ソードアート・オンライン -kanon side- (海音(仮))
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プロローグ
心機一転、まったり更新していきます。
Q.なぜ今更?
投稿拒否ってた友人が、少しやる気だしたみたいなんで
これを機に再開しようかと。
Q.と言って、結局最新話の更新はいつ?
既に投稿している話を更新しつつ、最新話投げていきます。
理想は9月中に今まで投稿したぶんの更新
10月中には最新話投げたいですね。
Q.なぜ続きからじゃないのか?
実はストックはあるんです。ただ久々に読んでみたら、
本編の内容を記述し過ぎ
→強制退出くらわないように訂正しようかと(汗)
勢いでやっていたとはいえ、厨二全開
→自分でまともに読めないです(失笑)
Q.友人さんの復活は?
やる気が辛うじて戻った程度に感じるので…
まずは現状、私一人で頑張りながら復帰を待ってみます。
更新したら日付更新します
現在:未更新(9月中に更新予定)
「……きたか」
最終下校時刻になり、すっかり暗くなった教室で一人本を読んでいた俺は、静かな校舎に響く足音に気が付き、読みかけの本を閉じて鞄に仕舞う。
席から立ち上がり、右手で鞄を持つと同時。教室前方のドアが勢いよく開いた。
ドアを開けた人物は、肩までかかる茶髪に同色の瞳をもった小柄な女子生徒だった。女子生徒は、教室の中にいる俺を見つけると笑顔を浮かべ――しかしすぐに慌てた様子で頭を下げた。
「遅くなってごめん!」
今、俺の目の前で頭を下げている女子生徒の名前は篠原愛奈。家がお隣さんの俺の幼馴染であり、この高校では一年生で唯一生徒会に所属している。
今日は土曜日なのだが、愛奈は生徒会の仕事が溜まっているらしく――新人だからしょうがないのだろうが――休日を返上して仕事に励んでいるのだ。
――そして俺はというと、何週間か前に母親に『愛奈ちゃん、休日だっていうのに朝早くから学校行って…帰宅は日が暮れてからなんでしょ?どうせ暇なんだったらついてってあげなさいよ』とよくわからない指示をだされたからだ。俺には、わざわざついてく意味がわからなかったが、『女の子一人じゃ危ないでしょ』と言う言葉にひとまず納得をして、現在に至る。
ちなみに、俺が付き添うことに関して俺から愛奈に確認を取ることはしておらず、母親両名によって勝手に決められていた。ある日突然、母親から『篠原さんが明日からよろしくねって言ってたわよ』と一言。こうして俺の休日は、新人生徒会役員兼幼馴染の護衛という仕事で埋められた。
―――そして、何故か愛奈はこのことに乗り気だったらしい。……俺が母親に『明日から――』と伝えられた翌日、わざわざ早朝起こしに来てくれていたし。
「別に、まだ見回りの先生来てないからセーフだろ。…さっさと帰るぞ」
俺の言葉に顔を上げ、「うん」と言って再び笑顔を向けてきた愛奈を――直視できなかった俺は、空いている左手で頭をかきながら視線を泳がせ、愛奈の横を通り過ぎるように教室をあとにした。
横並びに歩く愛奈の話に相槌を打ちながらの帰り道で、俺の携帯電話が着信音を発した。携帯電話を鞄から取り出し、相手を確認する。
―璃狼―
さして珍しくもない相手だが、電話がかかってきた理由をなんとなく理解し、出ようか否か決めかねていると……着信音が鳴りだしてから黙っていた愛奈が話しかけてきた。
「……電話、出ないの?」
「うーん……どうせ≪あのゲーム≫のことだろうし」
「海斗はそうやって不在着信ばっか溜めてくから電話してくれる人減っちゃうんだよー」
「うるさいな。わかった出ますよっと」
通話ボタンを押し、携帯電話を耳にあてると、ピッという音の後から璃狼の声が聞こえてきた。
『あっ、もしもし――』
興奮した璃狼の声を聞いた瞬間、長くなりそうだからさっさと話しを終わらせてしまおうと考えてしまう。友人との電話でそんな考えに直行するところが俺の駄目なところなんだと思う。
直す気は微塵もないが。
「なにか用か?」
『ようやく明日だな!』
俺は何気なく、いつも通りに。思っていることと違う言葉を発していた。
「なにが?」
『あ?≪ソードアート・オンライン≫だよ!忘れてんのか?』
≪ソードアート・オンライン≫。忘れるわけがない。明日から正式サービスが開始されるのを心待ちにしている人間は数多い。そしてその中には当然、βテスターの俺たちも含まれる。
「忘れるわけないだろ」
『んまぁいいや。あのさー、明日学校どうすんの?』
さっきとは打って変わった俺の返事を気に留める様子もなく、会話は続く。
明日学校……というと、部活のことだろう。俺は入部後、とくに休日はほとんど顔を出していない陸上部のことが頭をよぎる。確かに明日も活動日だったはずだが―――
「明日は休むよ。俺の成績なら仮病の一回くらい許容されるだろ」
『まじで?』
「至って大真面目だ。お前はどうするんだ?」
『学校いくよ…仕方ないだろ姉さんいるしさ。おれだって休みたかった』
ふと、璃狼のお姉さんの顔を思い浮かべてみる。とっても美人さんなのだが、それ以上に怖く、それ以上に強い人だった。
「お前の姉さん怖いからな…仕方ないか」
『なーっ。まぁ帰ったらインするから何処で待ち合わせしようか』
「んー…≪はじまりの街≫でいいだろ。ログイン直後に会うならお前の装備が必要だろうし…何時ログインできそうだ?」
『帰宅時間は四時半じゃないか?あっ!てか狩場おれのも残せよな!』
「阿呆。開始数時間で狩り尽くせるかよ。じゃあまた明日」
『おうっ!んじゃ明日なー』
プツッと、通話が切れたのを確認してから携帯電話を鞄に仕舞う。
「…海斗って凄く自然に嘘つくよね」
突然の的を射た言葉に思わず顔が強張るかと思ったが、まったく表情には出さず「そうかなぁ」と、これもまた自然に返した。
「そうだよぅ。私はわかるからいいけど…」
「ほんと、愛奈にだけは嘘見破られるんだよなぁ。…でも今回の決定的な嘘は≪陸上部での成績≫くらいなもんだろ?いいじゃんそれくらい」
俺は高校で入部した陸上部の新人戦で、地区大会走り幅跳び二位。都大会出場を果たした。が、都大会出場は決して良い成績とは言えない。それも今回の大会はあくまで新人戦なのだから尚更だ。
そして当然、部活を休んでも大丈夫なんてこともない。
「駄目だよちゃんと直さないと。社会に出るとき絶対困るんだから!」
「母さんみたいなこと言うなよ」
そうこう話していると、いつの間にか自宅の目と鼻の先まで着いていた。
「もう着いちゃった。……じゃあまた明日ね!」
「ああ。またな」
愛奈が家に入るのを見届けてから、俺も自宅の扉を開ける。
「ただいまー」
廊下の向こう、リビングから「おかえりー」という妹弟の声が聞こえたが、俺はリビングには向かわず廊下脇の階段を上がる。
二階に上がってすぐ右、≪海斗の部屋≫と書かれたプレートが掛けられている自室に入り、鞄をそこらへんに放り投げ、ベッドにうつ伏せにダイブする。
「――いよいよ明日……か」
実際に口に出すことで、人前では抑えられていた興奮が急速に思考を覆い尽くし、何とも言い難い感情――おそらく高揚感と呼ばれるもの――が身体を駆け巡り、おもわず身震いする。
―――武者震いというやつだろうか?
≪ソードアート・オンライン≫というゲームのあの浮遊城≪アインクラッド≫での二ヶ月。運よくβテスターに選ばれた俺が経験したのは、≪剣技≫を駆使し敵を倒していく壮大なゲーム。身体を動かすこともゲームも好きな俺にとっての理想郷だった。
当然生身の身体を動かすのとはわけが違うが、βテストが終わるころには、俺はほぼ百%違和感なく、アバターを自由に動かすことができるようになっていた。
――早く、再びあの世界に――
その想いは日に日に増していくばかりだ。ついさっきの電話も、愛奈が隣にいなければいつも通りに話せていなかったかもしれない。それほどまでに俺は≪ソードアート・オンライン≫というゲームに魅了されていた。
――璃狼じゃないけど、早く明日にならないだろうか…
俺はベッドの上で仰向けに転がり、正式サービスが開始したらまずは何をしようか。などと想いを馳せた。
正式サービス開始まで残り五分。
俺は昨日、帰宅後ベッドでそのまま寝てしまっていた…ので、昼前に目覚めた後すぐにシャワーを浴び、昼飯をカップ麺で済ませ、十分以上前から再び自室のベッドに腰掛けて正式サービスが開始されるのを待っていた。
ちなみに今日は日曜日だが、家族は皆それぞれの用事があるらしく、家には俺しかいなかった。
心臓がドクドク脈打ってるのを感じながら腕時計の秒針を眺めていると、机の上に放り出していた携帯電話に一通の新着メールが届いた。
こんな時に誰だと思いつつも、まだ若干時間に猶予があったので携帯を開いてみると、メールの差出人が愛奈であることがわかった。
――普段どんなくだらない些細な用事でも電話をかけてくる愛奈が、なんでメールを……?
少し内容が気になったので、時間がないから返信は後と自分に言い聞かせて、とりあえず本文を読んでみることにした。
『Kanonへ スタート地点で待っててね Mana』
「………ん?」
一瞬何のことだかよくわからなかったが、このカノンというのは普段俺が使っているアバターネームで、そしてこのタイミングでスタート地点という言葉が指すことは――
しかし、俺には深く考える時間も、無論メールの返信を打つ時間もなかった。なぜなら正式サービス開始まで残り一分を切っていたからだ。
――どうせ向こうに行けばはっきりする――
俺はナーヴギアをかぶり、ベッドに横になる。
そして長い数十秒が過ぎて―――迎えた二〇二二年十一月六日、日曜日の午後一時ジャスト。
「リンク・スタート!」
とりあえずプロローグということで、SAOにダイブするところまでを書きました!
果たしてこれがどこまで続くのか……楽しみでもあり怖くもあります。
では本日はこれにて、
最後まで読んでいただきありがとうございました。
5/19 追記
読み直す度にちまちま更新してます。すみません……
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一話 『はじまりの日』
いよいよSAOの中にダイブします!
