機動戦艦ナデシコ 平凡男の改変日記 (ハインツ)
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始まりはいつも突然

 

 

 

 

朝? 眼が覚めると真っ白な空間にいました。

 

「・・・なんでさ?」

 

突如、視界に映る眩い光。光が止むとそこには可愛らしい少女がいました。

 

「・・・なんでさ?」

「いらっしゃい」

 

・・・いらっしゃいってどゆこと?

 

「ここ何処?」

 

俺、昨日、普通に寝たよねってか、本当にここどこだよ?

 

「ここは遺跡の空間」

「遺跡の空間?」

「ボソンジャンプ。そういえば分かるかな?」

 

ボソンジャンプってもしかしてあの!?

 

「ここはあれか。所謂、あの世界か?」

「そう。あの世界。貴方は迷い子。偶然に偶然が重なって、そこに更に偶然が重なるくらいの確立の低さでやってきてしまった哀れな子羊」

 

子羊っておい。別に何も信仰してないけど?

 

「冗談」

「・・・冗談かよ」

 

どこがだ!? どこまでが冗談なんだ!?

 

「詳しく事情を説明する」

 

・・・・・・・・・・・・。

 

「えっと、要するに、だ。ボソンジャンプは時空間移動。だから、平行世界であるこの世界にもやってこれるって訳だな」

「そう。過去、未来、平行世界。その全てから情報を摂取しているのが遺跡。でも、平行世界で私にアクセスしてきたのは貴方が始めて」

「アクセスというのは?」

「ナノマシンを介して私に接触してくる事を意味する。

 何の因果か、貴方に遺跡アクセス用のナノマシンが注入されていた。普通は在り得ない。だから、偶然の三乗。奇跡」

「奇跡・・・ねぇ」

 

正直、俺には分からんよ。

 

「私の存在を知った以上、元の世界に戻す事は無理」

「え? ちょ、ちょっと待てよ。それなら、俺はどうなるんだよ」

「選択肢は三つ。1、記憶を消して元の世界に戻る。2、私がいる世界に移る。そして・・・」

「・・・そして?」

 

ゴクリッ。

 

「3、死ぬ」

 

や、やっぱり死ぬんかい! え、ちょっと待とうよ。

まだ俺ってばピチピチの十八歳。死ぬには少し、いやいや、かな~り早いんじゃないかな。

 

「普通に1でいいんじゃないか?」

「分かった。ただし記憶の消去は繊細な作業。もしかすると全ての記憶が―――」

「ちょっと待とうか!」

 

記憶を消すってもっとこう簡単に今から二時間前とか、そんな感じで消そうよ。

何だよ? 全ての記憶って。

人間の記憶能力ってそんなに複雑なの?

俺なんて昨日の晩飯も思い出せないぞ。

 

「なら、3?」

「何で3なんだよ!? 何故、死を要求する!」

「簡単」

 

そ、そうだよね。

殺すのが一番楽だよね。

でもさ、僕としてはもっと長生きしたんだよね。

とりあえず、六十八歳ぐらい?

 

「なら、2?」

 

2、遺跡の世界に移る。

・・・どうしよう?

記憶を消されるのも断固として拒否。

死ぬのなんてもっと拒否。

でも、あの世界って死亡確率高過ぎだよね?

ま、戦争だからしょうがないんだと思うけど。

あれ? ちょっと待て。

あの世界って一般市民にはそんなに危険はなかったっけか?

そうだよな。何か、一般人は戦争とか気にせずお気楽に過ごしてたし。

戦争の自覚がないから両者とも反省しないで次の悲劇に繋がったとか誰かが言ってた気がする・・・。

うん、もしや・・・安全か?

俺みたいな一般市民には戦争をどうする事も出来ないだろうし。

無難に安全に平和に過ごそうよ。

うん、そうしよう。

 

「分か―――」

 

うん? 待て。ちょっと待とうか。

それって家族とお別れって事かい? 友人とお別れって事でっしゃろか?

恋人と・・・はいないからいいとして。

結構、シビアじゃないかな?

あっちいったら知り合い皆無だなんて。

あぁ・・・俺はどうすればいいんだ?

 

「決まった?」

「うん、まぁ、一応は、ね」

「それで? どうするの?」

「2、かな」

 

シビアだけど。記憶消去とか死亡とかよりは良いかなって思った。

 

「でも、家族とか友人とかにさよならって伝えたいんだよね。急にいなくなったら心配だと思うし」

「・・・・・・・・・」

 

え? 無言ですか?

 

「終わった」

「え? 終わったって?」

「貴方の世界の過去にアクセスして、ナノマシンの侵入を防止した」

 

・・・万事解決じゃん。

 

「それじゃあ、俺はもう帰れるって事か?」

 

そうだよな。

原因が失くなったんだ。

俺はもう―――。

 

「無理」

「そうだよな。無理だよな・・・って無理!?」

 

なして!?

 

「そう。無理」

「ど、どうしてだよ!?」

「貴方にナノマシンが注入された時点で時間軸はズレている。私が干渉したのは貴方の世界であって、貴方の世界ではない」

「タイムパラドックス効果的な何かって奴? 良く分からんが・・・」

 

俺が過去に戻って親を殺したら俺は生まれてないからそもそも親を殺す事が出来ないとか、そんな変な矛盾が生じちまう理論。

 

「そう、つまり貴方はパラレルワールドの住民。貴方自身の存在は貴方の世界から消えるけど。違う世界で普通に過ごしている貴方がいる」

 

そっか。それなら・・・納得、とはいきませんのであしからず。

 

「おいおい。それじゃあ意味ないじゃん。俺は自分の両親とか友達ににお別れをしたいんだよ」

 

平行世界の俺とか知らんがな。

要するに、現行世界じゃ俺ってば行方不明のままなんだろ?

 

 

「管理者権限を行使した」

 

管理者権限って、おい、まさか。

 

「貴方が消える瞬間に平行世界と貴方の現行世界とを融合させた。今、貴方が元の世界に戻ったら貴方という存在が二人いる事になる」

「・・・要するに俺が消えたなんて事にはならずに周りは平穏な生活を送っている訳だな」

「そうなる」

 

そっか。それなら、安心だな。

・・・理不尽だけど。理不尽だけども!

 

「要求は達成した。準備は・・・良い?」

「良・・・ちょっと待とうか。いきなりそっちの世界に飛んで俺はどうなる? 知人も衣食住も何もかもないんだろ?」

「ない」

「・・・断言するぐらいなら何かしらの温情を与えてくれ」

 

せめて最低限生活できる程度には。

 

「分かった」

 

すると突然俺の体が光り出す。

・・・お~い。俺の身体に何をした?

 

「貴方に管理者権限を行使した」

「えぇっと? 何をしたんだ?」

 

冷や汗が止まらない。

嫌な予感が止まらない。

 

「1、遺跡へのアクセス権。今の貴方ならCCがなくても飛べる。DFがなくても飛べる」

「人体実験されちゃうじゃん!? あ。逃げればいいのか」

「2、ナノマシンとの親和性の向上。今の貴方ならMCを超える」

「無視!? マイペースだな、おい。というか、余計だよ。その効果。ナノマシンとか怖すぎるし! MC以上とか絶対頭がパンクするし!」

「3、ナノマシンの注入。向上効果のあるナノマシンを全て注入した。今の貴方ならナノマシンの複数注入も耐えられる。危険なのも調整して注入したから大丈夫」

「・・・・・・・・・」

 

もう駄目だ。

俺の身体は人外になっちまった。

平穏な生活さようなら。

危険な生活いらっしゃい。

あぁ。涙が止まらない。

 

「4」

「まだあるのかよ!?」

 

もう勘弁してあげてください。

もとい、勘弁してください。

 

「遺跡の知識。必要な時、必要な知識を取り出せる」

 

ん?

それなら・・・。

 

「もしや、過去も未来も」

「過去も未来も平行世界も」

 

おぉ。

それなら・・・。

 

「楽が出来る。何か困ったら特許を取ろう。後はそのライセンスとかで金が儲かる。おぉ。ニート街道まっしぐらか?」

「・・・・・・」

 

無表情。

でも、あれって呆れられてる?

 

「・・・・・・・」

 

無言が痛いっす。

 

「それと貴方という要因が存在する以上、私の世界も平行世界になる。パラレルな世界に歴史の修正力は存在しない」

「大丈夫。大丈夫。俺は歴史に関与するような事はしないから。平穏にお気楽に過ごすんだい!」

 

蜥蜴戦争? 火星の後継者? 俺には関係ないさ。

あ、でも、人体実験は容認できないな。

必要悪だなんて言われても納得できないし。

俺にはあの人達の思想も考えも理解出来ない。

 

「会社を興しても良い。軍人になっても良い。平穏に生きても良い。じゃあ・・・送る」

「分かった。何だか色々とオマケしてもらったみたいで悪かったな」

「いい。こちらも悪かった。喧嘩両成敗」

「いや、それはちょっと違うような・・・」

「バイバイ」

「・・・最後の最後までマイペースだったな」

 

こうして、俺はこの世界から追い出された。

マエヤマ・コウキ。

十八歳の旅立ちだった。

 

「最後に一言。絶対貴方は巻き込まれる。それが運命。貴方の決して逃れられない運命」

「って、おい!?」

 

不吉な言葉をありがとう。

それでも、俺は平穏に生きてみせる!

 

 

 

 



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原作キャラとの邂逅

 

 

 

 

 

「・・・ここは?」

 

眼が覚めると緑豊かな空間にいました。

そして、隣には黒髪の青年。

おぉ、今をときめくアキト少年ではないですか。

という事はサセボシティって訳か。

それでアキト少年、いや、アキト青年か、が最初のボソンジャンプで降り立った時と場所だな。

 

「ん? 何かちょっと視線が高いような・・・」

 

おぉ。背が伸びてる。

えぇっとアキト青年って何センチだ?

多分170は超えてるだろう。

という事はそれよりチョイ高いから・・・。

もしや俺が理想とする178センチぐらいか。

うん。これからはそう主張しよう。

それにしても背が伸びるだなんて。

長年の夢が叶った。

なんて素晴らしいアフターサービス。

モテ顔じゃない事は諦めていたが、背は諦め切れなかったんだ。

何度牛乳を飲み、薬にまで手を出したのに、俺の身体は俺の要望に応えてくれなかった。

もしやあの薬が悪かったのか?

やはり広告を無条件で信じてはいけないのか?

まぁ、個人差がありますと書いてあるから俺には効果がなかっただけかも知れんが・・・。

 

「・・・まぁいいや。結果オーライ?」

 

と、落ち着いた所で・・・。

 

「・・・・・・」

 

アキト青年と知り合うとほぼ無条件で物語に参入だな。

すまないが、アキト青年。

サイゾウ氏が現れるまで耐え切ってくれ。

僕には出来る事がないんですよ。

 

「フフ~ン。ンンンン~ン」

 

お、この鼻歌。

サイゾウ氏の登場ですか。

分かります。

 

「・・・・・・」

 

服は・・・大丈夫だろ。ただの寝巻きだし。いや。普通じゃないけど寝巻きで出掛けるのとか別におかしくない筈。夜だし、時間帯的に。

顔は・・・調べる必要ないよな。

あ、でも、MCを超えたってか、MC化したって事は瞳が金色になったりとかは・・・。

ほっ。なってなかった。遺跡の仕事は素晴らしいな。

・・・湖で顔確認とかベタな事をしてしまって申し訳ない。

金は・・・やばい。この世界の金じゃない。

・・・とりあえず、日雇いバイトして、金を得よう。

そして、その金でどこかに泊まって、IFS対応の端末を探す。

その後は・・・。

 

「・・・俺は遂に犯罪行為に?」

 

どこかしらの裏金を取っちゃおうとか思ったんだけど、それって普通に犯罪だよな。

バレなっきゃいいんじゃん? とか開き直れないよ。

でも、衣食住全てが不足している現状、どうしようもないんだよな。

MC以上のナノマシン親和性があるといってもハッキングなんて慣れが必要だろうし。

体の中にあるナノマシンとかどれくらい恩恵があるんだろう?

色々と試さないといけないよな。

ん~~~どうするか?

 

「おい。兄ちゃん」

 

とりあえず普通のナノマシンとかよりは高性能だろうな。

本来は禁忌な複数注入もされているみたいだし、色々と効果はあるだろう。

 

「お~~~い」

 

身体は特に異常は・・・。

ま、強いて言うなら眼が良くなったのか?

俺って意外と眼悪かったしな。

という事は五感が強まっ―――。

 

「おい!」

「ッ!」

 

な、何だ!?

いきなり襲われたのか!?

 

「あ」

 

気付けば眼の前に鼻息の荒い中年がいました。

もとい、料理人、サイゾウ氏が。

 

「やっと気付いたな。まったく」

「すいません」

 

まったく気付きませんでした。

 

「んで、こいつは誰なんだ? 行き倒れか?」

「さぁ・・・」

「さぁっておいおい」

 

実際知らないしな。

設定以外は。

 

「俺も偶然彼を見付けたんですよ。それでどうしたのかなって近付いてみたんですが」

「この通り、倒れてたって事か。息はあるみたいだし、生きてんだろ」

「はい。助けようと思ったんですが、俺も一人旅みたいな事してるんで」

 

とりあえずでっち上げだ。

物語には介入したくないしな。

 

「そうか。そんなら、俺が面倒見るよ」

「えぇっと・・・良いんですか?」

「ああ。どうせ俺も一人暮らしだしな。ガキが一人増えた所で変わんねぇよ。それに、お前が気にする事でもないだろう?」

 

優し過ぎです。

サイゾウ氏。

 

「すいません。御願いします」

「だから、お前に御願いされるような事でもないっての」

 

苦笑されてしまった。

ちょっと人任せという事に罪悪感を覚えるが、今の俺にはどうしようもないしな。

 

「そんじゃあな。お前も一人旅だった、か。気を付けろよ」

「はい。ありがとうございます」

 

アキト青年を抱えて、店へと帰っていくサイゾウ氏。

 

「カッコイイな。俺もあんな大人になろう」

 

そう俺は心に誓った。

サイゾウ氏の器は半端なく大きい。

 

「さて、とりあえず日雇いのバイトを・・・あ」

 

忘れていた。

日雇いの仕事だからって俺自身だと証明できなければ働けないのでは?

そういう所で働いた事ないから分からんが。

そもそも俺って戸籍とかないよな?

や、やばい。

捏造しなければ!

・・・この時点で犯罪だよな。

あぁ。俺も遂に犯罪者か。

とりあえず、バレないように頑張ろう。

・・・さて、その前に・・・。

 

「すいませぇぇぇん! 御願いがぁぁぁ!」

 

サイゾウ氏にお金を借りよう。

 

 

 

 

 

「・・・ここでいいかな?」

 

どうにか、お金を借りられました。

すぐに返します。

本当です。

 

「この世界ってか、二百年ぐらい後の時代にもネットカフェってのはあるんだな」

 

眼の前のネットカフェに入って、早速戸籍の捏造だ。

 

「会員証を御願いします」

 

・・・そうだよね。まずは会員証だよな。

アハハ・・・自分を証明できるものなんて何一つ持ってない・・・。

か、会員証が作れないではないか!

 

「如何しました?」

 

どうする? どうするんだ? どうすんだよ? 

・・・どうしようもねぇぇぇ!

 

「いや。ちょっと会員証を忘れてしまいまして。また来ます」

「お、お客様?」

 

とりあえず店から出る。

 

「はぁ・・・」

 

前途多難だな。

甘く見ていた。

現実とはこれ程に厳しいのか・・・。

 

「ネットカフェも駄目か。どうすれば俺は電脳世界へと辿り着けるんだ?」

 

戸籍を作るにしろ、金を作るにしろ、まずはネットが繋げる環境がなければならん。

どうするべきか・・・。

 

「ねぇ」

 

ん? もしや声を掛けられている?

・・・そんなに今の俺は困っているように見えるのだろうか・・・。

えぇい! ままよ!

 

「はい。何でしょう?」

 

振り返る。

その先には・・・

 

「どうかしたの?」

 

若き日のハルカ・ミナトさんがいました。

うん。やばいね。巻き込まれる!

 

「い、いえ。何でもないですよ」

「そう? こんな所で立ち尽くしているから何かあったのかなって」

 

こんな所?

あぁ。そっか。ネットカフェの前で立ち尽くすとか意味わかんないもんな。

 

「ネットカフェで一夜を過ごそうと思ったんですけど、金もなくて、会員証も作れなくてですね。どうしようかなって途方に暮れていました」

 

これで通じるでしょ。真実っぽい嘘。

 

「あら。そんな事しちゃ駄目よ。ちゃんとした所で寝なくちゃ。そうね・・・いいわ。私の家に来なさい」

 

・・・ちょっと待とうか。

いくらなんでも無防備過ぎでしょ。

 

「いえいえ。女性が住んでいる家に行くなんて」

「あら。襲うつもりなの?」

「そ、そんな事」

 

あんまり免疫ないんだからからかわないでくれぇ。

 

「あら。真っ赤になっちゃって。ウフフ」

 

ウフフだなんて。

御姉様。余裕あり過ぎです。

 

「いいですよ。ご迷惑をおかけする訳にはいきませんから」

「いいのよ。私、こう見えても社長の秘書をやってて儲かっているの。少年一人ぐらいの面倒は見るぐらいの甲斐性はあるつもりよ」

 

甲斐性って。

俺ってばヒモですか?

 

「いえいえ。僕は―――」

「いいから、いらっしゃい。すぐ近くだから。ほら、あのマンションよ」

 

・・・強引に連れて行かれました。

女性はどんな世界でも、どんな時代でも強過ぎる生き物です。

僕は一生敵わないでしょう。

 

 

 

 

 

「へぇ。一人旅していたの?」

「えぇ。と言っても、始めたばかりですけどね」

 

はい。一生懸命、誤魔化し続けています。

でも、バレるのも時間の問題でしょう。

だって・・・。

 

「ふ~ん」

 

ニヤニヤ笑顔が止まらないんですもの。

もちろん、ミナトさんの。

 

「信じていませんね?」

「あら。そんな事ないわよ」

 

この人、鋭そうだしな。

 

「学校はどうしたの?」

「中退です。やりたい事が見付かったので」

「それが一人旅?」

「ええ、まぁ。そんな所です」

「ふ~ん」

 

妖しい笑顔です。

いえ、怪しんでいる笑顔です。

眼が笑ってない。

 

「そう。これからはどうするの?」

「とりあえず旅を―――」

「お金もないのに?」

「そ、それは・・・」

 

それは言わないお約束って奴ですよ。

 

「そうね。じゃあ。バイト、してみない?」

「バイト・・・ですか?」

「ええ。うちの会社でちょっとさ」

「えぇっと、職権乱用ですか?」

「コラッ」

「イタッ」

 

拳骨なんて何年ぶりだろ。

頭が痛い。

 

「折角気を遣ってあげてるんだから。年上のお姉さんの言葉には従うものよ」

「えぇっと、それじゃあ、御願いしてもいいですか? でも、俺って何の取り得もありませんよ」

「あら。その手は飾り物?」

 

手?

あ。忘れてた。

 

「・・・IFS」

「そうよ。地球ではパイロットの人ぐらいしか持ってないけど、火星では殆どの事をIFSでやっているんでしょ。それって便利だからよね?」

「そうですけど、良いんですか? 地球の人はIFSに拒絶反応を起こすって聞きましたが・・・」

「という事はやっぱり貴方は火星出身なのね」

「あ」

 

別に隠していたわけじゃないけど、やっぱり鋭いな。

地球出身で通すつもりだったのに。

ま、火星出身という訳でもないけど。

 

「え~っとですね。地球生まれの火星育ちです。最近、また地球に帰ってきたんですが」

「そうなんだ。それでIFSを持っているのね。事務処理とかは出来るのかしら?」

「IFS用の端子さえあれば可能だと思いますよ。書類を整理するぐらいだと思いますけど」

 

・・・別に無いわけじゃないよな? IFS用の端末。

パイロットのみって聞いていたけど、社会で利用できない訳じゃないんだし。

 

「そう。書類整理か・・・。うん。じゃあ、御願いしようかしら」

「良いんですか? 機密事項とかあるのでは?」

「大丈夫よ。そういうのは除外するから」

「そうですか。それなら、御願いしますね」

「はい。お任せあれ」

 

ニッコリ笑うミナトさん。

やっぱり年上の女性って素敵だな。

 

「それじゃあ、もう遅いから寝ようか?」

「はい。えぇっと、ソファを貸してもらえますか?」

「え? 何を言ってるのよ。いらっしゃい」

「え? え?」

「一緒に寝ましょう」

「えぇ? ちょ、ちょっと待ってくださいよ。そんな一緒になんて。無理です。絶対に無理です。・・・あ」

 

気付いたよ。

気付いちゃったよ。

笑っていますよ、この人。

 

「・・・またからかったんですね」

「ほら、コウキ君ってからかい甲斐があるじゃない」

「あるじゃない? とか当事者の俺に聞かないでくださいよ」

「ウフフ。面白い子ね。大丈夫よ。布団、出してあげるから」

「すいません。何から何まで」

「いいのよ。コウキ君って良い子だし」

 

えぇっと、良い子って言われてもな。

 

「ありがとう?ございます」

 

なんて返していいか分からなくて変な返事になってしまった。

 

「本当におかしい子」

 

案の定、笑われてしまいましたとさ。

その後、ミナトさんから布団を借りて、リビングの方で寝させてもらった。

同室でどう? なんてからかわれたけど、俺だっていじられよりいじりを得意としていた男。

見事、迎撃・・・出来ませんでした。

真っ赤になって一発KOです。

やっぱり免疫ないのって辛いな。

だって、すぐ近くでミナトさんが寝てると思うだけで動悸が・・・。

 

「ふぅ・・・」

 

リラックスだ。

うん。これからの事を考えよう。

 

「どうするかな?」

 

アキト青年から逃げたのはいいが、見事なまでに原作キャラに関わっちまった。

ハルカ・ミナトさん。

ナデシコの操舵手。数多の資格を持つ才女であり、ルリ嬢の姉貴分。

などなどメイン中のメインキャラ。

このままだと確実に巻き込まれるだろうな。

でも、都合良くIFS対応の端末を手に入れられそうだし、恩を仇に返すような真似はしたくないしな。

それはもう莫大な恩を感じていますとも。

食事を用意してもらって、寝床を用意してもらって、挙句の果てには仕事まで。

本当にもうお世話になりっぱなしで、頭が上がりません。

せめて、この恩を返してから去らないとな。

とりあえず、明日からの行動方針。

まずは戸籍を手に入れる。捏造? 構いやしないっての。死活問題だ。

次に裏金を入手。これはまぁ、最終手段だな。まずは自分の手で金を稼ぐ。

楽しちゃ良い大人になれんよ。・・・ニート志望ですが何か?

特許でも手に入れるか? 一つぐらいあった方が後々も動きやすいよな。

その金で衣食住を確保しよう。まずはそこからだ。

いつまでもミナトさんにお世話になる訳にはいけないしな。

よし。この方針でいこう。頑張れ。俺。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「ふぅ」

 

ベッドに横たわって一息つく。

 

「面白い子」

 

偶然、見つけた若い男の子。

まだまだ大人の魅力とかは感じないけど、とっても良い子みたい。

IFSを付けていたから軍人かなとも思ったけど、そんな雰囲気でもなかったし。

 

「それにしても・・・」

 

一人旅なんて嘘ついて何しているのかしら?

悪い子じゃないと思うから、変な事ではないと思うけど。

それに、どことなく戸惑っているみたいな、そんな感じもあったわ。

家電とかちゃんと使えてなかったし。

間違いなく生活レベルが違ったのよね。

 

「本当に不思議な子」

 

何か黄昏ている姿が捨て猫みたいに見えたから拾ってきちゃったけど。

 

「楽しみね」

 

これからの生活がちょっと楽しみでもあるの。

男の子って日々成長するって感じで見ていて楽しいのよ。

それにいじり甲斐もあるし。

ウフフ。こんなに楽しいのはいつ振りかしら。

 

「おやすみなさい。コウキ君」

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

ミナトさん先導のもと、ミナトさんが社長秘書を務める会社へと出向く。

 

「おはようございます」

「うん。おはよう」

「え~と、その方は?」

 

受け付けの人が訝しげに見詰めてくる。

ま、当然だよな。私服だし。

ちなみにミナトさんの持ち物です。

何故、貴方が男物を持っているのですか?

・・・訊いてもはぐらかされるんだろうなぁ。

 

「アルバイトよ」

「アルバイト・・・ですか?」

「ええ。私が身元保証人になるから、あれ、頂戴」

 

あれと言われて持ってきたのは社員証。

そうだよな。これがなっきゃ会社に入れないし。

 

「はい。これ。失くしちゃ駄目よ」

「ありがとうご―――」

「ほらほら。しゃがんで」

 

お礼を遮って告げられる言葉。

 

「えぇっと。ミナトさん」

「ん? 何よ。早くしゃがんで」

「あのですね。自分で付けますから」

「駄目よ。しゃがみなさい」

「クスッ」

 

笑ってないで助けてくださいよ。

受付嬢さん。

 

「ほら。早くしなさい」

「・・・・・・」

 

とりあえず、無言でしゃがんでみました。

 

「ん~。ちょうど良いわね。この身長差」

「・・・・・・」

「あら。真っ赤」

 

駄目だ。本当に敵わない。

 

「ハルカさん。苛め過ぎですよ」

「笑って言ったって説得力ないわよ」

 

その通りです。受付嬢さん。

 

「クスッ。すいません」

 

だから、笑わないで下さいよ。あぁ。背中に嫌な汗が・・・。

 

「じゃあ、いきましょうか」

「はい。分かりました」

 

とりあえず、付いていく。

 

「それじゃあ、コウキ君。これを使って」

 

連れてこられた秘書課。やっぱり周りは女性社員ばかりだ。

・・・苛めですか。ミナトさん。

 

「ハルカさん。彼は?」

「アルバイトよ。遊んであげて」

「はぁ~い」

 

ミナトさん!

分かりますか? 

この女性に囲まれた環境が如何に肩身が狭いのかを。

 

「ウフフ。ハーレムね」

 

いじられハーレムなんて嫌じゃ。

 

「じゃ、後で仕事を持ってくるから、それまでは扱いに慣れておいて」

 

立ち去っていくミナトさん。

一人にされるなんて。心細い。

 

「とりあえず」

 

コンソールに両手を置く。

あ、やばい。忘れていた。

MC以上のナノマシン親和性で、数倍のナノマシン濃度を持つ俺だ。

ルリ嬢やラピス嬢がコンソールに触れただけでかなり輝くのだ。当然、俺が触れたら・・・。

 

「・・・全身が光っているわ」

 

こうなるわな。

もう眩しいぐらいに輝いています。

でも、俺はルリ嬢やラピス嬢みたいに容姿は整ってないからな。

綺麗とは言われないさ。

 

「えっと・・・」

 

恐る恐る後ろを見る。

すると・・・。

 

「・・・・・・」

 

あ、良かった。呆然としていらっしゃる。

避難、避難っと。

 

「ちょっとトイレに行って来ます」

 

サッと逃げ出す。後ろから呼ばれたような気もするが気にしてはいけない。

 

「どうするか?」

 

ナノマシンの扱いに慣れれば光らないようになるだろう。きっと。

というか、それ以外に考え付かない。

 

「じゃあ、戻りますか」

 

そ~っと。そ~っと。

 

「あ、帰って来ましたよ」

「行くわよ」

「はい!」

 

・・・速攻でバレました。

現在、尋問中です。

 

「さっきのは一体何なの?」

「嫌がらないでくださいね。コンソールを見れば分かると思いますが、俺はIFSを持っています」

「うんうん。それで?」

「あれ? 嫌がらないんですか?」

「そんな事はどうでもいいの。さっきの説明をしてちょうだい」

「あれはIFSの制御ミスとでも思ってください。久しぶりだったので」

 

実際、俺には何でそうなるか分からん。

制御に慣れれば、抑えられるようになると思うけど。

 

「へぇ。IFSってあんな反応するんだ」

「知らなかったわね」

「そうよね」

 

・・・冷や汗が止まらない。

気付けば女性に囲まれていました。

こんなに女性に囲まれたのは生まれて初めてです。

 

「あら。いつの間にこんなハーレムを築いていたの? コウキ君」

「あ。ミナトさん」

 

正直、助かりました。

これで解放されます。

 

「どう? 扱えそう?」

 

あ。試してなかった。

 

「ちょっと待ってくださいね」

 

コンソールに手を置く。

今度は輝かないように注意して・・・。

 

「あら。綺麗ね」

 

無理でした。初めてだからしょうがないさ。

 

「・・・これは・・・」

 

手が端末となってまるで映像化のように脳へと伝わってくる情報。

それが補助脳で整理され、欲しい情報として確立される。

今までに味わった事のない感触、というか、イメージがフィードバックするってこういう事なのか。

是非ともIFS対応の車とか乗ってみたいな。

 

「・・・え~と」

 

頭の中に映像として残る情報をそのまま頭の中で整理する。

ファイルとして残るデータを右にずらそうと意識すれば右にずれるし、フォルダに保存したい時はそうやってイメージすれば良い。

プログラミングだってイメージすれば勝手に構築されていく。

なんて、なんて素晴らしいんだ、IFS。これがあれば現代社会―この時代からするともう200年近く前だけど―でも苦労せずに生きていけるぞ。

 

「どう? 大丈夫そう」

「ええ。何とか出来そうです」

「無理しちゃ駄目よ」

「はい。ありがとうございます」

 

初心者なりに頑張れそうだな。

今は慣れる事を優先しよう。

その後に戸籍を捏造してやる。

 

「じゃあ、これ御願いできる」

 

渡されたのは山のように積まれた書類。

何だろう? これ。

 

「数値とか内容とかで間違いがないか確認して。それと内容別とか、種類別とかで分別できるようにまとめて整理してもらえるかしら」

 

以前だったら面倒だと思っていた仕事。

でも、今なら、そういう事も体験してみたいと思った。

 

「分かりました。お任せ下さい」

「はい。お任せしちゃうわ。休憩は自由に取っていいから。御願いね」

 

また立ち去っていくミナトさん。

きっと忙しいんだろうな。

 

「さて、やりますか」

 

パ~ッと済ませて、目的を果たさなければ。

 

「はい。お茶」

「あ、ありがとうございます」

「頑張ってね」

 

美人の微笑みは癒されるねぇ。

頑張ろうって気にさせるよ。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

駄目だ。

効率が悪い。

というより、俺の反応に付いてこれていないようだ。

 

「どうかしたの? 難しい顔して」

「あ。ミナトさん。お疲れ様です」

「そちらこそお疲れ様。それで、どうかした?」

 

結構な頻度で顔を出してもらっているけど、社長の方は大丈夫なのかな?

・・・きっと気を遣ってもらっているんだろうな。

 

「いえ。効率が悪くて、ですね」

「効率が悪い? えっと、全然終わらないの?」

「あ、いえ。そんな事はないです。もう終わりますよ」

「えぇ!? もう!?」

 

驚いて顔を近づけてくるミナトさん。

 

「近いです。近いですってば」

「あ、ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃって」

「どうかしたんですか?」

 

興奮って。ドキッとしちゃったじゃん。

 

「普通は半日ぐらい掛けて終わらせる仕事だもの。数人掛かりで」

 

・・・やばい。あんまり仕事とかした事ないから一般基準を知らなかった。

これってそんなに大変な仕事だったのか?

 

「あんまり急ぎじゃなかったから慣れるつもりでやってもらったのに。僅か一時間足らずで終わらせてしまうなんて。社長にIFSを提案しようかしら」

「えぇっと、俺の奴が特別性なだけですよ。普通のだったら・・・」

 

どれくらいだろう? 基準が分からん。

 

「へぇ。コウキ君のは特別性なんだ。凄いのね」

「俺じゃなく俺のナノマシンが凄いだけです」

 

ん~とかニヤニヤしながら近付かないで下さい。

 

「アルバイト君は正式採用ね。仕事がはかどって助かるわ」

「あ、そうですか。お世話になります」

 

とりあえず稼げるだけ稼ぐか。

IFSの取り扱いの練習にもなるし。

 

「あ、そうだ。こいついじくってもいいですか?」

 

俺が現在扱っている端末に手を置きながら訊いてみた。

これじゃあ効率が悪過ぎて使い物にならない。

 

「いじくるって? どういう事?」

「効率が悪いんでね。ちょっと使いやすいように改良しようかと」

「そ、そう。壊さないでね」

「大丈夫ですよ。ま、任せてください」

「わ、分かったわ。じゃ、またね」

 

冷や汗を掻きながら去っていくミナトさん。

どうかしたのかな?

 

「・・・あれって最近入荷したばかりの最新OSなのに。それを改良するって・・・」

 

との呟きを残されていきました。

し、しまったぁぁぁ!

墓穴を掘ってしまった!

 

「・・・ま、いいか。むしろ、最新OSを特許に・・・」

 

ニヤリと笑う。

意外と良い手かもしれん。

 

「じゃあ、早速」

 

残った仕事を片付けて、OSの改良に移る。

 

「う~ん。どうすっかな」

 

OSの改良案が思い浮かばない。

とりあえず、分かっている事は俺のナノマシンの機能に対してこいつが対応し切れていないって事だよな。

まぁ、オモイカネ級の機能がなければMCも必要ないとかいう話も聞いた事あるし、オモイカネ級の簡易版でも開発しましょうか。

ってな訳で・・・。

 

「・・・アクセス」

 

遺跡へのアクセス権を行使。

既存の情報を入手。必要な設定をインストール。補助脳を介して手先の端末へ。

パーーーっと全身を光らせ、莫大な量の情報を補助脳で整理し、コンソールを通して具現化させる。

映像を文字化。文字をプログラム化。情報を整理し、情報を具現化し、情報を形にする。

 

「ふぅ・・・」

 

な、何だ? こりゃ。

頭が潰れるっての。

遺跡へのアクセスとか今後覚悟がいるぞ。

 

「・・・でも、ま、後はこれをチョチョイといじくって」

 

現状では高機能過ぎる。十年後ぐらいのOSを参考にしちまったからな。

これをかなり劣化させて一、二年後ぐらいには実現出来そうなOSにしよう。

今更ながら、何でもありだな。俺の身体ってか、遺跡。

過去、未来、平行世界の知識とか。半端じゃないっす。

 

「今度は何をしたの? はい。お茶の御代わり」

「あ、どうも。すいません。ちょっと改良してました」

 

さっきお茶をくれた人がまたお茶を持ってきてくれた。

あ~。前からお茶は好きだったが、更に好きになりそうだ。

 

「改良って?」

「OSのです。趣味なんですよね。プログラミングとか情報関係とか」

 

嘘です。

そんな趣味ありません。

遺跡の恩恵です。

 

「へぇ。凄いのね。このOSって最近発売されたばかりよ」

「そうみたいですね。でも、発売されてないだけでもっと高度なOSは幾らでもありますよ。実用化が難しくて調整しているのとか」

 

実際は知らないけど、それぐらいありそうだよな。

表に出てないけど高度な技術とか。

 

「そうなんだ。じゃあさ、今のより凄いのが出来たら私の方にもインストールしてみてよ」

「はい。いいですよ。是非とも試してみてください。感想を聞いてみたいですし」

 

多分大丈夫だとは思うけど、実際に意見を聞いてみたいしな。

 

「言ったなぁ。私って辛口よ。このOSだってイマイチだって思ってた所だもの」

「大丈夫です。任せてください」

 

・・・もうちょっとだけ高度にしようかな。

 

「どれくらいで出来そう?」

「色々と調整したいですから。結構時間掛かりますよ」

「大丈夫よ。開発なんて年単位でしょ。気にしてないわ」

「えぇっと。後一週間程で大丈夫なんですが・・・」

 

だって、面倒だから遺跡からそのままデータ貰っちゃったし。

 

「・・・・・・」

 

呆然とするお茶のお姉さん。

そうだよな。普通じゃないもんな。一応、言い訳しておこうか。

 

「前々から研究していましたから」

「そ、そうよね。そうじゃないと」

 

な、何だ・・・と呟く。

・・・ちょっと罪悪感が。

 

「ま、まぁ、完成したらすぐにお知らせしますよ」

「そっか。うん。よろしくね」

 

ニッコリ笑って去っていくお茶のお姉さん。

さて、少しだけ高度にして、汎用性を高めて、一般向けにしましょうか。

 

 

 

 

「お疲れ様」

「お疲れ様です。ミナトさん」

 

ん・・・。

随分と入れ込んじまったな。

まさか、この作業がこんなに楽しいとは。

 

「今何時ですか?」

「・・・呆れた。時間も確認してないの? もう定時過ぎてるのよ」

「げ!? もう七時じゃないですか!?」

「そうよ。周りだってちらほらと帰ってるでしょ?」

「あ。本当だ」

 

辺りを見回すと何人かいなかった。

何人かの残っている人達は今でも真剣に作業している。

 

「じゃあ、帰りましょう。何が食べたい?」

「えぇっと。そうですね。お任せします」

「もぉ。お任せが一番困るのよ。そうね。じゃあ―――」

「ハ、ハルカさん。ど、同棲しているんですか!?」

 

声が聞こえていたんだろうな。騒ぎ出す秘書課の皆さん。

・・・俺は見ましたよ。今、貴方の顔がニヤリと笑ったのを。

 

「・・・ミナトさん。またからかうつもりですか? 他の人まで巻き込んで」

「さぁね。あ、ちょっと用があったわ。先に玄関に行ってて」

「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ミナトさん。ミナトさぁぁぁん」

 

それから質問攻めを受けました。

終わった頃にはもう精神的にボロボロでした。

あぁ。やっぱり女性は強いです。僕では一生敵いそうにありません。

 

 

 

 

 

「あら。女性に囲まれていたのに元気ないわね。貴方ぐらいの年頃の男の子だったら飛び上がらんばかりに喜ぶんじゃないの?」

「・・・誰かさんが爆弾を落としていきましたから。その処理で大変だったんですよ」

「へぇ。大変だったのね」

 

貴方ですよ。ミナトさん。

 

「それじゃあ、買い物に行きましょうか。貴方のスーツとかも買わないとね」

「え? い、いいですよ。そんな」

「いいの。いいの。いつまでも私服で会社なんてまずいでしょ? スーツでバッチリ決めちゃいなさい」

 

決めちゃなさいって。

 

「でも、もう時間も遅いですし」

「大丈夫。昼頃に知り合いに電話しておいてから。今からでも充分間に合うわ」

「そ、そうですか」

 

準備がよろしい事で。

 

「じゃあ、御願いしてもいいですか? 稼いだら返しますんで」

「ふむふむ。君も男の子だね」

「もちろん。男の子です」

 

顔を見合わせて笑う。

本当に頼りになる、というか、心強い姉貴分だな。

ルリ嬢が慕ったのが良く分かる。

 

「ほら。ボ~っとしてないで。行くわよ」

「あ、はい。今行きます」

 

それから、スーツとか買って、食材を買って、家に帰宅した。

また悶々とした夜を過ごしたのは俺だけの秘密だ。

 

 

 

 

翌朝、買ってもらったスーツに身を包む。

 

「昨日も見たけど、結構似合っているじゃない。男前よ」

「あ、ありがとうございます」

 

美人さんに男前だなんて言われると照れるな。

 

「ほら。照れてないで行くわよ。今日も忙しいんだから」

「あ、はい」

 

昨日と同じ道を通って、昨日と同じように会社へと出社した。

 

「おはようございます」

「あ、おはようございます。ハルカさん。マエヤマ君」

 

挨拶してくれる秘書課の皆さん。

嬉しいんだけど、女性ばっかりでやっぱり肩身が狭い。

 

「じゃあ、また仕事持ってくるから、ちょっと待っていてね」

 

さてっと、今日はIFSの扱いにも慣れてきたし、ちょっとしたハッキングの練習でもしようかな。

まだ、戸籍の捏造とかは無理でしょ。技量的に。

 

「ふぅ・・・」

 

深呼吸して、コンソールに手を置く。

今日も忙しい一日が始まるぞ。

 

 

 

 

 



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抱え込んでいるもの

 

 

 

 

 

あれから一週間が経った。

ハッキングも練習を重ねて大分出来るようになってきたし、そろそろ捏造作業に移ろうかと思う。

OSの開発も特許取得の為に戸籍が必要だし、これが最優先だな。

 

「えぇっと・・・これをああして、これがこうなって・・・」

 

・・・意外と簡単に出来ました。

 

「やっぱり凄いな」

 

遺跡からハッキングの方法を習得し、その通りやればあっという間。

今までの練習って何だったんだろう?

 

「とりあえず地球生まれ。幼少の頃に火星へ引っ越して数年を過ごす。両親は交通事故で共に死去。それを機に地球に戻る。現在は親の遺産で一人暮らし。こんなもんかな」

 

うん。後は穴ができないように細かい設定を考えないとな。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「あ、コウキ君。ちょっといいかな」

 

一生懸命作業中のコウキ君には悪いけど、そろそろコウキ君の身の上を知っておかなくちゃ。

一週間経って、変だけど良い子だって改めて実感したし、何かあるのなら助けてあげたいしね。

 

「はい。何ですか?」

 

振り返って私を見詰めてくる瞳と朗らかな顔。

絶世の美男とか、そんな風には思えない顔だけど良く見れば割とカッコいいんじゃないかしら。

まぁ、中の上とか上の下とか、それぐらいのレベル。

スーツ着て、真剣に仕事をしている姿は大人っぽくて素敵だと思うわよ。

まだまだ子供だけどね。

 

「舌だして」

「え? えぇ!?」

 

あ、動揺しているわ。

これはいじくりのチャンス。ニヤッ。

 

「ほ~ら。いいから。舌を出して。ほ~ら」

「えぇ~っと。その。あのですね」

 

良いわね。このギャップ。

可愛らしい反応よ。

グイッと顔を近付けて。

 

「眼を閉じて。私に任せて」

「あ、はい」

 

ギュッと眼を瞑って舌を少しだけ出してくる。

もう既に顔を真っ赤。割とモテると思うのだけど、女の子への耐性がないのかしら?

ま、私としては初心な方がいじくり甲斐があって楽しいけど。

 

「はい。チクッと」

「え? チクッ? イテッ」

「うん。ありがとね」

 

呆然と私を見詰めてくるコウキ君。

そして、すぐに落ち込む。

 

「ま、またからかわれた」

 

そういう反応がまたからかってやろうと思わせるのよ。

 

「何をしたんですか?」

「あ。これよ。DNAチェック」

「げ!? ・・・大丈夫だよな」

 

冷や汗を掻いて呟くコウキ君。

どうかしたのかしら?

ま、いいわ。

 

「えぇっと。マエヤマ・コウキ。十八才。父は」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「・・・・・・」

 

・・・両親がいない・・・か。

悪い事しちゃったかな。

 

「どうかしました?」

「えっと。ごめんなさいね。こんな事しちゃって」

 

罪悪感が浮かんできたわ。

他人のプライベートに勝手に踏み込んで。

 

「あ、気にしないで下さい。本当だったら会った日にやられていてもおかしくなかったんです。それをずっと甘えさせてもらっていて」

「えぇっと。怒ってないの?」

「え? 怒るだなんて。ミナトさんにはお世話になりっぱなしですし。こんな怪しい奴の面倒を見てくれていたんです。感謝していますよ」

 

そう言って満面の笑みを浮かべるコウキ君。

・・・不覚だわ。年下の笑顔にドキッとするなんて。

 

「そ、そう。何か困ったらいつでも言いなさいね。コウキ君は私にとって弟みたいなものなんだから」

「ありがとうございます。ミナトさんみたいなお姉さんがいたら弟は幸せでしょうね」

「も、もう。褒めたって何も出ないぞ」

「ハハハ。初めて勝った気がしますよ」

 

もう。まいったわね。私のペースが崩されたわ。

 

「でも、本音ですからね。ミナトさんみたいに包容力がある人は中々いませんから。頼りにさせてくださいね。姉さん」

「任されました。弟君」

 

あ、眼が点。

弟君ってのが予想外だったのかしら?

これはからかいのチャンス。

 

「ほら。お姉さんに甘えていいのよ」

 

手を広げてそう言ってみる。

すると・・・。

 

「・・・・・・」

 

案の定、真っ赤になっている。

うん。まだまだコウキ君には負けないわね。

 

「じゃあ、姉さんは行くから。頑張るのよ。弟君」

 

ウフフ。本当に楽しい。

ちょっと悪い事したけど、コウキ君の素敵な一面も見られたし。

良かったかな?

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「・・・ふぅ」

 

去っていくミナトさんを見送る。

ミナトさんが部屋から出て行って、漸く俺は安堵の息が吐けた。

 

「ギリギリだった。後少し遅れていたらノーデータとか表示されていたかもしれない」

 

戸籍の捏造。

ミナトさんに声を掛けられると同時に終了した。

良かった。穴はなかったみたいだ。

正直、焦ったぜ。

バレたらどうなるか分からないし。

 

「それにしても・・・姉さん・・・か」

 

あんまり原作キャラと関わらないようにしようと思っていたけど、駄目みたいだ。

ミナトさんだけナデシコに乗せるのが許せない気がする。

何だろう? これが男の甲斐性って奴かな?

仮にも姉さんって思った人だ。役に立てるならミナトさんを助けようかな。

あぁ。でも、ナデシコと関わると俺の平穏な生活が・・・。

何て、何て究極な選択なんだ。俺はノンノンとのんびり過ごす事を目的としていたのに。

これが遺跡の言う逃れられない運命って奴なのかな。

・・・ま、一年後の話だ。ゆっくり考えよう。

 

 

 

 

 

「どうですか?」

「いいわ。とっても良い。使いやすいし、機能性も抜群だし。貴方って天才?」

 

まぁ、俺が組み立てた訳じゃないので何とも。

 

「どうでしょう? これで特許とか取れますかね?」

「いけるんじゃないかしら。特許とかに詳しくないけど。こんなに高機能ならバカ売れよ」

 

テンション高いなぁ。お茶のお姉さん。

でも、お茶のお姉さんから高評価も得たし、自分自身も中々に使いやすかったし、こんなもんかな。

 

「んじゃ、これで特許を取りにいきます。登録とかってネットから出来ましたっけ?」

「ええ。それぐらいは知ってるわ。教えてあげる」

 

お世話になります。お茶のお姉さん。

 

 

こうして、俺はこの世界で漸く生きていけるだけの道を拓いた。

後で・・・。

 

「有名になったら駄目駄目じゃん。バカか俺は」

 

と落ち込んだのは俺だけの秘密だ。

あ、後、慰めてくれたミナトさんだけの秘密だ。

 

 

 

 

 

「天才プログラマー・・・ね」

 

こんな渾名が付いてしまった。

俺はデータをロードして貼り付けただけなのに。

何だか、色々と申し訳ないっす。

 

「お陰で助かっているわ。コウキ君のOSってかなり高価なんだけど。私達だけ無料でインストールさせてもらっちゃって」

「お世話になりましたからね。ミナトさんには。それに皆さんにも」

 

当然の事をしたまでですよ。

まだまだ恩を返すには足りないぐらいですから。

 

「それにしても随分と儲かっているみたいね」

「ええ。俺みたいな一般市民には扱い方に困る大金ですよ。どうしましょう?」

 

特許料とかライセンス料とか、そんなんで気付けば僕も億万長者。

僕、改め、俺にはどう使っていいか分からんぐらいの金だ。

パ~~~っと使ってもいいけど、そういう高級な店は恐れ多いし、緊張して楽しめなさそうだしね。

一人暮らししてもいいけど、ミナトさんに迷惑じゃなければ、あそこに居付きたいな。

あそこってかなり居心地が良くて。もちろん、ミナトさんが迷惑してなければだけど。

 

「ウフフ。宝くじでも当たった気分かしら?」

「そうですね。特に欲しいものもありませんし。あ、そうだ。皆さんでお食事なんてどうですか? ・・・な~んて」

 

流石に女性を誘うのは緊張するな。

思わず誤魔化してしまった。

 

「あら。エスコートしてくれるの?」

「そ、そんな事は無理ですよ。軽いお食事でもどうですかっていう話です。俺にはそんな甲斐性ないですから」

「・・・自分で言っていて悲しくない?」

「・・・少し」

 

しょうがいないよな。俺って一般人だし。

 

「皆さんにはお世話になりっぱなしですから。どうですか?」

 

秘書課の皆さんに提案してみる。

 

「嬉しいけど、いいのかしら?」

「そうよね。コウキ君に奢らせるってのはちょっと」

 

う~ん。乗り気じゃないのか? 

残念だな。

 

「コウキ君」

「あ、はい」

 

口を近づけてくるので多分コソコソ話って奴だな。

 

「皆貴方が年下だからって気を遣っているのよ。嫌がっているとかそういうわけじゃないわ」

「あ。そういう事ですか」

 

納得。でも、日頃のお礼を返すだけだし。

 

「大丈夫ですよ。特別ボーナスが出たと思ってください。皆さんに意見を聞いて完成したようなものですから」

 

お茶のお姉さんだけじゃなくて色々な人に評価してもらった結果、出来上がったんだ。

むしろ、奢らせて欲しい。

 

「そう。それなら御願いしようかしら」

「じゃあ、私も」

 

次々と承知してくれる秘書課の皆さん。

うん。良かった。これで恩が返せる。

 

「それにしても、大胆ね。コウキ君」

「えぇっと、何がですか?」

「一対多数よ? 男性対女性で」

「・・・・・・」

「ん?」

「・・・あぁ!」

 

お、俺は調子に乗って何を言っているんだ。

一対一でも緊張するのに、俺だけ男の一対多数なんて。

緊張で溺死する。

 

「ミ、ミナトさん。フォロー御願いします」

「ん~。どうしようかしら」

 

ニヤニヤ。ニヤニヤ。

くぅ~~~。ニヤニヤしないで、助けてくださいよ。

御願いしますから。

 

「・・・今度、何か奢りますから」

「ふ~ん。何を奢ってくれるの?」

「えぇ~と」

 

バック・・・はもう持っているよな。

口紅・・・俺のセンスじゃ無理。

アクセサリ・・・無難か?

ピアスとかネックレスとか。

あ、腕時計もいいな。

 

「イヤリングとかネックレスとか、腕時計とか何でも」

「へぇ。その中で何を贈ってくれるの?」

 

まだ苛めますか!?

 

「・・・そうですね。イヤリング・・・とか、どうですか?」

「そうね。私に似合うのは選んできてね」

「え? 一緒に来てくれないんですか?」

「コウキ君。男の甲斐性はプレゼントにあるのよ。自分で選んで私を喜ばしてごらん」

「わ、わかりました」

「期待しているわね」

「む、無論です。期待していてください」

「ウフフ。じゃあ、契約成立ね。フォローは任せなさい」

 

笑いながら自分の席へと戻っていくミナトさん。

うん。ミナトさんに任せれば万事解決だ。

・・・お店とかどうしよう。

うん。ミナトさんに相談しよう。女性の感性は女性に聞けって奴だな。

よし。それじゃあ、その法則でイヤリングも他の秘書課の皆さんにこっそり訊いてみようかな。

それで万事解決だ。うん。そうしよう。

 

 

後日、きちんと贈らせて頂きました。

毎日のように付けてもらってプレゼントした側としても喜ばしい限りです。

 

 

 

 

 

「明日は休みだから。偶には遊んできなさい」

 

という事で街へとやって来た。

アルバイトと言えど社会人。色々と忙しかった訳ですよ。

いや。社会人。甘く見ていました!

 

「ふぅ。遊ぶぞぉ!」

 

漸く、漸く心の底から楽しめる。

余計な事は全て棚に上げて、今日はひたすら遊び尽くしてやる。

 

 

・・・そう思っていた時期が僕にもありました。

 

「私、こういう者です」

「プロスペクター氏ですか」

 

事の始まりは至極単純。

ネルガルプロデュースのシューティングアクションゲーム。

エステバリスVS地球連合軍。

・・・この時期からエステバリスってあったんだね。知らなかったよ。

原作を知る身としては、興味を惹かれて思わずやってしまった訳だ。

それで一般用とIFS用があったから、まぁ原作を味わうならという訳でIFS用を選択した。

・・・それがミスだったんだよね。

これってゴキブリホイ②みたいなものだったらしくて、テストパイロットを確保する為、常に監視されていたらしい。

この時ほど、この身体を恨んだ時はない。

高性能IFSだし、昔からこういうゲームに眼がなかった俺は相当に力を発揮した訳だ。

それで一位のスコアを抜いてトップスコアを叩き出した。

いやぁ。中々楽しかったなとゲームのカプセルから抜け出すと・・・。

 

「お待ちしておりました」

 

既に囲まれていました。

ちょっと待とうよ。在り得ないでしょ。

そして、現在に到るという訳です。

 

「どうでしょう。我がネルガルで働いてみませんか? 今なら・・・」

 

・・・この人、高速でソロバンを取り出して、高速で弾き始めましたよ。

ナノマシンで視力強化されているから見えるけど、他の人からは危ないオジサンとしか映らないだろうな。

だって、パッと見、ひたすらソロバンを弾いているようにしか見えないし。

ってか、電卓でいいじゃん。

 

「これぐらいの給与は出しますよ」

 

あ、見せるのは電卓なんだ。不思議な人だね。プロスさんって。

えぇっと、金額は・・・0が1、2、3、4、5、6・・・。

 

「これって・・・」

「貴方にはそれ程の価値があるという訳です。はい」

 

在り得ないでしょ。この金額。

プロスペクターさん。

いや。ここはプロスさんと呼ばせていただきましょう。

 

「プロスさん。貴方はアルバイト人を馬鹿にしています」

「は?」

「俺程度にこんなに払うのならもっと社員を雇ってあげてください」

 

就職難の時代を生きてきた僕ですよ。

俺としては大学生が不憫で不憫で。

 

「あの・・・」

「あ。すいません」

 

まさか、汗も掻いてないのにハンカチというプロスさんの特技?を見る事が出来るとは。

 

「すいませんが、俺、いえ、僕は既に雇われの身でして。残念ですが・・・」

「この金額では満足できませんか?」

 

それはもちろん魅力的ですよ。

でも、エステバリスのパイロット、まぁ、テストパイロットでもいいよ、かなりの死亡率でしょ。

俺は平穏な生活を送りたいのよ。戦争とか無理!

それに、現状ではお金に困ってないしね。ボーナスっていうか、定期的に大金が入ってくるし。

 

「すいません。今の会社にいたいので」

 

親切な人ばっかりだし、裏切れないよ。

 

「・・・そうですか。分かりました」

 

ほっ。どうにか納得してくれたみたい。これで諦めてくれたら・・・。

 

「先程お渡しした名刺には連絡先が書いてありますので心変わり致しましたらご連絡下さい」

 

うぅ。諦めてなかったよ。プロスさん。

 

「はぁ・・・。分かりました」

「では、失礼します。行きますよ」

 

去っていくプロスさんと黒服の人。

あぁ。今日は厄日だ。嫌な邂逅をしちまった。

 

「どうすっかな」

 

ミナトさんが操舵手として乗り込む以上、俺もナデシコに乗るかもしれん。

あくまで予定だ。まぁ、千分の、いや、万分の、いや、億分の一もないだろうが。

その時、俺はどんな役職で乗り込むべきだろうか?

パイロット・・・いや。勘弁して下さい。

整備班・・・知識は遺跡から取り出せばいいけど、技術的に厳しいかもな。

オペレーター・・・不可能じゃない。むしろ、俺に一番合っている。でもなぁ、俺の存在が公になるのはまずいでしょ。ルリ嬢に睨まれたくないし。

コック・・・アキト青年と被るでしょうが。料理は嫌いじゃないけど、プロになりたいって訳でもないし。

あれ? 俺ってば何にも出来ない駄目な子?

 

「はぁ・・・」

 

やめよう。落ち込むから。

というか、俺だってその気になれば何でも出来る。

パイロットだって高機能ナノマシンの恩恵がある。

艦長だって参謀だって遺跡の知識から最善の戦術を導ける。

オペレーターなんて下手すると世界最高だ。

でも、それじゃあ駄目。

アキト青年を始めとして、この物語はあのメンバーだったからこそ成り立ったんだ。

劇場版的にはハッピーエンドとは言い辛いけど、物語としては成立していた。

そこに俺が介入してより良いハッピーエンドにしたいとは思っている。

でも、俺が介入する事でメンバー間に何か誤差が生じるかもしれない。

それは駄目だ。俺の介入が最悪の展開に繋がるかもしれない。

俺はあくまでオマケ程度。補佐の補佐の補佐ぐらいが丁度良いんだ。

 

「ふぅ。どうしようかな・・・」

「あら。溜息なんてついてどうしたの? 折角の休みなのに」

「あ。ミナトさん」

 

振り返るとお洒落な格好に身を包んだミナトさんがいた。

あれ。凄く着飾っている。これは・・・。

 

「もしかして・・・」

「ん?」

「デート・・・ですか?」

「あら。妬いてくれるの?」

 

早速からかいに来ましたか。

 

「まぁ。俺の存在が邪魔にならなければと思いまして」

 

ほら。俺なんかと同棲しているなんて相手方が知ったら怒るでしょうが。

 

「もぉ。素直に妬いてくれれば良いのに」

「えぇっと?」

 

どう応えろと?

 

「大丈夫よ。ただのお買い物だから」

「買い物なのにそんなお洒落に着飾ったんですか?」

「仕方ないのよ。今度、企業間での立食パーティーがあるの。そこで着るドレスとか買わないといけなくて。流石にいつもの格好じゃ入りづらいじゃない?」

 

あぁ。納得。

 

「秘書も大変ですね」

「そうなのよ。大変なの」

 

でも、それ程にミナトさんが優秀って事だろう。

それにさ・・・。

 

「ミナトさんは美人ですからね。着飾ったら注目の的ですよ。きっと」

「あら。嬉しい事言ってくれるじゃない。冗談でも嬉しいわ」

「冗談なんて言っていませんよ。ミナトさんなら望めば望むだけ」

「ウフフ。いいのよ。今の私は仕事女。彼氏なんていいの」

 

勿体無いなぁと思う。

ミナトさんを恋人に出来る人は絶対幸せだと思う。

ちょっと露出とか激しいけど、包容力はあるし、美人だし、気遣いとか完璧だし、理想のお嫁さんランキングとか取ったらダントツで一位でしょ。

 

「それじゃあね。折角の休日なんだもの。楽しんでいらっしゃい」

「あ、はい。ミナトさんも」

「そうね。他の買い物もしちゃいましょう。またね」

 

そう言って立ち去っていくミナトさん。

 

「・・・あ」

 

あんなに着飾っているのに俺が贈ったイヤリングを付けてくれている。

何か嬉しいな。もしかしてミナトさんの好みに合っていたのかな。そうだと嬉しいけど。

 

「さてっと。自宅用のIFS専用端末でも購入しようかな。そうすれば色々と出来るし」

 

という事で俺は電気機器のあるショップへ向かった。

IFS専用端末はIFSの使用頻度が低いからか全然なかった。

三つぐらい回って漸く見つけたぐらいだからな。

でも、三つ目で見つかったのはかなり運が良いのかもしれない。

早速、買いってね。

こうして俺はいつでも画策できるよう環境を整えた。

よし。色々と計画を練ろうかな。

まずはMCの救出からだ。

ラピス嬢の生い立ちとか詳しく知らないけど違法だったらしいし。

もしかしたら、他にもそんな犠牲者がいるかもしれない。

違法とか、人体実験とか、流石に見逃せない。

解決策があるならそれを実行するまでだ。

・・・匿名で企業に連絡すれば俺ってバレないよね?

 

 

 

 

 

「エリナ君。まただよ」

「またですか?」

「うん。社長派のMC計画。禁止にしたのにね。違法だからやめろって」

「仕方ないかと。社長派は何かしらの手柄が欲しいのでしょう」

「ごめんなんだよね。人体実験とか。エリナ君もそう思わないかい?」

「・・・そうね(甘ちゃんが。結果が全てなのよ)」

「ま、いいや。プロス君呼んで来て。いつもの謎の匿名君からの連絡だって」

「分かりました」

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

何度見ても胸糞悪いな。

もしやと思って調べてみたけどまさかこんなにいたなんて。

ルリ嬢、ラピス嬢、ハリ少年だけがMCだと思っていたけど、それまでにこれだけの数が犠牲になっていたなんて。

何だよ!? これが人間のする事かよ!? クソッ!

 

「・・・どうしたの? 難しい顔して」

 

あっと。ミナトさんに見つかる訳にはいかないな。

きっとミナトさんが見たら暴走するに違いない。ミナトさんって子供好きそうだし。

これは俺がするべき事だ。

 

「・・・いえ。何でもありませんよ」

 

閲覧画像を消去して、ミナトさんにそう告げる。

笑顔を浮かべているが、内心では苛立ちとか絶望とか、そんな負の感情がぐるぐる回っている。

人間に対して俺は今、恐怖を感じていた。

俺の周りには変だけど良い奴らしかいなかった。

・・・でも、少し外へ視線を向ければ、こんな人間もいる。

俺の人間像が根底から崩れ去った気がした。

 

「コウキ君」

「え?」

 

視界が一色に染まる。

全身に伝わってくる優しい温もり。

あぁ。俺は今・・・。

 

「いいのよ。何があったかは知らないけど。辛いなら辛いって言えばいいじゃない。悲しいなら悲しいって言えばいいじゃない。怖いなら怖いって。そう言えばいいじゃない」

 

・・・抱き締められているんだ。

ミナトさんに。

 

「ミナト・・・さん?」

「コウキ君。私は頼りないお姉さんかな?」

「そんな事・・・ありません。頼り甲斐のある優しいお姉さんです」

「ウフフ。ありがとう。だから、ね? 頼っちゃいなさい。無理に事情は聞かないわ。でも、胸を貸してあげる事ぐらいは出来るわ」

「・・・・・・」

「泣いて楽になるなら泣いちゃいなさい。温もりが欲しいなら私が温もりをあげる。いいのよ。何の遠慮もいらないわ」

「ミナト・・・さん」

 

強く。

強く抱き締めた。

人間不信に陥りそうで。

でも、やっぱり人間は暖かくて。

優しくて。

抱き締められているだけで癒されて。

心が落ち着いて。

あぁ。何でこんなに色々な人間がいるんだろう。

あぁ。何でこんなに暖かいんだろう。

あぁ。何でこんなに罪深いんだろう。

あぁ・・・・・・。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「・・・コウキ君ってば、こんなに重たかったんだ。やっぱり男の子なんだな」

 

私の胸の中、まるで子供のように安らかに眠るコウキ君。

邪気のない笑顔を浮かべて、変な子で、ちょっと頼り甲斐がなくて、いじり甲斐があって、それでも一生懸命な男の子。

一体、コウキ君に何があったんだろう?

あんな表情は今まで見た事がない。

久しぶりの休日で、でも、雨だったから、コウキ君と二人でのんびりしていた今日。

ふとコウキ君を見ると一生懸命画面を眺めていた。

どうしたんだろうって思って観察していたんだけど。

眉を顰めて、ずっと苦々しい表情をしていたわ。

どうかしたの? って声をかけると慌てて画面を操作して誤魔化して。

身体を震わせながら、なんでもないって無理して笑って。

瞳に涙を浮かばせて、それでもなんでもないって。

弱々しい笑みで私を気遣うコウキ君が迷子の子供のように見えた。

知らない道で親からはぐれちゃった幼い男の子。

お母さん、お母さんって一生懸命に呼びかけて、それでも見つからなくて。

寂しくて、悲しくて、泣き喚きたいけど、必死に堪えて母親を探している健気な男の子。

強くて、弱くて、必死で、諦めかけていて。

そんなコウキ君を私の身体は無意識に抱き締めていた。

おかしな事だけど、その時、やっぱり男の子なんだなって思った。

男特有の固くて逞しい身体。抱き締め返される力強さは不思議と私にも温もりを与えてくれた。

泣きたいのを必死に我慢して、顔を見られないようにって顔を隠すのもどこか意地っ張りな男の子で。

私に微笑を与えてくれた。

護ってあげなくちゃ。

眠るコウキ君を見て、私はそう思ったの。

あの弱々しい姿を見せるコウキ君を私が支えてあげよう。

なんでもない。何の特別でもない今日この日。

この日が私の誓いの日となった。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「ほら。コウキ君。行くわよ」

 

ミナトさんに抱き付いて泣いてしまうという俺にとってトップ3に入る程に恥ずかしい思いをした日から数日が経った。

あれから、どうもミナトさんが過保護な気がする。

嬉しいような恥ずかしいような情けないような、まぁ、そんな感じだ。

決して嫌じゃないんだけどね。いや、やっぱりちょっと恥ずかしいかな。

 

「それにしても、いつの間にかハッキングが上手くなっていたな」

 

非公式研究所をハッキングしている内にかなりのレベルのハッカーになっていた。

今ならビックバリアの解除パスワードとか入手できそう。

いや、試してないけどさ。バレた時に怖いし。

それにIFSの扱いにも慣れてきた。

イメージとかも明確に出来るようになってきたし。

随分と成長したものだ。うんうん。

そうそう、あれから色々試したんだけど・・・。

俺の身体ってオリンピックも夢じゃないっていうか、オリンピック選手を侮辱しているんだよね。

オリンピックがこの時代にあるかどうかは分からないけどさ。

俺のいた世界ではって話。

信じられない事に百メートル走とか五秒とかそんなんだよ。

握力とかも百キロ軽く超えているし、背筋とか三百キロ超とかだし、跳躍力は・・・訊かないでくれ。

人外になっちまったと思ったけど、本当に人外でした。

ってか、生きていく力が欲しいって言っただけなのにやり過ぎでしょ。

日常生活にこんな逞しい身体能力は必要ないよ。

そりゃあないよりはあった方が良いけどさ。

無駄だって。俺は平穏な生活を望んでいるの。

それにさ、努力しているスポーツ選手に申し訳ないよ。

努力もなしにこの能力って・・・。確実に侮辱しているよね。

自分が怖いです。やり過ぎです。

 

「はぁ・・・」

「どうしたの? 溜息なんかついて」

「いえ。何でもありませんよ」

「そう? 無理しないでね」

 

自分が怖いなんて言ったら変な子だって思われるよね。

流石のミナトさんにだってこんな事は言えない。

 

「それにしても、コウキ君って運動神経良かったのね。そうは見えなかったのに」

「ハハハ。そうですね」

 

苦笑いしか出ませんよ。ミナトさん。

ミナトさんが知っている理由はとても単純。

だって、この異常に確信したのってこの前の体力測定の時だし。

前々から変だな? 異常だな? って思っていたんだけど、あの時ほどそれを実感した時はなかった。

会社の身体測定の一環で行われた体力測定。

そこで俺は化け物ぶりを発揮してしまった。

ほら。日常生活で全力を発揮する事なんてないから。

それで久しぶりの運動だなって全力で走ったりしたんだけど。

・・・前々から制御できるようにしておけば良かったと激しく後悔したさ。

下手すると会社単位で活動する駅伝部とかに参加させられる所だった。

あれから、よく色々な所からスカウトされるよ。

サッカー部とか野球部とか。

楽しいよ。球技って。経験者だし。

でもアルバイトだしさ。ミナトさんに迷惑かけられないし。

とりあえず保留です。

 

「どうして参加しなかったの? コウキ君なら活躍できたでしょうに」

「ま、まぁ、いいじゃないですか。今の仕事を楽しんでいるんですから」

「そう? それなら良いけど」

 

ミナトさんからも勧められているんだけど。

いや。あれだよ。

汚れた服とかミナトさんに任せるのは嫌だし。

自分で洗うのとかもなんか嫌だし。

俺は遊びの範囲で球技とかスポーツとかが出来たらなって思う。

 

「ま、コウキ君は他にも才能あるからね。あれから結構特許取ったでしょ?」

「ええ。まぁ」

 

才能って言うか、反則技だけどな。

使えそうだなって思うアプリケーションソフトとかを遺跡からダウンロードして少し細工して表の世界に公表する。

それが評価されているだけ。

決して俺が作っている訳じゃない。

 

「仕事がやりやすくて助かっているわ」

「それは光栄です」

 

でも、プログラムって結構楽しいんだよな。

最近は遺跡に頼らないで自分の力だけで作ってみたりしている。

ま、勿論、駄目駄目だけどさ。

それでも、自分の力だけで達成するのって楽しいんだよ。

 

「資格とか興味持ち出したし。充実しているのね」

「ミナトさんが資格持ち過ぎなんですよ。何となく負けたくないっていうか」

「ウフフ。男の子ね」

 

笑われてしまった。

でも、本当にミナトさんは凄いと思う。

俺はずっと疑問に思っていたさ。

何で社長秘書が戦艦の操舵手が務められるんだよって。

気になって訊いてみた所・・・。

 

「う~ん。いつか使えるかなって思って」

 

・・・普通はそう思いませんから。

実際にそんな日がやって来る訳ですが・・・。

 

「とりあえず目標はミナトさんが持つ資格を全部手に入れる事ですかね」

「そう。それなら、私は追いつかれないように頑張ろうかしら」

 

頑張りますね。ミナトさん。

変な資格は取らないでくださいよ。

 

「でも、意外だったわ。何で最初に操舵手の資格を?」

「え? いいじゃないですか。ミナトさんに追いつく為ですよ」

 

あれから、俺は考えたんだ。

どの役職で乗り込もうかって。

そして、俺はこう決めた。

何でも屋になろうと。

ま、詳しく言えば、副操舵手、副通信士、サブオペレーターとか兼任してみようかなって。

その為のこの資格です。

ブリッジクルーって何かあった時に困る役職ばかりだろ。

だから、俺が常に補佐して、代わりになれれば役に立てるんじゃないかなと思って。

とりあえず・・・。

 

「戦艦の通信士って何の資格が必要なんだ?」

「急にどうしたの? コウキ君」

「あ。えぇっと。何でもないですよ?」

「何で私に訊くのよ」

「とにかくなんでもないですよ。色々と俺にも考えがありましてね」

「そう?」

 

心配そうに見詰めてくるミナトさん。

・・・そんなに眼を合わせられると照れるんですけど。

 

「ま、いいわ。何かあったら相談なさい。いつでもいいから」

「ありがとうございます」

 

やっぱり優しいな。

相談相手がいるってだけでとても心強い。

 

「さあ、今日も一日が始まるわ」

 

出社。

うん。この世界に来て、もう半年か。

月日が経つのって早いな。 

後半年で遂に始まる。

スキャパレリプロジェクトが。

アキト青年を中心に動くドタバタラブコメディSFロボットアニメ。

・・・こう訊くと設定盛り込みすぎだよな。

良く成立したと思うよ。

製作者って凄いな。

 

「何をボ~っとしているの? 行くわよ」

「あ、はい」

 

ミナトさんに腕を引かれての出社。

別にそんなに珍しい訳じゃない。受付嬢も苦笑して済ませているし。

無論、男性社員の視線は物凄く鋭いけど。

・・・いつか刺されるんじゃないか? 俺。

ま、そうならないように後半年。頑張りましょうか。

 

 

 

 

 



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隠し事

 

 

 

 

「本日は貴方をスカウトに来ました。ハルカ・ミナトさん」

 

もうスカウトの日か。あっという間だったな。

スキャパレリプロジェクト始動・・・か。

 

「あ、申し遅れました。私、プロスペクターと申します。以後、お見知りおきを」

 

秘書課にいたミナトさんのもとへ大男ゴート・ホーリーを連れたプロスさんがやって来た。

・・・本当にゴートさんって仏頂面なんだな。

 

「えぇっと。何のスカウトですか?」

 

そうだよな。突然過ぎて分からないよな。

 

「少しお時間を頂けますか?」

「はぁ。構いませんが・・・」

 

困惑気味でこちらを眺めてくるミナトさん。

俺はそんなミナトさんに頷いてみせた。

大丈夫ですよって。

それが伝わったのか、ミナトさんも笑顔で頷いてみせてくれた。

 

「あ。マエヤマさんも良いですか?」

 

・・・ずっこけさせてくれますね。プロスさん。

あのミナトさんですら、呆気に取られていますよ。

 

「コウキ君?」

「あ、はい。分かりました。行きましょう。ミナトさん」

 

とりあえず付いていくとしますか。

 

 

 

 

 

「それでは、私が戦艦の操舵手、コウキ君がパイロットですか?」

 

・・・まいったな。パイロットかよ。

俺の計画では副操舵手だったんだけどな。

 

「はい。以前、マエヤマさんには断られてしまったのですが。やはり諦め切れず」

「え? 本当なの? コウキ君」

 

驚いた顔でこちらを見てくるミナトさん。

ま、そりゃあ驚くよな。

 

「ええ。結構前ですけどね。俺のどこにパイロットの適正があるんだか・・・」

「御戯れを。貴方は出したじゃないですか。トップスコアを」

「トップスコア? どういう事? コウキ君」

「何ていうんですか。ちょっと幼心に刺激されましてね・・・」

 

何かゲームセンターで遊んでいたって言うの恥ずかしいよな。

なんて、俺がもたついていると・・・。

 

「もう、ハッキリなさい!」

 

一喝。

 

「は、はい! ゲームセンターでシューティングアクションゲームをした所、トップスコアを出してしまいました!」

 

ミナトさん。怖いです。抗えません。

 

「シューティングアクションゲーム? そのトップスコアでパイロット適正を計ったんですか? それはちょっと・・・」

 

呆れるミナトさん。そうですよね。呆れますよね。たかがシューティングゲームで・・・。

 

「いえいえ。あれは唯のゲームじゃないんですよ。我が社が開発したシミュレーションの技術を存分に注ぎ込んだ特別製なのです」

「えっと。あれですか? G設定とか。確かに本格的でしたけど」

「その通りです。あれは実際にかかるGとほぼ同等のGをパイロットに負荷させます」

 

それって下手すると失神するんじゃ・・・。

 

「あの状態でのスコアは本番でのスコアと同等。いえ、それ以上かもしれません。当時は機体の方に問題がありましたから」

 

良くそんな状態のゲームを普通のゲームセンターに導入しましたね。

 

「あそこは我が社が経営しているゲームセンターです」

「えぇっと。顔に出ていました?」

「ええ。顔が引き攣っていました」

「そうね。引き攣っているわ」

 

ミナトさん。貴方も少し引き攣っていますよ。

ミナトさんは聡明だし、操舵手の資格を持っているから分かりますよね。

本番のGの凄まじさとか。

 

「その上で貴方は我々が連合軍トップクラスとして想定したスコアを抜いたのです。それが何よりの証拠になりませんか?」

「コウキ君。貴方、どれくらいのスコアだったのよ」

「・・・覚えていませんよ。普通に楽しんでいましたから」

「軽く超えていますよ。倍とまではいきませんが」

「コウキ君。貴方って意外と多才よね」

「いえいえ。ミナトさんこそ。・・・あの、現実逃避して良いですか?」

 

在り得ない。

普通にゲームを楽しんでいただけなのに。

それがこんな結果だなんて。

そうか。これこそが逃れられない運命という奴だったのか?

・・・いや。これに関しては自業自得だよな?

あぁ。俺の万全な計画が・・・。

 

「えぇっとさ。コウキ君。何で落ち込んでいるのかしらないけど、とりあえず落ち込むのはやめて話を続けましょうよ」

「・・・そうですね。ミナトさん」

 

内心はもうボロボロです。

 

「ハルカさんはどうでしょうか? 操舵手なのですが」

「うぅ~ん。どうしようかしら」

 

悩むミナトさん。

あれ? おかしいな。

確かここはやっぱり充実感かなとか言って即刻引き受けてなかったっけ?

 

「あ、給料はこれくらいです」

「ん~~~・・・えぇ!?」

 

きっと俺の時と同じくらいなんだろうな。

あれはマジで少しでもいいから社員を雇ってあげてくださいと思ってしまう金額だ。

 

「あ、でも、私って別に給料で職場を選んでいるわけじゃないですし。やっぱり充実感かな」

 

あ、やっぱり理由は充実感なんだ。

 

「充実感・・・ですか。それなら、ここ以上に得られる所はないと思いますよ」

 

ま、基準は分からんが、退屈はしないだろうな。

ドタバタラブコメディだし。

 

「う~~~ん」

 

とか言いながら俺を見てくるミナトさん。

 

「えぇっと。どうかしました?」

「ううん。別になんでもないわよ」

 

えぇっと。それじゃあ何で眼を逸らしてくれないんですか?

何で俺を見詰めてくるんですか?

 

「そうですか。分かりました。それでは、マエヤマさん。こうしましょう」

 

・・・今、プロスさんの瞳がピカンって光った気がします。怖ぇよ。

 

「予備パイロットはどうですか? メインは副操舵手。もしくはサブオペレーターで」

 

ん? これは願ってもない展開では?

無論、予備パイロットは拒否するが。

 

「貴方のプログラマーとしての名は有名ですからね。天才プログラマー、マエヤマ・コウキ。是非ともスカウトして来いと上もうるさいのです」

 

へぇ。アカツキ青年がね。青年っていっても俺より年上だけど。

 

「副操舵手。サブオペレーター。そこまではいいでしょう。ですが、予備パイロットはやめて頂けませんか?」

 

パイロットなんてやるつもりはありません。

俺は補佐の補佐の補佐を目指しているんです!

 

「困りましたな。何としてもパイロットとしての貴方が欲しいのですが」

「困られても困ります。俺はパイロットをするつもりはありません」

 

こればかりは妥協できない。俺は平穏でお気楽な生活が良いんだ。

パイロットなんかになったら連合軍から眼を付けられる。

最悪、隠れ住まなければならないようになる。

そもそも死と隣り合わせの戦場になんて出向きたくない。

いつ死ぬか分からない戦場なんかに。

己惚れじゃないけど、ミナトさんも嫌がってくれると思う。

だって、俺が死んだら悲しんでくれ―――。

 

「いいじゃない。コウキ君。予備パイロットぐらいなら」

 

・・・泣きたくなる程にショックだった。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「いいじゃない。コウキ君。予備パイロットぐらいなら」

 

軽い気持ちで告げた。

たった一言。たった一言が私に激しい後悔を残した。

私がそう言った瞬間にコウキ君の顔が見た事もない程、驚きで染まり、次いで悲しみで染まったのだから。

その表情を見た瞬間、私は心が苦しくなった。とても、とても痛くなった。

 

「・・・ミナトさんは・・・」

 

俯きながら、呟くように話すコウキ君。

その言葉一つ一つが何故か胸に突き刺さる。

 

「・・・ミナトさんは・・・俺に死ねって。・・・死んでもいいって。そう思っていたんですか?」

 

ッ!?

そ、そんな事は思ってない。

 

「そんな事は―――」

「戦艦のパイロットですよ? 戦場は常に死と隣り合わせ。たかがゲームで高得点を出したからって訓練も受けてない俺が活躍できると思っているんですか?」

「そ、それは・・・。で、でも、予備パイロットよ。名前だけじゃ―――」

「戦艦のパイロットは全部で何人なのか? 機体のスペックはどうなのか? 脱出機構は備わっているのか? 戦艦自体の武装は何なのか?」

「・・・コウキ・・・君?」

「プロスさんは何も言っていません。予備パイロットの役目なんてない? そんな事どうして言い切れるんですか?」

「・・・・・・」

「戦場ですよ。貴方は予備パイロット。パイロットがいなくなったので命を賭して護ってください。ないと言い切れますか? 訓練なんて碌にした事がないのに。死なないと?」

「そ、それは・・・」

 

何も言い返せなかった。

コウキ君は間違った事を何一つ言っていないのだから。

 

「軽い気持ちでパイロットになりますなんて言える訳がないじゃないですか。そんな俺をミナトさんは臆病者だって、そう言いますか?」

「そ、そんな事―――」

 

思ってない。思ってないのに。

俯くコウキ君を前にして口が開かなかった。

 

「・・・そもそもパイロットとしての俺を欲しているプロスさんが予備パイロットとか提案してくる時点でおかしいんですよ」

「そうですかな?」

「ええ。とりあえず予備パイロットとして登録しておけば、何かあった時に都合良く出撃させられますからね。予備だからってパイロットがいない時のみとは限らないんです」

「歳の割に鋭いのですね」

「企業の裏っていうのは痛い程、実感していますから。組織の利益の為なら何だってする。それが組織でしょう?」

 

何故だろう?

すごく身近に感じていたコウキ君が。

今は・・・遠い。

知らない人に見える。

 

「そもそも企業が戦艦を保持する。目的地を告げない。その二つだけで不自然です。ネルガルは何が目的なんですか?」

 

鋭い眼光で睨みつけるコウキ君。

あぁ。私の軽い一言がコウキ君をここまで追い詰めてしまったんだ。

朗らかで怒った事なんてないコウキ君がこんなにもむき出しの敵意を見せるなんて。

 

「はて。目的なんて」

「・・・仮にパイロットになったとしましょう。俺が戦うのは誰ですか? 木星蜥蜴? それとも連合軍ですか?」

 

それって・・・。

 

「連合軍と何故戦うのですか?」

「企業が戦艦を保持していて連合軍が何も言わないと思っているんですか?」

「事前に許可を得ていますが?」

「その戦艦は軍用の兵器でシェアを確立するネルガルが自慢としている戦艦なんですよね?」

「無論です。地球最新鋭の技術で造り上げました」

「恐らく苦戦続きの木星蜥蜴だって打倒してしまえるのでしょうね?」

「ええ。もちろん」

「そんな戦艦を連合軍が見逃すと思っているんですか?」

「先程も述べましたが、許可を―――」

「許可を得たぐらいで安心しているのですか? 貴方は軍を甘く見すぎだ。木星蜥蜴を打倒できると知れば連合軍は強引に徴収しようとしますよ。それが今の軍の実態ですから」

「御詳しいのですね。軍の事も」

「少し調べれば分かります」

 

本当に別人みたい。

あのコウキ君がこんな・・・。

 

「貴方は何の訓練も受けていない一般人に人を殺せと。そう言っているのですね?」

「はて。それはマエヤマさんの想定でしょう? それが現実になるとは限りません」

「・・・どちらにしろ。俺は予備であろうと正規であろうとパイロットをするつもりはありません。パイロットを望むなら連合軍から引き込めば良い。失礼します!」

 

激情を抑えきれないまま部屋から飛び出していくコウキ君。

それを私は見送る事しか出来なかった。

 

「いやはや。まいりました。あそこまで拒絶されるとは。想定外です」

「あの・・・コウキ君が言った事は本当なんですか?」

「どの事ですかな?」

「予備でも都合良くとか。連合軍がそういう組織だとか。その辺りです」

 

ふぅっと大きな深呼吸をしてプロスペクターさんが話し出す。

 

「無論、予備パイロットは予備でしかありません」

「それなら、戦場に出るなんて事はないんですよね?」

 

そうならきっとコウキ君だって―――。

 

「いやはや。戦場に絶対なんてありえませんからな。もしかすると予備パイロットの方にも出撃を要請するなんて事はあるかもしれません。無論、可能性でしかありませんが」

「でも、正規のパイロットだっているんですよね」

「それは勿論です。素人だけに任せる訳にはいかないでしょう?」

「それなら、予備パイロットなんて必要ないじゃないですか」

「いえいえ。万が一という事がありえますから。準備を怠る訳にはいかないのですよ。念は念をいれてという奴です」

 

まるで予備ですら戦場に出すのが当然と言わんばかりの言葉だった。

 

「連合軍に関してですが、あれはあくまでマエヤマさんの想定でしかありませんよ。連合軍とて一度許可を出したら引っ込めないでしょう。軍にも面子があるでしょうから」

「そ、そうですよね」

 

そう。普通はそうよね。

それなのに、何でコウキ君はああまで軍を警戒していたのかしら?

 

「・・・今日はもう交渉は難しいでしょう。また後日伺わせて頂きます」

「あ、はい。分かりました」

「それでは、失礼しますね」

 

去っていくプロスペクターさんを私はまた見送る事しか出来なかった。

 

「・・・コウキ君」

 

軽い一言で追い詰めてしまった私の大事な同居人。

護ってあげようって誓った大事な弟分。

今、コウキ君はどんな気持ちなんだろう?

 

「うん。コウキ君の所へ行こう」

 

謝りに行かないと。軽々しくパイロットになれなんて言った事を。

 

「コウキ君ですか? コウキ君なら気分が優れないって早退しましたけど・・・」

「ッ!?」

 

コウキ君が・・・いない?

もうここには・・・帰ってこないの?

 

「ハルカさん? どうかしました?」

「いえ。なんでもないわ」

「顔色が優れませんが?」

「な、なんでもないのよ」

「ハルカさんも早退しますか? 少し休んだ方が良いですよ」

「大丈夫よ」

 

・・・探しに行きたい。

コウキ君がいなくなる前に、ちゃんと話がしたい。

 

「・・・そうね。ごめんなさい。ちょっと体調が優れないから早退するわ」

「分かりました。社長にはそう伝えておきます」

「ええ。御願いするわね。あ、コウキ君から何か聞いていない?」

「えっと、特には」

「そう。ありがとう」

 

荷物を纏める。この時間ですら惜しい。

早く。早く行かないと。

私はいつになく急いで部屋から飛び出した。

時間は午後二時。

まだまだ暖かい昼下がりだった。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・。やっちまったな」

 

会社とミナトさんのマンションとの間にある公園。

そこのベンチで俺はボーっとしていた。

 

「はぁ・・・。予定が崩れちまったよ」

 

予定としては副操舵手、副通信士、サブオペレーターの兼任だったんだけど。

予備パイロットなんて名前だけだからな。アキト青年も予備だ予備だなんて言われながら結局最後までパイロットやらされたし。

ってか、そんな事よりも・・・。

 

「あぁ! もう! ミナトさんともう顔を合わせられねぇよ」

 

ちょっと興奮してミナトさんを傷つけちまった。

ミナトさんだって悪意があって言った訳じゃないのにな。

カッカすると周りが見えなくなるのは俺の悪い癖だよ、まったく。

 

「俺は予備パイロットを務めるべきなんだろうか?」

 

歴史をより良くするならパイロットは都合が良い。

でも、なんていうか、俺みたいな一般人には到底不可能な気がする。

それにだ。もし、仮に、パイロットを引き受けたとしよう。

そうなったら戦後が問題なんだよな。戦争中の活躍が戦後に危険分子として危険視されるとかいう話は良くあるし。

かの有名なパイロットも戦後、軍に監禁されていたし。

俺はああなるのが嫌なんだよ。名前が売られて許せるのはプログラマーとしてだけ。

パイロットとか、ジャンパーとか、そんな事で有名になったら俺の平穏な生活は諦めなくちゃいけなくなる。

巻き込まれたとか、そんな事を思っている訳じゃない。歴史通り辿ればいいとか、そう思っている訳でも決してない。

でも、歴史を変えるとか、そんな大それた事、俺には無理だよ。その為の能力だって言われても、そんなの俺が望んだわけじゃないし。

 

「はぁ~~~。平穏な生活は俺には望めないのかね?」

「そんな事・・・はぁはぁ・・・ない・・・はぁ・・・わ・・・」

 

空を見上げる俺に影が差し込む。

その影は・・・ミナトさんだった。

 

「・・・ミナトさん」

「・・・はぁ・・・はぁ・・・コウキ君」

 

やばい。気まずい。

 

「と、とりあえず、座ったらどうですか? それとこれ」

 

ハンカチを手渡す。

走ってきたみたいで汗だくだ。

秋だけどまだまだ暖かいからな。

 

「はぁ・・・はぁ・・・そうさせて・・・もらうわ。ありがと」

 

ドサッと崩れるようにベンチに座り込むミナトさん。

慌てて支える。

 

「ハハハ。駄目ね。運動不足だわ」

 

苦笑いのミナトさん。

 

「ちょっと待っていてください」

 

ベンチにミナトさんをしっかりと座らせて、俺は近くの自動販売機へと向かう。

えぇっと・・・お茶・・・でいいよな?

とりあえず、二本買ってベンチへと戻った。

 

「あの、どうぞ」

「あ、うん、ありがとう」

 

お茶を渡して隣に座る。

・・・それからは無言だ。

やはり気まずいな。

 

「えぇっと。ミナトさん。先程はすいま―――」

「ごめんなさい! コウキ君!」

 

突如、下げられる頭。

無論、混乱したさ。

何で謝られるの? 俺。

 

「えぇっと。謝られるような事しましたっけ?」

「私が、私が軽々しくパイロットになれなんて言うから。コウキ君を追い込んでしまった。危ないって分かっているのに。それなのに軽々しく戦場に行けなんて」

 

不意に涙を浮かべるミナトさん。

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

「ううん。私が悪いの。あんな事言ったら死んでも構わないって言っているのと同じ。ううん。もっと性質が悪いわ。私は平気でコウキ君を切り捨てたんだもの」

 

ポロッと涙を流すミナトさん。

 

「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 

やばい。本格的に泣き出してしまった。

 

「私は・・・私は・・・」

 

・・・あぁ。俺は・・・勘違いしていたんだな。

ミナトさんってこんなにも小さかったんだ。

いつも包み込んでくれるような暖かさでずっと頼っていたから、俺はいつの間にかミナトさんは何でも出来る人だって思い込んでいた。

何でも受け止めてくれる強い人だって思い込んでいた。

でも・・・ミナトさんも・・・一人の女性だったんだな。

ちっぽけで矛盾だらけな、一人の人間だったんだ。

 

「ミナトさん」

「・・・コウキ・・・君?」

「ありがとうございます。こんな俺の為の泣いてくれて」

 

弱々しく俯くミナトさんの手を取る。

こんなにも震えている。

・・・俺のせいで。

 

「・・・正直、ミナトさんにパイロットを勧められた時はショックでした」

「ッ!」

 

息を呑むミナトさん。でも、きちんと伝えなっきゃな。

 

「分かっています。ミナトさんだって悪意があって言った訳じゃないって。予備パイロットに出番なんてないって。そう思っていたから言ったんだって」

「でも・・・」

「ミナトさんは悪くないんです。俺がちょっと熱くなって暴走したからいけないんです。ミナトさんは何も悪くないですよ」

「私が軽々しくあんな事を言わなければコウキ君だって・・・」

「ミナトさん。聞いて下さい。俺の、ちっぽけで臆病な男の話を」

 

悩んだけど、ミナトさんには伝えよう。

俺の存在を。俺の真実を。

俺が一番に信頼している人だから。

 

「俺は違う世界からやってきたんです」

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「俺は違う世界からやってきたんです」

 

真剣な表情で、でも、どこか寂しそうな顔で告げるコウキ君。

私はその言葉に耳を疑った。

 

「御伽噺みたいで、二流、三流の小説みたいな話なんですけど、今から言う事は全て事実です。俺はこの世界とは別の世界からやって来ました」

 

零れてくる涙を必死に拭いて、コウキ君を見詰める。

この眼は嘘をつくような眼ではない。

一年の付き合いだもの。それぐらいは分かる。

 

「ミナトさんは過去、未来、そのどちらかを好きに移動できたらどう思いますか?」

 

それって・・・タイムマシンよね?

 

「タイム・・・マシン?」

「まぁ、そんな感じです」

 

それなら、コウキ君。

貴方は未来からやって来たというの?

 

「俺は未来の事を知っています。厳密に言えば、経験したのではなく、知っているだけですが」

「・・・ごめんなさい。良く分からないわ」

 

嘘は言ってないけど、真実味に欠ける。

だから、私は必死でコウキ君を見詰める。

そうすれば、コウキ君の想いが伝わってくると思ったから。

 

「未来や過去。もしそんな世界が存在するのなら、人間一つの行動でありえたかもしれない未来は枝分かれします」

「私の両親が結婚しなかったらとか、コウキ君と出会わなかったらとか、そういう事よね?」

「そうですね。そういう事です。それを平行世界と呼ぶとしましょう」

 

平行世界。時間軸のズレた世界。

ありえたかもしれない可能性が実現した、近く過ぎて、近過ぎるが故に見る事の出来ない世界。

 

「俺はこの世界を観測する事の出来た世界にいた人間です」

「・・・観・・・測?」

「俺は見ているんです。この世界が今後どうなっていくのか? その結末がどうなのか? その全てを」

 

未来全てを知っている。

それは私の運命すらも知っているって事よね?

 

「私の未来も知っているの?」

「ええ。ある程度でしかないですけどね」

 

何て事だろう。

他人に己の運命を知られている事がこんなにも怖いだなんて。

私が誰を好きになって、どうやって死ぬのか。

それをコウキ君は知っている。

まるで神様のように。

私はコウキ君の掌で踊らされているの?

身体が恐怖で震えた。

 

「でも、それもちょっと違うんです」

「違う? どういう事よ?」

 

怖い・・・けど、ちゃんと聞かなくちゃ。

コウキ君の想いを受け止めなくちゃ。

 

「俺っていうこの世界に存在する筈のない存在が介入した。それだけでこの世界は俺の知る世界とは別の世界なんですよ」

 

・・・そうか。そうよね。

 

「コウキ君が介入した時点であるべき未来から枝分かれしている。言わば、コウキ君の知る世界とは既に別の世界なのね?」

「そうなります。この世界は既に俺の知る世界じゃない。ここは平行世界なんです」

 

・・・少し安心した。

私の全てをコウキ君は知っている訳じゃないんだ。

あれ? でも、ちょっと待って。

 

「それなら、何でコウキ君には戸籍があったの? そもそもタイムマシンなんてどこにあるのよ?」

 

戸籍は私がちゃんと調べた。

タイムマシンなんてあの時のコウキ君の傍になかった。

あれは本当に途方に暮れていたみたいだったし。

あれが演技ではない事は一年間の付き合いで分かっている。

今まで全てが演技って可能性もあるけど・・・。

 

「・・・そんな事、ありえないわよね」

 

うん。ありえない。

あの初心で恥ずかしがり屋でいじり甲斐のあるコウキ君が偽りだったなんてありえないわ。

もし、あれが演技だったら、どんな優秀な俳優より優秀だもの。

 

「そうですね。順を追って説明しましょうか」

 

神妙な顔付きで話し出すコウキ君。

今日は本当に今まで見た事のない一面をコウキ君は見せるわ。

 

「まずはタイムマシンですね。これはボソンジャンプといいます」

「ボソンジャンプ?」

 

聞いた事ないわね。どういう装置なのかしら。

 

「じゃあ、見せますから、ずっと俺を見ていてくださいね」

「ええ。分かったわ」

 

ベンチから立ち上がり私の前に立つコウキ君。

 

「じゃあ、行きますね。・・・ジャンプ」

 

ジャンプ。たったその一言でコウキ君の姿が消えた。

え? えぇ!?

 

「コ、コウキ君!? どこに行ったの!? コウキ君!?」

「後ろですよ」

「キャッ!」

 

急いで退避。

び、びっくりするじゃない。

 

「あ、すいません。驚かせましたね」

「い、いつの間に後ろにいったのよ」

「これがボソンジャンプです。パッと見は瞬間移動ですが、これは時空間移動でもあります。信じられないかもしれませんが、信じてください」

「いいわよ。コウキ君だもの。信じてあげる」

 

コウキ君は冗談ばかりだけどあんまり嘘はつかないわ。

あんまり・・・だけど。でも、眼が嘘じゃないって何よりも主張してる。

 

「それじゃあ、タイムマシンっていうのは装置じゃなくて、そのボソンジャンプって事なのね」

「はい。普通なら唯の瞬間移動なんですが、偶然に偶然を重ねて、それこそ三つ程に偶然を重ねたぐらいの確立で時空間移動する事があります」

「それがタイムマシンって事ね」

 

タイムマシンではあるけど、自由に時空間移動は出来ないって事か。

夢があるようでないタイムマシンなのね。

 

「俺はその偶然の三乗、まぁ、奇跡みたいなものです。それがきっかけでこの世界に飛ばされました。今からずっと昔。二十一世紀から」

「二十一世紀!? それって、私の御爺ちゃんの御爺ちゃんぐらいの世代よね」

「え、ええ。でも、御爺ちゃんで例えるのはちょっと」

「あ、そうね。ごめんなさい。嫌よね」

 

そうよね。まだ若いのに老人扱いだなんて。

嫌に決まっているわ。私だったら我慢できない。

 

「ちなみに二十一世紀の最初の方ですからもっと前ですよ」

「えぇ? そのまた更に御爺ちゃんの御爺ちゃん?」

「ミナトさん。流石に怒りますよ?」

「あ、ごめんなさい」

 

私も相当混乱しているみたいね。

ちょっと、落ち着きましょう。

 

「ふぅ・・・」

「大丈夫ですか? 休みます?」

「ううん。ありがとう。大丈夫よ」

 

頭は混乱しているし、涙でメイクは落ちているけど、大丈夫。

・・・直したいけど、今はこっちの方が大切よね。

 

「さっき観測できる世界って言いましたよね。あれは事実で、俺はこの世界を知っています」

「未来を知っているって事よね」

「具体的にいえば、この世界は物語として語られているんです。結末もその後も」

 

背中に嫌な汗が流れる。

それって・・・。

 

「既に決まっている運命を辿っているって訳? 私は物語の人物で。私が思う全てはその通りだって事? 物語のストーリー通りって事?」

 

そんなの! そんなの認められない!

私の想いは私だけの物。私の記憶は私だけの物よ。

 

「ミナトさん。ここには俺がいます」

「あ」

 

急速に熱が冷めていった。

・・・そうだったわ。ここにはコウキ君がいる。

 

「既に物語からは外れているのよね?」

「はい。物語と言っても、実際に俺達はこの世界に生きているんです。運命なんて俺は信じないんで。自分の道は自分で見つけるものですよ。違いますか?」

「そうね。私もそう思うわ」

 

作られた世界だとか、物語だとかはもう気にしないわ。

私はここにいる。人間として感情を持ち、記憶を持ち、誰かを想う気持ちがある。

それでいいじゃない。誰にだって思い通りにはさせないわ。

 

「やっぱり強いですね。ミナトさんは」

「え? 何で?」

「今、ミナトさんは俺から過酷な現実を突きつけられたんですよ。それなのに、それを受け止めて打ち返す強さがある。本当に、尊敬します」

「尊敬だなんて。当たり前の事よ。私だって運命なんて信じないもの」

「アハハ。やっぱり敵わないな」

 

苦笑するコウキ君。やっぱり敵わないってどういう意味よ?

 

「ミナトさんは未来を知りたいですか?」

 

愚問ね。

 

「知りたくないわ。というより、そんなの既に別世界の私よ。この世界の私の決定権は私にあるんだもの」

「それでこそ、ミナトさんです」

 

ニッコリって笑うコウキ君。

何だろう? 凄く久しぶりに見た気がしたわ。

 

「タイムマシンに関しては以上です。詳しくはまた後で質問してください。いつでもお答えしますんで」

「そうね。他にも色々と聞きたいし、後にするわ」

 

戸籍の事とか、色々と聞かないと。

 

「俺の戸籍ですが・・・」

「・・・・・・」

 

困ったように笑うコウキ君。

 

「怒らないでくださいね」

「内容によるわね」

「えぇっと・・・」

 

またもたついている。もぅ、はっきりしないわね。

ま、コウキ君らしいっていえばらしいから許してあげる。

 

「はっきりなさい!」

「は、はい! ハ、ハッキングして捏造しました!」

 

・・・捏造って。

捏造!?

 

「じゃ、じゃあ、あの戸籍は嘘って事?」

「はい。出来る限り、違和感のないように考えたデタラメです」

 

デタラメ・・・。

デタラメねぇ・・・。

 

「・・・とりあえず、その握り締められた拳はやめましょうよ。殴られる方も痛いですが、殴る方も痛いんですよ」

「問答無用よ!」

「ちょ、ちょっと落ち着いてください」

 

ゴンッ!

 

「イッタァ!」

 

まったく、犯罪だって分かっているのかしら。

 

「一応、言い訳させてもらえますか?」

「いいわよ。聞かせてみなさい」

 

言い訳ぐらい聞いてあげるわ。

 

「この世界に飛ばされた身としては戸籍がないのは色々とまずかったんですよ。ネットカフェに入ろうとも会員証は作れないし、働くにも働けないし」

「そっか。それであんな所で立ち往生していたのね」

「はい。ミナトさんに拾われたのは本当に幸運でした」

 

そっか。あの時がこの世界にコウキ君がやって来た瞬間だったんだ。

 

「それで色々と困惑していたのね。家電とかその他にも」

「はい。流石に二世紀近く時代が進んでいると何にも分かりませんよ。状況的には生まれたての赤ん坊と同じです」

「ま、それは仕方ないわよね」

 

そうよね。知らなかったんだもの。

 

「いきなり飛ばされたので、頼れる知人もいませんし」

 

あ、そうよね。

コウキ君はこっちの世界に飛ばされた。

という事は家族とか友人とかともお別れしたのか。

ずっと昔の人だからいる訳ないし。

 

「両親がいないのも事実でしたしね。辻褄を合わせるにはあんな設定にするしかなかったんです」

 

・・・そうね。

じゃあ、仕方ないか。

でも・・・。

 

「今回だけよ。犯罪行為なんて許さないんだから」

「はい。分かっています」

 

シュンとなるコウキ君。

この分なら大丈夫そうね。

 

「戸籍は捏造ですね。最後にですが、ミナトさんにはきちんとお伝えしておきます。失望するかもしれませんが」

 

そう告げるコウキ君の顔は酷く物憂げだった。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 



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告白と決断

 

 

 

 

 

伝えなくちゃ。

俺の四つの異常と俺の目的を。

怖がられるかもしれない。

失望されるかもしれない。

でも、ミナトさんだから。

誰よりも信頼するミナトさんだから。

きちんと伝えておきたいんだ。

 

「俺は飛ばされる際にボソンジャンプを司る存在、まぁ、管理者とでも思って下さい。その者に頼みました」

 

遺跡の事は追々話す事になるだろうな。

とりあえず、今は続きを話そう。

 

「衣食住とか知人とかいない状態じゃ生きていけないから何かしらの温情をくれと」

「そ、そうよね。当たり前よね」

 

慌てるミナトさん。

まぁ、確かに飛ばされる身としては軽い希望だったかもしれないかな。

 

「そうしたら、俺には四つの異常が備わったんです」

「四つの異常?」

「はい。一つは管理者へのアクセス権。本来であればボソンジャンプには色々な条件と制約があるんです。俺はそれを全て無視する事が出来ます」

 

如何なる時でも自由にボソンジャンプできる。

常に瞬間移動できる俺は誰にも捕まえられない。

 

「二つ目はナノマシンとの親和性の向上。知っていますか? 普通の人間の身体にはナノマシンは一種類しか注入できないんです」

「え、ええ。知っているわ。確か、ナノマシン同士が喧嘩しちゃうのよね」

「はい。拒絶反応を起こして激痛を与えると言われています。ですが、俺の身体は特別で何種類ナノマシンを注入しても適合してしまうんです」

「それって・・・」

「化け物って事ですよ。俺の身体はナノマシンの塊です」

 

怖がられるかな?

いいさ。怖がられるのを覚悟で明かしたんだから。

 

「三つ目は複数のナノマシンの注入。親和性が高まっている中に管理者が選別した数種類の高機能ナノマシンを複数注入されたんです」

 

実際にどれくらいなのかは知らないけど。

きっとかなりの量なんだろう。じゃなければ、俺の能力に釣りあわない。

 

「その恩恵で俺の身体能力は異常になりました。見たでしょう? 俺の体力測定。あれでも一生懸命抑えた方なんですよ」

 

息を呑む音が聞こえる。震える身体が見える。

あぁ、やっぱり怖がられるよな。でも、最後まで伝えよう。

 

「・・・四つ目は知識の習得。俺が開発したOSは既存の情報を使ったものです。ずっとズルをしていたんですよ。俺は」

 

元々あったデータをロードして書き換えただけ。

それだけで天才プログラマーとか持て囃されて。

本当にどうしようもない人間だな、俺は。

 

「そんな四つの異常を抱える俺です。そんな俺の目的。教えてあげます」

 

震えて、怯えて、きっと、それでも、ミナトさんは俺を真っ直ぐ見詰めている。

眼を逸らし、恐怖される事に恐怖している俺の事を。

 

「ただ・・・ただ平穏に暮らしていたいんですよ。普通の暮らしをして、普通の人間と同じように過ごしたい」

「・・・え? それ・・・だけ?」

「はい。歴史を変えられるだけの大それた能力を持ちながら、何もせずに人任せにして幸せになりたいんです。身勝手ですよね。失望しますよね」

 

異常者が正常を求める。

なんて滑稽、なんて無様。

それでも、俺は・・・。

 

「こんな能力望んでいなかった。俺はただ普通に生きられれば良かった。それでも運命は俺を逃がしてくれない。歴史を変えろと俺に囁き続ける」

 

それでも、俺はただ当たり前の幸せが欲しいんだ。

 

「俺は身勝手なんです。物語に介入したくないからと主人公と距離を取り、主人公を取り巻く者達と距離を取ろうとした。でも・・・それでも・・・」

 

貴方が優しさをくれたから。

貴方が温もりをくれたから。

 

「俺は始め、ミナトさんとも距離を取ろうと思いました。でも、ミナトさんは本当に優しくて、本当に暖かくて・・・本当に居心地が良くて。・・・だから、傍にいたくて」

 

だから、身勝手で傲慢な俺は・・・。

 

「最善の方法を取らず、自己保身に走り、その上で最低限介入しようなんていう俗物みたいな考えで主役達の舞台、機動戦艦ナデシコに乗ろうとしていたんですよ」

「・・・機動戦艦・・・ナデシコ。それが・・・私の乗る戦艦・・・」

「俺がパイロットになって根本から解決するのがベストなんでしょう」

 

俺にはそれだけの能力が与えられたんだから。

 

「でも、俺は戦後、パイロットとして活躍した事がデメリットにしかならないという自分勝手な考えでパイロットを拒否しました。救える命があるかもしれないのに」

 

失望しますよね。ミナトさん。

 

「主役達の傍で少しずつ物語を好転へと修正していく。そんな神様みたいなポジションになろうだなんて、そんな事を考えていたんですよ」

「・・・・・・」

「傲慢で自分勝手・・・ですよね」

「・・・・・・」

 

無言・・・か。

そうだよな。呆れられたかな?

いや。そんなもんじゃないだろう。

失望、恐怖、軽蔑。

そんな感情全てを俺に向けているんだろう。

そうされるだけの罪が俺にはある。

 

「・・・何で?」

「え?」

「何で貴方はそんなに自分を追い詰めるの? いいじゃない、幸せを望めば。いいじゃない。平穏を望めば」

「ミナト・・・さん?」

「何がいけないの? いいのよ。望みなさい! いくらでも望みなさい!」

 

必死に言葉を紡いでくれるミナトさん。

その声が心に響く。不思議と自然に逸らしていた瞳はミナトさんへと向かった。

正面から俺を覗き込んでくるミナトさん。

その顔は涙で一杯だった。

 

「貴方は貴方を何よりも優先していいの。能力? そんなもの関係ない。あったとしてもそれは貴方の幸せの為にあるのよ」

「俺の・・・幸せの為? この異常な能力が?」

「貴方は言ったわ。運命なんて信じないって。それなのに何が運命から逃れられないよ。自分の発言に責任を持ちなさい!」

「でも、俺は・・・」

「一人で抱え込まないで。人一人が持てる荷物なんて限られているの。まずは貴方だけの荷物を持ちなさい。それでもまだ持てるのなら他の人の荷物も持ってあげなさい」

 

俺は・・・俺を優先させていいのか?

俺の幸せを望んでいいのか?

 

「まずは貴方が幸せになるの。そうすれば必ず貴方の周りは幸せになるから。自分を幸せに出来ないような人が他人を幸せに出来る筈がない」

「ミナト・・・さん」

「ずっと、ずっとそんな恐怖を抱えていたのね。ごめんなさい。気付いてあげられなくて。ごめんなさい。支えてあげられなくて」

 

俺の為に泣いてくれているミナトさん。

どうして・・・どうしてそんなに優しいんですか?

 

「俺が・・・怖くないんですか? 化け物ですよ? 異常者ですよ」

「化け物? 異常者? ううん。貴方は当然の事を望んだだけ。きっと管理人さんは貴方の幸せを望んでとっておきの能力を与えてくれたのよ」

 

とっておきの能力? この異常が? 

幸せの為の能力なのか?

 

「自分勝手? 傲慢? 一人で何でも出来るって考えている今のコウキ君こそが傲慢で自分勝手よ」

「でも、俺にはそれだけの能力が・・・」

「どんなに凄い能力を持っていようと人には限界があるの。神様だって全てを救う事なんて出来ないわ。そんな事が出来てれば世の中に不幸なんてなくなるもの」

「・・・・・・」

「貴方は普通の子よ。ただちょっと人にはない特別な能力があるだけ。気負わなくていいの。誰かを救わなければいけないなんて自分を追い詰めなくていいのよ」

 

・・・平穏な生活を望んでいたその裏で、俺は何かしなければと思っていた。

この世界は俺にとって物語の世界だった。でも、俺は現に生きている。この世界に住人と触れ合っている。

ただ生きていくだけなら今のままで充分な筈。でも、遺跡はいった。必ず巻き込まれると。

それが俺には貴方の能力はその為に与えたものだって言われているとしか思えなかった。その力で救えるものを救いなさいって言われているとしか思えなかった。

 

「好きに生きなさい。貴方が望むように生きなさい。義務感とか責任感とか、そんな事で自分の行動を縛らないで。貴方の事は貴方が決めるのよ」

 

救わなければという義務感。

未来を知っているという責任感。

それが俺を縛っていた? 平穏に生きると主張しておいて、俺の知らない自分でも気付かない所で俺を縛っていたのか?

 

「普通に生きなさい。貴方が望む普通の生活を。貴方にはその権利があるの。誰の為でもない。自分の為に行動できる権利があるのよ」

「・・・いいんでしょうか? 未来を知り、その解決策すら知っている俺が何もしなくて」

「当事者の問題は当事者が担う。どれが最善かなんか分からないでしょ。未来を知っている人が助言したからって事態が好転するとも限らないわ」

「でも、それじゃあ、俺は何でこの世界にいるんですか? 俺が、俺がここにいるのは何か理由が―――」

「理由なんてないわ」

 

・・・理由がない? 俺がここにいるのに、意味なんてない・・・のか?

 

「人が生きる事に理由なんてない。存在する事に理由なんてない。生きるって事はそんな複雑な事じゃないもの。ただ幸せを望み、幸せを与える。それが生きるって事」

「・・・俺はいてもいなくてもいい存在なんですか?」

「そうじゃないわ。貴方がここにいる事に意味はある。でも、理由がなくちゃ存在しちゃいけないなんて事はないの」

「・・・良く分かりません」

「コウキ君。この世界は居心地が悪い? 辛い?」

「・・・そんな事ありません。居心地が良過ぎて。だから・・・」

 

どうにかしないとって余計に思って。

 

「それでいいじゃない。存在する事に理由を求める必要なんてないわ。貴方はここにいる。ただそれだけよ」

 

全てを理解できた訳ではない。でも、ミナトさんの想いはきちんと伝わってきた。

俺は、俺のしたいようにしていいんだ。義務感? 責任感? そんなものに囚われる必要はない。

未来を変えなければならない? 俺一人の力で変わるような未来じゃない。俺に出来る事は己とその周りの幸せを考え、その為に行動する事ぐらいだ。

 

「・・・ミナトさん」

「何かな? コウキ君」

「幸せって何でしょう? その為に俺は何が出来るんでしょう?」

 

何の気負いもなくして、平穏な生活を望んでいいって思うと気持ちが楽になった。

でも、今度はどうすればいいか、分からなくなった。無意識に俺はナデシコに乗る事だけしか考えてなかったみたいだ。

始めはナデシコに乗らなければ良いって考えて、次はパイロットにならなければ良いって考えて、次はどうにか無難な役職を求めて。

この世界に来てからナデシコの事以外考えてなかったんだ。今、それに気付いた。

 

「幸せは人それぞれじゃないかしら。コウキ君にはコウキ君の幸せがある。コウキ君が幸せを求めるなら、コウキ君にしか出来ない事があるんじゃない?」

「・・・ハハハ。優しくないですよ。ミナトさん。こんなに困っているのに」

「存分に困りなさい。幸せを求めるならいくらでも苦しみなさい。それが後々の幸せに繋がるの。幸せを実感できるの」

 

ニッコリ笑うミナトさん。

何だろう? 何か、久しぶりに見た気がする、ミナトさんの笑顔。

 

「そっか・・・」

 

はぁ・・・って息を吐く。

ベンチにもたれかかる俺をミナトさんが優しげな笑顔で見守っていた。

・・・ちょっと照れるかな。

 

「ミナトさん。俺は副操舵手と副通信士とサブオペレーターを兼任しようと計画していたんです」

「そっか。それで色んな資格を取ろうとしたのね。操舵手の資格を最初に取ったのもその計画に沿って?」

「まぁ、そんな所です。ナデシコクルーの中で混ざっても違和感のない役職は何かなって思って。結局、俺は補佐役に回るのがベストだなって考えた訳ですよ」

 

あのナデシコクルーだからこそあの結末を導けた。

俺の存在が誰かしらの欠員を出したら本末転倒だ。

 

「それじゃあ、コウキ君は元々乗るつもりだったって事?」

「そう・・・みたいですね。ナデシコに乗らずにいようと考えていた筈なのに、いつの間にか乗る事を前提にしていました」

 

不思議だよな。最初は乗らないつもり満々だったのに。

なし崩し的?に乗る事になっちゃいそう。断ろうにも・・・。

 

「ん? どうかしたの?」

「いえ。なんでもありませんよ」

 

・・・ミナトさんもいるしな。

あれだけお世話になったミナトさんだけを危険な所に行かせるっていうのも・・・。

ま、無事だった事は確かなんだけど、何かあるか分からないだろう?

俺の知っている通りに物語が進むかなんて分からないし。

 

「私はね、悩んでいる、というか、コウキ君がいる所にいようと思うの」

「え?」

 

俺が・・・いる所?

それって・・・。

 

「私って楽しい仕事じゃないと嫌なのよ。給料とか、そういうものじゃなくて、充実感が得られる仕事に就きたいの」

 

うん。確か、それこそがミナトさんのナデシコ乗艦理由だったと思う。

 

「一年前かな。コウキ君と出会う前はちょっと物足りなかったのよね。つまらない訳じゃないけど、もっと何かあるんじゃないかなって」

「俺を拾ってから何か変わったんですか?」

「拾うって・・・。まぁ、そんな感じよ。ほら。コウキ君って見ていて退屈しないじゃない? だから、その物足りなさも埋まったっていうか・・・」

「・・・・・・」

 

はぁ・・・。期待して損した。

好かれているとか思っちゃったじゃん。

あぁ・・・退屈しないからですか。そうですか。

 

「どうしたのよ? 何で落ち込んでいるの?」

「いえ。己惚れ屋の自分に呆れていただけです」

「えぇっと。よく分からないけど元気出して」

 

はい。そうします。

 

「だからかな。コウキ君といれば充実感が得られると思って」

 

ま、まぁ、必要にされているって思ったらそんなに嫌じゃないかな。

 

「でも、コウキ君は自分で決めなさい。私がナデシコだったかしら? に乗らなければいけないから自分も乗ろうとかそんな風に決めたら駄目よ」

 

・・・図星です。そう考えている自分もいました。

 

「私は・・・そうね、乗ろうと思うわ」

「え? 何故ですか?」

 

本当は何かしらの理由があったのか?

充実感って嘘?

 

「面白そうじゃない。せっかく資格も持っているんだし、使わないのは損だもの」

 

・・・それで良いんですか? ミナトさん。

 

「何よ? その呆れた表情」

「・・・いえ。何だか拍子抜けしたというか、ミナトさんらしいと思ったというか、まぁ、そんな感じです」

 

でも、そっか。ミナトさんはナデシコに乗るのか。

それなら、俺も決まったな。

 

「そうですか。それなら、俺もナデシコに乗ろうと思います」

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「そうですか。それなら、俺もナデシコに乗ろうと思います」

 

色々な悩みを抱えていたのね。コウキ君って。

望まぬ力に望まぬ境遇。それでも、生真面目だから、何かしないといけないって自分に責任を課す。

もっと肩の力を抜いて、好きに生きればいいのに。

気遣いとか、思いやりとか、過度は自分に毒よ。

 

「それは何で? 無理に乗らなくてもいいのよ」

 

コウキ君が乗りたくないなら乗らなければ良い。

元々乗らないつもりだったんなら尚更。

 

「ミナトさんもいますし。ミナトさんだけ危ない所に送り出す訳にはいかないじゃないですか」

 

・・・私が・・・いるから?

えぇっと。それって・・・。

 

「ミナトさんにはお世話になりましたし。まだ恩を返しきれてないですから」

 

・・・そうよね。

恩返しとか、そんな理由よね。

な~んだ。期待して損しちゃった。

好きだから傍にいたいとか、そんな事を言ってくれるのかと思ったのに。

・・・そうね。そんな甲斐性。コウキ君にはないものね。

 

「えぇっと、何ですか? その呆れた眼」

「なんでもないわよ」

 

本当に、子供なんだから。

 

「歴史を変えたいとか、未来を変えたいとか、俺が何でも解決してやるとか、そんな風に思った訳じゃないんです」

 

真面目な顔のコウキ君。

葛藤もあっただろうに。

覚悟を決めた男の子って素敵ね。

 

「どうしても逃れられない運命だっていうんなら、俺は逃げないで正面から立ち向かう事で打破してやります。その上で、幸せを見つけてみようかなって。そう思いました」

 

正面から・・・か。

何だかんだ言って、コウキ君なら出来る気がするわ。

 

「でも、それじゃあコウキ君の望む平穏って奴が得られないんじゃないの? コウキ君の能力が知られたら・・・」

 

パイロットとして有名になれば軍が逃がしてくれない。

ボソンジャンプ・・・だったかしら? それが知られれば、瞬間移動だもの。誰だって欲しがるわ。

それがタイムマシンかもしれないと知られたら余計に。

身体能力だって、ナノマシンだって、コウキ君はそういう科学者みたいな人達からしてみれば宝の宝庫よね。

知られたら・・・ただじゃ済まないわ。

 

「そうなんですけどね。ま、俺も男ですから。ミナトさんを護るぐらいの甲斐性はあるつもりですよ」

「ちょ、な、何を言っているのよ」

 

私を護る? 私が、コウキ君に護られる?

あぁ。もう。顔が熱いわ。コウキ君のバカ。

そういうのはプロポーズの時に添える言葉なの。

 

「それに、いざとなったら逃げますから」

「・・・・・・」

 

・・・呆れた。カッコイイって思ったのに。たった数秒しかもたなかったわ。

やっぱり、そんな甲斐性、コウキ君にはないわよね。

護るっていうのなら逃げないで最後まで護りなさいよね。

って、私ってば何を考えているの!? コウキ君に護ってもらおうだなんて・・・。

 

「どうかしました? 悶えちゃって」

「え・・・う、ううん。なんでもないわ。気にしないで」

「はぁ・・・」

 

は、恥ずかしい。ペースが崩されまくりだわ。

 

「そ、それで、どんな役職で乗るの?」

 

計画通りに行くのかしら?

 

「色々考えたんですが、予備パイロットも引き受けようかなって」

「え? いいの? それで」

「ええ。ガキみたいな考えですが、多分、ずっと反発していたんだと思います。パイロットになれる力があるからこそ、パイロットになるって事に対して」

 

運命だとか、そんな筋書きに反発していたって事かしら?

パイロットになる事が運命に従うみたいで嫌だって。

 

「でも、拒否し続けて危険な眼にあったら本末転倒だなと思うんです。死んだら何の意味もないですからね」

「まぁ、そうなんだけど。私としては・・・乗って欲しくないかな」

「あれ? 心配してくれるんですか?」

 

心配してくれるのかって?

そんなの・・・。

 

「そんなの、当たり前じゃない! 誰が好き好んで危険な眼にあって欲しいなんて思うのよ!」

 

大事な子に死んで欲しいなんて思う訳がない!

そりゃあさっき軽くパイロットなればいいなんて言っちゃったけど、あれは出撃とかしないで、大丈夫だと思ったからで本心じゃない。

正規のパイロットだったら断固反対していたわ。

 

「・・・そっか。嫌がってくれるんだ・・・」

「コウキ君?」

 

俯くコウキ君。呟いているけど何も聞こえなかった。

何て言っていたのかしら?

 

「護れる力があるなら護りますよ。ミナトさんも乗っていますから」

 

そう言って笑うコウキ君。

今までで一番男らしくてカッコイイ笑顔だった。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「そうですか。引き受けて頂けますか」

「ええ。ですが、あくまで予備ですからね。危険な時だけですよ」

「分かっております。いざという時に御願いするだけです」

 

結局、予備パイロットを引き受ける事になっちゃったな。

どうなるか分からないけど、出来るだけの事をしよう。

それにしても、何で今までみたいな抵抗感がないんだろう?

やっぱりミナトさんのお陰かな? 気が楽になったし、護る為にはパイロットになった方が良いって思えるようになった。

 

「それでは、ハルカさんには操舵手を。マエヤマさんには副操舵手、副通信士、予備パイロットを御願いしますね」

「分かりました」

「はい。分かり―――」

 

あれ? サブオペレーターはどうなったんだ?

 

「えぇっと、サブオペレーターはどうなりました?」

「新しく候補者が現れまして。その方にお任せする事になりました」

 

新しい候補者?

ルリ嬢以外にもオペレーターが・・・。

あ! そうか! 盲点だった!

 

「・・・マシン・・・チャイルド・・・」

 

俺が匿名で送ったMCの情報。

それを頼りに救出されたMCは何人かいる筈。

ルリ嬢の他にオペレーターを務められるMCがいてもおかしくない。

いや、むしろ、ネルガルがMCを利用しない訳がない。

 

「おや? ご存知なのですか?」

 

あ、や、やばっ。ど、どうにかして誤魔化さないと。

 

「僕もIFSを持っていますからね。噂程度には・・・」

「私はメインオペレーターの事もお話していませんが・・・」

 

うわっ! 墓穴掘った。

どうする? どうする? どうするよ?

 

「マエヤマさん。貴方・・・」

 

や、止むを得まい。

 

「ホシノさんの事は両親から聞いていました。先日、ホシノさんがネルガルに雇われたと知りまして。ホシノさんがオペレーターなのでしょう?」

「ほぉ。ご存知で。そういえば、マエヤマさんの両親も研究者でしたかな? それならば、MCにお詳しいと」

 

おぉ! 両親の設定が役に立ったか!?

 

「はい。わざわざホシノさんレベルのオペレーターを雇ったのです。同等とまでは行きませんが、それに近い人をサブとして雇う筈。それならば・・・」

「MCである可能性が高いと。そう考えた訳ですね」

「その通りです」

「・・・まぁ、いいでしょう」

 

納得してくれたか? いや、多分、疑っているんだろうな。

でも、匿名で送ってきたのが俺だとはバレてないだろう。

疑われても確証はないのだから。

 

「しかし、よくお調べになりましたな。ルリさんの事はネルガルが全身全霊をかけて隠していた筈ですが・・・」

 

まだだった!? まだ疑いは晴れてない! 甘かった!

 

「こう見えても天才プログラマーと呼ばれている俺です。少し調べればチョチョイのチョイです」

「ほぉ。ハッキング・・・という奴ですかな?」

 

キランと光るプロスさんの眼。

おいぃ! 怖いよ!

 

「いえいえ。そんな事はしていないですよ。研究所の方をちょっとね」

 

実際に調べてないんだから、跡はついてない筈。

意地でも誤魔化し通す。

 

「おや。それは盲点でしたな。研究所の方でしたか。それならば、注意が甘くなっていてもおかしくありません」

「そうなんですよ。ハハハハハハ」

「素晴らしいハッキング技術ですな。ハッハッハ」

 

・・・早速追い込まれました。どうしよう?

 

「コウキ君? そんな事をしていたの?」

 

ミ、ミナトさんまでそんな白い眼で・・・。

やばい。信用と立場を失いかねない。

 

「後で色々と教えてね」

「・・・了解しました」

 

耳元でそう言われたら断れませんよ。

トホホ・・・。

 

「それでは、お引き受けして頂けるという事で。こちらが契約書になります」

 

ズバッと。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

懐から出すのが早過ぎです。

ミナトさんなんて眼が点。

ま、俺は見えていたけどな。

 

「読み終えたらこちらの方にサインを」

 

といってすぐにサイン欄を指差すプロスさん。

フッフッフ。契約書とはきちんと読むものなのですよ。

後々、あんな事態にならないようにあらかじめ手を打っておきます。

 

「う~ん。大丈夫そうね」

「おっと。ミナトさん。ちょっと待ってください」

「え?」

 

サインしかけたミナトさんを止める。

そういえば、何でミナトさん、あの項目を見逃していたんだろう。

・・・あ。読めないよな。こんなちっちゃくちゃ。それも、見えづらいように工夫してある。

 

「幾つか確認したいのですが、よろしいですか?」

「何なりと」

 

フフフ。プロスさん。後悔しても知りませんよ。

 

「まずは一つ目。俺って予備パイロットとして登録されているんですよね?」

「ええ。そうなっております。ここに役職が書かれているでしょう?」

 

ま、確かに名前の下に役職名が書いてある。

 

「それなら、何故、保険について何も書かれていないんですか?」

 

予備パイロットとてパイロット。

何かしらの破損で弁償とか勘弁して欲しい。

 

「おぉっと、忘れておりました。いやはや。申し訳ありません」

 

このうっかりオジサンめ。

意図的だったら性格悪いぞ。

俺はアキト青年のように苦労したくないの。

借金地獄とか勘弁して欲しい。

 

「二つ目ですが、俺の部屋はどこになります? 契約書を見るとブリッジクルーと一般クルーとで部屋が違うみたいですが、俺はどちらに所属する事になりますか?」

 

俺って予備パイロットだし、副通信士だし、副操舵手だろ。

全部、副とか予備とかだから、実は一番立場がないのでは?

 

「マエヤマさんはブリッジクルーと同様一人部屋とさせて頂きます。OSなどでお世話になるつもりですから。ブリッジの方にお席も用意させて頂くつもりです」

「OS・・・ですか? プログラミングとかはオペレーターの方にお任せした方が良いのでは?」

「御戯れを。天才プログラマーのマエヤマさんには敵いませんよ」

 

俺なんてすぐに抜かれると思うけどな。

俺の利点なんてナノマシンぐらいだけだし。

というか、既に抜かれているんじゃないかな?

ま、いいや。それなら・・・。

 

「それなら、オペレーター補佐とか、そんな役職もつけてくださいよ。何もしないのにブリッジにいるのは申し訳ないですから」

「そうですか。いやはや。助かります。マエヤマさんは働き者ですな」

「いえいえ。そうすれば給料もアップでしょ? メリットもあるんですよ。無料でプログラミングとか嫌ですし」

 

どうせならねぇ、きちんとした仕事という形で引き受けたいものです。

 

「・・・中々に抜け目がないですな」

「ないよりあった方が良い。お金なんていくらあっても困りませんから」

 

もう使い切れないぐらいあるんだけどね。

ないよりはあった方が良いでしょ。何があるか分からないんだし。

 

「ま、いいでしょう。了解致しました。給料の方もそれに見合うだけの金額をお出しします」

「助かります」

「コウキ君。あんまりがめついちゃ駄目よ」

「え、ええ。分かりました」

 

呆れないでくださいよ。

正当な権利なんですから。

 

「それで最後ですが・・・」

 

あの騒動に巻き込まれたくないし、気軽にミナトさんとお茶とか出来なくなっちゃう。

何としても説得だな。

 

「この項目をどうにか出来ませんか?」

 

噂の手を繋ぐまでって奴だよ。

別に如何わしい事をしたい訳じゃないけど、艦内恋愛なんて自由でいいんじゃない?

恋は理屈じゃないんですっと言わせて頂く。

ついでに異性間の部屋の行き来の禁止ってのもいただけないね。

食堂でのお茶会もいいけど、部屋でのんびりしたいとかも思うし。

あれ? ユリカ嬢。即刻アキト青年の部屋に訪ねてなかったっけか?

・・・これって事実上、無視扱い?

何度も行き来していたような気がするのだが・・・。

緊急時は構わないとかそういう事だろうか?

 

「あら? そんなのあったかしら?」

「ほら、ありますよ。物凄く小さいですけど」

「あ、本当だわ。これは酷いわね」

 

そうですよねぇ。呆れますよねぇ。

 

「いやはや、困りますな。私達からしてみますと、艦内恋愛はちょっと」

「恋愛は自由だと思いますよ。ただでさえ閉じ込められた空間です。何かあってからでは遅いのです」

 

あっち方面って爆発しちゃうと危険でしょ? 何をしでかすか分からないし。

あ。もちろん、俺は大丈夫だよ? なんといってもこの一年間を耐え切ったんだから。

むしろ、褒めて欲しいね。夜は悶々でしたよ。うん、本当に。

 

「大人なのですね。マエヤマさん」

「いえいえ。少し考えれば分かりますよ」

「・・・エッチ」

 

グハッ! ボソッと告げるのはやめて下さい。

心にグサッと刺さりますから。

 

「そ、そんなつもりはないですよ。ただ、部屋でお茶会と開きたいじゃないですか。飲み会とか」

「まぁ、分からなくもないけど・・・」

 

ミナトさんって見た目と違って結構堅いからなぁ。

あ、別に見た目を貶している訳じゃないよ。本当だよ。

美人さんだけど、清楚っていうよりは大胆とか、引っ張っていくとか、そんな感じだからさ。

 

「食堂とかでもいいんですけどね。部屋の方がのんびり出来るかと」

「なるほど。そういう意味ですか。ですが、それでは相手方が契約違反になりますよ」

「あ、だから、俺と相手も対象にしてください。俺だけじゃ意味がないですから」

「しかしですね・・・」

「給料5%でどうですか?」

「・・・致し方ありませんな。部屋の行き来に関しては許可しましょう。ただし、如何わしい行為は」

「し、しませんよ」

 

だから、睨まないで下さい。ミナトさん。

 

「しかし、それでは手を繋ぐ方の理由としては不適格ですな。お茶会ぐらいなら接触もないでしょうし」

 

むぅ・・・確かに。

でもさ、手を繋ぐ以上なんていくらでもあるんじゃないかな?

 

「たとえば足を挫いてしまったとか、そんな時には背負ってあげるべきでしょう? 接触する事態なんて幾らでもあると思いますよ」

「それらは例外ですよ。見逃します」

「社内恋愛は禁止にしない方がいいですよ。抑えつけられる事で逆に燃え上がっちゃうなんて事もありますから」

「・・・大人なのですね。マエヤマさん」

「・・・エッチ」

 

しまったぁ。いらぬ一言だった。

 

「と、とにかくですね。手を繋ぐ以上の接触なんて幾らでもあると思うんですよ」

 

時と場合によるけどさ。恋愛関連以外にもありえるでしょ。

 

「それに、落ち込んでいたり、悩んでいたりする時って、無性に人の温もりが欲しくなったりするんです。温もりって大切だと思いますよ。心の支えになってくれますからね」

 

俺はミナトさんのお陰で心が軽くなった。

ミナトさんの優しさと温もりが俺を元気付けてくれたんだ。

 

「・・・コウキ君」

「・・・マエヤマさん」

 

暖かな視線で見詰めてくるプロスさんとミナトさん。

・・・って、俺は何を恥ずかしい事を言っちまっているんだ。

これじゃあ温もりを欲しているみたいじゃないか!

いや、ま、欲しいんだけどさ。こんな事、他人に言う事じゃないだろ!

しかも、経験がありますみたいな言い方だったし、恥ずかし過ぎる・・・。

いや、あるんだけどね。

 

「・・・そうね。私もこの項目は消して欲しいわ」

 

こちらを見ながら言わないで下さい。恥ずかしがっているんだからスルーの方向で。

 

「マエヤマさんのおっしゃる事はよく分かりますが、これを失くしてしまうとそれこそ際限がなくなってしまうでしょう? 私達と致しましても・・・」

 

仕方がない。元々多過ぎるくらいの給料だ。

多少減っても・・・まあ、構わないだろう。

 

「更に5%で・・・」

「・・・10%」

「・・・7%」

「・・・・・・」

 

首を横に振るプロスさん。

クソッ。譲れないってか。

致し方あるまい。

 

「分かりました。10%で御願いします」

「それでは、マエヤマさんは合計15%のカットとなります」

 

15%か。・・・結構あるな。

ま、それでもかなりの量だから良いけど。

 

「あ、もちろん、相手方も対象ですからね」

「・・・もちろんです」

 

誤魔化すつもりだったな?

流石はプロスペクター氏。抜け目がない。

 

「それじゃあ、私も15%カットでどっちも消してもらおうかしら」

 

そうだよな。ミナトさんにだって自由に恋愛する権利があるんだ。

・・・ちょっと寂しいっていうか、こう・・・そう、胸が痛む。

お姉さんを取られる弟の気持ちって奴なのかな?

 

「・・・分かりました」

 

渋々って感じで了承するプロスさん。

ま、文字通り渋々なんだろうな。

 

「それでは、こちらの方にサインを」

 

パッと見で不備はない。

きちんと全部に眼を通したし、矛盾とかもなかったし、こちらが不利になる項目も特にない。

よし。いいか。

・・・あ、その前に。

 

「一応、減らされた分の給料を確認させて頂けますか」

「あ。私も御願いします」

「はい。分かりました」

 

・・・出たよ。

神速のソロバン弾き。

ミナトさんなんて口を開いちゃっている。

 

「まずはマエヤマさん。こちらになります」

 

ソロバンで弾いた数字を一々電卓に打ってから見せる。

二度手間だよね。あいも変わらず。

んで、電卓に映る数字。

全役職分の給料とそこからカットされた分を引いて・・・。

 

「うん。やっぱり多いですね」

「ネルガルは気前が良いのですよ」

 

うん。本当にそう。

気前良過ぎ。この世界って就職難とかじゃないのかな?

そう願いたい。だって、申し訳ないもの。

 

「そして、こちらがハルカさんですね」

 

高速弾き。そして、提示。

 

「あら。本当に気前が良い」

 

ですよねぇ~。

 

「よろしいですか?」

「はい」

「ありがとうございました」

 

うん。大丈夫。サイン、サインっと。

 

「はい。確かに。契約成立です」

 

サインした契約書を懐に入れて、プロスさんが立ち上がる。

 

「出航は一ヵ月後。合流は出航の一週間程前には済ませておいて下さい。場所はサセボシティの軍用ドックです」

「分かりました」

 

こうして、俺の物語が始まった訳だ。

いる筈のない、存在する筈のないイレギュラーの物語が。

 

 

それから会社の方へ退社届けを出した。

俺はアルバイトだから、そんなに重々しくなかったけど。

もちろん、ミナトさんは残念がられたよ。

個人の問題だから、納得してくれたみたいだけど。

それと意外に俺も残念がられた。

ま、便利君だったしな。食事とかも結構行ったし、割と気に入られていたのかも?

・・・うん。そうだったら嬉しいかな。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

「はい」

 

マンションも引き払い、いらない荷物はミナトさんの実家に送った。

あ、俺に私物なんてないから、何の心配もいらない。

何で男物が送られて来たの? とかいう問題も起きていない筈だ。

残りの私服とスーツはナデシコに持っていくしな。もうとっくに郵送済みだぜ。

ちなみに、ミナトさんも郵送済み。だから、今持っているのは手荷物程度。

さてと、早速ドックへ向かいますか。

 

 

 

 



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ナデシコと違和感と

 

 

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました。ハルカさん。マエヤマさん」

 

軍用のドックに出向くとプロスさんがお出迎え。

そして、眼の前にあるのは・・・。

 

「変な形ね」

「そうですね」

「この艦こそが我が社の開発した地球最新鋭の機動戦艦、ナデシコです」

 

そう、主役達の舞台、機動戦艦ナデシコだ。

ディストーションフィールドを発生させる為のディストーションブレードのせいで変な形になっているけど、性能は確かに最新鋭。

これから長い間、お世話になります。

 

「それでは、ご案内しましょう。まずは格納庫です」

 

危険物の探知をして、消毒。

消毒しないと余計な菌を艦内に持っていっちゃうからな。

風邪とか菌がなければひかないだろうし。

体調には充分気を遣わなくちゃね。寝込みたくないし、仕事のシフト的にも迷惑がかかる。

 

「こちらが本艦搭載のエステバリスです。マエヤマさんはご存知でしたな」

「え、ええ。まぁ。完成した機体は初めてですが・・・」

 

人型機動兵器エステバリス。

全高が六メートル前後の高い運用性と汎用性を持つネルガル開発の機体だ。

ジェネレーターをオミットし、エネルギーを重力波ビームという形で外部供給する事で小型軽量化しつつ、高機能化にも成功している。

ただし、その性質上、供給源、今ならナデシコだな、そこから離れるとすぐにバッテリーが切れるとか、移動に制限があるとか、嫌なデメリットも多い。

ま、攻めには向かないけど守りには適しているな。アサルトピットのフレーム換装システムとか画期的過ぎ。

どんな地形でも換装次第で対応できるとか、無駄がなくて素晴らしい。

まぁ、余計にフレームを置いておかないといけないってデメリットもあるみたいだけど。

ま、サイズ的に小さいから問題ないだろう。何だよ、六メートルって。

俺の知っている機動兵器ではこれの三倍でも小さい方だっての。

やはりエネルギー源を外部に依存するっていうのは効果的なんだな。

 

「マエヤマさん専用のアサルトピットもご用意してあります。アサルトピットはご存知で?」

「ええ。一応は。ゲームの時に簡単に説明を受けましたから。簡単にいえば、コアファ・・・ではなく、まぁ、コクピットですよね。他フレームと接続できるモジュール的な」

「そう捉えていただければ結構です。マエヤマさんには各機体のOSをお任せしたいのですが・・・」

「え? でも、万全なんですよね? 俺が弄る必要はないのでは?」

「無論です。ですが、これ以上の性能は我が社の開発班では無理でしてな。マエヤマさんならより高度なものを作れるのではないかと思いまして」

 

どうなんだろう? ウリバタケ氏と相談してみようかな。

プログラム関連で目立つ分には問題ないし。

改良できる部分があるかもしれない。

 

「分かりました。出来るか分かりませんが、やってみましょう」

「そうですか。ありがとうございます。試験は我が社の凄腕のパイロットが務めますので」

 

凄腕のパイロット? 誰だろう?

ダイゴウジ・ガイ、改め、ヤマダ・ジロウかな?

でも、近接バカとして有名な彼が凄腕のパイロットって呼べるのかな。

 

「あ、あそこにいますね。紹介します。テンカワさん!」

 

テンカワ!? 

えぇ!? テンカワってアキト青年の事か!?

ど、どういう事だ!? 一体、どうなっている!?

 

「コウキ君。どうしたの?」

 

アキト青年を呼んでいて後ろを向いているプロスさんを気にしながらミナトさんが声を掛けてくる。

ミナトさんにはある程度の事を教えてある。

もちろん、ミナトさん関連については話していないけど。だって、話したら怒るし。

でも、ルリ嬢の事とか、ヤマダ・ジロウの事とかは簡単に話してある。

助けてあげたいって事も話したし、協力してくれるとも言ってくれていた。

アキト青年が主役でコック兼予備パイロットって事も話してあるけど・・・いきなり予想外だよ。

 

「テンカワっていうのはアキト青年の苗字で、本来ならまだ艦内にいないんですよ。そもそもパイロットとしては素人でとてもじゃないですが凄腕なんて・・・」

「・・・という事は早速物語からズレているって訳ね。やっぱり平行世界なのよ」

「・・・そうですね。これで先が分からなくなってしまいました。でも、やれるだけのことはやってみます」

「ええ。協力するわ。頑張りましょうね」

 

笑顔のミナトさん。

うん。やっぱりミナトさんの笑顔には勇気付けられる。

 

「・・・・・・」

 

こちらへとやって来るアキト青年。

ミナトさんを見た時は穏やかな顔をしていたのに、俺を見た瞬間、驚きで顔を染めた。

えぇっと、何故だ?

 

「紹介します。こちらナデシコのリーダーパイロットを務めてくださるテンカワ・アキトさんです」

「・・・テンカワ・アキトだ。よろしく頼む」

 

・・・マジかよ? あの童顔で騒がしい事が取り柄のアキト青年がこんな鋭い顔付きでクールに自己紹介だなんて・・・。

どういう事だ? 俺の存在がそんなにこの世界を変えたってのか?

 

「こちらは操舵手を務めてくださるハルカ・ミナトさんと副操舵手、副通信士など、多くの役職を兼任してくださるマエヤマ・コウキさんです」

「ハルカ・ミナトよ。よろしくね。アキト君」

「マエヤマ・コウキです。よろしく御願いします」

 

えぇっと、何でこんなに睨まれているんでしょうか。

 

「マエヤマさんは予備パイロットでもありますので、テンカワさん、面倒を見てあげてください」

「・・・ああ。分かった」

 

射ぬかんばかりの鋭い視線で俺を見てくるアキト青年。

睨まれるような事をした覚えはないんだが・・・。

 

「どうか致しましたか? テンカワさん」

「・・・いや。なんでもないさ」

 

こ、怖いんですけど・・・。

 

「では、テンカワさん。ありがとうございました」

「・・・ああ。それではな」

 

去っていくアキト青年。

これは・・・とてもじゃないが、アキト青年なんて呼べないな。

アキトさん? テンカワさん? うん。テンカワさんって呼ぼう。

 

「それとですね、整備班の主任にも紹介しましょう。マエヤマさんともよく会う事になるでしょうから」

 

ウリバタケ氏の事だな。

 

ピコンッ。

 

おぉ。コミュニケ。正式名称は・・・知らない。コミュニケでいいか。

 

「ウリバタケさん。格納庫の入り口の方へ御願いできますか? 紹介したい方がいらっしゃいますので」

『ん? おお。すぐ行くよ』

 

ピコンッ。

 

凄いよな。コミュニケ。

便利だよな。コミュニケ。

 

「えぇっと。今のは何ですか?」

 

あ、そっか。ミナトさんは知らないのか。

 

「あ、お渡ししていませんでしたな」

 

プロスさんからコミュニケを手渡してもらう。

ありがとうございます。

 

「これはコミュニケと言いまして。我が社で開発した特別製です。ナデシコ艦内であれば誰とでもいつでも自由に連絡が取り合えます。もちろん、拒否も可能です」

「へぇ。凄いのね」

「便利ですね」

 

使ってみたかったんだよな、これ。

というか、拒否も可能って・・・着信拒否って事?

もうちょっと違う言い方をしようよ。

 

「詳しくはこちらのマニュアルでご確認下さい」

 

マニュアルを手渡される。

よし、覚えよう。そして、すぐ使おう。

 

「おう。着たぞ」

 

マニュアルを確認中にウリバタケ氏登場。

おぉ。これがマッドという奴ですか。

 

「こちらは操舵手のハルカ・ミナトさんです」

「おぉ。別嬪だな」

「は、はぁ・・・」

 

いきなりナンパですか。貴方奥さんいるでしょう?

 

「そして、こちらがマエヤマ・コウキさん、これから何度も顔を合わせると思いますので紹介させていただきました」

「ん? 何だ? パイロットってことか? こいつ」

 

意外そうな顔で俺を見ないで下さい。

確かに見た目的に信じられないかもしれませんが。

 

「正式には予備パイロットですね。でも、本職は違います」

「んじゃあ、何だってんだ?」

「おや。御存知ありませんか? マエヤマ・コウキの名を」

「んん!? マエヤマ・コウキ。マエヤマ・コウキ。・・・聞いた事あるな」

 

怪訝な表情でどんどん近付いてくるウリバタケ氏。

あの・・・怖いんですが・・・。

 

「天才プログラマーのマエヤマ・コウキさんですよ」

「おぉ! あの噂のか!? 随分と若いんだな」

「あ、はぁ・・・ありがとうございます」

 

肩をバンバンしないで欲しい。

 

「こちらは整備班主任のウリバタケ・セイヤさんです」

「おう。よろしく頼むな。マエヤマ」

「あ、はい。こちらこそ。よろしく御願いします。ウリバタケさん」

 

握手。

ゴツゴツしている職人の手だなぁと感心してしまう。

 

「それで、その天才プログラマーがどうして?」

「ええ。OSとかの改良をしてもらおうと思いまして。やはり専門家の方に任せようと思いましてな」

「ふぅ~ん。でもよぉ、兵器関連と民事関連とじゃちょっと違うんじゃねぇのか?」

「そうかもしれませんが、プログラミング技術は超一流です。足りないようであれば指導して上げて下さい」

 

おぉ~い、プロスさん。何を言っちゃっているのかな?

まぁいいけどさ・・・。

 

「そういう事か。ま、いいけどよ。ま、暇な時にでも来な。色々と教えてやっから」

「はい。御願いします」

 

ま、最近は遺跡に頼らずに割りといけるようになってきたしな。

それに、ウリバタケさんから習えるのなら儲けもんだ。

 

「それでは、次の場所へ。次は食堂です」

 

食堂。

凄腕料理人のホウメイ主任と五人の少女のテリトリー。

テンカワさんはいるのかな? どうなんだろう?

 

「こちらはホウメイシェフです。得意料理は中華ですが、何でもこなせる凄腕の料理人ですよ」

「ハッハッハ。褒めても何もでないよ」

 

豪快な人だな。ホウメイ主任。

 

「わぁぁぁ。私って美味しいものには眼がないのよね」

 

嬉しそうだな。ミナトさん。

戦艦って事で食事の心配していたもんな。

美味しい筈ですよって言ったのに信じてくれてなかったみたいだし。

でも、うん、美味しそうな匂い。素人目だけどやっぱり手際も良い。

それに、食事している人のを見れば、絶対に美味しいって分かる。

 

「マエヤマ・コウキです。よろしく御願いします」

「ハルカ・ミナトです。お食事、楽しみにしています」

 

美味しそうだもんなぁ。

ミナトさんなんて眼が輝いているし。

・・・残念ながら、僕の料理スキルはあまりよろしくないのです。

まずくはないけどさ。褒められる程に美味しい訳でもないって、そんな感じ。

 

「そうかい。楽しみにしてな。そっちの坊やも」

 

えぇっと、坊やって俺の事だよな?

 

「あ、はい。でも、坊やはちょっと」

「お、悪かったね。マエヤマだったかな?」

「はい。俺も楽しみにしています。ホウメイ主任」

「主任は良いよ。ホウメイって呼んでくれ」

「分かりました。ホウメイさん」

 

楽しみだな。火星丼。

今まで食った事ないし。

 

「それでは、最後ですね。ブリッジへ向かいましょう」

 

ブリッジ。

俺の勤務場所になる所か。

 

「皆さん。よろしいですか?」

 

一斉にこちらへと向かれる好奇の視線。

そうだよね。ブリッジに人なんてあまり来ないし。

 

「ブリッジクルーの一員となる方を紹介いたします」

 

プロスさん先導のもとに自己紹介が始まった。

 

「戦闘指揮を担当していただきますゴート・ホーリーさんです」

「ゴート・ホーリーだ。よろしく頼む」

 

お世話になります。ゴートさん。

でも、貴方が活躍した描写が皆無だった気がするのは私だけでしょうか?

 

「この艦の提督を務めていただきますフクベ・ジン提督です」

「・・・よろしく頼むよ。若いの」

 

こちらこそよろしく御願いします。

・・・やっぱり暗いオーラを纏っているよな。

ギャグ志向のナデシコでは肩身が狭そうだ。

 

「この艦の副提―――」

「ムネタケ・サダアキよ。この私がいる艦に来られた事、感謝するのね」

 

おぉ。キノコが来た。

マジでキノコじゃん。無論、食す気など毛頭ありませんが。

 

「え~気を取り直しまして」

 

キノコさんがすいません。

 

「通信士を務めてくださるメグミ・レイナードさんです」

「メグミ・レイナードです。メグミって呼んでください。以前は声優をやっていたんですけど、知りませんか?」

「あ、いえ。ちょっと・・・」

 

困っていますね、ミナトさん。

もちろん、僕も知りません。えぇ。知りませんとも。

魔法とか、少女とか、そんな事は全然知りません。

 

「オペレーターを務めていただくホシノ・ルリさんです」

「・・・・・・」

「ん? どうかしました?」

 

ミナトさんを見て微笑んで、俺を見て眼を見開いて。

あれ? テンカワさんと同じ反応だな。どういう事だろう?

 

「あ、いえ。オペレーターのホシノ・ルリです。よろしく御願いします」

 

それにしても、文字通り少女だ。

周りが大人ばかりで大変だっただろう。

ミナトさんがいて本当に良かったと思うよ。

 

「こちらの御二人はサブオペレーターを務めてくださるラピス・ラズリさんとセレス・タイトさんです」

「ラピス。ラピス・ラズリ」

「・・・セレス・タイト・・・です」

 

・・・なるほど。

この二人は確実に俺の介入が原因だろう。

人体実験から救い出せたのか。

・・・良かった。本当に良かった。

 

「どうか致しましたか? マエヤマさん」

「え、あ、いえ。なんでもありません」

 

プロスさんに注意された、というよりも訝しげな眼で見られた。

おっと、気を付けないと。

変に怪しまれるのは勘弁だ。

しっかし、こんな小さい子を戦艦に乗せなくちゃいけないとは・・・。

それを容認している大人達って本当に罪深いよな、俺を含めて。

 

「最後になりますが、会計、監査役のプロスペクターです。改めてよろしく御願いしますぞ」

 

謎の男、プロスペクター。

うん。凄く似合っています、このフレーズ。

 

「それでは、次は御二人の紹介をしましょうか」

 

あ、俺とミナトさんの番ですか。

うん。自己紹介って緊張するよね。

 

「こちらは操舵手を務めてくださるハルカ・ミナトさんです」

「よろしくぅ~~~」

 

あ、もうはっちゃけちゃいますか。

凄いですね、ミナトさん。

 

「そして、こちらの方が副通信士」

「あ、あの人がそうなんだ」

 

はい。噂のあの人は僕です。

 

「副操舵手」

「コウキ君に任せれば安心ね」

 

サボっちゃ駄目ですよ、ミナトさん。

あくまでメインは貴方なんですから。

 

「予備パイロット」

「・・・予備パイロット? ・・・そんな人はアキトさん以外にいなかった」

 

何を呟いているんでしょうか? ルリ嬢。

 

「オペレーター補佐」

「・・・補佐?」

「・・・・・・」

 

無言で見上げないで下さい。

どうしていいか分かりませんから。

 

「以上の役職を兼任していただくマエヤマ・コウキさんです」

「えぇっと、マエヤマ・コウキです。よろしく御願いします」

 

とりあえず、頭を下げる。

んで、少し経って、顔をあげると・・・。

 

「・・・・・・」

 

皆さん固まっていらっしゃった。

え? 何で?

ミナトさんなんて笑っているし。

 

「・・・た、多才なんですね」

 

呆然と呟くメグミさん。

やっと反応が返ってきましたか。

無視されたかと思ったじゃん。

 

「いえいえ。色々と資格に手を出した結果です。趣味なんですよね、資格取得って」

 

これは事実。ミナトさんに勝とうと頑張る内にかなりの資格を取得していた。

俺の学習能力って半端ないよ。だってナノマシンの恩恵があるもの。記憶能力も抜群です。

 

「それにしても凄いですよ」

 

あ、笑ってくれた。可愛らしい笑顔な事で。

俺の身近にそばかすがある女の人はいなかったからな。

なんか新鮮。

 

「マエヤマ・コウキ。昨年高機能OSを開発して一躍有名に。その後も数多のソフトを開発した凄腕のプログラマー」

 

あのさ、勝手に経歴見ないで欲しいんだけど、ルリ嬢。

いや。公開されているデータだから仕方ないんだけどさ。

 

「え? あのマエヤマ・コウキ? こんなに若かったのね」

 

貴方は年齢不詳ですよ、副提督。

 

「・・・オペレーター補佐?」

「・・・私達の・・・補佐さん・・・ですか?」

 

桃色と銀色の髪が揺れる。

ラピス嬢とセレス嬢か。

流石は妖精の末裔・・・末裔じゃないけど。

しっかし、MCって本当に容姿が整っている人間ばっかりだよな。

クソ~。それじゃあ、何で俺は整ってないんだよ!

・・・ま、諦めようか。整形する程には拘ってないから。

 

「それなりに経験を積んでいるからね。少しでも教えられる事があれば教えてあげようって思ってさ。よろしくね」

 

あれだけの境遇だ。対人恐怖症があってもおかしくない。

ゆっくり、ゆっくり、怖がられないように話そう。

 

「・・・よろしく」

「・・・よろしく御願いします」

「うん。頑張ろう」

 

頭とか撫でてあげたくなる可愛らしさだけど自重。

怯えちゃうかもしれないからね。

ゆっくり慣れていってもらおう。

 

「あの・・・予備パイロットってどういう事ですか? マエヤマさんはプログラマーなんですよね?」

 

そうだよね。気になるよね。

・・・今更だけどちょっと欲張りすぎたか?

 

「パイロットとしての適正も高くてですね。IFSもお持ちのようですからいざという時に頼ろうと思いまして」

 

プロスさん、俺はいざという時が来ない事を祈りますよ。

本当にいざという時だけしか頼られないかは不明だけど。

 

「しかし、訓練もなしの素人で現場が務めるのか?」

 

ゴートさん、的確な意見をありがとう。

 

「リーダーパイロットのテンカワさんに指導を御願い致しましたし、訓練義務も課しましたから大丈夫かと」

 

この訓練義務が割と時間を取るんだよ。

ま、こちらも命が懸かっているので頑張りますが。

 

「・・・本当に多才なんですね」

 

呆れた眼で見ないでください、メグミさん。

というか、いつまで笑っているんですか! ミナトさん!

 

「それでは、あちらの席が御二人の席になりますので、そちらの方へ。マエヤマさんは兼任されるのでそれぞれの役職の方と話し合っておいてください」

 

そう言ってプロスさんはどこかへ去っていった。

忙しいんだろうな。出航の時期って納入とかあるだろうし。

 

「行きましょうか。コウキ君」

「はい」

 

ブリッジの入り口付近から自分の席へと向かう。

階段らしき段差を下って、通信席、操舵席、オペレーター席のある所までやってきたんだけど・・・。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

見詰めてくる五対の眼。

何か聞きたい事でもあるのかな?

というか・・・。

 

「何でミナトさんまで俺を見てくるんですか!?」

「え? いいじゃない。ノリよ、ノリ。ね、メグミちゃん」

「え、あ、はい。ノリだと思います」

 

何だよ? ノリって。

 

「はぁ・・・」

「あら。溜息なんて良くないわよ。幸せが逃げるもの」

 

誰のせいですか、誰の。

 

「操舵席が二個ありますね。正面がミナトさんで隣が俺って所ですか?」

「う~ん、そうね。じゃあ、そうしましょう」

 

はい。僕は気付いてしまいました。

ここってさ・・・。

 

「・・・・・・」

 

気まずいよね。

原作本来の順番がブリッジ入口から見て、左にメグミさん、中央にルリ嬢、右にミナトさんだったとしよう。

現状では、左からメグミさん、ラピス嬢、ルリ嬢、セレス嬢、俺、ミナトさんの順。

問題は二つ。

一つは左から見詰めてくる金色の瞳。

セレス嬢。俺はそんな珍しい人間じゃないぞ。

ただの平凡な男さ。特別な事なんて何一つ・・・結構あるけど、それでも唯の一般人だよ。

二つ目は対比。

どう考えてもおかしいでしょ。

副長、ゴートさん、プロスさんの苦労が今なら分かる気がします。

でも、俺はもっと肩身が狭いよ。

だって、男性と女性の比率が一対五だぜ。その集団の真っ只中にいるんだぜ。

やばい。無理です。

秘書課の皆さんのおかげで多少は慣れましたが、まだまだ駄目です。

少女だろうと何だろうと女性は女性。苦手なんです。

・・・あ、そうだった。

 

「えぇっと、これ、食べる?」

 

ポケットから飴を取り出してセレス嬢に見せる。

 

「・・・何味ですか?」

「えぇっと、イチゴ味・・・だね」

「・・・頂きます」

「えぇっと、どうぞ」

 

困った時のお菓子さ。

うん。何個か懐に潜ませておいて助かった。

餌付け・・・じゃなくて、間を取る為にはお菓子が一番。

子供は喜んでくれるからね。

しかも、飴だからなお良い。実は僕自身も緊張を紛らわす為に先程まで食べていました。

 

「えぇっと、美味しい・・・かな?」

「・・・(コクッ)」

「そっか。まだまだたくさんあるから、食べ終わったら言ってね」

「・・・(コクッ)」

 

恐る恐るは僕も同じです。

はい。そこ、笑わない。

聞こえていますよ、ミナトさん。

 

「何をビクビクしているのよ? コウキ君ってば本当に初心なんだから」

「う、初心なんかじゃないですよ。初対面なんですから緊張して当然です。ましてや、女性・・・なんですから」

「もう、これくらいの歳の女の子に緊張してどうするのよ」

 

苦笑して、俺の隣までやって来るミナトさん。

 

「私はミナトっていうの。よろしくね。セレスちゃん」

「・・・(コクッ)」

 

飴を食べているから返事できない状態にあります。

 

「あぁ。可愛いらしいわぁ」

 

それは同意です。でも、即刻抱き締められるのは凄いと思います。

ま、ミナトさんだもんな。母性がくすぐられたか?

 

「・・・痛いです。・・・舌、噛んじゃいました」

「あ。ミナトさん。飴を食べているんですから急に抱き付いちゃ駄目ですよ」

「え、あ。ごめんなさい」

 

パッと離れてシュンとするミナトさん。

ま、母性の暴走だな。よくある事だ。ミナトさんなら。

 

「・・・でも、とっても暖かいです」

「そっか。じゃあ、もう一回」

 

今度はゆっくりと優しく抱き締める。

あ。なんか凄く安らいでいるな、セレス嬢。

母は強しってか? これ・・・多分、口にしたら拳骨を喰らうよな。

ミナトさんってまだ―――。

 

「何かしら? コウキ君」

「いえ! 何でもありません!」

 

やっぱり鋭いよ、ミナトさん。

 

「うん。また抱き締めさせてね。セレスちゃん」

「・・・はい」

 

ゆっくり離れて微笑みかけるミナトさん。

セレス嬢もちょっと笑ったかな? 無表情の顔を緩ませるなんて流石です。

 

「よろしくね。ルリちゃん」

 

その後はルリ嬢とラピス嬢へと向かっていった。

きっとミナトさんなら二人も甘えさせてあげられるだろう。

ルリ嬢は年齢的に照れて抱き締めさせてはくれなさそうだが・・・。

ラピス嬢とセレス嬢はまだ四、五歳ぐらいかな? 大人として護ってあげなくちゃ。

 

「・・・・・・」

 

ん? 服の裾が引っ張られている。

えぇっと、セレス嬢か?

 

「・・・飴」

「あ、うん。いいよ。はい」

 

気に入ってくれたのかな?

 

「・・・三つ」

「三つも食べるの? 虫歯になっちゃうよ」

「・・・(フルフル)」

 

首を横に振る。

えぇっと、何を否定したんだろう。

ま、いいか。きちんと歯を磨かせれば。

 

「はい。噛んじゃ駄目だよ」

「・・・(コクッ)」

 

・・・俺はいつも噛むけどさ。

 

「・・・ありがとう・・・ございます」

「うん。どういたしまして」

 

きちんとお礼が言えるなんて偉いな。

昔の俺はどうだったんだろう?

 

「・・・どうぞ」

 

小さな手に掴まれた三つの飴。

一つをラピス嬢に、もう一つをルリ嬢に手渡した。

そっか。皆にあげようと思ったのか。

ハハハ。優しい女の子だな。

 

「あぁ。セレスちゃん。可愛過ぎよ」

 

それを眼の前で見せられてまたもやミナトさんは暴走してしまいましたとさ。

 

「・・・・・・」

 

暖かい眼差しで少女三人衆を見詰めるメグミさん。

ふと眼があった。

 

「・・・食べます?」

「私はいいですよ。この子達にあげてください」

「そうですね。そうします」

 

ただの飴だったけど持ってきて良かったな。

セレス嬢、ラピス嬢はちょっとだけ微笑んでくれたし。

ルリ嬢は・・・もしかして、睨まれていますかぁ!?

な、何かしたのか? 俺。

テンカワさんといいルリ嬢といい何か怒らせるような事したかな?

睨まれるような事をした覚えはないんだけど・・・。

 

「・・・ルリ」

「何ですか? ラピス」

「・・・悪い人じゃないと思う」

「そんなのまだ分かりません」

 

コソコソと何かを話しているルリ嬢とラピス嬢。

というか、あの二人って知り合いなのか?

う~ん。何かさっきから違和感ばっかりだな。

テンカワさんはパイロットなんかやっているし、ルリ嬢はあの他人を遠ざけるような感じじゃないし、ルリ嬢とラピス嬢が知り合いみたいだし。

何よりも二人に睨まれる理由が分からん。

何なんだ? 一体。

 

 

 

 

 

「アキトさん」

「・・・ああ。イレギュラーだ。本来いない筈の人間がいる」

「マエヤマ・コウキさん。ミナトさんと知り合いみたいです」

「ミナトさんと? 確かに一緒にいたからな。どんな知り合いなんだ?」

「分かりません。でも、かなり親しいみたいです」

「・・・ミナトさんにはツクモさんと幸せになってもらわないとな」

「はい。ミナトさんはツクモさんと幸せになる筈だったんです。それを今回の歴史では叶えてあげましょう」

「そうだな。それがミナトさんにとって一番の幸せだ」

 

 

 

 

 



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模擬戦が生んだ仮説

 

 

 

 

「えぇっと、これをこうして・・・」

 

現在、俺専用のアサルトピットからOSとかを改良中。

想像通り好きに動かせるといっても戦闘経験不足は否めないしな。

それを補うべく、俺は秘策を使った。

調整してシミュレーションで試してまた調整。

これをひたすら繰り返す。

・・・ま、それだけなんだけどさ。

アハハ。笑えてくるぜぇ・・・。

と、とにかく、俺に最適な調整を見つけるまでやり続けるつもりだ。

そうしないと足手纏いだろうしな。

もちろん、ヤマダ・ジロウみたいに突っ込んで自ら窮地に陥る、なんて事はしないつもりだ。

あれは皆様にご迷惑をかけすぎる。ダメ、絶対!

ま、そもそも俺の出番があるか分からん、というよりないだろう。

だって、現段階で正式なパイロットが二人いるんだぞ。

原作ではヤマダ・ジロウが潰れてテンカワ青年しかIFSを使える人がいない為に仕方がなく、そう、仕方がなくテンカワ青年がパイロットとして使われたのだ。

まぁ、その流れで何故か予備パイロットをやらされているので俺とは経緯が違うのだけども。

今回はたとえヤマダのジロウ君が出撃できなくても正式パイロットとしてのテンカワ青年がいる。

正式なパイロットがいるのに予備パイロットは、うん、使わないだろ。

まぁ、何があるか分からないし、使えるようにはしておくつもりだけどさ。

やらないよりはやった方がいざって時にも困らないだろ?

 

「おぉ~い! マエヤマァ!」

「ん? この声はウリバタケ氏か。はぁい! 何ですかぁ!」

 

振り返るとウリバタケ氏が手招きしていた。

格納庫はうるさくて堪らん。

仕方ないけどさ。

 

「テンカワがお前に用があるってよ! ちょいと降りて来い」

 

用って何だろう?

ま、いいや、なんでも。

どっちにしろ、ちょっと待って欲しいけどな。

 

「ちょっとだけ待って下さぁい! もう少しなんでぇ!」

「急げよぉ! テンカワも忙しいんだからなぁ!」

 

出来るだけ急ぎますから待ってくださいって。

自分の命にも関係してくるので手抜きはできません。

 

「えぇっと、補正値はこれくらいだろ。そんで、リミッターは・・・俺の身体なら耐えられるからもうちょっと緩めるか。伝達速度は最高値で。あれ? あんまいじくると怪しまれるか?」

 

基準が分からん。

あんま変な設定にすると変な眼で見られる。

 

「ま、まぁ、試していたって言えばいいか。おし、とりあえずこんなもんだな。ウリバタケさぁん! 今、行きまぁす!」

 

降りる時に使うワイヤー?みたいなものに捕まって降りる。

タラップだったっけ? 何でもいいけど。

飛び降りる事も出来るけど一応やめておく。

六メートルぐらいなら問題ないけどさ。

でも、普通じゃないじゃん、それってさ。

あくまで僕は一般人を目指しているので。

あれ? 一般人って目指すものだったっけ?

・・・考えないようにしよう。

 

「・・・来たか。ついて来い」

 

あの・・・怖いんですけど・・・とっても。

 

「えぇっと、どこに行くんですか?」

「付いて来れば分かる」

「あ、そうですか」

 

強引だよ。何故か拒否できない状況だし。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

あぁ。無言。間が保たない。

重っ苦しい雰囲気です。

 

「・・・お前は・・・」

 

話しかけてくるテンカワさん。

何だ? 何を言われるんだ?

 

「はい。何でしょう?」

「・・・ミナトさんとお前は・・・いや、なんでもない」

「はぁ・・・」

 

ミナトさんがどうかしたのかな?

というか、初対面に近い人を名前で呼ぶとは・・・。

流石はラブコメ主人公!

 

「着いたぞ」

「ここは・・・シミュレーション室ですか?」

「ああ。予備といってもパイロットだからな。実力を把握しておきたい」

 

あ、リーダーとしての責任感ですね。分かります。

あぁ、良かった。何をされるのかってヒヤヒヤしていたんだよ。

 

「シミュレーターに入れ。一対一だ」

 

一対一ね。ま、やれるだけやってみますか。

もちろん、そう簡単には負けないつもりだ。

予備パイロットにも意地ってものがあります。

 

「場所は火星。フレームは0G戦フレーム。何か質問は?」

 

一つだけ教えていただきたい。

何でわざわざ火星なんでしょうか?

非常に聞いてみたいが・・・やめておこう。 

なんか変にしゃべったら墓穴掘る気がする。

というか、ネルガルもネルガルだよな。

何故あえて火星フィールドをシミュレーターに導入した。

知っている人には分かるが、知らない人には謎以外の何ものでもないぞ。

導入してもいいけど、実際に使えるようにするのは目的地を明かしてからでいい気がする。

シミュレーターを調整する整備班の人なんかはハテナ顔なんじゃないかな?

 

「・・・・・・」

 

えっと、この状況は何?

ジーっと見られているんですけど・・・。

 

「いいのか? 悪いのか?」

「あ、すいません。大丈夫です」

 

どうやら待っていてくれたらしい。

悪い事をしてしまったな。

 

「それじゃあ、始めるぞ」

 

その声を合図に手をコンソールに置く。

切り替わる正面モニターの映像。

まるで本当に戦っているかと思う程の臨場感だ。

以前体験したゲームとはまったくの別物。

まぁ、あっちは遊び用だったから仕方ないか。

 

「・・・行くぞ」

 

イミディエットナイフを片手に接近してくるテンカワ機。

 

「・・・機動予想。誤差は?」

 

視覚からの情報だけじゃない。

俺はナノマシンの恩恵でフィードバックレベルを限界以上に高められる。

・・・あんまり高めすぎると痛みとかも感じるみたいだから、これも後で調整だな。

フィードバックレベルの向上は結果として、イメージだけの機動を超えて、ほぼ無意識な反応にまで対応するようになった。

そして、俺が急遽開発したソフトの・・・見栄はいけないな。

遺跡からロードした機動予想というソフトを機体のハードにインストール。

これは相手方の運動性能、武装、体勢などから敵機体の能力を把握し、現状からどう動いてくるかを予想するというもの。

俺が持つナノマシンとこのソフトのお陰で・・・。

 

「ほっと」

 

見える。見えるぞぉ。

 

「何!? あれを避けただと!?」

 

俺、いや、私にも未来が見える。

 

「チィ! これなら!」

「あ、やばっ」

 

ラピッドライフルが火を吹きました。

とりあえず避難です。

死にます。

 

「右手にナイフ、左手にライフル。・・・よし」

 

機体に持たせ、的確にイメージする。

自らの身体と機体とを融合させ、己の身体とする。

・・・次は俺のターンだ。ドロー! って違う、違う。

 

「オォォッォ!」

 

隠れていた建物から身体を乗り出し、対象物にラピッドライフルをぶちまける。

機動予想で先を読み、そこへライフルを放てば命中する筈。

 

「・・・・・・」

 

筈なんだけど・・・凄まじい旋回で避けられました。

ま、理論上なので確実ではないのですが・・・。

何でしょうか? あの機動は?

あんな事をしたら内臓を傷めるっての。

横も縦も凄まじいGが掛かっている筈。

俺は耐えられるかもしれないけど、普通の人にはまず無理。

よく耐えられるな。もしや、テンカワさんも普通じゃないのか?

 

「まだまだぁ!」

 

おいおい。

回避能力が凄まじ過ぎるでしょ?

あれだけ連射しているのに一発も当たらないなんて。

ん? 弾切れが近い?

とりあえず止めだ。当たらない射撃に意味はない。

意味ある射撃なら無駄弾でもいいが・・・。

今の射撃じゃ効果はイマイチって奴だ。

 

「・・・次はこちらから行くぞ」

 

俺がライフルをしまった途端、テンカワ機は再度突っ込んできた。

得物はイミディエットナイフか。

ならッ!

 

「ハァァァ!」

 

俺もナイフで応戦だ。

飛び込んでくるテンカワ機に俺も突っ込む。

 

「・・・考えもなく飛び込んでくるな」

「嘘だろ!?」

 

そのまま鍔迫り合い、とか思っていたらいつの間にか空いていた方の手にライフルを持っていました。

嘘!?

 

「終わりだ」

 

共に接近している状態での乱撃。

普通なら確かに終わりだろう?

でも、俺は残念ながら普通じゃないんでね。

 

「オォォオォォ!」

 

機体を回転。

一発一発を的確に避けていく。

最小限の動きで。

 

「何!?」

 

それが俺には可能だ。

この恐ろしい程の動体視力ならな。

・・・回転のGがありえない程に凄いけど。

内臓が洗濯機状態だけど!

 

「ハァァァ!」

 

ガキンッ。

 

嘘ぉ! あの一瞬でライフルを捨ててナイフに持ち替えただって?

ありえないでしょ。どれだけ高機動戦に慣れているの? って話だ。

わざわざライフル側から攻撃したのに意味ないじゃん。

 

「やるな。まさか、避けられるとは思わなかったぞ」

「もう一杯一杯ですよ」

 

実際、そんな感じです。

ありえない機動にありえない反応速度。

俺はいいよ。色々と人間離れしているから。

でもさ、貴方ってただの人間だよね?

激しく疑問に思うんですけど・・・。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

鍔迫り合い。

テンカワ機は両手にナイフを持ち俺の攻撃を受け止めていた。

俺は片手で押し続ける。

駄目だ。片手対両手じゃいつか跳ね返される。

その為に・・・離脱だ!

 

「ほっと」

 

機動兵器でキック。

ついでにディストーションフィールドも纏わせて頂きました。

ゲキガンキックってか?

 

「グッ・・・」

 

蹴り飛ばして、同時に後ろへと跳ぶ。

これで距離は取れただろう。

経験が浅い俺からしてみれば接近戦は危険極まりない。

接近戦ともなれば経験が物を言い、不慣れな俺では経験者には到底太刀打ちできないだろう。

太刀じゃないけど、ナイフだけど。

センスがあれば別なんだろうが、残念ながら経験に打ち勝てる程のセンスが俺にあるとは思えない。

断言しよう、出来るだけ遠くから攻撃しないと万が一の勝ちすら拾えない、と。

・・・自分で言っていて悲しいが、事実は事実として認識しなければ負けるだけだ。

間違いなく、相手は相当に経験を積んでいるだろうからな。

・・・テンカワさんってコック志望だった筈なんだけど・・・。

何があったらこんな場慣れしたパイロットになれるんだろうか?

もしかして・・・今のテンカワさんって未来から来たテンカワさん?

いや、でも、だったらもっと歳を取っている筈だよな。

それにこっちの世界のテンカワさんがいないのもおかしいし。

色々と辻褄が合わなくなる・・・。

まぁ、何かしらの細工をすればナデシコに来させない事も出来なくはないんだろうけど。

とにかく、今のテンカワさんは成人前のテンカワさんで間違いない筈だ。

何があったか知らないけど、それでも間違いはない筈だ。

あくまで見た目的な話でしかないけど。

でも、それにしちゃあ経験豊富そうだよな? 

見た目に騙されちゃいけないってか?

あ、やばい。頭が混乱してきた。

・・・うん? ・・・今、気付いたんだけどさ。

俺ってもう十九歳だよな。じゃあテンカワさんより年上じゃない?

何で年上なのに敬語で話しているんだ?

ま、いいけど・・・というか威圧感的にやめられそうにない。

 

「戦闘中に考え事はいけないな」

「おわっと!」

 

いつの間にか接近を許していましたとさ。

ナイフで斬りかかられましたとさ。

ギリギリで避けられましたとさ。

 

「あ、危ねぇ・・・」

 

どうにか助かったって感じ。

下手するとさっきので負けていた。

 

「・・・あれも避けるか。充分に間合いは詰めていた筈なのだが・・・」

 

フッフッフ。動体視力と反応速度なら負けないぜ。

経験不足を補うにはそれしかないからな。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

ナイフでの接近戦を終えた後はライフルでの射撃戦。

互いにライフルを構えて、機動しながらの戦闘を行う。

上下左右斜め。

状況を的確に判断し、最善の位置へと移動する。

スラスター全てを駆使して、自分の出せる最高速度で移動し続ける。

そうしなければ当たるとお互いが分かっているからこその動き。

止まれない。妥協できない。勝つ為にはそれしかないから。

だが、何故だろう? まったく勝てる気がしないのだが・・・。

 

「グッ!」

「ン!?」

 

クソッ。フィードバックが強すぎた。右腕が焼けるように痛ぇ。

フィードバックレベルを下げよう。

必死にライフルを避けながら、俺はOSを書き換えた。

・・・ふぅ。

痛みが引いたな。

反応が良いのは助かるけど痛みまで来るのはいただけない。

何かしらの対策があるまでこの状態は禁止だな。

 

「よく当てたな。右足が使い物にならない」

 

俺が右腕を犠牲にしたようにテンカワさんも右足を犠牲にしていたらしい。

という事はまだ少なからず勝機はある。

 

「オラァァァ」

 

全身にフィールドを纏いながらテンカワ機に突っ込む。

・・・足から。

 

「・・・・・・」

 

対するテンカワさんは助走をつけて飛び込んできた。

・・・ライフルを出す素振りはない。

それなら・・・。

 

「イメージ。イメージだ。全てのディストーションフィールドを右足に集中。蹴り倒す」

 

全てのDFを右足に回し、その足から突っ込む。

現在の俺が出せる攻撃の中で最大級の攻撃力を持つ攻撃だ。

これで終わらなければ負けたようなもんだと思ってくれ。

 

ガンッ!

 

金属同士が衝突した音。

俺の機体の右足とテンカワ機の右手が正面から衝突していた。

ディストーションフィールド同士の真っ向勝負か。

面白い。やってやろうじゃないか。

 

「グゥ!」

「クッ」

 

DF同士の衝突は凄まじい衝撃らしく、俺の機体もテンカワ機も吹き飛ばされた。

俺がその衝撃で眼を回している時にテンカワ機が強襲。

コクピットに拳を叩き込まれて負けてしまいました。

 

「クソ~~~。負けちまった」

 

やばい。かなり悔しい。

 

「いや。よくやったと思うぞ」

 

クソッ。それは勝者の余裕か。

余裕の笑みか。

 

「そう悔しがるな。俺はエステのテストパイロットを一年間やっていたんだ。負ける方がおかしい」

 

・・・一年? すると、サイゾウさんに拾われてからすぐにテストパイロットになったって事か?

どういう事だ? アキト青年に何があったんだ?

 

「・・・お前はどうして予備パイロットに?」

「俺が予備パイロットになった理由ですか?」

「・・・ああ。お前から頼み込んだのか?」

 

俺から頼み込んだ訳ではない。

そりゃあ最終的には自らの意思だけど、きっかけは別にある。

 

「なんかネルガルがプロデュースしていたゲームで最高記録を出してしまいまして。それでパイロットに適正があるとかでスカウトされました」

「すると、お前はパイロットとしてナデシコに来たという訳か?」

「いえ。予備はおまけですよ。ゲーム機でパイロットとしての実力が計れる訳ないじゃないですか」

 

ゲームは所詮ゲームだ。

確かに今のシミュレーションに近いものはあったけど、ゲームで適正を計るのは間違っていると思う、物凄く。

 

「では、何故、ナデシコに? お前の目的は何だ?」

 

鋭い眼光で睨みつけてくる。

こ、怖いって。

それにしても・・・。

 

「理由・・・ですか。そうですね。放っておけないからですかね」

「放っておけない? 何が、だ?」

 

・・・視線が鋭くなった気がする。

 

「俺が途方に暮れている時にミナトさんが助けてくれたんです。だから、ミナトさん一人を戦艦に行かせる訳にはいかないかなって」

「・・・ミナト・・さん?」

「ええ。お世話になりっぱなしでしたから。少しでも恩返しできればなって思って」

 

これは本当。ナデシコにいる間にミナトさんには多くの選ぶ時があると思う。

もちろん、決定権はミナトさんにあるんだけど、悩んでいたり、苦しんでいたりする時に助けてあげられればなって思っている。

だから、白鳥九十九とか、ミナトさん関連の話は一切してないんだから。

 

「予備になったのも本当に危機に陥った時、自分が何も出来ないのが嫌だからです。本当は予備とはいえ、パイロットになるのは嫌だったんですけど、嫌がってて死んじゃったら本末転倒かなって」

 

生きなければ幸せは望めない。

まずは生き抜く事。それが大前提。

 

「俺のちっぽけな力で誰かを護れるのならそれでもいいかなって思っています。ミナトさんに言われたんですよ。一人で出来る事なんて限られているって」

「・・・・・・」

「だから、とにかく身近な人を護ろうと思います。地球全体とか、木星蜥蜴でしたっけ? そんなのを一人で背負いきれる訳ないんで」

「ッ!」

「まずは自分。その次に大切な人。それで、もし、まだ余裕があるのなら他の人の事も考える。そうやって幸せを求めるものだって俺は習いましたから、ミナトさんから」

 

自分を犠牲にして誰かを救う。

それじゃあ幸せになれないんだな。

自分の犠牲が救われた誰かを苦しめるかもしれないし。

幸せになるって簡単そうに見えて本当に難しい。

特にこんな戦争の時代なんてね。

 

「理由は放っておけないから。目的は・・・そうだなぁ、無事に生き抜いて、幸せを求める為、ですかね。俺は生き抜きますよ。ナデシコクルーも護りきってね」

 

どれだけ異常な力を持っていても所詮は人間。神じゃない。

出来る事と出来ない事があるんだ。

出来ない事を出来ると突っ走る事も時には大切かもしれない。

もしかしたら、本当に実現させてしまえるかもしれない。

でも、俺にはそんな事は無理だと思う。

それなら、出来る事を全力でやるしかないだろう?

きっと、それが俺の生きる道なんだよ。

 

「・・・一人じゃ限界がある・・・か」

 

何か思い当たる事でもあったのかな?

 

「これは俺の人生観ですから。テンカワさんに押し付けるつもりはありません。テンカワさんにはテンカワさんの考えがあるのでしょうから」

「いや。参考になった。そうだな。人一人が背負うのに世界は重過ぎる」

 

世界を背負う?

話が大きいな。

でも、世界を舞台に戦う人間もいる。

たとえば、そう・・・。

 

「それでも、足掻いて、足掻いて、無理だと理解しても足掻き続けて、いつか無理だった事すらも乗り越えてしまう。そうやって不可能を可能にしてしまう人もいますけどね」

 

物語の主人公ってそんな感じ。

どれだけ逆境に立たされても諦めない心で打ち勝ってしまう。

眼の前にいるテンカワさんになら、あるいは・・・。

 

「足掻く・・・か。今の俺にピッタリの言葉だ」

 

足掻く事がピッタリ?

どういう事だろう?

 

「良い言葉だ。足掻く。決められた運命にも足掻き、非情な現実にも足掻き、そして、いつか、俺が望んだ光景を見る。それが俺の目的か・・・」

 

神妙な顔付きで話すテンカワさん。

その表情から全てを理解する事は出来ない。

でも、テンカワさんが隠し切れない苦悩と責任という重圧に押し潰されている事は分かる。

完全に原作のアキト青年とは別人なんだってこの時に理解した。

本質的にアキト青年とテンカワさんは違うみたいだから。

あの時のアキト青年は逃げの構えだったからな。

このテンカワさんは必死に足掻き続ける攻めの姿勢。

いや、根本的には同じなのかな?

劇場版のアキト青年こそ今のテンカワさんと瓜二つ―――。

 

「・・・同じだ。同じなんだ。どうして気付かなかったんだろう。いや。ありえないって否定していたのか」

「・・・どうかしたのか?」

「い、いえ。何でもないです」

 

間違いない。

このテンカワさんは本来の時間軸の未来からやって来たアキト青年だ。

身体は原作開始時と同じ。でも、経験とか、考え方とか、そういうのは劇場版のアキト青年。

実体のないボソンジャンプ? 精神だけのボソンジャンプ?

いや、でも、そんな事ってありえるのか?

 

「あの、機体の調整とかしたいんで、もういいですか?」

 

今は考える時間が欲しい。

 

「ん? ああ。時間を取らせてすまなかったな」

「あ、いえ。良い経験でしたから。また御願いします」

 

一礼して、急いで格納庫へ向かう。

今は自分のアサルトピットに閉じ篭りたい。

考えても無駄かもしれないけど、自分の考えは纏めておきたいからな。

・・・今度、ミナトさんに相談しようかな?

 

 

 

 

 

「悪い人間ではない。腕も確かだった。彼ならナデシコを護ってくれるだろう」

「そうですか。アキトさんが言うのならそうなんでしょうね」

「だから、悪い人じゃないって言った」

「そうでしたね、ラピス」

「・・・ルリちゃん。俺達は足掻くんだ。無理かもしれないが、それでも足掻き続けよう」

「はい。あんな未来はもうたくさんです。足掻いて、足掻いて、足掻き続けましょう」

「ああ。不可能を可能にしてやる。足掻き続けて、諦めなければ、いつか、いつか・・・」

「・・・アキトさん」

「・・・アキト」

「協力してくれるか? ルリちゃん、ラピス」

「何度も言っているじゃないですか。私はアキトさんを支え、助ける為にここにいるんだって。貴方が望みを捨てない限り、いえ、たとえ捨てても私はいつまでも貴方を助け続けます」

「アキト。私はアキトの眼、アキトの耳、アキトの手、アキトの足。アキトが望めば私も望む」

「・・・そうか。頼むな、二人とも。たとえ一人で背負いきれなくても二人となら、皆となら背負いきれるんだ。俺だけじゃ無理でも皆がいれば、きっと・・・」

 

 

 

 

 



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考察

 

 

 

 

 

「それじゃあアキト君は未来からやって来たって事?」

「・・・かもしれないんです」

 

ミナトさんの部屋にお邪魔してお茶を頂いています。

ミナトさんとは同棲・・・コホン、一緒に暮らしていたので、緊張とかはあまりありません。

うん。一年間だしね。流石に慣れるよ。

そして、相談に乗ってもらっています。

ミナトさんも分からない事ばかりだと思いますが、聞いてくれるだけで考えが纏まるから不思議です。

やっぱり凄いなって改めて実感します。

 

「でもさ、ボソンジャンプってそういうものなの? 身体ごと飛ぶんじゃないの?」

「ええ。その筈なんですけどね。でも、ボソンジャンプってレトロスペクトだっけ? とにかく、身体を一度分解して過去へ戻って未来へ具現化されるってシステムらしいんです」

「えぇっと、もうちょっと分かりやすく説明してくれるかな?」

 

分かりやすくか。俺もそんなに詳しくないんだよなぁ。

 

「間違っているかもしれませんが、それでもいいですか?」

「ええ。コウキ君なりの解釈を教えてくれればいいわよ。難しい事は分からないし、大まかな形だけ捉えられればいいもの」

「そうですか。分かりました」

 

かいつまんで話す技量が俺にあるかな? ま、やれるだけやってみよう。

 

「ボソンジャンプはある演算器によって管理されています。それがまぁ、遺跡って奴なんですけど」

「演算器が管理? という事は自由に何もかも出来るわけじゃないって事ね」

「はい。だから、時間軸移動も任意には出来ませんし、誰にだって使える訳じゃないんです」

「私には無理って事よね?」

「ええ。例外を除けば無理ですね」

「例外って?」

「いくつかあります。たとえば遺伝子手術を受ける。でも、これは危険性が高いのでお薦めできませんね」

 

MCは大丈夫みたいだけど、一般人には厳しいらしい。

 

「もう一つはとても簡単です。今でも可能ですよ」

「え? そうなの?」

「はい。高出力のDFで囲めばいいんです」

「DFって何かしら?」

 

あ、そっか。まだ知らないのか。

 

「ナデシコに搭載されている空間を捻じ曲げる事で攻撃を防ぐ特別な障壁です。いずれ見る事が出来ると思いますよ」

「ふ~ん。ま、その時まで待つわ」

「ハハハ。そうしてください。それで、その高出力のDFに囲まれつつ、導き手が導けばボソンジャンプは可能です」

 

戦艦でも機体でも、DFと一緒に跳べばボソンジャンプは可能。

ただし、A級ジャンパーがいる事が条件だけど。

 

「その導き手っていうのはボソンジャンプが普通に出来ちゃう人の事よね?」

「流石に鋭いですね。そうなります」

 

曖昧な情報でここまで的確に理解できているのは凄いと思う。

 

「ボソンジャンプが出来る人、ジャンパーって呼びますね、そのジャンパーは三つに分類されます」

「三つ?」

「はい。正確には二つと一つなんですけど、それは説明の中で補足しますね。一つはA級ジャンパー。CCという特別な石?みたいな物があればDFすら必要とせず飛べる人間。これがミナトさんのいう普通に飛べる人って認識です」

「CCって何なの?」

「ん~~~。そうですね。使い捨てのコミュニケって思って下さい。演算器にイメージを伝える為の」

「なるほど。一度しか使えない訳ね」

 

本当に鋭い。

一度のジャンプで使用されたCCがなくなるって事をきちんと理解している。

 

「次はB級ジャンパー。これは遺伝子改造を受けた人の事で、CCだけでは飛べません。確か、機械の補助があれば可能な筈です」

「そもそもさ、どうやって目的地とか決めるの?」

「イメージです。ここに跳びたいという思いがCCを介して演算器に伝わり、目的地へと運ばれます」

「イメージか。なんだかIFSみたいね。もしかしてさ、ジャンパーの条件って特別なナノマシン?」

「核心突き過ぎです。ミナトさん」

「え? 当たっているの?」

「ええ。でも、もう無理ですよ。条件はある所で生まれて、ある程度の期間を過ごす事ですから」

「何だ。じゃあ、私には無理なのね」

「まぁ、そうなりますね」

 

実は俺がいれば飛べるんだけど、これはまだちょっと秘密かな。

確か遺跡がDFなくても飛べるっていってたし。

試すのはちょっと怖いし、しょうがないよね。

あ、俺だけは何度か試したけど、無事に跳べました。

ま、普通に生きるだけなら瞬間移動なんて特に必要ないけど。

時間掛かっても出来る事ばっかりだし、世の中。

 

「最後にC級ジャンパー。これはDFに囲まれ、かつ、A級ジャンパーの先導が必要な人間です。先導役は機械の補助付きのB級ジャンパーでも大丈夫ですね。ジャンパーと一応名前を付けてはありますが、所謂一般人です」

「へぇ。なるほどね。じゃあ、私はC級ジャンパーか」

「そうなります」

「でもさ、それなら少なくともAとBは分ける必要がないんじゃないかしら? 機械の補助があれば同じなんでしょう?」

「それが、ちょっと違うんですよ」

「どう違うの?」

「A級ジャンパーは長距離間の移動が可能。それこそ、ここから月にだって一瞬で行けます」

「へぇ。それって凄いじゃない。じゃあ、B級は短距離って事?」

「はい。距離はあまり分かりませんが、少なくてもここから月までは無理でしょうね」

 

理論上、A級ジャンパーは演算ユニットが把握している所ならどこへでも行ける筈。

平行世界という観点を除けばだけど。

 

「ただし、例外もあります。B級ジャンパーでも長距離移動が出来る例外が」

「遺伝子調整だけで長距離瞬間移動か。実現したら色々と便利そうね。問題も多いと思うけど」

 

ええ。火星の後継者の騒乱はそれが原因でしたから。

便利なもの全てが人間にとって良い事とは限らないんですよね。

ヒサゴプラン自体はそんなに悪くなかったと思うけど。

 

「その方法はあらかじめ飛ぶ場所を設定しておく事です。簡単に言えば、ワープホールを作るって事ですかね」

「ワープホールを作る? そんな事可能なの?」

「トンネルみたいな概念です。トンネルの中はワープホール。そこを抜ければ違う場所みたいな」

「トンネルねぇ。それって作れるものなの?」

「正しく言えば、あらかじめ作られているトンネルを飛びたい場所まで運ぶって事ですかね」

 

確か木連はプラントでチューリップを作っていたよな?

詳しい事は分からないが、もしかしたら設計図と材料さえあれば作れるのかも。

気になるから後で調べておくか、遺跡知識で。

 

「そっか。それならどこへでも行けるわね。運ぶのが面倒かもしれないけど」

 

きちんと制御して管理すれば便利だと思いますよ。

宇宙版大航海時代がやってくるかもしれません。

 

「それじゃあ俺なりですが、ボソンジャンプについて説明しますね」

「ええ。御願いね」

 

ウインクありがとうございます。

 

「んもう。つまんないわね」

 

最初の方は照れていましたが、流石にもう照れませんよ。

一年間ですから。同棲・・・コホン、同居生活。

 

「端的に言いますと、ジャンパーが演算器にアクセスするとまずは身体が粒子として分解されます」

「分解されて弊害はないの? 構築されないとか」

「それがジャンプミスですよ。ジャンパーじゃない者が無理に飛ぼうとすると分解されてお終いです」

「こ、怖いシステムね」

 

下手するとっていうか、簡単に死にますからね。

 

「その分解された粒子はある特別な波に乗って過去へ向かうんです。直接現地へ向かう訳じゃないんですね」

「直接向かっていたら分解、構築がすぐに出来ないじゃない。それじゃあ瞬間移動にならないわ。それに、時間軸移動についても説明できないもの」

「おぉ。鋭い」

「ふふん。まぁねぇん」

 

過去へ向かってそこで演算器に現在という未来へ送られる。

その時に何かしらの干渉があって時間軸移動が可能になっちゃうって事か。

 

「過去へ向かい、演算器によって再び未来へ送られるそうです。その際に目的地で具現化されるそうで」

「ふ~ん。それじゃあさ、演算器に何かしらの不備があれば、ボソンジャンプは何があるのか分からないって事よね」

「ええ。そうなります」

 

そう思うと怖いよな。

分解されて違う形に再構築されるなんて事になったら・・・え?

違う形で再構築? もしかすると・・・。

 

「お、何か思いついた顔ね。話してごらんなさい」

「ええ。割と現実味があると思うので聞いてください」

「ま、タイムマシンとか言っている時点で現実味なんてないんだけどね」

 

・・・それは言わないお約束ですよ。

宇宙戦艦という時点で俺にとっては現実味ない話なんですけどね、実は。

 

「テンカワさんはこの世界で始めてボソンジャンプに成功した存在なんです」

「へぇ。偉大な人って事じゃない」

「ちなみに理論を確立したのはテンカワさんのお父さんらしいです」

「あら? アキト君の家って優秀な人の集まり?」

「あ。もう一つ補足ですが、物語の主人公だったアキト青年は単純でおっちょこちょいで直情で熱血漢という典型的な主人公でしたよ」

「そ、そう。でも、ま、それは物語の話なのよ。こことは違う世界の事なの」

「そうですね。そうしましょう」

 

もし、今のテンカワさんが未来のアキト青年ならまったく同じ道筋を辿っていると思うんだけどな。

あのクールを地でいくテンカワさんにもあんな頃がありましたって知られたら、周りはビックリするかも。

 

「悪戯っ子の顔はやめなさい。貴方は顔に出るから分かりやすいのよ」

「・・・そんなに顔に出ていました?」

「ええ。やっぱり悪戯ってのは何食わぬ顔でしなっきゃ」

「よっぽど性質が悪いですよ」

「あら? 最近悪戯してなかったものね。欲求不満?」

「い、いえいえ。そんな事ありませんよ」

 

悪戯されなくて欲求不満とかやばいでしょ。

危ない人の末期ですよ、それって。

あ。前の世界の友達にそんな奴がいた気がする。

いじられキャラなのに夏休みでイジられなくて胃潰瘍で入院。

いや、偶然だと思うけどね。しばらくはそのネタで弄っていました。

と、とにかく、世の中には色んな人がいるんだよって事さ。

 

「で、話を戻しますけど」

「ええ。いいわよ」

「初めてとか、そういう事に意味がある訳じゃないんです。アキト青年がボソンジャンプを過去に行っているという事実だけ覚えておいてください」

「既にボソンジャンプは経験済みって事ね。初めてはとっくの昔に捨てていたと」

 

な、何か、違う響きに聞こえましたけど!

 

「ボソンジャンプが過去に戻ってから未来に再度送られるというシステムならば、一度粒子とされた存在はどこかに隔離され保管されているとも考えられませんか?」

「未来に送るのではなく、その時間軸になるまでどこかに保管されているという事ね」

「はい。それで、きちんとした手順でボソンジャンプをすれば正確に保管されるけど、何かしらの不備で保管に失敗したとしましょう」

「イメージが伝わり切らなかったとか、分解し切れなかったとか?」

「まぁ、どんな理由かは分かりませんが、そんな事があったという仮定です」

「ええ。分かったわ。その仮定で話を進みましょう」

「はい。もし、保管に失敗して、そこに似たようなものがあったらどうしますか? たとえば、作りかけの書類があったとします。それの未完成品と完成品があって―――」

「完成品のどこかが何故か消えていたら、未完成品から補完するって話よね。もしくは完成品を参考にして未完成品を完成させるとか」

「そういう事です。過去のアキト青年と未来のアキト青年がいて、未来のアキト青年の粒子が不完全なら過去のアキト青年を使って完全にすると思います」

「ま、穴はありそうだけど、そこまでおかしな話じゃないわね」

「多少の穴は見逃してください」

 

そもそも思い付きですし。

きちんとした理論展開した訳じゃないですから。

その道の専門家はもうちょい後で登場しますのでその時にでも。

 

「補完し終わって同じような完成品が二つ出来上がってしまった時、片方の完成品はどうしますか?」

「ま、あえてとっておくか、いらないって捨てちゃうわよね」

「ええ。ま、それはどっちでもいいんです。とっておいたのなら、未来のアキト青年が望んだ場所に望んだ時期に具現化されるだけですから」

「捨てられたなら何も起きないだけって事ね。でも、どうでもいいってどういう意味よ?」

「大切なのはどちらも同じような完成品だという事です。遺跡は過去のアキト青年を未来のアキト青年になるように作り変えてしまったんですよ」

「あ。そっか。未完成品を完成品にしちゃったんだものね」

「はい。物凄く簡単に言うと過去と未来が混ざっちゃったんです。過去と未来の二人のアキト青年が今のテンカワさんという一人の人間として」

「なるほど。うん。割といけているんじゃないかしら」

「ですよね。そうなれば、身体は過去ので意識は未来のでみたいな不思議な事態も成り立ってしまう訳ですよ」

 

割と良い案だったと思う。

穴は半端なくあっただろうけど。

 

「じゃあさ、次は私の考えを聞いてみてよ」

「お、流石はミナトさん。考え付いたんですね」

「ええ。でも、私のはコウキ君のより穴があるわ」

「いえいえ。是非とも聞かせてください」

「そうね。でも、その前にお茶の御代わりを用意しましょう。すっかり冷めちゃっているわ」

「・・・あ」

 

話に夢中で忘れていた。

あぁ。一つの事に熱くなっちゃうのは悪い癖だよな。

 

・・・・・・・・・・・・。

 

「それでね」

 

はい。お茶を飲みながらの再スタートです。

ズズッと美味しいお茶を頂きます。

 

「私も不備の状態での保管という点では一緒なの。そこからがちょっと違うのよ」

「ほぉ。お聞かせ下さい」

 

ちょっと違うってどんな違いだろう?

 

「私は現実世界で補完されるんじゃないかと思うの」

「げ、現実世界って何ですか?」

 

何です? その隣には魔法の世界みたいな響きは。もしくは夢の世界とかですか?

 

「現実世界っていうか、本人としての身体がある世界の事。粒子の状態で補完されている世界を保管世界とでも呼びましょうか」

「それじゃあ、ミナトさんは現存している人間の身体に情報としての粒子が混ざり合って一つの個体になると?」

「あら。少ないキーワードでそこまで分かるなんてコウキ君って結構頭いいじゃない」

「ハハハ。どうもです」

 

褒められるのはちょっと照れるかな。

 

「ふふふ。詳しくは分からないから結構適当なんだけど、粒子になったって根本的には同じ身体じゃない? それなら、自分と同じ存在なんだって認識するんじゃないかしら?」

「むぅ。なるほど。既に具現化されていてもそれは足りない状態として認識。だから、粒子として身体に混ざりあう事で補完する訳ですね」

「ええ。遺跡が完成品としての形を認識していれば、その形で具現化しようと頑張ると思うのよ。だから、不完全な状態でいるのが嫌で補完させたみたいな」

 

なるほど。そんな考え方もあるのか。

 

「でも、それでは矛盾が生じませんか? それじゃあボソンジャンプする度に過去の自分を補完する事になっちゃいますよ。常に完成品に近づけようとしちゃいますもん」

「不備の状態での保管という事が前提よ」

「不備の状態って事は欠陥している何があるって事ですよね。現実世界での補完では欠陥している所を補えないんじゃないですか?」

「だから、何かしらの不備があるんじゃない。たとえば、成長する以前の身体とか。現にアキト君は過去のアキト君の身体なんでしょう?」

 

おぉ。なんだかそれらしい。

 

「それらしい理由です」

「でしょ?」

 

笑顔でウインク。

ミナトさんって結構可愛らしい所もあるんだよな。

綺麗なだけじゃないんだ。

 

「あ、でもですね、それが正しいとして、いつ補完されるんですか? 保管世界での補完は別にいつでもいいですけど、現実世界での補完はタイミングが掴めませんよ」

 

どれくらい過去に戻るのかは知らないけど、下手すると幼少の時とかに補完してしまう可能性もある。

だって身体はあるんだから。

 

「それがミソよ。これは予想でしかないけど、そのタイミングこそジャンパーが望んだタイミングなんじゃないのかしら」

「ジャンパーが望んだタイミング?」

「経験ないから分からないけど、もし走馬灯という形で記憶を思い返していたら? あんな幸せがあった。あの頃に戻りたい。そんなのがイメージとして伝わっていたら?」

 

時期の指定か。普通なら出来る筈がないけど、逆にイメージに不備があるからこそ可能になったとも考えられるか・・・。

 

「ジャンパーが望んだ時期に具現化したい演算器。でも、そこには既に具現化している対象がいる。あれ? あれは具現化の途中なのでは? それじゃあ完成させないとって」

「具現化したい対象が既に存在していて、しかもその存在が完成品に比べて不完全だから、その対象を演算器が責任を持っていじくるって訳ですね」

「ええ。いじくるっていうか、まぁ、そうよ。完成させようと頑張るのよ」

 

ふむふむ。何か色々と分かってきた気がする。

もし間違っていても、俺はこれで納得しよう。

 

「要するに、粒子としての不備を補う為に演算器が頑張っちゃった結果、こうなっちゃったって訳ね」

「ええ。演算器の責任感ある行動が記憶や能力のみを逆行させるという不思議な事態を作りあげてしまった訳ですよ」

 

あぁ。謎が解けたらスッキリした。

ま、完全に解けた訳じゃないけどさ。モヤモヤが消えたんだからいいだろ、これで。

 

「納得できたみたいね。安心して疲れちゃったかしら」

「ハハハ。そうですね。今日一日ずっと考えていた気がします」

「そっか。はい」

 

えぇっと、はいって?

 

「え、えっと、その、あの・・・」

「いいじゃない、偶には。サービスしてあげるわ」

「あ、えっと、その・・・ですね・・・」

「ほら。早く来なさいよ」

 

女の子特有の正座に似た座り方で、太腿の上を手でポンポンと叩いている。

これって、あの、その、噂の・・・。

 

「嫌かしら?」

「え、あ、いえ、むしろ、嬉しい限りというか、でも、その緊張するというか」

「いらっしゃい。コウキ君って眼を離すとすぐ抱え込んじゃうから心配で」

 

あれ? 何の魔力だろう。

身体が勝手にミナトさんの方へ向かっている。

 

「はい。素直でよろしい」

 

ミナトさんの隣に座り込む俺。

ミナトさんは優しい笑顔で見詰めてきて、気付いたら頭がミナトさんの太腿の上にありました。

後頭部に幸せの感触が・・・。

 

「ふふふ。何だかコウキ君が幼く見えるわ」

 

僕は恥ずかしくて何も見えません。

 

「もう。眼なんか瞑っちゃって。可愛らしい」

 

これは完全に遊ばれているね。

うん。なら、いいや。存分にこの感触を味わおう。

あぁ。柔らかくて安心する。

 

「ふふふ」

 

何ですか。その笑みは。

 

「何かね、子供が出来たらこんな感じかなって思って」

 

こ、子供・・・。

そっか。ミナトさんもいつか結婚して子供を持つようになるんだよな。

俺もいつまでも甘えていられないか。

・・・ん。ちょっと胸が痛い。

 

「でもさ、良かったの。そういう事を話して」

「・・・そういう事って何ですか?」

 

痛みを堪えて平然を装った。

変な心配掛けたくないし。

 

「未来の話とかボソンジャンプの話とか。誰かに聞かれていたら困るんじゃない?」

 

ま、確かにね。

特にボソンジャンプの件とかネルガル所属の戦艦で言うもんじゃないよ。

でも、大丈夫。

そこの所はきちんと対処してあります。

 

「大丈夫ですよ。オモイカネ、あ、オモイカネっていうのはこの戦艦を管理するスーパーAIなんですけどね、そのオモイカネに頼んで、偽造映像を流してあります」

「えぇっと。偽造映像を流す必要があったって事は常に監視されているの?」

「いえ。そうじゃないですよ。オモイカネは全艦内を管理しているので防犯とかも担当しているんです。だから、その気になればオモイカネを介して監視できる訳です」

「や、やっぱり監視できるんじゃない。嫌よ、そんなの」

「ただし、オモイカネを介する事が出来るのはオペレーターだけですよ。それ以外だったらオモイカネが許す訳ありませんから」

「そ、そっか。それなら安心・・・って、コウキ君もでしょ!? 全然安心できないじゃない!」

「え? ちょっと待とうよ。俺はそんな事しないよ。あ、えっと、しませんよ」

「でも、ほら、コウキ君も男の子じゃない。そういう事に興味あったりするんじゃないかなって」

「え。そりゃあ、ありますよ。でも、ですね、やっていい事と悪い事の違いぐらいきちんと理解しています」

 

当たり前じゃないか。

それぐらい耐えきれない男だったらとっくにミナトさん自身を襲っちゃっていましたよ。

 

「えぇ・・・? 人の寝顔を勝手に見たりとか、人の着替えを勝手に覗いたりとか、そういう事するんじゃないの?」

 

し、しないって。

した事ないでしょ? 俺。

 

「あの・・・俺って信用されていませんか?」

「ううん。信用してなっきゃ部屋に入れてあげないわよ」

「ですよね。良かった。・・・ん、なら、何であんな事を言ったんですか? あ。そうですか、そういう事ですか。またからかったんですね」

「さぁ。どうでしょう?」

 

ニッコリと笑うミナトさん。

ミナトさん、その笑顔は悪戯が成功した時に見せる笑顔ですよ。

 

「・・・ま、いっか」

「ん? 観念したの?」

「ええ。ミナトさんと一緒にいられるのなら、からかわれてもいいかなって思いまして」

「・・・・・・」

 

え? 無言?

何か反応して欲しいんだけど。

でもねぇ、眼を開けたらさ、見てはいけないものを見てしまうんだよ。

詳しく言うなら視界の右側に。

・・・状況によっては左側だけど。

一発KOされる自信があるね、この角度からなら。

 

「ミナトさん?」

「え、う、うん、なんでもないわよ。もう。コウキ君が変な事を言うからいけないのよ」

 

めっとか言いながら額を叩くのはやめてください。

もう子供じゃないんですから。

 

「それとナデシコって完全防音らしいですよ。だから、廊下に声も漏れないですし、偽造映像を流している以上、誰かに聞かれたりバレたりする事はありません」

「そっか。それなら、色々と安心なのね」

 

色々? 色々って何だろう?

 

「あ。そうだ。なら、今日は泊まってく? 折角だし」

「え? えぇ!?」

 

い、いや。いいですよ。

 

「え? そんなに・・・嫌・・・なの?」

 

ちょ、ちょっと悲しいトーンで言わないで下さい。

からかわれていると分かっていても罪悪感を覚えますから。

 

「だ、駄目ですよ。部屋の行き来でさえあんなにうるさいのに泊まったりなんかしたら」

「大丈夫よ。だって、偽造映像流しているんでしょ? 明日の朝だけ気をつければ問題ないって」

 

ク、クソッ。これは駄目か。なら・・・。

 

「ほ、ほら、ベッドも一つしかないですし」

「一緒に寝ればいいじゃない」

「む、無理です」

「嫌?」

 

グハッ。良心の呵責が・・・。

でも、駄目だって。

 

「眠れませんよ」

「え? それって」

 

何を赤くなっているんですか? ミナトさん。

 

「俺が眠れません。緊張で溺死します」

「・・・バカ」

 

え? 何でバカって言われるの?

 

「緊張して損したわ」

「緊張するなら誘わないで下さい」

「そっちじゃないわよ! もう・・・発言に責任を持ちなさいよね!」

「えっと、すいません」

「何かも分からずに謝らない!」

「は、はいぃ! すいません!」

 

たとえ怒られようと律儀に眼を瞑り続ける俺なのさ。

赤い血で溺死したくないから。

 

「そ、それにですね。今までは部屋が別だったから大丈夫でしたが、同室となると、ねぇ、同じベッドともなると、ねぇ」

 

ねぇ。分かってくれますよね?

 

「え? どうなっちゃうの?」

 

ニヤニヤニヤニヤと。

分かっていて聞いてやがる。

 

「と、とにかく駄目です。そういう事はもっと進んだカップルがするものです」

「・・・年頃の男の子にしては強情ね。これは考えが甘かったかしら」

 

見えない。聞こえなぁい。何を言っているのか分からなぁい。

 

「何自分で言って恥ずかしがって悶えて耳を塞いでいるのよ。カップルって言うのがそんなに恥ずかしかった? それとも、もっと先の事を想像しちゃった?」

 

既に緊張+羞恥心で溺死しそうですが、何か?

 

「あ。もしかしてそうやって眼を瞑って耳を塞ぐ事で私の太腿の感触を覚えようとしているのね。このこの」

 

や、やめてください。つんつんとかしないで下さい。

既にこの柔らかな感触と芳しい匂いで俺の精神は陥落寸前なんですから。

 

「じゃ、じゃあ、そろそろ俺は帰りますから」

「あら。早速、如何わしいものを盗み見ようとしているのね」

「ち、違いますよ。自分の部屋で寝るだけです」

「う~ん。信用できないな。やっぱりこの部屋でコウキ君を監視してようかしら」

 

や、やばい。もう駄目!

 

「え? コウキ君?」

「し、失礼します。明日、また来ますから」

 

退避、退避だぁ。

俺の理性がなくなる前に。

 

 

次の朝、いつも以上に悶々として寝不足になったのは言うまでもありません。

だってさ、夢にまで太腿の感触とか心地良い匂いとかが出てくるんだよ!

耐えられる訳ないじゃん。

ミナトさん、やっぱり俺で遊ばないで下さい。寝不足で死んじゃいますから。

あ。でも、膝枕はして欲しいかな・・・って駄目駄目。

気持ちよさと恥ずかしさとで理性を失いかねん。

あれはそう・・・何かのご褒美としてやってもらおう。

そうすれば、やる気もでる・・・コホン、そんなにされなくて済むだろう。

・・・名残惜しいが致し方あるまい。

ん? いやいや、そうじゃなくて、え、名残惜しいのか?

いや。ま、正直名残惜しいけどさ、さっき特別な時だけだって。

う~ん・・・今日もしてもらおうかな?

 

「あ。おはよう。コウキ君」

「ハッ! お、おはようございます! ミナトさん」

「何? どうしたのよ? そんなに慌てちゃって。あ、そっか。昨日の事を思い出して変な事考えちゃったんでしょう? このこの」

 

朝っぱらからする話題じゃないですよ。ミナトさん。

それとつんつんするのはやめて下さい。

 

「さ、今日も一日頑張るわよ。コウキ君」

「はい。ミナトさん」

 

さて、今日も頑張るとしますか。

 

 

 

 

 



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出航前の談話

 

 

 

 

 

「ここをこうして・・・」

「・・・はい」

 

現在、オペレーター補佐としての仕事を行っています、マエヤマ・コウキです。

といっても、俺に出来る事はセレス嬢に簡単な事を教える事だけだけど。

何でしか知らないけど、ルリ嬢もラピス嬢も殆ど完璧なんだよな。

俺の出る幕がないって感じで。

それなら、二人の事は二人に任せて、セレス嬢を出航前まである程度出来るようにさせておくべきだろうと思った訳だ。

セレス嬢も優秀なオペレーターみたいだからな、すぐに覚えるだろ。

ある程度は習ってきていたみたいだし。

 

「ある程度の事はオモイカネがやってくれるから。俺達オペレーターがする事は意思を伝える事だけだよ」

「・・・意思を?」

「そう。だから、オモイカネとは仲良くな。ま、心配ないと思うけど」

『大丈夫』『セレス良い子』『仲良し』

 

ま、オモイカネがこう言うんだから大丈夫だろ。

ただオモイカネが幼女~少女が好きなだけかもしれないけど。

もしかして、オモイカネって・・・。

 

「ふぁ~~~」

 

・・・隣で欠伸はやめましょうか、ミナトさん。

 

「・・・ミナトさん」

「呆れられても困るわ。だって、やる事ないもの」

 

まぁ、言いたい事は分かる。

艦が動いてないのに操舵手なんて必要ないよな。

 

「あれはどうなんですか? えぇっと、そう、起動手順」

「完璧よ。コウキ君とおさらいしたじゃない」

 

そういえば、一日に何回かやっているもんな。

 

「じゃあ、停止手順とか停泊手順とか」

「完璧。シミュレーションは何度もやっているわ。実際に動かせないのだからこれ以上は仕方ないでしょ?」

 

・・・うん。駄目だ。やる事なさそう。

 

「コウキ君こそ、副操舵手と副通信士としてはどうなの?」

「副操舵手の方はミナトさんと練習しているじゃないですか。副通信士もメグミさんから色々習って勉強中です」

「あ。マエヤマさん、飲み込み早いですから、もう殆ど大丈夫ですよ」

「だ、そうです」

 

俺とてやる事はきちんとやっている。

欲張り過ぎの兼任役職だが、全てカバーしてやるぜ。

そうでないといる意味ないからな。

 

「予備パイロットはどうなの?」

「まぁ、それなりです。毎日シミュレーションはしていますし、テンカワさんから色々教わっているんで」

 

闇の王子の名は伊達じゃない。

テンカワさんが未来のアキト青年だって確信してから、積極的に操縦を教わっている。

あれ程の凄腕パイロットは他にいないだろうからな。

間違いなく地球最高のパイロットだよ、テンカワさんは。

 

「へぇ。アキト君ってどれくらい強いの?」

「そうですね。以前、俺のゲームの話したじゃないですか?」

「ええ。あのトップスコアがどうとかって奴ね?」

「はい。多分、テンカワさんなら更に倍ぐらいのスコアは取れるんじゃないですか?」

 

初心者の俺があれだけ取れたんだ。

場慣れしているテンカワさんならもっと取れるだろう。

特に一対多数とか慣れまくりだろうし。

あのゲームは殆ど一人で大軍に立ち向かうって形式のミッションばっかりだったからテンカワさんの十八番だと思う。

連合軍のトップクラスを想定していたみたいだけど、テンカワさんは軽く上回ってるって訳だ。

 

「あら。コウキ君だってかなりのスコアだったんでしょ?」

「俺は所詮お遊びのレベルだったんですよ。テンカワさんは間違いなくプロです」

 

俺はナノマシンの恩恵と卑怯なソフトを多用してようやくテンカワさんと同じ土俵に立てる。

ただのIFSであそこまで出来るのはテンカワさん個人の単純な操縦技能。

とてもじゃないけど、俺では敵わない。

良い動きだけど全体的な動きが経験不足だってテンカワさんに言われたし。

・・・そうだよね。どんな戦場だって経験豊富な人が強いんだよね。

うん。今の俺に出来る事はひたすら経験を積む事っぽい。

 

「そっか。それなら、コウキ君が戦場に出る事はなさそうね」

 

そうニッコリ笑うミナトさん。

 

「ま、そうなんですけどね。頑張ろうって決めた身としてはちょっと拍子抜けかなって」

 

そりゃあ戦場に出なくて済むのは嬉しい限りだ。

わざわざ死ぬような所には行きたくないし、有名になんかなりたくはない。

でも、護りたいって誓った身としてはさ。気合が空回りしていたみたいでちょっと情けないかなって思う。

 

「コウキ君も男の子だからね。でも、私としては安心よ。コウキ君が危険な眼にあわなくて済むのは」

「そう・・・ですか」

 

特別な意味なんてないのかもしれないけど、心配してくれているって思うと嬉しいかな。

 

「テンカワさんだけに負担をかけるのは心苦しいですが、その分、俺は戦場でパイロットのフォローが出来ればいいかなって思います」

「うん。責任感があるのは良い事よ。でも、フォローって?」

「情報解析は得意なんですよ。ま、オペレーターの補佐が最終的にパイロットの補佐に繋がると思うんで」

 

いざ戦闘となるとオペレーターにかかる負担は相当のものがある。

ルリ嬢、ラピス嬢、セレス嬢はかなりのレベルのオペレーターだ。

ルリ嬢は実際に一人で全戦闘をこなしたという実績がある。

でも、だからって辛くないとは限らないだろう?

俺に出来る事があるのなら、三人を補佐して、少しでも負担を減らしてあげるべきだ。

それが最終的にパイロット、そして、ナデシコを助ける事に繋がるんだから。

 

「あ。ルリちゃん。ナデシコの武装を教えてもらえるかな?」

 

確か俺の知る限りではグラビティブラストと連合軍への反乱時に使ったミサイルぐらいだったと思う。

でも、流石にそれだけじゃないと思うんだよ。

気がつかなかっただけで、違う武装も使っていたりとかしていた筈なんだ。

だってさ、二つしかない武装とか恐怖じゃん。後ろから攻められたらどうするのって感じ。

グラビティブラストなんて前しか撃てないし。

 

「主砲としてグラビティブラスト、その他に誘導型ミサイルとレーザー砲が二門あります」

 

へぇ。レーザー砲なんてあったんだ。知らなかった。

そういえば、グラビティブラストが出てくる前の主要武器はレーザー砲だったよな。

第一次火星大戦がそれを証明している。

もちろん、木星蜥蜴のDFに全て弾かれてしまっていたが。

 

「また、レールカノンを艦のいたる所に配置し、全方位に対応できるようにしました」

 

あ。そうなんだ。全方位に対応できたんだ。そいつはまたもや知らなかった。

なんだ、なんかホッとしたな。

本当に、後方への対応とかは出来ないのかと思っていたぜ。

杞憂で済んだか。

 

「そっか。配置図とか見せてもらえるかな。艦の全体図とか」

「こちらです」

 

パッとモニターに出してもらう。

正面モニター全体に映してもらったから他のブリッジクルーも何事だ? みたいな感じでモニターを見ていた。

 

「相変わらず変な形よねぇ」

 

ミナトさんも相変わらず暢気ですよね。

 

「ブレードのせいですよ。ディストーションフィールドを発生させる為の」

「そうなんだ。そもそもそのDFってどれくらいの衝撃まで耐えられるのかしら」

「えぇ~と、そうですね」

 

ルリ嬢の映し出したモニターにDFの説明を載せる。

オモイカネ、よろしく。

 

「DFって空間を歪ませて攻撃を防ぐ訳です。だから、ビーム兵器とかグラビティブラストとかそういう光学兵器にはとても有効なんですよね」

「えっと、波が伝わりにくいからって事?」

「ま、そんな感じです。光も波ですからね。防ぐっていうか逸らすっていうんですか? そんな感じですから。だから、実弾兵器には効果はあっても薄いみたいですね」

 

まぁ、高出力にすれば実弾兵器にも耐えられるらしいけど、油断はいけないよな。

所詮は、破壊できてしまう障壁でしかないのだから。

どんな武器からも攻撃を防ぐ盾、どうやっても壊れない盾、とは残念ながらいかないのさ。

 

「へぇ。じゃあ無敵って訳じゃないのね」

「ええ。特に地上じゃ駄目駄目です。油断していちゃいけませんよ。ま、そこはミナトさんがカバーするという事で」

「そう。お姉さんに任せておきなさい」

 

同じ資格持ちでも俺とミナトさんじゃ月とスッポン、天と地ほど違う。

俺も一応平均よりは優れていると思うけど、ミナトさんはもうトップクラスではって思う程に凄い。

こんな巨大なナデシコをセンチ単位、いや、ミリ単位で修正するとか半端ないと思う。

どんだけ空間認識に長けているんだよって話。

どんな経験を積んだらそんな事ができるようになるのやら。

 

「あの~マエヤマさん、教えていただきたいんですけど」

「ん? 何かな。メグミさん」

 

メグミさんもモニターを見ていたみたいだ。

どうやら質問があるらしい。

なんでも知っている訳じゃないから答えられるか心配だけど。

 

「何で地上じゃ駄目駄目なんですか? 地上と他とでは何か違うんですか?」

 

おぉ。鋭い質問だ。

これを把握してないから後々の悲劇に繋がったんだもんな。

丁度いいから話しておこう。

 

「メグミさんはこの艦がどんなエンジンで動いているか知っていますか?」

「えぇっと、ここには、メインエンジンは相転移エンジンって書いてありますね。どんなエンジンなんですか?」

 

あ。モニターに出てたか。

・・・何か間抜けだな。俺。

 

「相転移って分かる?」

「えぇっと、実はあんまり・・・」

 

項垂れるメグミさん。ま、別に知らなくても日常生活には問題ないしね。

 

「ま、俺もあんまり詳しくないんだけどさ。そうだなぁ・・・ほら、水って冷やすと氷になって、火にかけると水蒸気になるじゃん」

「あ、はい。なりますね」

「その変化が相転移っていうのかな。熱っていう外的要因で相が変わっているみたいな」

「う~んと」

「ごめんね。説明下手で」

 

もっと頭良くなりたいな。

あの難しい事を簡単に説明できるっていう特殊技能が欲しい。

その技能こそが頭の良い証って感じがする。

 

「あ、いえ、何となく分かればいいですから」

「そう? じゃあ、分かりづらいかもしれないけど、我慢してね。相が変わるにはエネルギーが必要になる訳。さっきのたとえなら熱みたいな」

「はい。エネルギーが必要な訳ですね。何もなくて変化する訳ないですから」

「そうそう。それで、相の変化にエネルギーが必要なら、逆に相の変化で何かしらのエネルギーが消費されているといえる」

「え~と、車のブレーキとかで熱が発生するみたいにですか?」

「お。いい例えだね。俺より説明のセンスがあるよ」

「あ、ありがとうございます」

 

俺ってば説明下手だからな。

難しい言葉を並べて誤魔化すとか良くやっていたよ。

だから、逆に質問されると答えられない事が多かった。

 

「今回の相転移エンジンっていうのは、真空の空間をエネルギー準位の高い状態から低い状態に相転移させる事でエネルギーを取り出しているんだよ」

「それなら、真空に近ければ近い程にエネルギーが確保できるって事?」

「お。流石ミナトさん。鋭いですね」

「まぁねん」

 

よく俺の下手な説明で理解できるよ。

俺としては助かるけどさ。

 

「凄く簡単にいえば、宇宙みたいな真空で一番の出力を得られて、地上みたいな真空じゃない所ではあまり出力が得られないって事だよ」

 

簡単にいえばそうなるよな。

火星でピンチだったのも宇宙に比べて出力が足りなかったからだし。

火星も一応大気があります故に。

 

「エンジンの出力が不十分なら、当然、DFとかいう奴も低出力になっちゃうのよね?」

「はい。もちろんです。だから、宇宙空間で耐えられるものが地上では耐えられないなんて事もあるんですよ。当然、同じエンジンに依存しているグラビティブラストの威力も弱まっちゃいますし」

 

攻撃力も防御力も下がるとかまずいよな。

出来るだけ宇宙空間にいるべきだと思う。

 

「何か聞く限りだと結構欠点があるみたいね」

「でも、便利ですよ。半永久的にエネルギーが得られる訳ですから。他のエネルギーは消費したら終わりじゃないですか」

「それもそうね。戦艦として働く分には丁度良いって訳か」

「ま、そうなります。エンジンの稼働率で色々と調整できますから。使い勝手もいいんじゃないですか?」

 

スピード調整とか簡単そうだし。

ま、整備班は常に点検しないといけないから大変そうだけど。

 

「御詳しいのですね、マエヤマさんは」

 

ん? これぐらいはあくまで基礎知識の範囲なんだけどな。

知っているのって変なのか?

 

「おかしいかな?」

「え、いえ。そうではありませんが」

 

元々知っていたけどさ。原作を見ていた訳だし。

でも、やっぱり乗る側としては表面上だけじゃなくきちんと把握しておきたいじゃん。

だから、当然、何度も資料を読み返しましたよ。

内容が難しくて中々理解できなかったけど。

 

「何が目的か分からないけどさ。機動戦艦なんて名付けてあるんだから、戦う為にあると思うんだよ。俺はパイロットとかも兼任しているし、生き残る為には把握しておきたい」

「・・・・・・」

 

何だろう? この尊敬の眼差しは。

普通の事を言っただけですよ、皆さん。

 

「少なくとも艦長とか副艦長とか、戦闘指揮のゴートさんは把握している筈です。俺は全体的に補佐役を務めている訳ですから、補佐役として色々な事を把握しておく必要があるかなって」

「あ、ああ。もちろんだ」

 

ゴートさん。狼狽していると疑われますよ。

いつもの仏頂面で誤魔化すのがベストです。

というか、やっぱり知らなかったんですね・・・。

まぁ、ネルガル社員はどこかDFを過信していた節があるし、わざわざ調べなくても最強の盾だとか油断していたのかも。

 

「パイロットの方々も把握しておくべきですね。エステバリス、この戦艦に搭載されている機動兵器ですが、これもDFを持っていますし、出力はナデシコの相転移エンジンに依存していますから。多分、リーダーパイロットのテンカワさんは知っているんじゃないですか?」

「・・・もちろん、知っている」

「ラ、ラピス?」

 

何を慌てているんだ? ルリ嬢。

テンカワさんが知っているのは当然じゃないか。

未来のアキト青年だし。

二人だって知っているから落ち着いていたんでしょ?

俺の説明に皆、慌てたり、感心したりとかしていたけど、二人とも当然のように振舞っていたしさ。

 

「ブリッジは特に戦闘に携わると思うので把握しておいて損はありませんよ。俺はまだ死にたくありませんし」

「そうよね。私もちょっと勉強しておこうかしら」

 

お勧めします、ミナトさん。

 

「何だか怖くなってきました。私達って戦艦にいるんですよね」

 

まぁ、戦艦なんて現実味ないもんな。軽い気持ちで乗艦していてもおかしくないか。

 

「落とされない為にリーダーパイロットのテンカワさんを始めとするパイロットがいて、整備班や艦長、副艦長がいるんです。彼らを信じてあげてください」

「・・・はい。怖いですけど、私も頑張ろうと思います」

「そうだね。メグミさんの通信士って役目も戦闘では大切だと思うから、メグミさんの頑張りが皆を護る事に繋がると思うよ」

「私の頑張りが皆の・・・」

「うん。それにね、メグミさんだけじゃないんだ。操舵手のミナトさんだってオペレーターのルリちゃん、ラピスちゃん、セレスちゃんだって大切な役目」

 

操舵手にはナデシコの命運が懸かっているし、オペレーターはいつだって大変だ。

 

「戦闘指揮のゴートさんだって、今はいない艦長、副艦長だって必要不可欠。提督の経験は俺達みたいな経験不足の集まりにとっては何より大切なんじゃないかな」

 

戦闘経験なんて誰もないんだし、戦場で一番大切なのは経験だろうしね。

 

「あれ? 副提督は?」

「えぇっと」

 

後ろを見て、いない事を確認。

 

「どちらかというと情操教育に悪い・・・かな?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

何だ? 何故に沈黙?

 

「・・・ふふふ」

「ハハハハハハ」

 

え? だ、大爆笑? そんな変な事言ったか?

 

「ハハハハハハ。コ、コウキ君、笑わせないで」

「マ、マエヤマさん。クスッ。酷いですよ」

 

笑いながら言ったって説得力ないってば。

 

「いや。だってさ、ヒステリックであの顔はトラウマになりかねないし」

「アッハハハ。もう駄目。お腹痛い」

 

半端なく笑っていますね、ミナトさん。

 

「クスッ」

 

お。ルリ嬢が笑った。

 

「・・・何ですか?」

 

と、思ったら睨まれた。

俺ってば何かやらかしたかな?

 

「いや。なんでもないよ。ルリちゃんは一番大変だと思うけど、よろしくね」

「・・・それが仕事ですから」

 

子供に仕事を課すのは心苦しいけど能力的に彼女以上の人はいないから。

しょうがないとは言いたくないけど、しょうがない事だと思う。

だから、俺の出来る範囲で最大限のフォローをしよう。

なんか嫌われているみたいだけど、仕事はきっちりこなします!

 

「最後に、ここにいるのはあのプロスさんが選んだメンバーなんだから、間違いないですって」

「コウキ君はプロスさんを信用しているのね」

「俺は色々と兼任していますからね。一応は少しずつですが、かじっている訳じゃないですか。だから、一人一人が優秀なんだなって分かりますよ」

 

ミナトさんの隠れざる技術を発掘したぐらいだ。

プロスさんの眼は凄まじいと思う。

 

「もちろんです。私がいたる所から見つけ出した最高の人材ですから」

 

おぉ。プロスさん、いつの間に。

 

「無論、マエヤマさんも最高の人材ですよ」

 

いや。そう言われると照れるかな。

 

「マエヤマさんには色々な役職を兼任して頂いていますから。大変だと思いますが、改めて御願いしますね」

「ええ。任せてくれとは言えませんが、出来る限りの事をやるつもりです」

 

生き抜かない事には始まらないしな。

やれるだけはやるつもりだ。

 

「そういえば、プロスさんはどうしてここに?」

 

うん。俺も気になった。

プロスさんがブリッジに来る必要は今の所なかったはずだし。

 

「そろそろお昼時ですからな。交代で食事をと思いまして」

 

あ。そっか。忘れていた。

 

「それでは、始めにハルカさん、レイナードさん、ラピスさん、セレスさん、休憩にお入りください」

 

ま、妥当かな。

とりあえず俺がいれば通信と操舵に問題ないし。

技量的に一番のルリ嬢がいれば、二人でも回せそうだ。

 

「じゃ、お先にね」

 

ミナトさんを始めとしてぞろぞろ出て行く。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

結果としてルリ嬢と二人っきりになりました。

・・・あぁ。なんだろうこの空気。気まずい。

 

「えぇっとさ、ルリちゃん」

「・・・何でしょう?」

 

何でそんなに拒まれる?

普通に傷つくんですけど・・・。

 

「俺って何かしたかな?」

「いえ。何も」

 

じゃ、じゃあ何故に?

生理的に無理とか?

・・・もうリタイアしてもいいですか?

ま、まぁいいさ。

頑張ればきっと報われる。

好かれるよう努力しよう。

 

「ちょっと相談事があるんだけどいいかな?」

「・・・何でしょうか?」

 

おぉ? 今度は真剣な顔付きに。

 

「武装兵器の事なんだけど・・・」

「・・・・・・」

 

何? その呆れというか、予想外というか、そんな感じの反応。

 

「・・・・・・」

「・・・何でしょう?」

 

やっぱり気まずいよ。

 

「それぞれの武装を誰が担当しているのか聞いておきたくてさ」

「全てオモイカネが制御してくれますが?」

 

え? オモイカネ任せなの?

あ、そういえば、ミサイルとかもオモイカネ任せだから連合軍に向かったのか。

 

「レールカノンとかもそうなの?」

「ええ。戦艦の攻撃は精密射撃ではなく弾幕を張る事にありますから」

「・・・詳しいね。なんか経験があるみたい」

「ッ!?」

 

普通は気付かないよね。

対象が自分達に比べて小さすぎるから弾幕を張る事で退けるのが戦艦のスタイルだって。

 

「・・・シミュレーションの結果です」

「そっか。ルリちゃんも色々と想定しているんだ。頼りになるね」

 

まだ十一歳なのに偉いよな。

・・・偉いっていうか、子供に負担かけている時点で大人失格なんだけどさ。

 

「じゃあさ、もし後方から攻められたらどう対処する? グラビティブラストって前方だけじゃん? ナデシコを旋回させるのには手間がかかるし」

「・・・そうですね。レーザー砲とレールカノンに任せるしかないかと。その為にレールカノンを導入した訳ですし」

 

その為に導入した?

まるでルリ嬢が意見を出したみたいだな。 

ま、そんな権限はルリ嬢にはないだろうけど。

 

「それだけで大丈夫かな?」

「アキトさんがいるから大丈夫です」

「そりゃあ、テンカワさんぐらいの凄腕なら大丈夫かもしれないけど、最悪の状況を想定するのは大事な事だと思うんだ」

 

テンカワさんだけを頼りにしちゃいけないよな。

テンカワさんにだって限界があるんだし?

・・・あれ? ルリ嬢ってこの時期からアキトさんって呼んでいたっけか?

何かきっかけがあったような・・・。

少なくともまだテンカワさんだったよな?

う~ん、なんだろう、この違和感。

 

「それなら、マエヤマさんならどうしますか?」

 

あ、ま、いいか。後で思い出そう。

 

「そうだねぇ。じゃあさ、レールカノンの方を俺に任せてくれないかな?」

「・・・レールカノンをですか?」

「うん。一応予備パイロットだからさ、射撃とかは苦手じゃないんだ。だから、レールカノンを任せてもらえばそれなりの命中率があると思うよ」

 

ふふふ。射撃向上ソフトを用いれば精密射撃も不可能ではない。

エステバリスと違って射撃に集中できるし、絶対に外さない自信があるぜ。

レールカノン自体の数も多いし、弾幕としても活躍させられるだろう。

 

「しかし、弾幕としてレールカノンを」

「せっかく木星蜥蜴に有効なレールカノンを弾幕に使うのはもったいないよ。レーザー砲で敵のミサイルとかを防いでレールカノンで仕留めるってどう?」

「悪くないですね。でも、マエヤマさんがいない時はどうするんですか?」

 

む。それは考えてなかった。

 

「その時は弾幕として使ってくれればいいよ。俺がいる時にだけ操作を任せてくれれば」

「・・・そうですか。分かりました。プロスさんに訊いてみます」

「ごめんね。御願いするよ」

 

納得してもらえたみたいだ。

良かった、良かった。

これぐらいの事はしないと、僕ってばいらない子になっちゃいますので。

 

「ま、基本的にDFで戦艦を囲っちゃうと思うから必要ないかもしれないけどね」

 

グラビティブラストを放つ時にもいちいち解除しなっきゃいけないのって面倒だよな。

ま、仕方ないんだけどさ。砲台だけ外に出す訳にはいかないし。

 

「色々と詳しいんですね、マエヤマさんは」

「そうかな? 普通だと思うけど」

「DFの特性、DFの弊害、武装の事など普通の人では考えない事ばかりです。それに後方から攻められた場合なんて考える人はいません」

「いや。だって、死にたくないしさ」

 

戦艦に乗るんだぜ。

把握しとかないと怖いじゃんか。

未来を知っているからって危険がない訳じゃないんだし。

少なくとも俺がいる以上、何かしらの変化はある筈だ。

 

「それに、ルリちゃんだって考えていたでしょ? ナデシコクルーは皆が皆、お気楽だからね。考えている人の一人や二人いないと墜ちちゃうよ?」

「お気楽がナデシコの良い所ですから」

「そっか。子供が少ないからさ。お姉ちゃんとしてルリちゃんが二人の面倒を見てあげてね、ラピスちゃんとセレスちゃん」

「・・・子供じゃありません。・・・ですが、任されました」

 

あの有名な台詞、少女です。が聞けるかと思ったけど、聞けなかったな。ちょっと残念。

 

「うん。頼りにしているよ。お姉ちゃん」

 

お姉ちゃんとしての自覚がルリ嬢に良い影響を与えるかもしれない。

うんうん。結構、良い事したみたいだな、俺。

改めて助け出せて良かったって思うよ。

実際に助け出したのは俺じゃないけど。

 

「あの、聞いてもいいですか?」

「ん? 何だい?」

 

おぉ。少しは距離が縮んだか。

ルリ嬢から話し掛けてくれるなんてな。

 

「マエヤマさんはどうしてナデシコに乗ったんですか?」

 

ん? 前にも似たような事をテンカワさんに聞かれたな。

 

「それは理由とか目的とかって話?」

「はい。天才プログラマーのマエヤマさんが何故戦艦に乗っているのかと」

「ルリちゃんもテンカワさんと同じ事を訊くんだね」

「ッ!?」

 

何だかんだいって気が合うんだろうな。

一緒に暮らしていた時期があったみたいだし。

合わなかったら一緒に暮らさないだろ?

思考展開とか意外と似ているのかも。

 

「そうだなぁ。お世話になった人を死なせたくないってのと、生き抜く為にって所かな」

「お世話になった人とは、ミナトさんの事ですか?」

「え? 良く知っているね」

「ミナトさんと共に紹介されましたので、接点があるのかと」

「鋭いね。ルリちゃん」

 

ま、一緒に回っていたんだからそう思われるか。

偶然、同じタイミングで合流したとか思うよりそれらしいし。

 

「ミナトさんにはお世話になりっぱなしなんだ。恩人を一人危険な所に向かわせるのは薄情だしさ、役に立てる事があるかもしれないじゃん?」

「・・・ええ。まぁ」

 

納得してもらえなかったかな?

 

「それでは生き抜く為ってどういう事ですか?」

 

う~ん。ナデシコに乗るのが当たり前になっていたって言うのはおかしいよな。

とりあえず、誤魔化しておくか。

 

「木星蜥蜴が襲ってきているでしょ?」

「はい。それとマエヤマさんに何か関係があるんですか?」

 

スーッと眼が鋭くなるルリ嬢。

いやいや。襲撃と俺に関連性はないですから。

 

「そうじゃなくてさ。どうせ巻き込まれるなら、中心になりそうな所で頑張りたいと思って」

「・・・何故、ナデシコが中心になると?」

 

うわ!? 余計に鋭くなった。

 

「ちょっと考えれば分かるって。軍の情報を見ると他の戦艦じゃまったく木星蜥蜴の相手にならないんでしょ? そんな中に現れたネルガル重工のとっておきであるナデシコ。その技術は地球最新鋭であり、ナデシコであれば木星蜥蜴にも対処可能。違う?」

「・・・理論上は対処可能です」

「それなら、ナデシコが中心になってもおかしくないでしょ? まぁ、すぐに同系統の戦艦が出来上がってもおかしくないけどさ」

 

それでも、施工に時間がかかる事に変わりはない。

二番艦であるコスモスでさえ後一年ぐらいはかかるみたいだし。

 

「・・・そうですか。マエヤマさんにはそんな理由が」

「うん。それじゃあさ、ルリちゃんの理由と目的を聞かせてもらっていいかな」

「・・・・・・」

 

あ。無言。

・・・まずかったかな?

ルリ嬢ってネルガルに買われて強制的にクルーになった訳だし。

特に理由はありません、買われただけです、とか言われたら俺も嫌だしルリ嬢も傷付くと思う。

あぁ。俺ってばバカ! 無神経すぎる!

 

「・・・そうですね。私がここにいるのはここが私のいるべき所だからです」

 

いるべき所って・・・買われたからって意味?

・・・やばい。罪悪感で胸が痛い・・・。

 

「目的は幸せになる事です。私が望む幸せに」

 

あれ? 予想と違った答え。

 

「幸せになる・・・か。難しいけど、素敵な目的だね」

「・・・馬鹿にしています?」

「まさか。俺も似たようなもんだよ」

 

そう白い眼で見ないでくれよ。

馬鹿になんかしてないんだから。

 

「笑われるから秘密にしてね」

 

口元に指を立ててしゃべらないでと忠告。

ま、ルリ嬢は秘密にしてって言った事を誰かに話すような人じゃないだろ、きっと。

 

「俺の最終目的は幸せになって平穏な生活を送る事なんだ」

「・・・幸せと平穏・・・ですか?」

「男の夢にしては小さいかな?」

「い、いえ。素敵な目的だと思いますよ」

「ハハハ。ルリちゃんもそんな感じでしょ? 今は戦艦なんかに乗っているけど、誰だって幸せになりたいと思う。それなら、こんな戦争なんて早く終わらせなくちゃ」

 

戦争なんて百害あって一利なし。俺みたいな庶民にはね。

それに、そもそも戦争の理由がくだらないと思う。

どっちが悪いって訊かれたらどちらかというと地球だと思うし。

いや。どっちも悪いんだけどさ。

どっちかっていうと地球側だよね。独立派に核を撃ち込むとかありえないと思う。

 

「・・・戦争・・・ですか?」

 

あ。まずったか?

戦争って人間対人間を表す言葉だもんな。

未確認物体からの襲撃は侵略というのが正しいかもしれん。

ま、どうにかして誤魔化そう。

 

「侵略ってのが正しいのかもしれないけど、いまいち相手側の目的が分からないんだよね」

「相手側って。向こうは知性のない―――」

「知性がなかったらもっと被害を受けているって」

 

知性がないからこの程度で済んでいるってのはむしろおかしいでしょ。

知性がないなら野生の獣みたいなものだよ、見境なく破壊するって。

知性があるからこそ、これだけの被害で済んでいるんだと思うんだよね。

 

「それにさ、機械で攻めてくるって事は誰かしらがどこかで生産して、かつ、制御しているって事じゃないかな?」

「じゃあ、何故接触してこないんですか? 知性があるのなら、誰かしらに接触すると思うのですが?」

「う~ん。そうだな。言葉が通じないとか?」

「・・・はぁ・・・」

 

呆れられちゃった。ミスったかな?

 

「言葉が通じなくても意志の疎通は可能だと思います。そうでなければ、地球連合が発足する訳がないではないですか?」

 

ま、そうだよな。

言葉が通じなくても意志疎通が出来たから国際間で手を取り合う事が出来たんだ。

そりゃあ誰かが通訳としていたのかもしれないけど、その通訳自体が意思疎通できなければ始まらないし。

 

「マエヤマさんは鋭いようでどこか抜けているんですね」

 

呆れられた果てに嫌な印象を与えてしまった。

抜けているとか。十一歳の子供に言われるのは情けなくないか?

いや、自覚はあるけども。

 

「ルリちゃんが鋭いんだよ。ルリちゃんは大人だね」

 

背伸びしている感じ? 子供扱いされるのが嫌いって早く大人になりたいって証拠でしょ?

 

「大人にならなければならない環境にいましたから」

 

えぇっと、とても十一歳の子がする表情じゃないんですけど。

憂いとか蔭りがある表情とか。本当に十一歳でしょうか?

 

「そっか。でもさ、ナデシコなら子供でもいいんじゃないかな? 優しい人ばっかしだし」

 

ミナトさんがいればルリ嬢は甘えられると思う。

今までは研究所で機械みたいに育てられていたみたいだけど、これからはミナトさんが優しく暖かく育ててくれる筈だから。

 

「私、子供じゃありません。少女です」

 

おぉ。ここにきてこの台詞が聞けるとは。

 

「そっか。それなら、少女として大人の女性に色々と教えてもらいなよ。将来立派な女性になる為にもね」

 

少女も子供だよって言い聞かせるのもいいけど、こういう説得方法も悪くないんじゃない?

こう言えば、もっと早くミナトさんとかに心を開くかもしれないし。

 

「・・・そうですね。そうします」

 

・・・納得してくれました。

何だろう? こんなに物分りの良い子だったっけ?

他人を遠ざけるような態度も取らないし。

・・・俺は敵視されているけどさ。

・・・自分で言っていてなんか悲しくなってきた。

 

シュンッ。

 

「コウキ君。ルリちゃん。交代しましょ」

 

ブリッジの扉が開いて、ミナトさんの声が聞こえた。

食事を取り終えたみたいだ。

 

「分かりました。ルリちゃん。一緒に行く?」

「・・・いえ。用があるので」

 

・・・断られてしまいました。

やっぱり俺には心を開いてくれないか。

これは長い目で見るしかないな。

 

「そっか。分かった。じゃ、また後でね」

 

一人寂しく食堂へ向かいます。

あぁ。早く友達作らないと。

ずっと一人で食事とかになったら嫌だしな。

ま、早く食って来て、さっさと戻ってきますか。

今日はカツ丼にしよっと。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「えぇ!? 同棲していたんですかぁ!?」

 

食堂でご飯を食べているとコウキ君の話題に自然となっていた。

メグミちゃん曰く・・・。

 

「大人って感じですよね、何かお兄さんみたいでした」

 

ふふふ。それは日常生活のコウキ君を知らないからよ。

 

「コウキ君って結構子供っぽいのよ。初心だし。変な所で負けず嫌いだし」

「・・・ミナトさんってマエヤマさんの事に詳しいんですね」

「そりゃあ一年間ぐらい一緒に住んでいたもの」

「へぇ。一年間も・・・って。えぇ!? 同棲していたんですかぁ!?」

 

となった訳。ま、同棲していたなんて普通じゃないものね。

 

「同棲じゃないわよ。同居していただけ」

「で、でも、同じ部屋に男女でいたんですよね」

「嫌ねぇ。姉弟みたいなものよ」

 

初めて部屋に入った時なんてカチコチだったし。

ふふふ。思い出すだけで可笑しいわ。

 

「それじゃあミナトさんとは何もないんですか?」

「え? 特には・・・」

 

何だろう? 認めたくない。

それでも、私のペースは崩さない。

 

「どうしたの? 惚れちゃった?」

「そういう訳じゃないんですけど、何か頼りになるし。若くして成功していますしね」

 

・・・何だ。

憧れか。

・・・良かった。

 

「あら。玉の輿って奴を狙っているの?」

「そんなんじゃありませんよ。でも、成功していて悪い事なんかないじゃないですか」

 

ま、若い子には魅力的よね。

・・・私もまだ若いけど。

何だろう? やっぱり私は結婚とかにも充実感が欲しいかな。

 

「ミナトさんはマエヤマさんの事をどう思っているんですか? 姉弟とかじゃなくて、個人として」

「そうね。優しくて可愛い変な子って感じね」

 

優しいし、いじり甲斐がって可愛いし、変な子だし。

 

「・・・とっても穏やかな顔していますよ。ミナトさん」

「そうかしら?」

 

コウキ君といると落ち着くしね。

 

「セレスちゃんとラピスちゃんはマエヤマさんの事をどう思ったかな?」

 

メグミちゃん。

小さい子に何を聞いているのよ。

でも、ま、女に年齢なんて関係ないか。

 

「・・・悪い人じゃない」

「・・・優しい人だと思います」

 

ふふっ。良かったじゃない。コウキ君。

高評価よ。

飴が効いたかしら。

 

「そっか。じゃあ、色々とコウキ君を頼るといいわよ。コウキ君って結構世話焼きだから」

 

子供好きなのかしら?

