何でも売ります、買っていかれますか (夜ノ 朱)
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プロローグ

 

「よぉ、いらっしゃい。

何かお求めかな?わざわざこんなとこに来たんだ、喉から手が出るほどに、誰かを殺めてでも欲しいものがあるんだろう?」

 

客は首を振り答えた。違うんだ、欲しいのは薬だ。殺めるためでなく生かすために薬が欲しいのだ、と。

 

「は?薬ぃ?おいおい、うちは何時から薬屋になったんだい。薬が欲しいなら薬屋に行きなよ」

 

面白くなさそうに職務を放り出そうとする店員に対して、客は待ったをかけた。薬屋にはすでに行ったのだ、と。更に続けた、ここでなくてはダメなのだ、金なら必ず払う。万病にも効く薬を売ってくれ、と。

店主は笑った、笑い終えれば店主は答えた。

 

「金を払うというのであれば、お前は確かに客だ!だが、1Jすらまけん、払えないと答えればお前を殺さなければならない。それでも良いのなら言ってみろ、何に効く薬で、その病の正体をだ!」

 

_____________

_________

____

 

『雑貨屋』は客を選ばない。

マフィアだろうが一国の主でも、流星街の住人であれ店に訪れるならば客だ。相手が客であるなら何でも売る。ペンだろうが銃だろうが、勿論人間でも。文字通り何でも全て売る。

 

しかし、金の無い奴ならば何も売らない。それが、マフィアだろうが一国の主であろうと、小石一つ、髪の毛一本すらも売ることはないだろう。

金の無い客は、客でありながら客でないのだから。

 

店主に用意できないモノはなく、売らないモノもない。

 

薬を買いに来た客の前は、武器を買いに来た。勿論売った。

その前は人間の女を買いに来た。これまた勿論売った。

その前は国を買いに来た。当然売った。

 

ある時、店主の命を売ってくれと頼んだ客がいた。当然のことながら、売った。

驚いた客だったが、値段を言ったらこちらが驚くことになった。ふざけるな、払えるわけがないだろう、と。激高した客はそのまま店主を殺そうとしたとき、客は客で無くなった。

 

その後どうなったのかは、今でも店主として働いているのだからおわかりいただけるだろう。

 

客でないのであれば、金の無い状態でお店に来るとするならば、それはただの泥棒であり、生かしておく必要は無い。ただの迷惑でしかないのだから殺す。

この店に冷やかし目的で入ることは許されておらず、金の無い状態で注文をするのであれば、支払いはあなた自身で払う他にないだろう。

 

 

 

何物にも代えられないモノあるのであれば、探してみるのも良いだろう。

その店にはきっとあるはずだから…

 

 

 

 

 

 

 

移動式雑貨店『雑貨屋』

 

 

 

 

 

 

本日も営業中です

 



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第一話

 

「だーかーらー!それじゃあねぇんだよ!」

「だったら何だって言うんだよ!俺は確かに聞いたぞ!団長からしっかり聞いて来たんだ、間違っているはずがないだろ!」

 

ここはヨークシンにあるカフェの中、普段であれば静まり返っているはずの店内ではとある二人組の男性が言い争いをしていた。

 

片方は着流しに髷を結った無精髭の男、腰に一本の刀を挿している。

もう片方は、全身を覆うタイプの雨合羽を着用しており、顔を隠すように大きな狐の面をつけているが、声からしては男性であり無情髭の男に比べれば小柄な印象を受ける。

 

「知らねえし、んなもん俺が把握しているわけねぇだろ。

大体クロロが来たのだって数か月前だぞ、それからだったら何度か変わってる筈だ。それに俺が知るのはその時だけで、決めた瞬間に忘れるし客に言われても俺の記憶には残らねぇんだよ」

「は!?ならなんだ、完全な無駄足だったってわけかよ!」

「そうなるな。ちなみに情報屋に聞いても無駄だぞ、あいつら金蔓を見つけたって態度で古い情報でぼったくろうとしてくるからな」

 

雨合羽の男の発言を聞き、無情髭の男は深く項垂れてしまう。その態度を見ている雨合羽の男は、ため息をつき紙のようなものを手渡した。

 

「なんだよ、コレ」

「優待券だよ。お前がまだ買い物をしたいと思ってるなら、大切に持っておけばいい。再び合言葉が変わったとき、その優待券にその言葉が浮かび上がるようになっている。当然、俺には読めないようになってはいるけどな」

「おぉ!こういうのだよ、こういうの!新しい能力か?もっと早くに作ってればよかったのによぉ!」

「はい、10万J」

「あ?」

「優待券の代金だよ。忘れてねぇよな?払わねぇってのは無しだぜ、お前はすでに優待券を所持しているんだからよぉ」

「わっーてるよ!ほらよ」

 

無情髭の男は紙束を懐から取り出し、差し出されていたままだった手にのせる

 

「まいど!」

 

二人はそのまま別れて店を出ていく。

 

外は雨なんて降っておらず、カンカン照り。ここ数日雨のふる素振りすらなかった。それでも雨合羽を着たまま歩く男の姿は、人通りの多い道でも男の周囲1mくらいの空間ができてしまうほどには浮いていた。

少し歩けばつけられていることを感じ、相手がかなりの実力者でありながらも、わざと気づかせる様なやり方だ。

それならばと言わんばかりに、路地裏へと足を向けた。

 

「エミル=フドウだな」

「いえ、人違いです」

 

路地裏に入れば、案の定声を掛けられた。まだ振り向いていないが、声だけでその下手人が誰なのかわかってしまう。

 

「何を言うかたわけ、こんなに晴れているのに雨合羽を着とる奴なんぞお前しかおらんわ」

 

返答に納得しない(する訳もないが)とは思っていたが、まさか二人揃ってきていたとは思いもしなかった。

 

「いますよ!ゼノさん、他にも絶対!円の精度が悪くなったんじゃないですかー!もう年なんですよー!シルバさんそう思いますよね!」

 

最初に声をかけてきたのはシルバ=ゾルディック。現当主であり、エミルの友人でもあった。次に、呆れながらでてきたのがゼノ=ゾルディック。前当主であり、シルバの父親だ。

 

「ほぉ...言うようになったじゃないか、前に殺されそうになった時には小便漏らして泣きながら命乞いをしてきたクセにのう」

「はぁ!?おい、てめえ爺ぃ!なに大法螺吹いてんだ、良いんだぜ今この場で死んでやってもよぉ!」

 

その発言により、ゼノの顔が少し強張るのを確認したエミルは笑みを深めた。

 

エミルの身体には、超小型かつ超廉価にして超威力を誇る時限爆弾、貧者の薔薇が埋め込まれている。

貧者の薔薇とは、爆発の際に生ずるキノコ雲の姿が薔薇に酷似していることからこの名が冠せられた。

今まででのべ250もの国でその10倍の爆炎を起こし、既に512万人もの命を奪っている。コストの低さと持ち運びの簡単さから独裁小国家やテロリストに好まれ、とある国での爆発事件では首都で11万人もの死者を出した。

 

この事件を機に新規生産を禁ずる国際条約まで作られたが、保有国の8割は廃棄に難色を示しているという実情を前に、使用禁止と廃棄まで踏み込む事が出来なかったのだからタチが悪い。

 

一撃で広大な兵器実験場を蒸発させ、岩盤をマグマに変えるほどの熱と爆風のエネルギーもさることながら、起爆時には膨大な毒をまき散らし、爆発を直接受けていなくても、その付近にいただけで毒を盛られ、被害者が別の生物と出会う度に毒が伝染していくという救いようのない大量破壊兵器である。

 

このヨークシンの街中で爆発させようモノなら、それはそれはかなりの数の人間が巻き込まれて死ぬだろう。

 

「親父もエミルも落ち着け。驚かせた事は謝罪しよう、今日は殺しに来たわけではない」

「へぇ、じゃあ何しに来たんだよ」

「客になりに来た。『薪はあるか』」

 

その言葉を聞いた瞬間、エミルはうんざりとしていた表情が一転、素晴らしいほどに美しい笑みを浮かべた。

 

「嗚呼....いらっしゃいませ、お客様。奥で話を致しましょう、お金は十二分にお持ちですか?」

 

突如として話口調が変わったことに驚くこともせず、シルバは控えていた執事が準備していたアタッシュケースを開いてエミルに見せる。

 

「えぇ、えぇ確かにお客様のようで...ご来店はお付き添いの皆様もご一緒で?」

「俺一人だ」

「承知しました。ではでは、改めましてようこそおいで下さいました。お一人様ご案内!」

 

エミルの声と共に、路地裏からエミルとシルバの姿が消えた。

 

シルバが目を開ければ、暗闇の中にポツンと明かりの付いた一軒の古ぼけた家存在した。その建物には暖簾と看板が上がっており、そのどちらにも『雑貨屋』と書かれていた。

シルバは特に反応を示すこともなく、古ぼけた引戸を引き中に入った。

店内は外観からは想像できないほどに雑貨で溢れ、ナイフや拳銃に始まり刀やライフル果てには斬馬刀まで存在している。勿論武器だけでなく、犬や猫などから始まり象やキリンにライオン更には人間。人間は勿論のこと他の動物たちの足や腕、内臓や脳に目や口もある。

 

一般的なもので言うならば、パンやペン。服に化粧用品まで取り揃えられている。見渡す限りモノで溢れかえっていたが、かろうじて床にはモノが置かれていないことだけはお店らしくもあった。

そして奥の方から声が聞こえた、店主の声だ。

 

「いらっしゃい、何をお求めかな?」

 

シルバは答えた。次のターゲットが厄介な相手だということ。それを殺すために何かいい得物を準備してほしいと。

 

「あー武器か、武器屋じゃダメだったのか?うちは雑貨屋であって武器屋じゃないぞ」

 

シルバは呆れたような表情をして答えた。既に武器屋は見に行ったこと。ただし目を引かれるモノはなかった、と。

 

「で、うちに来たわけね。さあ、お客さん。希望を聞こうか!どんな得物をお探しで?刃物?銃器?爆発物?店主としてのオススメは毒物一択だがな!」

 

テンションの上がった店主に対し、シルバ慣れた様子で答えた。依頼人の要望は派手な殺しだ、と。

 

「いいねぇいいねぇ!その依頼人もわかってるじゃないか、持って来ようじゃないか。大人しく待っているんだぞ、何も触れるな動くなよ」

 

店主は念を押すように、何度も動くなと告げていずれ声が聞こえなくなった。

言われずとも動かない、シルバがここに来るのは初めてではない。

初めて来たときは物珍しさに心が引かれ、売り物を手に取ったりもした。その時に声が聞こえたのだ、店主とは違い重く深い不協和音の様な声が。声は告げた『それは素晴らしいものだ、実に良いものだ。代金はお前の右手、右足の爪を貰おう』その声が聞こえた瞬間に、右手の手先に激しい痛みを感じた。見れば出血し、爪のみならず肉ごとえぐられたような傷があった。それは右足も同様だった。

 

この店の中では、客は声が出せない。しかし、店主との会話が成立する。

この店の中では、自由に買い物ができない。しかし、買い物は成立する。

この店の中では、手に取ったものは必ず購入しなければならない。

しかし、お金で購入することができない。

それがこの雑貨屋でのルールであり、客は勿論のこと店主すらもこのルールを守る必要がある。

 

「よぉ、実に良いものだ。実に素晴らしいものが見つかった。代金は1億jってとこだな、びた一文まけねぇぞ。準備はいいよな?」

 

シルバ迷う素振りなく頷いた。この店のものは店主の言うように、良い物しかない。外れ商品を買うことなどありえないのだから。

 

「良し良し、金は床に置いといてくれよ。得物はいつも通り、シルバの家に届けるさ。またのご来店を心からお待ちしております。ってね」

 

この言葉が聞こえれば、次の瞬間には元居た路地裏に戻っていた。戻ってみれば、執事の姿は無くゼノだけがその場で立って待っていた。

 

「待っていたのか、親父」

「あぁ、ワシもエミルに用があってな」

 

短い会話が親子であったあと、ゼノがエミルに向きなおる。

 

「そ、じゃあもう帰っていい?」

「ゴトー」

「はっ」

 

エミルが気にせず、無視して帰り支度をしているのを見たゼノが執事の名前を呼ぶ。名前を呼ばれた執事が、エミルの身体を拘束し耳元でエミルにしか聞こえない音量で囁いた。

 

「あんまり大旦那さまの手を煩わせんじゃねぇよ。殺さないにしても、手足を縛って自死を封じて痛い目を合わせてやってもいいんだぜ?」

「されてやってもいいけど、俺って結構貧弱だから躓いた拍子に死んじまうかもしれねぇよ?」

 

エミルの返しで、青筋が額に浮かぶゴトーだが対するエミルは特に抵抗もせずに拘束を甘んじて受け入れている。その様子のせいで浮かぶ青筋が増えて気がしているが、エミルは一切動じない。

 

「んで、爺さん。何の用件で?生憎とお客様を迎えた直後だから、今は準備中で誰も立ち入れないよ」

「別に店に用はないわい。純粋に孫たちとの顔合わせをしてもらう為に家で飯でもどうかの?」

「毒耐性がないのに毒物食わせようとするなんて、おじいちゃん本当に耄碌してるんじゃないの?もしくは、俺をよっぽど殺したいかのどっちかだな」

 

俺の返答を聞いた瞬間、拘束が強まった気がするけど気にしてても仕方がない。

 

「安心せい、さすがに客人の料理に毒を盛ったりせんわい」

「えぇ....まったく安心できないんですけど、それに俺の移動手段といえば歩き一択だぜ?ククルーマウンテンってパドキア共和国だろ、物理的に行けねぇよ。どうしても顔合わせしたいんだったら連れて来いよ。」

 

また拘束が強まった。そろそろ限界なんだが?