あまり話そうとするとネタバレ書きそうなのでこのくらいにして……本編の方をよろしくお願いします。
再び≪はじまりの街≫にきた俺は――本来ならすぐにでも装備を整えてフィールドに向かうのだが――必死に走りたくなる衝動を抑え、周囲を見渡した。
愛奈からログイン直前に送られてきた『スタート地点で待っててね』という内容のメール。ありえないと思いつつも、万が一の可能性を考えて目を凝らす。
≪ソードアート・オンライン≫の正式サービスをプレイできるのはβテスターの千人を含めて一万人。そしてそのパッケージだが、大手の通販サイトでは初回入荷分は数秒で完売と聞いているし、昨日の店頭販売も三日も前から徹夜行列ができてニュースになっていた――つまりパッケージを買えた人間のほとんどは、重度のネットゲーマーだということだ。
愛奈がSAOを手に入れている可能性はない……と思う。愛奈は昨日も学校で生徒会の仕事をしていたのだし、愛奈自身がもともとゲーム好きというわけでもない。
思考を巡らせつつも、サービス開始直後からプレイヤーで溢れかえる≪はじまりの街≫に目を凝らし続ける。
――でもよく考えれば、俺も愛奈もアバターなんだよな――
俺のアバタ―も、現実とほとんど外見を変えてはないとはいえ、髪と瞳は現実の黒ではなくスカイブルーだ。そしてこのゲームでは、プレイヤーに対してアイコンが立つだけで、初見では名前もわからない。そのため――
「こっちから見つけるのは無理……か」
俺が諦めて――薄情な気はしたが――そのまま武器屋を目指して狭い路地に入ろうと数歩進んだときだった。
「――カノーン!!」
少し離れたところから大声で名前を呼ばれ、聞いたことない声だと思いながらも声のした方向につい顔を向けると、そこには赤髪の小柄な、多分、女の子がいた。
カノンとは反対の方向を向いているので顔はわからないが、身長に体のライン、声からして女の子だろう。
「カノーン!! いたら返事してー!!」
しかし、ログイン直後からあんな馬鹿なことする人間がいるとは……残念ながら俺はそんな人間に心当たりがあったので、急いで、大声で人の名を呼びながら周囲の注目を集めている女の子に近づいた。
「――おい、もしかしてお前、愛奈か?」
確認するべく女の子に小声で話しかけると、女の子はもの凄い勢いで振り返り、俺の顔を食い入るように見つめてきた。
「………海斗?」
「ばっ――、そうだけど、ちょっとこっち来い!」
人通りのある――しかも注目を集めている――場所で急に本名を出された俺は、赤髪の女の子の正体が愛奈だとわかったので急いで愛奈の手を引いて近くの路地に逃げ込んだ。
「え、ちょっとどうしたの?」
愛奈は戸惑ってはいるものの抵抗はしてこなかったので、そのまま人気のない場所まで走ることにした。人の喧騒が聞こえなくなったあたりで手を離し、愛奈と向かい合った。
「馬鹿野郎!! こっちでリアルの名前出すんじゃねえよ!」
「だ、だって見た目違うんだからわかんないじゃん! 海斗だって私のこと名前で呼んだし!」
「俺はちゃんと周りに聞こえないように声を潜めてただろ! あんな人の多いところで―――まあ、寧ろ人が多かったからあのくらいの声は周りには聞こえなかったとは思うが…」
いきなり怒鳴ったせいか、赤い髪と目をした愛奈が少し涙目になっていたので、説教モードで大声を出すのを止める。
「そうでしょ? 私もそのくらい考えてたもん!」
「……ああ、いきなり怒鳴って悪かったよ」
頬を膨らませ抗議する愛奈が本当にそこまで考えていたかどうかは怪しいが、ひとまず先に聞きたいことがあったのでそれ以上は言及しないことにした。
「お前、どうやってSAOのパッケージ手に入れたんだ? そもそもナーヴギアだって持ってなかっただろ」
「……ナーヴギアもパッケージも、お兄ちゃんが買ってくれたの」
「………そういうことか」
愛奈の兄の篠原透は、とある大企業にサイバーテロ対策だかなんとかで雇われていて、常に自宅か勤務先のパソコンと睨めっこをしている人だ。透さんならば、通販サイトの初回入荷分を購入していても納得ができる――が、
妹のためにわざわざ……と思いつつも、そういえば透さんは重度のシスコン(変な意味ではない)だったことを思い出す。
透さん、兄貴の鏡だな―――俺とは比べ物にならん。
「じゃあ海斗、早くモンスター倒しに行こうよ!」
「ああ。だがその前にお前のキャラクターネームを教えろ。そして俺のことはカノンと呼べ」
さっそく――装備も買わずに――フィールドに出ようとする愛奈を引き留め、まだ聞いていなかったキャラクターネームを聞く。
「私の名前? 私は愛奈だよ?」
「違うって。こっちでの名前だよ」
「……だから愛奈だって」
「―――まさか、マナって名前なのか!?」
「だからそうだって!」
えぇーー、と言いたくなるのをなんとか抑えた俺は、愛奈――改めマナに、この後人と会う約束があることを伝える。
「この後、β時代の友人二人と会う約束があるが大丈夫か?」
「大丈夫!」
「じゃあ行こうか……くれぐれも他の人にあまり迷惑をかけないように。わかんないことは聞きゃ教えるから」
「お父さんみたい……わかったけど」
「じゃあさっそく武器を買いに行くぞ」
「……えー……そこ行かなきゃ駄目?」
武器屋に行くことを伝えると、途端にマナの返事が弱くなる。
「武器なしには戦えないからな? 早く戦いたいならさっさと動くこと」
「はーい」
かなり不満そうなマナを引き連れて、俺は最初の目的地である武器屋に向かった。
「えいっ!」
気合の入った(かどうか怪しい)掛け声とともに短剣を突き出すマナから少し離れたところで俺は、先ほど合流したβ時代唯一俺のパーティーメンバーとなった青年、ハクアと話をしていた。
ハクアは銀色の短い髪に同色の瞳を持つ、身長は俺と同じほどの好青年だった。少なくともアバタ―は、だが。
「――それで、マナは今日≪完全ダイブ≫初めてなんだ」
「――なるほど。マナはカノンの彼女か」
「……、違うよ。マナはただの幼馴染だよ」
「………ふぅーん」
ハクが目を細め、半信半疑といった表情でこっちを覗き見てくる。
―――ハクのやつ、絶対信じてないな。
「まあマナもせっかくSAOに参加できたんだ、俺は当面マナの面倒見ながら進めていくつもりだよ。本当は、βの時みたいにハクと一緒に最前線で攻略しようと思ってたんだが……」
少し離れたところで、レベル1の雑魚モンスター≪フレンジーボア≫と戦っている――というより戯れているように見えるマナを見て
「……さすがに素人連れて最前線は厳しいからな。暫くはレクチャーとレベル上げ、SAOの基本を教えてくとするよ」
と愚痴交じりにハクに俺の意志を伝える。
最前線での戦いは俺にとってSAO一の醍醐味ではあったのが、おそらくは俺と遊ぶためにわざわざこのSAOに手を出したマナを放っておくことは、俺にはできそうになかった。
「……ねえカノン」
「なんだ?」
「β時代に私言ったよね、私たちパーティーは――」
「――誰よりも≪速く≫このゲームをクリアする。だろ? 憶えてるよ、勿論。だが――」
台詞の後半を取られて少しムッとした表情を浮かべたハクは、お返しとばかりに俺の台詞を遮って話を続けた。
「――私はそれを実現するためにここでカノンと一緒にいる。カノンの事情はわかった。だから私は―――カノンに協力する」
「―――」
「私もカノンに協力する。パーティーメンバーが一人増えるだけだろう? なにも問題はない。私たちがレクチャーすればマナもすぐに戦えるようになるさ」
予想外の答えに目を丸くしている俺から目を逸らしたハクは、少し声を小さくして続けた。
「この世界にきて、この話し方のせいで人の輪に入れなかった私に、手を差し伸べてくれたのはお前だ。この世界の楽しさを教えてくれたのも。な」
「そんなの、たいしたことじゃない。声をかけたのもたまたまだよ」
「だったら私にとってもマナのことはたいしたことじゃないよ。カノン」
「―――、そうか。悪いな」
本当はありがとうと言いたかったはずなのだが、口から出た言葉はやはり素直な感謝の言葉ではなかった。
――まさかゲームの中で、再び人に感謝することがあるとは――
俺はかつて、あるオンラインゲームで起きた出来事を思い出す。
その出来事がきっかけで、俺はオンラインゲームではソロプレイを極めるようになり、人との繋がりを極力遮断してきた。もう二度とあんなことが起こらないようにと………だが、この世界ではハクアという仲間ができた。
β時代、ハクアとパーティーを組むきっかけとなったのは、ソロで迷宮区に潜っている最中のことだった。俺と同じで独りで迷宮区にきていたハクアは、運悪く未発見のトラップに引っかかり、大量のモンスターに囲まれていた。そこにたまたま通りかかった俺が助けに入り、二人がかりでなんとか敵を殲滅した。その後、助けてくれたお礼がしたいと言うハクアと二人で街に戻る最中、ハクアが何故ソロプレイをしているのか、その事情を聞いた俺は――台詞はうろ覚えだが、たしか「じゃあ二人でどこよりも早く攻略してそいつら見返してやろうぜ」とか言って、ハクアとコンビを組んだのだ。あの時なぜハクアを誘ったのかは今でもわからないが、ハクアとは気が合ったし、アバタ―とはいえ実際に目を見て話した相手だった、ということもあるのかもしれない。とにかくそれがきっかけになり、俺もレイドパーティーで他人と協力したり、圏外で他のプレイヤーと前よりは自然に会話ができるようになった。
「助けられてるのはこっちの方だな……」
「ん……なにか言ったか?」
「なんでもないよ、っと」
俺は心の内にある感情を仕舞いこんで立ち上がった。ハクと一緒に一刻も早く攻略をするためにも、マナにさっさとソードスキルを使えるようになってもらおうと。
俺は自分の目標を達成するために、マナのもとに歩いて行った。
「カノンー、次に会う人はどんな人ー?」
「お前まさかまだ人を増やす気か?」
質問の多い二人を連れて歩くこと数分。ようやく着いたはじまりの街に入る。
たしかリロは帰宅が午後四時半くらいと言っていた。今が午後五時だから、ちょうどいいくらいだろう。
「リロってやつだ。俺の中学校のクラスメ―トで、βテスターでもある。……ハクは何回かβ時代の攻略で会ったことがあると思うぞ?」
どこで待ち合わせるか細かく決めてなかったなぁーなんて今更のように思いながら、「とりあえず俺らがログインした場所まで行ってみようか」と足を進めた時、ふと視線を感じた。
――見られているのか?
左右に歩いているマナとハクに気付かれないように視線を感じた方向を盗み見ると、視線の先には黒いフードをかぶった背の高い男がいた。
――街中で黒フード……百八十はあるかな。まあVRMMO、少なくともSAOの中じゃ珍しいことじゃないけど…
SAOの中ではキャラクターを自分で作成できるため、身長が高い人間は珍しくない。むしろ、リーチは長くなるし様々な武器を装備しやすくなるため、平均身長はあきらかに現実世界より高いだろう。
それよりも、せっかく作ったアバターの顔を隠すようにフードをしているのは、不自然じゃないだろうか。……PK狙いのプレイヤーなのだろうか?
フードをかぶった男は、街の外に向かっているようだった。俺はなぜか、フードの男をどこかで見たような気がして、目で追いながら記憶を探っていた。
――そうか、リロに似ているんだ。
身長こそ現実ともβ時代とも違うものの、黒いフードに短剣という装備は、間違いなくβ時代のリロそのものだった。
だが、リロなら俺を見て気が付かないとは思えない。俺はβ時代からアバターを変えていないのだし――
「カノン遅いよ! 早く行こう!」
そこまで考えたところで、マナに左腕を引っ張られ、フードの男から視線を外さざるをえなくなる。どうやら考え事をし過ぎたせいで、歩調が遅くなっていたらしい。
「っと、引っ張るなよ危ない」
「どうしたカノン、誰か知り合いでもいたのか?」
再びフードの男がいた方向を見るが、目の前の人ごみの中から、フードの男を見つけることはできなかった。
「……いや、なんでもないよ。急にわるかったな」
「……もしかして可愛い女の子に見惚れてたんじゃないよね?」
「おい、なんでそういうことになるんだ」
「なるほど。カノンはマナという彼女がいるのに、街中の女の子に見惚れていたのか」
「か…、彼女ってどういうことですかハクアさん!」
「そうだぞハク、それは誤解だと言っただろ」
「うむ……はたから見たら、幼馴染というより恋人といわれた方がしっくりくるんだが」
「からかわないで下さい! もう……」
「はぁ……ったく、早く行くぞ」
「――いないな……」
――と、リロを探して街を歩いている俺の耳に、通りすがりの団体から気になる話が聞こえてきた。
「ねぇ、ログアウトできないって本当?」
「ああ。ログアウトボタンがないんだ。GMコールも反応なかったし……」
「えぇー! 俺もうすぐ夕飯なんだけど! なにやってんだよ運営はー」
ログアウトボタンがない?