セレスちゃん達を相手にしている時、とっても優しい眼をしている。

 

「・・・分かった」

「・・・はい」

 

頑張ってね、コウキ君。

 

「そうそう、ミナトさん」

 

ここからは女の子だけの姦しい話みたいね。

メグミちゃんもそうだし、皆良い子みたいだから、これからが楽しみね。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 



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ナデシコ出航

 

 

 

 

「えぇっと、プロスさん、艦長とかって・・・」

 

食事を終えて、再度ブリッジで活動中。

オペレーター、操舵手、通信士の仕事を再度確認して、ミナトさんの隣の席で一息ついた時、ミナトさんがプロスさんにそう問いかけた。

 

「・・・えぇ~~~」

 

そうですよね。困りますよね。

いえ。プロスさんが悪い訳ではないんですよ。

ただですね。えぇっと、そう、艦長が悪いんです。

ミスマル・ユリカ嬢が悪いんですよ。

・・・胃薬準備しておこうかな? プロスさんの為に。

まだ外に出ても大丈夫そうだし。

 

「本来であれば一週間前に着任の予定です」

 

ルリ嬢、プロスさんを気遣ってあげようよ。

 

「あれ? じゃあとっくにいる筈なんだ」

「・・・え、ええ」

 

・・・今回はマジで冷や汗を掻いていますね。

ハンカチがびしょ濡れにならない事を祈ります。

 

「大丈夫なんですか? 遅刻するような人が艦長で」

「・・・・・・」

 

メグミさんまで。

 

「副長はどうなのよ?」

「・・・・・・」

 

ミナトさん。トドメですよ、それ。

 

「ま、まぁ、落ち着きましょうよ。ミナトさん、メグミさん」

 

き、きっと優秀だった筈。

だ、だって、あんな激戦を生き抜けたんだから。

 

「コウキ君。遅刻なんかする艦長を庇うの?」

「私、マエヤマさんに言われてこれが戦艦なんだって自覚しました。遅刻するような艦長は信じられません」

 

や、やばい。余計な事を言ったか? 俺。

ブリッジクルーのお気楽さと団結力こそがナデシコの強さだろ?

それがなくなったらやばいって。

 

「と、とりあえず、艦長がどんな人かを吟味してみましょうよ。ルリちゃん。御願いできるかな?」

「分かりました」

 

モニターに映るユリカ嬢の経歴とピースしている写真。

うん。ピース姿なのはちょっといただけないかな。不真面目に見える。

ま、美人なのは認めるけどさ。

 

「ほぉ。戦略シミュレーションで無敗か。凄いな」

 

ゴート氏が唸る。

まぁ、確かに凄いよね。

でもさ、それって参謀とかの役目だと思うんだよ。

だって、ゴートさんが戦闘指揮としているんだし、参謀がいてもおかしくないでしょ。

というか、原作見た限り、ユリカ嬢の独断で全ての作戦を行っていた気がする。

副長のジュン君とか書類整理ってイメージしかないし。

いや、もちろん、それ以外の仕事もしていたんだろうけど。

とにかく、ゴートさんしかり、ジュン君しかり、戦闘中は何をしていたの? と疑問に思わざるを得ないほどのユリカ嬢の独壇場。

あれ? ある意味、圧倒的カリスマ性と見ていいのか?

ま、プロスさんがスカウトしたんだから、間違いはないんだろうけど。

 

「いやぁ。彼女を引き抜くのは苦労しましたよ」

 

あ。プロスさん。復活。

意気揚々としていらっしゃる。

 

「へぇ。凄いじゃない」

 

うん。単純に凄いと思うよ。

 

「・・・ねぇねぇ、コウキ君」

 

ん?

 

「何ですか?」

「ちょっと耳貸して」

 

あぁ。内緒話ですか。

 

「・・・何です?」

「・・・優秀なのよね?」

「・・・優秀ですよ、性格はともかく能力に関しては」

「・・・遅刻するのに?」

「・・・性格はともかく能力に関しては」

「・・・そう」

 

何だろう? そのやるせない感じ。

 

「・・・いざとなったら護ってくれるのよね?」

「・・・ええ。その為に俺がいるんですから」

「・・・頼むわよ、コウキ君」

「・・・ええ」

 

内緒話を終えて、離れていくミナトさん。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

何だろう? こっち見ているんですけど。

 

「どうしたの? メグミちゃん、ルリちゃん」

「な、なんでもないですよ。ミナトさん」

「いえ。特には・・・」

 

じゃあ、何でこっちを見ていたんだろう?

 

「・・・・・・」

 

ん? 裾が引っ張られている。

えぇっと、セレスちゃんかな?

 

「どうかしたかい?」

「・・・教えて欲しい事があります」

 

あ、そっか。補佐だもんな、俺。

 

「うん。何だい?」

「・・・ここです」

 

頼られるのは嬉しい限りだな。

教えられる事なんて少ないけど。

 

「マエヤマさん、レールカノンの件ですが」

「あ、うん。何だい?」

「プロスさんの許可が下りました」

「そっか。ありがとう」

「いえ。優先順位の第一位をマエヤマさんに設定してありますので、お手元のコンソールからどうぞ」

「分かった。後でちょっと調整に付き合ってくれるかな」

「いいですよ、仕事ですから」

 

おし。これでレールカノンが撃てる。

 

「レールカノンって?」

「操作権をもらったんですよ。戦闘中に何も出来ないのは嫌ですからね」

「そっか。コウキ君って誰か欠員が出なければ役目なしだもんね」

「・・・・・・」

 

いらない存在と言われたようで胸にグサっときました。

 

「ごめんごめん。でも、ほら、コウキ君は色んな補佐をしてくれているでしょう? だから皆、頼りにしているわよ」

「そ、そうですよ、マエヤマさん。そう落ち込まないで下さい」

 

フォローありがとうございます。

・・・一応、立ち直りました。

 

「どうしてレールカノンなの? 他にもあったじゃない」

「レールカノンが一番木星蜥蜴に有効ですからね」

「え? そうなの?」

 

まだ相手側の戦艦って出てなかったな。

どう説明しよう。

・・・あれ? それなら、何でルリ嬢、さっき肯定したんだ?

またもや違和感。

 

「コウキ君?」

 

火星大戦から情報を得ていたのかな?

ま、相手方がグラビティブラストを持っていたらディストーションフィールドを持っているって気付いてもおかしくないか。

あ。チューリップがあったか。いや。チューリップはDFなかったな。

・・・どうしてだろう?

 

「コウキ君!」

「は、はい? な、何ですか?」

 

な、何だ!?

 

「無視なんて酷いじゃない」

「え、あ、すいません。ちょっと考え事をしていまして」

「許さないわ」

「えぇ!?」

「そうね。今度、ご飯を奢りなさい」

「えぇっと」

 

お金あるからいいけどさ。

何か理不尽じゃない?

 

「わ、分かりました。ホウメイさんの料理、美味しいですもんね」

「そうなのよぉ。和洋中全部揃っていて、ついつい食べ過ぎちゃうのよね」

「・・・食べ過ぎると太―――」

「その話題は禁止!」

 

ゴンッ!

 

「イタッ! ・・・久しぶりに拳骨を喰らいましたよ」

 

あぁ。頭が割れるぅぅぅ。

 

「女性に失礼よ」

「私もそう思います」

「す、すいませんでした」

 

理不尽だよ。

 

「それで? どうして、レールカノンなの?」

「火星大戦の映像を調べていてですね。向こうが重力波、要するにグラビティブラストを放ってきたんですよ」

「あ。じゃあ、DFもあるかもしれないって事?」

「予想でしかないんですけどね」

 

ま、実際に後々バッタですらDFを纏うし。

レールカノンがあると便利だろ。

というか、ミナトさんもよくやってくれるよ。

俺が未来知っているって分かっているのに誤魔化しに付き合ってくれて。

本当に感謝です。頼りになります。

 

「・・・次はどうするんですか?」

「あ、うん。ごめんごめん。次はね」

 

セレスちゃんをスルーしていた。

気をつけないと。

 

「・・・コウキ」

「ん? ラピスちゃん。どうしたの?」

 

次はラピス嬢か。

何か色々と忙しいな。

 

「・・・アキトが言っていた。コウキのパイロットとしての腕は確かだって」

 

おぉ。俺ってば褒められていたのか。

 

「・・・どうやってアキトが認めるほどの技量を身に付けた?」

 

どうやって訓練したかって事?

俺がそれなりに戦えるのはナノマシンの恩恵と卑怯ソフトを使っているからなんだけど。

 

「俺自身はそんなに強くないよ。色々と使い勝手の良いソフトをインストールしているだけ」

「・・・そんな事をしたら容量が不足する」

「必要な分を的確に最小限に」

「ん?」

 

首を傾けるラピス嬢。

うん。可愛らしいね。

 

「それが基本だよ。無駄を減らして最小容量にして更に圧縮すれば結構大丈夫」

 

かなりの量が俺の自作ソフトで埋まっているもんな、俺のアサルトピットの中。

ま、遺跡からのパクリだけど。

 

「・・・でも、それと戦闘は違う」

「元々エステバリスのコンセプトはIFSさえあれば子供でも乗れるだしね。多少、銃器が使えれば・・・」

「・・・普通、銃器は使えない」

 

・・・あ。しまった。

 

「・・・どうして銃器が使える?」

「そうね。私も気になるわ」

「私もです」

「私も気になります」

 

嘘!? 四面楚歌? 孤立無援?

ゴートさん達まで睨んできている?

 

「えぇっとさ、笑わないでね」

「・・・笑わない」

「銃器が使える笑える理由って何よ?」

 

いや。だってさ。恥ずかしいじゃん。

 

「俺ってさ、子供の頃から結構ゲームとかにはまっていてさ。シューティングアクションゲームとかやりこんでいたんだよ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・それだけですか?」

「そういえば、コウキ君がスカウトされたのもゲーム機だったものね」

 

やめて、その呆れた眼。

本気で恥ずかしいから。

 

「IFSなら撃つってイメージと照準だけ合わせれば撃てるからさ。だから、ゲームをやりこんでいたおかげでイメージは割と簡単に出来るんだ」

 

まさかゲームがこうまで役に立つなんて俺も思わなかった。

 

「それじゃあ普通には使えないって事?」

「俺の経験はエアーガンぐらいです」

 

エアーガンと普通の銃とかって全然違うでしょ?

IFSって凄いよね。

イメージだけで万事解決なんだから。

 

「・・・そう」

 

う~ん。周りも苦笑とか呆れとかだよ。

 

「あ。ゴートさん」

「ん? 何だ?」

「今度、銃の扱い方を教えてくれませんか? きちんとしたイメージも持ちたいんで」

 

一応ね。使えないよりはマシでしょ?

これからの為にもさ。

 

「いいだろう。時間を取っておけ」

「ありがとうございます」

 

これでもうちょっと強くなれるかな?

 

「・・・次はどうしますか?」

 

おぉ。またもやスルーしていた。

まずいまずい。

 

「お。大分出来てきた。後はもうちょっとだね」

「・・・はい」

 

成長が早くて楽しいな。

・・・教えるのって結構楽しいかも。

将来、教師とかやってみようかな?

知識量だけは半端ないし。

 

「うんうん。ちゃんとお兄ちゃんやっているじゃない」

 

何を暖かな眼で眺めていらっしゃるのですか? ミナトさん。

というか、お兄ちゃんって。

 

「・・・・・・」

 

・・・全然似てないから無理でしょ。

妖精の兄は凡人。

ハハハ。ないない。

・・・あぁ。今日の晩飯は特別なものにしよう。

自分を慰めるのって大切だと思うんだ。

 

「・・・終わりました」

「うん。よく出来たね。偉い偉い」

「・・・・・・」

 

皆して暖かい視線を送らないで下さい。

注目されるのは慣れていないんで。

 

 

 

 

 

「今日、ナデシコの危険性について話していました。どうやらかなり詳しいみたいです」

「ナデシコについて詳しい・・・か。一体何者なんだ?」

「分かりません。それと、何だか木連についても知っているような気がします」

「ナデシコを知り、木連を知る存在。まるで分からんな」

「レールカノンの操作権を譲るよう言われました。木星蜥蜴に有効だからと」

「何? それを認めたのか?」

「害はなさそうでしたので。少なくとも私達よりは使えると思います」

「・・・そうか。武装が足りないと説得して無理矢理導入させたレールカノンだからな。使えた方がいいが、危険ではないか?」

「先日の結論通り、悪い人ではありません。ナデシコに危害を加えるような事はしないと思います」

「・・・果たして信じていいのかどうか」

「幸せと平穏を望むと。そう言っていました。断言できる訳ではないですが、その言葉に嘘はないと思います」

「・・・頼りになる味方か、それとも、狡猾な敵か。どっちなんだろうな・・・」

「味方であって欲しいですね」

「・・・そうだな」

 

 

 

 

 

「ミナトさん。物語が始まります」

 

遂に今日、物語が始まる。

合図はヤマダ・ジロウの暴走だ。

 

「え? 出航はまだ先よ」

「予定が先送りになるんですよ、木星蜥蜴の襲撃で」

 

原作ではアキト青年が必死になって囮を務めていた。

でも、今回は凄腕パイロットのテンカワさんがいるから問題ないだろう。

囮作戦にそもそも数なんて必要ないし。

 

「そう。危なくなったら護ってくれるのよね」

「もちろんです」

 

大丈夫ですよ、当分の間はずっと優位に物事を進められますから。

 

「じゃ、いきましょう」

「ええ」

 

それと今日の艦長不在の危険を訴えて、マスターキーがなくてもある程度動かせるようにしておかないと。

せめてDFとGBぐらいはね。

あれ? それじゃあ殆どか。

ま、その場で臨機応変に対応しましょうか。

 

「また考え事? 私に相談してくれればいいのに」

 

ん? 何か言っているな。

聞き逃してしまった、申し訳ない。

 

「あ。すいません。何ですか?」

「なんでもないわよ!」

 

ゴンッ!

 

「イタッ! な、何するんですか!?」

「なんでもないわよ!」

 

なんでもないのに拳骨されるのか?

なんて理不尽。

 

「もう。早くいくわよ」

「あ、はい」

 

怒っていらっしゃるミナトさんの後を追う。

うん。ナデシコに来てもミナトさんと一緒に出社するのは変わらないんだな。

何か不思議だ。

ま、嬉しいけど。

 

 

 

 

 

ガタンッ! ゴトンッ! 

 

「な、何だ? この振動は?」

 

慌てていますね、ゴートさん。分かります。

こんなに振動するとは思いませんでした。

 

「ルリちゃん。原因は?」

『おい、プロスのダンナ。格納庫で誰かが暴れてやがるぞ』

「・・・との事です。映像、出します」

 

はい。見事にエステバリスが暴れていましたね。

流石はダイゴウジ・ガイ。やる事が大胆だ。

 

「あぁぁぁ。誰ですか!? そんな事をしているのは」

「ヤマダ・ジロウさん。出航時に合流予定の正規パイロットみたいですね」

「ヤマダさんですか? まったく。一体何を・・・」

 

額に手を置いて項垂れるプロスさん。

残念ですが、この程度で嘆いていては身体が持ちませんよ。

これからはもっと大変ですから。

あ。胃薬買ってきたんで後で渡しますね。

 

「わたくしはヤマダさんの所へ行きますので」

 

そう言って、プロスさんは出て行った。

 

「・・・ねぇねぇ、コウキ君」

 

ん? また内緒話ですか?

 

「・・・はい。何ですか? ミナトさん」

「・・・艦長と副艦長が来てないけど、大丈夫なの?」

「・・・襲撃が始まってから到着するんですよ?」

「・・・えぇっと、本当に?」

「・・・マジです」

「・・・あらま。良く生き残れたわね、私」

「・・・ま、それがナデシコクオリティですから」

 

呆れるしかないよな。

まさか襲撃中に艦長が着任だなんて。

前代未聞だろ?

ま、それが、ナデシコがナデシコたる所以でもあるんだろうが。

 

ガタンッ! ゴトンッ!

 

「今度は何だ!?」

 

落ち着いてください、ゴートさん。

気持ちは分かりますが。

 

「機影反応。周辺に木星蜥蜴の機動兵器が現れました」

「敵機。上空より接近。接触まで時間がない」

「・・・連合軍地上部隊と交戦中。ですが、全滅も時間の問題だと思われます」

 

うん。オペレーター三人娘は流れるような作業だ。

安心して見ていられる。

 

「キーッ! 迎撃よ。迎撃しなさい!」

 

うん。安心して見ていられない。

うるさいです、キノコ副提督。

 

「マスターキーがない為、本艦は何も出来ません」

 

マスターキーがないと生活する事ぐらいしか出来ないもんな。

シミュレーションとかは出来るけど、オモイカネのスペックの半分も発揮できないし。

 

「何でないのよ!?」

「艦長か本社会長がマスターキーを持っています」

「キーッ! 艦長はどこよ! 早く呼びなさいよ!」

「艦長は未だに着任していません!」

「キーッ! キーッ! 何なのよ!?」

 

うるさいなぁ。

 

「お前が何なんだよ・・・」

「コウキ君。素が出ているわよ」

 

おっと、すいません。ミナトさん。

 

「ん? それじゃあ、いつもが偽りみたいじゃないですか」

「あら。違った?」

 

違いますよ。違うよ。違うよね? もしかして違うのか? 

いや。口調が違うだけだよな。いつもこんなんだし。

 

「迎撃よ。主砲を上空に放つの」

「えぇ? それって地上部隊の人に当たりません? 人間として間違っています」

「そうよね。人間として間違っているわよね」

「キーッ! もうとっくに全滅しているわよ」

「そもそもマスターキーがないので主砲も撃てません」

「・・・・・・」

 

お。黙り込んだぞ。

 

「キィーッ!」

 

うるさいから黙ったままでいてくれ。

 

「緊急発進よ。急いでドックから出なさい」

 

お。逃げの姿勢かもしれないけど、状況的には間違ってない。

でもなぁ・・・。

 

「何度も申しますが、マスターキーがない為、現状では動く事も出来ません」

 

・・・本当に何も出来ないんだよ。

 

「キーッ! このままじゃ一方的じゃない! 生き埋めじゃない! 死んじゃうじゃない!」

 

きちんと現状を把握しておられる。

敵の目標がナデシコだって理解しているみたいだな。

 

「艦長はどうしているんだ!?」

「むぅ。困りましたねぇ。遅刻されて沈んでは私の査定が」

 

あ。プロスさん、いつの間に。

とりあえず、おかえりなさい。

後、お金の問題じゃないと思います。

 

「プロスさん。暴れていたパイロットはどうなりました?」

「機体を壊して飛び降りて足を骨折して医務室で治療中です」

 

・・・相当鬱憤が溜まっていますね。息継ぎなしですか。

 

「ねぇ・・・コウキ君」

「大丈夫ですよ。そろそろ―――」

 

『こちらパイロットのテンカワ・アキトだ。発進許可を求む』

 

頼りになるパイロットが動き出しますから。

 

「プロスさん。艦長、副艦長がいませんので、提督権限で許可するべきです。このままでは墜ちます」

「そうですな。提督、御願いできますか?」

「一機で大丈夫なのか?」

 

テンカワさんに問うフクベ提督。

ま、テンカワさん一人で大丈夫だと思うけど。

 

『時間を稼ぐだけだ。囮になる』

「・・・許可しよう」

 

おし。テンカワさん。任せましたよ。

 

「マエヤマさん。早速で申し訳ありませんが、待機を御願いできますか?」

 

あ。マジ?

 

『いや。囮になるのは俺一人で充分だ。マエヤマにはブリッジにいてもらいたい』

「はぁ。リーダーパイロットがそう言うのでしたらそうしましょう」

 

助かりました、テンカワさん。一応、色々とする事があるので。

 

「皆さん。艦長が来るまでに出来るだけの事をやっておきましょう」

 

マスターキーがない状態でも出来る事はある筈。

最低でも発進準備にかかる時間を減らす事ぐらいは可能だろ。

 

「でも、何をすればいいのか分かりません」

 

そうだよな。実戦なんて初めてだもんな。

でも、いつもやっている事なら出来る。

 

「艦長も恐らく発進を急がせる。発進の準備を。もし出来なくても迅速に出来るよう最終チェックを御願いします」

「あ、はい。分かりました」

「それが最善ね。コウキ君」

 

動き出してくれるメグミさんとミナトさん。

 

「ルリちゃん、テンカワさんは?」

「もうそろそろ地上に出ます」

「地上部隊はどうなっているの?」

「・・・ほぼ壊滅です」

 

・・・原作通りか。

テンカワさんに期待するとして。

 

「・・・・・・」

 

早く来いよ、ユリカ嬢。

物語が始まらないぞ。

 

タッタッタッ!

 

強化された聴覚が拾った足音。

やっと来たな、物語のもう一人の主役が。

 

「おっくれちゃいましたぁ! 艦長のミスマル・ユリカでぇ~す。ブイッ!」

「「「「「ぶいっ?」」」」」

「エステバリス。地上に出ます」

 

・・・締まらないな、おい。

それと冷静な報告をありがとう、ルリ嬢。

多分、誰も聞いてないけど。

 

「艦長。指示を」

 

冷静ですね、フクベ提督。年の功ですか?

 

「・・・バカ・・・ですか?」

 

お。ルリ嬢の代わりはセレス嬢か。

何となく今のルリ嬢は言わなさそうだもんな。

 

「艦長。貴方は―――」

「プロスさん。叱る前にこの状況から脱しましょうよ」

 

死にたいんですか?

 

「む。それもそうですね。ですが―――」

「プロスさん」

「・・・はい。艦長、マスターキーと指示を」

「はぁ~い」

 

いつまでも能天気でいるなっての。

 

「コウキ君。苦労しそうね」

「・・・俺がですか?」

「ええ。なんか、そんな気がする」

「・・・やめてくださいよ、ミナトさん」

 

プロスさんの為の胃薬が俺用になったりしたら嫌だな。

ストレスとかには流石に俺の身体も耐えられないだろうし。

 

「えい!」

 

マスターキーを入れるのに掛け声は必要ないと思うんだけどなぁ。

 

「マスターキーの挿入を確認しました」

「相転移エンジン起動。核パルスエンジン起動」

「・・・発進準備に入ります」

 

オペレーター三人娘の合図でそれぞれが作業に移る。

一度、作業に入れば、それぞれがプロみたいなもんだ。

無駄なく、最短で準備を終える。

 

「え~っと、ユリカに状況を教えて欲しいなぁ~」

 

そんな中、お気楽そうに後ろから掛かる声。

ま、まぁ、このお気楽さがユリカ嬢の強さなのだろう。

そう思わないとこっちは懸命に作業しているんだって思わずイラついてしまう。

 

「現在、地上部隊が木星蜥蜴と交戦中。ですが、ほぼ壊滅状態にあります」

「ふむふむ」

「ナデシコ周辺を囲むように敵の機影反応。ナデシコからはエステバリスが一機発進しています」

「・・・・・・」

 

黙り込むユリカ嬢。

考えを纏めているのだろう。

 

「ユリカ?」

 

あ、いたんだ。ジュン君。

 

「直ちにドックに注水。本艦は海中ゲートを抜け、地上に出ます。その後、グラビティブラストで背後より殲滅します。エステバリスには敵を引き付ける囮の役を」

 

ま、作戦はかなり有効的なんだよね、いつも。

 

「うむ。妥当だな」

「良かろう。やってみなさい」

 

戦闘指揮と提督が許可したのなら、それが実行される。

これから何回、妥当だな、という台詞を聞く事になるのやら。

 

「発進しているエステバリスのパイロットに通信を」

「はい。通信、開きます」

 

メグミさんがテンカワさんとの回線を開く。

 

『こちらテンカワ。どうした?』

「・・・テンカワ? テンカワ?」

 

これは爆撃の前だな。

 

「ミナトさん。耳、塞いだ方が良いですよ」

「え? 何でよ?」

「いいから」

 

俺はポケットから耳栓を取り出して耳に装着する。

ミナトさんは怪訝としながらも耳を塞いでくれた。

後は・・・。

 

「・・・え?」

 

すまない。護れるのは一人だけなんだ。

 

「アキト! アキトでしょぉぉぉ! ねぇ! アキト! アキトってば! アキトォォォ!」

 

あ、頭痛い。

耳栓していてこの威力かよ。

 

「そういう事ね」

「・・・ありがとうございます」

 

どうにかミナトさんとセレス嬢は救えた。

 

「・・・・・・」

「・・・え? 何も聞こえない?」

「・・・耳が痛いですな」

 

すいません。救えませんでした。

 

「・・・アキトさん」

「・・・アキト」

 

耳を押さえる連中を他所にルリ嬢とラピス嬢は心配そうにモニターを見ている。

え!? まさか、今の爆撃で被弾でもしたのか?

それはやばいぞ。

 

『作戦を』

 

ん? 大丈夫そうだな。

しっかし、久しぶりの再会だろ。

未来のアキト青年としては元気なユリカ嬢に会えて嬉しい筈なんだけどな。

ま、劇場版の後にどうなったのか知らないからなんとも言えないけど。

 

「ねぇ。アキト。どうしてここにいるの?」

『パイロットとしてだ。作戦を』

「・・・パイロット。そっか。私を護る為に!」

 

あぁ。早く解決しようよ。

命の危機だよ? 下手すると死んじゃうよ?

 

「ルリちゃん。音を消しちゃって、映像で作戦を教えてあげて」

「あ、はい。そうですね。そうしましょう」

 

ユリカ嬢の声は悪いけど邪魔でしかない。

話すなら後で存分に話せと言いたい。

 

「へへへ。アキトォ」

 

ご機嫌な艦長は置いておこう。

作戦は聞いたんだ。後はこっちの仕事。

 

「ミナトさん」

「OKよ」

「メグミさんは?」

「大丈夫です」

「ルリちゃん達は?」

「発進準備完了です」

「いつでも行ける」

「・・・大丈夫です」

 

よし。準備完了。後は指示待ち。

 

「へへへ。いやん。アキト。早いって」

 

いつまでも妄想に浸っているんじゃねぇ!

収拾がつかなくなるだろうが!

 

「艦長。発進準備完了です」

 

・・・大人だね。ルリ嬢。

俺、今、多分、青筋が浮いている。

 

「え? 本当? うん。了解しましたぁ! 機動戦艦ナデシコ! 発進!」

 

ビシッと指を前に出すユリカ嬢。

きっと気合のポーズなんだろうな。

 

「ナデシコ。発進します」

 

あいも変わらずの冷静ぶり。

心から尊敬します、ルリ嬢。

 

「大丈夫なのよね?」

「心配ですか?」

「それはまぁ、ね」

「大丈夫ですよ、ほら」

 

モニターを指し示す。

そこには一切無駄のない機械的でいて、美しい舞いかのように華麗に踊る黒いエステバリスが映っていた。

うん!? あれ? 黒!? ピンクちゃうの!?

 

「へぇ。凄いのね」

「無駄のない射撃。無駄のない機動。あれ程の腕を持つパイロットはいませんよ」

 

本当に一対多数のテンカワさんって凄まじい。

これを見ると、到底敵わないって実感するね。

 

「コウキ君の目標かな?」

「そうですね。俺にあれ程の力が必要なら、必ず」

 

護る為に必要なら、必ずその領域まで到達してみせる。

 

「まったく。男の子なんだから」

 

呆れるのは一体何回目ですか?

 

「海上に出ます」

 

さ、終演だ。

 

 

 

 

 

「お前の知っているテンカワ・アキトは死んだ」

「・・・アキ・・・ト?」

 

・・・何? この展開?

でも、一つだけ確信した事がある。

やっぱりあれは未来のアキト青年なんだ。

それで、ユリカ嬢を拒絶している。

一体、アキト青年に何があったんだろう?

 

「失礼する」

「あ。アキトさん」

「・・・アキト」

 

ブリッジから立ち去るテンカワさんを追うルリ嬢とラピス嬢。

・・・これは二人もテンカワさんの事情を知っていると見るべきだな。

それなら色々と納得ができる。

何故、今のルリ嬢がテンカワさんをアキトさんと呼んでいるのか?

何故、ルリ嬢とラピス嬢が知り合いだったのか?

何故、ルリ嬢が他人を遠ざけようとしていなかったのか?

何故、ラピス嬢がテンカワさんを慕っていたのか?

それは全て、三人が未来の記憶を持っているからだ。

道理でルリ嬢とラピス嬢に何も教える必要がなかったんだな。

既に知っているんだ、あの二人は。

ナデシコの動かし方だって、戦艦運営の知識だって。

ルリ嬢は艦長の経験もあったし。

それにナデシコがルリ嬢にとって大切な思い出の場所だと知っている。

そっか。それで私のいるべき所って言ったのか。

なるほどね。やっと全てが繋がったよ。

 

「ミナトさん。またお邪魔していいですか?」

「え? ええ。いいわよ」

「相談したい事がありまして」

「はいはい。お茶用意して待っているわね」

 

助かります。

 

「・・・アキ・・・ト?」

 

呆然とテンカワさんを見送るユリカ嬢。

そうだよな。初恋の人に逃げられた挙句、死んだなんて言われたら。

そりゃあもう凄いショッ―――。

 

「・・・カッコイイ」

 

おいおい。

なにポワ~ってなって眼を潤ませているんだよ。

それってあれか? 憧れの人を見る眼か?

 

「ユリカ? 知り合いかい?」

 

ジュン君。哀れな子。

 

「アキトは私の王子様。私が大、大、大好きな王子様なのよぉ!」

「ユリカァ~~~」

 

・・・君はもうずっとそんな役だよ。ジュン君。

 

「・・・・・・」

 

あ。般若が近付いてきていますよ。

僕は退避をお勧めします。無理だと思うけど。

 

「艦長! 副長! 遅刻とはどういう事ですかぁ!」

「は、はいぃぃぃ!」

「す、すいませんでしたぁ!」

 

南無。

 

「・・・あの・・・」

「あ。セレスちゃん」

 

そうだった。ルリ嬢もラピス嬢もいなくなっちゃったしな。

セレス嬢だけじゃちょっと無理か。

 

「うん。手伝うよ」

 

ルリ嬢とラピス嬢の席じゃちょっと小さいから、自分の席のコンソールからアクセス。

実はオモイカネとの接触はこれが初めてだ。

優先順位的にも最下位だし、俺がオペレーターの仕事をする必要はなかったしな。

でも、ま、セレス嬢一人にやらせるのはちょっと心苦しいし、まだまだ経験不足は否めない。

フォローするのが俺の役目だし、頑張りますか。

 

「・・・凄いです」

 

そうかな? いつも通りだけど。

 

「・・・私なんか伝達も遅いですし、分からない事ばかりです」

「ん~。そんなに自分を卑下しなくてもいいんじゃないかな。セレスちゃんはこれから色々と覚えていけばいいんだから」

「・・・でも、私だけ役立たずで・・・」

 

そっか。ルリ嬢、ラピス嬢はほぼ完璧。

それに比べて自分はって余計に気になっちゃうんだろうな。

あの二人は特別だってのに。

 

「そんな事ないよ。セレスちゃんだって頑張っている」

「・・・そんな事ありません」

 

む。落ち込ませちゃったかな。

でも、競争心を持つなんて心が成長している証拠かな。

これも彼女にとって良い機会になりそうだ。

 

「じゃあさ、これから毎日一緒に特訓しよっか」

「・・・特訓・・・ですか?」

「そうそう。ルリちゃんやラピスちゃんに負けないように。俺も付き合うからさ」

 

ついでに言えば、仲良くなれる良い機会だし。

少しは慣れてくれると嬉しいんだけど。

 

「・・・それってデートのお誘いですか?」

「・・・え?」

「・・・え?」

「・・・・・・」

 

・・・よくそのような言葉をご存知で。

幼くても女って事ですか? セレス嬢。

 

「アッハハハ。コウキ君、甲斐性見せろよ」

「・・・ミナトさん」

 

なに大爆笑しているんですか? 

ま、まぁ、デートとしてなら付き合ってくれるのかな?

 

「・・・えぇっと、うん、そんな感じ」

「・・・ポッ」

 

えぇ!? 赤くなった!?

というか、擬音付きですか?

 

「もう。コウキ君ったら、女たらし」

 

えぇ!? 何ですか? その不名誉な勲章は。

というか、いつまでもニヤニヤしてないで下さい。

 

「えぇっと、それで、どうかな?」

「・・・襲いません?」

 

襲わねぇよ! そんな首傾げて可愛らしく変な事を訊くんじゃねぇ!

 

「駄目よ、コウキ君。襲っちゃ」

 

もう勘弁してください。ミナトさん。

襲う筈ないじゃないですか。

 

「だ、大丈夫だから。一緒にオペレートの練習をするだけ」

「・・・残念です」

 

えぇ!? 何故にシュンとなる!?

 

「罪な男ね。コウキ君」

 

楽しんでいるでしょ? ミナトさん。

 

「・・・御願いします」

 

コチョンと頭を下げるセレス嬢。

うむ。任されました。

 

「うん。頑張ろう」

 

あ。いつの間にか手がセレス嬢の頭を撫でていた。

む。これが魔力か。

 

「ちゃんと寝かせてあげなさいよ、幼いんだから」

「・・・ミナトさん。楽しまないでくださいよ」

 

ニヤニヤと変な事を言わない!

ミナトさん、自重。

 

「とりあえず今は予定コースに軌道を乗せようか」

「・・・はい。方向を修正します」

 

基本的にこういう移動はオモイカネがやってくれる。

ミナトさんには戦闘とか、緊急事態の時に役目が回ってくる訳だ。

後は繊細な移動とか? 機械以上に正確とか本当に尊敬しますよ。

 

「う~ん。こっちとしては指示が欲しいんだけど」

 

チラッと後方確認。

うん。まだ説教中だね。

いつ終わるのやら。

 

「そうですよね。何をしていたらいいかわかりませんもん」

「そうだよね。あ、じゃあさ、メグミさん、さっきの戦闘で何か異変がないか、各部署に訊いてみてもらっていいかな?」

 

戦闘だし、緊急発進だし、かなりの振動が生じたに違いない。

突然の揺れで誰かが怪我していたら困るだろ?

 

「あ、はい。分かりました」

 

やる事が見つかったからか、颯爽と作業を始めるメグミさん。

うん。退屈だったんだね。分かります。

 

「コウキ君。私は?」

「・・・そうですね。じゃあ、ミナトさんは進路方向に何もないか確認しておいてください。ないと思いますが、何か障害物があったら困るので」

「りょ~か~い」

 

海の上だから何もないと思うけどさ。

何かしらの島とかあったら避けないといけないし。

ま、オモイカネがそんなコースは取らないと思うけど。

 

「・・・予定コースに乗りました。あの・・・次は・・・」

「あ。乗った? それじゃあもう大丈夫。次は特にやる事もないから、そうだなぁ、オモイカネとお話しているといいよ」

「・・・分かりました」

 

オペレーターとオモイカネの仲が良ければ良い程、伝達速度も増す。

やっぱり相性ってのがあるんだろうな。

それにオモイカネにしたってまだ経験がないから子供みたいなもんだ。

子供同士、仲良くしてくれた方がこっちも安らぐ。

 

「ふふふ」

「何ですか? ミナトさん」

 

突然笑い出したりして。

 

「艦長より艦長みたいよ」

「そんな事ないですって」

 

責任者とか無理無理。そんな器じゃないから、俺。

 

「俺は補佐しているだけですよ。説教さえされてなければ艦長だって同じ指示を出していた筈です」

 

多分だけど。

 

「それでもよ。おかげでこっちも冷静でいられるわ」

「そうですか? ま、それなら、俺にも意味があったって事ですね」

 

全部サブ的ポジションだから、実は何にもやってないんだよね、俺。

実は一番の怠け者では?

 

「コウキさん。各部署、特に異変はないようです」

「そっか。それは良かった」

「ただ整備班の方で一人転んだ方がいて。腕を打撲してしまったようですが、軽症なので問題ないと」

「う~ん。一応医務室に行くように言っといて。何があるか分からないし」

「分かりました」

 

これから長い旅を共に過ごすんだ。

ちょっとした怪我でもきちんと治してもらわないと。

焦る必要もないし。

 

「やっぱり艦長らしいわよね」

 

だから、無理ですって。

 

 

 

 

 

「・・・アキトさん」

「・・・すまない。心配かけたな」

「いえ」

「・・・アキト。苦しそう」

「大丈夫だ。少し取り乱しただけだから」

「アキトさん。やっぱり、まだ・・・」

「さっきのユリカがあのユリカと違う存在なんだって事は分かっている。心配はいらない」

「・・・アキトさん」

「・・・アキト」

「・・・・・・」

 

 

 

 

 



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ナデシコ占拠

 

 

 

 

 

「それで? 相談事って何?」

 

ほぼ毎日お邪魔しているミナトさんの部屋。

やばいな。普通に当たり前になっている。

本来なら違反行為だから、自重しないといけないんだけど。

・・・やっぱり落ち着くんだからしょうがない。

 

「テンカワさんが未来のアキト青年かもしれないという話はしましたよね?」

「ええ。確証は持てないけどって話ね」

「今日、確信しました。間違いなくテンカワさんは未来のアキト青年です」

 

テンカワ・アキトは死んだ。

これは劇場版でルリ嬢に言った言葉だ。

もうお前の知っているテンカワ・アキトではない。

だから、もう俺の事は忘れて、幸せを見つけてくれ。

俺はそう解釈している。

アキト青年は何よりルリ嬢の幸せを望んでいたんだと思う。

そして、ユリカ嬢にも。

 

「艦長と対面した時の無表情な顔。あえて突き放す言葉。艦長が来る前から囮を提案するという行動。間違いなく、テンカワさんは未来、というかこれからの事を経験しています」

 

スムーズに行き過ぎだ。

確実に知っているとしか思えない。

 

「そうね。違和感がないようであったもの。時間を稼ぐってのもマスターキーがないけどすぐに着くっていう前提だし。対応が的確過ぎだわ」

「はい。それに普通、幼馴染を突き放しますか? 久しぶりの再会だから何かしらあってもいいと思うし。そもそも再会した途端に死んだなんておかしいと思います」

「俺はお前の知っている俺とは違うんだ。これも相手が自分を知っていて何かしらの思い入れがある事を前提にしているわよね。久しぶりに再会した幼馴染に言う台詞ではないわ」

「変わったね、とか言われたら分かりませんが、会って唐突に告げる台詞じゃないですよね」

「私もそう思うわ」

 

対応がお粗末過ぎた。

あれじゃあ、二人の間に何かあったとしか思えない。

しかも、艦長は分かってなかったみたいだからテンカワさんの方が一方的に。

今頃、プロスさんあたりが艦長とテンカワさんの関係性を疑っているんじゃないか?

あ。でも、原作は突然の参入だったけど、今は前からのテストパイロットって形での参入だからプロスさん達とは信頼関係が築けているのかも。

どうなんだろう? そのあたり。

 

「アキト君が未来のアキト君だった。相談事はそれだけ?」

 

何をそわそわしているんだろう?

 

「いえ。それは、まぁ、大事なんですが、もっと大事な事があります」

「もっと? 未来のアキト君だって確信した以上に大事な事があるの?」

「ええ。想定外中の想定外が」

 

漸く繋がった点と点が。

 

「・・・それは?」

「未来の記憶を持つのはテンカワさんだけじゃないかもしれません。ルリちゃん、ラピスちゃんも、もしかしたらボソンジャンプで補完された可能性が」

 

あの電子の妖精と闇の王子を支えた妖精の二人が記憶を持って帰ってきたんだ。

闇の王子と共に。おそらく、未来を変える為に。

 

「・・・ルリちゃんとラピスちゃんが?」

「ずっと違和感があったんです。ルリちゃんの対応とか、ラピスちゃんのルリちゃんとテンカワさんに対する行動とか、ルリちゃんのテンカワさんの呼び方とか」

「呼び方って?」

「ルリちゃんは基本的に苗字呼びです。名前を呼ぶのは心を開いている証拠。この時期にテンカワさんに心を開いている訳がありません。会って間もないんですから」

 

きっかけは確か、ピースランド。

テンカワさんがアキトさんに変わるには長い月日ときっかけが必要だった。

今回、その過程が全て省かれている。

 

「・・・そうよね。それに、アキト君を見詰めるルリちゃんの視線には何か特別なものがあったわ」

 

それはどんな感情だろう?

アキト青年を大切な人と公言したルリ嬢の想い。

それをテンカワさんは理解しているのだろうか?

ルリ嬢の視線にはどこか悲しみが含まれていた気がする。

 

「それじゃあ、アキト君、ルリちゃん、ラピスちゃんの三人は未来の記憶を持っていて、多分、悲劇を回避する為に活動しているって事?」

「そうだと思います。ミナトさんには説明しましたよね、結末を」

 

簡単にだが、ミナトさんにはボソンジャンプの危険性と物語の結末を説明した。

原作も劇場版も。

 

「ええ。ボソンジャンプの独占に走った組織との決戦でしょ? それに、そこまでの間に多くの人が犠牲になった」

 

ヤマダ・ジロウの死。

サツキミドリコロニーの住民の死。

火星に残っていた民達の死

合流した女性パイロットの死

白鳥・九十九の死。

そして、拉致された火星出身の人達の死。

きっと未来を知るテンカワさん達はそれを回避する為に動くと思う。

 

「もし悲劇を知っていて過去に戻る事ができたら・・・どうにかして回避するのは当然だと思います。俺も過去に戻ってやり直したいと思った事がありますし」

「・・・それって、この世界に来た事を後悔しているって事?」

「え?」

 

悲しそうに見詰めてくるミナトさん。

・・・あ。誤解を解かないと。

 

「ち、違いますよ。後悔なんてしていません」

「・・・でも、前の世界にはコウキ君の友達とか家族が・・・」

「そ、そりゃあ、会いたいと思う事もありますが、俺はもうこの世界の住民ですよ」

 

俺がいた世界に戻りたいと思う事もない訳ではない。

でも、こっちの世界の居心地も悪くないさ。

 

「・・・後悔はしてないって事?」

「ええ。充実していますからね、割と。後悔なんてしていませんよ」

 

後悔はない。

俺が選んだんだ。

そして、居心地の良い所を見つけられた。

俺のあるべき所を。

 

「単純に恥ずかしい事とか後悔した事とかをやり直せたらって意味です。あの時ああしていればって思う事、結構ありません?」

 

俺は結構あるけどね。

テストが後一点足りなかった時とかマジで泣ける。

後悔してもしょうがないんだけどさ。

 

「ええ。まぁなくはないわね」

 

良かった。納得してもらえたか。

 

「そんな感じです。きっと俺が過去に戻ったら、最善を目指して頑張ると思うんですよ。それが最善なのかは分かりませんが」

「でも、運命は変えられないとか言うじゃない?」

 

あれ? ミナトさんらしくないな。

 

「運命は変える為にあるんですよ。というか、運命なんて信じません」

 

そう教えてくれたのはミナトさんじゃないですか。

 

「うふふ。そうだったわね」

 

うん。やっと笑ってくれた。

 

「人間の一生ってたくさんの選択肢を迫られると思うんです。学校の選択とか、結婚とかだって選択です」

 

二択、三択、四択。

何択かは分からないけど、必ず突きつけられる選択の時間。

生きるって選択じゃないかなって思う。

選ぶ時をやめた時が死なんじゃないかなって。

 

「俺はその選択全てに道があるんだと思います」

 

どの道を選ぼうと決められた道がある。

どれを選ぶとか、必ずそれを選ぶっていう事が運命という訳ではない。

ただ選択しただけ。

そこに運命なんてものは関与しない。

 

「運命とかじゃありません。運命だったら決められた道は一つしかないでしょう? 俺は全ての選択肢に道があるって思っています」

「それじゃあ、本当に運命なんてないのね」

「はい。運命を変える、というより自身の行動一つで世界なんて簡単に変わってしまうのではないでしょうか?」

「平行世界の概念ね」

「そうです。違う選択をした自分が平行世界に存在している。自分はその一つの存在に過ぎないんだと思います」

 

医者になっている俺がいたり、サラリーマンをやっている俺がいたり、こうやって違う世界に飛ばされる俺がいたり。

己という個が一つの選択をしただけで、世界は枝分かれする。

それが人間一人一人に与えられた世界を選択するという特別な能力。

だから、世界は無限大なんだ。可能性は無限大なんだ。

 

「難しい事を言うのね。コウキ君は」

「ま、これは俺なりに運命と選択の関連性を考えただけであって、本当はどうなのかなんて分かりませんよ」

 

ま、難しい話は放っておいて。

 

「それで、話を戻しますけど」

「えっと、何だっけ?」

「テンカワさん達の話ですよ。悲劇を回避するって奴」

「あ、ああ。そうだったわよね」

 

・・・頼みますよ。ミナトさん。

 

「だから、平行世界という概念がある限り、運命を変えられないなんて事はありません」

 

そういえば、遺跡も歴史の修正力なんてないって言っていたよな。

即ち、運命もやっぱりないって事なのではないだろうか?

 

「そっか。それじゃあアキト君達は」

「ええ。テンカワさんが言っていました。決められた運命に足掻くって。きっとそれを表していたんだと思います」

 

運命に足掻く。現実に足掻く。

あれが、テンカワさんの決意の言葉だったんだ。

 

「それで? コウキ君はどうするの?」

「え?」

 

真剣な表情でミナトさんが見詰めてくる。

俺はどうする? 

・・・そんな事、考えてもいなかった。

 

「アキト君達に全部話して協力する? 知らない顔して傍観する? 補佐に徹して影から支える?」

「え?」

 

・・・狼狽するしかなかった。

息つく暇もなく、考えが纏まらない。

 

「私はどれでも良いと思う。だって、コウキ君の人生だもの」

 

俺は・・・どうするべきなんだろう?

 

「私はコウキ君の出した結論に従うわ。コウキ君を助けるって決めたもの」

「・・・ミナトさん」

「悩みなさい。必死に悩んで、悩み抜いて、それで決めた答えなら、きっとそれが正しい答えだから」

 

全て話して協力する・・・まだ信頼し切れていない相手に俺の秘密は話したくない。

俺が知っているのは所詮、物語中の人格であり、内面までは理解していないのだから。

知らぬ顔で傍観する・・・傍観するつもりはない。回避できる悲劇なら回避したいし。

でも、もしかすると俺が何もしなくてもテンカワさん達の力で回避してしまうかもしれない。

裏から補佐に徹する・・・この方法が今の状況では一番適していると思う。

でも、いつまでもそれが成功するとは限らない。いずれボロを出して誰かしらに疑われかねない。

どうする? どうするのがベストなんだ?

どの方法にもメリットとデメリットがある。

とてもじゃないが、最善なんて―――。

 

「ほら。おいで」

 

・・・え?

 

「焦らなくていいわ。時間はまだたっぷりあるもの」

 

気付けば下からミナトさんを見上げていた。

後頭部に柔らかい感触があって、鼻腔に心地良い匂いが広がって。

あぁ・・・凄く落ち着く。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

無言だった。

でも、嫌な沈黙じゃない。

心が落ち着いて、頭から靄が晴れる。

 

「・・・ミナトさん」

「ん? なぁに?」

 

優しくて暖かい心地の良い声。

何だろう? ミナトさんの全てが俺を癒してくれる。

 

「・・・どれが最善かなんて分かりません」

「うん」

「・・・でも、ミナトさんは、俺を助けてくれますか?」

「ええ。私がコウキ君を支えてあげる」

 

・・・それなら、何だって出来そうだ。

 

「・・・あの、ですね」

「なぁに?」

「・・・眠ってもいいですか?」

「ふふふ。いいわよ」

 

凄く気持ち良くて。

心が落ち着いて。

俺の瞼はいつの間にか閉じられていた。

 

「おやすみなさい、コウキ君」

 

 

次の日、眼が覚めてから俺が混乱したのは言うまでもない。

何で同じベッドで寝ているんですか・・・? ミナトさん。

 

 

 

 

 

「そうはいかないわ! ナデシコは私の物よ!」

 

出航の日から何日か経った。

随分と長い間、ふらふらと飛び回っていたけど何だったのかな?

デモンストレーションって奴?

ま、ナデシコの性能をアピールしなっきゃ企業としてはやっていけないか。

 

「ん~。ホウメイさんの料理は相変わらず美味しいわね」

「そうですね。あ、セレスちゃん。溢しちゃっているよ」

「・・・ポッ」

 

現在、お昼の休憩中。

ミナトさんとセレス嬢と食事中です。

俺はAランチ、ミナトさんはBランチ、セレス嬢はお子様ランチ。

俺的にはBランチの方が良かったかな。好物が多い。

お子様ランチは子供が多いから急遽考えたらしい。

小さな事でも変化があるんだなって実感した。

 

「それにしても、ホウメイさんって一人で大丈夫なんですかね?」

 

テンカワさんがコックを担当していないという事実。

完全にパイロットのみらしい。

すると、だ。ホウメイガールズを除けばホウメイさんが一人でキッチンを回している事になる。

ホウメイガールズとて料理は出来るのだろう。だが、彼女達は接待係であってコックではない。

本質的に料理を作るのはホウメイさんのみだ。

今更だが、ナデシコクルーは軽く百人を超す。

まぁ、通常の戦艦ならもっと多いみたいだけど。

ナデシコは、ほら、オモイカネのおかげでかなりの人数を減らせるから。

スーパーAI恐るべしって所。

で、ま、とにかく、百人を超す全クルーの朝昼晩の食事を一人で受け持っている訳だろ?

それってさ。

・・・凄まじいと思うわ。

 

「そうよねぇ。美味しいのは嬉しいんだけど、大変そうよねぇ」

 

チラッとキッチンを見ながらミナトさんはそう告げた。

・・・忙しなく動き回っています、ホウメイさん。

俊敏過ぎるぜ。スプリットが半端ない。

ボクサー級だな。

 

「キッチンにあと何人か入れてもいいと思うんですけどね」

 

経費削減か?

それにしたって厳しいと思う。

 

「ホウメイさんレベルの人が見つからなかったのかしら?」

「ま、確かに美味しいですもんね」

 

和洋中全てに対応できてこの味は流石だと思う。

 

「でも、補佐する人ぐらいは入れてもいいんじゃないですか? 他の方達は接待がメインみたいですし」

「そうよねぇ。コウキ君って料理できたかしら?」

「出来ますけど趣味程度ですよ。素人ですもん」

 

アキト青年は、参入時には既に料理人として活動していた。

そんなアキト青年でもまだまだだね、レベルだ。

到底、俺が力になれる訳がない。

 

「そっか。私もそんなに上手じゃないからなぁ」

「ミナトさんの手料理美味しいですよ。俺は好きです」

「うふふ。ありがと。でも、やっぱり、ホウメイさんと比べるとね」

 

ま、それは否めない。相手はプロだもの。

でも、家庭料理ってホッとするじゃん。

ミナトさんの料理はそんな感じで落ち着く。

 

「セレスちゃん。美味しい?」

「・・・はい。美味しいです」

 

つたない手付きで箸を握るセレス嬢。

当然、ミナトさんは構いたくなるよな。

 

「可愛らしいわぁ」

 

可愛いもの好きは相変わらずですね。

 

ピコンッ。

 

『マエヤマさん。ブリッジの方へ御願いできますかな。お知らせしたい事がありますので』

 

あ。プロスさんからの通信だ。

遂に目的地の発表か?

 

「食事を終えてからでも構いませんか? 急ぎますので」

『ええ。構いません。それとハルカさんとセレスさんもそちらへいらっしゃいますよね? 連れて来て頂けますか?』

「了解しました。すぐに向かいます」

 

ピコンッ。

 

コミュニケの通信が切れる。

 

「何だって?」

「ええ。何でもお知らせがあるとかで、急いでブリッジに来て欲しいとの事です」

「そう。じゃあ、急ぎましょう」

「そうですね」

 

俺とミナトさんはペースを速める。

でも、セレス嬢はそんな事は出来ない。

今でも一生懸命に食べているのだから。

そして、そんな姿が微笑ましさを誘う。

 

「もう。この至福の時間が・・・。勿体無いわ」

「まぁまぁこれからいくらでも見られますよ」

 

ミナトさんを宥めつつ、セレス嬢をちょっと急がせる。

 

「ごめんね。ちょっと急げるかな? ブリッジに来て欲しいって」

「・・・はい。頑張ります」

 

ここでスプーンとかに変えたりはしない。

箸で頑張ろうとしているんだから、応援してあげないと。

甘やかしちゃ覚えないしな。

 

「父親みたいよ、コウキ君」

 

グサッ!

十九歳にして父親扱いされるとは・・・。

ま、まぁ、それぐらい若いパパさんもいるとは思うけどさ。

ぼ、僕は違いますよ。

 

・・・・・・・・・・・・。

 

「じゃ、行きましょうか」

「はい」

「・・・はい」

 

食事を終えて、片付けて、急いでブリッジへと向かう。

だが、しかし、廊下を走ったりはしない。

女の子はエレガントに、だ。

・・・俺は女の子じゃないけどさ。

 

「お待ちしておりました。マエヤマさん、セレスさん、ハルカさん」

 

お出迎えありがとうございます、プロスさん。

 

「お知らせとは何ですか?」

「ブリッジクルーの皆さんが勢揃い致しましたらお知らせしますので、席でお待ち頂けますか?」

「分かりました」

 

そう言われたら仕方ない。

 

「何なのかしらね?」

「目的って奴じゃないですか? ナデシコの」

「あ。そういう事」

「ずっと知らされていませんでしたから」

 

ミナトさんにはナデシコの目的を話してある。

でも、どのタイミングで知らされるかは教えていない。

だから、こういう形で説明した。

これなら、憶測って感じで疑われない。

相変わらず綺麗に合わせてくれるから流石だ、ミナトさん。

 

「お待たせしましたぁ! あ、アキトだぁ!」

 

パイロット席に座るテンカワさんを見て、入って来た艦長が騒ぎ出す。

正直に言うと、うるさいです。

 

「うぅ・・・。ユリカぁ・・・」

 

相変わらず綺麗にスルーされているから流石だ、ジュン君。

 

「皆さんお集まりのようですな」

 

あ。最後が艦長と副長だったんですか。

 

「本日お知らせ致しますのは我がナデシコの目的地です」

 

おぉ。プロスさんがいつもより輝いている。

演出流石だね、オモイカネ。

 

「これまで隠してきたのは妨害者の眼を欺く為なのです」

「妨害者? 妨害者なんているんですか?」

 

ま、誰かしら妨害するよね。

火星に行きたいなんて言えば。

心配からの妨害もあれば、利益からの妨害もあると思う。

・・・というか、デモンストレーションなんかしているから連合軍に眼を付けられるんじゃないの?

さっさと向かっちゃえば良かったのに。

 

「ええ。目的地が目的地ですから」

 

プロスさんの言葉に首を捻るブリッジクルー一同。

俺もハテナ顔をしておこう。

 

「その目的地とは?」

「目的地は―――」

「火星だ」

 

プロスさんの言葉を提督が引き継ぐ。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

そりゃあ黙り込むよな。

今の火星はもう壊滅状態だって情報だし。

 

「な、か、火星ですか!?」

「はい。火星です」

 

慌てるジュン君と済ました顔のプロスさん。

対照的な表情だ。

 

「そ、それでは、地球の事は放っておくというのですか? これ程の戦力があれば・・・」

「しかし、火星で生き残っている方がいらっしゃるかもしれません」

「火星は壊滅だって。そう軍が―――」

「軍の情報が全て正しいとは限らないでしょう? 生きているか死んでいるかは私達には分かりません。それならば、生きていると。そう信じ、救出にいく事こそが―――」

「ですが! 生きているか、死んでいるか分からない人を助けるより地球に残り、生きている人を助ける方が遥かに意味ある事では―――」

 

あ。その発言はまずい。

 

「ほぉ。それは、火星人は護るべき対象ではないと。そういう事だな?」

 

ほら。テンカワさん大激怒。

ブリッジ内の温度が何度か下がったような気がします。

とてもじゃないですが、一般人が出せる雰囲気ではありません。

 

「そ、そうではない。だが―――」

「それならば、何故そのような事を? どうでもいいと考えているからの発言ではないのか?」

 

射抜かんばかりにジュン君を睨みつけるテンカワさん。

初めて感じたよ。これが殺気って奴?

身体が勝手に震えてしまう。

 

「火星大戦から一年。我々は火星の壊滅を対岸の火事のように気にする事なく過ごしてきた。それは、木星蜥蜴が市民を襲わないという事が大きく影響しているのかもしれん」

 

対岸の火事・・・か。

耳が痛いな。

俺は彼らの現状を知っていて彼らの事を無視してきたのだから。

 

「だが、当事者である彼らはどうだろう? 地球から救出に来てくれるという希望に縋り、毎日を必死に生きているのかもしれん。絶望し、生きる事を諦めているのかもしれん」

 

現状では後者。

どうせ死ぬなら故郷に骨を埋めたいという者ばかりだった。

・・・そもそも彼らは裏切られたんだ。

護ってくれる筈の軍に。

ここに当時、指揮を執っていたフクベ・ジンとムネタケ・サダアキがいる事がその証明だ。

軍人は滅びる火星を余所目に逃げ出した。

そうでなければ、火星に駐在していた軍人がここにいる訳がない。

もちろん、彼らには彼らの都合があったのかもしれない。

火星大戦の情報を地球に送り届けるなどといった。

でも、火星の民が誰一人として救出されていないのはおかしいと思う。

上流階級の人間は分からないが、一般市民は確実に無視されている。

火星の民を護ろうと思うのならば、脱出の際に無理してでも保護するべきではないだろうか?

少しでも犠牲を減らそうと市民の脱出まで時間を稼ごうとするべきではないだろうか?

今までに軍によって助けられたという火星の民は誰一人としていない。

もしいれば、軍が支持を得ようと誇大表現しながら公表するだろうし。

それなのに、そのような事を一切しないで、フクベ・ジンを、チューリップを初めて撃沈した英雄というプロパカンダ、広告塔として掲げたのはその失態を隠したいからだ。

要するに、火星の民を見捨てた事を誤魔化しているんだと俺は思う。

火星の民が軍を信じていなかったのもそれを理解していたからではないだろうか?

自分達は軍に見捨てられた。そして、救出に来ないという事が地球にすら見捨てられたのだと。

 

「漸く、だ。漸く、火星に救出にいけるだけの環境が整ったんだ。今こそ火星に救出に行くべきではないか? いや、行かなければならないのではないか?」

 

機動戦艦ナデシコ。

地球で初めて木星蜥蜴に対抗できる力を示した地球最新鋭の戦艦。

火星が木星蜥蜴に占拠されている現状、救出を成功させるにはそれに打ち勝つだけの力がなければならない。

その力をナデシコは持っている。

 

「・・・・・・」

 

流石のジュン君もあれだけ言われれば納得するしかないか。

テンカワさんがどれだけ火星の事を思っているか、それが痛い程に伝わってきたもんな。

 

「・・・そうね。どうせやるなら人命救助の方が良いわよね」

「はい。火星に向かうのは怖くもありますが、苦しんでいる人がいるのなら、助けてあげたいと思います」

 

ミナトさんとメグミさんはテンカワさんの言葉に胸が響いたのだろう。

覚悟を決めた表情をしていた。

 

「・・・どうやら、納得して頂けたようですな」

 

周りの雰囲気を感じ取り、プロスさんがそう告げる。

ジュン君は俯き、何かを考えているようだった。

きっと、彼の中で葛藤があるんだろうな。

ジュン君だって間違った事を言っている訳じゃない。

地球だって危機に陥っているんだ。

それを解決できるだけの力があるナデシコを意味があるのかどうか分からない事に使用するのはもったいないと感じているのだろう。

地球を愛する心から発せられたんだ。

決して、これは彼のエゴではない。

軍人として市民を護りたいという誇りある考えなんだと俺は思う。

ま、影が薄くて印象が弱いジュン君が言ってもあんまり心に響かないかもしれないけど。

・・・あれ? 結構失礼な事を考えてないか? 俺。

 

「それでは、艦長」

「はい! では、機動戦艦ナデシコ発し―――」

「そうはいかないわ! ナデシコは私の物よ!」

 

突如、雪崩れ込む連合兵士。

 

「・・・あ。副提督の事を忘れていました」

 

・・・プロスさん忘れていたんですね。

そういえば、ブリッジクルー全員集まったって確認していましたもんね。

その時、気付かなかったんですか?

・・・かくいう俺も忘れていたので、こんな事は言えないんですけど・・・。

何故だ? 何故あんなインパクトの強い副提督の事を誰もが忘れていたんだ?

・・・あ。どうでもいいって認識だったのか。

それが裏目に出たって訳ね。分かります。

 

「何事だ!?」

 

ゴートさんが叫ぶ。

・・・落ち着きましょう?

銃が突きつけられているんですから。

 

「ムネタケ! 血迷ったか!?」

 

寡黙なフクベ提督の叫び。

それだけ、提督の火星行きに懸ける思いは強いって事か。

 

「あら? 血迷ったのはどちらですか? 提督」

「何ぃ?」

「これだけの戦力を火星なんか送ってどうなるんです? 墜とされるだけだわ」

「これだけの人数で何が出来る!?」

 

だから、落ち着いてくださいゴートさん。

銃を突きつけられているんですから。

 

「・・・コウキ君」

 

震えているミナトさん。

他の皆だって震えている。

銃を突きつけられて震えるのは人間として当然の事だ。

死を実感するのだから。

でも・・・。

 

「大丈夫です。彼らは撃てませんから」

「あら? 状況次第では撃つ事もありえるわ。私達軍人は市民を護る為ならなんだってするの」

「・・・市民を護る為に市民を撃つとは本末転倒だな」

「ふ~ん。強がっちゃって。どうにも出来ないのに随分と余裕ね」

 

テンカワさんをニヤニヤしながら眺める副提督。

 

「どうにも出来ない? そんな事はないさ」

 

そんな副提督に対しても表情を崩さないテンカワさん。

 

「今の状況、記録しているんでしょ? ルリちゃん」

「ッ!? 何で・・・それを?」

 

狼狽するルリ嬢。

だって、オモイカネにアクセスしていたの見えたし。

後は自分のコンソールから確認するだけだよ。

 

「え? 記録しているですって?」

「ムネタケ・サダアキ中佐。出世と名誉の為なら何でもやる狡猾な軍人。それが俺の得た情報です」

「な、それが何よ!? 当たり前じゃない!」

「そんな男が自らを追い詰めるような事はしないという事ですよ。自己保身には長けているでしょうから」

「へぇ。貴方も余裕そうね。でも、死人に口なしって言うじゃない? 覚悟は出来ているんでしょうね?」

 

多数の軍人から突きつけられる銃。

 

「コウキ君!」

 

大丈夫ですって、ミナトさん。

 

「その為の映像ですよ。現在、このブリッジの光景は全て録画されています。無力な市民に銃を突きつけている傲慢な軍人という絵柄で映っているんじゃないですか?」

「う、嘘よ!」

「殺します? そうなったら映像がきちんと記録されていますから、貴方の責任問題になるでしょうね。という事は、今まで貴方が築き上げてきた経歴は全てパーです」

 

正直言えば、今の俺は強がっているだけだ。

銃を突きつけられていて怯えない訳がないだろ。

でも、毅然としてなっきゃ示しがつかない。

 

「それに本当は弾なんて入ってないんじゃないですか? 威嚇射撃の跳弾で殺してしまったなんて事になったら本末転倒ですし。貴方は危険な橋は渡らない人でしょ?」

「・・・・・・」

 

これはカマかけ。

ムネタケ・サダアキの臆病さならそうすると思っただけだ。

 

「そ、そんな事な―――」

「機影反応。所属は連合軍です」

 

副提督の言葉を遮るように告げられたルリ嬢の言葉。

来たか、第二の爆撃が。

 

「ミナトさん。セレスちゃん。耳塞いで」

「え、ええ」

「・・・分かりました」

 

どうにか耳を塞いでもらえた。

俺達が耳を塞いだとほぼ同時にモニターに現れるカイゼル髭のオジサン。

来るぞ!

 

「ユリカァァァァ!」

「お、お父様!?」

 

連続爆撃。

不協和音で頭が痛い。

 

「ぐぉ!」

「・・・また聞こえませんな」

 

すいません。また救えませんでした。

 

「え!? お父様!?」

 

ま、驚くよね。

遺伝子的繋がりがどこにも見えないし。

 

「これは一体どういう事ですか!?」

「ユリカァ。私も辛いのだよ」

「ミスマル提督。どのようなご用件でしょうか?」

「コホン。私は連合宇宙軍第三艦隊提督ミスマル・コウイチロウである。機動戦艦ナデシコ。武装を解除し、停泊せよ」

「・・・・・・」

 

色々と台無しですよ。

 

「困りますなぁ、提督。ネルガルはきちんと軍に許可を得ている筈ですが?」

「このような戦力を民間企業に運営させる訳にはいかんのだよ」

「そういう事よ!」

 

この狐が!

後ろ盾が来たからって強く出やがって。

 

「はぁ。困りましたなぁ。我々にも目的があるのですが」

「そちらの言い分は後で聞こう。まずは停泊させたまえ」

 

毅然と告げるカイゼルオジサン。

こう見ると軍人らしいんだよな。

 

「それでは、交渉といきましょう」

「よかろう。但し、そちらのマスターキーは預からせてもらう」

 

有効的だな。

マスターキーがなければ何にも出来ないんだから。

だが、しかし、俺が擬似マスターキーを作った今、その策は無意味だ。

 

「艦長! 抜くな! これは敵の策略だ!」

 

結構、鋭いんだな。ヤマダ・ジロウ。

きちんとマスターキーについて理解している。

 

「いや! ユリカ、提督にマスターキーをお渡しするんだ!」

「・・・ジュン君」

 

この状況でよくそんな事が言えるな。

ほら。ブリッジクルー全員が白い眼で見ているぞ。

 

「こんな戦力をむざむざと無駄にする必要はない。これは地球を護る為に必要な艦なんだ」

「・・・・・・」

 

悩んでいるみたいだな。ユリカ嬢。

でも、すぐに抜くんじゃなかったか?

カイゼルさんに用があるからって。

 

「ちょっといいか?」

 

え? テンカワさん?

 

「ん? 何だね? 君は」

「テンカワ・アキト。この艦でパイロットを務めている」

「うむ。パイロットが何だね?」

「貴方はこちらの状況を理解しているだろうか?」

「ふむ。ナデシコが木星蜥蜴に有効であると―――」

「そうではない。連合軍の兵士達が今、俺達に何をしているのか理解しているかという事だ」

「致し方ないのだよ。我々はなんとしてもナデシコを確保しなければならない」

「市民を脅してでもか?」

「・・・市民を護る為に強い力を求めるのは当然の事だ」

 

苦々しい表情をしているな。

やはり市民を脅すという行為は嫌いらしい。

 

「だが、市民に銃を突きつけたという事実をどうするつもりだ? 我々はこの映像を記録しているが?」

「何!? ムネタケ君!」

「え、あ、その、それは・・・」

 

失態に狼狽えているといった所か?

 

「我々がこの映像を公開したらどうなるか分からない訳ではあるまい」

「・・・何が要求だ?」

「話が早くて助かる。我々の要求はナデシコを見逃す事。あくまでナデシコの運営権はネルガルにある」

「それは出来ない相談だ。我々は市民の為に何としてもナデシコを確保しなければならない」

「・・・なら、マスターキーはこちらで預かった上で交渉としてくれ。いざという時に動けないのは困る」

「木星蜥蜴の事かね?」

「ああ。何があるか分からないからな」

「その時は我々が諸君らを護ろう」

「ただの戦艦で対処できないからナデシコを求めているのだろう? そちらが我々を護れるとは到底思えない」

「・・・仕方あるまい。その要求を呑もう」

「感謝する」

 

・・・そうか。始めからそれが狙いだったのか。

チューリップに襲われた時、ナデシコが動ければクロッカスとパンジーを助けられるもんな。

テンカワさん達はそうやって護ろうとしたか。

俺の擬似マスターキー、無駄になっちゃったな。

 

「但し、諸君らには一箇所に纏まっていてもらう。何かされたら困るのでな」

「・・・致し方ない」

 

食堂に監禁って訳か。

ま、すぐに取り戻すんだろうけど。

 

「それでは、参りましょう。艦長」

「はぁ~い。お父様。待っていてください」

「うんうん。ユリカ。早くおいで」

「あ、ちょっと待って。僕も行くよ」

 

プロスさん、艦長、副長が出て行く。

あのさ、艦長がいなんだから副長が指示ださなくちゃ駄目でしょ。

副長ってそういうもんじゃないの?

 

「・・・クルーはどこに拘束されているんだ?」

 

テンカワさんが副提督に訊ねる。

 

「ふ、ふん。食堂よ。連れて行きなさい!」

 

・・・調子取り戻しやがった。

むかつく野郎だな。

 

「マエヤマ・コウキ。残念だったわね」

 

ニヤニヤした顔で、この野郎。

お前の手柄じゃないだろうが。

 

「結局は権力なのよ。これでナデシコは私の物」

 

言ってろっての。

・・・こうして、俺達は食堂で監禁された。

 

 

 

 

 



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気付いた想い

 

 

 

 

「ハァァ。夢の旅路もここで終わりか。また女房のケツに敷かれんのかよ」

 

ウリバタケさん。

駄目男に見えますよ。

 

「私達、これからどうなるんでしょうか?」

 

皆が皆、暗い顔をしている。

そうだよな。軍人にブリッジ占拠されて、監禁されているんだ。

不安になるのも当然か。

 

「おいおいおい。何を暗くなっているんだよ!」

「当たり前じゃないか。希望が絶たれたんだからよ」

 

そんなに家から逃げたいんですか? ウリバタケさん。

 

「そんな時はこれだ!」

 

ビデオテープを掲げるヤマダ・ジロウ。

噂のゲキ・ガンガーか。

 

「お? 何だ? 何だ?」

「元気が出る熱い奴だよ!」

「ほぉほぉほぉ。お前も男だな」

「おうよ! 熱く燃えるのさ!」

 

残念ですが、ウリバタケさんが考えているのとは違うと思いますよ。

というか、こんな公衆の面前でいかがわしいものはありえないかと。

 

「何だこりゃ? アニメかよ」

「なにぃ!? ゲキ・ガンガーを馬鹿にするな!」

 

わいわいと騒がしいな。

ま、元気が出て良いか。

雰囲気、暗くなくなったし。

 

「マエヤマさん」

「マエヤマ」

「・・・・・・」

 

ん? ルリ嬢とテンカワさんか。あ、ラピス嬢もいるな。

どうしたんだろう?

 

「お前は―――」

「コウキ君」

「ん? あ。ミナトさん」

 

テンカワさんの言葉を遮って俺に近付いてくるミナトさん。

何だろう? どうかしたのかな?

 

「何です? どうかし―――」

 

バチンッ!

 

「・・・え?」

 

殴ら・・れた?

頬が焼けるように痛い。

でも、そんな事より、何で?

 

「・・・・・・」

 

無言で俯くミナトさん。

俺からはどんな表情をしているのか分からなかった。

 

「・・・どうして?」

「え?」

「どうしてあんな危険な真似したの!?」

 

凄く怒っている様子。

あの優しさを感じさせる柔和な顔をこれ以上なく歪ませて・・・。

 

「危険な真似?」

「銃を持っている相手に挑発するなんて何を考えているのよ!?」

「ちょ、挑発だなんて、俺は」

「バカ!」

 

叫びと共に抱き締めてくるミナトさん。

その顔には涙が浮かんでいた。

顔を真っ赤にして、怒りながら・・・泣いていた。

 

「私、コウキ君が殺されちゃうんじゃないかと思った」

「・・・ミナトさん」

 

そっか。俺の為に・・・泣いてくれているんだ。

 

「撃たれないって自信があったのかもしれない。でも、相手は人間なの。逆上したら何をしでかすか分からないわ」

「・・・・・・」

「ずっと怖かった。いつかコウキ君が撃たれるんじゃないかって。・・・無茶しないで。私は貴方に死んで欲しくない!」

 

必死に縋りつくミナトさんが小さな子供みたいに見えた。

俺なんかの為に泣いてくれるミナトさんを愛おしく思った。

 

「・・・すいません。ミナトさん」

 

だから、俺には謝る事しか出来なかった。

弱々しく震えるミナトさんを力強く抱き締め、心の底から。

 

「心配・・・かけましたね」

「・・・・・・」

「本当にごめんなさい」

 

原作で誰も撃たれなかったから大丈夫だと思っていたんだ。

もう原作とは違うって理解していたのに。

殺される訳がないって過信して。

 

「・・・許さないわ」

「え?」

「絶対に許してあげない」

「えぇっと」

 

困ったな・・・。

 

「どうすれば許してくれるんですか?」

「・・・して」

「え?」

「・・・キス・・・して?」

「・・・ミナト・・・さん?」

「・・・キス。貴方がここにいるって私に教えて。私に貴方の存在を感じさせて」

 

・・・いつからだろう。

ミナトさんの事を想い始めたのは。

始まりは単純だった。

ミナトさんが俺に温もりと暖かさをくれたから。

きっかけはたくさん。

死んだら悲しんでくれるかなって思いを否定されたと誤解して勝手に心を痛めて。

悲しんでくれるんだって分かった瞬間、喜びが込み上げてきて。

想ってくれているんだと実感して、嬉しくなって。

近くにいてくれるだけで心が落ち着いて。

・・・傍にいてくれるだけで幸せで。

あぁ。やっと気付いた。

俺はミナトさんが・・・。

 

「・・・ミナトさん」

「・・・コウキ君」

 

・・・大好きだったんだ。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

コウキ君が殺される。

そう思っただけで心が引き裂かれるように痛かった。

失いたくない。傍にいて欲しい。

そんな想いが胸の中で膨らんできて・・・。

堪らなくなった。

暗闇の中を歩いているように、心が、身体が、恐怖で震えた。

怖くて怖くて堪らなくて・・・。

気付けば、頬を叩いていた。

どうしてそんな事をするのか?

何故、私の想いに気付いてくれないのか?

やり場のない怒りと悲しみで心がぐるぐると渦を巻いて。

そして、無意識に彼を求め、温もりを求めた。

視界は涙で滲み、足は恐怖で震え、腕は探し物を探すように彷徨う。

少しでも早く、少しでも強く、少しでも・・・。

私は必死に彼に縋りついた。

そこにいるんだって実感したくて。

死んでないんだって実感したくて。

でも、全然足りなかった。

温もりが、優しさが、私には全然伝わってこなかった。

存在を感じたい。

温もりを感じたい。

優しさで包まれたい。

だから、私は・・・。

 

「・・・ミナトさん」

「・・・コウキ君」

 

・・・唇で貴方を感じたの。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「・・・コウキ君。好きよ」

「・・・ミナトさん。大好きです」

 

暖かくて、ずっと抱き締めていたかった。

唇の感触が心地良くて、ずっと触れていたかった。

見上げるように見てくる彼女が愛おしくて、俺は・・・。

 

パチパチパチパチパチ。

 

「え?」

「え?」

 

・・・・・・・・・・・・・・・あ。

 

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「・・・グゥゥゥ・・・ギィィィ・・・おのれぇぇぇ!」

 

こちらを見る数多の視線。

女性陣の叫びと男性陣の血走った眼。

 

「・・・ミナトさん。これって」

「・・・え、ええ」

 

胸の中に収まるミナトさんと顔を見合わせる。

顔に赤みを帯びているミナトさんを可愛らしく思いながら、近くにいた女性に訊いてみた。

 

「あの、見ていました?」

 

すると・・・。

 

「うん。もう。バッチリ」

 

・・・素敵な返答をありがとうございます、お姉さん。

 

「・・・・・・」

 

興味やら歓喜やら憤怒やらの視線を向けてくる周囲を見渡した後、俺は見詰めてくるミナトさんを見詰め返して・・・。

 

「・・・とりあえず」

「とりあえず?」

「もう一回御願いします」

「もぅ。バカ」

 

見せ付けるようにキスしてやった。

 

「マーエーヤーマーコーウーキー!」

「テメェ! この野郎!」

「呪い殺すぞ! クソガキが!」

 

ふっ。ミナトさんは俺の物だ。

 

「開き直ると凄いのね、コウキ君って」

 

お褒めに預かり至極光栄。

 

「クゥ~~~! 熱いぜ。燃えるぜ。敵の策略に嵌り閉じ込められたクルー。助けを求める子供達。愛し合う男と女。一致団結し、基地を取り戻す主人公」

 

おぉおぉ。盛り上がっているじゃないか。ダイゴウジ・ガイ。

 

「自由を勝ち取れぇ! 基地奪還だぁ!」

「うるせぇ!」

 

ウリバタケさんの鉄拳がガイ、改め、ヤマダ・ジロウの後頭部へ飛んだ。

 

「グハッ!」

 

・・・痛そぉ・・・。

 

「おい! コラッ! マエヤマ!」

「何ですか?」

「テメェ! ミナトちゃんを俺に寄越せ!」

「馬鹿言わないで下さい。ミナトさんは俺の物です」

「コ、コウキ君」

 

誰にも渡さない。

掴んだ物は放さない主義ですから。

 

「クソォォォ! チッ! 野郎共ぉ!」

「へイッ! 御頭!」

 

・・・お前ら、どこの賊だよ?

 

「桃色の幸せを求め、こんな所抜け出してやろうじゃないか! 自由を奪え! 愛を掴み取れ! 次は俺達の番だ!」

「オオォオォオォオォ!」

 

凄まじい咆哮だな。

やる気が漲り過ぎだろ。

 

「な、何だ? 今の叫び声は」

 

叫び声が聞こえたんだろうな。

見張り番の兵士が扉を開けてこちらを覗き込んで来た。

 

「いくぞぉぉぉ! 続けぇぇぇ!」

「オオォォッォォオォ!」

「お? お? な、何だ? 何なんだ? うわぁぁぁ!」

 

哀れ。名も無き兵士は人の波によって押し潰されてしまいましたとさ。

 

「おい。マエヤマ」

「・・・テンカワさん」

 

怒涛の勢いで走っていく男性陣を見送る俺にテンカワさんが話しかけてきた。

 

「お前は食堂を護れ。時期が来たら連絡する。その後、ブリッジクルーをブリッジまで連れて来い」

「了解しました」

 

フッと笑って男達の方へ走り出すテンカワさん。

そして、男達の波の先頭に立って。

 

「ナデシコを取り戻す。ゴートさんと何人かは俺とブリッジへ。残りは格納庫だ」

「おう!」

「よし。行け!」

「うおっしゃぁぁぁぁぁぁ!」

 

凄まじい勢いだな。おい。

 

「・・・コウキ君」

 

未だに胸の中にいるミナトさん。

どうしよう。放したくないけど・・・。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

女性達の好奇の視線に耐えられません。

 

「大胆ですね、マエヤマさん」

 

今更ですが、恥ずかしいので言わないで下さい、メグミさん。

 

「おいおい。熱過ぎて火加減間違えるだろ? 他所でやっておくれよ」

 

茶化さないでくださいよ、ホウメイさん。

ニヤニヤしていて丸分かりです。

 

「・・・ポッ」

 

子供にはちょっと早かったかな?

 

「・・・いいなぁ・・・」

 

すぐに恋人できますよ。ホウメイガールズの皆さんなら。

 

「・・・私もアキトさんと・・・」

「・・・アキトと・・・」

 

口に出したらまずいんじゃない? その台詞。

 

「あの、さ、恥ずかしいんだけど」

 

背の関係で見上げるように俺を見てくるミナトさん。

潤んだ瞳と頬を赤く染めた顔が愛し過ぎる。

 

「嫌・・・ですか?」

「え? い、嫌じゃないのよ。ただ―――」

「じゃあ、いいじゃないですか」

 

ふっ。恥ずかしさも限界を超えれば問題ないのさ。

今の俺に羞恥心という言葉は存在しない。

 

「もぉ。人が違うみたいに大胆になって。普通は逆でしょ?」

「偶にはいいじゃないですか。いじられるミナトさんって可愛いですよ」

「ッ!」

 

息を呑んで、もっと赤くなる顔。

あぁ。もう駄目だ。末期だな。

 

「まだ放したくあ―――」

『こちらテンカワだ。ブリッジを取り戻した。至急、な、何だ?』

 

良い所なのに邪魔するからです。

 

「睨まないの。アキト君。分かったわ。すぐに向かう」

『りょ、了解した』

 

ちぇっ。他の男と話しちゃってさ。

 

「あら? ヤキモチ?」

「そ、そんなんじゃありませんよ」

 

何で分かるんだ?

 

「顔に出ているわよ」

「ふ、ふん。他の男と話すミナトさんがいけないんです」

「ふふふ。拗ねちゃって。可愛い。続きはまた後でね」

「し、仕方ないですね。それなら」

 

渋々、本当に渋々ミナトさんを放す。

 

「ほら。行くわよ」

「はい」

 

手を引かれながら、俺とミナトさんはブリッジへ向かった。

どうやら、これからもミナトさんに引っ張られる事の方が多そうだ。

 

「ねぇ? 私達の事、忘れられてないかな?」

「・・・仕方ありませんよ」

「・・・いく」

「・・・ポッ」

 

 

 

 

 

「ようやく来たな」

 

ブリッジに辿り着いた俺達の視界に映るのは縛られた兵士達と気絶したキノコ副提督。

あ。提督はここで監禁されていたんですか。

 

「アキト君は?」

「格納庫へ向かった。艦長とミスターを迎えに行くらしい」

 

ミスター、要するに、プロスさんと艦長を迎えに、ね・・・。

すると、テンカワさんは時間稼ぎにいったという訳か。

ところで、クロッカスとパンジーはどうなったんだ?

間に合ったのか?

 

「遅れました」

「すいません」

 

あ。忘れていた。

 

「・・・マエヤマさん」

 

ジト眼で見られてしまいました。

すいません。

 

「ごめんごめん。ルリちゃん、状況を」

「はぁ・・・」

 

呆れられちゃった。

 

「チューリップ、こちらに接近中。途中、連合軍所属クロッカス、パンジーの両艦が襲われたようですが・・・」

 

・・・クソッ。間に合わなかったか。

 

「乗組員は脱出済みです。怪我を負った方もいるようですが、全員、命は無事です」

「そう。アキト君の時間稼ぎが功を奏したのね」

 

ほっ。良かった。

流石です、テンカワさん。

 

「アキトさんが足止めしているので接近といっても微速です。今のうちに対策を」

 

・・・確か、原作だとチューリップに突っ込みつつグラビティブラストだったよな。

あれは相転移エンジンの出力が低くて、普通に撃つだけじゃ力が足りなかったからだろ?

今回はどうなんだろう?

 

『こちらダイゴウジ・ガイ。いっくぜぇ!』

 

おいおい、おい、ちょっと待て!

勝手に出撃するなっての。

 

「メグミさん。ウリバタケさんに―――」

『もう遅ぇ!』

 

あ。前方にヤマダ機確認。

苦労をおかけます、ウリバタケさん。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

・・・どうしようか?

 

「アキトさん。そちらにヤマダさんが向かいました。対処の方、お願いします」

『骨折しているのに無茶をするな、ガイの奴。了解した』

 

面倒をおかけします、テンカワさん。

 

「艦長の乗った飛行機を確認。アキトさん。ヤマダさ―――」

『ダイコウジ・ガイだぁ! ガイ! ガイ! ガイィ!』

「・・・両名はチューリップを引き付けつつ、艦長の防衛を」

 

どうやら、今回も同じ作戦になりそうだな。

 

「ルリちゃん。レールカノンで援護に入る。良いかな?」

「現在の指揮権は提督にあります。提督に許可を」

 

今まで結構、自由にやっていたよね? 俺達。

今更感が漂っているんですが。

 

「提督。よろしいですか?」

「うむ。じゃが、どうするつもりじゃ?」

「本体に当てるとこちらに注意が向く可能性がありますので、両パイロットを狙う触手を蹴散らします」

「む、無理です。この距離であんな細いものに当てるなんて」

 

ふっふっふ。ルリ嬢。

俺を甘く見てもらっては困る。

 

「オモイカネ。レールカノンセット」

『セット開始』

 

コンソールに手を置いて、オモイカネに指示。

その後、懐からサングラスのようなものを取り出す。

 

「コウキ君。それは?」

「ウリバタケさんの力を借りて作った精密射撃専用のシューティングレーダーです」

 

このサングラスみたいなのはイメージ次第でズームインやズームアウトを行え、かつ、レールカノン一つ一つの照準を合わせられる射撃モニターを映し出す。

また、逐一情報も送られてくるから、まるでエステバリスから射撃するように精密な射撃が行える。

手元の端末と同期してあり、コンソールからの指令にこいつは従ってくれる訳だ。

名付けて精密君。ごめん、嘘。

 

『セット完了』

 

誤差修正ソフト、未来予想ソフト、空間把握ソフト。

これらスナイパーにとって垂涎ものの精密射撃ソフトを導入しているんだ。

俺が狙いを外す訳がない。

 

『う、うわっと』

 

早速出番だ。

 

ダンッ!

 

「す、凄い。この距離を・・・」

 

驚くのはまだ早いぜ、ルリ嬢。

 

『ナデシコ。助かったぜって、うお!』

 

ダンッ!

 

世話が焼ける。

 

『よっしゃぁ。このダイゴウジ・ガイ様の勇姿。見てやがれって、ダハッ」

 

ダンッ!

 

「ねぇ、ルリちゃん。ヤマダ・ジロウ。下げられない?」

「言う事を素直に聞いてくれるとは思えませんが?」

「・・・それもそうだね」

 

まさか、触手に翻弄されているヤマダ・ジロウを助ける為だけにレールカノンを使う破目になるとは思わなかったよ。

ま、テンカワさんに援護なんて必要ないだろうけど。

 

「艦長、着艦しました。すぐに来るかと」

「了解した。援護を続ける」

 

メグミさんもミナトさんも自分の仕事をしている。

ラピス嬢もセレス嬢もルリ嬢のフォロー。

うん。艦長がいなくてもやっぱりプロだな。

誰もが何をすべきか把握して、きちんと動いている。

 

「ナデシコで対処致しますので退避してください」

『しかし・・・』

「再度申します。ナデシコ以外で対処できませんので、退避を御願いします」

『・・・了解した』

 

これで連合艦隊が巻き込まれる事はなくなったな。

ナイスです、メグミさん。

 

「コウキ君。射線上に何もない位置へ移動したわ。これでグラビティブラストを撃っても被害は皆無よ」

 

かなり細かい微調整だったでしょうに。

助かります、ミナトさん。

 

「グラビティブラスト装填完了」

「・・・いつでも撃てます」

 

よし。後は艦長を待つだけだ。

 

「ルリちゃん。チューリップの様子は?」

「ほぼ停止状態です。アキトさんとヤマダさんに引き付けられています」

 

対処可能な環境を整った。

後は艦長の裁量によるな。

 

「お待たせしましたぁ!」

 

帰ってきたみたいだ。

 

「いやはや。大変でしたぞ」

「・・・・・・」

 

やっぱりジュン君は忘れてきたんですね。

 

「状況を」

「チューリップは両パイロットによって停止状態。グラビティブラスト発射準備完了」

「ミナトさん。射線上にチューリップを」

「とっくに終わっているわよ」

「メグミちゃん。連合軍に退避するよう連絡入れて」

「完了済みです」

「わお。皆、早いですね」

「感心してないで指示を御願いします、艦長」

 

こうまで周りが優秀だと艦長も楽だろうな。

 

「それでは、チューリップに気付かれないよう微速前進。チューリップの口にナデシコを接近させます」

「え? チューリップにくっつけるの? どうなっても知らないわよ」

 

ま、まぁ、普通はそうですよね。

 

「御願いします」

「はぁ~い」

 

説明してないんだけどな。

結構、お気楽ですね、ミナトさん。

 

「こちらの合図でいつでもグラビティブラストを撃てるようにしておいてください」

「了解」

 

徐々に迫るチューリップの姿。

触手を使ってエステバリスを払う姿はチューリップというよりはハエトリグサ?

いや。違うか。

 

「もっとです。もっと、もっと、近付いてください」

「食べられちゃうわよ?」

「構いません」

「あ、そう」

 

いやいや。構おうよ。

 

「・・・・・・」

 

暗い空間の中に入っていくのって結構怖いよね。

気味が悪い。

 

「・・・食べられちゃった」

 

呆れるように告げるミナトさん。

貴方も大概余裕ですよね。

 

「グラビティブラスト、放てぇぇぇ!」

「グラビティブラスト、発射します」

 

艦長の感情の篭もった叫びにルリ嬢はクールに告げる。

ま、対照的な二人だけど、それが良いバランスなのかな? ナデシコでは。

 

「チューリップの撃破に成功。エステバリスは帰艦してください」

「やったぁ!」

「やはり逸材だな」

 

高評価を得て満足そうなユリカ嬢。

周りも一安心って所かな。

 

「無茶するわね、艦長って」

「ま、結果よければ全て良しって奴ですよ」

「それもそうね」

 

顔を見合わせてミナトさんと笑い合う。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

な、なんか、照れるな。

 

「見詰め合っちゃっているよ、ルリちゃん」

「構いません。作戦は終了していますから」

「・・・ルリ。興味あるのバレバレ」

「なっ!?」

「・・・ポッ」

 

・・・聞こえていますよぉ。

 

「うふふ」

「ははは」

 

もう笑うしかないよな。

 

「どういう事ですか?」

「私も気になりますな」

「後で教えてあげますよ。艦長、プロスさん」

 

・・・結局、テンカワさん達パイロット組が帰ってくるまで照れ隠しをしていましたとさ。

 

 

「あ。副長はどうしました?」

「ジュン君? そういえば、どこに行ったんだろ?」

「・・・忘れてきましたな。いやはや。歳を取るとは怖いものです。ハッハッハ」

「・・・可哀想に」

 

というお約束があったのも忘れちゃいけませんよね。

・・・はぁ。次はビックバリア突破か。大変だな。

ご愁傷様です、ジュン君。

 

 

 

 

 

「マエヤマ・コウキ。一人の介入者の影響がここまでとは」

「ミナトさんと結ばれてしまうなんて」

「ツクモさんと結ばれるべきだと思っていたんだが・・・」

「それもありますが、どことなく違和感があります。私がオモイカネに秘密で御願いしていたのを知っていましたし」

「ルリちゃんが本気で隠したのをあいつは簡単に見つけてしまったという訳か。電脳世界で最強を誇るルリちゃんの」

「ええ。彼の影響がどれ程になるかまるで検討がつきません。もしかすると・・・」

「俺達の計画に支障をきたすかもしれんな」

「あの精密射撃もそうです。あんな事、普通の人には出来ません」

「射撃には慣れていたつもりだが、あそこまでの精密射撃は俺にも無理だな」

「能力を隠している。何故かはわかりませんが、私はそう思います」

「隠さなければならない理由がある。そう考えるべきか?」

「はい。彼の本当の目的が何なのか。それを見極める必要がありそうです」

「仲間を疑わなければならないとはな」

「仕方ありません。私達の計画を邪魔される訳にはいきませんから」

「あの状況でバラされるとは思わなかったからな。どうにか交渉に利用できたが・・・」

「もともとオジサンとの交渉に使うつもりでしたからね。キノコさんはどうでも良かったんです。意味がなくなるかと心配になりました」

「これからもそんな事をされたらいずれ邪魔になる」

「・・・どうしましょうか?」

「・・・そうだな」

「・・・・・・コウキ。良い人だと思う」

「・・・それでも、計画の為なら仕方ありません」

「・・・分かってくれるよな? ラピス」

「・・・・・・」

「ラピス?」

「・・・分かった」

 

 

 

 

 

「あれ? ミナトさん。胸元。どうしたんです? いつも開けていたじゃないですか」

 

・・・・・・あれ? いつの間に食堂に?

あれ? 俺っていつの間に着替えていたの? あれ?

何で眼の前に朝食が? ま、いっか。食べよう。

 

「当たり前じゃない。あそこはコウキ君専用なの。もう誰にも見せてあげないわ」

「ゴホッ」

 

グッ! 器官に詰まった!

 

「な、何を言っているんですか!?」

「あら? 誰かに見せてもいいの? 私の胸元」

「胸元と言わず何でも見せたくありません。視界に入れる事すら嫌です」

「うふふ。独占欲が強いのね」

「・・・ご馳走様です」

 

何か昨夜からの記憶がないんだよな。朝とかどうなっていたんだっけ?

制服を着た覚えもないんだけど・・・。ま、いっか。食べよう。

 

「マエヤマさん、ボーっとしていますね。どうかしたんですか?」

「私の部屋に泊まっていったもの、コウキ君」

「・・・それって」

「ええ。昨夜は大変だったわ。コウキ君ってば初心だし。朝だって私が着替えさせてあげたのよ。ずっとボ~っとしていて」

「ゴホッ」

「・・・ご馳走様です」

 

グッ! 器官に詰まった!

 

「えぇっと、その、あの・・・」

 

お、思い出したぁ!

お、俺って・・・。

 

「あら。真っ赤」

「分かりやすいんですね、マエヤマさんって」

 

微笑ましいみたいな眼で見ないで下さい。

 

「あぁ~あ。せっかく狙っていたのに」

「ごめんなさいね。我慢できなくなっちゃって」

「いいですよ。お似合いですもん、ミナトさんとマエヤマさん」

「・・・・・・」

「思考停止中みたいね」

「結構、手馴れてそうに見えたんですけどね」

「女性経験が少ないんでしょ? ま、私としては私色に染められるみたいで嬉しいけど」

「姉さん女房って奴ですか?」

「そうね。コウキ君ってまだまだ頼りないし。私が引っ張ってあげなくちゃ」

「じゃあ、これからマエヤマさんをミナトさん色に染めちゃう訳ですね」

「そうよん。うふふ。楽しみ」

「・・・・・・」

「まだ思考停止中ですよ」

「まったく。コウキ君ったら」

「・・・・・・」

「フゥゥゥ」

「ひゃっ」

 

ゾ、ゾクっときた。

 

「な、何ですか? おぉ!? 近い近い」

「耳が弱いのよねぇ、コウキ君って」

「耳に息ですか。典型的ながら有効的な訳ですね」

「何を真面目に解説しているんですか、メグミさん」

「あら。いいじゃない。ゾクってきたでしょ?」

「そ、そりゃあ、きましたけど―――」

「フゥゥゥ」

「や、やめてください」

 

ゾ、ゾクっときた。

 

「朝からお腹一杯です」

「止めてくださいよ、メグミさん」

「フフッ。嬉しそうですよ、マエヤマさん。私は馬に蹴られたくないので失礼しますね」

「メ、メグミさん、待ってください」

 

・・・行ってしまった。

 

「恋人の前で違う女性を呼び止めようとするなんて、いけない子ね、コウキ君」

「ミ、ミナトさん」

「罰ゲームよ。フゥゥゥ」

「ひ、ひゃっ」

 

・・・周囲の視線が気にならなくなった日の事でした。

 

 

 

 

 



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防衛ライン突破

 

 

 

 

 

「現在、木星蜥蜴に対する備えとして地球側では七つの防衛ラインを築いています」

 

連合軍と仲が悪いまま、宇宙に飛び出そうっていうんだから凄いよね。

喧嘩を売られるに決まっているじゃん。あえて言わせて貰おう。バカばっか?

 

「我々は宇宙に飛び出そうとしているので、防衛ラインを逆走する形になりますな」

「はいは~い。その防衛ラインってどんなのがあるんですか?」

 

・・・艦長、貴方は士官学校卒業じゃないのですか?

それぐらいは把握しておきましょうよ。

 

「ルリさん、御願いできますか?」

「はい。オモイカネ、地球防衛ラインの情報を」

『はぁ~い』『了解』『任せて』

 

ハハハ。元気だな、オモイカネ。

 

「衛星軌道上から順に説明します。第一次防衛ラインは核融合動力のバリアシステム、通称ビックバリアです」

 

高出力の障壁で侵入を妨げるビックバリア。

・・・にしては、チューリップの侵入を許し過ぎじゃないか?

 

「第二次防衛ラインは衛星からのミサイル迎撃です」

 

衛星ミサイル。

・・・あれか。ジュン君がデルフィニウムの手を広げてナデシコを守るとか言った時の奴か。

でも、あれって何の意味もなかったよね。

 

「第三次防衛ラインは宇宙ステーションの有人機動兵器デルフィニウムの迎撃です」

 

一言だけ・・・ジュン君、ファイト。

しかし、好きな人の為だけにIFSを体内に注入させるとは健気だねぇ。

士官を始め、地球の軍人ってIFSを嫌う節がある筈。

出世の道を困難にしてまで愛する女の為に・・・か。

 

「・・・・・・」

「ん? 何かな? コウキ君」

「い、いえ。なんでもありません」

 

俺にもそんな事が出来るかな?

いや。しなければならないんだ。

ううん。するんだ。

愛する女の為に命を懸けるのが男なのだから。

 

「第四次防衛ラインは地上迎撃システムからのミサイル迎撃です」

 

移動中、最もお世話になる奴だな。

でも、ま、DFで全部防げちゃうけど。

DFを舐めるなっての。

 

「第五次防衛ラインは空中艦隊による防衛線です」

 

あ、無効化される奴か。

 

「第六次防衛ラインはスクラムジェット機による防衛線です」

 

これもこれも。

無意味のオンパレード。

 

「最終防衛ラインは通常兵器による迎撃です」

 

・・・思うんだけどさ。

最終防衛ラインまで侵入されている時点で通常兵器とか意味ないでしょ?

なんか、最終防衛ラインってあんまり意味がない気がしてきた。

というか、そもそも防衛ライン、配置順とか色々とお粗末じゃない?

ビックバリアで止められるとか過信しているからかな?

せめてビックバリアの前に防衛部隊とか配置しようよ。

相手戦力を少しでも減らせれば、阻止できる確立も上がるでしょ?

ビックバリアは完璧じゃないの。実際に突破されているんだから、もっと対策考えようよ。

 

「ご説明ありがとうございます、ルリさん」

「・・・いえ。仕事ですから」

 

再確認できて助かりました。

ま、第五次から最終までは役立たずになるからどうでもいいんだけどさ。

 

「そして、現在、我々は第四次防衛ラインを突破中という訳です」

「連合軍も頑張るわよね。こっちは一切ダメージを受けてないってのに」

 

一応、地球最新鋭ですから。

そう簡単に墜ちませんよ。

 

「第五次以降はどうなっているんですか?」

「一斉に動き出した事で木星蜥蜴を刺激してしまったみたいですね。その対応に追われ、私達の事にまで手が回らないようです」

「静かに眠っている子を刺激したら癇癪を起こすに決まっているじゃない」

 

そんな感じです、ミナトさん。

可愛げのない赤ん坊ですけどね。

 

「それじゃあ、私達は第四次から第一次を突破すればいいんですね?」

「はい。そうなりますね」

 

地上からのミサイルは大した威力もないから無効化が可能。

デルフィニウム部隊はテンカワさんがいるから余裕でしょ。

衛星ミサイルは・・・DFの強度次第だな。発動される前にある程度の高出力を得られるようにしないと。

問題はビックバリア。強引に突破可能だけど、突破しちゃっていいのかな?

あれでも一応は木星蜥蜴の侵入を妨げている訳だし、修理が終わるまでの連合軍の負担を考えると申し訳ないよ。

それにかなりのエネルギーとか使ってそうだし。

衝突して強引に突破って事はあっちがオーバーヒートとかしちゃう訳じゃん。

エネルギー過剰でどこかしらが爆発するんじゃないかな?

人的被害も馬鹿に出来ないでしょ? 地上に損害がでないかも分からないし。

これってかなりの問題だと思うんだよね。

 

「ビックバリアは突破できるんですか?」

「理論上は可能です」

 

メグミさんの問いにルリ嬢が答える。

おし。ここで話に入るか。

 

「しかし、ビックバリアを突破してしまってもいいんですか?」

「ほぉ。それはどのような意味で?」

 

睨まないでくださいよ、プロスさん。

 

「まがりなりにもビックバリアは地球防衛に一役買っています。それを破壊してはネルガルも立場が悪いですし、地球の人達に不安を与えしまうのではないでしょうか?」

「・・・それもそうよねぇ」

 

企業イメージも大事でしょうに。

軍との亀裂は会長のアカツキ青年が修復するみたいだけど、民間からの恨みはどうしようもないし。

 

「むぅ。困りましたな。正論ゆえ反論できません。ですが、それでは、諦めなければならなくなります。どうしましょうか?」

 

その眼は批判したんだから代わりの案を出せって事ですね。

ビックバリアに被害を与えずにナデシコが脱出する方法か。

再度、交渉・・・無理だよな。ユリカ嬢の御願いは余計向こう側を本気にさせちまった訳だし。

 

「利をもって交渉するとか?」

「ほぉ。その利とは?」

「ナデシコは木星蜥蜴に唯一対抗できる戦艦ですが、たった一艦ではどうしようもないと軍も理解していると思うんです」

「ふむふむ。何人かは理解しているでしょうな」

 

・・・何人かですか? 相当に少ないんですね。

大丈夫ですか? 連合軍。

 

「今回の火星行きはその能力を証明する為であり、稼動データを収集する為でもあると告げれば向こう側も納得してくれるんじゃないですか?」

 

それも一応は目的の一部でしょう?

本当の目的は火星にある遺跡の確保だろうけど。

 

「無論、それはもう説明してあります。ですが、納得して頂けないのです」

 

あ。そっか。一度は許可を貰っているんだから、その時にこの説得はとっくに使っているか。

というかさ、一度許可したなら追わなければいいのに。軍の面子以前に人として間違っているでしょ。

 

「それなら、ビックバリアを突破できるという証明を向こうに―――」

「無駄だと思います。彼らは止められると確信しているからこそ追ってくるんですから。たとえ証明できても信じてくれませんよ」

 

バッサリ切られました、ルリ嬢に。

 

「やはり強引に突破するしか方法はないようですな」

 

む~。どうにか方法はないのだろうか?

 

「あの・・・」

「ん? ルリさん。何でしょうか?」

「ハッキングしてみましょうか?」

 

ハッキング!?

連合軍にハッキングしてビックバリアの解除パスワードを得ると?

・・・ま、考えていたけどさ。バレたらまずいかなって。

 

「連合軍の情報網をハッキングするのは容易ではありませんぞ。幾重にも防衛線が引かれておりますから」

 

・・・まるでやってみたかのような言い草ですね。

 

「ですが、被害なく突破するには有効かと」

「ルリさんはハッキングを成功させる自信があるのですか?」

 

ルリ嬢って現実主義だからね。出来ない事はしないでしょ。

劇場版でもハッキング普通にしていたし。基地情報の取得とか簡単じゃない筈。

 

「私一人では無理かもしれません」

 

そう告げた後、ラピス嬢を見詰めるルリ嬢。

なるほど。妖精二人なら可能という訳だな。

 

「ですが、マエヤマさんの力を借りられれば」

「・・・え? 俺?」

 

え? だって、ラピス嬢と頷きあっていたじゃん。

何で俺なの?

 

「マエヤマさん、よろしいですか?」

「え、ええ。構いませんが・・・」

 

正直、混乱しています。

 

「落ち着きなさい、コウキ君」

「あ。はい」

 

ふぅ~っと深呼吸。

おし。大丈夫。

 

「では、私とマエヤマさんがハッキングを仕掛けますので、ナデシコの制御はラピスとセレスに任せるという事で良いですか?」

「構いません。ラピスさん、セレスさん、御願いできますか?」

「・・・分かった」

「・・・分かりました」

「セレスはラピスのフォローに回ってください」

「・・・はい。分かりました」

 

ルリ嬢としてはまだセレス嬢だけには任せられないらしい。

セレス嬢も結構、良いレベルまでいっていると思うんだけどな。

艦長とかやっていたし、そういう所は厳しいのかな?

 

「それでは、ハッキングを仕掛けます。マエヤマさん、御願いします」

「うん。分かったよ。俺もフォローに回るから」

 

経験的な問題で多分敵わないし。

 

「・・・了解しました」

 

今の間は何さ?

 

「・・・・・・」

 

深呼吸して、心を落ち着かせた後、コンソールに手を置く。

ハッキングとか失敗してバレたらかなりやばい。

で、でも、きっと、失敗してもネルガルが責任持ってくれるよね?

 

「改めてよろしく御願いします。マエヤマさん」

「うん。こちらこそよろしく」

 

電脳世界にやってまいりました。

この感覚は久しぶりです。こんなに集中しなっきゃいけない事は中々ないしね。

現在は分かりやすく映像化してあります。

たとえて言うなら、オモイカネの反乱の時に潜り込んだ図書館みたいな奴。

それが今回はどこかの基地?みたいな感じの建物になっている。

俺とルリ嬢はその門の所で隠れているって感じ。

かなり厳重である事は間違いないね。

 

「まずは管制室を占拠しましょう」

 

未来のルリ嬢の格好をしたルリ嬢が俺にそう言ってくる。

・・・何で未来の姿なの?

 

「その前にいいかな?」

「はい。何でしょう?」

「その格好って成長したルリちゃん?」

「ええ。それが何か?」

 

いや。何故わざわざ未来の姿をしたのかが訊きたかっただけなんだけどさ。

 

「い、いや。なんでもないよ」

 

そう睨まなくても・・・。

やっぱりまだ嫌われているみたいだ。

 

「イメージ次第で武器が具現化されます。敵兵士がいるので用心してください。出来れば、見つからないよう管制室に到着したいですね」

「うん。了解」

 

要するに、だ。

敵兵士が向こうの異常発見ソフトみたいもので、敵兵士の武器が迎撃ソフトみたいなもので、俺達がウイルスみたいなもんな訳だ。

見つからないように向かうっていうのは、巧妙にハッキングして相手方がハッキングに気付かないようにしろって事だし。

敵兵士を倒して進むっていうのは、力尽くで相手方の防衛線を強引にハッキングしろって事な訳ね。

おし。やってやろうじゃないか。

 

「この世界でなら、私も戦えますので」

 

むしろ、最強でしょ。

 

「まずは門を突破しましょう」

 

そう言うとルリ嬢の姿が消える。

おぉ。それがルリ嬢のハッキングスタイルか。

バレない為に己の姿を消しちゃう訳か。

俺のスタイルとは違うな。

俺はどちらかというと・・・。

 

「なるほど。偽装ですか」

 

そうです。偽装です。

あたかも相手方のように振舞う事で違和感なくハッキングするんです。

一応、今まで無敗ですけどね。

ちなみに、俺は敵兵士とまったく同じ顔、同じ格好、同じ仕草になっています。

俺の偽装スキルを舐めるなよ。現実世界じゃ芝居なんて到底出来ないけど。

 

「・・・・・・」

 

無言で門を潜る。

バレてない。バレてない。

それにしても、見えないな、ルリ嬢の姿。

うん。俺にだけ見えるようにしよう。

 

「なっ!?」

「どうかした?」

「な、何かし・・・いえ。何でもありません」

「そう?」

 

慌てちゃって。どうかしたのかな?

 

「管制室はこちらですね。案内します」

「うん。ありがとう」

 

堂々と歩くルリ嬢に付いて行く。

ま、周りはルリ嬢の姿なんて見えてないんだけど。

 

「・・・・・・」

 

敵の兵士とすれ違ってもスルーさ。

再度、言おう。俺の偽装スキルを舐めるなよ。

擬態だろうが、偽装だろうが、何だってやってやるっての。

 

「ここです」

 

うん。確かに管制室って看板があるね。

というか、むしろ、親切じゃね?

 

「流石にここは隠れていても仕方ありませんので、敵兵士は蹴散らせましょう」

「了解。ルリちゃんは下がっていて」

「いえ。私も戦えます」

「いいから。いいから」

 

久しぶりだしね。肩慣らしだよ。

大事なのは向こうのデータバンクをハッキングする時なんだから。

 

「分かりました。お願いします」

「任されました」

 

左手に銃を具現化し、右手に手榴弾を具現化する。

もちろん、無音で無力なものです。簡単に言うと閃光弾。

 

「ほっと」

 

扉を少し開けて、閃光弾を投げ入れる。

んで、すぐに扉を閉めて、三秒後に・・・突撃。

 

ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 

管制室を守る敵兵士を蹴散らす。

撃ち損なったのは・・・いないな。

 

「もういいよ」

「お見事です」

「いえいえ。ルリちゃんはここから色々と調べておいて。俺はやる事あるから」

「分かりました」

 

管制室の椅子にルリちゃんを座らせて、俺は銃を撃ち込んだ敵兵士のもとへ向かう。

 

「偽装は完璧にしなっきゃね」

 

兵士の頭に手を添える。

これは向こうの記憶、即ち、設定を変更する為。

はい。完了。

これで俺とルリ嬢はそちら側の人間だよって認識された。

この状態なら何をしていようが問題にされないのさ。

 

「次っと」

 

一人変更すれば周りも感化するんだけど、一応ね。

俺は管制室のコンソールに手を置いて、先程と同じ作業を行った。

 

「・・・よし。もういいや」

 

俺は偽装していた姿を元に戻す。

ま、いつもの俺って奴だからどうでもいいでしょ。

 

「・・・凄いですね」

「そうかな? ルリちゃんだって凄いと思うよ。誰にも気付かれなかったでしょ?」

「え、ええ。まぁ」

 

ハッキングのスタイルが違うだけ。

むしろ、俺はルリ嬢の方が凄いと思うけどね。

俺がやっても完全な透明にならないと思うよ。

多分、どっかが欠けるか、半透明になる。

俺には到底真似できないね。

 

「解除パスワード。判明しました」

「へぇ。流石はルリちゃん」

「いえ。後はこれを制御室の方で直接打ち込むだけです」

 

素っ気無いな。

どうにかして仲良くなりたいんだけど・・・。

 

「・・・何か?」

 

前途多難だよぉ。

 

「それでは、制御室の方へ向かいましょう」

「分かった。俺が護衛するよ」

「そうですね。御願いします」

 

もう制御室の場所は把握しているだろうから、俺はルリちゃんが制御室に行くまで守るだけ。

偽装は完璧だと思うけど、万が一の為にね。

 

「・・・マエヤマさんはこれ程のハッキングをどのように身に付けたのですか?」

 

ギクッとなる質問だね。

どう答えるかな。

 

「秘密ですか?」

「ん~。秘密にしておきたいかな。ミナトさんに怒られちゃうし」

 

ハッキングはいけませんと言われてから実は何度もやっている。

これがバレたら怒られるかもしれないし、何より嫌われるかもしれない。

絶対にバレる訳にはいかないんだ。

 

「・・・マエヤマさんはミナトさんが大事なんですね」

 

ミナトさんが大事だって?

 

「そんなの当たり前じゃん。お世話になったし、今は恋人だしね。恋人を護らない人なんていないでしょ?」

 

今の俺にとって何よりも大切な存在。

それがミナトさんだ。

何を犠牲にしても、それこそ、俺自身を犠牲にしてでも護らなくちゃ。

いや。それじゃ駄目か。

ミナトさんがまずは自分って言っていたし。

自分を犠牲にしちゃ駄目だよな。

それでも、いざって時は己を犠牲にしてでも護ってみせる。

それが人を愛する責任って奴だと俺は思っているから。

 

「そう・・・ですか」

 

納得してくれたかな?

というか、何か疑われていたのか?

 

「じゃあさ、ルリちゃんにも大切な人っている?」

 

こんな事、暢気に訊いている暇はないんだけど、折角の機会だから。

 

「私の大切な人・・・ですか?」

「うん。大切な人。友達だって家族だっていい。好きな人だってもちろんいいよ」

 

ルリ嬢を変えてくれたアキト青年。

ルリ嬢を支えてくれたミナトさん。

ルリ嬢のお姉さんだったユリカ嬢。

きっとルリ嬢には多くの大切な人がいるんだろうな。

 

「・・・アキトさんです」

 

そっか。その中でも一番はアキト青年って事か。

 

「テンカワさんか。ルリちゃんにとってテンカワさんってどんな人なの?」

「そうですね。自分を犠牲にしてでも大切な人を取り戻そうとする優しい人で・・・」

 

ユリカ嬢の事か。劇場版でのアキト青年の想いは確かに伝わってきた。

 

「その優しさのせいで罪の意識に苛まれてしまう弱い人で・・・それでも、罪に苛まれようとも、前へと進もうとする強い人です」

 

罪の意識に苛まれる?

それは劇場版の事だろうか?

確かに幽霊ロボットが多くのコロニーを沈めたって言っていたけど。

 

「マエヤマさんだったらどうしますか? 愛する人の為に多くの犠牲を出してしまった自分を責めますか?」

「・・・・・・」

 

愛しているから。

それが全ての免罪符になる訳ではない。

意味も分からず、一方的に犠牲になった人は一生許さないだろう。

その者達の中にも愛する人はいるのだから。

恨みは理性で制しきれないものだから。

 

「自分は罪人だからって取り戻した愛する人のもとに戻る事もせず、愛する人を傷つけた者達を罰しようと限界に近い身体を酷使しますか?」

 

火星の後継者。

アキト青年の味覚、いや、多分、五感全てを奪った存在。

パイロットである事よりも料理人である事を主張し続けたアキト青年にとって何よりも辛かったと思う。

ユリカ嬢の身体を遺跡の翻訳機として用いた存在。

インターフェースとして用いられて負担がない訳がない。きっと身体はボロボロで精神的にも辛い事があったと思う。

ユリカ嬢だけじゃなく、アキト青年とて傷付けられた。

それなのに、アキト青年はユリカ嬢を思って、自分の恨みではなく、ユリカ嬢を傷つけた事に憤怒して行動したというのか。

 

「自分の身体を痛め付けて、限界を超えても酷使し続け、私達がどれだけ帰ってきてと訴えてもあの人は・・・」

 

遂にルリ嬢の目元から涙が溢れる。

胸の中に必死に押さえつけていた感情が溢れ出してしまったかのように。

抑圧された感情が爆発したかのように。

とめどめのない涙がルリ嬢の顔を濡らしていた。

 

「必死に追いかけても逃げるんです。罪人の俺にその資格はないって。俺の事なんて忘れてくれって。私達の想いなんて気付いてもくれず・・・」

 

相手の幸せを望むからこそ引き離す。

それがアキト青年の選んだ道だったんだ。

己の想いを封印して、心が痛んでも、相手の幸せを求めた。

 

「挙句の果てに・・・」

「・・・・・・」

「愛する人に裏切られて」

「・・・え?」

 

・・・愛する人に裏切られた?

ユリカ嬢がアキト青年を裏切ったていうのか?

 

「・・・裏切られたって?」

「艦隊で襲われたんです。私がアキトさんを追い詰めた時に」

「な、何で、襲われたの? だって、テンカワさんは必死に愛する人の為に・・・」

「全てを知っている訳ではありません。真相を、裏で何があったかを知っている訳ではありません。でも、一つだけ、一つだけ分かった事があります」

「・・・それは?」

「愛する人は記憶処理を受け、アキトさんこそが愛する人を奪った張本人だと誤認していたという事です」

「そ、そんな事って・・・」

「傷付いたでしょうね。立ち直れないくらい、壊れてしまうぐらい心が傷付いたと思います」

 

痛いなんてもんじゃない。

想像を絶する激痛が心を襲うと思う。

 

「私達は襲ってくる艦隊から必死に逃げました。傷付いたアキトさんを護ろうと。でも、護られたのは私でした」

「ルリちゃんが護られた?」

「はい。私の方を先に攻撃してきたんです。それで、アキトさんが私を護ろうと前に出て」

「・・・ルリちゃんを護る為に犠牲になったって事か」

「傷付いていたと思います。自棄になっていてもおかしくなかったと思います。でも、私なんかを護る為に身体を張ってくれたんです。結局、アキトさんは優しいままだった」

 

アキト青年はどんな気持ちだったんだろうか?

愛する人に裏切られて。

でも、護るべき人がいたから、身体を張って。

・・・必死に護って。

身体を痛め付けて、心を傷つけて、それでも、前を向けるテンカワ・アキト。

・・・敵わないなって思う。

 

「・・・そっか。それがテンカワさんの強さか」

 

弱くて強い。

一見、矛盾した言葉。

でも、弱くて強いから、俺は強いのだと思う。

 

『そろそろ第一次防衛ラインに着きますぞ。そちらの準備はよろしいですかな?』

 

あ。そうだったな。

 

「ルリちゃん」

「ええ。行きましょう」

 

随分と長い間、話に集中していたみたいだ。

気付けば制御室が目の前にあった。

扉を開けて、制御室に入る。

 

「後はこれにパスワードを打ち込めば解除できます」

 

制御盤らしきものが置かれており、それを前にしてルリ嬢が告げる。

 

「分かった。こっちは準備完了です。プロスさん」

『了解いたしました。いやはや、凄いですな。まさか軍の中央部に対してハッキングを成功させるとは』

「・・・そんな事ないですよ」

 

・・・褒められてもな。

喜べるような状況じゃないよ。

 

『それでは、御願いします』

 

了解です。プロスさん。

 

「ルリちゃん」

「はい。・・・パスワード入力。緑の地球を護る盾」

 

ピピピとパスワードを入力していくルリ嬢。

 

『ビックバリア。解除されました』

 

告げられるアナウンス。

どうやら解除は成功したらしい。

 

「帰りましょう」

 

門が電脳世界からの出口。

ルリ嬢は背を向けて先に出口へと向かう。

その背中がとても小さく見えて・・・。

 

「ルリちゃん!」

 

・・・気付けば俺の口は勝手に開いていた。

 

「もし、俺が犠牲者だったら、テンカワさんの事は絶対に許さないと思う」

「・・・・・・」

「でも! 俺はテンカワさんの行動を否定しない。愛する者の為に壮絶な生き方をしたテンカワさんを俺は尊敬する」

「・・・・・・」

 

無言のルリ嬢。

今、ルリ嬢は何を思い、何を考えているのだろうか?

 

「罪に苛まれ、愛する人に裏切られ、それでも前に進めるテンカワさんを俺は尊敬する」

「・・・・・・」

「だから! ルリちゃん。君がテンカワさんを癒してあげて欲しい。罪に苛まれる心を癒し、共に罪を背負って欲しい」

「・・・私が?」

「今は何か目的があって、それに向かってガムシャラになっているから大丈夫かもしれない」

「・・・・・・」

「でも、ふとした時や目的を終えた時、テンカワさんは再度己を責めると思う。そんな時、ルリちゃん、君がいるだけでテンカワさんは救われると思う」

 

誰かが傍にいるだけでいい。

それだけで心はずっと楽になる。

 

「ルリちゃん。君はどうしたいの?」

「・・・私はアキトさんを支えたい。罪を背負えというのなら一緒に背負う。助けて欲しいというのなら全力で助ける」

 

その眼は覚悟を決めた眼。

復讐鬼を支えようとする妖精の誓い。

 

「・・・たとえその為に私が犠牲になろうとも、私はアキトさんが叶えたい夢を叶えます」

 

決意。覚悟。

それをルリ嬢は決めている。

 

「・・・障害があるのなら、私が壊します。何を犠牲にしてでも、何があっても、私は・・・」

 

これは・・・依存だろうか?

妄信的なまでにテンカワさんを・・・。

 

「マエヤマさん。もし、貴方が障害であるのなら、私は自分の手を血で染める事も厭いません」

 

狂信。盲信。依存。

ルリ嬢が抱える闇の一端を垣間見た気がする。

殺すと宣言されたのに、俺はそれを怖いと思わず、ただただ・・・。

 

「・・・お先に失礼します」

 

・・・悲しく感じたんだ。

 

 

 

 

 



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マシンチャイルド

 

 

 

 

 

「ヤマダ・ジロウは生存。ビックバリアはナデシコもビックバリア自体も無被害で突破。キノコ副提督は原作通り脱出。テンカワさんは着実に未来を変えつつある、か」

「・・・何か言いました?」

「え、ううん。なんでもないよ、セレスちゃん」

 

おっと。思わず口に出ていたか。

 

「・・・あの、ここはどうすれば?」

「あぁ。ここはね・・・」

 

セレス嬢に心配かけちゃ悪いよな。

せっかくの訓練中なのに。

 

「それにしても、子供に夜勤を強要するとはねぇ」

 

何が起こるか分からないから、ブリッジには誰かしらが待機してなくてはならない。

それは分かる。でも、大人達だけで回しても支障はないと思うんだよなぁ。

 

「・・・私、子供じゃありません」

「そっか。ごめんごめん」

 

原作のルリ嬢を思い出すな。

女の子って子供扱いされるのが嫌なのかな?

大人っぽくありたいって思うのにはまだ早いと思うけど。

 

「眠くない?」

「・・・大丈夫です。寝なくても問題ないように調整されていますから」

 

軽い口調の割に過酷な現実。

改めて、彼女達が遺伝子を弄くって造られた存在なんだって実感した。

 

「そっか。でもさ、寝る子は育つっていうよ?」

「・・・寝ないと育ちませんか?」

「どうだろう? でも、寝た方が育つんじゃないかな?」

「・・・それは、困りました」

 

調整なんて言うな。君達は普通の人間なんだから。

・・・そう言うのは簡単だ。俺だってちょっと特別な人間ぐらいにしか彼女達の事を思っていない。

でも、自分は人形なんだと思い込んでいる彼女達にその言葉は響くのだろうか?

唯のIFSですら拒絶する者達がいるのに、それに特化するよう生まれた頃から、いや、生まれる前から宿命付けられた彼女達を周りはどう思うだろうか?

ナデシコは優しい所だ。だから、皆が受け入れてくれる。ちょっと特別な人間程度にしか思わないでいてくれる。

でも、世の中はそんなに優しくない。きっと彼女達を拒絶する人間はたくさんいる。自分と違うだけで、国籍や肌の色の違いだけで差別されるような世の中なのだから。

そんな彼女の事を分かってあげられるのは同じ境遇の者だけ。傷の舐めあいかもしれないけど、理解してあげられるのは同じ境遇の者だけだ。

それなら、俺に何が出来る? 

君は人間なんだと何度も繰り返し告げる事で認識を改めさせればいいのか? 

・・・いや。そんなのその場凌ぎでしかない。

いずれ、彼女達は他人と違うんだと実感する場面が必ずやって来る。

他人と違う能力を持っているという事。それは確固たる事実なんだ。

自分は周りと違わないとか。自分は唯の人間なんだとか。そういくら訴えようと周りの認識が変わる事はない。

それなら、彼女達は周りと違うと自覚し、その上で強く生きていけるようにならなければならないと俺は思う。

その為に、俺は何が出来るのか?

悩んだ。何をしてあげるべきなのか悩んだ。

何もしない事も一つの選択肢だったが、俺は何かしてあげたいと思った。

何かしてあげようなんて傲慢な考え方かもしれない。それでも、自分という存在が彼女達の為に何か出来るのなら、俺はしてあげたいと思う。

その上で、俺は彼女達に何をしてあげられるのか?

幾つもの選択肢の中で俺が選んだのは簡単な答え。

マシンチャイルドという存在に眼を逸らす事なく、唯の人間として接してあげよう。

矛盾している答えかもしれない。唯の人間として扱おうとするのだから。

でも、たとえ君達が周りと違っていても、それを受け入れてくれる人だっているんだよって。

そう伝えてあげたい。

 

「お腹すいたなぁ。出前でも頼んじゃおうか?」

「・・・夜、何か食べると太ると聞いた事があります」

「大丈夫。大丈夫。子供は食べて大きくなるの」

「・・・私、子供じゃないです」

 

マシンチャイルドである事は変わりようのない事実。

どれだけ叫ぼうが、どれだけ訴えようが、その境遇は変わらない。

君達は特別でもなんでもない。唯の人間なんだ。

俺はそう説く事はしない。

君達は特別だよ。でも、唯の人間なんだ。

俺はそう説く。

逸らしたって変わらないなら、真正面から受けて立って欲しい。

厳しい道かもしれない。

報われない道かもしれない。

でも、それが何よりの彼女達の幸せの為だと思うから。

せっかく特別な能力を持って生まれてきたんだから、引け目じゃなくて、誇りを持って欲しい。

ま、行き過ぎも困るけどさ。

 

「それじゃあさ、どっちが長く徹夜できるか勝負しようか?」

「・・・考えさせてください」

「え? 嫌かな?」

「・・・育たないのは困ります」

「そっか。そうだね」

 

無表情ながらも少し困ったように眉を顰めるセレス嬢。

彼女達が人形じゃないなんて誰もが分かっている。

無表情に見えて、実はそうじゃないなんて誰もが分かっている。

いつか大袈裟なぐらい感情表現する普通の、ちょっと特別だけど、普通の女の子になって欲しいなって思った。

 

「セレスちゃんは将来美人になるよぉ、絶対」

「・・・そうですか?」

「うん。今でさえこんなにも可愛いんだもん。将来はやばいくらい可愛くなると思うね」

 

ま、今の可愛いと大人の可愛いはちょっと違うけどさ。

 

「・・・初めて言われました、可愛いなんて」

「へぇ。それは今まで周りにいた人の眼が節穴だったんだな。なんで気付かないんだか」

「・・・気味悪がっていました。金色の眼とか」

「そんな事、気にする必要ないじゃん。周りは周り。セレスちゃんはセレスちゃんでしょ。俺は綺麗だと思うけどね、その金色の瞳」

 

吸い込まれるような綺麗な瞳。

たかが色が違う程度でその綺麗さは失われないさ。

むしろ、白と金のコントラストが魅力的だと思う。

 

「セレスちゃんはさ。MCって事を気にしているの?」

「・・・はい」

「辛い事を聞くようだけど、何故なのか教えてくれるかな?」

「・・・研究所では酷い眼に遭いました。助けられてからもMCだって気味悪がられました」

 

そうか。ネルガルの職員め。呪ってやろうか?

 

「・・・マシンチャイルドで得した事なんて、今まで一度もありません」

 

悲しそうに俯くセレス嬢。

マシンチャイルドである事が彼女の負い目になっている。

そんな状況は打破してやらないとな。

 

「セレスちゃん。そんな君にとっておきの言葉を教えてあげよう」

「・・・とっておきの言葉?」

「そうだよ、セレスちゃん」

 

人は違うからこそ美しい。

そんな意味が込められた言葉だ。

 

「皆違って皆良い」

「・・・皆違って皆良い?」

「そう。人間は誰しもが違うからこそ仲良くなれる、好きになれる、幸せになれる。皆が同じ人間だったら何も面白くないでしょ?」

 

自分ばっかりの世界なんて想像もしたくないぜ。

 

「他人と違うなんて当たり前の事なんだ。だからさ、他人と違う事に引け目なんて感じる必要はないよ。違う事に意味なんてない。だって、それが当たり前なんだから」

 

マシンチャイルド?

いいじゃん、別に。だから何?

それぐらいに考えていいと思う。

 

「違う事に意味なんてない。ならさ、マシンチャイルドである事とそうでない事に意味なんてないんだよ。少なくとも普通に生活する限りはね」

「・・・それでも、マシンチャイルドだから、私は嫌われる」

 

嫌われる事に恐怖する。

ハハ。何だ、考え方だって唯の子供じゃん。

マシンチャイルドも普通の子供も大して変わんないんだ。

 

「マシンチャイルドだからって俺は嫌ったかい?」

「・・・え?」

「ミナトさんは? メグミさんは? 他の皆だってそうだ。セレスちゃんがマシンチャイルドだからって嫌う人がいたかい?」

「・・・いません」

「セレスちゃんがマシンチャイルドだって事は一生変わらない、うん、変わらないんだ」

「・・・・・・」

 

小さく息を呑むセレス嬢。

まだ、マシンチャイルドである事に開き直れていない。

ま、そんな簡単にうまくいくなんて思ってないけど。

 

「でも、マシンチャイルドでも嫌わない人はいる。嫌う人もいるかもしれないけど、嫌わない人だっているんだ」

 

絶対にそうとは言い切れない。

でも、少なくとも、ナデシコクルーは嫌わないでくれる。

 

「マシンチャイルドは他の人と違う。それは仕方のない事だ。でも、違う事に意味なんてないんだから、周りが違うっていうんなら言い返しちゃいなよ。同じ人なんていないって」

「・・・・・・」

 

無言のセレス嬢。

まだ結論は出ないって所かな。

ま、それもそうか。

コンプレックスがすぐに解消される訳ないもんな。

俺だってコンプレックスの一つや二つぐらいある。

誰だって一つぐらいは必ず持っているもんだ。

マシンチャイルドであろうとそうでなかろうと老若男女問わず必ずな。

セレス嬢がコンプレックスを抱えるのも生きている上では必然って訳だ。

解消方法は色々あるけど、やっぱり一番は時間かな。

時間がいつの間にかコンプレックスを解消していたなんてよくある話だ。

セレス嬢のコンプレックスも時間が解決してくれるかもしれない。

セレス嬢の一生はまだまだ長いんだから。

 

「急に変な事を言ってごめんね。でも、覚えておいて。セレスちゃんがマシンチャイルドだからって他人と比べる必要はないんだって事。他人は他人。自分は自分だよ」

「・・・はい」

 

少しでもセレス嬢のコンプレックスが薄まっていたらいいなと思う夜の事でした。

 

 

 

 

 

「そっか。特別扱いしつつ唯の人間だって自覚させたいのか」

「はい。普通の人間だよって諭してあげるのも良いと思いますが、いずれ他人とは違うと気付く事態に直面すると思うんです。その時、そっちだと受け止められるのかなって」

 

毎晩恒例の膝枕。

すっかり癖になってしまいました。

多少、遅くなってもミナトさんの部屋を訪ねるぐらいですから。

だ、だって、仕方がないでしょ。

あんなに気持ち良くて心地良くてゆっくり出来て癒される時間なんてないよ!

一度やったらやめられない。

あれはもう、あれだね、麻薬みたいなものだね。

常習性が高過ぎます。

膝枕依存症です、僕。

 

「そうね。私はそこまで考えてなかったわ。ただ普通の子供のように扱ってあげようって」

「それでいいと思いますよ。ただ、マシンチャイルドである事に眼を逸らさせないように接すれば良いんです」

「可哀想って思っちゃいけないのね。そう思う事自体が差別しているって事だもの」

「ええ。違うのは当たり前なんです。ちょっと特別な生まれをしたってだけで可哀想だなんて思っちゃ駄目ですよ」

「それもそうね。ふふふ。まさかコウキ君に諭される日が来るなんて」

「ば、馬鹿にしないでくださいよ。俺だって色々考えているんです」

「拗ねない。拗ねない」

 

優しく微笑んでくれるミナトさん。

あぁ。癒される。

弄られているのに癒されるとはこれ如何に。

今なら、前の世界の友達の気持ちが分かるような気がする。

 

「それにしても、ルリちゃんがそんなにアキト君の事をね」

 

ルリ嬢から聞いた事をミナトさんにも話した。

劇場版の時のルリ嬢とアキト青年の思いと共に。

 

「大切な人って断言していたぐらいですから。きっと長い間、追いかけていたんでしょうね」

「愛するが故に引き離す。愛するが故に私情を捨てる。方法は間違っているけど、アキト君の想いは本物ね」

「やっぱり間違っていますか?」

「ええ。だって、アキト君はルリちゃんの思いを無視して独り善がりな態度だったんだもの。正面から一度話し合った方がお互いに幸せになれたと思うわ」

「俺もそう思います」

 

言葉にしなくちゃ伝わらない。

話さなくても伝わる事はあるけど、話さなくちゃ伝わらない事の方がずっと多い。

 

「俺は尊敬しますよ、愛する人の為に修羅になりきれるテンカワさんを」

 

俺にそんな事は出来るのだろうか?

五感を失って、夢を失っても、絶望せず、生きる事を諦めず、戦い続ける事が。

 

「修羅・・・か。コウキ君にはなって欲しくないかな」

「ミナトさん?」

「愛する人を取り戻す為に修羅になった人を見るのは辛いもの。きっとコウキ君も同じように距離を置こうとするでしょう?」

 

そんな事になった時、俺が取る行動。

 

「俺の事は忘れて違う人と幸せになって欲しいと。そう思うと思います」

 

俺は相応しくないからって。

きっと距離を置く。

 

「誰だってそう思うものよ。私だってきっとそう思う」

「ミナトさんも?」

「ええ。・・・別に私はアキト君を軽蔑している訳じゃないわ。むしろ、立派な事だ思う。そこまで愛される人は幸せだと思う」

「幸せ・・・ですか」

「でも、私は傍で愛して欲しい。遠くからじゃなく、近くで」

 

傍で・・・か。

テンカワさんも葛藤があったんだろうな。

俺にその資格はないって。

帰りたいけど帰れない、いや、帰らない。

罪の意識はテンカワさんにとってそれだけ重たかったんだ。

 

「どうしようもなかったんだと思います。巻き込まれたのはアキト青年のせいじゃないですから。不幸の始まりは・・・」

「分かっているわ。アキト君を攫った組織が悪いって事は。そうでなければアキト君は素直に傍で愛していられたって事も」

 

どうしようもなかった。

攫われたアキト青年が悪いだなんて思える筈がない。

アキト青年はあくまで被害者なのだから。

 

「理不尽なのね、世界って」

「・・・ええ」

 

強くなりたい。

理不尽に抗える力が欲しい。

テンカワさんはきっとそう強く思っている。

経験したらこそ余計に。

 

「コウキ君は力が欲しい? 理不尽に抗える」

「分かりません。経験のない俺には」

 

その時にならないまで力を求める事はない。

人間ってそういうもんだと思う。

変な所で楽天的で、いざという時に楽天的だった己を恨む。

実際に経験しないと分からないんだ。

経験した人の話を聞いても、どこか他人事のように思って。

 

「そうね。それじゃあ、私が死んだら、コウキ君はそう思ってくれるのかな」

「・・・死なせませんよ、絶対に」

 

絶対になんて断言できる訳がない。

それでも、俺は断言する。

これは俺の誓いだから。

 

「俺も生き抜いて、ミナトさんも生き抜いてもらいます。俺の目指す平穏な生活にミナトさんは欠かせませんから」

「そっか。それじゃあ死ねないわね」

 

死なせない。

戦争が何だってんだ。

 

「俺、色々と考えているんですよ。ナデシコを降りた後とか」

「あら。気が早いのね」

 

夢を考えるのに早い遅いはありませんよ。

 

「プログラマーとしてきちんと仕事に就くってのも良いですが、教員免許を取って教師なんてやってみるのも良いかなって」

「へぇ。教師か。コウキ君は面倒見がいいからもしかしたら向いているかもね」

「ミナトさんもどうです? 教員免許、持っていましたよね」

「うふふ。それもいいかもね。一緒に教師か」

「あ。でも、色々と心配だから専業主婦にしません? ガキ共が色目を使いそうなので」

「あら? 養ってくれるの?」

「それぐらいの甲斐性はみせますよ」

「ま、考えとくわ」

 

きっと楽しい生活に違いない。

未来に思いを馳せるのは生きる者の特権だ。

誰だって幸せになりたいのだから。

 

「それじゃあ、そろそろ・・・」

「え、えぇっと、その、ですね・・・」

「いいから、いいから、いらっしゃいな」

 

今日の夜も長そうです。

 

 

 

 

 

「すいません。アキトさんの事を話してしまいました」

「構わないさ。事情を知らなければ混乱するだけだろうからな。それより、どうだった?」

「結論から言いますと、彼は唯の人間ではありません。私と同等のハッキング能力があります」

「ルリちゃんと同等か。確かに普通の人間ではないな。IFS強化体質か?」

「あの年齢のMCは記録上では存在しません。それに、彼の経歴に怪しい点はありませんでした」

「両親が研究者か。もしやナノマシン工学を?」

「経歴ではそうでした。ですが、マエヤマという研究者の名前は聞いた事がありません」

「知らなかっただけという考えもあるが・・・ありえないか」

「はい。もし、通常の人間がMC並のオペレート能力を得られるようなナノマシンを開発したら、今頃知らない人はいない程に有名になっている筈です」

「もしや・・・」

「どうかしました?」

「あいつの両親も殺されたのではないか? 俺の両親のように」

「・・・確かに二年程前に両親共に死去していますね。たしか交通事故だった筈です」

「危機を察知したあいつの両親は息子のあいつにそのナノマシンを託して地球に戻らせた。そのナノマシンの恩恵で天才プログラマーとして名を馳せている」

「しかし、それが事実だとしたら、有名になった彼を見逃す訳がありません。必ずナノマシンを確保しようと―――」

「だから、ナデシコに乗ったとは考えられないか? 危険を察知して。ナデシコならば、とりあえずは周りと隔離される」

「・・・なるほど。可能性はありそうです」

「真相は分からんが、何となくあいつの正体は掴めてきたな。頭が回るのも両親の影響か」

「かもしれませんね。得られた情報は僅かですが、試してよかったです」

「ビックバリアの解除とあいつの調査を同時に行う。悪くなったな、ルリちゃん」

「色々ありましたから。艦長の経験はこういう所でも役に立っています」

「そうか。何はともあれ注意は必要だな」

「・・・はい」

 

 

 

 

 

「これより相転移エンジンの全力稼動テストを行います」

 

急遽告げられる稼動テスト。

サツキミドリに到着する時間を早める為って所か。

じゃあ、要求したのはテンカワさんかルリ嬢だな。

 

「どうして、そんな事を?」

 

おぉ。ジュン君。

頑張って目立ってくれ。

ビックバリアの時、戻ってきた事にすら俺は気が付かなかったから。

 

「リーダーパイロットであるテンカワさんの希望でしてな。宇宙空間においてどれだけの出力を得られるのか。全力で稼動させたらどれだけの出力になるのか。把握しておきたいとの事で」

「流石はリーダーパイロットだ」

 

絶賛する前に自分で気付きましょうよ、戦闘指揮係さん。

でも、理由としては最もらしい。考えたな、テンカワさん。

 

「万が一、エンジンの稼動に問題があっても、サツキミドリコロニーで改修できますからな。いやはや、提案して頂いて助かりましたよ」

 

そっか。一度もテストしてないから、どうなるか分からないのか。

開発途中で稼動テストをしたって話も聞かないし。実験艦って事? まさかね。

 

「そもそもどうしてサツキミドリコロニーに向かうんですか?」

「サツキミドリコロニーではパイロットが合流する予定なのです。また、物資を確保しておきたいと思いましてな」

 

パイロット三人娘か。

全員、キャラが濃いんだよなぁ。

 

「慌てて軍ドックから脱出したので、全ての物資を載せる事が出来なかったのですよ。現状でも火星までの往復は出来ますが、念の為です」

 

三日前に強引に出航だもんな。

予定通りに行かなかった訳だから、載せる予定の物資も載せられなかったと。

 

「合流するパイロットはどんな奴なんだ?」

 

気になりますか? ヤマダ・ジロウ。

原作では合流する前に脱落だもんな。

せっかく死なずに済んだんだ。生き抜いてくれよ。

 

「全員女性ですね。長くチームを組んでいた三人組ですので、連携も素晴らしく、各々の腕も高いです」

 

近距離担当のスバル・リョーコ。

中距離担当のアマノ・ヒカル。

遠距離担当のマキ・イズミ。

そこに近距離担当、というか、近接馬鹿のヤマダ・ジロウと万能のテンカワさんが加わる訳だ。

もし、俺がパイロットとして戦場に出るなら、中・遠距離を担当すべきだな。

ま、格闘技も何も身に付けてない俺だ。射撃の方がまだ頑張れるだろ。

ゴートさんから筋が良いって褒められたし。

必須能力である視力の良さは誰にも負けないぜ。

 

「そうか、そうか。所でよぉ、マエヤマ・コウキ!」

 

ん? 突然、何だろう? 俺、何かしたか?

 

「何だ?」

「てめぇは何なんだ!? パイロットなのか、そうじゃないのか!? ハッキリしやがれ!」

 

ハッキリしろと言われても。

 

「俺は予備パイロットですから。緊急事態や絶対数が足りない時のみ出撃します」

「それが中途半端だって言っているんだよ! どっちかにしやがれ! パイロットなのか、そうでないのか」

 

・・・困ったな。

今となってはパイロットになる事にそこまで拒否感はない。

でも、人数的に充分な気もするし、俺の役目はない気がするのだが。

 

「マエヤマさんには万が一の為に控えてもらっているのです」

「秘密兵器ってか? それ程の腕がそいつにあるのかよ?」

 

俺って舐められている?

ねぇ? 舐められているのかな?

 

「いいですよ。そこまで言うのなら、サツキミドリコロニーでパイロットが合流したらシミュレーションで模擬戦をしましょう」

「・・・コウキ君、子供みたいよ」

 

呆れないで下さい、ミナトさん。

男は舐められたら見返してやらないといけないんです。

 

「よっしゃ。いいだろ、このガイ様が相手をしてやるぜ」

 

ふふふ。調子に乗っていられるのも今の内だぞ、この野郎。

 

「蜂の巣にしてやる」

「お、お手柔らかにね、コウキ君」

 

負けられない戦いがそこにはある!

やぁぁぁってやるぜ!

 

 

 

 

 

「こちらネルガル所属機動戦艦ナデシコ。着艦許可を御願いします」

「こちらサツキミドリコロニー。了解しました。それよりも、君、可愛い声してるねぇ。どう? この後なんて」

「う~ん。どうしようかなぁ」

 

声だけで判断しない方が良いんじゃないかな、お互いにさ。

まぁ、ちょっとした挨拶みたいなもんだと思うけど。

 

「・・・サツキミドリコロニーって襲われるのよね?」

「・・・今回は予定より早く着きましたからね。襲撃前に間に合ったのかと・・・」

 

でも、この後、どうするつもりなんだろ。

早く着いたからって対処できる訳でもないし。

住民を逃がそうにも、どうやって説得するのさ。

いきなり襲われるから逃げろっていっても相手は納得しないよ、多分。

会長命令とかならいけそうだけど、アカツキ会長はテンカワさんと繋がっているのかな?

その辺りがイマイチ分からん。

どうするんだろう? テンカワさん達。

 

「それでは、これより休憩と致しましょう。明日出航する為、今日中に戻ってきて頂ければ結構です。メグミさん、艦内放送を御願いします」

「はい」

 

ほぉ。休憩ですか、プロスさん。

ま、ブリッジクルーは交代でとか言うんだろうけどね。

食堂とか整備班とかはどうなるんだろ?

ま、どっちも班長がその辺りをきちんと仕切ってくれるか。

ウリバタケさんもホウメイさんもリーダーシップがあるし。

 

「ブリッジクルーは交代で休憩としたいのですが、よろしいですか?」

 

ま、当然だよね。いざという時に困るし。

襲撃はいつなんだろう? 詳しい日時が分からん。

 

「アキトォ! 私と一緒に―――」

「俺はやる事があるのでな。失礼する」

 

ユリカ嬢がデートに誘う前にテンカワさんはブリッジから抜け出す。

あ。ユリカ嬢が灰になっている。

 

「ユリカ。それなら、僕と一緒に―――」

「えぇぇぇん。アキトが私を置いていったぁ。あ、違うわ。きっと私のプレゼントを買う為の別行動なのよ。もう、アキトったら、照れ屋なんだから」

「ユ、ユリカ?」

「もうもうもう。アキトったら・・・」

 

そこまで妄想できる貴方が凄いと思います。

ついでに隣で灰になっている人に気付いてあげてください。

 

「ブリッジクルーは交代で休憩としたいのですが、よろ―――」

「よぉし、俺は街でゲキ・ガンガーグッズの掘り出し物を探すぜ。レッツ・ゲキガイン!」

 

元気だね、ヤマダ君。

 

「ブリッジクルーは交代で休憩とし―――」

「コウキ君、どこか行く?」

「ミナトさん、話を聞いてあげましょうよ」

 

プロスさんが可哀想ですから。

 

「・・・・・・」

 

ほら。頭を抱えていらっしゃる。

 

「プロスさん。私が残りますので皆さんで休憩するのがよろしいかと」

「残るというのですか? ルリさん」

「はい。私はブリッジでする事がありますので、休憩の必要もないですし」

「いえ。そんな訳には」

「・・・私も残る」

「ラピスさんもですか? しかしですね」

 

ルリ嬢とラピス嬢が残ると言い出す。

用心の為に残っていたいという訳か。

つまり、テンカワさんも待機しているって訳だな。

 

「ワシも残ろう。出歩くのは疲れるのでな」

 

フクベ提督もか?

 

「俺も残る。特にやる事もないのでな」

 

ゴートさんまで。

 

「私が言いたいのは誰が残るではなく、順に休憩して欲しいという事で」

「私は休憩扱いで構いませんよ。どうせ、外に出る事もないでしょうし」

「・・・私も」

「ワシは自室で茶を飲むくらいじゃ」

「特にやる事もないのでな」

 

プロスさん、やっぱり、胃薬あげましょうか?

とても痛そうに胃を摩っていますし。

 

「そうですか。それでは、皆様方はお休み下さい。残るのは構いませんが、必ず二人はブリッジにいるように御願いしますぞ」

 

そう言って、胃に手を当てながら去っていくプロスさん。

心中、お察しします。

 

「ねぇねぇ、折角だから遊びにいきましょうよ」

「そうですね。折角の休憩ですから」

 

休憩していいなら休憩しますよ。

但し、すぐに動けるようナデシコが停泊している港周辺だけのつもりですが。

 

「どうしよっかなぁ。誘われちゃったし、お茶してこようかな」

 

メグミさん、マジですか?

 

「ユリカはどうするの?」

「う~ん。折角だし私も外に―――」

「あ。艦長は書類整理を御願いします。溜め込まれたら各部署に支障が出ますので急いで処理するように。では」

「・・・・・・」

 

再度、灰になるユリカ嬢。

というか、プロスさん、なんてナイスなタイミング。

これ以上ないってタイミングで戻ってきましたね。

すぐ行っちゃったけど。

 

「ユ、ユリカ。元気出して。僕も手伝うから」

「うぅぅぅ。ありがとう、ジュン君。やっぱりジュン君は最高の友達だね」

「う、うん。友達の為なら何だってするよ」

「流石ジュン君」

 

・・・心の涙に気付いてあげてください、艦長。

というか、実際に心ではなく涙を流していますから。

見えませんか? 悲しみの涙が。

 

「可哀想にね。あのままじゃ気付いてくれそうにないわよ、艦長」

「副長の押しが弱いのかと。友達宣言に噛み付くぐらいの事はしないと駄目ですよ」

「うふふ。これからが楽しみね」

 

他人の恋愛観察が趣味みたいなものですからね、ミナトさんは。

 

「・・・・・・」

 

ん? セレス嬢。

 

「・・・・・・」

 

どうかしたのかな。ボーっとしているけど。

 

「セレスちゃん。えっと、どうかした?」

「・・・いえ。休憩と言われても何をしたらいいのか分かりませんから、どうしようかと考えていました」

 

ま、また軽くヘビーな話を。

 

「ミナトさん。あの・・・駄目ですか?」

「もぉ。しょうがないわね。今回だけよ」

 

一言だけで分かってくれるミナトさんは素敵な女性だと思う。

 

「セレスちゃん」

「・・・何ですか?」

「一緒にお出掛けしない? きっと楽しいよ」

「・・・お出掛け・・・ですか?」

「そうそう。買い物したり、映画見たり、食事したり。とにかくきっと楽しいから、一緒においでよ」

「・・・いいんですか?」

 

何を不安そうに。

聞き返す必要なんてないっての。

 

「当たり前じゃん。こっちから誘っているんだからさ」

「・・・じゃあ、御願いします」

「任されました」

 

頭を下げてくるセレス嬢の頭を撫でながら了承。

ハッ! いつの間に手の平が頭に。これが魔力か。

 

「それじゃあ、出掛けるから着替えておいで」

「・・・私、着替えありません」

「え?」

「・・・制服しか持っていませんから」

 

おいおい。ネルガルさんよぉ。そりゃあないだろ。

もっと女の子として扱ってやれよ。

 

「ミナトさん」

「ええ。決まりね。まずは洋服を買いに行くわ」

 

相変わらず素敵です、ミナトさん。

何も言わなくても理解してくれるんですから。

 

「その前に私の部屋にいらっしゃい。服あげるから」

「え? ミナトさんの服をですか?」

「念の為に子供の時の服を持ってきておいたのよ。やっぱり正解だったわ」

 

準備が良いですね。最早、流石という他ありません。

 

「ほら。セレスちゃん。行くわよ」

「・・・はい」

 

セレス嬢の手を握って去っていくミナトさん。

ま、集合場所と時間は後で連絡すればいいか。

コミュニケで通信したら着替え中でしたなんていうベタな事にはならないようにしないとな。

 

「とりあえず、俺も着替えてくるとしますか。それじゃあ、留守番、御願いしますね」

 

待ってもらう四人に頭を下げた後、俺もブリッジから抜け出した。

さて、着替えて先に待っていますか。女性の着替えは長いですからね。

 

 

案の定、三十分程待たされました。

ま、覚悟していたから気にしないけどね。

むしろ、よくぞ三十分で済ませてくれた。

俺の友達は男の癖に一時間遅刻してきやがったからな。

思いっきり蹴ってやった記憶がある。

元サッカー部のキック力を甘くみんなって所だ。

 

「ごめんごめん。待った?」

「いえいえ。今来たところですよ」

 

と、ベタな会話をこなしつつ、デート?プランを決める。

 

「まずはセレスちゃんの服を買いにいきましょう」

「無論です」

「その後はコウキ君のエスコートって事で」

 

えぇ? 俺に任せるの早くない?

まずって言ったから結構計画してくれているのかと思っていたのに。

 

「女の子をエスコートするのは男の義務よ。これも勉強、勉強」

「き、緊張するんですけど・・・」

 

俺としてはミナトさんに任せたかった。

そっちの方が気楽だし。

俺が決めるとなると、間違ってないかなとか不安になるし。

ぐあぁぁぁ。どうしよう。

 

「そんなに深く考えなくていいわよ。軽い感じでさ。高級レストランにエスコートしなさいって言っている訳じゃないんだから」

 

それでも緊張するものは緊張するんです。

・・・相変わらず情けないな、俺。

 

「こ、ここは恒例のウィンドウショッピングですね。雑貨店って回るだけで楽しくありませんか?」

「ま、合格ね。そうしましょう。もちろん、コースはコウキ君が決めるのよ」

「え、ええ。任せてください」

 

ま、まぁ、その場凌ぎで何とかなるだろ。

 

「さて、コウキ君、出掛ける前に何か言う事ない?」

 

えぇっと、何だろう?

 

「いえ。特には」

「・・・・・・」

 

無言で睨むのはやめて下さい。

非情に居心地が悪いです。

 

「もぉ。減点。失格。退場」

「えぇ!? 始まる前から大失態!?」

 

な、何だ? 何なんだ?

 

「せっかく気合入れてきたんだから、気付きなさいよね」

「気合?」

 

あ。そういう事でしたか。

不慣れなもので。

 

「えぇっとですね・・・」

 

でもさ、こういうのって眼の前で言うのかなり恥ずかしいよね。

クゥ。世の軟派男の勇気を少しでいいから分けて欲しい。

オラに勇気を分けてくれと叫びたいが恥ずかしいからやらない。

 

「と、とても似合っていて、えっと、素敵だと思います」

 

真っ赤だろ? そうだろ? 真っ赤です。

それぐらい自覚しています。恥ずかしいものは恥ずかしいのです。

 

「ズバッと言わないと男らしくないぞ」

 

頬をつんつんしないで下さい。これでも頑張った方です。

 

「はい。次」

「次?」

 

ミナトさんの次?

あ。セレス嬢。

 

「セレスちゃん」

「・・・はい」

「とっても可愛いね。良く似合っているよ」

 

セレス嬢の銀色の髪と純白のワンピースが眩しいくらいに映える。

妖精って言われても違和感ない。むしろ、俺が妖精と讃えたい。

 

「・・・あ、ありがとうございます」

「何でセレスちゃんの時はズバッと言えるのよ」

 

照れる顔も可愛らしい。

ミナトさん、それは仕様です。

 

「セレスちゃんは何を着せても可愛くてね。悩んで悩んでこれにしたの」

 

そうですか。それで時間がかかったんですね。

というか、何着持ってきたんですか? 子供服。

 

「じゃあ、離れ離れにならないように手を繋いでいきましょうか」

「そうですね。じゃ、俺がセレスちゃんの左手を」

「私がセレスちゃんの右手ね」

「・・・御願いします」

 

颯爽と飛び出す俺達。

繋がれた右手からはどこか楽しそうな雰囲気が伝わってくる。

ミナトさんも笑顔だし、セレス嬢もちょっと頬が緩んでいる気がする。

楽しんでくれたら嬉しいな。

 

「・・・・・・」

 

右手に感じるセレス嬢の小さな手の感触。

なんか、昔の事を思い出すなぁ。

俺が小さくて、周りも小さい頃、従妹の手をこうやって繋いでいたっけな。

今は成長していて、そんな事はさせてくれないと思うけど。

・・・皆、元気にやっているかな? 

あの世界にはちゃんと俺がいるから、心配はないと思うけど。

やっぱり・・・少し寂しいかな。

 

「ほら。行きましょ。コウキ君」

「・・・いきましょう」

 

でも、今の俺にもこうやって一緒に歩いてくれる人がいるんだ。

寂しいけど、俺の世界はもう既にこっちの世界だもんな。

俺はこっちの世界で幸せに暮らすんだ。

俺の手を引っ張る小さな手の感触と二つの暖かな笑顔を前に俺はそう再度誓った。

 

 

 

 

 



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サツキミドリ攻防戦

 

 

 

『パイロットのスバル・リョーコだ』

『アマノ・ヒカルでぇ~す』

『マキ・イズミ』

 

予定より早く着艦したから、繰り越しでパイロット合流となった。

うんうん。やっぱり濃い三人組だなぁ。

プロスさん、司会の方、御願いしますね。

 

『それでは、恒例の質問タイムに移りましょう。皆さん、挙手を御願い―――』

『はい!』

 

元気ですな、整備班の方々。

 

『俺達にも漸く春がやってきた!』

『マエヤマの野郎のせいで鬱憤が溜まっていたんだ。これで、俺達にもチャンスが』

『な、何だってやってやるぞ。か、彼女達の為なら』

 

今までパイロットは男だけだったもんな。

整備班って役職的に女性とかいなさそうだし。

あ、でも、技術士官って大抵女性のイメージがあるんだけど、どうなんだろう?

やっぱり、連合軍とかはそうなのかな?

ま、こっちは開発主体じゃないもんな。

あくまで整備班だし。

 

「元気ねぇ」

「あ。ミナトさんも、そう思います?」

「叫び声が聞こえるじゃない。画面越しだけど」

 

呆れた表情を見せるミナトさん。

ま、男達のああいう叫びは呆れるか。

 

「コウキ君は行かなくてよかったの?」

「えぇ。艦長を始め多くのブリッジクルーが格納庫に行っちゃったじゃないですか。流石にブリッジを空には出来ませんよ」

 

艦長も副長もどっちか一人は残ろうよ。

というかさ、残っているのが提督と俺達とセレス嬢だけってどうなの?

まぁさ、俺が通信士をやればとりあえずは何があってもある程度は運営できるけど、自己紹介の為にいちいち格納庫に行かなくても。

いずれブリッジまでやって来るんでしょ? その時でいいじゃん。

 

「ルリちゃん達まで行ったのは意外ね。あの子、性格的にこっちに残りそうなのに」

「そうですね。俺も残ると思っていました」

 

確かに意外だ。

ルリ嬢もラピス嬢もわざわざ格納庫まで出向くなんて。

どうしてだろ?

 

「何か気になる事でもあったのかしら?」

「さぁ? 何を気にするんでしょうか?」

 

格納庫に向かった理由ね。

まさか、このタイミングで襲撃!?

い、いや、それなら、ルリ嬢が持ち場を離れる訳ないし。

多分、違う。

それなら、どうしてだろう?

 

「ま、私達が考えても分からないものは分からないわ。後で訊いてみましょ」

「そうですね」

 

考えても仕方ないか。

逆に考えて、ルリ嬢がいないって事はまだ襲撃もないって事だ―――。

 

「・・・前方より機影反応。木星蜥蜴です」

「ま、マジで? セレスちゃん」

「・・・マジです」

 

か、艦内放送。

非常事態だよ、エマージェンシーだよ、おい。

 

「艦内全クルーに告げる。前方より木星蜥蜴迫る。前方より木星蜥蜴迫る。直ちに持ち場に付き、戦闘準備を。前方より木星蜥蜴迫る。直ちに持ち場に付き、戦闘準備を」

 

いつもはメグミさんがいる所に飛び移り、急いで通信。

緊急事態だから急いでくれ。エマージェンシーコールもそろそろ鳴るから。

 

『な、何々?』

「艦長。急いでブリッジまで戻ってきてください! 木星蜥蜴が現れました! 指揮を御願いします」

『は、はい。とりあえず、出港準備を始めておいてください。急いで戻ります』

「了解しました」

 

ユリカ嬢からの通信を受け、俺達も準備に移る。

 

「セレスちゃん。俺も手伝うから発進シークエンスを」

「・・・はい」

「ミナトさんはいつも通りに」

「はいはぁい」

 

気楽な返事ながらその行動は的確かつ素早い。

セレス嬢とて一緒に訓練してきたんだ。多少覚束なくとも仕事は早い。

この分なら・・・。

 

「お、お待たせしましたぁ!」

 

準備中、急いだ様子のユリカ嬢の到着。

その後ろからは・・・。

 

「・・・む」

「遅れました」

「・・・遅れた」

 

ゴート氏に肩車された少女二人もご到着。

うん。ゴートさん。少女でも女性ですからね。

分かります。顔真っ赤です。

 

「す、すいません」

「申し訳ありません。はい」

 

メグミさん、プロスさんも到着っと。

 

「メグミさん」

「はい。代わります」

 

パッと席を立ち、自分の席に戻る。

さて、念の為にレールカノンの準備をしておくかな。

 

「パイロットは先行出撃。守護隊と共に迎撃に当たってください。メグミちゃん、サツキミドリ側の対応を訊いて」

「はい」

 

懐からサングラス的なものを取り出し、装着。

 

「オモイカネ。レールカノンセット」

『レールカノンセット開始』

 

まるで自分の身体から新しい腕が生えたかのような感覚。

俺のナノマシンでなければ、こんな感覚は味わえないだろう。

普通のだったら、ただ両手でそれぞれ銃を持っている程度だと思う。

だが、俺の場合は何百に近い腕の感覚がある。

俺とて怠けていた訳ではない。最初にこれをした時は頭痛で二時間ほど苦しんだが、今では大分慣れてきた。

日頃のシミュレーションも馬鹿に出来ないぜ。

 

「・・・発進準備。完了しました」

 

良くやったぞ、セレス嬢。

 

「機動戦艦ナデシコ、発進!」

「機動戦艦ナデシコ、発進します」

 

まずは襲ってくる蜥蜴野郎共を蹴散らさないとな。

俺のレールカノンが火を吹くぜ。

 

「グラビティブラスト発射準備」

「グラビティブラスト発射準備開始します」

『レールカノン、セット完了』

「DFを張りつつ前進。敵をナデシコで食い止めます」

 

サツキミドリを優先って事か。

目的を最優先する艦長なら物資の積み込みも終わったし、とっとと逃げるんだろうけど。

ま、ナデシコでそんな事は考えられないか。

 

「グラビティブラスト発射直前にDFを解除します。マエヤマさん、その際に敵を絶対に近付けないで下さい」

「了解」

 

絶対とは断言できないが、やれるだけやってやる。

 

「発射後からDFを発動するまでの間は無防備になります。ルリちゃんはその間に弾幕を。マエヤマさんは絶対に敵を近づけないで下さい」

「了解」

「りょ、了解」

 

注文が多いっての。

というか、同じ事を繰り返し言わなくても大丈夫ですよ。

分かっていますから。

 

「グラビティブラスト発射準備完了。いつでも撃てます」

「メグミちゃん。投射線上から退避するようパイロットに通信を御願いします」

「はい」

 

戦闘時の通信士の役目ってかなり大きいかもしれないな。

 

「退避完了です」

「DF解除」

「DF解除します」

 

さて、俺の出番か。

コンソールに手を置き、意識を集中させる。

眼を閉じ、眼を開くと画面に映るのは多くのカメラ映像と敵の情報。

その一つ一つを解析し、瞬時に照準をつけて発射。

ロックオン機能搭載かつ多重ロックオンだ。

外してたまるか。

前方はグラビティブラストに任せるとして、俺はそれ以外と接近中の敵を殲滅する。

 

「グラビティブラスト発射ぁ!」

「グラビティブラスト発射します」

 

駆け巡る黒い波動。

重力波が敵を押し潰し、前方の敵を踏み躙っていく。

おっと、見惚れている暇はないな。

後ろ!

 

「グラビティブラストチャージと同時にDFの発動準備」

「グラビティブラストチャージ開始」

「・・・DF発動まで一分かかる」

「マエヤマさん。一分間、敵の攻撃に耐えてください」

「はいよぉ」

 

クソォ。いくら撃っても敵が減らない。

前、横、後ろ、上、下。

全方位から迫る敵を対処するのは脳に負担がかかりすぎる。

俺の脳がオーバーヒートしちまうっての。

 

「エステバリス隊はどうなっていますか?」

「サツキミドリコロニーより重力波を支給してもらい、サツキミドリの防衛に当たっています」

「・・・マエヤマさんを信じます。サツキミドリを絶対に護り切るよう伝えてください」

 

え? エステバリスのフォローはなし?

マジかよ!?

 

「ルリちゃん、弾幕は?」

「現状でナデシコの出せる弾幕は限界です。後はマエヤマさんにお任せするしかないかと」

 

嘘だろ!? こんなんでナデシコを守り通すつもりだったのか?

弾幕薄いぞって。何やってんのって。

 

「後方のバッタよりミサイル一斉発射。弾幕、間に合いません!」

「マエヤマさん!」

 

ひ、引き受けなっきゃ良かった。

何だ? これ。 何の拷問!?

クソッ! やってやるぜ!

ナデシコの後ろ側に配置されている全レールカノンを一斉に操作。

全ての照準を後ろに回してロックオン。

 

「発射ぁ!」

 

絶える事なく撃ち続ける。

数が数だから仕方ない。

視界一面ミサイルってかなりの恐怖感ですから。

ん? うわ、やばっ!

 

「ミサイル数発が弾幕を潜り抜けました」

 

解説どうも、ルリ嬢。

揺れるけど、許してくれ!

それと整備班さん、苦労をおかけしてごめんなさい!

 

「ほっとぉ」

 

ん? あら? あれれ?

揺れない。

攻撃喰らったんじゃないのか?

 

「回避成功ってね」

 

さ、流石、ミナトさん。

俺には見えないけど、きっといつもの頼もしい笑顔を浮かべているに違いない!

 

「私がフォローするから頑張りなさい、コウキ君」

 

そこまで言われたらやるしかないだろ。

 

「・・・DF発動する」

 

・・・さいですか。

 

「お疲れ様です、マエヤマさん。次の発射まで休んでいてください」

 

あと何回グラビティブラストを発射する機会があるのだろうか?

その度にこれだと頭がぶっ壊れちまうって。

 

『こちらテンカワ。ブリッジ応答願う』

「あ、はい。こちらブリ―――」

「あぁ! アキト、どうしたの? 私になんか用?」

 

・・・はぁ。

どうしてテンカワさんが絡むとこうなっちゃうかな。

戦闘中はかなり頼りになる艦長なのに。

 

『サツキミドリの守備が足りない。マエヤマを出して欲しい』

「・・・え?」

 

俺っすか?

え? マジ?

 

「マエヤマさん。御願いします」

「えぇっと」

 

そう御願いされてもな。

いきなり過ぎてちょっと心の準備が。

 

「サツキミドリが危険です。急いでください!」

 

あぁ。もう!

分かったよ!

 

「了解しました」

 

コンソールから手を放してレールカノンの操作をオモイカネに返す。

 

「ルリちゃん。ごめん。後は任せた」

「任されました」

 

オペレーターのリーダーであるルリ嬢に連絡を終えた後、急いで俺は格納庫へ向かう。

 

「無理しないでね、コウキ君」

「・・・頑張ってください」

 

背中にかかる応援の声でやる気を漲らせながら。

 

 

 

 

 

「おう。話は聞いているぞ。知っていると思うがお前のはあれだ!」

 

メタリックシルバーの俺専用エステバリス。

OG戦フレームの武装は・・・。

 

「武装はどうなっています?」

「腰の所にイミディエットナイフが二本。ラピッドライフルはすぐに持ってこさせる」

 

ナイフとライフルだけか。

やっぱり貧弱だな。もうちょっとバリエーションが欲しい。

レールカノンの予備パーツとかで武器を作ってもらおう。

 

「了解しました」

 

タラップを利用してアサルトピット内に乗り込む。

俺の為の俺による俺だけの改造アサルトピット。

自慢じゃないが、俺以外が動かそうとしても無理だと思う。

多分、すぐに頭が痛くなるだろうし。

制御も容易じゃないよ。俺のナノマシン以外だと。

ウリバタケさんからはお前馬鹿だろ? 使いこなせる訳がねぇよって言われた。

それからは使ってない時には普通の状態にして、俺が使う時だけ特別仕様にする事にした。

そうじゃなっきゃ変に思われるでしょ? ありえない程に高機能だし。

だから、ウリバタケさんからは普通のアサルトピットにしか思われてない。

だが、しかし、俺の手がコンソールに触れると・・・。

 

『搭乗者確認。マエヤマ・コウキ。カスタム状態に移行します』

 

命名、カスタム。

普通の名前でしょ? でも、この性能は半端ない。

きっとさるお方もナデシコのエステバリスは化け物か!? って言ってくれる筈さ。

 

「準備完了です」

 

ブリッジに連絡。

腰のナイフも確認。

両手にライフルを持ち、発射台に立つ。

 

『発進御願いします』

「エステバリス0G戦フレーム。行きます!」

 

動き出す発射台。

 

「ク、クソッ! 何てGだ。これでも緩和しているってのに」

 

簡易的だけど、重力緩和装置を搭載したのに。

それでもこれだけのGってどゆこと?

ジェットコースターは苦手な部類に入ります。

自分で動かす分には大丈夫なんだけどね。

という訳で、現在、結構やばいです。

 

「艦外に出ます。御気をつけて」

「了解」

 

頑張りますよ。通信どうもね、メグミさん。

しかし、今更だが、俺ってこれが初陣じゃん。

やっば。心臓がバクバクいってきた。

 

『マエヤマ。重力波はサツキミドリからもらえる。まずは急いでこっちに来い』

「了解しました」

 

全速で飛ばす。

全身に纏わり付く恐怖の感情を忘れるように無我夢中で。

だが・・・。

 

「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ」

 

・・・そんな事は無駄だった。

怖い。怖すぎる。

全身が恐怖で震える。

唇は乾燥し、頭の奥が痛み出す。

想像するのは死。

ありえる、いや、失敗すればいとも簡単に死ねる。

これはゲームなんかじゃないんだ。死んだらお金を入れてコンティニューなんて事は絶対に出来ない。

死んだらそれでおしまいなんだ。無情に無慈悲に死は訪れる。

何を俺は気楽に考えていたんだ。

俺は凄いって? そんなのシミュレーションの中の話だ。

ナノマシンが凄いとか身体能力が凄いとか、そんなの今の俺には全然関係ない。

身体は思い通りに動かないし、イメージする余裕なんて一切ない。

無理。無理だよ。絶対に無理。俺には戦えない。

 

「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

意識が朦朧とする。

視界がぼやけて息苦しい。

こんな事していたらやられるって分かっているのに、身体は動いちゃくれない。

イメージ? 機体を動かすイメージをしろって? そんなの無理だ。自分が死ぬイメージしか湧いてこない。

あぁ。俺はこのまま・・・。

 

『コウキ君。落ち着きなさい』

 

ミナト・・・さん?

 

『ゆっくり息を吸って』

「スーーー」

『そう。次はゆっくり吐いて』

「ハーーー」

『そうよ。その調子。ゆっくり深呼吸して』

「スーーーハーーー」

『落ち着いて。大丈夫だから。コウキ君なら出来る』

「スーーーハーーー」

『緊張するのも怖いのも分かるわ。私だってコウキ君が危ない眼に遭うと思うと怖いし胸が痛い』

「スーーーハーーー」

『活躍しようなんて考えなくていいわ。ゆっくり自分の出来る事をやってらっしゃい。無理だけはしちゃ駄目よ』

「・・・行ってきます。ミナトさん」

『ええ。行ってらっしゃい』

 

怖くなくなった訳じゃない。

今だって指先は震えているし、頭の奥で甲高い音は聞こえる。

でも、少し心が軽くなったのも事実。

こんなんじゃ到底活躍なんて出来そうにないけど、やれるだけやってみよう。

落ち着け、俺。いつものようにやればいいだけだ。

 

『来たか、マエヤマ』

「はい。遅くなりました」

『構わんよ。急だったからな』

「いえ。それで、状況は?」

『現在、サツキミドリの連中はシャトルで脱出中だ。合流した新パイロットの三人にその援護を任せてある』

 

シャトルで脱出か。

その分なら被害は減るな。

 

『ガイ、俺、お前の三人は敵を引き付けつつ各機撃破だ。離れすぎると孤立するからな。常にレーダーで確認しろ』

 

引き付けつつ撃破。

初っ端にしては厳しいミッションだな。

だが、やるしかないんだ。

俺の頑張りが脱出に繋がるのなら。

 

「了解しました。ヤマダ機が近接距離で戦闘しているので、俺は後ろから援護します」

『了解した。頼むぞ』

 

レーダーを確認。

ヤマダ機が引き付けた敵をテンカワ機が殲滅していく。

時にラピッドライフル、時にイミディエットナイフで容赦なく潰していくその姿は、まるで死神が死を運んできたかのようで。

・・・俺はテンカワさんに戦慄を覚えた。

 

「・・・あ。ボーっとしていちゃいけない」

 

思考停止状態からすぐに抜け出し、俺はライフルを両手に持つ。

気分は二丁拳銃のガンマン。

絶え間なく打ち続けられるスタイルな気がする。

命中率だけは自慢できるしな。

弾に限りがあるから調子に乗れないけど、外さないから許して欲しい。

 

「並列思考なんて立派なもんじゃないけど、シューティングゲームで培った同時射撃を見せてやる」

 

照準補正ソフトが勝手にロックオンしてくれるから、後は俺が把握できるだけの敵を全てロックオンして右と左とで撃ちまくる。

同時に左右で撃つからちょっと頭を使う。でも、それでも、俺はやり切ってみせる。

 

ダンッダンッダンッダンッダンッダンッ!

 

撃つ度に衝撃が走るが、そんな事は百も承知。

宇宙だとそれで勝手に移動しちゃうからより複雑な操縦技術が必要だけど・・・。

 

「シミュレーションだけは欠かしてない!」

 

飛び込んでくるバッタ。

スラスターを吹かして避ける。

その後、振り向き様に蹴り上げ、ライフルの弾で貫いた。

 

「まだまだぁ!」

 

格闘戦をこなす為に取り付けられた反重力推進機関の推進力を利用して向かってくるバッタを踏み台にする。

バッタを蹴ると同時に自らも飛び上がり、距離を置き、ライフルを放つ。

 

『マエヤマ、離れ過ぎだ。孤立するぞ』

 

いつの間にか遠くに来過ぎていたみたい。

道理で遠距離から援護のつもりが囲まれていた訳だ。

 

「離脱し、すぐに戻ります」

『応援は?』

「いりません」

 

この程度にテンカワさんの手を煩わせる訳にはいかない。

 

「何の為の二丁拳銃だって話だろ」

 

反重力機構によって足場を作り、そこにドッシリと降り立つ。

ここから動くつもりはないという事だ。

 

「ダァァァ!」

 

乱射。とにかく乱射。

両腕をあらゆる方向に動かしながらとにかく撃ち続ける。

但し、確実にロックオンはしている。

命中率は下がるが、それ程ではない筈。

 

「無駄弾もあったけど・・・殲滅完了だ」

 

周囲のバッタは全て残骸へと成り果てていた。

一応はきちんと狙っていたが、周りからは子供の癇癪みたいに見えただろうな。

泣き叫び、喚き出し、手をバタバタさせて敵を屠る子供。

・・・ある意味、怖いな。

幼女が巨大化してドラゴンと戦うゲームを思い出したよ。

・・・違うか。ドラゴンで巨大化した幼女と戦うゲームだ。

 

「さて、急いで戻らないとな」

 

こういう所が経験不足だと思う。

きちんとレーダーを見て確認しろって言われていたのに、戦闘に入ったらすぐに忘れちゃうし。

まだまだ修練が必要だな。

テンカワさんに鍛えてもらうか。

あ、後、ゴートさんにも射撃の練習を見てもらおう。

照準補正ソフトがあるから別に俺自身の技能はそんなに必要ないんだけど、イメージの問題だしね。

あぁ~。誰か俺に剣術とか格闘技とか教えてくれないかな。

俺の経験なんて体育の授業の柔道とチャンバラごっこぐらいしかないぞ。

はっきり言って、使えん。

ま、はっきり言わなくてもそうなんだけどさ。

 

「すいません。戻りました」

『了解した』

「サツキミドリの方はどうですか?」

『現在もシャトルが脱出している。あと少しと言っていたな』

「無事、脱出できたんでしょうか?」

『そうだな。脱出したシャトルの内、七割は生存、二割は撃沈、一割は行方不明といった所だ』

「そう・・・ですか」

 

助かった人もいた。でも、助からなかった人もいたんだ。

これが死。選択する事もできず、抗う事もできず、唯の物になってしまうという事。

・・・やっぱり、死ぬのって怖いな。

 

『死ぬのが怖いか?』

 

問われる。

多くの者を殺してきた者から。

 

「・・・もちろんです。誰だって死ぬのは嫌ですし、怖いものです」

『・・・俺は何度も死にたいと思ったがな。死んで楽になりたいと思った』

「それは例外ですよ。聞きました、ルリちゃんから。貴方は多くの犠牲を出してここにいるって」

『・・・・・・』

「犠牲になった者の怨念を感じましたか?」

『・・・ああ。いつだって感じているさ。悪夢として毎晩見るからな』

「それなら、それが貴方の罰です。死にたいと願うのは逃げだと思います。怨念を感じる? 当たり前です。誰が殺されて喜びますか?」

『・・・厳しい事ばかり言う』

「ルリちゃんは言っていました。貴方の罪を一緒に背負うって。貴方が楽になりたいからといって死んだ所で悲しみは消えないし、余計悲しむ者も出てきます」

『死ぬまで生き続ける事。それが俺の罰か』

「そうですね。それで赦される訳ではありませんが、罪を犯して何もないなんて事は絶対にないですから。等価交換って奴です」

『罪を犯せば罰が下る。当たり前の事だな』

「ええ。自分以外に裁く者がいない以上、貴方が貴方自身を裁くしかないんですから」

 

罪を犯してしまった。

刑務所に入れば罪が赦されるのか?

釈放金を払えば罪が赦されるのか?

どっちも違う。罪を犯したという事実は何も変わらない。

人を殺したという事実はその後に如何に人命を救おうと消える事はない。

一生、背負わなければならない業なんだ。

罪を犯したから自殺する。

そんなものは何の贖罪にもならない。

自分が殺した命と自分の命が同価値だなんて思い上がりでしかない。

一生罪に苛まれ、心に傷を抱えて、ようやく楽になれても及ばないと思う。

それでも、自殺という逃げ道に走るよりはずっと良い。

 

「休んでいる暇はありませんでしたね」

『・・・ああ。ガイの援護を頼む。俺は突撃する』

「テンカワさんなら大丈夫だと思いますが、気をつけてくださいね。貴方が死んで、悲しむ者はたくさんいるのですから。もちろん、俺も」

『ああ。分かっている。死にはしないさ。逃げたくないからな』

 

どこかテンカワさんには自殺願望があったのではないかと思う。

だから、俺は改めて思う。ルリ嬢やラピス嬢に彼を支えてあげて欲しいと。

押し潰されないように、隣で支えてあげて欲しいと。

 

「調子はどうですか?」

『ヘンッ。この程度で敗れる俺じゃねぇ!』

「そうですか。援護に入ります。無茶してください」

『おうよ! 予備パイロットは俺の華麗な機動を眼に焼き付けていな』

 

スルーされましたよ。

俺のボケってレベル低いのかな?

それとも、あっちが気付いてないのか?

ま、多分そうだろう。あっちが悪い。

さて、弾の残量は・・・。

うん。一段落したら補給に戻ろう。

 

『ガイ・スーパー・アッパー!』

 

激しい攻撃だな。

でも、向こうってそんなに強くないし、攻撃後の隙が大き過ぎると思うんだよ。

 

ダンッダンッ!

 

ま、それをフォローするのが俺の役目なんだけどさ。

 

『お。やるじゃねぇか。予備』

「予備言うな。射撃に関しては負けねぇよ」

『お、それがお前の素か。敬語なんてやめとけよ』

「善処するよ」

 

何か、熱くなければ本当に男前でカッコイイんだよね。この人。

原作でも兄貴肌って感じでアキト青年と仲良くなっていたし。

パイロット技能も実はテンカワさんに負けてない?

性格が災いしているって所か。

近接格闘技能だけを見るなら、かなりのレベルだもんな。

よし。模擬戦の時は挑発しつつ、遠距離から攻めよう。

それなら、勝てる。

 

「ヤマダ・ジ―――」

『ガァイィ! ダイゴウジ・ガイだぁ!』

 

これがなっきゃカッコイイんだよな。

減点。大きく減点。

 

「ダイコウジ・ゲキ」

『ガイだ! ・・・だが、う~ん、悪くねぇ。ゲキ・ガンガーをリスペクトしてやがる』

 

この人、単純だな。

でも、結構、面白い。

 

「ゲキガン野郎」

『クゥゥゥ! 貶されているようで褒められているというこの矛盾。クソッ! どうすればいい?』

 

ククッ。おもしろ。

 

「ガイ! ゲキガン・ファイヤーだ!」

『おし。ゲキガン・ファイヤー! ってどうやるんだよ!?』

「こう。両手を突き出して飛び込めばいいんじゃないか?」

『なるほど。ゲキガン・フレアが合わさってゲキガン・ファイヤーになる訳だな。よし。やってやろうじゃねぇか! ゲキガン・ファイヤー!』

 

威力は分からんが、ポーズは正直・・・かっこ悪いな。

両手を突き出して飛び込むっていうのは、そうだな、某パンのヒーローが空を飛ぶポーズで敵に飛び込むようなものだ。

再度言うと、威力は分からんが、ポーズ的にはヒーローじゃない。

どちらかという間抜けだ。

あれはパンのヒーローだから良いのであって、エステバリスみたいなロボットがやるのはあまり推奨しない。

 

「ガイ! そのままゲキガン・トルネードだ!」

『ゲキガン・トルネード!? 何だ!? そのカッコイイ技名は!?』

 

そうかな? カッコイイかな?

 

「そのポーズのまま回転して敵に突っ込むという究極奥義だ。間違いなく、ゲキガン・フレアを上回るぞ」

『おっしゃぁぁぁ! ゲキガン・トルネード!』

 

回転しながら敵に突っ込むダイコウジ・ガイ、改め、ヤマダ・ジロウ。

欠点は眼が回る事だな。恐らくフィギュアスケートの人でも眼を回すと思う。

あれで頭部だけ回っていないという不思議現象すらも可能に出来たら、中の人的に繋がるんだけど・・・。

ま、狸君のタケでコプターな道具と同じで首がひん曲がるか。実際にやったら。

 

『ぜ、全滅したぜ。眼、眼がぁぁぁ。あ。ついでに気持ち悪い』

 

案の定って奴だな。

 

「一旦帰艦する。付いてきてくれ」

『お、おうよ!』

 

フラフラのヤマダ機をフォローしつつ、ナデシコに帰艦する。

 

「ウリバタケさん。すいませんが、ラピッドライフルを」

『おう。ちょっと待っていな』

 

コミュニケ越しに武器を要求する。

流石は整備班。すぐに準備された。

 

「ヤマダ機は格闘戦が多く、損傷している箇所が多いと思います。少し休ませてから再出撃させてください」

『おう。了解した。気をつけろよ』

「はい」

 

俺は基本的に遠距離ばかりだったからそれ程は損傷していない。

ヤマダ機は、ほら、機体以上にパイロットがやばいと思うから。

 

「急がないと」

 

戦線をテンカワさんだけでもたせるのはきついと思うので、急いで向かう。

 

「・・・やっぱりダントツで凄いな」

 

戦場に戻ると凄まじい機動で動き続けるテンカワ機が見えた。

一つ一つの射撃が的確、武器の持ち替えのタイミングも的確だし、接近戦では無類の強さを誇る。

あの接近戦に対抗できるのはヤマダ・ジロウぐらいだろう。

・・・対抗できるだけ凄いと思うが。

 

「俺も頑張らないと」

 

再度、両手にライフルを持つ。

 

「・・・俺も回転しながらライフルでも撃ってみるか?」

 

・・・いや。無理だろ。

眼が回るのがオチだ。やめておこう。

 

「シンプル・イズ・ベスト。無茶はしないで、普通の動きをしよう」

 

普通を極めるものこそが最強と聞いた事があるけど、どうなんだろう?

基本は大事って伝えたいんだと思うけど。

 

ダンッダンッダンッダンッダンッ!

 

近付いてくる敵を優先にライフルを撃ちまくる。

その場で止まりながら撃つスタイルだ。ほぼ外さなくて済む。

 

『シャトルの全機脱出を確認。各機、帰艦してください』

 

・・・やっと終わったか。

とりあえず、こっちに来る奴らを攻撃しながら下がるとしよう。

あぁ。汗でびっしょりだ。早く湯船に浸かりたい。

 

「マエヤマ・コウキ。帰艦します」

 

それから、どうにか無事に帰還する事が出来ました。

パイロットは予想以上に辛い。よくアキト青年はやり遂げたな。

そう深く感心してしまう。俺だったら、途中でリタイアしていてもおかしくない。

いきなり戦場に出されるとか、俺には耐えられる気がしないよ。

帰艦後、疲れからか、その場で寝てしまったのは勘弁して欲しい。

というか、何故、眼が覚めたらミナトさんの部屋にいるの?

あ。先にお風呂に入らせてください。汗臭いので。

一緒に入る? む、無理ですから! か、勘弁してください!

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

コウキ君が戦場に出る。

・・・そっか。これが怖いって事か。

今までどこか遠い眼で戦闘を眺めていた私。

でも、今は怖くて仕方がない。

以前、とても昔の戦争の事が描かれた文献を読んだ事がある。

それから日本は戦争をしなくなったらしく、日本という国における最後の戦争を示した文献だ。

その文献で、戦場に出向く夫を沈痛な表情で見送る妻という描写を見た。

今なら、その人の気持ちが判る気がする。

きっと、今の私と同じ気持ちだと思うから。

どうか無事にいて。その為だったら私の命だって惜しくない。

そう思いながら祈る自分がいた事に言われて初めて気がついた。

愛する人が戦場に行く事がこれ程怖くて、心細い事だなんて・・・。

改めて、気安く予備パイロットになればいいなんて言った自分を責めたくなった。

そう言われて泣きそうだったコウキ君の顔は二度と忘れないと思う。

戦場がこんなにも怖いものだなんて。

私は現実を甘く見ていた。

 

「マエヤマ機。帰艦しました」

 

その言葉を聞いただけで、心から安堵した。

そして、すぐにでも迎えに行きたくなった。

生きているという事を全身で感じたくなった。

でも、持ち場を離れる訳にはいかない。

きっと、そんな無責任な事をしたら後でコウキ君に怒られるから。

ふふっ。変な所で堅いんだから。でも、それがまたとっても良い子だって思わせてくれる。

ああいう、無責任な事を嫌う責任感のある人は将来的に優しい夫でいてくれると思うしね。

 

「パイロットの方はブリッジまで御願いします」

 

ああ。コウキ君に会えるんだ。

何だか、久しぶりに会う気がする。

さっきまで一緒にいたのに。

たった数時間が数日にも、数年にも感じられた。

ふふっ。何だか思春期の女の子みたいね。

私がこんな風になるなんて思いもしなかったわ。

でも、それでもいいかなって思える自分もいるから恋って本当に不思議よね。

 

「・・・はぁ。疲れた、疲れた。風呂ぐらい入らせてくれてもいいだろ」

「まぁまぁ。急いで入るよりゆっくり入った方が気持ち良いよぉ」

「ふっふっふ」

 

あ。彼女達が合流した新しいパイロットか。

皆、若いわね。コウキ君もそうだけど、パイロットが皆若すぎると思う。

一人ぐらい、ベテランを入れてもいいと思うんだけどなぁ。

 

「・・・・・・」

「あ。アキトォ! お疲れ様ぁ!」

「・・・ユリカ」

「ふぅ。ゲキ・ガンガー見たいから早くしてくれよな。あぁ。気持ち悪」

 

アキト君とジロウ君。

アキト君達は相変わらずね。

ジロウ君は・・・どうかしたのかな?

気分が優れなそう。顔色も悪いし。

 

「む。マエヤマはどうした?」

 

コウキ君が遅い。

何かあったのかな?

背中に嫌な汗が流れる。

 

「メグミちゃん。マエヤマさんに連絡取れる?」

「先程から試みているのですが・・・」

 

反応が・・・返ってこない?

え? どうして? だって・・・。

 

「まさか・・・怪我しているんじゃ?」

 

ユリカちゃんの一言にドキッとなった。

意識不明になる程の怪我をもし負っていたとしたら・・・。

 

「いや。目立った被弾はなかった筈だ」

 

アキト君がそう告げる。

でも・・・信じられない訳じゃないけど、安心は出来なかった。

不安が胸を締め付け、焦燥に駆られて、気付けば、私は走り出していた。

 

「ハルカさん? どこへ?」

 

そう問われても答えられるだけの余裕はなかった。

いや、問われた事にすら気が付かなかったんだ。

周りの声を声として認識する事なく、私は無我夢中でブリッジから抜け出し、格納庫へ足を向けた。

恐怖が身を包み、全身が震え出す。

叫びたい気持ちを必死に抑えて、震える身体を必死に動かし、私は駆けた。

こんなに早く走れたっけとかどこか他人事のように考える自分もいて、それでも足が止まる事はなかった。

 

「コウキ君!」

 

肩で息をしながら、必死に叫ぶ。

汗だくで、化粧も崩れていると思う。

足もガクガクで今にも倒れそう。

私が思う可愛い女性には程遠い姿だったけど、今の私にはそんな事を気にする余裕はなかった。

ただ無事な姿を見たい。ただ私に笑いかけて欲しい。

ただそれだけを願ってコウキ君の傍へ駆けた。

 

「お、おい。ミナトちゃん」

 

制止の言葉も振り切って、コウキ君が乗っていた銀色のエステバリスに駆け寄った。

 

「コウキ君!」

 

ひたすら名前を呼ぶ。

早くて出て来てと願いを込めて。

 

「コウキ君!」

「おい。ミナトちゃん」

「放して! コウキ君!」

「ミナトちゃん! マエヤマの野郎ならあそこにいる!」

「・・・え?」

「まったく。恋は盲目ってか? 大人っぽいミナトちゃんもまだまだ女の子だったんだな」

「・・・そっか。良かった」

 

ハハハ。安心したら腰が抜けた。

地べたに座るなんて女性として恥ずかしい事なのに。

でも・・・良かった。本当に良かった

 

「羨ましいぜ。こんなに愛されているあいつがよ」

「・・・すいません」

 

ウリバタケさんに手を差し出され、その手を借りて立ち上がる。

思い返すと・・・私って随分と恥ずかしい事していたわね。

 

「ほら。真っ赤になってないで早くあいつん所に行ってやんな」

「ありがとうございます」

 

格納庫から少し離れたベンチで穏やかな寝息をたてる彼。

もぉ。私の気も知らないで。

 

「心配させないでよね。バカ」

「う、う~ん」

 

頬をつんつんすると眉を顰めるコウキ君。

それが楽しくて時間も忘れてつんつんしていたのは仕方がないわよね。

 

『あの~ハルカさん』

「・・・あ」

 

忘れていた。

 

「す、すぐに戻ります」

『いえいえ。今、そちらにテンカワさんが向かいましたので、彼からお話をお聞き下さい。今日はそのままお休みになって下さって構いません。マエヤマさんもハルカさんも』

「分かりました」

 

申し訳ない事しちゃったな。

まさか、私が暴走するなんて。

ウリバタケさんの言う通り、私もまだまだ大人じゃなかったみたい。

 

「ミナトさん」

「あ。アキト君。ごめんなさいね」

「いえ。マエヤマは疲れているだけみたいですので、俺が運びます」

「そう。あ、じゃあ、私の部屋に運んで、案内するから」

「・・・分かりました」

 

コウキ君を軽々と担ぐアキト君。

そんなに筋肉質には見えないのに。

かなり鍛えこんだのね。きっと、夢の為に。

 

「ブリッジの話は何だったの?」

「サツキミドリコロニーの被害状況とこれからについてです」

「サツキミドリの被害状況は?」

「半分以上は脱出に成功しました。ですが、残り半分は・・・」

「そう」

 

コウキ君は全滅だって言っていた。パイロットを除いて。

それなら、半分以上は救えた事になる。

それでも、アキト君の顔は晴れない。

きっともっと力があればとか、何の為に戻ってきたんだとか、思い詰めているんだと思う。

 

「半分しか救えなかったって後悔しているの?」

「・・・いえ」

「嘘ね。顔が何より物語っているわ。悔しいって、救える筈だったのに救えなかったって」

「ッ!?」

「でもね、全てを救えるなんて思い上がりよ。誰にだって限界がある。全てを救う事なんて誰にもできない」

 

似たような事をコウキ君にも言った気がするわ。

どこか似ているのかもね、この二人。

 

「それにね、いつまでも悔やんでいたって何も変わらないの。それを糧にして前に進みなさい。こんな所で歩みを止めるような夢じゃないでしょ?」

「・・・敵いませんね、ミナトさんには。貴方は何も変わらない」

 

未来の私なんて知らないもの。

それに、私は私。貴方の知るミナトとは違うのよ。

 

「そうですね。救えなかったと嘆くのではなく、何が足りなかったかのか? それを考える事にします」

「そうしなさい。そうやって強くなっていくのよ」

 

泣きそうな顔をしているアキト君。

でも、少し晴れたかなって思う。

無理に無表情に徹しようとするアキト君だけど、それを変えるのは私の役目じゃない。

私はほんの少し晴らしてあげただけ。

ちゃんとした意味で、本当に晴らしてあげるのは、ルリちゃん、貴方の役目よ。

 

「これからですが。物資の積み込みも終わったのでそのまま火星に向かうそうです。道中、今回被害に遭った方の葬式を行うとも言っていました」

「分かったわ。ありがとね」

「いえ」

 

火星・・・か。

コウキ君曰く、全ての始まりの場所、そして、全てが終わる場所。

眼に焼き付けておきましょう、火星という場所を。

これから、幾度となく眼にする機会があるのなら、尚更。

 

「あ。ここよ。ごめんなさいね。わざわざ」

「いえ。それでは」

 

やっと到着の私の部屋。

最近は殆どこっちの部屋ね。

偶にコウキ君の部屋にお邪魔するけど。

 

「あ。ベッドまで運んでくれると助かるんだけど。寝かせてあげたいし」

「・・・しかし」

 

あ。アキト君もコウキ君と同じみたいね。

 

「あら? 襲うつもりなの?」

「そ、そんな事」

 

対応まで同じ。

やっぱりどこか似ているわね、この二人。

 

「うふふ。冗談よ。私じゃそこまで運べないから御願いしているだけ」

「・・・分かりました」

 

女性の部屋に入るなんてって奴ね。

意外と可愛らしい所あるじゃない。

 

「・・・・・・」

「女性の部屋をジロジロ見るのは失礼よ」

「そ、そんな事はしていません」

 

弄り甲斐もありそうだし。

もっと周りに心を開けばいいのに。

 

「・・・それでは」

「ありがとね」

 

一礼して去っていくアキト君を見送る。

扉から出ようという時、不意にアキト君が振り返った。

どうしたんだろうと思うと同時に口が開いていた。

 

「何? まだ見足りない?」

「いえ。最後に、ミナトさんに聞きたい事がありまして」

 

弄りに反応しないなんて。

・・・真剣な話みたいね。

 

「ミナトさんはマエヤマの事を愛していますか?」

「・・・そんなの当たり前じゃない。私はコウキ君を愛しているわ」

 

予想外の質問に返答が遅れたけど、これは紛れもない真実。

誰がなんと言おうと、私はコウキ君を愛しているの。

それは何があっても変わらない。

 

「・・・そうですか」

 

未来で何があったのかを私は知らない。

もしかしたら、私はコウキ君ではなく、違う人と恋に落ちたのかもしれない。

もしかしたら、私は誰とも結ばれる事なく、死んでしまったのかもしれない。

でも、そんなの所詮はIFの話。

未来の私を知っていようとも、それは私であって私じゃない。

この世界における私の事は全て私が決める。

これは誰にだって干渉できない私だけの事だわ。

 

「それでは、失礼します。マエヤマにお疲れ様と伝えておいてください」

「ええ。分かったわ」

 

今度こそ、アキト君は去っていった。

アキト君が何故あんな事を訊いてきたのか。

それは私にも分からないけど、きっと何か意味があったんだと思う。

今度は胸を張って即刻断言してあげよう。

私はコウキ君が大好きなんだって。

私の気持ちに嘘偽りはなく、この気持ちは変わらないんだって。

 

「ね。コウキ君」

 

スヤスヤと眠るコウキ君を見詰めながら私は改めてそう思った。

 

「生きていて良かった」

 

早く貴方の存在を感じたい。

我慢できずに唇に唇を落としてから、漸く私も一息つく事が出来た。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 



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道中の些細な出来事

 

 

 

 

「よっしゃぁ! このダイゴウジ・ガイ様の力を見せてやらぁ!」

 

約束通りの模擬戦。

三人娘の合流も済んだし、早速やりましょうか。

 

「ガイィ! ガイィ! ガァァァイィ!」

「うるせぇ! てめぇなんてどうでもいいんだよ! おい、こら。テンカワ! 俺と勝負しろ!」

 

スバル・リョーコ。

熱い戦闘狂。

ボーイッシュな美人なんだけど、男勝りすぎてちょっとな。

 

「よろしくね。コウキ君だっけ?」

「あ。はい。コウキであっていますよ。よろしく御願いしますね、ヒカルさん」

「うんうん。コウキ君は爽やかだねぇ。お姉さん、感心しちゃう」

「えぇ~っと、どうもです」

 

アマノ・ヒカル。

独特なテンポの持ち主。

明るい可愛い系で、同級生とかだったら楽しそうだな。

 

「・・・・・・」

「あ。よろしくです。イズミさん」

「・・・・・・」

「えぇっと、はい」

 

マキ・イズミ。

まるでキャラが掴めない人。

シリアスなの? ギャグなの? これから大変そうだ。

 

「模擬戦を行うというが、どのような組み合わせにするんだ?」

 

テンカワさんもリーダーパイロットとして参加。

戦力把握にもなるんだし、当然かな。

 

「やいやい。テンカワ。俺と勝負しろ!」

 

断固としてテンカワさんを狙うスバル嬢。

じゃあさ、こうしよう。

 

「それじゃあ、テンカワさんとリョーコさん、俺とヤマダ―――」

「ガイだ! ダイゴウジ・ガイ!」

「俺とゲキが戦うってのはどうでしょう!?」

「クソッ! そう呼ばれたい俺もいる。どうすればいいんだ!?」

 

さっきからうるさいよ。ゲキガン野郎。

 

「てめぇ、誰が名前で呼んでいいって言った?」

「あ。すいません。名前の方が呼びやすくて。スバルさんの方が良いですか?」

「別に呼ぶなって言ってうる訳じゃねぇ。好きに呼べよ」

「そうですか。それなら、リョーコさんで」

「ふんっ。勝手にしろって言ったろ」

 

じゃあ、何でいちゃもんつけるんですか・・・。

 

「照れ隠しだよ、あれ」

 

あ。そういう事ですか。

 

「俺とスバルがか?」

「はい。戦いたいそうなので、俺もゲキガン野郎と決着をね」

「ふんっ! 予備なんかにゃぁ負けねぇよ」

 

既に勝った気でいますね。

でも、思った通りにはいかせない。

蜂の巣にしてやるから、覚悟しろよ。

 

「予備ってどゆこと? コウキ君」

「俺は色々と兼任していましてね。パイロット一筋という訳にはいかないんです。それで、予備扱いとして緊急事態だけにパイロットを引き受ける事になったんですよ」

「ふぅ~ん。そうなんだ」

 

そうなんです。

 

「はぁ!? 予備かよ? そんなの相手にならねぇな」

 

カチンッ!

そうですか。そういう事を言っちゃいますか。

 

「コ、コウキ君。落ち着こうよ」

 

ヒカルさん。残念ながら、そうは行かないんです。

 

「テンカワさんが終わったら俺とやりましょうよ。蜂の巣にしてやります」

「へっ。いいだろ。やってやるよ」

 

ほくそ笑むとはこういう事だろうか。

てめぇは俺を怒らせた。

 

「じゃあさ、私達は見学って事で良いのかな?」

「そうだな。後でチーム単位での模擬戦をするつもりだから、それまでは休んでいてくれて構わない」

「了~解っと」

 

さて、早速。

 

「ガイ。フィールドは宇宙空間。フレームは0G戦フレーム。武器はイミディエットナイフ、ラピッドライフル。それでいいか?」

「おうよ。かかってこい」

 

後悔させてやるからな。

近接馬鹿め。

ついでに、近接こそが最上の認識を改めてやる。

 

「それじゃあ、お先に失礼しますね」

「ああ。いいぞ」

 

シミュレーターの中へ飛び移る。

テンカワさん達も勝手に違うシミュレーターでやるでしょ。

俺は俺の模擬戦に集中だ。

 

「行くぞ! ゲキ!」

『おうよ!』

 

ゲキって言葉に反応しなくなってきたな。

受け入れたって事か?

それじゃあ、ちょっと弄くってG・G・ダイゴウジとかどう?

あ。なんか、どっかのライオンなチームの人みたい。

 

「レッツ!」

『ゲキガイン! って、お前、分かっているじゃないか!』

 

変なスタートの合図。

色々と弄くりながら戦おう。

笑える。

 

『よっしゃぁ! 行くぜぇ!』

 

モニターに映る宇宙空間。

深く暗いくせにどこか優しい。

宇宙に初めて出た時の感動を俺は忘れないと思う。

 

「ほぉ。いきなり必殺技とはな。ヒーローの風上にも置けない」

『な、何ィ!?』

 

突っ込んでくる体勢から突如停止するヤマダ機。

やはりヒーローという言葉には敏感なんだな。

 

「俺は断言しよう。最後の最後に必殺技を出してこそのヒーローであると」

『そ、そうだったのか・・・』

 

俺としては何故最後にしか必殺技をしないのかが疑問だけどね。

あれか? 弱らせないと捕まえられないポケットなモンスターみたいな感じで、必殺技も相手を弱らせてからじゃないといけないとか?

速攻で決められそうな奴にもいちいち格闘戦に付き合ってあげているとか。

ヒーローは空気に優しいね。空気をきちんと読んであげている。凍りつかせるような事はしない。

 

「必殺技は確実に決めてこそ必殺技だ。避けられてしまうような必殺技は・・・必殺技にあらず!」

『グ、グォッ!』

 

精神的なダメージを負わせて勝利する。

それもまたヒーロー。外道なヒーローさ。

 

「お前の武器は何だ!? そう。拳だ! お前はただ拳のみで敵を打倒する拳闘士なんだ!」

『拳闘士!? 何てカッコイイ響きだ!』

「男になれ! 肉体こそが男の武器だ! さぁさぁ。男として俺に立ち向かって来い!」

『よっしゃぁぁぁ!』

 

ラピッドライフル、イミディエットナイフ。

それら武装全てを投げ捨てて、肉体、即ち、機体のみで迫ってくるヤマダ君。

 

『うわぁ~。コウキ君って爽やかに見えて腹黒だね。散々男を主張しておいて自分はちゃっかりライフル構えているし』

 

ふっふっふ。勝てば官軍という言葉を知りませんか? ヒカルさん。

 

ダンッ! ダンッ!

 

『な、何ィ!? てめぇ男じゃねぇぞ!』

「お前の武器は拳かもしれん。だが、俺の武器はこいつだ。男にはそれぞれ心の武器がある。ただ得物が違っただけさ」

『そ、そうか。それもまた男の武器か。それなら仕方ないな』

『うわっ。それで納得しちゃうの?』

 

納得しちゃうのがゲキガンクオリティです。

 

「お前が本当のヒーローならば拳のみで倒せる筈。さぁ! お前はヒーローなのか!? そうでないのか!? 俺に示してみろ!」

『言われるまでもねぇ! 俺こそがヒーローだ!』

 

近接されたらおしまいなのでバーニアを吹かして後退します。

 

『うわっ。示してみろと言いつつ後退。コウキ君ってかなりの腹黒だね』

 

ダンッダンッダンッ!

 

後退しつつラピッドライフルを放つ。

 

『ふっふっふ。無駄無駄! 俺のスペースガンガーにはゲキガンバリアがある』

 

ディストーションフィールドだね。きちんと覚えようよ。

しかし、自分で張るとしたら頼もしい盾だけど敵に張られると厄介だよな。

よし。言葉攻めだ。責めじゃないよ。攻めだよ。

 

「ほぉ。拳が武器と言い放つお前が己の肉体ではないバリアなどに頼るとは・・・。ふぅ・・・」

『な、何だ? その溜息は!? いいだろう! バリアなんか張らん!』

 

自分の言葉でここまで自分を追い詰める人って中々いないよね。

 

ダンッダンッダンッダンッ!

 

『うおっと! ダァ! タァ! オラ!』

 

流石に反応が早いな。

あれだけ際どい所に撃っても全部避けるなんて。

 

『今度はこっちの番だぜ』

 

拳を突き上げて迫ってくるガイ。

接近戦で来られる以上、DFは意味がない。

それなら・・・。

 

「イメージ。イメージ」

 

右足に全DFを纏わせる。

向こうはDFを応用しようとも思わっていない筈。

ゲキガンフレアは封じたも同然だな。

拳のみが武器って言っていたし。

 

『よっしゃぁぁ! ゲキガン・パンチ!』

 

唯のパンチに技名なんか付けるなっての。

 

「その程度か!? ガイ!」

 

ゲキガン・キックなどと変な名前は付けない。

俺のは蹴りで充分だ。余分な技名なんていらん。

 

ガンッ!

 

『グォ!?』

 

迫ってくる右手を軽く避けながら、右足でローキック。

ただの蹴りでも充分ダメージを喰らうが、DFを纏わせているんだ。

小破では済まないだろ。

 

『ク、クソッ。まさかキックとは』

「全身が武器という事だ」

 

というより、反射的に俺は手ではなく足が出る。

多分、喧嘩とかしたら足での攻撃ばかりになる筈だ。

サッカー部だった事が原因なんだろうなぁ。

 

「左足が潰れたかな?」

『ふんっ。左足の一つや二つ。俺には関係ねぇ!』

 

関係あるよ。たとえ宇宙でもね。

右足がある限り、バランスが悪いでしょ?

両足がなければ、偉い人にはそれが分からんのですって断言してもいいけどさ。

 

『オラッァァァ!』

「考えもなしに飛び込んじゃ駄目だって」

 

ガンッ!

 

『ダハッ!』

 

動体視力は自慢です。

ガムシャラに飛び込んでくる程度の攻撃は容易に避けられます。

 

「次は左腕だな。どうする?」

『ふんっ。腕の一本や二本。俺には関係ねぇ!』

 

左腕と左足を失うという状況に追い詰められてまだいきり立つか。

勇気と言えばいいのか、無謀と言えばいいのか。いや。無謀だな。

 

「ギブアップをお勧めするが?」

『ヒーローは諦めない! 何度も何度も立ち上がり、そして、勝利を得るんだ!』

 

ヒーロー、ヒーローとうるさいな。

ヒーローなら何でも出来ると思ってんじゃねぇぞ。

 

「理想に溺れて溺死しやがれ!」

 

迫る右手を左手で掴み、向こうの攻撃手段を失くす。

その後、瞬時に右手にライフルを持ち、零距離射撃。

文字通り、蜂の巣にしてやった。

 

『ま、負けた』

 

気が抜けているジロウ君は放っておこう。

すぐに復活するでしょ。

 

「お疲れ様。コウキ君」

「あ。ども、ヒカルさん」

 

シミュレーターから出るとヒカルさんが労ってくれる。

やっぱり同級生に欲しいな。こういう人。

 

「さっきのはさ。コウキ君が強いのか、ガイ君が弱いのか。どう捉えればいいんだろう?」

「ガイは強いですよ。ただ精神的にムラがあるだけです」

 

ガイ自身は強いと思う。

反応も優れているし、格闘技能も冷静でいられれば強い筈。

元々軍人なんだし、射撃技能もあるのではないかと俺は思う。

精神的に安定すれば俺なんて相手にもならないんじゃないかな。

ま、それに関してはテンカワさんに丸投げするけど。

頑張ってください、精神修行。

 

「それにしても、コウキ君って見かけによらずあくどいね」

 

笑いながら告げるヒカルさん。

そうかな? あくどいつもりはないけど。

 

「ガイが単純なだけですよ。あれだけ断言しちゃえば、自分を縛り付けているようなものだし」

「いやいや。思考誘導も流れるようだったし、ガイ君じゃなくても引っ掛かるよぉ」

「少なくともリョーコはね」

 

あ。イズミさんが話しかけてきてくれた。

無言だったから、どうしようかと思っていたんだよ。

 

「あ。ノーマルモード」

 

え? まさか、シリアスモード、ギャグモードの他にノーマルモードがあったのか?

・・・知らなかった。俺はてっきりどっちか一方かと。でも、ま、あれだ。日常生活が極端だとやりづらいもんな。

 

「あ。そうそう。敬語なんていらないよ。同い年ぐらいでしょ?」

「え、そう? 分かった。ヒカルさん」

「さん付けもいらないって。その代わり、私も呼び捨てにしちゃって良い?」

「いいよ。ヒカル」

「うんうん。そっちの方が親しくなった気がして良いよ」

 

友人モード突入。

実は同じぐらいの歳の友人って初めてじゃない?

男性はミナトさんの事で眼の敵にしているし、俺の事。

女性はこっちから話しかけるのとか緊張して無理だし。

やっぱり友達感覚で話せるのって嬉しいかな。

 

「ダァ! チクショウ! 勝てねぇ!」

「まだまだだな、スバル」

 

お。テンカワさん達も終わったみたいだ。

でも、テンカワさんレベルならもっと早く終わったと思うが・・・。

 

「あ。二回目だよ、あれ。一回目速攻で終わったから」

「テンカワさんどうだった?」

「もうビュってズバってドカンって感じ」

「えぇっと、接近してナイフで突き刺して終わりって事?」

「おぉ。ご明察。そこまで分かってくれるとは流石だね、コウキ」

「ま、まぁね」

 

擬音ばっかりでも何となくは掴めますよ、はい。

 

「リョーコさんだって凄いんでしょ?」

「もちろん。私達だけでやったらどうなるかな? イズミ」

「状況次第では私達が勝てる。でも、真っ向勝負なら負ける」

「だってさ。そんなリョーコが瞬殺だもん。凄いよ」

 

やっぱり凄いんだな、スバル嬢。

 

「コウキ君なら勝負できるかもね」

「いやいや。無理でしょ」

 

近付かれたら終わりだし。

ガイに勝てたのは単純な動きだったから。

きちんと考えられた上での攻撃はどれだけ反射神経と動体視力が良くても避けられないよ。

 

「ダァ! 悩んでいても仕方ねぇ! おい。次だ! 予備、来い」

 

怒りの矛先が俺に向かいましたか。八つ当たりですね。分かります。

 

「どうせなので、男性陣対女性陣で模擬戦しながら決着つけましょうよ」

「ほぉ。一対一で負けるのが怖いからテンカワに頼ろうって事だな? 予備は腰抜けだな」

 

カチンッ!

い、いや。落ち着こうか。

怒りは模擬戦中にぶつければいいし。

 

「むしろ、チャンスじゃないですか? 俺とガイを倒せば三人でテンカワさんに挑めるんですから。チーム単位ですから卑怯でも何でもないですよ」

「ケッ。いいじゃねぇか。それでやってやる」

 

納得して頂けた様で。

 

「お~い。ガイ」

 

模擬戦の事を教えてやろうとガイのいるシミュレーターに向かうが・・・。

 

「・・・・・・」

 

見事に固まっていますね。

 

「ガイ。予備に負けた気分はどうだ?」

「・・・負けたのか? ヒーローが」

「ヒーローなら誰にでも勝てるという訳ではないだろ? それよりも、ガイ、男の武器は拳だけじゃないんだぞ」

「な、何ィ!? 俺の武器は拳だと・・・」

「お前が信仰するゲキ・ガンガーは拳で戦うか? 違うだろ? 剣や銃。多くの武器が搭載されている」

「た、確かに。じゃあ、俺の武器は何だというんだ・・・。何故、俺は拳だけで」

「ガイ。俺はお前に知って欲しかった。拳を含めて接近戦だけじゃ勝てないという事を」

「男は格闘戦だろ!」

「違うぞ、ガイ。お前にはライフルの悲鳴が聞こえないのか!?」

「ラ、ライフルの悲鳴だと?」

「そうだ。武器の一つ一つに魂が込められている。お前は魂の声が聞こえないのか!? 俺にはライフルの悲鳴が聞こえたぞ!」

「ラ、ライフルは何て言っていたんだ?」

「何故、自分を使ってくれないのかと。そう嘆いていた。武器は使われてこそ本望。ヒーローを目指すのなら多くの武器と触れ合い、語り合え。そして、使いこなしてみろ」

「そ、そうか。そうだったのか。格闘戦こそがロボットの醍醐味だと思っていた」

「ああ。それも一つの醍醐味だろう。だが、格闘戦だけと己を縛る事が正しいとは思えん。射撃で敵を撃つ事もロボットの醍醐味だと俺は思っている」

「あぁ。今の俺なら、その気持ちも分かるぜ。俺はライフルの喜びの声が聞きてぇ!」

「そうだ! ガイ! 格闘、射撃、その全てを極めてこそ、お前はヒーローと呼ばれるに相応しくなるんだ。もっと大きな男になれ!」

「オォォォ! やってやるぜ! 俺はもう格闘だけに拘らない。射撃も極め、一流のヒーローになってやる」

「それでこそ、ダイゴウジ・ガイだ! スーパー・ダイゴウジ・ガイだ!」

「オォ! 俺の魂の名がより一層光輝いてやがる!」

「ああ! 輝ける。お前なら出来るんだ! 輝け! ダイゴウジ・ガイ!」

「オォォォォォォ!」

 

ふっふっふ。計画通り。

 

「・・・コウキ。黒いよ。黒過ぎるよ」

「俺のキャラじゃないからな。勘違いするなよ」

 

呆れるヒカルを前にほくそ笑む俺。

乗せる為とはいえ、らしくない事をしちまったぜ。

 

「いや。多分、コウキもそんな所が―――」

「ない。断じてない」

 

テニスの人じゃないんだから。俺はそんなに熱くない。

熱くなれと激励する事はあるが。

 

「でも、流石の腹黒さだったね。単純だから、ガイ君、まっしぐらじゃない?」

「腹黒と言われたくないな。でも、ま、ガイはこれですぐに突っ込むような事はしなくなるだろ? ・・・うん、多分、きっと・・・そうなって欲しいなぁ」

 

ちょっと自信ない、実は。

 

「実際のガイのパイロット技術はかなり良いんだよ。性格でかなり低く見られるけど」

「ふ~ん。ま、それは模擬戦で見させてもらおうかな」

「今はまだ突っ込む癖が直ってないから分からないけど。ま、これから変わっていくでしょ。テンカワさんが指導すると思うし」

「そっか。それじゃあ、コウキ、いざ尋常に勝負」

「はいよ。お手柔らかに」

「あら? 何か気が抜けたよ」

「作戦」

「うっそだぁ」

「おら! さっさと来いよ。ヒカル、イズミ」

 

せっかちだねぇ、スバル嬢。

 

「テンカワさん。ガイの戦闘思考修正案を考えておいてください」

「そうだな。あいつは腕が良いのに勿体無い」

 

ほら。テンカワさんも認めている。

 

「火星に到着するまでには修正しておきたいな」

「お任せします。あ、修行には付き合ってくださいね」

「無論だ。リーダーとして全員の底上げをしなければならんからな」

 

責任感が強い事で。頼りにしています、テンカワさん。

 

「おら! 始めんぞ!」

 

スバル嬢の言葉をきっかけに模擬戦が始まった。

結果?

テンカワさん無双でしたよ。

あ、スバル嬢は提言通りに蜂の巣にしてやりました。

ガイと格闘戦している所を強襲です。

卑怯じゃないですよ? チーム戦ですから。

油断するのがいけないんです。

ほっ。スッキリした。

 

 

 

 

 

「あれ? メグミさんはどうしました?」

 

昼食を終えて、一人でブリッジへ。

そうさ。まだ一緒に飯を食べてくれる人はいないのさ。

はぁ・・・。男友達できないかな?

と、鬱になっているとある事に気付く。

通信士の席だけ空いているのだ。

要するにメグミさんが留守。

昼前までいて、俺より先に食事に行ったからもうとっくに帰ってきていると思ったのに。

 

「あら? 知らないの?」

「え? 何の事ですか?」

 

予想外と言わんばかりに眼を見開くミナトさん。

えぇっと? 知らないのって俺だけ?

 

「じゃあ秘密ね。こういう事は他人に言うものじゃないから」

「・・・気になるんですけど」

「それでも、秘密よ」

 

優しくない。

グレてやろうか。

 

「それにしても、暇ねぇ」

「ま、後は予定コースを通るだけですから」

 

緻密な操縦が必要な時以外はミナトさんの仕事はないもんな。

原作だと寝まくっていたし。

 

「とりあえずはオモイカネに任せておけば大丈夫です。もし、木星蜥蜴が攻めてきても・・・」

「木星蜥蜴、接近」

 

現れるバッタ達。

 

「DF正常発動」

 

攻撃するもDFに全て弾かれる。

 

「撤退しました」

 

結果、あっちもすぐに諦める訳だ。

DFは常時発動ですから。

 

「と、こうなる訳ですから」

「そうねぇ。緊張感なんてないに等しいわね」

「一応、緊急事態に対応する為にいるんですから。気を抜いていちゃ駄目ですよ」

「もぉ。真面目ねぇ。抜ける時に抜いておきなさいよ」

「は、はぁ・・・」

 

・・・そうですね。

 

「それでは、失礼します」

「・・・失礼する」

「うん。お疲れ様」

 

俺が来た事でルリ嬢、ラピス嬢は交代だ。

現在は時間帯毎にシフトを定めていて、俺が昼休憩から上がると彼女達は今日のシフトを終える訳だ。

朝からブリッジにいてもらったから、疲れている事だろう。お疲れ様です。

 

「メグミさんって違いましたっけ?」

 

これはシフトが違うかって事。

 

「交代してあげたのよ。私がここにいるでしょ」

「あ。そういえば、ミナトさんも午後は休みでしたよね」

「ええ。駄目よ、コウキ君。恋人のシフトを忘れるなんて」

「す、すいません」

 

シフトじゃなくても暇な時、ブリッジに顔を出していたからなぁ。

あんまり気にしてなかったんだよね。

 

「何で代わってあげたんですか? 何か用があるとか?」

「何でもパイロット組の休みにあわせたらしいわ。健気ね、メグミちゃん」

「あぁ、そういえば、今日は休みだって言われていました」

「そこじゃないでしょ。本当に知らないの?」

「え? 何がです?」

 

健気ってどゆこと?

 

「はぁ・・・。本当に知らないんだ。まぁ、コウキ君は色々忙しいものね」

「えぇっと、そろそろ教えて欲しいんですけど」

「耳貸して」

 

内緒にしなっきゃいけないような事なんですか?

何だろう?

 

「メグミちゃんね。ヤマダ君と付き合っているんだって」

「・・・・・・」

「コウキ君?」

 

・・・え?

 

「え、えぇ!? マ、マジですか!?」

「え、ええ。そんなに予想外?」

「い、いえ。そうではありませんが・・・」

 

ま、まさかガイとメグミさんが付き合うとは。

・・・でも、ま、せっかく生き残ったんだからな。

幸せになって欲しいもんだ。

 

「良かったわね。コウキ君」

「ええ。こういう事を聞くと俺の存在も無駄じゃなかったんだなって思います。まぁ、ガイに関してはまったく関与していないですが・・・」

 

ガイを助けたのはテンカワさんだ。

ムネタケ達が逃げる時にガイとシミュレーション室にいたらしい。

ムネタケが逃げたのを確認してから、ゲキ・ガンガーシールを張って良いと許可した。

勝てなければシールを張る資格はないぞと挑発したらしいが、見事にガイを操っているな。

流石は元親友。俺以上にガイを操るのが上手い。

 

「いいじゃない。もしかしたら、何か関与しているのかもしれないし。それに、コウキ君の存在が無駄だなんて誰も思ってないわよ」

「そうなら良いんですけどね。俺ってば補佐ばっかりだし」

「補佐だって大事な役職。コウキ君流に言えば、ブリッジで欠かせない役職なのよ」

「ハハッ。やる気出ました」

「貴方も単純よね」

 

そう笑うミナトさん。

別に単純じゃないですよ。

素直なだけです。

 

「それにしても、どういう経緯で?」

「サツキミドリコロニーの時にね、メグミちゃん、人が死んだって事で塞ぎ込んじゃったのよ」

 

あぁ。アキト青年が慰めた時と同じか。その代わりをガイが務めた訳ね。

 

「一応覚悟していたみたいだから、戦闘の途中で仕事を投げ出すような事はしなかったんだけど、その後に色々と考え込んじゃったらしくて」

 

原作では戦闘中もショックで動けなくなっていたよな。

戦艦だって事を少し自覚させてたからかな?

 

「でも、ヤマダ君の元気な姿を見たら少し気が晴れて、思い切って話しかけてみたらしいの。そうしたら、ヤマダ君はヤマダ君で死について考えていたみたいで」

「ガイは何と?」

「それは秘密だってさ。メグミちゃんが大切にしたいって言っていたわ」

 

メグミさんって一途だね。

というか、それら全てメグミさんが話したんですか?

 

「それで、メグミちゃんはきちんと死を受け入れられるようになって、今に至るって訳。一緒にいて楽しいって惚気ちゃってくれたわ」

「もしかして、今までの話って」

「そうよ。全部惚気で聞かされた事よ。でも、良かったじゃない。メグミちゃんも幸せそうだし」

 

原作ではアキト青年と恋に落ちながらも、結ばれずにナデシコを降りた筈。

それからアイドルになって、もしかしたら幸せだったのかもしれないけど、生涯の伴侶はいなかった。

ガイも折角生き残ったんだ。二人で幸せになってくれたら本当に嬉しい。

 

「何だか嬉しい事ばかりですね」

「そうね。きっとアキト君達はもっと喜んでいるんじゃないかしら」

「はい。でも、俺はテンカワさん達も幸せになって欲しいです」

「私もそう思うわ。アキト君達だって幸せになる権利はあるもの。幸せになって欲しいわ」

 

うん。何か今日は気分が良い。

 

「ミナトさん。今日の晩飯一緒に食べましょう。奢りますから」

「あら? 気前が良い。どうして?」

「気分が良いので。贅沢したい気分です」

「そう? じゃあ、御呼ばれになるわ」

 

偶の贅沢。

一人じゃ寂しいでしょ?

一人でやるくらいなら、奢った方がマシだ。

ミナトさんなら特に。

 

「さて、これからずっと暇ですが、何してましょうか?」

「コウキ君は何かやる事ないの?」

「最近は読書ですかね。オモイカネが色んなデータを持っているんですよ」

「へぇ。小説みたいなもの?」

「ええ。時代は進んでも内容はあまり変わらないんですね。でも、やっぱり感動する本は感動します」

「感受性豊かだもんね。コウキ君」

「そうですか? そんなつもりはないですが」

「あら? この前、映画のワンシーンで泣いていたじゃない」

「え? 見ていたんですか?」

「もちろんじゃない。コウキ君の泣き顔なんて中々見られないしね。写真に撮っておけばよかったかしら」

「それで弄るつもりだったんですか? 悪女」

「悪女だなんて人聞きの悪い。コウキ君は弄られるの好きでしょ?」

「いやいや。それじゃあ変な人ですって」

「あら? 変な人って自覚はないのね」

「え? 変ですか? 俺」

「さぁね。あ、そんな事よりさ・・・」

 

それから、結局会話だけで時間を潰しました。

いやぁ。時間なんてあっという間ですね。

楽しい時間はすぐに去ってしまいます。

もちろん、晩飯はとことん贅沢してやりました。

ナデシコ食堂の中でも最高級に当たる料理を頼んでやりましたよ。

あまりにも高過ぎて誰も手をつけなかったネタだけど伝説の料理という奴を。

しかも、一度に二つ。

ふふふ。英雄だったさ、正に。

犠牲は大きかったが、それだけの価値がありました。

・・・多分、二度とやりませんが。

あれは高過ぎです。

と、まぁ、こんな事ばっかりやっていました。

日常のちょっとした一ページです。

 

 

 

 

 

「へぇ。航海日誌を書いているんだ」

「・・・はい。書くように頼まれまして」

 

休日で、特にやる事がなかったから、ブリッジに顔を出してみた。

すると、セレス嬢が一生懸命にコンソールの前で何かやっているではないか。

これは気になる、と声をかけてみたら・・・。

 

「・・・航海日誌です」

 

・・・という言葉が返ってきた。

航海日誌ってあれでしょ? 艦長が書くべきものなのに、悟りを啓くとかでルリ嬢が押し付けられた奴。

なるほど。今回はセレス嬢という訳ですね。

艦長、迷惑かけていますよ。いいんですか?

 

「そっか。どんなの書いているの?」

「・・・何を書いていいのか分からず、ルリさんに聞いてみた所、その日にあった事を好きに書いたらいいって言われました」

「そうなんだ。まぁ、ナデシコは毎日のように何かあるからね。退屈しないでしょ」

「・・・はい」

 

ドタバタコメディだもんな。

騒がしいくらい毎日何かあるぜ。

 

「少し読ませてもらってもいいかな」

「・・・はい。構いません」

「えぇっと、何々・・・」

 

○○月××日

オペレートの練習をしました。コウキさんに褒められました。嬉しかったです。

○○月××日

オペレートの練習をしました。課題が終わりました。コウキさんに頭を撫でられて気持ち良かったです。

○○月××日

オペレートの練習をしました。課題を与えられました。頑張ります。

○○月××日

オペレートの練習をしました。いつもより早く終わった気がします。そうコウキさんに言ったら成長したんだよって褒められました。嬉しかったです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「えぇっとさ、これって」

「・・・何ですか?」

 

コテンッて首を傾けられてもね。

 

「オペレートの事ばかりだね」

「・・・はい。駄目でしょうか?」

「え、ううん。駄目じゃないよ。でもさ、他にも色々あったじゃん」

「・・・好きな事を書いて良いって言われました」

 

な、涙目!?

 

「そ、そっか。ウン。大丈夫。よく書けているよ」

「・・・ありがとうございます」

「うん。偉い偉い」

「・・・ポッ」

 

あ。また勝手に手が頭を撫でていた。

それにしても・・・これはどう解釈すれば良いんだろう?

幾つか考えてみると・・・。

1、まだオペレート以外に興味がないのか。

2、興味がないのではなく、ナデシコ艦内のドタバタを知らないのか。

3、己惚れじゃなければ、俺との特訓を大切にしてくれているのか。

う~ん。三番目だったら嬉しいけど、他だったらちょっと問題かな。

もっと周りに眼を向けるようになって欲しいし、ドタバタを見て笑って欲しい。

いや、マジで笑えるから。下手なお笑いより全然。

原作を知っている身としては、こういうドタバタも見せて欲しかった。

メインキャラクター以外にも至る所でドタバタコメディが起きているというこの喜劇。

これがナデシコかと深く感心してしまったものだ。

笑うって事は感受性を成長させる事になるから良い経験なのだ。

見るだけでも触れ合っている事になるし、色々な経験を積んで欲しい。

たとえそれがコメディ一色であろうとも。

 

「それじゃあさ、今度はナデシコの事を書いてみようよ」

「・・・ナデシコの事ですか?」

「うん。今日、ナデシコで何々がありました。きっと何々が原因でしょう。結末は何々です。私だったら何々すると思います。そんな感じの文章」

「・・・私のじゃ駄目ですか?」

 

ハッ!? また涙目!

 

「違う違う。しっかり書けているけど、オペレートの事だけじゃその日に何があったのか分からないと思うんだ。ナデシコは色々な事があるからさ。それを皆にも教えてあげようよ」

「・・・分かりました」

 

ほっ。何とか理解してもらえた。

折角書くんだからな。色々な事に眼を向ける良い機会にして欲しい。

 

「セレスちゃんの書いた日誌を誰かが見て。へぇ。こんな事があったんだって思わせる日誌がいいかな」

「・・・頑張ってみます」

 

ハッ! また撫でていた。

ハニカミ笑顔が止まらないんですもの。

無論、セレス嬢の。

というか、微笑ましさは抜群です。

僕の顔も勝手に緩みますから。

 

「それじゃあ、また今度見せてね」

「・・・はい。楽しみに待っています」

 

それは俺に会心の出来を見せるという自信から来る言葉だな。

それじゃあ、俺も楽しみに待っているとしよう。

 

 

後日、日誌を見せて頂きました。

 

「読んでも良い?」

「・・・どうぞ」

「ありがと。えぇっと。どれどれ・・・」

 

○○月××日

今日、ナデシコの格納庫で騒動がありました。きっと男の人が暴れだしたのが原因でしょう。結末は減俸です。私だったら良く分からないので何もしないと思います。

 

「あぁ。格納庫の騒ぎね。あれは大変だった」

「・・・何があったんですか?」

「ちょっと分かりづらいかもしれないけど・・・」

 

格納庫騒動。

これは整備班の一人がある一言を発してしまったが故に始まった騒動である。

・・・と格好付けても実際はしょうもない事なんだよ。

その一言は・・・。

 

「結局、誰が一番可愛いんだ?」

 

はい。来ました。整備班といったら騒動。整備班といったら女の子。整備班といったらスパナ。あれ?

数多のファンクラブが存在する整備班の中でその一言は禁句でしょ。

 

「俺はやっぱりヒカルちゃんかな。可愛いし、明るいし」

「馬鹿言え。リョーコちゃんだろ。ボーイッシュとか堪らんね。男勝りであればある程良い」

「極端だな。俺はミステリアスなイズミちゃんがいいけどね。あの人、スタイルいいよ、かなり」

 

というパイロット三人娘の話から、話が発展していった訳だよ。

ま、次々と妄想が出てきたけど。

 

「罵られたい・・・」

「お兄ちゃんって呼ばれたい・・・」

「見下して欲しい・・・」

「ツンデレって欲しい・・・」

 

数多の煩悩を引き連れた整備班が熱狂するのは時間の問題。

それぞれのファンクラブの代表が机を並べ、誰が一番かの討論会が始まる。

 

「てめぇらが分かんねぇのが分かんねぇ。いいじゃねぇか。コスプレしてくれるんだぞ。一緒にコスプレを楽しめばいいじゃないか」

「素が男勝りな女の子が女の子っぽい格好している所とか見たくないのかよ。いいぞぉ。恥らいの笑みは」

「謎の雰囲気があるから支えたくなるんだろうが。満面の笑みを向けてくれたら、あれだね、死んでもいいね」

「姉御肌の女性に勝る者なし。包容力に勝る女性のステータスはない。それが何故分からないんだ!」

「理性がもたん時が来ているのだよ!」

「年下に勝る強さはない。いいじゃないか。微笑ましい笑顔。可愛らしい笑顔。小動物のような放っておけない保護欲を湧かせる仕草。最高だね!」

「は、反論出来ん。だ、だが、年上こそが最強。俺はあんな身体に溺れたい。溺死したって構わない」

「天然娘を忘れてはならんな。問われた疑問に少しズレた答えで返す天然さ。そのちょっとしたズレがまた良い」

 

・・・妄想って怖いな。

 

「てめぇ! この野郎!」

「何ぉ!」

 

いつしか、掴み合いの喧嘩になるのは自然の理。

それもまた愛故か。

 

「何を暴れているんですか! あぁ。そこにある機材が幾らするか・・・。減俸です! 言語道断、減俸です!」

 

それを収めるは百戦錬磨の交渉人。

項垂れる者達に愛故の説教が飛んだ。

 

「・・・聞かなかった事にしてくれる?」

「・・・よく分かりません」

「そっか。それなら、大丈夫。気にしなくていいよ」

 

○○月××日

今日、食堂で非常事態がありました。きっと人手不足が原因でしょう。結末は無事に終わるです。私だったらお手伝いすると思います。

 

「そういえば、セレスちゃんもお手伝いしてくれたね」

「・・・はい。頑張りました」

「偉い偉い」

 

ちょっと文章が変だけど問題ないでしょ。

正しくは私もお手伝いしましたとかかな?

ま、ちょっと後で教えるとしよう。

これは葬式料理の時の奴だな。

料理の数が多すぎて人手が足りない時があって、暇だった俺が連れ出されたんだよ。

それを見て、セレス嬢が手伝わせてくださいって。

忙しい中、大丈夫かなって思ったけど、トコトコ歩く姿に癒されて仕事効率もアップみたいな感じで。

無事に、乗り切る事が出来ました。

いや、それにしても、ホウメイさん大変だなと実感した。

葬式料理ですら全て自分一人なんだから。

皿洗いや野菜切りしか出来なかった自分でも終わった時は達成感がありました。

ホウメイさんとその後、お茶会をしましたが、ホウメイさんは良い人です。

サイゾウ氏に並ぶ尊敬する大人として認定されました。

 

「また御手伝いする機会があったら来てくれるかな?」

「・・・はい。頑張ります」

「ありがと、セレスちゃん。それと最後の文をちょっと変えようか」

「・・・どうやってですか?」

「私だったら御手伝いすると思いますだとセレスちゃんがせっかく手伝ってくれたのに何もしてないみたいでしょ? だから、お手伝いしましたにしよう」

「・・・コウキさんに教えてもらった文と変わっちゃいます」

「え? あ、別にそのままじゃなくても・・・」

「・・・嫌です。このままが良いです」

「う、うん。このままでいいよ」

 

○○月××日

今日、ナデシコのブリッジでルリさんがアイゲームをするという事がありました。きっと退屈が原因でしょう。結末はハイスコアです。私だったら高得点は取れないと思います。

 

「あぁ。あのゲームやっていたんだ」

「・・・難しかったです」

「ま、ゲームは慣れだから。セレスちゃんだっていつか高得点が取れると思うよ」

「・・・頑張ります」

「うん。頑張って」

 

○○月××日

今日、ナデシコの食堂で辛い物を食べるという事がありました。きっと好奇心が原因でしょう。結末は辛かったです。私だったら二度と食べません。

 

「へぇ。辛いもの食べたんだ。舌とか痛かった?」

「・・・痛かったです。今でもちょっとヒリヒリします」

「セレスちゃんにはちょっと早かったかな。大人になればきっと食べられるよ」

「・・・む。私、子供じゃありません」

「じゃあ、もう一回食べてみる?」

「・・・シュンッ。子供のままでいいです」

「すぐに食べられるようになるよ」

 

何故にいつも擬音を声に出すのだろうか?

ま、いっか。とりあえず、今日の所はここまでだな。

 

「うん。何があったのか伝わってくる良い日誌だね」

「・・・ありがとうございます」

「また見に来るから、頑張って」

 

偉いぞって子供を褒める時は頭を撫でてしまいますよね?

あれは不可抗力です。自然の理です。

 

「・・・楽しみに待っています」

「うんうん」

 

色々な経験を積んで子供は成長するんだ。

日誌じゃなくて絵日記風にするよう提案してみようかな。

え? 日誌じゃなくなるって?

子供に描かせている艦長が悪い。

俺はセレス嬢の成長の為ならプロスさんにだって立ち向かってやるぜ。

 

 

後日、絵日記にさせる事に成功。

絵心はそれ程でもありませんでしたが、一生懸命絵を描く姿は和みました。

セレス嬢の航海絵日記を読む事が一日の楽しみになっている僕でした。

 

 

 

 

 



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切り札は裏目に

 

 

 

 

 

「そろそろ火星。ともなれば・・・あれだな」

「あれって?」

 

珍しくブリッジの全クルーが揃った今日。

きっとその珍しい事態はこれから起こるイベントの為だろう。

でも、現時点でそういう関係にある人がブリッジクルーで少なくとも二組はいる訳でしょ。

あぁ。俺達へのバッシングが凄まじい事になりそうだ。

まさかミナトさんとこういう関係になれるなんて予想してなかったからな。

嬉しい事なのは確かだけど、また血走った眼で見られるのはちょっと怖くて嫌かな。

 

「ミナトさんには話してなかったですね。ちょっとした事が起こるんですよ。多分、今日ですね」

「ちょっとした事? それって―――」

「反乱ダァ! 我々は正当な権利を持ってこの項目の改善を訴える! 我が賛同者は続けぇ!」

「オォオォッォ!」

 

ブリッジに雪崩れ込む兵士とパイロット。

その顔は真剣以外の何ものでもなく、手には銃を持っていた。

真剣の度合いを示す基準にもなるけど、仲間に銃を突きつけるのはちょっといただけない。

 

「・・・という事です」

「ちょっと待って。何がどうなってこうなるの?」

 

混乱するミナトさん。

ま、当然そうなるよな。

いきなり雪崩れ込んできて銃を突きつけられれば。

あ。ガイがいる。そりゃあ改善しないと誰かさんと熱くなれないからな。

意外と律儀そうだし、そういう所。

 

「ガイさん、これは一体?」

「おぉ、メグミ。これを見てくれ」

 

通信士の席に座っていたメグミさんが困惑で固まっていると、多分、ガイの姿に気付いたんだろう、すぐに硬直が解けてガイに近付いていった。

銃を突きつけられているという恐怖でさえ乗り越え無邪気にガイに近付くとは。

恐るべし、愛!

 

「え? こんな項目があったんですか?」

「おぉ。こんなのあったら、これから困るだろ? 俺達はこれからもっと―――」

 

バキッ!

 

「てめぇ! このゲキガンオタクが! 打ち殺すぞ!」

「い、痛いっすぅ」

 

当たり前だよ、ガイ。

彼らは女性と接近したいからこういう事をやっているのさ。

そんな彼らの前で桃色吐息なピンクオーラを出したら当然やられるよ。

自重、自重。

 

「ウリバタケさん、これはどういう事ですか!?」

 

銃を突きつけられながらも毅然とした態度を取れるユリカ嬢。

このあたりは流石だなと思う。

 

「これを見ろ!」

「・・・これは・・・」

 

ウリバタケ氏から契約書を受け取り、上からゆっくりと読んでいくユリカ嬢。

その後、呆然。

その後、絶叫!

 

「え、え、えぇ!? な、何ですか!? これは! これじゃあアキトと何にも出来ないじゃないですか!」

「そうだろ、そうだろ。許せないよな! 横暴だよな!」

「はい。許せません。横暴です」

「よし。レッツ反乱!」

「レッツ反乱!」

 

あぁ・・・。艦長まで乗せられちまったよ。

原作で見ていて、分かったけどさ。もっと責任持った行動を取ろうよ。

騒動を収めるのが艦長の仕事でしょ?

便乗して余計騒がしくしちゃ駄目だって。

 

「結局どういう事なの?」

「あれですよ。異性とは手を繋ぐまでって奴。あれが許せないらしいです」

「あぁ。あれか。まぁ、確かに許せないでしょうね」

 

余裕の笑みを浮かべるミナトさん。

これもまた、変更済みだからこそ浮かべられる笑みか。

 

「おい! マエヤマ! お前はどうなんだ?」

「え? 何がです?」

「こっちに来ねぇのかって聞いてんだよ! てめぇだってこんなの許せねぇだろ! ミナトちゃんと良い関係のてめぇはよぉ」

 

どこか私怨が含まれたかのような言葉ですね。

 

「そうだぜぇ! コウキ! お前もこっち来て俺と愛の為に戦お―――」

 

バキッ!

 

「てめぇは黙ってやがれ。ぶちのめすぞ」

「す、すいませんっした」

 

あらあら。可哀想に、ガイ君。

ま、自業自得だからね。フォローはしないよ。

今のは獣の群れの中でいきなり肉を食いだすような事だから。

 

「あ。ウリバタケさん。俺はその項目変更済みですから」

「な、何?」

 

何ですか? その大好きな子にいきなり告白されたかのような驚きようは。

 

「プロスさんには言ったんですけどね。絶対問題になるから恋愛は自由にさせて方が良いって。でも、駄目だったんですよ」

「そ、そんな事は関係・・・なくはねぇが、その前にだ。てめぇはこの項目を変更してなしにしてやがるんだな?」

「ええ。給料15%カットですけどね。気付けて幸いでした」

 

ま、知っていたんだけどね。

 

「ク、クソッ。裏切り者が! ・・・だが、これは改善できる可能性も出てきたという事か。・・・だが、しかし・・・」

「困りますなぁ。何の騒ぎですか? これは」

 

ぶつぶつ危なく呟くウリバタケさん。

それを中断するようにプロスさんが現れる。

凄腕交渉人の仕事が始まったな。

銃を向けるウリバタケさんと契約書で立ち向かうプロスさん。

何故だろう? 契約書が凶悪な銃にすら見えてくる。

ま、あの二人の議論は平行線だろうから、無視して。

 

「何やってんの? ヒカル」

「え? だって面白そうじゃん」

「面白そうって理由なの?」

「ま、ちょっと許せないかなって気持ちもあるかな。束縛とか嫌だし」

「まぁ、そうだろうけどさ、銃はやりすぎじゃない?」

「てめぇは変更しているからそんな余裕なんだよ!」

「あれ? リョーコさん。そんなに恋愛したい人がいるの?」

「えぇ!? そうだったんだ。リョーコ。いやいや、隅に置けないね」

「ち、ちげぇよ! そ、そんなんじゃなくてだな! 自分の事を誰かに決められるのが―――」

「いや。青春だね。リョーコさん」

「うんうん。リョーコにも漸く春が・・・」

「違うって言っているだろ!」

 

リョーコさんも面白い人だよな。

ヒカルが合わせてくれるから楽でいいし。

 

「見事なまでのかわし方。腹黒ね、コウキ君」

 

なんか最近の評価が腹黒ばかりな気がする。

 

「ん?」

 

そういえば、テンカワさんの姿が見えないな。

 

「テンカワさんは参加してないの?」

「ううん。誘ったんだけど、用があるって」

「あぁ。そうなんだ」

 

議論中に襲撃に遭うんだっけ?

テンカワさんには取るに足らない反乱って事?

そもそもテンカワさんは変更したのかな?

 

「困りますなぁ。契約は絶対なのですよ」

「ふんっ。聞いたぞ。マエヤマは変更しているそうじゃないか」

「ええ。マエヤマさん、ハルカさん、テンカワさん、ルリさん、ラピスさんはそれぞれ変更しています」

「何!? 他にもいたのか!?」

 

ギロッとこちらを見てくるウリバタケさん。

少なくともテンカワさん達は俺と関係ないぞ。

 

「何であいつらは良くて俺達は駄目なんだよ!?」

「彼らは契約の前に自ら申し出ています。貴方達は契約を結んでから申し出ています。その違いです」

「あぁん!?」

 

睨み合いが続く。

あ。艦長が動き出した。

 

「プロスさん。私も納得できません! 変更してください!」

 

おい!? やっぱりそっちかよ!?

 

「艦長。貴方はこちら側の人間でしょう?」

「私とアキトの恋路を邪魔するものは何であろうと許しません!」

「艦長が何と言おうと契約は絶対です!」

 

ジュン君、早く止めて。

 

「ユ、ユリカ。艦長なんだから率先して止めにはいらないと」

「ジュン君! 邪魔しないで! 私の将来が懸かっているの!」

「ユ、ユリカァ~・・・」

 

もっとだ。もっと押せよ。

熱くなれよ!

 

「コ、コウキ君」

「え? ・・・あ」

 

気付けば整備班の皆さんに囲まれていました。

 

「お前は良いよなぁ。綺麗な彼女もいて、ちゃっかり契約内容も変更していて」

「女性ばかりのブリッジ勤務でよぉ。俺達なんて男臭くて堪らないってのに」

「その上、予備パイロットだと!? 男女比一対一ですら羨ましいわ!」

「この野郎、セレスちゃんにまで手を出しやがって。ミナトちゃんだけじゃ満足できないってのか!? ああん!?」

「どっちか寄越しやがれ!」

 

最初はタジタジしてましよ。

セレス嬢に手を出したという不名誉にも反発は覚えましたが、何より最後の言葉は許せません。

ええ。絶対に許す事は出来ません。

 

「寄越せとは何ですか! 二人は俺の大切な人です! それをまるで物のように」

「え、え~と」

「反乱!? 抗議!? そんなの勝手にやってください! ブリッジを占拠しようと状況は変わらないでしょ! プロスさんに直接抗議してください!」

「あ、あのな・・・俺達も―――」

「子供に銃を突きつけるのが大人ですか!? 己の目的の為に手段を選ばないのが大人ですか!? 見てください!」

 

隣の席で俯き震えるセレス嬢に視線を落とす。

 

「こんなに怖がっているでしょうが! 俺は貴方達が形だけで銃を突きつけていると知っています。仲間を撃つような事は絶対にしないと!」

「・・・・・・」

「ですが、突きつけられれば怖いんですよ! どれだけ信じようとも、銃を突きつけられれば、ナイフを突きつけられれば、怖いものは怖いんです!」

 

たとえ冗談でも危ないものは危ない。

何があるか分からないのだ。誤って傷つけてしまったら悔やんでも悔やみきれない。

 

「契約書を見なかったのが悪いとは言いません。こんなに巧妙に隠すネルガルが俺も悪いと思います。性質が悪いです。でも、他にやりようがあったのではないですか!?」

「・・・そ、そうだな」

 

血走った眼で迫ってくる整備班の内の一人がそう告げる。

 

「子供に、いや、子供だけじゃない。仲間であるナデシコクルーに銃を突きつけてまでやる事じゃねぇよ」

「・・・ああ。こんなに怖がらせて、俺達は何をしていたんだろうな」

「ごめんな、セレスちゃん」

 

・・・分かってもらえたみたいだ。

仲間を怖がらせてまでやる事じゃない。

気に喰わないのは分かる。変更している俺に当たるのも分かる。

でも、それにもルールがあるだろ。

銃は何があっても反則だ。

 

「・・・コウキって怒ると怖いんだね」

「・・・ちょっとやりすぎだったな」

「・・・ええ」

「ガイさん。正義のヒーローがやる事じゃないです」

「・・・すまん。反省している。俺は間違っていた」

「分かれば良いんです。ガイさん」

「・・・ああ。メグミ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

抱き締めあうガイとメグミさん。顔が近いです。

・・・それよりも、よくこのシリアスムードの中でピンクになれますね。

何か、呆れて怒る気にもなれません。

 

「おい。てめぇら。銃なんか捨てろ。俺達に武器はこの肉体だ! 今こそ―――」

 

ゴキッ!