 

「あぁ、それもそうじゃったな。なら、1週間後お主が宿泊しておるホテルでの食事にしようかの。予定はしっかり開けておくんじゃぞ、逃げんようにうちの執事をつけておくからその間は自由に使ってよい。じゃあの、いくぞゴトー」

「は?待てよ、爺ぃ!!」

 

言うだけ言って、ゴトーを連れて帰っていくゼノに声をかけるも無視され立ち止まることなく去っていった。路地裏に残されたのは、エミルと状況の理解が追い付いていない女性の執事だけだった。

 

「はぁ、アンタ名前は?」

「は、はい!ミアンダと申します。ミアンダとお呼びください!」

 

ミアンダと名乗る女性は、女性というよりも少女のような体形(小柄だと自覚している俺より小さい)であり、執事服も着ているというより着られているといった印象を持たせる。

 

「そ、ミアンダの荷物は?見たとこ何も持っても持っていないようだけど」

「...どうしたらいいのでしょうか」

 

話を聞けば、研修を終えた直後でありゴトーについてくるように、としか命令を受けておらず荷物どころか通信機器及び自身の金すら用意していないらしい。

 

「ゴトー?俺だけど」

『よろしくお願いします』ブツッ

 

どうしたものかと電話してみても、この通り会話すら成立しない。

今にも泣きそうな顔をしているミアンダを放っておくわけにもいかないわけで、泣き出してしまう前に声をかける。

 

ゾルディック家の執事教育を受けているはずなのにこの程度か、何よりまだ纏が安定していない。一応精孔を開いているのは確認できるが、あくまでまだ見習いの見習い程度だろう。前見たアマネに比べればまだまだだ、この程度を見張りに置いておくとなると嘗められているのだろうか。

 

「ミランダ、泣きそうになるな。燕尾服を着たお前がいる状態だと目立って仕方がない、移動するぞ」

「目立っているのは、その雨合羽とヘンテコなお面のせいだと思いますよぉ」

 

 

撒くか、よし撒こう。

そう決めたら即行動に起こした、路地裏を出て人ごみに特攻したところで絶を行い気配を消した。

 

 

 

 




名前 エミル=フドウ
年齢 18
身長 158cm
血液型 O型
系統 具現化系

念能力 万物取引(オーダートレード)
相手を客だと判断できた場合、相手と自分を念空間に引きずり込む能力。
優待券を作り出す能力。

客だという判断基準は2つ
合言葉を知っていること
お金最低でも1億jを見せること

念空間は暗闇で古ぼけた一軒の店舗のみが存在しており、その空間に入れば買い物を済ませる、又は死ぬまで念空間から出ることはできない。空間内ではいかなる手段を用いても店主には攻撃することはできず、敵対したら最後客である資格を失う。

雑貨屋店内には、外観からは想像できないほどの量や大きさのモノが散在しており、店内に置かれているものを触った場合は強制で購入させられる。その際の対価は金ではなく客自身の肉体で払わなければならず、それでも足らない場合は最後にあった人間を順に対価を強制的に払わされることになる。

店主本人と取引を行う場合は、店主に希望の品を告げれば何でも購入できるが、準備していた金で足らない場合は強制的に客の資格を失い死に至る。

店内にはルールがあり、このルールを破った場合でも資格を失う。

1、この店の中では、客は声が出せない。しかし、店主との会話が成立する。
このルールは客自身声が出せないが、話そうと思った内容が店主に直接伝わるようになっており、いかなる場合でも客は声を出すことができない。

2、この店の中では、自由に買い物ができない。しかし、買い物は成立する。
このルールは客は店主に希望を告げて購入するしか金を使って買い物をできないが、己自身の肉体を対価に払えば好きに買い物をすることができる。

3、この店の中では、手に取ったものは必ず購入しなければならない。
しかし、お金で購入することができない。
このルールは店頭に並ぶ商品を手に取った場合にのみ適応される

上記のルールは客、店主限らず、店に存在する人間は必ず従わなければならない。
ルールを破ることはできず、ルールに触れた場合は死ぬ。

制約
自分で合言葉を設定できるが知ることは出来ない。
店内で客に見られてはならない。
公共交通機関や乗り物に乗ることができない。
取引の対価はお金もしくは肉体でしかならない。
価格以上に金銭を得ることも、それ以下での取引もすることができない。
この取引で得たお金は半年以内に使い切る必要がある。
お金の利用方法は自分に関係してなければならない。

万物生成(オーダーメイド)
客の希望の品を作り出す能力
如何なる物でも作り出すことができる。それに制限はないが、作り出すものによってオーラの消費が変わる。実在し見たことがあり使ったことがある場合はそれが如何なる物でも消費オーラは少ない。その逆の場合は消費するオーラが増えるが、そのモノの説明をしっかり聞いて、イメージが出来れば消費は少なくなる。

制約
作成するときにはその姿を見られてならない。
作成するとき場所から半径5m以内に近寄られてはならない。
作成したものは如何なる場合でも使用してはならない。

万物転送(オーダートランスミット)
作成したものを客の指定した場所に転送する能力。
雑貨屋で得た金を自身の財布に移す能力。
この能力の発動に関して、オーラは消費しないが対価が必要になる。

制約
公共移動手段を使用してはならない。。
乗り物に乗ってはならない。

制約を破った場合は死ぬ。


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第二話




感想ありがとうございました!

お気に入りやしおり、感想や評価してもらえれば益々やる気になります!


 

 

「お待ちしていました、エミルさん。置いていくなんてひどいですよぉ!」

「....このホテルを変えたことは伝えてないと思うけど?」

「あの場所から徒歩移動となると、このホテルしかないと判断しましたので!それにエミルさんの見張りが私の仕事ですので、あの程度で撒いたと思われるのは少し心外です」

 

言ってくれんじゃん...しれっと言ってくれるけど、ここはラブホテルだぞ?なんでその考えに行きつくんだよ、失礼だろ。

俺がホテルに着いた時には夕暮れ目前。それなりに急いできたつもりだったが、ミアンダは何食わぬ顔で立っていた。俺の移動速度と考えを読んで先回りをしということ、それも初対面の相手に読まれたことが何より気に食わない。

それが念能力によるものだというのなら納得が出来るが、路地裏で見た時と変わらず今でも纏すら安定していない状態だ。可能性は低いが、発を既に作っているとしてもこんな状態の奴の発に捕捉されたというのは癪だ。

 

「...それで。俺は普通にホテルに帰るけど、ミアンダはどうすんの?金もコネもねぇのに」

「一緒の部屋でいいじゃないですか、それにここから部屋を取っているホテルまで歩いて帰るとなると夜が明けてしまいます。この際諦めて今日はここで一泊していいのでは?」

 

こいつ遠回しに俺の移動速度が遅いって言っているのか?

 

「なら、それでもいいがお前はどうするんだ、まさか従者が主人と同室に泊まると、なんていわんだろう。金も持っていないおまえは、ここで一晩過ごすのか?」

「私はゾルディック家を主人としているのであり、エミルさんの従者ではありませんので。それに、私に課された命令は監視ですのでエミルさんと一晩離れているわけにはいきません。また逃走されては面倒ですので、同室でいいじゃないですか」

 

こいつ...置いていかれた時は半ベソかいていた癖に、今では毒吐きながらも堂々と意見を言いやがる。生意気なうえに宿泊費すら俺からせびるつもりかよ

 

「早く入りませんか?入口の前で屯っていては、ここの人に迷惑でしょう。それに、同性なんですから心配することなんてないですよね」

 

それもバレているのか、いよいよ面倒くさいな。あの爺厄介な見張りを寄越しやがったな。

 

「.....はぁ。お前にかかる費用は慰謝料を含めて、すべて爺に請求するからな」

「はい。1週間よろしくお願いしますね!」

 

凄く嫌だが、逃げる手段もない。うまく逃げたところでまた捕捉されるのがオチだろう。

ということで、ミアンダをつれホテルに入る。何が悲しくて、初対面で同室にならなければいけないんだ。

 

 

「ところで、エミルさん。路地裏で旦那様と二人そろって消えてたのは、エミルさんの念能力だったんですか?」

「そうだったら?」

 

部屋に入り、ミアンダにベッドを譲り俺はソファーで寝ることを告げれば、せっかく広いんですから一緒にとか馬鹿なことを言ってきたミアンダを無視してソファーに横になる。

そんな時にミアンダから質問があり、その内容はさっきの通りだ。

 

「質問を質問で返すのは、礼儀としてどうかと思いますよ...」

 

お前に礼儀云々で苦言を呈される謂れはないのだが?

ジト目をミアンダに向けるが、ミアンダ自身はそれに気づいていないのか呑気にルームサービスを注文していた。請求額は、この1週間でえげつない額を叩き出すだろうな。

 

「もしかして、あれがエミルさんの発だったりします?もしそうだったら、詳しい話を聞かせてくださいよ」

 

俺の視線に気づいたのか、表情をコロコロ変えながら聞いてくる。そんなミアンダに呆れと、少しばかりの哀れみの視線を向けて答える。

 

「知らないことを知りたがるのはいいが、好奇心は猫を殺すという。

親しい間柄でも念能力に関して聞くのはタブーだ。初見殺しの能力だってあるし、能力の内容を知ることがトリガーになる能力だってある。

相手によってはそのまま殺されても文句は言えないぞ、そんなことも知らないでよくそれで念能力を扱っているな、まずは基本を知ることから始めたらどうだ?」

「いや、私はまだ四大行すらまともに出来てないので、纏やっとですよ。ですので、発なんてとてもとても...」

「は?なんだ、じゃあお前は俺の行動予測は念能力じゃなく、本当に普通の推理だけだったというわけか!?」

「さっきもそういったじゃないですか、エミルさんは読み易いんですよ」

 

すげぇむかつくわ。なんだ、こいつ...人を煽る天才なんじゃねぇの。

 

「そういうことで、私に1週間稽古をつけてくださいよぉ」

「嫌だよ、死ねよ。わざわざお前に稽古つけて、俺に何のメリットがあんだよ」

 

何言っていんだ、こいつ。湧いていんじゃねぇの?

 

「どうしてそんな顔するんですか!どうせエミルさんもすることないですよね、私は監視エミルさんは指導。もうwin-winな関係じゃないですか!」

「何言っていんだ、お前。頭に虫でも湧いていんのか?」

「どうして!そんなこと!言うんですか!!」

「俺は俺にメリットのあることしかしねぇんだよ、お目の面倒見て俺にメリットが発生するのかよ」

 

ここまで言えば返す言葉が無くなったのか、涙を目に浮かべながらジト目で睨み俺のケータイ電話を片手に部屋を飛び出した。俺のケータイなんだが?

それから2.3分の後に出ていった時とは違い、輝かんばかりの笑顔で戻ってきた。そして俺のケータイを差してくる、画面には通話中の文字。

嫌な予感がするし、こういう時のはよく当たるんだよな...

 

「もしもし」

『俺だ』

「誰だよ」

『シルバ=ゾルディックだ』

「知っている」

 

ほらなーそんなこったろーと思いましたよ。というか、こいつ本当に冗談が通じないな。

声色も一定で抑揚もない、おかげでどういう心境なのかもわからない。

表情があれば少しは考えが分かるのに、ミアンダが勝ち誇った表情をしているから大体は読める。それにしてもこいつは本当に、ゾルディック家の執事なのかよ。

 

『ならば、最初から察せ。先に用件だけ言う、だから口をはさむなよ』

 

流石、俺の性格をよく知っている。相手がシルバだというのも爺だと俺がまともに相手をしないってのを分かっていたからだろう。

シルバに釘を刺されたため無言を返事として、続きを促す。

 

『1週間ミアンダに稽古をつけてくれ。

お前が気に入れば、その後も付き人として好きに使って構わない。お前は戦闘能力系の念能力がない、それに対しミアンダは戦闘能力さらには技術も優れ、潜在能力も高いだろう。お前の護衛にも適していると言っていいだろう、自爆しか能がないお前よりは戦えるはずだ』

「なぁ、シルバ。腹割って話せよ。それだけじゃねぇだろうよ、本当にそれだけならそっちで育てればいいじゃんかよ。ツボネがいるんだ、教育者がいないわけでも無いだろ。どんな爆弾を抱えているんだよ」

『ミアンダは?エミル、お前ひとりか?』

 

シルバの反応を察し、ミアンダに退室を促す。退室を確認すれば円で離れたことも確認しておく。それを伝えればシルバが続きを話し出す。

 

『ミアンダは、既にツボネの教育を受けた後だ。それでも感情の制御がうまく出来ていない、それのせいかオーラの制御も安定していない。

お前もミアンダの纏を見たことあるなら、分かるはずだ。オーラの質、量は言うこともないが制御が未熟。今は我が家に忠誠を誓っているが、今の状態から既にイルミの針すら刺さらない。

それの制御が安定していき、忠誠が失われた場合は非常に厄介な敵になる。失われる前にある一定以上の熟練度を身に付けさせ、感情の制御が出来るようになればそれでいい。

その後はイルミの針を刺すのも、エミルが護衛として付き人として用いるのもいいだろう。』

 

...そういえば、三男が才能の塊だっていう話を自慢げに聞かされたな。純粋な暗殺者に育てる為にも、可能な限り不安材料を取り除きたいってことか。

ミアンダの考えはまだまだ幼稚で性格上、納得できないことは意地でも納得しないはず。イルミは暗殺者に友達は必要ないと素で言うような奴だ、対立すれば厄介なのは確かだろう。

明らかに貧乏くじを引いたな、こうなることが分かって爺はミアンダを置いていったはずだ。断ることはできるだろうが、俺にここまで話したということは断らせる気がないのと一緒か...

