TS異世界転生早死師匠ポジRPG (クルスロット)
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第1章 魔王襲来 
第1話 怒れる瞳たち


最近コードギアスを最初から見直しました。やっぱりC.C.が好きですね。


 ――なにか長い夢を見ていたような気がする。

 起きたのに、今も夢を見ているように思える。ぼんやりとした思考が僕の中を満たしていた。

 っつ……。ずきりと額が痛んだ。触れてみると腫れている。微かに血もつく。何かにぶつけたらしい。

 怪我の功名か。痛みのおかげで、ぼんやりとした思考が少しマシになった。代わりに額がずきずき傷む。

 ……ここはどこだ。僕は、鈍く痛む頭に、眉間に皺を寄せながら周りを見回した。暗い。床の上に倒れ込んでいたことだけが分かった。

 

 「……思い出した」

 

 痛みのおかげが一気に、記憶が蘇ってきた。

 魔王種(・・・)が現れて、母さんに家の中に押し込まれて、母さんの悲鳴が聞こえて、それからすごい音がしたと思ったら真っ暗になって……それから憶えてない。

 どうやら家が崩れてきたらしい。暗闇に慣れ始めた目を凝らすと近くに見覚えのある花瓶が割れていた。活けられていた花は、どこかに消えてた。

 もうそこに、僕の知っている場所はなかった。

 

 「そうだ! スーは……!」

 

 一緒に、家の中に押し込められた妹。同じ銀色の髪と父さんと同じストロベリーみたいに赤々とした瞳の女の子。我儘なところもあるけど可愛い子。

 居ても立っても居られず、探そうと立ち上がった。後頭部を何かに強くぶつけた。鈍い音が暗闇に響いた。痛い……。膝を曲げて、うずくまる。

 痛みが収まってからゆっくり、恐る恐る上の方に手を伸ばした。硬い感触。木、だと思う。天井の木材か柱かはわからないけど、どうやら僕は、瓦礫の隙間に転がっていたらしい。

 どこにいるかもわかってなかったのに今のは、あんまりにも軽率だった。僕は、自省した。

 

 「こほっ……ごほごほっ……!!」

 

 丁度、その時、前の方から咳き込む音が聞こえた。前、暗闇が広がっている。けど今のは、遠くはなかった。匍匐前進。皿などの破片を避けて進む。相変わらず暗い。それでも闇の中に、慣れ始めた目が見慣れた姿を見つけた。

 

 「大丈夫か!? スー」

 

 「……大、丈夫。兄さんは……?」

 

 「大丈夫。僕は、問題ない。だからあまり話すな」

 

 「……うん」

 

 声をかけるとスーは、頷き、また苦しげに咳をした。空気が悪い。僕も軽く咳が出た。瓦礫の下に閉じ込められているんだから当たり前か。今もなお呼吸ができているだけ幸運だろう。

 なによりこの量の瓦礫に、押しつぶされなかったのは、奇跡だ。大きな傷もない。少し息苦しいのは、やはり瓦礫に覆われていて、空気が上手く入ってきていないんだ。このままでは危険だ。

 そうだ。傷は……。暗闇に目を凝らし、スーの様子を伺う。大きな出血は……無さそうだな。少し安堵した。眼鏡が無いから見にくいな。

 

 そうなるとこの瓦礫が問題だ。押しのける? 無茶だ。僕の細腕で持ち上げられるならとうの昔にスーは、ここから脱出している。妹は、スーは、小さく細い体つきなのに、双子の僕や同年代どころかもっと年上の男より腕力や体力がある。父さん母さんが言うには、天秤神の祝福らしい。

 父さんや母さんは、僕の勉強の結果を見た時もそう言う。天秤神の祝福だって。お前が頭がいいのは、天秤神のおかげだから感謝しなさいって。

 

 「そんな祝福(こと)よりも今、助けてくれよ、神様」

 

 小さな弱音が口からぽろりと落ちて、砂埃に塗れた。嫌な想像が浮かんで、増えて、回っていく。消えてくれない。視界がやや潤んできた。だめだ。泣いている場合じゃない。

 でも誰の助けもこなかったら? 自力で脱出できるような場所がなかったら?

 ……僕たちは、このまま死ぬのか……? 暗い思考を僕は、首を振って振り払う。だめだ。死ぬわけにいかない。スーをおいて死ぬなんてだめだ。

 

 「兄、さん」

 

 「ここにいる。ここにいるよ」

 

 服の裾を掴んできたスーの指を、手を取って握る。温かさを失った冷たい手。強さのないか細い声を聞くとつい強く握ってしまう。

 そうだ。どれだけの間、僕たちは、閉じ込められているんだろう。時計もない真っ暗闇。魔王種が来たのは、夜だった。今も夜? もしくは、既に夜が明けている? なんならもう数日経っている? 分からない。

 お腹が減っているには、減っている。こんな時でも空腹になる自分が呑気なんじゃなくて、体内時計が狂っていない証拠だと思う。飢えるというと大仰に感じるくらいの空腹。普段感じている感覚。

 だからそんなに時間は、経過していないはずだ。

 信じて待つしか無い……。それから僕たちは、行き場も逃げ場もない闇の中に、並んで横たわっていた。

 どうしたらいいのかが分からない。どうすればいいのか分からない。ただ誰かが助けてくれるのを信じてとそこにいた。ただただ死にたくないと僕は、思っていた。

 

 ――その時だった。

 

 鋭さを感じさせる金属音の後、ごうっと強い風が吹き込んできた。砂埃が舞う。思わず目を細めた。

 同時に、何かが崩れる音。瓦礫か? 落ちてくる? 崩れる? ……死ぬ? 喉が一気に干上がった。恐怖で、スーの手を強く握り、開いた片手で引き寄せた。

 僕たちの視界を覆っていた闇が皆、光に切り裂かれて、散り散りになった。

 ……瓦礫は、落ちてこない。

 そこで僕は、自分がどういう場所に居たのかをようやく理解した。棚と壁の隙間。三角形の空白。

 光の方を見て、目が眩んだ。誰かがいる。誰かが歩いてくる。気づけば誰かが手を差し伸べてくれていた。ぼうっとした頭で、僕は、その人を見つめていた

 危機を脱したショック? 実は、人じゃなかった? それとも思いがけない人だった? それは半分はあってる。

 

 陽射しに輝くつやつやの金髪。綺麗に編まれた三編み。きっちりと着込んだ革と金属の鎧の隙間から見える肌は、スーと同じくらい白い。

 意思の強さを感じさせる眉は、ハの字。大きなエメラルドみたいな瞳は、かすかに潤んでいて、桜色の唇は、安堵を浮かべていた。

 陽射しを背中で受け止めるその人は、神がかって見えた。まるで人ではないみたい。

 なんて綺麗な人だ……。

 そこまで考えてから僕は、やっと気づいた。僕は、この人に見惚れているんだ。この見たこともないほど美しい人を正確に言い現そうと小賢しい頭が急に回転し始める。

 そうして、お姫様みたいだという感想が出てきた。貧弱な僕の語彙で、その人を例える言葉はそれくらいしかなかった。

 いやいや、流石に陳腐だろ。だったらじゃあ何――……。

 

 「大丈夫?」

 

 「……天使?」

 

 僕は、彼女の声を聞いた直後、彼女が何かを理解してから気絶した。

 後で分かることだが勿論、彼女は、天使ではなかった。

 彼女は、僕たちの救い主で、ある意味悪魔的だった。

 

 

 

 +++

 

 

 

 魔王種の出現を受けて、ダイアスート領内のすべての冒険者ギルド所属パーティに緊急通達が送られた。

 通達に従った私たち、雷の双牙(ライトニング・タスク)は、夜闇を引き裂く火の手と照らされた空を黒く汚す煙、そして、離れているというのに、天を高く突き、天を覆い隠さんばかりの黒い姿を視認した。 

 

 「これが魔王種〈ストリボーグ〉!!」

 

 ギルドから伝えられた魔王種の名前を叫んだ私の前には、家屋よりも遥かに巨大な、山と見間違うほどの巨躯の二足歩行の化け物がいた。

 炎に照らされぬらぬらと光る鋼のような色、質感の鱗で体全体を覆い尽くし、手足には、それぞれつるりとした巨大な指と爪とが六本ある。

 ここまでは、竜系統の魔物に似たものがいる。

 ただ、似た魔物たちよりも圧倒的に〈ストリボーグ〉は巨大だ。

 その巨躯でもなにより異様で、目を引くのは異様に巨大な顔。

 人と同じ場所に生えた頭にあるのは、怒りに満ちた男の顔。目を大きく見開き、歯を剥き出しにしている。腹の底に響く怒声は、あまりに恐怖を煽る。

 ビリビリと大気を震わせ、強烈な衝撃を放って、私たちの動きを僅かに鈍らせた。

 怒れる父性といった風な感想を私は、抱いた。食卓をひっくり返して、怒りのままに振る舞う。

 すると嫌悪感が私の胸のうちを満たしていく。これは、ただ単に私が父親のことが嫌いなだけ。最悪。

 なによりも魔王種が嫌い。私のものを、誰かのものをただ奪っていくこれが嫌い。

 憎たらしくてたまらない。

 だから殺す。

 

 「行くわよ!」

 

 〈ストリボーグ〉の怒声に掻き消されぬように声を上げ、最前線に、刃のような風が吹き荒れる戦場へ私たちは飛び込んだ。

 

 ――――結論から言うわ。私たちは、魔王種〈ストリボーグ〉を討伐はできなかった。

 

 撃退できた……と思う。そう思わなければやってられない。

〈ストリボーグ〉は、巨大な大竜巻を起こして作った大穴の奥へ消えていった。

 そこまで追い詰めるのに、いくつかの犠牲を支払った。A級のパーティも一つ全滅して、B等級なんて目も当てられない惨状だ。

 私のパーティも皆大小傷を負ってる。皆、癒術師にかかっても一週間は、寝たきりだそうだ。生きているだけ、幸い。こんなのほとんど軽傷。

 

 「……また会った時、殺せばいいわ」

 

 自分を慰めるのは、こうすればいい。簡単だ。ちょっと甘い言葉を吐けばいい。

 けれど、この都市や人々を癒やすには、その程度では足りない。

 

 「酷い有様」

 

 私は、吹きすさむ風、〈ストリボーグ〉の残滓に遊ばれる髪を押さえて、呟いた。白い雲、青い空。昼の日差しが照らすそこは、見渡す限り瓦礫。

 ダイヤスート領、最大の都市〈ユーフォルビア〉の西ブロックは、瓦礫だけを残し、完全に消滅していた。

 

 「……くそ」

 

 つい汚い言葉が口をつく。足元の小石をブーツの先で蹴り飛ばす。

 お母様に聞かれたら叱られるわね……。私は、一人で小さく苦笑した。

 それから止まった足をまた動かした。私は、逃げ遅れた人、逃げられなかった人、動けない人がいないか探していた。既に、他の冒険者たちが捜索をしているけれど…………。

 

 「今のは……」

 

 音が聞こえた。微かだけどたしかに、聞こえた。瓦礫の崩れた音とかそういうのじゃなくて、今のは息遣いだった。浅くて、こもった感じがある。

 遠い――……少し、下の方。瓦礫の、中? 音の方を追いかける。大気を伝う音をたどるのは、簡単ではないけどできないことではない。

 勿論、ただ耳を澄ますわけじゃないわ。

 5つある魔法属性のうち、私が最も適性のある月の属性は、大気を司っている。つまり大気を伝導する音の場所を探り当てるのもまた難しくない。

 積み重なる街の瓦礫の合間を抜け、根こそぎ引き抜かれ、間取りだけを残した家屋の跡を跨ぎ、どこからか吹き飛んできて、道を塞ぐ樹木を斬り裂き、春らしくない強風に揺れる髪がぱらぱらと遊ばれるのも気に留めず歩き続けた私は、音の元を見つけた。

 

 「……そこね」

 

 なんてことない積み重なった瓦礫。ここではもう珍しくなくなってしまったもの。それの隙間から聞こえる。音。呼吸音。規則正しい。傷を負ってはいなさそう。とりあえず場所が分かった。私は、腰に下げた剣の柄に手を置く。

 抜けば日差しにきらめくであろうロングソード。使い慣れた剣。〈ストリボーグ〉を相手にしても刃こぼれ一つ無かった。長い付き合いの相棒。

 ここで、ちょっとした雑学。魔法属性において、月は、大気の他、星と雷を司っている。

 私がもっとも得意なのは、その中でも――、

 

 「属性装填・雷(サンダー・エンチャント)

 

 ――雷。抜剣。眩い軌跡が昼と瓦礫を斬り裂いた。硬い手応え。中には、家具だったものが散らばっていた。ソファや机、棚、食器類。誰かが住んでいた場所の亡骸。

 棚と壁の下。二等辺三角形の余白にあるものを見て、私は、天を仰いだ。

 

 「天秤神の慈悲に感謝を……」  

 

 その亡骸が護っていたものに、私は、手を差し伸べようとして――――思い出した。

 

 細く糸のように艷やかな銀の髪、新雪の如く白い肌、深い青、サファイアを思わせる双眸の少年。

 ○個体名:シルヴァ・フィルメント ?歳(男)

  ○ステータス

   スタミナ    :E

   パワー     :E

   スピード    :E

   インテリジェンス:B

   ラック     :C

 

 細く糸のように艷やかな銀の髪、新雪の如く白い肌、鮮やかな赤、ルビーを思わせる双眸の少女。

 ○個体名:スー・フィルメント ?歳(女)

  ○ステータス

   スタミナ    :C

   パワー     :C

   スピード    :C

   インテリジェンス:E

   ラック     :E

 

 その姿を見た瞬間、無数の情報が頭の中のどこかから汲み上げられてきて、満たしていく。痛みはない。けれど知っていると知らないが入り乱れた私の中はぐちゃぐちゃだ。それもほんの一瞬で、収まって、整理されていく。

 私の視界に急に現れたものの意味を理解した。ステータス、これは彼らの能力を表してる。

 

 つまり私は、この子たちを知らない/知っている。

 

 いえ、知っている。知ってるわ。この二人を知っている。私は、この子たちを育てるのに、夢中だった。

 私が私じゃなかった時、私がハオリア・ツァー・アルデバラニアでなかった頃。

 日本で、私がただの会社員で、よくいるゲームオタクだった頃。

 私がハマっていたゲームのタイトルは、〈シロガネ・ファンタズム〉。

 主人公である少年/少女を育てて、魔王を打倒するゲーム。その主人公がこの子たちだ。間違いない。

 

 ……男女選択式だったはずなのに、何故か二人いるのは不思議だけど。兄妹ってことかしら。多分そう。そうだと思う。いや、間違いない。

 

 選択肢で、どちらかが死んでいるはずだった。死体が一つあって、その隣に選んだ一人がいる。

 だけどそうならなかった。私の目の前に二人いる。

 私が思い出せたことで、一番重要なのは、それじゃない。私がこの子たちを育てなければいけないということ。

 育てなければ彼らが戦わなければ世界は、滅ぶ。間違いなく。

 彼らがとある魔王種を倒さなければ世界は、滅んでしまう。

 

 ――彼らは、魔王種〈ストリボーグ〉になった父親を、彼ら自身の手で殺さなければならない。

 

 そうしなければ世界は、滅んでしまう。ゲームオーバーだ。

 間違いない。そのバッドエンドの光景を私は、思い出した。

 ……本当に? 私の妄想じゃない? こんな話があまりに大きすぎる。

 なにより酷く残酷な筋書きだ。こんなのあっていいものなの? いくら慈悲のないこの世でもあんまりよ。

 でも記憶、記録、前世のそれは肯定してくる。

 いいえ、今はいい。私自身の精神鑑定なんてしている場合じゃない。今、必要なことを、私がするべきことをする。

 

 「――大丈夫?」

 

 私が作った道から差し込んだ光に、目を細めていた二人へ私は、手を差し伸べた。

 ……そういえばゲームの始まりもこうだった。

 偶然だと嬉しいんだけどな。

 

 「天使……?」

 

 「天使、ではないかなー……って、ありゃ? 気絶してる?」

 

 脈は、問題なし。大きな出血も無さそうだけどとりあえず、早く観てもらったほうがいいわね。

 

 「……誰?」

 

 男の子を持ち上げようと伸ばした手を隣に倒れていた女の子に掴まれた。倒れているのに、恐ろしいほど素早くて、なにより不意を突かれたから驚いた。

 その驚きを呑み込んで、安心させようと笑顔を浮かべる。

 

 「あ、大丈夫? お兄さんは、気絶しただけよ」

 

 「……誰って、聞いてるの」

 

 すごい警戒している。めちゃくちゃ睨まれてる。えっとどうにか警戒を解いていかないと……。

 

 「私は、ハオ。ハオリア・ツァー・アルデバラニア。冒険者よ。お兄さんと貴方を助けさせてくれないかな」

 

 真摯に目を合わせて、自己紹介をする。後は、納得するまでお話するしかない。

 

 「…………そう。じゃあ、兄さんを、お願い……」

 

 ぱたんと力が抜けて、手が離れていった。床に落ちる前に、その手を握る。

 

 「うん、大丈夫」

 

 大丈夫。私が必ず、貴方たちを育て上げる。絶対に、バッドエンドになんてさせないんだから。

 最高の効率で、完璧に育て上げてあげる。

 




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第2話 パーティ脱退チャレンジ

ワンピースの一気読みをしたんですけど尾田栄一郎が天才なのを分からせられました。プラリネ姐さんが素敵でした。


 

 「は?! 子どもができたのでパーティを抜けます?!」

 

 「いや、できたとは言ってないでしょ」

 

 このイベント、ゲームであったかしら……。

 顔を真赤にした副リーダーのカイムを見ながら現実逃避をしていた。

 そもそも拾って育てるって話から始まったから、主人公の背景(・・・・・・)って特に無かったはずよね? 

 だからこうして私の背景ができてから思い出せたとか? ありえるわね。

 でも答えがない。この推測はこのへんにしておこう。

 

 「誰との子だよ!!」

 

 ああ、もうだめ。頭が痛くなってきた……。

 

 「お話聞いてもらえる? できてないって」

 

 「誰だよ!! エルールとの子か!?」

 

 ビールがもったいないわね……。他所のパーティの顔面に、口の中のビールをぶっかけるエルール。パーティの大剣使いで、ハーフオーガ。火力の要。私の酒飲み友達。おっぱいが大きい。もちろん、子どもを作るほど仲良くはない。そもそも女同士なんだから作れるわけがないでしょ。

 

 「いやいや聞いて……。話を聞いて……。りっすんとぅーみー……」

 

 「じゃあ、誰との子だよ! 答えろ、ハオ!!」

 

 酒と興奮で顔を真っ赤にしたカイムは立ち上がって、どんどんとビールの入ったジョッキを固定されたテーブルが揺れるくらいに強く叩きつけた。

 

 これがパーティの副リーダーの姿か……。

 

 カイムは、私より頭一つ半高くて、綺麗な顔で女の子にモテる。普段は、風に自慢の茶髪をなびかせて、飄々としてる私の右腕。斥候やサポートとボウガンが得意な彼。そして、任務では、とても頼りになる。

 ただいつも思うけど斥候にしては、目立ち過ぎじゃない? そして、今は、彼史上最高に目立ってる。

 超超、もう一つ超をつけてもいいくらい酒に呑まれてる。酒は呑んでも呑まれるな。そして、あまり頼りにならない状態。

 さらに付け加えるとかーなーり面倒くさい。

 

 助け舟を求めて、私は、ちらりと他のパーティメンツの様子を伺った。

 エルールは、ビールを吹きかけた他のパーティと喧嘩をしている。ナイスストレート。

 エルフで魔法使いのランザは、喧嘩を肴に楽しげに酒を飲んでる。喧嘩の結果で賭けをしてるみたい。俗世に塗れすぎでしょ。

 僧侶で癒術師のフォンは、いつの間にかテーブルから消えてた。視線を走らせるとカウンターで上品にグラスを傾けているのを見つけた。

 皆こっちに巻き込まれたくないんだろう。どうやら助けは来そうにない。私は、チームプレイを早々に諦めた。

 

 「この街で拾ったの。ほら、私が連れてきた兄妹見たでしょ? あの子たちよ」

 

 「あ!? ……ああ、あの子らか」

 

 「そ、あの子達。魔王種に、家族を殺された子たち。私たちが守れなかった子たちよ」

 

 「それは、俺たちの責任じゃないだろ」

 

 落ち着いてきたのか話の流れで酒が少し抜けたのか冷静さをやや取り戻したカイムは、私の前に座り直した。首が痛かったので助かる。

 

 「俺たちは、ただの冒険者じゃねえか。その日暮らしで、決まった住まいもない。根無し草がお似合いで、明日には死んでるかもしれない。

 そんな俺らが突然降って湧いた魔王種の討伐なんていう超難易度の仕事に挑んで、なんとか撃退して、こうやってビール飲めてるのが奇跡だろ。全部救おうなんて、俺らは王都の聖騎士でも伝説の聖者でもないんだ」

 

 ごくっとビールを一口して、「無理なもんは無理だろ」カイムは、口元を手の甲で拭った。

 

 「分かってる。そこまで傲慢になった覚えはない」

 

 彼の言うことはもっともらしい。正しい。

 

 「じゃあ、そんな責任感持たなくていいだろ。両親を失ったやつなんて珍しくもない。ここの領主は、賞金もケチらなかったしそれなりの孤児院に入れば普通に生きていけるだろう」

 

 「……才能があると思ったの」

 

 「ほんとかよ……」

 

 「ひと目見て分かったわ!」

 

 これはほんと。私は、あの子たちを見て、すぐに分かった。なぜなら知っていたから……いいえ、違うわ。思い出したから。まあ、言っても頭がおかしくなったと思われるだけだから言わないけど。

 

 「……まあ、才能があるとしよう」

 

 「一番付き合いの長い私の審美眼を疑うの? 皆を仲間にするのを決めたの私よ?」

 

 「確かにあいつらに関して、間違いはなかったが見間違いくらいあるだろうが……」

 

 ……今の所、間違ったのを見たこと無いけどさ。ぼそぼそ呟くと口を尖らせて、ビールを啜るカイムは、拗ねてる子どもみたい。

 

 「それでね。私、思うの。魔王種を滅ぼすのには、やっぱり手が足りてないわけじゃない? この領地も手が足りないから私たちを呼び出して、戦わせたわけじゃない? その人材不足を地道に解消していこうと思うの、私」

 

 「冒険者学校でも作る気か?」

 

 「将来的にはいいかもしれないわね。でも、意気込みだけあって、才能の無い子を育てるのは、時間の無駄だからやりたくないわ」

 

 「そういうところほんと昔から変わらないな。1に効率、2に効率、3に効率。その子らは、お眼鏡にかなったってことか」

 

 私、そんなに効率厨だったかしら……。

 

 「さっきから言ってるけどそういうことよ」

 

 足を組み替えながら縦に首を振って、間違ってはいないので肯定する。

 

 「人生なんて短いんだから最高効率でやりたいこと、やらなきゃいけないことをやらなきゃね」

 

 つい先日から私は、これを痛感している。元々思っていたことだが自身の真実とでもいうべきことを思い出したから余計に。

 

 「じゃあ、俺もやりたいことをやらなきゃな」

 

 「? そうね。あるならそうしたほうがいいわ。私たちは、根無し草の、朝日を拝めないかもしれない冒険者なんだから」

 

 意趣返しとばかりの私の言葉に、カイムは、はっと鼻で笑った後、真剣な顔になる。

 

 「俺は、お前と冒険を続けたい」

 

 「パーティから抜けるのは承諾しないってこと?」

 

 「そういうことぶへっ!」

 

 「分からず屋!」

 

 私は、そう叫んで、殴っていた。平手なんて可愛いことしないわ。グーよ、グー。どんがらっしゃんとジョッキを持ったままカイムは、椅子から床へ軽く吹っ飛んだ。

 よく細身に見られるけどこれでも鍛えてる。酔っ払ってフラフラのカイムをふっ飛ばすくらいわけはない。

 

 「てっめ……!! いつもいつも言葉が出てこなくなったら殴りやがって!」

 

 頬を酒と私の手形で真っ赤にしたカイムが私へ驚愕と怒りをないまぜにした瞳を向けてくる。いつもの反応に私は、頬をほころばせた。

 

 「言葉だと分かり会えそうにないわ! 拳よ! 拳でわからせなさい!」

 

 「上等だコラ!!」

 

 テーブルを乗り越えてきたカイムを見て、私は、笑った。ここからは益体もない、犬も食わない殴り合いなので割愛します。女の顔殴ろうとするなんて酷くない? 私が殴ったのが悪い? 確かに。そうかも。

 

 「だけど私のミスで世界が滅ぶなんてなったらさ、もう殴り合うしかないわけよっ……!!」

 

 カイムの顎を打ち抜きながら小さく呟いた。白目を剥いて、吹っ飛んだカイムには聞こえてない……と思う。

 

 

 

 +++

 

 

 

 ――――兄さんと違って、私は、あの女を信用していない。

 昨日、夜遅くに千鳥足で帰ってきたあの女を全く信用していない。リビングの床に転がって、本当にしょうがない人。風邪を引いてしまうわ。本当に全く。

 まあ、お父さんで慣れているからあの人をベッドまで運ぶくらい私にとって労働にすら入らないんだけどね。

 でも寝間着に着替えさせるのが一番大変だったわ。だけど大の大人の女が着の身着のまま寝るところなんて見ていられないわ。

 助けたからって、こんなうちまで用意して、私たちを引き取りたいなんて言い出すのは、あまりに胡散臭いわ。きっと何か裏があるに違いない。

 

 「スー。どうかしたか?」

 

 「うんん、なんでもない。ちょっと考え事をしていただけ」

 

 隣でパンをちぎっている兄さんに頷いてから、スープに浸けたままだったスプーンを口に運ぶ。あっさりめの野菜とソーセージのコンソメスープ。美味しい。そりゃ私が作ったんだもの。美味しいに決まってる。

 

 「このスープ、美味いな」

 

 「当たり前よ。お母さんに習ったんだから。眼鏡、真っ白よ」

 

 「……ああ、そうだな。母さんの味だ。父さんも好きだった」

 

 眼鏡を拭く兄さんは、寂しそう。ほんと兄さんも兄さんよ。仕方がない人。しょうがない人。こんなことで一々湿っぽくなって……。

 ああ、もう! 軽く鼻を啜る。熱いものを食べたからよ。まったく、本当に。私までしんみりしちゃってきたじゃない……。

 

 「……これくらい毎日作ってあげるわ」

 

 「ありがとう。できた妹で嬉しいよ」

 

 「当然よ」それにと付け加える「……お父さんだって、どこかで生きてるわよ」

 

 「ああ、そうだな」

 

 お母さんが死んだのを見たのは、兄さんだけだ。死んだことしか教えてくれない。どんな風にかは、一つも。きっと伝えたくない死に方だったんだと思う。

 兄さんは、優しいから言ってくれない。

 

 「ハオさん、まだ起きてこないな」

 

 ……そういう話の切り替え方は、嫌よ。じっと睨んでしまう。兄さんは、気づいてない。

 天井を見上げて兄さんは、言う。私たちの新しい住まいは、2階建て。あの女がさくっと用意してきた。中々お財布が強いみたい。凄腕の冒険者だっていうのは、間違いないみたいね。

 ちなみに、兄さんの見ている辺りにあの女の部屋がある。透視ができたら犯罪ね。

 

 「遅くに帰ってきてたし、かなり酔っ払ってたもの。昼まで起きてこなくても不思議じゃないわ」

 

 「今日、買い物に行くとか聞いた気がするんだけどな。起こしに行ったほうがいいと思うか?」 

 

 「私は嫌よ」

 

 スープが冷めちゃう。

 

 「兄さんが行ってきたら?」

 

 「僕が行くのは、不味いだろ……。頼むよ」

 

 「別に大丈夫でしょ。問題ないわ。子どもなんだから特に気にしないわよ」

 

 「僕が気にするんだ」

 

 「……まったくしょうがないですね、兄さんは」

 

 貸し一つです。と目で伝えておく。すると苦笑いで謝ってくる。本当にもう。と立ち上がったところ、階段を降りてくる足音が聞こえた。

 どうやら気遣いは、必要ないみたい。兄さんの方に、肩を竦めてみせる。

 

 「おはよ〜〜」

 

 「おはようございます、ハオさん!」

 

 大きな欠伸をしながらリビングに入ってきた女――ハオに、兄さんは、キラキラと顔を輝かせてから立ち上がると大きな声で朝の挨拶をした。

 

 「お、朝から元気がいいね。よしよし」

 

 ぽんぽんと頭を叩かれる兄さん。顔がだらしないわ。まったく。

 兄さん、ちらちら見過ぎ。しょうがないわ。どうにか頑張って顔を見ているのだけは、褒めてあげる。

 あの邪悪にたわわと実った胸。前から思っていたけれどあまりに欲望がつまり過ぎ。ふよんふよん揺れてるわ。昨日、つい揉んでみたけどすごかった。指が沈んで、離したらすぐに元に戻る。とんでもないわ。

 何人を誘惑してきたんだか、本当に卑しか女。

 

 「まったく……」

 

 じゃがいもをすくって、もぐり。ほくほく。味しみしみ。流石、私。美味しくできてる。

 

 「いい匂いするな〜〜って思ってたらこれね。今日もスーが作ってくれたの?」

 

 「……これくらいなんてことない」

 

 テーブルに置いた鍋の中を覗き込んだハオに、頷いて、温めたロールパンを千切って食べた。

 

 「いやいや、すごいよ。美味しそう。一口頂戴。ね、いいでしょ」

 

 「…………」

 

 「あーん」

 

 目を瞑って、口を開けたハオの姿を私は、ひな鳥のようだと思った。こんな大きなひな鳥がいるものですか! ただそのままあげるのもなんだか癪に障るので、じっーと見つめていた。

 兄さんが視線で、『ほら』とか『早く』とかはらはらした顔で訴えかけてきますが関係ないわ。身長だけじゃなく肝が小さいんだから。

 ……ほんとしょうがない人。

 

 「……どうぞ」

 

 まあ、根負けしたのは、私なんだけど……。

 人参とソーセージがハオの口の中に消えていく。しばらくもぐもぐしてたらぱっと笑った。

 

 「うん、美味しい! 流石ね、スー」

 

 「それほどでも、無いです」

 

 「それほどあるわよ。じゃ、ちょっと顔洗ってくるわね、私。それから頂くわ」

 

 私の頭をぽんぽんと軽く叩いたハオは、颯爽と洗面所の方に消えていった。

 

 「よかったな。スー」

 

 「別に、どうでもいい」

 

 嬉しそうに笑ってから兄さんは、食事を再開した。とても機嫌がいいみたい。スープをおかわりまでしてる。

 

 「どうでもいい」

 

 隣の兄さんに聞こえないくらいには、小さく小さく、食器の音に掻き消されるくらいには、小さな声で、私は、呟いた。

 

 「……兄さんが夢中な女の褒め言葉なんて」

 

 

 

 +++

 

 

 

 「そういえば私って、前世でも女だったのかしら」

 

 鏡の前で、ふと思った。水に濡れた顔、見慣れた顔が鏡に映っている。お母様譲りの金髪。眉と瞳の色は……非常に、誠に残念ながらお父様譲り。お兄様やお姉さまみたいに、全部お母様で揃えて欲しかったわ。

 

 「嫌な奴のこと思い出した。忘れよ忘れよ」

 

 あー嫌だ嫌だ。蛇口を捻って、顔をぱしゃぱしゃと洗い直す。冷たい水が嫌なことを流してくれる……こともない。うっとおしいな。話題を戻そう。

 

 「男でも女でもどっちでもいいんだけどね。ぼんやりしてて思い出せないし」

 

 憶えてるのは、薄暗い部屋と明るいディスプレイ。後、死因。そして、この世界のこと、エンディングのことをしっかり憶えてる。好きだったことだから? 理由は考えても無駄ね。だってもう……。

 

 「この世界が今の私の現実よ」

 

 生まれてこの方、20年。私は、私よ。

 

 「なんなら前より長生きして――あっ、今と同じ年の時に死んだのね、私」

 

 また一つ新しい発見だ。うんうん、一歩前進。ただ……。

 

 「びっくりするくらいどうでもいいわね」

 

 よし、洗顔完了。タオルでふきふき。さっぱり。うん、すっきり。

 

 「しかし、育てるかぁ……。どうしたものかしら」

 

 歯ブラシしゃこしゃこ。動物を育てたことはあるけど、人間は無いのよねえ。私自身を鍛えるのはいいけど今回は、他人だものね。

 とりあえず、整理するわ。

 鍛えるうちで必要な要素。まあ、まずは魔法よ。魔法がなきゃ始まらないわ。身体能力が高くても今の世の中、魔法よ魔法。

 なんて言ってたら熱心な人達に怒られるわね。でもまあ光神と闇神の信仰してたら魔法使えないし、確認しとかなきゃ。

 なにより効率上げていきたい。

 いつ魔王種がやってくるか分からないんだから。早くて悪いことはない。

 ……お財布の状況を改善させることを忘れてた。この家、にこにこ現金一括払いしちゃったのよね……。

 貯蓄はあるけど安い買い物ではなかったし……うーん、やること山積み。

 

 「朝ごはん食べて考えよう」

 

 しかし、昨日は飲みすぎたな。気づいたらベッドで寝てたし。カイム、結構いい感じに顎に入れたけど大丈夫かしら。

 リビングに戻ると二人は、まだテーブルに座っていた。

 

 「おまたせ。あれ、まだ食べてた?」

 

 「ああ、はい。聞きたいことも、あるので……」

 

 「ふむ、なるほど。お、ありがとう」

 

 スープの入った器を受け取る。湯気がもくもく。端をもってもアツアツ。いい匂い。腹の虫が早く早くとくうくう切なげに鳴き始めた。これはやばい……。めちゃくちゃ食欲でてきてしまった。

 

 「先に食べてもいい? ちょっとだけ! ちょっとだけだから……!!」

 

 「はは、大丈夫ですよ」

 

 拝み倒すとシルヴァが許してくれた。スーを見たら、「パン、温めてきます」とキッチンの方に向かっていった。できた子たちだ……。

 

 「それじゃあ、いただきます!」

 

 一口。やっぱり美味しい。一口貰って分かってたけど美味しいのは変わらない。

 お酒を飲んだ翌日は、温かいのは染みますね……。は〜〜とおばあちゃんみたいな溜息が出てしまう。野菜が大きめカットなのいいよね。私好き。ソーセージも美味しい。

 静かに差し出されたロールパン。さくっとふわっとで美味しい〜〜。体にいい朝ごはんだ……。

 

 「おっとごめん。あんまり美味しいから夢中になってた。それでシルヴァ、お話って?」

 

 「えっと……これからのことについて、ハオさんに聞いておきたくて」

 

 ふむ、なるほど。姿勢を正したシルヴァから出てきた言葉は、奇しくも私が聞こうと思ってた話だった。

 

 「どうやら私たち気が合うみたいね」

 

 「気が合う……!?」

 

 「そんなに驚くところだった?」

 

 「兄さん、しっかりして」

 

 「あ、ああ……。つまり、ハオさんも同じこと、僕らのこれからのことを聞こうとしてたってことですか?」 

 

 立ち上がった衝撃でずれた眼鏡を直してから座り直したシルヴァが要約してくれた。そういうこと。

 

 「うん。そういうこと。ね、私が君たちを引き取った時の言葉憶えてる?」

 

 「当たり前です。忘れるわけがありません」

 

 縦に首を振ったシルヴァは、言葉を続ける。

 

 「僕たちに、魔王種を殺す方法を教えてくれるんですよね」

 




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第3話 天使と悪魔

ギアスを受け取ったので更新します


 

 「君たち、才能がある」

 

 突然やってきた人は、僕たちを救ってくれた人だった。

 恐ろしいまでに美しい(ひと)、艶めく金の三編みに、鋭さのあるエメラルドの瞳ときりりとした眉が強気な印象を与えてくるその人、ハオリア・ツァー・アルデバラニアさんは、そう言った。

 

 「魔王種を殺す才能があるわ」

 

 眉を顰める僕に叩きつけられたのは、衝撃的な言葉だった。

 

 

 ――それから少しだけ時間を遡る。

 帰る場所と居場所を無くした僕らは、領主様にご用意頂いた避難所にいた。同じような帰る場所の無い人がこの建物の中にいる。

 僕は、ベッドの上で、これからのことを考えていた。

 

 対処法を並べて考えてみる。

 

 頼りになる親戚は、居ない。父さんと母さんは、別の国からここに来たと言っていた。北の方。遠いところ。正確な場所、国の名前は知らない。だから頼りようもない。

 この街の人たち……知り合いや友人はいる。しかし、皆、僕らと同じような状況だ。頼ることはできない。

 寝返り。溜息。真っ白な天井。照明の光。自宅より綺麗な天井。なにより見慣れない天井。

 見えない未来(これから)。幸先は悪い。

 一番やりたいことをやればいい。なんて何かが僕に囁く。

 ――うるさいよ。引っ込んでろ。

 

 「やっていられないな……」

 

 心の中の誘惑に罵倒を返して、二回目の溜息を吐き出した。溜息は、現状を変えてくれない。

 

 「考えろ、僕。考えろ……」

 

 そんなことを考えていると部屋のドアがノックされた。誰だ? スー? だけどスーは、ノックなんてしない……。するとまたノックされた。とりあえず僕は、ベッドから立ち上がりながらドアの向こうの誰かに声をかけることにした。

 

 「どうぞ!」

 

 「失礼するわ」

 

 「! 貴方は、この前の……」

 

 知ってる顔だ。だけどその人が来た理由は、分からない。後、その人の名前も知らない。綺麗な金髪の人。見たことがないほど綺麗な金髪を三編みにした女の人。

 僕らを助けてくれた冒険者の人だ。透けたエメラルドの瞳が僕をまっすぐに見ていた。

 

 「えっと、お久しぶりですね」

 

 「ええ、久しぶり――あっと私、自己紹介してなかったわね」

 

 とかなんとか思っているとその(ひと)が手を差し出した。応えて、手を握る。ほっそりしていて、柔らかさと硬さが同居したほのかに温かい手……ちょっと変態みたいな感想だけど言いたいのは、冒険者のイメージよりは、ずっと普通の手だってこと。

 

 「ハオリア・ツァー・アルデバラニアよ。知ってるかもしれないけど冒険者をやっているわ」

 

 「えっと、僕は、シルヴァ・フィルメントです」

 

 「よし、自己紹介完了ね。ま、私は、名前知ってたけどね」

 

 「へ?」

 

 「ここに来れたってことはそうでしょう? 妹さんはいないの?」

 

 「ああ、多分、出かけてるんだと思います」

 

 「そっかそっか。じゃ、とりあえず貴方から話しておこうか」

 

 「話す? なにを……」

 

 「貴方たちのこれからに対する提案をお話に来たの」

 

 「は、はあ……。とりあえず、こちらにどうぞ」

 

 「ありがとう」

 

 ……よく分からない。僕の差し出した椅子に座ったこの(ヒト)の目的が分からない。何をしにきたんだろう。何の用があってここに? 

 

 「何故来たのか分からないって顔をしてるね」

 

 「まあ、そうですね……」

 

 ベッドに腰を下ろしながら考える。謝礼とか、か? しかし、そんなお金はない。ポケットをひっくり返してもビスケットどころか埃しか出てこない。悲しいことだ。

 これを一番どうにかしなきゃいけないんだけどね……。顔に出さないように苦笑した。

 

 「平たくいうと勧誘に来たのよ」

 

 「勧誘? 冒険者にならないかってことですか?」

 

 冒険者。確かにそれはありだ。働き口の候補にはしていた。といっても街の復興作業の手伝いの次、そのまた次の次だ。冒険者の仕事は危険すぎる。危険度を選べば問題ないかもしれないがそういうこと以外の危険がある。

 なによりスーに、妹にやらせたい仕事ではない。

 冒険者は、そんなに実入りがいい仕事でもない。危険は目の前、怪我も堪えないし装備は高い。高額な報酬金もそういうことで使い果たしてしまうことがよくある。

 それに、冒険者たちの皆が皆、紳士的ではない。

 多分これが一番の理由。

 ……ただ冒険への憧れはある。物語のような都合の良さがないのはわかってるけど心が惹かれる。

 

 「半分あってる」

 

 「えっと、もう半分は……?」

 

 「冒険者がメインじゃないってことよ」

 

 「じゃあ、何を僕らにさせる気なんですか?」

 

 「魔王種を一緒に殺してほしいの」

 

 さらっと世間話の調子で飛び出てきたのは、冒険者よりずっと危険な話だった。

 

 「もちろん、できるようになるまでちゃんと育てるよ。これでもA級の冒険者で、魔王種を殺した経験もある。住むところだって用意する」

 

 「魅力的な提案ですけど……そんな能力、僕らには……」

 

 いいや。とハオリアさんは、首を横に振った。すっとさりげなく立ち上がったハオリアさんが僕の隣に腰をかけた。ベッドが沈む、軋む。ふわりと揺れる前髪と三編み。鼻をくすぐる花の香り。近づく瞳。向けられるエメラルドの輝き。

 僕は、息が止まりそうだった。心臓が早鐘を打っている。綺麗な人は、健康に悪いという見地をこの時、僕は得た。すると桜色の艶っとした唇が目の前で動いた。

 

 「君たち才能があるよ」

 

 「魔王種を殺す才能がある」

 

 ひと目見て分かったわ。とハオリアさんは、にこりと笑った。僕はまったく笑えなかった。あまりに甘い言葉だった。脳髄を痺れさせるような囁きに圧倒されてしまった。

 

 「だから家族を殺された復讐をしてみない?」

 

 ――僕の中に燻る復讐の炎を一気に燃え上がらせる言葉だった。

 

 「一緒に、魔王種を殺そう」

 

 美しい(ヒト)は、甘く、蕩けてしまうほど甘く囁いた――いつの間にか僕は、頷いていた。

 逆らえない何かに引かれ、復讐に燃え盛る炎に背中を炙られた僕は、きっと前に進むしかなかった。

 

 

 +++

 

 

 ハオリア・ツァー・アルデバラニア。

 私は、兄さんと違って、この女の言うことを信用していない。

 魔王種を殺せるように育ててくれる。衣食住も完璧に面倒見てくれる。それは何故か? 才能があるから。

 あまりにもできすぎている。兄さんは、乗り気だ。実際、家まで用意した。自由に使えるお金までくれた。いたれりつくせりだ。

 ちょっと調べてみたらこの女が実績のある冒険者で、素行も悪くない品行方正なことも分かった。冒険者ギルドに問い合わせただけだけど……。

 助けてくれたのは、事実だし、感謝してる。

 だけど、それでも怪しく感じる。

 

 「スーは、本当にいいの?」

 

 「……兄さんがやるなら私もやります」

 

 女に聞かれて、頷く。

 嘘じゃない。本当のことだ。動機はある。

 私だって父さんと母さんを殺されたことに怒りを覚えている。友達だって、生きているか分からない。お隣さん、お母さんと買い物に行った行きつけの八百屋さんや魚屋さんに肉屋さんだってそうよ。

 

 「私だって、殺したい理由がある」

 

 だけどなによりも兄さんが心配だ。この女に心酔する兄さんのことが心配でたまらない。

 

 「だから私もやります」

 

 この女に、兄さんが害されないように見張るんだ。

 

 「魔王を殺します」

 

 そして、兄さんと一緒に敵をとる。

 

 「よろしくお願いします」

 

 「ええ、よろしく」

 

 胡散臭い笑顔ね。私は、渋々握手に応じた。

 

 

 +++

 

 

 「……すごい敵意感じるのやっぱり気のせいじゃないよね?」

 

 さっと握手して、さっと離れていくスーの手を思い出しながら朝食を食べ終わった私は、リビングの4人がけソファに体を沈めて、呟いた。

 キッチンでは洗い物をしている音がする。スーとシルヴァが洗い物をしてくれてる。

 いや、私がやるって買ってでたのよ? ご飯作ってもらったしね。だけどのんびりしていてくれってね? スーがね? 

 はい、圧に負けました。

 ま、まあこれから関係を修復?すればいいわね。うんうん。

 最初から壊れてるのをどう修復したものかしら……。いえ、壊れてるのだからこれ以上壊れようがないわ。

 ポジティブに考えておきましょう。ただ今は、

 

 「今後の課題としましょう」

 

 それよりも直近の問題を解決しなきゃ。今回の下準備で、ちょっとそこそこ……いえ、すごく。

 

 「お財布が寂しいのよねぇ……」

 

 とりあえず魔王種〈ストリボーグ〉との街の防衛への報奨金が出ているだろうからそれをあてにしましょう。

 魔王種、人類の天敵。いいえ、今、この世界に存在するあらゆる生命体の敵。

 その起源は、2000年前、最初の勇者が最初の魔王を倒した際の呪いらしい。世界中に散らばった呪いによって、偶発的に魔王種は生まれていく。

 今もなお各地で生まれて、破壊と殺戮をばら撒いてる。

 ある種の災害。それが魔王種。

 

 「その辺りのことは、特に思い出せないわね」

 

 前から知ってることくらいしか私の記憶には無い。この世界の設定とでもいうべきもの。そこが分かれば色々役に立ちそうなんだけど。

 

 「ぱーっとお手軽に魔王種、皆殺しにできたりできないかなー」

 

 天井をぼーっと見上げながら呟いた。……元の話に思考を修正しよう。 

 

 「やっぱり報酬は、カイムが預かってるわよね。いつもそうだったし」

 

 そうなると連絡とって受け取らなきゃいけないわけだけど……うおー会いたくない! 酔っ払って喧嘩別れしてきたんだから気まずいのよね。

 まあ、前もあったことだけどそれでも気まずいものは気まずい。

 

 「フォンをクッションにしちゃおっと」

 

 ということで私は、フォンに連絡することにした。雷の双牙(ライトニング・タスク)唯一の癒術師で、ご意見番にして良心。そして、仲裁力が高い。相談のしやすさナンバーワン(私調べ)。

 後、この時間にまともに話せるのは、フォンくらい。お酒の飲み方がちゃんとしてる。用法用量は守らないとね。

 テーブルの上に置いておいた指輪型の通信用魔道具を指にはめた。結構値が張るけどうちのパーティは、それぞれ一つずつ持ってる。指にはめて、フォンへ通信を繋げた。

 

 「もしもし。今いい?」

 

 『少しぶりですね、ハオさん』

 

 「ふふ、そうね。今日は休み?」

 

 『ええ、カイムさんがお仕事をできる様子ではありませんから。ま、しばらくは休止ですよ』

 

 「やっぱり?」

 

 『昨日のパンチは、お見事でした』

 

 手応えあったもんねえ……。やりすぎた? 私もあいつも酔ってたし、ノーカンにならない? だめ? ですよねー。

 

 「ははは……。そりゃありがとう」

 

 『で、どういったご用件で?』

 

 「ああ、この前の〈ストリボーグ〉の報奨金出てるよね? カイムが持ってる?」

 

 『既に配分済みですよ。後は、貴方の分だけですがおっしゃる通りです』

 

 そんな気はしていた。伺うように私は、口を開いた。

 

 「……ねえ、フォン」

 

 『明日でいいですか?』

 

 「流石、フォンね!」

 

 うんうん、ちゃんと私の言いたいことを理解してくれてる。やっぱりフォンに言って正解だったわ。これがランザだったらこうはならなかった。

 

 『ええ、カイムさんに伝えておきます。正午に冒険者ギルドでかまいませんね?』

 

 「フォン!?」

 

 『では、そういうことで。失礼します』

 

 「フォン!?!?!?」

 

 既に通信は切れていた。指輪に声をかけても返事はない。完全にやられた……。嵌められた。ばたんと私は、力なくソファに横になった。ごろんと天井を見上げて、溜息一つ。

 行かないわけにはいかないわよねえ……。

 

 

 +++

 

 

 「…………」

 

 「気になるなら明日ついて行けばいいでしょ、兄さん。場所は聞こえてたし」

 

 ちらちらリビングの方を伺う兄さん。どうせこのままだと行動の一つも起こさないだろうから私は、尻を蹴ることにした。

 

 「……いや、僕たちに関係が無いことだ。なにより邪魔をしたらいけない」

 

 「関係はあるでしょ。お金の話だし。それにカイム?って人、結構深い関係っぽいじゃん。気にならないの?」

 

 「冒険者のパーティの人だよ。問題はない」

 

 「それはどうかしら。元カレかもしれない」

 

 冒険者なんて危険と隣り合わせ。そういう関係になっていてもおかしくはない。兄さんは、すぐに思い当たらないかもしれないけど私は、そうは行かないわよ。

 

 「会ったら私たちのことなんて忘れて消えちゃうかも」

 

 そうはならない気はするけど、私としては、ソッチのほうが嬉しい。

 

 「そういう人ではないだろ」

 

 判断が早い。ちょっと胸がもやもやする。そこはもっと……悩みなさいよ。まったく。

 

 「じゃあ、明日ついていって見てみようよ」

 

 「言ったろ。邪魔になるかもしれない」

 

 「別に、ついっていくって同じ時間に偶然いるだけのことよ」

 

 「詭弁だ……けど……」

 

 けど? けどけど? 悩んでる悩んでる。知識欲を抑えられないもんね。兄さん、好奇心の塊だしね。ふふ、だめよ兄さん。私にそんなの通じない。

 

 「詭弁だけど?」

 

 「……行こう。付いてきてくれるか? スー」

 

 「もちろん」

 

 はい、勝ち。私は、勝利の笑みを浮かべて、皿を布巾で拭いた。

 

 




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第4話 冒険者たちのランチタイム

 この街〈ユーフォルビア〉の冒険者ギルドは、南ブロック中央よりの人通りが多い通りに面している。

 冒険者には、お馴染みのギルドのマーク――金と剣を乗せた天秤――の描かれた看板が門の上に飾られてる。私は、その目の前に立っていた。

 今日は、休みだからいつもの鎧と腰の剣は置いてきた。お気にの黒のレザージャケットをシャツに羽織って、履き古しの青のボトムス。動きやすいから休みの日は、だいたいこんな格好。

 

 「…………」

 

 道の真ん中に立ってるから、通行人の視線が痛い。さっさと入ってしまえばいいんだけど、この中にカイムがいると思うと足が重たい。

 別に、私とカイムの仲が悪いわけではない。悪くない。悪くなければここまでパーティとしてやってこれてないと思う。

 ……気まずいの一点よ。子どもか私は。意を決して、ギルドの方に一歩踏み出した。

 

 「何やってんだよ。入らないのか?」

 

 「――カイム。遅刻よ」

 

 「正午だろ?」

 

 足を止めて、カイムに、ぴしりと指を突きつけたらゴーンゴーンと遠くの方で鐘が鳴った。

 た、タイミングが……。空気読みなさいよ!! 

 ぐぬった私の前で、いつものスカした顔でカイムは、口の端を上げていた。

 

 「ほら、丁度鳴った。正午ピッタリだな」

 

 「……通行の邪魔になるからさっさと入るわよ!」

 

 「へいへい」

 

 「へいは、一回!」

 

 「そこ修正するとこか……?」

 

 冒険者ギルドの一階には、酒場とギルドの受付が併設されてて、昼間っから呑んだくれた冒険者や仕事帰りの冒険者とか仕事を探している冒険者とかで賑わっている。

 空いてるテーブルに腰掛けるとカイムも向かって座った。話をしにきただけだけど……。

 

 「とりあえず、ビール2つお願いー」

 

 「昼間から酒かよ」

 

 「どうせ頼むでしょ」

 

 「いや、まあそうだが……」

 

 呆れ顔から渋面になって、言葉尻を濁すカイム。何をしおらしい態度して。何を企んでるの?

 

 「この前は、飲みすぎたからな……」

 

 「……酒の失敗を反省する心があったのね」

 

 「俺をなんだと思ってる……!?」

 

 「冗談よ。冗談」

 

 こういうからかったら反応いいのが面白いのよね。

 なにより相棒(・・)として相性がいい。もちこんなこっ恥ずかしいこと言ってないわよ。カイムが調子乗っちゃうわ。馬鹿みたいに鼻が伸びちゃうに違いない。

 

 (……まあ)

 

 スカした顔で、ビール啜ってるこいつが居なきゃ、私は、きっと今頃、大地の肥やしになってる。

 それくらいの恩は感じてる。

 

 「あ、私のエビちゃん勝手に食べるな!」

 

 「さっきの仕返しだ」

 

 エビからを勝手に食べだしたのは許さないけど。分けるには分けるけど礼儀ってもんがあるでしょーが!

 

 「お前も俺のからあげ食ってるからイーブンだろ」

 

 「……それはそうね」

 

 論破されてないわよ。若鶏の唐揚げ美味しいわね。ビールに最高に合う。

 今思ったけどここのメニューほとんど居酒屋じゃない。転生者知識があってようやく気づくことが微妙すぎじゃない? 

 

 「ほら、これお前の分」

 

 「脈絡なく出てきたわね……。ま、助かるわ」

 

 「確認してくれ」

 

 「はいはい」

 

 受け取った紙袋をそのまま懐に仕舞おうとしたら止められた(インターセプト)。ちゃんと数えてるだろうから問題ないでしょ……。

 渡された紙袋を開いて、詰め込まれている紙幣を軽く数える。

 

 「そういえばこれ元々いくらなの?」

 

 「ん……」

 

 骨付きの鶏の唐揚げを齧りながらカイムは、空いてる手の指を立てた。なるほど……。金払いがいいわね。かなり、いえ結構。ま、入用だから助かるわね。

 

 「それ美味しそうね」

 

 「美味い。前の街のギルドよりここは揚げ物が美味いな。油か?」

 

 「分かる。新しいわ。ちゃんと換えてるわね」

 

 これは同感。それにご飯の美味しいギルドは、贔屓したくなる。しばらく、ここにいるから助かるわ。

 

 「……ここの領主は、経営上手だな」

 

 「急に何よ」

 

 おかわりしたビールを啜るカイムの横顔は、ちょっと赤い。酒が入って、口が回るようになってきたわね。

 

 「今回の報酬。ありゃ、討伐作戦で、魔王種を殺せた時くらいの報酬はあった。今回は、どうにか追い払っただけなのにそれだけ払ってる。金払いがいい。これだけで普通に好印象だ」

 

 「なによりここでケチって、次の時、冒険者が働かないって状況を避けるための布石でしょうね。追い払っただけで、魔王種は、また来るかもしれない。

 それに、これだけもらえるなら討伐できた時が楽しみ」

 

 「それでだ。ここの領主は、魔王種被災者への対応もしっかりしてる。孤児院もちら見してきたが悪い印象はなかった」

 

 「カイム。私、もう決めたからだめよ」

 

 「……なんでだ」

 

 「あの子たちに、才能があるから」

 

 ……このままだとあの夜の繰り返しになっちゃうわね。あの夜、あの時と同じ言葉を私は、口にしながらそう思った。

 才能がある。あの子たちは、しっかり育てさえすれば必ず魔王種を倒せる。そして、この世界を守れる。

 私が転生者だからこんな確信があるんだけどね。残念ながらそんなこと言えるわけがない。原作知識とか狂ったとしか思われないわ。

 

 「ねえ、カイム。どうしてそんなに引き止めてくれるの? パーティからの離脱なんてよくあることじゃない。それともあれとか。私が好きとか?」

 

 「そういうのじゃねえよ」

 

 わりと本気な顔で否定された。

 

 「……ごめん」

 

 「別にいい」

 

 あ、怒らせたかも……。ほんの少し、沈黙が続いた。ウェイターの人が気まずそうに運んできたサラダをむしゃむしゃ食べて、やり過ごしているとカイムが口を開いた。

 

 「理由だがお前が抜けると前衛が減る。息のあった連携を取れるようになるのは、お前も分かってると思うがかなり時間がかかる。なにより前に出て魔法の援護と指揮を取れるやつは、既にパーティに入ってる」

 

 だから、とビールを挟んで。

 

 「お前は、必要不可欠だ。俺たちが、雷の双牙(ライトニング・タスク)であるために。俺たちの目標を成し遂げるために」

 

 目を逸らしつつ真面目な顔で、カイムは、更に残っていた骨付き肉を齧った。

 分かった。私が会うの気まずかった理由。言葉に詰まったのと後ろめたさを誤魔化すのにビールをゆっくり啜った。

 

 ――私とカイムで始めたことをないがしろにすることが私は、後ろめたい。けど、でも。

 

 「いえ、私は、あの子たちが私たちの目標を、魔王種の殲滅を成し遂げる力になってくれると確信している」

 

 

 +++

 

 

 「兄さん、これ間違いなく痴話喧嘩よ。この2人絶対付き合ってるわ」

 

 「そうとは限らないだろ……!!」

 

 スーの口車に乗せられた僕は、ハオさんの後をつけて、冒険者ギルドまでやってきていた。酒場が併設されてて助かった。これなら冒険者でもない僕らが紛れ込んでも問題ない。

 結構テーブルが近いが簡単には、見つからない工夫をしてきたから大丈夫だろう。大きめのコートとフードで顔と体を隠している。これなら目立たなければ僕たちだとは分からないと思う。

 

 「兄さんは、子どもね。こんな情熱的なやり取り……恋人同士じゃないとできないわ」

 

 「いや、ああいう会話は普通、付き合ってたらでてこないだろ……多分」

 

 「だめね。だめだめよ。しょうがないわね、兄さん」

 

 スーは、やれやれと首を振る。僕の言ったことなにかおかしかったか? 分からない。この子というか女の子が分からない。

 恋愛小説でも読んでみたほうがいいのかな。父さん、教えてくれ……。母さんとどうやって仲良くなったんだ?

 いや、今、重要なのはそこじゃない。

 

 「魔王種の殲滅……」

 

 スケールが大きすぎて、理解が追いつかない。でも少し合点がいった。その手段を増やすために僕らを育てるんだろう。でも……。

 

 「才能、か」

 

 何をもって、才能というんだろう。僕らの何を見て、ハオさんは、才能を感じたんだろう。

 

 「それよりなにか頼みましょう、兄さん。折角酒場なんだからお酒とかどう? 私気になるわ」

 

 「子どもは頼めないよ。ジュースにしておきなさい」

 

 「しょうがない兄さん、こういうところよ」

 

 「こういうところは、別に関係ないだろ。おとなしくジュースにしときなさい」

 

 「このカルーアミルクにしてみるわ。ミルクだしいいでしょう?」

 

 「……まあ、いいだろう」

 

 聞き覚えがない飲み物だけどミルクだし大丈夫だろう……。

 頷くとぱっと嬉しそうにスーは、笑った。

 ……できる限り、楽しそうにして、笑っていて欲しいしな。

 

 「やった。お腹も減ったし他も頼みましょう。何にする?」

 

 「好きなの頼んでいいよ」

 

 「兄さんも選んで。私だけで選んでもつまらないわ」

 

 「はいはい……」

 

 ウキウキでメニューをめくるスーの脇から覗き込んでもやっぱりハオさんの方が僕は、気になる。何の会話をしているだろう。

 

 「ね、兄さん。何にする? 揚げ物盛り合わせ、美味しそうよ」

 

 「ああ、ハオさんも美味いって言ってたな」

 

 「ちゃんと盗み聞きしてるわね、しょうがない兄さん。この定食も美味しそう……酒場なのに定食メニューがあるのね」

 

 「昼間は、食事に来る人も多いんだよ。多分だけど」

 

 「なるほどね。兄さんは、このお子様ランチとかいいんじゃない? ギルド特製おもちゃ付きらしいわよ」

 

 「え? ん? ああ、それでいいよ」

 

 「……本当にまったく。しょうがない兄さんです。いいです。私が決めます」

 

 スーは、大きな大きな溜息を吐いた。しまったな。生返事すぎた。

 

 「へ? あ、あー……ごめん」

 

 「ふーんだ。あ、注文お願いしまーす」

 

 「はーい」

 

 上の空に答えてしまったからかスーを怒らせてしまった。ぷいっと横を向いて、通りすがりのウェイターに声をかけた。 

 

 「えーっと、カルーアミルクとレモネード、後は、これとこれとあ、これも――――」

 

 「いや、スー頼みすぎだ」

 

 「全部食べるから大丈夫」

 

 「そういう問題じゃなくてだな……」

 

 「? ……あの、君たち」

 

 「え? あ、なんでしょう」

 

 「子どもですよね? カルーアミルク、お酒なんですが……」

 

 「……エルフです」

 

 スー……!! その嘘は、すぐバレる! と思った矢先、僕の目の前でフードがふわっと捲れた。ウェイターさんが向けた指から一瞬、風が吹いた。魔法だ。

 

 「やっぱり子どもだ。未成年飲酒はだめですよ〜〜」

 

 「カルーアミルクがお酒なのを知りませんでした。ごめんなさい」

 

 すごい棒読みだな、妹よ。それじゃ誤魔化せないぞ。ていうか知ってただろ。この場合、知らなかった僕が悪いのか?

 

 「あれ、スーじゃない。そっちは、シルヴァよね」

 

 …………。

 

 「人違いです……」

 

 「無理に声低くしても分かるわよ?」

  

 ウェイターさんの優しい視線が効く。背中を突くハオさんの視線が痛い。観念した僕は、フードを脱いだ。

 

 「やっぱりシルヴァじゃない! どうしたの? そんな季節外れなの着て」

 

 どう説明しよう。スーに助け船を求めたけどプイと視線を逸らされた。

 

 「あ、カルーアやめて、ホットミルク2つお願いします。ドリンクと料理はあっちのテーブルに」

 

 え? 合流するつもりなのか? なんて思っているとあっという間に、状況が整えられて、いつの間にかハオさんと同じテーブルに座っていた。

 ハオさんと僕が向かい合って、スーとカイムさんがその隣。

 

 「ふうん、この二人が例の?」

 

 「こら。あんまりじろじろ見ない」

 

 ハオさんに、窘められたカイムさんが肩を竦めた。ありがたい……。刺すような視線に、穴だらけにされるところだった。ちょっと苦手かもしれない。

 

 「へいへい」

 

 「へいじゃなくて、はい。黙ってこれでも食べてなさい」

 

 「はいはい」

 

 「あ、私も食べたい」

 

 「ん? ほら、食いな」

 

 「ありがと、おじさん」

 

 「せめてお兄さんと言え。俺は、カイムだ。お前は?」

 

 「スー。あっ、おじさんケチャップ頂戴」

 

 「せめてお兄さんとか言わない? おじさんはあんまりだろ」

 

 「おじさんは、おじさんじゃない? 私から見たらおじさんよ」

 

 「最近の子って、情けも容赦もねえなあ……。せめて名前で呼べ」

 

 「分かった、カイム」

 

 「まったく……。で、こんなところで何してるの? シルヴァ」

 

 渡されたフライドポテトをモグモグカリカリとカイムとスーが頬張り始めたのを片目に、ハオさんが話を切り出した。なんて答えよう。こういう時、なんて答えたらいいんだろう。

 …………教えてくれ、母さん。

 

 「えっと……」

 

 答えは、もちろん返ってこないので自分で考えるしか無い。

 

 「ま、いいわ。ご飯食べちゃいなさいよ。お昼まだなんでしょ?」

 

 言葉に詰まってる僕を見兼ねたのか微笑んだハオさんは、パンの入ったバスケットを寄せてきた。

 

 「……種類多くないです? ここ酒場ですよね」

 

 「……最近は、色々新規開拓が必要なんでしょう。酒場で朝食を食べる冒険者も多いからね」

 

 「なるほど。あ、このクロワッサン、美味しいですよ」

 

 「え? ほんと? 私も食べる」

 

 「パン、好きなんです?」

 

 「好きよ。美味しいものは何でも好き」

 

 クロワッサンを手にとって、ぱくっと一口。幸せそうに頬を綻ばせる。3口で無くなった。はっや。

 

 「お、メロンパンだ。あれメロンパン? 酒場のメニューじゃないわねほんと……まあいっか」

 

 いっぱい食べる君が好き。完璧にときめいてしまった。心臓バクバクで死にそうだ、僕。

 

 「それで、お二人は、カップルなんですか? それとも元の関係?」

 

 スー、頼むから僕の心臓を労ってくれ……。

 

 

 +++

 

 

 「どっちでもないわよ!」

 

 突然、とんでもないことを言い出すわね……! つい大げさに反応してしまった。

 でも子どもの時、私もこうだったかもしれないわね。お兄様やお姉様にこういう話をしたような朧気な記憶が蘇ってくる。こういう気持ちだったのね、お兄様、お姉様……。

 

 「まあ、そうだな。ただのパーティのリーダーと副リーダーって関係だ」

 

 「そうよ」

 

 まったくもう。ついぐびぐびとビールを飲んでしまう。ちょっと飲み過ぎかも。控えなきゃ。

 

 「……しかし、お前が才能があるっていうのも分かる気がするな」

 

 「あら、そう?」

 

 え?! 何、まさか貴方もそういうの? 私と同じ? 突然のカミングアウト!? 驚愕希望、色々な感情ほんの一瞬で私の中で吹き荒れた。

 

 「この髪色は、滅びた北方の国々の貴族のものだ。珍しい魔法を持っていてもおかしくない」

 

 そういうこと……。安心と落胆が一緒にやってきて、なんとか落ち着かせてくれた。ビールもその役を買ってくれてたけどもう空っぽね。次は、レモンサワーにしましょ。

 

 「だけどそれだけじゃ、魔王種を滅ぼすくらいの才能だなんて言えないだろ。在野の魔法使いでもこれくらいのやつらは、それなりにいる」

 

 なるほど。そうきたか。向けられた視線の意図を私は、理解した。

 

 「あくまで、そういう姿勢ね」

 

 「ああ、そういうことだ。これくらいの才能ならこいつらだけでもやってける。拾った責任分、生き残る方法を教えてやればつり合うだろ。

 俺の時は、こんな親切心溢れたやつはいなかった。運がいい」

 

 「……私は、そんな無責任なことはできない」

 

 「俺との目標を投げ出すのは、無責任じゃないのか?」

 

 「私たちだけが殺し続けてもいずれ行き詰まる。もっと才能のある人を育てるべき。それがこの子たちで、私は、この子たちが魔王種を滅ぼす確信がある」

 

 「確信、ね……」

 

 納得した様子が欠片もないカイム。当たり前か。私の確信が理解できないんだ。確信に至る理由を私は、示せていない。そこを突かないのは、彼の優しさ。

 最低じゃない、私……。

 

 「じゃあ、そうだな。こういうのでどうだ」

 

 「こういうの?」

 

 「半年以内だ。こいつらが俺に一撃でも入れられれば認めてやるよ。お前の確信も、こいつらも」

 

 「それは……」

 

 半年。カイムなりの譲歩だと分かる。けど、半年で彼に一撃を? この子たちが? 

 ちらっと二人を見る。二人共食事の手を止めている。当たり前ね。

 

 「魔王種を滅ぼすんだろ。それくらい速度感無いと滅ぼせず結局人生終わっちまうぜ」

 

 「だからって、ズブの素人に、そんな無茶な条件を!」

 

 カイムは、私情も何も抜きにして凄腕だ。それだけは胸を張って言える。だからこそこの条件が無茶無謀。

 二人に才能があるという確信があっても私の中には、無理だという私がいる。

 転生者としての私じゃなくて、この世界を生き抜いてきた私。カイムを見てきて、信頼している私が訴えかけてくる。

 

 「……やります」

 

 「私もやってあげる」

 

 シルヴァとスーの宣言。カイムは、「へえ」と笑う。私は、なにか言おうとして――まるごと捨てた。この子たちがやると言っている。私がどんな形であろうと才能があると見込んだ二人がやると言っている。

 ――信じなくてどうするのよ、私。

 

 「いいのね? 二人とも」

 

 「ええ、いくら僕でもこんなに言われて引き下がれるほど温厚だったつもりはないです」

 

 冷たい理性と燃える決意が目に見えて分かった。シルヴァの真っ直ぐな意思に、私は応えなければならないと思った。

 

 「魔王種より弱い人に勝てなきゃ魔王種に勝つなんて夢のまた夢よ」

 

 大胆不敵とも言える言葉。スー、怖いもの知らずね。いい胆力だわ。素敵よ。

 

 「――カイム。受けて立つわ」

 

 「ああ、楽しみにしてる」

  

 絶対、間違ってたって言わせてやるんだから。決意新たにした私は、二人に言う。

 

 「折角、ギルドに来てるんだから登録、やってくわよ!」

 

 

 +++

 

 

 「スー」

 

 「別に、私、兄さんに気をつかってないわよ」

 

 小声の兄さんは、心配そう。まったく。関係ないわよ。私は、ただ。

 

 「あんなに舐め腐られているのがムカつくだけよ」

 

 「……そうか」

 

 「そうですよ」

 

 心配ばっかりで、しょうがない兄さんに、ふっと微笑みかけて、私と兄さんを置いて、ずんずんとギルドのカウンター目掛けて歩いていくあの女の背中を見る。

 この人もこの人で、しょうがない人。

 

 「置いていかれるわよ。兄さん」

 

 「ああ、行こう」

 

 私たちは、早足にその背中を追いかけた。

 

 

 +++

 

 

 「……子どもみたいな意地の張り方しちまったなぁ」

 

 カイムは、大きな大きな溜息を吐いて、丁度、ウェイターが持ってきたレモンサワーをグラスの半分くらいまで一気に飲んだ。酸っぱさに顔を顰める。

 自己嫌悪で、カイムは死にそうだった。

 

 「くそ」

 

 残った肉を適当に口に詰め込んで、自分のバカさ加減への腹立たたしさを肉にぶつけた。美味いな。くそ。ローストビーフの火の通り方、天才かよ。カイムは、また頼もうと思った。

 

 「喧嘩継続中ですか」

 

 「一度始めた喧嘩が簡単に収まったことあったか、フォン」

 

 肩を竦めたフォンは、つい先程までハオが座っていた椅子に腰をかけ、空いた皿を片付けに来たウェイターに、コーヒーを頼んだ。

 

 「それで、どうするんです? ハオさんは、パーティを抜けられますか?」

 

 銀縁眼鏡の向こうの瞳がカイムを試すように向けられる。

 いつ見ても教師みたいだ。学校なんて行ったことないカイムだがフォンには、そういう印象を抱いてしまう。

 

 「一時保留」

 

 短く返したカイムは、さっきのハオとの一部始終を軽く話した。するとフォンは、「なるほど」と頷いた。

 

 「意地悪な条件ですね」

 

 「分かってるよ」

 

 「一緒に育てればいいでしょうに」

 

 「いや、俺は、そういうわけにもいかないだろ……。パーティだって……」

 

 「一時的に、休止すればいいでしょう。私たち、随分働き詰めですから休暇があってもいい」

 

 「……それは、確かにそうだな」

 

 いい機会かもしれないな――パーティにもハオにも休息が必要な時かもしれない。

 結成から4年。カイムたちは、休むこと無く走り続けてきた。

 青春も普通も家族も投げ売って、ただずっと真っ直ぐに。目を閉じれば、あっという間に昔に帰れるくらい鮮明に、カイムは思い出せた。

 復讐のみを考えて歩んだ道のりを、カイムは憶えている。

 

 ――お前はどうだよ、ハオ。

 

 内心呟いたカイムは、残ったレモンサワーを飲み干した。

 

 「すっぱ……」

 

 「一気に飲むから……」

 

 




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第5話 魔法使いの授業

 

 「というわけで、これからの魔法の話をします!」

 

 「はい! ハオさん!」

 

 ギルドから帰宅した私たちは、リビングに居た。やることは言ったとおり。昼間私が転がっていたソファから元気のいい返事がした。

 うんうん、シルヴァ。いい返事ね。素晴らしいわ。

 

 「……その格好なんです?」

 

 「ちょっときつくないか? なあ、フォン」

 

 「いえいえ、よくお似合いだと思いますよ」

 

 「黙りなさい、カイム! というか何勝手に来てるのよ!」

 

 やじを飛ばしてきた赤ら顔のカイムに、ばちんと電撃を飛ばすもカイムの片手から放たれた水に軽く掻き消された。分かっていたことだけど……む、むかつく……。酒を呑んでてもしっかり対処してくる……。

 

 「人んちのリビングで、優雅にワイン飲んでるんじゃないわよ!」

 

 「敵情視察? ギルドでの飲食代分見せてもらおうと思ってな」

 

 「こ、こいつ……。フォンもフォンよ! なに一緒に来てるのよ! この飲んだくれどうにかして!!」

 

 「どうにかと申されましても……。まあ、いいじゃないですか。後で、新居祝いのワインあげますから」

 

 カイムの向かいで、これまた上品にグラスを傾けるのは、フォン。鳶色の瞳が穏やかな色を浮かべて笑ってる。笑ってる場合じゃないが!!