 

「てめぇは黙っていろ! このピンク野郎!」

「グハッ!」

 

自業自得。でも、音が音なだけにちょっと心配。

 

「だが、ゲキガンオタクが言っている事も間違ってねぇ。俺達の武器は銃なんかじゃねぇ。俺達の魂は・・・こいつだ!」

 

そう言って取り出すはスパナ。

流石。それでこそウリバタケさんです。

 

「プロスのダンナ。俺達は抗議が受け入れられないならストライキを起こす事すらも辞さない」

「はぁ・・・。困りましたな。どうしましょうか?」

「艦長命令です! 変えちゃいなさい!」

「あ。艦長。貴方はどちらにしろ駄目ですからね」

「ほぇ?」

「艦長はクルーの鑑たれ。艦長が風紀を乱すような事が許される訳ありません」

「そ、そんな・・・」

 

壮絶に落ち込むユリカ嬢。

ま、まぁ、どうにかなるよ。ユリカ嬢。

 

「どうなんだ!? プロスのダンナ!」

 

今更だけど俺だけってのもちょっと罪悪感があるな。

俺の意見なんかで変わるか分かんないけど、少し試してみよう。

 

「プロスさん。やっぱり問題起きたじゃないですか」

「率先して風紀を乱した方に言われたくありませんな」

 

グサッ!

そ、それを言われると反論できないのですが・・・。

 

「もしかして、怒っています?」

「如何わしい行為はしないと誓っていただけたかと思いますが?」

 

もしかして、藪蛇ですかぁぁぁ!?

 

「おい。こら。如何わしいってどういう事だよ?」

「あん!? てめぇはもうミナトちゃんと大人の関係って事か? そうなのか?」

「まだ成人もしてねぇような奴が生意気しているんじゃねぇ」

 

もしかして、またもや囲まれていますかぁぁぁ!?

 

「あら? 当たり前じゃない。もう大人だもの」

「ゴラァァァ! マーエーヤーマー!」

 

火に油を注がないでください! ミナトさん!

 

「ス、スパナで殴られたら僕死んじゃうかな~って思うんですけど」

「いや。お前は既にあの身体に溺れているんだ。死ぬタイミングが早まるだけ」

「で、溺死はしませんよ」

「そうそう。溺れても人工呼吸してあげるもの」

「マーエーヤーマー! 死ねぇぇぇ!」

 

ミナトさん! 火薬庫に火を投げ入れないで下さい!

というか、皆さん、怖い! 怖過ぎます! 眼が赤く染まっていますから!

 

「プロスさん!」

「こちらも変更を許してしまった以上、眼を瞑るしかありませんでした。私がどれだけ気を揉んだか・・・」

 

胃に手を当てるプロスさん。

すいません。ですが、理性で抑えきれないのが恋の病なのです!

練習だってサボってしまうのが恋の病なのです!

 

「と、とにかくですね。ストライキを起こされて生じる損害と艦内恋愛を認めて生じる損害とを比較すればすぐに決まると思いますが?」

「しかしですね。恋とは恐ろしいものなのです。この私も・・・コホン、色々あったのです」

 

な、何があったんですか!?

非常に気になる。

 

「も、もちろん、仕事をサボったりする事はありませんよ。むしろ、やる気が漲ると思います! ね! ウリバタケさん」

「お、おう。当たり前だろ!」

 

突然、振ってすいません。

ですが、慌てていても返事するのが流石です。

 

「心配されるかもしれませんが、彼らはプロです。プロが恋に惑わされる事なんてありませんよ。確実に成果を残します」

「しかしですな。私は心配で―――」

「御自分で選んだクルーが信じられないのですか!?」

 

あ。ユリカ嬢の火星での名言を言っちまった。

ユリカ嬢。すまんが、二番煎じになっちまう。

 

「む。そう言われてしまうと反論できませんね」

 

やはりこの台詞は効果的みたいだな。

交渉人の心理を突く一言。やるな、ユリカ嬢。

 

「きちんと成果を残す。必ず時間を守る。人前でしない。それで妥協しませんか?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

眼は逸らせない。

俺の背中には何人もの人の期待が乗っかっているんだ。

 

「・・・はぁ・・・。分かりました。妥協すると致しましょう」

「ありがとうございます」

 

ほっ。良かった。

 

「マエヤマ! お前はむかつくが、良くやってくれた!」

「おお。むかつくが、お前のおかげだ」

「ああ。死んで欲しいぐらいむかつくが、胴上げしてやる」

 

全員、むかついているんですね。分かります。

結局、僕は涙を流しながら胴上げされる破目に。

そして、こんな時に・・・。

 

ドドンッドドンッドドンッ!

 

「な、何事だ!?」

「木星蜥蜴が接近中。この数は・・・迎撃が必要です!」

 

こういう事が起こるんだから、世の中って不思議だよね。

というか、いたんですね? ゴートさん。

最近、驚き役が板についてきています。

 

「オラァ! 野郎共! クーデター成功だ! 後は結果を残すぞ! 勝利は己の手でもぎ取れぇ!」

「オォォォオォオォ!」

 

凄まじい勢いで去っていく整備班。

呆然と立つ艦長に眼も向けずに走っていった。

それはまぁ、いいよ。たださ、これだけは言わせて。

いくら揺れたからって空中の俺はスルーするのは酷くない?

めちゃくちゃ腰が痛いんですけど。あ。地面にぶつけたからだからね。

 

「・・・ガイさん」

「心配するな。必ず帰ってくるから」

「はい!」

 

あぁ・・・。ガイ。自重。

 

「早く来い!」

 

ゴンッ!

 

「グハッ!」

 

あぁ。リョーコさんに引き摺られていく哀れなガイ。ドナドナが聞こえてくるよ。

 

「じゃ、行ってくるね」

「気を付けろよ、ヒカル。イズミさんもお気を付けて」

「うん。じゃあね」

 

去っていくパイロット達。

彼らの腕なら大丈夫だろう。

今回はガイもいる。心配はいらない。

 

ギュっ!

 

「イタッ!」

 

だ、誰だ? 俺の脇腹を抓ったのは。

 

「・・・・・・」

「・・・どうしました?」

 

ミナトさんでした。珍しく口を尖らせています。

 

「随分と仲良さそうだったじゃない? ヒカルちゃんと」

「え? そうですかね?」

 

ギュっ!

 

「イタッ!」

「早く準備なさい!」

「は、はいぃ!」

 

こ、怖いですよ。ミナトさん。

 

「・・・バカ」

 

ま、ヤキモチだって分かればそんなに悪い気分じゃないかな。

腰と脇腹はまだ痛いけど・・・。

 

「・・・・・・」

 

あれ? ここですぐに指示が出される筈なのに・・・。

 

「艦長。指示を!」

「・・・・・・」

「あれ? 艦長?」

 

あ。固まっていらっしゃる。

硬直時間が長すぎですな。誰か硬直を解いてあげて。

 

「・・・ユリカ。テンカワの勇姿を見なくて良いの?」

「あぁ! そうだった! 教えてくれてありがとね、ジュン君」

「・・・ううん。いいんだ」

 

涙を流しながら、良くぞ告げてくれた。

恋敵の名を使うのがどれ程、悔しく、悲しい事か。

ジュン君、大人になったね。・・・情けないけど。

 

「エステバリス隊はどうですか?」

「現状で発進できるのはテンカワ機だけです」

 

あ。テンカワさんはこれに備えていたんだ。

準備が早い。

 

「テンカワ機は先行発進。他のエステバリスも準備が終わり次第、発進してください」

「了解」

 

どれだけ早く発進させてもDFがある限り、エステバリスも迎撃活動に移れないからな。

発進の手間を考えるとさっさと発進させてDF近くで待機していた方がいいって訳か。

 

「グラビティブラスト発射と同時に迎撃活動に移ってください」

 

その時はDFを解除するからな。

タイミングとしては丁度良い。

 

「マエヤマさん! 御願いします!」

「オモイカネ。レールカノンセット」

『レールカノンセット開始』

 

俺の役目はDFを纏わせるまでの迎撃活動。

基本的にナデシコはDF纏って時間稼いでGBをチャージしてGB発射して大量破壊してDF纏って・・・という行為を繰り返す事が戦術となる。

その合間、合間にある隙を埋める事が俺の役目だ。

現状でGBに勝る攻撃方法はないからな。

最高戦力のお膳立ても大切な役目だ。

 

『レールカノンセット完了』

「レールカノン準備完了」

「エステバリス。全機発進しました」

 

さぁ、舞台は整った。始めようか。

火星降下前の最後の戦いを。

再び火星の地を踏む為に!

平穏生活を成就する為に!

火星よ! 私は還ってきた!

・・・落ち着こう。俺。

そもそも俺は経歴では火星育ちになっているが、実際に来たのは初めてなんだから。

冷静に、冷静に。

 

「グラビティブラスト発射!」

「グラビティブラスト発射します」

 

DF解除と同時にGBを放つ。

さて、やりますか。

 

・・・・・・・・・・・・・・・。

 

どれくらい繰り返したかな?

グラビティブラストを放った回数なんてもう覚えてない。

一発撃つ度にフォローに入るとか。

心身共に疲労が溜まります。

ま、弱音なんか吐いていちゃパイロットの皆さんに申し訳ないか。

 

『こちらスバル・リョーコ。残弾が残り少ない。一度補給に戻る』

『こちらダイゴウジ・ガイ。発進準備完了だ。いつでも出られるぜ』

 

スバル嬢が補給に戻り、ガイが再び戦場に。

機体も万全でまだまだ元気なガイだ。

テンカワさんと協力すれば、敵の艦隊に大損害を与えられるかもしれん。

流石に原作のアキト青年みたいに一人で突っ込ませるのは危険過ぎる。

 

「ゴートさん。これを」

 

あたかも解析したかのようなデータを戦闘指揮のゴートさんに送る。

ゴートさんなら指揮を執っても問題ないだろう。

 

「これは?」

「敵艦隊を現状の武装で倒す為に必要な戦術を考えてみました。成功する確率が高いようでしたら参考にしてください」

「む。これは・・・いけるか?」

 

前回の戦闘からウリバタケさんに協力してもらって作り上げたエステバリス専用のレールカノン。

これと原作のアキト青年が無茶したイミディエットナイフでの特攻を組み合わせれば・・・。

 

「敵のDFは少なくともナデシコよりは軟いです。レールカノンでDFの出力は低下させつつ、イミディエットナイフのような先端が尖っているものなら・・・」

「敵のDFを突破できるかもしれん。データでは正面から無理だとなっているが?」

「角度的な問題です。真正面から立ち向かっては面と面。DFを突破するのなら、まずは斜めから突っ込む事でDF全体を消滅させます」

 

アキト青年はナイフだけで成功させた。

それなら、レールカノンとの複合はより成功率も安全性も高い。

 

「恐らく接近するナイフの役は発進したばかりのガイに、レールカノンでフォロー及び突破後の射撃にはテンカワさんが良いかと」

「お前のデータを信じよう。テンカワ、ダイゴウジ。作戦を告げる」

 

無茶な作戦かもしれんが、成功させてくれよ。

提案しておいて言うのも何だが、まだお前には死んで欲しくないからな。

メグミさんに睨まれるのも嫌だぞ、ガイ。

 

「ガイ、聞こえているか!」

『おう。コウキか。どうだ? 俺の戦いは』

「ああ。出航したばかりのお前が嘘のようだ。ガイ、ヒーローに近付いたな」

『ハッハッハ。まぁな!』

「作戦は聞いたか?」

『おう。まずはDFの突破。んで、ナイフで装甲を剥ぎ取ればいいんだろ? それをアキトが破壊してくれる』

「そうだ。すまない。お前に負担が大きい作戦で。恨むなら提案した俺を恨んでくれ」

『フッ。誰が恨むかよ。死んだら腕のない俺の責任だ。てめぇのせいなんかにしねぇよ』

「・・・ガイ、何だかカッコイイぞ」

『当たり前だろ! ヒーローはカッコイイものさ』

「絶対に死ぬなよ。ヒーローに憧れて死ぬなんて事は―――」

『馬鹿野郎。恋人を残して死ねるかよ! 帰って来るって誓ったんだよ!』

「・・・ガイ、お前こそ男だ! 行って来い!」

『おうよ! 後は任せろ! おっしゃあぁぁぁ!』

 

誰かの犠牲になって死ぬみたいな事にガイは憧れを抱いていた節がある。

それは美しい死に方なのかもしれない。

だが、少なくとも守られた方の心に一生傷を残す。

俺はガイにそんな死に方をして欲しくなかった。

だから、忠告しようとしたけど・・・。

心配はいらなかったみたいだな。

恋が人を強くする・・・か。

本当にヒーローみたいだ。

 

「ガイは精神的に強くなった。なら、俺も・・・」

 

ガイに負けずにやってやる。

全力でガイを援護してみせる。

 

「ガイとテンカワさんを援護します。DFを解除してください」

「・・・信じていいんですね?」

「ええ。一切近付けず、見事に援護をやり通してみせましょう」

「私も協力するわ。多少のミスはカバーしてあげる」

「心強いですよ、ミナトさん」

「・・・頑張ってください、コウキさん」

「ありがと、セレスちゃん」

 

フーっと深呼吸。

眼を閉じ、心を落ち着かせて・・・。

 

「フィードバックレベルを最高値に。情報伝達速度を最高値に。全レールカノンを制御下に」

 

弾幕として幾つかオモイカネの制御下にあったレールカノンを完全に俺の制御下に置く。

視覚データの伝達、命令の伝達を反射のレベルに近い最高速度に。

導入したソフトを最高スペックで発揮、得られた敵情報を一瞬で解析、全てを同時に把握。

・・・終わったら寝込むかもしれないな。

だが、俺も男をみせてやる。

 

 

「・・・す、凄い」

「ル、ルリちゃん。レールカノンの命中率は?」

「・・・信じられない事に80%台をキープしています。距離には関係なく、外すのは爆風など想定外の要因が絡む時のみ」

「敵の攻撃は?」

「・・・全てシャットアウトです。他の弾幕として使われている武装の射撃コースすら一瞬で予想していて無駄弾がありません」

「・・・恐ろしいですな。全てのレールカノンを自由自在に操り、かつ、外す事がない」

「あれ程の射撃をこなせる奴が世界に何人いるか・・・」

「・・・皆無じゃろ。これ程の者をワシは見た事がない」

「・・・コウキ君、頑張って」

 

 

頭が割れるように痛い。

痛くて熱くて、少しでも早く気を失いたいとさえ思う。

指先は震え、心が凍りつく。

まるで自分が人間じゃないかのように。

俺は人間なのか? ただ眼の前にいる標的を撃ち尽くすだけの機械ではないのか?

人間としての感情を失い、心を失くし、ただ条件反射のように敵が映れば腕を動かす。

考える事すら億劫。思う事すら億劫。何も考えず、何をしているかも分からず。

・・・気付けば、俺は意識を失っていた。

ひたすらに標的を撃ち続ける機械の腕を残して。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

コウキ君の様子がおかしい。

その事に気付いたのはヤマダ君とアキト君が敵艦隊を撃破した時。

敵は全滅に近くて、後はナデシコがグラビティブラストを撃てば終わりだというのに、コウキ君が戻ってくる事はなかった。

いつものコウキ君なら、終わってすぐに頼もしい笑顔を浮かべてくれる筈。

まだやり残した事があるのかな?

そうやって軽く考えていた時、それは起こった。

 

「え!?」

「ルリちゃん。どうしたの?」

「レールカノンがエステバリスにロックオンされています! マ、マエヤマさん!」

「・・・・・・」

 

ダンッ!

 

何の戸惑いもなく放たれるレールカノン。

その弾丸はスバル機のDFを容易に貫き、エステバリスの右腕を損傷させた。

 

『おい! どういうつもりだ!?』

 

激昂するリョーコちゃん。

当たり前だと思う。いきなり、しかも、味方から撃たれたんだから。

 

『ブリッジ! どうなっている!?』

「わ、分かりません。マエヤマさんが。調べてみます」

『マエヤマが! チッ! 何が目的だ』

 

リーダーパイロットのアキト君が怒気で顔を染める。

待って。きっと何か理由が。そうじゃなければコウキ君がこんな事をする筈がない!

 

「ゴートさん! マエヤマさんをコンソールから引き離してください!」

「了解した」

 

艦長の指示でゴートさんが動く。

あんな巨体だ。コウキ君は簡単に引き剥がされる筈。

これで安心できる。

そう考えた私が愚かだった。

私は失念していたの、コウキ君の異常な身体能力を。

 

「う、動かん!」

「え? 嘘・・・ですよね?」

「嘘などついてはいない! 事実、動かんのだ!」

 

どれだけ巨体で力持ちであろうと、所詮は人間。

コウキ君が全力で抵抗すれば力勝負で勝てる筈がない。

 

「クソッ!」

 

青筋が立つ程に全力でコウキ君を持ち上げようとするゴートさん。

でも、それでも、まるで動く様子がない。

その間にも、コウキ君の動かすレールカノンが止まる事はなかった。

 

『な、何だ? 何だ?』

『ど、どうなっているの?』

『包まれる暗黒の海。あぁ。私は墜ちるのね』

『え、縁起でもねぇ! どうなってんだよ!? 答えろ! ブリッジ!』

 

エステバリスのパイロットの腕がいいからどうにかなっている状態。

きっと他の人だったらとっくに墜ちてる。

・・・コウキ君が人殺しの罪を背負う事になる。

そんなの・・・いや!

 

「コウキ君! しっかりして!」

 

肩を懸命に揺らす。

コンソールに置かれた手を必死に引き離そうと腕を引っ張る。

それでも、非力な私の力では引き離す事が出来なかった。

 

「ジュン君!」

「うん。やってみる」

「私も手伝いましょう」

 

副長やプロスさんも加わり、コウキ君を囲む。

それぞれが全力でコウキ君を動かそうとするが、それでも動く事はなかった。

 

「な、何なんだ!? 一体! この力は!」

「普通じゃない! こんな力は普通じゃない!」

「まいりましたな。被害が増える一方です」

 

どうして?

どうしてこんな事をするの?

幸せで平穏を望むといってコウキ君は嘘なの?

貴方は、本当はこうやって―――。

 

「私の馬鹿! 何を考えているのよ!」

 

誰よりも私がコウキ君を信じてあげなくちゃ駄目でしょ!

コウキ君を疑うなんて馬鹿げているわ!

 

「コウキ君! コウキ君! 返事をして! コウキ君! しっかりして!」

 

・・・遠かった。

私の声なんて聞こえてない。

遠くて、遠くて、必死に追いかけても追いつかない。

その遠さが、その距離が、堪らなく悲しくて。

・・・堪らなく悔しかった。

こういう時に救ってあげるのが恋人でしょ!?

何でよ!? 何でこういう時に何もしてあげられないのよ!

・・・自分の存在が本当に嫌になった。

何も出来ない自分が本当に嫌になった。

 

「艦長! 原因が分かりました! 無理に引き離してはいけません!」

「説明して! ルリちゃん!」

「現在、マエヤマさんは心を失っています」

「え?」

 

心を失っている?

 

「おそらくフィードバックの暴走が原因です。必要以上の情報を脳が受け止め切れずにマエヤマさんの脳は意識を失わせる事で対応」

 

フィードバック?

そういえば、さっきフィードバックレベルを最高値にって言っていたわ!

 

「その代わり、今のマエヤマさんは機械のように眼の前の標的を撃つ事だけしか考えていません。言わば、システムに意識を奪われている状態です」

「それなら急いで離れさせないと!」

「駄目です! 今、引き離すと良くて植物状態、下手すると死に至る事もあります」

 

死ぬ?

コウキ君が死ぬの?

そ、そんな事って・・・。

 

「脳の活動を補助脳が上回れば本来の脳としての活動を停止してしまいます」

「どうにか! どうにかできないの!?」

 

どうにかして!

コウキ君を死なせないで!

 

「ラピス、セレス。マエヤマさんの制御下にあるシステムをハッキングして停止させます。オモイカネすらも受け付けない強固な守りです。協力してください」

「・・・分かった」

「・・・やります。絶対にコウキさんを」

 

・・・御願い。

神様・・・御願いします。

 

「ミナトさん。気を強く持ってください」

「・・・メグミちゃん」

「恋人なら支えてあげてください。信じて待っていてあげてください。私も戦場に出るガイさんを見ているのは怖い。でも、逃げたりしません」

「・・・私には何も出来ないの。何もしてあげられないのよ!」

「だから! 気を強く持って、マエヤマさんを信じてあげてください! ルリちゃん達を信じてあげてください!」

「・・・ルリちゃん・・・?」

「見てください。彼女達だって必死です。全力でマエヤマさんの為に力を尽くしています」

 

額に凄い汗を浮かべて、必死な顔で作業するルリちゃん。

ラピスちゃんもセレスちゃんも辛そうに表情を歪めているのに、諦める事なく頑張っている。

 

「私達には祈る事しか出来ません。でも、絶対に帰って来るって。そう信じれば、必ず帰ってきてくれるって。そう信じるしかないんです!」

 

諦めていたの?

私はもう無理だって・・・。

 

「辛いのも苦しいのも分かります。でも、必死に頑張る仲間を信じてあげてください。それに・・・」

 

穏やかに笑うメグミちゃん。

 

「恋人を残して勝手に死ぬような人じゃないですよ、マエヤマさんは」

 

・・・そう。

そうよ。今の私にだって出来る事はある。

泣き崩れる事が今すべき事じゃない。

コウキ君の死を拒んで自暴自棄になる事じゃない。

混乱して、泣き叫ぶ事が私のするべき事じゃない!

 

「コウキ君! しっかりなさい! 戻ってきなさい!」

 

必死に訴える。

システムに乗っ取られた?

その程度でへこたれるような男じゃないでしょ!

取り戻しなさい! 貴方にはそれが出来る!

 

「エステバリス隊! 聞こえますか!」

『ああ。どうなっているんだ?』

「システムの暴走です。管制システムが暴走しただけです。すいませんが、回避に専念してください」

『・・・後で事情を聞かせてもらう。が、了解した』

『チッ! システムの暴走ならしょうがなねぇな。避け続けてやるよ』

『ねぇねぇ、当たった人は奢りにしない?』

『ふっふっふ。闇の底で賭け事に走るなんて。甘美ね』

『おいおい。遊んでいる場合じゃ―――』

『へぇ~。逃げるんだ?』

『へっ。この俺が逃げるだと? そんな馬鹿な事がある訳―――』

「真面目にやってくださぁい! ガイさん! 怒りますよ!」

『お、おう。すまねぇな。だがよ。何があったかしらねぇが、気にする必要なんてねぇぞ。この程度に当たる奴が悪いんだ』

 

そう笑うガイ君。

きっとそれがガイ君の優しさなんだって思った。

誰がレールカノンを操っているかなんて誰だって知っている事なのに。

お前に責任はないぞって。

そう伝えてくれている。

素敵な彼氏ね、メグミちゃん。

 

『そうそう。狙うならもっとちゃんと狙えってな』

『速攻で当たった人が言う台詞じゃないよぉ』

『ば、馬鹿。あれは、そう、油断って奴だ』

『戦場で油断するなんて愚かね』

『おい。こら。イズミ。てめぇはどっちの味方なんだ』

『戦場で散る方の味方』

『死ねってか!? 死んだ方の味方だってのか!?』

『うるさいよ、リョーコ』

『俺か? 俺が悪いのか!?』

 

ほら、コウキ君。

皆、こうやって貴方を支えようとしてくれているのよ。

それを、貴方は裏切るの?

そんな子じゃないでしょ?

 

「・・・はぁ・・・はぁ・・・ハッキング成功・・・」

「・・・はぁ・・・システムと・・・意識を・・・切り離した・・・はぁ・・・」

「・・・はぁ・・・もう・・・はぁ・・・大丈夫です・・・」

 

・・・良かった。

助かったのね。コウキ君。

 

「ありがとう。本当にありがとう」

 

息も切れて汗も掻いて。

必死に助けてくれた。

コウキ君の為に力を尽くしてくれた。

本当に感謝のしようもない。

 

「仲間ですから。当然です」

「・・・コウキの為。当たり前の事」

「・・・コウキさんへの恩返しです。私にはコウキさんが必要ですから」

 

小さな女の子にこんなにも感謝する日が来るなんて思わなかった。

でも、本当に感謝している。恥も外聞も捨てて、頭を下げたかった。

本当にありがとうと。何があってもこの恩は絶対に返すって。

 

「システムの掌握に成功。お疲れ様でした。帰艦してください」

『『『『『了解』』』』』

 

メグミちゃんにもパイロットの皆にも感謝している。

メグミちゃんが暴走と報告してくれたからコウキ君への追及が逸らせた。

コウキ君のせいだって事は皆分かっていると思うけど、怒りを向けられる事はなかった。

パイロットの皆もそう。

一機でも墜ちていたらコウキ君は苦しんだと思う。

人を殺してしまったという罪を背負って。

たとえ意識がない時、自分が知らない間に起きた事だとしても、コウキ君は絶対に己を責めるから。

コウキ君の心に傷が残らなくて本当に良かったって思う。

 

「ゴートさん。申し訳ありませんが、マエヤマさんを医務室まで運んで頂けますか?」

「了解した」

「問題行為に対する厳罰は追って連絡するとマエヤマさんに伝えるよう担当の方に伝えておいてください」

「そ、そんな!? コウキ君は」

「・・・了解した」

「ゴートさん!」

 

そんな事って・・・。

コウキ君はナデシコの為に無茶をした筈なのに。

 

「何があったかは分かりませんが、味方を撃ったという事は事実。罰を与えない訳にはいきません」

「そ、それは・・・」

 

反論出来なかった。

たとえパイロットが気にしてないって言ってくれても事実は事実。

罰を与えないと示しがつかない。

 

「・・・・・・」

 

私は背負われ気絶したままブリッジから去っていくコウキ君を見送る事しか出来なかった。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 



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未来を押し付けられて

 

 

 

 

 

「・・・ここは?」

 

眼が覚めたら知らない天井でした。

というか、ここは・・・医務室?

何がどうなってこうなったんだっけ?

 

「あ。眼が覚めましたか?」

 

医務室の女医さん。

クルーに女性が多いから、そういうのを気にしたのかな?

ま、男としても女性の方が嬉しいか。

 

「あ、はい。あの・・・どうしてここに?」

「それは、何故医務室に運ばれたのか、ですか? それとも、医務室にいるのは何故か、ですか?」

「えぇっと」

 

同じような気がしますが・・・。

 

「と、とりあえず、どちらも御願いします」

「分かりました」

 

よく分からない人だ。

だけど、美人。

ナデシコってさ。

能力があれば、性格は問わない。

でも、容姿が整っていれば尚良いとか。

そんな感じで集めたんじゃない? もしかして。

メインクルーの殆どが容姿端麗だったではないですか。

戦艦らしからぬオーラを放つのはそれが原因かもしれん。

 

「色々考えている所で悪いけど、お話させてね」

「あ。すいません」

「ふふふ。いいのよ。お年頃の男の子が考えている事なんてお見通し」

 

妖艶に笑うお姉さん。

・・・美人に笑顔を向けられて嬉しい筈が、寒気を感じます。

それと、きっとお姉さんが考えているのと僕が考えているのは違いますよ。

ついでに、一瞬で性格変わりませんでしたか?

 

「貴方が運ばれてきたのは今から三、四時間前ですね。あれはそう、私が―――」

「とりあえず、僕の事を御願いします。後でお話は聞きますので」

「言いましたね。最後まで聞いてもらいますよ」

「・・・はい」

 

焦って変な約束をしてしまった。

・・・すいません、色々と。

 

「私も詳しくは分かりませんが、戦闘中に貴方は気絶してしまったみたいですね」

「気絶・・・ですか?」

「分かっているわ。若い男の子が気絶するなんてアレしかないよね、妄想。どれだけ激しい妄想をしたら気絶するのかしら?」

「それで、俺の身体に異常はありました?」

「あら。スルーなんて。悲しいわ」

「どうなんでしょう?」

「・・・コホン。特に異常は感じられませんでした。ちょっとした疲労でしょう。但し当分は頭痛が続くかもしれませんが我慢してください」

「あ、はい。分かりました」

 

そういえば、何か自分の頭じゃないかのような違和感が。

ま、勘違いだろ、俺の。

 

「異常はないので帰らせてもいいと思いますが、上からの命令でしばらくここに寝ていてもらいますね」

「えぇっと、俺ってもしかしたら何かやらかしたんでしょうか?」

「私からはちょっと。もしかして、覚えてないんですか?」

「ええ。何にも」

「ふふふ。それは若さゆえの過ちを犯したのを認めたくないからよ、きっと。認めちゃいなさい」

「変わり過ぎです。ついでに若者の認識を改めて頂きたい」

 

どうしてそうそっち方面に持っていくのかな、この人は。

 

「何でも貴方には追って連絡があるそうで、それまで待機してなさいって事だと思いますよ」

「なるほど。それなら、少し休ませてもらってもいいですか? ちょっと頭が痛いので」

「はい。構いませんよ。ゆっくりお休み下さい」

「ありがとうございます」

「あ。添い寝しようか? 寝かせないわよ?」

「おやすみなさい」

「あらら。またスルーされたのね。お姉さん、悲しい」

 

深い眠りに落ちた。

医務室の神秘に出会った気がする。

 

 

それから数時間後。

ま、俺は寝ていたからな。

正確な時間は分からんのよ。

 

「マエヤマさん、体調の方はどうですかな?」

 

やって来たのはゴートさんを連れたプロスさん。

何かゴートさんから睨まれているんだよなぁ。

ホントに俺は何をやらかしてしまったのだろうか?

 

「ええ。ちょっと頭が痛いですが、他は正常です。少し休ませて頂ければすぐにでも復帰し―――」

「残念ですが、マエヤマさん、貴方にはこれから五日間程、独房に入ってもらいます」

「・・・え?」

 

・・・独房?

・・・俺が?

・・・何で?

 

「その様子では報告通り何も覚えていないようですね」

 

はぁ・・・と溜息を吐くプロスさん。

正直な話、俺には意味がまったく分からない。

 

「あの・・・俺って何かしでかしたんですか?」

「・・・ええ。意識を失っていた貴方に言うのは大変申し訳ないのですが、真実をお話します」

 

そこで聞かされた俺の罪。

頭を抱えたくなった。

とにかく、謝りたかった。

許してもらえるまで、何をしてでも、俺は謝りたい。

それ程の罪を俺は犯してしまった。

 

「・・・俺が・・・エステバリスを?」

「ええ。嘘偽りのない事実です。貴方はレールカノンを操り、味方に被害を与えたのです」

 

呆然とした。

視界が揺らいだ。

手先の感覚がなくなって、でも、俺は必死にベッドの毛布を掴む。

それは独房に送られるのを拒んでいたからだろう。

認めたくない自分が必死に何かに縋っていた。

でも・・・。

 

「貴方に何があったのか? それは私共にも分かりません。ですが、事実は事実。厳しく罰しさせて頂きます」

「・・・ええ。分かりました」

 

・・・抗う事の出来ない事実と突きつけられ。

俺は首を縦に振る事しか出来なかった。

独房で五日間の監視。

火星にいる間、俺は何も出来ないんだと悟った。

 

 

 

 

 

「謝りたいんです」

「コウキ君。貴方の責任じゃ―――」

「俺の責任です。何が理由であろうと俺が意識を失っていようと俺の責任なんです」

「・・・分かったわ」

 

火星降下までの僅かな時間。

独房にいる俺に会いに来てくれたミナトさんに頼んだ。

俺に謝らせて欲しいと。

弁解がしたい訳じゃない。

言い訳がしたい訳じゃない。

ただ頭を下げて、謝りたい。

ブリッジで散々銃を突きつけるのはいけない事だと言い放った俺。

そんな俺が銃を突きつけ、更には実際に撃ってしまったという取り返しのつかない過失。

軽蔑されてもいい。嫌われてもいい。

それだけの事を俺はやったのだから。

でも、それでも、謝りたかった。

 

「・・・連れて来たわよ」

 

わざわざナデシコでも一番に利用しない所に来てもらった。

俺なんかの為にこんな所まで来てもらった。

それなのに、俺は顔をあげる事が出来なかった。

冷たい眼で見られるのが怖かった。

罵られて、睨まれるのが怖かった。

どんな表情であろうと、どんな言葉であろうと、俺にとっては恐怖でしかなかった。

・・・謝りたい。ただ一言謝りたい。

でも、その一言が酷く遠い。

 

「おい。顔をあげやがれ」

 

ビクッ!

 

言葉が胸を貫いた。

続きの言葉が怖くて仕方なかった。

 

「顔をあげろって言ってんだろうが!」

 

・・・そうだよな。

激怒していて当然だ。

俺は撃ったのだから。

・・・味方を・・・この手で。

やり場のない怒りと悲しみ。

何故あんな事をしたんだという己に対する怒り。

何故意識を失ったんだという己に対する怒り。

何故こんな能力を身に付けたんだという遺跡に対する怒り。

何故俺はこんな世界にいるんだという己と遺跡に対する嘆き。

そんな感情が己の胸の中で渦を巻いて。

・・・涙が出てきた。

胸の痛み。頭の痛み。

・・・心の痛み。

全身が痛くて堪らない。

死んじまえと言われた方がむしろ楽なのかもしれない。

・・・無責任にこの世を去れるから。

散々、殺したのだから苦しむのが罰だと能書きをたれながら、俺自身は簡単に死を選んだ。

死ぬという選択肢以上に楽な事なんてない。俺はテンカワさんの気持ちを分かったつもりでいて、まったく分かっていなかった。

生き地獄だ。俺なんて誤射しただけで生き地獄だ。テンカワさんのように人の命を背負うなんて事になったら間違いなく発狂する。

 

「殴らせろ! てめぇが気絶するまで殴らせろ!」

「リョーコ! やめな!」

「言い過ぎだよ。リョーコ」

「うるせぇ! 俺は撃たれたんだよ、こいつに。俺には正当な権利がある」

 

殺しかけたんだ。

殴られるだけで済むのなら軽い方だと思う。

・・・殺されてもいいぐらいだった。

 

「俺にも殴らせろ。味方を攻撃なんてヒーローにあるまじき行為だ。断じて許せん」

「ガイ君!」

「こいつは俺に男というものを教えた。そんな人間が男として許せない事をした。俺は教えられた者としてこいつを殴らなければならない」

 

あぁ。殴ってくれ。

気が済むまで殴ってくれ。

そして・・・俺を許してくれ。

償い方が分からない。

・・・俺はどうしたらいい?

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

黙ってないで怒れよ。

あぁ。いいんだ。殴っていい。

罵っていい。もう・・・何でもいいから・・・。

 

「・・・許して・・・下さい・・・ごめん・・・なさい・・・許して・・・下さい・・・」

 

身体が震えた。

口はまるで極寒の中に身を置いたかのようにカチカチとうるさい。

耳は全ての音をシャットアウトしたかのように全ての音を拒んだ。

縛られた両手。

こんな腕、折ってしまいたかった。

仲間を傷つけるような腕なんて折ってしまいたかった。

誰でもいい。縛りを解いてくれ。

俺が、自分で、折るから。

 

「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

 

ひたすら呟く。

まるで壊れた機械のように。

ただ一言を繰り返す。

ごめんなさいと。

・・・ただ繰り返す。

 

「・・・許してください・・・許してください・・・許してください・・・」

 

言葉とは裏腹に俺は許して欲しくなかったのかもしれない。

懺悔のように紡がれる言葉は他者の言葉を聞きたくないから。

許して欲しい。でも、許して欲しくない。

裁かれたい。裁かれたくない。

何も聞きたくない。何か聞きたい。

誰かに触れたい。温かみを感じたい。

でも、その資格はもう・・・裏切り者の俺にはない。

 

「・・・許して・・・許して・・・許して・・・」

 

視界が揺らぐ。

涙で滲んだ視界が更に暗転する。

そのまま、意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

 

これが・・・コウキ君?

明るくて優しい朗らかな好青年のコウキ君。

私の大切な恋人のコウキ君。

これが、まるで人形のように呟き続ける彼が本当に私の知っているコウキ君なの?

 

「・・・許してください・・・許してください・・・許してください・・・」

 

全身を震わせ、カチカチと歯を鳴らせ、血が出る程に拳を握り込んで。

 

「もうやめて! コウキ君!」

「・・・許してください・・・許してください・・・許してください・・・」

 

私の言葉は届かない。

ここにいる誰の言葉も届かない。

そして、彼の言葉も私達の中の誰にも向けられていない。

 

「・・・許してください・・・許してください・・・許してください・・・」

 

心が痛い。

彼をここまで追い詰めてしまった自分が許せなかった。

何をどう、私は間違えてしまったの?

 

「・・・許して・・・許して・・・許して・・・」

「コウキ君!」

 

倒れる彼の身体。

すぐに抱き締めてあげたかった。

彼の為なら何だってしてあげたかった。

でも、邪魔をする。

鉄の棒が私の邪魔をした。

少し歩けば触れる距離。

それが、こんなにも遠い。

手を伸ばしあえば触れ合える距離。

それが、あんなにも遠い。

私は・・・無力だ。

 

「・・・コウキ」

「チッ! 軟なヤツ」

「リョーコ!」

「味方の誤射ぐらいが何だってんだ!? それぐらい当たり前だろうが! 味方の誤射で死ぬ方が多いぐらいなんだぞ! それを! コイツは!」

「それは貴方の考え方よ。彼に押し付けるのはよくない」

「そうだよ。それに、どうしてわざわざあんな追い詰めるような事を言ったの!?」

「一発だ! 俺は一発殴れればそれでよかった! それで全部チャラにするつもりだった」

「それなら、そう言えばいいじゃない。気絶するまで殴らせろだなんて」

「俺は・・・そんなつもりで・・・。クソッ!」

「リョーコ! どこ行くの!?」

「シャワーでも浴びってスッキリしてくる!」

「リョーコ!」

「フンッ! ・・・誤射ぐらいで怒る訳ないだろうが・・・」

 

去っていくリョーコちゃん。

 

「・・・そうね。私も帰るわ」

「イズミ!」

「私がいてもどうしようもないもの。後は彼が立ち直るだけ。立ち直ろうという意思を見せるだけ」

「・・・イズミ」

「人を殺すという罪の重さ。私達のようなパイロットは神経が麻痺するのかもね。彼みたいな反応こそが普通なのかもしれないわ」

 

去っていくイズミちゃん。

 

「・・・拳で眼を覚ましてやろうと思ったんだけどな。空回りしちまったか」

「・・・ガイ君」

「俺は信じているぜ。コウキならすぐに立ち直って戻ってくるってな。コイツはそんな軟な男じゃねぇよ」

 

去っていくヤマダ君。

 

「・・・・・・」

「・・・アキト君」

「俺は人を殺し過ぎた。今の俺にコイツの気持ちは分からん」

「・・・アキト君は・・・」

「俺は罪人だ。コイツはその寸前まで行って戻って来る事ができた。それが・・・少し羨ましくもあるな」

 

去っていくアキト君。

結局、ここには私とヒカルちゃんだけが残った。

 

「・・・ごめんなさいね、ヒカルちゃん」

「ミナトさん。どうしてミナトさんが謝るんですか?」

「皆の心が離れ離れになっちゃって。私が無理に頼んだから」

「・・・皆、悪気があった訳じゃないんです。味方の誤射で死ぬ事なんて戦争中はいくらでもあったと言われていましたし」

「・・・でも・・・」

「パイロットは誰も気にしてないんです。コウキが誤射した事なんて。だから、一発殴らせれば許してやるよって笑って言っていました」

「それなのに・・・って事?」

「コウキが悪いんじゃありません。こっちの言い方が悪かったし、何よりこっちの考え方を押し付けてしまったのが悪いんです。コウキはパイロット志望じゃないんですよね?」

「ええ。何でもシューティングアクションゲームのスコアでスカウトされたって」

「それなら、きっと、今までもゲーム感覚だったんだと思います。向こうはパイロットのいない唯の虫型ロボットだったんですから」

「ゲーム感覚だったのが、現実感覚になったって事ね。しかも味方の死という形で」

「覚悟がないならパイロットになるな。そう言われた事もあります。それは味方を殺す可能性もあるという意味だったのかもしれません」

「覚悟。コウキ君には覚悟が足りなかったのかな?」

「分かりません。でも、いきなり味方の死。しかも、自分が知らない所での。自分の身体に恐怖を覚えてもおかしくないと思います」

「自分の身体に恐怖・・・か。もし知らない間に友人を殺していたなんて事になったら考えるだけで胸が怖いわね」

「コウキはその痛みを味わっているんだと思います。仲間を殺してしまったかもしれないという罪悪感。自分の身体が自分じゃないかのような恐怖感。その二つに苛まれて」

 

仲間を殺してしまったかもしれないという罪悪感。

コウキ君が友達を大切にする子だという事を私は知っている。

知り合いになれば、誕生日や記念日などを覚えていて必ずプレゼントを贈っていた。

仲が良い子ならもっと大切にしていた。

コウキ君にとってパイロットの皆は同じ戦場を共にする友人以上の関係だったのかもしれない。

そんな友人をいつの間にか殺していた。しかも、異常を抱える自分の身体で。

コウキ君は自分の身体を嫌がっていた筈。こんな能力はいらなかったって。

異常を抱え、親しい友人を殺す自分。

そうよね。とてもじゃないけど、普通の人には耐えられるような事じゃないわ。

対人恐怖症になってもおかしくない。

親しい人を自分は殺してしまうなんて考えたら誰とも知り合いになりたくないもの。

 

「そっか。ありがとね、ヒカルちゃん」

「いえ。友達ですから、コウキは。あとは恋人のミナトさんに任せます」

「ええ。本当にありがとう」

 

去っていくヒカルちゃん。

これで残されたのは私一人。

コウキ君と私だけ。

 

「どうしてこうなっちゃったの? コウキ君」

 

いつもなら穏やかな寝顔。

それが今は恐怖で引き攣って、涙で濡れた酷い寝顔だった。

 

「抱き締めれば安心してくれるの?」

 

でも、それも出来ない。

 

「口付けしたら私を感じてくれるの?」

 

たったそれだけの事も私は出来ない。

 

「どうすれば・・・いいのよぉ・・・」

 

泣きたかった。

どうしていいのか分からない。

コウキ君の為に何が出来るのか分からない。

コウキ君の為に何をしてあげられるのかが分からない。

分からない事ばかりで、己の無力さを呪う事しか出来なかった。

 

「・・・また、来るわね。その時はいつもの元気な姿を見せてね。コウキ君」

 

ひとしきり泣いて、私もその場を後にした。

私にはもうコウキ君の強さに賭けるしかなかったから。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

暗かった。

ただ暗い道を何も持たずに歩いていた。

光が現れては消え、消えては現れて。

この闇はいつまで続くのだろう。

光を追う。

・・・俺は光を掴むまでただ黙々と歩き続けた。

 

 

 

 

 

「アキトさん。私は決めました」

「・・・マエヤマか?」

「はい。彼は危険です。私達の計画の邪魔になります」

「どうしてもか?」

「はい。アキトさんも見たでしょう? マシンチャイルドを上回る情報処理能力を。あれだけの数のレールカノンを同時制御する事なんて私にも出来ません」

「・・・・・・」

「それだけじゃありません。私に匹敵するオペレート能力もあります。いざという時、立ち向かわれたら一番の障害になります」

「障害になる。それだけで消すのか?」

「今回の件をお忘れですか? 今回のような事があれば、大切なナデシコクルーを失いかねません」

「システムの暴走。あれはマエヤマのミスなのか?」

「フィードバックレベルを上げ過ぎです。あれではシステムと己を一体化させているようなもの。あれ程の情報量を人間の脳が支えきれる訳ありません」

「よく無事で済んだな」

「それがおかしいのです。あの状態になれば瞬時に廃人化するのが普通です。マエヤマさんの持つナノマシンの異常さで助かったようなものです」

「ルリちゃんでも無理か?」

「絶対に無理です。私ではもって数秒でしょう。あれだけの情報量が一気に押し寄せれば確実にパンクします」

「それはあれだけの時間もたせた。ルリちゃんが警戒するのも分かる。だが・・・」

「ミナトさんですか?」

「・・・ああ。マエヤマを殺して悲しむ者もいる。それを忘れてはならない」

「ミナトさんにはシラトリさんがいます。何の問題もありません」

「・・・・・・」

「今から行きます。いいですね?」

「・・・ああ。分かった」

「・・・ルリ・・・」

「・・・たとえ仲間だとしても、計画の為なら・・・殺します」

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

億劫だった。コウキ君が独房入りしてからずっと落ち着かない。

火星に降下する時間になっても、気分が晴れる事はない。

火星が赤くない? そんなのどうでもいいの。

ネルガルの研究所を回る? そんなのもどうでもいい。

許されるのならコウキ君の傍にいたかった。

許されるのなら、一緒に独房入りしたかった。

それなら、コウキ君に触れられる。温もりを感じられる。

 

「あの・・・このまま火星に降りちゃってもいいんですか?」

「どういう事? メグミちゃん」

「以前、マエヤマさんにナデシコについて教えてもらったんですが、火星に降り立つとナデシコの性能はガタ落ちするじゃないですか。それでもいいのかと」

「大丈夫、大丈夫。ナデシコは今まで多くの敵を退けてきた最強の戦艦だよ。問題ないって」

「えぇ? 本当ですか? ミナトさんはどう思い・・・」

「・・・・・・」

「・・・大丈夫ですか? 顔色悪いですよ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

一人で独房にいるコウキ君に私は何をしてあげられるの?

どうすればコウキ君の心を救う事が出来るの?

 

「休ませてやれよ、プロスさん。何にも聞こえてねぇって」

「むぅ。ですが、ここから細かい移動が多いですからな」

「んなもん、今の状態じゃ余計無理に決まってんだろ? なぁ、ヒカル」

「え? う、うん。ちょっと無理かなぁ~って。あ、あはは」

「・・・そうですな。仕方ありませんが、セレスさん、お任せしますね」

「・・・はい。分かりました」

 

考えが纏まらない。

何も思い浮かばない。

 

「そういえば、ルリとラピス、あ、テンカワもいねぇな。あいつらはどうしたんだ?」

「何でも用があるとかで」

「まったく。あいつらは何をしているんだか。せっかく火星が見られんのによぉ」

「テンカワさんも火星出身でしたな。・・・マエヤマさんも火星育ちでした」

「重いんじゃねぇのか? 五日間って?」

「いえ。妥当かと。それに、彼には休ませる時間が必要です」

「・・・それもそうか。俺達パイロットには何にも出来ないからな」

「笑って迎えてあげる事ぐらいかな?」

「・・・そうね」

 

・・・コウキ君。

 

「ハルカさん」

 

ッ!?

 

「あ、はい。何でしょう?」

「マエヤマさんの様子を見てきてもらえますか? そろそろ眼を覚ますと思うので」

「・・・はい」

 

あれから、コウキ君は眠り続けている。

非情な現実を認めるのを拒むように。

安楽な夢の中から抜け出すのを拒むように。

 

「・・・はぁ」

 

ブリッジを抜け出した所で深い溜息が出た。

私、何をやっているんだろう?

こんな事していたらコウキ君に怒られるのに。

無責任な事は絶対に許せませんって。

今の貴方は無責任にも私を放っているのにね。

・・・御願いだから、早く元のコウキ君に戻って。

 

「せっかく気を遣ってくれたんだもの。コウキ君の所へ行こう」

 

ブリッジクルーの皆に迷惑をかけて。

本当にもう。私は何をやっているんだろうか。

 

「・・・です」

 

ブリッジから独房までの最短コースを走る。

廊下を走っていたら、女の子はエレガントに、ですよ、とかコウキ君が変な事を言っていたわね。

思い出すだけで笑みが零れちゃうわ。

・・・本当に面白い子で、楽しい子で。

だから、笑顔が見られないのが本当に悲しい。

 

「・・・さん」

「・・・わかってる」

 

独房の入口に差し向かう所で声が聞こえてきた。

 

「誰? こんな時間に、コウキ君に用がある人なんて・・・」

 

食事を運んでくれる人でもない。

様子を見に来る医療班の人でもない。

どっちも時間帯が決まっているから。

今の時間帯は誰もいない筈。

じゃあ、今いるのは?

そ~っと、壁に隠れながら様子を窺う。

あれは・・・。

 

「ルリちゃんとアキト君? あ、ラピスちゃんもいる」

 

ブリッジにいる筈の主要クルーの三人。

その三人がわざわざ抜け出してコウキ君の所に?

何で?

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

距離は遠いし、小声だし、何も聞こえない。

こんな所で何をしているんだろう?

 

「・・・ですが!」

「・・・やはり駄目だ!」

「・・・ルリ!」

 

いきなり騒ぎ出す三人。

ルリちゃんの手には・・・銃!?

 

「や、やめて!」

 

いつの間にか飛び出していた。

何故、ルリちゃんがコウキ君を殺すのか?

そんな疑問を思い浮かべる前に、止めに入ろうと身体が勝手に動く。

 

「・・・だ、誰です!? ・・・え? ミナトさん?」

「・・・・・・」

 

ルリちゃんに銃を向けられて驚く。

でも、身体が止まる事はなかった。

コウキ君とルリちゃんの間に身体を入れて、両手を広げた。

 

「どういう事?」

「ミナトさん! どいてください!」

「どかないわ! どうしてコウキ君が殺されなければならないの!?」

「マエヤマさんが危険だからです。彼はナデシコクルーを殺しかねません」

「今回、暴走してしまっただけじゃない。殺されそうだから殺すの?」

「もう暴走しないとは限らないじゃないですか。それなら、殺される前に殺します」

「間違っている! そんな考え、間違っているわ!」

「間違っていません。大事なナデシコクルーを殺しかねないんです。放っておく訳には―――」

「それは変よ。コウキ君だってナデシコクルーの一員。ルリちゃんにとってコウキ君はナデシコクルーじゃないって事? 貴方も仲間だから助けて当然って言っていたわよね」

「そ、それは・・・。仲間を犠牲にするような方は仲間でもなければ、ナデシコクルーでもありません!」

「・・・ルリ!」

「ルリちゃん! それは違う!」

「どいてください。ミナトさん。私は貴方を殺したくありません」

「どかないわ。絶対にどかない」

「どうして分かってくれないんですか!? マエヤマさんは危険な存在なんですよ?」

「彼は私の大切な人なの! 誰が大切な人に死んで欲しいなんて思うのよ」

「大丈夫です。すぐに良い人が見つかります。私が保証します」

 

すぐに良い人が見つかる?

未来の記憶を持つ貴方達がそういうのなら間違いなんでしょうね。

でも・・・。

 

「未来がどうであろうと今の私にはコウキ君が一番大切なの! すぐに見つかるから納得しろって? そんなの無理に決まっているわ」

 

この世界で私が愛しているのはコウキ君だけ。

愛し続けるのはコウキ君だけよ。

 

「ミナトさんの運命の人はマエヤマさんじゃありません。別の人です」

「運命? そんなの誰が決めたのよ? 私の好きな人は私が決める」

「ミナトさんは絶対にこれから出会う人の方を好きに―――」

「もうやめて! いい加減にして!」

「ミナト・・・さん?」

「未来を知っているからって何でも貴方達が選んだ道が正しいだなんて思わないで!」

「なっ!?」

「何が運命の人よ。何がこれから出会う人の方を好きになるよ。そんなの余計なお世話! 愛する人は私が決める。貴方達が望んだ人と結ばれるなんて事は絶対にない!」

「・・・・・・」

「貴方達のエゴを人に押し付けて! 何でも自分が正しいと思っているの!? 思い上がりもいい加減にしなさい!」

 

運命? 未来ではこうだった?

そんなの私には関係ない!

私はこうするべきだなんてエゴを押し付けて。

私は貴方達が操る人形劇の人形じゃないの!

 

「何でも貴方達の思い通りになるなんて大間違いよ! 私は貴方達が描く物語の登場人物じゃないの! 何もかもを勝手に決めないで! 私が愛しているのはコウキ君だけよ!」

「わ、私はそんな事―――」

「出て行って! 出て行きなさいよ! いいから出て行って! 二度と来ないで!」

「・・・ルリちゃん」

「・・・・・・」

「・・・アキト。ルリ」

「・・・俺達が間違っていたんだ。行こう」

「・・・はい」

「・・・うん」

「・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

去っていくアキト君達を私は息を切らせながら見送る。

休む事なく叫び続けたから、息が切れても仕方ないわね。

 

「・・・コウキ君」

 

振り返って最愛の人を眺める。

苦しそうに表情を歪めて眠る彼の手を取って上げたい。

暗闇の中、光を求めて彷徨い歩く彼を導いてあげたい。

でも、それが私には出来ない。

本当に私は何にも出来ない女だ。

 

「・・・ミナト・・・さん」

 

ッ!?

コウキ君の声!?

 

「コウキ君!」

 

項垂れていた顔を上げ、コウキ君を見詰める。

その眼は、確かに開いていた。

 

「・・・コウキ君。良かった。眼を覚まして」

 

もしかしたら、一生、覚まさないんじゃないかって。

ずっと不安に思っていた。胸の奥に必死に押し込めて気にしないようにしていたけど、時折不安に襲われていた。

・・・安心したら涙が出てきちゃった。

 

「・・・ミナトさん。また、俺のせいで泣いていますか?」

「ううん。コウキ君のせいじゃないわ。安心したら涙が出てきただけよ」

「・・・ハハハ。やっぱり俺のせいじゃないですか。俺ってミナトさんを泣かせてばかりですね」

「ふふふ。女泣かせの達人ね。コウキ君は」

「・・・ミナトさん限定ですよ」

「もぉ。バカな事ばっか言って」

 

少し元気が出てきたのかな?

いや。今のは私に合わせてくれているだけ。

本当にそういう所は変わらず優しい。

 

「・・・ミナトさんの声、聞こえました」

「え?」

「・・・愛しているって。こんな俺でも愛してくれているんだって。そう聞こえたから、ここにいるんだと思います」

 

こんな私でも貴方を導く事が出来たの?

こんな無力な私でも。

 

「・・・俺は自分の身体が怖いです。自分の身体が恨めしいです。どうしてこんな身体なんでしょう?」

「・・・コウキ君」

「・・・いえ。本当は俺が悪いんだって分かっています。調子に乗って無茶な事をした俺が。でも、どうしても、この身体を恨んでしまうんですよ」

 

俯いて話すコウキ君が、自身が持つ異常な力とは大きくかけ離れた弱々しい存在に私には見えた。

ううん。もともとコウキ君は異常な力を持つのに相応しい人じゃない。考え方だって本当に普通の人。そこら中にいる普通の男の子だわ。

 

「・・・知らない間に味方を撃って。知らない間に味方を傷付けて。知らない間に多くの人の心を傷付けた。俺が。俺のせいで」

「コウキ君はナデシコの為に一生懸命だったんでしょ。誰も責めないわ」

「一生懸命にやれば許されるんですか? ううん。そんなに世の中は優しくありません。事実は事実。俺は味方を撃った危険因子なんですよ」

「・・・コウキ君」

 

自らを危険と言うコウキ君はどれ程に自分の心を傷つけているんだろう?

私にその傷付いた心は癒して上げられるのだろうか?

 

「コウキ君は反省している。そうよね?」

「・・・ええ。あんな無茶な事はもうしませんよ」

「それなら、糧にすればいいのよ。きちんと皆に謝って、それで己の糧にしなさい」

「・・・皆は許してくれますかね?」

「許してくれるわ。誠心誠意謝りなさい。私が傍にいてあげる」

「・・・それは心強いですね」

 

弱々しく笑うコウキ君。

たった一日で、ここまでコウキ君を消耗させた。

コウキ君の自分に対する罪の意識は相当に重いみたいね。

 

「一人一人、丁寧に謝りなさい。ゆっくりでいいから。自分の想いをぶつけなさい」

「・・・お母さんみたいですね、ミナトさん」

「男の子はお母さんを求めるらしいわ。きっとコウキ君もそうなのよ」

「・・・ミナトさんみたいなお母さんなら友達に自慢できますね」

「ふふっ。ありがと」

「・・・もう少し眠ってもいいですか?」

「ええ。ゆっくりお休み」

「・・・はい」

 

そう言って寝息を立てるコウキ君。

さっきの苦しそうな顔が少しだけど穏やかになっている。

こんな私でも少しはコウキ君を癒せたって事かしら?

・・・そうならいいわね。

 

「おやすみなさい、コウキ君」

 

母のように抱き締めながら寝させてあげたかったけど、今は無理みたい。

貴方が独房から出てきたら、いくらでも抱き締めてあげるから。

早く元気になるのよ、コウキ君。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 



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歓喜の涙

 

 

 

 

 

「・・・アキトさん。私は・・・」

「運命に足掻こうという俺達がミナトさんを運命で縛っていた。愚かだな」

「・・・私は間違っていたのでしょうか? マエヤマさんを殺そうなんて」

「マエヤマも大切なナデシコクルー。どうしてそれが俺達には分からなかったんだろうな」

「・・・私は仲間を殺そうとしていたんですね。大切なナデシコクルーを」

「いいんだ。ルリちゃんは俺の為を思ってやってくれた。その罪は俺が背負う」

「・・・私は自分が怖くなってきました。何の話し合いもせずに、殺される前に殺せ、そんな風に考えられる自分が」

「震えなくていい。ルリちゃんが間違っていたら俺が正すから」

「・・・はい」

「・・・アキト。ミナト、私達が未来から来た事を知っていた」

「・・・ああ。知っていたな」

「ありえません。ボソンジャンプだって今のミナトさんは知らない筈ですし」

「・・・コウキが教えたのかもしれない」

「その線が妥当だな。もしかするとマエヤマもボソンジャンプで帰ってきたのかもしれない。俺達と同じように」

「・・・それでは、私は、もしかして協力者を殺す所だったのですか? 頼りになる協力者を」

「ルリちゃん。犯した過ちは何があってもなくならない。俺達は背負っていくしかないんだ」

「・・・はい」

「この言葉はマエヤマから言われた。もしかするとあいつは俺の罪を全て知っていて、俺にそう言ったのかもしれない」

「それでは、火星の後継者を知っている可能性も」

「ああ。もしかすると俺が壊したコロニーにいたのかもな」

「・・・それはないと思う。コウキはアキトを恨んでない」

「辛い事をお聞きしますが、攫われた火星人の中にマエヤマ・コウキという名はありませんでしたか?」

「・・・すまんが、記憶にない。俺も全ての火星人を把握している訳ではないからな」

「そうですか。いえ。一つの可能性を考えてみただけです」

「犠牲になった火星人の一人か」

「・・・でも、そんな経歴はなかった」

「あれ程のオペレート技術を持っています。捏造するぐらい簡単ですよ」

「・・・一つ、気になるのだが、いいか?」

「・・・はい。何でしょう?」

「・・・うん。何?」

「アカツキが言っていた匿名のメールとはマエヤマが送っていたのではないだろうか?」

「・・・可能性は高いですね。研究所をハッキングするのにはかなりの技術が必要ですが、マエヤマさんレベルなら調査も容易かと」

「・・・ハッキングしてバレないには技術が必要。コウキなら多分できる」

「あれに関して、俺はお手上げだった。場所が分からなかったからな。あの匿名メールがなければ何も出来なかったよ」

「あの時の私は絶望していましたから。アキトさんも救えず、ラピスも救えずで。調べる気力もありませんでした」

「・・・私は保護されるまで実験の繰り返しだったから何も」

「ラピスのデータも匿名メールからだ。更に言えば、セレスもそうだった」

「・・・それでは、私はラピスやセレスを始めとした多くのマシンチャイルドを救ってくれた恩人に銃を向けたという事に・・・」

「・・・もしそれが本当だったら俺達は感謝こそすれ疑うなんて愚かな事だったな」

「・・・私はどうすればいいでしょうか? 殺そうとしたマエヤマさんに私はもう合わせる顔がありません」

「俺達が取るべき道は一つ。マエヤマに謝り、マエヤマとじっくり話す事だ。マエヤマが何を考え、何をしようとしているのかを知っておくべきだと思う」

「・・・私はミナトさんにも銃を向けてしまいました。私はもう・・・」

「ルリちゃん。ミナトさんにもマエヤマにもまずは謝ろう。俺達は仲間に銃を向けるという最低の事をしたんだ。謝らなければならない。許してもらえるかどうかは別としてな」

「・・・はい。私は愚かな事をしました。きちんと謝りたいです」

「ああ。俺も同罪だ。一緒に謝らせて貰う」

「・・・私も謝りたい」

「きちんと謝って。話を聞かせてもらおう。まずはそれからだ」

 

 

 

 

 

「すいませんでした!」

「まったく。独房から出たら一発殴らせろよ。誤射ぐらいで狼狽えてんじゃねぇ」

 

スバル嬢の愛のムチ。

予約入りました。

 

「すまん! ガイ!」

「おう。やっちまったもんは仕方ねぇ。きちんと反省しろや。あ、もちろん、俺も殴るかんな。男として一発お前を目覚めさせる必要がある」

「お、お手柔らかに」

 

ガイの熱血パンチ。

予約入りました。

 

「ごめん、ヒカル」

「私は大丈夫だよぉ。もう。心配させないでよね」

「ああ。ありがとう」

 

優しい声をかけて頂きました。

 

「すいませんでした」

「暗黒空間が襲ってきたわ」

「え?」

 

怒っていらっしゃらないようで。

 

「テンカワさん! 本当にご迷惑おかけしました」

「ああ。システムの異常と聞いた。心配はいらない。俺も独房は経験した事がある。ま、ゆっくり休め」

「あ、ありがとうございます」

 

い、今のは笑う所? 突っ込む所?

 

「それと、時間が空いていたら色々と話を聞きたい。いいか?」

「え? あ、いいですけど」

「助かる。それじゃあな」

 

よ、良かった。

皆、許してくれた。

 

「ミナトさん!」

「ええ。皆はもう許してくれているのよ。コウキ君が必要以上に悪く考えちゃっただけ」

「はい!」

 

仲間を裏切った俺がまた迎え入れてもらえる。

こんなにも嬉しい事はない。

 

「ミナトさんにも本当にご心配をおかけしました」

「私はいいのよ。当然だもの」

「それでもです。ありがとうございました」

 

こうやって忙しい合間を縫って様子を見に来てくれた。

パイロットを一人一人呼んでくれた。

ミナトさんには本当にお世話になりっぱなしだ。

何より、俺を元気にしてくれた。

 

「俺はもう大丈夫です。ミナトさんはミナトさんの仕事をしてきてください」

「あら? 私がいちゃ駄目なの?」

「ミナトさん。正直に言えば、ずっとここにいて欲しいです」

「しょ、正直に言われると照れるわね」

「でも、火星の人が救えるか、救えないのかの瀬戸際なんです。ミナトさんの力を貸してあげてください」

「ええ。私だって助けたい命は助けたいもの」

「俺はここから動けないので何も出来ませんが、テンカワさん達もいます。だから、きっと・・・どうかしました?」

「・・・え? ううん。なんでもないわよ」

 

俺、何か変な事、言ったかな?

何か複雑そうな顔していたけど。

 

「テンカワさん達なら必ず火星の人達を救おうとする筈です。その為の考えもある筈。テンカワさん達の指示に従っていれば間違いないですよ」

「・・・そうね。そうするわ」

 

えぇっと、やっぱり俺、変な事、言ったのかな?

 

「俺、変な事、言いました?」

「う、ううん。なんでもないわ。頑張ってくる」

「はい。頑張ってきて下さい」

 

複雑な表情をしながら去っていくミナトさん。

・・・何かおかしいな。

後できちんと訊いてみよう。心配事なら相談に乗れるかもしれないし。

・・・うん。これからの事を考えてみよう。

 

「そもそも火星に降りたんだろうか?」

 

確かヒナギクみたいな名前で、飛行機型の大きな搭載機がなかったか?

あれをシャトル代わりに使えるのではないだろうか?

実はイマイチ大きさが分からないだけどさ。

でも、あれを利用すれば多少性能が落ちる程度の高度で保っていられそうだし。

 

「・・・俺だったらどうするか」

 

とりあえず、ナデシコを降下させないという前提で考えよう。

以前、相転移エンジンについて説明したし、誰かが止めるだろ。

テンカワさんやルリ嬢も止めると思うし。

その条件下で考えられる選択肢としては・・・。

1、ヒナギクで飛び回り、生き残りを探す。その後、全てを回れるコースを考え、ナデシコでさっさと回収して逃げる。

2、火星にいる木連の兵器全てを破壊する。その後、悠々自適に人命を救出して、研究データを回収する。

3、一直線にユートピアコロニーに向かう。その後、最速で救出して、即行で帰る。

ふむ。俺的には1かな。

2はちょっと無理がある。流石のナデシコとテンカワさん達優秀なパイロットでも火星にいる全ての木星蜥蜴を倒すのは不可能だ。

下手すると停止状態の機体も起動させてしまうかもしれない。全方位に囲まれた一瞬で撃沈されてしまうだろうしな。

3は・・・理由がないな。いきなりユートピアコロニーだなんて誰も納得しないだろうし。

やはり1か? 手間が掛かるが、ほぼ宇宙空間と言える高度にナデシコを保ちつつ、ヒナギクを降下させる。

ヒナギクで様々なコロニー、研究所を回って、各々を調査する。こうすれば、データも生き残りも見つかる筈。

但し、難点としてはヒナギクに対する負担が大きい事かな。危険も大きいだろうし。

あまり俺としてはお勧めしたくないけど、ミナトさんがヒナギクを操縦してくれると可能性が高いと思うんだよな。

ヒナギクってIFS対応だったっけ? それだと困るけど。

でも、ウリバタケさんとかがすぐに操縦桿を備え付けてくれると思う。

原作との違いはナデシコ自体が地上に降下しない事。ユートピアコロニーにアキト青年が単機で向かわない事。

恐らくだけど、木星蜥蜴はナデシコに向かってくる習性があるんだと思う。原作を見る限りはだけど。

あれか? 相転移エンジンか? それとも、高出力のエネルギー反応か?

まぁ、どちらにしろ、ナデシコがユートピアコロニーに向かえば原作と同じになる事は間違いない。

いちいち大型のナデシコで回るよりヒナギクの方が小回りも利くだろうし。

俺だったらヒナギク降下作戦で行く。

艦長はどうするつもりだろうか?

テンカワさんはどうするつもりだろうか?

・・・気になる。

独房にいる自分が恨めしい。

皆のおかげで心は楽になったが、ナデシコがどうなったか心配で胸が痛くなる。

はぁ・・・。今更ながら後悔が。

何にも出来ないっていうのがこんなに不安で辛い事だとは思ってなかったよ。

・・・ボソンジャンプで脱出する? 無理無理。バレた時の事を考えると到底できません。

・・・檻を壊す? それも後々を考えるとまずい。今は大人しくしているのがベストだ。

はぁ・・・。誰か俺に情報を伝えてくれないかなぁ・・・。

 

 

 

 

 

「マエヤマ」

「・・・え?」

 

何もする事がなく、ひたすらボーっとしていた。

今が何時か? あれから、何日経ったのか? 

残る頭痛が意識を朦朧とさせ、細かい日時を把握できてなかった。

大体という予想すら付けられない。

そんな時、仏頂面の大男、ゴートさんがやってきた。

何て嬉しい来客だ! 

ゴートさんの姿を視界に入れた時、頭の靄が晴れた気がした。

何としても、今の状況を知っておきたい。

 

「ゴ、ゴートさん! 今、ナデシコはどうなっていますか!?」

「あ、ああ。落ち着け」

 

思わず檻の鉄の棒に身体を乗り出してしまった。

 

「あ。すいません」

「いや。お前のナデシコを思う気持ちが伝わってきた」

 

そう言い微笑むゴートさん。

何だろう? いつもより優しい気がする。

 

「一応だが、俺とお前は射撃の師弟関係だからな。お前の事を知っておきたかった」

「俺の事・・・ですか?」

「ああ。お前がナデシコにとって危険だかどうかを判断したいと思ったが・・・」

 

ふふっと笑うゴートさん。

・・・申し訳ないですが、初めて見た気がします。

そして・・・その笑みがちょっと怖いです。

 

「愚問だったな。お前はナデシコの為に身体を張った。それが結果として裏目に出てしまっただけだ。誰もお前を責めるつもりはない」

「・・・あ」

 

・・・涙が出てきた。

ゴートさんから優しい言葉がもらえるなんて。

ナデシコの皆が俺を許してくれているんだってグッと心が軽くなった。

慰めから出た嘘かもしれない。それでも、胸の奥にあった重たい何かが軽くなった気がする。

 

「・・・ありがとう・・・ございます」

 

きちんと言えなかったけど、ゴートさんは笑みで返してくれた。

怖かった笑みがとても優しい笑みに見えて・・・。

許してもらえたという安堵で胸が満たされた。

 

「何があろうともお前はナデシコのクルーの一人だ。早く戻って来い」

「・・・はい」

 

俺はナデシコのクルーでいていいんだ。

裏切り者の俺を皆はまた迎え入れてくれる。

嬉しさで更に涙が増した。

 

「まったく。男が泣くな。まぁ、俺以外見てないがな」

 

ただでさえ大きいゴートさんが更に大きく見えた。

ゴートさんもまた立派な大人なんだなって。

口下手で無表情だけど、自分という個を持った男なんだなって。

頼り甲斐のある大人なんだなって。

そう心強く思った。

 

「マエヤマ。これを渡しておく」

「・・・え? コミュニケ? 俺の?」

 

独房入りの際に没収されていたコミュニケ。

それをゴートさんに投げ渡される。

 

「お前に反抗の意思はないからな。大人しくしているだろ?」

「え、ええ。反省していますから。そもそも暴れる意味もありませんし」

「それなら、お前にもナデシコの情報が伝わるようにしておいた方が良いだろう。好きに使っていいぞ」

「え? い、いいんですか?」

「暇だろうしな。それに、お前は物事をきちんと考えているし、知識量も多い。意見を訊く事もあるだろうから、逐一情報を把握していて欲しい」

「えぇっと、はい。分かりました」

 

・・・そんなに考えているつもりはないんだけどな。

でも、期待されているなら、その思いに応えたいと思う。

 

「じゃあ、早速ですが、今の状況を教えてくれませんか」

「ああ。もともとそのつもりで来たようなものだからな」

 

わざわざ申し訳ないです。

でも、ゴートさんが来たって事は今の所、戦闘はないって事だよな。

更に言えば、ミナトさんもいない。

 

「現在、ナデシコは火星に降下し―――」

「降下しちゃったんですか!?」

 

・・・嘘だろ? 

ナデシコを火星に降下させた?

何て事を!

 

「な、何故、降下させたんですか!?」

「火星の民を救出するのならナデシコで迎えに行くべきという意見が挙がり、艦長が降下を指示した」

「そ、そんな・・・。誰も止めなかったんですか!?」

「ああ。一応、大丈夫なのか? という意見は出たが、艦長が大丈夫だと判断してな」

「て、テンカワさんは! テンカワさんは止めなかったんですか!?」

「火星降下の際にテンカワは用があったらしく席を外していた。確か、ホシノ、ラズリの両名もだったな」

 

テンカワさんは何をしていたんだ!?

火星に降下する事が危険だと俺よりも知っている筈なのに!

 

「止められないんですか?」

「一度、降下の体勢になってしまったら不可能だ。テンカワも慌てていたが、ナデシコは危険なのか?」

「火星の大気では充分な出力は得られません。それに、木星蜥蜴がナデシコに反応したらナデシコは沈んでしまいます」

「・・・現状では木星蜥蜴を打倒できないという事か?」

「正確には分かりません。ですが、あえて危険な方法を取る必要はなかったと思います。少しでも危険の可能性があれば避けるべきです」

「む。耳が痛いな。俺にも止めなかった責任がある」

「艦長はどんな指示を?」

「テンカワが提案してな。ナデシコは谷の間に隠れるように待機し、ヒナギクでコロニーを回る事になった」

 

・・・ナデシコで移動しないのが唯一の救いか。

ナデシコで移動すれば、囲まれるのがオチだからな。

 

「相転移エンジンはどうなっていますか?」

「反応を消す為に落としている。現在は地上に着陸している状態だな」

 

相転移エンジンは落とされているか。

すぐに移動できないという欠点もあるけど、反応を消すには仕方ないな。

 

「ヒナギクには誰が?」

「テンカワ、ヤマダの両名はナデシコで待機。残りのパイロットとミスター、整備班少数がヒナギク担当だ。パイロットは護衛としてだな」

「エステバリスで囲んでいるんですか?」

「ヒナギクに搭載しているだけだ。出来る限りバッテリーの消費を防がねばならんからな」

 

外付けのバッテリーを搭載してもエステバリスの稼働時間は短い。

時間的観点からも戦略的観点からも妥当だな。

エステバリスの反応を敵が把握している可能性も高いし。

出来る限り、敵にこちらの事を知らせたくない。

 

「ナデシコは火星から脱出できるんですか?」

「空域さえ確保できればな。木星蜥蜴に襲われれば・・・そうか、俺は何故気付けなかったんだ? ・・・脱出途中で襲われたら脱出は不可能になるではないか」

 

・・・思わず頭を抱えてしまった。

明らかに降下はミスじゃないか。

木星蜥蜴が占拠しているって分かっているんだから、火星からの脱出まで考えないと。

いくら火星の重力が地球より軽いからって油断しちゃ駄目だろ。

 

「・・・すまない。今更、ミスに気付いた」

 

ゴートさんとて少し考えれば分かった筈。

いや。マジで頼みますよ、ゴートさん。

 

「いえ。艦長の指示ですし。仕方ありませんとは言えませんが、それは後です。そんな事より、どうするべきかを考えましょう」

「・・・ああ。そうだな。ブリッジのクルーにも意見を訊きたい。俺はブリッジに戻るから、コミュニケで話に参加してくれ」

「分かりました」

 

・・・想定外だ。

ナデシコが火星に降下するだなんて。

クソッ! ユリカ嬢にも相転移エンジンの説明をしておくべきだった。

ユリカ嬢程に優秀な頭脳があれば、危険だって分かった筈。

補佐に回ると決めたんだから、きちんと説明しておかなければならなかったんだ。

艦長なら把握している筈だなんて、原作の事を知りながら甘く考えていた。

・・・いや。そんな事を考えている暇はない。

さっき自分がゴートさんに言った通り、これからの事を考えるべきだ。

誰を責めたって現状は変わらない。

 

『マエヤマさん』

「あ。艦長ですか? あの・・・」

 

突然映ったのがゴートさんではなくユリカ嬢で困惑してしまった。

謝るべきなんだろうけど、言葉が出てこない。

 

『どうかしました?』

「あ、いえ、何でもありません」

『えぇっと、ゴートさんから聞きました。何でもお話があるとか』

「ええ。ブリッジの皆さんに意見を聞かせて欲しいのですが」

『分かりました。それでは、モニターにマエヤマさんを映しますね』

「あ、はい。御願いします」

 

プツンと画面が消えて、すぐに違う映像が映し出された。

これは・・・ブリッジの全体図だな。

 

『コウキ君。大丈夫なの?』

「ええ。大丈夫です。・・・皆さん。ご迷惑をおかけしました」

 

頭を下げる。

ブリッジクルーの皆には本当に迷惑をかけた。

 

『大丈夫ですよ。マエヤマさんを責める人なんていません』

『私の指示が厳し過ぎて無理をさせてしまいました。こちらこそごめんなさい』

『誰もてめぇを責めたりなんかしねぇよ』

『若い者の過ちを背負うのが年寄りの仕事。気にする必要はないんじゃぞ』

『・・・コウキさんは悪くありません。頑張ってくれました』

『・・・マエヤマさん。貴方は何も悪くありません』

『・・・コウキは悪くない』

『マエヤマ。君は悪くないよ』

『先程も言ったが、心配する必要はない。お前に責任はないからな』

 

・・・ブリッジクルーの誰もが俺を許してくれた。

俺なんかを、裏切り者の俺なんかを。

 

「ありがとうございます、皆さん」

『・・・・・・』

 

泣いている情けない俺を皆は優しい笑みで迎えてくれた。

仲間を撃った裏切り者の俺を皆は仲間だと認めてくれた。

それが嬉しくて堪らない。涙が出る程に歓喜で胸が溢れる。

だからこそ、絶対に彼らを無事に火星から脱出させなければと心に強く誓う。

俺に出来る事なんて現状では皆無かもしれない。

でも、それでも、俺の考えが少しでも役に立つのなら、俺は伝えたい。

俺なんかを笑顔で迎えてくれる大切なナデシコクルーを護る為に。

 

「ナデシコが火星に降下した以上、俺達は火星からの脱出方法を考えなければならないと思うんです」

 

木星蜥蜴が占拠している火星。

襲われない事の方がおかしい。

 

『大丈夫ですよぉ。ナデシコなら襲われても返り討ちですから』

 

ユリカ嬢、冷静に状況を見極めてください。

 

「確かにナデシコなら返り討ちに出来るかもしれません。ですが、もしもの事があった時を考えるのも生き残る為には必要です」

『確かに。マエヤマの言う事も間違ってないよ、ユリカ。僕達は最悪の事態を想定しなければならないんだから』

 

ジュン君、ナイスフォロー。それでこそ副長だ。

 

「火星が木星蜥蜴に占拠されている以上、敵戦力は予想できません。人海戦術で来られたら流石のナデシコも厳しいと思います。クルーの精神的にも」

『・・・そうですね。気付かせてくれてありがとうございます、マエヤマさん』

「いえ。俺が臆病なだけですよ。心配性なんです」

 

ナデシコが無事に脱出する事は無理かもしれない。

チューリップに飛び込むという案も今の状況で提示する事はおかしい。

今、俺に出来る事は何があっても冷静に対処できるよう心に余裕を持たせる事だけなんだ。

 

「現状で、火星から脱出する方法はどんな案がありますか?」

『単純に地球と同じようにナデシコ単体で―――』

「加速する前に叩かれたら厳しいですよ。少なくとも脱出する為の空域を確保しなければ」

 

戦艦は最大速度は凄まじいが、加速に時間がかかる。

だからこそ、エステバリスのような小回りが利く機体が必要になるのだ。

その加速の隙を突かれたら厳しいものがある。

 

「どちらにしろ、安全空域の確保は必須です。ヒナギクとの合流地点にもなりますし、危険性を低める為にも」

『はい。私も賛成です。ですが、どのように確保しましょうか?』

「俺の稚拙な案で良いですか?」

『稚拙だなんて。御願いします。参考にさせてください』

 

空域の確保だなんて素人の俺には難しい。

でも、俺の意見は参考程度だ。あとは専門職である士官組が答えを出してくれる筈。

遺跡の知識は所詮知識であって応用は利かない。ここは天才艦長の頭脳に任せよう。

 

「まずは安全空域となる、いえ、安全空域とする場所を決めましょう。どこに敵が潜んでいるか分からない以上、自分達の力で確保すべきです」

 

どこが危険なのか分からないんだ。

それなら、運に任せないで自分達で確保した方が良い。

 

「ナデシコの高出力のエネルギーでは敵方が反応してしまう可能性がありますので、エステバリスで先行して地道に敵を片付けるのが良いと思います」

 

エステバリスで反応しないとは限らないが、ナデシコで移動するよりは可能性が低いと思う。

 

「その後、エステバリスで警戒作業に入ってもらいます。レーダーで敵反応を常に調べておいた方が対処しやすいと思うので」

 

稼動状態でなければ反応が出ないかもしれないが、警戒してれば反応は出来る。

安全なのか、危険なのかもすぐに知らせられる筈だ。

 

「エステバリスなら小回りも利きます。囲まれる前に脱出する事も不可能ではないでしょう」

 

ナデシコは囲まれたら終わりだ。

だが、エステバリスなら大丈夫だと思う。

テンカワさんもガイも頼れる腕前だ。

 

「この程度ですが、どうでしょう?」

 

一応、形としては成り立つと思う。

参考までに、という事だから、これで満足してくれると助かる。

 

『助かりました。後はこちらで考案してみます』

「はい。俺はあまり詳しくないので、後は艦長にお任せします」

 

任せました。ユリカ嬢。

 

「俺からは以上です。後は任せました」

『はい。任されました』

 

プツンっと通信を切る。

 

「ふぅ・・・」

 

これで少なくとも万が一があるかもしれないという意識は持ってもらえた筈だ。

予想外の事態に直面した時、冷静でいられるかどうかは大切だからな。

後は皆に任せるしかない。

頼んだぞ、皆。

 

 

 

 

 



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和解と決意

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

艦長、副長、提督、ゴートさん。

四人が地図を見ながら頭を悩ませていた。

私達には詳しい事なんて何も分からないから、後は艦長達に任せるしかない。

それがもどかしく感じるけど、不安はない。

だって、艦長達なら最善の策を打ってくれると信じているもの。

・・・それにしても、コウキ君。泣いていたわね。

でも、あれは喜びの涙。やっと本当のコウキ君の笑顔が見られたわ。

正直、ホッとした。ナデシコクルーがコウキ君を責める訳がないって分かっていたけど、それでも心配だったもの。

 

「・・・ふぅ」

 

安堵したら溜息が零れちゃった。

何だかんだ言って、私も気を張っていたんでしょうね。

何だか、解放された気分だわ。胸が軽い。あ、心って意味よ。

早くコウキ君と楽しくお話したいなぁ。

もう大丈夫だって思ったら、ウキウキしてきちゃった。

コウキ君の傍に行きた―――。

 

「・・・ミナトさん、少しいいですか?」

「・・・アキト君。それに、ルリちゃんとラピスちゃんも」

 

・・・カッとなった。

込み上げてくる怒りを必死に抑えて三人を見る。

さっきまでのウキウキ気分はとっくに消え失せた。

・・・私の大切な人を殺そうとした三人。

コウキ君はお人好しだから、きっと簡単に許すと思う。

でも、私は当分許せそうにない。

 

「・・・何か用かしら?」

 

邪険に扱ってしまうのは仕方がないと思う。

彼らにどんな事情があるかどうかは分からないけど、私も理性だけで生きている訳じゃないの。

我慢できない事はいくらでもある。

 

「・・・お話があります。貴方とマエヤマと二人に」

「事情を話してどうするというの? 納得してもらって殺すの?」

「違います! 私は・・・」

「・・・ルリちゃん?」

 

叫ぶルリちゃん。

とてもじゃないが、あの時の冷酷な眼をしたルリちゃんには見えなかった。

 

「・・・私は・・・愚かな事をしました。・・・何度謝ろうとも許されない程に愚かな事を」

「・・・・・・」

「・・・私はミナトさんとマエヤマさんに謝りたいんです」

 

・・・ルリちゃんが泣いている。

大人びたルリちゃんが子供のように顔を歪めて、溢れる涙を拭おうともしないで。

・・・必死に頭を下げていた。

 

「・・・ごめんなさい・・・」

 

消え去るような弱々しい声。

心から謝っている事が嫌でも伝わってきた。

でも、それでも・・・。

 

「・・・私は貴方達が描く台本通りに動く人形じゃないわ。もちろん、コウキ君だって貴方達が都合良く利用できるような存在じゃない」

「・・・分かっています」

「分かってない。邪魔だから、危険だから、そんな理由で簡単に人を殺せる貴方達が分かっている筈がない」

「・・・ごめんなさい・・・」

「・・・席を替えましょう」

 

涙を流すルリちゃんとその後ろに立つ二人。

ブリッジでこんな事を話すのは間違っていたわ。

メグミちゃんもセレスちゃんもこちらを心配そうに眺めているもの。

・・・心配かけちゃ悪いから。

 

「・・・艦長。少し席を離れてもいい?」

「えぇっと、はい、少しぐらいなら」

「ありがと。・・・私の部屋でいい?」

「・・・すいませんが、マエヤマの所にしてもらえますか?」

 

・・・何か企んでいるのかとも思ったけど、話があるとも言っていた。

本当なら許したくない。コウキ君がやっと元気になってくれたのに、また銃なんか突きつけられたら悲しむに決まっている。

 

「・・・いいわ」

 

でも、必死に謝ってくるルリちゃんを信じたいと思った。

・・・私も何だかんだ言ってお人好しよね。

 

「・・・行くわよ」

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「・・・ボソンジャンプか。クロッカスとイネス先生がいればスムーズに話を持っていけるかな?」

 

火星からの脱出が不可能であるならば、やはりボソンジャンプによる脱出しかない。

その為に欠かせないのはクロッカスの存在とイネス先生の存在だ。

クロッカスがあるからこそ、ボソンジャンプが瞬間移動かもしれないと疑惑を持ち、イネス先生の理論に希望を見出せる。

俺がいくら証拠を並び立てて説得しても、誰も納得してくれないと思うし。

そんな危険な真似は出来ないって。もっと安全な方法がある筈だって。

それでも、やっぱりボソンジャンプが唯一の脱出方法なんだよなぁ。

・・・どうするか?

 

「コウキ君」

「あ。ミナトさん」

 

現れたのはミナトさん。

俺の元気の源。

今回の件で益々好きになった気がする。

・・・俺も結構単純だな。

 

「いいんですか? ブリッジ空けて。俺は嬉しいですけど」

「えぇっとさ、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、真面目な話がしたいの」

 

真面目な話?

 

「な、何でしょうか?」

 

そのあまりにも真剣な表情に言葉が震える。

・・・俺は何かしでかしてしまったのだろうか?

それとも・・・愛想尽かれた?

・・・そうだったら死にたい。

 

「・・・アキト君、ルリちゃん、ラピスちゃん。いいわよ」

「え? テンカワさん達?」

 

・・・はっきり言って事態がまったく呑み込めません。

何故、テンカワ一味が?

 

「・・・マエヤマ。お前と話がしたくてな」

「えぇっと、はい」

 

俺に話?

え? もしかして、テンカワさんは許してくれてないって事?

・・・胸が痛くなってきた。

 

「・・・ルリちゃん」

「・・・はい」

 

テンカワさんに促されて前に出るルリ嬢。

え? 俺に用があるのってルリ嬢?

テンカワさんじゃないの?

 

「・・・ごめんなさい・・・」

 

顔全体を涙で濡らしながら必死に謝ってくるルリ嬢。

何故、謝られているのか? まず、それが分からない。

そして、俺のせい、かどうかは分からないけど、こんなにも涙を流させているという罪悪感が胸を襲う。

正直、小さい子に泣かれるのは物凄く辛い。

と、とりあえず、意味を知りたい。

 

「どうして謝るの? 俺って何かされたっけ?」

「・・・え? 知らないん・・・ですか?」

「いや。身に覚えがないんだけど」

 

実際、俺にはまったく意味が分からない。

謝らなければならない自覚はあるが、謝られる自覚はない。

頼むから、泣き止んで欲しい。

胸がズキズキ痛むから。

 

「・・・ミナトさん、話してないんですか?」

「・・・コウキ君に話したら傷付くと思ったから、話してないわ」

 

え? 俺ってば傷付くの?

・・・今でも充分、胸が痛いんですけど。

 

「・・・私が自分で話します」

「えぇっと、とりあえず、涙を拭いて、ルリちゃん。泣き顔で話されても困っちゃうからさ」

「・・・はい。すいません」

 

制服のポケットからハンカチを取り出し、涙を拭くルリ嬢。

まったく場違いだけど、きちんとハンカチを制服のポケットにしまっているルリ嬢に感心した。

 

「・・・お話します」

「・・・うん」

 

真剣で、それでいて、怖がるように話すルリ嬢。

本当に、一体、何があったんだろう?

俺は何をしてしまったのだろう?

 

「・・・許して頂けるとは思っていません。私はそれだけの罪を犯しました」

「・・・・・・」

「・・・マエヤマさん。私は貴方の命を奪おうと思ったんです」

「・・・え?」

 

俺の命を奪う?

それって・・・。

 

「・・・はい。貴方を私は殺そうとした。そういう事です」

 

え? 何で?

何で俺がルリ嬢に殺されるの?

・・・俺がテンカワさんを誤射したから?

 

「・・・な、何で?」

 

・・・答えを聞くのが怖い。

ルリ嬢の大切な人を奪おうとしてしまったのは事実。

それを理由に殺されるというのなら、俺は反論する事も許されずに殺されるべきなのだ。

大切な人を失うというのは何よりも辛い筈だから。

 

「・・・私達の計画に邪魔だから。そんな理由で私は仲間を殺そうとしたんです」

 

・・・計画。

きっとテンカワさん達が目標としている事の達成だと思う。

俺は・・・邪魔をしていたのか。

思っていたのとは違う理由だったけど、下手するともっとショックだな。

俺は空回りしていたのだと分かってしまったのだから。

必死にやって邪魔になっていたなんて馬鹿みたいだ。

 

「・・・邪魔だったかな? 俺」

 

きちんと真実を伝えて手伝った訳じゃない。

でも、影ながら助けようと必死になっていたつもりはある。

でも、ルリ嬢達にとっては、邪魔でしかなかったんだな。

 

「・・・ごめん。邪魔するつもりはなかったんだ。少しでも助けられたらって」

「・・・え?」

 

・・・やはり、俺みたいな存在しない筈の人間はいるべきじゃなかったんだ。

介入者なんて、いるべきじゃなかった。

当事者に・・・任せるべきだったんだ、何もかも。

 

「・・・ごめんね、ルリちゃん。・・・うん。分かったよ。すいません、ミナトさん」

「・・・え?」

「俺、地球に帰ったらナデシコを降ります。俺はここにいるべきではありませんでした」

 

余計な事だったんだ。

俺がしてきた事は全部余計な事。

俺はテンカワさん達の計画を阻害する邪魔な存在だったんだ。

 

「コウキ君! そんな事―――」

「いえ。いいんです。結果として俺は邪魔をしていたんですから。俺はここにいても邪魔になるだけなん―――」

「ちょっと待ってください!」

「え?」

 

ルリちゃん?

 

「少しでも助けられたらってどういう意味ですか? マエヤマさんは私達を助けようとしていてくれたんですか?」

 

驚いているルリ嬢。

テンカワさんもラピス嬢も眼を見開いている。

・・・そうだな。ここまで来たのなら、俺もきちんと話しておこう。

ナデシコから降りる前に、俺がどういう存在なのかを、きちんと。

 

「テンカワさん、確認してもいいですか?」

「あ、ああ。何だ?」

「貴方は、いえ、貴方達三人はボソンジャンプの事故で過去へ戻ってきた。それは間違いないですか?」

「な、何故それを・・・」

「・・・やはり、マエヤマさんもボソンジャンプで過去へ戻って来たのですか?」

「・・・正しくは、ちょっと違うかな」

 

ボソンジャンプでこの世界に来た事は事実だ。

でも、過去に戻ってきた訳ではない。

 

「テンカワさん達は平行世界をご存知ですか?」

「平行世界?」

「・・・何かの要因で時間軸がズレた世界の事ですよね?」

「うん。そう。その平行世界。俺はその平行世界からボソンジャンプでこの世界にやってきたんです」

 

二十一世紀初期の日本から。

 

「俺は三人の事を知っています。俺の世界はこの世界を観測できる世界でしたから」

「・・・観測?」

「テンカワ・アキト。ナデシコでの本来の役職はコック兼予備パイロット。得意料理は中華」

「なッ!?」

「ホシノ・ルリ。ナデシコでの本来の役職は今と同じオペレーター。出身はピースランドでお姫様」

「そ、そんな事まで・・・」

「ラピス・ラズリ。そもそもナデシコに乗っていない俺と同じイレギュラー。復讐鬼テンカワ・アキトを支えた桃色の妖精」

「ッ!?」

「俺は全て知っています。ナデシコ、木連、熱血クーデター、テンカワ夫妻のシャトル墜落事故、そして、火星の後継者の事も」

 

悲劇の原因も。そして、その結末も。

 

「最初、俺も疑問に思いました。テンカワさんはコックじゃないし、ルリちゃんは既にナデシコクルーに心を開いているし、ラピスちゃんはテンカワさんを慕っているし」

 

原作とあまりにも違う現実に戸惑った。

 

「ですが、ルリちゃんの話を聞いて、ようやく分かったんです。三人はボソンジャンプで精神、きっと記憶を持って戻ってきたのだと」

 

あまりにも原作とかけ離れた人格、能力。

あたかも先を知っているかのような行動。

あまりにも違和感があり過ぎた。

 

「それから、俺は考えました。テンカワさん達はどんな行動を取るのだろうかと。きっと犠牲になったガイや火星の民を救う為に動くのではないかと」

 

誰だってやり直したい過去はある。

そんな機会に恵まれたのだ。誰だって必死に取り組む。

 

「俺だって知っている悲劇なら避けたい。それなら、俺も協力しようと思ったんです。影ながらですけどね」

「何故、俺達にそれを教えてくれなかったんだ?」

「正直な話、俺は三人を完全に信用していていませんでした。本当に信頼できる人にしか教えるつもりはありませんでしたから。知っているのはミナトさんだけです」

 

誰よりも信じているのはミナトさん。

そして、ミナトさんは全てを知った上で俺を支えてくれている。

 

「俺達は信じるに値しなかったか?」

「それって本気で言っています?」

「・・・どういう意味だ?」

「出航当初からずっと俺に敵意を示してくれていましたから。避けられているんだと自覚していました」

「そ、それは・・・」

「いえ。別にそれは気にしてないんです。当たり前ですから。存在する筈のない存在がいれば警戒するのは」

「・・・・・・」

「とにかく、俺とテンカワさん達の間に溝があった事は事実です。俺にとって徹底的に隠さなければならない秘密を話すにはあまりにも距離が遠過ぎました」

 

ミナトさん以外に教えようとも思わなかった俺の秘密。

敵意を持つ相手に教えられる筈がない。

 

「事実を話す訳にはいかない。それなら、影から支えればいいと。そう思いました」

 

話せなくても、出来る事はある。

そうやって、俺は活動してきた。

 

「レールカノンも後々に木星蜥蜴、いえ、木連ですね、彼らに有効であるから、鍛えておこうと思いましたし」

 

テンカワさん達の事を知ってからでもない。

その前から、俺なりに活動してきたつもりだ。

 

「ナデシコに乗ると決めてから、助けられる人は助けたいと思っていました。擬似マスターキーとかも作ったんですよ? 無駄になりましたが」

 

ナデシコが動けない時困ると思って作った擬似マスターキー。

今では机の奥底で眠っている。

 

「火星に降りる危険性を訴える為にも相転移エンジンの話をしました。結局、無駄になってしまいましたが・・・」

 

・・・何だか、俺のしてきた事って無駄な事ばかりだな。

邪魔扱いされても不思議じゃないか・・・。

 

「・・・マシンチャイルド救出の為の匿名メールもお前かやっていたのか?」

「え? 何でテンカワさんが知っているんですか?」

「・・・やはりマエヤマだったか・・・」

「ええ。まぁ。ラピスちゃんの境遇は何となく知っていましたから、似たような子がいるかもしれないと思って調べたんです」

 

火星の後継者に攫われる前から試験管のようなカプセルの中にいたラピス嬢。

きっと酷い扱いを受けていたに違いないと思って調べてみたんだ。

そしたら、案の定・・・。

 

「酷いものでした。人を人と思わない人体実験。泣き叫ぶ小さな子供はトラウマになりましたよ。人は醜いって、心底思いました」

「・・・コウキ君。私はそんな事知らされてないわよ」

「ミナトさんに見せるようなものじゃありませんでしたから。ミナトさんは優しい人です。きっと心を痛めていたと思います」

「それはコウキ君も同じでしょ! 何で教えてくれなかったの!? 私にだって出来る事はあったと思うわ!」

「ミナトさんには抱き締めて頂きました。あの時、俺は救われたんですよ、ミナトさんに」

「・・・あの時の事ね。・・・コウキ君はその時から人の闇に触れていた。私、何にも知らないで、何にも出来なかった」

「ミナトさんは俺を癒してくれました。何にも出来なかったなんて言わないでください。ミナトさんがいなかったら俺はここにはいませんでしたよ」

 

きっと潰れていたと思う。

人の醜さを知り、人の闇に触れ。

人間不信にならなかったのもミナトさんのおかげだ。

 

「・・・知っているか? ラピスもセレスもお前のおかげで助かったんだぞ」

「はい。知っていますよ。セレスちゃんとラピスちゃんが助かった事でルリちゃんに姉としての自覚が生まれたら嬉しいなぁとか一人で思っていました」

「ッ!?」

「自己満足でしたが、救えて良かったと思います。セレスちゃんが笑ってくれた時は涙が出ました」

「・・・そう。それで、コウキ君はセレスちゃんやラピスちゃんと話す時に穏やかな顔をしていたのね」

「・・・コウキ、ありがとう。コウキのおかげで私は酷い眼に遭わずに済んだ」

「ううん。俺が自己満足でやっただけ。それにね。君達を酷い眼に遭わせていたのは俺と同じ大人。同じ大人として俺は謝りたいぐらいなんだ」

「・・・それでも、コウキのおかげで助かった」

「そっか。そう言ってくれると俺がこの世界に来た事に意味があったって思えるね」

 

俺がこの世界に来た意味。

何の意味もないかと思っていたけど、少なくとも彼女達を救えた事は俺の存在価値になる。

 

「・・・わ・・・私はなんて事を・・・」

「ルリちゃん?」

「・・・私は・・・私達の為に必死になってくれていたマエヤマさんを殺そうとした・・・」

 

せっかく拭いた涙がまた零れる。

倒れるように地面に座り込み、涙で床を濡らした。

 

「・・・私達の為を思って行動してくれたマエヤマさんを裏切り。・・・こんな私の事すら案じてくれたマエヤマさんを敵視した」

「仕方ないと思うよ。イレギュラーだったんでしょ? 俺の存在が」

「それでも! 私は許されない事をしました。私達を助けようとしてくれていたマエヤマさんをあまつさえ邪魔な存在だなんて。なんて恥知らず。なんて恩知らず」

「・・・ルリちゃん。俺も同罪だ。君一人で背負う必要は―――」

「違うんです! 私は話を聞こうともせず、一方的に邪魔にしかならないと決め付け、殺そうとしたんです。味方を敵として!」

「・・・・・・」

「何が大切なナデシコクルーですか!? 何が犠牲になった人を救いたいですか!? 私は私の勝手なエゴで人を陥れ、殺そうとする最悪な人間なんです!」

「・・・ルリちゃん」

「自分の都合を人に押し付け、自分が正しいと思い込み、恩人に恩ではなく仇で、しかも、殺すという最悪の形で返したんです! 私と同じマシンチャイルドを救ってくれた大恩人を」

「・・・・・・」

「ミナトさんがどれだけマエヤマさんを愛しているか知っていて、セレスがどれだけマエヤマさんを慕っているか知っていて、私は・・・私は・・・」

 

泣き崩れるルリ嬢。

彼女が何を思い、何を考えて俺を殺そうとしたのかは分からない。

感情の吐露。今のは抑えきれない想いが溢れて出た言葉だと思う。

 

「ルリちゃん。そんなに自分を追い詰めなくていいんだよ。俺はきっと邪魔ばかり―――」

「違います! マエヤマさんが邪魔をした事なんて一度もありません。いつだってナデシコの為に動いてくれました。私達を助けてくれました」

「・・・え? でも、さっき・・・」

「私はナデシコの為に頑張っている貴方を危険だと。自分の知らない所で勝手に動いていて、計画が思い通りにいかない要因になると」

「・・・・・・」

「全て思い通りに運べないと満足できなかったんです。人の意思を無視して。人の思いを無視して。自分本位な考え方で貴方は邪魔だと」

 

思い通りにいかない要因。

全ての人の意思を操ろうとする自分勝手な考え。

まるで出航前の俺みたいな考え方だなと思った。

 

「決められた未来を変える為に私は人に決められた道を強要したんです。自分勝手で傲慢で・・・私は自分が嫌になります」

 

・・・鉄の棒が恨めしい。

檻なんかに閉じ込められていなければ、気にしなくていいと伝えられる。

言葉という全てを伝えきれない方法ではなく、全身で伝えたかった。

でも、今の俺には言葉しかなくて・・・。

 

「ルリちゃん、顔をあげて」

「・・・はい」

 

涙を拭こうともせず、くしゃくしゃの顔でこちらを見てくるルリ嬢。

・・・とてもじゃないけど、怒る気になんかなれなかった。

 

「ルリちゃん。確かに君に殺されかけたと聞いて少し胸が痛かった」

「・・・ごめん・・・なさい」

「でも、俺は君の思いが伝わってきたとも思った」

「・・・え?」

「どんな事をしてでも未来を変えたい。その思いの強さ、覚悟の強さがルリちゃんにそんな行動を取らせたんだと思うよ」

「ち、違います! 私は勝手なエゴで―――」

「人間だもの。エゴを人にぶつけるのは当然だよ。誰だってエゴを持って生きているんだから」

 

人を好きになるという事。人を愛するという事。

自分が人を想う気持ちは利己的なものだ。愛されたいから尽くす。愛したいから尽くす。

全て自分本位。でも、それこそが人間の真理だと想う。

 

「俺を殺そうとしてまで成し遂げたかった。その気持ちは痛い程に伝わってきた」

「・・・マエヤマさん。私は・・・」

「謝ってくれたでしょ? もうルリちゃんは俺を殺そうとしないでしょ?」

「・・・は、はい・・・はい」

「それなら、もう気にしなくていいよ。ま、俺としてはもうちょっと冷静になって欲しいけどね」

 

そうやって笑ってみせる。

俺が気にしてないんだから、君も気にしなくていいよと伝える為に。

・・・殺されかけたのに甘いのかな? 俺。

 

「・・・マエヤマ。お前はそれでいいのか? そんな簡単に許していいのか?」

「俺は当事者ではないので分かりませんが、テンカワさんがどれだけの苦悩を背負って今を生きているか。ルリちゃんとラピスちゃんがテンカワさんをどれだけ想っているか」

 

復讐を支えた桃色の妖精。

去り行く復讐鬼をただの大切な人として追い求め続けた蒼銀の妖精。

その想いは俺なんかには計り知れない程に、深く、重い。

 

「それを少しは理解しているつもりです。その想いが故の暴走であれば、許せる、という訳ではないですが、理解してあげられます」

「・・・マエヤマ、お前はお人好しだな」

「ハハハ。よく言われますよ。それに、ですね」

「それに?」

「可愛い女の子を泣かせていたらこっちが悪いみたいじゃないですか。俺は楽しくて平穏な生活が好きなんですよ。泣かれるのはこちらも心が痛みますし。笑っていて欲しいですね」

「・・・・・・」

「コウキ君。シリアスが台無し」

 

あれ? 皆さん呆れていらっしゃる?

 

「ほら、ルリちゃん。泣き止んで。俺が気にしてないって言っているんだから、君がいつまでも気にしていたら俺も気が重いじゃない」

「・・・マエヤマさんはそれで良いんですか? 私は貴方を」

「俺は良いって言ったよね? いつまでもそんな事ばかり言っていると本当に怒るよ」

「・・・はい。すいませんでした」

 

そう言って泣きながら笑うルリ嬢を見て、やっと心が楽になった。

女の子に泣かれるとありえない程に胸が痛くなる。きっとそれは皆同じだよね。

うん。何はともわれ、和解できたと思うと嬉しいかな。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

・・・本当にお人好し。

殺されかけたのに、まるで何もなかったかのようで。

実際に銃を突きつけられた所を見た訳じゃないから、気にしてないのかもしれないけど。

 

「コウキ君。私の怒りはどこにぶつければいいのよ」

 

思わず溜息を吐いてしまう。

コウキ君が殺されると思って湧き出た憤りをどこにぶつければいいんだろう。

ルリちゃんをコウキ君が許しちゃった以上、この三人にも当たれないし。

ここはやっぱりコウキ君にぶつけましょう。

理不尽? そんな事ないわよ。正当な権利。

 

「それじゃあ、俺は、邪魔はしてないって事だよね?」

「はい。マエヤマさんが何を考えているか分からず、警戒していた内に感情的になってしまって」

「・・・まぁ、暴走しちゃったからね。仲間を殺しかねないって思われても仕方ないよ」

「・・・すいません・・・」

「あ。いや。怒っている訳じゃなくてさ。そりゃあ、仲間を殺すかもしれないと思ったら警戒したくなるって」

 

そう気楽に話すコウキ君。

意外と楽天家なのかもしれない。

普通、殺されかけた相手に気楽に話してられるかしら?

 

「はぁ・・・」

 

いつまでもこんなんじゃ一人だけ子供みたいじゃない。

まったく。変な所で男を見せなくてもいいのに。

 

「コウキ君。貴方ってお気楽ね。私がどんなに心配したか」

「えぇっと、すいません」

 

謝られても困るんですけど。

 

「あの・・・ミナトさん!」

「・・・ルリちゃん?」

「すいませんでした! 私はミナトさんの想いを踏み躙って、勝手な事ばかり言って。本当に、勝手な事ばかりで」

「あ~。いいのよ、ルリちゃん。コウキ君が許しているのに私が怒っていても馬鹿みたいじゃない」

「え、えぇっと・・・それでいいんですか?」

「ええ。もういいわ。でもね、一つだけ言っておくわ。私は運命なんて信じないの。私の事は私が決めるわ。今、私が愛しているのはコウキ君だけよ。分かった?」

「はい。私が間違っていました」

「そう。それなら、別にいいわよ」

「一つだけじゃない気がするんだけどな・・・」

「うるさいわよ、コウキ君」

「は、はいぃ」

 

失礼ね。最近の憤りの全てをコウキ君にぶつけるから覚悟してなさい。

 

「えぇっと、今、黒いオーラが出ていましたよ。ミナトさん」

「あら? 何の事かしら。この鬱憤をコウキ君にぶつけようだなんて思ってないわよ」

「言っている! 言っていますよ、ミナトさん! 俺にぶつけないでください!」

「嫌よ」

「グォ! 理不尽だ!」

「理不尽で結構。私を心配させた罰」

「あの・・・お手柔らかに御願いします」

「嫌よ」

「マ、マジですか?」

「マジ」

「テ、テンカワさん! どうにかしてください」

「・・・すまないが、俺に出来る事は何もない」

「ル、ルリちゃん!」

「・・・すいません。私にも何も」

「ラ、ラピスちゃんは俺の味方だよね」

「・・・コウキ、諦めた方が良い」

「ク、クソォ。四面楚歌。孤立無援。俺に味方はいないのか!?」

 

嘆くコウキ君。

ふふふ。こんな形だけどいつものコウキ君が見られたのは嬉しいわね。

さっきまでの重い空気もどこかにいっちゃったし。

 

「・・・ま、いいか。ミナトさん、お手柔らかに」

「だから、嫌だって。誤魔化そうとたってそうはいかないわ」

「分かっています。ええ、分かっていますとも。本当は嘘な―――」

「嘘じゃないわよ」

「・・・勘弁してください」

「もっと嫌」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

こんなやり取りが面白い。

本当にコウキ君は楽しい子だ。

これでこそコウキ君だと思う。

 

「はぁ・・・。まぁ、その話は後です。いや、永遠に忘れていてください」

「嫌だけど、話の展開には付き合ってあげるわ」

「・・・えぇっと、テンカワさん」

「何だ?」

 

私とコウキ君のやり取りを後ろで聞いていたアキト君達。

呆れていたのかしら? やるせない表情をしているわ。

 

「どうしてナデシコを火星に降下させてしまったんですか? 何か考えでも?」

「・・・いや。気付いたら降下準備に入っていた」

「ゴートさんから聞いたんですが、降下の時に用があったとかでブリッジにいなかったそうですね。何をしていたんです?」

「そ、それはだな・・・」

 

慌てるアキト君。

あ。そっか。コウキ君はナデシコが降下した後に降下した事を知ったんだものね。

 

「・・・私がマエヤマさんを殺そうとした時です。アキトさんとラピスは私に付いてきてくれて」

「・・・ちょっと待とうか」

 

呆れ? 怒り? 

今のコウキ君は複雑な顔をしている。

 

「三人とも! 俺を殺そうとしている暇なんてないでしょうが! そんな事よりもっと大事な事を優先してください」

「・・・すまない」

「・・・面目ありません」

「・・・ごめん」

 

あのさ。そんな事扱いするのもどうかと思うんだけど。

 

「まったく。俺なんかに気を取られて計画が失敗したら本末転倒じゃないですか」

 

俺なんかって。ここは呆れるべきなの? 怒るべきなの?

 

「やはりボソンジャンプですか?」

「脱出方法の事か?」

「はい。ナデシコが普通に火星から脱出するのは厳しいと思いますから。どう考えても火星に降下してしまった以上、ボソンジャンプしかありません」

「・・・ああ。そうだな。俺もそれしかないと思う」

 

ボソンジャンプでの火星脱出。

DFを張れば問題ないと聞いたけど・・・。

 

「八ヶ月飛ぶんだっけ?」

「ええ。無茶なジャンプは時空を超える。八ヶ月を無駄にしてしまうのはもったいないですが、仕方ないかと」

 

八ヶ月かぁ・・。

長いわよね。まぁ、無事に脱出できるならいいけどさ。

 

「マエヤマ。お前はどこまで知っているんだ?」

 

アキト君達が真剣な表情でコウキ君を見詰める。

敵意なんて感じられないから、きっと協力体制を築く為にもって事だと思う。

 

「細々とした事は分かりませんが、大まかな流れは把握しているつもりです」

「大まかな流れ?」

「はい。ナデシコが辿った道筋とルリちゃんがヒサゴプランの事を調べ始めた所から火星での決着まで。俺が知っているのはそれぐらいですね」

「随分と限定的な知識なんだな」

 

それは仕方のない事。

だって、コウキ君は物語という形でしか知らないんだもの。

どうするの? 全部話すの?

 

「テンカワさん。バレてしまった以上、きちんとした形で協力したいと思います。いいですか?」

「ああ。お前がいてくれると心強い」

 

クルーの心を引き締め、かつ、余裕を持たせた。

レールカノンで敵の侵攻を食い止め、見事に援護してみせた。

コウキ君はそうやって周りの信頼を得てきたのね。

 

「それでは、俺の正体を話します。信じられない事ばかりだと思いますが、話を聞いてください」

「・・・了解した」

「・・・分かりました」

「・・・分かった」

 

それから、コウキ君は三人に語った。

遺跡に出会い、この世界に飛ばされた事。

遺跡によって与えられた四つの異常の事。

この世界が平行世界である事。

そして、私達の世界が物語の世界であった事。

アキト君達三人は最後まで黙って話を聞いていた。

信じられない事ばかりだろう。唖然としたり、驚きで顔を染めたり。

でも、物語であったと知った時、三人は怒りで顔を染めた。

 

「運命だったとでもいうのか!? あんな眼に遭ったのも、俺がそうなる運命だったとでも言うのか!?」

 

激昂するアキト君。

私だって信じられなかった。運命が決まっていて、私の選択も物語のストーリー通りで。

まるで自分が自分じゃないような。意思を他人任せにしているような。そんな錯覚を感じた。

 

「ガイが死に、火星の民を押し潰し、多くの人を犠牲にし、火星の民の全てを惨殺された。それすらも、物語であり、運命であったというのか!?」

「既にこの世界は平行世界で―――」

「そんな事は関係ない! 俺の全てが運命であったなど! 信じられるか!」

「・・・テンカワさん」

「・・・俺は・・・」

 

項垂れるアキト君。

コウキ君が語ったアキト君の生涯は不幸な事ばかりだった。

幼い時に両親を殺され、ようやく幸せを掴んだと思った途端に拉致され、復讐する立場となった。

これがあらかじめ決められていた事だなんて信じたくないに決まっている。

やり場のない怒りを抱えるに決まっている。

 

「・・・マエヤマさんはマシンチャイルドという事ですか?」

「俺はマシンチャイルドではないと思っている。でも、遺跡によって強化体質にされた事は事実かな」

「・・・マエヤマさんのナノマシンも」

「うん。遺跡が勝手に入れた奴。俺の身体にはどんな種類のナノマシンがどれくらい入っているか分からないんだ」

「・・・怖くないんですか? 自分の身体が」

「・・・怖いよ。怖いに決まっているさ。異常な身体能力、異常なナノマシン。俺は何より自分の身体が怖い」

 

異常な力を持つが故に背負わされる責任。

暴走するかもしれないという恐怖。

コウキ君が抱える闇も相当に根深く重いものだ。

 

「こんな能力が欲しいなんて言ってない。俺は普通に生きたかった」

「・・・コウキは能力が欲しくなかったの?」

「初めは良かったよ、楽が出来るって思ったから。でも、次第に苦しくなるんだ。それだけの能力を持っているのにお前は何もしないのかって誰かが囁くんだ」

 

強迫観念からの幻聴。

どうにかしなければならないと自分を追い込んでいるからこその苦しみ。

 

「お前に与えた能力はその為にある。そうふとした時に聞こえてきて。俺はどうすればいいのかって悩んで」

「・・・コウキも苦しんだ。その上で私を助けてくれた」

「普通の暮らしを望んだ俺でも出来る事はしたかったんだ。匿名にすればバレないと思ったし、知っていて無視する事なんて出来なかった」

「・・・本当にありがとう、コウキ」

 

あの時、コウキ君が苦しんでいた理由を今更知った。

支えたい。助けたい。そう誓ったあの日、私はもっと踏み込むべきだったのかもしれない。

そうすれば、私もコウキ君の苦しみを共有できたかもしれないのに。一緒に背負えたかもしれないのに。

 

「テンカワさん。貴方達が未来を変えたいというのなら、俺も手伝うつもりです。でも、その前に確認しなければなりません」

 

そう言って真剣な表情になるコウキ君。

その顔は迷いを捨てた確固たる決意を持った顔だった。

影から悟らせないように振舞うのではなく、自ら表舞台に立つ決意を。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 



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心的外傷

 

 

 

 

 

「テンカワさん。貴方達が未来を変えたいというのなら、俺も手伝うつもりです。でも、その前に確認しなければなりません」

 

俺が隠してきた全てを話した。

今まで散々距離を置いてきた俺達だ。

協力体制を取るのなら、隠し事はなしにしたい。

俺の目的、向こうの目的。

その全てをきちんと共有しておきたい。

俺の目的を聞いて呆れられようが、怒鳴れようが、二度と疑われない為にも。

 

「・・・何だ?」

 

テンカワさん、ルリ嬢、ラピス嬢。

それぞれが真剣な顔付きでこちらを見ている。

その少し離れた所でミナトさんもこちらを見ていた。

 

「貴方達が目指すものとは何ですか?」

「俺達の目指すもの?」

「はい。ナデシコをどうしたい。火星の為に何かしたい。そんな事ではありません。もっと個人的なものです」

 

大きな夢を叶える。

その夢に隠れる個人だけが持つ大きな希望。

 

「俺はナデシコに最善の結末を迎えさせ、その上で、普通の暮らしをする事こそが俺の目指すものです」

「・・・普通の暮らし?」

「ええ。戦争を終わらせたという名誉。多くの戦績を残したという名誉。英雄? そんな称号はまったく欲しくありません。俺は平穏な生活だけを望んでいます」

 

個人的、本当に個人的な目的。

結局の所、俺の目的はここに辿り着く。

 

「それでは、何故ナデシコに?」

「怒るかもしれませんが、俺はこの世界に来た当初、ナデシコに関わろうとしませんでした。むしろ、避けようと思っていました」

「ナデシコを避ける?」

「はい。未来を知りつつ、俺は人任せにしようとしていたんです。俺が望む平穏な生活を得る為に」

「・・・あれだけの悲劇を知りながら、お前は無視しようとしていたのか?」

 

怒りの表情を浮かべるテンカワさん。

そうだろう。当事者であればそう思うに決まっている。

 

「ええ。未来を知り、それを改善できるだけの能力があるのに、俺は介入しようと思っていませんでした」

「何故だ!? 何故、そんな事が出来る!? 力があり、悲劇を知り、何故、改めようとしない!?」

「能力があったら必ずしなければならないんですか? 未来を知っていたら、必ずしなければならないんですか?」

「何?」

「自分の目的を諦め、自分を犠牲にしてまで、何故他人を助けなければならないんですか?」

「マエヤマ! 貴様!」

 

激昂し、憤怒の表情で迫ってくるテンカワさん。

檻という鉄の棒に阻まれてなければ、掴みかかっていただろうな。

 

「テンカワさん。貴方は罪の意識で動いていませんか? 贖罪というくだらない理由で動いているのではないですか?」

「ッ!? 貴様に何が分かる!?」

「分かりません。俺は実際に経験した事がある訳ではありませんから」

「なら、黙っていろ! 俺は! 俺は、あんな未来など認められない! その為ならたとえ何を犠牲にしてでも!」

「それが間違っているって言ってんだよ!」

 

気付けば叫んでいた。

そのあまりにも無責任な自己犠牲が一瞬で頭が沸騰するぐらいに怒りを湧かせた。

 

「・・・コウキ君?」

 

いきなりの大声と素の口調で誰もが驚いていた。

対象のテンカワさんでさえ。

 

「・・・・・・」

 

・・・落ち着け、俺。

感情的になったって、仕方ない。

 

「テンカワさん。貴方には、自分の念願を達成した先に何が待っているんでしょうね」

「・・・どういう意味だ?」

「俺には目的があります。蜥蜴戦争を生き抜いて平穏な暮らしをするという。でも、貴方は目的自体が歴史の改変。終わった後、貴方は死を選ぶのではないですか?」

「ッ!?」

「ア、アキトさん!? そ、それは、本当ですか!?」

「・・・アキト」

「・・・・・・」

 

罪の意識。贖罪。

そんな最終目的であれば、何の意味もない。

確かに明確な目的だ。その意識がある限り、最大の力を発揮できるだろう。

だが、そのあまりにも分かりやすい目的だからこそ、達成した時が問題。

達成した瞬間、満足感と共に生きようとする意志を失くしてしまうかもしれない。

俺にはそれが心配だった。

 

「俺は戦争終了後に目的があるからこそ頑張れます。戦争終了後、テンカワさん、貴方は何をしますか? どうしたいですか?」

「・・・俺は・・・そんな事・・・考えた事がなかった」

「悲劇を食い止めたい。その思いは立派です。ですが、俺は何よりも自分の幸せの為に頑張って欲しい。テンカワさんは戦争に死を求めているような気がします」

「・・・・・・」

「目先の事を全力で行う事も大切です。ですが、テンカワさんはもっと先の事を考える必要があると思います。生き急いでいると感じるのは俺だけではない筈です」

「・・・そうね。私もそう思うわ。アキト君」

「・・・ミナトさん」

 

遠くから会話を聞いていたミナトさんが近付いてくる。

 

「昔、コウキ君にも同じ事を言った覚えがある。義務感や責任感、貴方は罪の意識ね、そんなもので己を縛らないで、自分の幸せを求めなさいと」

「・・・ですが、俺は多くの罪を犯しました。そんな俺が幸せになんて―――」

「馬鹿ね、アキト君は。本当に馬鹿よ」

「・・・え?」

「自分すら幸せに出来ない人間が他人を幸せにする事なんて絶対に出来ない。自分の事すら救えない人間が他人を救おうだなんて、思い上がりもいい加減にしなさい」

「・・・・・・」

 

ミナトさんの言葉は深く胸に響く。

ミナトさんの言葉が俺の道標となってくれる。

だから、きっとテンカワさんの胸にも響いている筈だ。

 

「貴方の幸せを見つけなさい。贖罪なんて自己満足でしかないわ。なら、同じ自己満足でも幸せになる道を探しなさい」

「・・・俺の・・・幸せ?」

「貴方が罪を背負いきれないのなら背負ってくれる伴侶を見つけなさい。そして、二人で幸せになりなさい」

 

テンカワさんが心に抱く自殺願望と重い罪の意識。

その二つを受け入れてくれる心の強い女性がテンカワさんには必要だと思う。

 

「アキト君とコウキ君の絶対的に違う所。それは、貴方は死を求め、コウキ君は生を求めているという事」

「・・・俺が死を?」

「もし完全に追い詰められた時、きっとアキト君は今までの成果で満足し、抗う事なく、死を迎え入れると思うわ」

「・・・・・・」

「でも、コウキ君は必死に抗うでしょうね。生きたいから。その後に目的があるから。それが先を見ている人間と見ていない人間の違いよ」

「・・・俺は先を見ていないのか?」

「第一の目的なんか利己的であればある程いいわ。その方が必死になれる。生き抜こうと思える」

 

自分本位の目的。それの何が悪い?

人は己の幸せを求めてなんぼだ。

自分ひとりすら幸せに出来なければ、恋人だって幸せに出来ない。

友人だって幸せに出来ない。

 

「副次的に多くの人を救えばいいのよ。己の身を犠牲にして何かを成し遂げる事を誰が喜んでくれるの? そんなのただの独り善がりな自己満足よ」

「・・・・・・」

「貴方が今、一番しなければならないのは貴方の幸せを見つける事だと思うわ。もっと簡単に言えば、生きる意味を見つけなさい」

「・・・生きる意味」

「生きる意味が死に場所を探す為だなんて悲し過ぎるわ。貴方が戦争終了後に何をしたいのか、どうしたいのか、それをゆっくり考えてみなさい」

 

生きる意味・・・か。

平穏な生活を求めるなんていう素朴な夢だけど、俺はこの夢を絶対に叶えたいと思う。

それを何としても成し遂げる。それが、俺の生きる意味かな。

 

「・・・はい。探してみます、俺の生きる意味を」

 

俺の言葉の何倍もミナトさんの言葉はテンカワさんに届いた事だろう。

言いたい事を全部言われてしまった気がするけど、俺より説得力があるんだからきっと良かったのだろう。

 

「ルリちゃんやラピスちゃんはどうなのかな?」

 

テンカワさんだけじゃない。

俺は二人の思いもきちんと知っておきたかった。

 

「私は以前、マエヤマさんに話した通りです。幸せになる。私達を縛る多くの柵から解放され、私の幸せを見つける事です」

「・・・色々な事をしてみたい。色々な所に行ってみたい。自分の足で、自分の意思で」

 

強い意思を込めた力強い表情でそう告げる二人。

あぁ。彼女達ならテンカワさんを救える。

そう、眼の前の二人を見て実感した。

 

「・・・三人の考えは分かりました。微力ながら、俺も御手伝いさせて頂きます」

「私も協力するわ。私にだって出来る事はある筈だもの」

「・・・ありがとうございます。ミナトさん、マエヤマ」

「・・・御願いします。ミナトさん、マエヤマさん」

「・・・よろしく。ミナト、コウキ」

 

俺は俺の出来る事をする。

きっと、できる事はそんなに多くない。

むしろ、少なすぎて、力不足を嘆く事の方が多いだろう。

それでも、出来る限りの事をしようと思った。

そう・・・誓った。

 

「・・・細かい話を色々としようと思ったが、そろそろブリッジに戻らないとまずいのでな」

「そうですね。まずは火星の民を救出しなければなりません。今の俺には何も出来ませんが、何かあったら連絡下さい。少しは役に立てると思いますので」

「ああ。頼りにさせてもらう」

「あ。それと、出来れば、逐一情報を教えてくれると助かります。俺としてはきちんと把握しておきたいので」

「それは私がやります。常にブリッジにいますから」

「うん。よろしくね。ルリちゃん」

「・・・コウキの分はきちんとフォローする」

「ありがとう、ラピスちゃん」

「それじゃあな。色々とすまなかった」

「・・・またお話しましょう。私はまだ貴方の事をきちんと理解していません。貴方の事がもっと知りたいです」

「・・・また来る」

 

去っていくテンカワさん達。

今までは交わる事なく別に道を歩いてきた。

でも、これからは協力して同じ道を歩くのだ。

なんとも心強い背中だった。

 

「・・・これで良かったの? コウキ君」

 

残されたのは俺とミナトさん。

ミナトさんが心配そうに訊いてくる。

 

「何か心配事でも?」

「貴方は殺されかけているし。それに、ずっと秘密にしてたかった事なんじゃないの?」

「ルリちゃんは一途なんですよ。テンカワさんの為を想って行動したに過ぎません。きちんと話し合っていれば、防げた事でもあります」

「・・・秘密はバラしてよかったの?」

「同じ目的を共にする同志です。秘密事はなしにしたいじゃないですか。それに、俺だけ一方的にテンカワさん達の事を知っているのは申し訳ないですよ」

「もぉ。本当に甘いんだから」

「ミナトさんだって心にもない事を言っています。秘密の事は心配してくれたんでしょうが、ルリちゃん達の事はもう許しているでしょ?」

「あ。分かっちゃう?」

「ええ。ミナトさんの事ですから」

 

もちろんです。

それぐらいは分かりますよ。

 

「心配はいりません。きちんとコミュニケーションを取れば、うまくやっていけると思います」

「そう。それじゃあ心配はいらないわね」

「はい。大丈夫です」

「そっか。じゃあ、私もブリッジに戻るから、大人しくしているんだぞ」

「どっちにしろ、今は何にも出来ませんよ」

「それもそっか。またね」

 

去っていくミナトさん。

ありがとうございました。

やはり貴方にはお世話になりっぱなしです。

 

「・・・おし」

 

今回、きちんとテンカワさん達と向き合った事で、俺の原作介入は本格的なものになる。

後悔しないよう、きちんと考えて動かないとな。

あくまで俺は平穏を目指すんだ!

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「それでは、作戦を発表します」

 

独房でのこれからに対する重大な話を終え、ブリッジまで戻ってきた。

コウキ君の心は大分落ち着いていたみたいだし、アキト君達とも歩み寄れた。

始まりはあまり良くなかったけど、結果的に良い方向に進んでくれたのかな?

何はともあれ、ここで和解できた事はアキト君にとってもコウキ君にとっても良い事だったと思う。

 

「私達ナデシコが火星から脱出する方法は二つ、ナデシコ単体での加速で脱出するか、マスドライバーによる加速で脱出する事です」

「しかし、マスドライバーが火星にある確立は極めて低い」

「大部分が破壊されてしまっているからね」

「そこで、私達はナデシコ単体での加速で脱出するしかないという結論になりました」

 

うん。ボソンジャンプ以外ではその方法しかないと思う。

マスドライバーを探している余裕もないだろうし。

でも、本題はそこから。ここまでは前提に過ぎないんだもの。

 

「その為にはマエヤマさんがおっしゃっていたような安全空域の確保は必須となります」

 

合流するにしろ、脱出するにしろ、安全空域は大事。

でも、コウキ君もアキト君達も普通に脱出する事は不可能だって言っていた。

だから、これはあくまでナデシコ単体での脱出ではなく、合流を円滑に進める為に安全空域が必要だって意味なのよね。

 

「エステバリスに外付けのバッテリーを搭載させ、一機を掃討担当、一機を防衛担当として配置します」

 

ガイ君とアキト君。

どっちがいいのかしらね。

 

「担当はテンカワが掃討、ヤマダが防衛だ。テンカワは連絡があり次第、すぐに戻れるようにしておいてくれ。但し、引き付けないよう慎重にな」

「・・・了解した」

「基地を守る為に一人残る俺。おっしゃぁ! この俺がナデシコを護ってやる! アキト! 後方の心配はしなくていいぞぉ!」

「ああ。頼りにしているぞ、ガイ」

「・・・ガイさん。無茶はしないでくださいね」

「おう。必ず帰ってくるから安心して待っていろ」

「でも、心配で・・・」

「大丈夫だって。お前を残して先には逝かねぇよ」

「ガイさん・・・」

「メグミ・・・」

 

・・・見せ付けてくれるわね、ラブラブしちゃって。

私だって・・・本当は・・・コホン。

そ、そもそもアキト君がそうやって送られる立場じゃないかな。

ガイ君って攻められなくちゃ危険じゃないんでしょ?

 

「ナデシコは核パルスエンジンで起動させ、最低出力でエステバリスの援護に入ります」

 

相転移エンジンに引き付けられるとしたらこの方法は有効ね。

でも、単純にエネルギーだったとしたら、場所を知らせてしまう事にもなる。

ちょっとした賭けと言えるわね。エステバリスだけに任せるよりは良いかもしれないけど。

 

「全ての行動を慎重に御願いします。あえて敵に接近しますが、こちらの位置がバレれてしまったら、何の意味もありませんので」

 

よし。頑張りましょう。

私も協力するって決めたんだし。

火星の人達を助けたいしね。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「そっか。イネスさんがね」

『火星の方々は何度も拒否されたそうですが、粘り強く交渉された結果、イネスさんが説得してくれたようです』

「やっぱりプロスさんは流石って所かな」

『ええ。そうですね』

 

良かった、とただ一言。

せっかく助けられる命なんだ。

火星の人達もよくぞ決断してくれたよ。

 

「ヒナギクでイネスさんが合流して、ナデシコで最速で救出するんだっけ?」

『ええ。イネスさんにどのように救出するのが効率的か訊こうという事になりまして。私達はユートピアコロニーに詳しくありませんから』

「確かに。よく知っている人に協力してもらった方が成功するだろうね。そもそもイネスさんは天才的な頭脳の持ち主だし」

 

あの頭脳こそイネス女史最大の武器。

これから何度もお世話になるナデシコの知恵袋だ。

 

「ま、後は説明好きさえどうにか出来れば」

『・・・諦めるしかないかと』

「・・・そうだね」

 

ま、説明があの人の趣味だ。

どうにかして回避する方向で頑張ろう。

 

『・・・やはりマエヤマさんは私達の事を知っているんですね』

「あれ? 信じられてなかった?」

『い、いえ。そうではありませんが、突然、貴方達は物語の登場人物ですよと言われても意識できないというか、納得できないというか・・・』

「まぁ、信じられないと思うけどね。俺自身もこの世界に来た時は驚いたんだよ」

『そうですね。しかし、物語の中に自分自身が入ってしまう・・・ですか。なんか、少し憧れますね』

「ルリちゃんも女の子だね。ファンシーな可愛い世界とかを経験したいのかな?」

『ええ。未来では電子の妖精と呼ばれた私ですが、本当の妖精や天使などに会える事なら会ってみたいと思っています』

「きっと電子の妖精の方が可愛いよ」

『そ、そうですか。ありがとうございます』

 

そうやって少し照れるルリ嬢。

何だかこんな変な話が出来るってのも感慨深いな。

今まで敵意剥き出しだったけど、心を開いてくれたって感じでなんか嬉しい。

 

「真面目な話、ナデシコがユートピアコロニーに辿り着いて救出し終わる前に襲われる可能性はどれくらいある?」

『間違いなく100%でしょう。最大速度で行っても、全ての救出が成功する前に襲われます』

「それに対してナデシコはどう対応する?」

『エステバリスで周囲を囲みつつ、敵の迎撃に当たってもらいます。要するに時間稼ぎです』

「時間を稼いで、全員救出できたとしよう。その後、その状況から離脱できるのかな?」

『ナデシコを最大出力で退かせれば可能です。前回はDFを発動させながら後退に成功しました』

「なるほど。上手く退いて、クロッカスのいる方に行かないとね」

『ええ。私達では説得力がありませんから。イネスさんにクロッカスを目撃させて、ボソンジャンプの説明をして頂かないといけません』

「理論は完成しているんだろうけど・・・。やっぱり証拠がなっきゃ駄目か」

『そうですね。それに、そもそもチューリップがなければ意味がないので』

「う~ん。そこは原作と同じでいいでしょ。たださ、今回はどうするの? フクベ提督」

『・・・犠牲になって頂くしかありません。前回、助かったという事が唯一の救いですね』

「でも、今回も同じようになるかは分からないんだよなぁ」

「・・・ええ」

 

フクベ提督の犠牲。

クロッカスによってナデシコが抜けた後のチューリップを沈めないといけない。

原作では捕虜になっていたっぽいけど、今回もそうなるとは限らないし。

・・・あ、そうだ。

 

「ルリちゃん。ソフト組めない?」

『え? ソフトですか?』

「うん。たとえば、ナデシコを追尾するようにして、ナデシコの反応が消えたら自爆みたいな」

『なるほど。それぐらいなら、出来そうです』

「それなら、ラピスちゃんと協力して組んでおいて欲しい。どうなるかは分からないけど、準備しておいて損はないからね」

『はい。・・・やはり頼りになりますね、マエヤマさんは。それなのに、私は・・・』

「いつまでも気にしていちゃ駄目だって。そうだな。今度、何か奢って・・・いや、年下に奢らせちゃ駄目でしょ。・・・うん。俺の事をコウキって呼んでくれたら許してあげる」

『え? それだけ、ですか?』

「ほら。ルリちゃんが名前を呼ぶのって心を開いてくれた証拠かなって。ごめんね、こんな事を知っていて」

『いえ。構いません。・・・そうですね。それでは、コウキさんと呼ばせていただきます』

「うん。それで完璧。いつまでも気にしていちゃ俺が困る。分かった?」

『はい。ありがとうございます』

 

うん。流石は妖精。可愛い笑顔だ。

ミナトさんの落ち着く笑顔とは方向性の違う癒される笑顔だな。

 

「出来るだけ被害を失くしたいから、迅速に救出できるといいね」

『ええ。DFを発動させながら救出は出来ませんから、迅速な行動とエステバリスの防衛に全てがかかっています』

「ごめんね。俺がいればせめてレールカノンで援護できたのに」

『いえ。マエヤマさん―――』

「ルリちゃん。失格」

『・・・あ。コホン。コウキさんに負担ばかりかけられません。私達に任せてください』

「そっか。うん。任せる」

『はい。私、ラピス、セレスの三人できちんと対処してみせます。コウキさんは安心して待っていてください』

「うん。分かったよ」

『では、ソフトを組まなければなりませんので』

「了解。何かあったら連絡よろしく」

『分かりました』

 

コミュニケでの通信が切れる。

ルリちゃんが任せろと言うんだ。

仲間だもんな。信じて待っていよう。

そもそも俺に出来る事なんて何もないんだから。

 

『やぁ、コウキ君。大丈夫?』

「あ。ミナトさん。特に問題なしです」

 

再び、コミュニケが動く。

今度はミナトさんみたいだ。

 

「いいんですか? 俺と通信していて」

『今の所、私にはやる事ないもの。ヒナギクと合流してからよ』

「ミナトさんなら心配いらないと思いますが、気をつけてくださいね」

『ええ。ユートピアコロニーの人達を助けて、更に被害を少なくする。私の頑張りにかかっているのよね』

「そうです。ミナトさんの頑張り次第ですよ。緊張します?」

『もちろん。でも、それで潰される程、私は軟じゃないわ』

「それでこそミナトさんです。頼りにしています」

『まったく。戦闘中にコウキ君が隣にいないのなんて初めてだから、力が出ないじゃない。早く戻ってきなさい』

「はい、できるだけ早く。と言っても、俺にはどうする事も出来ないんですけどね」

『うふふ。それもそうね。でも、ちょっと心細いわ』

「ちょっとですか?」

『ふふっ。凄く心細いわよ』

「・・・自分で言っておいて照れますよね、これ」

『相変わらずね。ま、私としてはからかい甲斐があっていいけど』

「大好きですもんね。からかいとか弄くりとか」

『ええ。生きていく為の糧みたいなものよ』

「大袈裟ですよ。まぁ、構いませんが」

『早く弄られに帰ってきなさい』

「弄られるのが前提ですか? どうしよう。檻に避難してようかな」

『駄目よ。貴方は私に弄られる運命なの。弄りつくされる運命なのよ!』

「運命なんて信じません!」

『はい。シリアスぶっても駄目。貴方は私に弄られる。それは必然なのよ』

「うぅ。ミナトさんが黒い」

『黒くもなんともないでしょうに』

「ま、俺も早くミナトさんの隣に戻りたいですからね。待っていてください」

『ええ。待っていてあげるわ』

 

ニコリと笑うミナトさん。

あぁ。やっぱりこの笑顔が一番好きかな。

 

『じゃ、元気そうだから、そろそろ切るわね』

「ええ。作戦に集中してください。頼みましたよ、ミナトさん」

『任せなさい。振動の一つも感じさせないであげるわよ』

 

心強い一言で。

 

「じゃ、また連絡するわ」

『はい』

 

コミュニケが切れる。

本当に気を遣ってもらっちゃっている。

わざわざ連絡くれるなんてな。

やっぱりミナトさんを好きになってよかった。

 

 

 

 

 

ガタンッ! ゴトンッ!

 

「な、何だ!?」

 

する事がなくて考え事をしていると、突然ナデシコが振動で揺れた。

これは・・・木星蜥蜴に襲われているのか?

 

「クソッ。状況が掴めない」

 

きちんとした状況は分からないが、少し考えてみよう。

多分、ナデシコがユートピアコロニーに辿り着いたんだろう。

それで、救出中にナデシコのエネルギーに反応した木星蜥蜴が襲い掛かってきた。

予想が当たっていれば、現状でも救出中で、エステバリスでナデシコを護っている所。

クソッ! 何にも出来ない自分が恨めしい。

こういう時に何も出来ないなんて俺がここにいる意味がないじゃないか。

 

『マエヤマさん!』

「か、艦長? 何ですか?」

『艦長命令で貴方の拘束を解除としました。急いでブリッジまで来てください』

 

緊急事態発生って事か!?

独房にいる俺を釈放にしていいかは分からんが、俺としては何にも出来ないよりは全然良い。

感謝します、艦長。

 

「分かりました! すぐに向かいます!」

『今、そちらに鍵を開けにクルーの一人が行きましたの!』

「了解です! 艦長は指揮を!」

『はい!』

 

早く、早く来てくれ。

俺の行動が無意味になる前に!

早く! 早く!

 

「お、お待たせしました!」

「すいませんが、早く開けてください」

「は、はい!」

 

慌てた様子でガチャガチャする男性。

その音が俺を更に焦らせる。

早く! 早く!

 

「あ、開きました」

「ありがとうございます!」

 

感謝もおざなりに、俺は独房から飛び出した。

ナデシコが危険に陥っているんだ。勘弁してくれよ。

 

「・・・・・・」

 

ただ走る。ブリッジに向かった無我夢中に。

途中、何度も揺れて体勢を崩したが、転んでいる暇なんてないと無理矢理立て直した。

人間、しようと思えば無理な事でも出来るものだ。

とにかくブリッジへ!

 

「艦長!」

「マエヤマさん、待っていました。レールカノンで援護を御願いします」

「はい!」

 

ユリカ嬢にそう言われ、俺は段差を下がる事も面倒だと上から飛び降りた。

もちろん、下の様子を確認してから。

 

「コウキ君!」

 

俺が現れて驚いたのだろう。

ミナトさんが声を荒げた。

 

「コウキさん、すいません。私達だけでは」

 

さっきの会話を気にしているのかな?

気にしなくていいのに。

 

「大丈夫。よくやってくれたよ、ルリちゃん達は。後は俺に任せて」

「はい。御願いします」

 

ルリちゃんに一言告げて、俺は自分の席に飛び乗った。

そして、コンソールに手を置き。

・・・そこで俺の身体は石のように固まってしまったんだ。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「コウキ君?」

 

コンソールに手を置いてまま動かないコウキ君。

いつもなら、サングラスみたいなのを取り出して、レールカノンを準備するのに。

 

「コウキさん、どうしました?」

「・・・コウキ?」

「マエヤマさん? どうしたんですか?」

 

周りの皆も怪訝な顔付きでコウキ君を見ている。

今が戦闘中だなんて忘れるくらい、まるで時が止まったかのように、コウキ君は微動だにしない。

 

「マエヤマさん! 援護を!」

 

艦長が必死に叫んでもコウキ君が動く事はない。

 

「マエヤマさん! 何をしているんですか! 早く!」

 

副長が危機に陥っているのに何もしない事を責める。

でも、ちょっと待って欲しい。様子がおかしい。

 

「コウキ君? どうしたの?」

 

動かない身体。動かない表情。

どうしたんだろうと近付いてみると・・・。

 

「・・・落ち着け。落ち着け。落ち着け」

 

必死にそう呟いていた。

その呟きが聞こえるようになると、次はある事に気付く。

全身が微妙に揺れているのだ。

 

「・・・震えるな。震えないでくれよ。頼むから」

 

額に汗を浮かべ、必死な表情でコンソールを見詰める。

 

「・・・クソッ。オモイカネ。レールカノンセット」

『精神状態からお勧めできません』『休んで方が良いよ』『無理しちゃ駄目』

 

モニターに浮かぶ文字。

直接リンクするからこそ分かるコウキ君の様子。

精神状態が悪い? それって・・・。

 

「・・・いいから。頼むよ。成功するか失敗するかの瀬戸際なんだ。頼むから」

『・・・分かりました。レールカノンセット開始』

 

顔面を蒼白にして、全身を震わせるコウキ君。

 

『レールカノンセット完了』

「・・・頼むぞ、俺」

 

そう呟いてから、サングラスを取り出す。

いつものようにそれを装着して、ここからコウキ君の凄まじい射撃が始まる。

きっと、誰もがそう思っただろう。

でも、そうはいかなかった。

コンソールに置かれた手が異様に震えだし、その震えが全身へと回る。

遠くから見ても震えていると分かる程にコウキ君の身体は震えていた。

 

「・・・クソッ! ・・・震えるな! ・・・ちゃんと動けよ!」

 

それでも、必死にコンソールに手を置く。

呼吸も不自然になり、顔は汗で濡れ、歪む。

 

「・・・心的外傷ね」

 

ポツンと呟かれた一言。

小さな声だけど、その声はブリッジ中に響き渡った。

バッと誰もが振り返り、イネスさんを見る。

 

「・・・心的外傷?」

「ええ。分かりやすく言えば・・・トラウマ」

 

・・・トラウマ。

心の傷。癒えぬ事なき心の傷。

 

「私には彼に何があったかは知らないけれども、あれはトラウマに触れた時の反応よ。トラウマに関する物を回避しようとする無意識下の行動」

 

トラウマに関する物を回避する。

じゃあ、コウキ君のトラウマって・・・。

 

「見た限り、IFSを使用する事ではなく、何かを攻撃するという事を拒んでいるようね」

 

・・・また味方を撃つかもしれないという恐怖。

ただそれだけで、コウキ君は震えている。

また、意識を失い、味方を撃ってしまうのではないか。

今度は誰かを殺してしまうのではないか。

この救出作戦を自分の存在が邪魔してしまうのではないか。

きっと、コウキ君はそんな事を無意識に考えている。

それが、コウキ君を震わせている。

 

「ど、どうすれば? マエヤマさんじゃなければこの局面は・・・」

「無理にさせても心の傷は広がるだけね。まぁ、それでもいいのなら、強引にやらせなさい」

 

シビアな一言だと思う。

コウキ君の心の傷を広げて、火星の人達の命を救うか。

コウキ君の心を優先して、火星の人達を危険な眼に合わせるか。

その二択。艦長にとって決断しなければならない重い選択。

 

「・・・・・・」

 

悩む艦長。

お願いだから、コウキ君の心を傷つけないで。

・・・そう言えたらなんて楽なんだろう。

でも、今のコウキ君は震えながらも必死に成し遂げようと頑張っている。

・・・その気持ちを裏切るなんて出来ない!

 

「コウキ君! やりなさい!」

「ミナトさん! 何を!?」

「後悔したくないでしょ! 出来る限りの事でいいから、全力でやり抜きなさい!」

 

残酷な事を言っている自覚はある。

私はコウキ君の心の傷を広げようとする酷い女だ。

でも、きっと、コウキ君は今ここで救えなかった方がきっと深く傷付く。

今、心の傷を広げるよりも、救えなかったと知った時の方が何倍も傷付く。

もしかしたら、そう思っているのは私だけかもしれない。

コウキ君はそんな事は思ってなくて、独り善がりな考えかもしれない。

でも、私はこれが最善だって思うから・・・。

恨まれたっていい。憎まれたっていい。罵倒されても構わない。

コウキ君が立ち直れないぐらい傷付く事を避けられるのであれば・・・私はそれでもいい!

 

「今やらないでいつやるの!? 今こそ踏ん張る時でしょ! コウキ君!」

「ミナトさん! マエヤマさんが可哀想です! やめて下さい!」

 

メグミちゃん、貴方に何が分かるの?

コウキ君の事を一番知っているのは私なの!

コウキ君の事を一番理解してあげられるのは私なの!

今のコウキ君の想いを理解してあげられるのは私だけなのよ!

 

「コウキ君!」

「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

「コウキ君!」

「・・・はぁ・・はぁ・・・うぁ・・・うわぁぁぁ!」

 

叫び出すコウキ君。

同時にレールカノンが放たれる。

近付く敵を蹴散らし、遠くにいる敵を蹴散らし・・・己の心を傷付けていく。

 

「うわぁぁぁあぁぁぁ!」

 

悲しい叫びだった。

堪らなく悔しかった。

コウキ君にここまで負担を与えてしまう事が。

何にも出来ない事が。

堪らなく悔しかった。

 

「・・・ごめんなさい。コウキ君」

 

・・・小さくそう謝る事しか私には出来なかった。

 

・・・・・・・・・・・・。

 

どれくらい経ったんだろう。

トラウマで身体を震わせるコウキ君に無理させて。

必死に叫ぶ事で己を奮え立たせるコウキ君を傷付けて。

さっきから、ブリッジではコウキ君の痛みを訴える叫び声しか聞こえていない。

誰もが痛々しい視線でコウキ君を眺めていた。

 

『全員搭乗しました!』

 

その時、漸く待ち望んでいた一報が入った。

安堵でもなく、喜びでもなく、ただコウキ君に対する罪悪感が湧き出た。

 

「艦長!」

「はい! エステバリス隊! 全機帰艦して下さい! 戻り次第DFを発動させます!」

 

早く、早く戻ってきて!

コウキ君を早く楽にさせて。

 

「全機帰艦しました!」

「ルリちゃん! ディストーションフィールド発動!」

「ディストーションフィールド、発動します」

「マエヤマさん! もういいです。もうやめて下さい」

「・・・あ」

 

スッと崩れ落ちるコウキ君の身体。

 

「コウキ君!」

 

慌てて抱き止める。

ありがとう。ごめんなさい。

眼を覚ました時、私は最初になんて言ってあげればいいのかが分からなかった。

 

「ミナトさん、最大速度で後退してください」

「・・・・・・」

 

涙が溢れてきた。

私は、違う、私がコウキ君を傷付けた。

愛する人をここまで追い詰めた。

 

「ミナトさん! マエヤマさんの頑張りを無駄にしないで下さい!」

「・・・了解」

 

歪む視界で必死にナデシコを動かす。

身体は重く、心も重い。

・・・それでも、私に出来る事はこれだけだから。

 

「・・・私」

「・・・・・・」

 

胸が痛い。心が痛い。

コウキ君を傷つけた自分が嫌になる

コウキ君を無理させて自分が嫌になる。

でも、こうしなければ、コウキ君は後悔したと思う。

きっと一番傷付いたと思う。

そうやって理論武装する自分がいて。

そんな自分がまた嫌になった。

そして、そんな私の気持ちを分かってもらえる事はなく・・・。

 

「私、ミナトさんの事、見損ないました」

 

・・・その一言が私の胸を貫いた。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 



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少女が見せた涙

 

 

 

 

「・・・ここは」

 

残念。

知っている天井でした。

 

「眼を覚ましたのね」

「えぇっと、お久しぶりです」

「ええ。久しぶりね。といってもあれから一週間も経っていませんが」

 

気付けば、医務室。

また記憶がこんがらがっている。

どうしてここにいるのだろうか?

 

「覚えてない?」

「えぇっと・・・」

「紹介が遅れたわね。私はイネス・フレサンジュ。貴方は?」

「あ、はい。マエヤマ・コウキです」

 

ボーっとしているとイネス女史がやってくる。

あ。いつの間にか怪しい女医さんの姿がない。

・・・可哀想に。これから医務室はイネス女史の魔窟ですよ。

貴方の出番は最早ありません。お労しや。

 

「随分と余裕ね」

「えぇっと、何がですか?」

「ここに貴方がいるのは何故?」

「すいませんが、覚えてないんですよ」

「ちょっとした記憶の混乱かしら。それとも自我が喪失を恐れて記憶を失くさせたか・・・」

「あ、あの・・・」

 

自分の世界に入っちまったよ。

イネス女史、戻ってきてぇ。

 

「コホン。貴方の事は色々と聞いているわ。なんでも、ナデシコの降下の危険性を訴えたとか」

「相転移エンジンの特性を知っていれば、誰もが疑問に思う事ですよ。敵の占拠下にある火星に出力低下状態でいて大丈夫なのかと」

「艦長は知らなかったようだけど?」

「それをフォローするのが周りの役目です。艦長はどちらかというと情報を集めるタイプではなく、与えられて動くタイプですから」

「なるほど。艦長の事、よく分かっているのね」

「足りない所を補う。そんな役目がブリッジに一人ぐらいいても良いと思いませんか?」

「それが貴方という事?」

「まだまだですけどね。艦長に降下の危険性を訴えなかったのは俺のミスです。ところで、ナデシコはどうなりました?」

「貴方の活躍でどうにか危機は脱したど、損傷がない訳ではないわ。単体での脱出は無理そうね」

「え? 俺が何かしたんですか?」

 

駄目だ。何も覚えてない。

 

「本当に覚えてないようね。貴方、半狂乱になりながら、レールカノンを撃ちまくったのよ」

「・・・え?」

 

俺がまたレールカノンを?

俺はまた記憶がない。

それって・・・俺がまた暴走したって事か!?

 

「あ、あの! 俺はまた暴走してしまったんですか!? 味方を撃ってしまったんですか!?」

「そう。貴方は過去にそんな経験があるのね。それでトラウマになっているのか」

「答えてください! イネスさん! 俺はまた・・・」

 

想像したら身体が震えてきた。

俺は反省もせずに、同じ過ちを繰り返して・・・。

 

「大丈夫よ。暴走はしてないわ。きちんと敵だけを狙って撃っていて、味方に損傷はない」

「・・・はぁ。良かった」

 

身体の震えが止まる。

・・・本当に良かった。

誰だって同じ過ちを二度も繰り返せば許容できなくなる。

また味方を撃ったなんて事になったら、俺にはもうここにいる資格はない。

・・・怖いよ、自分の身体が、本当に。

 

「貴方はトラウマを抱えているのよ」

「・・・トラウマ?」

 

トラウマ。

確か心的外傷だったっけか?

幼い時とかの虐待がフラッシュバックしたりする奴。

身近なので言えば、夜にホラー映画を見た時に、トイレに行くのが怖くなったり、夢に出てきたりとかそんな感じの。

でも、トラウマっていきなり言われてもよく分かんないんだけど。

 

「そうよ。そうね。これを持ってみて。もちろん、弾は入ってないわ」

 

そう言って渡されたのは銃。

俺がよくゴートさんと練習する時に使う奴だ。

 

「これがどうかしましたか?」

「構えてみて」

「はぁ・・・。構いませんが」

 

言われた通りに構えてみる。

自分で言うのも変だけど、なかなか様になったよな、俺。

 

「・・・なるほど。やっぱりIFSでの攻撃に意味があるのね。すると・・・」

「あの・・・もういいですか?」

 

また自分の世界に入ってしまった。

難儀なお方だ。

 

「あ。・・・コホン。ありがと。もういいわ」

「あ、はい」

 

銃を手渡す。

一体、何だって言うんだろう。

 

「ちょっと待っていて」

「分かりました」

 

イネス女史ってマイペースなんだな。

振り回されっぱなしだ。

 

「・・・コウキ君」

「あ、ミナトさん」

 

イネス女史に連れられて来たのはミナトさん。

物凄く暗い表情をしているけど、何かあったのかな?

 

「大丈夫ですか? ミナトさん。顔色悪いですよ」

「え? コウキ君こそ、大丈夫なの?」

「俺って何か心配されるような事しました?」

「・・・イネスさん。これは?」

「恐らく防衛本能が働いたのね。さっきの事が完全に記憶から消えているわ。結構、根が深そうよ、このトラウマ」

「・・・そうですか」

 

深刻そうな表情の二人。

まるで意味が分からないんだけど。

 

「とりあえず、何があったのか知りたいんですけど」

 

気になって仕方がない。

 

「そうね。話しておきましょう」

「イネスさん。話して大丈夫なんですか?」

「私は一応カウンセラーの資格を持っているわ。だから、安心なさい」

「・・・ですが」

「こういうのはきちんと自分と向き合わないといけないの。まずは自覚する事からスタートよ」

「・・・分かりました。それなら、私が話します」

「そうね。詳しい事情を知らない私より貴方の方がいいかもしれないわ」

 

・・・凄く酷な現実を突きつけられそうだ。

あんなにも真面目というか、深刻な顔は初めて見た。

俺はまた、何かしてしまったのだろうか?

 

「コウキ君。よく聞いて」

「・・・はい」

「前回、貴方は無意識の内に暴走して、味方を狙撃してしまった。そこまではいい?」

「もちろんです。反省しています」

「そう。貴方はもう二度と味方は撃たない。意識は失わない。そうやって反省したのね?」

「え、ええ。大まかにはそんな感じです」

 

自分の身体が怖い。

でも、きちんと制御しなければと思って・・・。

だから、もっと練習しなければ、慣れなくては、そう思った。

 

「コウキ君。貴方は無意識下でまた味方を撃ってしまうのではないかと怖がっているのよ」

「・・・無意識下・・・ですか?」

「自分の事を信じていないんじゃない? また暴走してしまうかもしれないって」

「・・・それはあります」

 

知らない間に味方を狙撃していたんだ。

今度もそんな事があるかもしれないと思うと怖くて仕方ない。

 

「コウキ君。貴方はその恐怖に縛られているの。また味方を撃つかもしれないという考えに貴方は苛まれている」

「・・・俺はどうなったんですか?」

「レールカノンを撃とうという時、貴方は恐怖で全身を震わせた。意識を失う程に錯乱して、漸く貴方はレールカノンを撃てたのよ」

「・・・それでは、俺はまた暴走を?」

「今回はフィードバックの値を弄くってないから、システムに乗っ取られるような事はなかったわ。きちんと敵だけを狙って撃っていたもの」

「・・・なら、その時の記憶がないというのは?」

「トラウマを抱えながら無理をしたから本能が護ろうとしてくれたんだって」

「本来ならトラウマをきちんと克服してから行うべきだったんだろうけど、緊急事態だったから仕方なかったのよ」

 

ミナトさんの言葉をイネス女史が引き継ぐ。

要するに、俺はトラウマを抱えちまったって事か。

すぐには解放されないあくどいトラウマを。

はぁ・・・。何だかな・・・。

 

「その、緊急事態というのは?」

「ユートピアコロニーの民をナデシコへ移動させている時よ」

「その事に関しては私もお礼を言わないとね。ありがとう」

「あ、いえ。お礼なんか言わないで下さい。下手すると被害を与えていたのは俺ですし」

「それでもよ。素直に礼は受け取っておきなさい」

「え、あ、はい。どういたしまして」

 

イネス女史に礼を言われるとはなぁ。

この人って原作では全然気にしてないみたいな感じだったから、結構冷めた所があると思っていたけど・・・。

そうでもなかったって事か。

そうだよな。誰が一緒にいた人達が押し潰されて喜ぶんだって話だ。

 

「コウキ君。体調は?」

「あ、いえ。特に問題はありません」

「それなら、ブリッジに行きましょう。色々と意見を訊きたいって艦長が」

 

俺も状況を把握したいしな。

 

「分かりました。でも、俺ってここにいなくても大丈夫なんですか?」

「いいですよ。特に問題ありませんから。あ、それともぉ、ここで私と休んでいく? 心身ともに癒してあげるわよ」

 

わ。怪しい女医さん再登場。

粘り強いね、魔窟の中でも生き残れるかもしれん。

 

「ちょっと、どういう意味ですか?」

「あら? 若者を導くのが女医の仕事よ」

「違うでしょ! 人の恋人に何を言っているんですか!?」

「もぉ。冗談よ、冗談。本気にしないで。彼氏だっていつもスルーなんだから」

「え? あ、すいません」

 

シュンとなるミナトさん。

あ。何だか可愛らしい。

 

「そういう訳で、マエヤマさんの退室を許可します。また来てくださいというのは縁起が悪いですが、お休みになられたい時はいつでもどうぞ」

「ありがとうございます。じゃあ、行きましょうか」

 

女医さんに向かって一礼してから、医務室を去る。

向かう場所はブリッジ。後ろにはイネス女史とミナトさんが続いている。

 

「変な女医さんね」

「ハハハ。そうですね」

「私、初めて医務室に来たから驚いたわ」

 

うん。最初は俺も驚いた。

何もしてない時は普通に癒し系の美人女医なのに。

どうしてあんな妖艶な危ない人になっちゃうんだろう。

 

「これから私も医務室にいると思うから、いつでもいらっしゃい。貴方はお話相手として楽しそうだもの」

「俺はイネスさんみたいに博識じゃないですから。きっとご期待に沿えないと思いますよ」

「大丈夫よ。何だかんだ言って付いてきそうだもの」

「そうならいいんですけどね」

 

イネス女史は話のレベルが高そうだ。

お茶目な所もあるから、楽しくはなると思うけど。

 

「コウキ君。私の事を放っておき過ぎじゃないかしら?」

 

ジト眼で見詰めてくるミナトさん。

・・・そういえば、ずっと独房にいたし、出たら気絶だしで、ミナトさんと触れ合ってない。

 

「・・・すいません」

「謝られても困っちゃうんだけどなぁ」

 

こ、困るといわれても困る!

 

「じ、時間が出来たら必ず行きますから」

「・・・・・・」

「御願いですから、そう白い眼で見ないで下さい。俺にも色々と事情が」

「ふふふ。分かっているわよ。冗談、冗談」

 

冗談には見えないんだけど。

まだ眼が笑ってないし。

 

「私の前で見せ付けてくれるわね」

「・・・あ」

 

そうだよ。イネス女史もいたんだよ。

あぁ・・・。恥ずかしい。

 

「あら。初心なのね。これは弄くれって事かしら?」

「コウキ君を弄くれるのは私だけですよ」

「ウフフ。弄られっ子は誰もが弄っていいのよ。そういう星の下に生まれてきたの」

「いえ。私だけです。私こそがコウキ君をもっとも弄れる存在なんです」

 

あの、俺の前でそんな話はするもんじゃないと思います。

互いに意地を張っているようですが・・・俺の意思は無視ですか?

 

「と、とりあえずですね。弄らないという方向で話を進めれば―――」

「あ、それはなしね」

「ええ。駄目よ」

 

な、何故ですかぁ!?

 

「イネスさんの言葉を借りるみたいだけど、貴方は弄られる為に生まれてきたのよ」

「ええ。貴方程に弄って面白い人はいないと思うわ」

「お、俺としては弄りこそが我が生き甲斐と思っているのですが・・・」

「あら。どっちも対応なんて凄いわね」

「ニュートラル? ハイブリット? どちらにしろ、それもコウキ君の個性よ」

 

あぁ。駄目だ。

久しぶりに思ったよ。

年上の女性は敵に回しても絶対に勝てない。

というか、この二人が組んだら誰も勝てない気がする。

彼女達に弄られる人を不幸に思いますってか俺じゃん!?

俺って不幸・・・。

 

「何だかんだいって楽しんでいるんでしょ?」

「え、まぁ。楽しいですから」

 

実際はそう。弄られるのも悪くない。

楽しいし。むろん、弄るのも好きだけど。

 

「じゃあいいじゃない」

「自覚はあっても認めちゃいけないんです。認めたら負けですから」

「変な所で男の子なのよね、相変わらず」

「ま、意地っ張りという事でいいじゃない。余計弄りたくなってきたわ」

 

藪蛇? ミス? 余計な事を言った?

標的にされちまうの? 俺。

 

「元気出てきたわね」

「・・・え? もしかして、元気付けてくれたんですか?」

 

そうだよな。

ここ最近色々な事があり過ぎて落ち込んでいたからな。

久しぶりに楽しい気分を味わっている気がする。

 

「え? 違うわよ」

「え? 違うんですか?」

「ええ。私が楽しんでいただけ」

 

ええ。ええ。分かっていますよ。

まずは自分が楽しもうという事ですね、ミナトさん。

でも、それも違うって分かっています。

ミナトさんは優しいですから、なんだかんだで結局、俺の為を想ってくれたんですよね。

・・・そうであってください。

 

「お似合いじゃない。二人とも」

「え? 本当ですか?」

 

ミナトさんなら俺なんかよりもっと良い男をゲット出来そうだけど。

それでも、お似合いって言われるのは嬉しいな。

ミナトさんは本当に良い女ですから。

 

「ええ。弄り役と弄られ役。丁度いい配役よ」

 

・・・あ。そういう意味でしたか。

若干、落ち込む。

 

「ウフフ。本当に楽しい」

 

楽しまないで下さい、イネス女史。

そして、ミナトさん、貴方まで何をニヤニヤしているんですか。

 

「そうそう。コウキ君」

「あ、はい。何ですか?」

「無精ヒゲも中々似合うわよ」

 

無精ヒゲ?

あ。そうか。俺ってずっと独房だったから・・・。

 

「あぁ!」

「ど、どうしたのよ? 突然!」

 

よ、良く考えろよ。

ずっと独房にいたって事は風呂に入ってない。

という事は・・・。

 

「は、離れて下さい! ミナトさんも! イネスさんも!」

「ど、どういう事よ?」

「あぁ。お年頃だものね」

「え? イネスさん。それって・・・」

 

・・・はぁ。最悪。

 

「体臭を気にしているのよ。男の子だって気にするわ」

「あら。そうなの? コウキ君」

「あ、当たり前じゃないですか! ずっと風呂入ってないんですよ」

 

汗臭いのとか嫌われるじゃん。

誰だって好きな人に臭いなんて思われたくない。

 

「私は大丈夫よ」

 

ちょ、ちょっと!

言った傍から近付こうとしないでいただきたい!

 

「ミナトさん。自分がもし汗臭かったら誰にも近付かないでしょ?」

「ええ。でも、コウキ君は迎え入れてくれるでしょ?」

「え? そりゃあミナトさんですから、拒みませんよ。汗臭いぐらいじゃ」

「じゃあ、私もそういう事よ。気にしないわ」

「俺が気にします!」

 

受け入れてくれるっていうのは嬉しいけど。

それでも、やっぱりわざわざ臭いと思われるのはヤダ。

 

「初心ねぇ。人によっては汗臭いのが好きって人もいるのに」

「それは特殊な人です!」

「あら? いいじゃない。男の汗ってそそられるものよ」

「え? ミナトさんも特殊な人ですか?」

「あ。私は違うけど」

「じゃあ、駄目です!」

 

あぁ。風呂に入りたい。

でも、状況が許さないだろうな。

ま、駄目もとで。

 

「あの・・・風呂入ってもいいですか?」

「駄目よ。そんな余裕はないわ。今でも緊急事態は脱してないもの」

「コウキ君。一人だけお風呂に入っていたら怒られるわよ」

 

ですよねぇ~。

 

「じゃあ、これ使う?」

 

そう言って渡されるのは香水。

ないよりはあった方がいい。

 

「えぇっと」

 

腕にちょっとだけ吹きかけて、匂いを嗅ぐ。

 

「へぇ。甘い匂いですね」

「この匂いが好きなのよね。コウキ君は爽やか路線だから丁度いいんじゃない?」

「じゃあ、お借りしますね」

 

目立たない程度に吹きかける。

腕やって、耳の後ろやって、最後にちょっと服にかけて、おし、完璧。

 

「こうやって貴方色に染めるのね」

「香水を恋人にプレゼントする気持ちが分かりました」

「あら。惚気てくれちゃって」

 

へぇ。香水をプレゼントか。

今度考えてみようかな。

 

「でも、あれね、臭いのを香水で誤魔化すっていうのは歴史を感じるわね」

「え? どういう意味ですか?」

「あぁ。あれですよね。平安時代とか、某革命の国とか」

「あら。知っているの?」

「ええ。それなりに」

 

服装の手間からお風呂に入らないで、匂いを香水で誤魔化していたりとか。

肉食で体臭が気になるから香水産業が発達していたりとか。

確かにそう言われてみれば、歴史を感じるかもしれない。

 

「私だけ置いてけぼりじゃない」

「ほら。やっぱり何だかんだいって付いて来る」

「偶然ですよ。偶然知っていただけです」

 

うん。偶然だよ。

イネス女史には通常状態では絶対に敵わない。

遺跡にアクセスすれば別だけど。

 

「ウフフ。興味が湧いてきたわ、貴方に」

 

やばい。チェックされた。

 

「イネスさん、駄目ですよ」

「大丈夫よ。そういう意味じゃないから」

 

そ、それはそれで悲しいような・・・。

イネスさんも美人だしな。変わっている、うん、凄く変わっているけど。

 

「コウキ君もデレッとしないの」

「し、していません」

「あら? 私って魅力ないかしら?」

「あ、いえ、そんな事ないですよ。魅力的です」

「ウフッ。ありがと」

「コウキ君! 恋人の前で口説くなんて何を考えているの!?」

「す、すいません!」

 

ぐわぁ!

どうすればいいんだぁ!?

 

「っと。着いたわね」

 

あ。いつの間に。

 

「時間が忘れられたでしょう?」

「え、あ、まぁ。楽しめました」

「そう。それが弄られ役の利点よ。何もしなくても楽しめられる」

「・・・さいですか」

 

・・・嬉しくないですよ、その利点。

俺は弄って笑いを取るタイプなのに。

 

「いるのよね。弄られキャラなのに弄りキャラだって勘違いしている子って」

 

あ。俺の事ですか。

 

「い、行きましょう!」

「誤魔化しちゃって」

「さぁ、私の説明の時間ね」

 

説明大好きですよね、イネス女史。

 

「あ。マエヤマさん」

 

ブリッジに入った途端向けられる視線。

・・・皆して俺の方を見なくてもいいのに。

 

「あの・・・大丈夫なんですか?」

 

心配そうに訊いてくるユリカ嬢。

何か、落ち込んでいる?

 

「大丈夫ですけど、どうかしました?」

「えぇっと、私のせいでマエヤマさんに辛い思いを」

 

あ。艦長命令だったんだ。

 

「えぇっとですね、謝ってもらっても、覚えてないので」

「え? 覚えてない?」

「心的外傷を抱える人にとっては珍しい事じゃないわよ。トラウマから心を護る為にね」

「そ、そうですか」

 

えぇっと、とりあえず、俺の席に戻るか。

 

「あ。マエヤマさんはあちらの席に座ってください」

「あちら?」

 

あれって、今は亡きキノコ副提督の席じゃないですか?

フクベ提督の隣の。

 

「えぇっと、何でですか?」

「え、あ、いやぁ。ここならすぐに相談できるかなって」

「え~と、なら、いいですけど」

 

何かしらの理由があるんだろう。

艦長命令みたいなもんだし、素直に座るか。

 

「じゃあ、ミナトさん、俺はあっちみたいなので」

「ええ。分かったわ」

「それなら、私はコウキ君に付いていこうかしら。情報交換したいし」

「イネスさん。くれぐれも」

「ウフフ。貴方こそ可愛らしいわね。嫉妬だなんて」

「そ、そんな事ありません」

「ま、いいわ。心配しないで。ただのお話相手よ、お話相手」

 

えっと、嫉妬してもらっているんだ。

何だか嬉しいな。

 

「貴方も単純ね」

「・・・えぇっと、顔に出ています」

「頬を緩めてれば分かるわ」

 

そんな呆れた眼で見ないで下さい。

嬉しいんだから仕方ないです。

 

「それじゃあ、マエヤマさんは元気という訳ですか?」

「そうですね。トラウマって突然言われてもよく分からないですし」

「そ、そうですか。安心しました」

「ご心配をおかけしました。皆さんも本当にすいません」

 

ユリカ嬢だけではあく、全ブリッジクルー、パイロット組にも頭を下げる。

何だか、最近は迷惑をかけてばかりだ。それに、謝ってばかりだと思う。

 

「おうおう。今回は素直に助かったからな。褒める事はあっても責める事はねぇよ」

「助かったよぉ。コウキ。結構あの状況は辛かったからね」

「そう? でも、俺何も覚えてないから」

「ま、それでもさ。ありがとうはありがとうだよ」

「蟻が十・・・なんでもないわ」

「あ、はぁ・・・」

「おう。コウキ。元気そうで何よりだ」

「ああ。ガイ。相変わらず熱いな」

「ハッハッハ。まぁな」

「別に褒めてないけど」

「マエヤマ。平気か?」

「今の所は大丈夫です。トラウマと言われても何があったか覚えてないので」

「そうか。しばらくはコンソールに触れずに艦長の相談役になってやれ」

「はぁ・・・。テンカワさんがそう言うのなら」

「頼むぞ」

 

パイロット組は相変わらず元気だなと何故か感心してしまう。

結構、今の状況って厳しいんじゃないの?

 

「体調はどうだ? マエヤマ」

「元気そのものですよ。異常は感じません」

「そうか。それは良かった」

「ところで、俺の謹慎期間はどうなりました? しばらくしたらまた独房ですか?」

「いやはや。マエヤマさんにはご迷惑をおかけしましたからな。先程の件で放免と致します」

「そうですか。助かりました。独房は辛いので」

「そうですな。私も二度と入りたくありません」

 

あ、貴方は何をしたんですか?

 

「マエヤマ。元気そうで良かったよ」

「えぇっと・・・」

「ジュンだよ! アオイ・ジュン! 副長の! 一緒にブリッジ当番した仲だろ!?」

「えっと、知っていますよ」

「・・・え?」

「何て答えようか迷っていただけです」

「そ、そんな、僕の勘違いというのか!?」

「副長。影が薄いって自覚あったんですね」

「クソォーーー!」

 

クックック。オモシロ。

 

「なるほど。貴方の弄りスキルも中々ね」

「ナデシコは面白い人ばかりですね。俺の弄り心をくすぐるんです」

「私もコウキ君を見ていると弄り心がくすぐられるわ」

「イネスさん。勘弁してください」

「ウフフ。冗談よ」

 

絶対に冗談じゃねぇ。

 

「マエヤマさん。大丈夫ですか?」

「あ。メグミさん。心配かけてごめんね」

「いえ。大丈夫ですよ。あの・・・」

「ん? 何?」

「ミナトさんに気を付けてください。では」

 

一方的に言って去っていくメグミさん。

気を付けろって何をさ?

 

「・・・コウキ」

「・・・コウキさん」

「あ。ルリちゃんにラピスちゃん。ごめんね。大事な時に」

「いえ。私が情けないからコウキさんに辛い思いを」

「・・・ごめん、コウキ」

「えっと、何があったかは覚えてないけど、これだけは言える。二人は全然悪くない。悪いのは俺」

「・・・でも・・・」

「二人は頑張っているよ。俺がいなくてもいいぐらい」

「コウキさんは必要な方です。ブリッジクルーの中でも欠かす事のできない重要な方です」

「・・・コウキ。いなくてもいいなんて言っちゃ駄目。悲しくなる」

「うん。そうだね。ありがとう。ルリちゃん、ラピスちゃん」

「はい」

「・・・うん」

 

本当に和解できて良かったと思う。

こうやって可愛らしい笑顔を見られただけで満足してしまう自分がいるのは何故だろう?

・・・うん。やっぱり女の子には勝てないね。

 

「・・・コウキさん」

「・・・セレスちゃん。心配かけ―――」

「・・・コウキさん!」

 

・・・抱き付かれた。

席に座っている俺を脇から。

 

「・・・ずっと、ずっと心配でした。コウキさんがいなくなっちゃうんじゃないかって」

「・・・セレスちゃん」

「・・・やっとコウキさんの姿を見られたと思ったら今度はあんな事になっちゃって。どうしたらいいか分からなくて」

 

必死に言葉を紡いでくれるセレス嬢。

頬を涙で濡らして、身体を震わせながら必死に・・・。

俺はこんなに小さな子にも心配かけていたんだな。

俺って、馬鹿野郎だよ、本当に。

 

「ありがとう、セレスちゃん」

「・・・え?」

 

抱きついてくるセレス嬢を抱き上げて、膝に座らせる。

正面に見えるセレス嬢の顔は涙で濡れながらも驚いた顔で、場違いながらも微笑ましさを誘った。

 

「心配してくれてありがとう。ごめんね、心配かけて」

「・・・いえ。無事に帰ってきてくれました。それだけで充分です」

「そっか。本当にありがとう」

 

涙を拭こうと目元を手でこするセレス嬢。

俺は頭に手を置いて、ゆっくり頭を撫でつつ、目元から涙を払う。

 

「・・・あの」

「嫌かな?」

「・・・いえ。気持ち良いです」

 

そう言って恥ずかしそうに笑うセレス嬢。

それが本当に可愛らしくてゴシゴシと強めに頭を撫でてしまう。

 

「・・・痛いです」

 

上目遣いで睨んでくるセレス嬢。

怒っても可愛らしさしか感じられないから不思議だ。

 

「ごめん。ごめん」

 

ちょっと失敗したな。

優しく。優しくっと。

 

「・・・あ。気持ちいいです」

「それは良かった」

「・・・え?」

 

セレスちゃんをもう一度抱きかかえて、セレスちゃんの向きを変える。

小さな背中を胸で支えるような形だ。

 

「・・・安心します。それに、とっても暖かいです」

「そっか。じゃあ、いつでもおいで。またしてあげるから」

「・・・はい。じゃあ、あの、その・・・今から御願いできますか?」

「うん。いいよ」

 

可愛らしくて、微笑ましくて。

俺の気持ちも癒された。

 

「・・・女誑しね」

「イネスさん、失礼ですね。誰だってこの可愛らしさには勝てません」

「その言葉は否定しないけど、貴方は女誑し決定よ」

 

何故女誑しなんだか。

あぁ。昔を思い出すなぁ。

こうやって従妹を膝に乗せていた気がする。

 

「凄く癒されているね、コウキ」

「でも、微笑ましいじゃない」

「そうだね。うん。良い絵だよ」

「いい事じゃねぇか。どっちも嬉しそうなんだしよ」

「セレス、良かったな。お前の恩人は優しい奴だぞ」

「良かったですね、セレス」

「・・・セレス、嬉しそう」

「羨ましいぃ~。私もアキトにああされたい」

「サ、サイズ的に無理だよ。ユリカ」

「あぁ! ジュン君! それは太ったって言いたいの?」

「ち、違うよ。そうじゃなくて」

「えぇ~ん。そんな事ないのにぃ~。ジュン君なんて大っ嫌い!」

「ユ、ユリカァ~。ごめんよぉ」

「なるほど。あれがマエヤマさんの言う温もりという奴ですか。確かに癒されますな。いやはや。勉強になります」

「・・・む」

「・・・良かったわね。コウキ君、セレスちゃん」

「ガイさん! 私達も!」

「おう! メグミ!」

 

ガツンッ!

 

「イテッ!」

「てめぇはこんな状況で何しようとしてんだよ!?」

「な、何故だ!? 何故、コウキが許されて俺達は許されない」

「当たり前だろうが!」

 

ガツンッ!

 

「グハッ!」

「てめぇらとあいつらじゃ全然違ぇんだよ!」

「り、理不尽だぁ!」

「うっせぇ!」

 

ガツンッ!

 

「さ、三連続は辛いっすぅ」

 

ご愁傷様、ガイ。

 

「マエヤマと言ったな」

 

ブリッジの至る所で起こるドタバタな雰囲気を楽しんでいると、横から提督に話しかけられた。

そういえば、提督ときちんと話すのは初めてかな。

 

「はい。提督」

 

膝の上にセレスちゃんがいるけど、このままでいいのかな。

ま、まぁ、大丈夫だろう。

 

「君は火星育ちだと聞いた」

「ええ。地球で生まれましたが、親の都合で火星へやってきました」

 

経歴の設定ではだけど。

 

「それならば、さぞワシを恨んでいるじゃろうな」

「フクベ提督を?」

「ワシはユートピアコロニーを滅ぼし、火星を見捨てて逃げた」

 

フクベ提督の自責の念。

きっとフクベ提督もテンカワさんと同じように何度も悪夢を見たんだろうな。

罪を背負いたいと思って地球に帰れば、初めてチューリップを落とした英雄として祀り上げられて。

罪人であるのに英雄扱いされる。それが、どれだけ心を傷つけたから分からない。

もしかしたら、フクベ提督は断罪されに火星にやってきたのかもな。

 

「護るべき火星の民を見捨てて逃げたんじゃ。軽蔑するじゃろ?」

 

俺は何て答えればいいんだろう。

火星にいた訳でもない。火星に思い入れがある訳でもない。

何て答えるべきなのか、俺には分かる訳がなかった。

 

「フクベ提督」

「・・・何じゃ?」

「俺は火星大戦の時には地球にいました。実際に被害にあった訳ではない俺には何も言えません」

「・・・そうか。じゃが、火星には友人もいたのじゃろ? それに、両親の墓や思い入れがある場所もあった筈じゃ」

 

友達もいなければ、両親の墓もありませんよ。

 

「え? マエヤマさんって両親いないんですか?」

「ユ、ユリカ! 話の邪魔をしちゃ駄目だよ」

「で、でも・・・」

 

ユリカ嬢、相変わらず気楽ですね。

でも、今回は助かりました。

 

「俺は貴方の事をどうも思っていません。ナデシコを見てれば大戦当時では対処のしようがなかった事は分かりますから」

「・・・そうか」

「それと、謝りたいのなら、俺なんかではなく、実際に火星で苦しんだ方々に謝ってください」

 

原作では救出に失敗した火星の民が実際にいるんだ。

自分の思いを伝えたいのなら、彼らにすべきだと思う。

 

「フレサンジュ博士はワシを恨んでいるか?」

「もちろんよ。断じて許せない」

「・・・そうか」

 

・・・容赦ないですね、イネス女史。

 

「私はナデシコを設計した。だから、DFやGBの事については熟知している。でも、それとこれは関係ない」

 

戦力差と見捨てて逃げた事に関係はないという事だろう。

 

「軍が火星を見捨ててからの一年間。多くの者が死んでいったわ。それを私は間近で見ているの」

 

死を眼の前で実感する。

なんて辛い事だろう。なんて悲しい事だろう。

 

「そのファクターである貴方を私は絶対に許さない」

「・・・そうか」

 

全ての要因が軍にある訳ではない。

無論、一番悪いのは木連なのだ。

だが、その存在が知られない以上、全ての矛先が軍に向かうのも仕方がない事だと思う。

その中でも司令だったフクベ提督は尚更。

 

「と、言えば、満足してもらえるのかしら?」

「・・・え?」

 

先程までの睨んだような視線は緩まり、いつものイネス女史に戻った。

え? 何だったんだ? 今の。

 

「私は人とはここが違うの」

 

そう言って自分の胸を指差すイネス女史。

 

「あ。胸って意味じゃないわよ。心って意味」

「何で俺に向かって言うんですか?」

「面白そうだから」

 

いちいち俺で遊ばないで下さい。

 

「・・・私の胸は違いませんか?」

「セ、セレスちゃん。気にしないでいいから」

「・・・あ、はい」

 

ほら。セレスちゃんまで反応しちゃう。

イネス女史、自重してください。

 

「イネスさん。教育に悪いですから」

「あら? 別に私は悪くないじゃない」

「・・・分かりましたから、続きをどうぞ」

「じゃあ、そうさせてもらうわね」

 

勘弁してください。疲れますから。

あぁ。セレス嬢に癒される。

 

「自分の周りで誰が死のうと何とも思わないわ。何か分からないけど、いつも心がすっぽりと空いているのよ。何があっても埋まらない」

 

幼少時の記憶を失った事による弊害。

イネス女史は過去を探している。

見つけるまで心が満たされる事はない。

 

「だから、何があっても何とも思わない。おかしいでしょう? でも、それが私の平常」

 

そう告げるイネス女史はどこか寂しそうに見える。

原作ではアキト青年がイネス女史の心を満たしてあげていた。

それなら、今回はどうなんだろう?

また、テンカワさんがイネス女史の心を満たしてあげるのだろうか?

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

テンカワさんに視線を向ける。

テンカワさんは苦々しい顔をしてイネス女史を見ていた。

今、テンカワさんは何を考え、何を思いあのような顔をしているんだろうか。

 

「それならば、何故、先程のような事を?」

「そう言って欲しかったのではないですか? 貴方は」

「ッ!?」

 

イネス女史の鋭い一言にフクベ提督が息を呑む。

 

「そうやって、火星の人間から罵声を浴びる事で自己満足しているのでしょう? 勝手に断罪された気になっているのでしょう?」

「・・・・・・」

「私は貴方に恨み言を言う為に生きているんじゃないの。正直言って、貴方なんてどうでもいいわ。ましてや、貴方の自己満足に付き合うなんて論外ね」

「・・・ああ。そうじゃ。ワシは断罪されたい。罵声を浴び、罪の意識を和らげたいだけじゃ」

 

疲れた老人。

今のフクベ提督を見て、誰もがそう思うだろう。

それ程に彼の顔は苦悩に満ちていた。

 

「それを私に言ってどうして欲しいの? 今度は慰めて欲しいの? 貴方は悪くないですよって」

「フレサンジュ博士。言い過ぎですぞ!」

「プロスさん。私には彼にそう言えるだけの権利があるの。黙っていて頂けるかしら」

「・・・そ、それは・・・分かりました」

「勝手にやっていて欲しいわ。私達は今を生きるだけで精一杯だった。今更、貴方が何と言おうと貴方に対する憎しみが失われる訳じゃない」

「・・・・・・」

「言いたかった事はそれだけよ。後は助けられた火星の人達に訊いてきなさい。彼らなら貴方の自己満足に付き合ってくれるかもしれないわよ」

 

それだけ言って興味なさそうに視線を逸らすイネス女史。

どうでもいいと言いつつ、イネス女史にフクベ提督を恨む気持ちがない訳ではない。

事実、イネス女史も苦しい一年間を味あわされたのだから。

 

「イネスさん」

「あら? 弄くって欲しいの?」

「違います」

 

この人は・・・。

心配しているってのに。

 

「大丈夫よ。心配しなくて」

「え?」

「顔に出ているわよ。だから、弄くられるの」

 

ハァ・・・と呆れた眼で見てくるイネス女史。

えぇっと、俺にどうしろと?

 

「機影反応。・・・これは、地球連合軍所属クロッカスです」

 

何ともいえない空気の中、突然のルリ嬢からの報告。

その声に気付いて、誰もが迅速な対応を取る。

・・・ようやく火星脱出の時がやってくるんだな。

地球人にとって初めての戦艦でのボソンジャンプでの。

 

 

 

 

 



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火星脱出

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

・・・コウキ君の記憶が失われている。

それが切なくもあり、嬉しかった。

トラウマを抉るという行為。

とても許される事じゃない。

目的の為なら手段を選ばない酷い女だ。

きっと、記憶があればコウキ君もそう思ったに違いない。

コウキ君に嫌われる。

それが堪らなく怖かった。

だから、コウキ君が何も覚えていないという事に心から安堵した。

少なくとも、嫌われる事はないのだから。

・・・同時に愛する人が記憶を失うという事を喜ぶ自分に失望した。

なんて自分勝手な考え方なんだろうと思った。

コウキ君の思いを勝手に決め付けて、トラウマを抉って傷付けて、挙句の果てにその行為をなかった事にしようとしている。

なんて罪深い人間だろう。

それを隠す為にわざと明るく振舞ったりして。

・・・私は本当に嫌な女だ。

 

「ミナトさん。マエヤマさんにきちんと話したんですか?」

 

コウキ君があの時の記憶を失っている。

それを聞いたメグミちゃんが私にそう訊いてくる。

 

「・・・話してないわ」

 

メグミちゃんに私の気持ちが分かる訳ない!

私だって苦しんで、悩んで、それで出した答えなのに!

・・・そう言いたかった。

でも、コウキ君を傷つけた事は事実だから。

そんな事、言っても仕方なかった。

 

「きちんと話すべきだと思います。本当に愛しているのならですけど」

 

愛している。

愛しているからこその苦渋の選択だった。

でも、コウキ君に嫌われたくないから。

本当の事を話す勇気は持てなかった。

愛しているからやった事なのよ、なんてとてもじゃないけど言えない。

 

「マエヤマさんを傷付けて。私にはミナトさんの行動が理解できません」

 

・・・理解できなくても構わない。

私が勝手にやった事だから。

でも、コウキ君には理解して欲しいと思った。

理解して、許して欲しい。

トラウマを抉った事を許して欲しいと心から思った。

 

「・・・あ」

 

気付けば、メグミちゃんがコウキ君の所へ行っていた。

小声で何か言っている。

もしかして、あの事を話しているのだろうか。

・・・不安で仕方なかった。

 

「・・・・・・」

 

メグミちゃんが戻ってくる。

私に視線を送る事なく、席へと座り、こちらを見る気はまるでなさそうだった。

 

「・・・コウキ君」

 

不安になってコウキ君を見詰める。

コウキ君はルリちゃんとラピスちゃんと話していて、こちらを見ていない。

・・・それが余計に不安にさせた。

睨むように見てきているのなら、私に怒りという感情を浮かべているという事。

白い眼で見てきているのなら、私に呆れという感情を浮かべている事。

笑顔で見てきているのなら、私に怒っていないという事を伝えてきている。

怒られてもいい、呆れられてもいい。

それはまだ私に興味があり、私という存在を認めている証拠だから。

でも、私を見ていないという事はどういう事か分からない。

もしかしたら、メグミちゃんがあの事を話してなくて、単純に知らないから私を見ていないのかもしれない。

でも、あそこまで怒っているメグミちゃんがコウキ君に告げないなんて事があるのだろうか?

もし、告げていて、私に視線の一つも送ってくれないのなら・・・。

それは・・・興味を失ったという事。存在を否定しているという事。

もし、そうだったのなら、なんて怖く、悲しい事だろう。

それなら、いっそ嫌って欲しい。嫌ってでもいいから、私という存在を認めていて欲しい。

興味を失われるというのは嫌われるよりずっと辛い。

コウキ君が今、私にどんな感情を浮かべているのか。

それが知りたくて堪らなかった。

怖くて、でも、安心したくて、心のざわめきを抑えて、コウキ君の方へ一歩踏み出す。

でも・・・。

 

「・・・あ」

 

コウキ君がセレスちゃんを抱き上げていた。

抱き上げて、膝に座らせて、頭を撫でていた。

・・・そこは私の居場所なのに・・・。

セレスちゃんに嫉妬する気持ちより、己の居場所の喪失感が胸に溢れた。

あぁ。もうあそこは私の居場所じゃない。

それが何よりも悲しくて・・・。

気付けば自分の席に戻っていた。

 

「・・・良かったわね。コウキ君、セレスちゃん」

 

良かったわね。セレスちゃん。

居心地の良い居場所を手に入れられて。

良かったわね。コウキ君。

癒してくれる大切な子が傍にいてくれて。

・・・私は失ってばかりよ。

 

「・・・痛い」

 

胸が痛い。心が痛い。

今まで経験した事のないぐらいの痛みが胸を襲う。

・・・泣きたい。全力で泣いて、コウキ君に慰めて欲しい。

何があったんですかって聞いて欲しい。

そうすれば、全てを打ち明かして、許しを請えた。

でも、幸せそうにしているセレスちゃんを見ると、そんな事は出来ない。

嫌われるのを恐れ、何にも出来ない私。

なんて臆病なんだろう。

・・・視界が潤んで仕方なかった。

・・・それを必死に隠す私が堪らなく惨めだった。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「何故、クロッカスがここ?」

 

クロッカス。イネス女史の説得に説得力を与える証拠となるもの。

さて、どうボソンジャンプまで話を持っていこうか。

 

「・・・照合終了。あれは間違いなく私達の眼の前でチューリップに吸い込まれたクロッカスです」

「え? だって、そんな事って・・・」

 

普通は信じられない。瞬間移動なんてSFの世界だからな。

ま、この世界もSFの世界なんだけどさ。

 

「私達が火星までやってくるまでの掛かった時間。それより短い時間でクロッカスは火星に来た事になります」

「あの氷付き具合から言うと少なくとも一日二日じゃないわね」

 

ルリ嬢が上手く誘導している。このままイネスさんからボソンジャンプという言葉が出れば・・・。

 

「恐らく瞬間移動という奴だな」

「アッハッハ。アキト。こんな時にくだらない事を言ってんじゃねぇよ」

「ほぉ。ガイ。お前は不可能というものを信じるのか?」

「ナニィ!?」

「不可能を可能にするのがヒーローではなかったのか?」

「おぉ! 俺はヒーローの心を忘れていた! すまない! アキト」

 

あのさ、ガイを説得したからって何にもなんないですよ、テンカワさん。

まぁ、からかいたくなる気持ちは分かりますが。

 

「そう。クロッカスは瞬間移動したのよ。チューリップを通って」

「瞬間移動だなんて、まさかぁ・・・」

「チューリップで移動するとボース粒子の増減が見られる」

「えぇっと?」

「そこで私はこの瞬間移動をボソンジャンプと命名したわ」

「あの・・・イネスさん」

 

また自分の世界に入っちゃった。

誘導ミスか? まぁ、ボソンジャンプという言葉を導けたからいいか。

後は、こちらで上手く・・・。

 

「イネスさん」

「ん? あら? 何かしら?」

「ボソンジャンプという瞬間移動ですが、イネスさんはチューリップが媒介であると?」

「ええ。チューリップを通ると別のチューリップに移動すると考えているわ」

「それならば、あのチューリップを通れば別のチューリップに出られる訳ですね」

「まぁ、結論からするとそうなるわね」

「それだと、気になる事があるんです」

「あら? 何かしら?」

「俺達の眼の前でチューリップに吸い込まれたのはクロッカスとパンジー、二つの戦艦です。それが、何故、一つしかないのですか?」

「・・・そうね。考えられる事は必ずしも同じチューリップに繋がっている訳ではないという事ね」

「1、2、3という三つのチューリップがあって、1から必ず2に行くとは限らないという事ですね。3に行く可能性もあると」

「ええ。少なくともそちらの方が可能性が高いわ。どうしてそんな事を気にするの?」

「クロッカスとパンジーを飛ばしたチューリップはナデシコが破壊してしまいましたからね。同じだったら、困るじゃないですか」

「そうね。片方が破壊されたら飛べなくなるなんて事はない筈。恐らくそういう事でしょう」

「それなら、チューリップを脱出方法として使える可能性もある訳ですね」

「可能性としてはね」

 

これで周りにボソンジャンプとチューリップの関係性を覚えさせた。

チューリップによる脱出方法があるという事も。

 

「でも、どこに出るかは分からないのよ。もし、あのチューリップが敵の本拠地にあるチューリップに繋がっていたらどうするのよ?」

「それはまた後で考えてみましょう。万が一にはその脱出方法があるという事だけ分かればいいです」

「ま、本当に最終手段ね。分の悪い賭けは嫌いじゃないけど、死にたくないもの」

「もちろんです」

 

死ぬ為にチューリップに行くのではない。

生きる為にチューリップに行くのだ。

 

「それでは、万が一に備えて、クロッカスを操作できるようにしておきませんか?」

「へぇ。クロッカスを何に使うの?」

 

何ですか? そのニヤニヤした笑みは。

 

「もし、俺達がチューリップを通るという選択をした時、俺達は無防備になります。そこでクロッカスを囮に使えれば危険を逸らせるのではないかと」

「クロッカスをねぇ。でも、どうやって操作するの?」

「ワシが残ろ―――」

「その必要はありません、提督」

 

残ろうだなんて言わせないっての。

わざわざ犠牲を出すのは目覚めが悪いですからね。

 

「ナデシコ程に高性能なコンピュータを搭載している訳ではないでしょうが、クロッカスとてコンピュータで制御している筈。違いますか? 提督」

「・・・ああ。その通りじゃ」

「それならば、俺達オペレータ組の出番ですよ。複雑な事は出来ませんが、ナデシコの後を追って、壁にする事ぐらいは出来ます。ね? ルリちゃん」

「ッ! ・・・ええ。可能です」

 

俺の意図に気付いて笑みを浮かべるルリちゃん。

こうやって前もって行っておけば、そういうソフトを組んでおいても怪しまれない。

いきなりクロッカスを動かしたら変に思われるからね。

 

「イネスさん、お聞きしたいんですが、俺達が瞬間移動できない可能性とかはありますか?」

「ボソンジャンプよ。ちゃんと覚えなさい。そうね。絶対に出来るという保証はないわ」

「何故ですか?」

「そういうものには何かしらのキーとなるものが必要だと思うからよ。木星蜥蜴の持ち物であるチューリップ。それなら、木星蜥蜴のみが使えるのかもしれない」

「地球になくて木星蜥蜴にあるものですか・・・」

「それはディストーションフィールドではないでしょうか?」

 

お。ルリ嬢。素晴らしい介入の仕方だぞ。

 

「ディストーションフィールド。時空歪曲場の事ね」

「火星降下前に戦った敵の艦隊はどの戦艦もDFを纏っていました。これは木星蜥蜴の戦艦がDFを標準装備としているからではないでしょうか?」

「それなら、確かに地球になくて木星蜥蜴にあるものね」

「え? だって、ナデシコは地球の」

「違ぇんだよ」

「え?」

 

メグミさんの疑問にまさかのスバル嬢が答えた。

確かにパイロット組はナデシコの始まりを知っているからなぁ。

でも、スバル嬢とは思わなかった。

 

「ナデシコは木星蜥蜴の戦艦を基に作ってんだ。だから、地球唯一のDFを纏える戦艦なんだよ」

「その通りよ。ナデシコは私が設計した戦艦。そして、その基としたのは木星蜥蜴の戦艦。DFやGBは元々木星蜥蜴の技術なのよ」

 

実際は遺跡の技術なんだけどね。

 

「それじゃあ、私達もボソンジャンプでしたっけ? それが出来るって事ですか?」

「可能性としてはね、艦長」

 

ユリカ嬢。ボソンジャンプだけが俺達の取れる脱出方法ですよ。

 

「なぁ、言っている事、理解できたか?」

「全然だよぉ。いやぁ、コウキって見かけによらず頭良いよね」

「・・・私達は戦う事しか出来ない生き物なのよ」

「最近、ギャグモードのイズミ出てこないよね」

「忙しいんだろう?」

「いや。意味わかんないから」

 

えぇっと、周りはあんまり内容を理解してないみたいだ。

ま、まぁ、後でなぜなにナデシコが始まるだろう。イネス女史は説明大好きだし。

それで理解してもらえればいいや。

ホワイトボードは・・・自分で用意するでしょ。

 

「どちらにしろ、クロッカスを調べてみるべきでしょう。我々の知りえない情報を得られるかもしれません」

 

 

結局、プロスさんのこの一言でクロッカスの調査に向かう事となった。

調査員はイネスさん、テンカワさん、そして、俺。

何故、俺なのは分からないが、イネスさんの要望らしい。

テンカワさんにはエステバリスを操縦してもらう為だ。

俺でも良いと思うんだけど、艦長を始めとした多くの人間から拒否された。

まぁ、心配されているんだろうという事で納得した。

ちなみに、俺はルリ嬢から組み込まれたソフトが保存されてメモリーを渡されてある。

流石はルリ嬢。まったく不備がない。俺より凄いかもしれないな、やっぱり。

 

「さて、コウキ君、アキト君、聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」

「何ですか?」

 

イネス女史が聞きたい事?

何だろう?

 

「貴方達は一体何を知っているのかしら?」

「・・・え?」

 

鋭い目付きで見てくるイネス女史。

俺は良く分からなかったが、テンカワさんの目付きも鋭くなる。

分かってないのは俺だけだ。

 

「どういう意味だろうか?」

「そのままよ。私が気付かないとでも思っているの?」

 

気付かない?

 

「貴方達はチューリップを使ってナデシコを火星から脱出させるつもり。そうなるよう私にボソンジャンプを説明させた。違う?」

 

・・・言葉が出なかった。

うまく誘導してやろうなんて思っていた自分がなんて馬鹿なんだと思い知った。

イネス女史はこちらの意図を理解した上でこちらに乗ってきたのだ。

その真意を確かめる為に俺をこの調査団の一員にして。

 

「・・・何故、俺に訊く?」

「貴方はコウキ君やホシノ・ルリが私に問いかけている時、当たり前のような顔をしていたわ。周りは話に付いて来られずに困惑気味だったのに」

「・・・表情に出ていないだけかもしれんぞ?」

「まさか。無表情だからこそちょっとした違いに気付きやすいのよ。残念だけど、誤魔化されないわ」

「・・・・・・」

 

・・・完全敗北だな。

イネス女史を利用しようなんて事が間違っていた。

 

「イネスさん」

「あら? コウキ君。白状する気になった?」

「その前に聞かせてください。俺達が知っている事を知ってどうしたいんですか?」

 

イネス女史の目的。

それを知らずに情報を明かすのは危険過ぎる。

 

「別になんともしないわ」

「・・・え?」

「私は知的好奇心を満たしたいだけ。人の考えに意を唱えるつもりもなければ、賛同するつもりもないもの」

 

あまりにもイネス女史らしい言葉に拍子抜けした。

はぁ・・・と思わず溜息が吐いてしまったのも仕方ないだろう。

 

「・・・テンカワさん」

「ああ。そうだな。知的好奇心を満たしてやるぐらいの情報は渡すべきだ。何より火星からの脱出はイネスさんの力を借りないと出来ない」

 

正論だった。

ナデシコの設計者であり、科学者としての優秀さを持つイネス女史だからこそ言葉に説得力が付く。

俺達が何を言おうと推測でしかないと切り捨てられるだろう。

 

「何をコソコソと話しているのよ。質問に答えなさい」

「えぇっと、それなりに誤魔化せばいいですか?」

「ああ。俺は残念ながら誤魔化しは得意ではないのでな。お前に任せよう」

「分かりました。あの・・・テンカワさんの両親の話を出しても構いませんか?」

「仕方あるまい。それに俺にとっては過去の話だ」

「ありがとうございます」

 

テンカワさんとの内緒の相談を終え、イネス女史の方へ振り返る。

イネス女史はそれを見て、ニヤッと笑った。

 

「イネスさん。貴方はテンカワ博士をご存知ですか?」

「もちろんよ。ボソンジャンプの第一人者。確かクーデターか何かに巻き込まれてお亡くなりになられたのよね」

「ええ。テンカワという苗字で気付くでしょう?」

「アキト君はテンカワ博士の息子さんって事?」

「その通りです。テンカワさんは両親からボソンジャンプの事が書かれたファイルを預けられたそうです」

「へぇ。それで?」

「今まで厳重なロックが掛かっていましてね。ナデシコに搭乗してから、俺やルリちゃんで協力してロックを解除したんですよ」

「そうしたら、ボソンジャンプについて書かれていたと」

「ええ。クロッカスがここに現れた時、冗談だと思っていたボソンジャンプに現実味が増してきましてね。脱出するにはこれしかないと」

「へぇ。穴ありまくりだけど、信じてあげるわ。それで?」

 

・・・言葉に棘がありますね。

むしろ、それで信じると言えるのがおかしいと思います。

 

「ナデシコの設計者であるイネスさんならもしかしたらボソンジャンプに携わっていたかと思いまして」

「あら? どうして、そういう繋がりが出てくるの?」

「ナデシコは木星蜥蜴の戦艦からのフィードバックじゃないんでしょ?」

「どういう意味?」

「正しくは極冠遺跡からのフィードバック。貴方程に聡明ならば気付いている筈です。木星蜥蜴の連中も遺跡の知識を活用しているに過ぎないと」

「・・・そこまで貴方達は分かっているのね。正直、驚いたわ」

「ありがとうございます。そして、彼らがボソンジャンプを利用できると確信した貴方がナデシコを設計する時にボソンジャンプを調べない訳がないと思いました」

「へぇ。やはり貴方は興味深いわ。私の心理を読もうとするなんて」

「ま、まぁ、俺の事は良いんですよ。イネスさんだってとっくに気付いていたでしょう? DFが鍵だって」

 

ま、本当は遺跡にアクセスできる人間がいないと駄目なんだけど。

まさかイネスさんも自分がその鍵の一人だとは思いもしないだろうな。

 

「当たり前じゃない。私はそこまで馬鹿じゃないわ。DFを高出力できちんと安定させる事が出来れば、理論上は可能よ」

「それを聞いて安心しました。その上で、この危機的状況から脱出するにはどうすればいいか分かりますよね?」

「チューリップを利用したボソンジャンプでの脱出。でも、危険から脱出できるとは限らないわよ。より危険になる事もありえる」

「ですが、他に方法はありませんよ。じきに再度木星蜥蜴が襲撃してくるでしょう」

「ま、そうでしょうね」

 

呆れるように溜息を吐くイネス女史。

うん。どうにか話の矛先を逸らせたか?

 

「そう。とりあえず、納得してあげるわ。その代わり・・・」

「その代わり?」

 

な、何だ? 嫌な予感がするぞ。

 

「そのテンカワ博士が残したっていうファイルを私にも見せなさい」

「・・・・・・」

「あら? どうかしたの?」

 

・・・やばい。ミスった。まずい。

そんなファイル元々ないのに・・・。

やはりイネスさんの方が何枚も上手だ。

 

「ま、まぁ、気が向いたらですね。こちらの切り札ですから」

「ふふっ。ま、そういう事にしておきましょう」

 

あぁ。更に怪しまれた。

・・・テンカワさん。申し訳ない。

 

「どうにか誤魔化せたようだな?」

「どちらかというと追い込まれましたが・・・」

「ま、どうにか誤魔化せ」

「・・・もしかして、また俺の仕事ですか?」

「ああ。俺は専門外でな。俺の仕事は・・・」

 

バンッ!

 

「こういう荒事だ」

 

一瞬で懐から銃を取り出し、天井に張り付くバッタを破壊するテンカワさん。

ハハハ。俺ってば何にも気付かなかったし。

 

「助かりました。テンカワさん」

「なに。持ちつ持たれつだ。これぐらいの事は任せてもらおう」

「は、はぁ・・・」

 

出来ればこちらの方も少し手伝って欲しいんですけど。

 

「素晴らしい腕前ね」

「・・・鍛えましたから」

「あら? おかしいわね。貴方の経歴は見せてもらったけど、今の貴方とはかけ離れすぎているわよ」

「・・・昔は昔。今は今ですよ」

「ふ~ん。突如として頭角を現した凄腕パイロット。貴方は誰なんでしょうね?」

 

・・・鋭過ぎです、イネス女史。

まぁ、怪しまない方が変なんですけどね。

とてもじゃないけど、テンカワさんがこれだけのパイロットになるには経歴が不適格すぎる。

軍学校にいた訳でもないし、特別な役職にいた訳でもない。

たかがテストパイロットの人間がこうまで凄腕になれるのもおかしい。

そもそも何もしていなかった人間がいきなりテストパイロットになったのもおかしい。

矛盾しまくりの人間なのだ、テンカワさんは。

ナデシコが陽気な人間の集まりだから訝しい眼で見られないが、第三者としてみれば怪しい事この上ないだろう。

 

「・・・俺は俺だ。それ以外の何ものでもない」

「ま、いいでしょう。それで? ナデシコにレールカノンを付けたのは貴方達の要望?」

「え? レールカノンって元から・・・」

「違うわよ。私が設計した時点ではレールカノンなんて付いてなかったもの」

 

え? それじゃあ・・・。

 

「あら? アキト君なの?」

 

あ。俺の視線が答えになっちまったのか?

・・・しまった。すいません、テンカワさん。

 

「その他が設計からまるで変わってないのにレールカノンだけ後付されている。これは明らかに第三者からの要望で取り付けられたものよね」

 

どこまで鋭いんですか? イネス女史。

それぐらいなら気付かなくてもおかしくないのに。

 

「イネスさんの言う通りだ。俺がテストパイロット時代に責任者に要望した」

「へぇ。それはナデシコが前方にしか対応できない出来損ないの実験艦だったから?」

 

や、やっぱり実験艦だったのか!?

ど、道理で穴が目立つ訳だよ。

 

「現状ではナデシコ以上の戦艦はないがな。戦場では全方位から対応する必要がある。前方特化した戦艦では成す術がない」

「へぇ。それをただの一般人であった貴方が言うんだ」

「・・・気付いたから忠告した。ただそれだけだ」

「ふ~ん。そう」

 

ニヤニヤ笑顔が止まらないイネス女史。

この人絶対に虐めるのが大好きだよ。

あ。弄るのが大好きって自分で言っていたな。

 

「はぁ・・・」

「あら? 溜息なんて付いちゃ駄目よ。幸せが逃げるもの」

 

昔にもそう言われた気がするな。

 

「ミナトさんと同じ事を言うんですね」

「あら? そうだったの。そうそう、そういえば、彼女、泣いていたわよ」

「・・・え?」

 

・・・ミナトさんが泣いていた?

・・・どうして?

 

「後ろからだから正確には分からないけど。肩を震わせていたわ」

「・・・そ、そんな」

 

俺はそんな事にも気付いてあげられなかった。

こんなんじゃ恋人失格じゃないか!

 

「ま、戻ったらすぐに彼女の所に行ってあげるのね」

「え、ええ」

 

力が抜けて呆然としてしまった。

・・・早く戻りたいと思った。

 

「あら。着いたみたいよ。ここがクロッカスのブリッジね」

 

ブリッジの扉を開いて、それぞれが目的の場所へ移動する。

イネスさんはクロッカスのログデータを確認に。

テンカワさんは周囲を警戒する為にあちらこちらに。

そして、俺はクロッカスを制御するコンピュータの場所へ。

 

「へぇ。チューリップに飲み込まれてからすぐに今と同じ景色になった。やはり瞬間移動なのね」

 

正しくは時空間移動ですが。

 

「マエヤマ」

「ええ。既にクロッカスのソフトは書き換えました。襲撃後に戻ってきたら時間が足りませんから」

「ああ。そうだな。そろそろ―――」

 

ドンッ! ガタンッ!

 

「キャッ!」

 

クロッカスが揺れる。

木星蜥蜴の襲撃だろう。

それにしても、イネスさん。

意外と可愛い悲鳴ですね。

 

「テンカワさん!」

「ああ。ナデシコと連絡を取る」

 

クロッカスからナデシコのブリッジへと通信を送る。

 

「こちらクロッカスだ。状況を」

『ア、アキト! 木星蜥蜴が襲ってきたの! 迎撃中だけど、どうすればいい!?』

「これよりクロッカスでナデシコを援護する。チューリップへと進路を取れ」

『で、でも!』

「・・・俺を信じろ、ユリカ」

『ッ!? ユリカって・・・初めて呼ばれた』

「いいから。行け! すぐに戻る」

『わ、分かった! ナデシコはチューリップに進路を取ります!』

『艦長! それは認められません。貴方はネルガル重工の利益に反しないように最大限努力するという契約に違反しようとしています』

『プロスさん!』

 

お。出るか。あの名言が。

 

「俺達も行くぞ。後はルリちゃんが組んだソフトがやってくれる」

「え、ええ」

 

そ、そんな事より・・・。

 

『御自分が―――』

 

プツンッ!

 

「き、聞かせろよぉ!」

「ん? 何の話だ?」

「・・・なんでもないですよ」

「何を拗ねている。行くぞ!」

 

急いでブリッジから飛び出す俺達。

あぁ・・・あれを見逃すというか聞き逃すとかありえないでしょ。

まさか、クロッカスのブリッジで聞く事になるとは思ってなかったけど。

 

「これも想定内という事かしら?」

 

少し辛そうに走るイネスさん。

時間がないとの事で俺がおんぶする事にした。

俺の異常な身体能力もこういう時は役に立つ訳だ。

テンカワさんも知っていたから任せてくれたが、あまり背の変わらないイネスさんをおんぶしているのは変な光景だろう。

イネスさんも最初は唖然としていたし。

でも、すぐに平常心になってこんな質問してくるから流石としか言いようがない。

 

「ええ。木星蜥蜴が襲ってくる事は分かっていた事でしょう?」

「違うわよ。貴方達がクロッカスにいる時に敵が襲ってくる事がよ」

「さぁ? 偶然でしょう」

「ふふっ。そういう事にしておいてあげるわ」

 

絶対に何か感付いちゃっているよ、この人。

 

「急げ!」

 

先にエステバリスのコクピットに乗ったテンカワさんがそう急かす。

こっちは人一人をおんぶしているってのに! と悪態を付きたくても別に重く感じないから唯の言い訳に過ぎない。

テンカワさんもそれを承知しているのだ。言い訳は見苦しいよな。

 

「はい!」

 

エステバリスの開かれた手の平に飛び乗る。

サッとイネスさんを降ろして、胸の中に収めた。

 

「ちょ、ちょっと、コウキ君!」

「時間がないので急ぐと思います。かなりのGが身体を襲いますので、しっかりと掴まっていてください」

「・・・はぁ。怒られても知らないわよ」

「き、緊急事態だから仕方ありませんよ」

 

テンカワさんが乗るエステバリスのメインカメラがこちらを向く。

大丈夫という意思を込めて頷くとエステバリスが勢いよく空を舞った。

 

「・・・う、うぉ・・・」

「・・・き、きついわね・・・」

 

話せる貴方が凄いです。

俺は一杯一杯。

如何にいままで重力緩和に依存していたか思い知らされた。

・・・もうちょっと慣れるべきだよな。

 

「着いたぞ!」

 

パッと開ける視界。

今までは一応エステバリスの手で覆っていてもらったから、状況に気付けなかった。

ま、ギュッと眼を瞑っていたからどっちにしろ無理なんだろうけど。

 

「・・・はぁ。窒息するかと思ったわ。強く抱き締めすぎよ」

「あ。すいません」

 

無意識にイネス女史を強く抱き締めていたみたいだ。

・・・よかった。下手すると身体を潰していたかもしれん。

無意識だと加減があまり出来ないから心配だったんだ。

・・・助かったという所かな。

 

「急いでブリッジに行くぞ」

 

テンカワさんも意外とマイペース。

颯爽とブリッジへ向かうテンカワさんを俺はまたイネス女史をおんぶした状態で追いかけた。

 

「すいませんが、ブリッジの前で降ろしますからね」

「え? いいじゃない。別に」

「恋人の前にこんな格好で出られる訳ないでしょうが」

「ふふっ。それもそうね」

 

背中から伝わる揺れ。

これは笑ってやがるな。

 

「急ぎますからしゃべっていると舌噛みますよ」

「はいはい。じゃあ、黙っているわね」

 

そうしてください。

それから、しばらく走って、ブリッジへと辿り着いた。

 

「降ろしますからね」

「分かっているわよ」

 

イネス女史を降ろして、ブリッジへ入る。

 

「どうなりました?」

 

先に入っていたテンカワさんに訊ねる。

 

「問題ない。無事にチューリップへ突入できそうだ」

「何の犠牲もなく突入できましたね」

「ああ。後は・・・」

 

俺達のイメージ次第だな。

ジャンパーは俺、テンカワさん、ユリカ嬢、イネスさんの四人。

実は火星からの救民の中にもジャンパーがいるかもしれないけど、気にしてもどうしようもないから省略する。

・・・どうにかしてイメージを誘導したいけど、どうしようかな。

 

「・・・祈りましょう。地球へ帰還できる事を」

 

現実主義のルリ嬢からの言葉。

でも、この言葉を聞いた誰もが祈る。

地球へ帰れるようにと。

もちろん、ユリカ嬢も。

 

「祈ってもどうしようもないものはどうしようもないのよ」

「ま、イネスさん。神に祈らず、俺達を信じてください。必ず地球へ辿り着くと」

「・・・そうね。偶には他人を信じてみようかしら」

 

後は、俺がイメージするだけだ。

八ヵ月後の月軌道上を。

・・・明確なイメージは出来ないけど。

とりあえず、月を思い浮かべればいいよな。

 

 

こうして、ナデシコはボソンジャンプに成功した。

辿り着くのは月軌道上。

火星の民の救出。

ガイの生存。

サツキミドリコロニーの全滅の回避。

歴史は大きく改変されている。

きっと、もう原作知識は役に立たないだろう。

これからは一層、慎重に行動しなければ。

だが、必ずハッピーエンドを迎えてやるさ。

だから、頑張ろう、俺の為に、俺達の為に。

 

 

 

 

 



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生き残った少女

 

 

 

 

 

「・・・ああ。なるほど」

 

展望室にて、状況を確認。

俺がここにいるって事は無事に飛べた訳か。

 

「・・・ふむふむ。意外といえば意外だけど」

 

流石はラブコメ主人公だな、テンカワさん。

ああまで性格変わってもこういう所は変わらないんですね。

・・・両側から美女に抱き着かれているのは流石としか言いようがないだろ?

主人公が俺だったら、俺が抱き着かれている筈だし。

この世界でもやはり主人公はテンカワさんなんだなと実感。

ま、ユリカ嬢とイネス女史は貴方に任せますよ。

俺はっと。

 

「ブリッジ。ルリちゃん」

『はい。コウキさん。無事ですか?』

「うん。自分もジャンパーなんだなって自覚した」

『そうですね』

「とりあえず俺もブリッジ向かうわ」

『了解しました』

 

おし。ブリッジに・・・。

 

「・・・誰?」

 

隣に寝ている知らない女性。

ナデシコクルーにはいなかったよね。

という事は火星の救民の中にいたジャンパーという訳か。

ま、この人もテンカワさんに任せよう。

貴方なら出来ます。

ひとまず俺はブリッジへと向かうとしましょうか。

あれかな? またGBぶっ放すのかな?

 

「おはようございます」

「あ。うん。おはよう?でいいのかな?」

「恐らく」

「・・・コウキ。おはよう」

「・・・コウキさん。おはようございます」

 

うん。オペレーター三人娘は起きていたね。

でも、何で正式なジャンパーより先に眼を覚ましているのだろうか?

そのあたりが謎だ。

 

「他の皆はまだ起きない?」

「起こしますか?」

「じゃあ、あの変な顔が見られるのかな?」

 

笑いながら言ってみる。

 

「な、そ、そんな事はしません」

 

照れながら拗ねるルリ嬢。

こういう所を見るとやっぱりまだ子供だなと思う。

背伸びしなくていいんだぞって思った。

 

「ところで、気付いた?」

「ええ。・・・セレス、周囲の映像を。・・・ジャンパーが他にもいましたね」

 

セレス嬢に誤魔化しの為の指示を出しつつ、内緒話。

 

「うん。もしかしたら彼女以外にもいるかもしれない。必ずしもあそこに出現するとは限らないと思うから」

「そうですね。可能性としては低くないです。ですが、現状ではどうしようも・・・」

「どうするの? ネルガル側から眼を付けられたくなければ映像を消すしかないし、あえて眼を付けられるならそのままにするし」

「・・・そうですね。ここはそのままにしておきましょう」

「やっぱりボソンジャンプの事は隠さないんだ?」

「隠した所でいつかは知る事ですから。あ、映像ですが、彼女抜きの映像に差し替えておきます」

「そうだね。艦長、博士、リーダーパイロット、事情を知らない少女。これだったら確実に彼女が選ばれるよね」

「ええ。今回はアキトさんの立ち位置が立ち位置ですから。ですが、コウキさん、貴方もいたんですよ?」

「・・・あ」

「コウキさんも抜いておきます。火星生まれじゃない貴方がいたら理論が崩れますから」

「えぇっと、御願いします」

「意外と抜けているんですよね、コウキさんは」

 

二度も言われました、ルリ嬢に。

前回は呆れ、今回は笑顔付きで。

いや。こうまで変わるのなら始めから事情を話せばよかった。

ま、実際にはそういう訳にはいかなかったんだけど、そう思っちまっても仕方ないでしょ。

 

「私達としてはアキトさんが呼ばれるようにしたいんですよ」

「そうだね。そっちの方が俺達にとって都合が良い」

「・・・あの、ルリさん、全方位で囲まれています」

 

ルリ嬢と話しているとセレス嬢の声が聞こえてくる。

あ。しっかりと仕事していたようで。偉い偉い。

 

「ひとまずDFを発動して下さい」

「・・・はい」

 

ルリ嬢もラピス嬢もこっちにいて、今はセレス嬢だけオペレーター席。

 

「あれかい? セレスちゃんもようやくルリちゃんから合格がもらえたと」

「ええ。きちんと訓練の成果が出ていましたよ」

「そっか。それは良かった」

 

成果が出ていたのは嬉しいかな。

俺がこの世界にやって来た意味が増えたって感じ。

 

「今回はどうするの? GB」

「撃ちましょうか?」

「えぇっと、人的被害がないコースで」

「了解しました。ユリカさんには怒られてもらいましょう」

 

ニヤッとした笑み。

怖いよ、ルリちゃん。小悪魔的笑みだったよ。

 

「とりあえず、じゃ、エマージェンシーコールかなんかで眼を覚ましてもらおうか。ブリッジは俺が起こすから」

「はい。それじゃあ、後はユリカさんの指揮に従います」

「・・・あんまり手荒な事は駄目だよ」

「心得ています」

 

オペレーター席に向かうルリ嬢とラピス嬢。

さてっと、俺は起こしに回ろうか。

 

「提督。提督。起きてください」

 

揺すってみる・・・動かない。

肩を叩いてみる・・・動かない。

老体に鞭打つのはやめよう。スルーだ。

 

「ゴートさん」

「・・・む。どうなった?」

「無事に抜けました。月軌道上ですよ」

「・・・そうか。了解した」

 

ゴートさんは冷静ですね。

寝起きでよくぞそこまで。

 

「プロスさん」

「・・・・・・」

 

この人は俺の力では起こせない気がする。

うん。スルーだ。

 

「起きろぉ」

「・・・ん。んん。もう朝ぁ?」

「寝ぼけてんじゃねぇ」

「うわ! ヒドッ。扱いヒドッ」

「とりあえず他のパイロット起こしてくれるか?」

「え。うん。分かったよ」

 

ヒカルを起こして・・・次は。

 

「グラビティブラスト発射します」

 

ご愁傷様です、艦長。

 

「ミナトさん、ミナトさん」

 

メグミさんはガイが起こすだろう。

そこまで無粋じゃないさ。

・・・あ。副長の事を忘れていた。

ま、まぁ、ゴートさんあたりが起こしてくれるでしょ。

 

「・・・・・・」

 

なかなか起きないな。

 

「ミナトさん、起きてください」

「・・・ん」

 

・・・そういえば、イネス女史が泣いていたって。

 

「・・・コウキ・・・君?」

「そうですけど・・・。何で俺に訊くんですか?」

「え? う、ううん。なんでもないわよ」

 

ミナトさんも寝起きは弱いと。

 

「大丈夫ですか?」

「え、ええ。コウキ君は?」

「ま、それなりって所です。後で時間を頂けますか?」

「・・・・・・ええ」

 

最後にボソッと返事をもらえた。

本当にどうしちゃったんだろう? ミナトさん。

 

「あぁ。何をしているんですか!?」

「艦長の指示です」

「か、艦長ぉぉぉ!」

 

プロスさん。

苦労をおかけします。

ですが、これは必要な事なのです。

こうしてユリカ嬢に周囲を確認しないで主砲をぶちかましては駄目ですよと教えて・・・。

 

「何を考えているか大体分かりますが、ユリカさんは気にもしませんよ」

 

・・・さいですか。

さてっと、俺は俺の席に付いて。

いつものようにレールカノンで・・・。

 

「あれ? おかしいな? 身体が震える」

 

コンソールに置かれた手が勝手に震えだした。

 

「・・・コウキさん。現在、貴方のレールカノンの操作権はこちらにあります。コウキさんは下がってください」

「・・・え?」

「現状でも充分に対応できますので。コウキさんは副提督の席へ」

「・・・分かった」

 

・・・役立たず扱いされた気がした。

いや、事実、役立たずなんだろう。

二回も暴走しちゃったし。

 

「・・・大丈夫かね?」

 

あ。起きていましたか、提督。

 

「・・・ちょっと堪えましたね。俺じゃ何にも出来ないって」

「まだ君には先がある。諦めずに立ち上がる事が出来る」

「・・・そうですか。提督はこれからどうするんですか?」

「・・・そうじゃな。ワシはおそらく、ナデシコからは降ろされるだろう」

「勇退といった所ですか? 今度こそ正真正銘の」

「・・・うむ。ナデシコは確かに火星の民を救出しているからのぉ。ワシの名をまた利用する筈じゃ」

「・・・それでフクベ提督は?」

「さて、ワシには分からん。だが、これから、火星の民の所へ行ってこようと思う」

「それは殺されても構わないという意味ですか?」

「どうじゃろうな。殺されて楽になりたいのかもしれん」

「俺には彼らの気持ちは分かりませんから。提督になさりたいようになさってください」

「・・・うむ。そうさせてもらおう」

 

どこか表情が和らいでいる気がする。

少しは気持ちが楽になったのかな?

仕方ないといえど、逃げた事は事実だからなぁ。

罪悪感は凄まじいか。

 

「お、遅れましたぁ・・・」

「艦長!」

「す、すいません・・・」

「貴方は何をしたのか分かっているのですか!? 連合軍に向けて主砲を放つなんて」

「すいません。すいません」

「艦長! いいですか、貴方は―――」

「あの、プロスさん、取りあえず、この状況から脱出してからにしましょう」

「・・・む。そうですな。艦長、減俸は覚悟していてください」

「ふぇ~ん。ユリカは悪くないのにぃ~」

「艦長!」

「は、はい!」

 

二人のやり取りもほぼ漫才化しているよな。

プロスさんは最早身体を張っているよ。

身と胃をボロボロにしての全力の突っ込み。

いやはや。お笑い人として尊敬しますな。

 

「パ、パイロットの皆さんは出撃してください!」

 

未だにちょっとボーっとしているパイロットに指示が入る。

彼女達もプロだ。指示さえ入れば、すぐさま顔付きが変わる。

 

「・・・ちょっと席を外します」

 

俺はここにいても意味ないしな。

ちょっと気になる事もあるし、あの少女の様子を見に行こうか。

 

「・・・わかった。ワシが言っておこう」

「すいません。御願いします」

 

提督の許可を貰って、騒がしいブリッジからそそくさと抜け出す。

はぁ・・・。さっき実感したよ。本当にトラウマ抱えているんだな。

勝手に手が震えるとか。初めての経験だからどうすればいいか分からん。

 

「いらっしゃい」

 

展望室にいくとイネス女史が余裕そうに出迎えてくれました。

 

「何でこんな所にいるんですか?」

「あら? それはこっちの台詞よ」

 

白々しい質問に普通に返された。

あぁ。やっぱりイネス女史の方が上手だ。

 

「いや。ここに艦長やイネスさんがいたので気になって」

「心配してくれたのかしら?」

「いえ。あ、まぁ、心配したのはもちろんですが」

「いきなり否定されると悲しいわね」

「えぇっと、すいません」

「で? どうして?」

「艦長もイネスさんもブリッジにいたじゃないですか。いつの間にここに移動したのかなと思いまして」

「さぁ?」

「さぁって。珍しいですね。イネスさんなら説明してくれるんじゃないですか?」

「知らない間にここにいたんだもの。私にだって分からないわ」

 

ま、流石に分からないよな。

 

「それで、わざわざ説明しに来てくれたの?」

「俺だって知りませんよ」

「あら? そうなの?」

 

その視線は疑っているな?

ニヤニヤしながらよくもまぁ。

 

「ええ。あれですか? 遺跡の神秘に触れてイネスさんまで瞬間移動を覚えたんですか?」

「質の悪い小説じゃないんだから。人間が瞬間移動なんて出来る訳ないでしょ?」

 

出来るんですよ。キーアイテムさえあれば。貴方は。

 

「イネスさんはとりあえずブリッジにいってください」

「分かったわ。もう少しここでゆっくりしてたかったけど」

「色々とイネスさんの説明を待っている人がいますよ」

「そう? じゃ、行ってきましょう」

「はい。行ってらっしゃい」

 

イネス女史が展望室から出て行く。

ま、そのままブリッジへ行ってくれるだろう。

さて・・・。

 

「・・・寝てんな」

 

あれだけの大きな音でも起きないとは。

ある意味、ユリカ嬢以上に図太いな。ユリカ嬢ですら飛び起きたのに。

 

「・・・可愛いんだろうけど、頬とか細いな。彼女も苦しい生活を送っていたって事か」

 

こういう姿を見ていると胸が痛む。

その気になれば、俺がボソンジャンプを繰り返す事で彼女達を地球へと連れて来る事はできた。

でも、俺は保身を考えてそれをしなかった。

知っていて、どうにかする手段があるのに・・・。

本当に最近は鬱になる事が多い。

・・・このネガディブ思考どうにかなんないかな?

ま、どうにかなんないのは分かっていたけど。

 

「お~い」

「・・・ん」

 

肩を揺すってみる・・・起きないな。

でも、反応はあった。

 

「お~い」

「何よぉ。うるさいわね。静かに寝かせて」

「・・・・・・」

 

・・・呆然としちまった。

おぉい。それはないんじゃないの?

 

「・・・え? ここどこよ?」

 

・・・とりあえずきちんと起こした。

眠っていたから気付かなかったけど、目付き鋭いね。この子。

 

「ここはナデシコの展望室」

「はぁ? ってか、貴方誰よ?」

「ナデシコ補佐役のマエヤマ・コウキ。君は?」

「私の名前を何で貴方なんかに教えなくちゃいけないよ」

 

・・・酷い我が侭。ユリカ嬢を凌ぐかもしれん。

 

「えぇっと、君は火星にいた人だよね?」

「そうよ。それがなんなのよ?」

 

敵意むき出し、あぁ、なんか慣れたよ。

主にテンカワさんとルリちゃんで。

 

「どうしてこんな所にいるの?」

「わ、私が聞きたいわよぉ!」

 

ど、怒鳴るな。耳が痛い。

 

「ま、いいや。とりあえず、案内するよ。火星の人達ってどこにいるの?」

「色んな部屋に押し込まれているわ。私はリラクセーションルーム」

「あ。あそこか。付いてきなよ」

「嫌」

 

嫌っておい。

 

「場所分かるの?」

「わかんない。でも、嫌」

「はぁ・・・」

 

我が侭女王登場。

これがこの話のタイトルだな。

 

「それでもいいならいいけど。誰も案内してくれないよ?」

「・・・・・・」

 

わ。黙り込んだ。ベタなお方だ。

 

「まだナデシコの事わかんないでしょ? 意地張ってないでさ」

「ふ、ふんっ。意地なんか張ってないわよ」

「ほら。案内するから」

「し、仕方ないわね。案内されてあげるわ」

 

はぁ・・・。前途多難。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

そして、無言。どうにかして。

 

「・・・ねぇ」

「ん? 何?」

 

お。声掛けられた。

 

「今、この船ってどこにいるの?」

「ああ。月まで来たよ。いやぁ。皆して寝過ぎだよね」

「えぇ!?」

 

クックック。これは意外と楽しめるか?

 

「う、嘘吐かないでよ! だって、まだ火星から・・・」

 

火星の人達に状況を説明している暇なんてなかったしな。

誰もボソンジャンプの事は知らないか。

 

「いいかね? 世の中は便利になったのだよ」

「便利になった? どういう事よ?」

「画期的な航海方法が出来てね。それはコールドスリープという」

「コールドスリープってあのカプセルで寝る奴?」

「そうそう。火星からの旅路は長い。物資的な余裕もなく、最低限の人数を残して皆コールドスリープしていてもらったのだよ」

「勝手にそんな事をしたの!?」

「緊急処置でね。許してくれたまえ」

「・・・・・・」

 

難しい顔して。眉顰めていますね。

 

「納得できないようだね?」

「当たり前じゃない。人の許しも得ないでそんな事!」

「うむ。そうだな。だって嘘だもん」

「し、仕方ないからって・・・え? 嘘?」

「うん。嘘」

「嘘?」

「うん。だから、嘘」

「あ、貴方ねぇぇぇ!」

 

襟を持たれて迫ってくる少女A。

いや。こんなシーンに出くわすの初めて。

しかも、俺が当事者とか。びっくりだ。

 

「まぁまぁ。女の子はエレガントにいこうよ」

「意味わかんないわよ!」

「笑って許すぐらいの寛容さも大事だと思わない?」

「時と場合によるわよ!」

「ま、そうだね」

「うん。分かっているじゃない。・・・って、違う! 私はねぇ!」

 

おぉ。ノリツッコミ。素晴らしい素質だ。

 

「実際はね、瞬間移動してきたんだな。これが」

「また私を騙そうっていうの? そうはいかないわよ」

「こればっかしは嘘じゃない。イマイチ理屈は分からないんだけどね」

「意味がわかんないだけど」

「えぇっと・・・」

 

外が見られるような所・・・ないな。

 

「あとちょっとしたら説明されると思うから待っていて」

「ふんっ。私を騙そうなんて百年早いわ」

「さっき騙されたじゃん」

「うっさい!」

「もう御婆ちゃんだね」

「うっさいったらうっさい!」

 

面白い子だ。クラスメイトだったら絶対弄られキャラ。

 

「あ。ここだ。着いたよ」

「ふんっ。ご苦労様」

「あ。違った」

「嘘!?」

「嘘」

「貴方ねぇぇぇ!」

 

再度、掴み迫られる。

貴重な体験を短時間に二回も経験するとは・・・。

 

「じゃ、地球に着くまでゆっくりしてなよ。すぐに帰れると思うから」

「・・・・・・」

 

あれ? 元気ないな。

大丈夫か?

 

「お~い」

「な、なんでもないわよ!」

 

・・・それなら、いいけど。

 

「キリシマ・カエデ」

「え?」

「私の名前よ! キリシマ・カエデ。覚えておきなさい!」

「え? 嫌」

「嫌ですってぇぇぇ!」

 

オーバーアクションが楽しい。

 

「嘘、嘘。キリシマさんでいい?」

「貴方何歳?」

「今は十九歳だね。もう少しで二十歳」

「じゃあ、カエデでいいわよ。一つ年下だし」

「あ。カエデって十八歳なんだ」

「何歳だと思ったのよ? ま、まぁ、私程に美人ならもっと大人に―――」

「いや。ないない。よくて十六歳でしょ」

「な、な、何ですってぇ!?」

「まだまだ君は若いんだ。これから、これから」

「馬鹿にしているのね!? 馬鹿にしているんでしょ!?」

「うん」

「うんって何よぉぉぉ!」

 

涙目になっちゃって。

結構、気にしているのかな。

 

「大丈夫。充分、美人だから」

「え? あ、そう?」

「うんうん。自慢していいと思うよ」

「ま、まぁね。分かっているじゃない」

 

意外と単純なんですね。

 

「それじゃあね、カエデ」

「ええ。あ、ありがとう」

「どういたしまして」

 

素直じゃないなぁ。

照れながらお礼とか、ベタやねぇ。

んで、すぐにパッと逃げ出して、リラクセーションルームに入っちゃう訳だ。

照れ屋登場。

タイトルはこっちに変更だな。

 

「そろそろ戦闘終わったかな?」

 

はぁ・・・。思い出したら鬱になってきた。

勝手に身体が震えてさ。何にもできないのがこんなに辛いなんて。

 

「はぁ・・・。ブリッジ行くか」

 

溜息が出るのは仕方ない事だと思うんだ。

 

 

 

 

 

「・・・予想通り」

 

ブリッジへ戻るとユリカ嬢がプロスさんに説教されていました。

ま、予想通りだよ、予想通り。とりあえず自分の席に戻ろう。

 

「どこに行っていたのかね?」

「迷子を救いに」

「・・・そうか」

 

どう捉えたのかな? まんまなんだけど。

 

「・・・提督。付いていってもいいですか」

「・・・構わん。じゃが、辛いぞ」

「・・・構いませんよ。俺は火星の人達の本音が訊きたいんです」

「・・・そうか」

 

どこか遠い眼で前を見詰める提督。

今、提督が何を考えているのか、俺には分からなかった。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

・・・嫌な沈黙。

それに耐えられないのと、気になる事があって、俺は席を離れた。

 

「プロスさん」

「あ。はい。何でしょう?」

「火星の方達は地球に着いたらどうなるんです?」

 

すごく気になった。

地球に戻っても居場所がある人はいい。

でも、居場所がない人はどうすればいいんだろう?

助けただけで後は放っておくってのも酷いと思うし。

せっかく助けられた命が餓死とか救われない理由で失われたら気分が悪い。

 

「交渉の際にきちんと説明させて頂きました。保護され、職がないものはネルガルの方で職を斡旋させていただきます」

「えぇっと、いいんですか?」

「いいもなにも、それぐらいは承知での救助活動ですよ?」

「でも、ネルガルは利益主義では?」

「おっしゃる通りです。では、これも利益という事でお分かりいただけませんか?」

「・・・軍の評判を落とすと脅しに使えるという事ですか? それとも、民間からの支持率狙いですか?」

「やはり賢いお方ですね。こちらの意図に気付くとは」

「本当に救助だけを目的とするようなお人好しでは企業もやっていけないと思います。むしろ、きちんとこういう理由があった方が納得できます」

「いやはや。まいりましたな。どうです? ナデシコ退艦後にネルガルに来ませんか?」

「えぇっと、残念ですが・・・」

「無理にとは言いません。気が向いたら連絡してください」

「ど、どちらにしろ、結構後の事かと」

「そうですな」

 

でも、実際に救助しているんだから、何かと理由をつけて避ける軍よりはマシか。

火星の民を救助する事で損失以上の利益があるんだもんな。

生き残りがいて、軍が逃げたという事実が公表されれば軍の評判が落ちる。

それをネルガルが抑えたともなれば、ネルガルに軍は従うしかない。

暴露するとチラつかせれば軍も強くは出られないだろうしな。

そして、火星の生き残りを救出したなんて名誉すぎる。

ナデシコはもちろん、ネルガルは一気に有名になるだろうな。

木星蜥蜴に何の抵抗もできない軍を差し置いて、ナデシコが木星蜥蜴を打倒しつつ、火星の生き残りを助け出した。

映画とかになってもおかしくない程に歴史に残る偉業だ。

あ、これでも軍の評判が下がって、ネルガルの評判が上がるのか。

それじゃあ、評判が下がった軍の抑止力にさっきの脅しを使うのか。

なるほど。二重の意味でネルガルあくどい。

ま、これぐらいしないと他企業の優位に立てないって事だろうけど。

 

「あ。コウキ君」

「えっと、何ですか? イネスさん」

「お風呂には入ったの?」

「ッ!?」

 

わ、忘れていたぁ!

と、という事は、あれか?

カエデの前にもあんな汗臭い状態で・・・。

う、鬱だ。死のう・・・。

 

「・・・・・・」

「あら。生きる屍?」

「・・・落ち込んでいるだけですよ」

「諦めなさい。また戦いが始まるわ」

「あぁ・・・」

 

コスモス早く来ぉぉぉい!

 

「願いって叶わないから人は夢を見るのよね。あぁ、儚いとは正にこの事」

 

・・・現実に突き落としてくれてありがとう。

 

 

 

 

 

コスモスとドッキング。

今回は、テンカワさんは未熟じゃないし、他のパイロットも凄腕だから問題なく終わった。

んで、俺は念願の風呂に入れて大満足。

やっと落ち着いたかな。

さて、時間もあるし、ミナトさんの所へ行こう。

 

「ミナトさん」

 

ミナトさんの自室の前まで来て、コミュニケで通信。

あれ? サウンドオンリー?

 

『・・・あ』

「ミナトさん。どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

 

不安になった。

わざわざサウンドオンリーにするなんておかしい。

何があったんだ? 胸が締め付けられる。

 

『・・・ごめんなさい』

「え?」

『・・・私、コウキ君に・・・ううん、なんでもないわ』

「ミナトさん?」

『ちょっと体調が悪くて。顔見られたくなくないの』

「そんなのおかしいですよ。体調が悪いのなら俺が看病を―――」

『独りにして!』

 

突然の大声に驚く。

 

「・・・え?」

『・・・ごめんね。ちょっと独りになりたい気分なの』

「・・・分かりました」

 

それしか言えなかった。

・・・泣いているような気がして気が気じゃなかった。

でも、俺にはなにもできない。

拒まれたら、俺にはどうする事も・・・。

ただその場で立ち尽くす事しか俺には出来なかった。

 

『コウキさん。お話したい事があるのですが』

「・・・・・・」

『コウキさん?』

 

あれ? 呼ばれている?

 

『コウキさん!』

「わ! あ、え~っと」

 

あ。ルリ嬢か。

 

『大丈夫ですか? ボーっとしていましたが』

「あ。うん。大丈夫。何かな?」

『今までの事とこれからの事を話し合っておきたいと思いまして』

「あ、そっか。分かった」

『ミナトさんも参加して頂きたいんですが・・・』

「・・・何か体調悪いってさ。後で俺が伝えるから休ませてあげて」

『・・・そうですか。分かりました。それでは、どこがいいですか?』

「じゃあさ、俺の部屋でいい? 一応、準備はできているから」

『それでは、今までのは偽造映像だったという事ですか?』

「あ、うん。聞かれたくない事を話していたから」

『・・・そうですね。私もそうしている訳ですし、それでは、後ほどアキトさん達とそちらへ向かいます』

「分かった」

 

ルリ嬢と話しながらも意識は全部ミナトに向いていた。

どうしても気になって仕方がない。

もう一度通信を・・・。

・・・やめよう。無理させちゃ駄目だ。

・・・戻るか。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

怖かった。

コウキ君の顔を見るのが。

もしかしたら、怒っているかもしれない。

もしかしたら、軽蔑しているのかもしれない。

もしかしたら、冷たい眼で見てくるのかもしれない。

どんな表情なのか、確認するのが怖かった。

だから、サウンドオンリーにして逃げた。

でも、声色がいつもの穏やかなコウキ君で。

思わず自ら打ち明けようとしてしまった。

・・・でも、やっぱり怖くて、体調が悪いだなんて嘘吐いて。

本当に駄目だ。自分が嫌になる。

ねぇ、コウキ君。

私、どうしたらいいの?

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 



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始まりの一歩

 

 

 

 

 

「お邪魔します」

「邪魔するぞ」

「・・・お邪魔する」

 

部屋で悩んでいた。

ミナトさんはどうしてしまったのだろうか、と。

俺は嫌われてしまったのだろうか、と。

頭の中がぐるぐるして考えが纏まらない。

どうすればいいんだろう?

そんな永久に解決しそうにない悩みに頭を抱えている時に三人はやってきた。

・・・そういえば、後で話があるとか言っていたな。

すっかり忘れていた。

 

「どうしました? 顔色悪いですよ」

「あ。大丈夫、大丈夫。とりあえずお茶でも入れますんで座っていてください」

 

逃げかもしれないけど、何かしていた方が考えずに済んで気がまぎれていい。

 

「どうぞ」

 

三人にお茶を渡す。

それぞれ三人は礼を言って、お茶を飲む。

落ち着いてお話するのにお茶は欠かせません。

 

「それでは、早速ですが本題に入りましょう」

 

司会はルリ嬢。

堂に入っているし、任せよう。

流石は元艦長って所かな。

 

「コウキさん、貴方がナデシコに乗る前、乗ってから今まで、双方で行った事を確認します」

「うん」

 

俺がした事か。

あんまり意識した事ないな。

 

「まず、MCの救出。救われない命もありましたが、救われた命もあります。ありがとうございました」

「あ、いや。礼を言われても。実際にやったのは俺じゃないし」

「いや。情報がなければ助けられなかったら。俺からも礼を言う」

「えぇっと、それじゃあアキトさんが?」

「ああ。詳しく言えば俺とネルガルのシークレットサービスがやった」

 

ネルガルシークレットサービス。

確か月臣さんとゴートさんが所属していた奴だな。

 

「次にナデシコクルーの意識改革。戦艦だという意識を持たせ、状況に対し冷静に臨機応変に対応していただきました」

「そんな事を言われても困っちゃうんだけど、俺は色々と知っていた訳だし」

「いえ。知っていようが、コウキさんが補佐として働いてくれたおかげで何度も救われました」

「ま、まぁ、役に立てたならいいけど」

 

意識してやった訳じゃないから褒められても困る。

俺は死にたくなかっただけだしさ。

 

「次はセレスの教育。私とラピスは現状でもある程度の力を発揮できましたが、セレスは別でした。本来なら私がするべき事をコウキさんに代わって頂きました」

「代わった訳じゃないよ。元々オペレーター補佐の俺はそういう仕事がメインだからね。当然の事さ」

「そうですか。ですが、助かった事は事実です」

「ま、俺としてはセレスちゃんが一人前になれたのは嬉しいね」

 

うん。残って訓練した甲斐があった。

 

「次に、クロッカスの件です。とても助かりました。あらかじめプログラムを組むという考えは私にはなくて・・・」

「ま、偶然思いついただけだから。あれが成功したのはルリちゃんのおかげだよ」

「そういえば、擬似マスターキーを作ったと言っていたな」

「ええ。見事、テンカワさん達が無意味にしてくれましたが」

「む。それは悪かった」

「あ、いえ。きっとテンカワさん達の方が最善でした。俺は下手すると越権行為でしたから」

 

擬似マスターキーは許可されて作ったものじゃないからな。

バレていたら罰もあったと思う。

 

「マエヤマはプログラミングが得意なようだが、それは前に言っていた遺跡の知識か?」

「始めはそうでしたが、最近は自分でも作っています。擬似マスターキーは自作ですよ」

「ほぉ。ナデシコの制御プログラムをコントロールできるだけのプログラムを自作でな」

「まぁ、一年間以上プログラムを組んでいましたからね。流石に慣れますよ」

 

始めにOSを作ってから、色々なソフトを作って、その度に俺のプログラミング技能も向上した。

俺自身、中々のレベルだと自負している。

 

「最後にですが、エステバリス用のレールカノンの開発。私達も考えなかった訳ではないですが、実用できるかどうかというレベルでして」

「ウリバタケさんに協力してもらって、後は適当にやっただけですよ。レールカノンはテンカワさん達が導入したんでしょう?」

「ああ。開発途中の時にな。危険だと訴えたら急遽付けてくれたんだ」

「助かります。正直、ナデシコは武装のバリエーションが少な過ぎますから。レールカノンがなかったらもっと酷い眼にあっていたと思います」

「そうだな。レールカノンは正解だった」

「そこから派生したものです。手柄はテンカワさん達ですよ」

 

ナデシコはGBに依存しすぎだからな。

まぁ、DFがあるから、武装はいらないってのも分かるけど。

 

「よくよく考えると俺ってあんまり貢献してないんですよね。結構、空回りしていた気が・・・」

「・・・そんな事ない」

「そうかな?」

「・・・そう」

「ま、ラピスちゃんがそう言うならいいけど」

 

ラピス嬢のお墨付きという訳だ。

ま、これからは足並み揃えるんだから役に立てるだろう。

 

「それじゃあ、次はテンカワさん側が何をしてきたか御願いします」

「分かりました」

 

現実に経験しているからこそ違う観点から物事が見れる筈。

きっと俺に考えも付かなかった事をしているに違いない。

 

「レールカノンの件はいいですね。私達はナデシコで初めて互いが無事だと知ったので、その前は特に何もしていないんです」

「あ。そうなんだ。それじゃあレールカノンはテンカワさんの独断?」

「ああ。ナデシコに足らないものを考えた時にこれが浮かんだ。俺はもともとナデシコに乗るつもりでネルガルに接近したからな」

「えぇっと、覚えてないと思いますが、俺はナデシコに乗る前にテンカワさんと会っているんですよ」

「何? そうなのか?」

「はい。俺がこちらの世界にやってきたタイミングはテンカワさんが地球に来た時と同じですから。先に眼を覚まして、サイゾウさんにテンカワさんを任せたんです」

「・・・そうだったのか。それでサイゾウさんが、坊主がどうだこうだと」

「だから、テンカワさんがテストパイロットと聞いた時は驚きましたよ。てっきりサイゾウさんの所にいると思っていましたから」

「サイゾウさんに礼を言った後に即刻ネルガルに向かったんだ。パイロットの腕を証明してテストパイロットとして入社した」

「そういえば、テンカワさんはネルガル社員として乗っているんでしたね」

「ああ。状況が状況だったからな」

 

ふむ。なるほど。

 

「出航の時はどうするつもりだったんですか?」

「ユリカが来る事は分かっていたからな。囮をしていれば大丈夫だと思っていた」

「不確定要素であるコウキさんの事は疑っていましたが、害にはならないだろうと放っておいたんです」

「・・・意味は分かるけどさ、本人の前で放っておくって言うのはどうなの?」

「あ。す、すいません」

「ま、気持ちは分かるけどね。あの時の俺は未来を知っているテンカワさん達からしてみれば怪しい事この上ないだろうから」

「・・・すいません」

 

シュンとなるルリ嬢。

大方、昔の事を思い出しているんだろう。

・・・ちょっと嫌味っぽかったかな?