俺はリロ探しを一時中断し、右手でウインドウを操作してβ時代ログアウトボタンがあった場所を見るが、たしかにそこにログアウトボタンは存在しなかった。
「どういうことだ? こんなに大きな不具合、見つかってないとは考えにくいんだが……」
疑問は多く残るが、いったんメニューウインドウを閉じ、周囲をもう一度見回す。
はじまりの街でリロを探し始めてすでに三十分が立つが、俺はいまだにリロらしき人物を見つけることはできていなかった。
すでにフィールドに出てしまったのだろうか……?
ログアウトボタンがないことが気になった俺は、マナとハクのもとに戻ることにした。リロとはなにも今日会えなくたっていいと思ったからだ。今日のことは謝って、また約束し直せばいい。
俺は走って二人がいる中央広場の方へ向かう。
もしかして街に入ってすぐ見かけたフードの男は、やはりリロだったのだろうか? 向こうが俺に気が付かなかっただけという可能性もあるにはあった。やはり声を掛けておけば良かったか――
考えを巡らせながら路地を歩いていると、突然、リンゴーン、リンゴーンという鐘のような音が大音量で流れた。
「何だ?」
いきなりの現象に驚いていると、今度は突然、体の周囲を青白い光が包み込んだ。
――これは……≪転移≫?
しかし何故―――と考える間もなく、光がひときわ強く輝き、俺の視界を奪った。
光の輝きが薄れてくると、そこはさっきまでいた路地裏ではなく、今まさに行こうとしていた中央広場だった。
「どうなっているんだ……」
呆然と立ち尽くしていると、背後から声が聞こえた。振り返るとマナとハクが俺のもとに走って近付いてきていた。
「カノン! 大丈夫!? 急に広場にたくさんの人が現れて……」
「カノン、これは≪転移≫だな? お前も転移されてきたようだが、なにがあったんだ?」
言われて周囲を見渡すと、とてつもない量のプレイヤーが広場に集まっていた。まるで全てのプレイヤーがこの中央広場に集められたような―――
「――俺は大丈夫だ。街中を走っていたら急にここに転移された。おそらく他のプレイヤーもだろうが……何故こんな―――」
そのとき、左側から大きな叫び声がした。
「ない…ない! ログアウトボタンがない!!!」
俺は大声の主を見るべく左側に目を向けると、そこには街に入ってすぐに見かけたフードの男がいた。
――ずいぶんとオーバーリアクションだな……、なにか絶対に帰らねばならない理由でもあったのだろうか?
周囲の視線を感じてか、フードの男はフードをより一層深くかぶり、どこかに去っていった。
――やっぱりリロじゃないか。
そう思い、再びマナとハクの方に向き直った――
そのとき、プレイヤーの誰かが叫んだ。
「あっ……上を見ろ!!」
俺たちは咄嗟に上を見上げた。そこには、いままで見たことのない異様な光景があった。
百メートル上空、二層の底が、市松模様に真っ赤に染められていく。よく見るとそれは二つの英文が交互にパターン表示されたものだった。
「【Warning】に【System Announcement】か……なにかバグでも発生したのか、正式サービス開始にあたっての派手な演出ってとこか――」
俺がそう呟いた直後、上空を覆い尽くす赤に更なる動きがあった。急にどろりとした感じでその一部を――水滴を落とすかのように――落とした。否、表現で言う水滴部分は空中に滞空しているので、分離させた。というのが正しいかもしれない。
その分離した赤い物体は、空中で形を変えていった。
「……なんか、嫌な感じがする」
「あれは――βテストのときGMが着ていたローブ、か?」
「そう……っぽいな。だが――」
空中の赤い物体はハクの言う通り、βテストのときはGMが必ずまとっていた赤いフード付きローブに形を変えていた。
しかし顔が……というより体がない。それに、大き過ぎる。ローブは二十メートルはあるんじゃないかというほど巨大だった。
バグについてのアナウンスじゃあなさそうだな。演出にしても妙な感じだ……あきらかにプレイヤーの不安を煽るようなやり方だし、まだ始めたばかりのプレイヤーもいるなかでする演出じゃないような―――
そのとき、低く落ち着いた、よく通る男の声が遥か高いところから聞こえてきた。
『プレイヤーの諸君、私の世界にようこそ』
怯えるマナと眉を寄せて上空を睨むハクに俺は、とりあえず話を聞こうと提案した。二人ともとりあえずは同意してくれたようで、三人で上空を見上げ、次の言葉を待つ。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
茅場晶彦……俺はゲームそのもの以外に興味を持つことはあまりないが、その名前は聞いたことがあった。なにしろナーヴギアの基礎設計者であり、このSAOの開発ディレクターでもあるのだから。
しかし、いままでろくにメディアに出なかったと聞いていた。そんな彼が、ゲームの世界とはいえ、こんな演出をするのだろうか?
――いや違う、気にするべきはそこじゃない。さっき彼はなんと言ったか――『この世界をコントロールできる唯一の人間』――唯一?
『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、≪ソードアート・オンライン≫本来の仕様である』
――ログアウトボタンがないことが、不具合じゃない?
『……また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合――』
「………」
空気が重い、一万人のプレイヤーがいるとは思えない静けさだった。気が付くと、マナは俺の右手を抱きしめるようにしていて、ハクも俺の服の端を両手で握りしめていた。
『――ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
「―――」
俺は絶句した。周囲は再びざわつき始めたが、耳に入らなかった。
――この男、茅場晶彦は、嘘をついていない。
聞こえてくるのは音声だけだが、俺には、茅場晶彦という人間の言葉が、嘘をついているようには聞こえなかった。
「――カノン、あの声の人が言っていることは……本当?」
右から聞こえた小さな声は、俺という人間を知っているからこそ、俺にそう聞いたのだろう。だが俺は、実際に思っていることを口にはしなかった。
「わからない」
――マナは、今の嘘を見抜いてしまっただろうか……
だが確認する前に、再び茅場晶彦の声が聞こえてきた。
『より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間以上のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試み――以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件は、すでに外部世界では当局及びマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制解除を試みた例が少なからずあり、その結果――残念ながら、すでに二百三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
どこかで、悲鳴が上がったのが聞こえた。
「な、なにを言っているんだ……これはっ―――過度なオープニングイベント……じゃないのか……?」
ハクが震える声で、呆然と上空のローブを見上げながら言う。だが俺は、今の長い音声を聞いて理解した……理解してしまった。話の内容もだがそれ以上に――この男が一度も嘘をついていないと――わかってしまったのだ。
――つまり、すでに二百三人が死んだ――
「カノン……」
マナもまた、俺の表情や身体の強張り方からなにかを察したのだろう。今度は俺の体に、すがるように抱きついてきた。
そんな俺たちを嘲笑うかのように……いや、この場にいるプレイヤーのことなど気にも留めていないのだろう。無慈悲に、茅場晶彦の声は続く。
その後、茅場晶彦が話した内容は、プレイヤーの現実世界の肉体についての対応。そしてSAO内での死が現実世界での死に繋がること。それから、このゲームをクリアしなければプレイヤーは永久にSAOから解放されないこと。
周囲は悲鳴や怒号、呻き声で喧騒としていた。
そんな中、俺たちはただ呆然と立ち尽くしていた。
『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え』
俺は反射的に、右手の指二本を揃えて真下に振っていた。出現したメインメニューを操作して、まだほぼ空白のアイテム欄を確認する。所持品の一番上に、それはあった。
「≪手鏡≫?」
俺が少し間を置いてそれをオブジェクト化すると、小さな四角い鏡が目の前に出現した。手に取ってみるが、とくに変わりはない。覗くと俺のアバタ―が映るだけだ。
周りを見回すと、ハク、それに四方にいるプレイヤーたちも俺同様、手鏡をオブジェクト化していたが、なにも変化はないようだった。
「これは一体――」
どういうことだと続ける手前、急に白い光が周囲のプレイヤーを、そして俺を包み込んだ。
時間にしてニ、三秒。
視界がもとに戻った―――が、目の前の光景はかなり変わっていた。
さきほどまでいかにもゲームの世界だと思わせてくれていた派手な美男美女のプレイヤーたちはどこにもおらず、その代わりにいかにも現実世界で生きているような顔立ちの人間が立ち並んでいた。
「なんだよこれは……って、え?」
自分の発した声がさきほどまでの声とは違うことに気が付いた俺は、ある可能性を考えて恐る恐る手鏡を覗きこんだ。
果たしてそこには――髪と瞳の色は黒く染まり、やや違った輪郭や目つき、髪型まで完全に再現された――現実世界の俺の顔が映っていた。
「こんなことが――」
「これ……海斗? それに、私?」
右を見ると、やはり同じく現実の姿に≪変化≫したマナがいた。俺が持っている手鏡を覗き込んで俺と自分の姿を確認したらしい。
「マナ、現実の名前は出すな。たしかに今の状況は特殊だし見た目も現実の再現だが、これはSAOの中なんだ」
「あ、ごめん」
「ハク――」
俺は、ハクがいるはずの左を向いた。……が、当然といえば当然、そこに銀髪の青年はいなかった。そこにいたのは、黒く長いストレートヘアをもった綺麗な女性プレイヤーだった。
「え……私? なんで」
女性プレイヤーは右手で持った手鏡を呆然と見つめていた。
一瞬、知らない人だろうと考えようとしたが、その女性プレイヤーの装備はさっきまで一緒に話をしていたハクの装備そのものだった。それに、その女性プレイヤーは、左手で俺の服の端を掴んでいた。
「―――もしかして、ハクさん?」
俺がどう話を切り出そうか悩んでいると、マナが俺の右側から顔を覗かせていきなりど直球を投げ込んだ。
「――え?」
ようやく手鏡から目を離し、俺とマナを、そして周囲を見たハクは、ようやくこの状況を掴めてきたのか顔を真っ青にすると、俺の服から手を離し、そのまま百八十度方向転換。勢いよく走り……もとい逃げ出した。
「――追うぞマナ!!」
「うん!!」
俺とマナは急いでハクの後を追った。
幸い、敏捷性でわずかに俺に分があったようで、広場を出てすぐの路地で追いつくことができた。
「まてよハク! 何処に行くんだ!」
犯罪防止コードが発動しない程度の握力でハクの腕を掴む。
「離せ!――私は、お前に嘘をついていた……この世界でたった一人の仲間だったお前に――」
「ハク!!」
俺が大声を出したことでハクはビクッと体を強張らせ、抵抗するのを止めた。
「ハク。俺は……お前が女だって、前から気付いていた」
「……え?」
振り向いたハクは、涙を流していた。そして俺に向かって驚いた顔をしている。――どうして――、と。
「俺は、嘘をつくのと見分けるのが得意なんだ。……β時代、一度だけお前に本当に男かって聞いたことあるだろ? そのときの反応で、わかったよ」
ハクは黙って俺の話を聞いている。が、すぐに顔を背けてしまう。
「だが……結局私が、自分の性別を偽ってお前といたことに変わりはない」
背後からまだ茅場晶彦の声が聞こえてくるが、今の俺の耳には喧騒とかわらない、ただの雑音にしか聞こえなかった。
「ハクが嘘をついて心を痛めているならそれは違うぞ。言い出せなかったのは俺もだ、それに俺、実はβ時代、お前に数えきれないほどの嘘をついているしな……だからなんだ、ハクが――性別がばれたから一緒にいたくないって言うなら俺は諦める。けどな、俺はお前と一緒にゲームをしたい」
なんだか自分がとても恥ずかしいことを言っているような気がして、とてもハクの方を見ることはできなかったのでハクに背を向けてしまう。が、ここまできたら言いたいことは言うべきだろう。
「―――それに、俺はゲーム仲間に性別なんて関係ないと思ってる。俺はハク、お前がさっき俺とマナに付き合うって行ってくれた時、凄く嬉しかったんだ。だから……俺にとっては、お前の性別なんて、たいしたことじゃない」
言いたいことは言った。あとはハクの判断を待つだけだ。
「………」
「………」
「……カノンはずるいな」
黙っていると、とんっ、と背中に少し重みを感じた。薄い装備の上から、暖かさも。
「……私、これで面倒な性格だぞ」
「知ってるよ」
「……じゃあ、嘘ついた分。こんどなにか奢ってもらうからな」
「ああ。そこはしっかり奢らせるんだ……」
なんとかなったな。と背中に伝わる重さと暖かさを感じていると、さっきまで少し離れたところで様子を窺っていたマナが、事態の収束を見てこっちに歩み寄ってきた。
「………じーっ」
「ふぇ!? ま、マナ? いいいつから見てたんだ!」
どうやら今更マナの存在に気が付いたらしいハクが、すぐに俺の背中から慌てて離れ、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「え? 最初からあっちの方にいたぞ」
「うん。最初からあっちにいましたよー?」
「そ、そーゆーことは先に――うぅ……」
ハクがなにをそんなに慌てているのかわからなかったが――
「さて。とりあえず、これで和解ってことでいいな?」
ハクに向かって問いかけると、ハクはまだ顔を真っ赤にしてうつむいていたが―――こくんと首を縦に振ってくれた。
「ありがとう。で、だ。俺は………今から次の街に行こうと思う。『このゲームをクリアすること』それが唯一の生還への道だと茅場晶彦は言っていた。そしてやつのほとんどの言葉に、残念ながら俺は嘘偽りを感じることがなかった―――」
ここで言葉を区切り、二人の様子を窺う。
二人とも何を感じて、何を考えているのか―――見つめ返してくる二人の表情からは読み取れなかった。
暫く沈黙が続いたのち、俺は話を続けた。
「―――だから俺は、やつの言葉を信じてこのゲームを攻略しようと思う。こんなことにした張本人に対して『信じる』とか変な言い方かもしれないが……」
俺がなにか良い言い回しはないかと思考を巡らせていると、不意に、正面の二人が口を開いた。
「私は、カノンに付いて行くよ」
「私もだ。一緒に行くさ。……というか今更そんなこと言わせるな」
「…………そうか」
二人の言葉を、たっぷり数秒かけて理解した俺は、本当かと聞き返そうとしたが、二人のまっすぐな強い意志を含んだ目を見て言葉を飲み込んだ。
―――二人とも強いな……
「じゃあさっそくだが……ここはすぐに人で溢れかえるだろう。効率よく稼ぐためにも、今日中に次の街に移動するぞ」
広場の方はだいぶ混乱しているようで、わめき声や鳴き声も聞こえてきていた。
そんな中、俺たちは広場とは逆の方向へ、街の外へ、次の街へ、その先へと歩み始めた。
まずはじめに、最後まで読んでくださった方々、長い文章に付き合っていただきありがとうございます。
二回目の投稿は一万字超えましたーwww
でも最大四万字だし大丈夫だよね? ちょっと長いくらいですよね?
