるとまさか人がいるとは思わず、自分が見下ろす形で爆豪と対面する。何と声をかければよいか思い浮かぶはずも無い。もっとも、今彼に何か同情的な言葉を発したところで残酷な行為であることに変わり無いのだが。

 

 「……いや、()()()()()()()

 「………フン、テメェこそ、落ちやがったら承知しねぇぞ、クソ髑髏」

 

 正面に立つ長身のっぽを押しのけるようにポケットに両手を突っ込みスタジアム外部への出入り口へ歩を進める爆豪。何とは無しに、彼の背中を見つめていた。凄い、自信に満ち溢れている。叩きのめした自分が言うのもアレだが、これほどの戦力差を知ってなお勝てる、と思っているかは分からないが絶望しないなんて、どれだけ強い精神力を持っているのか。

 

 「(俺には無理かもな……………………ん?)………何してんの?」

 

 廊下の突き当たりまで進んだ爆豪が、ピタッと足を止めて壁に背中を預ける。こちらを睨み返しているのかと思えば、どうやらそうでもない。何してるの、と聞けば焦ったように、口パクで黙れと言ってくる。要領を得ず、この疑問を払拭するために爆豪の元へ近づけば近づくほど焦る爆豪。だが悟も頑なに引かない。あっちへ行けとジェスチャーをする爆豪を無視して歩いていくと、話し声、と言っても一方的に語りかける一人の―――聞き覚えのある声がした。

 

 『……個性婚って知ってるよな』

 

 轟焦凍、彼のクラスメイトの一人。爆豪ほど気難しい人間でも無く、かと言ってあまり誰かと口をきくような生徒でも無い。今日までそれほど、言い方は悪いが気にしていなかった生徒である。あわよくばどこかで仲良くなりたいなぁと考えていた、自身のクラスメイトの口から語られたのは―――悍ましい、No.2ヒーローの裏の姿であった。衝撃的である。親とは、どんな姿だろうと子へと愛情を注げるべき、否、愛情を注ぎたくなるのでは無いのか。自身は親に支えられてきた。親の愛情無くしてここに立ってはいない。だからこそ、()()()()()ができる親に心底ヘドが出るとか、その域を通り越して、茫然自失。口をぽっかりと開けて焦点の定まっていない悟を、ジッと見つめる爆豪。

 

 『……ざっと話したが俺がお前につっかかんのは見返すためだ。クソ親父の個性なんざ無くたって……いや―――

 

―――使わず"一番になる"ことで、奴を完全否定する』

 

 他人のお家事情に踏み込むつもりは無いが、とても悲しくなってくる。親だろ、子だろ、家族だろ。

 

 「…………………」

 

 無言で拳を握りしめるだけで、何もできることは無い。俯く悟と、無言で悟を見つめ続ける爆豪。その後は、何か緑谷が勇ましい啖呵を切っていたが、どうやら悟の耳には入っていないようであった。

 

 「…………フン」

 

 呆然と立ち尽くす悟。つい角の直ぐ先にいた二人は、既にその場を離れていたようであった。頭の中で轟の話していた内容を復唱する悟。ピクリとも動かない彫像と化した悟に興味を失ったのか、踵を返してその場を離れる爆豪。後に残ったのは、哀愁のような、怒りのような、やるせない彼の後ろ姿だけであった。

 

 

 

 

 

 




鈴木悟 個性:魔法&超越者

現在は原作で言う所の第七位階まで使用できる状態です。
それでも並のプロヒーロー程度圧倒することはわけない実力を有しています。なお御都合主義により死属性魔法は使用できない

ことはありません。第八位階以上を習得すれば、鈴木悟が使うかは置いておくとして、能力的な話をすれば普通に使えます。
ただしリザレクション等の原作ではワンドや指輪を使った魔法は、当然ながら使えません。

細かいスキルとか他にもいっぱいありますが、おいおい説明していければと思います。


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決意

前回からかなり間が空いてしまい申し訳ありません
オマケに文字数まで今回少ないしストーリーも進んでないっす
重ね重ねすいません
それでは本編どうぞ


 

 「………………」

 「どうしたの鈴木くん?何か思い詰めた顔してるけど」

 「え、あ、いや……ううん、何でもない。試合に集中してただけだよ」

 「そう……?ならいいけど」

 

 無言でジイっとステージを眺め続ける悟。現在は一回戦、切島と鉄哲の試合が行われている最中である。岩石と金属がかち合うような、火花を散らす鍔迫り合いの摩擦音をスタジアム内に響かせる白熱した試合に会場も大盛り上がりである。

 

 「にしても、やっぱすげぇよなぁ、準決勝シードってよ」

 「はは……俺も、ちょっとこんなこと言うと戦闘狂っぽいけど、色んな人とやり合ってみたかったんだけどなぁ」

 「やめとけよ〜、お前とぶつかったやつの活躍の場が減っちゃうだけだろー?」

 

 勝てっこ無い無い、と、上鳴が手を顔の前で横にブンブンと振る。トーナメント表を見れば、歪にピョコッと横に一つ飛び出た白線、その下にはっきりと書いてある、鈴木悟の三文字。

 

 「(おそらくだけど……まぁ、多分轟くんだろうな、俺と当たるのは……………エンデヴァー、か………)」

 

 思い出すのは、轟焦凍の口から語られたかくも悍ましきトップヒーローの裏の顔。そっと口元に手を当てる悟。顎をさすりながら、いやしかしと呟いてボソボソと骨の隙間から音を漏らす。

 

 「(……いや、そう、そうだろう。何か、そう、何かすれ違いがあるに違いない、そうに決まっている………子を愛さない親など、そんな悲しいことは無い、決して………)」

 

 他人のお家事情に口を出す必要なんてあるはずも無く、何をそんなに思い悩むことがあるのだろうか。それはおそらく、彼に刻まれた深い親の愛情。別に彼だって世間を知らないわけでは無い。テレビやネットや、はたまたどこかでそういう"親の屑"がいるなんて話を知らないことは無い。ただ身近にその被害者がいることを知り、信じたく無いものから目を背けようと躍起になっていたのかもしれない。

 

 「……………鈴木くん?」「………」

 

 

 「…………鈴木くん!!」「…………え…?あ、何?」

 

 「やっぱりなんかおかしいよ?どうしたの?」

 

 葉隠の言葉に反応したようで、大丈夫かと数人の生徒がちらっと悟の方へ顔を向けると、何かバツが悪いように感じて立ち上がる悟。

 

 「………うん、そうだね。少し具合が悪いから、ちょっと保健室で横になってこようかな」

 「大丈夫?私着いていこっか?」

 

 「ありがとう、大丈夫だから、じゃあちょっと失礼」

 

 階段をとぼとぼと登り歩いていく悟の背中を少し不安そうに見つめる葉隠。気にしすぎよと蛙吹に宥められると、モヤモヤした気分を抱えながらもスタジアム中心へと視線を戻すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いいのか悟?お友達の試合は直接見なくても…どちらかが次の対戦相手だろう?」

 「うん……いいんだ。いや、よくはないんだけど……それよりも話したいことがあったから」

 

 半袖とジーンズに身を包んだ男性の隣を歩くのは、体操服を着込んだ骸骨標本。スタジアムから離れて一般客の闊歩する広場に出れば、あらゆる屋台が立ち並んでおり、長身の彼が人目を引くのは無理の無い話であった。試合内容は今もなおスタジアム外に無数に設置されたスクリーンに映っており、緑谷と轟が対面しているのが見える。適当に空いているベンチに腰掛ける二人。

 

 「でも、意外だったな。来るのはお母さんの方だと思ってたんだけど」

 「偶にはお父さんが行ってあげなさいって言われてね。で、どうしたんだ?唐突に話がしたいなんて…深刻そうな声色だったが……」

 

 周りではひそひそ声で悟に目を向ける一般客の数々。これに関しては第一種目、第二種目で目立ったことによる期待の視線がほとんど、であれば忌避感は無く、単に受け流すのみ。少し鬱陶しさはあるにはあるのだが。

 

 「……その、変な意味で捉えないで欲しいんだけどさ……お父さんは、俺のこと、どう思う?」

 「どう………って、また、漠然とした言い方だな。そんなこと言われても悟は悟だしなぁ」

 「じゃ、じゃあさ、その…………き、嫌い、では、無い……よね?」

 

 

 「………悟、また何か言われ――「ち、違う違う!そうじゃ無くて!だから、あー、えーっとぉ………子を、あ、愛さない親って、いるかな?」

 

 少し気恥ずかしいように顔を尖った指先でぽりぽりと掻く悟。少し父親から視線を外してそっぽを向いてそう言うと、なぜ悟がそんな話を始めたのかはさておき、暗に自分は愛されていると自分で言うのが恥ずかしくて遠回しに議論を進めていたのだなと不器用な息子に対する理解を示す。にしても、子を愛さない親、か……

 

 「そりゃあ、お父さんには理解できないけど、いるだろうなぁ。悟も馬鹿じゃ無い、それこそ毒親って単語の一つや二つくらい聞いたことあるだろう?」

 「そ、それは知ってるけど……でも……」

 「何が原因でそんな話を始めたのかは分からないけどな、悟。現実逃避は良くない、悲しいけどいるよ、そういう親は一定数ね」

 「………………」

 

 「もちろん―――父さんは、悟のことが大好きだけどな」

 

 息子の肉も皮もない冷たい手の甲に手のひらを重ね合わせると、互いの冷たさと温かみが交差する。そこでようやっと父の顔を見ると、若干表情が和らいだ気がした。世間一般的に言えばもう高校一年生にもなってマザコン、ファザコン気質の過ぎる悟だが、彼の境遇故致し方無し、と言った所だろうか。

 

 「………もし、もしもの話だけど―――親に愛されず育ったとしたら、その子はどういう気持ちなんだろう。俺には分からない」

 「父さんにだってそれは分からないさ、凄く悲しいってこと以外はね………でも」

 

 そう言って今度は数回、肩に手を当ててトントンと軽く叩く。

 

 「人の親である以上、何処かしらで子を愛したいって気持ちはあるもんだ。愛情表現が下手くそだったり、素直になれなかったりね。表に出せてないだけだよ、何より子を愛してなかったらそこまで育ててないさ………現実逃避はいけないが、希望を持つなって話じゃない。悟が何を悩んでるのか父さんには分からないけど、あんまり落ち込まないようにな、父さんも母さんもお前を愛してるぞ」

 

 「……うん、ありがとう」

 

 少し沈んでいた、というよりもクラスメイトに関する情報の濁流によって汚染されて困惑していた心の内が少し整理されてスッキリした気分になる。顔を上げると緑谷が押されながらも轟に何かを訴えかけていた。

 

 『君の境遇も君の決心も………僕なんかに計り知れるもんじゃない……』

 「…………」

 

 『でも……全力も出さないで一番になって完全否定なんてフザけるなって、今は思ってる!だからッ!!僕が勝つッ!!―――君を、超えてぇ!!!』

 「緑谷………」

 

 彼の発言に胸が熱くなると同時に締め付けられる感覚に襲われる。おそらく自分は、この大会において最後まで、持てる力の全てを出し切ると言う意味での全力は発揮しないだろう。最善を尽くす、最良を尽くすことと全力を尽くすことは別物。舐めてかかるわけではないが、自分の強大すぎるが故に持て余す全知全能にも困ったものである。

 

 「あぁ、彼が緑谷くんか、時折彼の話をしているね」

 「うん、強いよ、緑谷は……俺なんかより…というか、みんな強い。俺よりも……」

 「何言ってるんだ、悟が一番強いに決まってるさ」

 「それは個性の話でしょ?そっちじゃ無くて―――「こっちの話だよ」

 

 そう言って、ドンと自分の胸を叩く悟の父。呆然と父を眺めて、少し遅れて悟も自分の胸に手を当ててみるが、何も無い。肺も心臓も、何も詰まっていない虚無。父が口を開く。

 

 「強いさ、悟は。誰よりも、心がね」

 「ここ、ろ………」

 

 歓声が上がる。いったい何の騒ぎだと皆の視線を追いかけると、当然そこには巨大なスクリーン。緑谷が轟に拳を振るい、後方へ吹き飛ばす。轟がギロッと緑谷を睨みつけるが、負けじと果敢に攻め込む緑谷。

 

 『俺はッ、親父を―――……』

 

 

 

 『君のッ、力じゃないかッ!!!』

 

 突如として炎が吹き荒れる。その光景に目を奪われる多くの人々。皆が皆、ただその炎に魅入る中、その更に向こう側、炎のベールに包まれた轟を見つめている悟。口をポッカリと開けて固まっていた。

 

 「……悟のお友達はすごい子ばっかだなぁ」

 「……うん、みんな、強い」

 

 先ほどまでと打って変わって生気に満ち満ちた轟が、右手では無く左手を正面に突き出す。それと同時に緑谷が個性を用いて飛び上がる。瞬間、スタジアム外にまで轟く破砕音。衝撃波が振動として悟達にも伝わってくる。驚いて一瞬スクリーンから目を離すと、気づいた時には既に映像が砂嵐と化していた。試合の行く末はどうなったのかスタジアム外の人間がぶつ草文句を言っていると、マイクに乗ってミッドナイトの声が聞こえてくる。

 

 『……緑谷くん場外ッ!!轟くん勝利ッ!!!』

 

 わあっと歓声が起こる。ハァハァと息切れを起こしてジッと倒れ伏す緑谷を眺める轟、それを眺める悟。無意識にグッと両手を握りしめて、自分の準決勝相手を眺めていた。ゆっくりと立ち上がる悟。周りの一般客が悟の存在に気づいて声をかける。

 

 「君、鈴木くんだろ?いやあ次の試合頑張ってな!俺すっかりファンになっちゃってさあ!」

 「え?」

 「頑張ってね鈴木くん!本戦の初試合、期待してるよ!」

 「ちょ、その」

 「おばさん年甲斐も無くワクワクしちゃってねぇ、応援してるからね!頑張って!」

 

 周りに人だかりができて騒ぎ立てるが、そのいずれもが自分に寄せられた期待の言葉と眼差し。雄英(ここ)に来てからというもの、初めての経験ばかり。悟を見つめる彼らの瞳に嫌悪感など一切無し。中には小学生くらいだろうか、幼い子まで目を輝かせている人もいた。戸惑う悟に声がかかる。

 

 「期待に応えてきなさい、悟」

 「………うん、わかった」

 

 父親に後押しされて、第一歩を踏み出す。頑張ってという声援が周りからかかるが、ただそれに軽く右手を上げて答えると、声援が一段と大きくなる。生まれて初めて、見ず知らずの他人からの期待を背負う。体の芯から力がみなぎる。力強い足取りで、スタジアム内へと姿を消していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 「……なんだい、あんたもクラスメイトのお見舞いかい?」

 「あ、はい。そんなところですが……無事ですか?緑谷くんは」

 

 あたしゃアレを無事と言えるほど肝は座ってないさね、などと言ってチラリと保健室内の緑谷に目配せを行うリカバリーガール。扉の隙間から室内を覗くと身体の至る所に処置の痕が見え隠れする痛ましい緑谷の姿があった。言葉に詰まる悟。

 

 「意識の方は……」

 「アレが起きとるように見えるかいあんた。治療が終わったら眠るようにばったりだよ。ほらほら、怪我人の前でべちゃくちゃ話すもんでも無し、一旦帰――「す、ずき、くん…?」……はぁ、凄い回復力だねぇ。常人ならあの怪我で起きられる体力してないさね」

 

 スタミナだけは大したもんだと呟くリカバリーガールに断りを入れて部屋に入ると、目を半開きにしてベッドに寝たままの緑谷が悟に視線を向ける。お疲れ様、とだけ声をかけて椅子に座る悟が、側に佇む金髪の不健康そうな男性にこんにちは、緑谷くんのクラスメイトの鈴木悟です、と声をかければ焦ったようにどうもと返事が返ってくる。

 

 「すいません、緑谷くんの親族の方でしょうか?お邪魔でしたら帰りますが………」

 「あ、あぁいいよ。そんなんじゃないから…」

 

 「そうですか……お疲れ緑谷、試合、見てたよ」

 

 いったい誰なんだろうと疑問に思いながらも隣の男性から意識を外して緑谷に声をかける。金髪、それと垂れ下がる二本の前髪が、オールマイトを象徴するV字の髪に似てなくも無いなと思うのだが。身を捩って体を動かそうとするクラスメイトに悟が無理をするなと言うとピクリとも動かなくなり、無言になる。どうしたんだと悟が声をかけるよりも早く―――涙をこぼす緑谷。悟だけじゃない、オールマイト―――もとい、隣の素性の分からぬ謎の男性も驚いたように戸惑いを見せる。

 

 「ど、どうしたんだい緑谷しょう―――み、緑谷くん!」

 「だ、大丈夫?緑谷………」

 

 

 

 

 「………勝ち……たかった………」

 

 「…………ッ!」

 

 クラスメイトの悔しさの滲む気持ちの吐露に言葉に詰まる悟。

 

 「なんで、敵に塩送ってんだって話だけど………勝ちたかった……なんで、あんなことしたんだろ……って、今になって………」

 

 「………………」

 

 何も言えない。分かっていたことだが、今から、こう言った信念を持った対戦相手達を何の目的も無しに潰す。気高い精神を持った勝利に全てを注ぐ戦士達を、ただ試合だから勝たなければならない、それ以上何の目的も持たない自分が潰す。心の中で謝罪するが、口に出すことはできずにいた。

 

 「……確かに、残念な結果だった。馬鹿をしたと言われても仕方ない結果だ……」

 

 口を開く隣の男性に顔を向ける悟。

 

 「でもな、余計なお世話ってのはヒーローの本質でもあるんだぜ?」

 「――――――ッ!!」

 

 「……………」

 

 オールマイトの言葉に衝撃を受ける緑谷と、ただ隣で聞いているだけの悟。本来ならば悟のいるこの場でオールマイトを想起させるような言動は避けるべきだが、思い悩む愛弟子を目の前にして、オールマイトのヒーローとしての側面が無意識的にでてきてしまっていた。オールマイトの言葉を受けて緑谷が、やはりまだ悔しさは残るようではあるが、グッと歯を噛み締めて、涙を押し殺しているようであった。

 

 「………流石ですね………オールマイト」

 「はは、これでも一応教師だからね―――」

 

 固まる。オールマイトだけでは無い。緑谷も、クラスメイトに目を向けて固まる。リカバリーガールは、驚いたようだったけど、どこかバレても仕方ないと思っていた節はあったのか、ハァとため息をついていた。

 

 「―――わ、私が、オールマイト??は、HAHAHAッ!!!私のどこがオールマイトなのかな!?!?こんなヒョロガr「緑谷くんから聞きましたよ」―――み、緑谷少年!!!」

 「ご、誤解ですオールマイト!!僕言ってません!!」

 「え?あ」

 

 

 「―――ええ、聞いてませんとも。鎌をかけるようなことをしてすいません。まぁ………流石に分かっちゃいますけどね、さっきのヒーロー然とした発言、見た目、過去の緑谷くんのオールマイトとの繋がりを示す言動の数々、それと……声。それこそ雰囲気は違いますけど、よくよく注意して聞いてみればオールマイトそっくりじゃ無いですか、声質(まぁ俺も声が原因で正体がバレたから人のこと言えないけど)」

 「グッ!!シットッッ!!!そ、そんなに分かりやすかったかい!?私!!」

 「えぇまぁ……というか、その、失礼ですが、何故そんな姿かは置いておくとして、カモフラージュにしては少し対策が疎かすぎませんか?その見た目………」

 「グワァッ!!!」「お、オールマイトォッ!!!」

 

 オーバーリアクションというか、口から血を多量に吹き出して後方にずっこける自分の師に声をかける緑谷。困ったもんだと頭をポリポリ搔くリカバリーガール。この場で突っ込むべきでは無かったかと冷静な悟。三者三様の反応を示す。

 

 「……ソーリー……グフ、ありがとう、鈴木少年……肝に、銘じておくよ………そ、それで、その、この姿のことなんだが「興味はありますけどその話はまた後で」えぇ!!?!?」

 

 「……緑谷」「な、何?」

 

 先ほどから怒涛の展開で頭がこんがらがる緑谷に畳み掛けるように悟が質問をする。

 

 「…………ごめん、先に謝っておく。と言っても、本来なら轟くんに頭下げるべきなんだろうけど……」

 「え、な、何?なんかあったの??あ、頭上げてよ!僕何も知らないし!」

 

 

 

 「……盗み聞きしてた、あの会話。轟くんの話」

 「………!!……そう、なんだ……」

 

 両手を膝の上に置き、頭を深く下げたまま動かない悟が重々しい口を開く。緑谷は返事に困り、ただそうかと言葉を返すだけ。

 

 「………その……それで、鈴木くんは、その」

 「緑谷に聞きたいことがあった」

 

 「僕に……聞きたいこと?」

 

 ようやく深々と下げていた頭を上げて面を見せると、コクリと頷いた悟が数秒間をとって気を決したように口を開く。

 

 「……俺は、どうしたらいいんだろう」

 「どうしたら……?」「うん」

 

 

 「緑谷みたいに轟くんを奮起してやるべきなんだろうか?それとも全力で叩き潰すべきなんだろうか?いい勝負を演じてやる気を与えてやるべきなんだろうか?相手のことを考えるべきだろうか?勝利のことを考えるべきだろうか?」

 「……鈴木くん……」

 

 握り拳を開いて自身の手のひらと緑谷の顔を交互に見る。

 

 「全力も出さずに一位になるなんてふざけてる……緑谷の言葉だ。全くもってその通りだと思う。ふざけるなって言いたくなる気持ちも……分かる……「い、いいや!あれはそのあの時のノリって言うか本心ではなくていや本心っちゃ本心なんだけど轟くんにぶつけたい想いがあったと言いますかその」――でも、舐めずに、互いの力量を自分なりに正しく判断した上で―――俺は、余裕を持って勝利できる。おそらく」

 「―――鈴木、くん……」

 

 「………緑谷の試合を見ていた。凄い。失礼だけど、勝機があるなんてこれっぽっちも思ってなかった。アレほどの戦いを演じて、試合中に相手の心まで救う。容易にできることじゃない。だから聞きたかった、何を思ってあの試合に臨んだのか。そして、俺は次の轟くんとの試合、どうすればいいのか」

 「鈴木少年……」

 

 もはや隠すまでも無く、オールマイトが鈴木少年と口にする。誰も発言することなく数秒が経過すると、間も無く悟と轟の試合が始まるとのアナウンスが聞こえてくる。ゆっくりと立ち上がる悟。

 

 「……ごめん、疲れているだろうに邪魔したね。じゃあ行ってくる、身体大事にね、緑谷」

 

 結局答えは得られずに緑谷に背中を向けて歩き去っていく悟。扉に手をかけた所で背中から声がかかる。

 

 「………何かな?」

 「あ、その。僕は……試合直前まで、やっぱり勝つことばっか考えてたけど………ステージにいざ立って、轟くんと戦ってるうちに、無意識の内に熱くなっちゃって……試合に臨む心意気ってのは大事だと思う。でもそれ以上に、やっぱ……実際にステージに立ってみないと、わからない、と思う……ご、ごめん!結局アドバイスになってないや、ハハ………」

 

 

 「……そっか、そうだよね。うん。ありがとう緑谷、参考になった。じゃあ、行ってくる」

 

 満足いった、かは分からないが悟が部屋から出ていき音を立てないように静かに扉を閉める。扉の向こう側から、重量を感じさせないコツコツと軽い足音が聞こえていた。その音も次第にかき消えていき、後には静寂だけが残っていた。

 

 「……はぁ、いつかはバレると思ってたけど、早速かい」

 「も、申し訳ございません……」

 「あたしに謝ってどうすんのさね、あの子の扱いについても話しあわなきゃいけないし、あんたの正体がバレるってのはあんたが困るんじゃなくて、生徒側にも負担がかかるんだから、そこんとこちゃんと分かってんのかね」

 「そ、それは重々承知しておりますので……!に、にしても、なんというか、意外でした……」

 「何がだい?」

 「い、いやぁ、自惚れでは無いですが、私の正体を知ってあまり衝撃を受けていないようでしたので……」

 「……そう言われればそうだね、天下の雄英ヒーロー科に来て、まさかオールマイトに興味が無い、というわけでもないだろうに……」

 

 あ、あのぉ、と、リカバリーガールの言葉を耳にした緑谷が遠慮深そうに二人に話しかけると、声に反応して二人が振り返る。

 

 「どうしたんだい?緑谷少年」

 「多分なんですけど、鈴木くん、オールマイトに興味そこまで持ってないと思います……」

 「え、えぇ!?ほ、本当??」

 「はい、というか、なんならプロヒーロー自体そんなに……だと……この前話してても、プロヒーローを知ってはいても惹かれている様子はこれっぽっちも………」

 「………不思議だねぇ、好きなプロヒーローの一人もいないのにヒーロー目指してんのかい、あの子は」

 「うぅむ……まぁ、逆を返せば、憧れとか、そういうものを抜きにして、ただ人助けがしたいその一心でヒーローを目指している、いわば理想のヒーロー像とも言えますがね。彼に至ってお金のためとかいう現金な性格では無いでしょうから………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………さて、行くか」

 

 ただ一人長い長い通路を征く髑髏の姿。その背中を見れば雄々しき覇王の姿にも見えるが、しかし哀愁漂う亡霊のようでもある。眼窩に灯る紅の光が、その瞳の輝きすらも遥かに凌駕する太陽からの白い閃光に染まるスタジアム入り口を見据える。ぐぐぐと無意識に手を握ると覚悟を決めたようでその歩みに迷い無し。一歩、また一歩と入り口へと近づいていく。

 

 

 「………おォ、いたいた」

 

 

 「………何のようでしょう、エンデヴァー」

 

 通路の隅から現れる、悟に勝るとも劣らない身長の大男が、目的の人物を発見したようでそちらに視線を向けると、親の仇でも見るかのような憤怒の炎を瞳に燃え上がらせる悟。厳しい顔つきなのは元からだが、今だけは心までがその表情同様怒りに震えていた。

 

 「君の活躍見せてもらった。素晴らしい個性だな、あらゆる属性を使いこなし、そのいずれもが前線に立つトップヒーローに引けを取らない火力。機転も利く、どれをとっても非の打ちどころの無い能力だ」

 「……ありがとうございます、それで、要件はいったい?」

 

 「―――何、簡単だとも。くれぐれも()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 「……何が言いたいのですか?」

 

 ジッと視線は外さず睨みつける。表情の変わらない髑髏が、更に顔を歪めたように感じた。

 

 「ウチの焦凍には、オールマイトを超える義務がある。こんな所で躓いていてはNo.1を超えることなど夢のまた夢。あぁ、手は抜かずともいい、それで負けるようなら焦凍がふぬけていたというだけだ」

 「……轟くんが望んだのですか?オールマイトを超えたいと」

 

 「アイツの気持ちなど知らん。オールマイトを超える、そのためだけにアイツは存在する、それ以上でもそれ以下でも無い」

 

 ギギギと閉じた口を更に食いしばる音が剥き出しの歯から響く。もはや怒りを隠そうともしていない。

 

 「…………轟くんを、愛してますか?」

 

 

 

 

 

 

 「そんなもの、強さに関係無い、不要だ」

 

 

 

 

 

 「…………そうですか、分かりました」

 

 少し俯き、踵を返す悟。そのまま数歩だけ歩いて立ち止まる。

 

 「………あなたのお望み通り、全力で叩き潰しましょう」

 「あぁ、遠慮はいらん、存分にやってくれたまえ」

 

 

 

 「……あなたが人の親であればあるいは……」

 

 ボソッと、確実に何かを呟いた悟だがエンデヴァーには詳細が聞き取れず、何だ?と尋ね返してくるが、それには答えず一方的に言葉をぶつける。

 

 「……後悔だけはなさらぬように、では」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『サァサァサァサァサアアアああああッ!!!!いよいよ始まる決勝戦ッ!!!の前の大一番ッ!!!雄英体育祭異例のシード枠ッ!!!バーサスゥ!!!こっちゃ言わずもがなだろう!!!今大会成績トップクラスッ!!!!前評判も第一位ッ!!!!』

 

 ステージを囲む四柱の炎が並び立つ両雄を照らし出す。互いに鋭い視線で相手を睨みつける。が、少しだけ違和感を覚える轟。

 

 「(………アイツ……あんな顔できたのか)」

 

 普段温厚な彼からは想像できないくらい、強張った表情、というよりも雰囲気を感じる。それは覚悟が為すものだろうか、それとも。

 

 『お前ら準備はエビバディアユレディオゥケエエエエイイッ!!?!?それじゃあ準決勝第三試合ッ!!!轟vs鈴木ッ!!!スタートぉぉオォォオオオオッ!!!!』

 

 開始直後、鈴木の周囲に魔法陣が描かれる。おおッ!!と身を乗り出して歓声を起こす観客達とは裏腹に、内心冷や汗をかく轟。何度か悟の魔法陣を見て気付いたことがあるが、火力の高い技であればあるほど魔法陣がより巨大に、より何重にも重なっていく。従って今から悟が放とうとしている魔法はそこまで強力なものでは無いだろうが実力が未知数。火力の大小に関わらず知らない何かが来るかもしれない。先手を仕掛ける他ない。

 

 「―――ハァッ!!!」

 

 まだ緑谷との試合のダメージが残っているのか、足元から巨大な氷柱を突き出すが瀬呂のときほどの規模はない。それでも並の人間ならば瞬時に戦闘不能にできそうな氷による津波が悟に押し寄せる。が、動く様子は無い。ジッと轟を睨みつけたまま。そして遂に、氷が悟に触れようとした、次の瞬間―――

 

 

 

 

 

 

 

 「―――あ―――?」

 

 

 

―――轟の右腕が、消えた。

 

 

 

 

 

 




次回は轟vs鈴木からスタートです
できれば体育祭終わりまで書き上げられたらなぁと思います
オールマイト関連の話はまたおいおいということで
それではまた次回


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想いの重さ

 「キャああァァァアアアッッ!!!!」

 

 甲高い女性の悲鳴を第一声として、阿鼻叫喚が伝播していく。生徒達も一部は顔を伏せて、一部は身を乗り出して額から汗を垂らして目を見開き轟を見つめていた。しかし当の本人はというと、

 

 「な、なんだッ!!何だッ!?何が起こってんだッ!!!」

 

 痛みにのたうち回ることは無く、おびただしい量の血が断面から吹き出している自身の右腕を見つめたまま、困惑して動けなくなっていた。

 

 「…………この程度では響かないのか、そうか」

 

 視線を動かして対戦相手の父親の姿をその存在しない瞳に捉えると、一瞬驚いたものの舌打ちを打つエンデヴァーの姿が見えた。場数が違うのだろう、そもそも第二種目で既にこの魔法は見せていた。バレるのも無理はないかとため息を吐く。

 

 「……こけおどしは意味が無い、か……」

 

 パチンと器用に指を鳴らすと幻術が解け、先ほどまでの惨状が嘘のように轟の腕が元通りになると、自身の再生した腕を見たまま何度も手のひらを握っては開き、感覚を取り戻す轟。動揺を隠せないほどの汗が滴り落ちていた。ハッと正面を見ると悟が無言でこちらを見つめていた。

 

 「ッ、何の真似だ、テメェ……ッ!!」

 「ごめん、くだらないことをしたね。……少し試したいことがあったから……意味もないことだったけど」

 「試したい………?」「うん」

 

 「尤も、意味が無いと分かったから……少し、また勝利とは意味も無いことをする、今度はこけおどしはしない、安心してくれ」

 

 ゾワリと悪寒が走る。彼の目に、魔法陣の光が映ると同時に体が反射的に氷を伸ばす。今度は打ち損じない。パキパキパキと流石に相性時間よりも早く到達するであろう氷の柱。ものの見事に一瞬で悟を氷の中に閉じ込める、が

 

 『無駄だよ』「ッ!!!」

 

 『【焼夷(ナパーム)】』

 

 悟を包む氷山の頂から、火山のように炎が吹き荒れ、融解した氷がその熱量により液体を経て蒸発する。ドロドロと溶岩のように熱水が重力に従って氷山の傾斜を滑り落ち、その軌道上の氷もまた熱水から温度を奪いながら同様に融解する。モクモクと立ち込める蒸気の向こう側から陶磁器のように白いかんばせを覗かせる悟。チョロチョロと悟を中心として伸びる生ぬるい温水が轟の足元に届き靴底をジワリと濡らして、気色の悪い感覚を覚える。

 

 「俺に冷気は効かない、氷漬けにしたところで決着はつかないな」

 「ッ、なら……ッ「氷を直接ぶつけての質量攻撃か?たしかにそれは有効だな、だが………」

 

 悟に反論するように今度は氷を破城槌のように太く一直線に伸ばす轟。正面に迫り来る大きな氷塊を目の当たりにして冷静に、ぐれーたーふるぽてんしゃる、と悟が呟くと彼の身体にオレンジ色の光が収縮してビシュンと謎の音が響き渡る。

 

 「【上位道具創造(グレーター・クリエイト・アイテム)】」

 

 彼の右手に光が宿り、瞬間、装着されたのは暗紫色のガントレット。身体を少し引いてグッと握り拳を作り自身に襲いかかる氷塊に向けて、

 

 「ハァッ!!!」「なっ!!?」

 

 拳と氷塊がぶつかり止まったのは後者。ピシリと氷全体にヒビが入り脆く崩れ落ちる。

 

 「……緑谷ほどではないが俺もこのくらいのことはできる。それに全快の轟くんなら兎も角、その程度の氷ではな……ハッキリ言って勝ち目はない」

 「…ッ!!なら「無駄だ」

 

 正面から姿が消えて背後から声が聞こえる。振り向く―――否、回避。攻撃の余波で轟の目の前に広がる氷の大地。転がり込むようにサッと飛び込み器用に滑りながら振り向くと、手に禍々しい光を放ちながら腕を振り抜いていた悟の姿があった。

 

 「流石だな、直感で避けるか」

 「………なんだそれ…ッ」

 

 「言うわけないだろ、しかしこうも簡単に避けられてはわざわざ追いかけるのは面倒だな―――【魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)】」

 「ッ、クソッ!!今度はなんだッ!!!」

 

 攻撃は間に合わないと判断したのか―――もしくは、冷気が効かないことからの諦めか、正面に氷を何重にも張り防御の構えを取る轟。それはおそらく、正しい行動だった。

 

 「【魔法の矢(マジック・アロー)】」

 

 悟の背後から無数の光の矢が放たれる。意志を持ったように滑らかな光の軌跡を残して空中を飛び回り、一直線に轟へと飛んでいく。ぶつかれば掻き消えそうな淡い光の塊が敵を打ち貫かんと薄氷に触れ、そして次の瞬間。

 

 「なッ―――グァッ!!!」

 

 一撃で氷の壁に亀裂が入り、光の粒子となり雲散。続く二撃目で―――完全に氷塊が砕け散る。そして轟を襲う、あまたの暴力の光槍。無様にも後方に転がり込みながら回避する轟の肌を切り、肉を裂き、腿を貫き悟の深淵のように暗い眼窩に似た穴を開ける。

 

 「…………まだダメか」

 「テ、メェッ、何処み、て―――クソ親父に金でも摑まされたかッ!!!」

 

 

 「誤解を招いたな、すまない。さて、続きを始めよう。サレンダーならいつでも受け付けるぞ」

 「ッ!!!」

 

 「【魔法抵抗難度強化効果範囲拡大最強化(ペネトレートワイデンマキシマイズマジック)】」

 

 不味いと分かって立ち上がろうとするもポタポタと重力により血が滴り落ちるのみ。ぷるぷると震える足と腕に立ち上がる力が残っていないことは目に見えて明らかであった。

 

 「―――【氷球(アイスボール)】」

 「―――――クソッ!!なんでも、ありか…ッ!!!」

 

 片腕を地面に突き片膝を立て跪いた形で、全身が凍りつく轟。悟の正面から放射状に足場が氷に包まれ、そのまま轟を固定する。首から上しか動かない轟が鋭い視線を悟に飛ばすが彼の深淵に包まれた瞳にはいつもの光が存在しなかった。ジッと立ち尽くしたまま動こうとしない悟。無様な姿のまま轟が口を開く。

 

 「…………どうした、なんでこっちに来ねぇ」

 「………まぁ、近づいたら危ないからな。それに接近戦をするのは俺自身の長所を潰すようなものだから。何のことはない。この位置のままでいい。トドメを刺そう」

 

 トドメを刺そう、そう言った瞬間に先ほどまでとは目に見えて異なる異質な魔法陣が展開される。謎の紋章や言葉が刻印された光の輪が悟を包む中空をくるくると回ると会場の人間が大半は期待、その他不安の声を上げる。

 

 「【魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)】」

 「クッ……ソッッ………!!!」

 

 「……………」

 

 どうして左を使わない、とは言う気は無い悟。結局最後まで轟のため、では無く己がために轟を痛ぶった。無様な恰好をさせて何も見せ場無くトドメを刺す。負い目がないわけでは無いが、緑谷のようにはなれなかった。

 

 「……【連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)】」

 

 両手をパチンと叩き合わせて左右に開くと彼の手に光が宿る。しかしただの光では無い。大地に恵みをもたらす日の光では無い。全てを焼き尽くさんとする雷光。バチンバチンと炸裂音が鳴り響くと、彼の手から六体の龍を象った雷の塊が空へと飛び上がる。悟の上空をまるで意志を宿したかのように自由気ままに飛び交う複数の雷龍。流石の轟も冷静にいられるはずもなく、ただその光景に目が奪われてドクンドクンと心臓を鳴らす。

 

 「………残念だ」「な、何が―――」

 

 

 「終わりだ」

 

 おそらく、当然、審判であるミッドナイトが静止を呼びかけただろう。他の教員も止めに入ろうとしたのかもしれない。しかし、それでも遅れを取ってしまったのは今までの悟の素行がヒーロー然としたものだったから。まさか彼であれば、万に一つも一線を超えることは無いだろうとたかを括っていた。だから誰も止めることはできなかった。轟を包む六体の龍の稲光を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『試合終了ッ!!!判定により鈴木悟くんの勝利!!!従って鈴木悟くん、決勝進出決定ッ!!!!』

 

 ワアッと歓声があがる。光が止み、煙が上がる向こう側から姿を現したのは先ほどと何一つ変わらない様子の轟の姿。ただ一つ違うとすれば、彼の周りに丁度六つ、えぐったように地面に穴が空いていた。物理的な作用では無く雷により地面が焼け焦げたのだ。その熱量にごくりと唾を飲み込む轟。勝敗は明白。悟が指先を轟に伸ばして一言、

 

 「【上位転移(グレーター・テレポーテーション)】」

 「うお」

 

 氷に包まれていた轟が瞬時に悟の目の前に現れる。驚いた轟が後ろを振り返ると轟の型に中身をくり抜かれた氷の塊が、安定性を失い崩れ落ちる。

 

 「……グッ、うぁ……」

 「っと、大丈夫?まぁ、俺がやったんだけどさ……」

 

 興奮により脳内に噴出されていたアドレナリンが止まり、痛みが込み上げ膝をガクンと折り倒れ込む轟を、両手で受け止める悟。

 

 「……何がしてぇんだ」

 「肩を貸したい……ダメかな?」「…………」

 

 

 

 「……勝手にしろ―――おい」

 

 言質は取ったと言わんばかりに、勝手にしろ、と言った瞬間に轟を引っ張り上げて背中におぶる悟。先ほどまで顔を青褪めさせていたミッドナイトが、キャッキャと言ってクネクネと気色悪い動きをしていた。青臭さの一つも感じられない光景な気もするのだが。

 

 「何?」「何じゃねぇだろ、本当に何してんだ」

 「仕方ないじゃん、身長差いくつだと思ってるの」

 「じゃあ降ろ「歩けないでしょ」………」

 

 「それとも何?お姫様抱っこの方が良かった?」

 「………さっさと歩けよ……」

 

 一時はどうなることかとも思ったが、二人を歓声が包みこむ。拍手が大気を揺らし、パチパチと音が何重にも被り二人の背中を突き刺す。そのまま暗い通路に消えていく悟と轟。悟が背中におぶった轟へ言葉をかける。

 

 「……ごめん」「………何がだ」

 

 「まぁ、その、余計なことをしたと言うか……何がしたい、って轟くんも言ってたでしょ?やらなくていいことをして、傷つけたから……」

 「……なんで、そんなことをした」

 

 

 

 「そ、それは……「個性の試し打ちか?」ち、違う!それは無い!」

 

 「……俺に恨みでもあったのか」「ご、誤解だって!いや誤解されても仕方ないけど……」

 

 

 

 「………なら、いい……」「へ?」

 

 「……完全に納得したわけじゃねぇけど、今は、疲れた……」

 「あ、うん……」

 

 無言で無人の廊下を歩く、片や背負われる二人。気まずい、と悟が感じるがかと言ってこの流れで言葉が口をついて出てくるはずも無く、保健室―――もとい、スタジアム内の一室にある選手用の医務室にを目指してとぼとぼと歩いていた。曲がり角に差し掛かり、廊下の突き当たりに顔を覗かせた瞬間。

 

 「………焦凍」

 「(ッ、エンデヴァー……ッ! )」

 

 

 「……何のようだ」

 

 悟に背負われた自身の息子に鋭い視線を飛ばすエンデヴァー。互いに親子に向けるものとは思えない憎悪すら宿りかねない瞳で相手を見つめる。

 

 「エンデヴァー、親子で積もる話もあるとは思いますが、轟くんは怪我を負っています。先に医務室へ―――「なんだその無様な姿は」

 

 「……………」

 

 まるで悟などいないかのように轟へ厳しい言葉をぶつけるエンデヴァー。言葉を遮られたこともそうだが、エンデヴァーの第一声に衝撃を受けて口を開いたまま固まる悟。轟は轟で返事を返さず視線を少し下に下げる。

 

 「何故左を使わなかった。勝てないにしても、もっと上手く立ち回れたはずだ。下らない意地を張って試合を棒に振る、バカバカしい」

 「……うるせぇ」

 「ふん、前の試合で子供じみた駄々を捨てたものだと思っていたがな……左は使わない、そして一位を取る、だったか。その結果がそれか」

 

 悟に背負われた轟が、悟の体操着を無意識のまま強く握りしめるのが、服を張る感覚で悟に伝わってきた。悔しさ、無念、そんな軽々しい言葉では言い表せない、二人の深い溝から噴出するドス黒い感情によるものだろうか。降ろせ、と小さく呟く轟。

 

 「で、でも「いいから降ろせ」……分かった」

 

 クラスメイトの震える身体を支えながら、ゆっくりと手を離す。悟の隣に立つ轟が、震える肉体に鞭を打って何とか立つもハァハァと無理をしているのは一目瞭然。そんな我が子に思いやりの一つも無い言葉を投げかけるエンデヴァー。

 

 「……何の強がりかは知らんが、右だけでは勝ち抜けない。それを自身で証明してしまったわけだ。いい加減自覚しろ、お前は俺の上位互換、最高傑作なんだ」

 「……簡単に、忘れられるもんじゃねぇっつったろ……ッ」

 

 壁に寄りかかり、フラフラと時折崩れ落ちそうになりながらもエンデヴァーの隣を通り過ぎて通路奥へと進む轟。父親からの罵倒が続く。

 

 「そうやって過去に囚われ縋り続けるのは止めろ、分かっているのか!!お前の限界は見えたはずだ、その結果が準決勝敗退、現実を受け入れるんだな」

 「……過去に……囚われてんのは、どっちだ……ッ」

 

 ズリ、ズリッと片足を引きずり体を壁に預けて何とか前へ進もうとするも既に疲労困憊の体である。轟のたどった道筋に赤い線ができる。その光景を目にしても何も思わないのか―――いや、思っているのだろう。失望の眼差し。()()()()()()()()()()と。

 

 「俺の事務所に来い、お前をオールマイトを超えるための覇道に導いてやる」

 「……………うるせぇ」

 「今まで何のために個性を鍛えてきたと思っているんだ、今更になって人生を棒に振るつもりか!!」

 「………黙れ」

 「全く、いつまでアイツに毒されて右に固執し続けるつもりだ!アレのことは忘れろッ!!お前はオレの指導に従っていれば――「いい加減にしろ」

 

 二人の会話に水を差すように一人の雄英生徒。エンデヴァーが驚いたように少し目を開いて後ろを向くと、悟がエンデヴァーを睨みつけてワナワナと握り拳を震わせていた、が。唐突に歩き出し、エンデヴァーの元へ向かうかと思われたがそのままスルー。今にも倒れ込みそうな轟に対して、腰を曲げてかがみ込んで手を胸の前に差し出すと既に限界だったようで体重を細い骨身の腕に預ける。

 

 「………何、してんだ…」

 「手を貸しているだけだよ、クラスメイトでしょ」

 「…………」

 

 離せ、と言いかけて唇を噛み締める。先ほどまで踏ん張っていたが、一度身を預けて力を抜いてしまえばもはや力むことも叶わず、悔しいが悟に頼らざるを得ない状況であった。轟の体を支えたまま口を開く悟。

 

 「……我が子を傷だらけにした対戦相手である俺に怒鳴り散らすのならわかる。何故だ、何故そんなことを言うんだ。どうして、傷ついて自分でも歩くことができないほど疲弊した息子に対して、労いの言葉の一つでもかけてやれないんだ」

 「……貴様、試合前にも何か言っていたな、親子の愛情がどうとか何とか……何度でも言うが、()()はオールマイトを超える、ただそれだけのために存在するのだ。強さに愛情など必要――「ある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だから轟くんは()()使()()()()

 「――――!」

 

 

 

 

 

 「もし轟くんの目に映ったのが、誇りに思える優しい母と、偉大な父の背中であったならば―――彼の右手には母が、そして左手には父が宿っていたはずなんだ」

 「―――――――」

 

 

 「悲しいことは言わないでください。オールマイトの力の源が平和な世に生きる万人に対する分け隔てない愛情であるとすれば……少しくらい愛情というやつを信じてみてもいいでは無いですか。唯一貴方に勝った男なんですから、オールマイトは」

 「―――………」

 

 行こう、とだけ言葉を残す悟。チラリと轟が後ろを振り返ると、何かを言いたげに口を開きかけ固まるエンデヴァーの姿があった。初めて見る父の顔。だからなんだと言うわけでは無い。ただ、少し気分が清々したような気がして正面に向き直る。最初と同じように再度悟に背負われて、通路の曲がり角へと姿を消していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………ごめん、盗み聞きしちゃってた、緑谷との会話」

 「………なるほどな………かまいやしねぇよ、俺も迂闊だった、あんな所で話してちゃ、まぁ、無理もねぇか……」

 

 無言で、カツンカツンと人間のものとは異なる異質な足音が通路に響き渡る。会話が途切れる度に環境音のみが辺りを支配する。

 

 「………緑谷といい………」「ん?」

 

 「どうしてそう、他人の事情に首を突っ込むんだ………お前らは………」

 「…………緑谷は、気づいたら口を突いて出てしまっていた、らしい。ヒーローの性分ってやつかな?俺は……緑谷ほど立派な行動じゃ無い。ただ嫌だったからだよ、俺が。自分とは関係なくても、親と子っていうのは、やっぱり、信頼できるものだから、普通は」

 「………………」

 「それと………」「………?」

 

 

 「余計なお世話ってのはヒーローの本質らしいから」

 「―――そうか」

 

 コンコンと医務室の扉をノックして、返事が返ってきてから失礼しますと言って部屋に入ると、またアンタかいとリカバリーガールが悟を見上げる。

 

 「また……?」

 「緑谷が運ばれた時も顔出してたから」

 「あぁ、なるほどな………ッ、つぅ、ふぅ……」

 

 緑谷ほど酷くは無いが、それでも放置できないほどの傷を見て轟を横にさせるようにリカバリーガールが促すとゆっくりと背中から轟を降ろす悟。痛みに耐えながら轟が横になって完全に倒れ込むと天井を見つめてため息を吐く。

 

 「………試したんだな」「え?」

 

 「俺にわざと過剰な攻撃をしてアイツの反応をうかがった……そうだろ」

 「……………うん」

 

 「………そうか、ならいい」

 「…ごめん」

 「謝らなくていい、お前のやりたいことやっただけだろ……今は、特に何とも思ってねぇ」

 

 目を閉じる轟。脳内を悟の言葉が逡巡する。別にアレがきっかけでアイツとの―――父親との仲が深まるなんて思ってもいないし、ましてや望んでもいない。ただあの頑固親父が何を考えたのか、少し気になるところではあった。

 

 「次、お前だろ。早く行けよ」

 「うん……行ってくる。轟くんは……」

 「回復したら見に行く………まぁ、頑張れ」

 「!!…………うん、じゃあ、行ってくる」

 

 轟に背中を向けた悟が扉を潜り、カツンカツンと廊下を歩いて行く。爆豪とどう戦うべきか、なんてものは分からない。なるようになる、ただそれだけを考え、抱くのは決意のみ。力強い足取りと共に、今―――スタジアム内に、姿を表した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『待たせたなあッ!!リスナー諸君んんんッ!!!!会場のボルテージもマックススタンバイ状態ッ!!!!雄英体育祭一年の部、最終試合ッ!!!おっ始めようかああああアアアアアッ!!!!!』

 

 歓声によりスタジアムが振動する。花火を思わせるような肌に伝わる衝撃波。ピリピリと緊張感がステージに立つ両雄の間にひしめいていた。

 

 『まずはぁ!!!ヒーロー科A組ィイッ!!!爆豪勝己ッ!!!バァァアアサスゥゥウウウウッ!!!同じくヒーロー科A組ィイ!ッ!!!鈴木悟ッ!!!!入試ワンツートップの二人が図らずも雄英体育祭最終試合で雌雄を決するッ!!!!お前らァァアアッ!!!見逃すんじゃねぇぞおッ!!!!!』

 

 爆豪が腕を背後に伸ばして前傾姿勢を取る。対して悟は―――不動。両腕を下ろして特に構えもせずに仁王立ち。煽りでは無いことなどとうに爆豪には伝わっていた。

 

 『それじゃあ世紀の一戦の―――スタートだァァアアアアアアッ!!!!!』

 

 「【魔法三重最強(トリプレットマキシマイズ)「おせぇ!!!」

 

 後方への爆風で一気に距離を詰める爆豪が、加速の勢いを乗せて回し蹴りをすると詠唱を中断して腕を立てて防御をする悟。即座に背後へ下がり距離を取ろうとするが、

 

 「逃がすかあッ!!!」「だろうね」

 

 付かず離れず、詠唱の隙を与えようとしない、与える気の無い爆豪が止むことのない暴力の嵐をお見舞いする。腕を薙ぎ払ったかと思えば無理矢理爆風で拳の軌道を曲げて不意打ちを狙ったり、正面から殴りかかるように見せかけ爆破で宙を半回転し後頭部に蹴りを入れたり。ただし悟も冷静に一つ一つに対処し、まともな被弾は一つとして無かった。

 

 「うっひょお〜…よくあんな至近距離でバチバチにやり合うなぁアイツら」

 「それどっちのことさ」

 「どっちもだろ!!爆豪ともやりたくねぇし鈴木ともやりたくねぇし」

 「はは!そりゃそうだ……にしても、鈴木のやつ、避けるなぁ」

 

 A組の生徒達の目に映るのは、決勝戦には似つかわしく無い派手さのカケラも無い殴り合い。と言っても爆豪が一方的に攻撃を仕掛けているのだが、それを悟がスレスレのところで回避したり死角からの攻撃を上手く防御したり、詰まるところ特に何の進展もない攻防。各々の一挙手一投足が勝敗を決めるようにも感じられる、ギリギリの駆け引きであった。そして、

 

 「ラァァアアッ!!!」「ク………ッ」

 

 腕を顔面の横に立てて何とかガードするも勢いを殺しきれずに吹っ飛ぶ悟。何とか受け身を取って立ち上がると既に目の前には爆豪が迫ってきており、再び同じ攻防が始まる。

 

 「す、すげぇ……鈴木が防戦一方だぜ…」

 「開幕の主導権を握ったのが大きかったですわ。完全に爆豪さんのペースになってます」

 「詠唱の弱点である時間を上手いこと突かれたって感じだな……あんなハイペースのラッシュの中魔法も何もねぇだろうし」

 「でもかっちゃんも爆破を使ってない、というか安易に使えないんだろうな……火力は高いけどそれで仕留められ無かったら黒煙の中に相手を逃しかねないから……やるなら一発で仕留めるくらいの覚悟で撃たないと……」

 

 A組の目下で今なお行われている戦い。一見悟が押されているように見えるが、かといって爆豪が決定打を入れられていないのも事実。まだ試合も始まったばかりで時期尚早ではあるのだが。

 

 「はッ!!バカが!!!」「何ッ!?うぉ!!?」

 

 正しく天賦の才。試合中に既に悟の動きの癖を読んで動きを更新していく爆豪が、視線でフェイントを行い悟の防御位置をコントロールして足払いを行いそのまま拳を叩きつける。当然ガードを行う悟だが今度は受け身を取れず後方に転がり込んでズザザと衣類の擦れる音がしたかと思えば咄嗟に顔を上げる。その隙を逃す爆豪では無かった。

 

 「死ねぇええええエエッ!!!!」「………フン」

 

 「なッ!?クソッ!!」

 

 その場で正面に両手を構える爆豪を前に、何と回避ではなく爆豪へ向かって駆け出して行く悟。驚いた爆豪が、かと言って今更引くことも出来ず、寧ろあちらから来るならば好都合。このままステージ外まで吹き飛ばしてやるという勢いで爆破を行う。

 

 「くたばれえぇぇええええええッ!!!!」

 

 未だ爆豪から距離の空いている悟を、眩い閃光の後爆炎が包み込む。辺りに突風が吹き荒れ観戦席にまで衝撃波が轟く。どうだ、と手応えなぞ感じるべくもないが目を細める爆豪の視線の先、黒煙の中から―――白腕が伸び握り拳を突き出してくる。

 

 「なッ!!!グァッ!!!!」

 

 正面に腕を突き出していた爆豪に不意打ちの形で拳が突き刺さる。人間一人を腕力だけで吹き飛ばすとはどれほどの怪力か、爆豪の足が浮いて後方へ吹き飛ばすと、何食わぬ顔をして悟が黒煙の中から現れる。

 

 「【魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)】」

 「ッ!!!クソガァッ!!!!」

 

 爆豪がヤケクソ気味に悟に向かって爆破を行う。一直線に伸びて行く熱を伴う紅の塊が悟に直撃した瞬間爆散し辺りに広がる。黒煙が立ち上り悟の姿が隠れるが、

 

 「【魔法の矢(マジックアロー)】」「チィッ!!!」

 

 魔法を中断する様子も、怯んだ様子も無く轟戦で見せた光の矢を爆豪に向かって飛ばしてくる。舌打ちをして機動性を活かしてグルリと円を描くように回避する爆豪。全てを避け終えたと思えば第二波の準備は既に整っており悟が直ぐに魔法を発動する。

 

 「【火球(ファイアーボール)】」

 「(クソッ!!攻め入る隙がねぇ!!!どっかのタイミングで無理して突っ込むしかねぇ!!!)」

 

 人一人は覆い隠せるほどの炎の塊、それが三連続で爆豪に飛んでいく。火力こそ高いものの直線的で単調な動きのそれに爆豪が当たるはずもなく、同様に悟を中心として円を描くように回避する。その後はその繰り返し、爆豪が攻撃を避けたかと思えば悟が即座に魔法を飛ばして接近を許さない。グルグルと悟を中心として円を描く爆豪が近寄ることができずに今度は防戦一方となっていた。

 

 「マジか!?さっきまで爆豪優勢だったのによ!!!」

 「一回ミスったらこれかよ…やっぱ強えなぁ、鈴木のやつ」

 「でも……」

 「?どうしたのお茶子ちゃん?」

 

 「爆豪くん、何かミスなんかしたやろか?」

 

 そう言われたらそう、特に彼の行動に間違いは無かったように思える。戦闘のフィルムを巻き戻して考えれば、原因は一目瞭然であった。

 

 「……爆破が効かねぇ、ってこと?」

 「へ?なんで?」

 「ケロ、そうね。確かに思い返してみれば……物理攻撃は避けたり素手でガードしてたけど、爆破を食らった後は平然とした顔をしていたわね」

 「はぁ!?なんだそれ!!氷も効かねぇし、爆破も効かねぇのかよ!!!ずりぃー!!!!」

 「というより、熱に対する耐性じゃね?肉体が無いんだから体が冷えるも熱いも無いんじゃないか?」

 

 口々に予想するクラスメイト達。爆豪もそのことに薄々感づいており、爆破は無駄だと悟ってあくまで煙幕、どうにかして距離を詰めなければならないということは理解していた。グルグルと単調な動きが続き、悟もあくまで同じ作業に徹していた。そして、

 

 「(ここだッ!!)オラァッ!!!」「ムッ!?」

 

 マジックアローの最後の数発を無理矢理腕をクロスさせて突破する。皮膚が切れて鮮血が飛ぶが多少の傷はお構い無しに突っ込んでいく。線が唐突に点となり、意表を突かれたように悟が詠唱のモーションを中断して迎撃態勢を取る。そして、

 

 「ラァァアアッ!!!!」「終わりだ」

 

 

 

―――今何と言った、と考える爆豪の肉体は既に地に伏せていた。いや、地に叩き伏せられていた。顔を隙間だらけのスカスカな手が覆う。太陽の光が直に目を刺し、眩いほどの光と頭をコンクリートに打ち付けられたことによる脳の揺らぎが爆豪の意識を刈り取るが、朦朧とした視界の中何とか状況を把握した爆豪が震える手で悟に向かって爆破を行う。至近距離での火力調整を無視した一撃に、本来ならば顔を青ざめさせるところだろうが、おそらく。

 

 「………んで」「【麻痺(パラライズ)】」「ガッ!!?」

 

 やはり効いていない。顔面を掴まれた爆豪がビクンと一回跳ねたかと思えば悟が爆豪から手を離し立ち上がる。自由の身となったはずの爆豪だが一向に動く様子が無い。血眼になって地面に倒れたまま視線だけを動かし悟を睨みつける。

 

 「……爆豪、君は戦闘をどう考える?」「…な、ニを…ッ」

 

 「俺は情報戦だと思う。いや、わかりやすく言えば騙し合いだ」

 「爆豪は俺をどう判断した?近接戦闘に弱く、爆破に強いとでも思ったのかな?前者は合っている、俺は物理攻撃に弱い、それも打撃にね。そこの戦い方は合っていた、しかし」

 

 「…ッ!ま、さか、てめぇッッ」

 

 コキコキと首を鳴らす悟がハァとため息をついて爆豪を見下ろす。

 

 「俺がいつ、爆破は効かない、と言ったのかな?そして最後の一撃も無防備だ。俺がまさか何の考えもせずに旋回する爆豪に向かって魔法を打っているだけとでも思ったのかな?どこかのタイミングで突っ込んでくることは分かっていたさ、そして予想通り―――防御や回避なんか何も考えずに突っ込んできてくれたね。″しめたぞ、チャンスだ″って感じで」

 「……ッッッ!!!!」

 「あの速度にカウンターを合わせられたらとてもじゃ無いが立ち上がれないだろ。というより、意識を失ってないだけでも驚きだけど……あぁそれと……近接戦闘に弱いのは本当だけど……今のレベルなら普通に勝てるよ、本当はね」

 

 くるりと振り返ってミッドナイトを見ると判断を決めかねていたためにハァと再度肩を落とすと顔を上げて観客達に向かい握った右拳を突き上げる。それを見届けたミッドナイトが爆豪に動けるか尋ねても悪態を吐くだけで立ち上がることすらできず、判定を告げると静寂に包まれていた観客席から歓声が沸き起こり拍手喝采、今年の雄英高校体育祭一年の部、その頂点に立つ男の誕生を祝っていた。

 

 「……んでだ」「?」

 

 「舐めプか!!!遊びか!!!こんな試合、テメェからしたらただのアピールかッ!!!!!クソ髑髏ォッッ!!!!」

 

 

 

 「そんなこと気にするの?」「あ゛ぁ゛!!?」

 

 

 

 「一番強くなりたいんでしょ?緑谷から聞いた」「―――クソナード……ッッ」

 「俺が遊びで無いと言ったら満足かい?真剣勝負と言えば満足かい?そんなこと、今の君にはどうでもいいんじゃ無いか?それよりもハッキリとした、今のところは君より俺が強いこと」

 「…………ソが」

 

 「ならすべきことは一つ。そんな、君より強い人間のアドバイスを聞くことだ。"コイツは効かない"と思わせる。"コイツが弱点だ"と思わせる。演技ってのは大切だよ。……余計なお世話かもしれないけどね、余計なお世話ってのは意外に大事らしいから、と、よいしょ」

 「は、なせッッ」「歩けないでしょ」

 

 「うる、せぇ「そっか、じゃあ勝手に肩を貸させてもらうよ。敗者の屈辱を味わうんだ」……クソが」

 

 例年以上に白熱した今年度の体育祭一年部、その決勝を演じた二人に拍手と歓声が送られる。何事も無く無事平穏に終わって胸をホッと撫で下ろす教員達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハーッハッハッハッハァ!!私がメダルを持って『我らがヒーロー、オールマイトォ!!!』

 

 ミッドナイトがヘコヘコと何度もオールマイトに頭を下げる。開幕早々何とも締まりのないメダル授与式兼閉会式である。

 

 「さて気を取り直して……おめでとう!轟少年!」

 「ありがとうございます」

 

 ペコリと頭を下げた轟の首にメダルをかける。赤銅色に輝く勝利の証が胸元に輝いていた。

 

 「準決勝では左を収めてしまったが、何か理由があるのかな?」

 「……緑谷戦でキッカケをもらって……分からなくなってしまいました」

 

 「あなたがヤツを気にかけるのも、少しわかった気がします、でも……」

 「鈴木は、違った。緑谷とは、違った。別の回答でした……左を、俺の力だとは言わなかった」

 

 「………!」

 

 一位の台上に立っている悟がその言葉を聞いて顔を顰める。

 

 「(…そうだ。轟くんは、緑谷に"君の力"と言われた、そして力を解放した。なのに俺は、あくまで二人の、エンデヴァーとの繋がりを優先してしまった……酷いことをした)」

 

 逃げるように顔を背ける悟の様子に気づいたのか、轟が顔をチラッと悟の方へ向けた後にオールマイトに向き直る。

 

 「………二人の言葉を聞いて、俺だけが吹っ切れてそれで終わりじゃ、ダメだと思った。精算しなきゃならないモノがまだある」

 「……!轟くん……」

 

 二人の言葉、という言葉に反応して悟が轟の方を向く。オールマイトが背中を撫で下ろしていた。後ろ姿しか見えないが、決意に満ちた、堂々とした立ち振る舞いに見えた。

 

 「そして!爆豪少年!!おめでとう!!……爆豪少年?」

 

 不貞腐れたように返事を返さない爆豪が、俯いたままボソッと口を開く。

 

 「……完膚なきまでの一位、俺が目指すのはそれだ。いらねぇ、そんなもん」

 「…うむ!相対評価に晒され続けるこの世界で、不変の絶対評価を持ち続けられる人間はそう多くない」

 

 取っとけよ、傷として忘れぬよう、というオールマイトにいくばくかの抵抗を見せる爆豪であったが勝てるはずもなく無理矢理鼻先に引っ掛けられる爆豪であった。

 

 「そして……本当におめでとう!鈴木少年!!」

 「ありがとうございます」

 

 首を下げてスッと胸元に掲げられる黄金色の輝き。彼は今、雄英高校一年生、その頂点に立った。

 

 「危なげなく、といった様子だったが、どうだったかな?今回の体育祭は」

 「とんでもありません……対戦相手に対するお世辞でも何でもなく、苦しい戦いでした」

 

 その言葉に苛立ちを加速させる爆豪であるが、彼のことはそっちのけで言葉を綴る悟。

 

 「ただ勝てば良いというものではない……みんなの勝利に賭けるモノの重さを思い知りました、私のように空っぽでは無い。そんな彼らを前にして、萎縮してしまう自分がいたのも事実です、ただ……」

 「なんだい?」

 

 

 「自分を応援してくれる人がいましたから、それこそ親族であったり、友であったり、そして……体育祭を見に来てくださった観客の皆さん。その人達には応えないと、と思いまして……それが無ければ、俺は今ここに立っていなかったかもしれない。ですから、この場をお借りして……」

 

 少し、マイクを、と言ってミッドナイトが悟にマイクを手渡すと、スイッチをONにした瞬間環境音を拾ってスタジアム内に微かな風の音が鳴り響く、そして、

 

 『本当に、ありがとうございました』

 

 それだけ言ってまたスイッチを落として頭を下げると少しの沈黙の後に、誰かが手を鳴らす。パチン、パチン、という音が、次第に重なり合いパチパチと、そして最後には最早爆竹のような炸裂音。数千にも及ぶ観客達の拍手が共鳴して大合唱を行う。オールマイトも満足いったようにうんうんとうなづいて悟の背中をポンポンと叩く。

 

 「…顔つきがまるで違う。自信に満ち溢れた凛々しい顔が、何が君をそうさせたか、深くは聞くまいよ。これからも頑張りなさい」

 「はい」

 「……それと」「?」

 

 後で緑谷少年と一緒に保健室に来てくれるかな?