 

「過ぎた事は忘れようよ。こうして和解できたんだし」

「そうですね」

 

うんうん。ルリ嬢には笑顔が似合うよ。

 

「ムネタケ副提督の反乱の時はご迷惑をおかけしました。作戦を台無しにする所でしたよね?」

「まぁ、そうなるが、お前もお前で考えて行動していたのだろう? それを否定する事は出来んよ」

「そう言ってもらえると助かります」

 

俺がルリ嬢の行為をばらさなければカイゼルオジサンとの交渉の時、普通に優位に立てた筈なんだ。

それをギリギリな状態にしたのは俺だし、立て直したのはテンカワさん達。迷惑しかかけてない。

 

「だが、まさか擬似マスターキーとはな」

「ああなる事は分かっていましたからね」

 

結局使わなかったけど。

 

「無事にクロッカスとパンジーを、正確には乗組員を救えたのは良かったですね」

「ああ。間一髪だったがな。あれは歴史の改変の初めての成功だ。正直、嬉しかったな」

 

そう話すテンカワさんの顔は本当に嬉しそうで。

どうにかして未来を変えたいという気持ちが伝わってきた。

 

「ビックバリアですが、解除パスワードは元々するつもりだったんですか?」

「ああ。ルリちゃん一人でも解除できたと思うが、ルリちゃんの悪知恵でな」

「悪知恵ではないですよ。ただあの時はコウキさんを試すつもりでした」

「試す? 俺を?」

「ええ。どれだけのハッキング能力を有しているのか。それがナデシコに危害を与えるか」

「な、なるほど。そこまで疑っていたのね」

「・・・すいません」

 

流石にそこまで警戒されると頬も引き攣る。

 

「その後、経歴とあわせてお前の正体を突き詰めようとした」

「あぁ。あの経歴は捏造したものなので、正体も何もないと思いますが。えぇっと、俺ってテンカワさん側から見てどんな人になっていましたか?」

「俺の両親がネルガルに殺されたのは知っているな?」

「ええ。確かボソンジャンプを公表しようとしたのを防ぐ為にネルガルがやったとか」

「ああ。その通りだ。そこで俺は能ある研究者は都合が悪くなると消されると理解した」

「・・・あぁ、そういえば、俺の両親も研究者にしていましたね」

「そうだ。そこで、お前の両親は偉大なナノマシンを開発した優秀な研究者で、会社の利益の為に殺されたと考えた。交通事故と見せかけてな」

「コウキさんの両親はそれを見越してコウキさんを地球に逃がした。ナノマシンを託して」

「そして、ナノマシンを狙う者達から逃れる為にナデシコに身を寄せた。そんな感じだな」

「えぇっと、物凄く苦労していますね、俺」

「そうだな。頭が回るのもその苦労のおかげだと思っていた」

「俺はそんなに凄い人間じゃないですよ。色々と考えるのが好きなだけです」

 

ボーっと何かを考えるのって意外と楽しいし。

 

「ま、予想は見事に外れた訳だが」

「むしろ、俺の正体をあれだけの情報で正確に見破れる人間はいないと思います」

「確かにな」

 

普通の思考じゃ絶対に考え付かない。

たとえボソンジャンプを知っていようと。

次はサツキミドリの事だな。

・・・あ。

 

「訊いてもいいですか?」

「ん? 何だ?」

「何でサツキミドリが襲われると分かっていて、リョーコさん達を迎えに行ったんですか? テンカワさんはパイロットですから分かりますが、ルリちゃんとラピスちゃんは」

 

あの時、ルリ嬢とラピス嬢がいない事が逆に安全だと思わせてくれたんだけど。

 

「俺達はあの時、マエヤマの存在に焦っていたからな」

「マエヤマさんのようなイレギュラーが発生しないか確認しにいったんです。あの時は焦って周りが見えていませんでしたからね」

「・・・いなくて安堵していたら襲われた」

 

あぁね。そんな事情があったんだ。

 

「それからは御存知の通りです」

 

振り返ると色々な事があったんだな。

 

「ある程度は把握しました。結構、見解のすれ違いがあったみたいですね」

「ああ。俺達は思い通りに事を運ぶ為にお前を危険視していたからな。どうも好意的に受け取れなかった。すまなかったな」

「あ、いえ。いいですよ。きちんと話を聞くと止むを得ないかなと思いました。俺だって過去に戻って知らない人がいたら驚きますから」

 

たとえば今から中学校に戻ったとしよう。

そこになんでもないように知らない人が同級生としたら、何者だと怪しむに決まっている。

それが悲劇の回避という大きな目標がある人間なら余計に。

 

「それでは、次の議題ですね。これからどうするか、です」

 

ルリ嬢が話を進める。

 

「テンカワさん達は戦争をどう終わらせようとしていますか?」

 

戦争は何よりも終わらせ方が大事だと思う。

どちらかが滅びるまで戦争なんて事はないと思うが、戦争中は相手を気遣う余裕はない。

やはり手頃な所で条約を締結する必要があるのだ。

だが、その条約の項目次第でまた争いになる。

原作の木連のように一方的な要求では更に争いを呼ぶだけだ。

 

「模索中だ。だが、まずは地球連合軍をどうにかする必要があると俺は思っている」

「地球連合軍をですか?」

「ああ。過去の謝罪もせず、情報を操作し、木連の交渉役を殺した連合軍だ。このままでは駄目だな」

「えぇっと、交渉役を殺したというのは?」

 

そんな話、原作に出ていたっけか?

細部までは覚えてないからなぁ。

 

「木連は火星や地球に襲撃をかける前に交渉役を送っている。こちらの存在を認め、移住を許してくれれば、水に流してもいいと」

「そ、それじゃあ・・・」

「ああ。連合軍の首脳陣が原因で始まったようなものだ。この蜥蜴戦争はな」

 

・・・戦争の終結。

なるほどね。そういう事か。

そんな地球連合では泥沼になる。

 

「・・・大切なのは地球連合の意識改革という事ですか。理想的な戦争の終結を迎える為に」

「そうなるな。都合良く、俺達はこれから地球連合軍海軍極東方面軍に編入される。そこでミスマル提督に接触すれば・・・」

 

確かミスマル提督、改め、カイゼルさんは劇場版で連合軍の総司令官をやっていた。

器としては申し分ないし、その時期が少し早まるだけだ。

 

「ミスマル提督に協力を求める。その他にも私達は切り札があります」

 

ミスマル提督以外に軍に伝手があるのか?

 

「お忘れですか? フクベ提督です」

「あ! そうか!」

 

ただでさえ、チューリップを落とした英雄として名高いんだ。

そこに無事に火星の民を救出したという栄誉も加わり、フクベ提督の求心力は凄まじいものになる。

 

「既に退役の身ですが、その影響力は計り知れないでしょう」

「それに、フクベ提督は火星の民に対する罪の意識がある。火星の民の為に地球連合を変えて欲しいと言えばフクベ提督も断れないだろう」

「・・・テンカワさんって黒いですね」

「色々経験すれば黒くなるさ。仕方あるまい」

 

ま、黒いのが善い事に向かっているからいいんだけどさ。

ちょっと寒気がしたぞ。

 

「ミスマル提督とフクベ提督の二人に協力を求めつつ、俺達は極東方面軍の名声を高める。これが今後の方針だな」

「はい。俺もそれで良いと思います」

 

まずは軍の意識改革か。

ナデシコの事だけでも精一杯の俺にそんな事が出来るかな?

・・・まぁ、なるようになるか。

 

「とりあえずこんな所だな」

「はい。他に何か議題がありますか?」

 

ルリ嬢が俺達を見回す。

俺が気になる事・・・。

あ、あるじゃないか。

 

「はい」

「はい。コウキさん」

 

学校の授業か? これは。

というか、ノリいいね、ルリ嬢。

 

「最終確認ですが、遺跡はどのようにするつもりですか?」

 

俺の質問に顔を強張らせる三人。

そうだよな。三人とも遺跡に良い思いは抱いてないだろう。

でも、これはきちんと確認しておきたい。

 

「遺跡の存在が世界を構築している以上、破壊する事は無理だと判断している。それは今も同じですか?」

「ああ」

「その通りです。思い出を消したくありません」

「・・・私もイヤ」

 

破壊しない事が前提で、遺跡をどうにかしなければいけない。

原作では宇宙に放ったらしいけど・・・。

 

「失礼を承知で伺います。俺は遺跡をきちんと処理しなかった事が火星の後継者事件に繋がったと思いますが、どう思いますか?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

黙り込む三人。

実際に体験してない第三者からの視点だから導けた結論だ。

実体験した彼らが同じ結論を導くとは限らない。

仲間意識が強い彼らの事だから、ナデシコは間違っていないという思いもある筈だしな。

 

「もっと簡単に訊きます。遺跡の処置があれで正しかったと思いますか?」

「・・・それでは、コウキさんは遺跡を破壊してしまえばよかったと。そうおっしゃるのですか?」

 

ルリ嬢って思い込み激しいよね。

いきなり敵意を向けられても困るんだけど。

・・・テンカワさんも。

ラピス嬢だけが俺の味方だよ。

 

「違うよ。遺跡を破壊する事は俺も反対。でも、ナデシコのコアブロックと一緒に遺跡を放置した事が間違いだと思うんだ」

「え?」

「遺跡を宇宙空間に放置する。一見、誰にも渡らないように思えるけど、絶対じゃない。人の執念は奇跡すら起こせるんだ」

「・・・人の執念。・・・そうだな。人の執念は奇跡すら起こす」

 

感慨深く呟くテンカワさん。

そうだな。執念という意味ではテンカワさんがもっとも馴染み深い。

 

「俺はきちんとした制御が出来るように管理する必要があると思います」

「管理・・・ですか?」

「そう、企業とか政府とか。一箇所に権限を持たせるのではなくて皆で」

「・・・皆で管理。聞こえはいいですが、絶対に無理です。誰かしらが主権を握ります」

 

何もしなければそうなるだろうな。

そうならない為に頭を使おうと思っているんだけど。

ま、この意見はまた後々検討するとして、他の意見も出すかな。

 

「管理が無理であるなら、どのように対処しようと取りにいけない所に放置するのも手です」

「どうしても取りにいけない場所・・・ですか。それは?」

「遺跡の耐久度次第ですが、俺は太陽の表面でもいいかなと思っています」

「太陽だと?」

「ええ。どれだけ文明が進もうと太陽の表面にある遺跡を回収する事は不可能でしょう。仮に出来るようになるとしても、数百年以上は時間を稼げると思います」

「・・・そんな事、考えもしなかった」

 

どうしても対処のしようがなければ太陽に放置する。

それもまた、一つの対処法だと思う。

 

「どちらにしろ、すぐに放り出すのは間違いだと思います。遺跡がどのようなものかをきちんと調べた上で放置する必要があると俺は思っています」

「・・・そうだな。俺達は焦りすぎていたのかもしれん」

「・・・アキトさん」

「もちろん、原因であって悪いのは火星の後継者です。ですが、防げたのかもしれません」

 

言い過ぎかもしれないが、それ程に対処の問題は慎重にならなければならないんだと思って欲しい。

 

「当時のナデシコは遺跡さえなければ戦争は終わるとそう思っていたんですよね?」

「・・・はい。誰もがそう思っていました」

「酷な事を言いますが、それが地球連合軍と統合軍との間に軋みを入れた原因だと思います」

「・・・どういう意味ですか?」

「戦争というのは終わり方が大切です。ナデシコが地球を勝手に背負い勝手に和議交渉をした事で地球人と木星人の意識の統一が出来なかったと思います」

「・・・・・・」

「その上で争いの原因を取り除いた。両軍の首脳陣はどこに着陸地点を設ければいいのか分からなくなったんですよ。戦争の終結の為の着陸地点を」

 

両方の国民が何故争ったのかさえ理解していない。

どうして戦争に発展したのか分かってない。

所詮は木星人と地球人は侮り、憎き地球人と木星人は恨む。

両者が憎しみ、蔑む、疎んじている状態で和平を結んだ所で平和的解決になるとは到底思えない。

 

「両者が両陣営で管理するという方向性で纏まった可能性もある。それを失くしてしまった事で一つの終結を潰してしまった事は紛れもなく事実です」

「・・・分かります」

「少なくとも草壁は遺跡に固執しています。遺跡の喪失は遺跡さえあれば全てを支配できるという考えの草壁を暴走させました」

「・・・そうだな。少なくともきちんとした形で遺跡を管理か放置していれば草壁を暴走させずに済んだかもしれん」

「はい。熱血クーデターの突然の政権交代。軍人は付いてきたかもしれません。ですが、国民はどうだったのでしょう? きちんと理解していたんでしょうか?」

「・・・あちらの和平派はあくまで軍内での和平派でした。国民全てを和平へ導いた訳ではありません。草壁のカリスマ性は凄まじいものでしたし」

「そう。草壁が徹底抗戦を訴えている状態で突然の政権交代。徹底抗戦を支持していた国民はどう思うでしょうね? 間違いなく、憎しみを抱えたままの和平です」

「憎しみを抱えたままでは両者が争うのは必然。地球の国民の意識改革をしつつ、木連の国民の意識改革もしなければきちんとした和平は出来ないという訳だな」

「どうして争っているか。それを両国民は知る必要があるという事です。憎しみの根本を知らなければ、互いの苦しみを理解しなければ、両者が歩み寄る事はありません」

「・・・厳しいな。これが歴史を変えようという責任の重さか」

「・・・そうですね。とても重たいです」

 

悲劇の回避を目的とするのならば、戦争の終結すらも考えないといけない。

本当に俺のような凡人には荷が重い。

 

「その為にも多くの協力者が必要でしょうね。地球側はもちろん、木連側にも」

 

ただ草壁から政権を奪い、和平を結べばいいという訳ではない。

きちんと国民の意思を統一させ、それでいて和平へと導く力強い意思がなければならない。

多くの統合軍兵士が火星の後継者に参じたのは未だに草壁の影響力が強かったからだ。

草壁に真っ向からぶつかって和平を結べる人間が木連側に必ず必要になる。

いないかもしれない。でも、いるかもしれない。俺達地球人が木連に介入できない以上、木連人の誰かが同じ理想を追ってくれなければならないのだ。

目先の事だけではなく、大局的に、ずっと先の事を考えられる影響力の強い人物が。

 

「俺のような若造が政治を語っても仕方ないので、遺跡の事はその時に考えましょう」

「・・・ああ。遺跡の事は俺達では判断できない」

「どうするのがベストか。両陣営が吟味する必要がありますからね」

「どちらにしろ、ナデシコが遺跡を確保する必要があります。地球側でもなく、木連側でもない俺達が」

「地球側では拙いのか?」

「地球側が遺跡を確保すれば、草壁の暴走は激化します。木連側が確保しても、草壁の独裁が激化するだけです」

「ナデシコが確保して、時間を稼ぐ必要があるという事だな」

「はい。ナデシコが確保し、中立の位置にいる事で、両陣営の考えを整理する時間を与えます。木連側での和平派の勢力を強くさせる為にも時間は必要でしょう」

 

鷹派の草壁の権力が強い状況下だ。

鳩派の人間の権力なんてあってないようなものだろう。

その勢力を逆転させる為に必要なのは長い時間と確実な援助。

利を説き、損を説き、真理を説き、虚偽を説く。

そうして、生まれ持った意識を改革する必要がある。

地球人の戦争への意識と木連人のゲキガン魂という意識を。

 

「我々が出来る事は遺跡を確保し、傍観する事。もしくは協力者と力をあわせて状況を的確に読み、的確な行動をする事でしょう」

 

それしか、ナデシコに出来る事はない。

所詮、突出した性能を持つだけの一戦艦に過ぎないのだから。

 

「・・・マエヤマ」

「あ、はい。以上で俺の考えは終わりですが」

「・・・お前は俺達より何倍も考えているんだな」

「え?」

「はい。私達はナデシコの悲劇を回避する事だけしか考えていませんでした。ですが、本当に悲劇を回避するのならそこまで考える必要があったんですね」

「・・・コウキ。凄い」

 

あの・・・そんなに尊敬の眼で見られると困るんですけど。

 

「俺は政治も戦争も詳しくないですから、俺の勝手な考えですよ」

「いや。それでも、それだけの認識が出来るのは凄いと思うが」

「ええ。地球人でそれだけの事を考える人がどれだけいるか」

 

そうまで褒められても、俺はどうしていいか分からん。

・・・照れるだけ。

 

「と、とにかく、まずはミスマル提督とフクベ提督に接触しましょう。それが全ての始まりです」

「そうだな。これでとりあえずの方針は決まった」

「今の私達に出来る事はとにかく与えられた任務をこなす事ですね」

「そうだね。まだ木連側に伝手がない以上、俺達に出来る事はない。地球側も提督達に任せるしかない」

「要するに俺達の役目は両陣営の橋渡し役という事か」

「ええ。それが何の権限もない俺達の限界でしょう」

 

一人で世界は変えられない。

でも、一人の要因で世界は変えられる。

きっとそれが未来を変えるという意味なんだと俺は思う。

今この瞬間、確かな始まりの一歩を俺は実感した。

 

 

 

 

 



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誓い

 

 

 

 

 

「本日よりナデシコは地球連合海軍極東方面軍へと編入されます」

 

プロスさんの一言から始まった軍への編入。

 

「はぁ!? 俺達に軍人になれっつのうかよ?」

 

当然、反発するわな。

というかアカツキ会長の参入イベントを思いっきりスルーしていた。

キランッて奴を見たかったんだけどなぁ。

 

「えぇ。ナデシコは今のナデシコクルーでなければ運営できない事。偉業を成し遂げた艦として更に活躍を期待されている事。それらの理由からなんです。はい」

 

だが、プロスさんも強か。

困ったように笑いながらも契約書を突きつける。

退職しても構いません。斡旋もします。ですが・・・。

その先が怖いです、プロスのダンナ。

 

「ま、俺達の居場所はどうなったってナデシコだって事だろ?」

 

誰かが発したその一言がそのままナデシコクルーの総意となった。

新たに参入した十数名もまたナデシコと共に進む。

ま、殆どが誰とも知らない役職なんだけど・・・。

 

「あら? いたの?」

「・・・相変わらずだな、カエデ」

「ふんっ。貴方に私の何が分かるのよ」

 

・・・こいつもいた。

何でも不足気味だったコックとして参入したらしい。

・・・とても料理できるようには見えないんだけど。

 

「お前、料理出来んの?」

「あ、当たり前じゃない。私はあの―――」

「ま、期待しないで待っとく」

「期待しなさいよぉぉぉ!」

 

でもま、ホウメイさんの負担が減るのは良い事だ。

・・・逆に負担にならなければいいが。

 

 

と思っていてすいませんでした。

・・・食べたんですが、とても美味しかったです。

あの時のしてやったり顔は忘れる事はないだろう。

あれ程に感情を剥き出しにして笑われたのは始めてだった。

むかつく笑顔だったけど、何故か心地良いという矛盾。

ま、これからの長い付き合いだ。

それがなぜかはおのずと分かるだろう。

 

「それにしても、スッキリしているじゃない」

「ああ。ちょっと色々あってね。缶詰だったんだよ」

「へぇ。どうせ変な事でもしたんでしょ」

「何? して欲しいの?」

「んな訳ないでしょうが!」

「お前もお前で見違えたけどね。こう見れば意外と・・・」

「何? 惚れた?」

「・・・十七歳には見えるかな」

「十八! 私は十八よ!」

「あ。そうなの? 初めて知った」

「前にも話したでしょうが!」

 

反応が面白くてついね。

 

「髪の色って染めてんの?」

「ええ。綺麗でしょ? この色」

「性格と真反対でびっくりだ」

「貴方ねぇ。素直に綺麗って言えばいいじゃない」

「あ。まぁ、綺麗だと思うぞ」

「え? あ、そう。分かっているじゃない」

「心も綺麗だとなお良いがな」

「充分、綺麗よ!」

 

亜麻色? クリーム色?

似合うっちゃあ似合うけど、イメージが違う。

何も喋らなければ割りと上流階級のお嬢様に見えなくもないけど。

 

「それって料理人だから?」

「あ。ポニーテールの事? 似合うでしょ?」

「ん。ああ。似合う。似合う」

「・・・なんかおざなりね」

 

白い眼で見られました。

 

「ポニーテール解くとどのくらいの長さなんだ?」

「前まで伸ばしたけど、荒れちゃったから切ったのよ。今は肩位かしら」

「へぇ。道理で・・・」

「何よ? 何か文句あるの?」

「俺の友達にポニーテールが大好きという奴がいるんだ」

「それで?」

「そいつが言うにはポニーテールは長ければ長い程、揺れて可愛いらしい」

「それじゃあ私のは可愛くないって事?」

 

拗ねてんのか? こいつ。

 

「いや。俺は何事も程良くだと思っている」

「あ。なら―――」

「だから、駄目だな」

「駄目なの!?」

 

流れ的におかしいでしょとかぶつぶつ言っているが、完全に無視だ。

 

「もう少し長い方がいいな」

「ふんっ。なんで貴方の要望に答えなくちゃいけないのよ」

 

ま、そりゃあそうだな。

 

「それで? 得意料理は?」

「え? 随分と話が飛ぶのね」

「いいから。いいから」

「和食ね。他も一通りは出来るけど、和食が一番」

「得意料理は肉じゃがですってか」

「え? 何で分かるのよ?」

 

マジかよ? 冗談なんだが・・・。

 

「ま、いずれその得意料理とやらを食べさせてもらおうかな」

「ふんっ。美味し過ぎて驚いたって知らないんだから」

「いや。ないない」

「見てなさいよぉ!」

 

そう言ってプンスカッという擬音が付きそうな去り方をしていくカエデ。

む。あれは俺の口ぐらいだから163センチって所か? 俺の時代だと丁度女性の平均って奴だな。

長い難民生活のせいか、全体的に細い。顔は誰もが可愛いというだろう。俺の評価が甘いだけかもしれないが。

奴も美人。なるべくしてなったナデシコクルーという奴だな。

髪と性格のギャップさえどうにかしてくれれば。

亜麻色というのはもうちょっと癒し系のイメージが・・・。

俺の勘違いなら謝る。いや。勘違いな気もしてきたが・・・。

ああいう系は金髪、桃髪、赤髪と相場が決まっているのでは?

・・・いや、そんな事もないのか。

 

「変な奴」

 

カエデに不思議な微笑ましさを与えられながらも、同時に鬱。

その理由は・・・。

 

「ホーッホッホ。マエヤマ・コウキ。残念だったわね。私がこの艦の提督よ。そして、名誉ある元副提督よ」

 

・・・キノコさんがいらっしゃるからですよ。

はぁ・・・。分かっていた。分かっていたさ。

でも、やっぱり嫌なもんは嫌なんだよ。

 

「・・・お久しぶりです、提督」

「敬いなさい。ホーッホッホ」

 

何よりも気分を害するのが元副提督という身分。

俺達の笑いあり、涙あり、まぁ、4対1ぐらいの割合だろうが、の大冒険に参加していたとなってる事だ。

大方、地上でのんびりしていたんだろうに。

これが噂によく聞く上司の手柄横取り? ちょっと違うか。

何もしないのに、名誉だけ頂く。典型的な嫌な上司って奴だな。

 

「ホーッホッホ」

 

不思議な笑い方をして去っていくキノコ提督。

笑いすぎて頭から引っくり返らないかな。

 

「マエヤマさん。丁度良い所に」

「あ、プロスさん」

 

呼ばれて振り向けばプロスさん。

その横には・・・。

 

「エリナ・キンジョウ・ウォンよ。貴方の代わりに副操舵手を務めるわ」

 

・・・美人の敏腕秘書がいらっしゃいました。

目付き鋭いですね。劇場版の彼女がとても女らしかったのは今でも覚えています。

思い込んだら一直線って感じでしたね、はい。

 

「マエヤマ・コウキです。それなら、俺はお払い箱という事ですか?」

「いやはや。マエヤマさんには他の役職で活躍してもらうつもりですので。はい」

 

勝ち誇った顔している秘書さん。

でもさ、俺ってば、あんまり貴方が操舵手として仕事していた所を見た事がないのですが・・・。

多分、都合の良い役職で乗り込もうとしているだけで、運転技術はそうでもないと見た。

 

「なるほど。それならば、俺とどちらが優れているか勝負しましょう」

「は?」

「え?」

 

驚いていますね。

 

「俺という副操舵手がいるのにあえて副操舵手を用意する。その意図が掴めません」

「いえ。それはマエヤマさんの負担を軽くする為に」

「ありえないですね。俺が副操舵手として働いた事は・・・一度もありませんから!」

 

そう、何を隠そう副操舵手の仕事だけはやった事がない。

他の仕事は全部やりました。通信士の仕事もサツキミドリの時にやりました。

でも、操舵手だけはやっていない。

ある程度はオモイカネがやってくれるし。

いざという時はミナトさんが引っ張ってくれる。

とてもじゃないが、俺の役目はなかった。

それはプロスさんとて知っている筈。

それならば、あえて副操舵手を雇う必要はない。

即ち、彼女は操舵手としての仕事をまったくしないつもりで、別の用件で搭乗してきたという事。

ま、知っているんだけどね。

 

「へぇ。意外と賢いのね」

 

その上から目線をやめて頂きたい。

 

「貴方がナデシコに乗る意図が掴めませんから。ま、大方、ネルガル側の意向なんでしょう?」

「よく分かりましたな」

「ま、プロスさんと親しいようですし」

「なるほど。それは一本取られましたな。まさか、私でバレてしまうとは」

「ネルガル社員と知り合いである人間はネルガル社員の確率が高い。要するに貴方もですよ。アカツキ・ナガレさん」

 

バッと後ろを振り向く。

 

「へぇ。僕の事も気付いていたんだ」

「俺は男なので。女性ならあちらでお待ちですよ」

「嫌よ。そんな男」

 

秘書さんを指し示してみる。

 

「それと、人の彼女に手を出さないで下さい」

 

ミナトさんにぶたれた頬が赤く染まっている。

原作通りだが、むかつくものはむかつく。

 

「え? 彼女の恋人って君なのかい? そりゃあ笑えるね」

「笑える? どういう意味ですか?」

 

ムカッと来た。

 

「彼女は君には勿体無い程に良い女だって事だよ」

「ええ。それは認めましょう。ですが、貴方に言われる筋合いはないかと」

「少なくとも、ビジュアルの面では君より相応しいと思うけど?」

「なるほど。パイロットとして搭乗しておいて、顔で勝負ですか。腕を疑われますよ」

「言うねぇ。パイロットとしても碌に動けない男が」

「ッ!?」

 

正論だから、反論は出来ない。

だが、これは怒りじゃない。情けなさだ。

 

「ま、そんな話は置いておこう。君と喧嘩しに来た訳じゃないんだから」

「・・・何ですか?」

 

怒りや情けなさがぐるぐるして眼の前の人物を睨んでしまう。

仕方ない事だと思って欲しい。

 

「エステバリスの新型フレーム。高機動戦フレームを持ってきたんだ。それの調整をして欲しい」

「高機動戦フレーム?」

 

そんなの知らないぞ、俺。

原作にもなかった。

 

「テンカワ君の稼動データを基にして造り上げられた新しい機体だよ。名前通り、機動性を高めてある。それに全体的な底上げもね」

「その意図は?」

「現状のスピードでテンカワ君は満足してくれなくてね。急いで造り上げたんだよ」

「それらの技術のフィードバックは他パイロットにもですか?」

「もちろん。僕も、君もだ」

 

どちらにしろ、死ぬ確率が低くなるならやるつもりだ。

味方を殺したくないと思うのは誰だって一緒だからな。

 

「分かりました。引き受けましょう」

「助かるよ。天才プログラマー君」

「その前に一つ」

「何かな?」

「あたかも自分が造り上げたように言っていますが、貴方はネルガルの社長か何かですか?」

「違う違う。僕みたいな若い奴がそんな役職に着いている訳ないでしょ」

「そうですか。変な事を言いました。すいません」

「いいよ、いいよ。じゃあ、よろしく頼むね」

「ええ。やっておきますよ」

 

ネルガル会長アカツキ・ナガレ。

若くとも会長職としての矜持があるといった所かな。

あれが企業のトップか。

ああいう奴らをこれから相手にしていくと思うとやっぱり鬱だなぁ。

 

 

 

 

 

「彼、結構鋭いね。社長だってさ」

「貴方の不用意な発言が原因だと思うわよ」

「マエヤマさんの勘の鋭さはナデシコで頼りにされていました。あまり油断されない事ですな」

「気を付けておくよ、プロス君。それで? 彼女との接触は?」

「エリナさんがやってくれると聞いていますが?」

「ええ。私が接触するわ。ボソンジャンプの大事な手がかりだもの」

「上手い具合に映像から外れていたみたいだけど、ミスマル・ユリカから証言を得られたから信じるに値するね」

「そうね。必ず実験に付き合ってもらうわよ。キリシマ・カエデ」

 

 

 

 

 

「それでは、御願いします。提督」

「うむ。君達の考えにはワシも賛同だ。ワシも全力を尽くそう」

「ありがとうございます」

 

本日付けで退艦するフクベ提督を見送る為、クルーが集まった。

花束の贈呈など、儀式らしい儀式が終われば、静かなもの。

火星の民達からあらん限りの罵声を浴びせられたフクベ提督。

彼らを刺激するのはまずいとささやかな送迎しかできなかったのが残念極まりない。

彼らも理性では納得しているんだ、仕方のない事だったと。

でも、そんなに簡単に割り切れるものではない。

あのカエデすらも怒りで顔を染めて叫んでいた。

何故、私達を置いて逃げたの!?

何故、私達だけこんなに辛い思いをしなくてはならないの!?

あれは、正直、見ていたくなかった。それ程、胸が痛んだ。

 

「マエヤマ君。ワシは感謝しているんじゃ」

「え?」

「ワシは贖罪の為に火星にやってきた。そして、火星にこの老骨を埋めようと考えていた」

「・・・やはりそうでしたか」

「若いのに悟られるとはまだまだじゃな」

 

そう言って笑うフクベ提督はナデシコの提督席に座っていた無口で生きる事に疲れたような老人などではなかった。

どこか歴戦の勇士を感じさせる威厳のある老獪な将校。これこそが彼の本来の姿だと俺は思う。

やはり、目的が人を変えるんだな。

 

「ワシはこれこそが贖罪と考えている。無論、それだけで許されるとは思っとらん。じゃが・・・」

 

チューリップをユートピアに落とし、それを悔やむ自分がいた。

それなのに、英雄として祀り上げられ、更に心の傷は広がった。

もう、その心の傷は塞がらない。

もしかしたら、これからも傷は増え続けるかもしれない。

それでも・・・。

 

「ワシがここにいた。それを証明しよう。そして、長き平和の為に・・・この老骨を削っていこう」

 

・・・そう呟く飾りではない本物の英雄の姿が俺には眩しかった。

 

 

 

 

 

「・・・ミナトさん」

「・・・コウキ君」

 

長い事、ミナトさんと会話らしき会話をしていない。

ずっと体調不良と部屋に籠もり続けるミナトさん。

何度も足を運ぶが、独りにして欲しいと言われ続ける。

何度も何度も足を運んでもその言葉に変わりはなかった。

いくらなんでもおかしい。

最早、心配、不安だなんて言っているレベルではなかった。

強行突破してでも扉の向こうにいるミナトさんに会うべきだ。

心はそう決めた。だが、悩む自分がまだいた。

本当にこうしていいのだろうか?

もしかしたら、俺が入ったら余計にこじれるのではないだろうか?

やはり不安は隠せなかった。

自分の感情なんか今はもう関係ないと思いつつ、臆病な自分は行動に移す事が出来なかった。

そう思ってからも、何度も足を運んだ。

そんないつも通りの時間。ようやく? いや、遂に事態が動いた、いや、動いてしまった。

・・・呼びかけても声が聞こえないのだ。

何度ミナトさんの名前を呼んでも反応は返ってこない。

サウンドオンリーの無粋な文字は俺に何も教えてくれない。

この扉の向こうでどれだけミナトさんが悲しんでいるのか、苦しんでいるのか、俺には何も伝えてくれない。

カッと頭が晴れた。

何を躊躇していたんだ。

悩む必要なんてなかった。

苦しい時に、悲しい時に、寂しい時に。

傍にいるのが恋人なんだと気付いたから。

 

「艦長! マスターキーを貸してください!」

「え? 何に使うんですか?」

「ミナトさんに会いに行きます。己惚れかもしれないけど、ミナトさんは俺を待ってくれています。それに、何より・・・俺がミナトさんに会いたいんです」

「・・・はい! わっかりましたぁ! マエヤマさん! ミナトさんを御願いします!」

 

そう言って手渡しされるマスターキー。

これで無骨な扉を、全ての視覚を塞ぐ扉を、会話を妨げる扉を。

開ける事が出来る。

 

「ありがとうございます」

 

返事を待つ事なく走り出す。

身体よりも先に心が走り出している。

俺は異常な身体よりも速く走る心に追いつこうと必死に走った。

 

「ミナトさん!」

 

扉を叩く。

返事はない。

 

「ミナトさん」

 

扉を叩く。

これまで幾度となくしてきた事だ。

結果は変わらない。

 

「開けますからね」

 

マスターキーを通す。

開けた扉。

部屋は・・・真っ黒だった。

 

「ミナトさん?」

 

暗闇は全てを隠す。

まるで誰もいないかのように、姿も気配も隠し通す。

でも、俺の異常な視力は暗闇すらも克服した。

 

「・・・ミナトさん」

 

ベッドに縋りつくようにして寝るミナトさんの姿。

ゆっくりと近付く。

 

「・・・らしくないですよ、ミナトさん」

 

ベッドに眠るミナトさんは酷い格好だった。

いつも優しく、暖かく見守ってくれる眼はくすみ。

パッチリと大きな眼を演出する目元は隈が覆う。

欠かす事のない髪は荒れ、欠かす事のない化粧もされていない。

まるで本当に病人のようで、胸が痛んだ。

こんなになるまで恋人を放っておく奴がいるか。

自分を思いっきり殴りたくなった。

 

「・・・ミナトさん」

 

いつの間にか口にしていた最愛の人の名前。

いつもならプックリとしている妖艶で魅力的な唇。

今ではカサカサに乾燥していた。それが痛々しくて堪らなかった。

・・・思わず俯く。

 

「・・・コウキ君」

 

でも、すぐにバッと顔をあげた。

ミナトさんは確かに自分の名前を呼んだ。呼んでくれた。

 

「ミナトさん!」

 

何故か涙を流すミナトさんを必死に抱き締める。

久しぶりに味わう温もりに俺も自然に涙が流れていた。

 

 

 

 

 

「そう・・・ですか。そんな事が」

 

腕の中で意識を失うミナトさん。

それが俺に焦りと不安を呼び、胸を激痛が襲った。

何に構う事もなく、急いで医務室にミナトさんを運ぶ。

病状は疲労とストレス、そして、栄養失調。

最近ではまず起きないらしい病状でミナトさんは倒れた。

部屋に籠もりつつも何か食べているだろうと過信していた自分を全力で殴りたくなる。

何故、もっと早くこうしなかったんだと嘆きたくなる。

でも、辛いのは俺じゃなくてミナトさんだから。

気丈に振舞った。

説教してくる女医さんの話なんて耳に入らない。

俺の意識は全てミナトさんに向いていたから。

それに気付いたんだろう。女医さんは無言で去っていった。

きっと、それは彼女の傍にいてあげなさいという意味で、頭を下げるのも忘れてミナトさんが眠るベッドへと飛んだ。

後で御礼を言おう。

そう決めて、眠るミナトさんの手を握って、そのままミナトさんが起きるまで握り続けた。

 

「・・・ここ・・・は?」

 

待ち望んだ声。

飛び上がりたくなるような喜びを必死に抑え、出来る限りの優しい声で告げた。

 

「医務室ですよ、ミナトさん」

「・・・コウキ・・・君?」

「・・・はい、ミナトさん」

 

俺の顔を見て、呆然として、その後、周囲を見渡す。

 

「倒れ・・・ちゃったんだ」

「はい。栄養失調らしいです」

「アハハ。何だか間抜けね、それ」

 

そう力なく笑うミナトさん。

その様子が堪らなく悲しかった。

 

「ミナトさん、教えてください。何があったんですか?」

 

どうしても、俺はこうなった理由が聞きたかった。

きちんと説明を受け、その上で俺に怒鳴り散らしてくれてよかった。

どうして気付いてくれないのか!?

私がこんなに苦しんでいたのに! と。

そうやって少しでも心を軽くして欲しかった。

ストレスで傷付いた心を。

 

「・・・メグミちゃんから聞いてないの?」

「え? 何がです?」

 

突然出たメグミさんという名前に驚いた。

俺の知らない所で何かあったのだろうか?

 

「・・・そう。早とちりだったのね」

「・・・何の話です?」

「・・・でも、いつか言わないといけない事だから」

 

真剣な顔付きに変わるミナトさんに俺も自ずと表情を改めて、言葉の続きを待った。

 

「私はね・・・」

 

そこで聞いた俺のトラウマの件。

苦しむ俺に強要させて心を傷付けた。

激痛を与えるトラウマを抉った。

そんな自分がどうしても許せなくて、自分が嫌われるんじゃないかって怯えて。

ずっと暗闇にいたらしい。

 

「・・・ミナトさん。貴方は優し過ぎます。こんな臆病で弱い人間の代わりに傷付かないでいいんです」

 

心からの本心だった。

トラウマになったのは自分の心が弱いから。

覚悟が、意思が、全てにおいて足りなかったから。

そんな苦しみをミナトさんが背負ってくれていた。

本当に良い女だと思う。本当に俺には勿体無い。

片手で握るミナトさんの手にもう一つの手を重ねる。

 

「貴方は本当に馬鹿だ。背負わなくていい事まで背負って」

 

弱々しい力で握り返してくる手が無性に悲しい。

 

「ミナトさんが俺の為を思ってやってくれた。その事に善意があっても悪意はないという事は俺が一番知っています」

 

どんな事であっても俺を想っての事。

俺の為を想って、ミナトさんなりに覚悟を決めてやってくれた事。

 

「そんなミナトさんを俺が嫌う筈ないじゃありませんか。俺はずっとミナトさんを愛し続けます」

「・・・コウキ君、コウキ君」

 

頬を伝う涙。

全ての闇を切り離すかのように流れ続ける涙は歓喜の涙だった。

・・・ようやく、俺はミナトさんの笑顔を取り戻したんだな。

背負う事なきものまでをも背負う強く優しい彼女を俺は愛し続けよう。

俺を想い、信念を持って傷を抉る事も厭わない彼女を俺は愛し続けよう。

その溢れんばかりの愛に俺も溢れんばかりの愛で応えよう。

涙を流しながら、力弱く、それでも、全ての闇を払うかのような真っ直ぐで綺麗な笑みを浮かべる彼女にそう誓った。

破る事ない生涯の誓いを。

 

 

 

 

 



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高機動戦フレーム

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ちょっと失礼しますね」

 

ブリッジから抜け出す。

 

「健気ですねぇ」

「ちょっとした休みでも必ず医務室に行きますからね」

「私、ミナトさんに謝らないと。ミナトさんはマエヤマさんの事を想ってやったのに。私、酷い事を」

「一緒についていってやるから」

「・・・ガイさん」

「・・・メグミ」

「あ。そういうの間に合っているから」

「いいじゃねぇか、別によぉ」

 

何かブリッジが騒がしいけど、無視だ。

あともうちょっとで退院できるらしいし、何より少しでもミナトさんと一緒にいたい。

 

「ミナトさん!」

「・・・コウキ君、別にいなくならないわよ」

 

そう言って苦笑するミナトさん。

あれから大分顔色も良くなったし、いつもの魅力的なミナトさんになりつつあった。

いや、ま、今でも充分に魅力的だけどさ。

 

「仕事は?」

「休憩です。ま、後少ししたら戻らなっきゃいけないんですけどね」

「いちいち来なくていいのに」

「まぁ、いいじゃないですか」

「まったく。仕方ないわねぇ」

 

いいの、いいの。

来たくて来ているんだから。

 

「そろそろ北極かしら?」

「ええ。あと数日で作戦開始ですよ」

「えぇっと、北極熊だっけ?」

「そんな所です。あそこは微妙な操作が必要ですからね。ミナトさんはいつ頃?」

「明日には退院できるそうよ。心配かけてごめんなさいね」

 

明日退院できるらしい。

いや。良かった、良かった

 

「操舵の腕は大丈夫ですか?」

「甘く見ないでよ。私に任せなさいっての」

 

力瘤を見せつけようとするミナトさん。

大人の魅力と少女の魅力を同時に味わった気がする。

 

『マエヤマさん。そろそろ』

 

あ。休憩時間が終わる。

 

「それじゃあ、また来ますから」

「ええ。ありがとう」

「いえいえ。それじゃあ」

 

もう殆ど健康体と言ってもいいミナトさん。

本当に良かったと心から思う。

俺のせいで苦しませてしまったんだ。

ちゃんとその償いをしないとな。

ま、償いと言いつつ、俺が一番楽しんでいるんだけど。

 

「あ。コウキ」

「ん? 何でお前がここにいんの?」

 

医務室から出ると何故かカエデと出くわした。

 

「私がここにいちゃ悪いの?」

「いやそうでもない。怪我でもしたのか?」

「ま、まぁね。包丁で指切っちゃって。消毒だけでもって」

「おいおい。血の味がするのは嫌だぜ」

「ちょ、ば、バッカじゃない!? そこは大丈夫かって心配する―――」

「大丈夫か? ちょっと見せてみろ」

「え? え? も、もぉ、いつも唐突なのよ、貴方は」

 

うわ。パックリ切れてやがる。

でも、ま、変に切るよりかは治りも早いっていうし。

 

「ちょっと待っていろ」

「え? 何? 何なのよ」

 

出てきた医務室に再度突入。

 

「あら? どうかしたの? コウキ君」

「今、誰かいましたっけ?」

「えぇっと、何か会議中とか何とか」

 

誰もいないのか。

ま、消毒ぐらいなら俺でも出来るだろ。

 

「来いよ。やってやるから」

「え? いいの? 勝手に」

「いいだろ。消毒ぐらい」

 

えぇっと、棚の中に消毒液があって。

 

「コウキ君。彼女は?」

「あ、はい。カエデ。自己紹介」

「はぁ!? 何で?」

「人間関係を円滑にする為に自己紹介は必須だぞ」

「ふんっ。分かったわよ」

 

あ。あった、あった。

水絆創膏。料理できなくても皿洗いとはするんだろうし。

これがベストだろ。

 

「キリシマ・カエデ。コックよ。貴方は?」

「ふふっ。私はハルカ・ミナト。今はこんなんだけど、操舵手を務めているわ」

「へぇ。そうは見えないのに」

「ふふっ。よく言われる」

 

意外と仲良くやっていけそうか?

 

「おい。カエデ。ちょっとこっち来いよ」

「嫌よ。貴方が来なさい」

「はぁ・・・」

 

我が侭な奴だ。

薬品が置いてあった部屋の隣にあるベットルーム。

消毒液、消毒液を浸す為のガーゼ、水絆創膏を持ってそこまで移動する。

ごみとかで面倒だから、こっちでやろうと思っていたのに。

 

「ほら。そこ座れよ」

 

ミナトさんのベッドの脇にある椅子を指し示す。

その間に、違う所から椅子を持ってきて、その前に座る。

 

「そういえば、どうしてカエデちゃんは医務室に?」

「ふんっ。なんでもな―――」

「こいつ指切ったんですよ、包丁で」

「あら? 大丈夫なの?」

「ちょ、何で言うのよ!?」

「事実だろ。パックリ切れているから逆にいいです。傷跡も残らずスーッと治るかと」

「良かったじゃない」

「・・・別に言わなくたっていいのに」

 

消毒液を浸して・・・。

 

「ほら。手」

「何よ?」

「消毒してやるから手をだせ」

「嫌」

「嫌、じゃない。ばい菌が入ったら困るだろうが」

「貴方に触られるのが嫌」

「はぁ・・・。こっちは親切でやってやっているのに」

 

ここまで来てやらないのも何だかなって感じだし。

 

「ほっと」

「キャッ! 何触ってんのよ!」

「いいから。黙ってろって」

 

強引に膝の上に置かれた手を掴む。

こっちも時間ないんだから、手間取らせんなと思う。

 

「綺麗な髪ね」

「あ、当たり前じゃない」

 

お。ミナトさん、そのまま、気を引き付けておいてくれ。

さっさと終わらせちゃうから。

 

「私も髪の毛切ろうかしら。ちょっと荒れちゃったのよね」

 

それは困る。

 

「いやいや。ミナトさんはそのままが良いですよ」

「あら? そういえば、コウキ君の好きな髪型聞いてなかったわよね」

 

俺の好きな髪形ねぇ・・・。

とりあえずどちらかというとロングの方が良いかな。

ショートも可愛いと思うけど。

色はその人に合っていれば何色でもいい。

ストレートにも惹かれるけど、ちょっとカールしていても可愛く見える。

お団子も嫌いじゃないし、ポニテもなんだかんだで好きだ。

う~ん。やっぱり、本人に合っているのがいいって結論に落ち着くな。

優柔不断と笑うなかれ。

女の子は髪型でイメージが変わるから難しいのです。

 

「俺としてはその人に合っている髪型が素敵かと」

「じゃあ、カエデちゃんは?」

「な、何で私に振るのよ! 貴方の意見なんてどうでもいいわ!」

「まぁまぁ、カエデちゃん。男の人の意見を聞くのも大事よ」

「私は私の好きにやるの!」

「可愛いと思うぞ」

「え? えぇ!?」

「あら。コウキ君ったら大胆」

 

可愛いのは事実。

イメージとちょっとズレてるけど。

 

「ま、もうちょっと長ければ完璧だな」

「だってさ」

「だ、だから関係ないって言っているじゃない!」

 

クスッと笑うミナトさん。

何か不思議と微笑ましいんだよな。

カエデの態度って。

普通ならイラッとするんだけど。

本当に不思議だ。

 

「ちょっと沁みるぞ」

「え? あっ・・・」

 

水絆創膏って便利だけど沁みるんだよなぁ。

ま、後の事を考えたら今は我慢するべきだろ。

 

「何だか兄妹みたいね」

「妹を欲しいという時期もありましたが、もっと静かな子がいいですね」

「何ですってぇ!? 充分、静かじゃない!」

「大きな勘違いだろ。でも、ま、静かになれば可愛い妹なんじゃん」

「なっ!?」

「飛ばすわねぇ。初心なコウキ君とは思えないわ」

「こいつには何か遠慮いらないかなって」

「遠慮しなさいよ!」

「嫌」

「嫌って何よ!」

「俺は俺の信念を貫く!」

「はぁ!? 意味わかんないわよ!」

「カッコイイ事を言っているように聞こえるけど、実態はそんなんじゃないわよね」

「もちろんっす」

「その実態は?」

「散々弄り尽くす」

 

からかうと楽しくて仕方がない。

 

「弄る? 私を弄ろうなんて百年―――」

「じゃあもう御婆ちゃんだね。百年経ったから弄られているんでしょ?」

「違うわよぉぉぉ!」

 

相変わらずうるさいのぉ。婆さんや。

 

「はい。完了っと。これで皿洗いぐらいはできるだろ」

「あ、ありがと」

「んじゃ、俺は行くからな。ミナトさん、また」

「ええ。頑張って」

「どうも」

 

さてと、仕事、仕事。

あ、気付けばこんな時間に・・・。

下手すると遅刻で怒られるかも。

許してもらえるかどうか・・・。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「相変わらずね」

 

慌てて去っていくコウキ君を見送りつつ思う。

きちんと話せばよかったなって。

勝手に勘違いして、勝手に悲しんで、勝手に引き篭もった。

それがどれだけ心配かけているかも気付かずに。

コウキ君は私の話を真剣に聞いて、全部聞いた上で、私を許してくれた。

酷い事をしたのに、ありがとうって。

本当にお人好しだと思う。

嫌われて当然だと思ったのに、ずっと愛してくれるって言ってくれた。

本当に嬉しかった。

今回の件で、私が独り善がりだったって気付いた。

これからはきちんと話そうって。

どんな事でも臆せず話そうって。

そう思った。

コウキ君ならきちんと向き合ってくれるから。

 

「あいつ、忙しいの?」

 

コウキ君が去ったって事はここに残るのは私と彼女。

キリシマ・カエデちゃん。

亜麻色の髪の毛をポニーテールにした可愛らしい少女。

あと数年したら、誰もが振り返る美女になるでしょうね。

でも、今はまだ背伸びしたがるお年頃って感じかしら。

プンスカって口を尖らせているのは歳相応の可愛らしさ。

ふふっ。仲良くなれそうだわ。

 

「コウキ君は色んな役職を兼任しているから忙しいのよ」

「ふんっ。中途半端って事じゃない」

 

ハハハ。言われちゃっているぞ、コウキ君。

 

「ああ見えて頑張っているんだから。応援してあげて欲しいな」

「べ、別に貶している訳じゃないわ」

 

そういえば、どうしてコウキ君と知り合いなのかしら。

 

「コウキ君といつ知り合ったの?」

「・・・・・・」

 

考え中? あれ? 今度は真っ赤。

何したのよ? コウキ君。

 

「言えないような出会い?」

「ち、違うわ」

 

慌てちゃって。

余計気になるじゃない。

 

「教えてよ」

「・・・迷子になったのよ。そこをあいつが・・・」

「え?」

「だから! 迷子になった所を助けてもらったって言っているじゃない! 一回で聞き取りなさいよ!」

 

あ。そういう意味で真っ赤になったのね。

迷子が恥ずかしいって事か。

 

「へぇ。コウキ君らしいかな。迷子の子を救出なんて」

「ま、迷子なんかじゃないわよ!」

「自分で言っていたじゃない、今、迷子って」

「ば、場所が分からなかったから仕方なかったの!」

「それを迷子って言うのよ」

「ふ、ふんっ。勘違いはいい加減にして欲しいわね」

 

なるほど。

コウキ君の気持ちが分かったわ。

この子・・・楽しい。

 

「貴方、コックなのよね」

「そうよ。それが何なのよ?」

「得意分野は?」

「和食ね」

「へぇ。ホウメイさんの得意料理が中華だから、丁度いいじゃない」

「残念ながら、シェフには敵わないわ」

「あら? 素直ね」

「ふんっ。私はいつでも素直よ」

「そう。得意料理は? 肉じゃが?」

「・・・なんで分かるのよ。貴方もあいつも」

「コウキ君の口癖だったもの。得意料理は肉じゃがですって」

「はぁ!? 意味わかんないわよ」

「ええ。私もわかんないわ」

「変な奴」

「そうね。変な子よ、コウキ君は」

 

どうせまた変な事を言って困らせたんでしょ、コウキ君。

ダメだぞ、そんな事ばかりしてちゃ。

 

「貴方はどうしてナデシコに乗ったの?」

 

火星からの救民は殆ど地球に降りた。

何人かは残ったけど、それも殆ど少数よね。

・・・やっぱり地球に居場所がなかったのかしら。

 

「地球に伝手なんかないもの」

 

・・・両親はやっぱり。

 

「私は火星大戦で全てを失ったわ。両親も。お店も。妹も。居場所なんてないわよ」

 

・・・強がっている。

きっと、この態度もこの子なりの強がりなんだわ。

必死に心を強く保とうとしている。

 

「ま、ナデシコが私を必要としているからここにいてあげているってのもあるけどね」

「そっか」

 

誰かがカエデちゃんを支えてくれると嬉しいんだけど・・・。

その第一候補がコウキ君ってのが複雑ね。

あれだけ遠慮なく話せる友達ってなかなかいないだろうし。

コウキ君はコウキ君で楽しそうだしなぁ。

一難去ってまた一難って感じかしら。

 

「私は食堂に戻るわ」

「ええ。お大事に」

「ふんっ。大袈裟よ」

 

新たな仲間を引き連れて、花咲くナデシコ今日も行く。

・・・なんてね。

さてっと、早く復帰しないとコウキ君を取られちゃうじゃない。

という訳で寝よ。寝るのは嫌いじゃないしね。むしろ、好き。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「復帰おめでとうございます、ミナトさん」

「ありがと。心配かけてごめんなさい、艦長」

 

翌日、ミナトさんの姿がブリッジへ帰ってきた。

いや。やっぱりここはミナトさんの席って感じがする。

決して秘書さんの席ではないのだ。

 

「いやはや。これでようやくブリッジクルーが揃いましたな」

 

プロスさんもご満悦。

 

「あの・・・ミナトさん、私・・・」

「いいのよ。メグミちゃん。貴方はコウキ君の事を思って言ってくれたんでしょ? それなのに、怒るなんて筋違いだもの」

「でも、ミナトさんを傷付けて・・・」

「いつも通りに接してくれるのが一番嬉しいかな」

「・・・そうですか。分かりました。これからもよろしく御願いしますね、ミナトさん」

「ええ。こちらこそ」

 

えぇっと、二人の間に何があったかは知らないけど、仲直りしてもらえてよかったかな。

 

「おかえりなさい、ミナトさん」

「・・・おかえり」

「・・・ミナトさん、おかえりなさいです」

 

オペレーター三人娘も笑顔でお出迎え。

う~ん。癒されるね。

隣に・・・。

 

「何よ。この名副提督と名高い私の時はあんな御出迎えしなかったくせに」

 

・・・キノコさんがいなければなお良いのに。

耳は痛いし、ストレス溜まるし、元の席に戻っていいかな?

 

「艦長。元の席に戻ってもいいですか?」

「え? でも・・・」

「大丈夫ですよ。トラウマを克服するまではレールカノンはルリちゃんに任せますから」

「・・・大丈夫ですか?」

「ええ。それに、俺がそちらの席に戻らないと新しく入った方の席がなくなるじゃないですか?」

「え?」

「とにかく、オペレーター補佐などの仕事もありますから。前の方が都合も良いんです」

「そうですか。分かりました」

 

おし。艦長の許可をもらいました。

さっそく、移動しましょう。

 

「・・・貴方」

「あ。どうぞ。席が空きましたので」

「・・・覚えてなさい」

 

ふっふっふ。一名様、山菜狩りにご案内。

 

「可哀想よ、彼女」

「ちょっと因縁つけられたので。これぐらいの嫌がらせは軽いもんですよ」

「・・・はぁ。あの席は神経使いそうだものね。色んな意味で」

 

エリナ秘書は副操舵手としてブリッジにいる義務がある。

だが、彼女の席はない。候補としては俺の席か、副提督の席か。

その状況下で俺は元の席に戻った。そうなれば、答えは判るでしょ?

 

「いや。そもそも俺の席はこっちですから」

「ま、それもそうね。私の隣はコウキ君」

「そういう事です」

 

顔を見合わせて笑う。

うん。色々とホッとした。

 

「・・・あの、コウキさん」

「ん? 何かな? セレスちゃん」

 

席に着くと隣のオペレーター席にいるセレス嬢から声がかかる。

 

「・・・あの・・・その・・・」

 

ん? 俯いてどうしたんだろう?

俺、何か泣かせるような事しちゃったかな?

 

「もぉ。鈍感ね」

「え?」

 

ミナトさんが無言で自分の腿を叩く。

あぁ。そういう事ですか。

 

「ホイっと」

 

セレス嬢の脇の下に手を入れて、持ち上げる。

そのまま、抱きかかえて・・・。

 

「これでいいかな?」

「・・・はい。ありがとうございます」

 

腿の上に乗せて、セレス嬢の背中からの重みを胸で支える。

いや。セレス嬢って軽いから全然気になんないけどね。

 

「ふふっ。可愛らしい」

 

隣の席のミナトさんを始めブリッジの誰もが微笑ましいといった笑みを浮かべる。

それはあの秘書さんも同じで、ちょっと悪い事したかなって思ってしまう。

山菜狩りは酷すぎたかも。あれは隣にいるだけで胃に来そうだ、いや、来る。

 

「この状態でセレスはオペレートした方がいいんじゃないですか?」

「おいおい。ルリちゃん」

 

うっすらと微笑みながらルリ嬢らしくない事を言うルリ嬢。

ルリ嬢にまでからかわれたらブリッジでも四面楚歌になっちまう。

 

「・・・そっちの方がいいかもしれません」

 

・・・同意しちゃ駄目だよ、セレス嬢。

体勢的に難しいでしょうが。

 

「駄目ですよ。戦闘中の緊張感がなくなっちゃうじゃないですか」

 

癒されすぎて戦闘に集中できない可能性が非常に高い。

 

「もともとあってないようなものよ。緊張感なんて」

「あ。酷いですよ。ミナトさん。ユリカは一生懸命頑張っています」

「艦長もお気楽じゃない。それに、ナデシコはお気楽な方が強いと思うわよ」

「あ、それもそうですね」

 

って、おい。同意すんのかよ!?

 

「・・・む」

「いやはや。反論できないのが不思議です」

「大丈夫なの? この艦」

 

ゴートさんとプロスさんは半ば諦めているといった感じ。

エリナ秘書。大丈夫なんですよ、これで。

 

「そういえば、パイロットの方々は何をしているんですか?」

 

パイロットの席には誰もいないし。

 

「貴方に調整してもらった高機動戦フレームをシミュレーションしているのよ」

 

秘書さんも大概ですよね。

秘書って隠しているならそういう発言は避けるべきですよ。

貴方がネルガルの要職だってバレますから。

あれ? 秘書は隠してなかったか?

 

「高機動戦フレーム?」

「ユ、ユリカ。報告書にあったでしょ」

「えぇっと、よく見てないからわかんない」

「まずいよ、ユリカ。ちゃんと見ないと」

「だってぇ、書類ばっかじゃ疲れちゃうもん」

「疲れちゃうって。それが艦長の義務だよ、義務」

「えぇ~。あ、じゃあさ、ジュン君が色んな事を把握しておいてよ。ユリカはジュン君から聞くから」

「駄目だって。そんなんじゃ」

「・・・駄目なの? ジュン君」

「うっ! だ、駄目。きちんと艦長は艦内の事を全て把握して―――」

「ジュン君。御願い」

「・・・ま、任せてよ。僕が全部把握しておくからいつでも聞いてね」

「うん。流石はジュン君。最高のお友達だね」

「・・・まぁね。最高のお友達に任せておいてよ」

「やったぁ。ありがと、ジュン君」

 

カーッ!

押しが弱い。意見を貫け。

そして、艦長。いくらなんでもそれはまずい。

 

「・・・呆れちゃうわね」

 

全クルー呆れモード。

艦長も艦長だし、ジュン君もジュン君だ。

しかし、ジュン君の気持ちにまったく気付かない艦長は本当に凄いと思う。

ジュン君の気持ちを少しでいいから理解してあげて欲しい。

あ、凄いって別に褒め言葉じゃないからね。

 

「・・・これが惚れ込んだ弱みって奴?」

「ちょっと違うと思いますよ」

「・・・そうね。私もそう思うわ」

 

ジュン君、しっかり!

ちゃんと艦長の手綱を握ってくれ。

 

「・・・高機動戦フレームって何ですか?」

 

見上げるように訊いて来るセレス嬢。

あ。この角度。この姿勢。何を御願いされても応えてしまいそうだ。

ジュン君もきっとユリカ嬢の上目遣いに負けたんだな。

ちょっと気持ちが分かった。

 

「空戦フレームっていう空中戦の為のフレームがエステバリスにあるのを知っているかな?」

「・・・はい。情報収集に優れていて、隊長機として用いられるフレームですね」

「お、詳しいね、セレスちゃん」

「・・・勉強、しました」

「そっか。偉い、偉い」

 

撫で易い位置にあるから思わず撫でてしまう。

ま、仕方のない事だ。きっと誰だってこうする。

 

「武装はミサイルポッド、イミディエットナイフ、ラピッドライフルの三つで、まぁ標準装備って奴」

「・・・はい。特に他のフレームと変わりはありません」

「ここにレールカノンを足したのが現在の空戦フレームの武装なんだけど―――」

「そういえば、聞いたわよ、コウキ君」

 

い、いつの間に俺の後ろに。

ま、まさかボソンジャンプを使いこなしているのか!?

イネス女史!

・・・そんな訳ないけどさ。

流石は神出鬼没の説明お姉さん。

 

「な、何がです?」

「レールカノンをエステバリス用に実用化したのは貴方なんですってね」

「いえいえ。ウリバタケさんメインの俺補助って―――」

「そのウリバタケ技師から聞いたのよ。実用化にはマエヤマの力がなければ無理だって」

 

ウリバタケさん。

余計な事を言わないでくれ!

 

「まず、サイズの小型化。戦艦級に備え付けるので限界だったレールカノンをエステバリスでも持てるよう小型化した」

「ま、まぁ、参考程度に思い付く事を言ってみただけですよ」

「無理な言い訳ね。物を小型化するという事がどれだけ大変か分からない貴方ではないでしょう? それに、エネルギーコストの問題も解決しているわね」

「・・・・・・」

 

・・・追い込まれていく。

イネス女史、そろそろ抑えて欲しい。

 

「貴方の学歴は見させてもらったわ。どうして高校中退の貴方がそれだけの知識を持ち合わせているの?」

 

うわ。ここに来て捏造経歴の穴が発覚。

確かに高校中退にしては調子に乗り過ぎた。

しかも、普通高校だし。工学関係者には怪しまれる事この上ない。

 

「えぇっとですね・・・」

 

困った。本当に困った。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

黙り込むしかないという状況。

テンカワ一味とミナトさんという状況を知っている人達は心配そうにこっちを見ている。

プロスさん、エリナさん、ゴートさんなどのネルガル関係者は鋭い眼でこちらを見てくる。

イネスさんはニヤニヤして助けてくれる様子はない。

というか現在困らせてくれている張本人だし。

あぁ。ピンチ。今までで一番のピンチ。

 

「・・・コウキさん。高機動戦フレームの説明をしてください」

「え?」

「・・・私が先に質問しました。後からの質問に先に答えるなんて酷いです」

 

涙目で見上げてくるセレス嬢。

あぁ。罪悪感が溢れてくる。

 

「そうね。私が悪かったわ」

「・・・イネスさん?」

「セレスちゃんの言う通りだったわ」

「ちょ、ちょっと、きちんと答えてからに―――」

「貴方は幼い女の子を虐める趣味でもあるの?」

「な、ないわよ」

「それなら、後にする事ね。まずはセレスちゃんの質問に答えさせてあげなさい」

「・・・・・・」

 

不満顔のエリナ秘書。

他の皆さんは呆れ顔やら安堵の顔やらで・・・。

とにもかくにも・・・。

 

「助かったよ、セレスちゃん」

「・・・何もしていませんよ?」

 

いや。マジで助かりました。

貴方のおかげです。この質問に答えたら即行で逃げよう。

 

「いいから、いいから」

 

感謝の気持ちを込めて頭を撫でる。

もう何かある度に撫でるのはもう癖だね、基本だね。

 

「高機動戦フレームは空戦フレームと0G戦フレームの良い所を合わせて、その上で強化したフレームなんだよ」

「・・・空戦と0G戦をですか?」

「うん。重力波推進で機動を行うのが0G戦フレーム。そこにラムジェットを組み合わせたのが空戦フレーム。そこに大量の高出力スラスターを加えたのが高機動戦フレーム」

 

重力波推進、別名、反重力推進機関。

これのおかげで大気圏内でも空が飛べる。

空戦フレームはこの推進機関で浮遊して、ラムジェットで方向を決めるらしい。

0G戦フレームは逆に宇宙空間で足場を作る為にこの推進機関を利用しているらしい。

格闘戦とか足場ないと力が逃げちゃうって。

そこに機動力を高める為のブースター、バーニア、スラスターを装着する訳だ。

 

「・・・大量の高出力スラスターっていうのはどういう事ですか?」

「八ヶ月って結構大きくてね。エネルギーコストの低いスラスターが開発されたんだよ。それを大量に付け、更にバーニア、ブースターを備え付ける事で高い加速度を得られる」

「・・・でも、バランスが悪くなりませんか?」

「まぁね。でも、他の機能もそれを補えるだけ進歩しているんだ。重力波受信アンテナの効率も良くなったしね。その分だけ出力も上げられたって訳」

 

スラスター技術の向上がブースターやバーニアの付加に貢献した。

スラスターで姿勢制御能力を強めて、その上で抜群の加速力を誇る。

 

「姿勢制御用のスラスターを強化して、全体的にスラスターを追加。背部に二基のバーニアユニットを接続して更に強化。驚異的な加速力だね」

「・・・スラスターばっかりで不恰好になりませんか?」

「そのあたりは大丈夫みたいだね。見た限りカッコイイよ。設計者のセンスがいいみたい。ま、ゴツイ事は否めないけど」

 

ま、あれ、イメージで言えば、突貫大好きな某少尉の改修後宇宙仕様になった奴。

きっと某蜉蝣中佐もバッタか!? と驚いてくれる事だろうね。

 

「加速力、運動性などなど、元のエステバリスとはまるで違うよ」

 

まぁ、加速力、運動性、推力やアクロバット飛行という点では到底ブラックサレナに敵わないんだけどね。

あれは数年後の技術だし。仕方ない。

 

「重力波推進は本当に便利。重力下でも浮遊できるんだから。重力波推進技術の発達は重力を忘れさせてくれそうだよ」

 

大気圏を強引に突破した時は重力制御に本当に感謝したものだ。

俺の時代じゃあ、一般人では到底宇宙には行けないからな。Gが半端ないらしいから。

 

「全体的な出力も上がったからDFの強度も上がったんだ。まぁ、微々たるものだけどね」

 

微々たるものでも充分な強度。

その分を機動面と攻撃面に使えるんだから満足しなっきゃ。

 

「ま、要するに、従来のエステバリスより素早く動けて、攻撃が強くなって、守りが堅くなった。そして、特に素早さには気を遣いましたって事」

 

八ヶ月で自分達が使っていたエステバリスより高性能になるのは当たり前。

その上で機動面に力を注いだ事で誕生した機体ってな訳だ。

それに、加速に対するG緩和の技術も進歩しているし。

ま、鍛えてなっきゃ辛い事に変わりはないけどね。

加速力とか半端ないし。

 

「距離が限定されているのに高機動にする意味があったんですか?」

 

とはユリカ嬢の言葉。

意外と鋭い質問。このあたりは流石艦長って感じだな。

 

「距離制限も伸びましたよ。重力波アンテナの技術も日々進化していますから」

「ほぇ~。凄いんですね」

 

ええ。凄いんです。

 

「いざという時は十分程ですが単独行動も出来ます。行動範囲が広がるのは良い事でしょう?」

 

バッテリーの最大稼動時間も伸びた。

ま、性能の向上で前までと変わらなくなっちゃったけど。

 

「そうですね。十分は意外と長いですから。色々な事が出来ます」

 

そういえば、今回はサツキミドリの単独行動がなかった。

テンカワさんに頼んでパイロット達に単独行動を一通り経験しておいてもらおうかな。

時間とかに気を遣いながら行動するのって大変そうだし。

 

「・・・コウキさんは何を調整したんですか?」

「俺が調整した所は各部の制御の所かな。姿勢制御とかバーニアの出力とか色々と調整が必要だった。ま、シミュレーションだけでしか試してないから稼動データが欲しいけど」

 

ソフトを組める事が結構役に立っている。

偶に遺跡の知識を活用させてもらっているのは俺だけの秘密だ。

 

「何だか、コウキ君ってばいつの間にかそっち系の人間になっていたわね」

「え? どういう事ですか?」

「元々は副操舵手、副通信士、オペレーター補佐でしょ? 今では武器の開発とか制御盤の調整とかじゃない」

 

・・・否定できない。

というよりもオペレーター三人娘は教える事も殆どないし。

通信士と操舵手は優秀で俺の手なんか必要ないし。

こういう事をしないといらない子なんだよな、俺。

 

「結構楽しいんですよね、こういう事。昔はよく色々な物を拾ってきては工作していましたよ」

 

幼少の頃、一番はまったのはダンボールで秘密基地作りです。

いや。今思えば無駄な物ばっかり作っていましたが、当時は楽しくて仕方なかったですね、はい。

 

「どうです? ネルガルに雇われませんか? 高給でお迎えしますよ」

「え? いやいや。仕事はやっぱり充実感ですよ」

「あらま」

 

ミナトさんの台詞を真似させてもらいました。

 

「ま、そんな所かな」

 

さて、高機動戦フレームの説明は終わった。

・・・どうやってこの場から離脱するか。

 

「それじゃあ、次は私の質問に答えてもらおうかしら」

 

げ!? 来たよ。会長秘書からの性悪質問。

 

「どうして貴方はそれ程の―――」

 

あ! この手があった!

 

「あ! パイロットはシミュレーションしているんですよね?」

「ちょ、ちょっと、話の途中で―――」

「いやぁ、パイロットの意見を聞きたかったんですよ。ちょっとシミュレーター室に行ってきますね」

 

強引にでも突破する。

 

「帰ってきたらまたしてあげるから、ちょっと待っていてね」

「・・・はい。分かりました」

 

悲しそうな表情で俯くセレス嬢。

あぁ。胸が痛む。

けど、緊急事態なんだ。分かってくれ。

 

「ほら。セレスちゃん。今度は私の所においで」

 

悲しそうに席に戻るセレス嬢をミナトさんが抱きかかえて俺と同じようにする。

お。セレス嬢も喜んでいるじゃないか。むしろ、俺より断然絵になっているから素敵だ。

 

「じゃ、じゃあ、後はよろしく御願いします」

 

逃亡~~~。

 

「・・・逃げたわね。いいわ。後できちんと話してもらいます」

 

聞こえな~い。

これからも誤魔化し続けてやるぜ。

手加減してくれよ、特にプロスさん。

黙秘権を行使しましょう、いざという時は。

・・・あるかどうか知らないけど。

 

 

 

 

 

「す、凄い加速力だな、これ」

「うぅ~。意識が飛びそう」

 

やって来たのはシミュレーション室。

出入り禁止を言渡されていたけど、目的が目的だから大丈夫でしょ。

 

「どう? シミュレーションは」

「おぉ。コウキじゃねぇか。こいつは凄いな」

「まぁね。それでどう? 振り回されてない?」

「いや。今まで全然違っていてな。加速も停止も反応が早くて戸惑う」

「ま、急加速、急停止には気を遣ったからね。機敏な動きとかしてみたいでしょ?」

「まぁな。これなら俺のゲキガンパンチの命中率も上がるぜ」

 

嬉しそうだね、ガイ。

 

「コウキ、これは厳しいよ。頭がぐらぐらする」

「まぁ、高機動は接近戦とかメインだからあんまりヒカルには必要ないかもしれないけどさ。慣れといてよ」

「う~ん。まぁ頑張ってみる」

 

中距離というか、スバル嬢の位置とイズミさんの位置から的確な位置取りするのがヒカル。

空間把握能力とでもいうのかな。そういうのが上手い。

サッカーだったらボランチあたりに欲しいね。

僕はDFでしたが、何か?

 

「くはぁ! こいつはキツイな」

「リョーコさん。調子どう?」

 

豪快にシミュレーターから出てくるスバル嬢。

こういう事言うのもなんだけど、ガイ並に男らしいよね。

 

「振り回されちまうぜ。でもよぉ、使いこなせればかなりの戦力だ」

「そうでしょうね。でも、リョーコさんなら使いこなしてくれるんでしょ?」

「上等じゃねぇか。やってやる」

 

再びシミュレーターに入るスバル嬢。

いや。頑張るね。凄いよ。

 

「・・・・・・」

「大丈夫ですか?」

「・・・・・・」

 

ダウンしましたか。

後方支援はあまり動きませんからね。

 

「ん? マエヤマか」

「あ。テンカワさん。満足してくれました?」

「ああ。以前より大分マシになったな。ただ、急旋回する時に違和感がある」

 

む。急旋回か。

姿勢制御の所かな。

バランスが若干崩れるのはシミュレーションで分かっていたけど、許容範囲だしこれ以上の調整は逆にバランスを崩すからいいやと思っていたんだけど・・・。

流石はテンカワさん。

バレるとは思わなかった。

 

「分かりました。作戦終了後にでも修正しときます」

「ああ。頼む」

 

むぅ。とりあえず作戦終了後に再調整だ。

稼動データもあるし、調整しやすいだろう。

あのあたりは凄く細かく調整しないといけないからな。

それに、今、変えたら逆に違和感になっちゃうだろうし。

 

「自分で乗って試したのか?」

「いえ。シミュレーター室は出入り禁止だったので、仮想ソフトを使ってのシミュレーションです」

 

素晴らしいんだよ、このソフト。

瞬時に欠点とか教えてくれるし。

遺跡から久しぶりにダウンロードしたソフトでとても便利。

やはり未来の知識は凄まじいね。

 

「・・・まだ駄目なのか?」

「コンソールに触れる事は出来ます。でも、攻撃しようと思うと手が震えて」

 

本当に治らない。

やっぱりイネス女史あたりにきちんと相談すべきなのかな。

 

「・・・そうか。まぁ、あまり無理はしない事だ。焦る必要はないからな」

「・・・はい。そうします」

 

・・・ちょっと暗くなっちゃったな。

 

「それじゃあ、俺はそろそろ行きますね」

「ああ。参考になったか?」

「ま、それなりです。後は慣れてもらってからですね」

「慣れるまでは以前の空戦フレームを使う事になっている」

「テンカワさんはもちろん」

「無論、高機動戦フレームを使うつもりだ。稼動データが収集できるよう色々と試してみよう」

「御願いします」

 

ふむ。ブリッジに戻るか。

・・・どうする? 無視し続けるか?

それとも、色々と伝手があったとか言い訳するか?

・・・うん。その方向でいこう。どっちもだ。

何を訊かれてもしゃべりません!

親が研究者という言い訳で必ず誤魔化し通します!

ハッハッハ。

・・・頑張ろう、精一杯。

 

 

 

 

 



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憎しみと復讐と

 

 

 

 

 

「確かにナデシコは軍と共同戦線を張っています。ですが、私達には理不尽な命令に対する拒否権が与えられている事を忘れないで下さい!」

「ま、一応はね、忘れてないわよ」

「本艦クルーの総意に反する時、私は艦長として―――」

「お生憎様。今回の任務は敵の目を掻い潜って、親善大使を救出する事よ」

「救出? 親善大使?」

 

ブリッジの上部から話すキノコ提督と凛然とした姿を見せる艦長。

ま、すぐにオトボケ艦長に戻っちゃったけど。

 

「親善大使ですか? 何で北極なんかに?」

「寒さに強い方なのよ。加えて、好奇心が旺盛でもあるわ」

 

凄い言い訳。意味わかんないし。

親善大使が誰か訊いて焦らせてやろうかな。

 

「人助けよ。地球の平和を護るナデシコに相応しい任務じゃない。もちろん、拒否なんかしないわよね?」

 

人じゃないけどね。

救出任務ではあるけど。

 

「人助けですか。・・・それなら」

「ま、いいんじゃねぇの」

 

人助けと言われれば人が良いナデシコクルー。

やる気が漲っています。

 

「それじゃあ、作戦を立てます」

 

ユリカ嬢の提案。

でも、ま、ただの救出作戦なんだからさ、行って帰ります、で済む筈。

・・・本来なら、だけどね。

視界を遮るかのようなブリザードがうまくレーダーを誤魔化してくれる。

でも、艦長がなぁ・・・原作だとグラビティブラストぶっ放しちゃったし。

今回は対策練ってあるのかな?

 

「・・・という訳です」

 

要するに、そ~っと行って、そ~っと帰りましょうって事だよね。

パイロットの仕事は回収作業と護衛と。

俺の仕事は・・・特になさそうだな。

 

「交代で休憩を取ってしまいましょう。移動中は特にやる事もないですし」

 

ごもっともです、艦長。

 

 

 

 

 

「ミナトさん。セレスちゃん。昼食、食べにいきましょう」

 

交代での休憩時間。

やっと俺の番が回ってきた。

腹減って仕方なかったんだよ。

 

「そうね。行きましょう」

「・・・はい」

 

さて、今日は何を食べるかな。

 

「それじゃあ、失礼しますね」

「はい。ごゆっくりどうぞ」

 

ブリッジクルーに挨拶をして、ブリッジから抜け出す。

何だか、最近はこの組み合わせが多い。

俺の役職から副操縦士が減ったからだろうな、多分。

俺がブリッジにいる意味は副通信士ぐらいだし。

オペレーター補佐も最早必要ないと僕は思います。

いらない子過ぎるな、俺。

 

「今日は何を食べるの? コウキ君」

「そうですね。和食でも食べようかと」

「あ。カエデちゃんの奴?」

「ええ。あいつの意外と美味いんですよ」

 

肉じゃがはマジで美味かった。

 

「そうね。煮物とか思わず感動する美味しさだったわ」

 

俺は生粋の煮物好きである。

そして、カエデの煮物はかなりのレベルだった。

たとえ洋食を食べようとも必ず一品料理として煮物を並べてしまう程に。

ミナトさんの絶賛に賛同してしまう俺がいる。

 

「素敵よね。料理が出来る奥さんって」

「カエデですか? まぁ、和食好きの俺としてはカエデぐらい料理が出来る奥さんだったら嬉しいですけどね」

「あら? じゃあ、私よりカエデちゃんがいい?」

「いえいえ。ミナトさんの料理も美味しいじゃないですか」

「・・・ミナトさんのお料理、食べてみたいです」

「機会があったら食べさせてあげるね。セレスちゃん」

「・・・はい」

 

と、話していると食堂に到着。

 

「えぇっと・・・」

 

おぉ。筑前煮。あれはやばいくらい美味い。

ついでにきんぴらごぼうも付けよう。

メインは・・・天丼かな。天ぷらが食べたい気分だ。

 

「決まった? コウキ君」

「ええ。天丼に筑前煮ときんぴらを付けます」

「また筑前煮? 好きね」

「病み付きですね。思わずカエデを褒めたくなります」

「褒めた事なんてないじゃない」

 

少女A(カエデ)が現れた。

戦う。逃げる。道具。呪文。

・・・隠された選択肢、弄くる。

 

「ん? 少女Aじゃないか。何でここにいるの?」

「当たり前じゃない。私はコックよ? ってか、少女Aって何よ?」

「え? コック!? お前がか!? 少女A」

「何に驚いてんのよ! 前からいるじゃない! 何回食堂で会ってると思ってるの!? それと少女Aはやめなさい」

「まぁまぁ。落ち着けよ。美少女A」

「ちょ、わ、私が悪いの? ねぇ? 私が悪いの!? あ。ちなみに美少女なら許してあげるわ」

 

あ。許してくれるんだ。

 

「何の話だっけ?」

「私がコックって話よ!」

「当たり前じゃん。俺はお前の和食を楽しみに来ているんだから」

「ふ、ふんっ。そうならそう言えばいいじゃない」

「おう。早くお前のハンバーグが食べたいな」

「ええ。任せなさい。最高のハンバーグを、って洋食じゃない!」

「あ。そっか」

「そっかじゃなぁぁぁい!」

 

隠しコマンドは常時選択できるようにしておこう。

呪文なんかより何倍も使える。

 

「ふふっ。相変わらず仲がいいわね」

「よくなんかないわよ!」

「え? そうなのか? 俺は・・・てっきり・・・」

「な、なに落ち込んでのよ!? そ、そうね。仲は悪くないわよね」

「いや。仲、悪いだろ」

「早! 立ち直り早!」

「いやぁ。お前のように遠慮なく弄れる奴はそうはいないって」

「遠慮しなさい! というか、そもそも弄くるのをやめなさい!」

「あ。それは無理」

「無理ですってぇぇぇ!」

「ほら。あれだよ。米洗ってって言って洗剤で洗われるぐらい無理」

「何それ? そんなの当たり前じゃない」

「そ。だから、お前が弄くられるのも当たり前」

「何? 当然って事? 私は弄られる為にここにいるって事?」

「うん」

「否定しなさいよぉぉぉ!」

「だから、蒸し器なのに水分がなくなっちゃうくらい無理」

「焦げちゃうじゃない。台無しじゃない。そもそも蒸せないじゃない」

「そういう事だよ」

「どういう事よ!? 意味わかんないわよ! もぉ・・・」

 

あぁ~。不貞腐れちゃった。

そうやって、口を尖らせるから、からかわれるんだっての。

 

「あ。そうだ。また筑前煮頼むからよろしく。後、キンピラも」

「またぁ? 飽きないのね」

「ま、お前の料理の腕は認めている。正直言って美味い」

「あ、ありがと」

「まぁ、和の心は足りないがな」

「髪の毛はこんなんだけど生粋の日本人よ。両親はどっちも日本からの移住だもの」

「カエデ」

「な、何よ? 真剣な顔して」

「和の心は文字通り心に宿るものだ! 容姿や国籍ではない!」

「・・・力説されても困るんだけど・・・」

 

そいつはすまん。

 

「ま、楽しみにしてなさい。いつも通りの美味しさを味わわせてあげるから」

「お。そいつは楽しみだ。包丁には気を付けろよ」

「あ、あの日は偶然よ。いつもはミスなんかしないわ」

「そっか。ま、気を付けるに越した事はないからな」

「そうね。ありがと」

「んじゃ、また」

「ええ。また」

 

去っていくカエデ。

逃げられても回り込むつもりはないぞ。

 

「本当に仲がいいわね」

「面白いですから。あいつ」

「ま、女の子を二人も待たせるのは感心しないけど」

「あ。すいません」

 

つい夢中になっちゃって。

 

「じゃあ、お詫びに奢りますよ」

「あ。そういえば、コウキ君はこの八ヶ月で」

「そうなんですよ。いつの間にか溢れんばかりに増えていまして」

 

何もしないのに金が入ってくる。

ふむ。楽だな。素晴らしい人生だ。

 

「気分は浦島太郎って感じですね。知らない間に金が増えたんだから」

「もしコウキ君が浦島太郎なら幸せな浦島太郎ね」

 

ま、童話も説話も浦島太郎はあまりよろしくない結末だしな。

確かに幸せな浦島太郎だ。

 

「セレスちゃんは何を食べる?」

「・・・お蕎麦を食べます」

「蕎麦か。美味しいもんね」

「・・・はい」

「ミナトさんは?」

「ハンバーグ定食にしようかしら」

「分かりました」

 

食券を買って・・・。

 

「席を取っといてください」

「りょ~か~い」

 

いざ、キッチンへ。

 

「御願いします」

「はい」

 

キッチン内にいるホウメイガールズに渡して、取っておいてもらった席に付く。

ここはホウメイガールズが配膳してくれるから楽でいい。

学校の学食は出来るまで待ってないといけないから大変でさ。

混んでいる時に感じる後ろからのプレッシャーは凄まじいね。仕方ないんだけどさ。

 

「ホッと」

 

ミナトさんの正面、セレス嬢の隣に座る。

こういう時ってどこに座ればいいか分からないよね。

ま、前からこの配置だったから、今はもう迷わないけど。

 

「あ。パイロット組がいますね」

 

原作通り、パイロット達が食堂で話している。

暇だねぇとか言ってグテ~ってなっているのはまずいと思うよ、皆。

 

「移動中は暇だものね、彼ら」

「ま、そろそろ模擬戦でもするんじゃ―――」

「やぁテンカワ君。暇ならちょっと付き合ってくれないかな」

 

バサッ!

 

一斉に身を引く一同。

 

「そ、そういう意味じゃないよ」

 

誤解を招くよ、その言い方は。

 

「君の腕前を見ておきたくてね。凄腕パイロットと名高い君を」

 

不敵に笑う会長。

負ける気はないって所かな。

ま、惨敗だと思うけど。

 

「お。いいじゃねぇか。俺としても新入りの力を見ておきたいからな」

「おお! やれやれ、アキト。ライバルからの挑戦は受けるもんだぜ」

「そうだねぇ。新しいフレームにも慣れておきたいし」

 

乗り気な他メンバー。

 

「あのさ、僕はテンカワ君と―――」

「そうだな。きちんと実力を把握しておきたいし、連携も取っておきたい。ちょうどいいな」

「はぁ・・・。空回り」

 

パイロット組は意気揚々、一部肩を落として去っていったとさ。

 

「元気ね」

「まぁ、パイロットは元気が命ですよ」

「そうね」

 

パイロットは皆でワイワイとやって結局戦争を乗り切った。

きっと、あの状態こそ彼らが最も力を発揮できる環境なのだろう。

 

「お待たせしましたぁ」

 

お。ご苦労様です。

 

「ありがとうございます」

 

天丼、筑前煮、きんぴらごぼう。

いいね。いいね。美味しそうだね。

 

「それでは、いただきます」

「いただきます」

「・・・いただきます」

 

挨拶は大事だよ。

 

「そうそう。コウキ君はパイロットの仕事はどうなの?」

 

パイロットか。

トラウマがある以前にメンバーの質、数共に俺の必要性を感じないんだよね。

 

「ま、状況次第って奴ですね。一応はアサルトピットも取ってありますが、数的に充分だと思います」

「そうよねぇ。もう六人もいるものね」

「ええ。多過ぎても困りますし。どうなるんでしょう?」

 

正直、今の俺は正式な役職がない状態に等しい。

何かしないとクビになっちまうよ。

 

「ま、私としては安心なんだけど」

「・・・・私もそちらの方が嬉しいです」

「ハハ。ありがと。でも、ま、出番があるかもしれませんから」

 

そう、どうなるか分からないんだ。

トラウマは一刻も早く払拭しておく必要がある。

やっぱりイネス女史に相談しよう。

 

「あれ?」

「ん? どうかしました?」

「え、ええ。あまり見かけない組み合わせだなぁって」

「えぇっと・・・」

 

ミナトさんの視線の先には・・・カエデと秘書さん?

どういう関係だ?

 

「何か深刻な話みたいね」

「ええ。妙に真剣な顔をしています」

 

・・・気になるな。

後で訊いてみよう。

 

「あ。終わったみたい」

 

眉を顰めながらキッチンへと入っていくカエデ。

包丁を握るけど、心ここにあらずって感じだ。

 

「・・・もしかして・・・」

 

カエデが展望室にいた事がバレた?

でも、映像は加工しておいたし。

 

「どうかしたの?」

「ちょっと。カエデに話を訊いて、内容次第ではテンカワさんと要相談ですね」

 

もし、エリナ秘書がカエデをジャンパーとして眼を付けていたら・・・。

 

「阻止するべきだろうな。あいつの為にも」

 

ジャンパーという存在がカエデからバレると彼女が将来危険になる可能性が高い。

せっかく生き残ったんだ。俺の勝手な思いだけど、平和に生きて欲しい。

 

「あいつに話を訊いてきます」

「え? ご飯は?」

「後にでも。ちょっと気になって仕方ないので」

「コ、コウキ君。・・・行っちゃった」

 

えぇっと、キッチン、キッチンっと。

 

「お~い。カエデ」

「何よぉ。私は貴方と違って忙しいのよ」

 

悪いね、暇人で。

・・・否定できない自分が可哀想。

 

「さっき、エリナさんと何を話していたんだ?」

「はぁ? 貴方には関係ないでしょ?」

「まぁまぁ、珍しい組み合わせだったからさ」

「ま、いいけどさ。何でも、貴方は特別なの、だって」

「ッ!?」

 

・・・やはり。

どこかでミスったみたいだな。

明らかにカエデが疑われている。

 

「・・・どう特別だって?」

「特に何も言ってなかったわ。ただ木星蜥蜴を見返せるって」

「木星蜥蜴を見返せる・・・ね」

 

火星大戦で恨みがあるのを利用しようとしているのか・・・。

 

「・・・もし、本当に木星蜥蜴を見返せるなら、私は・・・」

 

こいつは相当に木星蜥蜴に恨みがあるみたいだな。

注意しとかないと、簡単に利用される。

 

「カエデ」

「何よ? いつになく真剣な顔して。またからか―――」

「気を付けろ」

「え?」

「誰それを信用するなとは俺からは言えない。でも、きちんと考えてから返事をしろ」

「ど、どういう意味よ?」

「お前が木星蜥蜴に恨みがあるのは分かる」

「・・・・・・」

「でも、その恨みに踊らされて、誰かに利用されるような事がないようにしっかりと考えてから動いて欲しい」

「・・・貴方には分からないわ。私がどれだけ苦しんだかなんて」

「・・・カエデ」

 

俯くカエデ。

今まで見た事がない弱々しい姿だった。

 

「でも、忠告は受け取っておくわ。よくわかんないけど、気を付ければいいのね」

「ああ。俺はお前に辛い思いをして欲しくない」

「・・・まったく。いつでもそれくらい真剣でいなさいよ」

「え?」

「な、なんでもないわよ。とりあえず、分かったわ。ありがと」

「礼を言われても困るけどな。ま、何かあったら何でも相談に乗るからな。気軽に言ってくれ」

「熱でもあるの?」

「馬鹿。真面目だ。カエデ、いつでも力になるからな」

「はいはい。分かったわよ」

「分かったならいい。それじゃあな」

「・・・何よ。らしくないじゃない」

 

・・・間違いなくネルガルはボソンジャンプの実験にカエデを利用しようとするだろう。

テンカワさん達と相談して対策を練らないと。

 

「おかえりなさい」

「ええ」

 

食べかけの天丼。

何だか食欲が失せちまったなぁ。

もちろん、全部食べるけど。

 

「どうだった?」

「テンカワさん達に相談する必要があります」

「分かった」

 

ミナトさんも協力者だ。

ちゃんと事情も話してある。

そうだな。これから・・・。

 

「・・・チュルチュル」

 

・・・あぁ。和む。

俺の荒んだ心が癒されるよ。

一瞬にして気持ちが切り替わった。

 

「・・・チュルチュル」

「ミナトさん。楽しんでいたでしょ?」

「ええ。とっても」

 

正面からセレス嬢を見るミナトさんは本当に微笑ましそうに笑ってる。

まぁ、脇からでも微笑ましいんだけどね。

 

「なんて言うの? こう、一生懸命な所とか」

「でも、以前より使い方が様になっていますよね、箸の」

「ええ。ちゃんと成長しているのよ」

 

つたない箸捌きで、蕎麦を一生懸命に掴み。

小さな口でチュルチュルと吸い込む姿は微笑ましい事この上ない。

しかも、ちゃんと周りに飛ばさないよう食べているから思わず偉い偉いと撫でたくなる。

 

「・・・気持ちいいです」

 

実際にしちゃっていますけど、何か?

でも、食事中は流石にまずかったかも。

 

「・・・あ」

 

そんな悲しそうな顔をしないでくれ。

 

「食事中に我慢できないコウキ君が悪いわね」

 

ニヤニヤしながら責めるとは・・・。

ミナトさん。悪女め。

 

「食べ終わったらね」

「・・・はい」

 

やばいなぁ。気付けば手が頭の上にある。

魔力だな。呪いだな。神の意思だな。

だが、掛かって来いと言いたい。

それぐらいセレス嬢の頭を撫でる行為には魅力がある。

 

「・・・食べ終わっちゃいましたか?」

 

セレス嬢はゆっくりだからな。

どうしても、俺やミナトさんが先に食べ終わってしまう。

 

「大丈夫だよ。急がなくて。ゆっくり食べな」

「そうね。ゆっくり、ちゃんと噛んで食べなさい」

「・・・はい。分かりました」

 

気にしなくていいぞ、セレス嬢。

こっちも充分和ませてもらっているからな。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

あぁ・・・。和む。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

あぁ・・・。癒される。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

あぁ―――。

 

ゴドンッ!

 

「うぉ」

「キャッ!」

「・・・あ」

 

突然の振動。

何だ? 何だ?

 

「びっくりしたぁ」

「何でしょうか?」

「・・・あ」

 

ん? セレス嬢。

どうかしたのか?

 

「・・・零しちゃいました」

 

・・・さっきの揺れが原因だな。

蕎麦の中身が机やら服やらにかかっちゃっている。

 

「・・・すいません」

 

意気消沈のセレス嬢。

・・・おい。誰が原因だ? これは。

 

「あ。大丈夫ですか?」

 

布巾を片手にホウメイガールズがやってきて、机を拭いてくれる。

 

「・・・これは着替えた方がいいわね」

 

カチンッ! と来た。

和みの時間を潰し、癒しの時間を潰し、セレス嬢の食事の時間を潰し、あまつさえセレス嬢を悲しませた。

断じて許せん。

 

『マエヤマさん。ミナトさんとセレスさんを連れてブリッジへ御願いします』

「何があったんですか? プロスさん」

『あ。え~とですね。艦長が・・・』

 

艦長か。少し説教に混ざらせて欲しいぐらいだ。

 

「なんとなくですが、了解しました。でも、セレスちゃんが食事中でして、さっきの揺れで服を汚してしまったんです」

『そう・・・ですか。それでは、セレスさんは着替えを致してから来てくだされば』

「分かりました。ミナトさん、俺がセレスちゃんを連れていきますので、先にブリッジに」

「ええ。分かったわ」

 

ミナトさんは操舵手だからブリッジにいるべき。

俺は特に重要な役職という訳ではないから、こっちを担当する。

 

「という訳で、俺とセレスちゃんは少し遅れます」

『かしこまりました。出来るだけお急ぎ下さい』

「はい。すいませんが、片付けを御願いできますか?」

「大丈夫ですよ。頑張ってくださいね」

「ありがとうございます」

 

ホウメイガールズの一人に後始末を任せてしまった。

心苦しいが、緊急事態だ。申し訳ない。御願いします。

 

「じゃあ、先に行くわね」

 

ミナトさんが去る。

 

「それじゃあ、行くよ。セレスちゃん」

「・・・はい」

 

セレスちゃんの手を握って、出来るだけ急ぐ。

う~ん。意外と部屋とブリッジが遠い。

 

「ごめんね」

 

ひょいっとセレス嬢を抱きかかえて、ダッシュ。

 

「・・・あ、あの・・・」

「ごめんね。ちょっと我慢していて」

「・・・あ・・・はい」

 

セレス嬢の部屋は俺の部屋の近くにある。

ブリッジクルーは一箇所に集められているからな。

ある程度の場所は分かるから、あとの細かい所は本人に訊こう。

 

「セレスちゃんの部屋はどれ?」

「・・・あれです」

 

指差す方に向かう。

お。これだな。名前が書いてある。

 

「ほい」

 

セレス嬢を降ろす。

 

「ごめんね。待っているから、ちょっと急いで着替えてきて」

「・・・はい。すぐに着替えます」

 

部屋に消えるセレス嬢。

 

・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「終わりました」

 

お。意外と早かったな。

急かしちゃったみたいだ。

 

「さ、急ごうか」

 

パッと抱き上げて再びダッシュ。

時間がないから、許してくれよ。セレス嬢。

 

「お、遅れましたぁ」

 

かなりの時間を走ってブリッジに到着。

一斉に集まる視線にちょっと動揺。

 

「随分と余裕ね。遅刻した挙句・・・」

「何ですか? きちんと理由は話した筈ですが」

 

プロスさんに伝えたんだ。

怒られる筋合いはない。

 

「・・・とりあえず、降ろしたら?」

 

・・・あ。

セレス嬢を抱きかかえたままだ。

ブリッジに入る前に降ろそうとしていたのに。

すっかり忘れていた。

 

「ごめん。ごめん」

「・・・え、あ、いえ」

 

セレス嬢は俺から降りると、トコトコとすぐさま自分の席へ戻ってしまった。

・・・嫌だったのかな? 申し訳ない。

 

「それで、これは?」

「え~っとですね・・・」

「艦長がグラビティブラスト撃っちゃったらしいです」

「メ、メグミちゃん」

「私は正しい事を報告する義務があります」

 

熱血記者じゃないんだから。

 

「何故かお聞きしても?」

「え~っと・・・」

「暇過ぎて寝かけてしまい、寝ぼけて発射スイッチを押してしまったそうです」

「メ、メグミちゃん」

「私は正しい事を報告する義務がありますから」

 

厳しいね、メグミちゃん。

フォローのしようがないわ。

 

「何か機嫌悪いね」

「いえ。折角ガイさんと・・・」

「ああ。そういう事」

 

ガイと何か予定があったんだろうね。

作戦活動が長引いたらその分の時間も少なくなるって訳か。

それじゃあ、しょうがないよ。

 

「もう散々説教されていますよね?」

「・・・はい」

「ここで俺が説教に加わったら?」

「・・・えぇぇぇん。もう許してくださぁぁぁい」

 

なんか怒る気も失せた。

ユリカ嬢はポワポワとお気楽にやっていてもらうのが一番だな。

 

「ま、失敗は失敗で艦長には糧にしていただきましょう」

「お!」

「過失を責めても仕方ありませんので、これからを考えましょうよ」

「おぉ! その通りです。流石はマエヤマさん。良い事―――」

「調子に乗っちゃ駄目ですよ。艦長」

「・・・はぁ~い」

 

ま、俺としては戦闘があった方が稼動データも取れるからいいんだけどね。

彼らが墜ちないって分かっているし。負担かかるけどさ。

 

「それでは、後は艦長に」

 

艦長にその場を任せ、自分の席に着く。

 

「現状で私達が取れる作戦は二つ。木星蜥蜴を全滅させてから救出するか、木星蜥蜴を引き付け、一機のエステバリスで救出して逃げるか。そのどちらかです」

 

全滅か、陽動か。

まるでスーパーとリアルなロボットが入り乱れるシミュレーションゲームみたいだ。

どっちを選択するかで初期位置が変わるんだよな。こういうのって。

結局、全滅させる事になる気がするけど・・・。とんずらはしない。

 

「今の戦力で全滅は可能なのか?」

「パイロットは六人、ナデシコも損傷なし。不可能ではありません」

 

強化されたバッタでさえ貫けるよう強化されたラピッドライフル。

単純に殆どの敵を貫けるレールカノン。

ディストーションアタックならある程度の奴でも攻略可能だし。

今回はテンカワさんが高機動戦フレームだからな。

時間掛ければ出来そうだ。

 

「但し、敵戦力が完全には把握できていません。レーダー反応も薄いですし」

 

ブリザードで視覚が潰されているし、そういう面では辛いかも。

 

「一機のエステバリスでの救出は可能なのか?」

「陽動さえうまくいけば容易ですね。稼働時間も伸びているので、ある程度の余裕もあります」

 

原作ではアキト青年が苦労していたけど、今回はテンカワさんが敵を思いっきり引き付けてくれそうだから難易度は下がるかな。

やっぱり、こっちの方がいい気がしてきた。

 

「・・・・・・」

「ユリカ。どうするの?」

「陽動作戦で行きます」

 

賛成です。艦長。

 

「救出に行くのはアキト―――」

「いや。俺は高機動戦フレームでの稼動データを集めたいからな。万能タイプのアカツキがベストだと思う」

「アキトがそう言うなら、そうするね」

 

テンカワさんに弱ぇ。即行で作戦変更しましたよ。

まぁ、僕としては都合が良いですが。

 

「アカツキさん。御願いできますか?」

「いいよ。僕が適任だろうし」

 

そうだよな。ガイには怖くて頼めないし。

三人娘は連携が強みだから、誰か一人というのも勿体無いし。

テンカワさんは稼動データと敵の引き付け役だし。

適任というか、彼しかいないという理由もありますね。

 

「それでは、作戦を開始します」

 

救出作戦。

北極熊はアカツキ会長に任せて。

俺は高機動戦フレームに集中するとしますか。

ばっちりデータ取らせていただきます!

 

 

 

 

 

「バッタとかジョロとかカトンボ級相手なら充分の攻撃力だよな」

 

武装の攻撃力という面で不安があったんだけど、現状でも充分なんだよな。

遺跡の知識からもっと強い武器も開発できるけど、無理に開発する必要もなさそう。

あまり強力なの作っても情報漏洩が怖いし。

あっちの戦力が強化されたら泣くに泣けないよ。

戦略的観点から見ても安易に強力な兵器を開発するのは避けるべきだ。

生産力の問題とか、色々と絡んでくるし。

現状で対応できるのなら、現状のままなのがベストって訳。

革新的技術の登場は一気に技術レベルを向上させてしまうから危険だ。

戦争中の技術力がシーソーゲームである以上、必ず相手にも追いつかれ、追い抜かれるという事を忘れちゃいけない。

そのあたりは慎重にいかないとな。状況を考えてイネス女史あたりに相談しよう。武装兵器については。

とりあえず、ウリバタケさんのフィールドランサーがあれば、ある程度の敵は蹴散らせる筈。

そろそろロールアウトでしょ、あれ、詳しくは覚えてないけど。

他にも新兵器とかいって凄まじいのを用意してそうで怖い。

まぁ、頼りになるけどさ。

 

「機動力は・・・充分。ってか、突貫しちゃってくださいと言いたくなる」

 

テンカワさんに高機動戦フレーム。

鬼に金棒より性質が悪いね。鬼にチェーンソーみたいな感じ。

いや、もっとだな。鬼にエスカリボルグって感じだ。

・・・不思議な曲が聞こえてきた。幻聴って怖い。

 

「DFの強度を上げれば、体当たりだけでも充分な攻撃力になりそう」

 

ブラックサレナの高機動ユニット装着型のディストーションアタックが理想。

でも、あれだけの強度を得るには相当なエネルギーが必要になるんだよね。

小型相転移エンジンとかあれば簡単に出来そうだけど、そんなものを開発してしまったらやばそうだよなぁ。

夢の六メートル級で二基の相転移エンジン。やばい、十年ぐらい先の技術になりそう。

可能だからこそ怖い。戦略級の機体とか開発しちゃったら余計に平穏から遠のきそうだよ。

いずれ、エステバリスが相転移砲・・・は、やばすぎるな。戦力バランスが崩壊しちまう。

ってか、仮に開発して、向こうにその技術が渡ったら終わりだな。相転移エンジンの生産力はあっちの方が上なんだし。

 

「現状で実現できる技術レベルの最高を目指すのがベスト・・・か」

 

現時点での技術レベルで実現可能な限界。

それを目指すのが理想かな。

いきなりの技術レベルの革新は危険すぎるし。

ひとまず俺は開発ではなく調整で活躍するとしよう。

 

「お疲れ様です、テンカワさん。稼動データはしっかりと活かさせてもらいますよ」

 

テンカワさんを始めとするパイロット陣の活躍とアカツキ会長の見事なコソ泥テクニックで無事に救出完了。

まさか救出対象が白熊だとは誰も思わなかったんだろうな。驚く顔が傑作でした。

その中でもラピス嬢やセレス嬢の眼が輝いていたのは癒されたね。もふもふしていましたし。

後でオモイカネからデータをもろおう。きっと録ってある筈だから。永久保存版ですね。お宝映像ですね。

 

 

 

 

 



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砂の上で語る

 

 

 

 

 

「・・・そうですか。懸念していた事が・・・」

 

救出作戦を終え、その日の夜。

テンカワさん達とミナトさんを俺の部屋に招集した。

議題はもちろんカエデの事だ。

 

「映像は加工したけど、あの場には艦長とイネスさんがいた。イネスさんはそういう事を他言しないと思うけど」

「・・・そうですね。ユリカさんなら訊かれたら素直に答えてしまいそうです」

「・・・否定できない」

 

艦長、言われていますよ。

・・・否定できないのは俺も同じだけど。

 

「もしかしたら、他にも目撃者がいたのかもしれない。でも、問題なのは誰かじゃなくて、知られてしまったという事」

「アカツキさん達を監視しましょうか? 少なくともエリナさんとアカツキさんの会話を聞ければ意図は掴めるかと」

「そうは甘くないでしょ。彼らだって監視の死角くらい知っていると思う。聞かれたらまずいと分かっていて平気で話すような事は・・・」

 

流石にないと思う。

 

「ですが、しないよりはマシでしょう。おそらく目的はボソンジャンプの実験でしょうが」

「そうだろうな。まさか予定が崩れてしまうとは・・・」

 

悔やむように告げるテンカワさん。

 

「テンカワさんはどうするつもりだったんですか? 自分が誘われていたら」

「知らない振りをして誘われたな。月に飛ばなければ月臣の破壊活動を阻止できない」

「・・・そうか。カエデはパイロットじゃない。という事は飛ばされたとしても・・・」

「ああ。何の対処も出来ずに月が破壊されるだろな」

 

・・・それはやばい。

今まではどうにか犠牲になる人を少なくする事ができていた。

でも、もしカエデが月に飛ばされるようになったら、原作以上の犠牲が出る。

ましてや、カエデ自身が危ない。

 

「しかし、カエデさんをナデシコから降ろす理由がないのでは? アキトさんの時はパイロットとしての問題行為という理由付けが出来ましたが」

「確かにそうだな。一コックが降ろされるような事態はないと思う」

「いや。可能性としてはありえますね。たとえ問題を起こさなくても」

「それってどういう意味? コウキ君」

「自主的にって意味ですよ」

「どうして自主的に実験に参加しようとするんだ?」

「カエデは木星蜥蜴に恨みがあるんです。だから、木星蜥蜴を見返せるのならって」

「・・・そういえば、彼女、言っていたわ。火星大戦で全てを失ったって。両親、妹、お店も居場所もって」

 

両親が死に、妹も死んだ。

お店というのはきっと自営業で和食レストランでもやっていたって事だろう。

だからこそのあれだけの和食の腕前。

居場所。色んな意味だろうな。

家族という居場所、町という居場所、お店という居場所。

そして、火星という居場所。

全ての居場所を同時に失ったんだ。

その喪失感はどれ程か。

・・・俺にはとてもじゃないが、理解してあげられないな。

 

「木星蜥蜴への恨みを利用されるかもしれないという事か」

「彼女は本当に思いやりがある子なのよ。きっと両親も妹も愛していたんだと思うわ。それを奪った相手になら・・・」

 

思い出す。

フクベ提督に対するカエデの態度を。

あれは日頃の彼女を忘れる程に憎悪に満ちた顔だった。

 

「復讐。・・・俺には批判できないものだな」

「・・・アキトさん」

「・・・アキト」

 

そう、カエデは復讐という名目で実験に参加しかねない。

復讐は簡単に理性を失わせる。憎しみ、恨み程に強い感情はない。

 

「君の力で木星蜥蜴を滅ぼせるんだ。そう言われたら自主的に参加しかねません」

「・・・そうだな。少なくとも俺もそう思っていた節がある。こんな俺でも木星蜥蜴を倒す為に何か出来るんだと煽てられて調子に乗った事もあった」

「ボソンジャンプが出来たぐらいで何も変わらないんですけどね」

「国や軍単位ではな。だが、暗殺やテロ活動ではこの上なく便利だ」

「瞬間移動。どうして争い事ではなく、民事的に利用しないのでしょうか」

「それが人間の性なのだろう。人の歴史は全て戦争から始まっている」

「聞いた事があります。民事的に使われている物は全て戦争で進歩した技術であると」

「ヒサゴプラン。軍が管理するようだから駄目だったのかもしれんな。軍である限り、戦力として扱われる」

「ヒサゴプラン自体は民事的だったのかもしれませんが、結局、戦争の準備の隠れ蓑として使われました」

「平和は次の戦争の準備期間。そんな悲しい言葉を俺は知っています」

「フッ。そうなのかもしれんな」

 

自嘲するように笑うテンカワさん。

短期間で二度の戦争に中心人物として巻き込まれれば、その思いも深いだろう。

 

「今はそういう話は置いておきましょう。問題はカエデちゃんをどうするかよ」

 

そうでしたね、ミナトさん。

 

「ネルガル関係者を近付けないようにしたいんですけど、流石に厳しいですよね?」

「厳しいだろうな。一人にならなければ近付かないと思うが、ずっと近くにいるのも変だろう?」

「そうよね。勤務場所も違うし、常に誰かを食堂にいさせる訳にもいかないもの」

「そうですよね。そもそもこれじゃあ根本的な解決にはならないですから」

 

その場凌ぎでしかない。

いずれカエデはきちんとした形で話を受ける事になるだろう。

俺達が知らぬ間に。

 

「カエデちゃんから憎しみの念を取り除ければいいんだけど・・・」

「無理だな。何かを失うという事はそう簡単なものではない。憎しみ、恨み、喪失感が、常に心を苛む」

「・・・そうよね。彼女を支えてくれる人が現れればいいんだけど・・・」

 

どうして俺を見るんですか? ミナトさん。

 

「ごめんなさい。なんでもないわ」

 

だから、どうして、俺を見ているんですか? ミナトさん。

 

「どうにかして対象をカエデから逸らさせるしかないですよね」

「ああ。俺なら対処可能だが、彼女だったらどうしようもない」

「こちらからボソンジャンプの情報を提供しますか? それならば、喰い付いて来るかもしれません」

「喰い付いてはくるだろう。だが、それと平行して彼女を誘うのは間違いない。エリナはそういう女だ」

 

一つだけで満足せずにあらゆる観点から物事を観察し、解析し、試行する。

流石は弱冠二十歳で敏腕秘書と呼ばれる訳だ。

慎重さ、大胆さ、計算高さを兼ね揃えている。

 

「そうなれば、たとえ対象を逸らさせてもカエデは狙われ続けますね」

「・・・そうなるな。やはり本人を説得するしかないようだ」

「コウキさん。カエデさんをどうにか説得できませんか?」

「一応、よく考えてから動けとは言っておいたけど、感情的に動きそうだ」

「それならば、カエデさんにボソンジャンプを教えますか? そうすれば、彼女も危険性が・・・」

「・・・そうだよね。でも、出来れば知らずにいて欲しいんだよ。ジャンパーである人間がボソンジャンプの事を知るのは危険だと思うから」

「・・・そうですね。ボソンジャンプが出来る事で自分が何でも出来ると勘違いされても困りますし。周囲からの視線にも敏感にならざるを得なくなりますから」

「・・・む。耳が痛いな」

 

そういえば、そんなキャラでしたね、テンカワさん。

 

「でも、逆に知らない事も怖い事なんじゃないかしら? 何の理由も知らないでいきなり攫われるなんて事になったら・・・」

 

火星の後継者によって攫われた火星の人達はそんな感じだったのかもな。

 

「ボソンジャンプを教えるとしたら、俺が見せればいいんですかね?」

「現状でジャンプできるのはお前だけだからな。俺はCCがなければ無理だ」

「私達は単純に無理ですね」

 

ルリ嬢とラピス嬢は遺伝子改造してようやく機械補助付きで飛べるようになったらしい。

要するに、それ以前の身体になっているから・・・。

 

「飛べないの? 本当に?」

「え? だって、まだ遺伝子改造をしていませんから」

 

・・・俺とミナトさんの理論が正しければ飛べる可能性はなくはない。

ま、今言っても混乱するだけだから、言わないけど。

・・・でもな、やっぱり・・・。

 

「・・・俺としてはカエデを巻き込みたくないんですよね」

「ボソンジャンプを知るという事は木連との争いに巻き込まれるという事だからな。否が応にも」

 

そう、必ず巻き込まれる。

あいつは食堂で平穏にコックをしていて欲しい。

戦争なんかに囚われないで。

・・・こういうのはどうだろう。

 

「現状では、木連は火星人がジャンパーという事は知らないんですよね?」

「ん? ああ。知っていたら火星人を殺そうとはしないだろう」

「それなら、ボソンジャンプの使用を抑えれば、火星人がジャンパーという事実を隠せるんじゃないですか?」

「・・・俺の存在が木連に火星人こそがジャンパーと教えていたからな。これから先、ボソンジャンプを使わないように物事を運べば・・・」

「・・・可能かもしれません。あくまで可能性ですが」

 

ジャンパーの特定。

アキト青年の存在がなければ気付かなかったという可能性もある。

向こう側はアキト青年が人類で初めて生身のボソンジャンプを成功させたと知らない訳だし。

それに、ネルガルが火星人=ジャンパーという結論を出したから、周囲にも伝わったと言う可能性もある。

どちらにしろ、この時点であれば、火星人=ジャンパーという事実を周囲に知られる事を回避できるかもしれない。

 

「・・・その為にもカエデさんの実験参加は避けたいですね。跳べてしまえば、条件付けが出来てしまいますから」

「やはりボソンジャンプを教えない方向でどうにか説得するしかないですね」

 

ボソンジャンプをどう扱うにしろ、カエデは巻き込めない。

そもそも火星人がジャンパーだと知られなければ、これからの火星人の被害を失くす事も可能かもしれない。

ジャンパーの条件をあやふやにするのもいいか?

 

「マエヤマ。頼めるか?」

「・・・はい。出来る限りはやってみます」

 

なんとしても、カエデの実験参加は避けないと。

そうしなければカエデがアキト青年のような悲惨な目にあう可能性がある。

ネルガルにとって都合の良いジャンパーとして。

 

 

それからしばらくは今後の方針などの確認。

互いの考え、主張を話し合った。毎度の事だけど、世界を変えるという事の大変さを思い知る。

こんな行動を取ったら、未来はこうなるのではないか。

そんな水掛け論みたいな答えのない問いを解き続けるのだ。

結局、いくつもの可能性を考えて、臨機応変に対応するという結論に達する。

数学のように必ず計算の果てに同じ答えがある訳ではない。

それが怖くもあり、同時に時代を変えようとする者として期待する事でもあった。

 

「ねぇねぇ、ルリルリ」

「あ、はい。・・・え?」

 

唐突に告げられるルリルリという言葉。

この平行世界では初めてではないだろうか。

 

「あの・・・ミナトさん」

「ルリルリか。流石は私。良い渾名だわ」

 

なんか自己完結されていて話が見えてこないんですが。

 

「ルリルリって・・・」

「コウキ君からルリルリって渾名は聞かされていたんだけど、ほら、自分で納得するまで呼びたくなかったのよ」

 

同意を求められても困ると思いますよ。

でも、何となくその気持ちは分かる。

平行世界の自分が名付けた渾名をまるで自分が考えたかのように振舞う。

ルリ嬢に記憶があると分かった後なら更に呼びづらい。

それは仲良くなるまでの過程を無視したかのようで。

 

「ルリルリとはやっと仲良くなれたじゃない? だから、これからルリルリって呼ばせてね」

「はい!」

 

笑顔のルリルリ、って、俺まで影響されてどうするよ。

でも、やっぱりルリ嬢はルリルリって呼ばれるのが似合っているよ。

嬉しそうに笑う所をみると流石はミナトさんだと思う。

今よりもっと前から呼んでいたらこんな笑顔は見られなかったんだと思うし。

 

「ついでだが、その敬語はどうにかならないのか? マエヤマ」

 

え? 俺?

 

「いや。何かテンカワさんって年上オーラがありまして」

「まぁ、精神的に上なのは認めるが、年齢的にはむしろ下だぞ」

「ま、まぁ、そうなんですけどね」

「そうね。丁度いいわ。私にも敬語をやめましょう」

「えぇ!?」

 

それは流石に無理ですよ。

ミナトさんは無条件で敬語です。

 

「ま、突然には無理よね」

 

流石ミナトさん。わかってらっしゃる。

 

「だから、少しずつ慣れなさい。まずはさん付けをやめる所から」

「い、いや、いきなり難易度高くないですか?」

「最初に大きな壁を乗り越えれば後は楽なものなのよ」

「えぇ~っと・・・」

 

無理。心臓バクバク。

 

「ほら。思い切って」

「・・・ミナト」

「聞こえないわよ」

「・・・ミナト!」

 

ふわぁぁぁ。真っ赤。絶対真っ赤だよ、俺。

 

「ふふっ。意外と私も照れるものね」

 

それでも余裕そうだからズルイ。

俺はこんなにも余裕がないのに。

 

「まったく。俺達の前という事を忘れてないか?」

「・・・本当です」

「・・・コウキ、真っ赤」

 

呆れた眼で見てくるテンカワ一味。

それがまた羞恥心を・・・。

 

「そうだな。ひとまず敬語と俺の事はアキトと呼んでくれ。同じ目的を持つ仲間だからな。堅苦しいのはやめにしよう」

「・・・そうですね。それなら、俺はコウキと呼んでください」

「さっそく、敬語なんだが?」

「えぇっと、癖みたいなものなんで。意識はしますから」

「ま、ミナトさんの言う通り、突然は無理だろうかなら。少しずつ慣れていってくれ」

「はい。あ、いや、おう」

「おうってのも変よね?」

 

突っ込みはいりません。

 

「それじゃあ、これで解散としようか」

「そうです・・・、そうだな」

「ま、早く慣れろ」

 

そう言いながら去っていくテンカワ一味。

残されたのは要するに俺とミナトさん、いえ、ミナト。

うん。無理だ。ミナトさんの方がビシッとくる。

 

「コウキ君」

「ミナトさん。やっぱり敬語の方がビシッと来るんですけど」

「いいわよ。別に」

「え? だって・・・・」

「あれはアキト君に便乗してみただけ。久しぶりにコウキ君をからかいたくなっただけよ」

「はぁ・・・」

 

何だ。そういう事か。

緊張して損した。

 

「ま、呼び捨ての方が嬉しいのは事実だけどね」

「気が向いたらで」

「はいはい。そうするわ」

 

そう言いながらちょっとずつ近付いてくるミナトさん。

えぇっと? その? あの?

 

「なに緊張しているの?」

「え? いつだって緊張しますよ」

「もぅ可愛いんだから」

 

落とされる唇と視界一杯に広がるミナトさん。

パッと眼を閉じると唇に感触。

なんどやっても慣れない。

でも、なんどもやりたくなる。

ボーっとして、でも、心はうるさいくらいバクバク言って。

心地良くて、恥ずかしくて、でも、やっぱり気持ち良くて。

 

「・・・ん・・・はぁ」

 

ドキッとするぐらい妖艶な溜息。

覗き込むように見詰めてくる瞳。

少しトロッとして、目尻が下がっていて。

・・・気付けばまた唇を落とされていた。

 

「・・・好きよ」

「・・・はい。俺も・・・です」

 

長い夜は始まったばかりです。

 

 

 

 

 

「夏だ! 海だ! 温泉だ!」

 

え? 温泉? 何故? ってか、夏でもないよ。

 

「ルリルリ。日焼け止め塗ってあげる」

「海。二回目です」

「ラピラピもおいで」

「・・・海、初めて」

「セレセレ」

「・・・海、初めてです」

 

何だかお母さんみたいですよ、ミナトさん。

とても絵になっています。

・・・凄く雰囲気にそぐわない発言をしますが、その二文字を重ねるという行為がキラーなパンサーを思い出させてくれます。

確かゲレ②?

・・・一緒にするなって話ですよね。分かります。

すいません。反省しています。ごめごめ。・・・意味わかるかな?

 

「それで、私はコウキ君がもちろん塗ってくれるのよね?」

「え?」

 

海辺でパラソルやら何やらを並べての息抜きタイム。

遊びとなればナデシコクルーは凄まじい。あっという間に夏場の海辺が再現されてしまった。

赤道直下、熱帯雨林、真っ赤な太陽、でっかい海。

海なんて久しぶりだな。なんか楽しくなってきた。

でも、ミナトさん・・・。

 

「ほ~ら」

 

き、際どいですから。その水着。

ってか、既に半裸。背中に塗れですと!?

 

「早く塗って。コウキ君」

「・・・・・・」

 

太陽がサンサンと照らす心地の良い青空の下。

・・・無言で日焼け止めを塗り続ける情けない僕の姿があったとか。

 

「お、終わりました」

「あら。そう? ありがと」

 

笑顔でウインクするミナトさん。

当分、俺は固まっているんだろ―――。

 

「・・・もっと凄いの見ているくせに」

「ブフォッ!」

 

ボソッとなんて事を!

バッとミナトさんを見ると・・・。

 

「ふふっ」

 

ニヤニヤしていましたよ、この人。

あれですね。からかいモードですね。

 

「次は前も塗る?」

「なッ!?」

「あら? 嫌なの?」

「い、嫌じゃないですけど」

「じゃあいいじゃない。ほ・ら」

「し、失礼します」

 

ぜ、全力で逃げ出す。む、無理。心臓が破裂する。

 

「もぉ。初心ねぇ」

 

聞こえな~い。

 

 

 

 

 

「何してんの?」

 

はぁ・・・はぁ・・・と全力でダッシュしたが故の弊害である息切れをどうにかして抑えようとしている時、こいつはやってきた。

 

「お前こそ。海で遊んで来いよ」

 

隠しコマンド、弄くる。

・・・はちょっと余裕がない。

胸の動悸が激しくて必死に抑えようとしているからだ。

まったく。ミナトさんは・・・。

 

「私、海って初めてなのよね」

「あぁ。火星って海少ないもんな」

「よく知っているじゃない。少ないというか、人工的な湖みたいのしかないのよね」

「そうとも言う。ほら、一応、俺って火星育ちだから」

 

設定ではね。

 

「え? 貴方って火星育ちなの?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「へぇ。同郷なんだ、じゃあ」

「そうなるな」

 

何か普通の会話。

おかしいな。何だこの穏やかな空気は。

 

「ねぇ、コウキはさ」

「ん?」

「木星蜥蜴を恨んだりしてないの?」

 

木星蜥蜴を恨む。

火星人なら当たり前か。

 

「そりゃあ火星が被害にあったんだ。嫌いだよ」

「私ね。火星大戦で家族みんな死んじゃったの。友達も」

「・・・そうか。家はどうだったんだ?」

「家も潰れちゃったわ。私の家って火星でも話題の和食レストランだったのよ。知らない?」

「知らん」

「貴方ねぇ・・・。・・・はぁ。まぁいいわ」

 

呆れられてしまった。

 

「生き残りの中に知り合いはいなかったのか?」

「始めはいたんだけど、すぐに死んじゃったわ」

「そっか。それじゃあ・・・」

「ええ。ナデシコに保護されてからも気軽に話せる人はいなくて」

 

ナデシコで保護する前の火星の民達。

絶望して、周りとコミュニケーション取ろうとかも考えなかったんだろうしな。

そうか。こいつはずっと一人ぼっちだったのか。

 

「ま、貴方みたいな馬鹿のおかげでナデシコでは楽しくやらせてもらっているわ」

「馬鹿は酷いぞ。でも、ま、お前が寂しい思いをしてないっていうのは嬉しいな」

「ホント、貴方って真面目な時と普段でギャップが激しいわね」

「そうでもないだろ」

 

友達になれたって事だよな。

部屋に送り届けた時、寂しそうだったのは居場所がなかったからか。

ナデシコがこいつの新しい居場所になってくれると嬉しく思う。

 

「ねぇ、話、変わるんだけど」

「ん? 何だ?」

「貴方ってあのミナトとかいう人と付き合っているの?」

「あれ? 話してなかったか?」

「・・・そう・・・なんだ」

 

何だ?

何故、俯く?

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

・・・しんみりとした空気だな。

重いのは嫌だ。

 

「ほら! 行くぞ!」

「い、行くってどこによ!」

「海だよ。 海!」

「え、ちょ、嫌よ!」

「ハハ~ン。分かったぞ。お前、泳げないんだろ?」

「そ、そんな事ないわよ!」

「それじゃあ、泳げるんだな?」

「ふ、ふんっ。当たり前じゃない!」

「おし。それなら、見せてみろ。平クロールを」

「な、何よ、その変な泳ぎ方」

「なッ!? お前、知らないのか!? あの有名な―――」

「え? ま、まさか、知っているわよ。知っているに決まっているじゃない」

「そうだよな。まさか平クロールを知らない奴なんていないよな」

「ええ。常識よ。常識」

 

平クロールって何?

俺が知りたいし。クックック。

 

「おし。行くぞ!」

 

海の中に突入。

港町生まれの俺を甘く見るなよ。

海なんて慣れっこだぜ。

 

「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよぉぉぉ!」

 

やっぱり泳げないみたいだな。

必死に海の中を走ってやがる。

 

「このあたりでいいな」

 

高さが俺の腹くらいの所で停止。

深過ぎたら可哀想だしな。

溺れられても俺が困る。

 

「おし。平クロールだ」

「え、ええ。見てなさいよ」

 

スーハーと深呼吸して・・・ダイビング。

足と手をバタバタさせて必死に進む。

・・・何だ? その泳法。

ってか、息継ぎも出来ないとは。

 

「ふ、ふんっ。どうよ?」

 

十メートルくらいしか進んでないのに何故そんなに胸を張れる?

 

「お前、あれが平クロールだと思ってんのか?」

「え? ち、違うわよ。あれは練習用」

「なるほどな。まずはアップって奴か」

「ええ。アスリートとしてアップは欠かせないわ」

 

お前、いつアスリートになったんだよ。

 

「はい。じゃ、本番」

 

・・・碌にクロールも出来てなければ、平泳ぎも出来てない。

 

「なるほど。お前の平クロール。見せて貰った」

「ええ。完璧だったでしょ?」

 

そもそも泳げてなかったけどね。

 

「ああ。そうだな。完璧だった」

「当たり前じゃない。私を誰だと思っているの?」

「カエデ」

「ま、間違ってないわ」

「そんなカエデに質問がある」

「何? なんでも答えてやるわよ」

「平クロールって何だ?」

「え? それって・・・」

「ああ。俺は平クロールという泳法を聞いた事も見た事もない」

「そ、そんな・・・。騙したのね!? 騙して私で遊んだのね!?」

「うん」

「うん、じゃない! いつもいつも騙して! 何なのよ!?」

「いや。つい」

「つい、じゃないわよ! もぉ・・・信じらんない・・・」

 

やばっ。泣きそう。

ミスった。

 

「えぇっと、ほら・・・ごめん」

「・・・・・・」

「反応が面白くて・・・。ごめん。調子に乗った」

「・・・・・・」

「カエデ?」

「・・・知らない! もう知らない!」

「お、おい!」

 

陸に上がろうと去っていくカエデ。

 

「馬鹿! コウキの馬鹿! 死んじゃえ!」

 

追いつこうにもその声が拒絶を表していて。

追うに追えなかった。

 

「・・・はぁ。やっちまった」

 

調子に乗り過ぎたかな。

 

「まったく。何やってんだか」

 

傷つけちゃ駄目だろ、女の子を。

 

「・・・はぁ。太陽が眩しいぜ。太陽の馬鹿野郎」

 

八つ当たりでもしなっきゃ、やってらんない。

あぁ。本当馬鹿だな、俺。

 

 

 

 

 

「あら? コウキ君。元気ないわね」

 

パラソルの下で日光浴を楽しむミナトさん。

それの真似してセレス嬢も日光浴を楽しんで?いた。

 

「ええ。ちょっと」

「ま、それなら。セレスちゃんと遊んできなさいな」

 

セレス嬢とか。

そうだな。気晴らしにもなるだろうし。

 

「おし。セレスちゃん。砂の御城を作ろう」

「砂の御城って何ですか?」

「ま、とりあえずおいで」

 

セレス嬢と手を繋いで、浜辺に向かう。

 

「このさ、少し濡れてる砂があるでしょ?」

「・・・はい」

「まずはそれを山みたいに盛るんだ」

「・・・山みたいに、ですか? 分かりました」

 

手じゃ辛いか。おし。ウリバタケさんあたりなら持っているだろ。

むしろ、砂の城作りも手伝ってもらおうかな。

 

「手じゃ大変だから、シャベルとか持ってこようか」

「・・・はい」

「じゃ、おいで」

 

手を繋いでウリバタケ氏の所へ向かう。

一人で山を作っていてとも言えたけど、まだ心配だしな。

 

「ウリバタケさぁん!」

「おう! 何だ。マエヤマ」

 

出た! 海の家!

 

「ヤキソバか? ラーメンか? カキ氷か?」

「いえ。ウリバタケさん。ウリバタケさんはセレスちゃんに夢を与えたいと思いませんか?」

「夢・・・だと?」

「ええ。そう、砂の御城という夢を!」

「何!? 砂の城だと!?」

「そうです。ウリバタケさん。セレスちゃんと共に城を作りませんか?」

「おう! 任せろ! こんな店、撤収じゃぁ!」

 

パパパとあっという間に崩される海の家。

凄まじいバイタリティ?だ。

 

「おっしゃあ! この海の男と呼ばれたウリバタケ・セイヤが砂の城作りを一からレクチャーしてやるぜ!」

「あ。班長。ズルいっすよ。一人だけセレスちゃんと遊ぼうだなんて」

「そうっすよ。俺達も参加させてください」

 

整備班が合流。

 

「楽しそうな事やっているじゃねぇか」

「私達も作ろうよぉ」

「・・・・・・」

 

パイロット三人娘も合流。

 

「ガイさん。私達の愛が一番だって証明しないと」

「よっしゃあ! 誰よりも高くカッコイイゲキガン城を作ってやるぜ!」

「それでこそガイさんです!」

 

またまた合流。

 

「いいですな。偶には童心に帰るのも」

「ミスター。続きは?」

「また後でいいじゃないですか。ゴートさんも参加です」

「・・・む。構わないが」

「僕もやろうかな」

「会ちょ―――」

「おいおい、プロス君、君は何を言っているのかな?」

 

あれれ? いつの間にか大所帯に。

 

「コウキ君。そんなに人を引き連れて何やってんの?」

「えっと。城を作ろうと思ったらこうなっちゃって」

「そう。じゃ、私も参加しましょう」

 

ミナトさんが近付いてくる。

周りの整備班の眼が垂れ下がっていて・・・むかつく。

 

「あ。じゃあカエデちゃんも誘ってきなさいよ」

「えぇっと、喧嘩しちゃって」

「喧嘩ぁ? 珍しいじゃない」

「ちょっとからかい過ぎて」

「まったく。コウキ君、気を付けなさい」

「はい。反省しています」

「仲直りのきっかけになるじゃない。ほら」

「で、でも・・・」

「セレスちゃんは私に任せて」

「はぁ・・・。分かりました」

 

話しかけづらいってのに。

カエデ。どこにいるんだろう?

 

「・・・あれは・・・」

 

カエデ・・・とエリナ秘書。

そうか。ここで接触か。流れを断ち切るとしよう。

 

「カエデ」

「・・・ん? フンッ」

 

ん!? 眼を逸らされた。

やばいな。マジで怒ってやがる。

 

「ちょっと! 今、私が話しているのよ」

「あ。すいません。何の話ですか?」

「クッ。覚えてなさい」

 

何だよ、その悪役の去り方は。

 

「なぁ、カエデ」

「・・・・・・」

 

ツンと顔を背けていらっしゃいます。

意地でもこっちを見ないつもりでしょう。

 

「さっきは悪かった。調子に乗っていたな」

「・・・・・・」

「・・・すまなかった。・・・許してくれないか」

「・・・はぁ・・・。分かったわよ。私が悪者みたいじゃない」

 

ほっ。良かった。

 

「それで? 何か用?」

「あっちで砂の城を作ろう大会をするんだが、来ないか?」

「砂の城? 何それ?」

「プールでは絶対に無理な事だな。浜辺の砂を積み重ねて城を作るんだ」

「へぇ。楽しそうじゃない」

「難しいから城になるかは分からないが、お前もやってみないか?」

「いいわよ。暇だし」

 

よし。了承を得られた。

 

「じゃあ、行こうぜ」

「ええ。仕方ないわね」

 

肩を並べて、浜辺へと向かう。

大会の会場はちょっと遠い。

今の内にエリナ秘書の話を聞いておくか。

 

「さっきのエリナさんは何て?」

「今度、実験に参加してくれないかって。ボソンジャンプがどうたらこうたらって」

「・・・参加するのか?」

「貴方、前に言ってたじゃない」

「え?」

「ほら、よく考えてから行動しろって。だから、まだ返事してないわ」

「そうか。カエデ。俺としてはそんな事に参加して欲しくない」

「何で貴方にそういう事を決められなくちゃならないの?」

「何の実験かは知らないが、わざわざ危険な目にあう事はないだろ?」

「でも、私は―――」

「カエデ。お前の木星蜥蜴を見返したいという気持ちは分かる」

「・・・・・・」

「でも、本当にその実験が木星蜥蜴を見返せるものなのか分からないだろ?」

「え? ・・・そういえばそうね」

「それに、もし、そうだったとしても、お前が犠牲になる必要はない」

「それでも!」

「ネルガルに利用されて欲しくないんだよ!」

「・・・コウキ」

「家族を失ったのは辛い。友達を失ったのも辛い。でも、お前は生きているんだ。そうだろ?」

「・・・でも、私は・・・」

「恨むな、憎むな。そんな事は言わない。俺だってそんな事になればそう思うだろうから」

「・・・・・・」

「でも、そんな感情で一生を無駄にする必要はない。だから、自分がどうしたいか、しっかりと考えて欲しいんだ」

「・・・自分がどうしたいか・・・ねぇ」

「ああ。俺ならいつだって相談に乗るからな。ゆっくりと考えてみてくれ」

「・・・分かったわ。考えてみる」

「ありがとう。カエデ」

「べ、別に貴方に礼を言われる筋合いなんてないわよ」

 

流されるのではなく、自分で考えて動いて欲しい。

それが、きっとカエデの為になるから。

 

「さて、着いたぞ」

「・・・何? これ?」

「ああ。これがナデシコクオリティなんだ」

 

気付けば、司会者用のステージが作り上げられており、審査員席なんてものもあった。

司会としてプロスさんがマイクを握り、審査員席には艦長、ホウメイさん、何故? ウリバタケさん、作るんじゃないの? の三人がいた。

ん? 艦長はそわそわして様子。きっとアキトさんの姿を探しているんだろう。

そういえば、アキトさん達は何を? アクアさんと接触しているのか? あえて。

あ。補足ですが、副長は一人ナデシコでお留守番だとかなんとか。可哀想に。

あ。更に補足ですが、アクアさんとはネルガルの敵会社クリムゾンの関係者です。

社長の一人娘だったかな? 問題児として有名らしいですが、その実体は・・・どうなんでしょ? 僕にも分かりません。

 

「お~い。コウキ君」

「あ。あそこか」

 

手を振って場所を示してくるミナトさん。

隣ではセレス嬢が黙々と砂を積み上げている。

 

「ほら。行くぞ。カエデ」

「・・・ええ」

 

何だろう?

あまり乗り気じゃない?

 

「えっと、嫌だったか?」

「え、違うわよ。ほら。作り方わかんないし」

「何だ。俺が教えてやるって」

「ふんっ。貴方なんかに教わらなくても作れるわよ!」

「・・・どっちなんだよ」

 

ま、いいや。

とりあえず、移動っと。

 

「お待たせしました」

「・・・・・・」

「いらっしゃい。カエデちゃん」

「・・・ふんっ。私の力がどうしても借りたいって言うから来てやったのよ」

 

そんな事、言ってないっての。

 

「じゃ、さっそく、御願いしようかしら」

「ま、任せなさいよ」

 

強がりだよねぇ。ま、ミナトさんならうまくリードしてくれるだろ。

じゃあ、俺はセレス嬢を手伝うか。

 

「セレスちゃん。頑張っているね」

「・・・はい。これがトンネルです」

 

ミナトさんに教わったんだろう。

砂の山の真ん中あたりが空洞になっている。

・・・懐かしいな、トンネル。

 

「おぉ。やるねぇ。崩れないように気を付けて」

「・・・はい。でも、もう一回崩しちゃいました」

 

シュンとなるセレス嬢。

ま、難しいもんな。城作りとかいいながら、俺もトンネルで満足していた覚えがある。

 

「いいの、いいの。崩れたらまた作ればいい。楽しければいいんだから」

「・・・はい」

 

別に城じゃなくても楽しめるし。

俺はよく穴を掘って、堀だとかいって楽しんでいたし。

 

「おし。それじゃあ、綺麗な城を作りますか」

 

シャベルを片手にこの時間を楽しむ事にしました。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

セレセレとコウキ君がちょっと離れた所で楽しんでいる頃。

私はカエデちゃんとおしゃべりをしていた。

 

「へぇ。プールも中々入れないんだ」

「水は大事な資源だもの。プールみたいに水を溜めるのは勿体無いわよ」

 

地球と火星の生活環境の違いはかなりのものがあるみたいね。

 

「突然だけど・・・」

「・・・何よ?」

「初恋ってどんな感じだった?」

「えぇ!?」

 

素っ頓狂な悲鳴をあげるカエデちゃん。

この子もコウキ君と同じで初心なのかしら。

 

「ほらほら。お姉さんに教えなさいな」

「お姉さんって何よ?」

「年上だし。ほら。そんな事はいいから」

「初恋なんてまだよ」

「あら? そうなの?」

「ま、私に見合うだけの男が見つからなかったって所ね」

「クスッ」

「何よ!? 何笑っているの!?」

「カエデちゃん、可愛いからね。カエデちゃんのお眼鏡にかなうカッコイイ男の子はいなかったか」

「ま、まぁね」

 

可愛いって言われて照れる所を見るとやっぱり初心なのね。

私に言われてこれだけ反応するんだもの。コウキ君の時はもっと凄いのか。

 

「ねぇ、カエデちゃん」

「何よ?」

「コウキ君の事・・・どう思う?」

「ッ!?」

 

とっても知りたい。

コウキ君が彼女を救える存在になれるのか。

彼女がコウキ君をどう思っているのか。

・・・嫉妬しない訳じゃないけど。

 

「べ、別になんとも思ってないわよ」

「カエデちゃん。真面目な話よ」

「真面目な話? 貴方、あいつと付き合っているんでしょ?」

「え、ええ」

「意味わかんないわ。どうして彼女がそんな事を訊くのよ」

 

正論。

でも、気になってしまう。

 

「たとえば、私が好きって言ったらどうなるのよ? 身を引くとでも」

「そ、それは・・・」

 

それはない。

私はコウキ君が好きだから。

私自身でも整理できない矛盾した感情なの、これは。

カエデちゃんを救って欲しい、コウキ君に。

でも、コウキ君は取られたくない。

 

「あいつは火星大戦後に初めて出来た友達。ただそれだけよ。・・・ええ。それだけなの」

 

火星大戦で全てを失った少女の初めての友達。

それがどれだけ心の隙間を埋めてくれる事か。

 

「・・・そう」

「何? 心配しているの?」

 

はぁ・・・。

これ以上は訊けないか。

またの機会にしましょう。

 

「ほら。コウキ君って良い男だし」

「はぁ!? ないない。変なだけよ」

「そうかなぁ?」

「ええ。おかしいわ。彼女になると眼が曇るものなのね」

「あら? 失礼ね。ツーっと」

「や、やめなさいよ。くすぐったいでしょ!」

 

背中を爪でツーっと掻いてやる。

その反応がまた可愛らしい。

身を仰け反らせる所とか、男性陣が見たらやばいわね。

 

「ほらほら」

「や、やめなさいっての。仕返しよ」

「ちょ、キャッ!」

「ふんっ。私だって・・・キャッ!」

 

負けじとくすぐる。

 

「・・・おい。あれ」

「ああ。いいよなぁ。海って」

「おぉ。美女の戯れは絵になる」

「・・・なぁ、やっぱりマエヤマを殺すべきだと思うんだが」

「・・・ああ。今なら全力で肯定してやる」

「行くか?」

「おう!」

「「マーエーヤーマー!」」

「え? え? えぇ!?」

「死ねぇぇぇい!」

「人誅だぁぁぁ!」

「ちょ、クソッ! セレスちゃん。帰ってくるから大人しくしていてね」

「・・・はい。頑張ってください」

「応援されても困るんだけど・・・」

「マァエェヤァマァ!」

「クソッ!」

「海に逃げたぞ! 追え!」

「「「「おう!」」」」

「増えている! 何故か増えているよ!」

「「「「「「死ねぇぇぇい」」」」」」

「また増えているぅぅぅ!」

 

楽しそうね、コウキ君。

 

「ふふっ」

「クスッ」

 

その光景があまりにも可笑しくて。

 

「「ハハハハハハ」」

 

二人して顔を見合わせて大笑いしてしまったのは仕方のない事よね。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

ドタンッ! ガタンッ!

 

「え? 何だ? 何だ?」

 

大量の男共追われている意味の分からない展開。

突如の轟音と振動で誰もが唖然とした。

 

『休憩は終了です! 破壊対象のチューリップが動き出しました!』

 

ナデシコからの音声報告。

ジュン君の久しぶりの仕事だ。

 

「・・・おい」

「・・・うん」

「・・・潰す」

 

え?

 

「・・・ガイさん。私・・・」

「大丈夫だ。あんな奴すぐにぶっ潰してまた作れば良い」

「・・・はい」

 

え? え?

 

「ぐぉぉぉ! ここまで作ったのに!」

「潰せ! やっちまえ!」

 

・・・あぁ。そういう事ですか。

お城が崩れてしまわれたのですね。

 

「おら! 行くぞ! 野郎共!」

「おぉおぉっぉぉ!」

 

スバル嬢が男になっています。

というか、城作りに参加していたメンバー全員が血走ってやがる。

これは・・・ご愁傷様だな。

 

 

案の定、殆どのクルーの怒りを乗せたエステバリスの問答無用の攻撃によりすぐさま破壊されました。

敵ながら、可哀想な気も・・・。

 

「・・・グスッ。ここまで頑張ったのに・・・」

 

全然しねぇ! セレス嬢を泣かせたんだ! 当然だろ!

むしろ、俺が潰したかった! トラウマ? 関係ねぇ!

いっその事、今からでも潰しに行くか!?

 

「コ、コウキ君。落ち着きなさい」

 

・・・宥められてしまいました。

それから、大会は再び開催された。

優勝は整備班の見事な洋風のお城。

これは仕方ない。

大泥棒の三代目が心を盗んだ場所のような豪華さだったから。

でも、セレス嬢だって受賞したんだぜ。

その頑張り、充分に入賞に値する。

賞は審査員特別賞。景品の浮き輪で非常に楽しく遊ばせていただきました。

あ。そうそう。メグミさんの特別ジュース。

賞を貰えずに嘆くガイに笑顔で渡したらしいです。

これから愛を育むのかという程にピンクオーラを発していたのですが、一瞬にしてカオスになりましたよ。

ご愁傷様とでも言えばいいのか。頑張れ、ガイ。負けるな、ガイ。永遠に。

アキトさんはユリカ嬢から夜食を送られたそうですが、見事にジュン君へ受け流しました。

あの幸せそうな顔して気絶するジュン君は二度と忘れられないでしょう。

あ、僕は触発されたミナトさんとセレス嬢からクッキーを頂きました。

普通に美味しかったですよ。はい。一人だけ勝ち組ですね。はい。

 

 

 

 

 



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自分にもできること

 

 

次はクルスク工業地帯のナナフシ。

敵の武器はマイクロブラックホールキャノンだ。

ナデシコを撃沈させるだけの威力を持つ強力な武器。

DFすら容易に突破した威力は注意するべきである。

あれを回避するのは不可能に近いしな。

ま、それは後で考えるとして、今回は色々と動いてみようと思う。

 

「ウリバタケさん」

「おう。マエヤマ。どうした?」

「DFがある敵専用の武器とか考えてくれませんか?」

「ふっふっふ。良くぞ聞いてくれた。一応だが、構想はあるぞ」

 

フィールドランサーだな、きっと。

 

「どんな奴です?」

「槍の先端にDFを中和する装置をつける訳だ。槍の先端って事は一点集中し、なおかつ、全重量をそこに込められる」

「なるほど。それなら、DFを容易に突破できる訳ですね」

「ああ。見た所、敵の戦艦の装甲は薄いからな。DFさえ突破できれば余裕だろう」

 

ジンシリーズの対策にもなる素晴らしい武器。

これはDF対DFでは必須のアイテムだ。

 

「ま、形状や性能的にチームを組んで対応する事になるだろうな。突破した瞬間を狙われると隙だらけだしな」

 

チームを組む・・・か。

単機じゃフィールドランサーを活かしきれないのかな?

一機で一つの戦艦を攻略できた方が効率もいいし、無駄なエネルギーを消費しなくて済む。

・・・要するにフィールドランサーで突破すると同時に攻撃できればいい訳だ。

右手にフィールドランサーを持って、左手にラピッドライフルを持って突撃するか?

でも、そうするとフィールドランサーを両手で持てないから威力が弱まっちまうな。

どうすれば、いいんだろう?

 

「名前はフィールドランサー。ふっふっふ。素晴らしい考案だろう」

「流石はウリバタケさんですね。DFを無効化できればこちらが断然有利です」

「だろ、だろ。あ。マエヤマには開発の途中で協力してもらうかもしれん」

「全然問題ないですよ。任せてください」

「流石は天才プログラマーだな。俺はいつもプログラミングで苦労するんだよ」

「いえいえ。プログラミングなんてパズルみたいなもんですよ。決まった形を組み合わせるだけ―――」

 

・・・組み合わせる?

 

「どうかしたのか? マエヤマ」

 

決められた二つの事柄を組み合わせる事で一つの事柄としてしまう。

別の物と別の物とを組み合わせて一つの物体としてしまう。

銃と槍とそれぞれの機能が欲しいのなら、一つでどちらの機能も賄ってしまえばいい。

 

「マエヤマ。どうかした―――」

「そうか! その手があったんだ!」

「うぉ!? な、何だ? いきなり」

「ウリバタケさん。もし、フィールドランサーでDFを突破したと同時に攻撃できたらどう思います?」

「そりゃあ理想だがな。そう簡単にはいかんだろうが。両手にそれぞれ武器を持っちまったら威力は半減だしな」

「違うんですよ。ウリバタケさん。一つの武器で二つの機能を満たしてしまえばいいんです?」

「あん? 近距離と遠距離を同時にこなすってか? 何だ? 蛇腹剣でも作れってのか? ありゃあ現実には無理だぞ」

「もっと簡単なのがあるじゃないですか! 技術の進歩で廃れてしまいましたが、日本の戦争時代では標準装備だった奴が」

「日本の戦争時代だと? お前、若いのによくそんな事を知ってんな」

「え? だって、戦争の事は色々と・・・」

「そんな昔の事は誰も知らないんじゃねぇのか? 地球連合が発足して戦争なんて起きなくなったしな」

 

そうか。地球連合の存在があったのか。

俺の時代は下手したら祖父ぐらいの世代が戦争を体験していた時代だもんな。

俺なんかは割と身近な事で話とかも聞けたけど、この世界じゃずっと遠い昔の話なんだ。

この時代じゃ二百年以上昔の事だし、興味ないのは当たり前か。

しかも、地球連合の存在が戦争を抑止していたから、戦争なんて一般人には縁の遠い話。

誰も戦争の事なんか考えないよな。道理で一般人が木星蜥蜴に対して気楽な訳だ。

今の軍なんて反乱やら何やらの抑止力でしかないし。軍活動なんてやってなかったんだろ。

ま、そのツケが木星蜥蜴襲来時に何にも出来ないっていう今の現状なんだろうけど。

 

 

「銃剣って知りません?」

「おぉ。あれだろ。銃の先端に刃をつける奴。すっげぇ昔の事、知ってんだな、お前」

「ま、まぁ、何で知っているかはいいじゃないですか。銃剣は近距離も遠距離も対応できる特別な仕様になっているんです」

「ほぉ。すると、お前はフィールドランサーにライフルとしての付加価値を付けようってんだな」

「ええ。命名、フィールドガンランス。どうです? いけそうですか?」

「・・・フィールドガンランス。おめぇ、やるじゃねぇか。その案はすげぇぞ」

「おし。どうです? 作ってみませんか?」

「おっしゃ。任せとけ。作ってやるよ」

「俺も協力しますよ。言いだしっぺですし」

「ふっふっふ。こんなこともあろうかと、と言える日がやってくるな」

「ええ。技術職なら一度は言ってみたい台詞ですね」

「おぉ! 分かってんじゃねぇか! おめぇ、ナデシコ終わったら俺ん所、来るか? おめぇがいればプログラミングも任せられて助かるしな」

「ハハハ。考えておきますよ。いつ頃出来そうですか?」

「試験的に軽く作るだけならすぐにでも出来んぞ。本格採用はまだまだ先になりそうだが」

「そうですか。それじゃあ、何かあったら呼んでください。力になりますから」

「おう! いや、良いアイデアをもらうと気分がいいな。いつでもきやがれ!」

「はい。それでは・・・」

 

フィールドガンランス。

ナデシコの新しい力になりそうだ。

これは楽しみだな。

おし。次は・・・。

 

「コウキ」

「あ。何っすか? アキトさん」

「微妙に口調が変わっているな」

「うす。後輩風っす」

「ま、まぁ、いい。ちょっと相談があってな」

 

アキトさんが相談?

何だろ?

 

「俺がミスマル提督と接触したのは知っているよな?」

「ええ。皆で考えた計画ですからね」

 

フクベ提督とミスマル提督の両名をリーダーとした新しい派閥。

二人には木連の事、遺跡の事など、この戦争に関する事を説明してある。

ま、それとなく気付かせるようにで、完全な説明をしている訳ではないが。

あまりにも詳しすぎると逆に怪しまれる可能性が高いしね。

 

「フクベ提督とミスマル提督の協力を得られた。彼らを核に勢力は広まっていくと思う」

「軍内部での新しい派閥。さしずめカイゼル派といった所ですか?」

「い、いや、意味が分からんだろ。トップの特徴を伝えても掲げる意図が掴めん」

「冗談です。協力を得られた事は分かりましたが、何故、そこで俺が出てくるのかが分かりません」

「ああ。徐々に勢力は強まっている。だが、如何せん発言力が低い。影響力、求心力は高くとも軍内での身分はそれ程高くないのでな」

「確かにそうですね。フクベ提督は既に退役していますし、ミスマル提督も数ある提督の中の一人でしかないですから」

「そうだ。そこで、彼らの発言力を高めたいんだ。カイゼル派の発言力をな」

「カイゼル派でいいのかよ!? ・・・えっと、発言力を高める為にはどうすれば?」

「意外とカイゼル派でも良い気がしてきた。・・・そうだな。木星蜥蜴を倒したという事で評価を得たい」

「要するに、現状で成す術がない彼らに対する術を授けてくれと」

「ああ。そうなるな」

「何故に俺なのか、って感じです。俺には何も出来ませんよ」

「武器や機体を開発しろと言っている訳ではない。IFSがなくても戦えるようにしてくれないかという事だ」

 

IFS?

あぁ。未だに嫌がっているんだっけか、地球の軍人は。

まったく、地球人は危機感が足りないねぇ。

 

「あれですか? 未来で統合軍が標準配備していたステルンクーゲルのEasy Operation Systemみたいのですか?」

「そうだな。もちろん、コウキならより高度なものを用意してくれるんだろう?」

 

何? そのニヤッとした笑みは。

お前なら当然だよな的な黒い笑みだね。

急な技術進歩はまずいんだけどなぁ。

 

「ま、ご期待に沿えれば」

「ほぉ。楽しみにしてよう」

 

いえいえ。楽しみにしないでください。

 

「あ。それとも、トレースシステムがいいですか?」

「何だ? そのトレースシステムというのは」

「簡単に言えば、身体の至る所にセンサやらを付けて身体を動かした通りにエステバリスを動かすというものです」

「ほぉ。面白いな」

「ですが、中の人間が超人じゃなっきゃ無理ですね。たとえば生身の身体と腰布だけでエステバリスを破壊できるぐらいには」

「何だ? その空想上の人物は」

「いえ。まぁ、気にしないで下さい」

 

貴方も一応空想上の人物なんですけどね・・・。

 

「とりあえず、EOSのようなIFSを必要としないソフトを組んでおいて貰えるか?」

「組むのは構いませんが、どこ製の機体に搭載するつもりですか?」

「む。そこまで考えてなかったな」

「生産ラインを整えなければなりませんからね。いっそ技術士官でも派遣してもらいます?」

「軍自体が生産するという事か?」

「ええ。でも、それだけの資金があるかが問題ですけどね」

「・・・そうか。その辺りは提督と相談してみるから、とりあえずコウキはソフトを開発しておいてくれないか」

「分かりました。あれですよね? シューティングアクションゲームみたいな感じでいいんですよね?」

「ん? どういう事だ?」

「幾つもの動作をルーチン化して、コンボとかで動作を変えるようにしたり、決められた動作を瞬時に出せるようにしたりとか」

「ま、まぁ、その辺りは任せる」

「それでは、アキトさんの機動データを参考にしてパターンを幾つか作ろうと思いますが、構いませんか?」

「構わないが、俺は癖が強いぞ?」

「それじゃあ、誰がいいですかね?」

「そうだな。癖がないといえばアカツキかヒカルだな」

 

会長かヒカルのどっちか。

うん。ここはヒカルに頼もう。

会長にはあまり借りを作りたくない。

それじゃあ、ヒカルを基準にして・・・。

 

「分かりました。では、アキトさんの動きは上級者用にしておきましょう」

「じょ、上級者用?」

「扱いが難しいけど、慣れると強いみたいな、味がある設定です」

「そ、そうか・・・」

「幾つかパターンを製作してパイロット毎にパターンを選べるように出来たら楽しそうですね」

 

やばっ。なんか燃えてきた。

俺の知るシューティングアクションゲームを全て参考にしてやる。

ゲームの画面上に映像として行っている事を実機でやらせればいいって事だろ?

うん。なんかやる気が出てきた。

 

「ま、まぁ、任せる」

「分かりました」

「それではな」

 

仮想ソフトを多用して幾つもの動きを検証しよう。

まずはナデシコパイロットの機動データを参考にして、仮想キャラを作ってみるかな。

コンピューターが基本動作を行うステルンクーゲルよりむしろ決められたパターンの複合だから簡単だと思う。

ま、パターン読まれたら厳しくなるかもしれないけど、それは、あれだ、必殺コンボでも編み出して欲しい。

 

「ガンアクションシステム。略してGAS。ガスか? それとも、リアルアクションシステム。略してRAS。ラスか?」

 

・・・名称は後で考えよう。

とりあえず、何パターンも動作パターンを用意して、それぞれの動きをコマンド入力する形で。

おし。誤差補正のソフトを組み込めば、正にシューティングアクションのような事が出来そうだ。

色々と試してみよう。やる気が漲ってきたぁ! ・・・ん? あれ? ちょっと待とうか。

 

「・・・トレースシステムも面白いかも」

 

機体に乗ってリアルタイムで直接動かすのは無理だけど、自分の動きをパターンとして覚えさせて同じように動かす事は出来る。

スポーツゲームとかでプロ選手にセンサを付けて実際に動いてもらって、それをPCで解析して実現させるみたいな感じ。

これはある意味、イメージのIFSよりも自分の動きを忠実に再現しているからやりやすいかもしれないな。

要するに、基本動作だけ登録しておいて、後は自分の身体を使ってカスタマイズできるみたいな感じ。

うん。これはこれで面白い。EOSみたいだけど、それよりちょっと趣がある。

カスタマイズ出来なければ、パターンがあらかじめ登録されているGASかRASを使えばいいし。

GASかRASはサンプルとして提供して、独自でカスタマイズしてもらうというのも面白いか?

パイロット一人一人が独自で機体を成長させる事が出来る。

また、一人一人が独自にカスタマイズ出来るんだから、個性も出てくるだろ。

軍としては形が決まっていた方が分かりやすいかもしれないけど・・・。

俺は個性を尊重する。皆違って皆良いんだよ。うん。

 

「さしずめトレースアクションシステム。略してTAS。タスだな」

 

おし。方針としてはナデシコパイロットを参考にサンプルを作り、ヒカルの機動データを基本動作として登録。

後はトレースアクションシステムを開発して、ヒカルの機動データをカスタマイズできるよう設計。

サンプルは格闘重視、援護重視、機動重視あたりで手を打つか。アキトさんの機動は隠しキャラとして登録しておこう。

まるで格ゲーのような扱いだ。まぁ、リアルアクションシステムは格ゲーとあまり変わらんしな。

 

「複合アクションシステム。略してCAS。・・・カス。なんか嫌。キャスだな」

 

うん。そうだな。俺はCASを製作しよう。

 

「フィールドガンランスと複合アクションシステムの二つ。とりあえず俺が現状で出来るのはこれくらいだろう」

 

知識があっても実現できるだけの技術力はまだこの時代にはない。

現状で取り組める事といったら、これくらいだ。

ふむ。出来るだけ早く完成させたいな。フィールドガンランスは特に。

 

「おし。やるか」

 

明確な目標が定まりやる気が漲った日の事でした。

 

 

 

 

 

「・・・そうですか」

「ええ。正面から立ち向かう事か、時間が解決してくれるかを待つか。そのどちらかね」

「正面から逃げずに・・・という事ですね」

「そうね。逃げていたらいつまで経っても直らないわよ」

「・・・分かりました。ありがとうございます、イネスさん」

「頑張りなさい、コウキ君」

 

 

 

 

 

「ナナフシ!?」

 

ついにこの時が来ました。

一、二度しかなかったナデシコ撃沈の危機の内の一つ。

もう一つはボソン砲かな。ディストーションブロックは正にこんな事もあろうかと、だった。

・・・マイクロブラックホールキャノン。

ナデシコを沈めたといっても過言ではない重力波レールガン。

DFを貫く威力も当然だけど発射後に大気に与える影響も軽視できない。

チャージまでに莫大な時間が掛かるといっても、その戦略性は凄まじいものがあると思う。

下手すれば、連合本部なんて一瞬な訳だし。

戦略級の武器の一つだと思うね、俺は。

相転移砲も凄まじいものがあったけど、それに等しいぐらい。

もしナナフシが大量に配備されていたらと思うとぞっとする。

恐らく、このナナフシは実験機でしかなかったんだろう。

だから、大量生産されずに済んだ。

これで実験機かよ!? とも思うけどさ。

 

「そうよ。木星蜥蜴がクルスク工場地帯を占拠し、新たに配置した新兵器。その形状から司令部ではナナフシと呼ばれているわ」

「それでは、今回の任務はそのナナフシの破壊という訳ですね。提督」

「ええ。でも、油断しない事ね。今までに連合軍の特殊部隊が三度破壊に向かったわ。でも・・・」

「・・・でも?」

「全滅よ。全滅。何をやっているのかしらね」

 

キノコ提督。

仕方ないと思いますよ。

それ程にマイクロブラックホールキャノンは恐ろしいのです。

 

「な、何と不経済な。いやはや。その分をネルガルで・・・」

 

どうしようと言うのですか? プロスさん。

あと、その高速演算は何の計算でしょうか?

 

「そこでナデシコの登場という訳ですね! グラビティブラストで一撃必殺!」

 

ピースっと笑顔でアピール。

ナデシコの性能なら敵うかもしれませんけど、そうはいかないんだよなぁ。

 

「そうか! 遠距離射撃だね! ユリカ」

「その通りだよ! ジュン君」

 

おぉ。艦長と副艦長が分かり合っている。

これはこのまま実行という形になりそうだけど・・・いいのかな?

 

「これ以上、地球経済に負担をかけないよう、我々ナデシコが頑張るべきですな」

 

プロスさんは地球の経済を背負っている方なのですか!?

 

「エステバリスが危険に晒されなくて済みますね」

「あら~。それを言うならガイ君が、でしょ?」

「そ、そそそ、そうですね」

 

ガイ。大切にしてやれよ。健気な彼女を。

 

「それでは、直ちに作戦を―――」

「ちょっと待ってくれ」

「え? アキト? そう。遂に私に告白する決意を―――」

「艦長。我々は―――」

「ユリカ! ユリかって呼びなさぁい! 艦長命令です」

 

凄い職権乱用。

 

「艦長。真面目な話だ」

「・・・ぶぅ」

 

不貞腐れた!? やはり子供だな。

ユリカ嬢。大人になれよ。甘えた分だけ大人になれよ。

 

「我々がナナフシの攻略に適している事は分かる。射程距離にしても、その攻撃力にしても、地球ではナデシコがトップだろうからな」

 

うん。それは確かに。

 

「だが、だからといって、安心するのは気が早い。俺達はもっと情報を集めるべきではないのか?」

「テンカワ。それはどういう意味だい?」

「ジュン。三度も特殊部隊が攻め込んでどうして攻略できなかったのか。それを知らずして攻め込むのは愚かな事だと思う」

「そ、それは・・・」

 

正論です。

正論過ぎてジュン君も言葉がありません。

 

「提督。その辺りはどうなんだ?」

「ナナフシとその一帯が持つ対空迎撃システムが原因ね」

「それに全滅させられているのだな?」

「そうよ。それがどうしたのよ? ナデシコが遠距離射撃したら御終いじゃない」

 

成功すれば、ですけどね。

 

「コウキ」

 

え? 俺? ここで? 何故?

 

「な、なんすか?」

「火星においてお前は言ったな。万が一を考える事こそが生き残る為には必要だと」

「ええ。最悪の事態を常に想定する。そうする事で気持ちに余裕が生まれますから。想定外の事ほど、焦るものはないでしょう?」

「その通りだ。焦りは人に死を運ぶ。常に冷静である事が戦場で大事な以上、あらゆる想定をしておくべきだと思うがな」

「・・・そうだった。士官学校でも僕はそう習ったじゃないか。慢心していたよ」

「ナデシコの性能が圧倒的で油断するのは分かる。だが、指揮官たるもの、常に客観的に物事を眺めるべきだ」

「ああ。その通りだ。すまなかった」

 

ジュン君が頭を下げる。

えぇっと、これで一応は最悪の事態を想定するという展開に持ち込めたのかな?

 

「艦長。敵の射程がこちらより長かったと想定しよう。どうする?」

「・・・グラビティブラストによる遠距離射撃が不可能である以上、エステバリスによる破壊になるでしょう」

「しかし、グラビティブラストの射程に敵う武器が―――」

「最悪の事態を想定するのに固定概念は不要ですよ、ゴートさん。何があってもおかしくないよう想定しておくんですから。なにより我々が知る木連蜥蜴は八ヶ月前のもの。秘密裏にグラビティブラスト以上の武装が開発されていたとしてもおかしくないです」

「・・・む。すまない。そうであったな」

 

グラビティブラストが最強。

そんな事を言っていられるのも今の内だけだ。

これから相転移砲という破壊力抜群の兵器も出てくるんだし。

 

「対空迎撃システムが充実されている以上、陸移動になりますよね」

「そうだな。地上戦のフレームは陸戦フレームと砲戦フレームの二つ。攻撃力的には優れているが、いかんせん移動力がない」

 

陸戦フレームは本当に唯のエステバリスって感じ。

あえて言うならワイヤードフィストがあるぐらい。

でも、あれって、そんなに必要性を感じないんだよな。

どうせやるなら、もっと高出力のロケット積んで、巨大な拳とかドリルにしちゃえばいいのに。

ドリルのロケットパンチとかウリバタケ技師には鼻血もんだろうに。

 

「移動するなら陸戦フレームに外付けのバッテリーを大量に積ませる必要があるな」

 

お。ウリバタケさん参加。やっぱり本職に意見を聞かないとね。

 

「それだけで解決できますかね?」

「下手すると敵陣のど真ん中に取り残される可能性があるな。あれだろ? ナデシコは近付けない前提だろ?」

「ええ。対空迎撃がある以上、格好の的ですから」

 

流石にDFでも無理だろ。

マイクロブラックホールキャノンをもし初弾で避けられたとしても、近付くのは困難だと思われる。

結局、攻略法はグラビティブラストの射程外距離からの遠距離射撃か、エステバリスによる単独破壊しかない。

 

「分かりました。それでは、考えを纏めましょう」

 

御願いします。艦長。

 

「現状で取れる策はナデシコの遠距離射撃かエステバリスによる破壊工作かのどちらかです」

 

ふむふむ。

 

「エステバリスによる破壊工作のリスクが高い以上、遠距離射撃で仕留めてしまいたいというのが私の考えです」

 

誰もがうんうんと首を縦に振る。

誰だって危険な目にあって欲しくはない。

 

「確実に仕留める為にはまず向こう方の射程距離を確認する必要があります。その辺りはどうなのですか? 提督」

「残念ながら分からないわよ。詳しい射程距離なんて。グラビティブラストとどちらが長いかなんてもっと分かんないわ」

 

・・・それで良いのか? 連合軍。

 

「それを確かめる為に他の艦隊から援軍を頼みたいのですが―――」

「無理よ。この独立愚連隊のナデシコに助けなんて来るもんですか」

「・・・ですよねぇ。ユリカ、困っちゃうなぁ」

 

独立愚連隊って自覚あったんだね、提督。

 

「どうしよう? アキト」

「・・・危険だが、ナデシコのDFを前方に集中させて、敵の攻撃をあえて受けるしかあるまい」

「でも、それって、かなり危険ですよ」

「ああ。だが、策としてはこれしかないだろうな」

 

あえてナデシコで受けるか。

でも、そんな危険な橋を渡るのは嫌だな。

そもそもDFを前方に集中とか出来るのか?

 

「やはりここはナデシコによる遠距離射撃に賭けるしかないな」

 

そうなんだよね。

でも、失敗するって分かっているのに何にも出来ないってのも・・・。

 

「・・・そうだな」

 

どうなるか知っている組も手詰まり。

ここでエステバリスでの作戦を提案しても周囲の賛同は得られないだろうし。

 

「どちらにしろ、DFを即座に張れる準備を御願いします。ミナトさんはいつでも回避できるようにしておいてください」

「分かりました。DF発動シークエンスを進めておきます」

「緊急回避ね。やってみるわ」

 

少しでも直撃から免れれば、ナデシコの被害も減るか。

 

「それでは、作戦を開始します。直ちに配置についてください」

「了解」

 

それぞれのクルーが配置に付く。

パイロット組はブリッジで待機。

出番がなければ嬉しかったけど、そうもいかない。

すいません。そして、御願いします。

 

「グラビティブラストチャージ開始」

「グラビティブラストチャージします」

 

果たしてグラビティブラストをチャージして意味があるのかどうか。

 

「チャージ完了と共に山陰から抜け出し発射します。ルリちゃん、念の為、DFの発動も意識しておいてください」

「グラビティブラストの発射はラピスに任せます」

「・・・わかった」

 

山陰を隠れ蓑に。

出てきた所を狙われるとはもぐら叩きされている気分だ。

 

「相転移エンジン異常なし」

 

グングンと上昇するナデシコ。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

何があるか分からない。

それがクルーに緊張感を与える。

 

「作戦ポイントに到達」

「ラピスちゃん。グラビティブラス―――」

「敵弾発射しました!」

「ルリちゃんDF発動。ミナトさん! 緊急回避!」

「ディストーションフィールド発動します」

「揺れるわよぉ~」

 

ドダァァァァァァァァァァァァ!!

 

「ディストーションフィールド消失!」

「直撃は避けられましたが、エンジン機関部に命中」

「相転移エンジン停止します」

「え? 嘘? ミナトさん! 緊急着陸を」

「いいわ。きちんと掴まってなさい」

「艦内の全クルーに連絡します。本艦は敵兵器の攻撃を受け、墜落します。近くにある物にすぐさま御掴まりください!」

『あれは重力波レールガンね。私の見解では―――』

「イネスさん。後で説明の機会を設けるので静かにしていてください!」

「補助エンジンを起動!」

『仕方ないわね。でも―――』

「聞いている余裕なんてありませぇぇぇん!」

「不時着するわ! 振動に気を付けて!」

 

ズッシャァァァァァァァァァン!!

 

『マイクロブラックホールの生成に時間がかかるから、しばらくの間は安全よ』

「き、貴重なご意見ありがとうございました」

『ええ。詳しくはまた後で』

「・・・相変わらずマイペースな人だ」

「・・・カオスだな」

 

うん。酷い有様だ。

正に混沌。収拾がつかない。

やっぱりエステバリス作戦か。

また、俺は何にも出来ないのかな?

 

 

 

 

 



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守りたいものがある

 

 

 

 

「私の見解では、ナナフシのマイクロブラックホールの生成は十二時間。ほぼ半日ね。攻撃を受けたのが・・・」

 

現在、イネス印のホワイトボードを前に説明を受けています。

余裕は後十一時間とちょいしかないという現状。

しかも、相転移エンジンに被害が及んでいる為に、ナデシコの脱出は不可能。

とにもかくにもナナフシを潰すしかないという結論に達した。

不幸中の幸いは人的被害がなかった事かな。軽傷を負った人はもちろんいたけど、重傷患者はいなかった。安心したよ。

整備班は今から相転移エンジンの突貫作業に入るらしい。少しでも修理しておいた方が良いのは確かだしな。

 

「これが想定していたという事なのか。冷静に物事を考えられる」

 

ジュン君がなにやら感心したように呟きます。

 

「緊急事態になっても冷静でいられるのは良い事よ。誰の差し金かは知らないけど・・・」

 

げっ? そこで何故俺を見る? 俺じゃないし。アキトさんだし。

 

「ま、いいわ。それでは、以上で説明を終わります。起立。礼」

「ありがとうございま―――」

「って、違う! ここは学校じゃないっての!」

 

ナデシコクルーはノリが良過ぎます。

 

「後は艦長に任せましょう」

 

そう言って颯爽と去っていくイネス女史。

その途中、俺とすれ違いながら・・・。

 

「挨拶も碌に出来ない生徒は補習よ。覚悟してなさい」

 

・・・とかおっしゃっていました。

いや。勘弁してください。身も心も疲れ果ててしまいますから。

 

 

その後、しばらく時間を置いて、作戦が発表された。

どうやら作戦会議をしていたらしい。艦長、副長、ゴートさん、アキトさんの四人で。

 

「それでは、作戦を発表します」

 

ナデシコによる破壊が失敗した以上、エステバリスで叩くしかない。

それはもう最初から分かっていた事だ。

「エステバリスで地上よりナナフシに接近し破壊します」

「作戦開始は一時間後とする。砲戦を三機、陸戦を三機の構成で作戦を実行してもらう」

 

原作と違ってガイが生きている。

その分、砲戦が一機増えるから、攻略は楽になりそうだ。

あ、それと、多分、外付けバッテリーはガイが持つんだろうな。

アキトさんに持たせるとかまずないだろうし、エースパイロットだしね。

頑張れ、ガイ。それも愛の試練だと思って。

 

「作戦指揮はテンカワ。任せたぞ」

「ああ。了解した」

 

心強い返事。

不思議な事に不安や恐怖はまったくない。

きっとアキトさんを始めとする優秀なパイロット達に対する信頼がそうさせるんだろうな。

だから、ブリッジの皆にも負の感情はない。

彼らなら絶対に何とかしてくれる。

そんな強い信頼関係がナデシコクルーにはある。

あぁ。これがナデシコなんだな。

クルー達の団結力こそがナデシコが強い所以。

性能や武装ではない。クルー一人一人の強さがナデシコの強さなんだ。

 

「コウキ。留守は任せたぞ」

「はい。アキトさん」

 

俺に何が出来るか分かりませんが、任されました。

 

「ま、お前の出番はねぇけどな」

「うるさいよ。荷物番」

「て、てめぇ、それは言わない約束だろ」

「・・・信じているぞ、ガイ」

「おう! きちんと成功させて無事に帰ってきてやるよ」

「ああ。メグミさんを悲しませんなよ」

「あったりめぇだ!」

 

まったく。頼り甲斐のある男になりやがって。

 

「コウキは気楽に待っていてよ」

「おう。俺達がミスる訳ないしな」

「クックック」

「頼むよ、皆」

 

パイロット三人娘。

彼女達の腕なら大丈夫だ。

 

「ねぇねぇ、君はどうするのかな?」

「・・・アカツキ・ナガレ」

「もし、ナデシコが危機に面したら、何もしないで震えているの?」

「何!?」

「恋人が乗っているんでしょ? それなら、きちんと男を見せないとね。僕のように」

「軟派野郎は男らしくないと思うけど?」

「ま、この作戦で彼女達は僕に惚れるよ。男らしい背中を見てね」

「ないない。ま、精々頑張れよ」

「ふふっ。負け犬の応援はやる気が出るねぇ」

「クッ」

 

・・・ふぅ。落ち着け。怒った所で何も変わらない。

俺だって、いつまでもトラウマなんて言っていられないんだ。

いつまでも震えてはいられない。

 

「頼むぞ、皆」

 

次々とブリッジを去っていくパイロット達。

その心強い背中に作戦の成功を祈った。

作戦開始まで後一時間弱。

 

 

 

 

 

「えぇっと、何ですか? これ」

「無論、お前が着る奴だ」

 

パイロット達が出撃し、ブリッジには何とも言えない空気が漂っていた。

そんな時、まるでネルガル陣がブリッジにいない時を狙ったかのようにウリバタケさんがやって来て・・・。

 

「さぁ、これに着替えるんだ! 作戦司令部ならば当然の事だぞ」

 

・・・などなど言い出して、ウリバタケ秘蔵コレクションから色々と持ってきた。

いいよ。普通に軍服な人は。でもさ、ルリ嬢は・・・原作通りだから、覚悟はしていただろうけど、ラピス嬢とセレス嬢は何?

ラピス嬢は西欧の甲冑姿で凄く重そう。セレス嬢は騎士甲冑っていうの? 物凄く派手なんだけど。

地面に付きそうなぐらい長いマントっぽいのがあるのはどうかと思うんだ、うん。

それでさ、何で俺はこれなの?

 

「いいじゃねぇか。エリートのみが着る事を許された白服だぜ」

「あれですか? 仮面はデフォですか?」

「無論だ。あのシリーズの敵キャラは仮面と決まっているんだよ」

「・・・さいですか」

 

クソッ。こんなものを着なくてはならないとは。

認めたくないものだな・・・自分自身の若さゆえの―――。

 

「って、仮面違いだし!」

「あん? 何だ?」

「い、いえ。なんでも・・・」

 

はぁ・・・。素直に着るか。

 

「えっと、なかなか、似合っているの、かな?」

「・・・フォローになっていませんよ。ミナトさん」

「・・・仮面・・・ですか?」

「そうだよ。私の正体を隠す為には仕方なかったのだよ」

「成り切っているように見えて首が真っ赤よ」

「ク、クソッ。俺だって・・・。俺だってぇ・・・」

「使い方間違ってんぞ。マエヤマ」

「グハッ!」

 

完璧に負けました。ガクッ・・・。

 

「さて、俺は帰るぜ。またな」

 

ウリバタケ氏は満足して帰っていった。

 

「あら?」

「パイロット達は!? ・・・ん?」

「貴方達は何を・・・」

 

入れ替わるように現れるネルガル陣。

どこか嬉しそうな笑みを浮かべるエリナ秘書。

もはや諦めの境地に達したのか表情を変えないゴートさん。

絶賛胃腸炎中のプロスさん。

 

「ビシッ!」

 

ビシッ!

 

「・・・コスプレかね?」

「はい。司令部はこういうものだと聞きました。ビシッ!」

 

ビシッ!

 

「・・・作戦遂行中である。諸君、警戒を怠るな」

「了解! ビシッ!」

 

ビシッ!

 

「・・・・・・良いな」

 

・・・嬉しそうにしないでください。

それと、隠れていませんからね、そのガッツポーズ。

・・・あぁ。ゴートさんのイメージが。

 

「パイロットの方々の様子はどうなのでしょう?」

「順調に進んで―――」

「・・・き、機影反応です・・・」

 

え? 機影反応!? 敵!?

 

「ル、ルリちゃん!」

「・・・やられました。周囲、全方位囲まれています」

「な、何で? いつの間に・・・」

「罠だったようですね。ナナフシは」

 

う、嘘だろ? こんなの原作にはなかった。

エステバリスが留守の間に襲われるだなんて事はなかった筈だ。

 

「ナデシコは見事に餌に引っ掛かってしまったようです」

 

無情にも告げられる報告。

背筋が凍った。

 

「ル、ルリちゃん! 相転移エンジンの調子は?」

「整備班が頑張ってくれていますが、現状では半分程の出力しか」

「そんな・・・」

 

・・・完全に狙われた。

周囲を囲むように飛んでいるバッタ。

周囲を囲むように迫ってくる旧兵器。

戦車やら戦闘型飛行機やら装甲車やら。

どうやら制御が奪われてしまっているようだ。

現在、あれらは完全に木星蜥蜴の支配下にある。

敵戦力はエステバリスがいない今、圧倒的だ。

ただでさえ相転移エンジンが本調子ではないというのに・・・。

 

「敵反応、徐々に近付いてきています」

「DFを張ってください。攻撃を耐え抜きます」

「・・・駄目です。DFだけではとても・・・」

 

周囲を囲み徐々に近付いてくる敵。

攻撃されるのも時間の問題だ。

 

ガタンッ! ゴドンッ!

 

攻撃を喰らってナデシコが揺れる。

 

ドダンッ! ガガガ!

 

こうしている間にもナデシコは次々と傷付いていくんだ。

 

「相転移エンジン出力低下。DF弱まります」

「グラビティブラストは撃てますか?」

「不可能です。DFに回すだけのエネルギーしか得られません」

「・・・・・・」

 

このままだと危険だという事は誰にだって分かる。

でも、その対処法が何もなければ、俺達にはどうする事もできない。

 

ドドンッ! ガタンッ!

 

「キャッ!」

 

・・・今、動けるエステバリスパイロットはいない。

ナデシコには迎撃できるだけの力がない。

・・・俺には・・・何が出来る・・・いや。

 

「・・・コウキ君」

 

・・・俺がやるしかないんだ。

 

「・・・艦長。俺がエステバリスで出ます」

「・・・え? でも、マエヤマさんは・・・」

「正面から逃げずに立ち向かう」

「え?」

「そうやってトラウマを克服する事が―――」

「コウキ君。貴方、今、自分が震えている事を分かっているのかしら?」

「・・・嫌だなぁ。そんなの・・・分かっているに決まっているじゃないですか」

 

言われなくたって分かっているさ、そんな事。

指先だけじゃない。全身が震えている。

でも・・・。

 

「俺がやらずに誰がやるんです? 今、この状況を打破できるのは俺だけでしょう?」

 

・・・俺しかいないんだ。

エステバリスで出撃できるパイロットは。

 

「だから、俺が―――」

「貴方は背負い込んでばかりね」

「え?」

 

突然抱き締められた。

身体の震えは、不思議と収まっている。

 

「義務感で動いて欲しくないわ」

「でも、俺しか・・・」

「義務感や責任感に囚われていちゃ駄目よ。どうしてエステバリスに乗ろうと考えたのか思い出しなさい」

「俺は・・・」

 

俺しかいないという義務感。

ナデシコを護らないと、という責任感。

その二つで動いていた。

でも、その根本にあるのは・・・。

 

「ナデシコを護りたいからです。ミナトさんに、ナデシコクルーに死んで欲しくありません」

 

護りたいという思い。

思い上がりでも、己惚れでも。

俺に護れる力があるのなら、俺は皆を護りたい。

 

「そう。それじゃあ、その気持ちで行動しなさい。助けたいという思いで動きなさい」

「・・・変わりますかね?」

「ええ。自分が何故その行動を取ったのか。それをしっかりと自覚して、思いを乗せなさい。そうすれば、コウキ君なら出来るわ」

「・・・はい。分かりました。ミナトさん」

「いつも私達はコウキ君に辛い思いをさせようとしているわね。ごめんなさい」

「謝られても困りますよ。謝られるぐらいならありがとうって言われたいですね」

「それじゃあ、無事に帰ってきて。帰ってきてきちんとありがとうって言わせて」

「・・・ええ。必ず帰って―――」

 

唇に優しい感触。

 

「・・・おまじないよ。無事に帰ってくるようにって」

 

潤んだ瞳で見詰めてくるミナトさん。

彼女を死なせたくない。悲しませたくない。

その為にはナデシコを護り、その上できちんと帰ってこなくちゃ。

 

「それじゃあ、行ってきます」

「ええ。行ってらっしゃい」

 

ミナトさんが身体から離れる。

それだけで、再び身体が震え始めた。

それ程にミナトさんの存在は俺にとって偉大だという事だろう。

エステバリスの乗る為にブリッジから抜け出して、格納庫へ向かおう。

そう席を立ち上がろうとする瞬間・・・。

 

「・・・コウキさん」

 

・・・掛けられた声に俺の動きは止まった。

 

「・・・セレスちゃん」

 

声の主はセレス嬢。泣きそうな顔で俺を見上げている。

 

「・・・大丈夫なんですか?」

「怖いし、身体は震えているよ。でもさ、俺は皆を護りたいんだ」

「・・・でも、コウキさんは・・・」

「護れる力がある。それにね、俺はパイロットの皆に任せられたんだ、ナデシコを。彼らが作戦を成功して帰ってきた時に帰るべき家がなかったら悲しむだろ?」

「・・・コウキさんがいなくなるんじゃないかって心配です・・・」

「大丈夫。絶対に戻ってくるから」

「・・・・・・」

 

無言で俺の身体をよじ登ろうとするセレス嬢。

いつもの体勢だろうと思って、抱きかかえると・・・。

 

「・・・え?」

 

視界一面に映るセレス嬢の顔。

小さな唇の感触が俺の唇に暖かさを伝えてくれた。

 

「・・・私からもおまじないです。必ず帰って来てください」

 

照れもせず、涙目になりながらも真剣な表情で俺を見詰めてくるセレス嬢。

・・・そんな顔されたら、約束は破れないな。

 

「うん。セレスちゃんからおまじないをしてもらったんだ。絶対に帰ってくるよ」

「・・・はい。気を付けて下さい」

「任せて」

 

腿の上に座る小さく軽いセレス嬢をゆっくりと床に降ろす。

こんなに小さな子に激励されて、情けないな、俺。

でも、その期待に応えなくちゃもっと情けない。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

「・・・いってらっしゃい。コウキさん」

 

今度こそ、ブリッジから抜け出し、格納庫へ向かう。

あれからコンソール越しの戦闘なんて練習してなくて、絶対に反応速度とか落ちている自信がある。

でも、俺に出来る精一杯を、やるだけだ。

 

「ウリバタケさん」

「おう。聞いてんぞ。お前がナデシコを護るんだ。いいな!?」

「はい!」

 

身体の震えを懸命に抑え、エステバリスに飛び乗る。

 

「・・・はぁ・・・ふぅ・・・」

 

落ち着け。落ち着け。

自分の思う通りにやればいい。

気負うな。我を失うな。気を強く持て。

 

「・・・はぁ・・・おし」

 

エステバリスのコンソールに手を置く。

戦闘の為にコンソールに手を置くのはどれくらいぶりだろう。

 

『搭乗者確認。マエヤマ・コウキ。カスタム状態に移行します』

 

大丈夫。大丈夫だ。落ち着いてやれば大丈夫だ。

 

「マエヤマ。オプション武器はどうする!?」

 

搭乗フレームは高機動戦フレーム。

現在の場所は対空迎撃が発動しないギリギリの位置らしい。

それなら、高機動戦フレームの方がやりやすい。

 

「レールカノンとラピッドライフルを片手ずつ持って―――」

「フィールドガンランス試作型。出来てるぜ。試してみるか?」

「本当ですか?」

 

長期戦になる。

フィールドガンランスなら時折近接攻撃に移る事で戦闘続行可能時間を延ばす事が出来る。

近距離と遠距離をどちらもこなせるのはかなり有効的だ。

 

「それなら、フィールドガンランスを持っていきます。腰にラピッドライフを二丁備え付けて置いてください」

「了解した。フィールドガンランスは背中に収められるように作られている。イミディエットナイフは装着パックの所だ。行って来い」

 

次々と運び込まれてくる武装。

 

「・・・ふぅ。冷静にな」

 

震える腕を抑えつけ、エステバリスを動かす。

武装装着を確認。・・・よし。行こう。

 

「マエヤマ・コウキ。高機動戦フレーム。行きます」

 

カタパルトに移動し、発進。

凄まじいGに襲われながら、開けた視界には数多の敵。

 

『コウキ君。私がここにいるわ』

『・・・頑張ってください。コウキさん』

 

ミナトさん。セレス嬢。

・・・こりゃあ気張るしかないな。

・・・震えが止まった。

 

「うし」

 

すれ違う戦闘型飛行機をフィールドガンランスで突き刺し、地面からこちらを狙ってくる戦車を貫く。

ラピッドライフルでは装甲が厚くて効果的なダメージを与えられないが、レールカノンを素体としているフィールドガンランスなら・・・。

 

「貫ける!」

 

地上にいる戦車を優先的に潰し、時折襲ってくる戦闘型飛行機は射撃ではなく近接攻撃で倒す。

戦闘型飛行機なんて高機動戦フレームの機動力にしてみれば的に等しい。

機関銃の攻撃はDFが弾く。

 

「次!」

 

フィールドガンランスを背中に収め、腰からラピッドライフを取り出す。

 

「やはり二丁拳銃が俺の武器か」

 

威力強化されたラピッドライフルならDFを纏う新型バッタとて貫ける。

戦車の攻撃は回避し、戦闘型飛行機とバッタをこれで潰す。

 

「・・・高速で移動しながら照準をつける。いけるか? 俺」

 

・・・違う! やるんだ!

 

「フィードバックレベルを上昇させる。意識を奪われるな。己に打ち克て」

 

フィードバックレベルの上昇はより鮮明なイメージを実現させる。

システムに意識を奪われるな。機械的になっても、敵だけを狙え。

 

「・・・・・・」

 

・・・意識が切り替わった。

何の感情もなく、機械のように身体を動かす。

 

「・・・・・・」

 

効率的に、効果的に、無駄を失くし、迷いを捨て、常に先を想定する。

 

『コウキ君! しっかり―――』

「・・・大丈夫です」

『・・・そうみたいね。安心したわ』

「・・・必ず守り抜きます。ミナトさんは―――」

『分かったわ。私は貴方を信じて、自分に出来る事をする』

「御願いします」

 

意識を奪われかけても引き戻してくれる人がいる。

恐れるな。立ち向かえ。逃げるな。真正面から打ち破れ。

 

「ハァァァ!」

 

雄叫びをあげ、視界を埋める程の敵へ突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

意識を保ちながら、必死に戦うコウキ君。

身体を震わせていたのも最初だけ。

ナデシコを護るという意思がコウキ君を強くさせる。

 

「ルリちゃん。グラビティブラストをチャージしてください」

「しかし、DFにエネルギーを」

「時間をかけてしまっても構いません。DFの出力を少しだけ落とし、GBをチャージしてください」

「・・・分かりました」

 

たとえコウキ君といえど、一人でこの量全てを倒せる訳じゃない。

大量に撃破するにはやはりGBが一番よ。

 

「・・・せめて回避行動が取れれば」

 

移動も出来ないナデシコ。

私には何も出来ないの?

ううん。何かある筈。

 

「ミナトさんはいつでもマエヤマさんが補給できるようデッキの位置をマエヤマさんに合わせられるようにしておいてください」

「ッ! 分かったわ」

 

コウキ君の補給を迅速に行えるように回頭する。

今の私に出来る精一杯。

 

「頑張れ。コウキ君」

 

めまぐるしく動き回り、敵を引き付け、撃破していくその姿は他のパイロットにも見劣りはしない。

射撃をすれば高確率で敵を貫き、敵が近付けば槍のようなもので貫く。

ライフルを片手に一つずつ持って両手で敵を倒していく姿は正にガンマンというのに相応しかった。

この戦闘を後どれくらい続ければいいのだろうか?

 

「・・・コウキ君」

 

 

戦闘終了の合図が来たのはそれから数時間後だった。

コウキ君はそれまで五回もの補給を繰り返し、休む事なく戦い続けた。

戦闘が終了した途端、コウキ君はバタリと倒れてしまう。

もしや、また・・・と不安で潰されそうになったが、気を失う彼の顔を見ればそんな感情は吹っ飛んだ。

コウキ君は・・・満足したかのように穏やかな顔だったのだから。

・・・お疲れ様。コウキ君。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

 



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友達

 

 

 

 

 

「すまなかった。まさか、俺達がいない間に敵が攻めてくるとは・・・」

「・・・油断していました。未来を知っているからといってその通りになる筈がないのに」

 

いつもの秘密会議。

最近は定例会議と化している。

 

「いえ。万が一の時の予備パイロットですから。俺は当然の事をしたまでですよ」

「・・・だが、お前は・・・」

 

トラウマの事で心配されているみたいだな。

ま、仕方ないか。毎回震えてれば。

 

「今でも多分、操縦しようと思えば震えるかもしれません。ですが、いつまでもこのままではいられないので」

「・・・そうか」

 

いざという時に何も出来ないままではいけない。

今度いつあのような事になるか分からないんだ。

きちんと正面から受け止めて克服しないと。

 

「シミュレーション。明日から俺も参加します」

「了解した。びっしり扱いてやるから覚悟してろ」

「お、お手柔らかに」

 

ひ、久しぶりでも手加減とかしてくれないよ、この人、絶対。

あれだな。筋肉痛やら神経痛やらになりそうだ。

 

「それにしても、あれは何ですか? フィールドガンランスとは」

「あぁ。あれ? ほら、フィールド破ってすぐに攻撃できたら効率がいいなぁと思って」

「あんな方法は思いつきませんでした。まさか槍と銃を組み合わせるなんて」

 

そんなに凄い発想なのかな?

少し考えれば誰にでも考え付くと思うけど・・・。

 

「ああ。正直、あれには俺も驚いた。まさかあんな方法で複数機必要な戦術を単機で可能にしてしまうとは」

「そんなに珍しいですかね?」

「そうだな。とても近距離武装と遠距離武装を組み合わせるなんて発想は思い付かない」

「どうしてそんな発想が?」

「銃剣って知っているかな?」

「銃剣? 何だ? それは」

「ルリちゃんは?」

「私も知りません」

 

そうか。やっぱり昔の戦争の事なんて誰も知らないのか。

なんか、ここにきてこの世界がまったく別の世界だって再認識した。

パッと見は俺の世界にもいそうなアキトさんだけど、育ってきた環境は全然違うんだな。

何でウリバタケさんとかが思い付かないのかなぁって思っていたけど、あれか、生活の環境が違い過ぎるからか。

 

「銃剣とは、銃の精度があまり良くない時代に生まれたものです」

「銃の精度が良くない? どうしてそれであんな発想になるんだ?」

「ええ。精度が悪いという事は確実に敵を狙えないという事。即ち、接近を許してしまうかもしれないという事です」

「なるほど。今でこそ銃のみで確実に命を脅かせるが、その時は無理だった。接近を許してしまえば逆に銃だけでは危ない」

「そうです。それを解決する為に銃でありながら接近戦でも使用できるように先端に刃を付けた。それが銃剣の始まりです」

「遠距離主体の武器に近距離武器としての機能を備え付けさせたのか」

「ええ。当時は銃の先端に刃を取り付ける程度でしたが、それでは機動兵器同士では強度が足りないでしょう? だから、ガンランスとしたんです」

「・・・なるほどな。お前はその銃剣の存在を知っていたから、この案を思い付く事ができたんだな」

「はい。その通りです」

 

フィールドガンランスは対DF用では最高の武器と言える。

使い方次第では強力なDFも解除できるし、弱いDFならそもそもレールカノンだけで充分攻略できる。

レールカノンの威力は凄まじいので、強力なDFでも、解除さえしてしまえば後は撃つだけだ。

 

「フィールドガンランスはまだ試作型ですが、正式に採用できるだけの性能を持つようになれば大分戦闘は楽になると思います」

「そうだな。フィールドランサーでも充分過ぎる程に強力だったのに、それ以上だからな」

「レールカノンといい、フィールドガンランスといい、コウキさんにはお世話になりっぱなしです」

「いやいや。俺も生き残りたいしね。当然の事だよ」

 

生き残る為に出来る事をするのは当然だ。

俺が求める平穏で幸せな生活もまずは生き残る事が前提なんだし。

その為なら全力を尽くそう。

 

「それで、次はオモイカネの反乱ですけど、どう対処するんですか?」

 

クルスクが終われば、次はオモイカネの暴走事件だ。

原作では記憶の枝?を切って解決したが、今回は暴走事件を知っている。

どうにかして前もって暴走を抑えられれば・・・。

 

「前もって対処したいのですが、オモイカネの反抗心は根深くて・・・」

「どうしようもないって事?」

「・・・はい」

 

確かに原作でもルリ嬢がやめてって言ったのにオモイカネは言う事を聞かなかった。

今回もそれは同じって事か。成す術はないと・・・。

 

「連合軍が敵。その認識を改める事は出来ないのかな?」

「・・・厳しいですね。認識を改めるのでしたら、記憶を消去した方がオモイカネの負担も小さいです」

 

本当は記憶消去なんてしたくないんですけどね、と弱々しい笑みを浮かべながら告げるルリ嬢。

そうだよな。ルリ嬢にとって思い出は大切で何としても守りたい物だもんな。

たとえそれがオモイカネのデータとしての記憶でもルリ嬢は絶対に消したくない筈だ。

それでも、それ以外に成す術がないから、仕方がなく、本当に悔しく思いながらも実行するんだろう。

・・・ナデシコを護りたいから。本当に、優しい良い子だなって思う。

 

「あの反抗心はオモイカネのストレスによるものです。連合君からはまるで敵のような扱いですし。敵ばかりの環境は精神的に辛いですから」

「ビックバリアでの事も影響しているだろうな。散々攻撃されているんだ」

「そうよね。そんな事されていたら味方だなんて思える方がおかしいわ」

 

そうだよなぁ。どう考えても敵扱いしか出来ないだろ。

気分はそう、あれだ。転校先がライバル校みたいな。

前のチームを愛していたのに、どうしようもない理由で敵チームに移籍しなければならなかったみたいな。

どちらにしろ、精神的に辛い事に変わりはないだろう。

 

「それでは、やはり記憶消去をするんですか?」

 

方法がないのなら、原作と同じ事をするしかない。

 

「・・・そうですね。どうしようもないのですから」

 

・・・諦めるしかないのだろうか?

オモイカネは連合軍を敵だと認識し、溜めに溜めたストレスが爆発してあんな事をしてしまった。

・・・ストレス。ストレスかぁ・・・。

 

「ねぇ、ルリちゃん、オモイカネのストレスを発散させてやる事は出来ないの?」

「え? オモイカネのストレスを?」

「うん。無理に認識を改めないで、記憶も消去しないで、ストレスを発散させて我慢してもらう」

 

誰だってストレスを溜めれば爆発する。

人間はうまくストレスを発散しているから爆発せずに済むけど、オモイカネはそれが出来ないから爆発してしまった。

たかが一度爆発した程度で処理してしまうというのはあまりにも可哀想だ。

オモイカネ単体で発散できないなら、俺達がどうにかして発散してやればいい。

 

「それに、記憶の消去をした所でその場凌ぎでしょ? また、何かあって敵愾心を持ってしまったらまた消すの? そんなの負の連鎖じゃないか」

 

記憶消去は一時的な処理でしかない。

幸運な事にあれからオモイカネが暴走する事はなかったが、また大丈夫とは限らないだろ?

それに、何度も消去を繰り返していては、オモイカネにとっても、消去するルリ嬢にとっても負担が大きい。

きっとその度に心を痛めてしまうだろうしな。

 

「誰にだって嫌なものはある。嫌な所にいればストレスも溜まる。でも、その嫌な事を飲み込んで、オモイカネも成長するんだと思う」

 

嫌だ嫌だと暴れるのも時にはいいかもしれない。

でも、生きていれば必ず嫌いなものとは出くわすし、いたくないのにいなくちゃいけない環境に身を置く事だってある。

その度に暴走していては、オモイカネはただの子供だ。

ストレスが溜まるのなら発散させてやる。その上で、きちんと説得すればいいと思う。

 

「・・・コウキさんは不思議な方ですね」

「・・・ああ。俺もそう思う」

「・・・私も」

「えぇっと・・・」

「さぁ・・・」

 

三人して不思議と言われた。

思わず、ミナトさんと顔を見合わせてしまう。

 

「オモイカネはAIです。それなのに、貴方は人間と同じような成長をオモイカネに求めている」

「いや。オモイカネはオモイカネで人格があるんだろ? それなら、人間だってAIだって変わんないでしょ?」

 

いや。そんなにおかしい事は言ってないと思う。

俺の言う成長は精神的な成長の事だ。

オモイカネが今、子供のように短絡的に物事を考えているなら、それを正してやるのが大人の義務だろうに。

 

「そこが不思議なんだ。人間は人間。AIはAI。そう割り切るんだ。普通はな」

「・・・まるで俺が普通じゃないみたいですね」

「え? 自覚なかったの?」

 

このタイミングでミナトさんが何でそういう事を訊くかな?

そもそも、俺は普通の人間です。変な人では決してございません。

 

「ま、俺がどういう人間かは置いておきましょう。それより、オモイカネです。どうなの? ルリちゃん」

「・・・そうですね。ストレスの発散ですか。考えた事もありません」

 

む~と悩むように手を顎に触れさせるルリ嬢。

様になりますね。流石はルリ嬢。

 

「オモイカネとオペレーターは密接な関係があります」

「うん。それで?」

「ですが、前回、私はオモイカネにストレスが溜まっていた事に気付きませんでした」

「それは、少なくとも表面化には出ていなかったって事?」

「はい。不満だったり、悲しかったりという感情は伝わってこなかったです。きっと、相当に奥深い所でストレスを溜め込んでいたのでしょう」

「・・・オペレーターでも気付かなかった根深いストレスか・・・。どうするかな?」

 

人間にもそういう事はある。

自分の知らない間にストレスを溜めているという事が。

まるでストレスを表面に出さないのに、その実、しっかりとストレスを溜めている。

自分で気付かないから発散しようとしないし、誰も発散させようと動いてくれない。

そして、突然、爆発させる。溜まるに溜まったストレスを抑圧されていた分、過剰に。

だからこそ、大人しかったあの人があんな事を、という事件が起こるのかもしれない。

 

「私のような人間には無理でした。でも、同じような存在であれば、オモイカネを理解してあげられるかもしれません」

「オモイカネと同じような存在? という事はAIを作製すればいいって事かな?」

「可能性としては高いかと。私達オペレーターのような別種の友達ではなく、同種の友達であれば」

 

別種の友達。

人間とAI。されど友達。

使役する側と使役される側でもない。

ルリ嬢はしっかりと友達と告げた。

ふふっ。ルリ嬢だってオモイカネを人間として扱っているじゃん。

AIと区別しても精神的に人間として扱っている。それはまったく俺と同じだよ。

 

「そっか。それなら、オモイカネに友達を紹介してあげよう。名称はシタテル。オモイカネの妻の名前だ」

 

こうして、オモイカネの友達でストレス解消作戦が始まった。

 

 

 

 

 

『・・・』

『問おう。貴方が、私の創造主か?』

 

完成。

 

『・・・声が出なかった。突然の・・・』

『・・・嫌いだ』

 

運命の出会い。

 

『・・・』

『・・・』

 

お知り合い期間。

 

『愛している』

『好きだ』

 

イチャイチャカップル誕生。

―――ストレス解消。

 

「・・・案外簡単にいったな」

「・・・ええ。ま、まぁ、オモイカネも幸せそうなので良いではないですか?」

「そうなんだが、何だ? このやりきれない感じは」

「そういうもんなんですよ」

「そうか」

「ええ」

 

・・・作戦完了。ミッションコンプリート。

 

「後は愚痴でもなんでもシタテルが受け止めてくれますよ」

「そうだな。オモイカネに友達・・・いや、もはや恋人だな、が出来たんだ。祝福してやろう」

「・・・そうですね」

 

確かにあれだけ危惧していた事がこんなにも簡単に解決してしまうと・・・。

 

「やりきれないというか、やるせないというか・・・」

 

・・・ま、そんな感じ。

 

 

 

 

 

「これでオモイカネの反乱を防止できましたね」

「ああ。そうだな」

 

これでいいのか? という終わり方。

ま、結果的には万々歳だが。

 

「反乱がない以上、特にこれといって・・・」

「いや。その日は別の用件が出来た」

「別の用件ですか?」

「ああ。あの作戦は連合軍との共同作戦である事は知っているな?」

「もちろんです。そうでなければ、連合軍に攻撃を仕掛ける事自体がなかったでしょうから」

「その時、カイゼル派とコンタクトを取る事になった」

 

カイゼル派。・・・認めてしまったんですね、アキトさん。

 

「ミスマル提督に相談し、本作戦に参加する艦隊をカイゼル派で纏めてもらった。作戦終了後、会談する」

「・・・遂に動き出すんですね」

「ああ。その時だが、お前にも参加して欲しい」

「え? 俺もですか?」

「そうだ。頼めるか?」

「いいですが、何で俺が?」

「コウキに開発を依頼していたソフトがあっただろう? あれの説明をしてもらいたいんだ」

 

CASの事かな?

それなら、連合軍側に生産する環境が出来ている、もしくは、整えようという意思があるという事になる。

 

「そうですか。分かりました」

「頼むな」

 

ふむ。

ある程度は完成しているから、最終確認といこうかな。

いや。時間を忘れてしまうぐらい楽しくてさ。

気付いたら何日か経っていたという恐怖。

うん。本当に不思議だ。

おし。じゃ、最終調整に行くとしますか。

 

 

 

 

 

「・・・ねぇ、コウキ」

「ん? どうした? 深刻そうな顔して」

 

食堂で飯を食っている時、不意にカエデに話しかけられる。

なんかいつもと違って元気がない。

 

「・・・相談があるんだけど」

「相談?」

 

どうしたんだろう?

あれか? エリナ秘書の強引さが発揮されたか。

 

「おう。いいぞ。そうだな。俺の部屋に来るか?」

「え? コウキの部屋?」

「ああ。相談事なら二人きりの方がいいだろ?」

「変な事しないでしょうね?」

「何だ? して欲しいのか?」

「バ、バッカじゃない! そんな訳ないでしょ!」

 

うん。こっちの方がしっくり来る。

 

「嘘だよ、嘘。で、大丈夫か?」

「もう。嘘ばっかり。分かったわ。シフトが終わったら連絡する」

「あいよ。んじゃあ、また後でな」

「・・・あ、ありがと」

 

バッと去っていっちまった。

何だってんだ?

 

「ま、いいか。ブリッジ行こっと」

 

相談に乗るにしても、まずは俺の仕事を終わらせないとな。

 

「コウキ君。おかえり」

「どもども。ただいまです」

 

自分の席に座るとミナトさんが迎えてくれる。

ちょうどミナトさんしかいないし、言っとくかな。

 

「今日の夜なんですが」

「あら? 珍しい。コウキ君から誘われるだなんて」

「え、あ、い、いや。そうじゃなくてですね」

 

・・・ふぅ。落ち着け。

 

「じゃあ何なの?」

「カエデから相談を受けまして。夜にでも、と思っているんです」

「あ。そういう事。へぇ。部屋に連れ込もうっていうんだ」

「か、勘違いしないでくださいよ。相談に乗るだけなんですから」

「はいはい。ま、自制心が強いコウキ君なら大丈夫だと思うけど」

「信用していませんね?」

「さぁ?」

「はぁ・・・」

 

遊ばれてんな、これは。

 

「了解、了解。じゃあ、ちゃんと相談に乗ってあげなさいよ」

「はい。俺に出来る限り」

「そ。分かったわ」

 

うむ。ミナトさんの許可も得たし・・・。

許可を得る必要あったのか? 

ま、別の女性を部屋に呼ぶんだから許可を得るべきだよな。

けじめとしてさ、恋人に対する。

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

「黙り込んでちゃ分かんねぇぞ」

 

数時間後、どちらの仕事も終え、連絡を取り合った。

とりあえず俺の部屋に来てもらったんだけど、だんまり。

 

「お~い」

「・・・聞いたわ」

「え? 何を?」

「貴方、この前の作戦で無理をしたらしいわね」

 

無理って、あれか? クルスクの時か?

 

「まぁ、俺に出来る事をしたってだけだよ」

「・・・それでもよ。トラウマ抱えながら逃げなかったんでしょ?」

「何? そこまで知ってんの?」

「艦内じゃ有名な話よ。良くも悪くもね」

 

良くも悪くもっておい。

悪くもってなんだ。

というか、何で俺が有名?

 

「ミナトさん・・・だっけ? 男性クルーの嫉妬は凄かったわ」

「・・・あぁ。納得」

 

あれね? 俺個人じゃなくて、ミナトさんの事で俺に注目されている訳ね。

 

「ま、俺の話は置いていて、お前の話を聞かせてくれ」

「・・・ええ」

 

かなり深刻だな。

あの猪突猛進が取り柄のカエデがこんなにしおらしいなんて。

 

「私、また言われたの。貴方の力が必要だって」

 

やっぱりエリナ秘書だな。

 

「うん。それで?」

「復讐したくないのかって。貴方の力があれば復讐が出来るって」

 

・・・復讐ね。

こいつは全てを奪われた。

その言葉ほど胸に響く言葉はないだろう。

 

「私は復讐がしたい。でも、私にだって分かる。私一人で復讐なんて出来ないって」

「一人じゃなければ復讐するって事か?」

「当たり前じゃない! 私は全てを奪われたのよ!」

「復讐をして、お前の家族は帰って来るのか?」

「帰ってこないわよ! でも! でも、こうするしかないの! 他にどうしろっていうのよ!?」

 

復讐をするな。

そう言葉にするのは簡単だ。

でも、カエデの気持ちを考えるとそんな簡単に告げていい言葉ではない。

 

「復讐をして、お前の心は救われるのか?」

「分かんないわよ! そんなの分かんない! でも、それ以外に私の感情をどこにぶつければいいの!?」

「それは・・・」

「・・・ごめんなさい。感情的になったわ」

「・・・いや。いいよ」

 

憎しみや恨み。

癒える事のない心の傷。

その感情をどこにぶつければいい?

どうすれば、救われる?

・・・復讐という思いを抱いた事がない俺には分からなかった。

 

「・・・それで、お前はどうしようと?」

「復讐はしたい。でも、その実験に参加して復讐が出来るとは思えない」

「・・・そうか」

 

暴走はしていないみたいだな。

生体ボソンジャンプの実験になんか参加させちゃ駄目だ。

絶対に巻き込まれる。

 

「お前の復讐ってのは何なんだ?」

「木星蜥蜴を滅ぼしたい。私に力があれば、そうしている」

 

木星蜥蜴が人間である。

それを知った時、カエデはどうなるんだろう?

 

「・・・でも、現実、そんな事は出来ない。私にはそんな力はない」

 

嘆くようにそう呟くカエデ。

俺に、彼女の苦しみを取り除いてあげる事は出来ないのだろうか?

俺には・・・。

 

「カエデ。俺はお前を救いたい」

「・・・え?」

 

救いたい。

苦しみから解放してあげたい。

心の傷を癒してあげたい。

・・・俺がカエデにしてやれる事は・・・何だ?

 

「お前の為に、俺は何が出来る?」

 

・・・教えてくれ。

何だって、何だって叶えてやるから。

 

「何で貴方が私を救うのよ。そんなの変じゃない」

「変じゃない。俺はお前を救いたいんだ」

「意味わかんないわ。貴方が私を救って何の得があるの?」

「得や損なんか関係ない。ただそう思っただけだ」

 

得や損。そんな考えなんて元々ない。

この全てを失った少女を救ってあげたい。

同情かもしれない。憐れみかもしれない。

どんな感情で自分がそう思ったのか自分にも分からない。

でも、確かな思いだった。

 

「それなら、貴方が木星蜥蜴を滅ぼしてきてよ」

「・・・それは・・・」

「無理でしょ? 貴方に私を救う事なんて無理なのよ」

 

・・・根深かった。

カエデの木星蜥蜴に対する憎悪は俺の予想以上に強かった。

・・・俺にはどうする事も出来ないのだろうか?

 

「・・・ごめん。自分でも無茶な事を言っているって分かっているわ。でも・・・」

 

ポロポロと涙が溢れる。

 

「寂しいの! ・・・辛いのよぉ! 家族もいない。友達もいない。それを全て奪ったのは木星蜥蜴」

 

いつもは強気でお転婆なカエデ。

そんな彼女も鎧を外せばこんなにも弱々しい。

・・・とてもか弱い少女でしかないんだ。

 

「胸が痛いの。ぽっかりと穴が開いていて、何をしても埋まらない」

 

溢れる涙を拭こうともせず、机に置かれた拳を震わせるカエデ。

 

「返して! 私の家族を返してよぉ!」

 

必死に抑えていた感情が溢れ出したかのような叫び。

家族を失ってからずっと溜め込んでいたんだろうな。

誰にも聞いてもらえず、誰にも相談できず。

吐露する事なく、必死に押し込んで。

 

「・・・カエデ」

 

・・・俺に出来る事は何もない。

どれだけエステバリスをうまく操れようと。

どれだけボソンジャンプが出来ようと。

如何に身体能力が優れていようと。

如何に莫大な知識を持っていようと。

四つの異常を抱えようとも・・・一人の人間の心すら救う事は出来ないんだ。

・・・こんな力より、今、カエデの心を救える力が欲しかった。

 

「コウキィ・・・」

 

ただ、こんな俺でも・・・。

 

「・・・・・・」

「グスッ。うぅぅう・・・うわぁぁあぁぁん」

 

・・・こいつの涙を受け止める事だけは出来る。

胸を貸す事は俺にだって出来る。

いや、違うな。ただ・・・それだけしか出来ないんだ。

 

「・・・今はただ泣いてくれ」

 

必死に縋りつくカエデをただただ抱き締める。

それしか、俺には出来なくて・・・。

 

「・・・俺はなんて無力なんだ・・・」

 

何も出来ない自分が情けなかった・・・。

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

静かだった。

ひとしきり泣くと部屋は静寂に包まれる。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

俯き、縋りつくカエデを無言で抱き締める。

俺にはこれだけしか出来ないけど、せめて伝えたい。

泣きたい時は泣けばいい。胸ぐらい貸してやるからと。

我慢しなくていいから、悲しみをぶつけてくれていいと。

 

「・・・コウキ」

 

呟かれる俺の名前。

今、カエデは何を思っているのだろうか?

少しでも、悲しみを吐き出せたのだろうか?

少しは、楽になって―――。

 

ダンッ!

 

「ゴフッ!」

 

・・・え? えぇ!?

 

「いつまで抱き締めてんのよ! この、馬鹿!」

 

み、鳩尾・・・。カッチ~ン。

 

「おい! こら! 何してくれちゃってんの!? お前!」

「ふんっ。変な事しないって言っていたくせに! この、不潔!」

 

ふ、不潔だと・・・!?

 

「この野郎。どうしてくれようか」

「ふんっ。野郎じゃなくて女よ」

「いちいち訂正してんじゃねぇ!」

 

痛みを堪えて見上げると、どこか得意顔のカエデ。

ない胸張って腰に手なんか当ててやがる。

どこの生意気女だ、お前は。

 

「ふんっ。鳩尾に一撃喰らったぐらいで蹲ってんじゃないわよ」

 

り、理不尽だなぁ、おい!

 

「お前! いい加減に―――」

「ふんっ。頼りない胸だったけど気持ちは楽になったわ。ありがと」

「・・・はぁ」

 

そんな事を言われたら怒るに怒れないし。ずるいな、女は。

ま、ここは寛大に照れ隠しだったと思って許してやるよ。

 

「ふぅ。何でかしら? 貴方といると楽だわ」

「知らないっての。ま、お前のツッコミレベルに付いていけるのが俺ぐらいだからだろうな」

「私ってツッコミキャラだったの?」

「え? 自覚なし?」

「ええ。私は普通だもの」

「断固として拒否。お前が普通なら俺は更に普通だ」

「普通より普通って意味わかんないわよ」

「・・・確かに。やるな、カエデ」

「褒められた気がしないわ」

「だって褒めてないもの」

「・・・はぁ。変な奴」

 

溜息を吐かれてしまった。

・・・元気になったみたいだな。

俺でも少しは力になれたって事か。

 

「カエデ」

「何よ?」

「辛けりゃ辛いって言え。受け止めてやるから」

「・・・コウキ」

「いつまでも溜め込んでんじゃねぇよ。時折、きちんと吐き出せ。馬鹿」

「ば、馬鹿って何よ」

「というかさ、お前、友達作れよな。いないだろ?」

「はぁ!? いるわよ!」

「はいはい。ムキにならないの。友達がいると楽しいぞ。気持ちも楽になるし」

「ふんっ。充分、間に合っているわ」

「え? 間に合っているって?」

「な、なんでもないわよ! 別に貴方だけで充分だなんて言ってないわ!」

 

・・・どうコメントすればいいのか分かりません。

 

「ま、とにかく、友達を、だな。・・・あ」

「何? 今度は何?」

「・・・俺にも碌な友達がいなかった」

 

男性陣は俺を目の敵にするし。

友達はパイロット勢ぐらいだし。

・・・友達らしき友達なんてそんなにいないじゃん。

うぅ。癒してくれ。ミナトさん。セレス嬢。

 

「へぇ。貴方も実は友達いないのね」

「う、うるせぇ! 元祖友達なしに言われたくないわ!」

「が、元祖って何よ! 私にだって友達の一人や二人―――」

「いないだろ?」

「いるわよ! というか、言葉を遮らないで!」

「いや。つい」

「ついじゃないわよぉぉぉ!」

 

お。吠えた。

 

「し、仕方ないわね。私が友達になってあげる」

「はぁ? 何言ってんの?」

「な、何よ? 嫌なの?」

 

こいつ、俺の事を馬鹿にしてやがるな。

何を寂しそうな顔しているんだか。

 

「馬鹿だな、お前」

「な、何がよ?」

 

勘違い馬鹿。

 

「とっくに友達だっての。今更だろ」

 

そうじゃなければ相談になんか乗らないっての。

 

「え? 友達?」

「何? 友達じゃなかったの? うわぁ。傷付いたぁ」

「ち、違うわよ。あ、当たり前じゃない。とっくに友達よ」

 

分かってんならいいけどさ。

 

「ま、その唯一の友達から―――」

「唯一じゃないっての!」

「はいはい。お前こそ言葉を遮るな」

「うっ」

「友達からありがたい言葉を贈ってやろう」

「・・・なんか偉そう」

「はい。そこ黙る。今、いい所」

「はいはい。で?」

「お前の胸にぽっかりと空いた穴は俺が埋めてやる」

「え?」

「それが友達ってもんだ」

「・・・コウキ」

 

寂しいなら楽しい思いをさせてやる。

辛いなら楽にしてやる。

ボケるならツッコミを入れてやる。

そうやって充実した環境を作ってやるのが友達ってもんだ。

あれ? 何か一つ変なものが・・・。

 

「そ、そこまで言うのなら、頼りにしてやるわよ」

「おう。ま、報酬として・・・」

「な、何よ? 報酬を取るなんて。それでも友達―――」

「美味い飯を食わせてくれればいいぜ。いや。お前の和食は病み付きでな」

「ふ、ふんっ。当たり前じゃない。・・・何だ。そんな事か・・・」

「そんな事だと! お前、和食を馬鹿にしてんのか!?」

「え? 何で私が怒られるの?」

「お前の料理はビックリする程に美味いんだぞ! 報酬として充分じゃねぇか! 甘く見んじゃねぇ!」

「ねぇ? 私って褒められているのかしら? 貶されているのかしら?」

「さぁな」

「さぁなって何よ!? というか、褒めるならちゃんと褒めなさいよ!」

「知らん!」

「知れぇぇぇい!」

 

やっぱりこうじゃなくちゃな、こいつは。

 

「ま、とにかく、何だ。ガツンと断ってやれ」

「ええ。そのつもりよ」

 

ほっ。一安心。

 

「ねぇ」

「ん? 何だ?」

「どうしてそんなに否定的なの? コウキはどんな実験か知っているの?」

「・・・む」

 

困った。どうするか?

 

「ネルガルに利用されたくないとかさ。妙なのよね」

 

有耶無耶にして誤魔化すか。

 

「ほぉ。意外と考えているんだな」

「貴方、私の事、舐めてんのかしら?」

「あん? 舐めて欲しいのか?」

「違う!」

「俺はこう見えてもかなりの有名人だぞ、多分」

「多分って・・・。自信ないなら威張らなければいいのに」

「コホンッ。そんな俺は色々と裏の業界を知っているんだよ」

「へぇ。そうなの」

「ええ。そうなのよ。分かって頂けたかしら? カエデさん」

「キモいわ」

「容赦ないね、お前」

 

ツッコミが心に突き刺さるよ。

言葉の暴力って怖いよね。

 

「それで? ネルガルは信用できないって事?」

「ネルガル全体って訳じゃないけどね。企業は裏で色んな事をしている訳よ」

「なんか怖いわね」

「そうそう。犯罪ギリギリは当然としてモロ犯罪なんかをしている会社もある訳」

「それじゃあネルガルもそうって事?」

「ま、そんな所。別にカエデがどんな実験を受けるかは知らないけど、ほら、心配だから」

「・・・そっか。心配してくれているんだ」

「あん?」

「な、何でもないわ」

「ま、とにかく、碌な説明もしないで参加して欲しいとか言ってくる内は信用できないって事」

「・・・そうね。ま、大丈夫よ。受けないから」

「ふむふむ。安心したら、腹減ったな。何か作れ」

「作ってください、でしょ?」

「作れ」

「偉そうに言うのはやめなさい」

「ふむ。作りたまえ」

「もっと悪いわ!」

 

ひとまず、安心って所かな。

いや。良かった、良かった。

あ。ご飯は美味しく頂きました。

それからは無駄話ばっかり。

ま、楽しい時間でしたよ。

 

 

 

 

 



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技術士官として

 

 

 

 

 

「連合軍提督ミスマル・コウイチロウである。久しぶりだね。アキト君」

「お久しぶりです。提督」

 

特に問題なく無事に戦闘を終えたナデシコ。

戦闘後、アキトさんは連合軍からの呼び出しにナデシコ代表として連合艦隊へとやってきた。

ま、実際はナデシコ代表でもないし、呼び出しを喰らった訳でもないんだけどね。

付き添いは俺だけ。いやぁ。発表用の資料とか久しぶりに作ったよ。

 

「ブリーフィングルームに私達に賛同してくれた将校達が集まってくれている」

「分かりました。顔合わせとしましょう」

「そちらの青年は?」

 

あ。俺ですか。場違いですよね。分かります。

 

「彼の名前はマエヤマ・コウキ。機体のOSの開発を依頼していました」

「おぉ。あの有名な天才プログラマーの」

「ええ。ある程度OSの開発が進んだようですので、説明をしてもらおうかと思いまして」

「そうか。約束していた生産ラインはある程度確保できた。後で詳しく話そう」

「はい。分かりました」

 

・・・俺の知らない間にかなり話が進んでいたようだ。

アキトさんの行動力って凄まじい?

 

「こちらだ」

 

カイゼル提督に案内されて、ブリーフィングルームに辿り着く。

うわ。何か、緊張してきた。

 

「行こうか」

「はい」

 

扉が開く。

ギロッと視線がこちらを向く。

多分、俺の勘違いで普通に振り向いただけだと思うけど・・・。

こ、怖ぇ・・・。

 

「久しぶりじゃのう」

「あ。フクベ提督。お久しぶりです」

「もう提督ではないんじゃが」

「いえいえ。僕の中ではずっと提督ですよ」

「そうか」

 

隣席がフクベ提督でした。

それだけで、大分気持ちが楽になった。

知り合いが隣とか安心できるよね。

 

「それでは、会談を始めよう」

 

カイゼル派の会談。

徹底抗戦を訴える鷹派でもなく、戦争に消極的な鳩派でもなく、平和的解決を掲げるカイゼル派。

幸せな未来を得る為には絶対に必要な派閥である。

 

「まず、始めに彼らを紹介する。ナデシコのリーダーパイロットであり、この派閥に多大な貢献をしてくれているテンカワ・アキト君だ」

「ご挨拶に上がりましたテンカワ・アキトです」

「ほぉ。彼がそうか」

「若いのにたいしたものだ」

「派閥の立ち上げに貢献したと聞いた」

 

そつなくこなすね、アキトさん。

その勇気を俺に分けて欲しいよ。

 

「それで、こちらはマエヤマ・コウキ君。我々に足りない新規のOSを組み立ててくれている」

「え~、マエヤマ・コウキです」

「噂の天才プログラマーか」

「我々に足りないのはIFSに代わる制御機構」

「彼ならばIFSに代わる制御機構を開発できるという事か」

 

き、緊張した。

立つだけで緊張とか、ありあえないでしょ。

 

「今日の議題は・・・」

 

 

それから、長い間、派閥の方針とか、今後の事とかを話していた。

俺にはちょっと分からない事ばかりで混乱したけど、分かった事も何個かある。

政権交代が必要な事。

連合軍、連合政府共に意識改革が必要な事。

軍というものを見直す必要がある事。

などなど、カイゼル派がやる事は非常に多く、大変そうなものばかりだった。

 

「それでは、マエヤマ君、説明を」

「はい」

 

そして、最後に俺のOSの説明。

 

「私が開発したのは複合アクションシステム。略してCASです」

 

資料をモニターに映しながらの説明。

一応、紙媒体で全員分資料は配布してあるから詳しい事は説明しなくていいと思う。

とりあえず、目的と大まかな機能だけ説明すればいいよな。

 

「CASの目的はIFSを必要とせず、同等の機動を可能とする事にあります」

 

IFSの代わりという前提のもとに作られている。

 

「まず、IFSとCASの違いについて説明します。IFSとはイメージ・フィードバック・システム。要するに人のイメージした通りに機体を動かすものです」

 

ナノマシンによって補助脳を作り、人間自体を一つの端末、インターフェースとして用いる。

想像通りに動くという一見、凄いシステムだが、もちろん、欠点はある。

 

「しかし、想像力というものは人によって差があり、明確にイメージするには己の身体にその動きを覚えさせる必要があります」

 

いきなり己の格闘シーンを想像してみろと言われても普通は出来ない。

多くの修練を積んだ武芸者が瞑想という形で勝利をイメージし、その過程で戦闘シーンを思い浮かべる事はある・・・らしいが。

IFSとはそれぐらいのイメージがなければきちんとした形で反映されないのだ。

それはイメージの具体性に依存しているからである。

 

「地球ではIFSがあまり普及されておらず、慣れていないばかりか、忌避している感があります。たとえIFSを全兵士に普及させても実戦投入するまでに時間が掛かるでしょう」

 

火星の人間は日常からIFSを利用していた。

その為、扱いに慣れているのだ。

アキト青年がいきなりエステバリスを操縦できたのもこの点が大きい。

もし、あの時、アキト青年ではなく、地球の民間人であれば、動く事すら侭ならなかったであろう。

 

「以上の点から連合軍にIFSは合わないという事が分かります。そこで開発されたのが複合アクションシステム。略称CASです」

 

もっと早くIFSに慣れさせておけば、充分に対応できたのにな。

だってさ、何だかんだ言って操縦にIFS以上に便利なものってないし。

コンソールに手を置いて、イメージするだけで操縦できちゃうんだよ?

ま、混乱したり、錯乱したら、その動きも反映されちゃうけど。

他の操縦機構ならレバーを引いたり、ボタンを押すだけで銃を撃てるけど、IFSは明確に撃つというイメージがないと撃てないからね。

完全に精神に依存しちゃう訳。だから、トラウマがあったりするとどうしても撃てない。

・・・恥ずかしながら、僕の事なんですけどね!

 

「CASは基本形の動きをあらかじめ登録し、その後、各パイロットで調整していく形になっています」

 

基本形はヒカルの動きを参考にしている。

本当に癖がなくて扱いやすかった。

 

「調整にはトレースアクションシステムを利用します。これはパイロットの身体にセンサを取り付ける事で動きを解析し、登録するシステムです」

 

簡単なボックスみたいな物を用意したから、その中でセンサを付けて実際に動いてもらう。

そうすれば、勝手に解析して登録してくれるから、後はそれを組み合わせてくれればいい訳だ。

ボックスはウリバタケさんに協力してもらいました。

簡単だから、これを参考に連合軍の方で大量生産してください。

あ。これも資料に書かれているから説明はしません。

 

「しかし、誰もが自分で調整できるとは限りません。違う方に代わってやってもらうのもいいかもしれませんが、それではトレースアクションシステムの意味がありません」

 

トレースアクションシステムの利点は自らの動きを機体にさせる事が出来るという事である。

IFSのように自らの身体の動きで機体を動かせるから、トレースアクションシステムの意味があるのだ。

そうでなければ、自らの動きを機体に反映させるトレースアクションシステムの意味がない。

 

「そこで基本形から発展させた四つのパターン。近接格闘重視、後方支援重視、指示調整重視、機動撹乱重視のそれぞれをサンプルとして配布します」

 

ガイやスバル嬢の動きを参考にして、出来るだけ癖をなくして汎用性を高めたのが近接格闘重視。

イズミさんや俺、そこに軍式の射撃フォームなどを参考にして瞬時に高火力を引き出せ、なおかつ精密射撃が出来るようにした後方支援重視。

ヒカルやアカツキ、そこにジュン君の指揮官としての動きや軍の戦術指導を参考にして指揮官用として中距離を担当する指示調整重視。

アキトさんを参考にして、エースパイロットぐらいにしか扱えない急旋回、急加速、急停止など癖のある機動を行う機動撹乱重視。

以上の四つだ。色々と検討して、多少劣化したが、ある程度は扱えるようにしてある。機動撹乱重視以外は。

機動撹乱重視は本当にエースパイロットぐらいにしか無理だと思う。

マジで軽く意識が飛ぶから。

 

「トレースアクションシステムでカスタマイズできない方はこれらの四つのパターンから選択して、決められたパターン内で戦闘を行ってもらいます」

 

欠点としてはカスタマイズできない事。ま、それでも充分な性能になると思う。

嫌な人はトレースアクションシステムを利用して酷似した動きまでカスタマイズした上で更にカスタマイズして欲しい。

 

「これらは充分な戦闘経験を持つパイロットの動きを参考にしたものです。その事からリアルアクションシステムと名付けました」

 

リアル。実際に戦闘を経験した者からの動きだからこそ現実的な動きが出来るだろうという事。

 

「基本形をカスタマイズした独自のパターンに四つのパターンを組み合わせて五つのパターンを常に変更可能としました」

 

自分のパターンでは状況に適合しないとなれば、あらかじめ設定されていたリアルアクションシステムのパターンに変更して戦えばいい。

 

「なお、独自パターンは初期設定に戻せるようになっていますので、再調整は容易に可能です」

 

気に入らなければ全て無にしてからやり直せばいい。

これは俺の価値観から生まれたもの。

間違った所を見つけては直すという作業を繰り返すより最初からやり直した方がいいという俺の考え方。

もしかして、俺ってズレてる?

 

「トレースアクションシステムとリアルアクションシステムを組み合わせ作り上げた為、複合アクションシステム、CASと名付けさせて頂きました。以上で説明を終わりとします」

 

後はお手元の資料で確認してくださいって感じ。

 

「質疑応答に移ります」

 

 

それから、様々な質問をされた。

うまく答えられたと思うけど、ちょっと心配。

でも、誰もが率先して手を挙げていたって事はそれ程に派閥としての活動に積極的という事だろう。

それに、自分が開発したシステムに興味を持ってくれたのなら嬉しい限りだと思う。

こうして、俺の発表を最後に会談は終了した。

会談終了後、しばらくして、俺は意外な展開を迎える事になる。

うん。本当に予想外だった。

 

 

 

 

 

「えっとぉ、出向・・・ですか?」

「ええ。連合軍から要望されまして、ですね。はい」

 

今日も流れに流れる日々。

ま、また、戦闘ですか!? の日々に罅が入った。

・・・あ、偶然にも寒い事に・・・。

 

「後日、正式にナデシコは軍に徴兵されます。元々はネルガル出向の軍属扱いだったのですが・・・」

 

軍属扱いから軍扱いにされる訳ね。

ま、原作知っているから特に驚きはないけど。

 

「マエヤマさんには先行徴兵という形で軍に行ってもらう事になったのです」

「えぇっと、これですか?」

 

首元に手を持ってきて、横に引く。

 

「いえいえ。ネルガルの意向ではなく、連合軍の意向です」

 

クビではないらしい。

 

「何故か聞いても?」

「いえ。理由は聞いておりません。ただ技術士官として迎え入れたいと」

「・・・技術士官?」

 

えぇっと、もしかして、あれの事か? CAS。

導入してみたけど開発者がいた方が便利だからちょっと君来てくれない? 的な。

 

「えぇっと、いつからいつまでですか」

「返事の連絡次第で向こう側から迎えが来るそうです。終わりは検討が付かないとか」

 

実戦配備できるまでといった所かな?

えぇっと、それまで、ナデシコとはお別れ?

う~ん、ミナトさんやセレス嬢と一緒にいたいんだけどな。

 

「えっと、断ったりは出来ますか?」

「構いませんが、是非と言われている現状、私共と致しましては拒否したくないと・・・」

 

うがぁ。

どうしろと?

 

「それと補佐役を一名任命してナデシコから連れて来ていいとおっしゃていました」

 

補佐役?

正直な話、俺の仕事って調整だよね?

補佐役って必要なのかなぁ。

ってか、そもそもシステムは完成しているんだから、後はパイロット次第でしょ?

俺なんか役に立つんかねぇ。

 

「とにかく三日以内まで返事が欲しいと」

「分かりました。考えてみます。ありがとうございました。プロスさん」

「いえ。それでは・・・」

 

・・・どうしようかな?

そりゃあ、計画通り進めたいなら俺は出向するべきなんだろうけど・・・。

 

「置いていけないっしょ」

 

恋人のミナトさんは勿論の事、妹分? 娘分? のセレス嬢も放っておけない。

それに、まだネルガルが何を企んでいるか分からないし、カエデも置いていけない。

・・・やっぱり、断るかな。

 

「どっちにしても要相談だな」

 

 

「という訳で集まってもらったのですが」

 

いつもの定例会議のお時間です。

 

「ああ。ミスマル提督から話は聞いていた。最終調整という形でコウキを預けて欲しいらしい」

「最終調整ですか・・・。あ、ところでもう機体は出来ているんですかね?」

「そういえば、言ってなかったな。連合軍はエステバリスの有効性を認め、俺達がいない八ヶ月の間に大量に購入していたらしい」

 

あ、既に機体はあるって事か。

じゃあ、あれか、IFSが嫌で埃を被らせていたって訳?

うわっ。なんて愚かな。

 

「そのエステバリスには既にコウキの開発したOSを搭載してある」

「軍で大量と言っても、カイゼル派だけで考えればそれほどの数ではないのでは? カイゼル派の戦力にするには頭数が足りないと思いますが・・・」

「どの方面軍でもエステバリスは買ったものの持て余していたらしくてな。だから、廃品処理のような形で大量に安価で引き取る事に成功したんだそうだ」

「・・・なんか詐欺ですね、それ」

「まぁな」

 

そう苦笑するアキトさん。

既に配備できる事が分かっているのに廃品扱いですか。

カイゼル派も黒いなぁ。

まぁ、権力を上げる為には仕方ないんだろうけど。

 

「・・・行かないとまずいですかね?」

「・・・俺としては行って貰いたいんだがな」

 

・・・む。

俺としては残りたいんだが・・・。

 

「無論、強制するつもりはない」

 

強制するつもりはない。

そう言われても状況的に断りづらいだろ。

 

「・・・・・・」

 

・・・悩む。

 

「コウキ君は私とかカエデちゃんの事とかを考えているのかしら?」

「え?」

 

唐突にミナトさんが訊いて来る。

 

「私を放っておけないとか、カエデちゃんを放っておけないとか、そう思っているのかなって」

「・・・ええ。正直に言えば、俺が離れたくないっていうのもありますが」

「・・・ふぅ。こうまで愛されて嬉しいんだけど、良いことなのか、悪い事なのか」

「えぇっと? それはどういう・・・」

「行きなさい。コウキ君」

「え?」

 

行けって。

それは、離れても平気って事か?

 

「傍にいない方が良いですか?」

「そんな事は言ってないわ」

「え?」

 

もう、貴方が何を言いたのか分かりませんよ、ミナトさん。

 

「何を焦っているのよ、コウキ君。深呼吸、深呼吸」

「スーーハーースーーハーー」

 

焦るな。落ち着け。

きっと何か違う意味があるんだ。

 

「私がセレスちゃんもカエデちゃんも見ているから行って来なさい」

「何故、ミナトさんはそれを推奨するんですか?」

「私達の存在でやるべき事を見失わないで。やるべき事がハッキリしているのに私達のせいで行動に移せないのは駄目よ」

「・・・・・・」

「私としては嬉しいんだけど、女の為に道を見失うのは男として情けないでしょ?」

「・・・そんな事を言われたら断れないじゃないですか」

 

引き止めて欲しかったという気持ちがあった。

でも、それを本人から否定されちゃうんだもんなぁ。

あれか? ミナトさんからしても、自分のせいで行動できないっていうのが嫌なのか?

 

「・・・分かりました。行ってきます」

「ええ。行ってらっしゃい」

 

こうして、俺は皆に先駆けて軍へと出向する事になった。

カエデとセレス嬢にこの事を話した時、一悶着あった事は言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

「よく来てくれたね。マエヤマ君」

「いえ。マエヤマ・コウキ特務中尉、着任しました」

 

士官学校を卒業した訳じゃないけど、無理矢理捻じ込んだらしい。

いいのか? それで? まぁ、俺としては助かるけどさ。

 

「最終調整という項目で来てもらった訳だが、その他にもパイロットとしての指導を御願いしたい」

「ええ。分かっています」

 

製作者だし、実戦経験者だし、そうなるとは思っていた。

 

「補佐役は連れて来ていないのかね?」

「とりあえずは大丈夫なので。必要でしたらナデシコから呼びます」

「そうか。了解した」

 

ミスマル提督。

カイゼル派のトップにして、うちの艦長の父親。

ずっと親馬鹿なイメージしかなかったけど、こうしてみると威厳のある立派な軍人だ。

親馬鹿な一面はまったく感じられない。

 

「それでは、こちらから副官を付けよう」

「えっと、それは補佐役がいないからですか?」

「いや。元々付けるつもりだった。軍の施設の案内もあるのでな。入ってくれ」

 

カイゼル提督に促されて入ってくるのは紫のロングヘアーの女性。

ん? どこかで見た覚えが・・・。

 

「イツキ・カザマ少尉です。よろしく御願いします」

 

イツキ・カザマ。

・・・名前を聞いても思い出せないな。

でも、確かに見覚えがある。

 

「マエヤマ・コウキ特務中尉です。こちらこそ、よろしく御願いします」

 

ふむ。どこで見たのやら?

 

「彼女は後日、ナデシコが正式に徴兵される際にパイロットとして出向する事になっている」

 

・・・ナデシコ新パイロット・・・。

 

「ナデシコのパイロットに劣らないぐらいに鍛えてあげて欲しい。彼女はIFS持ちだが、CASのテストパイロットでもあるのでCASで操縦してもらうつもりだ」

「よろしく御願いします。マエヤマ特務中尉」

 

・・・あぁ! 思い出した。

あれか。確か、ナデシコに来てすぐにジンのボソンジャンプに巻き込まれて死んでしまった人。

あぁ、あぁ。思い出したよ。なるほど。彼女がそうか。

 

「こちらこそ」

「では、さっそく、調整作業に入って欲しい。カザマ君。案内を」

「ハッ!」

 

おぉ。生敬礼。

艦長と副長の敬礼はどこか緊張感が足りなかったからあまりグッとこなかったけど、今回はグッときた。

俺も敬礼のやり方とか学ぶべきなんだろうな、本当なら。

 

「失礼致します」

「失礼します」

 

イツキ?だっけか、彼女と共に部屋から退室する。

 

「えっと、カザマ少尉」

「イツキで構いませんよ」

「あ、それじゃあ、僕もコウキで構いません」

「分かりました。コウキさんと呼ばせて頂きます」

 

やっぱりちょっと固いね。

軍人って感じがするよ。

 

「CASの扱いにはもう慣れましたか?」

「そうですね。IFSと平行して行っているのですが、IFSと同等の性能を発揮してくれます」

 

ほっ。それを聞いて安心した。

 

「自らカスタマイズを?」

「いえ。私は指示調整重視で訓練を行っています。私はどちらかというとフォロー役の方が向いていますので」

 

へぇ。イツキさんは指示調整か。

俺が使うとしたら後方支援重視かな。

一応、機動撹乱重視も使えない事もないけど。

 

「使いやすいですかね?」

「ええ。IFSを使わずともあれだけの性能が出せれば士気も上がるでしょう」

 

そっか。今までは散々負けていたらしいしね。

勝てると分かれば、士気もあがるか。

 

「いや。製作者としてはそのような感想が頂けて嬉しいですね」

「正直、助かっています。これを機に戦況を立て直せればと」

 

イツキさんも戦争を憂う人か。

ここにいるという事はカイゼル派の人間なのかな?

 

「ナデシコのパイロットはどれ程の腕前なのですか?」

 

ナデシコのパイロットね。

・・・個性溢れすぎたパイロット達かな。

 

「CASの動きは全部彼らの動きを参考にしていますからね。汎用性を高める為にちょっと劣化させているから、それぞれの機動のワンランク上ぐらいをイメージしてもらえれば」

「あれのワンランク上ですか・・・。凄まじいのですね」

「ま、腕は凄いですよ、ナデシコのパイロット達は」

 

腕は、ね。

・・・大切な事なので二度言わせていただきました。

 

「イツキさん。ナデシコに出向するんでしたよね?」

「はい。正確にはマエヤマさんの代わりにパイロットとして出向く形です」

「え? 俺の代わりですか?」

「名目上はそうですね。実際は軍とナデシコとの連絡係です」

「その軍というのは?」

「はい。お考えの通りです。ミスマル提督を代表として派閥とナデシコ内にいる賛同者との橋渡し役ですね」

 

なるほどね。今までも連絡は取れていたけど、これでしっかりとしたパイプが出来た訳だ。

あれ? でも、軍人いるよな?

 

「ムネタケ提督とはどうなります?」

「あの方はこちらの派閥に属していませんので、連絡を取るつもりもありません。軍といっても別個の存在であると認識してください」

「分かりました。それでは、彼の指揮下に入る訳ではないのですね?」

「はい。あくまで私は提督の副官ではなく、パイロットとして出向するので」

 

そっか。それならいい。キノコ提督の副官とか息が詰まりそうだし。

 

「こちらがシミュレーション室になります。さっそく調整業務をお願いします」

 

到着後、パイロット達と挨拶をして、さっそく仕事に入った。

まずはパイロット達の対木星蜥蜴シミュレーションを見て、ソフトに異常がないかの確認。

念入りに何度も試験したから問題はない筈・・・と思っていたら幾つか欠陥を発見して焦りました。

即行で直したので、バレてないでしょう、きっと。

その後、俺もシミュレーションに参加。CASの製作者として恥ない戦いが出来た。

所詮は製作者と舐められていたらしく、カチンと来てやってしまった。

反省はしている。だが、後悔はしてない。

俺のシューティングアクションゲームの経験値を舐めるなっての。

しかも、どことなく俺がやりやすいように作ってあるんだぜ。負けないさ。

んで、ちゃっかり自分用にカスタマイズしたパターンで蹴散らしてあげました。

あれは快感だったな。バンバンと撃てば墜ちる。もう一度やりたいと強く思った。

クルスク後に徹底的にアキトさんに苛められてトラウマも発症しなくなってきていたし。

戦闘経験はあんまりないけど、最高のパイロットと言っても過言ではないアキトさんと毎日のように訓練したんだ。

俺もそれなりに強い。まだまだ不慣れな連中には負けませぬ。

徹底的に打ちのめしてやったら教官呼ばわりされた。教官・・・甘美な響きだ。

そういう経緯で、俺の仕事は調整業務と教官という事になっちまった。

まずはイツキさん。彼女はナデシコに出向するのでそれなりの腕が必要になる。

今でもそれなりだけど、ナデシコでは少し見劣りしてしまうだろう。

彼女がナデシコに合流する前に出来るだけの事はしてみようと思う。

その他のパイロットはここでの研修期間を終えたら各地の基地に配属されエステバリスで戦うらしい。

少しでも戦死の確率を減らせるように徹底的に苛め、コホン、鍛えてあげようと思う。

それぐらいしか俺には出来ないしな。

 

 

 

 

 

「ミスマル提督」

「うむ。なんだね?」

 

基地内での行動にも慣れ、軍服もそれなりに着こなせるようになってきた今日。

ミスマル提督に確認しなければならない事に気付いた。

 

「CASの事ですが、まだ正式には配備されていなんですよね」

「うむ。正式にはまだとなっている」

「そこの製作者名とかどうなっています?」

「無論、君の名前を書いてあるが?」

「そこなんですけど、私と他の技術士官達の共同開発という事にしておいてくれませんか?」

「何故だね?」

 

そりゃあ、僕の最終目的が平穏人生ですから。

今まで敗戦続きだった連合軍を立て直させたOSを作り上げたなんて知られたら、俺の命が危ない。

嫌だぞ? 常に狙われる人生なんて。まったく平穏じゃない。

 

「私は名誉なんていりません。それに、将来はどこかで教師でもやってみようかなと考えています」

「なっ!? それだけの能力をもってして教師かね?」

「私は戦争が終了したら即刻軍を辞めて、新しい人生を始めるつもりですから。軍のOSを作ったなんて情報は百害あって一利なしです」

「むぅ。私としては軍に残り、技術士官として働いて欲しいのだが」

「残念ですが、こればっかりは譲れません。お誘い頂き光栄なのですが」

「いや。君の言う事は尤もだ。分かった。手配しておこう」

「ありがとうございます」

 

いや。よかった、よかった。

軍に残るなんて選択肢は絶対にないです。

 

「して、調子はどうかね?」

「ええ。順調です。誰もが訓練に集中していますし、きちんと成果を残すパイロットになってくれそうです」

「そうかね。それは安心したよ」

 

ハッキリ言って、頑張り過ぎです、皆さん。

俺が帰ってからも居残りで訓練していたり。

今はまだ大丈夫だけど、このままじゃ製作者としての尊厳が・・・。

 

「三日後にイツキ君はナデシコに合流する事になっている」

「そうですか。私はいつ頃に復帰になりそうですかね?」

「すまないが、まだ当分は無理そうだ」

「・・・そうですか」

 

まだ帰れないか。

毎日のように連絡入れているけど、やっぱり寂しいものは寂しいな。

あぁ。ミナトさんが誰かに色目使われてないか心配だ。

あぁ。セレス嬢が寂しい思いをしてないか心配だ。

あぁ。カエデがネルガルに何かされてないか心配だ。

・・・うん。ここは・・・。

 

「厚かましいとは思いますが、お願いがあります」

「三日後、イツキ君と共に合流したいのかね?」

「いえ。私は私の役目をしっかりとこなしてからナデシコに戻るつもりです」

 

仕事放棄して戻ったら怒られちゃうじゃん。

でもさ・・・。

 

「それは心強いな。それで、御願いとは?」

「イツキ少尉の付き添いとして、ナデシコの様子を見てきたいのです」

「なるほど。それならば許可しよう。但し、数日のみだぞ」

「了解しました。感謝します」

 

おし。これでナデシコの状況を確認できる。

あぁ。ちょっとした期間留守にしただけで、浦島太郎のような気分だよ。

 

「ナデシコと合流する事でイツキ君が副官から外れる訳だが、どうするかね?」

「どうするとは?」

「またこちらから副官を用意してもいいし、君がナデシコから副官を招いてもいい。副官には少尉の階級を用意しよう」

 

えぇっと、随分と優遇してくれているな。

 

「いいのですか?」

「なに、君が開発してくれたOSの手柄に比べたら、微々たるものだ。あの功績ならば君にはもっと高い階級を与えていてもおかしくない」

 

えっと、今が特務中尉だろ? だから、あれか、大尉とかって事か?