プロローグから「デスゲーム化する辺りまで」という話だったのですが、多少必要であろう本編部分カットしてもこの長さ。
そして茅場さんの台詞は扱い難しいです……
なにしろあまり使っちゃっうとサイト側にレッドカード貰っちゃうわけですし……だけどカットしたくない大事な場面。
結局半分程度に抑えられたかな? くらいです。はい。
ではまた次回、まえがきで会えることを(原作大量コピーに引っかからないことを)祈って。
俺のスケジュールに休みがあることを(割とマジで)祈って。
さようなら!
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二話 『第一層攻略‐前編‐』
最近忙しくて……
今回いよいよ第一層の攻略会議ですね。アニメで見た方も多いと思われますが、小説の方をメインでやっているので、アニメとは多少違ったりします。
後編も早いうちに作りたいとは思っているんですが……夏休みなのでもしかしたら一気にいけるかもしれません。
空いてる時間を見つけて頑張ります!
世界初のVRMMORPG、≪ソードアート・オンライン≫が正式サービスを開始してからすでに一ヶ月が経過しようとしていた。
俺達三人は≪はじまりの街≫を出たあの日から、最前線でモンスターを狩り、未踏破のエリアに挑み続ける毎日を送っていた。
――2022年12月――
十二月二日の金曜日、俺たちはマッピング中の一層の迷宮区で≪ルインコボルト・スイーパー≫というモンスターを狩っていた。
対面する比較的人型に近いモンスターの斬撃をわざと大振りに回避し、そのまま片手剣単発ソードスキル≪ホリゾンタル≫を発動させ、コボルトの持つ手斧を大きく弾く。
「スイッチ!」
俺がそう叫び、飛び退くと同時、少し下がった場所で待機していたハクが俺と入れかわるように前に出て曲刀単発ソードスキル≪フェル・エレセント≫を発動させる。がら空きになったコボルトの懐を、仄かに赤く光る曲刀が一閃し、コボルトの残り三割ほどのHPを全て削りきる。
コボルトは大きくのけぞると、バシャアッ! と激しいサウンドおよびエフェクトライトを発生させ、幾千ものポリゴン片となって爆散した。
「ナイスキル」
「カノンこそ、グッジョブ」
俺はふぅと肺に溜まった息を吐き出し―――実際に呼吸する必要がないので無意味な動作なのだが、左手に握った両刃片手剣を背中の鞘に仕舞う。前に立つハクも同様に腰に曲刀を納めている。
「二人ともさっすがー」
俺とハクから数メートル離れた位置で戦いを見ていたマナが、敵が爆散したのを見て近付いてきていた。
マナも三十分ほど前までは一緒に戦っていたのだが、今日はもう疲れたと言ったので、俺とハクが下がって戦闘を見ているように勧めたのだ。
この≪SAO≫では肉体的疲労こそ存在しないものの、その反面精神的疲労は目に見えて溜まる。毎日死と隣り合わせの戦闘を繰り返しているのだから当然といえば当然だが―――ただでさえ、俺とハクに比べればまだVRMMORPG自体に慣れていないマナが俺たちより先にへばることは至極当然のことだった。そして俺達はおおよそそれを目安に帰路につくことにしている。
「じゃあ、そろそろ帰るとしようか」
「そうだね。ちょうど今からなら会議にも間に合いそう」
ハクの言う会議とは、このデスゲームがはじまってから約一ヶ月が経つ今日の夕方、一層で迷宮区に最も近い町≪トールバーナ≫でようやく開かれる一回目の≪第一層ボス攻略会議≫のことだ。
「んーっと、ボス攻略会議、だったよね。私たち以外にもたくさん人が集まるんだよね! 楽しみだなあ」
楽しみ。その言葉を俺は複雑な気持ちで聞き流した。
この一ヶ月の間にSAOプレイヤー一万人の内、約二千人がこの世界から消滅した。しかもベータテストでは千人のプレイヤーが二ヶ月で十層まで辿り着いたのに対し、このSAOでは一ヶ月でまだ一層も踏破されていないのが現状だ。
その背景には当然、一度死んだら実際に命を落とすという過酷な状況下、その死を恐れて動けないプレイヤー、慎重になるプレイヤー達が多くいるのだろう。その人達を責めるつもりはない。しかし今現在、最前線で動いているプレイヤーの数は通常のゲームと比べ物にならないほど少ない。
今俺たちがいるここは、最前線のプレイヤーが一つのエリアに集まることになる迷宮区で、いくら広いとはいえその限られた空間の中でほとんどプレイヤーと遭遇しないのがその証拠だ。
「マナ、私たち以外にプレイヤーが集まらなかったら、会議にならないからね?」
「……それもそうか!」
「馬鹿言ってないで、早く帰るぞ」
「ま、待ってよー!」
果たして、ボス攻略を行えるだけの人数が集まるかどうか。
俺は二人と離れ過ぎないように歩幅と歩くスピードを調整しながらも、二人を置いて行くようにして迷宮区の出口に足を進めた。
「お腹すいたぁ……」
≪トールバーナ≫の町に着き、視界に【INNER AREA】という紫色の文字が浮かんだのを捉えた――次の瞬間、後ろを歩いていたマナが俺の腰上あたりに手をまわしてきた。ちょうど後ろから抱きつかれるようなかたちでもたれかかられる。
燃料切れか。と、多少は労いの意味も込めて背負ってやろうかと考えたが、すぐにこの世界では無理だということに気が付く。今の俺、というかこのアバターにそんな筋力パラメータはまだないのだ。
「マナ、せめて飯あるところまで頑張れ」
「いいじゃんちょっとくらい……けち」
誰がけちだ。と言う前にマナは俺から離れ、前に進み出てきょろきょろと周囲を見回しはじめる。
「攻略会議まで時間ないんだし、間食ならそこら辺の屋台で済ませ―――」
しかしマナは俺の提案など聞く耳持たずで、今日はあそこのお店にしよう! と言って攻略会議が開かれる広場とは違う方向に走っていってしまう。
「――ようぜ……って、まったくあいつは」
「相変わらず、仲良いね」
俺は、小さくため息をつき、そうか? という言葉を後ろにいるもう一人の連れに視線で投げかける。
そこにはやや困ったように笑っているハクがいた。視線が交差すること数秒、はっとしたような表情を浮かべ、次いで顔をやや赤くした後に明後日の方向へ顔を背けた。
「……なんだよ」
「なんでもない!」
ハクは顔を背けたまま、俺を追い抜いてマナの後を追っていってしまう。
「なんでもないならいいけど……」
最近、ハク挙動が理解できないときがある。
まあ、もともと勝負事以外で相手の考えや行動を読むのは苦手なのだ。それはしょうがないと昔から割り切ってはいるのだが、なぜか気になってしまう。
―――でもまあ、あーいう態度のやつは昔に何人か見たことあるな。そのときも結局何もなかったし、大丈夫か。
本当は何もなかったのではなく、何か起こる前に別れたという方が正しいのだろうが、俺はその違いを自覚しつつも、意識的に直すことはしなかった。
小走りでマナを追いかけるハクの後ろ姿を見ながら俺は、もうしばらく様子を見ることにしようと結論付け、二人を見失わないように急いで後を追った。
NPCレストランで間食――の割にはしっかりした食事を終えた俺たちは、会議が開かれるはずの広場に向かっていた。
「ハクアさん的にはどうでしたか?」
「正直あまり、もうちょっとなんとかならないかなって思っちゃうよね」
「ですよね! ……上の層に行けばマシになったりするんですかね?」
「私が実際に食べたわけじゃないけど、前の時に、上るほど質の良いものになったって話は聞いたことあるよ」
「そうなんですか? それなら上の層での出会いに期待しましょう!」
「そうだね。今度アルゴさんにも聞いてみようか」
「あー。俄然早く上の層に行きたくなってきましたよー」
俺の前方を歩く二人の女性の会話の内容は、残念ながら俺が期待するような、VRMMORPGならではものではない。
「あとは料理スキルっていうのがあって、自分で作れたりするの。美味しいものを作るには頑張って熟練度を上げなきゃいけないけど」
「え!? そんなスキルもあったんですか? ……私とろうかな」
そう。彼女たちはレストランを出てからずっと料理の話をしているのだ。
―――まあ確かに、マナもハクも年頃の女の子なのだからその会話の内容は概ね正しい。はずなのだがここはSAOという仮想世界なわけで……
男の俺には、二人がそこまで旨い料理に拘る理由が今のところわからないでいた。
当然、旨いものがあるならばそちらを食べたいし、まずいものは食べたくない。だがアルゴから情報を買うほどか………
「でも、まだスキルスロット三つしかないんじゃない?」
「そうなんですけど、私、短剣スキルと隠蔽スキルとってるだけで、まだ一つ枠空いてるんですよ!」
マナがハクに――何に勝ったつもりなのかVサインを向けているのを見て、嫌な予感がした俺は、ここ数分閉じていた口を開いた。
「おいマナ、まだ三つしかないスキルスロットを趣味に使ったりするなよ?」
「えぇー! いいじゃん! カノンだって美味しい料理食べたいでしょ? いつもみたいに私が作ってあげるって」
「後々とるのは構わないけど今は攻略で忙しいんだ、少ない枠なんだから実用的なスキルをだな……」
「……でも他に使いそうなスキルないよ?」
「あるだろいくらでも。俺が使ってる索敵とか投擲はどうだ? 結構汎用性高いぞ」
「索敵と投擲はカノンが使えるからいいもん」
どういう超理論で、仲間が使えるから自分はいい。という結論に達したかは俺には理解できなかったが、とりあえず俺と一緒に行動している分には同じスキルを取る必要はないと考えているのだけは理解できた。
「お前な、別に四六時中一緒ってわけじゃないだろ」
「似たようなもんじゃん! 宿も一緒だし!」
「それは―――確かにそうだが………」
それはお前らのせいだろ! という文句をどうにか飲み込み、どうやってマナを説得しようか悩んでいると、俺とマナの会話の途中からまたなにやら考えている様子だったハクが先に口を開いた。
「いいんじゃないかな?」
「やったあ!」
ハクの言葉に今度はガッツポーズをとるマナを見ながら俺は、もうそれはそれでいいかと、意外と抵抗なく受け入れている自分がいて内心驚いた。
「………ま、多数決なんだし。しょうがないか」
俺たちのパーティーでは、基本的な決め事は多数決で取り決めることになっている。
つまりこういった事例では、必然的に女二人男一人でこちらの意見が相殺されてしまうことが多い。思い返せば、宿屋で一緒に泊まることを多数決で決定されたときに、このシステムにもっと文句をつけておけばよかったかもしれないが……おかげで、宿の中だというのに部屋にこもらなければまともに休めない日々が続いている。
だがまあ確かに、このままのパーティーでこの先行くのならば、マナが料理を覚えると経費削減にはなると思う。ここは将来的にためになる選択をしたということにしておこう。
俺が前向きに考えをまとめていると、大通りの角を曲がったところで正面に目的地の広場が見えた。
「ここかな?」
「「ああ。ここだ(ね)」」
俺たちは目的地だった噴水広場に歩を進めた。ちらりと時刻を確認すると午後三時五十分。会議は午後四時からだと聞いているので、もうそこそこ人がいるものだと思っていたが―――