 

 「…………分かりました」「OK!」

 

 もう一度力強くオールマイトが背中をパンパンと叩く。何かを悟の耳元でボソリと呟くオールマイトに視線を飛ばす両側の二人だが、特段気にするほどでも無い。さて!と大きな声を出してオールマイトが振り向き今大会の締めくくりに入ろうとしていた。

 

 「さあ!今回の勝者は彼らだった!しかし皆さん!!この場の誰にも、ここに立つ可能性はあった!!ご覧いただいた通りだ。競い!高めあい!!さらに先へと登っていくその姿!時代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!てな感じで最後に一言!!皆さんご唱和くださいッ!!!せーのッ!!!」

 

 プルスウルトラを掻き消すオールマイト渾身のお疲れ様でした。No.1ヒーローとは思えないブーイングの数々に弱腰になるオールマイトが何か言い訳まがいの言葉を口にする。この人は……などと呆れて目の前のヒーローを見つめる悟。何はともあれこれにて雄英体育祭、その一年の部は終了した。鈴木悟、堂々の一位で幕を閉じるのであった。

 

 

 

 




これにて体育祭編終わりです
ちょん切れた腕が実は幻術落ちでしたという展開に拍子抜けした方はすいません。流石にこの世界の悟くんは人間的な感覚を持ち合わせ、人間をちゃんと人間として見ており損得勘定で切り捨てるほど人間辞めてるわけでは無いので、流石に自分の勝手でクラスメイトの腕を切り落とすようなことはしません、多分
さて次回からはヒーローネーム決め終わったらインターンですね
どの職場、というかどのヒーローとで合わせるか悩んでる最中です
ではまた次回


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ヒーロー名「アインズ・ウール・ゴウン」

 「……よし、まずは体育祭お疲れ様!二人ともナイスファイトだったぜ!!」

 

 試合終了後、オールマイトから受け取った言葉を緑谷に伝えて言葉通りに緑谷と二人で医務室を訪れる悟。そこに待ち構えていたのはリカバリーガールと何やら言葉を交わしていた痩せかけた髑髏のような男性、オールマイトその人。二人が来たことを確認すると場所を移そうと言って二人を引き連れ空き教室に入る。廊下から足音が消えてからやっとこさ口を開いたオールマイトが一先ずは二人を激励する。

 

 「あ、ありがとうございます…」

 「ありがとうございます、光栄です……それで、話していただけますか?その為に私を呼んだのでしょう?」

 

 うむ、と一言。すると彼の身体の輪郭から煙が上がり、そして間も無くいつもの、一般大衆の知る正義の象徴、オールマイトの姿へと変化する。

 

 「……まずは、私が本当にオールマイトだということ、これでいいかな?」

 「はい、元より正体を知ってしまったからこそ私は呼ばれているわけですので、今更信じる信じないもありません」

 「ハーッハッハッハァ!!それもそうだね!!っと……ははは、あまり無駄に変身するほどの余裕は無いからね……」

 

 「余裕が無い?」

 

 うん、と言ってソファに腰掛けるオールマイト。マッスルフォームを解き二回り小さくなったオールマイトを見下ろすように悟が視線を飛ばす。

 

 「…五年前、敵の襲撃で負った傷だ」

 「………!!」「……」

 

 上着を脱いでTシャツを捲るとそこに見えたのは、本来ならば内臓や肉が詰まっているべき場所がくぼみ青紫色に皮膚が変色している痛々しい傷痕。呼吸器官半壊、胃袋全摘、彼の口から自身の状態について語られるが聞けば聞くほどよくもプロヒーローを続けているなと感心を通り越して呆然としていた。

 

 「私の活動時間は今や日に1時間……あるか無いか、と言ったところか……」

 「……なるほど、まぁ、世間に公表できるはずもありませんね。厳しいことを言うようですが、あなたは正義の象徴で()()()()()。あなたという柱を失えば今の社会がどうなるか……想像に難くない」

 「話が早くて助かるよ……そう、これが私の正体。そしてもう一つ、私の個性についてだ」

 

 個性?と悟が口にすると無言で頷くオールマイト。焦ったように緑谷が、伝えて良いんですかと尋ねるが、隠し事をするわけにはいかないと言って深刻そうな表情で悟を見つめる。その、力強い眼差しを正面から受け止める悟。

 

 「……鈴木少年、緑谷少年の個性の名を知っているかい?」

 「個性の名前……?いえ、別に…自傷と引き換えの超パワーくらいとしか……」

 

 はは、だろうね、と、知っているわけないかという雰囲気でオールマイトが笑うと、オールマイトが悟の隣に座るクラスメイトの名前を呼ぶ。恐る恐ると言った様子で緑谷が悟の方を向くと意を決したように口を開く。

 

 「………その、僕の個性、ワン・フォー・オール、って言うんだ」

 「ワン・フォー・オール……一人はみんなのために、か。なんだが、緑谷らしい個性だなぁ」

 「い、いやそんな……僕なんてまだまだ使いこなせてないし……」

 

 使いこなせてない、という言葉に少し引っかかりを覚えないわけでもないが、緑谷の個性の名前がいったいどうかしたのかとオールマイトに顔を向けると悟の視線の意図を読み取ったオールマイトが口を開いた。

 

 「……鈴木少年、私の個性の名前を伝えよう……その名は―――

 

――――ワン・フォー・オールだ」

 

 

 

 「…………は?…………親子?」「違う!!君も緑谷少年に負けず劣らず天然だな!!」

 

 オーバーリアクション気味に血を吐き出しながらすっ転ぶオールマイトが気を取り直してゴホンと咳払いをした後に数秒時間を置いて口を開く。

 

 「……ワン・フォー・オールとは聖火の如く受け継がれてきた個性。緑谷少年の個性は私から、そして私の個性は先代のワン・フォー・オール継承者から譲渡されたものだ」

 「……譲渡できる個性なんて初めて聞きましたが……しかし緑谷に譲渡したのならば、何故オールマイトに未だ個性が宿っているんです?」

 「聖火と言ったろう?新たにくべられた緑谷少年という薪に炎を移して、私はもはや燃え尽きるのを待つ身さ。この体が傷つく傷付かないに関わらずその内私の個性は見る影も無くなるとも」

 「……恐ろしい話ですね。現代を支えている正義の柱が消えることが確定事項とは」

 

 悲壮感漂う会話にオロオロとする緑谷。暗い雰囲気の中、何かに気付いたように悟がオールマイトに話しかける。

 

 「あの…個性の譲渡という話でしたが、ワン・フォー・オールを受け継ぐと元からあった個性は上書きされるのですか?その、緑谷、そしてオールマイトは怪力以外の個性を目にしたことがありませんが……」

 「………ッ!!」

 「……いいや、そんなことはないさ。元から持っていた個性は消えないとも。個性とは人の細胞に含まれる個性因子によるものだ。その都合上ワン・フォー・オールの譲渡も継承者に自身のDNAを与える必要があるが、新しく塗り替えるなんてことはしない。そもそも基本となる人体に特別な仕組みとして組み込まれたのが"個性因子"……本来ならばあり得ない話だが、後から個性因子を組み込むことも、不可能では無い」

 「…要するに、個性の複数持ちも可能、ということですか。では、何故緑谷と貴方は一つしか個性を―――」

 

 そこまで言いかけて口元を押さえる。まさかと言葉が漏れたかもしれない。時間が経つほどに予想が確信へと変わり、緑谷をチラリと見れば、困ったような、そんな半笑いを浮かべていた。

 

 「―――その通りだ、私と緑谷少年は元々無個性だ」

 「――――そうでしたか、これは失礼を」

 

 ペコリと頭を下げる悟。問題無いと笑ってオールマイトが顔を上げさせるが、心の奥底で罪悪感がチリチリと燻っていた。

 

 「……それで、どうして私に個性の話を?」

 「隠しても不信感が生まれるだけだろ?それに……頼み事、というべきかな」

 「頼み事?」「あぁ」

 

 そこで深く頭を下げるオールマイト。緑谷が慌てたように顔を上げさせようとアタフタするがそんな彼を無視して頭を垂れたままオールマイトが絞り出すように声を発する。

 

 「頼む!緑谷少年の一理解者として彼の隣に立ってはくれないだろうか!ワン・フォー・オールを持つものとしての、次代の平和の象徴としての重圧を受ける彼の苦悩を理解する友となってほしい!!」

 「お、オールマイト……」

 

 

 

 「言われなくともそのつもりです」

 

 ハッと顔を上げるオールマイト。悟の隣に座る緑谷が、鈴木くん!と声を発して彼を見上げる。オールマイトに顔を向けたまま悟が緑谷の方に手を回してポンと右手を肩に置く。

 

 「私なんかで良ければ喜んで緑谷くんを支えたいと思います。誰にも理解されずに抱え込む苦しさは……自分で言うのもアレですが、理解しているつもりですから。ということで……なんか、改まって言うのも変だけど、よろしくね。緑谷」

 「!う、うん!!」

 

 「………ありがとう」

 

 嬉しそうに愛弟子が握手をして顔を向けるクラスメイトに対して、聞こえるか聞こえないか程度の小さな声でボソッと呟く。悟に個性のことや今までのことを尋ねられると意気揚々と語り出す緑谷の姿に、やはり同年代の理解者の存在は大きいのだなと思い知るオールマイト。楽しそうに話す彼を見てフフフと笑い声を浮かべていた。

 

 「さて!これで話は終わりだ。分かっているとは思うがこの秘密、バラしてくれるなよ?」

 「分かっています、というか、極力オールマイトもバレないように気をつけてくださいね」

 「最後まで痛いところ突いてくるなぁ!OK!!これまで以上に気をつけるとも!二人とも、疲れているところを引き止めて悪かったね。早いところ帰って今日は休みなさい」

 「はい、失礼しますオールマイト」

 「失礼します!」

 

 「うん、さようなら」

 

 部屋から出て行く二人を見て微笑みながら手を振って見送るオールマイト。扉が閉まったのを確認して振っていた腕を止めてゆっくりと膝の上に落とす。これからワン・フォー・オールの情報を共有したことについての会議が始まる。さて忙しいぞと言いながら、しかし満足そうに立ち上がって背を伸ばすオールマイトであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……緑谷は元々無個性だったんだね」

 「う、うん、でも!そうじゃなかったら今のオールマイトとの出会いも無かったかもしれないし…負い目は無いよ、無個性だったことに対して」

 

 そっか、と言って緑谷の隣を歩く悟。前話した時に言っていた"経験が浅い"という言葉を思い出す。

 

 「確かに、個性を受け継いでまだ数ヶ月しか経って無いんだから慣れてないのも無理はないなぁ」

 「あはは……まぁ、そもそも僕の肉体としての器がダメだったって話もあるらしいんだけど」

 「器?」

 「うん、なんか、ちゃんと体鍛えてから引き継がないとワン・フォー・オールのパワーに耐えきれず四肢が爆散するとか…」

 「え、なにそれ怖」

 「いやほんとに!最初聞いた時笑いごとじゃ無かったからさ!」

 「なるほどね、強力な個性なだけにそれ相応の肉体が要求されるのか」

 「うん、そんな感じ」

 

 個性の話を共有する緑谷。話したくて堪らない、といった様子では無いが話を振られれば直ぐに答えて笑顔を見せるクラスメイトを見て、平然と振る舞っていたがやはり抱え込むものがあったのだと感じ取る悟。

 

 「緑谷」

 「ん、何?」

 「……役に立てることがあれば言ってくれ、力になるから」

 「……ありがとう、でも、大丈夫。友達としてなら兎も角、ワン・フォー・オール所有者だからって特別扱いは受けるつもり無いよ。僕の問題だから…これは」

 

 「……流石だね、緑谷は。だったら……いつでも頼ってくれよ、友達として」

 「……!………うん!!」

 

 道が分かれ、互いの帰路に着くためじゃあねと互いに手を張ってその場で分かれると、緑谷の姿が見えなくなってから魔法を使って家の前までワープする。家の扉を開けるといつもとは異なり父が先に家に帰っており、逆に母の姿が見えなかった。

 

 「ただいま父さん」

 「あぁ、おかえり悟。最後まで会場で見ていたぞ、よく頑張ったな」

 「ありがとう父さん……母さんは?」

 「ん?あぁ、少し出ててな」

 「ふーん、そっか」

 

 この時間帯に外に出てるなんて珍しいなぁと考えながら、まぁ用事なんていくらでもあるかと思って上の自室に上がってカバンを置き学生服を脱いで着替える。軽めの服装になるとふぅとため息を吐いてリビングに戻ろうとすると扉の向こう側から話し声が聞こえてくる。

 

 「……った……ういん……」

 「…んにも……いじょうぶ……」

 「(帰ってきたんだな、母さん)お帰り母さん」

 

 「あ、た、ただいま悟。それと、おめでとう!お母さんテレビ越しだったけど、しっかり貴方の試合見てたわ!よく頑張ったわね!」

 「ありがとう母さん」

 

 父と母と共に同じテーブルを囲み体育祭のことを話す。新聞を広げてコーヒーを片手に飲みながら相槌を打つ父親と、自分のことのように息子の成長を喜ぶ母親と、そして二人に今日の出来事を話す悟。己が肉体のために豪華な食事も何も無いが、確かに彼は勝利の余韻を家族と共に噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「鈴木、おっぱい好きか?」

 

 何いってるんだコイツ。

 カパッと口を開けて悟が自身の机に両腕乗せて顔を覗き込ませるクラスメイトに若干軽蔑の視線を向ける。

 

 「………いや何言ってんの?」

 「なんだ、鈴木はお尻派か「いやそうじゃなくて」

 

 未だに目の前で喚く邪悪の権化にチョップをかますとフギャッと言って視界から消える。ご、ごめんと言って机を乗り出してそっと覗き込むと地面に顔をめり込ませていた峰田の姿があった。

 

 「な゛、な゛ん゛だよ゛……そんなにやらなくてもいいだろおおおぉぉぉぉ……」

 「い、いや少し加減を間違えて……あと、そういう話には俺興味無いから」

 「でも鈴木くん私のお尻触って恥ずかしがってたじゃん」

 

 空気が凍りつく。周りで談笑していた生徒達も、片耳にイヤホンを挿して音楽を聴いていた女生徒も、果ては空気椅子をしていた緑谷がひっくり返ってドンガラガッシャンと音を立てて崩れ去る。悟の背後、黒い背景に稲光が迸り悟が再び固まる。発言した当の本人である葉隠はどうしたのー、と、悟の前で手をブンブンと振るが空気を切る音だけが虚しく響く。

 

 「……鈴木、お前…「ま、待って!!違うから!!!」

 「ケロ、悟ちゃんも男の子なのね「蛙吹さんやめてそれ!!!」

 「感心していましたのに…「違う!!誤解だから!!!」

 「五回も!!?「お前に至ってはわざとだろ!!!!」

 

 「私初めてだよ?直にお尻触られたの」

 

 ドッと汗が吹き出すような感覚に襲われる。何を言ってるんだこの女。

 

 「ハァァアアアアッ!!?!?おい鈴木!!!どんな感じだった!!!!言え!!!言えッ!!!!」

 「は、葉隠さんッ!!!一体何をッ!!!!」

 

 「だって事実じゃん、裸の私に対して動くなって「【上位転移(グレーターテレポーテーション)】ッ!!!【上位転移(グレーターテレポーテーション)】ッ!!!!」

 

 光に包まれ葉隠と悟が教室から消える。残されたクラスメイト達が少しざわつきながら顔を見合わせたりしていた。悟が、いやまさか。そんな中、血の涙を流す紫頭のチビがいたことは言うまでも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何やってんだッ!?というより何言ってんだッ!?!!?葉隠さん!!!!!」

 「えへ、ごめん」

 「"えへ、ごめん"じゃねーだろ!!!あぁぁぁあああぁぁぁぁ……俺どうやって教室戻ればいいんだよ……」

 「記憶消したりできないの?」

 「あるわけねーだろそんな都合の良い魔法ッ!!!!」

 「そっかー」

 「"そっかー"じゃ無くてッ!!!」

 

 頭を抱え込んで唸り続ける悟を目の前にして少し気になることを葉隠が尋ねる。

 

 「……ねぇねぇ鈴木くん!」

 「何ィ!?」

 「不思議だよね、恥ずかしがるって!!」

 「何が!?」

 「いやだってさ、悟くんって骨格がいくら男って言っても身体はもう完全に骨じゃん?でも女の人の裸に触れたら申し訳無さ覚えて恥ずかしがるってさ、なんだかとても人間っぽいって言うか、生物本能的?っていうか……言いたいこと分かるかな??」

 

 「…………確かに」

 

 先ほどまで喚いていたのに葉隠の無視できない言葉を聞いて唐突に冷静になる悟。そう言えばそうだ、自分の見た目にコンプレックスを持って人間を否定するような言葉に過敏に反応してしまう自分であるが、よくよく考えれば人でないならどうして人間的な感覚が俺にはあるのだろうか。

 

 「まさか葉隠さん、俺にそれを伝えるために…」

 「いやさっきのは遊び心で」

 「ですよね!!!」

 

 その後も特に打開策が思い浮かばず、結局は葉隠が自分の口で冗談を言っただけだとクラスメイトに説明すると悟の人柄故なんとか信じてもらえたが、一部疑いの目を向けるクラスメイトもいたのは仕方ないことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……………どうしよう」

 

 皆がホワイトボードにヒーローネームを書き連ねる中、一向にペンの走らない生徒が一人。鈴木悟その人。一見非の打ち所のないように見える彼の、唯一の欠点かもしれないネーミングセンスが問われていた。

 

 「(……なんだ、俺を象徴するもの……やっぱり見た目だよな……骨、骨男、いや日本語名はダサすぎるな流石に……つまり英語に訳すと、ぼ、ボーンマン?だ、ダメだダメだ!安直すぎる!!そう言えば常闇くんがいつか忘れたが俺の姿を見て死の王とか言ってたな……デスキング……だ、ダメだ、どれだけ頑張っても少し早めの厨二病みたいな名前しか出てこない!!どうすりゃいいんだ「鈴木くんできた?」へ?あ、いやまだ」

 

 「………白紙だね」「はい……」

 

 「は、葉隠さんはできたの?」

 

 うん、まぁ安直だけどねー、と言って自身のボードをひっくり返して悟に見せる。

 

 「(い、インビジブルガール??まんまじゃん!!まんまなのになんだ!!この、ボーンマンとインビジブルガールの差はッ!!!ずりぃ!!いや言い方を変えれば良いのか?インビジブルガールに倣って……スケルトンボーイ……いや無いな)」

 「……どう?」

 「え?あ、いや、凄い良いと思う…どんなヒーローなのか一目でわかりやすくて捉えやすいし、覚えやすい名前ってのも大事だと思うから」

 「へっへーん!でしょでしょ??それで、鈴木くんはどうするの?名前」

 「……どうしよ「鈴木くん!!」へ、あ、はい「動物何か言って!!!一匹!!!!」

 

 

 

 「………え、あ、も、モモンガ……?」

 

 あちゃー、と言って顔を抑える葉隠。何がなんだか分からず頭の上に無数の疑問符を思い浮かべる悟。

 

 「あの、葉隠さん……?」

 「いやー、もう悩んじゃったら最後は直感でしょ?だから唐突に尋ねてみて最初に出てきたものにすればって思ったんだけど……」

 「あ、なるほど………流石にモモンガでは無いのかな……俺は別に、まぁそれでもいいけど……」

 

 うーんと唸って腕を組み眉間を抑える悟。どうしたものかと悩んでいると瀬呂が話しかけてくる。

 

 「なんだ鈴木?決めかねてんのか?」

 「うん……瀬呂はできた?」

 「おう!つっても、俺のはシンプルだけどなー」

 「……セロファン、短くて良い名前だなぁ。そんなに凝らなくても良いのかなぁ」

 「うーん、まぁ俺たちゃそれでもいいかもしんねぇが、お前はそうもいかないんじゃねぇの?」

 

 へ、なんで?と悟が聞き返すと、だってよーと瀬呂が戦闘訓練のときの話を始める。

 

 「お前のコスチュームアレだろ?あんな見た目ギンギラギンに着飾っといて、名前がシンプルだと見た目に負けるぞ?それに実力もお前折り紙つきじゃん。大事だぜ?"セロファン"なんて安直な名前の俺が言えたことじゃねぇけど、ヒーローネームってのは」

 「くぅ、きっついなぁ……」

 「まぁ決めかねてんならよ、悟。お前どういうヒーローになりてぇんだ?」

 「どういうヒーロー?」

 「おう!理想像から決めてもいいんじゃねぇの?やっぱオールマイトみたいな平和の象徴か?」

 「……うーん、あそこまではいかないかもだけど、まぁ、平和はそうだけど……」

 

 なるほどな、と言ってうーんと瀬呂が考え込む。自分のために一生懸命ヒーローネームを考えてくれるクラスメイトに感謝しつつ解答を待っているとうん!と言って顔を上げた瀬呂が悟に向き直る。

 

 「悟!」「な、何?」

 

 「分かんね!」「分からねぇのかよ!!」

 

 「だって俺が知ってる平和に関する単語なんてピースぐらいだぜ?英語以外知らねぇし……常闇ー、お前なんか平和に関するかっこよさげな厨二単語知らねぇの?」

 「………それはどういう意図の発言か議論の余地がありそうだが……そうだな………フリードゥン、フレイガ、フリアッド、フレッド」

 「なんかフレばっかだな……」

 「同じ語群に属する言語だからな、しかしこれでダメか、なら……平和を意味する言葉……」

 「八百万なんか知らね?」

 

 唐突に話を振られた八百万が少し顎に手を当てて考え込む姿を見て、なんだか色んな人に迷惑をかけているようで申し訳なく感じる悟。あ、と言葉を漏らした八百万が何か思いついたようでそう言えば、と口にする。

 

 「gown(ガウン)という単語ですが、婦人用のドレスという意味以外に確か抽象的な平和も意味したはずですわ」

 「ガウンかぁ、やっぱ一単語だと短いなぁ。もう一つくらいなんかねぇ?特別な言葉」

 「そう言われましても……「Ainz(アインズ)と言うのはどうだ?」

 

 「アインズ?」

 

 常闇の発した謎の単語、アインズに反応する悟。こくりと頷いて常闇が言葉の意味を述べる。

 

 「アインズ、平和という意味は無いが特別な一つ、という意味だ。もう一つ、特別な言葉が欲しい、と言ってたからな、思いついたが」

 「なるほど、となると……アインズガウン……どう?」

 「悪いとは言わないけど……なんか、まだ足りなくね?」

 「そう?うーん、じゃあ、あともう一つ?」

 

 「アインズとガウンの間に繋ぎの一単語欲しいなぁ」

 

 悟と瀬呂と葉隠と常闇と八百万が一緒になって、うーんと唸る。繋ぎの言葉、繋ぎの言葉、アインズ、ガウン、アインズ、ガウン、と交互に呟く八百万の口が止まる。

 

 「……ooal(ウール)、というのはどうでしょう」

 「何それ?」

 「One Ocean、All Lands……世界の繋がりを表す言葉ですわ、繋ぎの言葉には相応しいかと」

 「ま、まぁ別にそういう意味で繋ぎの言葉って言ったわけじゃねぇけども…となると、じゃあ鈴木のヒーローネームは……アインズ・ウール・ガウンになるのか?」

 「いや、gownはそのままローマ字読みした方が響きが良い」

 

 「…じゃあ……アインズ・ウール・ゴウン?いや俺との関係性どこ?」

 「いいじゃん!かっこいいし!それとも鈴木くん何か良い案でもあるの??無いでしょ?」

 「うぐッ!!ず、ズバッと言うね、葉隠さん……いやまぁ無いんだけども」

 「うし!じゃあ鈴木のヒーロー名決定!!」

 

 ヒーロー名考案を手伝ってくれた周りのクラスメイト達に感謝を述べつつ自分のホワイトボードに書かれたヒーロー名を見つめる。世界の繋がり、平和を意味する特別な一つ、何とも壮大な名前になってしまったと考えながらも友が自身に与えてくれた名前に満足感を覚えてうんうんと頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「職場体験先……どうしようか……」

 「うっへぇ、えげつない数のヒーロー事務所だな、分かってたことだけどよ…」

 

 パラパラと1ページずつ丁寧にめくって事務所の名を確認するが、彼の手に携えられた分厚い紙の束から推測するにこの作業が終わるのはいったい何時間かかることやらと言った様子である。後ろから砂藤と瀬呂が覗き込みヒーロー事務所の名前を確認するがそのいずれもが大手。時折りビルボードチャートでもトップ10に名を連ねるヒーローの名が見えるのは、言うまでも無いことであった。

 

 「………!」

 「おッ!!スゲェじゃねぇか!!エンデヴァーんとこから指名来てるぞ!!」

 「No.2からかよ!はぁー、いいなぁ!!」

 

 「……………」

 

 エンデヴァーからの指名を騒ぎ立てる二人の声が轟に届き、自然と目が合う悟と轟。無言で見つめあった後に二人とも同時に視線を落とす。何事も無かったかのように次のページを捲る悟にツッコミを入れる二人。

 

 「あ、おい!なんだ、エンデヴァーのとこそんなに興味ねぇのか?」

 「いや、そういうわけじゃないけど……とりあえず全部見てから決めないとね」

 「これ全部見るのかよ、よくやるなぁ」

 

 「(………どういう意図で俺に指名を入れたんだ?………まぁ、行く気は無いが……何かしら、心境の変化があればいいんだがな、あの男に)」

 

 先日のやり取りを思い出す。当然エンデヴァーは自身の息子に指名を入れていることだろう。果たしてそれを轟が受け取るのだろうか。自分が気にしても仕方ないことではあるのだが、気にせずにはいられなかった。

 

 「(あぁ、いけないいけない、自分の体験先を決めないとな)……うーん、パトロール周りに重点を置いた職場か、実践形式の場か……肉弾戦について学ぶのもいいな……張り込みってのもいいかもしれないな、俺眠らないし」

 「つまり何処でもいいってこと?」

 「いや何処でもはちょっと……」

 

 頭を悩ませる悟。結局決め切ることができず家に帰って徹夜で目星をつけたヒーロー一人一人を調べ上げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少し無理があるけど僕はどうしてもヒーロー名をアインズ・ウール・ゴウンにしたかったんじゃ
職場体験先なんですがアンケート形式にしますね


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ヒーローとしての立ち振る舞い

前回から時間が空いてすみません
職場体験先のプロヒーローの口調とかこれであってんのか悩んでたら時間かかってしまいました
依然として無理のある話が続きますが、よろしければ本編どうぞ


 「………うーん、事務所を持たないスタイルだから集まり難いってのは仕方ないけど……集合場所にいないのは勘弁してほしいなぁ」

 

 某県某所、上空から日が刺す平日の真昼間。歩道には人が行き交い呑気にぷらぷらと道を行く人や何やら忙しなく足を動かす人。その人の隙間を縫うように自転車を漕ぐ人が時折り人にぶつかりそうになってはくねくねと蛇行して先へ進む。そんな中一人立ち止まって辺りを見回すのは職場体験先のプロヒーローから伝えられた建物の目の前で地図を片手に立ち尽くす鈴木悟。そんな彼の耳に届くのは道路を埋め尽くさんばかりに渋滞を成す車のエンジン音と人々の足音。自分たちが普段静かにお行儀良く勉強している間に、外はこんなにも喧騒に満ち溢れていたのかと至極どうでもいいことを考えていた。

 

 「あ、君!確か体育祭の!!」

 「あ、はい。鈴木悟です」

 

 もはや何度目のやり取りかわからない会話を面倒くさがらず真面目に対応する悟。ここまで家を出て遠出をしたのも初めてで、やはり行く人行く人悟の見た目に仰天ばかり、というわけでもなく。

 やはりビックリする人もいるのだろうが露骨に態度に示す人はいない。それだけで特段気にすることも無かったし、むしろ今のように体育祭の話を振ってきて応援の言葉を投げかけてくることが何度もあった。何より一番驚くことが、体育祭当日も耳にしたが、ファンになった、の一言だ。

 

 「(しかし、セメントス先生とも少しそれに関連した話はしたが、やはり俺の活躍は異形型の人に受けが良いんだな)」

 

 多くの激励の言葉を貰った。思い返してみると特に異形型の方から好意的な言葉をいただく機会が多かった気がする。何より子供から"かっこいい"と言われた時は本当に驚いたものだった。聞き間違えかと思って聞き返すなんて無粋な真似をしようとしかけて何とか立ち止まったほどだ。

 

 「…でな!いや君がヒーローになるのが今から心底待ち遠しいよ!ところで…今更だけど、どうしたんだい?こんな所で」

 「……え、あ。すいません、俺今日から職場体験でして…」

 「あぁ!!職場体験!!てなると、なにかい。ヒーロー科の生徒さんの職場体験ってなると……やっぱプロヒーロー事務所かい?体験先は」

 「あぁ、まぁ、普通はそうなんでしょうけど」

 

 目の前の、若いスーツを着たサラリーマン風の男性の言葉で意識を切り替えて当初の目的を思い出す。やばいやばい、集合時間過ぎちゃってるぞと地図を見直してもう一度集合場所を確認する。やはり間違っていない、と思う。焦る悟を前にして訝しむ男性がどうしたんだと尋ねる。

 

 「いえ、その、私の職場体験先がミルコになっていまして」

 「ミルコなら……そういやさっきすれ違ったぞ。なんかすっごく急いでたみたいだけどさ、あっちの方に…」

 「本当ですか?何だろう……ヴィランでも出たのかな……ありがとうございます」

 「いいよいいよ、にしても流石だなぁ!確か体育祭の結果を見てヒーロー側がスカウトするんだろ?ミルコから指名が来てるとはなぁ」

 「ははは、別にただの職場体け―――

 

 爆発音が鳴り響く。

 反射神経の差だろうか、悟がいち早くそちらへ首を曲げる。続いて上がるのは悲鳴の波。優に十階は超えるだろうか、道路を挟んで反対側に聳え立つガラス張りの高層ビルが、階下から順々に爆破の熱波によりパリンパリンと砕け散り、

 

 「キャアァァアアッッ!!!!」

 

 人が割れた窓から放り投げられる。その悲鳴がもはや宙を舞う人のものか、それともその惨状を目にしたギャラリーのものか判断がつかない程に悲鳴が伝播していく。

 

 「す、鈴木く――「失礼します、【転移(テレポーテーション)】」

 

 手からゴトリとヒーロースーツの入った重苦しいカバンを外して光の粒子と化し男性の目の前から消えた悟。何処へ行ったと探す必要もなく、間も無く歓声が上がる。そちらに顔を向ければ空中で気を失った女性を両手で抱き抱える悟の姿があった。流石だなぁと冷や汗を拭いふぅとため息を吐いたのも束の間、そこで被害は止まらない。

 

 「…おい、おいおいオイオイオイッ!!!どうなってんだよおッ!!?!?」

 「ヤバイってッ!!!マジヤバイじゃんこれッ!!!」

 

 鳴り止んでいた破砕音が再び上空から鳴り響く。首を傾げて上を見るとガラスの破片と共に人の雨が降ってくる。その数優に二十は超えるだろうか。気を失って地面へと急降下していく者が多数。周りの人間達が阿鼻叫喚に包まれる中悟だけが冷静であった。

 

 「【集団標的(マス・ターゲティング):飛行(フライ)】」

 

 人々の体が重力を無視してフワリと浮かび空中で静止したと共に再び歓声。ゆっくりと地面に下ろして手に抱いた女性を床に下ろすと周りの人間達が悟のことを褒めちぎる、が

 

 「この方達をお願いします、それと少し離れておいた方がいい」

 「?な、何を」

 

 彼らの上空が暗く曇る。上を見上げた者達がもはや何度目かの悲鳴を上げてその場から走り去る。上を見上げるまでも無く理解していた悟がこちらに向かってくるこの事件の元凶を迎え撃つ。

 

 「……ッ、お前か、これをしでかしたのはッ」

 「ハァーッハッハッハッハァッ!!!オイオイオイオイッ!!!強ェナァッ!!お前ッ!!!これ受け止めんのかよッ!!!ラァァアアッ!!!」

 

 上空から猛スピードで突っ込んできた筋骨隆々の男。異様なほど筋肉がパンプアップしており、まるで弾丸のように丸まって悟に激突すると、流石にその場では受けきれず地面に摩擦感を残しながら後退する。チチチと火花を散らしながら歩道を端から端まで押し出され、最後のダメ押しのように男が腕を振るうと悟の身体が浮いて弾き飛ばされる。凄まじい勢いで歩道と道路を仕切るガードレールに直撃した瞬間、ガチンと言ってガードレールが引きちぎれあらぬ方向へ飛んでいき歩道橋に突き刺さる。風を切る特有のヒュンという音が鳴り響いたかと思えば建物の壁の一室が爆発して土煙が上がる。先ほど悟と談笑していた男性のすぐ目の前を横切り壁につきささり土煙に消えた悟から声が上がらない様子を見て、おうおう死んだかと愉快そうに口ずさむヴィランを前にして青ざめる市民達。ヴィランがギロリと辺りを見回した瞬間、蜘蛛の子を散らすように走り去るが、次の瞬間、

 

 「【魔法最強化(マキシマイズマジック):衝撃波(ショックウェーブ)】」

 「あ?何――グォ!?な、なん――ヌァ――ァァァアアアッ!!!」

 

 不可視の衝撃波がヴィランを襲う。突風などという生易しいものではなく、目に見えない巨人に押し出されるように、裏路地の方へと吹き飛んでいく。ガシャンとゴミ箱を押し倒す音を残して暗闇の中へと消えていくヴィラン。瞬間、ヒーロースーツを着た悟が転移を使用しヴィランのいなくなった広場へと現れる。

 

 「……おい、痛てぇな、クソガキ」

 「そうか、ならこれ以上痛い思いをする前に自首してくれれば助かるんだがな」

 

 「あ?しねぇわボケ、テメェあれだろ、さっきの制服。雄英生徒だろ、ボンボンの秀才、世間も知らねぇクソガキだ。俺の一番嫌いなタイプの人間だ」

 「奇遇だな、俺もお前のようなタイプは嫌いだぞ、他者への迷惑も考えず独りよがりに暴れ回るヴィランはな」

 

 「……口も無ぇのに口の減らねぇガキだなあ!!テメェはヨォッ!!!」

 

 破裂音が鳴り相手の体が一回り大きくなる。重量が増したのか、ズドンとヴィランの周囲の地面が彼を中心に陥没する。ひぃと怯えた声を漏らす市民達。悟が魔法を唱えると彼の体の周りに魔法陣がくるくると回り始めるが、

 

 「オイオイオイオイッ!!!雄英のいい子ちゃんが公で他人に個性使うのかよッ!!!犯罪だぜそりゃあッ!!!!」

 

 ヴィランの言葉に驚愕するギャラリー達。ふざけるな、犯罪者はてめーだろ、と、虎の威を借る狐の如く悟に群がる人間達が罵倒を浴びせるが。

 

 「……ふむ、それもそうだな」

 「な!!?」

 「ば、バカッ!!あんた何言ってんだッ!!!」

 

 「失礼……フンッ」

 

 魔法の詠唱を止めた悟がとことこと歩いていき、地面からそりたつ鉄の棒を握りしめる。そして力任せに引っこ抜くと途中で金属が捻じ切れ分断される。何かしらの個性でも使ったのでは無いかと疑いたくなるような馬鹿力に周りのギャラリーのみならずヴィランも目を見開くがそんな彼らをよそに何でも無いように悟がブンと道路標識を敵にかざして挑発する。

 

 「さぁ、待たせたな。さっさと終わらせよう」

 「―――ほざけッ!!!」

 

 スローモーションで時間が流れる。コンマ数秒。コマ撮りで撮られた写真のように、一瞬一瞬がまるで静止画の如く流れる。人々がもうダメだとそこから走り去って逃げ出すが、彼らがその第一歩を踏み出すよりも早く弾丸が地を駆ける。あらゆるものが動きを止める中一人突き進む暴力の塊。音を、周囲を、あらゆるものを置き去りにして大凡一般人の反射神経を超えた速度を叩き出す巨躯のヴィランが空中を一直線に飛んでいき―――

 

―――唐突に、止まる。

 いや、動いてはいる。微量ではあるが、空中を飛ぶ彼の足元に定規を置けば、彼の作り出す影がミリメートル単位で僅かに動いているのが見て取れる。しかし、そんなものよりももっと目につくもの。

 

 急いでいる様子も、ましてやノロマでもない。コンマ数秒を置き去りにして、優雅に、何でもなさそうに、ただ一人実時間を征くが如くゆっくりとゆっくりと腕を振り上げ、何も抵抗を見せない筋肉の塊に向かって、

 

 「……フンッ!」

 

 正義の鉄槌を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 「…………え………あ………?」

 

 「………終わったかな、ふぅ」

 

 音が鳴り止んだことに気がついて後ろを振り向く一般市民達。全員が全員例外無く固まってその光景を目にする。地面に倒れふしたヴィランが白目を剥いてポッカリと開けた口から涎を垂らす。彼を中心に地面が窪み、ヒビが入っていた。悟の振り下ろした道路標識の先端が外れ、カランカランと音を立てる。赤の三角に止まれと書いた標識がパタンと地面に倒れた瞬間、周りから今度こそ歓声が沸き起こる。

 

 「(……流石にこのレベルだと完全なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)でないと対応不可だな、まぁかといって完全なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)使ったらそれはそれで過剰戦力ではあるんだが……まさか出先でこんな凶悪ヴィランと出会うことになるとは思ってなかったが……良い経験になった、さて)失礼、そこの方、少しいいですか?」

 「え、あ、はい!な、なんですか??」

 

 「いえ、確かあなた、あのビルから落ちてきた方だと思いますが、まだ中に人が?危険な状態ならば救出に行かなければならない」

 

 その言葉を聞いて、ハッとした男性が懇願するように頭を下げる。

 

 「お、お願いします!!下階から火の手が!!早く行かないとッ!!!」

 

 それだけ聞いてそう言えばと思い出す。確か何処かの階層で爆破音がしたがあれは敵の個性では無く何処かしらから火の手が上がったのか、と。男性が口を開いたと同時に他の負傷した人達もお願いしますと口を揃えて喋り出す。分かりましたと言って行動に移そうとした悟だが、遠くからパトカーや消防車、救急車のサイレンがけたたましく鳴り響く。

 

 「やっとか……と言っても、わざわざ待って説明する暇は無いな……仕方ない。【中位アンデッド創造】」

 

 悟が魔法を発動すると地面に黒い渦が現れる。ゴポゴポと暗黒の沼から召喚されるローブを纏ったゾンビ。悟と違い薄皮が貼り肉が付いていた分寧ろ悟よりも余計にグロテスクに見えた。

 

 「エルダーリッチよ、私はこれから逃げ遅れた人物の救出に向かう。警察が来たら事情はお前が説明しろ」

 『承知いたしました』

 

 「それと……【上位アンデッド創造】【中位アンデッド創造】」

 

 続々と悟の元に集う僕達。三騎のペイルライダーと一体のエルダーリッチが悟に頭を垂れる。

 

 「エルダーリッチよ、お前は……5階、火元を探して対処しろ。ただし人が残っているようならば人命優先だ、そちらの救出を最優先しろ。避難に抵抗を示す等やむを得ない場合は眠らせて運びだせ。それと…お前は四階より下の階層で逃げ遅れた人の救出だ。気を失って動けないものから優先的に助けだせ。残った二体は私について来い」

 

 『『『『ハッ!!!!』』』』

 

 「では失礼します、【飛行(フライ)】」

 

 エルダーリッチと、ペイルライダーと、二騎のペイルライダーを連れた悟が各々自身の持ち場に散開する。その様子を固唾を飲んで見守る周囲の人間達。間も無く、火の手が止まり中から人々が救出されると拍手喝采。奇跡的に皆軽傷で済み、警察からの事情聴取が行われるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いや本当に助かったよ!!一般市民を救う立場でありながら学生に頼ってしまって、警察としても、大人としても立つ瀬が無いな、これじゃ」

 「いえ、運が良かっただけですので、私があの時やれることをしたまでです。あの場で私が適任だった、それだけです」

 「ふふ、そうかい。謙虚な子だな。君も……さて、話したいことはこのくらいかな?すまないね、事件に巻き込まれたばかりなのに身柄を拘束してしまい」

 「いえいえ、警察並びに事後処理に携わる皆様の弛まぬ努力には頭が上がりません。私はここまでが限界ですので後の処理はお願いします」

 「ははは!任せといて!君ほどじゃ無いけどきちんとやれることはやるさ!」

 

 道の脇で警察車両の前で事情聴取を受けていた悟が、それじゃあね、と快活そうな警察の男性から声をかけられて身柄を解かれ、警察の元から離れると周りに人だかりができるのはわけが無かった。

 

 「君雄英の生徒だって?いややっぱり凄いなぁ!!雄英は!!!」

 「ばっか!!雄英生徒だからってこんな子ばっかなわけないじゃん!!この子がすごいだけよ!私体育祭見たんだから!!」

 「もう並のプロヒーローより強いんじゃないか?」

 

 「はは、ありがとうございます。すみませんが、先を急いでいますので、道を開けてもらっても―――「おぉ!いたいた!!」

 

 男勝りな女性の声が聞こえる。何となく察しがついて、やっとかなと振り向くと、そちらはそちらで周りに人だかりができていた。おら、通るぜと、人を押し除けつつ悟に近寄るが決して邪険に扱うようなことはない。人が道を開けると悟と対面する。身長は低いものの流石にトップヒーローの覇気が感じられ見た目以上の風格を感じる。

 

 「はじめまして、ミルコさん。雄英こ「あぁいらねぇよ、知ってる知ってる。鈴木悟。あとヒーロー名はヒーロー名で呼べ。さん付けなんかすんな、お前オールマイトやエンデヴァーにもさん付けしてんのか?」

 

 「……そうですね、ではミルコ。短い間ですが職場体験期間、ご指導のほどよろしくお願いいたします」

 「おうよ!つっても………派手にやったなぁ、初日から」

 

 腰に片手を当てて、もう片方の手を目元に持っていき覗き込むようにビルの方を見つめる。と言っても流石にプロヒーロー、こういった場面は見慣れたものなのかそれほど衝撃を受けている様子はなかった。すまねぇな、と彼女らしく無く少しバツの悪そうな顔をするミルコ。はい?と悟が尋ね返す。

 

 「オメェの倒したヴィランだよ、私が追ってたんだが見失ってな……指名手配だぞ、一応」

 「あ、そうなんですね、実際のヴィランはみなアレくらいの実力かと」

 「バカ言うな、あんなの五万といたらヒーロー足りゃしねぇよ(アレほどのヴィランがめちゃくちゃいてもおかしくねぇって思ったわけか……まぁ、私くらいの実力なら問題ねぇだろうが……にしてもやっぱ強ぇな、コイツ)」

 

 「……あの、この後はどうするんですかね?」

 

 ん、そうだな……と、考え込むミルコ。まぁその前に、と言った瞬間ぐぅと何か音が鳴る。何だと視線をキョロキョロと泳がせるが音の発生源が見当たらない悟、そんな目の前の雄英生徒に呆れたように声をかけるミルコ。

 

 「……お前それおちょくってんのか?」

 「え?何―――あ、はいはい、なるほど。ちょうどお昼時ですもんね。いや失礼しました。ほら、俺、こんな体ですから腹鳴りませんし、そういうのに疎いんですよね」

 

 はははと誤魔化すように笑う悟。少し驚いたように目を見開くミルコが興味本位で悟に尋ねる。

 

 「なんだ?お前、もしかしなくても飯食わねぇのか?」

 「食わないっていうか、食えないっていうか……見た目通りでして。まぁ暇つぶしになるなら食事をしてみたい気がしないでもありませんね。"味"は分かりませんが"匂い"はわかります。俺に食欲なんてものはあるはずありませんが……どこかしら、"料理"から放たれる香ばしい香りというのは心地よいものを感じますね」

 「……んー、そうか。なんか悪いこと聞いちまったか?」

 「あ、いえいえ。誤解させるような言い方ですみません。別にそこまで興味をそそられるものでもありませんよ。俺のことならお気になさらず」

 「…ん、そっか。じゃあ、私だけ飯にさせてもらうわ。行きながら話でもしようや。教えときゃいかねぇこともあるしな」

 「はい」

 

 自分より二回り、いやそれ以上に小さいプロヒーローの後を追う悟。有名なトップヒーローと将来有望な未来の英雄の並び立つ姿を写真で捉えるもの達がいたとかいなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「―――ほうはな、んやぁ、ほぉはぁははひはほんは」

 「あ、あの。待ちますので落ち着いて食事の方とられては…?」

 「……ん、ん゛ん゛。いやぁ、すまねぇな。まぁ行儀の悪さは勘弁してくれや。職業柄パパッと済ましちまうことが多くてよ。かき込むのが癖になっちまってさ!」

 「あぁ、なるほど。大変そうですね、やはりプロヒーローというのは」

 「まぁ、お前にゃ無縁の心配事だろうけどな……ふー、あぁ食った食った、さて!取り敢えず、何から話すかな。何から聞きたい?」

 

 空になった茶碗を盆の上に置く。二人にしては少し大きめの座敷を模した飲食店の一室で、密室の中向かい合う悟とミルコ。改めて見るとデケェなこいつ、などと内心呟くミルコが首を痛めていたのは身長差故仕方の無いことであった。

 

 「そうですね……まぁ、体験期間中の活動内容―――いや、どうして、俺に指名を入れたのでしょうか?よろしければお聞かせ願いたい所存です」

 「……へぇ、予習はばっちしってわけだ、生意気だな」

 「はい、ヒーロー事務所、ましてやサイドキックすら存在しないプロヒーローミルコが、何を血迷って指名を入れたのか……少し、気になるところではありますね」

 

 悟の言葉を聞いたミルコが目を細めて口を歪ませる。鋭い笑みを浮かべたミルコがズズズとお茶を飲むと胡座をかき直して少し姿勢を正す。

 

 「……お前、どういうスタイルでヒーローやりてぇんだ?」

 「スタイル、ですか?」

 「あぁ、エンデヴァーみてぇな大手の事務所抱えて一地方に根付いてヒーロー活動すんのか、私みてぇに自由奔放に走り回るか―――つっても、私のやり方でもまるっきりやりたい放題ってわけじゃねぇけどな」

 

 

 

 「……後者、でしょうか」「だろうな」

 「体育祭んときに見てて思った。コイツ腐らせるのは勿体ねぇってな。だが選択すんのはテメェだ。私のやり方を教える。私独自の活動スタイル、それが合わなさそうだったらまた考えろや。私は、何ものにもしばられないこのやり方が合ってるって思ったからテメェを呼んだ。活動中にテメェで学んでテメェで取り入れろ。手取り足取り指導するつもりはねぇからよ」

 「承知しました。短い体験期間ではありますがこの目でしかと学ばせていただきます」

 「うし!……それと、ちょいと言葉が堅いな」

 「?俺は特に何とも「私がやりにきぃんだよ!!」し、失礼しました…」

 「もうちょっと言葉崩せや。短いって言っても数日間は一緒に活動すんだぞ。ガチガチに張り詰めんな」

 

 「………そうですか、分かりました。では短い期間ですがよろしくお願いします」

 

 そうそうそんな感じ、とにやりと愉快そうに顔を緩ませるミルコ。んで?他に聞きたいこともあんだろ、とミルコが口にすると悟が返事を返そうとして―――

 

―――どこからか、事件の鐘の音(ひめい)が鳴り響いた。

 

 「―――ミル「ついて来いッ!!!」

 

 ダンとテーブルを叩きつけたミルコが畳がめくれる勢いで地を蹴り窓から飛び出す。プロヒーローの迅速な動きに呆気に取られていた悟が意識を切りかえすぐ後を追い外に出ると、既にミルコが人でごった返した道路を飛び越えるように壁をつたい電柱に飛び乗り視界の先で点になっていた。見失いそうになり慌てて転移を使いミルコのそばに駆けつけ魔法で速度を上げて空中を飛びながらミルコに追従する。

 

 「流石の反応速度ですね、ミルコ」

 「私は個性でちょいと耳が良すぎるからな!お前もあんだけ早けりゃ上出来だ!!あぁ、それと一つ言い忘れた!!」

 「なんですか?」

 

 ミルコが宙を舞いながら電信柱に捕まり大車輪の要領でグルリと身体を回して曲がり角を曲がると視線の先に泥の波が見えた。車を、人を、あらゆるものを巻き込み道を埋めていく。視線を鋭くしたミルコが背後の悟に背を向けたまま命令を下す。

 

 「―――プロヒーローミルコの名の下に、雄英生徒鈴木悟の職場体験期間におけるあらゆる個性の使用を許可する」

 「―――わかりました、ではミルコ、飛ばしますので構えてください」

 「あ?何が「【上位転移(グレーター・テレポーテーション)】」

 

 ミルコが何か言い終える前に二人の姿が消える。次に現れた時に見えたのは先ほどまで遥か数百メートル視界の先で泥の中心に佇んでいたヴィランの頭。何が起こったか理解するよりも速く体が攻撃体制をとるミルコ。カカトを天高く突き上げるが、頭上に突如影が出現したヴィランが上を向くと大股を開いたミルコと、暗紫色のローブを羽織り魔法陣を展開する悟の姿があった。

 

 「み、ミルコッ!!?!?な、何でッ!!!!」

 「ラァァアアッ!!くたばれやあッ!!!!」

 

 「クソッ!!!!」

 

 間一髪で自身の周りに泥による防壁を作り出す。ドーム状の泥の中に隠れたヴィランごと弾き飛ばす勢いでミルコがカカトを振り下ろすが、

 

 「チィッ!!!めんどくせぇ個性だなッ!!!」

 『は…は、ハハハッ!!!そうかそうか!!!ミルコもこれは破れねぇか!!!俺の個性は強いだろそうだろう!!?!?』

 

 泥にミルコの足が触れた瞬間、ドプリと沼にハマったように足が泥の中へ沈み込み勢いが殺されていく。右足が泥に突き刺さり微動だにせず、宙ぶらりんになってしまい舌打ちをするミルコ。ヴィランのつけあがった発言がドームの中からこもった声で聞こえてくる。

 

 『ど、どうだ!!!ヒーロー!!!何もできねぇだろ!!!!ざ、雑魚なんだよ結局!!!俺の個性の前ではプロヒーローだろうが何だろうが!!!!ミルコでさえ、トップヒーローでさえ何にもできねぇ!!!!』

 「そうか、では私が何とかしよう。【上位転移(グレーター・テレポーテーション)】」

 

 

 

 

 『……よぉ、誰が雑魚だって?』

 『は?へ、あ、えちょ、待っ―――』

 

 ドームの外から二人の会話を聞く悟が終わったなと小さく呟くと、いったいどれほどの怪力で蹴り上げたのだろうか、泥の壁を打ち破り、なおも勢いは止まず後方へとバウンドしながら吹き飛んでいくヴィラン。瀕死の虫のように体をピクピクと震えさせながら、まだ意識は失っていないようで朦朧とする意識の中何とか体制を立て直そうと試みるが、

 

 「ど…ど、ろを……てん、かい…しな、く、ちゃ…ど、どろ「いや終わりだよ」

 

 地面に這いつくばる彼に一際大きな影が覆い被さる。肩にポンと、人間にしては圧力のかかる面積のやけに小さい手のひらが押し当てられ、次の瞬間、

 

 「【麻痺(パラライズ)】」「はがッ」

 

 情けない声をあげて今度こそ意識を手放すヴィラン。その瞬間、ウオォ!!と聞き慣れたプロヒーローの驚愕に満ちた声が聞こえてくる。驚き振り向くと物理法則を無視してドーム状に固まっていた液状の泥が重力に従ってベチャッと潰れてミルコを包み込んでいた。

 

 「………あ、あの、大丈夫ですか?」

 「……ぺっ、うぇ、気持ち悪りぃ……おい、なんか、水とか出せねぇの?」

 

 あ、あぁと言って攻撃手段にすらならない、最底辺の魔法に最強化をほどこしミルコの全身を洗い流す悟。あースッキリしたと言ったミルコに追い討ちをかけるように悟が口を開く。

 

 「あー、でも、どうせ洗うならあとでの方が良かったかもですね」

 「あ?何でだよ」

 「いやだってどうせ汚れますから、ほら、救出しましょう早く」

 「あ、やべ!!」

 

 ヴィランのことで頭がいっぱいになっていたミルコが慌てて作業に取り掛かる。道路を埋め尽くす泥の海から人や車を運び出す作業に、次第に駆けつけて来た警察や地元のヒーロー達も協力して取り掛かる。主要道の一角が封鎖され渋滞も起こり、プロヒーローの現場の過酷さを学ぶ悟。人を運び出し終えたかと思えば今度は泥の撤去作業に肩を落とす警察やヒーロー達だった。

 

 「……おい悟」「はい?」

 「何かまた便利な魔法とかねぇのか?ここらいったいの泥綺麗さっぱり消す魔法とか、よ!ふぅ」

 

 除泥用のトラクターに人力で泥を運ぶミルコが愚痴を垂れる。当然クレーン車や他の重機も駆けつけてはいるがそれでも手を休めることはしない。

 

 「流石にそんなのは……焼き払うこともできませんし……」

 「はぁ〜、しょうがねぇかぁ。こんなことお前にやらせるためにここ集合場所にしたわけじゃねぇんだけどなぁ、よっと」

 「こんなこと?」

 

 手にしたシャベルを止めて悟がミルコを見つめる。あぁ、と返事を返すミルコが背中越しに語り出す。

 

 「お前、おかしいと思わなかったのか?朝と昼、立て続けに軽いとは言い難い事件の連続。いくらプロの現場っつっても平均的にこれだと忙しすぎんだろ」

 「まぁ、思わないことはないですけど……ここの市だけが特別なんですか?」

 「うんにゃ、別にここに限ったことじゃねぇけどよ。事件の発生率で言やぁ豊作だぜ?ここは。実践には持ってこいだ。それと……既にお前がひっ捕らえちまったあの男。アイツがこの市にいるってことは耳に入ってたからな。メインはアイツだったんだが…色々手解きする前に生意気にもてめぇ一人でかたしちまうもんだからさ、計画ぶっ壊れだ……よっ!とぉ、ここの路地はもういいだろ。おら、次行くぞ」

 「あ、はい」

 

 肩にシャベルを背負う二人が路地から出て来ると大通りはかなりスッキリしたようで、洗浄車が道路に水を吹きかけ舗装を行っていた。

 

 「お?もう終わりかけか?こりゃあもうお役御免っつうか、行ってもいいか、よっしゃ。んじゃパトロール行くぞ」

 「あ、あの。一応断っておいた方が」

 「バーカ、いらねぇよそんなもん。時間の無駄だ。必要な所に必要なだけの人材を割く。ここにヒーローが集中してる時こそ他が手薄になるってもんだろ。そういう時に限って現れるバカ共を叩くのが私らの仕事だ。遅れんなよ」

 

 なんか上手いこと言いくるめられた感じが凄い、などと心の中でぼやくがその論に同意する所が無いわけでも無く、道を歩いてその場を去るミルコの後を追う悟。ジーッと目の前のミルコの後頭部を見下ろす形で眺めていると野性の勘だろうか、背を向けたままミルコが口を開く。

 

 「なんだ、私の耳がそんな珍しいか」

 「あ、いえ、そういうわけでは無く…………意外でした」

 「は?」

 

 「何というか、失礼な話ですがこれほどミルコが後進の育成に熱心だとは思っていなかったもので……何というか、放任主義的なイメージでした、勝手な想像ですが」

 「随分勝手なこと言ってくれるじゃねぇか、今日が初対面のくせしてよ」

 「す、すいません」

 「まぁ間違っちゃいねぇよ。協会からの指示ならいざ知らず、私がわざわざ指名入れるなんか今回が初めてだぞ、そんくらい見込んでるって自覚持っとけ。期待裏切るんじゃねぇぞ………と、言ってたら早速か」

 

 悟には聞こえないがピクピクとミルコの耳が揺れる。事件の匂いを感じ取ったようで地を駆けるミルコが悟に声をかける。

 

 「おら!遅れんじゃねぇぞ!!」

 「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「んじゃ、私は701号室にいるから、なんかあったら連絡よこせ。 明日は深夜帯にパトロールだ。今日みたいにぐっすりはできねぇからな。しっかり寝とけよ」

 「お気遣い無く。睡眠も取りませんので、この身体は」

 「……あー、なんだ「あぁいえすみません毎回。別に嫌味でも何でもありませんので、失礼しました」……そうか、んじゃまた明日。5時起きだからな、忘れんな」

 

 「はい、それではまた明日…………だから、5時起きも何も、寝ないんだけどなぁそもそも」

 

 エレベーターの扉が閉まり上階へ消えていくミルコを見送る悟がボソリと呟く。時刻は11時前。一日中街中を走り回り、果ては県を跨いでフルで活動した日の睡眠時間が、この後の風呂や着替えやそのほか諸々の準備も鑑みると5時間というのは肉体的にかなり無理をしているのだが、そのしんどさが伝わる悟では無い。睡眠時間は7時間、などと聞くことはあるがそれが2時間減ったところで少しの誤差に感じてしまうだけである。

 

 「さて、俺も自室行くか」

 

 踵を返して廊下を歩いていく。時折りすれ違う人に驚かれはするが無視。自室の前までたどり着きカードキーをかざすと緑色のランプが点灯する、銀色のドアノブを右手で握りドアを押し込むと悟にとってはやや天井の低い清潔感に包まれた温かみのある部屋が広がっていた。入ってすぐ右隣にあるハンガーに羽織っていた暗紫色のローブを吊り下げ裸になり、杖を壁に立てかける。備え付けの浴衣を手に取ると袖を通して腰を縛り、軽い服装になりだらんとベッドに倒れ込む。家のベッドも中々に上質なものだが、流石にプロヒーロー御用達ということだろうか、彼の細い骨身が埋もれていくように沈み込み心地良い摩擦を彼の体に与える。

 

 「うーん、こんなにいい所に泊まったのは初めてだ。危険と隣り合わせなだけあってお給金は良いんだろうか?プロヒーローは。まぁビルボードのチャートや知名度にもよる、か。まぁ俺食費も水道代も他人よりかからなさそうだし低くてもいいんだけどさ……暇だな」

 

 何とは無しにテレビをつけてみるが別に興味の惹かれる番組はやっておらず、結局はお笑い番組やアニメ等の中から選択するのはニュース番組。政治の云々かんぬんを見ていた方がまだ心が紛れていた。普段は夜眠れないからといってテレビが使えるはずも無いが、ホテルに泊まっている間はそんなこと気にする必要も無いために気兼ねなくテレビを見ていられた。

―――ちなみに、親は別に深夜何もすることのない息子にテレビの使用を制限させるなんて残酷なことをしていないが、悟の方から電気代がかかるからと断っているのはまた別の話。食事をしないために食費が浮いているから夜にテレビ見たところで大丈夫と親は言うのだが、やっぱり悟が折れることは無かったのも、別の話である。

 

 「ん?誰からだろ……はいもしも『鈴木!!聞き忘れてたことがあった!!』うるさ!!」

 『お前のヒーローネームなんだ?』

 

 「……アインズです。アインズ・ウール・ゴウン」

 『長』

 「いやまぁそう思いますけど」

 『んまぁいいや、ならアインズ!!お前どうせ夜眠れねぇなら私が言ったこと、よく考えとけよ』 

 「何―――あぁはい、それは分かってます」

 『そっか、それだけ、んじゃ』

 

 

 

 「……戦い方も話し方も、嵐みたいな人だな………」

 

 ツー、ツー、と音を立てるスマホの画面を落として枕元に置く。最後に言ったミルコの言葉を思い出してゴロンと仰向けになり天井を見上げる悟。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『お前、どんなヒーローになりてぇんだ』

 『へ?そりゃまぁ、人を助けられる『バーカ、そんなの当たり前だろうが、ヒーローとしての立ち振る舞いのことを言ってんだよ』……ヒーローとしての、立ち振る舞い?』

 

 ビルの屋上で少し早めの夕食を取るミルコの隣に座り話を聞く悟。使役していたレイスが巡回を終えて悟の元に戻り、特に周囲に問題無しと言えば、よし、では去れ、と一言主人の命令を頂くと満足したかのように空中で離散する。

 

 『…ん、あぁそうだ。事件解決してはい終わりじゃねぇ。めんどくせぇけどな。言っちまえば一般人から見たヒーロー像ってやつだ』

 『一般人から見た……ヒーロー像』

 『そうだ。ヒーローは言ってしまえば実力だけで……やれてる例外もいるが、それだけじゃダメだ。上目指すんなら大衆受けするようなヒーローにならねぇとな。分かりやすく言えばカッコつけろってことだよ』

 『カッコつけろ?』

 『あぁ』

 

 ミルコの言っていることの要領が掴めず無数の疑問符を頭の上に浮かべる悟が何言ってるんだと言わんばかりにミルコを見つめる。

 

 『オールマイトとエンデヴァーが良い例だ。オールマイトはインタビューとかでも言ってるが安心感を与えるために笑顔を絶やさねぇって話だからな、アレも一つの、言わばカッコつけだ。対照的にエンデヴァー。肩書きこそNo.2だがそんなトップヒーローがあまり大衆受けしないのはあの淡白な性格由来だ。素でヒーローやるっつうのは楽だがそういう弊害もある』

 『じゃあミルコもカッコつけて男勝りな発言してるんですか?』

 『バカ!!私は元からこうだ!!!私に限った話じゃねぇ、てか大体のヒーローはそうだが素だよ!!少し大袈裟に立ち振る舞う奴もいるけどな』

 『じゃあ俺も素で…『そういうわけにはいかねぇんだよ』?』

 

 ごっそさん、と言って手をパチンと合わせたミルコが空の弁当片手に立ち上がろうとするのを見て悟が手を差し伸べると何となく察したようで、ん、と言って空になった弁当容器を差し出すと、受け取った悟が魔法を発動し握っていた容器が光に包まれ消えていく。ガコンガコンと音が鳴る方を見るとゴミ箱が置いてあり、中から何かが落ちたような音が響いてきた。

 

 『ひゅー、便利。……んで、話を戻すが、やめとけ。お前は何かしら演技した方がいい』

 『なんでですか?』

 『……今日一日見ていて思ったんだよ。お前は強い。生半可なヴィランじゃ太刀打ちできねぇくらいにな。圧倒的だ』

 『はぁ、ありがとうございます、けれど、それとこれと何の関係が『似合わない』……は?』

 

 

 『だぁかぁらぁ!!合ってねぇんだよ、見てくれと実力と、立ち振る舞いが。お前シンリンカムイって知ってるか?』

 『そりゃあ、まぁ』

 『どんな印象だ?アイツ見てて』

 

 どんな印象と言われて、しかしヒーローオタクでもない悟が彼について詳しく知っているはずもなく、思ったことを率直に口にする。

 

 『…寡黙で真面目。冷静沈着といったところでしょうか『緊張しい』……はい?』

 

 『アイツ、表ではあんなだけどよ、先輩の前ではペコペコして失敗しようもんならすいませんの雨霰だぞ。見たいか?お前。仮にシンリンカムイのファンだったとして、そんなペコペコして他人行儀なアイツの姿。いやファンでなかったとしても、心配だろ見てて』

 

 『………それは、まぁ……』

 『別に今の立ち振る舞いがお前の最終形態なら言うことねぇけどよ。もうちっと客観的に自分見ろや。もう少し工夫できるとこねぇのかってな。せめて臨戦態勢に入ったときのあの威風堂々って態度がずっと続いてりゃ言うことないんだけどな』

 『………了解です』

 

 

 

 

 

 

 「つってもなぁ……逆に真剣にヒーロー活動してて演技をするのもそれはそれでどうなんだ……いや、演技って言い方がダメなんだな。オールマイトも人々に安心感を与えるための行為の一つがあの満面の笑みってことだろ。俺がどうするか、か……」

 

 自分のヒーローとしてあるべき姿を思い浮かべる。授業中のクラスメイトの言葉を思い出す。そこに感じたものは、安心感というよりは絶望感、言ってしまえばヴィランっぽいとかなんとか。悪気があって言っているわけではないことは分かっているのでそこに関してはツッコミはしないが、にしても困ったものだと頭を撫で回す。結局一晩経っても答えは出ず、早朝、鳥の囀りとともに職場体験、2日目の準備に取り掛かる悟であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




職場体験期間中のイベントを考えています
保須市に合流させるかそれともオリジナル怪人や事件を発生させるか……
それではまた次回


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始動

少し短めの話を挟みます
と言ってもストーリー的にかなり重要な話です
かなりネタバレしてるかもですが

それでは本編どうぞ




 「……すみません、死柄木弔が失礼を」

 『あぁ構わないとも黒霧、成長期の子供ってのはアレくらいで丁度いい。弔も学ぶことだろう、今回のことを糧としてね。今後も忘れずにあの子のサポートを頼んだよ?』

 「ハッ」

 

 あるバーの一室。癇癪を起こした白髪の少年が部屋を後にして、一人残された黒霧と呼ばれる男が液晶に淡く映る余裕たっぷりの態度で満足そうに語る男性と言葉を交わす。

 

 『ところで黒霧、少し、頼みがあるんだ』

 「?はい、何でしょうか」

 

 『弔に三体は貸し出すとして、余った二体の脳無、彼らをある市へ解き放ってほしい、頼めるかな?』

 『……良いのか?先生。先程はアレほど出し渋っておったのに』

 『問題無いとも、というよりも、どちらかと言えばそっちが本命さ。しかし愛する子の頼みだ。無碍にはできまい。本当はこっちに脳無を割きたかったんだけどね……まったく、僕は少し子煩悩なところがある、これも弔の成長のためと思えば必要経費さ』

 

 少し意外そうに液晶越しの「先生」を見つめる黒霧。揺れ動くモヤが「先生」の意図をいまいち掴めぬ現在の彼の心境を写し撮っているようであった。

 

 「あなたがそう言われるのであれば……しかし、いったいどこへ?」

 『どこ、というのは少し正しくないかな』

 「?それはどういう……」

 

 

 『―――頃合いだ、()の様子を見たい』

 『―――なるほどな、脳無二体では話にならんわけだ』

 

 『黒霧、どこに脳無を送るかはまた追って通達する。それまでは依然変わりなく弔の側にいてやってくれ』

 「………分かりました、では失礼します」

 

 その言葉を最後に、黒霧も死柄木のあとを追うように扉の向こうへと姿を消していく。プツンとモニターの画像が途絶え、後に残ったのは静寂のみであった。どことも知れぬ暗闇で、二人の悪が不敵に笑みを浮かべて言葉を交わす。

 

 「あぁそうだドクター、また一つ、マキアに回収させた人間の個性を組み込めるように脳無を改造しておいてくれるかい?」

 『それは構わんが、流石に先生も徹底しておるな、()()相手となると』

 「フフ、そう思うかい?全くの逆さ」

 『逆?』「あぁ」

 

 目も鼻も見られない、のっぺりとした肌についた口が歪み白い歯を覗かせる。愉快そうな口ぶりで呟く彼の言葉には、隠し切れないほどの邪悪が滲み出ていた。

 

 「待ちきれないのさ…絞って捻って、滴り落ちた汁が熟成するその時まで、下品だけど味見をしたくなってしまって抑えられないんだよ。これは賭けだぜ?しかもする必要の無い賭けだ……静観を決め込めば良い、けれど、そう、僕が知りたいっと思ってしまったからちょっかいをかけるのさ……完璧に下準備も済んでないままね」

 『……先生にそれほどまで言わしめる存在か………』

 

 理解に難色を示す「ドクター」が唸り声を上げつつもあいわかったと脳無の調整に入るため通信を切る。一人残った「先生」は話を終えてもなお楽しそうに、微笑み続けるのであった。

 

 「フフ……強くなれ、君には王の素質がある、弔や僕では到達しえぬ、また別の頂に達する可能性がね……僕はいつでも君のことを見守っているよ………―――

 

 

 

―――――鈴木悟。

 

 

 

 

 




結局悟くんには別の脳無をぶつけることにしました
保須市のドタバタに合流するかは考え中です
あとちょっと困ったことがありまして、愚痴にも近いことを下に書き連ねます、最新話のネタバレも含んでいますのでまだ【335話を読んでいない方はお引き返しください】




















ああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛゛゛ッッッ!!!!
どうすりゃええんじゃ!!どうすりゃええんじゃ!!いやこの話書き始めた当初から懸念していたことであったけど!!!
嘘だろ葉隠さん!!嘘だと言ってくれ!!!
じゃないとこの小説のストーリーというか序盤の葉隠さん関連の話が全部ぶっ壊れるんだよおおオォォオオオ!!!!!


はい。詰みです。ふざけんな。
というわけで、まぁ来週からのヒロアカの内容にもよりますが、話の辻褄が合わなくなって打ち切りエンド濃厚になってしまいました。来週からの葉隠さんの内通者に関する掘り下げを読んでから頑張って辻褄合わせはするつもりですが、投げ出したらごめんなさい。
ではまた次回


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ヒーローの仕事

前回は皆さん多くの感想を寄せていただき大変ありがとうございました
今後の本誌の展開にもよりますが、どうにもならなくなったら助言通りに注釈をつけて進めたいと思います
ご心配をおかけして大変失礼しました
それでは本編どうぞ


 「ふぁ……ん、ん゛ん゛、いけね。しっかりしねぇとな……にしても、眠らねぇってのはマジなんだな」

 「えぇまぁ、ですからこういう張込みは適してるかもしれませんね、俺には」

 「違いねぇな、というか何でも出来るなお前………お、オイ。来たぞ」

 

 深夜。ある古ぼけたマンションの一角にて、何も無い空間から漂う声が二つ。言わずもがな悟とミルコだが透明化した彼らの姿を視認できるものは誰もいない。彼らの視線の先、道路を挟んで吹き抜けの大型駐車場の柱の影で密会する二人の人間。ミルコが悟に指示を出す。

 

 「悟、テメェで片付けてみろ」

 「……いいんですか?」

 「あぁ、お前だったらどうするか見てみたい。分かってると思うが失敗してもカバーしてくれる、なんてバカな考えはすんじゃねぇぞ」

 「えぇ、それは重々に承知しています。失敗すれば終わり、それほどの気概でやれということは」

 「おし、じゃあテメェのタイミングで始めろ」

 「分かりました」

 

 コソコソと悟が詠唱を開始する。何度も聞きなれた【アンデッド創造(クリエイトアンデッド)】を耳にすれば、一体の眷属が空中を浮遊して悟の前にゆらめいていた。

 

 「死霊(レイス)よ。あそこにいる……そうだな、左側の男にバレないように追尾しろ、指示は追って出す。では行け」

 

 低位の存在なのか、声を発することは無くこくりと軽く頷いたように見える虚像の浮遊体が床を、壁をすり抜け暗闇に紛れて視界の先へと消えていく。

 

 「では、俺も一旦失礼します」

 「おう、ヘマすんじゃねぇぞ」

 「はい、では。【転移(テレポーテーション)】」

 

 悟の姿がその場から消える。恐らく駐車場付近まで転移したのだろうが声が聞こえないとなると、この暗闇において流石に数十メートルはあろうかという距離で姿の見えない悟の気配を感じとるのは困難だった。ミルコの視界の先、話し合いが終わったのか密会を行なっていた二人が分かれて暗闇の中に消えていく。

 

 「………消えちまったぞ、カス共……悟の奴、ちゃんと追っかけてんだろうな「戻りました」うぉ!!………連れてきたのか」

 「はい、流石にあんな見晴らしの良い場所で尋問するわけにはいきませんからね」

 

 麻痺を食らい体を痙攣させつつも意識のある金髪の男が、ピアスを通した唇からダラーッと涎を滴らせながら、あー、あーと何とか声を出そうと地べたに這いつくばったまま透明化を解いた悟を睨みつけるが、目の焦点が定まらずフラフラと泳いでいた。その様子を見ていたミルコが、麻痺の影響もあるだろうが、キメてるなコイツ、と長年の経験から口にする。

 

 「ところで尋問っつってもヒーローがやれることなんざそうそうねぇぞ。ここら辺の取り決めがめんどくせぇけどな。正当防衛ならボコってもいいが度が過ぎた暴力行為は御法度だ。情報吐き出させるために傷つけんのは多分許しは降りねぇぞ」

 「あぁいえ、尋問という言い方が悪かったですね。心配なさらずとも暴力なんて一切ふるいませんよ」

 「?…んじゃあ、なんだ?脅すのか?そんな材料持ってたか?」

 「いえですので、そんなまどろっこしいことはやりませんよ。見てもらった方が早いですね、あぁそれと今から私がこの男と対話を行いますがその間は一才言葉を発さないようにして下さい、お願いします」

 

 は?とミルコが口にしつつ悟を睨みつけるがそんな彼女は放っておいて、唐突に男の頭を乱雑に掴んで持ち上げる悟。膝を曲げた悟が男と顔の高さを合わせて向かい合うと、血眼になってフーフーと怒りをあらわにする金髪の男。鼻と口からダラダラと汁がこぼれ落ち、視線が悟の顔を中心としてフラフラと揺らめいていた。次の瞬間。

 

 「【人間種魅了(チャームパーソン)】」

 「ッッッ゛ッ゛!!!…………」

 「………よし、耐性持ちでは無いか、コイツの個性も聞き出さなくてはな」

 

 悟が今度はパッと手を離すとガクンとうなだれて男が勢いよく尻餅をつき壁に背を当てて首を垂れる。ジーッと動かなくなった男を見て悟を訝しんだミルコが流石に全てを任せると言っても容認できる範囲を超えて声をかけようとするも、

 

 「………あ……?」

 「おはよう、大丈夫か?随分お疲れのようだったが」

 

 

 

 「……うぉ!!?な、なんだ、お前か……お、脅かすなよ……お、おれ、おれは、おれだから、き、きらい、そういうの苦手の、苦手なの、知ってるだろ、お、お前は」

 「あぁすまない、少し驚かせてしまったようだな。君への配慮が欠けていたよ、謝罪しよう」

 「へ、へへ、いいよ、いい。俺と、お、俺、お前だから、間だから、な。許す、許すよ、許す」

 

―――絶句。声を出すなと言われたが、言われなくとも声が出せない。一瞬二人が知り合いなのかとも疑ったが、すぐに気付く。淡白な悟の言葉に友情のカケラもこもっていないことに。そして何より恐ろしいのが、そんな誰でも気付くような悟の声色に疑問も抱かず信頼を寄せる目の前の男。先ほどまで血眼で睨みつけていた相手に決して発するはずのない安心し切った言葉の緩み。何かおぞましい物を見せつけられているようだった。

 

 「ところで、そう、大丈夫だったか?偶然君が怪しい男と密会しているのを見てしまってな、お節介だったかもしれないが倒れている君を起こしたんだ。あの男に何かされなかったか?」

 「や、優しい優しいな、いい奴だ、やっぱ。へ、へへ、す、すま、すま、ごめん、ごめんなさい。迷惑かけて、心配しないでいいよ。俺は大丈夫だから」

 「あぁそうか、それを聞いて安心したよ。でもやはり友として知っておきたいんだ。余計なお世話かもしれないが君が本当に危険なことに足を突っ込んではいないか知っておきたいんだよ、でないと安心したくてもしきれない」

 「で、でも、でもダメだって、よ。だって、でも、お前は、いいやつで、裏切るってのは悪いことだけどアイツら裏切るのもヤバいって、やばいから、こわい。怖いから無理、わかるでしょ?ヤバいんだよ、アイツら」

 

 

 

 

 

 

 「安心してくれ、君は俺が必ず守る。………親友だろう?」

 

 

 「……ごめん、話す。嘘ついた、て、ごめん。話す、そ、そうだよな……自分のために、自分の、自分が大事で、から。友達は裏切っちゃダメだよね」

 「あぁ、ありがとう俺を信じてくれて。さぁ安心してゆっくりと語ってくれ」

 「はい、はい」

 

 姿を消しているミルコが口元を押さえる。吐き気にも近い感覚を覚えるがグッと飲み込み悟を睨みつける。洗脳という個性は過去の時間の中で似た物を何度か見たことがあるしなんなら体育祭でそれこそ洗脳という個性を持った生徒を見た。ただあくまでその時は自分の傀儡のように相手を操るだけでそこに不自然は見られない。言わば操り人形。しかしどうだ、目の前の光景は。片や白い目を向けて作り物の抱擁、片や信頼を寄せた安堵の表情。何が起こっているのか理解できない―――否、したくないの方が近かった。

 

 「こ、これ。見て」

 「………?これは……なんだ?赤い…」

 「す、すげぇよ、コレ。強くなれるんだ、俺、強くなれる、コレで。お前に心配かけなくて済む、強くなれるから」

 「強くなれる?……なんだ、ステロイドとか?」

 「違う、違う違う、そっちじゃ無い。そっちじゃなくて、俺の水が凄いぞ、凄くなる。強くなる。もう、ね。水で壊せる、壁とか、人とか」

 「水―――あぁ、そうだったね。君の個性は、そう、水を出す個性だったな。なるほど、個性が強化される薬か」

 「あ、そう、そうだ、そう!きょうか、強化!!言ってた、個性強化………やく、って、売ってくれた人が」

 

 そう言われて売人のことを思い出す。レイスと通信を繋いで今何処にいるのか話を聞けば迎えの車に乗ってここを離れる所だと言う。

 

 「(……そうか、分かった、そのまま追跡を続けろ)そうか、なるほど、いや安心したよ。疑って悪かったね。君は強くなろうとしただけだったんだな。よかった、危ないことに手を染めていなくて」

 「だ、だろ?あん、安心していいよ、いい。俺悪くねぇから、です」

 「……もしよかったら、君が強くなるための手助けをしてくれた、その人に会ってお礼が言いたいんだ。その人のことは詳しく知ってるかな?」

 「わ、わかんねぇ。でも、ヤクザだって聞いた、なんか、バラそうとして、した奴が消えたのは、聞いたことある」

 「……そうか(ヤクザか……昔はかなり日本にも蔓延っていたようだが、今ではほぼ形骸化したという話だったけど……いや、俺が今考えるべきことでは無いな)」

 

 顎に手を当てて考える悟をジッと見上げる男。その視線に気づいて悟が見つめ返した後、小さく、まぁこれ以上聞くこともないか、と呟いて声をかける。

 

 「さぁ、引き止めて悪かったね、お詫びと言ってはなんだけど送っていこう、疲れているだろう?少し眠っていなさい。【催眠(スリープ)】」

 

 悟が男の顔に手をかざして魔法を唱えると抗い難い睡魔に襲われ身体が倒れていく男。ありがとうと感謝を述べる彼がすぐさま眠りにつくと、もういいですよとミルコに声をかける。

 

 「……おい、なんだ今の」

 「私の魔法の一つですよ。動物等は無理ですが人間に限り自分への好感度を極限にまで上昇させられます。今見てもらった通りおいそれと他人に言うことのできない秘密さえも共有してしまうほどに。ただ相手が違和感を感じてしまうと魔法が解けてしまうので不自然でないように質問をする必要がありますから、そこは注意ですね」

 「……だからか、私に黙れっつったのは」

 「えぇ、万が一にもあなたの存在が気づかれればミルコの存在を隠していた私に対する懐疑心が生まれてしまいますからね、それとトップヒーローとのコネクションを説明するのも無理がありますから、そこから魔法が解けてしまうかもしれない」

 「……フン、何でもありだな、本当に」

 

 

 

 「気色悪い、とでも思いましたか?」

 「…………」

 

 ジッと悟がミルコを見つめる。眼窩に灯る赤い光が自身を貫き、少し冷や汗をかくミルコ。

 

 「それが正しい反応だと思いますよ。ただ私のやりたいようにやれと指示を出したのは貴方です。気色悪くてもコレが最善ですから。私のことをそう思っていただくのは勝手ですがせめてこの件が解決してからいくらでも責めてください。倫理観の欠如した私のやり方を、ただ……」