困るな。サングラスが必要になっちゃうじゃないか。

・・・すいません。反省しています。

 

「あ。でも、遠慮します。開発者じゃなくなった訳ですし」

「本当に君は変わった男だ。誰もが求める名誉を自ら破棄するなどと。君は英雄と呼ばれてもおかしくない人間なんだぞ」

 

ハハハ。大袈裟です、カイゼル提督。

たかがOSを製作した程度で英雄なんて。

 

「英雄はなるべき者がなるものです。私みたいな平凡な人間には荷が重い」

「・・・そうか。どちらにしろ、君には副官を付ける。ナデシコから戻ってくる際には誰か一人連れて来て欲しい」

 

副官ねぇ?

誰か付いてきてくれるかな?

でもなぁ、皆、ナデシコを愛しちゃっているし。

離れたくないとか思っているんじゃないかな?

 

「もし、私が誰も連れてこなかったら?」

「その時はこちらが副官を用意しよう」

「分かりました。それでは、失礼します」

 

一礼して、部屋から去る。

ふむ。副官ね。どうするか?

 

「どうしました? コウキさん」

「あ。イツキさん。お疲れ様です」

「お疲れ様です」

 

部屋から出ると丁度イツキさんがいた。

ふむ。報告しておこうかな。

 

「イツキさんは三日後にナデシコと合流だそうで」

「ええ。今までお世話になりました」

 

教官というにはお粗末過ぎだけど、最初の教え子といえばイツキさん。

きっと、今ならナデシコでもやっていけるだろう。

 

「三日後、イツキさんの付き添いという形でナデシコに付いて行く事になりました」

「え? コウキさんも合流ですか?」

「いえ。あくまで付き添いですよ。数日滞在したら帰ります」

「そうでしたか。分かりました」

 

ニッコリと笑ってくれるイツキさん。

いやぁ。割と仲良くなれたかな。

そりゃあ、ずっと副官としてお世話になりましたからね。

それでも、仲良くなれなければ、俺とイツキさんの相性が悪いか、俺の性格が悪いかだな。

イツキさんの性格は好感が持てるし。

 

「ナデシコとはどういう所でしょうか?」

 

ナデシコはどんな所かだって?

そんなの決まってんじゃん。

 

「ドタバタコメディな場所ですね」

「え? えっと・・・」

 

ちょっと分かりづらかったかな?

 

「クルー全員が全員、個性的でしてね。毎日、色んな事があって退屈しません」

「えぇっと、軍艦ですよね?」

「イツキさん。あそこを一般的な軍艦と一緒に考えない方がいい。固定概念は捨て去った方がいいですね」

「・・・・・・」

 

固まっちゃった。

ま、イツキさんは良くも悪くも軍人だからな。

ナデシコの空気に慣れるまで時間がかかりそうだ。

 

「ナデシコのクルーは能力が一流なら性格は問わないという前提で集められています。いや、もう、本当に個性的過ぎる変人達が集まっていますから」

「・・・私、やってけるでしょうか?」

 

不安そうな顔をしていらっしゃる。

脅かしすぎたかな?

ま、嘘は言ってない。

 

「個性的ですが皆良い人ですからね。慣れればやっていけるかと」

「・・・慣れられそうにないです」

 

ま、頑張れ。

としか俺には言えない。

 

「それでは、俺は格納庫に行きますので、何かありましたら連絡下さい」

「あ、はい。分かりました」

 

シミュレーションでの調整を終えたから、その結果を実機にも反映させないといけない。

俺にもやる事は色々あるのだ。

さて、今日も頑張りますか。

 

 

 

 

 



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聖なる夜の陰謀

 

 

 

SIDE MINATO

 

「・・・はぁ」

 

おっと、いけない、いけない。

こっちから発破掛けといて溜息吐くなんておかしいわよね。

 

「・・・ミナトさん」

「ん? 何かな? セレスちゃん」

「・・・コウキさんは今頃、どうしているんでしょうか?」

 

コウキ君がナデシコを去ってから、セレスちゃんはずっとこんな感じ。

コウキ君の代わりにセレスちゃんの面倒は私が見ているんだけど、いっつも話題はコウキ君の事。

愛されているなぁ、コウキ君、と思うと同時に、セレスちゃんには申し訳ない事をしたかなぁとも思う。

でも、多分、こうするのがベストだったんだと思う。私としてもコウキ君としても。

 

「そうね。元気にやっていると思うわ」

「・・・コウキさんがいなくなってから随分と経ちました。・・・寂しいです」

 

コウキ君と離れ、コウキ君が何をしてきたかがよく分かった。

眼の前のセレスちゃんもそうだし、何だかんだでブリッジも落ち着かない。

整備班の人達も追いかけっこの相手がいなくて寂しそうだし、カエデちゃんなんて・・・。

 

「・・・・・・はぁ」

 

・・・目に見えて沈んでいる。

う~ん。カエデちゃんはコウキ君の事をどう想っているんだろう?

表情に出やすいからなんとなくは分かるんだけど、意地っ張りだからなぁ。

素直に認めてくれなそう。

 

「今頃どうしてるかねぇ、あいつ」

「コウキは元気にやっているよ、きっと」

「大丈夫だろう。あいつならすぐに慣れるさ」

「おぉ。去っていく仲間。見送る主人公。去った友は頼もしくなって帰ってくるってか」

「典型的な展開だね。僕は嫌かな、そういう展開」

「なんでだよぉ。いいじゃねぇか」

 

パイロット勢も話題はコウキ君の事。

彼、意外と慕われているのね。

 

「・・・戻りましょうか」

「・・・はい」

 

ブリッジに戻る。

自分の席に座るんだけど・・・。

 

「どうしても空席が気になっちゃうのよね」

 

いつもなら隣にはコウキ君がいる。

でも、今は空席。どこか違和感があって、やっぱり集中できない。

 

「・・・・・・」

 

セレスちゃんは寂しい時、コウキ君の席に座る。

何を思い、どういう気持ちで座っているんだろうか?

やっぱり、あの膝の上に座っている時の事でも思い出しているのかな?

 

「皆さん。お集まりのようですね」

 

ん? 何かしら?

 

「あと数日で我々ナデシコはヨコスカベイに入港となります」

 

あぁ。そんな事も言っていたわね。

 

「入港次第、休暇と致します。せっかくのクリスマスシーズンですので、それぞれお楽しみ下さい」

 

・・・あ。クリスマスっていう大事なイベントがあったじゃない。

・・・今年は一人かぁ。セレスちゃんと祝おうかな。

 

「以上です」

 

去っていくプロスさん。忙しそうそうね。

 

「・・・ミナトさん。クリスマスって何ですか?」

 

そっか。昨年は色々とゴタゴタしていたから、それらしい事はしてないのか。

それじゃあ、今回がセレスちゃんにとって初めてのクリスマスって事ね。

 

「サンタクロースっていう優しい御爺ちゃんが一年間良い子だった子供にプレゼントをくれる日の事よ」

「・・・サンタクロース? プレゼント?」

「そうよ。セレスちゃんは良い子だった?」

「・・・分かりません。でも、楽しい一年間でした」

 

そっか。それなら、良かったわ。

 

「それじゃあきっとプレゼントがもらえるわね」

「・・・本当ですか?」

「ええ。本当よ」

「・・・嬉しいです」

 

ヨコスカに着いたらプレゼントを買いに行かなくちゃ。

セレスちゃんと一緒に買いに行くのもいいけど、サンタさんにならなくちゃね。

枕元に置いておけるかしら? それとも、泊まりに来てもらう?

うん。そうしましょう。

 

 

 

 

 

それから、数日経って、ヨコスカベイ入港の日となった。

 

「あら? あれは・・・」

 

モニターに映るナデシコ歓迎の文字。

えぇっと、歓迎されているの?

 

「・・・ミナトさん」

「ルリルリ?」

 

ルリルリが近付いてきて耳打ちする。

 

「以前はナデシコ反対というデモ活動でした」

「それじゃあ・・・」

「はい。火星民の救出がナデシコの好感度を上げてくれたようですね」

 

嬉しそうに微笑むルリルリ。

そうだよね。自分達がやってきた事が認められたようなものだもの。

きっとアキト君も喜んでいるでしょう。火星の民を救えて良かったって。

 

「それでは、入港します」

 

艦長の言葉を合図に、入港シークエンスに入る。

こういう細かい動作は私の担当。

パッと成功させちゃいましょう。

 

 

 

 

 

クリスマスだし、という理由で、進められていたクリスマスパーティーの準備。

久しぶりに大イベントに誰もが胸を躍らせながら準備をしていたんだけれど・・・。

 

「すいませんが、皆さん、格納庫の方へ集まっていただけますか?」

 

突然の召集命令。何だろう? と思いながらも格納庫へ向かった。

格納庫へ付くとクルーの大半が集まっていて、しばらくすると全員が揃う。

そして、提督が前に出て来て・・・。

 

「ナデシコは正式に徴兵される事になったわ」

 

・・・と告げた。当然、皆驚くわよね。

軍人になるなんて予想外だったもの。今までは軍属扱いだし。

 

「えぇ!? どういう意味ですか!?」

「そのままの意味よ。今までは軍属という形で出向扱いだったでしょ? そんなんじゃ信用できないのよ。だから、正式に軍が徴兵するの」

「でも、それって・・・」

「ええ。軍に入るって事。貴方達は軍人になれるって事よ」

「そ、そんな!? 私達は軍に入る為にナデシコに・・・」

「あら? 別に降りたければ降りていいわよ。むしろ、全員降りてくれちゃった方がスッキリしていいわ」

 

その発言にクルー全員が眉を顰める。

ナデシコは私達の家なんだから当然よね。

決して、提督の物じゃないわ。

 

「み、皆さん。落ち着いてください。提督、貴方も変な事を言わないで下さい」

「あら? 別に変な事は言ってないわよ。私は思ったままを言っただけだもの」

「はぁ・・・。えぇ、皆さん。正式に徴兵される以上、私達は軍人となってしまいます」

 

軍人・・・か。

コウキ君から話は聞いていたけど、実感が沸かないわ。

軍人になるという事がどういうものなのかも分かってないし。

 

「もちろん、今回を機に降りたいという方もいらっしゃるでしょう。その方は私までご連絡下さい」

「そうなったら契約とかはどうなるんですか?」

「私共の契約違反という形になりますので心配ありません。もちろん、退職金と合わせて違約金も払わせて頂きます」

 

破格の待遇。退職金も支払われ、更には違約金も支払われる。

 

「おい。どうするよ?」

「違約金に退職金だってさ。辞めても当分は食ってけるぜ」

「でもよぉ、こんなに居心地がいい職場なんてないんじゃねぇの?」

「そうだよなぁ・・・。どうするか?」

「俺は残ろうと思う。他の職場じゃ楽しめないしな」

「まぁ、そうなんだけどさ」

 

でも、私達にとってナデシコはもう家だし、クルーはもう家族。

誰もナデシコから離れようとはしない。

という事は、誰もが了承するという事になる。

 

「あぁ。そうそう」

 

もう解散かな? と格納庫から出ようとすると、その背中に声がかかる。

発言者は、提督だ。まだ何かあるのだろうか?

 

「ナデシコには火星の救民が乗っていたわよね?」

 

・・・何が言いたいんだろう?

嫌な予感がする。

 

「ナデシコは地球における最高戦力。そんな艦に反乱の危険性が高いクルーを乗せておけないのよ。全員、ナデシコから降りてもらうわ」

「なッ!?」

 

ザワザワとその予想外の言葉に周囲が騒ぎ出す。

 

「横暴です!」

 

火星の人だろうか? 男の人が叫んだ。

 

「うるさいわね。何故かは知らないけど、謂れのない理由で火星の人間は軍を敵視しているわ。それなら、危険扱いされても仕方ないでしょ?」

「謂れのないだと! お前達が俺達を置いて逃げたんじゃねぇか!」

「そうだ! 連合軍を憎むのは当然だろうが!」

 

提督の言葉に火星の人達が怒りを露にした。

やばいわ。このままじゃ、暴動が起こる。

 

「お、落ち着いてください。提督はお静かに御願いします」

「私は静かよ」

 

プロスさんが必死に宥めて、どうにか火星の人達は収まった。

でも、まだ怒りは隠せていない。

 

「もちろん、火星の方達にも違約金と退職金を支払います。もし、それでも生活に困るのでしたら、こちらからお仕事を斡旋しましょう」

 

軍人でもないプロスさんには当たれない。

火星の人達は黙り込むしかなかった。

 

「火星の方達以外で降りる方にも当然、仕事の方を斡旋させていただきます」

 

結局、プロスさんのこの一言でこの場は解散という事になった。

火星の人達が降りちゃうなんて。やっぱり寂しいわね。

・・・あ、という事はカエデちゃんも降りるって事?

 

「カエデちゃん!」

「ん? 何よ? 何か用?」

 

格納庫を抜け、食堂に向かう途中にある廊下でどうにかカエデちゃんを見つけられた。

その顔は不機嫌そのものであり、先程の提督の言葉に怒りを覚えているようだった。

そうよね。カエデちゃんも被害者の一人で軍を嫌っていた。

あれだけの事を言われたら怒って当然か。

 

「これからどうするの?」

「さぁ。何も考えてないわ」

「大丈夫なの?」

「突然言われたって何の準備も出来てないわよ」

 

それはそうよね。

いきなりクビって言われるようなものだし。

 

「それじゃあ、私に付いてきてもらおうかしら」

 

カツンッカツンッと音を鳴らしながらやってくる女性。

 

「エリナさん」

 

ネルガル会長秘書、エリナ・キンジョウ・ウォン。

彼女はカエデちゃんに実験の参加を求めていた。

もしかして・・・。

 

「何か用?」

 

不機嫌丸出し。

お、落ち着きなさい、カエデちゃん。

 

「貴方はナデシコから降りるんでしょ?」

「正確には降ろされるんだけど」

「降りるという事実の前には些細な問題よ」

「それで? 何か用?」

「これから生活するのも大変でしょ? だから、私が仕事を斡旋してあげようと思って」

「余計なお世話よ。別に貴方の力を借りなくなって―――」

「残念。貴方はネルガルのお世話になるしかないのよ」

「え? なんでよ?」

 

どこか勝ち誇ったような笑み。

何だろう? あの笑みは。

 

「どうして火星の救民達がネルガルで働いていると思う?」

「ネルガルが助けたからでしょ?」

「そうね。でも、実はそれ以外にも大人の事情っていうのがあるのよ」

「大人の事情?」

「ええ。火星の人達は連合軍に悪い情報を持っている。それが何か分かる?」

 

火星の人達が持っている連合軍に都合の悪い情報?

 

「それは火星を見捨てて逃げたって事?」

「そうよ。流石は元社長秘書。鋭いわね」

「それはどうも」

 

それぐらいしか見当たらないし。

 

「軍としてはその情報を握り潰したい訳よ。民間人の信用を失うから」

「握り潰すですって? そんな事無理に決まっているじゃない!」

「そう。そこでネルガルの登場よ。ネルガルが軍と交渉したの。火星の人達はこちらが管理しますって」

「はぁ!? 何よ? それ」

「管理の見返りに色々と良くしてもらっている訳。善意だけじゃ企業なんてやっていけないのよ」

「それで、火星の人達は全てネルガルの社員になっているという訳ね?」

「ええ。その通りよ。だから、ネルガルとしても連合軍としても、火星の人達の動向には注意しているのよ。もしもの万が一、それがないようにってね」

「それは何? 脅しているつもりなの?」

「あら? 私はそんな事は言ってないわよ。ハルカ・ミナト」

 

この女狐め。

 

「とりあえず言える事は火星の人間は私達ネルガルにお世話になる以外に生きていく道はないという事よ」

「他会社に入社するのを邪魔する訳ね」

「さぁ。でも、ネルガルの影響力があれば、それぐらいは出来るかもしれないわね」

 

確実に出来る。

大企業としてのネルガルの影響力は凄い。

少し睨みを利かせれば、一般の会社なんて成す術がない。

 

「そして、ナデシコから退艦する者の人事権は私が握っているのよ」

「何で貴方がそんな権利を持っているのかしら?」

「あら? 当然じゃない。私ってネルガル会長秘書よ。それぐらいの権力は持っているわ」

「え? 秘書? 貴方が?」

「ええ。驚いてくれたかしら?」

 

会長秘書と知り、絶句しているカエデちゃん。

私は知っていたから特に驚きはないけど・・・。

 

「いいのかしら? そんな強引に事を進めて」

「あら? どこに不安があるの?」

「そんなに強引に事を進めていたらいつか反発されてネルガルの信用を失うわよ」

「ふふっ。甘いわね」

「何がよ?」

「人は生きていく事を第一としているの。せっかく生活できる環境があるのに、それを失ってまで反発するかしら?」

「・・・・・・」

「ま、反発したなら反発したでいいわ。すぐに鎮めてあげるから」

「鎮めるですって?」

「あら、口が滑ったわね」

 

笑みを浮かべながらわざとらしくしまったという顔をするエリナ秘書。

伊達に会長秘書なんてやってないわね。嫌らしい交渉の仕方。

 

「本来なら幾つか候補を挙げるんだけど、貴方はこちらで決めさせてもらったわ。貴方の再就職先はアトモ社よ」

「何、勝手に決めているのよ!」

「自主的に参加してくれていたら助かったのだけれど、もう手段を選んでいられなくなったのよ」

「どういう意味よ?」

「一人や二人犠牲にしてでも理論を完成させないといけないという意味よ。木星蜥蜴に勝利する為にはね」

 

正確には火星の知識を独占する為には、よね。

カエデちゃんが木星蜥蜴に恨みがあるからってこんな言い方をするなんて・・・。

なんて汚い。

 

「既にこの実験では多くの犠牲者を出しているわ。今更貴方一人を犠牲にしても、それを揉み消すなんて簡単、あ、でも、彼らは木星蜥蜴の犠牲者となっていたわね。あら怖い」

「・・・・・・」

 

実験で犠牲者を出しても木星蜥蜴のせいにしてしまえば会社イメージが下がる事はない。

そう、そうやって、貴方達は実験を正当化しているのね。全て木星蜥蜴のせいにして。

 

「クスッ。分かってもらえたかしら? 貴方が実験でどうなろうと、私達から逃げてどうなろうと、それを揉み消すのなんて私達にとっては赤子の手を捻るようなものよ」

「・・・・・・」

「反対する人なんていないわ。貴方一人の命と木星蜥蜴に勝利では誰がどう考えても貴方の命を犠牲にするでしょう? 天秤に乗せるまでもなく」

 

歯向かうならどうにでも手段はある。

ネルガルも軍も助けてくれない。

そう脅しているんだわ。

 

「ま、大人しくしている事ね。木星蜥蜴の新しい犠牲者になりたくなければ」

 

そう言って去っていくエリナ秘書。

・・・カエデちゃん。

 

「・・・どうしてよ? どうして、私がこんな目に」

 

そう俯きながら嘆くカエデちゃん。

どうして、この子ばっかり酷い眼に合わないといけないんだろう。

私には、どうする事も―――。

 

「お、いたいた。ミナトさん。ん? あれ? カエデもいたのか」

 

え? この声は・・・。

 

「えぇっと、どうかしたんですか?」

 

・・・どうしてここにいるの? 

 

「コウキ君?」

「えっと、はい、コウキです」

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

いやぁ、帰ってきました、ナデシコに。

懐かしいね、本当に。

 

「あれがナデシコですか?」

「そうですよ。イツキさんの新しい職場です」

 

輸送機に乗せられ、ここカワサキシティまでやって来た。

後は車で移動して、ヨコスカベイの軍用港まで行くだけだ。

というより、もう着いたんだけどね。

 

「久しぶりの帰艦はどうですか?」

「あそこはもう家みたいなものですからね。気分は単身赴任から帰ってきたサラリーマンです」

「ふふふ。そうですか。素敵な所みたいですね」

「ええ。イツキさんも慣れれば居心地が良いと思いますよ。慣れるのが大変だと思いますが」

「そう脅かさないでください。こう見えても緊張しているんですよ?」

「ま、楽しい所ですから。緊張して損したって思う事になりますよ」

「それならいいんですけどね」

 

軍用ドックでナデシコを見上げながらの会話。

そろそろ迎えの軍人が来る頃なのだけど・・・。

 

「少尉。特務中尉。お迎えに上がりました」

「ご苦労様です」

「ハッ」

 

この特務中尉って呼ばれるのが未だに慣れない。

というか、殆どの兵が皆してパッと挨拶してくるから逆に緊張する。

俺なんか相手にしなくていいよぉって感じで。

 

「そういえば、私の機体ってもう運ばれているんでしょうか?」

「えぇっと、多分。もしかしたら、俺のお古になっちゃうかも」

「コウキさんのですか? 私は構いませんが・・・」

 

・・・まぁ、カスタムじゃなくて、普通の設定にも出来るから心配はいらないと思うけど。

でも、一応は俺の機体で愛着があるからなぁ。

 

「お話を遮るようで申し訳ありませんが、既に運んであるとの事です」

「それは以前まで使っていたあの基地の機体って事ですか?」

「そう聞いております」

 

おぉ。いつの間に運んでいたんだ。

というか、案内役の兵士さん、やるねぇ。

出来て当たり前かもしれないけどさ。僕は感心するよ。

 

「だ、そうです」

「了解しました。コウキさんには悪いですが、やはり私も自分の機体の方がやりやすいです」

「いえいえ。当然です。愛着も湧きますし」

「ふふっ。そうですね」

「あ。という事は逆に俺の機体は基地に運んでもらえるのかな?」

「そう聞いております」

「おわッ! あ、ありがとうございます」

「いえ」

 

案内役の兵士さん。独特の空気というか、絶妙の入り方というか。

ビックリしてしまった。コホン。

 

「ところで、イツキさんはCASで訓練を積んでいましたが、ナデシコではどちらを?」

「ナデシコでもCASを用いるつもりです。CASでの戦闘データが取りたいそうなので」

「あ。そうですね。実機での戦闘データは集まってなかったんでしたね」

 

所詮はシミュレーション。きちんと実戦でのデータがなくちゃ安心は出来ない。

 

「はい。恐らくコウキさんには私や既に配備された兵達の戦闘データの解析を御願いするんだと思います」

「あぁ。実戦のですね」

 

最終調整というか、フィードバックデータの応用を担当する訳だ。

ま、そっちの方が大切だもんな。実戦でのデータを活かして更に高度なOSにしろと。

・・・うわぁ。俺っていつナデシコに帰れるんだろう。

 

「着きました。それでは」

 

ビシッと敬礼してくる兵士さん。

 

「ありがとうございました」

 

そして、俺達もビシッと敬礼で応える。

うぅ。未だに慣れず、どこか恥ずかしさを覚えます。

 

「様になってきましたね」

「まだまだですよ」

 

褒められてもねぇ・・・。

恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ。

 

「ムネタケ提督」

「来たわね。あら? 何で貴方までいるのかしら?」

「少尉の付き添いであります、提督」

「あら? 軍人らしくなっちゃって」

「ハッ」

 

あぁ。やってらんねぇ。

階級って面倒だよなぁ。

キノコさんって中佐だっけ?

うわ、うわ。遠慮しなくちゃいけなくなる。

もう山菜狩りとは言えなくなってしまう。

だ、大損失だ。

 

「パイロット達に紹介しましょう」

 

うぅ。キノコ提督の後ろを歩く時が来るなんて・・・。

 

「おぉ! コウキじゃねぇか!」

「あれれ。軍服なんか着ちゃっているよ。似合わな~い」

「久しぶり。ガイ、ヒカル」

 

パイロット勢が集合している場所へ向かう。

いや。本当に久しぶり。もう一年ぐらい会ってない気がするよ。

それぐらい彼らのインパクトが強いって事だろうな。

 

「んお。新しいパイロットってそいつか?」

「ええ。自己紹介をしなさい」

「はい」

 

もう帰ってもいいですよ、提督。

ああ。こう言えたらどんなに幸せか。

 

「イツキ・カザマです。よろしく御願いします」

「よろしく~」

 

なんとも気の抜けた返事。

あ。さっそくイツキさん、唖然。

 

「後は勝手に親交を深めなさい」

 

よっしゃ! キノコが山に帰っていった。

 

「コウキ。調子はどうだ?」

「コウキ。元気にやっているみてぇじゃねぇか」

 

イツキさんが女性パイロットやアカツキに囲まれる中、アキトさんとガイがこちらにやってくる。

おぉおぉ。流石はガイ。女性はメグミさん一筋。好奇心より友情を取るなんて。熱いぜ、ガイ。

 

「ぼちぼちですね」

 

調子はぼちぼち。これからが忙しくなりそう。

 

「しばらく滞在するのか?」

「はい。数日だけ許可を貰いました。いや、大変ですよ」

「そうか」

 

そうか、っておい。それだけですか?

 

「ま、俺達の事は放っておいて早くミナトさんの所に行ってあげるんだな」

「セレスちゃんも忘れんなよ。寂しそうにしていたぞ」

 

素晴らしい助言をありがとう。アキトさん、ガイ。

まずは・・・。

 

「セレスちゃん」

 

トコトコ歩く後姿を発見。

 

「・・・え?」

「久しぶりだね。セレスちゃん」

「・・・コウキさん!」

 

おぉ。花が咲いたかのような笑み。

和みます。癒されます。

最近は癒しがなくてストレスが溜まっていてさ。

いっその事、セレス嬢を補佐として連れて帰ってしまおうか。

 

「元気だったかい?」

「・・・はい。でも、コウキさんがいなくて寂しかったです」

 

寂しい思いをさせちゃったか。

ちょっと罪悪感。よし!

 

「これからブリッジに行くの?」

「・・・はい」

「じゃ、一緒に行こっか」

「・・・はい!」

 

笑顔で頷いてくれるセレス嬢。

まずい。マジで補佐として連れて帰りそう。

 

「はい」

 

手を差し出す。

無論、手を繋ごうという意味さ。

 

「・・・ポッ」

 

照れながらも握り返してくれる小さな手。

何だろう? 改めて帰ってきたって実感。

 

「俺がいない間に何かあった?」

「・・・特には。あ、今ですが、クリスマスパーティーの準備をしてます」

 

あ。原作でもやっていたな。クリスマスパーティー。

・・・む。プレゼントを忘れていた。ちょっと抜け出して準備しなくちゃ。

それぐらいの余裕はあるだろう、きっと

 

「・・・サンタクロースがプレゼントをくれるってミナトさんが言っていました」

 

なるほど。ミナトさんもプレゼントを用意するつもりだな。

うん。ここは便乗するか。

 

「そうだね。セレスちゃんは良い子にしていたからきっともらえるだろうね」

「・・・本当ですか?」

「うん。セレスちゃんならもらえるって」

「・・・嬉しいです」

 

本当に良い子でした。

貴方は私の心のオアシスです。

 

「シタテルは元気にしているかい?」

「・・・オモイカネといつも一緒にいます」

 

ま、お話機能以外の機能は付けてないからな。

あんまり容量取っちゃうと怒られるし。

 

「そっか」

 

それからはブリッジに着くまで楽しくおしゃべりしていました。

珍しくセレス嬢がどんどん話すからずっと聞き手。でも、それはそれで楽しい。

一生懸命に伝えようと話す姿は可愛らしさ抜群です。

 

「お久しぶりです、皆さん」

 

ブリッジに入るとギョッと驚いた眼でこちらを見てくるクルー一同。

あれ? 連絡されてなかった?

そういえば、セレス嬢も驚いていたな。

 

「お久しぶりです、コウキさん」

「・・・コウキ、久しぶり」

「久しぶり。ルリちゃん、ラピスちゃん」

 

ブリッジクルーそれぞれと挨拶しながら、自分の席に座る。

あれ? ミナトさんはまだいないのか。

 

「・・・コウキさん」

「ほっと」

 

言われる前に抱き上げる。

いや。僕としても役得なので。

 

「・・・・・・」

 

太腿の上でご機嫌そうに笑うセレス嬢。

思わず頭を撫でていた。この感触も久しぶりだな。

 

「どう? 何か変わった事あった?」

 

さっきのセレス嬢に聞いたのとは別の意味。

ルリ嬢に聞いたのは原作と変わった事。

 

「いえ。特には。・・・あ、一つだけ」

「え? 何々?」

 

原作と違った所があったっていうのは意外と一大事だと思うんだ。

でも、ルリ嬢はそんなに慌ててないし。杞憂かな?

 

「入港する際に市民の方から歓迎して頂きました」

「え? 歓迎してもらえたの?」

「はい」

 

原作ではナデシコ反対とか過酷な現実を叩きつけられていたけど、今回は歓迎か。

あれですね。火星の民達の救出。あれが、きっと好感度を上げたんだろう。

 

「そっか。良かったね」

「はい」

 

嬉しそうだね、ルリ嬢。この分ならアキトさんも喜んでいたんだろうな。

未来を変える。その結果がこうなったんだから。

 

「・・・・・・」

 

それから結構な時間、ブリッジクルーと楽しくおしゃべりしていたんだけど、ミナトさんはやって来ない。

 

「ねぇ、ルリちゃん」

「はい。何でしょう?」

「ミナトさんが今どこにいるか分かる?」

「少々お待ちください。・・・いました。どうやらここにいるみたいです」

 

そう言ってコミュニケに居場所を教えてくれるルリ嬢。

 

「えぇっと・・・廊下? 格納庫寄りの」

「そうみたいですね」

 

あっちゃあ。別ルートから来ちゃったからなぁ。

道理で会えない訳だ。来るのを待つより会いに行くか。

 

「じゃあ、ちょっと、俺はミナトさんの所に行ってくるね」

「分かりました。セレス、コウキさんは移動するそうなので」

「・・・嫌です」

 

おぉ。セレス嬢がルリ嬢に反抗した。

 

「セレス。コウキさんに迷惑をかけちゃいけません」

「・・・迷惑ですか?」

 

そ、そんな顔されたら迷惑だなんてとてもじゃないけど言えない。

 

「う、ううん。そんな事ないんじゃないかな」

「コウキさん! ミナトさんに会いに行くんじゃなかったんですか!?」

 

おぉ。ルリ嬢、落ち着いてくれ。

不可抗力というか、仕方のない事なんだ。

 

「すぐに戻ってくるからさ。ごめんね、セレスちゃん」

「・・・・・・」

 

う、俯いてしまった!? 

え? えぇ? どうしよう?

 

「パッと行ってパッと帰ってくるから」

「・・・すぐに帰ってきてください」

「う、うん。絶対にすぐ帰ってくる」

「・・・約束です」

「うん。約束」

 

ど、どうにか説得成功。セレス嬢は自主的に降りてくれた。

どうしてだろう? いつもならもっと聞き分けが良いというか・・・。

ま、まぁ、いいや。とりあえず、ミナトさんの所へ行ってくるかな。

 

「えぇっと、ここか」

 

コミュニケに表示される地図を頼りにミナトさんの所へ向かう。

それにしても、何でこんな所にいるんだろう?

何にもないし、特別な部屋って訳でもないのに。

 

「お。いたいた。ミナトさん」

 

あの後姿はミナトさんだな。

ん? 一緒にいるのはカエデみたいだな。

 

「ん? あれ? カエデもいるのか」

 

バッと振り向くミナトさんと眼を見開いてこっちを見てくるカエデ。

 

「えぇっと、どうかしました?」

 

珍しいツーショットという訳でもないけど、二人してなんでここにいるかが分からない。

 

「コウキ君?」

「えっと、はい、コウキです」

 

なんで疑問形?

まさか、しばらく会わない内に顔を忘れられた!?

なんて、ありえないか。

 

「な、なんで、ここにいるの?」

「え? いちゃ駄目ですか?」

「そ、そんな事は言ってないわ」

 

やっぱり聞かされてないか。

誰の陰謀だ? これは。

 

「帰ってきたの?」

「いえ。違いますよ。ちょっと用事がありまして」

「・・・そう」

 

なんか二人とも様子が変だ。

深刻そうな表情。なんというか、落ち込んでいるというか、ショックを受けているというか。

 

「何かあったんですか?」

 

俺が力になれるか分からないけど、相談ぐらいなら受けられる。

 

「えぇっとね」

「はい」

「実は―――」

「ごめん。コウキ」

 

えぇっと、何故、謝られるのかが知りたい。

 

「何で謝るの?」

「貴方から散々注意されていたのに、結局、実験を受ける事になっちゃいそう」

「はぁ!?」

 

え? だって、断るって言っていたじゃん。

 

「え? どういう事? なに? やっぱり復讐したいって事?」

「ち、違うの。私としても意味が分かんないだけど」

「俺の方が分かんないっての」

 

意味分からん。どういう事?

 

「私が説明するわ」

 

御願いします。

 

「ナデシコが正式に軍に徴兵されたのは知ってるわよね」

「はい。もちろんです」

 

なんと言っても俺が先行徴兵ですから。

今だって、軍の制服を着ているんだぜ。

 

「その際に火星の人達全員が降ろされる事になったの?」

「え? なんでですか?」

 

何故、火星の人達を降ろす必要がある?

意図がまったく掴めない。

 

「火星の人達は軍に歯向かう可能性があるからって」

「・・・歯向かう? そんな事件が起きたんですか?」

「ううん。いきなりよ。いきなり退艦しろって」

 

そんな事件も起きてないのに、いきなりなんて酷いな。

何が目的だろう?

 

「それで、その後はどうなりました?」

「会社を斡旋するからって言って誤魔化していたわ。でも、その後、カエデちゃんに接触してきて」

「まさか、秘書さんがですか?」

「ええ。そのまさかよ」

 

うわっ。もしかしてそれが狙い?

どうしてもクビにする理由が見つからなかったから、火星の人達全員を一斉に退艦させたとか。

ネルガルならやりそうだ。というより、エリナ秘書ならやりそうだ。

 

「それでなんて?」

「本来なら会社を選ばせてあげるけど、貴方は勝手に決めさせてもらったわって」

 

な、なんて横暴。

随分と強引な手段できたな。

 

「ちなみに会社の名前は?」

「確か・・・」

「アトモ社って言っていたわね」

「アトモ社?」

 

うわ。確信深まりって感じ。

 

「アトモ社はボソンジャンプ研究施設です。間違いなく実験に参加させられますね」

 

おいおい。どうするよ?

 

「脅されたもの。今更一人ぐらい殺した所で揉み消すのは簡単だって」

「・・・エリナ秘書が?」

「そう。エリナ秘書が」

 

か、かなり本気だな、おい。

 

「カエデ。断って別の会社に行け」

「無理よ。行けたら苦労しないわ」

「え? なんでだよ?」

「ネルガルが圧力をかけるって。他会社に就職できないように」

「ネルガルの影響力なら可能でしょ? 間違いなくやってくるわよ?」

 

・・・思わず頭を抱えちまった。

そ、そこまでするのか、ネルガルは。

 

「れ、連合軍に保護を求めればいい―――」

「無駄よ。断言は出来ないけど、連合軍も協力しているみたい。反対する人なんていないって言っていたわ」

「ま、マジですか?」

「マジです」

 

ネルガルも連合軍も助けてくれない。

お~い。アキトさんの時より状況悪くないか?

 

「えっと、カエデは参加したくないんだよな?」

「当たり前じゃない。なんか死にそうな事言っていたし」

 

下手すると死にますからね。カエデなら大丈夫だと思うけど。

 

「分かった。ちょっと提督に相談してみる」

「提督ってムネタケ提督? コウキ君。何を考えているのよ?」

 

信頼性皆無ですね、キノコ提督。

 

「違いますよ。俺が今、お世話になっている所の偉い人です。キノコさんじゃありません」

「あ。そっか。そうよね。ムネタケ提督に頼るなんて事はないわよね」

 

本気で安心していますね、ミナトさん。

カエデはよく分からないって感じだけど。

 

「待ってろ。カエデ。絶対に阻止してやるから」

「・・・コウキ」

 

何? その不安そうな顔。

 

「信じられない? 俺の事」

「そんな事ないわ! 信じている!」

 

お、おぉ。そうまで大声じゃなくても聞こえているぞ。

 

「そうまで信じられたら応えるしかないな。ま、任せとけ」

「・・・うん」

 

しおらしいカエデは変な感じだな。

 

「んじゃあ、俺はこのまま提督に連絡してくるから、仕事に戻って待っていろよ」

「分かったわ。待っているわね」

「おう」

 

去っていくカエデ。

阻止してやるって誓ったしな。

頑張りますか。

 

「コウキ君。おかえりなさい」

「ただいまです。ミナトさん」

 

そして、ようやくミナトさんと二人きりになれた。

 

「お元気そうで何よりです」

「ええ。コウキ君も頑張っているみたいね」

「それなりにですけどね」

 

なんだか本当に久しぶりだ。

 

「助かったわ。私じゃどうしようもなかったから」

「カエデの事ですか? 俺だってどうしようもなかったですよ」

「でも、コウキ君のおかげで解決策が見つかりそうじゃない。それもコウキ君の力よ」

「他力本願ですけどね」

 

でも、ミスマル提督の力をお借りすればそれぐらい出来る筈。

極東方面では幅を利かせているからな、カイゼル提督は。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

何だろう? 色々と話す事を考えてきたんだけど、全部吹っ飛んじゃった。

えぇっと・・・あ。そうだ。

 

「えぇっと、ミナトさん」

「何かな?」

「セレスちゃんにサンタクロースの話をしたそうですね」

「ええ。したわよ」

「もうプレゼントは買いました?」

「ちょっと時間なくてね。まだ買ってないわ」

「それなら、時間が空いたら一緒に買いに行きましょうよ」

「いいわよ。私も買いに行きたかったし」

 

うん。さり気なくデート作戦、成功。

久しぶりだしね。二人っきりで過ごしたい。

 

「・・・カエデちゃんやセレスちゃんの事ばっかりなのね」

「え? 何か言いました?」

「え、ううん。なんでもないわ。もちろん、私にもサンタさんは現れるのよね?」

「随分と若いサンタでよろしければ」

「ふふっ。楽しみにしているわ」

「あんまり期待しないでくださいよ。こういうのを選ぶのは苦手なんですから」

「あら? 私はサンタさんに頼んでいるのよ。コウキ君は何を言っているのかしら?」

「・・・参りました」

 

うまく切り返されました。ニヤニヤと笑っています、この人。

 

「それじゃあ、私はブリッジに戻っているから、連絡してきちゃいなさい」

「分かりました。すぐにブリッジに行きますので待っていてください」

「ま、いつまでも待たせていたらどうなるか分からないけどね」

「勘弁してくださいよ。すぐに戻りますから」

「はいはい。それじゃあね」

 

パッと手を振りながら去っていくミナトさん。

相変わらずだなって思った。

 

「さてっと」

 

ナデシコから連絡取ってもいいけど、内緒話だし。

このドッグの通信室を借りようかな。

ふっふっふ。こういう時に軍人だと楽だぜ。

権力は使える内に使っておかないとな。

 

 

 

 

 



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強引な手段

 

 

 

 

 

「という訳なんです。提督」

『ふむ。私の知らない所でネルガルと軍がそのような事を』

 

通信室を借りて秘密の相談。

盗聴器の類はないと信じたい。

 

「どうにか保護して頂けないでしょうか?」

 

マジで御願いします、提督。

 

『ふむ。私はネルガルとあまりパイプを持っていなくてな。私にはどうする事も出来ない』

「・・・・・・」

 

マ、マジですか?

やばい。どうしよう?

啖呵を切ったとかそういう事ではない。

どうしてもカエデを巻き込みたくないんだ。

他に何か俺に取れる手段は・・・。

 

『だが、手段がない訳ではない』

「え? 本当ですか? 教えてください!」

『そう慌てるな。分からないのかね?』

 

分からない? 分かりませんよ!

 

「分かりません!」

『はぁ・・・。君は賢いのか賢くないのか分からない人だね』

 

えぇっと、馬鹿にされているのだろうか?

 

『君はナデシコに何をしに行ったのかね?』

 

俺がナデシコに来た理由?

イツキさんの付き添いとナデシコの様子を見ておきたかったからかな。

 

「イツキさんの付き添いですが?」

『それ以外にもあるだろう。言ったではないか。イツキ君の代わりになる副官を連れて来いと』

 

・・・あ。そんな事も言っていた気がする。

ナデシコに行けるって舞い上がっていたからな。

すっかり忘れていたよ。

 

「それでは?」

『うむ。まだナデシコに所属している状態なのだろう?』

「はい。正式にはまだナデシコ所属です」

 

まだクビ切りはされてないと思う。

 

『ならば、君の権限で彼女を徴兵したらいい。』

「保護して頂けるので?」

『君には返せない程の恩があるのでな。それぐらいならば力になろう』

「ありがとうございます!」

 

流石はミスマル提督。

本当に助かります。

 

『それでは、こちらから副官を出すとしよう。彼女は補佐役でいいかな?』

「ええ。副官は務まりそうにないので」

 

あれだな。食堂で働いてもらうか。

ま、色々と相談した上で決めよう。

 

「彼女と話してみて、詳細が決まりましたら再度連絡致します。出来れば辞令だけでも作っておいてもらえないでしょうか」

『ふむ。了解した。早急に通達しよう。久しぶりのナデシコを楽しんでくるといい』

「ありがとうございます。では」

『うむ』

 

通信が切れる。

 

「おっしゃぁぁぁ!」

 

飛び上がらんばかりに喜んでしまった。

・・・ふぅ。落ち着け。落ち着け。冷静にな。

 

「・・・あ」

 

正式に退艦が決まる前に俺の権限で徴兵しないといけないんだ。

急がないと・・・。

 

 

 

 

 

食堂に駆け込む。

 

「おい。カエデ!」

 

・・・あれ? 反応がない。

 

「ホウメイさん。カエデの奴、どこ行きました」

「ん? プロスさんに連れられてどっか行ったよ」

 

やばっ。急がないと。

 

「寂しくなるねぇ。あの和食は私にも学ぶ所が・・・」

「し、失礼します!」

「何だい? 騒がしいねぇ」

 

食堂にいない? それなら、どこにいるんだ?

プロスさんはカエデをどこに連れていったんだよ?

えぇい! ブリッジで探してもらうのが一番早い!

 

「ルリちゃん!」

「え? あ、はい。何ですか?」

 

ブリッジに駆け込むと同時にルリ嬢の名を叫ぶ。

 

「今すぐカエデの場所を調べてくれ」

「キリシマさんの事ですか?」

「ああ。すぐに。頼む」

「わ、分かりました」

 

コンソールに手を置いて調べるルリ嬢を焦りながら見守る。

 

「方法が見付かったの?」

「はい。でも、ナデシコ所属である事が条件なので、時間がないんです」

「分かったわ。後で詳しく教えてね」

「ええ。分かっています」

 

後でお話しますのでちょっと待ってくださいね、ミナトさん。

 

「・・・コウキさん。あの・・・」

「ごめんね。もうちょっと、もうちょっとだけ待っていて」

「・・・でも・・・はい、分かりました」

 

寂しそうな眼をしないでくれぇ。

罪悪感が湧く。これは即刻戻ってくるしかないな。

 

「分かりました。ここです」

 

コミュニケに居場所を示してもらう。

クソッ。ブリッジからじゃ遠いな。急げ。

 

「ありがと。ルリちゃん。今度お礼する」

「い、いえ。よく分かりませんが、頑張ってください」

 

エールどうも。急げ、俺。

とりあえず、連絡を取ってみよう。

プロスさんと一緒だっていうし、厳しいかもしれんが。

 

「・・・・・・」

 

うん。着信拒否ですね。わかります。

結局、ダッシュしかないってことか!

 

「カエデ!」

 

バンッ!

 

カエデの反応がある部屋を強引に開ける。

 

「コウキ?」

 

椅子に座るカエデ。

対面しているのはプロスさんとエリナ秘書。

・・・もしかして、間に合わなかったのか?

 

「困りますなぁ。マエヤマさん。今は交渉中でして」

「出て行きなさい! これは個人の問題よ!」

 

ネルガル勢は困っていますね。

特にエリナ秘書の焦りようは半端じゃない。

ま、散々邪魔しましたしね、僕。

でも、最後まで邪魔させてもらいますよ。

 

「カエデ。まだ契約は打ち切ってないか?」

「ええ。コウキを信じて粘っていたわ」

 

素晴らしい。ギリギリで間に合ったみたいだな。

 

「出て行きなさい!」

「まぁまぁ、落ち着いてください、エリナさん。マエヤマさん、何のご用件でしょうか?」

 

突然来て申し訳ないです、プロスさん。

でも、仕方なかったんです。勘弁してください。

 

「マエヤマ・コウキ特務中尉の権限でキリシマ・カエデを徴兵します」

 

俺の用件はただこれだけ。

俺の補佐役として、カエデを徴兵する。

 

「え?」

 

呆然とするカエデ。

すまん。後で説明するから。

 

「ど、どういう意味よ!?」

 

慌てるエリナ秘書。

今まで狙い通りにいっていたみたいだからな。

どんでん返しといった所だろうか。

 

「そのままの意味です。私はミスマル提督の命令によりナデシコから任意一名を副官として徴兵する権利が与えられています。それを実行したまでです」

「な、そんな事は聞いていないわ! 嘘を言うのはやめなさい!」

「後日、正式に辞令が来るでしょう。形としてはナデシコが軍属状態の時に別方面から徴兵され、私の下に配属という事になります」

「そ、そんなのネルガルは認めてないわ」

「ナデシコが軍属であり、完全に軍に徴兵される以上、ネルガルの意向より軍の意向の方が優先されます。ネルガルが認めていなくとも、状況は変わりません」

「ネルガルに反抗するというの!? こっちは軍の弱みを握っているのよ!?」

「はて? 一人の女性を徴兵する程度に何故そこまで意固地になられるかが分かりませんが」

「クッ! 貴方はいつも私の邪魔ばかりして!」

 

カエデを護る為ですから。邪魔させてもらいますよ。

 

「マエヤマさん。軍の意向により、火星の方達の徴兵は拒否するとなっていますが?」

「そ、そうよ。それはどうするのよ?」

「先程も言いましたが、彼女はナデシコとは別に徴兵される訳です。火星の方達をナデシコのクルーとして徴兵する事はできませんが、彼女は別系統ですので心配ありません」

「まだ正式な辞令が来ていない以上、彼女に対する権限は私達にありますが?」

「そ、そうよ。ナデシコ所属である今は私達の勝手でしょう?」

 

さっきからプロスさんに乗っかる事しかしていませんよ。

焦り過ぎではないですか? エリナ秘書。

 

「キリシマの契約はいつまでですか?」

「今日の夜十二時までですな」

「それでは、それまでに正式な辞令を通達致しましょう。それでよろしいですか?」

「む、むぅ。そうですな。それでしたら、異論はありません」

「ちょ、ちょっと、納得しないでよ。い、いいわ。今すぐにでも契約を破棄―――」

「契約は絶対です。一方的な契約破棄は会社の信用を失いますよ」

「その通りです、エリナさん。契約は絶対ですぞ」

「ど、どっちの味方なのよ!? 貴方は!」

「無論、契約の味方です」

「・・・クゥ・・・」

 

エリナ秘書、敗れたり。

いや。プロスさんのおかげです。ありがとうございます。

 

「コウキ。ちょっと説明しなさいよ」

「はいはい。とりあえず、後でな」

 

状況が分かってないみたいだな。

ま、助かったとだけ認識してりゃあ大丈夫だ。

 

「それでは、失礼します。カエデ、来い」

「ちょ、ちょっと、気安く私に触れないで」

 

相変わらずだな、おい。

ま、しおらしいカエデよりは断然マシか。

何はともあれ、阻止成功。

はぁ・・・。良かった。

 

 

 

 

 

「嫌よ! 連合軍なんて信じられないもの!」

「・・・はぁ。分かったから、ちょっと落ち着いてくれ」

 

前途多難とはこの事を言うのでしょうか?

 

「でも、な、ここ以外に頼れる所がなかったんだよ」

「嫌! 絶対に嫌! 何だって連合軍なんかに頼らなくちゃいけないの!?」

 

火星の人達の連合軍に対する感情は相当のものがあるみたいだな。

 

「そうは言っても、ナデシコにいても連合軍に所属する事になっていたんだぞ?」

「それはそれよ。でも、少なくとも周りの環境はあまり変わらないでしょ?」

「ま、それはそうだけど・・・」

 

ナデシコと共に連合軍入りするのはいいけど、別の場所で連合軍入りするのは嫌って事か。

 

「俺が復帰するまでの期間だけだから、我慢できないか?」

「それっていつまでよ?」

「そうだな・・・。その内って所かな」

「はぁ!? そんな不確かなの? 余計嫌になったわ」

 

はぁ・・・。どうしよう?

 

「頼むから我慢してくれ」

「・・・・・・嫌」

 

どうすればいいかな?

 

「と、とりあえず、コウキ君もカエデちゃんも落ち着いて」

「・・・ミナトさん。助けてください」

「ええ。ねぇ、カエデちゃん」

「何よ?」

「連合軍を嫌うのは仕方ないと思うけど、もしかして、貴方はコウキ君も信じられないの?」

「え?」

「コウキ君はカエデちゃんの為に走り回ってくれた。そんなコウキ君の補佐役として軍に行くのよ? もちろん、コウキ君がカエデちゃんを護ってくれるわよ。ねぇ?」

「え? も、もちろんですよ。責任を持ってカエデを護ります」

「・・・コウキ」

「だ、そうよ。連合軍は信じなくていいから、コウキ君を信じて少し我慢してちょうだい」

「・・・少し考えさせて」

 

ま、割り切るのに時間が掛かるのも分かっていた。

フクベ提督に対するカエデの態度を見ればそれぐらいは分かるさ。

でも、ボソンジャンプの実験に参加させない為には仕方なかったんだ。

 

「・・・・・・」

 

考え込むカエデ。

少し、一人にさせてあげよう。

 

「カエデ。ゆっくり考えてくれ」

「・・・ええ」

 

ゆっくり考えろと言っても、結局は我慢してもらわないといけないんだよな。

酷い奴だな、俺は・・・。

 

「行きましょう、ミナトさん」

「・・・そうね」

 

ミナトさんと共に部屋から抜け出す。

 

「・・・コウキ君」

「・・・ええ。強引でしたよね、俺」

 

カエデを救うと言っておきながら、カエデにとって辛い道を強要した。

ボソンジャンプの実験参加を阻止しようという事に意識が集中し過ぎてカエデの気持ちを考えてなかったな。

 

「でも、貴方のお陰で助かった事も事実よ」

「・・・そうですかね? もっとカエデにとって良い方法があったのかもなって」

 

あそこまで拒否されると、そう考えてしまう。

 

「私達にはそれ以外の方法が見付からなかったんだもの。コウキ君がした事に間違いはないわ」

「・・・ミナトさん」

「ほら! しっかりしなさい! コウキ君。貴方がカエデちゃんを支えてあげるのよ」

「・・・そう・・ですね。俺が強要した道です。俺が責任を持ってあいつを支えてあげないと」

 

あれ以上の方法がもしかしたらあったのかもしれない。

でも、もう決めてしまったんだ。それなら、後悔しないよう頑張るしかない。

 

「ありがとうございます。ミナトさん。お陰で元気が出来ました」

「そう。それは良かったわ。貴方が落ち込んでいたら、カエデちゃんだって安心できないわよ。自信を持って」

 

うん。そうだな。

俺がしっかりしないと。

 

「おし。そうですね。ミナトさんの言う通りです」

「うん。元気出たわね。それでこそコウキ君よ」

 

本当にいつもこういう時に支えてもらって、ミナトさんには感謝の心で一杯です。

 

「それじゃあ、私はブリッジに戻るわね。コウキ君もやる事があるでしょ?」

「・・・そうですね」

 

やる事はたくさんある。

イツキさんのCASの調整とか、自分の機体の調整とか。

イツキさんにナデシコパイロットとシミュレーションしてもらって性能評価するとか。

・・・でも、それ以上に・・・。

 

「いえ。ブリッジに俺も行きます」

「いいの? 仕事が忙しいんじゃないの?」

「えぇっとですね、セレスちゃんが早く戻って来てって」

「あら? 呆れた。仕事をサボっていいの?」

 

いや。そんなジト眼で見なくても・・・。

 

「今の俺って凄い立場なんですよ。誰にも命令権はありませんし、勝手に動いていいんです」

「ふ~ん。それにしたって、セレスちゃんの言いなりだなんて」

「えぇっと、ミナトさんの為にも時間を取れますよ」

「変なフォローはいらないわよ。ま、コウキ君がそういう子なんだなって事は分かったから」

 

えぇ? どうして拗ねているんですか?

というか、そういう子ってどういう意味ですか?

 

「・・・最近私を蔑ろにしているわよね、コウキ君って」

 

えぇっと、反論できない。

 

「す、すいません」

「謝るぐらいなら何かして欲しいなぁ」

 

うぅ~。俺にどうしろと?

 

「せっかくのクリスマスなんだし~」

「え、ええ。ま、任せてください」

 

これは相当に頑張らないと見損なわれちゃうな。

 

「ふふっ」

 

おぉ? 急接近?

 

「ミ、ミナトさん?」

「いいじゃない? 最近触れ合ってなかったんだから」

「で、でも、恥ずかしいですよ」

「恥ずかしがる必要なんてないでしょ? 皆知っているんだもの」

 

で、でもですね、腕組みされちゃうと、その・・・。

 

「あら? 良い感触でしょ?」

「え、いや。もちろん、良い感触なんですが・・・」

「ぷにぷに?」

「グハッ!」

 

ちょ、ちょっと、頼みますよ、ミナトさん。

鼻の頭に血が・・・。

 

「顔真っ赤よ? コウキ君」

 

貴方は大丈夫そうですね。ミナトさん。

 

「もぅ。もっと凄い事しているのにどうしてそんなに初心なのかな?」

「い、いえですね。ミナトさんのは、その、いつでも新鮮というか、えっと・・・」

「ふふっ。可愛い」

「おぉ?」

 

更に接近。こ、この距離はやばいですよ。

う、腕にモロ感触が・・・。

というか、足にも感触が・・・。

 

「殆ど抱きついているようなものよね?」

「わ、分かっているのなら・・・」

「あら? 嫌なの? 離れて欲しいの?」

 

嫌? 嫌な訳ない。

離れて欲しい? いえ。むしろ、もっと・・・って。

おい! 何を考えているんだ、俺。

 

「・・・悲しいわ。いつの間にか、私ってコウキ君に嫌われてしまっていたのね」

 

離れていくミナトさん。

えぇぇい。侭よ。

バッと離れていく腕を引き止めて強引に引っ張る。

 

「あら?」

 

そうすれば、自ずとミナトさんは俺の胸の中。

 

「嫌うだなんて。そんな事はありえませんよ」

「そう? 最近はずっとセレスちゃんやカエデちゃんの事ばっかりだったじゃない」

「あれ? ヤキモチですか?」

「ヤキモチって正当な権利だと思うの。その想いがあるから好きだって再確認できる」

「そうですね。ヤキモチを焼かれている。それは俺がまだミナトさんに愛されているって事ですもんね」

「ふふっ。まだも何も。ずっと愛するわよ」

「そうですか。俺もずっとミナトさんを愛します」

「・・・コウキ君」

「・・・ミナトさん」

 

徐々に近付く二人の距離。

眼を閉じていても、頬に掛かる息が二人の距離を教えてくれる。

胸の中にいるミナトさんが愛らしくて、その魅力的な唇に唇を落とそうとして・・・。

 

「てめぇ、帰ってきて早々それか!? おい!」

 

後ろから掛かる声。

邪魔。まったくもって邪魔。

 

「何ですか? ウリバタケさん」

「もぉ。良い所だったのに」

 

胸の中にいるミナトさんと共に白い眼を向けてやる。

 

「へっ! てめぇを探して走り回っていた俺には邪魔する権利があるんだよ」

 

ありません。

 

「ミナトさん。俺って、中途半端は嫌いなんですよね」

「ええ。私も嫌い」

「じゃ、外野がいますが・・・」

「仕方ないわよね」

 

今度こそちゃんと唇を落とす。

生身で触れ合っているのは唇だけ。

それでも、その温もりは全身に広がる。

抱き締めると女性らしい華奢な身体で、それがまた愛おしい。

胸の中にすっぽりと収まる程に小さな身体なのに・・・。

与えてくれる温もりは全身に伝わり、更には包み込んでくれる。

こうしているだけで、途轍もない幸福感が身を包む。

 

「・・・ミナトさん」

「・・・コウキ君」

 

一度離れて見詰め合う。

ちょっと潤んだ瞳が可愛らしくてギュッと抱き締めた。

 

「・・・お~い。忘れてないか? 俺の事」

 

外野は黙っていてください。

 

「痛いわ」

「すいません。でも、放しませんよ」

「そう。それじゃあ、この痛みもコウキ君の愛なのね」

「ええ。俺がミナトさんを欲する気持ちの表れです」

「それじゃあ、私も・・・」

 

ギュッと抱き締められる。

そのちょっとした痛みが逆に嬉しくて。

欲してくれているんだなと幸せを感じる。

 

「いい加減にしやがれ!」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「な、何だよ!? こちとら忙しい中、お前を探していたんだぞ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「分かった。分かったから、その眼で見んな!」

 

はぁ・・・。そろそろかな。

 

「また後で」

「ええ。分かったわ」

 

渋々といった感じで離れる俺とミナトさん。

・・・あぁ。久しぶりの再会に水を差しやがって。

 

「それで、俺に何か用ですか?」

「お前の開発したCASの性能試験をしようと思ってな。お前がいた方が何かと便利だろ?」

 

ふむ。どうするか。

セレス嬢が待っているんだよなぁ。

 

「・・・そうですね。分かりました。少ししたらそちらへ向かいます」

「おうよ。先行って待ってんぜ」

 

お手数おかけします。

 

「あ。それとな、さっきの連中に報告しとくから」

「連中って?」

「てめぇを撲滅する連盟だよ。ミナトちゃんファンクラブ一同だ」

「あら? 私にファンクラブなんてあるの?」

「当たり前じゃねぇか。ミナトちゃんは魅力的な女だからな」

「人の女を口説かないで下さい」

「へっ。眼の前で見せ付けてくれた貸しは必ず返すぜ。じゃあな」

 

あ。行っちゃった。

 

「さ、ブリッジに行きましょうか?」

「はい。そうですね」

 

気にしない方向でいこう。

いつものように逃げ切ってしまえば良い。

 

 

 

 

 

「・・・あ」

 

ブリッジに着いた途端、眼を輝かせてこちらを見てくるセレス嬢。

う。性能試験でまた席を外すなんてとても言えない。

 

「・・・コウキさん」

「ごめん。遅くなったね」

「・・・いえ。・・・その・・・」

 

恥ずかしそうに伝えてくるセレス嬢。

流石の俺でも理解しているぜ。

 

「ほいっと」

 

パッと俯いているセレス嬢を抱っこしてそのまま自分の席に座る。

 

「お待たせ」

「・・・はい」

 

ゆっくりと膝の上に降ろして、後ろから身体を支える。

こうすれば姿勢が安定するしね。

 

「本当に好きですね、セレス」

 

隣にいるルリ嬢が苦笑しながらセレス嬢に話しかけた。

 

「・・・居心地が良いんです」

 

それは光栄。気に入ってもらえて何よりだ。

でも、どうしよう? このままじゃウリバタケさんの拳骨が。

 

「いいの? コウキ君」

「まずいです」

 

心配そうに見詰めてくるミナトさん。

うん。どうしようか?

 

「・・・私、邪魔していますか?」

 

そ、そんな寂しそうな眼をしないで。

邪魔なんかじゃないから。この時間は俺にとっても至福の時間で、だから邪魔なんかじゃ。

 

「それなら、一緒に連れて行っちゃいなさいよ」

「え?」

 

一緒に連れてく?

 

「休暇みたいなもんだから、私が代わりにいれば大丈夫よ。セレスちゃんを連れて行っても問題なし」

「えぇっと、いいんですか?」

「ここで引き離したらセレスちゃんに可哀想じゃない」

 

そう苦笑するミナトさんが女神に見えました。

女神のお導きには従うべきだよな。うん。

 

「ありがとうございます。ミナトさん」

「・・・あの・・・」

 

困惑気味のセレス嬢。

ふむ。どうやって連れていこう。

 

「セレスちゃん。これから一緒にシミュレーター室に行こう」

「・・・え? どうしてですか?」

「ちょっと仕事があるんだけど、一緒に来ない?」

「・・・あの・・・いいんですか?」

「いいの。いいの」

 

席を立ちつつ、セレスちゃんを床に降ろす。

 

「はい」

「・・・はい」

 

手を差し出す。

なんかもう移動中は常に手を繋いでいますね。

 

「それじゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい。ふふっ。パパさんみたい」

「・・・・・・」

 

ノーコメントで。

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。調子はどうですか?」

 

シミュレーション室に入る。

 

「おぉ。すげぇな。CASってのは」

 

お。意外と高評価?

 

「ああ。俺達と遜色ねぇもんな」

 

ガイとリョーコさんがそう言ってくれる。

一安心かな。

 

「付いていくだけで精一杯です」

「お疲れ様。イツキさん。どうでした?」

「最初の方はどうにか健闘できたのですが、最後の方はパターンが読まれてしまって」

 

まぁ、そうだよな。

それがCASの弱点。

TASで独自カスタマイズすれば別だけど、確かイツキさんは指示調整を使っている。

パターンが決まっているから読まれたらおしまいなんだよなぁ。

 

「でも、付いていく事は出来ました。IFSには若干劣りますが、それでもほぼ同等の性能かと」

 

お。そうまで言われれば大丈夫か。

ナデシコパイロットに付いていけるなら、他の場所でも活躍できるだろうし。

ま、イツキさんが優秀っていうのもあるんだけどね。

 

「ねぇ、真面目な話をしている所で悪いんだけどさ、どうしてセレスちゃんがいるの? コウキ」

「ん? ヒカルか。何か変?」

「えぇっと、そう訊かれたら何も言い返せないんだけど・・・」

 

変かって? ああ。変だろうな。

それぐらいは自覚している。

 

「助手だよ、助手」

「・・・そ、そう」

 

納得してもらえたかな?

 

「・・・あの、コウキさん、私、何も御手伝いできませんよ」

「大丈夫。ちょっとした事をお手伝いしてくれれば」

「・・・分かりました。頑張ってみます」

 

頑張るといって両手を握り締めるセレス嬢。

うん。この癒しこそ最高の御手伝いだと俺は思うんだ。

 

「ウリバタケさんは?」

「おう。ここだ」

 

あ。そこにいたんですか。

シミュレーターで隠れて見えませんでした。

 

「どうです? 性能評価」

「おぉ。やっぱりお前ナデシコとの契約切れたら俺ん所に来ないか?」

「えっと、それはどういう?」

「こんだけのソフトが組める奴はそうはいねぇ。優秀過ぎんぜ」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 

正面から褒められたらちょっと照れる。

遺跡の知識を利用したけど、これは完全に俺のオリジナルだからな。

 

「さっきも誰かが言っていたが、IFSに劣らないシステムだ。この分ならIFSがない連中でもそれなりに戦えるだろう」

 

ウリバタケさんからそう評価されると本当に嬉しい。

やっぱり専門職の人に褒められればね。認めてもらえたって事で。

 

「ちょっとした調整程度なら俺がやっといてやるよ」

「お。それじゃあ、御願いします」

 

最後はやっぱりウリバタケさんというプロの方に調整してもらった方がいいでしょ。

一応、何度も確認したけどさ。

 

「コウキ」

「あ、はい。どうしました? アキトさん」

「ちょっと話したい事があるんだが・・・」

 

あ。セレス嬢か。・・・どうしよう。

 

「セレスちゃん。ちょっと待っていてくれる」

「・・・はい。分かりました」

「ごめんね。ヒカル! ちょっと、セレスちゃんの事を頼んでいいか?」

「ん? いいよぉ。玩具にしちゃうけど」

「玩具にはすんな」

 

ま、ヒカルに任せれば大丈夫だろう。

パイロット三人娘に玩具にされるかもしれないけど。

 

「それで? 何でしょう?」

「ああ。歴史通りなら、テツジンとマジンがそろそろ襲ってくる」

「そういえば・・・」

 

確かにイツキさんが合流した日に襲われていたな。

正しい日付とか覚えてないから忘れていた。

 

「えっと、今日ですか?」

「可能性としては高い。確実に今日とは限らないが・・・」

 

歴史は既に変わっている。

襲撃のタイミングだって原作通りとは限らない。

 

「念の為に作戦を立てておきたいと思ってな」

「何よりもボソンジャンプに巻き込まれないようにしないといけませんね」

「イツキ・カザマにはもう言ったのか?」

「ボソンジャンプの事ですか? 言っていません。俺がボソンジャンプを知っていたらおかしいでしょ?」

「いや、まぁ、そうなんだが・・・」

 

カイゼル派にはボソンジャンプの事は伝えてない。

木連の事は教えたけど。

 

「とりあえず、接近戦まではいいとして、くっつき過ぎないようにしないといけませんね。接近戦も一撃与えたら離脱するようにしないと」

「そうだな。前回は彼女が巻き込まれた」

 

視線の先にはイツキさん。

彼女は合流一日目にして戦死してしまったんだ。

今回はそんな事はないようにしなくちゃ。

 

「今回はフィールドガンランスがあるから、DFはそれ程に苦にはならないだろう」

「破壊してしまうんですか?」

「いや。自爆される前に機能停止にまで追い込んでおきたい」

 

そういえば、原作では相転移エンジンのオーバーロードだか何だかで自爆しようとしたんだよな。

それをアキト青年が必死に食い止めて、月へと飛ばした。

でも、その結果で、アキト青年がジャンパーだと知られ、火星人という条件付けがされてしまった。

今回はどうにかしてそれを成す前に食い止めたいな。

 

「もし、自爆段階に入ったらどうしますか?」

「それが問題なんだ。前回は俺が二週間前の月に飛んだだろ?」

「ええ。時間移動していましたね」

「だが、今回は二週間前に月周辺で爆発は観測されていないんだ」

「え? という事は今回の戦闘では自爆段階に入らなかったって事ですか?」

「そうとも考えられる。だが、自爆を成功させてしまったとも考えられる」

 

あ。そうだった。

安直な考えはいけないな。

 

「万が一を考えて、自爆段階に入った時の事を考えようと思う」

「そうですね。・・・ボソンジャンプを知られずにどこかへ飛ばす方法・・・」

「エステバリス何機かで上空まで引き上げてもいいが、ボソンジャンプに巻き込まれたらと思うと不可能だな」

 

自爆されても問題がない所まで引き上げるか。

作戦としてはいいけど、向こうにボソンジャンプがある以上、通用しないな。

 

「でも、月には行った方がいいんですよね?」

「ああ。Yユニットは欲しいからな」

 

Yユニット。シャクヤクに取り付ける予定だったものを改修してナデシコに取り付けたもの。

相転移砲という莫大な威力を有する兵器を使用するには欠かせないものだ。

 

「・・・もしかしたら、マジンだけを飛ばす事が出来るかもしれません」

「何? それはどうやってだ? 俺のようにマジンに飛び込もうというのか?」

「いえ。偶然を装うかなと」

「偶然を装う?」

「ええ」

 

原作ではCCをぶちまけて強引にジャンプフィールドを形成した。

その上でアキト青年がジャンプ場所をイメージしたんだろう。きっと。

 

「俺がCCなしでボソンジャンプが出来るのは知っていますよね?」

「ああ。知っている」

「流石に遠隔操作でジャンプさせる事は出来ませんが、物理的に接触していれば、ボソン砲のように強制ジャンプさせる事が出来るかもしれません」

「・・・なるほど。だが、試した事はあるのか?」

「ない・・・ですね」

 

ボソン砲が機械補助によるボソンジャンプなら俺にも出来るかもとは思っていたけど、実際に試した事はない。

そもそも何かを指定場所に飛ばすという行為を必要とする時がなかった。

 

「それならば、確証はないし、危険性が高いではないか?」

 

確かに出来るという保証はないし、物理的接触という事は危険性が高い。

でも・・・。

 

「ボソンジャンプという存在を明るみに出さず、自然に自爆を退けるのは向こう方のジャンプを装うしかないと思います」

 

俺にはこれ以外の方法が見当たらなかった。

 

「・・・だが・・・」

「大丈夫です。物理的接触と行ってもエステバリス越しですから」

「可能なのか?」

「可能性が高いといった感じです。今から試してみようと思います」

「・・・そうか」

 

他に方法がないならこれしかないと思う。

 

「分かった。だが、最善は自爆段階に入る前に機能停止にする事だ」

「もちろんです。俺だって、自ら危険な眼に合おうとは思いませんよ」

 

死にたくないですから。

 

「了解した。とりあえず方針は決まったな」

「ええ。それじゃあ、俺はブリッジにいますね」

「分かった。すまなかったな。わざわざ」

「いえ。では」

 

アキトさんとの秘密会議を終え、他のパイロット達のいる場所へ行く。

 

「ヒカル。ありがとう。セレスちゃん。帰ろっか」

「ううん。楽しませてもらったよぉ」

「・・・はい」

「それじゃ、お疲れ様です」

「お疲れ~」

 

さてっと、色々と考えてみないとな。

出来れば自爆自体を阻止できればいいんだけど・・・。

 

 

 

 

 

「・・・ボソン砲(仮)出来ちゃったよ」

 

遺跡へのアクセス権。舐めていました。

・・・まさかなぁ。本当に出来るとは思わなかった。

 

「イメージ。イメージ」

 

手袋をはめ、手袋越しに右手の中にあるコインを左手に移す。

 

「・・・ジャンプ」

 

右手からコインの感触が消え、しばらくして、左手にコインの感触。

 

「手袋越しで出来るなら、エステバリス越しでも出来るよな?」

 

エステバリスがイメージで動く以上、手袋越しもエステバリス越しも対して変わらないだろう。

CASだったら、機体は機体で動くから無理だと思うけどさ。

 

「ツゥ~」

 

あ、コインだけでこんなに頭が痛くなるとは・・・。

マジンなんか飛ばしたら意識失うぞ、きっと。

今回限りにしておこう。この技は封印だ。

 

「クソッ。手品にでも応用しようかなとか思ったのに」

 

絶対にバレないと思うんだ。

正に、種も仕掛けもございませんって感じで。

ボソン検出されたら人生も終わりますけど・・・。

 

「・・・ま、とにかく、実験は成功。そろそろ―――」

 

ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン!

 

エマージェンシーコール。

 

『マエヤマさん。出撃準備を御願いできますか?』

 

ユリカ嬢からの通信。

今の俺はナデシコ所属じゃないからユリカ嬢に命令権はない。

でも、かなりの被害を喰らうって分かっていて放ってはおけないよな。

 

「了解しました。指揮はお任せします」

『了解しましたぁ!』

 

さてっと、第一目標は自爆完全阻止。

予備策として、強制ボソンジャンプか。

・・・出来れば、強制ボソンジャンプは勘弁して欲しいかな。

意識失うっていうか、頭痛とか嫌過ぎる。

孫悟空みたいに頭を抱える事になりそう。

というか、確実かつ絶対にそうなる。

・・・文法的に間違った表現だけど、それぐらいの可能性という事で納得してください。

・・・とにかく格納庫へ行くとしましょうか。

 

 

 

 

 

「マエヤマ・コウキ。高機動戦フレーム。出ます」

 

他のパイロットからは大分遅れての出撃。

流石に自分の部屋からは遠かった。・・・申し訳ない。

対ジンに最も有効的なフィールドガンランスを装備し、飛び出す。

 

「・・・既に戦闘中みたいだ」

 

遅れての参戦。

空から状況を確認・・・。

 

「な! やばい!」

 

確認なんてしている暇はなかった。

今、この瞬間、原作のようにイツキさんがジンにワイヤードフィストを絡めてしまっている。

 

「ハッ!」

 

ワイヤーをイミディエットナイフで断ち切って、イツキ機を突き飛ばす。

突き飛ばした瞬間、マジンがボソンジャンプで去っていく。

ごめん。衝撃は許して。ギリギリ助かったからさ。

 

『な、何をするんですか!? コウキさん』

「イツキさん。接近戦は駄目だ!」

『な、何故ですか!? 瞬間移動にくっついていけば倒せます!』

「リーダーパイロットから指示を受けていませんか?」

『た、確かに遠距離から仕留めるよう指示されていましたが・・・』

『コウキ。助かった』

 

あ。アキトさん。

 

『イツキ。命令違反だぞ』

『ですが! この方法でしか!』

『黙って従え。これはリーダー命令だ』

『クッ。・・・分かりました』

 

強引だけど、命には変えられない。

 

『コウキ。どうする?』

 

テツジンとマジン。

ロケットパンチやらミサイルやら、攻撃力が高い攻撃ばかり。

特にGBは驚異的。DFすら破られそうだ。

迂闊に近付いても返り討ちにあうだけ。

DFの出力は相転移エンジンのお陰かエステバリスより高いし。

 

「こちらの機動力の高さを活かして撹乱しましょう。瞬間移動を終えた瞬間が恐らく狙い目です」

『そうだな。了解した。敵が現れ次第、一斉射撃を仕掛ける。それまで回避に専念しろ』

『『『『『了解』』』』』

 

おぉ。今の通信、パイロット皆が聞いていたのね。

とりあえず、空中で回避に専念。GBを喰らったらおしまいだと思おう。

 

『出たぞ。撃て!』

 

アキトさんの声を合図に一斉射撃。

ラピッドライフルは弾かれてしまうけど、レールカノンは命中する。

よくて小破って所かな?

やっぱり、DFの強度が高い。

 

「どうにかして機能停止に追い込まないと」

 

もしかして、追い込み過ぎても自爆されるのか?

クソッ。どうすればいい。相転移エンジンに直撃させればいいのか?

 

『コウキ! DFをフィールドガンランスで突破する。フォローしてくれ』

「了解しました」

 

お互いに高機動戦フレーム。

空中から突撃するアキトさんを後方からフィールドガンランスで援護。

ミサイルをレールカノンで撃ち落とし、道を拓く。

 

「アキトさん!」

『ああ。ハァァァ!』

 

フィールドガンランスをDFに突き立てて、DFを突破するアキトさん。

 

『撃て!』

「はい!」

 

俺は後方から、アキトさんはその場からレールカノンを撃ちまくる。

DFがないジンシリーズなんてただの的。これだけ撃てば・・・。

 

『チッ。逃げられたか』

 

え? 逃げられた?

 

『ジャンプされたぞ』

 

・・・そういう事か。

突破された瞬間にボソンジャンプシークエンスに入ったんだな。

かなり判断が早い。流石は優人部隊のエリートパイロットといった所か。

 

『クッ。コウキ。自爆段階に入ったぞ』

 

・・・あぁ。頭痛くなるってのに。

クソッ。やるしかないだろ。やるしか。

 

「どうにかして飛ばしてみます」

『ああ。すまない』

 

結構、遠いな。

急げ!

 

「グッ」

 

急加速で身体にGが掛かる。

クゥ。心臓を置いていってしまったかのようだ。

 

「クソッ」

 

接近に気がついたのだろう。

遠慮なしにミサイルやらロケットパンチやらを撃ち込んできやがった。

真っ直ぐに急加速しているから、横移動は辛い。

・・・仕方ない。DFを最大で張って強引に突破だ。

 

『コウキさん、何を!』

『危ないよ! コウキ』

『おい! コウキ! 死にてぇのか!』

『お前にも待っている奴がいるだろうが!』

 

エールどうも。

決して死のうとしている訳じゃないから安心してくれ。

 

「グゥ」

 

左足破損。

足の一つや二つ、今の俺には関係ない!

 

「突破ぁぁぁ!」

 

フィールドガンランスを突き立てる。

強度の下がったDFなんて簡単に突破できる。

 

『コウキ! 避けろ!』

 

え? 

 

ゴンッ! ゴタンッ!

 

グ、グラビティブラストか・・・。

・・・大丈夫。アキトさんの声でギリギリ直撃は免れた。

左手破損。でも、問題ない。右手一本あれば触れられる。

後は攻撃を装って、強制ボソンジャンプさせるだけだ。

 

「ハァァァ!」

 

右手にDFを集中。

これで装甲を打ち破って、同時に強制ボソンジャンプさせる。

 

ドゴッ! 

 

入った!

後は・・・。

 

「イメージ。イメージ」

 

月軌道上をイメージ。

大丈夫。一度、ナデシコを飛ばしたじゃないか。

イメージは間違っていない。

 

「・・・ジャンプ」

 

ジンを強引に飛ばし、同時にアサルトピットを離脱させる。

これで、ギリギリジャンプを免れたように演出で―――。

 

「グガッ!」

 

クッ・・・。あ、頭が・・・。

 

『コウキ。よくやってくれた。ん? おい、コウキ! どうした!? コウキ!』

「・・・グッ・・・ク・・・クゥ・・・」

 

わ、割れる・・・頭が・・・。

 

『おい! コウキ! コウキ!』

 

ちょ、ちょっと黙っていてくれ・・・。

言葉を返す余裕がない。

 

『コウキ!』

 

視界が揺らぎ、意識は朦朧とする。

それなのに、痛みは引かずに頭を締め付け続ける。

そのまま・・・俺の意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 



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恨みは恨みを呼び

 

 

 

 

 

「・・・君」

 

ん? 何だ?

 

「・・・キ君」

 

誰の声だろう?

 

「・・・コウキ君」

 

聞き覚えのある声に眼を覚ました。

重い瞼を開ける。

 

「・・・ミナトさん?」

 

そこには心配そうにこちらを見詰めてくるミナトさんの姿。

あれ? どうしてこんな状況に?

 

「えぇっと、ツッ!」

 

キーンと頭の奥が痛む。

ほら。あれだ。カキ氷食った後の奴。

それの倍ぐらい痛い、いや、10倍ぐらいにしておくわ。

 

「コウキ君! 大丈夫!?」

「ど、どうにか・・・」

 

痛みはあるけど、そこまでではない。

それよりも状況を確認したいんだけど・・・。

 

「ここは?」

「医務室よ。最近、お世話になってばかりね」

「そう・・・ですね」

 

本当にそうだ。

火星に行くまでは全然お世話にならなかったのに。

一度医務室にお世話になってから癖になっちゃったかな?

 

「まったく、危ない事をして。ギリギリ脱出できたからいいものを」

「・・・ギリギリ?」

「ええ。もうちょっとで向こうのジャンプに巻き込まれる所だったわ」

 

・・・という事は成功したって思っていいのかな?

 

「俺ってどんな形で救助されました?」

「フレーム全部がジャンプに巻き込まれて、アサルトピットだけが地上に転がっていたって感じね」

「爆発は?」

「何故かは知らないけど、あっちがジャンプしてくれたお陰で地上に被害はないわ」

 

フレームは巻き込まれて、アサルトピットだけが残る。

爆発は地上ではなく、月で。

うん。理想的な形で終われたな。

 

「巻き込まれたらどうするつもりだったの?」

「えぇっと、自爆を許したら被害が、ですね」

「馬鹿! 貴方が死んだら意味ないでしょ!」

「すいません!」

 

アキトさんも絡んでいる事は言わない方がいいな。

アキトさんまで説教喰らうぞ、この様子だと。

 

「どれだけ心配したか分かる?」

「・・・すいません」

「許さないんだから」

 

やばいな。これは本当に許してもらえなそうな雰囲気。

 

 

結局、一時間近く説教されました。

頭が痛いのに休めないという地獄。

ミナトさんは怒らせないようにしないと・・・。

 

「分かったの!? コウキ君!」

「は、はいぃぃぃ」

 

もう休んでもいいですか?

 

 

 

 

 

「おぉ! 大丈夫だったか!? コウキ!」

 

しばらく休んで、ブリッジに顔を出す。

すると、ギョッと誰もがこちらを見てくる。

 

「あ、ああ。うん。大丈夫。大丈夫。そんな事より―――」

「コウキさん!」

 

おぉ? 何故にイツキさん?

 

「えぇっと、何かな? イツキさん」

「自分で接近戦は駄目だと言っておいて、何をやっているんですか!」

「す、すいません」

「聞きました。あの瞬間移動に巻き込まれたら死んでしまうって」

「・・・え? そうなの?」

「そうなんです! 巻き込まれたどうするつもりだったんですか!?」

 

うわぁ。永久ループ。

誤魔化したのに、それすらも怒りの炎を燃え上がらせる結果に・・・。

 

「ま、巻き込まれなかったんだからさ。ね?」

「結果じゃありません!」

 

うがぁ。許してくれぇ。

 

「まぁまぁまぁ、コウキだって反省していると思うから許してあげてよ」

「しかし、アマノさん」

 

ナイスだ。ヒカル。

 

「大丈夫。もっと怖い人がいるから」

 

え? 味方じゃないの? しかももっと怖いって?

 

「・・・・・・」

 

グッ。な、何て心が痛む。

 

「・・・コウキさん」

 

ああ。セレス嬢。そんな悲しい眼で俺を見ないでくれ。

こ、心が罪悪感でパンクする。

 

「・・・また会えなくなるかと思いました・・・」

 

な、涙目? もはやハートブレイク寸前です。

 

「ご、ごめんね。心配かけちゃったね」

「・・・許しません。二度目ですから」

 

え? セレス嬢まで・・・。

 

「ほらね? 一番効くでしょう?」

「・・・そうみたいですね。しかし、コウキさんにあんな一面があるとは・・・」

 

気楽そうに、この野郎。

というか、なんか勘違いされた?

 

「えぇっと、ごめん」

「・・・・・・嫌です」

 

だ、誰か、助けてくれ。

この無垢な瞳に涙を溜められ、かつ、怒っていますといった表情で見詰められてみろ。

自分を全力で殴りたくなる程の罪悪感が湧いてくるぞ。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

ど、どうしろと!?

 

「セレスちゃん。許してあげて」

「・・・ミナトさん」

 

おぉ。ミナトさん。女神に見えます。

 

「代わりに御願いを聞いて貰いましょう」

「・・・御願い・・・ですか?」

 

め、女神なんかじゃなかった。あ、悪魔がいる。

 

「こんなに心配させたんだもの。ちょっとやそっとじゃ許してあげられないわよね」

「・・・はい」

 

はいってちょっと、セレス嬢。

君はそんな子じゃ・・・。

 

「御願いは保留にしておいてあげる。セレスちゃん、考えておきなさい」

「・・・そうします」

 

・・・と、とりあえず、許してもらえたと認識して―――。

 

「マエヤマさん! ユリカ、プンプンです!」

 

ま、まだですか!? 次は艦長?

 

「勝手な行動をされては困ります。今回は運良く敵側が退いてくれましたが、後少しで巻き込まれる所だったんですよ!」

「は、はぁ・・・」

 

一応、巻き込まれても死にませんが・・・。

飛ばしたのも俺だし・・・。

 

「ですが、マエヤマさんに助けられた事も事実です。あの特攻がなければ、自爆に巻き込まれてナデシコも危なかったでしょう」

「そ、そうですよね。いやいや。俺も頑張った甲斐が―――」

「それとこれとは別です!」

 

もう! 勘弁して!

 

「・・・すまないな、コウキ」

「・・・すいません、コウキさん」

「・・・コウキ、ごめん」

 

あ、謝るぐらいなら助けてください。

 

「・・・無理だ」

「・・・無理です」

「・・・無理」

 

グハッ。俺に味方はいないのかぁ・・・。

 

 

ミナトさんの説教から数時間後。

ブリッジクルーのたくさんの方々から説教を頂きました。

あれですね。俺って説教されに戻ってきた訳じゃないんですけど。

 

「分かっているんですか!? マエヤマさん!」

「は、はいぃぃぃ!」

 

もう一度休みに戻らせていただいてもよろしいでしょうか?

 

「「「「「「マエヤマさん!」」」」」」

 

休めそうにありませぇぇぇん!

 

 

 

 

 

「どうしたのよ? グタ~っとして」

 

食堂。晩飯。心休まる時。

 

「あぁ。カエデ。お前だけだよ、俺の味方なのは」

「な、何言っているのよ! バカ!」

 

ふっふっふ。今の俺にお前をからかう元気はない。

もう精神的に無理。

 

「ねぇ、コウキ」

「ん? どうした?」

 

どこか不安そうに話しかけてくるカエデ。

何だってんだ?

 

「護ってくれるのよね?」

「あん?」

「私が貴方と一緒に行っても、貴方は私を助けてくれるのよね?」

「はぁ? 当たり前だろう。責任もって面倒見てやるよ」

「だ、誰が面倒を見るよ。むしろ、私が貴方の面倒を見てあげるわ」

「じゃあ、そうしてくれ。お前に全て任せる」

 

基地暮らしは面倒な事が多いんだ。

面倒を見てくれるってんなら面倒を見て欲しい。

 

「い、嫌よ。何で私が貴方の面倒を見なくちゃいけないのよ」

「はぁ・・・。自分で言ったじゃん。面倒見てあげるって」

「じょ、冗談よ。冗談に決まっているでしょう。・・・予想外だったわ。まさかそう返してくるとは・・・」

 

ボソボソと小さな声で話されても聞こえないっての。

 

「とりあえず、お前は承諾してくれたんだな?」

「だって、仕方ないじゃない。それ以外に方法がないんだもの」

 

そっか。それなら、ちゃんと俺が面倒見てやんないと。

 

「ねぇ、どうして、貴方はそんなに私を実験に参加させるのが嫌なの?」

 

・・・やっぱり、気になるよなぁ。

 

「今日の戦闘の事、何か知っている?」

「えぇっと、一応はモニターに出ていたし」

 

それじゃあ、ボソンジャンプって事ぐらい教えてもいいよな。

 

「あれ、敵の大きな機体が瞬間移動していたじゃん」

「そうだったわね。何の手品かと思ったわ」

 

手品って・・・気楽だな。おい。

 

「あれがボソンジャンプっていう奴だ」

「えぇ? それじゃあ、私にも瞬間移動できるって事? それって凄い事じゃない」

 

喜んでいる場合じゃないぞ。

 

「そりゃあ、瞬間移動できたら便利だろうよ」

「そうよね。何でそんなに嫌がるの?」

「それじゃあさ、お前、瞬間移動できたら何するよ?」

「えっと、色んな事に使うと思うわ。お買い物とかさ。寝坊しちゃった時とかさ」

 

まぁ、普通はそれぐらいだよな。

俺だってそれぐらい気楽に使えれば嬉しいよ。

 

「そう。色んな事に使えるんだ。たとえば、爆弾抱えて飛べばテロにだって使える」

「・・・テロ? でも、それって話が飛躍しすぎじゃない?」

「馬鹿。それじゃあ、何でネルガルがあそこまで強引に欲しがるんだよ」

「ば、馬鹿って何よ」

「よく考えてみろ。世界中の誰もが瞬間移動を使えれば問題はないかもしれない。でも、もし、この世でお前だけが使えたらどうなると思う?」

「そりゃあ、私は引っ張り凧ね。世界一有名になれるわ」

「その前に実験のモルモットにされて終わりだよ」

「な、何でよ!?」

 

そんなに驚くような事でもないだろうに。

 

「当たり前だろ。色んな事に使える便利な特技を持っているんだ。誰だって確保したいと思うだろう?」

「そ、それは・・・」

「そして、何故使えるのかを散々調べて、自分達も使えるようにしたいと思うのも当然の事だろ? その結果、実験のモルモットって訳だな」

「だ、だったら、すぐに瞬間移動で逃げればいいじゃない」

 

確かに逃げればいいんだけどさ。もちろん、CCがなくちゃ飛べないけど。

 

「俺は嫌だけどね。毎日が逃げる日々。いつ襲ってくるか分からずに毎日不安に過ごすなんて」

「・・・そ、それは・・・」

 

誰もが使える夢の道具とかならいいよ。

でも、一人しか使えないとなったら、誰だって確保したいと思うのは当たり前。

 

「お前が凄く強かな奴なら大丈夫だと思うぜ。でも、大企業だったり、軍だったり、そんな奴らと対等に渡り合えるかよ?」

「・・・無理ね」

「だろ? だから、たとえお前に瞬間移動できる素質があっても、そんな事、周囲に広めるのは愚かな事なんだよ。別になくても困らないし」

「それじゃあ、コウキはずっと私の事を心配して、忠告してくれていたの?」

「危ないって分かっていて止めない奴はいないだろうが・・・」

「・・・コウキ」

 

悲劇しかないって分かっていて勧める奴なんていないだろうに。

あんな未来は悲惨過ぎる。

 

「し、仕方ないわね。そ、そこまで言うのなら、付いていってあげるわよ」

「まったく・・・」

 

素直になれないかねぇ、もっと。

もう少し教えといてやるか。

 

「それにな。ネルガルの実験って既に何回も失敗している訳よ」

「そういえば、あの人も多くの犠牲者が出ているって言っていたわね」

「だろ? その人達はもう死んじゃっているらしいんだ」

「・・・死んじゃっている?」

「ああ。だから、もし、お前に素質がなかったら、お前は実験失敗で死んでいたかもしれないんだぞ」

「う、嘘」

「本当」

 

多分、大丈夫だと思うけどね。

 

「・・・ねぇ、どうしてコウキはそんな事に詳しいの? 普通は知らないでしょ?」

「マエヤマ・コウキ。特技はハッキングってな」

「ハ、ハッキングって。もしかして・・・」

「ま、そういう事だ」

 

本当は違うけど。

 

「そっか。ふふっ。一つ弱みを握った気分だわ」

「ん? 何だ?」

「ハッキングって犯罪よね? いいのかなぁ? そんな事をして」

「バレなっきゃいいんだよ」

「でも、私は知っているわ。本人の口からの証言もある。ふふっ。何を奢ってもらおうかしら」

「て、てめぇ、それが恩人に対する態度か?」

「それはそれ。これはこれよ」

 

クゥ。こいつめぇ~。

・・・ま。証拠不十分で無駄だと思うけどね。

俺の証言ってのも録音していた訳じゃないし。

 

「ま、今は許してあげるわ。助けてもらったもの」

「何だ? それで借りは返したとか思ってんのか?」

「へぇ。貴方、恩を着せようだなんて考えていたの? 小さな男ね」

 

カッチ~ン。

 

「んな訳ねぇだろ。恩を着せようだなんて思ってねぇよ」

「じゃあいいじゃない」

「よくないだろ。まったく、恩を仇で返しやがって・・・」

 

最近、こんな役ばっかり。

 

「ありがとね。コウキ」

「何だよ? 突然」

「なんとなくよ。なんとなく言いたくなったの」

「ふ~ん。変な奴」

「貴方に言われたくないわよ」

「はぁ? この普通の人間に対して何を―――」

「はいはい。普通の人間じゃないって自覚しなさい」

 

普通の人間ですから。

 

「ところでさ、補佐役? 副官だっけ? それって何をすればいいの?」

「一応は副官扱いだ。んで、特に仕事はないぞ」

「え? そうなの?」

「ああ。正式な副官は軍の方で用意してくれるらしいからな。お前じゃ俺の仕事手伝えないだろうし」

「ば、馬鹿にしないでよ。それぐらい出来るわ」

「無理だから。ま、それはいいんだよ。それで、お前には食堂で働いてもらおうかなぁって」

「食堂って軍の?」

「そうそう。ほら、軍の食事ってナデシコに慣れちゃうと全然物足りなくてさ。お前の料理が食えたら嬉しいなぁって」

「そ、そこまで言うのなら食べさせてあげない事もないわ」

「お。マジか。嬉しいな。最近は舌が寂しくてさ」

 

まずい訳じゃないんだけど、やっぱりナデシコの食事と比べると劣っちゃうよな。

 

「名目は俺の副官。勤務場所は軍の食堂。ま、そんな所かな」

「分かったわ。でも、私に手伝える事があればやらせなさいよ。副官なんだから」

「お? どういう風の吹き回しだ? お前が自分から手伝おうなんて」

「私だってそれぐらいはするわよ。恩知らずじゃないもの」

「ま、そういう事にしておきますよ」

「何よ。バカ」

 

不貞腐れてやんの。

しかし、これで美味しい食事が期待できる。

おぉ。やる気が出てきた。

 

「お前、今日のシフトは?」

「夜までよ。なんだかまだここに残れそうだったから、仕事を入れてもらったの」

「他の人はもうとっくに降りているもんな」

「ええ。火星人でナデシコにいるのはもう私だけじゃないかしら」

 

よく働く事で。

意外と真面目なんだよな、こいつ。

もっと傍若無人なのかと思っていたけど。

普段の様子的に。

 

「そっか。じゃ、その頃にもう一回こっち来るわ」

「何でよ?」

「届けもんだよ。一応、俺の副官になるんだから、軍服を渡そうと思ってな」

「えぇ? 嫌よ。着たくないわ」

「形だけだから我慢しろ。慣れればそんなに悪くないぞ」

「私はコック。軍服なんて着たくもないわ」

「ま、ちょい我慢しろ」

「分かっているわよ」

 

さてっと、辞令を受け取りにいかないとな。

もうそろそろ来ているだろう。

 

「んじゃ、またな」

「ええ。分かったわ」

 

今の所は予定通りに進んでいる。

さっき連絡があって、月周辺で爆発が観測されたらしい。

ネルガルがそれに焦れば月へナデシコを向かわせようとするだろう。

二週間分のズレでどう変わるのかな? シャクヤク襲撃も更に二週間延びるのか?

まぁ、後はアキトさんに任せるしかない。俺は地球に残って自分の仕事をしないといけないし。

あ。もう白鳥九十九さんはナデシコにいるのかな? 

脱出ポット、まぁ、ジンの頭部なんだけど、回収したって言っていたし。

ふぅ・・・。色々と立て込んで忙しくなってきた。

クリスマス。ミナトさんと一緒に過ごしたいんだけどなぁ。

・・・あ。そういえば、クリスマスパーティー、どうなったんだろう。

もしや、終わった? はぁ・・・。俺って奴は・・・。

 

 

 

 

 

「う、嘘でしょ?」

 

嘘じゃないんだ。

 

「だ、だって・・・」

 

ああ。気持ちは分かる。

 

「・・・私には信じられないわ」

 

そうだな。俺だって信じられない。

 

「ま、まさか・・・コウキが女だったなんて」

 

そう。俺は―――。

 

「っておいこら! 違うだろうが!」

 

そんな事、一言も言ってねぇ!

 

「え? 違うの?」

「当たり前だろうが! 何だ!? どうすれば俺が女に見える?」

「見えない」

「見えないだろ? 見えないよな? じゃあ、何でそうなる!?」

「ん~。なんとなく?」

 

首を傾げて指を顎に当てて・・・この女。

 

「なんとなくっておい! 何だ? 男の証拠でも見せてやろうか?」

「や、やめなさいよ! 見たくなんてないわよ!」

「ほぉ。何を見せられると思ったんだ?」

「ちょ、あ、貴方、馬鹿じゃないの!?」

「あぁ。馬鹿だ。馬鹿で結構」

「ひ、開き直っているんじゃないわよ!」

「ハッハッハ・・・はぁ・・・」

 

そろそろ終わりにしようか・・・。

 

「・・・現実逃避はやめないか」

「ええ。そうね。私もそう思うわ」

「ふぅ・・・。日頃ツッコミキャラのお前がボケると反応が遅れる」

「はぁ!? それぐらいちゃんとフォローしなさいよ!」

「理不尽だぁ!」

 

おっと。マジで現実逃避はやめておこう。

 

「・・・本当の話なの?」

「まぁ、信じられないかもしれないがな」

 

遂に白鳥九十九さんが捕まった。

そして、その口から木連の事が告げられる。

地球人にとっては青天の霹靂。

予想外に予想外を重ね、更に予想外を重ねたぐらいに予想の範疇を超えていたと思う。

誰だって信じないよな?

今まで戦っていた相手が未確認の勢力ではなく、元々地球人だった者達だなんて。

 

「・・・だって、信じられないもの」

「だが、実際に木連と告げる人間がいるぞ」

「あんなの出任せよ。木星に人がいる訳ないじゃない」

 

そう。それが地球人と火星人の常識。

でも、その常識は作られたものなんだ。

 

「話してみるか?」

「・・・え?」

「木連から来たっていう男と話してみるか? 俺が頼めばきっと機会を与えてくれる。というよりそもそも俺もその男に用があるしな」

「・・・・・・」

 

黙り込むカエデ。

 

「お前が木星蜥蜴、いや、木連に恨みがある事は俺もよく知っているつもりだ。別に恨むなというつもりはない。だけど、話してみるのもいいんじゃないか?」

 

木星蜥蜴という知性を感じない一方的な侵略者であるからこそ、単純に恨んでいられた。

だが、何か理由があり、どうしようもなく争い始めたのだとしたら・・・。

恨みは消えない。憎しみは消えない。でも、何か思う事があるかもしれない。

 

「どうする? カエデ」

 

俯くカエデに問いかける。

 

「・・・分かった。お願いできる?」

「了解した」

 

木連の存在を知り、復讐の念を抱くカエデがどうなるのか?

それを俺は知りたかった。

火星の人達の木連に対する思い。

それを把握してなければ、カイゼル派の働きは何の意味もなくなってしまうからだ。

地球と木連との間に嘘偽りのない和平を。

それこそがカイゼル派の目的。だが、そこで火星の人間を忘れてはいけない。

火星の人達は完全なる被害者。地球と木連とのエゴとエゴの争いに巻き込まれただけの被害者だ。

彼らを無視して両国家間で勝手に和平を結ぶ? そんな馬鹿げた話があってはならない。

地球からも、木連からも、火星の民達に謝罪と弁償をしなければならないと俺は思う。

 

「それなら、行くか」

「・・・分かったわ」

 

もちろん、その程度で許してもらえるとは思っていない。

でも、まずはそこからが始まりだと俺は思うんだ。

いつか、国家間の枠を超えて歩み寄ってくれればって。

・・・そう願うのは傲慢なのかな?

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

懐かしい独房の中、一方的に敵意を向けるカエデと困惑するシラトリさん。

 

「貴方は先程の・・・」

 

軽く一礼。

 

「突然の訪問すいません。訊きたい事がありまして」

「はい。何でしょうか?」

「シラトリさん。貴方は火星に対して木連が何を仕掛けたか理解していますか?」

「・・・宣戦布告もせずに攻め込んだ非は認めます。ですが、我々にはああするだけの理由がありました。されて当然の罪が貴方達には―――」

「ふざけないで! どんな理由があったって勝手に攻め込んできていい訳ない! 当然なんて事はないわ! 返してよ! 私に返して!」

「カエデ。落ち着け」

「離して! コウキ! 離しなさい! こいつに! こいつに、私は!」

「カエデ!」

 

独房の檻に掴みかかるカエデを抑える。

カエデは射抜かんばかりの目付きでシラトリさんを睨みつける。

 

「あの彼女は?」

「彼女は火星大戦で全てを失った者です」

「ッ!? そう・・・ですか・・・」

 

俯く九十九さん。

別に彼一人が悪いと言っている訳ではない。

だが、自覚して欲しい事がたくさんある。

 

「貴方達はこの戦争を正義の戦いと称しているそうですね」

「当然です。我々は先祖の苦しみや憎しみを返しているだけなのですから」

「何が正義よ! 私の家族を殺しておいて!」

「カエデ。落ち着けってば」

 

駄目だ。予想以上にカエデの憎しみは深い。

でも、俺にもきちんと訊いておきたい事がある。

少し静かにしていてもらおう。

 

「カエデ。後で話す時間を作るから」

「・・・ふんっ」

 

すまんな。ちょっと待っていてくれ。

 

「正義・・・と言いますが、宣戦布告もせず、戦う理由も告げず、一方的に滅ぼす。そんな侵略者たる貴方達が正義であると?」

「・・・それは・・・」

「我々にとっては悪魔のような所業です。火星の民達は一生貴方達を許す事はないでしょう」

「それは我々の台詞です! 私達は、決して地求人を許しはしない!」

「それでは、何故地球人の非を告げずに責めるのです? 何を持って復讐と成すか。それをきちんと戦争前に告げるべきでしょう」

「私達は和平の使者を派遣しました。それを暗殺という形で殺したのは貴方達だ」

 

・・・やっぱり、和平の使者が派遣されていたんだな。

それを地球政府が汚点を隠したい為に暗殺した。

本当に火星は一方的な被害者だ。地球の勝手な判断で全滅させられた。

 

「和平の使者が派遣された。地球が貴方達にした所業。それら全てを俺達は知らないんですよ」

「知らないでは済まされない! 私達は正当な権利を持ってして攻撃を開始したまでです」

 

知らないでは済まされない、か。

それもまた道理だな。

汚点を隠す為に木星蜥蜴と偽り、民間に何も告げずにいた地球政府。

・・・やはりまずは地球政府をどうにかしないと駄目って事か。

 

「それでは、これは戦争であり、貴方達の本拠地を攻撃しても許されるという事ですね」

「そ、それは・・・」

「今まで一方的に地球側は被害を受けていました。それらの憎しみを返しても貴方達は許してくれるんですね?」

「・・・・・・」

 

戦争である以上、被害が出るのは仕方のない事だと思う。

でも、何も知らない、何も攻撃する術を持たない者を殺めるという事はそれを返されても文句は言えないという事だ。

 

「最後に、こうして悪である俺達地球人と交流した訳ですが・・・」

「・・・・・・」

「俺達は貴方達の思う悪でしたか?」

「・・・そんな事はありません。貴方達は捕虜である私に対しても礼儀を通してくれた。極悪な地球人とはまるで違う」

「・・・そうですか」

 

少しでもそう意識が改善されたのなら良かったと思う。

シラトリさんだけじゃない。

俺達はお互いの事を知らな過ぎる。

互いに歩み寄る事は無理でも、知ろうと思う事が大事だと思う。

 

「俺の用事はそれだけです。後は・・・」

 

カエデ。お前の、火星人の思いを聞かせて欲しい。

 

「・・・私は絶対に貴方達を許さない!」

「・・・・・・」

「・・・ただ普通に生きていただけ。・・・ただ毎日を静かに生きていただけ。それが突然壊されたのよ! 貴方達のせいで!」

「・・・・・・」

「私達が何をしたっていうの!? 私が貴方に何をした!? どうして私は家族を失わなければならなかったの!?」

 

・・・爆発した。

今まで溜めに溜め、誰にも話せなかった負の念が一気に解放される。

ずっと我慢していたんだって今更気付いた。

俺にはこいつを苦しみから解放してやる事は出来ないのだろうか?

 

「私に力があれば、貴方達に復讐している。でも、私には力がないから・・・何も出来ない」

 

悔しげに拳を握るカエデ。

その姿は力を求める復讐者そのものだった。

力さえあれば、絶対に復讐してやるのに!

そんな気持ちが痛い程に伝わってきた。

 

「貴方達の先祖がどんな目にあったかなんて私には分からない。もし分かっていても私には関係ない」

「関係ない!? その発言は許せ―――」

「関係ないわよ! 私が貴方達を憎む事に貴方達の理由なんて何の関係もない!」

「ッ!」

「私は貴方達が同じ人間であろうとたとえこうされるだけの理由があろうと、絶対に許さない」

 

そう言って、去っていくカエデ。

その背を追おうとも思ったが、少しだけシラトリさんに言いたい事が出来た。

それを言い終わったら、カエデを追おう。

 

「・・・・・・」

 

去っていくカエデの背を見詰め続けるシラトリさん。

あれだけの激情を突きつけられ、今のシラトリさんは何を思うのだろうか?

 

「・・・これが戦争ですか・・・」

「そうですね。争いがある限り被害者が出る事は当たり前です。そして、憎しみをぶつけられる事もまた当たり前」

「・・・私には覚悟が足りなかった・・・」

 

よく見れば、シラトリさんは震えていた。

命の重さに気付いたのだろうか?

今までは無人機でゲームのように敵を殺すだけだった。

当たり前だ。それじゃあ心は痛まない。

でも、実際に憎しみをぶつけられる事で、命を奪うという事がどれだけの意味を持つのかを実感したんだと思う。

 

「俺は火星大戦の被害者じゃないので、貴方達に何も言えません」

「・・・そうか」

「だけど、憎しみが憎しみを呼び、貴方達も復讐される側の立場になった。いつまでも正義の戦いと主張しない事ですね」

「・・・ああ」

「それだけです。あいつのフォローはしておきます」

「・・・すまない」

「いえ。それでは」

 

そう言って、その場を後にする。

シラトリさんはこれから色々と考える事があるだろう。

この交流が彼にとって良い影響になるといいんだけど・・・。

 

「さて、カエデは何処に行ったんかな?」

 

フォローしようにも何をしていいか分からない。

でも、話を聞いてやる事ぐらいは出来るよな。

 

 

 

 

 

「カエデ」

「・・・コウキ」

 

木星蜥蜴が人間である事を知り、こいつも苦悩しているんだろうな。

だから、ここなんだろ?

 

「火星の景色・・・ね」

 

展望室。

数多の景色を表現する夢の世界。

滅ぼされる前の火星すら、この世界でなら具現化できる。

 

「・・・ごめん。気付いたらあんな事になっていたわ」

「謝るなんてお前らしくない」

「わ、私だって謝るわよ。・・・冷静に話してみようとは思ったんだけど・・・」

 

冷静に話そうと思った。でも、駄目だった。

・・・それ程、カエデの想いが深いって事だと思う。

少なくとも、俺だって復讐の対象が眼の前にいたら激情をぶつける。

 

「私ね。眼の前に家族を奪った相手がいるって思ったら、ついカッとなっちゃったのよ」

「別に悪いだなんて言ってないだろ? 俺だって多分そうなるし」

「・・・そう。ねぇ、私が間違っているの?」

 

間違っている?

 

「何がだ?」

「彼らにもああするだけの理由があった。そう言っていたわね。それなら、私達が間違っていて、これは自業自得って事じゃない。じゃあ―――」

「そんな事はないさ。お前が間違っているなんて事はない。家族を殺されて何も思わない奴の方がどうかしている」

「・・・そっか。ねぇ、彼らは過去、何をされたの?」

「俺が知っていると思うか?」

 

知っているけど。

 

「なんとなくコウキなら知っているかなって思っただけよ。別に―――」

「知っているぞ」

「知らないなら知らなくてもって知っているの!?」

「ああ。俺が知らない事なんてこの世にはない」

 

事実です、紛れもない。

 

「・・・神様のつもり? 貴方」

「神様も何もどこにでもいる普通の青年だが?」

「絶対に普通じゃないわ」

「・・・そこまで断言されると傷付くな」

「事実だから仕方ないわ」

 

うわ。マジで落ち込む。

俺は自分の事を普通の人間だと認識しているのだが・・・。

違うのか? まぁ、異常な能力持ちなのは認めるが・・・。

 

「やっぱり貴方と話すと気が楽だわ。馬鹿らしくなってくる」

「それは褒められてんのか? あん? 貶されてんのか?」

「褒めてやってんじゃない。感謝しなさい」

「おい、こら」

 

偉そうに、こいつめ。

 

「それで? 教えてくれるの?」

「馬鹿にされたから教えてあげない」

「子供ね」

「ああ。いつまでも少年の心を忘れないのが男っていう生き物なんだよ」

「何、ガキな事を正当化しようとしているのよ」

「ガキだと? てめぇは俺を怒らせた」

「はぁ!? 変な事ばっかり言ってないで、さっさと教えなさい」

 

つれない奴。ま、いっか。

 

「木連。正式名称は木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体といってな」

「長い。短くしなさい」

「嫌」

「貴方だって嫌でしょ? そんなに長いのを何回も言うの」

「ああ。嫌だ。だが、ネタとしては言い続けた方が面白い」

「はぁ・・・。貴方の思考回路は独特過ぎて意味がわかんないわ」

「それは光栄」

「褒めてないわよ!」

 

話が進みませんね。

 

「えぇっと、簡単にでいいよな?」

「ええ。難しく言われたってわかんないもの」

 

このお馬鹿ちゃんめ。

 

「元々は月へと移り住んでいた人達だったらしいんだ」

「月って今でも人が住んでいるじゃない」

「もう百年近く昔の話だな。二十二世紀の最初の方だ」

「そう。木連? だっけ、彼らの歴史はそんなに昔から始まっていたのね」

「ああ。それで、月へ移住した人達は月という一つの国家を認めてもらおうと独立運動を行い始めた」

「独立運動。そういえば、火星でもそんな動きがあったらしいわね」

 

アキト青年の両親が殺された時の話か。

確かテロ紛いの方法だったって聞いたけど・・・。

 

「ま、火星の事は置いといてだ」

「そうね。早く話しなさい」

 

お前が話の腰を折ったんだろうが・・・。

 

「地球側としては独立なんて認めたくない訳だよ。月は地球政府の一員だとしておきたいんだ」

「ま、そのあたりはなんとなくって事で納得しとくわ。よくわかんないもの」

「・・・ま、お前は美味しい料理を作ってくれればいいや」

「なっ!? それって・・・」

 

料理が出来れば文句は言うまい。

他に取り得がなければ、勉強しろと言うつもりだったが・・・。

 

「んで、だ」

「スルーされたわね、私」

「ん? 何の話だ?」

「なんでもないわよ! 早く! 続き!」

 

何なんだ? 一体。

 

「地球側はどうしても独立を阻止したい。でも、直接介入は許されない」

「何で?」

「そういうもんなんだ」

「そういうものなのね」

 

それでいいのか? カエデよ。

 

「ああ。だから、月側に内部抗争を誘発する工作を行った訳だ。独立派と、そうだな、保守派とでも言えばいいのか」

「要するに月の中で内乱が起きちゃった訳ね」

「お。よく分かったな」

「それぐらいは分かるわよ」

「うんうん。成長して嬉しいぞ、俺は」

「保護者か!」

「違う!」

「突っ込みに突っ込みで返すのはどうかと思うわよ」

「それもまた一つのギャグだ」

「はぁ・・・。続き続き」

 

そうだな。続き続き。

 

「んで、結局内乱が起きて、月の独立派は争いに負け、テラフォーミングしたばかりの火星に逃げ込んだ」

「火星に?」

「おう。それで、だ。独立派をどうしても殲滅したい地球側は火星に核ミサイルを撃ち込んだんだ」

「か、核ミサイル? それじゃあ、その独立派っていうのは・・・」

「ああ。僅かな数を残して後は全滅したよ。火星にも影響が出ただろうな、地形とか」

 

きっと百年の間に異常が出ないくらいに修復したんだろう。

そうでもなっきゃ、公転周期とか自転周期とか変わって偉い事になっちまう。

 

「その残された人達はどうなったの? 火星に隠れ住んだの?」

「いや。それも無理だと判断したんだろうな。火星から離れ、更に遠い木星へと移り住んだ」

「そう。それで、木連か。でも、テラフォーミングも出来てない木星でよく生き延びたわね」

「ああ。人間って凄いんだな」

 

本当は遺跡とか、プラントが見付かったらしいけど、それを俺が知っていたらおかしいよな。

 

「何で生き延びられたの?」

「え? 流石にそこまでは知らないよ」

「へぇ。知らない事なんて何もないんじゃなかったの?」

「ほぉ。この俺を挑発するつもりか?」

「えぇ~。そんな事ないわよ。ただ、断言しておいてカッコ悪いなぁって」

 

カッチ~ン。いいだろう。教えてやろうとも。

 

「木星にはな、俺達の知らない超文明があったんだ」

「それで?」

「木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体はそれを―――」

「縮めなさい」

「嫌じゃ!」

「いいから! 縮めなさい」

「木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑―――」

「・・・コウキ」

 

いいじゃんかよぉ。睨むなよぉ。

 

「コホン。木連はその超文明を活かして過酷な環境を克服できたんだそうだ」

「でも、少数だったんでしょう? よく子供とか出来たわよね」

「あまりよくは知らないが、遺伝子改良もしていたらしいな。木連は女性が少ないらしいんだけど、それが原因なんだそうだ」

「へぇ。そうなんだ」

「ああ。お前でも木連ならモテるんじゃないか?」

「貴方、私を馬鹿にしているの? 私はこっちでも充分モテる―――」

「もうちょっと成長してから言おうな、そういう事は」

「うるさいわよぉぉぉ!」

 

やっぱり気にしているんだな、身体の事。

 

「・・・随分と詳しいのね」

 

・・・あ。もしかして、言い過ぎた?

・・・だよな。調子に乗って語り過ぎてしまった。

 

「貴方、知っていて黙っていたんじゃないでしょうね?」

「グッ」

 

ひ、否定できない。

 

「何でそんなに詳しいのか説明してもらいましょうか?」

「・・・はぁ」

「何故に溜息!?」

 

仕方がない。カイゼル派の事を少し話そう。

 

「俺はな。連合軍に所属してからある派閥と接触した」

「ある派閥?」

「ああ。その派閥はきちんとした形で木連と向き合おうとする派閥で、俺もその派閥の一員なんだ」

「その派閥が木連について調べていたのを教えてもらったって事?」

「そうなるな」

「そう。それでそんなに詳しいのね・・・」

 

元から知っていて情報を提供したのがこっちだって事は言わない方がいいよな。うん。

 

「当然、俺の副官であるお前もその派閥に関わる事になるだろうな」

「・・・・・・」

「俺は丁度いいきっかけじゃないかと思っている。お前がこの派閥に関わっていれば、木連の情報もお前に行くだろうからな」

「それは、私の考えを改めさせようって事?」

 

凄い剣幕で睨まれました。

 

「別に改めようという訳ではない。ただ、お前にもきちんと受け止めて欲しいだけだ」

「受け止める?」

「ああ。地球政府のせいで木連という存在は秘密のままにされてきた。それは間違っているだろう?」

「・・・そうね。過失があるなら認めないといけないわ。誤魔化そうとしたのは許せない」

「そうだな。だから、お前にも逃げずに正面から受け止めて欲しい。恨みや憎しみを捨てろとは言わないから、もっと木連の事を知った上で結論を出してもらいたい」

「・・・そんな言われ方したら、拒否なんて出来ないじゃない」

 

実際、互いの事を知らずに争っていたら永久に解決しない。

まずは互いの利害を知る必要があると思う。

 

「・・・分かったわ。私も色々と考えてみる」

「おう。そうしろ。そうしろ」

「偉そうね」

「そうか? ま、いつでも話相手ぐらいにはなってやるから」

「ありがと。意外と役に立つわよね、貴方って」

「意外とは失礼だな。俺は何でも役に立つぞ」

 

それなりにだけど。

 

「・・・そうね」

 

あ。肯定していただけるんですか。

ありがとうございます。

 

「ねぇ、コウキって火星育ちなのよね」

「あ、ああ。一応は」

「一応って何よ?」

「え? ア、アハハ。気にすんなよ。それで?」

「怪しい・・・。ま、いいわ。どこに住んでいたのかなって・・・」

 

それから、偽りの経歴をどうにか誤魔化しつつカエデと火星の事を話した。

怪しまれながらも、どうにか楽しいおしゃべりにする事は出来たと思う。

俺なんかじゃ話し相手になる事ぐらいしか出来ないけど、それでも、少しでも気が楽になってくれているのなら・・・。

俺にも多少は意味があったって事かな。

支えてやろうと決めたんだから、それぐらいは役に立ってみせるつもりだ。

 



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少女の成長と謎の副官

 

 

 

 

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

ナデシコがネルガルの意向により月へと向かう事になった。

その為、俺とカエデはここで降りる事になる。

次に合流するのは、多分、次にナデシコが地球に帰ってきた時だろうな。

う~ん。結構、長い。

 

「・・・コウキさん」

「寂しい思いさせちゃってごめんね」

「・・・いえ。仕方がない事だって分かっています」

 

うぅ・・・。む、胸が痛む。

そんな寂しそうな眼で見られたら、思わず連れて行きたくなっちゃうじゃないか。

 

「ごめんね。多分、次、また来た時こそはちゃんとした合流だと思うからさ」

「・・・はい。待っています」

 

本当にごめんなさい。あぁ。俺にどうしろと?

神よ。恨みます。

 

「留守は任せろ。お前はお前の仕事をやってこい」

「はい。アキトさんも。ナデシコの事は任せました」

「ああ。任せろ」

 

大丈夫。ナデシコのパイロットは一流揃いだ。

完璧に成し遂げてくれる。

 

「コウキさんの分は私がきちんと果たします」

「イツキさんはイツキさんのやり方があるでしょ? 俺の代わりじゃなくて、イツキさんはイツキさんらしくやらないと」

「そう・・・ですね。それでは、教官、今までありがとうございました」

「きょ、教官はやめて」

 

そんな柄じゃない。

 

「いえ。コウキさんは間違いなく私達の教官ですよ」

「・・・はぁ。ま、いいや。イツキさん。頑張って」

「はい。コウキさんも」

 

合流パイロットとして色々と大変だと思いますが、頑張ってください。

 

「マエヤマ・コウキ。散々私の邪魔をしてくれたお返しは必ずするから」

「あ。それなら、寿司でも奢ってください、一流店の」

「そうじゃないでしょ! ・・・私は諦めた訳じゃないから」

「えぇっと、何の話ですか?」

「クッ。そうやって貴方はいつもしらばっくれて」

「すいません。身に覚えがないもので」

「覚えてなさい!」

 

悪役ですよ、その去り方じゃ。

しかし、まだ諦めてない、か。

まだ警戒を怠っちゃ駄目って事なのかな?

 

「・・・コウキ君」

「ミナトさん。また、離れちゃいますね」

「仕方ないわ。必要な事だもの」

 

理解のある方で嬉しいです。

 

「これ。大事にするわ」

 

そうやって首元からネックレスを取り出す。

これはクリスマスプレゼントとして贈らせて貰った。

 

「俺もですよ」

 

俺も首元から取り出す。

これはミナトさんからクリスマスプレゼントとして貰ったものだ。

セレス嬢のプレゼントを一緒に買いにいった時にちょっとだけ別行動を取る事にして、その時に買った。

偶然にも同じ物であり、何となく気恥しく、同時に嬉しくもあった。

似ている者同士なのかもなって、二人は繋がっているんだなって、なんてな。

あ、ちなみに、セレス嬢には等身大、もちろん、セレス嬢に合わせた大きさ、のテディベア。

ちゃんとサンタさんのプレゼントとして枕元に贈りました。

今では抱き枕となっているらしく、感無量。

 

「それじゃあ」

「ええ」

 

必要以上に言葉はいらない。

言葉じゃなくて、温もりが伝えてくれるから。

 

「いってらっしゃい。コウキ君」

「行ってきます。ミナトさん」

 

笑顔で見送ってくれるミナトさん。

それだけでやる気が漲ってくるから不思議だ。

本当なら離れたくないけど、きちんと仕事をしないと怒られちゃうし。

さっさと終わらして、早く合流しようという結論になった。

おっしゃ。さっさと基地に戻ってやる事をやってしまおう。

その頑張り分だけ、早くナデシコに帰ってこられるのだから。

・・・多分だけど。

 

 

 

 

 

「彼女がキリシマ君かね」

 

ミスマル提督の待つ連合極東方面軍の基地に帰ってきた。

早速、カエデの事を紹介しなくちゃな。

 

「はい」

 

挨拶をしろと促す。

 

「キリシマ・カエデ」

 

・・・いやさ。連合軍が嫌いだからってもうちょっとちゃんとした挨拶しようよ。

 

「すいません」

 

あぁ。恥ずかしい。

 

「いや。構わんよ。マエヤマ君に聞いた所、食堂の方で働いてくれるそうだね」

「・・・はい」

 

・・・言葉少なっ!

ま、まぁ、すぐに慣れてくれるさ。うん。

 

「後でマエヤマ君に案内してもらうといい。任せるよ、マエヤマ君」

「ハッ。了解しました」

「・・・え?」

 

・・・何を驚いた顔でこっち見ているんだよ、カエデ。

これぐらいは出来るぞ、これぐらいはな。

形だけだけど習ったんだよ、敬礼。

 

「それと、君の新しい副官を紹介しよう。カグラ君、入ってきてくれたまえ」

「ハッ」

 

提督の声を合図に扉が開く。

 

「彼が君の新しい副官だ」

 

そこには俺よりちょい身長が高い屈強な身体をしたイケメンが立っていた。

クッ! イケメンが副官だと!? やり辛いじゃないか。・・・冗談だけど。

 

「カグラ・ケイゴです。よろしく御願いします」

「マエヤマ・コウキです。こちらこそよろしく御願いします」

 

良い人みたい。凄く安心。

あれかな? また教官チックな事をすればいいのかな?

 

「彼はパイロット志望として軍の募集に応募してくれた男でな。パイロットとしての腕前はかなりの物がある」

 

へぇ。提督からの素直な高評価。

提督って厳しそうだし、本当なんだろうな。

でも、なんでそんな人が俺の副官なんだろうか?

 

「教官として彼に教授すると共に彼の機体の調整を行って欲しい。彼には極東の要となってもらうつもりだ」

 

どっちかっていうと、俺の方が副官っぽくない?

ま、僕の一応の肩書きは技術士官だからいいけどさ。

 

「了解しました」

「御願いします。教官」

 

・・・教官。やっぱり慣れないな。

なんとなく・・・照れる。

 

「それでは、以上だ」

「ハッ」

 

こうして、新たな副官を得て、連合軍の基地へと戻ってきた。

俺が連合軍で出来る事は教官と調整ぐらいだからな。

とりあえず、要になるっていうカグラさんを鍛えて、カイゼル派の後押しとしますか。

他に何か俺に出来る事ってあるのかして?

 

 

 

 

 

バタンッ!

 

提督の執務室から退室する。

隣にはカエデ、少し後ろにはカグラさん。

いや。副官だけどさ。初対面の人に呼び捨てはどうもね・・・。

 

「改めまして、私はカグラ・ケイゴ。ケイゴと御呼びください」

「えっと、マエヤマ・コウキです。コウキで構いません」

「いえ。副官として、上司を名前で呼ぶなど・・・」

「突然ですが、何歳ですか?」

「ハッ。今年で二十二歳になります」

 

二十二歳か・・・。

年上だもんなぁ・・・。

軍なら年上の部下とか当たり前なんだろうけど、やっぱりやり辛い。

 

「えっと、とりあえず、仕事中はそのままで構いませんので、今のように仕事以外ではもっとフランクに行きましょう」

「・・・了解しました。善処します」

 

うわっ。固いよ、固すぎるぜ。やっぱり軍人らしい軍人な訳ね。

 

「ねぇ、コウキ、私はどうすればいいの?」

「あ。そうだったな。お互いに自己紹介したら?」

 

カエデとケイゴさんはまだお互いに自己紹介していない。

とりあえず、どっちも副官という扱いなんだし、仲良くしてくれると嬉しいかな。

 

「私はキリシマ・カエデよ。ここではコウキの副官と食堂でコックをやる事になっているわ」

「カグラ・ケイゴです。よろしく御願いします」

 

無難だ。

なんて無難な自己紹介なんだ。

 

「ケイゴって呼んでいいのよね?」

「はい。構いません」

 

うわ。勝手だ。

呼んでいいって言われたのは俺なのに。

 

「私はカエデでいいわ」

「キリシマ少尉。たとえ階級が同じとて呼び捨てはいけません」

「うるさいわね。いいのよ。私がいいって言っているんだからいいの」

 

・・・もはや何も言うまい。

 

「マエヤマ特務中尉。どうにかしてください」

 

困っていますね、ケイゴさん。困っていらっしゃいます。

 

「カエデ。一応は軍なんだから、上下関係は意識しろ」

「さっき言っていたじゃない。仕事になったらちゃんとするわよ」

 

それって仕事以外はフランクにって奴だよな。

 

「・・・信用ならんのだが?」

「はぁ!? 私が信じられないの?」

「いや。お前が敬語を使う所が想像付かない」

「ふんっ。私だってそれぐらい出来るわよ」

「本当かぁ?」

「本当よ。まったく。甘く見ないで欲しいわね」

 

すぐにボロを出さない事を祈るよ。

 

「これからどう致しますか、特務中尉」

 

ふむ。仕事の話だな。

 

「すみませんが、先にカエデの方を案内したいのですが、よろしいですか?」

「ハッ。了解しました」

 

クッ。なんて絵になる。

イケメンの敬礼がここまで威力があるとは思わなかった。

 

「着任を終えたからな。荷物の整理か・・・」

「お手伝いしましょうか?」

「いや。俺の方は終わっているんで。カエデの方ですね」

「嫌よ。自分でやるわ」

 

ま、そりゃあ、そうだな。

んじゃ、とりあえず部屋に案内した後、食堂に案内しよう。

 

「どちらにしろ、まずは部屋まで案内する。場所、わかんないだろ?」

「当たり前じゃない。初めて来たのよ。さっさと案内しなさい」

 

こ、こいつ、なんか生意気になってないか?

 

「ふぅ・・・」

 

いつもの事だ。気にしちゃいかん。

 

「さて、案内しよう。ケイゴさんもすいませんが、付いてきてくださいね」

「了解しました」

 

三人で並んで廊下を歩く。

特務中尉の俺と副官で少尉の二人。

年齢的にあまり差がなくても階級という確固たる違いがある。

はぁ・・・。やり辛いよな。

イツキさんの時はどちらかというと俺が引っ張ってもらっていた感じだったから楽だった。

ケイゴさんは・・・引っ張ってくれそうにない。

生真面目? ま、軍人らしいっちゃ軍人らしいけどさ。

俺も上司らしく振舞わなければならないのだろうか?

・・・そんなの俺らしくないよな。

 

「なんか話しなさいよ」

 

突然の発言。

無言を嫌ったか?

 

「お前が議題を考えろ」

「嫌よ。貴方が考えなさい」

 

この我が侭女め。

 

「得意料理は?」

「肉じゃがよってなんで今更!?」

「いや。つい」

「ついって貴方ねぇ・・・」

 

うわ。呆れられた。

 

「肉じゃが・・・ですか?」

「ケイゴさんは好きな料理とかありますかね?」

「いえ。地球の料理は何でも美味しいですから」

「地球?」

 

それって地球以外で暮らしていたって事か?

もしや・・・元火星人?

 

「あ、いえ。コロニーの方に住んでいまして」

 

あぁ。サツキミドリコロニーとか、そういう事ね。

やっぱりちゃんとした土壌で作られた方が美味しいんだろうな。

 

「ま、確かに地球の方が美味しいわよ。材料的に」

 

火星は美味しくないらしいからな。

土が悪いとアキト青年が言っていた。

 

「火星の食材は美味しくないからなぁ・・・」

「あ。でも、一部には美味しい食材もあったわよ。値段は何倍もしたけど」

 

そうなのか。俺はてっきり全部が全部まずいのかと思っていた。

 

「あれか? じゃあ、お前のレストランでは偶にそんな高級食材を使っていたという事か?」

「偶にというか、毎日よ。私の家のレストランを甘く見ないでよね。私の家は高級和食レストランよ」

「な、何だと?」

 

高級和食レストランだと!

・・・そうか。なるほど。

それで、あんなに美味かったのか。

というか、そこまで和を強調するならレストランじゃなくて料亭とかにすればいいのでは?

俺の思い込みかな? このイメージ。

 

「何をそんなに驚いているのよ?」

「一つ訊く。もしや、それは一般人にはとても食いにいけない。美食な倶楽部活動みたいな所か?」

「何よ? それ」

「あ、いや、さ。とにかく、一般人には手が出せない高級料亭って事か?」

「別にそうでもないわよ。まぁ、接待とかでよく使われたけど・・・」

 

・・・こいつ、凄い家の出身なんだな。

 

「お話を聞く限り、御二人は火星出身のようですね」

「あ、はい。そうですよ」

「そうよ。それが何?」

 

おいおい。軍人というだけで敵視するな。

 

「それでは、木星蜥蜴をさぞ恨んでいるでしょうね」

 

ん?

 

「何でケイゴさんがそんな事を訊くんですか?」

「いえ。私も木星蜥蜴にコロニーを落とされて避難して来たので」

 

・・・そうか。それなら、ケイゴさんも被害者って事か。

 

「木星蜥蜴を恨んでいるかですって? そんなの恨んでいるに決まっているじゃない」

「・・・カエデ」

「家族を失って、友達を失って、恨まないほうがどうかしているわ」

「・・・そうですか」

 

俯くケイゴ。

互いに被害者だからな。

共感できるものがあったのだろう。

 

「それでは、何故、ケイゴさんがここにいるんですか? 貴方も木星蜥蜴に、いえ、木連に恨みがあるのでしょう?」

 

カイゼル派かどうか事前に知らされてはいないが、提督が俺の下に就けるという事はカイゼル派の一員なんだと思う。

何故、木連に恨みがある彼がここにいるのだろうか?

 

「私は知りたいのです」

「知りたい?」

「はい。木連がどのような存在であり、提督がどう考えているのかを」

 

木連の存在と提督の考え?

どうして提督の考えまで知りたいんだろう?

 

「木連の事は資料で拝見しました。正直、私達の被害は地球連合政府のお粗末な判断のせいだと思っています」

「そうですね。それは否定できません」

 

火星に核を撃ったり、内乱になるよう工作したり。

挙句の果てには使者を暗殺したりなど、地球政府の判断で悲劇が生じたといっても過言ではない。

 

「そんな中、こうやって地球政府に真っ向から対抗する派閥がある。トップが何を考えているのか。非常に気になったのです」

 

カイゼル派の目的は嘘偽りのない和平。

その為の両国家の国民の意識改革を方針としている。

 

「ケイゴさんは提督から?」

「はい。直接スカウトを受けました。そのスカウトを受け、派閥を見極める為に所属したのです」

「見極める為ですか。結果はどうでした?」

「・・・少し予想外でした。こんなにも真摯に真実に向き合う方がいるとは、と」

 

それはお眼鏡にかなったという事なんだろう。

 

「ですが、私自身、まだ判断しかねています。木連という組織に対する不信感がありますので」

「不信感・・・ですか?」

 

恨みや憎しみではなく、不信感なのか?

 

「ええ。あまりにも非人道的な行いが目立ちます。彼らは私達と同じ価値観を持たないのではないでしょうか?」

 

・・・そういう事か。

確かに事情を知らなければそう思うよな。

でも、価値観自体はそう変わらないと思う。

ま、向こうはゲキ・ガンガーが聖典らしいから少し変わっていると思うけど。

 

「ケイゴさんは知らないと思いますが、俺は木連の人に知り合いがいます」

「なっ!? 木連人にですか?」

「はい。知り合いと言っていいかは分かりませんが・・・」

 

捕虜としてのシラトリさんと話しただけだしな。

 

「それは、どんな人でしたか?」

「えぇっと、白鳥九十九さんといって、真っ直ぐな人です」

「・・・九十九・・・何故・・・」

 

どうしたんだろう? 何かショックを受けているみたいだけど。

 

「ケイゴさん?」

「あ、いえ。どのようにして知り合ったのです?」

「木連と戦闘がありまして。その際に捕虜として捕まえました」

「ッ!? そ、その方はどうなったのです!?」

 

何を慌てているんだろう?

横に視線をやるとカエデも眉を顰めていた。

こいつも分かってないんだろうな。

相談してもどうしようもないか。

 

「多分、逃がしたんじゃないですか? なぁ、カエデ」

 

原作だとメグミさんとミナトさんが逃がしていた筈。

特に今回はミナトさんに木連の事を話してあったし、メグミさんはガイと重なりそうだし、必ず逃がすと思う。

あ。なんか、ガイが死んだように聞こえるけど、死んでないよ、多分。

 

「私に訊かないでよってか、え? 逃がしたってどういう事?」

 

何を慌てていらっしゃる?

 

「あの後、ナデシコは月に向かうって言っていたろ?」

「ええ。そうだったわね」

「あれは木連が月周辺にいるかもしれないからなんだぜ」

「それでナデシコが向かったのね?」

「ああ。んで、その状況なら、俺の知るナデシコクルーなら捕虜なんて認めずに返してしまうだろうなと」

「・・・本当に変な戦艦よね、あそこ」

 

うん。俺もそう思う。

 

「そ、それでは、その人は無事なんですね?」

「恐らくですが、捕虜をどうにかしようとする人はナデシコには・・・」

 

・・・いたな。会長とか秘書さんとか。

原作通りなら多分大丈夫だと思うが・・・。

 

「特務中尉?」

「あ。すいません。多分大丈夫だと思います」

「・・・そう・・・ですか」

 

何だろう? この表情。

安堵といった感じかな。

 

「どうしてですか?」

「え?」

「どうしてケイゴさんが木連人の身の安全を祈るのですか?」

「・・・私は話してみたいのです、木連の方と」

「話してみたい?」

「ええ。どう考え、どう動こうとしているのか。それを訊いてみたい」

「その為に捕虜に危害を与えて敵愾心を持って欲しくないと?」

「いえ。元々敵愾心は持っているでしょうから、それは仕方ありません。ですが、触れ合える機会を失う事になるかもしれないと」

 

ん~。なんか違和感があるんだけど。

・・・なんだろう? この妙な違和感。

 

「キリシマ少尉こそどうしてここにいるのですか?」

 

ケイゴさんがカエデにそう問う。

ま、お互い様だもんな、恨み持ちは。

 

「なんか、私をボソ―――」

「カエデ!」

 

ば、馬鹿。何を言おうとしているんだよ。

急いでケイゴさんに背を向けるようにしてカエデの向きを変える。

もちろん、手は口に当ててある。

 

「な、何するのよ!?」

「馬鹿! せっかく実験から逃れられたんだ。余計な事を言うな」

「別に彼に話したって関係ないじゃない」

「それでもだ! 他言禁止。破ったら罰ゲームな」

「はぁ!? どうして罰ゲームなんて受けなくちゃならないのよ!?」

「ほぉ。お前は約束も守れない信用できない奴って事だな」

「ちょ、どうしてそうなるのよ? それぐらい余裕で守ってやるわよ」

「それじゃあ、誰にも話さない、破ったら罰ゲーム、でいいんだな?」

「ふんっ。いいわよ。上等じゃない」

「おし。うん。決定」

「・・・あ。騙したのね」

「おう。騙した」

「騙すのなんて卑怯よ」

「ふっふっふ。騙される方が悪いのだよ」

 

素直でよろしい。いや、単純でよろしい。

 

「ふふっ」

 

な、ケイゴさんに笑われた?

 

「なに笑ってんのよ!?」

 

うお。隣は睨んでいる。

というか、どこのヤンキーだよ、お前。

すぐに人に絡んじゃいけません!

 

「いえ。仲が良いのだなと」

 

ま、異性にしちゃ仲が良い方じゃないか?

 

「はぁ!? ないない。絶対ない」

 

・・・そこまで断言されると悲しいのだが・・・。

 

「ま、いいわ。私がここにいるのは、木連という存在を確かめる為よ」

「自分で確認したいと?」

「ええ。私は絶対に許せない恨みが木連にある。それは何があっても変わらないでしょう」

「・・・・・・」

「でも、言われたわ。ちょうどいいきっかけなんじゃないかって」

「きっかけ・・・ですか?」

 

そう。きっかけだ。

カエデがきちんと木連という存在を直視する為の。

 

「そうよ。私は木連について何も知らない。どんな思想を持つ集団で、何を目的としているのか。生い立ちなんかも私は詳しく知らないわ」

「しかし、木連の事を知っても何も変わらないのでは?」

「そうね。変わらないと思うわ。きっと憎しみも恨みも消えない。でも、何も知らない相手を恨んだ所で何かが解決する訳じゃない」

「・・・・・・」

「そこの馬鹿に言われたのよ」

 

そう言って俺を指差すカエデ。

馬鹿って何だよ、馬鹿って。酷いな、お前。

 

「正面から受け止めて欲しいって。もっと木連の事を知った上で逃げずに受け止めろって。まったく。勝手なんだから」

「お前なぁ。俺は―――」

「でも、感謝しているわ」

 

感謝されているだって? 

・・・意外だ。俺はてっきり嫌々了承したと・・・。

そして、何よりも素直に感謝された事が意外だ。

 

「コウキにそう言われなければ、私は恨みや憎しみといった負のフィルターを通してでしか、木連を見られなかったと思うもの」

「負のフィルター?」

「どんな事実であろうと私にとって都合よく解釈してしまうフィルターよ。それじゃあ、正面から受け止めた事にならない」

「・・・・・・」

「きちんと感情に左右されずに木連の事を知り、きちんと受け止めた上で結論を出そう。そう決めたのよ」

 

・・・俺が自分で促しておいて言うのもなんだが、こいつ・・・。

 

「「強いな」」

 

え?

思わずケイゴさんの方へ振り返る。

彼は彼で驚いた顔で俺を見ていた。

 

「何を見詰め合っているのよ。気持ち悪い」

 

おっと。俺にもその気はないぞ。

 

「カエデ。俺は嬉しいぞ。お前がそう考えるようになってくれて」

「はぁ? 貴方がそう考えるように言ったんでしょう?」

「それでも、だ。正直、お前がそう考えてくれるまでもっと時間がかかると思っていた」

 

こいつの復讐の念は深かったからな。

 

「別に。私だって色々と考えているのよ」

「そっか。強くなったな、お前」

「は? 意味わかんないわよ」

「いえ。私もキリシマ少尉は強い人だと思います」

 

お。ケイゴさんもそう思ってくれたか。

 

「憎しみを持つ相手をきちんと受け止めようとするその姿勢。好感が持てます」

「貴方に好感を持たれたからって別に私にとってはどうでもいい事よ」

 

こ、こいつは・・・。

 

「すいません」

 

とりあえず謝る。

ケイゴさんは苦笑で済ましていた。

な、なんて大人な対応。尊敬します。

 

「私はまだ割り切れそうにありませんね」

 

彼も失った人だからな。割り切るのに時間が掛かるだろう。

 

「キリシマ少尉は憎しみを抱えつつも前を向いている。少し羨ましくもあります」

 

彼はどんな憎しみを抱えているんだろうか?

そのどこか遠くを見る眼は一体・・・。

 

「別に私だって割り切った訳じゃないわよ。さっきから何度も言ってるけど、憎しみを持っているのは本当なんだから」

「それでも、前を向いている。私には真似できません」

「前なんて向いてないわよ。そいつに向かされているだけ」

 

は? また俺?

 

「後ろ向こうとするとすぐにやって来て前を向かせるんだもの。もう嫌な奴よ、本当に」

「い、嫌な奴ってな・・・」

 

しょ、正直、ショックだ。

そんな風に思われていたなんて。

落ち込む。

 

「貴方さぁ、人は散々からかうくせに自分が言われると落ち込むの?」

「え?」

「冗談よ。冗談に決まっているじゃない。別に嫌な奴だなんて思ってないわよ」

 

え? 冗談?

 

「本当か? 本当に嫌がってないんだな?」

「さっきからそう言っているじゃない。感謝しているって」

「そ、そうか・・・」

 

少し自分勝手だったかもと思っていた俺だ。

感謝されているって言われるのは素直に嬉しい。

こいつが木連や連合軍に嫌な感情を持っていると知っていてこの道を強要したからな。

嫌がられても不思議はなかったし。

いや。なんか、良かった。うん。

 

「良い恋人をお持ちですね」

 

・・・はい?

 

「ちゃんとお互いを支えあっている。理想的な―――」

「ちょっと待ちなさい! 私はこいつの恋人なんかじゃないわよ!」

「そ、そうですよ! か、勘違いです!」

「いえ。誰にも言いませんから誤魔化さなくて結構です」

 

だ、だから、違うって。

 

「いや。本当に違うんですって」

「そうよ。どうして私がこんな奴の―――」

 

こんな奴?

 

「おい。てめぇ、こんな奴って何だよ!?」

「こ、こんな奴はこんな奴よ。ふんっ。貴方なんかじゃ私にはつりあわないわ」

「て、てめぇ、ふんっ、お前こそ俺には物足りないね」

「な、何ですってぇ!?」

「何だよ!? 言いたい事があるならもっと成長してから言いやがれ!」

「ちょ、も、もう本気で怒ったわ」

「おうおう。怒ったら何だって言うんだ?」

「・・・本当に仲が良いですね。流石は恋人同士です」

「「違う!」」

「相性もバッチリみたいですね」

 

 

結局、取っ組み合いの喧嘩に発展してしまった。

異性とこうまで喧嘩したのは初めてかな?

冷静になった今だからこそ言える感想です。

 

 

 

 

 



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基地での日々

 

 

 

 

 

・・・何だったんだろう? さっきのカオスは。

 

「あ。おばちゃん。お疲れ様」

「お。コウキ君じゃないか。久しぶりだねぇ」

「そう? ま、しばらく留守にしていたからね」

「そうかい。それで、何か食べてくの?」

「それもいいけど、ちょっと別件」

「別件? 何だい?」

「そうそう。おい、カエデ」

 

カエデを呼ぶ。

ちなみに、ここ、食堂ね。

 

「何でそんなに親しいのよ?」

 

あ。おばちゃんと?

 

「このおばちゃんは親しみやすいんだよ、良い人だ」

「ふ~ん」

 

俺のイメージでは軍の基地って食堂も軍人がやっているのかと思っていたけど、そうでもないらしく。

なんでも、基地の中って食堂や清掃みたいな雑用チックな事は一般の現地の人がやっているんだと。

そりゃあ、そうだよな。これだけ大きな施設があるんだ。

そういうのは、現地の人がやった方が軍としても人材を派遣しないで済むから楽だし、現地の人間も就職先が増えていい。

一石二鳥って奴だ。

あ。もちろん、立ち入り禁止区域とかはある。

民間人に情報を与えてしまう訳にはいかないし。

情報秘匿は常識です。

なんか説明する形になっちゃったけど、要するにこのおばちゃんは一般人って訳。

 

「ん? そんな可愛らしい御嬢ちゃんを連れてどうしたんだい? なに? やっと恋人を紹介してくれる気になったのかい?」

「はぁ・・・。おばちゃんまで。違うって。こいつは新しくここで働くコック」

 

皆して勘違いし過ぎ。

 

「へぇ。そんな可愛らしい子がここに来てくれるのかい?」

「そゆこと。あ、そうそう、こいつ性格悪いから気を付けてね」

「ちょ、ちょっと」

「へぇ。そうなのかい?」

「あ。でも、腕だけはいいからなぁ。おばちゃんクビになっちゃうかも」

「おやおや。それは困ったねぇ」

「コウキ! いい加減にしなさい!」

「ハッハッハ。元気が良い子だねぇ。歓迎するよ。おいで」

 

本当に豪快で良い人だ。

ホウメイさんみたいで親しみやすい。

それに、おばちゃんを筆頭にここの人達は皆こんな感じだから、カエデもすぐに慣れるだろう。

 

「コウキ。覚えてなさいよ」

「ふふん。何の事かね?」

「コウキ! 貴方ねぇ!」

「ほら。早く行ってこいよ。おばちゃん達が待っているぜ」

 

そして、その微笑ましいという視線はやめて頂きたい。

 

「ふんっ」

 

そう言ってキッチンへと入っていくカエデ。

無論、それ相応の服装をしているぞ。

ま、頑張れ。カエデ。

 

「お待たせしました。ケイゴさん。付き合わせてしまってすいません」

「いえ。軍基地内でここまで微笑ましくなったのは初めてです」

「それはどう受け取ればいいのでしょうか?」

「御気になさらずに」

 

御気にします。

 

「それじゃあ、早速ですが、シミュレーションに行きましょう」

「はい。ところで特務中尉の機体はどうなったのですか?」

 

俺の機体かぁ・・・。

ま、フレームはボソンジャンプで飛ばしちゃったけど、アサルトピットは無事だし。

後はこの基地のフレームを分けてもらえればいいかな。

 

「自分専用のアサルトピットは持って来ていますので、フレームさえ換装すれば問題ないです」

「そうですか。そういえば、新武装が導入されたそうですよ」

 

新武装? 初耳だな。

 

「新武装ですか?」

「はい。中尉が基地を留守にしている間に導入されました。格納庫へ確認しに行きますか?」

「そうですね。シミュレーションにはもう?」

「導入済みです」

 

それなら実機見て、仕様書見て、戦術に取り入れないとな。

ま、俺自身が使いこなすまでに時間がかかりそうだけど。

 

「それじゃあ、先に格納庫へ向かってもよろしいですか?」

「はい。ご案内は?」

「いりませんよ。知っていますから」

 

一応、結構な期間をここにいますからね。

 

「あ。先にシミュレーション室に行ってもらっても構いませんが?」

「いえ。私は特務中尉の副官ですので」

 

真面目ですねぇ。

 

「分かりました。それでは、行きましょう」

「はい」

 

 

「お疲れ様です!」

「おぉ。中尉。お疲れさん。帰ってきたんだな」

 

この活気。いやぁ、ナデシコを思い出すぜ。

整備士も楽しい人ばかりだし、いつもお世話になっています。

 

「なんでも新しい武器が納入されたとか?」

「おう。案内してやるよ」

 

整備士の一人。中年で、奥さん持ち子供一人の良いパパさん。

よくお酒に付き合わされます。

階級は俺の方が上だけど、気にしないでくださいといったら本当に気にしなくなった逞しいオジサン。

いや。こういう人がいると職場って楽しいよね。

 

「これは?」

 

眼の前にはイミディエットナイフの刀身が伸びたイミディエットソードと名付けたくなる剣状の武器。

そして、はぁ!? と言いたくなるような馬鹿でかいキャノン砲があった。

 

「一つ一つ丁寧かつ大雑把に説明してやるよ」

「いや。真逆ですから、それ。意味不明かつ支離滅裂になってますから」

「ん? おぉ。まぁ、いいじゃねぇか」

 

ええ。もう慣れましたとも。

そして、スルーされる悲しさにも慣れてしまいました。

 

「一つはディストーションブレード。ま、簡単に言えば、イミディエットナイフを長くしてDF発生装置付けて刀身に纏わせられるようにしたって事だな」

 

ディスーションフィールドを纏わせた剣か。

ディストーションアタックみたいにかなりの威力があるんだろうな。

ついでに中和機構も取り付けてあるらしいし。

フィールドランサーのブレード版ね。分かります。

でも、これは銃剣みたいにはしないんだな。

 

「接近してDFを突破して、その後はどうするつもりなんです? これ」

「馬鹿野郎! 剣を持って突っ込むっつう事はその後も剣だけで立ち向かうっつう事なんだよ! それこそが己の剣のみで信念を貫く誇りある騎士の姿なのさ!」

「・・・はぁ」

 

偶に分からなくなるよ、おっちゃんが。

ま、まぁ、要するに突破したら更に突っ込めって事ね。

・・・スリルのある戦いになりそうだよ。

特に近接格闘の能力を持たない俺には・・・。

 

「もう一つは?」

「ああ。よくぞ訊いてくれた」

 

ま、まぁ、それを訊きに来た訳ですから。

 

「これは超大型レールキャノン。折りたたみ式でな。組み立てるとエステバリスすら余裕で超える」

 

こ、超えるんすか? 六メートル級のエステバリスを超えちゃうぐらい大きいんですか?

 

「おう。使い方としては、キャノン砲の下に固定台が、ま、足みたいな奴が備え付けられてある。それを地上にしっかりと固定して、機体もアンカーで地上に固定する」

「完全に動けませんね」

「それぐらいは我慢しやがれ。威力は半端ないんだから」

「ま、あの大きさですからね。威力なかったら唯の筒です」

「否定できないな。だが、威力は予想じゃDF越しに戦艦沈められるくらいはある」

 

おぉ。それは凄いな。

フィールドランサー系統の武器の存在を無にしちまった。

ま、その分、持ち運びに苦労しそうですけどね、マジで。

 

「あ、後、アンカーは脚部後方の奴を使う。要するにこの武器は砲戦フレーム専用だな」

 

砲戦フレームの火力が更に向上されましたか。

ま、反動が半端ないんだろうな。宇宙で使ったらどうなるのかして?

 

「反動さえ克服すれば空中だろうと宇宙だろうと使えるぞ。そのあたりの調整はお前がすればいいだろ」

 

あ、俺の仕事が増えた。

反動を克服ってどうすればいいんだよ!?

むしろ、反動で移動しちゃってくれよ。

機動力三倍になるからさ。

残念ながら、赤くはなりません。

 

「本来なら新武装にあわせて新フレームなんかも開発しちゃいたいんだがな。ネルガルがうるせぇんだ」

「ああ。エステバリス自体もネルガルのものですしね。という事は武装開発は許可を得られたって事ですよね?」

「形式上仕方なくな。データを提供するという条件で漸くの許可だったらしいぞ」

 

ま、向こうも企業ですからね。

仕方ありませんよ、儲ける為には。

 

「秘密に開発しちゃうと犯罪者ですもんね」

「そうなんだよ。お前もライセンス料とかで儲けているんだろ?」

「もちっす。いや、知らない間にお金が貯まってくのって不思議な感覚ですね」

「てめぇ、今度飯奢れや。むしろ、俺ん家のローンを払え」

「いや。それはないですよ。まぁ、また酒を飲む時は呼んで下さい。奢りますから」

「馬鹿野郎! 年下に奢らせる程、俺は落ちぶれちゃいねぇ!」

 

・・・どっちなんだよ? 難儀な人だ。

 

「あ、二つの武装の仕様書とかってありますか?」

「おぉ。ほらよ」

 

簡単に手渡された。というか、なんで今、持ってんの?

あれですか? 常備しているって奴ですか?

ま、この人だし。気にしちゃ負けか。

 

「あ。もし、新フレームを作るとした何を作るんですか?」

「ふっふっふ。よくぞ! よくぞ! 訊いてくれた!」

 

やばっ。地雷踏んだか?

 

「名付けてスーパー戦フレームだ」

「・・・よく分からないんですけど」

 

大まか過ぎて分からん。

何がスーパーなんだ?

 

「俺は昔からスーパーロボットに憧れていた。ゲキ・ガンガーも俺にとっては捨てがたい」

「貴方は男です」

「おぉ! てめぇ、名前は?」

「私はカグラ・ケイゴ。貴方の思想に惚れ込みました」

「てめぇこそ男だぜ!」

 

・・・なんか分かり合っちゃった。

というかさ、ケイゴさん、キャラ違わない?

 

「スーパーロボットのスーパーって事か・・・。あれですか? 胸のV字やら頭の日輪やらからビームとか、三つの戦闘機から合体とか、そういうのやりたいんですか?」

「お、お前、よくそんな昔のロボットを知っているな。あれはマニアぐらいしか知らねぇぞ」

 

・・・あ。そっか。俺の時代でも知っている奴は知っているってぐらいのレベルだったもんな。

あの鉄の城とか光線変型機構ロボットとか。いや。ビームといい、ロケットパンチといい、スーパーロボットの代表格だったな。

あ、でも、ゲキ・ガンガーもそんな感じだった気がする。あれか。日輪三号機がマニアックなのかな? サン・アタックにはお世話になりました。

 

「でも、エステバリスはどう見てもリアルじゃないっすか?」

「まぁな。巨大化しちまったら利点も失われちまうし」

「博士。そこをどうにかして頂きたい」

 

博士っておい。ガイみたいな奴ですね。

イメージが変わりましたよ、ケイゴさん。

 

「そこでだ。せめてロケットパンチだけでも再現したい」

「それでこそ博士です」

 

ロケットパンチね。

陸戦フレームにワイヤードフィストがあるけど、あれって攻撃力不足だもんな。

 

「拳の大きさ的にあんまり威力出ないんじゃないですか?」

「ああ。だからな。拳の大きさだけ大きくする事で解決するんだ」

「・・・それって、物凄く不恰好では?」

「馬鹿野郎。ロケットパンチを愛する気持ちさえあれば、不恰好すら格好良く見える」

「・・・・・・」

 

感動して言葉も出ない。

あ。ケイゴさんがそんな感じって事だよ。

俺はどっちかっていうと呆れている。

 

「そして、拳の先端に―――」

「えぇっと、構想は分かりました。完成したら教えてください」

「て、てめぇ、ここまで語らせといてそれかよ」

「中尉。私も最後まで聞きたいです」

 

そう非難の眼差しで俺を見ないで下さい。

二人とも眼がマジです。血走っています。

 

「夢を実現してこその男でしょう。夢を語るのもいいかもしれませんが、壮大な計画は黙々と進めるからこそカッコイイのです」

「・・・む」

「・・・一理あります」

「そして、あまりに人に夢を語り過ぎるといざという時・・・」

「いざという時?」

「ゴクリッ・・・」

「こんな事もあろうかと、が出来なくなります」

「ッ!?」

「・・・え?」

 

ショックのおっちゃんと首を傾げるケイゴさん。

ふっふっふ。これは技術職の人間にとって生涯に一度は叫びたい言葉なのだよ。

 

「・・・すまなかったな、中尉。俺が間違っていた」

「いえ。貴方なら出来る。そう信じているからこその言葉です」

「おぉ。眼が覚めたぜ。厳しい一言だが、正に真理だ」

 

感動してくれているみたいですね。

いや。助かりました。止められなければ日が暮れる所だった。

 

「それでは、俺達はそろそろ」

「おう。待っていろ! 必ず乗せてやるからな!」

 

・・・一応、楽しみにしていますよ。

どちらかというとガイに教えてあげたい。

乗せたら喜ぶんだろうなぁ、あいつ。

 

「あの、先程のはどういう?」

 

シミュレーション室へと続く廊下をケイゴさんと歩く。

ケイゴさんはさっきのが気になっているみたいだな。

困惑気味に話しかけてきた。

 

「博士というものはいざという時に秘密兵器を出したがる。そういう事です」

「・・・なるほど。確かにそのような描写がありました。あれが博士の理想なのですね」

 

・・・なんか勘違いしているみたいだ。

ま、いいか。困るのはおっちゃんだし。

俺じゃない。

 

「それにしても、驚きました。ケイゴさんはゲキ・ガンガーがお好きなようで」

「意外ですか?」

「ええ。ちょっと」

 

クールなイケメン副官。

実は熱血大好きでした。

ふむ。それはそれで面白いか?

 

「ゲキ・ガンガーは私を育ててくれましたから」

 

へぇ~。まるで木連の人達みたいだ。

 

「私ももう大人ですから。ゲキ・ガンガーの全てが正しいとは思っていません。ですが、いつまでも私はゲキガン魂を心に宿し続けるつもりです」

「いいんじゃないですか? いつまでも子供心を持つのって素晴らしい事だと思いますよ?」

「・・・理解して頂けるのですか?」

 

何? その意外な顔は。

 

「もちろんですよ。男ってのは子供心を失くしてはいけません」

 

と、ウリバタケさんが言っていました。ちょっと同意している僕もいます。

 

「・・・そうですか。貴方のような方が上司で良かったです」

 

いや。この程度で安堵されても困るのですが・・・。

 

「勧善懲悪。ゲキ・ガンガーの根本にあるのはそれです。大人になれば、必要悪の存在であったり、善い事の裏には打算があるという事も理解しなければなりません」

「別にそれが全てっていう訳じゃないと思いますよ。単純に打算なしで善い行いをする人だっていますし」

「え?」

 

そんなに世の中に悲観しなくてもいいんじゃないかな。

そりゃあ、そういう世の中なのは認めるけど、打算とか一々考えずに思った通りに受け止めてもいいと思う。

 

「向こうが打算で助けてくれてもこちらが助かったのは事実。それなら、向こうは打算だからと構えないで素直に感謝すればいいと思います」

 

なんでも裏を考えなくてもいいと思う。

実際、相手が何を考えているのかなんて分からない訳だし。

 

「・・・そんな考え方もあるんですね」

「ま、これは俺の考えですから。押し付けるつもりはありませんよ」

「いえ。良い参考になりました」

 

この人はこの人で何かを抱えている感じがする。

今はまだ相談してくれなんていえる仲じゃないけど、いつか、相談に乗れればいいな。

あ。俺も相談には乗ってもらうけどね。もちろん。

僕だって悩み多き若者なのだよ、うん。

 

 

 

 

 

「高機動戦フレーム。武装はディストーションブレード、イミディエットナイフ、ラピッドライフル。それでいいですか?」

「了解しました。フィールドは?」

「これからは地上戦が多くなりますからね。街中フィールドでやります」

「ハッ。御願いします。教官」

 

回りに回って漸くシミュレーター室に到達。

さっそくケイゴさんの実力を確認しましょう。

とりあえず、俺もCASでやってみるかな。

 

「では、始めます」

「了解」

 

CASはIFSと違うから、コンソールに手を置いてスタートとはいかない。

互いの了解を得てからスイッチを押してモニターに映像が出て、漸くスタートだ。

ま、こういう手順は別に手間取る訳ではないから問題ないけどさ。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

互いに無言で距離を取る。

ケイゴさんがどんなスタイルかは知らないが、俺のスタイルは変わらず遠距離からの射撃。

正直言えば、俺は一対一には向いていない気がするのだが・・・。

 

「ま、やるしかないよな。パターン変更。後方支援」

 

設定パターンを変更して、ラピッドライフルを片手に構える。

もちろん、銃口を既にカグラ機にロックオン済み。

両手に持つ時は連射したい時だけだ。

現状では通常機能で充分事足りる。

ラピッドライフルの性能も上がっているしな。

 

ダンッ!

 

試しに一発。

 

「・・・・・・」

 

うわ。軽く避けたよ、この人。

ま、正面から軽く撃っただけだからいいけど。

じゃあ、次は・・・。

 

ダンッダンッダンッダンッダンッ!

 

秘技燕撃ち。

解説しよう。これは頭上から股下にかけて・・・。

ごめん。なんでもない。

単純に身体の五つの部分を狙って、連続撃ちするだけ。

でも、回避行動が取りづらいように計算して撃っているから簡単に避けられる筈がないんだけど・・・。

 

「・・・瞬間離脱ですか」

 

多分、機動撹乱モードを使っているんだろうな。

あんな急発進で急加速したら首痛めるって。

流石は提督に極東の要にすると言われた男。

機動撹乱モードぐらいは既に使いこなしているって訳か。

 

「そこ!」

 

でも、俺とて甘くない。

アキトさんとどれだけ模擬戦をしてきたと思っているんだよ?

その程度の機動は既に飽きているっての。

 

ダンッ! カキンッ!

 

命中。ま、DFを纏った右腕で弾かれたけど。

凄いね。DF流動機能を使いこなしている。

この機能は任意の場所にDFを集中的に集める機能。

これのお陰でディストーションアタックが使える。

というよりも、その為に付けた機能なんだけど、まさか銃弾を弾く為に使うとはなぁ。

勉強になります。

 

「パターン変更。機動撹乱」

 

そろそろあっちも攻めて来るだろうし。

いつまでも後方支援重視じゃ接近されて終わる。

さて、俺もアキトさん直伝の機動を見せてあげようかな。

 

ダンッ!

 

撃ってきた。瞬間離脱。

 

「ツゥ。相変わらず心地の悪いGだ」

 

瞬間離脱とか心臓に悪い。

これは急発進、急加速を一瞬で行う心臓にもエンジンにも悪い行動だ。

機動撹乱のパターンにしかない特別回避。

ま、普通の人が使ったらすぐに意識を失うからこのパターンにしか入れてないんだけどね。

 

「流石ですね。瞬間離脱を使いこなすとは」

「いやいや。ケイゴさんも余裕で使っていたじゃないですか。俺はまだ慣れませんよ」

「ご謙遜を」

 

実際、最初は焦った。

自分で作っておいて、心臓持ってかれたもんなぁ。

あれだよ? ジェットコースターの落下時。

想像してごらん。

あれが左右上下どこに移動するときも味わえる状況を。

 

「では、行きます!」

 

ブオンッ!

 

うわ! 急接近かよ!

というか、ブオンッてブレードがDF纏う時ってそんな音が鳴るの?

どこかの光線剣じゃないんだからさ。

 

「クッ」

 

あれを受け止められるのは同じディストーションブレードしかない。

 

ブオンッ! キンッ!

 

か、間一髪。ギリギリ間に合った。

 

「中尉は何か格闘技を?」

「いえ。残念ながら、そういうケイゴさんは何かやっていそうですね」

「ええ。柔術と剣術を少し齧っています」

「な、なるほど」

 

現在の状況こそ最も力が発揮できる訳ですね。

しかも、あれでしょ? 距離を取らせないつもりですよね。

 

「えぇっと、来ますよね?」

「もちろん。行きます!」

 

クッ。

DFを纏ったブレードが絶える事なく襲い掛かってくる。

横に払われたり、縦に振り下ろされたり、袈裟に振られたり。

俺は全部どうにかギリギリで避けている。本当に強化された動体視力には感謝だ。

それに俺が作ったから、動きは何となく分かる。というか、そうでなければとっくに当たっているっての。

 

「流石ですね。全てを紙一重で避けている訳ですか」

 

すいませ~ん。それって勘違いなんですけど。

 

「あの、違いますよ」

「いえ。分かっています。教官程の腕前ならば私程度、簡単にあしらえるでしょうし」

「・・・・・・」

 

勘違いここに極まる。

 

「それでは、本気でいかせて貰います。パターン変更。カスタム」

 

あ。命名は安直です・・・って。

 

「うお!」

 

危なっ!

というか、独自カスタマイズだからパターンが分からん。

 

「クッ!」

 

ど、どうにかディストーションブレードをディストーションブレードで受け止める。

 

「受け止めましたか。流石ですね」

「それは齧った剣術とやらの型ですか?」

「ええ。自慢ではないですが、それなりの腕前ですよ」

「免許皆伝とか言いませんよね?」

「ははっ。もちろんですよ」

「そ、そうですよね。まさか免許皆伝なんて―――」

「ええ。もちろん、免許皆伝です」

 

う、嘘ぉ!

と、とりあえず、距離を取る。

たかがパターン、されど、パターン。

カスタムなら機動撹乱パターンの機動には追い付けない。

 

「もちろん、逃がしませんよ」

 

・・・読まれていますね。

ええ。分かっていますよ。鍔迫り合いの状態から背を向けるのは危険だって事ぐらいは。

やはり、ここは俺流奥義、キックですかね。そうでしょう。

 

「イメージ・・・じゃなくて」

 

IFSじゃないんだ。CASでDFを使う時は全て流動機能を用いる。

ま、防御する時は身体全体を覆うんだけどね。それもスイッチ一つさ。

 

「オラッ!」

 

一蹴!

といきたかったんだけどなぁ。

 

「一応、柔術も習っていますから」

 

軽く受け流されました。ついでにピンチです。

 

「フォロースルーが大き過ぎます。隙を突いてくださいと言っているようなものですよ」

 

正にその隙を突かれた。

鍔迫り合いの状態から押し切られ、体勢を崩される。

 

「終わりです」

 

迫り来る刃。でも、教官としては負けられないよね。

 

「フッ!」

 

バーニアを強引に吹かす。

ついでに流動機能で全面にDFを集中。

刃が機体を切り裂く前に突き放す!

 

「グッ!」

 

衝突の衝撃波は凄まじかった。

でも、DFを纏っていた俺以上にDFを纏っていないケイゴさんはダメージを喰らっている筈。

 

「・・・なるほど。フォロースルーの隙まで作戦の内でしたか。あえて隙を見せたのですね」

 

・・・勘違い深まり。

 

「流石です。メインカメラ、胸部装甲。どちらも削られました」

 

IFSじゃないエステバリスではメインカメラを破壊されるのは視力を失うようなもの。

まぁ、IFSでもそれは変わらないんだけど、IFSなら一応は視覚以外で情報を得られる。

でも、CASは完全にカメラに依存しているから、完全に失うようなものだ。サブカメラでは対応しきれない。

 

「視力を奪われた。私にはもう成す術がないですね」

 

・・・完全に運任せの戦闘だったんですけど・・・。

次やったら勝てるか分からない。むしろ、近付かれたら終わりだな。

対策を考えておかないと。・・・教官としてそう簡単には負けられない。

 

「とりあえず、終わりにしましょう」

「はい。後は少し離れてラピッドライフル連射で滅多打ちといった所ですか?」

 

いや。そんな事はしませんけど・・・。

貴方の中で僕はどういう人間なんですか?

 

「いえ。せっかくなのでディストーションブレードを試させて貰おうかと」

「そうですか」

「それと、諦めるつもりならその闘志みたいなのを抑えて欲しいですね」

 

バッと距離を取って告げる。

 

「お気付きですか?」

「諦めてないでしょう? サブカメラでも貴方ならやろうとする」

「無論です。接近してきたら斬り返すつもりでした」

 

だから、怖い。

この人は油断なんてさせてくれる人じゃない。

 

「ですが、ちょうどいいハンデですね。近接格闘では遥かに分が悪いですから、俺は」

「私もそうは甘くないですよ。視覚がない状態でも戦えます」

 

あれですか? 心眼って奴ですか?

なんつぅ武術を極めてんだ。この人は。

 

「胸をお借りしますよ」

 

現時点で接近戦に劣っている事は変えようのない事実。

それなら、己の力を試す場として利用させてもらう。

 

「ハァ!」

 

接近と同時に振り下ろす。

 

ガキンッ!

 

見えないっていうのにそんな簡単に受け止めますか。

次は横から!

 

ガキンッ!

 

斜め下から!

 

ガキンッ!

 

本当にメインカメラ壊れてんのかよぉ!?

 

「剣気が揺れています。それでは場所を教えているようなものですよ」

 

剣気ってなんだよぉ!?

 

「もっと研ぎ澄ますのです。剣は己が腕の延長。剣を振るんじゃない。己の腕を振るのです」

 

えぇっと、う、腕の延長ね。了解。

 

「ハァ!」

 

ガキンッ!

 

「そうです。それが剣術を扱う上での基本です」

 

な、なるほど。基本ですか・・・。

・・・というかさ、先生と生徒の立場入れ替わってない?

ま、参考になるからいいけどさ。

 

「中々良い太刀筋かと」

 

えぇっと、褒められるのは嬉しいけど、これってCASだから。

俺の太刀筋とは違うんだよねぇ。

 

「これってCASですから、俺の太刀筋じゃないですよ」

「いえ。太刀筋とは精神の鋭さ。淀みなき筋道の事です」

「えぇっと?」

 

よく分からんのだが・・・。

 

「それでは、次は私の番です」

 

という言葉と共に踏み込んでくるカグラ機。

あの・・・勘違いでしょうか?

さっきより鋭い気がするんですけど・・・。

 

「うお! うおお! うおッ!」

 

キンッ! キンッ! キンッ!

 

ど、どうにか弾く。

 

「やはり当たりませんか。その捌きには敬意を抱きます」

 

なんか物凄く勘違いされている気がするのだが・・・。

 

「そろそろ時間ですね」

 

あ。そういえば、時間設定していたな。

 

「今のままではダメージ量的に私の負けですね。ですから、私は制限時間ギリギリまで教官にダメージを与え続けて逆転してみせようと思います」

「それなら、俺は防ぎ通しますよ」

 

まぐれとはいえ、かなりのダメージを与えている事は確か。

なんだかんだいって無傷だしな、俺。

 

「ハァ!」

「ハッ!」

 

 

結局、あれからどうにか回避に防御を続けて俺がダメージ量で勝利した。

俺はほぼ小破で、ケイゴさんは単純に小破。本当に少しの差での勝利だった。

いや。負けはしなかったけど、教官としてこの成績はどうなの? って感じ。

教える事なんて何もないよ。殆ど互角だったし。

さて、さっきの模擬戦を見直して、反省会でもしましょうか。

 

「お疲れ様です。教官」

「あ。ケイゴさんもお連れ様です。今から反省会をしましょう」

「了解です」

 

そして、反省会を終えると・・・。

 

「どうでしょうか? 未熟な身ながら、柔術と剣術をお教え致しましょうか?」

 

・・・と提案された。

思わず唖然。

 

「え? いいんですか?」

 

ほら。そういうのって門外不出みたいなのがさ、あるんじゃないの?

 

「ええ。代わりに教官には射撃関連についてお教え頂きたいのです」

 

ああ。交換条件ですか。

 

「構いませんが、もしかして・・・」

「御恥ずかしながら、その通りです。射撃はあまり得意ではないんですよ。出来る事なら戦術の幅を広げたいんです」

 

い、意外だ。万能だと思っていた。

そういえば、接近戦以外仕掛けてこなかったよな。ケイゴさん。

 

「分かりました。こちらこそ御願いします」

 

というか、教官として教えるのは当たり前なんだよなぁ。

ま、互いに切磋琢磨して成長しあうというスタイルも悪くないか。

あぁ。なんか、あっという間に差を付けられる気がする。

ケイゴさん。恐るべし。

 

 

 

 

 

「カイゼル派の支持力を上げ、他派の支持力を下げる。その為には・・・」

 

まずはカイゼル派に活躍してもらわないといけない。

それは確定。その為のCASだ。

でも、他派の支持力を下げるってのがなぁ。

誰かを陥れるっていうのはちょっと・・・胸が痛む。

かといって、暗殺とかもっと嫌だしなぁ。

スキャンダルを発覚させるか? ハッキングで。

でもなぁ、それって犯罪じゃん。やっぱりやっていい事と悪い事があると思うんだよね。

今更とも思うけど、そのあたりはちゃんとけじめをつけるべきだと・・・。

あ。でも、裏金工作とかだったら遠慮いらないよね。罪人は罰するべし的な。

 

『マエヤマ君。ちょっといいかね』

「はい。何でしょう」

 

食堂でボーっとしていると提督から御呼びがかかった。

コミュニケは便利です。軍でも愛用されています。

さて、何だろう?

 

『私の執務室まで来てくれないかね』

「分かりました。すぐ向かいます」

『すまんな。頼む』

 

とりあえず、提督の執務室に行けばいいのね。

 

「カエデ。片付けといて」

「はぁ!? 嫌よ。自分で片付けなさい!」

「提督に呼ばれてんだよ。頼む」

「嫌。自分で食べた物は自分で運ぶ。これ常識よ」

「お前は俺の母親か」

「ふんっ。私が母親だったらもっと良い子に育っているわ」

「ないない。そもそもお前には相手が見付からん」

「はぁ!? 失礼ね。私を求める男なんて幾らでも―――」

「あぁ。カエデ。遂に壊れてしまったんだな」

「し、失礼ねぇ」

「はいはい。夫婦漫才はいいから、カエデちゃんは片付けてきて」

「「夫婦漫才じゃない!」」

「息もピッタリじゃない」

 

・・・あ。ぐ、偶然だっての。

 

「ほら。急いでいるんでしょ」

 

そ、そうだった。

 

「す、すまん。頼んだぞ。カエデ」

「ちょ、ちょっと、コウキ。・・・仕方ないわね」

 

助かる。今度なんかお礼するから。

 

「・・・なんだかんだいって片付けるんだから。若いわねぇ・・・」

 

・・・楽しそうだね。おばちゃん。

 

 

 

 

 

「マエヤマ特務中尉。参りました」

「御苦労」

 

ノックしてから、執務室に入る。

うむ。相変わらずの立派なカイゼル髭だな。

言葉には出来ません。

 

「御用件は何でしょうか?」

「うむ。まずは昇進についてだ」

「昇進・・・ですか?」

 

俺っていつの間にか何かしていた?

 

「そうだ。君が開発したCASの有効性が認められてな」

「認められたってどのようにですか?」

「西欧支部、北欧支部、北米支部、南米支部で、木星蜥蜴との戦闘に功績を挙げた。それらは君が鍛えたパイロットの力が大きい」

「えっと、要するにCAS開発者と教官としての功績ですか?」

 

それはちょっと困るんだよなぁ。

CAS開発者として昇進されるのはちょっと。

 

「表向きは教官業と武装調整だな。新武装の調整により、軍戦力の底上げが出来たという事になっている」

 

ああ。ディストーションブレード、改めDBと大型レールカノンの事ですね。

大型レールカノンには苦労しました。ですが、これで多くのフレームで使える汎用性の高い武装になったのです。

頑張った。頑張ったよ、俺。

 

「CASの開発、武装調整による戦力の向上、教官業による戦力の充実。その結果、昇進と相成った」

 

ま、まぁ、頂けるものは頂いておきますけど。

 

「今後は特務大尉として活動してくれたまえ」

「ハッ!」

 

という訳で階級章を頂きました。軍服は変わらず。

佐官になると軍服も変わるそうですね、はい。

 

「まず、という事は他にも」

「うむ。君はハッキングが得意なそうだね?」

 

えぇっと、もしかして、公認で犯罪をしろと?

 

「あの・・・何を調べさせるおつもりですか?」

「私達には知らなければならない事が山のようにある。違うかね?」

「そ、それはそうですが」

 

その為にハッキングをしてもよろしいのですか?

 

「隠された秘密。情報操作をしていようともどこかしらに痕跡がある筈。君にはそれを紐解いて欲しい」

「木連の事ですか?」

「その通りだ。そして、軍内における悪しき者を罰する為の証拠も欲しい」

「え、えぇっと、そんな事をして大丈夫なんですか?」

「バレれば唯では済まんだろうな」

 

おいおい。それだけで済ませんなよ、です

・・・失礼。噛んではいませんが、噛みました。

 

「しかし、痕跡を残すようなアマチュアではないのだろう?」

「提督。私の望みは唯一つ。戦争後の平穏な生活です。もし、私が周りにそういう事が出来ると知られたらどうなりますか?」

「・・・うむ。確かに狙われるな」

 

そう、誰にだって狙われる。

人にはなんとしても隠したいものがあるんだ。

それを暴ける人間を放っておける訳がない。

 

「申し訳ありませんが、お断りします」

「・・・そうか。いや。分かった。無理はさせまい」

 

すいません。上司命令であれば従わざるをえないのに。

本当に提督が良い人で助かります。私は貴方以外の下には就きません。

 

「ですが、そうですね。どうしても暇で遊んでいたら偶然暴いてしまったような情報なら別に渡しても構いませんよ」

「む!? そ、そうか。我々には君の趣味にまで何か言う権利はないからな」

「ええ。あの・・・すいませんが、万が一の時は」

「分かっておる。私が責任を取ろう」

 

ここまで恩がある提督に恩返ししても罰はあたらんだろう。

罪人に罰を与えるだけだしな、うん。

それに、趣味で偶然暴いてしまったんだ。

やはりそういう時は上司に教えるべきだよな、うん。

ホウレンソウだよ。報告だよ。連絡だよ。相談だよ。

 

「すいません。ご命令には従えません」

「うむ。了解した。引き続き、業務に当たってくれたまえ」

「ハッ!」

 

さてっと、公認犯罪なんて初めてだぞ。

ま、いつもより慎重にやれば大丈夫だろう。

うん。頑張りましょう。・・・頑張れる程度に。

 

 

 

 

 



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ここにいる意味

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「今頃、どうしているのかなぁ?」

 

コウキ君が去って、ナデシコが月に向かってから色々あった。

月の都市が襲われて、月面フレームっていうのにヤマダ君が乗って大騒ぎ。

 

『争いたい訳じゃねぇ。だがよぉ! 拳でしか分かり合えない事もあるんだよ!』

「ガイさん! 人間同士で争う必要なんてないんです!」

『そんなこたぁ分かっている! だけど、だけどな、ここで退いたら町はどうなるんだ!?』

「・・・ガイさん」

『分かってくれ、メグミ。俺だって戦いたくて戦っているわけじゃねぇ。木連の事を聞いた時だって俺は木連にゲキ・ガンガーを感じ、地球にキョアック星人を感じた』

「・・・でも・・・でも・・・」

『でも! だからといって、何の罪もない人達が犠牲になるのを俺は黙って見てられねぇんだ!』

「・・・・・・・」

 

といった感じ。

向こうのジンという機体に対し、ヤマダ君は月面都市を守る為に戦い抜いた。

メグミちゃんにも何か思う事があったんだと思う。

それから数日間は二人が顔を合わせる事がなかったんだもの。

ま、その後は思わず殺気を出してしまう程のバカップルに戻っていたけんだけど・・・。

殺気なんか出ないけどね。やっぱり私としては見ていると寂しくなっちゃんだよなぁ。

はぁ・・・。早く戻ってこないかな、コウキ君。

 

「ミナトさんはどうしてあの人を逃がしたんですか?」

「あの人って?」

「シラトリさんです」

 

ルリルリにそう訊かれる。

どうしてって言われてもねぇ。

 

「おかしいかな?」

「いえ。その理由を教えて欲しいんです。前回もミナトさんはシラトリさんを逃がしましたから」

「あら? 私ってそんな事をしたの?」

 

へぇ。流石は私。

 

「え? 知っていてやったんじゃなかったんですか?」

「違うわよ。確かに私はコウキ君から色々と聞かされているけど、自分の事は何一つ聞いてないの」

「・・・そうだったんですか。どうしてか聞いてもよろしいですか?」

「ええ。いいわよ。といっても理由は簡単。自分の運命が決まっているだなんて信じたくなかったから」

「運命・・・ですか?」

「そうよ。私が未来でしてきた事を知り、その上で行動なんてしても面白くないでしょ?」

「お、面白くないですか?」

「ふふっ。だって、それって結局は経験もしてない運命に縛られているって事じゃない? 私の事は私が決める。未来の私に左右されたくないの」

 

私が誰かを好きになった。だから、私もこうする。

ううん。今の私が好きなのはコウキ君。私自身が決めて、私自身が選んだ。

この選択に未来の私は何の関与もしていない。

だから、胸を張って言えるの。コウキ君が好きだって。

 

「人生何があるか分からないから素敵なんじゃない。未来を知るっていうのは私にとって楽しみを奪われるみたいなものよ」

 

どっちが正しい? どっちが最善?

そんなの元から決まってないのよ。

数ある選択肢から何を選んでも、後戻りなんて出来ないんだもの。

だから、いいんじゃない。選んだ道を堂々と進める。

もしああだったらなんてIFの事を語っても虚しいだけよ。

ま、私も人間だから、後悔はするけどね。何度だって。

 

「ルリルリは未来を知りたい?」

「それはこの世界でのという事ですか?」

「もちろんよ。この世界が今のルリルリの世界。既にルリルリを縛る運命の鎖はないんだから」

 

パチッとウインクなんかしてみる。

 

「私は未来を知るのが怖いです。私達が改変した未来がどうなっているのか。もし変わってなかったらと思うと・・・」

 

そう言って震えるルリルリ。

そうよね。怖くない筈がないわよね。

 

「怖がったっていいのよ。ルリルリ」

「え?」

「怖いから強くなろうとする。怖いから変えようと頑張れる」

「・・・ミナトさん」

「怖くて当たり前じゃない。だから、怖がっていいの。その為に私達がいるんだから」

 

皆で変えようって約束したんだもの。

怖いから団結する。それでいいじゃない。

 

「はい。そうですね」

 

そう言って笑うルリルリが歳相応の可愛らしい笑みで・・・。

 

「ルリルリ~」

「ミ、ミナトさん」

 

抱き締めてしまったのは仕方のない事だと思うのよ。

 

「ところでYユニットってどうなっているの?」

「調整中ですね。接続はほぼ完了しています」

 

ちなみに、現在月面都市でYユニットの調整中。

シャクヤクっていう同型艦だから、接続できる筈っていう艦長の提案だけど・・・。

 

「ちょっと無理があったんでしょ?」

「ええ。一応、こちらで調整してみたので、大丈夫だとは思いますが」

 

Yユニットに木連の何とかっていう敵が侵入して大変な事になったらしい。

聞いた話だから、詳しくは分からないけど。

調整したって事はもう大丈夫なのかしら?

 

「この後は?」

「コスモスに合流して最終調整ですね」

 

ふ~ん。コスモスに合流か。

私としては早く地球に戻りたいんだけどなぁ。

・・・駄目みたい。う~ん。寂しいなぁ・・・。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「教官。どうかしましたか?」

 

さっそく柔術と剣術を習っているのですが・・・。

 

「・・・いや。ボロボロだなと」

 

・・・ええ。全くもって歯が立ちません、はい。

 

「流石にすぐには負けられません。ですが、筋は良いかと。何より身体能力は私以上です」

 

そりゃあ、ナノマシンで強化されていますからね。

 

「私自身、身体が衰えぬよう鍛えているつもりですが、更に上がいるとは・・・」

 

あ。予備知識。ケイゴさんって軍内での体力テストいつも基地内トップらしい。

涼しい顔して厳しい訓練を軽くこなすクールなイケメン。

うん。軍の女性がキャーキャー言うのも頷ける。

 

「それなりに鍛えていますから。いずれはケイゴさんと互角に戦えるようになりたいですね」

「私もそうなっていただけると嬉しいです。そうなるよう鍛えさせて頂くつもりですが」

「変な事を訊きますが、ケイゴさんは周りと比べてどれくらい強いんですか?」

「私は同じ流派の者達の中では五指に入ると自負しています。門下生時代は友人と切磋琢磨したものですよ」

 

うわ。五指に入るだって。

どれくらいの人数がこの流派を習っているかしらないけど、凄すぎじゃない?

なんか物凄く遠くなった気がする。

 

「時間がある限り、お教えしましょう」

 

・・・助かります。

 

「次は射撃訓練でしたよね。御願いします」

「はい。いきましょう」

 

ハッハッハ。射撃訓練では俺の方が上だ。

それ故に、偉そうに出来る。ハッハッハ。

はぁ・・・。ガキだな、俺。

 

 

 

 

 

「うわ。なんて裏金。税金なのに・・・」

 

現在、趣味のハッキング中。

軍内部の裏について調べています。

あ。趣味なので、調べるだけです。

もしかしたら、間違って誰かにデータを送ってしまうかもしれませんが。

 

「カイゼル派にとってどの派閥が邪魔なのかな?」

 

ま、とりあえず調べて全部提督にデータを提出しておけば問題ないか。

・・・おっと。間違って送っちゃっても仕方ないかな、だった。

 

「とりあえず―――」

『マエヤマ君。ちょっといいかね』

 

ん? またもや提督から連絡。

今度は何だ?

 

「何でしょう?」

『紹介したい者がいるんだが、いいかね?』

「分かりました。向かいます」

『頼むよ』

 

うし。とりあえず調べてデータを軽く纏めて、ついでに提出しちゃおう。

パーッと簡単に纏めて・・・。

 

「失礼致します」

 

執務室に到着。

あれ? あのキノコヘッドは・・・。

 

「紹介しよう。ムネタケ・ヨシサダ参謀だ」

「よろしく。マエヤマ君」

 

・・・やっぱり。劇場版にチロッと登場したキノコ父。

ここにキノコ提督がいる訳ないしね。

そういえば、ミスマル提督の親友っぽい扱いだったな。

 

「こちらこそよろしく御願いします」

 

刻まれた皺は英知の証。外見瓜二つだけどオーラが違う。

なるほど。キノコ提督が尊敬していると言っていたけど、なんか納得できた。

 

「私の息子が迷惑をかけているようだね」

「え、えぇっと・・・」

 

激しく肯定したいけど、出来る訳ないでしょ。

なんて厳しい質問。もしかして、揺さぶられています?

 

「いや。分かっているんだ。最近の息子の状態ぐらいは」

「あの、提督に何かあったんですか?」

 

言い方は悪いけど、どこか歪んでいるというか、捻れているというか。

 

「昔は優秀だったんだよ」

 

苦笑しながらそう告げるムネタケ参謀。

唖然としちゃったのもおかしくないと思うんだ。

 

「息子の自慢をするようで悪いけど、あいつは士官学校も首席で卒業しているんだ」

「しゅ、首席ですか?」

 

そ、それって滅茶苦茶有望で優秀じゃないか。

あのキノコ提督が? 嘘でしょ?

 

「よく父である私にも理想を語っていたよ。俺が軍を引っ張っていく。汚職なんかせずに軍人としての模範となる、とね」

「・・・・・・」

「頼もしく思ったものだ。あいつなら私を超えて、軍を良い方向に引っ張ってくれる軍人になれると。私はそう思っていた」

 

キノコ提督はそんなに真っ直ぐな理想を掲げていた。

それなのに、今は出世の為なら手段を選ばない軍人としてあまり褒められない人間になっている。

それだけ提督の考えを変えてしまう何かがあったって事か?

 

「でも、あいつは過酷な現実の前に挫折してしまったんだよ。それは我々にも責任があるんだけどね」

「過酷な現実とは?」

「軍があいつの望む、あいつが思い浮かべていた軍ではなかったという事さ」

 

そういえば、原作でも何か言っていた気がする。

あまりにも酷い軍に絶望したって。

 

「変わってしまった。誰もがそう思うがね。私はまだ信じているのだよ」

「提督を・・・ですか?」

「そう。私に理想を語ったサダアキはまだ完全には屈していない。きっかけさえあれば昔のサダアキに戻る筈だ、とね」

 

・・・なんか父親って良いなと思った。

あれだけ変わってしまえば、もう放っておく親だっていると思う。

でも、この父親は見限らず息子を信じている。

彼ら親子の絆は深いんだろうな。

父を尊敬し、あまりにも気高い理想だったが為に、崩れたギャップでああなってしまった息子。

それでも、息子を信じ、待ち続ける父親。

やっぱり親子って凄い。

 

「おっと、話が逸れてしまったね」

「いえ」

 

良い話を聞かせて頂きました。

 

「マエヤマ君。ムネタケ君は我々の頭脳だ。何かあったら彼に相談してくれ」

「了解しました。何かありましたら参謀に報告します」

 

要するにハッキングデータはムネタケ参謀に提出しろって事ね。

その後で、参謀が纏めて、どう効果的に用いるか決めるからって。

うん。俺なんかより参謀にお任せした方がずっと良いよね、確かに。

とりあえず俺はハッキングしまくって参謀に提出しまくればいい訳だ。

うん、分かりやすくて良い。

 

「うむ。用件は以上だ」

「ハッ。さっそくですが、ご相談に乗って頂けますか?」

「それじゃあ私の執務室に行こうか」

「了解しました」

 

提督の部屋に出入りしまくっていると怪しまれるというのもあるんだろうなぁ。

でも、参謀の部屋に出入りしまくるっていうのも同じくらい怪しまれる気がする。

そもそも怪しまれるっていうのも後ろめたさから来る被害妄想かもしれんが・・・。

う~ん。どうなんだろう?

 

「こちらになります」

 

執務室に着いたら、さっそく提出。

俺としてはいつまでもこんな危険な資料を持っていたくない。

 

「ほぉ。これだけのデータを」

 

紙媒体の資料をパラパラ捲る参謀。

情報漏洩が怖いので、紙媒体です。

これならきちんと保管すれば誰にも見られないしね。

そこの所、頼みますよ、参謀。

 

「すまんね。こんな危険な事をさせてしまって」

「いえ。趣味の一環でやっている事ですから」

「そういう設定だったね」

 

設定って、おいおい。

 

「万が一には私も君を護る為に動く」

「あ、ありがとうございます」

「聞いたよ。君は普通の生活がしたいって」

「はい。今は軍に協力しているという状況ですが、戦争が終わり次第普通の生活をしたいと思っています」

「なるほど。それなら・・・」

 

それなら?

 

「すぐにでも協力を辞めた方がいい」

「・・・え?」

 

それって・・・。

 

「君の優秀さは証明された。このまま軍に居続けてしまうと容易に軍から抜けられなくなる」

「し、しかし・・・」

「しっかりと考えた方が良い。絶対とは言わんが、このまま軍に協力し続けたら、普通の生活に戻れなくなる可能性もあるのだから」

「・・・・・」

 

・・・俺は平穏な生活をしたい為にここにいる。

ここで俺に出来る事をしなければ、きちんとした形で戦争を終えられないと思っているから。

でも、その代わりに平穏を捨ててしまう事になったら・・・。

そんなの意味がないじゃないか。何の為に俺はここにいるんだよ・・・。

 

「私は戦争が終了次第、君を解放したいと考えている」

「・・・・・・」

「だが、私やコウイチロウの権限でそれが可能かは分からない」

「それは、他の方が俺を欲すると?」

「その可能性があるという事だ。それに、軍を辞めた所で君が軍で残した功績が消える訳ではない。いずれ、また軍から徴兵されてしまうかも知れん」

「・・・・・・」

 

それじゃあ何の意味もない。

俺はただ普通の生活をしたいだけなのだから。

 

「ここで君に抜けられたら困る事は事実だ。でもね、私達は一般人に軍人としての役割を求めようとは思わない。軍人になるつもりなんてなかったんだろう?」

「ええ。まぁ・・・」

「それならば、君は我々が護るべき市民だ。護るべき市民に軍人として犠牲になれとは言えないし、言わないよ」

「・・・考えてみます」

「そうして欲しい。後悔だけはしないように」

「・・・はい」

 

参謀の執務室から出る。

 

「はぁ・・・」

 

少し軽く考えていたのかもしれない。

そうだよな。すんなり軍を辞められるかなんて分からないもんな。

・・・ふぅ。どうすればいいんだろう? 俺。

 

 

 

 

 

「何、ボーっとしてんのよ」

「ん?」

 

食堂。・・・あ。晩飯食いに来ていたんだっけ。

 

「大丈夫? なんか顔色悪いわよ?」

「いや。大丈夫」

 

色々と考えていたら頭がこんがらがっちゃっただけだし。

 

「お前が心配してくれるなんてな」

「当たり前じゃない。心配ぐらいするわよ」

「そっか」

 

意外と優しい所あるじゃん。

 

「どうかしましたか?」

「あ。ケイゴさん」

 

ケイゴさんも合流。

 

「夕飯ですか?」

「ええ。毎日美味しくて。食事が楽しみで仕方ありませんよ」

「だってさ、カエデ」

「ふ、ふんっ。当たり前じゃない。私が作ってんのよ」

 

おばちゃんもだけどな。お前だけではなく。

 

「それで、何かあったのですが? 深刻そうでしたが」

「こいつが暗かったから声をかけてみただけよ」

「そうでしたか。どうかしたのですか?」

 

相談してみようかなぁ。でも、もうちょっと自分で考えたい。

 

「いや。なんでもないよ。大丈夫」

「そう。何かあったら言いなさいよ。少しぐらいなら力になれると思うから」

「私でも構いません。教官にはお世話になっていますから」

「あ、ありがとう」

 

な、なんか優しくない? 二人とも。何かあった?

 

「カエデ。いつものを御願いします」

「自分で頼みなさいよね、まったく」

 

と言って俺の正面に座るケイゴとキッチンに向かうカエデ。

あれ? なんかいつの間にか仲が良い?

 

「いつの間に呼び捨てになったんですか?」

「毎日のように食堂にお世話になれば話す機会ぐらいありますよ。同じ副官同士ですし」

 

あ。そういえば、カエデも俺の副官扱いなんだよな、一応。

すっかり忘れていた。

 

「大丈夫ですよ。教官の恋人を取るような事はしません」

「だから、恋人じゃないですって」

 

いつまで勘違いしているんだか・・・。

 

「彼女は素敵な女性ですね。少し勝気な所がありますが、心優しい前向きな女性です」

「えぇっと、惚れました?」

 

なんか大絶賛なんですけど・・・。

 

「ですから、恋人は取りませんよ」

「違うんですってば」

 

まずは勘違いを解かなければ。

 

「どこか惹かれる所があるんです、彼女には」

 

へぇ。あれかな?

お互いに被害者だから、共感できる所があるみたいな。

いや。こんな暗い理由じゃないさ。

もっと、こう、なんというか、明るい理由だよ、きっと。

 

「今度は何を考えてんのよ?」

「うお! 何だ。カエデか」

「何だとは失礼ね。はい、ケイゴ」

「ありがとうございます、カエデ」

 

配膳お疲れ様。いや。何かこの二人って並ぶと絵になるね。

黙っていれば可愛いカエデとクール系イケメンのケイゴさん。

容姿的にはバッチリ過ぎる。モデルみたいな二人だもんなぁ・・・。

羨まし・・・って、なに、俺、劣等感なんか覚えてるんだ。

俺は俺。そして、俺の彼女はモデルみたいなミナトさん。

全然、問題ないじゃないか。

 

「いやいや。なんでもないよ」

 

うん。なんでもない。なんでもない。

 

「ま、ゆっくり食べてなさい」

「頑張れよぉ」

「頑張ってください」

 

去っていくカエデにエールを送ってみた。

意外とケイゴさんもノリがいい。

 

「教官。明日は・・・」

 

それからは所謂軍のお仕事についてのお話。

真面目だねぇ。ケイゴさんは。

はぁ・・・。なんか考えが纏まらない。

部屋でゆっくり考えるとしよう。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「おし。今日もセレセレの所に行こう」

 

コウキ君がいなくなってからずっとセレセレは元気がない。

コウキ君を慕っていたセレセレの事だ。きっと寂しがっているんだろうなぁ。

という訳で決行したお泊り会。それが今では日常となっていた。

 

「セレセレ。来たよ」

「・・・ミナトさん。いらっしゃい」

 

ベッドの上、テディベアを抱き締めながら出迎えてくれるセレセレ。

部屋にいる間はずっとテディベアを抱き締めているらしい。

多分、コウキ君のいない寂しさをテディベアに抱き付く事で紛らわしているんだと思う。

ま、可愛らしい事この上ない光景なんだけれども。

 

「今日はどんなお話しよっか」

 

ベッドの近くにある椅子に座ってセレセレに話しかける。

最近はいつもそんな感じ。

二人で色々な事を話して。

二人でお風呂に入って。

二人で一緒に眠る。これにはもちろんテディベアが付くけどね。

なんだか、話に聞いた親子みたいで、ちょっとくすぐったい。

 

「おやすみ。セレセレ」

「・・・おやすみなさい。ミナトさん」

 

テディベアに抱き付いて眠るセレセレを後ろから更に抱き締めて眠る。

だって、ほら、テディベアに負けたみたいで嫌じゃない。

ふふっ。冗談よ。ただそうしたいからそうしているだけ。

静かな寝息をたてて、可愛らしく眠るセレセレ。

テディベアに抱き付いて、安らかな寝顔を浮かべるセレセレはどんな夢を見ているんだろう?

ちょっと頬を緩める。うん。やっぱり気になるなぁ。

 

「ふふっ。可愛い」

 

柔らかいほっぺたを指先でつつく。

私にとっても安らぎの時間。

 

「もっと可愛らしいその笑みを見せて欲しいんだけどなぁ」

 

コウキ君がいなくなってから笑顔になる事が少なくなったような気がする。

私の勘違いかもしれないけど。

でも、こうして、眠っている時はいつも幸せそうな笑みを浮かべている。

出来れば、いつでもこんな笑顔を見ていたいんだけどなぁ。

早く戻ってきなさいよ、コウキ君。

セレセレがこんなにも寂しい思いをして待っているんだから。

それに、貴方だってセレセレの笑顔が見たいでしょ?

皆、貴方の帰りを待っているんだからね。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「ご苦労様だったね、マエヤマ君。これだけの情報があれば、状況を覆せるよ」

「そうですか。それは何よりです」

 

趣味の一環で集めたデータを提供。

俺に出来るだけの事をした、うん。

これ以上は無理。絶対に無理です。

 

「それで、答えは得たのかな?」

「ええ。決めました」

 

派閥の一員としてカイゼル派を盛り立てていくか。

あくまでナデシコの一員として、ナデシコを護る為に戦うか。

 

「俺はナデシコに護りたい人がいます。俺のやるべき事はナデシコを護るというもの。ただそれだけです」

「・・・そう。分かった」

 

そう言って参謀は席を立つ。

 

「付いて来てくれるかな」

「ハッ!」

 

ムネタケ参謀の執務室を退室し、廊下を歩く。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

俺も参謀も無言だ。

きっと向かう先はミスマル提督の執務室。

俺には提督に言わなければならない事がある。

 

コンッコンッ。

 

「私だ」

「ヨシサダか。いいぞ」

「失礼するよ」

「失礼します」

 

参謀の後に続く。

 

「ん? マエヤマ君もかね」

「コウイチロウ。提案があるんだが」

「何だね? ・・・まぁ、何となく予想は付くが。とりあえず座ってくれ」

 

執務室にある来客用のソファ。

そこに腰掛け、正面の提督を見詰める。

 

「さて、用件を聞こうか」

 

聡明な提督の事だ。

聞くまでもなく理解している。

でも、言葉にしなければいけないと思う。

 

「提督。私はナデシコの一員です」

「うむ」

「今まで、私はテンカワさんと提督の目的に賛同し、協力してきました」

「・・・・・・」

「ですが、私はあくまでナデシコの一員です。現在、ナデシコは徴兵という形で軍隊入りしていますが、私の中でナデシコと軍は別物であると割り切っています」

「それは、現在の地位を捨てても構わないという事かね?」

「はい。むしろ、私には不要の階級であり、不要の名誉です。技術士官という立場も特務大尉という立場もお返し致します」

「・・・そうか」

 

俺がここにいるのはアキトさんが未来を変えたいと言ったから。

そして、その為に軍内部で権力が必要だったから。

その為に俺は軍に協力したまでだ。

俺とてあんな未来を変えたいとは思っている。

だが、既に未来は変わりつつあり、もはや俺個人の力だけでどうなる事ではない。

CASを開発し、教官としてパイロットを育て、武装の調整をした。

先程提出したハッキングデータは俺にとって最後の義理立てだ。

あれは勢力を逆転させるだけの証拠と成り得る。

最後だからこそ、このデータに関しては全力を尽くした。

俺がカイゼル派に出来る最高の贈り物だったと自負している。

これだけの事を俺はしてきたんだ。

既に俺に与えられた役目は充分に果たしていると思う。

それならば、俺は本来の役目に戻りたい。ナデシコを護るという本来の役目に。

 

「そうか・・・」

「・・・・・・」

「分かった。君の意思を尊重しよう」

「ハッ。ありがとうございます」

「ハハハ。普通の軍人であれば降格されれば落ち込むというのに逆の反応。君にはやはり軍人は似合わないよ」

「最高の褒め言葉です、参謀」

「そうかね」

 

執務室に笑い声が木霊する。

提督も参謀も、そして、俺も笑っていた。

本当に上司らしくない気の良い人達だと思う。

軍人に似合わない? それは要するに一般人だと言われているようなもの。

俺はあくまで一般人だ。

そう言われるのはむしろ嬉しい。

 

「そうなると一つだけ問題がある」

「・・・キリシマの事ですね」

「ああ。現在のナデシコは私の管轄外。キリシマ君を、火星人をナデシコに戻す事は出来ない」

 

カエデはナデシコにいられない。だから、こちらで保護してもらった。

ナデシコの立場も状況も変わっていない以上、カエデをナデシコに搭乗させる事は出来ない。

 

「では、管轄外でなくせば良いのです」

「それはナデシコの利権を私側が得ればいいという事かな?」

「ええ。その通りです」

「しかし、キリシマ君の為にそこまでの事は―――」

「いえ。キリシマだけの為に言っているのではありません。他にも理由はあります」

「他の理由かね?」

「はい。テンカワさんが乗っているという点もありますが、何よりナデシコはこれから重要な役目を担ってくれるからです」

「重要な役目? それは何故かね?」

「戦力的な点もありますが、彼らが一度木連に接触しているという点が一番大きい」

「・・・なるほど。ナデシコがもしかしたら橋渡しの役目を担ってくれるかもしれないという訳だね」

「はい。ナデシコのクルーの事です。木連側と接触し、木連の生い立ちを聞けば、必ず和平を申し出るでしょう」

 

原作ではそうだった。そして、今回も必ずそうなると確信している。

俺が画面越しではなく実際に知り合ったナデシコクルーだ。

彼らがどうするかなんて原作を見ていた時以上に理解している。

 

「彼らが和平を申し出た時、管轄内にあれば、後押しも出来るし、行動を規制する事も出来ると思うんです」

「後押しは分かるが、規制とは?」

「たとえば、和平交渉を勝手にやられたり、和平交渉に必要な物品を勝手に向こう側に渡したり。そのような事を防ぐ為です」

「・・・ふむ。しないとは思うが、確かにその危険性もなくはないな」

 

・・・いえ。娘さんは前者をしましたし、後者も似たような事をしました。もちろん、本意ではなく、不本意な結果ですが・・・。

 

「どちらにしろ、ナデシコはこれから大事な役目を担ってくれる頼もしい艦です。違う管轄で味方にするよりはきちんとした形で指揮下に置いた方がやりやすいかと」

「・・・そうだな。理解した。だが、その方法が―――」

「参謀。貴方なら、出来ますよね?」

「ハハハ。それを君が言うのかい?」

 

苦笑する参謀。

だってね、その為のデータだし。

 

「どういう意味だね?」

「彼が仕入れてくれた情報の中に極東方面軍司令官のスキャンダルが載っているのだよ」

「そ、それでは・・・」

「ああ。司令官を失脚させた上でコウイチロウを極東方面軍の最高責任者に出来る」

 

参謀ならそういう事だって実現してくれる筈。

それだけの能力が参謀にはある。伊達に参謀ではないのだ。

・・・なんか偉そうだな、俺。

 

「ナデシコが極東方面軍に配属されている以上、最高責任者になったミスマル提督になら配属を自由に出来る権限があります」

「そうか。だが、あくまでナデシコは独立部隊とする。そうでなければ力を発揮しないだろうからな」

「そうですね。それならば、提督の直属部隊としてしまえばよろしいかと」

「ふむ。そうしよう」

 

ナデシコは独立部隊でないと力を発揮しない。

それが真理であり、独立部隊としている事は意地悪でもなんでもないのだ。

ナデシコの性能。DFという盾にGBや相転移砲という矛。

それらを活かすには単独行動の方がナデシコにとって遥かに効率がいい。

 

「しかし、いきなりは不可能だぞ」

「承知しています。そのあたりはキリシマを説得しますから」

「うむ。了解した。ナデシコが地上に戻り次第、君の身柄はナデシコに戻そう」

「ハッ。ありがとうございます」

「なに。君は私達の期待以上の功績を残してくれた。感謝こそすれ感謝される筋合いはないよ」

「いえ。キリシマの件など、私にも感謝する理由があります」

「そうか。君の功績に昇進という褒美が出せない以上、君に頼まれたキリシマ君は必ず私達で護ろう」

「御願いします。提督」

「ふむ。次は司令と呼ばれる立場にいたいものだ」

 

貴方なら必ず司令として責務を全うしてくれると信じています。

 

「カグラ君には君の副官から外れてもらう事になるな」

「カグラはその後、どうなるのですか?」

 

ケイゴさんにはお世話になった。

異動になる前にきちんと話しておきたい。

 

「ちょうど良い機会だろう。彼には小隊を任せる」

「カグラ小隊ですか?」

「ああ。極東方面軍の要となってもらうと以前言ったな。それを実行するまでだ」

「カグラは要になれるだけの能力があります。それは私が保証しましょう」

「教官からのお墨付きをもらえれば安心だな。彼の下には同じ訓練生をあてがおう」

「私が教官として教えられる事は全て教えました。彼らなら期待に応えてくれる筈です」

 

ケイゴさんを筆頭に、皆、筋の良いパイロットだ。

俺の代わりにナデシコにいっても充分活躍できる。

それだけのパイロットに育て上げた自信がある。

 

「そうか。君には本当に世話になったな。今の我々が一つの派閥として活動できるのは君のお陰だ」

「いえ。そんな」

「謙遜なんぞしなくてもいい。CASがなければ我々は木連に対抗できなかった。君が教官として鍛えてくれなければパイロットは戦力にならなかった」

「そんな事はありません。彼らが成長したのは彼ら自身の力です」

 

教えたのは俺。でも、応えてくれたのは彼らだ。

俺はちゃんと知っている。彼らが仕事として与えられた時間外にも訓練に勤しんでいた事を。

俺が育て上げたんだという思いはある。だが、彼らの力は彼らの物で、俺は少し後押ししただけだ。

教育なんてやる気を促すだけだと俺は考えている。努力したのは彼ら自身だ。

 

「そうか。だが、それだけではない。こうして我々の派閥にとって何よりも必要としていたデータまで集めてくれた」

「君の情報がなければ私も何も出来なかったと思う。私からも感謝させて欲しい」

「派閥があるのも君の尽力のお陰かもしれんな」

 

・・・いや。それは言い過ぎだと思うんですけど。

 

「感謝しよう。マエヤマ君」

「感謝する。マエヤマ君」

 

えぇっと、将来の連合宇宙軍総司令官とその参謀に頭を下げられてしまいました。

どうしましょう? というより、恐れ多い。

 

「えっと、頭を上げてください。提督、参謀」

 

うん。とりあえず、心苦しいので。

 

「私に出来るだけの事はしました。同じ目的を持つ同士、私が協力しないのもおかしな話かと」

「しかし・・・」

「でも、それ程に私に恩を感じていただけるのなら・・・」

 

正面から二人を見詰め、ハッキリと告げる。

 

「なんとしても目的を果たしてください。私やテンカワさん、そして、提督達が掲げる嘘偽りのない最善の和平を」

 

それだけが軍に対する俺からの望みです。

報酬はいりません。だから、なんとしてもこれだけは果たしてください。

 

「了解した。ミスマル・コウイチロウの名に誓って、私は責務を全うしよう」

「ムネタケ・ヨシサダ。全力で責務を全うすると誓う」

 

それで、俺は満足です。提督、参謀。

 

「ありがとうございます。とても心強いです」

「ありがとう。マエヤマ君。君の協力は忘れないよ」

「機会あれば、君とは飲み交わしたいものだね」

「そうですね。生意気な若造ですが、提督や参謀と一人の男として飲んでみたいです」

「ほぉ。一人の男としてか。楽しい時間になりそうだ」

 

笑顔の二人。

きっと、彼らなら、俺達の理想を実現してくれる。

そう信じられる頼もしさを俺は彼らに感じた。

 

 

 

 

 



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別れる時だからこそ

 

 

 

 

 

「・・・え。それって・・・」

「教官。それは真ですか?」

「はい。本当の話です」

 

提督の執務室から退室後、俺は副官の二人を呼び出した。

これからの事をきちんと話す為だ。嘘偽りなく。

 

「ちょっと待って。コウキ。貴方は私を置いてくの?」

「・・・すまない」

 

カエデを置いていく事になる。

それが一番の心残りだ。

 

「い、嫌よ。ここに残されるなんて」

「少しだけ待っていてくれ。時間が解決してくれる」

「そ、それなら、貴方も残ってよ。私が帰れるようになってからでもいいじゃない」

 

・・・そう。確かにそうなんだ。

カエデが帰れるようになってからでも遅くはない。

でも・・・。

 

「すまない・・・」

 

・・・一刻も早く帰りたいんだ。

立場も名誉もいらない。あそこには待っていてくれる人がいるから。

ナデシコが俺の家だから。

 

「い、いいわよ! もう知らない!」

「カ、カエデ!」

 

走り去っていくカエデを追う事が出来ない。

俺があいつを置いていくのは事実なのだから・・・。

 

「・・・教官」

「すいません。ケイゴさん。カエデの事、御願いできますか」

「それは構いませんが、良いんですか?」

「・・・元々、ここでの任期が終わったらカエデはここで保護してもらい、俺はナデシコに帰るつもりでした」

「それはカエデにはもう話してあったのですか?」

「一応は。俺はナデシコでの仕事があり、あいつがナデシコに帰れない以上、そうなるだろうって」

「・・・そうですか。分かりました。私がここにいる限り、カエデの事は私が護ります」

「御願いします」

 

頭を下げる。

二人とも俺のエゴに巻き込んだのだ。

本当に申し訳ない。

 

「問題ありません。私も彼女の支えになりたいですから」

「え、あ、はい」

 

頭を上げる。

ケイゴさんは頼もしい笑みを浮かべていた。

本当に俺には過ぎた副官だったな。

 

「カグラ小隊・・・でしたか?」

「はい。今一緒に訓練を受けている訓練生と共に小隊を組んでもらう事になると」

「彼らですか。背中を任せられますね」

 

共に訓練を受けたからこそ、ケイゴさんが一番彼らの能力を把握している。

多分、俺以上に把握し、信頼を寄せているんじゃないかな?

 

「教官、いえ、コウキさん」

 

えぇっと、突然何だろう?

 

「今までありがとうございました」

 

そう言って頭を下げるケイゴさん。

本当に律儀な人だと思う。

俺がケイゴさんに与えられ物なんて殆どない。

むしろ、俺がもらってばっかりだった。

 

「こちらこそ、今までありがとうございました」

 

共に頭を下げあう。

そのどこかおかしい光景に俺達は苦笑しあうのだった。

カエデの事、よろしく御願いしますね。ケイゴさん。

 

 

 

 

 

「お世話になりました」

 

ナデシコへ帰艦する事を決めてから数日が経った。

その間にカグラ小隊は何度か出撃し、功績を残している。

うん。安心した。彼らなら出来るって分かっていたけどね。

カエデとは・・・話してない。

気まずいというよりは避けられているといった感じ。

分かっている。これは俺の自分勝手さがいけなかったんだから。

護ると言っておいて、途中で他人任せにして置いていく。

酷い奴だと自分でも思う。いつかはこうなったっていうのは・・・言い訳だよな。

・・・はぁ。本当にすまないとしか言いようがない。

 

「おぉ。大尉。いなくなっちまうんだってな」

 

そして、今は基地内の挨拶回り。

退任する事を報告して、今までありがとうございました、と頭を下げる。

 

「またいずれ機会があったら飲みたいですね」

「おお。いいぜ。今度は家に呼んでやるよ」

「いいんですか? パパさんの面目を奪っちゃいますよ」

「て、てめぇ、俺の娘に手を出そうってのか?」

「さぁ? もしかしたら、パパさん以上に懐かれてしまうかも・・・」

「駄目だ! お前、出入り禁止! 面会禁止! 日本訪問禁止!」

 

日本かよ!? 範囲広過ぎだろ!

 

「と、まぁ、冗談は置いといて」

「あ。冗談なんですか。それなら、娘さんは―――」

「ゴラァ!」

「じょ、冗談ですよ」

 

すぐ本気にするんだから、この人は。

 

「それより、どうです? 新フレームは」

「おぉ。秘密で開発中でな。着々と進行中だぞ」

「流石。それでこそです」

「ハッハッハ。まぁな。フレームから武装も派生できっから、そっちに回してやれるかもしんねぇぞ」

「マジですか。それなら、ロケットパンチの方を回してください。そういうのが好きな奴がいるんで」

「おぉ。お前の所にも話が分かる奴がいるんだな」

 

ガイのつもりでいったが、よく考えたら整備班全員が興奮しそう。

あれだね。おっちゃんとウリバタケさんを一緒にしたら歯止めが利かないね。

暴走し尽くす、絶対。ま、その分、驚異的な開発をしちゃうんだとは思うけど。

 

「分かった、分かった。うまくいったら回してやるよ。一つ二つだけどな」

「構いませんよ。ロケットパンチを好んで使いそうなのは一人二人ぐらいなんで」

 

多分、ガイだけだと思うけど・・・一応ね。

 

「大尉。お前さんには世話になったな」

「いえいえ。俺の方が世話になりました」

「あっち行っても頑張れよ。お前ならできっから」

「何が、です?」

 

ニヤリと笑ってみる。

 

「何でもだよ。お前はもっと本気出せ。手抜きし過ぎだ」

「えぇっと、いつでも本気出していますよ」

 

もちろん、本気ですとも。

 

「ま、意地っ張りなのも大尉らしいけどな。ハッハッハ」

 

俺らしいって何だろう?

 

「んじゃあな。また飲める日を楽しみにしてんぞ」

「はい。そちらもお気をつけて」

「へっ。若い奴に心配されるほど、俺は歳とっちゃいねぇよ」

 

手をあげて去っていくおっちゃん。

うん。本当に俺の周りにいる人は良い人ばっかりだ。

清々しい気持ちにさせてくれる。

 

「おばちゃん。今までありがと」

「おぉ。コウキ君の食べっぷりはこっちも気持ちが良かったよ」

 

次は食堂。いつもお世話になっていたおばちゃんに声をかける。

キッチンの奥には・・・カエデの姿もあった。

 

「あのさ、おばちゃん、カエデの事、頼むね」

「何を気まずそうに。なに? 喧嘩でもしてんのかい?」

「ま、まぁ、そんな所。ほら、俺いなくなっちゃうからさ。お願いしたいんだよ」

「分かっているって。コウキ君がいない分はおばちゃんが補ってあげるから」

 

おばちゃんが補う・・・。あ、そう。

 

「あいつ、最近、どんな感じ?」

「ちょっと上の空って感じだね。悩み多き年頃だから仕方ないんだろうけど」

「おばちゃんだってまだまだ若いって」

「お世辞言うならまずはお姉さんって呼ぶ事から始めなさいな」

「ご尤もなご意見で」

 

お姉さんって呼ぶにはちょっとね。

 

「最近はよくカグラ君が来て元気付けてくれるから、それなりに大丈夫」

「えぇっと、ケイゴさんが?」

「そうそう。コウキ君。取られちゃうよ?」

「いや。だから、別にあいつとはなんにもないってば」

「あらまぁ、意地っ張りだねぇ、相変わらず」

 

相変わらずって。おっちゃんと同じ意見ですか?

俺ってそんなに意地っ張りかな?

 

「ケイゴさんと良い関係なの?」

「どうだろう? ま、これからが楽しみな関係って所だね」

「・・・そう」

 

ミナトさんも言っていたな。

心の支えになってくれる人が現れてくれたらいいなって。

ケイゴさんがそうなってくれたら安心できるんだけどなぁ。

あの人ほどに好青年という言葉が似合う人はいないと思うし。

 

「ん? ショックかい?」

「だから、何にもないって。俺はカエデとケイゴさんがくっつくなら応援する」

「そう。ま、おばちゃんとしてはカエデちゃんが幸せになってくれればいいんだけどね」

「そのあたりは二人にお任せって感じ」

「そこをサーっと奪っていこうって魂胆ね?」

「おばちゃんは俺に何を期待しているのさ」

「そりゃあ、ねぇ」

 

ねぇ、じゃないっての。

 

「あいつ、意地っ張りだけど、優しい奴だから、本当に御願い」

「分かっているってば。カエデちゃんの良さは私達全員が認めているよ」

 

そっか。キッチンの皆がカエデを認めてくれているのなら、大丈夫か。

 

「うん。おばちゃんになら安心して任せられる」

 

本当に。お母さんみたいな暖かさがあるし。

 

「そうかい。そんじゃ、コウキ君の期待に応えるとしようかね」

 

そう言ってニッコリと笑うおばちゃん。

うん。本当に頼もしい。

 

「んじゃ、続き行ってくるわ」

「終わったらまたこっちにおいで。ご馳走してあげるから」

「お。遂におばちゃんの本気が食えるの?」

「いつでも本気だって」

 

食堂への挨拶を終え、その後は残りの部署を色々と回った。

教官として指導した訓練生達。

何度もお世話になりました医務室の方々。

ほら、ケイゴさん、容赦ないから。

事務の人や清掃業の人とか、俺がお世話になった人はたくさんいる。

今までありがとうございました。僕はここから巣立って行きます。

そうやってきちんと挨拶した。感謝の気持ちを込めて。

・・・あ。台詞はなんとなくだよ。卒業式的イメージ。

 

「本当にお世話になりました」

 

最後に演習場から基地に向けてお辞儀。

こうして、俺の挨拶回りは終わった。

 

 

 

 

 

「お父様ぁ~」

「ユ~リ~カ~」

 

えぇっと、感動のご対面という事でしょうか?

わざわざ僕の迎えの為にナデシコがこの基地までやってきた。

まぁ、補給という面も大きいと思うが・・・。というか、むしろ、俺がついでかな。

責任者同士の対面という訳で、ナデシコからはムネタケ提督とユリカ嬢、基地からはミスマル提督とムネタケ参謀が代表として前に出た。

これって、あれだよね、どっちも親子関係だよね。

 

「サダアキ。その顔は何かあったようだね」

「ええ。お父様。私は生まれ変わったのよ」

 

な、何があったんだ?

ア、アキトさん!

 

「久しぶりだな。コウキ」

「こ、こちらこそ、お久しぶりです。それよりキノコ提督に何があったんですか?」

「ああ。何でも昔を思い出したらしい」

 

昔を思い出した? それって噂の首席時代って事?

 

「理想と現実の違いに絶望したキノコはもういない。今のあいつは理想を求め足掻き続けるキノコだ」

 

・・・真面目な口調でキノコ呼ばわり・・・キノコ提督の事、舐めてませんか? アキトさん。

・・・他人のこと言えないけど。

 

「何かきっかけが?」

「ふっ。前回はガイがいなかっただろ?」

「ええ。ガイを殺したのがキノコさんでしたから」

「ああ。そうだったな。だが、そのガイがキノコの考えを変えたんだ」

「ガイが?」

「前回同様、錯乱したキノコはエックスエステバリスに乗り込んで、コスモスに攻め込んだ」

「やはり錯乱したんですか」

「責任を押し付けられたからな。仕方あるまい」

 

ナデシコクルーに木連の事を知られてしまった。

その責任を取って、降格させられてしまう。

その恐怖がムネタケ提督を錯乱させたんだっけか?

そして、ウリバタケさんが秘密裏に開発していたエックスエステバリス(キノコ提督曰くエステバエックス)に乗り込み暴走。

本来であれば、キノコ提督はそこで死んでいた。

エックスエステバリスが抱えるエネルギーチャージの問題が発生し、大爆発を起こして。

 

「それに誰よりも早くガイが気付いてな。GBをチャージするムネタケを体当たりで吹き飛ばした」

「ガ、ガイ。危険な事を・・・」

「そうだな。だが、そのお陰で自爆されずに済んだんだ。そして、ガイがキノコを説得した」

「ガイが説得? どんな感じで、ですか?」

「理想に挫けるのは当たり前なんだよ。すんなり叶っちまったら何の面白味もねぇだろ。いいじゃねぇか、挫けたら立ち上がれよ。何度だって立ち上がれよ」

「・・・何だろう?」

 

アキトさんが言うと凄い違和感。

 

「その果てに叶うからこそ理想って言うんだろうが。数回の挫折で諦めてんじゃねぇ!」

 

でも、すごくガイらしいと思う。

言葉の節々にあいつの想いが込められている。

 

「錯乱していたのが逆に幸いしたんだろうな。ガイの言葉はきちんと奴に伝わった。いつもだったら、憤慨していたんだろうが、今回は冷静に受け入れられたようだったな」

「・・・そうですか。凄いですね。アキトさん」

「ん? 何がだ?」

「ガイを救う事が出来た。その結果、キノコ提督まで救う事が出来た。なんか改めて意味があったんだなって実感します」

「・・・そうだな。迷いながらも歩んできた道に間違いはなかった。そう思えるな」

 

そう言って笑い合う俺とアキトさん。

こうして救えた事に意味を持てるのなら、俺達のしてきた事に意味はある。

それが胸を暖かくさせた。

 

「コウキ君!」

「うぉ」

 

ダッと突然の背中への衝撃。

ん? この柔らかい感触は・・・。

 

「コウキ君!」

「ミナトさん!」

 

後ろを振り向けば、そこには最愛の人の姿があった。

 

「それじゃあな」

 

苦笑しながら去っていくアキトさん。

すいません。なんだか申し訳ないです。

 

「お久しぶりです。ミナトさん」

「久しぶりね。コウキ君」

 

ナデシコを離れてからかなりの月日が経つ。

久しぶりに会うミナトさんはやっぱり素敵だった。

 

「ほら。セレセレ」

「ん?」

「・・・お久しぶりです。コウキさん」

 

いそいそと現れたのはセレス嬢。

おぉ。なんだかちょっと背が伸びた気がする。

 

「久しぶりだね、セレスちゃん」

「・・・はい」

「元気だった?」

「・・・寂しかったです」

「え?」

「・・・コウキさんがいなくて寂しかったです」

 

・・・そっか。寂しい思いをさせちゃっていたのか。

 

「ごめんね。寂しい思いさせて」

「・・・いえ。仕方ありませんから」

「そっか。でも、もうこれからはずっと一緒だから」

「・・・はい」

 

久しぶりのセレス嬢の笑顔。

花が咲くような可憐な笑みで、本当に癒される。

 

「滞在期間はどれくらいでしたっけ?」

「えっと、あと数時間で補給を完了させるって言っていたわね」

「・・・そうですか。あの、ミナトさん、御願いしてもいいですか?」

「何かしら?」

「あの、ですね・・・」

 

ミナトさんに御願いしよう、あいつの事を。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「あの、ですね・・・」

 

御願いって何かしら?

 

「俺がナデシコに戻るという事は聞いていますよね」

「ええ。だから、戻ってきたんじゃない」

 

何を今更って話よね。

 

「でも、そうなると、カエデはここに残していかなくちゃいけないんですよ」

「・・・そうだったわね」

 

ナデシコが火星人の受け入れを禁止されている以上、カエデちゃんはナデシコには戻れない。

 

「説得を試みたんですが、怒らせちゃって・・・」

 

・・・はぁ。コウキ君。そういう事を私に頼むのはどうかと思うわよ。

信頼されているって思えば嬉しいけどさ。それって恋人に頼むような事じゃないわ。

 

「分かったわ。私が少し話してみる」

「すいません。御願いします」

 

コウキ君は本当にカエデちゃんを大切に思っている。

もちろん、きっとそれは友達としてなんだろうけど。

ちょっと妬けちゃうかな。私をもっと見てって思うのはおかしいのかしら?

 

「それじゃあ、案内し―――」

「おぉい! マエヤマ! ちょっとこっち来い!」

 

えっと、ウリバタケさん?

あんな遠い所から拡声器まで使って。

 

「なんですかぁ!?」

「補給やら何やらでお前の意見を聞いておきたいんだよ! いいから。早く来い!」

「えぇっと、すいません。ミナトさん」

 

・・・はぁ。コウキ君の馬鹿。

 

「あ。ちょっといいかな」

「はい。何でしょう? 大尉」

 

近くにいる誰とも知らない女性に声をかけるコウキ君。

えっと、多分、軍人の人・・・よね?

 

「申し訳ないんだけど、食堂まで案内してもらってもいいかな?」

「この方をですか? 構いませんよ」

「ごめんね」

「いえ」

「ミナトさん。すいません」

「分かったから、行ってらっしゃい」

 

コウキ君は頭を下げた後、パーッと行っちゃった。

ちゃっかり、セレセレの手を繋いでいるのがなんとなくコウキ君らしいって思う。

 

「それでは、こちらに」

「あ。はい。御願いします」

 

女性兵士に導かれた食堂へ向かう。

今回もコックをやっているのね、カエデちゃんは。

 

「あの、食堂へは何故?」

「カエデって子、分かります?」

「あぁ。コックさんですね。分かりますよ」

「あの子にちょっと用があるんです」

「そうですか」

 

カエデちゃんになんて話せばいいのかしら。

きちんとした状況を把握している訳じゃないから・・・。

逆に話を聞く事から始めてみようかしらね。

 

 

 

 

それからしばらく歩いて、多分、食堂に着いた。

 

「帰りもご案内致しましょうか?」

「いえ。大丈夫です。道は覚えていますから」

「そうですか。分かりました。それでは、失礼します」

 

ありがとうございますと一礼。

さてっと、カエデちゃんは・・・。

 

「あ。いたいた」

 

食堂の椅子に座って、深刻そうな顔をしている。

近寄って、話しかけようかなと思ったんだけど・・・。

 

「カエデ」

 

カエデちゃんの前に誰かが座って話しかけた。

 

「何だろう?」

 

会話が聞こえる位置まで行って、静かに椅子に座る。

 

「いいんですか? 見送りに行かなくて」

「あんな奴、知らない」

 

きっとコウキ君の事ね。

 

「そんな事を言っては駄目ですよ。コウキさんはカエデの為にあんなに頑張ってくれたのに」

「でも、私一人をここに残していくのよ。あいつは私を助けてくれるって言っていたのに」

「しかし、コウキさんはナデシコでやる事があると言っていました。こうなる可能性があるという話もしていたそうじゃないですか」

「そんな事は分かっているわ。でも、私はまた一人ぼっちじゃない」

 

・・・そっか。カエデちゃんにとってコウキ君は火星壊滅後で初めての友達。

コウキ君がいないという事が一人ぼっちに繋がっちゃうのか。

でも、それは違うわよ、カエデちゃん。もっと周りを見なさい。

 

「カエデ。貴方は一人じゃない。この基地には私だっている」

「ケイゴ。貴方、何を言っているのよ?」

「もちろん、私だけじゃありません。キッチンで一緒に働いている方々だって貴方にはいるでしょ?」

「・・・あ」

「笑顔でコウキさんを見送ってあげましょう。それが今、カエデが一番しなければならない事だと思いますよ」

 

・・・どうやら私の役目なんてなかったみたい。

まだ納得してないみたいだけど、彼ならカエデちゃんを説得してくれるわね。

ふふっ。私はもう用なし。ナデシコに帰りましょう。

コウキ君。カエデちゃんを支えてくれる人が現れたかもしれないわよ。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「ご苦労様だったな。マエヤマ君」

「いえ。ありがとうございました。提督」

 

ナデシコへの補給も終えて、遂にナデシコ発進の時が来た。

この時より、俺は特務大尉の肩書きを捨て、ただの一クルーとしてナデシコに乗り込む事になる。

 

「敬礼!」

 

ビシッ!

 

ケイゴさんの声を合図に見送りに来てくれていた訓練生やパイロット達が敬礼をしてくれる。

皆、俺の教え子か、パイロットとして訓練に混じった友人達。

彼らと別れるのは寂しいけど、俺の居場所はナデシコだから。

 

ビシッ!

 

敬礼を返す。感謝の気持ちと楽しかったという気持ちを込めて。

 

『ほぇ~。カッコイイ』

『なんだか別人みたいね。コウキ君』

『・・・コウキさん。カッコイイです』

 

えぇっと、一応、感動の別れなので、その覗き見とかはしないで欲しいんですが・・・。

というか、聞こえていますから、はい。

 

「それでは、失礼します!」

 

基地のデッキからナデシコへ向かう。

感慨深いな。ここには結構お世話になったし。

でも、ちょっと、心残りがある。

あれから、結局、カエデと話す事が出来なかった。

やっぱり、まだ―――。

 

「コウキ!」

「ッ!?」

 

その声にバッと振り向く。

そこには疎遠気味だったカエデが一生懸命こちらに手を振っていた。

 

「貴方なんかいなくたって私は全然大丈夫だから!」

「カエデ!」

「貴方は私の心配なんてしないで自分の仕事をしっかりと果たしなさい!」

「ああ! 分かっている! お前もな!」

「私だって分かっているわよ!」

「俺がいないからって寂しがるなよ!」

「そっちこそ私がいないからって寂しがらないでよ!」

「それはない!」

「はぁ!? 少しは寂しがりなさいよ!」

 

・・・安心した。

いつものカエデだ。

 

「ナデシコで待っているぞ! カエデ!」

「ええ! ナデシコで待っていなさい! コウキ!」

 

・・・ありがとう、ミナトさん。

そう感謝の念を抱きながら、俺はカエデに手を振り返した。

 

「じゃあな!」

「ええ! また会いましょう!」

 

そう言って笑うカエデ。その笑みが今までに見た事ない程に魅力的で不覚にもドキっとしてしまった。

その事を誤魔化したくて、俺はまたバッと背を向けてナデシコへと歩き出す。

・・・頑張れよ、カエデ。俺も頑張るからな。

こうして、俺は無事ナデシコに帰艦した。

連合軍の士官としてではなく、ナデシコにいる普通のクルーとして。

 

 

 

 

 



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生まれる疑惑

 

 

 

 

 

「マエヤマ・コウキ。久しぶりね」

 

・・・遭遇。キノコが現れた。

 

「お久しぶりです、提督」

「お父様がお世話になったそうね。礼を言うわ。ありがとう」

「えぇっと・・・」

 

マジで変わったな。あれか? 進化してマツタケモンにでもなったか?

 

「私もね、改革和平派の一員になったの」

「改革和平派?」

 

何だ? それ。

 

「あら? アンタ、知らないであそこにいたの?」

「というと、ミスマル提督の派閥ですか?」

 

そんな正式名称があるとは知らなかった。

・・・いや。そりゃあ、あるよな。尤もらしい名前が。

 

「そうよ。何て名前だと思っていたの?」

「いえ。俺は分かりやすくカイゼル派と呼んでいましたから」

「カイゼル派? それって・・・」

「はい。ミスマル提督のあれが由来です」

「・・・ここは笑うべき所なのかしら?」

「いえ。恐らく違うかと」

 

顔を近付けて聞いてくるマツタケ提督。

以前だったら鳥肌が立つだろう距離も意外と苦にならない。

もちろん、嫌なものは嫌だけど、ま、仕方ないなで済むレベルだ。

 

「ミスマル提督から資料を頂いたわ。私みたいな奴ばっかりだったのね、上層部って」

「えっと、ここは笑うべき所でしょうか?」

「どっちだっていいわよ。私も腐ったミカン。上層部の殆ども腐ったミカン。あぁ。やだやだ」

 

・・・変わりましたね、マツタケ提督。

というか、腐ったミカンの方程式。なんだか懐かしい。

 

「提督は首席卒業だったらしいですね」

「ええ。よく知っているじゃない、そんな昔の事」

「ムネタケ参謀から聞きました。自慢の息子だって」

「・・・お父様・・・」

 

感激しているんですけどぉ・・・。

どう対応したらいいかわからないんですけど・・・。

 

「提督。貴方は生まれ変わったと言いましたよね?」

「ええ。少なくとも少し前までの価値観は捨てたわ。改革和平派の一員になったのもその意思の表れね」

「期待させてくださいね。真剣になった提督は俺なんかより何倍も凄いんでしょうから」

「アンタと比べられてもねぇ。ま、大丈夫よ。この艦の艦長は優秀だもの。艦の事は艦長に任せるわ。私は改革和平派の一人としてこのナデシコを導くだけ」

 

そうか。

ナデシコ内で一番の権限を持つ提督が改革和平派に属すという事はナデシコ自体が属しているといっても過言ではない。

少なくとも、周りはそう認識する。

 

「しかし、前の派閥とかは大丈夫なんですか?」

「アンタなんかに心配されなくても大丈夫よ。お父様には苦労かけるけどね」

「参謀なら喜んで背負ってくれると思いますよ。息子の責任は私が持つって」

「・・・アンタ、お父様の事をよく知っているのね。まんま同じ事を言っていたわ」

「同じ仕事をした仲ですからね。それなりには」

「・・・そう。分かったわ。貴方は貴方の仕事をしなさい。責任は私が持ってあげる」

「え?」

「それが責任者の義務ってものよ。じゃ、頑張りなさい」

 

なんか普通に良い人じゃない? 本当にキノコ提督か?

髪型と口調さえまともなら・・・いや、あれも個性と受け取ろう。

いや。うん。キノコ提督はマツタケ提督に進化した。これ、間違いないわ。

 

「意外だったな」

「あ、アキトさん。ども」

「ああ」

 

マツタケ提督を見送る俺の背中にアキトさんが声を掛けてきた。

ま、ブリッジ前の廊下だから、人がいてもおかしくないんだけどさ。

 

「もしかして、聞いていました?」

「ああ。聞いていた。変わるものだな、人は」

「そうですね。でも、多分、戻ったんですよ。きっと本来の提督はあんな人です」

「・・・そうか。キノコはキノコなりの信念があったんだな。それが貫けなかった事を弱いとは思わんよ。それほどまでに気高い信念だったんだろう」

「アキトさん。ガイを殺したキノコ提督はもはや記憶だけの存在。虚像ですね」

「ああ。これからは色眼鏡なしで向き合おう。キノコとは」

 

・・・それでもキノコなんですね、あはは・・・。

それに、やっぱりどこか刺々しい。

まぁ、それだけの事をしてきたからなぁ。

完全な和解はまだまだ先と見ていいだろう。

 

「あ。後で少し時間を頂けますか?」

「ん? 構わんが、何をするんだ?」

「いえ。友人に少しばかり格闘術を習いましてね。少し手合わせして欲しいんですよ」

「ほぉ。接近戦のスキルを身に付けてきたという事か。それは楽しみだな」

「といっても、触りだけですから。手加減は御願いしますよ」

「なに。手加減しても成長はせん。本気でいかせてもらう」

 

うわ。この人、楽しんでいるんですけど・・・。

 

「・・・お手柔らかに・・・」

 

・・・ちょっと後悔している僕。

ああ。ケイゴさん。僕に力を。憑依して身体を使ってくれてもいいですよ。

あ。僕ってばシャーマンじゃないし、ケイゴさんは霊でもなんでもなかった。

はぁ・・・。また医務室のお世話になりそうです。

 

 

 

 

 

「ウリバタケさん。来ましたよ」

 

帰艦してからの僕、意外と忙しいんです、はい。

あの基地で新たに導入したディストーションブレードと大型レールキャノンの調整。

そして、なんと、エックスエステバリス、略してエクスバリスを完成させたいという要望。

いや。無理しないで違う可能性を見つけましょうよ。そう言っても聞かないのがウリバタケクオリティ。

せめて小型グラビティブラストは完成させたいとか。

ジンシリーズを見て、欲求不満になりましたね、この人。

 

「ふっふっふ。あの基地の連中はよく分かっている」

 

・・・あぁ。嫌な予感。

 

「提供されたドリルアーム、ジャイアントアーム、ガントレットアーム。おぉ。夢が広がる~」

 

・・・やはり提供されていましたか。

うまくいったら提供するって言っていただけなのに・・・もうできたんか?

・・・あれか。多分、ウリバタケさんが途中でいいからって言って引き取ったんだな。

間違いなくそうだ。それを調整するのは・・・やっぱり俺か?

 

「ん? 説明して欲しいって顔してんな」

「いや。いいで―――」

「分かった、分かった。説明してやるよ」

 

あの、私の話を聞いてますか?

別に説明しなくてもいいんですが・・・。

 

「ドリルアームは呼んで字の如くだ。腕の先から換装するタイプで、こちらの意思で回り続ける。先端にDF中和装置も付けてあるらしいぞ」

 

好きですね、ドリル。眼が輝いてますもん。

僕は今の状況に目がグルグル回っていますが。

 

「ジャイアントアーム。これもそのままだな。そう、デカイ拳だ。だが、そこにこいつの良さがある。シンプルこそが最強なのだ。アッハッハ!」

 

ウ、ウリバタケさんが壊れている。だ、誰か、救援を・・・。

ジャイアントアームで殴れば治るかな?

 

「最後のガントレットアーム。これは通常の腕に後付する形の武装だ。使い勝手が良いな。基本的にどの機体にもこれは取り付ける事になるだろう」

 

これは確かに便利だな。

腕の横とかにライフル備え付けられれば牽制にも使えるだろうし。

何より唯一の真面目な武器。

 

「うぅ。あいつらは良い奴だ。これだけのサンプルを提供してくれた」

 

ま、まぁ、ナデシコに懸ける期待が凄まじいという事では?

ミスマル提督は娘を乗せている訳だし。

 

「知っているか!? ドリルアームとジャイアントアームはかの有名なロケットパンチ機構を備えているんだぞ!」

 

め、眼が血走っていますよ、ウリバタケさん。

俺は嫌な予感で悪寒が走っています。

 

「知っていますよ。おっちゃんにはロケットパンチを優先してくれって言いましたし」

 

今思えば失敗だったかも。苦労は俺に返ってくる訳だし。

 

「ん? という事はお前がそう提案したってのか!?」

「ガイとか好きそうでしたからね。提案したらやる気になっちゃって、今更ながら後悔―――」

「よくやった! マエヤマ!」

 

ハハハ・・・。喜んで頂けたようで・・・。

とりあえず、背中をバンバン叩くのはやめませんか。

嬉しいのは分かりましたから。

 

「俺の夢は至高のジャイアントアーム、名付けて、ギガントアームを開発する事だ。協力してもらうぜ。マエヤマァ!」

 

あの、これって既に脅しですよね? 拒否したらどうなるの? 僕。

 

「お、俺に出来る範囲でなら」

「おう! 期待させてもらうぜ! ハッハッハ!」

 

・・・はぁ。ハイテンションなウリバタケさんに対し俺は物凄くローテンションですよ。

ヘビーなローテンションです。あ、なんかちょっと違うような・・・。

えっと・・・いやはや、どうなるんでしょうねぇ・・・。

あ、あまりの混乱にプロスさんの口調になってしまった。

最早末期だな。ちょっと休もう。精神的に追い詰められている。

 

 

 

 

 

「・・・はぁ。癒される」

「・・・どうかしましたか? コウキさん」

「いや。なんでもないよ」

 

久しぶりのナデシコブリッジ。

そして、久しぶりのセレス嬢の膝乗せ。

うん。荒んだ心を癒してくれるよ、セレス嬢は。

 

「緩み過ぎよ。コウキ君」

 

いや。ミナトさん。仕方ないんです。

 

「ちょっと色々ありまして」

 

ウリバタケさんとおっちゃんの陰謀に気苦労が絶えません。

アキトさんとはガチバトルの約束までしちゃったし。

 

「今更な気もするけど・・・」

 

えぇっと、何でしょうか?

 

「おかえり。コウキ君」

 

・・・あ。そうだった。

 

「ただいまです。ミナトさん」

 

ナデシコに帰ってきてから色々あってまだちゃんと言ってなかった。

 

「ただいま。セレスちゃん」

「・・・おかえりなさい。コウキさん」

 

振り返って、俺を見上げるようにして、ペコリと頭を下げるセレス嬢。

なんだか、改めて、ナデシコに帰ってきたんだなって実感した。

 

「・・・ん」

 

あ。頭を撫でる感触も久しぶり。

う~ん。やっぱり背が伸びている気がするな。

 

「セレスちゃん。背、伸びた?」

「・・・分かりません」

「う~ん。勘違いかな?」

「多分、伸びているわよ。この年頃の女の子って成長するのが早いから」

 

おぉ。ミナトさんのお墨付き。やっぱり背伸びてるか。

 

「女の子の成長は早いですからね」

「ええ。セレセレもあっという間にレディーになっちゃうわね」

 

セレス嬢が大人になった時・・・。

 

「・・・未来は明るいですね」

「どゆこと?」

「セレスちゃんが成長したら、そりゃあ、もう美人になるだろうなぁ~と」

「ふふっ。間違いないでしょうね」

 

ま、何年も先の話だから今気にしていても仕方ないんだろうけどさ。

 

「・・・何の話ですか?」

「セレスちゃんは将来美人になるだろうなって話」

「・・・美人さんですか?」

「そうだよ。今でさえこんなに可愛らしいからね。将来は凄い美人になるよ、きっと」

「・・・ポッ」

 

いや。本当に可愛らしい。

 

「セレセレね。サンタさんから貰ったテディベアを抱き枕にしているのよ」

 

へぇ。大事にしてくれているんだ。

 

「・・・恥ずかしいです」

「でも、分かるわぁ。あれの抱き心地は最高だったもの」

 

うん。あの感触は最高だった。

 

「・・・あの・・・コウキさん」

「ん? 何かな?」

「・・・今日、一緒に・・・」

「一緒に?」

 

何をしようっていうのかな?

 

「・・・寝てくれませんか?」

「・・・・・・」

 

・・・・・・え?

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

・・・・・・あ。

 

「・・・駄目ですか?」

 

な、涙目。や、やばい。

 

「えぇっと、それは、大丈夫なのかな?」

「・・・駄目ですか?」

 

あぁ。な、泣かれる? ちょ、ちょっと待とうか。

 

「ミ、ミナトさん」

「あら? 別にいいんじゃない。私も良くセレセレと一緒に寝ているわよ」

「で、でもですね、俺って男だし」

「・・・駄目ですか?」

 

うがぁ! 俺はどうすれば・・・。

 

「・・・分かりました。諦め―――」

 

い、いや。大丈夫だろう。おう。大丈夫だ。

セレス嬢を泣かせるより何倍も良い。

 

「い、いいよ。セレスちゃん」

「・・・いいんですか?」

「も、もちろんさ。おいで」

「・・・ありがとうございます」

 

ほっ。良かった。

でも、そんなに眼をキラキラさせるようなものかな?

 

「セレセレ」

「・・・はい。何でしょうか?」

「一緒にお風呂には入らないの?」

「ゴホッ!」

 

ミ、ミナトさん。何を言っているんですか!?

 

「・・・入りたいです」

「だってさ。コウキ君」

 

ニ、ニヤニヤして、ミナトさん、流石にそれは・・・。

 

「・・・駄目ですか?」

 

あぁ。この眼は駄目。断れる気がしない。

 

「う、うん。いいよ。一緒に入ろう」

「・・・はい!」

 

げ、元気な返事だね。セレス嬢。

 

「私も一緒に入ろうかしら」

「ミ、ミナトさん!?」

「・・・一緒に入りましょう」

「セ、セレスちゃん!?」

「は~い。決定! 今日は二人でコウキ君のお部屋にレッツゴー」

「・・・レッツゴー・・・です」

 

楽しそうな二人。

えぇっと、俺ってば大丈夫なの?

いや。いいんだけどさ。

むしろ、掛かって来いって感じなんだけど・・・。

ま、まぁ、成せば成るさ。何事も、うん。

 

 

 

 

 

「さて、準備はいいか?」

 

ブリッジでの癒しタイムを終え、さっき頼んでおいたアキトさんとの手合わせ。

いや。何だろう? あの顔、本気っぽい。

 

「え、ええ。いいですけど、お手柔らかに」

「ふっ。まずはそちらの実力を見ないとな」

「で、ですよねぇ」

「だが、無論、手加減なしだぞ」

 

ど、どっちなんだよ!?

 

「では、始め!」

 

は、始まっちまった。

 

「ふぅ・・・」

 

まずは深呼吸。

ケイゴさんは言っていた。

冷静に、それでいて、心を燃やせって。

要するに、クールになりつつ、ホットになれ。

・・・うん。正直な話、理解してない。

と、とにかく、まずは心を落ち着かせよう。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

俺の正面で構えているアキトさん。

おし。俺も構えよう。

 

「ッ!? その構えは・・・」

 

なんか驚いているけど、今は勝負の時。

冷静に相手を眺めつつ、隙を窺う。

 

「タァァァ!」

 

うん。隙なんかない。それなら・・・自分で作るまで!

アキトさんに迫って掌を突き出す。

 

「ふっ」

 

ダンッ!

 

「グッ!」

 

腹に掌底。

あっさりと避けられて一撃を打ち込まれた。

 

「鋭いし、早さもある。だが、正直すぎないか?」

「俺の師匠がそういう人でして。でも、師匠はそれでも打倒する強さがありましたよ」

 

そう。俺はまだまだだけど、ケイゴさんクラスまでいくとフェイントすら必要ない。

どんなフェイントをしようと、どれだけ不意打ちしようと、まるで全て分かっているかのように対応されてしまう。

シンプルこそが強い。いや、基本を鍛え抜いたからこそ、シンプルだけで圧倒できるんだと思う。

 

「ほぉ。相当の実力者に弟子入りしたようだな」

「ええ。お陰様で耐久力だけは師匠よりも上ですよ」

 

ケイゴさんは鬼。偽りなき鬼です。

手加減してくれていたんだろうけど、一発喰らう度に焦った。

何度か気絶させられた事もある。

 

「そうか。だから、まるで利いてないんだな」

「いやいや。充分利いていますよ」

 

腹筋鍛えといて良かったぁ。

ケイゴさんと訓練してなかったら、寝込むぞ、痛みで。

 

「次だ」

「はい」

 

たまには意地見せないとな。

このダメージ、少しぐらいは返してみせるさ!

・・・きっと

 

 

 

 

 

それから、結構の時間を手合わせに費やした。

アキトさんは予想通り強くて、まるで歯が立たなかったけど・・・

身体能力では俺が勝っている。それは確か。

でも、虚を突く攻撃、裏を付く攻撃、こちらの攻撃を受け流しての攻撃など。

正面から打倒するケイゴさんとはまた違った強さで、碌に攻撃を当てる事が出来なかった。

ケイゴさんは柔術と言いながらも正面から打ち破る、剛のスタイル。

アキトさんは時折フェイントなどを混ぜながら隙を作り、不意を付く、柔のスタイル。

まるで反対のスタイルで、戦う側としては非常に参考になる。

・・・どちらも圧倒的に敗れているという事には眼を瞑ろう。

 

「凄まじい身体能力だな」

「まぁ、ナノマシンで強化されていますから」

「そうだったな。だが、まだ振り回されている感がある」

 

うん。そうなんだよね。

俺は身体能力に技術が追いついてない。

あまりにも強すぎる身体能力に振り回されているって感じ。

ケイゴさんにもそれは指摘された。

まぁ、身体能力が優れているからこそ剛のスタイルを教わってきた訳だけど。

 

「アキトさんは技術が凄いんですね。どんな攻撃も捌かれましたよ」

「こちらに来る前であれば、身体も鍛えてあったんだが、こちらに来る時は身体が貧弱でな」

 

劇場版の時はかなり鍛え込まれていた訳だ。

それに比べちゃうと、原作開始時点での身体能力じゃ満足できないか。

 

「こちらに来てすぐに鍛え始めたんだが、やはり物足りなくてな。その状態でも鍛えられる事は何だと考えた所、捌きだったんだ」

「では、ずっと攻撃を捌く事を?」

「ああ。ひたすらに捌く事を鍛え続けた。今の俺があるのはその経験だな」

 

そういえば、アキトさんには劇場版までの経験があるんだよな。

その時、ひたすら鍛えていたアキトさんがこの世界に戻ってきて更に鍛えた。

これって、単純に何倍もの経験があるって事だよね?