「結構少ないな」
「そう……だね」
広場に集まっている人数はざっと二十五、六人。今来た俺たちを含めても三十人にも満たない。少ないだろうとは予想していたがこの人数には少なからず驚かされる。
SAOでは一パーティーが最大六人。それを八つまで束ねて計四十八人で連結パーティーを作ることができる。さらにベータテストのときは、レイドを二つ作って交代制にするのが理想とされていた。
それを踏まえると、この人数はあまりにも少ないと感じざるを得ない。右側にいるハクアも俺と同様の反応を示していたが、左にいるマナは違った。
「そうなの? 私は≪はじまりの街≫以外でこんなに人が集まったところ見たことがないけど」
「たしかにこのSAOじゃ俺もそうだな。……とりあえずどこか座ろうか」
既に人がいる場所を避け、少し集団と離れたところに移動する途中、同じく集団から離れた位置に座っている金髪の男の姿が目に入る。
かなり目立つ男だった。金髪だけでも今のSAOでは目立つというのに、図体がでかく、座っているためわかりにくいが、身長も百八十はあるだろう。
武器は外しているようだが、着ている装備に金属系の類がほとんど見られない。
―――あの装備―――
「………先に座っててくれ。ちょっと知り合いをみつけたかもしれないから確かめてくる」
「わかった。会議が始まるまでには戻ってね」
「いってらっしゃーい」
二人に見送られ、少し離れた位置に座っている金髪の男に向かっていく。
「―――ナギサ」
男とはまだ数メートル離れてはいるが、男にだけ届くであろう音量で名前を呼ぶと、予想通り、男は呼びかけに反応して背後にいる俺の方に顔を向けた。
「―――カノンか」
振り向いた相手の金髪と同色の瞳には全くもって見覚えはないが、そこにいるのはたしかにベータ時代、最前線で俺に毎日のようにデュエルをしかけてきた迷惑この上ないプレイヤー。ナギサという男だった。
ベータテストで早くに知り合った俺とナギサは、互いの戦闘スタイルが良く似ていること、そして装備の選び方も似ていることで意気投合した。が、唯一違ったのが衣服装飾類のカラーで、俺は青や紺を主体にしていたが、ナギサは赤や黄色のような派手な色を好んだ。その結果どうしてか「この装備は赤色が一番だから青にしているお前は許さん!」などと文句をつけられ、頻繁に理不尽なデュエルに付き合わされていた。
俺が顔を知らない金髪に話しかけたのは、彼の装備があまりにも記憶にあるナギサの装備と酷似していて、さらに今現在の俺の装備とほとんど同式だったからだ。もしやと思い、俺は背後からベータテスト時代の名を呼んで確かめるという行動をとったのだが。
こっちの名前を呼んだということは、向こうも俺を見て同様の答えに至ったということだろう。俺はその判断力と推察力に賞賛を送るつもりで両手を何回か叩いた。
「御名答。―――久しぶりだな。ナギサは相変わらずソロでやってんのか?」
「見ての通りだ。それと今はナギだ」
「了解。でもなんでサとったんだよ」
「……お前は一人か?」
どうやら答えてはくれないらしい。
「連れが二人いる」
隠しても仕方がないことであり、第一隠してもすぐばれることなので正直に話すと、ナギサ――ではなくナギはさして驚いた様子もなく、そうか、と答えた。
「……俺が組んでるのに驚かないんだな」
「前の時も、途中からパーティー組んでただろ」
「まあ、確かにな」
ナギの言う通りベータテスト時代、俺は後半の攻略ではハクとパーティーを組んでいる時間が長かった。それ故ベータテスターの間でも俺を≪ソロプレイヤー≫として見るものはかなり少ないのだろう。
「……なあナギ、突然声かけてこれまた突然なんだが……もしボス攻略の話になったら、一時的にパーティーを組まないか?」
ナギは値踏みするかのように俺の鋭い視線をよこしたが、すぐに俺の表情から何を感じ取ったのか小さくため息をついた。
「はぁ………そっちの連れは大丈夫なのか」
「大丈夫だ。それに連携しろなんて言わないし、俺たちの場合実際そっちの方がいいからな。単なる数合わせだ」
「勝手にしろ」
突き放すような言葉だったが、俺はその中に込められた承諾の意志をくみ取った。
「じゃあお言葉に甘えて、勝手にさせてもらおう。俺は連れのとこに戻るから、もし自由にパーティー組むって話になったらよろしくな」
「ああ」
「ただいま」
「おかえりー。知り合いってあの金髪さん?」
「ああ。そうだ」
と言いながら、マナは自分とハクの間に空いているスペースをぽんぽんと叩いた……そこに座れということだろう。わざわざ間を開けなくてもよかったのに―――
座ってから周囲を見回すと、数分前よりは人が集まってきているようだった。その中には何人か知った顔もいる。
「前によく世話になってたやつだ。ナギって言うんだ……考えてる通りの人物だがそんな嫌な顔するなって」
俺がナギの話をすると、ベータ時代俺が散々デュエルを挑まれていることを知っているハクはあまりいい顔をしなかった。
「私、あの人は少し苦手だなぁ」
「ハクアさんが苦手な人かー、どんな人だろう……」
勝手にパーティー組もうぜって話をしたなんて言ったら怒られそうだなあ、なんて考えていると、広場の中央からパン、パンと手を叩く音と共に、よく通る叫び声が聞こえてきた。
「はーい! それじゃ、五分遅れだけどそろそろ始めさせてもらいます! みんな、もうちょっと前に……そこ、あと三歩こっち来ようか!」
声を発した男は金属装備が多くみられる長身の片手剣使いだった。鮮やかな青い長髪が印象強い片手剣使いは、広場中央にある噴水の縁に助走なしに飛び乗った。
振り向いた片手剣使いを見て、プレイヤーの一部が小さくざわめいた。まあ気持ちはわかる。噴水の縁に立つ片手剣使いはかなりのイケメンだった。
「今日は、俺の呼びかけに応じてくれてありがとう! 知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな! オレは≪ディアベル≫、職業は気持ち的に≪ナイト≫やってます!」
噴水近くの一団がどっと沸き、口笛や拍手、囃し立てる声が聞こえる。
―――俺の左右を陣取っている女性二人はほどんど反応なしだが。
「……職業ってなに?」
「意味合い的には現実と変わらないな。だけど戦闘関連の職業は今のところ確認されてないから、気持ち的にって言ってただろ?」
「………うん?」
「………わからないなら職業なんてないと思っとけ。あっても戦闘とは関係ない鍛冶屋とか料理人とかだけだ」
と俺が説明し終えたところで、再びディアベルが口を開いた。
「さて、こうして最前線で活動している、言わばトッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由は、もう言わずもがなだと思うけど………今日、オレたちのパーティーが、あの塔の最上階へ続く階段を発見した。つまり、明日か、遅くとも明後日には、ついに辿り着くってことだ。第一層の……ボス部屋に!」
どよどよ、とプレイヤーがざわつく。どうやら彼らのパーティーが最も進んでいるとみて間違いなさそうだった。このどよめきは、もうそんなにマッピングされているのか、と驚いているプレイヤー達からくるものだろう。
「へぇー、もうそこまで進んでたんだ」
「誰かさんが寄り道ばかりするから、私たちはまだ十七階に上がったばっかりなのにねー」
マナはディアベルたちの進み具合に感心しているようだが、一方のハクは俺の方を見ながら不満げな物言いをしてきた。
「まあ、そんなもんだろ。だいたい予想通り……どっちかというと、他の奴らが少し遅いくらいだな」
俺たちのパーティーは、俺の意向により各階の完全マッピングを次の階に進む基準としている。よって階を進むスピードは他のパーティーより遅いのは当然、本来なら倍に近い差がついてもおかしくないような攻略法なのだ。それなのに実質差は二十階あっての丸三階程度。これはかなり遅かった、と見るべきだろう。
それもまあ、デスゲームと化した今なら、どのプレイヤーも少なからず慎重に進む筈なので仕方のないことなのかもしれないが―――
と、物思いに耽っていたが、ふと広場の中央からディアベルではない声が聞こえることに気が付いて、俺は意識を広場中央に戻した。
「わいは≪キバオウ≫ってもんや」
いがぐり頭の小柄だが体格のいい男が噴水の前まで出て自己紹介をしていた。あんな髪型の人が本当にいるんだな、などとどうでもいいことを考えていたが――
「こん中に、五人か十人、ワビぃ入れなあかん奴らがおるはずや」
俺はその言葉に含まれる意味を理解し、少し意識を切り替えざるをえなくなった。
「ハク、大丈夫だとは思うが、なにも言うなよ」
「――え?」
ほぼ口を動かさずに発した俺の言葉に反応して、ハクが俺の方を向いたのを視界の端で捉えながらも、恐らくこのあとキバオウが発するであろう台詞に対しての対処を考える。
「詫び? 誰にだい?」
ディアベルの質問に、キバオウは憎々しげに吐き捨てた。
「はっ、決まっとるやろ。今までに死んでった二千人に、や。奴らが何もかんも独り占めしたから、一ヶ月で二千人も死んでしもたんや! せやろが!!」
途端、他のプレイヤーたちもようやくキバオウの言わんとしていることを理解したのか、わずかにざわめいていた四十人近いプレイヤー達が押し黙る。先程とは打って変わって静かになった広場に、NPC楽団の奏でる夕方のBGMだけが流れる。
「――キバオウさん。君の言う≪奴ら≫とはつまり……元ベータテスターの人たちのこと、かな?」
ディアベルが初めて厳しい表情を見せ、確認した。
「決まっとるやろ」
キバオウは背後のディアベルを一瞥し、その言葉を即座に肯定して話を続けた。
「ベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日にダッシュではじまりの街から消えよった。右も左も判らん九千何百人のビギナーを見捨てて、な。奴らはウマい狩場やらボロいクエストを独り占めして、ジブンらだけぽんぽん強うなって、その後もずーって知らんぷりや。……こん中にもちょっとはおるはずやで、ベータ上がりっちゅうことを隠して、ボス攻略の仲間に入れてもらお考えてる小狡い奴らが。そいつらに土下座さして、貯め込んだ金やアイテムをこん作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし預かれんと、わいはそう言うとるんや!」
言葉を聞き終えると、俺は心の奥で舌打ちした。
別にキバオウが間違ったことを言っているとは思わない。事実俺たちベータテスターが効率的に狩りやクエストを行っているのは間違いない。しかし――
キバオウの横顔を見つめながら、再び物思いに耽っていた俺の意識は、左肩になにかが当たったことで戻された。左を見ると、俺の左肩にハクが頭を預けていた。
俯きがちに前を見つめているハクにかける言葉が見つからなかった俺は小声で、大丈夫だ。と言って、少し躊躇いながら、近くにあったハクの右手を左手で包み込むように握った。
手が触れた瞬間、ハクがぴくっと身体を動かしたが、しかし何も言わずにそのままでいた。