 

 ミルコに責任を押し付けるような乱暴な言葉、ムッとするミルコが少し血管を浮き上がらせるが次の瞬間、腰を90度に曲げて頭を下げる悟に意表をつかれる。

 

 「私には圧倒的に経験が足りません。任せてくれたのに最後まで成し遂げられない不甲斐ない若輩を許してください。経験豊富なプロヒーローミルコの知恵が必要です。今私の眷属が売人の車を追っています。ただ召喚時間の関係でもうそろそろ追跡が途絶えてしまいます。新たな眷属を呼び出し追跡を続けるべきでしょうか。もしよろしければご教授願いたい」

 

 

 

 

 

 

 「いや、いい。さっきの情報ありゃヤクザの目星なんかつくだろ。下手に追っかけるのは止せ。勘づかれても面倒だ」

 「……了解です、ありがとうございます……レイスよ、追跡はそこまででよい、ご苦労だったな」

 

 レイスが空中で離散して追跡を終える。ふうっとため息をついた悟の横でミルコが端の悪そうな顔をしていた。

 

 「……ミルコ、先程は生意気な口をきいて大変失礼しました。到底許される行為ではありませんが、どうかこのとおり「あーやめろ!!もういいから!!!」……そうですか、分かりました」

 

 頭をぽりぽりとかきむしるミルコがため息を吐く。それを少し笑いながら見下ろす悟。んだよとミルコが口にするといいえ何でもと返す悟。

 

 「ったく、これじゃどっちが大人か分かったもんじゃねぇな……その、なんだ、悪かったな。確かに私が言い出したことだ、お前の個性にケチつけんのはお門違いだ。悪かったよ」

 「いえ、正しい感性だと思います。術者の私自身でさえ初めて使ったときは寒気を覚えましたから。初めてあの光景を見て不気味に思ってしまうのも無理はありませんよ」

 「そーかい、絶妙にフォローになってないフォローあんがとよ……にしても、やっぱ個性強化薬か……」

 「?知っているんですか?」「まぁな」

 

 悟がミルコに赤い液体の入った注射器を手渡すとミルコが二本指で摘み顔の前へ持っていく。血液のようにタプタプと揺れ動く光沢を放つ液体を睨みつけつつ悟に説明する。

 

 「個性強化薬、名前の通りだよ。人間の体に打ちゃあモノにもよるが一定時間個性が何倍にも膨れ上がる。代償として極度のストレス、思考力の欠如が見られる、だったか。日本じゃ禁止されてるしあんまり蔓延してるもんでもねぇから生で見ることもそうそうねぇがな」

 「ヤクザ、と言ってましたが……」

 「あぁ、十中八九資金調達だろ。めんどくせぇことしやがって……チッ」

 

 舌打ちを打って電話をかけるミルコ。言わずもがな警察に連絡を取り、洗いざらい調べ上げるように通達をする。別にプロヒーローと言っても警察機関とは全くの別物で本来命令できるはずもないがトップともなると様々なコネクションを持っているのだろう。ん、了解、と言ったミルコが悟に声をかける。

 

 「よし、今日はもう上がっていいぞ」

 「了解です、ミルコは?」

 「ちょいと警察に御用」

 「了解です、ではお言葉に甘えてお先に失礼します」

 「おうよ!まだまだこっからだからな、気合入れとけよ」

 

 はい、それでは、と言った悟が姿を消してミルコだけが残る。本当に、生意気なほどにできたガキだとフンと口角を上げて鼻息を鳴らしたミルコが、あっ、と声を漏らす。どうせなら警察署まで飛ばして貰えばよかったと後悔しても後の祭り、わざわざそんなことのために電話する気にもなれず、ため息をついて男を背負い地を駆けるミルコであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「【魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック):魔法の矢(マジックアロー)】」

 「は、ひぁ、ひゃ、ふぐッッ」

 

 光の矢を受けたヴィランが後方へ吹き飛んでいく。こうしてヴィランを吹き飛ばすのも何度目だろうか。某台所の黒光りするアレでは無いが、いったいどこからこれほど湧いてくるのか不思議にさえ思えてくる。自分たちが平和を謳歌していた裏でコレほどのヴィランが湧いていたとは驚きである。

 

 「おう、お疲れさん、大分慣れてきたか?ヴィランぶっ飛ばすのも」

 「なんかその言い方はアレですが……まぁ加減の程度はそれなりに」

 「そうか、そりゃ上々だ……んで、どうだ?答えは出たか?」

 

 屈んでヴィランを縛り上げていた悟が、えっ、と声を漏らす。おいおいとミルコが頭を掻きむしるがそれでも何のことか思い出せず、勘が良いのか悪いのかと呆れ返ってガックリと肩を落とす。

 

 「ヒーロー像だよ!ヒーロー像!!オメェがどう立ち振る舞うのか聞いてんだよ!答え出たのか??」

 「あ………えと、その………」

 

 「………出てねぇなら出てねぇって言やいいだろが」

 「はい……すいません」

 「ま、無理は言わねぇよ、一日目はあんなこと言っちまったがお前は素が強すぎる。まぁいいんじゃねぇか?礼儀正しい大魔王ってのも」

 「だ、大魔王?なんですかそれ……」

 「いやまぁ見たまんまだけどさ」「はぁ…」

 

 無神経なのか分かってて言っているのか、ヒーロー志望の人間に軽々しく大魔王などと言葉を投げかけるトップヒーローを見つめる悟。なんだよ、とミルコが返事を返すが、いえなんでも、と一言告げて立ち上がる。

 

 「……それと、何度かお前が見せた、弱っている演技、アレも作戦のうちか?」

 「えぇ、まぁ、そうですが…」

 「やめとけ、とは言わねぇが時と場合を考えろよ」

 「?それはどういう」

 

 そんくらい自分で気づけクソガキ、と言ったミルコが腕時計を確認する。明日は職場体験最終日、気合入れとけよ、と言ってその場を立ち去るミルコを見送りながら、最後にミルコが言った言葉の意味を考える悟。

 

 「………なんだ……弱ったフリ……調子に乗ったヴィランなら直ぐに油断してくれるけど………肝心な時には通用しないってことか?………んー、分からない。……ん?電話……え、芦戸さん?え、え、なんだろ、え………はい、なんでしょうか?」

 『いやなんでそんなに他人行儀なの?じゃなくて、凄いじゃん鈴木!!』

 「はい?何が?」

 『テレビテレビ!!』

 「テレビ?」

 『うん、て言っても全国じゃなくて地方なんだけどねー、アレほどの事件だったら全国放送されてもおかしくないと思うんだけど、やっぱ全国で見たらアレくらいの犯罪は普通に起こるってことなのかなー?でも鈴木が私と同じとこで活動してるって知らなかった!!』

 「え、あの、一体何を―――」

 

 『だーかーらー、鈴木テレビに映ってるよ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えぇぇえ゛エ゛エ゛エ゛゛ッッ!?!?」

 『ちょ、うるさいって!!』

 「え、あ、ご、ごめん。てか、え、嘘、嘘!?なんで!!?」

 『なんでって、そりゃニュースにでもなるでしょ。高校生が一人でアレだけのことやったら。いや私も今テレビ見て知ったからさ、凄いなぁやっぱり!!』

 「え、え、え、え、何が映ってたの…?」

 『防犯カメラで鈴木が余裕綽々って感じでヴィラン倒すシーンバッチリ!!いいなぁ、私も今日初めてヴィランと実践で戦ったんだけどさぁ、勝てはしたけど辛勝って感じで、周りの人不安にさせちゃった。まだまだだな〜』

 「え、大丈夫なのそれ?傷の方は…」

 『うん!問題ないよー!』

 「ならいいけど……うわぁ、マジか。うわ、うわ」

 『何?嬉しくないの?』

 「いや別に……嬉しいとか嬉しくないとかそう言うんじゃなくて……変な感覚だなぁ」

 

 なんだか浮き足立ってソワソワする悟。意味もなく辺りをキョロキョロする様子が電話越しに芦戸に伝わってきて笑い声が漏れる。

 

 『あはは!!わっかりやすいなぁ!!あ、そうだ!!!このニュースの地方紙の記事スマホでも見れるから後で送ってあげようか?』

 「あ、うー、うん。ちょっと気になるから送ってもらってもいい?」

 『おっけー!んじゃ後で送るね!私疲れたからもう寝るね。あ、そうだ。どうせならクラスのグループに貼っとこ、んじゃお疲れ様ー』

 「え、ちょ、おい待―――」

 

 無慈悲に切れる通話音。最後に爆弾発言を残した彼女に再び電話をかけようとするが時すでに遅し。クラスのグループに、あるニュースについての記事のリンクが貼られる。別に誇ればいいことだし何も恥ずかしがることは無いはずだが、どうしてか一人勝手に羞恥に悶えて悲鳴を上げる悟であった。その後、クラスメイトからの賞賛の言葉に包まれたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………」

 「……おい、なんか今日やけにテンション低いな。どうした?頭でも痛ぇのか?」

 「いえ……いや、なんでしょう、この、ムカムカと言うか。ないはずのものが燻られて……チリチリと焦がされ続ける……」

 「はぁ?もう職場体験最終日の終わりだぞ。頼むぜ本当、わけわかんねぇこと言わずによ」

 

 はい……と自分よりも数回り大きい雄英生の、なんとも情けない姿に若干困惑しながらもいつもと変わらず市内を走り回る。時刻は午後8時、週末ということもあり歩道には人がごった返しになり、道行く人々がミルコの姿を見つけるとその名を呼んで手を振る。数日も同じ場所で活動を続ければ流石に悟も顔を覚えられるようで――そもそも一度見たら忘れられそうもない顔だが――鈴木に対して声援を送る人々も少なくなかった。

 

 「にしても、最終日だってのに、クソほど平和でつまんねぇなぁ」

「いやいいじゃないですか平和で」

 「まぁそりゃそうだけどよ」

 

 こういった喧騒あふれる街中ならばと足を運んだわけだが彼らの思っていたよりは街には平和がありふれていた。騒がしさと言っても人々の活気あふれる賑やかさ。ガヤガヤと何重にも言葉が重なり何を言っているか聞き取ることができないが、声色から伝わってくるのは一週間の仕事に耐え抜いたサラリーマンの解放感であったり、外食を終えた一家の楽しそうな雰囲気だったり。

 

 その中に、異質に混じる、泣き声を耳にした悟がミルコに声もかけず足をそちらへ進めていく。

 

 「おい悟、明日は早えだろ、今日はもういいからさっさと明日の帰る準備しとけ―――あ?おい、悟?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あぁ……うぅぅぁぁあぁ……ん゛……ぁぁあぁぁ…」

 

 誰かが泣いていたからと言って特に歯牙にもかけない。自分が助けなくても誰かがやってくれる、と考える有象無象が多数。そして、その子のことを可哀想と思っているだけ自分はマシだと罪悪感を覚えつつも自分に言い訳を行う愚者が若干名。まぁ人間はだいたいそんな割合である。もちろん手を差し伸べる優しい人間もいるが、言ってしまえば大体はクズである。個性の発現によって、その割合は増加したかもしれない。

 

 「……大丈夫かい?」

 

 だからこそ、ヒーローが求められるのである。普通の人間でもできるはずの仕事をするために。

 

 「……?……ヒ……ッ!」

 「あぁごめんね、怖がらせちゃったね、大丈夫。こんな顔だけどヒーローだからさ」

 「……?ひー、ろー……?」

 「うん、ヒーローっていっても、ヒーローになるためのお勉強中だからね、ヒーロー目指して頑張ってるんだ」

 「………?ひーろー、なの…?」

 「あぁ、ヒーローだよ。だからもしよかったら、君が泣いていた理由を教えて―――えーっと、違うな……そう、なんで泣いていたのかな?心配になっちゃって」

 「……おかあさん、いない……うぁ……うぅぅうあ゛あ゛あぁぁ……」

 

 ピンと跳ねた猫のような耳に特徴的な丸々とした黒い目をした異形型の少女の目から、一度は止んでいた雪崩のような涙が再度湧き出てしまう。どれほど擦ったのか分からないほどに目の周りが赤くなり、滴る涙によって顔にはスジができていた。どうしたものかと子供の扱いに慣れていない悟が思いつきで少女をあやしてみる。

 

 「………【氷球(アイスボール)】」

 「うぁ…………?……なに、ん゛、これ…」

 「まぁ、ちょっと見ててね、【飛行(フライ)】【魔法三重化(トリプレットマジック):黒曜石の剣(オブシダントソード)】」

 

 魔法の行使により手のひらへと生じさせた丸い氷塊を空中へと浮かび上がらせる。膝を曲げて少女の身長に目線を合わせる悟の背後に現れた三本の光り輝く暗黒色の剣が、意思を宿したかのようにクルクルと宙を舞い、完全にそちらに意識を奪われているようで、口をぽっかりと空けて自分の身長では到底届かない高さにある氷塊と剣に触れようとぴょんぴょんとその場で飛んで手を伸ばすが、こらこらと笑いながら悟に軽く手を押さえられる。

 

 「あれさわりたい……」

 「ふふ、まぁ、少し見ててね。……うん、そうだな、まぁ無難にこんなのでいいか、よし、じゃあ―――」

 

 次の瞬間、悟が指先を氷塊に向けて伸ばすと黒曜石の剣が束になって襲い掛かり、残像を描きながら氷を削っていく。シャッシャと音を立てて舞い散る氷屑が雪のように降り注ぎ、それを掴もうと落ちてきた薄い氷を手に乗せるが、涙を擦って濡れた手のひらが一瞬にしてそれを溶かす。今度こそはと手をズボンや服で拭って氷のかけらを大事そうに手ですくい、口の中に入れてみるとすぐに溶けて消えたようで、冷たい!と無邪気に報告する様子に和みながら、さぁもうそろそろだよ、と口にする悟。

 

 「……うん、中々に綺麗にできたかな、はいどうぞ」

 「わ……すごい……きれい……」

 「どう?少しは落ち着いたかな?」

 「………ごめんなさい」

 「いいよ、謝らなくて、お母さん探しに行こっか?」

 「いいの?」

 「うん、いいよ。じゃあ、はぐれないように手繋ごっか」

 「ん!」

 

 悟が手を伸ばすとその手を握り返そうとして、両手で氷の花を握っていることに気づきあっあっあっ、と焦りつつもそっと左手に花を握り直して右手を差し出す少女。自分たちが無視していた手前バツが悪いのか悟から顔をそらす周囲の人々。若干、というよりかそれなりに失望を覚えつつも道を歩いていくとミルコが人の波を掻き分けこちらに歩いてくる。

 

 「勝手にどっか行くんなら一声かけろよ…」

 「すいません、それと、ちょっとこの子の親御さんを探してますので少し「あぁいいよ、今日はこれで上がりだ。ということで、ま、職場体験終了だな、一週間お疲れさん。ソイツ送ったら終わっていいぜ」…わかりました、では、一週間大変お世話になりました」

 

 「おう!つっても明日の朝はまぁちょいと顔出せや、言いたいこともあるしな」

 

 じゃあな、と言って手をひらひらと振りながら視界の先に消えるミルコを見送りながら、困惑する少女に気づいた悟がごめんねと言って再び歩き始める。

 

 「いまのひとだれ?」

 「あれ?知らない?ミルコっていうヒーローなんだけど…」

 「……あんまりしらない、ヒーロー」

 「あーそっか、子供は無条件でヒーローが好きなんだと思ってた」

 「お兄ちゃんはなんていうヒーローなの?」

 「俺かい?俺はアインズ・ウール・ゴウンだよ」

 「…………あ、アインズうーる、あいんずうーる、あいんず、うーる、ごうん」

 「ははは、アインズでいいよ、長いし」

 「分かった、アインズさん」

 「アインズ、さん、かぁ」

 「?ダメだった?」

 「あぁいや、何でもないよ」

 

 アインズさんと言われてミルコの気持ちが今になって理解できた悟。確かに何とも歯痒い感覚を覚える。かといって別に呼び捨てを強要するほどでもないかと思ってそのまま流す悟。

 

 「えーっと、君の名前は?」

 「私?モモ」

 「モモちゃんね。モモちゃんはヒーローにはあんまり興味ないんだ?」

 「うん、でもみんなヒーローの話ばっかりして私わかんないからいっつもおいてけぼり……だから、ヒーローの話嫌い……」

 「うーん、そっかぁ、それはヒーローのことあんまり好きじゃないのも無理はないなぁ」

 「え、あ、う、で、でも!アインズさんのことは嫌いじゃない、です!」

 「そっか、それは嬉しいなぁ……俺は今ヒーローになりたくてヒーローのお勉強してるんだけどさ、モモちゃんは何か、大人になったらやりたいこととかあるのかな?」

 

 やりたいこと?と疑問符を浮かべて悟の顔を見上げるモモがうーんと唸りながら俯いて考える。首が徐々に曲がって顔に寄せる皺の数が増えるが答えは出なかったようで分かんないと言うモモ。

 

 「でも、人助けは、やってみたい」

 「そっかぁ、立派だなぁ。俺は小さい頃にそんなこと考えたことは―――」

 「………?アインズさん?」

 

 唐突に足を止めた悟を見上げるモモ。そこに立っていたのはぽっかりと口を開けて頭を片手で押さえつける悟の姿だった。少し不安に思ってローブを握ってぐんぐんと悟の身体を揺らすとハッと意識が切り替わる悟。

 

 「大丈夫?頭いたいんですか?」

 「―――いや、大丈夫だよ。心配かけてごめんね?早くお母さん見つけないとね」

 「う、うん……」

 

 何でもないように再び歩き出す悟を見て、何か雰囲気がおかしいことに気づいて心配になって見つめるくらいには聡い子ではあったがかと言ってこれ以上言及することも無く、道を歩いていく二人。そこからいったい何十分くらい歩いただろうか、モモの話を聞いて様々な場所を歩いて回ったが母親と会うことは叶わず、どうしたものかと立ち往生していた。

 

 「うーん、いないなぁお母さん。モモちゃん、今更だけどお母さんの携帯の番号とか分からないよね?」

 「分からない……」

 「お母さんが、もしもの時はここに電話しなさいとか、連絡先書いた紙とかも持ってないかな?」

 「……あ、あ、あ、ああぁ……ごめんなさい

 

 悟の言葉で何かを思い出したようで上着の内ポケットからくしゃくしゃに握られた紙をプルプルと震える腕で突き出して悟に手渡すモモ。そっと紙を受け取り破いてしまわないよう丁寧に中身を開くと、綺麗な筆跡でお母さん、と書かれた横に携帯の電話番号が書かれてあった。罪悪感に苛まれたのか、また泣き顔になりかけていたモモの頭を撫でる悟。

 

 「偉いなぁ、お母さんの言葉を守ってちゃんと紙を持ってたんだね。少しこれ借りるね?」

 「は、はい!」

 

 曲げていた膝を伸ばして立ち上がりスマホを取り出す。えーっと、と言いながらボタンをタップして電話をかける。呼び出し音が鳴ったことに一安心しているとぎゅっと羽織っているローブを引っ張られる感覚に下を向けば母親の声が聞きたいのかジッと顔を見上げるモモの姿があった。ふふ、と微笑みながら頭を撫でてやると、元気のなさそうな女性の声が電話口から聞こえてくる。

 

 『はい、もしもし、飛高ですが……』

 「もしもし、突然のお電話失礼します。私、職場体験で市内をパトロールしております雄英高校ヒーロー科の鈴木と申します」

 『はぁ、そうですか―――あ、あの!!』

 「はい、モモさんの親御さんで間違い無いでしょうか?よろしければお引き取りに来ていただけると助かるのですが」

 『あ、ありがとうございます!すいません!!直ぐに向かいますので―――』

 「あぁその前に娘さんに声だけでも聞かせてあげてください、今かわりますので」

 

 はい、お母さんだよと言ってモモに携帯を渡すと気持ちが逸り半ば奪い取るような形で悟の携帯を乱暴に掴んでしまう。手に携帯を握り締めてから自分の粗相に気づいたモモがあ、あ、と言って取り乱し悟の顔色を窺うが、お母さんが心配しているから声を聞かせてあげてと悟が優しく宥めるとこくりと頷いて耳に当てる。愛する肉親の声を聞いた少女が安心して涙を流しえずく様子を見て、表情こそ変わらないものの心の中で微笑む悟。この光景を見て満足している自身を自覚して、これほどの充実感を得られるならば存外ヒーローというのも自分に適しているのかもしれないななどと一週間の職場体験期間を振り返っていた。モモが何度もアインズさんが、アインズさんが、と言っているのを見てどこか歯痒さを覚える。

 

 『じゃあ、アインズさんの言うことを聞いて待ってるのよ?すぐにお母さん迎えにいくから』

 「うん分か―――」

 

 

 

 

 言い終える前に自身の体がガクンと揺れる。理由は察するまでも無く自身の腕を引っ張り後ろに下げる骨の手。しかし焦ったような、乱雑な引っ張り方にどこか違和感を覚えて、どうしたのか声をかけるために顔を上げた瞬間に―――まず悲鳴が上がる。

 

 「ひぁ……!」

 

 「…ッッ、何者だ、貴様ッッ……!」

 「――― ッ゛ッ゛―――ッ゛、ッッ゛―――!!!!」

 

 視界の外から超速で悟に激突するヴィランを金色の杖で受け止める悟。しかし勢いを殺し切ることは叶わず足元が陥没する。ジッと相手を睨みつける悟。おおよそ―――自身が言えたことでは無いが―――正常とは言い難い剥き出しの脳みそに目の焦点が合わないギョロ目、そして口が存在せず肉体の内部から呻き声のようなものをヴィランが上げていた。

 

 「ッッ、モモちゃん、下がってなさいッ!!!」

 「え、あ、で、でも―――」

 

 「いいからッッ!!!」

 「ひっ…、あ、わ、わかった……」

 

 一目散に逃げ出す周囲の人間とは異なりその場で足踏みをする少女が、信頼を寄せていたヒーローからの怒りの声で――焦りによるものだろうが――怯えながらもチラチラと悟の様子を窺いつつその場を離れる。ジリジリと鍔迫り合いを行う二人の―――二体の巨躯。会話が通じなさそうだと判断した悟が、仕方ないと呟いて魔法を発動し空いている方の手にガントレットを装着する。そして腕を振りかぶり、殴ろうとしたその瞬間。

 

 「な、何ッ!!?」

 

 パシャン、と水のように弾け飛ぶヴィラン。間抜けにも悟は腕を空中で振りかぶり悟の全身に液体状に分解したヴィランが覆い被さる、骨身の隙間を通り全身が黒いブヨブヨで覆われた瞬間、

 

 「グォッ、今度は、なんだ!!!コイツの個性ッ!!!」

 

 凝結。空中でバラバラになり落下していたヴィランの破片が粘性を失い互いに結合していく。地面と悟の身体と、そしてヴィランの肉体がつなぎ合わされガッチリと体が身動きを取れず拘束されてしまう。自分が言えたことでは無いが、とても一つの個性だとは思えず、困惑する悟。そこでふと、ある話を思い出す。

 

 「(俺は直接見たわけでは無いけど、複数の個性……剥き出しの脳……緑谷や峰田が言っていたのは、コイツか!!?)」

 

 雄英襲撃時に現れたコイツが何故このタイミングでとも考えたが、ならば狙いは自分だろうと魔法を発動しようとする、が

 

 「うぉ、ちょ、何個個性持ってんだお前ッ!!!」

 

 お前が言えた義理では無いだろうと言いたくなるようなセリフを悟が吐き捨てる。唐突に光り輝き始める脳無。甲高い閃光音が鳴り響き一人のクラスメイトを想起させるその様子に嫌な予感が頭をよぎる。そして、的中。衝撃波を感じさせるほどの大爆発。脳無の肉片が散り散りに吹き飛びペシャ、ペシャと地面に撒き散らされるとスライムのように地面をズリズリとにじり寄って最初の姿に戻る脳無。周りの市民たちが黒煙の上がる地点をサァーと顔面を蒼白にさせて見つめるが、

 

 「【衝撃波(ショックウェーブ)】………ふぅ、話も通じないか、では多少痛い目を見てもらわないとすまないようだな」

 

 黒煙の中から突風が吹き荒れ五体満足な悟の姿が露わになる。杖を地面に突き立てローブをはためかせ、脳無と対峙する悟。知能があるのか無いのか、先ほどとは打って変わっていきなり襲いかかったりはせずにジッと悟の様子を窺う脳無。悟も同様に脳無の出方を窺いながら、ボソリとメッセージ、と呟く。

 

 「(すみませんミルコ、緊急のためにやむを得ず電話で無く個性で通信させていただきます)」

 『うぉあ!!?個性―――悟だな、緊急か、なんだ!!』

 「(現在正体不明のヴィランと交戦中です。雄英襲撃時に現れたヴィランと特徴が酷似しております。もしよろしければ増援に来てくださると助かります)」

 『そうかよ!!でもすまねぇがそりゃ無理だ、な!!』

 「(何故です?)」

 『こっちもこっちで忙しいんだよ!!!唐突にヴィラン、つってもとるにたらねぇチンピラどもだが、大量発生しやがった!!!他はどうかしらねぇが、ここにゃそっちに援護行けるヒーローなんか今いねぇよ!!!』

 

 「……なんだと…」

 

 目の前の脳無を見つめる悟。雄英襲撃時もその用意周到性が感じられたが、これも何か計画性を感じる。果たして偶然、と片付けるには良すぎるタイミング。ならば、もうこれは確実に自身を、鈴木悟を潰すための計画だろうか。であれば、彼の警戒度が数段階も上昇するのは無理からぬこと。ミルコからの通信が続く。

 

 『悟!!テメェもそのヴィランの相手終わったらこっち手伝え!!!手が足りねぇ!!!!』

 「(………分かりました、可能ならばそちらに向かいます、場所を―――)」

 

 悟が杖を振り払う。視界の端から自身に飛んでくる超高熱の熱射線がはじかれ地面にぶつかるとジュウ、と音が鳴りアスファルトが融解する。飛んできた方向を見るとビルの屋上に何者かが佇んでいたが、悟の視線を受けてサッと闇に隠れるヴィラン。おい、どうしたとミルコが通信口に呼びかけると、ゆっくりと口を開く悟。

 

 「……すみませんミルコ、増援には行けそうもありません。戦闘を開始するので通信を切断します。御武運を」

 『あ、ちょおい―――』

 

  

 悟の背後に立つ無数の市民達。怯えた瞳でヴィランを睨みつける。脳無がその視線に気づいてか否かは分からないがギョロリと悟では無く市民を睨みつけると悲鳴が上がる。悟が杖を少し上げて再度地面に突き立てると大きな音が鳴り地面に亀裂が走り、その音に釣られた脳無が悟の方を見つめる。眼窩に紅の火を宿して脳無を睨みつける悟が挑発するように言葉を発する。

 

 「貴様の狙いはそっちじゃ無いだろう」

 

 

 

 「さぁ、かかってこい、ヴィランよ」

 

 

 

 

 

 

 




相変わらずミルコの書き方がむずいんじゃ……
ちなみにモモの命名は棒名前からとりました
異形種って書いてるしまぁわかるかな?身体的特徴からも
悟くん、ヒーローとしての初戦闘
はたしてどうなることやら、それではまた次回


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私のヒーロー

お待たせしました
今回の戦闘自分で書いててごちゃごちゃして分かりにくかった!
職場体験の締めくくりがこんなぐちゃぐちゃじゃ小説破綻しちゃうよー
それでは本編どうぞ




 「トリプレットマキシマイズ、ッ、まぁ、そう簡単に撃たせてくれるわけないか……ッ」

 「―――ッ゛ッ゛―――ッ゛ッ!!!」

 「無い口で喋れというのも無理な話だが、せめて意思疎通の一つでもして欲しいものだ―――なッ!!!……フン、またこれか」

 

 組み合う脳無を力任せに地面に押し付けるとやはり液状と化して弾け飛ぶ。地面に手を当てながら、宙に舞う脳無の欠片を見つめる悟。

 

 「……初見は驚いたが、分かっていれば何も怖く無いな【負の爆裂(ネガティブ・バースト)】」

 

 自身を固定する脳無の破片。ガッチリと結合し光り輝き始めるが、そうなることは事前に分かっていれば、早めに魔法の詠唱を始めていれば間に合わないこともない。悟から放たれる網状に紫色の膜が張られたドームが爆散し、周囲に撒き散る脳無。ゆっくりと立ち上がりベチャベチャと地面に落ちていく肉片を見つめながら、適当にある一点を狙って魔法を放つ、

 

 「【魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック):火球(ファイヤーボール)】」

 

 彼の頭上に炎の塊が現れる。子供一人ならば覆い隠せるほどの直径1mを優に超える極大の豪炎が落ちゆくヴィランの肉片に直撃し爆発すると熱波が辺りに放たれ肌を焦す。黒焦げになり地面に落ちた肉片を見つめていたが他の肉片とは異なり再生するために蠢く様子は見られなかった。

 

 「ふむ……原理はわからないが…バラして一つ一つ駆除すればいいというわけか……いや、殺してはいけないな。どうにかして捕縛しなければ……さてどうするか……まぁ、まずは弱らせてからだ、なッ!!!」

 

 再び視界の彼方から飛んでくる熱射線。最初と同様に杖で弾き飛ばすと拡散した炎の束がアスファルトに穴を開け熱で周囲を融解させる。

 

 「(とんでもない温度だな……死ぬことは無いにしても、直接食らうことは避けるべきだ……痛そうだし)……にしても、邪魔だな、アイツ」

 

 チラッとまた視界の隅に視線をやると、サッと隠れる黒い影。今のところ対応できているが死角からの一撃にいつ屈するかも分からない。そして何より厄介なのが、爆発と炎というもはや悟の弱点を知り尽くしているとしか思えない敵の構成。魔法の詠唱時間という唯一の欠点も知っている。意思疎通は叶わないが知能が低いわけでは決して無い。

 

 「(さてどうするか……完全なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)で一気に片を付けるか……いや、ダメだな。どんな個性を持っているのか分からない現状選択肢を狭める行為は避けなければ。簡単なのが眷属を呼び出すことだが……そんな隙を与えてくれそうには無いな)………ん?え、あ、おい!」

 

 未だに分解されてすらいないのに人型の状態で輝き始める脳無。こちらを拘束してから爆破を行うものだと考えていたため、人型の状態で爆破の準備に移行する脳無を見て、それができるなら最初からやっとけよと言いたくなってしまうが、これも自身の体を拘束不能だと判断した故の結論だろうかと考えながら悟が魔法を詠唱する。

 

 「【衝撃波(ショック・ウェーブ)】」

 「―――ッ゛ッ―――ッ゛ッ゛ーーッ゛゛!!!」

 

 攻撃では無く、一旦脳無を自身から遠ざける。不可視の衝撃波を受けた脳無が一瞬体をガクンと揺らして必死に足を地につけ堪えるが、次第に体の支えを失い後方へ吹き飛び壁に叩きつけられる。壁に打ち付けられた脳無を見て、疑問を覚える悟。

 

 「(……腕に擦ったような切り傷ができている……何故だ?物理攻撃は効かないんじゃ無いのか?どうして液化していない)……分からん、考える暇があれば攻撃か、【魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック):魔法の矢(マジック・アロー)】」

 

 悟の背後から無数の光の矢が現れ脳無に向かって飛んでいく。輝きながら俊敏な動きで円を描きながら矢を避ける脳無を見てやはり疑問に思う悟。

 

 「……やはり避ける、か。何故かは分からんが今は物理攻撃が効くようだ、が……」

 

 悟に近づくことも無く、発光していた脳無が爆散する。未だに悟と距離が離れており、爆破の衝撃すら悟に届いてはいないために何のための爆破かは意図がわからないが、

 

 「(一度発光し始めたら自分では止めることができないと言ったところか……?一度導火線に火をつけたら、止める術を持たないと言うわけか)トリプレットマキシマイズ、ッ、ヌゥッ、フンッ!!……厄介だな」

 

 散り散りになった脳無の破片を処理するために個性を発動しようとすると、熱射線がまたも悟を狙って飛んでくる。同様に杖で受け止めるのだが、先ほどよりも威力も温度も高いソレに、腕がジリジリと均衡を保って受け止めるが、力を込めて振り払う。ため息をついて熱射線の飛んできた方向を見ると、先ほどよりも距離の近い建物の中からこちらを狙ってきていた。

 

 「(距離を詰めてきたか。危険は伴うがそれでも俺を処理したいと言うわけか?近づいたことで威力も高まっていたな……アレをゼロ距離で受けたくは無いぞ……)」

 

 チラリと後ろを振り返る。パニックになって足がすくむ人間が大勢残っており、モモの姿も未だに見られた。

 

 「(今のところ俺だけを狙っているようだからそこは安心だな……さて)………次は、どうするんだ?」

 「ッッ゛゛―――!!!」

 

 理性を失った獣のように、悟に襲いかかる脳無。一つ思いつきで試してみるかと魔法を発動させる。

 

 「【上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)】」

 

 瞬間、悟の両手に携えられる二刀の大剣。その細い肉体のどこに暗紫色に輝く金属塊を軽々と振う力があるのか疑問に思うが、かかってこいと言わんばかりに剣を携える。

 

 「フンッ!!!」

 「―――ッ゛ッ゛―――ッ!!!」

 

 悟が剣を振った直後またも液体と化して捕まえられると思うのも束の間剣を棒のように地面に突き立て自身を浮かせてフワッと重力を感じさせないように飛び上がり着地する。敵を見失った脳無が振り向くよりも早く悟が脳無の腕を切り落とすがやはりベチャっと地面に分断された肉塊が落ちるだけで怯んだ様子は見られなかった。サッと身を後ろに引いて剣を構える悟。  

 

 「―――フッ!!」

 

 後方から飛んでくる熱射線に向かって剣を投げ飛ばす悟。空中で炎の束と剣がかち合い互いに弾かれ宙を舞う。ボソッと何かを呟いた悟が唐突に槍投げのように大剣を脳無に向かって投げ飛ばす。自身に物理攻撃は効果が無いことは分かっているはずなのにと、疑問に思わなかったわけでも無いがそんなことはお構いなしにパシャっと身体を液状にさせた脳無が剣を避けながら悟に遅いかかり身体を結合させる。最初と同様に身体が固定されて身動きひとつ取れない悟。再度身体を光り輝かせた脳無が眩いほどの閃光を放ち、そして―――ドクンと、身体が鼓動する。

 

 

 

 「……どうした?爆発しないのか?」

 「―――」

 

 網状になった身体の一部に傷が入る。顔と呼ぶべきパーツは存在せず、紐状の肉体の表面にギョロリと目が現れ、痛みを感じる箇所に目を向けると投げ飛ばしたはずの大剣が何故か自身の体を悟ごと貫いていた。フライをかけておいて正解だったと呟く悟。

 

 「……やはりな、爆破の準備段階、輝いている間は分散することができないらしい、そうだろう?そしてもう一つ……肉体の欠損部分が多いほど爆破までの時間が長くなる、違うか?まぁ言葉が通じるとは思っていないし答える必要も無いがな、【負の爆裂(ネガティブ・バースト)】」

 

 流石の観察眼というべきか、この短期間で悟が見抜いたことは二つ。一つは悟自身が言った通り爆破のために体を結合させる必要があること。そして一度爆破の準備段階に移行したら自身では爆破を解除できず、身体を液化させることもできないこと。もう一つは、一回目と二回目、そして三回目の爆破を比較して判明したこと、すなわち爆破までの時間。身体が光輝き爆破の準備に入るが、肉体を欠損した量の大きい後半の方が爆破までの時間が長かった。思い違いかもしれないが取り敢えずはこの予想で間違いはないはずだと脳無を睨みつける。

 

 悟から紫色の禍々しい光を放つドーム状の衝撃波が放たれる。悟にへばりついていた脳無がちぎれて宙を舞い、そして爆発。散り散りになった脳無に向かって魔法を放つ準備をする。

 

 「【魔法三重最強化(トリプレット・マキシマイズ・マジック)………(妙だな………)」

 

 魔法強化を施す悟。先ほどまでならここでもう一体のヴィランによる邪魔が入ったが何も襲ってこない。相手の考えを予測しつつも重力に従って雨のように滴り落ちるヴィランが結合してしまう前に攻撃を行う。

 

 

 

 

 「【龍雷(ドラゴン・ライトニング)―――カハッ」

 

 「アインズさんッ!!!」

 

 魔法を放った瞬間、手から迸る雷の閃光。それと交差するように自身に向かって飛んでくる熱射線。それも先ほどよりも高火力の熱波。やられた、と頭の中で呟きながら胸元に直撃しもろにダメージを受ける。膝を下し体勢を崩すと後ろから悲痛な声が響いてきた。

 

 「……(クソ、なるほどな。魔法を打つ手前に妨害を行なっていては当たらないと判断して、あえて魔法を打つ瞬間を狙ったわけか。魔法を撃たせまいとするならば分かるが、魔法を打つ瞬間の硬直を狙われるとはな……やるじゃないか、そして……)」

 

 チラリと炎が飛んできた方向を見るとかなり近い距離まで近づいており先ほどよりも鮮明にその姿が見えた。何となくは分かっていたがやはり剥き出しの脳に人間とは逸脱した肉体。特徴的なのはまるで蜘蛛のように四肢を折り曲げて壁伝いに歩いていることだろうか。異常なまでに手足が長くペタペタと高速で移動していた。しかし少し、先ほどまでと比較して異なる点がひとつ。こちらの視線を受けても逃げ出すことなく逆にこちらの様子を窺っていた。

 

 「(…やはり、話は通じないが知性はあるようだ。弱った私を見て出方を考えている……どうする?近づいてくるか?)」

 

 それほどダメージは受けていないもののフラフラとよろめきながら杖を支えにして立ち上がる演技をすると、まんまと騙された、のかは分からないが不用意にも近づいてくるもう一体の脳無。心の中でほくそ笑む悟が背後にいる結合して再生した方のヴィランを見つめる。

 

 「(最初と比べてかなり体積が減っているな……あの程度の爆破ならばさして脅威ではないが……問題はもう一体の、アイツ。今攻撃を受けて分かったが、アイツも、あまり食らいたくはないが至近距離で被弾しても最悪大丈夫そうだ……アホほど痛そうだけど……麻痺が効けばいいが……火力ガン積みのくせして耐性までガチガチとかやめてくれよ、そういう展開は)」

 

 立ち上がってもなおもふらつく、振りをする悟。ジリジリとにじり寄ってくる脳無。いいぞ、もっとこっちへ来いと悟が心の中で呟く。警戒してか背後の脳無は襲いかかってくる様子が無い。とりあえずはと目の前の脳無に集中していた―――突然、足が止まる。

 

 「―――は?」

 

 ガクンと体の動きが止まり足首に違和感を感じて下を見ると、地面の亀裂や小さな細い溝から這い出た脳無の破片が足にくくりついて固定されていた。そこでハッとして周囲を見渡せば、完全に失念していた。アレほど周りに撒きちっていたはずの、魔法で処理したはずの黒焦げの脳無の破片が―――

 

 「(―――()()()()()()()。完全に騙された、バラバラに分離して燃やされた肉片を自身に再度結合できなかったわけじゃない。こうするために地中に仕込んでいたのかッ!!!)チィッ!!【魔法三重最強化(トリプレット・マキシマイズ・マジック)】」

 

 悟が動揺した隙に攻撃態勢に入る脳無。口元に赤い光が灯り悟に照準を合わせるがそれよりも早く悟が指先を伸ばし迎撃しようと試みるのだが、

 

 「ヌォッ!?ちょ、邪魔すんな!!!」

 

 背後で待機していた脳無が悟の体にへばりつき腕を背後に引っ張る。指先から迸る雷があらぬ方向へ飛んでいき身体が固定される。再度魔法の詠唱を開始するが、当然間に合うはずも無く―――

 

 「ちょ、待―――」

 

 

 

 

 

―――悟の身体に直撃する。

 

 「―――あ――――――つッ―――」

 

 悟にぶつかった瞬間熱射線が辺りに拡散されてアスファルトを融解させる。ドロドロとマグマのように溶けて液体と化し地面に塗装された標識がぐにゃぐにゃに捻れその熱量を物語っていた。その光景に、ゾッと顔を青ざめさせる市民達。そして、悟にくっつく脳無の身体が光り輝き始める。そして―――

 

 

 

 

 

―――黒煙に包まれる悟。ベチャベチャと辺りに脳無の破片が飛び散る。悲鳴を上げてその場から離れる市民が多数。煙が晴れ、そこに見えたのは―――片膝をつき、地面に屈する悟の姿だった。

 

 「(………胸が焼けるようだ、外傷は見当たらないが流石に痛いな。………だが耐えられないほどでは無い。冷静になれ、次はどう出てくる)」

 

 頭を項垂れたまま、チラリと視線を動かすと相手もかなり慎重なようで動かない。フラフラと立ち上がる悟が、膝をガクンと折り倒れ込むと好機と受け取ったのかこちらに急接近してくる。トドメを刺しにきたのだろう。

 

 「(……確実に仕留める。相手の攻撃時に無理矢理攻撃を行う。被弾はするが仕方ない。貴様らの真似をさせてもらうぞ)」

 

 さぁ来い。もっと来いと訴えかける。未だ両手両膝を地につけ顔を垂れてハァハァと口から息を漏らす悟。自身に黒い影がかかったのに気づく。頭上から甲高い音と共に熱を感じる。背後では未だ再生が完了しておらず脳無が肉片の結合を行なっていた。

 

 「(全く、なんて無様な光景だ。まぁなんとかなりそうだから良しと―――」

 

 

 

―――脳無の身体に何かがぶつかり、地面を向いて項垂れる悟の目の前に"ソレ"が落ちて、パリンと砕ける。砕けた拍子に氷の破片が身体にぶつかり熱る身体に冷気が染み渡り存在しない脳が澄み渡る。ハッとして後ろを振り向く悟。見えたのは―――周囲の人間達から一歩前に出てこちらに手を振り抜いていた、一人の少女。

 

 

 

 

 「……や、やめて……やめてよ……ダメだから……」

 

 

 「―――――――――」

 

 

 

 

 

 

―――弱っている演技、アレも作戦のウチか?……時と場合を考えろ。

――― 勝てはしたけど辛勝って感じで、周りの人不安にさせちゃった。まだまだだな〜。

 

 

 

 

 

 

 

 「……ギ、ギキキィギ」

 「……へ、ひゃ、ひぁ、ご、ごめんなさいッ!!や、やめへッ!!!」

 

 悟に照準を合わせていた脳無が、突然顔をモモに向ける。耳が痛くなるほどの高い音が辺りを支配し脳無の口元が眩いまでに光り輝く。脳無に向かって氷の花を投げつけてから、冷静になって自分の行いの無謀さに気づいたモモが脳無に語りかけるも話を聞くはずも無く、照準が自身に向いたモモと、その背後の市民達が阿鼻叫喚に包まれる。手を自分の顔の前に持ってきて視線を覆い隠すように手を交差させるが、腕の隙間から容赦無く差し込む光。そして、次の瞬間―――

 

 

 

 「や、やめ「どこを見ている」

 

 

 

 「―――ガ―――ゴ―ッ――」

 

―――脳無の首を、悟が片手で締め上げる。気管が怪力により潰され個性が暴発し口にためていた大容量の熱が爆散し黒煙を上げる。そのまま右手を地面に叩きつけると地面が陥没し亀裂が入る。四肢が伸びビクンと体を揺らす脳無を睨みつける悟の周りに魔法陣が現れる。

 

 「【麻痺(パラライズ)】」

 

 今度こそ動きを止めたようでビクビクと震える脳無から手を離し、手放していた杖を拾い上げてローブを翻しもう一体の脳無へ体を向ける。先ほどまでのダメージは何処へ行ったのか、直立不動。雄々しい立ち姿のまま脳無を睨みつける。

 

 「【魔法三重最強化(トリプレット・マキシマイズ・マジック)】」

 

 脳無が地を駆ける。相方がやられて焦ったのかは分からないが理性を失った獣のような荒々しい動き。悟の目の前で先ほどと同様に身体が崩れバラバラになった―――瞬間、

 

 「【衝撃波(ショック・ウェーブ)】」

 

 唐突に脳無が地面に叩きつけられる。脳無の周りにだけ超重力が発生したようにペシャンと地面に広がる脳無。急いで体を結合させようとジリジリと肉片が互いににじりよるも更にもう一度不可視のの圧力がかかり脳無に自由を与えない。ゆっくりゆっくりと腰を曲げて地面に手を当てる悟。三度目の衝撃波が脳無を襲ったと同時に魔法を発動する。

 

 「【氷球(アイス・ボール)】」

 

 悟を中心として地面が凍りつき、アスファルトにへばり付く脳無を氷の牢獄に閉じ込めると脈動していた肉片がピクリとも動かなくなる。氷を砕き一匹だけ中から引っ張り出すと細かく分離しても生きているようで再度氷漬けにして放置する。先ほどまでのヴィランとのやり取りは何だったのか、呆然として何でも無かったように余裕綽々な悟の様子を眺めている市民達。ふぅとため息を吐き、パンパンとローブをはたきながら、黄金に輝く杖を地面に突き立て一言、

 

 「………覚えておけ――― アインズ・ウール・ゴウンに敗北はありえない……もっとも、この言葉が届いているかは分からんがね」

 

 周りから、安堵による歓声が鳴り響く。チラリと後ろを振り返ると皆が悟のことを讃えているようで先ほどまでの悲壮感が嘘のようであった。モモがフラフラとした足取りで自身に近づいてくる。

 

 「………ぶ、無事……です、か……?」

 「うん、無事だよ。ごめんね、心配させて」

 「で、でも、痛そうにしてたから…」

 「ごめんごめん、演技だよ、演技」

 「えんぎ……?」

 「うん、相手を油断させるためのね………」

 

 ホラ、何とも無いよと言って手を広げて胸元を見せると焦げ付いた跡も何も無し。安心からだろうか、うぐ、えぐ、と涙を流しえずきながら手で目元を拭うモモの頭を撫でる悟。

 

 「ほ、ほん゛、ほんとう、にぃ、痛い、と、おもっ、思ったからぁぁああ゛あ゛」

 「うん、うん、ごめんね。怖がらせちゃったね。大丈夫。俺は何とも無いよ」

 

 胸の痛みはあるが、それ以上に胸の、さらに奥底が何故か痛む悟。ヨォ、と後ろから声がかかった。振り返るとミルコと、背後には無数の警官がおり悟の戦闘の後処理を行なっていたようだった。

 

 「……見つかったっぽいな、自分の在り方ってやつ」

 「ミルコ……」

 「敗北はありえない、か……まぁ、いいんじゃねぇか?―――アインズ」

 

 「ありがとうございま―――あれ?何故ここに?」

 

 何か良い雰囲気になっていたところでハッとなって最初のミルコの言葉を思い出す。

 

 「お前のせいだろうが、いつに無く焦ったような声出して一方的に通信ぶった切りやがって、お前ほどのやつが警戒するもんだからどんなヤベェやつが出たかと思ってな。チンピラの対処は、まぁ私がいなくても対応できないことはねぇ。私だけ抜けて急いでこっち来た次第だ」

 「あー……すみません、なにぶん焦っていたもので……」

 「問題ねぇよ、テメェが警戒するってことはそういうことだろ……もう終わったようだがな「ありがとうございました」……あ?」

 

 

 

 

 

 「ヒーローは弱音を吐かない。ヒーローの弱々しい姿なんて見せてはいけない……そういうこと、ですよね?」

 「………何がだ」

 「やってしまったんですよ、また、演技を……その時の、まぁ皆の怯えた顔ときたら酷いものでした………命は守れても心は守れない。そんなやり方じゃあ………ミルコと、仲間の言葉と、そして―――」

 

 目を赤く腫らしてぼーっと二人を眺める少女の頭を撫でてやると、ん、と言葉を漏らして小動物のように頭をぐりぐりと押し付けてくる。これも異業形ゆえの行動だろうか、などと他愛無いことを考えながら、優しい声色で呟く悟。

 

 「………この子が気づかせてくれました。私たちヒーローを頼りにする一般市民達の求めるヒーロー像というのは決して膝を折ることを知らない不屈の象徴」

 「だからこその、敗北はありえない、か……」

 

 モモッ!!と女性の大きな声が聞こえてくる。ミルコがお?と言って自身の後方を見つめるのでそれにつられて振り返ると、モモと身体的特徴の似通った一人の女性がこちらに走ってくるのが見えた。お母さん!と返事を返したモモが駆け出そうとしてピタリと止まって困ったように母親と悟の顔を交互に見る。ふふ、と笑って悟が頭を一撫でして、行ってきなさいと声をかければこくりとうなづいて母親の元へ駆け出していく。二人の感動的な再会を目にした悟が、ジッとその光景を見つめていた。

 

 「………どうだ?ヒーローは」

 

 「…………素晴らしいですね」

 「は、そうかよ………ん、了解。おい、チンピラの片もついたと。今日は解散でいいぞ、あとのヴィランの処理は任せろや。………ま、長かったが職場体験、お疲れさん」

 「はい、大変お世話になりました。短い間でしたが……あなたの元に来て、間違いでは無かった」

 「そうかよ、私は疲れたけどな。後進の育成っつっても、こんな骨の折れたのは初めてだよ」

 「はは、すいません。まぁ、そこは未来の有望なヒーローへの先行投資ということで飲んでください」

 「は!!生意気言いやがって!!……だったら、言うだけのヒーローになれよ、クソガキ」

 

 はい、と言って解散しようとした直後に、背後から声がかかる。クイッと顎で悟の背後を刺すミルコを見て、再びミルコから顔を背けて振り返るとモモの母親が彼女の手を引いて頭を下げて感謝を述べていた。

 

 「本当にありがとうございますッ!!!この子を保護してくださっただけで無く、ヴィランから守っていただき……本当に、なんであなたはヴィランに手を出したのッ!!!一歩間違えたら、どうなっていたのか分からなかったのよッ!!!」

 「ごめんなさい゛……ごめんなさいぃぃ゛……うあぁぁああああッ!!!」

 

 手を出した?と悟が疑問符を浮かべるが、あぁ、氷の花を投げつけたことを母親に言ったのかと思い至り母親に叱られて涙を流すモモを見つめる。もうとっくに枯れてもおかしくないほどの、今日何度目かの大粒の涙を地面にポタポタと落とすモモを見て、不憫に思った悟が正面まで歩いていき膝を折る。涙を流すモモが正面に悟がいることに気づいて、えずきながらも、アインズさん?と口にすると彼女の左手を両手でソッと包み込む悟。

 

 「―――ありがとう」

 「………え……?」

 

 「君があの時、勇気を出して、この手を振ってくれた。君があのヴィランの気を引いてくれた。でなければ、俺はあのヴィランに負けていたかもしれない」

 「………アインズ、さん……?」

 「人助けがしたい、だったっけ?……君がもし、こんな見た目をしている私を人と呼んでくれるなら……助かった、君は俺の命の恩人だ。………ヒーローの嫌いな君にこんなことを言うのは嫌味かもしれないけど、これだけは言わせてほしい―――

 

 

――――――君は俺のヒーローだ」

 

 「―――――――――」

 

 さて、と言って立ち上がる悟。

 

 「すみませんお母さん。貴方の娘さんが危ない行為に出たのも全て私が不甲斐ないばかりに起きた出来事です。私は彼女の行動を称賛しましたが、何も貴方の娘さんを思って叱るその愛情を否定したいわけではありません。ただ、私は貴方の娘さんに感謝している、そのことだけを伝えたかった。……すみません、ただの他人がベラベラと、失礼しました」

 

 呆気に取られる二人をそのまま放置してローブをはためかせて振り返ると後ろでミルコが待っていた。近くまで歩いて行くと、ニヤニヤと笑みを浮かべるミルコが自身を見つめてくる。先ほどの自身のくさい台詞を思い出して、照れ隠しをするように、つまる喉も無いくせにオホンと大きめの咳をして、送って行きますよと声をかける悟。お、助かる、サンキューとミルコが口にして行き先を告げた後に悟が魔法を発動すると、同時に声がかかる。

 

 「あ、あの!!!」「ん?」

 

 

 「もし宜しければ、お名前を………」

 

 名前?と悟が、どうしてそんなものをと考えているとミルコの身体が光に包まれ始める。まぁいいかと悟が口を開く。

 

 「雄英高校ヒーロー科の鈴木「おい」へ?」

 

 「違ぇだろアホ」

 

 ドスンと背中を肘で突かれて、ミルコの言葉に疑問を持って後ろを振り向くと既に彼女の姿は消えていた。どういうこと?と考えて再び目の前を見ると母親と―――モモの姿が目に写り―――あぁ、なるほどと言葉を改める。

 

 「んん、失礼しました…… ―――アインズです。アインズ・ウール・ゴウンと申します。未来のヒーローの名を、覚えていただければ幸いです、それでは」

 

 その場から消える悟。未だ感謝を述べ足りないようで、申し訳ないことをしたとモモの母親が顔を歪ませているとお母さん、とモモが声を発する。自身の娘が、見せたこともないような瞳の輝きを宿して、誰もいなくなった虚空をジッと見つめていた。

 

 

 「……?どうしたの?」

 

 

 

 

 

 「……お母さん、私―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――ヒーローになりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて職場体験編終了です
たった3話だけど書いてて凄く長く感じた
まぁ自分の執筆速度が遅いだけなんですが
次回からは期末テストですが、さてどうしようか……
悟と戦わせる先生も考えないとだけど、日常パートも書きたいな

それではまた次回


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余計なお世話

今回から期末試験編です
と言ってもまだ数話は準備段階で期末試験本番にはいきませんが
ところでご指摘されて気づいたんですけど、魔法の矢について完全に間違った知識で作品書いてました
あれ必中なんですね……なんかこの作品では悟が狙って当ててるような描写にしちゃったのでこのまま魔法の矢は狙って当てるものとします
つまりこの作品における魔法の矢は僕のミスで必中属性を失いました
ごめんね魔法の矢くん

それでは本編どうぞ



 

 「へぇ〜、ヴィラン退治までやったんだ!羨ましいなぁ〜」

 「避難誘導とか後方支援ばっかで、実際に交戦はしなかったけどね」

 「私もトレーニングとパトロールばかりだったわ。一度隣国からの密航者を捕らえたくらい」

 「「それ凄くない!?」」

 

 職場体験が終わり休日も明けて月曜日。クラスは当然というべきか職場体験先の話で持ちきりであった。各々が体験先で学んだことを共有するために言葉を交わしたり、単に興味関心を惹かれて聞き出したり。

 

 「鈴木くんは……確か、ミルコんとこだったっけ?」

 「うん、そうだよ。色々と勉強になったよ、ミルコを選んで良かった」

 「ハァー、ったくよぉ。ミルコの太もも間近で舐めくりまわすように見放題だったわけだろ?羨ましい限りだぜ、本当に」

 「………峰田はMt.レディの所に行ってたんだろ?俺には理解できない感情だけど……まぁ、だったらそんなに嫉妬心燃やさなくてもいいだろ」

 「……ふ、フフ、ふ、分かってねぇなぁ……鈴木ィ……」

 「み、峰田?」「峰田くん?」

 

 Mt.レディの話題を出した瞬間に顔が青ざめてガタガタと震え出し口で指先の歯を噛む峰田の様子に困惑して葉隠と悟が声をかける。

 

 「女ってのは元々悪魔のような本性隠してんのさ……オイラは悟ったぜ…やっぱ裏表の無さそうな豪快なミルコみてぇな女が至高なんだってよぉぉぉぉ……………」

 「………いやまぁお前の女性の趣味なんかどうでもいいけどさ…」

 

 呆れながら勝手に自身を妬む峰田に冷静にツッコミを入れる悟。だが周りの話を聞いていると柄にも無くなんだか他人の職場体験の話に興味が湧き、ただ元来の性格から気を遣っただけかもしれなかったが飯田に声をかける。

 

 「久しぶり、飯田。………その、大変だったみたいだね」

 「ん?あぁ、鈴木くんか。まぁ色々あったさ、すまないな、心配かけたみたいで」

 「…………緑谷が信号出してたからな、こういう時は真っ先に飛んでくるやつだと思ってた、鈴木は」

 「ちょ、ちょっと轟くん……!そんな鈴木くんが薄情者みたいな言い方は……!」

 「………すまん」

 

 「いや、轟くんの言う通りだよ。俺が不甲斐ないばかりに……全国各地、とはいかないけど比較的何処にでも即座に駆けつけられるっていうのが俺の個性の強みなのに………でも、ヒーロー殺し相手に無事で良かった……」

 「俺だけじゃ無理だったさ、轟くんと緑谷くんが来てくれたから今の俺がいる。鈴木くんのその気持ちだけでも嬉しいさ、ありがとう」

 

 ヒーロー殺し。その名の通り、あらゆる場所を転々としヒーローを狙って殺人を繰り返す極悪非道。その実力もさることながら、真に恐ろしいのは人を妙に惹きつけてしまうその思想。ネットの裏側ではカルト的に彼を奉る動きがあったり無かったり。ただ悟が彼に抱くのはただ単にクラスメイトを危険な目に合わせたことの怒りだけなのだが。

 

 「そういう鈴木は無事だったのか?お前なんか初日から色々飛ばしてたみたいじゃん??」

 

 背後から声がかかる。上鳴が興味本位で尋ねるがやはり当たり障りの無い回答をするようで、そんな答えを上鳴が許すはずも無く更に突っ込まれる。

 

 「別にそんなに大したことはして無いよ」

 「オメーの大したことして無いは信用ならねーんだよ!!なんか凄いヴィランとかいなかったの?ヒーロー殺しみてぇなさ!!」

 「いやいなかったし仮に居たらそれこそニュースになってるでしょ……それにヒーローの話なら分かるけど、ヴィランの話なんか聞いてどうするのさ」

 「そりゃそうだけどさ……いやぁ、でも、見たかよヒーロー殺しの動画」

 

 ヒーロー殺しの動画?と何のことだと言う風に尾白が尋ね返すとそうそうと相槌を打つ上鳴。それは一つの、ネットにあげられたヒーロー殺しステインの執念とも言うべき思想が書き殴られた短い動画。ヴィラン因子を助長させるものでもある危険なソレは、既に削除されていた。まぁ一度ネットに上がった動画などいくらでも復活するのだが。

 

 「アレ見ると本気っつーか執念っつーか…かっこよくね?とか思っちゃわね?」

 「…………上鳴、お前」

 「へ?あッ!い、飯……わ、悪ィ…」

 

 鈴木の若干の怒りによって震える声を聞いた上鳴がハッと飯田のことに気づいて気まずそうに口元を押さえる。ただその言葉を聞いた飯田は怒るどころかどこか覚悟を決めたような顔つきであった。

 

 「いや…いいさ。確かに信念の男ではあった。クールだと思う人がいるのもわかる。ただ奴は信念の果てに粛清という手段を選んだ。どんな考えを持とうともそこだけは間違いなんだ。俺のような者をこれ以上出さぬ為にも!改めてヒーローへの道を俺は歩む!」

 

 そう宣言する彼の顔に、先週見せた憎悪に歪む憎しみの色は存在しなかった。友の言葉を聞き自分の中で振り切れたようで、完全に立ち直った姿を見て安堵する緑谷。さぁみんな席に着けといつもの調子で皆に呼びかける飯田であった。

 

 

 

 「…………んだクソ髑髏」

 「いや、その………俺は、似合ってると思うよその髪型、うん」

 「変な同情すんなあッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はい、私が来た!ってな感じでやっていくわけだけどもね。今回のヒーロー基礎学だが職場体験直後ってことで遊びの要素を含めた救助訓練レースを行うことにする!」

 

 少々授業にもこなれて来たオールマイトが雑な登場セリフで流した後に授業の内容の説明を行う。生徒の視界の先、オールマイトの背後に広がるのは運動場γ、複雑に入り込んだ迷路のような工業密集地帯が広がっていた。

 

 「君たちには5、5、5、6の組に分かれてもらい一組ずつ訓練を行う!私がどこかで救難信号を出したら街はずれから一斉スタート!誰が一番に私を助けに来てくれるかの競争だ!もちろん建物への被害は最小限にな!」

 

 指を差すなよと顔を逸らす爆豪。それでは組み合わせを発表していくぞと言って事前に決められていたメンバーが集いつつあった。一組目に選ばれた悟が疑問に思って手を上げてオールマイトに尋ねる。

 

 「すいませんオールマイト」

 「はいはい、何かな?鈴木少―――あ、そうだね!言い忘れてた!鈴木少年は転移は無しでお願いしよっかな、身体能力テストに近い感じになっちゃうけど」

 「あぁやっぱりですか、分かりました」

 「じゃねーとお前の一人勝ちだもんなぁ、レースに関してはよ。俺のテープの機動力方無しだぜ」

 「では、少し失礼して……【上位道具創造(グレーター・クリエイト・アイテム)】」

 

 転移がアウト、ならばと悟が羽織っていたローブを勢いよく脱ぎ捨てると同時に足元から光が漏れて徐々に徐々に全身を暗紫色に輝く鎧が覆っていく。赤いマントをはためかせて歴戦の戦士を思わせるその風貌に目を奪われる生徒が複数人いた。

 

 「かっけぇ!!おいなんだそれ!!?鈴木お前二つもヒーロースーツ持ってたのかよ!!!」

 「い、いやこれは俺の魔法で作っただけだから…今までも俺が体の一部に装備を纏うのは見たことあるでしょ?それの全身バージョンだよ、ただのね」

 

 「………………」

 「ど、どうしたの葉隠さん、そんなジッと見て…」

 「……いいや、何でもない、ただあの時のこと思い出すなーってだけ」

 「あのとき……あ、あ、あー……ん、んん゛、じゃ、じゃあ俺行ってくるから………」

 

 魔法を唱えて消える悟に、いってらっしゃーいと言って手を振る葉隠。何か知ってるの透ちゃん?と蛙吹が尋ねるが、べっつにー?とはぐらかす葉隠であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『(……完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)無しでいくか、バフ込みでの通常時の力を知っておく良い機会だ)【上位全能力強化(グレーター・フルポテンシャル)】……ふぅ、さて……骨身が準備運動なんかする意味あんのかわかんないけど……いしょ………ん……こんなもんでいいか』

 

 つま先をトントンと地面に当てると鎧がガチャガチャと金属音を鳴らす。モニター越しに映る韋駄天が空から降り注ぐ日の光に照らされて眩く輝いていた。

 

 「もうアレプロじゃん……」

 「いや言いたいことは分かるけどさ……でもレースかぁ、ダメだなこりゃウチは」

 「まぁオメーの個性が輝く場所ではねぇなぁ」

 「アンタに言われる筋合い無いから」

 「一々突っ込まなくてもいいだろんなこと!」

 

 一組目の面々がそれぞれ運動場各地に設置されたカメラに映し出される。瀬呂、芦戸、飯田、緑谷、尾白、そして鈴木。中々に機動力が高そうな奴らが集まったと半ば娯楽のような感覚で一位予想をするクラスメイト達。

 

 「一位予想な!俺瀬呂が一位!」

 「いやどうせ鈴木じゃねぇの?」

 「私も鈴木くんだと思うけどなぁ、どんな引き出しがあるか分かんないし」

 「でも転移はしないんだから、流石に飯田ちゃんじゃ無いかしら」

 「んー、私もケガのハンデがあっても飯田くんな気がするなぁ」

 「デクが最下位」

 

 などと勝手なことを言い合っているウチにいよいよオールマイトが開始の宣言をする。モニターに映る六人の生徒がそれぞれ宙を舞い地を駆けゴール地点を目指していた。各々が自分の予想したクラスメイトを応援するために声を上げていた。が、始まって即座に一人の生徒に目を奪われる。

 

 「おぉ!!?緑谷!!!」

 「何だその動き!!?」

 

 誰もが予想だにしていなかったダークホースの登場に驚くクラスメイト達。職場体験前までの彼からは予想だにできない華麗な身のこなし。工業地帯の建物から建物へ、パイプからパイプへ飛び乗り空中を見事に飛び回る。緑谷の姿を遠目に捉えた悟が驚いて言葉を漏らしていた。

 

 『へぇ……凄いな緑谷……だったら俺も、ちょっとやる気出さないとな【上位道具創造(グレーター・クリエイト・アイテム)】』

 

 そう呟く悟の手に鉤爪のついた金属製のチェーンが出現する。緑谷の次は悟が何かしそうだと怒涛の展開に目が離せない救助訓練レース。地を駆けながら大型のタンクが道を塞ぐ通りへ向かって全力で駆け出していく。ぶんぶんと右手でチェーンを振り回しながら、ハァッ!と威勢の良い声と共にフックを投げ飛ばすとパイプに引っかかりグルングルンと巻きつき固定される。飯田の全速力に迫ろうかと言う速度を乗せたまま、

 

 『―――ヌンッ!!』

 「うぉぉおおおお!!!悟が飛んだッ!!?」

 「いっつも飛んでっけどなーアイツ」

 

 チェーンを引っ張り自身の身を引き上げてフワリと重力を感じさせないように宙へ飛び上がりタンクの屋上へ着地する。そのまま止まることなくパイプ伝いに足を走らせると少し先に瀬呂の姿が見えた。ただしその距離はドンドンと縮まっていき遂には肩を並べる。

 

 「や!瀬呂!」

 「げっ!鈴木!!」

 

 「ははは、げ、は無いだろ…ッ、と!!」

 「ちょ!!お前それ!!!」

 

 悟が加速をつけて屋根から飛び降りると同時にチェーンをパイプに引っ掛ける。ブランコのように悟がグルンと半円を描いて飛び上がり瀬呂を置き去りにしながら言葉を吐き捨てる。

 

 「それ俺のパクリ…ッ!!」

 「学んだと言ってよね!!じゃあ!!!」

 

 後ろから何か聞こえてくるがそんなことは放っておいてドンドン前へと自身の身体を引っ張っていく。同じ戦法をとれば、素で身体能力が高い方が勝つのは当然のこと。個性の慣れ等はあるだろうがその差を覆してあまりあるほどのステータスの暴力で瀬呂を追い抜いていった。

 そのままグングンと体を前に進めていくと視界の先、もうそんなに進んでいたのかという位置に緑谷が見える。この短期間でそれほどの成長をしたクラスメイトに驚きつつもその差を縮めるために体を引くためのチェーンを握る拳に力が宿る。

 

 「早いね!緑谷!!」

 「す、鈴木くん!!その動き……ッ!」

 「あぁ、クラスメイトを参考にしてね。緑谷の動きも……それは、爆豪かな?」

 「……ッ、や、やっぱバレるッ、つぅ、かな??」

 「うん、俺で分かったんだからもう本人は今頃血管ピクピクじゃない?知らないけど……よっ!とぉ」

 

 レース中だと言うのに他愛無い話をする二人。個性で宙を駆ける悟と緑谷。全く想定していなかったトップ争いに皆興奮したようにいけ鈴木だの、負けんな緑谷だのもうこれが授業の一環だと言うことを忘れたように声を荒げていた。

 

 「にしても、短い期間で良くそんな成長したね!」

 「それ、は!!……と、まぁ、色々あったから!!」

 「そっか、でも………すまないけど俺が勝つよッ!!」

 

 どれだけ緑谷が新しい力を得たと言っても所詮はまだ付け焼き刃。バフ込みの悟の速度に現状追いつけるはずも無く、視界の先に消えていきそうになる悟を見て、オールマイトが見ていると言うこともあったのだろうか、焦ってコントロールを誤ってしまう。

 

 「あ、待ッ、て、やば!!」

 「ん?あちょっ、緑谷ッ!!」

 

 チェーンで引っ張っていた身体を止めて後ろを振り返ると緑谷が足を滑らせて真っ逆さまに地面へ向かって落ちており、慌てて魔法を発動する。

 

 「【飛行(フライ)】ッ!!……ふぅ、気をつけなよ緑谷。訓練でも怪我はするんだからさ」

 

 緑谷が地面へぶつかる直前に身体が宙で止まり大地との衝突を免れると、あはは、ご、ごめんと呟いて苦笑い気味に閉じていた目をゆっくりと開いて悟の方を見る。その瞬間ギョッとした表情に変わり悟を困惑させると焦ったように緑谷が口を開く。

 

 「す、鈴木くん!!前!!前ッ!!!」

 「は?前――――」

 

―――そう言えば、なんで俺はチェーンをパイプに巻きつけて引っ張ったのに急ブレーキできたんだ?