 

「金とるぞ。ミアンダの滞在費、雑用品から日常品。嗜好品に食料費に至るまですべて、計上するのが面倒だがな」

『契約完了、でいいんだな』

「取り敢えず1週間な。ミアンダの出来次第で、付き人として貰うかそっちに返すか考えるさ」

『良いだろう。返事は食事会の時に聞こう、1週間の契約も色を付けて1千万でどうだ?』

「異論はねぇよ」

 

その後は他愛のない会話をして電話を切られた。

あまり他所の家の問題にまで首を突っ込みたくはないのだが、先の話を聞く限りミアンダには出生に関しての問題があること。ミアンダ自身に自由は残されていないことか。

代金をもらう限り、手抜きはしない。順当にいけば1週間後には、イルミによって自我を殺されるだろうな。

はぁぁぁぁ...厄介ごとしか持ってこねぇわ、クソ。クソクソのクソだ。

 

「エミルさーん!もう入っていいですかー!」

 

ミアンダの声が聞こえた。ミアンダは既に扉の向こう側にいるようで、自己嫌悪のせいで円の制御が崩れていたようだ。

 

「あぁ、もう入っていいぞ」

「はーい」

 

入ってきたミアンダは笑顔で、退室した時と同じ勝ち誇った表情を崩す気はないようだ。

 

「どうでしたか?旦那様からも、私に稽古をつけるよう言われたでしょ」

 

人の気も知らないで笑顔で居続けるミアンダに対し、不思議と苛立ちは無く憐みの視線を向けていた。全然不思議じゃねぇや

 

「その視線が気に入りませんけどぉ、どうだったんですか」

「お前の思った通りだよ、稽古は明日から始める。今日のところは念の説明を避けるための方便として存在する【燃】の四大行を教えてやる。

これは意志を強くする過程として説明される奴で、【点】で目標を定め、【舌】で目標を言葉にし、【錬】でその意志を高め、【発】で実際の行動に移すというものだ。

錬(意志)で勝れば実行に移さずとも人を圧倒できると言われている。

お前の場合は、こっちを優先しろ。そうすれば纏の制御も気持ち安定するだろうよ」

 

これは念を使用するために必要な心構えも表しており、【燃の修行】として自己を見つめ直すことで、念の精度を格段に上昇させることが出来る。

俺自身も昔やっていたが、面倒になったこともあり制約を増やし無理やり能力を強化した。

 

「目標と言われても、これっぽっちも思い浮かばないのですけど」

 

そう言いながら、ベッドに腰を下ろして考える素振りを始めた。そんなミアンダを見て、ケータイを放り投げてソファーに横なった。

 

「そんなもん知るかよ。ふと思い浮かんだことだとか、これから先自分がどうしたいかとか考えたらいいさ」

「んー...なりたいことでも、良いんですかね?」

「そこは自分が決めていいだろ、自分がこうなりたいってのも立派な目標だろうさ。それだったら何か思い浮かんだのか?」

 

気配感じ、ミアンダに視線を向ければミアンダもこちらに視線を向けており、さっきまで見せていた悩む素振りやめて、表情には笑みが戻っていた。

 

「自由になりたい。自分で選んで決めて、自分の力で生きてみたい!」

「......それ、って」

「はい。私は一応執事です、それもゾルディック家のです。ですので、目標にするには少し難しいかもしれませんね。でも、まあ、何と言いますか...エミルさんでもある程度自由に生きているんですから、私でも出来るかなぁって思ってみたり?ですかね」

 

途中に悲しそうな表情になりはしたが、基本的に笑いながらそう告げたミアンダに少し恐怖を抱いた。

こいつ...シルバとの電話中は、円の集中を途切れさせることはなかった。つまりは会話を聞かれてはいない、勘が鋭いのか或いは気付いていたのか。

 

「エミルさん」

「なんだ」

 

言葉に詰まった俺に対し、ミアンダは更に続けた。

 

「エミルさんは何でも売ってくれるのですよね?」

「あぁ」

「【自由】も、売っていますか?」

 

いままで、俺は————

 

病気を治すために薬を。

           敵を殺すために薬を。

貧者を救うために国を。

           貧者を殺すために国を。

空腹を満たすために食料を。

           飢えを蔓延らせるために食料を。

復讐を果たすために武器を。

           復讐を抱かせるために武器を。

 

           ————ウッテキタ。

 

その時から、シルバに対しての答えは決まっていたんだと思う。

 

「お前が希むというなら、手伝うことは出来る。」

 

俺の答えに、目を丸くさせ心の底から驚いたと言わんばかりの表情をするミアンダに、俺は努めて冷静に言葉続けた。

 

 

 

「売るには少し値が張りすぎるし、真に自由をやるにはまだ時間がかかる。

執事を辞めて、俺の付き人にならないか」

 

 

 

 

 






気付けば、こんな重たい話になってました。
何がどうなってこういうことになったんだろうか?

念能力もプロット段階ではこんな面倒な能力じゃなかったのに...

エミルさんの友達はシルバ、ミルキ、旅団メンバー、パリストン、ジンです。
嫌いな人はキキョウ、チードル。

ミザイストムとは仲が悪いみたいです。
なにをしたんでしょうね


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第三話


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最近、今更ながらシャニマスにハマりました、樋口メインの小説はどこですか?


 

 

「言っている意味が分からないですけど、質問に質問で返すなって話をしたばかりじゃないですか」

 

一目散に食いついてくると思っていたが、案外に食いつき悪いな。

ミアンダは訝しげな視線を向けて来るだけで、乗り気ではなさそうだった。

 

「質問で返してねぇよ、俺の付き人をやれって言っているんだ。対価には自由を払おう。お前さん風に言うのであれば、自由を売ってやる、対価は自分自身だってこと」

 

という訳で、ミアンダにも分かるよう解りやすく説明するが、表情を見るにあまり芳しくないみたいで頓珍漢なことを言い出した。

 

「私の身体が欲しいってことですか?そういうことなら、ちょっとお断りしたいのですけど」

「ちげぇよ、バカ。ほんとバカ、死ねよ救いようの無いバカ」

 

救いようの無いバカだった訳で、分かるはずも解る訳もなかった。

 

「お前の望みは自由、俺の望みは護衛兼付き人。お前はゾルディック家から解放され、俺は自爆以外の自衛手段を得る。相互利用関係だろ?」

「あぁ、そういうことでしたか。意外にもそっちの趣向があるのかと思いましたよ、それならそうだと言って欲しいです」

 

漸く分かったのか胸を張るバカ。

 

「男に抱かれるより女抱いて寝た方が万倍マシなのは事実だが、お前は論外だ安心しろよ。

それで返事を聞こうか」

「そうですね、別にそこまでゾルディック家を嫌っているわけじゃないですけど、自由を得るのは魅力的です。ですが、護衛兼付き人って真の自由とは言えないですよね?

ということで、妥協案として1年契約で護衛兼付き人をしますよ、契約満了した時に真の自由を買うことが出来ない場合は延長。出来る場合は真の自由を売ってくださいよ」

 

ミアンダの言いたいことが分からないわけでも無い。ミアンダのいう自由は、自分の道を自分で選ぶこと。俺の提示した自由は、ゾルディック家からの解放のみ、護衛兼付き人を強いるため、道は俺が選び俺が進むために道を拓く必要がある。

だが、その前に重要なことがあるため俺の念能力を簡単に説明しておくことにする。説明しておく必要があるのは、万物取引による購入する際の留意点だ。

 

留意点を説明すれば、莫大な対価が必要になるという部分だけに注目していた。まあ、取引をするには対価が必要になるのは当然のこと、必要経費だと思って頂きたい。

 

「対価はお金じゃなくてもいいんですよね、肉体を対価に奪われるということは物々交換でも構わないんですか?」

「ダメだな、基本的に対価は金しか認めていない。奪うとは表現が悪いが、対価として払わされる肉体は最終的に店の陳列棚に並ぶことになり、ほかの人間が買っていく。陳列棚に関してはオーナーが取引を行っているから、俺でもどういう仕組みなのかはよく知らないことが多い。

一応目安として言っておくが、今現在の店のレートだとお前の肉体でも賄いきれてないぞ」

 

事実、雑貨屋には店主以外にも一人(?)存在している。誰なのか知らないし、制約の関係上会う訳にもいかない為相互不干渉の状態だ。肉体での支払いになると、俺には一切の金銭が得れないのでやめて欲しいってのが正直なところだ。

 

「それってよく分からないのですけど、自由を手に出来ているんですか?」

「死は全てに自由を与えるものだっていうだろ」

「そんな他者を巻き込んだ自殺なんて、誰がするって...え?確か対価って己自身で足りない場合は、最後にあった人を順に請求されるのですよね?」

「おう、なんだ。頭が悪そうに見えても、回転が悪いわけじゃねぇんだな」

 

ミアンダが気づいたように、雑貨屋には純粋に買い物以外にも復讐のために利用する客もいる。復讐方法は簡単で、復讐したい相手接触したあと雑貨屋で対価を払える筈も無いものを注文。もしくは、陳列棚の商品に触れるだけ。

客も死ぬが復讐相手も死ぬ、簡単とは言ったが合言葉や1億用意するのも面倒だろう。金は金融会社に借りればいいだろうが、合言葉はさらに面倒だ。やっと知ったとしても、既に新しい言葉になっている可能性もあるのだから。

 

「さ、契約完了で良いのならさっさと俺の言った稽古を始めろよ。明日は本来とっているホテルに戻るから、それなりに歩くことになる。俺は寝るから、俺の邪魔にならないようにやれよ」

 

ミアンダの返事を聞き、睡眠に入る。数分もしないうちに、ミアンダの舌による「自由になりたい!」で目を覚ますことになるのだが、この時間のエミルには知る由もなかった。

 

_________

_____

__

 

カーテンを開けたままで寝ていたのか朝日が差し込み、あまりの眩しさにより目を覚ました。ベッドに視線を向ければ、未だ俯せのままに寝息を立てるミアンダの姿があり、やっぱり執事に向いていないな、と再確認した。

ソファーから降りれば、足元にケータイの存在がある。シルバの電話以降確認をしていなかったことを思い出し、電源を入れればクロロから2件パリストンからは1件の着信履歴があった。

しかし、ミアンダの稽古に時間をつぎ込むと決意していた為見なかったことにして、ケータイを砕いた。壊れていたことにしよう、絶対に面倒くさい内容だから。

 

「起きろ、ミアンダ。ホテルに向かうと言ったが、ホテルはやめだ。廃墟街の方で本格的な稽古を始めるぞ」

「えぇ...廃墟なんて電気もガスも水道も無いのに何でですかぁ、ゴキブリみたいな考え良くないですよぉ...」

 

ミアンダは短い間だけおきて、文句を述べれば再び眠りに落ちていった。

こいつ、マジか。マジか、こいつ。

 

「ミアンダ、今すぐ起きて行動を開始するのと、寝ぼけたまま俺に引きずられるのはどっちがいいか選ばせてやる。勿論どちらも選ばない、だなんてふざけた選択をしやがったらお前の服ひん剥いて他所の部屋に投げ込んでやるからな」

 

時間が無い為、ミアンダの頭を掴み揺らしながら選択肢を与える。

 

「すすすすぐに行動を始めますんで、投げ込むのは勘弁してぇ!」

 

漸く起きた、ミアンダの尻に蹴りを入れてから自分の荷物をまとめておく。荷物なんて財布しかない為、準備は簡単。ミアンダも大して荷物を持っていないようなので、そのままチェックアウトを済ませて敷地外へと移動する。

ホテルから出てきてすぐに、視線を感じる。数は3つほど、1つは弱者が持つ特有の恐れを感じるため気にする必要は無い。残り2つが問題だった。

1つは粘着性のある気持ち悪い視線、もう1つは興味深いものを見たと言わんばかりの視線だ。前者はパリストンで、後者がクロロだろう。お互いに存在に気づき、接触を避けるために直接俺の前に出てこないようにしてお互いをけん制しているのだろう。協会と旅団で争ってくれれば大万歳なのに。

 

いずれにしても、2つの視線に気づいたミアンダの動きはぎこちなく、脂汗を浮かべているようだ。この程度でこのザマなら、この先が思いやられる。

 

「落ち着けミアンダ。両方とも俺の知り合いだ、危害を加えることはない。この程度のプレッシャーで顔を青くしているようじゃ、この先精神が持たなくなるぞ」

「エミルさんってただの弱者ってわけじゃなかったのですね、強い弱者ですね...」

 

どうしてこいつは自分のことを棚に上げて、俺を煽っているんだよ。

 

「俺を煽るだけの元気はあるみたいだな、今あいつらと鉢合わせてもいいことがない。廃墟街にある一番大きい廃墟ビルを目指して走るぞ」

「え、それってこのいやな視線の1つがある方角ですよね?鉢合わせたくないとか言いながら、向かっていくとか馬鹿なんですかぁ!?」

「灯台下暗しってな。どうせ鉢合うなら、少しでもメリットのある方を選ぶのが長生きの秘訣だぜ」

 

そんなわけでパリストンのいる方とは反対に、クロロがいるだろう元々行く予定だった廃墟街へと走る。

走っていて気づいたのだが、ミアンダの足は大して速くない。尚更、昨日の先回り出来た理由が気になったが、息を切らして必死に走っているミアンダには答える余裕なんてないだろう。

廃墟ビルを目前にしたところで、息を乱して限界が見えてきたミアンダのために足を緩めて息を整えさせておく。

 

「おい、ミアンダ流石にここまで体力がないとは思っていなかった。体力トレーニングも追加で今後はやっていくからな」

「ヒュー....ヒュー....」

 