大丈夫だという言葉にさしたる根拠はないが、俺はこの状況はいつまでも続かないと考えていた。誰も名乗り出なければ、ベータテスターを他のプレイヤーと区別することは難しい。そんな状況で仲間に対する不信が募る状況が続けば、ボス攻略などできるはずもない。
あのディアベルというプレイヤーは、おそらくなんらかしらの手を打ってくるだろう。要は妥協点を見つけるのだ。その役目は今この場を取り仕切っているディアベルにしかできないが、俺はこの数分の彼の言動を見聞きして、彼はそれをできる人間だという評価をしていた。
「発言、いいか」
そこまで考えたところで、俺らがいるのとは反対側から立ち上がるシルエットが見えた。
褐色の大男だった、身長百九十はあるだろか、体格もよく、スキンヘッドなのも特徴だ。果たして日本人なのだろうか? と思わず考えてしまう風貌で、背中には両手用戦斧を背負っている。
「俺の名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ、その責任を取って謝罪・賠償しろ、ということだな?」
「そ……そうや」
威勢の良かったキバオウだが、エギルの巨漢をみて一瞬気圧されたようだった。しかしすぐに前傾姿勢に戻り、エギルに対して叫んだ。
「あいつらが見捨てへんかったら、死なずに済んだ二千人や! しかもただの二千ちゃうで、ほとんど全部が、他のMMOじゃトップ張ってたベテランやったんやぞ! アホテスター連中が、ちゃんと情報やらアイテムやら金やら分け合うとったら、今頃ここはこの十倍の人数が……ちゃう、今頃は二層やら三層まで突破できとったに違いないんや!!」
だからこそ、ではないのだろうか。
キバオウの言っていることは正しく聞こえなくもない。しかし明らかに事実に対して楽観的ともいえる希望的観測とベータテスターに対する憎悪が上乗せされて発言を肥大化させている。だからこそ周囲の賛同を得ることも、逆にこちらから言葉で納得させるのも難しいのだが……。
「あんたはそう言うが、キバオウさん。金やアイテムはともかく、情報はあったと思うぞ」
そういうとエギルは、腰につけた大型のポーチから羊皮紙を綴じた簡易な本アイテムを取り出した。表紙には、丸い耳と左右三本ずつのヒゲを図案化した≪鼠マーク≫。
「このガイドブック、あんただって貰っただろう。ホルンカやメダイの道具屋で無料配布してるんだからな」
あの簡易な本は間違いなくSAO唯一の情報屋、≪鼠のアルゴ≫が製作販売している≪エリア別攻略本≫の一冊だ。俺たちも含め多くのベータテスターは、あの本を一冊五百コルという値段で買っている。アルゴはその売上金で、新規プレイヤーたちに無料配布をしているということを、その新規プレイヤーの内一人がパーティーにいることもあり俺は知っていた。
「――――貰たで。それが何や」
エギルは攻略本をポーチに戻し、腕を組んで言った。
「このガイドは、オレが新しい村や町に着くと、必ず道具屋に置いてあった。あんたもそうだったろ。情報が早すぎる、とは思わなかったのかい」
「せやから、早かったら何やっちゅうんや!」
「こいつに載ってるモンスターやマップのデータを情報屋に提供したのは、元ベータテスターたち以外には有り得ないってことだ」
プレイヤーたちが一斉にざわつく。キバオウはぐっと口を閉じ、その背後でディアベルが納得したように頷く。
「いいか、情報はあったんだ。なのに、たくさんのプレイヤーが死んだ。その理由は、彼らがベテランのMMOプレイヤーだったからだとオレは考えている。このSAOを、他のタイトルと同じ物差しで計り、引くべきポイントを見誤った。だが今は、その責任を追及してる場合じゃないだろ。オレたち自身がそうなるかどうか、それがこの会議で左右されると、オレは思っているんだがな」
エギルの態度は至極堂々としており、またその主張もこの上なくまっとうなものだった。それゆえにキバオウも押し黙っている。
すると噴水の縁に立ったままだったディアベルがもう一度頷き、口を開いた。
「キバオウさん、君の言うことも理解できるよ。オレだって右も左も解らないフィールドを、何回も死にそうになりながらここまで辿り着いたわけだからさ。でも、そこのエギルさんの言うとおり、今は前を見るべき時だろ? 元ベータテスターだって……いや、元テスターだからこそ、その戦力はボス攻略のために必要なものなんだ。彼らを排除して、結果攻略が失敗したら、何の意味もないじゃないか」
俺はディアベルの言葉に、今までになかった些細な違いを感じた。それは説明できるようなことではなく、それ以前に、俺自身が何故違うと思ったのかもよくわからないのだが、しかし確かになにかが違うと感じた。ということはつまり―――ディアベルは今、俺が細かな判断を付けられないほど巧みに嘘をついた。ということだろう。
「みんな、それぞれに思うところはあるだろうけど、今だけはこの第一層を突破するために力を合わせて欲しい。どうしても元テスターとは一緒に戦えない、って人は、残念だけど抜けてくれて構わないよ。ボス戦では、チームワークがなにより大事だからさ」
この言葉に嘘はない……か。
ディアベルはそう言うと広場をぐるっと見回し、最後にキバオウと向き合った。ディアベルとキバオウはしばし視線を交差させていたが、やがてふんと鼻を鳴らし、キバオウが視線を外した。
「…………ええわ、ここはあんさんに従うといたる。でもな、ボス戦終わったら、キッチリ白黒つけさしてもらうで」
それだけ言い残してキバオウは元居た場所に引っ込み、エギルもまた、これ以上言うことはないと両手を広げ、座っていた位置に戻った。
会議と言ってもボスがわからないどころか、まだボスの部屋に辿り着いてもいない状態なので、内容のない会議だったと言わざるを得ない。その後の会議はディアベルの前向きな掛け声と、それに応じる参加者の盛大な雄叫びで締めくくられた。
「それじゃ、解散!」
ディアベルの一言で一斉にプレイヤー達が広場から散っていく。
ふと、左肩にかかっていた僅かな重みと、触れていたはずの手の温もりが消えた。
「じゃあ、帰ろう二人とも」
何事もなかったかのように立ち上がったハクが、両手を高く上げて背筋を伸ばしている。俺も、そうだなと言って立ち上がる。追ってマナも立ち上がったのだが――
「今日の夜ご飯はどうするの?」
その言葉に、俺は会議前にNPCレストランで食べた料理を思い出す。
「なに言ってんだ。会議前に食べただろ」
そういうとマナは首をかしげ、次いで俺に人差し指を伸ばして
「あれは間食だよ!」
と言ってのけた。それもかなり真面目な顔で。
「……さいですか……」
彼女の胃袋は一体どうなっているんだろうか? と思ったのだがSAOの中なので入れようと思えばいくらでも入るのかもしれないと思い直し、俺はそれ以上考えるのを止めた。マナの奇行は今に始まったことではないのだ。
マナのことをハクアに任せ、俺は一人先に街の北側に位置する宿――もといとあるNPCハウスの二階に帰宅した。
俺は帰宅するなりリビングとして使われている大部屋を横切り、奥の小部屋に直行する。ドアを開けて小部屋に入ると、しっかりドアを閉めてから外出用の装備を全て外し、ものの一秒で薄手のシャツと膝上まである長さのハーフパンツだけの姿になる。
俺はいつもの時間にアラームを設定し、部屋に備えられているベッドに俯せにダイブした。
小部屋といっても六畳ほどもある立派なこの部屋は、一応俺に割り当てられた部屋……いわばプライベートルームだ。
とはいえ、パーティーメンバーでありここの宿を共有で借りているマナとハクには、ロックをかけようがドアを開けられてしまうので、結局プライベートもなにもないようなものだが。
ごろん、と仰向けになり薄暗い部屋の天井を見つめながら、今日一日を振り返る。
やはり会議での出来事が気になるが、ああいった問題が起きるのは二人を連れてはじまりの町を出た時から想定していたことだ。それに、対策も考えていなかったわけではない。
しかし、未だにベータテスターと新規プレイヤーの根本的な溝を埋められるようなアイデアは俺にはなかった。できれば大事になる前に、落ち着くところに治めておきたい話ではあるのだが――いかんせん両者が納得する条件を探し出せない。そもそもそんな都合の良い条件があるのかどうか………
目を瞑り、静かに思考を巡らせていると、徐々に意識は闇に落ちていった。
ふと、暗闇の中目が覚めたので目を動かし時刻を確認すると、二十二時五十八分。宿に着いたのが十八時十四分だったので、およそ四時間半は寝た計算になる。
俺は体を起こし、まだ完全には目覚めていない頭を動かしながらこのあとの予定を確認する。と同時に四時間半前に外した装備を順番に全て装備していく。
「今日は――迷宮区から東側にある未踏破エリアのマッピング――とその近くの森で受けられるっていう討伐クエストの内容確認、できそうなら受注してクリア。ってとこか」
声に出して予定を確認すると、段々と意識がはっきりしてきた。そして二十三時になると、俺にしか聞こえない初期設定のままのアラーム音が耳に入ってきた。
アラームを止め、完全装備になった俺は、音をたてないよう慎重に大部屋に繋がるドアを開けた。
既に二人も部屋で寝ている時間なので、いつも通りこの時間大部屋には誰もいないはずなのだが、万が一ということもありうるので慎重に大部屋を見回す。誰もいないことを確認すると、俺は素早く大部屋を横断し宿を出た。一階に繋がる階段を静かに下り、NPCハウスから街道にでた瞬間に小さく息を吐く。
本当ならこんなコソコソしないで出ればいいと思うのだが、夜な夜な独りでフィールドに出ているのがばれると心配されそうだし、なによりあの二人のことだ、一緒に行くと言い出しかねない。
朝から夕方までフィールドに出ているのに夜まで狩りをしていては、たとえ十分な安全マージンをとっていてもミスは増えるだろうし、その小さなミスが命取りになることだってあるのだ。二人にはせめて十分な睡眠をとってもらいたい。そのためにも、俺がこうして深夜に宿を出ていることは隠しておいた方が良い。
俺は、昼間はつけていないロングコートをオブジェクト化し、通常装備の上から羽織ると、ロングコートに付いているフードを浅く被って夜のフィールドへ向かうため街道を歩き出した。
翌十二月三日の午前六時前。俺は無事にマッピングとクエストクリアを果たして街に帰ってきていた。
「今日は宿に着くの六時過ぎそうだな……」
マナとハクアの起床時間が六時、今日のように帰るのが六時を過ぎてしまい、どこに行っていたか聞かれたときは大方、早くに目が覚めたので起きて朝の散歩をしていたということにしている。
今回のクエストクリア報酬に気になるモノが混じっていたため、アルゴと会いマップ情報を提供した際に少し話込んでいたら予定より遅くなってしまった。
その報酬どう処理したものか悩みながら宿に帰るべく町をぼんやり歩いていると、背後に視線を感じた。
意識的な視線。しかも数秒経っても視線が外れないため、俺は気になって振り向いた。瞬間――。
「お兄ちゃんっ!」
「なっ……!?」
なにかを認識する間もなく腹部に衝撃が走り、そのまま仰向けに倒れ込んでしまう。
お兄ちゃん?