 そんなことを頭の中で言い終える前に悟の怪力により分断された大型の貯水タンクに繋がれたパイプが悟に激突した。当然彼にダメージはないのだがあまりの衝撃に理解が追いつかず緑谷の元まで吹っ飛び地面に倒れる姿を見て、顔を青ざめさせた緑谷が悟の体を揺すり起こしたのは言うまでもないことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「しゃあ!!悟に勝ったって自慢できるぞこれで!!」

 「うーん、まさか負けるとはなぁ」

 「ご、ごめん……僕のせいで」

 「問題ないよ、手を貸したのは俺の責任だから。俺の負けさ」

 「………つっても、これじゃあ満足に勝利宣言できねぇなぁ」

 

 瀬呂が半笑いで頭をぽりぽりと掻く。敵わないなぁと訓練時でも手を貸す悟のヒーローとしての姿に頭が上がらないようであった。

 

 「一番は瀬呂少年だったがみんな入学時より個性の使い方に幅が出てきたぞ!この調子で期末テストへ向け準備を始めてくれ!」

 

 オールマイトの言葉に威勢の良い返事を返す生徒達。うんうんと頷いて帰っていく六人の生徒の群れに、なるべく不自然では無いように緑谷と鈴木に声をかける。

 

 「(驚いたぜ!見違えたよ!……それと、この授業が終わったら私の元へ来なさい)」

 

 返事を待たずオールマイトがその場を去る。穏やかで無さそうなオールマイトの様子に顔を見合わせる緑谷と鈴木。何はともあれ多少の覚悟は決めてオールマイトの待つ部屋まで向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「失礼します」」

 「……来たね、まぁ取り敢えず座りなさい」

 

 やはり、どこか重苦しい雰囲気のオールマイト。日も暮れて夕焼けの光が薄暗い部屋の中を照らしていた。オールマイトに断りを入れて対面のソファに二人並んで座る悟と緑谷。申し訳なさ全開といった様子でオールマイトが口を開く。

 

 「職場体験では色々大変だったね、近くにいてやれず…」

 「そ、そんな、オールマイトが謝ることでは……そ、それでその、話って………」

 

 「……オール・フォー・ワン」

 「「オール・フォー・ワン……?」」

 

 あぁ、と頷いたオールマイトが、さてどこから話そうかと口元を手で覆いため息を吐く。そうだなと言って緑谷に個性を与えた時の話をする。

 

 「緑谷少年、ヒーロー殺しに血を舐められたと聞いたよ」

 「え、あ、はい…」

 「え、ヒーロー殺しそんなことしたの?」

 「うん、血を舐めて発動する個性だったから」

 「あぁなるほど…」

 

 「……私が緑谷少年に個性を与えたときに言ったこと、覚えているかな?」

 「食え」

 「いやそっちじゃ無くて」

 

 渾身のオールマイトのモノマネをスルーされた緑谷が必死こいて頭を回転させるが、思い当たる様子の無い弟子を見て口を開くオールマイト。

 

 「DNAを取り込めるなら何でも良い、と言ったはずだよ」

 「え、あ!!」

 「……そう言えば…」

 

 前回オールマイトと緑谷と三人で話し合ったとき個性の譲渡にDNAの受け渡しが必要だとか、そんなことを言っていたことを思い出してオールマイトの言わんとすることを察する悟。

 

 「まさかヒーロー殺しにワン・フォー・オールが!?」

 「いやいやないよ。君ならそれを憂慮してるかと思ったが…忘れてたのね」

 

 少し肩を落とすオールマイト。万に一つもあり得ないが、ヒーロー殺しにワン・フォー・オールが渡っていた可能性も無いことは無いと考えると恐ろしい限りである。

 

 「ワン・フォー・オールは持ち主が渡したいと思った相手にしか譲渡されないんだ。無理矢理奪われることはない。無理矢理渡すことはできるがね…… 特別な個性なのさ。そう、その()()()()もね」

 「成り立ち……」

 

 「ワン・フォー・オールは元々ある一つの個性から派生したものだ。その個性の名こそが―――オール・フォー・ワン。他者から個性を奪い我が物として、それをまた他者に与えることのできる個性だ」

 「オール……みんなは一人のために…」

 「まるで狙ったかのように緑谷の個性とは真逆だな……いや、オール・フォー・ワンが元になっているからワン・フォー・オールが対になっていると言うべきなのか……?」

 

 まぁどちらでも良いさと言ったオールマイトが悟も緑谷も知らない昔話を始める。

 

 「これは超常黎明期、社会がまだ変化に対応しきれてない頃の話になる。個性の発現により突如として人間という規格が崩れ去った。たったそれだけで法は意味を失い文明が歩みを止めた。まさに荒廃。……… そんな混沌の時代にあっていち早く人々をまとめ上げた人物がいた。君たちも聞いたことはあるハズだ」

 

 ソイツが…と口にする悟に相槌を打つオールマイト。

 

 「彼は人々から個性を奪い圧倒的な力によってその勢力を拡げていった。計画的に人を動かし思うままに悪行を積んでいった彼は瞬く間に悪の支配者として日本に君臨した」

 「ネットとかでは噂話をよく見ますけど創作じゃないんですか?教科書にも載ってないですし…」

 「裏稼業の所業を教科書には載せんだろうよ。力を持っていると人は使える場を求めるからね」

 

 偏差値79の学校の学力トップに君臨する二人が学んだことも無い歴史の裏を聞いてどこか絵空事のように感じるが、しかしそれがどうワン・フォー・オールと繋がってくるのか尋ねる緑谷。

 

 「オール・フォー・ワンは与える個性でもあると言ったろ?彼は与えることで他者を信頼…あるいは屈服させていったんだ。ただ、与えられた人の中にはその負荷に耐えられず物言わぬ人形のようになってしまう者も多かったそうだ。ちょうど―――脳無のようにね。一方、与えられたことで個性が変異し混ざり合うというケースもあったそうだ」

 「脳無……あ、そう言えば」

 「?どうしたの鈴木くん?」

 

 あの、と職場体験期間の話をオールマイトに話そうとしたところ、あぁもう聞いたよと言って手で制してくるオールマイト。

 

 「話を聞く限り中々に手強そうな相手だったんだってね……私では対処できなさそうだったよ。君がそこにいてくれて本当に助かった」

 「いや、そうじゃなくて……何か、最初から私を狙っていたようでした。周りの一般人にも目もくれず。それに……偶然かもしれませんが、私の弱点を理解した上での編成に感じました」

 「………そうか、それは考えてなかったな……分かった。職員会議でこのことは話を通しておこう。また何か尋ねることがあるかもしれないけどその時はよろしくね」

 「はい、お願いします」

 

 「え、えと……あの……?」

 

 話に置いてけぼりな緑谷が二人の顔を交互に見ると、あぁごめんごめんと悟が謝罪しながら職場体験中のことの経緯を説明する。

 

 「確かニュースでデカデカと報道されてたのはヒーロー殺しとかそっちの話ばっかりだったからね……その、出たんだよ。俺の所にも脳無が二体」

 「は!?嘘!?無事だったの!!?」

 「だからここにいるんだろ?……まぁ少し考えが甘いところがあって苦戦を強いられはしたけど何とかね」

 「そ、そうなんだ……やっぱ、すごいね鈴木くん」

 「はは、運が良かっただけさ……それで、話の腰を折ってすいませんオールマイト。続きをお願いできますか?」

 

 あぁと言って頷くオールマイトを見て、椅子に姿勢を正して座り直す緑谷がピシッと正面を向く。

 

 「……話を戻すよ?そう言うわけで、オール・フォー・ワンは個性を譲渡して反乱分子を次々に粛清していった。……その内の一人が、彼の弟だったんだ」

 「オール・フォー・ワンの弟、ですか…?」

 「あぁ、無個性で体も小さくひ弱だったが正義感の強い男だった。そして兄の所業に心を痛め、抗い続ける男だった」

 

 オールマイトの握る手の力が増す。無意識のうちに力んでいるのかもしれなかった。

 

 「そんな弟に彼は“力をストックする”という個性を無理矢理与えた。それが優しさ故かはたまた屈服させるためかは…今となってはわからない。……だが、無個性だと思われていた彼にも一応は宿っていたのさ」

 「まさか…」

 

 こくりと頭を縦に振るオールマイト。

 

 「自身も周りも気づきようのない、“個性を与えるだけ”という意味のない個性が!“力をストックする個性”と“与える個性”が混ざりあった!………これがワン・フォー・オールのオリジンさ」

 

 興奮気味に語っていたオールマイトが広げていた手を仕舞い込んでボスンと力を抜いて椅子に座り直す。彼の顔に影が生まれやるせないような顔つきに変わる。

 

 「……皮肉な話だ、正義はいつも悪より生まれ出ずる」

 「ちょ待…その成り立ちはよくわかったんですけどそんな大昔の悪人の話…何で今それが「生きている」

 

 緑谷の言葉を遮った悟の方を、えっ、と言ってチラリと見る緑谷。その後オールマイトに顔を向けると項垂れたまま何も答えない。

 

 「個性を奪う、ですか……大方若返りとか、成長を止めるだとかそういう個性で生き延びているんでしょうね……貴方の腹の傷も、もしかするとソイツが原因ですか?」

 「……ふふ、流石に察しがいいな、鈴木少年は」

 

 顔面蒼白になる緑谷を置き去りにして顔を上げて語り始めるオールマイト。

 

 「半永久的に生き続けるであろう悪の象徴…覆しようのない戦力差と当時の社会情勢…敗北を喫した弟は後世に託すことにしたんだ。今は敵わずとも少しずつその力を培っていつか奴を止めうる力になってくれ…と。そして私の代でついに奴を討ち取った!」

 

 はずだったと続けるオールマイトが悔しそうに自身の握り拳を見つめる。トゥルーフォームの彼の手からは正義の象徴たる力強さは感じられない。

 

 「奴は生き延びヴィラン連合のブレーンとして再び動き出している。ワン・フォー・オールは言わばオール・フォー・ワンを倒すため受け継がれた力!君たちはいつか奴と…巨悪と対決しなければならない…かもしれん」

 

 酷な話にはなるが…と言うオールマイトの言葉を遮って声を張り上げる緑谷が唐突に立ち上がりオールマイトをジッと見つめる。

 

 「頑張ります!オールマイトの頼み、何が何でも応えます!あなたがいてくれれば僕は何でもできる!できそうな感じですから!」

 

 ふふ、と笑いながら悟が立ち上がり、緑谷に同調する形で言葉を発する。

 

 「私も同様です。弱音を吐くなんて貴方らしく無い。ミルコの下で学びましたから、ヒーローのあるべき姿を……オール・フォー・ワンですか。望むところです」

 

 二人を見つめるオールマイトの目が泳ぐ、何かを言おうとして口元を押さえる様子に疑問を覚える二人だったが、オールマイトがいくばくか愛弟子を見つめた後に絞り出すようにありがとう、と呟くと満足そうに返事をする緑谷。オールマイトの、愛弟子を見つめる視線にどこか違和感を感じて無言になる悟。

 

 「……取り敢えずの話はこれで終わりだ。すまなかったね、救助訓練で疲れているところを引き止めて……」

 「あ、いえ!大丈夫です!」

 「ええ、俺に至っては疲労とかそもそもありませんからね」

 

 若干笑いづらいブラックジョーク紛いのネタで場の雰囲気が微妙になった後、それではと言って立ち上がる緑谷。そこで、椅子に座ったまま部屋を出ようとしない悟を見てどうしたの?と声をかける。

 

 「いや、もうちょっとだけオールマイトと脳無のことについて共有したいから。個人的な話だし先に帰ってていいよ」

 「そう?じゃあ……あ、教室で課題でもやりながら待ってるね」

 

 それでは、失礼しますと言って姿勢正しく頭を下げて扉を閉める緑谷を見送る二人。振り返っていた悟が、さて、と呟いてオールマイトに向き直る。

 

 「……本当に、名前の通り聡い子だね、君は………それが君をヒーローたらしめている所以なんだろうけど」

 「……ありがとうございます。それで―――いったい、緑谷に何を言おうとしたのですか?」

 

 単刀直入に聞かれて閉口してしまうオールマイト。愛弟子でなくとも、この言葉を口にすること自体が、これから起こる未来を認めてしまいそうな気がして口に出すことが憚られた。

 

 「余計なお世話はヒーローの本質……貴方が言った言葉です。愛弟子には言えなくても、私には言えませんか?そもそも、ワン・フォー・オールについての秘密を共有したとき隠し事は無しだと言ったのは貴方でしょう?」

 「はは、まいったねこれは…………緑谷少年には伝えないでおくと、約束してくれるかい?」

 「………内容によります」

 

 そうか、それを聞いて安心したと言って、迷う気持ちもあり組んだ手の親指がモジモジと交差していたが覚悟を決めたのかぎゅっと両手を握りしめる。

 

 「……サー・ナイトアイ、というヒーローに聞き覚えは?」

 「いえ……緑谷ほどヒーローオタクでもありませんので…」

 「ふむ、まぁ、知る由も無いか……私の、元サイドキックだ」

 

 オールマイトにサイドキックが存在していたという事実に少々驚く悟。ずっと一人で活動していたイメージがあり彼の補佐を務めることのできる人物に若干の興味が湧いたが、いったいそれがどうしたのだろうと話の続きを促す。

 

 「いったい、そのサイドキックと先の視線、どう言う関係が「予知」………予知?」

 「ナイトアイの個性だよ。色々制約はあるが、対象の人物の未来を予知することができる。そして、その未来は確実に―――訪れる。どれだけその予知に抗おうとその未来が訪れる時期が少しばかり先延ばしされるだけで、回避しようの無い未来が、必ず」

 「……勿体ぶらずに教えてください。その、サー・ナイトアイ、という方は一体………何を見たのです」

 

 

 

 

 

 

 

 「―――私の死だ。それも、今年、遅くとも来年には訪れる、凄惨な死が……あくまで、彼の外れたことのない予知を信じるのなら、だけれどね」

 「―――………それは、ヒーロー活動が原因ですか?」

 「だろうね、この年で死ぬってことは大方ヴィランとやり合いでもするんだろう。もしかするとオール・フォー・ワンかもしれない。そもそもナイトアイが何を見たかは知らないがナイトアイが止めてきたからな。ヒーロー活動をやめるべきだと」

 

 重苦しい雰囲気が辺りを包む。悟から声がかかってこない。無理もない、言葉に出してから後悔するオールマイト。なまじ見た目と性格が同年代の子と比較して子供離れしており大人びた雰囲気だから話してしまったが、考えてみれば自身の愛弟子の同級生。こんな、高校一年生にとって重すぎる話を聞かせるべきではなかった。

 

 少なくとも、悟が言葉を発するまではそう思っていた。

 

 「………そうですか、それを聞いて安心しました」

 「………は?」

 

 俯いていたオールマイトが首を上げる。こちらを見つめる悟。赤い光が眼窩にゆらめき淡い光を放つ。

 

 「……オールマイトのヒーロー活動を止めようとした、ですか。その、サー・ナイトアイという方は貴方の生存を諦めなかったのですね」

 「………………」

 「それだけでも可能性を感じるじゃないですか。それに、"今まで"百発百中、いや千発千中なだけでしょう?次は変えられるかもしれないじゃないですか」

 「……はは、もう少し、理性的な子かとも思ったけど、随分楽観的な考えをするんだな、君も…」

 

 「楽観的ではありません。諦めていないだけです。貴方の言った、オール・フォー・ワンの弟のように」

 

 目を見開いて悟の方を見つめる。おどろおどろしい見た目の、体の中に暗闇を宿す一人の生徒が、今だけは大変眩しく見えた。

 

 「……私の知らない時代から何代にも渡って聖火のように受け継がれてきたワン・フォー・オール。これを奇跡と呼ぶか、確定事項と呼ぶか……私は前者を選びたい」

 「………………」

 「その奇跡が仮に現在の仮初の平和を生み世界の運命すらも動かしたというのなら……なぜ貴方一人の、たった一人の運命をねじ曲げられないと思うのです」

 

 「………だが……」

 

 これほどまでにネガティブで頑固なオールマイトを見るのは初めてであり、どう声をかけたものかと思い悩む悟。

 

 「………緑谷の気持ちは考えたことはあるのですか?」

 「………あぁ、考えたからこそ言い出せ「違う」……何がだい?」

 

 「自分の師に勝手に死なれる気持ちです」

 「………ッ」

 

 「……すみません、オールマイト。貴方には師はいますか?」

 「………いる、というよりは、いた、だね」

 「そうですか、師との最後の別れはどういった状況でしたか?」

 「………もっと思慮深い子だと思ってたけど、ズカズカと踏み込んでくるじゃないか」

 

 申し訳ありません、でも必要なことなんです。と力強い口調ではっきりと声に出す悟。彼から視線を外すことなくジッと見つめ続ける。

 

 「………私をオール・フォー・ワンから逃すために盾になられたよ」

 「そうですか………悲しかったですか?」

 「……そんな安っぽい感情ではない。オール・フォー・ワンと再びあいまみえたとき、私を染め上げていたのは、否定しようもないドス黒い感情だったさ。………恥ずかしい話だがね」

 

 

 

 

 

 

 

 「知っていて、なぜ緑谷にも同じ想いを抱かせる」

 

 口をぽっかりと開けて悟を見つめる。

 

 「………申し訳ありません。私は当事者では無い。死を宣告された貴方本人でも無いのに、いったい何をズケズケと言っているのか、お怒りになるのも分かります。しかし、今だけは耳を傾けていただきたい」

 「…………………」

 「……貴方がもし、師匠の死の運命を知っていたら、諦めましたか?貴方の師が、死ぬという運命を受け入れて自暴自棄になっていたら、貴方は殴ってでも止めませんか?………師を失う痛みを誰よりも知っている貴方が、何故緑谷にそんな残酷な仕打ちができるんだ」

 

 頭を項垂れて両手の拳を握りしめる。血が滲んでポタポタと膝下を濡らしていた。トゥルーフォームのどこにそんな力が宿るんだというほどに。

 

 「ハッキリ言いましょう。これだけの無責任な発言をして、別に私は貴方の顰蹙を買ってもなんらかまわなかった。私が許せないのは、オールマイト、貴方は私に、緑谷の理解者になってほしいとおっしゃいましたね?それはあたかも、自身がいなくなった際の代理とでも考えているのかと思いましたよ」

 「………………」

 「………あなたの師の代わりになってくれる人間が誰かいましたか?………緑谷の真の理解者は貴方です。それを深く自覚してください。師を失う悲しみを知っているなら、緑谷の目の前で、死の運命くらいねじ曲げると一言くらい言ってください。酷なことを言いますが……オールマイト、貴方が死ぬのは良いとは言いません。ただそれ以上に―――緑谷が傷つくことが許せない。それだけです」

 

 

――――――。

 

 

 無音の時間が流れる。風になびく木の葉の地面と擦れ合う音が窓越しに伝わってきた。随分長いこと話し込んでいたようでチャイムがなってしまう。二人とも何も言わない。悟は待ち続ける。彼の言葉を。

 

 

 

 「………鈴木少年」

 「なんでしょう」

 

 彼の輪郭から煙が上がる。骨格一つ変わることのない髑髏の表情が緩んだように思われた。

 

 「……すまなかった」

 「謝るのなら私ではなく緑谷にお願いします。それに謝るのは貴方ではなく私の方です。………貴方の過去に無遠慮に踏み込み思い出を汚し、知ったような口を利いて、大変失礼な言葉を吐いた。到底許されるべき行為ではありません。許さなくても構いません。ただどうか、この通りです」

 

 腰を曲げて深く頭を下げる悟を見ていつもの調子が戻ったように、ハーッハッハッハァ!!と、気持ちいいくらいの大きな笑い声をあげるオールマイト。

 

 「ノープロブレムッ!!!……ありがとう鈴木少年。生徒に激励されるとは教師失格だな」

 「教師だって挫けますよ、そしてヒーローだって人間です。貴方の弱音を吐く姿を見れて良かった、なんて言う気はありませんが……人間臭さを感じられて、なんだか安心しました」

 「ふふ、そうだな!!運命だろうとなんだろうとこの手で切り開いてやるさ!!!私は平和の象徴オールマイト!!!弟子の一人安心させられないで市民の笑顔を守ることなんてできないからね!!!」

 

 再び高らかに笑うオールマイトを見てやっとこさ肩の力を抜く悟。いけないいけないと言ってクラスメイトを待たせすぎていることに気付いて扉に手をかける。

 

 「今すぐとは言いません。オールマイトが打ち明けようと思ったら、その時で構わない。今の貴方を見ていて不安な要素は何一つありませんからね」

 「あぁ、ありがとう鈴木少年!!本当に迷惑をかけたね」

 「迷惑なんて思ってませんよ。余計なお節介をかけたのは私ですから。あぁそれと、あんなこと言いましたけど私も貴方には死んでほしくありませんから勘違いしないでくださいね?そんなに薄情者なつもりもありませんので」

 「モチロン!!!死ぬ気なんてさらさらないさ!!!じゃあね、鈴木少年!!!」

 

 えぇ、失礼しますと頭を下げて扉の向こうへ消えていく。足音が遠くなっていくとマッスルフォームを解いて窓まで歩いていく。もう地平線に太陽が沈みかけ、辺りも赤から青へと色を滲ませていた。

 

 

 

 「………ナイトアイ、私は死なないさ。決してね」

 

 

 

 

 




ちょっと悟くんに語らせすぎたかな……説教臭くなっちゃった
次回は期末試験に向けてのテスト対策期間になるのかな…
それではまた次回


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天才と凡才

期末試験前に閑話を一つ
ストーリー的にはほぼ進んでません
日常パートになります
それでは本編どうぞ


 「ってことで悟!!頼むわ!!!」

 「いや何さも当然みたいに言ってんの?別に良いけどさ」

 

 顔の前で両手を合わせる瀬呂。先ほど彼らの担任から林間合宿と、それに伴う期末試験のペナルティについての説明があり、成績以上に期末試験に真剣になるクラスメイト達が、早速クラスのめぼしい人間に声をかけて教えを請いていた。

 

 「いやぁ、悟の解説聞いてからだと他のじゃ全くダメでさぁ」

 「うーん、別にいいんだけど少なくとも自分で一回はやってから聞いて欲しいんだけどなぁ」

 「やってるけどわかんねぇんだよ!」

 「問題見て自分の力だけでは無理だってわかった瞬間に挑むのやめてない?参考書読み返すくらいはしようよ」

 「でも悟に聞いた方が早いじゃん」

 「あのなぁ……」

 

 頭骨内壁に感じるはずのない痛みを覚えて頭を抱える悟。話を聞きつけた他の人間達も教えてくれと頼み込み勉強会でも開こうかとなったがかなりの人数で困っていた所に八百万が割り込んでくる。

 

 「で、でしたら!私の家で行いませんか!?」

 「うお!?えと、いいの?八百万さん。結構な人数だけど?」

 「えぇ!!構いませんわ!!では週末にでも私の家でお勉強会を催しましょう!!」

 「おお!悟と八百万の二人体制か!!こりゃ筆記試験勝っただろ!!」

 

 やんややんやと騒ぎ立てる集団を遠目に眺める女生徒が一人。ただ彼女の表情を見て取ることはできず、宙を浮く制服がそちらに向いているだけであった。

 

 「……………はぁ…」

 「どうしたの透ちゃん」

 「ひゃ!!びっ、ビックリした、梅雨ちゃん驚かせないでよ…」

 「ケロ、驚かせたつもりは無かったのだけれど驚いたのなら謝罪するわ、ごめんなさい。それで、どうしたのかしら?羨ましそうに眺めて」

 「え?……別に羨ましくは眺めてないよ」

 「それじゃあ何かしら?葉隠ちゃんもお勉強会に参加したいのかしら?」

 「うーん、そうじゃなくて」

 「じゃあ何かしら?」

 「……な、何でもないよ」

 「何でもないような声色じゃなさそうなのだけれど」

 「何でもないから」

 

 執拗な同級生の追及を振り払ってまたもため息を吐く。彼女自身あまり筆記テストに関しては中間では良い成績とは言えず誰かに教えを請うことはそうだったのだが、よもや目当ての生徒が朝のホームルームが終わった瞬間に奪われるとは思ってもいなかったのだろう。クラスメイトに囲まれるとある男子生徒の人徳にがっくりと肩を落とす葉隠だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………えと、その、な、何?」

 

 人通りの少ない廊下の一角に佇む二人の男子生徒。昼休みに日誌を取りに職員室へ向かうと偶然すれ違った轟に唐突に声をかけられ、どうしても言っておきたいことがあると言われて場所を移した。多くの人の目がある廊下のど真ん中で話し出そうとする轟にツッコミを入れるも、本人は何がダメなのか理解できていない様子で調子が崩れ、なんとか説得して人目のない場所まで移動した様子である。

 

 「……親父からの伝言だ」

 「………!」

 

 「"次はウチへ来い"……だそうだ」

 

 エンデヴァー……と呟いて目の前の生徒の父親であり、トップヒーローでもあるエンデヴァーの、体育祭のときの粗暴な立ち振る舞いを思い出す。どこか変わったか轟に尋ねることは出来るが、そこまで神経が図太いわけでもない悟は分かったとだけ返事を返す。

 

 「えと、それだけ?なら俺職員室行きたいんだけど」

 「いや……もう一つ、こっちが本命だ……俺の、個人的なアレだが……」

 

 え?轟くんの?と言葉を漏らす悟。そんなに深刻そうな顔をして俺に相談とは、一体なんだろうと身構える悟を拍子抜けさせる言葉が彼の口から飛び出してきた。

 

 「えっと、轟くんのアレ、って……」

 「それだ」

 「?」

 

 

 「その……なんでお前、俺以外は呼び捨てなのに、俺だけくん付けなんだ?」

 「は?」

 

 一瞬何を言っているのか理解ができず固まってしまい、あ、はいはいと脳が受け付けた直後に彼の普段の雰囲気との乖離にやはり脳が固まってしまう。

 

 「え、いや、それはその、距離感っていうか……」

 「………?別に、同じクラスだしそんなに離れてねぇと思うが…」

 「いや距離感(物理)じゃなくて!!いやほら、その、あんまり轟くんと俺って話す機会が少ないっていうか……」

 「…………分かんねぇ、話せば呼び捨てになんのか?」

 「ん、んんんん゛ん゛ん゛!!?!?いやそういうわけでもなくて……ほら、知り合ったばっかりはお互いなんか他人行儀でくん付けさん付けだけど、親しくなって友達になると呼び捨てになるみたいな感覚で………」

 「……つまり、なんだ。お前は俺のこと他人だって思ってるわけか………?」

 「いやそうでもなくてッ!!!アレッ!!?君轟くんだよね!!?轟焦凍だよね!!?!?」

 「……呼び捨てにはなったが、別にフルネームで呼ぶ必要はねぇと思うが」

 「誰だコイツッ!?!?やりにくッ!!!」

 

 最初自分がガチガチに固まっていたことがアホらしくなるほどの会話に四苦八苦して、結局彼を説得した後に轟呼びに落ち着く悟であった。このことを飯田と緑谷に話すと彼のド天然ぶりにどこか思い当たる節があるようでハンドクラッシャーの話をしてくれたのだが、やはり轟は何を笑っているのか理解できない様子でポカーンと三人のやりとりを眺めるのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これは……なんというか、凄いね」

 「ひぇー……でっか、悟の家もわりかしデカかったけど。その比じゃねぇな」

 

 約束していた日時に門の前に集まるクラスメイト一同。空から降り注ぐ太陽の熱を忘れてしまうほどに目の前の光景に呆気に取られる。

 

 『ようこそお越しくださいました!今門を開けますわ!!』

 

 備え付きのインターホンを鳴らせば秒で返事が返ってくる。それと同時に硬く閉ざされていた門がスライド方式で電動音を鳴らして両側に開いていく。どこか異国に入り込むような気分で八百万家の敷地内に足を踏み入れる一同。

 

 「すっげー……うぉ!庭に噴水あるぞアレ!」

 「何あっちのクソでかい建物……第二の家?」

 

 初めて生で見るセレブの世界に圧倒されながら勝手なことを口走る上鳴達。もう綺麗に整備された敷地内の床でさえ調度品のように感じて歩きが無意識のうちにゆっくりになってしまう。そんな中ただただ凄い凄いとキャッキャ騒ぐ芦戸がすたこらさっさと一人歩を早めて道の先へ消えていってしまう。そんな彼女を追いかけて八百万の待つ講堂へと辿り着く悟達。案内された部屋で待っておくように言われたがどうも落ち着かずソワソワしてしまう。

 

 「都会に出た田舎もんってわけじゃないけどさ……これは首傾げちゃうよね……」

 

 そんなことを言いながら苦笑いの耳郎が見つめる先は天井に吊るされたシャンデリア。直径は優に1メートルを超えるだろうがそんな巨大な円形が視界の先ではただの点である。

 

 「お待たせしましたわ、みなさん。お紅茶の用意ができましたの!」

 

 そう言ってティーワゴンに乗せた皿とティーカップを丁寧に皆の前に一つずつ置いて紅茶を注ぐ八百万。その格好はさすがに様になっており、普段学校ではその口調からしか感じ取れないお嬢様言葉だが、今はその仕草の一つ一つが彼女はセレブなのだと実感させる。

 

 「では鈴木さん、失礼しますわ」

 「あ、えと、え?俺は……」

 「えぇ、分かっておりますわ。ですので鈴木さんにはこんなものをご用意致しましたわ。皆さんもどうぞお楽しみください」

 

 そう言って八百万が悟の目の前から少し離れたところに薄い陶磁器のような片手サイズの釜を置き、中に入った大量の灰の中に熱したサイコロのように小さい炭を入れて放置する。一体何をしているのか、少々お待ちくださいと言われれば悟は、あ、はいとしか答えられず、他の人間は先に紅茶を口にしていた。

 

 「あー……何となくだけど、ウチにあってんのかは分かんないけど高いってのが分かる味だわ、これ」

 「いやー……なんか、ソワソワすんな……なんちゅーか、vip待遇受けてるみたい」

 「フフ!楽しんでいただけているようで満足ですわ!!」

 

 皆が楽しそう?かは分からないが紅茶を飲み談笑している様子を見て、無意識に喉をカリカリと指でさすってしまう悟。その姿を見た八百万がもうしばらくお待ちくださいと微笑みかけるとしまったと言った様子で自分の行いを恥じて気を紛らわせるように持ってきた教材を机の上に広げる。五分くらい経ったろうか、十分に灰が熱せられると炭を灰の中に軽く埋め、そして時間が経った後にその上に何やら茶色の小さな破片を乗せる八百万。いったい何をしてるのか、無い目を瞬かせるようにジーッとその光景を見つめていた悟が、できましたわと言った八百万に尋ねる。

 

 「えーっと、あの……それはいったい……」

 「沈香ですわ」

 「じんこう?」

 

 「はい、お線香は分かりますでしょうか?アレとは少し違うのですけれど……樹脂を含む木を削り、こうして煙を焚いて香りを楽しむためのものですわ、いかがでしょう?鈴木さん」

 

 そう言って、自身の前に白く揺蕩う細い線に手を当てがい、仰ぐように手前に軽く手を振ると独特な香りが脳裏を支配する。心地よさにいくばくかの感動を覚えて夢中になっていると八百万が満足いったように笑っていた。

 

 「ふふ、お気に召していただけたようで満足ですわ!」

 「………うん、香りを楽しむ、かぁ。考えたことも無かったな、こんなものがあるんだ……なんというか、気持ちが落ち着くなぁ…」

 

 悟の香りを楽しむ様子に興味を惹かれた芦戸が近くまで行って嗅ぐために立ち上がろうとするが、それを制する八百万。

 

 「そんなに慌てなくてももうそろそろ香ってくる頃ですわ」

 「え?……あ、ほんとだ………なんだか、お仏壇の香りがする〜」

 「おー……なんか、すげぇ」

 「あんた語彙力死んでるよ、いつものことだけど」

 「うるせぇよ!」

 

 なんだか体の力が抜けたようで全身がリラックスした悟がふぅとため息を吐き八百万に感謝を述べる。

 

 「ありがとう八百万さん、俺のためにわざわざ、えーっと、じん、こう?を用意してくれて」

 「いえいえ、私からお誘いしたのにおもてなしの一つもできないようでは八百万家の名折れですわ!!」

 「そ、そう……いや、にしてもいい香りだなぁ。家でも焚いてみようかなぁ……あー、でも、その、これって……」

 「心配なさらずともこれくらいのものでしたらそれほど高くはありませんわ」

 

 それを聞いて安堵する悟。やってみようかと言ったが何しろこれを用意したのが八百万。どうせふんだんに金をかけているのではないかと思い至り尋ねてみるが、こちらの意図を察した八百万の返答を聞いてホッと胸を撫で下ろす悟であった。

 

 「ちなみに、なんかこんなこと聞くのアレなんだけど……いくらくらいするの?」

 「そうですわねぇ………三万ほどでしょうか………?皆さんどうしましたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ですので、答えはこうなりますわ。ご理解いただけましたでしょうか?」

 「んー、ん?んんんんん゛ん゛ん゛………」

 「あ、あの、どこか不可解な点でも…?」

 

 お昼時、勉強会と言ってもやはりまだまだ入学したての高校一年生が大人数集まると少し勉強から脱線してしまうようで、それを見た他の人間が諫めながら、半ば家庭教師のように悟と八百万が分からない点を教えて回る。各々それなりに自分で努力はするし二人に頼らず分からないもの同士で粘ってみるのだが最終的に泣きつくのがオチである。

 

 「えーっと……なんでここの式からこーなんの?」

 「え?」「へ?」

 

………………。

 

 「その………えと、それはその……見た通り、としか……」

 「え?………こーなって……んでこーなって……んでどーしてこうなんの…………?」

 「え、えっと……………」

 

 「どうしたの?」

 

 会話の止まった二人を見かけて尾白への解説を終えた悟が八百万と上鳴の下まで歩いてくる。あ!鈴木!ちと来て!と上鳴が手を振り後ろまで歩いて来た悟が顔を覗き込ませ何が分からないかと尋ねると問題番号とその解を悟に指し示す上鳴。

 

 「…でよ、ここまで分かんだけどなんで次こんな式になんの?いきなりカッコでくくって三乗って……」

 「えっと、少し待ってね………うん……うん、そうなるね………うん………ん?……………えーっと…」

 

 ちょっと借りるねと言って上鳴のシャーペンを持って乱雑によく分からない汚い式をパパパッとノートに書きなぐる悟。左手を口元に持っていきブツブツと呟きながら動かしていた右手がピタッと止まって、あーはいはいなるほどと声を漏らす悟。

 

 「えっとね、さっき悩んでた式変形だけど、少し途中式を挟むと………次は、こうなるかな?」

 「は?いいの?こんなことして。勝手に項増やして」

 「まぁそう思うよね。別に増やしてないんだ、俺が新しく書き加えた数字全部まとめたらいくらになる?」

 「あ?………あ、ゼロ!」

 「うん、差し引きゼロだから結局何も変わってないのは分かるかな?んで新しく加えた項と既にあったモノを入れ替えて……順序をこうする」

 「うん、んで?」

 「いや、んで?じゃなくて少しくらい考えて。これ、何か見えてこない?」

 「ん?んーーー………えっと、共通の項が、ある」

 「なんだ、分かってるじゃん。そんであとは共通項でまとめて……流石にここまで書いたら分かるでしょ」

 「えっと………こう、して…………あ、はい!はいはいはい!!あーなるほどね!!了解了解!!わっかんねぇよこんなの!!!」

 「それを分かるようにするための勉強会でしょ?こんなの思いつきより慣れだよ慣れ。はい頑張る頑張る」

 「だりぃー!!あ、ヤオモモさんきゅーな!!」

 

 「え、あ、はい……」

 

 鈴木来てー!と芦戸が手を振るとはいはいと言ってそちらに歩を進める悟。背後からの視線を感じてチラリと後ろを見ると八百万と目が合い、ハッと気づいた八百万がサッと顔を背けるのを見て疑問に思いつつも自身を急かすクラスメイトの言葉を耳にしてはいはいとそちらに向かう悟であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いやマジ助かった!!サンキューな!!」

 「ありがとヤオモモー!!これで絶対中間試験合格っしょ!!」

 「鈴木もありがとう、色々教えてもらって」

 「あぁ問題ないよ、俺も勉強になったからさ」

 

 尾白に感謝された悟がいつものように謙遜して大丈夫だと答えるともうクラスメイトも皆なれたのかそっかと返事を返すだけであった。

 

 「皆さん!!本日は大変有意義な時間となりましたわ!!もし次があれば是非またお越しください!!!」

 「あー……そ、そうだね!またお世話んなるかなぁウチも」

 「ちょっと俺は気疲r…あ痛ッ!!」

 

 目を輝かせる八百万が全然疲労を感じさせないように夕暮れをバックにして皆を見送る。じゃあなと各々が言葉を交わして解散しようとするが、

 

 「………ん?あれ?」

 「?どうした鈴木」

 

 途中まで同じ方向である瀬呂が悟の様子がおかしいことに気づいて声をかける。八百万もどうしたのだろうと玄関先で見守っていると悟がトコトコと申し訳なさそうに彼女の元へ歩いてきた。

 

 「ご、ごめん八百万さん。講堂にスマホ忘れてきたみたい……」

 「あぁ、分かりましたわ。それでは一旦戻りましょうか。瀬呂さんはどうしますの?」

 「いや、俺はここでいいかな。待っとくからなる早でなー」

 「ごめん、ちょっと待ってて」

 

 八百万の背後をついていく悟。講堂の大きな両面扉を押し開き、長い廊下を二人で歩いていると八百万がソッと呟く。

 

 「……流石ですわね、鈴木さん」

 「?何が?」

 

 「皆さん、私に助かったと言っていましたけれど鈴木さんがいなければ解説できない所が多々ありましたわ……他人に教えられるようになって初めて一人前と聞きます。私には何が分からないのかが分からない箇所が沢山あって……皆さんの側に立って考えられる。鈴木さんは本当に、天才なんですわね」

 「………八百万さん…」

 

 おそらく彼女に限ってその言葉に妬みは存在せず、心からの賞賛だったのだろう。ただ少し悲壮感が漂ってしまうのは彼女の自信の無さから来るところだろうか。

 

 「すみません、少し陰鬱な話をしてしまいまして……着きましたわ。………これですわね?」

 「あ、うん。ありがとう八百万さん」

 「別に問題ありませんわ、それでは瀬呂さんの元に戻りましょうか…………?鈴木さん?何を……」

 

 歩き出す八百万。背後についてくる足音が途絶えたのを感じて振り返ると、数学の教科書を開いてテーブルの上に広げる悟の姿があり、いったい何をしているんだと尋ねたくなったが彼に限って意味のないことはしないだろうと近くまで行くと彼が話しかけてくる。

 

 「八百万さん」

 「え?あ、はい。何でしょうか……?」

 「この問題、分かるかな?」

 

 そう言われて彼の細長い指が差し示したのは章末の発展問題。と言ってもクラスのトップ頭脳が解法を導出できないはずも無く、何でそんなことを聞くのか疑問に思いながらも、えぇまぁはいとぎこちない返事をする八百万。

 

 「えと……でも、鈴木さんもこの程度の問題ならば分かるのでは……?」

 「うん、パッと見た感じ何となく途中式や導出方法は頭に浮かぶよ。だから、少し解いてみるね」

 「はぁ……」

 

 流石に行動の意図が読み取れず困惑する八百万を置き去りにして一人ノートを広げて問題の解答を書き連ねていく悟。特に何もすることがなく手持ち無沙汰であるためにジーッと悟の解を眺めていくのだが、ん?と何か違和感を覚える。別に間違えているわけではない。誠実に一つ一つ何の抜けも無しに120%の解答を書いていくのだが、途中でえっ?と声を漏らしてしまう八百万。口元を押さえる彼女を放っておいて無言でカリカリとペン先を走らせる鈴木。言葉を失った彼女が同じ姿勢のまま一分ほどが経過しただろうか。ふぅ、終わったと言葉を漏らした悟が八百万に尋ねる。

 

 「……さて、どうかな?俺の解答は間違っているだろうか」

 「………いえ、あの、間違ってはいないのですけれど」

 「けれど?」

 

 

 「あの、何というか……変な言い方になりますれけど、綺麗じゃないというか」

 

 「……ふふ、やっぱりかぁ。だよね、いや。ちゃんと解いたよ?俺の持てる知識でしっかりとね。ただおかしいと思ったんだよね。章末問題のくせに書いてること自体はすごく単純、基礎の基礎の公式さえ分かっていればゴリ押しで解けてしまう。ただ問題点があるとしたら、この式をこのままの形で公式に対応させると式がとんでもなく長くなってしまう。途中式もメチャクチャ………多分、最初の段階で分解したり整理してコンパクトにまとめてから公式使えっていう問題でしょ?これ」

 「はい、その通りですけれど……てっきり、そんなこと気づいているものと思いましたので」

 「うん、そのことには気づいたけどどうやって式変形するのかがわかんなかった。頭の回転はそんなに早い部類じゃないからさ、俺」

 

 ふぅと言って立ち上がりパタンとノートと教科書を閉じる。カバンのチャックを開いて中にノートと教科書を仕舞い込んで口を閉じ、肩にカバンを引っ掛けると立ち上がり八百万の方を見る。

 

 「八百万さん、俺がどうしてみんなの悩んでる所が分かるか、分かる?」

 「いえ……」

 「それは俺がバカだからだよ」

 

 だから彼らの悩んでる箇所が分かるんだと口走る悟。自身より成績が良いくせにそれは何の嫌味なのかと言いたくなりそうだが、そこは八百万百、人の良さが現れ単純に疑問に思うだけである。

 

 「えと……その、鈴木さんがバカというのは……」

 「無理がある、って言いたいのかな?」

 

 はいと言って首を縦に振る八百万。そうだなぁと腕を組んだ悟が次の言葉を探してうーんと唸っていた。

 

 「八百万さんは受験前の1日勉強時間はいくらだった?」

 「受験前ですか?……多少のバラツキはありますが……そうですわね、授業時間も含めて…最低でも8は……」

 「8時間ね、ところで八百万さん。俺は何時間くらいだと思う?」

 

 これはいったい何のやり取りをしているんだろうと困惑しながらも悟の勉強時間を考える。寝ないということを考慮してそれなりに高く見つめって答えるのだが、

 

 「………12時間ほどでしょうか?」

 「18時間」

 

 

 「…………え?」

 「嘘じゃないよ、寝ないしご飯も食べないしお風呂も毎日は入らない。空いた時間で家事の手伝いとかするけど、そんなことで余った6時間を消費できるわけもないから。適度に休憩入れながら勉強しても、そのくらいは時間使えちゃうんだよね。睡眠をしない前提でこれが長いと捉えるのか短いと捉えるのかは分かんないんだけどさ。まぁ八百万さんよりは少なくとも勉強時間だけで言えば上をいっていると思うんだ」

 「………えと、え?そ、その……」

 「あの時は、本当に何も目的の無い毎日だったからなぁ。受験っていう名目ができたから取り敢えずガムシャラにでもやることができて助かったっていう所があったから。今思うと頭おかしかったな、流石にあれは」

 

 当たり前のように語る目の前のクラスメイトに頭が痛くなってくる八百万。一日18時間。それは人間が正気を保っていられるのかと疑いたくなるような領域だが、彼が嘘をついているとは考えづらい。

 

 「それで、どうかな。俺の解法を見て。要領が悪い、とも思わなかった?」

 「………はい」

 「だよね。………筆記で点数を取るだけなら楽さ。時間なら無尽蔵にあるからね。だからこそ俺は地頭が悪いんだと思う。時間をかければできるなんて誰だってそうでしょ?それに甘えた結果が俺だよ。本当なら効率化を……脳、が自動的に目指して成長するんだろうけど。俺は常人の二分の一の効率を持ってして、2倍の時間をかけて帳尻を合わせることができてしまった」

 「……………」

 「だから俺は根本的にバカなんだよ。俺が頭良く見えちゃうのはさ、起きてる時間が時間だから経験則が他人より多いだけなんだ。決して頭は良くないよ。さっきの解法みたいにゴリ押してるだけ。いつか限界が来る。そうなった時に八百万さんがめげずに努力していたとしたら、俺は負けるだろうなぁ」

 

 行こっか、といって悟が歩き始める。自分の最初の言動を恥じる八百万。申し訳なさで顔が上がらなかった。

 

 「ねぇ八百万さん。自分の失敗を恥じることはいいことだけど、努力した天才がレベルの違いで常人と乖離するなんて当然のことじゃないかな?それで自信を喪失するなんて凄く勿体ないと思う。適材適所だよ。名選手、名監督にあらずって言うでしょ?今回は俺が適材だっただけだよ」

 「………しかし…」

 「……うーん、こんなこと言うと俺のキャラと違うかもしれないけどさ、八百万さん」

 「?な、何でしょう……?」

 

 講堂を出て入り口へ向かう。遠くからこちらの姿を見た瀬呂がスマホから目を離して手を振り、おっせーぞ!と悟に声をかける。ごめんごめんと瀬呂に伝わるのか分からない声量で言葉を発した直後背後を振り返り八百万に言葉をかける。

 

 「張り合いがないんだ、雄英に来たのにまるで。だから次の期末の筆記試験―――俺が勝つよ」

 「―――――――――」

 

 ごめん不器用だからこんなことしか言えないけど、じゃあね。

 それだけ言って瀬呂に謝罪をしながら門から出ていく悟。次第に二人の男子生徒の会話が遠くなっていき、その声が環境音に掻き消されるほど二人が離れた後、風になびく髪に見え隠れする彼女の顔は、何か覚悟を決めたようであった。

 

 翌日、明らかに寝不足だと分かるほど隈のできた八百万が授業中にうたた寝をしてしまうという前代未聞の事件が起こったのはまた別の話である。

 

 




今回は八百万に焦点を当てた話を書きました
こんな感じでクラスメイト一人一人に焦点を当てた話を書きたいなぁと考えております
次回はまた別の人との絡みを書きたいなぁ、期末試験直行するかもしれないけど
それではまた次回


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覚悟

今回のお話は葉隠メインの話です
ヒロイン要素があまり出てなかったからここらで抽出しなきゃ…
例によってストーリーはまっっったく進んでませんが
それでは本編どうぞ


 「お、お邪魔します……」

 「いらっしゃい。さ、上がって」

 

 若干緊張したような声色で鈴木宅に足を踏み入れる一人の生徒。フワフワと宙に浮く靴が空中でピッタリと揃えられてクルリと向きを反転して玄関の端に揃えられる。ソワソワとして廊下を見回す葉隠。いつもならお調子者で自分を弄り倒す彼女。入学して間もない頃に何人かと一緒に家に訪れた時はもっと元気があったのに、今日は何だか落ち着きが無く緊張しているようで疑問に思いながらも自室に案内する。

 

 「し、失礼します…」

 「はいどうぞ、何か飲み物でもとってくるから少し待ってて」

 「あ、うん……」

 

 悟が扉の向こうに消えて階段を降りる音が段々と離れていく。休日に、何とか期末対策ということで話を取り付けた葉隠が望んでいたことだが実際一対一で勉強を教えてもらうのはかなり緊張するようで、無音になったところで少し中を歩き回りキョロキョロと部屋中を見渡す葉隠。何とも彼らしい部屋で、部屋の大きさの割には必要最低限以上のものが何も無いようなこじんまりと整頓された空間が、若干虚しさを感じさせる。ポスンとベッドに腰掛けたところ心地よい反発性を感じさせる柔らかなマットがお尻を支える。

 

 「(寝ないって言ってたけど、鈴木くんの部屋ベッドはあるんだな……)」

 

 チラッと、おそらく勉強机であろう木製の机に目を向ける。整理整頓されたファイルがいくつも並んでおり、綺麗な筆跡で数学、現代文、古文、漢文、英語と背表紙に書かれており、彼の几帳面な性格を感じさせる。その他教科書やノートなどが羅列している何の変哲もなさそうな棚の一角に一際興味を惹くものを発見し、無意識に釣られて足がそちらへ向かってしまう。

 

 「(………日記……でも、この一冊だけ……)」

 

 ゴクリと魔が刺す葉隠。耳を澄ませてみてもまだ彼の戻ってくる様子は無い。彼女もそれほど馬鹿ではない。その行為の愚かさは十分に理解している、つもりだったのだがその一冊が発する謎の魅力が彼女の手を動かした。そして―――困惑、えっ?と言葉が漏れて数ページパラパラとめくってみて、やはり代わり映えのない内容。というより、これではまるで、

 

 「ほうこくしょ……?な、なにこれ………」

 

 

 

 

 

 

 

 「……あの…」

 

 ビクンと身体が跳ねる。パタンと勢いよく日記を閉じて扉の方を向くと、あまりに日記?の内容に集中してしまっていたためか、悟の存在に気づくことができなかった。ドッと汗が噴き出て弁明をしようとするが嘘のつきようもなく焦りが止まらずえと、あの、と言葉に詰まってしまう。

 

 「………読んだの?」

 「ご、ごめんなさい!!!」

 

 「あぁいいよ、そんなに謝らなくても……って、言いたいけど……あんまり感心しないな。流石にそう言う行為は」

 

 日記を握りしめる両の手がふるふると震えて罪悪感に包まれる。ジュースの入った紙パックとコップをお盆に乗せた悟がゆっくりと勉強机の前に立つ葉隠に近づいて行き、そっとお盆を机の上に乗せる。ジッと見下ろす悟の鋭い視線が葉隠を捉え、自業自得なのだが2mを超える彼の見下ろす顔というのは恐ろしいもので見上げる葉隠があっあっあっと言葉に詰まって震えていた。

 

 「……………返してもらえるかな?」

 「……ご、ごめん、なさい……」

 

 震える手で差し出すと、乱雑に奪い取ることはなくやはり優しく葉隠の手から抜き取る悟。その冷静さが逆に葉隠に恐怖を与える。

 

 「………親に言われたんだ」

 「え…?」

 

 「せめて、日記でも書いてみたら気が紛れるんじゃないか、ってね。………この頃の俺は、本当に目的も無くって……俺の親も、悲しそうな顔をしてたから」

 

 「…………ごめん、なさい…」

 

 こちらを責め立てるような悟の思い出語りに口をついて出てくる言葉は謝罪しか無く、俯いて顔を合わせられない葉隠。

 

 「でもその結果は葉隠さんも見たと思うけど………何も無かったんだよね、日記に書くことが。……葉隠さんには言ってなかったかな、俺中学までずっと一人だったんだ。こんな見た目だからみんな怯えちゃってさ。仕方ないといえば仕方ないんだけど」

 「…………ッ」

 「親に言われて日記を書いてわかったことは、いかに俺の一日が空虚なものか、自覚するだけだったんだ。毎日毎日同じ字面の並ぶ虚無。途中で書くのをやめたさ。書けば書くほど虚しくなるだけだしね」

 

 前回、クラスメイトと共に悟の家に訪れた時、母親から悟のことについては聞いていた。残酷な過去を彼自身の口から言わせてしまったことに胸が締め付けられる感覚を覚える。寂しそうな彼の声色が、優しく穏やかなものに変わる。

 

 「でもね……最近、また書き始めたんだ」

 「……?そ、それは……どうして……?」

 

 パラパラとノートを捲る悟がある箇所で止めて両開きにし、葉隠に手渡してくる。日記と悟の顔を交互に見て、恐る恐る受け取り内容を見ると―――それは正しく、日記であった。言葉の端々に感情の起伏が感じられ、毎日毎日の学校生活に変化があり、彼の楽しさが伝わってくるようであった。

 

 「……どうしてか、分かった?」

 「…………楽しいんだね、学校生活が」

 「うん……雄英に入ってから、本当の学校生活っていうのを知って、それで日記の存在を思い出してね。試しに書いてみたんだ、久しぶりに。そしたらさ、止まらないんだ、手が。一日を思い出すその行為でさえ楽しくってさ、それを忘れたくないからこうやって日記に残すようにしてるんだ」

 「……そう、なんだ……」

 

 すっと葉隠の手から日記を抜き取ると、あっと言葉が漏れて名残惜しそうに葉隠が顔を上げる。すると悟とまたも目が合い、反射的に顔を背けてしまう葉隠。そんな彼女をジッと見つめた後に棚の方へ手を伸ばして元々あった場所にそれを収める。

 

 「……ま、そんな他愛無い日記だよ。葉隠さんが興味を惹くほどのものでも無いさ。………じゃあ、勉強、始めよっか」

 「あ……う、うん……」

 「そんなに畏まらなくってもいいよ。確かにあまり良い行為とは言えないけどさ。………そうだなぁ、お詫びとして今度何か頼もっかな」

 「そ、そんなのでいいなら」

 「言質は取ったよ?」

 

 愉快そうな悟の声色から普段の彼の温和な雰囲気を感じ、体の強張りが解ける。申し訳なさは感じながらも、償いという形で彼にお詫びをすることができることに少し安堵を覚え、これさえも彼の気遣いだと言うことに気づくのにそれほどの時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………ふぅ、一旦休憩にしよっか」

 「あ゛〜〜ッ!!づがれだーーーッ゛!!!」

 

 数時間も経てばいつもの調子が戻ったようでパタンと背を伸ばして床に倒れ込む葉隠。そんな彼女の様子に安心して少し微笑む悟。

 

 「いや、でも凄い集中力だと思うよ。八百万さんのところで皆んなと一緒に勉強してる時は脱線ばっかりだったから」

 「そりゃあ一対一だとサボれないでしょ……うー、腕が痺れる…鈴木くんはしんどくないの?」

 「まったく?」

 「ずるーい!!!」

 「ははは、俺の強みだからね、それが」

 

 はいどうぞとコップにジュースを注いで葉隠に手渡す悟。ありがとうと呟いた葉隠がひょこりと身体を起こしてコップを受け取ると、口につけて傾ける。葉隠の体内に消えていくジュースを見ながら、自分の体も不思議だけど葉隠さんの体もどうなってんだろうなぁと考える悟。

 

 「ぷはぁ、ありがと、お昼どうしよっかな」

 「うーん、味が分かんないからご飯までは作れないなぁ」

 「お昼ご馳走になるほどがめつくないってば、コンビニ行こうかなぁ」

 「取り敢えず外出る?」

 「そうしよっか」

 

 立ち上がって荷物を整理する二人。葉隠はカバンの中から教科書類を取り出し軽くして肩に背負い、悟は部屋着から着替えるためにクローゼットを開けていた。

 

 「着替えてから行くから、先に玄関で待っててもらえる?」

 「うん、分かった」

 

 部屋から出ていく葉隠が階段を降りていく。両親の出払った家に響くのは二人の出す音のみで、葉隠のそれほど大きくない足音が未だ部屋にいる悟にも届いていた。

 

 「(葉隠さんには余計なこと話したかなぁ、そんなに重く捉えないでほしいけど)……うし、これでいっか」

 

 何ともシュールな見た目だが、シンプルな長袖のズボンとシャツに身を包んだ悟が財布とスマホだけポケットに入れて階段を降りていく。

 

 「お待たせ、んじゃ行こっか」

 「うん」

 

 金属製のノブを回して扉を開ける。庭に広がる大理石の階段を降りて門を潜ると談笑しながら取り敢えずはどこに向かうでも無くプラプラと歩き出す葉隠と悟。道中で腹を鳴らして少し小っ恥ずかしく感じて見えない顔を赤らめる葉隠だったが、やはりその感覚が分からない悟であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………ん?ん!?あれ!!?おいアレ!!」

 「んだよ瀬呂〜、プロヒーローでもいたかー?」 

 「いや鈴木……」

 「お?マジ?おーい!鈴木―――」

 

 

 

 「……………と葉隠」

 「はぁぁぁあアアアアアアッッ!!!!?!?」

 「ば、バカッ!!!うるせぇぞ峰田!!!」

 

 どうでも良さそうにむさい男共の会話を右から左に聞き流していた峰田の脳がクラスメイトの女子の名前を即座にキャッチして反応する。峰田の口を塞いだ切島がハッとして道路を挟んで立つ二人の方を見るとキョロキョロと周りを見回していた。やばいと咄嗟に歩道橋の裏に隠れる瀬呂と切島と上鳴と峰田。人が多いこともあり気の所為だったかと歩き出す二人を見送る男四人衆。人混みに消えたのを確認してハァと息を吐きだす。

 

 「……マジか、早くね?」

 「いやまぁ前期も終わったからなぁ、数ヶ月も経ちゃあ一組くらいできるだろ」

 「いやでも意外だな……あの二人か……」

 「そっか?鈴木も葉隠も席近いしよく話してたから俺は違和感ねぇな」

 「やっぱあの時の葉隠のケツ触ったって話は嘘じゃなかったってことだ……必死に弁明しやがって悟のやつ、オイラの目は騙せねぇんだよなぁ………」

 「いやそれは嘘だろ」

 

 図書館に集まって期末の勉強をしていた四人が昼休憩で出くわした衝撃現場。その後は二人の話をきっかけに恋バナに発展して、緑谷とお茶子があーだこーだや、上鳴が耳郎との関係を聞かれて、そんなんじゃねーよとぶっきらぼうに吐き捨てるがどこか満更でもなさそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれ?もう帰ってたんだ、母さん」

 「えぇ、さっきね。…あら?そっちの子が昨日言ってた、えーっと……」

 「あ、葉隠です!お邪魔してます!」

 

 こんにちわと微笑みながら葉隠に挨拶する悟の母。葉隠の昼食を購入して悟の家に戻ってくるとどうやら朝から出ていた母親が昼の間に帰宅していたようでリビングでテレビを見ていた。朝からいないとだけ聞いていた悟はどこに母親が出ていたかは知らなかったが、そこまで気にすることでも無いかと部屋から出ようとしたとき母親の前のテーブルに乱雑に置かれたカバン、それとは別に少しだけ気になるものを見つける。

 

 「(…………?健康保険証だけなんで裸で置いてあるんだ…?まぁ気にすることでも無いか)」

 

 母親に勉強を再開する旨を伝えて二階に上がる悟と、その後ろを追いかける葉隠。時刻は午後一時をまわってお昼休憩も終わり、昼食を食べ終えてぐーたらしていた葉隠が、もう少し休もーよーと駄々をこねるのだがそんな彼女を軽く諫めて勉強を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ね、ね゛ぇ゛……鈴木ぐん゛……ちょ、ちょっと休憩しない………?」

 「休憩?………んー、まぁ3時間経ったし………ちょっと休もっか」

 

 悟の言葉を待ってましたと言わんばかりに倒れる葉隠。あまりの勢いの良さに驚いた悟が机を挟んで向かい側に顔を覗き込ませると地面に倒れ込む葉隠が呻き声を上げていた。

 

 「お疲れ様葉隠さん、床で寝なくてもベッド使えば?」

 「いいの………?」

 「良いよ別に」「んじゃそうする……」

 

 ふらりと立ち上がった葉隠がゆらゆらとおぼつかない足取りでベッドの前に立つとピタリと止まり、そのまま重力に任せるように前のめりに倒れ込む。バフンと体が軽く反発してうつ伏せになり倒れ込むと、寝転んだままくるりと身体を回して仰向けになり、声を漏らす。

 

 「んーーーー゛、疲れた………」

 「気持ちよさそうだね」

 「んー、気持ちいい………というか、鈴木くんのベッドはやっぱ、でかいね………」

 

 2メートルの人間が寝ても足をはみ出さないサイズと言ったらその規格外な大きさが少しは伝わるかもしれない。身長150ちょっとの葉隠には持て余す代物だった。

 

 「あー………寝ちゃいそう……」

 「それは困るからやめて。……あ、そうだ」

 

 よいしょと言って立ち上がった悟が戸棚まで歩いていく。何だろうとベッドに寝転んだまま横目で悟の姿を追うと、戸棚の引き出しを開いて何かを中から取り出す悟。小さいコップのような陶磁器を戸棚の上に置いて、魔法を発動し小さな火を起こし、何か作業を始める悟。

 

 「何してるの?」

 「俺も少し休憩しようと思ってね、最近始めた趣味かな」

 

 悟の趣味と聞いて俄然興味が湧いてきた葉隠。やることを終えたわけでは無いが、少し歩いて窓際まで行き、カーテンを捲る悟。暖かな日差しが差し込み、眩しそうに葉隠が目を細める。

 

 「んー……何あれ?」

 「待ってからのお楽しみ」

 「焦らすなぁ」

 

 「………もうそろそろかな」

 

 再び戸棚の前まで戻っていきゴソゴソと作業をする悟。葉隠からは彼の後ろ姿しか見えず疑問が募るばかりであったが、できた、と言った悟がその場から離れて勉強机の前に置かれた椅子に座りため息を吐く。

 

 「……………?何したの?」

 「もう少ししたら分かるよ?」

 

 「…………?……何だろこれ、お線香?…にしては、甘い香り……」

 「まぁ、お線香みたいな香りではあるよ、実際。八百万さんのところに行ったときにこういう、香りを焚くものがあるって知ってからちょくちょく試してるんだ。これを嗅いでるとなんだか落ち着いてね。やることもなく手持ち無沙汰の時は取り敢えず、って感じで。まぁ八百万さんのところのほど上質なものではないけど」

 「へぇ〜……うん、なんだか、リラックスするなぁ、この匂い」

 「そっか、気に入ってもらえて良かった」

 「うん……落ち着くなぁ…………」

 

 ふぅと息を吐き椅子にもたれかかる悟。二人の間から会話が消えて無音の空間になる。窓の外、風により木の葉が揺れる環境音のみが薄く鳴り響き、風が止むと一階から母親の歩く音やテレビの音が微かに上階まで届いていた。5分、10分と時間が経ち、何も考えずぼーっとしていた悟がもうそろそろかなと立ち上がり葉隠に声をかける。

 

 「さて、休憩終了っと。ほら起きて葉隠さんも、嫌かもしれないけど勉強になんないよ。……………葉隠さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――か―――にお―――。

 

 朦朧とする意識。ボヤァと暗闇に支配されていた視界に光が訪れる。耳から膜が張られたようなこもった音が入ってくる。

 

―――おきな――…ちょっと―――いいか―――。

 

 パチパチと彼女が瞬きを繰り返す。明るさを取り戻し真っ白な視界がだんだん輪郭を帯びてきて世界に色が宿り始める。プールの底から這い上がるように耳へと入っていた音も段々と鮮明なものになってくる。

 

―――いい匂い―――甘いなぁ―――香水ってやつ――。

 

 うーんと声が漏れた瞬間に、あっ、という、聞き慣れた声が聞こえて曖昧だった意識が覚醒する。脳が目から入ってくる信号をしっかりとキャッチして眼前に広がる光景を認識するとそこにあったのは―――陶磁器よりも白い異形のかんばせであった。

 

 「キャアァァァアアアッ!!!!!」

 「ぐぉあッ!!?!?」

 

 びっくりして両手を正面に突き出し目の前のクラスメイトを突き飛ばすと思いがけない一撃に顎を突かれて後ろにひっくり返る悟。上体を起こした葉隠がなおも興奮冷めやらない様子ではぁはぁと息を漏らしてベッドに座ったまま後ろに後ずさると、あいたたたと大して痛くもないだろうに反射的にそう呟く悟が身体をゆっくりと起こす。

 

 「な、何してんの鈴木くん!!!」

 「あ、いや、その、葉隠さんが寝ちゃって……」

 

 

 「…………へ?……あ……」

 

 寝ちゃってた、と言われて、まぁ寝てたのはそうなのだがどうしてそこを突っ込まれたのか未だ頭が寝ぼけていたようで状況を把握するために脳をフル回転させると部屋に置かれた時計を見て思い出す。そうだ、勉強のために悟の家にいるのであったと。

 

 「ご、ごめんなさい……」

 「い、いやまぁこんな暖かい日にベッドに横になったらそうなる………ものなのかな?俺は分かんないけど……ま、まぁ仕方ないよ」

 

 「………え、えと、それで、何、してたの?鈴木くん……」

 

 うっ、と端が悪そうに声を濁らせる悟が、返答に困って彼に似つかわしくない様子でモジモジしていると、葉隠が少しちょっかいをかける。

 

 「………まさか、私に変なことしようとしたんじゃ…」

 「ち、違う!!それは絶対に無い!!!」

 「じゃあ何しようとしたの?」

 「そ、それは………えと…………その、起こそうとして、近づいたら………」

 「近づいたら?」

 

 

 

 

 「………い、いい匂いがしたから……」

 

 「え?………あ、香水?」

 「なの、かな?俺はよく知らないけど、香水っていうやつ…」

 

 分かりやすいほど焦りが仕草に現れ、落ち着きが無く手があたふたと右往左往していた。

 

 「……それで、その…………ね、寝てるし……」

 「寝てるし?」

 「…………す、少しだけ、気になって………」

 「何が?」

 「…………に、匂いが……」

 

 

 「…………あの、鈴木くん……」

 「は、はい!!ご、ごめんなさ「いい匂いだった?」………へ?」

 

 

 

 「……え、あ、え、あ、え、うん、はい」

 「そっか……んじゃ、勉強再開しよっか!」

 

 ひょこっとベッドから飛び降りた葉隠が悟にさぁさぁとテーブルの前に来るようにテーブルを軽く叩く。あ、はいと思わず敬語で返事してしまった悟があわてて近くによると、なんでも無いようにシャーペンを握って勉強を再開する葉隠。えっ?と戸惑う悟が、かと言って自分からさっきの話を掘り下げることもできず、チラリと時折葉隠に視線を向けると、どうしたの?とすっとぼけたように葉隠が首を傾ける。その後もどこかぎこちない悟が言葉に詰まりながらも葉隠に数学を教えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ありがとー!本当に助かった!」

 「どういたしまして、別に大したことはしてないけどね」

 

 時計の短針が6を指す頃には日もそれなりに暮れてきて、勉強を終えて一息つくと部屋がそれなりに暗くなっていることに初めて気がつく。悟が立ち上がりパチッとスイッチを入れると天井の蛍光棒が数回チカチカと点滅した後に光を放ち、部屋を明るく照らす。

 

 「………鈴木くんは、その…」

 「ん?なに?」

 

 「………え、えっと、今日も、その、に、日記は書くの……?」

 

 あーなるほどと、葉隠が何か言いにくそうにしていた理由を理解して彼女のぎこちない口調に納得する悟。

 

 「はは、もう別にいいよ。そんなにかしこまらなくても。もう怒ってないからさ。そうだね、多分今日も書くだろうなぁ」

 「そっかぁ………学校始まってから毎日書いてるの?」

 「厳密には学校始まって直後じゃなくて、そうだなぁ……みんなとそれなりに話すようになってから、かな。それからは毎日つけてるよ、特に何も無い休日とかは除いて」

 「休日はどうしてるの?鈴木くん」

 「こうした勉強会の日以外は特に何も?出かけても行くところないしなぁ。親の買い物に付き合う時はあるけど、お父さんは休日出勤なんて当たり前だし、お母さんはどこかは知らないけどよく出かけるしなぁ」

 

 そっか、と言って沈黙する葉隠が、数秒、間を置いた後にじゃあさ!と言って悟に向かって身を乗り出すと、驚いたように後ろに顔を引く悟。

 

 「今度どっか行かない?一緒に」

 「へ?」

 「お詫びだよ、お詫び。勝手に日記見ちゃったさ。一人で休日過ごすよりは楽しいでしょ?探そうよ!楽しめる場所の一つや二つくらい絶対にあるって!」

 「(それってお詫びになってるのか……?)うーん、別に無理して出かけることもないかなぁ。土日耐えれば直ぐまた学校に行けるしね」

 

 休日と平日がひっくり返っているような発言に少し調子を狂わされる葉隠。えーっと、えーっと、と言って頭を回転させる葉隠が、あ、そうだと思い付いたように提案する。

 

 「じゃあ!カラオケとかは?」

 「カラオケ……はいいかなぁ。歌うのは別に……」

 「えっと、えっと、じゃあゲームセンター!」

 「ゲームも別に………」

 「んあー!んじゃあ、んじゃあ………遊園地!!」

 「ちょっとお出かけ感覚で行くものなのアレ?それに興味ないかなぁあんまり」

 

 「んもー!!じゃあ鈴木くんは何なら満足なのー!?」

 

 色々考えてくれる彼女の意見を全否定してからしまったと口を覆うが彼女の堪忍袋の緒が切れたようで声を荒げる葉隠。そうだなぁと呟いてトントンと自身の教科書やノートを揃えて持ち上げ、戸棚に揃えた後、日記を取り出してペラペラとめくって、過去の記録を読み漁る。葉隠に背中を向けたまま一言。

 

 

 「とりあえずは、今の日常が続けばそれ以上の満足はないかなぁ」

 

 「………むぅ、欲のひとつもないんだから……聖人君子みたいなこと言うんだね……」

 

 聖人君主なら……こんな贅沢してないさ、と言って香を焚いていた陶磁器を仕舞う悟。それにね、と続ける悟。

 

 「不安を煽るわけじゃないけど、俺は今の日常が平穏に続く、とは考えていない」

 「え?」

 

 

 

 「……俺よりも、葉隠さんの方が実感はあるでしょ?USJの事件」

 「あっ………」

 

 脳裏によぎる、あの時の悪夢。今でも思い出すだけでゾッとして吐き気が込み上げてくる。目の前の彼がいなかったら―――おそらく、いや、確実に自分はここにいない。

 

 「まぁ、敵の主犯格とは俺自身会わなかったんだけど……俺たちは、この先アレほどの規模の相手にいつ襲われるかも分からない危険と隣り合わせの生活を送っている。幸い、今のところあの事件以降クラス単位で襲われるってことは発生してないけど……あれっきりなわけが無い。いつかまた、俺たちA組はあの巨悪と対峙することになる。ヒーローの卵の試練としては過激すぎるほどの悪とね」

 「……………」

 「あのときさ、俺不登校だったでしょ?恐る恐る学校に来て、オールマイトから聞いたんだ。USJで活動を行なっている13号先生と相澤先生に電話がつながらないと。……心底、恐ろしかった。後悔したよ、なんで学校を休んでしまったんだろう。なんで皆んなの下から離れてしまったんだと」

 

 背中越しだが、彼の手が震えていた。

 

 「だから誓った。もう二度と離れない。俺を受け入れ、人と呼び、友情を教えてくれた厚すぎる恩に報いるために、絶対に皆んなを守る。この日常を崩させやしない。俺はもっともっと強くなる。そのために、俺は誰にも負ける気はない。オールマイトにだってね。もちろん、葉隠さんにも」

 「…………そっか、鈴木くんは、偉いんだね」

 「偉いなんて言い方しないでよ。皆んなが大事なだけさ」

 

 二人の間から会話が消える。少し気まずい空間になってしまった。悟も悟で、話の流れで熱くなり、つい言葉に出してしまったが本人の目の前でUSJの話をするべきではなかったと今になって後悔する。わざとらしく咳き込む悟。

 

 「……じゃあ、まぁ、今日はこのくらいで終わろっか。期末試験、お互いに合格するといいね」

 「うん」

 

 階段を降りて玄関に向かう二人。リビングでは夕食を作り終えた母親がソファの上で横になっていた。そっとしたまま通り過ぎる。

 屈んで靴を履き、トントンと爪先を床につける葉隠。よいしょと言って背を伸ばし、振り向いて悟に感謝を述べる。

 

 「ありがとうね、わざわざせっかくの休日なのに」

 「いいよどうせ、何もすることないし。むしろ楽しめたよ、こっちこそありがとう」

 

 「………ねぇ、鈴木くん、頼みがあるんだけどさ…」

 

 ん?どうしたの?と言う悟。魔法で家の近くまで送ろうかと尋ねると、いやそうじゃなくてと葉隠が否定する。

 

 「……あの、もしよかったらさ、稽古つけてもらってもいいかな、今度」

 「(稽古……?)まぁ、時間が空いたら俺に分かることなら「勉強じゃなくて」……?」

 

 

 

 「―――私も、強くなる」

 

 「――――――――」

 

 言葉を失う悟を放置して、話し続ける葉隠。

 

 「恐ろしかったよ、私だって。怖かったよ、誰よりも。だから強くなる。せめて、自分のことは自分で守れるくらいに。その方が、鈴木くんも安心でしょ?」

 「………少しくらい、俺の知識を分ける程度ならいいけど…」

 「迷惑かけるかもだけど、叶うなら本格的にやってほしい、かな」

 「…………………」

 

 自衛ができるくらい強くなれば安心、それはそうだが懸念することが一つ。強くなることで、思い上がることが怖いのだ。力がないままならば逃げの一手だろうが、力をつけた人間の驕りが恐ろしい。間違って立ち向かってしまわないだろうかという不安。そしてもう一つ。自身の発言を聞いて自己責任を感じているなら、それはお門違いだということ。確かに葉隠が傷ついてなす術なくボロボロになっている姿は彼の怒りや不安を煽ったが、それは葉隠の責任ではないということを伝えたかった。クラスメイト各々が自身で切磋琢磨する分には何も文句は言わない。少しくらいの助言ならばしてもいい。手合わせをしたいというなら力を貸してもいい。ただ本格的に自分が稽古をつけるとなったとき、それが原因でもしものことがあれば彼は責任を取ることができない。

 

 「お願い、私、他人に迷惑かけたくない。………なんか、今日一日鈴木くんの時間奪っておいて言うセリフじゃないかもしれないけど………私だって、ヒーロー目指してるんだから。………言ったでしょ?USJの時間の後で、保健室で鈴木くんに」

 「…………?え、えっと、何を……」

 「ヒーローを諦めかけたけど、諦められなかった。憧れてるヒーローがいるって」

 

 「……………!」

 

 そういえばそうだった。彼女は、凄くそのヒーローの姿勢を好いているようでもあった。尊敬する大人やヒーローはいるが、憧れという存在のいない悟にはよく分からない感覚ではある。

 

 「その人みたいになりたい。皆んなを守る、なんて大層なことはまだ言えないけど、他人を安心させられるくらいには強くなりたいの。お願い」

 

 

 

 

 「本気なんだね?」

 「!!……………うん……」

 

 「………分かった。ただし生半可な鍛え方はしないよ。今日の勉強会みたいに優しくはない。途中で弱音を上げるようなら俺は安心して君を突き放す。危険な領域に巻き込まずに済んだと。それでもいいなら………学校の施設でも借りて、明日からでも練習に励もうか」

 「あ、ありがとう!!」

 

 頭を下げる葉隠。そんな彼女を見て複雑な気分になる悟。危機感を持つなとは言わないが、できればクラスメイトには日常を満喫してほしかったために、覚悟を決めたようなセリフを聞きたくは無く、かと言って現状を楽観視してほしくもないために、彼自身葉隠の行動が正しいのかは分からなかった。が、それ以上に力ある彼女の宣言を否定するだけの材料を持ち合わせておらず渋々葉隠に協力することを決定する。

 

 「………一つ聞きたいんだけど、いいかな?」

 「えと、何?」

 

 「………その、教えるってことに関しては、さ。多分、先生の方が上手いし、オールマイトもいるし……ヴィランとの対戦経験なら先生達の方がはるかに上だと思う。そりゃ手が空かないってのはあるだろうけど………俺はそっちの方面で人を鍛えたことはないから、間違った指導をしてしまうかもしれない。それでもいいの?」

 

 

 

 

 

 

 「うん、鈴木くんなら、安心できる」

 

 

 「…………そっか、分かった。期待を裏切らない程度には頑張るよ、だから……」

 「うん、私も、期待を裏切らないように頑張る」

 

 

 

 「………よし、ま、その前に期末、頑張ろうね」

 「うん!じゃあね!その時になったらまたよろしく!」

 「うん、じゃあ」

 

 手を振って扉の向こうに消える葉隠を見送る。姿が完全に見えなくなったところで振っていた手を下ろしてリビングへ向かうとテレビがつけっぱなしになっていた。未だ寝息をスゥスゥと立てて起きる気配のない母親に近くに置いてある薄い掛け布団を被せ、テレビの電源を落とす。美味しそう、という感覚は分からないが香ばしい匂いが部屋中を満たしていた。いつものように机の上に二人分の箸と皿、茶碗を並べる悟。食卓の準備が終わると今度は洗濯物の取り込みにかかる。傷まないようにベランダに干していた服やズボン、下着を丁寧に畳んでタンスにしまうと、時間を確認してお風呂に向かう。ちょうど父親が帰ってくるだろう時間帯にタイマーをセットしてお風呂を沸かし、ふぅとため息を吐く。

 やっとこさ仕事を終えた悟が二階へ登り自室へ戻ると日記を取り出して新たな一ページに字を刻む。その顔には、やはり迷いがあり葉隠を指導するとなった事実に未だ完全に納得がいっていないようである。

 

 

 