 

 「そういう話――「チーズもつけます。ここの特産品みたいですが美味しいですよ」……承認します」

 

 こほんと咳払い。仕切り直し。チーズがつくなら、許します。

 

 「いい目のつけどころよ、スー。よくぞ聞いてくれました」

 

 今のやり取りから話進めるんですね……。とかいうシルヴァの言葉は、スルーします。

 

 「座学ですからね座学らしい格好をしないと」

 

 The・女教師。前世の記憶から考えるに、女教師は、黒のスーツと揃いのタイトスカートが基本よ。つまりこれは正装。間違いないわ。

 

 「……そうなの? 兄さん」

 

 「僕が通っていた塾は、そうではなかったけど……。都ではそうなのかも……しれないな……」

 

 「兄さん、苦しいわ」

 

 「そう言うな……」

 

 「……というわけで!」

 

 私の教師性が揺らぐ前に、黒板(家の中に放置されていたの)を指し棒でぺしぺしする。視線が集まってきたのに、満足した私は言葉を続けた。

 

 「では、魔法の話です。魔法を使ったことは?」

 

 スーは、首を横に振った。シルヴァは、逆に首を縦に振る。

 

 「え? そうなの? ずるいわ、兄さん。そんな楽しそうなこと独り占めにしてたなんて」

 

 「お前が勉強を嫌がったからだろ……」

 

 「だって普通の勉強は楽しくないもの。魔法の勉強をしているなら早く言ってほしかったわ」

 

 すねて、頬を膨らませるスーと困り顔のシルヴァは、見ていて面白いわね。

 

 「シルヴァ、なにかご両親は神様を信仰してたりする?」

 

 「一応、天秤神様を。正式な洗礼とかはしていませんが僕らも同じく」

 

 「じゃあ、問題ないわね」

 

 「神様がなにか関係あるの?」

 

 「良い質問ね、スー」

 

 兄さんに聞いたんだけど……。という呟きは聞き流します。折角なので説明したいんです。教師スタイルなので!

 黒板にチョークを走らせながら口を開く。これ結構難しいわね。

 

 「天秤神ニュートラルが貴方たちのご両親の信仰していたものね。

 この国で一番信者の多い神様。魔術とか商売とか法の神様。信仰して得られるものは少ないけどマイナスもないわ」

 

 描いたのは、簡単な天秤の絵。その両隣に、足が三本の鳥と双頭の蛇をさくっと書いてみる。うん、悪くない。

 

 「左の鳥が光神ロウ。人を治療する術、癒術を使うには、ロウを信仰する必要がある。

 右の蛇は、闇神カオス。人を呪う術、呪術を使うには、カオスを。

 そして、この2つの洗礼を受けて信仰する限り、魔術を使うことはできないわ」

 

 「闇神カオス……聞いたことないですね」

 

 「まあ、あんまりメジャーではないわね。一応、光の対にはなってるけどそうそう街中では見かけないわ。それに頭が2つの蛇をタトゥーとかアクセサリーにしている人にあったら気をつけなさい」

 

 「なぜ? なにか問題でもあるの?」

 

 不思議そうに私を見上げるスーに、頷いて答える。

 

 「カオスを信仰している人間は、基本裏の人間よ。ロウは、あらゆる善行を司っている。その対極のカオスは、あらゆる悪徳を司っていて、肯定しているわ。つまり悪い人が集まる宗教ってこと。

 なんにせよ、できる限り関わらないようにしなさい」

 

 脳裏をよぎる苦い思い出。関わっていいことなかったもの。

 

 「はい。魔法の話に戻りますね。魔法はざっくり5つの属性に分かれます」

 

 ぱっと黒板を綺麗にして、新たに私は、箇条書きする。

 

 

 ・月 私はこれ。

    今黒板を綺麗にしたのもカイムに放った電撃もこれの応用ね。

  星、大気、雷を司る。

 ・火 

  熱、破壊、火を司る。

 ・水 カイムはここよ。憶えておいて。

  再生、流れ、水を司る。

 ・木 ここもカイムは使えるわ。

    二重属性よ。憶えておいて。大事なことなので二回言いました。

  成長、命、植物を司る。

 ・金

  金属、強靱、大地を司る。

 

 

 「属性が司る力を操るのが魔法というものの大まかな概要ね」

 

 「俺の魔法をネタバレ……まあ、いいか……」

 

 テーブルの利用代よ。今どき何でもお金かかるんだから。

 

 「とまあこんな感じ。シルヴァは、使ったことあるのよね?」

 

 「はい、母さんと同じ水が使えました」

 

 ふむふむ、水ね。悪くないわ。便利だからね。旅に、水の魔法使いは必須と言われる世の中よ。

 

 「よし、じゃあ実際に何が使えるか見てみましょう。じゃーん、魔力測定器〜〜」

 

 とテーブルの上に置いておいた魔力測定器を手で示す。魔力測定器は、水晶型で、中を無色透明な液体が満たしている。

 

 「これに手をかざして、中の液体が何色に変わるかで、使える魔法が分かるの。複数使えるなら複数色が現れるわ」

 

 こんな風にね。と黒板に書き加える。

 

 魔力反応色一覧

  ・月 = 白

  ・火 = 赤

  ・水 = 青

  ・木 = 緑

  ・金 = 金

 

 ちゃんとノートに書いてるシルヴァは偉いわねえ。私は、スーみたいにほえーって顔で見てた気がするわ。シルヴァに百点。

 

 「じゃあ実際に――「私やる」――よし、スー。お願い」

 

 わくわくとした様子のスーが水晶に手をかざすと水晶に満たされていた液体が鮮やかな赤と青に変化した。

 

 「火と水? どうなの? 珍しい?」

 

 「いい組み合わせだ。応用性もあるし出力を上げていけばいい火力にもなる。後、2つ属性を持っているのは、それなりの珍しさだ。うちのエルフくらいになると3つ持ってる。あれはもう神がかってるぞ」

 

 「へえ、エルフ。今度会わせてよ」

 

 「いいぜ。今度連れてってやる」

 

 「カ・イ・ム〜〜」

 

 「へいへい。おとなしく呑んでますよ」

 

 いや、ボトルほんと開けちゃってるじゃない! 飲みすぎでしょ!?

 

 「私の分呑まないでよ!」

 

 「へいへい」

 

 「分かりましたでしょ!」

 

 くっ……酔っ払いめ……!! あ、カナッペ食べたい。私の分も残しておきなさいよ。と強く念じた視線をカイムに向けておく。

 

 「とりあえず、そういうことよ。じゃ、シルヴァも」

 

 「分かりました」

 

 スーと入れ替わりで、シルヴァが水晶に手をかざすと無色に戻っていた液体がまたしても青と赤に染まった。スーとシルヴァ、二人とも同じ色か。兄妹ってのはあるわね。

 

 「双子だからですかね?」

 

 「あら、双子なの?」

 

 確かによく似てると思ってたけど……思い出した。ゲームでは、選んだ後、双子の片方が隣で死んでるのよ。胸糞悪いわね。

 

 「僕が先に生まれたので、兄ということになってます」

 

 「身長は、私の方が高いけどね」

 

 「それは……そのうち追い抜く」

 

 意地悪なスーに、渋い顔をしながらもシルヴァが言い返した。うーん微笑ましい。推せる。

 

 「そうね。魔法の形質は、基本血から由来するわ。だから双子で同じなのは、十分ありえる。というより個体として近似になればなるほど同じ属性になるはずよ」

 

 「勉強になります」

 

 「そうなのね」

 

 「そうなんだな。知ってたか? フォン」

 

 「いえ、癒術師には、不要な知識ですからねえ」

 

 「というわけで、本題に移ります」

 

 四者四様な反応を見てから私は、黒板をくるんと回転させた。事前に書いておいた本題がどんっと現れる。ふ、完璧ね。流石私。

 

 「魔法を使ってみましょう」

 

 黒板裏に書いておいたのは、基本魔法の一覧。各5属性の基本魔法は、教科書に載せられるように呪文(テンプレート)化されている。2人がどの属性でもいいように、まとめて書いておいた。

 

 「あれ、かなり頑張って作ってますね」

 

 「凝り性だかんなあいつ」

 

 「酔っぱらいどもは黙ってなさい」

 

 テーブルから茶々を入れてきてうるさい酔っぱらいに釘を刺しておいてから二人に視線を戻す。

 シルヴァは、やっぱりノートに鉛筆を走らせてる。眼鏡の向こうの眼が真剣に、黒板を見ている。スーは、へえって顔をしてた。まあ、気持ちは分かる。

 

 「じゃあ、シルヴァ。使ったことある魔法は、一覧にある?」

 

 「えーっと……〈クリエイト・ウォータ〉を」

 

 「それじゃ、このコップに一杯頼むよ」

 

 「シルヴァ、どう?」

 

 「大丈夫です」

 

 カイムからコップを奪い取って、シルヴァに差し出す。少し緊張している様子で受け取った。

 

 「いつでもいいわよ」

 

 「それじゃあ……」吸って吐いて深呼吸した後「〈クリエイト・ウォータ〉」

 

 シルヴァの指先が一瞬、青く瞬いた。水の魔力反応色。コップの底から水が湧き出て、めいいっぱい満たした。その傍からカイムが一口飲んで、笑顔を浮かべた。

 

 「うん、美味い。お見事」

 

 「ありがとうございます」

 

 「私が先生なんだが……!」

 

 「いや、そういうわけじゃ……」

 

 「大丈夫。シルヴァには怒ってない。よくできました!」

 

 よしよしぽんぽんと頭を撫でる。さらさらだな〜〜。触っていて心地いいからついつい長めに撫でてしまう。

 

 「…………」

 

 スーの視線が痛い。ごめんて。別にお兄ちゃんとるわけじゃないって。すすっとシルヴァの頭から手を引いた。いや、分かるよ。お姉様が許嫁と一緒に歩いてるの見ると無性に腹立たしかったもの。

 

 「それじゃあ次は、私のにお願いします。水が欲しくなってしまいました」

 

 「フォン〜〜……」

 

 カイムと入れ替わりに、フォンがコップを差し出してきた。私、頭痛がしてきた。コップは必要だったけどさ……。

 

 「まあ、いいでしょう。スーは、初めてだったわね」

 

 「……やり方は?」

 

 「魔法は、ざっくり言ってイメージよ。さっきのシルヴァのを思い出しなさい。コップに水を満たすの。それを頭の中で思い描けたら唱えなさい」

 

 「〈クリエイト・ウォータ〉」

 

 「え?」

 

 早くない? なんて思ってたらスーのかざした掌から水が吹き出した。鉄砲水と言い表すのが正解ね。コップが水に呑み込まれて、フォンに、そのままぶち当たった。

 もちろん、まともに浴びたフォンは吹っ飛ぶ。ありゃーー……リビングがびちゃびちゃだ。絨毯後で干さなきゃ。

 

 「こういう失敗かぁ。テーブル巻き込まなかったのは、偉いわよ、スー」

 

 「勢い出しすぎた。次はいける」

 

 うんうん、めげないのはいいわね。

 

 「のんきにしてる場合ですか?! フォンさん、大丈夫です!?」

 

 「とっと……ああ、大丈夫ですよ。ぐしょ濡れですけどね」

 

 「結構勢いよく吹き飛びましたけど?!」

 

 「これでも一応冒険者ですから受け身の一つくらいはとれますよ。酔いも冷めましたし、まあいいでしょう」

 

 「そ、そうなんですね……!」

 

 癒術師でも基本体は鍛えるし、避けることを覚えるから当然といえば当然ね。後衛だから安全っていうのは、幻想よ。

 

 「次は、庭でやりましょうか」

 

 「大丈夫。次は、コップに入れられるわ」

 

 「外に行くわよ」

 

 ――これが私の杞憂で済まなかったってことだけは言っておくわね。

 

 「すっかり酔いが冷めちまったな……」

 

 きめてた髪型もどこかしんなりと元気が無くなったカイムがぼやいた。

 スーの魔法が成功することはなかった。水の量のコントロールがまったく効いていないスーは、何度もカイムを吹き飛ばした。

 数えるのに両手が足りなくなった時、私たちは、家の中で休憩することにした。

 

 「治癒ついでに私がアルコールを分解しましたからね」

 

 そりゃナイスだよ、フォン。

 

 「呑み直すかぁ」

 

 「スー」

 

 「……なに?」

 

 ソファで足をぶらつかせるスーは、拗ねたように唇を尖らせて、冷やしたオレンジジュースを啜ってる。

 

 「魔法の練習、カイムを吹き飛ばすなら何度でもやっていいわ」

 

 「それなら楽しそうね」

 

 つまらなそうなスーの顔に、笑みが浮かぶ。

 休憩にしたのは、スーの集中力があっという間に無くなったから。どうやら興味あること楽しいことには集中力が向くタイプみたい。

 とてもわかる。お勉強ってなると面倒くさいわよね。心の底から理解できるわ……。内心で私は、うんうんと頷いた。

 

 「控えとくか……」

 

 それでいいの。放っておけばずっと呑んでるんだから、全く。水でも飲んでなさい。

 

 「さて、どうしましょうか……」

 

 まあ、目下の問題は、スーの魔法と。

 

 「君の体力か」

 

 「……面目ないです」

 

 ついでにやったシルヴァの体力テストが散々だったのも休憩にした理由の一つ。

 反復横跳びとか50m走。腕立て伏せとか腹筋とかの軽い運動をやらせてみたんだけどこれがまあ、貧弱。びっくりね。

 

 「鍛え方が足りないわ、兄さん。しょうがないわね」

 

 「くっ……なにも言い返せないこの貧弱さが憎らしいよ……」

 

 ちなみに、スーは、シルヴァの倍動いたけど元気も元気。これがもやしっ子とお転婆娘の差か……。

 

 「じゃあ、そこを改善させましょうか。カイム」

 

 「うん? なんだよ。酒は呑んでないぞ」

 

 「それは偉いわね。いやちょっとシルヴァと走ってきてくれない?」

 

 体力つけるにはやっぱり走り込みだと思うの私。実家でも走らされたし。多分そう。ゲーム的にも体力トレーニングでは、走る一択だったわ。

 

 「え? なんで?」

 

 「そりゃ協力トレーニングが最も効率がいいからよ。とりあえず今走れそうな人とシルヴァを走らせようと思うの」

 

 「なんだろうな。微妙に理解できない」

 

 「そのままの意味よ」

 

 「そ、そうか……。

 まあ、いいや。たださ、俺がふっかけた目標を目指してるやつを俺が育てるのは意味わかんねえだろ。塩送ってんじゃん」

 

 「いいじゃない。ちょっと走るくらいよ。それくらい教えただけで負けるようになるの?」

 

 「……いや、ならないけどさ」

 

 「じゃ、決まり。晩御飯、作ってあげるからそれまで走って来てね」

 

 「…………」

 

 なにかもごもごとするカイム。うーんはっきりしないわね。

 

 「いいじゃないですか。食前に運動して、お腹を減らしてきたら一層、夕食が美味しくなると思いますよ」

 

 「子どもを言いくるめるみたいな言い回しするなよ……」

 

 がりがりと頭の後ろの方を掻いて、「しゃーないと」呟いたカイムは、椅子から立ち上がると外を親指で指した。流石、フォン。助かる。

 

 「シルヴァ、走る準備して外に出てこい」

 



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第6話 魔法使いの実習

月姫やってると全然書くのが進まなくて困りますね。


 

 私、あの人がよかったな……。慌てて走っていく兄さんの後ろ姿を見ながら私は、オレンジジュースを啜った。

 

 「コップが面白くないからだめなのよ」

 

 どうしても面白い方を選んでしまう。あの人……カイムに当てるのは楽しい。びしょびしょになった姿は、かなり犬っぽくて面白い。後、情けなくなるのも面白い。

 

 「じゃあ、面白いようにやればいいじゃない」

 

 「カイムにやったわ」

 

 「なるほど。そういうこと」

 

 確かにあれは面白いわね。とハオは、笑う。つられて笑いそうになるのを堪えた。

 

 「じゃあ、今ならコップに入れられるってこと?」

 

 「それは……」

 

 どうだろうというのを言わなかった。弱みを見せるみたいで嫌。実際は、イマイチ魔法の感覚が掴めない。

 だからと適当にやったらカイムがびしょ濡れになる。

 

 「魔法の制御は、結構性格によるのよね。スーは、結構大雑把みたいね。 ……まあ、分かる気もするわ」

 

 「そう? ハオは、器用に見えるけど」

 

 「そんなこともないわ。最初は適当にしすぎてそこら中に電気を流しまくって、皆をビリビリさせてた」

 

 「へえ、練習あるのみ?」

 

 「反復練習は基本ね。でも面白くないと続かないなら……」

 

 どうしましょうか。とハオは、周りを見回す。困った顔。ずずっとストローからオレンジジュースが登ってこない。

 無くなっちゃったわね。無くなれば補充すればいいわけだけど……。

 

 「温いのしかないわ」

 

 キッチンの瓶入りオレンジジュースは、全部冷えていなかった。お高い魔力充填式冷蔵庫が折角あるのに入れてないのは、宝の持ち腐れね。次回は、こんな失態はしないわ。反省。

 

 「あっ、そうよ」

 

 私、閃いちゃった。

 

 「ねえ、ハオ」

 

 「あ、どうかした? ていうか今、名前で呼んでくれた!? しかも呼び捨て! 嬉しい!!」

 

 「魔法って、氷作れる?」

 

 「あ、スルーなんだ……。ええ、作れるわよ」

 

 だけど、と黒板をハオが指差す。

 

 「見ての通り、氷を作る魔法はここにない。ちょっと応用が入るのよね 

 火の属性なら熱の操作をできるから水さえあれば氷を作れる。水もまあちょっと頭を捻れば作れるわ。

 直接氷を生み出すならスーみたいな二重属性が必要になる」

 

 「できるってことね。呪文は?」

 

 「えっと……ああ、そうそう〈クリエイト・アイス〉。あ、すぐ唱えちゃ「〈クリエイト・アイス〉」遅かったぁ!!」

 

 呪文を唱えると同時にハオは、私から飛び下がって、ソファの後ろに隠れてしまった。失礼ね……。私は、ぷんぷんよ。

 

 「ま、どこでも冷たい飲み物が飲めるようになるのは便利ね」

 

 どやっとする私のコップの中のオレンジジュースには、氷が浮かんでる。キンキンに冷えてるのが見れば分かるし、持ってる手にも伝わってくる。

 

 「お見事。だけどそのオレンジジュース半分凍ってるわよ」

 

 水を差すハオを睨んで、そんなわけ……と傾けてみたらとオレンジジュースがちょびっとしか口に入ってこない。これだとアイス? シャーベット? 美味しい。

 

 「……ホントだ」

 

 「ま、今回は、誰も吹き飛ばさなかったし、成功でいいでしょう」

 

 やった。合格ゲット。

 

 「じゃあ、そういうことで……」

 

 スプーン取ってこなきゃ。

 

 「いえ」

 

 肩を掴まれただけで動けないとかある?

 

 「今の勢いで、クリエイト・ウォータ、完璧にできるようにしようね。基礎を疎かにすると痛い目あうわよ」

 

 本気だ。テーブルで紅茶を飲んでるフォンに助けを求める。両手でバツを作られた。だめみたい。残念。 

 

 「……シャーベット食べてからじゃだめ?」

 

 「よろしい」

 

 

 +++

 

 

 「はや……い……」

 

 「まじで体力ないな。軽く流してるだけだぞ」

 

 僕は、今、自分のあまりの情けなさを噛み締めていた。いくらなんでも体力がない。いや、カイムさんが速いだけじゃないか? 現役冒険者の軽くは、普通じゃないと思う。

 

 「言い訳はなしだぞ」

 

 道端に転がった僕を覗き込むカイムさんの呆れた視線が突き刺さる。痛くは無いのに、なぜか物理的に痛い。

 

 「……大丈夫です」

 

 口に出してはなかったはずだけど……。ただ、実際言われた通りだ。今僕は、自分に言い訳していた。立ち上がってもカイムさんを見上げるようになるけど僕は、カイムさんの目を見て。

 

 「僕、いけます」

 

 汗が額を伝う。汗でびしょびしょに濡れた服がうっとうしい。息もまだ荒くて、整ってない。だけど僕は、走らなきゃと思った。

 

 「へえ、そうか」

 

 なにが面白いのか分からないけどカイムさんは、にやっと笑った。

 

 「んじゃ、もうちょっとペース落としてやるからついてこいよ」

 

 「は、はい!」

 

 「あ、そうだ。こういうのご褒美があった方が頑張れるところないか?」

 

 「ご褒美です、か」

 

 走りながら話すのが難しい。

 

 「なんだよ。欲しくないのか?」

 

 「い、いえ、そんなことはないです!」

 

 「よかろう。俺の普段のペースについてこれるようになったら――」

 

 ご褒美、なんだろう。経験談? 技術? 知識? それとももっと分かりやすいお小遣いとか? 色々候補がぐるぐると頭の中で回る。

 体力は相変わらず無いけどちょっとペースに慣れてきたからか、考え事も少しできるようになってるみたいだ。いい兆候だと思う。この調子で足を引っ張らないように……。

 

 「ハオの昔話だ。恥ずかしい話から面白い話までなんでもしてやるぜ」

 

 「ごふっ!!」

 

 「お? 好みじゃなかったか?」

 

 「い、いや、えーっと……。プライバシー的にいいんですか?」

 

 「難しい言葉知ってるな、お前。嬉し恥ずかしに着色するから大丈夫だろ」

 

 「大丈夫なんですか……!?」

 

 まったく大丈夫だと思えない。

 

 「お前は聞きたいと思ったんだけどな。あんなあっつい視線向けててさ」

 

 「……分かりますか」

 

 「俺は、あいつみたいに無意識誘惑鈍感女じゃないからな。分かっちゃうわけだ」

 

 ウィンクがやたら似合う人だ……。かっこいい人だし、これはきっと何人も女の人を泣かしてきたに違いない。

 

 「で、どうする?」

 

 それは、それとして。

 

 「聞きたい、です……」

 

 欲求に逆らえない僕を許してください、天秤神様。走りながら空高くにいるという天秤神様に懺悔した。許されないと思うけど。

 

 「じゃあ、決まりだ。これから頑張ってついてこいよ」

 

 「はい!!」 

 

 ……あれ。というかこれから……? これからってことは……。

 

 「あ、そうだ。お前に聞きたいことがあったんだ」

 

 「聞きたいこと?」

 

 突然の質問に、思考がぷつんと切れる。

 

 「あいつさ。なんか変な行動とかとってないか? 気になるところとか妙なところとか無いか?」

 

 「はあ……」

 

 突然だ。変わった、気になるところ、妙なところ……。

 

 「うーん……存在じたいが変わった人で、気になる人、妙な人なので……急に言われても……」

 

 「まあ、そうか。そうだよな。普通のやつは、わざわざ才能があるからって子ども拾って、家まで買わない」

 

 「はは……。確かに。それで、どうしたんですか?」

 

 「……微妙にな」

 

 その時の、カイムさんは、会った時の中で一番真剣な顔をしていた。

 

 「なんか俺の知ってるあいつと微妙にブレるんだよな」

 

 「微妙に……」

 

 「ま、いいや。とりあえず、ラストスパートいくぞ!」

 

 「え、はい……って早い!! 早いですって!!」

 

 さっきまでのペースとは段違い。それはもうあっという間に、カイムさんの背中が遠くなっていく。

 

 「最終的にはこれくらいの速度は出してもらうからなー」

 

 気づけば随分と遠くから聞こえるカイムさんの声に、それこそ僕は、気が遠くなるようだった。

 

 「……走らなきゃ、距離は縮まらない」 

 

 だけどそう。僕が一歩でも進むためには、今、この一歩をできる限り速くするべきだ。だから僕は、走る。走った。そして、気づけばぶっ倒れてた。

 

 

 +++

 

 

 「……酷い目にあった」

 

 「しょうがない兄さんね。毎朝ランニング付き合ってあげる。頑張って体力作って」

 

 「あ、ああ、ありがとう。スー。助かるよ。ところで魔法の方は?」

 

 「ばっちりよ。兄さん。オレンジジュースを冷たくできるようになったわ」

 

 「そうか……。スーは、すごいな」

 

 「それほどでもないわ」

 

 夜の7時。私たちは、夕食を囲んでいた。ぼろぼろのシルヴァと余裕の表情があるスーは、対照的。

 シルヴァは、兎も角、スーは、もっと魔法の練習詰め込んでもいいわね。

 

 「……なんか寒気がした」

 

 「風邪か? 気をつけろよ」

 

 「しかし、シルヴァ。あれくらい軽く付いていけないとこれから困るぞ」

 

 シルヴァにスプーンを向けるカイムの顔は、また赤い。説教親父っぽいわね。酔うの早くない?

 

 「酔っ払いの絡みは、鬱陶しいわよ。あんまり無茶させないでよね」

 

 「今日は、フォンも居るから大丈夫だ。自分の体力の限界くらい知ってたほうが後々役に立つだろ」

 

 「それは、そうかもしれないけど……」

 

 カイムの言うことも一理ある。いつだって誰かが助けてくれるわけではない。自分でどうにかしなきゃいけない時がいつかくる。その時、自分がどれだけ動けるか把握しておくのは、重要なことだというのは分かる。

 

 「なにより俺が教えるんだから生白いままでいさせない」

 

 「あら、そうなの?」

 

 「……そういう話じゃなかったのか?」

 

 「そういう話に持っていこうと思ってはいたけど、自分から買って出てくれるとは思わなかったわ」

 

 手間が省けたわね。タイプの違う二人を一人で教えるのは、ちょっと大変だと思ってたのよね。カリキュラムを別に作らなきゃいけないし、同じことをやっても非効率だし。

 

 「俺自身もこういう経験もいいだろうと思ってな。別に、条件を撤回したわけじゃないぞ、ハオ」

 

 「分かってる。ま、大丈夫よ。貴方が教えるなら」

 

 「いや、それは……まあ、そうだな……」

 

 完全に自分の発言が首を締めることになって、カイムは、言葉を濁した。

 おもしろ。ワインが進んじゃう。あ、このワインめちゃくちゃ美味しい。道理でカイムがすぐに酔うはずね。

 

 「話がまとまって何よりです」

 

 フォンは、にこにことグラスを傾ける。ずっと呑んでるのに全く酔っ払った様子がない。相変わらず酒に強すぎる。

 

 「とりあえず、他二人と仕事をするか休みにするか決めるようにしようと思ってますが、構いませんか?」

 

 「ええ、もちろん。面倒事押し付けてごめんなさいね」

 

 「いえいえ、たまにはこういうこともあるでしょう」

 

 さっすがフォン。話が早い。年の功ね。

 

 「じゃ、話もまとまったしもう一回乾杯しましょ!」

 

 「なんだ? 酔っ払ってんのか?」

 

 酔っぱらいに言われたくないわよ。ジトーっと見てくるのでジトーっと見返す。

 

 「酔っ払ってない! 新たな門出よ? 祝わなきゃ! ほら! シルヴァにスー、フォンも!」

 

 「あーあー、分かった分かった」

 

 「はは、楽しそうでいいじゃないですか」

 

 「酔っ払いだ」

 

 「酔っ払ってますね」

 

 「はい! ぐだぐだ言ってないで、グラス挙げる!」

 

 あー聞こえない。苦笑いしたカイムが、グラスを掲げる。続いて、シルヴァとスー、フォンが掲げた。それでよし。

 

 「私たちのこれからに! かんぱーい!」

 

 『かんぱーい』

 

 こうして、私たちは、最初の一歩を踏み出したのでありました。お酒が美味しい。

 




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第7話 効率追求とその結果

Netflixの極工夫道おすすめです。
めっちゃツダケンが摂取できます。


 2人への本格的な鍛錬と勉強を始める前に、私は、まず効率を上げようと思った。

 あの子たちはとっても優秀。シルヴァは、魔法。スーは、身体能力。それぞれ欠点はあるけど特筆したところがある。

 だけど欠点は埋めなければならない。そしてその欠点を埋めるのは、時間がかかる。

 特にシルヴァの身体能力。積み重ねるしかないところではある。日々のトレーニングと食事に睡眠が体を作るんだから。

 

 それ以外にできることいえば、魔道具による学習の効率上昇とか経験値の上昇。そういうものは、普通なら買うにも高価、市場にもそうそう現れない。

 だけど丁度いいものが私にはある。私にはもう意味がないもの。ゲームだと確かレアアイテムに該当していたはずだ。

 私にとってこれは、その程度の価値だけじゃない。もっともっとずっと価値があるもの。

 思い出の品だけど今、私が持っていて意味はない。

 

 「これ、2人にあげる」

 

 「指輪?」

 

 「……綺麗」

 

 ある日の夜、私の部屋に2人を呼び出していた。月は丸くて、そのくっきりとした輪郭が夜闇の境に滲んでいた。雲も少ないから夜空によく映える。

 そういうある日の静かな満月の夜。

 

 「魔法銀(ミスリル)で作ってる魔道具で、天秤神様の祝福がかけられてるの。私の兄と姉から貰った強くなれるようにっていうお守り」

 

 私が冒険者になる前、騎士になる前、私がまだなんとか剣を持てるようになった頃、お兄様とお姉様から頂いた魔道具。その時のことは、いつだって鮮明に思い出せる。

 

 「同じものを……?」

 

 「笑っちゃうでしょ。私のためにって2人とも同じタイミングで同じものくれたの。その時は、すごくびっくりしたわ」

 

 今だって思い出し笑いがすごい。いつまでも忘れられない、嬉しい思い出。

 

 「えっと……でもそんなご家族からの贈り物なんて大切なもの、いいんですか?」

 

 指輪を手のひらに乗せたまま困惑するシルヴァに、私は、頷く。

 

 「いいの。私にはもうアクセサリー以外の意味はないし、今の貴方たちが一番役立てるものだから」

 

 「僕たちが……?」

 

 シルヴァが首を傾げる。スーは、もう夢中で指に通して、眺めてる。女の子ね。その気持ち分かるわよ。私も昔、お姉様とお兄様に頂いた時そうだった。

 

 「その指輪はね、学習能力の向上とか手に入れられる経験値を上乗せしてくれる……つまり強くなるための補助をしてくれる。いいでしょう?」

 

 「それならハオさんの方が……」

 

 「成長期の子どもにだけ有効って条件があるの。だからもう私に意味はない」

 

 成長期も思春期も過ぎ去ってしまった私には、もうなんの効力もない。お母様の加護を受ける資格がもうない。悲しいけど時間は残酷よね。

 強力な効果には、代償がつきもの。これは使える時間が限られているだけだからかなり優良な分類。

  

 「だから貴方たちに持っていて欲しい。これから成長する貴方たちに」

 

 「分かりました。ありがとうございます」

 

 「……ありがと。大切にする」

 

 「そうしてくれると嬉しいわ」

 

 思い出の品だけど後生大事にして欲しいから私に、渡したわけではないでしょう。

 特に、お兄様は間違いなく絶対そう。私を優秀な騎士にするために渡したに違いない。

 ごめんなさいね。でも、私冒険者として頑張ってます。

 これからはこの子達と頑張ります。

 

 「2人とも夜遅くにごめんなさいね。明日から忙しくなるわ。今日はもうおやすみなさい」

 

 「はい、よろしくお願いします」

 

 「うん、よろしく」

 

 強くなれる時間は、少なく短い。ぱたりと背後で静かにドアが閉まった。

 

 「私も頑張らなきゃ」

 

 明日への思いを胸に、私は、部屋の明かりを消した。

 

 

 +++

 

 

 ――それから気づけば季節は、秋に差し掛かっていた。

 地道な積み重ねの日々だったけどやることが多くて、時間の経過はあっという間だった。

 陽射しは、夏より和らぎ、緑が過ぎ去る季節。読書と食欲と運動と……後、なにかしらの季節。動物が忙しなく溜め込む季節。落ち葉が舞う季節。

 

 「私の期待は間違いじゃなかった。貴方たちの努力は無駄じゃなかった。そう思わせて」

 

 自分にしか聞こえないよう独りごちる。

 自分勝手すぎるよ、私。内心で思って、自嘲気味な笑みが零れそうになる。

 その私の目の前で、切り揃えられ、青々とした芝生が白く染められていく。氷がパキリと生まれていく。微かな冷気が私の肌を刺す。柔らかさを失った芝生は、ツンと尖っている。見た限りかなり硬くなっていそうだ。

 そういう芝生が私に向かって、頭を垂れていた。

 どうやらただ凍らせたわけでないみたい。何やら複雑なラインを凍った芝生で描いている。何をやる気なんだろう。

 

 「氷弾(アイスショット)

 

 「よっと」

 

 考える時間は与えないようにってことね。偉いわよ、シルヴァ。

 氷弾を軽く剣で払う。1、2、3、4、5――6は、来ない。5つが限界。

 飛んできたほうを見るとその背丈ほどある杖を構えたシルヴァの姿。深海のような青の双眸が眼鏡の向こうから静かに私を見ている。焦ってはいない。こうなることが分かっていたってとこかな。

 

 「っ!」

 

 お返しに私が向けた人差し指からシルヴァは、急いで逃げる。

 うんうん、それでいいわ。今は、それでいい。一応、牽制ついでに電撃を放っておく。ばちんと空中を微かな雷撃が走り抜ける。

 魔法は、イメージ。呪文による定型(テンプレート)な起動は、強力な術や安定させたい術、出力や精度を上げたい場合でもちいるのが基本だ。

 こういう簡単な魔法の行使は、やりたいことをイメージするくらいでいい。

 

 「隙あり!」

 

 そんなことをしていると声と共に影が私に差す。半身を向ける。

 ダンッ!と大斧が地面を裂いて、砕く。舞い上がる芝生、土。遅れてやってくる風が私の前髪を舞い上げた。

 鋼の煌めき。重々しさが見れば伝わる両刃の大斧。昼間の陽射しが軽く反射する。

 柄の方には、大斧と不釣り合いなスーがいる。白銀のポニーテールの毛先が踊る。ルビーのような双眸に、不満げな色が宿っていた。

 

 「スー。不意打ちで、声を出すのはだめよ」

 

 「思いやりよ。声が無きゃ避けれなかったで、しょっ!」

 

 減らず口を叩いたスーは、大斧を蹴り上げて、肩に担ぐとその勢いのまま、滑るように離れていく。

 なるほど。足元を凍らせたのは、移動手段ね。その速度には、思わず感心してしまう。

 そこへ差し込まれる氷弾を剣ではなく雷撃で迎撃する――「がっ……!?」――あっ。

 

 「……うーん、しまった。いつもの通りに撃っちゃった」

 

 魔法で避けようとしたシルヴァに、電撃が見事命中してしまった。

 ばちんと音をたてて、シルヴァがごろんと転がった。あんまりかっこいい倒れ方ではないね。私ももう少し手加減をするべきだったわね。

 反省反省。

 

 「人に教えるのも大変ねえ……」

 

 息を吐いて、私は思わず肩を落とす。

 

 「兄さんの役立たずっ!!」

 

 「役、立たず……!?」

 

 妹の心からの罵声に、シルヴァは、目を大きく見開いてがくっと頭を落とした。

 

 「うん。今のは、ダサくはあるよな」

 

 痺れて立ち上がれないシルヴァを邪魔にならないようカイムが引き摺っていく。

 運び方が雑よ。つい苦笑い。

 

 「私がまだ残って――「いえ、終わりよ」――ぴっ!?」

 

 加速しようとしたスーが目を見開いて、細かく震えると膝から崩れ落ちた。

 どすんと重く大斧が地面に突き刺さり、ぱきんと氷が一気に水に返った。凍らせていたスーの魔力の供給が途切れたのだ。

 電熱で、軽く氷を解して、一気にちょっと強めに電撃を走らせておいた。やっぱり防御がおろそかね。このへん指導しなきゃ。

 再度反省。

 

 「足元がお留守。ちゃんと反撃を意識してないとこういうのを食らうわよ。肝に銘じておきなさい」

 

 返事はない。痺れて口が回らないんでしょう。

 

 「ま、ここ半年経たずにこれだけできるようになるのは、大健闘だと思います! よくできました」

 

 「……まだ、やれます」――立ち上がるシルヴァ。子鹿みたいにプルプルしてるけど悪くないわ。

 

 「私だって……!」――いい負けん気ね、スー。女の子は、そうじゃなきゃ。

 

 「元気なこった」――他人事みたいに笑うカイム。いや、なに観戦してるのよ。

 

 「今度の相手は、カイムよ! 半年以内の約束、ここで終わらせてきなさい!!」

 

 「あ!? 今かよ!! てめ!! シルヴァ、不意を打つな!! スー! 笑いながら武器を振るな!! 怖いだろ!」

 

 けしかけられた弟子2人からカイムが逃げていくのをお腹が痛くなるほど私は、笑った。

 目尻に浮かんだ涙を拭って、近くの手頃な岩に腰をかける。

 

 「もう半年かぁ……」

 

 西ブロックの外れ。小高い丘の上にあって、魔王種〈ストリボーグ〉の被害をまぬがれた家屋の一つを私が買い取ってからもうそんなに経つ。

 眺めが良いのが私のお気に入り。周りに他の家がないのも景観を損ねずいい感じ。

 

 何気なくステータスを開いてみる。開くのは簡単。念じるだけ。

 私があの子たちを知る度、ステータスに表示される情報は増えていった。

 

 ○個体名:シルヴァ・フィルメント 13歳(男)

  ○ステータス

   スタミナ    : E→D

   パワー     : E→E+

   スピード    : E→E+

   インテリジェンス: B

   ラック : E

  ○魔法属性:水、火

  ○装備:杖

 

 ○個体名:スー・フィルメント 13歳(女)

  ○ステータス

   スタミナ    : C

   パワー     : C

   スピード    : C→C+

   インテリジェンス: E→D

   ラック     : E

  ○魔法属性:水、火

  ○装備:大斧

 

 「ここまで順調なのは、運がいいから? いえ、2人の努力の賜物ね」

 

 だってこのラックだものね。思わず口元が緩んだ。

 そう考え事をしているとふと強い風が吹く。

 魔王種〈ストリボーグ〉が現れてからもう半年。

 この街に刻まれた傷跡は、街並みや人の心に残るものだけではなく吹く風もどこか変わってしまったように、シルヴァやスーには感じるらしい。

 2人を育てることを決め、半年しかこの街に住んでいない私には、違いが分からなかった。

 季節は、秋になろうとしている。涼しげな風が私の髪を揺らす。

 

 「おっ、当てた」

 

 氷弾がカイムの頬を掠って、明後日の方向に消えていったからカイムの口があちゃーという形を取るのに、また笑ってしまった。

 とりあえず第一関門突破でいいかしら。

 ……最終的に、いくつの関門になるのやら。

 

 「あーくっそ……。やられたな」

 

 「やった……!」

 

 「私と兄さんがコンビを組んだんだからカイムくらい余裕よ」

 

 「はいはい。よくやったよくやった」

 

 言葉と裏腹に笑顔のカイムは、シルヴァとスーの頭をくしゃっとやった。その顔を見上げて、私は、勝ち誇った。

 

 「偶然なんて言わせないわ。私たちの勝ちよ」

 

 「むかつくドヤ顔しやがって……。分かってる。俺の負けだよ」

 

 「清々しい笑顔しやがって。うりうり。悔しいって言ってみな!」

 

 「うるせえよ、馬鹿」

 

 なんとなくからかいたくなったので、頬を指でぐりぐりとしてみた。

 鬱陶しそうなカイムがどうにも面白い。

 

 「まあ、なんだ。お前の見る目は間違ってなかったよ。

 同じ歳の頃の俺が同じように教えられてもこれくらいできたかは分からない」

 

 「へえ、褒めてくれるじゃない」

 

 「率直な感想だよ」

 

 「じゃ、これからもお願いね」

 

 「暇な時はな」

 

 よっと跳ねるように立ち上がったカイムは、軽く尻を払って、真面目な目を私に向ける。

 

 「財布も寂しいし、仕事の方も再開しなきゃなんないからな」

 

 なら仕方ないか。

 

 「そっ。じゃあ、パーティの方、しばらくお願いね」

 

 「なに、俺がリーダーになって、俺色に染めておいてやるから安心しな」

 

 「人望無いから無理よ。残念だったわね」

 

 そんなことはないと思うけどちょっとムカついたので、そういうことにしておく。

 

 「は、いってろ。お前よりずっとよく仕上げてやるよ」

 

 「無理でしょ。私がいての雷の双牙(ライトニング・タスク)よ」

 

 「言うじゃねえかよっ!」

 

 声と同時に、カイムの上段蹴りが襲いかかってきたからくるんと華麗に躱してあげる。空振ったつま先が空を切る音がした。

 

 「ほらほら、鬼さん。手の鳴る方へ。捕まえたらカイムが雷の双牙(ライトニング・タスク)のリーダーでいいわよ」

 

 「ほーー……言ったな。いいぜ。全力で捕まえてやる、よ!」

 

 子どもたちの突き刺さるような視線を受けた鬼ごっこは、そこそこ続いた。勿論。

 

 「――私の勝ち!」

 

 勝利のV! カイムの方が足は早いけど近距離なら躱すのくらい訳はない。

 いい汗かいて、お腹も減った。時間も丁度いいわね。

 

 「今夜は、カイムの奢り! 決まり! 敗北者に拒否権無し! 敗北者は搾取されるのみ! シルヴァ、スー、行くわよ!!」

 

 「お腹減りましたね。何にしましょうか」

 

 「お肉がいいわ、私。牛と豚、鳥……悩ましい」

 

 「それじゃあ、焼き肉ね。カイムよろしく」

 

 「畜生が!!」

 

 他人の金で食う肉は、最高よね。高いところ予約しよ。 

 

 




こいつら毎回飯食ってる気がしますね。
感想評価よろしくお願いします。


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第8話 初めてのハンティングクエスト

今月からマーベル映画が毎月あるって聞いてびっくりしてます。
恐ろしいですね。


 

 「というわけで、初めての討伐任務です! はい、拍手!」

 

 「ぱちぱち〜〜」

 

 「は、はい」

 

 乾いた拍手が空と人っ子一人居ない平原に響く。ついでに鳥の声、風の音が賑やかしとばかりに通り過ぎた。

 現在地は、私たちの住んでいる〈ユーフォルビア〉近辺の馬車で30分ほどにある依頼主の村で簡単な挨拶をしてから徒歩5分のところ。

 広い平原と直ぐ側には広大な森林が広がっている。

 言った通り。今日は、シルヴァとスー、二人の初めての討伐任務。ギルドの雑用みたいな仕事と訓練、勉強ばかりだった二人には、とても刺激的な話。

 それもあって、シルヴァは、拍手をする手が震えるほどに緊張しているし、スーは、引き絞った弓矢みたいで、手を離せば獲物目掛けてすっ飛んでいきそう。

 

 「危険な仕事なので、緊張感をもっていきましょう。持ちすぎると動きが鈍っちゃうので気をつけてね」

 

 「は、はい!」

 

 「うん、肩から力抜いてね。歯からも力抜こうね」

 

 「ぱちぱち〜〜」

 

 「上の空だね。森じゃなくてこっち見てね。後、拍手はもういいよ」

 

 いや、本当にどうしよう。シンプルどうしよう。こんなに制御不能になるとは思わなかった。ある意味緊張してるってことかしら? とりあえず制御の効くシルヴァをいつも通りにしておこう。

 

 「じゃ、今日何を討伐しにいくかを説明してもらおうか。シルヴァ、お願い」 

 

 「え? あ、はい。えーっと……なんでしたっけ」

 

 「あれほどした予習復習も緊張には勝てなかったか……」

 

 「すみません、ハオさん……」

 

 「しゃーない。切り替えていこう」

 

 頭を落として、しょげるシルヴァ。

 やっぱり、初めてならこういうもんなのかな。自分の時どうだったかな……。まあ、よしとしましょう。これは、要改善としてメモしておいて、今後の課題ね。

 

 「ぱちぱち〜〜」

 

 「拍手リピートする機械になっちゃった?」

 

 「ぱちぱち〜〜」

 

 目、怖。くわってなってる。ガンギマリじゃん。大きな目がぽろんって出てきそう。わあおっきなルビ〜〜にはならないんだよね。グロだわ。ワクワクしすぎてこんな顔になってる人はじめてみた。

 

 「あ、もう行ける感じ?」

 

 「いや、まだだよ」

 

 「ぱちぱち〜〜」

 

 「怖いから拍手止めて……!?」

 

 早く行かせろってこと? いや、私負けない。ちゃんと先生するわ。拍手を両側から挟んで、拍手を無理矢理止める。無駄に抵抗が強いわね。

 シルヴァは、体力がついてそう簡単にはへばらなくなったし、スーは、前よりずっと動けるように何って、魔法もまともになった。

 いくら半年前より随分と成長しているとしても、これだけは妥協できない。

 

 「まず最初に言っておきます――ゴブリンは、最弱の分類ですが決して簡単な魔物ではありません」

 

 「……それは、そうですね」

 

 お、シルヴァの正気が戻った。くいっとずらした眼鏡を直してる。得意な話になって、思考が切り替わったのかしら? チャンスよ、私。

 

 「じゃあシルヴァ、ゴブリンの特徴、注意点を今回の仕事と合わせて説明お願い」

 

 「分かりました」

 

 「手早くお願いね、兄さん」

 

 「今日だけは返すぞ。しょうがない妹だ……」

 

 こほんと軽く咳払いをして、シルヴァは、私たちの左手数百メートルに広がる森を指差した。

 

 「あの森の中にある廃村に巣を張ったゴブリンの討伐が今回の討伐の基本的な内容です」

 

 「全殺し」

 

 「うん、合ってるけどまだだよ?」

 

 うちの妹怖いなーって顔のシルヴァは、冷や汗を浮かべながらも言葉を続ける。偉いぞ〜〜。

 

 「……ゴブリンは、群れるタイプの魔物です。そして、上下関係があり、非常に社会的な魔物です。さらに、魔物の特性として、群れの規模に応じて様々な種類のゴブリンが現れます。

 腕力に特化したホブゴブリン、機動力のゴブリンライダー、魔法を使うシャーマンゴブリン。統率者のキングゴブリン。ここまで出てくると準魔王種級の驚異として認定されるとのことです」

 

 よく勉強しているわ。読んだ本を頭に入れられていて、簡潔に話せてる。うちの弟子の加点ポイントが多すぎる。

 

 「色々伝承レベルのゴブリンやちょっと謎の多いゴブリンが居るみたいですが、今回のゴブリンは、群れとしてレベルが低いみたいですから除外しておきます。

 理由としては、近くの村で、作物や家畜に被害が出たのを切っ掛けにした依頼の発生ですからホブがいる可能性も低いです。もし、中以上の群れなら依頼者の村が消えています。

 結論、レベルが低く、冒険者の中で言う弱いゴブリンの群れ、つまり発生間もない群れだと思います」

 

 えーっと……。とシルヴァは、何か思い出すように目を泳がせた後、言葉を続けた。

 

 「あと、依頼主の村人からの目撃証言などから森中の廃村がゴブリンたちの巣になっていると思われます」

 

 「よし、合格。シルヴァよく勉強できてるわね」

 

 「ありがとうございます!」

 

 「流石ね、兄さん」

 

 「スーも少しは説明できるように勉強しような」

 

 「……兄さんの言葉が鋭くなるばかりなのハオの責任よ。責任とって」

 

 「どういう責任転嫁よ。とりあえず、シルヴァの説明してくれた通りです。正直、今の貴方たちが力を合わせれば問題ないと思う」

 

 だけど、と前置いて。

 

 「死神っていうのは、油断してるとやってくるものよ。気合入れていきましょう!」

 

 

 +++

 

 

 「……なんでゴブリンいないのよ」

 

 不満げなスーが転がっていたゴブリンの頭を蹴り飛ばした。斬り落とされて時間が経っているからか首の断面から血は、溢れない。

 スーの言う通りだ。僕は、足元に転がっていた両手足を失ったゴブリンを跨いで、廃村を見回した。

 森をくり抜いたようにある廃村は、周囲を高くて厚い柵で囲まれている。

 しかし、整備をする人がいないのもあり、朽ちて、見る影もない。

 家屋も元の形がぎりぎり分かるくらいから屋根を失い雨ざらし、大黒柱がばきりと折れて、横倒しになったものと皆が皆、落ち葉や雑草に塗れていて、自然に帰るところだ。

 その上や間に、ゴブリンだったものが無数に散らばってる。どれも無残にばらばらになっていたり、真っ二つだったり猟奇的に殺されていた。

 

 「他の冒険者と依頼がかぶった? ブッキング?」

 

 それはないと思う。こんな依頼でかぶるのもそうだし、切り口も荒くて、なにより殺し方があまりに雑だ……と思う。

 

 「こんな状況でほっておくような冒険者だとしたら遭遇したくないな……」

 

 ……ちょっと冷静になってきたな。緊張で胃が痛くない。いつもの調子が取り戻せてきたみたいだ。

 

 「そうね。他の魔物の仕業だと思うわ。人里近くだし、死体の放置なんてしないわ。血の匂いに惹かれた獣が食べたりして、魔物になったりするし。他の魔物がやってきたりもする。

 今回の任務だって、最後は、死体を処分するまでが仕事よ」

 

 つい独り言ちたのに、一緒に歩いていたハオさんから出た言葉に僕は、頷く。この人の言うことだ。間違いない。

 

 「……だったら」

 

 廃村の中をくまなく探索したほうがいいんじゃ――と言おうとしたところ。

 

 「ぎゃー!!!!」

 

 酷い叫び声を上げながらスーが走ってきた。尋常ではない表情をしている。敵? いやでも、敵だとしたらスーがこんな顔するか?

 なんて思っていたらザーッと音と砂煙を上げて、スーが停止した。よくもまあ前衛の人間は、こんな大斧を背負ってここまで俊敏に動けるものだ。

 

 「兄さん!! 変態だわ!!」

 

 「? いや、そんなの……――」

 

 迫真の声と鋭い指差しに、僕は視線を引かれて、驚愕した。

 

 「あ、あれは……!」

 

 僕は、知っている。あれの名前を、あの特徴的なマスクと真っ赤に汚れた燕尾服、同じく血塗れの斧を両手に持った下半身が丸出しのゴブリンの名を知っている!

 

 「連続殺()鬼マスクドゴブリン!! こんなところでレアゴブリンの一角に遭遇できるなんて……」

 

 「え? ええ……?」

 

 「ご存じないのですか!?」

 

 「え? あ、いや……ごめんなさい……」

 

 「いえ、誰もがなんでも知っているわけじゃないですからね……。仕方ありません」

 

 うんうんと僕は、頷いた。誰もが何もかもを知っていれば本なんて作られるわけがない。

 

 「最近熱心に読んでた本ってそういう……。あーそれじゃあ説明してもらえる?」

 

 「はい。あれは、ゴブリンの中でも非常に珍しいレアゴブリンに分類されてます。

 その中でもあれは、同族を殺す連続殺鬼鬼マスクドゴブリンです。同族の皮で作ったマスクを身に着けてるのが特徴です。

 ゴブリンは、何故か同族を殺すレアタイプが居るみたいで、世の中には、ゴブリンコレクターという人たちが居て、情報などを収集しているみたいです。ハンターの人たちは、そういうのをまとめて本にしてるんです」

 

 「非常に感銘を受けました……。一つの魔物の種類にそんなに執着ができる人たちの存在とその一つの魔物の奥深さ。実に面白いです」

 

 「そっか……」

 

 「そうなんです……!!」

 

 「それはそうとして……「キモいわ!! 死ね!!」……その珍しいゴブリンがもうぐしゃぐしゃね」

 

 「へ?」

 

 言われて、ハオさんの視線の先を見ると僕は、思わず固まった。余所見をしているうちにスーが連続殺鬼鬼マスクドゴブリンをミンチにしていた。

 

 「あ!! あー!!!! スー、ストップだ!! やめてくれ、ストップ! それ以上ぐしゃぐしゃにされると貴重な資料がぁ!! か、価値が!!」

 

 「悪は、滅びた……」

 

 スッキリした顔のスーの足元には、そのへんの死体よりずっと酷い状態になったゴブリンが転がっていた。血溜まりが広がっていく。僕は、膝をついて嘆いた。

 

 「こんなの、あんまりだ……」

 

 「そ、そうね……。まあ、とりあえずこれの下手人は、始末したわ」

 

 悲しい。僕は、悲しみにくれていた。

 

 「まだよ、ハオ」

 

 「えーー……嘘でしょ……」

 

 ――いや、でも僕の冒険はこれからだ。これからまた色んな魔物に会う。

 

 「そうだ。僕の冒険は、始まったばかりだ」

 

 崩れた家屋の物陰、井戸の底、死体の合間、奥の奥から魔物たちは、レアゴブリンたちが現れた。

 骨だけのスケルトンゴブリンは、片手の剣を引き摺って、土に線を引く。

 何故かかぼちゃを被ったゴブリンハロウィンは、両手にナイフを持って、かぼちゃに空けた覗き穴から僕たちを伺っている。

 地面につくほど髪が長い、白装束の井戸ゴブリンは、長い髪で顔を隠していて、ただ立っている。不気味だ。 

 その手足や口に血と何かの破片が付着している。多分、ゴブリンたちを皆殺しにしたのは、このレアゴブリンだと思う。

 どうしてそんなことをするのかというのは、ゴブリンコレクターの間でも長い間議論されていて、答えは出ていない。

 ある人は、増えすぎたゴブリンの自浄作用だといい。ある人は、レアゴブリンは、ゴブリンしか食べられないのだという。僕としては、どの意見も可能性としてあると思う。つまり、判断がついてない。

 これから考えればいいと思う。

 

 「はは、本で見たやつばっかだ」

 

 嬉しい。とても嬉しい。舌なめずりしてしまいそうになる。誤魔化すために、冷気で曇った眼鏡を服の裾で拭う。

 

 「スー。僕がやるから手を出さないでくれ」

 

 「……私の方に来たらぶった斬るからね」

 

 じっと油断なくレアゴブリンたちを睨みつけるスーに、頷く。それでいいよ。一匹たりともあげないさ。

 

 「ハオさん、構いませんか?」

 

 「いいわよ。元々、貴方たちの力試しに来たんだから」

 

 腕を組んだハオさんは、後ろに下がった。許可も出た。後は、僕の自由だ。息を吸って吐く。習得した呪文(テンプレート)を思い浮かべる。

 

 「やろう」

 

 杖の先を僕は、レアゴブリンたちへ向けた。するとレアゴブリンたちは、即座におどろおどろしい声を上げ、襲いかかってきた。

 

 

 +++

 

 

 2人とも属性が2つある。水と火――なんだけどどうにも2人ともその複合術、つまりは、氷の術が得意みたい。

 

 「氷弾(アイスショット)

 

 シルヴァの呪文を合図に、生成された氷の弾丸が先陣を切ったスケルトンゴブリンの頭を砕かんばかりに強烈に叩いた。その呪文を反復させる。新たに生み出された氷の弾丸がゴブリンへと向かう。

 そこそこね。もうちょっと反復の速度を上げて、弾幕の密度を上げたほうがいい。今のシルヴァは、接近されれば抵抗の一つも取れないんだから。

 

 「氷遊弾(アイス・シューター)✕5」

 

 唱えたそばから氷の弾丸が5つ、シルヴァを守るように、彼の周囲に浮かび上がった。

 それでいいよ、シルヴァ。こっちは一人なのに、敵が多いんだから手数は多いほうがいい。

 

 「ガァ!!」

 

 凝りもせず奇声を上げたスケルトンゴブリンが半壊した頭部から破片を散らしながら、シルヴァに突進してくる。フェイントも無くて、知性を欠片も感じさせない。

 避ける? 撃つ? どうするの? 嘘、こんなハラハラするものなの?

 え、やばいわね。し、シルヴァ! ほら!体が動きそうになるのを堪えて、どうにか私は見守る。

 

 「氷結路(アイスバーン)

 

 新たな呪文だ。あれは、確かスーが高速移動に使ってた魔法。その辺りで、私は、シルヴァがやろうとしていることを理解できた。

 杖先が地面を凍らせていく。急速に、まっすぐ。その先には、猛烈な勢いのスカルゴブリンが踏み出した足裏。

 

 「ガ――!??!」

 

 スケルトンゴブリンがシルヴァの思惑通りつるんと滑った。そこまでは読めてたけど、次手には関心したわ。

 勢いよく転んだスカルゴブリンが路面から生えた先の鋭い氷の槍に串刺しにされた。もがいているけど氷の槍に貫かれた上、凍りついていって徐々に動けなくなってきている。

 

 「――氷弾(アイスショット)

 

 止めとばかりに放った氷の弾丸がスケルトンゴブリンの頭を粉々にした。お見事。音無く拍手をする。うん、順調ね。

 

 「……しまった。つい、頭を砕いてしまった」

 

 やってしまったとシルヴァは、渋面を浮かべた。

 コレクションにでもする気だったのかしら……。部屋に、ゴブリンの頭蓋骨が飾られてるのは、悪趣味だし、ちょっと動き出さないか怖いからやめてほしい。

 

 「キィ!!」

 

 不意を突くように、ゴブリンハロウィンがスカルゴブリンを飛び越えて、襲いかかってくる。

 だけどまあ、私もそこからの流れは見えていた。

 事前に置いた5つの氷遊弾(アイス・シューター)がゴブリンハロウィンへと殺到する。

 ダン! ダン! ダン! ダン! ダン! ダン!とものの見事に、()つ命中。元の方向へとゴブリンハロウィンが弾き飛ばされた。

 

 「……おっと」

 

 今のは、すごかった。新たに生成された6つ目の氷の弾丸がゴブリンハロウィンの腹を撃ち抜いていた。西部劇のガンマンの早撃ちを彷彿させた。

 こんなことができるようになってたのねえ……。子どもの成長って早い。

 さて、後1体ね。でも一番不気味なのが残ったわね。

 白装束の、長い黒髪の井戸ゴブリン。通称、貞子。……貞子? これはシルヴァに聞かなかった。だけど知ってる。

 原作知識かな。だって、私は、今の今までゴブリンなんて弱い魔物興味がなかった。

 だから、知った/思い出したのは今だ。

 

 「ちょっとやばいかも」

 

 井戸ゴブリンは、人の怨念とゴブリンの怨念が合体した魔物で、呪術を使うゴブリン。

 呪術とは、闇神カオスの信仰者のみが許された忌まわしき術。

 生物の精神に働き、あらゆる意思を無視し、肉体を蝕み、尊厳を陵辱する悪辣なる術。

 邪悪にして、醜悪。ある国では、使い手であるだけで即処刑されるほど危険視されている。 

 

 「いない」

 

 さっきまで後方に佇んでいた井戸ゴブリンがいない。おかしい。視界に入れていたのにいつの間にかいなくなってる。 

 反射的にロングソードを抜いていた。抜刀したロングソードは、雷の軌跡を私の思い通りに描く。

 結果、数本の黒髪が空中を舞った。斬り損ねたのを手応えのなさとシルヴァの背後に立つ井戸ゴブリンの姿が私に教えた。

 

 「シルヴァ!!」

 

 「兄さん、背中がお留守よ。しょうがないんだから」

 

 血に濡れた斧を蹴り上げてから肩で担ぐとスーは、得意げにどやっとした。

 

 「いや、僕だって井戸ゴブリンの背中を常に狙う性質くらい……いいや、助かったよ」

 

 それにシルヴァは、なにかと言い返そうとして、諦めると疲れたようにその場に座り込んだ。そこは減点。

 足を氷に覆われた井戸ゴブリンが唐竹割りにされ、中身を地面にぼろぼろと零していた。温かさを冷気が急速に奪っていくのが見えた。

 

 「……なぁんだ」

 

 心配無用ね。と私は、肩を竦めて……。

 

 「2人ともお疲れのところだけどお代わりよ」

 

 「うわ」

 

 「こ、これは!!」

 

 廃村に差す影は、私たちを影で塗りつぶしてしまうほどに大きい。

 スケルトンゴブリンに似た容姿だ。でも大きい。3メートルはある。腕も多い。左右4本ずつ。これは、別の種類ね。

 

 「ヘカトンケイルゴブリン! めちゃくちゃ珍しいやつですよこれ!!」

 

 「土臭くて、虫塗れで、キモい。早く殺そうよ」

 

 この反応は、予想できたわね。つい半笑いを浮かべてしまう。

 

 「いや、様子を見よう。攻撃パターンを見極めて……」

 

 「じゃあ、殺してくるね」

 

 「スー! だめだ!! 様子を見てくれ!! 頼む!! ああああ、そんな無理矢理!? 入らないところに入れちゃだめだ!! もっと優しく! 優しく殺してあげて!! 飾るから! 部屋に飾るから!!」

 

 「絶対嫌」

 

 「ああああああああああああああああ!?!?!?!?!」

 

 「ガアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 無残に破壊されるヘカトンケイルゴブリンとそれを止めるすべの無いシルヴァの絶叫が夕焼けに木霊した。

 まあ、うちにあんなの飾られても困るしね。うん、しょうがない。これに関しては、私は、スーを全力で応援することにした。

 

 「あんまりだぁ……。あんまりだよぉ……」

 

 数分後、ばらばらになったヘカトンケイルゴブリンとその死骸の前でおんおんと泣き声を上げるシルヴァを見て、スーは、冷たい視線を向けていた。

 

 「本当にしょうがない兄さん。昆虫標本で満足しておけばいいのに」

 

 「――……まだだ。僕の冒険は、始まったばかり……!!」

 

 立ち上がるシルヴァの声は、涙声。けど強い決意を感じさせた。

 

 「次こそは、絶対……!!」

 

 「育て方間違えたかしら……」

 

 シルヴァの今後がとても不安になった私であった。

 




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第9話 スーの一日

ストックがなくなっていくのに震える日々を送ってます。
シャン・チー、面白かったのでおすすめです。


 兄さんが起きてくるのは大体7時。そこから自主トレで、筋トレしたりランニングして、8時くらいには、帰ってくる。ちょっと前までは、疲れ果てて玄関先に倒れているのを見れた。

 けど最近は、かなり体力がついたのかへとへとくらいで、だらしないあの姿が見れなくなったのがちょっと残念。

 ハオは、早い時は私より早い。遅い時は8時くらい。冒険者時代は、朝早かったから最近ついつい寝すぎるとか言ってた。これはどうでもいい。

 私は、毎日朝の6時に起きている。私が朝ごはんを担当してるからだ。

 

 「今日は、何にしようかなぁ」 

 

 風を切りながら私は、冷蔵庫の中身を思い出していた。魔力充填式冷蔵庫は、よく冷えて食材が長持ちするので便利。お母さんが見たらすっごく喜んだと思う。

 

 ハオが言うに、『朝からがっつり食べるのが冒険者の基本よ!』とか。

 

 『お肉は多い方がいい。魚もあり。鮎の塩焼き食べたいわね。あ、卵は好きなので多めにしましょう。ね?』とかとか。

 

 適当なメニューをループさせると昼夕担当の2人になんだか負けた気がするので、朝もそれなりに大変なのだ。

 朝の習慣として、朝食の準備前に軽く走り込んでる。頭が覚めるくらいに体を動かすようにしてる。別に必要じゃないけど兄さんが走ってるのに感化されてはじめた。

 なんか朝に走ると気持ちいいらしい。インドアな人が走り始めたときに言いそうなことだよねって言ったらしょぼんと肩を落としてた。

 ちなみに兄さんは、夜型。夜中までずっと勉強したり本を読んだりしてるから自然とそうなったみたい。

 ほら、インドアでしょう? しょうがない兄さんよね。

 

 そうこうしてるとここ最近のお気に入りスポットに近づいてきていた。家から坂を下って、少しのところにある空き地。私は、一週間くらい前から毎朝来ている。

 ぶわっと暴風みたいな強い風が挨拶代わりに私の顔に叩きつけられた。馬鹿みたいに大きな大剣の形をしてる木剣の切っ先が私の顔面目掛けて向かってきていた。危ない。

 ここまで考えた時には、横っ飛びして逃げる。安心したらだめ。自分に言い聞かせる。だって、何もないところを通り過ぎた木剣は、もう振り上げられてる。

 普通なら大丈夫な距離なんだけど相手の木剣が大きすぎる。

 相手が兄さんなら振ってきたところのカウンターを狙う。魔法戦ならともかく、斬り合いなら負ける気はしないもの。

 相手がハオなら? 知ってる範囲の技だと剣じゃなくて魔法が来ると思う。ハオは、毎回びりびりっと電撃を放ってくるから躱すか魔法で受けないとだめ。魔法に誘導されてしまう。魔法が苦手だと分かってるから使わせようとしてくる。腹立たしい。 

 うんん、今はそんなこと考えている場合じゃない。

 

 「っ!」

 

 私の頭があったところを木剣が通り過ぎた後、いつのまにか斬り返してきた。斬れるわけがないのに、冷たさを感じる刃先に私は、両手を上げた。

 ちなみにこの木剣の人もハオと同じで勝てる未来は見えてない。

 

 「よお、昨日ぶりだな」

 

 ……でも、今だけよ。

 

 「うん、昨日ぶり。お姉さん」

 

 ちょっと強気に振る舞ってみる。多分見抜かれてると思う。にやって笑った後、剣先が首から離れていく。やっと息が吐けた……。

 

 「じゃあ、いつものようにやるか?」

 

 雑に投げられた木剣を受け取って、軽く振る。いつもの大斧よりずっと軽い普通サイズの木剣。でも兄さんには、きっと重い。ひょろひょろだもん。

 

 「当然」

 

 赤髪で、ショートヘアのお姉さん。男の子みたいに笑う人。耳にピアスがいっぱい。身長が高くて、シャツを着てても分かるくらい筋肉隆々。一回、腹筋を触らせてもらったけどすごい。硬くて、柔らかいの。

 出会ったのは、ちょっと前。場所はここ。朝、通りすがるとさっきみたいに木剣を振っていた。足を止めて見てると今みたいに木剣を投げてきたのが始まり。

 

 「浅い、遅い、軽い。拙いのコース料理か? せめてもっと踏み込んできな」

 

 「うっさい!」

 

 なんでそんな馬鹿みたいにでかい木剣を小器用に振るえるのよ。鍔と柄で、簡単に剣先がいなされてしまうのに、苛立ちがつのる。けど苛立ってる場合じゃない。

 今日こそ一撃入れてやる……!! 私は、その意気込みと共に地面を蹴った。

 

 「口より手」

 

 「っ……!」

 

 意趣返しと深く踏み込んで、わりと、自分史上的には、鋭く当てに行った。なのに軽くいなされた。その上、背中を軽く叩かれて、つんのめる。

 

 「むぅ……」

 

 転ぶのだけは嫌だったので、なんとか踏ん張ってから振り向いた私が口を尖らせるとお姉さんは肩を竦めて、その身長より長い大剣を構えなおす。無防備な背中を打たれることもなかった。

 なによそれ……。不満が喉元までこみ上げてくる。だけど木剣を持ち直すだけにしておく。

 まあ、見ての通り。私とお姉さんは、こうやって毎日木剣で打ち合ってる。

 

 「そういえばお姉さんって冒険者?」

 

 「そうだよ。よくわかったな」

 

 「領主様のとこの兵隊さんとかだったらこんなところにいないから。忙しいと思うし」

 

 「なるほど。確かにな」

 

 「じゃあ、暇人ってわけね。お姉さん」

 

 「暇って訳じゃねえよ」

 

 向かい合った私たちは、雑談をしつつじりじりと距離を測りつつゆっくり回る。

 こういう雑談で隙を作る作戦は何回かやってみたけどだめだった。なのでこれは本当に雑談。うーんそれにしてもどこから行ってもダメそうな未来が見える。

 魔法とかどう? まだ見せてないし、意表を突けるかも。どうだろう。試してみる価値あるんじゃないかな?