息が戻っていないのか、声が出ず呼吸すら安定していないミアンダは蹲っているが放置して、ビルへと足を向ける。

 

「あれ、エミルじゃないか!こんな所でなにをやってるんだ?」

 

近づいていけば、俺たちが通ってきた道とは反対側からやってきた金髪の男が、両手に袋を携えたまま声をかけてきた。

 

「あ?シャルかよ、何の用だよ死ね。俺に家名譲って死ね」

 

その男とは、幻影旅団団員No.6で、名前をシャルナーク=リュウセイだ。袋の中身は飲食物であることからほかの団員にパシられているのだろう。

 

「ひどいひどい、相変わらずだな。リュウセイを名乗りたかったなら、エミルも名乗ればよかったじゃないか」

「お前と兄弟みたいに見られるのは嫌なんだよ」

「はっはっは、お兄ちゃんって呼んでくれていいんだぜ?」

「いくぞ、ミアンダ。シャルは無視していい。今もこれからもだ」

 

無理やり立たせてビルに入っていく、途中シャルの制止という邪魔を受けながらももちろん無視して突き進む。

 

「クロロー!どこだー!電話の内容はなんだったんだ!掛けなおさず砕いたぞ!」

「ちょちょ!おい、エミル待てって、お前の付き添いも引きずられているだけで立ててすらないぞ」

 

叫びはただただ響くだけ、返事はないことにさらにイラつきが募る。その様子を見てか、シャルが慌てて制止をを掛けてくるがその程度で止まるほど落ち着ける余地はなかった。

 

「うるせぇ!引きずられているのも全てこいつのスタミナ不足だ、寧ろ置いていかないことが優しさだ!お前に会ってイライラしてんだから、クロロを連れてくるか俺を案内するか死ね!」

「自由か!ほんと昔から変わってねぇよな!おーい団長、エミルが来てるよ!」

「.........」

「.........」

 

これにも反応は無く、俺の苛立ちが最高潮を記録した。これを察したシャルがいつの間にか手放されていたミアンダを掴み出口まで駆けて行った。

 

「【罷り通る横暴(ヘルメスの炎)】!!」

 

廃墟ビルが炎に包まれた。

 

「おい、クロロ最後の通達だ。悪ふざけに付き合うつもりはないぞ」

「分かった分かった、降参だ。怒りを静めてくれ、そうじゃないと近寄れないだろう」

 

クロロの声が聞こえたこともあり、次第に苛立ちが静まっていく。それに合わせて炎も小さくなり、消えていき焼き焦げた廃墟ビルだったものが残った。

 

「で?何の用だったんだよ」

「薪はあるか」

 

俺の問いに対して、クロロは答えることは無く1億Jが入ったアタッシュケースも提示し、合言葉だった言葉を返答とした。

 

「ねぇよ、喧嘩売ってんのか。殺すぞ」

「は?」

 

なんだコイツ。自殺志願者か?

 

「まて!まてまてエミル、落ち着いてくれ」

「落ち着いている。証拠に炎も消えているだろ、知っているかクロロ。神ヘルメスは火の起こし方を発見したんだ」

「あぁ、知っている。プロメーテウスは奪った火を与えたが、ヘルメスは火の起こし方を発見したんだよな」

「その火でお前を燃やす」

「落ち着いてないだろ!!」

 

それからも一悶着があり、他の旅団メンバーが集結した頃には、完全に落ち着きを取り戻したエミルは、旅団メンバーに見られながらミアンダに念についての説明をしていた。

既にミアンダのことを知っていたクロロ以外には、集まる度に説明をするのが面倒になり説明係にシャルを指名して、護衛兼付き人としてのお披露目会は順調に進んでいた。

 

勿論ノブナガとの再会があったが、ノブナガが金の準備が出来ておらず延期となった。

 

「おい、ミアンダ念の説明は以上だ。自分の系統を知らなければ鍛えようがない、水見式を行うから適当にグラスに水を入れて葉を浮かべてもってこい」

「え゛、休憩はー?」

「おい、バカも休み休み言えよ。終いにゃどつき回すぞ」

 

少し怒気を込めて睨めば、ミアンダは渋々と嫌そうな顔をしてグラスを探しに部屋から出ていった。

 

「あのエミルが弟子を取るとはね」

 

そうしていればマチが声を掛けてきた。

 

「弟子じゃねぇよ、あれでも俺の護衛兼付き人だ」

「護衛対象より弱い護衛がいるわけないね」

「そうだぜ、エミル!護衛が必要なら旅団に入れよ!」

 

マチに返事をしたつもりでも、フェイタンが反応しそれに続く形でウボォーが勧誘してくる。

 

「これから強くすんだよ、ゾルディックからの預かりもんだ。シルバが言うには、才能も潜在能力も次期当主を超える可能性があるってよ。あと俺はフリーの方が楽だから、旅団には入らねぇし入れねぇよ」

「おいおい、連れねぇじゃねぇかよ!」

 

ウボォーが反応をするが、フェイタンの方から反応が無いのを嫌な予感がしつつ振り向けば、如何にも殺す気満々なフェイタンがいた。

 

「おいフェイタン。やめろよ、ミアンダは俺の付き人になる予定なんだ、手出しすんなよ」

「その言い方だと、まだ他人ね。殺しても問題ないね」

「や め ろ よ?」

「.....止める権利無いね」

 

フェイタンが武器を抜き、それを見てさらに苛立ちが募るエミル。誰が見ても一触即発なのは、一目瞭然だった。

 

「フェイ」

 

団長であるクロロの呼び声がかかるまでは。

 

「エミルには手出ししない約束をしてある、争いは勘弁してくれるか?エミルもそうイライラするな、昔はまだ落ち着きがあったはずだぞ」

 

「ちっ...」

「エミル、団長に感謝するね」

「あぁん?」

「道具持ってきましたー!...え、何ですか。この空気」

 

フェイタンの一言で再び、険悪空気になりかけた時にタイミングよくミアンダが戻ってきたことで空気が霧散した。ミアンダは戸惑っていたが、シャルやマチ、クロロは安堵していたがそれに混じるようにエミルも安堵していた。制約の関係上【罷り通る横暴】は使えなかった為、発なしでフェイタンとやるにはリスクが大きかったからだ。

 

「おせぇよ!お前が遅いせいでフェイタンに嬲り殺しに遭うとこだったじゃねぇか!」

「そんな、理不尽ですよぉ!大体弱いなら強い人に嚙みつかずに、大人しくしていたらいいじゃないですかぁ。それに道具も必要だったら、予め準備していたらよかったでしょ!」

 

ミアンダの言い返しにフェイタンやウボォー、シャルは笑い、クロロとマチは呆れていた。

 

「うるせぇ、水見式のやり方は教えてたな。手本を見せるからお前もやってみろ」

 

そういい、道具をミアンダからひったくり、水を注ぎ葉を浮かべたグラスに練を行う。次第にグラスの中に砂利が現れ、グラスの中には砂利で溢れた。

 

「うわ、具現化系は宝石とか砂金を出現させられるって言っていた割に、エミルさんが出現させられるのって砂利なんですね。エミルさんらしいと言えばらしいのかも」

「うっせぇよ!てめぇは煽らなければ次に進めねぇのか。さっさと練をやれよ、ぶん殴るぞ!」

 

イラっとしたため、ミアンダの頭を小突いて先を促す。

 

「痛っ、もう殴ってるじゃん...はいはい、わかりましたよっと!」

 

砂利を捨て、綺麗に洗い流したグラスに表面張力で保っていた水面に少しずつ余裕が出来てきた。砂利を生み出したエミルに対して、水量に変化を齎したということは

 

「へぇ、水量に変化があったということは強化系だな。バカなお前にぴったりだな」

「神経質で戦闘能力のない弱者が何か言ってますねぇ」

 

売り言葉に買い言葉で言い合いの口喧嘩が勃発した。

 

「てめぇ!具現化系能力者をバカにしやがったな!」

「エミルさんこそバカにしてるじゃないですか!」

「ここにいる人間だけでも、ノブナガとウボォーとお前でバカしかいねぇだろ!」

 

最後に俺の言葉で、青筋を浮かべたノブナガの乱入によりウボォーも参戦し、殴り合いにまで発展。流石のクロロも呆れ果て、制止が掛けられぬまま太陽が真上に上がるまでこの喧嘩は続くことになる。

 






【罷り通る横暴(ヘルメスの炎)】
指定した範囲を高温の炎が焼き尽くす能力
炎の火力は所持している金の量により変動する

エミルの持つ唯一の戦闘用能力

制約
苛立ちが最高潮に達したときにのみ発動可能
所持金が全て無くなる
発動中は移動が出来ない
発動中は強制的に絶状態になる



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第四話

 

初日以降は、特にこれといった問題が起こることなく稽古は進んでいった。途中からは上手く旅団メンバーを口車に乗せて、ミアンダの育成に協力して貰っていたが仕事が済んだら散り散りになった為、クロロだけは強制で手伝わせた。

 

そんなこんなで約束していた1週間が経ち、ゾルディック家との会食の日になった。ミアンダはクロロに見させておき、俺一人で参加になったのだが恙無く会食を終えた。

 

シルバには契約金を貰い、護衛にはまだ力不足のため付き人として貰い受けることを伝えれば一言そうかとの承認を貰った。その後はシルバの三男坊のキルアの紹介を受けて、可愛げの無いガキだなと、正直に口に出せばゴトーに睨まれる結果になった。因みにその事はちゃんとツボネさんに密告した、客人にこの対応は如何なものかと言えばゴトーは顔を青くしており少しだけ気晴らしになった。

 

キキョウとも話をしたが特に話が盛り上がることは無かったが、久しぶりに会ったミルキとは大いに盛り上がった。

それは会食も終盤に差し掛かり、各々が身支度をしていた際のこと。

 

「エミル、親父に売った爆弾だが結構派手に爆発したそうじゃないか」

「そうなん?俺自身、使えねぇから効果を知らなったんだ。何か写真とか残ってないのか?」

 

エミル自身制約によって使うことが出来ない、そのことを知っているミルキは数日前の新聞をエミルに差し出し、爆発事故の記事が載っている頁を開いて見せた。

 

「ここに載っている記事だよ。記事には事故と書かれているけど、実際は親父が事故に見せかけて殺したんだ。爆発はエミルが売った爆弾のモノだけどな、爆発規模は周囲5㎞。ターゲットは、ほぼ爆心地にいて即死だったらしいぜ。ターゲットの他にも、一緒にいた人間や周囲にいた人間を巻き込んだせいで、死者はざっと100人を超すらしいからな」

 

新聞の内容はミルキのほぼ説明通りで、事件でなく事故になっていることの他は遜色なかった。エミルにとっては小型化してた割には、爆発はそれなりだなという感想しかなく、自分が売ったモノのせいで無関係だった人が死んだことに対しては特に何も思うことは無かった。

 

「そういえば、エミル。お前の客の中に、『グリードアイランド』って名前のゲームを買いに来た奴がいなかったか?」

「...ゲーム?そういえば、何ヵ月か前に買いたいって男が来たな」

 

突然のミルキの問いに驚いたエミルだったが、確かにいた気がすることを思い出す。しかし、その男は金が足りなかった為にエミルにとっては客ではなくなった。その結果は、男を含め30人近くが死ぬことになった。エミルにしてみれば金は入らない上に、合言葉を変えることにもなりいい迷惑でしかなかったのだが。

 

「なんだ、そのゲームが欲しいのか?」

「俺ですら持っていないゲームだからな、ゲーム史上最高値の58億Jで限定100本のみ販売されたんだ。発売当時、定価58億で現金一括払いのみに関わらず約2万もの注文があったらしい。最近、俺も欲しいと思ったんだが、発売当時じゃ俺は赤ん坊だぜ?買える訳がなかったんだ」

 

その後も熱心にゲームについて説明しているが、特に魅力を感じることは無く聞き役に専念する。ミルキの様子で、俺から買いたいと言い出すことが分かったので前に買いに来た男の末路を教えてあげた。結果的に顔を渋くしてお前からは買わねぇわ、と言われた。

 

その後は、最近やっているゲームや発明品について話をするだけで特筆すべきことは無く、そのまま会食も終わった。ゾルディック家一行を見送り、ホテルで自分の私物を回収して、クロロ達がいる廃墟ビルに向かう途中事件は起こった。

 

「やあ、エミル!久しぶりじゃないか」

「人違いです」

 

ホテルを出れば目の前に車が止まる。車を見れば誰が出てくるのか察しがついていたエミルは露骨に顔を顰めた。中から出てきたのは察しのとおりの人物で、自分の運の無さを嘆いた。

降りてきたのは、派手なスーツで身を包み爽やかな笑顔を顔に貼り付けている好青年。ハンター協会の副会長で十二支んの一人、パリストン=ヒルだった。

 

「またまたー!そんなこと言って良いんですかー?そんなことより、先週はどうして無視したんです?貴女のことだから、ちゃんと気づいていたんでしょー?」

 

人違いのフリをしても無視してのマシンガントーク、付き合いは長くお互いに友達、もしくは相互利用関係だと思っているが、これをされては普通にウザい。

 

「お前しつこいんだよ、お前の相手をするときはすごく暇で死ぬかもしれないと思ったときだけって決めてんだよ」

「え、でしたら今暇でしょう?弟子の稽古は、他の人に丸投げしているんですから。今日はお願いがあって来たんですよ、僕はエミルと違って忙しいのにその合間を練って会いに来た程ですから」

 

爽やか笑顔でクソのような煽りを続けるパリストンに対し、苛立ちを隠す素振りを見せず舌打ちと貧乏揺すりを以って対応をする。

 