 夜、彼のスマホに葉隠からのラインが入る。

 

 『"いい匂い"って、鈴木くんだから良いけどあんなに至近距離で嗅ぐものじゃないと思うよ。ちょっと変態っぽかった』

 

 "鈴木くんだから良いけど"というワードにこの朴念仁が違和感を持つはずもなく、一人部屋で悶絶する悟であった。

 

 

 

 




ということで葉隠メインのお話でした
次回からはやっとこさ期末試験の話……になるのかな?
それではまた次回


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理不尽

お待たせしました
ヒロアカ本誌では色々楽しいとことなってますね
今週号はみんなのあんな顔が見れて凄く……よかった(語彙力)
それでは本編どうぞ


 

 「………終わりかな?思ったよりも堪え性がないんだね」

 「ま……だ、まだぁッ!!!」

 

 砂利と土が汗でベタつく肌に擦り付き、透明化がまるで意味を成さない肉体に、容赦無く暴行を加える悟。心を鬼にして彼女を痛めつけ、葉隠の腹に拳をめり込ませると、反撃どころではなく口元を手で押さえて膝を折り倒れ込む。

 

 「うぷ……オ゛ェ゛………ッ」

 「………まだ始まって、二分も経っていないよ?いや、一分も耐え抜いたことを褒めるべきか………」

 「ッ、ああ゛あ゛ああ゛あ゛゛ッ!!!」

 「ヤケになってもダメ、だッ!!」

 「カハッ………!」

 

 彼にとっては遅すぎるスローモーションの一撃に、カウンターを叩き込む。自身の体と悟の拳の速度が合わさり腹の奥まで響いてくるパンチに怯み、体が動きを止めてしまう。

 

 「………やめておこう。やっぱり俺に指導は「まだッ!!」……」

 

 

 

 「………まだ………おき、てるッ」

 

 「………………」

 

 無言で側まで近づいていき、拳を振り上げる悟。もう彼女がその場から離れるだけの力が足に宿っておらず、膝が笑っているのを確認した上でなお見せつけるように拳を握るが、倒れ込まずに震えて息をしながらもジッと悟を睨みつける葉隠。

 

 「…………フンッ!!!……………二分、一秒か……」

 

 拳を振り抜いた瞬間、限界が来たようで膝から崩れ落ちて地面に倒れる葉隠。スレスレで彼の拳を避けて地に伏す。タイムを確認した悟がよいしょと言って彼女を背負う。

 

 「はぁ、リカバリーガールにどやされるなぁ」

 

 施設から通路を抜けて外へ出て、保健室に向かう悟が憂鬱な気分で背中に感じる重み以上の負荷を体に感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………んぁ……あ?………ここ………「おはよう」……鈴木くん………」

 

 「……体に異常は?……ま、俺が原因だけど………」

 「……ダルい……けど、痛くは、ない………」

 

 「倦怠感は個性の副作用さね。傷の回復に回した分の負荷が体力消費として現れたんだよ」

 

 半開きの眼で仰向けのまま天井を見上げていた葉隠がクラスメイト以外の声に首を傾けるとリカバリーガールの姿をその目に捉え、そこでやっとこさここが保健室ということが判明する。

 

 「……どのくらい、だった……?」

 「………二分、一秒」

 

 

 

 「そっか……まずまず、かなぁ?」

 

 その返答を聞いて肩を落とす悟。葉隠が寝ていた間に悟から事情を聞いていたリカバリーガールは複雑そうな表情で二人を見つめる。

 

 「…………もう嫌だ、とは言わないんだね」

 「うん、はじまったばっかじゃん、これからだよ!」

 

 上体を起こした葉隠がよいしょと言ってベッドから降りると、バランスを崩したように、わっとと、と言って倒れそうになり、悟にもたれかかる。無理をするなと痛めつけた本人が言うと、うん、と返事をして悟の背中に身を預ける。葉隠を背負った悟がリカバリーガールに感謝を述べる。

 

 「それでは、お世話になりました。リカバリーガール」

 「お世話になりました!ありがとうございます!」

 

 はぁとため息を吐いたリカバリーガールが二人に向かって半ば一方的に言葉を発する。

 

 「アンタらの向上心を否定する気じゃないがね、あたしを頼りにしていっつもいっつもんな傷使ってたんじゃたまらないよ。もっとまともな練習方法を考えなさいな」

 「ご忠告痛み入ります、それでは失礼します」

 

 失礼します!と威勢の良い声が悟の背後から聞こえてくると、ガチャッと閉められた扉から音が鳴り響く。通路の向こう側に消えていく二人のことを考えながら眉を八の字に曲げるリカバリーガールであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ごめんね、正直言って、必要以上に葉隠さんを痛めつけた」

 「え?な、なんで……?」

 

 悟に背負われた葉隠が彼の背に揺られながら返事を返す。

 

 「まず最初に限界を知っておくってのは、本当に大事だと思うし、この先も手を抜くつもりはないけど……葉隠さんが、やめたい、って……言ってくれたら嬉しいと思ってた自分がどこかにいたからかな」

 「………鈴木くん」

 「分かってる。今度こそ思い知ったよ、葉隠さんの覚悟を。起きて俺に確認することがタイムだもんなぁ、折れたよ。もう葉隠さんを突き放すようなことはしない」

 「………うん」

 

 放課後。とうに日は暮れて夕焼けが彼らを照らしていた。ゆっくりゆっくりと彼は歩を進めるが、いかんせん体がデカイあまりに一歩一歩が大股で、葉隠の早歩き以上の速度でグングンと前に進んでいく。

 

 「んでさ、明日からどうするの?」

 「色んな敵に対応できるよう俺の個性をフル活用していく。ぶっちゃけると攻略法は葉隠さんが自分で発明するしかない。知識は与えるけど、葉隠さんの個性を一番知っているのは葉隠さんだからね」

 「んー、それもそっか」

 「あと……筋トレ?っていうのは……俺はその、やったことないから感覚が掴めないし……走り込みっていうのもさ。無理が無い程度にやってほしいかな。葉隠さんは個性の関係上基礎身体能力の向上が不可欠だからさ。……今度そういうトレーニング方法、尾白くんとかに聞いてみた方がいいのかなぁ」

 「ん、分かった。まぁそれは鈴木くんも分からないだろうし、自分で調べてやってみる!」

 「そんなものかな………やっぱり俺じゃない方がいいんじゃない?こうして話し合ってると何も特別なこと教えられてる気がしないんだけど」

 「そんなことないよ、それに監視役がいるってだけで三日坊主にならずに済むし」

 

 そんなものかなぁと雑談しながら雄英からどれくらい歩いただろう。だんだん空も青色に染まり始める頃には葉隠の家に着いたようでゆっくりと彼女を背中から下ろす。それなりに体力も回復したようで家の少し手前で彼女が別れを告げる。

 

 「ん、ここまででいいよ。……んしょ、と。ありがとうね、本当に」

 「何回でも言うけど、感謝されるほどのことはしてないよ」

 「そっか、んじゃ勝手に感謝させてもらおうかな」

 「うーん、本当に何にもしてないんだけどなぁ」

 

 じゃあねと互いに手を振り分かれる葉隠と悟。悟が角を曲がり見えなくなってから玄関の扉を開けて中に入る。ただいまというと母親のお帰りなさいと言う返事が返ってきて、晩御飯のいい匂いが玄関まで漂っていた。二階に上がり自室に入ってカバンをほっぽり出し、服も着替えないままにベッドにダイブした瞬間、彼女の口から息が漏れる。

 

 「ッ、はッ!はっ、はぁ、はッ、はぁ…ふぅ、はぁ……すー…ふぅ…キッツいな………もっと、ん、がんばんなきゃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「施設の許可は取ってるから、んじゃ行こっか、葉隠さん」

 「あ、うん!いしょ、うーん、頑張るかー」

 

 

 

 

 

 「……………な?確定だろあの二人?」

 「マジか、冗談だと思ったんだが…まぁ俺そういうの疎いから何も言えねぇけどよ」

 

 放課後、隠す様子もなく二人で教室から出ていく葉隠と悟をこっそりとつける複数名の男女。

 

 「期末試験直前なのに呑気なもんだなアイツら」

 「そんな呑気な人達をこそこそつけてる私たちって何だろ?」

 「言うな、口にしてからブーメランなことに気づいたから」

 

 

 「…………にしても、アイツら、どこ向かってんだ?施設がどーとか言ってたけど………」

 「そりゃ体育館倉庫裏に決まってんだろ、オイラもそのシチュエーションは同人誌の中だけだと思ってたけどよ」

 「お前はもうちょい自重しろバカ」

 

 彼らを追っていく内に段々と人が減っていく。天下の雄英高校、その生徒数も膨大だがそれ以上に広い雄英の敷地。別段生徒がいない場所が存在してもおかしくないが、彼らはこの通路に見覚えがあった。

 

 「おいここって……」

 「運動場α、だよな?」

 

 数ある雄英の施設の内でも割と頻繁に使う、いわゆるどこの学校にでもあるような白線の引かれたただのグラウンド。その広さは他と一線を画すが、特にこれといって特別な施設ではない。

 

 「………なぁ、本当にできてるのか?アイツら」

 「こんなところで何すんだ………?」

 「んーーー、見てみないと分かんないじゃん!と・に・か・く!追っかけよー!!」

 

 一人早足で通路の奥に消える芦戸を慌てて追いかける男達。紫頭のチビが何かをぶつぶつと呟きながら血眼になっていたのは言うまでもないことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………え、えと。今日は何すんの?ここ何もなさそうだけど」

 「うん、だからここにした、ぶっちゃけて言えばどこでもよかったんだよね。二人きりになれるなら」

 「へ?そ、それは、ど、どういう……?」

 

 彼に限ってそういう意図はないだろうが、ドキッとする一言に少し身を引く葉隠。そんな彼女の様子に気づいてかは分からないが今日やることの解説を始める悟。

 

 「簡単だよ。俺にしかできないことって何かを考えたんだ。それで思いついたのが、火でもなく、水でも無く、雷でも無く、ましてや肉弾戦でも無い。………恐怖だよ」

 「恐怖?………え、何?殺す気で殴りかかってくるってこと?」

 「しないよそんなこと。覚えてるかは分かんないけどさ、あの………ほら、葉隠さんもいた……その、俺が普通科の人とちょっといざこざを起こしちゃった時に………ほら、俺が怒っちゃって……その時何か感じなかった?」

 

 

 

 「え……?………恐怖………あ、あー、うん、あったね、確か」

 

 当時のことを思い出すのは互いに良くないと思いつつも言い出さなければと悟が言いづらそうに不登校日前日の話をすると、当時の記憶が蘇ったようで何となくだが悟の言うことに思い当たりがある葉隠。

 

 「何か、一瞬、鈴木くんが怖く見えたけど……あのとき、かな?」

 「うん、そう。アレも俺の能力の一つなんだ。形容しづらいんだけど……体からオーラを放って、その強度で相手に様々な影響を与える。手軽に相手に恐怖を植え付けられるから、ちょうど耐性をつけるには手頃かなって」

 「…………え、え、ちょっと待って。え、じゃあ私今から、その、アレ浴びるってこと?」

 「それ以外無いでしょ、今の話聞いてて。見切り発車で始めた特訓だけどさ、今日は精神を鍛えようかなって。これはヴィランと対峙するヒーローにとって腐らない能力でしょ。準備ができたら言ってね、心配しなくても攻撃はしないから」

 「え、え!えぇ!!?嫌なんだけど!!!めちゃくちゃ怖かったんだよ!!?アレェッ!!!!」

 「じゃあやめる?俺はいいよ?」

 「…………や、る……」

 「おっけー、んじゃあ始めよっか」

 

 ふー!と息を吐いた葉隠が自分に、がんばれがんばれ……と念仏のように言い聞かせて頬を揉む。チラリと後ろを向いたらもう既に悟がこちらを向いて仁王立ちしており準備万端と言った様子。覚悟を決めて振り返り、いいよ、と返事を返す。

 

 「分かった。取り敢えず、一分間耐えられるか試そうか。もしこっちに一歩踏み出すことができればそれだけで終了ね。あわよくば俺の下まで来てタッチしてくれたら完璧だけど」

 

 え?と、中々に甘い条件に拍子抜けする葉隠。しかし気持ちを切り替える。そんな甘い話があるわけがない。彼のことだから何か考えがあっての発言のはず、と裏を勘繰る一方、でも本当にもしかしたら昨日よりは流石に楽なのでは?と甘えた考えが頭をよぎった瞬間、

 

 「……【絶望のオーラ】………」

 「………!!(来る……ッ!)」

 

―――直後、裏も何もないことを理解する。

 

 「……【レベルI】」

 「ひッ…!?」

 

 体を貫くおぞましい波動。背筋を走る絶対零度のような悪寒。時計の秒針が振れる間も無く、一瞬の間に葉隠の全細胞が危険を感じとりその電気信号は脳に恐怖の二文字を焼き付ける。自身の立つ足場すら不安定に感じ、心臓を握られるような感覚に襲われる。開始一秒にも満たない一瞬で、これがいつまで続くのか、という思考が生まれた直後、

 

 「「「「ぎゃああああああ゛あ゛ッッ!!!!」」」」

 「は?」「へ………?」

 

 背後から聞こえる複数名の叫び声に聞きなれたクラスメイトの声を感じとり、咄嗟に絶望のオーラを解除して振り向く悟。葉隠はというと、聞こえてきた悲鳴などどうでも良いようで、一瞬しか味わっていないのに心の底から悟からの覇気が止まっていることに安堵していた。距離は葉隠よりも随分離れていたとは言え、波動の一端を味わった彼らがゾッとした顔で悟を少し離れた位置から見ていた。

 

 「…………何してんの?」

 

 「………え?あ……いや、そのこれは…」

 「なんかー、二人してどこ行くのかなーって思ってー」

 「少し興味が湧いたっつーか……」

 「付き合ってんだろ、ゲロれよ」

 

 「なっ!?そ、そんなわけないだろ!!ただの訓練だ!!!」

 

 各々が弁明する中峰田がド真ん中ストライクボールを投げると慌てて悟が説明する。いつもは迷惑被る同級生の物おじしない発言に今だけはありがたみを感じていた。

 

 「あれ?違うの?葉隠ー」

 「………え?あ、ち、違うって!!……うん」

 「あやしぃ〜」

 「ほ、本当に違うって!!!」

 

 もし彼女の顔が透明でなかったら耳まで真っ赤になって弁明しているのに嬉しいのかどうなのかよく分からない口元の歪曲が見えたろうが彼らが分かるのは彼女の声が震えていることだけである。

 

 「んー、まぁどっちでもいいや、んで……何の訓練?」

 「……ヴィランと出会った時に恐怖で体がすくまないようにするための訓練だけど…」

 「さっきの、悟?」「うん」

 

 

 「………あの、用事済んだなら帰ってくれる?葉隠さんの訓練の続きしたいし」

 「あ、うん、なんかごめんねー。お二人でごゆっくりー」

 「…?うん……じゃあ………何だったんだ……本当に……」

 「……………」

 「葉隠さん、気を取り直して、再開しようか………葉隠さん?」

 「…………へ、は、あ、うん、ごめんごめん!えっと、始めよっか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うーん、ちょっと早すぎたか」

 「ちょっとどころじゃないよ!!本当に怖いんだからもうやりたくないよあんなの!!」

 「うん、当分は普通に実力面を鍛えていこうか」

 

 見事悟から飛んでくる覇気を一分間耐え抜き恐怖を凌いだ葉隠。これには悟も予想外で、葉隠のそばに近寄り褒め称える、が。様子がおかしいことに気づいて名を呼びかけ肩を揺するとその場に倒れる葉隠。耐え抜いていたわけでは無く単に途中で恐怖のあまり気絶していたことに気づくとガックリと肩を落とす悟であった。帰り道、葉隠が悟に抗議するがあんまり本人には響いていない様子であった。

 

 「いよいよ明後日期末だね、筆記は大丈夫?」

 「うん、鈴木くんにも教えてもらってるし、多分いけると思う」

 「ならよかった。でも実技が気になるなぁ」

 「それなんだけど、なんか例年は入試の仮想ヴィランとの模擬戦らしいよ」

 「あ、そうなの?」

 「うん、って言ってた。私が直接聞いたんじゃないけど、上級生の人の情報だって」

 「へぇ、ちゃんと先輩とコネクション作ってる人は偉いなぁ」

 「まぁ私たちヒーロー科は部活とか基本入らないからそこで繋がりできたりはしないもんね。両立しんどいし。あ、そうだ!それこそ悟くん部活入ってみたらいいんじゃない?時間持て余してるんならさ」

 

 そうだなぁと腕を組む悟。悩んでいる様子にどうしたんだろうと葉隠が見ていると、その視線に気づいたようで理由を話す。

 

 「いやさ、ヒーロー科の人って部活入らないじゃん。てことは、その、先輩とかもみんな普通科とか経営科とかサポート科とか……って、ことでしょ?その、少しだけ、ね。」

 「あ‥……そ、その、ごめん。何も考えてなかった…」

 「気にしてないから大丈夫。その提案自体は俺のことを気遣ってくれた気持ちの表れでしょ?それだけでも嬉しいよ」

 

 別れ道にたどり着く。じゃあ、俺はこっちだからと言って葉隠と分かれる悟が、部活について考える。あれよこれよと頭の中に様々な部活が現れては過ぎ去るがどれも彼の心を射止めるには足らず、結局そんな選択肢は無かったようにため息を吐く。

 

 「(相澤先生は……基本両立不可だからよっぽどのことがない限り許さない的な感じだったけど………俺は許可もらえたりするのかな……厳しいか)ま、入りたい部活なんてものも無いし、調べる気もないけど………ただいまー」

 「おかえり悟、最近少し遅いけどどうかしたのかしら?」

 「何でも無いよ、学校でちょっと残って勉強してるだけ。……あれ?今日は晩御飯作るの遅いね。母さんこそどうかしたの?今日は」

 

 そう言われて、え?と言葉に詰まる悟の母。たしかにいつもこの時間帯には晩飯の支度をし終わり父の迎えを待っている状態。だが現在台所からはフライパンに油を注いで揚げ物を作っている音が聞こえてくる。

 

 「えーっと、さっきまでね、ちょっと出てたから」

 「そうなんだ。珍しいね、この時間帯に。買い物?」

 「えぇ、お母さん、ちょっと今日昼間寝ちゃっててね。それで買い物行くのが遅くなっちゃって」

 

 「そうなんだ、じゃあ手伝うよ。ちょっと待ってて」

 

 そう言い残して二階に上がる悟。パパッと服を着替え一階に降りると、いつものようにテーブルの上を片付けて雑巾で拭いていく。母親のカバンを別の場所に移すために持ち上げると何かがひらりと落ち、何だろうと拾い上げると買い物のレシートであった。

 

 「(……晩飯は鶏肉か、まぁ俺は食べないけど……ん?……え?……13:44……買い物は昼には終わっている…?何で嘘を………いや、聞くほどのことでも無いな)お母さん、皿何枚くらいいる?」

 「んー、そうねぇ。大きめの二つくらい持ってきてくれる」

 「分かった」

 

 ガチャっと棚を開けて中から皿を二つ取り出して台所まで持っていく。唐揚げを皿に敷いたキッチンペーパーの上に乗せ、テーブルまで運んでいく。ありがとうという母親の声を聞けば、先程の疑問などもはやどうでもよく、心地よいひとときを過ごす悟であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…よし、全員手をとめろ。各列の一番後ろ答案を集めて持ってこい」

 

 見直しも一通り終え、大丈夫だろうと余裕を持って解答用紙を提出する悟。全教科の筆記試験を終えて肩の力を抜くのは彼だけで無く、周りの生徒もまだ実技はあるものの一旦羽を伸ばしていた。

 

 「おっしゃー!取り敢えず全部埋めたぜ鈴木ィ!」

 「それは……いいことだけど、怖いななんか」

 「ありがとねヤオモモー!多分いけたー!!」

 「……ふ、ふふ、どう、いたし、まして、ですわ……」

 「?どったのヤオモモー」「ど、どうしたの?八百万さん」

 

 皆が喜んだり悔しんだり一喜一憂する中どう見ても落ち込んでいるようにしか見えない暗い影の差す八百万に声をかける悟と芦戸。

 

 「……鈴木さん、は、数学の、最後の問題、できました、の………?」

 「え?あ、うん、多分………え、そ、その、ダメだった……?」

 「はい………一問目はできましたが、二問目の、aを導出できませんでしたわ……教科書だって、最低10周は解きましたのに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………………?」

 「え………?」

 

 しまったと言うふうに悟がサッと口元を隠す。その動作に何か嫌な予感を覚えて、質問したい気持ちに歯止めをかけるが、こんなところで臆していては成長の余地などあるはずもなく、縋るような思いで悟の服をガシッと鷲掴みにするとうぉっ!?と悟が驚いたような声を漏らす。

 

 「なんですの……!?私、もしかしてとんでもない間違いを犯してしまったのでは!?鈴木さん!!思い当たる節があるならどうか!!」

 「え、いや、その……じ、実技終わってからの方がいいんじゃない?し、知っちゃったら、その、気分的にも、明日に影響出るかもしれないし………」

 「いいえ!!このモヤモヤを抱えたままではきっと明日の実技に支障をきたしますわ!!お願いします鈴木さん!!私はいったい何をしてしまったんですの!!鈴木さん!!!」

 「わ、分かったから話して八百万さん!!言うから!!!」

 

 あ、し、失礼しました、と、興奮気味に詰め寄っていた八百万がパッと手を離しコホンと息を漏らして椅子に座ったまま姿勢を整えて悟に向き直る。えーっと、と悟が口にしてチラッと八百万の方を見ると覚悟を決めたような顔つきでジッとこちらを見てきてこれから話す内容を口にするのが憚られるが仕方がないと肩を落として口を開く。

 

 「……えっと、二問目のaだよね?」

 「はい………どのアプローチでも擦りもせず「一問目と一緒」………え?」

 

 

 

 

 「あの……すっごく言いづらいんだけど……最後の大門の注釈に……"(2)のaは(1)の値を用いて良い"って………小さいけど、書いてて……………八百万さん?やおよろ………死んでる……」

 

 それなりの冗談も言えるようになってきた今日この頃。八百万をなんとか元気付けるような言葉を口にするも、完全に気を落とした八百万さんが、ありがとうございますわ……と、死んだような声色で口にした後、カバンを肩にかけて力無く教室を去っていく。

 

 「なんか、超ショック受けてたねヤオモモー」

 「八百万くんのあんな姿初めて見たな……それほど満点を取ることができなかったのが悔しかったというわけか。悲痛な姿だがその姿勢は素晴らしいものだ、俺も見習わなければな」

 「(いや、それもあるけど………大丈夫か?あんなので明日の実技………ちょっとあの日、発破かけすぎたか)」

 

 「鈴木くん!今日も特訓するの?」

 

 扉の方を見つめる悟の背後から声がかかる。そこにはもう準備万端、と言った様子で待機している葉隠の姿があった。実技前日ということもあって気合を入れているのだろうが彼女を拍子抜けさせる言葉を口にする悟。

 

 「いや、今日はやめておこう。実技前日くらい体を休めてコンディションを整えておいた方がいいし」

 「え、あ、そ、そう?分かった」

 

 「?特訓とは……二人は何かやっているのか?」

 

 カバンをかけて今正に帰らんとしていた障子が二人の会話に少し興味が湧いて立ち止まり尋ねる。そういう言葉に反応を示すのは、やはり中々に成績優秀な優等生ぶりを普段から発揮する彼の性格が表れていた。

 

 「うん、私が一方的にだけど鈴木くんに色々指導してもらってるの。先生は手があんまり空かないからさ。いつもの優しい鈴木くんが嘘みたいにスパルタな稽古つけるんだよ!!」

 「ほう、それは興味をそそられるな。鈴木の指導か……それは為になりそうだ」

 「買い被りすぎだよ。こと実戦においてはど素人だし、そんなに教えられることはないって」

 「障子くんは何か訓練とかやってるのー?」

 「いや……身体の鍛え込みくらいだな、技術的なものは特に」

 

 その後も、互いに情報を共有して有意義な時間を過ごしつつ、明日の実技試験のことについて話し合う三人。皆が皆入念に準備をし、明日の試験に備えて緊張した面持ちで床に就く。そして翌日、皆が学校に着くと担任、相澤の指示の下ヒーロースーツに着替え、彼らの事前の情報収集通りに入学式の祭に対峙した仮想ヴィランとの実戦演習が開始される―――

 

 

 

 「残念!諸事情があって今回から内容を変更しちゃうのサ!」

 

―――はずだった。

 

 「変更……ですか?」

 「そうとも!というわけで諸君らにはこれから2人1組でここにいる教師1人と戦闘を行ってもらう!」

 「せ、先生方と!?」

 

 動揺する生徒たち。悟も表情が変わらないため分かりにくいが、若干の衝撃を受けていた。事前の情報通りにことが進むか若干疑うところがあったために変更自体はまだ想定内であったが、まさかプロとやりあうことになるとは思いもよらなかったようである。

 

 「まずは轟と八百万がチームで、相手は俺だ」

 

 チラリと悟が轟と八百万を見つめると、轟は既に意識を切り替えて真剣な面持ちとなっていたが八百万は何処か不安なようで顔つきは厳しくなっているものの額からは一筋の汗が垂れていた。

 

 「そして緑谷と爆豪がチーム」

 「え!?」「なッ!!」

 

 「……こりゃまた凄いチョイスだなぁ…」

 

 どこか他人事のように、互いに見つめ合う二人を傍観する悟。いったいどんな意図で二人を組ませたのか、考えれば考えるほど理由が出てきそうなタッグの相手となる先生は誰なのか、その答えが上空から降ってきた。

 

 「……こりゃ強敵だぞ、緑谷、爆豪」

 

 

 

 

 「相手は………私だ」

 

 「「オール、マイトッ……!?」」

 

 地上に降り立つ巨体が大地を揺らし、ゆっくりと立ち上がる。緑谷のみならず普段あれだけ強気な爆豪が自身の打ち勝つべき標的に目を見開きごくりと唾を飲み込む。入学してヒーローとしての階段をやっと登り始めた彼らに立ち塞がるのはその階段の頂点に立つ男。すなわちオールマイト(No.1ヒーロー)。武者振るいか、それとも畏敬か、彼らの体が若干震えていた。

 

 その後も次々と組み分けが発表され互いにパートナーを見つけて作戦を立てる。といってもまだ実戦の形式等発表されず内容が不透明なため対策を立てるも何も曖昧な会話しかできないのだが。

 最後の組み分けが発表される。計十組、ヒーロースーツに身を包んだクラスメイトが二人一組になり自身の対戦相手である教員、もといプロヒーローを見つめるのだが。

 

 「……で、俺は一人ですか」

 「あぁ、何か疑問でもあるか?」

 

 

 「いえ、その方がやりやすい、いいでしょう」

 

 相澤が一人のクラスメイトをジッと見つめる。果たしてこの判断が良かったのかどうか。数日前の期末試験に向けた職員会議を思い出す相澤。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ヒーロー殺しステインとヴィラン連合の繋がりによるヴィラン達の活性化のおそれ…か』

 

 校長がそう呟くと、みな一様に真剣な面持ちになる。USJから立て続けに起こった本校生徒の関わる事件の数々。無視できない問題に対して雄英側の対策が問われるところである。そしてそれは、例年のカリキュラムでは不十分だと判断した教員達の話し合いへと発展していく。

 

 『もちろんそれを未然に防ぐことが最善ですが学校としては万全を期したい。これからの社会、現状以上に対ヴィラン戦闘が激化すると考えればロボとの戦闘訓練は実戦的ではない。そもそもロボは「入学試験という場で人に危害を加えるのか」等のクレームを回避する為』

 『無視しときゃいいんだよ、そんなもん』

 

 マスコミ嫌いの相澤節が炸裂する。顔を歪ませて吐き捨てるように呟くが、気持ちは分かっても彼の言葉に賛同するものはいない。

 

 『そういうわけにもいかないでしょ』

 『試験の変更理由は分かりましたが生徒を2人1組にし我々教師と戦わせるというのは…』

 『ええ、少し酷だと思います』

 『俺らがあっさり勝っちまったら点数もつけられないYO?』

 

 セメントスが、生徒達を憂う言葉を吐いて同意を示す教師達が複数人。生徒達を舐めているわけでは無いが、誰がどう見ても流石に力の差が開きすぎているのは明白。例え金の卵だろうがニ対一と言えどひよっこに負けるやわな鍛え方はしていない。

 

 『もちろんその辺りを考慮して教師側にはハンデを付ける予定だ』

 

 スナイプの言葉を待っていたと言わんばかりに相澤がトントンと手元の書類を机の上で整える。では組分けを発表すると言い、その後は轟と八百万に始まり、理由添えも行われながら組とその対戦相手が発表されていく。常闇と蛙吹、相手はエクトプラズム、葉隠と障子、相手はスナイプ。そして最後に緑谷と爆豪、オールマイトの名が呼ばれると一息吐く相澤。

 

 『……では異論はないようで、取り敢えずはこれでいく予定です』

 『あぁいや、今の組み合わせに異論は無い………だが……』

 

 

 

 『………では、最後の一人。鈴木悟についての議論を始めたいと思います』

 

 部屋の雰囲気が変わる。先ほどとは打って変わって、というほどでもないがより真剣な顔つきになる教員一同。誰が最初に口を開くのか、静寂に包まれる職員会議室。

 

 『……ハッキリ言いましょう。アイツは既に並のプロより強い。……相性的なものもありますが、失礼を承知で言わせてもらうと……幾人か、勝算の無い方もこの中にはいる』

 『気なんか使わなくていいわよ。まず私じゃ無理ね、あの子の相手は。眠らないんでしょ?彼。多分私の個性も効かないしね』

 『ってかよ、ハンデ込みってなるとタイマンはれる人間ほぼいねーだろ?どーすんだよイレイザー!!』

 『それを考えるための話し合いだろうが』

 

 ううんと唸り声を上げるがそれだけ。これと言った名案も思い浮かばずあれやこれやと意見を言い合うがその度にどこかしらから否定が入り、その繰り返し。その結果として最後に残った意見を相澤が皆に確認を取るように言い渡す。

 

 『………では、鈴木悟の試験は―――――ということで構いませんね?』

 『……いや、いいのか?本当に。いくら何でも……これでは、その、鈴木くんに合格させる気が無いのでは……』

 『当日までにもう少し調整はしますよ。特別なハンデも設けるつもりです。採点基準も考える。ただ大筋はこれでいきます』

 

 

 『………もう一つ懸念材料があるわね。あり得ないとは思うけど………もしものことがあったとき………私たち、示しがつかないわよ。それを分かった上で、この試験形式にすると言ってるのね?』

 『はい、そのつもりです』

 『つもりじゃ困るのよ、覚悟はしてんのよね…………そう、じゃあ何も言うことは無いわ』

 

 手をひらひらと振ってミッドナイトがそう呟く。その後は、完全に納得いかないながらもそれ以上の案が出ず、渋々了承して退室する教員達であった。

 

 

 

 

 

 

 「それで、俺の相手は誰でしょうか。今現在ここにいる方で呼び上げられていない先生は誰一人としていないように思われますが……」

 

 悟が教員を一瞥する。ミッドナイト先生は誰々とやるだろ、スナイプ先生は誰々とだし、相澤先生は誰々とやるよな、などと考えながら、いよいよもって自分の対戦相手が分からなくなった悟に相澤が告げる。

 

 「……お前の対戦相手だが………言わない」

 「は?」

 

 「まだ言わないでおく。お前の番になり、試験会場に着いて会敵して自身の目で確認するんだ、いいな?」

 「ちょ、先生!そりゃあんまりだろ!!相手が分かってねーんじゃ対策のしようもクソもねーじゃん!!」

 「そうね、上鳴ちゃんの言う通りだわ。鈴木ちゃんが強いからって、あまりにも不公平が過ぎると思うのだけれど、相澤先生」

 

 説明の途中だ、黙ってろという相澤の言葉に口を閉じる生徒達。言われた本人が文句の一つも言っていないことが少々気にはかかるのだが。

 

 「期末試験のルールだが、制限時間は30分。その間にチームの一方でも逃げ切りステージ外に脱出すること、もしくは……この、ハンドカフスを教師にかければ試験終了だ」

 「とは言え戦闘訓練とは訳が違うからな!相手はちょ~~~格上!」

 

 そんなイメージないんすけど、と失礼極まりないセリフをプレゼントマイクに向かって吐き捨てる耳郎。ハァン!!?!?と若干キレ気味に耳郎にくいかかる彼のことは放っておいて説明が続く。

 

 「今回は極めて実戦に近い状況での試験。僕らをヴィランそのものだと考えて下さい」

 「会敵したと仮定しそこで戦い勝てるならそれで良し。だが…」

 「実力差が大きすぎる場合逃げて応援を呼んだ方が賢明。轟、飯田、緑谷、お前らはよくわかってるハズだ」

 

 その言葉に思い当たる節のあり過ぎる三人が唾を飲み込む。逃げて応援を呼んだ方が賢明、と言う言葉を複雑な気持ちで聞く悟。確かにその通りなのだが、

 

 「(俺はあの場で逃げるわけにはいかなかったし、応援も来てくれなかったからなぁ………あ、ミルコは駆けつけてくれたんだった)」

 「けどこんなルール逃げの一択じゃね!?って思っちゃいますよね。そこで私達、サポート科にこんなの作ってもらいました!!はいこれ、超圧縮お~も~り~!!体重の約半分の重量を装着する!ハンデってヤツさ。古典的だが動きづらいし体力は削られる(あ、ヤバ……思ったより重……)」

 

 教員各自が手首等に必要な分だけの重りを装着する。見てくれでは分かりづらい負荷が体にのしかかり、バランスが崩れそうになるがなんとか堪える教師達。ハンデについての説明を終えると爆豪が舌打ちをして口を開く。

 

 「戦闘を視野に入れさせる為か。ナメてんな…」

 「ハァーッハッハッハッ!!!……それは、どうだろうね」

 

 

 「……んで、鈴木。お前についてだが……少し、ルールが違う」

 「ルールが違う?試験の終了条件のことですか?」

 「あぁ……」

 

 

 「まず制限時間だが……5分だ」

 「なッ!!?」「ちよっと先生!!」

 

 「……………」

 

 瀬呂や葉隠が抗議の声を上げる中口を閉ざしたまま相澤を見つめる悟。本人が文句を言わずに黙り込んでいるのを見て困惑するクラスメイト。

 

 「それともう一つ。お前の試験会場には出口は無い。制限時間以外での終了条件はハンドカフスを相手につけるのみだ」

 「………なるほど、戦闘必須、というわけですか」

 「ちょっと先生!!いくら何でも「葉隠さん」ッ、な、なに?」

 

 「気遣いはいらない。俺は納得している、いいね?」

 「ッ!!で、でも「葉隠さん」……ご、ごめん、でしゃばって」

 

 「それで?以上ですか?変更点は」

 「あぁ、他は一緒だ。そんじゃま、早速第一試合だ、準備しろ鈴木。最初はお前だ」

 

 分かりましたと言った鈴木が試験会場を尋ねるために相澤の下へ向かおうとして、葉隠が黙りこくったままぷるぷると手を震わせていることに気づいて声をかける。

 

 「うーん、どうしたの?葉隠さん」

 「どうしたの?じゃないじゃん!何アレ!?理不尽にも程があるでしょ!!本人じゃなくてもムカッと来ちゃうって!」

 「葉隠ほどじゃねぇけど俺もどうかと思ったぜ、今のは。ったく、大変だな、鈴木は」

 

 「はは、ヒーローの仕事なんて理不尽の塊でしょ。不測の事態で文句なんか言ってられないよ。背負うのは人々の命なんだからね。………じゃ、行ってくる」

 

 自身の言葉に固まるクラスメイトを尻目に、ローブを翻し歩いていく。悟が試験会場に向かい彼らの視界から消えると、瀬呂が頭をぽりぽりと掻いて肩を落とし、ハァとため息を吐く。

 

 「なんちゅーか、流石だなぁ、アイツは」

 「あんな言い方したら言い返せないじゃんか……んもぉ」

 

 残った人間達が作戦会議をしながら試験を見学するために別室へ移動する。モニター越しに不安そうな目つきで幾人かが悟の試験会場を見つめる中、ただ一人雄々しく通路を突き進んでいくのであった。

 

 

 

 




やっと……やっと期末試験始まったんじゃ……
なんで職場体験が終わってから数話経ってるのにまだ終わってないんだろ、不思議だなぁ(すっとぼけ)
それではまた次回


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前回から間が空いてしまい申し訳ありません
大晦日と正月くらいはま、多少はね?
それでは本編どうぞ


 「……いったい、どう出てくるか……教員側が奇襲を取れる体制って言うのもどうなんだか」

 

 まぁ、もっとも俺は嬉しいけど、と呟く悟が自分の掌を見つめた後に拳を握る。あわよくば、No.1、すなわちオールマイトとぶつかることを願っていた。

 

 「(……雄英に入ってから対人戦が増えた。職場体験でもそうだったが、指名手配犯、そして脳無。彼らを倒すたびに体に力がみなぎるのを感じる……あと一歩。あと一歩の壁が足りない。何か、体の奥底から湧き上がってくる力の源に、もう一雫だけ経験が足りない。絶好の機会だ、存分に叩きのめしてもらいたいな)……遅いなぁ、まだなのか、試験……お、開始か」

 

 大通りを挟んで林立する高層ビル群の中心に立つ悟。試験会場にスタートのアラームが鳴り響き、試験開始の鐘を鳴らす。時間に猶予は無くいつ襲撃されるかも分からない状況でいち早く魔法を発動する悟だが、

 

 「【上位アンデッド創造―――」

 

―――遠方から、轟音と大地の揺れを感じとる。

 

 「―――なるほどな、そう来るわけか」

 

 試験の意図を悟り音の鳴る方へ顔を向ける悟。彼の側に現れた騎馬が頭を下げる。

 

 『主よ、何なりと御命令を』

 「ペイルライダーよ、これからある場所へ転移するが即戦闘に入ると予想される。私の足となり私を護衛―――」

 

―――もう一方、反対側から聞こえる、先ほどよりも小さいものの暴動の音に舌打ちをする悟。

 

 「……予定変更だ。お前をある場所へ飛ばす。おそらく一人暴れ回っている輩がいるはずだ。気を惹きつけるだけでいい。破壊行動を止めろ。正当防衛の範囲内での交戦は許可する」

 『承知いたしました』

 

 悟が魔法を発動するとペイルライダーの体が光に包まれその場から消える。悟が意を決したように転移を行いもう一方の音の鳴る地点、その上空に飛ぶと―――()がいた。

 

 「―――【魔法三重最強化(トリプレット・マキシマイズ・マジック) 火球(ファイヤーボール)】」

 

 地上にいたプロヒーローが音に気づいてこちらを見上げる。上空から降り注ぐ極大の火の玉を眩しそうに見つめて両手でガードをするが、直撃した瞬間炎が爆散して辺りに熱波を轟かす。連続して鳴り響く爆発音。煙が上がり朧げに男の姿を隠す。ゆったりと地上に降り立つ悟。風にゆられてはためいていたローブがその動きを止める。

 

 「―――あっちぃ!!初っ端からかますなぁ!驚いたぜ!!」

 「……今のを受けて、熱いですますあなたの方こそやはり驚愕に値しますよ―――()()()()()()

 

 煙の中から現れる、青いコスチュームを身に纏いV字の前髪を立てる悟の対戦相手。ぱんぱんと自身の体を叩いて払う彼の肌には焦げ目一つ付いた様子は無かった。

 

 「その口ぶりじゃあ、何となく私ってことは分かってたみたいだな、鈴木少年」

 「あんな地響き起こせる人間なんてあなたくらいならものでしょう。……にしても」

 

 チラリと顔をオールマイトから外して、かすかに遠方から聞こえる戦闘音の方へ向ける。

 

 「二人がかりだとは思いませんでしたよ。私が僕を召喚するのを見越して、分断する作戦ですか」

 「いや、それもあるがもう一つが本命さ。鈴木少年、別に時間はあったはずだぜ?もっと僕を連れてきても良かったんじゃないかな?」

 

 

 

 

 『一秒遅れたら何人死にます?私はヒーローですので』

 『…流石だな、鈴木少年』

 

 モニターを通して観戦していたクラスメイトがハッと気付かされる。悟にしては何の準備も対策もないままに敵の元へ突っ込むと言う無謀な行動。しかもどうやら対戦相手がオールマイトと分かった上での単騎突入という。その疑問は彼の言葉を耳にしてすぐさま納得へと変わる。

 

 「……なるほどな。別に、相手ぶっ倒せば勝ちっつってもねぇし、時間切れまで耐えれば良いとも言ってなかったな、そういやぁ」

 「ケロ、実力を測るっていうよりも、ヒーローの素質を測る試験ってわけね……流石だわ、鈴木ちゃん」

 

 

 「………ッ、クソがッ……!」

 

 各人が試験の行く末を見守る中、悔しそうに顔を滲ませる生徒が一人。彼の幼馴染が、自身の試験のパートナーを心苦しそうな顔で見守っていた。

 

 「………かっちゃん…」

 

 考えなくとも彼の表情の理由は察しがつく。教員側がハッキリと断定したのだ。爆豪は鈴木よりも弱いと。別に彼も馬鹿ではない。そんなことは言われなくとも分かっている。今の状態では彼とは天と地ほどの差があることくらい指摘されなくても理解している。いや、指摘されたとしても悪態を吐きながらもそれとなく認めるだろう。だが、自身がタッグを組まされ対戦する自身の憧れ、No.1ヒーローオールマイトと一人で対峙するクラスメイトの姿を見ると、何とも惨めに思えて仕方ない。自身の憧れが認めたのだ。爆豪ならば二人でも大丈夫だが、鈴木はタイマンでないと不可能だと。そして何より、悟のことを信頼しているような口ぶり。全てが爆豪を責め立てていた。

 

 「……………ッ」

 

 そんな幼馴染にかける言葉が見つからず、口を噤んで顔を逸らしてしまう緑谷。違う、オールマイトが鈴木悟を信頼しているのは、確かに為人はあるかもしれないが秘密を共有しているからなのだ、と言うわけにはいかなかった。もっとも、オール・フォー・ワンの話を聞いたあの日、緑谷は悟とオールマイトの秘密の対談の内容を知らないため、緑谷が思っている以上にオールマイトは悟のことを信頼しているのだが。

 

 『さて、ならばヒーローよ。それ相応の覚悟を決めてきたんだろう?』

 『あるわけないでしょうそんなもの。ただ私が来なければ貴方を止める人間がいないだけです。……20秒、時間稼ぎの話し合いにしては上出来でしょう、では―――始めますか』

 

 悟の周りに魔法陣が展開される。グググと腕をクロスさせて力を溜めるオールマイト。

 

 『【魔法三重最強化(トリプレット・マキシマイズ・マジック)】―――」

 『テキサス―――』

 

 実績もあり、身近でその強さを体感してきた現A組No.1の男、鈴木悟と誰もが知っている最強のNo.1ヒーロー、オールマイトの激突。固唾を飲んで見守るクラスメイト達。二人の視線が交差する。そして、

 

 「―――【爆裂(エクスプロージョン)】ッ!!」

 「―――スマアァァアッシュッ!!」

 

 次の瞬間―――モニターから二人の姿が消えた。

 

 

 

 

 「……お、おい……ど、どうなったんだ……?」

 

 複数の爆炎と暴風に衝撃波が混ざりあい熱波を宿した大渦が竜巻のように吹き荒れ二人の姿を隠す。風か爆音か分からないほど音が割れ、観戦する彼らに判断材料を一つとして与えない。風が止み、静まりかえる中、白煙の中から飛び出したのは―――

 

 『―――チィッ!【魔法三重最強化(トリプレット・マキシマイズ・マジック)】ッ!』

 『逃がさないぜ!とうッ!!』

 

―――弾丸のように弾き飛ばされる悟と、それを追いかけるオールマイト。身を引きながら魔法を唱える悟の周りに魔法陣が展開される。

 

 『―――【衝撃波(ショック・ウェーブ)】ッ!!』

 『うお!!―――効かん!!!』

 

 『なッ!!?―――ガッ!!!』

 

 三重に連なる衝撃波に一瞬体が止まるオールマイト。最強化を施した不可視の一撃、いや三撃を―――力で無理やり突破するオールマイト。その程度でNo.1が止まるはずもなく、油断していた、わけではないが悟の腹部にオールマイトの拳が突き刺さる。悟の魔法を受けて減速し、威力の弱まったソレを受け、ヒュンと風を切り壁に叩きつけられる悟。背後のビルに亀裂が入り、二階の窓がパリンパリンと連続で破砕する。ズルズルと地面に落ちて倒れそうになるも、なんとか踏みとどまりふらふらとよろけながら目の前を見ると音も無くいつのまにか佇むオールマイトが拳を振りかぶっていた。

 

 『フンッ!!』

 『ッ!!』

 

 サッと頭を下げて回避する悟。悟の頭上を拳が通り、瞬間崩壊する背後の高層ビル。全体に亀裂が入り音を立てて崩れ始める。その威力に慄きながらもチャンスとばかりに身をかがめた体勢から両腕を伸ばしてガシッとオールマイトの脇腹を掴む。むっ!?と声を漏らしたオールマイトが下を見ると悟が再び魔法を発動する。

 

 『【麻痺(パラライズ)】ッ!!』

 『グァッ!!』

 

 悟の手からオールマイトの体に流れた魔法による麻痺毒が全身を駆け巡る。神経系を走り細胞を痙攣させてオールマイトの動きを奪う。その隙を見逃さず悟が詠唱を始める。

 

 『【魔法三重最強化(トリプレット・マキシマイズ・マジック)】』

 

 展開される大きな魔法陣。悟の両手にバチバチと小さな雷光が迸り、辺りを眩く照らし出す。詠唱が完了に近づくにつれ炸裂音が激しくなり、バチンバチンと耳をつんざく破裂音へと昇華した次の瞬間、

 

 『―――カハッ』

 

 「す、鈴木くんッ!!」

 

 空中へかちあげられる悟の姿を見るクラスメイト。腹部に感じる痛みに戸惑いこんがらがる悟。観戦していた者と観戦される者に共通する認識、何故?

 

 「―――つぅ!!これは、効くなぁ!!」

 「―――嘘だろ(なんて頑強さだ。筋肉の痙攣を無理矢理抑え込んだのか!ステータスの暴力って感じだな)……まずいな」

 

 空中でフライを唱えてクルリと旋回して眼下の対戦相手を見つめる。体の痺れにはもう慣れたようでグルングルンと右肩を振り回していた。

 

 「……【伝言(メッセージ)】…ペイルライダー、そちらはどうだ」

 『(主よ、申し訳ございません。対象の沈黙には至らず抑え込んでいるものの街の被害は拡大中、なおも進行を続けております。それと奇妙な現象が一つ)』

 「なんだ?」

 

 

 『奴の目に見つめられた瞬間私の幽体化が解除されてしまいます。奴の個性であると思われます』

 

 

―――最悪だ。つまり、その情報から察するにペイルライダーの戦っている相手は。

 

 「(………誰が勝てるんだよ、相澤先生とオールマイトって)……どうする、合流するか……」

 

 悟の考え、自身の機動力では足りない。ならばもう一人の対戦相手が誰かは分からないが上位転移(グレーター・テレポーテーション)でオールマイトごと自身をペイルライダーの下まで飛ばし、ニ対ニに持ち込む作戦。ただ、先程のペイルライダーの情報を受け取り予定が崩れる。すなわち、相澤消太―――イレイザーヘッドの存在。彼方に行けば自身の個性が封じられてしまう。かと言ってこちらに残っていても残り四分間耐えられる自信は無い。

 

 「来ないならこっちから行くぞヒーロー!!タァ!!!」

 「ッ、【上位全能力強化(グレーター・フルポテンシャル)】」

 

 地面を蹴り宙に飛ぶオールマイト。数十メートル上空に滞在する悟の下まで一瞬にしてたどり着き、その勢いのまま殴ろうとするが流石に空中では自在に浮遊できる悟に分があるのか、しかしあまりの速さにスレスレで攻撃を回避する悟がかわしつつ自身にバフをかける。

 

 「っとお、今のかわすか!やるね!!」

 「すいませんが、くだらない問答をする余裕はありませんので、【上位硬化(グレーター・ハードニング)】【竜の力(ドラゴニック・パワー)】」

 

 「空中だからってそんな不用意に個性を使っていいのか……なッ!!」

 

 「ッ、クォ―――ヌ、ああァァアアッ!!!」

 

 落下しながらオールマイトが空気を叩きつけ衝撃波が悟に飛んでいく。体にガクンと負荷を感じた悟が両手を正面にクロスさせてガードするが、止む勢いのない暴力の風が悟の身体を後方へ押し出し耐えきれなくなった悟が一直線に地面へ飛んでいく。ビルを貫通して煙を上げアスファルトに叩きつけられる。姿を消すクラスメイトの姿にごくりと唾を飲み込む生徒が複数。

 

 「……マジ、か。いや、強えのは分かってたけど…」

 「鈴木の奴なら、もしかしたらって思ったけどよ……強すぎだろ、オールマイト……」

 「こりゃあ無理だろ、鈴木「無理じゃない!」

 

 「……あ、いや、その、決めつけは良くない、と、思う!うん!」

 

 峰田の失言に声を荒げた葉隠が、集まる視線に気付いて言い訳をするように顔と手をブンブン振って自身と周りに言い聞かせるように捲し立てる。やっぱり、とどこかから聞こえた気がするが無視して画面をじっと見つめる葉隠。

 

 「(……大丈夫、絶対に悟くんが勝つ、絶対に)」

 

 悟の着弾地点までひとっ飛びしてたどり着くオールマイト。同時に立ち上がる悟の音が聞こえる。

 

 『………やはり、恐ろしく強い、あなたは』

 『君もさ。これほど私が手こずるのも中々にないよ。タフさもとんでもないな、鈴木少年』

 

 『……お褒めに預かり光栄です。【魔法遅延化(ディレイ・マジック)】』

 

 オールマイトの姿が消える。残像すら残さない瞬速の、それでいて重い拳が正面に立つ悟に突き刺さる。一直線に後方へ吹き飛んでいく悟だが、手応えに違和感を覚えるオールマイト。

 

 「(なるほど……拳のぶつかる瞬間に自ら身を引いてダメージを軽減しつつ拳の衝撃で後ろへ下がる、か。実力もさることながら、中々に度胸のいる選択じゃないか、鈴木少年!だが…)」

 

 「(――クソ、速すぎる。タイミングを合わせられなかった。肋骨が砕け散るようだ。……仕方ない)【上位道具創造(グレーター・クリエイト・アイテム)】」

 

 全身を金属が覆う。太陽の光に照らされ燦然と輝く暗紫色の鎧が悟の体を覆うと空中を舞っていた悟が回転しながらズシンと地上へ降り立つ。

 

 「私と肉弾戦をするつもりかい?止めろとは言わないが―――無謀だとは忠告しておく―――ぜッ!!」

 「言われなくともッ!!!」

 

 腕を正面でクロスさせてXの字に構えると、身をかがめて道路の先にいる悟へ向かって突進をぶちかます。パンプアップした足の筋が力を解放するとオールマイトの姿を消して、瞬間吹き荒れる衝撃波。砂煙が舞い上がり辺りの窓ガラスが割れ地面に亀裂を入れると鳴り響くのは重たい何かと金属のぶつかり合う音。背中の鞘から抜き取った大剣をオールマイトに向かって振り下ろすが言わずもがな勢いを殺すことはできず地面に摩擦痕を残しながら後方へ押し出される悟。ガリガリと削られたコンクリート片が飛び散り弾丸となって辺りに舞う。もはや剣で肉体を両断できる筈もないという信頼の下に遠慮無く渾身の一刀を振り下ろしていた。

 

 「―――やるなぁ!!鈴木少年ッ!!!

 「だから、貴方が言うなと―――」

 

 「だが……こんなに近づいちゃいけないだろッ!!!」

 「!!」

 

 両手の剣でオールマイトの突進を受け止めた悟。二人が密着した状態で動きが止まった瞬間、やはり動き出しの初動はオールマイトに分があり右腕を鷲掴みにされる悟。空いた方の拳をオールマイトが振りかぶり、悟の頭部に伸ばすと金属の鈍い音が辺りに響き観戦していたクラスメイトが小さく悲鳴を上げる。

 

 

 

 「……いや、これでいい。近づいてくれて助かった。これで捉えられる」

 「むッ!?」

 

 

 「一緒に来てもらいましょう、一人では分が悪いのでね」

 

 頭にオールマイトの拳が迫るその一瞬、博打にも近い賭けで首を捻り何とか衝撃を和らげ軌道を変えた悟が鷲掴みにされていた右腕を逆に握り返して離れまいとする。拳を振り抜いた直後、遅延化を施していた転移魔法が発動、二人の体をその場から掻き消し、再び彼らが現れたのは―――空だった。

 

 「―――ペイルライダーッ!!」

 『ハッ!!!』

 

 オールマイトに握られていた右腕のガントレットを外して空中で二人に分離すると、僕の名を呼び近くに引き寄せる。オールマイトには遠く及ばないがやはり駿馬が宙を駆け主の足となる。

 

 「ペイルライダー、相澤―――貴様の対戦相手の特徴を、掴めただけでも話せ」

 『ハッ、素のスペックもさることながら相当の経験則でしょう。彼にのみ注目していると首に巻いた自在の布で死角からこちらの体を縛り上げてきます。市街地戦となると布により逃げられ捉えることが叶いません。私の幽体、実体化の癖やタイミングも既に見切られました。それに何より瞳にはご注意下さい。幸い見つめられている間のみ能力を封じられるようですので対策が無いわけではありません』

 

 「……なるほど、分かった。……かなり厄介そうだな……一旦ここを離れるぞ、とばせ」

 『ハッ!!』

 

 自由落下するオールマイトを尻目にその場を離脱する悟。と言っても完全に戦闘区域から離れるわけでは無く地上にいるであろう相澤の視界から離れるためにビルの屋上へと飛び立とうとした、その矢先。落下するオールマイトと交代するように壁面を伝う何者かの音がする。

 

 『主よ』

 「分かっている、気にせず進め」

 『ハッ』

 

 

 

 「………速いですね」

 「口を動かす暇があるなら行動に移せ、非合理的だ」

 

 彼らを追い抜き壁面から飛び立ち悟に覆い被さる黒い影。太陽を背に逆光により黒く染まった彼の担任が目を見開き悟を見つめながら襲いかかってくる。

 

 「ペイルライダー、そのまま突き進め」

 『ハッ』

 

 落下する相澤―――もとい、イレイザーヘッドと上昇する騎馬が互いに向かい合う。首元の布を飛ばし悟の捕縛を試みるが、間一髪で首を曲げてこれを回避。伸び切った布を右手で鷲掴みにした悟がそのまま力一杯引き寄せるとイレイザーヘッドの身体がガクンと引き寄せられる。

 

 「ペイルライダー!!遠慮はいらん、合わせろッ!!」

 『ハッ!!承知いたしましたッ!!!』

 

 「……!」

 

 悟に引き寄せられる相澤が、自身を貫かんとする剛刃の一突を目にして布を引っ張り自身の軌道を変えた、瞬間。

 

 「……!鈴木、お前……」

 「まぁ、流石に本気で殺そうとはしませんよ、騙されてくれて助かります」

 

 そもそもイレイザーヘッドを攻撃する気の無かった悟が、軌道の変化を確認してパッと布から手を離すとコントロールを失った肉体があらぬ方向へ飛んでいく。すれ違いざまに言葉を交わして自身の後方、地上へと吹き飛んでいくイレイザーヘッドを見向きもせず天高く舞い上がる。

 

 「……よし、ここからなら例え見上げられても太陽光でまともに直視できないだろ」

 「そうかい?私はバッチリ見えるぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――は?

 

 

 

 

 

 「―――ペイルラ―――」

 『―――主よッ!!!』

 

 側に立つオールマイトのことなど見えていないように、自身の背から叩き落とされた主人を追いかけて地面に向かい宙を駆ける。クラクラとする視界の中なんとか焦点を合わせて自身の落下方向、地上を見つめると―――赤い眼光が自身を貫いていた。

 

 「お前らしく無いな、油断とは」

 「相澤先生…ッ!」

 

 「今度は逃がさん」

 

 幾本にも及ぶ自身を囲む白い線。個性を縛られて自由落下する他ない体で帯刀する大剣を抜き放つ。

 

 「フンッ!!」

 

 布とかちあい火花を散らす大剣が、悟の肉体を縛らせまいと対抗してジリジリと拘束を拒み続けるが、悟の死角、後頭部から迫る一切れの布。

 

 「グォッ!?」

 「馬鹿正直に責め立てるわけないだろうが」

 

 「わ、ちょ、あぁぁあああッ!!!」

 

 地上に立つ相澤の巧みな布さばきにより首に巻きつく拘束縄と化した布。両手から大剣を落とし、後方に引っ張られる悟が雄叫びを上げながらやむを得ず頭部のヘルムを外すと拘束を抜けて体がビルに向かい放り投げられる。パリンと窓ガラスを割ってビルの一室に入った悟が空中でくるりと身を翻して受け身を取り着地する。会社の職場のように幾つものパソコンの並べられた横長のテーブルを薙ぎ倒して地面を転がりながら何とか止まり、形勢を立て直そうと頭を上げ個性を発動させようとして不発に終わり―――舌打ちをして背後へ下がる。

 

 「……逃げ足は速いな」 

 

 

 

 「クソ、本当に厄介だな、あの目……」

 

 ガチャガチャと音を立てて廊下を走る悟。ガチャリとノブを回しドアを開け部屋に入ると明かりの灯っていない室内に窓ガラスからの日光が降り注ぎ明るく照らしていた。

 

 「……使わせてもらうか、よっと」

 

 カッカと廊下を走る相澤の音を聞いて魔法を発動する時間を惜しんだ悟が、コンセントから伸びる数十メートルにも及ぶ持ち運び型のコードリールから無理矢理延長コードを抜き放ち携帯して窓から飛び出す。そして空から降り注ぐ日光―――を隠すように自分に覆い被さる黒い影に反応して―――そちらを見るよりも早く回避を優先して正面の電信柱にコードを投げ飛ばして自身の身を引く。

 

 「ッとぉ!避けられちゃったか!素晴らしい反応速度だな!!」

 「―――ぶね!なんで場所分かったんですか…!」

 

 「耳が少しいいからね!たぁ!!」

 

 回避されると瞬時に身を翻して悟の方を向き、地上に着地すると同時に音を置き去りにして悟に迫るオールマイト。魔法を発動し転移しようとして―――体から力が抜けるのを感じ、その後、衝撃と痛みと、それから浮遊感。瞬時に切り替わる視界と腹部の痛み、耳から聞こえる金属の凹む音。

 

 「(―――あと―――何分だ―――厄介すぎる、個性、抹消) ―――悪態を吐く暇も無いか……ッ!」

 

 壁とぶつかりバウンドしながら上空へ打ち上げられる悟。何とか次の攻撃に備えなくてはと辺りを見回そうとして、超速で迫るオールマイトを捕捉し回避に専念する、が

 

 「カロライナアッ!!!」

 「(ちょ、速すぎ―――)」

 

 『主よ、お赦し下さいッ、タァッ!!!』

 

 幽体化により離れた位置のビルの壁からスッと出てきたペイルライダーが手にした獲物を悟に向かって投げ飛ばす。間一髪、オールマイトと接触する直前に悟のマントに刃が突き刺さりその勢いで悟の身体が引っ張られてオールマイトの攻撃を回避する。引かれるままにビルの壁面まで飛んでいき、壁に張り付くとマントを貫通して壁面に突き刺さる槍をゆっくりと引き抜き手に持つとふわっとその場を飛び降り、悟の下まで来ていたペイルライダーに騎乗する。

 

 『申し訳ございません、主よ』

 「いや、上出来だ。よくやった。だが雑談に興じる暇は無い。次に備えるぞ」

 『……主よ、一旦転移し身を引き体制を整えては?』

 「それはできない」

 『それは何故でございましょうか』

 

 

 

 「私はヒーローだ、凶悪なヴィラン二人を野放しにしてここを離れるわけにもいくまい。残り二分、耐え抜くぞ」

 『……承知いたしました―――主よッ!!』

 

 主人が自身の獲物を握っており手ぶらのペイルライダーが主人に声をかける。分かっていると言わんばかりに悟が槍を薙ぎ払うように振ると豪速球で飛んできた悟の大剣が槍と火花を散らせてぶつかり合い弾かれる。ペイルライダーが宙を走りパシッと大剣をキャッチすると主人に手渡し、そして同様にペイルライダーに槍を返還する悟。

 

 「ペイルライダー、下を警戒しながら旋回しつつ上昇しろ。地上では不利だ。イレイザーヘッドの目の届き難い場所でやるしか無い。足を止めるなよ」

 『承知いたしました、ハイヤアッ!!』

 

 地上に目を向けつつ太陽を目指してグルグルと旋回しながら上に昇る。やはりもう一本、悟の大剣が地上から飛んでくるが片手に握っていた剣を上へ投げ飛ばして空いた両手で白刃取りを行いキャッチして左手に握りなおすとクルクルと重力に従い落ちてくる大剣を右手でキャッチする。

 

 「よし、ペイルライダー、このくらいでいい。足は止めずに―――」

 

 視界の先に映ったのは、オールマイトの腕に巻きつく白い布。もはや彼らの意図を探る必要も無く、フルで頭を回転させる悟。

 

 「―――ペイルライダー、構えろ。戦闘だ」

 『ハッ』

 

 オールマイトの怪力によりはるか上空まで一瞬にして飛びあがるイレイザーヘッド。眼下の警戒を怠らず伸びてきた拘束布を回避する悟とペイルライダー。自分たちを追い越して宙に浮かぶイレイザーヘッド。一見隙だらけに見えもするが周りにはビル群。そして下には今から飛び上がらんとするオールマイト。イレイザーヘッドを深追いはせず周りを旋回する。

 

 「……来るか。ペイルライダー、もし私が地上に落ちたら私を追う必要は無い。ただイレイザーヘッドは足止めしろ」

 『承知いたしました』

 

 「俺を尻目に会話とは余裕だ、な!」

 「そんなわけないでしょうが、フンッ!!」

 

 合成繊維による強靭な布が大剣と火花を散らせてぶつかり合う。あらゆる角度から雁字搦めにおそいかかるそれらを全ていなせるとは当然考えておらず、必要最低限のものだけ弾き返して残りは身を捻り回避する。全ての攻撃を掻い潜り、次に迎え撃つのは暴力の嵐。オールマイトが飛び上がると衝撃波で粉塵が巻き上がる。

 

 「デトロイトォォオオオッ!!!」

 「ペイルライダーッ!!回避―――ヌォ!?」

 『主よ!!き、貴様ッ!!!』

 

 「動きが単調すぎだ」

 

 ガクンとペイルライダーの動きが止まる。騎馬が嘶き後ろ足に絡まる布に足を止めると騎乗していた悟が前方に放り投げられる。眼前に迫るオールマイトに対して剣をクロスさせてガードする。無駄だと分かっていながら。

 

 「スマアァァアッシュッ!!!!」

 

 鈍い音が鳴り響き、上空にかちあげられる一人の生徒の肉体。胸元の鎧が原型を残しておらずダンプカーにでもはねられたように大きく窪んでいた。

 

 「―――グァ……ッ」

 

 「鈴木くん!!」

 「ちょ、おいおいおい…お、オールマイトやりすぎじゃねぇか……?」

 

 悲痛な声を漏らすクラスメイト。折れ曲がった剣を手放して宙を舞う悟の身体。力を失ったように四肢がダランとぶら下がり指一つ自由の効かない悟が、何とか個性を発動しようと朦朧とする意識の中魔法陣を展開しようとする、が、やはり不発。

 

 「ク、ソ……」

 「させないよッ!!」

 

 「お、おい!!オイオイ!!嘘だろオールマイト!!!それ以上はヤベェってッ!!!」

 「鈴木くんッ!!!避けてッ!!!」

 

 聞こえるはずもないモニター越しに叫ぶクラスメイトたち。彼らの視界に映るのは、いつのまにか悟の元まで飛び上がったオールマイトが、両の手を握り合わせて天高く掲げる姿。瞬間、ガコンと金属の凹む音と風を切る音が鳴り響き―――爆発音が鳴り響く。地面に激突した悟がピンポールのように跳ねてバウンドし地上へ仰向けに倒れる。顔を青ざめさせる生徒達。プルプルと身体を震えさせる悟が、仰向けのまま手をかかげようとするが、側に着地したオールマイトが首元を地面に押さえつけると、呻き声を漏らしてその腕を両手で握り返す。もちろん、オールマイトの馬鹿力に叶うわけもなく何の抵抗にもなっていないのだが。

 

 「……ふむ、四分、と少しか。流石だね、鈴木少年。まさかここまで手こずるとは思っていなかった」

 「グ、ぐく、ま、だ、終わって、ませんが……ッ、グアッ!!!」

 

 「……いや、終わりだね。これ以上の戦闘は意味なし、と判断させてもらう。いいかな?」

 

 

 

 『(クソ、主が……しかし、助けに行くべきか。主の命令を……コイツの眼を奪うべきか……どっちだ)』

 「……身体能力は大したもんだが、技術に至っては全くだな。戦闘経験がまるでない」

 『黙れッ!!私は主の命を全うするのみ!!貴様に指図される筋合いは無いッ!!!』

 

 

―――しかし。事実だ。彼奴の眼、私と相対しているにも関わらず、なおも下の警戒も怠らず主の個性を奪っている。どうする、考えろ、どうする。奴の眼を、視界を―――

 

 『―――フンッ!!』

 

 パシンと手綱を鳴らすと、騎馬が嘶きイレイザーヘッドから距離を取る。先ほどまで勇猛果敢に襲いかかっていた敵の動きに疑問を覚え、警戒して距離を取るが、

 

 「―――ふん、何かと思えば、させねぇよ」

 『貴様の言葉など聞いていない』

 

 地面に向かって槍を振りかぶるペイルライダー。オールマイトを狙って放ったその一投は、しかし直前、イレイザーヘッドによって手首を布で引っ張られ軌道が変わり、あらぬ方向へ飛んでいく。槍を投げ飛ばした後、ピタリと動きの止まるペイルライダー。

 

 「……狙いが外れて残念だった『いや、

 

 

 

―――大当たりだ』

 

 「何を―――チッ!!く、うお!?」

 『オォォオオオオッ!!!』

 

 彼らしく無い慌てたような声を漏らすイレイザーヘッド。すぐさま地上に向かおうとする彼の身体がガクンと曲がる。自身の手首に巻きついた布を引っ張り返すペイルライダー。イレイザーヘッドを引き寄せた後、突進。そのまま自身とイレイザーヘッドを自ら布で巻きつけて縛り上げる。

 

 「ッ、お前…ッ、鈴木が負けても―――」

 『負けん、我が主は最強だ。私は主の勝利を信じて―――否、確信している。ならば私がすべきことは命を全うすること。時間切れまで貴様をここから離さない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 「むッ!?なんだ!!!」

 『(……よく、やった、ペイルライダー…ッ!)」

 

 地面を槍が突き破り粉塵を巻き上げる。辺りを土煙が覆い二人の姿を隠す。マズイ、とオールマイトがイレイザーヘッドの支援が無くなったことに若干の焦りを覚えるが、かえって悟を締め上げる力が増し、彼の声が苦しいものへと変貌していく。

 

 「……早く、ギブアップ、と言って欲しいのだが……」

 「……この、試験方法、貴方方に有利に、見えて―――実の所、私に有利……ッ」

 「何だって?」

 

 

 

 『……傷の、度合いも。疲労も。未知の個性も。何も確認できない、のに、判定を下すわけには、いかない。だから、私に敗北宣言をさせる必要が、ある。つまり―――私が認めない限り、敗北はありえない……グゥ、アァァアアアッ!!!』

 

 「ちょ、ばかアイツ!!認めりゃいいだろ!!もうどうしようもねえって!!」

 「鈴木ちゃんらしく無いわね……何だか、鈴木ちゃんって相澤先生に似て、合理主義的な感じだと思ってたから……」

 「鈴木くん、何で「ヒーローだからでしょ」

 

 緑谷の言葉に被せるように葉隠が口を開く。悟のことを信頼しているような、信じているような口振りで、知ったように口走る葉隠。

 

 「……誰が見てるか、分かんないじゃん。怯える市民の人達が見てるかもしれないじゃん。何人の命背負ってるか、分かんないじゃん。そんな場所で、負けました、なんて……試験だって分かってても、口が裂けても言えない意地があるんでしょ……鈴木くんって、そういう人だから」

 

 彼女の言葉で、煙に巻かれ、姿の見えない悟との差を実感するクラスメイト。それは確かにその通りなのだが、実践できるかどうかはまた別の話。そして、この話を聞いた後に自分たちの番となると重圧がかかる。

 

 「……それと、もう一つ」

 「え?」

 

 「―――負けるなんて、考えてないんじゃないかな」

 

 そんなバカなと言いたくなるが、葉隠の真剣な顔に茶々を入れることなど叶わず、彼女に釣られるように真剣にモニターを見つめる。未だ二人の姿は見えないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――クソ、強い。なんて強さだ。少しはやれるんじゃ無いか。なんて考えていた俺がバカだった。

 

 首元を押さえつけるオールマイトの腕を握り返すが、ピクリともしない。せっかくペイルライダーの生んだこのチャンスを活かそうにも打開策が思い浮かばない。ハッキリ言って詰みなのだ。

 

 「(なんだ、一発食らって、相打ち覚悟で、この状況を打開できる―――無いのかッ!!何か、無いのか!!!負けたく無いッ!!!負けてはならないッ!!!)」

 

 頭の中で悪態を吐く悟が、首にかかる圧力に痛みを覚えて呻き声を上げる。なんとも無様で情け無い格好に、苛立ちが募る。

 

 「(―――試験だとしても、ヒーローなんだ。これが試験でなかったら、俺はヒーロー失格だぞッ!!!クソ、クソ、クソクソクソクソッ!!!!)ぁぁぁあぁあ゛ア゛ア゛゛ッ!!!」

 「やけになっても―――ダメ、だッ!!!」

 

 

 「―――カハ―――」

 

 意識が朦朧として、手から力が抜ける。強く握っていた両の拳から力が抜け、ゆっくりと地面に向かって倒れていく。初めての感覚。純粋な戦闘に置いて、自身で敗北を認める瞬間。それも、他人を気遣ってでは無く、自分が勝ちたいと思った相手に、なす術なく負ける、不快感。しかしもはや抗う術はなく、参ったと口を開こうとした瞬間―――

 

 

 

 

 

 

 

―――悟の魔法を、仮にその威力、規模、魔力量によって分類分けするとするなら、仮にそれらを"位階"と呼べば、

 

 

 

―――第一位階魔法。

 取るに足らない、戦闘に用いることなど到底敵わない、魔法使いとしての第一歩。

 

 

―――第二位階魔法。

 魔が輪郭を帯びその身体に宿り彼の力と化す。

 

 

―――第三位階魔法。

 火を、風を、雷を、あらゆる魔の基礎をマスターし、

 

 

―――第四位階魔法。

 闇を、光を、生命を司り大魔導士の門を開き、

 

 

―――第五位階魔法。

 魔の深淵を覗き込んだ彼を、人地を超えた領域へと誘い、

 

 

―――第六位階魔法。

 彼の身体を深淵より湧き出でる地脈の渦へと導き、

 

 

 

 

そして―――第七位階魔法。

 彼の魔導が混沌に包まれ、人間を逸脱した世界に身を投じ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――――あ―――」

 

 

 

 

 

―――そして、第八位階魔法(頂上の力の一端)に触れる。

 

 

 

 

 

 

 




各位階の定期付けは原作と違いますがそこの所は大目に見ていただければ
次回はアパートの水道管の破裂が直ったらあげたいと思います
それではまた次回


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目覚め

水道管は直ってませんが続きの投稿です
早く林間合宿書きたいナリ……でもまだもう少し先の話なんだなこれが
では期末試験の続きどうぞ



 

―――力の脈動を感じ、首を絞める痛みすら忘れて、口をぽっかりと開いて眼前のオールマイトを、深淵より深き暗黒の眼窩に取り込むと、ゴクリと喉を鳴らすオールマイト。

 

 

―――奪え。

 

 

 

新たな力に、ただ身を委ねるだけの―――オーバーロードが、そこにいた。

 