 

 「……だめだめ。そんなのだめよ」

 

 考えてたことぜーんぶまとめて私は、捨てた。

 

 「魔法使わなくていいのかよ」

 

 ……見透かされてるし。これだから大人はホントにもうしょうがないわ。

 

 「いいの。魔法係はいるから」

 

 兄さんのがきっと最終的に魔法がずっと上手になるのは目に見えている。

 

 「私は、これで強くならなきゃって思うの」

 

 「そりゃいい心がけだ」

 

 「笑いどころじゃないわ。真面目よ? 私」

 

 「悪かったよ」

 

 いいでしょう。

 

 「この前だってあっさりゴブリンに背中を取られてたし、私がこっちで強くならなきゃ不安でしょうがないの」

 

 「ゴブリンにねえ。そりゃ不安だな」

 

 「でしょ? 本当にしょうがない人なの」

 

 「ふうん、なるほどな。正直に真正面か。悪くない打ち込みだよ」

 

 涼しい顔で受け止められてそれ言う? 

 

 「しかもそれなに?」

 

 「白刃取り。一回やってみたかったんだよな」

 

 絶対指だけでやる技じゃないし、私の木剣が引き剥がせない。指の力強すぎじゃない……!?

 

 「受けないでよ。当たらないじゃん」

 

 「わりと無茶苦茶言うよなっと!」

 

 「へ!? え!? 嘘!?!!」

 

 悲鳴みたいな声になってた。だって投げられたんだもの!! 気づけば地面から離れて、ふわっと空中遊泳してて、ぐわんって感じで地面に顔面から行くとこだった。

 なんとか手で跳ねて、くるんと着地できた。ほんとびっくりした。

 

 「ば、馬鹿力!!」

 

 「おっ、言ったな〜〜」

 

 「え、ちょっと顔が本気っていうか。あ、ちょっと!! いやああああああああああ――――――!!!!」

 

 ――――この後、めちゃくちゃ投げられた。

  

 「……今日もありがとうございました」

 

 「ありがとうございましたって顔じゃないな……」

 

 当然じゃない。ボロボロされたもの。

 

 「あれだけ投げ飛ばされたらこんな顔にもなる」

 

 運動着は、砂まみれ。髪は、ぐしゃぐしゃ。擦り傷多数。膝に痣もできちゃった。

 

 「悪かったよ。軽いから簡単に投げれちまうんだ」

 

 「……私も大きくなるかな」

 

 隣を歩いているお姉さんを見上げる。筋肉もすごいけど身長も大きい。カイムより高い? なによりおっぱいがすごい。身近だとハオも大きいといえば大きいけどこれは桁が違う。

 これは触ってなかった……。触らせてくれないかな……。

 

 「あーそうだな。まずは飯だな飯。ちゃんと食え」

 

 「分かった。そうする」

 

 ご飯……確かにハオは馬鹿みたいに食べてる。ハオよりいっぱい食べるのを目標にしよっと。

 あっ、そうだ。いつも別れる分かれ道までやってきたところで、私は、一つ思いついた。

 

 「お姉さん朝食まだでしょ? うちに来ない? 私が作ってあげる」

 

 「あ? あーどうすっかな」

 

 「いいじゃない。どうせ暇なんでしょ? お腹もどうせ減ってるでしょ?」

 

 「まあ確かに腹は減ってるけどさ」

 

 「もしかして私の料理の腕を疑ってる? お母さん仕込だから自信あるわ。兄さんだって絶賛してる」

 

 ハオは、数に入れません。

 

 「いや、そういうわけじゃなくてだな。仕事があるんだよ。だから遠慮しとく」

 

 「えーー」

 

 ぽんぽんと頭をお姉さんが軽く撫でてくる。嫌ではない。でもそれくらいで誤魔化される私じゃないんだから。

 

 「むぅー」

 

 なので抗議しておくことにした。じーっと上目遣いに睨むと年上は、なんとなく居心地が悪くなるのが分かってる。カイムとか露骨にそう。

 

 「そんな目で見るなよ……。また今度なまた今度。後、しばらく朝は多分来れない。来ないからって訓練サボるなよ」

 

 「また今度っていつよそれ。しばらくってどれくらい? 後、サボらないわよ」

 

 「今度は、今度。しばらくは、しばらくだ。サボらないのは偉い」

 

 大人ってきたないわ。頭をがしがしされても誤魔化されない。

 

 「仕事?」

 

 「まあ、そんな感じだよ」

 

 なんか最近聞いたな……。ああ、カイムが言ってた。忙しくなるからちょっとの間、来れなくなるって。

 

 「そう……。気をつけてね」

 

 「大丈夫だよ」

 

 お姉さんは、にやっと強気に笑った。

 

 「あたし、結構強いんだぜ?」

 

 「知ってる」

 

 ……ただ、ちょっと心配なだけ。

 

 

 +++

 

 

 「スクランブルエッグとソーセージ! うん、朝食って感じ。スー、いいわ。素敵ね。ケチャップある?」

 

 「どうぞ、ハオさん。スー、そこのドレッシングもらえるか?」

 

 「はい、兄さん。しょうがないハオ、こっちにもケチャップ頂戴」

 

 「今日も美味しいわね、スー。はい、ケチャップ」

 

 「ああ、ソーセージの焼き加減いいよ。流石だ」

 

 「私の作ったんだから当たり前じゃない」

 

 うん、今日も完璧な朝食ね。お母さんに料理習っておいて正解だったわ。

 

 「今日は、どうするんですか。ハオさん。やっぱり最近続けてる魔物憑きの動物駆除とかです?」

 

 うげ、それは無しにして欲しい。イノシシとかたぬきの相手は、もううんざり。しかも結構気持ち悪い。思い出したくないのでこれ以上は考えたくないくらい。

 

 「それもう飽きたから他のがいい。後、ご飯時に思い出させること言わないで」

 

 「子どもみたいな事言うなよ、スー……」

 

 「子どもなので」

 

 じゃーんお手軽ホットドッグ。食パンしかないのが残念。でもパンとキャベツとソーセージが合わさって、ふわっとじゅーしーで、しゃきしゃきって感じで美味しい。

 

 「あれ経験値の効率がいいから続けちゃうのよねえ……」

 

 「効率……?」

 

 「あーほら。相手が走り回るし、色々種類があるから色々練習になるのよ。魔物も種類がいるから動物で経験を積むと応用も効いたりするからね」

 

 「なるほど……」

 

 ハオの言ってることはよく分からないけど、動物相手じゃないならいいや。

 

 「じゃあゴブリン? ゴブリンでもいいけど普通のゴブリンがいい。あのレアゴブリンは嫌」

 

 「レアほどじゃないけど普通のゴブリンもそんなに可愛くないよ」

 

 「前回殺り損ねたもの」

 

 「そういう理由か……」

 

 不思議な反応をするのね、兄さん。頭が痛そう。風邪かしら。最近寒いんだからちゃんと暖かくしないと。

 

 「ただ僕も賛成だな。前回は死体しか観察できなかったからね」

 

 「……絶対持ち帰らせたりしないから」

 

 前回の任務の後、ゴブリンの死体とかを持ち帰ろうとしたのを全力でハオと止めたのを思い出した私は、怒りを込めて、兄さんを睨んだ。

 

 「し、しないって……。流石に防腐処理に困るしね。採取するにしても爪とかだよ」

 

 「兄さん……」

 

 「シルヴァ……」

 

 とっても渋い顔をしていたハオと私の視線の集中砲火を食らった兄さんがちっさくなった。

 これは自業自得だと思う。

 

 「まあ、朝ギルドで他のお仕事を貰ってきたからとりあえず見てみて」

 

 そう言ってハオがテーブルに置いた依頼書を兄さんと一緒に覗き込んだ。

 

 「……なにこれ」

 

 「『冒険者初心者講習会のご案内』ですか」

 

 「今更じゃない?」

 

 「まあね。だけど私が教えきれないとことか思いつかないとことかもあるし、受けてみてもいいかなって。どう?」

 

 つまんなそ。私、それなら自主練でいいんだけど。

 

 「いいですね。受けてみます」

 

 ……兄さんはそう言う気がした。つい私は、ふかーいふかーーーい溜息を吐いていた。

 

 「しょうがないわね。兄さんが行くなら私も行く」

 

 「ハオさんは、来られるんですか?」

 

 「今日は、私、別で用事があるから2人で行ってきて。あ、夜も遅くなるから2人でとっちゃって」

 

 「了解です」

 

 「へえ」

 

 ハオと兄さんのやり取りを見て、私は、ホットミルクを飲みながら適当に相槌を打って。

 

 「これはチャンスね」

 

 

 +++

 

 

 「今日も疲れたわね、兄さん」

 

 「9割寝ててそのセリフは、どうかと思うよ。スー」

 

 「だってしょうがないじゃない。つまらない話しか無かったわ。それに、面白いところは兄さんがメモしてるでしょう?」

 

 「面白いというか必要なところだよ」

 

 冒険者ギルドの酒場なのに、プリンが美味しいのってなんだか変。でも美味しいからいいよね。このプリン、ちょっと硬い感じがいい。濃厚なカスタードプリンも好きだけどこういうのもあり。

 

 「それで、面白いこと言ってた?」

 

 「そうだね。スーが好きそうなのといえば……」

 

 「といえば?」

 

 「例えばこの酒場のおすすめメニューは、プリンアラモードパフェとか」

 

 「それもっと早く言ってほしかったわ」

 

 「次頼めばいいだろう?」

 

 「そうね。すみま――「また今度にしような?」……ケチ。他にはなにかあったの?」

 

 もう兄さんたら気が利かないんだから。本当にしょうがないわ。

 

 「冒険者の等級一覧とかかな」

 

 「ギルドカードに書いてるD級ってやつよね。ハオ、説明してなかった?」

 

 「ああ、あれは簡単にだったし、僕の方でもメモできてなかったから改めて聞けてよかったよ」

 

 兄さんの差し出したメモ帳を覗き込むと簡単に一覧にしてあった。分かりやすい。流石ね兄さん。

 

 ○等級一覧

  ・ S等級

   魔王種の複数討伐や国とギルドに功績を認められた冒険者の等級。

  ・ A等級

   ハオさんやカイムさんの雷の双牙(ライトニングタスク)がここ。

  ・ B等級

   魔王種討伐に招集されるのはこの等級から。

   僕たちはまず、B等級にならなきゃスタートラインに立てない。

  ・ C等級

   一端の冒険者としてギルドで認められる。第一関門。

  ・ D等級

   初心者脱出。僕たちがここ。

  ・ E等級

   皆最初はここから。今日来てた人たちは、大体ここ。

 

 「目標って、そういうこと?」

 

 「ああ、そういうことだ。僕たちは、僕たちだけの力でB等級になる必要がある。そこに届かなきゃ魔王種と戦う資格がない」

 

 「ふうん、そうなんだ」

 

 「多分、ハオさんが僕たちに初心者講習に行くように言ったのは、これを理解させるためだと思う」

 

 「ほんとかなぁ……」

 

 ハオって、ちょっと抜けてるところあるしそんなこと無いような気もする。どっちでもいいんだけどね。

 

 「とりあえず目標も分かったことだし、まだ早いし家に戻って、自主練しようか」

 

 「何真面目腐ったこと言ってるのよ兄さん。脳味噌、腐っちゃった?」

 

 「腐ってはないよ。もっと強くならなきゃだめだろう。なら自主練とかしなきゃほら」

 

 「そういうのを腐ってるって言ってるの」

 

 やれやれって感じ。こういう真面目腐ったとこ嫌いじゃないけどね。強くならなきゃってのも分かる。でも今はだめ。

 

 「今日、ハオ帰り遅いんでしょう? 夜も遅いみたいだし」

 

 「ああ、そうだね」

 

 「だったら遊ばなきゃ! せっかくお昼で初心者講習が終わって、街の中まで出てきてるんだから!」

 

 「いや、だけどなあ……」

 

 「仕事が休みの日も兄さんずっと自主練か本読んでばっかなんだから、たまにはいいじゃない」

 

 そうこのまったくもってしょうがない兄さん。お休みの日も自主練と勉強で一日を消費しているのです。休むって意味をご存じないの? 毎日毎日読んでいる本で何を勉強してるのやら。

 

 「ほら家族水入らずにね?」

  

 「……分かったよ。降参だ。スーの言う通り、たまにはいいかもしれない」

 

 「それじゃあ早速行きましょう!」

 

 支払いは済ませてるから顔なじみの給仕さんに手を振って、暇を持て余してる兄さんの手を取るとギルドの外に駆け出した。まっ昼間の人並みをすり抜けながら私は、兄さんの手を引いていく。

 ちゃんと着いてこれて偉いよ、兄さん。でもまだまだな兄さんは、足が絡まりそうになる。

 それがおかしくて笑ってしまった。

 

 「っと、あんまり引っ張るなよ。スー」

 

 甘いわ、兄さん。時間は有限よ。やれやれね。

 

 「今日は、兄さんの足腰が立たなくなるくらい遊ぶんだから急がなきゃ」

 

 「お、お手柔らかに頼むよ……」

 

 「絶対に嫌」

 

 だって楽しみでたまらないんだもの。だから、嫌。

 

 




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第10話 ハオの日帰り冒険記

そろそろ夏も終わりですね。


 

 「たしかこの辺だったわよね?」

 

 古い記憶、白く輝く画面の中を思い出しながら私は、壁をなぞる。軽く叩いて、響きを確かめる。特に変なところなし。ぺたぺたとそこらを触れてみる。

 ああ、ここね。目当ての場所を見つけた私は、軽く壁を押し込んだ。

 

 「御開帳〜〜。こういうのをズル(チート)っていうのかしら?」

 

 私は、シルヴァとスーに、冒険者初心者講習の受講をするように言いつけたその日、〈ユーフォルビア〉の近郊に広がる森林地帯、その一角にある遺跡にやってきていた。

 ほとんど森に埋もれていて、誰にも見つからず手つかずの、いずれ朽ちていく場所。地上から見えるのは、柱の名残とか建造物の間取りくらい。生活の名残は去って久しい。

 年代は、最初の魔王の頃だったはず。

 ここは、ゲームの序盤では訪れることのできない場所。理由は簡単。序盤だと敵が強く、何より体力が保たないから。

 

 「ま、私は別だけどね」

 

 そう、私なら別だ。私なら一人でもここまで来れるし、立ちふさがる魔物を斬り捨るのも簡単。

 遠い昔には、何かの建造物があった場所の床に隠されていた地下室に入り込んで、崩れかけの通路や太い根に塞がれた通路を抜けるのは、余裕。

 そして、こんな風に、昔々の金持ちが作った隠し通路の中の隠し通路を発見するのだって訳もない。

 執念を感じる作りよね。

 

 「一人で来てよかった。こんなの気持ち悪いもんね」

 

 誰が見てもこんなところに突然来て、こんなことを始めるのはおかしな人のカテゴリーに入る。

 自分でもそう思うから尚更他人ならそう感じるはずだ。

 しかし、一人だとどうしても独り言が多くなってしまう。昔からこうだったかしら。分からない。思い出せない。

 しばらく、1人でいなかったから。こうして単独で、危険に飛び込むのも久しぶり。

 

 「私、寂しがり屋になっちゃったのかしら」

 

 苦笑。元々、私という人間は、そうなのかもしれない。

 前世の記憶がこのゲームしか思い起こせない私は、きっと一人で部屋にいるのが大好きだったんだ。

 画面の奥に広がる世界は、友達で家族、そして、恋人。

 リアルで人と付き合えない昔の自分が招いたこと。

 

 「それでよかったのなら、きっとそれでよかったんだと思うわよ。私」

 

 遠い過去を私は慰める言葉を作ってから新たに開いた、何かの生き物が開けた口のような印象を感じさせる扉の向こうへ踏み込んだ。

 

 「やっぱり暗いわね」

 

 とりあえずの感想はそれ。明かりがない。長い時間など物ともせず生き残った場所は、小さな隙間一つ許していなかった。

 風も光も入り込めない、重く、粘つく闇が通路を満たしている。

 これも序盤で来る意味のない理由の一つ。明かりの一つも持たずに通り抜けるのは難しい。

 火を持てばいいのだけれどこの通路で火を灯すと呼吸分の酸素が無くなってしまう。

 ものの数分で体力が尽きてゲームオーバー……というのが準備をせずにここに入り込んだ者の末路。

 ま、そんなこと知ってるけどね。

 

 「タラララ〜ン」

 

 自前の効果音を口ずさんで、腰のポーチから取り出したのは、円柱型の魔道具。早い話が懐中電灯。魔力を込めると明かりが点く。それだけの機能だけど魔道具ってだけで結構値が張る。

 ゲーム序盤で買うには効率が悪い。これは、冒険者時代に買ったもの。

 暗闇に向け、魔力を流すと明かりが点いて、闇を丸くくり抜いた。外から吹き込んだ風が埃を舞い上げている様子が照らされている。

 うん、昨日試した通り問題なしね。

 その先には、通路が続いている。闇が濃すぎて、光を通さないから先の様子は伺えない。

 まるで行き止まりなんてないみたい。

 

 「行きましょうか」

 

 自分を鼓舞して、私は通路を進みだした。

 通路の中は、闇と同じで空気も重い。魔法で呼吸の補助をする。大気を司る月の属性はこういうこともできる。

 硬い壁と床が形作る狭い通路は、足音がよく響く。目的地はこの通路の端にある。もうすこし歩く。

 魔物がいればあっという間に駆けつけてくるだろうからきっとここには、過去に置いていかれた空気くらいしか残っていない。

 なにより今まで私の足跡しかない。薄く積もった埃は、私が通った跡しかない。

 ここには、誰もいない。誰も戻ってこない。

 誰かの為に、扉を閉ざしていたのに。 

 

 「ほんと寂しい場所」

 

 ただただ続く通路を私は、歩いた。時折あるドアの前を通り過ぎていく。

 この中には、目的のものは無くてあるのはトラップだけ。入るだけ時間と命の無駄遣い。触らぬ神にはなんとやら。

 作った人は、ほんと性格悪いわよね。

 とかなんとか考えながら歩き始めて、だいたい5分くらい経った。

 

 「ここでよかったわよね」

 

 記憶を辿って確かめる。ええ、間違いないわ。ここであってる。

 通路の突き当り。右にまだ通路が続いてる。何もないつるっとした壁が私の懐中電灯に照らされている。

 ちなみに右の奥には、罠があって、地下深くに落とされて死ぬ。生き残っても基本登れないので死ぬ。

 

 「えーっと……」

 

 懐中電灯の光を頼りにして、私は、入り口を開けた時と同じように壁を触ってみる。

 ゲームだと調べればいいんだけどそういうわけにもいかない。ここは、地道にやっていこう。ぺたぺたそこらを触れてみる。

 隠されたスイッチを見つけたのは、それを押し込んだ時だった。

 壁の一部がガコンと音をたてて、凹んだ。入り口と同じ仕組み。

 

 「しめしめ」

 

 この奥に、目的のものがある。そう思うと私は、笑みを浮かべてしまった。

 黒く塗りつぶされた部屋に懐中電灯を向けてから、扉の向こうへ私は、躊躇いなく踏み込んだ。

 罠がないのを知っているからこその躊躇いの無さだった。

 隠し扉の先には、部屋がある。棚が並んでいて合間に通路がある。前と左右。やはり闇がある。

 私の探しものは、この棚のどこかで飾られている。深い眠りについている。誰かの手に渡るのを待っている。

 入り口付近を探してみたけどガラクタばかりで、捜し物らしき姿は見当たらない。 

 

 「奥の方も探すしかないか」

 

 魔物を殺して手に入るたぐいであればよかったのに。私の口から愚痴がぽろっと出た。分かってたことだけどこんなに面倒くさいことになると思わなかった。

 とりあえず、左右どちらかの端を目指して、そこから順繰りに見ていこう。

 

 「……なに?」

 

 その時、私の顔を風が撫でた。微風。埃と生臭さを孕んだ風。決して良いとは感じられない風が部屋の奥から流れてきた。

 腰に手をやる。そこには、私の愛剣(ロングソード)がいつも通りにある。

 いえ、あったというべきね。

 

 ――抜刀。反射と魔法。2つの融合が私に、”それ”の迎撃を可能とした。

 

 斬ったものがぼとりと生々しく床を打つ音がした。

 ロングソードを鞘に収め直すのと同時だった。

 からんと自由落下した懐中電灯が床を打つ音が私の耳に届いた。

 そのままコロコロと転がって無作為に光が闇を払っていって、棚の足にぶつかってから懐中電灯は、回転を止めた。

 

 「これは……」

 

 懐中電灯が偶然向いた先、そこには私が今斬り払ったであろうものがあった。

 

 「手……?」

   

 青白く、ぬめった手が懐中電灯に照らされている。ぱっと見、大人の男。それよりも一回りは大きいわね。

 何が居る? 闇の奥に目を凝らす。見えない。闇色が私の視界を遮っている。

 使える魔法がないか考えてみる。

 暗視……できないから懐中電灯を持ってきたのよ。

 電撃で先制、様子見……相手が何か分からないのに、それはちょっと不用意すぎるわね。

 しかし、ここ隠しエリアで敵なんていなかったはず……だけど現実では居るから仕方ないか。

 

 「っと」

 

 なんて思考を巡らせていると追撃が来た。鋭い風切り。さっきより少し素早い。振るうロングソードに、肉を裂く感覚が伝わってくる。懐中電灯の明かりが無ければ、ちょっと不味かった。

 耳を澄まし、音を追って、ロングソードを振る。

 立地最悪。視界最悪。早いところどうにかしたい。ここのどこかに私の捜し物があるのもよくなかった。派手な魔法が使いにくい。壊したら元も子もないからだ。

 ここまで頑張ってやってきたのを無駄にしたくない。

 一日も無駄にしたくないんだから。

 

 「面倒ね」

 

 短く呟く。膠着状態を破る方法を考える。

 伸ばされてくる手? 触手? それは斬れる。刃を触れさせることができれば斬れる。ただ、どこに居るか分からない。前にいるのか。他の通路の、物陰に隠れているかもしれない。

 

 「あ、でもそうよ」

 

 閃いた。触手の猛攻を弾きながら私は、唇の端と端を釣り上げた。これならいけるはず。上手くいく。やってやるわ。

 安全圏からちまちまやってるその顔、拝んでやるんだから。

 空中をうねる蛇が如く向かってきた手を私は、首を傾けて躱す。そして、逃げる前に下からロングソードを突き立てて。

 

 「逃さない」

 

 囁く。どうせ聞こえないだろうけど。手であって、耳はないんだから。

 

 「雷流し(サンダースクリーム)

 

 生み出した雷をロングソードを伝わせて流し込む。ただそれだけだけの魔法。

 だけど、雷に打たれて生きていられる生物は、非常に恵まれた存在だけよ。

 ――貴方は、どうかしら?

 ばちんと鳴る。すぐ傍から肉の焦げる音がする。光の軌跡がすべてを置き去りにして通電する。到達は、すぐ。

 

 「ッーーーーーー!!」

 

 甲高くて、苦しげな生き物の醜い悲鳴が部屋の奥の方から聞こえてきた。

 ロングソードが貫いた手は、重力に引かれて落ちた後、床の上で微細な痙攣を続けている。雷の後遺症。そこにはもう殺意なんて欠片も残っていない。ただ自然な反射のみ。

 後は、音源へ向かうだけ。私の耳と魔法は、悲鳴の持ち主を正確に捉えたから。

 ただ闇一色は、そのままだから懐中電灯を拾い上げる。一歩、二歩。前を照らして、まっすぐ走る。

 戸棚と戸棚の合間を抜けて。

 

 「みーつけたっ」

 

 かくれんぼの鬼役をする子どもみたいな声色が私の口からまろびでた。

 蛙のような見た目をしていた。蛙の手足を人の手に置き換えた、異様な見た目。体は黒ずんでてて、口から舌の代わりに手が伸びている――――。

 

 「面倒くさい面倒くさい。キモい。息するな。早く死んで」

 

 目に毒。あまりの異形さ、醜悪さに反吐が出た。

 もう呪文(テンプレート)は必要ない。

 死ねって思えば電撃が走る。生き物を殺せるくらいの高電圧がビリっと魔物を天国へ直送してくれる。

 

 「今日は野菜中心にしようかな……」

 

 生臭さと焼けた臭いが鼻をくすぐる。いやだいやだと呟いて、奥の方から風が吹いて来るのに気づいた。

 なんとなく、そっちの方に歩いてみる。

 生き物の気配はないからもうさっきのはいないと思う。それからしばらく歩いていると頬を何か冷たいものが濡らした。水? 上に懐中電灯を向けた私は、理解した。

 

 「なるほど。ここから入ってきたのね」

 

 天井に大きく穴が開いてる。経年劣化? それともさっきのが掘り進んできた? どうでもいっか。

 

 「しかし、気持ち悪い魔物だったわね。ああいうの滅びたほうがいいわ。もう二度と出てこないで欲しい」

 

 一通り罵声をぶちまけてすっきりした私は、何気なしにふと照らした棚を見て、思わず目を丸くした。

 懐中電灯の先で照らされているショーケースには、捜し物が飾られていた。

 一目で分かった。これだってピンときた。

 

 「うそ。偶然? 運がいい?」

 

 妙に誘導されていた感じがあるけどまあいいでしょう。気のせいとか本当に運がいいとかかもしれないし。

 今、重要なのは目の前のショーケースの中身だもの。

 ゲームでは、こういう宝箱や隠しアイテム、ドロップアイテムでは、シルヴァ/スー選んだ方の武器が出るようになってた。

 そもそもゲームシステム上、選ぶ必要があるから2人同時に居るっていうパターンが存在しない。

 だからこういう場面では、ゲームの知識が全然通用しない。

 二分の一か、シルヴァとスー両方の武器があるか。そのどっちかだと私は推測していた。

 

 「二分の一ってことかしら?」

 

 他の場所でも二分の一になるのかは分からない。他も回ってみて検証するしかないわね。めちゃくちゃ面倒くさい。

 それは兎も角、ショーケースを開いて、鎮座されている銃を手に取ってみる。

 正直、銃の種類には詳しくない。今も前世もそういうオタクではないから。

 

 「……普通の銃じゃなくて、魔道銃ね」

 

 注ぎ込んだ魔力を弾丸に変換して撃ち出すタイプの銃。

 魔道具の一種、つまり魔道銃。

 普通の弾丸が使えないから装填のための機構が外されてて、代わりに持ち手のグリップに魔力を伝達させる機能がついてる。

 ハンドガンでいいのかしら、これ。マシンガンとかライフルとかでもない。携帯性が高くて、ホルスターがあれば納められるタイプ。

 マットなシルバーで、長い年月放置させれていたとは思えないほど綺麗。装飾はあまりなくて、カクカクしてる。

 機能性とか武器としての面を追求したって感じた。

 綺麗なのは、このショーケースがそういう効果があるんだと思う。持ち出すには大きすぎるから持ち帰らないけど。

 機会があれば持ち帰ってもいいかもしれないわね。いい値段になりそう。

 

 「正直、この手の武器は詳しくないけど、間違いなくシルヴァ向きよね」

 

 スーが好きそうなのじゃないもの。

 ショーケースの周囲を見るとこの銃用のケースがあった。ぴったり収まるから間違いない。

 説明書らしき紙は風化していて読めない。ただ銃の名前が書いてあって、それだけはなんとか読み取れた。

 

 「えーっと……ドミネーター……?」

 

 なんだかかっこいい名前ね。意味は忘れちゃったけど。

 

 「ま、シルヴァが喜びそうだし、ヨシ!」

 

 ケースへ銃をしまい、背負っていたリュックサックに入れると私は、他の棚も調べてみることにした。

 つまらない探索シーンなんてカットカット。

 結論から言うとガラクタとかしかありませんでした。無念。

 戦利品と言っていいのは、シルヴァの銃だけ。スーの武器もあればよかったんだけどね。残念。

 

 「これは、お土産買って帰らないと……」

 

 来た道を戻りながら私は、何をお土産にするか考えることにした。

 

 「お菓子でいいかしら……」

 

 なんて呟いていると棚の下の方、懐中電灯の光にあたって何かがきらりと光った。

 またガラクタ? と思いつつも立ち止まって確かめてみる。好奇心には勝てなかった。

 長方形の金属ケース。両手に収まるくらいの大きさで、埃に塗れてる。

 なにかしら、これ。

 

 「……あら」

 

 首を傾げて、ケースを開けた。その中身は、見覚えのあるものだった。

 そして、それは思わぬ掘り出し物。ここでドロップしたかどうかとか、偶然か必然かとかなんて知ったこっちゃない。

 これは、あの子にぴったりだ。間違いない。

 

 

 +++

 

 

 「たっだいまー!」

 

 「ハオさん、おかえりなさい。荷物持ちますよ」

 

 「ん、ありがと。あ、ちょっと待ってね」

 

 玄関を開けるとリビングからシルヴァが歩いてきた。ご厚意に甘えておこう。ついでに。がさごそリュックサックから例のケースを取り出して、シルヴァに差し出す。

 

 「はい、お土産どーぞ」

 

 「へ? お土産? えっと、ありがとうございます」

 

 「よろしい。他の荷物もお願いね」

 

 不思議そうにケースを見つめるシルヴァを置いて、リビングに行くとスーがソファに寝転がっていた。ちょっと眠そう。

 

 「ん、おかえり」

 

 「ただいま。スー、ご飯は食べた?」

 

 「うん、食べたよ」

 

 「うむ。いっぱい食べた?」

 

 「もち。大きくならなきゃいけないので」

 

 真剣な顔のスーはそんなことを言う。 スーは、こういうところがある。まあ、よく分からないけどとりあえず。

 

 「よろしい。昨日のシチューの残りあったよね。後でちょっともらうね」

 

 腹ペコで背中とお腹がひっつきそうなくらいお腹が空いてる。今日は、携帯食くらいしか食べてないからシチューが楽しみ。

 

 「え、食べてきてないの?」

 

 「急いで帰ってきちゃったから忘れてたんだよね。冷蔵庫の中にある?」

 

 ソファーから起き上がったスーが私を信じられないものでも見るような目で見てくる。そんな驚くことかしら? 

 首をかしげながら冷蔵庫から鍋を取り出して、火にかける。

 パンも温めようかしら……。

 

 「ハオ」

 

 「うお、びっくりした!」

 

 疲れているせいか完全に気配を感知できなかった。一生の不覚。冗談。私、結構疲れてる?

 

 「ちょっとプラスで作ってあげるからお風呂とか入ってきて」

 

 「へ?」

 

 「他にも作ってあげるって言ってるの。どいて。汗臭いよ、ハオ」

 

 や、優しさが沁みる。けどね。

 

 「もっとオブラートに包んで〜〜」

 

 言葉が刺さる〜〜。入れ替わりに鍋の前に立ってくれたスーを嬉しすぎて抱きしめてしまう。あすなろ抱きってやつ。しかしスーは、ちっさいなあ……。

 

 「ハオ、ひっつかないで……!! 汗臭い……!!」

 

 「えー」

 

 「ハオ……!!」

 

 「ごめんごめん。あ、それお土産ね」

 

 「お土産?」

 

 眉を潜めたスーが首に何かがかかっているのに気づいて、目を丸くした後、私とそれを交互に見た。

 

 「月のネックレス。月の属性魔法がエンチャされてて、大気と雷。速さの加護がかかってるわ。スーの戦闘スタイルなら使いこなせばかなり役立つと思うのよね」

 

 それに、と付け加える。真っ赤なうさぎみたいな目を丸くした銀髪のスーに、金の月と魔法銀(ミスリル)製鎖のネックレス。

 

 「うん、やっぱり似合うわね」

 

 私の目に狂いはなかった。最高。マジ完璧。

 

 「じゃ、お風呂入ってくるね。ネックレス、大事にしてよ?」

 

 うん、遠出した甲斐あったわね。あの顔を見れただけで十分すぎる。

 ところで、帰ってきたらお風呂湧いてるの幸せすぎない?

 

 +++

 

 

 「…………何、あの人」

 

 心臓のばくばくが止まらない。目の前でぐつぐつなってるシチューみたいに、胸が弾んで暴れまわってる。全力疾走した後みたい。

 

 「ああ、もう……」

 

 バカみたいに顔が熱い。気のせいよ、あんなの……。大きく深呼吸してから私は、鍋の火を消した。

 まるで私が兄さんを引きずり回して、遊び呆けてたのがなんだか悪いみたいじゃない……! 

 ……ええっと、何作るんだっけ。

 

 「あーもう! 忘れちゃったじゃない、ハオのバカ!」

 

 「呼んだ?」

 

 「うるさい!! さっさとお風呂入って!!」

 




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第11話 伸ばした手と手の距離

呪術、死滅回遊が始まりそうですね。楽しみです


 

 流し込んだ魔力を金属の弾丸へ変換して、撃ち出す。

 金の魔法、魔力の金属変換を付与(エンチャント)された魔道銃ドミネーターの基本機能。

 他にも機能はある。自分の魔法属性を付与したり、出力を上げたりその他色々。

 でも今の僕がやることは、銃口を前に向けて、トリガーを弾くだけの基本的な使い方。

 

 「…………」 

 

 弾丸の威力に釣り合わない軽いすぎるトリガーは、指を添わせるのに躊躇いを覚えさせる。

 恥ずかしいことだけど、一度、暴発させてからは特にそう。

 後は、僕の手にはまだ少し大きい。もっと早く大きくなりたい。

 ところでハオさん。これをお土産にするのはどうなんだろう。それに、こんな武器、今の僕には早すぎるものだと思ってしまう。

 魔法もいまいちな半人前の僕には、高価で、強力で簡単。身の丈にあってない。

 だけどそれでもハオさんに貰ったという事実が僕にこれを使いこなしたいと思わせる。

 

 「……集中しろ」

 

 思考がよそに飛んでいた。今に戻す。現実を見る。銃口の先にある的に意識を集中させる――トリガーを弾く。

 秋の風の吹く朝を貫く銃声。けたまましい金属の音。それから、拍手が背後から聞こえてきた。

 

 「ナイスショット」 

 

 庭の木でゆらゆら揺れる鉄の的。ただ吊り下げている木の幹にも穴が空いている。

 新しい傷跡。微かに木から煙があがっている。他にも似たような痕がいっぱい木には刻まれている。ここ最近の練習の結果だ。木には悪いことをしている。

 ついつい溜息が出る。ハオさんに貰ってからここ数日練習し続けてるけどいまいちだ。

 拍手のした方、ハオさんの方を振り向く。ハオさんは、鎧を着ていて、剣を腰に吊るしてる。ギルド帰りかな。

 

 「6発撃って、命中4発。これなら普通に魔法(アイスショット)撃った方がマシですよ。ハオさん」

 

 「でもかなり命中率あがってるじゃない。練習の成果でてるわよ」

 

 「……そうですかね?」

 

 「そうよ。魔道銃は、扱い難しいしね。単純に私はこういう射程のある武器苦手なだけだけど」

 

 そうハオさんは苦笑いした。

 ほんとに苦手なのは、あの的を吊り下げている木にある弾痕のほとんどがハオさんだから僕も謙遜でないのは知ってる。

 だから魔道銃に関しては、カイムさんに習ってる。

 

 「集中しなきゃ僕も的に当てられないです。実戦ではまだまだ……」

 

 「あんまり無理しないで。シルヴァが頑張ってるのは分かってる」

 

 「でも……」

 

 「大丈夫大丈夫。今まで通りに頑張ってこ」

 

 微笑むハオさんに言われて、僕は、前向きに考えようと自分に言い聞かせて頷いた。

 それでもハオさんのお土産は、このドミネーターは、僕の手に余ると思ってしまう。

 あまりに強力で、あまりに高性能。僕は、これの性能を10分の1どころか、もっと使えてない。

 とりあえず練習、頑張らなきゃな。うん。

 カイムさんは、毎朝撃つだけである程度、習熟できるという。何度もトリガーを引いて、自分の体に覚えさせろとのこと。

 まずはあの、50メートル先の的に全弾命中。それができたら応用編の話をしてくれるらしい。

 先が長い……。

 

 「それで、どうしたんですか。ハオさん」

 

 「ギルドに依頼を見に行ったらちょっと面白いものを貰っててね。シルヴァに見せようかなって」

 

 スーは朝練だしねーー。とハオさんが言うので思い出す。

 そういえばスーも毎朝走ってるんだった。自分がどれだけ銃に夢中なのかを思い知らされた。

 そりゃ仕方ないだろ。こんなにかっこいいものをハオさんに送られたんだからどうにか使いこなそうって考える僕は、絶対に悪くない。

 自己弁護完了。

 

 「ええと、それで面白いものっていうと?」

 

 「これよこれ」

 

 「『復興チャリティバトルトーナメント』開催は来春……」

 

 ……ああ、そっか。気づくと思わず息が詰まった。

 あの時の恐怖を僕は、忘れたわけではない。魔王種への憎悪と一緒にずっと憶えている。

 

 「もう1年になるんですね」

 

 「――……そうね。ほんとあっという間……」

 

 ただこの人と居るのが楽しかった。この人がいるから僕は生きているし、生きていられる。

 

 「ほんと、色々とお世話になってばかりです。ありがとうございます、ハオさん」

 

 そう思うと大きく頭を下げていた。こみ上げてきた思いを、感謝を伝えずにはいられなかった。

 

 「急にかしこまらないでよ。もう、恥ずかしいじゃない」

 

 ハオさんが困ったように笑ってる。いつだって綺麗な人。それで高飛車じゃなくて親しみやすくて、面白くて、素敵で強くて……。

 ああ、だめだな。僕がどれだけ言葉を尽くしてもこの人のことを言い表せているように思えない。

 僕は、どうすればいいんだろう。

 どうすればこの思いを、感謝を余さず伝えられるんだろう。

 

 「あ、シルヴァの身長も伸びたわねー」

 

 「え? そ、そうですかね……」

 

 まだスーの方が背が高い。できればスーより高くなりたいから伸びてくれるのはとても嬉しい。だけど……。

 

 「うん。伸びた伸びた。頑張って成長しろよー」

 

 「が、頑張ります……」

 

 ハオさんが頭を撫でるのもこんなに距離が近いのもやっぱり慣れない。

 

 「それで、そのトーナメントに参加するって話です?」

 

 「ええ、シルヴァとスーがね」

 

 「……僕らがです?」

 

 そんな気はしていた。ハオさん自身もこういうものは嫌いじゃなさそうだけど。

 

 「うん。まだ時間あるしね。鍛えて鍛えて、もういっちょ鍛えれば優勝も夢じゃないと思うわ」

 

 「ですかね」

 

 「ですよ」

 

 にやっと笑うハオさんに、これは、今日もきつい一日になりそうだ。そう僕は、予感した。

 

 「今日は、これまでと違うタイプの仕事を貰ってきたわ。

 魔物憑きの獣やゴブリンとかスライムみたいな陸の魔物じゃないやつを殺すお仕事」

 

 今までと違うからまた新しい対処方法が必要になる相手……ほら、やっぱりそうだ。でも、僕としては――。

 

 「それは、頑張らないといけないですね」

 

 どんな魔物が相手か気になってしょうがなかった。

 

 「それで、何が相手なんですか?」

 

 しょうがなかったので、声にも出してしまう。ああ、ハオさんが笑ってる。綺麗な人だな……。その笑顔を見るといつもそう思う。

 美人は三日で飽きる。なんて誰かが言ってたけど、きっとその人は本当に美しい人にあったことがないだけだ。

 

 「顔にも書いてあるわよ。それ」

 

 「はは、ですよね」

 

 よかった。肝心なところは書いてなかった。

 

 

 +++

 

  

 今日の天気は、晴れ。ギルドで依頼を受けた私たちは、〈ユーフォルビア〉の南にある川辺の漁村にやってきていた。

 

 「冒険者の皆さんお越しいただきありがとうございますさめ」

 

 私とシルヴァ、スーは、依頼人である村長の自宅に招かれていた。わざわざ村長自ら村の入口まで出迎えにきてくれてた。随分な歓迎のされようだ。かなり困ってるのだろう。声色が必死。腰も低い。

 

 「遠いところお越し頂いてありがとうございますさめ〜〜」

 

 元々人が良いだけかもしれないかもしれないわね。

 

 「頑張らなきゃな……」

 

 応接間に通される時、シルヴァが張り切ったように呟いていた。

 依頼の内容を聞かせた時から深刻な顔をしていたから、やる気になってるんだろう。

 肩に力が入りすぎてないといいけど。

 ソファに腰を掛けるとメイドさんがティーセットと茶請けを運んできた。

 

 「あら、美味しそう」

 

 「どうぞどうぞ。頂いてくださいさめ。クッキーは私が焼いたんさめ」

 

 「素敵。いただきます」

 

 アーモンドクッキーとチョコチップクッキー。湯気を上げる紅茶もいい匂い。私も頂こうかしら。

 

 「早速で申し訳ないさめがお仕事のお話をさせていただいてもいいさめか……?」

 

 「あっ、はい……」

 

 ティーカップに伸ばしかけた手を引っ込めた。残念……。とりあえず、話をする態勢になる。

 

 「大体のお話は、ギルドの方から聞いています。魔物の討伐で間違いないですか?」

 

 「はい、最近漁に使ってる河に、魔物が出るようになったんですさめ」

 

 村長曰く。

 異変が起こったのは、ほんの一週間前。

 ほとんど魔物なんて現れない穏やかな川に、魔物が一匹現れた。

 現れた魔物は、川を文字通りめちゃくちゃにした。生息する生き物という生き物を食い荒らし、船を沈め、橋を破壊した。

 川とともに生きてきた彼らには、かなりの打撃だった

 つい半年前に、現れた魔王種の恐怖は、彼らの脳裏にも克明に刻まれていたのもあって、血気盛んな若い村民たちがが退治しようした……。

 

 「お察しの通り。ことごとく返り討ちにあってるさめ。1人は、重症で今も生死の境目を彷徨っていますさめ……」

 

 「ええ、ギルドから危険な相手とは知らされていましたが……結構な強敵になりそうですね。周辺の避難は?」

 

 「もちろん。川辺は立入禁止にしています。まあ、そもそも誰も今の川には近づきたくはありませんが……」

 

 そうでしょうね。内心呟いて私は、深刻な表情を浮かべると頷いた。

 深刻なのは被害もあるけど水生の魔物退治は危険。

 当たり前だけど人間は、水中で呼吸はできないし、自由自在に動き回るってのも難しい。素人なら余計にそうだ。

 ただこの漁村の村民が水中で、そんな一方的に被害を受けているのは、不穏ね。

 元々、そんなにも被害を受ける相手が現れる依頼じゃなかったと思うけど。

 私が受けることを決めたのは、私とシルヴァ、スーの属性が水中の相手に有効だから。

 何が出てくるかは知っている。大きなサメみたいな魔物。攻略方法は、考えている。

 なによりこのクエストで得られる経験値の高さを考えて、今やっておいたほうがいいと判断した。

 

 「そうなんですさめ!! 依頼を出して、こんなすぐに冒険者の方を凱旋していただいたギルドには感謝の念が絶えませんさめ……。

 あ、もちろん、来ていただいた冒険者の方には、もっともっと感謝してるさめ! 私の自宅を拠点にしていただいて大丈夫さめ。必要なものがあれば言って欲しいさめ! 村人たちにも協力するように言っておくさめ!」

 

 堰を切ったように、とはまさにこのことだと私は思った。目の前で、村長が勢いよく喋りだす。

 きっと誰にも言えなかったこと、胸に詰まっていた心配が口から濁流のごとく吐き出されていく。

 私は、それに頷く。

 別に同情したわけではないわ。ただ、ちょっと聞いてあげでもいいかなと私は思っていた。

 立場上、明かせないことがあるのは、少しだけ分かる気がする。明かせないことが多い私みたいだったから。

 

 「――分かりました。ではまずこれから魔物のいる川の方を見てきます」

 

 一通り話して、村長が落ち着いたのを見てから私は、そう切り出した。

  

 「ええ、はい! ではよろしくお願いしますさめ!!」

 

 「紅茶とクッキーありがとうございました。美味しかったです」

 

 「あ、ありがとうございます!! よければお土産にお持ち帰りください!!」

 

 「では、また魔物を討伐でき次第、お願いします」

 

 「もちろんですさめ!!」

 

 村長さんの全力のお辞儀を受けて、応接間から私は出た。後に、シルヴァとスーが続いてくる。

 玄関までの長い廊下。村長というだけあってというわけではなく、ここの人たちの体が大きいせいか家も大きい。

 廊下を歩いていると後ろで、スーがシルヴァに話しかけるのが聞こえた。

 

 「兄さん」

 

 何故か言葉が弾んでいて、興奮してるように聞こえた。

 そんな会話だったかしら? と怪訝に思って、軽く振り返るとスーの頬は紅潮していた。

 何か嬉しいことでもあったかな。さっきまで真面目な話しかしてなかったと思うけどれど……。会話の内容を振り返ってみる。

 

 「どうしたんだい、スー」

 

 「さめんちゅ(・・・・・)の人は、可愛いね」

 

 「……可愛いかな?」

 

 可愛いかしら? どうだったかしら。私は、ちょっと分からないかな……。

 

 「ええ、つぶらな瞳がキュートよ。とってもグッド。クッキーを焼いてるところ、見てみたい。きっととってもキュート」

 

 「そ、そうか……」

 

 分からない……。私は、スーの美的感覚に困惑しつつ、通りすがりのメイドさん――身長2メートル近くあって、手足のあるサメっぽい人――に、軽く会釈を返した。

 種族、さめんちゅ。非常に温厚で、主食は野菜や海藻、魚類。巨体に見合わぬ少食で、燃費がとてもいい。

 水辺に住み、漁や農業をして慎ましく暮らしている。他種族とも友好的。

 ただ、見た目のインパクトがすごい。記憶を取り戻してからこういう改めて感じる驚きが多い。

 肉食じゃなくてよかったと、私は心底思った。

 

 「ハオさん。水中の相手ですけどどう相手をするんですか?」

 

 村長の屋敷を出てから通りを歩いているとシルヴァにそう質問された。

 

 「そうね。どうするか話してなかったわね」

 

 「相手が何か分かるの、ハオ」

 

 「いえ、村長の話の通り、水生の大きな魔物としか知らないわ。でも、それだけ分かっていればある程度の対策は立てられる」

 

 ただこの村の住人が水中の魔物にこうも手酷く痛めつけられるのは、妙な話。

 さめんちゅは、水中で非常に機敏で、そのへんの魔物や生き物に負けない。

 それがここまで傷つけられ、畏れてしまった。

 

 「あ、あの冒険者様!」

 

 声。知らない声。聞こえた方を振り向くと先程、村長の屋敷で私達にクッキーや紅茶を運んできてくれたメイドさんが走ってきていた。

 

 「何か御用ですか?」

 

 「えっと、その呼び止めてしまって申し訳ありません。わ、私、冒険者様に伝えておくことがあって……」

 

 「大丈夫です。とりあえず落ち着いて……」

 

 と眼の前で息を整えるメイドさん。女性で、そこそこに歳を重ねている人。何のようでしょう。村長からの言付け? 落とし物? 

 

 「すみません。おまたせして……」

 

 「いえ、それでどういった御用でしょう」

 

 「あの……私、これから冒険者様が退治に行かれる魔物に、怪我をさせられたのがうちの子で……それで、気になることを言ってたのを思い出して、それを冒険者様に伝えたくて……」

 

 「気になることですか」

 

 取るに足らないことかもしれない。今、私の胸に引っかかっているこの懸念を解消してくれる何かになるかもしれない。

 

 「えっと、その息子が言っていたんですが――――が見えたそうですさめ」

 

 「――――手が……?」

 

 怪談の類にしか聞こえない話だった。

 

 「そう”手”です。無数の、人の手が川の底から伸びてきて、息子たちを川底に引きずり込もうとしたんですさめ。

 息子の体に手の痕が無数にあって、溺れてみた幻覚のようには思えなくて……」

 

 だけど、私は、”手”というものに少しばかり心当たりがある。

 思い出したのは、ちょっと前のこと。暗闇に潜んでいた気持ちが悪い大きな蛙もどきの魔物の姿。

 その手足、その口から舌の代わりに伸びていた、”手”。

 話し終わったメイドさんがお辞儀をしながら去っていくのを見送って、私は、小さく呟いた。

 

 「嫌な予感がする」

 

 これからすぐ後のことか、もう少し未来のことかは分からない。

 ただ、そういう暗雲立ち込める未来がすぐ傍まで、忍び寄って来ているようなそういう予感。

 一応、ギルドには、D等級からC等級って聞いてたけどほんとかしら。

 

 『半年前現れた魔王種の影響で増え続ける魔物の対処に追われ続けるギルドの等級付、それも特に上位のものは狂いつつある。なんならたまに等級詐欺がある。こないだあった。散々だったよ』

 

 というのをカイムが愚痴ってた。

 

 『今やってる仕事は低等級だろうけど注意しろよ。お前は兎も角、シルヴァとスーにはな』

 

 ……分かってるわ。この子たちを失うわけにはいかないから。

 

 「行きましょう、シルヴァ、スー」

 

 兎にも角にも。実物を見てみないことには分からない。今は閉鎖されているという川の方へ私たちは向かった。

 村の真ん中の大通りを歩いて抜ける。

 大通りであるのに、どこか人通りが少なくて静かな印象――いえ、これがどちらかというと活気がないかしら。

 店のほとんどがクローズの看板を出している。開いている店があっても景気は悪そう。店先で定員が暇そうにしているのが見えた。

 

 「……静かですね」

 

 「そうね」

 

 嫌な静けさだった。

 村を通り抜けた先にある川辺には、人っ子一人いなかった。あるのは、向こう岸までかけられていた橋の片割れ、桟橋だったものと船の残骸が散らばっているだけ。川の流れは穏やかなもの。

 しかし、命の気配を感じない。

 まるで死んでしまっているみたい。

 めちゃくちゃに食い散らかされた死骸という印象をこの川辺に私は覚えた。

 

 「ここ、嫌な気配がする」

 

 ふとしたスーの呟きは、的を突いていた。

 ちゃんと居るみたいね。どうやら空振りじゃないみたいね。

 

 「魔物の気配よ。川に近づかないで。泳ぎ上手なさめんちゅが水中から逃げるしかなかった相手に、川に引きずり込まれたら人なんてひとたまりもないわ」

 

 「じゃあ、どうやって相手するの」

 

 スーの疑問は最も。近づかなければ様子も見れない。だからと背負っていたリュックサックを下ろして、取り出したのは、

 

 「釣るのよ」

 

 釣り竿。ただの釣り竿じゃない。糸は、金の魔法で強化したワイヤーだし、本体自体も金の魔法で強化(エンチャント)を施してる。

 昔、雷の双牙(ライトニングタスク)で参加した釣り大会で使ったやつ。

 こんな釣り竿を使うんだから大会の内容は、察して欲しい。

 

 「釣る……?!」

 

 「一応相手は魚みたいだからね。それに、ここの魔物、なんでも食べるみたいじゃない」

 

 「確かにそうみたいですけど大丈夫なんです?」

 

 シルヴァが不安がるのも分かる。私だって前例が無ければ正気を疑うわ。

 

 「昔、頭のおかしい金持ち主催の釣り大会に参加した時、これ使って魔物を釣り上げたんだけどこの通り問題なかったわ」

 

 しばらくぶりに引っ張り出したけど綺麗なものね。やっぱり値段が張るだけあるわよねーー。

 

 「そ、そうなんですか……」

 

 「楽しそう。今もやってないの?」

 

 スーが興味津々に聞いてきた。どうかしら。金持ちの道楽だから続いてるかどうかは微妙だけど。

 

 「今度問い合わせてみるわね」

 

 そういうことにした。

 

 「えっとつまり、ハオさんが釣って……」

 

 「釣って、陸に引きずり出す。後は皆で囲んでタコ殴りよ。シンプルでしょ」

 

 「分かりやすくていいんじゃない? 兄さんにアイディアが無いならこれでいいと思う」

 

 「いや、アイディアはないんだけど……」

 

 と少しの間、口ごもっていたシルヴァが意を決したように言葉を切り出した。

 

 「あの、釣りの方は大丈夫ですか? ハオさん。聞いた感じ、あんまり釣りをしたことあるように見えないんですが……。

 今からでも村の人にお願いしてもいいと思います」

 

 「ああ、大丈夫よ。まともに釣る気はないから。私たち魔法使いよ?」

 

 「あっ……」

 

 シルヴァは、察したみたい。ふふ、当たり前じゃない。真面目に釣るなんて馬鹿らしいわ。

 食いついたところに電撃かましたらどんな生き物でも大体ノックダウンするわ。しなくても痺れくらいする。

 

 「じゃあ、餌の確保しなきゃね。何が良いかしら」

 

 「それこそ村の人に聞いてみるのがいいんじゃない?」

 

 「そうね。そうしましょう」

 

 スーの言葉に賛同に、頷いて。

 

 「じゃあ、役割分担しましょう。私とスーで、村の人に聞いて回ってくるわ。シルヴァは、川の様子を見ていて」

 

 「分かりました」

 

 「後、もし魔物が出てきても相手はしないで」

 

 「相手がどのレベルの魔物か分からないからですか?」

 

 「……分かっている等級と実際の魔物の等級が食い違うことは、冒険者には、あるにはあることなの」

 

 現実として実際に出会う魔物が等級よりもっと恐ろしく、ずっと強靱なことはある。

 特に、今はそう。

 

 「安全を確保したら空に銃を撃ちなさい。すぐ駆けつけるから。分かった?」

 

 「分かり、ました」

 

 緊張したシルヴァに、微笑みかけてから私は、踵を返した。

 

 「何が餌にいいのかしら……」

 

 呟いたのと、同時だった。大きな水しぶきが聞こえた。魚が跳ねた。何かが落ちた。そういう大きな音。鋭い風切りを私は、聴いてからか聴く前か。

 

 「――シルヴァっ!」

 

 振り向いた私が見たのは、無数の手に絡みつかれたシルヴァの姿だった。

 ――迂闊だった。私は、どうしてこんな簡単なことに気づかなかったの。

 あの魔物は、川の生き物を食い尽くした。そして、村人を食えなかった。なら間違いなく今、魔物は、とてもとても空腹なはずだ。

 でも私は、陸に上がってくることは考えなかった。

 明確な敗因。やばい。まずい。届いて。焦りのまま、私は、シルヴァへ手を伸ばした。

 




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第12話 失敗、火傷、腕の中の重み

月姫めちゃくちゃおもしろいですね。アルクルート最高でした。


 反応できたのは奇跡だった。振り向きながら視界の端に何かが迫ってるのが見えた。見えて、杖と銃、魔法が選択肢になる。銃はない。ありえない。杖、当てられてもダメージにならない。

 結論、魔法を――反射的に氷弾(アイスショット)を生み出そうとして。

 

 「っ――!?」

 

 間に合わない。早い。早いなんてもんじゃない。気づけば景色が後ろに流れていて、ハオさんとスーの背中が遠のいていく。

 なにより、息ができない。胸が苦しい。全身の各所を強く、強く締め付けられている。

 引っ張られている方向から僕は、自分に何が起こっているのかに気づいた。

 

 「は、なせ……!!」

 

 腕の上から絡まった手は、骨ばっていて、青白い。女の人の手みたいだ。その脆そうな見た目にそぐわない力に引っ張られた僕は、為す術もない。

 観察なんてしている場合じゃない。もう1秒と無駄にできない。

 どうする? できるここ。今やれること。身動きがまともに取れない今、できること。

 

 「シルヴァっ!」

 

 ハオさんの声が聞こえた。と思う。口が開いていた。ごうと吹きすさぶ風がハオさんの声を掻き消してしまった。

 だけど、それだけでよかった。

 僕の取るべきことは、使うべき魔法は決まった。

 

 「――クリエイト、ファイア」

 

 とても単純な魔法を僕は、全身全霊で起動させた。自分が焼けようが燃えようがどうでもいい。川に引き摺り込まれたら負けなんだから。

 今、できることで抗うしか無い。

 僕の生み出した炎が僕と手を一緒に燃え上がらせる。焼ける肉の臭い。魚? 肉? どっちともとれない。だって僕も燃えている。

 手は、燃え上がった。

 僕も、燃え上がった。

 僕と手が燃え上がった。

 手が炎を消そうと海岸に、その体を擦り付けた。砂利と砂が体を強くえぐる。

 痛い。痛い。痛い。だめだ。消させない。僕は、魔法を何度も何度も発動させる。

 灼ける。服を伝って、腰の銃が熱を帯びる。痛い。熱い。熱い。熱い。熱い。痛い。熱い。気づいたら絶叫していた。

 

 ――叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。痛みに、叫ぶ。

 

 でも炎を止めていないのは、偉いと思う。褒められていいんじゃないかな。

 絶叫する自分を他人事みたいに見ながら僕は、いつの間にか海岸に転がっていたのに気づいた。

 

 「……痛い」

 

 傷と傷が重なって、そこから伝わる痛みが混ざりすぎてもう痛いとしか感じられなかった。

 

 「兄さん! 大丈夫!? 生きてる!!?!」

 

 「……めちゃくちゃ痛いけどまあ、なんとか生きてるよ」

 

 息をするだけで辛い。

 

 「ハオさんは?」

 

 「……釣りしてる」

 

 「釣り?」

 

 「釣りっていうか……」

 

 なにかしら……とスーは、呟いてから言葉を探して、ぽんと平手を打った――のと同時に、轟音が鳴り響いた。

 一度じゃない。二度、三度。爆音が上から下に、落ちていく。どこからか飛んできた水飛沫が僕の顔を濡らした。

 どこからかも何も、目の前に大きな水があるか……。 

 

 「違法漁ね」

 

 鼓膜を突き破りそうなほどで、空気の怯えは、体を軋ませた。地面を伝う振動が骨に響いて、痛みに顰めっ面を浮かべてしまう。

 何が起こっているのかを見て、確かめたかった。けど体が上手く動かない。上半身だけでいいのに……。もどかしい。

 

 「兄さん、手伝うわ」

 

 「ありがとう。スー」

 

 スーに支えてもらって、どうにか起き上がった僕が見たのは……彼女の言った通りの光景だった。

 雷が降り注ぐ。いくつもいくつも空中から太い槍のような雷が現れた後、水面を貫いて、その奥に居る魔物を捉えて離さない。

 金糸作りの三編みを垂らした背中は、誰が見ても分かるほどの殺意と怒りをを漲らせている。可視化されていてもおかしくないほどだ。

 勿論、ハオさんだ。僕の体に巻き付いていた手を自身の両手で鷲掴みにして、川辺に仁王立ちしている。

 なるほど。手から魔法を流し込んで、動けなくした後、他の魔法で追撃してるのか。今の僕にはできないことだ。

 

 「魚、全部食われててよかったってとこかな」

 

 なんとなく川のことを心配してしまう。あんなの、他の生き物が生きていられるはずがない。

 

 「私は、あの魔物をちゃんと殺せるならどうでもいいよ」

 

 私が殺せないのが残念。なんて言うスー。順調にうちの妹は物騒になっていってるな……。

 ああいや、頼りがいがある、かな? 本当に、情けない兄だよ。大きな溜息を出そうになる。

 

 「……こんなバカみたいな無茶もうしないでね」

 

 「痛いしね。なるべくしたくない」

 

 実際のところ、こうやって起きているだけで辛くなるようなことはしたくない。

 なにより、妹にこんな顔をさせるようなことはしたくない。できれば、やりたくない。

 

 「そうね。なるべくしないで。次は、ちゃんと助けるから」

 

 「助けられないようにも頑張るよ。もっと鍛えなきゃな、ほんと」

 

 力不足を痛感する。あらゆる意味で、僕は弱い。魔法だって僕ごと燃やすことはなかった。必死だったってのは言い訳になるかな。

 

 「そうね。私ならさっきの避けれたわ」

 

 「……言うね」

 

 「事実だもん」

 

 ふふと不敵にスーが笑うのに、僕は苦笑いした。魔法で火傷や傷を冷やしたお陰か少し楽になってきた。

 すると一際大きな雷が落ちた。雷鳴が遠くまで響いていく。水飛沫どころか水をかぶる勢いだった。

 ハオさんは、もろに被ってた。だけど肩の力が抜けてる。これは……。

 

 「終わったみたいね」

 

 「そう、みたいだな」

 

 無様に引きずり回されて、自分の魔法で怪我しただけなのに随分疲れてしまった。

 

 「スー! 引き摺り上げるから手伝ってくれない!」

 

 「はいはい。兄さんは寝ててね」

 

 「そう、させてもらうよ」

 

 背中にあてがわれてたスーの手が離れていく。僕は、体を起こしているのが億劫になって、地面に転がった。

 川の方で、ハオさんとスーの声が聞こえる。多分、魔物を引き上げてるんだろう。スーが騒がしい。迷惑かけてないといいんだけど。

 見るものも無く向けた空は、澄み切っていて、うろこ雲が浮かんでいる。

 

 「ああ、秋なんだな」

 

 ぼんやりとそう空を眺めていたら意識が遠のいて――つい寝てしまうところだった。

 

 「シルヴァ、起きてる……?」

 

 「起きてます。結構、ぎりぎりで」

 

 ハオさんの声、顔で目覚めた。僕を見下ろすハオさんは、ほっとした顔をしている。ちょっとこの見られ方は、ドキッとする。

 

 「ごめんなさい。休んでるところだったわね」

 

 「そんなことは、無いです。大丈夫です」

 

 ちょっと強がる。これくらいさせて欲しい。

 

 「……本当に、シルヴァが無事でよかった」

 

 「すみません。ご心配おかけしました」

 

 「起き上がらなくていいわ。安静にしてなさい」

 

 「助かります」

 

 また起き上がろうとした僕は、ハオさんの好意でそのまま話すことにした。

 

 「私が迂闊だったのよ。まさか既に安全地帯じゃなかったなんて思ってもなかった。猛省しなきゃね。どれだけしても足りないけれど……」

 

 僕の隣にしゃがみこんだハオさんは、深刻そうな顔をしてる。なにより見たこと無いくらい暗い顔。大きな目が潤んでいて、決壊寸前に見えた。僕のためにそんな表情をしてくれるのが少しだけ、嬉しかった。

 

 「しょうがない、ですよ。あんなの予想できないです。……はは、僕が何いってんだって感じですね」

 

 不謹慎な感情を掻き消そうと頭を巡らせた結果、猿に木登りを教えるみたいなことを言ってしまった。失礼にもほどがあるぞ、僕。

 

 「シルヴァがそう言ってくれるだけで助かる。ありがとう」

 

 「それなら、良かったです」

 

 泣き出しそうな微笑みをまっすぐ見ていられなかったから伏目がちに目を逸らしてしまう。

 

 「あ、そうだ。魔物、引き上げたんだけど見てみる?」

 

 「見ます」

 

 めちゃくちゃ勢いよく起き上がってしまった。代償は目を剥きそうになるほどに強烈な激痛。でも好奇心は止められない。体の都合なんてまったく考えないで好奇心は、先走る。

 

 「言うと思った」

 

 ハオさんが困ったように笑った。やっぱりこの人は、笑っていたほうが良い。

 

 「はい」

 

 「っと。助かります」

 

 差し出されたハオさんの手を握って、立ち上がる……というより引っ張り上げてもらった。ふらつく体をハオさんが支えてくれる。

 

 「うん、立ち上がれそうになかったしね。歩ける?」

 

 「一応、歩け――」

 

 「歩けないねえ……。しょうがないわ。腕かしたげる」

 

 「助かります」

 

 その心遣いと温かさ。しっかりと支えてくれるハオさんに、少し安心した。

 ハオさんに支えてもらって、川辺に歩いていく。件の魔物は、既に見えていた。

 横たわったその姿は、遠目でも魚のような見た目をしているのが分かった。ただ大きい。僕2人分はある。なにより獰猛な雰囲気がある。

 

 「兄さん、歩いて大丈夫なの?」

 

 魔物の傍からスーがツインテールを揺らして、歩いてきた。スーの気遣いが沁みた。「ああ」と僕は首を縦に振った。

 

 「もうだいぶマシになってきたよ。それで、これが?」

 

 「ええ、これがこの川にいた魔物」

 

 「…………あの、これ」

 

 とても言い難い話なんだけど……。

 

 「シルヴァ、分かってると思うけど村の人たちの前で今思ったこと、言わないでね」

 

 「はい」

 

 僕の目前、足元で息絶えている魔物は、村人、さめんちゅによく似ていた。

 

 

 +++

 

 

 サメの魔物。ホオジロサメとかそんなの? ただし、腹から大量に人の手が生えている。

 感想その1、めちゃくちゃキモい。誰よこんなの作ったの。

 感想その2、サメがなんで川にいるのよ。海はそんなに近くないはずだけど。魔物化したから?

 そして、感想その3。

 

 「この前の蛙に似てるわね」

 

 「蛙……?」

 

 「ええ、この間、ちょっとね」

 

 シルヴァの疑問符に、私は曖昧に頷いた。どこであったかどういうものだったかを掻い摘んで話す。

 

 「……魔王の影響でしょうか?」

 

 「そうね。ありえる話ではある」

 

 魔王種は、魔物を生む。だから魔王種が現れれば自然と魔物が増える。そして、子の魔物は、元の魔王種の特徴をある程度引き継ぐ。

 だからシルヴァの疑問は、間違ってない。するとシルヴァの目が暗く輝いた。

 

 「じゃあ、〈ストリボーグ〉が……!?」

 

 「〈ストリボーグ〉は、大気を操る月の魔法を司る魔王種だった。後は、竜の様な鱗と巨大な体……この魔物には、そういう特徴は見当たらないわ」

 

 「そう、なんですね……。〈ストリボーグ〉の姿を僕は、見れてなかったので……」

 

 「……そうだったのね」

 

 申し訳無さそうに語るシルヴァから私は、つい目を逸してしまう。自然と魔物の方を見たように見えたかしら。

 見ていられなかった。だから目を逸してしまう。私の弱さがそうさせた。

 ――改めて、私は、自身の罪深さを思い知る。

 彼らは、自分の父親が魔王種になったことを知らない。そんな彼らは、魔王種を仇として殺そうとしている。

 これを伝えるべきなのか。伝えたところで、真実だと証明する手段もない。

 なにより、魔王種から元のものへ戻る可能性は万に一つなかったはずよ。不可逆の現象で、成れば最後、生きとし生けるものへの殺意を剥き出しにする。それが魔王種。

 だから伝える意味はない。伝えたところで、悲しくなるだけ。

 知らないほうがいい真実があると私は、思う。

 

 「…………」

 

 黙ってシルヴァを見つめるスーの赤い瞳には、一抹の不安が浮かんでいた。

 分かっていたことだけど誰よりも復讐に滾っているのは、シルヴァね。

 冷静な復讐心。この子に宿った高度な知性は、感情を制御しつくして、そういうものに仕立て上げている。

 まだ子どもなのに、そんな風に在れてしまう彼の溢れんばかりの才覚に、思わず震撼した。

 

 「兎も角、ギルドに報告しなきゃね。……この死体も持って帰った方が良いわね。スー、お願いしていい?」

 

 魔物の死骸の方を見て、渋面を浮かべたスーは、むう……と唸った。分かるよ。生臭いし、キモいもんね。

 

 「ハオがやればいいじゃない。私が兄さんを運ぶわ」

 

 「私、村長さんに報告したり、馬車の手配があるの」

 

 「それも私がやるわ」

 

 いや、無理でしょ。嫌なのは十分に分かった。だけどやってもらわないと困るわ。スーの場合、こういう時、どうすればいいかは分かってる。

 

 「えーっとほら今度、甘いもの奢るから、ね?」

 

 とりあえず、食べ物で釣る。かなり常套手段である。これで喜ばぬスーはおらぬかった。気持ちはわかる。

 

 「……ギルドのパーフェクトプリンアラモードパフェ」

 

 「はいはい。なんでもいいわよ」

 

 「2つよ、ハオ。後、ドリンクはチョコレートフラペチーノだからね? いい? 嘘ついたら針千本だからね?」

 

 「嘘なんてついたことなかったでしょ? ええ、いくつでもいいわ」

 

 「分かった。じゃあ非常に遺憾だけどやる」

 

 どこでそんな言葉覚えたんだか……。呆れた笑いを零してしまう。

 私の譲歩に納得したスーは、大斧を背負って、両手を開けると顰めっ面で、魔物を持ち上げる。その所作は軽く、重さを感じさせない。

 うん、力持ち。やっぱりパワーは私よりあるわね。 

 

 「これで成長期だから末恐ろしいわよねえ……」

 

 この子もまだまだずっと強くなる。常人よりずっと。

 

 「おばさんみたいなこと言ってるとおばさんになるよ、ハオ」

 

 「余計なお世話よ」

 

 むっと私が唇を尖らせるのを見て、ふふっと笑ったスーは、軽い足取りで村の方に戻っていく。

 私も、シルヴァを抱えて――正確に言うとお姫様抱っこ――後に続いた。

 

 「あ、あの、ハオさん……これはちょっと……」

 

 恥ずかしがっているシルヴァの声が胸元から聞こえる。だからからかうような言葉が口を突いて出た。

 

 「たまにはお姫様気分もいいじゃない」

 

 「そういう話じゃなくて、恥ずかしいっていうか……」

 

 「じゃあ、今度は。こういうことにならないよう頑張ってね」

 

 「……頑張ります」

 

 言葉に詰まったシルヴァが絞り出すように、バツの悪そうな顔で言う。意地悪がすぎた。でもついおかしくて吹き出してしまう。

 

 「冗談よ。貴方だけに頑張らせない。一緒に頑張りましょう。貴方はこれからなんだから」

 

 「ハオさん……」

 

 「私は、貴方が、生きてくれているだけで嬉しい」

 

 心の底から、私はそう思った。

 

 「次よ。凹んでないで、次、頑張りましょう? ね?」

 

 「……はい」

 

 シルヴァの目は、まっすぐだった。あの暗い輝きはなくて、前だけを見ていた。

 それをよかったと安堵する自分が、私にはあまりに浅はかで、酷く醜く見えた。

 ……しかし、嫌な予感するわね。

 別の魔王種が出現する予兆? 