「で、その忙しい忙しい反会長派閥の副会長さんは、どういった用件で?」

「そう邪険しないで下さいよー、電話しても無視して掛けなおすという文化を知らないエミルさんの為に態々直接会いに来たんですよ?お茶の一つくらいもてなして良いんですよ」

「ちっ...俺の荷物車に入れろよ、近くに良い店がある」

 

俺が折れたことを確信したパリストンは、俺から荷物を預かり車に放る。特に割れ物等は入っていないが、人の荷物を考える素振りなく放ったパリストンに対し苛立ちは募るばかりだった。

パリストンを伴い喫茶店に入店する。選んだ席は入り口から遠く道路に面した窓側の席、さらにその席の窓側にパリストンを座らせる。

 

「えーっと、一応僕って用心扱いされるべきなんですけど、そこの所どう考えてます?」

「殺されてしまえばいいと思う。すみませーん、アイスコーヒー1つ下さい」

「アイスコーヒー2つでー!さらっと自分の分だけしか頼まないのも相変わらずですね...」

「え、飲むの?お茶がいいとか言ってたくせに?」

 

ここぞとばかりに煽り返せば、長文を使って煽り返してくる声をBGMにしてアイスコーヒーの到着を待つ。アイスコーヒーが到着してからも、まだ喋り続けているパリストンを見ながら早く狙撃されてしまえばいいと思う。

 

「で、そろそろ要件を言えよ」

「エミルの名前を使って、ハンター試験の参加に申し込んだので合格してきてください」

「今すぐ死ね」

 

爽やかな笑顔のパリストンに、こちらも全力で笑顔を作って対応してあげた。

 

その後は会長が云々、チードルが云々と愚痴を言い出したのでこれまた聞き役に専念しておいた。愚痴すらも爽やかな笑顔を保ったまま言っていた。その間は、こいつの表情筋すごいなぁ、その内あご付近の筋肉がすごい発達の仕方しそうだなとかくだらないことを考えていた。言いたいことは言い切ったのか、伝票を片手にパリストンが帰ることを告げ、俺の荷物は廃墟ビルに先に届けておくよう答えて解散した。

 

「遅かったな」

 

廃墟ビルに到着し、荷物を抱えてビル内に戻れば本を片手にミアンダを鍛えていたクロロが出迎えてくれる。厄介な人間に厄介なことをされたことを、掻い摘んで説明すれば丁度いい機会だとミアンダと共に受けて来るよう薦められた。ミアンダにも受けるか聞けば、持っているだけで自由の幅が広がると喜んだ為、受けるのはほぼ確定次項だろう。

 

「あれ...なークロロ、今って何日だっけ?」

「ん?12月28日だろう?」

「おい、ミアンダ!へばってねぇで試験登録に行きやがれ!」

 

クロロとの稽古でバテて床に伏していたミアンダを蹴り起こし、外に蹴り出す。返事をする元気すら残っていなかったミアンダに、金の入った財布を投げつけ登録が済んだら飯を買ってくるよう言いつけて扉を閉めた。扉の外から小さくすすり泣く声が聞こえるが無視だ、甘やかしたら育つものも育たたない。

 

「少しは休ませてやってよかったんじゃないか?」

「時間制限は設けてないだろ、疲れたら勝手に休むさ」

 

俺の答えに納得したクロロは、再び視線を本に戻して読書を続けた。

ミアンダが戻ってきたのはそれから2時間後で、案の定ファストフードで休憩という体でサボっていたようだ。1時間程度ならば仏の心で見逃すつもりだったが、2時間は許せんよなぁ...

 

その日、ミアンダの睡眠時間は無くなった。

 

そして、時が流れ試験まであと数日になった日

 

「じゃあ、俺は行くぞ」

「おーありがとな、約束はしっかり守るよ」

「あぁ、そうしてくれ。ミアンダを鍛えろ、なんて最初言われたときはお前の頭がどうにかしたのかと思ったが、案外悪くなかったな」

「一番上達したのが家事スキルだったけどな」

 

俺の言う通り、ミアンダが一番上達したのは家事スキルだ。途中からサバン市にあるホテルに拠点を移した。その時から、俺とクロロは一切の家事をしない為、ミアンダが行うことを余儀なくされた。掃除に関してはゴミをそのままにして、土を落とさずに歩き回る。洗濯物は脱いだらそのまま、料理に関しては味にうるさい。こういった環境でミアンダはメキメキと実力を伸ばしていったのだ。

現在もミアンダは家事に勤しんでいる。

 

「それじゃあ、9月1日にヨークシンで会おう」

 

そう言い残してクロロは去っていった。

 

「ミアンダ、そろそろ俺たちも会場までいくぞ」

「場所は分かっているんですか?クロロさんに聞いた話だと、試験会場にたどり着くのも試験の一つだって聞きましたけど」

「あぁ、イルミが既に会場についたらしい。場所は俺にメールで届いているから問題ねぇよ」

 

顔合わせの後から、ゾルディック家の執事を通してちょくちょく交流があり、試験会場に関しては連絡をくれるように頼んでいた。

 

「イルミ様ってどこか信用できない感じがありますよね、その情報は正しいんですか?」

「お前って本当に元使用人なの?ヒソカからも同じ情報が来てるから間違いねぇよ、問題があるとするなら場所が地下だってことだな」

「地下ってことは、エミルさん大丈夫なんですか?」

 

そう地下だ。地下に行くには専用の手段を使う必要がある、ヒソカやイルミはエレベーターを使用したらしい。ミアンダが言うように、制約でエレベーターを使用することは難しいだろう。試したことはないが、同じような制約を持った人間がエスカレーターを使用して死んだ話は聞いているので、俺もアウトだろう。サバン市にはクロロの持っていた念能力を使って来たが、今回は既に別れている。

 

「まぁ、何とかなるだろう」

 

ミアンダは微妙な顔をしているが、ダメならダメでやりようがある。その時になれば何とかなるはずと、ミアンダに告げてイルミらが指定した定食屋に入る。合言葉を告げれば奥の部屋に通された、この部屋がエレベーターを兼ねているのだろう。

 

「ミアンダ離れてろよ、っとな!」

 

通された部屋に入る前に、ミアンダを離しておき部屋の床を殴りつけて人が一人通れるサイズの穴をあける。殴った拍子で下に落ちていかないか不安だったが、どうやら杞憂の様で安心した。

 

「え?バカだとは思ってましたけど、エミルさんって底なしのバカだったりします?」

「安心しろ、お前よりは優れている。俺は先に行くけど、お前は店主に謝罪してエレベーターを使って降りて来いよ」

 

そう言い残し、呆けている店員と怒鳴り込んでいる店主を無視すれば、後始末をミアンダに任せて飛び降りた。

しばらく浮遊感を味わっていれば、光が見えたので光に向かって飛び蹴りを放つ。扉はひしゃげ前方に飛んでいったが、無事着地も成功し無傷で会場に到着した。

 

「て、てめぇ!なんて登場の仕方をしやがる!」

 

扉の下敷きにならずに済んだのか、巻き込まれなかった受験者と思われる男が叫んでくる。その方向に視線を向ければ、巻き込まれた人間がいたようで扉の下からは赤い液体が溜まっていた。

 

「受験者です、プレート下さい」

「あ、はい。これは受験資格にもなっているので見える位置につけておいてくださいね」

 

エレベーターの出口付近にいた緑の小男に話しかけ、プレートを貰うことが出来たため胸の位置につけミアンダの到着を待つ。

 

「無視してんじゃねぇぞ!ガキが殺すぞ!」

 

待っている最中にも、最初叫んできた男が絡んできていたが当然の無視をしていた。とうとう堪忍袋に限界が来たのか、俺の胸倉を掴み唾を飛ばしながら叫んできた。そのタイミングでミアンダを乗せたエレベーターが到着し、何とも言えないほど疲れた様子のミアンダと目が合いため息をつかれた。

 

「上の方まで声が聞こえていましたよ、どうせエミルさんが悪いんでしょ?早く謝ってあげたらどうです?」

「勝手に悪者扱いするんじゃねぇよ、さっさとプレート貰って胸につけてろ」

「その状況からしても、エミルさんが何かしない限りどうやってもそうはならないでしょ。あ、プレート下さい...ありがとうございます。」

「いいから此奴どうにかしろよ、お前の仕事だろ?」

「勝手に仕事増やさないで下さいよ。うわ、こっち見た」

 

到着したばかりのミアンダと会話しながらも、ミアンダはプレートを貰い胸につけた。その最中にも当然胸倉は掴まれたままだし、ミアンダに話を振れば俺の仲間だと勘違いを起こしてミアンダにも吠えている。俺を掴んだままで。

 

「えー...あのぉ、何か勘違いしてますけど、私別にその人の仲間じゃないですよ。あぁ...聞いちゃあいないよねぇ、知ってたよ。知ってたけどぉ...」

 

どうにかミアンダが説得を試みようとしたが、相手はキレていて会話が成立しない。今も胸倉を掴んでいる手には力が籠もり、顔を赤くしているのだから当然ブチギレている。

 

「はははははっ!無様だなぁ!ここまでキレてる奴と会話が出来るわけねぇだろ」

「怒らせたのって現在進行形でエミルさんですよね?私は悪くないですよね?」

 

それでも、無視していたらとうとう服の方が限界を迎えているのか、異音を立て始めたため対応することにした。

 

「そんなに力を籠めては、服が破れるだろう?」

「て、てめぇ!やっと対応したと「だから、死んでくれよ」おも、ったら...」

 

叫んでいた男の力が抜けていき、男は覆い被さるように倒れてくる前にミアンダによって壁まで蹴り飛ばされた。

 

「あぁあ、また巻き込まれた人がでたぞ。お前のせいで」

「エミルさんが最初から対処していればよかったのでは?」

 

見れば、何人か巻き込まれていたが先ほどまでの流れを見ていたのだから、誰も文句を言ってくる様子はなかった。1名を除いては...

 

「やあ、エミル♡見ていたよ、災難だったね♢」

「見てたんなら、お前が対応しろよ。そうじゃないなら出てくんなや」

 

その男の見た目は奇術師、中身は変態のヒソカだ。付き合いはそこそこで、客として来たことは一度もない。戦闘狂のくせにこういう時に一切役に立たないなんて、役立たずもいいところだろう。突然の登場に、嫌悪感Maxのミアンダはヒソカから距離を取り俺の後ろに隠れた。

 

「そういうなよ...♧ 君の付き人の実力を見ておきたくてね♤」

「で、評価は?」

「まだまだ未熟♡ 明らかに実践が足りてないよ、抜き手や蹴りは見事だったけどね♧」

 

ヒソカのコメントを聞いて、あからさまに嬉しそうな表情をして肩パンしてくるミアンダに腹パンで黙らせておく。

 

「あっそ。そうだ、どういう試験かわからないけど、移動系があったらお前の能力で運んでくれよ。そっちが俺は楽だから」

「いいけど...♢君の付き人まで運べとは言わないよね?♤」

「まさか、己の力以外で合格しても意味ないだろ?」

「...君が言うのか♧」

 

未だに蹲っているミアンダすらも非難の視線を向けてくるが、尻を蹴り上げて立たせてやるれば目に薄く涙を浮かべて睨みつけてくる。

 

「そんな目で見んなよ、ミアンダ。試験が終わった後の稽古を、ウボォーに付きっ切りにしてやってもいいんだぞ」

「お、鬼見たいな人ですね...クロロさんがどれだけ良心的だったのか、今になって身に染みていますよ」

「仲が良いね君たち♡」

 

ジリリリリリリリリリリリ

 

ヒソカに文句の一つでも言おうと思い向き合った瞬間、アラーム音が響きわたった。音の鳴る方を見れば、一人の男性が立っており纏うオーラを見ればよく洗練されている。彼が今回の試験官を務めるプロハンターだろう。

 

「ただいまをもって、受付時間を終了いたします。では、これよりハンター試験を開始いたします」

 

彼はそう宣言したと思えば、ふわりと地面に降り立った。彼はそのまま先導するように歩き出した。

 

「さて、一応確認いたしますが、ハンター試験は大変厳しいものであり運が悪かったり、実力が乏しかった場合はケガや死ぬ可能性があります。先程のように受験生同士の争いで再起不能になる場合も多々ございます」

「言われてっぞミアンダ」

「エミルさんのことですよ、きっと」

 

この時だけわずかに振り返った試験官の言葉に同調して、ミアンダにケチをつけるがミアンダの考えも同じだったようで、互いに言い合う形になったためヒソカがにやけながら此方を見ているのが視界に入る。

 

「それでも構わない——————という方のみ、付いて来てください」

 

その言葉で、生きている人間全員が試験官に続き歩き出した。

 

「承知しました。一次試験398名全員参加ですね」

 

「ミアンダ、これが一次試験。お前の求める自由への第一歩だ、気合入れて行けよ」

「もちろんです、エミルさんを見殺しにしてでも合格します」

 

クソかよ。

 

「申し遅れましたが、私一次試験担当官のサトツと申します。これより皆様を二次試験会場へ案内いたします」

 

試験官ことサトツの言葉に前の方を走る受験者が話しかけている声が聞こえる。

 

「二次...?ってことは一次は?」

「もう始まっているのでございます。二次試験会場まで、私についてくること。これが一次試験でございます」

 

さーて、面白くなくなってきたぜ...