そりゃあ、勝てないよな。俺なんてまだ習ったばかりなんだし。

 

「次は一撃入れます」

「ふっ。いつでも掛かって来い」

 

かといって、俺も諦める訳ではない。

こう見えても負けず嫌いなんで、自分。

ケイゴさんにだって未だに一撃入れられてないし、また一人目標が出来たな。

絶対に二人とも一撃入れてやる。

・・・打倒するっていうのが目標じゃない俺は小さい男なのだろうか?

いや。千里の道も一歩から。コツコツと目標を達成していこうではないか。

 

「おし。ありがとうございました。アキトさん」

「ああ。こちらこそ。鍛錬になった」

 

それは良かった。

んじゃ、さっさと帰りましょうかね。

ミナトさんとセレス嬢と一緒にお風呂入る約束しちゃったし。

まずは一人で即行入る。だって、汗臭いのとか嫌だし。

その後、三人で入ればいいだろう、うん。

・・・いや。なんかドキドキしてきたな。

心を落ち着かせる為にも一人で一度風呂に入るべきだろう。

 

「それじゃあ、俺はそろそろ―――」

「ちょっと待ってくれ」

 

な、何だ!? 俺の風呂入りを妨害するつもりか!?

・・・そんな訳ないか。アキトさんは知らないだろうし。

 

「その柔術は誰に習ったんだ?」

 

ケイゴさんです。

と言っても分かんないよな。

 

「基地にいたパイロット候補に習いました」

「名前は分かるか?」

「えぇっと、カグラ・ケイゴさんですけど」

「・・・カグラ・ケイゴ・・・」

 

ケイゴさんと知り合い?

まぁ、俺は未来全てを知っている訳ではないからな。

俺の知らない所でアキトさんがケイゴさんと知り合っていてもおかしくはない。

どこにも関連性が見当たらないけど。

 

「どうかしたんですか?」

「・・・いや。人違いか? しかし・・・」

「あの? アキトさん?」

 

何だろう? 物凄く考え込んでいる。

なんか深刻そう。

 

「アキトさん?」

「あ、ああ。すまない」

 

どれだけ考え込んでいるんですか。

 

「名前にも覚えがあるが、同じ名前の別人という可能性があるから何も言わん。だが、一つだけ確信した事はある」

「えぇっと、それは?」

「コウキ越しにだから違う可能性もあるが、十中八九、そいつは木連式柔を知っている」

「え? それって・・・」

「そうだ。お前の構えや型。それら全ては俺も習った木連式柔の一部。要するに、そいつは・・・」

 

木連式柔。

木連人が用いる柔術の流派。

優人部隊の隊員は誰もが柔術の達人であるらしい。

木連人の男にとって木連式柔は一つのステータスであり、木連式柔を知るという事は木連人であるという事。

即ち・・・。

 

「木連人である可能性が非常に高いという事だ」

 

・・・ケイゴさんが木連人?

地球の基地にいたケイゴさんが・・・木連人だっていうのか?

 

「そ、そんな事・・・」

「ありえない話ではない。木連が地球の情報を得たい為に誰かを送り込んで来ても不思議はないだろう?」

「でも、ケイゴさんはコロニー出身ですよ。資料にだって、そうやって―――」

「コウキ。お前は自分の事を忘れてないか?」

「え?」

「お前はどのようにして戸籍を手に入れた?」

 

・・・ハッキング。データの捏造。

 

「そうだ。データの捏造をすれば、木連人であろうと地球に戸籍を持てる」

 

ケイゴさんが木連人?

それじゃあ・・・。

 

「絶対にそうとは言えないが、頭に入れておいても損はないぞ」

「・・・はい」

「それじゃあな」

 

アキトさんが訓練室から出て行く。

俺はその背中を見送る事しかできなかった。

 

「・・・ケイゴさん。貴方は・・・木連人なのですか?」

 

ただただケイゴさんが木連人であるかどうかを自問自答する。

仮にケイゴさんが木連人であった場合のカエデの事を考えながら・・・。

 

 

 

 

 



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新武装お披露目

 

 

 

 

 

「ほら。コウキ君。セレセレ洗ってあげて」

「うぇ!?」

「・・・御願いします」

「えぇっと、う、うん、分かった」

「それ終わったら私も洗ってね」

「えぇ!?」

「あ。それとも、洗って欲しい?」

「い、いいですよ。じ、自分で洗います」

「あら? 遠慮なんかしなくていいのに」

「い、いやいや」

「そっか。セレセレに洗わせようって魂胆ね。やるぅ」

「ち、違いますよ!」

「・・・洗いましょうか?」

「だ、大丈夫だから。ね、ね」

「・・・私じゃ駄目ですか?」

「うぉ! そ、そんな眼で・・・」

「それじゃあ、私も一緒に洗ってあげましょうか?」

「ミ、ミナトさんは結構です」

「ふふっ。初心ねぇ」

「セレスちゃんも大丈夫だから」

「・・・分かりました」

「じゃ、じゃあ、シャンプーするからね」

「・・・御願いします」

「あ。その前にシャンプーハット持ってきてあるからそれ使って」

「あ。はい。了解しました」

 

 

 

 

 

「そっか。そんな事があったんだ」

 

セレス嬢とミナトさんとお風呂に入った。

あぁ。心臓が痛い。破裂するかと思ったぞ、マジで。

その後、ベッドに三人で入る。

セレス嬢を真ん中にして、その両脇に俺とミナトさんで。

上から見れば、ミナトさん、セレス嬢、俺という見事な川の字になっている事だろう。

いや。ベッドが割と大きくて良かった。

小さかったら川の字には寝られなかっただろうし。

 

「はい。まだ決まった訳ではないんですが・・・」

 

風呂上がってからは色々と談笑した。

俺がいない間のナデシコや俺が基地で経験した事など。

離れていた期間が長かった分、話は盛り上がった。

セレス嬢もたどたどしいものの、一生懸命に話してくれたて・・・。

その微笑ましさに癒されたのは言うまでもない。

 

「そういう可能性があるっていう事は知らなかったの?」

「ええ。俺はそういう裏側の事情とかは知りませんでしたから」

 

結構長い時間を話していたから疲れてしまったのだろう。

セレス嬢が可愛い寝息をたてながら寝てしまった。

しかも、俺をテディベアと勘違いしているのか、俺に抱き付きながら。

いや。ま、別にいいんだけどさ。暖かいし。可愛いし。

そういえば、なんでテディベア、持ってこなかったんだろうなぁ?

いつもあれと一緒に寝ているって聞いていたからてっきり俺の部屋にも持ってくるかと・・・。

 

「そう。それで、コウキ君はどうしたいの?」

「・・・俺は・・・」

 

セレス嬢が寝たのを確認してから、さっそくミナトさんに相談。

カグラ・ケイゴ。俺の元副官。信頼できる好青年について。

木連人だとしたら、何をしに地球までやって来たのだろうか?

もちろん、俺が考えた所で結論が出る訳ではない。

知っているのは誰でもなく、ケイゴさんしかいないのだから。

 

「ケイゴさんとじっくり話したいです」

 

別にスパイ活動を咎めようと思っている訳ではない。

ただ、何を目的とし、何を考えているのかを知りたいだけだ。

 

「ケイゴさんは俺に言いました。木連がどのような存在であり、提督がどう考えているのかを知りたいって」

「木連人でありながら、木連の存在を知りたいって言ったの?」

「恐らく、ですが、木連という存在を知りたいのではなく、地球側から見る木連を知りたかったのではないかと思います」

「なるほどね。客観的という訳でもなく、相手側の視点から自分達の存在を見たかった訳だ」

「もし、俺が木連人だったらという話ですけどね。まだケイゴさんがそうだと決まった訳ではないので」

「そうね。でも、納得できない理由ではないわ。敵対している側から自分達を見れば、違った見方ができるかもしれないし」

「ええ。まぁ、単純に客観的に木連を眺めたいという考えもあったかもしれませんけどね」

 

少なくとも、ケイゴさんはゲキ・ガンガーに矛盾を感じていた。

木連人、特に優人部隊に多い“ゲキ・ガンガーを盲信し、自分側を正義と見ている者達”とは違う。

一方的な価値観ではなく、両者の価値観を知ろうというのはどこかケイゴさんらしいと思うし。

 

「それに、一兵士が提督の、要するに、首脳陣の考えを知りたいっていうのも少し違和感があります」

「そうね。知りたいと思う人がいてもおかしくはないけど、話を聞く限り、どこか距離を置いて眺めているようにも感じるわね」

「ケイゴさんは見極める為にここにいる。そう言っていました。見極めたその先に何があるのか。それが気になります」

 

見極める為にここにいる。

それで、お眼鏡にかなったのなら、ケイゴさんは何をしようと考えていたのだろうか?

もし、お眼鏡にかなわなかったのなら、ケイゴさんは何をしていたのだろうか?

疑問は尽きない。

 

「こう思う俺もいるんです。スパイとして何かを調査する目的もあったのかもしれないけど、歩み寄るという目的もあったかもしれないって」

「前提として調査はあるけど、接触してパイプを持つに相応しいか見極めたかったって事?」

「はい。そうでなければ、わざわざ改革和平派に近付きませんよ。だって、改革和平派ぐらいですよ? 木連と本気で和平を結ぼうなんて考えているのは」

「そっか。向こうにも和平という意思があるから、改革和平派に接触してきたっていう見方もあるのか」

「俺の願望でもありますけどね。俺としてはケイゴさんを疑いたくないんです」

「あらあら。男の子の友情って奴?」

「茶化さないでくださいよ」

 

今まで上司と部下として付き合ってきたけど、きちんと向き合えていたと思っている。

階級という壁もあったけど、そんなものに囚われていなかったという自信もある。

俺にとってケイゴさんは間違いなく友人だ。

そんなケイゴさんを信じてみようと思うのはおかしくないだろう?

もちろん、今までの全部演技だったって言うなら話は別だけど。

きっとケイゴさんはそんな人じゃない。

演技をしながら人付き合いとか絶対に出来ないタイプだ。

それはあの真っ直ぐな拳が表している。

まぁ、拳で分かりあえる程、俺は格闘家としての道を進んでいないけどさ。

 

「そっか。それじゃあ、きちんと話してみないとね」

「はい。これからナデシコはどう動くんでしたっけ?」

 

予定が分からなくちゃ機会も得られない。

 

「お掃除よ」

「え?」

 

お掃除?

 

「そう。地球に落ちているチューリップを一個一個破壊するの。今のナデシコに求められているのは地球のお掃除」

「まだチューリップを破壊できるのはナデシコぐらいしかありませんからねぇ」

 

ナデシコの主砲であるグラビティブラスト。

やはりチューリップ級ともなると、これぐらいの威力がないと破壊できない。

グラビティブラスト搭載艦は着々と出て来ているが、まだ性能評価の段階。

頼りになるのはナデシコとコスモスだけって事だ。

ちなみに、宇宙はコスモスが担当してくれているらしい。

いや。花の名前でありながら、宇宙を表す名前でもあるコスモス。

お似合いの名前です。宇宙に咲くコスモスとは、これまた如何に。

 

「今回は極東支部で補給したでしょ? 戦闘しては基地で補給というのを繰り返して、世界中を回るらしいわよ」

 

うわ。世界中を回るとか、随分と壮大なスケールだ。

 

「どうする? 通信っていう手もあるわよ?」

 

ナデシコからでも一応は各基地に通信できる。

でも、こういう話はちゃんと向き合って話したいから・・・。

 

「いえ。次に極東支部に来た時にします。きちんと話したいですから」

「そう。分かったわ」

 

・・・そういえば、あそこにはカエデも残っているんだよなぁ。

ケイゴさんが木連人だったとしたら、カエデはどう思うのだろうか?

 

「どうしたの? また、何か考え事?」

「あ、いえ。なんでもないです」

 

ミナトさんはカエデとケイゴさんの関係を知らない訳だし。

相談しても仕方ないよな。当事者同士で解決する事でもあるし。

 

「あ。そういえば、カエデの件、ありがとうございました」

「カエデちゃんの件って?」

「基地を離れる時に御願いした奴ですよ。お陰様で仲直りできました」

「あぁ。あれね。実は私、何もやってないの」

「え? そうなんですか?」

 

何もやってないのにカエデが考えを改めてくれたって事?

へぇ。そんな事がありえるんだ。

 

「そうよ。カエデちゃんと話そうと思って、食堂まで行ったんだけど、知らない男の人がカエデちゃんを説得していたのよ。だから何もせず帰ってきちゃったわ」

「知らない男の人ですか?」

「ええ。黒髪でコウキ君よりちょっと背が高いぐらいの男の人」

 

・・・それって、ケイゴさんじゃないか?

 

「あの、カエデがケイゴって呼んでいませんでしたか?」

「・・・あ。そういえば・・・」

 

どこか気まずそうなミナトさん。

いや。ミナトさんは悪くないんだけどさ。

 

「そ、それじゃあ、そのカエデちゃんと話していた人が木連人の疑惑があるケイゴさんっていう人だって事?」

「・・・はい」

 

相談しなくても一緒だった。

ミナトさんも見ていたんだな。カエデとケイゴさんの事。

 

「・・・複雑ね。私が見た限り、二人ともなかなかお似合いだったのに」

「・・・ええ。応援したいんですけど・・・ケイゴさんの出身を聞いた時にカエデがどう思うか。それが心配です」

「・・・そうね」

 

・・・なんか暗くなっちゃったな。

カエデが木連に対して恨みを持っている限り、ケイゴさんじゃ厳しいかも。

う~ん。複雑だ。

 

「ま、まぁ、あれよ、まだそうと決まった訳じゃないし」

「・・・それもそうですね。それに、もしかしたらケイゴさんがカエデを変えてくれるかもしれません」

「そっか。むしろ、そっちの方に期待しよっか」

「ええ。それに、そもそも俺達がお節介やくような事でもないですよ。恋愛は当事者達の問題ですから」

「そうね。でも、少し背中を押すぐらいはいいでしょ?」

「ま、そのあたりはお任せします」

 

ミナトさんの趣味だもんね。

人間観察。特に恋愛観察は。

 

「それじゃ、そろそろ寝ましょうか?」

「そうですね」

「ねぇ、コウキ君」

「はい」

「おやすみの前に・・・」

「ええ」

 

久しぶりの唇の感触で心地良い眠りに付く事が出来ました。

三人で川の字になって眠るのも悪くないかな。

いや。むしろ、幸せです。ええ。とっても。

 

 

 

 

 

「マエヤマさんはどうしますか?」

「新武装を色々と試したいので、エステバリスで出ます」

「了解しました」

 

はい。という訳で久方ぶりの戦場。

もちろん、実機での訓練もしていましたけど、戦場には出ていませんでしたから。

いや。もうずっとシミュレーションばっかりだったので、腕が落ちてないか心配です。

 

「いいの? 自らパイロットなんてやっちゃって」

「大丈夫ですよ。ナデシコでなら、別段目立ちませんし」

 

ナデシコパイロットは誰もが凄まじい腕前だからね。

俺は目立たない自信がある。アキトさんでしょ、目立つなら。

 

「それに、これだけ戦力が整っちゃっているとレールカノンの出番もありませんし」

 

何よりもこれが大きい。

エステバリスの装備も充実している今、無理にナデシコが攻撃する必要はない。

ナデシコはDFを張りつつ、GBをチャージして、一気に殲滅。これがお仕事。

ま、俺自身もシミュレーションでしか試してない新武装の性能評価をするだけだから、別に心配はいらなかったりする。

 

「そう。それならいいけど」

「心配要りませんよ。大丈夫です」

「分かった。いってらっしゃい。コウキ君」

「はい。それじゃあ」

 

始めるとしますか。

 

「ウリバタケさん」

「おう。マエヤマ。出撃するんだってな。武装の方、どうする?」

「とりあえず色々と試します。何回か補給に戻るので準備をしておいてください」

「分かったぜ。それなら、最初はディストーションブレードと大型レールキャノンを搭載しておく」

「御願いします」

 

基地で補給後、初めての戦闘。

新しい武器が導入されて初めての戦闘でもあり、興奮気味なのが何名か。

 

「うぉぉぉ! こ、これはロケットパンチかぁ!」

 

ガイの装備は両手にジャイアントアーム。

これでディストーションアタックしたら半端ないだろうなぁ。

不恰好さに眼を瞑れば、攻撃力はダントツかもしれん。

 

「おぉ! 剣じゃねぇか! 居合い抜きは・・・出来ねぇか。後でウリバタケに作ってもらうかな」

 

居合い抜きが特技らしいスバル嬢は両手にディストーションブレード。

射撃撹乱にはガントレットアームの簡易ライフルを用いるらしい。

完全に接近戦する気まんまんって事だよね。

 

「へぇ。ドリルか・・・。僕も嫌いじゃないよ。こういうの」

 

そして、意外にもドリルアームに興味を示したのはアカツキ・ナガレ。

いや。てっきりリアル系が好きだと思っていたけど、意外と会長もスーパー系が好きなんじゃないか? 

嫌いみたいな事を言っていたけど。ほら。天邪鬼って奴?

 

「それでは、行くぞ」

 

他のメンバーもそれぞれ任意で武装を搭載。

でも、やっぱり、一番人気はフィールドガンランス。

あれってやっぱり使い勝手いいからね。

ま、色々と試してみてください。

ちなみに、エクスバリスはまだ調整中の為、誰も使いません。

小型グラビティブラストを撃つのはいつになるのかね?

まぁ、難しいから、気長にやるしかないでしょ。

だってさ、劇場版で小型グラビティブラストって登場してないでしょ?

という事は五年後でも実現されてないって訳。

そりゃあ、急には無理でしょう、うん。

 

「マエヤマ・コウキ。高機動戦フレーム。行きます!」

 

うぅ・・・。このG。凄く久しぶり。

やっぱり心臓に悪いね、これ。

ちなみに、今回からIFSを使う。

こっちの方が俺的に合っているしね。

だって、ナノマシンの恩恵があるもの。

 

『こちらテンカワ機。各機、散開。チームを組んで攻撃に当たれ』

「『『『『『『了解!』』』』』』』」

 

総勢八名による殲滅戦。

ナデシコの出番がないぐらい、暴れまわってしまおう。

 

『オラァァァ!』

 

ジャイアントアーム。

エステバリスの拳の何倍もの重量と大きさを誇る攻撃力重視の武器。

拳を囲むようにDFを展開し、接近しては次々と殴り壊していく。

いや。凶暴な獣を見ているようだ。ガイ、熱いぞ。

ちょっと心配な腕と各間接部。後でウリバタケさんと意見交換しよう。

 

『おぉ。おぉ。いいね。これ』

 

ドリルアーム。

先端にDF中和装置を付けた貫通力重視の武器。

貫いてよし。飛ばしてよし。殴ってよし。

三拍子揃って意外と使い勝手がいいかも?

問題は何も握れない事だけだな。

まぁ、拳だけで近距離から中距離はカバーできるから問題ないか。

やはりベストは片手だけにドリルつけて、もう片方で牽制かな。

アカツキ・ナガレ。会長が熱血しちゃっています。

 

『ハァ! フッ! タァ!』

 

ディストーションブレードとガントレットアーム。

ガントレットアームで搭載された簡易ライフル、まぁ、ハンドガンとでも言おうかな、で撹乱し敵に近付く。

そして、一閃。簡単に敵を切り裂いていく。

うーん・・・やっぱりDFを纏わせるのは大きいみたいだな。

攻撃力が段違いだ。スバル嬢。どんどん切り裂いちゃって。

・・・ストレスが溜まっている訳じゃないよね? その暴れん坊振りって。

 

『コウキさん。チームを組んで戦艦に向かいましょう』

「了解しました。イツキさん」

 

万能型パイロットのイツキさん。

射撃も格闘も優秀というバランスの取れたパイロットだ。

ヒカルがポジショニングに長けている万能タイプならイツキさんは各技能に長けている万能タイプといった所。

その技量は俺も知っているし、安心して背中を任せられる。

 

「大型レールキャノンを試したいので、敵の方を牽制していてください」

『了解』

 

大型レールキャノン。

おっちゃんはDFを纏った敵戦艦を貫けると言っていた。

シミュレーションでもその性能は確認済みだ。

 

「セット」

 

空中で放ってもいいけど、色々な場所で試したい。

最初は地上から。しっかりと固定した上で放つ。

 

ダンッ! ダンッ!

 

地上に展開。折りたたんであったのを展開すると本当にでかい。

エステバリスの全長を超えるっていうのは本当だったらしい。

太さもかなり。これだけの穴からそれ相応の弾が出たら、そりゃあ凄いだろうよ。

 

「イツキさん。離れてください」

『はい』

 

前方でラピッドライフル片手に敵を撹乱してくれているイツキさん。

準備完了です。ありがとうございました。

 

「発射!」

 

ズドンッ!

 

いや。凄い音。

反動は・・・それ程でもないかな。

予想よりはなかった。流石に固定してあるのは大きい。

 

「・・・・・・」

 

撃たれた弾を眼で追っていく。

凄まじい速度だが、機体で解析と同時に見ているから充分に把握できる。

数多のバッタの隙間を縫うように敵戦艦に直接向かう。

バッタに当たって威力が落ちたら検証できないからね。

当たらないでよ。頼むから。

 

「DFに接触。貫けるか?」

 

敵戦艦のDFに接触したレールキャノンの弾。

DFさえ突破できれば、敵戦艦の装甲は紙のように薄いから、沈むだろう。

 

「・・・うし」

 

敵戦艦の破壊を確認。

すぐさまレールキャノンを折りたたみ、肩に装着。

こいつは熱放出が凄まじいから、連続では使えない。

現在、冷却中。その間は、ディストーションブレードの出番だ。

 

『援護します』

「御願いします」

 

流石、イツキさん。

こっちの意図に気付いている。

 

「ディストーションブレード展開」

 

ブオンッ!

 

いいね。この音を聞く度にやる気が漲ってくるよ。

 

「ケイゴさんに笑われないようにしなくちゃな」

 

柔術と共に剣術も少し習った。

基本だけと言えど、習った事に違いはない。

恥をかかせちゃいかんだろう。

 

「フッ」

 

一閃。

両手で柄を持ち、接近してくるバッタを切り裂く。

DFを纏っていようとディストーションブレードには敵わない。

 

「おっと」

 

ミサイルは確実に避ける。

切り裂いてもいいけど、爆発に巻き込まれた馬鹿みたいだしね。

 

「・・・低いな」

 

空中で戦っている時、下から攻められると意外に対処しにくい。

ディストーションブレード、改め、DBは下には届かないし。

まぁ、下降しながら対処すればまったく問題ないんだけど、折角だから・・・。

 

「ハァ!」

 

DFを纏わせた足で蹴り裂く。あ。これ、造語ね。

折角、柔術の足技も習ったんだ。使わなっきゃ損、損。

あれだね。気分は流浪人に敵対した御庭番衆の御頭。

剣術と柔術の複合。これ、意外といけるかも・・・。

 

「・・・狙ってみるか」

 

どことなく隙がある敵戦艦。

途中に何体かバッタがいるけど、気にしちゃいけない。

すれ違い様に切り捨てて、戦艦もDBで墜としてしまおう。

 

「イツキさん。突っ込みますので援護を御願いします」

『危険ですが、教官時代のコウキさんを知っているので安心して任せられます』

「どうも」

 

一応は教え子と教官。俺の機動を知っている。

教官時代はそれなりに無茶な事も成し遂げた。シミュレーションでだけど。

イツキさんも援護してくれるようだし、すぐに終わらせてやる。

 

「ハァァァ!」

 

高機動戦フレームの特徴である瞬間加速を利用して、一気に最高速度へ。

出来るだけ速度を落とさないよう必要最低限の動きで避ける。

蔓延るバッタを時に切り捨て、時に避け、殆ど直線で肉薄した。

 

「ウォォォ!」

 

DFに向けてディストーションブレードを振り下ろす。

ディストーションフィールド・・・突破ぁ!

 

「ハッ!」

 

正面からぶった切る!

ディストーションブレードはまるで熱したナイフでバターを切るかのように敵戦艦の装甲を断ち切った。

 

「離脱」

 

振り下ろした時の下に流れる力を利用して下方向に離脱する。

パッとDFを全身に纏い、最高速度で離れる。

 

バァン!

 

爆発音を背に、次の標的へ向かう。

次は空中からの大型レールキャノン。

反動がどれくらいか実機で試す。

 

「セット」

 

空中には流石に固定できない。

一応は重力場で足場を作り出せるけど、あまり意味はないだろう。

 

「発射」

 

若干、遠い位置にあるが、この距離でも充分。

標準をあわせて・・・。

 

ズドンッ!

 

「うお! ・・・グゥ・・・」 

 

凄まじい反動。

予想通り足場なんてなんの意味もなく、元々いた位置から何メートルも移動していた。

でも、威力は抜群。

多少の距離なんてものともせず、敵戦艦を沈めた。

 

「次!」

 

 

その後の展開は圧倒的だった。

スバル嬢とガイが前線で縦横無尽に動き回り、その抜群の攻撃力で敵を屠る。

ヒカルが抜群のポジショニングで前線組みをフォローし、敵に反撃の隙を与えない。

大型レールキャノン、ラピッドライフルと遠距離から支援に徹するイズミさんは頼もしい限り。

会長もオールラウンダーな能力を発揮し、一人で何人分もの働きを見せていた。

イツキさんは主に俺の援護をしてくれ、更には他のパイロットの援護もしてみせた。

そして・・・。

 

『ハァァァ!』

 

アキトさんの活躍は言葉では到底表せそうにない。

機体が出せる最高速度を維持しつつ、急旋回、急上昇、急下降と飛び回り。

 

『ハァ!』

 

片手にそれぞれディストーションブレードを持ち、あっという間に殲滅していく。

バッタだろうと戦艦だろうと、その勢いは止まらず、簡単に潰していった。

一言で表すなら嵐か? アキトさんが通った場所で生き残っている敵はいなかった。

鬼神の如き活躍。紛れもなく、アキトさんこそが最強のパイロットだと再認識した。

 

『チューリップ。グラビティブラスト射程距離圏内に入りました』

『グラビティブラスト発射!』

『グラビティブラスト発射します』

 

そして、締めは黒き閃光。

重力という名の暴力がチューリップを破壊する。

敵戦力はもはやナデシコを妨害する力もなく、ナデシコは何の損傷もないまま戦闘終了となった。

抜群の性能を誇る戦艦。そして、それらを的確に運営するクルー達。

最後に、そんなナデシコを確実に護り切る凄腕のパイロット達。

それら全てが揃ったからこそこんなにも凄まじい戦力になるのだろう。

こうしてまた、ナデシコの名声が世界中に轟くのだった。

 

 

 

 

 



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行動は裏目にでて

 

 

 

 

 

「アマノ機帰艦。入れ替わりにスバル機が発進しました」

「了解」

 

いや。今日も相変わらずの戦闘。

地球に落ちたチューリップの数は途轍もないらしく、ナデシコフルスロットルです。

ええ。馬車馬の如くとは正にこの事を言うのではないでしょうか?

あぁ、安息を、平穏を、癒しを、我に与えたまえ。

 

「・・・コウキさん。データの記録は終わりましたか?」

「もうちょいかな」

 

あ。ちなみに、今回の戦闘に僕は出撃していません。

だってさ、はっきり言って、俺っていらない子じゃん?

いや。それなりに活躍できる自信はあるけどさ、あの七人で充分だと思うんだ。

だったら、俺に出来る事をするべきだと、そう思った訳。

その為、今の俺は各パイロットの機動データを記録、及び、解析中。

CASを作る時にもしたんだけど、今回はちょっと違う。

武装面も充実してきた事だし、今度はソフト面、所謂OSの改造でもしようかなと思って。

空き容量はまだあるから、限界圧縮して凄まじいソフトをぶちこんでやろうかなと。

とりあえず標準補正ソフトは全機に搭載させよう。

機動予想、もとい、未来予想と空間把握ソフトは処理能力ないとむしろ頭がパンクするから載せない。

これは人を選ぶ怪物ソフトだからな。俺だってナノマシンの恩恵がなければ絶対に無理。

でも、多少劣化させたソフトなら載せられるかもしれん。・・・ちょっと考えてみるか。

 

「・・・お手伝いしましょうか?」

 

む。折角の申し出だが、俺一人でも充分なんだよなぁ。

あともうちょいだし。わざわざ手伝ってもらわなくてもね。

 

「ううん。だいじょ―――」

「・・・グスッ」

「や、やっぱり御願いしようかな。いい? セレスちゃん」

「・・・はい。頑張ります」

 

な、涙目には勝てません。

 

「とりあえず・・・」

 

セレス嬢もIFS強化体質である以上、処理速度は凄まじい筈。

唯のパイロット達よりは間違いなく速い。

うん。じゃあ、まずはこいつをかけてもらおう。

 

「はい」

「・・・これは・・・」

「そう。噂のサングラスさ」

 

ま、サングラス型なだけだけど。

レールカノンを使用する際に装着する奴で、これが意外と便利なんだ。

レールカノンごとにカメラ的な情報を得られるから、ナデシコ周辺の視界をいっぺんに確保できる。

俺一人でも対応できるけど、二人で分割すれば更に詳しく調べられるしね。

 

「どう? いけそう?」

「・・・はい。大丈夫です」

 

流石はセレス嬢。素晴らしいぞ。

 

「機動データとバイタルデータを記録して欲しいんだけど」

「・・・分かりました」

 

右半分を俺が担当。左半分をセレス嬢が担当。

これでさっきより詳しいデータを得られるぞ。

解析はいつでもできるしな。まずは記録、記録っと。

 

「ガイ。ドリルアームでロケットパンチだ」

『おう。いっけぇぇぇ! ゲキガンロケットドリル!』

 

技名長いよ! ま、まぁ、いいけどさ。

 

「ふむ。相変わらずガイは技名を叫ぶ時に興奮気味だな。まぁ、こいつは情熱、熱血こそが力の源だから仕方ないけど」

 

ゲキガンロケット・・・うん。面倒だ。

ドリルアームでのロケットパンチは中々の威力。

ジャイアントアームと比べると攻撃力では劣るが、貫通力では断然上。

ジャイアントアームはDFを纏うっていう付加効果があるからな。仕方ないって感じ。

ドリルアームの利点が活かせるのは相手のDFが強力な時だ。

ジャイアントアームでも中和は可能だけど、その後が続かない。勢いが止まっちゃう。

その分、ドリルアームでやれば、貫通後、更に敵本体まで貫通してくれる。

この威力は心強い。パッと見、ジャイアントアームよりは格好が付くし。

 

『ハァ! うらぁ! かかってこいや!』

「リョーコさんは相変わらずか」

 

あの人も基本的に熱血。あれだね。戦闘狂の領域一歩手前って奴。

向こうの数が多ければ多いほどに興奮して、好戦的になるって・・・。

しかも、問答無用に突っ込んでいく。ディストーションブレード片手に切りまくる姿はどこの剣豪だよ!? とか思った。

ウリバタケさんはウリバタケさんでちゃっかり鞘みたいのを用意するしさ。

しかも、これ、レールガンの機能を活用しているらしく、イメージで反発を起こせる。

ああ。分かってくれるだろ? 要するにレールガンをぶっ放すような勢いで剣と鞘を反発させて超高速で剣を振り抜く訳。

いや。その威力の凄まじい事。ただでさえDF纏って半端ないのに、更に切れ味鋭くなっちゃったよ。

但し、問題もある。DFを纏ったままでは鞘に入らないし、反発の効果も得られないのだ。

まぁ、そんな簡単に物事は運べないよな、うん。

対策としては、抜くと同時にDF纏えばいいんじゃね? という意見が出たけど、それって単純に無理でしょ。

タイミングがシビア過ぎる。ちなみに、負けず嫌いのスバル嬢は必死に習得中。いつか習得しそうで怖い。

 

『こっちも意外といいね。僕は好きだよ、こういうの』

「飄々としているくせに興奮している模様。やっぱり好きなんじゃん、そういうの」

 

ジャイアントアームでお楽しみ中の会長。

その抜群の攻撃力で敵を殴り潰し、握り潰していく姿は結構怖い。

拳骨されただけで戦艦へこむとか、ありえないでしょ。

いや。おっちゃん、自重。

 

「ヒカルとイツキさんは器用だよね」

 

この二人とはこれといって特別な武器がない。

その分、どの武器でも扱える器用さを持つ。

ヒカルはどちらかというとフィールドガンランスがお気に入り。

イツキさんはラピッドライフルとディストーションブレードの組み合わせがお気に入りらしい。

片手に銃、片手に剣で、臨機応変に対応していく姿は流石としか言いようがなかった。

特に目立つ訳でもないけど、まぁ、周りが目立ち過ぎなだけなんだけどね、イツキさんは玄人な感じがしてその筋の人に好かれそう。

ヒカルはフィールドガンランスで時に突撃、時にレールカノンと一つの武器だけで多彩な攻めを展開していた。

ま、その殆どがスバル嬢の援護だけど・・・。

なんとなく、ヒカル、イツキさんの二人は周りの尻拭いがメインの仕事になりそうな気がする・・・。

いや、もう。頑張れとしか言いようがない。

 

「イズミさんは本当に後方支援特化」

 

あのお方はラピッドライフル、大型レールキャノンなど射撃の武器しか身に付けてない。

イミディエットナイフすら身に付けてない状態だ。確実に接近戦するつもりがない。

・・・一応、万が一の為にイミディエットナイフだけは持つように言っておこう・・・。

ま、イズミさんの射撃の腕前は本当に凄いからな。精密射撃という点では一番だろう。

どれだけ遠くからでも隙間を縫うような精度で敵を屠る。それがイズミさん、

イズミさんが後ろで援護してくれると思うと安心するね。

味方としてはかなり頼もしい。後は寒くなるようなダジャレさえなければ。

あれは一種の精神攻撃だと、どこぞの誰かが言っていたな。

 

「アキトさんは相も変わらずか。いや。マジで凄いわ」

 

アキトさんの要望でブースターの出力を変更して強化した。

しかも、それに加えてブースターとスラスター付け足すという所業。

あんな機体じゃ身体と精神壊します、と言いたい所なんだけど、それを成し遂げちゃうのがアキトさんクオリティ。

普通に戦闘終わらせて・・・。

 

「大して変わらなかったぞ。まぁ、多少は楽になったがな」

 

・・・とおっしゃる。

アキトさんの機動はある意味単純。

滅茶苦茶のスピードで移動して、一瞬の隙を突いて接近するか、その場から射撃するか。

どちらも移動しながら、だ、常にMAXスピード。接近して敵を貫いてもすぐに離脱する。

なるほど。ブラックサレナの時はこうやって戦っていたんだな、と実感。

あれはスピードに特化してあり、一対多数を目的としている機体だ。

計らずともこういう機動になってしまうんだろう。

そうともなれば、この程度のスピードじゃ驚いてもくらないか。

ブラックサレナの機動はもっと激しかったんだろうし。

 

「・・・うし」

 

と、ここまでがさっきまで調べていたデータ。

これからはセレス嬢と共同作業でちょっと違った見方をしてみたいと思う。

俺のターゲットはガイ、アキトさん、ヒカル、イツキ。

残りのアカツキ、スバル嬢、イズミさんはセレス嬢に任せてみる。

ま、これも勉強だと思えば、セレス嬢に任せるのもアリかな。

 

「まずは・・・」

 

 

それからは色々と調べさせてもらった。

たとえば、利き腕による反応の違い。

まぁ、単純に言えば、右側から来た時と左側から来た時の反応速度。

やっぱり利き腕と逆の方が反応が遅いんだけど、これがビックリ。

なんと一番反応いいのがヒカルなんだよね。次にイツキさんで、アキトさん、ガイって感じ。

要するにヒカルがこの中で一番視野が広いという事かな?

両側で殆どタイムラグなかったし。

まぁ、他の連中もあんまり変わらないんだけどさ。

後は背後からの反応速度とか、前方に敵がいる時の行動パターンとかを解析。

いや。面白いデータが取れたね。

前方に敵がいる時に取る行動は大きく分けて三つ。

軽く周囲を確認して突っ込むのがニ名。

相手との距離や周囲の状況を見てから行動し始めるのが三名。

悪・即・斬と言わんばかりにサーチアンドデストロイするのがニ名。

ま、内訳は想像通りだ。参考までにアキトさんはサーチアンドデストロイ。

まぁ、機動戦でやる以上、そうなるのは仕方ないとは思うけど。

思考パターンの解析って意外と面白いんだよね。

性格とか行動パターンとか分かるから。特に必要ないといわれたらそこまでだけどさ。

癖とか見つけたけど、これを修正させるか、強調させるかは自身に任せる。

俺なんかよりずっと分かっているだろうから。

 

「お疲れ様。セレスちゃん」

「・・・はい。コウキさんこそ」

 

大分データを取ったからもういいよ、という訳で記録終了。

戦闘はまだ続いているけど、俺の役目は終了みたいなもんだ。

 

「さて、俺は・・・」

 

データの解析にでも移ろうかな・・・。

そう思った矢先にそれは起こった。

 

「あ、新たな機影を確認」

「慌ててどうしたの? ルリちゃん」

「人型機動兵器です。映像に出します」

 

そして、モニターに映し出されたのは、全長六メートル程の人型機動兵器。

そう、その姿はエステバリスに酷似していた。

 

「敵の新型兵器か!?」

 

叫ぶゴートさん。

無論、誰もが驚きの表情だ。

向こうが人間だって知っているからな。

バッタとかは何の躊躇もせずに倒せたけど、あれに人が乗っていると思うと・・・。

 

「と、とりあえず、迎撃体制。向こうの出方を見ます」

 

それじゃあ、俺はとりあえずデータの記録。

機動性、武装、操作性などなど。調べておいて損はない。

 

「ヤマダ機が接触」

 

さて、どうなる?

 

「攻撃を仕掛けてきました」

「迎撃してください。出来るだけコクピットを狙わず機能停止させるように」

『了解!』

 

向こうの新型兵器は全部で三機。

ガイ、スバル嬢、アカツキ会長の三人が相手をする。

他のパイロットは援護しつつ、周囲の敵を殲滅。

あと少しで全滅だから、そう時間は掛からないと思う。

 

「・・・そうでもないな」

 

しばらく戦闘データを取っていたが、見た所、そこまでではない。

もちろん、機動性や武装面ではエステバリスに引けを取らないが、なんというか動きが雑。

無人機なのか? それとも、操作性があまりにも悪過ぎるのか。

そのどっちかだ。あれじゃあ機体性能を存分に活かしきれない。

 

「・・・DFを確認。エネルギーは何だ?」

 

重力波ではない。送信するものがないから。

まさか、今ある全戦艦に送信装置が付いているとは思えないし。

 

「フィールドガンランスを確認。はぁ・・・。そういう事か」

 

フィールドガンランス。

それに背中の形状やらから推測するにあれの基は高機動戦フレーム。

認めたくないけど・・・認めるしかないんだな。

フィールドガンランスのみで戦闘に赴いたのなんてあの時しかない。

そう、俺が強制ボソンジャンプをした時だ。

あの時に高機動戦フレームが向こうに渡っちまったらしい。

・・・アサルトピットが渡らなかったのは不幸中の幸いか。

多分、向こうはこっちのソフト面の情報がないからあんな動きしか出来ないんだ。

あの性能で自由な操作性があったら、間違いなく苦戦する。

現状ではソフト面の開発がされてないと見て良いだろう。

ソフト面の開発にどれくらいの期間が掛かる>

既に始まっているのか? それとも、あれが完成体?

それ次第で全ての状況が変わる。

まさか、あの時の最善の手が今の悪手に変わるとは・・・。

 

「せめて、無人機か有人機かを把握しておきたい」

 

無人機だからこその稚拙さなのか?

それとも、有人機でもその程度しか出せないのか?

原作ではデビルエステバリスとやらも出たが、それに類する動きでしかなければ無人機だ。

パイロット三人娘も苦戦していたけど、あれは狭まった空間だったから。

今のような状況ならそれ程苦戦しない筈。実際、今は優位に進めている。

 

「アカツキ機、敵機を破壊。どうやら無人機のようです」

 

会長の相手は無人機。それじゃあ他の二機もそうなのか?

 

「スバル機、敵機を破壊。こちらも無人機のようです」

 

三機中ニ機が無人機ともなれば、最後も無人機だと思うけど・・・。

 

「ヤマダ機と交戦中の敵機。突如、後退し始め、チューリップの中に逃げ込みました」

 

・・・どうやら最後の一機だけは有人機であったらしい。

バッタからも推察できるが、あれらは攻め込む事はあっても退く事はない。

退いたという事は、即ち有人機である事を示している。

これで分かった事は一つ。木連のソフト面開発は進んでいない。

有人機で無人機が同程度の機動しかできないようじゃソフトは杜撰だという事。

これで満足するような奴らでもないから、開発途中なんだろう。

完成される前に戦争を終結にしたいものだ。

あれが実戦配備されたら更に悲惨な状況に陥る。

それは何とか避けたい。

とりあえず、後でデータの解析をしよう。何か他にも分かるかもしれない。

 

「チューリップを破壊します。グラビティブラストチャージ」

「チャージ完了しています」

「それでは、撃てぇい!」

「グラビティブラスト。発射します」

 

チューリップを押し潰す。

これで漸く戦闘終了。

 

「戦闘終了。皆さんお疲れ様です」

 

今回の戦闘では遂に木連側に動きがあった。

ジンシリーズに変わる新しい人型機動兵器。

さて、アキトさん達と対策を練るとしようかな。

 

 

 

 

 

「驚きました。まさか、この段階で木連が小型の機動兵器を生産してくるとは・・・」

 

俺の部屋に集まっての秘密会議。

なんだか、これも久しぶりな気がする。

 

「恐らく、俺の機体を参考にしているんだと思います。あのジャンプでフレームが向こう側に渡ってしまったのでしょう」

「そうだろうな。しかし、そうなれば向こうはジンシリーズの生産を中止し、あの小型の方の生産を開始したという事になる」

「ええ。同時に両方やる事はプラントに依存している木連では不可能でしょうし。意外ですね」

 

どうしてだろう?

 

「どうして?」

 

ナイス。ミナトさん。

 

「ゲキ・ガンガーが大好きな木連が頼りなさそうな小型兵器を好んで使うわけがないという事です」

「生産の切り替えの時にかなりの反発があっただろうな。それを捻じ込んで生産に向かわせたという事はかなりの権力者だ」

 

・・・なるほど。そういう考えもがあったのか。

 

「コウキ。データを解析していたようだが、何か分かった事はあるか?」

「ええ」

 

あれからデータを解析した結果、色々な事が分かった。

 

「まずはあの機体の性能ですが、こちらのエステバリスとほぼ同等の性能を持っています」

 

下手するとあっちの方が高いかもしれないな。

こっちは現状で満足しちゃっているけど、向こうは研究し続けてそうだし。

 

「同等? それにしては、こちら側が優位だったように感じるが?」

「パイロットの腕、と言いたいですが、これもちょっと誤りがありますね。ソフトの差です」

「ソフトの差?」

「はい。こちら側がIFSに対し、向こうはIFSとは違う何らかの操作ソフトを使用しているのでしょう。ですが、それの性能が一段と悪い」

「要するに先程の戦いは向こうの操作面の性能の低さに助けられたから勝てたという事か?」

「ええ。もし、向こうがIFSに匹敵するソフトウェアを手に入れたらやばいかもしれません」

 

性能は少なくても互角。

ナデシコパイロット程の腕前があれば対処は可能だけど、まだ新人だったらやばい。

バッタ程度だからこそ対抗できるだけで、同程度の性能を持つ機体なら錬度の低い彼らでは心配だ。

 

「IFSに匹敵するソフトウェアなんてそう簡単には―――」

「いえ。ありますよ。木連でも実用化できるソフトウェアが」

 

アキトさんの言葉をルリ嬢が遮る。

IFSに匹敵するソフトウェア。

しかも、木連が手に入れられて実用化できるソフトウェアなんて・・・。

 

「ルリルリ。それって、もしかして・・・」

「ええ。IFSに匹敵する性能。私達は毎日のように眼にしている筈です」

「毎日のように?」

「まだ気付かないんですか? コウキさん」

 

・・・なんか言葉に棘を感じるんですが・・・。

 

「イツキさんがIFSに勝るとも劣らない性能を実証しているではありませんか」

「ッ!?」

 

・・・そ、そうか。何で気付かなかったんだ?

自分で作っておいて、その存在を度外視していた。

 

「複合アクションシステム。コウキさん。貴方が製作したソフトウェアです」

 

性能が互角。その状態でナデシコパイロットの動きを参考にした機動をされれば・・・。

 

「現状ではナデシコ以外に対処のしようがないでしょう」

 

そう、とてもじゃないが、新人達では敵わない。

向こうの錬度が高いという保証もないが、高機動戦フレームを使いこなせるようになれば、それこそ驚異的。

もしも、もしもだ。木連兵士の全員がケイゴさんのように・・・ケイゴさん!?

 

「そ、そうか! アキトさん!」

「そんなに慌ててどうしたんだ?」

「目的ですよ! ケイゴさんの目的が分かりました」

「ケイゴ? 確か、お前が基地で教官をしていた時の訓練生だったな」

「もし、ケイゴさんが木連人であれば、ソフトウェアの性能で負けている事は理解している筈。その対処法として・・・」

「狙いはそれか!?」

 

スパイ活動。希望的観測で歩み寄る姿勢と捉えたが、甘かったか!?

何らかの情報を得て、CASを狙ってきたとしたら・・・。

 

「アキトさん! すぐにミスマル提督に連絡を! 情報漏洩に注意するよう」

「ああ! 了解した!」

 

急いで部屋から抜けだすアキトさん。

恐らく自室に通信する装置があるのだろう。

クソッ。なんてこった。俺の行動が全て裏目に出ている。

木連側にエステバリスの製作機会を与えてしまったのも俺。

そのエステバリスを操作するシステムを作ってしまったのも俺だ。

俺の存在は逆に地球を危険に陥れてやがる!

 

「コ、コウキ君。どうしたの?」

「コウキさん?」

「・・・コウキ」

 

心配そうにこちらを見詰めてくる三対の眼。

ルリ嬢とラピス嬢はアキトさんの慌てようから事態の重大さに気付いているようだ。

 

「もしかしたら、CASを提供した連合軍内に木連人のスパイがいたかもしれないんです」

「スパイが!?」

「それって、例のケイゴさんって人の事?」

「はい。楽観視していた自分が恨めしいです。ケイゴさんがCASのデータを木連に持ち帰れば・・・」

「・・・木連にCASが渡り、操作性が向上する・・・」

 

ルリ嬢が顔を青褪めながら呟く。

 

「それだけじゃないんです。CASはナデシコパイロットの動きを参考にしています」

 

カスタマイズで来る可能性もあるが、カスタマイズする為の施設がなければ、各種特化のパターンを使ってくるだろう。

 

「使いこなす事に時間は掛かりますが、使いこなせばナデシコパイロットと同等の能力を発揮できるんです」

 

要するにナデシコパイロットが敵に回るようなもの。

向こうは唯でさえ遺伝子改造により身体能力に優れる。

もし北辰のような化け物がパイロットとして攻め込んできたら・・・。

 

「俺達が止めるしかありません」

 

・・・辺りに静寂な空気が流れる。

そうだよな。ナデシコパイロットが敵に回るなんて事になれば、被害は甚大間違いなし。

クソッ! 本当に俺は疫病神じゃねぇか!

 

「コウキさん。そのケイゴさんっていう方の本名を教えてください」

「ルリルリ?」

 

突然、どうしたんだろう?

 

「聞き覚えがあります。もしかしたら・・・」

 

アキトさんも名前に聞き覚えがあるとか言っていたな。

ルリ嬢は連合軍に籍を置いていたから、未来のケイゴさんの事を知っているのかもしれない。

 

「カグラ・ケイゴ。多分、偽名ではないと思う。木連人が地球に来て、偽名にする必要はないから」

「・・・やはり、そうでしたか」

 

ルリ嬢がどこか深刻そうな顔で呟く。

ルリ嬢はこの名前に覚えがあるという事か。

 

「ルリちゃん。未来でのケイゴさんの役職は?」

「・・・地球連合統合平和維持軍所属のカグラ・ケイゴ少将。木連出身の若き将校です」

 

・・・統合軍の少将? あの歳で?

 

「ケ、ケイゴさんはやっぱり木連人?」

「ええ。そうなりますね」

 

冷静に答えるルリ嬢。

でも、その額に汗が物事の重大さを語っている。

 

「カグラ・ケイゴ少将は木連の歴史ある名家であるカグラ家の長男。この家はゲキ・ガンガーを聖典として政府に捧げた事で今の立場を得たようです」

「・・・ケイゴさんの親の役職とか分かる?」

「統合軍で大将を担っていた事から、木連でもかなり高い地位にいると思われます」

 

カグラという名前は原作にも劇場版にも出てなかったから、そんな事実、ちっとも知らなかった。

 

「ルリルリ。詳しいのね」

「ええ。カグラ・ケイゴ少将は有名な方でしたから」

「そうなの? どんな感じで?」

 

ケイゴさんが有名?

どう有名なんだ?

 

「熱血クーデターはご存知ですか?」

「木連の政権を若い軍人達が勝ち取った活動だよね」

「はい。カグラさんはその際、三羽烏の秋山さん、月臣さんと共に中心人物として活躍しています」

「所謂木連の中心人物?」

「ええ。その後、地球と木連との間に和平を結ぶ為に尽力しました。その事から両陣営で終戦の英雄と謳われています。あくまで軍内での話ですが」

「・・・終戦の英雄・・・」

 

有名なのは当たり前か。

終戦へと導いた人物なら。

でも、それってやっぱり和平派の人間って事かな?

駄目だ。情報が全然足りない。

 

「地球に潜り込んだ過去があるっていう情報はあった?」

「いえ。私が調べた中にはありません。隠されたのか、歴史が歪められたのか・・・」

 

・・・どちらにしろ、これでケイゴさんが木連人という事はハッキリした。

何がなんでもケイゴさんの活動を阻止しなければ。

CASが木連に渡ったら、最悪の事態に―――。

 

シュンッ。

 

「アキトさん! ミスマル提督は!?」

「・・・・・・」

 

無言のアキトさん。

一体、それは何を意味しているのか・・・。

 

「・・・遅かったな。先日の戦闘で一人のパイロットがチューリップに吸い込まれて戦死扱いされている」

「そ、そのパイロットの名は?」

「・・・カグラ・ケイゴ。カグラ・ケイゴだ」

 

・・・やられた。

チューリップ越しなら違和感を与えない。

しかも、未だに生体ボソンジャンプの成功例がない以上、確実に戦死扱いだ。

見事なまでに証拠隠滅と同時に情報を運んでいる。

 

「高機動戦フレームとCASのデータが入ったアサルトピットを同時に持ち運ばれた。CASを搭載した機体が戦場に出るのも・・・時間の問題だろう」

 

・・・目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 



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突然の別れ

 

 

 

 

 

SIDE カエデ

 

「貴方なんかいなくたって私は全然大丈夫だから!」

 

そう、いつまでもコウキに甘えていちゃ駄目なんだ。

寂しいのも悲しいのも自覚している。でも、それでも、乗り越えなきゃ駄目なのよ。

 

「カエデ!」

「貴方は私の心配なんてしないで自分の仕事をしっかりと果たしなさい!」

 

この私を置いていくんだもの。責任放棄したら許さないんだから。

 

「ああ! 分かっている! お前もな!」

「分かっているわよ!」

「俺がいないからって寂しがるなよ!」

「そっちこそ私がいないからって寂しがらないでよ!」

「それはない!」

「はぁ!? 少しは寂しがりなさいよ!」

 

いつも通りの反応。

でも、少しは寂しがってくれてもいいんじゃないの?

私だけ馬鹿みたいじゃない。

 

「ナデシコで待っているぞ! カエデ!」

「ええ! 待ってなさい! コウキ!」

 

ありがとう。コウキ。

 

「じゃあな!」

「ええ! また会いましょう!」

 

また、いつか、ナデシコで会いましょう。

それまでに、私もきっと・・・。

 

「強くなっているから」

 

 

 

 

 

「いつものを御願いします」

 

コウキがこの基地を去ってから幾日かの月日が流れた。

始めはやはり寂しがったけど、意外な事にも最近は平気。

それにはやっぱりこいつの存在が大きいのかも。

友達がいるか、いないかって結構切実な問題。

 

「いつものって、よく飽きないわねぇ」

「いいんですよ。美味しいんですから」

 

ケイゴは本当に美味しそうにご飯を食べてくれる。

見ているこっちが幸せになるくらい。

コックとしては嬉しい限りだ。

 

「はい」

「ありがとうございます。カエデ」

 

気付けば名前で呼び合う仲に。

本当にいつの間に・・・。

不快じゃないからいいんだけどね。

 

「どうなの? 調子は」

「それなりです。小隊としての動きも徐々に違和感がなくなってきていますし、準備は万全です。いつでも出撃できます」

「ねぇ。ケイゴ」

「はい?」

「死なないでよね」

 

コウキがいない今、親しい友人はケイゴぐらいしかいない。

ケイゴにいなくなられたらと思うと恐怖が身を包む。

 

「分かっています。私だって死にたくないですから」

「約束なさい。絶対に帰還してくるって。戦場で死んだら許さないんだからね」

「死人を更に苛めるつもりですか?」

「茶化さないで。分かった?」

「分かっていますとも。必ず戻ってきましょう」

 

ちょっと安心した。

親しい友人を失うのはもうコリゴリだ。

火星大戦で、私は多くの友人を失った。

それの代わりという訳ではないけど、今の友人は絶対に失いたくない。

 

「カエデの方はどうですか?」

「どうって、別にいつも通りよ。大して変わらないわ」

「そうですか」

 

何故か知らないけど、妙に私を気に掛けるのよね、ケイゴって。

まさか私の事が・・・ないか。なに考えているんだろう? 私。

 

「どうかしました?」

「な、なんでもないわよ」

 

鋭いんだか、鈍いんだか・・・。

まぁ、コウキよりは絶対に鋭いだろうけど・・・。

 

「それじゃ、仕事に戻るわね」

「はい。頑張ってください」

「そっちもね」

 

 

 

 

 

「ねぇ、出撃なの?」

「はい。攻め込んできましたからね。防衛しなければなりません」

 

昼、食事中に響いたエマージェンシーコール。

近くにいたケイゴに問いかける。

 

「約束破ったら承知しないわよ」

「分かっています。ご飯が美味しいですからね」

「何それ? 理由になってないわよ」

 

ジト眼で見てやると苦笑で返される。

 

「それでは」

 

走り去っていくケイゴ。

その背中を見送る事しかできなかった。

 

「・・・そっか」

 

これが恐怖なんだ。

身近な人間が今日、いなくなるかもしれない。

そう考えるだけで身体が震える。

 

「カエデちゃん。気を強く持って」

「・・・おばちゃん」

 

ボーっと食堂の出入り口を見ていると、いつの間にか後ろにいたおばちゃんにそう言われた。

 

「私達みたいに基地に務めている人間はね。何度も耳にするもんさ」

「・・・兵士が死ぬという事を、ですか?」

「そう。パイロット達と実際に接する仕事だからね。誰だって知人が亡くなるのは嫌なもんさ」

「・・・はい」

「食堂からじゃ戦闘の映像なんて見られない。だから、私達に出来る事は美味しい料理を作って待ち続ける事だけ」

「・・・・・・」

「そんなしみったれた顔で作った料理が美味しい訳ないだろう? 信じて待っていてあげな」

「・・・分かりました」

 

・・・うん。そうね。

戦闘で疲れている時、美味しい料理を食べさせてあげたい。

それが今の私に唯一出来る事。

信じて、待っていてあげなくちゃ。

約束したんだもの。

 

「う~ん。私はコウキ君だと思ったんだけどなぁ?」

「コウキ君も忙しいからね。仕方ないよ」

「でも、まさか、カグラ君とはね」

「まぁ、若いもんには若いもんの恋愛事情が―――」

「私もまだ若いですよ?」

「はいはい。早く結婚しないと置いてかれるわよ」

「クゥ~。気にしている事を」

 

・・・おばちゃん達、元気だね。

なんか、私が馬鹿らしくなってきた。

よし。美味しい料理を作って待ってよう。

死ぬんじゃないわよ! ケイゴ!

 

 

 

 

 

「お帰りなさい。ケイゴ」

「はい。ただいま戻りました。カエデ」

 

戦闘は無事に終了した。

コウキがケイゴを褒めていたけど、嘘じゃなかったみたい。

本当に凄腕で一気にエース扱いされていたわ。

 

「何か食べる?」

「はい。戦闘でお腹がすいているので。いつものを」

「分かったわ。少し待ってなさい」

 

ケイゴが頼むいつもの。

今回はいつも以上に力を入れた。

不安を押さえ込む為に、料理に没頭していたから。

 

「相変わらず美味しいですね。今日はまた一段と」

「ま、まぁ、ご褒美みたいなもんよ。頑張ったみたいだし」

 

なんで分かる?

 

「そうですか。それなら、戦闘に出るのも悪くないですね」

 

こ、こいつは・・・人の気も知らないで・・・。

 

「し、心配したんだからね」

「ハハッ。それは光栄。しかし、大丈夫ですよ。きちんと鍛えていますから」

「そ、それでもよ」

 

本音を言うなら、戦場に出るなと言いたい。

でも、それじゃあ、ケイゴの仕事を全うできないから言う事はできないの。

だって、こいつはパイロットなのだから。

 

「コウキさんからお墨付きを頂いているんですから大丈夫ですよ」

 

コウキが教官としてケイゴを鍛えた。

確かにコウキはケイゴを褒めていたけど、私はコウキ自身の実力を知らない。

だから、そのコウキに褒められたというケイゴの実力なんてもっと知らない。

 

「あんまり己惚れない事ね。死ぬのなんて簡単なんだから」

 

眼の前で殺された両親。

瓦礫の下敷きになって死んだ妹。

友達なんて会う前に死んでいた。

そう、人間が死ぬのなんて、本当に簡単なんだ。

 

「分かっていますよ。ご心配、ありがとうございます」

「べ、別にお礼を言われるような事じゃないわよ」

 

ちゃんと生きて帰ってきなさい。それだけでいいわ。

 

 

 

 

 

それからは毎日のように、とまではいかないけど、戦闘が続いた。

その度に何人かの犠牲者が出る。当然よね。戦争なんだもの。

ケイゴはまだ生き残っている。・・・生き残ってくれている。

でも、いつ死ぬかなんて分からない。

次はケイゴなんじゃないかって、毎日が不安。

もちろん、他のパイロット達だって心配だし、死んだら悲しい。

でも、一番親しいケイゴがやっぱり一番心配だ。

 

「・・・暗い顔しているわね」

「ええ。まぁ・・・」

「何かあったの?」

「・・・小隊の仲間が一人死にましてね。明日、別の人員が補充されるそうですが・・・」

「・・・そう」

 

仲間の死に涙する。誰だってそう。

身近な人間であればある程、亡くなった時の悲しみは深い。

 

「・・・醜いものですね。戦争とは・・・」

「・・・そうね。決して綺麗なものではないわ」

「・・・正義と謳い、虐殺してきた木連もまた醜いのかもしれません」

「・・・木連の事なんて分からないわ。何があって火星を襲ってきたのかも分からないし。でも・・・」

「でも?」

「木連が醜いように、地球だって醜いわよ。戦争をしているのはお互い様なんだもの」

「・・・そう、ですね」

「どっちも醜い。正義なんてどこにもない。エゴとエゴのぶつかりあい。それが戦争なんだって。コウキが言っていた」

「・・・コウキさんは本当に手厳しいですね。戦争に正義を見出させてくれません」

「私達にとって木連は悪でしかない。同じように木連からしてみれば私達なんて悪でしかない。きっとそういう事だと思う」

「・・・悪が正義を謳うなどと、馬鹿らしい」

「私は軍人でもなんでもないから、そういうのは分からないわ。自分達が正義だという信念で戦いに赴く人だっていると思うし」

「・・・そうですね」

 

それっきり、言葉を失った。

今はそっとしておいてあげよう。

ケイゴならきっと、一人で立ち直れるから。

 

 

 

 

 

「・・・そっか。私、もう少しで帰れるんだ」

「ええ。提督達が話していました。もう少しだと」

 

私がナデシコに戻る為に必要な条件。

提督が極東方面の司令官になる事。

そうすれば、ナデシコの人事に関しても口が出せるって。

 

「良かったではないですか。念願のナデシコですよ」

「でも・・・」

 

確かにナデシコに帰れるのは嬉しい。

あそこには親しい友人もいるし、コウキやミナトさんだっている。

でも、そうすると、ケイゴはどうなるの?

ケイゴの事を無視して、本当にナデシコに戻ってしまっていいの?

私は、本当に後悔しない?

 

「おや。何か心残りがあるのですか?」

「べ、別にないわよ」

 

流石に面といって貴方が心配とは言えない。

 

「しかし、これで肩の荷が下りましたよ」

「え? それって・・・」

 

私はケイゴの邪魔をしていた? お荷物だったって事?

 

「あ、いえ、カエデがお荷物という意味で言ったんじゃありません」

「じゃあ、どういう意味よ?」

怪訝な眼でケイゴを見る。

意味が分からないから。

邪魔していた自覚はないんだけどな・・・。

 

「コウキさんにカエデの事を頼まれていましたからね」

 

コウキが? ケイゴに私を?

 

「コウキさんの代わりに私がカエデを護る。そうコウキさんに誓いました」

 

それは嬉しい。

嬉しいんだけど・・・。

 

「それじゃあ、貴方はコウキに頼まれていたから私を気に掛けてくれていたの?」

 

もしそうなら、それはそれで悲しい。

私はケイゴを単純に親しい友人だと思っていた。

だけど、ケイゴはそう思ってはいなくて、唯の護衛対象として見ていたとしたら・・・。

それは堪らなく悲しい事だ。

 

「いえ。もちろん、頼まれていたという事もありますが、私自身、カエデを支えたいと思っていましたから」

「・・・え? そ、それって、どういう意味よ?」

「カエデはカエデで鈍感ですよね。コウキさんの事を鈍感だなんてそれじゃあ言えませんよ」

 

そう苦笑で返される。

何? 何が言いたいの?

 

「私はカエデが好き。そういう事です」

「ッ!?」

 

え? えぇ!?

 

「顔を真っ赤にするなんて可愛らしい所もあるんですね」

「ケ、ケイゴ、冗談はやめて」

 

本当に人が悪い。

こんなときに冗談を言うなんて。

 

「冗談じゃありませんよ。カエデの事、私は好きです」

「ちょ、ちょっと待って」

 

い、いきなりそんな事を言われても・・・。

 

「いえ。返事を期待している訳ではありません」

「え? どういう意味?」

 

告白しておいて返事はどっちでもいい?

何を考えているのか全然分からない。

 

「本当は隠しておくつもりだったんですが、別れが惜しくなってしまって・・・」

「ケイゴ。意味が分からないわ」

「ふふっ。いえ。カエデ、さっきの事は忘れてください」

「はぁ!?」

 

好きとか言っといて今度は忘れてくれ?

意味が全く分からない。

 

「思わず言ってしまった戯言です。忘れてください」

「ケイゴ?」

 

どうして、そんな悲しそうな顔で言うの?

どうして、そんな遠い眼をしながら言うの?

ケイゴ。貴方は何を考えているの?

 

「私は帰らなければならないのです。私のあるべき場所へ。偽りの私ではなく、本当の私でいられる場所に」

「・・・ケイゴ。貴方は・・・」

「カエデ。もう一度言います。私の言った事、私の事、そのどちらも忘れてください」

「そんなの無理よ! それじゃあ、なんで、私に好きだなんて」

「・・・不思議ですね。忘れて欲しいのに。心のどこかで覚えていて欲しいと。そう思ったのかもしれません」

「・・・ケイゴ。貴方のあるべき場所ってどこなの?」

「知らない方がいい。いえ。知って欲しくない。知れば、貴方は私を嫌うでしょう。憎むでしょう」

「・・・・・・」

 

私はケイゴの言いたい事が何一つ分からなかった。

好きと言っておいて忘れてくれと言う。

自分自身の事も忘れてくれと言う。

まるで、今日がお別れかのように・・・。

 

「矛盾ばかりの私ですが、一つだけ、確かな事があります」

「・・・・・・」

「カエデ。私は貴方の安全と幸せを祈っています」

「ちょっと待って。私には貴方の言いたい事が分からないわ」

「好きな人の幸せを願う。自分が叶えてあげられない以上、当然の事です」

「ケイゴ。貴方はさっきから何が―――」

 

ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン!

 

エマージェンシーコール?

 

「ちょうどいいタイミングですね。カエデ。それでは」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

走り去っていくケイゴ。

その背を追いかけても、距離は開く一方。

離れていく距離。それがまるで私とケイゴの関係のように思えた。

二度と会えない。そんな気持ちが深まった。

 

「ケイゴ! ケイゴ! 説明しなさいよ!」

 

なんとしても話を聞く。そう思って全力で駆けた。

もう会えないんじゃないかと思い、身体に鞭を打った。

でも、結局、私がケイゴに追いつく事はなかったの。

そうよね。運動も碌にしない私が身体を鍛えていえるケイゴに追いつける筈がない。

ケイゴは何が言いたかったのか。

ケイゴは何を考えているのか。

何一つ分からないまま、ケイゴはいなくなってしまった。

重い足取りで食堂へと帰る

今まで以上の不安が胸を襲った。

そう、私は、この戦闘でケイゴがいなくなる事を半ば確信していたのかもしれない。

 

 

 

 

 

「どうしたんだい? カエデちゃん。元気ないねぇ」

 

いつも以上に戦闘区域が近いという事で、私達は基地の地下シェルターに避難していた。

少なくとも、ここなら何があっても安心らしい。

でも、そのせいで今回は食堂で料理を作りながら待っていてあげる事は出来ない。

今までは無事に帰ってきたケイゴに美味しい料理を提供するんだって一心不乱に料理を作り続けて・・・。

そうやって恐怖を紛らわしてきた。

でも、それが出来ない今、胸が痛くなるほどの恐怖と不安が私に襲い掛かる。

無事でいて欲しい。そして、さっきの事をきちんと説明して欲しい。

言いたい事だけ言って去っていくのなんて卑怯だ。

私にだって言いたい事はあったのに・・・。

 

「やっぱり私達は信じて待つ。それだけしか出来ないよ」

 

おばちゃんが近くに座ってそう慰めてくれる。

おばちゃんの言いたい事は分かる。

今の私達は本当に信じることしかできないのだから。

でも、あの背中が、私に別れを告げているようで・・・。

もうケイゴに二度と会えないんじゃないかって・・・。

 

「・・・不安で仕方ないんです」

 

そう言うとおばちゃんは優しく笑って・・・。

 

「はい」

 

手を差し伸べてくれる。

 

「ギュッと握ってなさい。それだけで少しは気が紛れるから」

 

言われた通りに差し出された手を握る。

そのどこか安心する人の温もりが本当に不安を少し紛らわしてくれた。

暖かくて優しい。まるでお母さんの手みたいだ。

 

「ずっと握っていていいから」

 

おばちゃんが隣に座る。

そして、おばちゃんの手を握った私の手を更に握って。

 

「信じましょう。必ず帰ってくるって」

 

私はもう片方の手もおばちゃんの手に添えて、まるで祈りを捧げるように願った。

無事に帰ってくるように、と。

・・・でも、その期待はいとも簡単に裏切られる。

 

「・・・戦死? ケイゴが?」

 

知らされた戦死者の数と名前。

その中にカグラ・ケイゴの名前があった。

 

「べ、別人よね?」

 

同姓同名だったり、間違いだったり、そんな事を期待して、自分を誤魔化した。

でも・・・。

 

「眼の前の現実から逃げちゃ駄目よ。カエデちゃん」

 

おばちゃんにそう言われて、逃げ場はなくなった。

 

「う、嘘でしょ。ケイゴ」

 

誰か、御願いだから、嘘って言って。

ケイゴが、ケイゴが死ぬ訳ないって。

 

「カエデちゃん」

 

おばちゃんが優しく私を抱き締める。

・・・あぁ。夢じゃないんだ。ケイゴは・・・死んだんだ。

 

「・・・うぅ・・・」

 

涙が溢れ、零れる。

年甲斐もなく、おばちゃんの身体に縋って・・・。

 

「約束したじゃない! 絶対に帰ってくるって・・・」

 

約束した。

必ず戻ってくるって。

それをケイゴは破った。

 

「言ったじゃない! 私が好きだって、なら、何で勝手に死んでいるのよ!」

 

好きって言っておいて、私の心を惑わすだけ惑わして・・・それで勝手に死ぬなんて。

言葉に最後まで責任を持ちなさいよ。

好きなら私を悲しませないでよ。

 

「・・・うぅ・・・うぅうぅ・・・」

 

・・・ひたすらに泣いた。

優しく抱き締めてくれるおばちゃんに甘えて。

ただ、泣く事しか、私には出来なかった。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 



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背中に置かれた手

 

 

 

 

 

「ピースランドからの特使?」

「誰かしら? ピースランドから呼ばれるようなVIPは」

 

いつも通りにブリッジへと向かう。

一応、俺の役職は前と変わらない為、ブリッジ勤務も変わらないのだ。

まぁ、俺がいて役に立つかといえば、そうでもないけど。

 

「いえ。なんでも、ルリさんに用事とか・・・」

 

そんなある日の事だ。

ピースランドからルリ嬢に対する特使がやってきた。

ピースランドとは永世中立国であり、世界の銀行。

裏金とかが凄いらしい。ネルガルも頭が上がらないとかなんとか。

まぁ、税金対策をさせてくれる国ですからね。睨まれたら終わりか。

 

「ホシノ・ルリに?」

 

怪訝な顔付きのエリナ秘書。

いや。久しぶり。いつもブリッジにいないから忘れていた。

あれかな? また

裏で何かやっているのかな?

 

「ええ。よろしいでしょうか? ルリさん」

「はい。分かりました」

 

プロスさんの引率でルリ嬢がブリッジから出て行く。

まぁ、ルリ嬢は既にこうなる事を知っているから、別段驚きもないだろう。

俺も特にこれといって干渉するつもりはない。

ルリ嬢やアキトさんがうまくやるだろうし。

そんな事より・・・そんな事は失礼かな? コホン。

俺はケイゴさんの事について色々と考えないといけない。

ケイゴさんがエステバリスごとチューリップで跳んだ以上、木連にはCASが導入されるだろう。

先日の人型機動兵器にCASが搭載されれば、苦境に立たされる事は間違いない。

かといって、俺達にそれを阻止する事はもはや不可能。

どう対策を取るか・・・。

 

「コウキ」

 

ん? アキトさん?

 

「何でしょうか? アキトさん」

「俺は恐らくルリちゃんに付いていく事になるだろうからな。その報告だ」

「そうですか。分かりました」

「何か買ってくるものはあるか? 前回同様、そういう役目を担わされるだろうしな」

 

どこか疲れた表情で告げるアキトさん。

そうだよなぁ。クルー全員とまではいかないけど、買い物に使われるんだ。

溜息も吐きたくなる。

 

「いえ。特には」

 

これといって必要なものはないよな?

 

「そうか。分かった。お前も少し休め」

「え?」

「頭を使い過ぎだ」

 

苦笑しながら告げるアキトさん。

 

「ケイゴとやらで色々と悩むのは分かるが、あれからずっとじゃないか。少しは休んだ方がいい」

「はぁ・・・」

 

別段、疲れている訳ではないんだけどなぁ。

自覚症状がないだけだったりして?

もしかして、言われている通りに疲れているのかも・・・。

うん。考えもまとまらないし、ちょっと休もうかな。

 

「それではな」

 

そういって去っていくアキトさん。

ルリ嬢をよろしく、アキトさん。

 

「コウキ君。言われた通りに休んできなさい」

「え? ミナトさんまで」

 

やっぱり疲れているのだろうか?

 

「隈。隈できているわよ?」

「嘘? マジですか?」

「マジったらマジ。眠れないの?」

「ええ。まぁ・・・」

 

寝ようと思うと色々と考えてしまう。

俺がいなければこんな危機に陥らなかったんじゃないか、とか。

俺のせいで今回は形だけの和平さえ成り立たなくなっちゃうのでは、とか。

そう考えたら、きりがなくなっちゃって。

 

「そっか。私で良ければ相談に乗るけど?」

「・・・そうですね。御願いしてもいいですか?」

「ええ。もちろん」

 

ミナトさんに相談すれば、少しは心が楽になるかもしれない。

 

「それじゃあ、今日の夜にでも聞いてあげるから。ひとまず寝てきなさい」

「・・・仕事中ですから」

「体調不良とでも言っておきなさい。事実、そうなんだから」

「・・・でも・・・」

「いいから。どうせ待機なんでしょ? だったら、休んでおいて体調不良を治した方が断然ナデシコの為だわ」

「・・・そう、ですか。分かりました」

 

・・・それなら、お言葉に甘えようかな。

 

「・・・艦長」

「はい。何でしょう・・・マエヤマさん。顔色悪いですよ?」

 

どうやらマジらしい。

周りから休めオーラが漂ってきた。

人が良過ぎるよ、ナデシコクルー。

 

「ちょっと体調不良でして。休ませて貰ってもいいですか?」

「はい。早く治しちゃってください」

「ありがとうございます」

 

いや。こんな簡単に許可をもらっていいのかな?

まぁ、休ませてもらえるなら休むけど。

 

「それじゃあ、失礼しますね」

「お大事に」

 

ブリッジから出る前に一礼。

う~ん。眠れるかな? これで眠れなかったら申し訳ないし。

・・・うん。仕方がない。睡眠薬でも貰ってくるか。

睡眠薬なんて初めてだけど、どうなるんだろう?

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「大丈夫かしら? コウキ君」

 

ブリッジから出て行くコウキ君を見送る。

コウキ君がケイゴさんと呼ぶ人のスパイ疑惑から数日。

日に日にコウキ君の顔色と悪くなってきている。

変な所で責任感が強いからなぁ、コウキ君は。

背負わなくていい事まで背負っちゃっている気がするのよね。

 

「・・・あの、ミナトさん」

「ん? どうかした? セレセレ」

 

コウキ君に比例するようにセレセレの元気もない。

 

「・・・コウキさん。どうかしたんですか?」

 

心配そうに問いかけてくるセレセレ。

今更だけど、ナデシコが初めて出航した時とは大違い。

無表情だなと思っていたセレセレも少し感情表現が乏しい女の子ぐらいにまで成長した。

人との触れ合いで人ってこんなに変わるんだなぁって実感するわよね。

 

「ちょっと色々あってさ。悩み事を抱えているみたいなの」

「・・・そう・・・ですか」

 

俯くセレセレ。

愛されているなぁ、コウキ君。

 

「・・・私に何か出来る事はないでしょうか?」

「コウキ君の為にって事?」

「・・・はい。私、コウキさんに恩返しできていません」

 

・・・恩返しか。

コウキ君は恩だなんて思ってないと思うけどね。

そうだなぁ・・・。

 

「今度コウキ君が来た時に笑って出迎えてあげて」

「・・・え? それだけでいいんですか?」

「そうよ。それだけでコウキ君は喜んでくれるから」

 

コウキ君もセレセレの事を大事にしているし。

きっとセレセレが笑顔で出迎えてくれれば嬉しいと思う。

 

「・・・分かりました」

「ええ。そうしてあげてちょうだい」

 

それが一番コウキ君を癒してくれると思うから。

 

 

 

 

 

「はい」

「え? いきなり?」

 

夜、コウキ君の部屋を訪ねて相談タイム。

部屋に入ってすぐに、その場に座り、腿をパンパンと叩く。

最近してなかったしね、膝枕。

 

「ほら。おいで」

「えぇっと・・・はい」

 

ふふっ。相変わらず照れ屋なんだから。

久しぶりの重みが逆に心地良い。

 

「よく眠れた?」

 

さっきまでベッドの中にいたみたいだし、眠れたとは思うんだけど・・・。

 

「初めて睡眠薬にお世話になりましたよ」

「・・・そっか」

 

睡眠薬にお世話にならないと眠れない程、コウキ君の悩みは深いんだ。

 

「あの・・・恥ずかしいんですけど・・・」

 

あぁ。無意識に額とか撫でていたみたい。

ま、いいじゃない。これぐらい。ねぇ。

 

「いいの、いいの。それで、コウキ君は何を悩んでいるの?」

 

十中八九、ケイゴさんっていう人の事だと思うけど・・・。

あ、もしかしたら、基地に残してきたカエデちゃんの事かもしれないわね。

カエデちゃんの事、コウキ君、とても気にしていたし。

 

「俺のせいじゃないかなって」

「え? コウキ君のせい? 何が?」

「俺がこっちの世界に来なければこんな事にはならなかったんじゃないかなって」

 

・・・思ったより深刻そうね。ケイゴさんでもカエデちゃんでもないみたい。

もっと、こう、根本的な問題かしら?

 

「どういう意味?」

「俺がいなければ、ナデシコは危機に陥る事もなく、形だけの和平だとしても成立しました」

「・・・うん」

「ですが、俺の存在のせいで、木連側はナデシコを打倒するだけの力を身につけてしまい、もっと言えば、地球だってより危険になりました」

 

本当かどうかは分からないけど、コウキ君のエステバリスが木連側に渡ってしまったせいであの新型機が造られてしまったらしい。

でも、コウキ君だけの問題じゃなかったんじゃないかな?

 

「でも、今回みたいにエステバリスごとチューリップで奪取する方法もあったんでしょ? いずれはこうなっていたのよ」

 

別にコウキ君が背負うような事じゃないと思う。

方法なんていくらでもあったと思うし。

 

「ですが、そもそもCASがなければ、スパイとしてケイゴさんも来なかったかもしれませんし、新型機も実用化されなかったかもしれません」

 

・・・あぁ。かなりの重症だわ。

なんでも自分のせいにしちゃっている。

 

「コウキ君。落ち着いて聞いて」

「・・・はい」

「CASがあろうとなかろうとスパイ活動はしていたと思うわ」

「どうしてですか? 俺の―――」

「もちろん、何かしらの情報を得て、CASの為に来たのかもしれない。でも、それだったら長い期間を基地で過ごす必要はなかったんじゃない?」

「実戦に配備されてからすぐに逃げれば良かったって事ですか?」

「ええ。他にも知りたい事があったからスパイ活動をしていたとも考えられるでしょ? CASも目的の一つだとは思うけど、全部じゃないわ」

「・・・・・・」

 

いくらでも調べたい事なんてあったと思う。

その全ての責任をコウキ君が背負う必要はない。

そもそもCASだって頼まれて作ったものなんだし。

 

「それにね、新型機の実用化だって別にコウキ君のせいじゃないでしょ?」

「でも、CASがなければ―――」

「そうね。すぐには実用化できなかったかもしれないわ」

「ッ!」

 

息を呑むコウキ君。

 

「でも、いずれは実用化されていた。別にCASじゃなくちゃ動かないって訳でもないしさ」

「そ、それはそうですが、性能的に・・・」

「戦争中の技術進歩を甘く見ちゃいけないわ。確かに時間は掛かったでしょうけど、同等の性能を得る事は出来たと思う」

 

現時点で優れているのは確か。でも、いずれは追いつかれる。

それに、コウキ君は大切な事を忘れている。

 

「それにね、コウキ君。貴方は大事な事を忘れているわ」

「え? 大事な事?」

「ええ。貴方のCASの恩恵を受けているのは木連だけじゃないでしょ? 地球だって戦況を立て直してきているじゃない」

「・・・あ」

「そうよ。貴方は悪い方ばかり見ているみたいだけど、良い方にも眼を向けなくちゃ」

 

確かに木連に渡った事で向こうの戦力は向上してしまったかもしれない。

でも、こちら側だって同じように戦力を向上させているんだ。

±0とかいう訳じゃないけど、もっと自信を持っていいと思う。

 

「責任感が強いのもいいけど、あんまり背負うと潰れちゃうぞ」

 

額に手を置いて、グリグリしてみる。

変な所で責任感が強いから本当に心配。

 

「・・・はい」

 

ちょっとは気が楽になったかな?

 

「他にも心配事ある?」

「・・・そうですね。ケイゴさんときちんと話したいっていうのもありますが、その前にカエデですかね」

「やっぱりカエデちゃんが心配?」

「ええ。多分、カエデにとってもケイゴさんは大切な友達だったと思うんです」

「そうね。私もそう思う」

「だから、戦死したと思い込んで悲しんでいると思うんです。ケイゴさんがボソンジャンプできるかもしれないって知らないし」

「・・・そうよね」

 

やっぱり、コウキ君はカエデちゃんを大切に想っている。

自分も想われているって知っているけど、やっぱりちょっと妬いちゃうかな。

でも、きっと、こうやって周りを気に懸けられるのもコウキ君の良い所だと思うし。

う~ん。我ながら致し難いというか、なんというか。まぁ、そんな感じ。

 

「心配なら会いに行ってあげれば?」

「え? 無理ですよ。だって、今、ヨーロッパですよ?」

 

確かに場所的に遠いけど、無理じゃないでしょ?

 

「何日かはピースランド周辺で待機でしょ? それなら、きっと許可もおりるわよ」

「でも、そんな私用で・・・」

「いいから。ミスマル提督と連絡取って、呼ばれたって事にしちゃえばいいじゃない」

「・・・大丈夫ですかね?」

「色々と提督とも話した方がいいかもしれないわよ。万が一、という事で」

「・・・そうですね。でも、連絡を取る手段が・・・」

 

あ。そういえば、アキト君しか連絡の手段を知らないのか。

ルリルリもいないしなぁ。

ん?

 

「・・・あ」

「どうしました? ミナトさん」

 

忘れていた。アキト君を慕うもう一人の妖精がいたじゃない。

 

「ラピラピに聞いてみましょう」

「そっか。そうですね。ラピスちゃんならもしかしたら知っているかもしれません」

 

うん。そうしましょう。

 

「・・・少しは楽になった?」

「・・・はい。流石はミナトさんですね」

 

そう言って笑うコウキ君。

でも、まだちょっと蔭りがある。

やっぱりまだ駄目か。・・・そうよね。

 

「責任を感じるのも良いけど、自分がやれることをやった方が何倍も良いと思うわよ」

「ええ。分かっているんですけどね。怖いんですよ、俺」

「怖い?」

「はい。俺の存在がこうまで歴史を変えて、本来死なない人が死んだり、犠牲にならなくて済む人が犠牲になったりするんじゃないかって」

「それは・・・」

「今までは順調でした。サツキミドリや火星人、ガイやイツキさんだって救えた。この結果は俺にとっても嬉しい限りです」

「・・・うん」

「でも、きっとそれは俺がいなくてもアキトさん達が成し遂げたと思うんです。今までの過程に俺の存在はそこまで必要じゃない」

「・・・コウキ君」

 

何で、そんなに自分を卑下するの?

貴方のお陰で助かった命だってたくさんあるのに。

 

「地球に帰ってきて、ようやく俺だけにしか出来ない事を頼まれました。CASの製作です」

「・・・ええ」

「元々、俺は最後までナデシコを生き残らせられれば良かったんです。俺の目的はその後の平穏な生活でしたから」

「・・・うん」

「でも、アキトさんの想いを知った。なんとしても悲劇を回避したいという深い想いに触れたんです。俺はそれを助けたいと思いました」

 

きっとアキト君が未来から還って来た人間じゃなかったら、コウキ君は出来る限りの事だけやらなかったかもしれない。

サツキミドリや火星、ヤマダ君やイツキさんを助けるぐらいはコウキ君なら絶対にした。

でも、CASの製作なんていう戦争のあり方を変えるような事にまでは手を出さなかったと思う。

こうまでコウキ君を動かしたのは、アキト君の想いだったんだ。

 

「でも、その結果、俺は悲劇を生み出す要因となってしまった。俺の行動は全部裏目に出ています」

「コウキ君は自分がいなければなんて、そう思っているの?」

 

否定して欲しい。

だって、それを肯定されたら、私は・・・。

 

「・・・そうですね。そうかもしれません」

「・・・コウキ君」

「俺がいなければ、アキトさんが全てうまくやってくれたかもしれません。いえ、きっとうまくやったでしょう。俺は・・・アキトさんを邪魔しただけです」

 

そう言って力なく笑うコウキ君。

 

「・・・コウキ君。そんな悲しい事を言わないで」

 

悲しくて、悔しい。

そうまでコウキ君を追い込ませてしまった事が悲しくて。

それなのに何も出来なかった自分が悔しい。

ううん。何もしなかった自分が嫌。

 

「コウキ君は一生懸命やってきたじゃない」

「・・・そうですかね?」

「ええ。貴方のお陰で助かった命だってたくさんあるわ」

 

火星の時だってそう。貴方が無茶をしてくれなければ生き残れなかったかもしれない。

貴方がCASを作ってくれたお陰で、助かった命だってあるのよ?

 

「そんなに自分を卑下しないで。コウキ君。貴方が邪魔なんて事は絶対にない」

「・・・・・・」

 

眼を瞑るコウキ君。

その瞳から一滴の涙が零れた。

 

「いいのよ。コウキ君。辛いならもうやめていいの」

「・・・ミナト・・・さん?」

「貴方は背負い過ぎだわ。辛いなら、苦しいなら、もう何も考えずにゆっくり休みなさい」

 

そう言って、コウキ君の額に手を置く。

分かっている。私がしている事がコウキ君の為にならないなんて事は。

本当ならしっかりしろって背を押すのが一番コウキ君の為。

でも、こんなコウキ君を見ているとそんな事は出来ない。

もういいのよって。甘えちゃいなさいって。

迷子みたいになった子供のような弱々しさを見せるコウキ君を。

・・・私はこれ以上、苦しませたくなかった。

 

 

 

 

 

それから、しばらくコウキ君は無言だった。

私には何を考えているのかなんて分からない。

だから、眼を瞑るコウキ君の頭を撫でる事しか出来なかった。

 

「・・・そう出来たらどれ程いいんですかね?」

 

そして、漸くコウキ君が口を開く。

 

「コウキ君?」

「正直な話、もう嫌ですし、縋れるならなんでもいいから縋りたい」

「・・・・・・」

「でも、そんな事ばっかりしていたら、嫌われちゃいますよね。俺」

 

苦笑するコウキ君。

 

「俺はこんな所で責任放棄したくないんです。ここでやめたら、俺は一生後悔します」

 

涙を流しながらも、私をしっかりと見詰めるコウキ君。

迷いがあって、苦しみがあって、それでも、コウキ君は前を向いていた。

 

「ミナトさん。らしくないですよ。いつものミナトさんなら背中を押すのに」

「・・・コウキ君」

「でも、気付きました。偶には振り返って縋ってもいいんだって。縋ってもいい人が俺にはいるんだって」

 

その顔は先程までの弱々しい顔ではなく、少し男らしい意思のある顔だった。

 

「ミナトさん」

 

だから、私も笑みを浮かべて聞き返す。

 

「何かな? コウキ君」

 

すると、コウキ君は潤んだ瞳で笑みを浮かべながら・・・。

 

「これからも俺の背中を押してください。でも、時々背中に置かれた手を握って、振り返ってもいいですよね?」

 

そう告げる。だから、私も満面の笑みで・・・。

 

「ええ。いつでも振り返りなさい。甘えるだけ甘えさせたら、また背中を押してあげるから」

 

こう言ってあげる。

 

「ありがとうございます。ミナトさん」

 

そう言って満面の笑みを浮かべるコウキ君。

私にはコウキ君を技術的な面とかで助ける事は出来ない。

でも、きっと、コウキ君の精神的な負担を軽くする事は出来る。

私がコウキ君に出来る事がそれだけしかないのなら、私は全力でそれを成し遂げる。

全力で甘えさせてあげよう。

頼りないけど、頼り甲斐のあるこの子を。

弱いけど、前を向こうとする強いこの子を。

全力で・・・愛し続けよう。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 



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気付いた時にはもう遅い

 

 

 

 

 

「・・・分かった。これ」

 

ミナトさんに泣きついた次の日。

いや。お恥ずかしい限りです、はい。

でも、ミナトさんのお陰で心が軽くなった。

ありがとうございます。ミナトさん。

そして、昨日話したようにラピス嬢からミスマル提督の連絡先を聞こうと話しかける。

その結果、特に問題なく教えていただきました。

信用されているって思っていいのかな? だとしたら、嬉しいな。

 

「ありがとう。ラピスちゃん」

「・・・いい」

 

相変わらずの無表情。

アキトさんがいるといないとでは大きく違う。

ラピス嬢は本当に表情が動かない。

信頼はされていると思うんだけど・・・。

やっぱりアキトさんは別って事かな?

 

「それじゃあ、また」

「・・・うん。また」

 

ラピス嬢。ありがとう。

とりあえず、自室で連絡を取りますかね。

 

「お久しぶりです。提督」

『この回線からなのでテンカワ君だと思ったんだがね。マエヤマ君だったか』

「ええ。教えていただきまして」

 

ピコンッと映りだすカイゼル提督。

いや。相変わらずのインパクトですな。

 

『そうか。それで、何か用かね?』

「ええ。ケイゴさんの事を聞きまして、基地内の様子はどうかな? と」

 

ケイゴさんは基地内でも目立っていたし、好青年として人気があった。

きっと基地内の人間にも大きな影響を与えていると思う。

 

『うむ。軍人や古くから基地にいる者は大丈夫なんだがね。新参の者達は未だに暗い顔をしているよ』

 

流石に軍人達は慣れているか。

人の死になんか慣れたくないけど、仕方ないんだろうな。

 

『特にキリシマ君は酷いな』

「ッ!」

 

や、やっぱり・・・。・・・カエデ。

 

『食堂で仕事はしているんだが、どこか魂が抜けたようでな。無気力になっている』

「・・・そう・・・ですか・・・」

 

・・・ケイゴさんはカエデにとっても特別な人だったんだろうな。

間近な人間が戦死扱いされたんだ。ショックを受けるのは当たり前だな。

もし、ケイゴさんが生きていたら・・・。

それはそれで複雑だ。ケイゴさんが木星蜥蜴であるとバレてしまう。

それに生体ボソンジャンプについても知られてしまう可能性がある。

ケイゴさんの失踪にはそれだけの意味があるんだ。

 

『キリシマ君の件だが、そろそろ行動に移せそうだ』

「キリシマの件?」

『忘れたのかね? キリシマ君をナデシコに戻すという件だ』

 

・・・あ。という事は、極東方面軍の司令官にミスマル提督が?

 

「提督が司令官に?」

『うむ。これから資金援助の要請に行くのだがね。それの成功次第となる』

「資金援助?」

 

誰に要請するつもりだろう?

 

『今、ナデシコはピースランドにいるのだろう?』

「え、ええ。そうですが?」

『これから私もそちらに合流するつもりだ。アキト君とルリ君と合流し、ピースランド王に面会する』

 

・・・そ、そんな計画が立てられていたんですか・・・。

 

「ピースランド王とは既に接触を?」

『うむ。あまり良い返事は頂けなかったが、ルリ君とアキト君と共になら良い返事を頂けるかもしれん』

 

ルリ嬢は分かるけど、アキトさんも?

 

「アキトさんも、ですか?」

『ふむ。マエヤマ君。君は世間の情報に疎いのかね?』

「え?」

『いや。まだ世間に公表した訳じゃないから知らなくても仕方ないか』

 

えぇっと、よく分からないんですけど?

 

『アキト君をトップエースとして連合軍の広告塔にする活動が始まるんだ』

「・・・本当ですか?」

『無論だ。アキト君の実力を考えれば当然の結果だろう』

「ア、アキトさんは了承したんですか?」

『うむ。もちろんだ。アキト君なりの考えがあるそうだが・・・』

 

・・・アキトさんは戦後の事をまるで考えていないのか?

連合軍のトップエースなんて事になったら、戦後、確実に身柄を軍に拘束される。

アキトさんに戦力を持たせて、もし、連合軍に襲い掛かったら、連合軍が危ないと。

そう判断されたら表舞台に二度と立てないようにされても不思議じゃない。

・・・いいのか? アキトさんは、それで、いいのだろうか?

 

「・・・・・・」

『君の希望は戦後の平穏だったね?』

「ええ。その通りです」

 

俺の目的はあくまで戦争終了後の平穏な生活。

その為にナデシコにいる。

 

『だが、アキト君はどうやら違うようだ。アキト君は何より戦争の完全和平を目指している。我が身を犠牲にしてでもな』

 

・・・我が身を犠牲にしてでも?

そんなの、そんなの認められない!

 

「それを提督は了承したんですか!? 誰かを犠牲にしてでも和平をだなんてそんな―――」

『分かっておる!』

「ッ!?」

 

突然の叫び声。

思わず身が竦む。

 

『・・・私とて分かっておる。だが、アキト君からの要望なのだ』

「・・・アキトさんが?」

『自分が犠牲になるぐらいで和平が成立するなら、と。戦後の事など眼中にないのだよ、アキト君は』

 

どこか辛そうに話す提督。

・・・そうか。提督も納得している訳ではないんだな。

アキトさんは提督の娘の幼馴染。

提督にとっても息子のようなものだ。

 

「・・・すいません。提督の気持ちも考えずに」

『・・・いいんだ。私がやっている事に違いはない。責められても仕方ないのだよ』

「・・・・・・」

 

・・・何も言えないですよ。

そんな苦虫を噛み潰したような顔で呟くように言われてしまったら・・・。

 

『・・・ところで基地の様子を知ってどうしようと思ったのかね?』

 

・・・あぁ。そうだったな。

アキトさんの話があまりにもヘビーで忘れていた。

 

「カエデの様子が気になりまして。出来れば会って様子を直接見たいと思ったんですけど・・・」

『なるほど。私を利用しようとしたのだね?』

「り、利用だなんて!? と、とんでもない!」

 

いや。まぁ、悪く言えばそうなるんだろうけどさ。

そう言わないでくださいよ、提督。

 

『ハッハッハ。なに。冗談だよ』

 

そ、そうですか。

安心しました。

人が悪いですよ、提督。

 

『マエヤマ君』

 

・・・あ。マジな顔。

これは厳しいって事?

 

『残念ながら、君をこちらの基地まで寄越す事はできない』

「・・・あ。そうですか」

 

・・・そっか。じゃあ、どうしようかな?

 

「分かりました。諦め―――」

『だが、カエデ君をそちらに向かわせる事は出来る。私の付き添いという形だがね』

「え? よ、よろしいのですか?」

『うむ。ピースランドで合流するといい。そちらに軍用ヘリを回そう』

「えぇっと、何から何まですいません」

『構わんよ。この程度ならばな。ただあまり無茶な要求は困る』

「はい。本当に申し訳ありません」

『ふむ。それではな』

「ありがとうございます、提督」

 

通信が切れる。

提督がこちらに来るという都合の良い展開でカエデに接触できるのは嬉しい誤算だ。

基地まで赴く事が出来れば嬉しいなと思っていたが、こちらの方が良いかもしれん。

カエデにとっても息抜きになるかもしれないし。

カエデの奴、今、どんな状況なんだろうな?

・・・心配だ。

 

 

 

 

 

「それでは、行ってきます」

 

ピースランドに滞在する期間は原作より長い。

何でも交渉に時間が掛かるからだそうだ。

ルリ嬢の育てられた施設も分かっている以上、その施設に用はないらしい。

ルリ嬢もカイゼル派の一員として現場に赴くそうだ。

娘という地位を活かす、悪く言えば、親子の縁を利用する訳だが、どうしても叶えたい悲願の為と割り切っているらしい。

ルリ嬢も覚悟を決めているんだなと実感。

アキトさんとルリ嬢を見ていると、自分だけ平穏なんて求めていていいのか? なんて考える事もある。

でも、やっぱり、俺は平穏を目指したいんだ。出来る限り協力するという事で許して欲しい。

アキトさん達とそう相談した訳ではないけれど。

 

「しかし、マエヤマさんまでピースランド王国に招待されるとは。何かなさったのですか?」

 

プロスさん。あまり訊かないで欲しいです。

招待されたというよりは捻じ込んだという形ですから。

 

「俺も一応はピースランドにお世話になっていますから」

「ほぉ。そうなのですか?」

 

ピカンッと眼を光らせるプロスさん。

いや。ネルガルみたいな企業もご利用していますが、僕みたいな小市民もご利用しているのですよ。

・・・小市民にしてはかなりの貯金をしていますが・・・。

あ。決して裏金とか、そういう目的ではないですよ。犯罪なんて嫌ですから。

単純にピースランド銀行の特典が美味しいだけです、はい。

 

「ええ。まぁ」

 

何で行くのかと訊かれたら困るけどさ。そのままスルーしてくれ。

 

「しかし、お世話になっているから招待されるなど―――」

「あ、コウキ君。お土産よろしくね」

 

おぉ。ナイスなタイミングです、ミナトさん。

 

「はい。お任せ下さい」

 

プロスさんの質問を華麗にスルー。

いや。すいませんね。

 

「そろそろお時間です」

「はい。それじゃあ、行こうか。セレスちゃん」

「・・・はい。御願いします」

 

今回のピースランド行きにはセレス嬢も同行。

何でも、ピースランド王からの要望らしい。

ルリ嬢と同じ境遇の子供に会ってみたいとか。

残念ながらナデシコの運営の為にラピス嬢にはお留守番してもらう。

ラピス嬢とセレス嬢のどちらが行くかという事になった時に、まだセレス嬢だけだと不安だとか何とか。

セレス嬢としては悔しいかもしれないけど、ラピス嬢の方がまだ経験が豊富で優れている事は事実。

すんなりと納得した。ただ、それのせいでラピス嬢はナデシコで缶詰という事に・・・。

うん。絶対にお土産買ってくるからさ。許してね。

 

「・・・コウキ。アキトをよろしく」

「うん。ラピスちゃんもナデシコの事、よろしくね」

「・・・分かっている」

 

ありがとうという思いを込めて頭を撫でる。

今までラピス嬢はどこか俺を警戒していたように感じていたけど、そうでもないみたい。

案外、すんなりと撫でさせてくれた。

うん。ラピス嬢の髪も手触りが柔らかくて気持ち良い。

 

「・・・アキトもよくこうして頭を撫でてくれた」

「ラピスちゃん?」

 

何だろう? その笑顔の中に寂しさを含ませたような表情は。

 

「・・・でも、最近のアキトは切羽詰っていて・・・。私に構ってくれない」

「寂しいの?」

「・・・うん」

 

そっか。ラピス嬢も普通の女の子なんだな。

アキトさんに構ってもらえなくて寂しがっている。

 

「・・・アキトは自分を犠牲にしている気がする。私は嫌」

「アキトさんが心配?」

「・・・うん。私はアキトにも幸せになって欲しい」

 

こんなにラピス嬢と話すのは初めてかな?

言葉の節々からアキトさんに対する深い想いが伝わってくる。

 

「・・・アキトは私に感情を与えてくれた」

「感情を?」

「・・・うん。憎しみに染まりながらも、私に優しくしてくれた」

「・・・・・・」

「・・・私はアキトが好き。だから、アキトにも幸せになって欲しい」

 

愛されているんだな、アキトさん。

ルリ嬢もアキトさんをあれだけ心配して、支えてあげようとしている。

二人がアキトさんに付いていれば、アキトさんは心配いらないかもしれない。

自分を犠牲にしようとしても、きっとルリ嬢とラピス嬢が止めてくれる筈だ。

 

「そっか。それなら、ラピスちゃんがアキトさんを引き止めてよ」

「・・・私が?」

「うん。アキトさんが自分を犠牲にしようとしたら、ラピスちゃんが引き止めるんだよ。一緒に幸せになろうって」

「・・・一緒に幸せになる・・・」

「そう。アキトさんの幸せが何なのか俺には分からないけどさ。ルリちゃんとラピスちゃんとアキトさんの三人で幸せを探せばいいんじゃないかな?」

「・・・うん。私もアキトと一緒に幸せになりたい。ルリが一緒でも・・・多分、良い」

 

ははっ。ルリ嬢とラピス嬢とアキトさんの三角関係かな? 可愛らしい嫉妬だ。

でも、今のアキトさんはそれぐらい枷をはめないとどこか行ってしまいそうだから。

きっとそれで良いんだ。頑張れ、ラピス嬢。

 

「それじゃあ、行って来るね」

「・・・行ってらっしゃい」

 

それじゃあ、本当に行くかね。

 

「すいません。お待たせしました」

「いえ。それでは、行きましょう」

 

格納庫に収められたヘリに乗り込み、ピースランドへ向かう。

永世中立国であるピースランドに戦力の持ち込みは許されないからだ。

あくまでこの国の戦力は自衛の為である。

・・・どこかで聞いたようなフレーズだが気にしてはいけない。

エステバリスとか機動兵器での移動は他国からの侵略と思われる可能性がある為、兵器扱いされないヘリを用いるという訳だ。

まぁ、アキトさんはエステバリスで出掛けていったけど・・・。

良かったのかな? ルリ嬢の護衛扱いとしてって事?

ナデシコがピースランドに乗り込めずに付近で待機しているのはそのせいらしいし。

いや。よく分からないや、そのあたりの事は。

 

「ごめんね。付き合わせちゃって」

 

セレス嬢に謝らないとな。

ピースランド王にとってはセレス嬢がメインで俺は保護者として出向くようなもの。

そういう方針で俺がピースランドへ行けるよう無理矢理捻じ込んだのだ。

セレス嬢にとっては俺のせいで迷惑をかけた事になる。

一応はセレス嬢に説明してあるのだけれど。申し訳ない事には違いない。

 

「・・・いえ。私、楽しみです」

「そっか。それなら安心だ」

 

気を遣ってくれたのかは分からないけど、そうやって言って貰えると凄く助かる。

 

「ピースランドに着いたらとりあえず日中は自由に過ごせるからね。夕方頃に御城に向かう事になっているから、それまではのんびりしよう」

「・・・分かりました」

「セレスちゃんは御城とかに憧れていたりする?」

「お姫様にという意味ですか?」

「そういう意味でもいいかな。お姫様としてお城で優雅に暮らす。女の子はお姫様に憧れたりしないのかな?」

 

俺にもよく分からないんだけどね。そういう女の子の夢とか。

 

「・・・お姫様ですか。少し憧れます」

 

そっか。やっぱりお姫様っていうのは女の子の憧れか。

 

「・・・でも、お姫様じゃなくて良かったと思う事もあります」

「それは何かな?」

「・・・ナデシコでコウキさんに出逢えた事です」

 

ははっ。なんか嬉しいかな。そう言ってもらえると。

 

「そっか。俺もセレスちゃんに出逢えて良かったよ」

「・・・はい。ポッ」

 

照れているセレス嬢も可愛いな。

 

「・・・気持ち良いです」

 

セレス嬢の頭を撫でる。

嬉しい気持ちも合わさって、いつもよりゆっくりと優しく。

 

「ねぇ、セレスちゃん。提案なんだけど」

「・・・はい。何でしょう?」

 

俺に出会えた事が嬉しいと感じてくれているのなら・・・。

俺自身、セレスちゃんはもう家族のようなもの。

それなら、本当の家族になってもいいんじゃないかなってふと思った。

 

「ナデシコから降りたらセレスちゃんはもう自由なんでしょう?」

「・・・契約が切れたら、好きにしていいと言われています」

 

そのあたりはルリ嬢と同じなんだな。

身元引受人とはネルガルのままかもしれないけど・・・。

せっかくだから、身元引受人という地位も俺がもらっちゃおう。

 

「それじゃあさ。俺の家族にならない?」

「・・・家族・・・ですか?」

「うん。ナデシコから降りたら、一緒に暮らしたいと思ってさ」

「・・・え?」

 

呆然とするセレス嬢。

いや。なんか今更だけど、まるでプロポーズの言葉みたいだな。

俺は単純に妹とか娘としてとか、そんな感じだから勘違いしないように。

 

「・・・いいんですか? 私はマシンチャイルドですよ?」

「前に言ったよね。俺は気にしないって」

「・・・でも・・・」

「嫌かな? 俺と一緒じゃ」

 

そうなら諦めざるを得ないんだけど・・・。

 

「・・・嫌じゃないです! 私なんかでよければ、コウキさんと一緒に暮らしたい。家族になりたいです」

 

うん。それなら、何の問題もない。

 

「それじゃあ、一緒に暮らそうよ。ね? セレスちゃん」

「・・・はい。御願いします。コウキさん」

 

そう言ってニッコリ笑うセレス嬢。

その笑顔は俺のお陰って己惚れられる事を幸せに思う。

セレス嬢は俺の養子として、家族のように、いや、家族として暮らしていこうと思う。

 

「一つだけ、訂正。セレスちゃん」

「・・・はい」

「私なんかって言っちゃ駄目だよ。もっと自分に自信を持たなくちゃ。ね?」

「・・・はい!」

 

うん。もっと自信を持っていいんだぞ? セレス嬢。

俺だけじゃない。ナデシコの誰もが好きなんだから、セレス嬢の事が。

 

「・・・あの」

「ん? 何かな?」

「・・・よろしく御願いします。コウキさん」

「ははっ。こちらこそ、よろしくね。セレスちゃん」

 

小さな手と握手を交わす。

今日、この瞬間、セレス嬢と家族になれたような気がした。

突発的な思い付きだったけど、あれだけ笑ってくれているのなら・・・。

 

「良かったかな」

 

提案してみて。

 

 

 

 

 

「・・・久しぶりだな。カエデ」

「・・・ええ。久しぶり。コウキ」

 

ヘリでの旅を終え、ようやくピースランドに到着した。

空港に辿り着き、セレス嬢と手を繋いでエントランスを目指す。

その途中、空港内のベンチに座る見覚えのある女性を見付ける。

・・・それが、カエデだった。

 

「・・・お久しぶりです」

「・・・セレスちゃんだっけ? 久しぶり」

 

予想通りまったく元気がない。

眼の下には隈が出来ており、記憶にある明るい表情とは大きくかけ離れていた。

きっといつものカエデならこんな姿を他人に見せようとはしないだろう。

それ程、カエデにとってケイゴさんの影響は強かったって事だろうな。

 

「とりあえず、付いて来いよ。買い物。好きだろ?」

「・・・ええ」

 

先を歩く俺達の後をショボショボとゆっくり歩くカエデ。

なんて言っていいか俺には分からなかった。

ケイゴさんは生きている?

そんな事、言える筈がない。

ケイゴさんの事は忘れよう?

そんな事、言える筈がない。

慰める事は出来ても、心の負担を減らす事は俺には出来ない。

こういう時、己の力不足を実感する。

 

「どうだ? これ」

「・・・そうね。可愛いと思うわ」

 

セレス嬢に買ってあげようと思って手に取ったぬいぐるみをカエデに見せる。

カエデからの返答はおざなり。まるで答えに感情が込められていなかった。

本当に重症だな、これは。

もしかしたら、俺がいない間に、二人の関係が深まったのかもしれない。

 

「ちょっと疲れちゃったかな? 休憩しよう」

「・・・はい。そうですね」

「・・・ええ」

 

楽しそうに微笑むセレス嬢と暗いまま俯き続けるカエデ。

対照的な二人だけど、セレス嬢の明るさが少しずつカエデを穏やかにさせているような気がする。

少しでも気晴らしになってくれていると嬉しいんだけど・・・。

 

「・・・あの、私が」

「そっか。じゃあ、頑張ってみようか」

「・・・はい!」

 

近くにあったカフェで休憩する。

椅子に荷物を置き、注文をしてこようと思ったら、セレス嬢の初めてのおつかい宣言。

せっかくの機会だから御願いしてみる事にした。

これもセレス嬢にとって良い経験だろうし。

そして、その結果、俺とカエデの二人きりとなる。

 

「・・・なぁ、カエデ。お前、ケイゴさんと―――」

「・・・可愛らしい優しい子よね。セレスちゃん」

 

俺の言葉を遮るようにカエデが口を開く。

 

「一緒にいるだけでとっても穏やかな気分になれる。今までずっと辛かったから・・・」

 

目尻に涙を滲ませながら告げるカエデ。

やはり、何かあったのか、訊いておきたい。

 

「なぁ、カエデ。お前、ケイゴさんと何かあったのか?」

「せっかく遮ったのに。そこはスルーするのが男じゃなくて?」

 

ジト眼で見つめてくるカエデ。

でも、それが今は嬉しい。ジト眼と言えど、悲しみ以外の感情を見せてくれたのだから。

 

「・・・私ね。ケイゴに告白されたの。好きだって」

「そっか・・・」

 

ケイゴさんがカエデに告白。俺がいない間にそこまでこの二人は進んでいたとは。

いや。でも、ケイゴさんのような性格なら別れると分かっていてそんな事を言うか?

 

「いつの話だ?」

「ケイゴが戦死する日の事よ」

 

戦死する日!? 

ケイゴさんはカエデと離れ離れになるって。

そう分かっていたのに、カエデに好きと伝えたっていうのか?

それは・・・ケイゴさんらしくないと思う。

 

「俺の事は忘れて欲しい。そう言い残しながら、好きだなんて。おかしいわよね」

 

・・・我慢できなくなったんだ。

ただ、別れるだけじゃ我慢できずに、好きだって想いを伝えてしまった。

自分という存在を忘れて欲しいと願いつつ、覚えて欲しいと願う。

この矛盾が、ケイゴさんを苦しめたのは自明の理だ。

きっとケイゴさんの中では酷く重い葛藤があったんだと思う。

それでも、ケイゴさんは祖国を捨てられなかった。

俺にはなんとも言えない。それ程までに覚悟を持った人間の事を。

 

「私ね。ケイゴにコウキを重ねていたんだと思うの」

「え?」

 

ケイゴさんに俺を?

 

「コウキがいなくなってから、また友達がいなくなったような気がした。だから、ケイゴの存在は本当に嬉しかった」

 

ケイゴさんは友達。多分、そういう事だろう。

 

「ケイゴは優しくて、寂しがっている私を慰めてくれた。叱咤してくれた。そうしたら、いつの間にか私の中でコウキの次に出来た親しい友人と成っていたの」

「・・・・・・」

「コウキは私を護ってくれたよね?」

「え、ああ、まぁ、それなりに、だけどな」

「そう。同じようにね。ケイゴは私を護ってくれたの。支えてくれたの」

「・・・ケイゴさんが」

「それでね、いつの間にか、ケイゴにコウキの姿を重ねて見ていたの。私の大切な友人。失って、得た、初めての友人である貴方と」

「・・・どうしてだ?」

「私ね。貴方に惹かれていたの」

 

え? 惹かれていた? 俺に。

 

「好きかどうかは分からなかったけど、一緒にいて楽しかったし、優しい気持ちになれた。貴方に会える事が嬉しかった」

「・・・・・・」

「貴方が近くからいなくなって、まるで貴方のように接してくれるケイゴが私にとって新しい貴方になった。おかしな話だけどね」

 

・・・本当におかしな話だ。

ケイゴさんはケイゴさんでしかない。

もちろん、俺は俺でしかない。

ケイゴさんに俺を重ねるなんて変だぜ、カエデ。

 

「コウキの代わりみたいな、そんな扱いを無意識にしていたんだと思う、ケイゴを」

「カエデ。それは―――」

「ええ。間違っているとのは自覚しているわ。いえ。自覚させられたの。あの告白で」

「好きだって。ケイゴさんがカエデに伝えた事が、か?」

「そうよ。その言葉があって、私はようやくケイゴと向き合えた気がしたの。コウキの代わりではない。ありのままのケイゴに」

 

俺の代わりではないありのままのケイゴさん。

きっと、ケイゴさんも喜ぶ。

自分自身を見てくれるようになった事を。

 

「最初は焦ったわ。いきなり好きだなんて言われて、でも、今まで気にならなかったのに、どんどん気にするようになっちゃって」

 

告白された初めて自分の想いに気付いた? いや、そうとは違うな。

告白されて意識し始めたって感じだ。

 

「だから、好きって言われて、忘れてくれって言っても忘れなかった。帰ってきたら、問い質してやるって。そう思っていた」

 

突然の告白。

カエデにとって青天の霹靂だったんだな。

 

「でも、あいつは逝ったわ。私に勝手に告白して、私に勝手に意識させて、そして・・・勝手に死んでいった。勝手すぎると思わない?」

「・・・カエデ」

「私は! 私はケイゴが好きなの! いなくなって初めて気付いた。支えてくれて、慰めてくれたケイゴの暖かさが心地良かったのよ!」

 

涙を溢すカエデ。

まるで大切なものを失くしてしまった子供のように、人目を気にせず泣きじゃくった。

 

「始めはコウキの代わりだったかもしれない。でも、今は違う。ありのままのケイゴを私は受け入れたい」

「・・・カエデ」

「・・・でも、もうあいつはいない。私の想いはもう伝えられないのよ・・・」

 

俯くカエデ。

好きだという気持ちが芽生えたからこそ、こうまでカエデは苦しんでいるんだと思う。

自分の想いを伝えたいのに、その相手がいない。

その寂しさ、辛さ、苦しさはとてもじゃないが俺には理解できなかった。

きっと想像を絶する冷たさだと思う。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

・・・それから、お互いに黙り込んでしまった。

俺はなんて言葉を掛けてやるのがいいのかまったく分からない。

カエデは最早全てを言い尽くした。

今、俺はカエデに何をしてやれるのだろうか?

まるで俺には分からなかった。

 

「・・・と、取ってきました」

 

だから、セレス嬢の介入は正直、助けられた気分だった。

 

「わ。重いのに大変だったね。ありがとう」

「・・・ありがとうね。セレスちゃん」

「・・・いえ」

 

セレス嬢の初めてのおつかい完了。

普段なら諸手を挙げて喜ぶのだが、今はそんな気分にはなれなかった。

その後の俺は静寂な空気の中、御城訪問の時間まで町を歩き回る事しか出来なかったんだ。

カエデを慰める事も出来ず、セレス嬢を楽しませる事も出来ず。

・・・俺にはどうすることもできなかったんだ。

 

 

 

 

 



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艦長コンテスト・起

 

 

 

 

 

「第一回! 艦長コンテスト! 開催ですぞぉぉぉ!」

「イエェェェイ!」

 

ピースランドの滞在期間を終え、提督とカエデは基地へと戻っていった。

詳しい事はあまり聞いていないけど、融資の件は了承してもらえたらしい。

ルリ嬢はルリ嬢で原作のような確執もなく、父、母と敬っていた。

原作では、変な王族だなと思ったけど、実際は違ったらしい。

それはそうだよな。

あれだけの銀行を持っていて、業界に凄まじい影響力を持つ人物が、あんな人物な訳がない。

偽りの姿って事だろう。成長したルリ嬢はそれを見破るだけの眼力があったみたい。

謁見の時は無難にやり過ごし、その後で家族として対面したらしい。

戦後どうするかは分かりないけど、そんな悪い方向に向かわないと俺は思う。

原作では戦後、ルリ嬢が軍入りしたけど、そんな事もなくなるだろう。

まぁ、それは何よりアキトさん次第なんだと思うけど・・・。

 

「考え事? コウキ君」

「え、ええ。ちょっと」

 

カエデの事は心配で堪らない。

実際に眼にしたいと直接会ったけど、思っていた以上に落ち込んでいた。

慰めようにも方法が見付からなくて、結局、何もできないまま別れの時間となってしまい・・・。

やっぱり、ケイゴさんの生存を知らせた方が良かったのかな?

でも、それは木連人であるという事も教える事になる。

そもそも、本当に生きているかどうかすら分かっていない。

十中八九生きているとは思うけどさ。

カエデにとって木連人は復讐の仇。

好きだって明言していた以上、その相手が復讐の仇であると知ったら・・・。

きっと、カエデは更に傷付くと思う。

・・・はぁ。ケイゴさんの馬鹿。

 

「コウキ君。周りが盛り上がっている中、そんな暗い顔していちゃ駄目よ」

「あ、はい。そうですよね」

 

現在、ナデシコは月軌道線上の敵艦隊殲滅作戦に参加する為に月に向かっている。

その道中、原作にもあった艦長コンテストが開催されるらしい。

確か、木星蜥蜴が人類だと知ったクルーのモチベーションを向上させる為だったっけ?

ま、要するにミスコンみたいなもんだ。

美人揃いだしさ、ナデシコって。種類豊富でさ。

もちろん、ミナトさんも出場するとかなんとか。

こういうイベントに盛り上がらない訳ないよな、ナデシコクルーが。

ミナトさんもその一員だし。

ちなみに、月軌道上の作戦に参加する為の道中です。

なんでも月を奪還せんと連合軍が気張るとかなんとか。

作戦中に何をしているんだか、と思うかもしれないが、これがナデシコクオリティ。

仕方ない事なのさ。

 

「そういえば、きちんと反省したのかしら?」

「ええ。もちろんですよ。俺だって自分勝手だなと思いましたから」

「自覚しているならいいんだけどね」

 

いや。そりゃあもう。

勝手にセレス嬢を引き取る宣言した事には反省しまくりです。

確かにミナトさんには前もって言っておくべきだったよな。

それが筋だったと自分でも思うし。

 

「・・・コウキ君」

 

あぁ。思い出すだけで背筋が凍る。

 

「・・・そういう事はさ、私に一言あってもよかったんじゃないの? 先に」

「・・・すいません。突発的に思い付いて―――」

「ねぇ、コウキ君。私の存在ってコウキ君にとってそんなものなのかな?」

「え?」

「そりゃあ、私だってセレセレを引き取るのには大賛成よ。コウキ君が言わなければ私が言っていたわ」

「・・・・・・」

「でもね、そういう事も含めて相談していくのが大切だと思わない?」

「・・・はい」

「些細な事でも話し合う。私は一緒に暮らしていく上でこれはとっても大切な事だと思うの」

「・・・分かります」

「でも、コウキ君は、その事を疎かにした。私の事なんてどうでもいいとも受け取れるのよ?」

「そ、そんな事―――」

「思っていないっていうのは分かっているわ。でも、そう受け取れちゃうって事」

「・・・・・・」

「コウキ君。それって、すっごく寂しい事なんだよ?」

「・・・はい」

「私に相談できない事で悩んでいる。その事は私も理解しているわ。でも、私に相談できる、ううん、相談するべき事も相談しないのは間違っている」

「・・・すいませんでした」

「謝られても駄目。最近のコウキ君は焦っていてまるで余裕がない」

「・・・余裕がないですか?」

「ええ。だから、するべき事を見失って、やるべき事を疎かにするの」

「・・・はい」

「もっと落ち着きなさいな。焦った所で何も変わらないんでしょう?」

「・・・ええ」

「ケイゴっていう人の事も、カエデちゃんの事も、悩んだ所で解決しないでしょう?」

「・・・その通りです」

「それなら、どっしりと構えてなさい。何があっても大丈夫なように、常に心に余裕をもってなさい」

「・・・・・・」

「出たとこ勝負っていうのは言い方が悪いかもしれないけど、それしか方法がないんだもの。今、貴方が悩んでいる事には何の意味もないわ」

「・・・臨機応変に対応しろって事ですよね?」

「そうよ。ちゃんと分かっているじゃない」

「・・・そう、ですね」

「自分のせいだとか、責任だとか、そんな事でクヨクヨ悩んでいる暇があるなら、今出来る事を全力でやりなさい」

「・・・情けなかったですかね?」

「ええ。そりゃあもう、清々しい程に情けないわ」

「ははっ。手厳しい意見で」

「情けないコウキ君も嫌いじゃないけど、いつまでもウジウジしている姿は見ていたくないわね。興醒めしちゃうわ」

「あはは。嫌われちゃいますか。それなら、頑張るしかないですね」

「もちろん。あ、でも、まだ、解放してあげない」

「・・・え?」

「そろそろ、コウキ君には色々と言ってあげようと思って」

「えぇっと・・・説教・・・ですか?」

「折角の機会だもの。覚悟しなさい」

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

それからは本当に大変だった。

一、二時間という長時間を正座で過ごし、かつ、眼の前には眼を吊り上げたミナトさん。

腰に手を当てて、指を立てながら叱るスタイルに先生を思い出したのは俺だけの秘密だ。

いつもなら包容力で癒してくれるミナトさんのマジな説教。

いや、もしかしたら、説教されたのって初めてかもしれん。

マジで効いた。こうなんというの、妙に迫力があってさ。

怖くて言う事を聞かなくちゃというよりは、自発的に聞き分けよくしようなんて思うようになって。

と、とにかく、ある意味、トラウマみたくなっちゃった訳だよ。

あれだね。尻に敷かれているって言われても反論できないね。

え? 今更? そ、そんな事ないでしょ、多分。

 

「コウキ君は艦長コンテスト。誰が優勝すると思う?」

「そうですね・・・」

 

突然の話題転換に困惑しつつ、考えてみる。

ユリカ嬢・・・マンネリ? いや、冗談、冗談。

でも、実際、原作でもルリ嬢に破られ、ルリ嬢棄権の上で上位者達とのジャンケン勝負でようやくの勝利だったような・・・。

あ。そういえば、ユリカ嬢ですが、原作と一番違うのは彼女かもしれません。

それは・・・。

 

「あ。アキト。応援してね」

「・・・それなりにならな」

「ぶ~。ま、いいもん。ユリカはやれば出来る子だから」

「自分で言う台詞じゃないと思うが?」

「えぇ~ん、アキトが苛めるよぉ~」

「ユ、ユリカ。落ち着こうよ。ね」

「うぅ。ジュン君は私の味方だよね? ね?」

「も、もちろんじゃないか。僕はいつだってユリカの味方だよ」

「えへへ~。流石はジュン君。私の最高のお友達だよぉ」

「あ、あはは。そうだね」

 

あんまり変わらないように思えるかもしれないけど、大分、違うんだ。

なんといっても、アキト、アキト、と言わなくなった。

何だろう? こう、手の掛かる妹とその兄みたいな表現が一番ピンとくる。

ユリカ嬢がアキトを好きなのは変わらないと思うけど、なんというか方向性が変わった気がする。

最初のアキトさんの拒絶で色々と考えさせられたのかな?

相変わらずジュン君は不憫だけど・・・。

 

「艦長はまぁ、それなりかなと思います」

「ま、それはそうでしょうね。なんだかんだ結構人気高いもの」

 

ま、ユリカ嬢は置いといて・・・。

俺の思う優勝候補は三人。

ルリ嬢、ラピス嬢、セレス嬢。

この三人への投票はかなりの数だと思う。

やっぱりこの三人の人気は凄まじいし。

で、でも、ミナトさんだって魅力的な面では負けてない。

それなのに、優勝候補に挙がらないのは、うん、俺のせい。

いや、俺の存在が格を下げているっていう訳ではないと思うけど・・・。

やっぱり投票するなら彼氏がいない人・・・みたいなものがあるらしい。

これって艦長コンテストの名を借りたミスコンだし。

男としては・・・的なものがあるらしいんだ。うん。

も、もちろん、俺はミナトさんに投票するさ。

セ、セレス嬢と悩んだけどな。

 

「う~ん。やっぱりルリちゃんですかね」

「前はルリルリだったの?」

「ええ。参加はしなかったんですが、割り込みで優勝を掻っ攫っていきました」

「へぇ。ルリルリがねぇ。意外かも・・・」

 

顎に手を当てて予想外といった表情になるミナトさん。

ま、確かにあれは意外だった。しかも、歌った曲が曲だしな。

あれはあの頃からアキトさんを意識していたって事なのかな?

いや。アキトさん。罪深いお方ですな。

 

「でも、今回はその時にいなかったメンバーがいますから」

「セレセレとかラピラピとか?」

「ええ。あの二人の人気も確かでしょう。二人がユニットでも組めば最強かと」

「・・・そうかもしれないわね」

 

妖精の名は伊達じゃない。

ルリ嬢もそうだが、ラピス嬢、セレス嬢もまた妖精を名乗るのに相応しい程に可憐だ。

いや。俺も同じ強化体質だって言ったら世界中から大顰蹙を買うだろうなぁ~。

あの、アララギさんだっけ? メララギさん? アラララギさん?

まぁいいや。あの人は激怒するね、間違いなく。

 

「まぁ、艦長というのにはちょっと歳が足りない気もしますが・・・」

「でも、結局はユリカちゃんが艦長になるんでしょ?」

「そうでしょうね。やっぱりナデシコの艦長は彼女じゃないと」

 

個性的なメンバーが溢れるナデシコ。

真面目な人が艦長だったら、とっくに胃潰瘍だろうなぁ。

うん。やっぱりユリカ嬢こそが艦長に相応しい。

ポヤ~ってしているけど、締めるときは締めるしさ。

能力とか人柄とか求心力とかは一流だし。

まぁ、その分、ジュン君の苦労は半端ないと思うけど・・・。

でも、ま、それはそれで喜んでいるし、ジュン君。

きっと大丈夫だろう、うん。

 

「ミナトさんも出るんですよね?」

「ええ。艦長の座には興味ないんだけどね。私としても女として負けたくないっていう矜持があるのよ」

「矜持だなんて大袈裟な」

「駄目よ、コウキ君。女っていうのはいつでも輝いていたいのよ。大袈裟でもなんでもないわ」

「そ、そうですか」

 

いや。充分、魅力的なんですけどね。

 

「悩み事があるのは分かるけど・・・」

「・・・ミナトさん?」

「偶には楽しみなさい。別に罰なんて当たらないんだから。いいわね? コウキ君」

「・・・分かりました。楽しみます」

「ええ。それじゃあ、準備があるから、行くわね」

「はい。頑張ってくださいね。ミナトさん」

「ふふっ。任せて」

 

天幕の向こうへと歩いていくミナトさんを見送る。

艦長コンテストか・・・。

水着審査とかもあったよな?

ちょっと嫌な気もしないでもないけど、水着が見られるというのはラッキーと受け取ればいいのだろうか?

いや。でも、やっぱり、ちょっと嫌かな。

 

「・・・コウキさん」

 

ん? 誰だろう?

突如掛かる後ろからの声に振り返る。

 

「おぉ。セレスちゃん」

 

そこにいたのはセレス嬢でした。

そういえば、参加するのかな?

さっき、ミナトさんとは参加する事を前提に話していたけど。

 

「・・・あの」

「うん。何かな?」

「・・・見ていてくださいね?」

「え?」

「・・・私もコンテスト参加しますから、見ていてください」

 

カーッと真っ赤に顔を染めて、俯きながら話すセレス嬢。

いや。可愛らしい事この上ないね。

 

「うん。分かった。頑張ってね。セレスちゃん」

「・・・はい!」

 

パーッと顔を輝かせて喜ぶセレス嬢。

頑張れって気持ちも込めて頭を撫でる。

なんだか、すっかり父親気分。

引き取るって決めてから、覚悟が決まったっていうのかな?

目線というか、視線というか、そんなのが父親になってしまった。

まぁ、こんなにも可愛らしい娘なら大歓迎なんだけどね。

 

「・・・それじゃあ、行ってきます」

「うん。いってらっしゃい」

「・・・はい!」

 

元気一杯に返事をして、トコトコと走って天幕へ向かうセレス嬢。

う~ん。和む。癒される。

何度も思うけど、成長したら誰もが振り向く美人になるだろうなぁ。

あれか? 将来、俺の娘が欲しいなら俺を倒してからにしろって言う羽目になるのか?

・・・いや。それはないだろ。どこの格闘家だよって話。

でも、なぁ、やっぱり寂しいんだろうな・・・。

 

「・・・・・・」

 

おっと、そんな事を今から考えてても仕方ないだろうに。

・・・既に親馬鹿とは・・・。

自身の意外な面を発見した気分だよ。

ミスマル提督と話があったりするかもしれん。

酒を飲む時の話のタネになりそうだ。

いや、まぁ、飲むかどうかは分からないんだけどね。

そもそも引き取るって話もネルガル勢にしてないし。

も、もちろん、負けないけどな、奴らには。

 

「頑張れ。セレスちゃん。ミナトさん」

 

さて、さっそく観賞モードに・・・そういえば、今、誰がブリッジで業務をしているんだろうか?

うん。二人の出番が終わったら、ブリッジに顔を出してみよう。

ま、今は楽しむとしましょうか。

 

 

 

 

 

「艦長コンテスト。司会はこの私、プロスペクターが務めさせて頂きます」

「おぉ! いいぞ! いいぞ!」

 

うん。ムードは既に最高潮。

いや。相変わらずノリがいいね、ナデシコクルーは。

 

「審査は二段階に別れております。一つ目は歌唱力コンテスト。それぞれの衣装に身を包み、得意な歌を歌っていただきます」

「いやぁ。いいね。女の子の歌が聴けるなんて」

「むさっ苦しい空間にしかいられない俺達にとってはオアシスだな」

「おうよ。おうよ」

 

・・・特に整備班のメンバーは眼が輝いてやがる。

いや。血走っているという表現の方が的確かも・・・。

 

「二つ目は皆様お待ちかね! 水着審査となっております!」

「イエェェェイーーー!」

「ヤッホーーーイ!」

 

盛り上がり過ぎですよ、マジで。

 

「これらの審査にて優勝した方に艦長の座を譲りたいと思います。皆様、是非とも健闘し、自らの魅力を最大限に発揮してくださいね」

「ハッハッハ! いいぞ! 野郎共、最前席を確保しろ!」

「オォォォオォォォ!」

 

ズバッ! ガバッ!

 

は、早! 移動早!

というか、既に場所がないってどういう事?

 

「それでは、ここで審査員を発表したいと思います」

 

そういえば、審査員なんていたな。

まぁ、クルー全員が審査員である以上、彼らは解説者というかコメンテーターみたいなもんだろ。

今回は誰なんだろう? 

原作ではアカツキ会長とウリバタケさんだったかな?

あんまり覚えてないな。

でも、まぁ、あそこにウリバタケさんはいるし。

ウリバタケさんでない事は確かだ。

 

「まずはこの方、ナデシコパイロット、アカツキ・ナガレ」

「よろしく」

 

あ。会長は同じなんだ。

でもさ、なんで一介のパイロットがそんな所にいるの?

あれかな? 隠すつもりなんて元々ないって事?

 

「次は・・・そうですな。私とジャンケンを致しまして勝ち残った方にしましょう」

 

と言って、手を挙げるプロスさん。

おぉ、なんか懐かしいぞ。この光景。

俺の周りの連中も手を挙げて、ジャンケンに備えている。

 

「ズルしたら会場からも出て行ってもらいますからね」

 

釘を刺す事も忘れない。

流石のプロスさん。

 

「一つ質問していいですか?」

「はい。なんでしょう?」

 

整備班の鈴木さん(仮)が問いかけた。

プロスさんは手を挙げたまま答える。

なんでもいいけどさ。早くしてね。

腕が疲れるからさ。

 

「審査員になるメリットは何ですか?」

「なるほど。やはり気になりますか」

 

ニヤリと笑うプロスさん。

手を挙げたままだからどこか滑稽。

・・・なんでもいいから早くやろうよ、ジャンケン。

手、下げていい?

 

「まずは席ですな。私がいる場所の隣の席、即ち、最前席より更に近く、そんな場所でコンテストを観賞できます」

「おぉ! なるほど!」

「また、審査員にはより多くのポイントが与えられます。好きな方に審査点を与えるなんてのもいいでしょう」

「おぉ。それが恋の始まりって訳か・・・」

「なかなかやるな・・・」

 

うん。一つだけ。

そんな優遇されるポジションにアカツキ・ナガレがいるのはあまりにもおかしすぎる。

あれか? バレてるって分かっているから開き直ったのか?

 

「最後にですが、トロフィーの贈呈などで実際に優勝者と触れ合う事が出来ます!」

「ウォォッォ!」

 

うお!? 滅茶苦茶耳に来た。

耳鳴りで耳の奥がツーンとする。

 

「それでは、よろしいでしょうか!? ジャンケン・・・」

 

高らかに挙げられたプロス氏の拳。

グーか? パーか? チョキか?

確率的にはどれも同じ。

対面している訳じゃないから向こうの心理も読めない。

・・・やはり、運任せだな。

 

「ポン!」

 

俺が出したのはグー。

プロスさんは・・・チョキだ!

 

「はい。負けた方とあいこの方はその場に座ってくださいね」

 

まぁ、そうなるよな。これだけの人数だ。

あいこは大丈夫って事はないだろう。

 

「それでは、もう一度、ジャンケンポン!」

 

俺の出したのはチョキ。

プロスさんが出したのは・・・パー。

おぉ! これはもしかすると・・・。

 

「ジャンケンポン!」

「・・・ガクッ」

 

負けました。

結局、ジャンケンで勝ち残ったのはウリバタケ氏。

やっぱり強いですね。こういう事になると。

 

「おっしゃあ!」

 

うん。あれだけ素直に喜ばれると憎めない。

 

「それでは、さっそく、コンテストを開催いたします!」

 

プロスさんのこの言葉と共にコンテストが始まりを告げた。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

・・・木星蜥蜴が実は自分達と同じ人間だった。

そんな真実を知らされたナデシコクルー達は当然、気落ちした。

そのモチベーションの低下は通常業務でさえ精彩を欠き、ナデシコ運営陣の頭を悩ませる。

ま、私は一応前もって知っていたからそうでもないんだけど・・・。

やっぱり、いざそんな事実に直面すると複雑な気分になるわよね。

それで、だ。

そんな事もあり、どうにかして艦内の空気を変えたいという事で企画されたもの。

それが、一番星コンテスト。ま、簡単に言えば、ミスコンよね。

噂によれば軍の方でも何かしらの干渉があったらしいけど・・・真実はどうなんだろう?

 

「頑張ってくださいね。ミナトさん」

「ふふっ。任せて」

 

ま、私としてはあまり肌を晒したくないんだけどねぇ~。

せっかく出場するのなら、やっぱり勝ちたいじゃない?

優勝したら艦長の座がもらえるとか言っていたけど、そんなものはもちろんいらないわ。

私も女として魅力的でありたいのよ。

コウキ君に応援もされたしね。

 

「えぇっと、メグミちゃん。その格好は?」

 

コウキ君と別れて天幕に入る。

その途端、視界に映るのはナース服のメグミちゃんの姿。

え? コスプレする企画だっけ? これ。

 

「私、声優をする前は看護学校に通っていたんです」

「へ、へぇ~」

 

い、意外と多才なのね。

看護学校から声優ってのいうは中々不思議な気もするけど・・・。

 

「やっぱり男心を擽るならこの服かなって」

 

そ、それは確かに擽られるとは思うけど・・・。

ちょ、ちょっと違うんじゃないかな?

 

「ガイさんも似合っていると言ってくれましたから~」

 

ニヘへと笑いながら告げるメグミちゃん。

そ、そっか。それならいいんじゃないかな。

恋人の趣味ならさ、うん。

 

「ミナトさんは何を着るんですか?」

「え? 私? そうねぇ」

 

どうしようかしら?

やっぱり私も男心を擽るような―――。

 

「・・・あの・・・」

「ん? セレセレ?」

 

振り向けば、そこにはセレセレ。

コウキ君曰く、今回のコンテストの優勝候補。

どうかしたのかな?

 

「・・・ミナトさん」

 

真剣な眼でこちらを見てくるセレセレ。

 

「・・・浴衣の着方。教えてくれませんか?」

「・・・浴衣?」

「・・・はい」

 

えぇっと・・・。

 

「それはコンテストに浴衣で出ようって事?」

「・・・(コクッ)」

 

うわ~。セレセレの浴衣姿・・・。

・・・本当に優勝しそうで怖いわね。

可愛過ぎるだろうなぁ。

 

「ミナトさん。セレスちゃんが浴衣を着たら優勝もってかれそうですね」

 

どうやらメグミちゃんも同じ事を思ったらしい。

まぁ、そう思うのが自然かな。

 

「・・・駄目・・・ですか?」

 

う。コウキ君はいつもこれに屈しているのか。

ようやくコウキ君の気持ちが分かったわ。

涙目で見上げられたら拒否できない。

まぁ、私の場合は可愛らしくてっていう理由の方が強いけど。

 

「ううん。いいわよ。教えてあげる」

 

優勝は逃しちゃうかもしれないけど、将来娘になるかもしれない子を可愛くコーディネートするのも良いかもね。

私は準優勝でいいわ。・・・なんてね。

 

「・・・ありがとうございます」

「はい。どういたしまして」

 

ペコっとお辞儀をするセレセレ。

その姿は本当に可愛らしい。

駄目だなぁ。どうしても甘やかしちゃいそう。

 

「セレセレは浴衣かぁ・・・」

 

メグミちゃんはナース服。

セレセレは浴衣。

うん。どっちも男心を擽る服ね。

本当に、私はどうしようかしら。

 

「・・・ミナトさんはどうするんですか?」

「それが、決まってなくてね。困っているの」

「・・・・・・」

 

う~んと指を顎に当てて考えてくれるセレセレ。

何か提案してくれるのかな? 期待しちゃうぞ。

 

「・・・ミナトさんも一緒に着ますか?」

「一緒にって、浴衣って事?」

「・・・はい」

 

浴衣も素敵だけど、流石にかぶっちゃうのは申し訳ないかなと思うのよ。

 

「そうですよ! ミナトさん!」

「え? な、何?」

 

いきなり大声をあげるメグミちゃん。

その、良い事を思い付いたって顔は何なんだろう?

 

「二人で一緒に出ちゃえばいいじゃないですか」

「え?」

「だから、一緒に浴衣を着て、一緒に出ちゃえばいいんですよ。グループ参加も認められていますし」

 

グループ参加?

あの、ホウメイガールズみたいな感じで?

私とセレセレが?

 

「えぇっと、どうしよっか? セレセレ」

 

私は別に構わないかな。

セレセレと一緒に出るのも良い記念になると思うし。

何の気兼ねもなくコーディネートできるしね。

 

「・・・(フルフル)」

 

あら。断られちゃった。

ちょっと残念かな。

 

「・・・一人で頑張ってみたいです」

「そっか」

 

そんな理由があるならしょうがないわね。

どちらかというと静かなセレセレがこんなイベントに参加するぐらいだもの。

きっと、相当の勇気を出したんだと思うわ。

だったら、私はそれを応援してあげなくちゃね。

 

「分かった。それじゃあ、うんと可愛くしてあげるわね」

「・・・はい。よろしく御願いします」

 

うん。それじゃあ、やっぱり浴衣は駄目ね。

私は違う服装にしなくちゃ。

 

「歌の練習はしたの?」

「・・・(コクッ)」

「そっか。頑張ろうね。セレセレ」

「・・・はい」

 

コンテストは歌唱審査と水着審査の二部構成。

歌唱審査の服装で困っている訳だけど、やっぱり歌にあわせた服装にしようかな。

 

「それじゃあ、私はあれにしましょう」

 

うん。服装は決定。

 

「じゃ、着替えに行こうか。セレセレ」

「・・・はい。御願いします」

 

セレセレの手を取って衣裳部屋へ。

さてっと、セレセレを可愛くコーディネートして・・・。

私も準優勝に向けて気合を入れるとしましょう。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「それでは、さっそく参りましょう」

 

実況のプロスさんが企画を進めていく。

本当にこういう時のプロスさんは楽しそうだな。

凄く輝いています、ミスター。

 

「トップバッター。エントリーナンバー一番は我らが癒しの声。メグミ・レイナードさんです」

「皆ぁ。よろしくぅ~」

「メグミちゃぁぁぁん!」

 

現れるナース姿のメグミさん。

途端に轟く男共の歓声。

なんか場慣れしているよね、メグミさんって。

流石は元声優。そういうイベントとかがあったんだろうな。

 

「はい。御注射しましょうね」

 

原作でもあったシーン。

これから始まる歌って・・・。

 

「いいぞぉ! メグミぃ!」

 

後ろから大きな声でまぁ・・・。

想いが痛い程に伝わってきましたよ。

 

「あ。おい! コラッ! てめぇら。見るんじゃねぇ!」

 

歌が終わって脱ぎだした瞬間、またもや騒ぎ出すガイ。

いや。流石に五月蠅いよ、うん。

 

「はい。メグミ・レイナードさんでした。解説のアカツキさん。如何でしたか?」

「うん、そうだねぇ。男心を擽るナース服といい、チャーミングな笑顔といい、高得点が狙えるんじゃないかな?」

「ほぉ。中々の高評価。これは期待できるのでしょうかね? 解説のウリバタケさん」

「まぁな。彼女の人気は相当のもんだ。ま、唯一の難点は後ろでうっせぇ奴がいた事だな」

 

うん。確かに五月蠅かった。

 

「それはまぁ仕方ないでしょう。それでは、次へと参ります。エントリーナンバー二番。我らが食堂に舞う可憐な花達。ホウメイガールズの皆さんです」

「うぉぉっぉぉぉ!」

 

おぉ。凄い歓声。

確かに彼女達は可愛いもんな。

食堂で可愛い子に対応してもらえたら男は嬉しいもんだ。

こればっかりはどうしようもない。

 

「はい。ホウメイガールズの皆さんでした。見事なまでに料理への愛情を感じさせつつ、彼女達の魅力を最大限表していましたね」

「そうだね。ナデシコ食堂は味良し、値段良し、環境良しの三拍子が揃った食堂だ。その中でも彼女達の存在は大きい」

「整備の後で疲れた俺達にとっては天使のようだぜ。心から癒される」

 

会長も評価しているみたいだし、ウリバタケさんは本当にそう思っているんだなって感じさせる幸せそうな顔をしている。

俺はあんまり話さないけど、ホウメイガールズはやっぱり皆に愛されているんだなぁ。

あ、もちろん、僕も彼女達に癒されていますよ、はい。

 

「それでは、次は・・・」

 

そうして、次々とエントリーした者達がパフォーマンスを披露していった。

その中にはナデシコ主要クルーに勝るとも劣らない程の美人がいたりして、驚いた時もあった。

普段は言っちゃ悪いけど、地味な人が、このミスコンで化けたんだよ。

いや。彼女はこれから大変だろうなぁ。一夜にしてスターだし。

別に優勝しなくても魅力的な事は証明してしまったからな。

歌も心に響く素敵な歌声だったし。いや、大変だ。

 

「それでは続きまして、エントリーナンバー十四番。我らが包容力に溢れた優しいお姉さん。ハルカ・ミナトです」

「わぁぁぁぁぁぁ!」

 

ウインクをしながらの登場。

飛ばしていますね。ミナトさん。

その服装は・・・漆黒のドレス。

丈の短いドレスでかなり際どい。

それがあまりにもセクシーで、思わず赤面した。

その見事すぎる身体に黒のドレスがマッチして妖艶な魅力に溢れている。

あぁ。なんか、この人が恋人って事が不思議で仕方がない。

本当に魅力的な女性だなって改めて思った。

 

「~~~♪」

 

歌い出すミナトさん。

その透明感溢れる歌声と彼女が醸し出す雰囲気に、会場は静まり返った。

ただただ無言で聞いていたい。そんな気持ちにさせる歌声だった。

もちろん、途中で服を脱ぎ、水着姿にもなった。

でも、その妖艶な魅力は変わらず、水着姿になって更に増したようで・・・。

結局、歌い終わるまで歓声があがる事もなく、誰もが黙って歌を聞き浸っていた。

 

「・・・・・・」

 

そして、最後のニコッと笑みを浮かべた後、去っていくミナトさん。

その瞬間・・・。

 

「うぉぉぉっぉぉ!」

 

途轍もない歓声があがった。

今までで一番じゃないかと思える程の大音量で。

 

「ハルカ・ミナトさんでした。いやはや。まるで別世界にいたかのような気持ちでしたね。どうでしたか? 解説のアカツキさん」

「・・・言葉に出来ないよ。僕は思ったね。彼女に包まれたいと。全身が身震いしたさ。彼女の全身から迸る至上の愛に」

「・・・ああ。思わず涙が出そうになった。全身に鳥肌が立つ事なんて初めてだ。歌がとびっきり上手いという訳じゃねぇ。だが・・・」

「・・・そう。感情が伝わってきたんだ。彼女の感情が僕達の心に。出来る事ならば毎日聴きたいよ」

「・・・俺もだ」

 

・・・大絶賛ですね。

気持ちは物凄く分かりますが・・・。

俺も本当に鳥肌が立った。

目頭は熱くなったし、心も震えた。

二人じゃないけど、俺も毎日のように聴きたいと思ったんだ。

 

「それでは、続きましてエントリーナンバー十五番・・・」

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「ふぅ~」

 

緊張したわ。

あんなに大勢の前で歌った事なんてなかったもの。

 

「ミナトさん! 凄かったです!」

 

どこか興奮した様子でそう言ってくれるメグミちゃん。

ふふっ。割とうまく歌えていたみたいね。

 

「そう? ありがと」

「鳥肌が立っちゃいましたよ。心に響いてきました」

「そ、そう」

 

そんな大袈裟な・・・。

 

「・・・ミナトさん」

「セレセレ」

 

チョコチョコと可愛く近寄ってくるセレセレ。

 

「・・・凄かったです。感動しました」

「ふふっ。ありがと」

 

感謝の気持ちを込めて、セレセレの頭を撫でる。

うん。コウキ君がセレセレの頭を撫でたがるのがよく分かるわ。

柔らかくて良い匂いがして、とっても心地良い。

さて、次はセレセレをコーディネートしなくちゃね。

 

「うん。じゃあ、行こうか。セレセレ」

「・・・はい。よろしく御願いします」

 

はい。任されました。

思いっきり可愛くしちゃうんだから!

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 



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艦長コンテスト・承

 

 

 

 

 

「さてさてコンテストも終盤に差し掛かりました。皆様、心残りはありませんか!?」

「あるぞぉ! もっとやれぇ!」

「終わらせるんじゃねぇ!」

「もう毎日やってもいいんじゃね?」

「ええ。ええ。分かります。ですが、終わりがあるからこそのコンテスト。皆様、最後まで盛り上がっていきましょう!」

「うぉぉぉうぉぉぉ!」

 

会場はとっくの昔に最高潮。

今では既に限界突破。

いやはや。ナデシコクルーに限界はないんでしょうね。

 

「残るは艦長を含めた主要メンバーのみか・・・」

 

メグミさん、ミナトさんと審査を終え、それから続々と審査を終えていった。

何人もの女性が審査を終えたが、やっぱりナデシコ主要クルーは飛び抜けていたなぁ。

メグミさんもそうだし、ミナトさんもそう。

それに、着ぐるみで登場したラピス嬢も男共の心を刺激した。

うん。あれはやばかったね。

日頃とのギャップみたいな感じで。

いや。言葉に出来ないよ。うん。

残るは艦長、ルリ嬢、セレス嬢の三人。

今回、ルリ嬢は正式に登録していたらしい。

秘書さんは出ないのかな? 原作でも参加してなかったし。

ルリ嬢と同じように突然参戦しようとしてたんだっけか?

まぁ、確かにルリ嬢は突然参戦して優勝を掻っ攫っていったもんな。

ルリ嬢が歌った曲の名は“あなたの一番になりたい”だ。

ルリ嬢が誰に向かってどういう気持ちで歌ったかは俺には分からない。

でも、曲調、雰囲気、詩、全てからその気持ちが痛い程に伝わってきた。

あれだけ感情が込められていれば、優勝も当然だって思える程に。

良い曲だなって素直に思えたし、何度聴いても飽きなかったものだ。

あの曲は何度も聴いていたな、マジで。こっちに来る前の話だけどね。

さて、残った三人だけど、やっぱり俺としてはセレス嬢を応援したいかな。

頑張りますって告げる時は微笑まし過ぎたし。

頑張れ! セレス嬢。

 

「続きまして、エントリーナンバー二十八番。我らが銀色の妖精。セレス・タイトさんです」

「うぉぉうぉぅぉ!」

 

大歓声。

いや。凄まじい。

ラピス嬢は桃色の妖精でセレス嬢は銀色の妖精か。

オペレーター勢は妖精三人衆といった所かな?

 

「・・・よろしく御願いします」

 

ペコリッ。

 

現れたのは大人しい色で染められた浴衣姿のセレス嬢。

いつもは垂れ下げられている髪の毛が纏められており、そこはかとなくうなじから色気を漂わせている。

浴衣という俺からしてみれば日本の伝統衣装に身を包んでおり、日本人らしい黒髪こそが浴衣には最上だと思っていた俺の価値観を変えさせた。

華奢な身体で護ってあげたくなるような、そんな浴衣姿の醍醐味を遺憾なく発揮しているセレス嬢。

言葉では表せないぐらいに魅力的な女の子だった。

そして、更に、いつもはどこか無口で感情表現の少ない彼女が恥ずかしそうに浴衣の裾をギュッと握っている姿。

照れているのか顔から首筋にかけて真っ赤になっており、でも、そこがまた彼女に対する庇護欲を湧かせた。

 

「・・・頑張れ」

 

思わず口から出る言葉。

心の底からそう思ったから飛び出たのだろう。

そして、そんな思いを浮かべたのは俺だけじゃない筈だ。

 

「・・・・・・」

 

周囲を見渡す。

 

「・・・・・・」

 

審査員席にいる会長とウリバタケさん。

 

「・・・・・・」

 

会場の裏の方でそわそわしているミナトさんとメグミさん。

 

「・・・・・・」

 

そして、会場にいる全ての観客。

それら全員が見守るように、固唾を呑んでセレス嬢を眺めている。

その視線からは頑張れ、と暖かい言葉が込められているように感じられた。

 

「・・・」

 

バッ!

 

俯いていたセレス嬢が頭を上げる。

その顔は少し泣きそうで、でも、頑張ろうとする強い意思が込められていた。

頑張れ。頑張るんだ。セレス嬢。

 

「~~~♪」

 

・・・透き通るような歌声。

日頃あまり喋らないセレス嬢が懸命に歌う。

セレス嬢の声を連続してこんなに聞けるのは初めてじゃないだろうか。

そして、なんて安らぐ声だろう。

可憐な姿に心癒される歌声。

今、この瞬間、会場は彼女の舞台だった。

会場の全てを彼女が彩らせていた。

 

「・・・ありがとうございました」

 

ペコリッ。

 

恥ずかしそうにタタタッとステージの奥の方へ走っていくセレス嬢。

そして・・・。

 

「オォォォォォォッォォォォッォォ!」

 

大歓声。

そのあまりの声に会場が揺れた。

 

「・・・セレス・タイトさんでした。天使のような歌声。妖精の名に相応しい素晴らしい歌声でした」

「・・・僕達は世紀の瞬間に立ち会えたのかもしれない。彼女の歌は世界の宝だよ」

「・・・ああ。優勝しようがしなかろうが、彼女ならば世界中に歌声と共に感動を運んでくれるだろうよ」

「・・・アイドルデビュー。本気で考えた方がいいかもね」

 

いや。アイドルデビューは困るのですが・・・。

しかし、本当に素晴らしかった。

感動で涙が零れている者も何人かいる。

俺もその一人だ。歌でここまで心に響いた事はなかったかもしれない。

それ程までに、セレス嬢の歌声には不思議な力があった。

 

「さぁ。残る所、後ニ名。お次はエントリーナンバー二九番。我らが蒼銀の妖精であり、妖精三姉妹の長女。ホシノ・ルリさんです」

「うぉうぉぉっぉぉぉ!」

 

現れるルリ嬢。

その可憐な容姿に誰もが歓声後、言葉を失った。

そして、彼女は歌いだす。

 

「~~~♪」

 

あなたの一番になりたい。

あなたをいつまでも支えていたい。

だから、ずっと傍にいさせて。

あなたを私は愛しているから・・・。

 

「・・・・・・」

 

ペコリッ。

 

去っていくルリ嬢。

その歌声の余韻に、誰しもが酔いしれていた。

 

「・・・ルリちゃん」

 

ルリ嬢の想いはアキトさんに届いたのだろうか?

・・・届いていて欲しい。

貴方の近くにはこんなにも想ってくれている人がいるんだと。

そう理解して欲しい。

貴方の幸せを探してもいいんだと。

そう・・・理解して欲しい。

ルリ嬢の歌声にはアキトさん、貴方への想いが溢れていたのだから。

 

「・・・ホシノ・ルリさんでした。・・・最早言葉もありません」

「・・・感動の嵐だ。妖精はどうしてこうも僕達の心を揺さぶる。どうしてこうも心に響かせる」

「・・・幸せ者だ。俺達はなんて幸せ者なんだ・・・」

 

分かります。ええ。分かりますとも。

この瞬間に立ち会えた事に感動を覚えずにはいられません。

 

「それでは、最後になりました。エントリーナンバー三十番。我らがナデシコ艦長。ミスマル・ユリカさんです」

「野原一面に咲く白き百合の花。あぁ、その美しさは全てを包み込み、そっと癒す。穢れなき純白の花弁が今、この場で咲き誇る! ミスマル・ユリカ!」

「オォォオォオォ!」

 

・・・熱の入った紹介と声援ありがとうございます。ジュン君。

 

「~~~♪」

 

テンポの良い歌声に観衆の誰もが歌にあわせて身体を揺らす。

先程のような感動はもしかしたら味わえないかもしれないが、この歌にはこの歌の魅力がある。

何故か惹き付けられるその歌声は彼女のカリスマ性から来ているのだろうか?

会場の全てをミスマル・ユリカが掌握していた。

 

「ありがとうございましたぁ!」

 

元気良くそう告げ、ユリカ嬢はその場を後にした。

 

「ミスマル・ユリカさんでした。いやぁ~。彼女らしい元気な歌声でしたね」

「はい。身体が自然と動き出す。彼女独特の空気が会場中を包み込んでしまった。そんな感じです」

「いやぁ。良かったな。自然と元気が出てきたぜ」

 

そうですね。僕もそう思います。

改めて、やっぱりこの艦の艦長はユリカ嬢が相応しいなと思った。

まぁ、コンテストの結果は別だけどさ。

 

「それでは、結果は後ほど集計して発表したいと思います。皆様、お疲れ様でした。持ち場に戻―――」

 

ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン!

 

プロスさんの言葉を遮るようにして突然鳴り出すエマージェンシーコール。

これは・・・木連!?

あ! やばっ! 忘れていた。

そういえば襲撃されるんじゃないか。

ブリッジに顔を出そうと思っていたのに、結局最後まで残ってしまった。

まずい。急いでブリッジにいかないと!

・・・もしかしたらケイゴさんが出てくるかもしれないし・・・。

 

 

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

艦内を駆け抜け、ブリッジに到達する。

状況的に動けない人間が多いせいか、ブリッジには殆ど人がいなかった。

 

「コウキ」

 

審査を逸早く終えたからだろう。

オペレーター席にはラピス嬢がいる。

ルリ嬢とセレス嬢の合流は少し遅れそうだな。

 

「ラピスちゃん、ゴートさん。状況は?」

「レーダー上で木連の戦艦を確認。待機していたパイロットが迎撃に当たっている」

「待機していたパイロット?」

「ああ。コンテストの出場していなかったスバル・リョーコとイツキ・カザマの両名だ」

 

あぁ。そういえば、イツキさんは出場してなかったな。

スバル嬢は出ないって分かっていたけど。

・・・イズミさんのステージは気付かぬ間に記憶から消去していたらしい・・・。

彼女も出ていたんですよ、コンテスト。

でも、あまりのインパクトにね。なんにも思い出せません。

 

「敵戦艦はこちらに何を?」

 

確か、このタイミングで仕掛けてくる襲撃は敵にとっても確認の意味合いが強いミサイル攻撃だった筈。

詳しくは覚えてないけど、簡単に返り討ちにしたし、向こう側の被害も少なかったと思う。

但し、それは原作での状況下だ。確認の度合いという意味では、向こう側には・・・。

 

「ミサイルに小型有人機を取り付けて操作しているみたい」

「・・・それだけ?」

「今の所は」

 

・・・それなら、原作通りだ。

でも、原作通りに行くとは思えない。

何故なら、既に状況は著しく変わっているから・・・。

 

「おっくれましたぁ」

 

急いで駆け込んできたのは、流石に水着ではなかったけど、審査の時に着ていた衣装に身を包む艦長。

多分、着替えている暇はなかったんだろうな。最後だったし。

続々と他クルーも駆け込み、自分の席に座っていく。けど、その殆どが審査衣装。

その格好のまま見学していて、緊急事態に陥ったって所かな?

ラピス嬢が制服なのはある意味流石というべきか・・・。

 

「状況はどうなっていますか?」

「木連からのミサイル攻撃。待機していたスバル機、イツキ機が迎撃中」

 

先程よりも簡潔な報告。

 

「パイロットは急いで格納庫へ向かってください。全機で迎撃に当たります」

『了解!』

 

コミュニケ越しの通信でパイロット達に指令が送られる。

俺は状況的にパイロットよりもブリッジで情報解析に勤しむべきだろう。

 

「艦長。俺はブリッジに残ります」

「はい。マエヤマさんはこちらで周りのフォローを」

「了解」

 

パッと急いで自分の席へ。

隣にいる漆黒のドレスに身を包むミナトと浴衣姿のセレス嬢にドキドキしそうになったが、事が事なだけに無理矢理落ち着かせた。

 

「ちぇっ。つまんない」

「・・・・・・」

 

状況を考えてくださいね。ミナトさん。

後、残念そうな顔をしない。セレス嬢。

戦闘が終わったらね。今は照れている場合じゃないのですよ。

 

『各機、散開。ナデシコに通すな』

『『『『『『了解』』』』』』

 

アキトさんの指示で各機が動き出す。

その見事な連携と戦闘技術は圧巻の一言。

地球最大戦力の異名は伊達じゃないな。

ナデシコだけじゃなく、パイロットもまた頼れる戦力だ。

 

「どうやら大丈夫そうね」

 

恐らく乱入を企んでいたのだろう。

出場もしてないのにそれなりの衣装に身を包んだ秘書さんがそう呟いた。

イツキさん同様、真面目な彼女なので出場しないと思っていたけど・・・。

染まりましたな。秘書さん。まぁ、ナデシコだし。分からなくないけど。

 

「恐らく向こうも本気じゃないでしょうね。確認やら小競り合いとでも思っていた方がいいわ」

 

・・・貴方も乱入するつもりだったのですか?

久しぶりの解説、ありがとうございます。イネス女史。

その格好は何なのでしょうか? グラマラス過ぎて僕には言葉に出来ません。

・・・それにしても、今まで何をしていたんだろうか? この方は。

もしや、ウリバタケさんと共同で新しい開発でも?

まぁ、俺には分からないか・・・。それにしても・・・。

 

「・・・確認だけで済むならいいけど」

 

原作通りに進んでくれれば俺も安心だ。

でも、あの新型兵器。

まだ開発途上である以上、データ収集の為にもまた仕掛けてきそうだ。

何といっても地球の最高戦力はナデシコ。

機動データを集めるのならば、ナデシコ勢と戦うのが一番だ。

 

「でも、コウキ君は他にも心配事がありそうね」

「えっ?」

「いつになく必死じゃない。先日現れた木連の新型兵器が気になるのかしら?」

 

・・・鋭いな。相変わらず。

しかも、俺の悩み事まで的確に見抜いてやがる。

 

「ええ。もちろんです」

 

それなら、下手に隠さないで意見を聞こう。

そちらの方が遥かに良い。

 

「あの新型兵器。恐らくこちらのエステバリスを参考に開発されたものでしょう」

「そうね。十中八九そうでしょう。でも、こちらに比べて完成度は低い」

「そのようですね。しかし、DFやGBといった最先端ともいえる技術においては向こうの方が遥かに進んでいる」

「・・・確かにそうかもしれないわね。GBやDFを備えている戦艦がこちらとあちらではあまりにも違い過ぎる」

「はい。それだけは判断できませんが、技術的な問題でもあちらの方が進んでいる可能性があります。少なくとも、こちらと同等以上」

 

少し聞いた話ではプラントで生産する為に戦艦の中身を把握していない可能性もあるらしい。

でも、流石にそんな事はないと俺は思う。草壁もそこまで現実を軽視していない筈。

むしろ、彼はゲキ・ガンガーを民意誘導に用いているだけで、本人は至って現実主義な気がする。

あくまで原作で彼を見た俺の感想でしかないが・・・。

それに、向こうには劇場版で悪魔のような頭脳を発揮したヤマザキ博士がいるんだ。

少なくとも、エステバリス並の完成度にまで持っていく事は可能だと思う。

 

「・・・そうね。こちらのエステバリスに追いつくのは時間の問題かもしれないわ」

「ええ。だからこそ、ナデシコという最高戦力で機動データを集めると思うんです。最初の接触のように」

「ナデシコを基準に設定していれば、他の部隊は確実に討てると。そういう事?」

「恐らくという予想の範疇でしかありませんが。どちらにしろ、木連側からの接触です。何かしらの意図があると思われます」

「・・・少なくともこの程度の攻撃で終わる事はないと?」

「はい。杞憂で済めばいいのですが・・・」

 

今の所、そのような予兆はない。

唯の杞憂で済んでくれれば俺の胃にダメージが来るだけで済むんだけど―――。

 

スドォォォン!

 

な、何だ!?

 

「この揺れは!?」

「突如現れたミサイルにより右翼部が損傷!」

 

これはボソン砲? そんな!? このタイミングじゃない筈だろ!?

 

「被害ブロックは・・・爆発の割には軽微です」

「それってどういう―――」

「ハーッハッハ。こんな事もあろうかと。こんな事もあろうかと。クーッ。言ってみたかったんだよなぁ。この台詞」

「ウリバタケさん! いいから説明を!」

「おう。これは俺の開発したディストーションブロックのお陰でな。これはなんと―――」

「後の説明は私がしましょう」

「おい。ちょ、ちょっと待て! 俺が―――」

 

プツンッ!

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

・・・折角の緊迫した雰囲気が台無し。

そ、そんな事よりも!

 

「イネスさんの説明は後にして、艦長! とりあえず、この宙域から!」

「はい。分かっています。ミナトさん。全速で前進。メグミちゃん。パイロットにミサイルを迎撃しつつ帰艦と連絡を」

「「了解」」

 

急いで状況を立て直す事が大切だ。

 

「イネスさん。説明を御願いします」

「分かったわ。艦長」

 

・・・このタイミングでボソン砲の襲撃。

原作とはタイミングも場所も違う。これが改変した故に起きた誤差か。

ディストーションブロックが装着済みで助かった。マジでウリバタケさんには感謝だな。

 

「ディストーションブロックとは艦内の空間をディストーションフィールドで包み込む装置の事よ」

「ディストーションフィールドで包む?」

「ええ。例えば各ブロック事に包めば、被害はブロック単位で抑えられるじゃない? 被害は最小限になるって訳」

 

確かに被害は最小限で済む。

でも、機関部やブリッジなど、ナデシコ艦内において重要な場所に直撃すれば、その時点で終了だ。

ボソン砲の怖い所はそういう所。何の予兆もなしに、好きな場所を爆発できる。

欠点としては機体にではなく、空間の位置にミサイルを出現させる為、避けられてしまう可能性があるという事。

要するに、出現までのタイムラグを利用して、絶え間なく、かつ、凄まじい速度で動き続ければ避け続けられるという訳だ。

まぁ、それだけしか欠点がないというある種ほぼ確実に命中する恐ろしい武器な訳だけど・・・。

 

「分かりやすく言うならば、唯の物質を用いた隔壁ではなく、ディストーションフィールドを用いた隔壁って事ね」

「へぇ~。なるほど」

 

しきりに感心してみせる艦長。

おい。お気楽思考は流石にまずいぞ。

冷静なのは良い事かもしれないけど・・・。

 

「艦長。状況を」

「あ。アキト。おかえりなさい。怪我はなかった?」

「ああ。全パイロット。健康状態に異常はない。それよりも状況を教えてくれ」

 

どうやらパイロット組は無事に帰艦出来たようだ。

エステバリスがいなくなって迎撃する機体がいなくなったな。

ボソン砲には対処できないけど、向かってくるミサイルにはまだ俺でも対処できる。

まぁ、ディストーションフィールドを越えられるとは思えないけど、万が一の為にな。

 

「艦長。念の為にレールカノンで迎撃体制に入っておきます」

「はい。御願いします」

 

おし。艦長の許可も得たし。

 

「オモイカネ。レールカノン。セット」

 

懐からいつものを取り出し装着。

そういえば、ナデシコのレールカノンを使用するのって久しぶりじゃないか?

大丈夫だよな? 俺。

 

「コウキ君。無理しちゃ駄目よ」

「大丈夫ですよ。ミナトさん」

 

相変わらず心配性なんだから。

もう大丈夫ですよ。安心してください。

 

「そう。それならいいけど」

「え、ええ」

 

とりあえず、ミナトさんを視界に入れちゃまずい。

ドギマギして集中力が欠けてしまう。

戦闘終了後、目に焼き付くほどにばっちり見させてもらうとしよう。

 

「そういえば、まだ感想聞いてないんだけど?」

「え?」

「コンテストの感想よ。気になるわよ。ね、セレスちゃん」

「・・・はい」

 

えぇっと、そのような状況ではないのでは?

 

「今の所は大丈夫よ。艦長の指示待ちだもの」

 

そ、そりゃあ確かにそうだけど・・・。

 

「で? どうだったの?」

 

・・・こりゃあ堪忍するしかないな。

 

「ミナトさんは物凄く綺麗でした。それに、いつまでも聴いていたいような歌声で。本当に感動しました」

 

俺の拙いボキャブラリーではこれ以上の言葉は出てこない。

文字通り、言葉に出来ない程に凄かった。

 

「セレスちゃんは本当に可愛らしくて。それに、透き通るような歌声で本当に心に響いたよ」

 

セレス嬢もミナトさん同様、俺なんかでは言葉に出来ない程に凄かった。

両者共に感動して、両者共に身近にいられる事が本当に嬉しくて幸せに感じた。

彼女達の家族であるという事を誇りに感じた。

 

「ふふっ。高評価みたいね。良かったわ」

「・・・はい。頑張りました」

 

笑顔の二人。今の格好も相まって本当に魅力的だ。

 

「二人ともアイドルデビューしても問題ない。むしろ、そこらのアイドルよりずっと魅力的でした」

「あら。そう?」

「・・・恥ずかしいです」

 

嬉しそうに笑うミナトさんと真っ赤に頬を染めるセレス嬢。

むぅ。アイドルになれるぐらい綺麗だし可愛いと思うけど、二人が有名になるのは嫌だな。

 

「でも、あまり二人を他の人の眼に入れるのはちょっと嫌ですね。やっぱり俺だけの・・・というか、はい、そんな感じです」

 

・・・なんか調子の乗って変な事を言っちゃった気がする。

案の定、眼を丸くしてこちらを見てくるミナトさんと余計に顔を赤く染めたセレス嬢の姿が見えた。

でも、すぐにミナトさんは表情をニヤリとしたもの変えて・・・。

 

「へぇ~。アイドルを独り占めにしたいだなんて強欲ねぇ。独占欲が強いのかしら?」

 

と、こうやって弄くってくる。

でも、この感情は仕方ないと思うんだ。

 

「二人とも本当に魅力的ですからね。誰だって独占したいと思いますよ」

 

当然の思いだと思う。

誰だって大切な人を他人に見せるのは嫌だし、独り占めにしたいでしょ。

別に浮気が心配とかそういう訳じゃなくてさ。

自分にとって特別だって思っていたいんだって。

 

「それじゃあしょうがないわね。アイドルデビューは諦めてあげるわ」

「ね、狙っていたんですか!?」

「冗談よ。冗談。私にはアイドルデビューよりコウキ君との生活の方が大切だし」

「ミ、ミナトさん」

 

て、照れるような事を言わないでください。

 

「・・・私もコウキさんと一緒にいたいです」

「セ、セレスちゃん」

「・・・私はコウキさんだけのアイドルになります」

「・・・・・・」

「あらまぁ」

 

・・・やばい。

間違いなく俺の顔は真っ赤だ。

セ、セレス嬢。その発言は威力が強過ぎる。

こ、子供だからこその発言で、深い意味はないと思うが・・・。

セレス嬢。なんて恐ろしい子だ。将来が心配になってきた。

彼女の天然さで何人の男が落とされるのか・・・。あぁ。罪深い女の子だな。

 

「おぉ~い。帰ってこぉい」

 

うぉ!? げ、現実逃避していたのか?

 

「す、すいません。ミナトさん」

「気持ちは分かるけど、ちゃんと返事してあげなくちゃ可哀想よ」

 

え?

 

「・・・・・・」

 

うぉ。不安そうに見上げてきている。

そ、そうだよな。なんか無視する形で現実逃避しちゃったし。

純粋な彼女にはこれからちょっとずつ教えていってあげよう。

そうしなっきゃ、マジで将来が小悪魔ちゃんになりそうだ。

 

「うん。ありがとう。セレスちゃん」

「・・・はい」

 

何がありがとうなのかは自分でも分からないけど、喜んでくれたみたいだから多分いいでしょ。

 

「・・・罪深い男よねぇ。コウキ君って」

 

・・・何がだろうか?

罪深いのは貴方達ですよ。

美人、可愛いは正義だけど、罪なんです!

誰もが逮捕(独占)しちゃいたくなりますからね。

 

「作戦を発表します」

 

どうやら、艦長達の話し合いが終わったらしい。

俺の出番がなかった事から、単純なミサイルの脅威はない。

あくまで気を付ける必要があるのはボソン砲だけという訳だ。

それに対して、艦長が取る行動は・・・。

 

「ナデシコ! 相転移エンジン停止」

「「「えええぇぇぇえぇぇぇえぇ!」」」

 

原作通りの作戦だった。

 

 

 

 

 



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艦長コンテスト・転

 

 

 

 

 

詳しい事は軍事関係に詳しくない俺には分からなかったが、簡単に作戦とここまでの経過を説明しよう。

まずは敵戦艦のレーダーから消える為にナデシコ自体の動力を最低限までカット。

かなりのステルス機能を持っているのだろう。

ナデシコは見事なまでに敵戦艦のレーダーから消えた、らしい。

流石に相手のレーダーについてはだろうとしか言えない。

その後、接近してきたら反応するように調整したミサイル群を投下。

逃げたナデシコに対して追うような形で迫って来ていた敵戦艦はミサイルによって足止めを喰らい、更に損傷を受けた。

もちろん、動力をカットしている以上、現状は慣性運転であり、追いつかれかねないという危険性がある。

再起動するにも動力をカットしており、時間が掛かる為、一度追いつかれたらおしまいだろう。

そんな中、ミサイル群を投下するという事は非常に危険な事でもある。

向こうに位置を特定させてしまう危険性があるからだ。

しかし、そこは我らが天才艦長、いや、天才参謀といった方がいいのかもしれん、ユリカ嬢が解決した。

ミサイル群によって足止めしている間に、慣性運転である以上、不可能と思われる方向転換をしたのだ。

もちろん、方向転換と言えども、微々たる角度変更だ。

それでも、凄まじい速度で移動し続ける戦艦戦においてはかなりの効力を発揮する。

現状の位置、ミサイルの投下位置。この二つからナデシコの位置を見出した敵戦艦はGBをその位置へと向けて発射した。

向こう側はかなり自信があったに違いない。だが、結果虚しく直撃ならず、だ。

ナデシコの脇を掠るように抜けていった。緻密な計算も天才の閃きには及ばす。

そのあたりは流石艦長といった感じだ。その方法が正に天才と思わせるものだから、恐れ入る。

先程、ボソン砲によって損傷を受けた右翼部。その右翼部から抜け出す空気圧を利用して角度を変えたのだ。

一切のスラスターなどの方向転換用の装置を用いずに角度変更。

動力を使ってない以上、向こうのレーダーにも映らないし、向こうの自信を打ち砕く事にもなる。

あちらは絶対の自信があるからこそ遠距離射撃をしたのだから。

結果、相手はナデシコの居場所を見失い、混乱の渦中に。

そして・・・後はエステバリスの出番って訳だ。

 

 

 

 

 

『ここまでは順調だな』

 

コクピット席で戦況を眺めていたパイロット勢。

その中にいるアキトさんがそう呟いた。

もちろん、アキトさんの声が聞こえるのだから、俺もエステバリスに搭乗済みだ。

今回、ブリッジにいてもどうしようもないと判断し、エステバリスに乗り込む事にした。

それに、敵の新型兵器をこの身で体感しておきたいという事もある。

現状の木連がどこまで兵器開発を進めているか。それを知りたい。

ジンシリーズならまだ対処出来る。

言っちゃ悪いが、でかいだけの的みたいなものだからな。

だが、本格的にあの新型が導入されたら・・・。

 

『パイロットの皆さんは出撃してください』

 

ふぅ・・・。先の事を考えていても仕方ないか。

今はこっちに集中しなくちゃな。

 

『作戦通り、発進後は全ての動力源をカット。敵戦艦の接近と同時にアキトの指示で戦闘を開始しちゃってください』

「了解」

『もちろん、ナデシコはすぐに帰ってきますから。バッテリー切れの心配もせずに張り切っちゃってくださいね』

 

高機動戦フレームはかなりバッテリーを喰うからな。

改良したのに0G戦フレームと同じくらいの時間だから。

まぁ、艦長がすぐに戻ってくるって言ったんだ。

その言葉を信じて、最初から全力で・・・いや、ある程度、抑えるぐらいで戦闘しよう。

俺は石橋を叩いて渡る慎重派。やっぱり戦場で停止は怖いしね。

も、もちろん、信頼していますよ。でも、一人ぐらい慎重な奴がいないとさ。うん。

 

「マエヤマ・コウキ。高機動戦フレーム。出ます」

 

ナデシコの後方へ向けて発進。

その後、すぐさま動力源をカットした。

身体の後方には敵のレーダーや視界から姿を隠す特別製のシートが備え付けられており、準備は万端。

後はこちらの存在を隠し通し、接近後、奇襲するまでだ。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

誰も何も話さず、緊迫した時間が流れる。

一人でも存在が見付かれば一気に危険な状態に陥る。

そう考えれば緊張するのも仕方ないだろう。

俺もかなりの緊張で心臓がバクバクとうるさい。

 

「・・・・・・」

 

でも、心臓の痛みは緊張以外にも起因していたりする。

・・・これから今までにない本格的な戦闘を行うからだ。

今までが遊びだったという訳ではない。

単純に、今までとこれからで大きな違いがあるだけだ。

それは有人か無人かという違い。

そう、俺は今日、もしかしたら人を殺すかもしれないのだ。

そして、その恨み、憎しみをこの肩に背負う事になるかもしれない。

他のパイロットは覚悟を決めているのだろう。

殺されなければ殺される。それが戦争だと分かっているから。

だが、その覚悟は俺にはない。

俺は人を殺してしまえばその罪悪感で押し潰されてしまうだろう。

自分の事だ。よく分かっている。

どれだけ特別な能力を与えられようと。

それが人にとっては異常と思える能力だとしても。

精神が一般人である俺には人を殺すという事に対しての忌避感はどうしても拭えない。

もちろん、俺の周りが異常だと言っている訳ではない。

パイロットとして当然の考え方だし、彼らだって好きで敵を殺している訳ではないと分かっているから。

ただ、自分自身に覚悟がないだけだ。

他人を殺し、自分を生かし、その罪と責任を背負って生きるという覚悟が。

 

「・・・・・・」

 

死なないように倒せばいいのか?

・・・いや。そんな技術は俺にはない。

それが出来たらどんなに楽な事か・・・。

それに、だ。

もし、逃がした結果で仲間が死ぬような事態に陥ったら、俺は一生を罪悪感に苛まれて生きる事になるだろう。

そもそも自分を一生許す事が出来ずに、安易な自殺を選んでしまうかもしれない。

有人機に対して、強制ボソンジャンプをさせる時、あの時は殺すとは違った目的があったので楽だった。

だが、今回は確実に倒す事こそが目的。その延長戦には殺すというものがある。

今日の戦闘終了後、俺がどのようになっているか。

それを考えるだけで、全身が震える程に怖くなってくる。

不死、殺さずを目的に戦える程、俺は強くないのだから。

 

「・・・いくぞ」

 

そして、そんな過去との決別とも、殺人を遂げる本当の初実戦とも言える戦闘が始まりを告げた。

 

 

 

 

 

『各機散開! 出撃してくるジンを二人一組となって撃墜せよ』

『『『『『『「了解!」』』』』』』

 

男四人、女四人の現状、それぞれ二人組になれば四つのチームが出来る。

 

「イツキさん」

『はい!』

 

そのような時、殆どが俺はイツキさんと組んでいる。

スバル嬢はイズミさんと、ガイはヒカルと会長はアキトさんと大抵組む。

まぁ、僕達は途中参加した人間と正規なパイロットじゃないっていう、言わばあまりものみたいなものですしね。

でも、甘く見られちゃ困る。正式ではないけど、教官と教え子の仲だ。

連携では他のチームにも劣らない。

 

「俺が先行します。イツキさんは援護を」

『了解しました。お気をつけて』

 

ディストーションブレード。

俺も未熟とはいえ、ケイゴさんに剣術を習った身。

鈍い動きしか出来ないジンに遅れは取らない。

 

「はぁ!」

 

向かってくるジンのロケットパンチを断ち切る。

ディストーションブレードの切れ味を舐めてもらっちゃ困る。

 

「ハァァァ!」

 

イツキさんの援護によって拓けた道に飛び込む。

小型グラビティブラストに注意しつつ、ディストーションフィールドを突破する。

 

「クッ。固い」

 

流石にバッタとは訳が違った。

DFの強度が段違いだ。この状況下では突破できないか!?

 

『コウキさん。一度下がってください』

 

どうやらイツキさんもそう判断したようだ。

立て直そう。

 

「了解」

 

周囲に注意を配りながら後退。

流れ弾はDFが弾いてくれるが、安心は出来ない。

向こうの小型GBを喰らったら流石にまずいしな。

 

『バッタのようにはうまくいきませんね』

「はい。フィールドガンランスなら全体重を込められるんですが、ディストーションブレードでは厳しいかもしれません」

 

これには形状が大きく影響している。

ディストーションブレードは切れ味重視で突破力不足。

対して、フィールドガンランスは突破力重視で切れ味不足。

要するに、敵機体を直接切り付けるならディストーションブレード。

敵機体を纏うディスーションフィールドを突破するならフィールドガンランスがベストという訳だ。

 

『分かりました。それならば、私がDFを突破します』

 

現状の装備は、ガントレットアームの両腕、腰にディストーションブレードとレールカノン、背中に大型レールキャノンという近、中、遠に対応した武器。

ガントレットアームに装着されている簡易ラピットライフルは出力調整で連射性を重視してもらった。要するに、完全に撹乱用という訳。

後はディストーションブレードか、大型レールキャノンで仕留めるというスタイル。

ジンを相手にするならこっちの方がベストだ。

対してイツキさんは俺とは用途の違った選択。

ガントレットアームなのは同じで、違うのは近、中に対応するフィールドガンランスにラピットライフルを二丁という点。

また、このライフルは威力重視らしく、辛うじてだが遠距離にも対応できる威力と精度を持つらしい。

基本的に中距離にいるイツキさんにはベストの選択だと思う。

そして、現状で必要なのはフィールドガンランスの突破力。

俺が持っていない以上、イツキさんに任せるしかない。

 

『突破後、私が追い討ちをかけます。コウキさんは―――』

「いえ。俺が・・・仕留めます」

『そう・・・ですか。分かりました。御願いします』

 

・・・甘えるな。

イツキさんにばかり負担を掛けていては二人組の意味がない。

突破後、イツキさんがフィールドガンランスで装甲を削り、俺がディストーションブレードで仕留める。

これがベストの選択の筈だ。

それを、人を殺したくないなんていう甘えで・・・逃げる訳にはいかない!

何より、そんな役目を彼女だけに押し付ける訳にはいかないだろ!

俺も背負うんだ! 自らが殺してしまった人の命を! 責任を!

 

『・・・いきます!』

 

一呼吸置いて飛び出すイツキさん。

俺はそれの少し後方から彼女を追い、彼女に迫るバッタを排除していく。

彼女も周囲に向けてラピットライフルを撃ち続けるが、それはあくまで牽制。

彼女のスピードが落ちないよう、周囲を片付けるのは俺の役目だ。

ディストーションブレードを右手に、レールカノンを左手に持ち、ガントレットアームのライフルで牽制しつつ、近ければDBで、遠ければレールカノンで的確に屠っていく。

先程、彼女が俺の道を拓いてくれたように、今度は俺が彼女の道を拓く番だ。

 

『ハアァァ!』

 

どうにか接近に成功したイツキさんがジンを覆う強固なDFにフィールドガンランスを突き立てる。

全ての力を槍の先端に乗せ、敵へ突き立てる行為は圧力が凄まじい。

ディスーションブレードを弾き飛ばしたDFをフィールドガンランスは容易に突破してみせた。

・・・さぁ、いくぞ・・・。

 

「ゴクッ」

 

息を呑む。

そんな時間はないと自覚している。

だが、知らぬ間にそうしていた。

 

『コウキさん!』

 

突破と同時にフィールドガンランスのレールカノンを放ち続けるイツキさん。

・・・そうだ。ここで躊躇していれば、彼女の身に危険が迫る。

それは即ち、彼女を危険に陥れ、ナデシコまでも危険に陥れてしまうという事。

ナデシコには護りたい大切な人がたくさんいるんだ。

ここで躊躇する。それが結果として彼女達を失う事になってしまったら・・・。

 

『コウキさん! 後退しま―――』

「・・・やるしかないんだ。ハァァァ!」

 

一生後悔する。大切な人を失うくらいなら、俺は罪を背負おう。

 

ザァン!

 

「・・・・・・」

 

断ち切り、駆け抜ける。

後ろからは眩しい光。機体内の機関部が損傷し、内部爆発した結果だろう。

そんな爆発に飲み込まれれば、中にいるパイロットは生きていられない。

そう・・・死んだんだ。

 

『・・・コウキさん』

 

心配そうなイツキさんの表情。

嫌だな。こういう時はサウンドオンリーにしたかった。

俺の今の表情は誰にも見せたくなかったのに。

 

『免罪符にする訳ではありませんが、殺さなければ殺されていた。それが戦争です』

「・・・ええ。分かっています」

『・・・帰艦しますか?』

「いえ。最後まで、俺も戦場に立ちます」

『・・・そうですか。・・・頑張りましょう』

「・・・はい」

 

気分は最悪だった。

実際に人が死んだ瞬間を見た訳じゃない。

でも、事実、俺はこの手で人を殺したんだ。

背負おうと誓ったんだ。

強く心を持て、俺。

恐怖に飲み込まれれば、お前が死ぬ事になるんだぞ。

 

『各機へ。敵戦艦の機関部へ突撃する。援護を頼む』

 

あらかたジンを片付けたからだろう。

戦艦への道が拓けた事を機にアキトさんが戦艦へと飛び込んでいった。

 

『コウキさん。見てください!』

 

アキトさんの援護をする為に敵戦艦へ近付いた俺とイツキさん。

ナデシコメンバーもジンを片付け、俺達と同じようにアキトさんの背中に付いていた。

そして、叫ぶように大声を上げるイツキさん。

その視線の先には・・・。

 

「・・・エステ・・・バリス?」

 

以前、地球で戦った木連側の新型人型機動兵器。

その姿があった。

しかも、以前のようなどこか違和感のある姿から、更にエステバリスへと近付いた完璧に近い高機動戦フレームの姿だった。

機体性能、OS、そのどちらも、こちらに対して劣っていないと判断した方が良いのかもしれない。

やはり木連の技術は甘く見てはいけなかった。

 

『テンカワ君の突撃は変わらないよ。あれは僕達が引き受けようじゃないか』

 

会長からの一声。

躊躇する事なく飛び込んだアキトさんを追うように移動し始めた敵の機動兵器の前にそれぞれが立ち塞がった。

 

『ここから先は行かせねぇぞ』

『お前の相手はこの俺だ』

 

早速斬りかかる我らが前衛二人。

敵機動兵器の数はこちらの半数に当たる四機。

アキトさんの援護に三機を当てるとして、一機に対して一機を割り当てる計算だ。

 

「俺が行きます! 皆さんはアキトさんの援護を!」

『コウキさん!? 私が!』

「いえ。イツキさんは援護に回って下さい。あれだけの迎撃体制に対して的確に援護できるのは俺よりイツキさんです」

 

悔しいが、援護役、フォロー役にはイツキさんが最も適している。

俺はどちらかという万能という名の器用貧乏だ。

それぞれの頂点に君臨する者には遠く及ばない。

 

『・・・分かりました。コウキさん。御気を付けて』

「イツキさんこそ。健闘を祈ります」

『・・・はい』

 

心配そうに去っていくイツキさん。

駄目だな。パートナーに不安を抱かせてしまっては。

もっとしっかりしないと。

 

「貴方の相手は俺がします」

『・・・容赦しないぞ』

 

ッ!? ・・・有人機か。

 

「・・・こっちだって!」

『かかって来い!』

 

・・・失望した。

有人機である事を焦った俺に。

どうやら俺は無意識に無人機である事を望んでいたらしい。

覚悟を決めた筈なのにな。

 

『ハァァァ!』

 

フィールドガンランスを両手に突っ込んでくる敵機動兵器。

ジンのDFを突破した武器だ。こちらのDFも突破される恐れがある。

ここは避けるしかない。

 

「クッ」

 

向こうの機体もこちら並のスピードがあるらしい。

強引に避けた為に凄まじいGが身体に襲い掛かってきた。

 

『・・・ほぉ。あれを避けるか。貴様、名はなんという?』

「て、敵の名前を聞いてどうするんですか?」

『なに。強き者と雌雄を決する。なんとも素晴らしい事ではないか』

 

なるほどね。

木連らしい熱い魂だよ。

 

「マエヤマ・コウキ。愛機はエステバリス・高機動戦フレームです」

『なるほど。貴様がケイゴの言っていた奴か』

 

ケイゴ!?

ケイゴさんの事か!?

 

「貴方はケイゴさんの―――」

『礼儀だ。こちらも名乗ろう。俺は優人部隊所属キノシタ・シンイチ少佐。愛機は福寿だ』

 

人の話を遮りやがって。

礼儀なんてなっちゃいないだろうに!

 

『さて、無駄話は終わりにして、勝負を決めようじゃないか』

 

な、なんつうマイペース。

自らが振った話を無駄話と切り捨てやがった。

 

『ハァ!』

「クッ」

 

フィールドガンランスからレールカノンが放たれる。

あれを調整したのは俺でもある。その特徴は掴んでいる。

 

『チィッ! ちょこまかと』

 

それは通常のライフルに比べ、重みがあるという事。

その重みは若干の方向転換の遅れへと繋がる。

気付かれなければ問題にならないが、気付けば一瞬を争うような戦闘だ。

充分な隙と成り得る。

とにかく照準を付けられないよう駆け回り、そして、徐々に近付いていけばいい。

 

『クソッ。調子に乗るな!』

 

どうやら射撃はあまり得意ではないらしいな。

まぁ、性格的に接近戦を好んでいるだけかもしれないが。

 

『これならどうだ』

 

その手には逆手に持たれたイミディエットナイフ。

それなら、こちらも受け止められる。

 

ガキンッ!

 

『やはりやるな』

 

ディストーションブレードで受け止める。

賞賛されるが、そんな事はどうでもいい。

こいつには聞きたい事がある。

 

「聞きたい事があります」

『それに答える義理はないが?』

「それでも答えてもらいます」

 

鍔迫り合いをしている今がチャンス。

なんとしても聞いてみせる。

 

「先程、ケイゴと言いましたが、それはカグラ・ケイゴの事ですか?」

『無論だ。そちらもケイゴの事は知っているんだったな』

「・・・やはり、ケイゴさんは木連側の人間だったんですね」

『やはり、か。なるほど。予想はしていたようだな』

「怪しんではいました。でも、それが事実だと知ると・・・」

『ケイゴの言った通りの奴だ。ふんっ!』

「クッ!」

 

油断したのだろうか。

イミディエットナイフに弾き飛ばされてしまった。

 

『甘い奴だ。まぁ、仲間を愛し、信頼する精神は尊いと思うがな』

 

・・・別にケイゴさんがスパイであった事に対して憤りを感じている訳ではない。

ただ、無様にもOSを持ち込まれてしまった自分が許せないだけだ。

 

「福寿といいましたよね?」

『答えてやる義理はないと言ったが、教えてやろう。その通り、この機体の名は福寿だ』

 

・・・福寿。エステバリスの和名。

これは皮肉だろうか?

 

『既に理解しているのだろう?』

 

こちらのエステバリスの情報を基に製作された機体である事。

その性能はこちらと同等である事。

・・・そんな事、とっくに理解しているさ。

 

『さて、今度こそ、無駄話は終わりとしよう。マエヤマ・コウキ』

 

・・・福寿。

俺の干渉によって産み出されてしまった木連の新型機動兵器。

・・・なら、俺が責任を持って・・・潰す。

 

「ハァァァ!」

『いいぞぉ! その気迫だ!』

 

ディストーションブレードで斬りかかる。

単純な突進だ。工夫も何もない。

案の定、簡単に受け止められた。

だが、俺の攻撃はそこからだ。

 

「ハッ!」

『何!?』

 

剣術の腕前で他のパイロットに劣る俺が彼らと対等に戦う為に編み出した戦闘術。

それは剣術と柔術の組み合わせ。言わば、足元がお留守だよ攻撃だ。

 

『ク、クソッ』

 

悔しそうな声をあげる敵パイロット。

ふっ。膝を砕いてやったぜ。

宇宙空間だからあまり意味はないかもしれないが、それでも精神的にダメージを与えられた。

 

「油断しましたね」

 

接近し、敵の攻撃手段を防ぎ、隙を突き、蹴り上げる。

OSを弄くり、常に足に対して強力なDFを纏わせている俺の愛機に蹴られればひとたまりもないだろう。

 

『・・・なるほど。どうやら甘く見ていたようだ』

 

・・・空気が変わった。

今までのが嘘だったかのような、敵方からの凄まじい圧迫感。

どうやら、手加減されていたらしい。

 

「・・・・・・」

『・・・・・・』

 

俺も向こうも対面したまま動かない。

いや、動けないんだ。

恐らく向こうは隙を窺い、俺は隙を見せまいと構えているから。

どちらも攻撃を仕掛けるきっかけがない。

 

『敵戦艦の機関部の破壊に成功した。各機、状況を窺いつつ、徐々に後退しろ』

 

そんな中、告げられるアキトさんからの報告。

どうやら、俺達が福寿を足止めしている間に撃破に成功したらしい。

 

『・・・作戦は失敗のようだな』

「・・・・・・」

『残念だが、勝負は預けておこう。さらばだ』

 

・・・向こうは向こうで撤退命令が出たらしい。

そうだよな。母艦がやられたんだから。

追撃しようにも、それじゃあ命令違反だし、これといった利点がない。

ここは素直に撤退しよう。

 

「・・・ケイゴさん」

 

今回の戦闘。

俺にとっても大きな意味を持った。

初の人殺し。福寿の存在。ケイゴさんの真実。

考える事がたくさんあって、頭はこんがらがっていた。

初の人殺しに感慨深くなっている余裕もなく、状況はめまぐるしく変化している。

これからどうなるのか、俺には全く見当が付かなかった。

 

「・・・コウキ君。今はゆっくり休みなさい」

「・・・ミナトさん?」

「いいから。ね?」

「・・・はい」

 

・・・そうですね。少し休みます。

ミナトさんの優しい温もりに包まれながら、俺は眼を閉じた。

どうやら思ったよりも精神的に疲れていたらしい。

知らぬ間に、俺はミナトさんの膝の上で死んだように眠っていた。

 

 

 

 

戦闘を終えた翌日。

気付けば、いつもとは感触も匂いも違うベットにいた。

 

「・・・ここは?」

「あら? 起きたのね」

「ミナト・・・さん?」

「ふふっ。寝惚けちゃって」

 

身体を起こすとミナトさんの姿が視界に映る。

うん。どうやら、ここはミナトさんの部屋みたいだ。

そういえば、覚えの感触だったもんな。あと、匂いも。

・・・ん? どうしてミナトさんの部屋にいるんだ?

 

「ミナトさん。どうして俺がここにいるんですか?」

「え? 覚えてないの?」

「えぇっと・・・」

 

昨日は・・・あぁ、そういう事か。

 

「ありがとうございました。お陰様で楽になりました」

「そっか。駄目そうだったら喝を入れてあげようと思ったのに」

 

わ、笑って言う事じゃないと思うんだけど。

しかも、妙に輝いた笑顔で。

 

「俺だっていつまでも慰められてばかりはいられませんよ。情けない姿は見られたくないですし」

「ふふっ。既に見飽きたぐらい見ているけどね」

 

グサッ!

 

うぅ。ブロークンハート。心が痛いぜ。

 

「でも、コウキ君も強くなってきているのね」

「え?」

「精神的に、さ。前だったら、人を殺したって罪悪感で押し潰されていたと思うの」

 

罪悪感に押し潰されて・・・か。

 

「ちょっと違いますよ。ミナトさん」

「え?」

「正直な話、今にも押し潰されそうです。思った以上に辛くて苦しいですね。思わず眼を背けたくなるぐらい」

「・・・・・・」

「でも、ちゃんと眼を背けずに現実を見ようって。人を殺したという罪をきちんと背負おうって。そう覚悟を決めたんです、俺」

 

人を殺したと自覚した瞬間、吐き気と頭痛がした。

それでも、その罪悪感を必死に押さえ込み、ジンを狩り尽した。

ミナトさんを、ナデシコを護る為に、そう自分に言い聞かせて。

もちろん、何かを、誰かを護る為なら何をしてもいいという訳ではない。

それを免罪符にするのは唯の逃げだって自覚している。

でも、何か理由を付けないとやっていけない程、あの時の俺は追い詰められていたんだと思う。

だから、戦闘終了後、湧き出る罪悪感に苦しみ、同時に戦闘で疲労した俺は気絶するように眠ったんだろう。

一晩、何も考えずに眠れた事は幸運だったんだと思う。

一度考え出したら止まらないだろうし。それぐらいは自覚している。

 

「もちろん、人を初めて殺したような人間です。そんな覚悟も決心もすぐに揺らいでしまいましたよ」

「・・・仕方ないと思うわ。誰だって、眼を背けたくなる」

 

はい。その通りです。でも・・・。

 

「でも、俺がやらないと誰がやるって思ったんです」

「・・・それは自分以外では出来ないって意味?」

 

あぁ・・・。そういう取られ方もあるのか。

 

「いえ。そうじゃありませんよ」

 

ナデシコではそれほど俺は目立つ方ではない。

ナノマシンの恩恵で割となんでも上位に入る腕前かもしれないが、上には上がいる。

何より、覚悟のない人間なんていくら腕が良くたって戦力にならないだろうし。

 

「俺が敵を倒そうとしない。そうなれば、誰かが俺の代わりに敵を倒さなければなりません」

「・・・そうね」

「それは、自分が罪を犯したくないという理由で他人に罪を擦り付けるという事。何よりもタチが悪いです」

 

人を殺す覚悟もないくせに戦場に立って、挙句の果てに罪を犯したくないからと仲間に罪を擦り付ける。

敵を殺す。敵を殺せずに味方を危機に陥れる。そのどちらよりも性質が悪いと思う。

 

「仲間だけに罪を背負わせたくない。そんな思いがありました。俺も仲間の一員として、罪を背負おうと」

「・・・そっか」

 

それが俺の戦う理由です。

 

「それなら、私も、いえ、私達もナデシコクルーの一員として、共に罪を背負わないとね」

「え? ミナトさん?」

「だって、そうでしょ? パイロットだけが悪い訳じゃないわ。たまたま当事者が貴方達だっただけ」

「た、たまたま!?」

「ええ。貴方達はナデシコの代表として戦場に立っているだけよ。ナデシコクルーの総意で敵を倒しているの」

「・・・でも、全員が全員、そういう訳では・・・」

「いい? コウキ君」

 

ミナトさん?

 

「私達は一人一人が自分の意思でこのナデシコに乗っているわ」

「はい」

「そんな中で、色々な事を経験して、こうして生き残ってきた。それは皆が皆、生き残る為に頑張ってきたからなの」

「もちろんです。ナデシコクルーの一人一人が責任を持って―――」

「そういう事を言っているんじゃないのよ」

 

ビシッと否定されてしまった。

ミナトさんは一体俺に何を伝えたいんだろう?

 

「責任とか、そういう事じゃないわ。私達は私達の家を、家族を護る為に頑張ってきたの」

「護る為・・・」

「ナデシコクルーはもう仲間であり、家族なのよ。違う?」

 

家族。うん。そうだよな。

 

「はい。そうだと思います」

「よろしい。それでね、貴方達は家族の中でパイロットとしての腕があったから戦っているの」

「・・・・・・」

「例えば、私にパイロットとしての腕があれば私も戦うわ」

「ミナトさんも・・・ですか?」

「ええ。当たり前じゃない。家族を護る為に戦うのだから誇らしいわ」

 

笑顔で語るミナトさん。

 

「でも、残念ながら、私にそんな腕はない。だから、腕がある貴方達に頼んでいるの」

「・・・・・・」

「分かる? 私達は頼んでいるの。私達を護ってと、そう貴方達に頼んでるのよ」

 

頼まれている? 俺達が?

 

「だからね、貴方達だけが罪を背負う必要はないの。私達の総意を貴方達が果たしてくれているだけなんだから」

「・・・それで、ナデシコクルーの総意ですか」

「ええ。私達を護る為に罪を背負おうとしてくれているのよ? それを共に背負おうとしないのはおかしいでしょ」

 

ははっ。どうしてだろう?

貴方達を護る為に頑張りました。

そう言えれば楽だった。でも、そういうのは卑怯だと思った。

それは罪を擦り付ける事だし、何よりそれを罪に思わせるのが嫌だった。

貴方の為に人を殺しました。そう言われて罪悪感に苛まれない人間はいないだろうから。

だから、俺はミナトさんに言わなかったんだ。

貴方を護る為に戦いましたって。

それなのに、ミナトさんは言う。

私達にも罪はあるのよ。一緒に背負いましょうって。

そして、それがなんて心を楽にしてくれる事だろう。

背負わなくていいのに。それなのに、一緒に背負おうって。

少しでも罪の意識を和らげてあげようって。

馬鹿ですよ。ミナトさん。

・・・優し過ぎます。

 

「パイロットは敵を倒す事が仕事。確かにそうかもしれないわ」

「・・・はい」

「でも、だからって許される訳じゃないの。きちんと罪と向かいましょう」

「・・・はい」

 

やっぱり俺は情けない。

ミナトさんがいないとすぐに潰されてしまう。

今だって、ミナトさんのお陰でこうして立ち直れた。

これで、俺はまだ・・・戦える。

 

「馬鹿ね。コウキ君は」

「え? 俺が、ですか?」

 

馬鹿なのは貴方ですよ。ミナトさん。

 

「コウキ君は自分だけの罪だとか、殺した当事者だけが罪だって思っているんでしょ?」

「それは・・・」

 

実際に殺めたのは俺だし・・・。

 

「コウキ君が仲間に罪を背負わせたくないって思うように、仲間もコウキ君に背負わせたくないの」

「・・・あ」

「だから、一緒に背負う。それが一番だと思うの。まぁ、どうすればいいのかなんて分からないんだけどね」

 

苦笑するミナトさん。

そっか。そうだったんだな。

 

「ありがとうございます。ミナトさん」

「ええ。どういたしまして」

 

何に対してお礼をしているのか伝えてないのに。

それなのに、分かっているわって顔で頷いてくれるミナトさん。

本当に、お世話になりっぱなしだなって思った。

 

 

 

 

 



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艦長コンテスト・結

 

 

 

 

 

戦闘を終え、改めて月へと向かうナデシコ。

本来であれば、戦場に向かうという事でもうちょっと引き締まっている雰囲気な筈なんだけど・・・。

 

「あぁ! 気になる。気になるぅ~」

「ユ、ユリカ。落ち着きなよ」

「だって~、ジュン君。私、艦長じゃなくなっちゃうかもしれないんだよ?」 

「だ、大丈夫だって。皆だってユリカが一番艦長に相応しいって分かっているから」

「本当?」

「うん。本当」

「う~ん。やっぱり気になるよぉ~」

 

と、まぁ、こんな会話がひたすら続いている訳だ。

そりゃあ、集中力もなくなるわな。

でも、それだけじゃない。

 

「どうなったと思いますか?」

「優勝に決まっているだろ! メグミが一番だ!」

「ガイさん!」

「メグミ!」

 

ガバッ!

 

「うるせぇ! 黙ってやがれ! ヤマダ!」

「グハッ!」

「あ~。八つ当たりしているぅ」

「出てないからって僻むのはやめなさい。リョーコ」

「うるせぇ! どうでもいいんだよ、そんな事は」

「えぇ~? でも、やっぱり気になるよ。ねぇ?」

「ね~」

「ダァーーー! うるせぇ、うるせぇ」

 

とか、さ。

艦長以外にも結果が気になって仕方がない人はたくさんいるみたい。

コンテスト出場者はもちろんの事、その周りも気になっているみたいで、誰もが仕事に身が入っていない。

まぁ、かくいう俺も気にはなっているんだけどさ。

多分、周りよりはそれ程でもないと思う。

他にも色々と気になる事があるからなぁ。

あのキノシタとかいう人やケイゴさんの事とか。

昨日の戦いで、向こうの福寿だったか? の事も知れたし。

知りたい事があり過ぎて、一つの事に集中しきれないみたいな。

まぁ、でも、ね、やっぱり・・・。

 

「・・・(ソワソワ)」

「・・・・・・」

「・・・(ソワソワソワ)」

「・・・・・・」

「・・・(ソワソワソワソワ)

 

隣でいつになくソワソワしているセレス嬢を見ると、どうしても応援してあげたくなってしまう。

一名のみという事でミナトさんに投票してしまったが・・・。

すげぇ罪悪感。ごめんよ、セレス嬢。

 

「どうなるのかしら。楽しみね」

「同意を求められても困るのですが・・・」

 

いや。もちろん、俺としてはミナトさん、セレス嬢のワンツーフィニッシュかなとか思うんだけどさ。

・・・はい。かなりの贔屓目ですね。分かります。

でも、かといって、本当にそうなってもなぁ。

嫌ですよ。はい。二人は僕だけのアイドルです、とか言ってみる。

 

「まぁ、後は神のみぞ知るって奴ね」

「ですね」

 

そして、それからしばらく経って、漸く待ちに待った瞬間が訪れた。

 

『さてさて、皆様お待ちかね、一番星コンテスト、結果発表の時間がやってまいりました』

 

艦内の全モニタに強制割り込み。

プロスさんの顔のドアップと共に結果発表が始まった。

 

『それでは、早速、発表してまいりましょう』

 

沈黙。

誰もが息を呑む。

 

「まずは第三位の発表です」

 

第三位、惜しくも、って奴だな。

まぁ、出場者も多かったし、美人揃いのナデシコでは三位でも充分過ぎると思うけどね。

 

『第三位はニ名ですね。まず御一人はその男心を擽る服装と声優時代のトークと歌唱力を活かし私達を元気にさせてくれたメグミ・レイナードさんです』

『おぉぉっぉっぉ!』

 

歓声。特に男共の声がうるさい。

まぁ、気持ちは分からなくないけどね。

 

『メグミィ! よくやったぁ!』

『ガイさん!』

 

ガッチリと抱擁する熱いカップル。

うお、うお。モニタに映っちゃっていますよ、御二人さん。

あれか。コミュニケを活用しての映像割り込み。

遠隔からの操作でこの演出とは・・・。

何だかんだいってノリが良いラピス嬢あたりがプロスさんを手伝っているのかな?

 

『はい。熱い抱擁でしたね』

 

ちなみに、僕は今現在、ブリッジでモニタを眺めています。

ブリッジクルーの殆どは結果発表の連絡と同時に会場へと駆け込んでいきました。

ブリッジに残っているのは俺、ミナトさん、セレス嬢、ルリ嬢、アキトさん、ゴートさんの六人。

・・・それだけで運営できるけどさ。それが許されちゃうのってまずいよねぇ。

そうか。これもナデシコクオリティという訳か。分かります。

 

「まぁ、分からなくないわよね。可愛かったもの」

「ナース服・・・ですか」

「あれ? ルリルリも着てみたいの? きっと似合うわよ」

「ち、違います!」

「もぅ、照れちゃって」

 

ルリ嬢のナース服―――。

 

「想像しちゃ駄目よ」

「はい。すいません」

 

すぐさま怒られました。

そうですね。ルリ嬢のナース服を見ていいのはアキトさんだけでしたね。

あれ? 違う?

 

「・・・私にも似合うでしょうか?」

 

セレス嬢!?

 

「ええ。もちろんよ。絶対可愛いから」

「・・・コウキさんは見てみたいですか?」

「え、え?」

「・・・私のナース服姿です」

 

そ、そんなにさ、首とか真っ赤にしながら聴かないでよ。セレス嬢。

 

「え、えぇ~と・・・」

 

見たいか見たくないか。

どちらかって言ったらちょっと可愛いもの見たさで見てみたい。

でも、それを熱望するのも・・・ちょっとな。

 

「・・・残念です」

 

ちょ、ちょっと待って。

頼むから、落ち込まないでくれ。

 

「み、見てみたいかな。ハハハ」

 

あぁ。言っちゃったよ。

 

「・・・分かりました。機会があったら御願いします」

「・・・お、御願いされます」

 

えぇっと・・・ミナトさんは今・・・。

 

「ふふっ」

 

えぇ!? 予想外!

何? その微笑ましいものを見ているかのような安らぎの笑顔は。

もっとこう、変な眼で見られると思ったのに。

 

「・・・コウキ」

 

・・・あ。アキトさんは変な眼で見るんですね。

まぁ、覚悟はしていましたけど。

 

『それでは、もう御一人を発表します。その抜群のプロポーションと心に響く歌声で魅力ある女性を演出し、私達を魅了してくれたハルカ・ミナトさんです』

『おおぉおぉおぉお』

 

うおっ!? 三位か。

一位でも二位でもおかしくないというのに、ちょっと残念かな。

 

「ま、こんなもんよね」

「俺はもっと上位だと思っていましたけどね」

「あら? 嬉しい事を言ってくれるじゃない」

「思った事を言っただけですよ」

 

微笑みあう俺とミナトさん。

別にガイみたいに抱擁なんかしないさ。

俺達はこれだけで分かり合えるからな。エッヘン。

 

『・・・何もありませんでしたな』

『ブーブー』

 

ふんっ。ブーイングなんかしてもなにもしま―――。

 

「チュッ」

 

・・・え?

 

『うぉぉぉ! 後で締める!』

 

・・・嘆きの叫びが聞こえてきた。

モニタ越しなのになんて迫力。

 

「・・・ミナトさん」

「期待に応えるのがエンターティナーでしょ?」

「別にエンターティナーじゃないでしょう? ミナトさんは」

「ま、いいじゃない。ノリよ、ノリ」

「はぁ・・・。まぁいいですけど」

「なによぉ? 不満なの?」

「いえ。ちょっと恥ずかしいかなって」

 

ほら。アキトさんを始めとしてブリッジにいるメンバー全員が見ている。

流石にさ・・・恥ずかしいよ。

 

『はい。見事な接吻を頂けましたね』

 

ニッコリ笑顔が憎いっす。プロスさん。

 

『それでは、次に参りましょう。第二位の発表です』

 

さて、二位は誰だろう? 美人揃い過ぎて分からん。

 

『その圧倒的なカリスマ性から会場の全てを巻き込み、忘れる事の出来ないステージを創り上げたミスマル・ユリカさんです』

『おぉおおぉおぉおぉ!』

 

お! 二位は艦長か。原作でもそうだったしな、うん。

しかし、二位じゃ艦長にはなれないんだよなぁ。

まぁ、結局、一位の人間は艦長の座を譲ると思うけどさ。

ユリカ嬢に。やっぱり艦長はユリカ嬢じゃないと。

 

『ガーン。一位じゃなかったよぉ』

 

モニタには泣き叫ぶユリカ嬢の姿。

 

『私、これで艦長じゃなくなっちゃうの?』

『そ、そんな事ないよ!』

 

おぉ! ジュン君、頑張れ!

ここで見事に慰めればグッと得点アップだぞ!

 

『そ、それに、ユリカ!』

『ほぇ?』

『いつだって、僕の中では君が一番星だよ!』

 

・・・言った。言ったよ! 遠回しの告白。

でもね、ジュン君、そろそろ学ぼうよ。

ユリカ嬢に遠回りは効果なしだよ。

 

『・・・ジュン君』

『・・・ユリカ』

 

良い雰囲気に見える。

でも、多分・・・。

 

『ジュン君一人の一番星じゃ駄目なのぉ~~~!』

『ユ、ユリカァ~~~』

 

撃沈。

ユリカ嬢には直接的な言葉じゃなっきゃ伝わらないよ。ジュン君。

こうやって身を削って君は強くなっていくんだね。

 

『はい。いつも通りでしたね』

 

辛辣だよ。ミスター。

 

『さて、皆様、大変お待たせしました』

 

残る優勝候補はルリ嬢、ラピス嬢、セレス嬢の妖精三人衆。

誰だ? 誰が優勝なんだ!?

 

『数多くの出場者の頂点に立ち、見事に一番星に輝いたのは―――』

 

・・・ゴクリッ。

 

『―――の前に特別賞の発表です』

 

ズゴッ!

 

プ、プロスさん。

流石過ぎる司会です。

 

「ア、アタタ」

「思わずズッコケてしまった。染まっているな、俺も」

「・・・アキトさん。今更です」

「かもしれん」

 

ノリが良いですよね。ナデシコのクルーって。

ま、気を取り直して・・・特別賞なんてものがあるのは知らなかったな。

 

『こちらの賞は影の優勝と言っても過言ではない特別な方法で決められました』

 

おぉ! 影の優勝。

大きく出たなぁ。

盛り上がってきたぞぉ。

 

『もしも後もう一人に投票出来たら。皆様はそう思いませんでしたか?』

 

うん。思った。思った。

 

『そんなご期待に応える為に、皆様には極秘でアンケートを取っていたのです!』

 

ダダンと効果音付きで手を突き出すプロスさん。

うん。演出が細かいね。

 

『な、なんだってぇ!』

 

はい。わざとらしいアクションありがとうございます。会長。

 

『私が極秘で調査員を編成し、皆様の会話や言動から候補者を調査し、最も話題に挙がった者を特別賞受賞と致しました』

 

なるほどね。要するに話題性みたいなものか。

どれ程、その人の事が話に出たのかっていう。

 

『特別賞受賞はトラの着ぐるみで可愛らしさを演出した可憐な桃色の妖精ラピス・ラズリさんです』

『・・・ニャ~・・・』

『う、うぉぉぉっぉぉぉ!』

 

あ、あれは、原作でルリ嬢が来ていた猫の着ぐるみ。

な、なんてサービス精神に溢れているんだ、ラピス嬢。

それを無表情で乗り切ってしまう貴方が怖い。

 

「なにテンション上げているのよ。コウキ君」

 

おっと、失礼しました。

 

「・・・私も着てみようかしら」

「・・・今度、私も着ます」

 

聞こえていますよ。御二人さん。

うん。知らない振りして楽しみにしてよっと。

 

『それでは、今度こそ、第一位の発表を行いたいと思います』

『うぉうぉぅうぉぉ!』

 

歓声。会場は最高潮。

この盛り上がりは異常ですね。

凄まじいです。はい。

 

『なんと! 第一位は同票で二名の方が受賞しました』

『おおおぉぉぉ!』

 

なるほど。そうきましたか。

だから、優勝候補二人が残っちゃった訳ね。

 

『我々も協議いたしましたが、止むを得ない、むしろ、デュエットもまた良しという結論に達し、このような形となりました』

 

まぁ、良いと思う。

別に優勝が二人いても。

有名なサッカー漫画で優勝チームが二つなんて事もあったし。

要は納得して満足しているか、だからな。

 

『それでは、発表いたします』

 

沈黙。

会場、艦内、その全ての音が止んだ。

 

『第一位は・・・』

 

ゴクリッ。

誰もが息を呑む。

 

『透き通るような声、美しい音色、抜群の可愛らしさで私達を魅了し、虜にしてくれました。誰よりも美しく輝く銀色の妖精セレス・タイトさん』

『おぉぉぉぉ!』

『そして! その感情溢れる愛の歌で私達の心を暖かく優しく包み込んでくれました。誠に勝手ながら名付けさせていただきます。妖精の中の妖精、妖精女王ホシノ・ルリさんです』

『おおぉぉぉっぉぉぉぉ!』

 

途端、大歓声が艦内、会場内を木霊した。

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

俺からしてみれば分かりきっていた結果発表。

 

「・・・え?」

 

でも、当人からしてみれば予想外だったみたい。

ルリ嬢は、まぁ、そこまで驚いてはいない。

一度経験積みだったからだろうな、多分。

でも、もう片方の最優秀賞受賞者は・・・しきりに首を傾げている。

そんなに予想外だったか? セレス嬢よ。

まぁ、客観と主観じゃ違うしね。

セレス嬢の性格的にも自分が優勝だとは思ってなかっただろうし。

 

「おめでとう。セレセレ。ルリルリ」

 

静寂な空気が流れていたブリッジ。

そんな空気を暖かな声が打ち破った。

 

「「「おめでとう」」」

 

ミナトさんに続くよう俺、アキトさん、ゴートさんの三人が二人に声を掛ける。

今でも眼を見開いて身動き一つしないセレス嬢の頭をゆっくりと撫でながら。

あ。もちろん、俺がね。

 

「えっと、ありがとうございます」

 

満更でもない様子のルリ嬢。

やっぱり一位は嬉しいもんさ。

魅力的だって証拠だもの。

 

「・・・・・・」

 

そろそろ反応しようか。セレス嬢。

 

「セレスちゃん」

「・・・あ。はい」

「おめでとう」

「・・・えっとぉ・・・」

 

眼をパチクリとさせながら見上げてくるセレス嬢。

そんな様子にクスッと笑いつつ、セレス嬢を抱き上げる。

 

「・・・あ」

「ルリちゃんと同時入賞だけど、第一位、おめでとう。セレスちゃん」

「・・・あ。はい!」

 

ようやく実感したのかな?

喜びを全面に押し出した満面の笑顔をこちらに向けてくれるセレス嬢。

おぉ! その笑顔が眩しいぜ。

流石は艦内で一番魅力的な女の子だ。

 

「ふふっ。さてっと、入賞者は会場に移動だってよ」

 

笑顔で喜びを分かち合う俺とセレス嬢。

そんな俺達を微笑ましそうに眺めていたミナトさんが颯爽と席を立つ。

言葉通り、会場へと移動しなければならないようだ。

 

「それじゃ、コウキ君」

「え? あ、はい」

 

えっと、この場面で何故俺に?

あ。セレス嬢も会場へ行かなくちゃいけないって事ね。

了解。了解。

 

「はい。セレスちゃん。頑張って」

 

グッと拳を握ってやる。

 

「・・・はい!」

 

満面の笑みで応えてくれるセレス嬢。

うん。頼もしい笑顔だ。

 

「違うわよ。コウキ君」

「え? 違う?」

 

セレス嬢と眼を合わせて思わず首を傾げてしまう俺。

うん。セレス嬢にはピッタリだが、俺は自重するべきだな。

とても似合う仕草には思えん。

 

「エスコートしてあげなくちゃ。貴方だけのアイドルを」

 

ニコッとウインクしてくるミナトさん。

ミナトさんの言葉の意図を理解し、視線をセレス嬢に戻すと・・・。

そこには、頬のみならず首筋まで赤く染めたセレス嬢の姿が。

あぁ。今更ながら恥ずかしいって奴ね。分かるよ。俺もちょっと恥ずかしい。

 

「今回はセレセレに花を持たせてあげるわ」

 

笑顔を浮かべつつ先にブリッジから出て行くミナトさん。

 

「えぇっと」

「・・・・・・」

「行こっか」

「・・・はい」

 

セレス嬢の手を繋いでブリッジから退室する俺。

なんでもいいけど、ミナトさん。

とてもじゃないけど、俺は花なんて柄じゃないですよ。

セレス嬢が喜ぶような花にはとてもなれません。

 

「・・・・・・」

 

どことなく嬉しそうに見えなくもないけど・・・。

 

 

 

 

 

「受賞者の皆様が揃ったようですな」

 

会場に集まった受賞者達。

その総数は六名。

二位と特別賞以外は複数受賞だけど、まぁ、仕方がないでしょ。

というより、妥当な判断だと僕は思います、はい。

 

「それでは、早速表彰式と参りましょう」

 

会場のステージの上に並ぶ六名。

その誰もが魅力的だ。うん。誰だってそう思っている筈。

まぁ、ミナトさんとセレス嬢には敵わないがな、と言ってみる。

 

「第三位メグミ・レイナードさん」

「はい!」

 

元気良く返事をして、ステージの真ん中へと歩いていくメグミさん。

その佇まいは場慣れしているなぁと実感させるプロの仕草だった。

流石は元声優。きっと多くのファンがいた事だろう。

 

「おめでとさん」

「ありがとうございます」

 

ウリバタケさんよりトロフィーを渡されご満悦の様子。

とても第三位がもらえるとは思えない程の豪華なトロフィーだった。

 

「それでは、何か一言御願いします」

 

マイクを渡されるメグミさん。

トロフィーを片手に、マイクを握り、その視線は・・・。

 

「ガイさん」

 

ダイコウジ・ガイ、改め、ヤマダ・ジロウに注がれていた。

 

「私達が侵略者だと思っていた木星蜥蜴が本当は木連という同じ人類だった」

 

その眼差しに込められた想いは何なのだろう。

 

「そんな事実を知った時、私は迷い、同時に、これが戦争なんだなって、そう実感しました」

 

ガイを真摯に見詰めるその視線。

 

「怖くて、戦争から逃げたくなって。でも、そんな私を支えてくれたのがガイさん。貴方でした」

 

その視線には無上の愛が込められていた。

 

「貴方のお陰で今の私がいる。そう私は胸を張って言い切れます。ありがとうございました」

 

一礼し、元の居場所へと帰っていくメグミさん。

 

「・・・・・・」

 

シーンと静まり返る会場。

一拍置いて、拍手音が会場中を包み込んだ。

 

「ありがとうございました。見事なスピーチでしたね」

 

はい。本当に。

ガイとメグミさんが相思相愛だって伝わってきた。

整備班の連中も文句が付けられないくらい、バッチリと。

妬みがガイに向かう事なく、むしろ、バシバシと笑顔で叩かれていた。

大事にしろよって。大切になって。幸せになれよって。

整備班の人達ってさ、なんだかんだ言って、男らしくてカッコイイ人達の集まりだと思う。

・・・これで俺を追いかけてこなくなったら更にそう思うんだけどね・・・。

 

「それでは、続いて、同じく第三位ハルカ・ミナトさん」

「は~い」

 

お次はミナトさん。

メグミさんのようなプロの仕草じゃないけど、どこか洗練された大人の魅力を感じる。

こんな色気は他の受賞者にはないだろうなぁ。

あ。タイプの違いだから。決して貶している訳ではないので。

 

「色っぽかったぜ」

「ふふっ。ありがと。ウリバタケさん」

「どこまでも魅力的な女だよ、お前さんは」

 

まったくもってその通りです。

その状況でその余裕、その笑みは最早反則でしょう。

 

「それでは、何か一言御願いします」

 

マイクを持ち、ステージの中央に堂々と立つミナトさん。

スポットライトが彼女一人に集まり、まるで舞台女優のようだった。

 

「・・・・・・」

 

無言であたりを見渡すミナトさん。

誰もが何を話すのだろうかと固唾を呑んで見守っている。

そんな中、ミナトさんは・・・。

 

「ただ一言だけ」

 

・・・ゆっくりと口を開き、言葉を紡ぐ。

 

「皆が幸せになれますように。この戦争を終えた後に皆が笑顔でいられますように。私はただそれだけを祈り、願っています」

 

一礼するミナトさん。

その言葉に込められたミナトさんの想いは深過ぎて俺には分からなかった。

でも、その優しさや暖かさが身を包み込んでくれたかのような、そんな気がした。

 

「ありがとうございました」

 

ミナトさんが去ったと同時に大喝采。

誰もがミナトさんの言葉に聞き入り、優しさに触れていたと思う。

なかには涙を浮かべる人までいる始末。本当に凄い人だなって思った。

 

「たった一言にここまで想いを込められるものなのでしょうか? 愛に包まれたお言葉でした」

 

万感の想いを込めて告げるプロスさん。

その気持ち、僕も分かります。

 

「それでは、続きまして第二位ミスマル・ユリカさん」

「はい!」

 

ビシュッと手を挙げるユリカ嬢。

相変わらず元気だなって思う。

その明るさとカリスマ性が彼女の艦長たる所以なんだろうな。

 

「惜しくも二位だったが、良かったぜ。艦長」

「ありがとうございます。ウリバタケさん」

 

第二位を示すトロフィーを受け取るユリカ嬢。

最早その豪華さは第一位と言っても過言ではない。

いや。金使っているね。ネルガル。

 

「それでは、艦長、何か一言御願いします」

「はい」

 

渡されたマイクをしっかりと握って、ステージの中央に立つユリカ嬢。

 

「艦長として、私はここまでやってきました」

 

ゆっくりと一文字一文字を丁寧に話していく。

 

「突然の火星行き、火星からの脱出、木連の真実。私達は多くの事を経験してここに立っています」

 

その真剣な眼差し。そこにはいつものぱやぱやしたユリカ嬢の姿はない。

艦長として、人を導き、引っ張っていく。そんな上に立つ人間独特のオーラを感じられた。

 

「迷った事もあったでしょう。苦しかった事もあったでしょう。それらを乗り越えて、皆さんはここにいます」

 

力強い眼差し。その瞳が観衆の心を掴んだ。

 

「皆さんは私にとって家族です。ナデシコは私にとって家です。大切な人達と大切な場所。それがナデシコです」

 

ナデシコ。俺の、俺達の船。

 

「これから私達には多くの困難が立ち塞がる事でしょう」

 

常に最前線に立たされてきたナデシコ。

最早この戦争の中心と言っても過言ではない。

いや。事実、大きな意味を持つ。

唯一、木連に対して面と向かって接触したのだから。

 

「ですが、皆さんが私に、私達に力を貸してくれれば乗り越えられると、そう思っています」

 

艦長として、一人の人間として、和平の為に尽力したユリカ嬢の姿を俺は知っている。

いつもお気楽そうに見えても、その頭の片隅では常にナデシコの事を考えているのだと俺は思う。

なんだかんだいって頼り甲斐があるミスマル・ユリカ艦長。

ナデシコクルーは誰だって、彼女を信頼し、付いていこうと考えている。

その果ての和平を目指して。

 

「もしかしたら、私は艦長じゃなくなってしまうかもしれません」

 

優勝景品は艦長の座。そう決まっている。

でも、誰だってあの席に座るべき人が誰かなんて事は言われるまでもなく理解している。

 

「でも、私はこの私達にとって大切な場所であるナデシコの為に尽力しようと思っています」

 

貴方だけじゃない。誰もがそう思っていますよ。艦長。

俺達皆で“ナデシコ”なんだから。

 

「だから、どうか皆さんも力を貸してください。まるで闇の中を歩くようだけど、必ずその先には光があるから」

 

一礼。

ユリカ嬢の想いは全てのナデシコクルーに伝わった筈だ。

改めて、俺はこの人に付いていこうと、そう思った。

 

「ありがとうございました」

 

プロスさん。貴方がスカウトしてきた艦長は最高の艦長ですよ。

誇りに思って下さい。貴方の眼は確かだ。

 

「私には推し量る事の出来ない彼女らしい想いの詰まったスピーチでした」

 

艦長は貴方こそが相応しい。ミスマル・ユリカ。

 

「続きまして、第一位に入る前に特別賞の授与を行いたいと思います。特別賞ラピス・ラズリさん」

「・・・・・・」

 

無言で歩くラピス嬢。

・・・着替えてこなかったんだね。

猫の姿のままだなんて。あまりにもシュールだ。

 

「お、おめでとさん」

「・・・ニャー・・・」

「グハッ」

 

ウリバタケさん。吐血。

いや。破壊力抜群ですよ。ラピス嬢。

 

「そ、それでは、何か一言御願いします」

 

プ、プロスさんまで!

ラ、ラピス嬢。な、なんて恐ろしい子なんだ。

 

「ニャニャ・・・ニャニャニャ~」

 

・・・一礼。

ラピス嬢が去ると同時に・・・。

 

「「「「「グハッ!」」」」」

 

男共の吐血。いや。分かるぞ。

その気持ちは痛い程に分かる。

あの破壊力の前では全てが無力だ。

 

「「「「・・・・・・」」」」

 

女性の方々も恍惚とした表情で見守っているし。

一瞬にして会場はカオスだな。

艦長の余韻もあったもんじゃない。

 

「あ、ありがとうございました。か、可愛らしいコメントでしたね」

 

額をハンカチで拭いつつの司会進行。

今回はマジで汗を掻いていた模様です。

 

「そ、それでは、コホン、遂に第一位の表彰です。同時優勝セレス・タイトさん、ホシノ・ルリさん」

「はい」

「・・・はい」

 

優勝という事で差を付けたくなかったのだろう。

同時にステージの中央に移動する二人。

 

「おめでとさん。可愛かったぞ」

「・・・ありがとうございます」

 

受け取るセレス嬢。

 

「おめでとさん。想いが伝わる良い歌だった」

「ありがとうございます」

 

受け取るルリ嬢。

うん。冷静に考えてみようか。

・・・でか過ぎだよね。トロフィーが身長と同じくらいってどうよ。

ルリ嬢もそうだけど、セレス嬢とか頑張って持っている感が漂っていて落ち着かない。

こら! 誰か持ってやれっての! 重たそうにしているだろうが!

 

「ひとまず床において頂いてもよろしいですよ」

 

一生懸命持ち上げていたトロフィーを床に置いてようやく一息。

うん。こっちもようやく落ち着いたよ。

 

「それでは、お先にセレス・タイトさん。一言御願いします」

 

プロスさんからマイクを受け取り、ギュッと握りこむ。

恥ずかしそうに俯くその姿からは庇護欲を湧かせる。

う~ん。将来が怖いぜ。名付けるなら天然系子悪魔か?

男共が骨抜きにされるのが今からでも想像できる。

 

「・・・私はずっとずっと暗い所にいました」

 

その小さな口からゆっくりと紡がれる言葉。

 

「・・・苦しくて、寂しくて、辛くて。私がいた所はそんな場所です」

 

非合法で、非公式な研究所。

それが彼女の生まれてからナデシコに来るまでの居場所だった。

 

「・・・毎日が実験の日々でした。毎日窮屈なカプセルで寝させられていました」

 

IFS強化体質、所謂マシンチャイルド。

それが彼女、セレス・タイトの抗えない事実。

彼女は罪深き科学者によって生み出された実験体なのだ。

 

「・・・死にたい。普通ならそう思うのでしょう。でも、私にはそう思う感情もなかった。私は・・・人形でした」

 

ただ実験し、成果を記録されるだけ。

それに対して、何の感情も浮かべずに流されるままだった。

当たり前だ。生まれて感情を育む時間さえ与えられなかったのだから。

 

「・・・でも、そんな私にも大きな転機が訪れました」

 

人形として生きてきたセレス嬢。

そんな彼女が変われた瞬間。

間違いなく・・・ナデシコだろう。

 

「・・・突然、光明が差し込んだんです。こんなにも暖かくて優しい場所が私を迎え入れてくれました」

 

ニコリと笑うセレス嬢。

その笑顔は初めて会った時とはまるで別人の心からの笑顔だった。

ナデシコが彼女を変えたんだ。こんなにも魅力的な女の子に。

もう人形なんて言わせない。セレス嬢。君は紛れもなく人間だよ。

 

「・・・たとえマシンチャイルドであろうと受け入れてくれる人がいるんだって、そう教えてくれました」

 

これから先、きっとマシンチャイルドである事を受け入れてくれない人もいると思う。

でも、少なくとも、ナデシコクルーは皆、君の味方だから。

たとえ、IFS強化体質であろうと、木連人であろうと、素直な気持ちで受け止めてくれる。

そんな優しい人達が君の後ろで君を支えているんだ。

だから、安心して踏み出そう。ナデシコだけじゃない。もっと大きな世界に。

 

「・・・マシンチャイルドである事。皆さんのお陰で私はその事に誇りを持てるようになりました」

「・・・・・・」

「・・・私は・・・私は今、とっても、とっても幸せです。私は・・・ナデシコが大好きです」

 

ペコリと一礼。

途端、大歓声が会場を揺るがした。

 

「・・・強くなったな。セレスちゃん」

 

マシンチャイルドである事。

それが彼女にとっては負い目だった。

自分はマシンチャイルドだからって。

そうやっていつも自分を蔑んで。

でも、こうやって一人の人間として、しっかりと自分を持てるようになった。

何だろう。自分の事のように嬉しい。

勝手に頬が緩んでしまう。

 

「心に響くコメントでした」

 

うん。本当に。

セレス嬢の想いが伝わってきた。

セレス嬢と同じ時間を過ごせていた事が俺にとっても誇りに思える。

少しでも、俺が彼女の力になれたんだって。

そう思うだけで幸せだ。

 

「それでは、最後になります。ルリさん。御願いします」

「はい」

 

多くの心に響くコメント。

その最後にルリ嬢が現れる。

彼女は何を語るのだろうか。

誰もが静かに、固唾を呑んで見守る。

 

「まず始めに、私は謝らなければなりません」

 

突然の謝罪にあたりがざわめき立つ。

どうしたんだろう? ルリ嬢。

 

「艦長コンテストという舞台で、私はただ一人の為だけに歌を唄いました」

 

静かに、ゆっくりとした口調で話すルリ嬢。

ざわめいていた会場が静まり返る。

 

「私の想いは伝わってくれましたか? ・・・アキトさん」

「ッ!?」

 

ルリ嬢の口から紡がれたアキトという言葉。

アキトさんが肩を震わす。

 

「貴方の傍にいたい。私の願いはただそれだけです」

 

真摯にアキトさんを見詰めるルリ嬢。

アキトさんもまたルリ嬢を見詰め返していた。

 

「貴方はいつも無茶をして、たった一人で全てを背負おうとします」

「・・・・・・」

「私はそんな貴方の姿が苦しかった。私じゃ何も出来ないのかって、いつも嘆いていました」

 

まるで会場にはルリ嬢とアキトさんしかいないかのような。

そんな錯覚に襲われる。

 

「いつか遠くへ行ってしまうんじゃないかって。いつも不安で・・・」

 

二人だけの世界。

でも、それこそが正しい。

今の二人にとって、俺達は何の意味も持たない。

だけど、そうでなければ意味がない。

二人だけで、答えを見つけて欲しい。

意味を持たない俺は、俺達はただそれだけを祈ろう。

事情が分からない人間だって中にはいると思う。

でも、きっと、誰もが二人の事を想って見守っている。

 

「ずっと貴方の傍にいて、ずっと貴方を支えていきたい」

「・・・・・・」

「私の我が侭なのかもしれません。アキトさんにとっては迷惑なのかもしれません」

「・・・・・・」

「でも、こんなにもただ一人を想った事なんて今までに一度もありません。・・・アキトさん」

「・・・ルリちゃん」

「私は貴方を愛しています。貴方の隣に・・・私の居場所はありますか?」

 

涙を浮かべたルリ嬢の告白。

どこまでも深い愛がルリ嬢からアキトさんに注がれた。

人を愛する美しさを感じさせてくれる。

そんなただ一心に相手を想う告白だった。

 

「俺はいつまでも変わらず無茶をし続けると思う」

「・・・・・・」

「無茶してでも結果を残す。それが俺の贖罪だと、今までずっと考えていた」

「・・・・・・」

「でもね、ルリちゃん、辛いんだ」

「アキト・・・さん?」

「何をしても報われず、どれだけ経っても悪夢が襲う。碌に眠れる日なんてあれから一度もない」

 

まるで生きる事に疲れたかのような。

そんな重みのある言葉がアキトさんの口から紡がれた。

 

「でもね、ルリちゃんが傍にいてくれる。そう思うだけで生きようって思えるんだ」

 

今のアキトさんでは考えられない昔のアキトさんの口調。

きっと今、二人は昔の二人に戻っているんだ。

罪を償おうと生き急ぐアキトさんではない。

昔の優しいコックだったアキトさんに。

 

「ルリちゃんが支えてくれる。そう思うだけで頑張ろうって思えるんだ」

「・・・アキトさん」

「こんなにも情けなくて頼り甲斐のない俺だけど、いつまでも無茶し続けて、心配させ続ける俺だけど・・・」

「・・・・・・」

「ルリちゃん、君はずっと俺の傍にいてくれるかい?」

「・・・ッ! はい・・・はい!」

 

零れ出る涙。

それはきっと心から溢れた喜びの雫。

ようやくルリ嬢の想いがアキトさんに伝わったんだ。

 

「アキトさん!」

 

ステージから飛び降りて、一直線にアキトさんのもとへと向かうルリ嬢。

周囲で二人を見守っていたクルーは暖かい笑顔で道を作る。

 

「アキトさん!」

 

ダッとアキトさんへと飛び付くルリ嬢。

アキトさんもまたしっかりとルリ嬢を支え、抱き締めた。

 

「いつまでも傍にいて欲しい。ルリちゃん」

「はい。いつまでも貴方の傍に」

 

溢れんばかりの拍手の中、二人はこうして結ばれた。

ルリ嬢が抱えていた長く深い想い。

その想いが叶った瞬間を俺は見届ける事が出来たんだ。

おめでとう。ルリ嬢。アキトさん。お幸せに。

 

 

 

 

 



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奪われた人格

 

 

 

 

 

・・・え~と、うん。

・・・どうしてこうなった?

 

「木連の馬鹿野郎~~~!」

 

えっと、アキトさん。熱血ですね。

 

「ふふっ。分かっているんだよ。僕じゃ会長なんて務まらないって事はね・・・」

 

・・・あの会長が。

なんて弱気・・・。

 

「わ、私だって・・・私にだって、女の子らしい所ぐらいあるわよ・・・」

 

ス、スバル嬢。だ、大丈夫ですよ。はい。

 

「うぅ・・・。俺なんかがヒーローになれるのか・・・?」

 

いつもの強気はどうしたんだ!? ガイ!

 

「大好きですぅぅぅ。アキトさぁぁぁん」

 

ル、ルリ嬢~~~。一体、君に何があった?

 

「ルリ~~~。うるさいよぉ。あ、アキトォ。アキトだぁ」

 

な、なんて天真爛漫。艦長みたいだぞ、ラピス嬢。

 

「・・・コウキさんは私のものです」

 

コ、コメントに困るぞ。セレス嬢。

 

「作戦実行中は静かにしなさい。お気楽でやっていける程、世の中は甘くありません」

 

ク、クールだ。艦長が、ユリカ嬢が、なんかちゃんとした艦長っぽい。

 

「・・・・・・クマさん・・・うふっ・・・可愛いなぁ」

 

幼き記憶、アイちゃんが表に出てきたんですね。イネス女史。

 

「嫌ね。皆して私の身体ばかり見て。見たいなら見せてあげるのに」

 

イ、イズミさん。遠慮しておきます。

 

「え、えっと・・・み、皆ぁ・・・待ってよぉ」

 

ど、どうした? ヒカル。迷子みたいに涙目で右往左往して。

なんか庇護欲が湧いてきたぞ。

 

「ハーッハッハ。皆! 僕に、いや、俺に付いて来い! ハッハッハ!」

 

分かりますよ。ジュン君。暴れたかったんですよね? 溜まっていたんですよね?

 

「はぁ・・・。もうやってられないわ。何なのよ、まったく」

 

イ、イツキさんがグレたぁぁぁ~~~!

 

「お前達、慌てる必要はない。迅速、かつ、冷静に作戦を遂行しろ」

 

キ、キノコがダンディーだ。これが素? いや。違うよな。

 

「・・・なんてカオス」

 

この状況を説明する為には時間を遡らないといけませんね、はい。

 

 

 

 

 

「今日、私達は月奪還の最終攻略作戦に参加する事になっているわ」

 

艦長コンテストの結果発表から数日が経った。

衝撃的なルリ嬢の告白は一部を除き皆が受け入れ、祝福されている。

一部っていうのは、ほら、あれ、整備班とかとか。

それ以外は特に異常? というか、何事もなく進んだ。

正直な話、ユリカ嬢あたりがもう少し何かしらの行動を取るだろうなぁとか。

そんな事を考えていたんだけど・・・。

 

「私達は作戦時間までに作戦ポイントに移動し、その後、ナデシコに新しく搭載された相転移砲で敵艦隊を殲滅します」

 

・・・意外にもルリ嬢の告白イベントに対しては無反応だったりするんだ。

うん、一応は、結果発表の後、一日、二日は閉じ篭っちゃったんだけどさ。

出て来てからはいつも通りなんだよね。

俺の眼が間違ってなければ、態度とかも普段と変わらないし。

あれかな? ようやくジュン君の想いに気付いたとか?

というか、ようやくジュン君が男を見せたとか?

う~ん。どうなんだろう? そういう話も周りから聞かないし。

でも、直接ユリカ嬢に訊くのもどうかと思うしまぁ。

分からん。何がどうなってこうなったんだろうか。

まぁ、恋愛は当事者同士に任せて、俺は傍観するべきなんだろうけど。

余計なお節介だろうしさ・・・物凄く気になるが。

あ。ちなみに、艦長コンテストの結果、ユリカ嬢は艦長じゃなくなった。

・・・なんて事もなく、優勝トロフィーは頂いたものの両者とも艦長の座は辞退。

結局、第二位であるユリカ嬢が艦長の座を防衛した、という結末となった。

やっぱり、ナデシコの艦長は誰が相応しいかとか皆が理解していた訳だ。

うん。しっくりくるよ、ユリカ嬢が艦長の方が。

あ。でも、特別賞のラピス嬢との間で揉めたとかなんとかってのも聞いた。

ラピス嬢が艦長の座を狙っていたとかなんとかって。

まぁ、所詮は噂だと思う。多分、うん、きっと。

 

「月奪還最終作戦において、私達ナデシコは作戦の核を担っています」

 

おっと、話が逸れ過ぎたな。

これから作戦行動に移さないといけないっていうのに。

えっと、作戦内容はこうだ。

まず、地球連合軍の艦隊が木連の艦隊と交戦。

その後、うまい具合に敵を引き付けつつ、機を見て離脱。

纏まった状態で停止している敵艦隊を側面から大量撃破。

簡単に言うとまぁ、こんな感じだ。

それを達成する為には、うまく月で隠れつつ作戦ポイントに到達しなければならない。

ま、実際、移動にはあまり梃子摺らないと思われる。

原作でも、移動に関しては支障なかったし。

だが、しかし、他の所で問題があったんだよな、これが。

それはYユニットの制御を乗っ取られるというびっくり仰天の事態。

元々、四番艦であるシャクヤクに取り付けられる予定だったYユニットだ。

いくら規格が同じだからって、一番艦のナデシコに取り付けるのは無謀だった。

その隙、というか、穴を突かれて敵機の侵入を許し、ハッキングを受けてしまう。

まぁ、それはYユニットに搭載されたサルタヒコというAIの整備不良っていうのも原因の一つであったりする。

今回は取り付けの際にきちんとハッキング対策をしたから大丈夫さ!

 

「皆さんの力を遺憾なく発揮して、作戦を成功させましょう!」

「「「「「おおぉぉぉぉ!」」」」」

 

・・・でも、皆、忘れてないか?

敵艦隊の殲滅。それと同時に失われる莫大な量の命を。

人を殺すんだって・・・。

少なくとも俺はそれをきちんと受け止めようと思う。

 

 

 

 

 

・・・なんて余裕ぶっこいている時が僕にもありました。

うん、まさかね、同じようにハッキングされるとは思わなかった。

このハッキングは制御が不可能になるっていうのともう一つ問題がある。

それはIFSなどナノマシンを持つ者の意識が争奪されてしまうという事。

まぁ、簡単に言えば、日頃の人格を奪われ、隠された人格が表に出るって事さ。

別に二重人格って訳じゃないと思う。

でも、ほら、抑圧されたストレスとかが爆発して犯罪を起こしてしまったみたいな。

そんな感じで人には深層心理世界に幾つもの意識を持つんじゃないかなと。

そして、それが、そいつらが主人格を奪った事で表に出てくるって感じ。

具体的に言えば・・・。

 

「アキトさん。アキトさん。アキトさん。アキトさん。テヘッ」

 

頬を緩めながらオペレーター席で含み笑いをするルリ嬢とか。

 

「ん~~~。気持ち良いです。ずっとこうしていてもいいですか?」

「え。あ。うん。いいよ」

 

思う存分って感じで抱き付いてきて饒舌に話すセレス嬢とか。

日頃の二人じゃ絶対にしないであろう事をしてしまっている。

俺の記憶によればコミュニケを通して意識が奪われてしまうんだよな。

今回、対策万全だし、別にコミュニケを外さなくても大丈夫だろう。

とか、甘い事を考えて、普通にコミュニケを付けていた自分を罵りたくなる。

いや。別に俺自身は何故か大丈夫なんだよ、何故か。

でも、こうなるかもと分かっていて、この事態を招いてしまったっていうのが悔やまれる。

そして、こうなってしまって何よりもまずいのが、アキトさん達の記憶が流出する事だ。

今回、意識を奪われると同時に記憶も奪われてしまう。

まぁ、最終的には戻ってくるんだけどさ。

でも、たくさんの意識を奪っておいて、それが独立している訳がない。

敵のハッキングにより、彼らは意識が混在してしまうんだ。

いや、別に意識が混ざり合って新しい人格が生まれるとか、そういう訳じゃない。

ただ、意識の混在化により、記憶が流出、統合という形で過去を知られてしまう。

別に原作のように、まずい記憶なければ、うん、困るけど、問題はない。

でも、今回のように未来の記憶を持つアキトさん達がいるのは非常にまずい。

アキトさん達が経験した事。それを実体験のような形で垣間見る事になる。

更には、俺達が隠してきたボソンジャンプの事や計画の事がバレてしまうかもしれない。

いや、別にヒカルやスバル嬢、ガイなんかの普通のパイロットは構わないんだ。

きっと、何か奢ってね、とかは言うだろうけど、黙っていてくれると思うから。

でも、あの極楽トンボ達、ネルガル勢に知られるのはマジでまずい。

会長という強い権力を持つ彼が計画とかの事を知ったら・・・。

うん、計画の建て直しが必要になる。ボソンジャンプの事も。

・・・はぁ。まさかな~~~。

でも、どうしてこんな事になったんだろう?

確かに俺もルリ嬢もしっかりと準備・点検して万全にしといた筈なのに。

 

「・・・コウキ君。これが話に聞いていた・・・」

「はい。裏人格って奴ですね。人間って面白いです」

「・・・現実逃避はやめなさい」

「・・・はい」

 

突如、性格というか、キャラが変わってしまった彼らに困惑する一同。

ユリカ嬢の変化とかマジで恐ろしい。

いつもあれだと思うと・・・。

うん、言葉に表せないね。

 

「でも、どうしてコウキ君だけ平気なのかしら?」

「俺にもそれが分からないんです。どうし・・・」

 

ん? なんだ?

 

「どうかしたの? コウキ君。ま、まさか、今から変わっちゃうとか!?」

 

そ、それはないと思いますよ。

そして、何故赤くなっているんですか?