 

 「まあ、いいか」

 

 別に現れても殺せばいい。どうせ最後には、魔王種全て滅ぼすんだから。

 ――全然人のこと言えた口じゃないわね

 

 「どうかしました?」

 

 抑えきれずに出てしまう苦笑。するとシルヴァが首を傾げた。

 

 「んー。明日からのトレーニング内容を考えてたの」

 

 なんて適当なことを言うと、シルヴァがぎくりとした。 

 

 「……お手柔らかに」

 

 「……ふふ」

 

 あんまり反応が面白いからちょっと溜めて、

 

 「冗談です」

 

 「心臓に悪いです……」

 

 「まあ貴方は、最低一週間は入院コースよ。冒険者として何度も傷を負ったり、見たりした私が言うんだから間違いないわ」

 

 「あ、そうなんですね……」

 

 「そうなんです」

 

 しょぼんと肩を落としたシルヴァがちょっとおかしい。

 

 「ちょっとハオ、兄さん! なにイチャイチャしてるの!! 早く来て!! 囲まれて大変なの!!!! うわ、頭可愛い……。つるつるじゃん……。触っても良いの……?」

 

 声を荒げたと思ったら隠しきれないほどに嬉しそうになったりと感情がせわしないスー声が聞こえてきた。

 声の方を見ると、村の入口で、平伏したさめんちゅの村人たちに囲まれたスーがあわあわとしてる。なんか拝まれてる。おもしろ。

 

 「面白がってないで!!」

 

 「はいはい」

 

 どうやら笑ってることがばれたみたい。視力も抜群よね、あの子。

 

 「行きましょうか、シルヴァ」

 

 「了解です、ハオさん。ところで下ろしては……」

 

 「嫌よ。心配なんだからしばらくこうさせてもらうわ」

 

 恐る恐る言ったシルヴァの意見を私は、笑顔で斬って捨てた。

 

 「そ、そうですか……」

 

 「治療ちゃんとできるまでこのままだからね」

 

 「それはどうにかなりません!?」

 

 「ならないわ。街まで膝に乗せとくからね」

 

 決定事項とばかりに私が言うとシルヴァは、何か言おうともごもごして諦めたように溜息を吐いた。

 むやみに深刻な顔がおかしくてくすくす笑ってしまう。

 

 「冗談です」

 

 「もうハオさん……」

 

 冗談きついとばかりに、二回目の冗談宣言に、シルヴァが大きく肩を落とした。

 

 「シルヴァが面白くて、ついね? せめて村でお医者様に見てもらうまでだから我慢してね。お願い」

 

 心配でたまらなかった。これは本心。私の言葉を聞いたシルヴァは、頷いて。

 

 「……分かりました。それまでお願いします」

 

 「お願いされたわ」

 

 ぼろぼろの彼を壊さないように、優しく抱いた。彼を一欠片たりとも落とさないように。決して、失わないように。

 




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第13話 私のプリンは、私のプリン。兄さんのプリンは、私のプリン。

ジャイアンの憑依したおじゃる丸みたいなサブタイになってしまった。


 

 「ねえ、兄さん」

 

 とんっと地面に立てた大斧にもたれかかって、頬杖ついた私は、目の前で今にも倒れそうな息遣いの兄さんを見下ろしていた。

 両膝に手を当てて、前かがみで肩を大きく上下させてる兄さんは、見ての通りすごい疲れてる。

 

 「はあ……。ちょっと、待ってくれ……ちょっとな……」 

 

 「もういい?」

 

 「ちょっとって分かるか……!?」

 

 「ちょっと待ってるじゃない」

 

 「短気すぎる……」

 

 とっても疲れてた兄さんは、一通りツッコむと一気に脱力した。

 それにしても寒い。兄さんは汗塗れだから涼しいかもしれないけど私には、ちょっと寒い。

 冬は、そんなに好きじゃない。だって寒いもの。でも雪合戦とか好き。顔面にぶつけるとすっきりするのよね。

 煮物と鍋が美味しいのもいいわよね。食べ過ぎちゃう。 

 

 「はぁ……はぁ……。えっと、なんだい、スー」

 

 そろそろ休憩したほうが良いと思う。私は休憩したい。情けない兄さんは特に休憩したほうがいい。

 何より冷えた体を温かい飲み物を飲んで温めて、一息つきたいの。ココアがいいわ。

 いえ、そもそもこれを止めたい。今日はもうゆっくりしたい。

 なんて言ったら納得してくれるかな……。うーん……。

 

 「……私、疲れてきたわ。一回休憩にしない?」

 

 とりあえずこう言ってみる。

 別に疲れてないけどそういうことにしておく。こう言わないと休憩とかしてくれそうにない。

 朝からぶっつづけでしてる対人訓練。どう見ても兄さんの体力は、限界に見える。だけど兄さんはやめてくれない。執念。クソ真面目。バカ。兄さんは、本当にしょうがない。

 

 「それに、そろそろ晩ごはんの支度をしないと。ハオに眼にもの見せなきゃいけないんだから」

 

 これはほんと。そろそろ始めないと急いで作ることになる。別に急いだところで私は失敗しない。

 けど適当な晩ごはんとか私のプライドが絶対に許さない。と視線に込めておく。

 ハオは朝から出かけてる。夜には戻るって言ってた。だから夜は食べる。絶対にほっぺたとろけて戻らないようにしてやるんだから。

 

 「……後、一回。一回でいいから付き合ってもらえないか?」

 

 だけど私の意見は受け入れられなかった。強めに意思表明してるのに、私に向けられた兄さんの目は、やる気に満ちてる。私の意思を跳ね除けるくらいの強い意思。

 さめんちゅの村から帰ってきて、怪我を治すのにしばらく休んで、動けるようになってからずっとこう。

 やる気満々。クソ真面目に拍車が掛かってる。

 ……真面目かどうかは微妙かも。なぜかっていうとハオに、居ない時はするなって言われてる対人訓練を曲解して、こうしてやってるところとか。

 真面目よりも強くなりたさが兄さんの中で競り勝ってる。

 

 「えーー……」

 

 それはそうと面倒くさい。止めて欲しいし、面倒くさい。

 なによりこれ以上、無駄に頑張ってもしょうがないと思う。

 兄さんは、わざわざお昼寝なんてしないけど、最近、本を読みながら寝落ちしたりお風呂の前にソファで寝落ちしてるのを最近よく見かける。

 風邪を引かないように毛布かけてあげたり、ベッドまでわざわざ運んであげてる私の心遣いに感謝して欲しい。

 走りながら途中で寝てるのを見つけた時は、呆れたし、お風呂で寝落ちてるのを見た時は、もう心臓が止まるかと思った。

 間違いなく感謝し足りないと思う。 

 

 「……僕のパンプキンプリンをあげるよ」

 

 切り札を切るみたいに、真剣な目な兄さん。これまでの全部を精算するには、まったくもって足りてないけどそれはそれとして、ちょっと魅力的な提案。

 

 「むっ……。それは……」

 

 ちょっとずるい。デザートで釣ろうとするのは卑怯だ。

 

 「そうだ。昨日、迷った挙げ句マロンプリンにしたろ? だから手伝ってくれれば俺のパンプキンプリンをあげよう」

 

 「さらに」と呼吸が落ち着いた兄さんは、顔の汗を拭った。

 

 「俺が負けたら明日、追加分を買ってくるよ。新製品のチョコプリンも食べたがってたろ」

 

 勢いのまま提案に乗っかりそうになった。あまりにずるい。兄さんってほんと……!! 

 これで余裕だろみたいなノリで出された提案。突っぱねたい。だってそんな軽い……いやでも、パンプキンプリンは、とっても魅力的。

 

 「……まったく。しょうがない兄さんね。もうちょっと付き合ってあげる」

 

 そのまま兄さんの提案に乗るのも子どもっぽいので、仕方ないという素振りをしておくことにした。

 

 「ありがとう、スー」

 

 「はいはい。で、やることは同じでいいの?」

 

 兄さんから大斧片手にとことこ離れていく。兄さんが引いたラインの辺りまで離れていく。

 

 「同じで大丈夫だ。自由に3カウントしてから来てくれ」

 

 「はいはい」

 

 兄さんに応えて、振り返る。兄さんとの距離は、直線で大体59メートル。隣には、兄さんが朝練で使ってる的がぶら下がった木がある。穴だらけ。的もぼこぼこ。

 

 「それじゃあ始めるよー」

 

 これからやることは、単純明快。兄さんが頑張って、私を狙撃しようゲーム。今名付けました。特に名前はありません。ちなみに考案者は兄さん。

 私は、兄さんまで走る。兄さんは、私に当てる。

 私は、当てられたら負け。兄さんは、当てられなかったら負け。

 たったそれだけの対人訓練(ゲーム)

 ”手”に負けたトラウマを兄さんが解消するために編み出した対人訓練(ゲーム)

 

 「1」

 

 それに兄さんは執着している。早撃ちができるようになりたいとか。魔法と銃、咄嗟の判断をできるようになりたいとか。

 どっちも一緒に使えたら良いのにね。

 

 「2」

 

 そんなことを言ってたけど、実際のところは。ハオと私に情けないところを見せちゃったからに違いない。

 あの手がいっぱいの魔物にしてやられたのが兄さんの喉元で、魚の骨みたいにずっと引っかかってる。

 

 「3」

 

 しょうがない兄さんよね。付き合ってあげる私に感謝して欲しい。

 カウントの終わりと同時に私は走りだした。正直、50メートルなんて一瞬。ちょっと足に力を込めたらすぐ。

 だから兄さんの射撃もすぐに飛んできた。

 使ってる銃は、いつものだけど模擬専用に調整?ができるらしくて、当たっても痛い程度とか。

 ……当たったことがないからどの程度痛いか分からないけど。

 

 「っと」

 

 斧の柄で弾く。どうせ直線だからどうとでもなる。ばんばんと縦断が次から次へとやってくる。柄で弾く。この繰り返し。

 なんていうか兄さんって真面目だから素直なのよね。

 カイムならもっと嫌らしく。

 ハオは、こういう防ぐってことを許してくれない。いつも思うんだけど電気飛ばしてくるの卑怯よ。

 お姉さんも防がせてくれない。防いでも上から叩き潰される。

 そう考えると兄さんは、甘っちょろい。

 比較対象が悪い? しょうがないじゃない。私、兄さん以外でまともに模擬戦したのこの人たちだけなんだもん。

 

 「わっ」

 

 斧を回して、額と頭、胸を狙ってきたのを弾く。上から順に飛んできたからぎゅんぎゅん、ぎゅんっと斧を振り回して弾く。

 

 「枝で遊ぶみたいにそんなの振り回すな……!!」

 

 魔法が縦断の後から飛んでくる。氷弾(アイスショット)。兄さんがよく使う魔法。すごい、こんな短時間で進化してる。

 銃と魔法を同時に使ってる。すごいわ、兄さん。やればできる子。

 

 「振り回せるんだからしょうがないじゃない」

 

 でも意外、ここまで10回やったけど兄さんは、ほとんど瞬殺。お話になりませんわって感じだった。

 けど今は、魔法と銃弾で足止めされている。中々前に進めない。

 

 「それはそうと魔法と銃、今まで併用しなかったのに今になってするのって何? 舐められてたの?」

 

 だとしたら私もちょっと怒っちゃう。

 

 「めちゃくちゃ、集中するし! めちゃくちゃ、疲れるんだ、よ!」

 

 それもそっか。言われて納得。そもそも手元のあれは、魔道銃だから魔力を使う。魔法は、もちろん魔力を使う。

 でも兄さんは器用だし頭もいいからそれくらいさらっとやっちゃうかなって思うんだけど、今の所、そうもいかないみたい。

 

 「ほらほら」

 

 だけど圧をかけたらもっと色んな魔法が出るんじゃないかなって、ちょっと強引に前に出てみる。例えるなら歯磨き粉のチューブを限界まで絞る感じ。

 ぎゅるぎゅると斧を回す。がんがんと弾丸が弾かれて、他所に吹き飛んでいく。氷弾(アイスショット)が私の前で砕けてばらばらになって消えていく。

 

 「まだまだ私はいける。兄さんはどう?」

 

 「僕は、そうだな……」

 

 兄さんの顔は、真っ白。唇も青い。体調悪そう。そろそろ止め時何じゃないかーー……。

 それに日も地平線に落ちてきて、寒くなってきた。吐いた息が真っ白に染まる。指が少しかじかむ。流れる風が冷たい。日が落ちても、庭には外灯があるから問題ないけど……白い光は、兄さんの肌が余計に白く見せる。

 魔力もかなり使ってる。だから体力もかなり落ちてるのも間違いない。なんだけど……。

 

 「まだいける」

 

 こうやって強がってくる。人の気も知らないで。ほんと、しょうがない兄さん。

 

 「あんまり無茶して倒れないでよ? 運ぶの大変なんだから」

 

 「大丈夫。その斧よりは絶対軽い自信があるよ」

 

 むぅ。余裕がない癖に口だけは減らない。言葉で返せず、唇を尖らせてしまう。

 もう面倒だしさっさと終わらせて、悔しがってる兄さんの目の前でプリン食べてあげるんだから。一口だってあげないんだもの。

 そう決心した私は、足に力をぐっと込めて、斧の回転を一気に早めた。一歩、一歩と前進して、兄さんとの距離を縮めていく。 

 

 「もう降参で良いんじゃない? 兄さん」

 

 焦る兄さんに、勝利を確信した私は、どやっとした。

 

 「……それはどうかな?」

 

 すると兄さんがにやっとした。でしょうね。もうどうにもできな――……へ? 笑った? 今?

 

 「――そこ」

 

 ぱんっと斧の回転で地面に弾いた銃弾から魔法――氷結路(アイスバーン)が現れた。芝生が凍って、氷柱が生える――踏み潰す。

 兄さんの笑みが苦虫を噛み潰したような表情に切り替わった。

 

 「っ……」

 

 「危ないな、もう」

 

 正直、ちょっとヒヤッとした。踏み込み、ぶんと回した大斧の刃の反対、柄の先っぽを兄さんの額に向けてから私は、呟いた。

 

 「っ〜〜。惜しかったなあ……」

 

 尻もち突いた兄さんの顔色は、魔力の使いすぎと集中しすぎてでバカみたいに顔色悪い。土気色ってやつ。なのに、なんなら負けてるのに兄さんは、なんかすっきりした顔をしていた。なんなら笑ってもいる。

 

 「ふん、負けは負けよ。残念でした、兄さん。次のチャレンジを楽しみにしてるわ」

 

 ぴしっ!!と指を向けて勝ち誇ると兄さんは、苦笑いしてからそう言った。

 

 「お前なあ……。でもまあ、そうだな。また頼むよ。まだまだなんだ。あの時の手だったら絶対、だめだった。繰り返しになってしまう。もっと精度と何よりあれくらいものともしない火力がいる……」

 

 ぶつぶつと一人で反省会を始めた兄さんに、私は、つい口を滑らせた。

 

 「ほんと努力だけは止めない人。死んでも努力してそうだよね」

 

 「……取り柄だからな。数少ない」

 

 皮肉だって分かってるの? 凝りない人。倒れそうになるほど集中したのに、また繰り返すつもりなんだもん。ほんと呆れる。

 後、数少ないは間違ってる。私の兄さんなのだから。

 あ−寒い。あまりに冷たい風に、思わず身震いしてしまう。雪でも降ってきそうなほど冷たい風。

 一分一秒とここに居たくない。

 

 「それじゃあ、兄さん。さっさと家に入って、ご飯の支度をしましょう」

  

 「え? あ、ああ……ちょっと休憩させてくれ……」

 

 後で中に入るよ……。と兄さんは、息を吐いた。だめよ。そんなの。絶対ここで寝落ちするわ。それで死なれたらあまりに情けないじゃない。

 

 「もう本当にしょうがない兄さん。仕方ないわ私が中に運んであげる」

 

 「え? え?! いや、そんなことしなくても大丈夫だ。自分で歩け――うわ!!」

 

 軽い軽い。うん。斧よりずっと軽い。やっぱりもっと食べたほうが良い。軽すぎるわ。

 

 「ふふ、お姫様だっこ」

 

 「嫌がらせか……!?」

 

 「全女の子の憧れよ。そもそも兄さんが軽いのがいけないのよ。それにまともに歩けないでしょ。っとと……もう、暴れないで、兄さん」

 

 ああ……こんなところハオさんに見られたら……。なんて呻く兄さん。完全に今さらでしょうに。

 

 「ちゃんと起きててよね、兄さん。私一人で作るの嫌だからね」

 

 「……分かっているよ、スー」

 

 「あっ、プリン忘れないでよ? 私は忘れないから」

 

 ちゃーんと兄さんに念押ししておくことにした。

 

 「はいはい、分かってるよ」

 

 なあなあにするのも忘れるのも許さないんだからね。

 

 「ただいま。シルヴァ、スー」

 

 ――びっくりしすぎて、口から心臓が出そうになった。気配が無いんだものこの人。

 




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第14話 酒の肴は、弟子の話

ウマ娘はじめました。
マンハッタンカフェはまだでしょうか……。


 

 「私ってだめよね……。ほんと……だめ……。だめのだめだめよね……」

 

 ジョッキ一杯のビールをぐいっぐいっと飲み干した。お酒だけは変わらず私を受け入れてくれる。キンキンに冷えた喉越しのいいビール。素敵よね。一緒に揚げ物があれば何杯でもいける。よゆう。……よゆうよぉ。ひっく。

 

 「おかわり!!」

 

 空のジョッキをぶんぶんと振ると馴染みの給仕さんが笑って、手を振ってくれる。へへ、かわいいなあ。私も振り返しておく。

 

 「……お前、どんな時でも、いつ見ても男みたいなビールの呑み方するよな」

 

 「スルールだってそうじゃない! 人のこと言えないわよ!!」

 

 なんか失礼なことを言うスルールが髪の毛と同じ暗い赤色をした半眼を私に向けてる。

 男だったかもしれないってことをは否定しきれないのが悲しいところよね。

 

 「ハーフオーガは大体こんなもんだ。お前が人間だから言ってんだよ」

 

 こんな時だけ控えめにジョッキを傾けるスルールが呆れた風に言う。失礼よ。新しく注がれたビールをごくごく呑みながら考える。

 

 「そんなに変かしら……。気にしたことなかったわ……。比較してみた方が良くない?」

 

 「……比較する必要あるのか?」

 

 怪訝とスルールがサラダのプチトマトを口に放り込んだ。フライドポテトが美味しい。ほくほくしてる。

 

 「でもほら、そう言われるとなんか気になるじゃない」

 

 「特に気にならない」

 

 「むう……」

 

 素気なくスルールは言って、骨付きチキンに齧り付いた。スパイスで味付けしたシンプルなやつ。指についた肉汁を舐める所作がすごくえっちだ。美味しそう。

 

 「ま、いいわ。ビールが美味しければそれでいいの」

 

 「いいのかよ」

 

 「いいのよ。そのうちスーが呑み出した時に比べてみるわ」

 

 ごくごくするとジョッキがまた空になってる。なんでか知らないけどすぐ無くなっちゃうのよね。不思議だ。

 

 「ああ、例の兄妹か」

 

 「そうよー。シルヴァとスーっていうの。あ、シルヴァが兄で、スーが妹よ」

 

 「そうかい」

 

 「そうそう。2人とも銀髪でね。シルヴァが目が青くて、賢くて、照れ屋で努力家でとっても可愛いの。スーは目が赤くて、力持ちで、ツンデレで独特な美的センスがあって可愛いの」

 

 「ツンデレ……?」

 

 スルールが眉を顰める。ああ、こういうの伝わらないんだ。

 

 「つんつんでれでれってこと」

 

 「あーなるほど?」

 

 さくっと説明してあげる。するとスルールが納得したように首を振った。流石ね、私。

 

 「それに2人とも頑張り屋でね。訓練も勉強も料理も仕事もなんでも頑張ってくれてね。私毎食楽しみでたまらないの……。夜はちゃんと帰らなきゃ……!!」

 

 今日は、朝と夜の食事当番を入れ替えてもらった。こうやって昼間っから呑むためだ。大人としてだめすぎる気もするけど大人だって昼から呑みたいのでセーフ。

 仕事休みの冒険者なんてこんなもんだという現実を見せておくのも多分、大事よ。

 

 「へぇーー……」

 

 「ねえ、スルール。ちゃんと聞いてる?」

 

 「え? ああ、聞いてる聞いてる」

 

 「ん、ならいいわ。じゃあ続けるわよ」

 

 「続けるのか……」

 

 なんか言ってるけどまあいいわ。

 

 「あ、そうそう。今日の夜、うちにくる?」

 

 「家族団欒を邪魔するほど空気読めなくなった覚えはないぞ、あたし」

 

 「そんなことにはならないって。ね? いいじゃない。ね? そもそも貴方も家族みたいなものじゃない。ね?」

 

 「……遠慮しとく」

 

 スルールが妙に嫌がる。てこでもってほどではないけどあんまり無理矢理連れてってもちょっと面倒かも。

 

 「じゃ、気が向いたら来てよ」

 

 「……気が向いたらな」

 

 一旦会話が切れたので、冷める前にフライドポテトを片付けることにした。

 ディップするのは、結局ケチャップとかオーロラソースが一番いいと思う。他の味変は、結局イマイチって感じの印象。

 

 「私みたいよねえ……」

 

 「何がだよ」

 

 「私は、所詮選ばれない調味料ってことよ……。ケチャップには敵わない……」

 

 「何がだよ……」

 

 スルールが意味わからんと呟いて、サラダを摘み始めた。意外にこういうのも好きよね、スルール。

 

 「……話を変えるわ」

 

 「ああ、ちゃんと変えてくれ。分かる話で頼むぞ」

 

 「ええ、任されたわ」

 

 私も同じ話題に固執してるとぐちゃってなってしまう。でもなんの話をしようかしら。いざ話そうと思うと案外出てこないものよね。

 

 「で、何をそんなに悩んでるんだ? なんか失敗したか?」

 

 ド直球のストレート。「むうっ……」と見送ってから私は、観念したように口を開いた。

 

 「……シルヴァが死にかけました」

 

 「なるほど。自分の判断ミスって思ってるわけだ。はいはい、分かった分かった」

 

 「……一を聞いて十を知るって感じなこと言うわね」

 

 あまりに正鵠を射てるから嫌味っぽいことを言ってしまった。

 

 「でも合ってるだろ」

 

 「はい、そうです……」

 

 「とりあえず、言ってみなよ。聞いてあげる。すみませーん!」

 

 「じゃあ失礼して……」

 

 給仕さんが補充してくれたビールに口をつけたスルールを前に、私は、口を開いた。

 

 「シルヴァも気にしてて、もっと強くなろうと最近オーバーワーク気味で、故障しちゃったら元も子もないじゃない? 私もスーも声をかけてるんだけどあの子の気持ちを考えると私も強く出れないし、私の判断ミスだって言っても聞いてくれてはいるんだけど馬の耳に念仏っていうかやっぱり全体的に自分の実力不足だと思ってるの。でも確かにそれは間違って無い。彼が感じている実力不足は、真実で、私があげた魔道銃もまだちょっと持て余しちゃってるし。でも身の丈に合わないものをあげたのは、私で、私に責任がある。だけどあの子にそんなことを言っても――――」

 

 ――中略。鉄砲水みたいだったと自分でも思う。

 

 「――……つまり、その……」

 

 人間関係を原作知識はどうにかしてくれない。悲しいわよね。シルヴァやスーとのやりとりは私が決めなきゃいけない。

 当たり前のことだけど、原作知識なんて余分なものが付いてる分、そんなことを考えてしまう。

 

 「無茶はしないで欲しいってことでいいか?」

 

 エビレタスチャーハンをスルールは、スプーンですくってた。ここ中華もいけるのね。中華ってあるの? 

 

 「そういうことです」

 

 チャーハンは兎も角、スルールの完璧な要約だった。

 

 「あーそうだな……。チャーハン食べるか?」

 

 「……いただきます」

 

 不承不承と差し出されたスプーンを口に含んで、つるんと唇から出てった後に残されるチャーハン。エビ、レタス、卵、お米。ぱらっとしてて味がしっかりしてる。素直に美味しいと思った。

 

 「なんていうかもうちょっと厳しくやってもいいんじゃねえか?」

 

 「厳しく……」

 

 「ああ、理由はなんであれ、そいつは身の丈に合わない努力をしてるんだろ? だったらそれが身の丈にあってないことを完璧に思い知らせてやるんだよ」

 

 「思い知らせる……」

 

 「ああ、そうだ」

 

 スルールは、にやっと笑って言う。

 

 「一回、本気で叩きのめせ。自分がどれだけ自分のことを分かってるつもりだったか分からせろ。優しくし直すのはそれからでも間に合うだろ」

 

 粘土を捏ねて直すような、曲がった鉄棒を叩いてまっすぐにするみたいな調子で言うからつい渋面になってしまう。

 

 「脳筋すぎるわ」

 

 「男なんだろ? それくらいがいいさ」

 

 「むう……」

 

 粗暴な言い草。体育会系的で、千尋の谷に突き落とすような口ぶり。オーガ的とも言える。

 

 「それに、前言ってたじゃねえか。ハオの実家は、かなりスパルタだったんだろ。だったらそれくらいできるだろ」

 

 「だからよ。だからあの子たちに、やりたくない」

 

 「才能があるから必要ないってか?」

 

 「そういうわけじゃない。ただあの子たちは、私じゃない」

 

 目を瞑らなくても克明に思い出せる。騎士になるための日々。訓練と勉学を際限なく詰め込む日々。今のあの子たちの日々の数段、数倍、酷くしたような内容。とてもじゃないがあの子たちに味あわせたくない。

 なにより私が耐えられたとしてもあの子たちが耐えられる保証はない。

 今だって十分効率的だ。あの子らの才能もあるけど普通じゃない速度で成長し続けてる。

 

 「だけど今のお前は、それがあってこそだろ。それがあったからお前は冒険者として生きてるし、人間、魔物、挙げ句に魔王種と戦って生き残ってる」

 

「それはそうだけど……」

 

「そいつらもいずれ魔王種と戦うんだろう? だったら時間なんていくらあっても足りないぜ」

 

 チャーハンの山がみるみる崩れていく。

 

「あれがいつ来るのか分かったもんじゃないんだから。それによ」

 

最後の一匙分をすくい上げて。

 

「お前のやりたいことだってあるだろ」

 

 と言って、スルールは、エビレタスチャーハンを綺麗に平らげた。まだお腹が減ってるのか残ってる唐揚げに手を伸ばしてる。相変わらず良く食べる人。 いやそうじゃなくて!

 

 「直球の正論ばっか投げ込むのやめてもらえる……!?」

 

 「事実だからしゃーないだろ。少なくともあたしの意見はこうだ」

 

 参考にしてもいいし、しなくてもいい。と責任を持たないと皿にスペアリブの骨を落とすとビールをごくごく呑んだ。

 一人で何人前食べてんのよ。皿の上にある骨は、山になってた。

 

 「……全部は鵜呑みにしないわ」 

 

 対抗するみたいにジョッキを傾ける。並々と注がれてるビールを一気に空にする。周りの視線が五月蝿い。関係ない。

 

 「……ぷはっ、参考にするだけよ」

 

 「好きにしな。人に教えるなんて、全部上手くいくわけねえんだからやってだめなりゃだめなとこ直せばいい」

 

 「それにしてもトライアンドエラーとか良いこと言うわね」

 

 「まあな」

 

 にやっと鋭い犬歯を出してスルールは、笑う。スルールの笑顔を見て、言おうと思ってたことがあったのを私は、思い出した。

 

 「それはそうと、スーがお世話になってるわね。ありがと、スルール」

 

 「なんで知ってんだよ……」

 

 「こないだちょっとつけたらね。今度、私がお礼するわね」

 

 「……ここのメシ代でいい」

 

 「照れちゃって〜〜」

 

 「うるせえよ」

 

 そんな会話を交わしてから少しして、私はスルールと別れた。そして、今。

 

 「……やっぱり、今日もやってる」

 

 スーとシルヴァの訓練を物陰から見ていた。私、対人訓練は、私がいない時はやっちゃだめって言ったはずだけどなあ……。

 冬の風で、酔を冷ましながらその様子を眺めていて……私は、目を見張った。

 

 「魔法の遠隔展開……」

 

 撃ち込んだ銃弾を起点に魔法を発生させている。自分の手から離れた場所に魔法を発動させるのは、魔法使いの技術の中でも高等に分類される。距離が離れれば離れるほど魔法を成立させるほどのイメージを魔力に伝えるのが難しいからだ。

 訓練で、スーに発動を阻止されるほどの未熟といえどそれをシルヴァはやってみせた。

 カイムは教えてないと思う。多分、まだ早いとか思ってる。きっと独学。

 スーだって、いつの間にかスルールと特訓してる。

 私が見ていないところでもあの子たちは、成長している。

 

 「過保護だったかな、私」

 

 分からない。答えはどこにもない。正しさを教えてくれる人は居ない。

 

 「寒いなあ……」

 

 冬は深まる一方で、日が傾いて、藍色に染まる空には、冬の星々が煌めいてる。春もそう遠くない。目標が近いのも、一番弱いのが間違ってないから余計に、シルヴァは焦る。

 ほんとクソ真面目。気持ちは分かるけど。

 

 「トライアンドエラー、か」

 

 魔王種がいつ来るか分からない以上、過ちを繰り返すわけにはいかない。けどスルールの言う通りでもある。

 

 「やりたいことなんて、決まってるじゃない」

 

 魔王種を鏖す。最初から最後まで私のやりたいことは決まってる。

 

 「とりあえず、シルヴァがそういうつもりならそういう対応するしかないわよね?」

 

 うんうんと自分に言い聞かせるように、一人で呟いていたら2人の訓練が終わった。お姫様抱っこをされて運ばれてくるシルヴァに笑いそうになる。物陰から出て、軽く手を振った。

 

 「ただいま。シルヴァ、スー」

 

 「あっ、おかえり、ハオ」

 

 「お、おかえりなさ―ースー……!! 下ろしてくれ……!!」

 

 「だめよ。兄さん」

 

 「お前なあ……!!」

 

 極めて平静で、笑いを堪えて唇をひくつかせるスーとあからさまに恥ずかしがってるシルヴァ。微笑ましい。

 

 「兄さんがぐだぐだやってるからハオ帰ってきちゃったじゃない。ご飯の準備何もできてないわ」

 

 「……それは、なんていうか誠に申し訳ないっていうか」

 

 「大丈夫よ。これからシルヴァとは特訓だから」

 

 「そっ。じゃあいいわ」

 

 「!!!? ぐおっ!?」

 

 「それじゃあ私、ご飯作ってる。そうね。2時間くらいでできると思うわ。まあできたら呼びに来る」

 

 「了解。よろしくね」

 

 とことこ家の中に入っていくスーに落とされ、地面に転がったままのシルヴァに手を差し出して、立ち上がらせる。

 

 「あ、ありがとうございます……。それで特訓ってどういう……」

 

 「隠れて自主練したり、今日みたいに私がいなきゃやったらだめと言っておいた対人訓練をやってたから足りないんじゃないかと思ってね」

 

 ちょっと怒ってますという口調で、シルヴァに言うと神妙な顔をしたシルヴァが頭を下げた。

 

 「――――すみません、ハオさん」

 

 「……まあ、いいです。そんなに怒ってもないしね。どっちかって言うと心配でした」

 

 「ほんと、すみません……」

 

 「止められなかった私も悪い。あ、これでこの話終わりね? もう謝るのなし」

 

 ね? と念押しするとシルヴァが頷いた。よろしい。

 

 「特訓。普段の訓練とは違うんですか?」

 

 普段の訓練というのは、基礎訓練、射撃訓練、魔法訓練。簡単な格闘術の講義。そういうことを日常的にシルヴァとスーにさせている。

 

 「ええ、読んで字の如し。そして、やることは簡単」

 

 「――え?」

 

 シルヴァの動体視力では、まだ捉えられない速度で、私は彼を芝生に転がした。顔を見れば何が起こったのか理解できていないのは分かる。

 

 「無限組み手。私が実家でさせられてたほとんど地獄みたいな訓練。効能は、体力と精神力、速度の増加」

 

 取って付けたような効能よね、これ。

 

 「効能っていったけど結局の所、結果よ。最終的に手に入っただけ。これを週一の頻度で追加しようと思う」

 

 失敗した時は、目も当てられないけどそもそもゲームは、ランダムだけど私が手づからやるんだから問題ないじゃない。

 

 「どうする? シルヴァ」

 

 試すように問いかける。答えは――そうよね、シルヴァ。それ以外にない。

 

 「貴方は、なんでもあり。私は、拳だけでいいわ」

 

 シルヴァを舐めきった提案。だけどそれが貴方の今の評価よ。

 

 「分かりました、ハオさん。よろしくお願いします」

 

 「よろしい」

 

 頷いて、下ろしたままの手を持ち上げて、くいくいと挑発するように、シルヴァを手招きする。これ一回やってみたかったのよね。かっこいいし。なんだか強そうに見える。

 まあ、私は強いんですが。

  

 「貴方から来なさい、シルヴァ」

 

 それから、月日は巡り、私は何度もシルヴァを芝生に転がし、投げ飛ばして、そうこうしてたら季節は、桜の頃を迎えていた。

 




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第15話 春、快晴、トーナメント日和

コードギアスのソシャゲ始まりましたね。
C.C.欲しいんですけど中々引けないですね。


 

 「……綺麗だ」

 

 芝生で大の字になった僕は、青空の下、咲き誇った桜の美しさに思わず呟いた。暖かな風に細い枝が膨らみ、なびく。散った花びらが僕の視界を横切って、風に乗り損ねた花弁が1枚、僕の顔に乗っかった。

 

 「僕みたいだな」

 

 独り言。微苦笑。自分にしか聞こえないように呟いて、花びらを摘み上げる。

 

 「いつまで寝転がってるの、シルヴァ」

 

 ――桜よりずっと綺麗なものが僕の鼓膜を揺らした。おっしゃる通り、待たせるなんて失礼だ。

 

 「すみません。すぐ立ちます」

 

 立ち上がって、振り返るとハオさんが居る。エメラルドみたいな大きくて鋭い瞳が僕の挙動を見ている。力みの一つもなくて、ただ吹く風に揺れる髪を片手で抑えているだけの自然体。

 物憂げに見えた。春だからかな。きっとそうだろう。

 桜、春。あれから一年も経つ。あっという間だった。僕は、あの頃より強くなれたと思う。

 だけどもっと強くならなきゃいけない。強くなりたい。

  

 (なによりも綺麗なこの人より強くなりたい)

 

 今朝だけでもう数えるのが面倒なくらい転がされたというのに、願望だけは一人前だなと内心苦笑した。

 何回戦目かの開始の合図。詰められた時、不意を突かれた時の為に、魔法を使っておく。

 

 「氷遊弾(アイス・シューター)

 

 氷の弾丸を5つ浮かべる。数は、意識すればその分現れる。数の指定もかなり慣れた。呪文は、まだ必要。呪文(テンプレート)無しで、使えるのはごく簡単な魔法くらい。

 氷遊弾(アイス・シューター)は、その簡単な魔法に入らない。

 ハオさんとの組み手を初めてから生み出したアレンジ。

 ハオさんについていくために、組み込んだアレンジ。

 そういうのを組み込んだお陰で、呪文無しで使えなくなってしまった。

 一長一短ってところだ。

 僕ができないだけで、できる人は、こんな苦労ないんだろうけど。 

 

 「……行きます」

 

 ドミネーターをハオさんに向けて、トリガーを弾く。

 ドミネーターの銃弾は、魔力を注ぎ続ければ生成され続ける。勿論、トリガーを引けば銃弾が撃てる。それも引き続ければ、一定の間隔で、銃弾は撃ち出される。

 

 『まるでマシンガンね』

 

 なんてハオさんは言ってた。マシンガンというのは、銃の名前らしいというのをその後調べて知った。

 どうやら連射式の銃らしい。ドミネーターよりもっと大きく、ものによれば銃身も長いとか。いつか触ってみたい。銃そのものが高価だからそうそう触れるものではないけど。

 ただ弾丸を作り続けるので、魔力の消費が激しい。

 

 「うん、悪くない」

 

 それは、ありがとうございます。口には出さない。最小限の動きで躱されてるのを見ると素直に受け取れない。しかもゆっくり距離が詰められてくる。

 スーも同じように詰めてくるけどあっちは、豪快だ。あれはあれで圧を感じるけど、こっちはそういうレベルの話じゃない。

 この圧に負けて後ろに下がるのは、悪手。横へ、ハオさんを中心にゆっくり回る。射線を変えて、躱し難くする。

 

 「相変わらず意味がわからない……」

 

 狙っているのは、胴や腰の中間。体の中間点は、体全体を動かすしかずらせない。

 当たってない。当たるラインだった。僕には、そう見えた。

 だけど現実当たってない。ハオさんは、さっきから一歩と前にも後ろにも動いていない。そのままで、視線だけが僕の方を向いている。

 何度見ても意味がわからない。表情が渋くなっているのが自分でも分かる。

 

 「……今日こそ当てる」

 

 以前、カイムさんとやった時のルールと大体同じだ。一撃でも当てればいい。

 だけど、ハオさんが魔法と剣を使わないだけでほとんど本気。それにスーがいない。僕だけでハオさんに当てなきゃいけない。

 

 『半分遊びで、貴方たちに同情マックスだったカイムとは、違うから頑張ってね』

 

 数えるのが馬鹿らしいくらい転がされたある日、ハオさんは、満面の笑みで言った。

 恐ろしい。これが最戦前を生きてきた冒険者の本当の実力、それもほんの一端だと思うと僕は、正直、そう思ってしまう。

 

 「それでもやらなきゃいけないんだ」

 

 僕の中に根付いた恐怖を振り切るために。

 ドミネーターのトリガーを引いたまま、自手を打つ。

 ハオさんとの距離がいつの間にか縮まり始めていた。僕の魔力だって余裕があるわけじゃない。正直、ここまでで何度も転がされてるから限界が近い。

 

 「氷弾(アイスショット)

 

 頭上に氷弾(アイスショット)を3発生成して、角度をつけた。今、銃弾がまっすぐなラインで、正面から圧をかけている。そこに、上から下に圧をかけるように氷弾(アイスショット)を放った。

 合わせて、氷遊弾(アイス・シューター)を打ち上げる。山なりに頭上から叩き落とす。落下軌道をランダムに、避けにくいようにする。

 

 「いけっ……!」

 

 ――やっぱり躱される。当たらない。背景に消えていくか、空中でいつの間にか迎撃されている。

 ただ一発は、仕事をした。

 特別細く。特別早くイメージを伝えた氷弾(アイスショット)がハオさんの胸元で、粉砕された。細かな破片がきらきらと宙に散っていく。

 それだけは、僕にも迎撃されたのが明確に見えた。

 意識が一瞬、そっちに向いた――くらいに思いたい。

 

 「氷縛鎖(アイスチェイン)……!」

 

 ドミネーターの銃口から一つ、ハオさんの背後からもう一つ。

 合計二本。氷で編み上げた鎖が食らいつく蛇が如く襲いかかる。本命だ。

 先程の氷弾(アイスショット)を起点にした魔法の再構築。猛特訓の結果の一つ。

 

 「背中に目でもついてるんですか……!?」

 

 「ふふ、戦場ではどこから敵が襲いかかって来るか分からないのよ」

 

 完全な不意打ちだったのに、ハオさんの手が、背後から放たれた氷縛鎖(アイスチェイン)が握りしめていた。粉砕。さっきの氷弾(アイスショット)の二の舞。

 ちなみに、ドミネーターから放った鎖も掴まれている。

 

 「悪くないと思うわ。私でなければなんとかなったかもね」

 

 魔法を使うよりも、トリガーを弾くよりも早くドミネーターが奪われるのは目に見えていた。

 即座に魔法を解く。ぱっと氷縛鎖(アイスチェイン)が解けて水になる。

 ……そもそも本来ならこの時点で負けだ。掴まれた時点で、ハオさんの電撃が伝ってくる。

 僕に、水の純度を高めた上での魔法攻撃ができればまだなんとかなるかもしれない。

 けど今は、そこまで細やかな調整ができない。これも課題だ。

 

 「ま、今朝は、軽くこのへんにしましょうか。今日はトーナメントの開会式だしね」

 

 ハオさんの言葉を受けて、僕は、大きく息を吐いた。その場とか僕の中の緊張感が霧散する。全身の汗が鬱陶しい。

 軽く、軽くか……。ハオさんのものさしは、どうも僕と縮尺が違うらしい。

 

 「はい、ありがとうございます」

 

 「ええ。結構よかったわ、シルヴァ。これならトーナメントもいいところ行けると思うわ」

 

 いいところ……? どのへんだろ……。四位とか? それはちょっと言いすぎかな。

 

 「出るからには優勝を狙えってことよ」

 

 「な、なるほど……」

 

 ハオさんは、やっぱりハオさんだな……。僕の考えは、ハオさんの目標に掠りもしていなかった。

 

 「できる限り、頑張って見ます」

 

 「そう言うと思った」

 

 予想通りって感じのハオさんが僕の頭に手を伸ばした。くしゃりと撫でられる。柔らかく、少し荒く。細い指先が髪をすいていく。

 ちょっと気恥ずかしくなる。ただ逃げるわけにもいかず、逃げるのも惜しくてされるがまま。

 

 「それでいいわ。貴方のできる限りの成果を私に見せて」

 

 「……はい」

 

 真っ直ぐな視線を受け止めて、僕は、首肯した。

 

 「よろしい! それじゃあシャワー浴びて、朝ごはん食べて、開会式に備えましょう!」

 

 

  +++

 

 

 ダイヤス―ト領主主催のユーフォルビア復興チャリティバトルトーナメントは、街郊外、南西に設えられた簡易コロシアムを使って行われる。

 観客席から見下ろした感じ、大体半径100メートルちょっとって感じ。木と石で作られた立派な闘技場。

 トーナメントの後では、闘技場として運営するために、領主がそこそこ気合を入れて作った。普通なら柵とかで済ますところを魔道具を仕込んで、飛び道具や魔法の被害を防ぐ仕組みとかあるとかパンフレットに書いてあった。

 西区の復興のため、流通や観光を今以上に活発にさせるのが狙いらしい。

 私財を投じた一大事業。この街は嫌いじゃないし、領主も嫌いじゃない。是非成功して欲しいわね。

 

 「もうそろそろね」

 

 そのトーナメントの開会式が終わって、そろそろ第一回戦が始まる。

 観客席も客でいっぱいでざわついてる。ギルドの係員とかが忙しそうに走り回ってる。領主様のところの兵士も警備で目を光らせてる。シルヴァもスーも選手控室に行ってる。

 シルヴァが1回戦、第4試合、スーは、その後の第6試合。当たるなら決勝。

 ちなみに私は、一人観客席で手持ち無沙汰。わりと暇。早く試合始まらないかしら。

 

 「……私も参加すればよかったかも」

 

 会場の熱気が私にそう思わせた。私もあそこで戦いたい〜〜。って気分にさせてくる。

 

 「だめよ。今回は2人の成長を見るんだから……。我慢しなきゃ」

 

 そう自分を言い聞かせる。保護者なんだからこう落ち着いて、あの子たちの成長に注目しなきゃ。対人での修正点とか出てくるだろうし、あの子たちも私やカイム、スルール以外と戦うのは始めてだろうし……。

 

 「今度は、ハラハラしてきた……。大丈夫かしらあの子たち……。控室で他の冒険者に絡まれたりとかしてないかしら……」

 

 冒険者の民度は、お世辞にもよろしくない。今日のトーナメント表を見たけど、高等級の冒険者は、そんなに見当たらなかったから余計に心配。

 上に居るのは、実力と合わせて、人間性をギルドがギルド自身にとって有益だと認めたから。

 下に居るのは、実力が無いからというのと人間性が足りてない。身勝手だとか残忍だとか倫理観がないとか……。ギルド自身に有害なやつら。

 たまーに有害だけど有用性が上回ってるやつとかいるけど例外なので除外します。

 ちなみに、高等級が居ないのは、活発になった魔物の討伐クエストに狩り出されてるから。

 雷の双牙(ライトニングタスク)もそう。だからスルールが来てない。後、カイムも。

 

 「スーもシルヴァもいい子だからなあ……。大丈夫かしら……。心配……」

 

 居ても立っても居られず、私は、立ち上がった。勿論、向かう場所は、控室。今頃心細くなって泣いてるであろう2人を救うのだ。

 私の胸と頭は、そんな決意でいっぱいだった。

 

 「よお」

 

 「きゃっ!」

 

 そんな私の頬に何か冷たいものが押し付けられた。完全に2人のことに囚われて、周りへの意識がおろそかだった。

 背後。ほぼ無意識の迎撃行動。裏拳を放つ。空を切る。大丈夫。勢いのまま、足を振り上げる――。

 

 「あら、カイム」

 

 「随分な挨拶だな、おい」

 

 ぴたりとカイムの顎先につま先を当ててから誰の仕業だったのか気づいた。

 

 「もう、驚かせないでよ」

 

 ほんとにもう子どもみたいなことして……。肩から力が抜ける。溜息が零れる。

 

 「ああ、悪かったよ。だから足をどけてくれ。めっちゃ目立ってる」

 

 「へ?」

 

 周囲を見ると目と口を丸くして、他の観客が私とカイムを見ていた。「あはは」と乾いた笑いが出る。

 

 「ったく……。やけに張り詰めた顔してるからちょっかいかけてみたらこれかよ。今度はどうした」

 

 観客席を飛び越えたカイムは、ごく自然と私の隣に座った。無駄に長い足に通路が塞がれる形になった。答えなきゃ通してくれなさそうな雰囲気。

 

 「スーとシルヴァが心配になったから控室に乗り込もうとしてるだけよ」

 

 「なにがしてるだけだよ。他の奴ら全員ぶちのめしかねない顔してんぞ」

 

 「そんなことないわ」

 

 「そんなことあるから言ってんだよ。変なところで過保護だよな。普段の訓練なりはドン引きするような内容やってるのに」

 

 「あの子たちの限界ラインには合わせてる!」

 

 「はいはい。ほらとりあえず座れ」

 

 ぽんぽんと私が座っていた座面を叩く。

 

 「…………でも」

 

 「今日のトーナメントは、あいつらがどこまでやれるか見るんだったら無事トーナメントに出るってところも含めてだろ。

 冒険者として、降りかかる火の粉は、自分で払えるくらいにならなきゃな」

 

 「ぬう……」

 

 ド正論だった。渋々、私は、元の席に座り直した。

 

 「ほれ、これでも食ってろ」

 

 特大サイズの容器を渡された。中には、ポップコーンがみっちり詰まってる。甘く香ばしいいい匂い。おとなしく受け取って、一つ摘む。さくりと歯が噛み潰す。温かい。美味しい。

 

 「……ちゃんとキャラメル味なのがむかつく」

 

 「そりゃ俺もキャラメル味が好きだからな」

 

 「ていうか貴方、パーティはどうしたのよ」

 

 「スルールに任せたというかスルールに見てこいって言われたんだよ」

 

 「むう……」

 

 スルールめ……。今度会ったらただじゃおかない。ポップコーン美味しい。

 

 「ところで飲み物は?」

 

 「図々しいな……。ほら」

 

 「ありがと。ジンジャエールか。いいじゃん」

 

 よく冷えてて、爽やか。ちょっと辛口。嫌いじゃない。結構好き。ストローでずずっと啜る。

 

 「あいつら以外に注目してるやつとかいるのか?」

 

 「いない。トーナメント表見たけどぱっとしないじゃない。あの子たち以外」

 

 アウトオブ眼中。これ死語じゃない?

 

 「聞いたのが間違いだったな……」

 

 やれやれと呆れた風にカイムが首を振る。もう、何よ。憶えてもしょうがないじゃない。

 

 「まあ俺も知ってる名前とか有名な名前はなかったさ」

 

 「ならどうせ有象無象よ。あの子たちの踏み台にしかならないわ」

 

 「大した自信だ。確かにあいつらは、たった一年でバカみたいに成長した。恐ろしく、羨ましいほどの成長速度だ」

 

 丁度今、一回戦第一試合が始まろうとしていた。

 

 「だけど才能ってのは色んな所に転がってるもんだ」

 

 入場してきたのは、シルヴァとスー2人と大体同年代っぽい男の子。対して、その子よりかなり年上に見える大柄な男の冒険者。

 互いに得物は、サイズ違えど剣。私と同じ刃渡りをしたロングソードに、長大なクレイモア。

 

 「どっちが勝つと思うよ」

 

 「……愚問よ」

 

 楽しげに聞いてくるカイムに、私は、子供っぽいと思いながらも唇を尖らせてしまう――試合開始の合図が聞こえた。終了の合図もほんのすぐ後だった。

 

 「あっちの子に決まってるじゃない」

 

 観客の盛り上がりに、笑顔で手を振り、応える男の子。その背景で、男の冒険者は、倒れ込んで動かない。多分気絶してる。

 無造作に振られた剣を、躱して、隙だらけの体を叩く。それだけ。

 正に瞬殺だった。

 

 「あれに勝てると思うか?」

 

 真面目な表情のカイムの問に、私は、すかさず答えた。

 

 「勝てるわよ」

 

 当たり前じゃない。まったく。本当に、まったく……。

 

 (……私、知らないんだけどあんなの!!)

 

 このトーナメント、あの子たちの今のステータスなら余裕なんじゃないの!? 当てにならないじゃない、原作知識……。

 でも、それでも。

 

 「勝てるわ、あの子たちなら」

 

 「ああ、是非勝ってもらいたいもんだ。俺の小遣いのためにな」

 

 「賭け事なんて不健全よ!」

 

 ぽりぽりとポップコーンを貪るカイムがとんでもないことを言い出した。なにやってんのよ、ほんと。

 

 「合法だからいいんだよ。それにほら、無名だからアイツらのオッズすごいんだぜ?」

 

 「……どれくらい……?」

 

 「これくらい」

 

 こ、これは…………心は揺れてないです。ほんとだよ?

 




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第16話 銀雪の怒り

最近、され竜にはまってます。
おかげさまで執筆速度も落ちてます。ゆるして


 「くしゅん……!」

 

 「? 兄さん、風邪?」

 

 開脚で足どころか体まで床にぺったりつけたスーが僕を見上げていた。いつ見てもすごいな。僕も最近かなり柔らかくなってきたけどまだまだだ。

 

 「あーいや、そういうことじゃない。うん、大丈夫だと思う」

 

 「そう? まだ朝冷えるんだから気をつけてよ」

 

 「分かってるよ。ありがとう」

 

 母さんに似てきたな……。柔軟に戻ったスーに、僕は、内心そう思った。

 膝の上のドミネーターに視線を戻す。汚れを拭き取る。機構を確かめる。問題はない。

 

 「誰か噂でもしてたかな」

 

 呟いてからつい自嘲気味に笑ってしまう。誰が僕なんかの噂をするんだか。ここにはもっと強そうな人たちばかりなのに。

 さり気なく、周囲の様子を伺って視線を配る。スーや僕のように皆準備をしている。もしくはリラックスするためか雑談をしたり各々過ごしてる。

 ……誰を見ても強そうに見える。今日の参加者は、僕たちと等級的にそんなに変わらないと聞いてるけど、本当だろうか。確かに新人研修で見たことのある顔はあるけど……。

 溜息が口をつく。

 

 「兄さん、溜息何回してるのよ」

 

 「……そんなにしてたかな」

 

 「幸せが逃げていくわ。控えたほうが良い」

 

 「そうする」

 

 言って早々溜息が出そうになる。集中しよう……。でもドミネーターの整備は終わった。なら僕も準備運動をしようか。ドミネーターを椅子に置き、立ち上がる。

 いつも訓練前、仕事の前にしている動作を思い起こすこと無く、体が始める。

 

 「……別に、兄さんは弱くないと思うわ」

 

 始めようとした時、スーがそんな事を言った。

 

 「そうかな」

 

 「そうよ。ハオが及第点を出したんでしょ。私だって最近は負けそうになることもある。だから兄さんは弱くない」

 

 「慰めようとしてるのかまだまだだって言いたいのかちょっと分からないな……」

 

 片足立ちで、もう片足を頭につけるほど上げて、スーは言う。いや、すごいなそれ。

 

 「どっちもよ。兄さんがまだまだってのは変わらないわ」

 

 「それはそうだな……」

 

 認識してるし、努力がまだまだ必要なのは分かってるけど直接言われると凹むな……。

 

 「兄さんがそんなに気になるなら試してみればいいじゃない。今日はそういう日でもあるんだから」

 

 「間違いない」

 

 「でしょ」

 

 胸を張るスーが微笑ましい。時計を見れば、そろそろ第4試合の予定時間だった。

 

 「まもなく第3回戦が終了いたします! 第4回戦参加の方は、準備の上、入場口に起こしください!」

 

 丁度、係員が呼びに来た。ドミネーターを腰のホルスターに。杖は持ってきていない。これからは、ドミネーターが僕の武器だ。

 

 「それじゃあ、先に行くよ」

 

 「頑張って、兄さん」

 

 「ああ、スーもな」

 

 軽くハイタッチ。何故か不思議そうな表情をスーがする。

 

 「……今気づいたけど兄さん、身長伸びた?」

 

 「それ今言うことか?」

 

 苦笑してから、勝ち誇ったような笑みを僕は、浮かべた。

 

 「これでもう見下ろしはできないな」

 

 「大丈夫よ。転がしたら見下ろせる」

 

 「…………転ばされないようせいぜい頑張るよ」

 

 我が妹の思考が物騒一直線で怖い。

 

 「ええ。試合もその調子で勝ってきて。決勝で会いましょう、兄さん」

 

 「ああ、スーも負けるなよ」

 

 「どの口よ」

 

 スーと軽口を交わし合ってから控室を出た僕は、係員の案内を受けて、入場口までやってきた。闘技場では、まだ前の試合が続いている。

 手持ち無沙汰の僕は、とりあえずその試合を眺めることにした。

 短弓を持った男のエルフと、槍使いの女性の試合。

 闘技場は狭くはないけど広くはない。そこで弓を使おうとするのだからこのエルフは、弓に並ならぬ自信があるんだろう。

 実際、適切な距離を保っていて、矢を連射して、相手を絶妙に近づかせていない。

 ただ、威力が足りていないのか、相手が悪いのか矢は、空中で槍の穂先と棒で叩き落される。

 すごいな……。舌を巻いて、槍使いの方を見る。僕と然程年齢は変わらないように見えた。平然と矢を落とす。でも近づけていないのは、事実。

 

 「隙を伺っている……?」

 

 予想を口にした。それもどうやら的中だったみたいだ。

 一瞬。矢の連射が止んだように見えた、その一瞬だった。女が動いた。一足で距離を詰めて、鋭く槍を放った。放っていた。

 穂先の先端がエルフの喉元に触れていた。

 静まり返る闘技場の中で、エルフは、降参のジェスチャーをした。

 打って変わって、観客席が湧いた。拍手と拳を掲げる彼女を称える声が僕の耳を打つ。

 

 『ウィナー、フィオ・ストランド!!』

 

 「……早いな」

 

 僕よりは、確実に早い。スーとなら? スーが早い。ハオさんは? 比べる必要がない。

 僕が彼女を相手するならどうする……魔法と弾幕。足を止める。罠を撒く。前から挑まない。そんなところだろうか。

 

 「おっ、やっと終わったか〜〜。耳長とガキの試合にどんだけ時間かけてんだよ。寝ちまうっつーの」

 

 大あくびをして現れたのは、大柄な男。鎧に、背負った長大で厚い剣、無造作に生やされた黒い髭とあらゆる要素が噛み合って、とても威圧感がある。

 

 「俺の相手もなまっちょろいガキときた。くだらねえな」

 

 分かりやすく見下されて、腹が立たなくはなかった。だけど言い返すのも不毛だったので、僕は、とりあえず聞かなかったことにした。

 

 「控室で見たけどよお。お前と話してたの、お前の連れか? 貧相だけど悪くねえじゃねえか。ちょっと味見させろよ」

 

 聞いていない。

 

 「んだよ。自分だけの穴ってか? 尻の穴の狭えやつだなあ、おい」

 

 聞いてないって言ってる。

 

 「おい、無視してんじゃねえよ」

 

 視界に火花が散った。この間隔は覚えがある。頭頂から広がっていく痛み。スーの攻撃を避け損ねた時に感じたのと同種。それよりは、痛くない。

 ただ別の感情が湧く。

 

 「……面倒なので、無視しただけですよ」

 

 冒険者のモラルの低さというのは、耳にタコができるほどハオさんに聞いていたけど、まさかこんな風に、見知らぬ人間に無視されたからと拳骨を落としてくる大人がいるとは思わなかった。

 あまりにも低レベル。子供じみてる。あまりに馬鹿馬鹿しくて、そのまま受けてしまった。

 

 「生意気なガキだ」

 

 男は、僕の態度に苛立ったのか大げさな舌打ちをする。ぺっと唾を吐く。頬に生暖かい感覚。最悪だ。

 

 「まあいいわ。この後、痛めつけてやれば態度も変わるだろう。楽しみにしとけよ」

 

 答える気力もなくなった。バカな大人だっていう感想だけが浮かぶ。表情に出さないように努力した。

 

 『――続きまして、第4回戦!』

 

 どうやら時間みたいだ。さっきまで干渉してこなかった係員の誘導に応じて、闘技場へと僕は、足を踏み入れた。

 天井のない闘技場の中は、光が満ちていた。外から見るよりずっと明るい。

 春の陽気と人々の色んな感情が詰まった視線が降り注いでいた。

 

 『シルヴァ・フィルメント VS アガー・サイト!!』

 

 観客の様々な声援を上回る声量は、魔道具による音量の強化か、月属性の大気への干渉だ。どこかにある実況席から声が響き渡る。

 その次の言葉までの時間がもどかしい。

 僕は、ドミネーターのグリップを握る。対する男、アガーは、背中の鞘から大剣を引き抜いている。

 そして、次の瞬間だ。 

 

 『バトルスタート!!』

 

 合図。僕は、ドミネーターを引き抜きながら魔法を起動させた。

 正直、かなりムカついてた僕は、手加減をやめていた。普段かかってる遠慮とかそういうの無意識なものが取っ払われた。

 

 「氷撃斬(アイスボルト)

 

 短い呪文がもたらしたのは、非常に局所的で、非常にピンポイントな極低温の吹雪。僕の右側にある空間から具現化したそれを僕は、アガーの顔面に叩きつけた。

 水と火の属性。大気の流れの操作と急速冷凍を同時に行うことで発生させた。

 この男の顔の、構成要素のすべてを凍りつかせて、目と鼻と口の奥まで凍えさせてやる気分になっていた。

 結構ムカついてる。自分でもここまで怒るのは始めてだ。

 理由は、分かってる。分かりきっている。

 

 『おおっと!! シルヴァ選手の強烈な魔法がアガー選手を釘付けにする!! これは、痛い! 辛い! アガー選手、呼吸ができているのか!? 私なら難しい! いや、無理だ!!』

 

 アガーの体が僕の魔法に抗うようになんとか動こうとする。体を覆い始めた霜を振り落として、鎧の下の筋肉が駆動する。じりじりと動き出す。

 僕の出力では、完全に凍らせることができない。修練不足がこういうところで如実に現れてしまう。

 このままだとまた仕事で迷惑をかけてしまう。もっと努力が必要だ。

 

 「死ね」

 

 だから僕は、新たな魔法を紡いだ。

 極寒の声がまろびでた。この陽気に、この闘技場にそぐわない、冬の感情。命を凍らせ、止めるための言葉。

 氷弾(アイスショット)を10発生成。先端は、アガーへ。

 ――後から思い出すと、魔法を使い始めたこれまでで、一番自然な魔法の行使だった。

 即座に発射。全弾命中。当然だ。動けないんだから。

 手応えがあった。アガーの足が、体が揺れる。膝は折れない。想定より頑丈だ。

 

 『シルヴァ選手の猛攻!! これは、アガー選手ひとたまりもないか!!』

 

 立っている。まだ動いてる。まだだ。

 氷撃斬(アイスボルト)が止む。魔法の効力が消えていくのに合わせて、吹雪が止む。 するとアガーの姿が見える。全身に霜と氷を貼り付けている。歯を打ち合わせ、顔を真っ白にして震える姿が僕の視界に映った。

 あまりの浅ましさに、笑みを浮かべてしまいそうになる。さっきまで余裕綽々としていた男が子鹿のように足を震わせる様があまりに心地が良い。

 

 「氷縛鎖(アイスチェイン)

 

 氷弾(アイスショット)の残骸を媒介に、鎖を放つ。アガーの胴、腕や足に絡みつく。なんとか振りほどこうとアガーが動いた。

 無駄だよ。鎧に残った氷と鎖を結びつけた。並の腕力では振り落とせない強度にしている。

 

 「終わりにしよう」

 

 呟いた僕は、ドミネーターの銃口を向け、トリガーを引いた。

 

 『バトルエンド!!』

 

 

 +++

 

 

 『ウィナー、シルヴァ・フィルメント!!』

 

 慣れない仕草で観客の声に応えるシルヴァと対戦相手の方がギルド職員に担架で運ばれていく。

 無事勝利。完全に圧勝。戦闘時間は、ほとんどなかった。素晴らしいわ。シルヴァ。

 準備も片付けもほとんど無いからすぐに4回戦が始まる。 

 人間の中年男と中年男の試合。始まってすぐ、興味を失うほどぱっとしない試合なので、割愛します。

 そんなことよりも気になる所がある。

 

 「私、あの子がキレてるところ初めてみた」

 

 ちょっと呆然としちゃった。だって見たことない顔してるからどういう感情なのか分からなかった。魔法の切れ味の良さを見てから、あまりの容赦の無さを見てから、どういう気持ちなのかが分かった。

 しかし、それにしても……。

  

 「なんでまたあんなにキレてるのかしら」

 

 「さあな。相手の方は、見たことはないがあんまり品性のある顔じゃないからなんかやらかしたんだろ」

 

 「なんかねーー……」

 

 「まあ、シルヴァの逆鱗なんて、お前かスーくらいじゃねないか?」

 

 カイムは、呑気に言うとポップコーンをむしゃむしゃと食べた。それから私の方を見ると眉を潜めた。

 

 「それは言い過ぎよ。あの子のモンスター・コレクションとか壊したり捨てたら怒るに違いないわ」

 

 「ああ、例のゴブリン標本とか……。一回見たけど……どうにかならないのか」

 

 「一応、今の所、趣味の範囲だから……」

 

 カイムが微妙な顔で、私を見てくる。実害が無くて、法律を破らなければ個人の自由だからしょうがないでしょ……!!

 

 「それよりもちょっと不安ね」

 

 「? なんか不安になる要素あったか? あの調子で魔法を撃てるならトーナメントでの成績も悪くないぜ」

 

 「そういうことじゃない。シルヴァは、あんたと違って繊細なのよ。我に返ってからが怖いなってね」

 

 「誰が図太くてガサツだよ」

 

 まあ、なんだとポップコーンを口に運ぶのをやめたカイムが言う。

 

 「こういう加減をし損ねることくらい1回や2回あるだろ。それがこういう場所でまだよかったな」

 

 「……ま、それもそうね。仕事中だったら目も当てられなかったわ」

 

 『第6回戦!』

 

 「っと、スーの出番じゃない」

 

 カイムと雑談しているとスーの試合が始まるところだった。

 闘技場に視線を戻すと見慣れた銀髪のツインテールが揺れながら闘技場の中に入場してくるのが見えた。

  

 「相手は……オーガ、かしら」

 

 シルヴァの時の体格差もそこそこあったけどこれはもう大人と子供というよりも……、

 

 「巨人と小人だな。無差別級だからこういうこともある」

 

 スーの頭がオーガの方の膝上くらい。3メートル余裕であるんじゃない?  体重もスーの倍以上はありそうな筋骨隆々なオーガの女。すごいわね。

 

 『スー・フィルメント VS オーファ・グリムグラゴ!!』 

 

 互いに得物を握った。スーは、背中にマウントしたいつもの大斧。対するオーガのオーファの方は、腰の左右に一本ずつ下げた剣……じゃない。鉈ね。人なら大鉈になるんでしょうけど大柄すぎて草刈り用にしかみえないわ。

 

 『バトルスタート!!』

 

 「……驚いたな」

 

 「タイムアタックしてるわけじゃないわよね? このトーナメント」

 

 カイムも目を丸くするほどだった。呆れるほど早い決着。歓声どころか実況席も言葉に詰まるくらいに早い。

 

 『ば、バトルエンド!』

 

 闘技場の中央では、オーファの後ろに、スーが居る。

 正確に言うと、膝をついたオーファの後ろをスーがとっていて、後ろから大斧の刃を突きつけている。

 

 「見えたか?」

 

 「当たり前じゃない」

 

 月属性の私がついていけないなんていうのは、早々ない。

 

 「それでも十分以上に早かったわね」

 

 おそらくスーの動作に、会場のほとんどの人間がついていけなかった。

 だから皆、出遅れた。

 

 『ウィナー、スー・フィルメント!!』

 

 遅れに遅れて、観客たちが歓声を上げた。シルヴァと違って応えないのは、なんとなく予想できたわね。興味の欠片もない様子で、闘技場から退場していくスーの姿は、クールビューティーって感じ。将来有望ね、ほんと。

 

 「あっちは、なんか別の怖さを出しつつあるな」

 

 末恐ろしい……。と引き気味なカイム。

 

 「2回戦に無事進めたし、私たちの努力は何一つ無駄じゃないってことも分かって、ほら、いいじゃない?ね?」

 

 無理矢理良い風にしてみようと試みた私であった。

 

 「そういうことにしておく」

 

 「ええ、是非そうして」

 

 2回戦は、残り2戦。2回戦午後からだからその前にお昼ね。2人を連れてきて、試合終わり次第軽くお昼行きましょう。

 

 「2人とも戻ってるでしょうし、連れてくるわ。カイムは、一応試合見てて」

 

 「へいへい」

 

 「目についたのがいたら教えてね!」

 

 「へいへい」

 

 適当な返事だけど、適当な仕事はしないでしょう。まだ残っているポップコーンを片手に、私は、シルヴァとスーの所に向かうことにした。

 お昼もあるし、様子も見に行くのもあるけどなにより褒めてあげなきゃね。

 

 

 +++

 

 

 『第7試合!』

 

 「……変なの出てきたな」

 

 ハオが去った後、始まった試合を見て、カイムは一人呟いた。

 顔から手に足と全身を厚手の古びたローブで覆った怪人物。男か女か。種族が何かも分からない。何が武器かも分からない。

 対面している対戦相手の青年もかなり困惑している。カイムには、見覚えのある顔だった。

 ギルドでも有望とされている新人の一人で、前衛としての実力は悪くないという情報を仕入れていた。

 

 『イン・フィルメント VS レイガット・デリン!!』

 

 「……フィルメント?」

 

 カイムは、眉を顰めた。聞き覚えのありすぎる名字。ありふれているわけじゃなくて、この街に来て、初めて聞いた名字。

 脳裏に浮かぶ、シルヴァとスーの姿。

トーナメント表に、あったか? 無かったはずだが……。飛び入りか? カイムの頭の中で疑問が渦巻く。

 青年――レイガットが背中にマウントした剣の柄を握る。対して、ローブ姿のインは、微動だにしない。ただそのローブの裾がそよ風に揺れるだけ。

 

 『バトルスタート――ってはぁ!?』

 

 ……早さを競ってるわけじゃねえんだぞ。バカみたいに早い打撃だった。

 開始の瞬間、地に伏したレイガットを見て思ったカイムの思考は、一瞬ローブの中に見えた髪の色に、大きく割かれていた。

 ポップコーンの残った容器を放置して、カイムは、席を立った。

 実況席の判定を待たず、まっすぐ闘技場から退場していくローブの姿をカイムは、視界の隅で、追いかけながら観客席の出入り口を目指す。

 

 「銀色の髪。そうそう見る色じゃない。長い、滑らかだったように見えた。女……母親か?」

 

 シルヴァとスーの家族は、魔王種に出会ってから行方不明だ。人混みをすり抜けるように歩きながらカイムは、考える。

 

 「フィルメントなんていう名字だってそうそうあるもんじゃない」

 

 カイムは、石畳の階段に足音を響かせながら自分の思考を整理する。

 確か2人の髪は、母親譲りだ。北国の血だったな。名字からして珍しい。

 だが母親だとして、何故2人を探しもせずにトーナメントなんてものに出場しているのか。もしくは、探す過程でやむを得ず参加した? 家族に冒険者が居たというのも凄腕だというのも聞いていない。

 

 「違ってもまあ、その時はその時だな」

 

 ここまで付き合ったんだ。最後まで付きやってやるか。カイムは、とりあえず控室だなと廊下を歩き始めた。

 

 「丁度全員揃うだろう」

 

 




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第17話 反省したり反省しなかったりする男

スパロボUX買いました。
デモンベインが雑に強いです。


 「やりすぎた……」

 

 選手控室でうなだれる僕の口から今日、何度目になるか分からない言葉が溜息とともに、転がり落ちた。

 できたてほやほやの選手控室の床は、選手たちに踏み荒らされて、埃や砂、砂利から血が落ちて、汚れている。

 掃除が大変だろうな。どうでもいいことが僕の頭の隅を過る。

 

 「兄さん、いつまで凹んでるのよ」

 

 呆れたスーの声、視線。もちあげると呆れ顔のスーがベンチに腰掛けている。

 そう言われてもだ。やりすぎたのは事実だ。アガーは、あのまま病院送り。容態は聞けていない。

 

 「試合の中のことだから死んでても事故で済まされるわよ」

 

 僕の内心を見透かしたような言葉がスーから飛んでくる。

 

 「死んではない……はずだ」

 

 一応、死なない程度にはしたはず。手加減というかリミッター的なものは弾けてたけど殺人をする気はない。

 ……でもあの時の僕の口から出た言葉は、今の僕が考えていることを真っ向から否定しないだろうか。

 思い返せばあまりに冷たい声。自分のことながら身震いしてしまう。

 

 「多分……」

 

 曖昧な言葉が次に出た。

 

 「ま、私はいいわ。あいつ控室で気持ち悪い目向けてきてたしね」

 

 「これからトドメ刺しに行ってくるよ」

 

 思考が一瞬で闇色に染まった。今の僕はダークシルヴァだ。何でも誰でも殺れる。神様だって殺してみせる。

 

 「兄さん、頭でも打った?」

 

 本気で心配した様子のスーの声に、僕は立ち上がろうとして我に返った。尻を元の場所に戻す。どうかしてた。

 

 「……いや、すまない。あれだ。闘技場の熱気とか対人戦闘の興奮が残っててちょっとおかしかった」

 

 「あーうん、そっか。とりあえずそれでいい」

 

 僕の要領の得ない言い訳に、スーは、苦笑いした。

 

 「それでどうする? 午前は、一回戦だけで残りは午後からだったよね。残りの試合観に行く?」

 

 そうしよう。特にアイディアのなかった僕は、スーの提案に乗ろうとした。

 

 「シルヴァ・フィルメントとスー・フィルメントでよかったよな?」

 

 その時、名前を呼ばれた。知らない声だ。声のした方に振り向く。少年が一人。少年と言うのは僕とそう変わらないように見えたからだ。背丈は、残念ながらあっちが高い。暗めの赤髪、焼けた褐色の肌、革の鎧を纏い、手足は、鍛えた筋肉で装甲していて、その上を細かな古傷が這い回ってる。

 彼の青い瞳と人の良さげな笑みを浮かべた顔が僕らに向けられていた。

 

 「誰?」

 

 クエッションマークを浮かべたスーが小首を傾げた。

 

 「おっと、俺は、レント・ファインス」

 

 知ってたけど、名乗ってくれたから僕が言う手間が省けた。

 

 「ああ、1試合目の……。それで何かようかな?」

 

 「一応、挨拶を。同年代は俺らくらいじゃないか。仲良くしていても悪くないかなってな」

 

 そう行って、手が差し出される。ここで取らないのも感じが悪い。別に、彼が嫌いってわけでもない。

 

 「シルヴァだ。よろしく」

 

 「ああ、よろしく」

 

 軽い握手。スーはどうするかと視線を向ける。

 

 「これから倒す相手の手を握ってもしょうがないわ」

 

 握手をする気なんてさらさらなかった。あくまで高飛車に、敵を見る目でスーは、エルビンを見ていた。

 

 「すまないな。そういうことだ」

 

 「いいさ。気にしていない」

 

 「あら、なんだか楽しそうなことをしてるじゃない」

 

 また増えた。かつかつと歩み寄ってきた顔は、知っている。僕の前の試合で見た顔だ。

 夜闇のような黒髪を後ろでまとめて、ぴたりとした体のラインが大きく出る衣類の上から最低限の防具をまとった女性は、赤い槍を携えていた。

 年頃は、僕たちより上に見えた。それでもそんなに年齢差はない。

 

 「ア―シェ・ストランドさん、だったかな」

 

 「そう。アーシェ・ストランド。憶えていただけたとは光栄ね」

 

 「光栄?」

 

 どういう意味だ? 眉を顰めて首を傾げた。

 

 「君の試合見たわ」

 

 「……見苦しい試合を見せたね」

 

 僕としては苦い思い出になりつつある。激情のままの魔法の行使だ。人様に見せて良いものじゃない。

 

 「感情的であったけど、君の魔法は実に素晴らしかった。威力にキレ、精度。どれをとっても筆舌に尽くしがたい。それに、近接を近づけさせず、釘付けにする単純かつ有効な戦術を成立させる魔力量! 

