異世界の妖怪少女 (no-3)
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第1話 さとり妖怪、旅に出る
平和な国日本。その裏側の世界の、地下深くにある地底世界。その世界のど真ん中に位置する屋敷の一室で、今日もあたいは至福のひと時を過ごしている。あたいのご主人様、さとり様に毛繕いをしてもらっているのだ。こうしてあたいは、今日もいつもと変わらぬ平和な日々を
「お姉ちゃん!ちょっと魔王になってくるね!」
…過ごしたかったなあ。
さとり様はその声を聞くや否や、あたいを撫でるのをやめため息をつくように続ける。
「こいし、いろいろ聞きたいことはあるけど、とりあえず姿を現しなさい?どこを向いて話せばいいかわからないのは流石に困るのだけれど。」
あたいの幸せを奪ったこいし様は、自身の能力により誰にも姿を認識されることはない。姉であるさとり様でも望んで認識することはできないらしい。でも当の本人は気にしてないとのこと。あ、いえ、こいし様が幸せを邪魔したことに恨みなどございませんよ。ええ決して。
「私さっきこんな本見つけたんだけど、読んでみたら結構面白くて。私もこんな冒険しようって思ったの。」
「わかったからあんた、突然後ろに現れるのはやめなさい。というかその本地上の人の売り物じゃない!あとでこっそり返さないと…」
「てことでちょっと冒険してくるねー。あーでも、この世界だと魔王って誰なのかしら。閻魔様?鬼の四天王?地上の天狗さんの頭でもいいわね。」
「ちょっと待ちなさい。こいし、いい話と提案があるんだけどどちらを聞きたい?」
「どちらも聞きたくないわ。あ、役に立つと思うからお燐借りていくね。」「ふぇ?」
思わずあたいは間抜けな声を出した。そしてこいし様に抱きかかえられ、
「それじゃあ行ってくるねー。晩御飯までには帰ってこれないわ。けど心配なく。」
どうやらあたいに決定権はないらしい。たまにはどこかへ出かけるのもいいけど、あたいにだって仕事がある。
「仕事が不安ですって?心配ないわお燐、提案はあなたを連れていくことだもの。」
成程よくわからないけれど、仕事はほっといてよさそうだ。
「それでこいし様、どうして冒険なんかしようと思ったのです?」
今一番気になっている事を訊いてみた。こいし様は常日頃から一人で地上を徘徊しているけれど、目的を持ったことなどなかったのだ。
「あの本にはね、仲間と協力して強い敵と戦う主人公たちの日常が書かれていたの。それに何か魅力を感じたのよ。それにね、」
こいし様は俯いたまま、
「また、いろんな人から注目されたいなって思ったの。」
そうか、きっとこいし様は寂しかったのだろう。ただその寂しいという感情がよくわからないせいで、本人も気づかなかったのかもしれない。
「そうですか。ではあたいは、こいし様をサポートします!魔王だろうと鬼だろうと、どこまでもついていきますよ!」
少しでも頼もしく見えるようにあたいは笑ってみせた。
暫くして目を開けると、緑あふれる風景に、石煉瓦で囲まれた町並みが見えた。地上のようで、でも違う。地上は確かもっと木造だったはず。
「あの、こいし様?ここはどこです?」
「どこって、ここは異世界よ?私の無意識が作り出した世界に潜り込んだの。」
そんなのありですか…。
ご都合主義ってやつです。のんびりやっていきたいので気長に待ってくださるとうれしいです。
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第2話 さとり様へ、あたいはもうダメです
「それで、これからどうなさるのです?いきなりこんなところに来てもあたいは何をすればいいのやら、」
そうね、とこいし様は考えている仕草をし、
「あの本だと確か、こういう時は町に行って労働者の集う場に行くのが王道って書いてあったわ。そこで仕事を受けるだとかなんとか、」
「承りました!けどよく解らないので、こいし様についていきますね。」
自分で言うのも変な話だけど、あたいはかなり落ち着いていると思う。いきなりわけのわからない場所にやってきたのだ、あたいの知ってる怨霊なら嬉々として人間に取り付き全滅させるに違いない。
そういえばこの世界の人間は妖怪やら怨霊を敵とみなすのだろうか。そもそもいるのだろうか。でももし存在していて、敵とみなすならば…
「こいし様、今から人間のいる場所に行くのですよね?」
「うん、人間といっぱいお話しするの。いろんな人間と会話するの、ずっと夢だったんだ。」