 

「ヒソカ」

「もうかい?♢」

「疲れるのは嫌」

「オーケィ♡【伸縮自在の愛】」

 

 

 

 





一次試験
試験官(サトツ)に最後までついて来ること。
場所や到着時刻を知ることは出来ず、ただついていくこと。

エミル 388
ミアンダ 389


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第五話

 

ケータイを確認すれば、走り始めて3時間が経っている。ヒソカは余裕そうに汗一つ掻くことなく走っているが、ミアンダの額にはいくつもの汗が浮かんでいる。他の参加者は顔だけでなく、服すらも汗ばんだ参加者がいる為まだマシなのかも知れないか。

 

「ミランダ」

「な、なんですか、出来るなら話しかけないで貰えますか?ムカつくので」

 

コイツ...まあ、唯一走らずにヒソカに背中合わせで引っ付いているのでムカつくのも分からなくはないが、流石にヒソカの背中が汗で滲んできた場合は【伸縮自在の愛】の層を厚くして貰おう。歩く?ありえませんわー

 

「アレだけ鍛えてやったのに、汗掻くってどうなの?対してスピードも出てないのに、俺たちとの稽古よりこっちがキツイってわけ?甘えんな、走れ一番前のサトツさんの隣で走って来い」

「は!?走っても無いのに何でそんな事言えるんですか!?」

「うるせぇ、俺は今から寝るから。お前がちゃんとやってるかはヒソカが付いて監視すっからな、サボったらお前の稽古量倍にすっからな」

「自由か!」

「え...それってボクの仕事になるのかい?」

 

取り敢えず寝ることにした、全てはヒソカに任せれば問題ないだろう。しかし走ってないというが開始早々に、三男坊がスケボー使ってたじゃないか。全く...zzZ

 

 

 

「それで、ミアンダはどうしてここにいんだよ。親父達から命令されたわけ?」

 

不意に声が聞こえた、といってもさっきから揺れが酷くて起きてしまった。途中には急に叫ぶ声が聞こえたし、ハンター試験というのは変なものばかりだな。

 

「いえ、もしそうだとしても、面倒なので断っていたと思います。面倒なので」

 

ミアンダの声も聴こえた。ミアンダと誰かが話しているのか、あいつにも友人が出来たのかも知れない。相手の声からして三男坊と話しているようだ。何も知らないようで、シルバからは何も聞いていないのかもな。

 

 

「は?2回言う必要あんの?何かムカつくのだけど...」

「そう言われましても...それより、まだ先がありますのであまり余計な体力を使いたくないので話しかけないで欲しいのですが」

 

揺れと話声で目が完全に覚めたようで、三男坊とミアンダの声がよりはっきり聞こえてくる。ミアンダの声色からして、割と本気でウザがっているのがわかる。アイツ元主人の家族に対しても遠慮なしに、モノを言えているのには尊敬するよ。常識が欠如していんじゃないのか?...割とあり得る。

 

「はぁ!?ムカつくぅ、大体この程度で疲れるなら受けなきゃ良いだろ。俺としてはペースが遅すぎ、こんなんじゃ逆に疲れちゃうんだよな。結構ハンター試験も楽そうかもな、つまんねーの」

 

終いにゃアイツ無視しだしたぞ。三男坊は気にしていないのか、試験開始時に見た黒髪怒髪天の子の声が聞こえているからその子と話しているようで気にしていないようだ。

 

「なー、ヒソカ。ミアンダはちゃんとサトツの隣走ってる?」

「ん?起きたんだ...♧ちゃんと走っているよ、最初は怪訝そうに見ていた試験官も今では気にしてないようだね♡」

 

ヒソカと背中合わせで話していれば、後ろを走る受験者たちからすごく見られる。何なら視線が合う程度には、見られている。

 

「そ。てか、めっちゃこいつ等こっち見てんだけど。不愉快だからやめてくれない?もしくはヒソカ何とかしてよ」

「キミって本当に自由だよね♢どうして欲しいの?」

「俺を前方に向けて、背面走りするか後ろの人間全部処理してよ」

「...♧」

 

面倒になったのかヒソカは返事をせずに、背面走りをしてくれた。ヒソカがいきなり背面走りをしだしたことに驚いたのか、もしくは俺の存在に驚いたのか周囲の視線が集まったが、ミアンダの監視のために比較的に前方に位置していたため集まる視線は少ない。この程度なら我慢できそうだ。

 

「え、人間?生きてるの?」

「は?エミルじゃん。お前もここにいるのか」

「なんだー、いたら悪いか三男坊。ミアンダがいるんだから、俺がいてもおかしくないだろ?怒髪天君は始めましてだな、その髪は地毛なの?固めている訳?」

 

ヒソカの奇行で最初に怒髪天君、次に三男坊が気付き怒髪天君から話しかけてきた。三男坊は相変わらずだが、怒髪天君は純粋に心配してくれているようだった。

 

「怒髪天?俺はゴン!ゴン=フリークスって言うんだ。エミルさんでいいのかな?」

「おいゴン、エミルに敬称なんて使う必要ないぜ。コイツ自身、常識も経緯もないんだからな」

 

ゴン君もとい怒髪天君が礼儀正しく敬称を付けてくれたのに、三男坊の要らない発言で怒髪天君は困っている様子だった。

 

「変なことを言うな、三男坊。ゴン君か俺の名前はエミル=フドウ、好きに呼んでくれよ」

「うん!エミルさんはどうして受験してるの?」

「あぁ...なんでだろうな、友人に勝手に受験させられたってのが一番じゃないか?」

 

俺の答えに良く理解できなかったのか不思議そうな顔ををしているが、それに対して三男坊は興味なさげに走っており見向きもしない。可愛げないな

 

「ということは、余りハンターには興味ないの?」

「ないな。落ちるなら落ちるで良いし、何なら早く楽になりたい。風呂に入りたいし、飯食いてぇ。汗ばっか掻いて周りの人間がくせぇ」

「あははは...」

 

終いに苦笑いで怒髪天君に流されてしまったが、周囲の人間から怒気の乗った視線を向けられた。仕方がないので睨み返せば、視線をそらされてしまう。逸らすなら最初から睨むんじゃねぇよ、カスが。

 

「あ、おいヒソカ明かりが見えるぞー多分外だわ」

「もう背面走りは終わりでいいのかい?」

「あぁーもういいか、飽きたわ」

「...自由だね♢」

 

ミアンダの姿も確認できたし、怒髪天君との話すことが出来たのでヒソカの安全のために前後後退しておく。

 

「ここは...?」

 

長い通路、更には階段を上った先に出たのは湿原のど真ん中。受験者の一人がボツリと呟いたのを拾ったのは、ヒソカと背中合わせになっているエミルだった。

 

「マラソン開始場所からの経過時間、走っていた速度からしてヌメーレ湿原、通称“詐欺師の塒”だろう」

「知っているのか?」

「逆に知らないのか?試験開始場所を調べるなら、その近辺を調べてどんな試験内容になるのかとか推測するのは当たり前だろ。お前は本当にハンター志願者か?そんなだったらいつ死んでもおかしくないな、俺に近づいてくれるなよ、巻き込まれるのは論外だ」

「な!?自分で走ってすらねぇくせに、偉そうなこと言いやがって!あの時といい、調子に乗っていんじゃねぇぞ!」

 

あの時?よく顔をみれば、胸倉を掴んできた男だった。特に外傷も見られず、ここまで走って来たということはミアンダの奴、手加減しやがったな...

 

「走る必要がないからな、試験官もついて来いとしか言っていない。馬鹿正直に走っていたお前らの正気を疑うよ、あと今回は掴んでくるなよ。くせぇから」

 

実際にヒソカに運んでもらっているときもサトツから見られていたが、特に小言をもらったりはしていない。黙認されていることから、俺に不正はなく文句を言われる筋合いはないのだ。

男の顔には青筋が浮かんでいるが、俺の背後にいるヒソカといつの間にか隣に立っていたミアンダの存在で動けずにいるようだ。

 

「そろそろよろしいでしょうか。388番が言われたようにここは、ヌメーレ湿原。二次試験場へはここを通って行かねばなりません。この湿原にしかいない珍奇な動物たち、その多くが人間を欺き食料にしようとする狡猾で貪欲な生き物です。十分注意してついて来て下さい、騙されると死にますよ」

 

試験官の言葉で青筋を浮かべていた人間を含め、ほぼ全員が息をのみ黙り込んでいた。その瞬間にシャッターが音を立て、階段を這いつくばりながらも登っていた者や、座り込んでいた者たちを残し残酷にも閉まり切った。

 

「では、騙されることの無いよう注意深く、しっかりと私の後を付いて来て下さい」

 

誰もが無残に閉まり行くシャッターも見ている中、サトツが宣言し足を一歩踏み出したときにソレは現れた。

 

「ウソだ!!そいつはウソをついている!!」

「「「!?」」」

 

叫びの主はシャッターの裏から現れた一人の男で、全身に血を滲ませ生傷を作っていた。その男は見えにくいが、一匹の生き物を片手に引きずっている様だ。

 

「そいつはニセ者だガッ!?」

 

そしてその男が言い切る前に、【伸縮自在の愛】を解除させて男の顔に拳を振るった。

 

「「「...は?」」」

「くせぇって言ってるだろうがよ、さっきからよぉ...完全に化けるんだったら歯形も人間様によせて来いよなぁ。さっき試験官が言ってたよなぁヌメーレ湿原にしかいない生物たちってよぉ、そんなんが最初から入れ替わってるわけねぇよな。てめぇら二匹ともケモノ臭ぇんだよ」

 

他の受験者が驚いた直後に、エミルの行動により次は呆けていた。何があっているのか、何が真実なのかわからないままに戸惑っている間にも、エミルは苛立ちを隠すことなく男だったモノを殴り続けており、そこには既に血だまりが出来ており既に生命活動を終えているだろう。

 

引きずられていた生き物は、チラッと男が死んでいるのを確認し逃げようとしたのをヒソカの投擲したトランプにより、あっけなく命を散らした。

 

「私をニセ者扱いして受験者を混乱させ、何人か連れ去ろうとしたんでしょうな。今回は388番を含む数人のみ気付いていたようですが、何人かは騙されかけて私を疑ったんじゃありませんか?

こうした命がけの騙し合いが日夜行われているわけです。それでは参りましょうか、二次試験会場へ」

 

そう言い残し、騙されたことを誤魔化している受験者もいるなかサトツは再び歩きはじめた。

 

受験生308名 ヌメーレ湿原に突入。

 

その間俺はミアンダからタオルを受け取り、手を拭きタオルを返せば再びヒソカによって運ばれている。

 

「いい拳だったね♡クロロやイルミには直接戦闘は不得意だって聞いていたけど?」

「不得意だと言ったが出来ないとは誰にも言った覚えはないよ、実際ミアンダに体術を仕込んだのはクロロでなく俺なんだから」

「彼女の甘さは、エミルでも取り除けられなかったみたいだね♢」

 

ミアンダの持つ甘さに関しては、当然ヒソカにも知られているようだった。話の中心のミアンダは既にサトツの隣に居り、そういう命令はちゃんと遂行する努力はするのに殺しや対人戦闘になると、それすら見られない。

 

「なんか上手いこと出来ねぇかな、護衛になるとするならそういう場面も多くなる。その際に甘えなんて持っていたら弱点で済めばいいが、最悪致命傷になりうるからな」

「天空闘技場なんてどうだい?対人メインで、殺しも何でもありだよ♤ついでにエミルも挑戦したらいい、エミルならすぐにフロアマスターになれるだろうしファイトマネーも良い額になるよ♡」

 

天空闘技場の名前を聞き、エミルは思案する。実はエミルは既にフロアマスターになっており、フロアを占有している。しかし、それは本格的に発を作る前であり、発を作ってからは制約により自身のフロアに行くためのエレベーターに乗ることが出来ず、ここ数年は天空闘技場に近寄ることすら出来ていない。

 

「良い機会だし、ミアンダを送り込むのも良いかもな。ヒソカも選手登録しているんだろう?壊さない限り好きにして良いから、ちょっと揉んでやってよ」

「良いのかい?」

「ミアンダにはいい薬だろう、偶には知らない間に死地に入っていたってのも良い経験になるさ」

 

その言葉でヤる気が出たのか、ヒソカの纏っていたオーラに殺気が混じり始めていた。自身の知らない間に、死地に足を踏み込むことが強制とはいえ決まってしまったミアンダは悪寒を感じて身を震わすことになるのだが、離れた場所にいるエミルに知る由はなかった。

 

「おーい、ミアンダ!ちょっとおいでな」

「えー!嫌ですよ!折角ここ維持しているんですよー!」

「ご褒美をあげよう!」

 

ウソはついていない。ここまで頑張ったミアンダに、死ぬ危険性のない死地をプレゼントするだけだからだ。

この言葉がトリガーになり、ミアンダがやってきた瞬間に死神の試験官ごっこが始まった。

 

「ぎゃっ」

「ぐっ」

「ってぇ————!!」

 

次々とトランプを投擲していくピエロに、オーディエンスが次々と悲鳴を奏でていく。

 

「てめぇ!何をしやがる!」

「エミルさん!ご褒美ってこれですか!?」

 

この演目で舞台に上がってきたのは、ミアンダを含めて半裸のグラサンと金髪で二対の木剣を構えた青年を含めた受験者、約20数名。

 

「二次試験くらいまでは大人しくしてようかとも思ったけど、一次試験があまりにもたるいんでさ♢選考作業を手伝ってやろうと思ってね♤ボクが君達を判定してやるよ♡」

 

「「「......」」」

 

この言葉に誰もが言葉を失くし、呆けている。

しかし、バカに空気を読める訳が無かった。

 

「エミルさん!これがご褒美ですか!折角言われるがままここまで頑張ってきたのに、嘘をつくのが嫌いだという貴女が嘘をつくなんて見損ないましたよ!嘘つき!弱者!恥さらし!!」

「死ね」

「ひどい!!」

 

ミアンダのせいで緊張が緩んだのか、それとも気を取り戻すためか他の受験者がヒソカに対し反論を叫ぶ。

 