どういう人格を貴方は想像しているんでしょうか? ミナトさん。

 

「いえ。あれ? おかしいなぁ・・・」

 

幻覚が見えた。

なんというか、右目と左目で違うものを見ているかのような。

 

「あれは・・・」

 

麻雀の牌?

 

『ポン』

『チー』

『ロン』

『・・・次はどうやら私の記憶のようね』

 

あれ? 今度は幻聴まで・・・。

でも、これって、確か・・・。

 

「・・・コウキ君?」

 

怪訝な表情で見詰めてくるミナトさん。

 

「・・・どうやら、俺も一応は意識を奪われているみたいですね」

「え? それってどういう意味?」

「ミナトさん。俺は今、どこにいますか?」

「え? ブリッジでしょう。なんでそんな当たり前の事を訊くの?」

 

ミナトさんが言ったように俺が現在いる所はブリッジのいつもの席。

そして、パイロットとジュン君は制御を取り戻す為にYユニットの制御室まで自転車で移動中。

・・・何故自転車かは置いといて、だ。

その他、俺達ブリッジクルーはブリッジで待機しつつ作戦ポイントにナデシコを移動させているって状況。

もちろん、彼らの豹変はブリッジをも困惑させたさ。

メグミさんとか、秘書さんとか、プロスさんとか特に。

あ、でも、プロスさんはなんか感動の涙を流している。

ようやく艦長としての自覚が・・・とかなんとか。

プロスさん。今日だけですから。南無三。

 

「もちろん、見えるものも聞こえるものもブリッジの筈です」

「え、ええ。それはそうよね」

 

そう、それが当たり前なんだ。

右足をだして左足をだせば歩くかのように当たり前の事。

 

「でも、何故かブリッジの事と同時にパイロット組の会話とかも聞こえるんです」

「それって、以前話していた記憶麻雀とかいう奴の事?」

「ええ」

 

何故かは知らないけど、彼らは記憶を垣間見る際に麻雀を利用している。

それぞれの牌に意識を奪われた者達の顔が書いてあって、ロンやツモを出した時、揃った模様の人間の記憶が見られるって感じだったかな、確か。

 

「俺にもよく分かりませんが、俺はどちらの空間?にも存在している状態にあります」

「それで二つの光景や会話が感じられるって訳か。不思議な状況ね」

「ええ。まったくもって」

 

本当に不思議だ。

 

「あれかしら? まがりなりにも意識を奪われた経験で耐久力が付いたとか」

「・・・嫌な成長方法ですね」

 

あのトラウマの事は今でも忘れた訳ではない。

忘れず、きちんと心の中にしまってある。

二度とあんな事をしでかさない為に。

 

「人間万事塞翁が馬。何が事態を好転させるか分からないわね」

「まぁ、確かにそうですね」

 

そう思えば、無駄な経験ではなかったとも・・・。

いや。反省はちゃんとしないと。言い訳にしちゃ駄目だ。

 

「コウキさん。抱き締めてください」

「え~っと?」

 

突然の宣言。

どうすればいいんだろう?

 

「抱き締めてあげなさいよ。御願いされているんだし」

「でも、この時の事ってあんまり覚えてないらしいですよ、あくまで別意識がしている事ですから」

「それならそれでいいじゃない。きっといつもそうやってして欲しいって思っているのよ」

「・・・駄目ですか?」

 

う~ん。はい。参りました。

 

「うん。分かったよ。はい」

「気持ち良いですぅ」

 

・・・まるで子猫のようだ。

隣でミナトさんは悶えているし。

 

「とにかく、俺は一度あちらの方に参加してこようと思います」

「そんな事が出来るの?」

「多分ですけどね。どちらにも意識があるなら俺の意識の傾け方次第で・・・」

 

突然、意識を失う時のような感じとは違う。

まるで夢の中に入るかのような感覚で、俺はブリッジから意識を手放した。

 

 

 

 

 

「そういえば、さっきからコウキは何の反応も示さないな」

「どうかしたのでしょうか?」

 

ん~。成功・・・かな?

 

「う~ん。ちょっと頭が痛いな」

「お。やっとコウキが反応したな」

「ん? おぉ。ガイか」

 

総勢十五名の麻雀大会。

うん。常識じゃ考えられない状況だな。

あれかな? ルールとか無視なのかな?

 

「さっきまで黙っていたが、何をしていたんだ?」

 

対面に座るアキトさんから話しかけられる。

ちなみに、左隣にセレス嬢、右隣にガイだ。

 

「面白い事にですね、俺は現実世界にも意識があるんです」

「ん? どういう事だ?」

 

円卓に座る皆から視線を向けられる。

 

「えっと、皆さんは今、現実世界っていうか、実際の状況がどうなっているか分かっています?」

 

その問いかけにイネス女史が手をあげて答える。

 

「普段抑圧されている人格が表に出ている。それが私の見解よ」

 

流石はイネス女史。

普通そんな事は分かりませんよね。

 

「ええ。その通りです」

「やはりそうなのね。でも、なんで貴方がそう断言できるのかしら? 貴方も囚われているのではなくて?」

 

流石に鋭いな、イネス女史。

 

「ええ。それについてもきちんと説明します」

「説明?」

 

グワッと目を開くイネス女史。

説明お姉さんは健在って感じだな。

 

「今いるここを皆の意識が混在している空間という事で混在世界、そして、実際に俺達がいる空間、これを現実世界と呼びましょう。皆さんは現実世界の事を認識できていますか?」

「いいえ。別の人格、意識っていってもいいわね、だもの。分かる訳ないわ」

「はい。それが普通ですよね。ですが、俺には認識できるんです」

「あぁもう! さっきから何を言っているか分かんねぇんだよ! もっとわかりやすく言え!」

 

うおっ! スバル嬢が暴走した。

 

「・・・なるほど。そういう事」

 

不敵に笑うイネス女史。

あぁ。完全に理解した顔だな、あれは。

 

「要するに、私達の恥ずかしい一面を彼は知っているって事よ」

 

・・・なんでそうやって人聞きの悪い言い方をするかな?

ニヤニヤと・・・狙ってやっているよ、この人。

 

「な、なんだと!?」

 

妙に驚くスバル嬢。

・・・まぁ、隠れた欲求を知られるようなものなのかもしれん。

そりゃあ嫌だ。

 

「ねぇねぇ、コウキ、私ってどんな感じだった?」

 

楽しそうに訊いてくるけどさ・・・。

 

「結構、予想と違うと思うぞ。多分、聞いたら後悔する」

「マ、マジ?」

「うん。マジ」

 

まぁ、ヒカルはそんなでもないけど・・・。

 

「な、何よ? 私がなんだっていうの?」

 

キノコさんの変化は今でも信じられない。

 

「ヒカル。提督がクールを地でいくダンディーな人だったらどう思う?」

「んげ。似合わないと思う」

「うん。そんな感じ。それぐらい、皆違うから」

「・・・やっぱやめとくよ」

 

顔を引き攣らせながら下がっていくヒカルだったとさ、チャンチャン。

 

「ちょ、ちょっと、勝手に私を例にしないでよ!」

「提督。昔の貴方はもしやあんな感じだったの―――」

「キィーーー。だ、黙りなさい!」

 

・・・ムキになったって事はそうなのかも・・・。

うん、やっぱり、信じられない。

 

「・・・・・・怖くて訊けない」

 

はい。訊かなくて正解だと思います。イツキさん。

貴方も結構ストレスが溜まっていたんですね。

まさか、グレるとは思いませんでした。

 

「コウキさん」

「何? ルリちゃん」

「私達はサルタヒコに対して万全の対策をした筈です」

「うん。そうなんだよね」

 

だから、余計に不思議。

 

「それなのに、一体何故このような事態を招いてしまったのでしょうか?」

 

眉を顰めながら問いかけてくるルリ嬢。

確かに、俺も気になっている。

 

「分かった。ちょっと調べてみるね」

「はい。御願いします」

 

まずは現実世界に戻って、オモイカネに訊いてみるか。

 

「戻れるのか?」

「ええ。意識を完全に奪われていない状況ですからね」

「なるほど。経験、もしくは、ナノマシンの性能差か」

 

あぁ。そういう考え方もあるのか。

俺の体内ナノマシンってやばい高性能らしいしな。

たかがこの程度のハッキングじゃ攻略されないって事か?

まぁ、現状じゃ分かりっこないんだけど。

 

「それじゃあ、俺は行きます」

「ああ。頼むな」

「御願いします」

「あ。マエヤマさん。お土産よろしく御願いし―――」

「「「「「艦長!」」」」」

「シクシク。頑張ってきてくださぁい」

 

ははっ。やっぱり艦長はこうでないと。

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

・・・戻ってきたか。

 

「おかえりなさい」

「ただいまです。よく分かりましたね」

「ま、それぐらいは当然よ」

 

ウインクを飛ばしてくるミナトさん。

自分の事を分かってもらえているんだなってなんかちょっと照れくさかった。

 

「それよりも、どうしたの?」

「ええ。ハッキング対策は万全だった筈。それなのに何故ハッキングされてしまったのか。それを調べる為に一度戻ってきました」

「そっか。オモイカネにでも訊いてみるの?」

「ええ。多分、それが一番の近道かと」

 

えーっと、オモイカネにコンタクトを―――。

 

「マエヤマさん! 作戦行動中に何をしているんですか!?」

 

うおっ! か、艦長?

 

「作戦中に勝手な行動は困ります」

「せめてそれらしい理由を説明しろ」

 

な、なんて息の合った指揮官コンビ。

この状態のユリカ嬢と提督が組んだらもしや最強か?

 

「ハッ!」

 

こういう時に軍人だった時の経験は役に立つ。

割と様になっている筈だ、俺の敬礼。

 

「現在、御存知の通り、敵より我が艦はハッキングを受けております」

「うむ。続けよ」

「ハッ! しかしながら、以前、私達はハッキングを危惧し、万全の対策を取っておりました」

「なるほど。対策を取っておきながら、それを突破されてしまった。その原因が知りたいと」

「ハッ。その通りであります」

 

な、なんかミスマル提督ぐらい緊張する。

こ、これが本来のキノコパワーか?

 

「あの・・・ミナトさん」

「何? メグミちゃん」

「皆、一体どうしちゃったんですか?」

「えっとね、うん、色々とあったのよ」

「で、でも、ガイさんがガイさんらしくないんです」

「えーっとね、それは・・・」

 

とりあえず、周りへの説明は、ミナトさん、お任せします。

 

「艦長。如何する?」

「確かに早急に原因を見つけ出す必要がありますね。許可しましょう」

「だ、そうだ。マエヤマ。早急に原因を探り当て、報告しろ」

「ハッ! 了解しました」

 

敬礼し、席に戻る。

あ。ちなみに、怒られるのを覚悟でセレス嬢は抱っこしたままでした。

待っていてって言っても多分離れてくれないと思ったので、止むを得なく。

でも、何故かスルーされ、うん、激しくラッキー。

 

「どうにか許可を頂けました」

「ふふっ。お疲れ様。でも、今の感じが本当の軍艦なのね」

「まぁ、気にしちゃ駄目ですよ。ナデシコですから」

「そうね。ナデシコだものね」

 

なんでもナデシコだからで納得ができてしまう。

それが不思議なナデシコクオリティ。

 

「オモイカネ。ちょっといいかい?」

 

手元のコンソールに触れ、オモイカネにコンタクトを取る。

 

『何?』『何でしょう?』『教えたくない』

 

何故か既に反抗期の奴もいる。

 

「どうしてハッキングされちゃったの? 対策してあったよね?」

『知らない』『僕は悪くない』『あいつが悪いんだ』

 

でも、何故か反抗期の奴が一番素直に状況提供してくれるという不思議。

人間っていうか、思考って面白いよね。

隠そうと思えば隠す程、それを露見させちゃうんだから。

 

「あいつって?」

『サルタヒコと・・・シタテル』『サルタヒコが悪い』『シタテルとサルタヒコ』

 

シタテル?

話し相手として作ったオモイカネの恋人のシタテルの事だよな?

それとサルタヒコは満場一致らしい。

 

「シタテルが何かしたの?」

『サルタヒコと』『ばっかり』『話すから』

 

・・・もしかして、ヤキモチ?

 

「サルタヒコは?」

『喧嘩中』『絶対に許さない』『シタテルは僕の』

 

うん。決定。完全にヤキモチだ。

 

「今、シタテルは?」

『サルタヒコの所』『シタテルの馬鹿~』『もう嫌い』

 

え~っと・・・。

要するに、シタテルの取り合いで喧嘩したオモイカネとサルタヒコ。

その両者間の疎通が成されていない所を突かれちゃったって事かな?

いくら両者に対して対策を万全にさせても間を抜かれちゃあな。

シングルスが凄くうまいプレイヤーでも、ダブルス組むとメチャクチャ弱いとか。

多分、きっとそんな感じなんだろう。

う~ん。とりあえず、パイロット勢がハッキング元は破壊するだろうし。

二人、というか、三人の三角関係は後でルリ嬢達と相談して修復だな。

・・・はぁ。予想外の連続で溜息が出ちゃうぜ。

まさか、ヤキモチの果ての喧嘩が原因だったとは。

原作でもきちんと接続されてなかったのが原因だったらしいし。

ある意味、これも接続不良だもんな、友情の接続不足。

そこらへんも含めての整備ミス。うん。反省。

まぁ、とにもかくにも多くの人間を巻き込んだ痴話喧嘩っちゅう訳だ。

はぁ・・・。

 

「ミナトさん。という訳です」

「ハハハ・・・。了解」

 

苦笑いのミナトさん。

まさか痴話喧嘩で危機に陥るなんて思いもしなかった。

 

「とりあえず、艦長達に報告を―――」

「あ。それは私がやっとくから、ルリルリ達に教えてきてあげなさいよ」

「そうですか? それじゃあ御願いします」

 

任せてばかりで大変申し訳ないです。

あ、いや、違うな、なんでも謝るのは悪い癖だ。

ありがとうございます。ミナトさん。

それじゃあ、もう一度、混在世界へ行ってくるとしますか。

 

 

 

 

 



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同じ女を愛した者として

 

 

 

 

 

「・・・という訳ですよ」

 

投げやりになっちゃうのも仕方がないと思うんだ。

 

「そ、そうですか・・・」

 

うん。ほら、ルリちゃんも顔を引き攣っているし。

 

「ち、痴話喧嘩・・・」

 

うん、皆さんも呆然としてらっしゃいますね。

このチャンスを逃してなるものか。

 

「・・・アキトさん」

「あ、ああ、何だ?」

 

アキトさんの席まで移動して内緒話。

今の状況で話し合う事なんて決まりきっている。

 

「・・・いいんですか?」

「・・・記憶の事か?」

「ええ。未来の事が知られてしまうという事もそうですが・・・」

「・・・アカツキ・・・か」

「はい」

 

一応は協力体制のアキトさんとアカツキ会長。

でも、カイゼル派との協力体制とはまったく違う。

恐らく、アキトさんは会長にボソンジャンプのデータを提供してないだろうし。

 

「・・・俺はある意味、良いきっかけになると考えている」

「きっかけ・・・ですか?」

「ああ。今までの長い間、俺はネルガルに真意や計画を話す事はなかった」

「はい」

「俺がネルガルに利益を齎し、ネルガルが俺に目的の為の環境と機会を与える。俺とネルガルはそんな利害関係の一致のみの簡単に解けてしまいそうな協力関係でしかない」

 

強い繋がりではない。

どちらかが少しでも異を唱えれば、関係性は容易に崩れてしまう。

そんな上辺だけの関係でしかないんだ。

 

「だが、もし、ここでアカツキをこちらの陣営に組み込む事が出来れば・・・」

「・・・ネルガルという大きな後ろ盾が出来る。そういう訳ですね?」

「ああ。ピースランドの協力も得られたが、企業の協力も必要不可欠だ。何より・・・」

「・・・何より?」

「ネルガルによるボソンジャンプ情報の流出が防げるかもしれん」

 

否定できない意見だった。

もちろん、一つの企業に独占させないという前提だが、軍だけで全てをまかなえない以上、他の組織の協力も必要になる。

それが民間需要から軍関係まで手を出しているネルガルなら尚更だ。

しかも、ネルガルはボソンジャンプに対して、並々ならぬ興味、関心を抱いている。

いずれ、ボソンジャンプの事を詳細まで調べ上げられてしまうかもしれない。

そうなっては完全に計画は崩れてしまう。

それを防ぐ為にもネルガル、いや、会長自身の言質が必要なのだ。

流出をしない、という言質が。

 

「しかし、ネルガルが俺達の計画に乗るでしょうか?」

「分からん。だが、どちらが儲けられるか。それを説けば、あるいは・・・」

 

利益を最も重視しているのなら、まだ取り込む余地はあるって訳か。

もし、草壁のように遺跡を得て、その先の何かを目指す者なら無理だけど。

 

「分かりました。どちらにしろ、バレてしまうのなら、それを使わない手はないですもんね」

「ああ。組織のトップに君臨しているあいつだ。情より利で説く」

「御願いします。アキトさん。こればかりは貴方次第です」

「任せておけ」

 

心強い返事をもらい、俺は自分の席に戻る。

 

「・・・あの、コウキさん・・・」

「ん? 何だい? セレスちゃん」

 

現実世界では何の遠慮もなく甘えてくるセレス嬢。

でも、今のセレス嬢は首元まで赤く染めてこちらを見上げている。

 

「・・・あちらの私は・・・どうでしたか?」

「え?」

 

あっちのセレス嬢?

 

「・・・あの、私、誰かにご迷惑を・・・」

 

・・・多分、迷惑は掛けてないと思う。

ずっと俺に甘えていただけだから。

 

「ううん。大丈夫だよ。セレスちゃんは大人しくしていた」

「・・・そう、ですか。ちょっと残念です」

 

え? 残念?

 

「・・・多分、私の抑圧されていた人格ならコウキさんに・・・」

 

俺に?

 

「・・・いえ、なんでもありません」

 

と言って、俯いてしまう。

うん。言い掛けだけど、なんとなく分かってしまった。

なるほど。本当にあれは抑圧されていた願望なんだな。

それなら、今度から、もっと甘えさせてあげよう。うん。

 

「ロン」

 

お、誰かが揃ったみたいだ。

 

「次はセレスですか」

 

・・・セレス嬢の記憶か。

彼女にとって、辛い記憶を呼び覚ましてしまうな。

 

「セレスちゃん」

「・・・はい」

「手、繋ごうか?」

「・・・え?」

「ね? 手、繋ごう?」

「・・・あ。はい!」

 

俺がここにいるよって。

そうセレス嬢に伝わってくれると嬉しいな。

 

・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「・・・グスッ」

 

誰かの鼻を啜る音が聞こえてきた。

いや、この場にいる殆どの者が涙を浮かべている。

それ程までにセレス嬢の記憶は悲しみ、苦しみに満ちていた。

 

「・・・そうでしたか。セレスはこんな目に・・・」

 

嘆くよう呟くルリ嬢。

同じマシンチャイルドである彼女の心境は俺達なんかより複雑だろう。

ルリ嬢とて一般の子供よりかは全然恵まれていない。

十一歳にしてあそこまで他人を拒否する態度を取っていたのはその環境のせいだろう。

だが、少なくとも、人間扱いはされていた。

人形のような人間と認識されていようと・・・。

衣食住は保証され、痛みに耐えるような事はなかった。

しかし、セレス嬢、そして、恐らくは、ラピス嬢も、ルリ嬢とは違う。

彼女達二人は完全に実験体扱いだった。

衣食住の保証はされず、毎日が苦痛に耐える日々。

周りのマシンチャイルドが死んでいく中、死ぬ恐怖すら実感できずに、ただ毎日を過ごしていた。

死ぬのは怖い。そんな事すらも彼女達は知らなかった。

いや、知らされる環境になく、知れる自我や感情もなかった。

なんて、なんて怖い世界なんだろう。

そんな世界を彼女達は歩いてきたのだ。

思わず・・・彼女の温もりが伝わっていない方の手を強く握り締めてしまった。

 

「・・・これがネルガルの・・・闇・・・か」

 

真実を眼の前にして、項垂れる会長。

彼自身はどうやらこのような事業に対して嫌悪感を抱いているようだ。

セレス嬢の記憶を見てからの彼は酷く苦々しい面持ちをしている。

先代会長の闇の遺産。

会長という責任者である以上、真っ当な人間ではやっていけないとは思う。

だが、人間としての感情、倫理観が必要な事も確か。

もしかしたら、ネルガルの闇の遺産に最も苦しんでいるのは彼自身なのかもしれないな。

 

「・・・セレスちゃん」

「・・・大丈夫です」

 

しっかりと俺を見ながら話すセレス嬢。

その眼は悲しみに染まりながらも、強い意思があるように見えた。

 

「・・・今はこうして、皆さんが、コウキさんがいますから」

「・・・そっか」

 

これだけ悲惨な眼にあっていようと、その瞳は濁る事なく、一生懸命に前を向いていた。

辛い過去を持つ少女。

その傷を俺や皆で癒す事が出来たら・・・。

そう再度思った。

 

「・・・次は私」

 

いつの間にか自らの牌を揃えていたラピス嬢。

セレス嬢の記憶を見て、痛ましい表情を浮かべていた者達は更に表情を歪ませる事になる。

ラピス嬢もまた、セレス嬢同様、辛い人生を歩んできたのだから。

だが、彼女はセレス嬢とは違う。

もちろん、それは環境、場所が違うだとか、そんなものではなく、もっと大きな意味で。

そう、忘れてはいけない。

ラピス嬢。彼女もまた、あの未来からの逆行者なのだ。

 

「・・・そう。ここに来て、ようやく貴方達の目的が分かったわ」

「・・・イネスさん」

 

沈痛の面持ちでラピス嬢を、そして、その隣にいるアキトさんを見詰めるイネス女史。

既にイネス女史の記憶は皆に曝け出されている。

もちろん、その殆どがイネス女史の記憶に隠された意味を理解してはいなかったが・・・。

 

「イネスさん。それは・・・」

 

ユリカ嬢がイネス女史を見詰める。

先程までのラピス嬢の記憶に困惑しているユリカ嬢ではなく、アキトさん絡みだからか、真剣でいて、どこか寂しそうな表情で。

 

「・・・まだ私の話を聞くのは早いわよ。艦長さん」

「・・・それはどういう・・・・」

「アキト君。ルリちゃん。二人の記憶を見なければ・・・ね」

 

その言葉を聞き、誰もが真剣な表情でアキトさんとルリ嬢を見詰めた。

 

「アキト君。ここまで来て、私達に秘密を隠し通す事は不可能よ」

「・・・だろうな」

「それなら、貴方の目的をきちんと話しなさい。貴方だって、その方が良いって分かっているでしょう」

「ああ。だが、その為にも、まずは俺の記憶を見てくれ」

 

どこまでも無表情で語るアキトさん。

まるで自らの感情を強引に押し込めているかのような・・・。

そんな表情で。

 

「俺の記憶を見れば、その全てが分かる」

 

その一言が発端となり、アキトさんの記憶が流出した。

 

 

 

 

 

それはある青年の、どこまでも普通で、どこまでも奇怪な物語だった。

火星という地球とは環境が全く違う世界に生を受けた少年。

優秀な科学者を両親に持ち、また、とある軍の要人の娘を幼馴染に持つ。

幼馴染が持ち込んでくる厄介事を迷惑そうに巻き込まれながらも、決して少女を無碍にしない少年。

表向きでは迷惑そうな表情だが、全面的に拒否する訳ではない。

きっと、それは少年の優しさと、ちょっとした優柔不断が招いた事だろう。

このままなら、ちょっと悲惨でいて、ちょっと笑える人生を送っているしがない少年に過ぎなかった筈だ。

だが、そんな少年の環境を一転させてしまう事件が起きる。

それは火星の独立派によるクーデター。

その事件を機に彼は孤独の身になった。

幼馴染の少女は父に連れられ、地球へ帰還。

両親は事件に巻き込まれ、事故死。

頼る術、伝手もない少年は施設で過ごす事になる。

ここから既に彼の人生は歪み始めていたのかもしれない。

気付けば自ずと理解できるだろう。

何故、彼は貧乏生活を送らなければならないようになったのか?

優秀な両親を持つ彼が親の遺産を引き継ぐ事はなかったのか?

何故、こうまで都合良く彼の両親は死んでいったのか?

考えれば考える程に深みに嵌る。

少年の身にありながら、彼は既に大人の汚い世界に蝕まれていた。

しかし、少年はめげる事なく、真っ直ぐに生きる。

幼き日に誓った料理人への道。

何故、こうも味が変わるのだろうが?

地が痩せ、碌な食材を得られない火星。

普通に食べれば、それはあまりにもお粗末な味。

だというのに、料理人が手を加えれば、まるで別の物のように味を変えた。

まるで夢のようだ。

こんなにも魅力的な仕事はない。

少年が青年としての階段を上り始めた頃、同時に料理人としての階段にも足を踏み出していた。

下働きだらけの毎日。

それでも少年にとっては幸せな日々だったのかもしれない。

過程があるから、結果がある。

これも料理人になる為の修行だ。

必死に料理人として経験を積んでいく少年。

そんな時に起きた火星大戦。

少年はまた、前振りもなく悲劇に巻き込まれる事になる。

戦乱に巻き込まれないよう地下シェルターへと避難した少年。

そこで出逢う小さな少女、アイちゃん。

少年に大きな影響を与える事になる少年以上に奇怪な人生を送る少女だ。

幼さ故か、事態を把握しておらず、少年と楽しく会話する少女。

大きくなったらデートしてあげる。

そんな少女らしい言葉に少年は笑顔で応えた。

しかし、そんな束の間の楽しい時間がいつまでも続く訳がない。

地下シェルターを襲う敵の兵器。

地球での襲撃が嘘かのように、容赦なく火星の民を殺戮していった。

その光景は正に地獄絵図。

少女の顔と共に、少年にトラウマを残した。

そして、少年、テンカワ・アキトは跳ぶ。

世界初の生体ジャンパーとして。

その後、トラウマに苛まれながらも、必死に生き抜く少年。

以前同様、とある食堂で下働きをこなしつつ、日々を生きた。

稀にある襲撃に震えながら・・・。

そんな彼に訪れる転機。

それが幼馴染、ミスマル。ユリカとの再会であった。

空港で別れてから数年。

年上なのに年下のようだった少女は成長し、優秀な軍人へと成長していた。

年下のような性格に変わりはなかったが・・・。

彼女の落し物を届ける為、彼女が向かった先、サセボドックへと向かう少年。

そこで眼にしたものこそが機動戦艦ナデシコ。

ネルガル重工が開発した地球最新鋭の名を持つ実験艦であった。

なし崩し的にパイロットへとされた少年。

自らのトラウマと戦いながらも、見事に囮作戦を成功させた。

その後、やはりまたなし崩し的にコック兼予備パイロットとしてクルーの一員とされる。

その時、既にネルガルは動いていたのかもしれない。

初の生体ジャンパーの実験体とするべく・・・。

パイロットとされつつも保険の登録をされず、彼は多大な借金を抱える事になる。

しかし、その事を知るのは当分先の事であった。

その後、ナデシコの目的地が火星と知り、喜びの声をあげる少年。

故郷である火星。

二度とその地を踏めないと思っていた場所に、再び足を踏み出せるかもしれないと。

しかし、順調に進まないのが世の中の残酷な現実。

軍の妨害。

親友、ガイの死。

サツキミドリコロニーでの悲劇。

少年の心は傷付く。

どうして? どうして?

毎日が疑問の日々。

邪魔をするな。

何故、あいつが死ななければならないんだ?

どうして、人が死んだのに平気な顔をしていられるんだ?

葛藤の日々が続いた。

そして、漸く辿り着いた火星。

故郷をもう一度。

そんな思いを胸に抱き、彼は火星の地を踏みしめた。

生き残りなんている筈が・・・。

そんな思いが胸を過ぎる。

だが、少年は幸運な事に見つけ出す事に成功した。

よかった。もう大丈夫だ。

・・・虚しい言葉だった。

少年の言葉は火星の民に届かない。

ある一人を除いてナデシコへの乗艦を拒否。

そして、救助に来たナデシコが・・・彼らを押し潰した。

フクベ提督を犠牲にしての火星からの脱出。

少年は恨みの対象へ叫ぶ。

ふさげるな、と。

しかし、相も変わらず、彼の叫びが届く事はなかった。

地球へと戻ってきたナデシコ。

悲しみに暮れる暇は与えられず、軍の駒として活動する日々。

それでも前向きに明るく過ごすクルー達。

少年はそんなクルー達によって明るさを取り戻していた。

木星蜥蜴討つべし。

そんな軍の考えとは裏腹に、ナデシコは衝撃的な出会いを果たす。

木連軍人、白鳥・九十九。

後に親友に殺され、徹底抗戦への起爆剤とされる悲運な青年。

そして、ナデシコに木連の存在を明かした青年だ。

彼との出会いがナデシコを変える。

軍人として働く日々は変わらないが、彼らの気持ち、目的を変えた。

それが木連との和平。

たかが、末端の兵でしかないナデシコが掲げるには大き過ぎた目標。

幾度の死線を越えた後、彼らは軍と話し合う事もせず、独断で木連へと向かった。

それが後の悲劇に繋がるとは思いもせずに、今はただ和平を・・・と。

木連側の最高責任者であると言える草壁中将との対談。

そこで提示される一方的、かつ、理不尽な要求。

その項目が示す事はただ一つ。地球側の降伏であった。

無論、それを了承する事は出来ない。

ナデシコはその要求を拒否した。

元々、そのような権力自体、ナデシコにはないのだが・・・。

そんなナデシコに同調し、草壁を窘める白鳥。

それが彼の悲劇に繋がった。

親友であった男は自らの正義を盲信し、草壁の命令に従い、白鳥を撃ち殺した。

葛藤し、悩み、苦しみ、結果として・・・。

ニヤリ。

草壁は内心でそう笑ったに違いない。

白鳥・九十九の死を、国民を騙す形で公開し、徹底抗戦を訴えた。

国民の徹底抗戦論は火に油を注ぐ勢いで燃え盛り、遂に戦争は激化する事になる。

どうしても戦争を止めたいナデシコ。

それならば、戦争の原因となったものを失くしてしまえいい。

ナデシコは火星にあるボソンジャンプの演算装置を狙った。

破壊も考えたが、思い出を大事にしたいという銀髪の少女の願いにより断念。

ナデシコは遺跡の演算装置をコアブロックと共に宇宙の彼方へ飛ばす事にした。

それは果たして最善の解決策だったのだろうか?

少年達はただ作戦の成功に喜びの声をあげるだけだった。

それから時は流れる。

その後の少年は久々の平穏を味わっていた。

多大な借金を背負い、暮らしは貧しいものの夢に向かって歩んでいる事を実感していた少年。

その胸中は幸せで溢れていた。

相も変わらず幼馴染はトラブルを持ち込み、少年を慌てさせてが、それでも少年は楽しそうに笑っていた。

幼馴染と、かつて共に生活していた銀髪の少女と共に幸せな生活を送る少年。

そして、幼馴染の父とのラーメン勝負に勝ち、少年は幼馴染との結婚を勝ち取った。

結婚式を挙げる前に新婚旅行をしよう。

少年の故郷である火星へとただ幸せのみを感受していた二人は旅立つ。

それが悲劇への入り口だと気付く事なく・・・。

シャトル爆発。

幸せの真只中にいた少年と幼馴染は死んだ。

そう、“表向き”には・・・。

・・・少年と幼馴染の死。

それは銀髪の少女に底なしの悲しみと絶望を与えた。

塞ぎ込む少女。

周囲もそんな少女を心配し、必死に彼女を支えた。

長い月日と周囲からの温もり。

ようやく長い悲しみから立ち直る事が出来た少女は軍へと入隊する。

更に月日は流れ、少女が少しずつ女になろうかという頃。

再び、彼らの物語は始まった。

ボソンジャンプを利用したボソンジャンプネットワーク建設計画。

その名をヒサゴプランという。

そして、そのヒサゴプランを隠れ蓑としたとある計画。

かつて木連の最高指導者として手腕を振るっていた男が舞い戻ってきたのだ。

火星の後継者、最高指揮官、草壁春樹として・・・。

己の野望を再び叶える為に・・・。

そんな男の登場と共に、謎の幽霊ロボットもまた登場する。

その幽霊ロボットこそ、かつて死亡とされた少年、いや、青年の愛機であった。

そう、彼は死んでいなかったのだ。

彼と彼の婚約者である幼馴染は火星の後継者に捕まり、数多の実験に付き合わされた。

その結果、婚約者は遺跡と火星の後継者との橋渡し役を。

もちろん、人間としての尊厳を奪われた状態で。

そして、青年は料理人として欠かせない味覚を始めとした五感の全てを失った。

夢を奪われ、恋人を奪われた彼は深い憎しみを抱く。

殺してやる。殺してやる。殺してやる。

際限のない恨み、憎しみは彼の風貌を著しく変化させる。

いや、変化させざるを得なかったと言った方が正しいのかもしれない。

陽気で明るい少年の姿は最早そこにはなかった。

そして、始まる復讐劇。

火星の後継者に関連する全てのものを彼は消し去ろうとする。

傍らに桃色の妖精を携え、その彼女にすらも復讐の片棒を担がせながら・・・。

彼と再会するべく画策する銀髪の少女。

少女はそこで悲しみを知る。

五感を奪われ、揺らぐ事のない鎧を強引に纏わせた哀れで悲しい男の事を。

必死に縋りつく少女。

だが、彼の意思は強かった。

人間の抱える感情の中で、最も強く、最も残るもの。

それは憎悪。

彼の憎悪は少女が思う以上に・・・凄まじかった。

だが、同時に少女は思う。

彼は昔と変わっていなかった、と。

憎悪の奥底にある優しさを見たのかもしれない。

ルリちゃん、と。

そう語りかけてくる表情はどこか昔のまま。

必死に幸せになって欲しいと告げる表情は以前の優しい彼のまま。

少女は諦めなかった。

少女は新しい矛と盾を得て、決戦の地、火星へと向かい・・・。

そして、再び少女は彼に出逢う。

決着を付ける為、復讐の相手に挑む彼。

それを少女は心配の面持ちで眺める。

・・・決着を付いた。

だが、彼は婚約者と会う事なく去っていく。

追いかけるまでです。大切な人を。

その言葉通り、少女は必死に彼を追う。

そう、追い続けた。

幾度も交錯する少女と彼。

必死に想いを伝えようと行動する少女。

桃色の少女と彼はそんな少女をようやく受け入れた。

ただ一人、他に誰も乗せる事なくここまでやって来た彼女を。

帰るつもりはない。だが、少し話すぐらいなら。

昔の顔を覗かせながら、彼は少女のもとへ一歩踏み出す。

・・・それが運命の瞬間だった。

突如辺りに響く轟音。

鳴り止む様子のないエマージェンシーコール。

対面するナデシコCとユーチャリスを襲う突然の振動。

漆黒の宙を更に漆黒な何かが過ぎ去っていった。

損傷するナデシコC。

ただ少女のみが乗るその艦を彼の乗るユーチャリスが護ろうと動く。

アキトさん! ルリちゃん!

そんな悲鳴が聞こえたような気がした。

同時に爆音。

・・・え? アキト? ルリちゃん?

いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

そんな婚約者の叫びと共に二つの戦艦は完全に姿を消した。

そして、眼の前には見覚えのある光景。

彼が初めて跳んだ地、サセボシティの光景があった。

彼はこうして、この世界へと戻ってきたのだ。

それからの彼の歩みは誰もが理解できる改変の道。

その軌跡が記憶の流出という形で眼の前の者達に伝わった。

 

 

 

 

 

「・・・これが俺の記憶だ」

 

あくまで無表情に語るアキトさん。

その壮絶な記憶に、誰もが言葉を失った。

 

「・・・そっか。そうだったんだ」

「・・・ユリカさん?」

 

そんな中、ふと溢される呟き。

 

「ごめんね、アキト」

「・・・ユリカ」

「アキトはこんなに辛い思いをしていたんだね」

 

ユリカ嬢の瞳には涙。

溢さまいと必死に耐えるその姿はどこか痛々しい。

 

「私の・・・せいだね・・・」

「違う! お前のせいじゃ・・・」

「ううん。私のせいだよ。私の安易な判断のせい」

「・・・それは・・・」

 

安易な判断。

その結果、遺跡を回収されてしまった。

 

「それにね、私はアキトを裏切った」

「お前は俺を裏切っていない!」

「ううん。いくら記憶操作を受けていたからって、そんなの関係ない。私は私の為に頑張ってくれたアキトを自らの手で殺そうとした」

 

ユリカ嬢はナデシコCとユーチャリスの爆破と同時に記憶を取り戻した。

あの叫び声は忘れられそうにない。

ユリカ嬢が心の底から出した悲しみの慟哭は。

 

「・・・そうだよね。こんな私に近付きたくなんか―――」

「それは違う」

「・・・え?」

「違うんだ。ユリカ」

 

言葉を遮られて困惑するユリカ嬢。

そんなユリカ嬢にアキトさんは言葉を紡いだ。

 

「俺がお前を避けていたのは決してお前を嫌ったからではない」

「・・・でも」

「・・・たとえ攻撃されようと、俺がユリカに想う気持ちには何も変わりはない」

「・・・アキト」

「俺は今もなお、ユリカを愛している」

 

ハッキリと告げられたアキトさんの心。

それを聞くルリ嬢の表情は・・・。

 

「・・・それぐらい私も分かっていましたよ」

 

そう言わんばかりの穏やかな笑みだった。

自分ではない誰かを愛していると言われても、動揺する事なく・・・。

 

「ユリカを愛しているからこそ、俺はお前を意図的に避けていたんだ」

「・・・どうして?」

「気付いてしまったからだ」

「・・・気付いて?」

「ああ。俺の愛したユリカはもうここにはいないんだな、と」

「ッ!」

 

息を呑むユリカ嬢。

 

「今を生きている。それなのに、俺が求めるユリカは未来のユリカ」

「・・・・・・」

「俺はお前に未来のユリカを重ねようとした。今を生きるお前にとって最大の侮辱だ」

「・・・アキト。私は・・・」

「本当にすまなかった」

 

かつてアキトさんが愛したユリカ嬢。

それは未来のユリカ嬢であり、今のユリカ嬢ではない。

そのある意味、理想と現実とのギャップが、アキトさんにユリカ嬢を避けさせた。

きっと、接すれば接するほど愛する人の事を思い出してしまうから・・・。

 

「俺はお前に出会う前から、お前への態度、気持ちを既に決めてしまっていたんだ」

 

出会う前からもし拒絶されていたら・・・。

そして、その理由すら分からず、一方的なものであったら・・・。

少なくとも、俺は・・・苦しいと思う、寂しいと思う。

親しくなりたいと、そう思っても絶対に埋まる事のない溝。

そんな現実に直面したら、挫けない方がおかしい。

 

「・・・なんとなく、避けられている事は分かっていたんだ」

 

でも、彼女は諦めなかった。

 

「・・・でも、私にとっての初恋は紛れもなくアキトだから・・・」

 

アキトは私を好き。

そう言い続けた。

それは、もしかすると、自分に言い聞かせていたのかもしれない。

 

「私はずっとアキトを追い続けていたの」

 

挫ける事なく、必死に。

どれだけアキトさんが変わろうと、己の想いに一途に。

 

「・・・ユリカ」

「辛かった。理由も知らずに避けられるのは」

「・・・ああ」

「どうしてだろう? そう自問自答しても分からない。ずっとジレンマだった」

「・・・・・・」

「その理由が知りたくて、それで、もっとアキトを追い続けた」

 

悲しそうに言葉を紡いでいくユリカ嬢。

アキトさんにとっては断罪の時。

真剣にユリカ嬢の言葉を受け止めていた。

 

「えへへ。でも、それって意地だったのかも」

「え?」

 

突如、表情を笑顔に一転させるユリカ嬢。

その変化にアキトさんやルリ嬢は戸惑っている。

 

「私ね、ずっとアキトを見ていた。どんな時でも、アキトだけを」

 

その笑顔には蔭りがなくて、俺自身も驚いている。

どうして・・・ユリカ嬢はこうも平然としていられるのだろうか。

己が避けられる理由を知り、実質的に振られたというのに。

自分は全く関与していないのに、違う自分が既に恋する人の心に住み着いていて。

そんな、理不尽な現実を目の前にして、なんで彼女はこうも笑っていられるのだろうか?

 

「だからかな? ずっと近くにいてくれた大切な人の事を見ていなかったの」

「・・・ジュンか?」

「うん。私の一番大切なお友達」

 

そう言うユリカ嬢の笑顔は本当に眩しくて。

 

「それで、今は私にとって一番大切な男の人」

 

アキトさんから副長に移った視線に込められた想いが深くて。

 

「アキト」

「ああ」

「今まで恋する女の子にさせてくれてありがとう」

「・・・ああ」

「これから私はジュン君に恋しようと思います」

「そうか」

「うん。だから、アキトもきちんとルリちゃんを愛してあげてね」

「分かっている。ユリカもな」

「大丈夫だよ。ね? ジュン君」

「もちろんだよ。ユリカ」

 

しっかりと頷いてみせるアオイ・ジュン。

いつもの弱気な彼の姿はそこにはなく、一人の男としての頼もしい姿がそこにはあった。

 

「テンカワ」

「何だ? ジュン」

「過去、ユリカを愛してくれたテンカワに僕は誓う」

「・・・・・・」

「僕はテンカワ以上にユリカを愛し、護り通してみせる、と」

「・・・ああ。俺が言えた義理じゃないが、ユリカの事をよろしく頼む」

「任せてくれ。愛する女性を護るのは当然だからね」

「ふふっ。そうだな」

「だから、テンカワ、君もホシノさんを」

「ああ。ユリカを護ると誓ってくれた無二の親友に俺も誓おう」

「誓ってくれ。テンカワ」

「何があろうと二度と愛する者を失いはしない。護りきってみせる」

「ありがとう。テンカワ」

「こちらこそ、ありがとう。ジュン」

 

対面して男臭い笑みを浮かべる二人。

共に同じ女性を愛した二人は、こうして誓いを交わすのであった。

 

 

 

 

 



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交渉決裂

 

 

 

 

 

「はいはい。友情ごっこはそれぐらいにして欲しいね。まったく」

 

対面するアキトさんとジュン君に向けて突如として告げられる言葉。

 

「・・・アカツキ」

「それにしても、意外だったなぁ。僕にもあんな一面があったなんて」

 

どこか皮肉るように笑う会長。

ふてぶてしいという表現が一番合うな、今の会長には。

 

「次はホシノ君の記憶だっけ? 早く見せて欲しいな」

 

会長だって既にバレてるからな。

完全に開き直ってやがる。

 

「ええ。分かりました。私の記憶、皆さんにお見せしましょう」

 

そんなアカツキに対してあくまで冷静に応えるルリ嬢。

うん。相も変わらずクールだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・。

 

始まり方は違うものの、大まかな記憶は、やっぱりナデシコの記憶が印象強いのか、アキトさんとそう変わる事はなかった。

アキトさんが行方不明になってからのルリ嬢は見るに耐えない程の落ち込みようで。

でも、その姿で、ルリ嬢はあの時からアキトさんを想っていたんだなって知った。

凄く今更な話だけど、その想いがきちんとアキトさんに伝わってよかったなって思う。

 

「おいおい。ルリ。お前、マエヤマの奴を」

 

驚きの表情でルリ嬢を見るスバル嬢。

うん、あの殺人未遂の時の奴。

 

「・・・今でも申し訳なく思っています。私は―――」

「はい。ストーップ」

 

でも、気にしてないって言っているんだから、いつまでも引っ張ってもらってちゃ俺が困る。

 

「リョーコさんも今更持ち上げないでくださいよ。万事解決済みなんですから」

「わ、わりぃ、でもよ・・・」

「ま、俺が気にしてないんですから。スルーの方向で」

「お、おう。分かったぜ」

 

ルリ嬢の記憶は、アキトさん以上に逆行後の描写が詳しかった。

ルリ嬢がこちらの世界に帰ってきてからの絶望。

アキトさん、ラピス嬢と再会した時の喜び。

俺というイレギュラーによる葛藤と困惑。

改めてこう見ると、俺って唯の怪しい人間だよなぁと実感した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「なるほどね」

 

ルリ嬢の記憶を全部見終わってから、最初に溢した台詞がこれ。

ネルガル会長アカツキ・ナガレの。

 

「おかしいとは思っていたんだよ。掌で踊ってもらう予定の人間に引っ掻き回されて」

 

ヤレヤレと言わんばかりの表情でそう告げる。

 

「突如やって来た凄腕のパイロット。履歴を見たらネルガルと因縁深いテンカワ博士の御子息と来たもんだ」

 

会長も知るネルガルの闇。

その最もたる例でもある暗殺事件。

 

「馬鹿だなって思ったよ。またネルガルに利用されに来るなんてって」

「・・・だが、そううまくはいかなかった」

「まぁね」

 

会長に対して真っ直ぐな視線を向けるアキトさん。

そんなアキトさんに対して、肩を竦める会長。

 

「まさか、こんな大それた計画を立てていたとはね。しかも、その殆どを成功で終わらせている。本当にビックリだよ」

「アカツキ。お前の真意を聞かせて欲しい」

「僕の真意だって? 何のだい?」

「ボソンジャンプを司る遺跡。その演算ユニットをお前はどうしたいんだ?」

「もちろん、確保したいさ。あれ以上の商売はないからね」

「だが、果たして、それは利益になるのか?」

「さぁね」

 

さぁねって、おい。

 

「ボソンジャンプが使える人間は限られている。そんな事は僕だって知っていたさ」

「その条件付けは?」

「テンカワ君の記憶を見て、確信したって所かな。大まかには分かっていたよ」

 

大まかには分かっていた?

もしかして・・・。

 

「君達は本当に僕達が知らないとでも思っていたのかい?」

 

・・・ドキリとした。

 

「テンカワ君、艦長、イネス博士、あとカエデ君、だっけ? 共通点なんか一つじゃないか」

「まさかッ!」

「アトモ社が潰されようと秘密裏に実験は行える。ネルガルを甘く見ちゃいけない」

「・・・実験・・・していたのか?」

「もちろん。年齢から考えて、十五歳から三十歳の間で、火星生まれの火星育ち。火星の生き残りでその条件に適合する者に協力してもらったんだ。もちろん、自主的にね」

「本当に自主的か?」

「さぁ? その辺りの管轄はエリナ君だったからね。どうだろう? どちらにしろ、ナデシコの御陰って事になるのかな」

 

・・・何もかも考えが甘かった。

火星出身がA級ジャンパーだとバレないと何故判断した?

アトモ社が潰れたから、もう実験は出来ないと、何故そう考えてしまった?

向こうはネルガル。優秀な者達が数多く存在する大企業。

・・・この程度の事に気付かない訳がない。

 

「いやぁ。大変だったんだよ? 何たって適合する生き残りはたったの三人。限りある内に成功させないといけなかったからね」

「・・・お前は人の命を何だと思って―――」

「ハハッ。笑わせないでよ。テンカワ君。大量殺人者の君に言われる筋合いはないよ」

「ッ!」

「どちらも利己的な理由じゃないか。どちらにしろ、犠牲になった者は報われない」

「・・・・・・」

「ま、僕の場合は成功したらその後は多くの者に利益を齎す事になるけどね」

 

ニヤリと笑ってみせる会長。

 

「三人の内、成功したのは二人。一人は尊い犠牲になってくれたよ」

 

・・・どうして・・・。

 

「どうしてそんな事を笑顔で言えるんですか!?」

 

人の命を奪っておいて・・・どうしてそんな・・・。

 

「僕の生きる世界はね、命じゃないんだ、命を捨ててでも利を齎さなければならない」

 

・・・そこには冷酷なトップの顔があった。

 

「会長というのはね、そういうものなんだよ。そうしなければ、次に狙われるのは僕かもしれない」

「・・・それはどういう―――」

「十四歳」

「え?」

「何の数字か分かるかい? マエヤマ君」

「・・・分かりません」

「簡単な事じゃないか。僕の命が狙われはじめた年齢だよ」

「ッ!?」

「正確にはもっと前からだろうね。でも、初めて行動に移してきたのはこの時だ」

 

・・・暗殺?

アカツキ・ナガレもまた、命を狙われた事があったのか?

 

「ははっ。おかしいよね。継ぎたくないのに継がされた。それなのにこの始末。笑っちゃうよ」

 

・・・知らなかった。

会長の座に座る事がそんなにも重い事だなんて・・・。

 

「僕が出来る事。それはひたすらに利益を提示し続ける事。認めさせる事。それだけさ」

 

どこか自嘲したかのように話す会長。

 

「嫌なんだよね。割に合わない事ばっかりで。本当に、親父を憎むよ」

 

先代会長の残したネルガルの闇。

その重責が会長に圧し掛かっている。

 

「・・・マシンチャイルド計画。馬鹿みたいだよね。バレたら倒産だってのに、利益が得られるからって」

「・・・アカツキさん」

「でもね、僕は決して君達に謝らないよ。だって、それが僕の仕事だから」

「・・・・・・」

「感情を押し殺してでも利益を。・・・本当に割に合わないよ」

 

ネルガルの闇の最も深く関係するマシンチャイルド。

ホシノ・ルリ、ラピス・ラズリ、セレス・タイト。

彼女達を前にしても、会長、いや、アカツキが頭を下げる事はなかった。

きっと、本人が一番理解しているのだろう。

その計画の歪さを。

それでも、彼は頭を下げない。

・・・下げてはならないのだ。

それがトップたる矜持、意地なのだから。

 

「話を戻そうか。テンカワ君」

「・・・ああ。構わない」

「僕はね、遺跡を確保したい。その事に変わりはないさ」

「残念だが、そうもいかないな。ネルガルが遺跡を確保する事が悲劇に繋がるのならば」

「よく考えてごらんよ。果たして、本当に遺跡の独占が悲劇に繋がるのかな?」

「何?」

「たとえば、だよ。僕達ネルガルが独占したとしよう。我が社には多くの優秀な研究者がいる」

「・・・それは認める。だが、だからこそ・・・」

「それなら、遺跡の制御だって可能になるかもしれないでしょ?」

「・・・それは・・・」

「更に言えば、火星人のみのジャンプを広範囲にする事が可能になるかもしれない」

「・・・・・・」

「もっと言えば、火星人のジャンプすらも不可能にする事が可能かもしれない」

「ッ!?」

「どう? もし、それに成功すれば、火星人の悲劇は防げるんじゃないかな?」

 

・・・確かに。

あくまで制御できたらという前提だけど、間違った事は言っていない。

火星人の悲劇は、彼らだけがA級ジャンパーとして認められていたから。

跳ぶ事が出来たから。

それなら、その前提を崩してしまえば、もしかしたら、悲劇を未然に防げるかもしれない。

 

「どう? 利害は一致するでしょ? 僕達は利益を得たい。君達は悲劇を防ぎたい。この方法なら全てが丸々収まってしまう」

 

・・・どうするのだろうか?

俺では判断する事が出来そうにない。

 

「・・・駄目だ」

 

・・・アキトさん。

 

「へぇ。どうして?」

「確かにお前の言う事は正しい。その方法なら解決するかもしれん」

「そうだよね? でも、気に食わない何かがある、と」

「・・・お前の方法で解決するのはあくまでこちら側の事だけだ。お前は、木連側の事をまるで考えていない。それじゃあ後の禍根を残す」

「へぇ。敵さんに情けを掛けようっての? 優しいんだね、テンカワ君は」

「俺達が目指すのは嘘偽りのない和平。恒久平和なんて不可能な事は言わん。だが、出来る限り、そう、出来る限りでいいんだ、火種は失くしておきたい」

 

嘘偽りのない和平。

いつまでも平和でいられるなんて事は不可能。

でも、少なくとも、どちらかの陣営の暴走は防げるかもしれない。

禍根を残す事なく、次世代へと引き継ぐ事が出来るかもしれない。

恨みは消せずとも、膨れ上がる事はなくなるかもしれない。

しれない、ばかりだが、それはきっと凄く価値のある事だ。

 

「俺はミスマル提督と共に和平を成そうと決めたんだ。このプランに変更はない」

「・・・そう。ま、いいけどね」

 

断られたアカツキの胸中は・・・。

大したダメージは受けてないか。

 

「アカツキ」

「ん? 何だい?」

「俺達と手を組まないか?」

「へぇ。どういう風の吹き回しだい? 今、この瞬間、君は僕と決別したのでは?」

「利益を求めるのだったな?」

「そうなるね」

「それなら、こちらと手を組め」

「詳しく聞いてからにしようかな。君が何で僕を釣ろうとしているのかを」

 

さぁ・・・ここで決まるんだ。

アカツキを引き込めるかどうかで。

 

「俺の記憶を見たよな」

「うん。もうバッチリと」

「それならば、戦争後、ネルガルが右肩下がりになる現実を見ただろう?」

「確かに見たよ。でも、それは遺跡を確保すれば防げるんじゃない?」

「かもしれん。だが、確実ではない」

「確実なんてこの世の中にはないんだよ。あっても一握り」

「例えば、だ。ボソンジャンプ研究の筆頭企業に立てばそれも変わるんじゃないか?」

「おっと。そう来たか」

「地球だけで独占するつもりもない。木連だけで独占させるつもりもない。戦後、出来るならば、両陣営による管理にしておきたいんだ。互いを監視する形でな」

 

どちらかが変な真似をすれば、どちらかが迅速に対応する。

その為の両陣営による管理だ。

 

「ネルガルにはイネスさん、彼女もいる」

「あら? 評価してもらえるなんて光栄ね」

「・・・散々お世話になったからな」

 

未来において、アキトさんに最も近い人間の一人だったと考えられるイネス女史。

拉致されているという事を知ってすぐにネルガルが彼女の身元を隠し行方不明とした。

また、アキトさんも救出されてからはネルガルが身元を隠していた。

要するに、彼らは同じ状況下にいたという事。

即ち、同じ場所で活動していてもなんら不思議はない。

 

「優秀な研究者が多くいるネルガルならば、筆頭騎乗に立つ事も不可能ではないだろう」

「へぇ。要するに、君がネルガルを優遇してくれるって、そういう訳だね?」

「そうは言っていない」

「よく分からないね。君は何を言いたいんだい?」

「俺が言える事は唯一つ。遺跡を独占するより、共同研究の方が遥かに利益があるという事だ。遺跡を確保した所で次代の争いの火種となるだけ。利点は少ない」

「争いになって結構。僕達みたいな事業はね、戦争があればあるだけ稼げるんだ」

「確かにな。だが、戦争になった時、ネルガルが軍事事業に参加できるかは分からんだろ?」

「なるほどね。遺跡を独占したら軍事産業に携われない。でも、遺跡を確保して、研究の筆頭に立てれば、ボソンジャンプ関連で稼げて、かつ、一般の軍事産業でも稼げると」

「そうなるな」

「でもさ、ネルガルって別に軍事産業だけじゃないよ? 問題ないんじゃない?」

「問題はあるさ」

「へぇ。何だい?」

「たとえボソンジャンプ研究に成功したとしても、その活用には必ず他組織の協力が必要になる」

「うん。それはそうだろうね」

「ボソンジャンプを利用する上で、軍から睨まれているのは都合が悪いんじゃないか?」

「まぁね。でも、今の軍なんか大した脅威にもならないよ。押し通せるさ」

「現状ではな。だが、今後、軍内での革命が始まる。そうなれば、以前のようなゴリ押しは通用しなくなる」

「いいのかな? そんな事を言って」

「今更な話だからな」

 

・・・これは賭けだ。

話さなくていい事まで話してしまった。

これで、説得に失敗すれば、こちら側の計画が潰される可能性もある。

何をしてでも成功させなくちゃならない。

 

「それに、だ。現状、改革和平派が常備しているのはネルガル製の兵器。こちらの話に乗って得な事はあっても、損な事はないと思うぞ」

「そうね。そうなっても不思議じゃないわ」

 

アキトさんの言葉に同じ派閥である提督も同意する。

改革和平派が政権を握れば、今後もネルガル製品が幅を利かせる事は間違いないだろう。

 

「・・・リスクを抱えてまで莫大な利を得るか、確実性を求めるか。そのどちらかって訳だ」

「どちらが最善なのか、ネルガル会長アカツキ・ナガレとして決めてもらおうか」

 

多くの会社員を抱えるネルガル。

大手企業として、どちらの選択肢が正しいのだろうか?

他産業でまかなえると強気に出るのがベストなのか?

大手として安定性を求め、確実な利益を得るのがベストなのか?

 

「ふぅ。まったく」

 

溜息を吐くアカツキ。

どうする? どうするつもりなんだ?

 

「言いようにやられたみたいで癪だけど、そんな選択肢だったら決まっているようなものじゃないか」

「・・・なら?」

「はいはい。分かったよ。邪魔しない」

 

・・・よかった。

嬉しさより安堵って感じかな。

これでこれ以上ボソンジャンプ実験による被害は―――

 

「但し、テンカワ君。戦争後、君にはネルガルに来てもらうよ」

 

・・・え? そんな事って・・・。

 

「ネルガル所属の実験体としてボソンジャンプ実験に参加してもらわなくちゃね」

 

そ、それじゃあ、アキトさんには自由がないじゃないか!

辛い思いばかりしてきたのに・・・。

報われたっていいのに、それなのに・・・。

また、ネルガルの駒として扱われなければならないのか?

 

「そ、そんな事、認められ―――」

「いいだろう」

 

激昂したルリ嬢の言葉を遮るアキトさん。

 

「ア、アキトさん!」

「どちらにしろ、俺はボソンジャンプの情報は提供するつもりだった。情報を提供するだけで終わるか、実験体としてより詳細な情報を提供するか。 ただ、その違いでしかない。事実、俺がやらなければ違う誰かがやらされる事になる」

「素直で助かるよ。テンカワ君」

 

ほくそ笑むってこういう事を言うんだろうな。

憎たらしいぞ、会長。

それにしても・・・アキトさん、本当にそれでいいんですか?

ルリ嬢の気持ち、ちゃんと考えてあげていますか?

 

「それと、そうだなぁ・・・。マエヤマ君も僕達でもらおうかな」

「なッ!?」

 

お、俺か?

 

「何故そうなる? 俺だけで充分だと思うが?」

「企業なら誰だって欲しいと思うけど? 情報社会においての彼の力は凄まじいからね」

「だが、それとこれとは関係ないだろ?」

「そうかな? マエヤマ君だって君達の仲間の一人なんでしょ? テンカワ君一人だけを犠牲にするなんて事、仲間ならしないよね?」

「・・・俺は・・・」

 

・・・どうすればいい?

ネルガルの独占を防ぐ為に、俺は・・・。

 

「マエヤマは関係ない」

「関係なくなんかないよ。あのCASだって、君達の為に製作したようなもんでしょ?」

「製作を依頼しただけだ。唯の外部協力者でしかない」

「別にマエヤマ君の立ち位置なんてどうでもいいんだ。僕が欲しいのは能力だから」

「関係ないものを巻き込まないでもらいたい」

「あ、そう。それなら、考え直させてもらおうかな」

「クッ! 卑怯だぞ! アカツキ」

「卑怯で結構。言っているでしょ? 利益の為なら何でもするって」

 

・・・クソッ。

こんなんじゃ、答えは出ているようなものじゃないか。

 

「俺は―――」

「タイムアップよ」

 

え? イネス女史?

 

「大切な話をしている途中で悪いけど、そろそろこの空間から追い出されるわ」

「追い出されるってどういう意味ですか? イネスさん」

「艦長。あそこを御覧なさい」

 

イネス女史が指差した壁はどこか歪んでいた。

 

「あっちの世界で制御の乗っ取りに成功したようね」

 

制御を取り返したから、混在世界から追い出されるって訳だ。

 

「そう、ま、いいや。よく考えておいてね。テンカワ君。マエヤマ君」

「・・・・・・」

 

そうニヒルに笑ってその場から消えるアカツキ。

・・・どうやら追い出されるのは適当な順番らしい。

 

「・・・コウキ」

「・・・よく分かんねぇけど、ピンチっぽいな」

「ええ。でも、私達にはどうする事も出来ないわ」

「・・・コウキさん。お先に失礼しますね」

 

パイロット四人娘も消えていった。

 

「元気出せよ、コウキ。なんかあったら呼んでくれ。いつでも助けになるぜ」

「ああ。サンキュ。ガイ」

「あばよ。先、行っているぜ」

「私も先に行っているわよ」

「はい」

 

ガイもムネタケ提督も消える。

 

「すまない。コウキ」

「・・・いえ」

「俺の力不足でこんな事に」

「・・・俺の事よりも、アキトさんはいいんですか?」

「・・・覚悟はしていたさ。そうなるであろう事も」

「ルリちゃんやラピスちゃんはどうなるんですか?」

「・・・それは・・・」

「・・・アキトさん」

「・・・アキト」

「・・・俺の事は俺で解決しますから、アキトさんは三人できちんと話し合った方が良いと思いますよ」

「・・・ああ。すまないな」

 

アキトさん、ルリ嬢、ラピス嬢も消える。

消える前の心配そうな表情が印象深かった。

 

「・・・コウキさん」

「・・・俺達もそろそろ行かないとね」

「・・・私、あともうちょっとで揃えられたんです」

 

そう言われ、セレス嬢の牌を眺めると俺の牌が・・・。

・・・うん。危なかったみたい。

 

「・・・せっかくコウキさんの事を知れると思ったのに・・・残念です」

 

俺としては助かったけど、俺だけ記憶を見せてないっていうのはなんか申し訳ないな。

 

「今度、俺の昔話を聞かせてあげるね」

「・・・はい。それなら、いいです」

 

アカツキの言葉に頭の中はこんがらがっていたけど・・・。

 

「・・・楽しみです」

 

眼の前で無邪気に笑うセレス嬢を見ていたら、うん、なんか、元気でた。

 

「悩んでいても仕方ない、か」

 

断固として認める訳にはいかない。

交渉とか、そういうのは苦手だけど、やるしかないんだ。

 

「・・・一緒に暮らすって言っちゃたしね」

「・・・ん? 何でしょうか?」

「ううん。なんでもないよ。行こっか」

「・・・はい」

 

セレス嬢の手をしっかり握って、俺も混在世界から脱出する。

色々と考えさせられる事ばかりだけど、決して屈しはしない。

諦める訳にはいかないんだ。平穏な生活を得る為にも・・・。

 

 

 

 

 



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更なるイレギュラー

 

 

 

 

 

「相転移砲、発射ぁ!」

「相転移砲、発射します」

 

漆黒の闇を覆い尽くすのではないかという程の莫大なエネルギー。

それが今、敵艦隊に襲い掛かった。

 

「・・・圧倒的ですね」

「・・・ええ」

 

ナデシコに搭載されている相転移エンジン。

そこに加わったYユニットの相転移エンジン。

それら通常運営に必要過多である膨大なエネルギーが生み出すこの破壊力。

視界を埋め尽くすのではないかと言わんばかりの大艦隊が一瞬にして蒸発してしまった。

戦術なんてチャチなもんじゃない。

戦略級兵器といっても過言ではない程の凄まじさだった。

言わば、将棋で詰まれてしまう手前で盤ごと引っ繰り返すかのような・・・。

そんな前提を根本から覆してしまう恐ろしさを感じた。

恐らく、劇場版で相転移砲が登場しなかったのは条約かなんかで禁止されたからだろう。

さもなければ、核戦争のような冷戦状態に陥ってしまう。

・・・もしかしたら、ルリ嬢がハッキングしなければ相転移砲が撃ちこまれた可能性も・・・。

 

「・・・ないか」

 

劇場版では一つ一つの拠点を押さえていったからな。

草壁の狙いはあくまでボソンジャンプか。

どちらにしろ、戦後、相転移砲は封印しなくちゃならない。

あまりにも強力過ぎる。

抑止力なんかじゃない。

単純な殲滅戦争になってしまう。

 

「・・・お疲れ様でした。作戦終了です」

 

作戦が成功したというのにユリカ嬢の声には元気がない。

・・・そりゃあ、そうだよな。

こんな威力を目の当たりにしたら、な。

 

 

 

 

 

混在世界から現実世界へ戻ってきてからすぐに作戦ポイントに到着した。

どうやら間一髪だったみたいだ。

もう少し遅れていたらあの状況のまま作戦時間になっちゃっていたと思う。

無事に作戦が成功した事を今は喜ぼう。

 

「・・・・・・」

 

現実世界へ戻ってきた俺達は無言だった。

混在世界で交わされた約束。

所詮は口約束かもしれないけれど、確実にこちらの負けだった。

ボソンジャンプの情報漏洩を防ぎたい俺達。

でも、その為にはアキトさんと・・・俺が犠牲にならなければならない。

そんな事、俺は絶対に認めない。

それに、アキトさんの方だってルリ嬢やラピス嬢が認めるとは到底思えない。

ネルガルが強引に来るのなら、俺だって・・・。

 

「・・・駄目だ。俺には出来ない」

 

ネルガルを潰す事なんて簡単だ。

俺が握るネルガルの闇なんていくらでもある。

以前のマシンチャイルドの事だっていい。

他の非公式研究所の事だっていい。

・・・アキトさんの両親の暗殺事件だっていい。

企業である以上、民間からの支持、軍からの支持を失くせば容易に潰せる。

でも、そんな事をしたら・・・。

 

「・・・路頭に迷う人が絶対に出てくる」

 

俺の幸せの為に誰かを犠牲にする事なんて出来っこない。

ネルガルが大企業である以上、抱える社員も莫大な量だ。

もし、ネルガルが倒産するなんて事態になったら、彼らの未来はどうなる?

すぐに再就職できるなんて保証もなければ、伝手がある訳でもない。

確かにネルガルの存在はこちらにとって不利益だ。

だからといって、無関係の者達まで巻き込んでしまえば・・・。

それは暴力かどうかの違いだけで、なんら侵略者と変わりないじゃないか。

この選択だけは・・・しちゃいけない。

 

「・・・どうする?」

 

ネルガルを潰すという選択肢がない以上、俺が取れる道は限られてくる。

俺も、アキトさんも犠牲にせず、ネルガルに不干渉を約束させるには・・・。

 

「・・・悩んでいるみたいね。コウキ君」

「・・・ミナトさん」

「なんとなく、表情が暗かったからさ。来ちゃった」

「来ちゃったって・・・。でも、歓迎します」

 

部屋で悶々と悩んでいたって何も変わらないもんな。

俺の将来がミナトさんに関わるって己惚れていいなら、相談してみよう。

 

「ミナトさん。相談に乗って頂けませんか?」

「もちろん。いいわよ」

 

笑顔でそう応えてくれるミナトさんがなんて頼もしい事だろう。

やっぱり頼りになるなって思った。

 

「あ。なんか飲みますか?」

「私が用意するから、コウキ君は座ってなさいよ」

「それじゃあ、お言葉に甘えます」

「ええ。甘えなさい」

 

微塵の迷いもなくお茶を運んでくれるミナトさん。

勝手知ったるなんとやらって感じでちょっと嬉しい。

 

「はい。どうぞ」

「ありがとうございます」

 

ズズズと一口。

うん。やっぱりお茶は落ち着く。

 

「それで、何を悩んでいたの?」

「それじゃあ、最初から話しますね」

 

・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「・・・そっか。そんな事になっていたんだ」

「はい」

 

自分の中で整理しながら話したせいか、話し終わった時には既にお茶が冷めていた。

アキトさんの記憶、ルリ嬢の記憶、ユリカ嬢とジュン君の事、そして、アカツキの事。

現実世界では数十分しか経っていなかったかもしれないけど、混在世界では何時間も経っていたような気がする。

話していた内容が内容だけに。

そして、それら全てをミナトさんに話した。

 

「コウキ君はどうしたいの?」

 

真っ直ぐにこちらを見詰めてくるミナトさん。

真剣に話を聞いてくれている。

それだけでこんなにも心が暖かくなるなんて・・・。

さっさと相談すれば良かったなってちょっと後悔。

 

「俺は諦めません」

 

だから、断固として告げる。

 

「ネルガルに協力するつもりもありませんし、アキトさんだけに負担をかけるような真似もしません」

 

俺が望むハッピーエンドは既に俺だけのものじゃない。

ミナトさん、セレス嬢はもちろんの事、アキトさん達だって含まれる。

彼らだけを不幸な眼に合わせて俺が幸せになれる訳ないだろ?

全てを幸せになんて事はもちろん無理だけど・・・。

ルリ嬢の想いを知った、ラピス嬢の想いを知った。

出来る事なら、俺は彼女達の想いを叶えさせてあげたい。

その為にも、アキトさんは犠牲にしちゃいけないんだ。

 

「でも、交換条件だったんでしょ? それはどうするつもり?」

 

そう、問題はそれ。

こちらがネルガルに協力しなければ、彼らはボソンジャンプ独占へ走る。

別にそれ自体は問題ない。彼らより早く確保してしまえばいいだけだから。

俺達が恐れるのは、ボソンジャンプの情報が周囲に知れ渡ってしまう危険性。

いや、正確にはA級ジャンパーの存在が明かされてしまう事だ。

俺自身としては、ボソンジャンプは交通機関として利用したいと考えている。

火星から地球、地球から木星、木星から火星。

物資の運搬に長い時間を掛けるこれらの距離を一瞬にして移動する事が出来る。

今後、交友関係を結んでいくのなら、これ以上の交渉材料はない。

物資をプラントに任せっきりにしている木連なら尚更だ。

でも、その移動にA級ジャンパーの存在は不要。

移動するのならば、チューリップの存在だけで充分だ。

A級ジャンパーはむしろ戦争の火種になりかねない。

だからこそ、火星人こそが、その火種に成り得るA級ジャンパーだとバレたら・・・後々問題になりかねないのだ。

戦争を防止したいという点もそうだが、何より、これ以上、火星人を犠牲にしたくない・・・。

 

「どうにかしたいとは思っています。でも、思い浮かびません」

 

ネルガルに対して、何を提示すれば、向こうが納得してくれるのかが分から―――。

 

「ねぇ、コウキ君。どうして、君はそんなに下手に出ているのかしら?」

「・・・え?」

 

・・・どういう意味ですか? ミナトさん。

 

「あくまでもネルガルとは対等でしょ? 私達が下手に出る必要なんてないと思うの」

「でも、俺達の交渉が失敗すれば、火星の人達の危険性が―――」

「確かにそうかもね。でも、だからといって下手に出れば調子に乗られるだけよ」

「・・・それはそうですが・・・」

「あちらがこちらを脅してくるのなら、こちらも向こうの抑止力となる切り札を切ればいいのよ」

「切り札、ですか?」

「いくらだってあるでしょ? いい? コウキ君。交渉事は少しでも弱味を見せたら駄目なの。ここぞという時に先手を打った方の勝ち。そんなに弱気じゃ、いいようにやられちゃうだけじゃない」

 

・・・流石って言えばいいのだろうか?

秘書ってそういう事もするのかな?

なんだか、妙に説得力がある。

 

「それにね、散々、コウキ君が悩んでいる中、こんな事を言うのは変かもしれないけど・・・」

「えっとぉ、はい」

「私はね、別にいいと思うの。むしろ、積極的に公表するべきだと思うわ」

「それって、もしかして・・・」

「ええ。火星人こそがボソンジャンパーだって事をよ」

「な、何故ですか!? そんな事をしたら・・・」

 

火星人が被害に遭うのが目に見えているじゃないか!

企業や政府、様々な所が実験材料として彼ら―――。

 

「私ね、時々思うの」

「え?」

「火星人が誘拐されてしまったのは世間もそうだけど、何より自身の自覚がなかったからじゃないかなって」

「自覚がなかったから・・・ですか?」

「それは・・・」

 

・・・確かにそうかもしれないな。

あたかも巻き込まれたかのようだったけど、事前に知る事も不可能ではなかった筈。

事実、蜥蜴戦争も終了していて、ジャンパーの条件なんて分かっていた訳だし。

危険性を無視して、何の対策も取らなかったのは明らかに落ち度だったと思う。

 

「それにね、もし、正式に火星人がボソンジャンパーだと知られていれば、火星の後継者だってそう簡単に誘拐なんかできなかったんじゃないかな?」

 

聞けば聞く程に尤もだと思った。

世間も火星人の事をそう認識していれば、その重要性を理解する筈。

少なくとも、火星人の誘拐というだけで、大きなニュースになったと思う

劇場版では全てが秘密裏で表に出る事はなかったが、それは関心が浅いから。

世間のジャンパーに対する認識がしっかりしていれば、自然と関心も深まる。

火星の後継者とて馬鹿ではない。

そのような状況下で秘密裏に誘拐する事の難しさ、恐ろしさは理解できるだろう。

それがある意味で、抑止力になるかもしれない。

でも、そう簡単にはいかないと思う。

 

「もちろん。なんで火星人だけがって気持ちにもなると思うわ。人間ってそんなに綺麗なものじゃないもの。絶対生まれに嫉妬する」

「はい。それが怖いんです」

 

確かに公表すれば抑止力になるかもしれない。

でも、公表する事によって、地球人や木星人の火星人に対する態度の変化が怖いのだ。

火星人である事。それが重荷になるか、強みになるかは人によって違うと思う。

でも、誰だって生まれで差別されたくないと思う。特別扱いされたくないと思う。

公表せずに済むのなら、済ましてあげたいと思うのは俺のエゴなのだろうか?

 

「でも、どうして、自分達がこんな事になったのか。それを彼らに知らせないのもおかしな話じゃないかしら」

「・・・どうして、火星だけがこんなにも襲われたのか、ですか」

 

間違いなく遺跡が要因。

木連が遺跡を欲した為にあれだけの被害になった。

もちろん、復讐という意味もあっただろうけど、やっぱりそれが一番大きな理由だと思う。

 

「私だったら知りたい。どうしてこうなったのか。自分達が何故襲われたのか。その理由を」

「・・・・・・」

 

もし、俺が火星人だったら・・・。

・・・やっぱり知りたいと思う。

理不尽なまでの蹂躙の理由を。

 

「ボソンジャンプと火星人の関係を話すかどうかはアキト君達に任せるわ。でも、私は火星の方達にしっかりと真実を告げる場を設けたいと思うの」

「・・・そう・・・ですね」

 

彼らが今、木連に対してどんな感情を抱えているかは分からない。

憎しみかもしれない。悲しみかもしれない。怒りかもしれない。

この話をする事で、その感情が再度爆発するなんて事態になってしまうかもしれない。

それでも、彼らには知る権利があるって、そう思うんだ。

カエデだって言っていたじゃないか。

お互いを知らなければ何も始まらないって。

納得も出来ない。歩み寄る事も出来ない。

始めは知る事だって、そう覚悟の決めた表情で言っていた。

それなら、俺は彼女の意思を尊重したい。

彼女の意思を他の火星人達にも伝えたい。

 

「ありがとうございます。ミナトさん」

「え? どうしてお礼なんか言われているの? 私」

「大事な事を気付かせてくれましたから」

 

ミナトさんが言ってくれなければ気付いていなかった。

火星人達の気持ちを、俺は無視していたんだ。

 

「そっか。うん。どういたしまして」

 

そう笑顔で応えてくれるミナトさん。

うん。いつも思うけど、やっぱり綺麗だな。

 

「さてっと、そろそろ本題に入りましょうか」

「そうですね。すっかりズレちゃいました」

「ネルガルへの対応・・・ねぇ」

 

真実を話すにしろ、話さないにしろ、まずはネルガルとの問題を解決しなければならない。

現状で、火星人を確保しているのはネルガル。

ネルガルの協力?を得られなければ、彼らを解放する事も出来ないかもしれない。

このままいけば、ネルガルの一人勝ち・・・だろうな。

 

「まずはネルガルから火星人を解放したいんですけどね」

「そぉね」

 

確か、軍と共謀して、火星人を確保しているんだっけか?

その軍って多分、改革和平派は関与してないよな。

カイゼル提督は全てを白日の下に晒すつもりだったと思うし。

あの人の性格からして、こういう不利益になる事でもきちんと公表する筈。

それなら、やっぱり改革和平派が実権を握れば、彼らを解放できるかもしれない。

う~ん、でも、彼らをネルガルから解放した所で、彼らの生きる場所がなくなってしまう。

俺には何の伝手もないしなぁ。

ネルガルにいる事で幸せを感じている人がいるって可能性も無きにしも非ずだし。

 

「解放するにしても、その後が問題なんですよ」

「再就職先って事?」

「ええ。俺に何か伝手がある訳じゃないですし、ネルガルで良いって人もいると思うし」

「そうなのよね。でも、ネルガルにいつまでもいさせると利用されちゃわないかしら」

「始めから疑うのは間違っているって分かっているんですけどね。そう思っちゃいます」

「う~ん。私も伝手なんてないのよねぇ。前の会社でもいいけど、そんなに大きくないし」

「まぁ、火星人の生き残りとなると、何百人単位ですからね」

 

・・・まぁ、それでも火星の全人口に対したら1%にも満たないけど。

 

「いっその事、創っちゃえば?」

「会社を、ですか?」

「そうそう。ボソンジャンプを交通手段として利用する運搬企業とかさ」

「ボソンジャンプを活用できるかどうか分かりませんけどね」

 

でも、なんか参考にはなった。

将来的に、そういう事業も発達するかもしれない。

 

「一応はA級ジャンパーが多いんだしね」

「いえ。もしそういう企業を立ち上げたとしても、彼らのジャンパーとしての力は借りませんよ」

「ま、コウキ君ならそう言うと思っていたけどね」

「えっと・・・」

「あれでしょ? チューリップを利用した所定の場所を移動するだけ、みたいな」

「・・・よく分かりましたね」

「当たり前じゃない。コウキ君の事ならなんでも知っているわ」

 

笑顔でそう言い切るミナトさん。

うん。顔が赤いのは自覚しているぜ。

 

「・・・でも、良い考えかもしれません」

「運搬企業がって事?」

「そうですね。でも、もっと規模の大きな話です」

「お。コウキ君が大きく出たな。聞かせてもらいましょう」

「火星人の故郷は火星。それなら、彼らも火星の再生には興味を示す筈」

「それって・・・」

「ええ。火星再生機構の立ち上げです」

 

俺の交渉術じゃたかが知れているけど、ムネタケ提督とか心強い味方が得られたら・・・。

火星に負い目のある地球軍、木連を協力せざるを得ない状況に持ち込めるかもしれない。

そうすれば、火星の再生は一気に加速するのではないだろうか?

また、木連からも住み込みの社員を雇うようにすれば、親善活動にもなるのではないだろうか?

生き残りの火星人を核とした地球人と木星人とで構成される再生機構。

おぉ。なんか考えれば考える程に良い案に思えてきた。

問題としては、火星の地に木連の人間が踏み込む事に対する火星側の嫌悪感ぐらい。

彼らとしては滅ぼした原因ともいえる連中だし、始めは拒否感を示すだろうなぁ。

でも、きっと、それは時間が解決してくれると思う。

木連もそろそろプラントに頼らず、きちんとした環境での生活を求めていると思うし。

もしかしたら、ケイゴさんはその辺りの事も調べていたのかも・・・。

まぁ、考え過ぎかもしれん。

どちらにしろ、この案は候補として取っておこう。

もしかしたら、問題の全てをうまい具合に解決してくれるかもしれない。

状況次第では、この再生機構で遺跡を管理し、地球、火星、木星の三権分立的な感じで平和利用する事が出来るかも・・・。

 

「ネルガルから引き込む理由にもなりますし、彼らも参加してくれると思います」

 

同時にネルガルからの解放にも繋がる。

軍に協力が仰げれば、ネルガルの事なんかまったく気にせずに事を済ませられる。

俺達にとってネルガルの怖い点は唯一つ、火星人とジャンパーの関係性の公表。

それを防ぐ為にも遺跡を確保し、A級ジャンパーを封印してしまえば・・・。

たとえ世間に発表されようと、いや、そもそも発表できないだろう。

実際に成功しないのだから。

遺跡の知識は俺の異常能力で習得できる。

確保後、受け渡される前に、周りと相談して、チューリップのみの移動に搾れるように制御したい。

そうすれば、ネルガル暴走防止、火星の後継者発足防止、戦争防止、うん、良い事尽くめじゃないか。

まぁ、こんなにうまくいくとは限らないけどさ。

未来像の一つとしては、うん、良いと思うんだ。

 

「私は良い考えだと思うわよ。応援しちゃう」

「まぁ、これもあくまで候補の一つです。色々と考えてみたいと思います」

「そうね。でも、たった一つでも解決策が見付かると違うものでしょう?」

「ええ。大分心が楽になりました。ありがとうございます」

 

本当に感謝感激です。ミナトさん。

 

「その再生機構の代表にアキト君を就任させる、なんていうのも面白いかもね」

「あぁ! それ、良いです!」

 

それなら、ルリ嬢達を悲しませなくて済む。

アキトさんとしても、責任ある立場なら自重するだろうし。

 

「本当にミナトさんにはお世話になりっぱなしで」

「ふふっ。それは良かった。久しぶりに役に立てたみたいね」

「いえ。そんな事は。俺がいるのもミナトさんのお陰ですし」

「あら? 嬉しい事言ってくれちゃって」

 

紅潮するのは仕方がないと思うんだ。

 

「・・・コウキ君」

「・・・ミナトさん」

 

顔を真っ赤に染めながらも微笑みあう。

その後、俺達は―――。

 

ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン!

 

「あら?」

 

突然のエマージェンシーコールに遮られる結果に・・・。

でも、憤慨している余裕は今の俺にはない。

原作を思い出せば分かる。

このタイミングで、敵からの襲撃はあっただろうか? いや、ない。

これは・・・。

 

「ミナトさん! 急いでブリッジに」

「ええ。どうやら緊急事態みたいね。急ぎましょう」

 

一転して真面目な表情になるミナトさん。

相変わらず切り替えの早い人だ。

 

「はい。急ぎましょう」

 

ここからブリッジまでの道のりは意外と長い。

 

「失礼します」

「え? あ、あらら」

 

ちょっと恥ずかしいけど、お姫様抱っこ。

緊急事態だし、仕方がないよな?

真面目モードだけど、こういうのは仕方ないよな?

 

「飛ばしますよ。しっかりと捕まってください」

「ええ。分かったわ」

 

とりあえず、違和感を与えない程度に早く走る。

この辺りはきちんと俺も考えているさ。

・・・偶に自重は忘れるけど。

 

 

 

 

 

廊下を駆け抜け、ブリッジの扉の前に立つ。

日頃便利な自動扉がこんな時は嫉ましい。

早く開けと、そう焦ってしまう。

 

「開いた。ミナトさん」

「ええ」

 

地面に降ろして、ブリッジに駆け込む。

 

「ルリちゃん! これ・・・は・・・」

 

・・・嘘・・・だろ。

 

「・・・どうして、ここに・・・」

「おい。あれって・・・」

「ええ。恐らく、そうよ」

「な、なんで・・・なんであれがここにあるの?」

「・・・マジかよ」

「ほんと、想定外な事ばっかりだよ」

「・・・恐れていた事態が訪れてしまったようね」

 

扉の先の開けた視界。

真っ先に飛び込んでくるのは純白の巨大戦艦。

 

「・・・私達同様、こちらの世界へやって来ていたんですね」

「・・・ルリ。あれはまずい」

「ええ。想定外過ぎます。あれは・・・」

「・・・やるしかあるまい」

「・・・アキトさん」

「俺が、俺達が、やるしかないだろ。持ち込んだ責任を取る為にも」

「・・・ええ。そうですね」

「・・・うん」

 

ナデシコに類似する船型モデル。

でも、コスモスでもなければ、カキツバタでもなければ、シャクヤクでもない。

 

「ユ、ユリカ・・・」

「ジュン君。覚悟して。相手は未来の私達」

 

そう、あれは俺と同じここにいない筈の完全なイレギュラー。

未来において、電子の妖精が火星圏全てを支配した際に用いられた圧倒的性能を誇る戦艦。

 

「・・・ナデシコCだよ」

 

今、絶望的な現実が俺達の前に立ち塞がった。

 

 

 

 

 



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未来からやって来たもの

 

 

 

 

 

・・・想定外、予定外。

この世界の混迷は更に極まった。

俺というイレギュラー。

アキトさん達、逆行組が齎した改変。

その結果として、今、目の前に頼もしかった純白の戦艦が・・・。

 

「ナデシコCが、私達の敵・・・」

 

敵として間の前に立ち塞がっている。

恐らく、状況的に・・・木連所属の戦艦として。

 

「ナデシコCですって!? BもないのにC!? そんな事、私、知らないわよ!」

 

・・・当たり前ですよ、秘書さん。

知らなくて当然。むしろ、知っている方がおかしいんです。

混在世界での記憶流出。

これがなければ、俺やアキトさん達以外の人間は何の理解も出来なかった。

でも、実際に彼らは記憶の流出で理解している。

あの戦艦の恐ろしさを。

 

「でも、よく考えてごらんなさい」

「・・・イネスさん」

「あの戦艦は電子の妖精がいたからこそ性能を発揮できた。違うかしら?」

 

・・・確かにそうだ。

事実、ナデシコCはルリ嬢専用の戦艦といっても過言ではない。

いや、正しく言うならば、マシンチャイルド専用か。

 

「ワンマンオペレーションシステム。一般人から逸脱した処理能力をもってして初めて使いこなせるシステム」

 

流石はイネス女史だなって思った。

冷静に現実を受け止め、冷静に解釈している。

でも、イネス女史の言っている事も確かだけど、俺の考えは違う。

 

「・・・確かにそうかもしれません。でも、俺は楽観視できませんよ」

「あら? どうしてかしら? 説明してくれる?」

「確かにナデシコCはイネスさんの言う通り、電子の妖精のみが使いこなせる戦艦だと思います」

「ええ。戦艦としての力は中途半端にしか発揮できないでしょうね」

「はい。ですが・・・忘れてはいけません。あれは未来の戦艦ですよ」

 

正しく言うならば、五年後。

しかも、戦争という技術革新を終えた未来だ。

 

「一つの戦艦として性能を発揮できずとも、随所に用いられている技術のレベルが違います」

「・・・なるほど。そういう意味ね」

「はい。もし、あのナデシコCが木連陣営の物だったら・・・」

 

五年後の技術が向こうに渡ってしまっているんだ。

もし、木連がナデシコCを解析して、その技術を他のものにも転化しようとしていたら・・・。

 

「相転移エンジンの生産力が圧倒的に上の木連が、未来の技術を用いれば、容易に戦局を覆せるだけの大量の高性能艦隊が出来上がってしまうでしょう」

「・・・確かにそうね」

「それに、ワンマンオペレーションシステムも一人じゃ対応できずとも複数人で対応すればいい。火星圏全てのハッキングなんて事は流石に無理だと思いますが、通常運営なら事足ります」

「だが、マエヤマ、ナデシコCの強みはそのハッキングだぞ。それが使用不可なら・・・」

「アキトさん。あのハッキングこそが普通じゃないんですよ」

「え? それって・・・」

 

あ。別にルリ嬢を貶している訳じゃないからね。

 

「戦争というのは総力戦であり、一つの要因で覆せる程、簡単なものじゃありません」

「・・・それはそうだが・・・」

「ナデシコAの相転移砲、ナデシコCのハッキング。むしろ、この二つこそが例外です」

「・・・そういう意味ですか」

 

うん。勘違いしないでね。ルリ嬢。

 

「結局の所、生産力が勝る木連が有利なんです。そもそも彼らは無人艦ですし」

「そうだな。こちらが人材を失うのに対して、向こうは何も失わない」

「代わりに資源を無駄にしているようですが・・・」

「そのあたりも戦後を睨んで動いていると思う。木連だって、そんなにバカじゃない」

 

確か、クリムゾンあたりとコンタクトを取っているんだったよな?

 

「それに、アキトさん、ルリちゃん、忘れていませんか?」

「なんだ?」

「どういう意味ですか?」

「ナデシコCがこちらに跳ばされた。それなら―――」

「あの・・・お取り込み中に申し訳ありませんが」

 

え、えぇっと、プロスさん?

 

「皆さん、さっきからナデシコCやら何やらと一体何を話しているんですか?」

「そうですよ。ガイさんは何も教えてくれないですし」

「いや。俺にはちょっと難しい話でよ。コウキにでも聞いてくれ」

 

情けないぞ、ガイ。

人に丸投げとは。

 

「こちらにも状況を説明してもらいたい」

「そうよ。私が知らない所で事態が動いているなんて不愉快だわ」

 

プロスさん、メグミさん、ゴートさん、エリナ秘書。

混在世界へ来る事がなかった故にナデシコCの存在を知らない彼ら。

そりゃあそうだよな。知らなければ知りたくなるよな。

でも、とても俺には説明できる事ではない。

するなら・・・・。

 

「・・・・・・」

 

当事者である彼らがしないと。

 

「それは・・・」

話すべきか、話さないべきか。

アキトさん達の葛藤。

俺ではなんの力にもなれない、彼らが解決すべき事だ。

 

「コウキ君。さっきのは―――」

「・・・やっぱり・・・」

 

現在の状況を思い出すべきなんだ。

今、そんな悠長に話している暇なんてない。

目の前にはナデシコを上回る性能を持つ戦艦。

そして、その戦艦には当然あるものが搭載されている・・・。

 

「皆さん! 今はそんな事をしている暇はありません!」

「え、え、マエヤマさん?」

「コウキ?」

「艦長! 急いで戦闘配備を!」

 

純白の戦艦から現れるのは色取り取りの人型兵器。

エステバリス、改め、福寿。

これで木連所属だという事は分かった。

・・・ある程度の覚悟はしていたから、それ程の衝撃はない。

 

「・・・来ますよ」

 

でも、それ以上に俺達に衝撃を与えるものが現れる。

記憶を見た者ならば誰しもが忘れる事の出来ない圧倒的な機体。

復讐鬼が復讐を成し遂げる為に身を、心を覆い込ませた漆黒の鎧。

 

「・・・ブラックサレナ・・・」

「ど、どうして・・・」

「・・・嘘・・・」

 

その名はブラックサレナ。

高機動戦フレームなんて目じゃない程の高機動能力を保有する怪物機。

呆然とするアキトさん、ルリ嬢、ラピス嬢。

気持ちは分かる。元々アキトさんの相棒なのだから。

でも、分かるけど・・・。

 

「アキトさん。やるしかないんです。俺達が止めないと」

「あ、ああ」

「艦長!」

「はい。皆さん、戦闘配備をお願いします! 敵は木連です」

「「「「「了解!」」」」」 

 

ユリカ嬢の一言で迅速に動き出すクルー達。

 

「・・・予測していたの? コウキ君」

「・・・はい」

 

ナデシコCがこちらの世界へ跳ばされている。

それなら、ユーチャリスもまた、こちらに跳ばされてきた筈だと思った。

アキトさんの記憶を見た限りでは、ナデシコBのGBによる損傷は凄まじく、

ユーチャリスを実戦に配備する事はどう見ても不可能そうだった。

でも、中に入っていた機体は別。

アキトさんにとって最高の相棒であり、自らを覆い隠す鎧でもあったブラックサレナ。

結果、それもまた、木連側の陣営に渡ってしまった。

ナデシコCを目の前にした時以上の絶望感が胸を襲う。

 

「ルリちゃん。ナデシコCには何か搭載していた?」

「い、いえ。私の単独行動でしたので、全て降ろしました」

「そっか。分かった」

 

・・・それが不幸中の幸いか。

少なくとも、機動兵器としての情報はブラックサレナのみ。

 

「・・・諦めてたまるか」

 

そう、ここで諦める訳にはいかないんだ。

改変してきた者として、最後まで責任はきちんと果たす。

 

「パイロットの皆さんはエステバリスにて待機。マエヤマさんもお願いします」

「「「「「「「「了解!」」」」」」」」

 

機体性能は完全に向こうが上。

恐らく、既にCASが搭載されている事だろう。

無論、ブラックサレナや中のエステバリスカスタムを基にした機体にも。

パイロットの腕はこちらが若干上か、同じぐらい。

完全に不利な状態での戦闘になる。

勝負を分けるのは・・・気力か、戦闘経験か。

 

「・・・認識を改めないといけない」

 

今まで、俺は木連側が小型人型兵器に不慣れだと思っていた。

急遽、ジンシリーズから生産ラインが変更され、混乱しているとさえ思っていた。

でも、もし、ナデシコCやユーチャリスの跳んだ時間がアキトさん達と同じなら・・・。

木連は二年程前には既に小型人型兵器の基となるものを持っていた事になる。

ブラックサレナは追加装甲であり、その中にはエステバリスカスタムがある。

要するに、五年後のエステバリスの性能を誇る機体が彼らの手元にあるという事。

彼らに必要だったのはそれらを動かすソフト、そして、それらの技術を具現化する為の準備期間。

ソフトは俺が提供し、また、劣化版ともいえるエステバリスをも俺が提供してしまった。

その結果として、一気に向こうの技術力を未来の技術に追いつかせてしまったのだとしたら・・・。

そして、何より、もし、既に木連が生産ラインを整えていたら・・・。

 

「大量のエステバリスが戦場に投下されてしまう」

 

エステバリスカスタムを核であるリーダー機として、高機動型フレームを量産型として・・・。

下手すると、量産型として生産される高機動戦フレームをバッタ任せにする可能性もある。

中心となる機体にだけ人が乗っていればいいのだから・・・。

もし、そんな事態になったら、悔しいが、地球は負ける。

戦艦性能や機体性能が飛躍的に向上し、数も用意されてしまうのだから。

 

『パイロットの皆さん、出撃、お願いします』

 

ユリカ嬢の指示に従い、俺達は漆黒の宙へと駆け出す。

俺達の前に立ち塞がるのは、エステバリスカスタムが二機。

高機動戦フレームを参考にした量産型エステバリスが三機。

そして、最後は・・・ブラックサレナが一機。

合計六機の驚異的な戦力が俺達を出迎えた。

 

『ブラックサレナの相手は俺がしよう』

「アキトさん・・・」

『何だ? 俺じゃ不安か?』

「いえ。お願いします」

『任しておけ』

 

俺達の中で最も機動戦に向いているのはアキトさん。

それなら、アキトさんがブラックサレナの相手をするべき。

俺だってそんな事は分かっている。

でも、何故だろう。

何故か、あれは俺が相手をしないといけない気がするんだ。

 

「俺は―――」

『お前の相手はこの俺がしよう』

 

・・・この声は・・・どこかで聞いた事が・・・。

 

『改めて名乗ろう! 我が名はキノシタ・シンイチ。優人部隊所属少佐、兼、カグラ・ケイゴ大佐の副官だ』

 

ケイゴさんが・・・大佐?

 

『さぁ、いざ、尋常に・・・勝負!』

 

急加速と共に接近してくる福寿。

いや、さしずめ、福寿改か。

 

「クッ。あれは俺が引き受けます」

『了解した。一人一機だ。但し、あの強化型らしき機体にはヒカル、イツキの両名で当たれ』

『『了解』』

『イズミは後方から支援を。各機、全力で事に当たれ』

『『『『『『「了解」』』』』』』

 

後は任せました。アキトさん。

 

『ハァァア!』

 

ガキンッ!

 

接近と同時に突き出されたフィールドガンランスをディストーションブレードで受け止める。

だが・・・。

 

『甘いわ!』

「グッ!」

 

受け止めきれず、後方に飛ばされる。

・・・機体性能の差。

そして、何より、戦艦から送られてくる出力の高さが違い過ぎる。

重力波送受信装置の技術革新を甘く見ていたのかもしれない。

あの送受信装置とて数年後の技術が用いられているんだ。

 

『この福寿改は誰にも止められんわ!』

 

・・・安直な名前だな、この野郎。

 

『ほら! どんどんいくぞ!』

 

吹き飛ばされた俺に対しての追撃。

フィールドガンランスの射撃で牽制しつつ、最大速度で突っ込んで来やがる。

出力の関係上、速度差で負ける。

逃げた所で追い付かれるなら、むしろ、攻めてやる。

 

「ハァァァァ!」

『ハァッッッ!』

 

突き出してくるフィールドガンランス。

確かに速度、威力共にこれ以上ない選択。

たとえ直線で来ようとこの速度なら避けられないだろう。

但し、それは未経験の人間なら・・・だ。

 

「ここだ!」

 

突き出されてくるフィールドガンランスの先端は見事にこちらの胸中心。

狙い場所さえ把握していれば、どれだけの速度だろうと避けてみせる。

 

『何!?』

 

上体を逸らし、ブースターを上方に吹かす事で回避。

同時に見事なオーバーヘッドをぶちかましてやった。

 

『クッ。何故避けられる!?』

 

向こうとしては自慢の攻撃だったんだろう。

でも、似たような攻撃を俺は受けた事がある。

 

「確かに凄まじい攻撃でした。でも、俺はそれ以上の攻撃を知っています」

 

スピードで言えば、こちらの方が上である。

でも、これと似たような攻撃、アキトさんの突撃はより性質が悪い。

極限まで射撃で牽制し、回避コースを完封。

その上で、直前まで微細な横移動をする事で狙いを教えてくれない。

以前、この攻撃をされた時は前方にDFを張って即行で後退した。

それでも、DFは容易に突破され、撃沈とまではいかなったが、かなりの損傷を受けた。

それに比べれば、スピードが速いだけの単純な攻撃でしかない。

 

『戦場の英雄。テンカワ・アキトか?』

 

な、何故、アキトさんの名前を知っているんだ?

 

「何故、その名を!?」

『木連軍人ならば誰でも知っているさ。第一級要注意人物としてな』

 

・・・既にアキトさんの名は知れ渡ってしまっている・・・か。

本人や軍からしてみれば良い事かもしれないけど、ルリ嬢達はどう考え―――。

 

『暇は与えんぞ』

 

ダンッダンッ!

 

「そんな単調な攻撃が当たるでも?」

 

俺だってこう見えてもかなりの経験を積んだんだ。

碌に狙いも付けていない射撃に当たる程、未熟じゃない。

それが何発連続であろうと、その程度の射撃なら避けてみせる。

 

『やはり木連軍人は射撃に不向きだな』

 

そんなしみじみ言われても困るんですが・・・。

 

『ケイゴはお前から射撃を教わったそうだな』

「・・・はい」

 

ケイゴさん。

貴方は今、どこで何をしているんですか?

 

『その成果が出ているようだな』

「は?」

『見てみればいいだろう。あの夜天を』

「・・・夜天?」

『突如として現れた未知の技術。その中でも更に特別な機体。それが夜天だ』

 

指し示す方向には漆黒同士のぶつかりあい。

・・・まさか!

 

「あの機体にケイゴさんが!?」

『その通りだ』

 

ケイゴさんがブラックサレナに!?

 

『多くの者が適正テストを受け、使いこなせると判断されたのは二人』

「・・・その内の一人がケイゴさん・・・」

『ああ。カグラ・ケイゴ。俺の上官だ』

 

・・・それなら・・・。

 

「話を聞かせてもらうぞ! ケイゴさん!」

 

何故、何故、何故。

ケイゴさんに聞きたい事なんていくらでもある。

その全てを、ケイゴさんにはきちんと話してもらう。

そして、その全てをきちんとカエデに知らせてやらなければ・・・。

カエデが報われないじゃないか!

 

『おっと、俺を無視するとは。嘗められたものだな』

 

クッ。副官だが、なんだか知らないが、無理矢理にでも通させてもらう。

 

「邪魔するなぁ!」

 

ガキンッ!

 

ディストーションブレードを感情のままに突き立てる。

だが、簡単に受け止められてしまう。

 

『教わらなかったのか? 描くべき太刀筋を』

「・・・太刀・・・筋?」

『ふっ。まぁいい。お前にはここで沈んでもらう』

 

・・・太刀筋。

描くべき道筋は淀みなき精神の導。

 

「・・・落ち着こう」

 

すぐにでも訊いたい。

それは偽りなき本心だ。

だが、その前に立ち塞がるものがいるのなら、冷静に対処する必要がある。

焦る必要はない。すぐにでも手が届く位置にいるのだから。

 

『ハァ!』

 

突き付けられるフィールドガンランス。

それを前に、俺はディストーションブレードを構える。

そして・・・。

 

「ハッ!」

 

一閃。ただひたすらに精神を研ぎ澄ませ、一太刀に全意識を集中させる。

狙うべきは足でもなければ、手でもない、ましてや、本体でもない。

俺が狙うべき場所は・・・。

 

『なッ!?』

 

フィールドガンランス。

福寿改のメイン武装。

製作者の一人として、フィールドガンランスの弱点なんて把握済みだ。

ガンとランスを組み合わせた汎用性の高い武器。

だが、組み合わせゆえの弊害もある。

それこそが耐久度の低下。

なかでも、両者の繋ぎ目部分は簡単にへし折れる程だ。

それなら、俺はそこを付けばいい。

武器破壊。別に命を奪うのが怖いという訳ではない。

ただ、今現在における最善の選択をしたまでだ。

 

『なるほど。流石はケイゴに師事されただけの事はある』

「退いて下さい。武器がない以上、もう戦えない筈です」

『ふっ。確かにな。だが、俺も木連式武術を嗜む身。柔術とて・・・』

 

スッーーーダッ!

 

『扱える!』

 

研ぎ澄まされた正拳突き。

油断していたせいもあって、直撃してしまった。

 

「クハッ!」

 

その威力は計り知れず。

コンパクトに振り抜かれた拳にケイゴさん同様DFを纏わせて、辛うじてガードに入れた右腕を破壊し、胸部すらも貫かれてしまう。

その衝撃によって、アサルトピット内の壁に背中から衝突。

・・・ここは生きているだけでも喜ぶべきか?

少しでもズレていれば、アサルトピットを直撃していてもおかしくなかったのだから。

 

『フッ。命拾いしたな』

 

・・・確実に劣勢。

向こうの武器を破壊した事で油断して己を呪いたい。

自分にとっても利き腕である右腕を破壊され、胸部をも破壊。

どこの制御盤が損傷したかも分からず、無茶な事も出来ない。

ここは退くべきだ。それは分かっている。

だけど、果たして退かせてくれるのだろうか。

 

『さて、そろそろ―――』

 

ダンッ!

 

『・・・そう簡単にはいかないようだな』

 

ぎこちない動きしか出来ない俺に迫ってくる敵機。

やられるかと焦ったが、幸運な事に味方に助けられた。

俺と敵機との間を駆け抜ける弾丸。

 

『これも私の仕事よ』

「イズミさん! 助かりました」

 

唯一、一対一に参加する事なく、後方支援という役に徹してくれているイズミさん。

彼女の援護のお陰で、十分な距離を稼ぐ事が出来た。

 

『無事か!? コウキ』

「ガイ! お前」

『ああ。俺の方はとっちめた。援護してやる』

 

福寿と対面していたガイが福寿に勝利してこちらにやってきてくれた。

流石はガイだ。福寿相手にでも勝利を飾ってみせた。

 

『なるほど。二対一、か』

『へっ。怖気づいたか?』

『なに。これで本気が出せると思っただけだ』

『吠えていろ』

 

・・・俺の存在、忘れられているね。

まぁ、思考回路が似ているからだと思うけど・・・。

 

『コウキ! てめぇは一度帰艦しろ。その状態じゃ足手纏いだ』

「分かった。すぐ戻る」

『へっ。別に倒しちまってもいいんだろ?』

「あ、ああ!」

 

カッコ良すぎるぞ。ガイ。

でも、実際、福寿改にエステバリスじゃ厳しいのは事実。

急いで補給して戻ってこないとガイがやばい。

すまん。耐えてくれ。ガイ!

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「ルリちゃん。GBチャージ」

「グラビティブラスト。チャージします」

 

エステバリスが福寿の相手をしている中、私達ナデシコはナデシコCの相手をしている。

言わば、艦隊戦。より多くの弾幕を張り、より強い攻撃をした方の勝ち。

そう、それが本来の艦隊戦。それなのに、今、私達を絶望が襲っている。

 

「・・・駄目です。グラビティブラスト。全て弾かれています」

 

その艦隊戦の前提を覆してしまう存在。

それが最強の盾たるディストーションフィールド。

武装面の充実では負けていないナデシコが勝利を飾れない理由がそこにある。

突破できないのだ。向こうのDFが。

五年という技術革新の差が痛い程に証明されてしまっている。

向こうのGBは着実にこちらに損傷を与え、向こうのDFは確実に攻撃を防ぐ。

こちらのGBは直撃前に未然に防がれ、こちらのDFは少し堅い程度の盾に成り下がっている。

たかがGBだけの砲撃艦と侮ってはいけない。

ナデシコCはグラビティブラストだけで成立してしまっているのだ。

まるで要塞かのような堅固な護りと砲撃を持って。

 

「分かりました。相転移砲を撃ちます」

「・・・相転移砲、チャージ開始」

 

その戦況を打破する事が出来るのは相転移砲ぐらい。

でも、チャージまでの溜め時間が長いという大きな欠点がある。

・・・大きな賭けになるでしょうね。

 

「ミナトさん。御願いします」

「・・・任せて」

 

盾が役に立たないなら、回避すればいい。

その為に、私がいるの。

こんな所で負ける訳には―――。

 

「ッ! Yユニット内部で謎の爆発。これは・・・」

「・・・ボソン砲」

 

ボソン砲まであるの?

そんな・・・。

 

「チャージ中止。幸か不幸か、チャージエネルギーが少ない為に内部崩壊はありませんでした」

 

・・・でも、これで対抗策を失ったという事に。

逆転への道が、完全に封じられた。

・・・それだけじゃない。

驚異的なボソン砲がいつもナデシコを狙う事になる。

 

「ナデシコ後退し―――」

 

ドガンッ!

 

艦長の言葉を遮るかのように爆発音が響き渡る。

 

「機関部損傷! エンジン効率が20%下がります」

 

一瞬の攻防。

ボソン砲の存在を感知してから、即行で退いていれば防げたかもしれない事態。

でも、それも仕方がない。

前線にはエステバリスがいるのだ。

そう簡単に下がる事は出来ない。

 

「・・・ナデシコCにボソン砲が積み込まれているのは予想外でした」

 

いつでも冷静なルリルリが冷や汗を浮かべながら告げる。

 

「でも、考えられない事じゃなかったわ。予測しなかったのは私達のミス」

「・・・はい」

 

そう、私達のミスだ。

先日、恐怖と共にボソン砲の有効性はこの身を持って理解していた筈。

それなのに、ナデシコCの規定概念に囚われて、予想すらしていなかった。

最先端の戦艦に有効的な武装を積み込むのなんて当然の事なのに。

・・・こんなんじゃ駄目だ。

さっきから想定外のことばかりなのに、私達は想定の範疇内でしか動けていなかった。

もっと柔軟に物事を考える必要がある。

 

「エステバリス隊。ヤマダ機が敵機を破壊。マエヤマ機の援護に向かうようです」

 

少しホッとした。

でも、気を抜いちゃいけない。

 

「マエヤマ機。後退しています。損傷が激しい為、帰艦する模様」

 

・・・コウキ君。

こんな事しか言えなくて情けないけど・・・。

頑張って。辛いと思うけど、頑張って。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「・・・逆転は望めない・・・か」

 

ナデシコA対ナデシコCは劣勢。

エステバリス対福寿&夜天(ブラックサレナ)は拮抗。

ガイが敵機を倒したものの、俺がやられてしまっている。

とりあえず帰艦すればどうにかできるからいいけど、拮抗に変わりはない。

このままじゃ確実にジリ貧だ。

何かしらの幸運がなければ、いつか、こちらがやられてしまう。

後退・・・は不可能だ。

ナデシコAとナデシコCとでは速度差があり過ぎる。

こちらが逃げたとて、すぐに追いつかれてしまうのがヤマだろう。

その為には、誰かが戦場に残って敵を食い止める必要がある。

所謂、殿(しんがり)って奴だ。

その役目は・・・。

 

「帰艦した俺がやるべき事だよな」

 

実行に移せるのなら一刻も早く移した方が良い。

殿を務める為には外付けバッテリーを搭載させる必要があり、

その作業を迅速に行えるのは今現在、ナデシコに戻っている俺だけ。

それに、幸い、俺なら一人残っても一瞬で移動できるボソンジャンプがある。

俺以上に適任はいない。

問題は食い止める事が出来るかどうかだが・・・。

 

「そこは気合だよな」

 

最早精神論だ。

技術や機体性能じゃない、生き残るという思いで打ち克ってみせる。

 

「おい。マエヤマ。フレーム換装と補給、終わったぞ」

「・・・ウリバタケさん」

「・・・お前、何考えてやがる?」

 

流石は尊敬すべき大人の一人、ウリバタケさん。

俺の考え、読まれちゃっているな。

でも、大人だからこそ、割り切ってもらわないと困る。

 

「作業を終えてすぐにで申し訳ないんですが、バッテリーを御願いします」

「・・・てめぇ・・・」

「別に自身を犠牲にしている訳じゃありませんよ」

「・・・本気なんだな?」

「もちろんです」

「・・・艦長にはてめぇで言えよ」

「了解しました」

 

・・・すいません。ウリバタケさん。

さてっと、早速、報告しましょうか。

非常に嫌な状況になる事は眼に見えているけど。

 

「・・・艦長」

『マエヤマさん。出られますか?』

「はい。でも、その前に一つだけ良いですか?」

『えっと、何でしょう?』

「俺が・・・俺が敵を食い止めます。だから、ナデシコは後退してください」

『マ、マエヤマさん! それは出来ません!』

「艦長なら分かるでしょう? このままじゃどうなるか」

『そ、それは・・・ですが!』

「それなら、ビシッと言っちゃってください。殿を務めろって。ナデシコが逃げる時間を稼げって」

『で、でも・・・』

 

本当に貴方は優しい人だ。

その優しさはもしかしたら、艦長という役目には不向きなのかもしれない。

でも、そんな貴方だからこそ、俺達ナデシコクルーはついて行くんですよ。

貴方が艦長で良かった。

きっと、俺だけじゃない。皆もそう思っている筈です。

でも、だからこそ・・・。

 

「甘えるな!」

『ッ!』

 

貴方を信じるナデシコクルーをこんなところで死なせちゃいけない。

ナデシコはこれからの希望なのだから。

 

「艦長なら一人の命より多数の命を優先しろ! それが艦長の仕事だ!」

『・・・マエヤマさん』

「それに、大丈夫ですよ。俺には秘策がありますから」

『・・・分かりました』

『艦長!』

『そんな事!』

『マエヤマさんを犠牲にするなんて・・・』

 

わお。後ろがカオスだ。

 

『・・・コウキ君』

「・・・ミナトさん」

 

ちょっと会いたくなかったかな。

また悲しませてしまうんだろうし。

 

『貴方はいつも私に心配をかけてばっかりね』

「アハハ。面目ありません」

『・・・戻って・・・くるのよね?』

「俺は不死身の男ですよ?」

『調子の良い事ばっかり・・・』

「すいません」

『死んだら許さないんだからね』

「もちろんです。俺には護るべき家族がいますから。最後まできちんと責任を持って護り抜いて、笑顔で、老衰で死ぬ予定です」

『・・・分かった。私はもう何も言わないわ。コウキ君は約束を護るって知っているし』

「光栄です」

 

・・・何だろう? 何故か、いつも以上に冷静でいられる。

変だな。異常な精神状態だ。殿に立つ人ってこんな感じなのかな。

 

『さてっと、選手交代。・・・セレセレ』

「うげっ」

 

罪悪感に苛まれちまうぞ、俺。

 

『・・・信じています』

「・・・セレスちゃん」

『・・・家族になろうって言ってくれました。私は貴方を信じます』

「信頼には応えなくちゃね。任せて。セレスちゃん」

『・・・はい。それで、無事に帰ってきたら・・・』

「帰ってきたら?」

『・・・抱き締めてください。力強く、抱き締めてください』

「・・・うん。分かった。約束する」

『・・・げんまんです』

「もちろん。嫌って程」

『・・・ポッ』

 

・・・こうまで約束しちゃったからな。

何があっても生き残ってやろうじゃないか。

その為にも、まずはきちんとナデシコを逃げさせてみせる。

 

「・・・マエヤマ。準備、出来たぞ」

「はい。ありがとうございます。ウリバタケさん」

「俺からは何も言わねぇ。いや、一つだけ言わせてくれ」

「なんでも」

「約束、きちんと護ってやれよ」

 

・・・聞こえていたのか。なんか恥ずかしいな。

 

「約束破る奴は最低の野郎だぞ」

「最低になったら嫌われちゃいますかね?」

「あたぼうよ。まぁ、ミナトちゃんの心のケアは俺がやっとくがな」

「それは困ります。ウリバタケさんに取られたら泣くに泣けません」

「ハッハッハ。若造が」

 

ガシッ!

う、ちょ、ちょっと、首絞まってますってば。

 

「なら、よ。きちんと帰ってこいや。ミナトちゃんはお前の女だ」

「・・・ええ。もちろんです」

「おう。行って来い」

「はい。行ってきます」

 

ウリバタケさんのもとから離れ、エステバリスに乗り込む。

破損したフレームの代わりは予備の高機動戦フレーム。

うん。予備があって良かった。早速運がいいぞ。

武装は中から遠距離特化。

ひたすら時間を稼いでやろうと思う。

 

「・・・やるか」

 

エステバリスの中、ゆっくりと眼を瞑る。

いつになく落ち着いている自分が不思議でたまらない。

 

『マエヤマさん』

「艦長。ご指示を」

『はい。マエヤマ機は敵艦隊を引き付けてください。その間にナデシコは後退します』

「了解!」

 

ビシッと敬礼を返す。

ふふっ。今の威厳ある敬礼姿。軍人っぽいですよ。艦長。

 

「艦長。辛い指示を出させてすいません」

『いえ。私はいいんです。マエヤマさん』

「はい」

『必ず戻ってきてください。艦長命令です』

「了解しました。軍内において、上司の命令は絶対ですからね」

『はい。絶対です』

 

ニッコリと笑うユリカ嬢。

でも、その中に少しだけ蔭りがあるのを俺は見付けてしまった。

 

「御武運を」

 

貴方の責任じゃありません。艦長。

これは俺の独断。貴方が心を痛める必要はないんです。

 

『マエヤマさんも、御武運を祈ります』

 

ビシッと再度敬礼。

そして、それに続くようにブリッジの皆が敬礼してくれる。

 

「・・・まいったな」

 

眼の前のモニタに映し出されるブリッジ映像。

そこに映る全ての者が敬礼で俺を送り出してくれている。

 

「・・・今なら何でも出来る気がする」

 

今、俺は彼らの命を背負っている。

その重みが苦しい時もあるだろう。

でも、今の俺には何よりも力になってくれていた。

その重みこそが、今の俺の原動力だ。

 

『エステバリス各機へ。帰艦してください』

『帰艦だぁ!? んな事してる余裕ないだろ!』

『作戦です。とにかく今は帰艦を』

『わーったよ。帰艦する』

 

次々と帰艦してくるエステバリス。

後は・・・アキトさんだけ。

多分、アキトさんもまた残るつもりだろう。

でも、俺とアキトさんは違う。

俺には逃げる術があっても、アキトさんにはない。

俺には長時間動く為のバッテリーがあるけど、アキトさんにはない。

アキトさんには強引にでも戻ってもらう。

 

「お、おい。なんであいつ出撃準備しているんだ」

「コ、コウキ。何を・・・」

「コウキさん! 貴方はまさか・・・」

「・・・そう。それが貴方の選んだ道なのね」

「・・・カッコ良すぎるぞ。良すぎるじゃねぇか、コウキ。だが、そんなの男じゃねぇよ。お前の教えてくれた男はそうじゃねぇ。愛する女を残して死ぬような事は・・・しねぇ。そうだろ? コウキ」

「まったくカッコつけちゃって。でも、その行動は賞賛に値するよ」

『マエヤマ機。発進』

「了解! マエヤマ機。発進します」

 

漆黒の宙に再度駆け出す。

俺のなすべき事。それは酷く困難な道のりだ。

でも、必ず成し遂げてみせようじゃないか。

自らも生き残り、ナデシコをも生かす。

その唯一の方法なのだから・・・。

 

 

 

 

 



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決死の退き口

 

 

 

 

 

「・・・よし」

 

ナデシコから重装備のエステバリスに乗って飛び出す。

一応はディストーションブレードを一振り腰に備え付けてあるけど、多分使わない。

接近したらその分、大きな隙になって、危険に陥ると思うから。

とりあえず、ガントレットアームの装着は必須。

これは牽制用として戦闘の幅を広げてくれる。

その状態で、両手にレールカノンを装備し、背中に大型レールキャノンを備え付けた。

完璧なまでの射撃仕様。

まぁ、そもそも接近戦大好きの木連軍人に接近戦を挑もうとは思わないから別に問題ない。

そして、秘密兵器として、腰にすぐさま装着が可能なドリルアームを備え付けてある。

もちろん、ディストーションブレードとは逆の方向に。

これは俺の作戦では欠かす事の出来ない武装だ。

ある種、賭けとも無謀とも言える作戦だけど・・・。

確率は低くとも絶対に成功させてみせる、俺の秘策を。

 

「さて、行くか!」

 

視界に映る漆黒の二機。

報告を聞いた限りでは、見事二機の福寿の破壊に成功したらしい。

それに、二対一で相手をしていた福寿改も破壊に成功しており、こちらとしても、あの化物機を二機同時に相手しなくて済むというので一安心といった所だ。

もちろん、こちらの被害も尋常じゃなかったらしいたけど・・・。

だが、残念な事に俺が相手をしていた福寿改はほぼ無傷で残ってしまっている。

流石のガイでも厳しかったようだ。

そして、現在、ナデシコのエステバリスには撤退するように伝えた為、戦場に残っているのはブラックサレナの相手をしているアキトさんと俺の二機のみ。

戦況的は間違いなく劣勢だけど、その状況を覆すだけの策を用意したつもりだ。

 

「アキトさん!」

『コウキか!?』

「命令を聞いてないんですか? 撤退してください!」

『いや。俺はここに残る! 俺にはそうするだけの責任が―――』

「責任なんてどうでもいいんです」

『何?』

「今やるべき事の最善。艦長はきちんと決断しました。次は貴方の番です」

 

ユリカ嬢は辛い決断をした。

当事者である俺が言うのも何だけど、一人と全クルーを天秤に掛ける事が出来た。

今度はアキトさんがそれをする番だ。

自分が自分が、と己を追い詰めずに、現実を見据えなければならない。

現状を把握せずに、全て自分でという考えで無理を通そうとするのは、もういい加減にしないと成功するものも成功しなくなるし、絶対に後悔する破目になる。

 

『何を考えている? コウキ』

「殿は俺が務めます。アキトさんは先に戻り、撤退してください」

『馬鹿な事を言うな。お前だけにそんな役目をさせる訳にはいかんだろう』

「いえ。それこそ、今のアキトさんには無理です」

『・・・どういう意味だ?』

 

なんか軽く殺気立っているんですけど・・・。

別に実力不足とか、そんな事を言っている訳じゃ決してありませんよ。

 

「アキトさんは今も変わらず重力波に出力を依存しています。どれだけアキトさんが凄腕のパイロットであろうと、機能停止になれば御終いです」

 

エステバリスの利点であり、弱点。

出力を他者の供給によって賄っているという点が正にそれだ。

小型化できるし、出力の安定性、高出力という面では非常に優れている。

だが、それ故に、距離を制限という大きな枷が付いてしまう事も事実だ。

 

『それはコウキも変わらないだろ?』

「いえ。出来るだけのバッテリーを積んできましたから」

『・・・それでそんなにもゴツイのか』

 

・・・まぁ、否定はしません。

重火器ですらたくさん背負っているのに、外付けバッテリーまでですからね。

ドリルアームも結構幅取っているし、ゴツイってのは自覚しています。

 

「とにかく、です。ナデシコが撤退している以上、アキトさんも下がらなければなりません」

『だが!』

「クドイです。それに、俺だって勝算のない戦いは挑みませんよ」

『・・・信じていいんだな』

「もちろんです」

『・・・分かった。俺はナデシコと共に後退する』

「はい。そうしてください」

『但し、だ。距離ギリギリまでは援護に回る。それだけは譲れん』

 

まぁ、俺としても助かるから、拒否はしませんけど・・・。

 

「あんまりこっちに集中してナデシコから離れないでくださいよ」

『ふっ。無論だ。俺を誰だと思っている?』

 

あらまぁ、ニヒルな事で。

 

「ナデシコの事。任せました」

『ああ。コウキこそ、きちんと帰って来いよ。犠牲になるつもりなんて毛頭ないんだろ』

「うす」

『了解した。後は・・・任せたぞ』

 

そう言いつつ、飛び立っていくアキトさん。

当然、ブラックサレナがそれを追った。

だけど、それを許す訳にはいかない。

この戦場で最もスピードのあるブラックサレナをどれだけ抑えられるか。

それも、殿たる俺にとっては重要な事。

ブラックサレナはどうか分からないけど、他のエステバリス系は重力波に依存している筈。

ナデシコとナデシコCの距離さえ離してしまえば、追い付く事は不可能。

ブラックサレナとて、単機では流石に向かってこないだろう。

性能さで劣っていても互角まで持っていける凄腕パイロットがいるのだから。

さて、撤退の目処が付いた所で・・・。

 

「久しぶりですね。ケイゴさん」

 

逃しはしませんよ。ケイゴさん。

きちんと、貴方には話して頂きます。

 

『・・・・・・』

「だんまりですか? ですが、教えてもらいました。木連優人部隊所属カグラ・ケイゴ大佐」

『・・・ええ。お久しぶりですね。教官』

 

・・・本当にケイゴさんだったんだな・・・。

ここは安堵するべきなのか、悲しむべきなのか。

ケイゴさんが生きていた事は素直に嬉しいけど、敵になっているってのは結構辛いものがある。

 

「教官っていうのは勘弁してください。もうその役目は終わっているんですから」

『いえ。私にとってはいつまでも教官ですよ。コウキさん』

「それは光栄です。・・・さて、ケイゴさん」

『・・・はい』

「色々と聞きたい事がありますが、どうしたら話してくれますかね?」

『教官に対して私が教える理由がありません』

「それなら、ケイゴさんにとって教えるに値する理由を作り出せば良いと?」

『・・・そうなりますね』

「・・・それなら、ここは戦場ですから。戦って、勝ち、そして、聞かせてもらいましょう」

『望む所です』

 

・・・状況的には完璧・・・かな。

これで俺の目的である情報収集と殿としての目的であるブラックサレナの引き付けが同時に成立した。

後は・・・俺が全力を尽くすのみ!

 

「・・・モードをカスタムに移行」

 

恐れるな。立ち向かえ。

 

「・・・フィードバックレベルを・・・最大に」

 

憎むべくは己の異常じゃない。

それを使いこなせない自身の心の弱さだ。

 

「・・・情報伝達速度を・・・最大に」

 

自らを嫌うな。

セレス嬢は己の異常を受け入れ、誇りにした。

それなら、俺にだって、出来る筈。

受け入れろ。誇りに思え。

俺の力は異常だ。

だが、だからこそ、誰かを、何かを護る事が出来る。

嫌う必要なんて・・・どこにもないだろう?

 

「並列思考展開。さぁ・・・始めようか」

 

異常な俺だからこそ出来る。

俺だけの異常な撤退戦を。

 

 

 

 

 

「ハァ!」

 

ダンッ! ダンッ!

 

絶え間なく動き回る。

数という戦闘における絶対的な要素で負けている以上、正面から相手をしてはならない。

常に移動して、向こうを撹乱しつつ、隙を突く。

現状で取りえる事が出来るのはこの動きのみ。

 

『クッ。隙がない』

『何故こんなにも狙いが定められる!?』

『・・・これが教官の真の実力ですか』

 

だが、そんな状態でも俺が押される事はない。

二つある秘策の内の一つ。

並列思考によるシステムとの共存。

以前、俺はシステムに意識を乗っ取られ、敵味方差別なく攻撃を繰り返した事がある。

あれは二度と忘れてはいけない苦い思い出であり、トラウマの根本でもあった。

だが、苦々しい中に、ある思い掛けない事実を発見したんだ。

それこそが、システムに意識を奪われている際の戦闘能力の向上。

事実、あの時、自身の能力の何倍も凄まじい戦闘能力を発揮していた事が後のデータで分かった。

それなら、これを利用しない手はないな、とそう考えていた。

システムに乗っ取られたのは己の未熟。

それなら、より鍛えればいい。

トラウマを克服した後、俺は必死にシステムとの共存を成そうと努力した。

だが、結果は散々。成功する事なく、配線を焼き切るような結果に終わってしまった。

もう無理なのだろうかと、諦めかけていた時に発生したコミュニケ事件。

あの時、俺は二つの人格を同時に存在させるという摩訶不思議な事態に立ち会った。

事件の最中は、切羽詰っていた為に気付きもしなかったが、解決後、ある事に気付く。

この状態を維持する事が出来れば、同時に二つの事を考え、実行する事が出来るのではないかと。

あの時の状態を参考にして、可能性の話でしかなかったが、早速実行に移した。

もちろん、素の状態で並列思考なんて、まず無理。

そんな芸当は俺には出来ない。この世界がたとえSFの世界であろうと俺には無理だ。

だから、補助脳に補助人格のようなものを作製し、緊急時に協力してもらう事にした。

通常のIFSによる補助脳では制御しきれないデータも俺の補助脳なら制御できる。

また、二度も意識を奪われるという事態が逆にプラスになってくれる筈だ。

そう半ば確信した上での賭けだったが、成功した時はホッとしたものだ。

やはり恐怖は恐怖だったらしい。うん。仕方ないだろう。

これによって、補助人格が生成され、緊急時における並列思考が可能になった。

この時は、単純に並列思考が出来る事に喜んでいた。

IFSはイメージ次第で如何様にも変わる。

だから、並列思考によって負担も減り、一つの事に集中する事が出来ると。

違う意味で、単純に憧れていたのも否定はできないが・・・。

当時はこの並列思考をうまく用いる戦闘方法の構築に力を注いでいた。

だが、この並列思考の真価はそんな事ではなかったんだ。

システムに意識を奪われる事に対して必死に抵抗していた俺。

でも、不意に気付いた。

奪われるなら奪われてしまえばいい。

その上で、暴走しないように自身できちんと支配すればいいんじゃないか、と。

並列思考というありえない技術を習得したからこそ出来る芸当。

戦闘中、補助人格をあえてシステムに奪わせ、その状態で俺自身の戦闘を補助させる。

もちろん、補助人格もあくまで俺であり、負担が一切掛からない訳ではない。

システムに奪われた補助人格を更に支配するのだって一苦労だ。

だが、自身がシステムに奪われるよりは何倍もリスクが少なく、同等の戦闘能力が得られる。

その為なら、どんな苦労でも背負ってやろう。

正に俺だからこそ、いや、異常を抱える俺にしか出来ない戦闘方法である。

 

「遅い!」

 

ピンポイントにレールカノンを放ち、敵機体の頭部を撃ち抜く。

撃破とまではいかないが、メインカメラを破壊した。

無理せずに撤退するだろう。

これで残るは福寿改とブラックサレナのみ。いや。夜天か。

 

『よくも!』

 

福寿改がこちらに飛び込んでくる。

先程はやられたが、今の俺がやられる訳にはいかない。

 

「甘い!」

 

フィールドガンランスの先端をいなし、脇に足を突き刺す。

先端にディストーションフィールドを纏った足先だ。

強引にでも充分の威力を有する。

 

『クッ。この程度』

 

だが、敵もそうは甘くないようだ。

こちらの蹴りが命中する前にDFを脇に固めていた。

威力はあっても、貫く事が出来なければ大したダメージにならない。

 

「・・・・・・」

 

でも、その程度は何の問題もない。

今の俺がする事は時間稼ぎ。

そして、もう一つの策を実行する機会を伺う事。

それだけだ。

わざわざ接近戦の相手をしてやる必要はない。

 

『逃げるなぁ!』

 

当然、突っ込んでくる福寿改。

しかし、俺も一度決めた事は何がなんでもやり通してみせよう。

 

「逃げる!」

 

ガントレットアームからの牽制。

威力はDFを纏っている福寿改にとって皆無のようなもの。

でも、多少の動揺を与える事は出来る。

 

『クソッ』

 

そして、また再び始まる高機動しながらの射撃。

速度で劣っていようと、的確に牽制する事で近付けさせない。

 

『シンイチ。下がれ!』

『ケイゴ!』

『・・・俺が行く』

『チィ!』

 

福寿改が下がる。

そう、この状態で戦闘を行えるのは夜天のみ。

牽制を物ともしない強固なDFを常時発動し、一直線に進んでくるのは脅威以外の何物でもない。

・・・近付かれるのは仕方ないな。

それなら、近付かれてからお返ししてやろう。

幸運な事に、夜天の近接格闘能力はエステバリスよりも低い。

夜天で接近戦を挑むのは愚の骨頂だ。

 

『ハァァァァァ!』

 

凄まじい速度で飛び込んでくる夜天。

先程の福寿改とは比にならない程のスピードで圧迫感が凄まじかった。

でも、それで、その程度で怯む訳にはいかないんだよ!

 

「ハァ!」

 

頭部から飛び込んでくる夜天に向けて両手を突き出す。

 

『グ・・・ググ・・・』

「うお・・・おおぉぉぉぉ!」

 

拮抗するディストーションフィールド同士。

身体全体にDFを覆わせた夜天と両手にのみDFを纏わせた俺。

集中させた分、強度や出力が増すのは当然の事。

それなのに、拮抗してしまうのだから、技術力の差に戦慄する。

 

『ハッ!』

 

拮抗した状態で突如機体を回転させる夜天。

その突然の事態に対応する事が出来ず、テールバインダーを喰らい、体当たりをも成功させてしまった。

 

「グッ」

 

フィードバックレベルの上昇には弊害がある。

それこそがこの痛みのフィードバック。

補助脳にフィードバックを担当させていてもこの痛み。

実際に俺が担当していたらどれだけの痛みだった事か。

・・・まぁいい。

痛みがあるからこそ、生きていると実感できる。

痛みがあるからこそ、護るべき者がいると実感できる。

 

『やはり威力はありませんか』

 

当然だ。

体当たりはどれだけスピードが出せるかで決まってくる。

停止状態からの体当たりなんて大したダメージにはならない。

たとえ俺自身に痛みが来ようと、機体が無事なら何の問題もない。

 

「・・・どうするか」

 

対面する夜天。

後ろには福寿改が虎視眈々と俺を狙っている。

見た所、射撃能力に関してはそれ程優れている訳ではないから問題ない。

実際、福寿改のパイロットは接近戦志向だ。

ケイゴさんに関しては俺のせいで・・・己惚れかもしれないけど、射撃能力も優秀。

夜天の性能をきちんと発揮させている。

もちろん、アキトさん程ではないと思うけど・・・。

 

「・・・行けるか?」

 

狙うはナデシコC。

最後の秘策にして、この状況を一瞬にして打破できる俺の持ち得る最高の切り札。

それを実行する為には、とにもかくにも、ナデシコCに接近しなければならない。

 

「・・・ああ。行くしかない」

 

玉砕覚悟なんてつもりはない。

生き残る為に、死地に飛び込んでやろうと思う。

死中に活あり。死を恐れる者より恐れぬ者の方が生き残る。

それが戦場の習い。腹、括れ。マエヤマ・コウキ。

 

「・・・ドリルアーム装着」

 

右手にあるガントレットアームを外し、拳で握り潰す。

この情報まで向こうに渡す訳にはいかないからな。

そして、腰の備え付けていたドリルアームをその上から装着する。

 

『おぉぉぉ! ドリルじゃねぇか』

 

・・・戦場で喜びの声を挙げるとかどうよ?

 

『・・・どうやら実現したみたいですね』

「おっちゃん元案で、うちの優秀な技師が開発に成功しました」

 

そういえば、ケイゴさんは知っていたんですね。

おっちゃんと熱く語っていましたし。

 

『残念です。出来る事なら、私が最も先にドリルを装着したかった』

「可能でしたとも。ケイゴさんがあのまま地球にいれば」

『・・・既にお気付きだと思いますが、私は木連人です』

「知っています」

『私は木連の為にあそこにいた。私情を挟む訳には―――』

「カエデが悲しんでいましたよ」

『ッ! ・・・そう・・・ですか・・・』

 

私情を挟まず、徹底してスパイを演じていたケイゴさん。

そんな彼の仮面を外してしまったのがカエデだった訳だ。

 

『私は栄誉ある木連軍人。たとえカエデを失おうとも任務を果たします』

「・・・・・・」

 

それでも、貴方は諦め切れていない。違いますか?

 

「分かりました。強引にでも本音を話してもらいましょう」

『本音も何も、それが事実です』

「何を言っても変わらないのは分かっています」

 

だからこそ、力尽くにでも、吐かせてやろうって言っているんだ。

 

「行きます」

『・・・ええ』

 

ドリルアームを突き出し、夜天に向ける。

現在の位置状況は、俺、夜天、福寿改、ナデシコCという都合の良いもの。

上手い具合に状況を整えられたようだ。

 

「うぉぉぉぉっぉ!」

 

ドリルを最大限の速度で回す。

威力が乏しくとも貫通力は他武装を抜きん出ているドリルアーム。

強固なディストーションフィールドとて・・・貫ける!

 

『そんなに直線的では容易に避けられますよ』

 

どうぞ、余裕ぶっこいて避けちゃってください。

俺の狙いは貴方じゃありませんから。ケイゴさん。

 

『なっ! 教官。卑怯です!』

 

ドリルアームを向けながら進む俺を上昇する事で避ける夜天。

俺はそれをまるで気にする事なく、全速力で漆黒の宙を駆けた。

 

『シンイチ! 避けろ!』

『狙いは俺かぁ!』

 

夜天のスピードは凄まじい。

だからこそ、隙を突く必要があった。

もし、逆方向に標的がいれば、辿り着く前に追い付かれていた事だろう。

 

「うぉぉぉっぉ!」

 

叫ぶ。

俺の本当の狙いが何かを悟らせない為に、あらん限りの声で叫びあげる。

 

『クソッ!』

『良くやった! シンイチ』

 

間一髪という表現が最も似合う状況下で見事に避けてみせる福寿改。

残念。見事だったけど、俺の狙いは貴方でもないんです。

 

『何!?』

『俺でも、シンイチでもないだと・・・。そうか! 狙いは・・・』

 

そう、俺の狙いはあくまでもナデシコC。

最高速度のまま、俺はナデシコCに飛び込んだ。

 

『神楽月(カグラヅキ)か!』

 

・・・なるほど。ナデシコCはカグラヅキね。

どうやら、完全にカグラ家専用の戦艦みたいだ。

だが、そんな事、もちろん、俺には関係ない。

 

「うおぉぉぉぉぉ!」

 

ナデシコCのDFは他の何よりも強固。

最高の矛を持たない代わりに最高の盾を持たせたのだから当然だ。

フィールドガンランスでも貫けなかっただろう。

ディストーションブレードでは掠り傷すら付かないだろう。

だからこそのドリルアーム。

威力はなくとも、貫通力はナデシコCにも通用する筈。

ナデシコCの横腹を貫くように接近する。

 

『やらせるか!』

 

当然、追い抜いた福寿改から攻撃を受ける。

いずれ、夜天も追い付き、攻撃してくるだろう。

その前に、このDFを突破してみせる。

 

「貫けぇぇぇ!」

 

必死に叫ぶ。

今、ここで、突破に成功しなければ、全てが台無しだ。

 

『そこまでです!』

 

そこまでです、じゃないんですよ。ケイゴさん。

もう・・・。

 

「遅い! ハァァァァ!」

 

先端が潰れる程の圧力を発揮し、二度は使えないであろう程にペチャンコになるドリルアーム。

だが、その犠牲の甲斐あって、見事にDFを突破してみせた。

 

『しまった!』

 

ナデシコCの弱点。

それは武装がハッキング以外に正面のグラビティブラストしかない事。

今のように、横から侵入してさえしまえば、妨げるものは何もない。

 

『シンイチ! 止めろ!』

『おう!』

 

感謝の意を込めつつ、潰れたドリルアームを敵に向けて投げ捨てる。

 

『クソッ! 接近させるな!』

 

ありがとう。お陰で助かった。

後は・・・秘策を実行するまで。

 

「・・・ダウンロード」

 

恐らく、ケイゴさん達は戦艦を攻撃すると考えているだろう。

それは正しくもあり、間違いでもある。

俺の目的は戦艦を破壊する事ではない。

俺の秘策は・・・。

 

「ナデシコCの制御室は・・・そこか」

 

遺跡より知識をダウンロードし、ナデシコCの制御室を探り当てる。

知識のダウンロードにより頭痛が襲うが、こんなの強制ボソンジャンプに比べたら大した事ない。

 

ゴンッ!

 

迫り来る福寿改と夜天を前に、自身が出せる最高スピードで制御室に肉薄し、拳を叩き込む。

別に制御している部分を破壊しようという訳ではない。

それでは、俺の狙いは達成されないから。

俺の狙いは・・・ナデシコCの掌握だ。

 

「急げ」

 

エステバリスから降り、制御室のコンソールに触れる。

空気圧によって外に吹き飛ばされそうになるが、そこは俺の異常な身体能力。

扉近くの柱にワイヤードフィストのワイヤーを括り付け、強引に接近した。

外からの攻撃に晒されるという恐怖はあるが、エステバリスがガードしてくれている筈。

一刻を争う状況下、命を惜しんでいる暇はない。

 

「オモイカネだね。初めまして」

『初めまして』『貴方は誰?』『ルリの事を知っている?』

 

データは消去されていない。

多分、後々に転化して使えるから。

でも、主導権は奪われてしまっているみたいだ。

 

「俺はマエヤマ・コウキ。ちょっとだけ力を貸して欲しい」

『誰?』『知らない人』『知らない人の言うことを聞くなってルリに言われた』

「信じられないかもしれないけど、そのルリちゃんのお友達だよ。電子の妖精のね」

『本当?』『嘘だ』『嘘はダメだよ』

 

あれま。ルリ嬢に似て頑固だな。

思い込んだら一直線って感じ。

 

「そうか。残念だな。せっかくルリちゃんに会わせてあげようと思ったのに」

『ルリに会えるの?』『本当に?』『嘘はダメだよ』

 

なんか叱られているんですけど・・・。

しかも、二度も。

 

「信じてもらえないかな?」

 

でも、お願いするしか、信じてもらうしかないんだ。

彼らの協力がなければ、俺の作戦は成功しない。

 

『ルリに会いたい』『信じる』『協力する』

「そうか。ありがとう」

 

なんか騙しているみたいで凄い罪悪感が・・・。

でも、ルリ嬢にしたってオモイカネと会いたい筈。

約束もしちゃったし。

絶対にオモイカネとルリ嬢を再会させてあげようと思う。

 

「じゃあ、頼むね。絶対に会わせてあげるから」

『分かった』『任せて』『いつでも』

 

主導権を握られてしまっている。

それなら、俺が協力して主導権を奪ってしまえばいい。

 

「ハッキング・・・開始」

 

俺の狙いはただ一つ。

ナデシコCのハッキングによる戦力の掌握。

長所が弱点になるなんて事はいくらでもある。

ナデシコCの最大武装であるハッキング。

それをこちらが利用してやれば、艦隊程度の掌握は容易。

まさか自艦の武器が味方に牙を向くなんて、考えもしなかっただろう?

 

ゴンッ! ゴンッ!

 

「侵入がバレたみたいだな」

 

扉を叩く音が聞こえてくる。

・・・自分でも不思議な程に冷静だ。

 

「オモイカネ。空けちゃ駄目だぞ」

『もちろん』『分かっているよ』『いけいけ~~~』

 

ハハッ。期待に応えるとしよう。

 

『そこまでです!』

『抵抗せずに捕まりな!』

 

外部スピーカーかなんかだろう。

フィールドガンランスをこちらに突き付ける福寿改と夜天から声が聞こえた。

 

「・・・・・・」

『残念でしたね。教官。そこまでです。大人しく捕まってください』

「・・・ケイゴさん」

『こちらとしても貴方に対してはきちんとした待遇を―――』

「残念ながら、チェックメイトです」

 

その瞬間、俺以外の全てのものが動きを止めた。

 

 

 

 

 



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和平への歩み

 

 

 

 

『な、何が起きたんだ!?』

『動け! 動けぇぇぇ!』

 

スピーカーから響いてくる声。

残念ですが、既に貴方達は俺の支配下です。

 

「さてっと、まずは戦闘データと戦闘映像を削除するか」

『了解』『分かった』『OK~~~』

 

この戦闘データを次に繋げられたら困るので削除。

この映像で俺に眼が付けられるのが嫌だから映像も削除。

うん。完璧かな。

ナデシコCのデータも消そうか悩んだけど、それは状況次第って事で。

オモイカネの記憶は完全に取っておきたいし。後は・・・。

 

『・・・教官。何をしたんですか?』

 

さぁ、どうするか。

正直に全てを話して、交渉材料にしてもいいけど、

そうするとハッキングの危険性に気付かれてしまう。

現状では無理かもしれないけど、ナデシコCが手元にある以上、いつハッキングの脅威が地球側を襲うかは分からないしな。

下手に情報を向こう側に渡すのはまずい。

この状態のままナデシコCを地球に持っていっても構わないけど・・・。

・・・どちらにしろ、今の所は誤魔化しておくか。

コミュニケの設定は適当に弄くってっと。

 

「ケイゴさん。俺の本職はプログラマーですよ。全てを機能停止にする事ぐらい簡単です」

 

制御にはオモイカネが必要なコミュニケ。

今回、ナデシコCのオモイカネに協力して頂き、通信を送りました。

ありがとうございます。

 

『なるほど。ウイルスでも仕掛けましたか?』

「まぁ、そんな感じです。貴方達の戦艦を経由すれば容易に行えます」

『・・・敵いませんね。教官には教わってばかりです』

「そんなつもりはありませんけど?」

『いえ。今回も大事な事を教わりました。戦闘は決して戦闘力だけではないと』

 

まぁ、僕の場合は反則ですけどね。

 

「さて、ケイゴさん。貴方にはいくつも聞きたいが事があります」

『・・・・・・』

「答えさせるだけの状況を作り上げたつもりですが?」

『・・・確かに』

 

今、向こうはハッチを空ける事も出来ない。

俺の質問に答えない以上、コクピットから抜け出す事も出来ないんだ。

もちろん、殺したい訳じゃないから、空気の循環はきちんとさせているけど。

 

『貴様! このような手段! 卑怯極まりないぞ!』

 

えっと、確か、キノシタだったかな?

 

「胸を張って言える言葉じゃないですけど、勝てば官軍なんですよ?」

『クッ、クソォ』

 

実際、あの絶望的な状況を引っくり返すにはこれしかなかった。

卑怯と言われてもね、俺の十八番は機動戦じゃなくてこっちだし。

 

「先程、そこの方から聞きました。突如として現れた未知の技術、と」

『・・・シンイチ。余計な事を・・・』

『す、すまん』

 

あぁ・・・。確かに上官なんだな。

ケイゴさんの口調にも遠慮がないし。

 

「カグラヅキ・・・でしたよね?」

『はい。間違いないですよ』

 

流石に艦名だけじゃ動揺しないか。

 

「そして、夜天。貴方達は創り上げたのではない。偶然、手に入れた」

『・・・・・・』

「その技術、既に多くの兵器に転化しているようですね」

 

現状、エステバリスカスタムが二機作り上げられただけ。

だが、恐らく、それだけという事はないだろう。

既に何十機と製造されていてもなんら不思議はない。

 

『・・・ええ。その通りです』

 

・・・やはり。

エステバリスカスタム以外にも製造されたものがあるらしい。

多くの、と訊いて、素直に応えたのだからその可能性は高い。

 

「ケイゴさん。俺は勘違いしていましたよ」

『は?』

「木連人はジンのような機体を好み、福寿のような機体は好まないと思っていました」

『・・・その認識は間違っていませんよ。事実、福寿は受け入れられていません』

「なるほど。それなら・・・」

 

木連軍人の多くがジンシリーズを好む中、こうまで福寿系統に拘るカグラ艦隊。

恐らく、今まで戦ってきた福寿はケイゴさんと縁がある部隊なんだろう。

 

「何故、福寿が量産できるのですか?」

 

核心を突く。

カグラ家にどれだけの権力があるかどうかは分からない。

だが、権力があるだけで、果たして嫌われている機体を量産できるだろうか?

もちろん、権力で強引に通す事も出来るだろう。

でも、そんな事を、果たしてあのケイゴさんがするだろうか?

 

『・・・教官。貴方には全てお話しましょう』

『おい! ケイゴ!』

『シンイチ。どちらにしろ、俺達の目的の為には地球の組織と接触する必要がある』

『しかし、こいつにそんな力はないだろう?』

『いや。俺は教官こそが戦争を行く末を担っていると確信している』

 

ケイゴさん、それは是非とも考え直して・・・。

過大評価過ぎる。

 

『教官。教官は優人部隊をご存知ですか?』

 

優人部隊。

草壁中将が実質的にトップを張る木連のエリート軍団。

遺伝子改良によってB級ジャンパーとなった木連側の中核部隊といった所か。

それに、エリートと言われるだけあって、木連式柔術などの武術も極めている。

言い方を変えれば、草壁に心酔する木連屈指の草壁シンパシー。

うん。どんな言い方しても厄介極まりない集団だね。

 

「あまり良い印象はないですね」

『・・・なるほど。では、優人部隊内にも派閥がある事はご存知ですか?』

「へ?」

 

そ、そうなの?

俺はてっきり草壁派一筋かと思っていた。

 

「えっと、草壁中将の派閥だけじゃないんですか?」

『中将をご存知とは・・・。教官はなんでもご存知なのですね』

「・・・あ。うん、まぁ、はい」

 

アハハと苦笑いして誤魔化してみる。

まぁ、誤魔化しているってバレてるだろうけど、スルーしてくれるよね?

 

『まぁ、いいでしょう』

 

流石です。ケイゴさん。

 

『優人部隊は木連軍人のエリート達が集まってくる部隊です』

「はい」

『そのような部隊を何故中将だけに任せるのでしょうか?』

「えっと、それじゃあ、権限を握っているのは草壁中将だけじゃないと」

『ええ。草壁中将は権限を与えられている一将校でしかありません』

 

でも、実質的に権限を握っているのは草壁なんだよな?

その辺りはどうなんだろう?

 

「推測するに、ケイゴさんか、もしくはケイゴさんの親類の方か。そのどちらかに草壁中将と同じくらいの優人部隊に対する権限が与えられているんですね」

『流石は教官ですね。その通りです』

「それなら、何故、草壁中将があれ程までに幅を利かせているのですか?」

『彼のカリスマ性とでも言えばいいんでしょうか。中将は木連の原典ともいえるゲキ・ガンガーを巧妙に用い、その弁舌能力と共に民衆を上手く誘導し、他将校より高い権限を得たのです』

 

・・・なるほど。

それまでゲキ・ガンガーは決して徹底抗戦を訴える道具ではなかったんだ。

民衆の誰もが、その中でも軍人達が圧倒的に支持するゲキ・ガンガー。

それを何の目的にせよ利用しないのは勿体の無い事。

そうして得た結論が草壁中将によるゲキ・ガンガーを用いた民衆誘導。

道理で現実路線を行く草壁がゲキ・ガンガーのような理想を語った訳だ。

彼にとってはあくまで起爆剤だったんだな、ゲキ・ガンガーは。

 

「・・・ケイゴさんの所属する派閥はどのような?」

『カグラ大将を中心とした和平派、とでも言えばいいんでしょうか』

「わ、和平派!?」

 

この時期に和平派が存在していたのか!?

というか、カグラ大将って誰さ!? ケイゴさんの父親?

 

「木連は地球に恨みがあった筈では!?」

『・・・否定は出来ません。私とて恨みがない訳ではない』

「・・・・・・」

『しかし、資源が乏しく、プラントに依存している私達は先が短いのです』

 

要するに、草壁は侵略する事でその危機から脱しようとした。

反面、神楽派は和平を結ぶ事でその危機から脱しようとした。

同じ目的、でも、選んだ方法が違うって事か。

 

「・・・妥協して、和平を望むと」

 

でも、そんな理由で和平を結んだ所で成功する訳がない。

民間意識が徹底抗戦の時に強引に和平を結べば後に争いになる事は必然。

和平を目指すのならば、心底から和平を望む信念が欲しいと思う。

 

『始めはそう考えていました。事実、卑怯千万な輩に膝を折るなんて、と』

 

卑怯千万。

言われて仕方のない事を確かに地球側はしている。

和平の使者の暗殺。事実の隠蔽。

挙げればキリがない。

 

『ですが、一方的に卑怯千万と言える立場ではなくなってしまった。火星大戦を機に』

 

火星大戦。

一方的な殺戮。

宣戦布告もなしに攻撃する事は卑怯以外の何ものでもない。

ハッキリ言って、残虐な行いであり、非難を受けても仕方のない事だ。

 

『教官。私達は実際に火星の地を踏みました』

「・・・多くの死者をその眼で?」

『はい。あまりにも惨い。見るに耐えないものばかりでした』

 

当たり前だ。死体なんて見ていて辛いだけ。

それが自分達の作り出した一方的な虐殺だったら尚更に。

 

『カエデに会って、私は更にその認識を深めました。私達こそ罪深い存在であると』

「・・・カエデが」

『教官。貴方の言う通り、戦争に正義なんてなかったのですね』

 

落胆したように話すケイゴさん。

彼は軍人として、誇りを持ち、信念を持っている立派な人間だ。

もちろん、自国の為という正義を抱えて、活動していただろう。

だからこそ、自国が行った正義の理念に反する虐殺が耐えられないんだろう。

 

『これ以上の悲劇を食い止めたい。それが私達神楽派共通の認識です』

「それは、俺達改革和平派と同じ思いですね」

『はい。だからこそ、私が地球に赴いたのです』

「改革和平派と接触する為にですか?」

『それも勿論ですが、私には二つの目的がありました』

「二つの目的?」

『一つは先程述べた改革和平派との接触。私は神楽派を代表して、改革和平派と接触しました』

「それなら、身元を明かしても良かったのでは?」

『かもしれませんね。ですが、そうするともう一つの目的を果たせなかった。あの時はミスマル提督と面識を持つだけで充分だったのです』

「もう一つの目的とは?」

『教官の事です。既に推測されているのでは?』

「・・・CASですよね? 恐らく、神楽派の権力を高める為に」

『その通りです』

 

当時、といっても、詳しい事は分からないけど、

草壁派と神楽派ではまるで規模が違っていたんだろう。

 

「でも、その話には前提とするべきものがある。違いますか?」

『はい。その通りです。カグラヅキ。それが現れたからこそ実行できた』

 

そうだ。

もし、カグラヅキ、要するにナデシコCが現れなければ、彼らは何も出来なかった。

たとえ和平を訴えようと、草壁派に派閥争いで敗れ、唱える事すら出来なかっただろう。

事実、原作では彼らの事は一切描写されていない。

それは恐らく神楽派が完膚なきまでに敗れ、表に出る事すら出来なかったから。

彼らが台頭できたのは、紛れもなくアキトさん達の逆行が原因。

・・・こうして、一つの要因で未来は改変されていくんだな・・・。

 

『カグラヅキの存在。それがあるからこそ、私達はここまでこじつける事が出来た』

「ジンシリーズの生産を中止し、福寿シリーズの生産を中心にさせた事ですか?」

『それは若干違いますね』

「え?」

『ジンシリーズの生産は中止されていませんよ。福寿シリーズの生産はあくまで私達の派閥だけです』

「それじゃあ、大した生産力では・・・」

『ええ。もっと実権を握れればいいんですが、現在ではこれが限界ですね』

 

・・・なるほど。

福寿とてそう大量に生産できる訳ではないのか。

ちょっと安心したかな。

でも、果たして草壁が福寿シリーズの生産に興味を示さないなんて事があり得るのか?

彼とてエステバリスの性能は知っている筈。脅威も感じていたと思う。

事実、火星の後継者事件ではジンシリーズではなく、夜天光などの小型人型兵器を使用していた。

それなら、今現在、小型人型兵器に着手できる環境があれば、あの現実路線である草壁が手を出さない訳はないと思うんだけど・・・。

 

「草壁派にはその情報は?」

『私達が権力を握るには如何にこちらの戦力が有効であるかは示すしかありません。草壁派にこれ以上権力を握らせない為にも情報秘匿は当然ですよ。確実とまでは言えませんが』

 

・・・ここで思い出されるのが北辰。

彼のような隠密行動に特化していそうな人間が草壁派にいる事は脅威でしかない。

下手すると、既に北辰が福寿の情報を手に入れている可能性がある。

そうなれば・・・。

 

「夜天光が出てくる可能性もある・・・か」

『は?』

「あ、いえ。こちらの話です」

 

既にブラックサレナという五年後の技術がここにはあるんだ。

その情報があれば、決して夜天光の開発は不可能ではない。

まぁ、かなりの時間はかかると思うけど・・・。

 

「ケイゴさん。カグラヅキが現れたのはいつ頃なんですか?」

『今から数えますと二年と半年程前ですね』

「・・・やはり」

 

カグラヅキが現れたのはアキトさんが逆行してきた時とほぼ同時期と考えて良いだろう。

そうなると、既に二年半もの期間、

ブラックサレナやナデシコC、ユーチャリスについて研究されている事になる。

最早、地球側と木連側には五年もの技術差があるといっても過言ではない。

それが神楽派の和平の為に使われればいいけど、抗戦派の為に使われたら泥沼になる。

数で勝る地球と質で勝る木連。

決着がつく頃には人口が半分以下になっていたなんて事もあり得る。

・・・やっぱり、ここは和平派同士での繋がりを深めておく必要がありそうだ。

 

『やはり・・・とは?』

「ケイゴさん。俺はこのような形ではなく、きちんとした形で貴方達と話したい」

『それは・・・私も同じです』

「すぐにでもミスマル提督と連絡が取れればいいのですが、そうもいきません」

『確かに』

「代表して、なんて偉く出るつもりはありませんが、改革和平派の一員として、木連内における和平を目指すグループ、神楽派と繋がりを持ちたいと考えています」

『それでは、教官が和平派同士の橋渡し役を務めてくださると』

「現段階では俺が適任かなと思っただけです。ケイゴさん。俺は貴方を信じていいのでしょうか?」

『・・・もちろんです。私は絶対に教官の信頼を裏切りません』

「分かりました。それなら・・・」

 

コンソールからオモイカネに通信。

 

「ごめんね。もうちょっと我慢していて。絶対にルリちゃんに会わせてあげるから」

『ありがとう』『大丈夫』『我慢して待っている』

「うん。偉い偉い」

 

ハッキングをカット。

ナデシコCの制御を通常制御に戻す。

 

『ん? 動くぞ。ケイゴ』

『・・・ああ。教官。ありがとうございます』

「お礼を言われてもなぁ・・・」

 

お礼を言われるような状況でもないと思う。

 

『シンイチ。頼めるか?』

『そこのお客様をご招待ってか?』

『ああ。大事なお客様だ。態度には気を付けろよ』

『へいへい』

 

う~ん。そういうのって、普通当事者の前じゃ言わないよな。

まぁ、なんか、そういう事ばっかりで慣れたけど。

 

『つう訳で付いてこいや』

 

僕、お客様なんだけどな。

まぁ、いいけど・・・。

 

 

 

 

 

エステバリスに搭乗して、福寿改の後ろを追う。

ここで攻撃されたら俺なんてひとたまりもないだろう。

でも、ケイゴさんは裏切らないと断言してくれた。

彼は己の言葉を裏切るような事はしない人間だ。

だから、安心して、俺は彼らを追う事が出来る。

 

『今後どうなるかは分からないが、今の所は味方といっていいようだな』

「とりあえずはそうなりますね。えっと・・・」

『キノシタ・シンイチだ』

「あ、はい。キノシタさん」

『まったく・・・いい加減、名前を覚えたらどうだ? 俺がお前に名を告げるのは三度目だぞ』

 

いや。敵の名前とか覚えちゃったら覚悟が鈍るでしょうが。

変なのはそっちだよ? 俺は変じゃない・・・多分。

 

『それとシンイチと呼べ。苗字はあまり好かん』

「善処しますよ。キノシタさん」

『まぁ、構わんが・・・』

 

協力関係になったら、素直に名前で呼ばせて頂きます。

 

「・・・マジで?」

 

ナデシコCのブリッジに辿り着いた第一声がこれだった。

あ、うん、もちろん、俺の、ね。

 

「・・・女性ばっかり」

 

木連軍人イコール男性ってイメージだった自分。

まさか、こんなにも女性がいるとは・・・。

 

「確かに木連は女性が少ないですからね」

「・・・ケイゴさん」

「こうして対面するのは何ヶ月ぶりですか」

「ええ。そうなります」

 

・・・相変わらずのイケメン。

あ、別にこれはどっちでもいいんだけどさ。

 

「彼女達は私達の思想に共感して協力してくれているのです」

「和平・・・ですか?」

「ええ。逸早く安心できる環境を作りたい。家を守るという意識が強いからこその選択でしょう」

 

なるほど。なんとなく、木連人らしい考え方の気もする。

プラントに生活が依存している為、男性が軍以外で働く事は少ない。

その結果、必然的に、女性が家を守り、男性が働くという意識が出来るのだろう。

軍人なんていつ死んでもおかしくないっていうのがそれに拍車を掛けて。

まぁ、木連自体が女性を大事にする国民意識だから、専業主婦が多いっていうのもあると思うけど。

 

「皆。紹介しよう」

 

はい。出ました。

その好奇やら怪訝やらの視線。

気分は転校生ってか?

 

「俺が地球にいた頃にお世話になったマエヤマ・コウキさんだ。地球の和平派の一員でもある」

 

えっと、緊張するけど、第一印象って大事だよな。

 

「ご紹介に預かりましたマエヤマです。これを機に地球と木連の両者で互いに歩み寄る事が出来れば嬉しく思います」

 

パチパチパチパチパチ。

 

お、おぉ。ありがとうございます。

どうにか及第点を頂けたようで。

 

「私はこれから彼と話をしてくる。副長。その間、任せたぞ」

「ああ。任せておけ」

「ん? もしかして」

「俺がキノシタ・シンイチだ」

「あ、はぁ・・・御願いします」

「御願いされてやろう」

 

一言で言うなら、ごっつい。

まるでゴートさんのようだ。

いやぁ、恰幅がありますなぁ・・・。

 

「ほら。握手だ」

「あ、はい」

 

ガシッ! ガチガチガチ!

 

あぁ。あれですね。

握手したら力勝負したくなるお年頃って奴。

そりゃあ、見た目的に僕の方が弱々しいでしょうね。

でも・・・売られた喧嘩は買いますよ?

 

ガリッ!

 

うん? ガリッ?

 

「グゥ」

 

あ。やばっ。力を入れ過ぎちまったか?

 

「う、嘘だろ? 副長が艦長以外の人に力勝負で負けた?」

 

眼の前で膝を付くキノシタさん。

それを見て、俄かに騒ぎ出す艦内。

うん。退散しようかな。

 

「行きましょう。ケイゴさん」

「教官。お手柔らかに御願いしますよ」

 

苦笑で片付けちゃうんだから、大人だなぁ。

パ~っとブリッジから飛び出す俺。

その後に、ケイゴさんが・・・。

 

「シンイチ。身体能力では教官は俺よりも遥か上にいる。甘く見ない方が良い」

「・・・・・・」

「「「「「「「えぇぇぇぇ!」」」」」」」

 

ケイゴさん。最後に爆弾を落とさずに素直に出て来てくださいよ。

いや。マジでさ。後々面倒ですから。

 

 

 

 

 

「こちらで教官と話したいと思います」

 

辿り着いた先は艦長室。

うん。どうやらマジ話っぽい。

 

「分かりました」

 

シュインって音を鳴らしながらスライドする扉。

その先には執務室っぽい内装の部屋があった。

そういえば、ナデシコCも艦長室とか副長室には執務室が付いているんだっけか?

まぁ、書類整理とかで大変だろうからな。

ユリカ嬢も苦労していたし。

ルリ嬢はそつなくこなすイメージがあるけど。

 

「こちらにお座り下さい」

 

机の前にあるソファに着席。

さて、ケイゴさんの真意を根掘り葉掘り聞いてやろう。

さっき聞けなかったカエデの事も。

 

「粗茶ですが」

「あ、ありがとうございま・・・え?」

 

対面に座るケイゴさん。

同時に横から差し出されるお茶。

大事なのは横からって事。

 

「あの・・・」

 

いつの間にいました?

 

「ご苦労様。マリア」

 

しかも、マリア? え? 何? 誰?

 

「ケイゴ様。こちらの方が御話されていた・・・」

「ああ。俺の教官であり、この戦争の鍵になられる方だ」

 

また、大袈裟な物言いで。

 

「あの、そちらの方は?」

 

気付けば横にいたメイド服の綺麗な御姉様。

うん。様付けといい、あれですか? マジでメイドさんですか?

 

「彼女は俺の家に代々仕えてくれているツバキ家の娘でマリアという」

「ツバキ・マリアと申します」

「あ。これはご丁寧にどうも」

 

きょ、恐縮です。

 

「さ、流石は名家。専属のメイドですか」

「どちらかという秘書のような形ですが」

 

いや。メイド服で秘書は厳しいんじゃないかな?

ま、まぁ、いいや。

 

「もしかして、あれですか? 木連式柔なんかも極めちゃってたり?」

 

ま、まさか、漫画じゃあるまいし、最強メイドさんとかはないよね。

 

「流石の慧眼ですね。マリア。まだまだ甘いな」

「はい。バレてしまいました。まだまだ未熟ですね」

「精進あるのみだ」

「はい」

 

げ、げげげ。

マジだったよ。最強メイドさんだったよ。

しかも、そうだとバレないような技術まで習得済み。

俺? 完全に気付いていませんでしたけど、何か?

うん。とにかく、だ。現実世界恐るべしって再認識した。

というか、凄く仲が良さそうに映るんですけど・・・。

 

「もしや、カエデのライバル?」

「は?」

「あ、なんでもないですよ。はい」

 

使用人と主人の恋。

復讐する側と復讐される側の恋。

うわっ。なんか、どっちもそれらしい。

 

「コホン」

 

さて、世間話はここまでにしておこう。

俺は今、改革和平派の一員としてここにいるんだ。

ケイゴさん達神楽派の方針を聞き、きちんと橋渡し役を務め上げないと。

 

「それじゃあ、真面目な話をしましょうか」

「分かりました。マリア」

「はい。失礼致します」

 

奥の部屋へと一礼してから去っていくマリアさん。

う~ん。護衛的役割もあるんだろうなぁ。去ってからもなんか視線を感じる。

まぁ、気にしちゃ駄目だな。彼女は彼女の仕事をこなしているまでだし。

 

「先程、見させて頂きましたブリッジですが、女性の方々はIFSを付けていましたね」

 

さっきは触れなかったけど、確かにカグラヅキの制御はIFSによって行われていた。

但し、複数人による制御だったけど。

まぁ、ルリ嬢が一人で処理しているのを複数で処理しているって事だろうな。

流石にルリ嬢クラスの人間は木連にはいないだろうし。

仕方ないといえば仕方ない。

 

「ええ。私がこちらに戻ってくる時に確保しました。やはり戦艦の制御にはIFSが適しています」

「それじゃあ、ケイゴさんはCAS、IFS、その二つを手に入れて持ち帰ったと?」

「正確にはそれに加えてエステバリスの実戦データも持ち帰りました」

 

あぁ、そういえばそうだったな。

チューリップによる帰還作戦。

見事に戦闘データごと持ち帰られてしまった。

 

「IFSを持ち帰ったといいますが、それなら機動兵器もIFSで良かったのでは?」

「そう思われるかもしれませんが、それは実際には難しいのです」

「難しいというと?」

「IFSはイメージ次第です。残念ながら、木連人はイメージが苦手でしてね」

「まぁ、それは地球人にも言えますが・・・」

 

唯一慣れているっていえば火星人ぐらいだろうなぁ。

地球では相も変わらずIFSに対して忌避感があるし。

 

「それだったら、CASの方が使い易いんですよ。あれは良いシステムです」

「アハハ。褒められて嬉しいやら悲しいやらといった感じです」

 

利用されている側としては褒められても苦笑いかな。

 

「気になったんですが・・・」

「はい」

「技術提供という形には何故しなかったんですか?」

「と、いうと?」

「ケイゴさんが地球に来たのは面識を持つ為と技術を得る為ですよね」

「そうなりますね」

「その時、既に神楽派は和平を方針としていたんですよね?」

「はい。当時は草壁派にかなりの差を付けられていましたが、方針は変わりません」

「それなら、その時点で地球の和平派と繋がりを持ち、互いに協力姿勢を築いても良かったのでは?」

「いえ。それは時期尚早でしょう。改革和平派の事もよく知りませんでしたし」

「ですが、所属している間にミスマル提督の志は理解した筈。もう疑っていないのでは?」

「もちろんです。ミスマル提督なら、私も安心して協力関係を築ける」

「それでも、手を結ぶには早いと?」

「当時の権限が低い状態で地球と手を結べば一転して反逆者になっていたでしょう。あの時の私達は立場が弱かった。少しでも味方を得られなければ、そのような大胆な事は出来ません」

「ですが、実際、木連はクリムゾンと組んでいたと聞きますが?」

「・・・本当のご存知のようで」

 

・・・なんか自爆している気がする。

まぁ、秘密事はなしの方向でいこう。

そうしないと、信用してもらえないだろうし。

 

「クリムゾンとの提携は上層部の決定でしたから、物資の乏しい我々には拒否しようもない」

「それを国民は?」

「知らないでしょう。知っていれば、悪の地球に縋るなど、といって暴動が起きています」

「そこまで国民は徹底抗戦を訴えていますか」

 

・・・やはり茨の道なんだな。

国民意識の改革から始めないといけない。

国民の総意で和平を結ぶのは一筋縄ではいかないようだ。

 

「私達の派閥は当初、地球側に事実を認めさせ、謝罪させる事で和平の未知を切り開こうとしました」

「はい。それはこちらとしても当然の事です」

「ですが、火星大戦によって、その方針も変更せざるを得なくなった。今の私達は地球、木連、両者による事実の承認、互いへの謝罪、火星への弁償を目的としています」

「火星への弁償?」

「当然の事だと私は認識しています。私達は誰よりもまず始めに火星の方々に謝罪しなければならない」

 

事実を事実と認めて受け入れるその姿勢に好感を覚えた。

原作では、火星に対する処置はなんもなかった。

それは木連が眼を逸らしている事と同義。

彼らが草壁派に勝利する事を祈らずにはいられない。

それが、生き残った火星人達にとっても何よりの事だと思うから。

 

「それでは、俺はミスマル提督にそう告げましょう。両者による謝罪と火星への弁償。それこそが和平の第一歩であると」

「はい。御願いします」

 

頭を下げるケイゴさん。

その姿からはなんとしても今の関係を修復したいという熱い気持ちが伝わってきた。

だから、俺も同様に頭を下げる。

 

「こちらこそ、よろしく御願いします」

 

今の俺に出来る事はケイゴさんとミスマル提督との間を取り持つ事。

そして、万が一に備えて、戦力を、エステバリスを強化する事。

その二つだ。

現状で行える事は少ないけど、和平派同士の繋がりが平穏に繋がるなら頑張ろうと思う。

それが、両者と知己である俺だけにしか出来ない仕事だって思うから。

それぐらいなら、俺の目指す幸せの障害にはならないだろうし。

 

「貴方と再会する事が出来て良かったです。コウキさん」

「こちらこそ、貴方が和平を唱えてくれていて良かったです。ケイゴさん」

 

俺っていう頼り甲斐のない人間が橋渡し役だけど、互いに歩み寄る姿勢が見え始めてきた。

なんだか、これでようやく和平への道が見えてきたって、そんな気がするんだ。

 

 

 

 

 



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木連中将の影

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「・・・マエヤマさん。今頃・・・」

「・・・ユリカ。残念だけど・・・」

「うん。分かっている。可能性で言えば生きている方が不思議なんだって事は」

「・・・そうだね」

「・・・私は覚悟が足りなかったのかな?」

「ユリカ。前を向こう。そんなんじゃ、犠牲になってくれたマエヤマが報われないよ」

「・・・うん」

 

艦長と副長の会話が示すように今、ブリッジ内には暗い雰囲気が漂っている。

・・・というか、勝手にコウキ君を殺さないで欲しいんだけど。

 

「ミナトさん。マエヤマさんは・・・」

「大丈夫よ。メグミちゃん。生き残るって言っていたでしょ?」

「でも・・・」

「コウキ君は冗談ばっかりだけど、嘘は吐かないもの」

「・・・ミナトさん」

「絶対に帰ってくるって言っていた。それなら、私が信じてあげなくちゃ」

「・・・私も信じています」

「セレセレ・・・」

「・・・私もコウキさんなら絶対に戻ってくるって信じています」

「ええ。信じましょう」

 

秘策があるって言っていたもの。

コウキ君が戻ってこない筈がない。

 

「・・・強いんですね。ミナトさんは」

「そんな事ないわよ?」

「いいえ。強いです。もし、ガイさんが残るなんて事になったら、私・・・」

 

悲しそうに俯くメグミちゃん。

多分、それが普通の反応だと思う。

もしかしたら、私自身、強がっているだけなのかもしれない。

だけど、どうしてだろう?

コウキ君なら大丈夫だって、そんな気がするの。

 

「機影反応」

「ルリちゃん。モニタに」

「はい」

 

突如として告げられる機影反応。

艦長の指示に従ってモニタに映し出されたのはヒナギクのような飛行機。

そして、それには一人の女の子が乗っていたの。

 

『うわ、うわわわ』

 

・・・とりあえず、回収してあげましょう。艦長。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「ナデシコに攻撃していたのは力を示す為ですか?」

「ええ。福寿の性能を認めさせる。それが第一歩でしたからね。ナデシコは木連軍人にとって最大の障害である敵幹部のようなものです。ナデシコを撃退させる事が出来れば、私達は軍内で大きな権限を持つ事が出来ます」

 

敵幹部って・・・。

流石ゲキ・ガンガーの国。

発想がアニメチックだ。

 

「まぁ、戦争なので、何も言いませんが、一応、念の為に・・・」

「はい」

「俺の中での認識でしかありませんが、ナデシコこそが和平の鍵になると俺は考えています」

「それは教官が乗っているからですか?」

 

いやいや。だから、俺なんてそんな大袈裟な存在じゃないってば。

 

「艦長がミスマル提督の娘というのもありますが、何より対木連ではかなりの知名度を持つからです。戦争の中心にナデシコがいる事は間違いないでしょう」

「はい。こちらもナデシコには注目しています」

「だからこそ、ナデシコの動きが両陣営に対して与える影響は大きい。現在、軍内部での・・・」

 

・・・ミスマル提督の企みとか言わない方が良いのかな。

俺自身はケイゴさんならって思うけど、こういうのは代表者同士で話し合うべきだしね。

 

「どうしましたか? コウキさん」

「あ、いえ。ミスマル提督ら改革和平派の権力も強くなってきましたしね」

「・・・・・・」

 

うわ。何? その誤魔化しは利きませんよ、的な視線。

 

「詳しい事は現段階では御話できないんです。申し訳ないですけど」

「・・・そうですね。まだ私達は完全に協力体制を築いた訳ではないので」

 

う。そんな言い方されたら罪悪感が・・・。

いや。うん。ごめん。でも、やっぱり言えないわ。

 

「コホン。ケイゴさん。今後の方針について確認しておきましょう」

「・・・仕方ありませんね。分かりました」

 

そうそう。優先すべき事を優先しましょうね。ケイゴさん。

 

「俺はこのまま脱出してもいいんですよね?」

「ええ。本来なら許されない事なのですが、ツクモを逃がしてもらった恩がありますし」

 

あぁ。シラトリさんね。確かにナデシコが彼を逃がしたわ。

いやぁ。シラトリさんを逃がした事が巡り巡って俺を助けるとは。

ありがとうございます。ミナトさん。

 

「そもそもこちらがそうしなければ教官一人に撃退されてしまう」

「いや。そんな事は―――」

「事実、私達は一人でやられてしまいましたから。実質的に私達が敗北したと言って良い。むしろ、私達こそがコウキさんの言う通りにしなければならないでしょう」

 

敗北者だから的な話ね。

まぁ、俺としてはそんなに事を荒げたくないからスルーの方向で構いませんけど。

 

「それなら、許して欲しい事があるんです」

「は? 許して欲しい事とは?」

「事後承諾になりますが、先程の戦闘データ、全て消させて頂きました」

「・・・本当ですか?」

「ええ。本当です」

「・・・教官。何をしてくれているんですか!?」

 

うわっ。ケイゴさんがキレた。

やばい。初めてだ。普段物静かな人って怒ると怖いんだよなぁ。

なんて新鮮に感じている余裕はないだろっ!

怖っ! 檄怖!

 

「今回、ナデシコを撃退した事で権力を得られると思ったのに・・・」

 

今度は項垂れるケイゴさん。

えっと、すいませんとしか言えない。

 

「でも、その後のこの戦艦が占拠されてしまった映像もありましたよ」

「そちらは削除するつもりでした」

 

・・・胸を張って不正を言われてもね。

まぁ、既に消してしまった以上、何を言っても変わらないんだけど。

でも、多分、その件は大丈夫だと思う。

 

「映像がなくとも情報は伝わると思いますよ。ナデシコが注目されているのなら」

「・・・そうでしょうか?」

 

・・・恐らくでしかないけど。

 

「どちらにしろ、ナデシコが撤退したという事実に変わりはありません」

「・・・分かりました」

 

まぁ、納得してもらえるとは思ってないさ。

 

「えっと、話を戻しても?」

「ええ。どうぞ」

 

まず、カグラヅキから脱出した後、ナデシコに戻るだろ?

その後、原作通りならナデシコは地球に降下する事になる。

そこで色々とネタバレした後、クルーの逃亡生活が始まる。

そして、だ。ナデシコ強奪事件が起きて、クルー達が再度集まる。

そして、仮初めの和平交渉。

ここから全てがズレ始めた。

とまぁ、原作をなぞってみたけど、既にこうはならない筈。

まず、地球に降下してもナデシコは安全。

原作ではシラトリさんの妹であるユキナちゃんが乗っていて、彼女を引き渡すようにと告げる軍人達から逃亡して隠れる事になる。

でも、それは地球側があくまで事実を隠蔽しようとしていたから。

今回はミスマル提督の下、和平派が活動しているから、ユキナちゃんを一方的に渡せなどと言われない筈。

予想だけど、ナデシコ内で保護って形になると思う。

その間、ナデシコやらエステバリスやらを全面改装する必要があるな。

臆病とか思われてもいいから、性能を強化しておいた方がいい。

夜天光とまではいかなくても、ノーマルエステバリス以上の機体は出てくるだろうから。

どちらにしろ、地球に戻ってからが忙しいって訳だな。

火星再生機構の話もきちんとしておきたいし。

一度、火星人の皆や提督達を集めて話し合う必要がありそうだ。

 

「地球に戻り次第、俺は提督に連絡を取ろうと思います」

「はい。私も父と話してみます」

 

神楽派の代表はケイゴさんの父親か、やっぱり。

ケイゴさんと同じでイケメンなのかな?

まぁ、関係ないけどさ。

 

「その間の連絡手段ですが・・・」

 

・・・どうするか。

同じ目的を掲げていようと、両者間での緻密な話し合いは必須。

秘密裏に結託して活動するのなら尚更だ。

その為には何度も連絡を取り合う必要がある。

でも、俺達には連絡を取り合う手段が・・・。

 

「それは大丈夫です」

「手段があるんですか?」

 

驚いた。

だってさ、地球と木星間で連絡を取り合うとか、無理じゃないの?

 

「教官は偶に抜けていますよね」

「・・・よく言われますよ」

 

どうしてかな? いつも言われるんだけど。

 

「そう拗ねないでください」

「べ、別に拗ねてないですよ」

「教官の新たな一面ですね」

 

・・・なんで遊ばれているんだろう、俺。

 

「コホン。その手段っていうのは?」

「はい。クリムゾンへ連絡する方法と同様の方法を用います」

「・・・あ」

 

そういえば、クリムゾンと連絡を取り合っていたんだったな、木連って。

あぁ。それで抜けているって事ね。

 

「クリムゾンとはどうやって? 直接連絡は取れないですよね?」

 

「ええ。流石に地球と木連では遠過ぎますからね。ですが、連絡を取り合うだけならば、簡単なんですよ」

「簡単?」

「はい。地球で言うバッタ等の機体。これらにデータを載せてチューリップ越しに意見交換すればいいんです」

「なるほど。その方法がありましたか」

 

確かにそれが一番楽だな。

木連は一瞬でバッタを送れる訳だし。

後はそれを受け取ればいい。

無論、撃退してしまわないように注意する必要があるが・・・。

そして、同じようにバッタに言葉やら情報を乗せて再度送る。

そうすれば、メールのやり取り的な感じで情報交換できるな。

なるほどね。そうやって連絡を取り合っていたのか。

 

「クリムゾンと同じルートではコウキさん達に届かないと思うので、新しいルートを構築します」

「分かりました。どれくらいで構築できますかね?」

「すぐにでも可能です。小型チューリップを配置してもらうだけなので」

 

それもそうか。

でも、小型とはいえチューリップを近くに置いておくのは怖いな。

いつ武装したバッタとかが襲ってくるのか分からないのだから。

突然の事態にも対応できるよう対策してからにしないとな。

 

「分かりました。ちなみに、その小型チューリップの大きさはどれくらいです?」

「バッタ一機が通れる程度の大きさです」

 

なるほどな。

それなら、それほど大きな土地もいらないと。

・・・恐らく、ケイゴさん側も気を使ってくれているのだろう。

ジン一機分とかのチューリップもない訳ではないが、いきなり攻撃されるという恐怖はどうしてもある。

その為、被害が少しでも小さくなるように小型のチューリップと。

そうだな・・・うん。

ウリバタケさんに相談して、ディストーションブロックで小部屋を作ってもらおう。

そうすれば、攻撃される恐れもなく、連絡が取り合える。

疑っている訳じゃないけど、万が一を考えればそれぐらいの対策は当然だ。

 

「では、こちらの受け入れ準備もありますので後日受け取るという事でいいですか?」

「構いませんが、どのように渡せばよろしいですか?」

 

ふむ。そこまで考えていなかった。

俺はバカなのだろうか・・・。

 

「そうですね。では、こうしま―――」

 

ドンッ! ドンッ!

 

「ケイゴ!」

「おい! シンイチ!」

 

・・・駆け込み乗車は違反ですよ。キノシタさん。

 

「ノックしたまではいいが、したなら、返事を待てよ」

「その通りです。シンイチさん」

 

うおっ。いつの間にかマシンガンを構えるマリアさんが隣に。

怖っ! 超怖っ! これが最強メイドさんの実力かよ!

・・・俺、まるで気付かなかったぞ。

 

「そんな余裕はないんだ! ケイゴ!」

 

肩で息をしながら、大柄な身体の全体を使って緊急事態をアピールするキノシタさん。

尋常じゃない何かが、想定外の何かが、起きてしまった。そんな形相をしている。

 

「草壁中将が和平を提案して、地球側に使者を送った」

「な、何!?」

 

・・・残念だけど、俺にとっては想定内ですよ。

いつになく慌てているケイゴさんに比べ、俺は冷静そのものだった。

そりゃあ、今まで徹底抗戦を訴え続けてきた草壁派が和平を唱えたら驚くさ。

でも、それは一種のイベント前の準備でしかない。

白鳥九十九暗殺事件。徹底抗戦を訴える道具にする為の演出。

あくまで草壁派の狙いは徹底抗戦だ。

 

「・・・草壁中将が?」

「俺達の意見に賛同したって事なのか?」

「いや。それはないと思う・・・が、そうではないとも言い切れない」

「クソッ。おちょくられている気分だぜ。今まで散々徹底抗戦を訴えていたくせに」

「駄目だ。判断材料が足りな過ぎる」

「・・・俺達は草壁中将と結託するべきなのか?」

「・・・それも分からない。現状では保留だ」

「・・・だな」

 

暗殺事件の事を話せてしまえたらどれだけ良い事か。

でも、現時点でそれを知っているのはあまりにもおかしすぎる。

言った所でケイゴさん達を混乱させてしまうだけだ。

そもそも同じ事件が今回起きるかも分からないし。

とりあえず、現時点では、俺も決断を保留にせざるを得ない。

もちろん、厳重に注意を払って暗殺は確実に阻止するつもりだけど。

 

「草壁中将が派遣した使者はどこに?」

「そこまでは分からなかったが、恐らくナデシコだろう」

「・・・ナデシコ、か。誰なのかは分かるか?」

「それも不明だ」

「そうか。・・・コウキさん。充分に注意してください」

「ええ。分かりました」

 

和平の使者か・・・。

確か原作だとシラトリさんの妹であるユキナちゃんが単身ナデシコに乗り組む。

なんかの通信装置を使って、シラトリさんと連絡を取り、和平について語り合う。

ユキナちゃんはナデシコで保護され、ナデシコは地球に・・・といった流れだったと思う。

最終的に草壁との対談を果たす為の架け橋となったのはシラトリさんだが、そういう意味ではユキナちゃんこそが和平の使者と言えるのかもしれないな。

まぁ、ユキナちゃん自体はそんなつもりじゃなかったんだろうけども・・・。

彼女はあくまでツクモさんの為であって・・・あれ?

 

「今回、ミナトさんはツクモさんと・・・」

 

まさか・・・ね。

恋人持ちの女性を追うなんて事は・・・ないよな?

写真を飾っているなんて事は・・・ないよね?

 

「使者か暗殺者か分かりません。本当に気を付けてくださいよ」

「分かっています。誰にも危害は加えさせません」

 

心配性だなぁ・・・。

でも、気を引き締めないといかん。

まだ、ユキナちゃんだって決まった訳じゃないんだし。

もしかしたら、本当に暗殺者が使者として赴いている可能性もある。

 

「それでは、こちらから小型戦闘機をお貸ししますので、コウキさんはそれで」

「はい。ありがとうございます」

 

とりあえず自分のエステバリスをそれに括り付けて、ナデシコに帰ろう。

いやぁ。流石にね、エステバリスのバッテリーが持ちませんでしたよ。

まぁ、帰る分まで積んでいた訳じゃなかったから覚悟の上だったけどさ。

いざとなったらボソンジャンプで帰ろうと思っていた僕を叱ってください・・・。

 

「送ります。マリア。シンイチ」

「かしこまりました」

「おう」

 

という訳で、三人に連れられて格納庫へ移動中。

言わば、艦長と副長という艦内トップの二人に送らせている訳だ。

偉くなったなぁ、俺も。

 

「おい。マエヤマといったな」

「あ。はい」

 

隣を歩くキノシタさん。

うん。木連軍人らしい刈上げなんだけど・・・。

それが真面目という印象ではなく怖いという印象を与えている。

まるでヤーさんのようだ。

 

「次に戦場で合間見える時は俺が勝つ」

「・・・えっと」

 

ここは、俺も負けません、とか熱血路線でいけばいいのか?

それとも、冷静に、味方になろうとしているのに争うんですかと返せばいいのか?

・・・うん。違うな。俺達の目的が和平なら・・・。

 

「キノシタさん」

「何だ?」

「共に和平を築き、平和になった時、真剣勝負をしましょう」

「・・・へっ。言うじゃないか。いいな。その勝負、乗った」

 

手を差し出す。

さっきの喧嘩腰なんかじゃなくて、心からの握手だ。

 

「よろしく御願いします。シンイチさん」

「お前・・・ふっ。こちらこそよろしく頼む」

 

今度はガッチリと握手をかわす。

共に同じ目的を達成する為の同志として。

 

 

 

 

 

「コウキさん。こちらでお帰り下さい」

 

格納庫へ到着すると既にエステバリスが括り付けられていた。

仕事が速いですね。ケイゴさん。

 

「助かります。ケイゴさん」

「いえ。コウキさんは地球と木連を繋ぐ要。当然のことをしたまでです」

 

また、そんな大袈裟な。

 

「コウキさんが優人部隊の人間であれば、次元跳躍門で近くまで送られたのですが・・・」

「い、いえ。お気遣いなく」

 

い、言えない。優人部隊の人達以上に優れたジャンパーなんて事は。

こっちとしても送ってもらった方が楽だけど、ジャンパーだってバレる訳にはいかないので却下。

地道にナデシコを探して合流するとしよう。

・・・あ。そういえば、さっきの話が終わってなかったな。

 

「それと、さっきの小型チューリップの件ですが・・・」

「はい。かなり強引な手段になりますが、よろしいですか?」

 

よろしいですか?

といわれても、はい、としか答えようがないですって。

強引な手段ねぇ・・・なんか怖いな。

 

「え、ええ」

「これから先、私達木連とナデシコは何度も相見えることでしょう。その戦闘中、小型チューリップを受け渡します」

 

なんともまぁ、強引な手段で。

でも、それぐらいしか方法はないか。

 

「了解しました。強引ですが、俺もそれ以外の方法は思い付きません」

「分かりました。厳密にこの日と決められませんが、できるだけ早く受け渡したいと思います」

「助かります。こちらの準備時間もそれほど掛からないと思いますが、念のため、一ヶ月後を目安にお願いします」

「一ヶ月後ですね。分かりました」

「何か目印でも付けてもらえると助かります」

 

そうしないと、区別がつかないからな。

 

「もちろんです。では・・・これでどうでしょう?」

 

そう言って見せられるとあるマーク。

 

「あはは。ケイゴさん。本気ですか?」

「ええ。本気ですよ。そんなに笑わないでください」

 

互いに笑い合う。

まさか、ケイゴさんがそんなマークを使ってくるとは。

すっごく予想外だ。

でもまぁ、確かにこれなら俺達以外には誰も分からないな。

 

「分かりました。なんとしてでも提督に話を付けてみせます」

 

それが和平に繋がるなら、俺だって労力は惜しまない。

軍内で活動する訳でもないから目立たないだろうし。

大事なのはトップ同士の話し合い。

俺はそれのお膳立てをするだけだしね。

 

「両陣営の間を取り持つ。それぐらいなら俺にも出来るでしょうから」

「教官なら安心して任せられます」

 

信頼されるのって気持ち良いね。

期待に応えたくなっちゃう。

 

「両者間での繋がりを深め、足並みを揃える。和平の道を探すのはそれからです」

「はい」

 

まだまだ課題はいくらでもある。

民間意識の統一も済んでなければ、事実の公表も終えてない。

軍の主導権だって握ってないし、ネルガルの問題も解決してない。

でも、少しずつ、出来る範囲で解決していこう。

焦らなくていい。俺には支えてくれる人がいるんだから。

 

「約束、守れよな」

「もちろんです。シンイチさん」

 

男臭い笑みを浮かべるシンイチさん。

なんか、どことなくガイみたいだった。

多分、ガイならすぐに木連人と馴染むだろうな。

共通の話題もあるし。

 

「それじゃあ、ケイゴさん、また」

「ええ。また、コウキさん」

 

始めの一歩。でも、大きな一歩。

今回、和平を目的とする神楽派と接触出来たのは幸運だったのかもしれない。

後は俺がどれだけ両者間を取り持つ事が出来るかに懸かってくる。

う・・・。責任重大じゃないか。

でも・・・頑張ろう。

まずは戦争を終わらせる。それが後々の平穏に繋がるのだから・・・。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「う~~~~~~」

「ちょ、ちょっとぉ、落ち着いてぇ」

「人誅ぅ~~~」

「ミナトさぁぁぁん」

 

・・・私にどうしろって言うのよ?

突如としてやってきた女の子の名前はシラトリ・ユキナちゃん。

あの、シラトリ・ツクモさんの妹さんらしい。

なんでも、お兄さんの部屋のナナコさんのポスターの後ろに私の写真があったとか。

・・・よく分からないけど、多分、お兄ちゃん大好きっ子を怒らせちゃったんだと思う。

うん。そりゃあ確かに親切にしたし、逃げるのに協力したわよ。

でも、しっかりとお付き合いしている人がいるって教えたじゃない。

・・・ちょっと困っちゃうなぁ。

コウキ君がヤキモチ焼いちゃいそう。

別にヤキモチ焼かれるのは嬉しいけど、勘違いされたら嫌だものね。

 

「ねぇ、ユキナちゃん」

「フシュウゥ~~~」

 

・・・なんかネコみたいで可愛いかも。

 

「私はきちんとお付き合いしている人がいるって言ったわよ」

「それでも、お兄ちゃんは諦めないわ。諦め悪いもの」

 

・・・それって私のせい?

 

「貴方、恋人がいるのに、お兄ちゃんを誑かしたのね。この、悪女!」

 

あ、悪女って・・・。

う~ん。困ったわねぇ。

 

「私は絶対に許してあげないんだからね。ビシッ!」

 

擬音付きで指を突きつけられても、私はコウキ君一筋だし・・・。

う~ん。本当に困った。

 

「と、とりあえず、彼女は保護致しまして、私達はコスモスへ向かいましょう」

 

流石、プロスさん。

混乱した事態を収めるのは彼が一番ね。

 

「艦長。御願いします」

 

さてっと、私も自分の席について・・・。

 

「ナデシコ。発進!」

「ナデシコ、発進します」

 

コウキ君が守ってくれた大事な家。

そして、コウキ君が帰るべき大切な場所。

しっかりと直してあげなくちゃね。

・・・この後、求婚チックな事をされるというイベントがあったんだけど・・・。

特筆するような事じゃないから省かせてもらうわね。

まったく、彼氏持ちに告白するだなんて何を考えているのかしら・・・。

・・・そういえば、和平とかいう言葉を耳にした気がするけど、何だったのかしら?

途中でコウキ君に申し訳なくて退室しちゃったから、詳しい事は聞いてないのよね・・・。

ま、いいや。後で誰かに聞きましょう。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「さて、ナデシコはどこにいる事やら」

 

いやぁ。まさか、操縦士の資格がこういう形で役に立つとは思わなかった。

木連にIFSなんて基本的にないから、この飛行機みたいなのは手操縦。

気分はパイロットって感じ。

まぁ、周りは全方位真っ黒だから、あんまり楽しくはないんだけどね。

気分爽快とはいかない。ま、いいけどさ。

とりあえず、ナデシコと合流したいんだけど・・・。

 

「・・・レーダーに反応なし、か」

 

宇宙を甘く見ていた。

あれだけ離れた状況下で簡単にナデシコが見付かる訳ないよな。

多分、修理の為にコスモスと合流するんだろうとは思う。

でも、その肝心のコスモスの位置すら僕には分かりません。

合流ポイントを聞いてれば別だったんだろうけど・・・。

そういうのは他の人に任せていたしなぁ。

これって大気圏突入出来る?

出来るなら、先に地球に戻っておくのも一種の手なんだけど・・・。

多分、出来ないよなぁ、見た目的に。脆そうだし。

 

「SOS信号でも出しますか?」

 

誰か気付いてくれるとは思う。

でも、それが地球側とは限らない。

そりゃあ、地球に近いから、地球側が拾ってくれる確率が高いとは思う。

でも、ほら、万が一っていうのがあるし。

それに、ミスマル派以外に拾われても借りが出来て困っちゃう。

う~ん。闇雲に探す?

そうすると、時間掛かるし、下手すると一生迷子だぜ?

食料だってそんなに積んである訳じゃない。

・・・無計画の恐怖を今更味わいました。

うがぁ。どうする? どうするよ? 俺。

実はカグラヅキで近くまで送ってもらった方が良かった?

いや、でも、それじゃあ色々とマズイだろうし。

うん。そもそも、もうカグラヅキとは離れちゃっている。

本当に・・・どうすればいいんだぁ!

 

「・・・馬鹿野郎」

 

宇宙で迷子って・・・。

本当に自分、馬鹿ですね、はい。

仕方ない。最終手段を使うか。

 

「・・・イメージはコスモス付近でレーダーに感知されない位置」

 

使いたくなかったけど、使わなくちゃ帰れない。

チューリップとかがあれば、誤魔化せるんだけど、近くにないし。

 

「周囲を確認して、安全を確認」

 

一応、レーダーにも反応はない。

・・・誰も見てないよな?

それなら・・・跳ぶか。

 

「・・・ジャン―――」

『・・・見つけたり。神楽の犬よ。ナデシコと接触させる訳にはいかぬ』

 

カシャン! カシャン!

 

・・・空耳・・・だよな?

 

『我らが悲願の為、汝には死んでもらう』

 

カシャン! カシャン!

 

・・・この声。

・・・この背筋が凍りつくような感覚。

ようやくレーダーに映ったって時には既に周囲を囲まれていた。

囲んでいるのは赤とオレンジ色に染まった七機の機動兵器。

 

「嘘・・・だろ?」

 

・・・まさか、付けられていた?

カグラヅキを見張っていたのか?

神楽派がナデシコに接触しないようにと。

それ程に今回の使者は大きな意味を持つって事か?

・・・それとも、神楽派を異様に警戒している存在がいるとでも?

 

「神楽派と対立している派閥なんて俺が知っている限り一つだけ」

 

そう、草壁派だ。

和平を唱える神楽派は徹底抗戦を訴える草壁派にとって邪魔な存在でしかない。

地球側と接触する事で、和平への道が一歩近付くとなれば邪魔に入るのは当然。

・・・要するに、俺はナデシコの接触しようとする神楽派と間違えられている訳だ。

 

「草壁の実行部隊。まさか、劇場版の人間がこのタイミングで出てくるとはな」

 

草壁派。その実行部隊といえば・・・。

 

「北辰と愉快な六連衆しかいないじゃないか」

 

・・・というか、余裕ぶっこいてる場合じゃないぞ。

なんたって、相手は・・・。

 

「・・・夜天光」

 

・・・まずい。非常にまずい。

まさか、既に夜天光や六連がロールアウトされているとは思わなかった。

いや。問題はそこじゃない。

エステバリスが使えない状況下、今の俺には成す術がないじゃないか。

一方的にやれてしまう。

 

「クソッ。どうする?」

 

戦闘機なんかで戦える訳がない。

敵う訳がない。逃げ切れる訳がない。

やばい。・・・手詰まりだ。

 

『殺』

 

・・・気付けば、目前に迫っていた赤い悪魔。

 

「グハッ」

 

錫杖が突き刺さられ、衝撃で吹き飛ばされる。

 

「・・・クソッ。このままじゃ・・・」

 

頭部から流れ出る血。

どうやら吹き飛ばされた際に頭を打ったらしい。

視界が赤く染まる。

 

「・・・もう、駄目なのか・・・」

 

全身に伝わる痛み。

視界が揺らぎ、朦朧とする意識。

 

「・・・ミナトさん・・・セレスちゃん」

 

途切れかけた意識の中、思い出されたのはやはり俺達の家だった。

 

「・・・ジャン・・・プ」

 

呟きが零れ落ち、瞬間、宇宙にニ輪の花火が咲き誇る。

 

『我らが栄光の礎となれ。我、草壁の影なり』

 

一欠片も残さず、エステバリスと小型戦闘機は塵と消えた。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

ブリッジにて、眼の前には偉そうに胸を張る女秘書。

 

「その子は私達が預かってあげるわ」

「はい?」

 

いきなり何を言っているのかしら? この人は。

どうしてネルガルなんかに彼女を任せなくちゃならないのよ?

 

「だから―――」

「残念ですが、彼女は木連より地球に送られた使者。私達は軍人として、丁寧しっかりに彼女を送り届ける義務があるんです」

「うっ」

 

キッパリと告げる艦長。

本当にやる時はやるって感じ。

普段のポワ~っていうのが嘘みたいよね。

 

「そもそもネルガルに預ける理由がないですよねぇ」

「そうよね。ちょっと無理があるわ」

「うっ」

 

多分、戦争を続けたいネルガルとしては和平なんてって事だと思う。

戦争中の利益はもちろん、遺跡の確保の為にも戦争は続いていて欲しいと。

そうじゃなければ、必ず遺跡の事が和平条件に出て来るから。

ふふっ。秘書さん。焦るのも分かるけど、ボロを出しちゃ駄目じゃない。

 

「エリナさん。交渉はもっと手順を踏まなくては」

「プロスペクター。貴方まで」

「私もネルガルの一員ですが、同時にナデシコの一員でもあります」

「それが何よ?」

「ネルガルの利益は絶対ですが、ナデシコの目的もまた絶対。私は一方に利益があり、一方に損があるような選択は認めませんぞ」

「うっ」

 

・・・プロスさん。

ネルガルの利益を唱え続けてきたプロスさんもやっぱりナデシコは大事なんだ。

やっぱり私達にとって最高の家であり、皆が家族なんだなって実感した。

 

「さて、私達の今後について話しましょうか」

 

ムネタケ提督も変わった。

以前の嫌な所もなくなり、今はオカマ言葉の切れ者ってイメージ。

まぁ、オカマ言葉なのはよろしくないと思うけど・・・なんか慣れたわ。

 

「コスモスで修理を終えた後はヒラツカドックに入港する事になっているわ」

 

ひとまず作戦を終えたから、地球に帰るって事ね。

それまでに戻って来られたらいいんだけど・・・。

まさかの事態なんて想定してないわよ? コウキ君。

 

「ヒラツカドック入港後は何日かの休暇を挟ん―――」

「休暇ですか!? やったぁ。ジュン君。どこに―――」

「艦長! どこに休暇と聞いて大事な話を遮る艦長がいるんですか!?」

「うぅ・・・。すいません」

「副長も副長です! しっかりとけじめはつけさせなさい」

「は、はい」

 

う~ん。ジュン君。もうちょっと頑張ろう。

今更ながら思ったんだけど、ナデシコ最強ってプロスさん?

 

「コホン。続けるわよ。いいわね?」

「御願いします。提督」

 

お疲れ様です。プロスさん。

 

「何日かの休暇を挟んで、というよりも、現状ではその後の指示は出てないわね」

「それじゃあ、ヒラツカドックで待機って事ですか?」

 

ふふっ。眼を輝かせながら聞くなんて可愛らしいわね。艦長。

 

「そうね。その後は軍の指示待ちよ。恐らく・・・」

「恐らく?」

「いえ。なんでもないわ。楽しみに待っている事ね」

 

ニヤニヤしながら告げる提督。

その笑みの意味する事はよく分からないけど、多分、ミスマル提督を筆頭とする改革和平派に関する事。

ようやく権限が握れてきたって事かしら?

 

「それじゃあ、ひとまず―――」

「・・・これは。まさかッ!」

「皆さん、休憩に入っちゃってくださぁ~い」

 

ポワポワ~とした艦長の指示の途中、椅子に座るルリルリが息を呑む。

ブリッジ上段にいる人間は気付かなかったけど、私やパイロット達は気付いた。

ルリルリが息を呑むって事はかなり重大な意味を持つって事。

ブリッジ上段にいるネルガル陣に気付かれなかったのは運が良かったわね。

あ、これはあの秘書さんや会長さんにって事よ。プロスさんは別。

 

「ルリルリ。どうしたの?」

 

気になって、私は席を立ってルリルリの後ろに向かう。

横から覗き込むように見たルリルリの表情はどこか深刻そうな表情をしていた。

 

「ルリちゃん。どうした?」

 

アキト君や他のパイロット達も集まってくる。

 

「・・・・・・」

 

それでも、その表情のまま固まるルリルリ。

気になって仕方がなくて、ルリルリが知っているなら他の子も、という訳でセレセレに訊ねる。

 

「何かあったの?」

「・・・え、あ、その・・・」

 

セレセレまでこの始末。

見た事ない程に慌てた様子で周囲を見回していた。

 

「ルリちゃん?」

 

怪訝そうに名前を呼ぶアキト君。

そうして、ようやくルリルリが重い口を開いた。

 

「・・・コウキさんの部屋からコミュニケ反応が出ました」

「・・・え?」

 

・・・コウキ君の部屋からコミュニケの反応?

それって・・・。

 

「それはコウキのコミュニケのか?」

「・・・ええ。恐らく・・・」

 

ボソンジャンプ。

コウキ君はボソンジャンプでナデシコに帰ってきたという事。

無事だったんだ! 良かった!

歓喜が胸を過ぎる。

 

「それなら、迎えに―――」

「しかし、そんな愚行をコウキさんがするでしょうか?」

「確かにな。コウキなら、直接ナデシコ内にジャンプするような事はしない」

「もし、するのなら、かなりの緊急事態だったって事になります」

 

・・・確かにそうかもしれない。

コウキ君ならナデシコの近場にジャンプして何食わぬ顔で帰艦して来る筈。

それをしない、もしくは出来なかったって事はかなり危ない状況だったって事になる。

・・・果たして、コウキ君は今、無事なのだろうか?

 

「ミナトさん!?」

 

気付けば走り出していた。

一刻も早く彼の状態を知りたい。

そんな気持ちが私を焦らせる。

 

「へぇ。そういう事」

 

だから、誰かが呟いたこの一言を気にもかけなかった。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 



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深まる対立

 

 

 

 

 

「へぇ。そういう事」

「どういう意味だ? アカツキ」

「彼女が大慌て。それって彼が関係しているって事でいいんだよね?」

「・・・さぁな」

「ふ~ん。誤魔化しちゃって」

「・・・何が言いたい?」

「ねぇ、テンカワ君。彼は一体何者なのかな?」

「何?」

「君の記憶を見た時、僕達は多くの事を知った。そうだよね? カザマ君」

「え、ええ」

「記憶ってどういう事よ」

「後で詳しく話してあげるよ。エリナ君」

「ったく、この極楽トンボが。大事な事は早く言いなさいよね」

「はいはい。ねぇ、カザマ君。君はあれを見てどう思ったのかな? まさか、自分が死ぬ所を見るなんて思わなかっただろうけど」

「・・・信じられない思いで一杯でした。でも、それと同時に、私はコウキさんに命を救われたと思いました。事実、私は隊長の記憶同様に自ら接近したのですから。コウキさんが止めてくれなければ、隊長の記憶と同じように死んでいたと思います」

「そうだよねぇ。ねぇ、テンカワ君。彼は君の記憶を知っていたんでしょ? だから、カザマ君の死を防ぐことができた」

「・・・・・・」

「でもさ、カザマ君には悪いけど、そんな些細な事より、もっと気になる事があるんだよねぇ。きっと、僕だけじゃない。あれを見た他の誰もが知りたい事がさ」

「・・・コウキの存在・・・か」

「そう。分かっているじゃないか。君の記憶には何故か彼の姿がなかった」

「・・・・・・」

「でも、事実、彼はここにいる。クルーの一員として確かにここに、ね。これってどういう事なのかな? 彼は一体何者なの? ねぇ? テンカワ君」

「・・・・・・」

「ダンマリかい。仲間に対してそれはないんじゃない? 悲しいねぇ」

「別に俺はマエヤマがどんな存在だって構わない。マエヤマはマエヤマだし、俺達ナデシコの一員だからな」

「・・・スバル」

「流石リョーコ。良い事言う」

「茶化すな。だけどよ、ちょいと気になる事があるっていうのも事実だ。なぁ、どうして、ルリはマエヤマを殺そうとしたんだ?」

「ッ!」

「お前達が裏で何かしていたって事は分かった。けど、詳しい話は所詮記憶だからか、分からなかった。アキト達はマエヤマの奴と何を話し、何をしてきたんだ?」

「・・・・・・」

「言えない事か?」

「・・・いずれ話す機会を設けようとは思う。だが、これはコウキの根本に関わる事だ。申し訳ないが、俺の口からは何も言う事は出来ない」

「・・・そうか。そんなら、しょうがねぇな。言えねぇって事を言わせるつもりはねぇ。ちゃんとその時がきたら全部話せよ。アキト。ルリ」

「分かった」

「・・・はい。全て御話します。私の罪を」

「話が脱線しているよ。僕は彼が何者かを聞いているんだ。君達の記憶の中では彼が何者かという事に触れるシーンはなかった。不思議な事にね。何の意思が働いたかは分からないけど。でも、君達は彼の存在、何者かを確実に知っている。そうでしょ?」

「・・・ああ。一時、俺とコウキは敵対関係にあった。敵対関係ってのは大袈裟かもしれんが、少なくとも敵意はあり、警戒していた」

「ハッ!? 嘘だろ?」

「事実だ。ガイ。まぁ、実際はこちらからの一方的なものだったがな」

「それで? 敵対関係にあった君達の間に何があったの?」

「その和解の際に、俺達は逆行してきた事を、コウキは己の存在について教えあったんだ。言わば、信頼の証だな。それを無闇に教える訳にはいかない」

「別に友情話を聞きたい訳じゃないんだよ、テンカワ君。問題は、君達の逆行という要因によって生まれたイレギュラーなのかという事。でも、それはきっと違うでしょ? 敵対関係だったって事は。それなら、彼は君達とは関係ない所でナデシコに絡んで来た事になる。それって要するに彼はナデシコに存在するべき人物ではなかったという事になるよね」

「てめぇ、それはコウキがナデシコにいちゃいけないって言ってんのか?」

「おっと、単純馬鹿はこれだから困る。勘違いしないで欲しいね、ヤマダ君」

「俺はダイゴウジ・ガイだ!」

「はぁ。大声でうるさいね。分かったよ。僕が言いたいのはね、ガイ君。当事者である僕達以外にもこれらの一連の出来事を知っている存在がいるって事。おかしいよね? ナデシコに乗っていた訳じゃないのに、ナデシコに詳しいなんて。もし、彼がテンカワ君達と同じ逆行者だとしても、こんなおかしな話はないよ。じゃあ、彼は何者かって話になる。もしかしてさ、彼は・・・木連人なんじゃないかい?」

「・・・それはまた突拍子もない意見だな」

「そうかい? 良い線いっていると思ったんだけど」

「その根拠を聞こうか?」

「当事者ではなくても、敵対者なら、情報を集める事は出来る。その情報に、更に、当事者であるナデシコクルーから話を聞けば完全に補完できる。始めは敵対関係だったんでしょ? それも木連人っていうのが原因なんじゃないの?」

「要するに、お前はコウキが木連出身の逆行者だって言いたいのか?」

「ま、そうなるね」

「それなら大きな勘違いだな。コウキは決して木連出身じゃない」

「へぇ。逆行者って事は否定しないんだ」

「何?」

「OK。OK。少しずつだけど真実に近付いて来たよ。ありがと。テンカワ君」

「・・・・・・」

「テンカワ君達に積極的に協力するって事は彼も火星の悲劇を知っているって訳だ。それなら、彼も君と同じ火星出身なのかな?」

「・・・だとしたら?」

「それじゃあ、ボソンジャンプの条件に引っ掛かるよね?そして、さっきの彼女の反応。自ずと答えは出てくる」

「・・・・・・」

「またダンマリかい? もしかして、僕、図星をついちゃったのかな?」

「・・・さぁな」

「ま、いいよ。でも、一つだけその反応で分かった事がある。それは、マエヤマ・コウキもA級ジャンパーであるという事。今、彼はナデシコ内にいるんだろ? 戦場に一人残ったのもそれがあるからって訳だ。まぁ、いつの間にCCを手に入れたんだって謎は残るけど、そんなのいくらでも方法はあるだろうし」

「・・・・・・」

「まるでミステリーを解いていくかのようで楽しいね。おっと、テンカワ君。先にネタバレなんて無粋な真似はしないでくれよ。少しずつ真実に近付いて、最後に証拠を突きつけて、引導を渡してやる。それがこういう話の醍醐味なんだからさ。名探偵アカツキ・ナガレ。良い響きじゃないか」

「引導を渡すとは穏やかじゃないな」

「だって、犯罪者でしょ? 彼」

「何?」

「あれだけのIFS処理能力でずっと在野にいた人間だ。きっと色んなあくどい事をしてきたんだろうね。後ろ暗い事の一つや二つ、いや、もしかしたら三つぐらいあるんじゃない?」

「・・・・・・」

「困った時のダンマリは悪い癖だよ、テンカワ君。沈黙は肯定と同じなんだから」

「・・・証拠はあるのか? コウキが犯罪者だという」

「ふふふ。組織の調査力を甘く見ちゃいけないよ。彼の事だから巧妙に事実を隠しているだろうけど、解けない謎はないんだ。いずれ露見する」

「お前こそコウキを甘く見ない方がいい。ネルガルとて後ろ暗い事はいくらでもある筈だ。余計な事に手を突っ込むと藪蛇になるぞ」

「今度は脅しかい? 怖いなぁ、テンカワ君は」

「お前にだけは言われたくない言葉だな」

「お互い様って訳かい。それなら、マエヤマ君と競争って訳だ。どっちが証拠を突きつけて、まいったって言わせるか」

「コウキはそんな事をしないがな。お前と違って他人を陥れるような事はしない」

「はいはい。君は他人に希望を持ちすぎなんじゃないかな? マエヤマ君だって人間だよ?」

「それでも、だ。少なくともお前よりはあいつの事を理解している」

「そう? ま、いいや。いずれ彼もネルガルが手に入れる。ただそれだけの事だよ」

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「コウキ君!」

 

焦る気持ちを抑えながら、コウキ君の部屋に駆け込む。

お互いに行き来するからってカードキーをコウキ君に弄ってもらった。

以前、私がコウキ君に慰められた時、コウキ君はマスターキーを艦長から借りたらしい。

そんな経由はいらないって、強引に押し通された結果だけど、良かったって思える。

今、この瞬間、誰よりも早くコウキ君に会えるのだから。

 

「・・・コウキ・・・君」

 

部屋の電気を点ける。

日頃からあまり汚さないよう定期的に掃除をしてあげている部屋は綺麗そのもの。

なにかが崩れているような事もなく、いつも通りのコウキ君の部屋だ。

ただ、部屋の中心に頭部から血を流す彼がいる事を除けば。

 

「コウキ君!」

 

近付いて、彼の脈を計る。

こんな状態でも冷静な自分を不思議に思いつつ、迅速に状況把握の為に自分の身体を動かしていた。

 

「脈は・・・ある。息は・・・している。良かった。ちゃんと生きている」

 

ホッと一息吐く。

最悪の事態は免れたようだ。

怪我はしているようだけど、死んではいなかった。

 

「不安にさせないでよ。コウキ君」

 

出来る事なら、彼の無事を喜んで、彼の身体を抱き締めてあげたい。

でも、怪我をしていて、なおかつ、意識を失っている彼にそんな事は出来ない。

だから、意識を取り戻したその時、おはようと笑顔で言ってあげよう。

きっと、それだけでも喜んでくれる筈だから。

 

「・・・ハァ・・・ハァ・・・コウキさん」

「セレセレ」

「・・・コウキさんは・・・無事ですか?」

 

・・・そうだったわね。

コウキ君を心配する人間は他にもいるんだ。

家族であるセレセレなら尚更。

 

「無事よ。怪我はしているみたいだけど、ちゃんと生きているわ」

「・・・良かったです」

 

走ってきた疲れからか、それとも安心からか。

脱力して地面に膝をつくセレセレ。

ふふっ。コウキ君。愛されているじゃない。

ちょっと訂正。セレセレと二人でおはようって言ってあげよう。

ふふっ。ホント、愛されているわね、コウキ君。

 

「・・・心配なので、早く医務室に」

「そうね」

 

確かに一刻も早く医務室に連れて行くべきだ。

見た所、命に別状はない、と思う。

でも、それは素人の私意見であり、実際は危険な状態なのかもしれない。

コウキ君の為にも、心配する私を含めてクルーの為にもちゃんとした検査を受けた方がいい。

 

「早速医務室に連絡を・・・」

 

でも、おかしく思われないだろうか?

一人戦場の残った人間が突如現れたりして。

きっと、誰もが不思議に―――。

 

『私が見てあげるわよ』

「イネスさん」

『何も言わなくていいわ。見ていたし、聞いていたから』

 

コミュニケ越しに現れる理知的な顔。

そうね。彼女なら、語らずとも理解してくれる。

きっとブリッジの様子とかも理解した上での提案。

私にとって渡りに船だった。

 

「御願いします」

 

頭を下げる。

私なんかの頭でいいなら、いくらでも下げてやろう。

それで、コウキ君が助かるなら。

 

「・・・御願いします」

「・・・セレセレ」

「・・・コウキさんは私にとっても大切な人ですから」

 

ありがとう。セレセレ。

 

『あらあら。愛されているわね。彼』

 

ニヤニヤ顔のイネスさん。

でも、ちょっと安心した。

これだけ余裕を見せるなら、きっとコウキ君は無事だ。

本当に危なかったら、この人だって焦りを見せる筈なのだから。

 

『私も火星人の一人。アキト君の記憶を見た以上、何が最善かぐらいは分かるわ』

「えっと・・・」

 

それって、今、関係ないと思うんですが・・・。

もちろん、大事な話ではあるんだけどね。

 

『彼に死なれちゃ困るのよ。彼には色々と訊かないといけないし』

「・・・お大事にね。コウキ君」

 

検査より、検査後が大変だなって思った。

 

『それに、あの彼がこうまで危機に陥った。その理由も知りたいじゃない? もしかすると、物凄く重要な情報を握っているのかもしれないわよ? 彼』

「・・・そうですね」

 

確かにそうだけど、そんな事は私にとって二の次。

コウキ君が無事かどうか、ただそれだけが大事なのだ。

 

『ふふっ。まぁ、それは後で聞くとするわ。とりあえず、そちらに人を送るから、付いてらっしゃい』

「はい。御願いします」

 

しばらくして、コウキ君が運ばれていった。

検査した結果、症状は頭部の強打による脳震盪と全身打撲。

症状自体は軽いから、すぐにでも眼を覚ますだろうって。

入院という形で休ませてあげるし、隠しておいてあげるって。

本当に感謝しても、し足りないぐらいだ。

ありがとうございます。イネスさん。

これで安心だ。本当に良かった。

そう思っていた。

でも、それから三日経った今でも、コウキ君の瞼が開く事はなかったの。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「・・・ここは?」

 

・・・俺は確か、カグラヅキから戻ってくる途中に・・・ッ!

 

「そうだ! 夜天―――イッタァ!」

 

思わず起こした身体を再びベッドに戻す。

な、何だ? なんか全身が物凄く痛いんですけど。

 

「あら? 起きたの?」

「・・・イネスさん」

 

イネスさんがいるって事は医務室だろうな、ここ。

いやぁ。実は俺が一番お世話になっているんじゃないか?

おっと、そんな余裕はないっての。

急いでアキトさんに!

 

「イネスさん! アキトさんはどこに!?」

「はぁ・・・。落ち着きなさい。コウキ君」

「で、でも・・・」

「ここに呼んであげるから、貴方は怪我人なのよ?」

「・・・分かりました」

 

渋々ベッドに身を預ける。

イネスさんはコミュニケで連絡を取っているようだ。

終わったら、状況とかを聞くかな。

ま、その間にちょっと整理しておこう。

 

「北辰が動き出した。狙いは何なのだろう?」

 

草壁派が和平の使者を送った。

別にそれは原作と同じだから別段驚きはない。

使者がユキナちゃんじゃなければ話は別だけど。

しかし、だ。ユキナちゃんを使者として送った理由が未だに分からん。

彼女自身は使者としての自覚がないのかもしれないが、草壁にとっては使者とは言わなくても接触させる気があったのではないかと思う。

何故かというと、彼女が単身ボソンジャンプでナデシコに乗り込んできたからだ。

単身ボソンジャンプできるような機体を軍人の妹とはいえ、一般人に扱わせるだろうか。

兄の戦艦に乗っていて機体を奪ったという見方もできるが、そうなれば一般人に機体を奪われたシラトリさんと奪った本人であるユキナちゃんに罰がくだされる筈。

まったくそうならなかったのは草壁が容認したからではないだろうか。

そうであれば、草壁は彼女がナデシコにいた方が、都合が良いと考えたという事。

草壁は彼女を接触させる事で何かしらの計画を思い付いたのではないだろうか・・・。

やはり、あの時から既にシラトリさんの暗殺を企てていたのか?

もしくは、彼女を送る事が徹底抗戦を訴える上で必要だったって事?

・・・分からん。

ユキナちゃんは別に草壁派という訳ではないだろ?

実際、彼女はミナトさんに接触する為に乗り込んだようなものだし。

彼女は何も知らない。そもそも兄の暗殺事件に協力する筈もない。

・・・となると、彼女を木連から引き離した事に意味がある?

でも、彼女がいないぐらいじゃ、大した影響はないと思う。

そりゃあ、ツクモさんの意識を草壁派から逸らす事は出来るさ。

愛しの妹が敵側に赴いてしまったんだから、意識が逸れるのは当然。

しかし、それだけの理由で彼女を送り出すだろうか。

何か、もっと大きくて、大事な意味がある気がするのだが・・・。

 

「あ。先にハルカ・ミナトを呼んでおい―――」

 

シュインッ。

 

「コウキ君!」

 

イネス女史が告げるとほぼ同時に、扉が開き、凄い勢いでミナトさんが入室してくる。

ミナトさんはベッドにいる俺を見ると、ホッと息を吐いた後、ゆっくりと近付いてきた。

ちょっと・・・バツが悪い。

なんだかんだで、また心配かけちゃったし。

 

「良かったわ。無事で」

「すいません。また、心配かけちゃいましたね」

「ううん。あ、心配したっていうのはもちろんだけど、貴方は私達の為に無理してくれたの。ありがとね」

「いえ。俺にだけ出来る事があった。それだけですよ」

「それでもよ。コウキ君のお陰で私達はこうして生きていられる。素直に感謝を受けても損じゃないと思うんだけどなぁ」

「・・・そうですね。俺もホッとしています。皆が無事で」

 

本当に危機的状況だった。

俺の秘策が成功したからいいものの。

失敗していたら俺はもちろんの事、ナデシコもすぐに追撃を受けてヤバかったと思う。

今更だけど、ちょっと達成感。

無茶したのはあまり良い事じゃないだろうけど、無茶して良かったと思う。

 

「ミナトさん。今の状況を教えてくれますか」

「ええ。分かったわ」

 

 

 

 

 

「なるほど」

 

あれから無事に撤退に成功したナデシコは修理の為にコスモスと合流。

これは予想が付いていた。事実、コスモスを探していた訳だし。

まぁ、結局、見付かりませんでしたけどね。

使者は変わらずシラトリ・ツクモさんの妹ユキナちゃん。

使者らしいものは何も持ってないけど、確かに木連の女の子だ。

彼女を通して、草壁派は和平交渉をしようとしているらしい。

まぁ、和平交渉かどうかは甚だ疑わしいが。

 

「それでね、あ、先に言っておくわよ。誤解されちゃ困るから」

「えっと、何ですか?」

「ユキナちゃんのお兄さんのツクモさん。私に・・・」

 

そこまで言って言いよどむミナトさん。

あぁ。やっぱり、ツクモさん、ミナトさんに恋しちゃったんだ。

 

「ツクモさんとは御会いした事があります」

「え? そうなの?」

「はい。まぁ、恋にも一途って感じでした」

「・・・知っているの? 彼が私に好意を抱いているって」

「ハハハ。ユキナちゃんはお兄さんの為にナデシコに来たようなものですよ?」

「・・・それじゃあ、ルリルリが言っていた人って」

「ネタバレになりますよ?」

「流石にそこまで鈍感じゃないわ。本当なら、私は彼と結ばれたのね」

 

う~ん。結ばれたってのとはちょっと違うな。

お互いに惹かれあったのは事実だけど。

 

「ちょっと違うんです」

「え? 違うの?」

「ここからはミナトさんにも関わる事なので言い辛かったんですが・・・」

「・・・・・・」

「覚悟して聞いてください」

「・・・ええ」

 

話していいかどうか悩んだけど、ここまでバレたらきちんと話すべきだよな。

 

「彼は暗殺されます」

「・・・え?」

「ツクモさんは草壁派における和平の第一人者。草壁は彼を殺し、その罪を地球側に擦り付ける事で民衆を煽りました。悪の地球が和平を望む誇り高き木連軍人を殺した。今こそ悪に鉄槌を。私達は彼の意思を踏み躙った悪の地球を絶対に許さないと」

「そ、そんなのって!」

「ええ。愚かにも木連国民はその言葉を真に受けてしまった。シラトリさんは死した後、軍神として祀り上げられたんです。草壁によって」

「木連は、木連はそんなに戦争がしたいの! そんなの、そんなの・・・あんまりだわ」

「俺もそう思います。だからこそ、俺は彼も救いたい。若くして亡くなる英雄を」

 

シラトリさんの死。

それが木連に与えた影響は大きいと思う。

木連の若者達の憧れである優人部隊。

その中でも少佐というエリートであった彼は軍人や国民からの知名度も高い。

簡単に言えば、人気も高かったんだと思う。

そんな彼が地球側に謀殺された。

そうなれば、国民が怒りを覚えるのは当然の事。

もしかしたら、和平を唱えていた人間が徹底抗戦に鞍替えした可能性もある。

潔さをモットーとする木連なら充分ありえる事だ。

草壁はそこまで国民の事を理解した上で実行した。

熱血とは盲信にあらず。

月臣さんが掲げた言葉を国民に知って欲しいと思う。

与えられた情報だけを鵜呑みにする事の恐怖。

それを知って欲しい。木連はもちろん、地球にも。

 

「・・・彼が死んだ後の私は?」

「・・・絶望の淵にいました。その後、どうにか立ち直りましたが、戦争終了後は彼の妹であるユキナちゃんを引き取り、独身を貫いたようです」

「・・・そっか。当事者じゃない私には分からないけど、平行世界の私はとても情熱的な恋をしていたのね。ごめんなさい。コウキ君」

「えっと、何で謝るんですか?」

「平行世界と言えど、私の事、しかも、恋やら愛やらの話じゃない? そんな話をするのって辛い事だと思うんだ。だから、ごめんなさい」

 

・・・そりゃあ、今付き合っている人が実は違う人と結ばれていましたって。

そう話すのは辛いし、思い出すだけで腹が立つ。

それは確かだけど・・・。

 

「でも、俺はあの真っ直ぐで真摯に彼を想い続ける姿が美しいと思いました」

 

恋人を殺されて慟哭するミナトさん。

必死に縋りついて、泣き叫ぶミナトさん。

彼の意思を継ごうと立ち上がるミナトさん。

兄を失った妹を案じ、引き取ると告げたミナトさん。

どれも俺には想いが伝わってきた。

本当に思い遣りがあって、暖かい女性なんだって。

そう俺に教えてくれたんだ。

 

「それに、己惚れじゃなければ、俺はミナトさんに愛されています」

「・・・コウキ君」

「もちろん、俺もミナトさんを愛しています。平行世界のミナトさんは本人であって本人ではない。 向こうのミナトさんの心はツクモさんに奪われてしまいましたが、こちらのミナトさんの心は俺がガッチリと奪い取っちゃいました」

「・・・うん」

「貴方を愛しているから、貴方に愛されているって自信があるから。だから、何を言われようと動じませんよ、俺は。俺の想いに嘘はないですからね」

 

そう、何があったって動じない。

それだけの絆が俺とミナトさんにはあるって思っているから。

たとえツクモさんであろうと、俺と彼女の絆の前には敗れ去る事だろう、うん。

 

「ふふっ。なんだかコウキ君じゃないみたい。そんな台詞。似合わないわよ」

「茶化さないでくださいよ。とにかく、向こうとこちらでは別人です。俺としては、向こうのミナトさんにはちゃんとツクモさんと結ばれて欲しかった。辛い生活を送るのではなく、夫婦仲良く幸せな家庭を築いて欲しかったって思います」

「へぇ。それって、私とツクモさんが結ばれて欲しいって事?」

「ちょ、ちょっと、勘違いしないで下さい。俺はミナトさんを譲るつもりは―――」

「冗談よ。冗談。大丈夫。コウキ君の想いはちゃんと伝わってきたから」

 

胸の上に手を重ね合わせてどこか嬉しそうに微笑むミナトさん。

・・・いや、今更ながら照れるな。俺らしくなかったかも。

 

「・・・そろそろいいかしら?」

「へ?」

「・・・あ」

 

・・・そういえばいましたね。イネス女史。

 

「そりゃあ、愛しの彼が無事に生還したんだもの。喜びたいのは分かるけど・・・」

 

どこか呆れていらっしゃるイネス女史。

 

「さっきからお待ちしているわよ。お客さん」

 

え? お客さん?

 

「・・・邪魔するぞ。コウキ」

「・・・すいません。お邪魔かなと思ったんですが・・・」

「・・・私達は悪くないと思う」

 

・・・アハハ。呼んでいましたね。誰でもなく俺が。

 

「さて、それじゃあ、アキト君達を呼んだ理由を話してもらいましょうか」

「えっとぉ、イネスさんもですか?」

「あら? 私だけ除け者? これでも役に立つと思うけど?」

「え、あ、それはそうなんですが・・・」

 

いいんですか? アキトさん。

そう視線で訊いてみる。

 

「構わん。記憶を見られた以上、隠していた所で意味はない。それに、博士なら俺達の強い味方になってくれるだろうしな」

「あら? お兄ちゃん。博士なんて呼び方しなくていいのよ?」

「・・・イネスさん。貴方のお兄ちゃんは俺ではない」

「ふふっ。まぁ、いいわ。お兄ちゃん」

「・・・・・・」

 

そうだよな。記憶の流出はそういう意味もある。

イネスさんは自身がアイちゃんと呼ばれた存在であると自覚しているし、アキトさんこそが初恋?かは分からないけど、あのお兄ちゃんだって理解している。

原作では最終回あたりに知る事になるんだけど、今はとっくに知っちゃっている訳だ。

 

「私自身、お兄ちゃんの記憶を見て、色々と考えさせられたわ。どうして、私はあの時、遺跡を放置する事の危険性に気付かなかったのかしら?」

「いや。俺に聞かれても困ります」

 

普通、そこはアキトさんに聞くべきじゃないかな?

どうして、俺はそんなに凝視しながら問いかける?

 

「あら? 貴方なら分かるんじゃない? イレギュラーさん」

 

・・・まぁ、そう言われてもおかしくはないよな。

アキトさんの記憶の中に俺がいなかったのは事実だし。

誰かが、というより、誰もが疑問に思うのは分かりきっていた。

 

「ふふっ。やっぱり貴方は興味深いわ」

 

・・・なんか嫌な標的にされた気がするんですけど。

 

「ま、その事は後々に話してもらうとして・・・」

 

あ。結局、誤魔化し切れてない訳ね。

 

「まずはアキト君達に伝えたい事って奴を話してもらいましょうか」

 

・・・たくさんあり過ぎて困っちゃうな。

 

「えっと、アキトさん」

「ああ。何だ?」

「そうですね。良いニュースと悪いニュース、どっちがいいですか」

「・・・先に良い方を聞いておこうか」

「・・・分かりました。ルリちゃん。この部屋って」

「ええ。先程、オモイカネに頼んでおきました」

 

おし。情報秘匿は完璧だな。

それじゃあ、話すとしようか。神楽派と北辰の事を。

希望と絶望の話を。

 

 

 

 

 



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希望と絶望の話

 

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

あまりの事態に声も出ないアキトさん達。

良いニュースと悪いニュースが極端すぎるから当然だ。

神楽派との接触。

和平派同士での結び付きが強くなるのは途轍もなく良い事。

得な事はあっても、損な事は一切ない。

これで和平への確かな道が見えてきたって事だ。

でも、反面、悪いニュースもかなりの重要さ。

北辰が出てきたっていうのも大きいけど、何よりも夜天光を生み出す技術力があるって事が大きい。

夜天光はブラックサレナであるからこそ太刀打ちが出来る。

でも、その肝心のブラックサレナも手元にはない。

むしろ、それさえも敵側にあるという現実。

一応は味方かもしれないけど、神楽派も木連であり、敵と言えば敵だ。

これは俺達にとって絶望を与えるだけの信じがたい事実だ。

 

「・・・北辰」

 

なかでも、アキトさんの気持ちは計り知れない。

仇ともいえる北辰の登場。

いくら劇場版で決着をつけたといっても、気持ちの整理はそう簡単には付かない。

北辰を眼の前にした時、アキトさんがどう出るか・・・。

 

「どちらにしろ、俺達はこのままでは負けます」

 

技術力で負けている以上、数で押すしかない。

でも、俺達ナデシコは独立愚連隊。

質で勝つ事が求められている。

 

「早急にエステバリス、及び、ナデシコの強化をする必要があると思われます」

 

ナデシコが向かう先は間違いなく激戦区。

生き残るだけの矛と盾が必要になってくる。

ナデシコが和平交渉の中心となるのはほぼ確定事項なのだから。

 

「・・・確かにそうだな。だが、強化するにも方法が」

「忘れていませんか? 俺には、俺にだけは、その方法がある事を」

「ッ! だが、お前はそれを忌み嫌って」

「ええ。正直、使いたくないですけどね。致し方ないって奴です」

 

五年後の技術? 俺はそれ以上の技術を創造出来る。

過去、未来、それだけじゃなく、平行世界の技術まで。

今までは忌み嫌っていたこの異常も俺は今なら受け入れられる。

 

「・・・話が見えないんだけど」

 

まぁ、イネス女史は御存知ないですからね。

 

「それに、ナデシコCに接触した際に情報を盗んでおきました。全部とまではいかないでしょうが、多少の事は教えられます」

 

ふふふ。強化しないとマズイって考えていた俺がそのままでいる訳ないだろ?

カグラヅキからデータは確かに消さなかったが、コピーはして来ました。

俺の補助脳の容量を甘く見ないで欲しいね。

高性能パソコンぐらいあるよ、この時代のね。

 

「・・・コウキ君。悪役面しているわよ」

「う。・・・マジですか?」

「・・・ええ」

「・・・ああ」

 

アキトさんまで・・・。

 

「しかし、大胆な策だったな。まさか中からハッキングするとは」

「まぁ、俺の強みってそれぐらいしかないですから」

 

実際、ナデシコパイロット内で俺の強みってそれぐらい。

オールラウンダーでどの技能でもバランスの良いイツキさん。

的確なポジション取りで、目立たないけど重要な役を担ってくれるヒカル。

視野が広く、的確な指示や自らで穴を埋めるバランス型の会長。

近接格闘能力では他を圧倒する技術の持ち主であるスバル嬢。

熱血、気迫こそが力の源であると、粘り強く精神的に強いガイ。

いつでも冷静に戦場を眺め、的確な射撃で援護してくれるイズミさん。

そして、戦場を縦横無尽に駆け回る圧倒的な実力の持ち主、アキトさん。

ほら? 俺の自慢できる事なんて一つもない。

一応はバランス型だって自負しているけど、どちらかという器用貧乏って奴?

格闘でも駄目。射撃では、まぁ、ソフトのお陰で多少上かな?

高機動戦だってアキトさんにはとてもじゃないけど敵わない。

まぁ、並列思考からの半暴走ならアキトさん並に戦えるだろうけどさ。

正直な話、味方がいる状態ならあれを使う必要はないと思う。

負担も大きいし、若干、周りに眼がいかなくなる気がするし。

まぁ、いざという時に使う事は辞さないけどね。

とにもかくにも、俺の強みはハッキング。

それなら、それを利用しないと勿体無いかなって思う。

もちろん、過度の使用は控えますよ。

ハッキングで戦況が左右できるなんて知られたら困っちゃうし。

だから、自動的にルリ嬢によるハッキング支配も防止する方向になる。

ルリ嬢の幸せの為にもね。危険視される恐怖を理解して欲しい。

臆病かな? 俺。

 

「一応、ウイルスって事で誤魔化しておきました。ハッキングがナデシコCの武器ってバレたら怖いですからね」

「ああ。ルリちゃん程のハッカーはいないだろうが、万が一もあるからな」

「・・・あの、コウキさん、オモイカネは・・・」

 

心配そうに聞いてくるルリ嬢。

ははっ。ルリ嬢らしい。

やっぱり、オモイカネが大切なんだなって思った。

 

「うん。無事だった。ルリちゃんに会いたがっていたよ」

「・・・そう・・・ですか。良かった」

 

本当に心から安堵するルリ嬢。

こりゃあ、オモイカネの願いを叶えてやらないとな。

 

「ルリちゃんに会わせてあげるって約束しちゃったし。必ずオモイカネに会えるようにするからさ。ルリちゃん。約束する」

「はい。ありがとうございます」

 

アキトさんを失ったルリ嬢にとってはもしかしたらオモイカネが心の拠り所だったのかもしれないな。

もちろん、ユキナちゃんやミナトさんを始めとする人達がルリ嬢を支えてきたと思う。

でも、ナデシコ時代に大切な友達だったオモイカネはルリ嬢にとって大きな存在。

もしかしたら、オモイカネがルリ嬢を立ち直させた一番の立役者なのかもしれない。

 

「ナデシコC、あっちからしてみればカグラヅキですが、それが現れた事で色々と考えなくちゃいけない事が出てきました」

「そういえば、ユーチャリスだっけ? あれはどうなの?」

「大破といってもおかしくない程の損傷だったからな。ギリギリでブラックサレナを取り出せたぐらいだと思うが・・・」

「・・・そもそもユーチャリスは通常戦闘には不向き」

「・・・そうですね」

 

ラピス嬢の意見にルリ嬢が肯定する。

ユーチャリスは奇襲を第一とした戦艦だからって事かな?

確かにブリッジもアキトさんとラピス嬢が座れるぐらいの広さしかないけど。

まぁ、武装面で言えば遥かにナデシコCを上回るんだけどね。

どちらにしろ、木連に不向きなのは確かだ。

あれはワンマンオペレーションシステムしか取れない戦艦なんだし。

木連じゃ充分に性能を発揮できない。

 

「とにもかくにも、地球に帰ってから駆け回る必要が出てきたって訳です」

「そうだな」

「ええ」

 

やる事はいくらでもある。

エステバリス強化案。

ナデシコ強化案。

それに、和平派同士での会談。

後は・・・火星再生機構についてもだ。

 

「あと、もう一つだけ、御話したい事があるんですが」

「ん? 他にもあるのか?」

「はい。あの・・・アキトさん、提督、呼んでもらえます?」

「キノコをか?」

「そうです。この話には軍人の協力も必要なんです」

「・・・まぁ、構わないが、ここにいる事がバレるぞ」

 

あぁ。隠してもらっていたんだ。

感謝しないとな。

でも、いつまでも隠れている訳にはいかないだろ。

 

「今から何食わぬ顔で帰った振りしろって方が無理ですよ」

「まぁ、それはそうだが、ボソンジャンプの事がバレてしまってもいいのか?」

 

単体ボソンジャンプの条件。

ネルガルが公表しようとしている為に身動きが取れなくなってしまっている。

だからこその火星再生機構という案件なんだ。

 

「その話も含めて、大事な話なんです」

「・・・分かった。呼んでこよう」

「御願いします。アキトさん」

 

アキトさんが席を立つ。

一応、一般のクルーは医務室でのコミュニケは禁止されている。

その為、通信するとなると、部屋から一度出るしかない。

もちろん、そうなるように事を運んだんだ。

わざわざアキトさんに頼んだのもその為。

そうなってもらわないと困る。

 

「ねぇ、コウキ君。それってあの話?」

「はい。アキトさんがいない今の内にルリちゃん達に話しておきたいんです」

「・・・私達にですか? アキトさんには内緒で」

「・・・・・・」

 

アキトさんを説得する前に外堀を埋めておきたい。

ルリ嬢達が味方に付けば、きっとアキトさんも納得してくれる。

 

「ルリちゃん達はアキトさんがボソンジャンプ実験の実験体になるのは嫌だよね」

「当然です!」

「・・・嫌に決まっている」

 

キッと困惑の顔を真剣な表情に一転させる二人。

 

「これはネルガルの陰謀を阻止しつつ、アキトさんが実験体になるのを防ぐ案件なんだ」

「そ、そんな方法があるんですか?」

「うん。でも、複雑な事情も絡んでくる。話を聞いた後、しっかりと判断して欲しい」

「・・・はい。でも、アキトさんが実験体にならなくて済むなら・・・」

「それも含めてちゃんと考えてね。俺の案が絶対とは限らないから」

「分かっています」

 

俺だけの考えじゃ多分成功しない。

色んな人から知恵や協力を得ないと。

 

「私もいていいのかしら?」

「はい。むしろ、イネスさんも深く関わっています」

「へぇ。それは興味深いわね」

 

相変わらず知的好奇心が旺盛な事で。

 

「呼んでおいたぞ」

「ありがとうございます」

 

通信を終えたのだろう。

アキトさんが戻ってきた。

 

「それで、キノコに何を頼むんだ?」

「彼の交渉力と頭の切れを頼りにしたいんです」

「・・・なるほど。相当に規模が大きい話のようだな」

「ええ。下手すると一生に関わる事です」

 

俺や貴方の。

 

シュイン!

 

「・・・やっぱりいたのね。あの男がそれらしい事言ってたからそうとは思っていたけど」

 

出会いがしらに呆れられても困るんだけどなぁ。

 

「わざわざすいません。提督」

「別にいいわよ。それで私に用って何かしら?」

「提督。貴方の力をお借りしたいんです」

「ふ~ん。私みたいな嫌われ者に何を頼むっていうの?」

「・・・火星再生機構設立の支援を」

「・・・火星再生機構?」

 

怪訝そうに眉を顰める提督。

無論、アキトさん達事情を知らない者達も。

 

「へぇ。面白い事を考えるのね」

 

そんな中、イネス女史だけニヤニヤしている。

・・・気にしない方向で行こう。

 

「何よ? 火星再生機構って」

「火星の為の火星人による火星人と共に火星を再生しようという計画です」

「そんな抽象的じゃなくて、もっと具体的に言って頂戴」

「分かりました。真剣に聞いて下さいね」

 

コクッと頷く一同。

なかでも、ルリ嬢やラピス嬢は一際真剣だ。

それはそうだよな。

アキトさんの今後が懸かっているのだから。

 

「地球政府、木連政府に賠償金を払わせ、全陣営で協力して火星を再生させる計画です」

「な、何ですって!?」

「コウキ。お前は何を・・・」

 

驚愕の表情を浮かべる二人。

賠償金を払わせるっていう点に驚いているのか。

それとも、全陣営で再生させるって事に驚いているのか。

まぁ、恐らくどっちもだろう。

 

「私は地球の軍人よ? 私は地球の為に動く義務がある。残念だけど、地球の為にならないような事に協力はしないわ」

「地球や木連が協力してくれるとはとても思えないが?」

「提督のおっしゃる事、アキトさんの言う事は百も承知です。でも、その結論を出すのは話を聞いてからにしてくれませんか?」

「ま、いいわ。話して御覧なさい」

「はい」

 

提督も会長と同じように利を唱えるしかない。

もちろん、火星を見捨てたって感情も提督にあるだろうけど。

この人の本質は現実主義であり、合理主義だ。

感情に左右されて本質を見失うような事はしない。

だからこそ、感情論は駄目。徹底的に利で説く。

 

「提督はネルガル、及び、木連の狙いを御存知ですか?」

「徹底抗戦って事かしら?」

「いえ。それもありますが、彼らの狙いは他にあるんです」

「へぇ。初耳ね」

「もちろん、利益の為に戦争を続行させたいという思いもあるんでしょうが」

「そうね。それで? その狙いって?」

「提督もアキトさんの記憶で見たと思いますが、あの遺跡です」

「ボソンジャンプの演算ユニットって奴かしら?」

「はい。木連の実質的支配者である草壁の狙いがそれです。彼はボソンジャンプを支配する事で地球、火星、木連。それら全ての陣営を支配する事が出来る。恐らくそう考えています」

 

事実、草壁は劇場版で演算ユニットを手中に収め、ユリカ嬢を利用したボソンジャンプシステムの確立後に行動し始めた。

もちろん、アキトさんの妨害という点も大きいだろうが。

 

「まぁ、分からなくはないわね。もしボソンジャンプを独占する事が出来れば不可能じゃないわ」

 

劇場版ではルリ嬢に抑えられたが、それがなければ支配していたかもしれない。

瞬間移動による奇襲と短期決戦。

輸送などを考えなくて済む戦法は確かに有効だ。

実際、今の木連はチューリップを活用する事で一方的な攻撃を可能にしている。

地球に被害が及ぶ事はあっても、木連の本土に被害が及んだ事は未だにないのだから。

 

「大袈裟に言えば、木連は太陽系の制覇を目論んでいると言えるでしょう」

「それはまた大胆な意見ね。それで? ネルガルは」

「ネルガルはボソンジャンプの独占によって他企業との差を広げたいのでしょう」

「ま、ボソンジャンプなんて技術を確立できれば商売も右肩上がりでしょうね」

「はい。結果、両陣営も遺跡の確保を戦争中の狙いとしている訳です」

 

商売。支配。

その後の展望は違えど、目的は同じ。

言い換えれば、彼らの争いは必至って訳だ。

 

「そこまでは分かったわ。それで、その話がさっきの話とどう繋がるの?」

「俺自身の結論でいえば、遺跡の独占を許す訳にはいきません」

「そうだな。その意見には俺も賛成する」

「私もです」

「ま、その危険性ぐらいは誰にだって分かるわよね」

 

そう、独占される事の危険性。

そもそもどちらかの独占を許せば戦争が長引く可能性が高い。

 

「そこで、俺は遺跡を地球、木連、火星の共有財産にする事を考えたんです」

「なるほど、三権分立の考え方ね。互いを監視する事で危険を防止する」

「その通りです。イネスさん」

 

すぐに閃くんだから流石だよなぁ。

 

「でも、それを実行するには火星の力が弱い。その為の再生機構です」

 

この方法は互いの力がほぼ同等であるからこそ成り立つ。

三つの内、一つでも力が弱ければどこかの陣営の独走を許す事になるだろう。

 

「考えは分かるけど、それに賛同できる理由がないわね。地球はともかく、木連側は独占を狙っているんでしょう? それなら、その案を呑む理由がないもの。どう説得するつもり?」

「この話には二つの前提条件があります」

「そう。聞かせて」

 

少しずつだけど提督の興味を惹けてきた気がする。

 

「まず木連側ですが、彼らは物資が乏しい」

「以前聞いた話ではクリムゾンから融資を受けていたらしいな」

「アキトさんの言う通りです。彼らの生活はプラントに依存している。それで満足している者もいますが、反面、不安を覚えている者もいます」

 

実際、俺もこの世界に来る前は輸入依存の生活で不安だった。

万が一、各国から輸入を止められたらって。

かといって、俺個人で対策が練れる訳でもない。

何より、生産するだけの土地がないのが大きい。

物資に劣り、土地がない国は輸入に頼るしかないのだ。

そして、これは木連にも言える。

 

「彼らが何より求めているのは安住できる地。木連は市民艦という形で巨大な艦に国民を住まわせているんです」

「へぇ。要するに火星の土地を提供するから再生に協力しろっていうのね?」

「・・・はい」

「でも、忘れないで欲しいわ。私達火星人にとって木連は仇以外の何者でもないの。火星を荒らした張本人に私達火星の地を踏んで欲しくないわ」

 

どこか怒気を孕んだ声で告げるイネス女史。

火星人としての彼女の気持ちが痛い程に伝わってきた。

 

「分かっています。だからこそ、火星の方達に全てをお伝えしようと考えています」

「全てって、木連に狙われた理由? ボソンジャンプの事? 遺跡の事?」

「全てです。全てを話した上で火星再生に力を貸してもらいます」

「おい。コウキ。ボソンジャンプは秘密にするんじゃなかったのか?」

「それを貫けられるような状況でもなくなったんです」

 

あれはネルガルがボソンジャンプの条件付けが出来ていない事が前提だった。

既にネルガルが確立している以上、秘密にしてはいられない。

 

「でも、そう都合良くいくかしら?」

 

そんなの・・・。

 

「分かりません」

 

分からないから・・・。

 

「だからこそ、こうして賛同者を集っているんです。火星出身である彼らなら火星を再生したいと思ってくれる筈。でも、とても生き残った方達だけでは火星を再生する事は出来ません。結果、必然的に他からの協力者が必要になってくる。そこで木連人を省けば余計に木連との溝は深まってしまいます」

 

感情論だけじゃ解決しないんだ。

本当に火星を再生したいのなら、そこまで考えなくちゃいけない。

木星人達も長い戦争と足元が付かない暮らしで疲労している。

彼らが第二の故郷として火星を選んでくれれば尽力してくれる筈。

手を取り合ってなんて綺麗事なのは分かっている。

でも、多分、これが最善の方法なんだ。

 

「何度も説明して納得してもらうつもりです」

「・・・そう。もういいわ」

「・・・イネスさん」

「感情論なんて私らしくなかったわね。ま、説得に成功するか楽しみに見させてもらうわ」

 

その時は貴方にも協力してもらいたいんです。

納得していただけないなら貴方にだって何度でも説明しますから。

 

「その話は当事者同士で後にでもしてちょうだい」

「・・・提督」

「もう一つの前提条件っていうのを教えて欲しいんだけど」

「あ。はい」

 

木連側ではなく、地球側。

これに関しては俺の個人的な気持ちが強い。

 

「今、生き残りの火星人達がどうなっているか御存知ですか?」

「もちろん。ネルガルと軍で共謀して保護という名目で監視しているわ」

「その通りです。でも、両者における考え方は異なります」

「今までの貴方の話を聞いた限り、こういう事になるわね。軍はあくまで情報の漏洩を防ぎたいから。でも、ネルガルはボソンジャンプの重要な存在として確保しているって」

「はい。ネルガルにとって火星人は実験サンプルでしかないんです」

 

ボソンジャンプの為に暗殺までするネルガルだ。

火星人はネルガルにとって都合の良いモルモットだろう。

いなくなれば軍が喜ぶだけだし、職を与える事で支配しているのだから。

 

「でも、今、改革和平派が真実を公表しようと動いています。それらの真実さえ公表できれば、軍が火星人達を拘束する理由がなくなります」

「そうね。ミスマル提督なら、以前の確執から軍の逃亡まで隠さず公表するわ」

「すると、ですよ。軍が身を引く事で、火星人達はネルガルに一任される事になる」

「まぁ、理由がなくなった以上、軍は火星人の事を気にも留めないでしょうね」

「それが怖いんです。ネルガルが何をしだすか分からない」

 

ネルガルが火星人を確保している。

その事実があるからこそ、俺達は身動きが取れなくなっている。

それなら、その前提を覆し、かつ、最善の方向に持っていけばいい。

 

「俺は火星人達をネルガルの下から解放したい。その為に、地球、木連という二大勢力の協力を得た上で、火星再生機構を立ち上げ、彼らの安全と共に火星を再生する状況を確立したいんです」

 

火星人を解放するにはこれしか方法がないと思っている。

両陣営から要請されれば、流石のネルガルといえど拒否できない。

一度解放すれば強引な手段も取れないだろうし。

 

「・・・色々と考えているんだな。コウキは」

「アキトさん。何を他人事のように言っているんですか?」

「何?」

「俺はこの再生機構の代表をアキトさんに御願いするつもりです」

「・・・どうしてそうなる?」

「アキトさんを利用するようで申し訳ないんですが、既にアキトさんは地球、木連、両陣営で知名度が高い。代表の知名度が高ければ、組織も円滑に回ります。それに、アキトさんなら、ボソンジャンプを悪用しないって確信していますから」

 

代表が知られていれば、組織に対する注目度も増す。

代表に据えるならば、大人物の方が良いって訳だ。

当然、再生機構の方針に合わないものは駄目だけど、火星出身であるアキトさんなら火星再生に力を注いでくれる筈。

そして、これらの案件が成立すれば・・・。

 

「・・・そうか」

「はい」

「・・・少し考えさせてくれ」

 

アキトさんを犠牲にする必要がなくなる、実験体として。

 

「それに、この組織が設立されれば、ネルガルに遠慮する必要もなくなります」

 

・・・でも、これはこれで、アキトさんを犠牲にしているんだよな・・・。

うん。その辺りはきちんと考えてもらうとしよう。

断られたら断られたで仕方がない。

そうなったら、火星の生き残りの中で賛同者を探せばいいんだ。

 

「随分と大胆で貴方達の理想に近いと思う案だけど、私は納得してないわ」

「やはり地球側に利益がありませんか?」

「ええ。私も改革和平派に所属しているけど、何の益もない和平は結ぶつもりはないわ。別に自分の手柄にとか、出世とか、そういう事を考えている訳じゃないの。でも、それじゃあまるで火星が独立国家みたいじゃない? あくまで火星は地球連合の一部なのよ。 私がもし地球代表だったら、火星の犠牲を木連側に突き付けて、地球側で遺跡を確保するわ。だって、それが一番の利益になるもの。火星再生機構を立ち上げる理由にはならない」

「ムネタケ! お前は火星を見捨てた身でありながら、火星を再生させようと思わ―――」

「勘違いしないで!」

「なッ!?」

 

提督が・・・吠えた。

 

「私だって、火星をどうでもいいと思っている訳じゃないわ。でもね、他の地球の首脳陣が同じように考えてくれる訳がないの。地球側を納得させる為には絶対的な理由がないと駄目なのよ。感情論じゃ彼らは動いてくれないわ」

 

・・・それって、協力してくれるって事なのか?