 あんな無慈悲な攻撃を向けられた時、私ならどうするか作戦立案と考察がとまらないの!!」

 

 苦々しい顔をしている僕と裏腹に、アーシェさんは、顔をきらきらと輝かせている。といか顔が近い。今もなお、距離が詰められてくる。唇が目と鼻の先。鼻と鼻がちょんとぶつかるくらい。

 

 「独学で魔法を憶えたの? それとも師匠とかがいるの? 是非知りたい!」

 

 「そ、それはほら、秘密だよ」

 

 「秘密!?」

 

 近い。近いよ。……なんだかいい匂いがする、気がする。香水かな。ハオさんもそういうのをしていた気がする。花、果物? 分からない。

 

 「ほら、アーシェさんとは次戦うわけだろう?」

 

 「アーシェでいいわ。それはそうね」

 

 「ああ、そう……。えーとだからだよ。戦う相手に情報はなるべく与えたくないものじゃないか?」

 

 ただでさえ感情に任せて魔法を披露してしまった僕は、些細な情報でも与えないようにしておきたい。

 

 「確かに。道理だわ。ごめんね、興奮しすぎたみたい」

 

 申し訳無さ気なアーシェの顔が遠のいていく。やっと落ち着ける。ほっと胸を撫で下ろした。

 

 「……兄さん」

 

 「……なんでスーは怒ってるんだ?」

 

 なぜだか分からないけどスーが頬を膨らませている。不機嫌な目が僕に突き刺さる。どう見ても怒ってる。なんで? 分かんない……。

 

 「はは、面白い兄妹だな」

 

 からからとレントが楽しげに笑う。なにがおかしいんだよ。視線で訴えかけるとレントは、肩を竦める。

 

 「んじゃあ、どっちか準決勝で会おぜ」

 

 「何言ってんの。あたしが勝つわよ」

 

 立ち去ろうとするレントに、アーシェが言う。言ってくれるね。さてどう返したものか……。

 

 「何言ってるのよ。兄さんが勝つわ。私と決勝戦で会うんだから」

 

 先を越されてしまった。

 

 「まあ、そういうことだ。妹のためにも、僕のためにも負けるわけにはいかない」

 

 「はっ、言うね」

 

 三者三様に笑みを浮かべて、僕たちは別れた――次に会うのは、闘技場だ。

 

 「兄さん。お腹減ったわ」

 

 僕たちだけになった控室に、スーの呑気な声が響く。同意だった。

 

 「外の露天でも行くか。いい匂いがしてたよ」

 

 「ええ、そうしましょうそうしましょう!」

 

 るんっと軽いスキップで、ベンチを飛び越えたスーが腕にひっついて、僕を引っ張る。苦笑が浮かぶ。

 

 「ちょっと待ちなさい!!」

 

 と、そこに聞き慣れた声。

 

 「ハオさん? どうしてここに?」

 

 「どうしてって、お昼のお誘いよ」

 

 これまた軽やかにステップを踏んできたハオさんは、スーと反対側の腕に腕を絡ませた。うおっ……。柔らか……。色々と僕の中で弾ける音がした。火花とか……火花とか。

 

 「兄さん、鼻の下伸びてる」

 

 「……何のことだ?」

 

 じとーっと向けられたスーの目から目を逸らした。

 

 「おっ、モテモテじゃん。シルヴァ」

 

 続けて入ってきたカイムさんは、僕を見て、にやっと笑った。

 

 「カイムさん。来てたんですね」

 

 仕事で来れないと思っていたから意外だった。恥ずかしいところを見せたな……。

 

 「ん、まあな。一応弟子の晴れ舞台だ。見ておこうと思ってな」

 

 「! ありがとうございます!!」

 

 「頭なんてさげんなよ。恥ずかしい」

 

 素直に嬉しかったからつい大げさにしてしまった。僕が頭を上げるとカイムさんは、控室の中を隅から隅まで見回してる。何か気になることでもあるだろうか。

 

 「どうかしました?」

 

 「いや、案外立派な控室だなって思ってな」

 

 「なるほど?」

 

 「あ、カイム、試合はどうだったの?」

 

 「ぼちぼちだったよ。飯行くんだろ? 食いながら話すよ」

 

 くるんと回れ右して、カイムさんが控室から出ていく。

 

 「はいはい。んじゃ、行こうか。シルヴァ、スー」

 

 「あ、了解です」

 

 絡んだ腕が前に引っ張られる。スーも一緒に引っ張るから一瞬引きずられた。パワーがありすぎる。

 

 「私、たこ焼き食べたいわ」

 

 「俺は焼きそば食いてえな。美味そうなのを見かけたんだ」

 

 「へえ、いいわね。シルヴァはどう?」

 

 廊下を歩きながらハオさんが訪ねてくる。背が伸びて、顔と顔の距離が縮まったからこの距離感で話されるとかなりどぎまぎする。

 

 「串焼き、とかですかね」

 

 でもそのどぎまぎを悟られたくない格好つけな部分が僕にだってある。

 

 「じゃあ、こうしましょう!」

 

 「おっと、面倒くさい空気になってきたな……」

 

 「面倒くさくないわよ」

 

 おどけたようなカイムさんに、ハオさんがむっと言い返した。そういう顔もかわいい。

 

 「なんであろうと私は、負けないわ」

 

 何をやるか聞いても無いのに、スーが張り合う。引っ付かれてると歩きにくいな……。

 

 「誰が一番美味しいものを買ってくるか選手権よ!」

 

 そういうことになった。

 

 「普通に、皆で買いにいくのじゃだめなのか?」

 

 カイムさんが面倒くさそうに言う。お腹が減ってるのでそっちの方が正直嬉しい。

 

 「ハオには負けないわ」

 

 スーは既にやる気だ。腕が痛いという視線を送ってみたけど。

 

 「私勝つわ。見てて兄さん」

 

 ふんすとやる気満々な顔が向けられた。 

 

 「そっか……」

 

 否定するのもできなくて、僕は、曖昧な返事をしてしまう。

 

 「俺は適当にそのへんで食ってるから適当なとこで呼んでくれ」

 

 「あら、びびってるの?」

 

 「あ”? ビビってないが?」

 

 沸点が低すぎる。ハオさんの煽りで、踵を返したカイムさんがすごい勢いで戻ってきた。ハオさんを至近距離で睨んでる。

 

 「じゃあ、できないの?」

 

 「できらぁ!! 待ってろ、目にもの見せてやる!!」

 

 なんだか知らないけどノリノリになったカイムさんは、そう言い残して出入り口の方へ去っていった。すぐに人混みに隠れて、背中が見えなくなる。

 

 「あ、15分後にさっきの観客席に集合よー」

 

 その背中にハオさんが声をかけて、僕の腕からハオさんが離れていく。熱、重みが急速に消えていく。少し残念。

 

 「兄さん、鼻の下伸びてる」

 

 「伸びてない」

 

 冷たい視線には、応えない。だって伸びてないから。

 

 「じゃ、2人ともそういうことね」

  

 なんて言って、ハオさんもカイムさんと同じ様に出入り口の方へ向かっていく。

 

 「はっ……!!」

 

 「? どうしたんだ」

 

 「兄さん、急ぎましょう。既に先制されているんだから急がなきゃ」

 

 なんて言って、スーに腕を引っ張られる。とりあえず付き合うか。僕も状況に流されることにした。

 ……のだが。

 

 「うお、あんまり引っ張ら――足が浮く! もう少し速度を……上げないでくれ!! スー、頼む!!」

 

 決勝で勝てるかどうか不安になってきたな……。僕は自分の体が完全に浮くのを見ながら思った。 

 

 

 +++

 

 

 丁度その頃。闘技場のスタッフルームにて。

 

 「ふー疲れたぜ」

 

 ネクタイを緩めて、どすんとソファに尻を落としたのは、今日、闘技場で実況席に座っていた男。がぶがぶと差し出されたドリンクを飲み干してる。

 ざわめくスタッフルームには、昼休憩といえど働くのをやめられないスタッフがいっぱいだ。皆忙しくなく動いてる。

 男の役目は休むこと。腹を満たして、喉を潤し、次の2回戦に備えることだ。

 

 「お疲れ様っす! これ弁当っす!」

 

 「お、サンキュー。お、美味そうなサンドイッチだな」

 

 通りすがりのスタッフに差し出された弁当を受け取り、嬉しげに言葉を零した。

 ギルド酒場謹製のサンドイッチ弁当。たまごサンドからホットチキンサンドに、トマトサンド。後は、各種惣菜付き。食べきれば満腹が約束されてる。

 

 「うん、思った通り美味え」

 

 満足そうに、男はサンドイッチを頬張っていく。

 

 「っす。よかったっす」

 

 「あ、そういえば君さ」

 

 「っす。なんすか?」

 

 立ち去ろうとしたスタッフに、男が声をかける。

 

 「午前中の第7試合、急に変わった人いたけどなんかあったん? あの勝ったほうの、イン・フィルメントって人にさ」

 

 実況席でこそおくびにも出さなかったが、どうやらそういうことがあったらしい。

 

 「っす。元々参加する予定だった方。飛び入りで募集したら来たっす」

 

 「なるほどね。納得」

 

 男は、納得したようにフライドチキンを齧った。

 

 「だめだったっすか?」

 

 「いんや全然。不戦勝より全然いい。盛り上がらないしな不戦勝」

 

 にやっとお代わりしたキンキンに冷えたアイスコーヒーをごくごくと水みたいに飲み干した。

 

 「それに飛び入りのビジュアルもいい。なんかいかにも怪しげだしな」

 

 「っす! よかったす!」

 

 スタッフは、ほっと胸を撫で下ろした。そういえばと男は、言葉を続けた。

 

 「君も今日はじめて見るけど……バイトかなんか?」

 

 人が多い場所だし、単純に憶えていないだけかもしれないが気になったので男は、聞いていた。

 

 「っす! 当日募集があったっす!」

 

 「なるほど。一緒に頑張って盛り上げようぜ」

 

 「っす!!」

 

 笑みを浮かべて、スタッフに拳を向けた。ああと理解した彼はこつんとぶつけて、応えた。

 

 「君も一緒に食って力つけてこうぜ」

 

 男が指した先には、テーブルに積まれた弁当。今、彼の手元にあるものと同じだ。

 

 「いいんすか?」

 

 「いいんだよ。いいんだよ。一緒にやってる仲間じゃねえか!」

 

 「ざっす! ご馳走になるっす!」

 

 満面の笑みを浮かべたスタッフに、男は頷いた。それからご機嫌に、フライドチキンを咀嚼した。骨を置いて、サンドイッチを一口。

 むしゃむしゃと咀嚼する音がスタッフルームに響いた。むしゃむしゃと、むしゃむしゃと。

 

 「ご馳走様っす」

 

 そして、スタッフルームは静まり返った。

 




感想評価よろしくお願いします。

※修正
フィオがあまりに名前が近いキャラが多いのに気づいてアーシェに変えてます


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第18話 ランダムイベントおそるべし

最近レバガチャダイパンを作業用BGMにしてます。
Vに興味あんまりなかったんですけど面白いですね。


 「なにかいいのあったかい、スー」

 

 「大変よ、兄さん」

 

 露天の並ぶ通りをスーと腕を組んだまま歩いているとスーが僕を真剣な目で見上げてきた。大変、か。内容の予想はできている。それでも聞き返してあげるのが優しさだろう。

 

 「何がだい、スー」

 

 「良いものが多すぎて、目移りしてしまうわ! こんなの全部買うしか無いじゃない!!」

 

 「うん、そんなことだと思った」

 

 つい苦笑がこぼれる。分からなくもない。露天の雑踏を踏みしめて、漂う甘い香りが、香ばしい匂いが僕たちの鼻を、空っぽの腹底をくすぐる。

 右を見れば鯛焼きやお好み焼き。左を見れば焼きそばに綿あめ。食べ物系が軒を連ねてる。

 唾が出てきた。早くなにか食べたいな。何にしよう。スーじゃないが目移りする。

 

 「スー」

 

 「んー」

 

 「先に何か食べてから探そうか」

 

 ハオさんの件だ。

 

 「…………」

 

 「なんだよ。そんな変なものを見たみたいな目で」

 

 「変なものよ。兄さんが買い食いを提案するなんて珍しいにも程があるわ」

 

 「……まあ、そうだな」

 

 普段しないことであるという自覚くらい僕にもある。ただ、そう。ただ。

 

 「僕がそう言い出してしまうくらいお腹が減ってるんだよ。ほら、スー、そこの串焼き……えーっと牛肉の串焼きか。それとか食べ歩きによくないか?」

 

 「いいわね、兄さん! 早速買ってくるわ!」

 

 ぱっと僕の腕から重みが消える。風のようにスーが僕の言った串焼きの屋台へ駆けていく。

 

 「ああ、そのへんで待ってるよ」

 

 軽くなった腕は、さっきまでの重みが無くなってちょっとばかり違和感を主張する。離れていくスーの背中に、僕は声を投げた。

 

 「はーい!」

 

 雑踏の喧騒に負けない返事が聞こえた。

 

 「さて、隅の方で待ってるか」

 

 通りの真ん中は流石に居心地が悪い。邪魔にもなる。適当なところに落ち着こうといそいそと通りの隅に行こうとしたその時。

 

 「兄ちゃん、どうだい」

 

 かけられた声の方を見ると黒のサングラスをかけたスーツをまとった黒髪の男性がいた。僕の視線を受けて、男性は、ニヒルに笑った。そういう笑顔が似合うタイプの人。

 その男性の隣りにあるテントの奥には、木で作られた商品棚は5段あって、一定の感覚で商品の人形や玩具が並んでいる。

 なんとなく何の屋台か分かった。

 

 「射的ですか?」

 

 他に客は居ない。がらがらだ。きっと店主があまりにガラが悪いせいだろうと僕は、あまりに失礼な当たりをつけた。

 

 「ああ。やるか?」

 

 店主から差し出されたのは、木製のライフル型のコルク銃。スーはまだ列に並んでいるし、時間つぶしにはなるかな。

 

 「じゃあ、ちょっとやってみます」

 

 「おうよ」

 

 コルク銃を受け取って、僕は、代わりに店主に代金を手渡した。

 

 「手前のテーブルに置かれた皿のコルクが残弾だ」

 

 「分かりました」

 

 言われて見た皿の上には、コルクが3つ。

 

 「装填済みはおまけにやるよ」

 

 「じゃあ、4回ですね」

 

 とりあえず構えてみる。銃口を商品棚の方へ向ける。しかし、何にしよう。困るな。特に何も考えず取ってしまった。何を狙おう。

 

 「なにか、おすすめあります?」

 

 「好きなの狙いな」

 

 店主は、暇そうに欠伸をした。こんなやる気なさげでいいんだろうか。一応、商売だろうに。まあ、人のことだしいいかな。

 

 「好きなのかあ……」

 

 と、言われても射的の商品なんて子供向けだろうに。

 

 「兄さん。あそこのぬいぐるみが欲しいわ」

 

 悩んでいると隣からスーの声がした。串焼きの良い香りが僕の腹を鳴らす。スーが片手で抱えている紙袋から串がいくつか生えている。

 

 「あれかい?」

 

 「そうそれ。ぞんあまくんのぬいぐるみ」

 

 「ああ、そういえばあんなぬいぐるみ持ってたね」

 

 今はもうない僕ら家族の家にあったスーの部屋のぬいぐるみたちに混ざっていた気がする。

 

 「うん。家ごと無くなっちゃったから新しく欲しいわ」

 

 「分かったよ。頑張ってみる」

 

 「兄さん、絶対にとってね」

 

 「プレッシャーかけるね……」

 

 妹のささやかな期待くらい兄として、僕は、応えてみたいと思った。

 揺れる銃口の先を見る。ターゲットは動かない。だから焦る必要はないんだ。

 問題は、コルク銃は、ドミネーターと違って強い力があるわけじゃないということ。

 当たれば商品が落ちるとは限らない。

 倒すのは無理だ。だから隅を当てる。回転させて、棚を滑らせる。

 後は、そのコルク銃の性能。コルクをバネで押し上げる空気で飛ばすんだから、バネがしっかりしてるかとかそういうところになるかな。

 新品同様だし、多分大丈夫だ。

 コルク銃を脇で挟んで、支える。銃身を揺れないようにする。

 

 「ほう……」

 

 店主の視線を感じた。その言葉の意味が関心かどうかとかは無視。的に意識を集中させる。

 人の視線を感じなくなる。雑踏の声や足音、音が消える。それから自分の胸の鼓動だけが唯一残った。

 本のページを捲る時と同じ没入感。毎朝続けてきた射撃訓練の結実。

 そして、そんな無駄な考えも消えうせた。

 

 「お見事」

 

 ぽすんとぬいぐるみの落ちる音。店主の拍手。なんとか落とせた。強敵だった。想定より重くて結局、コルク全部使い切ってしまった。

 

 「はい、どうぞ」

 

 「ありがとう。兄さん」

 

 手に入れたぬいぐるみを抱きしめるスーの笑顔は、十分以上の報酬だった。

 

 「おまけだ。もってけ」

 

 「なんですかこれ?」

 

 どこからか取り出した銀色のアタッシュケースを店主に手渡された。慌てて受け取った両腕に、アタッシュケースの重さが両腕にずっしりと伝わってくる。なんだこれ。

 

 「おまけは、おまけだ。今どき珍しく俺の作品(もん)を使ってるやつにな」

 

 「? おまけってこれは、な……に……あれ」

 

 アタッシュケースに向けていた視線を持ち上げるとさっきまであった射的が屋台ごと無くなっていた。

 露天の間にある空き地になっていた。何が入っているか分からない木のコンテナが転がっている。

 

 「……幻覚?」

 

 店があった痕跡すらない。僕は、まず自分の目と頭を疑った。

 

 「ぬいぐるみあるから違うと思うよ」

 

 まったくもってその通り。

 

 「アタッシュケースもあるもんな……」

 

 物証だけがしっかり揃ってる。

 

 「……余計になんだったんだってなるね」

 

 困ったな……。このおまけについても聞き損ねてしまった。

 

 「開けたら煙が出て老人になるとか……はないか」

 

 お伽噺じゃあるまいし。

 

 「はら、ふだりどもふぉうがしだの?」

 

 聞き慣れた声に振り向くとハオさんが居た。いつもと違って、ホットドッグを口に咥えてるけど。

 そんな姿も美しいと感じさせるこの人は本当にすごい。

 

 「もぐもぐ……お待たせ」

 

 そのホットドッグもあっという間に口の中から喉の奥に消えていった。いつものハオさんだ。頬にケチャップついてるけど。

 

 「ケチャップついてますよ」

 

 ちょっと背伸びして、指で拭う。甘酸っぱい。もっと身長伸びないかな……。なんて思ってから見たハオさんは目を丸くしていた。

 

 「……シルヴァ。貴方、意外に大胆ね」

 

 しまった。失礼だったな。

 

 「あ、すみません。ついスーの時と同じことしちゃいました」

 

 「……兄さん」

 

 「スー。割と結構痛いからやめないか?」

 

 スーの左の爪先が僕のふくらはぎをズボンの上からえぐる。言った通り痛い。

 

 「兄さんの頭が良くなるまでやるわ」

 

 「僕の方が頭良くないか? 痛い!?」

 

 「バカ兄さん」

 

 スーの視線と突き刺さる爪先が痛い。

 

 「それで、2人ともこんなところで何してるのよ。勝てる食べ物手に入れた?」

 

 「本気で言ってたんですね、ハオさん」

 

 「当たり前じゃない。常に勝利を狙っていくわよ。トーナメントくらいガチでね」

 

 至極真面目な顔で、ハオさんは、僕に言う。

 

 「そういうハングリー精神も必要よ、シルヴァ」

 

 「肝に銘じます」

 

 「後は、それに引きずられないだけの冷静さね」

 

 「……肝に銘じます」

 

 今の僕に、一番必要なもの。

 

 「それで、何かいい感じの屋台でもあった?」

 

 話題が元に戻った。とりあえず、説明してみようか。何か分かるかもしれない。

 

 「それが――」

 

 

 +++

 

 

 「――カクカクシカジカなんです」

 

 「射的の露天で、それを貰ったら消えた、ねえ……」

 

 シルヴァの膝の上に置かれたアタッシュケースに目を下ろす。まだ開けてない。中に何があるか分かったものじゃないしね。

 場所を変えて、休憩所代わりに開放されてる広場に私たちは居た。

 広場といっても凝ったオブジェとか噴水があるわけでもなく、申し訳程度の木製ベンチとかがあるだけの原っぱだ。

 ベンチは既に埋まっていたから比較的空いている場所に腰を下ろしていた。

 さんさんと降り注ぐ日差しが暖かくて気持ちいい。寝転がって、目を閉じたら寝てしまいそう。

 こういうところがあるなら別に会場じゃなくてもいいわね。と思ったので、カイムに連絡もしといた。そのうち来るでしょう。

 

 「何かご存知ですか?」

 

 膝のアタッシュケースの不気味さがシルヴァの視線を離さない。なんだかからかいたくなってきた。

 

 「私も魔力に意識が紐付いた実態のないゴースト系は、相手したことある。けどああいうのの特徴として半透明で会話が通じないってのがあるんだけど。

 その店主には、そういうところはあった?」

 

 「……いや、なかったです」

 

 「じゃあ……つまり……」

 

 「つまり……?」

 

 「もしかしたら2人とも呪われてるかもしれない……」

 

 「呪い……!?」

 

 「だってゴースト系の魔物じゃないなら、それはもう立派な心霊現象よ。まじな幽霊」

 

 深刻な顔をしてみる。私も見たこと無いけど、幽霊。でも転生者ってある意味幽霊じゃない?

 

 「心霊現象……!?」

 

 そんなビックリすることある?ってくらい反応がいい。ちょっと楽しくなってきた。

 

 「そんな仮称:幽霊が渡してきたものよ。呪いの1つや2つ、おまけに3つくらいついててもおかしくないわ」

 

 「お得に……!?」

 

 ほんとにびっくりしてる? まあこの現象、憶えがあるわ。原作でもあった気がする。

 成長イベントとしてあるこのトーナメントでは、メインのNPCとの戦闘イベント以外にもいくつか時限イベントが用意されてる。

 ミニゲームや成長イベント、もしくは、マイナスイベントがランダムで発生する。

 そのイベント数もやたら多いのも特徴的。そのうちの何かをシルヴァは引き当てたのだ。

 しかし、何かしら……。ミニゲームの結果とかイベントの選択肢とか能力値判定でアイテム入手というのはもちろんあるから何かのイベントを踏んだのは間違いないんだけど。

 

 「というのは、冗談として」

 

 「冗談だったんですね……。よかった……」

 

 安心したようなシルヴァの反応がおかしくて笑ってしまう。

 

 「あ、ほんとにびっくりしてたんだ」

 

 「ハオさん、人が悪いですよ……」

 

 「あんまりシルヴァが面白いから。ごめんね? とりあえず、そのアタッシュケース開けてみようよ」

 

 「罠とかは……?」

 

 「大丈夫。探査済み。罠では無いと思うよ。

 音探知と電気探査の魔法である程度、アタッシュケースの中身を事前に見ておいた。専門じゃないけどある程度測ることはできる」

 

 音探知は、ともかく、電気探査はこういうところで使うものじゃないけどね。

 

 「すごい……。僕もやってみます」

 

 熱心でいいね。でも闇雲にやるのは時間の無駄だ。この子のことだからそんなことはないだろうけど。

 

 「アドバイスするなら流れと熱を見てみなさい。中に何かが入っているとして仮定して、このアタッシュケースの大部分が金属とするなら熱は。確実に金属を伝い流れていく。

 そこから罠もそうだし、中身の輪郭も見取れると思うわ」

 

 「分かりました」

 

 アタッシュケースに触れたシルヴァの指先が青白く輝く。魔力光。魔法が起動している。

 周囲を気にせず眼前への集中力。アドバイスをすぐに反映させていくことのできる技量。やっぱり才能があるわ。

 なによりこの子は、私があてにしてなかったイベントを引き当てる運がある。

 

 「……ワイヤーが張られてる様子も無いですし、内応物を包むように緩衝材、クッションがあって余計なものを入れるスペースはなさそうですね」

 

 魔力光を指先から消し去って、シルヴァが言う。私は、同意の頷きをした。

 

 「ワイヤートラップなんてよく知ってるわね」

 

 「小説で見たことあるんです。あれは宝箱にあったんですけど、構造的に、アタッシュケースにもつけられますし」

 

 「なるほど。ま、開けてみましょうか。一応、慎重にね」

 

 「了解です」

 

 首肯したシルヴァは、地面に置いたアタッシュケースのロックを外した。鍵もかかってないからそのまま開く。ゆっくりと蓋を持ち上げ、途中で止めて一応、中身を軽く確かめた。問題なし。ゆっくりと蓋が芝生に触れた。

 アタッシュケースの中身が日差しに触れて、濡れたように光を反射した。

 その姿に、中身を予想していたシルヴァも目を見開いた。

 

 「これって……」

 

 アタッシュケースには、1丁のハンドガンが格納されていた。重厚なボディを覆うのは、メタリックなブラック。ドミネーターと違った大口径でありながらも芸術品の様な姿の上には、メモが1枚乗せられていた。

 シルヴァは、メモを持ち上げて、読み上げた。

 

 「『俺の魔道銃エリミネーターをよろしく、魔道銃ドミネーターを持つ少年』……どうして僕の銃の名前が分かると思います?」

 

 「そうね……」

 

 可能性としてありえるのは……製作者とか? なら見るだけで銘を見抜けるかもしれない。

 といってもドミネーター自体、遺跡での拾い物。遺跡も最初の魔王の頃。なら製作者だってその頃の誰か。どう考えてもおかしい。人間は生きてない。シルヴァとスーの出会ったのが人間とは限らないけど。

 そう人間でなければ、ありえるのよね。エルダー級の亜人には、最初の魔王の頃から生きてる存在だっているらしい。

 製作者、その線が濃厚。確証はない。この辺り設定どうなってたかしら。思い出せない。いつも肝心なところが抜けてる。つっかえないわね。

 とりあえずシルヴァは、無数に存在するランダムイベントの、それもきっと非常に低確率なものを文字通り撃ち抜いたってことね。

 

 「順当に、製作者と思うわよ。それならその魔道銃の銘を見抜いてもおかしくない」

 

 「製作者……でもこれって遺跡で手に入れたって言ってましたよね。しかも、最初の魔王の時代の遺跡で。なら製作者なんて生きてるはずが……」

 

 「ええ。でもエルダー級の亜人の一部は、その時代から生きているって話よ」

 

 つまり。と私は、自分の考えをまとめて口にした。

 

 「エルダー級の亜人で、魔道銃の製作者と偶然出会って新しい銃まで貰ったってことになるかしら」

 

 「なる、ほど……」

 

 シルヴァは、誤魔化しているが納得しかねてる様子をしてる。うん、分かる。私も言ってて思うわ。

 

 「無茶苦茶ね。憶測と可能性でしか話せてないわ。うんざりしちゃう」

 

 「いや、そんなことは……。僕は、憶測の一つも出せてませんし……」

 

 尻すぼみに声が小さくなっていくシルヴァの頭をクシャッと撫でた。

 

 「うじうじするな、男の子」

 

 「っ……は、ハオさん……」

 

 顔を赤くしてる少年の上目遣いから得られる栄養素は、確実に存在する。ぐへへへ。っと、こほん。

 

 「なにはともあれ折角、また強くなれる方法ができたんだから」

 

 「2丁目って、使いこなせる自信がないですね」

 

 「当たり前じゃない。最初からできたら天才よ。頑張って修行しなさい」

 

 「了解です。頑張ってみます」

 

 「よろしい!」

 

 うむ、解決。まあ疑問は残ってるけど。そのへんは、ぼちぼち暇な時に調べてみましょう。

 

 「あら新しい銃が入ってたのね、兄さん」

 

 焼きそばとフランクフルトに、たこ焼きからまあ色々もったスーがもぐもぐと口を動かしながらアタッシュケースを覗き込んでる。この子の忍び寄り、どんどん精度良くなってない?

 

 「おめでとう。2丁拳銃かっこいいと思うわ。それに強そう」

 

 「さっきも言ったけど、使いこなすのが難しいんだよ。今回のトーナメントでは使えそうにない」

 

 「付け焼き刃で逆転ってのもある意味王道じゃないかしら。漫画だといい感じになることもあるよ」

 

 「漫画は、漫画だろう?」

 

 本は読まないけど漫画は読むのよね。分からなくもないけど。 

 

 「それに、私なら使う。その方が絶対かっこいい」

 

 ふふんとドヤ顔して、スーが笑う。あー。間違いなくス―ならやるでしょうね。間違いない。

 

 「かっこいいか……」

 

 あ、揺れてる。シルヴァのマインドが揺れてる。かっこいいに負けそう。どうするのかしら。エリミネーターを見て、唸るシルヴァ。

 まあ確かに習熟できていないと両手で武器を使うなんて実戦で使えたもんじゃない。両手利きに矯正する必要があるわね。そのうちしようと思ってたけど思ったより早くなった。

 

 「いや、僕はまだ――って、あれ? カイムさんじゃ……」

 

 言われて見るとカイムが歩いているのが見えた。だけど、そっちに私たちいないんだけど? こっちを1ミリも見ていない、気づけば人混みに紛れて消えていた。

 何かを追ってるような素振りだったけど、こうなったカイムを追いかけるのは、難しいわ。伊達にうちで斥候してない。

 妙に真剣な顔してたのが気になるけど。ま、後で問い詰めればいいわね。

 私のバカみたいな提案に乗ってくるとか元々妙に不自然なところがあったし、丁度いいわ。

 

 「あ、どこか行っちゃいましたね。僕、呼んできます」

 

 「無理無理。やめときなさい。ああなったカイムを見つけられないわよ。ほっときなさい。お腹減ったらそのうち来るわよ」

 

 「子供とか動物みたいな扱いですね……」

 

 「カイムのことより、シルヴァは食べなさい。食べ過ぎはだめだけど少しくらい入れておいたほうがいいわ」

 

 苦笑いするシルヴァに、私は、手元に残ってたねぎまを差し出す。ちょっと冷めたけど十分美味しい。こういうところで食べる特別感かもしれないけれど。

 

 「あーん」

 

 「えー……」

 

 「兄さん、あーん」

 

 対抗心を燃やしたスーがたこ焼きを爪楊枝に指してる。こっちは熱々。熱々のたこ焼きをあーんするのは、ある意味罰ゲームじゃない?

 目が笑ってる。確信犯よこれ。

 

 「うーん……」

 

 曖昧な表情を浮かべたシルヴァが視線を私とスーの間を彷徨わせて。

 

 「隙あり」

 

 その口にスーが素早くたこ焼きを突っ込んだ。私にはない思い切り……!

 

 「やるわね、スー」

 

 「ふふ、ハオには負けないんだから」

 

 ばちばちと火花を散らす私たち。

 

 「……ぐお……!?」

 

 ――の間で、シルヴァは悶絶していた。熱いとかそういう顔じゃない。大丈夫かしらこれ。

 

 「美味しすぎたのかな」

 

 「そういうわけでは断じて無いと思うわよ。それ普通のたこ焼きじゃなかったりする?」

 

 「特製非合法激辛たこ焼き?って売ってあったわ。刺激的で素敵なの。ハオも食べる?」

 

 喜色満面、美味しいものを共有したいスーの差し出したたこ焼きからなにか瘴気めいたものが見えた。

 ちなみに刺激的ってその名前? それとも味? どっちも?

 

 「……口内炎できたから遠慮しとくわ」

 

 特に良心の傷まない嘘を私は吐いた。

 

 「残念……」

 

 しょぼんとスーの笑顔が萎んだ。嘘。めちゃくちゃ良心が痛んだ。でも私死にたくない。ここでゲームオーバーになんてならないんだから!

 

 「やっぱり食べる」

 

 「ほんと? 嬉しい!」

 

 ぱっとスーの笑顔が花開いた。くっ……。良心に負けてしまった。

 

 「あーん」

 

 「あ、あーん……」

 

 スーの手で湯気立つたこ焼きがゆっくり私の口の中に運ばれて、口の中で爆発した。味蕾という味蕾が消し飛んだ。

 

 「死ぬかと思った……」

 

 一瞬、そんな気になるほどの刺激で私の意識は消し飛ばされた。

 

 「死ぬほど美味しいかったのね。よかったわ」

 

 嬉しげなスーの言葉を私は、半笑いで誤魔化した。この子の笑顔に、私はなぜだか逆らえない。笑顔を見れたならなんだかどうでもよくなる。たった1年で私も結構どうしようもなくなったわね……。

 

 「うう……」

 

 「兄さん、美味しかった?」

 

 「え? あ、そ、そうだな……」

 

 ようやく起き上がってきたシルヴァ。修行が足りないわ。中も鍛えなきゃいけないわね。何かメニュー考えましょう。

 

 「大丈夫?」

 

 「……なんだか体が軽いような……。調子が良くなった気がします。魔力を普段よりクリアに感じられているような……そういう感じがしてます」

 

 「つまり……調子がいい……?」

 

 「そういうことですね……」

 

 困惑顔のシルヴァに、私も困惑した。意味が分からない。

 これもイベント? イベントかしら……イベントかも……。私も最後までイベントを網羅できなかったから判別できない。

 ランダムイベント、おそるべし。

 




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第19話 VSアーシェ・ストランド

前々回に出たフィオがあまりに名前が近いキャラが多いのに気づいてアーシェに変えてます。


 「っと間に合ったな」

 

 「遅い。どこで道草食ってたのよ」

 

 試合が始まる寸前、カイムが戻ってきた。あんまりにもぎりぎりだから私は、プンプン。昼をすっぽかしたのにもプンプン。

 

 「悪い悪い」

 

 「悪いと思ってるならこれ食べなさい」

 

 カイムの席取りついでに置いておいた荷物を私は、指差す。それを見たカイムが「うへ……」と顔を歪めた。失礼ね。まったく。

 紙袋が4つ。口から覗いてみると分かる通り、大量の露天で買った食べ物が入ってる。

 

 「まじであれやってたのかよ」

 

 「あれって何よ。誰が一番美味しいものを買って来るか選手権よ。おかげで買いすぎたわ。責任取りなさい」

 

 スーと私が買い漁った露天の食べ物。色々目移りして買いすぎた。

 

 「俺の責任あったか?」

 

 「あるわよ。買ってあげてたのに戻ってこなかったわ」

 

 本当にまったく。ぷんすかとソフトクリームを舐め取る。チョコレートとバニラをまとめて口に含むと舌いっぱいに広がる冷たさ、甘さ、ちょっぴりの苦み。満足度が高い。

 

 「……それは……すまなかったよ」

 

 バツの悪そうなカイムがおかしくてぷっと吹き出した。

 

 「別に、本気で言ってるわけじゃないわよ」

 

 『2回戦、第2試合!!』

 

 「ほらシルヴァの試合始まるわ」

 

 ま、それはそれとして。

 

 「カイムは、それ食べといてね」

 

 「なんか扱い悪いんだよなぁ……」

 

 不満げなカイムを放っておいて、入場してきたシルヴァへ私は視線を向けた。

 

 『アーシェ・ストランド VS シルヴァ・フィルメント!!』

 

 試合が始まる。

 

 

 +++

 

 

 2回戦 第2試合。

 第1試合で、レントが勝った。レントと戦う為には、僕はこの試合でアーシェに勝たなきゃいけない。

 2人とも出会って間もなく、相手のことなんてほぼ知らないに等しい。それでも負けたくないと思った。

 同年代への対抗心とかそういうのが僕にそうさせたんじゃないかと思う。

 

 ――させた、んだけど。

 

 鋭い呼気とともに繰り出される穂先が僕の頬を浅く斬り裂いていく。ぶわっと冷や汗が背中に浮かぶ。

 試合開始直後。僕がドミネーターを抜くより早く、彼女、アーシェの槍が僕へと放たれていた。

 前述の通り、なんとか躱せた。でも安心はできない。追撃が来る。彼女の素早さを僕は知っている。だから油断はしない。魔力を手繰る。ドミネーターを今度こそ引き抜く。

 

 最初、僕にできたのは、そこまでだ。

 

 槍の追撃が止まらない。暴風雨のような槍捌き。赤い嵐。

 アーシェは、僕に何もさせないつもりだ。

 自由自在にうねる突きが放たれる。体の中心を狙う穂先を躱すには、シンプル、彼女の前に居ないことだ。

 必然、僕は転がるようにアーシェの正面から逃げ出した。一心不乱の回避行動がなんとか功を奏し、僕は直撃を避け続けられている。これも普段の体力トレーニングの成果ということだろう。

 ありがとうございます、ハオさん。感謝の言葉を内心で呟いた。

 

 「ふっ……」

 

 呼吸を整える。思考する。最初から分かっていたことだけど、近接で勝てる相手じゃない。

 距離を作って、ドミネーターと魔法を使うしかない。相手のペースを受け入れるな。自分の領域に引き摺り込め。ってのも分かってる。分かりきったことだ。

  

 「どうしたの、シルヴァ・フィルメント!! 君は、そんなもの!?」

 

 耳朶を叩くアーシェの声とともに、僕の居た空間を穂先が貫いた。返答の暇はない。なんとか現状をひっくり返そうと考えるので手一杯だ。

 整理しよう。現状、完全に防戦一方。距離は、槍の距離をとられている。剣で槍に勝つには、その3倍の実力が必要だという。まあ、僕は剣なんてもってない。近接で使うなら拳か、銃床で殴りかかるくらい。無謀にも程があるので絶対しないけど。

 まず完璧に張り付いたアーシェを引き剥がさないと僕に勝機はない。

 槍の届かない場所。銃と魔法の領域に、僕のジャンルに変えるしかない。

 

 「くそっ……!!」

 

 苦し紛れに弾丸を放った。ドミネ―ターから放たれた円錐形の金属が螺旋を描いて、アーシェへ飛ぶ。

 だが躱され、はたき落とされた。お返しとばかりに赤い閃光が僕に飛来する。突き出した手のひらを支点にシンプルな氷の盾を構築。突き刺さる穂先。嫌な音。電撃めいた直感。僕が盾の後ろから横に転がると穂先が盾を貫いていた。

 

 高い膂力とそこから出力されるスピードを乗せたランスチャージ。弾丸を見切る動体視力。ハオさんと同じで、魔法だろうか。それともスーと同じ? 砂埃に塗れながらも僕は思考した。答えを導き、策を練らなければ勝てない。

 追撃が来て、それも中断された。

 

 『シルヴァ選手に、アーシュ選手の槍が襲いかかる! 試合開始直後から始まったアーシュ選手の猛攻に、シルヴァ選手は回避に専念! 反撃に出なければジリ貧だ〜〜!!』

 

 うるさい。分かってるよ、そんなこと。実況席に声無き苛立ちをぶつける。そんなことよりもだ。

 

 「どうする、僕」

 

 自問自答。このまま負けるのは、あまりにかっこ悪いぞ。

 

 「だけどどうする。考えろ、シルヴァ・フィルメント」

 

 壁を作る? だめだ、槍の速度に間に合わない。何より足を止めると危険だ。

 足、か。今、僕がアーシェに張り付かれているのは、槍の技法もあるけどあの歩法にもある。何かしらの武術の技術であるのは間違いない。けど僕はそっちの知識がない。明確な対策は立てられない。

 だけど無理矢理止めることはできる。

 

 「氷結路(アイスバーン)

 

 自分を中心に、地面に氷を張り巡らせる。アーシェにも届くように円形を作る。範囲を取ることを考えると呪文が必要だった。思考だけで術の範囲を定められなかった。

 

 「邪魔よっ!」

 

 言葉一つと踏み込み一つでアーシェは、僕の作った足止めを粉砕した。あまりに無造作、あまりにあんまりだ。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまう。

 妨害の意味もなく。その踏み込みとともにアーシェが僕へと突進してくる。アーシェは、つまらなさげな表情だ。期待はずれだなとか思ってるんだろう。

 そんな顔、許せない。

 

 「これならどうだ!」

 

 地面に張った氷が鎖へと転じて、その鎌首をもたげると弾けたようにアーシェの四方八方から襲いかかる。氷結路(アイスバーン)を起点にした氷縛鎖(アイスチェイン)の展開。

 穂先が僕の前から急旋回。ごうっと空気をかき回した槍が氷縛鎖《アイスチェイン》を粉砕する。前髪が持ち上げられるほどの強風。

 

 「これだから純粋前衛は……!!」 

 

 思わず悪態が出る。僕だってただ見てるだけじゃない。残った氷結路(アイスバーン)を使い、後ろに下がる。スーの真似。あれほど速度は出せないけど逃げるのには問題ない。足裏の滑る方向を魔法でコントロールする。闘技場の壁が近い。あそこまで追い詰められると負けが確定する。

 

 「だめだ」

 

 負けたくない。こんな中途半端なところで負けたくなんて無い。

 

 「……やるぞ」

 

 ドミネーターのホルスターと真逆に下げた魔道銃エリミネーターのグリップを握る。ホルスターから引き抜く。ブラックメタルのボディが鈍く輝く。ドミネーターよりも少し重い。

 もう近づかせない。釘付けにして、全火力を叩き込む。

 いつだってやることは一つだけ。ワンパターンだけど、それが僕の必勝法だ。

 

 『シルヴァ選手、追い詰められたァ!! その眼前に、アーシェ選手が迫る!!』

 

 絶対に負けない。勝って、魔王種を滅ぼすための糧にするんだ。

 

 「行き止まりよ!」

 

 槍そのもののように、アーシェが僕目掛けて突っ込んでくる。僕の張った氷なんて枯れ葉を踏み潰すみたいにバキバキと砕かれていく。

 アーシェのまとめた黒髪が翻る。獣のような視線が僕に突き刺さる。まるで一匹の四足獣。しなやかな筋肉を駆動させ、僕を仕留めに迫ってくる。

 美しく、あまりに恐ろしい光景だ。ハオさんには劣るだろうけど、スーに匹敵、迫る迫力があった。なにより確実な驚異がある。二人と違って、そこに加減はない。

 

 「邪魔!」

 

 スピードを殺せないかと生やした氷柱が突進で粉砕された。壊されるのは分かってたけど流石にそれには、ぎょっとしてしまった。薙ぎ払うとかそういうアクションをせめてして欲しい。

 勢いそのままに、アーシェが来る。

 

 ――足止めにならないのは分かってた。

 

 ちょっとだけ時間が欲しかった。エリミネーターとドミネーターをアーシェに向ける時間が欲しかった。

 

 「――――っ!?」

 

 そして、引き金を弾く時間が欲しかった。 

 

 『おっとこれはなんだ!? 何が起こってる!!』

 

 実況席から驚愕の声が聞こえる。きっと上から見れば何が起こってるか分からない。

 

 『白い! 真っ白だ! 闘技場の中に急に白い煙が現れた! これは蒸気……ってあちっ!!』

 

 僕も結構熱い。でもこれくらいやらないとアーシェに効果はなかったと思う。

 小規模の水蒸気爆発。材料は、そこら中にある僕の作った氷の破片。媒介は、ドミネーターから放ったクリエイトウォーターとエリミネーターから放ったクリエイトファイア。

 ここまで綺麗に水蒸気爆発を起こせるかは賭けだった。 

 

 アーシェが丁寧に僕の氷を片っ端から砕いてくれたこと。空気中に散らばった氷片を媒介にしたおかげで水蒸気を大きくできた。

 アーシェが突っ込んできてくれたこと。一番の熱いのを、アーシェの顔面にこれで真正面から叩きつけられた。

 

 そういう偶然が僕のチャンスになった。まだチャンスだ。ここで生かさなきゃただのチャンスで終わる。

 アーシェは、今、どうして――やばい。

 水蒸気の帳が内側から膨らんだ。引き裂かれて、その奥から見慣れた穂先が現れる。僕に逃げる暇はなかった。

 

 「…………やるね」

 

 「……ありがとう」

 

 逃げる気は、なかった。

 数センチだけ肩に突き刺さった穂先がじくりじくりと痛みを発する。良かった。

 もうちょっと魔法が遅れてたら思いっきり突き刺さってた。そうなると魔法が決まっても僕は負けてたかもしれない。激痛の中での今もなお維持してる魔法の行使は難しい。

 

 「硬いし、冷たい。早く開放してくれないかな」

 

 アーシェを僕は、氷漬けにしていた。彼女のほぼ全身を凍らせている。拡散した水分の熱を奪い、一点に凝縮させる。言ってしまえば簡単だけど過程もそうだし強度の維持が大変だ。相手は武闘派も武闘派。さっきまで僕の氷を紙くずみたいに破壊してた。

 急激な熱量の簒奪。動くものの動きを止めるのは、先程の真逆の作用をもたらすのは非常に魔力を喰う。

 これを突破されたら僕の負けだ。

 

 「君が降参したらするよ」

 

 「チッ……」

 

 舌打ちをするアーシェは、眉間にシワを寄せて、唸りながら力を込めてる。困ったな。この人まったく諦めてない。いい性格してる。

 なによりの証拠として僕は、さっきから亀裂が入っていく氷を補修するの繰り返してる。魔力が底尽きる前に終わらせなきゃいけない。

 

 「ちょっと痛いことするけど許してくれよ」

 

 「……乙女の顔にそれは酷くない?」

 

 引き攣ったアーシェの顔に、ドミネーターを突きつける。そう言われてもだ。

 

 「君が勝利を諦めてないように、申し訳ないけど僕は、君に勝ちたいんだよね」

 

 「むうううううう…………」

 

 唸り声を上げ、顔を真赤にしたアーシェが力を振り絞るのが氷の上からでも見えた。その後、ばきばきばきと嫌な音が聞こえきた。さっと血の気が引いた。

 これには、余裕ヅラしてる場合じゃなかった。一刻も早く彼女の意識を奪わなきゃとトリガーに力を込める。

 その時だった。 

 

 「……はあ」

 

 アーシェが脱力して、溜息を吐いた。急な変化に、ドミネーターを向けたまま固まった僕へ彼女がへにゃりと笑う。

 

 「降参。降参でいいよ」

 

 槍から手を離して、氷漬けでもできる降参のポーズをとった。槍も中途半端に凍っていて、地面に転がらず固定されてた。

 

 「……と見せかけて……?」

 

 「流石の私もそんな卑怯なことはしないわよ」

 

 疑心暗鬼な僕に、むっとしたアーシェが言い返してきた。これには平謝りした。

 

 「すみません……」

 

 『おっと! どうやらアーシェ選手の降参のようです! では、試合終了!!』

 

 実況がアーシェの降参の意思を認めたらしい。

 やっと一息つける。僕は、上げたままのドミネーターを下ろして、魔法の制御を手放した。そうすればすぐに魔法の構成が崩れて、氷は砕けるか溶けていく。

 

 『ウィナー、シルヴァ・フィルメント!!』

 

 そうして、僕はまた一歩優勝に近づいた。

 

 「……分かってはいたけど」

 

 観客の声援に応える気力のない僕は、その場でへたりこんだ。肩が大きく上下させてしまう。極限の集中力の結果は、多大な体力の消費。次の試合が心配だ。

 

 「根本的に、近接戦闘力が低いと辛いな」

 

 苦く呟くいたのは、今後、ずっと付きまとうことが予想させる、解決の難しい課題だった。

 

 「それにしても、疲れた」

 

 まだ二回戦なのに、この調子じゃだめだよなあ……。重い溜息が思わずこぼれた。

 

 「なんで私より疲れてんのよ」

 

 「しょうがないだろ。結構全力だったんだ。そうじゃないと君は止められなかった」

 

 呆れたようなアーシェに、僕は、言い訳を吐いた。

 僕の魔法から抜け出してきたアーシェは、少し濡れていた。衣類も鎧には、引っかき傷とか破れがある。けど頬が赤いくらいで無傷もいいところ。いくら前衛でもちょっと頑丈すぎないか?

 

 「仕方ないなーもう」

 

 「えっと……?」

 

 しゃがみ込んだアーシェが服の上から僕の体をぺたぺたと触り始めた。え? 何? 何? 突然のことで固まった僕を他所に、「へー」と意外そうな声を出した。

 

 「案外鍛えてるね。でも細いや。もっと肉つけなよ」

 

 「あ、え? そ、そうだな。たしかに。ちょっと気にしてる。ハオさんにもつけたほうが良いって言われてる」

 

 「自覚あるならいいか。お肉食べなよ。それでハオって? 師匠?」

 

 「ああ、うん。そうだ。僕とスーが師事してる冒険者の人だよ」

 

 「今度会わせてよ。君たちの師匠に。君たちを育てるほどの魔法使いで、前衛なら私も気になる」

 

 「ああ、機会があれば……。えっとそれでこれは?」

 

 「触診。うん、よく躱してたし、擦り傷、軽い打ち身くらいかな。ちょっと癪。他に、何か違和感は?」

 

 ひとしきり僕の体をぺたぺたと触るとアーシェがそう訪ねてくる。そうだな……。と自分の体を顧みて答えた。

 

 「いや、特に無いかな。魔法の使いすぎで疲労があるくらいだ」

 

 「はいはい。そこは君の回復能力しだいだね。じゃあ傷は治しておくよ」

 

 「傷を?」

 

 「私に勝ったのに、つまらないことで負けられても困るしね」

 

 僕の疑問符に答えず、アーシェは、僕の胸に掌をつけると目を瞑った。するとその手のひらがほのかな薄緑の輝きを帯びた。

 それを見て、僕の疑問は、一気に氷解した。道理で傷の一つも負っていないはずだ。

 

 「なるほど。君は癒術師だったか」

 

 癒術は、名前の通り、生き物の傷や病を癒やす術。光神ロウの信徒にのみ赦され、与えられた御業だ。

 治癒の能力その他にも身体能力を高めたり、五感を強化したりする力もある。

 癒術も才能――神への信仰心とか本にはあった――で力の規模や強さが変わるらしい。

 スーみたいに天秤神に愛されてるということだろう。

 みるみるうちに全身が軽くなる。痛みが引いていく。疲労も消えていく。

 

 「これはすごいな……」

 

 素直に感心した。同じ癒術師のフォンさんもあっという間に傷を癒やしていたが、負けずと劣らずアーシェも凄い。

 

 「でしょ。それに特別なんだぜー? 私がわざわざ治療してあげるってさ」

 

 「ふふ、そうか。ありがとう」

 

 「そこは、ありがとうじゃないわよ」

 

 ジト目のアーシェの言葉に、僕は目をぱちくりしてから気づいた。

 

 「次も、勝ってみせるよ」

 

 「もう一声」

 

 「……分かった。君に勝ったからには優勝してみせる」

 

 「よし! 頑張れ!」

 

 ぱんぱんと気合を入れるようにアーシュが僕の肩を叩いた。普通に痛い。

 でも彼女のお陰で、前を向いて、次の試合に挑めそうだ。

 しかし、僕は誰かに尻を蹴られてばかりだな……。自分の情けなさに僕は、内心で苦笑した。

 これもまた要改善。

 それはそうと。

 

 「……離れないのか?」

 

 癒術の光が消えたのに、アーシェの手が離れない。僕をじっと見ている。そうもじっと見つめられると居心地が悪い。暗い紫陽花色の瞳が僕を捉えて離さない。

 蛇に睨まれた蛙は、きっとこういう気分だ。

 ……口に出すと絶対怒られそうなので言葉にはしないけど。

 

 「結構、好みの顔してるなーって」

 

 「えっと……ありがとう……?」

 

 「なにそれ」

 

 おかしそうに笑ってからアーシェが僕から離れていく。なんて返せば正解だったんだ?

 

 「……分からないな」

 

 後で、カイムさんに聞いてみよう。詳しそうだし。

 

 




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第20話 VSカッツェ・ド・ブレアント

今期アニメのおすすめは、86です。


 「ヒヤヒヤするな」

 

 「そうね……」

 

 カイムは、集中しすぎて忘れていたシーフード焼きそばの存在をようやく思い出して、ずずっと啜って、渋い顔をした。「辛い……」って呟いてる。スーが買ってきたやつね。

 こんなところで激辛にハマるとは思わなかったわ。今後に微妙な不安が残るわね。

 

 「流石のハオもか」

 

 水をがぶ飲みして口を落ち着かせたカイムの言葉に私は、重々しく頷いた。

 

 「ええ、訓練メニューの近接項目もっと固めないといけないわね」

 

 確定事項よ。今から完璧に練っておかなきゃ。ふふ、楽しい。どうしましょう。

 

 「ああ、そういう……」

 

 「? それ以外に何があるのよ」

 

 「いや、なんでもない。シルヴァは、良い師匠にであったな。うん」

 

 遠い目をしたカイムが食べ物の山に手を伸ばした。メンチカツ。私が買ったやつじゃない。ということは――。

 

 「ぐおっ……」

 

 順当にカイムは、悶絶した。手の中にあるメンチカツ?の断面は、真っ赤に染まってる。見た目から分からないのが怖すぎる。食べないと分かんないじゃない。

 

 「ほら、水でも飲んで」

 

 うつむいたまま、無言で受け取るカイム。どんだけ辛いのよ。

 

 「がっ!?」

 

 「え、こわ」

 

 目を見開いて顔を真っ赤にしたカイムから思わず距離をとった。緊急避難的な。

 

 「ふーふーふーふーー……水を飲んだら辛さが爆発した。罠の中に罠があるのやめろよ」

 

 「ああ……ご愁傷さま」

 

 死にそうな顔でカイムがうなだれた。毒味させてよかった。メンチカツやめとこ。

 

 「んで。なんで遅れてきたのよ。時間は基本守る男だと思ってたけど」

 

 「ふー……誰だよこんなバカみたいに辛いもの買ったやつ……。ちょっと野暮用だ」

 

 毒づいてからカイムが私に答える。けどその肝心の中身が分からない。

 

 「野暮用ってなによ」

 

 「まあ、試合見てたら分かる。ていうか俺も聞きたいんだけどさ」

 

 無理矢理話を切り替えた。しょうがないので私は、話の流れに乗ってあげることにした。

 

 「はいはい。んで、なに?」

 

 「シルヴァの銃増えてないか?」

 

 「ああ、それね。的屋で貰ったって」

 

 「的屋の気前が良すぎる。魔道銃って、王都に家買えるくらいの値段するはずだろ? どこの大富豪だよ」

 

 「知らないわよ……。この話、散々やったからもう話したくないんだけど」

 

 意味がわからなすぎてもう話したくない。

 

 「そーかい。そもそもドミネーターの時点で、どこから拾ってきたかまだ聞いてないけどな」

 

 「……ノーコメント」

 

 これもまた面倒くさい。遺跡で拾ってきたのはそうなんだけどどうやって遺跡を見つけたとか言い訳が面倒くさい。

 なので私は口を閉ざすことにした。闘技場の整備が終わって、そろそろスーの試合が始まりそう。

 

 「なあ……」

 

 「何よ。言わないわよ」

 

 「いや、そのな……」

 

 「はっきりしないわね。さっさと言いなさい」

 

 言い淀むカイムがじれったくてつい顎で促すと意を決したような表情で、カイムが言った。

 

 「いかがわしいことじゃない……よな……? 借金とか……」

 

 「そういうのじゃないわよ!?」

 

 思わず勢いよく立ち上がっていた。顔がかっと熱くなった。

 

 「ほんとか……? ちょっと前まで金に困ってただろ? 悪い金持ちに色々やって金貰ったりしてないか?  その他人に言えないことを色々やってないか?」

 

 「やってないわよ!!」

 

 全力で叫んでしまった。声を出しすぎた。はっと我に返るとチクチクと周囲の視線が刺さるのに、つい半笑いを浮かべていた。

 

 「ははは……。すみません……」

 

 静かにそっと座り直して、カイムの肩を掴んで引き寄せると存分に殺意を込めて、囁いた。 

 

 「やってない」

 

 「っす……」

 

 そんな風にカイムと遊んでいたらスーの試合が始まっていた。

 

 

 +++

 

 

 兄さん、頑張ってたな。ぼろぼろになりながら逃げ惑いながらってのはちょっとかっこ悪いけど必死な顔も悪くないと思う。

 一番良かったのは、勝ったこと。皆、槍女が勝つと思ってたのに、兄さんが勝った時の反応は心地よかった。もちろん、私は勝つと思ってた。確信していたわ。でも嬉しいものは嬉しい。

 

 でもあれは頂けない。

 

 そうその後、あの女はだめよ。兄さん。

 あの槍女はだめ。ハオでもう私の許容量はいっぱいよ。

 

 「君のような幼い少女が相手とは、少し、気を咎めるね」

  

 兄さんを傷つけたのは許しましょう。いえ、許さないわ。機会があったらぶん殴る。でも試合だから仕方ないと思ってあげるわ。私の寛大さに感謝して欲しい。

 一番ダメなのは、最後のあれよあれ。

 

 「おっと、緊張しているのかな? 最初の試合の様子は聞いている。君が強いのものね。だからこそ私の強さが分かっているということだろう」

 

 近づいて? 体をべたべたと触って? あまつさえあんなに顔を近づけて? 許せないわ。絶対許さない。人前に出れない顔にしてあげる。

 

 「……あれ? 本当に緊張してる? ていうか聞いてる?」

 

 とりあえず、今私のやることは1つだけ。

 

 「もしもし〜〜? おーい」

 

 「聞こえてる」

 

 さっきからぐちゃぐちゃとうるさい目の前の、これを打ちのめす。

 

 『スー・フィルメント VS カッツェ・ド・ブレアント!!』

 

 「返事をしても意味がない」

 

 私は、それだけ答えた。金髪と金髭の男が眉間に皺を寄せて、厳しい表情を浮かべる。それはどういう感情? 私が話聞いてなくて怒ってる?もっと別のこと? 

 どうでもいいか。私は、大斧をいつものように握る。

 

 『バトルスタート!!』

 

 男が踏み込んでくる。先を取られた。

 素早く鋭い切っ先が視界の端を通り抜ける。腰に下げていた細い剣、レイピア?の切っ先。ぱっと見て、針みたいだと私は思った。

 風切り。レイピアと私がすれ違う音。

 男の人、誰だっけ。聞いたけど忘れちゃった。どうでもいい。ただ距離が近くなりすぎた。

 暴風。私が放った大斧が往く音。前髪を持ち上げるくらいの風を伴った。

 

 「っぐ……!?」

 

 苦しそうな悲鳴。その人の顎を、大斧の石突で下から叩いた。勢いを乗せたから兄さんなら意識を飛ばしてる。

  

 「浅い」

 

 男の人は、顎を上に向けて、直撃を避けていた。どうやら弱くはないみたい。そのまま後ろに下がっていく。だめ。逃さない。なにより私より射程が短いのに下がっていくのが気になる。

 兄さんの言う所、氷結路(アイスバーン)。私の”道”を敷く。私だけが加速する”道”を作る。

 迂回して、勢いを乗せた大斧が吸い込まれるように、がら空きの背中へ向かっていく。

 

 「へえ」

 

 ガンッ! 大斧が弾かれた。関心が声になって出てしまう。背中を覆うマントに弾かれた。

 ”道”を広げて、私は距離を取る。相手の射程が分からないけど近づいたままより良い。

 魔法使いだ。金属。えっと。えーっと……そうそう。

 

 「金の魔法使い」

 

 ハオの授業を思い出す。金。金属と強靭、あと地を司ってる。多分、あのマントには金属が編み込んであって、それを魔法で操作して、強化したんだ。

 

 「正解。そういう君も魔法使いだね」

 

 「手品師だよ」

 

 「ふふ、そうかい。しかしどうも私は、君を見くびっていたようだ」

 

 男の人の視線が変わる。真剣な目。私を敵と認めた目。ぞくぞくしちゃう。

 

 「名前」

 

 「うん?」

 

 「お兄さんの名前、なんだっけ」

 

 「カッツェだ」

 

 「そう」

 

 男の人、カッツェのレイピアが再び私に向く。ぐにゃりと刀身がうねる。ふうん。わざわざ見せてきたのが嫌らしい。よく見たらすかした顔をしてる。でも兄さんのほうがずっとかっこいいわ。

 

 「終わるまで憶えておく」

 

 「それは、光栄だね」

 

 なんの前触れもなく、矢とか弾丸みたいにカッツェが踏み込んできた。低い。踏み込みのまま、引き絞った腕と、長い刀身がほとんどゼロになるくらいまでたわめられた刀身が見えた。

 回避。左右はだめ。上は、的。じゃあ――。

 

 「っつ……!!」

 

 ――下。咄嗟に斜め前に体を倒して、地面に全身を擦りつけそうになりながらすれ違う。

 それでも右肩を抉られた。肩がじんわりと濡れていく感触。浅い。出血、痛み、大したこと無い。それよりも。

 殺気。誰のものか分かりきってる。

 前に飛ぶ。そのまま体を回して大斧を振るう。素直に上から降ろされたレイピアとかち合う。

 火花が散った。レイピアは折れない。ぐにゃりとしなって力を逃された。魔法だ。硬さとか柔らかさを操って私の一撃を弱めてくる。

 厄介。舌打ちがこぼれた。

 

 「そんなことを女の子がするものじゃないよ」

 

 「うるさい」

 

 あくまで紳士ぶるカッツェへ私は、返答と魔法を見舞う。兄さんで言う氷弾(アイスショット)を放つ。鋭く尖らせておくのを忘れない。それを3発。

 

 「ふっ!!」

 

 一息に()連撃。綺麗に氷弾(アイスショット)が破壊された。それを隠れ蓑に伸びたレイピアが私に迫ってくる。見えてる。躱して走る。距離を詰める。 

 後ろから殺気。反射的に無造作に手を突き出した結果には、私も顔を顰めそうになった。

 ぽたぽたと血が落ちていく。掌を中心に走ってくる痛みに、情けない声を出しそうになる。

 伸びて、曲がって私を追いかけてきたレイピアの切っ先が私の掌を貫通している。

 

 「ふふ、捕まえた」

 

 でも私は、痛みを噛み殺して、笑みを浮かべて強がることにした。弱いところを見せたくない。

 

 『おーっと!! あれは痛い! 痛いぞ、スー選手!! しかし、スー選手、涼しい顔だ!!』

 

 ポーカーフェイスよ、ポーカーフェイス。クールに行きましょう。

 

 「やるね。だいたい皆これで決まるんだが」

 

 「舐めないで欲しい」

 

 私が強がってるのを見抜いているのかは、カッツェが不敵に笑う。ふん。勝手に笑ってるといいわ。それにしても観客席が盛り上がってうるさい。もうちょっと静かにできないのかしら。

 

 「それでどうするんだい? 確かに私はレイピアを動かせない。武器は奪われた。だけど」

 

 空いた片手をカッツェは、腰の後ろに回した。戻ってきた手の指には、ナイフが3本挟まれてる。

 

 「私は、君と同じで魔法使いだ」

 

 その刀身が捻れたり、うねったり、伸びたりし始めた。ふうん。

 

 「魔法を使うより早く投げられる自信がある。どうかな」

 

 どうやら降参するよう言ってるらしい。どこまでも紳士的ってわけ? 

 

 「…………ないわ」

 

 「? なんだい?」

 

 「気に入らないわ」

 

 レイピアを凍らせる。刃を伝って、握ってるカッツェの手も凍らせた。これで離せない。大事に握っててね。

 

 「!?」

 

 余裕ぶってるのが気に入らなかったから驚いた顔が私には心地いい。凍らせたレイピアを握りしめて、一気に引っ張った。ぴんと張った刀身を無理矢理引っ張るから肉に強く食い込んだ。

 痛い。めちゃくちゃ痛い。けど私はそんなことよりもこのすかした髭面にパンチ一発入れなきゃ気がすまない。

 

 「ちっ!!」

 

 刃先を螺旋にしたナイフが放たれた。大斧を手放す。がらんと鳴る。ごめんね。後で綺麗にしてあげるから。ナイフを空いた手で弾く。ちょっと刺さった。痛いけど我慢。

 

 『なんということだ!! カッツェ選手の足が浮く! スー選手に引かれて引きずられていく!! 大人と子供の体格差を全く気にしない強烈な腕力だー!! すさまじい! 大斧を軽々と振り回す腕力は伊達ではない!!』

 

 うるさいわね、ほんと。ひっつけて開かないようにしてやろうかしら。

 

 「なんて、力だ……! 末恐ろしいな、君は!」

 

 こっちも口が減らない。それにちょっと嬉しそうなのなに? 怖……。にしても中々こっちに引っ張り込めない。しつこいわ。

 

 「そろそろ聞き飽きてきたわ」

 

 「私は、もっとお話しておきたいね」

 

 「嫌よ」

 

 べっと舌を出した私は、引っ張るのをやめた。つんのめりそうになりながらもカッツェが踏みとどまった。

 

 「邪魔」

 

 なのでレイピアの刀身を片手で叩き折った。ぽきんと折れた。案外脆いわね。

 

 「もっと良いの買ったほうが良いわよ」

 

 「あ”っ!? 我が家の家宝のレイピアが!!!!」

 

 刺さったままの刃を引っこ抜いて投げ捨てる。

 呆然と目を見開いたカッツェが私が投げたレイピアの残骸を目で追ってる。それはちょっとだめじゃない?