「判定?くくく、バカめ!この霧だぜ一度試験官と逸れたら最後、どこに向かったかわからない本隊を見つけ出すなんて不可能だ!」

 

いや、まだそう遠くはいってないだろうし、試験官の実力からしてオーラ量も多い、例え絶を使っていようとイルミのオーラを円で探せば十分追えるだろう。

このことを当然知らない受験者は、意気揚々と言葉をつづけた。

 

「つまり、お前もオレ達もとり残された不合格者なんだよ!!」

 

意気揚々と情けない発言をするなよ...俺の気持ちを察したのか、単純に心外だと思ったのかヒソカの投擲したトランプにより受験者は命を散らした。

 

「冥土の土産に覚えておきな♧奇術師に不可能はないの♡」

 

この言葉で僅かに残っていたプライドを傷付けられたのか、他の受験者達が己の武器を構えてヒソカを囲んでいく。

見た限り、念の存在を知らない素人集団。俺でだって数秒あれば皆殺しにできる、ミアンダも甘えを捨てれば可能だろうが期待薄だな。

 

「そうだなぁ~...君たちまとめてこれ一枚で十分かな♢」

 

そういい、一枚のトランプをこれ見よがしに見せつける。当然ヒソカを囲んでいた受験者達は激昂、我先にとヒソカに向かっていき命を散らしていった。ある者は頸動脈を一閃、またある者は目を次は顔を切り裂かれていく。囲いが消滅するのには時間は当然、数分も掛からなかった。

 

「くっくっく...あーはっはっはァ————ア♡」

 

高笑いをあげながら、次々と切り裂いていくヒソカを止められる者は当然いない。そしてとうとう残りはミアンダ、半裸グラサン、金髪青年の三人のみ。

 

「君達全員ふごーかく♡」

 

地面に倒れ伏し、物言わぬ動くことの出来ぬ者たちを指してそう告げるヒソカ。そして残りの三人を指差して、笑顔で告げた。

 

「残りは君達、三人だけ♡」

 

半裸グラサンは傷を負った腕を抑え、金髪青年はそれを背に二対の木剣を構えている。ミアンダは彼等から距離を取り、明らかに俺に攻撃しようする素振りを見せている。バカなの?

ヒソカはミアンダから視線を外し、先に二人組をターゲットにしているようでそちらへとゆっくり近づいている。あと数歩というとこでミアンダが吠えた。

 

「今だ!行けぇ!!」

 

吠えると同時に、三者三様の動きを見せた。半裸グラサンはヒソカと逆の方向に走り、金髪青年は持っていた木剣をヒソカに目掛けて投げつけ視界を封じたあと、半裸グラサンとは違う方向へと走った。吠えたミアンダは硬で覆った拳で、ヒソカに背後から奇襲を掛けた。

 

「くっ...」

「バカなの?奇襲要因が合図を送ったら、それは奇襲じゃないでしょ」

 

拳は片手で簡単にヒソカに止められ、投げられた木剣を空いている手で受け止め、そのままがら空きだったミアンダの胴へと叩き付けられた。

 

「う~ん♡エミルの言う通り、格上相手に硬を使うのは自殺と一緒♢ボクが木剣に周を纏わせていたら、その時点で胴体から真っ二つだったよ♧」

 

ヒソカの発言を受けるミアンダは、周を纏まさずとも男の膂力で振るわれた木剣で打たれたのだから蹲って唸っている。

 

「それでも好判断だ♡ご褒美に10秒待ってやるよ♢」

 

呑気に10秒数えだしたヒソカをよそに、ヒソカでもご褒美はくれるのにとぼやいたミアンダを俺を許してあげようと思った。ご褒美は稽古時に重りを付けてあげよう。

 

 





やっと原作2巻に突入できました・・・



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第六話

 

 

 

 

「————、きゅーう、じゅーう。さーて、誰と遊ぼうかな...♤」

 

10秒が経ち、霧がさらに濃ゆくなっている。ヒソカは嬉しそうに辺りを見回しているときに、ヒソカ以外の足音が聞こえてきた。

 

「誰か残っていたかな?」

「やっぱだめだわな。こちとらやられっぱなしの上に、出会ったばかりの女を見殺しに出来るほど...出来た人間じゃねーんだよぉオー!」

 

出てきた足音の主は半裸グラサンだった。半裸グラサンは木の枝を片手に持ち、振りかぶって吶喊を仕掛けてきた。ヒソカの背後から俺に向かってだ、こいつら俺に恨みがあるのか?俺は何もしていないだろ...

 

「ダメよ、レオリオ!」

「ん~いい顔だ♢」

 

ドコッ!

 

振り下ろしを紙一重で避け、呆気にとられた半裸グラサンの後ろに回り手を下そうとした瞬間だ。ヒソカの不意を衝く形で投擲物が命中したのだ、俺に対して。

 

「......」(ヒソカ

「......」(半裸グラサン

「......」(俺

「......ふっ」(ミアンダ

 

ヒソカは冷や汗を流し、半裸グラサンは再び呆気に取られた。最後にミアンダが吹き出した。

 

「ミアンダ、笑った?」

「い、いえ。そんなことないです」

「笑った?」

「ワラッテナイデス」

 

頑なに固持しているミアンダから視線を外し、投擲主の方を見れば怒髪天君がそこにいた。

 

「ゴン!?」

 

怒髪天君に対し半裸グラサンが反応したため、仲間だと確信した。怒髪天君の息が上がっていることから、本気で駆け戻ってきたことと過度の緊張を感じる。よって実践経験がないこと、仲間の為なら己を顧みない単純思考。ミアンダと同じような感じか、ミアンダと違うのはお目を許すつもりは無いことだ。

 

「やるじゃねぇか、奇術師(笑)が油断していたとは言えど攻撃を当てたんだ。ちょっと見せて貰える?大丈夫、壊したりしないから。ヒソカ解除しろ、今すぐに」

「ま、待ってよエミル!」

「エミルさん、ステイ!落ち着いてください!」

 

ヒソカが慌てて語尾を忘れ、ミアンダが俺を犬だとでも思っているようだ。今は許すけど、次は殺すからなミアンダ。

ヒソカが解除する気配が無いことも確信したので、無理矢理【伸縮自在の愛】を引き千切り降り立つ。その瞬間を狙ってか、半裸グラサンがもう一度振り下ろしを放った。

 

「てめぇらの相手はこのオレだ!!」

「ジャマ」

 

振り下ろされる前に顎を狙って拳を放てば、半裸グラサンが糸切れた人形のようにその場で崩れた。その時には怒髪天君が姿を消しており、姿を見つけた時にはヒソカに首を抑えられていた。

 

「ナイスだ、ヒソカ。そのまま抑えてろよ」

「ダメだよエミル、彼は合格♡仲間を助けに来たんだろ?いいコだね~♤」

「あ?」

「彼も殺していないよね、彼も合格だよ♧」

 

コイツバカにしているんだな、そうなんだろ?死にたいんだな

 

ピピピピ

 

殺気を込めようとしたときに、電子音が鳴り響きヒソカ以外が呆気に取られた。

 

『ヒソカそろそろ戻って来いよ。どうやらもうそろそろ、二次会試験会場に着くみたいだぜ』

「OK、すぐ行く」

 

電話から聞こえた声からしてイルミのようで、イルミの言うにはもうすぐこのマラソンも終わるようだ。

 

「一人で戻れるかい?」

 

ヒソカは既に半裸グラサンを背負っており、怒髪天君と話していた。怒髪天君の後ろから金髪青年の姿も見えており、その姿を確認した時にはヒソカの姿は霧に消えていた。

この場には、怒髪天君と金髪青年、ミアンダと俺が残されていた。ここにきてアイツは置いていきやがったのか...

ミアンダが未だ回復しないということは、俺を運ぶ奴がいない。更にはミアンダを運ぶ必要があるということで。

 

「起きれるか?」

「すみません、もう少し時間がかかりそうです」

「トレーニング量倍だな」

 

顔を青くしているミアンダを背負い、一度怒髪天君に視線を向ければ未だに息が上がっているようでまだ動けそうにない。金髪青年が警戒するように、此方を見ているが時間があまり残っていないのとヒソカが気に入ってしまっているので、ここは無視しておく。

円を使用しヒソカを見つけ出せば、難なく二次試験会場に到着した。

 

ゴルルルルルルルル

グルルルルルルルル

 

到着した会場は、木々が開けている場所にポツンと一軒の倉庫が建っていた。倉庫の中では猛獣の唸り声のような音が響きわたっていた。

 

「みなさん、お疲れ様です。無事湿原を抜けました。ここビスカ森林公園が、二次試験会場となります。それじゃ私はこれで...検討をいのります」

 

そう言い残し、サトツは去っていった。

 

157名 一次試験突破

 

サトツを見送り、ヒソカに文句を言うために探すが既にオーラを絶状態にしているのか見つけ出すのが面倒で、見つけ出してから文句を言えばいいかと諦めた。

 

「エミルさん、この音って声でなく音ですよね?」

「だな、生き物が口から出せる音じゃあねぇな」

 

因みに、扉の前に行けば[本日 正午 二次試験スタート]と貼り紙があったので待機中だ。

 

「そろそろ正午になりますけど、どんな試験になるんですかね」

「さあ?それより回復できたか?二次試験もお前の介護するのは面倒くさいぞ」

「もう大丈夫です。そんな事よりもうすぐ正午ですね...?人間?」

 

時間になり、扉が開けば現れたのは二人の男女。ミアンダが呆気に取られたのは男を見てからだろう、男の方は女の数倍は大きく先ほどから聞こえていた音は男の腹の虫が正体だった。女の方もホットパンツに上半身が黒い下着に鎖帷子のようなものを羽織っているだけ、半裸ばっかだな。

 

「どお、お腹はすいてきた?」

「聞いての通り、もうペコペコだよ」

「そんなわけで、二次試験は料理よ!」

 

どういうわけでそうなったのか、わからないが数時間走らされてマラソンが終われば料理をさせられるとはハンター試験恐るべしだな。

 

「美食ハンターのあたし達2人を満足させる食事を用意してちょうだい」

「まずは、俺の指定する料理を作ってもらい」

「そこで合格した者だけが、あたしの指定する料理を作れるってわけよ。つまり、あたし達2人が「おいしい」と言えば、」晴れて合格。試験はあたし達が満腹になった時点で終了よ」

 

料理はしたことないが、ミアンダが作ったのを分けて貰えばなんとかなりそうだな

 

「俺のメニューはブタの丸焼き!俺の大好物。森林公園に生息するブタなら種類は自由、それじゃ二次試験スタート!」

 

その合図で誰もが、我先にと森林の中に入っていく中でエミルとミアンダだけが残っていた。心なしかミアンダの顔は少し青ざめており、エミルの顔にも冷や汗が浮かんでいた。

 

「あら、貴方たちは行かない訳?審査は、早い者勝ちよ。受験者から奪おうだなんて考えてないでしょうね?」

「そのことで聞きたいことがあるんです。ブタって何種類か生息してますか?」

 

変態女に対してミアンダが恐る恐る質問するが、当然試験官である彼女は答えるわけにいかないと質問を突っぱねた。

 

「しつもーん!おいしいと言わせる以外に、合格判定は無くて満腹になる以外に終了するとは無いで良いんだよな?」

「それは答えてあげるわ。貴方の言う通り、おいしいと言えば合格。満腹になれば終了、それ以外に合否に影響はないわよ」

 

俺の質問には快く答えてくれたが、その答えによりミアンダの顔はますます青ざめていき、今では目に涙を浮かべている。そんなミアンダを不審に思ったのか、変態女が少し慌てたようにして心配してくれている。

 

「ちょちょっと!どうしたのよ」

「ブタいないかもです」

「は?」

「途中、ブタがたくさんいる場所を通って...エミルさんがその過程で全滅させちゃったんです!」

「「は!?」」

「わり!」

 

ミアンダの告白を聞いて、2人の試験官が慌てだした。俺の謝罪を聞いてか聞かずか、変態女はどこかへ電話を掛けだし、男は辺りを円で探っている。

 

「ちょっと!どういうことよ、あんた!」

 

電話を終え、変態女が俺の胸倉を締め上げ詰め寄る。俺の胸元は既に伸びきってゆるゆるになってしまっている。そんなことを考えている途中でも、変態女は更にヒートアップしているようでさっきから唾が飛んできているため止めてほしい。男でも女でも知らない人間の唾を浴びるのはNGなのだ。

 

「聞いてるの!?説明を早くしなさいよ、早く!」

 

話せない原因を作っているのは、間違いなくこいつのせいだ。そんなことを言ってしまえば襟首が伸びきるだけでなく、破れてしまう危険があるため我慢して口を開き説明をした。

 

あれはヒソカに置いていかれた時間に巻き戻るのだが、ミアンダを背負った状態でヒソカを追いかけるのはお互いに負荷があれども危険だということで、ヒソカとは違うルートを通ったことが今回の原因と言えるだろう。

 

「エミルさん、今回のご褒美って本当にアレだったんですか?」

 

ミアンダを背負い、二次試験会場まで歩いている途中に不愉快そうに聞いてくる。ミアンダの言うアレとは、ヒソカとの戦闘更に腹部への一撃のことを指しているのだろう。

 

「違ぇよ、今この状況でお前を見捨てずに背負って運んでいることだ」

「マッチポンプだと思うんですけど...大体、巻き込まれなかったら自分で完走できてました。何なら一番だったのに」

「そんな些細なことなんてどうでもいい、ていうかめっちゃ豚がいるけど殺していいかな?今更迂回するの嫌なんだよね、ヒソカは仕方ないにしろ豚に迂回するのって嫌じゃね?嫌だな、嫌だ。殺そう」