 「―――【生気吸収(エナジードレイン)】ッ!!!」

 「―――グアッ!!?な、何だこれはッ!!?は、離しなさいッ!!!!」

 

 全身から力が抜け―――否、抜き取られる。自身の右腕を握る悟の両手から力が吸収されるのを感じる。ヤバイ、力を抜き取られる現象以上に、何かマズイことが起こっているように感じて、急いで悟を振り払おうとするが、今度は悟が意地でも離さず喰らいつく。

 

 「―――は、な―――さないッ!!!」

 「ク―――鈴木、少年ッ!!!離しなさいッ!!!何か―――非常にマズイことが起こっているッ!!!」

 

 仕方ないと呟いて、悟の首を掴んで持ち上げ、悟の脇腹に空いた方の拳を叩き込むと一直線に壁まで飛んでいく悟。煙を上げて壁に亀裂が走る。

 

 「(―――な、なんだ。力が、入らない……ッ!?)」

 

 自身の右手の掌を見つめるオールマイト。開いて握るを繰り返して、ごくりと再び唾を飲み込む。耳から聞こえてくる不気味な詠唱に顔を上げると煙の向こうからぶつぶつと何かを呟く悟の声が聞こえた。

 

 「……ルポテンシャ……ックパワー……」

 「(マズイッ!!止めなければ―――)カロライナァッ!!!」

 

 焦ったように地を蹴り煙の中に飛び込むオールマイト。SMASHッ!!と威勢の良い大声が辺りに響き、衝撃波で煙が晴れそこに立っていたのは、

 

 『―――なんだと…!?』

 『―――【完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)】』

 

 「うっそぉ!!?」

 「マジかッ!!?」

 

 「オール……マイトを……受け止めた……!?」

 

―――オールマイトと両手を握り合いジリジリと均衡を保つ悟の姿があった。

 

 「―――鈴木少年ッ!!いったい私に何をした!?」

 「知らない、どうでもいい。貴方に勝てるならば何でもいいッ!!オォォオオオッ!!!」

 

 「(―――なん、だ!!このパワー!!!先の数倍、なんてレベルじゃ無いぞ!!!)グッ、私も、負ける気は無いッ!!!フンッ!!!」

 

 手を組み合ったまま膝蹴りをすると悟の体が空中に浮く。クルリと身体を回して壁面に張り付くと態勢を整えて地上に立つオールマイトを見つめる。次の瞬間、地上に立つオールマイトと、壁面にへばりつく悟の姿が同時に消え―――宙に、無数の軌跡が輝いた。

 

 「な、なんだ、これ……何が起こってんの……?」

 「……すごい、としか、言いようがありませんわ……」

 「すげぇな、鈴木……」

 

 「………ソがッ」

 

 クラスメイトの眼前に広がるのは、瞬速なる二人の攻防。いや、かろうじて戦っていると分かるのは時折二人のぶつかり合う音、衝撃波により破砕する窓ガラス、唐突に亀裂の入る周りのコンクリート。微かに見て取れるのは、何かは分からないが―――悟とオールマイトということは分かりきっているのだが―――無数の残像を残して重なり合うとてつもなく速い二つのモノ。

 

 「(バカな……身体能力だけじゃ無い。動体視力も先ほどよりも遥かに上だ。いったい彼の身体に何が起きたッ!?)」

 

 もはや期末試験の域を超えた、頂上決戦。生気吸収(エナジードレイン)によるデバフに加えて重りというハンデがあるにも関わらず、同じく生気吸収(エナジードレイン)による能力向上といくつものバフを重ねがけして【完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)】を施した悟と対等―――互角以上に渡り合えているのは流石にNo.1ヒーローの意地というべきか。

 

 「スマァァアアアアッッッシュッ!!!」

 「タァッ!!!」

 

 空中でぶつかり合う二人。先ほどまで鳴っていた音がピタリと止んで代わりに特大の衝撃波が球状に広がり砂塵を巻き上げる。拮抗しているように見える二人の拳だが、やはりオールマイトが二歩先を行く。力負けした悟が押し出され拳を振り抜くオールマイト。地上に叩き落とされた悟が起き上がる様子も見せず仰向けに倒れたまま天を拝む。側に降り立つオールマイト。

 

 「……鈴木少年!!驚いたぞ!そんな隠し球を持っていたなんてなぁ!!」

 「……そうですか、でも―――そんな隠し球でも、ついぞ敵いませんでしたね……」

 

 試験終了のアラームが鳴り響く。むくりと上体を起こす悟がオールマイトの手を掴み立ち上がる。ペコリと頭を下げる悟。

 

 「申し訳ありませんでした、オールマイト。その……よく分からない魔法を貴方にぶつけてしまって……」

 「え?よく分からない魔法?……あ、唐突に身体能力が上がったやつ?」

 「あ、いえ。そちらは元々使えたのですが…オールマイトから力を吸収した……」

 

 あ、あれね!ビックリしたぁ!あれ何?と問いかけるオールマイトをなんとも不安にさせる言葉をぶつける悟。

 

 「……よく分かりません」

 「へ?」

 

 「そ、その……戦ってたら新しい力が湧き上がってきて……初めて使った魔法です。何となく良くない感じはしたんですが、必死だったので使ってしまって……」

 「え、え、それ私大丈夫なの………?」

 

 分かりません、と言って項垂れる悟に、不安な声でえぇ……?と言葉を漏らすオールマイト。二人の間に沈黙が生まれ、ま、まぁ!と雰囲気を明るくしようとするオールマイトが無理にテンションを上げる。被害者にもかかわらず。

 

 「鈴木少年の強化魔法も、永続じゃないんだろう?体の不調も、少し待てば回復するさ!!……多分」

 「だといいんですが……」

 

 

 「………あ、そうだ。【伝言(メッセージ)】……ペイルライダー、終わっていいぞ、ご苦労だったな。相澤先生を地上まで乗せてこい」

 

 伝言を切ると間も無くして相澤を背に乗せたペイルライダーが空から降りてくる。馬から軽いみのこなしで相澤がサッと降りるとペイルライダーが姿を消す。ハァと疲れたようにため息を漏らす相澤。

 

 「………たく、時間制限があるにせよ、あのレベルの奴をポンポン呼び出されたらヴィランもたまったもんじゃないな」

 「しかし、相澤先生には通用していませんでしたが……」

 「俺だからやれただけだ。物理無効ってだけでも詰む人間なんかいくらでもいる。そのくせ宙を飛んであの身体能力、プロヒーローなら言わずもがな即戦力レベルなんだがな……」

 

 ま、さっさと戻るぞ、オールマイトも次の試験の準備お願いします、と相澤が言うと、待ってくださいと言って二人を呼び止める。何が―――と言おうとして悟が魔法陣を展開するのを目にすると、彼の行動の意図を察してその場に立ち止まるオールマイトと相澤。次の瞬間、三人の姿がその場から消えた。

 

 

 

 

   

 

 

 「すげぇよ鈴木ッ!!お前オールマイトと肉弾戦やれるって……やべーだろ!!!」

 「いやー惜しかったなー!!もう少し時間があったら分からなかったのにさー!!」

 「オールマイトに、肉薄してた………流石だな、鈴木」

 

 クラスメイトに囲まれる悟。仕方のないことと言えばそうだが、案の定オールマイトとの攻防についての褒め殺し。全然そんなことない、歯が立たなかったと謙遜無しに悟は言うのだが、周りから見れば結果的に負けてしまったと言っても十分に尊敬に値する内容であった。試験前はどうやって五分間で誰かも分からない対戦相手にハンドカフスをつけるんだと、敗北濃厚に予想していたクラスメイト達が、今は五分間耐え抜いたこと自体を褒め称えていた。

 

 「てかオールマイトと相澤先生同時に相手って、今考えてもヤベーな……」

 「試験の目的が分かったとしても自分から立ち向かうって簡単にできることじゃねーし、漢だぜ!!鈴木!!!」

 

 「むぅぅぅぅ、悔しいィィ………」

 「だ、大丈夫?葉隠さん……あ、あの?」

 

 何故か敗北した本人よりも悔しそうな葉隠の声に困惑する悟。だってだって!と駄々をこねる葉隠に気圧される悟が後ろに少し身を引く。

 

 「あんなの絶対鈴木くん不利じゃん!あそこまでやれたんだから鈴木くんの勝ちでいいでしょ!理不尽極まりないでしょアレ!!」

 「い、いやまぁそうだけど別に勝てとは言われてないし……そりゃ勝つのが一番だけど五分間耐えれたしさ……それで、まぁ、十分じゃない……かな?」

 「だから悔しいの!!最初(はな)っから勝たせる気無いみたいな試験構造でさ……絶対にオールマイトか相澤先生一人なら勝てたじゃん……」

 「い、いやそれはちょっと無理「勝てたッ!!」あ、ハイ……」

 

 まぁ確かに一対一なら流石にもっと上手く立ち回れたことは間違い無いなと自分を納得させる。次の試合は誰だったかと辺りをチラチラと見回すと会場に移動する、嫌に互いの距離の空いた二人の姿を見て、何を思ったか、そちらへ足を進める悟。後ろに近づいてくる足音を耳にして立ち止まる二人。緑谷だけが振り向いて悟を見つめる。

 

 「あ、鈴木くん……そ、その、惜しかったね……」

 「惜しく無いさ、強かったよ。やっぱりNo.1の壁は厚いなぁ……「クソ髑髏」……何かな」

 

 クソ髑髏じゃなくて鈴木悟、とは言わずに尋ね返す。

 

 「……戦いは騙し合い、じゃなかったのかよ」

 

 何のことだと思い返して、体育祭の決勝で彼にかけた言葉を思い返す。無様にも地を転がり弱ったふりをして、爆豪の意表を突いた自身の作戦、そしてアドバイス。

 

 「……ヒーローの目的は、勝つことでは無いと気付いたからね。弱ったフリ……そんな姿を市民の前でさらけ出せないからさ。もちろん、勝つことは大事だけど」

 「……たりめぇだ」

 「オールマイトは強かったよ。……緑谷と爆豪は強い、頭もいい。俺の戦闘もただ闇雲に眺めていただけじゃ無いはずだ。………勝てるかい、オールマイトに」

 

 「……それは…」

 

 無理だ、と緑谷の頭によぎる三文字。事実それが正解だろう。ただ、ヒーローとしての回答をするならば、

 

 

 

 「勝つんだよ……ッ!それがヒーローなんだからッ!!!」

 

 「………!」

 

 

 

 

 「……そっか、頑張れよ」

 

 言葉を返さずにその場から去る爆豪。そんな、幼馴染の背中を呆然として見つめていた緑谷の肩に手が置かれる。

 

 「緑谷」

 「す、鈴木くん……?」

 

 「俺がオールマイトと相澤先生を前にして逃げなかったのはあくまで俺のやり方だ。俺の考え方に引っ張られる必要は無い。かと言って、多分、敵前逃亡なんて考えもしない爆豪が正しいと言うつもりもない。緑谷の考え方も爆豪の考え方も、どちらを肯定する気も否定する気も無い。だから一言だけ―――頑張れ」

 

 「―――うん、行ってくる」

 

 通路奥に消えていく緑谷を見送り、腰に手を当ててふうと息を吐く悟。後ろから声がかかる。

 

 「なんか、保護者みたいだね、鈴木くん」

 「ほ、保護者?うーん、そっかぁ……ちょっと余計なお世話だったかな」

 

 

 「余計なお世話はヒーローの本質なんだろ?いいじゃねぇか」

 

 背中を向けたまま轟がぶっきらぼうに呟く。轟くん、と呟く悟が数秒沈黙した後、そうだね、と言ってモニターに近づいていく。そのくん付け、まだ直らねぇな、と轟が純粋な気持ちで答えると、痛いところを突かれたように感じて謝罪する悟であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……案の定、こうなるのかぁ……」

 

 モニターに映るのは、オールマイトにいいように蹂躙される二人の生徒。爆豪と緑谷、二人がかりで手も足も出ていないところを見ると、やはり悟の規格外ぶりが実感できる。

 

 「まぁ、普通こうなるよな……」

 「てか、二人の相性最悪だぜ……」

 「なんであの二人組ませたんだ……?」

 

 「克服、かな」

 

 悟が疑問に答えるようにそう呟くとクラスメイトがそちらへ顔を向ける。

 

 「……ヒーロー活動してたら現地で初対面の人間と組むこともあるって話は一番最初の戦闘訓練の時にオールマイトがしてたでしょ?当然、そりのあわない人と組むこともある。危機的状況であんなことしてたら本番は……言わずもがなってところかな」

 「はぁーなるほど……まぁヒーロー同士が仲違いしてたらそりゃアウトだわな」

 

 「(まぁ単純に仲の悪さで組ませただけかもしれないけど)……ん?」

 

 オールマイトの前で呆然と立ち尽くす爆豪を殴り飛ばし、そのまま彼を抱えて裏路地へと消える緑谷。中々に大胆な行動に感嘆の息を漏らす悟。

 

 「(やるなぁ………俺の時よりも幾分か絶望的な戦力差で未だ勝利の灯火消えず、か……)」

 

 『負ける方がマシだなんて、君が言うなよ……!その前に、僕を使うくらいしてみろよ…!!勝つことを諦めないのが、君じゃないかッ!?』

 

 「(………ただ仲が悪いってわけでも無さそうだな……言われてみれば、爆豪は体育祭の騎馬戦ではクラスメイトの能力を司令塔として遺憾なく発揮していたし……緑谷の力を借りることそのものが屈辱なのか……二人の詳しい関係性が分からないから何とも言えないな……)」

 

 悔しそうな雄叫びをあげる爆豪がやり場の無い怒り、悔しさを爆破に変える。ジィッと緑谷を見つめ返す爆豪。ゴクリと、緑谷の唾を飲み込む音が画面越しに伝わってきそうなほどの鬼気迫る表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――んだ、どこだここ。

 

 目が覚めたとき、既に日は暮れており、窓の外から夕暮れが差し込んできていた。痛みで軋む肉体に無理を言わせて起きると、こりゃ驚いたとリカバリーガールが爆豪に声をかける。

 

 「お前さん、いくらあたしの治癒があるって言っても、あんだけオールマイトにボコボコにされてもう動けるのかい。大したもんだねぇ」

 「………試験は……」

 「相方に感謝することさね。あんたが気を失いかけるかどうかの瀬戸際でオールマイトに食らいついていたのを見過ごせず、オールマイトぶん殴って助けたんだからねぇ。もう少し長引いてたらどうなってたか、ったく………あの男は手加減という言葉を知らんのだから。安心していいよ、試験は合格さね」

 

 「………そうかよ……」

 

 やはり、手も足も出なかったのは屈辱以上の何者でも無いが、"手加減を知らない"という言葉が彼を少しだけ慰めた。隣を見ると幼馴染が死んだように眠っており、未だ起きる兆しも見えてこない。彼の顔を睨みつけた後舌打ちをして部屋から出て行こうとする爆豪。

 

 「…………」

 「あ、ちょいと待ちなアンタ。……いしょ、ほらこれ、アンタのお友達からだよ」

 「あ゛?……んだこれ」

 

 手渡されたのは一枚のディスク状の厚みのある片手サイズの円盤。カチッとスイッチを押すとそこからホログラムのように映像が投影される。

 

 「鈴木悟って言ったっけね、あの子からだよ。アンタら二人は見たがるだろうからって、先生に無理言って試験の監視カメラの映像を焼き起こして貰ったんだと。感謝しとくんだね、親切なクラスメイトに」

 

 

 「………ッ、フンッ!!」

 

 踵を返して背をむける爆豪。がしゃんと勢いよく扉を閉めると、こりゃ!と扉越しにリカバリーガールの声が聞こえてくるが、無視してそのまま更衣室まで足を運ぶ。当然だが、誰もいるはずがない。数時間前には試験を終えた男子生徒の汗臭さに包まれていたこの部屋も、すっかり時間が経って今は無臭、とは言わないが少なくとも人のいた形跡は感じられないくらいに整い清潔感に溢れていた。ヒーロースーツを脱いで制服に着替えながら鈴木とオールマイトの戦闘を思い起こす。流石に爆豪、動体視力は悟に次いで高いが故に二人の攻防が僅かだが見えた―――見えて、しまった。なまじ戦闘を目で追えてしまったがために、逆に自身との距離をハッキリと自覚してしまう。もちろん、何度も言うが彼はこの程度で折れはしない。折れはしないが―――それは、ショックを受ける受けないとは別の話。

 

―――バンッ!!!

 

 「………………」

 

 ムシャクシャして更衣室のロッカーを乱暴に閉める爆豪。人のいない無人の更衣室に響き渡る開閉音が鳴り止むとゆっくりとその場から歩き出し廊下の先へと歩を進める。

 

 「……………?なんだ………」

 

 そう言って爆豪が足を止めるのは、この学校に無数に存在する施設の一つ、その場所に向かうための通路。鋭敏な彼の聴覚が小規模な戦闘音、ではない何かを感じ取って彼の気を引いていた。

 

 「(まだ試験やってんのか……?)」

 

 そんなはずは無いと先ほど手渡されたディスクの存在を思い出す。そうなるとやはり気になってしょうがなく、何とは無しにそちらへ向かって歩き出す。暗い通路を抜けて施設内に足を運ぶとそこはビル街。近場から誰かの声と衝撃音が聞こえてきてそちらにゆっくりと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(……クソ髑髏と……透明女……何やってんだアイツら……)」

 

 「よっ、ほっ!!っと!!」

 「うん、いい動きだね。中々に上達してきたんじゃないかな?」

 「へへーん、でしょ?もっと褒めてもいいんだよ?」

 

 

 「………でも、浮かれるのは感心できないな」

 「あいた!!」

 

 華麗な動きで悟の操作する光の矢を巧みに交わす葉隠が、調子に乗ったところで死角から彼女の足を切り裂くと鮮血が飛び彼女が地面に倒れる。そこで悟が魔法を解いて近くまで近寄るとくそぉと悔しさを滲ませる葉隠。

 

 「上手くいってると思ったらコレなんだもんなぁ」

 「すぐ調子に乗る、葉隠さんの悪い癖だなぁ。立てる?」

 

 「うん、大丈夫……んしょっと、うわー、こんなとこにも傷ついてる……うわ、ここにも……気づかなかったや」

 「……痛みに慣れるっていうのは怖いなぁ。本当は被弾ゼロが理想形なんだけど……」

 「無理だよそんなの、それに被弾ゼロが理想って、あんな無茶苦茶な戦い方してる鈴木くんに言われる筋合いはありません!」

 「……やっぱ俺が教えるの間違いだったんじゃないかなぁ……」

 

―――訓練してんのかよ、期末試験の後に。

 口元を食いしばると無意識のうちにタラーっと血が滲み出る。爆豪と緑谷ではその他生徒と期末試験の傷の度合いが違うために期末試験後の訓練をするとなると意味合いが変わってくるがそんな言い訳は爆豪に存在しない。オールマイトと戦ってクタクタになった肉体で休息を求めていた、何の問題もない自身の判断に何故か自己嫌悪を覚える。

 

 「にしても、疲れてるだろうに、葉隠さんもよくやるね。試験後に訓練なんか……今日くらい休んでも……」

 「ううん、いいの。私はあんまり試験で体力の消耗も無かったから。体は動くのに理由をつけて訓練しなかったら、その後も何かと理由をつけてズルズルサボっちゃう気がして……」

 「偉いなぁ。俺だったらサボっちゃうよ、多分」

 「ハイそれ絶対嘘だから。鈴木くんが私の立場だったら取り憑かれたように黙々と訓練してると思うよ、怖いくらいに」

 

 それは言い過ぎ、と言いたかったが割とあり得そうな自分の行動に閉口してしまう悟。葉隠がうーんと背を伸ばして悟に期末試験の話題を振る。

 

 「……ねぇ鈴木くん。割と真面目な話をするとしてさ、タイマンならオールマイトに勝てたと思う?」

 

 「………!」

 

 

 

 

 「………無理、だろうね」

 

 少し空を見上げてそう呟く悟。彼の言葉に疑いをかけるクラスメイト。

 

 「………なんで?その……タイマンだったらさ、あの、ぺいるらいだー?って騎士もいっぱい呼んでさ、邪魔も入らないし……」

 「………うーん、じゃあ撤回するね。たしかに、あの試験形式なら本当に僅かながら希望はあったかもしれない。ただ、本当のタイマン勝負ってなると無理だろうなぁ」

 「どうして?」

 

 それほど悟が勝てないことに納得がいかないのか質問攻めする葉隠の顔を見つめ返す悟。

 

 「……そもそも、俺が事前にペイルライダーを呼べたのは誰かわからないが取り敢えず対戦相手が来ると分かってたからだ。なんの準備も無しに向かい合ってよーいスタート、じゃあそんな隙は与えてくれないだろうなぁ」

 「で、でも「それにそもそも重りっていうハンデ付きだからね、本気のオールマイトには勝てないよ」……そっ、か」

 

 「まぁ、だから何って話だけどね」

 

 え?と言葉を漏らす葉隠と、壁越しに背を当てたまま話を盗み聞く爆豪。

 

 「そりゃあ負けたのは悔しいさ、あの条件で手心まで加えられて負けてしまった。情けない事この上無い」

 「そ、そんなこと―――「でもね」

 

 

 「当然だよね、そりゃあ探せば俺より強い人なんか五万といるだろうし、負けることだって当然あり得る」

 「(五万とはいないと思うけど……)」

 「だから強くなる。開き直りとかじゃなくって……いちいち強い人に負けて躓いてたらきりないもんなぁ」

 

 「……………んだよそれ

 

 自分より上の人間が、自分の悩みを否定するようなことを口走る。思わず小さく、悪態を吐く爆豪。ん?何か言った?と葉隠が悟に尋ねるが少し口を閉じて数秒の空白を生んだ後に、いいや何も、と答える悟。

 

 「鈴木くんはさ、今日、その……負けちゃったわけじゃん?」

 「ん?そうだね」

 「…やっぱり、初、敗北、的な……?」

 

 

 

 

 

 「………言われてみれば、そうかもしれないな。そっか、初めての敗北かぁ……実感が湧かなかったな」

 

 爆豪が衝撃を受ける。雄英に来てからの環境の変化、今までNo.1に立っていた自身を叩き伏せた悟の存在、敗北の味、葛藤、それを無に帰すような彼の発言。

 

 「そうなんだ……普通は、なんだろう。今まで負け無しだったんでしょ?初めて負けたってなると、もっと、茫然自失、みたいな感じじゃない?案外平気そう……」

 「うーん、まぁ、雄英に来るまで他人と競うことが……あんまり無かったからなぁ」

 「そうなの?」

 

 

 

 

 

 「……競う友達がいなかったからね。だから別に勝利の実感とかも無かったし……今更誰かに負けたからって、立ち直れなくなるほどのショックは無いな」

 

 は?と、何となく発言の意図が掴めない悟の言葉に疑問を覚える爆豪。競う友達がいなかったって、なんだそりゃ、という感じ。自身のように、圧倒的であるが故に他の何者をも寄せ付けなかったとか、そんな感じかと思い至る。もっとも、そのまんまの意味での"友達がいなかった"のだが。

 

 「あ、えっと……「だから感謝してる。クラスのみんなには。もちろん、葉隠さんにもね。こんな俺と競い合ってくれる。まぁ……最初っから俺が勝つこと前提で話を進めてる時があるし、そこは少し直して欲しいけど……それでも諦めないんだからさ……どっかの誰かは、俺に勝つことを」

 

 「…………ッ!!」

 

 「だから、いちいち躓いてても仕方ないんだよね。躓くのは恥ずかしい行為では無いし、躓いたら立ち上がればいいだけだけど……勿体無いじゃん、同じ石ころに躓くのはさ。一度経験してるんだから、今度はしっかりと足元見て飛び越えようよ、同じ失敗くらい」

 

 何か、壁を叩きつけるような音がしてビクッと体を震えさせる葉隠。そのあとシーンと静まり返り、階段側に近い悟の耳には、誰かがコツコツと下階に降りていく足音が聞こえたが、無言で彼が離れるのを待つだけであった。

 

 「え、何、何!?え、ちょっと鈴木くん何かした!?」

 「?……別に?」

 「え、じゃあ今の何?」

 「今の、って?」

 「音なったじゃん今!!」

 「…………気のせいじゃ無い?」

 「気のせいじゃ無いって!!鈴木くん絶対何かしたでしょ!?」

 「してないって」

 「絶対した!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「―――ということで、林間合宿は……全員行きます!!」

 

 まさかの大どんでん返しに舞い上がる補習組。ただの温情、というわけでも無いようで相澤の口から、ぶっちゃけ学校残っての補習よりもキツいから覚悟しとけと釘が打たれる。

 

 「(林間合宿かぁ……少し、ワクワクするなぁ、こういうの初めてだし) 」

 

 柄にも無くウキウキし始める悟。林間合宿を待ち望むのは当然彼に限った話では無く、各々がアレやこれやと既に合宿に向けての話をしていた。いかんいかんと頭を振って強化合宿だということを思い出して気合を入れ直す悟。しかしやはり、どうしてもクラスメイトとのお泊まり会のような行事に気持ちが逸るのは仕方のないことであった。

 

 「明日休みだしA組みんなで買い物行こうよ!」

 「おぉ!いいなぁそれ!おい爆豪お前も来い!」

 「行ってたまるかかったりぃ」

 

 葉隠の言葉を皮切りにうわついた声でどこに行くだの何時に集まるだの予定を立て始めるクラスメイト達を何となくぼんやりと眺めながら、自身は明日どうしようかと考えを巡らせていると葉隠から声がかかる。

 

 「鈴木くんも来るでしょ?」

 「え?………そうだね、予定が空いてれば行こうかな」

 

 おっけー!と言って舞い上がる目の前の女生徒。まぁ特別な予定も無かったしそれはそれでいっかと頭の中に先ほどまで描いていた休日のつまらないプランを塗りつぶす。その後は授業を終えていつものように特訓を済ませたあと、翌日の大人数での買い物に向けて多少心を躍らせながら準備をするのであった。

 

 

 

 

 

 




感想でも言われてましたがアインズ様の覚えてる第八位階殺意高すぎてろくなものが無い……
原作ではプレイヤーが対策してる即死耐性もこの世界じゃあるわけないし……
生気吸収も割とヤバい魔法なんじゃけどこれくらいしか無かった……
こっから魔法の火力のインフレが加速していくのでしっかりと考えつつ構成を練らないといけないナリ
それではまた次回


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平穏

とにかくストーリーとか考えずに書きたいものを書いた回
ただ書いてて自分がシリアスやりたいのかギャグやりたいのかラブコメやりたいのか分からなくなってきた
それでは本編どうぞ


 「てな感じでやって来ました!県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端木椰区ショッピングモール!」

 「(誰に向けて言ってるんだ……?)」

 

 妙に説明口調な芦戸の言葉を聞き流しつつ辺りを見回す。吹き抜けの大きなショッピングモールの至る所に人がごった返し、更に休日のお昼時という時間も相まって渋滞に拍車をかけていた。やはりこれだけ人が集まると当然雄英の体育祭を見たものも多数おり、中でも目を引いていたのは言わずもがな、障子すらも軽く超える頭ひとつ飛び抜けた身長の彼である。

 

 「あの子って……たしか……」

 「生で見ると迫力あるなぁ……」

 「でも……なんか私服姿ちょっと可愛いかも!」

 

 「(こ、こそばゆいな……流石にこれだけ、それも好奇の視線に晒されると言うのは)」

 

 彼もそこまでドンカンなわけでもなく、A組の中でも特に自身が目を引いているという自覚はありどこか恥ずかしい気持ちになる。そんな彼の心中を知ってか知らぬかは分からないがパパパッと場を取り仕切る切島。

 

 「みんな目的バラけてっし時間決めて自由行動すっか!じゃあ三時にここ集合だ!」

 「ういーっす、どこまわっかなぁ」

 

 お互いに男女関係無くその場で駄弁って行き先を決める面々。さて自分はどうしたものかと他人の会話に耳を傾ける。

 

 「とりあえず大きめのキャリーバッグ買わなきゃ」

 「あら、では一緒に回りましょうか」

 「(あ、そうだ。俺も遠出するための大きめのバッグとか買わなきゃな)あ、ごめん。俺もついていっていい?八百万さん、耳郎さん」

 「え」

 

 あら、鈴木さんも行きますの?と八百万が言って、ナチュラルに二人の輪に交わる悟。特に問題も無く二人が受け入れるとそちらの方へ歩を進める同級生の背中を見て固まる一人の女生徒。待ってと言う暇もなく、ピタリと空中で微動だにもしない石像と化した短パンノースリーブ。が、

 

 「「―――」」

 「は?」「え?」「?何かよう?上鳴」

 

 素早い動きで滑り込み、無言で悟達の目の前に立つ瀬呂と上鳴。耳郎が尋ねるとパッとテンションが切り替わり無理に明るいような雰囲気を醸し出して饒舌に語りだす。

 

 「いやぁよぉー、俺使ってたイヤホン壊れちゃってさ?耳郎ってよく音楽聞いてんじゃん?良い奴知ってたら教えてほしくってさぁ」

 「そんくらい別にいいけどウチらバッグ見るからその後で―――「いや駄目!今すぐ必要なんだよ!!てことでほらいくぞー!!!」わちょ、何いきなり―――」

 

 「…………えぇ…」「なんですの……?」

 

 手を引っ張られてその場から消える耳郎。二人を見送った瀬呂が八百万の後ろへ回り背中を押す。

 

 「んじゃ俺らも上鳴の後追うか」

 「え?わ、ちょ、な、何ですの!?」

 「ほらほら耳郎と上鳴見失っちまうぞー」

 「ちょ、ちょっと!おやめ下さい!歩きますからあ!!」

 

 後を追おうとして歩き出そうとすると瀬呂がこちらを向いて手を突き出しストップとジェスチャーで伝えてくる。思わず足を止める悟。そして瀬呂が今度は親指を立てて良い顔のサムズアップ。そして視界の先へ消えていく。

 

 「………………え、マジで何……怖い……」

 

 「(……………あ、ありがとう……上鳴くん、瀬呂くん……)」

 

 悟の背後、自分に向けられたサムズアップを見て顔を赤らめつつ心の中で感謝を述べる葉隠。悟から葉隠への好意はどうかは置いておくとして、もはや葉隠の悟に対する想いは周知の事実――例外はあるが――であり、そんな彼女の想いを察した二人が朴念仁の悟のサポートに回る。仕方ないと肩を落とした悟が振り返って歩いていき―――

 

 「―――緑谷はどこ回るの?」

 「あ、僕?僕はウエイトリスト見て回ろうかなって」

 

 すっ転ぶ葉隠。そこは流石に気付いてよとだんだん腹が立ってきた彼女の気持ちとは裏腹に、緑谷との会話に花を咲かせる悟。

 

 「―――んなトレーニング用品があるんだなぁ」

 「鈴木くんも見てみる?あんまり意味ないかもしれないけど……」

 「うーん、うん、そうだね。何かヒントになるかも―――」

 

 そこまで言いかけて左の手首に違和感を感じて振り返るとこちらの腕を無言で握りしめる葉隠の姿があった。しかし、何故だろう。無言なのに、何故か圧を感じる。

 

 「……行こ、鈴木くん」

 「え?」

 「私、少し日用品見て回りたいから、行こ」

 「あ、いや、でも――「行こ」あハイ………

 

 ごめん緑谷と力無きか細い声で別れを告げるとポツンと一人取り残される緑谷。瞬きを繰り返し、直立不動のまま立ち尽くすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………あの…「何?」あいや……」

 

 高校生の男女が手を―――半ば強引に―――繋いで道を歩いていく。透明な彼女の手が悟を引いて、腕を前に突き出すような形で前のめりに引っ張られている悟の姿は何とも不恰好であるが、今は困惑して身を委ねるだけである。

 

 「ちょ、葉隠さん。歩くから手を―――」

 「……………」

 

 

 

 「……何でもないです」

 

 賑やかな人々の雰囲気とは真逆に普段の二人の様子からは窺い知れないほど冷め切った様子で、いやそれすらも通り越して重苦しい雰囲気が漂う。何とかしなければと思うものの打開策が思いつかない悟。

 

 「……す、鈴木くん」

 「あ、はい!ごめんなさい!」

 「い、いや謝らなくて良いから……えと……」

 

 唐突に理由も話さず引っ張ってきたことに対しての説明が思い浮かばず言葉に詰まってしまう葉隠。先ほどよりも幾分穏和になったクラスメイトの様子に一安心しつつもどうしたのだろうと彼女の様子を窺う悟。ただ流石に前傾姿勢をずっと取るのもしんど、くは無いが面倒になってきて葉隠に声をかける。

 

 「……そ、その…何言おうとしてるのかは分からないんだけど―――

 

 

―――一旦手、離さない……?」

 

 手?と言って自分の手元に目を見やる葉隠。見えない肌を真っ赤に染め上げて勢いよく手放すと両手で顔を押さえつけてブツブツと何かを呟いていた。少し悟と距離を空ける葉隠。

 

 「(ほ、本当にどうしたんだ?なんで皆んな俺から距離を取るんだ……も、もしかして、俺の身体って結構臭うのか?ほ、骨なのに?い、いや、自分の体臭なんか分かるもんでもないし……え、マジで?)………ごめん、葉隠さん」

 「え、あ、いや、鈴木くんは悪くないから!!」

 

 

 

 

 

 

 「いや、俺が悪いよ、葉隠さんが今まで言うの我慢してたのに葉隠さんの想いに気づかずに……」

 「!?」

 「俺は特に何ともないと思ってたんだけだ、そうだよな、自分ではあんまり気付きにくいものだし……いつのまにこうなってたんだろう」

 「!!?!?」

 「多分、いつのまにかそれが当たり前になってたから気付かなかったんだろうな。さっきの葉隠さんのおかげで気づいたよ。本当にごめん」

 「!!?!?!!?!?!」

 「だから、もし間違ってたら違うって言って欲しいんだけど、葉隠さんって俺のこと――「ま、ままままッ、待ってッ!!ちょ、ちょっと待って!!その先は待ってえ!!!」

 

 少し周りが驚くくらいに半狂乱のように声を荒げる葉隠がピョンピョンとジャンプしながら手をブンブンと振って悟の口元を押さえつける。

 

 「んむ……え、いや、え?なんで?」

 「なんでって、なんで!?いや逆に何で!!?こ、ここここ、ココッ!!ショッピングモールの、ど真ん中!!人の目!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 「(え、だから何で体臭の話がダメなんだ?)………いや、良くない?別に……ただの確認だし」

 「ただの!!?!?ちょ、ちょま、ちょ、ち、ちょ……ッ、ふぅ………す、鈴木、くん」

 「何?」

 

 落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせて頰を揉む。なんでそんなに慌てる必要があるのかと考えを巡らせる悟。こう言う時は、大抵自分の感性がズレているので、こう言う話を人の前でするものではないのかと思い至る。ズレているのは間違い無いのだが、

 

 「……そ、その……それって、アレだよね……結構、大事な……感じの……」

 「まぁ、大事な話、というか、俺早く知りたいんだけど」

 「ひぇ」

 「なんか、だってコレ明らかにしないとむず痒くないかな?お互いに……」

 「そ、それは……!そ、そうだけどぉ………あぁん、もう!!!鈴木くんッ!!!」

 「え、あ、はい!」

 

 

 

 

 

 

 「…………そ、それって……こ、告白………的、な……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(まぁ告白っちゃ告白か、どっちかと言うと葉隠さんからの告白だと思うけど、鈴木くん臭いよって)うん、告白」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……い」

 「?…い?」

 

 

 

 

 

 「いやああぁぁァァアアアアアッ!!!!」

 

 

 

 

 「………これ多分何か間違ったな」

 

 大声を上げて走り去るクラスメイトの背中を見つめながら、頭髪ひとつないツルツルの頭を尖った指先でぽりぽりと掻く。結局こうなるのかと一人ぼっちになった悟がため息を吐いてどうしたもんかと2階から辺りを見回すと最初に居た広場辺りに緑谷の姿が確認できた。側には誰か知らない人間が一人肩を組んでもたれかかるように並び、二人で腰掛けていた。

 

 「……誰だ?緑谷の知り合いかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――助けて。

 そう頭の中で願うのは緑谷。まさか、休日中に出くわすとは思わなかった、USJ事件の主犯、死柄木弔。あの時、手も足も出なかった悪の塊と肩を並べて―――首根っこを後ろから握り締められながら―――会話をしているという事実に吐き気を催すが、少しでもおかしい挙動を見せたら殺すという脅しが逆流する胃酸を押し戻す。喉の奥に酸っぱさが染みて息苦しさを覚える。

 

 「全部…オールマイトだぁ……ッ!!」

 

 狂気に囚われた笑顔。しかし悪意でも善意でも無い純粋な死柄木弔の気持ちから生まれた笑いにごくりと唾を飲み込む。瞬間、無意識的に死柄木が首を絞める。緑谷のことなど眼中に無いように自分に言い聞かせるかの如く捲し立てると息ができずに悶え苦しむ緑谷。

 

 「こいつらがヘラヘラ笑って過ごしてるのもオールマイトがヘラヘラ笑ってるからだよなぁッ!!あのゴミが救えなかった人間などいなかったかのようにヘラヘラ笑ってるからだよなあッ!!!」

 「(―――い、き―――た―――けて―――)」

 

 

 

 

 「『―――緑谷、俺だ。鈴木悟だ。―――返事が無いということは、()()()()()()()()?念のために左手親指を曲げてくれ』」

 

 身体が条件反射で左手の親指を曲げようとして―――ガシッと、左手首を死柄木に握り締められる。

 

 

 

 

 

 「………あーあ、おかしい挙動は見せんなっつったのによ」

 「―――――」

 

 気管が閉まり、声にならない声を上げる緑谷。涙を流して口元から泡を吹きつつ、血眼になって目を見開き首元に視線を向ける。四本指で掴んでいた右手の最後の一本が徐々に、徐々に折りたたまれていき、そしてついに、

 

 

 

 「―――カハッ!!ハァッ!!ハァッ!!!ヴェ、ゴホッ、あ゛、カハッ、ハァッ!!」

 「デクく―――で、デクくん!!?どないしたん!?大丈夫!!?」

 

 激しく咳き込み息を乱れさせる緑谷。先ほどまで緑谷のそばに立っていた死柄木がその場から消えており、同時に頭の中に流れていた魔法的な繋がりが切れていることに気づいた緑谷。助かったことに安堵するのも束の間、ハッと意識を切り替えて頭を上げる。

 

 「―――ゴホッ、うら、らか、さん!!グッ、鈴木くん見てない!!?」

 「す、鈴木くん?み、見てへんけど………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………何のようだ」

 「へぇ、突然転移されて動揺するものかとも思ったけど……案外冷静だな。緑谷から聞いていた特徴とも所々合致するし、お前が死柄木弔かな?」

 「質問に質問で返すな。バカかテメェは」

 

 ショッピングモールから遠く離れた山中、二人が向かい合う。二メートルを超える巨躯の骸骨に睨みつけられても一切怯んだ様子の無い雰囲気に、コイツは厄介だなと頭を抱える悟だが、それ以上に、

 

 「……では率直に答えよう―――緑谷に何のようだ」

 

―――怒りで心の底が煮えたぎっていた。

 

 「あ?何のようだって聞いたのはコッチだよな?」

 「そうだな、だから答えてやったんだ。俺の仲間に何をしようとしたのか答えろ、というのが俺の用件だ。答える気がないなら答える気はないと言ってくれ、互いに雑談に興じる仲でも無いだろう?別に俺の個性で無理矢理吐かせてもいいが……無駄な時間と労力は割きたくない」

 

 

 「(………コイツかよ、先生。先生の言ってたのは)」

 

 ジィッと悟を見上げる死柄木。強者には強者の、悪には悪の波動がある。その者の持つオーラというのがある。初めて緑谷が死柄木と対峙した時に感じた、背筋の凍りつくような覇気が正にそれだが―――

 

 「(肝が座ってるわけじゃねぇなコイツ、怒りで何も見えてない。そんな感じだ、しかも―――)」

 

 彼の圧を感じるが、歪。グチャグチャに内面が歪み、何十にも怨念のような者が自身の体を突き抜けて行く。まるで、人間の真似をする憎悪の塊のような、そんな雰囲気を感じる死柄木。

 

 「(―――は、あの頭のイカれた女よりもよっぽど破綻者じゃねぇか)……聞きたいことがあった。それだけだ、俺が話したことはアイツ本人に聞け」

 「そうか……では―――」

 

 悟が体の周りに何重にも魔法陣を展開して個性の発動準備に取り掛かる。しかし動きを見せない死柄木、無言で見下ろす者と見上げる者。数秒経ち、ハァとため息をついた悟が魔法陣を解く。

 

 「……へぇ、仲間を殺されかけたっつうのに、冷静だな。見た目の割には」

 「あぁ、全く腹立たしいが、反抗してこない、ということは、まぁバックに何かいるってことだ……ショッピングモールに仲間がいる可能性も捨て切れない、あっちで暴れられても困るからな……なるほど、転移に驚かなかった理由がソレか」

 

 死柄木の回りを黒い渦が取り巻くと、段々と姿を隠していく。悟が唐突に魔法の詠唱を初め、彼の体の周りに再び魔法陣が連なる。

 

 「……テメェの仲間に伝えとけ」

 

 

 

 「次会った時は殺す」

 

 

 

 

 「………フン、させるわけないだろう、屑が」

 

 死柄木に向けて放った雷光が彼に当たる瞬間、完全に死柄木の姿が消え彼を捉えることなく背後の草むらを貫き火の粉をあげる。怒りをあらわにしつつ自分を抑え込み魔法で鎮火すると再びメッセージを飛ばして緑谷に連絡。その後は一時ショッピングモールは封鎖され辺りは騒然となり楽しい買い物から一転、悟と緑谷は事情聴取に追われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほ、本当に……本当に良かった………本当に……」

 「ご、ごめん、母さん、父さん……」

 「別に謝る必要はないさ、悟が勇気を振り絞って友達を助けた行為、父さんは誇りに思うぞ」

 

 警察からの事情聴取が終わり解放されると転移で即座に家に帰る。扉を開けた瞬間ドタドタと廊下を走る母親の足音が聞こえ、間も無く悟を出迎える母親が彼の体にダイブして安堵していた。リビングで父と母に事情を説明して今に至る。

 

 「警察から連絡が来た時は何事かとびっくりしてなぁ、まぁ悟のことだから万が一は無いって思ってたけど、いや本当に驚いたぞ。でも、にしても母さんは少し心配性過ぎるんだよ」

 「あなたが心配しなさすぎなんです!!本当に、何とも無いのね?怪我とかしてないかしら…」

 「か、母さん、本当に大丈夫だから……本当に……」

 

 こんな体のどこに怪我のしようがあるというのか分からないが、職場体験の時と比べて嫌に心配する母親の様子に、戸惑いながらも嬉しく思う悟。父親も、いつもと比べてどことなく落ち着きのない様子であった。

 

 「でも、お買い物は残念だったわねぇ。明日どこか三人でお出かけいきましょうか、あなた」

 「ん、そうだな。悟は明日は空いてるか?今日の分の埋め合わせで友達とどこか行く予定とか」

 「ドタバタしてる内に別れちゃったからね……特に予定は無いかな」

 

 そうだ、と言ってスマホのホーム画面を開くとラインに多数の通知がついており緑谷や葉隠からの不在着信もあり、すっかり返信を忘れてクラスメイトを心配させていた。いけないいけないとグループの方に返信するとクラスメイト達から安堵の言葉が届く。

 

 「(いけないなぁ、心配させないって心がけた矢先にこれかぁ……葉隠さんとの誤解も解いとかないとなぁ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅー、夏休み、かと言ってやることも無し。暇だなぁ」

 

 前期課程も終了した夏休み真っ只中、時折りクラスメイトに誘われてどこかへ行く時や夏休みの宿題を手伝う時もあるが、有り余る時間。趣味を増やす努力もしてみたにはみたのだがイマイチのめり込める物がなかった。

 

 「(まぁあとちょっとで林間合宿だし、もう少しの辛抱か……)……ん?緑谷からだ……プールで体力強化?………ふーん、峰田と上鳴が言い出したんだ、珍し。てかこれ20分前のラインじゃん、どうしよう」

 

 緑谷から届くLINEの通知。個人チャットを開いて文面を読み上げるとどうやら他の人にも連絡したようで、鈴木くんも暇ならどう?というお誘いであった。

 

 「プール、プールなぁ……俺水着なんて持ってないし……腰にタオルでも巻くかぁ?てか俺の履ける水泳パンツとか無いんだよなぁ……ええい、めんどくさい、裸でいいや、どうせ骨だし。その方が手ぶらで楽だ。………こう考えるとなんで服着てるか怪しいところがあるな」

 

 分かった、すぐ行くと送信して服を着替え外に出る。今更になってだが、悟は当然の如く普通の服は着ることができない。だがこの個性社会、市販の服を着こなせない異形型など彼に限った話では無く、然るべき場所で注文すればその人その人にあったモノなど直ぐに、とは言わないが仕立て上げられる。したがって悟の服や靴など衣類や装備品は全てオーダーメイドなのだが彼の中学には学習課程に水泳が入っておらず、小学生の頃のものしか手元に存在しなかった。それでも小学生にしては規格外のサイズではあるのだが。

 

 「【上位転移(グレーター・テレポーテーション)】」

 

 彼の体がその場から消える。雄英の門を潜って廊下を歩きプールに向かう悟。一度屋外へ出て渡り廊下を突っ切り屋外プールへと向かうとガヤガヤと隣接する更衣室の方から話し声が聞こえる。扉の開閉音に気づいたクラスメイトが幾人か扉の方へ顔を向けて悟に話しかける。

 

 「やぁ!鈴木くんも来たか!転移のできる君がまさか最後に来るとはな」

 「おはよ、飯田。いやぁ、ベッドでゴロゴロしてたら緑谷のラインに気づかなくって……ん?最後?」

 

 なんで最後って分かるんだと思い至り、まさかと部屋を見渡すと、

 

 「うわ、いる」

 「どういう意味だゴラ゛ア゛ッ!!!テメェの首へし折るぞッ!!!」

 「いやごめんごめん、ちょっと意外だったから」

 「意外ってなんだ意外ってッ!!!」

 

 自分が最後、ということはそれすなわち自分以外全員来ているということ。爆豪の姿を見つけて驚く悟が、素直に謝罪する。

 

 「それじゃあ俺たちは先に行ってるから、後から来いよー」

 「うん、すぐ行くね」

 

 自分を除いた男子の集団が更衣室から出ていき、自分も早く向かわなければと服をぬごうとシャツを両手で掴んだ瞬間扉が開く。

 

 「あ、かみな――「「いざ行かんッ、俺たちの楽園へーッ!!!!」」……な、何だったんだ…?」

 

 「は、速いな上鳴くんと峰田くん……あ、鈴木くん来たんだね、返信無いから来ないのかなぁって」

 

 遅れて更衣室に入って来る緑谷が鈴木に声をかける。少し意外そうな声色で喋る緑谷が服を脱ぐと中々に鍛えられた逞しい肉体が姿を見せ、皮も肉も無い、これ以上無いガリガリな悟の肉体との綺麗な対比になっていた。服を脱いで準備の整った悟が更衣室を出ていく。

 

 「ごめんごめん、緑谷のライン気づくの遅れちゃって……いしょっと、じゃあ先に行ってるね俺」

 

 「うん、僕も後から――――――え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「(ど、どうしよう……!す、鈴木くんも、もしかしたら来るのかな…「葉隠ー!行ったよー!」え?あいた!わぷ」

 「ケロ、大丈夫?透ちゃん」

 

 上から飛んでくるビーチボールに気づかずに頭に直撃し足を滑らせ水中に沈む葉隠。心配になったクラスメイトが水の抵抗によりゆっくりと進みながら彼女の周りに集まって来る。

 

 「……ぷはぁ!ごめんごめん!ちょっとぼーっとしてた!」

 「大丈夫ですの?日にやられたのなら少し上がって影で休んでいた方が……」

 「だ、大丈夫大丈夫!そんなんじゃないから」

 

 周りが少し心配する中ぼーっと無意識に男子の方を見つめてしまう葉隠。顔が見えず微妙にスクール水着が向きを変えるのだが、そんな微妙な変化に芦戸が気づいて少し邪悪な笑みを浮かべてそばに近寄り声をかける。

 

 「………鈴木…?」

 「へ!?」

 

 「はいビンゴッ!!!そりゃあやっぱ気になるよねー!!好きな人が、ましてや鈴木だとどんな感じで来るのか分かんないもんねー」

 「ちょ、ちょっと違うから!!そんなんじゃ無くて……ッ!!」

 「じゃあどんなの?」

 「それは……ッ!い、言えないけど、本当にそんなのじゃないからッ!!!」

 

 事実、本当に悟の水着姿を思い浮かべていたわけでは無いのだ。あのショッピングモールのゴタゴタがあった日、アレ以降悟は何でも無いように、というか死柄木とのやり取りで全てを脳内から消しとばして普通に葉隠と接していたため、葉隠は調子を狂わされたように困惑していた。ただ葉隠からしたら、告白されたかと思えば自分から逃げ出してしまい、どんな顔して翌日会えばいいんだと思って顔を合わせたら彼は何食わぬ顔で―――毎日同じ顔だが―――挨拶してくる。そのままなぁなぁで夏休みに入りその後彼と出会うことも無く今日に至る。

 

 「(あぁぁぁぁあぁぁあああ、本当に、何考えてんの鈴木くん……よ、よし、ちゃんと聞こう。もう一回、ちゃんと聞いて返事を返そう、ようしようし……)」

 

 「お!鈴木おっせーぞ!!」

 

 クラスメイトの声が聞こえて思わず体がガクンと止まり、バランスを崩してまたもジャボンと水中に飛び込んでしまう。自分のところに飛んできていたボールも受け皿を失って一緒に水中へ潜り込むと浮力で一気に水面へと上昇していく。ぷはぁと息継ぎをしてごめんごめんとはにかみながらボールを両手で持ち上げて周りを見ると、みんな一点を見つめて固まっており、ある生徒に至っては顔を赤くして顔面を両手で覆っている。一体何がとそちらへ顔を向けた瞬間―――悲鳴が辺りに鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――うぉ、眩し、夏真っ盛りって感じだな。てかセミうるさ。

 

 「お!鈴木おっせーぞ!!」

 

―――ごめんごめん、そんなに怒るなって瀬呂。あ、女子もいるんだな。アレは……崩れ落ちる上鳴……あぁ、何か裏があるって思ったけど、何となく読めたぞアイツの考えが。そりゃそうだよな、純粋な気持ちで体力強化とか言い出すわけないから。

 

 「来たか!すず、き、く―――」

 

―――おまたせ、飯田。………?どうした?そんなに俺をマジマジと見つめて。……あぁ、そう言えばこんなに裸になってみんなの前に出ることも無かったし、そりゃ実際に腹の中まで見ると驚くのも無理ないか。にしても、みんなこっち見るなぁ。女子まで見てる。な、なんか恥ずかしいな。

 

 「………鈴木、お前……」

 

―――ん?どうした上鳴。そんなに俺の体が意外か?まぁ普通の人間の骨格とは少し違うからな、驚くのは無理ないか。爆豪と轟は何でも無いようだな。まぁ何となくあの二人の反応は予想できてたな。………?なんで八百万さん顔を押さえてるんだ?麗日さんも不自然なくらいそっぽ向いてるし……てか、アレ?なんでみんな喋らないんだ?おかしいぞ? それにいくら珍しいって言っても眺めすぎでしょ。嫌な予感がする。え待って葉隠さん、そんなにボール振りかぶって何する気―――

 

 「いやああぁぁァァアアアアアッ!!!!」

 「オウフッ!!!」

 

 悟より遥かに非力な葉隠の繰り出したとは思えない豪速球が悟の顔面を襲う。若干よろけると水で濡れたタイルに足を滑らせて後転しながらグルグルと転がっていき情けない格好で壁にバンとぶつかり呻き声を上げる悟。

 

 「あいたたた……え、え?……え…?な、なに……?」

 「何、じゃ無いだろう鈴木くん!!!百歩譲って女子がいることを知らなかったとして、銭湯でも無しに他人の前で全裸というのは許されるべき行為ではないぞッ!!!」

 

 は?全裸???俺に言ってるのか?????

 

 「……い、いやいやいやいや!!!俺骨だよ??骨格標本だよ!?肉ないよ!!?!?」

 「い、いやぁ……言ってることは分かるんだけどもさ……流石に、なぁ……」

 

 瀬呂が苦笑いしながら苦言を呈すると、何が何だか分からなくなって、チラッと葉隠の方を見ると後ろを向いて頭まで水面に浸かっているようであった。

 

 「君がそう思っていなくとも僕たちは君の制服姿や私服姿を見ているんだ!!いわゆる見た目がどうとかでは無く一般常識の枠組みの中での人として認識してしまっている以上君は人なんだ!!君がやっている行為は立派な猥褻罪だぞッ!!!」

 「わ、猥褻罪!!?骨なのに!!?!?」

 「骨でもだ!!!今すぐに着替えてきたまえッ!!これが学外の公共施設なら君は現行犯逮捕だぞ!!!」

 

 な、なんだ。俺がおかしいのかと困惑しつつキョロキョロと辺りを見回すと轟は終始どうでもよさそうな顔で何を考えているのか読めず、爆豪はというと、何言ってんだコイツ、と珍しく呆れたような、困惑したような顔で口を半開きにして飯田を見つめていた。初めて爆豪と気が合い感動してジーッと彼を見つめているとその視線に気づく爆豪。

 

 「爆豪………」

 「キメェんだよッ!シンパシー感じてんじゃねえッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「こ、これでよろしいでしょうか……」

 「……うむ!完璧だな!!最初っからできるならそうしておいてくれ」

 「(やる必要が無いと思ったからしなかったんだよ!!)」

 

 一茶番終えてやっと落ち着きを取り戻すプールサイド。女子も元の遊びに再び興じていたが、どこかある生徒の動きがぎこちない様子であった。仕方なく魔法で作り腰に巻きつけた水泳ズボンまがいの何か。見れば見るほどどうやって装備しているのか不思議になる構造である。

 

 「それじゃあ早速体力強化に励むとしよう!!」

 「つってもよ、何すんだ?俺はよく自主トレはすっけど水中でのトレーニング方法なんて知らねーぜ?鈴木は?」

 「とりあえず知ってるだろ的な感覚で俺に聞くのはやめてくれ……体を動かしての筋トレとか体力強化は俺にはあんまり関係ない部類だし、ましてや水中ってなるとなぁ……こんなのどう、ってのはあるけど」

 

 結局あるんじゃねぇかと頭の中で呟きつつ、ヨイショとプールに足をつける悟を見つめるクラスメイト達。体勢を整える悟がヨシッ、と言って構えた次の瞬間、

 

 「フッ、とぉ、フッ、はぁ、フッ、つぅ………ま、シンプルだよね。水中でスクワット。瀬呂、試しに二十回くらいこれやってみてよ」

 「は?スクワット二十回か?たったそんだけ?」

 「いや、俺もこれがいいのかはよくわかんなくて思いつきで言ってみただけだからさ、まぁいいからいいから」

 

 ほーん、と言って疑問に思いつつも足をつけると、思わず、冷て!と言葉を漏らす瀬呂がプールに立って構える。クラスメイト達が若干悟のトレーニングメニューを疑うようにその光景を見つめる中、始め!という悟の合図と同時に瀬呂が水中に消えて、いちぃ!と言う声とともに水面に浮上する。じゃぼん、じゃぼんと激しく水飛沫を飛ばしながら、計二十回終えた瀬呂が息を切らしてプールサイドに倒れ込むとどうしたどうしたと近くに駆け寄るA組男子。

 

 「ハ…ッ!ハッ!ハァッ!フッ!ハァッ!ハァッ!オゥエッ!!」

 「お、おい!どうした瀬呂!!死にかけになってんぞ!!!」

 

 「……キッッッッッツ!!!!!む、り!!もう無理!!やりたくねぇ!!!!」

 

 はぁ?と声を漏らす切島並びにクラスメイトの後ろで悟が、そんなにか、と呟く。

 

 「これは、どういうことなんだ?鈴木くん」

 「なに、簡単だよ。水の中って絶えず抵抗を受け続けるからね。それも一番しんどいのが真逆に体を反転させるときのターニングポイントで一番負荷がかかる。だからスクワットなんて効くんじゃないかと思ったけど……ごめん、俺疲労とか無いから、体に抵抗は感じても動き辛いって思うだけで……そんなにキツイとは思わなかった」

 

 倒れ込む瀬呂に謝罪する悟。その様子を見てうへぇ、キツそうと声を漏らす生徒や、切島のように奮起するものなど複数。この後も各々が自分たちの知識を共有してトレーニングに励むのであった。

 

 なお、水泳の50m対決では、轟vs爆豪vs緑谷vs悟の決勝戦、開始直後相澤の個性により悟以外の個性が消え去り三人は止まったものの自力だけで泳ぎ切ろうとしていた悟は周囲の異変に気付かず相澤が呆れながらザバザバと水飛沫を立てるレーンを見つめる中、50mを泳ぎ切った悟が勢いよく水面から顔を出すと辺りが静まり返ってたのはまた別の話である。

 

 

 

 




期末試験終わった次の回で林間合宿に突入してないってどうなってるんですか(自問自答)
大丈夫です、書きたいものは今回書いたから次こそはストーリーが進む……はず
それではまた次回


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チームワーク

お待たせしました、やっと林間合宿編です。
ただこの林間合宿編で鈴木悟くんは何を鍛えればいいのか分かっていない現状……とりあえず、いつものごとく見切り発車でスタートです
それでは本編どうぞ


 「うぅむ、納得いかない」

 「…………」

 「爆豪もそう思わない?」

 「…何がだよ」

 

 

 

 

 「俺全裸っておかしかったかな」

 「知るかボケェ!!んなこと俺に聞くんじゃねえ!!」

 

 爆豪が声を荒げても珍しく誰もそちらへ振り向かないのは、それもそのはず。そんな彼の叫び声を掻き消すほどの声量で賑わうバスの中。クラスメイトが各々身を乗り出して語り合い、地獄の強化合宿、という雰囲気を一つも感じさせない和気藹々とした雰囲気である。

 

 「いやだってさ……骨だよ?そういうモノもついてないわけだし……テレビでも骨なんか見るでしょ?解せない」

 「だから俺に聞くんじゃねえっつってんだろ!!!んで、なんでテメェは俺の横ちゃっかり座ってんだクソ髑髏ッ!!!」

 「まぁいいじゃん、空いてたんだから」

 「良くねえ!!どっかいけやボケッ!!!」

 「やだよ、どこも空いてないもん」

 「クソがあッ!!!」

 

 「ところでさ、爆豪はどう思う?」

 「………なんの話だ」

 

 

 

 「いやだから全裸」

 「いつまでテメェはんなくだらねぇ話題続けてんだッ!!!脳みそねぇくせにバカみてぇに頭抱えてんじゃねえ!!!」

 「いやバカみたいに聞こえるかもしれないけど結構死活問題なんだよ」

 「じゃあ死ねッ!!!テメェの死因は全裸かどうかで悩んだ末の知恵熱だボケッ!!!」

 

 キリキリキリキリと歯軋りを鳴らして隣に座るクラスメイトに苛立ちを隠せない爆豪。空いていたからと隣に鈴木が座ったときは、口には出さないが変に話題を振ってくることもないだろうし気が楽だと考えていたが、大外れ。コイツとあと何十分過ごすんだと考えると強化合宿の始まる前から頭がやられそうな気分でいた。

 

 「まぁまぁそう言わずに。だってさ、俺ってこんな見た目じゃん。もしかしたらヒーロー活動してるとき裸になることもあるかもじゃん。それも自ら。これで犯罪とか言われたら俺どうすればいいの?………あれ?よく考えたら俺のヒーロースーツって裸にローブ羽織ってるだけだよな?ミッドナイトよりヤバくないか?俺も18禁ヒーローになっちゃうのか?」

 「気持ちわりぃこと俺の側で呟くんじゃねえッ!!!酔ってもねぇのに吐き気がしてくるわッ!!!」

 「じゃあそんな俺を止めるためにも爆豪なりの見解を教えてくれよ。俺も納得できる答えがあれば黙るからさ」

 「知らねぇよ!!!本人に聞けカスッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な、何…ここ……パーキングじゃなくね……?と、トイレは…?」

 

 内股になってプルプル震えながら峰田が自身を見上げるがそんな彼を無視して顔を背ける相澤。視線の先にはA組の乗っていたバスから離れて一台の車が駐車してあった。扉が開き中から現れるのは二人の女性。見てくれからプロヒーローだと推察するのは容易く、当然ヒーローオタクの某生徒は案の定興奮気味に捲し立てていた。

 

 「煌めく眼でロックオン!」

 「キュートにキャットにスティンガー!」

 

 「「ワイルドワイルドプッシーキャッツ!」」

 「(あ、指名にあったワイルドワイルドプッシーキャッツて、あの人達なんだ……って、あの子誰だ?)」

 

 二人の傍、赤い帽子を被った背丈の小さい男の子がこちらを睨みつけながら立ち尽くしていた。どちらかのお子さんだろうかなどと考えていたが、関係の無いことだと思考を止める悟。

 

 「今回お世話になるプロヒーロー、プッシーキャッツのみなさんだ」

 

 相澤の解説もそこそこに、心はじゅうはちぃッ!!と叫ぶピクシーボブにアイアンクローを喰らう緑谷を放置したままマンダレイがA組一同に一方的に語りかける。

 

 「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設は……あっこ。あの山の麓ね」

 「とお!?」

 「んじゃなんでこんな所で止まるんすか?」

 

 ごもっともな瀬呂の質問に不敵な笑みを漏らすマンダレイ 。嫌な予感がして少し後退りする生徒達。それらのやり取りを傍観していた相澤が、ちょい、と言って鈴木に手招きをすると、俺ですか?と自分を指差して悟が近くまで歩いていく。

 

 「何ですか?」

 「ちょっと耳貸せ」「耳?(無いんだけど)」

 

 身をかがめて顔を横向きにして相澤の口元に頭を近づける。おそらく耳があるであろうところでコソコソと何かを呟くと、え?と驚いたように身を引いて相澤を見下ろす。そのやり取りを不審に思ってジィッと見つめるクラスメイト。

 

 「………マジですか?」

 「大マジだ」

 「フライもだめ?」

 「フライってなんだ」

 「あの空飛ぶやつです……」

 「転移がダメなんだからダメに決まってんだろ」

 

 「………はぁ、分かりました」

 

 ため息を吐いてトボトボと歩き出し皆の元に戻ってくる。クルリと振り返り相澤とプッシーキャッツを眺めていると背後から声がかかる。

 

 「な、なぁ。何の話してたんだ?」

 「別に?今に分かるよ。では………マンダレイ 、お願いします」

 「「「「「へ?」」」」」

 

 その言葉を聞いたマンダレイ がニヤリと笑って口を開くと、やはり彼らの予感は外れていなかったようで彼女の雰囲気が変わる。

 

 「今は午前9時30分。早ければ……12時前後、ってとこかしら……」

 「や、やべえ!!」

 「バス戻れーッ!!!」

 

 「(ごめんね皆んな)」

 

 一人、相澤から何が起こるのか聞いていた悟は何もせずにその場に立ち尽くす。蜘蛛の子を散らすように誰もがバスに向かってかけていく様子を見ながら、悪あがきってこういうことを言うんだろうなと呑気なことを考えていた。

 

 「悪いな諸君。合宿はもう―――始まっている」

 

 相澤の言葉と同時にピクシーボブが地に手をつけると、足場が揺れ動き生徒達の足を止める。瞬間、濁流のように押し流され崖下に押し出されるA組の生徒達。無茶なことするなぁと考えながら事前にこうなると知っていた悟は落ち着いてバランスを取り優雅に着地する。

 

 「わっとと……よいしょ、ふぅ」

 「ってぇー!!なんだいきなり!!!」

 

 上から声がして見上げると太陽を背にして逆光により黒く染まったマンダレイの姿が見えた。細める目は無いが心持ち半開きの気分でマンダレイをじっと見つめる悟。

 

 「私有地につき個性の使用は自由だよ!今から3時間、自分の足で施設までおいでませ!この魔獣の森を抜けて!」

 「えええぇぇぇええええええッ!!?」

 「何だそのドラクエめいた名称は!」

 「雄英こういうの多すぎだろ……はぁ…」

 

 泥や土、砂埃で肌の汚れた生徒達が文句を口にする。あ、と言って瀬呂が悟の方へ顔をピンと向ける。

 

 「鈴木!おめー知ってただろ!!」

 「うん」

 「うん、じゃねえッ!!!」

 

 「仕方無いだろ、俺の個性許可してたら俺体が条件反射で空中浮遊か転移を選択しちゃうからさ。それと……まさかだと思うけど、ただ山登りするだけだとは思って無いよね?【上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)】」

 

 右手に大剣を握った悟の姿に嫌な予感がして苦笑いしながら、まさか、と口にする瀬呂。彼らの背後ではここまで膀胱との壮絶な戦いを繰り広げていた峰田が一人生徒の群れから抜けて木陰に小走りしていた、が

 

 「ふぃー、危ねぇー………え?」

 

―――木陰と呼ぶには凶悪な輪郭を宿した黒い影に疑問を覚えて頭を上げると、何か、いた。

 

 「「魔獣だあぁぁあああああッ!!!!」」

 「あっ……」

 

 ここまで我慢していた峰田だったが、恐怖により目の代わりに股間が涙を流す。羞恥心すら忘れて固まってしまう峰田。

 

 「鎮まりなさい獣よ!下がるのですッ!!……!?」

 「ッ!!(動物を従える口田くんの個性が通じてない!?)」

 

 緑谷が固まって動くことの出来ない峰田を抱え込み、攻撃を受ける直前で間一髪個性により飛び立ち何とか回避する。自身の数倍ある鉤爪が空を切ると風が吹き荒れ勢い余ったその一撃がいとも簡単に木を切り裂き薙ぎ倒すとその威力に唾を飲み込む緑谷。外したならばともう一度攻撃態勢に入ろうとした四足歩行の獣が前足を振り上げた瞬間、魔獣の頭部に大剣が突き刺さり後方に倒れ込む。

 

 「す、鈴木くん相澤先生と話してたし何か知ってるんでしょ!?何アレ!?」

 「……ピクシーボブの作った土魔獣。生きてはおらず一定のダメージを与えて原型を失うと個性が解け崩れ去る、らしい。ソイツが無数に潜んでるこの森をどう抜けるか、だって。だから注意されたんだよ、転移と浮遊は無しだって」

 「な、なるほど……」

 

 

 「へ、おもしれ「ストップ」って、何だあッ!!さっさと進みゃあ良いだろうがッ!!!」

 

 爆豪が鈴木の静止の声に躓きかけて手に火花を散らしながら振り返る。

 

 「今の見ただろ、そりゃ一体二体、いや爆豪なら数十体程度なら難なくやれそうだけど―――さっき、マンダレイがなんて言った?数時間も……足止めする数百体の魔獣を、それも同時に相手しながら行く気か?俺でも怪しいレベルだぞ。単騎はむりだ」

 「ッ、だったらぶつくさ言わずにさっさとついてこいやッ!!」

 「そりゃこんなにいれば無理矢理にでも突破できるけど効率が悪い、隊列を考えよう」

 

 「た、たいれつ??」

 

 困惑したような声色の上鳴の言葉に、うん、と頷く悟。

 

 「耳郎さんと障子、それと口田くんを囲む形でフォーメーションを考えよう」

 「う、ウチ?」

 「俺が中心でいいのか?」

 「ぼ、僕………?」

 

 「三人には周囲、遠方の警戒を行ってもらう。耳郎さんにはイヤホンジャックで微弱な大地の振動から敵の数を、障子には混戦の中で見落としがちな死角の警戒と魔獣の感知を、口田くんは近くの小動物や鳥を使役して遠方の敵の警戒、並びに進路の決定を行ってもらう」

 「ぼ、僕が進路を決定するの!?」

 

 む、無理無理と驚いたように顔を高速で横に振る口田。しかし無理矢理にでもやらせるという勢いで口田に説明する悟。

 

 「口田くん、現状俺たちはマンダレイに教えてもらったから何となく方向は分かるが詳しい位置までは全く把握できないんだ。それにあの魔獣と数時間も方向感覚の狂いそうなこの森の中で戦闘していたらいつのまにか進路を逸れてしまう可能性、というか絶対に逸れてしまう。小動物とのある程度の意思疎通の図れる君だけが目的地の場所を定期的に把握できるんだ。頼めるかい?」

 「……え、えっと、で、でも……」

 

 

 

 「やれるって口田」

 「…耳郎、さん」

 

 笑いながら口田の肩を叩く耳郎。不安そうな口田が耳郎の方に顔を向けて、モジモジと両手の指を交差させる。

 

 「あんた期末のとき頑張ったじゃん、あん時も口田がいたからウチ合格できたんだよ?今回も頼りにしてるからさ」

 

 

 

 「…………わ、分かった……やって、みる……!」

 

 「………そっか、ありがとう。次は……前衛は―――爆豪と緑谷、それに飯田に任せてもいいかな?」

 「ったりめぇだッ!!俺の前に立たせるわけねぇだろうがッ!!!」

 「分かった、正面は任せてくれ」

 「う、うん!分かった!!」

 

 「なぁ、俺は前出なくていいのか?」

 

 いかにもインファイターといった切島が悟に尋ねる。

 

 「いや、切島にはやってもらいたいことがある。どちらかと言うと中心に近い位置で切島は待機だ」

 「ちょ、マジかよ!そんなの漢らしくねぇぜ!!もっと前に出てよぉ!!」

 

 「いや、もしかしたら前衛、中衛の取りこぼしが出るかもしれない。そしたら戦闘には個性の向かない三人が無防備だ。そうなったら少し無茶かもしれないが、玉砕覚悟で切島には飛び込んでもらう必要がある。いわゆる、最後の砦ってやつだ。もしものときの、三人の盾になって欲しい。危険な役目だからこそ硬化を持つ切島に頼みたいんだが……」

 

 

 「………しゃあ!!分かったぜッ!!耳郎ッ!障子ッ!口田ッ!なんかあったら俺を頼れッ!!!」

 

 ちょろっ、と耳郎が呟く。あとは……と周りを見渡して轟を視界に入れると彼に指示を出す。

 

 「轟く―――と、轟は前衛の少し後ろで彼らの援護にまわってくれるか?青山、芦戸も援護でお願い。ただ二人は轟と比べて火力が劣るから二人で一殺を目標に」

 「分かった」

 「はっきり言うなー、まぁその通りなんだけどさ。おっけー!青山!やるよ!!」

 「オッケー☆任せといて!」

 

 「俺はどうすりゃいいの?」

 

 瀬呂が自身を指さして悟に指示を仰ぐ。

 

 「瀬呂はどこか特定の位置に固定はしない。危ないと思った人間をテープで回収してくれ。ただ自分だけで全員の行動を把握するのは無理があるから……障子、もしもそういう人間を見つけたら瀬呂に指示を出してくれるか?」

 「分かった。ただ俺も取りこぼしがあるかもしれん。瀬呂も警戒は怠らないでくれ」

 「あいよ、了解!」

 

 その後もテキパキと指示を出して並び順が決定していく。全員が指示された通りに固まると、こんなものかと言って悟が皆に語りかける。

 

 「……えっと、とりあえず、俺が考えられるのはこのくらいだ。みんなの能力を信じて、できると思って俺の思う適切な役職を割り振ったつもりだけど……そ、その、ここまで仕切っておいて今更なんだけどこれでいいかな?」

 「問題ありませんわ、鈴木さんの策が間違っていたとすれば、現状他の誰にも正解には辿り着けませんもの」

 「俺たちの能力を信じたんだろ?んじゃ俺はお前の頭を信じて従うからよ。頼むぜ、A組NO.1!」

 

 「……ありがとう、それじゃ、行こ「なんで呼ばねぇの?」……峰田?」

 

 

 

 「いや、お前の部下呼べばもっと楽になるんじゃねぇの?てか悟の個性使えばなんとでもなるんじゃ……」

 

 もっともなことを言う峰田に、それはそうだと納得する者と、少人数の呆れる者。じっと見下ろしながら、峰田、と口を開く悟に少しびくついて、な、なんだよと返事を返す。

 

 「……"もう合宿は始まってる"、というのが相澤先生の言葉だ。そして俺に転移と浮遊を許可しなかった。これはそうしたら俺、というよりクラスのみんなが楽になっちゃうからなんだよ」