ドスン、ガンと、背中と頭を強く石畳の上に打ち付けた衝撃に、防止コードがあるためダメージはないとわかっていてもつい目を瞑ってしまう。
「なんだよ急に……」
目を開くと、俺の上に跨っているプレイヤーが見えた。黒いロングコートに身を包み、フードで顔を隠しているため小柄だということしかわからない。
「よっ! 久しぶり元気にしてたか? カ・ノ・ン」
素性の知れない――体格と声的には女性のプレイヤーにお兄ちゃんと呼ばれ、タックルされたかと思いきやそのままマウントポジジョンをとられ、さらに言葉から察するにどうやら知り合いで、こっちの名前も知っているらしいという意味のわからない急展開に、コンマ幾秒か思考が停止する。
珍しく咄嗟に言葉が出ず、思考が正常に戻っても状況を打破する解決策が見つからない。しょうがないのでドストレートに聞くことにした。
「……誰だ?」
すると、俺の上から退こうとしないプレイヤーはフードの奥で笑みを浮かべると、さっきとは打って変わった声色で返事をした。
「悪かったよ、これでわかるだろ?」
――聞いたことある声だな。
と思った俺の上からようやく退いたプレイヤーは、俺に手を伸ばしてきた。
そして、気が付く。
女性と間違えられるような体格、黒一色に包まれた装備、それからさっきの聞き覚えのある声――。
俺は上体を起こし、差し出された手を掴んで立ち上がった。
「リロ………あまり驚かせるなよ」
「悪かったって……てかそれはそうと今まで何処で何してたんだよ! 捜しても見つからないし、あの日は三十分まってあげくの果て来なかったしー!」
リロの言い分はもっともだろう。初日はもとより、それ以降一度も会えていなかったのだから尚更言いたいことはあるだろう。
初日に会えなかったのは待ち合わせを明確にしていなかった俺にも責任があると思い、軽く謝ってから弁明をする。
「悪かったな。他の待ち合わせを先に済ませてたら街に戻るのが遅れてさ、それから探したんだが見つからなくて」
「他の待ち合わせ? ハクアか?」
一瞬、何故わかったのか疑問に感じたが、よくよく考えてみれば当初のSAOで俺がわざわざ待ち合わせをするプレイヤーなど片手で数えるほどしかいなかった。
「そうだ。本当なら間に合うはずだったんだが、ちょっとイレギュラーな出来事があってな」
仮にイレギュラー、マナのSAO参戦がなくても会えなかった可能性は十分にあるが……。
「なんだよそのイレギュラーな出来事って……」
「まあ、それは追々説明するさ」
そこでふと、時刻が六時を過ぎていることに気が付く。
――これ以上なにも連絡なしに遅れるとマズイな――
俺は遅れるよりは事情を説明して宿に帰った方が良いと判断した。
「立ち話で済ませるつもりないだろ? 俺はこれから宿に戻って朝食にするんだが、まだ朝食にしてないっていうなら奢るから、続きは今俺が泊まってる宿で話そうぜ」
「お……おう。わかった」
リロの返事を聞いた俺は、さっそくマナに知り合い(男)に会ったこと、これから一緒に宿に行って朝食を済ませながら暫く話をしたいという旨が伝わるように打ち込み、メッセージを飛ばした。
「ここから歩いて十分もかからない。じゃあ行こうか」
「おう!」
リロを連れて宿に向かいながら俺は、今度はハクに向けてのメッセージを打ち始めた。
宿のドアを開け、大部屋に誰もいないことを確認してからリロを部屋に通す。
先にメッセージで知らされていた通り、二人は出かけているようだ。
リロを椅子に座らせてから俺は、さっき帰り道にあった店で買った市販のサンドウィッチをオブジェクト化する。それから机を挟んでリロと対面する椅子に座る。
目の前に現れた明らかに二人では食べきれない量のサンドウィッチの山から一つを取り、口に含みながらリロとの会話を再開する。
SAOに閉じ込められてから今までのこと、他愛もない雑談から、情報交換まで、会っていなかった一ヶ月分を埋めるかのごとく会話は続いた。
「もうそんなにマッピング終わってんのか」
「一人じゃないし、今や一日中SAO内にいるしな。それで……憶えてるかな? ここから東にある森の討伐クエの報酬なんだが―――」
今朝発見した新しい情報をリロに教えてやろうとした時だった。ガチャッとドアが開く音と共に、元気のいい声が部屋に通る。
「たっだいまー!」
はっとしてドアの方に視線を向けると、そこには宿に帰ってきたマナの姿があった。後ろにはハクの姿も見える。
「ねぇねぇカノン、今日から色々作るから実験台に――って、え?」
咄嗟に時刻を確認すると七時三十四分――どうやら一時間以上も話し込んでいたらしい。
帰ってきたマナはリロと目を合わせて固まってしまっていた。リロも同様にマナと目を合わせたまま固まっている。
「あー、………とりあえず紹介するよ。こいつが――」
俺がとりあえず説明しようと口を開くと、言葉の途中でマナとリロが同時に叫んだ。
「「誰その女の子は!?」」
「こっちは女じゃねえ!!」
五分後――ようやくその場は落ち着き、俺は再び椅子に腰かける。
「じゃあ、改めて紹介するけど」
なぜか俺が座っている椅子の左右に立って腕組みしたまま陣取っているマナとハクだが、今はもう細かいことはどうでもよかった。正面に手を向ける。
「彼がリロ。俺の中学時代の同級生で、ベータ時代はパーティーこそ組まなかったものの、よく情報交換したりしていた。レイドパーティーは頻繁に組んでいたし……マナは初対面だと思うが、ハクはベータ時代にアバタ―姿ではあるが何回か話したことあるぞ」
で、と一呼吸置いてから今度は右に手を向ける。
「彼女がマナ。俺の幼馴染でSAOは正式サービスから、はじまりの日からずっと俺のパーティーメンバーの一人として一緒に行動している」
再び一呼吸置いて、最後に左に手を向ける。
「彼女がハクア。お互いに性別のことについては、事前に知っていることも知られていることも伝えたから大丈夫だとは思うが……ハクはベータ時代の俺のパートナーで、今も俺とマナと三人パーティーで行動している」
「はじめまして。よろしくお願いしますリロさん」
「リロ、改めてよろしく頼む」
「はじめまして。紹介された通りカノンの中学の友達でベータ出身、よろしくな」
俺が紹介を終えると、最初は警戒気味だったマナやハクもいつも通りに戻ったようで、三人ともしっかり挨拶していた。
俺は誤解が解け、打ち解けてくれた様子を見て脱力する。当然はたから見てもわからないようにだが。
「悪いがリロ、そろそろ俺らはフィールドに出るつもりなんだ」
一緒に付いてくると言い出しかねないリロに目で、帰れ。と訴えかける。
「ちっ……分かった。会議でな」
どうやら伝わったらしく、リロは大人しく引き下がってくれた。
「ああ。じゃあまた攻略会議で会おう」
リロは不満げだったが、そのまま再びフードを被ってドアの向こうに消えて行った。
その日の夕方に再び開かれた会議で、ディアベルは自分らのパーティーがフロア最奥のボス部屋に続く二枚扉を発見し、さらにはその扉を開けボスの顔を拝んできた。ということを誇らしげに報告した。
そしてもう一つ、街のNPCショップでアルゴの攻略本・第一層ボス編が委託販売されていたのが会議中に見つかり、その結果、ベータ時代のボス情報が会議参加者全員に知れ渡った。
――だがこの本によって、アルゴは元ベータテスターではないかという疑惑をよりいっそう高めることになるだろう。
ことの重大さを理解していないマナは「さすがアルゴさん」とか言いながら攻略本をぱらぱらと読んでいるが、ハクは攻略本を見つめながら心底心配そうな顔をしていた。
「アルゴ、大丈夫かな……?」
「………今は信じるしかないだろ。それに――」
俺が見つめる先にいるディアベルは、しばし考え込んだ後、持ち前のリーダーシップを発揮し、アルゴの情報について今は詮索しないという方向で会議に参加している面々を納得させた。
「……流石だな」
ひとまずは大丈夫そうだと、俺とハクが内心ほっとしたところで、ディアベルはいよいよボス攻略にあたってのパーティーを組んでくれ、と指示を出した。
「ねぇねぇカノン、リロさんはまだきてないの?」
「さっき、メンテして行くから遅れるってメッセージが届いてたけど、もうすぐ来るだろ……で、リロが来る前に二人に紹介しておかなきゃいけないな。ちょっと来てくれ」
俺は疑問符を浮かべる二人を、少し離れたところに座っているナギの前まで連れてきた。
「紹介するよ。今回一緒にパーティー組んでもらうことになったナギだ」
え? という驚きの感情がそのまま表情に出ている二人を差し置いて、俺は紹介を続けた。
「ナギ、こっちの二人が俺の連れで、お前から見て左がマナで右がハクアだ」
金髪のちょっといかつい青年(?)は、立ち上がり、二人を見て手を差し出した。
「……よろしく」
ナギの動きに感化されてか、マナは迷いなくナギの手を取った。
マナがナギと握手したのを見たハクアも、やや遅れて握手する。
「よろしくです!」
「よ、よろしく」
ナギは挨拶が終わるとすぐに手を離し、また席に座りこんでしまう。
「ナギ、他にも増えると思うんだが問題ないよな?」
「……煩くなくて俺の邪魔をしないなら問題ない」
「前者は口出しするなってことだろ? 単純に騒がしくないって意味だと……やや困る」
すでに仲間確定の、目の前にいる連れの片方が相当騒がしいことを考えてつい苦笑いしてしまう。
「………」
「無言は肯定ってことで。ま、もう一人も一応知ってるやつなんだがな」
俺はナギのカラーカーソルに触れ、パーティー申請をする。ナギはそっけなくOKを押し、俺の視界にナギのHPを示すバーが新たに表示される。
ナギにリロのことを話しておこうかと考えていると、ちょうど後ろからリロの声が聞こえてきた。
「なぁカノン」
「なんだリロ、やっときたのか――」
振り向いてリロの姿を目で捉えた。――次いで、俺はリロの後ろに隠れるようにして俺を見ている見覚えのない女性プレイヤーに気が付いた。
「……その女性プレイヤーは?」
立ち位置的に考えてもリロと他人というわけではなさそうなので尋ねてみたが――
「あ、リロさん来たんですね!」
「これで全員かな?」
リロの方を向いたマナとハクの視線が、リロの後ろから半身だけ見えている女性プレイヤーに注がれる。
「うわぁ! 女の子だ! ……しかも超可愛い!!」
「最前線に私たち以外にも女の子いたんだね。ねぇ名前なんていうの?」
興奮状態のマナとやや興奮気味のハクの頭を軽く叩く。
「落ち着けお前ら。彼女も驚いてるだろ」
というか怖がっているようにも見える。
「う……ごめん」
「ご、ごめんなさい。つい………」
俺の一言で我にかえったのか、それとも相手の態度を見て申し訳なさを感じたのか、二人とも大人しく身を引いて謝罪を口にした。
まぁたしかに女性プレイヤー、しかも可愛いとなるとたしかに珍しい。二人の反応は無理もないだろう。俺もマナとハク、アルゴ以外の女性プレイヤーにフィールドではないとはいえ最前線で会うのは初めてかもしれない。