果たして認識されるのだろうか。それはともかく
「こいし様、あたいたちは魔王を倒すのですよね?」
「うん、そして新たな魔王になってまた強者を潰すのよ。」
「それはあたいらが人間じゃないからできると思っているのですよね?」
ハッ、とでも言いそうな顔をするこいし様。あたいらが人間でない以上、人間とは仲良くなれない。こいし様の友達作ろう計画はあっけなく終わりましたとさ。
「でも人間が、前にあった面白い二人組みたいな容姿ならなんとかできるんじゃない?私たちとなんら変わらない気がするし」
おっとこいし様はまだ諦めていませんでした。
「でもお燐はケモ耳と尻尾があるから難しそうね。あ、そうだ!」
ケモ耳って何だろう、獣耳の略称のことだろうか。こいし様はたまに解らない言葉を使う。どうも表の世界の人間と交流があるようで。
そんなことを考えていると、何やら頭に何か乗った感覚が…
「はい、これで変装完了ね!カメレオンが透明になる出来だわ!」
「これは、こいし様の帽子ですか。これではあたいもこいし様ですね。」
「あら、私は透明じゃないわよ?そんなことより、人里に行ってみましょうよ!殺伐たる光景が待ち遠しいわ!」
こいし様に手を引かれ、目の前に見える町にかける。こいし様には初めて手を取られたが、とても心地が良かった。
「もしもーしそこの方。私はしがない旅人よ。この街に仕事が提供される町役場のような場所はありますか?」
こいし様はなんの躊躇いもなく女性へ話しかける。 あたいはもうドッキドキ。
「ああ、それなら町の中央にある冒険者ギルドに行くといいよ。この町の防衛機関の中枢も担っているのよ。んーまあ、お嬢ちゃんたちには難しい話かもね?」
「判りました。どうやら今日は草臥れを儲けずにすんだわね。」
「お嬢ちゃんは変なことを知ってるんだね。では、初心者冒険者の集いの町、ニホンコクへようこそ。いい旅を!」
…町名に違和感を覚えるのだけれど…しかし人間を振る舞うことで必死だったあたいは気にしないことにした。
「なんとかあたいらのことがバレずに済みましたね。ヒヤヒヤして悪寒がしますよ。暖かい地獄に帰りたいです…」
「猫って鳥肌立つのかしら。興味が湧いたわ。」
こんな思いはできるだけしたくないので、なんとか気を逸らさせようとしていると、ふと思いついたように、
「そういえば、町の中央ってどの方向かしら。」
求めていないヒヤヒヤのおかわりがやってきました…。
あれからまた人に道を訊き、なんとか冒険者ギルドへ辿り着いた。また挙動不審になるかと思ったけど、意外と慣れは早いものだ。
中を覗くと驚くことに女性が多かった。机を囲み談笑する人、その机に料理を運ぶ人、外れに見える、料理屋に似つかわしくない受付にいる人、どこもかしこも女性だらけだ。まあ地上も少女だらけだったので今更なんとも思わなかった。
きっとあの受付が仕事依頼を担っているだろうとこいし様は向かう。
「もしもーし。私は魔王を倒す目的でこの町にやってきたのですけれど、お仕事を紹介してくださいな。」
切り込み方が斬新すぎる。
「解りました。では冒険者登録をされるということでよろしいですね。」
それから受付の人間の説明が始まった。要約すると、体力、筋力、魔力、知能の4点を魔道具で計測し、その数値に見合った役割を選択してもらうとのこと。今更だがこの世界の言語は日本語のようで、あたいらでも読み書き交流はできる。
受付の人間がこいし様の計測中に世間話をするように話しかける。
「魔王軍と人類の攻防は未だに膠着状態が続いているのですよ。」
「そうなのですか。それまた何故ですか?」
普段から霊魂と世間話をしているので会話は慣れている。さすがに地獄の怨霊と善良そうな人間とじゃ趣味趣向は異なってそうだけど。
「人類は魔王軍に対抗できるほどの力がなく何もできないのが現状です。そのような人類を魔王軍は『脅威も興味もない』として放置しています…。」
魔王軍としてその考えは適切なのだろうか。
「実際に魔王軍ってどれくらい強いのかしら。」
「ええっと、魔王軍には魔王の側近が5体おりまして、魔王城を5体で均等に囲って守っています。その守りを未だ崩したことはありません。」
なるほど。倒す云々ではなく守りを崩すことができないとなるとなかなか強いかもしれない。
「念の為にそいつらの情報を訊いてもてもいいですか?」
「ええ。側近にはそれぞれ属性と呼ばれるものがありまして、それで分類され呼ばれています。それぞれ『月のユウウツ』、『火のモト』、『水のナガレ』、『木のセイ』、『金のモウジャ』と。」
………。
意味わかってる?