 「だ、だから何だよ…」

 「確かに俺の個性を使えば何とでもなる。だから使えないんだよ。これは強化合宿だ。だから、みんなの為を思って俺は手を抜かなきゃいけない。……【上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)】……もっとも、この状態で出せる全力は尽くすけどね」

 

 全身に鎧を纏う悟。その姿を見て飯田が笑みをこぼし、クラス委員長として皆を奮起させるように号令を出す。

 

 「いくぞッ!!A組ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………えと、でもこれ、後ろは大丈夫なの?」

 

 飯田の号令の後に、申し訳なさそうにボソリと葉隠が呟く。皆指示に従うとは言ったものの、確かに正面と比較して後ろ側がかなり手薄に感じて背後が心配になるレベル。

 

 「てか、鈴木はどこ担当なんだ?結局お前も前出るのか?」

 

 加えて、クラスメイトに指示は出していたものの肝心の自分の仕事について何も言ってなかった悟に疑問をぶつける瀬呂。すると、ゆっくりと歩いていき皆の隊列の最後尾に立つと背中の大剣を二本抜き放つ。

 

 「―――俺は殿を担当する。後方は任せてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ッ!来るよ、正面から三匹ッ!!」

 

 耳郎が指示を出して間も無く視界の先、暗闇の中からドスンドスンと大地を振動させながら四足で地を駆ける魔獣が姿を現す。さながらゲームに登場するモンスターのようで、造形にも拘られたピクシーボブ渾身の作品である。

 

 「緑谷ッ!!飯田ッ!!爆豪ッ!!」

 「ッ、ラアッ!!!」

 「ハァッ!!!」

 「死ねぇぇええッ!!!」

 

 轟が足元から氷を伸ばし魔獣の足止めをするとその隙に三人が攻撃を仕掛け身体をえぐると機能を失い土塊と化し崩壊する。三人が攻撃を終えて着地した瞬間、木の上、木陰から小型の獣が飛び立ち彼らを飛び越え突っ込んでくる。

 

 「ッ、クソがッ!!半分野郎ッ!!!」

 「ッ、わりぃ!!外したッ!!!」

 

 「えい!ごめん、外しちゃった☆」

 

 頭上を通る魔獣に対して炎を射出するが巧みな動きでこれを回避。舌打ちをして焦る轟をよそに、炎を目眩しとしてその中から突き破るように青山がレーザーを伸ばすと炎の中から唐突に現れた光の一閃。が、これも回避。

 

 「とぉっ!!曲がってッ!!!」

 

瞬間、レーザーの反対側に回り込み飛び上がった葉隠が個性を用いて光の束を屈折させると魔獣の足を捕らえ崩壊させる。足を失った魔獣がバランスを崩して地面へと落下していくとその先に待ち構えるのは芦戸。

 

 「ナイス葉隠ッ!!タァ!!切島、行ったよッ!!!」

 「おう!任せろ!!!オラァアアアッ!!!」

 

 魔獣の落下地点に酸を吹きかけると地面が溶解する。地に落ちた魔獣がツルツルのタイルを滑るように芦戸の敷いた道を真っ直ぐ転がっていくと、その先には切島。雄叫びと共に固めた拳を振り上げると綺麗に顎を捉え頭部を破壊する。

 

 「ッ、ダークシャドウッ!!踏ん張れッ!!!」

 『ハイヨッ!!!』

 

 「常闇くん!!そのまま!!ヨッ!!ホッ!!っと、お願い梅雨ちゃん!!」

 「分かったわ、ケロォッ!!!」

 

 ダークシャドウが二足歩行の魔獣と鍔迫り合いを行なっていると、麗日が側に駆け寄り魔獣の身体をタッチする。瞬間、魔獣の身体が宙に浮きダークシャドウにかかる負荷が無くなると、麗日の合図と共に蛙吹が舌を伸ばして上空に投げ飛ばす。

 

 「解除ッ!!……ふぅ」

 「ッ、麗日ッ!!後ろだ!!!」

 「へ?」

 

 地面へと急降下し、ぶつかった衝撃で地面を揺らしてバラバラに崩れ去り、土煙を巻き上げる魔獣。対処を終えた麗日が一息付いていると彼女の背後から爪を振り下ろさんと前足を掲げる魔獣の姿が現れる、が、

 

 「瀬呂!!麗日だ!!」

 「了解!ヨッ、とぉ!!」

 「うわ!!……あ、瀬呂くん!!!」

 「敵倒したからって安心すんなよー、警戒怠らずになー」

 「え、えへへ……ご、ごめんなさい…」

 「ま、つっても後ろで高みの見物してる俺が言えたことじゃねぇけどよ」

 

 障子からの指示を受けテープで麗日を回収した瀬呂が彼女を地面に下ろし、ターザンのようにテープを木に巻き付けその場を去っていく。麗日が自分の持ち場に戻ると峰田が空いた穴を埋めるべく半狂乱に陥りながら頭のもぎもぎを投げつけていた。

 

 「おらおらおらおらぁぁあああッ!!ち、近づくんじゃねぇぇエエエッ!!!」

 「峰田ちゃん、それすっごく頼りになるけど大丈夫かしら?すごい出血量よ」

 

 

 

 

 

 

 

 「……あ、ば、爆豪くん!」

 「あ゛ぁ゛!?んだッ!!?」

 「ひぃ!!!」

 「コラ!!爆豪くん!!!口田くんが怖がってるだろう!!!」

 「え、えっと、口田くんどうしたの?僕たちいつのまにか道それてた?」

 

 空から飛んできて口田の側に寄る鳥から情報を受け取り最前線を行く爆豪に語りかけると、彼の怒鳴り声に怯えて頭を抱えてしまう口田。飯田が爆豪を叱りつつ緑谷が振り返って指示を仰ぐ。

 

 「え、えっと…その、この先、ちょっと足場が不安定だから……少し遠回りになるけど、迂回した方がいい……かも……」

 「んじゃさっさと指示出せや!!どっち行きゃあいいんだ!!!」

 「ひぃいいッ!!あっちです!!!!」

 「爆豪くん!!!!」

 

 

 

 「すっげぇなぁ皆んな……暇で仕方ねーよ」

 

 各々が自身の役回りをこなして順調に突き進んで行く。それを個性の関係上あんまりぶっ放すわけにもいかず傍観に達していた上鳴がボソッと呟く。

 

 「にしても……こっちもすげぇな」

 

 

 

 「ハァッ!!!」

 

 直径二mはあろうかという土塊の胴体を目にも留まらぬ瞬足の斬撃で両断すると、ピタッと動きを止める魔獣。マントを翻し次の獲物に対して飛びかかりその場を離れると、ゆっくりと魔獣の身体がずれていき断面があらわになる。

 

 「行かせんッ!!!タァッ!!!」

 

 手から大剣を投げ飛ばして宙を飛ぶ獣を撃ち落とす。投げ飛ばしたモーションの後の無防備な隙を狙って四方から魔獣が覆い被さり完全に悟の姿を隠してしまうが、

 

 「フンッ!!!……流石に一人だと忙しいな」

 

 悟を押さえ込む為にグググと力を込めるように震えていた魔獣の内側から、ザンッ、と、何重にも重なった重い斬撃の音と無数の軌跡が一瞬浮かび上がる。瞬間、魔獣たちの体がサイコロ状にバラバラになり辺り一帯に吹き飛び内側から傷一つついていない暗紫色の鎧が姿を見せる。剣についた泥を払うようにぶんと振り回すと地面にピシャッと土が飛び散り錆び一つない大剣が太陽の光に照らされ輝いていた。

 

 「……これはちょっと数が多いな。【上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)】、上鳴ッ!」

 「……へ?あ、俺?な、何だ!?」

 

 手に無数の鎖を携えた悟が五、六体の獣に同時に鎖を巻きつけ行かせまいと引っ張ると全員の動きがピタリと止まる。鎖がプルプルと震え、前に進もうとする魔獣たちの努力が見られるが悟がそれを許すはずがなかった。

 

 「コイツらまとめて頼む!!」

 「た、頼む……って、個性使えってことか!?ば、バカッ!!お前まで巻き込んじまうよッ!!」

 

 「構わない!!その為に鎖で繋いだんだ!!」

 

 困惑した上鳴が魔獣と悟を交互に見て、ええいままよと近づいていき、悟の近くで大容量の放電を行うとピカッと辺りに閃光が満ち、薄暗い森の中を一瞬明るく照らす。

 

 「130万ッ、ボルトォォオオオッ!!」

 「………ん?え!?えぇええ!!?な、何やってんの上鳴くん!!!」

 

 チラリと後ろを見た葉隠が、よくよく見ると光の中に佇む悟の姿を目に捉え、慌てたようにそばに駆け寄りクラスメイトを問い詰める。周りには焼け焦げた魔獣が形を失い地面に煙を上げて倒れていた。

 

 「ちょっと!!何してんの本当に!!?」

 「い、いやだってよ!!鈴木がやれって!!!」

 「す、鈴木くん!!無事なの!?」

 

 無言で口を開かない悟が何事も無かったように鎖を手放してパンパンと両手を払い、しまっていた大剣を再び鞘から抜き放つ。

 

 「あぁ心配させてごめん、俺電気効かないんだ」

 「…………おいちょっと待て、何サラッと衝撃発言してんだお前」

 「え?あ、ごめん……まぁ、はい、効きません……」

 「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「タァッ!痛ぅッ」

 「フンッ!!………ん?……飯田!」

 「な、何だい?鈴木くん」

 

 敵を一掃してチラリと後ろを見た鈴木が、明らかに先頭集団の中で一人苦しそうな飯田の姿を目に捉えて名前を呼ぶと、顔色を変えて何でもないように振る舞う飯田。

 

 「………少し様子が変だな、大丈夫か?」

 「あぁ!問題無いとも!皆が頑張っている中クラス委員長が弱音を吐いてなんかいられないからな」

 

 「………そうか……切島!飯田と交代だ、前に出てくれ」

 「お?おっしゃあッ!!任せとけッ!!」

 「な!俺はまだ…!」

 

 待ってましたと言わんばかりに切島が前に出てくる。抗議の色を示す飯田だがその疲労は誰の目から見ても分かるようで、優しく悟に諭される飯田。

 

 「飯田、もし本当に皆んなのことを思って行動するなら無理はしないことだ。みんなが心配するっていうのもあるけど、唐突に体にガタが来て動けなくなったらどうする?それこそ皆に迷惑がかかってしまうだろ?回復するまで少し休むべきだ」

 「し、しかし…「見栄張って出しゃばってんじゃねぇ!!足手まといなんだよッ!!!下がってろカスッ!!」

 

 

 「……言い方は悪いが、まぁそういうことだ。皆が君を気にして満足に動けなくなる。ただ、もちろんここでリタイアしてもらうつもりはない。この先まだ何時間と続く道のりで飯田の力は絶対に必要だ。そもそもの話、絶対飯田だけで無く消耗して動けなくなる人はこの先出てくる。その為にもきちんとしたローテーションを組む必要があるんだ。後で交代する為にも、今は足を休めておくんだ」

 「………分かった。すまない切島くん!俺の分の穴埋めを頼む!!」

 「おう!任せとけ!!」

 

 若干足を引きずりながら後ろに下がる飯田とパシッと手を叩いて交代する切島が前線に出る。あまり個性を使用しておらずまだまだ余裕といった様子で爆豪、緑谷と肩を並べるが悟は少し心配そうな視線を切島に向けていた。

 

 「(体育祭の爆豪との戦いを見た限りでは、切島はあまり持久戦は得意ではなさそうだ………結局、緑谷と爆豪のツートップで進行することになりそうだな……場合によっちゃあ轟く、轟にも前に出てもらおう)……よし、じゃあ進もうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………そろそろか……マンダレイ、そろそろ飯の支度お願いできますかね」

 「え?……まだ早いんじゃないかしら?料理に時間がかかるって言っても……まだ日も落ちてないのに……」

 「疲れた体に時間帯なんて関係ありませんよ、腹空かして何にも無しは酷でしょう」

 

 「…………いや時間帯の話じゃなくて……まだ数時間はかかるんじゃないの?」

 

 マンダレイがソファから立ち上がり時計を見るが夕刻というにはまだ早すぎる時間帯。夏場のこの時間帯では未だ空は青く強い日差しが天から降り注いでいた。

 

 「いや、アイツらならもうそろそろ来ますよ。兎も角、お願いします。俺も何か手伝いますかね」

 「………随分と生徒のことを信頼してるのね……分かったわ、ヨイショ、んん、っと。手伝いならいいわ、私たちで作るから。自分の生徒への労いの言葉でも考えてたら?」

 

 私服のマンダレイが上着を脱いでスリッパを履き、木造のタイルをスッスッと擦るように廊下の向こうへ消えていく。その間相澤は手元の資料をめくって明日からのカリキュラムの再確認を行うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ッ、しゃあぁぁああああああッ!!!!!着いたアァァァアッ!!!!」

 

 森を抜け、大きな広間に出た生徒達。目的の建物を視界に捉えて、大声で叫ぶのはボロボロに煤けた肌に汗を垂らす切島。他の生徒達もがくりと全身の力を抜いてその場にへたり込む。

 

 「あ゛あ゛ー゛、疲れた……もう腕ガックガクだぞオイ……」

 「お疲れ様、ずっと飛びっぱなしだったもんな瀬呂」

 「まぁなぁ、んで、案の定お前は何ともなさそうだな……ったく、羨ましい限りだぜ」

 

 項垂れて両腕を地面に下ろす瀬呂が、大剣を肩に担いで労いの言葉をかけてくるクラスメイトの方を向いて苦笑いを浮かべる。

 

 「さ、さあっ!!諸君!!宿泊施設まで、も、もう一息だ!!みな頑張ろう!!!」

 「い、飯田くん凄いなぁ……」

 「け、けろぉ……感服するわ、飯田ちゃん」

 

 彼の言葉によってかどうかは分からないがその場から立ち上がりフラフラと歩きながらも何とか前に進むクラスメイト達。生まれたての子鹿のようにガクガクと膝を震わせながら建物に近づくと扉が開き中から見知った顔が現れる。

 

 「おう、お疲れさん」

 「お疲れさん、じゃないっすよぉ!何が3時間ですか!!」

 「それ私達ならって意味、悪いね。……いや、にしても早いわ、早すぎる。ちょっと貴方達のこと、見くびってたかも」

 

 真剣な目つきになってA組の一人一人を舐め回すような視線でじっくりと見つめるマンダレイ。次々に視線を移していくと最終的に一人の生徒の下へと辿り着く。

 

 「(……あの子ね、原因は。……話には聞いていたし、体育祭も見たけれど………本当にスタミナというものが無いのね、末恐ろしい個性だわ……)」

 「…………?な、何でしょうか……」

 「え?あ、いや、何でもないわ、少しね」

 

 あまりにジッと見つめていたせいで本人に突っ込まれてしまいいけないいけないと目を逸らす。土魔獣の創造を終えて皆の前に現れるピクシーボブが疲れきった生徒達とは対照的に元気溌溂に声を上げる。

 

 「いや本当に!マンダレイの言う通りもっとかかると思ってた。私の土魔獣を簡単に攻略しちゃうもんだからさ!特にそこ四人!それと……君!!」

 「?お、俺ですか?」

 

 指さされた悟が驚いたように自分を指さす。そうそうと頷きながらニヤリと口角を上げるピクシーボブ。

 

 「皆んなが皆んなガムシャラに、その場のコンビネーションで突破してくると思ってたけど……効率的な隊列の構築、疲労と防衛のバランスを考えたローテーションの作成、とても中学卒業したばっかのペーペーとは思えないもの。いいわね……でも生憎骨に興味は無いからぁ〜……こっちにツバつけとこ〜!!」

 

 物理的にツバを四人に吐きかけるピクシーボブを見ながら、骨で良かったと安心する悟。相澤も呆れたようにその光景を眺めていた。

 

 「……あの人、あんなでしたっけ?」

 「彼女焦ってるの。適齢期的なアレで」

 

 「あっ、適齢期と言えば……」

 

 またピクシーボブの逆鱗に触れかけて頭を鷲掴みにされる緑谷が、焦ったように言葉を選んで早口になる。

 

 「「と言えば」って?」

 「ず、ずっと気になってたんですがその子はどなたのお子さんですか?」

 

 それは俺も気になると脳内で呟き数時間前のプッシーキャッツとの初対面の場でもいた一人の少年の方へ目を向ける。生まれつきのものかもしれないが随分と鋭くこちらを睨みつけるような目つきに、どうしたのだろうと疑問を持ってしまう。

 

 「この子は私のいとこの子供だよ。洸汰、ほら挨拶しな。一週間一緒に過ごすんだから」

 

 マンダレイが優しく語りかけるがジッと無言のままA組の面々を睨みつけたまま動かない。そんな彼を見かねて緑谷が近くまで歩み寄って行き手を差し伸べる。

 

 「えっと、僕雄英高校ヒーロー科の緑谷。よろしくね」

 「………フンッ!!」

 「―――」「み、緑谷くんッ!!!!」

 

 股間に強烈な右ストレートを貰い内股になって倒れ込む緑谷を、駆け寄った飯田が何とか支えて安否を確認する。股間を殴られるという男性ならば顔を青ざめるその光景に、悟がその痛みを理解できるはずもないのだが、何故か目元を押さえてしまう。あわわとマンダレイが困ったように眉を八の字に曲げながら洸汰に手を伸ばすが無視して去っていく。

 

 「おのれ従甥!なぜ緑谷くんの陰嚢を!?」

 「ヒーローになりたいなんて連中とつるむ気はねぇよ!!」

 「つるむ!!?いくつだ君は!!」

 

 「は、マセガキが…」

 「お前に似てねぇか?」

 「似てねぇよ!!つうかテメェ喋ってんじゃねえぞ舐めプ野郎!!」

 「わりぃ」

 

 思っていたよりも存外に体力は余ってそうで、そんな彼らを見てカリキュラムを編成し直すべきかとも考えながら、取り敢えずは明日に備えて生徒に指示を出す相澤であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……にしても、本当に悪いわね鈴木くん。ついさっき森を抜けたばっかりで疲れも―――あー、いけない、何回目かしら、これ」

 「はは、五回くらいじゃないですか。……疲れなら残ってませんので問題ありませんよ。何もしない方が退屈で仕方ないので。誰かの役に立つならそっちの方が有意義に決まってます」

 

 廊下で横に並び料理の入った大きなお椀を運ぶマンダレイと悟。リビングでは横長の大きなテーブルにいくつもの皿が代わるがわる運ばれ忙しなく悟とマンダレイが料理を運んでいた。

 

 「……鈴木くんは、ご飯を食べたいとか思ったことあるのかしら?」

 「…………ご飯を食べたい、というか……みんなができることをやってみたい、と考えることなら何回も。俺からすれば―――えーっと、そう、臓器も何もないわけじゃないですか。舌もない。言ってしまえば食事という行為に理解の一つも無いわけで………なのに、ただ口に料理を運ぶだけであなた方はなんとも幸せそうな顔をする。真似事をやってみたことはあるけど何も得るものは無くて……」

 「そ、その、ごめんなさいね、変なこと聞いて」

 「あ、いやすみませんこちらこそ。ダメだなぁ……」

 

 ダメって、何が?と聞き返すマンダレイ。あぁそれはですね、と返事を返そうとするとどうやらみんなの元に着いたようで、誰もが食事に夢中になっており二人の様子には気づいていなかった。一旦分かれてテーブルに向かい料理を配膳する二人。

 

 「はい、お待ちどうさま」

 「あ、ありがとうござ―――あ、鈴木くん!な、なんか、ごめんね?」

 「いいっていいって。どうせ俺は食事はしないし疲れてないし、みんなの幸せそうな顔を見るだけで、うーん、お腹いっぱい?ってやつかな。お腹いっぱいがどんな感じか分からないけど」

 「ぐ、ぐぅ、なんか、すごく申し訳ない気持ちになってくる……」

 「あ、ご、ごめんごめん。まぁ、ゆっくりと味わってね。俺が作ったんじゃ無いんだけど」

 

 麗日の下を離れて空になった皿を回収し通路に戻るとマンダレイと合流する。そこで先程の話を思い出して続きを話す悟。

 

 「えっと、俺が、ダメだなぁって言った理由でしたっけ。……その、他人との認識の差で、俺にそんな気は無いんですが、相手に罪悪感を負わせてしまうことが多々あって」

 「認識の差?」「はい」

 

 「さっきマンダレイに、食事に対する感想を述べた時、すごく申し訳ないような顔をされたでしょう?さっきも麗日さんに料理持って行った時に、同じような状況になっちゃって……俺は、軽い気持ちで言っただけなんだけど、どうしてそこまで重く捉えるんだろうって」

 「………なるほどね」

 

 キッチンまでたどり着くと使い終わった皿をピクシーボブが一生懸命スポンジで洗っていた。育ち盛りの空腹高校生二十人の腹というのはバキュームカーのようで次々に料理がなくなっていき、すぐさま次の料理を持ち上げて運びにいく。

 

 「例えばです。例えば、俺が日直の仕事を引き受けると言ったら、感謝はしてくれるけどそんなに罪悪感、というほどの感情は持たないと思うんですよ。でも、ただ、俺は食事しないから料理を運ぶ、と言ったらこれ以上無いほどに申し訳なさそうな顔をするんです。普通逆じゃ無いですか?」

 「逆?」「はい」

 

 「俺は食事が"できない"から料理の配膳を行う。俺にも相方にもできる日直の仕事を俺が引き受ける。前者より後者の方が……変な言い方ですが、罪があるじゃないですか。なんせ、まぁ仕事を引き受けると言ったのは俺ですけど、ありがとうと言って仕事を私に押し付けるんですから。それに比べて食事のできない俺がやることもないし、料理の配膳をするのは、感謝こそすれど別にみんなに罪は何もないのだから、罪悪感に苛まれる必要はない……はずですよね?でも申し訳ない顔をする」

 「…………」

 

 ガチャガチャと歩くたびに音を鳴らす純白の皿から料理をこぼさないように丁寧に運ぶマンダレイと悟。無言の空間に皿の揺れる音のみが響いていた。

 

 「……まぁ、つまりはそれほどに食事は素晴らしい行為なんでしょうね。でも俺にはそれが分からない。だから軽率に、食事はしないから平気だよ、と他人に言ったら申し訳なさそうな顔をされるんです。これが、ダメだなぁ、と言った理由です」

 「……苦労してるのね、私たちなんかよりずっと」

 「そんなことはありません。そもそも苦労なんて客観的に重さを判断できるものでもありませんし、私は幸せです。その幸せの対価がこの程度の苦難なら、安いものです」

 「………そう、君、いいヒーローになるわね」

 「……ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほーん、直に見ると……どうなってんだお前の体」

 「さぁ……?俺にもさっぱり」

 

 夜、風呂場に集まり始まるのはA組男子生徒達による裸の付き合い。個人に差はあれど雄英のカリキュラムによって鍛え抜かれた各々の筋肉美が光る中一人実の詰まっていないスッカスカの体を見せつける悟。二人で彼を挟むと肋骨の隙間から互いの視線が交差する。

 

 「鈴木はそもそも風呂入って意味あんのか?」

 「まぁ今日くらいは……泥や土もついてるだろうしね。それに数少ない楽しみの一つでもあるかな」

 

 ガラガラと扉を開くとそこに広がっていたのは石で縁取られた見事な露天風呂。吹き抜けの天井から入り込む夜の風が肌を冷たい冷気に晒すが、それが少し熱めのお湯との綺麗なコントラストとなっており、その心地よさに身体の芯まで癒えていく。

 

 「ふぅ…………」

 「ふぃ〜……あー気持ちいい。鈴木お前、多分だけど家の風呂場結構お湯満タンに入れるだろ?溢れるかどうかのライン少し手前くらいで」

 「え、そうだけど……おかしい?」

 

 瀬呂に至極当然のことを聞かれて不思議に思う悟。別に温泉だってそうだし、それが何か問題のある行為なのだろうか。

 

 「いや俺らはよ、そんなに入れたら風呂入ったとき絶対風呂のお湯溢れんだよ。多分鈴木って風呂入っても体スカスカだから全然お湯の体積増えねぇだろ?だから多分そうじゃねぇかって」

 「あ、なるほど!はぁ〜、瀬呂、っていうか、じゃあみんなはそこら辺考えながらお風呂のお湯入れないといけないんだ」

 「あ、いや。別にそんな神経質になって調整はしねぇけどよ。溢れるギリギリの量になってたら慌ててお湯止める、くらいにはな」

 「へぇ〜……大変だなぁ」

 

 他愛無い会話をする鈴木。隣で砂藤が手でお湯を掬い顔にかけるのをなんとなくぼーっと見ているとその視線に気づいた彼から声がかかる。

 

 「ん?どうかしたか鈴木」

 「あー、そういうことすんのかって」

 「え、なんか俺マナー的にまずいことした?」

 

 「あ、そうじゃ無くて。顔に湯水かけたりするんだなぁってだけだよ。ほら俺……」

 

 砂藤の真似事をして手でお湯を掬い上げようとするが、手の隙間から全て抜け落ちてしまい、掬い上げた手には何も残っておらず骨の表面からポタポタとお湯が滴り落ちていた。

 

 「あーなるほど、なんか色々大変だなぁその体」

 「別に俺は問題ないけどね……ところで……アイツ何してんだ?」

 「ん?」

 

 鈴木の視線を追って顔をそちらに向けると腰にタオルを巻いた峰田が男湯と女湯の境の壁を見つめたまま仁王立ちしていた。

 

 「まぁまぁ飯とかはね、ぶっちゃけどうでもいいんスよ。求められてんのって、そこじゃないんスよ。その辺分かってるんスよオイラ。求められてんのはこの壁の向こうなんスよ」

 「一人で何言ってんの?峰田くん」

 「きょうび男女の入浴時間ズラさないなんて……事故。そう、もうこれは事故なんスよ」

 

 壁の向こう側から女子たちの声が聞こえてきて、峰田の意図を悟り顔を赤らめる男子生徒が数人。バカらしいと暴言を吐きかける生徒が一人、怒りに震え立ち上がる生徒が一人。

 

 「峰田くんやめたまえ!君のしている事は己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!」

 

 

 

 「やかましいんスよ」

 「(あ、ヤバい。峰田マジでやる気だ)」

 

 瞬間、頭のモギモギをちぎり取り壁に貼り付けゴキブリのように壁を這い登っていく峰田。魔法で風呂場の中に転移させるべきかとも考えたが、そもそもこの速さでは壁の頂上に到達することなどものの数秒もかかるはずも無く、あ、これ間に合わないなと諦める悟。

 

 「壁とは超える為にある!PlusUltra!!この時の為に!この時の為にオイラは―――」

 「ヒーロー以前に人のあれこれから学び直せ」

 「(ごもっともだな)」

 

 涙を流しながら親の仇でも見るかのような目で洸汰を睨みつける峰田。峰田を追いかけて丁度壁の下にいた飯田の顔に、峰田の尻がくっつく瞬間に顔を覆ってため息をついたのは何故だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………ちょっとくらい外に出てもいいか。

 そんなことを考えて夜、音を立てないように部屋から出て、フライを唱え足音を立てずに廊下を行く悟。玄関前まで行くとゆっくりと両開きの扉を開け放つ。眩い月光が室内に侵入するが一瞬でその光は絶たれ、扉を抜けて外に出るとそのまま飛びあがろうとするが、彼に声がかかる。

 

 「……どこ行くつもりだ」「え?あ」

 

 「……重大な規約違反行為だが……まぁお前は特別に許してやる」

 「すいません……少し、夜風に当たっても?」

 「俺の目の届く範囲でな」

 

 案の定悟の考えがバレていたのか、それとも単に見張りのためにこんな夜遅くまで外で待機していたのかは知らないが相澤が外の柱に背を当てて腕を組み立っていた。では、失礼しますと言って飛び上がり屋根の上に登り背をつけ寝っ転がる。横になっても彼に一切眠気など存在せず、何も考えずぼーっと満月を眺めるだけであった。

 

 「……っと、俺の目の届く範囲でと言っただろうが、バカ」

 「あ、す、すいません…」

 

 屋根まで登ってきた相澤が悟の近くに歩いてきてそのまま隣に腰掛ける。何のようだろうと少し疑問に思いつつ相澤の方を向いていると彼が口を開く。

 

 「……少し話がある。オールマイトのことだ」

 

 ドキリと無いはずの心臓が鼓動する。話ですかと言って上体を起こして右に体を向けると、胡座をかく相澤が目薬をしてパチパチと瞬きを繰り返しながら言葉を発する。

 

 「……お前がオールマイトに使った個性の影響が、まだ解けない」

 「――――――そんな―――いや――」

 

 「……その様子じゃ、何となく分かってたっていう風だな」

 

 衝撃を受けてはいるがどこか納得している様子に、相澤がため息を吐く。

 

 「………わざとか」

 「……新たに発現した能力の効果は知りませんでした。ただ―――嫌な、予感は………あり、ました………」

 

 「……そうか」

 「…………………」

 

 項垂れて何も言葉を発さなくなった自身の生徒を見つめて、再び息を吐く。彼にそんな意図はなかったのだが、長いため息がどうやら自身の生徒には効果覿面だったようで肩がびくついていた。

 

 「………あんまり気負いすぎるな、明日からの―――朝からの強化訓練に支障が出る」

 「し、しかし………」

 「……お前にとって理不尽な場を用意したのは俺たち教員側だ。お前は必死だった、ただそれ以上でもそれ以下でも無い。まぁただ―――罪悪感があるならこれを反省して今後は新しい力とやらを使う前に、一歩立ち止まることを覚えりゃいい」

 「…………オールマイトは、何と言ってましたか……?」

 

 

 

 「ノープロブレムだと。お前の成長を喜んでいたよ」

 

 

 

 

 「……そう、ですか」

 

 言いたいことを言い終えたのか相澤が立ち上がり前に歩いていく。屋根の縁で立ち止まると背中を向けたまま悟に語りかける。

 

 「やっちまったもんは仕方ねぇ。ただそれに対するお前の選択は後悔じゃねぇはずだ。反省を糧として自分のやれることを考えろ。合理的にな」

 

 「………はい」

 

 既にいなくなった担任の背中に向けて返事を返す悟。再び背をつけて空を仰ぐと視線の先には満月が輝いていた。それに向かって腕を伸ばして全開まで手を開き―――月を握りつぶすように、力強く五指を折り畳む悟。空に青みがかかり、山の向こうから光が漏れ始めた頃、ついに彼らの強化合宿が始まるのであった。

 

 




次回から本格的な訓練の開始です
あまり関わりの無かったB組の生徒たちとも少し関わらせたいですね
それではまた次回


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仲間

前回に引き続き林間合宿編です
B組と絡ませたいとか言っておきながら全然絡ませられなかった……
それでは本編どうぞ


 「なんだこの地獄絵図……」

 

 そう呟くのはヒーロー科B組、鱗飛竜。彼らの前に広がるのは大凡正気とは思えぬ度を超えた鍛錬に勤しむA組の光景。誰もが誰も苦悶の表情を浮かべて、それでも尚特訓に励んでいた。

 

 「時間がないんでB組も早くしろ」

 

 そう言ってB組の元に歩いてくるのはA組の担任であり本特訓の監督官の一人でもある相澤消太。そんな彼の言葉に疑問を呈するB組の女性徒。隣にいるクラスメイトと顔を見つめ合わせて言葉を発する。

 

 「でも私達も入ると40人だよ。そんな人数の個性をたった6名で管理できるの?」「さぁ…?」

 

 「だから彼女らだ」

 

 彼女?とB組の生徒達が口を揃えて言うと、口上通りどこからとも無く現れるプッシーキャッツの四人。それぞれが自身の個性の説明を行い訓練の手順を説明する。プッシーキャッツが一人、虎の元では既に緑谷が訓練を行っていた。

 

 「さぁ撃ってこい!!」

 「5%デトロイトォッ!!スマアッシュッ!!!」

 「甘いッ!!!」

 「ふぐあッ!!!」

 

 緑谷の放った渾身の一撃を難なく回避した虎がカウンターを叩き込むと一直線に吹き飛び木に激突する緑谷。

 

 「まだまだキレッキレじゃないか!筋繊維が千切れていない証拠だよ!」

 「いえ……さー……」

 「声が小さい!!」

 「イエッサー……ッ!」

 

 

 

 

 「……Plus Ultraだろう……?しろよ…!ウルトラァ゛ア゛……ッ!!」

 

 イエッサー!!と喉を枯らせて叫ぶ緑谷の声を聞いて恐怖を覚えるB組の生徒達。そんな彼らの気持ちなど知ったこっちゃ無くB組担任、ブラドキングが彼らを激励する。

 

 「A組に遅れを取るなッ!B組行くぞッ!!!」

 「「「「「はいッ!!!」」」」」

 

―――瞬間、遠方に落雷が落ちる。

 

 「うぉ!?な、何だ今の!?」

 「雷……?こんな、晴れの日に……」

 

―――瞬間、爆発音が鳴り響き大地が微小な振動を起こす。

 

 「うぉおおおお!?な、何だ今度は!!!」

 

―――瞬間、天高く火柱が昇る。

 

 「……あ、あの、先生。アレなんすか……」

 「……お前らも知ってるだろう。A組の鈴木悟だ」

 

 「鈴木………?ッ、ひ、一人であんなことやってんすか!?」

 

 現に目の前でそうなってんだろうがというとまたも遠方から耳をつんざくような雷の音が炸裂する。体育祭でたしかに強いことは分かっていたが、小規模な天変地異のようなソレに唾を飲み込む者が多数。

 

 「あ、あの……なんで彼だけあのような遠い場所で……?」

 「見れば分かるだろう。全力を出したら規模がデカすぎて危険だからだ。さぁ、他人に気を配っている場合では無い。訓練、始めるぞB組ッ!!!」

 

 再びブラドキングが威勢のいい声をあげるとつられて返事をするB組の生徒達。A組に続いて、B組の生徒達の地獄の強化合宿が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………チィ、もうガス欠か。俺も他人のことどうこう言えないくらいには持久戦は向いていないな。………伝言(メッセージ)も無理か。………時間は、正午を少しすぎたくらいか?」

 

 個性を発動してペイルライダーを呼び出し、ペイルライダーに跨り指示を出す。

 

 「ペイルライダー、ここから南南西の方向へ駆けろ。目的地の近くまで行けば人がいるはずだ」

 『承知いたしました。ハイヤァッ!!!』

 

 空中へ飛び立ち宙を駆ける。一息つく悟が辺りを見回す。見えるのは鬱蒼と生い茂った森だけであり、周囲には人の気配は一切しない。

 

 「(ちょっと遠くまで転移しすぎたか……どうせガス欠になって帰りは転移できないならもう少し近くでも良かったな)……個性が使えないとなると……次は何をするんだろ」

 

 数分後、空を駆ける騎馬が地に降り立ち主人を背中から下ろしたあと姿を消す。生徒達の監督を行なっていた相澤が馬の嘶く声で悟の存在に気づき振り返る。

 

 「どうした、まだ訓練始まったばっかだぞ」

 「すいません、ガス欠です。ちょっと休憩しないと魔法は使えませんね」

 「……今は僕を呼び出していたようだが?」

 「あ、アレは別でして……うぅん、何て言ったらいいんだろ……アイツらは使用回数に制限はあるけど使用自体には……えーっと、そうですね。魔力……マジックポイント的な奴は使わないと言いますか……」

 

 

 「……よくわからんが、兎に角今は魔法は使えないってことか」

 「はい、その認識で構いません」

 「……個性の伸びは感じたか?」

 「いえ、特に実感は……」

 「そうか……どうするか………」

 

 「んじゃあ動体視力の訓練でもする?」

 「!ピクシーボブ……えっと、動体視力を伸ばす、っていうのは」

 

 まぁまぁいいから付いてきて!と言われて引かれるままにそちらへ向かう。数分歩いてたどり着いたのは断崖絶壁。指定された場所に立ち一体何が始まるのかと疑問に思っているとピクシーボブが口を開く。

 

 「んじゃあ……落ちないように頑張って!」

 「は?うぉ!?」

 

 ガクンと膝が揺れる。一体何をと言う前に地盤が砕け散り雪崩のように岩石片が悟を巻き込み崖下へと落ちていく。

 

 「ちょ、落ちるなって……ええい!ままよ!なるようになれ!!」

 

 瞬時に辺りを見回して周囲の状況を判断する。自分の今立っている位置から飛び乗れそうな岩はどれかを探してそちらに飛び移り、再び周りを見回して同じ動作を繰り返す。

 が、流れ落ちる岩雪崩がスローモーションのように感じる、はずも無く。

 

 「やっぱ無理ッ!!!」

 「あらら……落っこっちゃった。大丈夫〜??お、無事っぽいね。良かった良かった」

 

 岩を持ち上げて悟が岩石郡の中から姿を現す。崖の上からこちらを見下ろすピクシーボブに質問する悟。

 

 「あのぉ!これって何の訓練ですか!!」

 「瞬時にどの岩から岩へ飛び移れば大丈夫なのか見極められるか。動体視力ってより、これじゃあ瞬発力かな。どう?もっかいやってみる?」

 

 「(………他に方法は無かったのか……まぁいいや暇だし)……お願いします」

 「オッケー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「では、もう一度お願いします」

 「おっけー、んじゃ……いくよ!!」

 

 地面に手を当て個性を発動するピクシーボブ。瞬間、大地がグラリと揺れて悟が身構える。

 

 「ッ!!(―――さて)」

 

 辺りを見回す。時間の猶予は無い。この一瞬で二、三手先のルートも読んだ上で道筋を決める必要がある。

 

 「(……一番近いのはあそこか、だが無しだな。その後の枝分かれが無い)」

 「(あそこは……だめだ。足場が不安定すぎる)」

 

 「となると……そこだな」

 

 岩を蹴り別の岩へと飛び乗り、そこからは止まることなくすぐ様次の岩へと飛び乗る悟。最初から道が敷かれていたように綺麗に上へ上へと登って行き、そして遂に、

 

 「ッ、とぉ!うお、危ね!……ふぅ」

 「……うそ、もう登っちゃった……学習速度早いね君……」

 

 早いと言ってもとうに試行回数は二桁を超えていたのだが、それでもこれほど早く崖上まで到達するとは思っておらず、意外そうに悟を見つめるピクシーボブ。

 

 「そんなことはありませんよ。ただ冷静に落ちついて対処すれば問題無く……」

 「あの状況において、あんたの言う落ち着いてって言うのが一番難しいはずなんだけど……どう?ちょっとばかし遊んでたら、えっとなんだっけ。まじっくぽいんと?って奴は回復した?」

 

 「……そうですね、少しばかり。全快とまではいきませんが」

 「オッケー!んじゃあ……ここら辺は人もいないしここらで続ければいいんじゃない?あんまり遠くまで行っても帰ってくるの大変でしょ?」

 「………そうですね、そうさせてもらいます」

 

 んじゃ、頑張ってねー、と投げやりな言葉を残してその場を去るピクシーボブ。再び辺りに炎が、雷が荒れ狂うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「己で食う飯くらい己で作れ!カレー!!」

 「(あ、ヤバい。料理作るってなったらマジもんの無能だぞ俺)」

 

 個性の訓練を終えて私服に着替えた彼らの前にプッシーキャッツが用意したのはいくつもの具材とカレールー。空はオレンジ色に染まり日が山の向こうへ落ちていく頃、こういう野外の合宿で定番と言えば定番なカレー作りに勤しむA組の生徒達。家で親の手伝い等でカレーを作るに際してワクワクも何も無いが、ただ外で友達と協力すると言うだけで中々に心が躍るものである。

 

 「ありがとう轟くん!」

 「別にこんくれぇ問題ねぇ」

 「轟〜!こっちにも火ちょうだ〜い!」「ん、わかった」

 

 「……ふぅ、こんくらいでいいかな」

 「バ火力の魔法しか使えねぇのかとも思ったけど、案外調整もできんだな鈴木の魔法って」

 「あーいや、轟みたいに調整はできないよ。何というか……弱火、中火、強火の三段階しかなくて、その間の火力を出すことはできないかな」

 

 ふーん、と言って、興味があるのか無いのか分からないような声で後ろから悟の背中を見つめる上鳴。他方では爆豪が爆破によって火をつけようとするが案の定竈を破壊していた。

 

 「(……火をつけたら手持ち無沙汰になった。どうしよう)……あー、俺、何か手伝えることあるかな……生憎料理は作ったことないんだけど……」

 

 みんなが忙しなく働いている中一人立ち尽くすことに罪悪感を覚えて尋ねると玉ねぎを切っていた葉隠が目を擦りながらこちらを振り返る。

 

 「んんー、あー痛い……えーっと、そうだなぁ……そうだ!料理したことないならやってみようよ!」

 「え、いやそれは……」

 「いいからいいから!こっち来る!」

 

 バンバンと軽く調理台を叩く葉隠の側に仕方なく近寄る悟。傍には玉ねぎが積まれておりこの量を捌くのかと少し驚いていた。

 

 「鈴木くんどのくらい料理やったことあるの?」

 「あーいや、全く……」

 「包丁とかは触ったことある?」

 「全然……」

 「そうなの?ほら、調理実習とか……」

 

 「………いや、ごめん。やっぱり触ったことないかな」

 

 お前が触ったら食材が汚れる、などと言いがかりに近いことを言われて小中の班ではハブられていたが、それを今言う必要は無いと頭の中に仕舞い込む。

 

 「……?そっかぁ、じゃあ、ほらこうやって持って!」

 「………あの、どうやって?」

 「あ」

 

 自分がお手本に右手で握ってみせるが、他人に見えるのは宙に浮く包丁だけで、どうしたらいいのか全く分からない悟。どうしようか悩んでいると先ほどからその光景を眺めていた別の生徒から声がかかる。

 

 「葉隠ちゃん、私が代わるわ」

 「あ、梅雨ちゃん!ご、ごめん、お願い」

 

 「分かったわ……よいしょ、じゃあ始めましょう鈴木ちゃん」

 「あ、はい、よろしくお願いします」

 

 「そんなにかしこまらなくてもいいわ、玉ねぎ切るだけだもの。えっとね、まずは……」

 

 蛙吹が手取り足取り教えると、やったことは無いがやはり飲み込みは早いようで初めてにしてはそれなりに綺麗な包丁さばきであった。ただ、

 

 「……えっと、蛙吹さん、ここ……」

 「梅雨ちゃんと呼んで。そこは玉ねぎの根の部分よ、食べられないから切り落としてちょうだい」

 「えっと、どうやって……」

 「二等分した玉ねぎを寝かせて……こう、包丁を差し込むように三角に切れ込みを入れるの。硬いから少し強めにやっていいわ」

 「少し強めね、わかった」

 

 言われた通りに玉ねぎを寝かせて芯の少し上の部分に刃を当てる鈴木。たしかに少し刃を押し当ててみると他の部分より固く、なるほどなと言ってもう一度刃を少しだけ持ち上げて―――

 

 「フンッ!!」

 

―――玉ねぎごとまな板を両断する悟。刃こぼれなんてレベルでは済まないくらいに包丁が剛力によりねじ曲がっていた。

 

 「………強すぎよ鈴木ちゃん」

 「……ご、ごめんなさい蛙吹さん……」

 「梅雨ちゃんと呼んで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……そう、いい感じよ。飲み込みが早いのね鈴木ちゃんは」

 「蛙吹―――つ、梅雨ちゃんの教え方が上手なだけだよ……よいしょ、ふぅ」

 「………ん、ごめんなさい。あとは任せてもいいかしら?」

 「わかった―――え!?え!!ごめん!!え!!?!?」

 「?ど、どうしたの鈴木ちゃん…?」

 

 悟が唐突に慌ただしく謝罪をするので困惑してしまう蛙吹。彼らの周囲で作業していた数人が何だろうとそちらへ顔を向ける。

 

 「どったの鈴木?」

 「どうかされましたの?蛙吹さん」

 「い、いいえ別に……どうしたの鈴木ちゃん?」

 

 

 

 「え、いや……泣いてるから俺なんかやらかしちゃったのかと……」

 

 ポカンと全員が固まる。直立不動で瞬きを繰り返す彼らに今度は悟が困惑する。えっえっ、と言ってキョロキョロと一人一人を見つめるが、依然変わりなく蛙吹は目尻に涙を浮かべたままである。唐突にぷっと吹き出しかけた上鳴が口を開き、便乗するように峰田が口を開く。

 

 「あぁあー鈴木、お前やっちまったなぁ〜」

 「え」

 「お前……知らないからってそれは許される行為じゃねぇぞ……」

 「え!?」

 「辛かったろうなぁ……梅雨ちゃん鈴木のために我慢して……」

 「え!!?ご、ごめん!!梅雨ちゃんごめん!!!俺いったい何したの!!?!?」

 「お、落ち着いて鈴木ちゃん!!!別に何ともないわ!!!」

 

 いってぇー!!と上鳴の叫ぶ声がする。上鳴が身をかがめて頭を抱える後ろで瀬呂が握り拳を作って立っていた。

 

 「ってぇなぁ!!ちょっとした悪ふざけだろーが!!!」

 「やりすぎだアホ。あー鈴木、別にお前悪くねーから安心していいぞ。玉ねぎ切ったら涙が出てくんだよ」

 「え?そ、そうなの??な、なんで……」

 「硫酸アリルと言う玉ねぎの成分によるものですわ。玉ねぎを切ると細胞が破壊され、中に含まれる催涙成分である硫酸アリルが気化し目や鼻に入ることで涙が流れる、というわけですわ」

 

 そうなんだ、と鈴木含む周りの人間が呟く。

 

 「え、えっと、本当に何ともないんだよね?梅雨ちゃん……」

 「え、えぇ、鈴木ちゃんの方こそ……まぁ、何ともないのは当然かしら……」

 「う、うん、俺は何ともないけど……」

 「……お前玉ねぎ切るの適任じゃん」

 

 確かにと頷く周りのクラスメイト。え?と言葉を漏らす悟に瀬呂が声をかける。

 

 「んじゃ、そういうわけで玉ねぎよろしく」

 「あ、うん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………羨ましいか?」

 「あ、相澤先生」

 

 リビングで一人、ソファに腰掛ける悟。彼の姿を見かねてかは分からないが担任が隣に腰掛ける。片手にはアイスココア、脇に紙の束を携えておりソファに座るとペラッと資料を捲る。外からはカレーを胃の中にかきこむクラスメイト達の楽しそうな、嬉しそうな声が響いていた。

 

 「………そうですね、少し羨ましい」

 「……そうか」

 「でも、不思議に思うんです」

 「何がだ?」

 

 チラリと後ろを見つめる。玄関の向こうからは変わらず食事に勤しむ生徒達の声。

 

 「なんで、食事を羨ましいと思うのか」

 「?お前が食事をできないからじゃないのか」

 「いや、よくよく考えたら俺にできないことなんていくらでもあるんですよ。でも……食事、睡眠……他にもあるかな……まぁ、他人ができて俺ができない、それでいて俺が羨ましいと思う、思ってしまう行為に共通するものは何かを考えていて……」

 

 

 「……お前以外のみんながやってる行為、じゃないか」

 「………かもしれないけど……なんだか違うような」

 

 おかわりを催促する切島の声が外から響いてくる。正面に向き直り口を開いて天井の照明を見つめる悟。

 

 「……まぁ今更なんですけどね。料理をみんなで作るのは楽しかったし、新しい幸福の発見にもなった。それ以上は望みませんよ。それが分相応ってものですから。できないことを追い求めるほどバカでもないので」

 「………お前も手伝ったんだってな、カレー」

 「え?あ、はい、そうですが……」

 「なら誇れ、謙虚なお前が羨ましいと思うほどの幸福を、お前の手で他人に与えることができたんだ。他人のために奉仕する、って意味で言えば料理作んのもヒーロー活動すんのもそう大差はねぇよ。重く捉えすぎるな。たかだか食事で悩むことはねぇ」

 「……ありがとうございます」

 

 もう一度外の声に耳を傾けてみる。みんな楽しそう。この幸福の一端を俺が担ったのなら、それはとてもいいことかもしれない。

 

 「……先生は」

 「なんだ」

 「先生は、食事のできない俺を、かわいそうだと思いますか?」

 

 

 

 「まったく」

 「………それは何故でしょうか」

 

 なんとも答えづらそうな質問に、なんでも無いようにアイスココアを啜りながら答える相澤。

 

 「……食事ができないからかわいそう、そりゃ俺たち食事ができる奴のエゴってもんだ。……猫」

 「へ?」

 「猫のことをかわいそうと思うか?」

 「いや別に…」

 「それと同じだ」

 

 パンパンと紙束を揃えて机の上に置き直す。

 

 「会話ができないから可哀想、長く生きられないから可哀想、人の喜びを知らないから可哀想。……何故そう言える?幸福の有無を他者が決められるものじゃ無い。食事のできないお前の体も、俺には分からない幸福がどこかにあるはずだ。食事に死ぬほど興味がそそられるってわけでも無いんだろ?」

 「……まぁ」

 「だったらそこまで気にすんな。偶々食事に興味が湧かなかっただけだ、ゲームにハマらない男子高校生みたいにな。今がつまらないなら色々試せ、若いうちに」

 「………ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………つぅ、ガス欠……全く個性の成長を感じないな……みんな体を酷使しつつも着実に伸びている様子だし……あんまりオールマイトや先生方に頼るのもなぁ……」

 『みんなお疲れ様!!今日はこれで終了だから戻っておいで!!』

 「……ちょうどいいや。ペイルライダー、戻るぞ」

 『ハッ』

 

 マンダレイがテレパスで訓練の終了を告げる。ペイルライダーに跨り、空に飛び立つ悟。辺りを見回しながら心地よい風に煽られつつ目的地へと駆けて行く。

 

 「……ん?……ペイルライダー、あの少年の元へ向かえ」

 『ハッ』

 

 視界の先、見覚えのある一人の少年がぼーっとどこかを見つめながら立ち尽くしているのを見つけて、何となく近場に寄る悟。背後から近づくようにペイルライダーを寄せるが着地した瞬間馬が嘶き、その声で気づかれ後ろに振り向く。

 

 「!?な、なんだお前!!」

 「あ、ごめんごめん、驚かせちゃったね。えーっと、雄英高校、今学生がいっぱい来てるでしょ?その一人だよ。鈴木悟。よろしくね」

 

 流石に驚くなと言う方が無理があり、青白いアンデッドの騎馬から降り立つ身長2mを超える骸骨に睨まれビクッと体を後ろに引く洸汰。

 

 「……何しに来たんだよ」

 「いや、マンダレイのテレパスあったでしょ?ってことは、もうそろそろご飯だろうし……ここからあっちまで遠いから、送っていこうか?」

 

 「……いらねぇよ、さっさと俺の秘密基地から出ていけ」

 「……そっか。……洸汰くんはさ」

 「出ていけっつったろ!!」

 

 「ヒーローが嫌いなの?」「ッ!!!」

 

 あからさまに洸汰の顔色が変わる。やっぱりかと頭の中で呟きつつジィッと洸汰を見つめたまま動かない。

 

 

 「……あぁ、嫌いだよ。ヒーローもヴィランも、個性の強化とか言ってるお前らも、個性ひけらかして………だから殺しあって死ぬんだよ、バーカ」

 「………なるほどね」

 「もう用ないんだったら出てけよ!!!」

 

 なんとなく、過去に何かあったなと推測はできるがそこまで踏み込むわけにもいかず、今自分ができることは無いなと思いペイルライダーに跨り直す悟。

 

 「………君の言う通りだ、ヒーローは平和のためなら自己犠牲を厭わない、自分の命の価値すら知らないバカばかりかもね。何しろ俺がその一人だから」

 「うるせぇよ!!テメェの話なんか聞いてねぇんだよ!!」

 「………俺はヒーローを目指してはいるが、ヒーローを否定する人間がいるのは全然構わないと思う。だって俺も恐ろしかったからね」

 「……何がだよ」

 

 

 

 

 「友達が死にかけた、その友達がヒーローを目指しているせいで」

 「―――」

 

 

 

 「そもそもヒーローなんか目指さなければ友達もできなかったし、そんな辛い思いをする必要も無かったんだ。ただ、もうその友達と縁を切ることはできない。俺は既にその友達を、いや、友達みんなを愛してしまっているからだ。だったらどうすればいいと思う?」

 「……知らねぇよ!!テメェの事情なんか―――

 

 

 

 「俺がヒーローになる。もう誰も傷つけさせないために―――この命に代えても彼らを守り抜く。……ごめんね、他人の領域にズケズケと。君の抱えてる悩みが何かは分からないが、いつかは晴れるといいね。では行くか、ペイルライダー」

 『ハッ!!ハイヤァッ!!!』

 

 辺りに風を巻き起こしその場から瞬時に飛び立つペイルライダー。後には歯を食いしばり、何かをボソボソと呟いている洸汰の姿だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さて腹もふくれた!皿を洗った!お次は…」

 「肝を試す時間だー!!!」

 「その前に大変心苦しいが補習連中はこれから俺と授業だ」

 

 嘆きの声を上げながら相澤に引っ張られていく補習組を気の毒そうに見つめる悟。プッシーキャッツのルール説明を受けてくじを引き、決まった相方の方へと足を運ぶ悟。

 

 「というわけでよろしく、緑谷」

 「よ、よろしくね!鈴木くん……」

 「?どうした?元気がないようだけど……」

 「う、ううん!何でもないよ!!」

 「そう……?」

 

 こんな暗闇の中を2m超えの髑髏と歩幅を揃えて歩くのは、ある意味で心強いが純粋に恐ろしく、元気がないのはお前のせいだと言うわけにもいかず虚勢を張る緑谷。緑谷と悟は八組目と一番最後の順番であるため森の中から時折聞こえてくる悲鳴に怯えていた。

 

 「うわぁ……怖そう……俺こういうのやったことないから全然分かんないんだよなぁ」

 「(その見た目で怖そうとか言わないでよ!!)」

 

 鈴木の数百倍緊張しながら自分の順番を待つ緑谷。その他にもまだ出発していない組が複数あり、順番を今か今かと待ち望んでいた―――わけではないが、その時―――それは、始まった。

 

 

 

 

 「(………?なんか……)………緑谷、なんか焦げ臭くないか?」

 「え?………たしか、に、って、な、なんだアレ……!?」

 

 緑谷が表情を歪めて上空を見る。釣られて顔を上げる悟とその他複数名。青い光が夜空の一角から漏れていた。

 

 「―――【敵感知(センス・エネミー)】」

 

 コイツはマズイ、と何となく感じた悟が周囲の敵の警戒をして魔法を発動させた瞬間、

 

 「え?きゃ、きゃあ!な、何これッ!?」

 「ピクシーボブッ!!?」

 

 「―――チィッ!!【上位全能力強化(グレーター・フルポテンシャル)】」

 

 敵を感知した瞬間、ピクシーボブの体が宙に浮き暗闇の中に引き寄せられて行く。敵を感知できていた分、一瞬だけその場の誰よりも早く動けた悟が身体能力を強化して地を蹴り瞬時に前へ飛び出すと引っ張られて行くピクシーボブの手を掴みこちら側へ引っ張るが、

 

 「―――ッ、グゥッ!!!」

 「す、鈴木くん!!クソッ、あんた達誰よ!?離れなさいッ!!」

 

 「―――っとお、危ないわねぇ。話には聞いてたけど、凄いわ!今の一瞬で動けるなんて」

 

 ピクシーボブの体を引く謎の力に抵抗できず、悟もろともヴィランの元へ引っ張られる。引っ張られてなす術の無いピクシーボブの頭部に、暗闇の中から何かが振りかざされるのを見て、手で止められるかと悩んだ結果、最悪を想定して自身が上へ覆い被さると、脊髄に重い一撃が振り下ろされ身が崩れ落ちる悟。自身の体に働く力が消えたのを感じて、即座に地面に手をつき大地を動かしヴィランと自分達を引き離す。

 

 「鈴木くん無事!?ごめんなさい!!私のせいで…‥」

 「……………」

 「す、鈴木?お、おい……無事なのか?」

 「……………」

 「す、鈴木くん?」

 

 「………………」

 

 無言で立ち上がる悟。まるでダメージを感じさせないようにヴィランを睨みつける。無言で魔法を発動し、衣服を変える。ローブを羽織り金色の杖を握り締めると、風に煽られローブがはためく。

 

 「我らヴィラン連合開闢行動隊ッ!!そして俺はステインの意思を継ぐものッ!!!」

 「……貴様ら、俺たちを殺しに来たのか」

 「あぁ!?だからステインの意思を継ぐっつったろうが!!まぁお前が偽物なら図らずもそういう目的になっちまうけどな」

 「まぁ私はステインの意思とかどおぉぉぉぉおッでもいいんだけど……未来の敵対因子の種を潰すに越したことは無いわね」

 

 

 

 「………そうか………ところで、先程の一撃……中々に重い一撃だったな……結構響いたが……」

 「鈴木くん!!どうしたの!!聞こえてないの!?」

 「鈴木くん!!どうしたんだいったい!!!聞こえているのか!!!」

 

 周りの声が聞こえていないのか、プッシーキャッツの静止の声も、仲間達の呼び声も無視して淡々と相手に語りかける。中々に響いたと言われてハンと鼻を鳴らすヴィランが返事を返す。

 

 

 

 

 

 

 

 「当たり前じゃ無い、殺す気でやったんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そうか」

 「!?な、何だ……!?」

 「ヒッ!?」

 「す、鈴木くん!?落ち着くんだ!!!」

 

 「(―――や、ばい)」

 

 葉隠が、既視感のあるソレに、吐き気を催す。何度も、では無いが経験したことのある、悟の波動。身の毛がよだつソレを、経験したことあるが故に、人一倍恐怖を感じていた。だが、それ以上に危機感を感じていた。なぜならそれが―――

 

 

 「(―――今までの―――比じゃ、無い―――)」

 

 「な、何なのよあの子ッ!?ちょっとちょっとちょっとお!聞いてないわよ、こんなの!!!」

 「し、知らねぇよ!!!俺だって初めて会うんだから分かるわけねぇだろ!!!」

 

 悟が前触れも無く歩き出し、右腕を上げてローブの裾から手を覗かせる。そして、彼の周囲に魔法陣が展開するとヴィランが、そのオーラに臆しながらも襲いかかる。マグネが布を巻いた大きな磁石で悟の頭部目掛けて全力で振り抜く。が、

 

 「……な、なんで効いてないのよ!!あんたさっき…ッ!!」

 

 「……………」

 

 マグネの攻撃が直撃するも、微動だにしない悟。ジィッとマグネを睨みつけたまま魔法の詠唱が終わると、彼の右手には―――暗黒色の、不透明な光が宿っていた。何かは分からない、分からないが。ただ、その場にいた全員がそれを見て思ったこと。誰しもが分かった。

 

 「(―――ダメ―――それは使っちゃダメ―――)」

 

―――絶対にヤバい、と言うことだけは分かった。

 

 「ちょ……ッ!?ッタァ!!って、や、やめ―――」

 

 ギロリと眼窩に灯る赤い光でマグネを見下ろし、空いている左手で服の胸元を引っ張り自分の元へ引き寄せ頭突きをかます。そのまま離れずゼロ距離で睨みつけるとマグネの唾を飲み込む声が直に聞こえてきた。何か、ヴィランが言っていたが、それを無視して感情のままに怒りをぶつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「死ね」

 

 

 

 

 




それでは、また次回


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私、俺、自分

どんどん進めます、引き続き林間合宿編です
それでは本編どうぞ


 「死ね」

 「待ッ――「待ってッ!!!」

 

 

 

 

 「―――鈴木くんッ!!ダメ!!!それは―――ダメだってッ!!!」

 「…………」

 

 お願いと言って自分のローブを引っ張る葉隠。チラリと自身の右後ろに立つ葉隠を見つめたまま動かない悟。マグネは心臓が鼓動を繰り返して目に見えるほど大量の汗が額を伝っていた。唐突に、フッと悟の右手の輝きが消えるのを見て葉隠の顔が晴れる。

 

 「…………そうだな」

 「!鈴木く――「死ねッ!!!」

 

 悟の右手側からスピナーが剣を振りかぶる。えっ、と振り返る葉隠が身構える暇もなく、迫り来る刃物の束。

 

 「(危険な賭けだが―――クラスメイトが死ねば動揺の一つもすんだろッ!!!)」

 

 攻撃を仕掛けているのはスピナーであるのに、焦りが止まらない。一筋の望みにかけて剣を振りかざすが、

 

 「―――あ?」

 「……そうだな、殺してはダメだ、コイツらには――」

 

―――振りかざした剣の束が、悟の振りかざした右腕とぶつかり合い、縛っていたベルト等が引きちぎれバラバラに裂けて空中で分解する。分たれた幾本もの剣のうち一つを手に取り、

 

 「―――ぎゃあぁぁぁぁああ゛あ゛ッ!!!!」

 「―――え…?

 

 「………聞くことがあるからな」

 

 スピナーに向けて剣を振り下ろす。胸元を切り裂かれたスピナーから鮮血が飛び悟とマグネ、そして葉隠を赤く染め上げる。何が起こったのか分からずに困惑する葉隠が震える手で自分の顔をなぞると指先にねちょりと何かがへばりつき、その後鼻の奥を突くような血生臭さを自覚する。

 

 「は、ひッ、キャアァァアアアアアッ!!!!!」

 「葉隠さん!!!もうやめて鈴木くん!!どうしたの!?さっきからおかしいよッ!!」

 「鈴木くんッ!!!止まってくれッ!!!」

 

 仲間達の静止の声も聞かずに左手でマグネの首を握りしめたまま、地面に倒れ伏し悶え苦しむスピナーの首元に手を伸ばし、同様に握りしめて持ち上げる。二人が自身の獲物を手放して、自身の首を握りしめる白骨化した手を引っ掻いて何とか逃れようとするがその力は増すばかりである。

 

 「ピクシーボブッ!!」

 「分かってるッ!!!鈴木くん悪いけど容赦はしないからね!!!」

 

 「……ん?」

 

 悟と葉隠を分担しつつ、悟とヴィランを覆い隠すように大地が捲り上がる。悟に土石流が振りかかり完全に彼の姿を消す。数名の生徒が体を震わせてへたり込み俯く葉隠の元へ駆け寄り安否を確認するが、ガクガクと震えて涙をこぼすだけである。

 

 「ピクシーボブ!?す、鈴木くんは無事なんですか!?」

 「えぇ、ちょっと手荒だけど土石流の中に彼を固めた。身動きは取れないだろうけど死には「質問に答えろ」……え?」

 

 上空から声がして上を見上げる。空からぽたりぽたりとスピナーから未だに血が滴り落ちていた。

 

 「貴様らの目的は何だ、五秒以内に答えろ、でなければ殺す」

 「―――ば―――ご―――」

 

 「……よく聞こえんな、どうだ。これで話せるか?」

 

 ハァッ!と勢いよく息を吸い込むマグネ。ただあくまで手の力を抜くのはマグネの方だけで、答えるのが少し遅れたスピナーの喉は未だに力強く握りしめたままであった。

 

 「ッ、ハァッ!はぁッ、ふぅッ、ば、爆豪ッ!!爆豪勝己って名前のガキよッ!!その子を回収しにきたッ!!嘘じゃ無いわッ!!!」

 「敵の数は?」

 「はち……あぁいえ、9人よ!!9人ッ!!」

 

 「………そうか【麻痺(パラライズ)】」

 「ガッ―――」「グォ―――」

 

 「……………」

 

 無言で二人のヴィランを手放す悟。真っ逆さまに落ちていくマグネとスピナーを虎が何とか脇に抱えると上方から声がかかる。

 

 「マンダレイ、今敵の言った情報を全体に共有しろ。私は私で動く、ではな」

 「待ちなさい鈴木くん!!待ってッ!!ッ、あぁもう!!!」

 

 宙に浮いたまま彼らの視界から消える悟。マンダレイの呼びかけにも答えずその場から消えてしまう。悪態を吐きながらも全体に情報を共有するマンダレイ。その間に、虎は念を込めてヴィラン達の意識を刈り取っていた。

 

 「………我は生徒達の捜索兼ヴィランの討伐へ向かう。ピクシーボブよ、行くぞ。マンダレイは生徒達を施設まで誘導してくれ」

 「えぇ、分かってるわ。貴方達、着いてき「できません!!!」

 

 

 

 「あの状態の彼を放っておいて、逃げ帰るようなことはできないッ!!俺も連れて行ってください!!!」

 「お、俺も「ふざけないでッ!!!」

 

 マンダレイが怒号を上げる。プロヒーローの声に怯むA組の生徒達。余裕の無い表情でマンダレイが生徒達を睨みつける。

 

 「今は友情がどうこう言ってる事態じゃ無いの!!分かるでしょう!!?貴方達の、生徒達の命運をかけた話をしているの!!!素人頭で情に流されてどうこうしようなんて考えないでッ!!!分かったらこっちに着いてきなさいッ!!!」

 「で、できませんッ!!!私はクラスメイトに依然助けられたッ!!ここで引くわけにはいかないッ!!!」

 「いい加減に……ッ!……ふぅ、ならばクラス委員長。貴方には別の指示を出します」

 「べ、別の指示…?」

 

 

 

 「(幸いここから施設まではそう遠く無いわね……)貴方はクラスメイトを率いて無事に施設まで走りイレイザーヘッド、ブラドキングと合流、その後指示を仰いで。私は生徒達の捜索に回る。……貴方よりも私の方が戦力的な意味合いでは上よ。これなら文句は無いでしょう」

 「な!?し、しかし……」

 

 マンダレイがジッと飯田を睨みつける。それに対して唇を噛み締めるだけで反論が出てこない。そんな彼を見かねてため息を吐くマンダレイ。

 

 「……これ以上は時間の無駄よ。これが私の出せる最大限の折衷案。これ以上は譲歩できないわ。………ただ、そうね」

 

 飯田の様子を見て仕方ないとテレパスを繋ぐ。

 

 『皆に伝えます。もしヒーロー科A組、鈴木悟くんを見つけた場合は―――

 

 

 

―――……これでいいでしょう。A組クラス委員長、飯田天哉くん、クラスメイトのこと、頼んだわよ」

 

 文句は無いだろうという瞳で飯田をジッと見つめる。悔しさを滲ませながらもゆっくりと頭を下げて、はいと頷く飯田であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――鈴木悟くんを見つけた場合は―――止めてあげて。

 

 「………なるほどな、どういう指示だそりゃあ、とも思ったが……納得だ」

 「ハン、合法的にテメェをぶっ飛ばして良いって指示だよなこりゃ、オイ」

 

 「……………」

 

 爆豪と轟、彼らの目の前に広がるのは交戦の跡。木や地面にいくつもの切り傷が走り、巨大な大木が切断されて年輪が露わになっていた。そして、その光景を生み出した犯人であるムーンフィッシュはというと―――全ての歯を失い、地面に倒れていた。彼の隣に佇む悟の拳から血が滴り落ちる。

 

 「……鈴木、お前……だよな……どうした」

 「………爆豪、ヴィランの狙いはお前だ。早く避難しなければ」

 「舐めプ野郎の言葉は届いてねぇらしいな……おいクソ髑髏ッ!!さっきのマンダレイのテレパスはどういう意味だオイ」

 

 「【伝言(メッセージ)】……俺ですイレイザーヘッド。爆豪と轟の両名を見つけました。転移で安全な場所まで飛ばしたいと思いますが施設の方は……了解しまし「死ねやッ!!!」

 

 爆豪が悟に向かって個性を使う。爆炎に飲み込まれ姿を消す悟。

 

 「……おい」

 「この程度で止まるかよアイツが、構えろや。どう見ても普通じゃなかったろうが。次が来る」

 

 「……まぁな―――ガッ!?」

 

 背後から首を掴まれる轟と爆豪。彼らの背後に転移していた悟が容赦無く二人を締め上げる。無言で個性を使い体の周りに魔法陣を展開する悟。

 

 「…………」

 

 「―――テ―――メ―――」

 「―――待―――」

 

 光の粒子となってその場から消える二人の体。上げていた腕を下ろし、次の獲物を探してその場から消える悟であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あちらに感じるな。数は……3。

 個性により生命体の存在を感知した悟がそちらは向かう。無心で、そちらへ足を動かす。

 

―――残る敵は6。まだ回収していない人間は蛙吹、麗日、障子―――……と、そしてB組。早くしなければ。

 

 

…………………。

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「梅雨ちゃん?カァイイ呼び方!私もそう呼ぶね」

 「やめて。そう呼んで欲しいのはお友達になりたい人だけなの」

 

 麗日を退避させて自身も逃げようと身を引く蛙吹を追い詰めるトガ。蛙吹の長い髪を注射器で刺し、木に張りつける。

 

 「じゃあ私もお友達ね!やったぁ!」

 「ッ!」

 

 顔を紅潮させて興奮気味に蛙吹に近づくが身動きの取れない蛙吹が顔を引き攣らせる。

 

 「血ぃ出てるねぇお友達の梅雨ちゃん。カァイイねぇ。血って私大好きだよ!」

 「離れてッ!!」

 

 先に退避していた麗日が蛙吹の下まで引き返す。声に反応してトガが躊躇無くナイフを振るうが身を手前に引いて回避すると、ガンヘッド直伝のマーシャルアーツで渡我を他に伏せる麗日。身動きが取れないように手首を引っ張り首を後ろから押さえつける。

 

 「お茶子ちゃん……あなたも素敵。私と同じ匂いがする」

 「好きな人がいますよね?」

 「!?」

 

 不利な状況であるというのに笑顔をたやさずに頬を赤らめて自身の背に立つお茶子に語りかける。

 

 「そしてその人みたくなりたいって思ってますよね。分かるんです、乙女だもん」

 「(何……この人………!?)」

 

 ゾッと鳥肌が立つ。一方的に捲し立てるトガの息が荒くなっていきどんどんと顔が赤くなっていく。興奮気味に汗が流れて口角が上がっていく。

 

 「好きな人と同じになりたいよね。当然だよね」

 

 「同じもの身につけちゃったりしちゃうよね。でもだんだん満足できなくなっちゃうよね」

 「その人そのものになりたくなっちゃうよね。しょうがないよねぇ」

 「貴方の好みはどんな人?私はボロボロで血の香りがする人が大好きです」

 

 

 「……だから最後はいっつも切り刻むの。ねぇお茶子ちゃん楽しいねぇ…!恋バナ楽しいねぇ!」

 

 「痛ッ!!?」

 「チゥチゥ……チゥチゥチゥチゥ……」

 

 トガの言葉に圧倒されて飲み込まれていると太ももに痛みが走り、そちらに目を向けると注射器の針が刺さっていた。尋常では無い量の血が瞬く間に抜き取られていきクラッと目眩がして拘束が緩む。

 

 「麗日!?」「っ、とぉ」

 

 ボロボロの緑谷を抱えた障子がその光景を目にし声をかけると麗日の拘束から解放されて身を引くトガ。後ろを振り返りながら声をかける。

 

 「…人が増えたので殺されるのは嫌だから……バイバイ」

 「何だそれは」

 

 「え―――カハッ―――」

 「うぉ!?」

 「きゃ!」

 

 大地が揺らぐ。地面に亀裂が入り転びそうになる障子と蛙吹。いったい何が、と視線を上げると先程のヴィランの頭を鷲掴みにして地面に叩きつけている悟の姿があった。

 

 「す、鈴木ちゃん!?な、何してるの!!」

 

 蛙吹の困惑した言葉など聞こえてないようでゆっくりとヴィランの顔を持ち上げるとポタポタと血が顔面から滴り落ちていた。

 

 「な゛……ナ゛、ニ゛ィ……あ゛、な゛だ……ッ!?」

 「……何だそれは……殺すけど、自分は殺されたく、無い……死ぬ覚悟も無い、楽しみたいだけの、屑、が………調子に―――」

 

 「ほんまにアカンッて鈴木くん!!それ以上は―――」

 

 

 

 「乗るなあッ!!!!」

 

 「うォ!?や、止めろ鈴木ッ!!!どうしたんだ!!?一線を超えてしまうぞッ!!?」

 「やめて鈴木くんッ!!!」

 

 再び地が揺れる。トガの顔面が地面と激突して辺りに血が飛び散る。後頭部を押さえつける悟が今度は髪の毛を掴んで持ち上げると悟の手からトガがぶら下がり顔面が血だらけになっていた。後頭部で結んでいた髪が解けて長髪が垂れ下がり、白目を剥き口をぽっかりと開けて何かを呟くが彼に祈りは届かない。

 