 このくらいの距離、一息で詰められるんだから。”道”は、残ってる。

 

 「いない……!?」

 

 ”道”を滑って、カッツェの懐に潜り込んだ。

 作った速度を、熱を、全身で練り上げた力の流れを魔法で操り、一点に纏め上げ、ゼロ距離から放つ。

 私だって、兄さんと一緒に修行してたんだから。その成果を見せたげる。

 

 「いた……!!」

 

 遅いわ。カッツェのみぞおちに掌底を当てる。

 

 「螺旋(ふっとべ)

 

 放った赤と青の螺旋がカッツェを吹き飛ばす。体が回って、地面を跳ねると転がって、砂煙が上がる。動かない。まだ動かない。立ち上がる気配はない。

 

 『スー選手の渾身の一撃でカッツェ選手ダウンだぁ!! 動かない! 動かないぞ! おっと救護スタッフがカッツェ選手の元に向かっている!!』

 

 「そりゃそうよ。そういう風にやったんだから」

 

 んーっと体を伸ばす私の隣を通り過ぎていく大人たちを横目で見た。

 

 『救護スタッフからの速報が入りました! カッツェ選手、気絶! つまり――!!』

 

 闘技場から退場する私の背中を声援が叩いた。観客席がぎゃーぎゃーやかましいわね。でも、まあ。

 

 『ウィナー、スー・フィルメント!!』

 

 「悪く、ないかも」

 

 1回戦と違って、2回戦は悪くなかった。口角が上がる。足取りが弾む。それから見た姿に、思わず駆け出していた。疲れが吹き飛んだ。

 

 「お疲れ様、スー」

 

 「ただいま、兄さん」

 

 兄さんとハイタッチ。ぱしんと心地の良い音がした。

 

 「スーは、本当に無茶なことをする……。傷は、大丈夫か?」

 

 「大丈夫。止血はしてる。痛いけど」

 

 穴の空いた掌を振って、アピールすると私を出迎えてくれた兄さんは、心配そうな顔をしてる。私の手を優しく取ると痛ましげな表情で傷口を見つめた。

 ……ふふ、だめね。だめよ。痛みなんてどうでもよくなってしまう。

 兄さんには悪いけどそんな顔も嬉しく感じてしまう。兄さんのいたわるような優しい手付きに頬が緩んでしまう。

 

 「そうか……。早く癒術師の治療を受けよう。痕になってしまう」

 

 真剣な目の兄さんもいいわよね……。でもそうじゃないわ、兄さん。

 

 「それより、ね。兄さん」

 

 痕なんかよりも大切なことが私にはあった。

 

 「? なんだい、スー」

 

 眉をひそめて、怪訝とした顔の兄さんに、私は頭を向けた。

 

 「まだ褒めてもらってないわ、私」

 

 「そういうことか……」

 

 兄さんの苦笑いしてるのは、頭を下げていても分かった。

 

 「分かったよ」

 

 私の我儘に答えてくれるのも分かってた。へへ、なでなでされるの気持ちいい。

 

 「これでいいか?」

 

 「んー……いいでしょう」

 

 優しくて細い指が私の頭から離れていく。ちょっと残念。まあでも、仕方ない。 

 

 「ほら、医務室に行こう。傷、治してもらっておかないと試合にも支障が出る」

 

 「ええ、行きましょう行きましょう」

 

 「引っ付かれると歩きにくいよ」

 

 そんなこと言って振りほどかない兄さんが私は好き。

 

 「……ハオにもお礼言っとかないといけないわね」

 

 「? どうかしたか」

 

 「いーえ、なんでもないわ。兄さん」

 

 そんな私たちの後ろから実況席の声が聞こえた。どうやら最終試合が始まるみたいね。そういえばさっき誰か居た。

 

 『いよいよ2回戦、最終試合!』

 

 ま、どっちにしろ。私の敵じゃないけどね。

 

 『イン・フィルメント VS ココノツ・ファッフロン!!』

 

 …………え。思わず足を止めた。兄さんも同じ。

 イン・フィルメント。私と兄さんのお母さん。行方不明で、半分諦めていたお母さんと同じ名前。

 呆然とした私の腕から兄さんの腕がすり抜ける。立ち止まった私を置いて、兄さんが闘技場のへ戻っていく。

 そこでやっと私も兄さんの後へ続いた。光の降り注ぐ闘技場には、地面に転がる冒険者の男と、

 

 『ここでも瞬殺、だああああ!! 』

 

 薄汚れたローブを身にまとった、長い、私たちと同じ銀色の髪をしていて、兄さんと同じ青い瞳を湛えた女の人が居た。

 ――私は、私たちは、この人を知っている。

 

 「お母、さん」

 

 『ウィナー、イン・フィルメント!!』

 

 「母さん!!」

 

 目を見開いて、その人を呼ぶしかできない私の隣から兄さんが駆け出していく。

 私は、その背中を見ていることしかできなかった。

 




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第21話 平穏の終わり

2週間ぶりですね。
メトロイドとメガテンが悪いんですよ


 「ドリンクお買い上げあざーっす!!」

 

 「ああ、助かった。ありがとう」

 

 ごきげんな鼻歌をしながら去っていく売り子を尻目に、大量の飲み物をカイムは、ごくごくとそれらを1つ残らず一気に飲み干した。空の容器が山になる。

 

 「やっと口の中が落ち着いてきた……」

 

 無数の激辛料理が入っていた紙袋をくしゃくしゃに丸めたカイムの頬は、げっそりとしている。

 

 「ちゃんと食べ切れて偉いわよ。いいこいいこしてあげようか?」

 

 「やかましいわ。んで、あの魔法、お前が教えたのか」

 

 「いえ、あの子のオリジナルよ。何回か練習してるところをみたことある」

 

 ちょっとアドバイスはしたけどね。役に立ったようでなにより。流れと破壊の操作がちゃんと出来てる。

 

 「ほー、やるな」

 

 カイムが感心したように頷く。私もほっとした。

 

 「ええ、本当にちゃんとできてよかった」

 

 「なんだ、上手く行ってなかったのか?」

 

 「そうね。上手く行ってなかった。上手く行かなかったらあの対戦相手は、ミンチだったわ」

 

 「ああ、そういう……」

 

 「加減がねえ……」

 

 庭が掘り起こされたり、植えてる木がねじ切られたり、朝練に使ってた空き地がめちゃくちゃになったりってのを見た以上、対戦相手が無事でよかったわ。

 

 「ま、これで2人とも次のステージに登ったわけだ。よかったな」

 

 「まあ、あの魔法は要訓練だけどね……。危なっかしいたらありゃしない。それで、さっきの続き聞いてもいいかしら?」

 

 「さっきの?」

 

 「遅れてきた理由よ」

 

 「俺が言うまでもなく、すぐに分かるさ」

 

 「なにそれ」

 

 言い渋ってるっていうかもったいぶってるっていうか。面倒ね。どう聞き出そうかしら……。

 

 『いよいよ2回戦、最終試合!』

 

 実況席が盛り上がってる。観客席も爆発したみたいに声が上がった。カイムから闘技場に視線を向けた。

 スモールソードにライトシールド、軽鎧をまとった男の冒険者が入場してきた。立ち振舞が堂々としていて、十分に実力があるように見えた。

 その対戦相手は、ローブのフードで顔も武器も何もかも隠した怪しい感じの人。

 

 『イン・フィルメント VS ココ・ファッフロン!!』

 

 「……フィルメント? カイム、貴方が遅れた理由ってそういうこと?」

 

 「まあ、そういうことだ。スーとシルヴァ、2人の家族、母親じゃないかと思ってな」

  

 察した私の視線に、口休めに水を啜るカイムは頷いた。

 

 「だったら早く、2人に教えてあげないと!」

 

 「まだ本当に家族か分かってない。昼に捕まえようとしたけど見つからなかった」

 

 「黙って探してたのそういうこと? へえ?」

 

 「んだよ……」

 

 バツ悪そうなカイムに、私は、にやにやが止まらない。へえ。サプライズ?

 

 「もう1年だ。情の1つや2つ移ってもおかしかないだろ」

 

 「ま、それもそうね。それにしても貴方が捕まえられなかったってほんと?」

 

 「嘘ついてどうすんだよ。非

 常に屈辱だけど追跡できなかった。人混みで見つけてもすぐに振り切られてしまってか、だめだった」

 

 膝の上で頬杖をついたカイムは、悔しそうに言った。

 

 「でも、それって……」

 

 冒険者として、斥候としてプロフェッショナルなカイムが捕まえられない素人なんているわけない。だとしたら何かしらの訓練とかを受けてるはず。なによりここまでド素人が勝ち上がれるはずがない。

 ただスーの母親だと思うとそれだけ強いというのは、ありえる。

 天秤神に愛された少女の母親なら同じ様に、愛されている可能性もある。

 だけど前提として、2人の母親は死んでいるはずだ。原作ではそうだった。原作では、魔王種〈ストリボーグ〉の襲撃の際に死亡していた。だから私がこうして引き取ってる。原作でもそういう流れだった。 

 

 『ここでも瞬殺だああああ!! 強い!! 強すぎるぞ、イン・フィルメント選手!!』

 

 物思いに耽っている合間に試合は、終わっていた。早すぎる。いくらなんでも強すぎる。低級の冒険者といえどここまで来たのは偶然ではなくて、実力のはずなのに……。

 ただ最後まで、ココという冒険者が戦ったのが見て取れた。ココの剣が手から離れて、不規則に空中を舞う。避けたせいで、不動だったローブのフードが私たちの眼の前でめくれあがった。

 

 『ウィナー、イン・フィルメント!!』

 

 勝利宣言が実況席から響き渡った。闘技場には、気絶して倒れ込んだ男と、銀髪の女――イン・フィルメント。カイムと同じ、サファイアの瞳。ただ深く、ただ静謐。感情の欠片も私には見えなかった。

 

 『おっと、乱入者か? あれは、準決勝に勝ち上がったシルヴァ・フィルメント選手だ!』

 

 「うん? シルヴァが出てき……どうかしたか? ハオ」

 

 ――何か、思い出しそうだった。

 カイムに答えず。私は、開きかけの記憶の扉をどうにかこじ開けようとした。

 目の前の光景が引っかかる。私は、原作でこのシーンを見ているはずだ。だったらこの次の展開だって分かるはず。

 早く思い出してよ。取り返しがつかなくなる前に、何か合ってからじゃ遅いんだから!!

 

 「『母さん、だよね?』に、『生きてたんだね……! よかった……ほんとうに……』だそうだ。感動の対面だな」

 

 「ナチュラルに唇読むわね。で、そのお母さんはなんて」

 

 「なんとも。今の所一言も喋ってない」

 

 「そう……」

 

 感動のあまり声が出ない? 何か怪我で声が出ない? いや、そういう様子じゃない。

 

 「なあ、子どもと久しぶりの再開であんな顔するのか?」

 

 不満げなカイムに、私は同感だった。

 イン・フィルメントは、無表情だ。氷とか鉄仮面とか。そういうのよりずっと常軌を逸した無の表情を浮かべてる。シルヴァが瞳に映ってるかも疑いたくなる。

 

 「少なくともシルヴァが両親に望みそうな表情ではないと私は思う」

 

 「まあ、あんな嬉し泣きしそうな顔してるあいつが欲しいのはそういう顔じゃないだろうな」

 

 「……そうね」

 

 ――そうだ。イベントがある。こういうイベント。シルヴァ/イン、どちらかが闘技場に現れた母親の元に駆け寄って……駆け寄った後……。

 

 「きゃああああああああ!!!!」

 

 悲鳴が聞こえる。布を裂くような、つんざく悲鳴。絶叫に近い。

 

 「なんだ?!」

 

 「え? なになに?」

 

 周りの観客と一緒に、声の方へと私とカイムは振り向いた。

 これが始まり。新たな地獄の釜の蓋が開く合図。自然と私は柄に手をやっていた。カイムもダガーを抜いている。

 鼻をつく鉄錆の臭い。凍りつく観客。春の陽気に不似合いな、冷たい空気。

 観客席に、真っ赤な花が咲いていた。その中心には、見覚えのある顔。ついさっきカイムと話していた売り子だ。

 先程までの接客用の笑顔は浮かんでいない。目は虚ろ。吐血が唇の端から顎へ伝う。。

 彼女は、背中から胸まで貫かれていて足が宙に浮いていた。貫いたのは長い手。細くて骨ばった手。

 その肌の色は、青褪めている。血の気のない死者の色。

 私が見慣れた色だった。つい最近、こういう色合いの”手”を何度と相手取った。

 

 「……ああ、そういうこと」

 

 苦々しい納得が私の唇を突いて出た。

 ぶんと荒々しく邪魔そうに振り回された売り子の死体が腕からすっぽ抜けて飛んでいった。

 売り子を貫いていたのは、エルフ。見た顔ね。たしか、トーナメントに参加していたエルフ。

 顔は、見たことがある。ただ表情は、無。ただ眼と鼻と口が並べてあるだけ。

 そして、その体はもう得意の弓矢をもっていなかった。

 無数の”手”が服やズボンのいたるところを突き破って、空を泳いでいる。ぐねりぐねりと服の下でまだなにかが蠢いてる。きっと”手”ね。

 あの”手”に、色々な形態があるのか。それとも魔物が人や動物、他の魔物に寄生しているのか。

 私の中に推測がいくつかよぎる。設定思い出せ、私。

 まあ、それはそれとして。

 

 「気持ち悪すぎる」

 

 生理的に無理。

 

 「同感――」

 

 カイムと視線を交わし、臨戦態勢を取った直後。

 観客席でも同じような悲鳴が聞こえてきた。視線を向けてしまう。血の花が咲いている。”手”に絡めとられた人の姿と真っ赤に染められて、闘技場にはたき落とされる人の姿が見えた。

 合図とばかりに何体もの同じような”手”の生えた魔物人間が現れて、観客たちに襲いかかっていた。

 

 『ぎゃあああああああ!!!!』

 

 実況席の拡声器を通した悲鳴が闘技場の中に響き渡る。どうやらそこにもこの魔物が紛れ込んでいたらしい。

 それに反応した観客たちが現実に戻ってきた。悲鳴が爆発した。闘技場は、一瞬で阿鼻叫喚となった。そして観客が一斉に逃げ出していく。

 もちろん、元エルフが居ない方。つまり、私とカイムの方――まずいわね。 

 

 「ちょっと、これ……!!」

 

 私とカイムが人混みに押し流された。正気ぎりぎりの必死な観客たちの濁流を掻き分けるのは、不可能に等しかった。魔法を撃つにもボウガンを放つのも難しい。

 元エルフが人混みの向こう側に見える。流石に皆、避けている。元エルフは、まだ動かない。じっと闘技場の方を見ている。あの表情見覚えがある。

 ――思い出した。

 最悪! なんでこんな肝心なことを忘れていたのよ!! 巫山戯るな!!

 

 「カイム!! イン・フィルメントも、そうよ!(・・・)!」

 

 聞こえているかどうかも確かめず私は、叫んでいた。

 

 

+++

 

 

 「なにが……!?」

 

 突然の大騒ぎ。歓声じゃない。悲鳴と怒号が闘技場に響き渡っていた。観客席を見たら見覚えのあるタイプの……魔物、かな。遠目だからよく見えない。

 だけどあの”手”のことは、覚えている。

 因縁がある。屈辱を忘れていない。苦渋が舌の上で蘇る。あまりの苦さに、反吐が出そう。怒りが滾る。

 なにより、もうトーナメントどころではないみたいだった。

 僕自身もうそんな場合じゃない。

 

 「積もる話は色々あるけど、とりあえず母さん……母さん?」

 

 「…………」

 

 問いかけに答えはない――夢中になっていて気づかなかったが、何かおかしい。何か。何かどころじゃない。

 

 「……母さん?」

 

 確かに。確かに母さんは強かった。母さんもスーと同じで、天秤神様に愛されていたからだ。

 だから母さんが生きていた。

 だからこうしてトーナメントを勝ち進んでいた。

 きっと僕たちに会うためだと思っていた。

 そう思っていた。

 

 「どうして、何も言ってくれないんだ?」

 

 母さんは、こんな顔をする人だっただろうか。こんなお面みたいな、人間味を感じられない表情をするような……。

 記憶を探る。探って出てくるのは、笑っている母さん。怒っている母さん。悲しんでいる母さん。

 ああ、そうだよ。

 僕の知っている母さんは、ずっと表情豊かだった。

 

 「違う……」

 

 これは、違う。

 

 「母さんじゃない」

 

 理解した事がそのまま言葉になる。

 

 「兄さん!!」

 

 スーが僕と母さんだったものの間に踏み込んでくるのと、母さんだったものが内側から弾けたのは、ほぼ同時。

 ”手”だ。予想、嫌な予想が的中した。翻ったローブの奥から手が伸びてくるのが一瞬見えた。

 空中を疾走する”手”をスーの大斧が迎撃した。”手”が熱したナイフでバターを切るようにぶつんと斬り裂かれた――というのを僕は、”手”が地面に転がったのを見てから理解した。

 僕だってボーッとしていない。ドミネーターを抜いて、撃つ。氷の弾丸が母さんの形をした魔物を貫く 

 手応えはない。というのも表情が欠片として変わらないからだ。ローブの奥から生えている”手”が変わらず蠢いている。

 胸が痛い。息が辛い。魔物だと分かっている。ほとんど反射だけど体は動いている。戦える。

 けど辛い。たまらなく苦しい。

 怒りよりも何よりも愛した人に、銃を向けることが殺意を向けるということがあまりにも苦しくて、辛い。

 けれど。

 

 「兄さん、大丈夫?」

 

 ――僕を慮るスーと目が合う。だめだよ。だめなんだ。それじゃあだめなんだ、スー。

 

 「大丈夫だよ」

 

 「辛いならいいよ」

 

 「一字一句同じ言葉を返しておく」

 

 妹に押し付けて、逃げ帰るほど僕は、弱くなりたくない。情けなくなりたくない。

 

 「僕たちでやるんだ、スー」

 

 「……うん」

 

 纏っていたローブが引き千切られた。ボロ切れになったローブが周囲に散る。

 そして、衆目から秘匿されていたものが僕たちの前に現れた。

 母さんの首から無数の”手”が捻れて絡んで、生えている。

 悪夢だった。吐きそうだ。でも夢じゃない。ここでうずくまることはできない。

 逃げ場はない。退路はない。目を覚ますことはできない。

 この母さんの顔をした魔物を殺す。

 

 「行こう、スー」

 

 悪夢の終わりを求めて、僕は、引き金を弾いた。……引けていない? 

 

 「あれ?」

 

 指が動かない? 引き金に触れていない? 触っている感覚がない。手にあるはずのドミネーターの感覚がない。重くない。重さがない。

 

 「……僕の手が、ない?」

 

 「兄さん……!?」

 

 カランカランと後ろから音が聞こえてきた。視界の端で、ドミネーターと僕の手が転がった。

 

 「がっ……!?」

 

 手首から先が斬り落とされた。現実に僕が追いついた途端、想像を絶する苦痛がわめき出す。

 激しすぎる痛みに、めまいがする。強烈な吐き気。さっきまでとはぜんぜん違う。耐えられない。込み上げるものを抑えられない。膝が地面に触れる。残った手がどうにか体を支えた。視界が揺れる。目眩と動機でおかしくなりそうだ。

 

 「兄さん!!!!」

 

 絶叫みたいなスーの悲鳴が聞こえた。駆け寄ってくる足音。だめだ。スー。来てはいけない。

 しかし、それも声にならない。呻きと嘔吐物だけが僕の唇を割って、地面に落ちる。

 立ち上がれない。今の僕の意思力では解決できなかった。

 

 「兄さん、手、手が……!! そんな、兄さん、兄さん!!」

 

 「……ス、ー、だめ、だ」

 

 声を絞り出して、なんとか上げた顔は、スーの蒼白な顔とその後ろ。静かに、ひたひたと”手”を足の様に扱って迫ってくる魔物の姿を見た。滑るように、距離が縮まる。

 

 「後、ろ……!!」

 

 「分かってる!」

 

 石突が背後の魔物へ突き出して、”手”を弾いた。それか、ら……――クソ。思考がまとまらない。ぐちゃぐちゃの頭の中。落ち着け。息を吸って、吐いて。痛みに慣れろ。

 まずは地面を赤黒く染める血を止める。このままだと出血多量で死にかねない。焼くか凍らせるか……凍らせよう。焼いたら今度こそ気絶しかねない。

 イメージを。魔法を使うイメージを成立させる。痛みに喘ぎながらかざした掌の先に、事象を産み落とすイメージを。

 

 「クリエイト、アイス」

 

 血液ごと切断面に、氷の蓋をする。出血が止まる。少し、マシになった。魔法を使えるくらいの冷静さが残ってた。なんだ案外やれるじゃないか。苦笑が浮かぶ。

 

 「っ……!」

 

 「スー!」

 

 そんなことをしている場合ではなかった。スーが弾き飛ばされてきた。息が荒い。致命傷は無いようだけど先の対戦のダメージが残ってる上、あの魔物の相手。スーでも疲労が見える。

 

 「大丈夫。まだま」

 

 不敵な笑みのスーが大斧を構え直――消えた。違う。吹き飛ばされた!! ”手”をまとめて絡めて捻って作った巨大な拳がスーの体を遥か後方、闘技場の壁まで叩き込んでいた。

 なんて膂力だ。驚愕する僕の背中に怖気が走る。残ったエリミネーターを引き抜く。

 

 「……クソ」

 

 思わず舌打ちをした。ほぼゼロ距離に、母さんの顔があった。無数の”手”が僕に絡みつく。無数の氷のように冷たい蛇に纏わりつかれて、締め付けられる感覚。

 それは、ついに首に到達した。

 抗うこともできず、僕の視界は、真っ黒に染まった。

 

 

 +++

 

 

 魔王子種〈ハンド〉。

 闘技場へ奇襲を仕掛けてきた魔物をギルドはこう名付けた。

 魔王子種とは、魔王種の子、分裂体である。

 過去に出現した魔王種でいえば、魔王種〈ロードオブゴブリン〉における各種ゴブリン。

 この魔王子種のゴブリンは、現在出現している各種ゴブリンとは、格が違う強さを持っている。

 

 つまり、此度出現したのは、魔王種。

 その名も魔王種〈ハンドレス〉。文字通り途切れぬ、無数の”手”を持つ魔王。本体不明の魔王種。

 別種の魔物の討伐任務などに出ていた複数の冒険者の目撃情報からギルドが存在を予見し、魔王子種〈ハンド〉が殺戮を振りまき、人々を連れ去ったことも魔王種〈ハンドレス〉の存在を補強した。

 群れを作る魔物の集成として、獲物を巣に持ち帰るというものがあり、なによりその奇っ怪な外観。現在まで確認されていなかったタイプの魔物は、親となる魔王種の出現が高い確率で考えられる。

 ただ魔王種〈ストリボーグ〉の出現時に行方不明となった者たちと同じ顔をしていることへの因果関係は不明とされている。

 

 こうして、〈ダイヤスート〉領に新たに出現した魔王種に、私たち冒険者は挑むこととなった。

 あまりに短いスパンの出現に、領民どころか冒険者すら暗い表情を隠せなかった。

 

 そして、これが物語のターニングポイント。本来ならもう2年は先のこと。あまりに早すぎる。

 シルヴァとスー、本来1人なのに、2人いるから早まった? 原作との大きな違いはそこ。それ以外、考えられない。

 たったそれだけの要素がイベント進行を早めたということ?

 それでも。そうだとしても。

 

 「……なにが、原作知識よ。大切なことを思い出せないなら意味ないじゃない」

 

 今回のことを私が事前に思い出せていればこうならなかった。

 もっといい結果があった、はず。

 無数の”手”が迫る。風切りが聞こえる。文字通りの死が私へ向かってくる。

 属性装填・雷(サンダーエンチャント)。抜刀を放つ。苛立ちを込めても、刃の冴えには問題ないと自負してる。

 重い音をたてて、”手”が地面を転がり、断面から零れる青の鮮血が地を汚す。

 

 「中途半端な攻略情報が私の邪魔をする」

 

 苦虫を噛み潰しながら私は、”手”を失った魔王子種〈ハンド〉の、見覚えのない顔を叩き斬った。

 今、私、ハオリア・ツァー・アルデバラニアは、〈ダイヤスート〉領近隣に広がる大森林に居た。

 くしゃりと短く生えた草を踏み、柔らかい土に足跡をつける。視線を巡らせて、薄暗い森の中に視線を配り、再び歩き出した。

 森は深い。森は広い。それでもこうして進まなければ私はやっていられなかった。

 焦りが、私の背中を押す。もっと早く、もっと素早く往けと。

 このどこかに、シルヴァが囚われている。

 

 「一刻も早く、助け出さなきゃ」

 

 「その前にお前が倒れたら意味がないんだが?」

 

 がさりと頭上の木々の隙間から落ちてきたカイムが私の前に立ち塞がった。

 

 「……なによ」

 

 「何もクソもないだろうが。言ったままだ。……お前臭うぞ」

 

 「うるさいわね!! こっちはあのトーナメントからずっと探しっぱなしだからしょうがないじゃない!!」

 

 かっと思わず頭に血が登った。頬も熱い。デリカシーってこと知らないのかしら!!

 

 「そういうところを言ってるんだよな……」

 

 ぐっ……。ぐうの音も出ない。反論が出てこない。私の行動が向こう見ずなのは分かってる。

 

 「んで、手がかりはなんか見つかったのかよ」

 

 さらに痛いところを突かれた。

 収穫ゼロ。現状、原作で言うイベント進行のフラグを1つも拾えていない。

 原作では、この森のフィールド、ダイヤ森林を探索して、ランダムで落ちている痕跡フラグを一定数入手することでイベントが進行する……そういう内容だったはず。

 まあその進捗が0である以上、私は、ただただ無駄な雑魚狩りに勤しんでいた。

 

 「……これから見つけるわよ」

 

 「はあ〜〜〜〜〜〜〜〜……」

 

 クソデカため息やめなさいよ。

 

 「スーもおとなしくしてるんだから、お前も一旦戻ってこい。臭いし」

 

 「2回も言わない!! デリカシー無いわけ!?」

 

 「へいへい、それになによりもその酷い顔を治すためにもな」

 

 反省の欠片もない返事に私の怒りもマックスゲージ。3本消費必殺技も出…………。

 

 「……え、私そんな酷い顔してる?」

 

 「俺じゃなきゃ魔物だと思ってる」

 

 「言い過ぎじゃない!?」

 

 




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第22話 囚われのシルヴァ

来週にはヴェノムが公開ですね。楽しみです。


 「――……っここは、どこだ?」

 

 はっと気づいた。目を開ける。しかし何も見えない。まるで目を開けているのに、瞑っているように思えた。

 暗い。真っ暗だ。何も見えない。目を凝らしても墨汁に浸したような闇は、見通せない。

 そして、動けない。何かが両手と両足を縛り付けてる。

 冷たくてぐにゃりとしたもの。強く絡みついていて、引き千切ったりとかそういうのは、難しそうだ。スーなら分からないけど僕には無理だ。

 

 「生臭い……」

 

 ひんやりとした空間に漂う生臭さ。肉とか血とかそういうもの臭いが入り混じったように感じた。腐敗臭もある。草じゃなくて……肉かな? 後は、土の匂い。おそらく、野外。建物の中じゃない。

 空気は、ひんやりとしていて息苦しさは感じない。

 ここまでは、現状の情報から推理できた。

 すると、ここはどこだろう。……分からない。

 つまり、現在位置不明。そして何より。

 

 「右手の感覚がない」

 

 どうやら闘技場でのできごとは、夢じゃ無いみたいだ。僕の右手は、あの時、闘技場で斬り飛ばされた。今も無い。

 

 「……まだ痛みはあるけど行動には支障はなさそうだね」

 

 独り言を漏らしながら思考をまとめる。ずきずきと右手のあった場所が痛むけどこれも頭を動かすのには問題はない。

 夢でないなら、僕はあの時、あの”手”の魔物、母さんと同じ顔をしたあれに首を締められていた。

 そこからの記憶がない。多分、意識が途絶えた。

 

 「それで気づいたらここにいる、か」

 

 時系列はまとまった。本題はそこから。ここはどこなのか。今の僕はどういう状況なのか。

 ……母さんの顔。その魔物。あれは、なんだったんだろう。

 母さんが僕の首を締めるはずがない。あれは魔物だ。母さんの顔を騙る魔物。

 だけど、どうして? どうしてよりにもよって母さんなんだ? 

 

 「違う。今はそんなことを考えている場合じゃない」

 

 とりあえずこの暗闇をどうにかしなきゃな。何があるのかも分からない以上、動くのも慎重にしよう。

 

 「っつ……痛え……んだよここ……」

 

 声! 他の人の声だ。他に誰かが居る。だけどどこかで聞いたような……聞き覚えのある声だ。

 

 「臭えし暗いしなんか寒いし。さっさと脱出すっか」

 

 「ちょ、ちょっと待「爆裂よ在れ(クリエイト エクスプロージョン)」人の話を――!!」

 

 呪文(テンプレート)と魔力反応から察するに、月と火の複合かな? 大気が収束する気配。火の破壊が顕現して、爆裂の魔法が発動するって冷静に見てる場合じゃない!! 

 でも何もできない――わけでもない。

 爆裂の勢いを、流れを操作する。速度も威力もある。脱出するだけには過剰じゃないか?! それでも今はやるしかない。

 白い光が闇を引き裂くのとほぼ同時に爆発がくる。光に目を細める。衝撃を僕自身から反らして……丁度いい。手足を縛るものへ擦り付けさせてもらおう。

 爆発に込められた破壊が僕の手足を縛っているものと衝突する音がかすかに聞こえてきた。拘束が緩んだ。そのまま爆発から逃れるために落ちる……よかった。高くなかった。冷たく柔らかいものが僕の体を受け止めた。

 

 「すっきりだ」

 

 「何がスッキリだよ……」

 

 爆発が終わって、代わりに火が灯る。闇の中がほのかに照らされた。毒づく僕も声の主に気づいた。

 

 「レント・ファインス。人の話は聞いたほうが良いよ」

 

 「? なんのことだよ。ていうか、シルヴァか。お前も捕まってたんだな」

 

 疑問符を浮かべたのは、闘技場の控室で出会った僕と対戦する予定だった赤髪の彼。どうやら一緒に捕まっていたらしい。

 

 「ああ、まあね……。遺憾なことにね」

 

 初めから聞こえてなかったならしょうがないな……。

 

 「まっ、待っても脱出できるわけじゃないし、結果オーライだ」

 

 「聞こえてるじゃないか!!」

 

 「別にいいだろ? 上手く行った。それよりほら見てみろよ」

 

 「それよりって……」レントに促されて周囲を見た僕は、「これは……」さっきまでの話がどうでもよくなった。

 

 レントの掌に浮かぶ火が僕たちのいる空間を照らしている。

 端的に言って、強烈な嫌悪感を覚えた、

 無数の”手”が冷たく脈動して、作られた空間だった。天井壁床。僕を縛っていたのも、受け止めたのも、今足をつけている床も全部”手”だ。

 

 「道理で床が柔らかくて、落ちても痛くないはずだ……」

 

 多分、臭いの元もこの”手”たちだろう。おぞましい。思わず眉の間にシワが寄る。

 

 「どうやらあの”手”どもの巣に連れてこられたらしいな」

 

 「君は、どうして?」

 

 「負かした冒険者がいつの間にか”手”のやつらになってて、戦ってたらスタッフに紛れ込んでたやつらに不意を突かれた。そっから意識がないからそういうことだろ。クソッタレが」

 

 苛立ち混じりにレントが唾を吐き捨てた。

 

 「とりあえず、協力して脱出したいんだけどどうかな」

 

 「それはプラン2にしたい」

 

 「言うと君のプラン1は?」

 

 「やつらを皆殺しにして、俺らみたいに捕まった人を開放して、英雄として凱旋する」

 

 にやりと自信アリ気な表情のレントが返してきたのは、あまりにも非現実的だった。

 

 「それ、できると思ってるの?」

 

 あまりに非現実過ぎて、思ったことをそのまま口に出していた。

 

 「やってみなきゃ分からねえだろ?」

 

 「勝算がない。そもそも君だって不意打ちされてそのざまだろう」

 

 子どもみたいな言い分に、つい強く言葉を作ってしまう。

 

 「むっ……。いや、次は大丈夫だ。俺は別に片手持っていかれてるわけじゃないからな」

 

 「……それは確かにそうだけど。僕が思うに闘技場と違ってここはやつらの本拠地だ。闘技場より敵が多いと思う。そこで不意を突かれて連れてこられた君に……」

 

 少し躊躇った。けど言うことにした。命に関わることだ。他人に配慮している場合じゃない。

 

 「重ねて言うけど勝算はないと思う」

 

 「……お前さ」

 

 思わずごくりと生唾を呑んだ。向けられた横目からどういう感情の言葉が向けられてくるのか怖かった。

 

 「思ってたより、ずっとずけずけ言うんだな。ちょっと驚いた」

 

 「意外かな?」

 

 「意外か。意外でもないか。お前、キレたら怖いタイプだしな」

 

 すごく渋い顔をしてしまった。

 

 「……忘れてもらえないかな?」

 

 「無理だろ」

 

 けらけらと笑いながら断言された。人の記憶を消す魔法って無いものだろうか。頭の中に働きかける魔法。考えたこともない。今度調べてみよう。

 

 「よし。とりあえず、脱出しようぜ」

 

 「ああ、そうしよう」

 

 僕たちの現在地は、”手”の魔物の推定巣、その通路らしき場所。

 外観も分からず、外を伺う窓もなく、闇が深いここは、あまりにも広大に見える。ありえないと分かっていながらも無限に広がっているように見えた。

 それに巣であるなら同じような”手”の魔物が跋扈しているに違いない。

 それでも進まなければならない。

 ここを脱出しなければ、どちらにせよ僕たちに未来は無いのだから。

 

 「それで、どっちに行く?」

 

 「そうだね……」

 

 レントに問われて、考える。

 

 「できれば会敵しないようにしたいから敵の居ない方、になるんだけど」

 

 そんなことが分かれば苦労はしない。

 とりあえず、落ち着いて耳を澄ましてみる。すると微かに悲鳴や呻きがどこからか聞こえてくた。嫌な場所だ。

 

 「月の魔法で探ったけど、敵の気配、足音ってのは今の所感じないな」

 

 「そうか。近くにいないなら助かる」

 

 そういえば、さっき爆発の魔法を使ったのに誰も、魔物も騒がないな……。どうしてだろう。

 

 「どうする。一応大気を探っていくってのもありだ。外に通じる場所にはたどり着くだろうしな」

 

 「それなら僕もある程度手伝える」

 

 水の属性、流れの操作や流れそのものを辿るのは得意だ。

 

 「ん。そうか……というかこれは非効率的だな。一度、手の内を晒そうぜ」

 

 「……確かにね」

 

 レントの提案は、現状で最もだった。最も過ぎて顔を見合わせて苦笑いしてしまった。

 最初からこうしておけばよかった。どうやら僕もレントもこの非常事態に動転して頭が回っていなかったようだ。

 

 「じゃあ俺から話そう。言い出しっぺだしな」

 

 ――彼の話を頭の中でまとめた。

 レント・ファインス。魔法の属性は、火と月。その中でも爆発、彼が言うに爆裂が得意。

 火の属性、熱や破壊、火の出力は問題ない。けど反面月の属性は苦手。使えて大気の関連。多分、ハオさんがやってたみたいな音の伝達を探ったりとかだろう。

 武器である愛剣のロングソードは、今はない。どうやら攫われた時に落としたらしい。

 

 「銃を持ってるお前が羨ましいよ」

 

 愛剣の無い空っぽの鞘を手にした彼の羨ましげな視線に、僕は肩を竦めた。

 エリミネーターは、腰のフォルスターに収まったままだった。ドミネーターは、手と一緒に飛ばされたからもちろん無い。

 

 「僕も利き手じゃない方でまともに扱えるか微妙だけどね」

 

 「なるほど。そっちも難儀してるな」

 

 「まあね……」

 

 こうして、互いの現状と手札を僕たちは見せあった。

 結論、前衛をレント。後衛を僕ということになった。やはりというか当然というか。スーとの連携を取る時もこうだ。

 

 「スーは大丈夫だろうか……」

 

 僕たちは、暗がりを進み始めていた。柔らかな床は、微妙に歩きずらい。蠢く壁に天井、床は気色悪い。進む通路の幅は広く、分かれ道が多い。アリの巣のようだ。

 わだかまる闇は深く、レントの灯りがあっても視線を通せないから歩くにも慎重にならざるおえない。尋常でない精神負荷を僕たちは感じていた。 

 なにより微かな呻き声や悲鳴は、発生源が絞れず、助けに行こうにも行けていない。

 歯がゆさもあるが、そもそも本当に人間のものかどうかが分からない。あの”手”の魔物たちは人間の顔をしていたんだから……。

 

 「妹の心配か?」

 

 歩き始めて10分ほど。魔物にも人にも、あの”手”の魔物にも遭遇していない。時折人と魔物の死体だけが転がる異様な場所を進むその傍ら、ふっと漏れた呟きだった。

 歩き始めてから初めて交わす言葉だった。互いに気を張っていたからそういう空気にならなかった。

 

 「そうだね。あの子は僕より強いけどそれでも心配になってしまう」

 

 「へえ、仲いいな。羨ましいくらいだ」

 

 「ありがとう。君の家族は?」

 

 「死んだよ。全員、〈ストリボーグ〉にまとめて殺された」

 

 背中越しの声。声色は、穏やか。レントの表情は伺えない。

 

 「……すまない」

 

 「いいさ。碌な親じゃなかった。兄貴もそうだ」

 

 くくっと笑う声が聞こえた。そう言われてもな……。

 

 「うちの家族は、一家揃って冒険者でさ。等級もB級で実力もそのへんの冒険者の中では高い方だった。けど素行がよくなくてさ。酒、薬、金、暴力! そういうのが中心に回ってる連中だったよ。

 ……無駄にまともな頭を持った俺としては見てられなかった」

 

 ふっと脳裏によぎったのは、トーナメントでの最初の対戦相手。あれも素行がよろしいタイプではなかった。

 

 「冒険者として俺と兄貴は鍛えられた。飲み込みと機転の回る兄貴は、いい感じにクソ親どもに取り入った。俺はだめだった。クソみたいな下積み時代だった。死んでくれてせいせいしたよ」

 

 掛ける言葉が見つからない。口の中で言葉を転がして、だめだなと諦める。

 

 「すまん。暗いところをもっと暗くする話をしてしちゃったな」

 

 一瞬向けられたレントの瞳と横顔は、申し訳なさげに力なく笑った。 

 

 「ま、おかげで生き残れてるんだから全部が全部悪いことでもなかったのかもな。

 何事も前向きに考えていくもんだ……お?」

 

 「どうした?」

 

 何かを見つけたレントは、僕に答えるより早く通路の壁に手を伸ばした。訝しげに見つめる僕の前で、何かを引き抜いた。

 

 「剣だ……!!」

 

 肉片がへばりついているショートソードが嬉しげに破顔したレントの手の中にあった。

 

 「って、なんでこんなところに?」

 

 「……これが答えだと思うよ」

 

 「ギルドカードか、これ」

 

 ショートソードに夢中なレントの足元から拾い上げたギルドカードは、ショートソードと同じく肉片や毛髪、何かの液体がへばりついていて、異臭を放っている。

 さっきレントが引き抜いた時、一緒に落ちてきた。

 

 「知らない顔、名前だけどこれが壁から出てきたってことは……」

 

 「なるほど。俺たちみたいに連れてこられて、壁に縛り付けられたら最終的にこうなるわけか」

 

 「そういうことだね」

 

 「もしかしなくても俺たちギリギリだったか……?」

 

 「そういうことだね……」

 

 少しでも遅ければこんのショートソードの持ち主と同じように、無残な死に方をしていたと思うと、身震いした。

 

 「ま、これはありがたくもらってくぜ。あんたにはもういらないだろう」

 

 黙礼した僕たちは、歩みを再開した。 

 

 「……使えるなら何でも使え。こういう教えは役立ってるよ。糞親父」

 

 レントのどこか寂しげな呟きは、聞こえなかったことにした。

 自分たちの足音と微かに”手”が蠕動する音、変わらず聞こえる呻き声だけが暗い通路に響く。

 この声も壁の中で溶かされている誰かなんだろうか……。思わず身震いした。同時に強い使命感が湧いてきた。

 助けたい。助け出さなければ。

 ……でも助けられない。確実にミイラ取りになる。僕たちにその力はない。

 

 「空気がこっちから流れて来ている。近いぞ」

 

 レントが口を開いた。嬉しい報告だ。あっちだとレントの顎が丁度差し掛かった十字路の右を指す。

 

 「慎重に行こう。出入り口だというならやつらも居るはずだ」

 

 思考を切り替える。今は、自分たちのことだ。

 

 「オーケー。了解」

 

 と、踏み出した。通路を歩く。微かに光が見え始めた。罠や待ち伏せなどを考えていても2人して、早足になってしまう。

 久しぶりの光に、僕らは篝火に誘惑される羽虫が如く、引き寄せられた。

 光の前、外への景色が壁に空いた穴の向こうに見えた。

 腰まで伸びていそうな草むら、無秩序に並ぶ木々、ごつごつとした岩。

 それだけではどこかは分からない。ただ外なだけは分かった。

 アーチ型の出入り口のようだ。手前は、広間になっている。通路の切れ目から左右に広がり、お椀型となっている。

 天井も通路より高い。見上げても証明の無い天井は、暗くてよく見えない。 

 

 「やっと出口……と言いたいところだけど……」

 

 「……静かすぎるな」

 

 自然と背中合わせになっていた。さっきまでしていた微かな呻き声が聞こえなくなった。蠕動が微かなものから足裏に感じるほどに強くなってきた。

 あからさまな予兆だ。周囲に視線を向ける。魔法を、この盤面に立ち向かえるであろう魔法を選ぶ。

 

 「――来る」

 

 レントの言葉を合図とばかりに、四方八方から”手”が襲いかかってきた――引き金を弾く。エリミネーターの心地の良い、重い反動。

 銃口の向こう側で、”手”がぐちゃりと銃弾の圧に潰れた。

 手数が足りない。分かっていた。”手”は、変わらず僕に指を伸ばしてくる。

 だからたった今、そのための魔法の構築が終わった。

 

 「解放(オープン)氷嵐弾(アイスストーム)

 

 射出、着弾、氷結。再生成、射出。前樹の挙動を呪文(テンプレート)に押し込んだ。

 青の魔力光が描くドラム型弾倉から生えた仮想銃身が氷弾(アイスショット)を縦横無尽にばらまく。熱源を追従する機能もばっちり動いてる。正確と無慈悲の両立が面制圧をかける。

 それを流石に並行で2つ動かすと魔力消費が激しいな。

 だけど即興した魔法にしては、悪くないと思う。

 

 「っ……」

 

 背後から突風が僕の髪を吹き散らす。振り返れば菱形の白い光がいくつも空中に浮かぶのが見えた。

 直後、ぱっと空間が白く爆ぜた。

 爆裂だ。空中に散りばめられた菱形の、爆裂の種とでもいうものが炸裂して、爆風と炎と光が撒き散らされる。

 ”手”たちが粉々の挽き肉(ミンチ)になって、爆風と共に四散した。

 レントの魔法だ。聞かなくても見れば分かった。鮮やかな赤色の魔力が彼の体を彩っていた。

 

 「いけそうだね」

 

 「ああ、やれそうだ」

 

 視線を交わした。笑みがこぼれる。

 ごく自然にエリミネーターをもちあげて、引き金を弾く。交差するように、レントのショートソードが僕の顔のそばを通り抜ける。

 僕の背後で、”手”が斬り裂かれた。

 僕は、その代金代わりに彼の背後の”手”を撃ち抜いた。

 ほとんど初対面だというのに、やれるもんだな。僕自身驚いていた。なぜだか息が合う。

 単純に、レントが合わせてくれているのかもしれない。

 極限状態が僕らの能力を限界まで引き出しているからかもしれない。

 なにはともあれ。

 

 「片付いたな」

 

 「ああ、お疲れ様」

 

 笑みと共に軽く、互いの手をぶつけた。安全圏とは言い難いが今の所、敵の気配はない。

 出入り口の前の広間は、無残な死骸で溢れ、壁や床は弾丸や爆裂でぐしゃぐしゃになっている。

 酷い有様だ。人の家じゃなくてよかった。

 

 「思ったんだけど、これも魔王種かもしれない」

 

 僕は、僕が凍らせて動かなくなった”手”をブーツの爪先で蹴った。その衝撃で入った亀裂で、”手”が粉々になった。

 

 「まあ、見たことのない魔物はだいたい魔王種か魔王子種のどっちだしな……って、ちょっと待てよ」

 

 はっとレントが何かに気づいた。なんだろう。重大な見落としでもあっただろうか。

 

 「脱出して、この巣をギルドに報告したらどれだけの報奨金がもらえるんだ……!? なにより俺ら英雄扱いじゃね!?」

 

 「そこかぁ……」

 

 「そこかって、そりゃそうだろ。こんな目にあって、死にものぐるいで脱出したってのになんの報酬も無いんじゃおかしくなっちまうだろ」

 

 「確かに、それはそうだ」

 

 言えてるとレントに頷いた。なるほど。なるほどね。”手”を踏みつけて、足に力を込めて、押し潰す。 その後、踏み躙る。丹念に。床の染みになるように。

 なるほど。僕を動かしたのは、魔王種への憎しみか。

 憎悪は、僕にとってとても身近で、とても簡単な魔力リソースだ。

 

 「さっさと脱出しようぜ」

 

 「うん、行こう」

 

 理由が分かったし、脱出もできる。いい感じだ。陽射しの方へ。このグロテスクな空間から外へと僕らは歩いていく。

 

 「次に戻る時は、ここの魔王種を滅ぼす時だな」

 

 「いいね。それは楽しみだ」

 

 「その前に飯と風呂だな。自分嗅いでみろよ。めちゃくちゃ臭い」

 

 「言われたら嗅がないよ……バカみたいに臭い。なんの臭いだろう。汗とか体臭じゃない。ドブ臭さよりも魚とか獣の内臓系の臭い?」

 

 「嗅いでんじゃん。何なら考察付き」

 

 「本当かどうか確かめただけだよ。君はどう思う?」

 

 「臭いことくらいしか分かんねえよ」

 

 思わずケラケラと笑い声を上げるレントに、僕もつられて笑い声を上げた。

 そして、ようやく僕らは、陽の光を浴びることができた。春の麗らかさが僕らを迎えてくれる。清々しい、良い風もついてくる。

 気持ちがいい。そう思わずにはいられない。

 ――目の前に、”手”の魔物さえいなければ。

 

 「……そう簡単には、家に帰してくれないってことか」

 

 苦々しく顔を顰めてしまう。何体居る? 見ただけで、5体。後ろにも居そうだ。

 

 「待ち伏せとはまあ小癪なマネをしてくれるじゃん」

 

 レントも口調こそは軽いが、疲労の色は濃い。僕だって、魔力の消費が激しい。休息を挟んでいない僕らの残魔力と体力でこの戦況を切り抜けられるだろうか。

 

 「いや、やるしかない」

 

 「腹くくれよ、シルヴァ――……」

 

 レントが何かを見つけたのか、一点を見つめていた。視線を追ってみても”手”の魔物が居るばかりで僕には、彼の意思を読み取れない。

 

 「? どうかしたかい?」

 

 「……なあ、シルヴァ」

 

 意を決したような声だった。 

 

 「ここのやつら俺が引き受けるわ。シルヴァお前は、逃げてくれよ」

 

 「は……?! 自殺したいなんて提案、僕は受け入れないぞ」

 

 「違う。俺は死ぬ気なんてさらさらない」

 

 包囲をじりじりと詰めてくる”手”の魔物たちに目を向けながら、隣のレントに横目を向けた。

 ……駄目だ。僕は、瞬時に察していた。駄目だ。彼は、折れない。

 

 「どうしてかだけ、教えてくれ」

 

 理由が知りたかった。そんな死に急ぐのか。兎も角、彼を止める取っ掛かりが欲しかった。

 

 「さっき一瞬、死んだ家族の面が後ろに見えた。兄貴に母親、糞親父。全員揃い踏みだったよ」

 

 ショートソードに炎が宿る。ハオさんも愛用するエンチャント系の魔法だ。

 ぎらりとレントの瞳に、炎が宿る。愛憎の炎。

 

 「クソッタレな姿になってるのは清々した。けどその手でまだ誰かを傷つけるというなら俺がここで殺すべきだ」

 

 止められない。口では駄目だ。無理矢理? 仲間割れしたら共倒れだ。

 

 「だからここは俺に任せて先にいけよ、シルヴァ。道は俺が作る」

 

 レントが走り出す。止める術の無い僕は、続くしか無い。

 

 「どうすれば……!!」

 

 思考が言葉になる。接敵まで一瞬だ。僕自身も魔法を、エリミネーターの引き金を弾いて、周囲の”手”の魔物に牽制をする。

 レントが立ち塞がった”手”の魔物を容赦なく斬り裂いた。よろめく”手”の魔物を蹴りつけて脇にどける。他の”手”の魔物の攻撃を刃をかざして受けて、断つ。正直に言うと今のはほとんど見えなかった。あの”手”の最大速度は、今の僕では捉えられない。

 なにより爆裂と剣の合わさった彼の剣技は、ここまで容易く魔物を倒せるのか。

 

 「どうもこうねえさ」背中越しのレントの声「お前は俺を置いていけばいい。自分勝手な俺をな」

 

 巫山戯るな、と言いたかった。

 

 「あ、報酬出たら俺の分も頼むぜ? 墓はぼちぼちのやつを頼むよ」

 

 直後、回転する視界。肩に伝わる痛み。直後連鎖する爆裂。勢いのまま転がらないように、体と力の流れを操作。着地。

 ”手”の魔物たちの隙間から笑うレントの顔が一瞬見えた。

 

 「この、大馬鹿野郎……!!」

 

 何笑ってるんだよ!! 叫びそうになったのを堪えた僕の前で、数えたくないほどの”手”の魔物にレントが囲まれていった。

 爆裂が何度も炸裂する。血肉が散り、引き裂かれた”手”が飛ぶ。

 それでも”手”の魔物たちは、止まらない。

 森の奥や、僕たちが出てきた出入り口――巨大な樹木の虚、”手”の魔物の巣から現れてくる。

 

 「クッソ、が……!!」

 

 もうどうしようもなかった。僕は、反転。逃げ出した。逃げ出すしかできなかった。

 それから僕は走り続けた。

 一体どれだけ時間が経っただろうか。分からなくなるほど走って、走って、走って……気がつけば倒れていた。

 少し湿って、柔らかな草が僕の頬をくすぐる。冷たい地面が火照った体に心地いい。

 ランナーズハイの過ぎ去った体の奥底から現れた疲労が僕を闇の中へ連れ去りそうになる。

 

 「…………駄目だ」

 

 こんなところで寝ている場合じゃない。

 誰かに巣の情報を伝えなきゃ。レントの思いを台無しにしてはいけない。

 レントの思いは本当だった。間違いなくあの場に彼の家族が居ただろうし、それを殺したいと思っていた。

 それでもあの場は、どうにかこじ開けて逃げなきゃいけない場面だった。

 レントは、それを自分が残ることで成し遂げた。

 立ち上がる。残った手と足に残り僅かな力を込める。

 力んだ足が草で滑った。また倒れ込む。したたかに鼻を打つ。痛い。気にしてはいられない。

 もう一度、立ち上がろうとする。今度はなんとか立ち上がれた。

 

 「行かな、きゃ……」

 

 そう口から出るけれど、もう一歩も前に進めそうになかった。木に肩を預け、なんとか立っている。

 

 「這ってでも……!!」

 

 這ってでも僕らの掴んだ情報を持ち帰る意思があった。意思だけで、体は動かない。

 気づけば木の根元に腰を降ろしていた。背中を木に預けていると、日が暮れた。

 仕方がない。少しだけ休もう少しだけ。ほんのちょっとだけ――。

 

 「!!」

 

 落ちかけた瞼が強制的に持ち上がった。走っても倒れても転んでも離さなかったエリミネーターを僕の前に現れた気配に突きつけた。

 ここまで詰められている以上、無意味かもしれない。それでも――……。

 

 「……あっ」

 

 「……よかった。本当によかった」

 

 月光が、突きつけたエリミネーターの先に降り注いでいた。

 僕の師匠が、ハオさんがいた。汗と土と血で汚れているけど、この人は、いつ見ても美しい。

 

 「シルヴァ、よかった……!!」

 

 ぎゅっと抱きしめられる。ちょっと苦しい。汗の臭いと何か花のようないい匂いがする。くらっとしてしまう。

 

 「よく、1人で脱出を……!」

 

 涙声のハオさんが言う。違う。違うんです。

 

 「1人なら駄目でした。1人なら、きっとここまで来れなかったです。けど僕には、頼れる相棒がいました」

 

 ぐっとハオさんの抱擁を引き剥がした。濡れた瞳が僕を見ている。その瞳をまっすぐに見つめて。

 

 「あいつを、あの”手”の魔物に囚われた人たちを僕は、助けたいです。あの日、僕を瓦礫から助け出してくれた貴方のように」

 

 無茶苦茶で、無理難題。瓦礫の下の子ども2人を助けるのとはわけが違う。

 弱い僕にできるわけがないと悪魔(よわさ)が囁く。

 

 「僕だけではできない。だから僕と一緒に、皆を、レントを助けてもらえませんか、ハオさん」 

 

 知ったことか。知ったことかよ。僕がやりたいからやるんだ。

 助けたいから助けるんだ。

 

 「――分かった」

 

 もう一度、抱きしめられた。さっきより強く。少し痛いほど。その痛みもどこか心地がよかった。

 

 「一緒に助け出そう」

 

 そして、その肯定がなにより嬉しかった。  

 

 




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第23話 スー・フィルメントの憂鬱

お久しぶりです。今年は後1回くらい更新したいですね。


 ”手”の魔物、正式名称が魔王子種、〈ハンド〉だっけ? 見知らぬ誰かの顔面に踵を落として、私は、溜息をついた。ばきっと確かな手応えが足から伝わる。抵抗が無くなった。死んだみたい。

 私はあれから断続的に攻め込んでくる〈ハンド〉を他のギルドの人達と討伐している。

 あれから。そう兄さんが攫われてから。

 

 「兄さん…………」

 

 兄さんは、私の目の前で攫われてしまった。他の〈ハンド〉に乱入されなければあんなことにはならなかった。

 負け惜しみ。言い訳。私が力不足でなければああはならなかった。

 失態。大失態。穴があったら入りたい。ダサいから入らないけど。

 それに、今の私のダサさは穴に入っただけじゃ隠せない。

 やんなっちゃう。ほんと。

 空がこんなに青いからか、とってもブルー。今日もいい天気。溜息が止まらない。

 

 「……幸せが逃げちゃう」

 

 幸せがいなくなる前に溜息の原因を、今すぐ兄さんを探しに行きたい。 

 

 「私より先に盛り上がらないでよ、ハオ」

 

 あんたが先走ったら私が探しにいけないじゃない。

 あれあれ。他人がパニクってると冷静になっちゃうやつ。まさにそんな感じ。

 ハオがあんなにパニクるとは思わなかった。まさか3日ずっと探し回るとか……私がする前にそういうことするのやめてほしい。

 妹なんだから、私にさせてよ。ハオのバカ。バーカ。バカバーッカ。バカバカ。

 

 「……バカハオ」

 

 ぐちぐち呟きながら小石を爪先で蹴った。

 

 「おい、お前! そっちいったぞ!!」

 

 知ってる。言われなくとも分かってる。まったく騒がしい。考え事もちゃんとできない。

 

 「……やかましい」

 

 黙ってなさいよ、ほんと。大斧を持つ手に力がこもる。迫る風切り音。普通ならきっと目を向けることもできない。

 でも、私はきっと普通ではない。

 大斧を振るう。よく研いだ刃先にが陽射しを、暖かな大気を斬り裂いた。春風が私の刃に絡みつく。

 そして、寸分違わず――〈ハンド〉の顔面に突き刺さる。

 振り抜く。ずぶっとぐぐっと、生っぽい手応えが伝わってくる。振り切ったら、かぱっと真っ二つになった後、どばっと中から小さな手がぼろぼろと内蔵みたいに湯気を上げて、青い体液と一緒に溢れてくる。

 

 「これで覆うのは、無しよね。気持ち悪いし」

 

 いつ見ても嫌悪感がすごい。誰よこんなの考えたの。

 

 「お、おい! そんなに簡単にできんなら俺、うお!! こ、こっち来るなぁ!!」

 

 「大の大人がそんなに悲鳴あげて情けないわ」

 

 やれやれね。それにしてもどうしよう。

 

 「助けたほうがいいのかな」

 

 〈ハンド〉に迫られて、今にも死にそうなのは、兄さんがトーナメントで氷漬けにしたやつ。

 兄さんがめちゃくちゃキレたやつ。なら死んでも良い気がする。私としてはどうでもいい。気持ち悪いし。どさくさに紛れていなくなってもらえると助かる。

 

 「助け、助けて……!!」

 

 あーあ。そんな泣いちゃって。武器も落として、尻もち突いて……情けない。

 みんな自分のことで手一杯みたいで私がやるしかない。でもタダで助けてあげるのもどうだろう。何かあってもよくない? 期待できないけど。

 でも、ハオは、私たちのことタダで助けてくれたっけ。

 

 「意地悪やってないで助けてやったらどうだ」

 

 「カイムがやればいいじゃない」

 

 「俺は見ての通り忙しい」

 

 「どう見ても暇……むっ……」

 

 いつの間にかカイムの放った矢が少し離れたところの〈ハンド〉たち(・・)に突き刺さった。その矢が緑の太い蔦になると地面に伸びると〈ハンド〉たちを強制的に繋ぎ止めた。

 カイムに助けられた冒険者たちがその〈ハンド〉を滅多打ちにしてる。

 

 「ほらな?」

 

 「うるさい」

 

 「おっと、危ないぞ」

 

 「動かないでよ。当たらないじゃん」

 

 ドヤ顔のカイムを石突で小突いてやろうとしたらちゃんと躱された。ちゃんとしすぎ。

 

 「狙ってるところがばればれなんだよ。視線とか動き以上に、殺気がだだ漏れ。怖いわ」

 

 「これから気をつけて突くわ」

 

 そういう意味じゃないんだけどな……。とかなんとかカイムが言ってるけど無視無視。

 

 「ほらその調子であそこで死にそうになってるやつも助けてあげたら?」

 

 「あれを俺が助けても意味がないだろ」

 

 「さっきのは意味あるの?」

 

 「あるね。美女はいくら助けても良いことになってる」

 

 カイムが手を軽く振ってる方を見ると同じように手を振ってる女の人がいた。さっき助けた冒険者の一人だ。呆れて何も言えない。

 美人といえば美人だけどハオのほうが……五月蝿い。思考をカット。

 

 「私だって意味はないわよ。私、あれに嫌らしい目で見られたの。気持ち悪いし死んだほうがいいでしょ」

 

 「お前兄貴以外に厳しすぎるだろ……。ほら、あれもそろそろ限界っぽいし。そのへんで助けてやれ。俺もこう見えて忙しい。猫の手も借りたい」

 

 「…………」

 

 「分かった。後でなんでも奢ってやるから」

 

 「子どもじゃないって、もう居ない!」

 

 なんて言い残してカイムは、どこかに消えていった。辺りを見渡してもあのきざったらしい顔も、背中も外套の裾も、戦場には見当たらない。

 まるで煙のように消えてしまった。

 

 「しょうがない……」

 

 つまりがっと走る。正直ギリギリって感じだから間に合うか微妙。間に合わなかったら手足の一本二本、おまけで四本くらい我慢してほしい。

 

 「意外に間に合っちゃうんだよね」

 

 下から上げて、上から下ろす。ついでに斜めから下ろす。

 これくらいで〈ハンド〉は殺せる。

 

 「も、もっと早く助けっ「遺言?」クソガキが……!!」

 

 なんだ元気あるじゃん。捨て台詞を吐き捨てて凄まじい逃げ足で、遠ざかっていく背中を見ながら私は思った。

 

 「あっ……」

 

 思ってたら〈ハンド〉が物陰から飛び出てきた。その手が男へ向けて伸びていく。

 遠い。間に合わない。

 後ろから貫かれた勢いで、大きくえびぞりした後、ごきっと私まで聞こえるくらい大きな音がして盛大に吐血した。断末魔を上げる暇も無かった。

 

 「ちょっと危ないよ。急に割り込んでこないで」

 

 ――〈ハンド〉の口の奥から赤い槍が飛び出している。

 また不意を突かれた。折角助けたのに無駄骨になるところだった。突然過ぎて助ける暇も無かった。

 闘技場で、兄さんが攫われていく姿がフラッシュバックする。攫われただけ死んでない。死んでないんだから。攫われただけ。

 でも、普通ならさっきみたいに……。考えるな。私、考えたらだめ。

 赤い槍が〈ハンド〉の手と鮮血に見えて、貫かれたのが兄さんに見えて、頭がくらくらする。

 そんなわけない。そんなわけないよ。

 

 「お礼が無い」

 

 口から槍が引き抜かれた後、〈ハンド〉は、ばたんと力なく倒れた。とくとくと血が土の上に広がって、染みていく。

 槍の持ち主の顔は見たことあった。トーナメントで、兄さんと対戦した人。

 アーシェって人だ。思い出した。

 薄紫色の瞳を鋭くさせて、へたり込んだまま、いつの間にか離れていた男を見下ろした。男の方が視線に、ぎくりと固まった。

 

 「え、ええ?」

 

 「お礼って言ってるでしょ。ありがとうとかなんとかあるでしょ。良い歳した大人なんだからさ」

 

 「お前が、か、勝手に割り込んできただけだろうが……!!」

 

 唾を飛ばして反論してる。そんな必死になること? お礼の言えない大人にはなりたくないよね。

 

 「いやいや。そういう感じだから誰も助けてくれなかったのよ。ね、スーちゃん」

 

 こっちに投げないでよ。面倒くさい。

 

 「知らない。面倒くさいから話をふらないで」

 

 ちゃんと意思を伝えておく。押し付けて、さっさと他のを殺してこよう。

 早く帰ってシャワーが浴びたい。ご飯も食べたい。カイムの奢りなんだからいっぱい食べてやる。

 背中を向けて、次の獲物探し。だいぶ片付いてきている。割り込むと事故っちゃいそうだし、嫌だな。

 

 「ちょっと置いていかないでよー」

 

 いつの間にかアーシェが追いついてきていた。さっきの男の方は、どこかにいなくなってる。

 

 「置いてっちゃダメって決まってた?」

 

 「そりゃ友達じゃない」

 

 「距離の詰め方えぐいよ、この人」

 

 「そう? シルヴァと戦ったんだから妹の君とは友達じゃない」

 

 ちょっと分からない理論を言う人だ……。どうしよう。兄さん。どうしたらいい?

 

 「……まあいいや。なんのよう?」

 

 「シルヴァが攫われたって聞いた」

 

 「……そうよ。そうだけどなに。嗤いに来たの?」

 

 立ち止まってアーシェを睨んでしまう。八つ当たり。情けない。分かっていても反応してしまった。

 

 「笑う? なんで? ダメな時はダメでしょ。攫われたなら攫われたらしょうがないじゃない」

 

 あっけらかんとアーシェが言う。

 

 「攫われちゃったら助けに行けばいい。冒険者は助け合いでしょ。私も手伝うよ」

 

 ぐちゃぐちゃ五月蝿い。ムカつく。めっちゃムカついてる。軽々しく言わないでよ。今すぐに私だって、私だって……!! 

 

 「ふざけないで!! 私が行きたくなくてここでうだうだしているとでも思ってるの!! 誰が好きでぐだぐだ雑魚狩りしてるとでも思ってるの!? 殺すわよ!!」

 

 気づいたら噴火していた。うんん、こんなの抑えておくの無理!

 

 「どうどう。落ち着け落ち着け」

 

 「誰が落ち着いてられるか!! バカ!! バーッカ!!」

 

 「おっと! あ、ナイス」

 

 アーシェが避けて、タイミングよくそこにやってきた〈ハンド〉を真っ二つにしてしまった。

 

 「あーもう!! 避けたら当たらないでしょうが!」

 

 「いや、避けるでしょ……」

 

 「じゃあ避けるな!!」

 

 「無理言わな……あ、でもここでいい感じになっとけばのちのちシルヴァとの関係もっと! 危ない危ない」

 

 「ちょこまかするな!!」

 

 また別のをぶった斬ってしまった。そっちじゃないのに、もう!

 

 「……いい感じになれるかな」

 

 「ぐちゃぐちゃ五月蝿い! 属性装填:氷(アイスエンチャント)!」

 

 「それは本気すぎない!?」

 

 大斧が氷を纏う。一回り、二回り大きくなる。元の大斧より無骨で、それでいて鋭い刃。見た通りの寒々しさ。カイムが言うに、氷を割って削り出したみたいだとか。

 そーんなことはどうでもいい。氷の大斧を肩で担ぐ。ちょっと重い。これも調整いるね。けど仕方ない。この女をここで真っ二つにするためだ。

 

 「……死ね」

 

 狙いを定めた私は、全力で大斧を振った。

 

 「こっちも片付いたみたいだな」

 

 それからだいたい1時間くらいで、辺りは静かになった。

 〈ハンド〉の死体と冒険者の死体が積み重なった森と街の境界線の空気は、最悪だった。

 アーシェにとどめを刺し損ねた私の気分も最悪だった。あの女、散々振り回したらいい汗掻いたって感じの顔していなくなっていた。

 無駄に疲れて座り込んだ私のところに戻ってきたカイムは、汗1つかいていない涼しい顔。ちょっと腹が立つ。

 カイムに、っていうよりは、比べてみると不甲斐ない私に。

 

 「……今度こそ絶対殺す」

 

 逃げていったアーシェを思うと大斧を握る手にも力がこもる。

 すごくいらいらする。今すぐどたばた暴れたい。そういう時に限って、〈ハンド〉は、どこにもいない。死体しか無い。

 乗せられて、上手く〈ハンド〉を狩るのに利用させられた。おかげで無駄にキルスコアが上がったし、無駄に感謝されたし疲れた。

 

 「いや、なんか妙に殺気立ってんな」 

 

 「気にしないで。それで、なんで戻ってきたの?」

 

 「戻ってきたらだめだったのか……?」

 

 「別に。早く言って。なんのよう?」

 

 「ん、ああ。シルヴァだけど見つかったぞ」

 

 「!?」

 

 「今、ハオがギルドの宿屋に――速いなおい」

 

 苦笑してる雰囲気のカイムを置いて、私は走り出していた。何かを言い残すのももどかしかった。

 くそ、遅い! もたつく足にいらいらしながらも私は走った。

 アーシェ、今度会ったら絶対許さないんだから……!

 ギルドまでの道を一気に駆け抜けて、両開きの扉をどーんと開けて、馴染みの受付の人にハオの部屋を聞き出し、2階にあるギルド直営の宿まで駆け上がった私は、

 

 「兄さん!!」

 

 ばーんと扉を蹴り開けて、アーシェに介護されている兄さんを見た。

 正確には、必死の抵抗虚しく服を脱がされかけている兄さんの姿。思わずかちんと固まった。

 

 「あ、お疲れ。スーちゃん」

 

 「す、スー! 違うんだ」

 

 ……大丈夫。兄さんの姿を見ていると固まっていた体が動くようになってきた。

 

 「分かってるわ」

 

 手当の痕が服を脱いだ兄さんの上半身にはいくつもあった。生々しい傷跡。血の滲んだ包帯。でも深手を負っているようには見えない。腕も足もある。欠けているところは見えない。

 よかった。とってもほっとした。無残な姿の妄想が頭の中から消えていくような気がした。

 

 「そ、そうか。良かった……」

 

 ああ、兄さん元気そうで良かった。ほっと私は、胸をなでおろす。

 

 「ええ、もちろん」

 

 「……大斧から手を離してもいいんだぞ?」

 

 ああ、怯えないで。兄さん。決して兄さんを傷つけたりしないから。当たり前じゃない。

 

 「アーシェを殺したらね」

 

 「殺したらだめだからな!?」

 

 「兄さん、そこをどいて。そいつ殺せない」

 

 「どけないじゃないか!?」

 

 




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第24話 シルヴァ・フィルメントと修羅場

 

 ふっと目が覚めた。まだ頭がぼやけてる。倦怠感が体に居座ってる。痛みもある。完璧とは言い難いけど、調子は悪くない。

 窓から茜が刺している。夕方だろうか。僕は、どれくらい寝ていたんだろう。

 ……ダメだ。ぼうっとした頭だと思考がまとまらない。

 

 「――……知らない天…………」

 

 だからかこういう時、一度は言ってみたいセリフが口をついた。冗談を言ってる場合じゃなかった気がするけど。

  

 「? どうしたの?」

 

 「いや、知ってる顔だったから……」

 

 アーシェがいた。いや現れた。ぬっと、視界の外からぬっと。しかし、距離近すぎる。え? 何? 長い睫毛に、紫の瞳、白い肌のきめ細やかさまで見えてしまう。彼女は、ハオさんに匹敵する美人だったと今更僕は、気づいた。

 それが至近距離から見つめてくるから心臓に悪い。心臓がバクバクする。体調が悪化しそうだ。

 

 「なるほど」

 

 ふむとアーシェが納得した。何に? 困惑してしまう。

 

 「えっと、話しづらいのでとりあえず離れてもらえないです……?」

 

 「そう?」

 

 「そうですね……」

 

 「仕方ないわね。そうしてあげる」

 

 やっと落ち着ける。アーシェが大人しくベッド脇の椅子に座ってくれたのを見て、起き上がった。

 どうやらどこかの宿みたいだ。ベッドの脇にある窓から外を見ると見覚えのある風景があった。多分、ギルドの二階。

 ……記憶が繋がってきた。あの”手”の魔物の巣から脱出した僕は、ハオさんに助けられた。そこで多分、僕は気絶なりしたんだ。そこでここに運び込まれたってことかな。

 体を見ると治療の痕がある。包帯やカーゼが貼られてるけど痛みは少ない。

 まあもともと大きな怪我はしてなかったしな。

 

 「ね、何か言いかけてた?」

 

 自己分析をしているとアーシェに尋ねられた。あ、そこ聞かれるんだ? とりあえず答えることにした。 

 

 「えっと知らない天井って……」

 

 答えてからなんだか恥ずかしくなる。なんだよ、知らない天井って。

 

 「?」

 

 ……まあそうなるよね。こほんと咳払いした。

 

 「目が覚めたら知らない天井っていうのは、小説にあったセリフ。主人公が気絶して、気づいたら知らない部屋のベッドで寝てる……ってところのセリフなんです」

 

 「へえ、君、小説読むの?」

 

 「ああ、まあそれなりには。嗜む程度には」

 

 妙にしどろもどろしてしまった。

 

 「なにそれ。おかしい」

 

 何がおかしいんだろう。アーシェは、ころころと鈴を転がすように笑う。この人は、なんというか掴みどころがない。よく分からない。

 戦うことがとても好きなのは知っている。トーナメントの控室でそんな感じだった。戦ってるときも楽しそうだった。少し怒らせてしまったけど。

 

 「それで……」

 

 「うん」

 

 「なんの御用でしょう」

 

 「敬語要らないって言ったよ」

 

 「え? ああ……」そういえばそうだった。「えっと……なんのようだい?」

 

 「体を拭いてあげようと思ってたの。なんか結構汚れてるしさ」

 

 「……なるほど」

 

 よく見たら彼女は、手に濡れたタオルを持っていた。汗とか血、砂埃とかが全身にこびり付いていて、居心地が悪い。

 

 「ついでに体も見とこうと思って。一応応急処置はしてるみたいだけど、癒術師が居るなら見たほうが良いでしょう?」

 

 「たしかに……」

 

 正論だ。納得するしか無い。

 

 「君の師匠のハオさんにも許可とってるよ。お墨付き」

 

 「それなら……まあ……」

 

 ハオさんが許したというなら僕から言うこともないか……。無いのかな? どうなんだ?