「え、なんでそんな短絡思考なんですか!?何も殺す必要ないじゃないですか!見てくださいよ、殺されるのが嫌で命乞いしてそうですよ!」

 

目の前には群れを成した豚の集団がおり、迂回するにはかなりの距離になりそうだった。既に苛立ちが募っていたエミルには、その存在だけで殺意が湧き出すのだ。実際に向かってきた生き物は全て皆殺しにしている、今更豚ごときが何頭死のうと知ったことでは無いのだ。

 

そんなエミルを止めようと、何度も説得しているミアンダはヒソカに殴られたことよりもエミルが暴走しないかどうかで胃が痛んでいた。今回の豚もまだこちらに気づいていないようだが、エミルを止めるために必死だ。

 

「全然命乞いなんてしてねぇよ、豚どもは今日死ぬことなんて知らないでいるだろうしな。先手必勝だ、恨むなら俺を歩かせたヒソカを恨めよ」

 

こうして惨殺が始まった。弱点が頭部だとは早々に気づき、抵抗をさせぬよう【絶】で気配を消して一頭ずつ丁寧に拳や足で陥没させていく。返り血で汚れないようにだけ気を付けて、時間にして約10分足らずで全滅させた。

 

「チッ、余計な手間かけさせやがって...」

「【絶】で通り過ぎれば、殺さないで済んだんじゃ?」

「その場合、お前はお前の不完全な制御じゃバレて豚の餌だったがな」

「全滅の未来は避けれなかったようですね」

 

あっさり掌を返したミアンダに、少し不満抱いたが苛立ちが収まりつつあったので何も言わずにミアンダを背負いなおし、再び歩き出した。

 

———ってな事がありましたねぇ」

「ありましたねぇじゃないわよ!どうしてくれんのよ、この森林公園にはその豚の1種類しかいないのよ!」

 

俺の説明を聞いて納得したのか、胸倉を掴んでいた手を離してくれたが俺を許すつもりはないらしい。

 

「ハンターが自分の得物を横取りされたってのは、その時点で資格なしってことで良いのでは?」

「その場合はアンタ達も失格になるのよ!?」

 

その発言を聞き、ミアンダが声を上げて泣き出したが俺としては半ば強制だったので、それならそれでいいと思っていた。風呂に入りたいし

 

「やだー!せっかく走ったのに!痛い思いもしてグロテスクなものまで見せられてこんなに頑張ったのに!こんな理不尽なことで不合格なんて嫌だよー!」

 

泣き叫んでいるミアンダを見ながら、メンタルトレーニングも必要だなんて呑気な事を考えていれば流石に居心地が悪くなってきたのか変態女は俺を開放して、ふらふらと奥に引っ込んでいった。

いつの間にか近くにいた男もいなくなっており、ミアンダと2人のみ残されたので必然的にミアンダの嘆きの矛先が俺に向けられた。

 

「エミルさんのせいで!エミルさんのせいで、こんなことになってるんですよ!こんなに沢山の人に迷惑かけて何とも思わないんですか!今だって、100人以上の人が居もしない豚を探しているんですよ!私は止めましたよね!止めましょう!殺さないで迂回しましょうって!どうしてくれるんですかあああ!」

「別に?ライセンスが欲しいなら売ってやるよ、豚だって売ってやるさ。ハンターになりたいなら来年また受験したらいい。大体俺が言ったように、得物を横取りされたなんてハンター失格でしょ」

「な!?何を開き直っているんですか!?私の話聞いて、そんなことどうして言えるんですか!」

 

怒鳴り続けるミアンダに辟易しつつ、何とか落ち着かせるべく念能力を発動する。

 

「そう怒鳴るなよ、今回はサービスで俺の豚分けてやっからよっと!」

「...え?」

 

念空間から引っ張り上げたのは、惨殺した豚2頭。殺してすぐに収納していたため、地面に血だまりを作っているが新鮮の証だろう。

 

「え、え?どこから出したんですか?」

「念空間」

「なんでこのタイミングだったんですか?」

「2頭だけ奇跡的に見つけたわーって言えば、俺らは合格間違い無しだろ」

「えー...」

「いらないのか?」

「いりますよ!」

 

ミアンダを宥めることに成功したし、豚もある。一石二鳥作戦は大成功だな。

 

「じゃあ、焼け。俺のもな」

「えぇ...」

 

納得できずにいるミアンダの横で、呑気に本でも読む。焼きあがったタイミングで試験官が戻ってきた、焼きあがった豚をみて呆気に取られているが後は盛り付ければ完成だ。

 

「え、アンタ豚いたの!?」

「奇跡的にな、証拠に血抜きした後の血だまりが残っているから不正じゃねぇぞ。ほら、コイツのも併せて2頭焼きあがったぜ。おあがりよ」

 

未だ呆気に取られている変態女とは対照的に、大柄な男の方は嬉しそうに食べ始めた。黙々と食べ続ける男を横目に、ミアンダは不安そうに眺めていた。

 

「うまーい!2人とも合格だね!」

「やったー!」

 

合格を告げた男と、喜びを隠せないミアンダを見て人心地付いた後、状況がつかめず呆気に取られている変態女に向き直る。

 

「で、次は?」

「なに、一件落着みたいな雰囲気出してるのよ!アンタのせいで他の受験者たちはまだ豚を探しているのよ!」

「ドンマイ!で、次は?」

「ふざけんなー!次のお題はスシよ!それもニギリスシしか認めないからね!」

 

スシと言えば、ジャポン料理だったはず。ノブナガにミアンダを連れて食わせて貰ってからは一時期ドはまりして、ミアンダに板前修業をさせたのだ。ミアンダに死角は無い!魚を捕りに行くのが面倒だったため、豚をもう1頭取り出し、肉ズシを作る。

ネタは俺が担当し、シャリをミアンダに用意させる。流石に生だと食中毒になる可能性があるため、しっかり火を通し焼く。余った肉は豚丼にするのもいいし、大柄な男性試験官に食わせるも良し。

 

「ミアンダー次はニギリズシらしいからよ、シャリの用意しろよー」

「エミルさんはネタですか?」

「あぁ、肉ズシで行くのは決めたが炙りか焼きかで悩んでる、とりあえずどっちも試すけどな」

 

ミアンダに指示を出せば、もう一度念空間から豚を取り出す。

 

「あ、アンタ!それって皆殺しにしたって言っていた奴じゃない!?どういう事なのよ!それに分担作業なんて、何考えてるわけ!?」

「うるせぇ!スシなめてんじゃねぇぞ!初心者が適当にやっていい物じゃねぇんだよ!てめぇもプロなら半端な事させてんじゃねぇよ!握り方一つとっても横返しや小手返しなどなど沢山あれば、シャリの形にも種類がある!これは金を貰うことが出来る技術なんだ、軽い気持ちで試験に出してんじゃねぇ!!」

 

俺から反論が来るとおもってい思っていなかったのか、怒涛の反論により変態女は怯んだ。その隙に距離を取り、解体して精肉。調理を開始した。調理中は己が調理人ゆえに、調理中にまでは絡みに来なかった。

ネタの準備を終えた頃には、ミアンダの準備も終わっており最後をミアンダに任せて完成させた。完成したスシを変態女の前に並べ、ドヤ顔を繰り出す。

 

「さぁ、おあがりよ」

 

 

 






因みにですが、エミルは雨合羽にお面です
ヒソカに背負われている時も
ゴンに攻撃された時も
レオリオに狙われた時も
調理中も

雨合羽にお面です。

そりゃあ狙われるわ、怪しいもん


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第七話


お久しぶりです
生存報告を兼ねましてすっごく短いですが投稿します!

仕事が忙しすぎて趣味の時間が全く取れない...



今年中にもう1、2、3回ほど投稿出来たらいいなぁ


 

 

 

「......くぅ、ご、合格よ!388番389番共に合格よ!」

 

「やった、やった!エミルさんのおかげですよ!」

「その通り、俺のおかげだ。俺は水浴びしてくるから、飯の用意をしてろよ。俺のおかげで合格できたんだからな」

 

「前言撤回したいです、ダメ?...そうですか」

 

 

テンションの浮き沈みが激しいミアンダを放置して、汗を流すために近くにあった水辺へ向かう。

道中では豚を探す受験者らを見かけたが、ご苦労様とだけ独り言を呟きながら水辺へ向かった。

 

水浴びを終えて、会場へ戻るときは誰とも会わずすんなりと戻れたが、会場の前には人だかりが出来ていた。

 

「何かあったのか?」

「エミルさんお帰りなさい、結構早かったですね。

これエミルさんの分の豚丼ですよ。この人だかりはどうやら探しても探しても豚が見つからないのに、肉の焼ける匂いがするってことで集まって来たんですよ。

それでどういうことかと問い詰めれば、既に合格者が二名出ているので俺たちが探せないのに、こいつらは見つけている不正を行ったに違いない!って騒ぎ立てているようですよ」

 

な る ほ ど ね!

面白いことが起きる気がするぞ...

 

「はー大変なこった。豚丼!うまいなー!ミアンダが用意してくれて助かった!」

「「「!?」」」

「は!?なんでそんなことを!」

 

大きな声で尚且つ、豚丼の存在とミアンダがの部分を強調したことで、集まっていた受験生の視線をミアンダに集めることに成功した。皆々が激しく睨みつけ、手に得物を持つ者もいる。

何人かは学んだのだろうか、またあいつらかという視線を向けて来るがどうでもいい。これも全てミアンダの成長に繋がればと切に思います。

 

その後はまさに祭り状態になった。

諦めきれず真面目に豚を探す者。

豚の捕獲出来た場所を問いただそうとする者

 

そういうことがありながらも大柄な男に対し、ブタを食わせ続けたことで満腹だと告げたことでタイムアップ。変態女に辿り着く受験生が現れることが不可能になり、二次試験は合格者2人のみとなった。

 

「ちょっと388番、あんたのせいよ。この結果どうするのよ」

「人のせいにするなよ、悪いのはミアンダ。389番のせいだろう」

「はぁ!?」

 

ミアンダが信じられないと言わんばかりに非難の視線を向けてくるが相手にするわけが無い、相手にするだけ時間の無駄だし先ほどから嫌な予感がしている。

 

「ま、仕方ないわね。二次試験合格者は388番、389番2人だけよ!」

 

変態女の発表により受験者達に再び衝撃が走り、ざわめきが起こる。

 

が、ざわめきは一瞬で収まり破壊音だけが響いた。

 

 

「納得いかねぇな...はい、そうですかと変える気にはならねぇな。

俺が目指しているのは賞金首ハンターだ!それをラッキーか何かで、ブタの生息域を見つけて独占した奴だけが合格なんて納得できねぇな!」

 

 

声を上げたのは髪を後ろで縛った小太りの男だった。

これって俺らに向けて言っているのか?

 

 

「それは残念でしたね、また来年がんばったらどうです?一年ありますし、もっと早く走れるよう身体を絞ることをお勧めしますよ」

 

意外にも返事をしたのはミアンダで、表情を伺えば眉間にしわを寄せており不機嫌だというのを隠す気は無いようだ。

 

「なにぃ!」

「今年は運が無かったんですよ。聞けば、毎年試験内容は違うそうじゃないですか。それに今年で私たちはハンター試験を合格するつもりなので、来年は合格できるかもしれませんよ。興味ないですけど」

 

あーあ...

 

「ふざけんじゃねぇ!!」

 

素っ気なく、それも終盤には本当に興味が無さそうに答えたミアンダ。最後の一言が引き金だったようで、激高した男は拳を振りかぶり吶喊してくる。

 

「はぁ...これだから事を起こさず、声だけを上げる愚か者は嫌いなんです」

 

次の瞬間には、男の背後を取ったミアンダが蹴りで態勢を崩して男を拘束。男の顔を限界まで自分の顔まで近づけ説教を始めた。

 

「分かります?これが実力の差ですよ。今の貴方が逆立ちしても辿り着けない所です。これを幸運や奇跡で片づけますか?真に幸福なのは今、この時に命を取られなかった貴方ですよ。あの雨合羽にお面の変態が相手だった場合は、敵意を向けた瞬間に先手必勝とかふざけたこと言いながら殺しに来ていますよ。わかりますか?これが幸運ですよ。大体この力を手に入れるのだって本当に頑張ったんですよ。1に修行、2から先は常に修行。58くらいで殺し合い。72くらいで家事。100に届くときには寝ていてもトイレの中でも命を狙ってくる雨合羽。わかりますか?私の休みは気絶している間。たまにある家事中ですよ。貴方がブクブクブクブク肥えている間も私はそういう生活だった。そんなあなたが賞金首ハンター?寝言は寝ている間だけ、夢見ていいのは恋をしている少女だけですよ。脂ぎった貴方は現実直視してダイエットにでも励んだらどうですか?あぁ、思い返すだけで腹立たしい。」

 

ミアンダさん、男性はもう気絶していますよ。周囲はドン引きですよ、そんなに不満だったんですかねぇ...ちゃんと、お風呂の時間は襲い掛かることはしなかったというのに。

 

「ストップ、待ちなさい389番。全く賞金首ハンター?わらわせるわ!現に女の子に一瞬でのされちゃって、どのハンターを目指そうが関係ないのよ。ハンターたるもの武術の心得があって当然、全てを運や奇跡で終わらせる者にはわからないでしょうけど私が知りたいのは未知のものに挑戦する気概なのよ!!」

 

かっこよく決めてくれているけど、二次試験は未知に挑戦する機会なんてあったのか?

 

『それにしても、合格者2名はちとキビシすぎやせんか?』

 

 

 

あぁ...嫌な予感の正体はコレだったのか

 

 

 

 

 

 

 



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