 「や………め……ゆ……ひへ……

 「……やめて、許して………その言葉を無視して相手を殺すのが貴様ら―――」

 「やめろッ!!鈴木ッ!!それ以上やったら―――」

 

 

 「ヴィランだろうがあッ!!!」

 

 渾身の力で再度地面に向かってトガの頭部を叩き込むために、腕を振りかぶったが、

 

 「―――む!?」

 「―――ッ、梅雨ちゃん!」

 「ごめんなさい鈴木ちゃん!!ケロォ!!」

 

 地面へ拳を振り下ろすよりも早く悟の体に触れた麗日が無重力化を施し蛙吹が悟の身体に飛び蹴りを当てる。抵抗を失った肉体が森の茂みの中へと消えていくとトガの安否を確認する蛙吹。

 

 「ねぇアナタ!無事!?意識はある!?」

 「……か……は、は………ガッ……

 「……マズイな、頭をやられてるかもしれない。適切な場所へ運ばないと危ないぞ」

 「ッ、障子くん!障子くんが来た方って施設の方だよね!?私が運ぶから早くここから―――」

 

 「……すまないがそれはできない」

 「!?な、なんで……」

 

 障子の背後から木々のなぎ倒される音がする。そして雄叫び、大きな魔獣のようなソレが暗い森の中に鳴り響く。

 

 「な、何今の……!?」

 「クソ!もう来たのか!!ここから離れるぞ!!こっちだ!!!」

 「え!?な、何!?何が来たん!!?」

 

 何者かの叫び声が鳴り響く闇とは真逆の方向へ走り出す。道から逸れて暗闇の木陰に隠れて息を殺す4人。背中にトガを背負った麗日が小さい声で障子に再度質問する。

 

 「ね、ねぇ………な、何がきたん……!?」

 

 

 

 

 「……ダークシャドウだ」

 

 障子がそう言った瞬間に間近まで近づいていた音の主が正体を表す。ダークシャドウと聞いて意味を理解してなかった二人が、現れた巨影に目を見開く。

 

 

 

 「オォォオオオオォぉぉお゛オオおお゛オ゛オ゛ッ゛!!!!」

 「止…まれ……!!ダークシャドウッ!!!」

 

 「……………」

 

 暗闇の中から舞い戻った悟が巨大化したダークシャドウと対面する。その光景を見て焦る麗日と蛙吹。

 

 「な、何あれ!?アレが常闇くんのダークシャドウ……!?」

 「ダークシャドウは暗闇で強化される……!暴走を必死に抑え込んでいたが、俺がヴィランに襲撃され付いた傷がキッカケでああなった……!」

 「あぁなった……って、それ鈴木くんにぶつけてええの!?」

 「分からん!!ただ……この場で何とか出来る奴は悟しかいないだろうッ!!」

 「そ、それは……ッ!そうやろうけど………」

 「というか、どうしちゃったのよ鈴木ちゃん……!?明らかに様子がおかしいじゃない!!」

 

 「ッ、逃げろおッ!!!鈴木ィイイッ!!!」

 「………【魔法持続時間延長効果範囲拡大化(エクステンド・ワイデン・マジック)】」

 

 常闇が叫び、ダークシャドウが腕を振りかぶる。無心で魔法を発動させる悟。

 

 「【閃光(フラッシュ)】」

 「うぉ!?」

 「うわ!」

 「ま、眩し……!」

 

 森の一角を白く染め上げる巨大な光が彼らの視界を奪う。目を瞑っても隙間から流れ込んでくる光にいっそう眉間の皺を深める麗日達。耳からは先ほどまでうるさかったダークシャドウの音がピタリと止み、悟が転移魔法を使うときに鳴る特有の音が聞こえてきた。光が収まり麗日がゆっくりと目を開くと―――

 

 「ッ……うぅ…… ―――え?あ!ちょっ!!」

 「フンッ!!」

 

 麗日の背中からトガを引っ張り上げ自身の後ろへ投げ飛ばす悟。力を失った肉体がドサッと鈍い音を立てて地面に落ちると、視線を鋭くして悟に怒鳴る麗日。

 

 「鈴木くんッ!!どうしたの!!?鈴木くんそんな感じちゃうやん!!?」

 「鈴木ちゃん!!落ち着いてッ!!!何があったの!!!?」

 

 「…………動かれると面倒だな、仕方ない」

 

 悟が何か呟いた瞬間、彼からおぞましい波動を感じる。心臓を鷲掴みにされているような恐怖が肉体を支配して指一本動かすことすら許さない。ガチガチと歯を鳴らしてクラスメイトを見上げる麗日。悟が魔法を発動すると、何の抵抗も見せずに転移される四人であった。

 

 「………いない、ということは―――仲間が近くにいるな」

 

 後ろを振り向くといつのまにかトガの姿が消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい!トガ!無事、じゃねぇけどお前生きてんのか!?オイ!!」

 「………う…………あ………」

 

 「(クソがッ!!あの鳥頭の奴追いかけりゃあ生徒の一人や二人くらい共倒れ狙えるかとも思ってたが………あんなヤベェ奴とは思ってもなかった!鈴木悟!)………おい!聞こえてんだろ黒霧!トガが限界だ!回収しろッ!!」

 『……何がありました?』

 「あの生徒だよ!鈴木悟!!テレビで見た体育祭んときのアイツとは別人だったぞ!何なんだアイツ!?」

 『……そうですか……やはり……分かりました。回収地点に向かいます。あなたもなるべく早く帰還して下さい』

 「分かっ――

 

 

―――コンプレスが、突如目の前に現れた骸に反射的に手を伸ばす。二人の腕が交差するようにすれ違うが明らかに悟の方が、比較するまでも無く早かった。スローモーションで時間が流れる。俺は間に合わない、そう理解するのに時間は要らず、自身に伸びる手を見つめながら、自身の顔面に悟の手が覆い被さり―――

 

 「―――ハアッ!!ハッ、ハッ、ハぁッ!!ふ、ふぅッ!!お、おい!トガッ!!お前動けたのか!!!」

 

 ピタリと、コンプレスの前に飛び出た麗日の姿に驚いた悟が動きを止めた、その一瞬。ここしか無いとそのまま腕を伸ばして悟に触れたコンプレスが個性を発動して悟を飴玉サイズに超圧縮して拳の中に仕舞い込む。自身の背中から、目の前に飛び出た麗日―――もとい、渡我を回収すると彼女の身体がドロッと溶けて元の姿へ戻りぐったりと寝込む。

 

 「………す、ずき……さ、とる……って………いう、ん、ですか………」

 「バカッ!!喋んなお前ッ!!死にかけだろ「良い……」……は?」

 

 

 「す、ごい……です……血…が、ない……のに……ぷんぷん……におう、ん、で……す……!血な゛ま゛、ぐさいん゛でずッ゛!!ぎずひどづな゛い゛の゛に゛ィイ゛ッッッ、ぎずだら゛げな゛ん゛でずッ!!!い゛い゛ね゛ぇ゛!!い゛い゛ね゛エ゛!!カァ゛い゛イ゛ネ゛エ゛ッッ!!!」

 

 「………どいつもこいつも、頭狂ってやがんなぁ……思ったより元気そうなのはいいことだが……」

 

 一安心、かは分からないがトガと、一番の脅威である悟を捉えたことに一旦心を落ち着かせて回収地点に急ぐコンプレス。だが、

 

 「―――ぬぉ!?こりゃあ……クソッ!!負けたのかマグ姉とスピナー(アイツら)ッ!!次から次へと本当に…ッ!!」

 「待ちなさいッ!!」

 

 木から木へと飛び移っていたコンプレスが大地の揺れにより振動する木に何とか捕まり後方を見るとプッシーキャッツの三人がこちらを追いかけていた。追いつかれてたまるかと何とか前へ前へ進むがその距離はだんだんと縮まり、プッシーキャッツがコンプレスの背後へ着くと虎が地を蹴り宙へ飛び上がる。

 

 「ラァアッ!!!」

 「うぐぉッ!!?」

 

 背中から虎の拳を喰らって地へ叩き落とされる。ガサガサと木々の中を突き進みながら地面とぶつかりゴロゴロと地を転がる。コンプレスの手から離れたトガが地面とバウンドして同様に地面へ転がり落ちていた。

 

 「逃がさんぞヴィラン連合……ッ!未だ連絡の付かないラグドールについて教えてもらおうか……!!」

 「クソッ………タレがぁ……!!」

 

 「ピクシーボブッ!!」「了解!!!」

 

 マンダレイの合図と同時に個性を発動するピクシーボブ。土石流が発生してコンプレスに襲いかかるが、

 

 「ぬっ!?危ないッ!!」

 「ちょ!?」「きゃあ!!」

 

 虎が森の奥に一瞬光る青白い炎を見て嫌な予感を覚え、二人をかかえその場を飛び退く。倒れているコンプレスの頭上を通り熱波を轟かせながら森の中を燃やす青い炎が泥を焼き尽くす。

 

 「ザマァねぇな、ちゃんと爆豪は回収したのか」

 「爆豪じゃねぇがコイツで勘弁しろッ!!」

 

 ポケットからつまめるサイズのガラス玉のようなものを荼毘に向かって投げるコンプレス。パシッと片手でキャッチした荼毘がジッとソレを見つめつつ質問する。

 

 「…………コイツは?」

 「鈴木悟ッ!!爆豪よかよっぽどヴィラン向きだッ!!ソイツでいいだろ!!」

 「!?…飴玉……鈴木悟……どういうことだ!!!」

 

 「……フン、まぁいい。だったら……後はゴミ掃除だなッ!!!」

 

 困惑するプッシーキャッツを置いてけぼりにして話を進めるヴィランが、両手に炎をためて一気に噴出する。逃げ場の無い広範囲の豪炎に身構えるプッシーキャッツ。

 

 「任せてッ!!」

 

 両手を地面につけるピクシーボブ。正面に壁を貼りつつ自身の周囲のみを陥没させると、頭上を炎が通り過ぎる。数秒間炎が燃え盛り、勢いが止まると今度は足場を隆起させて元に戻す。辺りを見回すとそこには―――

 

 「―――バカな」

 「そん、な……」

 

―――何も、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――つで―――よかっ―――あやし―――。

 

……なんだ…………視界が……音……耳……なんだ……

 

―――うしたんでしょ―――死んじゃった―――。

 

……死んだ?……俺が……死ぬって………いや……音が……

 

――ったく、手間かけてこれか―――んとうにしんだんじゃねぇのかコイツ。

 

 

 

 「………ん……あ………?」

 「あ!起きた!!目ぇ覚めましたか?元気ですか?元気ですか?調子はいいですか?」

 「え?あ……はい…………?大丈……夫?です……あ?」

 「………んー、弔くん。何か様子おかしいです。血が無いです。匂いません」

 

 

―――弔?どこかで聞いたような……

 

 

 「よぉ、最近ぶりだな……鈴木悟、だっけか」

 「!?……死柄木、弔………って、ここどこだ……」

 

 辺りを見回す悟。そこには見覚えの無い人間ばかり。目が覚める、という初めて経験する感覚、そこに広がっていたのは薄暗いバーのような部屋。見た目から"そういう輩"と分かるいかにもな人間が複数いた。

 

 「俺たちの基地、ってまぁ言わなくても分かることだろうけどな。にしても、随分雰囲気変わったなぁお前」

 「………?……誰だお前―――いや、まぁ死柄木の仲間、というだけか」

 「あ?寝起きで寝ぼけてんのか?さっき会っただろ」

 

 「…………さっき……?」

 

 さっき、と言われて、さっきを思い出す。記憶が途切れるという未知の経験に頭がついていかないが、それでも直前で自分は何をしていたのか何とか思い出そうとして―――

 

 「……肝試しやって………そこの……トカゲの、人、と、サングラスの………あれ………相澤、先生に連絡して…………あ……?………おい」

 「ん?なんだ?あ、お前の肩に手を置いてるのは、お前が何かしでかそうとしたら俺の個性で押さえ込むためね。そこんとこよろしく」

 

 

 「そうじゃない。俺の記憶が曖昧なのも………お前たち誰かの仕業か?」

 「は?………なんだ、お前本当に俺に対して見覚え無いのか?」

 「……………」

 

 

 

 「……おい、コイツのどこがヴィランっぽいんだ?ただの記憶障害のガキじゃねぇか」

 「おっかしいわねぇ。私達襲ったときはもっとおっかない感じだったのだけれど………二重人格かしら?」

 「ふざけんな!俺はコイツのせいでこんな大怪我負ったんだぞ!!忘れたとは言わせねぇからなオイ!!!」

 

 自分を放置して言い争いをするヴィラン達。朧げだが彼らと交戦したような、気はする。何が目的で―――おそらく、連れ攫われたのだろうが―――自分を選んだのか。というか、ここはどこで何が狙いなのか。何も分からずに俯き、申し訳程度に両腕には雁字搦めに特注の手錠がつなげられていた。

 

 「悟くん悟くん!!!」

 「な、何だ……馴れ馴れしい……」

 「好きな人はいますか!!」

 「は?」

 「いませんよね?そんな匂いです!好きな人を意識する乙女の匂いがしないのです!!」

 「(乙女、って……俺男だし……なんだ、コイツ……てか、何があったんだ……包帯にガーゼ……夥しい傷跡だ……)」

 「好きな人がいなくて安心しました!!鈴木くんはどんな人が好きですか?カァイイ子?綺麗な子?あ……」

 

 バタンと体から力が抜けて横に倒れるトガ。悟がビックリして倒れ伏したトガをジッと見つめる。

 

 「ったく、病み上がりなのに騒ぐからそーなるんだ!!大丈夫かトガちゃん!?このままのたれ死ねバーカ!!今病院に連れて行ってやるからな!?」

 「(な、何だコイツ……?コイツの方がよっぽど二重人格じゃ無いか…!?)」

 「離してください……今は悟くんとお話ししないといけないので……」

 「(……話を聞いている限りでは俺が色々やったようだが……記憶が曖昧だ……な、んだ。モヤがかかったように……思い出せない……)」

 

 

 「……質問がある」

 「うるせー!!人質がしゃべってんじゃねーぞ!!何だ言ってみろ!!俺に分かる範囲で答えてやるからよ!!!」

 「俺以外に誰か捕まったのか」

 「あぁ!!」

 「!!?誰だ!!!」

 「お前だけだ!!!」

 「は?」

 「すまん間違えた!!」

 「?俺だけなのか……?」

 「あってるぜ!!!」

 「…………」

 

 「黙ってろトゥワイス。お前じゃ話が通じねぇ」

 

 困惑する悟をみかねて死柄木が間に割り込む。互いにジッと視線をぶつけ合っていたが死柄木がにやっと口を曲げて口を開く。

 

 「お前、やっぱすげぇ強ぇな」

 「……だから俺を連れ去ったのか」

 「あぁ違ぇ違ぇ、そこの手品師が仕事ミスってアドリブでお前連れてきただけだよ。ったく、注文したのは俺なのに業者の判断で差し替えられたらたまったもんじゃねぇぜ、本当に」

 「オイオイ、だから謝ったじゃねぇか何度も。これ以上お小言聞くのはおじさん耳に堪えちゃうよ」

 「事実だ。………んでよ、お前、やられたらやり返していいとか思う?」

 

 「……そんなことは知らない」

 「へぇ、そこは"復讐は何も生まない"とか、如何にもっぽいこと言うんじゃねぇのかよ」

 

 「………知らない。ただ……分からない……どうでもいいだろそんなこと」

 「はは、そうだな。どうでもいいやり取りだ……でよ、お前、そこのトカゲと………女の傷、お前がやったんだがそれについてはどう思ってる」

 「―――」

 

 頭を上げてチラリと二人を見る。スピナーは心底機嫌が悪そうに、胸に刻まれた大きな傷を見つめていた。トガはと言うと常時こちらを満面の笑みで見つめていた。

 

 「…………」

 「……オイ、ダンマリかよ。ヒーローを目指す人間が、私怨に駆られて拳を振る感想でも聞きたいもんだ「すまない」……あ?」

 

 

 

 「……記憶が無いが、お前らが俺たちを―――おそらく襲撃し、俺を連れ去った………んだろう。それについての怒りは確かに存在する。だが……俺の体にこれといった外傷はない。そんな切羽詰まった状況でも無かった―――のかもしれないし………あぁいや、ダメだな。色々言葉を重ねたが、それとこれとは別問題ということを言いたかった。………今のところ、お前らを傷つけた正当な理由が見当たらない。多分、俺がお前らを攻撃するキッカケなんて………クラスメイトを傷つけられた怒りくらいしか考えられない。………お前らヴィランに言われるのは癪だが、私怨に駆られて攻撃するのは恥ずべき行為だ。それは……一人の人間として謝罪する。すまなかった」

 

 

 

 

 「―――いいですいいです!!問題ありません!!!優しいねぇ優しいねぇ!!悟くんはカッコいいねぇ!!!」

 「ハッ!スピナー、お前的にはどうなんだ?この答えは。ステインの意思を継ぐ、だろ?お前からしたら一回やっちまった奴はアウト、だったか?人はそう簡単に変わらないらしいしなぁ、ステイン的には」

 「………チッ!!」

 「本当にお手本みたいな優等生ねぇ、やっぱ連れてくる子間違ったんじゃない?」

 

 顔を紅潮させて興奮気味に返答するトガ。舌打ちをして顔を逸らすスピナー。そんな彼を鼻で笑うコンプレス。困惑するマグネ。こうして見たら、ヴィランといっても何ら一般人と変わらない、は言い過ぎかもしれないがただの人間に見えてくる。

 

 「……いい加減教えてくれないか。何故俺をここに連れてきた」

 「だから言っただろさっき、手違いだって」

 「………俺をどうする気だ」

 

 『どうもしないさ、鈴木悟くん』

 

 テレビから音声が流れる。意識をそちらへ向けると液晶に何者かが写っていたが画質の悪いソレにハッキリとは全体像が見えずモヤがかかったように姿を眩ましていた。

 

 「………何者だ」

 『ふふ、そんなに警戒しないでくれ。僕は君の味方だよ?鈴木悟くん』

 「ふざけた、こと、を、ぬか、す……な…… ―――あ―――?」

 

 

 

 

 

―――鈴木悟くん。

 

 

 

 

 

 「―――?(なんだ……?今のは……)」

 『おやおや、目覚めたばかりでまだ本調子では無いかな?焦る必要は無い。僕は君に危害を加えようなんて気はさらさら無いのだからね。お話をしようじゃ無いか。君と話したかったんだ』

 「…………貴様の名前は…」

 『僕の名前かい?そうだね、本名、というわけでは無いが―――

 

 

 

 

 

 

 

―――オール・フォー・ワン、と呼ばれているよ。

 

 

 

 




ここで、大幅なルート変更
爆豪拉致から鈴木悟拉致へと切り替わります
本編とはどういう点で異なった展開になるのか

ちょっとそろそろ期末試験が始まって、実験とかも立て込むので少し間が空くと思います。
しばしの間お待ちいただければ

それではまた次回


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正義の反対

少しだけ落ち着いたから続きを投稿
春休みになったら更新ペース早く……なったらええなぁ
それでは本編どうぞ


 場所は雄英会議室。重苦しい雰囲気の中プロヒーロー、もとい雄英教師陣が顔を合わせていた。皆一様に鎮痛な面持ちで待機する中、根津校長がゆっくりと口を開く。

 

 「ヴィランとの戦闘に備える為の合宿で襲来……恥を承知でのたまおう。ヴィラン活性化の恐れという我々の認識が甘すぎた。奴らはすでに戦争を始めていた」

 「認識できていたとしても防げていたかどうか……これほど執拗で矢継ぎ早な展開、オールマイト以降組織立った犯罪はほぼ淘汰されていましたからね……」

 

 校長が自責の念に駆られて想いを吐露するが、ミッドナイトがそれもやむなしと宥める。そんな彼女の言葉に同調する形で言葉を発する彼女の元教え子プレゼントマイク。

 

 「要は知らず知らずのうちに平和ボケしてたんだ俺ら。備える時間があるっつー認識だった時点で」

 「…………」

 

 その言葉に誰も反論できない。事実雄英は史上最大の失敗を犯してしまった。その失敗の原因が自分達の職務の怠慢では無いとどうして言えようか。オールマイトが眉間に皺を寄せつつ血管を浮かび上がらせ肩を落としていた。

 

 「己の不甲斐なさに心底腹が立つ。彼らが必死で戦っていた頃私は………半身浴に興じていた………ッ!」

 「「「…………」」」

 

 別にオールマイトは悪く無いのだが、確かにそれは罪悪感を覚えてしまいそうだと気の毒そうな視線を送る。

 

 「襲撃の直後に体育祭を行うなど、今までの屈せぬ姿勢はもう取れません。生徒の拉致………雄英最大の失態だ」

 「現にメディアは雄英の非難で持ちきりサ。鈴木くんを狙ったのはあの強力無比な個性を狙ってのヴィラン側への懐柔。もしくは、単純にヒーロー側の戦力を削ぎ落とすって考えなど、意見は様々だ」

 

 根津校長が新聞のあるページを開く。そこには雄英大失態と大きな文字で見出しが書かれており、並ぶのは雄英を非難する言葉の数々。

 

 「もし彼がヴィランに懐柔されでもしたら教育機関としての雄英はお終い「いや」

 

 

 

 「ヒーロー社会のお終いでしょう」

 

 オールマイトが真剣な声色で根津校長の言葉を遮る。

 

 「………そこまでかい?」

 「……あの子はまだまだ強くなる。いずれ、確実に私を超えるでしょう。その力が罪無き一般社会へと向けば……いとも容易く、現社会体制など崩壊してしまう。彼にはソレを成す力がある」

 「でもあの子、体育祭の時とか、それこそ普段の授業態度も真面目そのものなんでしょ?……安心し切るのはアレだけど、そこまで心配するほどかしら……」

 

 「………社会を憎む要因ならば我々異形型の者ならば簡単に挙げられますよ。あなた方が思っている以上にその溝は深い。……… 名も知らぬ市民の命を救うことは厳しいかもしれない………以前、彼が言っていた言葉です」

 

 自身でも把握できていなかった担当クラスの生徒の言葉をセメントスから聞いてため息を吐く相澤。会議室内を重い雰囲気が支配する。

 

 「………うちの生徒達から、妙な話を伺っています」

 「ん?妙な話、かい?いったいどんな?」

 

 

 

 「………鈴木悟が、鈴木悟では無かった、と。別人のようであったと……複数名の生徒が供述していました。………ヴィランを、殺しかけた、とも」

 「な!?鈴木少年が、かい!?あの子が、そんなまさか!!!」

 

 「生徒の見間違え、思い過ごしでなければ、ですがね」

 

 頭を抱える教員達。外からはマスコミの抗議の声が室内にまで鳴り響き、自分達の管理体制の杜撰さに対する世間の怒りの声のように感じられた。

 

 「……相澤くん、親御さんへの説明は?」

 「済ませましたよ」

 「………そうか……何と……いや、聞くべきでは無い「強い方でした」……え?」

 

 相澤のまさかの返答に困惑するオールマイト。

 

 「………子が攫われたというのに……妙に落ち着いているとも思ったんですが……怒りを押し殺している様子でした。私達を非難したい気持ちでいっぱいな筈なのに気丈に振る舞い、我々の所為ではないと………だからこそ、余計にいっそう、自分の生徒も守れない自分に腹が立つ……ッ!!」

 

 相澤だけで無い。教員達が皆悲痛な表情を浮かべる。寧ろ責めてくれた方が楽であった。だがそれすらするなと言うのだ、悟の親は。自分自身にしかぶつけることができない、不甲斐無い自分に対する怒りのやり場を、どこへ向ければいいのか。その後も暗い雰囲気のまま、話し合いは続いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ん?お!緑谷目ぇ覚めてんじゃん!!」

 「……かみなりく……って、A組みんなで来てくれたの?」

 

 病院の一室、全身に包帯が巻かれ両腕にはギプスの装着された緑谷がクラスメイトの入室に気が付いて視線をそちらに向ける。A組みんな、と言う言葉に少し、クラスメイトの顔が陰ったような気がした。

 

 「……いや、耳郎くんはヴィランのガスによって未だ意識が戻っていない。葉隠くんは………少しな、あぁいや、心配しないでくれ。無事は無事だ」

 「?そ、そう………」

 「それと……八百万くんも頭を酷くやられここに入院している。昨日ちょうど意識が戻ったそうだ。……爆豪くんは無事だ。見舞いに一応誘ってはみたんだが案の定な」

 「そっ、か……じゃあ」

 

 じゃあ、と言う言葉に、ここに来ているのはその他全員か、というニュアンスを感じて顔を顰めるのは飯田のみでは無い。不吉な予感を覚えて、そこで初めて気がつく。尤も目に付く彼の姿が見えないでは無いか。点と点が線で繋がるように、ゾッとした感覚を覚えて、嘘でしょ?と小さく言葉を漏らす。

 

 「……ここにいるのは15人よ、緑谷ちゃん」

 「……ちょ、と、待ってよ……え…… ――

 

 

―――……す、ずき、くん、は………?」

 

 

 

 

 

 「行方不明だ」

 

 轟が口を開く。緑谷が目を見開く。現実を受け入れられてないようで口をワナワナと震わせて、言葉を発そうとするが何と言えばいいのかが分からずパクパクと口を開閉していた。

 

 「……プッシーキャッツの話では、敵が飴玉みてーなもんを指して、鈴木悟っつってたらしい。多分、敵の個性かなんかで拉致られた可能性大だ」

 「………そ…………な…………」

 「……まぁ、そういう反応するよな。俺らも話聞かされたとき、そんなだったから」

 

 もしかして、と思い至って緑谷が尋ねる。

 

 「……葉隠さんが、来てないのって……」

 「………話もできるし、飯も食うが、結構参ってるらしいな……涙はとっくに枯らしてる。今はただ無心って感じだ」

 「で、デクくんの心配してへんってことや無いとは思うんやけど……その……お見舞い誘っても………ごめん、としか………もう、いやや……あんな姿見たくない………」

 「お茶子ちゃん………」

 

 自分の寝ている間に起きていた事件の数々に愕然とする緑谷。情けない、何とも、情けない。次代の平和の象徴が聞いて呆れる。唇を噛み締める緑谷。

 

 「……何だよ、何が………クラスメイト一人……助けられない……ッ!!分かってたんだ……ッ!!鈴木くんが、何か……様子がおかしいって……分かってたのに………その場にいたのに……たす、け、られなかった………」

 

 涙が視界を歪める。仰向けになった彼の瞳に涙が溜まり、天井からの光を乱反射させて世界にモヤがかかるが、それでも止めどなく流れてくる涙。何もできなかった自分に対する苛立ち。歯を食いしばるがそれでも口元に滴り落ちてくるしょっぱさは止まるところを知らない様子であった。

 

 

 

 「じゃあ今度は助けよう」

 「―――え……?」

 

 切島の言っている言葉の意味が理解できずに固まる緑谷。周囲のクラスメイト達も同様に切島を見つめる。

 

 「たす、ける……?」

 「あぁ、実は俺と轟さ、昨日も病院来ててよ。緑谷の病室に行く途中オールマイトと警察が八百万と話してるとこに遭遇したんだ」

 

 こくりと無言で轟が頷く。そこから語られるのは偶然、と言うには少し無理がある、言ってしまえば盗み聞きと、事の顛末。ヴィランの一人に発信機をつけた八百万が、警察とオールマイトに託した受信デバイスの話を語ると、流石に勘の鈍い者でも彼らの言わんとすることに気付いて顔色を変える。メガネを曇らせながら口を開く飯田が、穏やかでは無い雰囲気を醸し出し、怒鳴り声をあげる。

 

 「オールマイトの言う通りだッ!プロに任せるべき案件だッ!!俺たちが出ていい舞台では無いんだッ!!バカ者ッ!!!」

 「んなもん分かってるよッ!!でも……何もできなかったんだ!!ダチが狙われてるって聞いてさ……何もできなかった!!しなかった!!ここで動かなきゃあ俺は、ヒーローでも漢でも無くなっちまうんだよおッ!!?」

 

 室内で大声を上げて怒鳴り合う二人。肩で息をする二人を宥めるように周りが声をかける。

 

 「ちょ、ここ病院だぞ落ち着けよ……!」

 「こだわりはいいけど今回は……飯田ちゃんが正しいわ」

 

 蛙吹の言葉に同意するクラスメイト達。多くのものが飯田の肩を持つようで、同意の得られない切島が顔を顰めつつ口を開く。

 

 「……飯田が……みんなが正しいよ。そんなことは分かってんだよ。でも………なぁ緑谷!まだ手は届くんだよ!!救けに行けるんだよッ!!」

 

 自身に伸びる切島の手と、クラスメイトの顔を見て視線が泳ぐ緑谷。まだ救けられる、という言葉に希望を見出すが、飯田の尤もな意見との間で心が揺らぎ決心がつかないでいた。

 

 「え、えっと、ちょっと待って……その、要するに、ヤオモモから発信機もらって、それ辿って自分らで鈴木の救出に行く……ってこと?」

 「あぁ、俺と切島は行く……目の前にアイツが居て、みすみす流しちまったからな」

 「ふざけるのも大概にしたまえ!」

 

 職場体験で情に流されることの危うさを誰よりも知った飯田が怒りを抑えきれず怒鳴り散らすが間に障子が入り感情的になる飯田を抑えつける。

 

 「待ておちつけ。切島の何もできなかった悔しさも、轟の目の前に居て助けてやれなかった悔しさも分かる。……俺だって、暴走する鈴木を目の前にして何もできなかった。……だが二人共、これは感情で動いていい話じゃ無い。そうだろ?」

 「だけどよ……!!」「…………」

 

 「お、オールマイトに任せようよ。林間合宿で相澤先生が出した戦闘許可は解除されてるし……」

 

 どれだけ言っても聞く耳を持たない切島に対して、次々とクラスメイトが言葉をかける。そのどれもが正論で彼の決意が揺らいでいく。

 

 「青山の言う通りだ。救けられてばかりだった俺には強く言えんが……」

 「けどよ!」

 

 「みんな鈴木ちゃんがさらわれてショックなのよ。でも冷静になりましょう」

 

 平行線を辿ったまま加熱していくクラスメイトの議論を一旦止める蛙吹が、理路整然と切島の行為の危うさを説明する。

 

 「どれほど正当な感情であろうとまた戦闘を行うと言うのなら、ルールを破ると言うのなら、その行為は……ヴィランのそれと同じなのよ」

 「……でもよ……」

 

 

 

 「………それに、こんなことは言いたく無いのだけれど……今回の事件、それこそ鈴木ちゃんが感情的に動いちゃった―――その結果がこれじゃ無いの……?」

 

 核心を突いた言葉に誰もが、発言をした蛙吹自身でさえ言いたくなかったようで俯いて口を閉じる。皆の雰囲気が暗くなり、鈴木のことについて把握していない人間は困惑する。

 

 「え、えっと、鈴木が?ど、どういう意味?」

 「………俺たちの前で、怒りに身を任せてヴィランを殺そうとした」

 「…………は?え?いや、じょ「こんな場でタチの悪い冗談を吐けるほど俺も屑ではない。………俺に緑谷、麗日、そして蛙吹も見ている。嘘ではない」

 

 絶句する補習組と、その他複数名。顔を上げる蛙吹が先ほどの発言に更に言葉を添える。

 

 「………それに、捕まったのは鈴木ちゃんよ?ハッキリ言って対策のしようが無い個性。逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せるはずよ。でもそうしない、逃げ出さないってことは―――鈴木ちゃんに、そうさせないだけの何かがあるってこと、そうじゃない?」

 「…………」

 「………私は正直、鈴木ちゃんがどうこうできない状況を、仮に私達全員が助けに行ったとしても解決できる、とは思わないわ。………だからこそ、プロヒーローや警察、大型の組織の入念な捜査やバックアップを用意した上での作戦決行が重要になってくる。………私たちが感情で動いて、何もできなかったらまだマシな方だわ。迷惑をかけて取り返しのつかないことになったら―――それこそ、終わりよ」

 

 

 

 

 「……………」

 

 重苦しい雰囲気に包まれるクラスメイト達。誰もが口を噤んで言葉を発することはない。部屋の外では、一人の生徒が壁に背をつけて彼らの会話に耳を傾けていたが、診察のため医師が巡回に来るのを確認すると、目つきの悪い彼がポケットに手を入れて他の生徒よりも一足先に部屋を離れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………」

 「はぁ、暇だなぁオイ、お前の監視役ってだけで引っ張りだこだぜ俺は。いつになくよ」

 「………………」

 「……ったく、ずうぅぅぅぅうっと!だんまりだとおじさん寂しくて泣いちゃうよ?別に情報抜き取ろうなんて画策してるわけじゃないからさ、返事の一つくらいしようぜ?会話のキャッチボールだよ、キャッチボール!これじゃドッヂボールにもなりゃしねぇ、壁当てしてるだけだぞ」

 

 

 

 「……………」

 「…………はぁ、我慢強いというか、ガキ臭いというか………捕まえてる側が言うセリフでもねぇけどよ。肩の力抜こうぜ?あと何日間こうして簀巻きのままかワカンねぇんだからよ。お前も、俺たちの話の一つや二つ聞きたくねぇのか?実際」

 

 見張り役のコンプレスと脳無、そして拘束された悟が椅子に座っていた。脳無という休息を知らない24時間体制の監視がついており、加えてオール・フォー・ワンの、悟の親の名前を出した脅しが付いているが、念のためということで時折見張りに来るコンプレス。普段は他にもメンバーがおりこうして息苦しい想いをすることも無いが、今日に限っては悟と二人きりなってしまった。

 

 「…………普通」

 「ん?」

 

 

 「普通だった」

 「普通?そりゃ何がだ」

 「お前たち、ヴィラン連合が、だ」

 「普通、ねぇ。何が普通よ」

 

 「…………為人、とか、性格、とか……人間性、とか」

 

 やっと口を開いたかと思えばいまいち要領を得ない発言に頭を傾けるコンプレスだったが、ヴィラン連合の、自分達の性格が普通だと考えている目の前の一人の少年?の発言を聞いて笑いが漏れる。

 

 「―――ハハ!アイツらが普通?まぁ、そうだな。"俺"は納得だ、俺は普通だぜ?ステインの思想にやられたあのトカゲも、まぁ普通だ。たしかに、言われてみりゃあ事さえ働かなけりゃ存外普通に見えんのかもしれねぇなぁ」

 「………じゃあ、何故悪事を働くんだ」

 「そりゃあ視点の問題だ。正義の反対はまた別の正義って言葉を知ってるか?」

 「………俺をさらったのも、お前らの正義のためか?」

 「そう、現ヒーロー社会の体制を崩す第一歩として如何にもな生徒をこちら側に懐柔するためにな。まぁ思ったよりもお前さんが優等生だったせいで、おじさん怒られちゃったけどな」

 「………ヒーロー社会を崩すのも正義―――いや、やめよう。平行線だな」

 「そゆこと。俺らは決断して実行しただけ。正義を執行するってのは誰かに不幸を押し付けることだ。その自覚もねぇのにヒーロー活動なんてしちゃいけねぇぜ?」

 「……………」

 「こんな超個性社会によ、社会不適合者なんかおじさん以外にもいっぱいいるぜ?そんな俺たちに待ち受けていたのは寛容では無く淘汰だ。お前の、ヴィランに対する意識の改善のためにも俺たちともう少し口を利いてもいいんじゃないか?てかそうじゃ無いとおじさん寂しくて泣いちゃうよ?そんであわよくば俺たちに協力してくれればありがたいんだけど」

 「………」

 

 口を閉ざす悟。その沈黙こそが答えのようで、反論の一つも口にしない悟に対して、仮面を外して口角を上げるコンプレス。二人だけの部屋にまた一人ヴィラン連合のメンバーが現れる。

 

 「あれ?トガちゃん何しにきたの。別に招集かかってないでしょ?」

 「悟くんとお話ししにきました!!というよりずるいです二人きりで!!私も好きな人と二人っきりで話すように悟くんと二人っきりで話がしたいです!!!」

 「ごめんねトガちゃん、でも俺一応見張りだからここから動けないのよ今」

 「じゃあなるべく空気と化して下さい、雰囲気だけでも二人きりがいいんです」

 「ハイヨ了解、おじさんは今体を構成する物質の八割が窒素に、二割が酸素になりましたっと」

 「うるさいと刺しますよ」

 

 ひぇーおっかねぇというジェスチャーをして戯けてみせると無言になって少し離れるコンプレス。悟の目の前にはトガがピッタリとくっつき顔を赤らめて彼をじっと見つめていた。捕まってから数日間、何度も同じことがあったため少しは慣れたがこの眼力にはやはり身を引いてしまう。彼女と話す内に、無視を決め込んでも何度も話しかけてくるため、さっさと質問に答えて満足させた方が良いことを学んだ悟であった。

 

 「悟くん!!悟くん!!!」

 「………な、なんだ……」

 「悟くんはどんな子が好きですか!!カァイイ子ですか??綺麗な子ですか???」

 「………わ、分からない……」

 「カァイイねぇ!!カァイイねぇ!!悟くんはカァイイねぇ!!!カッコいいのにカァイイ悟くんは大好きですッ!!!でも、血の匂いはするのに血が吸えないのはガッカリです……」

 「………そ、その」

 「?どうかしたのですか??」

 

 

 

 「………お、お前の、血を吸いたい、ってのは、なんだ………」

 

 コンプレスの、ヴィランを理解しろ、と言う言葉に流されたわけではないが、単純に疑問に思って尋ねると、満面の笑みになるトガを見て、マズッたかと後悔しても後の祭り。興奮したようにトガが捲し立てる。

 

 「悟くんも好きな人と同じになりたいですよね??同じ服を着てその人を真似て、でもそのうち我慢できなくなってその人そのものになりたくなりますよね???」

 「…………」

 「だから血を吸うんです!!!血を吸ったらその人になれるんです!!!」

 「……………(結局、わからん。なんで血を吸ったらその人になれるんだ)」

 

 

 

 「トガちゃんの個性だよ」

 

 空気に徹していたコンプレスが唐突に口を開く。二人だけの空間を汚されたように感じたトガが睨みつけるがまぁまぁと彼女を宥めるように、落ち着けと手でジェスチャーを行う。

 

 「なんで?って言う顔してたろ。トガちゃんは血を吸った相手にマジでなれんだよ、つっても見てくれだけな」

 「鈴木くんからは血が吸えないので残念です………」

 

 

 

 「…………そ、そうか…」

 「………(今の回答で納得するのか、血を吸うって聞いてもあんまり驚いた様子がねぇな……)」

 

 コンプレスの言葉を聞いて黙り込む悟。その様子におや?っとコンプレスが疑問に思って少し口を閉じて考え込んだ後に口を開く。

 

 「………なぁ鈴木悟、血を吸うって聞いてどう思った?」

 「………………よく分からない、血は、その、お前たちには生きるために必要なものなんだろ?俺には無いから……詳しくは………」

 

 

 

 

 

 「じゃあよ、仮にだ、お前に血が流れてて、お前のお友達がさ、血を吸いたくてしょうがないっつったら分けてやるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 「………まぁ、死なない程度なら……」

 

 

 

 

 

 「―――――――――――――――」

 

 そう口にした瞬間、瞳孔が開き悟のことを無言で見つめるトガ。口が半開きになったまま微動だにせずぼーっと悟のことを眺めていた。初めて見る彼女の表情に吸い込まれそうになり、存在しない喉をゴクリと鳴らす。いったい何が彼女の琴線に触れたのか分からずに困惑しているとトガが無言で立ち上がり懐からナイフを取り出す。

 

 「ちょ!?」

 「ま、待てトガちゃ―――」

 

 スパッ、と音がする。

 悟の身体を切断するには心許ない小型のナイフが、小気味良い音を鳴らしたかと思えば、スルスルと何かが地面に落下する音。悟の身体がある程度の自由を手に入れて縛り付けられていた肉体が解放される。

 

 「ちょ、トガちゃん困るよ勝手に「なんですか?」………」

 

 

 

 

 「どうせ、逃げないんでしょ。じゃあ必要ないです。こんなの」

 「…………」

 

 椅子に座ったまま、自分の体をじっと見つめて、腕を軽く動かし身を捩ってみる。ただ未だに両手首には鋼鉄製の頑丈な拘束具が付いており、完全に自由の身、というわけにもいかなかった。アレほど悟に興味を寄せていたトガが部屋から出て行こうとするのを見て、ヴィランにこんな言葉をかけるのも戸惑われたが、それとこれとは別かと咄嗟にトガを呼び止める。

 

 「お、おい!」

 「…………なんですか」

 

 

 

 

 

 「………そ、その………感謝する………」

 

 

 

 

 「……………そう、ですか……」

 

 少し彼女にしては乱暴にドアを開いて勢いよく閉める。まるで別人のような落ち着いた雰囲気の彼女に呆然として説明を求めるようにコンプレスに顔を向けるとハァとため息をしつつ口を開く。

 

 「………お前からしたら分からねぇ感覚かもしれねぇけどよ。端的に表すと気持ち悪りぃんだよ、血を吸うってのは」

 「だ、だが、死にはしないんだろ?多量に出血しなければ。…………そ、その、輸血、という言葉もあるじゃないか」

 「治療目的のそれと一緒にすんな。そういう発言が出る時点でお前は一般人とは思考回路や感覚がかけ離れてる証拠だ」

 

 「……だ、だが……その、彼女は………趣味、というには余りにも吸血を渇望していたが………少しくらい、でもダメなのか?お前たちの―――普通の、肉体は」

 

 

 「肉体がどうこうじゃねぇ。世間一般的に理解できねぇ行為なんだよ。………トガちゃんのそれは、個性由来の性かは分かんねぇがな」

 「…………」

 

 個性由来の性、と聞いてトガの出ていった扉を見つめる悟。多分、自身にとっての睡眠や食事以上に、彼女にとって価値のある行為なのだろう。個性が無ければ普通の女子だったのかとも少し考える。そう思うと、彼らの、個性を縛り上げる現体制の崩壊を望む理由がなんとなく見えてきそうであった。同意するわけではないが。

 

 「……お前の言う通り、少しなら血を与えてやれる奴がいたら、それこそ少しでも変わったのかもな。だが我慢に我慢を重ねて抑圧された感情の解放が今のトガちゃんだ。お前はアレをどう捉える?ヴィランか?それとも個性に踊らされた悲劇の少女か?どうなんだ?ヒーロー」

 

 「……そ、それは……………か、彼女のさっきの様子は、い、いったい何だ」

 

 答えを濁して話を逸らす悟に、ニヤリと笑みを浮かべるコンプレス。もう少しかと更に突っ込む。

 

 「あんなので彼氏の一人でもいると思うか?ましてや理解者なんてゼロだろ。………自分の好きっつー奴が唐突に自分の性を、まぁ受け入れたわけじゃないが、理解できるとかぬかしやがった。……整理がつかねぇんじゃねぇの?そこも含めて、誰もわかんねぇんだけどな。俺たちも」

 「…………ッ!」

 「俺たちも、血を吸うことを容認してるだけで理解があるわけじゃねぇからな、血を吸うっていう行為に」

 

 何も言わない、表情も変わらないが、雰囲気で容易に伝わってくる、彼の動揺が。揺さぶりをかけ続けるコンプレス。

 

 「お前、すっげぇ親に愛されてるらしいな」

 「……!?な、なぜ俺の家庭事情を―――い、いや。まぁ、そのくらい把握できるか………それがなんだ」

 

 

 

 

 「親にも理解されなかったらしいぜ、トガちゃん」

 

 

 

 「―――――――」

 

 何を擁護すればいいのか分からなくなり口を開いて固まってしまう悟。仮面を付け直したコンプレスが表情の窺い知れない仮面の向こう側で笑みを浮かべて悟に尋ねる。

 

 「……彼女の、つーか大体のヴィラン連合の人間の共通目的。生きやすい世の中にするため。………正義の反対はまた別の正義、ちったぁ意味が分かったかな?」

 「………でも、それでもお前らは俺のクラスメイトを」

 「だから言ったろ?正義の反対はまた別の正義って。別にお前の正義を否定したわけじゃねぇ。ただ正義の土台は悪じゃ無くて正義ってことを理解しろっつっただけだよ」

 

 

 

 

 「じゃねーとお前、理解も何も無くいつかトガちゃんみてぇな子を何人も無意識に殺すぞ」

 

 反論は無い。眼光が消え蹲るように頭を下げる。何を考えているのかは分からないが、少なくとも彼の思想に何らかの変化は生じたようである。彼のヒーローとしての原点が揺れ動いていた。

 

 

 

 

 




それではまた次回


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決別

長らくお待たせしてごめんなさい
別の短編書いたりtrpgやったりモンハンやったら色々ダラダラしてました
それでは本編どうぞ


 「悟くんは、悩みとか無かったんですか?その体で」

 「………あったが、耐えた。お前達のように解放しなかった。………父と母、理解者がいたからな」

 「ふーん、でも窮屈じゃなかったんですか」

 「……親の支えがあれば、どうとでも無い」

 

 「窮屈だったんですね」

 

 いつものような彼女の笑みは無く、黒く染まった瞳孔が悟を飲み込むように開いていた。その眼力に圧倒される悟が、顔を背ける。

 

 「………別に窮屈だとは思っていなかった。……それが普通だと思っていたから」

 「おかしいですよね。他人と同じようにしたいだけなのに、"みんなと同じになりたいのに"。"好きな人と同じように生きたいのに"。でも世界は窮屈です。何でかみんな否定するんです」

 「………黙ってくれ、それで折れたのがお前たちだ。俺は仲間に気づかされた。もう世界が窮屈だなんて思っていない。そこはもう既に俺が乗り越えたラインだ」

 

 「嘘はつかないでください。目が泳いでます」

 

 目なんか無いのに、そう言われると図星のようで眼光が彼女の言葉に呼応するように紅く光る。その光景を珍しそうに眺めるヴィラン連合のメンバー達。

 

 「……オイ、あのイカれ女、いつに無く大人しいが……何があった」

 「本当にねぇ、塩らしくなっちゃって……やだわ、元気が無くなって彼女らしく無い」

 

 「………いや、あぁなんのは俺も想定外っていうか」

 

 両手首を拘束されて椅子に座り項垂れる悟の前で、いつもと変わって真顔で悟に質問攻めをするトガ。彼女の特徴的な妙に明るいテンションは見る影も無く、落ち着き払った態度で悟に言葉をかけていた。

 

 「………嬉しいですトガは。血は無いけれど、私は悟くんと一緒です。トガは悟くんです。悟くんはトガです」

 「………何がだ……」

 「一緒です。理解されなかったのも、我慢してたのも。血を吸えなくても、悟くんのことは分かります」

 「黙れ。お前には俺の何も分からない。俺もお前のことなど分からない。俺には理解者がいる。お前と同じにするな」

 

 

 「私にもいますよ、理解者。悟くん」

 

 「…………勝手に言ってろ」

 

 ぶっきらぼうにそう吐き捨てる悟。トガの異変から数日間、興味を持った、という言い方は悪いが何となく知らなければならないと思った悟が、ヴィラン連合の人間たちの事情を聞けるだけ聞いた。結果として、更に彼の心を揺さぶる結果となり、答えを見失う悟。ヴィランに同情などするなと自分に言い聞かせて彼らとの関係を断ち切ろうとするが、心のどこかで燻り続ける謎の想い。目を背けることに罪悪感を覚えるが、その感情を押し殺す。

 

 「で?結局どうすんだコイツ。なんだかんだ言ってもこっちに付くようなタマには見えねぇが」

 「つっても、トガちゃんがこんな調子だからなぁ。消すわけにもいかねぇし………死柄木、どうすんだコレ」

 「テメェが連れてきたんだろ。少しは頭働かせろ」

 

 雑談に興じるヴィラン連合。話を聞いていると、自分がつれさらわれたという実感が薄れてくる。呑気な会話をするヴィラン達を前にして警戒心が薄れるのは、きっと彼らに同情している筈ではないと自分に言いわけ、もとい、言い聞かせていた。無理矢理にクラスメイトの傷ついた光景を思い返して目の前の敵への怒りを呼び起こす。

 

 「………なぁ、鈴木悟。お前、こっちにつけよ」

 「……断る」

 「そんな頑なに意地を張る必要ねぇって、俺たちはただ生きやすい世の中にするだけだ。ヒーローってやつは表向きにしか動けねぇ。こうやって解決できねぇ問題は社会の闇に葬られる。俺たちはただ必死に生きようとしてるだけだ。………おい、コンプレス」

 「あ?」

 

 死柄木が手から何かを投げてコンプレスがキャッチする。

 

 「鍵はずせ」

 「………!?」

 

 「は?いいのか?コイツ暴れんだろ鍵外したら」

 「暴れたらどうなんのか分からないほどバカでもねぇだろ、さっさとしろ」

 「まぁそう言うなら外すけどよ………」

 

 コンプレスが立ち上がって悟の近くまで歩み寄る。項垂れたままこちらに顔を向けようとしない悟に対して、ちょっと失礼、と言って身をかがめて手枷に鍵を差し込もうとするが、コンプレスが自身の手枷に触れた瞬間に、パシッとコンプレスの手をはたき落とすように軽く手を振るう悟。

 

 「あ?何やってんだお前」

 「…………」

 「ちょ、大人しくしろバカ、鍵させねぇ「……めろ」……あ?なんか言ったか?」

 

 

 

 「…………」

 

 「……なんかよくわかんねぇけど鍵外してやんだから、少し大人しく――「やめろッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 「………頼む、やめてくれ……」

 

 頑なに鍵の解錠を拒む悟に困惑するヴィラン連合一同。ただ一人ニヤリと笑うのは死柄木弔。

 

 「……コンプレス、やっぱ無しだ。鍵はそのままにしとけ」

 「は?」

 「二回も言わせんな、そのままでいいっつったんだ」

 

 はぁ、と言葉を漏らして元の位置に歩いていくコンプレス。彼らと顔を合わせないようにしながら俯く悟。

 

 「(………選ばないといけないじゃないか。鍵を外されたら―――お前達を攻撃するかどうか、選ばなくちゃいけないじゃないか……)」

 

 自分の決断が怖かった。もしもそれで―――己が個性を出し渋ったら―――俺はヒーローを名乗れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今夜出発とかそういうのみんなに伝えてるの?」

 「あぁ、言ったら余計止められたけどな」

 

 電車内に腰掛ける五人。独断での鈴木悟救出に行くため電車に揺られながら八百万の発信機を元に話し合いを進めていた。

 

 「……一応聞いとく。俺たちのやろうとしてることは誰からも認められねぇエゴってやつだ。引き返すならまだ間に合うぞ」

 「迷うくらいならそもそも言わねぇ!あいつはヴィランのいいようにされていいタマじゃねぇんだ!」 

 

 「僕は………後戻りなんて出来ない」

 

 各々、決意を抱いた面々が、覚悟に揺らぎはないようで顔を見合わせる。しかし八百万の顔が少し曇り、ボソッと言葉を漏らしてしまう。

 

 「…………でも、意外でしたわ……葉隠さんは、てっきり、来るものだと……」

 「それは……俺も、そう思ったけどよ………」

 

 言葉に詰まってしまう五人。この場に葉隠透、その人の姿は無い。

 

 「………意外、って言やぁ……爆豪も来なかったな、アイツ……ルールとかそう言うの無視して突っ走ってくるもんかと思ってた」

 「………かっちゃん……なんで来ないんだよ、とは、言えないからね……これは、僕たちのエゴだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした』

 

 「……不思議なもんだよなぁ。なぜヒーローが責め立てられてる?奴らは少し対応がズレていただけだ」

 「……………」

 「守るのが仕事だから?誰にだってミスの一つや二つはある。そもそも……今回こんなことになったのは、コイツらの話聞く限りじゃあ……テメェのせいだよな?鈴木悟」

 

 

 

 「………そう、なんだろうな。記憶は無い、という言い訳をするつもりはない……」

 

 

 

 「お前はお前を悪いと思うか?」

 

 立ち上がってゆっくりと悟の元へ歩み寄る死柄木。依然として顔を上げずに下を向いたままの悟が口を開く。

 

 「………悪いさ」

 「悪くない。人の命を金や自己顕示に変換する異様。それをルールでギチギチと守る社会。敗北者を責め立てる国民。何が正しい?お前の対応の何が悪かった。話を聞いてる限りじゃ最善だ。一人の犠牲で助かったのが40人。それともヒーローは完璧でいろって?無茶言うなよな」

 

 悟の前で立ち止まり腰を曲げて悟の手枷に手を当てる。

 

 「俺たちの戦いは"問い"。ヒーローとは正義とは何か。この社会が本当に正しいのか一人一人に考えてもらう」

 

 死柄木が悟の手枷を五指で強く握る。いったい何を、と頭の中で呟いた、次の瞬間

 

 「なッ!?」

 「―――お前はどうありたいんだ?鈴木悟」

 

 サラサラと色を失い砂のように崩れ去る鋼鉄製の手枷。解放されたというのに、選択という重みが彼の両手にズッシリとのしかかる。

 

―――躊躇はするな、どんな事情があろうとコイツら―――そう、記憶には無いがクラスメイトを襲った、はずなんだ。同情の余地なんてある筈も無い、革命のための尊い犠牲に自分たちのクラスメイトを巻き込んだただの屑。

 

 「(―――そう、ただの、く、ず、なんだ………)………あ……」

 

 

 

 

 「……体は正直なもんだなぁ……!」

 

 手を振りかぶり、拳を握るが、それだけ。ジッと見下ろす髑髏の異形が笑みを浮かべる死柄木弔をその目に捉える。眼窩に灯る炎が揺れ動き、彼の心の動揺がその紅い眼光に表れているようであった。

 

 「ち、違う……おれ、は……!」

 「違くねーよ、俺らが間違いって断定できねーからそうなってんだろうが……安心しろ、お前から手を出さない限り俺たちも手を出さない。社会から排他された。同じ境遇を知る俺たちは―――仲間だ」

 「…………!?」

 

 乾燥してささくれた、死人のように色の悪い手がこちらへ差し伸べられる。歯を食いしばって拳を掲げたまま動かなかった悟が、腕を震わせながらも握られていた五指をほどいて手を開き、ゆっくりと手を下ろす。それはダメだ、と自分に言い聞かせながら、しかし止まることを知らない。死柄木の元まで手を下ろし、二人の掌が交わる瞬間―――

 

 「どーも、ピザーラ神野店です」

 

 「「「「「………………?」」」」」

 

 場違いな声に一瞬、悟を含む全員の視線が扉へ釘付けになり、顔をそちらに向けて固まってしまう。何かがおかしい、と気づいた頃には、既に―――彼らの手中であった。

 

 

 

 「スマアァァアッシュッ!!!!」

 

 「な!?」

 「オールマイト!?」

 

 「―――黒霧!!ゲートッ!!!」

 

 瞬時に判断を下すことのできる死柄木は、やはり優秀なヴィランではあった。その指示を受ける前から個性発動の予兆を見せていた黒霧も、やはり優秀なヴィランであった。その他ヴィラン連合のメンバー達も、各々が指名手配犯せしめる動きに移ろうとしていた。ただし―――相手が悪すぎた。

 

 「ガッ!!?」

 「ッ、黒霧ッ!?」

 

 「ウルシ牢獄ッ!!」

 「木ィ?んなもん―――」

 

 「――逸んなよ。大人しくしといた方が身の為だぜ」

 

 瞬く間の連携により、動きを封じられるヴィラン連合。呆然とその光景を眺めているままの悟が、ハッと意識を切り替えてオールマイト達へ顔を向ける。

 

 「もう逃げられんぞ、ヴィラン連合ッ!!――我々が来たッ!!!」

 「お、オール、マイトに、みな、さん……」

 

 そんなにヒーローに詳しいわけでも無い悟でも知っている、名だたるヒーローの面々が、吹き抜けになった壁の縁に立ち並びヴィラン連合と悟を見つめていた。

 

 「怖かったろうによく耐えた!ごめんな…もう大丈夫だ!鈴木少年!」

 

 

 「あ、いや、その、お、おーる、まいと……そ、その……」

 「?どうしたんだい?鈴木少年」

 

 見たところ、外傷の一つも無く、取り敢えずはホッと安堵の息を吐くオールマイトが、ヴィラン連合とヒーロー達を交互に見て狼狽える悟の姿に疑問を覚える。もしや、何か弱みを握られているのかと勘繰るが、今は追求すべきことでは無いと事態の収束に専念する。

 

 「さて……我々だけで無く、外ではエンデヴァーを始め多くのプロヒーローが包囲している。大人しくしてもらおうか、ヴィラン連合!!」

 「俺たちだけじゃ無い……?そりゃこっちもだ…!黒霧ィ!持って来れるだけ持ってこい!!」

 

 死柄木がそう叫ぶと少し警戒態勢に入る悟。しかし他のプロヒーローは何も構えない様子に疑問を覚えつつも死柄木達に対して身構えるが、やはり何も起こらない。黒霧が汗を垂らして目を細めると、焦った死柄木が黒霧に怒鳴りつける。

 

 「どうした黒霧!?」

 「す、すみません死柄木弔……!所定の位置にあるハズの脳無が―――ない……!!」

 「なッ!?」

 

 

 

 「やはり君はまだまだ青二才だ、死柄木。ヴィラン連合よ、君らは舐めすぎだ」

 

 「少年の魂を…」

 

 「警察のたゆまぬ捜査を…」

 

 

 

 「そして…我々の怒りを!!」

 「………!!」

 

 

 

 

 「―――おいたが過ぎたな。ここで終わりだ、死柄木弔」

 

 死柄木の目に映る、No.1ヒーローの―――最も穢らわしい憎悪の対象。オールマイトの背中から吐き気の催す後光が差し、何度も見たあの笑みを絶やさない憎き顔。はらわたを煮えくり返して、怒りが沸々と込み上げてくる。

 

 「ふざけるな…始まったばかりだ。ここからなんだよ……!黒霧ィ!!」

 「ぐッ、うっ……」

 

 「中を少々いじり気絶させた。死にはしない。忍法千枚通し、この男は最も厄介…眠っててもらう」

 

 黒霧が動けなくなったことにより、更に余裕の無くなるヴィラン連合。追い討ちをかけるようにグラントリノが全員に語りかける。

 

 「さっき言ったろ?大人しくしといた方が身のためだって。―――引石健磁、迫圧紘、伊口秀一、渡我被身子、分倍河原仁。少ない情報と時間の中おまわりさんが夜なべして素性を突き止めたそうだ。わかるかね?もう逃げ場ぁねえってことよ」

 

 グラントリノの言葉が彼らに現実を突きつける。動くとこともできず、脳無の増援も期待できず、身を縛られ、彼らを取り巻くのはNo.1、2を筆頭にトップヒーローや実力派の面々。死柄木に言わせればクソゲーそのもの。言葉を失うヴィラン連合に尋ねるグラントリノ。

 

 「なぁ死柄木。聞きてぇんだがお前さんのボスはどこにいる?」

 

 

 

―――誰も助けてくれなかったね。辛かったね、志村転弧くん。

 

 

―――君は悪くない。大丈夫…僕がいる。

 

 

 「…こんな……あっけなく……ふざけるな……!お前が……!!」

 

 なす術なく拘束される自身達の現状。理不尽だ、横暴だ、自分の計画が、積み上げてきた信念が、音を立てて崩壊する。こんなゲームオーバーなんてあり得ない。ましてや目指す到達地点はトゥルーエンドなのだ。目の前の―――自分達にとっての、ラスボスを血眼になって睨み返す。怒りが脳を支配して喉元を震わせる。

 

 「奴は今どこにいる!?死柄木!!」

 

 「お前がッ!!嫌いだあァァァアア゛ア゛ッ!!!」

 

 「の、脳無ッ!?何もないところから!?」

 「黒霧は!?」

 「気絶している!!こいつの仕業ではないぞッ!!」

 

 死柄木の叫びに呼応するように、虚空から黒いヘドロが噴出しヴィラン連合を包み込むと共に脳無が現れる。不意を突かれたプロヒーロー達が脳無の対応に回る中、死柄木が自身の周りに現れる黒い粘液を見つめながら、先生、と小さく呟く。自身の体が徐々に隠れていく中、辺りを見回すと―――呆然と自身を、憐れむように見つめる一人の人間を見つけて、顔を邪悪に歪ませる。

 

 「……オールマイト、テメェ、少年の魂、とか言ってたよなぁ……!」

 「!?」

 

 

 

「はたして本当に、そうかなぁ……!!」

 「―――まさか!」

 

 そんな、馬鹿な、あり得ないとサッと後ろを振り返る。気づけば、ヴィラン連合と同様に体が黒い粘液に包まれていく悟。彼に限って、そう―――懐柔されるなど、億が一にもあり得ないと、自分に言い聞かせながらも―――嫌な予感を覚えて、地を蹴り、彼に手を伸ばすが、

 

 

 

 

 「なッ!?鈴木少年ッ!!?」

 

 

 「―――す――ませ―――イト――」

 

 

―――ハッキリと、彼の手が自身の腕を振り払ったのを最後に、その場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぇ、ゲホッ!」

 「何かクッセー!いい匂い!」

 

 「…………ここは……」

 

 周りがヘドロにむせて咳き込む中、瓦礫の山と化した脳無工場跡地を見回す悟。彼らより後方、宙に浮かぶ一人の男に視線を向ける。

 

 「また失敗したね弔…でも、決してめげてはいけないよ。いくらでもやり直せ。そのために僕がいるんだよ。全ては君のためにある。

 

 

―――そして、君にとっては、初めましてになるのかな。こんにちは、鈴木悟くん」

 

 

 

 「……貴様が……オール・フォー・ワン……」

 「ふふ、あぁそうさ、僕がオール・フォー・ワン。名乗りはしたが……多分、オールマイトから話は聞いているんだろう?どうせ」

 

 

 

 「……あぁ、聞いている。悪だと聞いた。貴様の所業もいくつかは……」

 

 敵対心は抜け切らず、巨悪と対峙する悟が―――対面するだけで、自覚する。強い。細い体の全身を突き抜ける強者の波動。隠しようもない邪悪な気配に、吐くものも無いのに吐き気を覚えるが―――しかし、どうしてか、何故か心地良くもあった。まるで―――自身が、そちら側のようであるかのように。

 

 「……………」

 「君の警戒心は正しい。客観的に見て僕は悪なんだろう。ただ……迷いが見える。何を躊躇しているのかな?」

 

 

 

 「……俺は、貴様と、どこかで、あったことが、ある……気が、する………」

 

 鈴木悟を見つめるヴィラン連合が、悟を囲い、ジッと二人の会話に耳を傾ける。おそらく、こんなに悠長に時間を過ごしている暇はないハズなのに、空気というか、雰囲気というか、干渉を許さない二人だけの時間がそこにあった。

 

 「ふむ?僕と、君が?それはどうしてかな?」

 

 

 

 「…………なんと、なく……いや、なんとなくだ。……気のせい、かも…………」

 

 

 

 

 

 「知りたいかい?」

 

 宙に浮いていたオールフォーワンが目の前に降り立ち、悟に歩み寄る。醜悪な香りが一層深まるが、やはり、自分はこれを、知っている、気がする。

 

 「し…る……?」

 「あぁ、社会の闇。君の知り得るもの以上の、オールマイトという光の影に隠れた裏の世界。君が成す正義が何かは分からないが、全てを知ってからでも遅くない。僕は君の意思を尊重する。オールマイトという表面上の正義に絆されて、君は縛られている。それを幸福と感じるのなら、僕はそれでもいい。ただ……嘘偽り無い、世界の全てを君に教えよう。君がそれを望むなら―――僕と共に行こう」

 

 「……世界の全て……?」

 

 「君は聞いたのだろう?渡我被身子の身の上話を。それが真実の世界の一端だ。オールマイトの作る理想郷とは、そんな彼らを葬り去って、平均的な人間が幸せになれる世界だ。……尊い犠牲すら存在し得ない、本当の意味での理想郷、僕たちが目指すのはソレだ。誰もが己の自由意志に従って生きられる。差別もいじめも存在しない。聞こえはいいが、しんどい道のりだ。いかにも、悪の帝王が言いそうな言葉だね。だが本気だ。君が選択しなさい。知りたいかい?それとも、この手を振り払うかい?知ってからでも遅くない、君がどちらの道に進むかは。そして―――君の全てについても、僕は知っている」

 

 

 

 「……俺、の、全て?」

 

 あぁ、と黒い外套に身を包んだフルフェイスの彼から声が聞こえる。自分の全てとは何だろうか、この個性の仕組みについてだろうか、時折感じる常人との感覚の差異だろうか、肉体の違和感だろうか、客観的に見た俺という人間性だろうか。………世界の全てよりも、そっちを知りたい。俺は何者なんだ。

 

 

 

 「………俺の満足する答えを提示できるのか」

 「約束しよう」

 

 

 

 「…………そう、か……」

 

 チラリと辺りを見回す。ヴィラン連合のメンバーがこちらを見つめていた。複数名のメンバーが笑みを浮かべて悟を見つめる。トガのソレは好意以外の何物でもないだろうが、他のメンバーもそれなりに悪意の無い表情であった。記憶には無いが、自分が傷つけたというのに、随分寛容な奴らだと思いながら、同時に、ヴィランはヴィランで、仲間意識があるんだなと、そんなことを考えつつ、

 

 

 

―――知るだけだ。俺は、俺について知りたいだけだ。ソレからでも―――みんなの元に帰るのは、遅くないだろう。

 

 

 「……………」

 

 「……よく選んだ。君に全てを教えよう」

 

 

―――彼は、オールフォーワンに手を差し伸べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何やってんだよッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「―――な―――んで―――」

 「何やってるんだよッ!!鈴木くん!!!ふざけるなよ!!!」

 

 「……随分と、友達に好かれたね。鈴木悟くん」

 

 静寂に響き渡る怒号。聞き慣れた声にその場の誰よりも早く、嘘だろ、と呟きながら後ろを見ると―――そこに、いた。

 

 「なんで!?オールマイトと話しただろ!!!よりにもよって、なんで君なんだよッ!!!ふざけるなよッ!!!」

 「鈴木くん!!何故だ!?いつでも大局を見て、クラスメイトを第一に考える君が、どうしてそちら側に付く!!?林間合宿での怒りは嘘だったのか!!?」

 

 「ち、違うんだ!!こ、これ、は……!!」

 

 緑谷が、飯田が、轟が八百万が切島が、隠れていたクラスメイトが一斉に飛び出して鈴木を説得する。ソレと同時に、自身に向けられた疑いの目。存在しない心臓が締め付けられるような痛みを覚える。

 

 「な、なんで、みんな、こ、こに」

 「体育祭んとき、余計なお世話はヒーローの本質、ってお前が言ったよな!!何してんだお前!!!」

 「帰りましょう鈴木さん!!貴方の居場所はそちらでは無く、1-Aでしょう!!?皆が帰りを待っていますッ!!!」

 「鈴木ィ!!なんでヴィランなんかに懐柔されんだよ!!!こっち来い!!!テメェの頭ぶん殴って目ぇ覚まさせてやっから!!!」

 

 

 

 「弔くん、殺しますか?うるさいです、あの人達」

 「あぁ、そうだな。残しといても後々邪魔になる」

 

 「な!?や、やめろ!!!」

 

 不安定な足場にも関わらず、地面を蹴り瞬時に前に飛び出すトガに、即座に飛びかかり背中から押し倒す悟。

 

 「や、めろ!やめてくれ!!待ってくれ!!!」

 「……分かりました、悟くんがそういうなら」

 

 「す、ずき、くん………」

 

 解放されたトガが、従順に悟に従い、また自分達を傷つけることをよしとしない悟の姿を見て、困惑する緑谷達。ガクリと項垂れる鈴木に、八百万が声をかける。

 

 「鈴木さん……何故、ですか……」

 「……………」

 「返事を返してくださいッ!!いくらなんでも、身勝手すぎませんか!?それはッ!!」

 「…………………」

 

 

 

 

 「葉隠さんが、待っています」

 

 顔を上げる悟。反応の無かった悟が、口をぽっかりと空けて、ぼーっと八百万を見つめる。

 

 「正気を失ったように、動きません。涙は既に涸らせたようでした。傷は完治しているようですのに、ベッドから動く様子もありません」

 「―――そん―――な―――なんでッ!!!」

 

 

 「ヒーローが、いないから」

 

 

 「―――は?」

 

 意味が分からない。何故、ヒーローが出てくる。葉隠の話を聞いて、自分をそれほど思ってくれていることに頭が痛くなり体の内部―――存在しないはずの臓器が慟哭する。

 

 「なにを―――」

 「………鈴木さん、そんなに、自分について、知りたいのですか。そのヴィランに手を差し伸べるほど、自分が何者か、知りたいのですか?ならば、教えてあげましょう」

 「俺が、何者、か……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あなたは、葉隠さんにとっての―――ヒーローなんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葉隠さんは、どうしてそのヒーローに憧れたの?

 

 『うーん、まぁ実際助けられたからね、それも危険な所を二度も。憧れないって方が無理があるというか』

 

 な、なるほど、それはそうだね………どんな人なの?

 

 『いい人だよ、人助けなんか当たり前、どんなに辛くても他者を思いやって、人前では決して弱さを見せないようにと頑張る、そんな人』

 

 

 

 

――――鈴木くんがヒーロー目指して無かったら、私は今ここにはいなかったよ、多分

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「鈴木悟くん、決別の時だ」

 「……………」

 

 オールフォーワンがそう口ずさむと身構える緑谷達。ただ、足が震え、抵抗虚しく蹂躙されることを誰もが理解していた。だからこそ、次の言葉に耳を疑った。

 

 

 「鈴木悟くん、君が始末するんだ。どうするかは問わない。これは君の問題だ」

 「な!?」

 「何言ってんだテメェ!!」

 

 

 

 「……そうか、分かった。【絶望のオーラ:レベル1】」

 

 悟の正面に並ぶクラスメイト達に悪寒が走る。オールフォーワンの威圧に加えて悟の波動がのしかかり、ピクリとも動くことを許されない。次の瞬間、悟の体の周りに魔法陣が展開される。

 

 「――――す―――き――く――」

 「ごめんね、みんな――――

 

 

 

 

――――直ぐに、戻るから。

 

 

 

 

 

 「………………ふぅ、いったかな」

 

 「……鈴木悟くん、最後の言葉は、どういう意味かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「こういう意味だよ。【中位アンデッド創造】【上位アンデッド創造】」

 

 「……そうか、残念だ」

 

 光の粒子と化したクラスメイトを見届けた後振り返りオールフォーワンと再び対峙する悟。次の瞬間、地面から大量に現れるデスナイトとペイルライダー。暗黒色のコールタールのようなソレが沸騰を始めブクブクと泡立ち形作っていく。悟の周囲をデスナイトが護衛し一騎のペイルライダーそばに追従する。そしてヴィラン連合とオールフォーワンを取り囲むように辺りに散らばるデスナイトとペイルライダー。

 

 「一応聞いておこう、どうしてかな?」

 「簡単なことだ。自分が何者か分かったからな。まぁ、貴様らに同情の余地はある。ただ―――俺はどうやら、ヒーローらしい。満足いく答えというやつだ。そもそも何を悩んでいたんだろうな、先に手を出したのはお前達なんだろう?殺しはしない。何度も言うが同情の余地はある。取り敢えずひっとらえて話し合いをしよう」

 「世界の闇の一端を垣間見た君の発言とは思えないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だから俺の仲間を攻撃するのも仕方なかった、とでも言うつもりか?」

 「………」

 

 

 

 

 

 

 

 「ハッキリ言ってくれ、お前たち。俺を色々諭してはいたが、結局のところ、好き放題やりたい、ってことと何が違うんだ?」

 

 ヴィラン連合の面々の顔が険しくなる。先ほどまでの表情とは打って変わって敵を見つめる、鋭い視線。

 

 「世界が窮屈だからと言って、俺は人殺しはできないんだ。自分が殺されて、納得できる理由ってなんだ?ましてや―――俺のクラスメイトを、殺しかけたんだよな?お前らは」

 

 彼の体から黒い瘴気が放たれる。恐怖を超えた、狂気の領域へと誘う邪悪な波動がヴィラン連合にのしかかる。

 

 「ダメだ。許せない。悲劇の話を語っても、同情を誘っても、俺だけなら許せた。でも、結局みんな、殺すんだろ?お前らは。そんなことはさせない。俺の命に代えても貴様らをここで討ち滅ぼす。俺は貴様らとは違う。命をかけられるだけの他者がある」

 「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ヴィラン連合諸共砕け散れ、オールフォーワン」

 

 「残念だよ、鈴木悟」

 

 

 

 

 



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