「連れがすまなかった。それでリロ、後ろの女性プレイヤーは?」
「わ、私は別に………」
「パーティーに入りたいんだってさ。一人分空きあるしいいだろ?」
女性プレイヤーが凄く小さい声でなにか言っていたような気がするが、よく聞こえなかったので聞き流すことにした。
「ああ。別に―――」
「「大歓迎です!!!」」
別に断るつもりなどなかったのだが、マナとハクがあまりにも必死そうなのでつい苦笑いしてしまう。
「―――とのことだ。断る理由もないしな。よろしく頼むよ」
俺は目の前の二人のカラーカーソルに触れ、パーティー申請を送る。二人がOKを押すと、俺の視界に自分のよりやや小さいHPバーが二本増え、パーティー上限の六本のHPバーが視界の左側に表示される。
上からkanon、mana、hakua、nagi、riro、そしてsena。
――彼女はセナというのか。
それから、セナに全員で自己紹介してひと段落。その後、ディアベル指示のもと役割別に多少の入れ替えが行われたが、幸いなことに俺たちのパーティーは入れ替えずに済み、俺たちはD隊としてボスのHPを削る役割を与えられた。
ちなみにA,B隊は壁部隊、C,D,E隊は火力部隊、F,G隊は支援部隊という内わけだ。
おおまかな作戦は、壁部隊が交互にボスのタゲを受け持ち、火力隊の内二つがボスを攻撃、もう一つが取り巻きを殲滅。支援隊はボスと取り巻きの攻撃を可能な限り阻害。というものだった。
ここまでは想定内だったのだが、ここで一つ問題が発生した。
「じゃあ、各部隊のリーダーは手短に挨拶をしてもらおうか!」
「―――え?」
瞬間、俺は頭の中で高速シミュレートを開始、俺が前に出た場合を想定する。
―――無理だ。
ただ前に出て話すだけならまだしも、この場では責任や雰囲気といったものが出てくる。この場の雰囲気をぶち壊すことなく話し終えるなど俺には無理。到底なしえない。
次にパーティーメンバーを確認する。マナは何をしでかすかわからないし、ハクは人前に出られない。おそらくセナは論外で、リロも俺と同じでこういったことは向かない。そうすると残るは―――
「いやー、助かったよナギ」
「……もうやらないからな」
結局、あの場はナギサに任せてしまった。だが判断は間違っていなかったようで、ナギは見事に挨拶という責務を果たした。
「だけど、ナギが挨拶したから周りの人達はナギがD隊のリーダーだと思ってるんじゃない?」
「それならそれでいいさ。別にリーダーだからって特別なにかあるわけでもないし」
会議の後すぐにリロとセナとは別れ、俺はハクとナギと一緒に宿に帰ってきていた。マナは晩飯と、料理スキル上達のため犠牲となる食材を探しに行っているためまだ帰ってきていない。
俺とハクが宿に唯一あるソファに座っていて、その対面の椅子にナギが座っている。
「それにしても驚いたな。まさかナギが主武器を両手剣に変えてたなんて」
「……ちょっとしたきまぐれだ」
「ふーん。っとこれだほら」
俺は売らずにアイテムストレージに仕舞っておいた両刃両手剣を実体化させ、ナギサに手渡した。
「たしかに≪クレアソード≫だな。だがこれは一層じゃ手に入らないはずじゃなかったか?」
「迷宮区の東の森入口で受けられる討伐クエストがあったのを憶えてるか? その報酬。アルゴに聞いたが、ベータ時代そのクエでクレアソードが出たという情報はないらしい。念のため二回受けてみたんだが、二回目の報酬にそれはなかった。考えてみたんだが、初回報酬か、それとも確率の問題じゃないかってところだ。アルゴからはデータが揃うまで結論は保留って言われたよ」
ナギは暫く銀色に輝くクレアソードを眺めてから自身のアイテムストレージに仕舞いこんだ。
「どちらにしても早くに手に入ったのは上々だ。ちょうど素材も溜まっていたし、今日中に強化して明日に備えるとしよう」
「そうだな。それじゃあ帰った方がいいぞ」
「? どうした、そんなに急かすなんてお前らしくないな」
普段こういう時間のあるときは話込むのが俺という人間だ。そのため俺が帰宅を促していることにナギは疑問を感じたようで、首をかしげている。
「料理スキル上げるために今日から頑張るって意気込んでるやつがいるんだよ」
俺の言葉にああ、と納得したナギは深くは聞かずに立ち上がってくれた。俺も立ち上がり玄関までナギを見送る。
「じゃあ、明日はよろしくな」
「ああ。変なもの食べて体調崩すなよ」
「……気を付けるよ」
SAOの中だし大丈夫だろうと思いつつも、口に出して大丈夫だとは言えなかった。
俺が差し出した手をナギが握り、しっかり握手を交わしてからナギは帰っていった。
「……ところでハク、さっきからなに悩んでるんだ?」
俺はソファに戻って座り直し、隣に座ったままのハクに話しかけた。
宿に帰ってからというものハクはずっと黙っていて、なにか考え事をしているようだった。俺がナギと会話しているときも、俺の隣に座っていたが一言も話さないでいた。
わずかな沈黙のあと、ハクが口を開いた。
「………みんな、私が女だってわかっても何も言わないなあ、って思って」
「それは気を遣ってくれてるんだろ。そういう問題じゃないのか?」
「うん。なんていうのかな、カノンには前に言ったと思うけど、私はみんなに性別を偽って接してたわけなんだから、……正体がバレたら文句の一つくらい言われると思ってたんだけど」
「ああ――そゆこと」
ようやくハクの考えていることがわかった気がした。ハクはベータテストで自分が性別を偽って他のプレイヤーと接していたことに対して罪悪感がある、そして自分は責められてもしかたがないと考えている。だからかつてベータテストで少なからず会話したことのある人達に、実は女だったと言っても許容されている事実に納得できていないのだろう。
「はあ、………心配し過ぎだ。お前も」
「そんなこと! むぐっ―――」
身を乗り出して反論しようとしたハクの口を右手で塞ぐ。ハクはまだ何か言おうとしているが、真剣に見つめると、どうやら話を聞けという気持ちが伝わったのか大人しくなったので、右手を下ろした。
「いいか、今こそアバターは現実の体を忠実に再現したものになっていて、デスゲームと化しているこのSAOだが、SAOクローズベータテストは間違いなくゲームだったんだ。それはわかるな」
ハクがこくんと小さく頷いたのを確認してから話を続ける。
「ゲームで性別を偽ることはよくあることだ。なぜならゲームの世界では全てが自由だからだ。性別もしかり、外見もしかり、年齢もしかり、誰もが自らの正体を偽ってアバターというもう一つの自分を作り、遊ぶことができるのがゲームだ」
息継ぎの度に何を熱く語っているのだろうか、と思う心の声が聞こえるが、もし俺の言葉でハクが少しでも悩みから解消されるのだったら、こういうのもありだろうと自分に言い聞かせ、話を続ける。
「そしてSAOがデスゲームと化したあの日、俺達はそれまでのゲームからデスゲームという違う世界に引き込まれたんだ。あの日、広場にいたプレイヤーの男女比を見ていたか? 広場にいたプレイヤーの顔立ちを見ていたか? みんながみんなとは言わないが誰もが少なからず自分を偽っていたんだ。あの瞬間からSAOはVRMMORPGではあってもゲームではなくなったんだ」
ハクは黙って俺の話を聞いていた。俺とハクはずっと目を合わせたままだが、その瞳から心境は読みとれなかった。だが、たしかに俺の言葉は届いているという感覚があった。
「だから気にし過ぎるな。ゲームでは少なからず誰もが違う自分になっていたんだ。お前は性別を偽っていたというが……それはこのSAOでの話じゃない。過去を後悔するのは大事なことだが、それ以上に今を大事にしろ」
俺が言い終えても、ハクは何も言わずに俺の目を見ていた。ここで先に目を逸らしたら今まで言ったことが全て台無しになってしまう気がしたので、俺は黙って見つめ返し続けた。
同じソファで隣に座り、見つめあったままお互いに何も言わない時間が続く。
あとで実際に確認したら一分程度だったのだが、十分にも二十分にも感じられた長い沈黙の後、ハクが俺を見つめたまま微笑んだ。
「………うん。ありがとう」
その言葉を聞いて久しぶりに心の底から安心した俺は、つい気が緩んでしまい――
「……よかった」
小さな声でそう呟き、右手でハクの頭を撫でた。
「………」
ぽかーん、といった表現が似合うような感じで俺のことを見ているので、どうしたんだろうと思い見つめ返す。そういえばこんなに長い間見つめ合うのは初めてかもしれない。普段はハクがすぐに顔を背けるから。
なでなでなでなで
「~~~!!」
と、今度は急に茹蛸にでもなったかのように真っ赤になってしまった。
「どうした?」
「………ぁう」
とうとう顔を背けてしまう。
なんだろうと考えはじめたそのとき、かなり遅れて自分が何をしているのかを認識する。
なでなでなで………
「っ!!?」
慌てて手を引っ込めるが、過ぎ去った時間は戻らない。
なんであんなことしたんだ俺!?
普段からしてありえない行為に自分で驚いているが、ハクが受けた衝撃はこんなものではないだろう。
――どう言い訳したらいいんだよこれ。
「「………」」
かける言葉も言い訳も思いつかぬまま、両者無言の時間が続く。
「………あ、あの」
「……なんだ?」
何時間にも感じた無言の時間は、ハクが声を出したことによって破られた。
「え、えーっとその、……さっきのは―――」
「たっだいまー!!」
ハクが何か言おうとしたまさにその瞬間、一階に繋がるドアが勢いよく開き、マナの声が部屋に届く。
「っ―――なんでもない! お、おやすみ!!」
ハクは言いかけていたことを言わずに、凄い速度で立ち上がり部屋に逃げ込んでしまった。
「ん? ハクアさんはどうしたの?」
緊張の糸が切れ、ソファに深く埋もれる。まるで一日中戦闘した後の様な疲れが体を襲った。
「……今日は疲れたから先に寝るってさ」
「そうなの? 残念だなあ。せっかく色々買ってきたのに」
俺は何をやっているんだろうか。というか何故あんなことをしたのか。気が付いたら手を伸ばしていたという表現が正しいのだが、記憶にある限りあんなことしたのは小学生以来だ。
「しょうがないなー、カノンはご飯食べる? また会議前に食べた間食でお腹いっぱい? ……ねぇカノン聞いてる?」
もう駄目だ。ただでさえ昨日今日は寝てないんだし疲れてるんだ。寝よう。
「―――おやすみ」
「え? ちょっとカノン寝るなら部屋に―――」
頭上から聞こえる声も、俺の疲労からくる眠気を妨げることは出来ず、俺はソファで横になるとすぐに眠りに落ちた。
いかがでしたでしょうか?
まさかのこんだけ進んでボス攻略に辿り着かないという……
後編で頑張って一層を終わらせます!
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