 

 「寝てる間に隅々まで見ておこうと思ったんだけどね」

 

 いたずらっぽく彼女は笑った。冗談めかしてるけど冗談に聞こえない。

 

 「……それは、勘弁してほしいな」

 

 いや、治療行為だのは分かってるんだけど。それでも抵抗がある。普通に恥ずかしい。

 

 「なになに。照れちゃった? 可愛いね」

 

 「なんでもないよ。うん、なんでもない」

 

 つい目を逸して、僕は自分の失敗を悟った。何をやってるんだ。こういう時、先に目を逸らすことだけはやったらだめだろう。

 野生の獣や魔物と対面しているときと同じだ。舐められたら負け。

 だけど僕はもう目を逸らしてしまった。ちらっと見るとにやにやしながらアーシェが僕を見てる。

 奇しくもトーナメントと逆の形になってしまった。

 

 「絶対ウソだー。嘘だよ。絶対嘘。何考えたのよ。お姉さんに言ってみていいんだぜ?」

 

 「いや、遠慮しとく。体拭くからタオルもらっていい?」

 

 「えー私が拭きたい。背中とか難しいぜ? 任せた方がいい。間違いない。私、嘘つかない」

 

 いやまあ、それはそうかもしれないけど……。

 

 「恥ずかしいからいいよ……」

 

 「大丈夫。恥ずかしさなんて気にならなくなるくらい気持ちよくするからさ。託してみよう」

 

 全然大丈夫じゃないことを言う。

 

 「大丈夫だと思える要素が何一つない大丈夫を初めて聞いたよ」

 

 「安心して、楽にしてて。君は動かなくていいからね。癒術師である私に任せて」

 

 「何も安心できない……!!」

 

 ずずっとベッドの端に逃げる。ぞぞっとアーシェがベッドに膝を乗せて、迫ってくる。逃げ場がない。どうしよう。どうしようと考えてるうちにいつの間にか馬乗りにされていた。

 

 「痛くしないからね? ね?」

 

 あ、やばい。抜け出せない。びくともしない。隙も無い。

 トーナメントではなんとか僕は勝てたけど、実際のところ距離を詰められると勝てない。僕の距離だから彼女に勝てただけだ。腕力、脚力。総合的な武術力。そういうジャンルで僕は勝てない。

 

 「うわ、や、やめよう! そういうのは、なんかこう……ダメだと思うんだ! もっとお互いを知ってからとか……!?」

 

 柔らかい。腹の上に、何か重たくて柔らかいものが乗っている。アーシェの胸だ。トーナメントの時と違って、ワイシャツを着ている。鎧に隠されていたものが、ワイシャツの布地を押し上げる大きな胸が僕の腹の上に乗っている。

 これは、すごいな……。目が勝手に吸い寄せられる。触覚が自然とそっちに寄ってしまう。

 

 「体を拭くだけなのにそんなに深く知る必要があるの?」

 

 にやっと笑ったアーシェが首を傾げた。……確かに……それもそう……。

 

 「いや、いやいや! そういう感じじゃないじゃないか!」

 

 危ない。一瞬納得しかけた。

 

 「そもそも体を拭くのに馬乗りになる必要はない!」

 

 「むっ、鋭いわね。でもそうしないと逃げるじゃない」

 

 「そもそも拭かなくでも大丈夫だから。僕普通に動けるし。自分で出来る」

 

 痛みはあるけど日常的な動作には支障はない。今だって十分動けてる。

 

 「もう私が拭いたり見たり触ったり撫でたりしたいの。君が私に勝った理由とか見つけてあげるんだから観念しなさい」

 

 「いや、分からなくないか!?」

 

 でも癒術師なら分かるのか? いやだめだ。そんなこと考えている場合じゃない。なんとか抵抗しなきゃいけないん。どうしたらいい? 柔らかいものがずずっと腹の上から胸の方に上がってくる。ぐにぐにっと形が変わってるのがシャツ越しでも分かる。

 ……下着つけてないんじゃ?! という可能性が僕の頭によぎった。

 

 「御開帳〜〜」

 

 「あ、ちょっ!?」

 

 遅かった!!

 

 「兄さん!!!!」

 

 勢いよくドアが開けられた。聞き慣れた声が聞こえた。見たらスーがいた。

 部屋の気温が一気に下がっていくきがした。いや、物理的に下がってる。スーの足元で氷が生成されている。

 

 「あ、お疲れ。スーちゃん」

 

 いつのまにそんな気軽な呼び方をするように……いや違う。今はそれどころじゃない。

 

 「す、スー! 違うんだ!!」

 

 いや、これもなんか違くないか? こういう時の正解って……? 教えてください、カイムさん……。

 

 「分かってるわ」

 

 「そ、そうか。良かった……」

 

 ああ、なんとかなった……――いや、全然まったくもって。

 

 「ええ、もちろん」

 

 「……大斧から手を離してもいいんだぞ」

 

 「アーシェを殺したらね」

 

 スーがにっこりと笑った。目が笑ってないけど。

 

 「殺したらだめだからな!?」

 

 うん、ダメみたいですね。大斧を離してくれる様子はない。背中から立ち上る殺気は、まるで夏の日の陽炎のようにゆらゆらとしている。あ、いや違う。あれ陽炎そのものだ。

 部屋の温度が急激に高くなってきているのに気づいた。

 

 ――早く止めないと火事になる。

 

 アーシェが大斧でかち割られる可能性より、僕は、そっちが先になる可能性の方が高いと見積もった。

 冒険者ギルドの耐火性がどんなものかは知らないけどそれでもあらゆるものが火耐性があるってわけじゃない。

 どうしよう……。なんて考え込む暇もない。

 

 「兄さん、そこをどいて。そいつ殺せない」

 

 「どけないじゃないか!?」

 

 一歩。スーと僕たちの距離が縮まる。すると部屋の中の温度が一気に上がった。背中に汗が浮かんだ。冷や汗なのか普通の汗なのか分からなくなる。端的に言って、気圧されてた。

 

 「うーん、からかいすぎたかなぁ」

 

 件のアーシェはのんきに笑ってる。この野郎。

 

 「めんごめんご。そんなに怒らないでよ。スーちゃん」

 

 「さりげないちゃんづけやめてもらえる?」

 

 「ええ? 可愛いぜー?」

 

 スーの目が鋭くなった。ついでにまた一歩距離が詰まる。分かりやすく圧が増した。部屋の温度が高くなったのが肌で分かる。怖すぎる。

 爆弾の上でダンスするのやめてもらえるか?! 必死に視線でアーシェに伝えるとウィンクが返ってきた。そんな任せとけみたいなの全然安心できないからやめてくれ。何をする気だよ。その肩ポンってなに? どういう感情? 分かんないんだけど。

 

 「近づかれると余計不愉快。自殺願望ある感じ?」

 

 「うんん、全然」

 

 「じゃあなに」

 

 ハラハラドキドキする僕をおいて、アーシェが自分でスーとの距離を詰めた。

 既に、スーの射程範囲。アーシェの射程範囲でもある。

 2人とも前衛なのもあるからこの部屋の間隔なんて関係ないんだけど。

 スーは、もう今にも襲いかかりそう。ばっちばっちにメンチ切ってる。ぐるるる……なんて、唸り声を上げてる。うちの妹いつの間にこんなに怖くなったの? 怖いよ。

 アーシェは、背中を向けて、どんな顔しているか分からない。いや、何となく分かる。楽しそうに笑っているに違いない。そういう雰囲気がする。

 

 「私、仲良くしたいんだよね。君たちと」

 

 「嫌だ」

 

 「邪険にしないでよー。泣いちゃうよ」

 

 「嫌だ。黙るか死ぬかにしてよ」

 

 うちの妹がさっきから辛辣すぎるな……。僕が攫われたのがそんなにストレスだったんだろうか。あとでなんとか慰めよう。僕は心の中でそう決めた。

 

 「んでね、なんていうか君たち感じるんだよね」

 

 聞いてないのに話だしたな……。

 

 「聞いてないんだけど、私」

 

 イライラ顔のスーも同じことを思ったみたいだ。

 

 「私のセンサーにびんびんきてるんだよ。一緒にいると今回みたいな面白いことに会える予感がするんだよね」

 

 スーと正反対で、アーシェは、楽しげに語りだした。

 

 「……今回? 魔王種のことか?」

 

 つい口を挟んでしまった。

 

 「そうそう。去年の同じ頃にも来たらしいじゃない? そんな短期間で同じ場所に魔王種が来るなんて呪われてるとしか思えない」

 

 魔王種が面白い、か。被害をもろに被ってる僕らからすれば癇に障る話だ。スーも同じみたいで、明らかにさっきよりも機嫌が悪い。

 でも悪意は無さそうだし……悪意が無いからといって何を言ってもいいってわけじゃないんだけどさ。

 

 「呪われてるんだったらこの街の方じゃないか? 僕ら以外だって、同じ目にあってるんだから」

 

 なので、口を挟んだ。

 

 「でも殺しに行こうってなる人は、君らくらいだよ」

 

 挟んだ結果、言葉に詰まった。わざわざ強くなって、冒険者になって殺そうって人は、ほとんどいないと思う。ただ復讐するって話しじゃないんだ。

 

 「そして、また魔王種が来た。二度あることは三度あるっていうもの。だとすればもっと戦える。私の修行にも丁度いいってこと」

 

 「別に私達は、修行がしたいってわけじゃんだけど」

 

 「そりゃそうじゃない。わざわざ魔王種で修行だなんて狂ってるわよ」

 

 自覚あるのが怖いな……。

 

 「君たちは魔王種を殺すために冒険者になったんでしょ? 私は、修行のために冒険者になったの。うちの親、時代錯誤で魔王種を殺して一人前とか言ってるから丁度いいってわけ」

 

 どういう親だよ。ツッコミが止まらない。

 

 「私としても刺激がある方が楽しいし、親の方針にも特に文句はないので、魔王種殺しに混ぜてもらいたいなーって思ってます。

 ーー以上、志望理由でした」

 

 「ああ、今のって自己アピールだったんだ……」

 

 思わず乾いた笑いが出た。

 

 「それ、もっと高ランクのパーティがよくないか?」

 

 そっちの方が修行になる気がする。死ににくそうだし、経験値も高そうだ。

 

 「下地無しで冒険者になって一年生の子に負けた私を受け入れてもらえる高ランクパーティは無いよ」

 

 「僕が勝ったのは、上手く戦術が嵌ったからで……」

 

 「嵌った私への嫌味か?!」

 

 「今のは、流石に兄さんが悪い」

 

 「ごめんなさい……」

 

 そういうつもりじゃないんだけどな。いやまあそう聞こえたなら僕が悪いか。

 

 「まあ実際、トーナメントで私も見事にやられた。次は負けないけど。君たちの師匠にも興味がある。高ランクパーティの元リーダーなんでしょ? 会ってみたい……。話してたらワクワクしてきた……。あ、約束してたよね?! 会わせてよ? 手合わせもしたい」

 

 「はいはい」

 

 ハオさんに会わせる約束してたなそういえば。テンションが上がりすぎたのか虚空にパンチを打ってる。今のコンビネーションだけで僕は、ぼっこぼこにされそうだな。トーナメントで距離をとってよかったと心底思った。

 

 「それで、勝算はあるの?」

 

 「勝算?」

 

 「魔王種にだよ。今回の魔王種は、ただ倒すというのも難しい。何かしら手段を講じなきゃならない」

 

 なるほど。修行のためと言ってるだけあって、アーシェはちゃんと考えてる。

 

 「無いよ」

 

 「は?」

 

 「いや、そんなマジな顔されても……。考えてみてくれよ。僕、さっきまでどうしてたと思う?」

 

 「魔王子種に攫われてた」

 

 「……まあ、そういうことだね」

 

 はっきり言われるとなんか悲しいくなるな。不甲斐ない。

 

 「僕は、家族を殺され、今回は無様に連れて行かれた。挙げ句に、友達をおいてきてしまった。でも殺すんだよ。魔王種を。僕らの手で皆殺す。

 ……つまり今の僕にあるのは、やる気だね」

 

 うん。やる気しかない。致命的だな。笑えてくるよ。

 

 「ええ〜〜……。自殺願望あるのは、こっちじゃない?」

 

 苦笑いでアーシェが僕を指差す。失礼だな。死ぬ気はないよ。死にたくない。僕は、殺す方だ。

 

 「兄さんは私が守るもの。だから死なないわ」

 

 自信満々なスーが頼もしい。頼もしく思うだけじゃだめなんだけど、自慢の妹を頼もしく思うことの何が悪い。むしろ誇るべきだ。

 

 「……ふうん、じゃあやっぱりだ」

 

 スーの方に軽やかに歩いていく。さっと大斧を出して、警戒のポーズを取るスーのことなどお構いなし。

 

 「私も仲間に入れてよ。将来有望なシルヴァが無駄に死んでも面白くないし」

 

 「は? 兄さんを守るのは私一人で十分なんですけど」

 

 「そんな事言わずにさー。ねー?」

 

 「嫌」

 

 「また攫われちゃうよ」

 

 「次はないもん。あんたにも次はないけど」

 

 「もー。シルヴァからもお願いしてよー。私がいないとダメな体になっちゃったってさ」

 

 「兄さん!?」

 

 「僕に振らないでくれよ……」

 

 頭が痛くなってきた。こういう時は現実逃避だ。

 空が綺麗だなぁ。この空の下のどこかで、魔王種が蠢いているけど空は変わらず澄んだ青色だ。

 また魔物狩りの依頼とか受けたいな。新しい魔物と出会いたい。本で読んだだけじゃ止まらないこの知識欲に餌をやりたい。

 やはり隣が騒がしい。なんとか上手くまとめる方法ないものか。そう思い悩んでいると。

 

 「おっ、起きてるじゃない」

 

 「ハオさん!!」

 

 開けっ放しのドアの前には、ハオさんが立っていた。いつ見ても天使のようだ。いやきっと天使だ。この人は、いつだって僕のピンチに駆けつけてくれる。

 反射的にベッドから腰を上げて駆け寄るとハオさんは、安心したような、ちょっと呆れたような笑顔を浮かべていた。

 

 「元気そうで良かった。あの後、すぐに気絶しちゃったから心配だったんだ。体も……大丈夫そうだね」

 

 遅ればせながらハオさんの笑顔の意味を理解した。

 

 「あーー……その、勝手に体が動いてたといいますか……」

 

 ……言えない。嬉しくて駆け寄ってしまったなんて、あまりに恥ずかしくて言えない。

 背後が急に静かになって、何かが刺さってる。2人ともこっちを見るんじゃない。顔が熱い。

 

 「まあいいわ。貴方が元気ならそれでいい。それにそれだけ元気なら問題ないでしょう」

 

 「? なにがですか」

 

 首を傾げた僕に、よくぞ聞いてたとばかりにハオさんは、言った。

 

 「魔王を殺すお話をするからよ」

 

 



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第25話 BADエンドをへし折れ

お久しぶりです。


 

 「もうそんなところまで……?!」

 

 テーブルの向こう側で、ベッドに腰を下ろしたシルヴァが驚いたような声を上げた。

 元気そうで安心した。気絶する前は酷い顔で、しかも死んだみたいに気絶するから起きるまでが心配だった。精神的にもかなり追い詰められているようにも見えていたから余計に。

 さっきまでのスーとアーシェとのやりとりも普通で、年頃の男の子の反応が見れて、今もこんな普通の反応で安心する。

 

 「これも貴方が戻ってきてくれたからよ、シルヴァ」

 

 「僕が……。そっか。役立てたんですね」

 

 「ええ、もちろん」

 

 この子が戻っていなければこんなに早くこんなにもうまくことを運べていなかった。

 

 「流石兄さんね。転んでもタダでは起きないわ」

 

 とスーが大きく薄い胸を張った。この子も元気になってよかった。いつもの反応。見慣れた様子。これもまた安心する。

 

 「貴方をここで休ませてからすぐに手の空いてる冒険者を集めて、貴方の足跡を追ったの。そしたらビンゴってね」

 

 「じゃあ、もう討伐の段取りが?」

 

 わくわくと顔を輝かせるアーシェに頷く。その通り。

 

 「早くて明日には動くわよ。あの手の魔王種は、時間を与えれば与えるほど凶悪化するわ」

 

 原作でも時間経過でのゲームオーバーがある。

 エンド2:スタンピード。魔王子種の処理が追いつかなくなり、村や街、そして、〈ダイヤスート〉領そのものが滅ぼされるエンドに強制的に突入してしまう。突入率第一位のエンド。

 だから早く巣を見つけて、対応しなきゃいけない。

 ちなみにエンド1は、エスケープ。私が諦めるということ。これは、私に諦める予定が無いから問題ないわよね。

 私が見つけなきゃいけないところを、シルヴァが巣から脱出してくれたことで大きく予定を早められた。

 それになにより、

 

 「シルヴァ、貴方が戻ってきてくれて本当によかった。貴方が無事でよかった。本当に、よかった」

 

 話していて感極まった私は、シルヴァの手をとって握っていた。

 

 「あ、ありがとう、ございます……」

 

 「貴方が帰ってきてくれなかったら手詰まりだったんだから。本当よ」

 

 「……よかった。僕が逃げたのには意味があったんだ。って、そうだ!」

 

 うつむいていたシルヴァがばっと私の方を見た。

 

 「レント、レント・ファインスは、巣の前であいつは戦っていて、それで、あいつは、生存者は――ていうか僕ってどれくらい寝ていたんだ……?!」

 

 「落ち着いて、シルヴァ」

 

 シルヴァの手を強めにギュッと握って、私の方を向かせる。目と目を合わせる。揺れる瞳が落ち着きの色を取り戻していく。それからシルヴァは、深く息を吐いた。

 

 「……すみません。取り乱しました」

 

 「大丈夫よ」と私は話を続ける。

 

 「寝ていたのは、まだ1日程度。生存者、そのレントくんだけど今の所それらしい生存者はいないわね。貴方の逃げてきた方角周辺を探索したけど現状生存者はゼロ。遺体も見つかっていないからおそらく魔王種は、その体内にすべてを取り込んでいる。もしくは……」

 

 嫌な可能性だけど伝えておく必要がある。 

 

 「魔王子種の材料になっているかもしれない」

 

 「……えっと」

 

 「どうかした?」

 

 「あの、魔王子種っていうのは……あの手の魔物のこと……え、魔王種なんですか!?」

 

 「その辺りを説明してなかったわね」

 

 完全に失念してた。じゃあ説明しましょう。かくかくしかじか。

 

 「なるほど……。僕がいない間にそういうことになってたんですね。魔王種〈ハンドレス〉と魔王子種〈ハンド〉、か……。魔王種がしかも別種がこんなに早く現れるなんて……」

 

 かくかくしかじかでは済ませない話をなんとかまとめてシルヴァに伝えた。

 

 「それでなんですが。その材料というのは……」数瞬、シルヴァは躊躇って「僕の母も根拠の1つですか?」

 

 「他にも思い当たるところがある顔ね」

 

 「レントの家族も、手の魔物、いや、魔王子種になっていました。以前の〈ストリボーグ〉出現時の犠牲者が最初の魔王子種の材料になっているのではないかと思ってます。

 これからは、今回の襲撃で行方不明になった人たちもかもしれませんけど……」

 

 「私、私たちね。ギルドも貴方と同じ答えに行き着いた」

 

 「ハオさんたちもですか」

 

 ええと首肯。しかし。

 

 「なぜ〈ストリボーグ〉の被害者たちなのかってのがね。魔王種間で何かの繋がりがあるのかもしれないけど、今の所それらしい理由は分かってないわ」

 

 「そうなんですね……」

 

 うーシルヴァががっかりしてる……。原作知識でもこの辺りがすっぽり抜けてる。設定資料集読み込んだでしょうに。使えないわね!!

 

 「そこで魔王子種の死体をいくつか見聞してもらったんだけど「見聞!? 解剖した……ってことですか!?」……うん、まあそうだけど。とりあえず続けるわよ」

 

 一瞬でテンションがぶち上がったわね。こういうところは変わらないのね、ほんと。

 こんな目にあっても変わらないでいてくれることが嬉しいというか、頑丈な精神でよかったというか……。

 

 「バラしてみて、重要なことが分かったの」

 

 

 ――――ほんの1日前の記憶を私は思い起こす。

 

 

 「ハオさん。お待ちしていました」

 

 それは、シルヴァを連れ帰り、他の冒険者と巣の推定位置を伝えて探索に出てもらった後、魔王子種の討伐に参加して……並べると私忙しすぎない? 困っちゃうわね。

 兎も角、私はギルドに戻ってきていた。

 理由は、ギルドに呼び出されたから。どうやら私が頼んでいた解剖の結果が出たらしい。

 

 「メッセで伝えられない話でいいわよね?」

 

 ギルドカードも短文でのやり取り、つまりはメッセージアプリでの使い方ができる。

 これで送ってこないってことはよほど重要なことがわかったってこと。

 私の目的のものが見つかったってことに違いない。

 

 「はい。ぜひ、ギルドマスターが口頭で伝えたいとのことでして」

 

 「ギルドマスターが? へえ、現場に出てくるなんて働き者ね」

 

 「ギルドマスターが今回の解剖を担当しましたし、ご自身で伝えられたいとのことでしたから」

 

 「変わったギルドマスターもいるものね……」

 

 シルヴァと話が合いそうだけど……教育に悪い気がする。

 

 「どうも冒険者時代が中々抜けきらない人でして……。もう若くないのに……」

 

 シンプル失礼なことを言いつつ苦笑いした顔なじみの受付嬢は、「あちらに」と手を向けた。視線を向けるとギルドの酒場、そのバーカウンターがある。

 昼間から大ジョッキを傾けている小さな背中が見えた。人間の子どもよりも下手すれば小さい。けど子どもには見えない。つるりとした禿頭が灯りを反射している。なにより雰囲気が幼さの欠片も感じさせない。

 

 「ギルドマスターが貴方をお待ちです」

 

 そういえば会ったことなかったわね。言われて気づいたけど。普通、ギルドマスターに用事なんて特に無いもの。

 ギルドマスター。書いて字のとおり。このギルドで一番偉い人。街によりけりだけど大体その街の権力者として数えられる。偉い人はいい思い出が無いし、得意でもないから正直あんまり接点を持ちたくないのが正直なところ。

 大体、お父様が悪んだけど。むかつく。

 カイムに押し付けたいけどカイムは、スーを見てる。

 フォンもエルール、ランザも押し付けられそうなパーティの皆は遠く離れた場所でクエスト中。

 しょうがないので、促されるままカウンターの方へ。振り返りもしないからとりあえず、ギルドマスターの隣に腰掛けた。

 

 「ジンジャエール」

 

 グラスを磨いていたバーテンダーに注文。すぐに冷えたジンジャエールが出てきた。ちょっと辛口。嫌いじゃない。

 

 「酒は呑まんのかね」

 

 「戦時中ですよ、ギルドマスター」

 

 ごくごく……。しばらくギルドマスターは、大ジョッキから唇を離さなかった。私も仕方ないから運ばれてきたジンジャエールを傾ける。しゅわっとぴりり。良い刺激が口から喉を伝っていく。

 

 「ふう……。真面目だな、最近の若者は。わしの時は、なんの話でも酒を呑んでた」

 

 「時代ですね」

 

 まあいい。空のジョッキを手放して、おかわりの大ジョッキ一杯のビールを半分まで減らすとギルドマスターは、酒臭い息を吐きながら話しだした。

 

 「久々に面白い解剖だった。魔王子種の解剖っていうのは、綺麗に殺せることが少ないからできないことが多いんだ。ミンチになるともう処分になってしまう。

 色んな冒険者が殺した死体が回ってきてたが君の殺し方はよかったよ。鮮やかだった。流石A級冒険者チームのリーダーだな」

 

 「お褒めいただきありがとうございます」

 

 「そんなに怒るなよ。すまん。すまん。お世辞を言ってる場合じゃなかったな」

 

 さっさと話せと視線で伝えるとまったく誠意の感じられない謝罪が返ってきた。

 

 「件の魔王子種〈ハンド〉だが、その大半がそのへんの魔物と変わらず使用用途不明な臓器が詰め込まれていて、どう動いているのかが分からなかった」

 

 これは、予想通り。魔物にありがちなこと。正体不明の臓器や意味のわからない配置をしていることが頻繁にある。

 

 「ただ1体当たりがあった。

 やけに強くて冒険者が一人殺られたって話で、損傷もぼちぼち酷かったがとりあえず見てみた。中に何が入っていたと思う?」

 

 「……さあ」

 

 強い個体……。少しだけ心当たりがある。記憶を参照して浮かんできたのは、シルヴァとスーの母親。インの顔。

 とりあえず首を振って、答えを促す。

 

 「人間の脳味噌だよ。厳重に一人分じゃなくて、複数個が連結されていた。んで、これが実物になります」

 

 よっこいしょっという掛け声の後、どんっとバーカウンターが揺れた。

 

 「持ってきちゃったんだ……」

 

 「見せたくてね」

 

 得意げな子どもみたいな笑顔のでギルドマスターは、バーカウンターに乗せた瓶を軽くノックした。

 瓶を満たしている保存液体に、大きな、薄ピンクの脳味噌が浮かんでいる。オレンジやみかんみたいに、脳味噌が房になって大きな球体を作ってる。悪趣味なオブジェに見えた。

 食欲を無くさせる外観に、私はジンジャエールをテーブルに戻した。

 

 「ギルドマスター……」

 

 グラスを磨いてたバーテンダーが見咎めた。嫌悪感に眉を顰めてる。そりゃそうよね。

 そんなことより私は重要なことを少しずつ思い出しつつあった。

 これは、原作で、〈連結された脳〉と呼ばれていた。

 特殊な個体の魔王子種が居て、それを倒してドロップするアイテム。〈連結された脳〉を手に入れることで、シナリオが進む。

 そういう流れだった。どうやらいつの間にか誰かが倒していたみたい。

 

 「すまんって。今後はしないから。ほんと。マジだから。 マジマジ」

 

 まったく……。とバーテンダーは、溜息を吐いてから離れていった。

 

 「”これ”なんだが腹の中で厳重に守られていた。だから君みたいに綺麗に殺さなくても完品で手に入った。頑丈さが裏目ったということだな」

 

 「これの役割は、なんだと思います」

 

 「そうだね。誰の脳味噌たちか分かったものじゃないが……俺は、これが他の魔王子種への司令塔だと思っている。これの持ち主たちは、いわゆる弱い方の魔王子種になっていて、これから指示が送られている。

 そして、これの先に魔王種〈ハンドレス〉が存在する……という感じだろうな」

 

 「脳は指示を受け取るためのものだとしたら魔王種から指示は、魔法で行っているはず」

 

 魔法無くして魔物は成り立たない。弱い魔物でも魔法が存在を確立させている。

 魔王種も魔王子種もそう。〈ストリボーグ〉は、私と同じ月を使うし、以前討伐した炎の魔王種〈イグネイト〉は、名の通り、火を使った。

 

 「属性は、木で間違いないだろう。でなければここまで好き放題魔王子種を展開できない」

 

 同感。木の魔法の司るものに、命というものがある。

 火であれば破壊、水であれば再生という非常に曖昧なジャンル。

 従来の、人間やエルフの魔法使いならできて、物質の再生や治療。癒術師と似たことができる。

 極めることができれば命そのものを作り出せるかもしれない。実例はないけど。

 

 「水と木属性で精密操作が得意な人間なら魔王子種から魔王種までの魔法の流れを遡って、逆探知できないかしら」

 

 「なるほど。やってみる価値はある」

 

 「じゃあ、やってみましょう。魔法使いは――「わしが誰か忘れたか?」――それもそうね。おまかせします」

 

 

 ――そしてついさっき。

 

 

 「ギルドマスターを中心にしたチームが魔王種の特定をした。足の早い偵察員でその実態も確認してる。前線基地も設営を始めてるし、準備ができれば最速で明日には、魔王種に攻撃を仕掛ける」

 

 「超スピードすぎない?」

 

 「緊急時だからそれくらいスピード感無いと。これ以上引き伸ばしても被害が広がるだけ。疾きこと風の如くってね」

 

 「それもそうね。うちの爺様と同じこと言うのね、ハオさん」

 

 「あらそう? 光栄ね」

 

 「……あの、ハオさん」

 

 アーシェと会話していると真剣な顔をしていたシルヴァが口を開いた。なんとなく、何を訊くのかが分かった。

 

 「なに、シルヴァ」

 

 「巣じゃないんですか……?」

 

 巣……ああ、そうか。この子は、逃げるので必死で自分が何から逃げてきたのか気づいていないんだ。

 

 「貴方が囚われていたところどういう外見をしていたか覚えてる?」

 

 「そう、言われてみると…………」

 

 眉間にシワを寄せて、シルヴァは思考を巡らせた。そうよね。憶えていたら忘れるはずがない。だったら最初に伝えておかなくちゃいけない。

 

 「シルヴァ」

 

 それでも一瞬悩んだ。だってこれは、この子の言う友達への死刑宣告に等しい。

 だけど戦うというのなら知っておかなくちゃいけない。

 

 「貴方が囚われたそこが、それこそが魔王種〈ハンドレス〉なの」

 

 「……え?」

 

 「魔王種〈ハンドレス〉は、巨大な木と人間の手が融合した魔王種よ。囚えた生物をその腹の中に運び入れるのが魔王子種〈ハンド〉。〈ハンドレス〉は、周囲の生態系とそうやって手に入れた生物を餌に育っている。

 一度見たら忘れられない……らしいわ」

 

 前世の記憶に付随する感情から考えるに、酷く醜悪な見た目だったはず。

 詳細な外見は、まだ思い出せていない。だから言葉を濁した。

 

 「だから……その」

 

 言い淀んでしまう。どうすればこの子を傷つけずに済むのか考えてしまう。

 この期に及んで、私はこの子に嫌われたくなかった。しょうがないでしょ、推しなのよ。今も昔もそれだけは変わらない。

 

 「ハオさん、大丈夫です」

 

 「シルヴァ……」

 

 「あいつは、大丈夫です。短い付き合いですけど簡単に死なないですよ。そういう予感があるんです」

 

 それに。と私を見て言う。

 

 「ハオさんが一緒に助けてくれるんですよね」

 

 「ええ、約束したもの。貴方の相棒も、連れ去られた人々も皆助けて、今度こそ魔王種を滅ぼしましょう。シルヴァ」

 

 「はい……!!」

 

 「ちょっと急に2人っきりの空間に入り込まないでよ。私も行くからね、あっ、兄さん。何言われてもついていくからね? 絶対よ」

 

 頬を膨らませたスーがぐいっと力強く私達の間に割り込んできた。

 

 「あ、私も混ぜてよ? うちの爺様が言ってたわ「魔王種を殺して一人前』って」

 

 続いてアーシェもするっと入り込んできた。貴方、どこの修羅の国からやってきたの?

 

 「あらあらシルヴァ、モテモテじゃない」

 

 「そういうのじゃないですよ……」

 

 からかうとシルヴァは、苦笑いした。

 

 「じゃあ、アーシェ。シルヴァ見てもらえる? 明日までに使い物になる感じで。あっ、作戦とか諸々は追って伝えるわ」

 

 「りょーかい。じゃ、ちょっとベッドに横になろっか……」

 

 「え? あれハオさんの……ちょっ、脱げる! 服は自分で脱げるから!」

 

 「スーは、そのお手伝いね。……一緒にいたいでしょ」

 

 最後のは、小声で囁いた。囁かれたスーは、小さく頷いた。

 

 「……余計なのがいるけど」

 

 「そこは我慢してよ」

 

 そう言い、私は、スーに背中を向けた。他にもやることがある。魔王種をどう殺すか。殺し方は分かってる。だからそこへのルートを作るべくギルドマスターとかとのお話し合いをしなきゃいけない。

 

 「ハオはどうするの?」

 

 ドアノブに手をかけた時、スーの声が背中を叩いた。

 

 「魔王を殺すための準備よ。色々やっておくことがあるのよねえ」

 

 街の防衛に冒険者の担当箇所の選別。こういう細々した処理、原作だと無かったんだけどなあ……。面倒くさいところと都合が悪いところばっかりやってくる。やれやれよね。

 

 「頑張って。あっ、私が活躍できる場面も用意してよ?」

 

 「もちろん! ただでさえ人手不足なんだから全力で動いてもらうわよ」

 

 上級冒険者は、ほとんど外に出ている。戻って来るのを待つ時間もない。私達でどうにかするしかない。

 

 「そう。期待してる」

 

 

 上級ランカーは、ほとんど外に出ている。戻って来るのを待つ時間もない。私達でどうにかするしかない。猫の手を借りたいくらい。

 まだまだ成長過程のこの子たちを戦場に送り込むのは不本意だけどやらなきゃいけない。

 シルヴァたちの元に戻っていくスーの背中を見つめて呟いた。

 

 「大丈夫。絶対に、BADエンドになんてさせないんだから」

 

 

 



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第26話 VS〈ハンドレス〉その1:彼女たちの準備運動

実は言うと更新はもうだめです。
今週の金曜日、エルデンリングが発売されます。
それが終わりの合図です。程なく皆大いなる意思に見捨てられてしまいます。
その後、終わりがやってきます。
よろしくおねがいします。


 

 「……これが」

 

 僕は、文字通り圧倒されていた。隣のスーもアーシェも同じだ。横目に見れば動揺が顔に浮かんでいた。

 

 「これが魔王種〈ハンドレス〉よ」

 

 ハオさんの声が後ろから聞こえる。振り向くことはできないけれどどういう顔をしているのかは分かった。

 僕たちのいる小高い丘の向こう側には朝日に照らされたダイヤスート大森林がある。

 そこに、〈ハンドレス〉はあった。

 巨大だ。〈ハンドレス〉そのものと魔王子種〈ハンド〉の支配域から遠ざかっているというのに、その巨大さが伝わってくる。

 広がるダイヤスート大森林を引き裂き立つ巨木に見えた。周囲の手つかずの自然の中でも抜きん出た大きさ。まるで山のよう。先端は、雲を貫きそうだ。

 しかし、その枝葉を見れば分かる。あれはただの木ではない。これだけ離れていても分かった。分かりたく、無かった。

 葉は、手。枝は、腕。無数の手腕が蠢いている。おぞましい。怖気が走る。デザインが正気じゃない。

 自分があの中に居たと思うと鳥肌が止まらない。 

 しかし、こんなもの、ついこないだまでこんなものは存在しなかったはずだ。

 突然現れたはずだ。誰かが知らないのはおかしい。こんな大きなものを誰も見つけられなかったんだからそうとしか考えられない。

 僕も”あれ”の腹の中に居た。だから”あれ”は、ずっとそこに居たんだ。

 

 「どうして、今まで……。どこかに隠れていた……?」

 

 「ずっと地下に潜伏していたのよ。地下から現れてくるのを探索に出ていた冒険者たちが確認したわ」

 

 「なるほど。地下……それなら誰も見つけられない」

 

 振り返るとそこにいたハオさんが頷いた

 

 「前、魔王種の”手”に取り憑かれた魔物に出会ったことがあるの。その時、その魔物は地下に居たわ。あのサメだって、地下水脈を通じて取り憑かれたと考えれば辻褄が合う」

 

 「それなら今まで誰も見つけられないはずですね……」

 

 じゃあ、どうして今になって? という疑問が浮かんできた。

 

 「発見は、私たちが魔王種の位置を特定したのとほとんど同時。見つけられたのを理解したんでしょうね」

 

 「凄まじいですね……。というか僕、口に出してました?」

 

 「なあに、簡単な推理よ。ワトソンくん」

 

 「ワトソン……?」

 

 「冗談冗談。顔に書いてあったわ」

 

 「そんなに顔に出るかな……」

 

 少し心外だ。常に冷静に振る舞っている……つもりなのに。なんとなく自分で自分の頬を引っ張る。

 

 「出るよ、兄さんは」

 

 「トーナメントでは出なかったのに普段は出るのね。おもしろ」

 

 「ほらね?」

 

 勝利を確信したハオさんの笑みが美しい。いやそうじゃない。

 満場一致か……。カイムさんがいれば……。助けてカイムさん……。

 とりあえず、この集中攻撃、針のむしろみたいな状況を打開しよう。居ないカイムさんを頼ってもしょうがないしな。

 

 「それで、魔王種攻略作戦ってどういうものなんですか?」

 

 話の方向を元に戻すことで打開することにした。

 

 「あっ、兄さん誤魔化した」

 

 「誤魔化したね」

 

 スーとアーシェの発言は無視した。あーあー。聞いてないです。くすくすとハオさんは、笑ってから言葉を作った。

 

 「前に、魔王種の殺し方の授業をしたわよね。シルヴァ……じゃなくて、スー。どうぞ」

 

 よかった……。どうやら僕の意思を汲んでくれたらしい。ついでと油断していたスーに矛先が向いた。「簡単よ」とスーは薄い胸を張った。

 

 「全身ザクザク貫いて、最後に頭、脳味噌を潰せばいいわ。これなら兄さんも剥製にできない」

 

 「……シルヴァ」

 

 頭が痛いとばかりのジェスチャーの後、僕にお鉢が回ってきた。確かにスーのも間違っていないけど正確じゃない。だけどまあ簡単な話だ。簡単で単純。だからこそ困難。

 後、流石の僕も魔王種を個人的な欲求で手元に置こうなんて思わない。ああいうのは博物館に置いたほうが良い。  

 

 「『魔王種には、必ず中心となっている核がある。核は、人の脳であり心臓。それを破壊すれば魔王種は、死亡する』でしたよね」

 

 そういえばそんなこと言ってたなって表情をスーが浮かべた。

 

 「スーちゃん、うちの爺様も『初手で敵の首を落として殺せ』って言ってた。昔、それで魔王種を殺したって自慢してたし間違ってない」

 

 「ほんと? どんな魔王種を殺したの?」

 

 「ほんとほんと。マジもマジよ。実家に首が飾ってある」

 

 「え、見たいな。それ」

 

 熱心に話し始めたアーシェに、興味深げにスーが相槌を打った。そっちの話が気になる気になりすぎる。

 

 「こほん……」

 

 ハオさんの視線が痛いので方向を元に戻そう。

 

 「それでハオさん。僕たちは、その核を見つけて壊す必要があるんですよね? ……あの巨体から」

 

 現在の進行形の話の方が重要だ。僕の感覚だとあの巨体から核を見つけるというのは、ちょっと現実的とは思えなかった。

 

 「率直な話なんですが……できるんですか?」

 

 「そうね。かなり難しいわ。普通の魔法使いが束になっても時間が足りないと思う」

 

 僕の疑問に頷くハオさん。

 

 「だけどそれが出来る魔法使いがいるのよ、シルヴァ。それも、貴方のすぐ側にね」

 

 ……すぐ側に? クエッションマークが浮かんだ。すぐ側。

 

 「すぐ側って……。今ここに?」

 

 スーを見る。横に首を振る。アーシェ、同上。

 

 「なんか私雑じゃない?」

 

 「気の所為だよ」

 

 アーシェの非難の視線から逃れるように視線を逸して、

 

 「鈍いぞ、シルヴァ」

 

 後ろから声がした。そこでやっと誰かが背後に立っているのに気づいた。遅まきに心臓が跳ねた。僕の足もいつの間にか跳ねていた。振り返りながら思う。

 しかし、この呆れた声は、さっき僕が望んでいた人の声だ。

 最初から気づいてたであろうハオさんがおかしそうに笑ってる。スーは、気づけなかったと不満げ。アーシェといえば「おー」と手を叩いてる。

 

 「お前はただでさえ近接が弱いんだからこれくらい察っしろ。この間だって、反応が遅れて攫われたんだからな」

 

 ごもっともな話だった。僕は、大人しく頭を下げた。

 

 「すみません……。それはそうとカイムさん。心臓に悪いです」

 

 「お前が気づいていれば……いや、教えられてなかった俺も悪いか。すまん」

 

 苦言を呈そうとして、途中でバツの悪そうになったカイムさんが頬を掻いた。

 

 「でも、僕の力不足ですし……。僕に、力がないから……「バカ」ぎゅ……」

 

 ぐしゃりと髪が掻き混ぜられる。カイムさんの指と手のひらが無造作に動く。その無造作さが心地よく思えた。

 

 「指導してない俺が悪いんだよ。今度からそのへんもトレーニングに取り込むか……。なんだよ、ハオ」

 

 「べつにー。この私抜きでイチャイチャしてるのがイチャイチャしてるのが気に食わないだけだけど」

 

 「何気安く兄さんの頭触ってるのよ。変態」

 

 「あ、もしかしてそういう仲?」

 

 「やかましいな……」

 

 三者三様の意見に、カイムさんが心の底から面倒くさそうな顔をした。僕は、苦笑いで済ませた。

 

 「それで、さっきのハオさんの話の続きなんですけど……。つまり、カイムさんが?」

 

 「そういうことだ。俺がそのへんを担当してる。なんだ。信用できないのか?」

 

 口を開こうとしたハオさんの睨みがカイムさんに突き刺さるけどカイムさんは、どこ吹く風だ。見習いたいメンタリティ。

 

 「そういうわけじゃないです。ただ……」

 

 「まあ、実際に見てみないと実感わかないよな。なあ、ハオ」

 

 「何?」

 

 ちょっと不機嫌そうな返事。気にもとめないカイムさんは言葉を続ける。なんていうか付き合いの長さを感じさせた。

 微妙な、本当にちょっとした疎外感。少しの羨ましさが僕の胸を突く。

 

 「シルヴァ。今回は、借りていくからな」

 

 「えーー……」

 

 あからさまに嫌そうな反応には、ついつい嬉しくなってしまう。

 

 「お前、どうせ前に出るつもりだろ? そこの二人はともかく、今のシルヴァをお前に付き合わせるのは自殺行為だろうが」

 

 「それは……そうだけど……。別に前に出なきゃいいじゃん……」

 

 「お前が今一番火力出せるんだから出なきゃダメだろ。宝の持ち腐れもいい加減だぜ」

 

 「ぐっ……正論。分かってるわよ」

 

 「論破。んじゃあ、そういうことだ。任せとけ。また攫わせたりしねえよ」

 

 「当たり前よ。頼んだわよ」

 

 「シルヴァ。そういうことだ。あれだな実地授業だ。ちゃんと憶えて帰れよ」

 

 「……! はい!」

 

 にやっと笑ってからぽんと僕の頭を軽く叩いたカイムさんが歩いていく。ついてこいってことかな。

 

 「ハオさん。スーとアーシェをお願いします」

 

 「ええ、任せて。頑張ってね。離れていてもやることは一緒。一緒に皆を助け出しましょう、シルヴァ」

 

 「はい……!!」

 

 微笑んで頷いたハオさんに、返事をすると。

 

 「ハオとアーシェのことは任せといて」

 

 「スーちゃんのことは任せといて」

 

 真面目な顔のスーが言うとアーシェがおどけてのっかる。おかしくて笑ってしまいそうになりながらもなんとか真剣な顔を作った。

 

 「分かった。頼んだよ」

 

 「兄さん。いざという時はカイムを盾にしてね。兄さんの無事が一番なんだから」

 

 「それはどうかと思うぞ、スー」

 

 我が妹が真顔で物騒なことを言う。冗談じゃないのは見れば分かる。

 

 「そうだぞー。スーちゃんの言う通りだぞー」アーシェが茶化すように乗っかって、「何が何でも死なないように頑張れ」

 

 「……ありがとう。頑張るよ」

 

 二人して、僕は、カイムさんを追いかけるために踵を返した。ハオさんがいるから2人とも大丈夫だろう。

 

 「ていうかアーシェ、さっきから私が言った言葉に乗っかるのやめて。鬱陶しいわ」

 

 「えーいいじゃない。ケチよ、スーちゃん」。

 

 「スーちゃんって呼ぶのもやめて。気持ち悪い」

 

 「気持ち悪いは酷くない!?」

 

 仲良くやってくれよ? お願いだから……。

 

 「ちゃんと挨拶できたか」

 

 追いつくとカイムさんがおもむろにそう言った。どうやら気遣ってくれていたらしい。

 

 「まあ、ほどほどに……」

 

 「あ? これから死ぬかもしれないのにそんな適当でいいのか?」

 

 「大丈夫です。死にませんよ、皆」

 

 「……まあ、お前と違ってほか二人は、殺しても死ななそうだしな」

 

 「間違いなく僕より頑丈ですからね……」

 

 つい小声になってしまう。聞かれたらいけない気がした。もうそれなりに距離があるのに、なんとなく。するとカイムさんが心底おかしそうにクックックと低い笑い声を零した。

 

 「気持ちは分かる」

 

 誰のことかは分かったけど、それが誰かを僕は口にしないことにした。

 言わなくて良いことが世の中には、たくさんあると思う。これもきっとその1つ。やぶ蛇だ。

 

 「それで、これからどうするんですか?」

 

 「丁度正午に、ハオたち前衛部隊が魔王種に攻勢をかける。これで偶然核を破壊……なんてなればいいんだろうが、魔王子種が魔王種を守るだろう。だから俺たちは他の冒険者と連携して、核の位置を探る。どうやって探るか、そこが問題だな。どうすると思う?」

 

 設営された前線基地までの坂道を下りながら投げられた問を思考する。

 整理しよう。

 魔王種は、それぞれ属性を司る強力な魔法存在。司る属性の魔法に精通していて、その魔王種の中枢にある核が魔法の制御をしている。

 そして、魔王子種は、魔王種に制御されていて、今回、魔王子種から魔王種の位置を逆探知した。

 じゃあ、魔王種の文字通りの根っこ、急所の核を見つけ出すには? 

 

 「魔王種に直接仕掛ける、ってことですか?」

 

 「正解。魔王種は、種族単位での共通項が少ないからそれぞれで対策を立てなきゃならない。

 今回はバカみたいにでかいからな数撃ちゃ当たるってわけにもいかないし、ハオたちが注意を引いてる間、一気に決めるってことだ」

 

 話していると坂道も終わりに差し掛かり、忙しそうに歩き回る人々で騒がしくなってきた。

 前線基地の設営は、冒険者やギルドの職員、領主様の騎士団やユーフォルビアの人々たちが関わっている。食事の配給に、武具の整備。魔王と戦うために必要な物資をギルドや人々が提供してくれてる。

 雑踏を歩きながらもカイムさんとの会話は続く。 

 

 「その過程で、色々と大事なこともあるが、一番は気づかれないこと。出来る限り相手の感知から外れる。バレたら攻撃を集中させられて近寄ることもできなくなる。

 ハオたちのヘイト稼ぎにも限界があるからな」

 

 「もしかして、さっきのってそのテストだったんですか……?!」

 

 「え、あーまあ、そんなところだよ。うん。隠れるのには、察する能力もいるからな。うん」

 

 ハッと気づいて訊けば肯定が返ってきた。最初からそういう考えで……。感服してしまう。こんなすごい人たちに師事できる僕はあまりにも幸運だ。あらためてそう思う。

 

 「あのテントに俺たちと同じ役割のやつらが集まってる」

 

 カイムさんが指したほうを見る。仮設のテントの下、何人か冒険者が集まっている。見ただけで分かるのは、僕よりも経験を積んだであろう冒険者ということ。

 ……本当にあれにこに混ざって良いんだろうか。気が引けてしまう。尻込みしそうになる。

 

 「そろそろ打ち合わせの時間だ。気を引き締めろよ、シルヴァ」

 

 僕をカイムさんが見る。灰色の瞳は、僕の心を見抜いているように思えた。にやりとカイムさんが笑う。

 

 「何。俺を含めて、魔王種に捕まって逃げてきた経歴は持ってない。シルヴァ、お前は誰よりも優れている一点があるんだ。尻込みする必要なんてないさ」

 

 「……了解です!」

 

 きつけとばかりに背中に走る衝撃が僕を前に進ませた。励ましに答えたい。失望させたくない。何より前に進みたい。

 

 「レント、生きてろよ」

 

 今もどこかで孤独に戦う戦友の名を小さく呟いて、カイムさんに続いた。

 

 

 +++

  

 

 ああは言ったけど心配だわ……。どうにか分身できないかしら……。ついていきたい……。シルヴァとカイムの遠のく背中を見つめて思う。名残惜しそうに振り向く様子もない。二人で楽しく会話してる。男の子ってこういうところあるわよね。男だけの世界って感じ。女の世界と違って、殺伐としてない。懐かしい。

 ……懐かしい? 懐かしいって、そういうこと?

 え? 私、前世男なの? あ、男だわ。急に男だっていう自認がやってくる。

 こんな些細なことから思い出すこととかある? どうなの? 誰か……誰も分かんないか。他のことはどう? 

 ……特に思い出せない。使えないわね。

 ああでも私のことなんでどうでもいいの。今大切なのは――。

 

 「で、私たちはどうするの? ハオ」

 

 不満げなスーの言葉で我に返る。そうよね。貴方も一緒に行きたいわよね。つい色々思い出してしまって考え込んでしまっていた。反省しなきゃ。

 私自身のことは、また今度にしよう。今、一番重要なことをしなきゃ。

 

 「そうね。軽く準備運動でもしときましょうか。カイムたちと違って私たちの集合時間までは時間があるしね」

 

 「おっ、いいね」

 

 暇そうにしていたアーシェがにやっと笑うとその長い黒髪を揺らして、私の方へ槍を突きつけた。

 

 「Aランク冒険者と手合わせなんて早々出来ることじゃない。そういう点で君たち兄妹がとっても羨ましいよ」

 

 「そう? 私、アーシェのお爺さんも気になってる」

 

 「今度またうちに来なさいよ。爺様もきっと気に入る。あ、もちろんハオさんもね? みんな、強い人に目がないんだ」

 

 自然と私を二人が挟み込む。逆Vの頂点に私を置く形。

 

 「それは嬉しいわね。ご招待与りましょう。――もちろん今を乗り越えて、だけど」

 

 私の言葉を合図とばかりに、スーが踏み込んできた。合わせた私の剣と大斧が打ち合う。ワンテンポ送らせて、穂先が向かってくるのを私は見た。

 ――この後、めちゃくちゃ準備運動した。

 



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第27話 VS〈ハンドレス〉その2:戦場に踊る雷霆

お久しぶりです
今日からしばらく更新します


 

 晴れの日の正午だというのに薄暗いダイヤスート大森林の中、黄金の雷霆がざわめく〈ハンド〉の群れの一体一体を頭の上から下と貫いて、大地にその先端を突き刺す。残るのは、焼けた草木に焦げ付く大地、無数の魔王子種〈ハンド〉が内から焼かれ、まっ黒焦げになると湯気を上げて地に伏した姿。

 

雷閃槍(ジュピター・アキュリス)

 

 雷の槍を豪雨のように降らす。探知した対象へ空から雷の槍を降らして、貫き、中からこんがり焼き尽くす私の魔法。人に使うと罪悪感がすごい。骨も残らないのよ。

 

 それを何本も降らせることで、私は、広範囲の魔物に攻撃することができる。最近は、埃をかぶっていた。

 シルヴァとスーをこんな魔法を使う必要のある相手と戦わせるのは、まだ早いと思っていたから。

 だけど現実ってそう上手くもいかない。

 時間が進めば状況が変わる。臨機応変に対応できればいいけど、全部が全部はそうもいかない。

 どうしてもどこかで予定は狂うし、想定が起きてしまう。

 人生ってままならないわよね〜〜。

 私のここ1年は、ずっとそんな感じ。知りたくもないことを知ってしまったり、前世が男だったり。

 今だってそう。 

 

 「減らしたんだけど減ってる気がしないわね」

 

 〈ハンド〉の勢いは止まらない。仲間の死体を乗り越えて、踏み潰しながら続々と森の奥からやってくる。

 私の背後から魔法や弓、もしくはボウガンの矢が放たれて、〈ハンド〉に突き刺さっていく。侵攻の勢いが少し収まる。止まってはいない。これから完全に止める。

 手のひらをかざす。魔力を充填させる。ばちりと空中がきしむ。過程は自然に、産み落とす現象をイメージし、その結果を理解する。  

 つまりは、自分の魔法が何をどうするかちゃんと分かって使うこと。

 援護射撃が止む、寸前。

 

 「雷竜咆(ユーピテル・ハウル)

 

 編み上げた魔法を放つ。大地と水平に走る雷。さっきの雷閃槍(ジュピター・アキュリス)と似たような感じだけどこっちは、バラしてたのをぎゅっとまとめて放ち続ける感じ。

 一瞬だけ出力する雷閃槍(ジュピター・アキュリス)より断然魔力の消費が激しい。その分、火力もあるけど。

 この魔法自体、私のオリジナルじゃなくて、昔、討伐した竜の真似をしている。

 いわゆる悪竜で、山に森に、村々を焼き払い、簒奪と殺戮の限りを尽くした当然の結果として、人類側で討伐隊が結成。私たちもそこに混ざっていた。

 使う度、あの時の竜に抉られた脇腹のこと、千切られかけた腕のことを思い出す。あれ痛かったなぁ。

 それにこれも完コピじゃなくて、竜のほうが私より魔力があるから出力があるし、もっと長く持つ。多分これくらいなら薙ぎ払えた。

 でももう悪竜は殺された。だからもう思い出の範囲。かつての強敵ってところ。懐かしく語れるし、古傷も戒めにできるくらいの思い出の中。参考書程度の使い道しかない。

 

 「うん。いい感じに焼けてる」

 

 わりと満足の行く結果だった。魔力で作った雷の奔流、雷竜咆(ユーピテル・ハウル)が〈ハンド〉の群れに穴を開けた。

 腕やらなんやらが散らばってる。腕だけとか半分だけになってまだ動いているのは、ちょっと虫っぽくていやね。

 ……前世の性別思い出しても特に変わらないわね。虫が得意になったりしない。

 

 「男でも虫が嫌いな人は嫌いよね」

 

 ひとりごちる。穴を埋めようと……いや、穴が空いたから押し寄せてくるだけね。次々と〈ハンド〉が草木を掻き分けて、わらわらやってくる。

 けど埋めるにはまだ時間がある。蹴散らして、一気に本体の魔王種まで距離を詰めることもできるかもしれない。

 それはしないけどね。

 

 「それじゃあ次、皆、お願いね」

 

 振り向いて待機していた冒険者たちに声をかけると雄叫びを上げて、冒険者たちが駆けていく。

 大半が若い。年端も行かない冒険者たち。時代が生んだ、あるいは、魔王種〈ストリボーグ〉の生んだ冒険者たち。

 ちょっと切なくなってきた。……ていうか私だって十分若いんだけど?

 

 「む〜〜……。なんかいいところ丸々取られたところない?」

 

 「しゃーない。私たちこんな魔法使えないじゃん?」

 

 「ゔ〜〜……何も反論できない弱さが憎い……ゔ〜〜……」

 

 肩をすくめるアーシェの正論に、反論できず唇を尖らせたスーは、軽く地団駄踏んでから突然、ぱしんと軽く自分の頬を打った。結構いい音がしたわね。

 

 「うわ、痛そう」

 

 アーシェの素直な感想。私も同感。スーは無言。

 

 「……切り替えていきます」

 

 頬が軽く赤くしたスーの表情は、きりりっと引き締まっていた。目がちょっとうるってしてる。可愛いなあ。

 

 「なによ」

 

 「なーんでも」

 

 睨まれてもついにこにこしてしまう。

 

 「よしよーし、しまってこー。ピッチャーびびってるよー! 多分!」

 

 「何その掛け声」

 

 ノーテンキな掛け声を上げるアーシェは、きらきらとやる気に満ちている。うーん緊張感がない。珍妙な掛け声にスーが怪訝な顔をした。

 私はまあ、聞き覚えがあるけど。スポーツ……そう野球ね。野球で聞いたことがある気がする。野球が発祥でいいのかしら……。検索もできないから確認できない。

 私もなんだかちょっと前世がある人間っぽくなってきたわね。前世がある人間っぽくってなによ。

 

 「うちの地元だと普通普通。よくあるやつ」

 

 野球あるのかしら。

 

 「ああそう……」

 

 どうでもよくなったスーが雑に大斧を担ぎ、隣でアーシェが手首の準備運動とばかりに槍を軽やかに回して、私の脇を通り過ぎていく。

 

 「2人とも死なないようにね」

 

 その背中に声をかけた。この程度で死ぬ子たちではないという確信はある。それでも心配したくなる。心配になる。

 

 「子供じゃないんだから……」

 

 呆れたようなスーの返事。子供よ、私から見たら十分子供。なんて返そうか一瞬考えた時。

 

 「でも、まあ…………ありがと。気をつける。」

 

 ぼそっと聞こえた声に、私の頬がつい緩む。考えたた言葉が一瞬で霧散する。もう必要ないからそれでいい。それが聞けてよかった。

 けど、アーシェが思いついたように言った言葉に、顔が引くついた。

 

 「あっ、2人ともいなくなればシルヴァ、頂いても問題ないんじゃない?」

 

 発想が物騒すぎる。ナイスアイディアみたいな顔されても困るわよ。なんて言えばいいのよ。

 

 「そんなに死にたいなら早く言って」

 

 「冗談冗談」

 

 緩いわね。ばちばちと口喧嘩しながら……スーが一方的に仕掛けてるだけだけど。気持ちは分かる。

 その離れていく背中に、私は苦笑を隠せなかった。

 ここに至るまで散々戦ってきた〈ハンド〉相手。余裕が出て来てもおかしくないか。特にスーは、シルヴァを攫われた時のもあって、執念深く戦ってる

 ただ、それでも敵の数が減らない。街に攻め込んできているのとは段違い。降り注ぐ援護射撃も、私たちと同じ前衛がいくら倒してもどこに潜んでいたのか続々とわらわら無機質にやってくる。

 

 「時間は、あっちの味方ね」

 

 危なそうなところに支持を出したり手助けしたりと戦場を見て回った私の感想だった。

 その土地とその土地に住む生命体を元に供給される魔王種のリソースの底が分からない以上、現実は厳しく、重く私たちにのしかかる。

 だからこそカイムとシルヴァのいる別働隊こそが頼りになる。

 私たちが〈ハンドレス〉へ攻撃を仕掛けている間、あっちが順調に、〈ハンドレス〉の核を見つけ出し、破壊すれば一瞬で盤面がひっくり返る。

 どれだけ数がいても時間が味方になったら元を断たれた〈ハンド〉は、自然と弱体化、肉体を維持できずに消滅していく。それを掃除していくだけでいい。

 

 「雑兵ばかりなのも気がかりよね。シルヴァの母親、みたいなのが他にもいるらしいけど……」

 

 他のより目立つ、指揮官個体。〈ハンドレス〉の位置を特定した際に使用したそういう個体。将棋でいうと角や飛車。チェスで言えばルークとかビショップ。こういう場面で出てこられると結構厄介だけど……。

 

 「――噂をすればなんとやらか。人の嫌なことはしないって、習わなかったのかしら」

 

 悲鳴。見たことあるようなないような冒険者の男と女が2人、私の脇を吹き飛ばされてきて、転がった。痛そうに呻いてるけど生きてる。出血量も見た限り多くはない。骨とかは診てもらってからだけど後方には癒術師がいるし、大丈夫でしょう。そう思ってるうちに、他の冒険者の手で後方へ引き摺られていった。

 これで気にしなくていい。

 

 「強化形態じゃない、これ」

 

 思わず独り言が出てしまう。

 顔が三つある。手足も他のより多い気がする。三人羽織的な? 男女の見覚えの無い無表情を中心に、赤黒く染まった手がうねうねしてる。

 戦場においてもなお私の鼻を突くほどに、この〈ハンド〉のまとう死臭は、他の個体よりも強敵であることを示していた。 

 喜怒哀をそれぞれ浮かべて、〈ハンド〉が私を見ている。

 戦闘開始の火蓋を切って落としたのは、〈ハンド〉。高速で、手が放たれた。

 

 「……――でも」手を切り払い「私の敵ではないかな?」納刀、属性装填・雷(サンダー・エンチャント)

 

 〈ハンド〉の懐へと踏み込みながらの抜刀。人でいう胴を、鬱陶しい手を斬り裂きながら薙ぐ――手応えあり。

 

 「うん。大丈夫」

 

 どさりと音がした。振り返る。〈ハンド〉が上と下に分かれている。繋げようと断面から小さな手をそれぞれ伸ばしてるけど。

 

 「貴方たちみたいなのが再生して何度も何度も襲いかかってくるの、飽きたのよ。だからさせてあげないことにした」

 

 思い出すだけで嫌になる苦い思い出。私は、自分の魔法を魔物や魔王子種、魔王種を殺すために鍛え上げてきた。

 その過程でどうしても必要だったのが、再生させないこと。魔王子種なり魔王種は、大なり小なり再生力がある。目の前でもがいている〈ハンド〉みたいに。

 だから私は、強い電撃を走らせ続けて、魔力の使用を阻害した上で、物理的な破壊を付与し続ける。

 

 「もういいでしょう」

 

 私の殺意の結晶。恨み辛み。復讐の刃。〈ハンド〉の傍に歩み寄り、三つの頭の一つに剣先を突き立てる。

 一気に雷撃を流し込んで破壊する。すぐに動かなくなる。ずいぶん頑丈だった。低級の冒険者には厳しいかもしれない。やっぱり頭が多い分頑丈なのかしら?

 

 「私がやるしかないか」

 

 準備運動にはなった。調子も出てきた。ふふ、暴れてやるわよ。

 

 「ハオ、どいて!!」

 

 なんて決意をしたところで、スーの声。聞こえる手前で反応した私は、数歩下がった――ところに、〈ハンド〉がさっき助けた冒険者みたいに、砂煙を上げて転がりながら通り過ぎていった。

 

 「殺せたわね」

 

 二つ頭の〈ハンド〉は動かない。スーの魔法で体を捩じ切られているから当然だけど。

 

 「顔が多いやつほどキモくて鬱陶しいわね」

 

 そう言いながら歩いてきたスーは、不愉快そう。彼女は全身生傷だらけ。そこそこに手こずったらしい。

 

 「体、大丈夫?」

 

 「かすり傷。ハオこそ実はボロボロで服の中出血やばいとかすごい疲れてて今にも倒れそうとかないの?」

 

 魔法で出血を止めながらスーが冗談めかして言う。

 

 「ぜーんぜん。ピンピンしてるわよ」

 

 「ふうん、そうなんだ。別に私がなんとかしちゃうから全然休んでても大丈夫なんだけど?」

 

 なんだか知らないけど、やたら休ませようとしてくるわね。

 

 「そんなに疲れてそうに見える?」

  

 客観的視点って、結構重要。アドレナリン出すぎで、傷に気づけなかったりとか。

 うーんでもそんなことはなさそうだけどな……。セルフチェックしてみても特に傷もない。筋力魔力共に問題ない。

 なんだろう? 首を捻る。

 

 「なんとなく。いつもと違ってなんか余裕が無い感じする」

 

 ……そっか。メンタルね。心の問題。そっか。それなら思い当たる節がある。

 

 「ハオは、そんなに兄さんが心配?」

 

 「シルヴァだけじゃない。君もアーシェも心配。……私は、大切な人をもう魔王種に奪われたくないの」

 

 「大切な人?」

 

 「話してなかったかしら。私が魔王種を滅ぼしたい理由」

 

 私の思い当たる節。私がやりたいこと。私の目標。

 

 「私は、私の家族を奪った魔王種を許さない。だから魔王種を滅ぼすの」

 

 「それって……」

 

 スーがもちあげた指には、指輪がある。私があげた指輪。母さんの形見。

 

 「そっ。奇しくも私と君たち、お揃いね」

 

 思わず苦笑い。こんなお揃い誰だって嫌よ。すっと自然とスーが背中を向けた。無視はひどくない?