「どれほど強い敵か楽しみね。こういう時って何が躍るんだったっけ。」
知りませんよ。というかこの世界を作ったのこいし様でした。なんてことしてくれるんですか。
「古明地こいしさんですね。計測が終わりました。ええっと、」
暫くカードとにらめっこをして、驚いた顔をした。
「筋力の数値がこれ以上ないくらい高い数値ですよ!でも、どういうわけか体力の数値が書かれていないのですが、どうしましょうか」
「まあいいんじゃないかしら。気になることではないわ。それよりも、剣も魔法も使える自由な職はないかしら?」
「それでしたら、遊撃手なんてどうでしょう。こいしさんにはぴったりですよ。」
はい。と満足そうにうなずくこいし様。この世界でなりたい役割だったのだろうか。
恐らく体力の数値がないのはあたいらが妖怪である故だと思う。精神攻撃以外ほとんど通用しないから表示できないのだ。
そういえばあたいには気になることがある。
「ところでこいし様?どうしてこいし様は人間と簡単に会話ができているのです?こいし様の能力はどうなっているのですか?」
あたいは耳打ちした。こいし様も同じように
「能力は使えないようにしたわよ。使えたら魔王なんて瞬殺よ、つまんないもの。」
「それはそうですけど、そしたらこいし様の能力で作られたこの世界はどうなるのです?」
「魔王を倒すまで維持されるわ。」
なんだろうものすごく肩が重い。魔王を倒すまで帰れないらしい。嫌だな。
暫くして様子見をしてた人間が話しかけてきた。
「続きまして、火焔猫…燐さん?」
「お燐です。」
「ええっと」
「お燐です。」
ここだけは譲らない。
「はい…お燐さん。えっと、あなたもこいしさんには劣りますが筋力は類を見ないほど素晴らしく、体力は表示されませんでした。それでいて役割はどうされますか?」
「ええっと、ネクロマンサーってありますか?」
「ネクロマンサーですか、かしこまりました。」
若干ひきつった顔をしている人間。ネクロマンサーなんて役割は進んでやるものではないとかなんとか。
けど仕方がない、あたいのアイデンティティを奪われるわけにはいかない。それにしてもこいし様のほうがステータスが上か。わかってはいたけれど少しばかり悔しい。
「ネクロマンサーは指示役だし、こいし様に指示を飛ばす役割としてはあたいにはちょうど良いと思いますよ。」
ふんす。
「あのーお燐さん。」
なにか気まずそう顔で受付の人間があたいの顔を覗く。
「実はお燐さんもこいしさんも知能は並みに及ばず…なので指示はほかの人に委ねるべきかと…。」
…衝撃の事実。あたいはあほの子だって。
いろいろ否定されて劣って、突っ込みどころの多いこの世界があたいはもう。
ああさとり様、あたいはもう。
…この世界が嫌いです。
地霊殿の異変を起こしたのはお燐ですから知能はあるかもですが、反則探偵を見てそこまでないかもと思って平均以下という解釈で進めます。こいしちゃんに限っては未知数ですが、どこかの天狗さんに「何も考えていない」って言われちゃってるので同様に平均以下という解釈でいきます。
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