 

 「……でもまあ」戦場の最中だけど聞こえた。「お揃いなのがハオでよかった、かも。かもね」

 

 言葉を返す間も無く。スーの背中が私の声が届かないところに行ってしまう。

 

 「可愛いこと言ってくれるなあ……」

 

 あの子たちだけに任せてちゃだめね。私も続いて歩き出す。向かう先は、分かりきってる。

 踏み込んだ先、手近な〈ハンド〉に刃を突き立て、雷撃を流し込み一気に黒焦げにした私は、自分の状況を理解した。

 スーの言ういつもと違うの意味に私は、そこで気づいた。

 

 「ああ、私、高揚してるんだ」

 

 隠せない程に、見て分かってしまうほどに、激しく。まるで売女のように。でもそれでいい。

 

 「それで魔王種を滅ぼせるのなら。それでいい。私のテンションが上がってことごとくを殺し尽くせるならそれでいい」

 

 私は、それでいい。だけど――〈ハンド〉の勢いが止まらない。

 数えるのが面倒くさくなるくらいの〈ハンド〉が雪崩込んでくる。行方不明者の数なんて、とっくに超えているんじゃないかと思うほどの数。どっから連れてきたのよ、こんなに。

 立ち塞がる〈ハンド〉を殺し、殺し、殺し、殺し、殺されかけた冒険者の首根っこを引っ張り、後ろに放り投げた頃、私は、劣勢を肌に感じ始めていた。

 うんん、最初から劣勢だった。劣勢だったけどやるしかなかった。

 

 「シルヴァ、カイム。こっちはそろそろ限界よ!」

 

 〈ハンド〉を叩き斬った私は、叫んでいた。

 直後、後方の魔法使いたちが私の指示通りに魔法を降らせる。私の手の届かないところで、戦う冒険者たちの前で炸裂する。

 それも、焼け石に水。勢いよく飛び出た〈ハンド〉に、冒険者たちが蹂躙されていく。

 悲鳴が聞こえる。すぐに掻き消される。怒号が聞こえる。それも掻き消される。〈ハンド〉の不気味な足音が森を支配し始めていた。

 

 「まあいいわ! 皆が倒れても私がいるもの! 私が殺って、殺り尽くせばいい!」

 

 やけくそみたいねこれやけでもなんでも殺らなきゃ殺られる。私は、まだ死にたくないから殺る。

 

 「なんなら死んでも殺ってやる」

 

 私はしつこいわよ。なんたって折角死んだのに、転生するくらい生き汚いんだから。

 

 

 

 +++

 

 

 

 他の冒険者たちが戦っているのに、それらすべてがどこか遠くの出来事のように感じていた。

 音という音が遠くて、意識の外側。何かを挟んだような、靄がかったように思えた。

 ……理由は分かりきっていた。

 

 「……母さん」

 

 喉がからからに乾く。僕の目の前に、変わり果てた母さんが立っていた。

 人の姿をしていない。他の〈ハンド〉と同じように無数の手が頭を支えている。吐き気がする。

 おぞましさに今すぐ引き金を弾きたくなるほどの強い忌避を感じる。

 

 「ここから先は、行かせない」

 

 通すわけにはいかなかった。

 母さんの罪をこれ以上増やさないということもある。

 なにより、この先では、他の魔法使いたち――カイムさんたちが魔王種の核の探査をしている。精密作業に集中していて、戦える状態じゃない。

 だからここが分水嶺。ボーダーライン。

 終わりにするんだ。スーが居ない以上、僕がここで母さんを止める。母さんに誰も、何も害させない。壊させない。殺させない。

 

 「だめなんだよ。だめなんだ」

 

 ゆっくりと近づいてくる母さんの顔をした〈ハンド〉。無表情の瞳に、僕が写っている。動揺しきった僕の頼りなさげな姿がそこにある。

 やめてくれと、来ないでくれと決断したはずなのに唇を噛む僕がいる――しかし、それでも。

 

 「通せないんだ。止まってくれ」

 

 僕は、2つの銃口を真っ直ぐかざした。止まれ。動くな。近づくな。

 

 「止まってくれ。頼むよ、母さん」

 

 懇願するようにこぼれた願いと裏腹に聞こえる風切り――僕は、引鉄を弾いた。

 



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第28話 VS〈ハンドレス〉その3:兄妹の決着

 

 「まずいな」

 

 作戦開始。ハオさんたち前衛部隊が魔王種に攻撃を仕掛けたのと同時刻。僕たちは、その戦場を迂回しながら魔王種の領域へと足を踏み込んでいた。

 遠くない距離で魔法の炸裂音が聞こえる。怒声に悲鳴、雄叫びと絶叫すらも僕の耳に届いていた。

 誰もが音の方に意識を引っ張られているのが分かった。それでも僕らは進む。姿勢を低く、視界を遮る草木を掻き分けて、くしゃっと雑草を踏みつけ奥へ。

 ――進んでいた時だった。先頭のカイムさんが手を上げて、足を止めた。

 

 「どうかしまし……これは……」

 

 後ろに居た僕は、足を止めたカイムさんより一拍遅れて気づいた。

 その時、ザッと僕たちの背後から〈ハンド〉が現れた。遅れて左右からも。わかりやすく言うと囲まれていた。少なくない数だ。

 いくらなんでも直前まで気配がなさすぎる。まるで突然現れたみたいな――。

 

 「下か……!」

 

 ハオさんが言っていた。前に、〈ハンド〉を地下で見たことがあるって。

 だったらこうやって急に現れてもおかしくない。足元から襲われなかっただけマシだと思うしか無い。

 

 「敵、後ろからいつの間に……!?」

 

 「嘘!? なんでこんな急に――!!」

 

 「囲まれてる……」

 

 ざわつく冒険者たち。動揺が部隊全体に一気に広がっていく。まずい。素人の僕でも分かった。これはいけない兆候だ。

 囲まれてるのもそうだけど、何より動揺して足並みが崩れてしまったのがまずい。

 原因究明、僕の予想は伝えたらいけない気がする。既に崖っぷちで、後は、もう自分から落ちるかそれとも落とされるかの状況だ。余計憶測で混乱させてもこっちが苦しくなるだけ。

 とりあえず、早くどうにかしないといけない。でもどうすれば…………。

 

 「落ち着け。お前ら」

 

 どうすればいいか。なんて僕が答えを出す必要もなかった。カイムさんの放った一言が僕たちの意識を集めた。叫んだわけでも無い、静かな声なのに不思議と迫力があった。

 

 「とりあえずこれから部隊を分ける。ここで〈ハンド〉の足止めをする班と前に出て魔王種の核を見つけ出す班。この2つだ」

 

 「我々が残りましょう」

 

 提案してすぐ、返答があった。答えた長髭の男性には、見覚えがあった。確か、B等級パーティのリーダー。両脇で警戒している男女は、パーティメンバーだろう。

 

 「……助かる」

 

 「元々、護衛要員ですしね。それでいうと最後まで護衛できないのは残念です」

 

 すまなそうなカイムさんに、男は笑顔で答えた。

 

 「後何人か……」

 

 とカイムさんが視線を配ると幾人かが武器を握って〈ハンド〉の方に、決死の表情で踏み出した。

 

 「頼んだ」その背中に声を送って、「残りは俺に続けっ!」カイムさんは、残りを連れて前に進みだした。

 

 僕らは、進む。先よりも早く前に、進む。

 

 「カイムさん」

 

 そして、ついに。

 

 「……〈ハンドレス〉は、この先だ。そこで立ちふさがったということは、これが防衛ラインなんだろう」

 

 カイムさんの目が僕に問いかけてくる。答えは決まっていた。

 

 「先に行ってください」

 

 「死ぬなよ。弟子に死なれるのは目覚めが悪い」

 

 それに、と。

 

 「ハオにどんな顔して会えばいいか分からないからな」

 

 肩に軽い、心地の良い衝撃。カイムさんたちが離れていく。

 いたわりと信頼が染み込んでくるようだ。

 前を向く。隣を見る。

 僕は、僕と同じように残った冒険者たちと目配せして、それぞれがそれぞれのために武器を手にした。

 立ち塞がるは、やはり無数の〈ハンド〉。そして、なにより僕が倒すべき相手がそこに居た。

 

 「母さん」

 

 あの時と変わらない、別れた時とあの日と変わらない顔に、見たこともない表情を母さんは浮かべていた。

 手が蠢いている。周りの〈ハンド〉と同じように、無数の手が母さんを支えている。その手の先がぐっと持ち上げられていく。

 そして、ゆっくりと向かってくる。僕の方へと。

 だから、

 

 「だめだ。だめなんだよ」

 

 2つの銃口を向けて、

 

 「止まってくれ。頼むよ、母さん」

 

 風切りの後、僕は、戦いの火蓋を切って落とした。

 

 ――直後、放った氷弾(アイスショット)が叩き落された。氷混じりのつむじ風。右頬を裂く熱い感触。

 迷わず逆へと回避(サイドステップ)。無数の手が僕の居た場所を貫いた。掻き抱くような手が空中を薙ぐ。

 急加速。手が僕を追いかけてくる。

 

 ……先の闘技場の二の舞になんてさせない。

 

 銃爪を引く。引き続ける。鉄の弾と氷弾(アイスショット)を入り混ぜて、手を撃ち落とす……だめだ。埒が明かない。

 

 「氷結路(アイスバーン)!」

 

 地面と生えた草ごと辺り一面に氷を広げて――「穿け!」――生やした氷の槍が手を迎撃する。

 更に氷結路(アイスバーン)を足場に加速する。手を振り切って、母さんを中心に旋回する。弾丸を叩きつけ続ける。

 これで封殺する。血煙になって、ミンチになって、動かなくなるまで撃ち続ける。

 母さんでなくなるまで、僕は、引鉄を引き続ける。

 

 「ぐっ……!?」

 

 いつの間にか回り込んできた手が、向けられた銃口に、エリミネーターを持った僕の手を目掛けてくる。

 まずい。射撃中止。離れる。距離を――気づいたら空を、木々を見ていた。

 遅れて気づく。はたき飛ばされた。足が宙に浮いてる。視界が回って、上下がすぐに分からなくなった。

 だんっだん!と地面を体が転がってやっと僕は、天地の判別がついた。 

 痛い……。どこもかしこも痛い。

 

 「離してないだけ、偉いか?」

 

 握ったままのエリミネーターと、ドミネーターの姿。自嘲気味呟いて、よろめきながら立ち上がる。

 ――なんて悠長なことをしている場合じゃなかった。ゆっくりしていればそれこそ手の形の穴だらけにされてしまうところだった。

 僕の魔法の意趣返しとばかりに、僕が地面を転がった傍からぞんぞんっと突き立っていく。

 

 「っ……! 氷結路(アイスバーン)

 

 再び氷の道を生み出す。力の向き。滑る方向を操作して、体を無理矢理加速させる。些細な痛みや怪我なんて気にしている場合じゃない。

 僕が僕の尻を蹴っ飛ばさないと、死んでしまう。

 今はまだ。死にたくない。

 死んでたまるか。

 不意に頭を下げる。髪を数本引き抜きながら通り過ぎた手は、木々の幹を粉砕する。当たれば僕の頭なんて腐った果実みたいに砕け散るだろう。

 背筋が冷たい。死はすぐそこにある。

 母さんは、〈ハンド〉は、僕にほんの少しでも隙ができれば必ず殺しに来るだろう。

 

 「どうする」

 

 回避に専念させられ続ければ苦しいのはこっちだ。早いところこの窮地を脱する手立てを見つけないと殺される。

 

 「どうしたらいい……!!」

 

 一挙手一投足。あらゆる動作に目を配る。しかし、人と違って明確な隙と言えそうなものが〈ハンド〉には見えない。

 だけどそこから僕は、独自の法則性なり個体の癖なりを見いださなきゃならない。

 不規則の中の規則性が必ずどこかにあるはずだ。

 

 ……母さん。

 

 だと言うのに、どうしてもそこに思い至る。どうしても振り切れない。振り切りきれない。

 

 ……思考を戻す。〈ハンド〉のことを考えろ。

 

 〈ハンド〉の動きは、かなり画一化されていない。

 ギルドの見解もそうらしく、冒険者へ明確な戦術が提示されていない。

 だから冒険者は、自分の技術をもちいて打倒したり、仲間とのコンビネーションで撃退したりとそれぞれの得意な分野を押し付けて勝利している。

 だからギルドが推奨しているのは、人海戦術こそ最も有効な手段。元も子もない。どんな相手にだって通じる常套手段……なんだけど……。  

 

 「見ての通り、人手不足……!」

 

 足を鳴らして、氷の壁を足元から一気に生やす。安心して踏みとどまらない。下がる。やっぱりだ。思ったとおり強度不足で氷の壁が穴だらけになる。

 周囲の冒険者の手は空きそうにない。他の冒険者も底の見えない〈ハンド〉の濁流に飲み込まれないように必死だ。猫の手も借りたいのが見て分かる。

 

 「どうにかしなきゃいけない」

 

 そうして向けた銃口を掻い潜り、掴もうと貫こうと。抱きしめようと。伸ばされる腕を躱す――反応し遅れた指先が僕の肩を叩いた。

 肌が裂けて、骨が軋んで、肉が潰れる。

 突き立った指、手の甲。僕の血で濡れるその手は、かつて繋いだ手のひら。

 

 ……過去は過ぎ去った。

 

 今あるのは、白く、赤く、なによりも冷たい。激痛が駆け巡って、のたうち回る。何かが僕の肉の中で蠢いている。傷口を掘り返し、食い込んでくる。

 推測。手の先端から更に手が生えている。僕を内側から引き裂くつもりだ。証明として激痛が広がるのをやめない。皮膚の下を何かが蠢いている。

 おぞましい冷たさが、傷口を通じて広がっていく。

 

 「だけど、それは僕の領分だ……!!」

 

 動きを止めてしまった僕の大きな隙を見逃さず、手が降ってくる――数秒後、僕が穴だらけになる未来が見えた。 

 でもそれは、僕の中にできた最悪の現実での出来事だ。

 まだ現実ではない。

 

 「解放(オープン)―ッ!!」

 

 始点は、〈ハンド〉の体に撃ち込んだ氷弾(アイスショット)、外れて地面や木々に食い込んだ銃弾。残ったままの氷結路(アイスバーン)

 

 「氷嵐弾(アイスストーム)!」

 

 使った魔法を、新たな魔法に変換する。……なんか技名とかあったほうがいいかな。

 痛みと魔法の処理でいっぱいいっぱいのはずの頭の中にふっとくだらないことが湧いて出た。

 また後で考えてみよう。それはそれと横において。

 僕の魔法は、僕の描いたままに現実へと出力された。

  

 「……危機一髪」

 

 ――額にほんの少しめりこんだ指の圧力を感じながら僕は、エリミネーターを、突き刺さったまま動かなくなった〈ハンド〉の手を撃って、砕く。

 衝撃が伝わって傷が痛む。仕方ないと諦めて、拘束から逃れた僕は白い息を吐いた。

 こういうの少し前もあったな。そうだ。アーシェとの一戦で、あの時もぎりぎりで掴み取った勝利だった。

 

 「なんとかなった」

 

 安堵が僕の体をへたれこませようとする。けどその誘惑を振り切る。僕の戦いはまだまだ終わらない。

 今の戦いもまだ終わっていない。

 正直、出力の制限を解除した氷嵐弾(アイスストーム)。地面から空へ、〈ハンド〉を中心に立ち上る低音の竜巻。

 ハオさんとの会話で思いついたガトリングガン式ではなく、火属性の破壊の性質を活かした弾丸そのものを炸裂させて起こした局地的な極低温の氷嵐(アイス・ストーム)

 

 「だめかっ……!!」

 

 立ち上る白煙。僕の起こした局地的な極低温の嵐――を食い破るように母さんの顔が現れる。追いすがるように、手が猛烈な速度で来る! 手には、霜が降りていて、僕の努力が無駄でない証明のように数は減っている。

 銃口を向ける。撃つ――意味がない。焦りきった僕の銃弾は、空を撃つ。

 逃げる――間も無い。僕の速度では、距離を取りきれない。

 スローモーション。

 走馬灯の始まりのように速度を落とした視界いっぱいの、雨のような掌。雨と違うのは、どれ一つとっても致命的なこと。

 

 「兄さん、抜け駆けはだめよ」

 

 疾風のように、振り下ろされた大斧が僕の視界を開いた。

 見慣れた白髪がかわりに一瞬ぶわりと視界に広がった。。

 

 「……スー」

 

 「兄さん、抜け駆けはずるいわ」

 

 同じことを繰り返すスーは、振り返って不満げに僕をジトーっと睨む。そう、言われてもな……。

 

 「呼びに行くわけにもいかないだろう」

 

 「それはそうだけど。それでもよ」

 

 銃を向ける。頬を膨らませたスーが大斧を振るう。

 撃ち落とし、斬り落とす。手が残骸になって、地面に再び転がる。

 ……なんだかやれそうな気分になってきたな。

 

 「カイムから連絡があったからよかったものよね」

 

 「カイムさんから?」

 

 「正確には、カイムさんからハオにね。なんか昔使ってた連絡のできる魔道具だって。便利よねー」

 

 「なるほど。あっちは大丈夫なのか?」

 

 「まあぼちぼち。……ハオがいるからなんとかなってる。兄さんにも見て欲しかったわよ。あの人、ほとんど怪獣よ怪獣。ドン引きよ。きっと兄さんも幻滅するわ! きっと? いいえ、間違いないわね!」

 

 「そうか……。なら、よかった」

 

 いつもの通りのスーに、少しホッとした。それに、ハオさんたちの方は今の所、問題ないらしい。

 

 「自分が大ピンチだったのに人の心配? 本当に、もうしょうがない兄さんね」

 

 苦笑いを浮かべてしまう。反論しようがない。

 

 「本当だな。僕は、しょうがない兄だよ。それでしょうがない兄のお願いを聞いてくれないか」

 

 「自分で言う? お願いなんて言わなくても分かるわよ――だって、兄さんの言うことだもの」

 

 言い残したスーが走り出す。一直線。向かう先を確認するより早く、僕は、引鉄を弾いた。

 

 「……そうだな。僕たちは、兄妹なんだから」

 

 寸分違わずスーに迫っていた手を撃ち抜いた。やれる。矢継ぎ早に来る。撃つ、撃ち抜く。やれるね。

 

 「やるぞ。ドミネーター、エリミネーター」

 

 僕を裏切らない、二丁の相棒を握りしめた僕は、スーの後を追う。なんて悠長なことをしている場合じゃなかった。

 

 「接敵が早いよ!」

 

 僕が保っていた距離をあの子は、あっという間に詰めてゼロにしてしまう。基礎的な身体能力と速度に差がありすぎる。

 そんなことを考えている場合じゃない。

 無駄と思考を切り落とした僕の視線の先で、手の刺突を屈んで躱し、足払いをそのまま跳んで踏みつけたスーが大斧を振るっていた。

 けれど渾身の一撃は、新たな手たちが壁のように立ちふさがった。

 だけど斬れる。斬り落とされる。けれど〈ハンド〉は距離を離している。

 リセット、仕切り直すつもりだ。

 しかし、それは。

 

 「スーを脅威だと感じている証拠っ……!」

 

 「兄さん!」

 

 「分かってるさ!」

 

 スーの背中がまた遠のく。それは〈ハンド〉との距離が再び詰められるということ。

 なら今、僕のやることは――、

 

 「そこ!」

 

 声より早く、反射で撃つ。スーの邪魔をしようとした手を弾く。

 ――スーの道を阻むものを撃ち続けること。

 

 「氷縛鎖(アイスチェイン)!」

 

 撃ち落とし切れないのがスーに届かないように、放った鎖を絡ませ横へ引く。

 ――スーの足取りを淀ませないこと。

 

 「氷結路(アイスバーン)!!」

 

 再び叫ぶ。疾走する氷結の道をスーの為に走らせる。縦横無尽と〈ハンド〉へと伸ばす。

 少しだけ、魔力の残量がきつくなった気がする。気がしてるだけ。まだだ。木の枝のように、根のように分岐させろ。〈ハンド〉に選択させろ。

 そして、そこに道を見出す。

 スーの選ばなかった道。〈ハンド〉の選ばなかった道。そこを僕の道にする。 

 

 「再氷結弾(アイスショット・トリック)

 

 残った道を銃弾に、砕けた鎖を銃弾に。僕の手の届くものをすべて氷弾(アイスショット)に変えて、放つ。

 指定した方向は、上。対象は、懲りずに伸ばされた手。

 

 「――喰らえッ!」

 

 弾く。弾く。弾き損ねた手を、空中で向きを変えた銃弾が弾く。追いかけて、どこまでも追いかけて弾く。そういう執念深さのある氷弾(アイスショット)

 ……最初から追いかける弾丸だったら便利だよね。再考しよう。今はできないので閉まっておく。

 ――そして最後に、スーの道を撃ち開くこと。

 

 「()っ……――」

 

 結果、スーが〈ハンド〉の懐深くへ踏み込んだ――僕とスー、僕たち兄妹の努力が今、結実する。

 

 「――とべぇ()!!!!」

 

 赤と青の魔力が渦を巻いていき――スーの魔法が確実に炸裂する。

 構成している属性は、水と火。

 水の属性は、ものの流れを。

 火の属性は、破壊、熱。つまり力を。

 つまり、水で火の属性を運ぶ。周囲の力という力。摩擦とか風とか運動量とか。諸々全部、まとめてあげて、捻る。力を回転させて、巻き込んだものを粉砕する。

 故に、螺旋。

 

 「……さようなら、母さん」

 

 向けていた銃口を下ろした僕の唇から自然と零れ落ちていた。

 分かったんだ。あれが決まった以上、もう終わりだと。

 その時、魔力が四散して、螺旋が止まる。響いていた轟音も消え失せた。同時に、〈ハンド〉がその場に崩れ落ちた。まるで螺旋が支えていたから立てていたかのように。力なく。

 ……動かない。一瞬が酷く長い。螺旋に体を削り取られた〈ハンド〉は、只々、体液を垂れ流すだけでピクリとも動かなかった。

 〈ハンド〉は、母さんは、もう動かない。

 

 「兄さん、そんな顔しないで」

 

 〈ハンド〉のところに歩いてきた僕に、いつものように仕方ない人と表情だけでスーは言う。そんなこと、言われてもな……。

 

 「でも僕は、スーに押し付けて……ごめん……」

 

 「もう、謝らないで」

 

 「だけどな……。俺は、お前にやらせてしまった。母さんを……。僕がやるべきだった。長男なんだから……」

 

 「もう母さんじゃなかった。だからいいの。ていうかそういうの古臭いわよ」

 

 スーの指摘に、苦笑いが浮かぶ。それは確かに。そうだな。

 

 「――ね、兄さん」

 

 「なんだ。スー」

 

 「終わったら、ちゃんと連れて帰ろうね。お母さん」

 

 「……ああ、そうだな。スー」

 

 そうだ。まだ何も終わっていない。僕たちは、魔王種〈ハンドレス〉を殺さなければならない。  

 周囲を見ると〈ハンド〉の勢いは目に見えて弱まっていた。どうやらこの〈ハンド〉が司令塔だったらしい。

 冒険者たちの攻勢が強まっている。次々と〈ハンド〉が怯んで、すぐに倒されていく。

 

 ――いける。そう思えてきた。希望が見えてきた。そう感じた。

 

 なら今、僕は、僕がすべきことをする。そうするべきだ。 

 

 「行こう、スー。ここは皆に任せて、僕たちは魔王種の元へ向かおう」

 

 「ええ、もちろん」

 

 そのまま僕たちは走り出して、

 

 「兄さん、遅い」

 

 「遅いからってその脇に抱えるのはあんまりだろ!!」

 

 流石に、恥ずかしいし、かっこ悪すぎるけどスーより遅いのは、事実なので何にも言い返せなかった……。

 くっ……情けない……。

 

 



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第29話 VS〈ハンドレス〉その4:僕に考えがあります

 

 「――そこだッ!!」

 

 空を穿つは、捻れたヤドリギの矢。カイムの放った矢の群れが〈ハンドレス〉の大きく太い幹を内側から膨らませる瘤の一つを針鼠に変えていく。

 カイムの魔法属性は、水と木。木は、植物、命、成長を司る。カイムは、それをそのまま攻撃手段にした。

 結果がこのヤドリギの矢。無数に成長分裂し、飛翔する魔法。突き刺さった対象の中にまで、侵入し、刺し貫く。

 そして、〈ハンドレス〉の瘤は、パンっと弾けた。

 

 「ちっ、また外れか」

 

 カイムの唇から悪態が転がり出る。

 〈ハンドレス〉の無数の手がカイムの居た空間を細切れにするように貫き、斬り裂いた。

 睨みつけた先には、〈ハンドレス〉の異様がある。

 大きく太い、巨大としか言いようのない幹。もし斬り倒すというなら斧などいくらあっても足りないだろう。

 幹を覆う樹皮の中から生えた無数の手。〈ハンド〉が可愛く見えるほどに長く多い手は、木々の枝葉とともに茂り、空を、太陽を隠している。

 

 〈ハンドレス〉とは、巨大な樹木に寄生し、人を中途半端に模倣した魔王種である。

  

 その足元に、大きな根を地面から覗かせる〈ハンドレス〉のテリトリーに、カイムたちは居た。

 護衛の〈ハンド〉が蠢いている。前線にあれだけ出しているのに、〈ハンド〉は、こんなにもいる。

 見知らぬ顔がカイムたちを見ている。

 シルヴァたちが見出した希望も、ここでは暗い影が覆い隠していた。

 魔王種の巨大さは、人があまりに矮小であると嫌になるほど彼らへ伝えてきた。

 

 「そんなこと……!」

 

 カイムは、知るかと吠えた。

 

 「いけよ、ヤドリギの矢(フロムンド)!」

 

 カイムの放ったボウガンの矢が空中で無数に分裂して、弧を描くと〈ハンドレス〉へと再び襲いかかる。

 矢は、新たに感知した核へと向かっていく。

 だが今度は、〈ハンド〉が〈ハンドレス〉を庇った。知らない顔が形を失って、手足を貫かれた。もう動かない。

 カイムは、気にしてなんてもういられなかった。もう見慣れていた。

 ……見慣れてしまっていた。

 

 「ヘドが出る……!!」

 

 この場の誰だってそうだ。カイムもそう。ハオも、シルヴァもスーも。名前を知らない冒険者も皆そう。

 

 「だからこそ終わらせんだよ」

 

 二の矢を放った。〈ハンド〉という壁がまたしてもカイムを拒む。諦めない。

 三の矢を放った。今度は、届いた。核の反応を正確に射抜く。

 ――瘤の内は、空。核はない。ハズレ。カイムが視認した直後、手を繋いで、空が埋められた。

 異様な生命力。ひとえにこの魔王種の属性が、水と木であり、それを魔王種のスケールで操られると不死身にすら見えてくる。

 カイムの魔法属性は、水と木。同じ属性を使う者として、上位の存在であると認めざる得なかった。

 

 「うおっと……。んで、どうするんだ? カイムさん」

 

 カイムのほど近くで爆音が鳴り響いた。一瞬、周囲の喧騒をかき消すほどの爆裂音だ。その音の主、〈ハンド〉を爆殺した冒険者がカイムの方を伺うように見る。

 先程カイムが足元に転がってきたのを拾い上げた冒険者だ。シルヴァとそう変わらない年齢。こんな冒険者いたか? と作戦会議をおこなったテントのメンツを思い出しながら首を捻った。

 だがなんとなく見覚えはあったし、かなりボロボロだが元気。なによりこの現状、猫の手も借りたかった。

 

 「どうするもこうするも無いだろう。核を壊さなきゃあれは死なない……――」

 

 冒険者の問いかけに、答えようとしてからカイムは、舌を打った。 

 

 「……言ってて嫌になる」

 

 「あんたくらいの冒険者が嫌になってたら俺なんて絶望しちゃうっすよ。だから頑張ってっと!」

 

 そう言って、近くに転がってきた若い冒険者の少女に覆いかぶさろうとした〈ハンド〉を蹴り飛ばして、爆殺した。

 

 「言ってくれるな。たく……」

 

 あまりの正論に、カイムは反論が出てこなかったから黒焦げのまま立ち上がろうとした〈ハンド〉へ矢を撃ち込んだ。内側から突き出た太い枝葉が〈ハンド〉を二度と動かないようにする。

 

 「ちゃんとトドメをさせ」

 

 「ッス……。それでどうするんだ」

 

 「どうするか、か……」

 

 悩むカイムを”手”が襲う。〈ハンド〉のと同じような手を、〈ハンドレス〉も持つ。ただ物量と射程が段違いだ。

 矢を飛ばして、〈ハンドレス〉が放ってくる手を牽制したカイムは、同じく手を爆撃で撃退した少年を見る。

 

 「こうやって場当たり的な対処を繰り返して、間にながらの探査では埒が明かない。集中する必要がある。それに、できればもう一人欲しい」

 

 少年に迫っていた手が撃ち抜かれた。ヤドリギの矢。カイムだ。その技の冴えと反して、表情は苦い。何故か。ないものねだりだからだ。

 

 「もう一人って、連れてこなかったのか?」

 

 「お前を拾う前に死んだよ」

 

 カイムと同等、それ以上の探査魔法の使い手の冒険者は、この戦闘突入直後、死亡した。

 彼らを待ち構えていた〈ハンドレス〉による攻撃を全員がそれぞれで身を守るしかなく、守りきれなかった冒険者が殺された。

 冒険者は、そのうちの一人だった。

 その結果、こうして乱闘にもつれ込んでいる。どうにもままならない。

 

 「無いものは無い。それに今、無いだけだ」

 

 「なんか当てでもあるのか?」

 

 「……一応、弟子がな」

 

 弟子。弟子、か。言ってから口の中で反芻する。カイムは、ハオに頼まれてシルヴァを鍛え始めた。

 それなりに時間を共にした。妹に比べて体力が全然無いからずっと走らせてみたり、魔法の使い方が似てるから教えてみたり。

 確かに弟子か。ハオに言うとキレられそうだけどな。

 

 「へえ、弟子。弟子ってどんなやつ?」

 

 「お前と年齢が近くて、真逆だよ」

 

 「真逆? 真逆って、戦闘スタイル的な?」

 

 「後で生きてたら教えてやるよ」

 

 いや、そんなことよりだ。

 今最も必要なのは、この命がすり潰されるような戦場をどうにかするための方法。

 魔王種を殺すための一手を考えろ。

 

 「手が足りないから他の手を考えても意味ねえな」

 

 机上の空論。あほらし。あまりの情けなさに、カイムは嫌気が差した。ぐだぐだと来るか分からないやつを待ってる暇はない。覚悟を決めろ、カイム・ジキタニス。

 俺は、シルヴァに死ぬなと言った。ハオに顔向けできないと思ったのだから。

  

 「なあ、援護頼めるか」

 

 「いいぜ。あんたには助けてもらった恩義もあるしな。だけどなる早で頼むよ」

 

 少年冒険者は、強気に笑うとカイムの壁になるように立った。カイムより背が低く、小さな背中。年端も行かず、経験も足りない彼は、カイムに比べると頼りないのは間違いない。

 だが頼るしか無い。何より盾になった彼に失礼だ。その勇気を讃えなければならない。

 そこまで考えて、ふとカイムは、気づいたことがあった。流石にこれを聞かずに死線を潜るのはいくらなんでも無いな。と口を開く。

 

 「聞いてなかったが、お前、名前なんていうんだ」

 

 「俺?」

 

 「お前以外に誰がいる」

 

 そりゃそうだと笑う気配の後。

 

 「レント。レント・ファインス」

 

 聞き覚えがある名前だった。どこで聞いたか……思い出す猶予すら無い。ただ今必要なことを言うだけ。

 

 「分かった。レント、頼んだ」

 

 「任された」

 

 カイムは、その場にしゃがみ込むと地面に掌を押し当てた。息を吸って吐く。落ち着け。心を鎮めろ。集中。カイムの耳から喧騒が遠のき。

 

 「探査、開始」

 

 地面に押し当てた掌から魔力の流れを辿る。シルヴァの魔法の遠隔展開、ハオの雷閃槍(ジュピター・アキュリス)にしても魔力の流れを辿るという技術を使っている。

 そして、カイムがこれから実行するのは、それらを大きく上回る高度な技術だ。

 二人が追っているのは、自分の魔力。カイムが追うのは、他人の魔力。自分のものと他人のものでは、単純に勝手が違う。

 水の属性は、流れを。木の属性は、命を。

 2つを合わせることでカイムは、魔王種の生命の根幹 魔王種を支える生命線、魔力の根源、核を探す。

 ただこの魔法が飛び交い、魔王種、魔王子種の跋扈するこの戦場では、特定の魔力を探し出すのは困難を極める。

 特に〈ハンドレス〉は、核を偽造する。つまり真偽も見極めなければならない。

 探りの手を伸ばす。探るということは、こちらも探られるということ。魔力による偽装を施す。息を殺して、目をを見開く。

 

 「……くそ」

 

 そして、カイムの口から悪態が転がり落ちる。

 こんがらがった糸といえばいいだろうか。無数の縫い糸めいた細い糸が絡まって、どうしようもなく解けない状態。カイムには、この戦場の魔力の流れがそう視えていた。周りには人間の魔法使いたちがばら撒いた魔力の残滓が糸くずめいて散らばっている。

 カイムは、まずこのうちの一本を見分ける必要がある。最悪な形のあみだくじといえば分かりやすいか。

 チャンスは何度もない。レントも他の冒険者たちにも限界がある。

 

 まばたき。不要な、分かりやすいもの、明らかに人間のものを視界から排除する。

 明らかに糸が減る。それでもこんがらがった現状は変わらない。

 原因は明らかだった。〈ハンド〉だ。無数の人間を素材に作られた魔王子種の魔力は、素材の人間そのものだ。雑多で、統一性がない。フィルタしにくい。

 

 分かっていたことだ。カイムが改めてまばたきする。絞る。必要なのは、〈ハンドレス〉の魔力波長。だから他を切り捨てる。

 

 「これでだいぶスッキリ……」カイムはあからさまに顰めっ面を浮かべ「……してねえじゃねえか」

 

 相手が何かをカイムは、改めて思い知る。

 魔王種は、魔力で生き、魔力を喰らい、魔力を吐く。純然たる魔力生命体。人間みたいな副次的に魔力を操る能力がある存在とは、格が違う。それこそ手足より精密に操る。

 

 「こっちがやることなんてお見通しってことかよ」

 

 カイムの視界では、切り捨てようとした〈ハンド〉の魔力波長が〈ハンドレス〉のものに同期していた。フィルタをかけられない。手が止まる。時間がない。焦る。

 いや、〈ハンドレス〉と〈ハンド〉は、完璧に同調してはいない。元が違う個体だからそれはできない。ただ類似性をもたせてフィルタをすり抜けているだけだ。

 フィルタをかけ直す。カイムの挙動に反応して変化する。かけ直す。だめだ。カイムは、歯噛みする。

 もう考えられることは唯一だけだった。 

 

 「……俺の魔力が警戒されている」

 

 カイムの探査は通らない。視られている。監視されている。異様な息苦しさがカイムを襲う。

 

 「やっぱりもう一人いるか……」

 

 手は止めない。抵抗をし続ける。手を入れ続ける。まぐれでもいいとカイムは、続ける。一度でも引っかかればこっちのものだ。条件を変え、〈ハンドレス〉以外を何度と切り捨てる。

 しかし、現実は非情だ。

 〈ハンドレス〉は、カイムの上を行く。偶然を許さない。

 そしてなにより――。

 

 「っ! カイム!!」

 

 レントの声。焦った声がカイムの耳朶を叩く。反応がワンテンポ遅れてしまう。警報がカイムの中で鳴り響く。

 少なくない損傷を負いながらも〈ハンド〉が迫っていた。カイムの目の前まで。

 ――カイムの存在を許さない。

 走馬灯が見えていた。カイムは、現実がスローモーションに見えていた。魔法も、ボウガンも遅い。回避も間に合わない。積んだ現実を前にできたのはそれだけで。 

 

 「どりゃ」

 

 だがしかしと、カイムの死神をすっ飛んできた大斧がを斬り飛ばした。

 

 「貸し一でいいよね?」

 

 「タイミングがいいな。いいよ。何がいい?」

 

 「街一番のプリン」

 

 ズズッと〈ハンド〉から大斧を引き抜いたスーは、にやっと笑う。『安いな、おい』という内心の呟きを圧し殺したカイムは、大人の答えをした。

 

 「心得たよ」

 

 「じゃ、兄さんも連れてきてるからお願いね」

 

 そう言い残したスーは、すぐ近くの〈ハンド〉へと斬り掛かった。その背中も遠くなる。

 

 「……シルヴァも来てるのか」

 

 カイムがぽつりと呟いたところ。氷のラインがカイムの元に引かれて、

 

 「ハア……ハア……おまたせ、しました……!!」

 

 肩で息をするシルヴァが滑ってきた。どう見てもスーにおいてこられた顔だった。思っていることが顔に書いてある。

 

 「お前……」

 

 泥まみれな上にシルヴァは、擦り傷、切り傷、打撲、傷にも塗れてる。きっと服の下も。頑張ったなとカイムは思った。

 

 「……なん、です。来ると思って、ませんでしたか?」

 

 カイムの反応が気に食わないのか珍しくすねた顔をしているシルヴァに、カイムはつい笑っていた。

 

 「五分五分だと思っていたよ」

 

 カイムは、手を伸ばして、シルヴァの頭をくしゃりとかき混ぜるように撫でる。強く、安心と信頼を込めて。

 

 「来てくれて助かる。……まあ、とりあえず深呼吸でもして落ち着け」

 

 「……カイムさん。素直な疑問なんですけどいいですか?」

 

 「なんだ」

 

 「こうやって色んな女性落としてきたんですか?」

 

 「……ハオの入れ知恵か」

 

 あっと口を開いたシルヴァは、その後、苦笑いした。

 

 「はは……はい」

 

 「とりあえず。いい。……いや、よくはないが……いい」

 

 感動的シーンだったのになあ。とカイムは、今度ハオを締めようと心の中で誓って、シルヴァの頭から手を離した。今、やるべきことがある。

 

 「早速だが手伝ってもらうぞ、シルヴァ」

 

 「もちろんです。そのつもりできましたから」

 

 「言うじゃないか」

 

 にやりと唇を歪めたカイムが話始めようとしたその時だった。

 

 「それで、どうすればいいんですか……ってええ!?」

 

 「いつつ……。すげえなあれ。化け物か……あ、よっ」

 

 転がってきたレントを見て、シルヴァが目を見開いて叫んだ。

 なんか今までで一番驚いている気がするな……。とカイムは思ってからようやくレントをどこで見たのか思い出した。

 

 「そういえばトーナメントに出ていたな。どこかで見た顔だったんだ。スッキリした」

 

 「え!? いや、どういうこと!? 説明しろ、レント!!」

 

 「あ? 今? いや、今忙しくて……ていうかお前の妹やばすぎだろ。なんだよあれ」

 

 「それは僕に聞かれても困――うわ!」

 

 シルヴァとレント、二人の間に、先の鋭いつららが何本か突き刺さった。投げられてきたほうを見ると丁度スーが〈ハンド〉を斬り倒していた。周囲には、同じように斬り殺されたものや魔法で半分凍り、半分焼けたもの。粉々になったものが飛び散っていた。頬を〈ハンド〉の返り血に汚したスーの視線が二人に向けられる。唇が動く。声が出てないのにはっきりと伝わった。

 

 『 は た ら け 』

 

 突き立ったつららより冷たい笑顔に、二人は身震いした。ただ言う通りだった。遊んでる場合じゃない。

 

 「……後で訊くから死なないでくれよ」

 

 「そっちこそ、死ぬんじゃねえぞ」

 

 レントが 差し出した拳に、一瞬きょとんとした後、すぐに意図に気づいたシルヴァが拳を軽くぶつけた。

 

 「すみません。時間を取らせました」

 

 「若いな……」

 

 「おじいちゃんみたいなこと言ってますよ」

 

 「むっ……」

 

 しみじみと呟いたカイムは、シルヴァの指摘に、押し黙った。

 

 「……まあいい。とりあえず始めるぞ。見ての通り、予定と変わって俺とお前の二人だけでやる。いや、やるしかない」

 

 「状況は芳しくない、というのであってますか?」

 

 「あってる。魔王種のやつ、小賢しくも俺の探知に反応して妨害してきてる。おかげで、絡まった同色の糸の中から一本の当たりを引き抜くゲームを強要されてた。とりあえず見てみろ。やり方は、来る前に教えただろ」

 

 促されたシルヴァは、先程までのカイムと同じようにしゃがんで地面に手をつけた。真面目な顔が一気に崩れて、困った顔になった。ああ、わかる。わかるぞ。懸命に表情筋を操作しているカイムも同じ気分だった。

 

 「これは酷い。総当たりするのも無謀で、運任せも確率を考えると気が遠くなりますね」

 

 「そういうことだ」とカイムがシルヴァに訊く「ぶっちゃけな話だけどアイディアあるか? 俺の方にも考えはあるがお前にあれば聞きたい」

 

 「……正直なところ、今、カイムさんはすごく警戒されてますよね?」

 

 「ああ。俺が探りを入れてもしっぽを出さないだから俺を囮にして、反応をお前に見てもらうつもりだった」

 

 「……一つ、僕に考えがあります。聞いてもらえますか?」

 

 「OK 頼む」

 

 数分後。シルヴァの言葉に、「なるほど」とカイムが頷いていた。

 

 「まだあるかどうか、それが手掛かりになるかは微妙なところですけど……」

 

 「けど、シルヴァ、お前はいけると思ったんだろ?」

 

 「……はい」

 

 「よし、じゃあ、それでいこう。俺のより確度がありそうだ」

 

 なにより。と前置きして。

 

 「もう、時間がない」

 

 限界は、刻一刻と迫っていた。

 



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第30話 VS〈ハンドレス〉その5:RUN&RUN&FIRE!

 

 「ね、ハオさん」

 

 「? なに、アーシェ。雷閃槍(ジュピター・アキュリス)!」

 

 「ああ、いえ。ちょっとした感想なんだけどね」

 

 「なによもったいぶって。さっさと言って。雷閃槍(ジュピター・アキュリス)!!」

 

 「では、お言葉に甘えて……」

 

 こほんと咳払いしたアーシェが言う。雷閃槍(ジュピター・アキュリス)雷閃槍(ジュピター・アキュリス)。もう一発。雷閃槍(ジュピター・アキュリス)。そこにも一発。ついでにニ、三発。

 

 「控えめに言って化け物だよね」

 

 どんがらがんと私の雷閃槍(ジュピター・アキュリス)が降り注いだのを聞きながら私は、アーシェの方に渋面を向けて、ついでにその後へと手を向けた。

 

 「雷閃槍(ジュピター・アキュリス)! 控えめもなにも普通に失礼ね……」

 

 「他に言葉を探したんだけど端的に表すならもうこれしかないかなって。よっと」

 

 あははと笑うアーシェが私の焼き残した〈ハンド〉の、黒焦げになった手を斬り落とした。その後、トドメとざくざく突き刺す。ほとんど炭化していたから崩れ落ちるが正しい。もちろん、私のおかげです。

 

 「まあ、否定はできないかも……しれないわね。私、できるタイプだから」

 

 自分でもやればできる子どころかパッと見、化け物よねっていう自覚はある。でも私思うのよね。

 

 「すごい肯定的。でも私たちが助かってるのは、ハオさんのおかげだしねー。ありがとうございます」

 

 ――化け物じみててよかったって。化け物だからこうしてお礼ももらえてる。

 

 「どういたしまして」

 

 肩をすくめて、ちょっと困った顔をしてしまう。感謝されたんだから素直に喜びたいものよね。

 

 「でもそろそろ限界かも」

 

 正直なところ、魔力の底が見えてきた。雷閃槍(ジュピター・アキュリス)は、正確に射抜けばかなり消費を抑えられる魔法ではあるけど撃ちすぎた。

 はっきり言うと防衛ラインは、ズタズタだった。冒険者のほとんどが大なり小なり負傷していて、かなりの数が撤退。それができず、物言わない肉塊に成り果てた。

 〈ハンド〉の数も最初より減ったようには見える。何体も焼いて、焦がして、バラして、殺した。冒険者と同じくらいの死体が転がってる。

 しかし〈ハンド〉は、私たちに迫ってくる。ゆっくりと確実に。私の魔法を受けながら。

 それでも私は、何度も何度も魔法を放つ。雷閃槍(ジュピター・アキュリス)で、〈ハンド〉を焼いて殺す。何度も放つ。

 ここが最終ライン。これ以上は、進ませられないから。

 

 「最期まで付き合うよ、ハオさん」

 

 「縁起でもないこと言わないの。絶対に死なない。死なせない」

 

 死なせない。今この場で、私の目の前でこれ以上死なせてたまるものですか。

 そう思うと私よりずっと前で頑張っているシルヴァとスーのことが心配でたまらなくなる。

 原作とか推しとかそういうのをさておいて、あの子たちが大怪我をして苦しんでいるところが脳裏に過ると胸を掻き毟りたくなるような焦燥感を覚えてしまう。

 妄想。妄想よ。絶対に、大丈夫。

 

 「カイムッ……!!」

 

 早くどうにか見つけなさいよ! やけくそとばかりに頑張っているであろう彼の名前を呼んだ。

 

 『――呼んだか?』

 

 「カイム!!」

 

 一瞬幻聴かと思ったけどそうじゃない。私の指輪から声がした。

 

 『わざわざ通信してきたってことは……!!』

 

 「まだ核は見つけられてない。色々と想定外、妨害とかにあって情けないことに状況は芳しくない』 

 

 「でも、それを伝えるための通信じゃない、わよね?」

 

 『ああ、もちろん』

 

 頷くカイムの顔が見ずとも頭の中に浮かんできた。意思の力に満ちた瞳は、諦めていない。

 

 『作戦を伝える。これが今できる精一杯だ。それで、なんだが……』

 

 ほんの少しの躊躇いを含んだ声の後、カイムが続ける。なんとなく私は察していた。

 

 『……了承してもらうことがある。シルヴァとスーのことだ』

 

 やっぱり。

 

 『これから伝える作戦の考案者があいつで、これから一番危険な目にあうのは、あいつだ。スーにも付き合ってもらう。だから……』

 

 「いいわ」

 

 「いいのか?」

 

 「いいの」

 

 ……よくはない。

 

 「シルヴァもスーも自分の意思でそこにいる。なら問題ないし、私の了承なんていらないわよ」

 

 なによりあの子たちこそがこの困窮した現状をひっくり返せる要素なんだから。

 主人公という存在には、強烈な力があって、なによりあの子たちの努力と才能はそれができるレベルにあると思う。

 賭けたい。そして、助けになりたい。

 

 『なるほどな。確かに、それはそうだな。じゃあ、一つ頼まれてくれ』

 

 「作戦のこと?」

 

 そうだ、と通信機の向こうでカイムが頷いた。

 

 『お前に一つ、やってもらいたいことがある』

 

 「…………正気?」

 

 カイムの言う作戦に、私は、冷や汗を浮かべた。ああ、これはシルヴァとカイム二人の合作なんだというのに、遅まきながら気づいた。

 

 『できるだろう? 昔、飛竜を落とした時もできたんだからなこれくらい簡単だろ』

 

 無理して明るくしなくてもいいのに。私はつい苦笑いしてしまう。

 

 「……そうね。やってみせましょう」

 

 覚悟を決めた私は、承諾した。 

 

 『助かる。そう言ってくれないと自爆特攻することになってた』

 

 「ふざけないでよ。そっちもちゃんとやりなさいね」

 

 『言われなくとも。合図、見逃すなよ』

 

 「はいはい」

 

 『じゃあ、二人に代――「大丈夫。代わらなくていい」――いいのか?』

 

 「聞きたいけど、今はやめておく。ちゃんと帰ってきてから聞くことにする」

 

 声を聞いたら行かせたくなくなっちゃうかもしれない。

 

 『分かった。……じゃあまた後でな』

 

 「ええ、またね」

 

 その言葉を最後に、通信が切れた。カイムの声は聞こえない。

 

 「恋人?」

 

 「違うわよ」

 

 からかうようなアーシェの質問に即答した。ちがう。あいつと私はそういう関係じゃない。

 

 「共犯者ってところかしら」

 

 魔王種を皆殺しにすると私たちは、いつかの青い春の日、誓いあった。

 

 

 

 +++

 

 

 『俺たちの役割は、シルヴァを魔王種のところに届けることだ。それがこの作戦の第一フェーズだ』

 

 手が空を貫いて、前から迫ってくる。見慣れた光景。死を引き連れた〈ハンドレス〉の手。地面の下からか、はたまた頭上を覆う枝葉の中からか。今のように直接幹から伸びるてくることもある。

 

 『だから全員で絶対に守り抜くぞ』

 

 手が空中で爆散した。粉々になった肉片が僕の頬を微かに打つ。体液の蒸発する異臭が鼻を突く。

 左を見れば、レントが手を突き出している。それからすぐに離れて、〈ハンド〉を引き付けていく。爆裂が何度も赤く、黒く炸裂した。炎の匂いが異臭を攫っていった。

 

 「シルヴァ、速度上げられるか? いや、上げろ」

 

 カイムさんの声が後ろから聞こえる。あの飄々としたカイムさんが切羽詰まった様子が隠しきれていない。想像できてしまう。きっとこうなっているという妄想が脳裏を過る――だめだ。振り返ってはいけない。そこにあるであろう恐ろしい光景から遠ざかるため、僕は自分に無理を強いる。

 

 「氷結路(アイスバーン)!」

 

 前に氷のラインを引く。進行方向をエミュレートして、木々の合間を縫うように僕の体が加速した。

 ところが、その道を塞ぐように〈ハンド〉が現れる。〈ハンドレス〉もまた手を伸ばし、絡め取ろうとしてきた。

 

 「ッ!!」

 

 跳躍。傍の木を蹴りつけて、回避。着地地点に氷のラインを。再度加速――した直後。手の一本が丁度、僕の首が通るであろう地点に現れた。

 避けられない。直感と理性が同時に叫んだ。

 

 「兄さん、」脇から手が差し込まれて、「ちょっと揺れるよ」僕の視界がぶれた。

 

 急激な加速。さっきまでの僕がまるで赤ん坊のはいはいに思えてくるような加速。三半規管がぐわんと揺れて、胃の中身をぶちまけそうになるくらいだった。

 木の枝を蹴り、幹を蹴り、〈ハンドレス〉の手を踏んで、潰し、〈ハンド〉の頭を砕いてと空中を歩くようにスーの体は縦横無尽と、しかし確実に前に進む。

 

 「す、スー……助かったよ」

 

 「ん。危なかった」

 

 小脇に抱える感じで運ばれるのは毎度のこと非情に情けないし、自分の弱さが嫌になるけど今はそんな場合じゃない。

 鋭い風切りが聞こえる。木々が、手が猛スピードで脇を通り過ぎていく。横合いに視線を向けると爆裂の魔法で加速して追いついてきたレントの姿がある。背後にもちらりとカイムさんが見えた。みんな無事らしい。

 それを確認してから今度は、上を見上げてみた。そこには、当然のように在る〈ハンドレス〉の異様が木々の隙間に見えた。

 ……巨大すぎて、近づいているのかどうかがわからない。スケールが狂っている。

 いや、悲観視するな。

 

 「スー。そのまま進んでくれ」

 

 「まっすぐ?」

 

 「ああ、できる限りまっすぐ」

 

 「りょ」

 

 ……まだ早くなるのか。こんな状況でも浮かんでくる非力な自分への失望。カット。カットカット。やめ。やめだやめ。終わってからだ。現在に集中する。

 

 「兄さん」

 

 「どうかしたか? スー」

 

 「急に自分の頭を殴打するのやめて。怖いわ」

 

 「……ごめん」

 

 今度は、挙動不審だった。気をつけよ――っ!! 視界の外から手が伸ばされた。〈ハンド〉はもう振り切っていて、ついてこれていない。つまり〈ハンドレス〉だ。

 

 「ぼーーっとしてるな!!」

 

 突っ込んできたレントの爆裂が手を薙ぎ払う――しかし。僕たちは、足を止めざるえなかった。太い枝の上に足を下ろす。近くで同じようにレントやカイムさんが足を止めていた。

 

 「私でどうにかできた」

 

 「はっ。そうかよ」

 

 「二人ともそのへんでな……」

 

 頬を膨らませたスーの睨みをレントが煽るから、とりあえず僕は仲裁した。

 

 「そういう場合じゃない、だろ」

 

 なにより今は目の前の障害をどうにかしないと進めない。

 ありたいていに言って、壁がある。〈ハンド〉が組み合わさり、周囲の木々と〈ハンドレス〉の手まで繋がって壁になっている。正直なところ気色が悪い。

 道理で〈ハンド〉が追ってこないはずだ……。ここに集まってるんだから。納得だった。なによりここを塞ぐ理由も分かった。

 

 「……兄さん」

 

 「ああ、この向こうに〈ハンドレス〉がいる」

 

 「なるほど。これを超えなきゃ〈ハンドレス〉の顔は拝めないってことか。どうする? 穴でも開けるか?」

 

 「飛び越えるのは……」見上げて、「難しそうだな」

 

 生い茂る枝葉の中を抜ける気にはならない。あそこにもきっと〈ハンドレス〉の手が潜んでいるだろう。

 後は、この壁の途切れ目を……。いや、無意味だ。きっとこの壁は僕たちに合わせて移動する。堂々巡りだ。

 

 「……悠長に考えている時間もないぞ」

 

 カイムさんに言われて気づく。……しまった。集中しすぎていた。

 

 「多いな」

 

 レントの呟きに頷く。がさがさと草花を踏み荒らす音がいくつも迫ってくる。距離も近い。途中から振り切ったと思ったのも僕たちがここで必ず立ち止まると分かっていたからか。油断していた。

 

 「死んでから反省会をするつもりはない。レント、付き合え」

 

 「はいはいっと」

 

 「2人とも何を……? まさか!!」

 

 地上に降りていく2人を見て、すぐに理解した。

 

 「そういうことだ」

 

 2人で壁をこじ開けて、進めとカイムさんは言外に言っていた。とても合理的だ。この場を切り抜けて、先に進むには誰かが足止めをする必要がある。

 

 「だけど、それは……!」

 

 〈ハンド〉の群れと〈ハンド〉の壁の2つを相手にすることになる。

 

 「自殺行為だ!」

 

 2人とも分かっていることは承知でも言わずにいはいられなかった。

 

 「しょうがないだろう? ご指名なんだ」

 

 追いかけた先で、レントが指す方を僕は見た。男の顔がついた〈ハンド〉がいる。他の〈ハンド〉と代わり映えはしない。ただその男の目には、何かの感情が浮かんでいた。なによりレントを見ているように感じる。

 

 「紹介するぜ。クソ親父だ」

 

 「彼が……」

 

 普通の男性に見えた。どこにでもいるような普通の人。それでもレントが彼を見る目に映る感情には、憎しみよりも哀しさのほうが強かった。

 

 「兄貴と母親は殺せた。後は、こいつだけなんだよ。早く楽にしてやりたい。もう見ていられないんだ。だからさ」

 

 レントは、にやっとまるで言ってみたかったとばかりに言う。

 

 「俺を置いて先にいけ」

 

 「レント……君なあ……。そんな無理矢理その場の空気を軽くするような……」

 

 「じゃあ俺も行っていいか?」

 

 「カイムさんが誘ったんだろ!?」

 

 「カイムさん!」

 

 茶化すカイムさんに、少し声を荒げてしまった。そんなふざけてる場合じゃないでしょう。

 

 「シルヴァ。保証はしないが死ぬつもりはない。遊んでる場合でもないからお前はさっさといってやることやれ」

 

 「そんな……」

 

 「兄さん行くよ」

 

 「カイムさん! レント! スー、離してくれ!」

 

 離れる間もなく、またしてもスーに抱えられて運ばれる。力で逆らっても無意味だから声をかける。首を振って、スーは僕を離さない。

 軽くレントが手を振る。シルヴァさんが僕に一瞥する。距離がぐんぐんと離れて、2人は、〈ハンド〉の群れに消えていった。

 また、僕はレントを置いていくのか……!!

 

 「カイムの言う通りだよ」

 

 「分かってるよ! 分かってるけど……!」

 

 分かっていた。分かっている。それでも……! ああ糞! やるせなさが募るけど……。

 

 「ごめん。スー」

 

 「いいよ、兄さん」

 

 「ああもう謝ってばかりだ。情けない……」

 

 「兄さんはいつもそんなのだからいいよ」

 

 「いつも!?」

 

 いつもってなんだ!? 僕はいつも情けないのか……!? 愕然とする僕を尻目に、スーはくすっと笑う。

 

 「冗談」

 

 「冗談って……。……はは、スーありがとう。肩の力が抜けた」

 

 「それはよかった。兄さん。壁だよ。どうする?」

 

 言われて見るともう壁も目の前。〈ハンド〉が蠢き、その手と目がこちらに向けられている。気色が悪い。

 

 「ぶちぬこう。厚さが分からないけどそれしかない。スーの魔法……螺旋だったね。あれに僕も合わせる」

 

 「そんなことできるの?」

 

 「できると思う。視た限り僕もやれなくはない」

 

 「流石、私の兄さんね」

 

 誇らしげなスーに、少しばかり僕もむず痒くなる。けど褒められて悪い気はしない。

 

 「一気に接近して、同時に放つよ」

 

 時間をかけると捕まってしまうからだ。

 

 「りょ」

 

 「じゃあタイミングは……」

 

 壁まで距離はない。簡潔で、分かりやすく……。

 

 「3.2.1.でどう? 私が声に出す」

 

 「分かった。それでいこう」

 

 「じゃあ、兄さん――合わせてよ」

 

 瞬間、急加速。一歩の踏み出しで、大地が大きくえぐれた。ぼんっと大気を破砕する衝撃音。体に伝わり、骨がきしむ。

 

 「3!」

 

 ごうごうと風の音。さっきの樹上での移動はトップスピードじゃなかったのを実感する。

 

 「2!」

 

 距離はほとんどない。魔力を練る。螺旋の仕組みは分かってる。スーの癖も理解できている。妹のことだ。大体分かる。だから合わせられるように準備する。

 火の属性の破壊を、水の属性の流れに乗せて、廻転を描く――故に螺旋。

 

 「1!」

 

 魔力がほとばしる。合わせる。スーの突き出した手に、〈ハンド〉が反応する。遅い。魔法は既に起動している。

 突き出した手を中心に、破壊がぐるぐると廻転する。魔法の予備運動。ここから更に速度を上げて――!

 

 「「螺旋(じゃま)だ!!」」

 

 〈ハンド〉の壁をものの一瞬で採掘して、向こう側の景色を覗かせた。道ができた。通れる! 今だ! と思った時には、僕たちは〈ハンドレス〉の前に居た。

 〈ハンドレス〉がいる。巨躯が、そこに在る。スケールが狂うほどに巨大な姿を僕たちに晒している。

 視られている。見られている。観られている。覧られている。幹に、びっしりと張り付けられた目が僕らを見ていた。まぶたがある。まばたきがある。色んな形で、色んな色がある。ああ、あれはきっと誰かの目だ。

 前見た時、遠目に見た時はなかった。僕らは今、敵対者として認識されつつある。

 手が向けられる。無数の手。上部に茂る枝葉の中、幹から生えた新たな手、地面を割いて現れる手。明確な攻撃の意思があった。

 すぐに来る。確信だった。

 

 「スー!」

 

 「兄さん、どれくらいかかるの?」

 

 抱えられたままスーに訊かれる。距離は大丈夫。条件もいい。前に撃ち込んだ弾丸を再度起動させる時間とそれを核に向かわせる時間……計算できた。

 

 「あまりかけない……つもりだ。核を見つけ出し次第、マーキングする。それからハオさんに合図する」

 

 びりびりと肌に伝わる威圧。その影響なのかどうにも体が重く感じる。唇もそれのせいで重い。

 

 「分かった。じゃあ、それまで暴れる。すごく、全力で。どうなってもいいくらいに。色々口から出そうになるかもしれないけど堪えてね」

 

 「……お手柔らかに頼むよ」

 

 「ん」

 

 瞬間、足元の地面が大きくめくれあがった。無数の手が死神の鎌のように来る。

 ただ不意打ちを食らうスーではない。既にそこから離れている。前髪も、横も襟も乱れに乱れる。

 手が追いすがる。〈ハンドレス〉のテリトリー。足元だ。逃げ場はそうない。隙間に体をねじ込み、逃れようとするしかない。

 そんな最中、僕は目をつむった。視覚情報をカット。魔法で、余計な情報を切り取る。普段は絶対にやらない使い方。必要だと思ったから

 耳を塞ぐ。魔法で音の流れを制御する。

 

 それから、僕は、魔力の流れに没入した。

 閉じた視界にまず広がったのは、鮮やかな魔力の流れ。〈ハンドレス〉の巨大な魔力が僕の目を焼き切るばかりの輝きを放つ。それは、〈ハンドレス〉の形と同じだった。当たり前だ。魔王種は、魔力によって構成されている生命体。人と違って、生命機能として切り分けられてない。

 その内側で僕が最初にやるのは、僕自身の過去を見つけること。

 

 ――検索開始/............弾丸確認。

 

 これは容易い。自分の魔力は一目瞭然。髪や爪、皮膚とは違って、魔力はもっと深いところから現れる。だから魔法使いなら分かって当然だ。

 弾丸の形が、〈ハンドレス〉の中に食い込んでいるのが見えた。

 レントと脱出する時に放ったものだ。まだちゃんと残っていた。微かな安堵。

 次にやるのは……頬が熱い。連鎖するように体の至る所が熱を持っているのに気づく。液体が伝う感覚。熱の後にやってくる痛み――カット。この苦痛を僕から切り離す。今、必要ないからだ。痛がるのは、後でいい。

 次にやることのは、魔法の遠隔起動。

 

 ――自分の魔力を呼び起こす。遠隔魔法起動/.....................失敗。

 

 集中しろ。体の感覚をカットする。スーにしがみついていられるだけの力を残す。集中しろ。集中しろ。集中しろ。

 

 遠隔魔法起動/.....................失敗。 

 

 どうして? なぜ動かない? どうして動かない? わからない。混乱するな。僕、だめだ。落ち着け。早鐘を打つ心臓に耳を向けるな。カット――。

 

 「兄さん」

 

 ……………呼気が荒い、スーの声。カットしたはずの聴覚に声が届いた。

 

 「私がいる。私を信じて。周りのことは気にしないで」

 

 ……そうだね。最初から信じてる。違うんだ。スーを信じていないわけじゃない。

 

 「だから焦らないで。ハオに届けるんでしょ」

 

 ――――遠隔魔法起動/.......................................成功。

 

 「……できた」

 

 「ほんと兄さんは、ハオにゾッコンなんだから」

 

 呆れ半分笑い半分の声が遠のいた。再起動した弾丸が〈ハンドレス〉の中を疾走するのが見える。これに〈ハンドレス〉が反応した。露骨に魔力が集中していく場所が生まれる。〈ハンドレス〉の防衛機構が起動したんだ。

 場所は、〈ハンドレス〉の巨体の、奥深く。中心に近く、地面より遠く。天に近い場所。

 間違いない。見つけた。見つけたぞ。あれが、あれこそが

 

 「〈ハンドレス〉の核だ」

 

 終わらせる。僕は、核へ弾丸を走らせた。魔力の流れに乗っかるだけでいい。それで僕の弾丸は、自然と核に届く。だから後は、

 

 「頼みました、ハオさん」

 

 『――任せて』

 

 首元で揺れる指輪から声が返ってきた。そして、

 

 『――――征け、雷公鞭《レイ・ル・ザン》』

 

 




決着は明日になります。


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第31話 VS〈ハンドレス〉 その6:雷公鞭(レイ・ル・ザン)

 

 シルヴァとスー、アーシェ、皆でダイヤスート大森林を見下ろした崖の上に、私は立っていた。

 戦場は、アーシェたちに任せた。不安はある。けれど私でなければこれはできないもの。

 私は視ていた。戦場を俯瞰して、シルヴァの合図を受けて、もっとも連携ができるのはここだと思った。

 

 「ここならまだ援護ができる――雷閃槍(ジュピター・アキュリス)

 

 下でやっていたのと同じように、雷を降らせる。ここからでも木々の隙間を見て、雷の槍を降らせることはできなくもない。私には視えているから。

 

 月の属性は、元々、魔法属性に含まれない不遇の属性だった。

 出自は、ある山奥のある星見の一族が始まりだという。

 星を見続け、星へ憧れ、星を繋ぎ、星へ手を伸ばす過程で月の属性は芽生えた。

 そこから高名な占い師が生まれ、とある大国で抱え込まれた結果、月の属性は、世間に広まった。

 それは、諸説ある内の一つで、他にも星から来た人外からもたらされたのだとか、この世界の外からやってきたもっとも邪悪な属性なのだとかというのもある。

 だけど私は、そういうのは好きじゃない。だって、ロマンチックじゃないもの。

 

 『頼みました、ハオさん』

 

 指輪から声が聞こえる。シルヴァの声が聞こえた。遠く離れた彼の声が聞こえる。

 

 「――任せて」

 

 遠い所に思いを馳せて、せめてもっと近くで見たい思った誰かが居てくれたおかげ、私は、こうして、シルヴァを、スーを、カイムを、みんなを助けられる。

 この指輪だって、月の魔法が付与されているし、私の両目に付与(エンチャ)した魔法は、星見たちが星々の下、観察に使用した魔法。星見の眼(スターゲイザー)。簡単に言えば、遠視の魔法。

 

 「視えた」

 

 魔王種の核を視認できた。シルヴァのマーキングがしっかりと視えてたおかげだ。大地と星の距離に比べればこんなの遠いに入らない。

 後は、核を撃ち抜くだけ――ばちりと私の魔力が大気を鳴らす。取る構えは、いわゆる居合。落ち着けよ、私。

外せば次はない。これで確実に打ち止めになる。

 

 「……|属性装填・雷《サンダー・エンチャント」

 

 更に、属性装填・雷(サンダー・エンチャント)。次に、属性装填・雷(サンダー・エンチャント)。ついで、属性装填・雷(サンダー・エンチャント)。重ねて、属性装填・雷(サンダー・エンチャント)属性装填・雷(サンダー・エンチャント)属性装填・雷(サンダー・エンチャント)――――。

 属性装填することの数、百と八。

 

「竜すら墜とす私の刃を見るがいい」

 

 私の制御できる最大限。私の出せる最高出力。その結果を私は、こう呼んでいる。

 

 「――――征け、雷公鞭《レイ・ル・ザン》」

 

 

 +++

 

 

『――――征け、雷公鞭《レイ・ル・ザン》』

   

 ハオさんの声。魔法が発動したんだ! 何が起こる? 僕はできるとだけ聞いてる。核の位置を伝えるだけどいいと。つまりこの魔法こそがハオさんの切り札!

 

 見なければ、見届けなければと目を開いた時、僕たちは〈ハンド〉に囲まれていた。それも今にも襲いかかってくる瞬間だった。

 

 その時、鼓膜を引き裂くばかりの雷鳴が響いた。

 

次に衝撃波。上空から強烈に僕らを叩く。木々が大きく揺れ動き、僕もスーも、〈ハンド〉すらも体勢を崩すほどだった。

一瞬、僕らは、風に弄ばられる枯れ葉だった。

 それから〈ハンド〉たちが一斉に空を見上げた。僕とスーもつられて空を見上げて――巨大な光があった。いや、光の軌跡だ。

 魔法の発動は、もう終わっている。

 強烈な白の輝き。木々の枝葉と〈ハンドレス〉を焼き切りながら残光でありながらも僕らの目を焼く光。畏怖すら覚える魔力の残光。直感的に、あれがなにか理解していた。 

 

 「ハオの魔法……」

 

 スーがぽつりと呟いた。僕は、答えることもできずにそれを見ているしかできなかった。

 遅れて、木々の焼ける臭いと、なんとも言えない肉の焼けるような、しかしどこか無機物感のある臭いが鼻を突く。

〈ハンドレス〉に、穴が開いてる。丁度、核のあった箇所。おそらく、貫通してる。そこから強い臭いがしてる。

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 魔法の着弾から少し遅れて、強烈な咆哮――いや、悲鳴がどこからともなく大気に響いた。その後、地鳴りを上げて〈ハンド〉たちが糸の切れた操り人形のように、一斉に地に伏した。ぴくぴくと震えている。立ち上がる様子はない。

 これは、〈ハンド 〉……違う。〈ハンドレス〉の悲鳴だ。命を、核を斬り裂かれた、〈ハンドレス〉の絶叫。

魔法があまりに速くて、〈ハンドレス〉が現実を認識するまでにラグが生じたんだ。僕は、思ったより冷静に状況を分析していた。

その断末魔めいた絶叫がしばらく辺りに響いて……止んだ。

 

 「……?」

 

 スーが小首をかしげる。どうなった……? 僕も結果がわからず周囲を見回した。

 〈ハンド〉は、変らず地に伏したまま、動き出す様子はない。これは、死んでいる……?

 

 「……兄さん。〈ハンドレス〉は?」

 

 「あ、ああ」

 

 スーに言われて慌てて探査する。核の様子を――見るまでもなかった。魔力が流れていない。魔力生命体の体から魔翼が失われていた。循環していた魔力が次々と消滅していく。

 そして、零になった。もう、そこに命はない。

 

 「死んでる……」

 

 「……じゃあ。私たち……勝ったの……?」

 

 「そう、だ――うお……!」

 

 力の抜けたスーの腕からするっと僕の体は、地面に落ちた。痛い。けどそんなことが気にならないほど……。

 

 「……疲れた」

 

 ごろんと寝返り打った僕の口から自然と出てきた。あまりの疲れにまぶたが意識を無視して降りてきそうになる。

 木々の隙間から温かい日差しが差し込んでくる。昼間だというのに薄暗かったのは、〈ハンドレス〉が居たからだろう。あの手が木々の隙間を塞いでいたんだ。そんなことをぼんやり考える頭も霧がかっていく。

 

 「疲れたねえ……」

 

 スーもぺたりと座り込んだのが見えた。風が吹く。草木の香りと夕暮れの穏やかさをはらんだ風。心地が良い。

 

 「ああ、終わったんだな……」

 

 「うん……」

 

 「? スー……?」

 

 ぱたんと胸元にスーが倒れ込んできた。一瞬、血の気が引いたけど……。

 

 「……なんだ。寝てるだけか」

 

 疲れたもんね……。軽くスーの頭をなでた。ゆっくりお休み。

 

 「僕も寝てしまいそうだ」

 

 終わりに安堵と疲れからくる睡魔。それと同時に僕の胸をいっぱいに埋め尽くしているものがあった。

 魔王種の討伐の達成感。自分だけの力ではないのは分かっている。当たり前だ。僕は、終始足手まといが目立った。

 けどそれでも、こう口に出さずにはいられなかった。

 

 「やったよ、母さん」

 

 魔王種への復讐心がほんの少し、本当に少しだけ満たされた気がした。

 母さんの仇を取ることができた。殺したのは違うかもしれないけど、あんなことをされて許せるはずがない。

 でもまだだ。まだ終わっていない。

 まだ殺すべき相手は、のうのうと生きている。ぼっと暗い炎が心の中で勢いを増すのを感じた。

 

 「あの魔王種を、〈ストリボーグ〉を、父さんの仇を殺してみせる」

 

 志を新たにして――僕は、情けないことにぷすんと燃料切れ。いつのまにか闇の中に落ちていた。底がない闇。だけど居心地がいい。暖かな闇の中。

 

 「お疲れ様」

 

 ハオさんの声が聞こえた。

 

 

 

 +++

 

 

 

 「ほんとお疲れ様ね……」

 

 ああああ〜〜〜〜〜!! 疲れた!! 私も2人と一緒に寝転がりたい!! すやすやと寝息をたてるシルヴァとスーの頭を撫でながら心の底から思った。

雷公鞭(レイ・ル・ザン)は、私の正真正銘の切り札。今使える最強の魔法。威力も強力無比だと思ってる。

だから、これを撃てばしばらく魔法は使えない。シンプルガス欠。めちゃ疲れる。

 

 「……まあそういうわけにはいかないわよね」

 

 見回してみれば〈ハンド〉の死体。魔力の供給が止まって動かない。徐々に消滅するだろうけど、元になった人のこともあるから回収して、できれば家族の元に届けてあげたい。

 この〈ハンドレス〉の後始末は……私が考えることじゃないか。

 魔王種は災害でもあるけど、ある意味資源でもある。魔力生命体だから大型の、それこそ街を支える魔道具になったり、強力な武器になったり。使い道は、私の知ってる以上にある。

 だから領主とかギルドとかに任せておけばいい。

 

 「だったら寝てもいいんじゃない?」

 

 完璧なアンサーね。問題解決。じゃあ私もお隣で川の字になりましょうかね。

 

 「良いわけ無いだろ」

 

 横になろうとした辺りで、邪魔が入った。

 

 「あ、カイム。生きてたのね」

 

 「おかげさまでな」

 

 「外套、穴だらけじゃない」

 

 「あ? うわ、マジか……。手形ができてる……。ホラーかよ……」

 

 いつもの茶色の外套を広げてカイムがぼやいているのを見てると笑いがこみ上げてきた。ふふ、おかし。

 

 「笑うなよ……」

 

 「笑うしか無いじゃない。どうせ予備いっぱいあるでしょ」

 

 「そりゃそうだけどよ。高いんだぞこれ」

 

 縫って……修理とか……自分だとできないな……。などなどぶつぶつ呟くカイムに、呆れたように口を挟んだ。

 

 「報酬に期待しなさいよ」

 

 「そうだな。そうするか……」

 

 「それで、いつまで突っ立ってるのよ」

 

 「いつまでって……。ほら後片付けとかあるからさっさと戻るぞ」

 

 クソ真面目なこと言うわね。いいじゃない。ちょっとぐらい休憩したって。どうしましょう。どうやったらカイムを引きずり込めるかしら。

 

 「面倒くさいですわね」

 

 「? うお!!」

 

 とても面倒くさくなったのでカイムの腕を無理矢理引っ張って転がした。普段ならこうもいかないでしょうけど、カイムはあっさり足をもつらせて転がった。

 

 「なーんだ。君も疲れてるじゃない」

 

 「そりゃ、そうだろ」

 

 転がったまま私を不機嫌そうに睨むカイムに、笑みがこぼれる。

 

 「じゃあ、皆で一休みしましょう。もうちょっと遅くなっても構わないわよ。

 

 カイムの頭についている草葉を払って。

 

 「私たちは十分頑張ったんだから」

 

 「……それも、そうだな」

 

 少し休む。そう言って、カイムは目を瞑った。あっという間に穏やかな呼吸音が聞こえてきた。ほとんど気絶ね、これ。大きなあくびをしてから、私も皆にならってぱたんとその場に倒れ込んだ。

 柔らかい、暖かな日差し。硬すぎず柔らかすぎない土。肌を刺さない程度に支えてくれる草。ああ、お昼寝にはぴったりね。

 

 ……これで魔王種を一つ滅ぼした。次こそきっと本番。スケジュールが狂いに狂った以上、いつ《ストリボーグ》が来るかは分からない。もしかしたら別の魔王種が襲来するかもしれない。

 だけど私たちは、進まなきゃいけない。立ち止まっている暇はない。

 そこまで考えて、限界がきた。後は、起きてから考えよう。今は、もう無理。

 

 「おわったおわった」

 

 瞼を閉じるとまるで落ちるように、安らかな闇へと私は落ちていった。

 

 

〈System〉.........................................................

 

 ■個体名:魔王種〈ハンドレス〉の討伐を確認。

  天秤神〈ニュートラル〉より討伐によるステータスアップボーナスの付与を実行......完了。

  

 ○個体名:シルヴァ・フィルメント 13歳(男)

  ○ステータス

   スタミナ : D→D++

   パワー  : E+

   スピード : E+→D++

   インテリジェンス : B→B++

   ラック : E

  ○魔法属性:水、火

  ○装備:魔導銃ドミネーター、魔導銃エリミネーター

 

 ○個体名:スー・フィルメント 13歳(女)

  ○ステータス

   スタミナ : C→C++

   パワー  : C→C++

   スピード : C+→B+

   インテリジェンス : D

   ラック : E

  ○魔法属性:水、火

  ○装備:大斧

 

.....................................................〈GoodBye〉

 

 

 …………なにこれ?

 

 




以上で〈ハンドレス〉編終了です。
次は海です。おそらく。夏ですからね


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