 

「ムネタケ・・・お前」

「謝罪だけで済まされるとは思ってないわ。でも、これは開き直れる程、軽い罪じゃない。私もフクベ提督のように彼らに正式に謝罪する機会を設けるつもり。私達は軍人よ? 市民を守るのが義務。その義務を投げ出したんだもの。許される事じゃないわ。もし、火星の為に何か出来るなら、我が身を惜しまないつもりでいるわ」

 

そうか。提督も火星の事を考えてくれていたんだな。

罪悪感からなのかもしれないけど・・・なんか嬉しい。

 

「・・・すまない。俺は・・・」

「別に謝られる事じゃないわ。私は自分がしたいようにしているだけだもの。勘違いされようと構わないわ。軍人は結果主義だから。結果を出して、私を認めさせるつもりよ。もちろん、貴方達にも」

「・・・・・・」

 

心強い。

心からそう思った。

以前のプライドだけの軍人の姿はそこにはない。

誇り高く、信念を貫ける強さのある軍人の姿がここにはあった。

ムネタケ提督なら強い味方になってくれる。

なんとしても、彼に協力してもらわなければ。

提督なら絶対に成功へと導いてくれる。

 

「それで? 納得できるだけの理由があるのかしら?」

 

火星再生機構を立ち上げる事での利点。

木連側には土地を提供できるという利点がある。

地球側には?

・・・現段階では何もないかもしれない。

でも、もっと長期的な眼で見れば・・・。

 

「火星、地球、木連の共有財産という形に持っていく事が出来れば、将来的にボゾンジャンプを利用した輸送システムが確立されると思われます」

「・・・ヒサゴプラン」

 

そう、劇場版と同じようなプラン。

でも、そのプランとは違い、しっかりと公な立場で遺跡を確保してある。

遺跡が確保されている以上、どこかの組織の暴走を許す事はない。

きちんと防衛できる環境も整えられる筈だ。

そもそもそれを防止する為の三権分立的な仕組みは出来ている筈だし。

 

「和平の交渉材料にもなりますし、大きな進歩にも繋がります。停滞している地球経済を一気に活性化させる事になるでしょう」

「そして、行く行くは大航海時代の幕開けって訳ね」

 

・・・・・・え?

 

「大航海時代!?」

「何をそんなに驚いているのよ。想定してなかったの?」

「え? ど、どういう事ですか?」

「簡単な事じゃない。地球から木星まで一瞬でいけるようになるのよ? それなら、その先を望むのが人間の欲って奴よ。誰もがまだ見ぬ未知の世界へ向けて足を踏み出す事になるでしょうね」

 

・・・そこまで考えてなかったんですけど。

いや。言われてみればそうなんだけどさ。

俺としては別に探検より平穏だし。

・・・これって向上心がないって事?

 

「ま、未来の話は置いといて、さっきの話の続きをしましょう」

「あ、はい」

「流石にそれだけじゃ理由にならないわ。改革和平派が完全に政権を握れば別だけど」

「・・・・・・」

 

・・・駄目なのだろうか?

協力してくれるっていう提督すら説得できなければ政府はおろか火星人も説得できる訳がない。

この組織を設立する為には火星人と両陣営の協力が必要不可欠なんだ。

 

「交渉で大事なのは、是非とも協力させてくれって思わせる理由なの。こちらが説得するんじゃないわ。あちらから協力させるように事を運ぶのよ」

「向こうから協力するように誘導する・・・」

「そう。協力しない事で失われる利って奴ね。それを突き付けるのも一つの方法よ」

「・・・提督ならなんて言いますか?」

「・・・そうね。いっその事・・・いえ、やめとくわ、これを言ったら裏切りになるもの」

 

・・・裏切りになる?

それってどういう意味なんだ?

でも、言いかけたって事は何か方法があるって事だよな?

・・・何故言いかけた?

提督程の慎重思考なら少しでも隙を見せない筈。

それなら、わざと隙を見せてくれた?

言いかける事で方法を示唆してくれたって事なのか?

 

「ムネタケ。言い掛けたなら最後まで言え」

「まったく、少しは頭を使いなさいよ」

「・・・む」

「戦争もそうだけど、何かが始まる時には始まる前から勝敗は決まっていると言うわ」

「あらかじめ勝つだけの環境を整えたものこそが勝つという孫子の教えですか?」

「やっぱり優秀ね。その通りよ」

 

要するに、交渉を始める前に交渉を成功させる環境を整えておけって事。

・・・それが、さっきのとどう関係あるんだ?

 

「絶対優位に立つ方法なんていくらでもあるでしょ?」

 

・・・まさか、火星再生機構として遺跡を確保してしまえって。

そう言っているのか?

 

「それでは、周囲が付いてきません!」

 

上から見下す形で得た協力なんて脆いもの。

本当の意味で火星を再生させたいなら、本心から協力させる必要がある。

 

「ふんっ。甘ちゃんね」

「ッ!」

「でも、今回はそれで正解よ。本当に大事ならそのような形で説得しちゃいけないわ。そういう脅す形で他の組織に協力させた所で絶対に禍根が残る」

「・・・提督。何が目的ですか?」

 

わざわざヒントを残したくせに、自らそれを否定する。

何を考えているか全く分からない。

 

「貴方がどれだけこの事態に対して真剣に考えているか。貴方がどれだけ火星の事を大事に思っているのか。それを試したかっただけよ」

「・・・俺は貴方の眼鏡に適いましたか?」

「ええ。貴方は本当の意味で火星の事を考えている。仮初めじゃいけないって、何が最善なのかをきちんと理解している」

「それじゃあ・・・」

「いいわ。私が説得してあげる。口先で誤魔化すのは得意だしね。説得の材料としては地球経済の活性化。大規模輸送システム確立による他惑星の資源獲得。そんな所かしらね。貴方が目指す火星再生機構の設立。私が必ず認めさせてあげるわ」

「ありがとうございます! 提督!」

 

頭を下げる、思いっきり。

それぐらい、提督の協力を得られた事には大きな意味がある。

 

「ま、ミスマル提督に相談すれば許可してくれると思うけど」

「・・・キノコ提督。それをこのタイミングで言いますか?」

 

・・・なんだよ?

なんか今までの疲れがドッと来た。

 

「キノコなんて失礼ね。この髪型はムネタケ家に代々伝わる由緒あるものなのよ」

「え? そうなんですか?」

「そうよ。お父様だって同じ髪型にしていたでしょう」

 

た、確かに。それじゃあ、別に提督の趣味って訳じゃ―――。

 

「ま、気に入っているからしているんだけどね」

 

・・・結局、貴方の趣味じゃないですか。

きっとムネタケ家は幼少時からそう教育されているんだろうな。

そうでなければ、あの髪型を維持しようなんて思う訳がない。

 

「でも、協力者はミスマル提督だけじゃなくもっといた方が良い。違う?」

「それはもちろんです」

「だから、私が伝手を頼って色々と話してみるわ。出来るだけ、軍内における協力者を集めてあげる」

「ありがとうございます!」

 

力強い味方を得た。

幸先の良いスタートだ。

 

「その為にも聞いておきたいんだけど・・・」

 

それからは提督と細かい話をし続けた。

提督が設立の為のキーになる事は間違いない。

現状で挙げられる全ての利点と欠点を述べ、後はそれを提督に纏めてもらって、どうにか交渉材料にしてもらう。

俺じゃ無理でも、謀術で成し上がった提督なら可能だ。

交渉材料として物足りなくても違う部分で補う事が提督になら出来る。

おし。政府関係は提督に任せよう。

俺は火星の方達の説得だ。

ミスマル提督に彼らを集めてもらって、しっかりと丁寧に説明しようと思う。

火星再生の為にも、ネルガルの陰謀を阻止する為にも、彼らの力は絶対に必要だ。

地球に戻ってからは結構な忙しさだろうけど、今働かなくていつ働くんだって話。

頑張ろう。俺に出来る精一杯の力で。

 

 

 

 

 

 

 



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感情と損得と

 

 

 

 

「・・・アキトさん」

「・・・ルリちゃん」

「先程の話、受けてください」

「・・・火星再生機構の代表か?」

「はい。そうすれば、アキトさんを含む火星人皆が救われます」

「・・・確かに、火星を再生しようというのは俺にとっても願ったり叶ったりだ」

「それなら―――」

「だが、俺には務まらんよ。戦場だけが俺の生き場所だ」

「そんな事ありません! 戦場だけなんて、そんな悲しい事を言わないで下さい!」

「・・・実際、交渉は全て失敗し、アカツキに情報を渡してしまっているだけ。組織のトップになれるような強かさもなければ、組織を運営できるような知識もない」

「それは・・・」

「俺なんかよりもっと相応しい人間が―――」

「それはどうかしらね?」

「それを決めるのは早計じゃないかしら?」

「・・・イネスさん、提督」

「組織のトップに必要なのは別にそんな事じゃないわ」

「それなら、何が必要だと言うんだ?」

「もちろん、貴方が考えている組織のトップの形も理想の一つよ。でもね、世の中に正解なんてないの。組織の為ならいくらでも冷徹になれる人間がいいのか?どこまでも潔く、どこまでも一生懸命な人間がいいのか? そんなの誰にだって分からない。初端から諦めている人間は例外だけど」

「・・・だが・・・」

「お兄ちゃんの覚悟次第なんじゃないかしら?」

「・・・覚悟」

「どこまでも清廉潔白を貫き、組織の為に献身的に働く。そんな姿勢に惹かれる人間だって世の中にはいくらだっているわ」

「それに、交渉事が苦手なんてトップにとってはどうでもいい話よ」

「何?」

「だって、その為に外交官っていう専門の役職があるんでしょう? トップの人間に大切なのは適する人材を的確に配置する事じゃなくて?」

「・・・それは俺に出来る事なのか?」

「出来る、出来ない。そんな事を言っている限り任せられないわね。マエヤマ・コウキのように、本当に火星の事を考えているなら、出来る、出来ないなんて言ってないでやってやるぐらいの心意気を持ちなさい」

「・・・・・・」

「自分が苦手な事さえしっかりと把握出来ていれば、他所から補う事が出来る。私が口先だけで出世したのは、軍事面での手柄を他所から奪ってきたお陰よ」

「・・・それは自慢気に言える事なのでしょうか?」

「例え話でしょ。ホシノ・ルリ」

「はぁ・・・」

「コウキ君の言った通り、今のお兄ちゃんには名声がある。地球を救う英雄が故郷である火星を救おうとしている。 それだけでいいのよ。それだけで多くの人間が組織に集まるわ」

「貴方が何を考えて軍のプロパカンダを引き受けたかはわからないわ。もしかしたら、我が身を犠牲にしてでも、なんてそんな考えがあったのかもしれない」

「・・・・・・」

「でも、折角我が身を犠牲にして得た貴方の、貴方だけの武器なのよ? 使わなくちゃ損だと思わない? 私だったら平気で使うわ。軍だけに良いよう使われるぐらいだったら自分の為にも遠慮なく使う」

「・・・軍人とは思えない発言ですね」

「ホシノ・ルリ、私は己の目的の為になら何だって使うつもり。私が今、火星再生機構計画を円滑に進めるって目的を掲げている以上、テンカワ・アキト、貴方の名声だって良いように使ってやるつもりよ」

「・・・そこまで堂々と言われるとかえって清々しいな」

「私の一番嫌いな事は余計な感情で計画が滞ってしまう事。やると決めたら躊躇はしない。一度決めた事を捻じ曲げるような事はしない」

「・・・昔に聞いていたら軽蔑していたであろう言葉も今なら真理に聞こえるな」

「当たり前じゃない。私の成功の秘訣だもの。貴方もいつまでも女に背中を押されないと動けないような情けない男でいない事ね。余計な感傷は邪魔なだけ。断固とした決意と信念を持ちなさい。何事にも揺るがないね」

「・・・・・・」

「アキトさん」

「アキト」

「・・・分かった。俺に何が出来るか分からないが、やってみようと思う」

「アキトさん!」

「そうだな。コウキがせっかく与えてくれた火星再生のチャンスだ。それを己の弱い部分だけを見て、引き受けないのは愚かでしかない」

「はい。私も全力でアキトさんをバックアップします」

「アキト。私も手伝う」

「ありがとう。ルリちゃん。ラピス」

「それで? 貴方はどうするつもりなの?」

「別に火星の再生になんて興味ないけど・・・」

「ないけど?」

「その組織に入ったら遺跡の研究とか出来そうだし、協力するのも吝かじゃないわね」

「ふふっ。素直じゃないわね」

「言ってなさい。それで、きちんと仕事はこなせそうなの? 敏腕提督?」

「言ったでしょ? 口先で誤魔化す事だけは得意なのよ」

「あらそう」

「まぁ、任しておきなさい」

 

 

 

 

 

「何か気を遣わせちゃったみたいね」

「アハハ・・・。はい」

 

火星再生機構の話を終えた後、提督達は帰っていった。

ついでにイネス女史まで退室。

なんか気を遣わせちゃったみたいで申し訳ない。

 

「上手くいくといいわね。火星再生機構」

「はい。あの、その事で大事な話があるんです」

「え? 何かしら?」

 

良い機会だから言っておこう。

一緒に暮らそうと思っているミナトさんにとってもこれは大事な事だ。

 

「火星再生機構は両陣営からの賠償金で活動するつもりって言いましたよね」

「ええ。それぐらいの資産がなければ難しいでしょうからね。軌道に乗るのも当分先の事だと思うし。利益も多分少ないわ」

 

そう、火星を再生しようなんていう莫大な計画だ。

それに掛かる費用も莫大なものになる。

そして、開発ではなく、再生。

当分の間、利益は出ないと思った方がいい。

 

「はい。でも、賠償金が支払われるのって少なくとも戦争終了後だと思うんです」

「まぁ、そうなるわね」

「けど、出来る事ならすぐにでも活動したいんです。準備にだって時間が掛かりますし。人材を集めて、計画を立てて、物資を集めて、ボソンジャンプの運輸システムを確立する。今から始めたって時間が足りないくらい、組織を円滑に動かす為には時間が掛かるんです」

「・・・そっか。そういう事か・・・」

「はい。計画は賠償金が支払われる前から始める必要があります。でも、その為の活動費がない。それなら、どこかから調達する必要がある。その費用に―――」

「その先は言わなくていいわよ。コウキ君」

「・・・ミナトさん」

「貴方の貯金を当てようって言うんでしょ? いいわよ。存分に使っちゃいなさい」

「・・・いいんですか?」

 

こんな自分勝手な理由なのに、どうしてそんなに簡単に・・・。

 

「別に私ってお金持ちの暮らしがしたい訳じゃないもの。家族皆で楽しく幸せに暮らせれば満足。もちろん、あるに越した事はないけどね」

 

ウインクしながらそう告げるミナトさん。

・・・お人好しだなって思う。

お金なんていくらあっても困る事はないのに。

あればある程に贅沢が出来るっていうのに。

 

「それに、前だってコウキ君、私のヒモだったじゃない」

「そ、それをここで言いますか?」

 

・・・せっかく感動していたのに。

お茶目にも程がありますよ。ミナトさん。

 

「クスッ。大丈夫よ。それぐらいの甲斐性はあるから」

「い、いや。それを認める訳にはいかないなぁって思うんですけど」

「男の子だね、コウキ君は」

 

い、いや、だって、ヒモって格好悪いじゃないですか。

男としては、俺が支えてやるんだってぐらいの心構えじゃないと。

 

「だから、安心して貴方の思った通りにやりなさい」

「・・・はい」

 

改めて、ミナトさんが傍にいてくれて良かったって思った。

さっきのお茶目な発言だって気にしないでいいって伝えてくれたんだと思う。

本当に、俺には勿体無い素敵な女性だ。

私に任せて思う存分やってみなさい、なんて。

そんな包容力があって心の支えになる言葉は他にはない。

なんか、さっきより頑張ろうって気持ちになった。

 

「でも、一つだけ聞かせてもらっていいかな?」

「はい」

 

優しい笑顔から一転して真剣な表情になるミナトさん。

だから、俺も真剣な表情でミナトさんを見詰める。

きっと、今から訊かれる質問は、

俺にとってもミナトさんにとっても大きな意味があるだろうから。

 

「どうして、そんなにコウキ君はお人好しなのかな?」

「え? 俺がお人好し? ミナトさんじゃなくて、ですか?」

「別に私はお人好しなんかじゃないわよ」

 

え、だって、俺の身勝手な提案を許可してくれたじゃないか。

 

「もし私がお人好しだったとしたら、コウキ君は底抜けのお人好しね」

「別にそんなつもりはないんですけど」

「だって、そうじゃない。コウキ君にとってこの世界は自分の世界じゃない。それなのに、こんなにも真摯にこの世界を想っている」

「おかしな事じゃないですよ」

「どうして?」

「確かにこの世界は俺にとって本当の意味で自分の世界じゃない。でも、俺はここにいる。こうしてミナトさんの前にいる。家族だっています。ミナトさんやセレスちゃんっていう大事な家族が。既に俺にとってはこの世界こそが真実。ここは立派に俺の世界なんですよ」

 

既に昔の世界は過去のものでしかない。

今を生きる俺にとって、この世界こそが真実だ。

この世界こそが、俺の生きるべき世界なんだ。

 

「・・・そっか」

「はい。悲しい事を言わないでくださいよ。俺はもうこっちの世界の住人なんですから」

「そうね。無神経だったわ」

「いえ。改めて思えました。ここが俺の居場所なんだって」

 

俺がこれからも付き合っていく世界だから。

俺の子供がこれからも付き合っていく世界だから。

大切にしたいって思うんだ。もう他人事じゃいられない。

 

「でも、お人好しっていうのはこの事じゃないわ」

「え? 違ったんですか?」

 

あれれ?

まぁ、確かにお人好しってのとはちょっと違ったかも。

 

「もちろん、さっきのも含まれるけどね」

「それじゃあ、俺がお人好しっていうのはどういう?」

「コウキ君は別に火星出身って訳じゃないじゃない? だから、コウキ君にとって火星を再生させる理由はないわ。別に火星を再生させなくても地球で暮らせばいいだけなんだし」

「まぁ、確かにそうですね」

 

平穏で幸せな生活を送るだけなら地球でだって出来る。

俺の目的と火星再生機構はまったく関係ないって言えば、確かにそうだ。

 

「それなのに、貴方は火星の事を想い、火星の方達の事を想い、こうして私財を投げ打ってまで火星を再生させようとした。それは一体何故なの? それをして、貴方になんの利点があるの?」

「それは・・・」

 

・・・何故だろう?

ネルガルの陰謀を止めたいから?

火星人が犠牲になるのが嫌だから?

将来的に自分が巻き込まれるかもしれないから?

全てをひっくるめて、それが最善だと思ったから?

・・・俺に利点なんてあるか?

別に儲かる訳じゃない。

別に自身と火星人に何かしらの関係がある訳じゃない。

別に火星に対して何かしらの思い入れがある訳じゃない。

 

「理由もなく、利点もなく、それでも貴方はするの?」

 

・・・確かによくよく考えると、理由もなければ、利点もない。

どうして、俺はこの案件を絶対に成功させようと思ったんだろう。

 

「そうですね。・・・始めは自身の幸せを求めていました」

 

ナデシコに乗らずに、戦争なんて気にしない平穏な生活をしようとしていた。

でも、色々あって、結局、ナデシコに乗る事になった。

 

「でも、ナデシコに乗って、自身の戦後を考えるようになりました」

 

戦後、ミナトさんとどんな生活を送ろうか。

そんな事ばかりを考えていた。

教師になろうとか、そんな事ばかり。

 

「その後、アキトさん達の目的を聞いて、個人だけじゃなく、地球の戦後を考えるようになりました」

 

未来を変える為にやってきた逆行三人組。

どうしてもあの悲劇を食い止めたいと。

複雑な感情を抱えながらも、前を見る姿に感銘を覚えた。

だから、俺自身も協力したいと思うようになった。

何が出来るか分からないけど、少しでも力になれればって。

 

「まずは火星人の救出を成功させようって。そして、俺は木連による殺戮の犠牲者であるカエデと出会いました」

 

理想的な未来。悲劇を食い止める。

それだけを考えていた。どうすればいいのかって。

そんな時、俺はカエデに出会った。

家族を殺され、故郷を滅ぼされ、憎しみを抱える少女。

それでも、悲しみを堪えてひたむきに前を向いていた。

 

「彼女を救ってあげたい。もしかしたら、同情だったのかもしれません」

「・・・うん」

「でも、それがたとえ同情であろうと、俺は救いたいと思いました。全てを失った彼女を、犠牲者である火星人達を出来る事なら救いたいと」

 

生き残った火星人達。

彼らが幸せになるには、どうしてもボソンジャンプが絡んでくる。

この時から、ボソンジャンプの対策についても考えるようになった。

 

「そして、木連人であるケイゴさんと知り合います」

 

木連軍人であるケイゴさん。

ケイゴさんは木連を第三者の視線から見詰め直していた。

なんの偶然か、師弟関係みたいになっていたけど、彼は確かに木連軍人だった。

 

「どうしたら、皆が幸せになれるんだろうって」

 

別に全てを救いたいだなんて、そんな事を思っている訳じゃない。

俺はそんな大層な人間じゃないし。

 

「誰だって平穏を求める。俺だけじゃない。誰だって幸せになりたいんだ」

 

平穏。幸せ。

なんて難しい事だろうって思う。

でも、だからこそ、追い求める価値がある。

 

「だから、少しでも皆の幸せの為に貢献できたらなって。いつの間にかそう思うようになったんです。変・・・ですかね?」

 

全てを救う事なんて出来ない。

でも、何か出来る事はあるんじゃないだろうか?

俺個人の力なんて些細なものでしかない。

それでも、少しでも、貢献する事は出来るんじゃないか?

そう、思ったんだ。

 

「・・・変よ」

「・・・・・・」

 

・・・変って断言された。

でも、不思議とショックはない。

それは眼の前のミナトさんの笑みが柔らかいから。

 

「本当にお人好し。優し過ぎるわよ」

「・・・そうですか?」

「ええ。自身の幸せだけを求めてもいいのに。どうして、そうやって皆に手を差し伸べるのかな?」

「別に責任感とかじゃないんです。ただ、今、俺が幸せだから。その幸せをお裾分け出来たらなって」

「ふふっ。そっか」

「はい」

 

自分だけ幸せになるのがいけないとか、知っているのに、放っておけないとか、まぁ、そういう気持ちがあるって事は否定できない。

だけど、そういう理由で言っているんじゃないんだ。

ただ、皆が幸せになれる道があるなら、それに力を注ぐ事も悪くないかなって思っただけ。

もちろん、幸せの形なんていくらでもあるし、誰かの幸せが誰かの不幸なんていう事はいくらでもある。

だから、これは俺の独り善がりの考え。

皆の為だなんて言っているけど、結局は自分の為でしかない。

お人好しなんかじゃない。我が侭なだけだ。

 

「やらない善よりやる偽善・・・か」

「え? 何?」

「あ、いえ」

 

そんな言葉を聞いた事がある。

偽善だって言うんなら、うん、貫いてやろう。

いいじゃないか。俺が思う皆の幸せで。

後はそれぞれが自由に幸せを見つけてくれるだろう。

そう願って、出来る範囲で偽善を貫いてやるつもりだ。

 

「・・・男の子の成長って突然だからなぁ。なんだか置いていかれた気分・・・もう立派な大人なのね、コウキ君」

「え? なんか言いました?」

「ん? ううん。なんでもないわ」

「あ、そうですか」

 

なんだろう? なんか変な事でも言ったかな?

 

「でも、それでこそコウキ君って気もするわ」

「・・・ミナトさん」

「ふふっ。私も難儀な人を好きになっちゃったものね」

「そうですね。後悔するかもしれませんよ?」

「大丈夫。支える事を幸せに思うようにするから」

「理解ある奥さんですね」

「ええ。当たり前じゃない。なんたって私よ」

「そうでした。ミナトさんですもんね」

「但し、条件があるわ」

「なんでも」

「誰よりも、何よりも、私を幸せにする事。いい?」

「当然です。言うまでもないですよ」

「あら? 心強いお言葉な事で」

 

以前言われた言葉は忘れていませんよ。

自身を幸せに出来ない者に他人を幸せに出来る訳がないって奴。

だから、誰よりもまず自身で幸せを感じよう。

そして、誰よりもミナトさんを幸せに出来るよう努力しよう。

それが全ての始まり。

 

「約束よ」

「はい。約束です」

 

笑い合う。

今、既に、俺は幸せだ。

 

「・・・ン」

 

久しぶりの唇への感触。

改めて、ナデシコに戻ってきたんだって実感した。

 

 

 

 

 

「・・・コウキさん」

「セレスちゃん。ただいま」

「・・・おかえりなさい」

 

いつまでも隠れている訳にはいかない。

だから、俺は素直にブリッジに顔を出した。

驚きの表情で迎える者。

安堵の表情で迎える者。

やっぱりって顔で迎える者。

表情は様々。全員が俺を見詰めていた。

 

「ただいま戻りました。艦長」

「・・・ご無事で良かったです。マエヤマさん」

 

ひとまず報告。

 

「・・・でも、どうやって、あの状況を打破したんですか?」

「以前、CASを製作した際に念の為の機能停止ウイルスを作っといたんです」

 

騙すような形で申し訳ないけど、ハッキングの事は話せない。

たとえ記憶という形でルリ嬢のハッキングを見ていようと、それを武器として活用させる事は絶対にさせるつもりはない。

それが、俺やルリ嬢、ラピス嬢、セレス嬢といったIFS強化体質の者の為になる。

 

「流石に一体一体は無理でしたから、纏めてナデシコCから感染させました」

「なるほど。それで動きを止めてしまった訳ですね」

「はい。機動兵器の動きさえ止めてしまえば、後はこっちのものでしたから」

 

実際、ハッキングを使わないナデシコCはそこまで脅威じゃない。

もちろん、GBの威力は凄まじいけど、それは正面にいなければ何の問題もない。

側面からだったら、攻撃される事もなく、後は強固なDFを突破するだけ。

まぁ、ドリルがなければちょっと厳しかったかもしれないけど。

 

「あの、それで、向こうと接触したんですよね?」

「はい。ナデシコCを手にしたのは木連優人部隊内の神楽派と呼ばれる派閥です」

「神楽派!?」

 

お。このナデシコ内で聞いた事のない声は・・・。

 

「君は?」

「あ、私はシラトリ・ユキナ。シラトリ・ツクモの妹よ」

 

ユキナちゃんかか。ようこそ。ナデシコへ。

 

「ユキナちゃん。神楽派って?」

 

艦長が問いかける。

そうだよな。木連人に聞いた方がちゃんとした情報が手に入る。

俺としても神楽派に対する国民の印象を知っておきたい。

 

「以前までは細々と活動していたんだけど、最近は活発的に活動している木連軍人の集まり。なんか和平を結ぶ事の利点を一生懸命に説いていたかな? 男達はゲキガン魂に反するとか言って支持率は低いけど、私達女性陣からは結構、支持されていた気がする。実際、私も和平に賛成だし」

「そ、それじゃあ!」

「はい。艦長の思った通り、木連内の和平派になります」

 

徹底抗戦の草壁派。

原作ではこちらの派閥しか出てこなかった。

でも、実際は存在していたんだ。

和平を唱える和平派、神楽派が。

 

「艦長はこの戦争に対してどのような考えをお持ちですか?」

「私は出来る事なら地球と木連が歩み寄って手を取り合えたらって思っています」

 

艦長は和平を結びたいって事でいいんだよな。

まぁ、分かりきっていたけど、一応、念の為にね。

 

「記憶を見たからお分かりとは思いますが、今、和平に向けて活動している者達が地球軍内にもいます」

「御父様達の事ですよね?」

「はい。俺も改革和平派の元一員として、積極的に神楽派とコンタクトを取りたいと考えています」

「マエヤマさんは改革和平派の一員だったんですか!?」

「以前、所属していたって感じです。軍から退役した時に辞しましたが、まだ色々と伝手は残っていますから」

「それじゃあ、マエヤマさんが和平派同士の橋渡し役になるって事ですか?」

「始めだけ、です。俺の仕事は両者の繋がりを持たせる事だけ。後は、両派閥内で交渉事に向いたそれらしい方々にお任せするつもりです」

 

絶対にそっちの方が良い。

俺なんかじゃそんな大役は務まらん。

 

「でも、ユキナちゃんは神楽派からの使者じゃないんでしょ?」

 

そう、問題はそこなんだよ。

これが神楽派からの使者だったら単純に喜べたんだけど・・・。

 

「私のお兄ちゃんは草壁中将直属だから多分神楽派ではないと思う・・・」

 

ちょっと困惑気味のユキナちゃん。

まぁ、仕方ない。散々和平派っていった神楽派からの使者じゃないんだから。

 

「その草壁中将っていうのはどんな方なんですか?」

「えっと、木連軍人達にとっては神様みたいな人かな」

「神様?」

「うん。お兄ちゃんもそうだけど、皆中将に心酔しちゃっているの。神楽派が出て来てからはちょっと揺らいでいるけど、それでもまだ凄いかな」

 

言い得て妙だ。

木連軍人にとって草壁は神様のようなもの。

だからこそ、あそこまで彼に権力が集中し、彼に踊らされた。

 

「そういえば、ずっと徹底抗戦を訴えていたのに、どうして和平なんて言い出したんだろう?」

「え? それなら、草壁派は徹底抗戦派って事?」

「うん。なんか、お兄ちゃんが和平を訴えて、中将が頷いたって」

 

それも原作と同じか。

要するに、この時からツクモさんは草壁にとって邪魔な存在になったんだ。

暗殺するだけなら簡単。どうせなら・・・。

そんな考えで、殺して地球側に責任を擦り付けるなんて暴挙に出たんだな。

という事はこの時から既にツクモさんの暗殺は計画されていた事になる。

ますます、ユキナちゃんを使者として送り出す理由が分からないな。

まぁ、ユキナちゃんが兄への想いから先走ったっていう可能性もあるけど。

 

「う~ん。そうなると、ユキナちゃんの立場って難しくなるよね」

「え? どうして?」

「既に木連の和平派と接触に成功したんでしょ? それなら、和平派同士で結託すればいいんだもん。わざわざ前まで徹底抗戦を訴えていた方と和平交渉する必要はないよ?」

 

ま、確かにそうなんだけどさ。

そう、ユキナちゃんを不安にさせるような事は言わなくても言いでしょうが。

 

「どちらにしろ、ユキナちゃんは大事に保護しましょう。彼女をしっかりと使者として扱ってこそ、こちらの誠意が伝わる訳ですから」

 

草壁派にしろ、神楽派にしろ、使者を暗殺したなんて事になったら一転して抗戦派に鞍替え―――。

 

「・・・あ」

 

もしかして、それが狙いなのか?

始めからツクモさんの暗殺は計画していた。

でも、万が一、そう、万が一失敗した時の事を考えて彼女を送った。

ツクモさんを暗殺できればそれでいい。

そうなればツクモさんを犠牲になった軍人として祀り上げて、その上で、国民に対して、徹底抗戦を訴えればいいだけだから。

でも、もしも、だ。万が一にでも暗殺に失敗したら。

その時はユキナ嬢を地球側の犯行として暗殺すればいい。

女子を大事にする木連、しかも、人気のあるツクモさんの妹だ。

そうなれば、当然、国民の意識も徹底抗戦に移っていく。

後は草壁がそれを煽れば良いだけだ。

結局、どちらにしろ、草壁の狙い通り、徹底抗戦へと持っていける。

原作に北辰が出てこなかったのがその最もたる証拠だ。

月臣さんにツクモさん暗殺を依頼し、その裏で北辰を動かしていた。

多分、あの時、既にユキナ嬢の近くに北辰一派が隠れていたのかもしれない。

潜り込む事なんて簡単だ。

確か、原作でもツクモさんが合流した際にゲキガン祭り的な奴をしていた。

あの時にツクモさんの艦隊の一員としてナデシコに搭乗すれば違和感も与えない。

もしかしたら、原作時点でアキトさんと北辰は出会っていたのかもしれないな。

まぁ、その話はいい。問題はユキナちゃんの身の安全だ。

俺の推測でしかないから、本当かどうか分からないけど、和平を結ぶにしろ、暗殺を防止するにしろ、彼女の身を護るのは大切な事。

ミスマル提督に頼んでしっかりとした護衛を付けて貰おう。

無論、信用できる者を。

 

「さて、話は終わったようだね。次は僕の番だ」

「・・・アカツキ」

 

ま、大方こいつの事だ。

ボソンジャンプの事で俺を追い詰めたいんだろう。

でも、火星再生機構さえ軌道に乗れば、ネルガルに遠慮する事はない。

まぁ、倒産させようとまでは流石に考えないけど。

 

「なるほど、和平派と接触したのは良い事だ。おめでとう」

「・・・・・・」

「でも、それにしては随分と追い詰められていたみたいだね。唯の和平派だったら、無傷とまではいかないけど、素直に帰って来られた筈。しかし、だ。君はこうしてボソンジャンプという形で戻って来た。それはどうしてかな? それと、どうしてボソンジャンプが君に出来るのかな?」

「残念な事に、和平派と接触後にその草壁派と遭遇してしまいまして。戦える状態ではなかったので抵抗する事も出来ず、命からがら逃げ延びたんですよ」

「へぇ。それは不運だったね。無事で良かったよ」

「ありがとうございます」

 

いちいち、皮肉な事で。

 

「さて、ボソンジャンプの事ですが・・・」

 

うむ。どうするか? 

一応、設定としては俺って地球生まれだしな。

まぁ、ここはちょっと調子に乗ってみるか。

 

「俺が使えて何が不思議なんですが?」

「何って、君は地球生まれだろう? ボソンジャンプの最低条件は火星生まれである事。君は該当しないじゃないか? 普通ではありえない」

「ありえないなんて事はありえないんですよ。ネルガルの会長さん」

「・・・やっぱり」

「・・・バレてしまいましたか」

 

記憶流出をしていないメグミさんが呟く。

まぁ、あそこまで露骨だと普通にバレますよね、はい。

プロスさんもそう思っていたでしょ?

多分、彼、会長である事を隠そうとすらしていませんでしたよ。

 

「へぇ。じゃあ、君はその最低条件すら覆す何かを知っているって訳か」

「さぁ? どうでしょう?」

「お、教えなさい! 今すぐ、それを教えなさい!」

 

おぉ。秘書さんがヒステリックに。

 

「どうして、俺が貴方達に教えなくてはならないんですか?」

「へぇ~。そういう事を言っちゃっていいんだ?」

「別に構いませんよ。俺は貴方達に弱味を握られている訳ではない」

「それじゃあ、僕は君達の要求を呑まなくて良いって事だね?」

「確かに貴方達の協力を得られないのは困りますね」

「そう。それなら、さっそく教えてもらおうかな。その何かを」

 

ニヤニヤしちゃって。

絶対に断れないとか思っちゃっているでしょ?

でも、いや、だが、かな。

 

「断ります」

 

断ってやろうじゃないか。

 

「なっ!?」

 

なるほど。ようやくあの作家の気持ちが分かった。

予想外って表情が凄い優越感。

いやぁ。いいね。これ。癖になりそうだ。

 

「俺達はあくまで遺跡の第一発見者である貴方達を立ててあげただけです。遺跡に関して、貴方達に主導権がある訳ではありません。俺やアキトさんが我が身を犠牲にしてまで、貴方達ネルガルに従う理由なんてどこにもないんですよ。ネルガルの会長さん」

 

俺達が火星人達の事を思い、強く出られない事。

ボソンジャンプの情報の流出を恐れ、強く出られない事。

その事をアカツキ達が知っている訳ではない。

勿論、多少は感付いているだろうとは思うけど・・・。

でも、それを解決する為の案件も俺達は計画した。

既に、俺達がネルガルに対して下手に出る必要はなくなったんだ。

 

「確かにネルガルという後ろ盾、協力者が欲しいと思っていた時期もありました。でも、別に企業はネルガルだけじゃないんですよ。別の企業に協力を求めればいいだけだ。何故か高圧的な態度で交渉事に臨んでいましたが、既に貴方達を頼る理由もない。こちらは貴方達に利益のある話をしましたが、それをあれこれと理由を付けて断ったのは貴方でしょう? 最早貴方達に利を齎してあげる義理はありません」

「・・・随分と強気だね? 僕が本当に君の弱味を握ってないとでも?」

「はて? 俺に弱味なんてありましたっけ?」

「犯罪者がよく言うよ。散々後ろ暗い事をしてきたんでしょ」

 

あらら? なんてイチャモン。

証拠もないくせに、なんでそんなに強気になれるのかね?

 

「そうなんですか? マエヤマさん」

 

・・・艦長。どうして信じるかな?

 

「別に何もしてないですから。・・・艦長。信じないでくださいよ」

「あ、あははははは・・・」

 

そんなに信用されてないのかな?

軽く傷つきました。

 

「それに、俺の事を犯罪者とか言いますけど、貴方達だって充分に犯罪者じゃないですか?」

 

マシンチャイルドとかがその最もたる例。

どうして後ろ暗い事があるくせに一方的に非難できるかが分からない。

 

「残念だけど、僕にはパイプがある。君にはない。その違いさ」

「なるほど。犯罪行為である事は認める訳ですね」

「まぁね。今更だし。企業としては犯罪ギリギリぐらいの事をしなくちゃ生きていけないんだよ」

「アカツキ会長。大事な事を忘れていませんか?」

「ん? 何かな?」

 

とぼけているのか。気付いてないのか。

 

「貴方達は企業にとっての最重要人物からの覚えが悪いんですよ?」

 

大企業の後ろ暗いお金を隠してくれる大銀行のトップとその娘のね。

 

「別にそんな自覚はないけど?」

「本当に気付いてないんですか? 聡明な貴方なら理解していると思ったんですが?」

「・・・・・・」

 

知っていて誤魔化しているって所かな。

まぁ、それなら、別に言わなくてもいいか。

 

「確かに大企業としては様々な伝手があるでしょう。でも、それと同じぐらい、民間からのイメージって大事だと思うんですよね」

「何が言いたいんだい? まさか、この僕を脅しているのかな?」

「さぁ? どう受け取るかは貴方次第です。まぁ、脅されていると思う時点で貴方に思い当たる部分があるという事なのでしょうけど」

 

散々下手に出ていたけど、別に既に下手に出る必要性はなくなった。

まぁ、今、暴挙に出られたら困るから追い詰めはしないけど。

 

「・・・・・・」

「マエヤマさん。よろしいですか?」

「なんでしょうか? プロスさん」

 

眼鏡をクイッと上げながらの登場。

相変わらず、渋いな。

 

「貴方にはネルガルの利益を第一に考えるという義務があります。それを忘れていませんか?」

 

確かにそういう契約をしたな。

だけど・・・。

 

「プロスさん。貴方こそ忘れていませんか? 俺達は確かにネルガルに利益が出る計画を提案しました。それを会長自らがあれこれと理由を付けて、主導権を握ろうとしたのが悪いんです。まさか、そこまでされても義務を果たせと?」

「・・・それは・・・」

 

プロスさん。

既にこちらは手を差し出している。

それに乗ってこなかったのは会長の判断です。

 

「マエヤマ君。散々強気な発言をしているけど、僕達が火星人を確保している事を忘れてないかい?」

「もちろん、忘れていませんよ」

 

さて、隙を見せたらやられる。

ここは冷静にやってかないと。

 

「でも、先日、貴方も言ったじゃないですか? 遺跡を確保さえすれば、火星人のジャンプを不可能にする事が出来るかもしれないと」

 

実際、俺自身はそうするつもりだ。

その上でチューリップかそれに代わる何かのみでジャンプできるように調整する。

イネス女史のような研究者に任せれば、何年かでそれも実現できるだろう。 

それでも、更に脅しをかけてくるなら、俺が即行で調整してしまっても良い。

俺は既に異常を使う事に何の忌避感もないのだから。

 

「なるほど。でも、それには時間が掛かる。研究も必要。そうでしょ? そして、その為には火星人の協力が必要になる。もちろん、火星人を確保している僕達のも」

 

そりゃあ、火星人の協力は必要ですよ。

でも、別にネルガル所属の者達以外でも問題ない。

すいませんが、名前を借りますよ。アキトさん。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

視線で問う。無事に返事をもらえた。

 

「それこそ、貴方が言ったじゃないですか。アキトさんや俺が協力すれば良いって。問題ありません」

 

別にボソンジャンプが出来るのはネルガル所属の火星人って訳じゃない。

わざわざネルガルの介入を許す必要もないのだ。

勿論、ネルガル所属の火星人もうまく引き取るつもりだけど。

 

「それに貴方が火星人を確保しているのは軍の要請があり、協力があるからだ。軍が火星人を解放してもいいという結論を出せば、ネルガルが火星人を拘束していられる理由もなくなる」

「拘束だなんて人聞きが悪いねぇ。僕達ネルガルは仕事がない彼らを善意で雇ってあげているだけだよ?」

「それなら、火星人が転職を言い出しても受理していただけるという事ですね。ありがとうございます。それとも、まさか、労働の自由を奪うおつもりでは・・・ないですよね?」

 

ネルガルが火星人を確保できていたのは軍の協力があったから。

だから、他の企業へ行かないようにもできたし、強硬策にも出られた。

だが、軍の協力がなくなってしまえば、ネルガル単体でそこまでの事はできない。

法律に引っかかる部分でもあるし、人権損害に当たる行為はどんな企業であろうと世間にマイナスイメージだ。

どれだけ巧妙に隠そうと全て世間に晒してやるさ、証拠付きでな。

 

「君が彼らに職を斡旋すると? 何の伝手もない君が」

「確かに伝手はありませんが、やりようはいくらでもあるんですよ」

「そうかい。それは楽しみだ」

「ええ。楽しみにしていてください」

 

買い言葉に売り言葉。

もうネルガルと手を組むのは諦めた方がいいのかもしれないな。

ここまで対立してしまったら、修復はかなり難しい。

だが・・・彼らの力を借りる事ができたら、事業は爆発的に進んでいくのも事実だ。

もうこちらから手を差し出した。

次は・・・あちらから手を差し出すように仕向けなければならない。

そう提督は言っていた。

 

「アカツキ会長。貴方は利を求めてこそ企業だとおっしゃいましたね」

「・・・もちろんだよ。それが会長として部下達にしてあげられる唯一の事だ」

「協力と対立。現時点で貴方はどちらに利があるとお考えですか?」

「また手を差し出してくれるとは優しくて涙が出るね。でも、もう君達と僕達は決別した。違うのかな?」

「確かにもう生半可では修復できないほどの溝ができているとは思います。だが、溝なんて飛び越えてしまえば何の障害にもならない。違いますか?」

「ふっ。言うようになったじゃないか。感情を押し殺して損得で考えろと僕に言いたいのかな?」

「そう受け取ってもらって構いませんよ」

 

俺達とネルガルの間には確実に深い溝ができた。

だが、埋められない溝なんてないんだ。どれだけ深かろうが確実に修復はできる。

最初はその溝を飛び越えて歩み寄ればいい。

いずれその溝は時間が埋めてくれるだろう。

 

「確かに利益だけを考えるのなら、協力した方がメリットはともかく、リスクはない。そういう意味では良いだろうね。でも、別に遺跡さえ確保してしまえば何の問題もないさ」

「果たして、ネルガルが遺跡を確保できますかね?」

「何故、そう思うんだい?」

「現在、火星は木連の支配下にあります。ナデシコだけじゃ太刀打ちできないと証明済みでは?」

「それなら、コスモスや他のナデシコ系の戦艦を持ち込めば良いだけだよ」

「軍と対立した上でそんな事が可能ですかね?」

「・・・どういう意味だい?」

「ナデシコが軍属の状態だったら理由次第でナデシコを自由に使えたかもしれません。しかし、ナデシコは既に完全な軍所属の艦隊です。好き勝手に使う事は出来ませんよ?」

「別にナデシコの力なんていらないさ。それ以上の戦艦を用意すれば良いだけだから」

「本当にそんな事を思っているんですか? 用意する前にどこかが遺跡を確保してしまいますよ?」

 

ネルガルはもちろん、最も確保の可能性が高い木連も遺跡を狙っている。

戦艦一つ建造するのにどれくらいの時間が掛かると思う?

そんなに余裕ぶっこいていたら、いつの間にか先を越されてしまいますよ。

 

「それなら、こちらに協力して、遺跡確保に一役買った方が合理的だと思いますがね」

「・・・・・・」

 

地球だけで確保する訳でもなく、木連だけに確保させる訳でもない。

両陣営で協力して遺跡を確保できれば、互いの距離も縮まる。

その上で、火星再生機構さえ立ち上げに成功すれば、遺跡関連の問題も無事に収まる。

 

「一度、ゆっくりとよく考えてみてください。俺達にネルガルのような大企業の協力が必要なのは事実です。それは否定しません。協力者はいればいる程、上手く事を運べますからね。でも、それを他企業に依頼する事がどれ程、貴方にとっての損になるか。そして、戦後、遺跡確保に助力した事がどれ程に生きてくるか。貴方程に物事を長期的に考えられる人なら、どちらが得なのか、分かるでしょう?」

「ふっ。随分とイメージが変わったね。前はあんなにも情けなかったのに」

「色々あれば成長しますよ。まぁ、まだまだだとは思っていますが」

 

実際、交渉とかはムネタケ提督とかの方が凄いと思う。

後はプロスさんとかね。俺なんてまだまだ。

 

「ま、前向きに検討させてもらうよ」

 

それでも了承しないんだから、へそ曲がりな奴だ。

 

「結論は早い方が良いですよ? 俺はすぐにでも動き出すつもりですから」

「ホント、厄介な人間になっちゃって」

 

急かすのも忘れない。

時間制限を設けるからこそ、焦って妥協案を出してくれる。

その時間制限が曖昧であればある程に効果は抜群だ。

 

「さて、最後になりますが・・・」

 

なんだかんだと陰謀染みた話が多かったけど、俺がブリッジに顔を出した一番の意味をまだ成していない。

 

「皆さん、ご心配をかけてすいませんでした」

 

精一杯、頭を下げる。

ボソンジャンプで帰って来たとか、色々と話さなくちゃいけない事が多いけど。

まずは謝罪。これが大事だと思うんだ。

 

「いえ。マエヤマさんのおかげで無事に済んだんです。ありがとうございました」

「そうだな。コウキが無事で良かった」

「ああ。むしろ、こちらが謝るべきだな。負担をかけて悪かった。マエヤマ」

「副長。当然の事をしたまでです」

「なんとも頼り甲斐のある言葉だよ」

 

そう笑って告げるジュン君。

なんかユリカ嬢が想いを受け入れてくれてから勢いが更に増していますね。

いや。なんか、今更だけど、おめでとう。

 

「これからはもっと忙しくなるわね。コウキ君」

「ええ。でも、最後まで頑張りますよ」

「私が支えてあげるんだから。ちゃんとしないと駄目よ」

 

ウインクしながらそう告げてくれるミナトさん。

なんとも心強いお言葉だ。

ネルガルが協力してくれるかどうかも分からない。

木連が、特に草壁が何を考えているかも分からない。

そんな中で、俺達は最善を探し、どんな事にも対応できるように準備をしなくてはいけない。

いや。なんか、色々と大変そうだ。

でも、少しずつ、進めていくしかない。

先は霧に阻まれて何も見えないけど、足元は見える。

着実にゆっくりと少し前を見て進めていけば、いずれ目的地に辿り着ける。

俺は一人じゃない。ミナトさんやアキトさん。皆が協力してくれる。

それでも駄目なら、もっと協力者を集えば良い。

ムネタケ提督。フクベ提督。ミスマル提督。

立場ある理解者がいるんだ。

きっと、いや、絶対に達成してみせる。

俺達の手で万全な体制を創り上げてみせようじゃないか。

それがきっと、今、俺がここにいる理由なのだから。

 

 

 

 

 



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これからの方向性

 

 

 

 

「・・・よくやったぞ。北辰」

「・・・ハッ」

「最近の神楽派は眼に余る。勢いを削ぐ為にもこの策は成功させねばならん」

「・・・・・・」

「神楽派は無事にナデシコと接触したと考えているだろう。その慢心が命取りになる事を思い知らせてやろうではないか」

「御意」

「北辰。お前は予定通り事を成すんだ。頼んだぞ」

「命に代えても・・・」

 

 

 

 

 

「イネスさん。ちょっといいですか?」

 

現在、ナデシコはコスモスにて修理中。

その間、俺に出来る事といったら限られてくる。

とりあえずは、エステバリスとナデシコの強化案を纏めようと思う。

その為にも、ナデシコの設計者であるイネス女史の力を借りたい。

 

「あら? 私に用なんて珍しいわね」

「ええ。貴方の知恵を貸して頂きたくて」

「まぁ、話して御覧なさい」

「はい。それじゃあ・・・・・・」

 

ナデシコC、現在ではカグラヅキと呼ばれている戦艦から盗んできた各種データ。

それをイネス女史に公開しながら、綿密な話し合いを図る。

 

「とりあえず、重力波アンテナの複数装着は基本だと思うんですよ」

「そうね。でも、それに耐えられるだけの構造が必要になるから・・・」

「勿論、強度とかもありますからね。よくて二つ、三つでしょう」

「ええ。それに加えて、アンテナ自体の性能向上も図りましょう」

「いいですね。出力を確保できれば、色々と構想の幅が広がりますし」

 

なんにしろ、アンテナは大事だしな。

 

「そういえば、ウリバタケさんのエックスエステバリスはどうなったんですかね?」

「ウリバタケ技師の事だから、完成させるとは思うけど難儀しているみたいね。特にジェネレーター関係が」

 

まぁ、あれだけのエネルギーに耐えるものを小型化しようっていうんだからな。

少しずつ調整して、シミュレーションして調整を繰り返すしかないでしょ。

 

「私も協力するから、貴方も協力しなさい」

「もちろんです」

 

当たり前ですよ。イネス女史。

あれは切り札にもなりますし。

 

「それで? 機体はどうするつもり? 性能向上だけ?」

「ブラックサレナみたいな追加装甲もいいかなって思います。やはり、各パイロットの長所に特化させた機体にしたいですし」

 

短所すらも長所で補う。これが僕のポリシー。

もちろん、短所を失くすっていうのも大事だと思うけどね。

やっぱり、何か一つでも誇れるものがあっても良いと思う。

・・・とりあえず、俺はそれを探す事から始めるか。

 

「それなら、わざわざ追加装甲にする必要もないと思うけど?」

「一からフレームを練り直すのも時間的に厳しいかなと」

「ま、それもそうね」

「もちろん、時間が取れるなら、一から練り直したいですけどね」

「その辺りは臨機応変って所かしら」

「はい」

 

などなど、イネス女史とは話しに話し尽くした。

やはり、俺だけの認識かもしれないけど、地球最高の頭脳は伊達じゃない。

こちらの意図を明確に理解し、より高い次元で答えてくれる。

 

「そういえば、イネスさん、さっきの話ですけど」

「何かしら?」

「エステバリスみたいにアンテナをグラビティライフルに直接付けた方が効率良くないですか? 機体からエネルギーを分けてもらうんじゃなくて」

「そうね。ところでグラビティライフルって何?」

「分からないなら肯定しないでくださいよ・・・。あれです。小型グラビティブラストの事です。多分、ジンみたく身体から撃つんじゃなくて銃型にすると思うので」

「採用」

「あ。ども」

 

独特なテンポだよね、イネス女史って。

 

「そうね。ジェネレーターの問題が解決したら提案してみましょう。というより、武器の一つ一つにアンテナ付けたらもっと効率良くならないかしら?」

「とりあえず、ディストーションブレードとグラビティライフルはそうですね」

「機体からのエネルギーを使用しない分、機体の方に集中できるわね」

「実際にはナデシコから送られてくるエネルギーが多くなるだけですけどね」

「いいじゃない。アンテナの負担が軽くなる事は事実なんだから」

「ま、そうですけどね。どっちにしろ、アンテナ性能の向上は必須と」

「ええ。ねぇ? 求めている以上のエネルギーが送られてきたらどうなると思う?」

「そりゃあ、バン! だと思いますけど?」

「そうね」

「・・・分かっているなら聞かないでくださいよ」

「でも、その過剰エネルギーを上手く外に逃がす事が出来たら?」

「そりゃあ・・・」

 

通常の出力に加えて、更に爆発的な出力が得られる・・・。

単純に、うん、至極単純に言えば、そうなるかな。

 

「圧倒的な加速力になりますね」

 

うまく調整すればブラックサレナ以上の加速力になるかもしれない。

まぁ、そのレベルになったら、パイロットへの負担が大きすぎて誰も乗れなくなるけど。

アキトさんでも流石にそれは無理でしょ。

実現するにはG緩和技術も向上させないといけなくなる。

 

「重力波を圧縮した後に道を作ってあげれば・・・」

 

あれま。マッドモード突入。

 

「イネスさ~ん。戻ってきてくださ~い」

「あら? ・・・コホン。何かしら?」

 

照れながら誤魔化すイネス女史。

・・・ノーコメントで。

いや、やっぱり、一言だけ。

アキトさん。やっぱり貴方は恵まれています。

 

「エステバリスの武装面、機体面はとりあえずこんな所で」

「願わくは、一から構想を練りたいものね。私としては追加装甲よりも機体単体の方が構成も練りやすいし何より安定性があって好ましいもの」

 

・・・劇場版では順々と方向性を変えていったらしい。

一から練り直すような状況ではなかったんだろうな。

 

「そうですね。でも、追加装甲であるメリットも大きいですよ」

「基本となるフレームが決まっていて追加装甲により戦い方を変えられる。エステバリスの元々のコンセプトである臨機応変な対応が可能になるわね」

「ええ。それに規格化すれば生産性も向上して修理もしやすくなる。ナデシコだけの戦力向上を考えればワンオフの機体でもいいのでしょうが、これからを考えると地球全体の戦力を向上させる必要があります」

「ナデシコの戦力を向上させると共に、それらで培った技術を更に転化させて地球全体の戦力向上を図る。その為に転化しやすい追加装甲にすると。ホント、抜け目ないわね、貴方って」

「時間がないですからね」

 

そう本当に時間がない。

追加装甲にしても色々な方向に手を出したら間に合わなくなるだろうし。

幾つかの方向性に絞らないと・・・。

同時進行はきついがやるしかない。

他にも色々あるし、下手するとイネス女史とウリバタケ技師にお任せする事になるかもな。

いや、もちろん、少しでも時間が出来れば、参加するつもりですが。

・・・出来る事なら、ちゃんとした開発・改造環境があればいいんだけど・・・。

こればっかりは個人の力じゃどうしようもないか。

方法としてはネルガルを説得するか、違う組織に協力してもらうかのどちらか。

でも、出来る事なら、エステバリスとナデシコの稼動データがあるネルガルが好ましい。

・・・まぁ、これも臨機応変にいくしかない。

決して、行き当たりバッタリって意味じゃないぞ?

 

「もう一つはナデシコですね」

「あら? 私の設計に不備があるって事?」

 

口を尖らせて、拗ねてみせるイネス女史。

なんか、不思議と違和感を抱かせない光景だな。

ちょっと可愛らしいとか思ったのは俺だけの秘密。

それにしても、そろそろ三十―――。

 

ビクッ!

 

さ、殺気?

 

「・・・・・・」

「・・・コホン」

 

失礼しました。

 

「ナデシコはカグラヅキ、ナデシコCの事ですが、武装面ではそれより優れています」

「あくまでバリエーションって意味ではね」

「はい。威力で言えば、格段に劣りますね。スピード、強度、それらでも」

「散々なご意見ね」

「別にイネスさんを貶している訳じゃないですよ」

「どうかしら?」

 

・・・捻くれているなぁ。

 

「忘れないで下さいね? ナデシコCも貴方の設計だって」

 

・・・多分だけど、きっとそうだよね?

 

「・・・そう。それなら、これは未来の私への挑戦って訳ね」

 

おぉ。なんか乗ってきたって感じ。

負けず嫌いのイネス女史の事だ。

たとえ未来の自分であろうと負けたくないと。

 

「周りの技術力の差というハンデはあっても、得られた知識量は同じ。むしろ、完成された状態を知っている私の方がスタートラインはずっと前。これだけのハンデを持たされたら、たとえ未来の私と言えど負ける訳にはいかないわ」

 

・・・背中から炎が見えます。イネス女史、いや、イネス博士。

 

「えぇっと、僕の事も少しは構ってくれますか?」

「ふふっ。拗ねないの。良いアイデアでもあるのかしら?」

 

ニヤニヤと。別に拗ねてないっての。

 

「幾つか疑問がありまして」

「ええ。なんでも訊いて良いわよ」

 

頼もしい事で。

 

「それじゃあ、遠慮なく」

「どうぞ」

「どうして、前方だけなんですか?」

 

一つ目の疑問。

どうして、グラビティブラストが前にしか撃てないのか。

だってさ、戦場に立つ以上、必ず前方だけとは限らない訳だし。

それに、砲台一つだけに拘る必要もないような・・・。

 

「一つはエネルギーコストの問題。流石に同時に多数発射できるだけのエネルギーは賄えないわ」

「でも、それはYユニットの存在で解決されたのでは?」

「そうね。相転移砲を使っていない時は可能よ」

「そうですか・・・」

 

でも、なんだかんだいって、一点集中という形の方が好ましいのかもしれない。

そりゃあ、グラビティブラストを横から後ろやらに撃てたら便利だよ?

だけど、威力的には一点に集中させた方が良い訳だし。

その為のエステバリスだって言えばそれまでだし。

 

「もう一つはあくまでナデシコは砲台であるという事」

「砲台・・・ですか?」

「ええ。性能が他を圧倒していて、DFという盾があるから単独行動を可能としているだけよ」

「でも、それで理由としては充分なのでは?」

 

性能が圧倒的というだけでは物足りないのだろうか?

 

「実際、単機で全ての事をこなせるだけの汎用性もなければ、単機で危機を脱するだけの特別な、そうね、切り札がある訳でもないわ。それは二度の危機を結果として救った貴方が一番分かっているんじゃないかしら?」

 

・・・確かに人海戦術で屈し、性能を上回る戦艦に遭遇したら何も出来ずに屈した。

今の所は頭一つ抜けているけど、ステルス性に特化している訳でもないから、いずれは簡単にレーダーに捉われるようになってしまうだろうし、ステルス特化には負ける。

スピードも優れてはいるけど、あくまで優れている程度、スピード特化には負ける。

ある意味、汎用性に優れているとも言えなくはないけど、結局、ナデシコは砲台にしかならない。

 

「ナデシコに兄弟がいる事は知っているわよね?」

「あ、はい。シャクヤクやらカキツバタやらですよね」

「ええ。私は兄弟艦で艦隊を組むつもりで設計したの」

「え? そうなんですか?」

「ええ。実験艦であるナデシコ」

 

・・・元も子もない言い方だな。

 

「攻撃力に優れて遊撃に向いたカキツバタ」

 

あぁ。最終回あたりに特に何もする事なく終わった奴か。

性能的にはナデシコ以上だったんだなぁとぼやいてみる。

 

「後方支援、ドック艦としてドッシリ構えるコスモス」

 

確かにお世話になっています。

今思えば、すぐに修理できるのって非常にオイシイよな。

 

「そして、相転移砲という一撃必殺を持つシャクヤク」

「今でさえナデシコに相転移砲がありますが、元々はシャクヤクのですからね」

「そう。ナデシコは新しい機能を試す為のものなの。兄弟艦にフィードバックする為だけの戦艦。要するに、あくまで実験艦よ。良く言えば、汎用性を高める為にバランスの取れた性能。悪く言えば、今後の為に低い次元で抑えてあるデータを取る為だけの砲撃台」

 

・・・自分で設計した割に酷評。

いや、自分で作ったからこそ・・・か。

でも、イネス女史の言う通りだったとしたら・・・。

 

「それなら、設計の段階で今より高い性能にも出来たって事ですか?」

「当たり前じゃない。固定砲台ではなく、可変砲台にも出来たし。単砲ではなく、複数で、しかも、一点に集中させて威力を向上する事も出来たわ」

 

面ではなく、点で複数のGBをぶつける。

うわ。えげつない程の攻撃力になりそうだ。

それに・・・可変式の砲台だって?

 

「可変式ですか?」

「ええ。前方だけじゃなく横まで振り幅を作り、面と点、その両方での攻撃を可能にする方式よ。もちろん、耐久性が落ちるというデメリットもあるし、それによって連発性、威力の低下も懸念されるわね」

 

耐久性を除けば・・・かなり理想的かもしれない。

複数の砲台。

あまり多くし過ぎても強度の問題で厳しいと思うから、二つでいい。

二つだけでも両側に対処できるし、可変式なら前方に集中砲火も出来る。

後ろに関しては、エステバリスで対処すればいいしな。

威力の低下と連発性の低下を考慮すると色々と考えなければいけなそうだが。

 

「あら? その顔は色々と思い付いた顔ね」

「はい」

 

他にも色々とアイデアはある。

ユーチャリスのバッタ散開を参考にしたAI操作による援護システム。

これにはラピス嬢の力を借りよう。

形はバッタじゃなくても、それこそ簡易的な砲台で構わない。

とりあえずは援護が目的だし。

ナデシコ単体でより強度なDFを張れるなら、突撃しても良い。

まぁ、これは最終手段だけど。

性能的に劣るナデシコだけど、幅広い武装で補えば良い。

カグラヅキに劣るとしても、性能の向上は可能なのだから、底上げもしてやる。

後は、最高のクルーが欠点なんて全て補ってくれるさ。

甘くみちゃいけないぜ。

 

「御願いします。イネスさん」

「任せなさい」

 

頼もしい笑みを浮かべるイネス女史。

本当に、心強い味方だ。

 

 

 

 

 

「ようやく補修が終わったわね」

 

ナデシコ格納庫。

ようやくコスモスでの修理を今日の朝に終えて、さぁ、これから地球に向かうぞ~という訳だったんだけど・・・。

どうしたの? ムネタケ提督。

 

「そこで、私から貴方達に話したい事があるの」

 

突如としてムネタケ提督に格納庫へと集められた全クルー。

普段だったら、それでも持ち場を離れちゃいけないんだけど、未だにコスモスに格納されている状態だから、とりあえず今は大丈夫。

多分、このタイミングでしか皆に直に話せないから、呼んだんだと思うが。

 

「知っての通り、私は火星人を見殺しにしたわ」

 

・・・わお。初端からハードだな。

当然、周囲は俄かに騒ぎ出した。

 

「その事に対して、私は言い訳も何もしない。事実、私は逃げ出した」

 

その深刻な表情でざわついていたクルー達も黙り込む。

 

「その事で、私はきちんと火星の方達に謝ろうと思う。いえ。謝らないといけない」

 

真摯に眼の前を見詰めるムネタケ提督。

その真剣な眼差しは己の発言に嘘がない事を充分に示していた。

 

「これは私の罪。眼を背けてはいけない罪」

 

罪を背負う。

確かに俺は原作を見て、こいつは何だ? と思っていた。

軍人としても失格、人としても失格、ガイは殺すし。

でも、実際に話してみると、なんとなくこの人も犠牲者なんだなって思った。

この世界に来て、知らなかった裏事情とか、真実も知った。

火星大戦。確かに軍人達は逃げ出した。それは変わりようのない事実だ。

でも、成す術がなかった事もまた事実。

あの時の戦力差でいえば、勝つ術は全くといっていいほどなかった。

そりゃあ、民間人を放って逃げたのは肯定する事の出来ない過ちだ。

だが、彼らの行動も理解できなくはない。

火星に謎の艦隊が現れた。

その情報、映像を届ける為に、地球へ帰還するのは、その後を考えた行動として間違ってはいない。

事実、それがあったからこそビックバリアなどの対策が出来たのかもしれないのだから。

だが、それを全艦隊で行う必要は全くなかった。

逃げ出さず、火星に降下して、救出していれば、多くの火星人を救えた筈だ。

軍人を責められる点はそれだけ。

フクベ提督とてやりたくてユートピアコロニーにチューリップを落とした訳ではない。

彼も必死になって撃退法を考え、火星に降下する前のチューリップに体当たりを敢行したまでだ。

あくまで、火星を考えて降下を防ぎたかっただけなのだ。

それが、偶然、で済ませていいかは分からないが、コロニーに落ちた。

恨むのも当然、憎むのも当然。

だが、果たして同じ立場だった時、俺に何が出来たのかなんて考えたら・・・。

・・・きっと何も出来なかった。

フクベ提督は間違いなく歴戦の勇士だと俺は思う。

それが、後の軍の方針によって捻れ曲がり、あのように気の抜けた老人となってしまった。

犠牲者で片付けたくはない。火星人の気持ちを考えたら・・・。

でも、間違いなく、火星駐在軍も犠牲者なんだって俺は思うんだ。

 

「だから、贖罪とか、罪滅ぼしとか、そんな事を考えている訳じゃないけど・・・」

 

ゆっくり周囲を見渡す提督。

 

「火星の為、地球の為、私に出来る何かを全力で成し遂げたいと思う」

 

キッと表情が鋭いものに変わる。

 

「そんな時、私は知ったわ。貴方達も知った筈よ。木連の存在を」

 

木連。火星大戦以前は完全なる犠牲者で、それの後は正義を語る反逆者とでもいえばいいのか。

元が同じ地球人なだけあって、少し複雑な気分になる。

 

「私は木連の存在をきちんと国民に打ち明けたい。対岸の火事じゃない。貴方達も当事者だって。そう伝えたい」

 

国民の危機感のなさは何なのだろう?

他人事のように空を見上げ、軍の脆弱さを嘆く。

報われない。軍人も戦死者も。

別に戦争に参加しろとは言わない。

でも、自分達も死んだ人間と同じ立場の人間だって理解した方がいい。

・・・何にも関与せずに暮らそうとしていた俺も含めて。

 

「そして、私は地球、火星、木星、それぞれが協力し合う世の中を作りたい」

「・・・それって・・・」

 

誰かが呟く。

そして、提督が頷く。

 

「そう、嘘偽りのない和平よ」

 

息を呑む音が聞こえる。

 

「地球が非を認め、木連が非を認め、火星を元の形に戻す。そんな世の中を作りたくて、私は軍内部に出来た新しい派閥、改革和平派に入った」

「改革和平派?」

「そうよ。国民に真実を打ち明け、全ての真実を晒した上で、木連と交渉の席に付く。独り善がりじゃ駄目。一部の人間な勝手な行動じゃ駄目。国民皆で考え、国民の総意で和平を結びたい。私はそう考えているわ」

 

国民の理解。戦争なんて政治だ。

和平を結ぶにしろ、争いを続けるにしろ、国民の意思が大切になってくる。

だからこそ、一人一人が戦争の真実を知る権利がある。いや、義務がある。

 

「最低の事をした私が言って、説得力がないのも分かる。信じられないのも分かる。成功するか不安なのも分かる。それでも、私に出来る事があるのなら、精一杯それを果たす。だから、私に、私達に、改革和平派に貴方達の力を貸して欲しいの」

「て、提督!?」

 

・・・頭を下げた。

プライドが人一倍高い提督が、床に額を擦り付けるまで。

膝を床に付け、ただひたすらに・・・。

 

「私は貴方達ナデシコクルーこそが鍵を握っていると思っているわ。戦争も、和平も、きっと、その後も。だから、私は貴方達に協力してもらいたい。皆で和平という意思の下に団結して、私達に協力して欲しい」

 

目的の為なら手段を選ばない。

提督はそう言っていた。

早速、提督はその方法を選んだんだ。

自分の自尊心なんてクソ喰らえ。

目的を達する為に必要な事だったら何だってする。

決して信念を曲げた訳じゃない。演技とかいう偽りの姿でもない。

ただ真摯にプライドすらも投げ捨てて、真正面からぶつかった。

取り繕った姿なんかじゃなくて、ありのままの姿で。

それなら・・・。

 

「俺は―――」

「私は!」

 

・・・あれ? ユリカ嬢?

 

「私は提督に協力したいと思います!」

「・・・艦長」

「同情した訳じゃありません。責任を感じた訳じゃありません。でも、それが、きっと、最善だから・・・私は提督達に協力します!」

「俺も・・・俺も協力するぞ!」

「俺もだ!」

「私も協力するわ!」

「ありがとう。ありがとう! 貴方達!」

 

・・・アハハ。参ったな。

流石は提督。誰よりも頼もしい人達を味方にしちゃったよ。

こりゃあ、大変だぞ。

盛り上がったナデシコクルーは他の何よりもパワフルだからな。

 

「言いかけたのなら最後まで言えば?」

 

隣で笑っているミナトさん。

 

「そんなの無粋ですよ、ミナトさん。あの場面は艦長で正解です」

「ま、あそこでコウキ君が言うより流れ的に良かったんじゃない?」

「・・・そうですね。俺じゃあ、改革和平派の元一員って事でサクラになっていました」

「まぁ、誰もそこまで考えないとは思うけど・・・。ほら、艦長だし」

「そうですね。艦長ですし」

 

あのカリスマ性。

ちょっと頼りない一面もあるけど、それを超える艦長ならなんとかしてくれるっていう存在感がある。

欠点を補ってくれる恋人さんもいる事だしね。

なんか、将来、あの二人のコンビが軍を引っ張る気がして来たなぁ、なんて。

 

「・・・コウキさん。私も何か手伝いたいです」

「セレスちゃん」

 

ちゃっかり手を繋いでいるセレス嬢と俺。

なんだか、気分は既に親子ですね。

 

「そっか。それじゃあ、俺を手伝ってくれるかな?」

「・・・はい!」

 

うん。頼もしい返事だ。

 

「・・・あれが貴方の恋人?」

「ええ。そうよ」

「・・・全然似てないのに、なんかお兄ちゃんみたい」

「そうかな?」

「うん。なんかお人好しっぽいし、熱血そうだし」

「うふふ。そう言えば、どことなく似ているかもね」

「頼りなさそうだけど、なんかミナトさんが惚れたのも分かる気がした」

「そう。それは良かったわ。ちなみに、結構頼り甲斐はあるのよ」

「嘘だぁ~」

「ふふっ。本当よ」

 

・・・後ろの会話は気にしない事にした。

俺とツクモさんが似ている?

いやいや。俺はあんなナイスガイじゃないぜ。

顔的にも・・・あ、違うか。ガイ繋がりで混乱した。

 

「・・・おし。やるか」

 

提督にああまでやらせて、俺がやらない訳にはいかんだろ。

おし。頑張ろう。これから忙しくなるぞぉ。

 

 

 

 

 



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極東方面軍司令官

 

 

 

 

 

「歓迎しよう」

「・・・提督?」

 

ただいま、地球。

という訳でコスモスでの修理を終えて、無事に地球へと戻ってきた。

エステバリスの強化案も順調に進み、ウリバタケさんもハッスルハッスル。

乗り気を飛び越して、最早彼主導の計画へと成っている。

まぁ、俺個人としては頼もしい限りなのだが・・・。

だってさ、イネス女史とウリバタケさんのマッドコンビだぜ。

何か途轍もない事をしてくれるんじゃないかって。

彼らに任せれば限界を超えてしまうんじゃないかって。

思わずそう考えてしまったのは別に変な事じゃないと思うんだ。

実際、俺がエステバリスの開発に携わるより、強化に関係のある情報をひたすらに提供した方が遥かに効率が良いと思う。

しかし、その情報でも色々と考えなくちゃいけない事があって、その辺りをイネス女史あたりに相談したいかなぁ~とか悩んじゃってもいる。

まぁ、こんな情報はないのかって訊いてくれたら助かるかな。

とまぁ、強化案についてはこんなもの。

それで、だ。目の前には以前までと制服が違う提督の姿。

あ。・・・もしかして・・・。

 

「コホン。提督はよしてくれないか」

「そ、それじゃあ・・・」

 

やっぱり!

 

「うむ。改めて、自己紹介といこう。私は連合宇宙軍極東方面支部総司令官ミスマル・コウイチロウである」

 

お・・・おぉ。

ようやくにして、念願の極東方面総司令官に就任したんですね!

 

「け、敬礼!」

 

慌てた様子で告げるユリカ嬢。

そして、同じく慌てた様子で敬礼を返すクルー達。

一応、僕達も軍属だからね。当然の事なんだけど・・・。

 

「・・・・・・」

 

形になってねぇ・・・。

いや。まぁ、僕も最初は稚拙というか、無様というか、そんなんだったけど。

原作でもそうだったけど、どうして敬礼する機会とかなかったんだろう?

むむむ。謎だ。敬礼なんて教わってもいないぞ。

 

「ユリカァ。そんな堅苦しい挨拶はいらないんだぞぉ」

「お父様、いえ、総司令官! 公私の区別はきちんと付けます!」

「おぉ・・・。成長したな。私は嬉しいぞ。ユリカ」

「お父様!」

「ユリカ!」

 

・・・なんか始まっちゃったよ。

まぁ、親子の対面だ。邪魔すまい。

 

「やぁ。マエヤマ君」

「あ。参謀。お久しぶりです」

「ようやく君の前に立つ事が出来たよ」

「えぇっと?」

 

どういう意味だ?

参謀も忙しかっただろうし、お互いにいた場所も場所だし、

仕方なかった、で別に済む話だと思うんだが・・・どうも重い。

 

「あれだけの事をしてもらっておいて、成果を出す前にノコノコと会えないっていう意味だよ」

 

あぁ。そういう事。

 

「いえ。これは参謀だからこそ実現できた事。流石です」

「ハッハッハ。そうかね」

「はい」

「それなら嬉しい限りだ」

 

不思議な事に、やっぱり提督と参謀は親子なんだなって思った。

最近の提督は本当に心強いからな。親譲りの知能って訳だ。

将来、提督も参謀みたいな王佐の才的な人間になるんだろうなぁ。

とか、ふと思った。

 

「あら。お父様」

「サダアキか。おかえり」

「ただいま戻りました。お父様」

 

さてさて、こっちでも親子の対面が始まった訳だし、俺はさっさとずらかりますかね。

 

「それでは、私はこの辺で―――」

「待ちなさい。マエヤマ・コウキ」

 

身を翻して去ろうとした訳ですよ。

でも、途中で呼び止められてしまった。

何だろう? 俺、なんかしたかな?

 

「お父様。彼の話を聞いてあげてくれますか?」

「ふむ。彼には返しきれない恩があるからね。出来る限りの事は叶えてあげたいんだが・・・」

「お願いします。お父様。私は彼に全面協力すると決めました」

「・・・そうか。とりあえず、話を聞いてからだな」

 

・・・えぇっと? どういう事だ?

 

「ほら、さっさと話しなさいよ」

「・・・何の話をですか?」

「何の話って・・・。はぁ~。火星再生機構の事よ」

「あ」

「まったく。お父様なら私達の力になってくれるわ」

 

最近、色々と考える事が多くて、頭が回らなかった。

そうだよな。参謀も巻き込んじゃえば良いんだ。

 

「はい。それじゃあ・・・」

 

 

 

 

 

「・・・そうか」

 

話し終えた後の参謀の表情はあまり歓迎できるようなものではなかった。

でも、嫌悪感とか、不機嫌そうなのはないから、多分、否定ではないと思う。

 

「・・・難しいな。地球側のメリットが少ない」

 

・・・自覚はしている。

確かに木連と地球で比較したら、圧倒的に地球の利益は少ない。

木連はともかく、地球側が賛同してくれる理由はないに等しいのだ。

・・・それでも、実現したい。たとえ、無理に近いと分かっていても。

 

「私とて、出来る事ならば実現させてあげたい。だが・・・」

 

難しい顔で黙り込んでしまう参謀。

・・・駄目なのだろうか? あまりにも浅い考えだったのだろうか?

でも、俺は・・・。

 

「それなら、お父様、地球側にも利益が出るようになさればよろしいのでは?」

 

提督?

 

「・・・もちろん、その通りだが・・・」

「木連同様、我々地球にも行き場のない者は数多くいますわ」

「・・・難民を移民させようというのか?」

「たとえば、の話です。探せばいくらかあるかと・・・」

「うむ。考えておこう」

「ありがとうございます。お父様」

 

えぇっと、これは了承してもらえたと受けとっても?

 

「それじゃあ、マエヤマ・コウキ」

「あ、はい。何でしょうか? 提督」

「私は私のするべき事をするわ。貴方も貴方のするべき事をしなさい」

「はい!」

 

そうだよな。俺から提案した事だ。

まずは率先して、俺から動き出さないと。

おっしゃ。やるぞ。

 

「頼もしくなったものだな。サダアキ」

「・・・お父様」

「昔のお前を見ているようで私は嬉しいよ」

「現実から眼を背けるのはいい加減やめましたわ」

「うむ」

「変えてくれたのは、きっと・・・ナデシコです」

 

 

 

 

 

「ナデシコはこの基地内にて待機。指示は追って連絡する」

 

極東支部のトップにミスマル提督、いや、今は司令官か、が就任した為、実質、改革和平派にナデシコが組み込まれた事になり、自由度が大幅に向上した。

前まではいちいちどこかしらを経由させなくちゃ干渉できなかったらしいし。

うん。ナデシコ内の思想も改革和平派に近くなってきているし、何とも都合が良い。

 

「さて、使者殿がいらっしゃると聞いたが・・・」

 

とりあえず、木連側の和平派については後で話そう。

今は、何の思惑があるかどうか分からないけど、草壁派の使者を丁重におもてなしせねば。

 

「彼女です。お父様」

 

ユリカ嬢がユキナちゃんの肩に手を添えて前に出る。

さり気なく気遣う辺り、流石艦長って感じ。

 

「ふむ。初めまして。使者殿。私は連合宇宙軍極東支部総司令官ミスマル・コウイチロウです」

「あ、は、初めまして。シラトリ・ユキナです」

「彼女は木連所属優人部隊の佐官の妹さんなんです」

「そうかね。・・・使者殿、本国ではどのような結論に?」

「あ、はい。木連内の実質的な指導者である草壁中将からこう伝えるようにと」

 

ナデシコとシラトリさんとで通信した際にシラトリさんからユキナちゃんに伝えられた草壁の考え。

それを今、ユキナちゃんはミスマル司令官に伝えている。

その際にいなかったので詳細は知らないが、原作通りの企みを考えているなら、とにかく直接会って話がしたいとかおそらくそんな所だろう。

実際、ナデシコだから、あんな会談が成立したけど、普通はありえない。

会談のテーブルを自国近くで用意するとか。

本当に和平なら対等な立場である筈。

どちらかに国に赴くのは変な話なのだ。

まぁ、ナデシコの独断専行という面も否めないが・・・。

今回、普通の戦争における中立というか、間に入ってくれる組織がないだけに、慎重な対応、そして、長い期間をかけて穴のない和平を創り上げる必要がある。

それを初端から無視しているんだから、そもそも和平の意思なんてなかったって訳だ。

というか、今更だけど・・・ナデシコと木連が結んだ和平なんて無効だよな。

ナデシコは別に地球を代表していた訳じゃないんだし。

原作では結局草壁の陰謀に巻き込まれてあんな形になったけど、もし、草壁の提案した和平条件がちゃんとしたもので、それをナデシコが了承したとしても、それは地球側の意思じゃないんだから、結局、和平は成立しなかったって事になる。

それにしても、そもそもどうしてナデシコは自分達で和平を結んじゃおうとか思ったのかな?

結んじゃえばなし崩し的に本当の和平が成立するとでも思ったのだろうか?

ないでしょ、普通に。

下手すると、ナデシコに対して地球側、木連側の両陣営からバッシングがあったかも。

だって、地球側からしてみれば、何を勝手にって思うのは当たり前だ。

きっと原作でも、和平の為に働いていた人間は少なからずいたと思うんだ。

そのコツコツと積み上げてきたものを横から掠め取られただけならいざしらず、ぶち壊した事になる訳だし。

間違いなく、ナデシコこそが戦争を長引かせたってなるよな、うん。

そして、それは木連側も同様。

和平は互いに合意し、信頼しあう事で初めて成立するもの。

それなのに、いざ結んだら、それはある部隊の独断だったとか、激怒ものだよね。

信頼を裏切ったなんてもんじゃない。それこそ偽りの和平って奴。

和平が成立したと安心していたら、地球との争いが再び起こり、話が違うじゃないかってなる。

一度信頼してもらったからこそ二度の裏切りは最早致命的。

また裏切られるだけだって、余計に頑なになっていた可能性が大だ。

結局の所、ナデシコの単独和平交渉はどのように運んでも悪手だったって事。

だって、成功しても失敗しても、どちらかに禍根を残すだけだし。

逆に、戦争の元凶とか、長引かせた悪魔の船とか、そう思われていたかもしれない。

それにしても、草壁も意外とそういう意味では権謀術数には不向きなのかもしれないな。

たとえば俺が草壁の立場にいて、徹底抗戦を続けたいと思っていたのなら、まずは地球側の情報を細かい事まで逐一調べて、状況を完全に把握するだろ。

それだけ動かせる権限もあるだろうし、北辰達もいるだろうしさ。

そうしたら、地球側の現状も把握できるし、ナデシコの事も把握できた筈。

すると、だ。ナデシコが規律違反の独断だった事すらも把握できていただろう。

独断でやってきた部隊に交渉なんていう地球全てに関わってくる権限がある訳ない。

そこまで読み取っていれば、ツクモさん暗殺、ユキナ嬢暗殺なんていう強硬案ではなく、さっき考えたように、偽りの和平をナデシコと結ぶ事で軍内の和平派を懐柔。

その上で、抗戦派には意図を明確に話した上で、改めて地球本国に使者を派遣。

そこで、まぁ、実際の条件でもいいし、嘘偽りの木連有利の条件でもどっちでもいいから、それを地球側に提出。さて、和平をきちんとした形で結びましょうと訴える。

すると、んな事知るかと、当然、地球側はなる訳だ。

実際、その時になっても、国民達は木連の事を知らされていなかった訳だし。

未だに国民への情報漏洩を恐れる軍が何をしでかすかなんて想像に容易。

暗殺か? 幽閉か? まぁ、碌な事はしないわな。

一度こちらから手を差し伸べて、それを握った筈だ。それなのに・・・。

と、木連側の和平派もその裏切りに打ちひしがれ、抗戦派の発言力が増す。

後は再び使者に危害を加えられたなんて国民に教えればもう完璧だな。

その使者にツクモさんとかでも別に地球側の対応は変わらないだろうし。

要するに、木連側が自国の軍人を暗殺するような下手すると露見するような形じゃなく、完全に地球側のみを悪者に出来て、和平派も懐柔できて、国民を煽る事も出来る。

うん。マジで完璧な流れだな。

もし俺が草壁だったらそうしている。

あとは、そうだなぁ・・・和平条件はむしろ嘘で凝り固まっていた方が良いかもしれない。

ナデシコが承諾してなくても、承諾したって事で貫いちゃってさ。

更に地球軍内を混乱させちゃってもいいかなぁ。

地球側の焦りやら怒りやらもピークに達しちゃって、強硬策へと導き易くなる。

別にナデシコにまで確認するような事はしないだろうし、というかできない。

その時既にナデシコは監禁されているし、こっちが返答を迫ればそんな余裕も持てない。

軟弱な地球軍ならば、返答を迫ったら強硬策っていうのが容易に想像できるし。

別に後でナデシコに連絡を取られても全然構いません。

大事なのは使者が危害を加えられたっていう事実。

そうすれば、国民だろうと、軍内だろうと、意思の統一がしやすくなりますからねぇ。

うん、そして、だ。その時こそ、北辰の出番じゃね?

もし万が一使者に対して地球側が丁重な態度だったら、その時にこそ北辰あたりを使って使者を暗殺しちゃえば良い。

そもそも、何故、月臣さんに任せるなんていう愚考に到ったのかが分からない。

どれだけ自身のカリスマ性に自信があったんだよ、って話。

裏切られないって確信しているからこその企みなのかもしれないけどさ。

絶好の策なればこそ、してやったりみたいな友情破壊にこだわらないで確実性を求めるべきだ。

あそこは北辰でいいでしょ。露見したらまずい事は子飼いにやらせるのが普通じゃね?

そして、暗殺するなら、自国から遠ければ遠い程に良い。言い掛かりに出来るから。

自国に近くて、当事者が生存。うん。火種を残しちゃっている訳じゃん。

なんで露見しないなんて思ったかが分からない。

実際、月臣さんが覚悟を決めて暴露したから熱血クーデターが起きたんでしょ?

事実を知らない月臣さんに白鳥さんが地球側に殺されたなんて言えば、彼の事だ。

地球は悪だって徹底抗戦派の若手を束ねる存在になってくれただろうに。

草壁ってなんだかんだいって、馬鹿なのかもしれない、そういう所。

熱血は盲信にあらず。その言葉は誰よりも草壁に諭すべきだな。

自身を盲信して足元を崩されていちゃ世話ないって。

 

「・・・やばいな」

 

・・・なんか今更だけど、自身が黒い気がしてきた。

何だろう? 最近のストレスで思考が危ない方向に・・・。

 

「分かりました。返事は出来かねますが、和平の意思は伝わりました」

「あ、ありがとうございます」

「それでは、使者殿が本国に帰国するまで、私達が責任を持って御守りします」

 

・・・コホン。落ち着け俺。

あまりにも長く考え過ぎて、話が終わっちゃっているぞ。

大事な事を聞き逃しているじゃないか。

 

「ミナトさん。草壁中将からは何と?」

「あら? 聞いてなかったの?」

「ア、アハハ。ちょっと考え事をしていまして」

「もうしょうがない子ね」

「すいません。それで、何て?」

「簡単に言えば、和平の席を用意した。本国にて和平について話し合おう。最早我々に戦争を続行する意思はない。お互いにとって良き形で終われるよう、互いに歩み寄り、最善の道を探そうじゃないか、みたいな感じよ」

「・・・マジですか?」

「ええ。大マジよ」

 

・・・呆れて言葉も出ません。

まぁ、言葉を聞く限りでは、良いように聞こえるけど。

どうしてわざわざこちらから木星にまでいかないといけないのかな?

別に下手に出ろとまではいかないけど、上手に出られてもなぁ。

草壁を知っているから、その偏見で穿った見方をしちゃっているだけかもしれないけどさ。

一応、司令も慎重に対応しているし、特に俺も焦らなくて大丈夫。

後は信用できる神楽派との橋渡し役を務めるとしますか。

ま、俺が信じているだけで、神楽派の事を詳しく知っている訳じゃないんだけど・・・。

その辺りは、うん、お互いの派閥内で交渉事に向いている人がいるだろうし。

信じられるかどうかもその人達に判断してもらいましょう。

俺に出来るのは間に立つ事だけかな。

 

「それでは、解散」

 

ユキナちゃんを連れたって司令が去っていく。

同時にクルー達もパラパラと立ち去っていった。

ふむ。それじゃあ、俺も司令に話を付けにいくかな。

色々と話し合う事が多過ぎる。

 

「コウキ。司令の所に行くのか?」

「あ。アキトさん」

 

と、ルリ嬢とラピス嬢。

所謂、テンカワ一味って奴だな。

命名、俺だけど。

 

「はい。そのつもりです」

「それなら、俺も同行しよう」

 

確かにアキトさんがいてくれた方が助かるかも。

 

「それじゃあ、ルリちゃん、ラピス、先に戻っていてくれ」

「はい。分かりました」

「・・・うん」

「あ。ミナトさん。後で行くので先に休んでいてもらっていいですよ」

「分かったわ。それじゃあ、セレセレとお留守番しているわね」

「・・・頑張ってください。コウキさん」

 

うん。癒されるね。

 

「それじゃあ、行きましょう。アキトさん」

「ああ」

 

女性陣を残して、俺とアキトさんは司令の後を追った。

恐らく、基地内にあるお偉いさんがいそうな部屋に向かったんだろう。

ま、いざとなったら誰かに聞けばいいだけだしね。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

基地内の廊下を無言で歩く。

いや。別に気まずい訳じゃないけど、いや、やっぱりちょっと気まずい。

 

「あの―――」

「コウキ」

「あ、はい」

 

と、突然、何だ?

 

「火星再生機構の代表の事だが・・・」

「・・・はい」

 

考えてくれていたみたいだ。

・・・どうなる?

 

「俺でよければ引き受けさせてくれないか」

「ほ、本当ですか?」

「な、何を驚いているんだ? 意外だったか?」

「あ、いえ」

 

よかったぁっていうのが正直な感想。

俺としてもアキトさんに務めて欲しかった。

他の火星人の中で向いている人を探すのが大変だったっていうのもあるけど。

うん。一安心。

 

「ありがとうございます」

 

引き受けてくれて。

 

「いや、お前にお礼を言われるような事でもないさ。むしろ、俺から言わせてくれ。ありがとう。コウキ」

 

えっと・・・。

 

「俺こそお礼を言われる事はしてないかと・・・」

「そんな事はない。火星出身でもないお前が火星を再生しようとしてくれたんだ」

「・・・・・・」

「それだけじゃなく、俺の戦後の目標まで作ってくれた。お前には感謝しても、し足りないぐらいだと思っている」

 

そこまで言われると恐縮なんだけど・・・。

うん。それなら・・・。

 

「それなら、別にお礼なんて良いので」

「ああ。何だろうか?」

「絶対に幸せにしてあげてくださいね。ルリちゃんとラピスちゃんを」

 

別に見返りが欲しくてした訳じゃないんだから、そんな眼で見ないでいいですよ。

戦後に目標が出来たっていうんなら嬉しい限りです。

貴方の不幸は彼女達の不幸ですからね。

 

「・・・ああ。分かっているさ」

「こういう事は何度言ってもいいんですよ、特にアキトさんには」

「ハッハッハ。違いない」

「無茶ばかりで彼女達を悲しませていますからね」

「そうだな。だが、それをお前に言われる筋合いはないぞ」

「アハハ。耳が痛いですね」

 

笑い合う。本当に、幸せにしてあげてくださいね。アキトさん。

 

「さて、真面目な話、俺に代表は務まるだろうか?」

「務まるとか務まらないとかじゃないんですよ。無理でもこなすんです」

「そうか。お前も同じような事を言うんだな」

「えっと、誰とですか?」

「フッ。誰でもいいじゃないか。そうだな。とにかく成し遂げよう」

 

えっとぉ?

・・・まぁ、別に誰でもいいけどさ。

アキトさんもやる気になっているみたいだし。

出来る限りサポートしますよ。

 

「まずは火星の方達の説得ですね」

「ああ。誠心誠意、想いを伝えるさ」

「そうですね。俺よりアキトさんの方が伝わるでしょう」

 

さてっと、どちらにしろ、司令の力をお借りしなければ・・・。

 

 

 

 

 

「ミスマル総司令官。就任おめでとうございます」

「まぁ、座りなさい」

「ハッ」

 

敬礼。完全に雲の上のお方になってしまわれました。

まだ約束のお酒タイムは実現してない訳だが・・・。

まぁ、いずれ機会はやってくるだろう。

とりあえず、総司令官と対面する形でソファに座る。

 

「ユキナちゃんはどうなりました?」

「使者殿なら護衛を付けてナデシコ内に休んでもらっている」

「ナデシコ内にですか?」

「意外かね?」

「ええ。まぁ・・・」

 

保護している訳だし、基地内で休ませていると思ったんだけどな。

 

「彼女としても敵国の軍より君達がいるナデシコの方が安心できるだろう」

 

まぁ、それはそうかもしれない。

俺だって、ケイゴさんの船だから安心して乗り込んだけど、流石に草壁達がいる木連軍内部に行けるかって言えば、うん、無理って断言できる。

 

「それに、だね、護衛という観点でもナデシコ内の方がいいのだよ」

「一度飛び立ってしまえばある程度の危険からは逃れられますからね」

「うむ。正直、軍内部では誰の暴走を許すか分からんからな」

 

実際、誰かを護るならナデシコ内が一番安全。

補給とか以外では着陸しないのだから、隔離されている訳だし。

ボソンジャンプでもない限り、いきなりナデシコ内には乗り込めない。

戦力としても充分な訳だから、墜ちる危険性も少ないし。

護衛をつけてナデシコ内で保護がやっぱりベストの選択か。

ユキナちゃんの精神的負担もここよりは少ないだろうしね。

まあ、ナデシコ内で裏切りがあったら、その限りではないんだけど・・・。

ナデシコに限ってそれはないだろう。

 

「分かりました。私達が全力で護ります」

「頼むよ。アキト君。彼女に危害が加われば、木連の暴走を許す事になってしまう」

「もちろんです」

 

流石に理解しているみたい。

使者を保護する危険性を。

まぁ、俺なんかより何倍も頭は回るだろうし、政治を知る軍人なら当然か。

 

「さて、ここまでやってきたんだ。何か話したい事があるのだろう?」

 

ま、分かっちゃいますよね。

 

「ええ。大まかに言えば三つ程連絡があります」

「ふむ。聞こうか」

「はい」

 

ミスマル司令官に話すべき事は大まかに分けて三つ。

1、木連の機動兵器と戦艦の現状。

これはナデシコ内にある戦闘映像を提出しつつ話そうと思う。

2、火星再生機構。

代表であるアキトさんに協力してもらい、司令官を説得。

最低でも、火星人を一同に集める所まではこじつけたい。

まずは彼らの協力が得られてこそな訳だし。

3、神楽派、木連内の和平派について。

これに関してはケイゴさんからの連絡待ちの状態な訳だが、

前もってミスマル司令官に伝えるのは特に問題ないだろう。

草壁派についても同時に報告して、より慎重になってもらおうという意図もある。

 

「では、まず・・・」

 

 

 

 

 

「・・・なるほど」

 

ミスマル司令に現状において話せることは全て話した。

火星再生機構の話。神楽派の話。そして、敵機動兵器の話。

その内、司令にお世話になるのは火星再生機構と機動兵器。

神楽派との接触に関しては俺自身が手引きして、後はお任せという形になる。

とりあえず、火星再生機構も和平の成立を前提に計画しているから、まずは地球、木連両者の和平派同士の結びつきが最優先事項って所かな。

 

「火星再生機構の件に関しては今後検討するとしよう」

「はい。御願いします」

 

前向きに捉えてくれるだけでいい。

ミスマル司令にとっても最優先事項は和平な訳だし。

 

「さて、まずはマエヤマ君」

「はい」

「よくやってくれた。君にはまた大きな借りが出来てしまったようだね」

「借りだなんて。偶然ですよ」

 

実際、ケイゴさんと会話が出来たのも運の要因が大きい。

そもそもケイゴさんと知り合いになったきっかけも軍の基地だった訳だしさ。

 

「連絡が来次第、逸早く我々に連絡してくれると助かる」

「もちろんです。確実にお知らせします」

「ありがとう。どれくらいになるかは聞いているかね?」

「こちらの受け入れ準備がある旨を伝えて一ヶ月後を目安にしました。もうそろそろ届く筈です。受け入れ準備に関しても八割方完成しています」

 

ウリバタケさんに相談したらすぐに設計して形にしてくれました。

流石としか言いようがない。

 

「む・・・。分かった。気長に待つとしよう」

「すいません。ぬか喜びをさせるような形になってしまって」

「なに。気にする事はない。実際、我々には接触する手段がなかったのだ。マエヤマ君が間に立ってくれなければ、接触する機会自体がなかったかもしれん。感謝しておるよ。現状で私達が求める一番の物を君は私達に与えてくれたのだからな」

「そう言ってくださると気が楽になります」

 

改革和平派としても木連側と接触したかった訳だ。

自画自賛するようだけど、ナイス、俺。

 

「しかし、あのカグラ君が実は木連軍人だったとは・・・」

 

どこか複雑そうな表情の司令。

・・・そうだよな。

司令はケイゴさんを極東の要として期待していた訳だし。

期待のパイロットが実は敵国からのスパイだったとなれば複雑だ。

まぁ、そのお陰でこうして接触する機会が得られたっていうのも事実。

・・・うん。やっぱり複雑だ。

 

「うむ。だが、既に過ぎた事。良い機会だったと考えよう」

 

それがいいと思います。

 

「次だが、遂に敵側にも新兵器が現れたのだね?」

「はい。覚悟していましたが、予想以上の戦力でした」

 

現状では、夜天はおろか福寿改にも遅れを取ってしまっている。

もちろん、ナデシコならば両者にも対応できるだろう。

でも、それは所詮局地戦。

全箇所で対応できなければ、ナデシコは勝利しても地球が敗北してしまう。

早急に対策を取る必要がある。

 

「ふむ。準備をしていた甲斐があったな」

「準備とは?」

「私とて敵戦力の向上を懸念していなかった訳ではないのだよ」

 

え? その口振りは・・・ひょっとして・・・。

 

「それでは・・・」

「うむ。私の知り合いにとある企業の社長がいるのだが、相談した所、我々に協力してくれる事になったのだ」

 

企業の協力を得られたって事か。

それは非常に嬉しいんだけど・・・。

問題はその企業がどれだけのノウハウを持っているかって事。

機械産業に関して経験がなければ何の意味もない。

 

「その企業の名は?」

「明日香。明日香インダストリだ」

 

明日香インダストリ?

聞いた事があるような、ないような・・・あ。

 

「明日香というとデルフィニウムの?」

「うむ。エステバリスの登場で最近はネルガルに押されているが、以前までは、機動兵器分野で他企業を圧倒していた企業だ」

「それなら、機動兵器の開発における経験は・・・」

「無論、最高峰であろう」

 

流石はミスマル司令。

ここぞという時に頼りになる。

ある意味、これもこんな事もあろうかとって奴だよな。

 

「既に何機かエステバリスを譲り渡し、研究してもらっている。彼らもネルガルの機体は、と嫌がったのだがな。無理矢理通してもらった」

 

まぁ、そりゃあ、嫌だよな。

自身の製品に誇りを持つのがエンジニアの性分。

それを他企業の機体の方が優れているからこちらを研究して発展させろなんて。

いやぁ、僕でも嫌ですよ、マジで。

でも、実際、デルフィニウムとエステバリスを比べたら一目瞭然。

しかし、だ。今まで培ってきたものにエステバリスを組み合わせられたら・・・。

それは凄まじい機体が出来上がるんじゃないかと少し興奮する。

まぁ、デルフィニウムの二の舞は踏まないだろう。

言っちゃ悪いが、あれはミサイルに手足くっ付けただけって感じだし。

恐らく、早急に量を必要として、仕方なしにああなったんだろう。

コスト的にも、組み立ての時間的にも、あれは都合が良いだろうしね。

 

「一度、話し合いの機会を作ろう。直接会って話した方がいいだろうからな」

「ありがとうございます」

 

現状でネルガルの協力が仰げない以上、他企業の協力は何よりも心強い。

それが明日香インダストリという機動兵器の分野で経験豊富な企業なら尚更。

 

「しかし、いいのですか?」

「著作権やら特許やらの事かね?」

「はい。たとえ軍と言えど、法に触れる事は・・・」

「勘違いしてもらっては困るな。アキト君」

「は?」

「エステバリスをもとに開発するのではない。エステバリスの技術を導入して新たな機体を開発するのだ」

「・・・・・・」

「そもそも既にそのような事にこだわっている余裕はないのだ。戦争中に類似した機体が登場するのはよくある事だよ」

 

なんともまぁ、反論できない言葉な事で。

違反っちゃあ違反なんだろうけど、仕方ないっちゃあ仕方ない。

極論で言えば、敵国が同じ機体を開発しようと文句は言えない訳だし。

仲間内であろうと商売では敵。

結局の所、性能で勝っている方が採用されるって訳だ。

ネルガルとてそのへんの事は分かっている筈。

研究は怠っていないだろう。

とにもかくにも、エステバリス及びナデシコの強化という面での協力者が得られた。

時間は掛かるだろうけど、無事に対策を練る事が出来た訳だから、一安心って所かな。

それなら・・・。

 

「司令に御願いがあります」

 

地球、木連両者の和平派の接触。

エステバリス、ナデシコの強化。

それらについて話し合う事が出来た。

だから、後は・・・。

 

「司令の権限をお借りするようで申し訳ありませんが・・・」

「うむ」

「火星の方達を・・・解放していただけませんか?」

 

 

 

 

 




※ デルフィニウム 明日香製は独自設定です

明日香=漫画版ナデシコに登場した企業らしいです。詳しくは存じ上げませんが名前だけ貸していただきました。


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新兵器

 

 

 

 

 

「すまないが、もう少し時間が欲しい」

 

頭を下げてから、静かに黙り込んでいた司令が発したようやくの一言。

・・・時期尚早という事だろうか・・・。

 

「何故・・・ですか?」

 

すぐにでも彼らを解放してあげたい。

少しでも時間を許せば、ネルガルが強硬手段にでてくる可能性があるから。

それが俺の本音。

でも・・・司令からするとまだ早いと。

 

「私達は地球人類全てに真実を公表する準備が出来ている」

「それじゃあ!」

「うむ。じきにその機会を設けるつもりだ。それまで待っていて欲しい」

「公表を前に火星の方々を解放するのはまずいと」

「まずい訳ではないが解放する理由がないだろう」

「それは・・・」

 

確かにそうですが・・・。

 

「私達が真実を公表し、火星の民を含め国民に木連の事、火星における軍の過失を知ってもらう。そうした上で火星の民を解放した方が君達にとっても都合が良いのではないか?」

「・・・確かに」

「真実を火星の民にだけ先に公表するという手もなくはないのだろうが、まずは全人類に、その後に火星人という流れの方が良いだろう」

「・・・分かりました」

 

まずは全人類に事実として認識してもらった上で、火星の方々を解放してもらう。

その後、火星の方々に火星再生機構についてお話しよう。

その方が確実に話も伝わり易いだろうし。

うん。言われてみればそちらの方が良いな。

 

「今すぐという訳にはいかないんですよね?」

「残念ながら厳しい。まずは連合政府との会談。そして、軍、政府の両方で決議を取らねばならん。幸い、政府の方でも協力者が得られた。可能ならば、一ヶ月後にでも実現できるだろう」

 

・・・一ヶ月後か・・・。

現実的な眼で見たら短いんだろうけど、俺からしてみれば長い。

むむむ。如何する?

それまでに俺に何が出来る?

・・・どちらにしろ、まずは司令の公表待ちか・・・。

 

「分かりました。それまで待つ事にします」

「すまんな。だが、それを終えた後なら私も協力は惜しまない」

「ありがとうございます」

 

極東支部の司令の協力が得られたっていうのは大きいな。

うん。順調に計画が進んでいる気がする。

次々と協力者が得られている訳だし。

しかも、誰もが心強い。

よし。期待を裏切らないようにしないとな。

発案者が情けなかったから本当に申し訳ない。

 

「それなら、早速ですが、明日香と連絡を取っていただけますか?」

 

だから、一ヵ月後までに俺が出来る最善の事。

エステバリス、ナデシコの強化。

それを出来る範囲で進めておこう。

 

 

 

 

 

「初めまして、マエヤマ・コウキです。よろしくお願いします」

「こちらこそ。天才プログラマーのマエヤマさんに会えて光栄です」

 

天才プログラマーね・・・。

アハハ。いざ言われるとやっぱり照れるな。

 

「早速ですが、こちらを見て頂けますか」

「あ、はい」

 

あれから、司令の伝手を頼りに明日香インダストリへと赴いた。

イネス女史、ウリバタケさんはナデシコ内で待機。

まぁ、今でも開発を進めていてくれる事だろう。

んで、俺の付き添いには・・・。

 

「へぇ。なんだかワクワクするね」

 

アマノ・ヒカル。

うん。なんでヒカル?

 

「ほら早く行こうよ。せっかく私が来ているんだから。もう仕方ないなぁ。CASのモデルになった私に来て欲しいだなんて」

 

・・・とまぁ、こういう理由。

俺がCASを製作する上で最も参考にしたのはヒカル。

指示調整はもちろんの事、カスタムモードの基もヒカルだ。

カスタムモードで各自調整している人はヒカルを基にしているって訳。

それで、だ。明日香に預けたエステバリスはIFSではなくCASの方。

そりゃあ参考にしたくなりますよね、ヒカルさんを。

 

「はいはい。今行きますよ。お嬢様」

「残念。私はそっち系じゃないよぉ~だ」

 

そっち系ってどっち系だよ?

 

「まずはこちらを。ミスマル司令より依頼されたものを御見せします」

 

案内されたのは格納庫。

早速、エステバリスを参考にした明日香の新機動兵器が視界に飛び込んできた。

 

「・・・これは・・・」

 

見た目はエステバリスを更にシャープにしたって感じ。大きさは1.5倍ぐらいあるけど。

その角ばったい形状はどことなくイカツイってイメージを与える。

スラスターの位置、ブースターの位置、バックパックの位置は高機動型フレームと類似。

ただ脚部にかけて装甲的な何かを付け加えてあって、なんか頑丈そう。

しかも、むき出しのブースターなんてあっちゃって、持ち前の技術を随所に盛り込んだ感じかな?

 

「名称は未だに検討中ですが、生産ラインは確保済みです」

 

なるほど。しようと思えばすぐにでも量産が可能って事か。

要するに、これは数を揃える為、かつ、エステバリスより高性能を目指した機体って訳だな。

確かに敵戦力の向上が予想されている今、必要な事の一つだ。

数を揃えて質を上げる。戦争が数である以上、何よりも優先するべき事の一つ。

そんな中、あんな御願いしたのはちょっと申し訳ないけど・・・。

 

「さて、そして、本命はこちらです」

 

明日香に我々ナデシコ関連で依頼した事は二点。

エステバリス高機動戦フレームの追加装甲とナデシコ強化案について、だ。

追加装甲については事前に要望を出して考えてもらっている。

今回はそれがある程度形になったというので見させてもらいに来た訳だ。

ナデシコ強化案については・・・あちらに検討してもらっているというこの他力本願。

・・・いずれこの借りは必ず返しますから・・・。すいません。

 

「先日言われたばかりですので、完成とまではいきませんでしたが、参考までに」

 

そうして現れたのは先程見せられた機体。

但し、追加装甲という形で全てにおいて見た目が派手になっている。

 

「この追加装甲について詳しく説明させていただきます」

 

 

 

 

 

「なるほど。コンセプト通りの見事な出来です」

「ありがとうございます。今、ご覧になっているのは我が社の機体用ですが、改めてエステバリス用に制作してナデシコに届ける手筈となっています」

 

長い長い説明の時間でしたが、その内容は充実の一言。

追加装甲という形でどれだけの戦力向上が図れるかが具体的でわかりやすかった。

流石一流企業。説明の段取りが上手すぎる。

でも・・・気になる事が一つ。

 

「なるほど。しかし、よろしいのですか?」

「はい? なにがですか?」

「貴方達の追加装甲をナデシコで使わせていただく。それは本当にありがたいのですが、貴方達にとっては敵に塩を送るようなものでは?」

「それはナデシコで使っている機体がネルガル製のエステバリスだから、という事ですか?」

「はい。そのとおりです」

 

明日香は明日香で独自の機体を開発して生産ラインを整えている。

その状態であれば、わざわざエステバリス用の追加装甲を作るのではなく、明日香の機体とその追加装甲という形で売り出した方が遥かに商売としては良い筈だ。

それなのに、何故、手間と費用をかけてナデシコに協力してくれるのだろうか。

 

「確かにマエヤマさんのおっしゃる通り、私達にとってナデシコの、いえ、エステバリスの追加装甲を作るのは無駄な手間と言わざるを得ません」

「はい。ですが、それを承知で貴方達は引き受けてくれた。それは一体・・・」

「利益を生むからですよ。この追加装甲が」

 

それはそうだろうが・・・。

余計な手間になってはいないのだろうか?

 

「今、マエヤマさんがご覧になっているように、この追加装甲は我が社の機体にも装着する事ができます。開発費用としてはそれほど無駄になっている訳ではありません」

「はい」

 

それは納得できる。

今後の明日香の強みはこの追加装甲となっていくだろう。

それだけの魅力をこいつからは感じた。

 

「生産ラインも整い、我が社の機体と共に追加装甲も売り出していきます。ですが、突然現れた機体と追加装甲という新しいシステムに需要はあるでしょうか?」

「・・・失礼ですが、あまりないと思います。実績がないと認められませんから」

「そう。我が社はその実績が欲しい。言い方は悪いですが、その部分でナデシコを利用させてもらうのです」

 

なるほど。そういう事か。

それなら納得だな。

 

「世の中は持ちつ持たれつという訳ですか。納得しました。遠慮なく使わせてもらいます」

「是非とも。皆様の活躍を我が社も期待しているのですから」

 

明日香インダストリはネルガルに押され気味である。

それは周知の事実であり、実際、現段階では実績の面で証明されてしまっている。

そんな中、エステバリスに酷似した機体を売り出した所で、二番煎じであると思われ、比べられる事もなく性能で劣っていると判断されてしまう。

オリジナルの方が優れていると思うのは当然の事だからだ。

しかし、その前に追加装甲という新しいコンセプトで実績を示し、同時に売り出したらどうだろう。

エステバリスと明日香の機体単体では劣るかもしれないが、追加装甲と組み合わせたら明日香の方に軍配が上がる。

今後エステバリス用の追加装甲を作っていく訳ではないのだから、追加装甲を求めるなら明日香の機体とセットじゃないといけなくなり・・・。

いやはや。商売上手でしたよ。何の心配もなかった。

 

「完成次第、ナデシコに届ける用意はできています」

「ありがとうございます。楽しみに待っています」

「いえ。あ、先にデータだけでも渡しておきます。シミュレーターに導入して確かめてみてください」

「なにからなにまでありがとうございます」

「世の中持ちつ持たれつですから」

「なるほど。こちらも気が抜けないという訳ですね」

「ハハッ。そうなりますね」

 

明日香はナデシコに武器を提供して、ナデシコは明日香に実績を提供する。

わかりやすい構図で気が楽だ。

ネルガルもこれぐらいわかりやすければいいのに・・・。

 

「提供された追加装甲は自由に扱って結構です。制作する際にはエステバリスの規格に合わせますので扱いやすい筈です」

「分かりました。助かります」

 

ふむふむ。受け取った後にナデシコで改良、及び、改造も出来るって訳か。

それは本当に好都合だ。こちらで弄くってもっと使い易く出来るのだからな。

 

「それでは、次にナデシコですが・・・」

 

それからはナデシコの強化案について話し合いが続いた。

機体に関してもヒカルの言葉を参考に調整を進め、明日香側としてもこの会談に満足してくれたようだ。

我々にとっても有意義な話し合いになったな、うん。

 

 

 

 

 

「よぉ! 久しぶりじゃねぇか」

「ええ。お久しぶりです」

 

毎日毎日が慌ただしく動き回る日々。

いやぁ、こんなに忙しい事なんて今までになかったぞ。

 

「お元気なようで」

「そっちもな。また飲みに行こうや」

「はい。喜んで」

 

今日は以前お世話になっていた基地に来ている。

あのスーパー戦フレームとかいう奴。

あれを開発していたオッチャンから遂に完成したという力強い言葉が届いた。

連絡を受けた時、妙に興奮していたから、思わずガイを連れて来てしまったんだけど・・・。

今ではちょっと、いや、うん、かなり後悔している。

普段は良い奴なんだけどな、盛り上がると煩いんだ、こいつ。

ちなみに、今回はイツキさんも一緒。付き添いに来てもらった。

オッチャンは好都合にも更に新しいフレームを開発したらしい。

まぁ、こっちはオッチャンとは対立するリアル派軍団の開発らしいが。

・・・うん、まぁ、俺としては性能的に向上しているならなんだっていいんだ、正直。

 

「早速だがよ。こいつを―――」

「うぉぉぉっぉぉぉ!」

 

早速御出ましですか!?

 

「アハハ・・・」

「ハハハ・・・」

 

眼があったイツキさんと苦笑い。

もう慣れましたという呆れやら苦笑やらという複雑な表情を見せてくれました。

 

「こ、こいつは・・・ゲキ・ガンガーじゃないか!」

 

興奮して頬擦りなんかしちゃっているガイ。

まぁ、こいつはスルーの方向で。

 

「ほぉ。流石ナデシコ。話が分かる奴が多いな」

 

そういえば、ウリバタケさんとも意気投合していましたね、オッチャン。

 

「博士! こいつは何だ!?」

「おぉ! 説明してやらぁ!」

 

・・・盛り上がっているねぇ。

 

「こいつはスーパー戦フレーム。その構想はパーツ換装にある」

「パーツ換装?」

「ああ。いちいち戦艦に戻る必要があるっちゅう面倒なもんだがな。その苦労に相応しいだけの性能、武装がこいつにはあるんだよ。アッハッハ」

 

・・・アッハッハって。やはりマッドだな。オッチャン。

 

「まずは核を用意する。これがエステバリスだな」

「ふむふむ」

「後はその各所にそれぞれ用意した各部装甲パーツを装着させる」

「・・・もしかして、そのパーツって」

「おぉ。見た通りだが?」

 

・・・ありえないだろ。

なんていうの、人間がパワースーツを着た状態を想像して欲しい。

もっと簡単に言えば、ユリカ嬢がクリスマスに見せたエステバリスのコスプレ。

人型に一回りも二回りも大きなパーツを取り付けて人型にするみたいな。

要するに・・・そのパーツがそりゃあまた大きいんだ!

 

「既にエステバリスの面影皆無ですよね」

「当たり前だろ! スーパー戦フレームだぞ!」

 

だってさ、エステバリスの三倍から五倍ぐらいの大きさだぜ。

追加パーツがそれぞれエステぐらいあるってどういう事ですか?

ねぇ? どういう事ですか?

 

「ふっふっふ。苦労したぜ。バランスもそうだが、間接部の強度が特にな。だが、その甲斐あって、機体の出力は爆発的に向上だ。その装甲はどんな攻撃も跳ね返すぞ」

「おぉ! 正にゲキ・ガンガー」

 

そりゃあ圧倒的な攻撃力と防御力がスーパーロボットの特長ですが・・・。

機動性は皆無ですね。まぁ、問題ない気もするけど・・・。

いやぁ、月面フレームもビックリなスーパーロボットです。

 

「あれ? この大きさなら相転移エンジンも―――」

「よくぞ気付いた! 流石じゃないか!」

 

あれ? もしや墓穴掘った?

というか、興奮しすぎじゃね?

 

「背中にバックパックがあるだろ? あそこに相転移エンジンが外付けされている」

「なるほど。直接積み込むんじゃなくて、外付けする形にした訳ですね」

「おぉ。そっちの方が何かと便利だしな。軽量化、出力向上、良い事尽くめだ」

 

ナデシコからの重力波以外にも自身で出力が得られる。

単機で突っ込んでもいけそうな機体だな、こいつは。

 

「次に武装面だが―――」

「そろそろ我々の方を紹介したいんだが」

「あん!?」

 

オッチャン。とりあえず落ち着こうか。

すぐにがん付ける癖は直した方がいいよ?

それが嫌いな相手でもさ。

 

「お久しぶりです。特務大尉」

「アハハ。元ですよ。お久しぶりです」

 

この知的メガネのお兄さんはリアル派代表みたいな人。

まぁ、スーパー派の代表的なオッチャンとはそりが合わないだろうね。

 

「こちらの紹介をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「はい。御願いします」

「おいおい、今こっちが―――」

「後で聞きますから。とりあえずはこいつにでも」

 

ガイを差し出す。

多分、この機体に乗るパイロットはガイだろうし。

なんとなくそんな気がする。

 

「博士! コウキなんて放っておいて俺に説明してくれ!」

「チッ。仕方ねぇな。付いて来やがれ!」

「おぉ!」

 

燃え上がっている二人を置いて、イツキさんと共に知的兄さんの後を追う。

 

「まったく。もっと真面目にやればより良いものが作れるだろうに」

 

ちなみに、素直じゃないんです、この人。

 

「オッチャンの事、認めているんですね」

「ええ。だからこそ、才能の無駄遣いをして欲しくないんです」

 

認めているからこそ、同じ方向性の仕事をしてみたいと考えている。

いやぁ、男のツンデレ、需要は・・・あるのかな?

少なくとも、俺はいらないかなぁ・・・。

・・・コホン。話が脱線しすぎたな。

 

「こちらになります」

 

ほぉ。なんともスリムかつ多機能な事で。

形状は変わらず高機動戦フレーム。

でも、その武装の充実度は比べ物にならない。

まずは両腕のガントレットアーム。

まぁ、これは既に基本武装なのでスルーで。

次に両肩から伸びる大型レールキャノン。

今まで使っていた大型レールキャノンよりはかなり小さいけど、それでも大きい。

威力が若干落ちる程度ぐらいにまでは改良が進んでいるんだろう。

そして、両脇にそれぞれディストーションブレードとラピットライフル。

背中にはなんとフィールドガンランス。

基本性能も向上しているだろうし、とても安定した機体だ。

バランス型の鑑、正にリアルロボットの理想を具現化したと言える機体だな。

 

「いや。感動しました」

 

思わず知的兄さんの手を握り締めていた。

 

「ありがとうございます」

 

ニコリと笑う知的兄さん。

いやぁ、素晴らしい開発者ですよ、貴方達は。

これで変形機構なんか付いていたら感涙ものでした。

 

「バランスに優れていて、火力も機動力もある。安定性抜群ですね」

「それが私達のモットーですから。火力勝負も良いですが、やはり兵器は安定性です」

 

正論です。反論の余地はございません。

まぁ、火力はロマンですから方向性が違うんです、と一応フォロー。

いや、だってさ、必殺技、カッコイイじゃん。

 

「お役に立てたようで光栄です」

 

それからも細々とした話が続いた。

遠くで熱く語り合っている青年と中年を背景に、着実に機体は強化されていく。

少しずつ、それでも確かな一歩を俺は実感していた。

 

 

 

 

 



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適正テスト

 

 

 

 

 

「セレスちゃん。ちょっと手伝って欲しい事があるんだけどいいかな?」

「・・・はい! 頑張ります!」

 

 

 

 

 

「さて、今日はちょっとテストを行ってもらいます」

「テスト?」

 

明日香インダクトリーと軍の基地を訪ねてから数日。

ようやく追加装甲をシミュレーターに反映する事ができた。

ナデシコのパイロット数は全部で八名。

今の所、追加装甲は三種類だが、それぞれどれに乗るか決まっていない。

まぁなんとなくそれぞれの希望は想像つくんだけど・・・。

折角だから、適正テストでもしようかなと思った訳。

もちろん、一機だけにしか適正があるなんて事は絶対にない筈だ。

理想は状況によって乗り換える事なんだろうけど、適正外の機体に乗っても効果は発揮できないだろ?

その為の適正テストにもなる訳だ。

まぁ、ガイなんかは何があってもスーパー戦フレームに乗るとか言い出しそうだけど。

・・・案外、ヒカルとかも好きそうだな、スーパー戦フレーム。

 

「今、俺が色々と動き回っているのはご存知だと思いますが、早速その成果をお見せします」

「あ。この前の奴だね」

「そうそう。早速シミュレーションに組み込みましたので試してみてください」

「お。流石コウキ。仕事が早いぜ」

「早く乗りたくてウズウズしていたんだろ? ガイ」

「分かっているじゃねぇか。早くしろよ」

「はいはい。まぁ、ちょっと落ち着けよ」

 

興奮冷めやらずって奴だな、ガイ。

まぁ、憧れのゲキ・ガンガーに乗れる訳だから分からなくないけどさ。

 

「簡単にですが、名称を付けさせて貰いました」

 

シミュレーション室内にあるモニタに機体データを映し出す。

 

「こちらが明日香インダクトリーより譲り受けた追加装甲。後方支援特化です」

 

モニタの映像を操作し映像を映し出す。

 

「明日香インダクトリーはご存知のようにデルフィニウムを作り出した会社であり、そのミサイル技術は他企業を大きく上回っています」

「会社としての技術力は勝っている自信があるけど、ことミサイルに関してはうちも分が悪いね」

 

ネルガル会長が認めるぐらいだから相当高い技術力なんだな。

だって、あの負けず嫌いの会長が認めるぐらいなんだぜ。

 

「そのノウハウを存分に活かした高性能ミサイルを搭載し、加えて射程距離の長いスナイパーガン、連射性に優れたマシンガン、その間の性能を持つレールガンを備えています」

「その名の通り、後方支援特化な武装だな」

「ええ。接近戦用にはナイフぐらいしかありません。基本的に近付かれずに後方からの支援、射撃がメインの役割となります。その分、装甲は厚くしてありますし」

 

固定砲台に近い考え方だな。

機動力は通常より若干損なわれるが、それをカバーできるだけの多面的な攻撃ができる。

 

「イズミなんか最適だね、これ」

 

ヒカルと同意見。

恐らく、適正テストでも彼女がこの機体を一番うまく使うだろう。

 

「聞いていいかい?」

「どうぞ」

 

会長が不満顔でこちらを見てくる。

なんか初めて見る顔って感じ。

 

「なんで明日香の追加装甲がうちのエステバリスに装着できるんだい?」

 

あぁ、そういう事か。

 

「敵軍の戦力向上を懸念して軍から明日香に協力を求めた結果です」

「明日香はそれで得をするの? エステバリス用の追加装甲なんて作ってさ」

「問題ないそうですよ。明日香も利益があると見込んで製作してくれたそうですし」

「・・・ふ~ん、そう・・・」

 

別に会長は明日香を心配してくれている訳ではないだろう。

重要なのは軍がネルガルではなく明日香に協力を求めたという事。

これはいつでもネルガルと手を切れる事、軍がネルガルと手を切ってもいいと考えるぐらいの高性能な何かを明日香が開発している事の二つを示している。

会長の懸念はそこにあるのだろう。

このまま軍に協力しない姿勢を貫く事が凶とでるか吉とでるか、と。

いや、軍に、ではなく、俺達に、か。

あれだけ脅かしている訳だし。

こうして考えさせているだけでも効果があったと考えるべきだな。

 

「えっと、次に進んでも?」

「うん。構わないよ」

 

どこか思案顔のアカツキ会長。

あれだね? 企業の顔って奴。

今後の方針について考えているのだろう。

ま、俺は俺の仕事をするだけだけど。

 

「次は軍内の知り合いに提供して頂いたエステバリスの新フレームです」

「ネルガルの許可は既に?」

「はい。軍を通して」

 

最近、長い交渉の末にようやく自由開発が許可されたらしい。

既にエステバリスの研究をかなり進めている軍。

これからますます戦力を充実させていく事だろう。

特に最も早く戦力の充実を図った改革和平派は。

 

「こちらも両極端ですね。スーパー戦フレームとリアル戦フレーム」

「スーパー戦フレーム?」

「リアル戦フレーム?」

「はい。まずはスーパー戦フレームの説明をします」

 

モニタを操作。

映し出されるのは通常のエステバリスの三倍のエステバリス。

決して赤くないし、機動力でもないぞ。大きさだ。

 

「両者に共通する事ですが、これらは追加装甲という形を取っています」

「・・・しかし、これは極端だろう」

「・・・既に追加装甲というよりは別の機体だよね」

「初めて見た時は同じように感じました」

 

まぁ、誰だってそう思うさ。

実際、エステバリスの姿なんてないに等しい訳だし。

 

「核となるのは高機動戦フレーム。各部にパーツを装着させる形で実現されます」

 

装着前と装着後を映し出す。

 

「スーパー戦フレームの名は伊達ではなく、追加装甲にはそれらしい武装が数多く組み込まれています」

「えっと、両手がギガントアームで、それぞれ着脱式ドリルアーム付き」

「それで、腰部からはグラビティブラスト。・・・ジンみたいだな」

「対艦ミサイルに対艦刀ねぇ・・・」

「しかも、この拳、ロケットパンチみたいに飛び出すんだそうです」

「ってか、なんで身体のあちこちからドリルとか剣が飛び出てんだ?」

「・・・滅茶苦茶ね」

「お前らにはこれの凄さが分かんねぇのかよ!」

 

・・・いや、凄いのは認めるけど、滅茶苦茶なのも事実だよ。ガイ。

でも、まぁ、破壊力抜群ってのは認めざるを得ない性能だ。

 

「通常の重力波に加えて背部にある相転移エンジンから出力を確保しています」

「背中の妙な奴はそれだったのか・・・」

「なんともエネルギーコストがかかりそうな機体だね」

 

流石は企業の会長。現実的な視線で物事を見ますか。

でも、ちょっとだけ眼が輝いていますよ。スルーしましょうか?

 

「高機動フレームの機動力に加えて大型のブースターを取り付けていますので・・・。まぁ、細かい機動さえ諦めてくれれば、直線移動はなかなかの早さですよ。多少の攻撃はその分厚い装甲とDFが弾き返してくれると思うので心配ありません」

 

ジンシリーズはDFさえ突破してしまえば脆いものだった。

だが、慎重派の多い地球ではきちんとDFがない状態も想定されている。

だから、実用性の高い頑丈な装甲が取り付けられているって訳だ。

 

「次はリアル戦フレームですね」

 

パッと映像を変更。

 

「こちらも核は高機動戦フレームですが、方向性が真逆です」

「なんとなく両者の関係に意図を感じるんだけど・・・」

 

会長。その通りなんですよ。

 

「その基地内でスーパーロボット派とリアルロボット派で対立していましてね」

「あ~、そういう事か。どちらもその理想を具現化したって訳ね」

「仰る通りです」

 

オッチャンを始めとして連中は如何にスーパーロボットに近づけるかを。

知的お兄さんを始めとした連中は如何に理想のリアルロボットを実現するかを。

それぞれ追い求めた結果がこの二つのフレームな訳だ。

その敵愾心というか、負けず嫌いからだろう。

こんなにも高性能なフレームを作り出したのは。

いや、ライバルはいいね。切磋琢磨してさ。

 

「しかし、スーパー戦フレームはでかくないか?」

「それがいいんだろうが!」

「いや、批判している訳ではなくてな。ナデシコに載せられるのかという疑問だ」

「・・・あ」

 

なにこの世の終わりみたいな顔をしているんだよ、ガイ。

 

「問題ありませんよ、アキトさん」

「そうなのか?」

「ええ。このフレームは出撃後に換装、取付する形で完成する追加装甲ですから」

 

仮にナデシコであればパーツをそれぞれ射出、合体! といった感じになる。

基地なんかなら、場所取るけど、別に元から合体しといても問題ないかもしれないな。

場所は確保できているだろうし。

 

「なるほどな」

 

納得していただけたようで何よりです。

ま、コンセプト的に追加装甲にしたというよりはせざるを得なかったといった所だろう。

アキトさんの言う通り、そのままじゃナデシコを含めた戦艦に搭載しきれなそうだし。

それに、取り外し可能っていのはある意味、汎用性にとても優れているとも言える。

あのでかさだと、参加できる作戦も限られちゃうだろうし。

 

「では、話を戻しますね」

「ああ。すまない」

「いえ。こちらはエステバリスが服を着るような形で実現されます」

 

言わば、防弾チョッキを着込み、ありったけの武器を取り付けたって感じかな。

 

「安定性抜群の理想のリアルロボットとでも言いましょうか」

「確かに欠点らしい欠点は見付からんな」

 

そう、それが一番大きいんですよ。

弱点がない。これが理想のリアルロボット。

近・中・遠対応で、武器も多彩。

機動力、重量、装甲のバランスも良し。

良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏だけど、

一小隊に必ず一機は欲しい補佐役の機体ですね。

 

「後は詳しい資料を配布しますので御自分で確認を」

 

各自に資料を配る。

実際に自分で見た方が分かり易いだろうし。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

黙って読み込む五人。

うん。優秀な生徒だ。

そして、残る二人は・・・。

 

「・・・あぁ」

「・・・グッ」

 

案の定、ソワソワし始めました。

まぁ、ここは名誉の為に誰かは言うまい。

 

「ダァ! まどろっこしい。こういうのは感覚で覚えるもんなんだよ!」

「さっさと乗らせろ! この機会を何年待ったと思ってやがるんだ!」

 

・・・誰か分かっちゃったかな?

ま、いいや。早速テスト開始といこうか。

 

「セレスちゃん。準備は?」

「・・・大丈夫です」

 

ここで特別ゲスト登場。

はい。拍手。

 

「どうしてセレスがここにいるんだ?」

「セレスちゃんに協力してもらうんですよ」

「セレスに?」

「まぁ、見ていてください」

 

少しズレ、コンソールの前から移動する。

パッと後ろから台を持ってきて、セレス嬢を乗せ・・・。

 

「セレスちゃん。よろしく」

「・・・はい」

 

コンソールに手を置いてもらう。

同時に凄まじい情報がモニタに映し出された。

 

「セレスちゃんと俺の合作って奴です」

「・・・これは?」

「それは後のお楽しみで。ガイ。とりあえずシミュレーターに」

「おっしゃぁ!」

 

勢い込んでいるけど、この先に待つのは決して天国じゃないぜ。

 

「とりあえず、ニ倍速で」

「・・・分かりました」

「ニ倍速?」

「モニタに注目していてください」

 

その言葉でパイロット達全員がモニタに視線を注ぐ。

 

『おっしゃぁ! 行くぜ! ゲキガンファイト! レディーゴッ、ゴホッ、な、何だ!?』

 

そんな余裕はないぜ。

巨大なスーパー戦フレームの周りを高機動戦フレームが飛び回る。

 

「これは・・・」

「お察しの通りです」

 

高機動戦フレームが拳を叩き込もうとする中、ガイは必死にエステバリスを視界に収めようとする。

だが、結局、捉え切る事は出来ずに一撃を喰らってしまった。

まぁ、大したダメージにはならないだろうが。

 

「敵対するのは自身の戦闘データを基にした言わば自身の影。とりあえず、今回の適正テストでは自分自身と戦ってもらいます」

 

高機動戦フレームと新型機のどちらで自身の能力を高く発揮できるか。

それを見たいが為の新システムだ。

 

「だが、それだけではないだろう?」

「ええ。同時に夜天光、及び、ブラックサレナ対策もしてもらいます」

「・・・その為のニ倍速か」

「そうです。機動力で差が出る以上、まずは慣れてもらわないと」

 

どうせ自身と戦うのなら、こういう趣旨を持たせないとね。

ただ戦うだけじゃ面白くないし、テスト内容が薄くなる。

機体性能が向上するのなら、それに伴ってパイロットの技能も向上させるべきだし。

通常の自分の倍以上の動きをする敵と争ってもらおうって魂胆です、はい。

自身の限界を超える良いきっかけになりますよね。

行動パターンはあくまで同じなんだし。

ニ倍速の自分を打ち破れば二倍強くなるのさ。

・・・単純な考えだけど、効果は出る筈だ。

 

「セレスがいるのは?」

「通常速とニ倍速が同じ空間内に混在しちゃっている訳ですから。それの演算はかなり複雑なものになるんですよ。セレスちゃんがいるのはその為です」

「・・・それはかなりの負担になるのでは?」

「一応、シミュレーターだけでも処理できるよう改良しましたから大丈夫ですよ。ただやっぱり少しだけ動きがぎこちなくなったりするので、リアルティに欠けるというか。まぁ、そんな感じなので倍速変更は俺かオペレーター勢がいる時だけにした方が良いかもです」

「了解した。だが、面白い考え方だな。高機動戦フレームと新型機のどちらで力を発揮できるかをテストし、同時に自身と戦う事で自身を見詰め直す事にも繋がり、倍速をあげる事で機動力の差を慣れさせる事で今後に活かさせる。テストと言いつつも、これは既に修行に等しいシミュレーションだな」

「まぁ、俺なりに色々と考えているんですよ」

 

最初は思い付きだったんだけどね。

考えてみれば結構有効だったりするんだ、これが。

既に高機動戦フレームでの機動データは入手済みだから、後はこの戦闘での機動データと掛け合わせるだけで適正テストが出来る。

 

「しかし、敵が違っては参考にならないのでは?」

「アキトさん。俺が今まで何回機動データを取って来たと思いますか?」

「・・・かなりだな」

「はい。もうかなり慣れています。敵が違うぐらいじゃ惑わされませんよ」

 

いやぁ、気付けば俺も成長したもんだ。

データ収集と解析、研究は最早俺の特技の一つになったな。

意外と楽しいのが理由だったりもするけど。

 

『ク、クソッ! 当たらねぇぞ!』

「ガンバレ~。ガイ」

『このっ! 軽く言いやがって』 

 

苦労していますね。

まぁ、人間とハエとまではいかないけど、自身よりかなり小さい敵が相手なんだ。

そりゃあ捉えるのに苦労しますよね。

でも、やってもらわないと困る。

これからそれに乗り続けるのであれば、同じような場面には絶対に遭遇するのだから。

本当にスーパー戦フレームに乗りたいのなら成し遂げてみせろ! ガイ!

 

『オラァ!』

 

 

 

 

 

「お疲れ様。セレスちゃん」

「・・・いえ。コウキさんこそ」

 

あれから人数分の適正テストを行なった。

まぁ、同時進行したから時間はそれ程掛からなかったけどね。

・・・うん、こっち側の精神的な負担が大きかったんだ。

最初はガイだけだったけど、次からはニ、三人同時だったからさ。

俺も制御の方に参加して、俺とセレス嬢との協力体制。

まだ幼いセレス嬢の負担を考えて途中で休ませたりなんかして。

一人でやる事もあったからか、終わったと同時に一気に脱力しました。

いや、頑張ったな。俺。

その後はひとまず解散。発表は後日という事になった。

これから解析、分析作業です、はい。

やばい。マジで忙しい。

ケイゴさんからの連絡もまだないし。

うがぁ。考える事が多過ぎるぞ!

 

「ありがとね。助かった」

「・・・お役に立てたようで嬉しいです」

 

うん。荒んだ心を癒してくれるね。

この笑顔と癒しであと百年は戦えます。

 

「・・・ん」

 

思わず頭を撫でてしまう。

この感触もまた癒しなんですよね。

柔らかい髪質だしさ。

眼を細めるのも可愛らしい。

やばいな。このままじゃ絶対に親馬鹿になる。

 

「・・・分析作業もお手伝いします」

「いいの?」

 

大変なんだけどな。

なんか、あれだよ、断っちゃいけない空気。

 

「・・・大丈夫です」

「それじゃあ、御願いしようかな」

「・・・はい!」

 

笑顔で、はい! なんて言われたらねぇ。

マジで断れませんよ。

実際、助かっていますしね。

御願いします。セレス嬢。

 

「とりあえず、お腹空いたし、食堂にでも行こうか」

「・・・はい。私もお腹空きました」

 

クーっとお腹を鳴らし、恥ずかしそうにお腹を押さえるセレス嬢。

 

「じゃあ、行こっか」

「・・・はい」

 

でも、そこをスルーするのが紳士って奴だ。

からかいたくなったっていうのが本音だけど、自重しました。

俺のせいでもあるしね。今日は僕がセレス嬢に奢るとしましょう。

さてっと、何を食べますかね。

 

 

 

 

 

「おぉ! こんな所にいやがったか」

「どうかしたんですか? ウリバタケさん」

 

食事中、慌しくウリバタケさんがやってくる。

その手には何かが書かれた紙束が・・・。

なんか更に忙しい事になりそうな気がするのは僕だけですかね?

 

「どうかしたってなぁ、まぁいい。ほらよ」

 

分厚い紙束を投げられた。

食事中だっていうのに、まったく・・・。

まぁ、愚痴っていても仕方ないか。

 

「・・・これは」

 

その紙束に書かれていたのはエステバリスの外形、武装内容、性能内容など。

うん。あれだね。仕様書だね。

 

「ようやくエックスエステバリスが完成してな。現在、改良中だ」

 

完成したってだけでも驚いているのに・・・。

更に改良ですか。自重は忘れずに。

 

「お前の意見も参考にさせてもらったぞ」

「俺の意見?」

「おうよ。ライフル自体にアンテナを取り付けるって奴だ。あれは良いな」

 

あぁ・・・。イネス女史と意見交換した時の奴か。

 

「とりあえず、これ見て確認しといてくれ」

「了解しました」

「手伝ってもらいたい時に呼びに行くから覚悟して待っていろよ」

 

風のように去っていくウリバタケさん。

きっと、覚悟してろっていうのは冗談なんだろうけど・・・。

マジで覚悟を決める事になりそうだ。主に忙しさ的に。

 

「・・・コウキさん」

「ん? セレスちゃんも見る?」

「・・・はい。私もお手伝いしたいですから」

 

・・・良い子や~。

 

「えーっとぉ、エックスエステバリス改修案」

 

とりあえずエックスエステバリスを基本に弄くっていく訳ね。

きっとかなりの自信作なんだろうな。

 

「武装案、グラビティライフル」

「グラビティブラストの小型化に成功したのよ」

「うぉっ!? イネスさん!?」

「・・・ビクッ!」

 

ビ、ビックリした。

 

「何をそんなに驚いているのよ」

「そ、そりゃあ驚きますよ。いきなり後ろから話しかけられたら。ねぇ?」

「・・・はい。驚きました」

 

マジでボソンジャンプ習得しているんじゃないか? イネス女史。

 

「前、空いているわよね。失礼するわよ」

 

返事する前に座っちゃった。

まぁ、分かっていましたが。

 

「さぁ、ドンドン質問しちゃいなさい。全て万事完全完璧に説明をしてあげるわ」

 

盛り上がっていますねぇ、イネス女史。

 

「小型化に成功したってのは?」

「以前はジェネレーターの問題で困っていたじゃない」

「はい。確かにそうでしたね」

「それを貴方が提供してくれたデータで解決できたの。だから、今度は銃型に収める事は出来ないかなと検討したのよ」

「結果、可能であったと」

「ま、シミュレーションの段階でしかないけどね」

「それじゃあ、この資料は・・・」

「ええ。あくまで完成予定図よ。どうなるかはまだ分からないわ」

「完成までどれくらい掛かりますかね?」

「そうね。少なくとも一、二ヶ月以上は掛かるとみていいわ」

 

・・・一、二ヶ月か。まぁ、問題ない・・・かな。

木連もまだ動き出してないし。

和平交渉に応じるとしても国内の意見を纏めなくちゃいけない。

だから、時間が掛かるのは当たり前な訳よ。 

まぁ、木連が分かっているかどうかは不明だけど。

 

「このグラビティライフルは威力、射程距離をパイロットが自在に調整できるの」

「ほうほう」

 

そいつは使い勝手が良さそうだ。

射程距離、威力は少なめだが、エネルギーコストが低いモード。

エネルギーコストが高いが、射程距離、威力が高いモード。

状況によって使い分けができる万能銃という訳だな。

 

「これが一丁あれば他の重火器はいらないんじゃないか。それぐらいの万能性があるわ」

「威力はどの程度あるんです?」

 

流石にナデシコのグラビティブラストを超える事はないだろう。

 

「このグラビティライフル単体だとナデシコのグラビティブラストには敵わないわね」

 

まぁ、単機でその威力が撃てちゃったらね。

戦略級兵器になっちゃうよ。

 

「ん? 単体?」

 

気になるワードを発見。

単体だとって・・・どういう意味だ。

 

「良い所に目を付けたわね」

 

ニヤリと笑うイネス女史。

美人だから様になるけど・・・マッドの笑みは不思議と背筋が凍る。

 

「このライフルは単体でも運用できるの。コストの問題でそんなに量産はできないけど、貴方のもってきた後方支援特化だったかしら? それに使わせるぐらいならいいかもしれないわね」

 

「それは助かりますね。戦闘の幅が広がります」

「ええ。でも、始めに言っておくわ。グラビティライフルの真価はエクスバリスと組み合わさってこそ発揮されるのよ」

 

真剣な表情でそう告げる。

若干、自慢気な一面も覗かせるが・・・。

 

「元々のエクスバリスのコンセプトは知っているわよね?」

「えっと、月面フレームのパワーとエステバリスの機動性を併せ持ち、限りなくグラビティブラストに近い攻撃を放てる火力に富んだ高性能な機体といった所でしょうか」

 

付け加えるならば、エネルギー変換効率に優れるが、その分、安定性に欠け、かつ、莫大なエネルギーに耐えられず、自爆する可能性すらある欠陥機。

まぁ、完成したと言っているのだから、その問題は解決したんだろうけど。

 

「模範解答ね。よくできました。花丸」

「あ、ありがとうございます」

 

・・・小学生の先生ですか?

 

「・・・流石コウキさんです」

「あ、ありがとう」

 

セレス嬢に褒められてしまった。

 

「じゃあ、その段階でグラビティブラストはどう撃つ想定だった?」

「えっと、確か、ジンみたくお腹から撃つ想定だったような・・・」

「そうね。でも、グラビティライフルの登場によってわざわざお腹から撃つ必要はなくなったわ。じゃあ、お腹のエネルギーは?」

「上乗せが可能。そういう事ですか?」

 

返答はニヤリ、で頂きました。

ちょ、ちょっと待とうか。

 

「グラビティライフル単体でも劣化グラビティブラストぐらいの威力はあるんですよね? そこにエネルギーが上乗せされたりなんかしたら」

「そう。その火力はナデシコのグラビティブラストと同等、いえ、もしかしたら、それ以上になるかもね」

 

単機でナデシコ級の火力だって?

おいおい。それは反則だろ。

 

「ま、その代わり、いつもお腹に莫大なエネルギーを抱え込むんだけどね。例えるなら核爆弾をいつもお腹に抱えて戦闘するようなものよ」

「・・・・・・・・・はい?」

 

ちょ、ちょっと待とうか。

デメリットが大き過ぎるでしょ。

 

「そんな危ない機体に誰が乗るんですか!?」

 

確かに高性能だよ。

でも、核爆弾を抱える機体に乗るとか、正気の沙汰じゃない。

 

「候補は貴方だけど?」

「・・・え?」

「貴方なら乗りながら色々と調整できるし、最悪、ボソンジャンプで逃げられるじゃない」

「・・・え?」

「不満?」

 

いや、不満というか・・・不安?

 

「ま、今は調整の段階だから、貴方も参加して少しでも不安材料を減らせばいいんじゃない?」

「乗る事は確定ですか・・・そうします」

 

死にたくないしな。

 

「あ、勿論、アンテナも改良してあるから、調整も難しくなっているわよ」

 

どうしてそう不安になるような事を言うかな?

ニヤニヤしちゃって。

 

「しっかし、まぁ・・・」

 

やっぱり、イネス女史とウリバタケさんが組むと混沌と化すな。

まぁ、抜群というか、ありえないぐらいの結果を残すから文句も言えないんだろうけど。

優秀な人間って偶に性質が悪いと思う時があるのは僕だけでしょうか?

 

「今回の開発、貴方の提供してくれた資料が非常に役に立っているわ」

「それは嬉しい限りですね」

「いえ、違うわね」

「はい?」

 

どういう事さ?

 

「役に立ちすぎているのよ、貴方の資料。まるで既に形となっている技術を紹介されているような印象を受けるわ」

「五年後の技術が基ですから、そう感じるのは当然では?」

「見くびられたものね、私も」

「・・・・・・」

 

鋭い視線を突きつけてくるイネス女史。

 

「ねぇ、本当に貴方は何者?」

 

鋭い。穴が空いてしまうんじゃないかと思うぐらい鋭い視線。

でも、流石の俺も慣れてきた。そう簡単には屈しない。

・・・慣れたくなんかなかったけどな、こんな事には。

 

「私を馬鹿にしないで欲しいものね」

「馬鹿になんて」

「気付かないとでも思った? あの資料は・・・五年後のものじゃないわ。少なくともこの世界の五年後のものでは」

「この世界?」

「ええ。確かに技術的には五年後でも実現可能かもしれないわ。でも、全く方向性が違う。まるでまったく違う方向に発達した世界の技術を奪い取ってきたみたい」

 

・・・鋭すぎますよ、イネス女史。

なんであの資料を見ただけでそこまで分かっちゃうんですか?

 

「アハハ。まるで俺が違う世界から来たみたいな言い草ですね」

「その可能性も検討したわ」

 

・・・誤魔化そうと思って言ったのに。

実際にその可能性を検討しているとは思わなかった。

 

「でも、確固たる証拠もなく、所詮は予測でしかなかった」

「まぁ、おかしな話ですからね」

「そうかしら? 私は違う世界、並行世界の存在を信じている側の人間よ」

「本当ですか? あの現実主義のイネスさんが」

「現実主義だからこそ思うのよ。世界の枝分かれ。タイムパラドックス。当然生じる事象だわ。そして、事実、貴方の存在はアキト君の記憶の中にはなかった」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

流石に黙り込むしかなかった。

アキトさんの記憶の話になったら、俺には反論する術がない。

実際問題、俺の姿は本当の意味でのナデシコにはなかったのだから。

 

「貴方はアキト君の影響でここにいるのか。それとも自らの意思でここにいるのか。ふふっ。考えるだけで面白いわね。コウキ君」

「性格悪いですよ。イネスさん」

「ふふっ。研究者なんてそんなもんよ。ま、いいわ。本題からズレ過ぎちゃったし」

「本当です」

 

誤魔化されてくれないのが強かなイネス女史。

あれだけの会話でまた何かしらの考えに発展したんだろうな。

やっぱり天才っていうのは性質が悪いよ、ホント。

 

「さて、そろそろお暇するわ。お邪魔みたいだし、私」

 

視線の先にはセレス嬢。

うん、なんかちょっと拗ねている。

構ってあげられなかったからかな?

・・・反省。

 

「また後にでも伺います」

「ええ。待っているわ。天才プログラマーさん」

 

・・・行ってしまった。

 

「冷めちゃったね、ご飯」

「・・・知りません」

 

プクッと頬を膨らませるセレス嬢。

昔では考えられなかった仕草が思わず笑いを誘う。

 

「・・・笑うなんて酷いです」

「ごめんごめん。なんかデザート食べよっか」

「・・・はい」

 

その後、頬を緩ませてプリンを食べるセレス嬢を見て果てしなく癒された僕でした。

 

 

 

 

 



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普通の女の子

 

 

 

 

 

「ほぉほぉ。なるほどね」

 

現在、適正診断中。

診断ソフトを組み、先日のテストで得たデータを基に機械的に評価。

まぁ、若干の私的評価も混じっていますが・・・。

しかし、案の定というか、予想通りの結果になったな。

 

「セレスちゃん。そっちはどう?」

「・・・もうちょっとです」

 

俺は機動データや戦術展開などを参考に機体の外部情報を。

セレス嬢はバイタルデータなどを参考に機体内部のパイロット情報を。

それぞれ検討、評価している。

後はその評価を掛け合わせれば良い訳だ。

そうすれば、その状況下におけるパイロットの精神、身体状況が分かる。

たとえば、一つの急加速に対してきちんと認識して機動を行えているかなどなど。

やっぱり操縦する上で身体と精神の状況を知っておく事は大事だからな、うん。

バラバラの事を調べて掛け合わせるのは逆に効率が悪い。

なんてセレス嬢に言われたけど、きちんとそのあたりの事は考えています。

専用のソフトを組みましたから、掛け合わせは容易なんですよ、はい。

それなら、同じ作業を繰り返した方が効率も良いでしょう? 慣れてくるし。

しっかし、流石にこの莫大な情報を二人で扱うのは疲れるな。

 

「・・・ふぅ」

「・・・大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。セレスちゃんこそ大丈夫? 休憩する?」

「・・・大丈夫です。もうちょっとですから」

「そう? 無理しないでね」

「・・・はい」

 

セレス嬢にはお世話になりっぱなしだな。

いずれきちんとお礼をしなくちゃ。

 

「・・・ふぅ・・・終わりました」

「お疲れ様」

「・・・あの・・・」

「うん。ありがと」

「・・・はい!」

 

褒めて褒めてと言わんばかりに身を乗り出してくるセレス嬢。

そんな光景に頬を緩ませつつ、頭を撫でてやる。

期待には応えてあげないとね。

俺としても心地良くてこの時間は好きだし。

 

「おし。んじゃ、ちょっと待っていて」

 

データの掛け合わせを実行。

ちょっと時間が掛かるから、終わるまでブリッジにでもいるかな。

 

「うん。お疲れ様。ちょっと休憩にしよう」

「・・・はい」

「ブリッジにでも行こっか」

 

手を繋いでブリッジへと向かう。

気分はすっかりパパさんだな。

 

 

 

 

 

シュンッ。

 

「あ。マエヤマさん」

「お久しぶりです」

 

うん。随分と久しぶりなんですよ、本当に。

地球に来てからあちらこちらに飛び回っていましたから。

もちろん、ナデシコには帰ってきていましたけどね。

ブリッジにわざわざ顔は出してなかったという訳で。

実際、一週間ぶりぐらいかな。

 

「あら? ブリッジに来るなんて珍しいじゃない」

「まぁ、時間が空いたので」

 

俺の定位置。

ミナトさんの隣でセレス嬢の隣。

いやぁ。この席も久しぶりだぁ。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様、って言いたい所だけど、私は特に何もしてないもの」

「そういえば、ブリッジ組って日頃は何をしているんですか?」

 

忙しくて考えてなかったけど、何しているんだろ?

 

「な~んも」

「へっ?」

「だから、特にやる事がないの」

「えっと、この二週間は・・・」

「時々、木連が来て出撃するんだけどね。私達の仕事はそれぐらいよ」

「・・・な、なるほど」

 

まぁ、確かにナデシコを強化しようっていうのに環境は整ってない訳だし。

明日香インダクトリーも準備を頑張ってくれている訳で、待機なのは仕方ない。

でも、なんだか、勿体無いと思ってしまうのは僕だけでしょうか?

 

「コウキ君が忙しく動き回っているのに申し訳ないんだけどね」

 

本当に申し訳なさそうに告げるミナトさん。

いや。別に気にしなくていいのに。

 

「俺が好きでやっているだけですから。それに、後々忙しくなりますしね」

「しっかり休んでおけって?」

「ええ。大変でしょうし」

「それなら、コウキ君はいつ休むのよ?」

「え~と・・・」

 

その責めるような視線はやめましょうよ。

 

「そ、それなりに休んでいますから大丈夫ですよ」

「・・・本当に?」

「え、ええ」

「・・・コウキ君って一つの事に集中すると我を忘れちゃうから安心できないわ」

「えっと・・・」

「明日、休みなさい」

「えぇ? そんな時間は・・・」

「いいから。休みなさい。いいわね」

「・・・はい」

「よろしい」

 

満足そうに微笑むミナトさん。

まぁ、確かに休んでなかったからなぁ。

・・・いい機会か。

 

「セレセレもコウキ君を手伝って忙しかったでしょ?」

「・・・いえ。楽しかったですから」

「そっか。愛されているわね。コウキ君」

「あ、あはは」

 

ニヤニヤと笑われてしまった。

 

「セレセレを連れて街にでも行ってきなさい」

「いいんですかね?」

「いいわよね? 艦長」

 

突然艦長に振るミナトさん。

 

「構いません。休んじゃってくださ~い!」

 

ユリカ嬢。ちゃっかり聞いていました。

というか、そんな適当じゃ駄目でしょ・・・。

 

「いいんですか? プロスさん」

 

その奥で苦笑しているプロスさんに問いかける。

 

「はい。むしろ、そろそろ休んで頂かないと困ります」

「困る?」

 

あれ? どういう意味だろう?

 

「ええ。コウキさんの活動は一応業務として扱っておりまして」

「提督、あ、違った、司令の御指示ですか?」

「その通りです。その為、そろそろ休んで頂かねば・・・」

 

労働基準法だとかそういう事だろうな。

 

「分かりました。それなら遠慮なく休ませて頂きます」

「はい。ごゆっくりお休み下さい」

「ありがとうございます」

 

う~ん。なんの障害もなく休暇が決まってしまった。

 

「セレスちゃんの休暇も取れますかね?」

「ええ。セレスさんにも働いて頂いていますからね。休んで頂いて構いません」

「だってさ」

「・・・はい」

 

そして、セレス嬢の休暇もなんの障害もなく決まった。

 

「このままミナトさんも―――」

「残念だけど、私は厳しいと思うわよ」

「え?」

「私も一緒に行けたら良いんだけどね・・・」

「駄目なんですか?」

「捨てられた小犬みたいな眼で見ないでよ」

 

そんな眼で見ていたのか? 俺。

男のそんな光景はあまり良いものではないと思うが・・・。

 

「ほら? 私は休ませてもらえる程、働いてないでしょ?」

「・・・ミナトさん」

「ごめんね。セレセレ。コウキ君と二人きりで楽しんできて」

「・・・いいんですか?」

「ええ。楽しんでらっしゃい」

「・・・はい。分かりました」

 

いつの間にか休暇の予定も決まってしまいました。

ま、折角ですから、楽しむとしますか。

セレス嬢のお礼もかねて贅沢してやろうと思う。

とりあえず、今日やれる事は今日の内に済ませておこうかね。

 

「それじゃあ、セレスちゃん、続きをさっさと済ませちゃおうか」

「・・・はい。明日、楽しみです」

「うん。明日を楽しむ為にも、ね」

「・・・(コクッ)」

 

おし。シミュレーション室へ向かうとしますか。

ご褒美もあるし、モチベーションが上がってきたぞ。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

セレセレと手を繋いだコウキ君がブリッジから出て行く。

 

「いいんですか? ミナトさん」

「何が?」

「休もうと思えば休めたじゃないですか。ミナトさんも休暇を取らずに働いていましたし」

「コウキ君に比べたら全然働いてないわよ」

「でも、最近のコウキさんはミナトさんを―――」

「いいじゃない。仕事に燃える男の子って魅力的よ」

「・・・ミナトさん」

 

・・・なんだか心配されちゃっているみたいね。

 

「そりゃあ寂しくないと言えば嘘になるわ」

「それなら・・・」

「でも、コウキ君にとって今はとっても大事な時期じゃない?」

「恋人を放って置いてまでする事じゃないと思います!」

「ふふっ。メグミちゃん。誰にだって大切な時期ってあるでしょ?」

「でも、ミナトさんが我慢してまで―――」

「別に我慢なんかしてないわよ。私は充分満足しているわ」

「変です。この状態で満足できるなんて・・・」

「そうかしら?」

「はい。もしかして・・・倦怠期ですか?」

「け、倦怠期って・・・」

 

大袈裟だなぁ。

 

「私だったら耐えられません。一緒にいて、楽しい時間を過ごしてこそ恋人だと思います」

「それもカップルの一つの形ね」

「それじゃあ、ミナトさんの形って何なんですか?」

「そうね・・・。支え合い、それでいて、一定の距離感を保つ事かしらね」

「よく分かりません」

「たとえ恋人であろうと、踏み込んではいけない領域があるってことよ」

「それを共有しあうのが恋人なんじゃないんですか?」

「そうね。でも、誰にだって、たとえ恋人であろうと放って置いて欲しい時ってあるでしょ?」

「・・・それはそうですが・・・」

「なんでもかんでも構えばいいって訳じゃない。偶にはちょっと離れるのも必要なのよ」

「それが今って事ですか?」

「ええ。そういうものなの」

 

触れ合っているだけが恋人じゃない。

相手の事を本当に想っているなら、引くべき時は引く。

相手が自分を欲しているのなら、今度は私から歩み寄ればいい。

そういう心情の距離感って云うのかしら。

それを察するのも良い女の条件よ、メグミちゃん。

・・・なんてね。それに・・・。

 

「それに、一度距離を置いたからこそ次に触れ合った時、愛を感じるのよ」

「参りました。最後は惚気できましたか」

 

苦笑してそう告げられてしまった。

惚気だと思われたらしい。

ま、別に間違っちゃいないけどね。

 

「私はミナトさんのように大人にはなれそうにないです」

「いつもガイ君と一緒にいたい?」

「はい。偶に暑苦しいですけど、元気をくれますから。ちょっとした事で悩むとか、迷うとか、悲しむとか。そういうのって生きていく上でよくある事じゃないですか」

「ええ。そうね」

「でも、彼を見ていると何を小さな事を気にしていたんだろうって。そう思うんです。本当に大雑把で、どんな事だって笑い飛ばしちゃう」

「素敵な彼氏ね」

「ふふっ。はい」

 

笑顔でちょっと頬を染めてそう告げるメグミちゃん。

本当にガイ君の事が好きなんだなってそう思わせる可愛らしい笑みだわ。

 

「別に私が大人って訳じゃないわよ」

「いえ。私なんて考え方が本当に子供で」

「別に私のだって多くの形がある愛の、一つの形でしかないの」

「多くの形がある・・・ですか」

「ええ。人の数だけ違う形の愛があるんじゃないかしら。私はそういう愛の形が理想だなって思うし、実現したいって思っているわ。でも、メグミちゃんにはメグミちゃんにあった愛の形があると思うのよ」

「私には私の・・・」

「ええ。艦長には艦長の、ルリルリにはルリルリの愛の形があると思うの。だから、別に私や他の誰かと比べる必要なんてまったくないと思うわよ」

「やっぱりミナトさんは大人ですね」

「そうかしら?」

「はい。とってもそう思います」

「私だって嫉妬はするし、醜い感情はあるわよ」

「それが恋愛ですからね。仕方ありません」

「ふふっ。なんだか悟ったみたいね」

「大人の女に近付いたって事だと思います」

「そっか。そうだと良いわね」

「なんかイマイチ同意を得られていない気が・・・」

「気のせいよ」

 

恋する女の子・・・か。

メグミちゃんが魅力的な女の子に見える訳だ。

やっぱり大事なのよね、こういう感情。

今はちょっと離れちゃっているけど・・・。

また、私を抱き締めてね。コウキ君。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

「そういえば、それならどうしてセレスちゃんを同行させたんですか?」

「親と恋人は違うのよ」

「へ?」

「私に気を遣うのとセレセレに気を遣うのでは違うって事」

「どちらでもコウキさんは幸せだと思いますけどね」

「ま、コウキ君には単純に癒しだけ味わってもらいましょう」

「ミナトさんでは癒しきれないと?」

「ふふっ。それは私への挑戦かしら?」

「い、いえ。そういう訳では?」

「大丈夫よ。帰ってきてから癒してあげるから」

「そ、そうですか・・・」

 

 

 

 

 

シュンッ!

 

「お疲れ。コウキ」

「アキトさん。お疲れ様です」

「進捗状況はどうだ?」

「セレスちゃんの御陰でもうちょっとで終わりますよ。ね」

「・・・はい」

 

セレス嬢の頭を撫でながらの返答。

気持ち良さそうにしてくれるからついつい撫でちゃうんだよなぁ。

 

「そうか。セレス。俺からも礼を言う。ありがとう」

「・・・いえ。楽しいですから」

 

頭を下げるアキトさん。

こういう誰にでも対等になろうという姿勢は見習わないとなって思う。

 

「ところで、コウキ、木連の件だが・・・」

「あ、はい」

「まだ連絡はないのか?」

 

約束の期限はもう過ぎている。

それなのに、例のものが来ないという事は・・・。

 

「ええ。まだないんです。もしかしたら、何かあったのかもしれません」

「草壁派の妨害工作という点が妥当だな」

「そうですね」

 

奴らならやりかねない。

北辰という存在もいる訳だし。

 

「こちらから連絡を取る事は可能か?」

「厳しいと思います。向こうがどこにいるのか分からない訳ですし」

「・・・そうか。連絡が来次第、すぐに教えてくれると助かる」

「了解しました」

「ああ。それじゃあな」

 

去っていくアキトさん。

改革和平派の一員としてアキトさんも多忙な日々を送っているんだろうなぁ。

なんだか、負けてられないなって気持ちにさせてくれるよ、あの背中は。

 

「また悪巧みかい?」

「・・・アカツキ」

 

アキトさんと入れ違いになるようにアカツキが現れる。

こいつ、狙っていたな?

 

「いつから呼び捨てにされるような仲になったのかな?」

「今更さん付けできるような関係でもないですから」

「そうかい」

「それで、何か御用ですか?」

「おっと。険悪な事で」

 

別に険悪っていう訳じゃないけど・・・。

なんとなくさん付けしたくないだけだ。

 

「ま、一応、報告しておいてあげるよ」

「報告?」

「お陰様でネルガルの業績は右肩下がりに突入さ。軍内でのネルガル評判も下がっちゃったみたいだし」

「今からでも遅くないですよ」

「明日香や軍に屈しろ、とでも?」

「意地って奴ですか?」

「ま、意地なんてクソ喰らえなんだけどね」

「意地より利益と?」

「そういう事」

 

肩を竦めるのがどことなく演技臭い。

相変わらず真意を見せない人だな、この人は。

 

「社長派は・・・まぁ、違法ばっかりだからいいんだけどね。最近は他の重役達が色々とうるさくてさ。会長の僕としても苦労している訳だよ」

「そんな情報を俺にくれていいんですか?」

「ま、この情報をどう使うかは君次第なんじゃないかな?」

「・・・・・・」

「精々、僕達の利益の為に頑張ってくれたまえ」

 

後ろ向きのまま手を挙げて去っていくアカツキ。

今の言葉の真意が掴めない。

立場上、こちらに協力できないからそっちで上手くやってくれって事か?

それとも、手出ししても既に意味がないって伝えたいのか?

もしくは、現状で落ち目だから俺を利用しようって魂胆なのか?

その重役とやらに連絡が取れれば間違いなくこちらが有利になる。

でも、そんな隙をアカツキが作るか? わざと? それとも、あえて?

・・・駄目だ。分からん。

クソッ。キャラが掴めなん。

・・・とりあえず保留にしておくか。

どちらにしろ、その重役の事は念頭に置いておくか。

おし。さてっと・・・。

 

「お疲れ様。セレスちゃん」

 

隣で静かに待っていてくれたセレス嬢に挨拶。

 

「・・・はい」

「今日はもう終わりだから。ありがとね」

「・・・いえ」

「それじゃ、明日に備えてもう休もうか」

「・・・楽しみです」

「そうだね」

 

嬉しそうに微笑んでくれるセレス嬢。

うん。明日は楽しくなりそうだ。

楽しみで眠れないなんて事には・・・ならないといいな。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「これでよしっと」

「・・・ありがとうございます」

 

今日はセレセレとコウキ君のデートの日。

という訳でしっかりとおめかししちゃいました。

今日は一段と可愛いぞ。セレセレ。

 

「コウキ君を楽しませてあげてね」

「・・・はい」

 

グッと胸の前で手を握り締めるセレセレ。

本当に可愛らしい。

 

「それじゃあ、いってらっしゃい」

 

頭を撫でてからセレセレを送り出す。

ちなみに、すぐにコウキ君と合流する訳ではないわよ。

ほら、デートって待ち合わせが肝心じゃない?

だから、きちんと待ち合わせ場所を決めさせたのよ、コウキ君に。

 

「楽しんできてね。セレセレ。コウキ君」

 

さてっと、今日も一日、お仕事頑張りますか。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・」

 

現在、ヒラツカ公園で待ち合わせ中。

ナデシコからはリニアモーターカーで移動しました。

いやぁ、これが未来の移動手段ですか。

静かですね。早いですね。本数多いですね。

普通の電車に慣れている僕としては新鮮でした。

リニアモーターカー以外にも色々な種類の列車があって・・・。

うん。未来って凄いね。まぁ、百年も経てば当たり前なんだろうけど。

 

「・・・しかし、ここまで来られるかな。セレスちゃん」

 

ミナトさん。流石に無謀でしたよ。

確かにナデシコ最寄り駅からは一駅だし、駅のすぐ眼の前だけどさ。

あんな小さい子に少しといっても一人で行動させるなんて。

・・・何かあったらなんて思うと心配で胸が痛くなります。

ただでさえ、あんなにも可愛らしいのに。

危ないオジサンに襲われないだろうか・・・。

・・・やはり迎えに行くか?

しかし、ミナトさんはもちろん、セレス嬢にまで駄目って言われているし。

うがぁ。心配で胃が痛くなりそうだ。

 

「・・・お待たせしました」

 

頭を抱えて座り込んでいる俺の後ろから聞こえてくる声。

バッと振り返ると、そこには見慣れた少女の姿が!

・・・なんて劇的な表現はしなくてもいいか。

とにもかくにも・・・。

 

「・・・よかったぁ」

 

一安心。

 

「・・・どうかしましたか?」

「ううん。なんでもないよ」

 

首を傾げて見上げてくるセレス嬢の頭を撫でる。

別に誤魔化している訳ではないのであしからず。

・・・それにしても、変な所を見られてしまったな。

恥ずかしい限りだ。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

・・・どうすればいいんだろう。

ひたすら無言で見詰めてくるセレス嬢。

一体、セレス嬢は俺に何を要求しているんだ?

 

「・・・あの・・・」

「うん。何だろう?」

「・・・どうですか?」

 

・・・どうって?

 

「・・・ミナトさんに言われました。感想を聞くまで動いちゃ駄目だって」

 

・・・あ。

 

「うん。ごめんごめん。とっても似合っていて、可愛らしいよ。セレスちゃん」

「・・・はい!」

 

うん。反省。

まずは褒めなくちゃね。こんなにも可愛らしいんだもの。

お世辞でもなんでもなく、心の底からの感想でした。

 

「それってあの時の?」

「・・・はい。サツキミドリコロニーでコウキさんに買ってもらった物です」

 

セレス嬢にとっての初めてのお出掛けって奴だな。

ミナトさんとセレス嬢と俺とで出掛けたサツキミドリコロニー。

今まで服らしい服を持ってなかったセレス嬢に大量の服を購入した日。

あれから、ミナトさんの画策でセレス嬢もどんどん可愛いものに興味を持つようになってきて・・・。

うん、感無量。

本当にセレス嬢はどんどん可愛くなっていくな。

いずれ本当にアイドルになってしまうかもしれん。

なんだか、嬉しくもあり、寂しくもあるっていうか、うん、これが親心って奴か。

 

「・・・私のお気に入りです」

 

俺自身、ファッションは相変わらず詳しくないから細かい事は分からないけど・・・。

小柄なセレス嬢にマッチしていて、庇護欲を湧かせて、抱き締めたくなるような、ね。

これは勧誘にも気をつけなければならんだろうな、マジで。

 

「それじゃあ、行こうか」

「・・・はい」

 

無事に合流できたし、早速目的地へ向かうとしましょうか。

 

 

 

 

 

「早速やってまいりました。アニマルアイランドへ」

「・・・誰とお話していたんですか?」

「大事な事なんだよ。セレスちゃん」

「・・・そうですか。・・・やってきました。アニマルアイランド」

「うん。偉い。偉い」

「・・・はい」

 

という訳で今回の目的地は動物園。

無難な選択って思うかもしれないが、俺的にはかなりベストだと思っている。

セレス嬢はあまり動物と触れ合う機会がなかったし、

以前のホッキョクグマ救出の際、実物を眼にした時に眼が輝いていた。

テディベアもかなり気に入ってくれていたし、きっと可愛い動物に喜んでくれると思う。

ちなみに、ここは水族館も同じ施設内にあるという優れもの。

しかも、少し歩けばちっちゃいけど遊園地もあるという。

今日は存分に楽しもうじゃないか。

 

「さぁ、行こっか」

「・・・はい」

 

迷子にならないように手を繋いで、ゆっくりと歩き出す。

隣には既に頬を緩ませて喜んでくれているセレス嬢。

楽しんでくれると嬉しいかな。

 

 

 

 

 

「・・・とっても可愛らしいです」

 

小動物の可愛らしさに花が咲いたかのような笑みを浮かべて・・・。

 

「・・・大きいです」

 

普段お眼にかかれないゾウやキリンといった動物に驚き・・・。

 

「・・・強そうです」

 

獰猛な肉食動物(もちろん、大人しいですよ)にちょっと怖がって・・・。

 

「・・・気持ち良さそうです」

 

波に揺られてゆったりとする動物に心癒されて・・・。

 

「・・・早く次に行きましょう」

 

いつもは引っ張る側の俺も今回ばかりは引っ張られる側。

活き活きしているセレス嬢は新鮮で、俺も嬉しくなってしまう。

本当に表情が豊かになったなって思う。

昔は本当に無表情で、滅多に笑顔すら見せてくれなかったけど。

今では本当に色々な表情を見せてくれる。

周りからしてみれば今でも分かりづらい所があるらしいけど、いつも傍で見ている俺やミナトさんにはきちんと感情表現しているのが分かる。

嬉しい時には笑い、悔しい時には歯を食い縛って、悲しい時には瞳に涙を浮かばせる。

寂しい時には肩を落とし、ワクワクしている時には眼を輝かせて・・・。

マシンチャイルド? 彼女は唯のちょっと変わった特技を持つ女の子だ。

マシンチャイルド? だから、何だ。彼女はちゃんと自分の意思で動いている。

マシンチャイルド? そんなの彼女にとってほんの少しの意味しか持たない。

もう彼女を機械なんて言わせない。もう彼女を人形なんて言わせない。

彼女は彼女なんだ。こんなにも可愛らしくて、優しくて、内気で、でも、意外と頑固で。

セレス・タイト。君はもう普通の女の子だよ。

 

 

 

 

 

「そろそろお昼にしようか」

「・・・はい」

 

結構回ったかな。

楽しかったけど、ちょっと休憩したい気分。

分かるでしょ? この気持ち。

それに、そろそろお昼の時間だし、ちょうどいいかなって。

 

「ちょっと歩くけどいいかな?」

「・・・もちろんです」

 

場所はもう決めていたんだ。

施設からちょっと離れた公園内。

そこには持ち歩きが出来るちょっとしたお弁当を売るお店があり、ついでにレジャーシートを貸し出していて、芝生の上で食事が出来るという。

なんとも魅力的なものがあるのだ!

いやぁ。風も気持ちいいし、ゆっくり出来そうだ。

 

「彩り御膳を二つ」

 

現在、三月の上旬。

若干薄寒いけど、春が近いからかぽかぽかとした陽が顔を出している。

日光浴するにはピッタリって感じだ。

 

「あとレジャーシートを」

 

ちゃんとこれも借りないとね。

 

「さて、セレスちゃん。ちょっと手伝って」

「・・・はい」

 

二人で協力してレジャーシートを敷く。

こういう共同作業も大切なのさ。

 

「うん。それじゃあ、食べようか」

「・・・頂きます」

「頂きます」

 

木陰にレジャーシートを敷いて、陽のあたりを少しだけ感じつつ、心地良い風を浴びる。

 

「気持ち良いね」

「・・・気持ち良いです」

 

そろそろ桜が咲こうという時期な事もあり、ちらほらと桃色が眼に映る。

どれだけ時が進んでも、こういう美しさは変わらないんだなって。

今更ながら感慨深くなった。

 

「・・・あ」

 

サーッと強い風が吹く。

セレス嬢の綺麗な髪が靡き、陽の光が銀色の髪を煌かせる。

 

「・・・綺麗だ」

 

思わず見惚れてしまうなんとも美しい光景。

妖精なんて呼ばれているけど、それも納得って感じだ。

 

「・・・コウキさん?」

 

おっと、娘になる子に見惚れていちゃ駄目だよな。

 

「気持ちいいなって」

「・・・はい。本当に」

 

同じ会話を二度。

それなのに、なんて心が安らぎ、穏やかになる事だろう。

不思議だけど、今はただこの心地良さに身を任せたかった。

 

「・・・眠たくなってきました」

 

激しく同意です。セレス嬢。

 

「少し眠ろうか」

「・・・でも」

「時間が勿体無い?」

「・・・はい」

 

せっかくだからって事かな。

ふふっ。可愛い奴よのぉ。

 

「それじゃあ、ちょっとだけ。その後にしっかり楽しもう」

「・・・(コクッ)」

 

心地良い日差し、心地良い風、穏やかな昼下がり。

そんな昼寝に抜群の環境に囲まれたら寝ちゃうのも当然だって。

 

「・・・コウキさん」

「はいはい」

 

縋るように密着してくるセレス嬢。

どうやら枕をお求めのようだ。

苦笑しながら、その要求に応えてやる。

 

「・・・おやすみなさい。コウキさん」

「うん。おやすみ」

 

木に寄り掛かる俺の膝に頭を乗せて、すっかり微睡んでしまったセレス嬢。

その邪気のない寝顔は微笑ましさを誘い、自然と心が癒されていった。

透き通るような綺麗な髪を櫛で梳くように撫でながら、大地にしっかりと根を張る木の下で、俺達は少しの間、穏やかな時間を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

「・・・今日はとっても楽しかったです」

「そっか。それは何より」

 

午後、残った動物園を回り、最後に遊園地で遊んだ。

あまり活動的ではないセレス嬢。

案の定然、絶叫系などは乗り気ではなかった。

まぁ、嫌なら嫌で、と思いながらも挑戦させたのだが・・・。

見事に嵌ってくれた、いや、嵌ってしまった。

乗せた後に気付いたのだが、俺の絶叫系嫌いは直っていなかった。

いや、嫌いというか、苦手なだけだけどね。

エステバリスに乗って慣れたと思っていたけど、全然違った。

一度、経験してみてくれ。これは乗った俺にしか分からないと思う。

それなのに、絶叫系に嵌ったセレス嬢は遠慮なく絶叫系巡りに。

身長制限とかであまり規模のでかいものに乗れなかったのは不幸中の幸いだった。

・・・が、それでもやっぱりかなりの疲労だったさ・・・。

何度も乗ればそうなるよね?

しっかし、どうしてこう女の子っていうのはこんなにも絶叫系が好きなのだろうか。

これは俺が一生を掛けて研究するに相応しいテーマかもしれんな・・・。

 

「・・・ありがとうございました」

「こちらこそ、楽しかったよ。ありがとう」

 

遠足は帰ってくるまでが遠足。

その言葉を表すようにしっかりとナデシコまでエスコートさせて頂きました。

片手にお土産、片手に小さな手。これが最終的に収まった形ですね、はい。

 

「・・・明日から、また頑張りましょう」

「うん。頑張ろう。セレスちゃん」

「・・・私も協力します。コウキさんの役に立ちたいですから」

「ありがとう。本当に助かるよ」

「・・・それじゃあ、失礼します。ありがとうございました」

「うん。こちらこそ」

 

ペコリ。

最後に一礼して、セレス嬢は部屋へと入っていった。

どうやら、かなり楽しんでくれたようで、俺としても嬉しい限りだ。

さてっと、後は・・・。

 

「どう? 楽しめた?」

「ミナトさん」

 

いきなり背後から声が掛かる。

振り返るとそこにはミナトさんの姿が。

 

「丁度良かったです。お土産も渡したかったですし」

「そう。それじゃあ、ひとまず私の部屋に行きましょう」

 

肩を並べてミナトさんの部屋へと向かう。

 

「それで、楽しめた?」

「ええ。結構充実していましたから、色々と楽しかったです」

「それは良かったわ」

「今度は皆で行きましょう。ミナトさんも一緒に」

「それはセレセレも含まれているの?」

「二人きりの方が良いですか?」

「ふふっ。どうでしょうね」

「それも良いかなって思います。きっと楽しいですよ」

「そうね。きっと楽しいでしょうね」

 

顔を見合わせて笑う。

最近、二人きりでデートしてなかったし。

愛想尽かれないようにしなくちゃね、なんて。

 

「今度の休みはミナトさんと二人きりでデートがしたいです」

「あれ? 前はそんな事、言わなかったのに」

「俺だっていつまでも照れていちゃいられないですから。それに、セレスちゃんとも楽しいですが、やっぱり一番はミナトさんとですから」

「そっか。それじゃあ、デート、しましょう」

「ええ。今すぐにでも」

「気が早いわね」

「それぐらいの気持ちって事です」

「ふふっ。そっか」

「はい」

 

慌しい日常の中で、久しぶりにゆっくり休めた気がする。

よし。もう少しで全てが解決するんだ。

気を引き締めて頑張ろう。

きっと、それがもっと先の幸せに繋がるのだから・・・。

 

 

 

 

 



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代替方法

 

 

 

 

 

「それにしても、ケイゴさんはどうしたんだろう?」

 

ナデシコが地球に帰ってきてから数週間が経つが、ケイゴさんからは未だに連絡がない。

う~ん。忘れているって事はないだろうし。

もしかして、草壁派の妨害工作にあっているとか?

・・・可能性としてはありえそうだな。

奴らの情報収集能力を軽視してはいけない。

実際、ケイゴさんの所から戻ってくる途中に俺は落とされたんだ。

ケイゴさんは、いや、神楽派は草壁派に監視されていると見ていいだろう。

そうとなれば・・・。

 

「コウキ」

「あ。アキトさん。お疲れ様です」

「ああ。コウキこそ、お疲れ様」

 

相変わらずクールなアキトさん。

若干汗を掻いているし、訓練でもしていたのかな?

 

「木連和平派から連絡は来たのか?」

 

その話でしたか。

ちょうど同じ事を考えていました。

 

「いや。残念ながら、まだです」

「・・・そうか。随分と待たせるな」

「・・・すいません」

「いや。コウキに言っている訳ではない。やはり大変なのだろうか?」

「恐らくそうでしょう。草壁派は優先的に神楽派の妨害をしていると考えられます」

「草壁派の策。和平交渉時の味方殺しか・・・」

「それを知っているというのが俺達の利点ですね。阻止し、かつ、利用できます」

「利用か・・・。人が死ぬか死なないかという瀬戸際なのに、な」

「・・・ええ。俺も随分と汚くなった気がします」

 

・・・若干、自己嫌悪。

昔の俺なら利用しようなんて考えなかった筈。

策略とか権謀とか、汚い世界に足を踏み入れてしまったからな。

嫌われちゃいそうだよ、本当に。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

・・・暗くなっちゃったな。

 

「と、とりあえず、俺達は待つ事しか出来ません」

「・・・そうだな。信じて待つしか―――」

 

ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン!

 

「敵襲か!」

 

突如鳴るエマージェンシーコール。

最近は忙しくて戦闘に参加できなかったけど、今回はここにいるし。

データ収集+自身に新型機を慣れさせる為にも参加しようかな。

 

「ブリッジへ向かいましょう」

「ああ。急ぐぞ」

「はい」

 

なんとなくだけど、今回の襲撃には意味がある気がするな。

流石に、木連も無闇に戦闘を仕掛けて来る程、愚かではないだろうし。

ひょっとしてケイゴさんが俺達に向けて何かを?

・・・まぁ、戦闘終了後には全てが分かっている事だが。

 

 

 

 

 

「なんでこうなる」

「しょうがないでしょ。実戦データが欲しいって言ったのはコウキ君なんだし」

 

戦闘が開始しました。

僕はそれをブリッジから眺めます。

・・・参加したいって言ったよね?

 

「確かに言いましたけど、別に乗りながらでも・・・」

「残念ながら、数が足りなかったんだってさ」

「ガーン」

 

数が足りない。

その理由は単純明快、分解中であるという事。

軍や明日香では生産ラインを整えてあるらしいから、それぞれの追加装甲について熟知していると思うけど、ナデシコ内では取扱説明書程度の知識しかない。

その為、一度完全に解体して組み立直す事で理解を深めようという訳だ。

いきなり実戦配備して損傷でもされたら、どうしていいか分からないからね。

一度きりならいいけどさ。

何度も整備しては実戦、なんていうのを繰り返すかもしれないし。

きちんと機体の内部、武器、外部、細部を把握して、いつでも完璧に近い状態に持っていけるようになって、その状態・環境で初めて戦場に出す事が出来るという訳さ。

新しいフレーム、武器なんかが来た時も同様の事をやっているので、今回だけの特殊なケースという訳ではない。

これから戦闘を続けていく上で欠かせない準備という訳だ。

今回は残念ながら、その分解中に戦闘が始まってしまったので、数が足りずにお留守番。

まぁ、致し方なしといった感じだ。

 

「・・・しっかし、俺も一応パイロットなんだしさ。乗りたかったよ」

「ほら。不貞腐れてないで。仕事しなさい」

「うっ。・・・はい。分かりました」

 

それもそうか。

仕事しましょう。

 

「セレスちゃん。手伝って欲しいんだけどいいかな?」

「・・・はい。任せてください」

「うん。よろしく」

 

さて、セレス嬢の協力も得られたので・・・。

 

「久しぶりに使いますか」

 

スチャッと懐からバイザーを取り出す。

若干進化したナデシコのレールカノンカメラ接続用の端末。

装着すれば全方位が視界になるという優れものだ。

ナノマシンの扱いもこれでもかという程で大分慣れたしね。

さて・・・今の戦況はどんな感じだ?

 

『各機散開。いつも通りだ』

『『『『『『了解!』』』』』』

 

・・・既に乗りこなしていますねぇ。

現在、パイロット勢が搭乗している機体には全て追加装甲が取り付けてある。

取り付けてあるのはおっちゃん達から支給された二種類の追加装甲。

この二種類に関してはどちらも分解は終了している為、いつでも使用可能なのだ。

明日香から支給された追加装甲に関しては分解している最中なので運用を見合わせている。

それなら、おっちゃん達からもらった追加装甲を付ければいいじゃないかって?

ナデシコでは、追加装甲ばっかりあっても意味がないってあんまり数は揃えてないのだ。

・・・それ故に、俺の出撃機会は失われた、という訳。

ま、いいんだけどさ。

 

「えっと、現在のナデシコ戦力は・・・」

 

ナデシコ内にあるのは、まずスーパー戦フレームが一つ。

まぁ、予備パーツ含め場所を取るから仕方ないとも言える。

そして、肝心のリアル戦フレームだが・・・。

何故か、六つしかない。そう、何故か。

スーパー戦フレームにガイが乗るとして、残るパイロットは七人。

あれれ? 数が合わないぞ? 状態に陥る訳だ。

ま、明日香の追加装甲を数に入れれば充分足りるのだけど。

リアル戦フレームはバランスが良いので、多めに数をもらったらしい。

どんな作戦にも対応できる万能な機体だからな。

知的お兄さんの理想を体現した機体って感じだ。

 

「ホント、良い開発をしてくれたよ。おっちゃんも知的お兄さんも」

 

軍としても大助かりだろうな、こういう開発をしてくれたら。

戦力の底上げができるし、木連にも遅れを取らなくなるから、軍の面目を保てる。

あ、そうそう、この新しい追加装甲だが、軍内における運用方針が決定したらしい。

軍の方針としては各基地にそれぞれエステバリスと明日香の新型量産機を配備させて、軍戦力の拡大を図る。

そして、その上で、リーダー機用やエースパイロット用に知的お兄さんのリアル戦フレームを、基地防衛用や大規模作戦用におっちゃんのスーパー戦フレームを、後方射撃部隊や後方支援部隊用に明日香の後方支援特化追加装甲をそれぞれ用意するつもりらしいのだ。

なかなかにバランスが取れた運用方針だと思う。

しっかし、リアル戦フレームやらスーパー戦フレームやら後方支援特化追加装甲やら名前がバラバラで言いづらいな。

これは簡略的な呼び名を用意した方が良さそうだ。

こんがらがってしょうがない。

 

「しっかし、鬼に金棒というかなんというか」

 

シミュレーターの時は慣れない機体に四苦八苦していたようだったけど・・・。

驚くぐらいの適応能力、そして、戦闘能力。

流石ナデシコパイロットだ。

 

「見た限り、かなり有効的な気がするわね、追加装甲」

「そうですね。以前よりスムーズに進んでいる気がします」

「・・・機体性能の向上に伴い、以前より数倍の速さで既定数を撃破しています」

 

なるほど。貴重なご意見をありがとう。セレス嬢。

 

「これらが軍で出回って、しっかりと扱えるようになればかなりの戦力向上になりますね」

「そうね。優勢に立てるかも」

「向こうが無人機である以上、殲滅戦でも問題ないですしね」

 

しかし、無人機の量産は本当に性質が悪いぜ。

そりゃあ、既にエステバリス一機で何体分もの活躍が出来るさ。

でも、やっぱりパイロットは人間な訳だし、人海戦術は堪える。

疲労がないのは結構大きいのかもしれん。

まぁ、無人機同士での戦争は唯のゲームになっちゃうから断固として反対だけどね。

人間の感情があるから戦争が起こる。

それは当然の事だけど、逆を言えば、人間の感情があるからこそ戦争は収まる。

それは被害だったり利益だったりするけど、確かに人間の力だ。

それがどうだろう、無人機同士の戦いだったら・・・。

恐らく戦争は永遠に終わらない。

その背後に人間がいようと、危機感も平和への意思も芽生えないのだから終わる事はない。

戦争を対岸の火事にしちゃいけないんだ。

当事者にならないと何も考えようとしない。

こうして和平へと意思を重ね合わせられたのは人間の意志があったからだと俺は思う。

 

「さて、そろそろ・・・ん?」

 

敵の数も少なくなってきて、そろそろ終わりかなという時、ちょっとした違和感に気付いた。

一体? 一匹? まぁいいや、そいつだけ妙に動かない。

そのくせ弾丸だけは見事に避けている。

これはさぞかし倒しづらいだろうなぁと思いしばらく眺めていたのだが・・・。

 

「なんだか何かしらの意味がある気がしてきたぞ」

 

近付こうとも逃げようとしない一定の距離感。

ひたすらにナデシコを見詰めるその瞳は普通とは違う気がする。

あ、ちなみに相手はバッタだから、あしからず。

 

『うおっしゃぁ! ラスト!』

 

というか、いつの間にか残りがそいつ一機に。

 

「ちょ、ちょっと待て!」

『う、うお、何だ? コウキ』

「撃破する前にちょっと様子を見させてくれ」

『あん? どうしてだよ?』

「いいから」

 

今、確かにガイの拳に反応していた。

しかし、攻撃されたというのに逃げようともしない。

これは明らかに意味がある。

 

「アキトさん」

『どうした? コウキ。あと一機なのだが・・・』

「その一機ですが、妙だと思いませんか?」

『妙?』

「ええ。他の奴らより俊敏さに優れているくせにまるで見守るように戦闘区域の外で待機。攻撃しようともせず、逃げようともしない。こいつの意図が俺には分かりません」

『確かに。だが、意味なんてあるのか?』

「恐らくは・・・」

 

もしかしたら、ケイゴさんからのメッセージかもしれない。

チューリップの受け渡しについての連絡とか。

いや、過信は出来ないけど。

元々、戦闘中にチューリップを紛れ込ませているから受け取ってくれ、というのが俺とケイゴさんの間で決めた受け取り方法だった訳だし。

 

「アキトさん。似たような事が以前にもありませんでしたか?」

『ん。いや。あったのかもしれんが、気付いたのは今回が初めてだな』

 

初めてかぁ・・・。いや、もしかしたら何度か送られていたのかもしれないな。

地球に帰ってきてからも何度か戦闘はあったらしいし。

ケイゴさんとしても妨害工作にあって、チューリップが送れないから、どうにかしてバッタで連絡を取ろう、としてくれたのかもしれない。

そして、未だに連絡が取れずに焦っているなんて事も・・・。

でも、あれがもし草壁派とかだったとしたら・・・。

安心しきった時に銃を放たれるなんて事があるかもしれない。

クソッ。どうする? どうするのがベストなんだ?

・・・俺が行くか。

 

「皆さんは一度帰艦してください。艦長」

「はい。何でしょう?」

「俺は今からあれを回収、もしくは解析してきます」

「そ、それは危険です」

「いえ。何かしらの意味がある。俺はそう考えています」

「し、しかし・・・」

『それならば、ひとまず推進装置やら武装やらを破壊してから回収すれば良かろう』

 

え? そんな事ができるんですか? アキトさん。

 

「アキト。そんな事、出来るの?」

『ああ。構造は把握しているからな。データに損傷が出ないよう慎重に回収しよう』

 

すごいな。俺じゃあそんな事はできない。

 

「御願いします」

『任せておけ』

 

助かります。アキトさん。

 

「どういう意味があるって考えているの?」

 

問いかけてくるミナトさん。

他のブリッジクルーからの視線も感じる。

 

「以前、俺が神楽派と伝手があるという話はしましたよね」

「ええ。連絡ができるように小型チューリップを受け渡してもらい相互に連絡が取れるようにするって奴ね。それで、ナデシコ内にその為の場所も確保してある」

「はい。しかし、期限の一ヶ月を過ぎましたが、なんの音沙汰もありません」

「それでコウキ君はあのバッタが神楽派からのメッセージだと考えているのね?」

「はい。でも、確実にそうとは言い切れないので怖いのです」

 

もしかしたら、草壁派の工作かもしれない。

暗殺や監視、バッタ単体でも出来る事は結構ある。

 

「監視している可能性もあるわよね、ナデシコを」

「ええ。木連でもナデシコは有名ですから」

「和平の神楽派から徹底抗戦の草壁派か、どっちのバッタか分からないから、コウキ君は慎重になっているのね」

「はい。草壁派の監視であればすぐに破壊した方がいいと思うのですが・・・」

「神楽派のメッセージならきちんと確保しておきたいわよね」

「ええ・・・」

 

連絡が取れないと話が進まないからな。

和平を実現させる為にも、少しでも早くに接触して話し合いをしておきたい。

 

「監視の可能性は低いんじゃない?」

「イネスさん」

 

またもやいつの間にか後ろに。

やっぱりボソンジャンプをマスターしたのでは?

 

「私達ナデシコは今まで遭遇した敵の機体は全て確実に撃破してきた。だから、相手はこちらの情報を手にしていないと言えるわ」

「ええ。そうなりますね」

「もし監視が目的で今までの実績を考えると、戦闘中にでも逃げようとする筈よね? それなのに逃げる素振りを見せないというのは監視が目的じゃないからと考えられない?」

「ええ。その通りだと思います」

 

俺もそう思います。でも・・・。

 

「分かっているのなら監視を候補から外せばいいじゃない」

「はい。でも、万が一、万が一ですが、それが敵の狙いだったらどうしますか? あえて回収させた後、生身のパイロットを狙って銃撃されたら・・・」

「・・・性質が悪いわね。でも、ありえない話ではないわ」

 

ありえない話じゃない。だから、安易に判断してはいけないんだ。

 

「なるほど。それならアキト君の提案は渡りに船ね。相手の攻撃手段を排除してから捕獲する訳だし」

「ええ。監視なら捕まえる事で意味を成しませんし、メッセージなら安全に受け取れます」

 

どちらでも問題ないという解決方法。

本当に感謝です、アキトさん。

 

「それにしても、貴方も色々と考えているのね」

「まぁ、備えあれば憂いなしといいますし。臆病ですから」

「ま、過信して油断を招くよりは何倍もマシだからいいんじゃない」

「アハハ」

 

一応、フォローしてくれたのかな?

 

『回収したぞ』

「お疲れ様です」

『ああ。とりあえず格納庫の方へ運んでおいた』

「分かりました。すぐに向かいます」

『一応、外側からは潰しておいたが、まだ不安だからな。内側から機能を停止してくれ』

「了解しました」

 

ソフト面で停止させないと怖いですからね~。

 

「艦長。ちょっと行ってきます」

「はい。後で報告御願いします」

「了解です」

 

さて、結果はどっちなのだろうか。

それは行ってからのお楽しみってか?

 

 

 

 

 

「これだ」

「ありがとうございます」

 

アキトさんに指し示されてバッタのもとへと向かう。

それまでは一応危険という訳でパイロットや整備班には隠れていてもらった。

まぁ、銃口側にいなければ万が一もないだろうけど、一応ね。

 

「機能停止っと」

 

いやぁ。バッタはソフト面のブロックが貧弱で助かります。

あっという間に制圧してしまいましたよ。アッハッハ。

 

「もう大丈夫ですよ」

 

その言葉をきっかけにぞろぞろ集まってくる連中。

 

「それで、何でこいつを回収させたんだ」

「奇妙だったから、こいつ。何かしらの意味があるんじゃないかなと」

 

再びコンタクト。

何かしらのデータが・・・。

 

「そんなもんあるのかねぇ?」

「ま、なかったらなかったでいいんじゃない?」

「そうね。別に問題ないわ」

「はい。あったら良いぐらいの気持ちでいいかと」

「とりあえず、早くして欲しいんだけど」

 

はいはい。

 

「えっと・・・」

 

お、あった、あった。

 

「ありました。とりあえず映像データらしいので流しましょう」

 

バッタの背中から映像が飛び出して空中に。

今更ながら、3D技術って凄いな。

 

『この映像を見ているという事は無事に辿り着けたという事でしょうか』

 

あ。ケイゴさん。

 

「誰だ? こいつ」

「この人はカグラ・ケイゴさん。神楽派の代表の息子さんです」

「お、という事は向こうの和平派からの連絡って事だな」

「はい。そうなります」

 

やっぱり、そうだったか。

ひとまず安心だな。

 

『こちらの不手際でご迷惑をおかけして申し訳ありません。連絡の取りようもなく、何度も襲撃をかけるような真似をして申し訳なく思っています』

「それじゃあ地球帰還後の戦闘はほとんど連絡を取る為だったって事か?」

「紛らわしいなぁ。おい」

 

でも、仕方のない事なんだよな。

バッタ単体でいたら確実に怪しいし。

違和感なく、連絡するならこういう形でやるしかない。

要するに、今までもずっと連絡を取ろうとしてくれたって訳だ。

もっと早く気付けてればって思う。

 

『こうして強引な連絡しか取れなかった事から分かるように、残念ながら約束していた方法は失敗に終わってしまいました。受け渡そうとする度に破壊されてしまったようで・・・。所属不明でしたが、恐らく草壁派でしょう』

 

やっぱり妨害があったのか。

神楽派は常に監視されている。

今後はその事を念頭に置いて物事を考える必要がありそうだな。

 

『急な話であり、そちらの都合を聞かずに大変申し訳ないのですが、妨害工作が繰り返される以上、私達と貴方達が連絡を取るには草壁派にバレないよう極秘で接触するしかありません。そちら側の移動時間などを考慮して、付属データの通りに所定の場所まで来て頂けないでしょうか』

「付属データ?」

「ああ。多分、これです」

 

もう一つのディスプレイを展開。

しっかし、厳重なロックだったな。

バレてはならない最も重要なものだから仕方ないか。

これは俺のソフト面の扱い、所謂ハッキングの腕を信頼していたという事だろう。

・・・なんか複雑な気分だ。

 

「地球近海って所か? まぁ、行くのには割と時間が掛かるが」

「それでも俺達にとっては近い方だろうよ」

「まぁ、向こうは便利な移動方法があるし遠くても大丈夫なんだろ?」

「しっかし、そこに着くのに一週間ぐらいは掛かるんじゃねぇか?」

「だからだろ。日時指定」

「一応、時間的に余裕はあるわな」

「移動時間を考慮してって言っているんだから、多めに取ってあるんだろ?」

「到着次第こちらから接触します、だってよ」

「・・・なぁ、これって罠じゃねぇのか?」

「確かに。その可能性もなくはないよな」

「おう。必ずしも確実にこいつが言ったとも限らないんだろ?」

「捏造っちゅう訳か?」

「怖いな。罠だったりしたらよ」

 

・・・その点も考慮しなくちゃならないか。

整備班の皆さん、ご意見ありがとう。

 

『そこで落ち合い、今後の話し合いを行いたいと思います』

 

両派閥のトップ同士の会談か。

出来る事ならば実現したいけど、罠である事を考慮すると・・・。

 

「コウキ。残念だが、その日はちょうどミスマル司令の演説の日だぞ」

「え? 正式に決まったんですか?」

「ああ。昨日、司令から連絡が来てな」

 

・・・ミスマル司令は当然演説を優先しなければならない。

そうなると、ミスマル司令をその場所まで送る事は出来ないな。

移動時間とかも考えて。

さて、どうするか。

 

『この事を和平派のトップの方にお伝え下さると幸いです』

 

そうだよな。トップには報告しておかないと。

しかし、用心しているなぁ。ケイゴさん。

既にトップである司令と接触しているのに、隠す為に知らない振りなんかしているし。

チューリップの受け渡しも約束の方法とか言って誤魔化しているしね。

所謂、必要最低限の情報しか載せず、重要なデータは厳重にロックって奴。

いやぁ。流石に色々と考えているわ。

必ずしも草壁派に拾われて漏洩しないとも限らないし。

秘密だったからな、ケイゴさんが極秘で地球に来ていたって事。

ロックされたデータさえ露見しなければそれほど影響はない。

・・・接触を図っているって事はバレてしまうだろうけど。

まぁ、そんなのはとっくに知っているだろうからやっぱり問題はないな。

 

「とりあえずミスマル司令に相談したいと思います」

 

罠とか色々と考慮しなくちゃならないし・・・。

 

「ああ。それが良いだろう」

「とりあえずデータをコピーして艦長と司令に提出しましょう」

「そうだな。そうしよう」

 

うん。まずはそれが最優先かな。

 

『また、ナデシコがメッセージを受け取った証として、次回の戦闘時でチューリップを破壊する前に捕獲したバッタを送って頂きたく思います』

 

まぁ、受け取ったって事を知らないと困っちゃうだろうしね。

 

「了解っと」

 

途中で誰かしらに拾われたら困るだろうからデータは全削除だな。

とりあえずこっちには今の映像を保存したデータがある訳だから問題ない。

向こうは向こうで自分達が送ったのだから理解しているだろうし。

 

『最後になりましたが、これを機に両陣営が歩み寄れる事を願っています。強引な方法で大変申し訳ありませんでした。それでは、私はこれで失礼させて頂きます』

 

ありがとう。ケイゴさん。

なんだか希望が見えてきた気がします。

おし。今まで連絡が取れなくて不安だったけど、ようやく連絡が来た。

急だけど、会談もセッティングできたし、これで足並みを揃えられる。

ミスマル司令は流石に厳しいだろうから、№2のムネタケ参謀にでも御願いするかな。

申し訳ないけど、大切な日だから、司令は諦めてもらうしかない。

 

「火星の方への報告は会談後すぐにしたいから・・・」

 

参謀はナデシコで送っていくとして、俺とアキトさんは火星の方達の所にいるとしよう。

司令の演説後、すぐに火星の方達を説得した方が納得してもらえる気がするし。

おぉ。なんか色々と明確なビジョンが見えてきたな。

更にやる気が出てきた。

二週間後の3月24日が勝負か・・・。

とりあえず、火星側で誰かしら味方を作っておこう。

出来るだけ求心力のある人を。

おっしゃ。和平提唱に火星再生機構の発足などなど。

やる事はまだまだたくさんあるぞ。

気合入れて頑張るとするか。

 

 

 

 

 



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失ったものと手に入れたもの

 

 

 

 

 

「・・・ふむ。良くやってくれた。マエヤマ君」

「はい。しかし、罠という可能性も・・・」

「もちろん、承知している。だが、良い機会でもあるだろう」

 

ケイゴさんから連絡が来た次の日。

早速、艦長の許可を得て、俺とアキトさんは司令のもとへと赴いた。

もちろん、もし戦闘があればバッタを送り返すよう艦長には御願いしてある。

以前は機体の受け取りと見学だった為に行って帰ります、だったが、今回は一日単位で休暇を取れたので、是非ともやっておきたい事がある。

いや。やらないといけない事・・・かな。

 

「それに、昨日提出してもらったデータを解析したが、間違いなく本人である事が証明された」

「そうですか・・・」

 

それなら安心・・・かな?

一時期この基地にケイゴさんはいた訳だし、声音パターンとかも保存してあったのかも。

後は映像の差し替えがないかの確認とそのパターンの照合をするだけだ。

差し替えればどれだけ精巧に行ってようとこの時代の技術なら見分けられる。

うん。とりあえず罠ではない・・・とまでは分からないけど、この映像が確かにケイゴさん自身であるという事は証明された。

場所と日時のデータはかなり厳重だったし、問題ないだろう、うん。

 

「ご苦労だった。ひとまず休憩がてら食事を取ってくると良い。食事を終えたら、もう一度ここに来て欲しい。話したい事があるのでな」

 

話したい事? 何だろう?

まぁ、後で分かるからいいか。

気にしても仕方ないし。

 

「分かりました。それでは失礼致します」

「失礼します」

 

バタンッ。

 

司令の執務室から退室する。

しかし、昇進したのに相も変わらず質素な部屋。

まぁ、司令らしいといえば司令らしいんだけどね。

 

「とりあえず食堂へ向かおうか」

「はい。案内します」

「頼む」

 

さて、食堂ならちょうど良いな。

今日、どうしてもしたいもう一つの用事。

それはカエデと話す事。

先日、この基地に赴いた際、カエデに会おうとも時間が取れずに申し訳ない事をした。

あいつの事だ、気丈に振舞って皆に心配をかけさせないようにするだろう。

だが、たとえそう見えても、きっと心の中ではケイゴさんの事で悲しんでいる。

司令によって既に聞かされているかもしれないけど、俺の口からきちんと話してやりたい。

ケイゴさんはまだ生きているんだ、と。

まぁ、マリア嬢の事は話さなくてもいいだろう、うん。

とにもかくにも、カエデにきちんとケイゴさん生存を話してやりたいんだ。

悲しい事ばかりが続いていたカエデ。

だから、少しでも元気になれるような嬉しいニュースを教えてあげたい。

そろそろ嬉しい事があっても罰は当たらないだろうさ。

それに、久しぶりにあいつの和食も食いたいしな。

 

「ここが食堂です」

「ああ」

 

食堂に到着っと。

とりあえず注文を先に済ませてしまおう。

 

「アキトさんは何を?」

「日替わり定食で構わん」

「そうですか。それなら、席を取っておいて下さい。俺が取ってきますよ」

「そうか。すまんな」

「いえいえ」

 

さて、カエデは食堂にいるよな。

えっと・・・。

あれ? いない?

今日は休みなのか?

 

「おばちゃん」

「おぉ。コウキ君じゃないか。久しぶりだね」

「久しぶり。相変わらずお元気そうで」

「元気だけが取り柄だからね」

 

ふむ。相変わらずパワフルだぜ。

 

「今日はカエデどうしたの? 休み?」

「え? 聞いて・・・ないのかい?」

「え? 何が?」

 

キッチン内にいる他のおばちゃん達と顔を見合わせるおばちゃん。

どういう意味だろうか? 聞いてないって・・・。

なんか嫌な予感がするんだが・・・。

 

「カエデちゃんはあれから・・・」

「あれから?」

 

不吉な予感。

 

「・・・ううん。ごめんなさい。おばちゃんの口からは言えないわ」

 

・・・気になるんですけど・・・。

 

「えっと・・・」

「本当にごめんなさい。本人の口から聞いて」

「よく分からないけど、とりあえずそうする。えっと、カエデって今どこに?」

「多分・・・訓練室」

「・・・訓練室?」

 

どうしてカエデが訓練室に?

 

「・・・・・・」

 

悲しそうに俯いて何も話そうとしないおばちゃん。

・・・これ以上は聞いても無駄か。

おばちゃんの言う通り、本人の口から聞くとしよう。

 

「分かった。ありがとね。おばちゃん達」

「・・・コウキ君。カエデちゃんを支えてあげて」

「・・・分かっているよ。それじゃあ」

 

俺とアキトさんの分の日替わり定食を持ってアキトさんの所へ向かう。

 

「・・・どうかしたか? 暗いぞ」

「ええ。ちょっと・・・」

 

心配されてしまった。

 

「よく分からんが、話してみてくれ。話すだけでも気が楽になるぞ」

 

ありがとうございます。アキトさん。

 

「はい。えっと、ここには火星で救出した俺の友人がいるんですけど」

「ああ、あの一時期食堂で働いていた女の子か」

「そうです。彼女はコックとしてここで働いていたんですが、姿が見えなくて」

「単純に休みなだけじゃないのか?」

「それならいいんですが、何故か訓練室にいるとかで・・・」

「訓練室? コックが訓練室で何をしているんだ?」

「・・・分かりません」

 

本当にカエデはどうしてしまったんだろう・・・。

 

「・・・やはり本人に直接会って聞くしかないだろうな。司令との用事を済ませたら、すぐに会いにいってやれ」

「はい。そうします」

 

・・・カエデ。

お前、もしかして・・・。

 

 

 

 

 

「さて、慌しくてすまないね」

「いえ。それで、話したい事とは?」

「ふむ。マエヤマ君」

「はい。何でしょう?」

 

話したい事って俺にだったのか。

何だろう? 何かあったかな?

 

「以前君と約束した事があったね」

「約束?」

「うむ。私が極東方面総司令官となった時、カエデ君をナデシコに戻すという約束だよ」

 

・・・カエデ。

 

「・・・はい。確かに」

「どうかしたのかね?」

「あ、いえ。なんでもありません」

「ふむ。まぁいい。入ってきたまえ」

「・・・・・・」

 

言葉と共に扉が開く。

 

「カエ・・・デ?」

 

司令の隣まで移動するカエデを呆然と見詰める。

・・・あれは本当にカエデか?

手入れを欠かさず綺麗だった亜麻色の髪は乱れ、眼の下には隈が、頬は削がれ、随分とやつれていた。

それなのに、その眼はギラギラと・・・。

そう、あれは・・・・・・。

 

「・・・昔の俺を見ているようだな」

 

憎しみに囚われた者の眼。

 

「・・・・・・」

 

ひたすら無言のカエデ。

あいつの視界に俺は・・・映っていない。

 

「約束通り、カエデ君はナデシコに戻す。だが、本人の強い希望でコックではなく、パイロットとしてとなる」

「パ、パイロットですか!?」

「・・・うむ」

 

苦悩に満ちた顔の司令。

そんな顔をされたら、追求できない。

 

「テンカワ君。リーダーパイロットとして、彼女の面倒を頼む」

「・・・はい」

「さて、木連和平派との話し合いだが、あいにく私には予定がある」

「はい。聞いています」

「その為、改革和平派のもう一つの顔と言えるフクベ提督に私から御願いしておいた」

「フクベ提督ですか。分かりました」

「ナデシコは五日後、予定の日時に間に合うよう地球を出発してくれ。私の権限でビックバリアは解除しておこう。障害なく目的地へと向かえる筈だ」

「了解しました」

「また、その後だが、地球帰還後、以前より計画していたナデシコの強化を行う」

「それでは、明日香の方の準備は終わったのですか?」

「うむ。全体的な性能向上を図るつもりだ」

「分かりました。お願いします」

 

・・・俺が呆然としている間に話が終わったらしい。

どれだけ俺がカエデに視線を合わせようとこいつは俺を見ようとしない。

いや。俺だけじゃない。

あいつの視界はもっと別の何か、ただそれだけしか映っていない。

俺は・・・遅すぎたのだろうか?

 

「以上だ。・・・マエヤマ君。少しだけ残ってもらえるか?」

「・・・・・・」

「コウキ」

「あ、はい。何でしょう?」

「コホン。個人的に話をしたい。少し残ってもらえるだろうか?」

「・・・了解しました」

 

個人的な話。きっとカエデの事だろう。

 

「うむ。テンカワ君。すまないが・・・」

「はい。キリシマ。付いて来い」

「・・・・・・」

 

退室していくアキトさんと無言でそれに付いて行くカエデ。

 

バタンッ。

 

「司令!」

 

退室したと共に司令へと駆け寄る。

あれは、あれは一体何なんだ? と。

カエデは一体どうしてしまったんだ? と。

 

「すまない。私の判断の遅さが原因だ」

「カエデは一体・・・」

「彼女がおかしくなったのはカグラ君が消えたのがきっかけだ」

 

ケイゴさんが?

 

「一度、君と彼女を会わせただろう?」

「はい。ピースランドの時ですよね」

「ああ。それから数日間はいつも通りだったらしい。悲しんではいたが・・・」

 

ピースランド。

カエデを慰める事も出来ず、心の負担を軽くしてやる事も出来ず。

ただ己の力不足に嘆くだけだった日。

 

「それから数日、部屋に閉じ篭っていた彼女が表に出てきた時、既に・・・」

「ああなっていたと?」

「うむ。すまない。私がもっと早く対処していれば」

「いえ」

 

悪いのは俺だ。

俺があいつに何もしてやれなかったから。

だから、あいつは一人で苦しんで、そして・・・。

 

「彼女はきっと憎しみの念に囚われている」

「・・・はい」

「恐らく、彼女は木連を許さないだろうな」

「・・・・・・」

「個人の感情としては納得できる。だが、ここは改革和平派の本拠地」

「カエデの感情は邪魔なだけですね」

「・・・すまない」

「いえ」

 

当然だ。

和平を結ぼうという集団の中にひたすらに憎しみを抱える人間は邪魔でしかない。

 

「しかし、かといってナデシコに乗せるのも・・・」

「ただでさえ、これから和平派と言えど木連と接触するのにカエデがいたら・・・」

「暴走するかもしれん」

 

憎しみは周りを見えなくする。

カエデがどんな行動を取るか。

容易に想像出来た。

 

「それならば、何故?」

「一つは君がいるからだ。マエヤマ君」

「私ですか?」

「うむ。キリシマ君が現段階で唯一心を開いているのは君と言っていい。君と同じ場所にいる事で彼女は心の安定を取り戻すかもしれん」

「それは・・・」

 

買い被りです。

事実、俺はあいつに何もしてやれなかった。

ああなってしまった原因は俺にもある。

 

「それに、木連和平派にはカグラ君もいる。実際にカグラ君と会う事で考えを改めてくれるかもしれんな」

 

ケイゴさんを失った事がカエデをああしてしまったのならあり得るかもしれない。

でも、これは一種の賭けではないだろうか?

 

「心配なのは分かる。不確定要素があり過ぎるからな」

「はい」

 

果たして、話し合いの場にケイゴさんが現れるだろうか?

果たして、ケイゴさんを会うだけで彼女は救われるのだろうか?

そもそも木連と聞いて暴走する可能性もある。

 

「今後のナデシコの活動を彼女は邪魔するかもしれん」

「はい」

「だが、彼女を救ってあげて欲しい。ナデシコならそれが出来ると信じている」

 

きっとナデシコの皆なら、カエデを救ってくれる。

そう信じたい。そう確信したい。

それなのに、どうしてこんなにも胸騒ぎがするんだろうか。

これは・・・ナデシコでも無理だと俺が無意識に思ってしまっている証拠だろうか。

 

「君達に負担を掛けるようで申し訳ないが、どうにか御願いできないだろうか?」

 

俺なんかに頭を下げる司令。

本当に司令は良い上司だよ。

こんなにも部下の為に一生懸命になれる。

たかが末端の、しかも元コックという人間の為に。

立場も年も下の俺に頭を下げてくれている。

 

「・・・分かりました。司令。ありがとうございます」

 

カエデの為にここまでしてくれてありがとうございます。

 

「厄介払いをしたように映るだろうね」

「・・・いえ」

「いや。事実だ。私は不安要素を取り除く為に厄介払いをしたのだ」

「もういいです。司令。そう自分を責めないで下さい」

「・・・すまない。後は君達に任せる」

「はい」

 

一礼して、司令の執務室から退室する。

 

「すまない」

 

頭を下げ続ける司令の謝罪の声を背に浴びながら・・・。

 

 

 

 

 

「・・・カエデ」

「・・・・・・」

 

アキトさんとカエデは基地内の格納庫で俺を待っていてくれた。

このままナデシコが待機している基地まで戻るらしい。

 

「・・・コウキ」

「アキトさん」

 

アキトさんが俺の肩に手を置いて首を横に振る。

今はまだ放っておけ。そういう意味だろうか?

 

「ひとまずナデシコに戻ろう」

「・・・はい」

 

ヘリに乗り込む俺達。

カエデの機体はナデシコにあるリアル型をあてがうらしい。

 

「提督は何とおっしゃっていた?」

 

後ろの席に座るカエデに聞こえないようにアキトさんが問いかけてくる。

 

「カエデの事でした。ナデシコで彼女を救ってあげて欲しいと」

「・・・そうか。コウキ。お前は彼女の傍にいてあげた方が良い」

「しかし、俺には火星再生機構の・・・」

「それは俺がやっておく。代表だからな」

「・・・アキトさん」

「全てをお前に任せるつもりはないさ」

「・・・じゃあ、御願いします」

「ああ。火星出身で力を貸してくれそうな者と連絡が取れたんだ。心配はいらん」

「いつの間に・・・」

「俺とて訓練ばかりしている訳じゃないさ。やる事はちゃんとやっている」

「・・・そうですか」

「コウキ。お前まで元気を失くしてどうする。お前がそんな状態では彼女を救う事は出来ないぞ」

「・・・分かってはいるんですけどね」

「はぁ・・・。これはミナトさんに御願いするしかないな」

 

振り返りカエデを見詰める。

カエデはただひたすらに前を見続けていた。

・・・俺はどうすればいいんだろう?

 

 

 

 

 

それから三日後、碌にカエデと話す機会を得る事無く、改革和平派の代表としてフクベ提督がナデシコに合流した。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「・・・コウキ君」

 

眼の前には心労からか、眼の下に隈を作っているコウキ君がいる。

あのカエデちゃんが帰ってきた。

それは喜ばしい事だろう。

でも、まさか彼女がああまで追い詰められていたとは・・・。

カエデちゃんはナデシコ到着後、殆どをシミュレーション室で過ごしている。

これは決して適正検査やパイロット同士の共同訓練とかではない。

それだったらどれだけ良かった事か・・・。

カエデちゃんは闇雲に自らを痛め付けているのだ。

それこそ寝る間も惜しまず、いや、寝る事など無意味と言わんばかりに。

碌に寝ないから疲労は溜まる一方。

碌に食べないから身体はやつれていく一方。

それなのに、倒れもせず、ひたすら自らを苛め続けている。

こんなんじゃ、彼女は体調を壊して死んでしまう。

でも、それを止める術がないの。

コウキ君がどれだけ説得しようと聞く耳を持たず。

無理矢理拘束しようものなら暴れる始末。

今では強引に薬を打って休ませている程だわ。

それでも、眼を覚ませばすぐさまシミュレーション室へと向かってしまう。

既に拘束するという案まで出ているぐらいだ。

それなのに彼女が拘束されないのはコウキ君が懇願しているから。

俺がどうにかするって、毎日のように・・・。

その結果、まるでカエデちゃんの感情が乗り移ったかのように、

コウキ君の表情もみるみる険しくなっていってしまうし・・・。

 

「やっぱり拘束するしかないのよ」

 

コウキ君の為にも、カエデちゃんの為にも、

今はこれが一番良い方法な気がする。

このままじゃ、二人とも・・・倒れちゃう。

 

「・・・コウキ君」

「・・・心配ありません。俺が・・・」

「いい加減にしなさい。このままじゃ―――」

「ミナトさんは黙っていてください!」

 

ビクッ!

 

「・・・コウキ君」

「俺が! 俺があの時、あいつとちゃんと向き合ってやっていれば・・・」

「貴方は出来る限りの事をした。そうでしょ?」

「・・・それでも、結果が伴わなければ意味がないんですよ」

 

コウキ君も相当追い詰められている。

今までの余裕が全て吹き飛んでしまったかのようで・・・。

荒れる一方。

 

「・・・すいません。ミナトさん。八つ当たりだって事は分かっています」

「・・・コウキ君」

「でも、どうにかしてあげたいんです」

「・・・分かったわ」

「・・・すいません」

 

トボトボと覇気のない歩みでブリッジから退室していくコウキ君。

・・・言いたくないけど、これで何かあったら・・・。

 

「貴方を恨むわよ。カエデちゃん」

 

今にも倒れそうなその背中を私は眺める事しか出来なかった。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「すいません。ミナトさん」

 

・・・最低だな。俺。

心配してくれているだけなのに、怒鳴ったりして。

 

「でも、俺がどうにかしないと」

 

司令にも頼まれた。

それに、何よりあいつをそのままにしておけない。

 

「少しでいい。少しでもあいつと話せれば」

 

あいつが何を思い、何を考えて今を生きているのか。

それを俺は知りたい。

 

「シミュレーション室」

 

ちょっと前までパイロット達が向上心を持って訓練に励んでいた場所。

でも、今では・・・全てが暗い部屋。雰囲気も、状況も。

 

「・・・コウキか」

「・・・アキトさん」

 

心配そうにカエデがいるシミュレーターを見詰めるアキトさん。

いや。アキトさんだけではない。

パイロットの全員がただカエデの事を見ていた。

 

「・・・あいつ、良い腕してるな」

「・・・なんか鬼気迫るって感じ」

「・・・憎しみに囚われているだけよ。昔の私のように・・・」

「・・・なんか素直に褒められねぇな」

「・・・心配です」

「・・・美人が台無しだよ、本当に」

 

誰もが心配そうに・・・。

 

「ずっと?」

「ああ。朝からだ」

「・・・カエデ」

 

本当に倒れちまうぞ。カエデ。

 

「あいつもそうだが、お前も休んだ方がいい」

「・・・俺は別に・・・」

「お前、今、自分の顔がどうなってるか知っているのか?」

「ガイ」

「酷い顔しているよ」

「ヒカル」

「私もそう思います」

「・・・イツキさんまで」

 

そんなに酷いのだろうか?

 

「ここは俺に任せて後は―――」

 

ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン!

 

敵襲?

 

「アキトさん」

「ああ。パイロットは全員ブリッジへ向かえ」

「「「「「「「了解!」」」」」」」

 

返事と共に駆け出すパイロット達。

 

「カエデ」

「・・・える・・・と・・・たきを」

 

ぶつぶつと何を呟いているんだ? カエデ。

 

「・・・闘える。・・・やっと。・・・皆の仇を・・・」

 

・・・カエデ。

 

「コウキ! 何をしている!?」

「あ、はい」

「・・・・・・」

「おい。カエデ! そっちはブリッジじゃ―――」

 

ダッ!

 

そんなに闘いたいのかよ!? カエデ!

 

「コウキ!」

 

クソッ!

 

 

 

 

 

「それでは、予定通りに捕獲したバッタをチューリップ経由で送り出します。その後はいつものように殲滅戦へ移行。皆さん、遠慮なくやっちゃってください」

「今回出撃するのは?」

「はい。明日香から提供された追加装甲の点検は終了しましたので、今回は―――」

「ど、どゆこと? これって」

「え?」

 

シュンッ!

 

「状況はど―――」

『おい! 勝手にいっちまったぞ!』

 

俺が到着すると同時に慌しくなるブリッジ。

どうしたんだ?

 

「え?」

『誰が乗ってやがる!?』

 

ここにいないパイロットなんて一人しかいない。

 

「カエデ!」

 

モニタに映るのは恐らくカエデが乗る・・・。

 

「あれは後方支援型じゃねぇか!」

 

誰かが叫んだ。

 

『・・・・・・』

 

出撃し、すぐさま全方位にミサイルを放つ後方支援型。

そのミサイルはナデシコすらも掠め、視界一面に広がったバッタを破壊した。

 

「ちゃんと狙いやがれ!」

 

碌に照準を付けずに追尾任せで発射したんだ。

こうなるのは当たり前。

カエデはナデシコがどうなろうとも関係ないんだ。

眼の前の敵さえ殲滅できれば・・・それでいい。

 

「・・・カエデ・・・。お前は・・・」

 

そんなにも復讐がしたいのか・・・。

 

「艦長!」

「はい! ガイさんはスーパー型で、イズミさんは後方支援型で、他の皆さんはリアル型ですぐに出撃してください」

「「「「「「「了解!」」」」」」」

「艦長! 俺がカエデを止めます」

 

それが俺の仕事だ。

 

「分かりました。マエヤマさんはキリシマ機を回収後、すぐに帰艦してください。その後、バッタをチューリップまで届ける役を担ってもらいます。よろしいですね?」

「了解」

 

カエデ。待っていろ。

すぐにお前を止めてやる。

 

 

 

 

 

「カエデ!」

 

視界一面に広がる空とバッタ。

そして、少し離れた場所に後方支援型。

カエデはそこか。

 

「ハァ!」

 

リアル型と言えど、その最高速度は高機動戦フレームをも超える。

自身が現段階で出せる最高速度でカエデのもとへ。

急がないと味方にまで被害を出してしまう。

 

『来ないで!』

 

クッ。

俺にまで銃を向けるか、カエデ。

だが・・・。

 

「その程度、今まで何度も味わってんだよ」

 

時に破壊し、時に避け、確実に距離を詰めていく。

今まで経験してきた実戦の数はカエデとは比にならない。

これ以上の無茶も俺は経験している。

当たってやるかよ。

 

「カエデ!」

 

カエデに近付き、後ろから身体を押さえる。

 

「何をやっているんだよ!?」

 

回線を繋ぐ。

モニタに映るカエデは今までの無表情が嘘かのように荒れに荒れていた。

ギラギラと前を見詰めるその姿は以前のカエデを微塵も感じさせない。

 

『私は許さない! 父さんを、母さんを、妹を、家族を奪った木連を。私は許さない! 友達を、家を、店を、私の全てを奪った木連を。私は絶対に許さない! ケイゴを・・・ケイゴを奪った木連を絶対に私は許せない!』

「カエデ! お前が憎しみを持つのは分かる。お前が復讐を考えるのも痛い程分かる。だが、お前はそんなに弱くなかっただろう。きちんと木連と向き合うってそう言ってたじゃないか! その言葉は嘘だったのか!?」

『煩い! そんなの嘘に決まっているでしょう!」

「・・・カエデ」

『向き合ったって、奪われたものが返ってくる訳じゃない!』

「それでも!」

『むしろ、余計だったのよ。そのせいで私は木連を恨めなかった』

「木連を恨んだ所で何も変わらないだろうが!」

『変わる! 私は家族の仇が討てた!』

「仇を討ったってお前の大切なものが返ってくる訳じゃない!」

『それでも、恨んでいた方が何倍も楽だった。木連の生い立ちなんて私にとってどうでもよかったのよ。余計な感傷だった。そうでしょ? なんで私が仇の都合を考えないといけないの!? なんで私はやられたままそれを受け入れないといけないの!?』

「恨んだら恨まれる。そうやって恨みは増え続ける! だから、お前には―――」

『どうして!? ねぇ、どうしてよ!? どうして貴方はいつもそうやって私に我慢させようとするの!? 私は奪われたのよ。何もしていないのに。有無を言わさず私は奪われたの! だったら、木連が我慢すればいいじゃない! なんで私なのよ!?』

「それもお前の都合だろ!?」

『ええ。だから何? 私が私の勝手を貫いて何が悪いの!?』

「それじゃあお前はいくらたっても憎しみから解放されないじゃないか!」

『別に構わないわ。私がどうなろうと』

「もっと自分を大切に―――」

『私はもう失うものなんて何もないのよぉ!』

 

・・・泣いていた。

ギラギラしていた眼は既に鳴りを潜め、今では精一杯涙を堪えているだけ。

・・・ただのか弱い女の子がそこにはいた。

 

『・・・ぐすっ・・・もう私はどうなっても・・・』

「カエデ。よく聞いてくれ」

『・・・コウキ・・・』

「ケイゴさんは生きている」

『・・・え?』

「俺が保証してやる。ケイゴさんは生きているよ」

『・・・いいよ。無理しなくても。だって、貴方も言っていたじゃない。人は簡単に死ぬって。死んだらもう・・・戻ってこないって』

「全て話してやる。だから・・・来い」

『・・・・・・』

「虚しかったんじゃないか?」

『・・・え?』

「初めて出撃して・・・敵を撃破して・・・どうだった?」

『・・・・・・』

「俺は復讐なんて考えた事もない。だから、お前の気持ちは完全には分かってやれない」

『・・・コウキ』

「でも、これだけは言える。お前は失うものなんてもう何もないと思っているかもしれないが・・・」

『・・・・・・』

「俺はお前を失ったら悲しいぞ。カエデ」

『ッ!』

「もちろん、俺だけじゃない。ナデシコの皆もケイゴさんだって悲しむ」

『・・・私は・・・』

「お前は言ってくれたよな。俺の事を友達だって」

『・・・ええ』

「それなのに、どうして何もないなんて言うんだよ?」

『・・・全て失ったと思っていた。でも、ケイゴは生きていて、コウキもいる』

「ああ。失ったものも確かにあった。でも、手に入れたものもあるんじゃないか?」

『・・・うん』

「だから、俺に付いて来い。全部話してやるから」

『・・・うん、うん』

 

確かにお前は不幸の連続だった。

でも、それだけじゃなかっただろ?

ケイゴさんは生きている。

きっと、いや、絶対にお前を幸せにしてくれる。

だから、自棄になるなよ。カエデ。

 

 

 

 

 

数時間後、戦闘は完全に終了した。

全ての作戦、予定を終え、余念なく。

そして、ブリッジに集まるパイロット勢の中には、憑き物が落ちたかのような、いつもの、昔のカエデの姿があった。

 

 

 

 

 



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真実か策略か

 

 

 

 

 

「そう、私が知らない間にそんな事があったんだ」

 

カエデをナデシコへ強引に連れて帰った後、予定通りバッタを送り返した。

一応、指定通りにチューリップに投げ込んだが・・・。

これで良かったのだろうか?

一応、武装は解除して推進装置だけ直しておいたけど・・・。

不安だが、信じるしかない。

その後、カエデのコミュニケ反応を辿り、カエデのもとへと向かう。

あいつは格納庫近くのベンチで物思いに耽っていた。

 

「よぉ」

「・・・ええ」

「とりあえず、隣、いいか?」

「・・・うん」

「それじゃあ、ケイゴさんについて話すよ」

「ええ。御願い」

 

・・・・・・・・・・・・・・・。

 

ゆっくり順序立ててケイゴさんについて説明する。

 

「すぐに知らせてやれなくて悪かったな」

「いいわよ。私も会おうとしなかっただろうし」

「・・・そうか」

 

それ程、追い詰められていたんだな。

本当に悪い事をした。

 

「・・・うん。でも、悪い事ばっかりじゃなかったかな」

「どうしてだ?」

「だって、もしかしたら、ケイゴと一緒に戦えるかもしれないんでしょ?」

 

訓練していた意味があったって事だろうか?

でも・・・。

 

「ケイゴさんからしてみれば一緒に戦わずに安全な場所にいて欲しいんじゃないか?」

「それは待った事がないから言える事だわ。本当に心細いのよ。待っている側って。不安で不安で、まるで心が締め付けられるように痛むの」

 

待つ側か・・・。

でも、そうなんだろうな。

もし俺がナデシコに乗ってないでミナトさんだけが乗っていたらと思うと・・・。

考えるだけで胸が痛む。

 

「だから、鍛えたのもそんなに悪い事じゃなかったわね」

「・・・これからも戦場に立つのか?」

「分からないわ」

 

分からない?

 

「どうしてだ?」

「復讐の為に。そう頑張ってきた訳じゃない?」

「ああ」

「でも、ケイゴが生きているって知って、なんだか・・・」

「復讐なんて。そう思ったのか?」

「う~ん。木連に恨みがない訳じゃないわ。家族を殺され、故郷を奪ったのは間違いなく木連な訳だし」

「そうだな」

 

俺にとってはミナトさんやセレス嬢を理不尽に殺されるって事だよな。

・・・そりゃあ許せないわ。

 

「そもそも不思議なのよね」

「不思議? 何が?」

「ケイゴが木連人だって知って、普通なら裏切られたとか思うじゃない?」

 

まぁ、思っても不思議はないわな。

 

「それなのに、私は全然そんな事を思わなかった。裏切られたショックより生きていてくれた嬉しさの方が勝ったっていうか」

 

お前・・・恥ずかしげもなく良くもまぁ・・・。

 

「ベタ惚れって奴ね」

「ち、違うわよ。そ、そんなんじゃないわ」

「はいはい。それで?」

「うん。私なりに考えて、とりあえず答えは保留」

「そうか。俺としてはコックのお前の方がらしいって思うけどな。でも、それを決めるのは俺じゃない。お前が自分で答えを見つけないとな」

「そうね。うん。色々と考えてみる」

「おう。とりあえず頭を下げる練習でもしておけ」

「え? なんで?」

「勝手な出撃。味方への攻撃。幸い被害がなかったけど、大目玉だな」

「・・・コウキのせいにしていい?」

「駄目だ。謝れ」

「・・・ケチ」

 

ケチじゃない。

 

「一緒に謝ってやるから」

「こ、子供扱いしないで!」

「ガキなんだもん。お前。相変わらず成長してないし、ほら」

 

指で示してやる。どこが、とは言わない。

 

「これからなのよぉぉぉ!」

 

懐かしいな。こいつとの絡み。

とりあえず、一件落着って事で良いのかな?

 

 

もちろん、この後、こってりと絞られたけどね、カエデの奴。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、アキトさん。後はよろしく御願いします」

「ああ。任せておけ」

 

それから二日後、ナデシコが神楽派との合流地点へと出発する日になった。

俺もアキトさんと共に火星再生機構の方に携わろうと思っていたんだけど・・・。

 

「お前はナデシコに付いていろ。キリシマの件もそうだが、神楽派と接点があるのはお前だけだからな」

「でも、俺も発案者としての責任が―――」

「それは無事に話し合いを終えてから考えろ。まずは和平だからな」

「・・・分かりました」

「そんなに頼りないか?」

「はい」

「・・・直球だな。まぁ、向いていない事は自覚している」

「でも、信じています」

「ふむ。それならば、信頼には応えねばな」

 

という訳だ。

本来ならカエデもそちらに出席させるべきなんだろうけど・・・。

 

「とりあえずケイゴに会わせなさい。とっちめてやるから」

 

強硬な姿勢で断念。

この件に関してはケイゴさんに丸投げだ。

責任感のある彼の事だから、しっかりと責任を取ってくれる事だろう。

・・・なんか違うような気もするけど・・・。

いや、俺は悪くない。悪いのはケイゴさんだ、うん。

 

「今回は戦闘行為が目的ではなく、移動のみなので・・・」

「うん。俺とセレスちゃんに任せて、二人はしっかりとアキトさんを」

「はい。アキトさんの事は任せてください」

「コウキの分は私達が埋める。アキトの事は任せて」

「・・・ルリちゃん、ラピス。そんなに頼りないか? 俺」

 

今回、ルリ嬢とラピス嬢はアキトさんの付き添いとなった、というか、した。

二人の協力があれば万全にこなせるだろうという俺達の総意で。

ルリ嬢は元少佐という事で割りと強かだろうし、ラピス嬢もアキトさんの相棒として如何なく力を発揮してくれる筈。

心情的にもアキトさんと離れたくないだろうしね、二人とも。

 

「リアル型を一機借りていくが・・・」

「問題ないと思いますよ」

 

今回の遠征では、特に戦闘になるような事はないだろう。

もし、あったとしてもたいしたものにはならないと思う。

今のパイロットだけで充分護り切れる。

 

「セレスの事、御願いしますね」

「ルリちゃんのお墨付きでしょ?」

「ええ。もう一人でも大丈夫です」

「それなら、大丈夫だ。俺もちゃんとやるから」

「はい。御願いします」

 

ルリ嬢とセレス嬢がいないのは若干心配だけど、今回ぐらい安全な旅なら俺とセレス嬢だけでも充分に回せる筈だ。

行って帰るだけならむしろ俺達すらいらないぐらいだし。

ま、オペレーター皆無は一番怖いからきちんと職務は全うしますけどね。

 

「それでは、ナデシコの事は任せたぞ。コウキ」

「はい。アキトさんこそ、火星再生機構の事、頼みました」

「了解した」

 

こうして、俺達は地球を発った。

和平への架け橋になれる事を願って・・・。

 

 

 

 

 

「そろそろナデシコから離れるべきかもしれないね」

「確かにそうね。もう乗っている意味もなくなったし」

「まぁ、最先端の情報が入ってくるって意味では今でも重要だけど」

「別にナデシコじゃなくても平気よ。集めればいいだけだもの」

「正論だね」

「もう私達で操れない以上、ナデシコは計画から切り離すべきよ」

「幸い、新しいのがそろそろ出来上がりそうだしね」

「ええ。ナデシコ以上のものが」

「当然でしょ。ナデシコなんて実験艦なんだし」

「そもそも、今の私達にナデシコに構っている暇なんてないわ」

「そうだね。僕達も色々と動かなくちゃいけなくなる」

「クリムゾン、明日香、その他大手企業も動き出しているわ。これに乗り遅れたら今でさえ危ないネルガルは更に追い込まれてしまう」

「クリムゾンは木連と本格的に手を結んだらしいよ。木連が勝利した暁には地球代表として遺跡に関われるんだってさ」

「甘い餌ね。そんなの嘘に決まっているじゃない。木連が勝利したら木連が独占してそのまま地球滅亡で終わるわ」

「随分とぶっとんだ発想だね」

「物騒な世の中だもの」

「それでも、やらざるを得ないんだよ、遺跡を確保する為には」

「遺跡の確保が今後を決定するものね」

「・・・多分、司令の演説で更に動き出す連中も増えるよ」

「まさか遺跡の事まで言うつもりなの!?」

「全てを曝け出すらしいからね。中小企業も動き出すんじゃない?」

「産業業界全てを巻き込む大規模な技術戦争になるわね」

「それにしても美味しい所にいるよね、クリムゾンは」

「ええ。地球が勝っても木連が勝ってもとりあえず損はない」

「裏で動いているから地球が勝っても何食わぬ顔で大企業として参加できる」

「既に後手に回っているって訳ね」 

「噂によると地球政府、連合軍の高官何人かもクリムゾンに付いたらしいよ」

「まったく。地球を売ろうっていうの?」

「結局、人は自身が得をすれば何でもいいって事だよ」

「そいつらの狙いは何? 徹底抗戦?」

「彼らの理想は両陣営が疲労し、戦力を失う事。そうすれば自由に動けるし、戦後も利権を持っていられる」

「戦争中は表には出ず、戦後に活動しようって魂胆ね」

「それは潰すからいいとして、問題は・・・」

「その連中と木連の間で利害が一致するという事」

「そう、お互いに徹底抗戦を目指している訳だ」

「和平に比べて徹底抗戦を訴えるのは簡単よ。恨みや憎しみを抱える人間を少し煽ってやればいいだけだもの」

「そういう事。ふぅ・・・。まるで予想が付かないよ」

「とりあえず、どう転んでもいいように準備を怠ってはいけないって事ね」

「そうだね。はぁ・・・。気楽なパイロット生活ともお別れか・・・」

「さっさと本職に戻りなさいよ。ほら、書類、たまっているのよ」

「・・・やっぱりパイロット続けようかな」

 

 

 

 

 

「さて、ネルガルとしてはどう動くのがベストなんだろうね。明日香は木連と手を結んだ。それなら、ネルガルは・・・う~ん、彼の言う通りになるのは癪なんだけどなぁ・・・」

 

 

 

 

 

「・・・アカツキ一味、去る・・・か」

 

いざ地球を離れようという時、まるで原作の、というか、今回もだけど、ムネタケ提督のようにシャトルで脱出していきました。

そうする必要あったのかな?

なんか書置きには・・・。

 

『アディオス、アミーゴ』

 

直訳、さらば、友よ。

・・・変な奴。

そういえば、前に重役がどうたらこうたらって言っていたな。

地球に帰ったらネルガルの協力を得る為に動いてみるか。

なんだかんだで大企業だし、協力は欲しい。

右肩下がりのネルガルが立て直す為には、遺跡を確保するか、軍に協力してシェアを拡大するかの二つに一つ。

現実的にネルガルだけで遺跡を確保するのは難しいと分かっている筈だし。

・・・やっぱりこの線で攻めるのが一番有効的だよな、うん。

ひらすら軍に協力する利を唱えてやる。

 

「とりあえず・・・」

 

いなくなってしまったものは仕方がない。

現状でナデシコにいるパイロットはカエデを含めて七名。

俺は基本的にオペレーターとして活動するだろうから除いて六名になる。

アキトさんがいなくなって戦力的に下がった気がしないでもないが・・・。

 

「ま、今でさえ過剰戦力だし」

 

確かに六連や北辰、もしくは、カグラヅキ一派と対するには戦力不足だけど、

通常戦闘においては過剰戦力とも言えるナデシコとナデシコのパイロット達だ。

よくもこれだけ優秀なパイロット達が離れないで済んでいるよな。

俺が上の人間だったらもっと色んな部隊にばらけさせるけど。

それだけナデシコが期待されているって事なのかな?

まぁ、僕は軍人じゃないからなんでも構いませんが・・・。

 

「アキトの野郎が帰ってくるまでは俺がリーダーだからな」

 

スバル嬢が盛り上がっているのはまぁ、気にしない方向で行こう、うん。

 

 

 

 

 

「そろそろ・・・かな」

 

地球を旅立ってからそろそろ一週間。

確かに約束の場所に近付いてきているんだけど・・・。

 

「反応ありませんね」

 

そろそろレーダーに映ってもおかしくないんだけど・・・。

 

「お。艦長、反応ありました」

「はい。映像を」

 

モニタに映像を映し出す。

とりあえず向こうがどういう状態なのかを確認する為にズームで。

 

「・・・艦隊ですね」

 

カグラヅキの姿はない。

カトンボ級だっけか? それが二隻。

それと名前は分からないけど恐らく有人艦が一隻。

最後に、艦隊の背後にチューリップがある。

計四席の艦隊だ。

・・・チューリップは戦艦で良いのだろうか?

まぁいいや。

 

「どうして艦隊で?」

 

話し合いするだけなら一隻だけでもいい筈。

護衛にしてはやりすぎじゃないか?

そもそもどうしてカグラヅキじゃないんだろうか?

・・・疑問は尽きない。

 

「通信、来ました」

「回線、開いてください」

「了解」

 

モニタの映像を変える。

現れたのは軍人姿の青年。

・・・ケイゴさんではない。

 

『お初にお目にかかります。私は木連軍優人部隊所属スズキ・ジロウサブロウと申します』

「ナデシコ艦長。ミスマル・ユリカです」

 

まずは自己紹介。

とりあえず怪しい所はない。

 

「この物騒な出迎えは一体何なのかね?」

 

フクベ提督が問いかける。

 

『申し訳ありません。此度の件ですが、木連の過激派に露見しまして・・・』

「その為の艦隊かね?」

『はい。チューリップの護衛を兼ねた為、このような形となってしまいました』

「護衛? それでは、チューリップは貴殿らの移動手段ではないと?」

『その通りです。これからナデシコには跳躍してもらいます』

「和平派がそこにいると?」

『はい』

「罠ではないのかね?」

『罠だなんて。私達の和平への想いは本物です』

 

チューリップで移動しろって事か?

・・・確かに襲撃が予想される以上、この場に留まるのは危険だ。

でも、果たして素直に信じていいのだろうか?

俺はこの場にケイゴさんがやって来ると思っていた。

それなのに、現れたのは誰とも知らない軍人。

もともとデータを送ってきたのは向こうだ。

俺は全データを消去した上で送り返した。

それなら、その間で露見する事はない筈。

露見したとしたらこちらにバッタが来るまでの間。

その間で露見したとしたら、果たしてそのままバッタが送られてくるだろうか。

もし俺がその間に確保したら、当然、届かないようにその場で破壊する。

それなのに、露見したと言いつつ、俺達は確かにここまで足を運んだ。

いや、もしかしたら・・・運ばされたのか?

でも、あの映像は確かにケイゴさんだった。

どれだけ精巧に作ろうと誤魔化せるものではない。

・・・ケイゴさんが裏切った?

いや、それはない・・・と信じたい。

もしくはこちらがバッタを返還後に露見して、罠を仕組まれた?

・・・でも、もしそうだったら合流地点の変更を連絡してくるのでは?

いや、でも、露見したのを知らなければ変更も出来ないし・・・。

・・・やっぱり向こうの状況が掴めないのは痛いな。

全くもって予想が付かない。

この状況は一体何なんだ?

罠なのか、それとも、真実なのか。

・・・クソッ。駄目だ。分からない。

もしこれが本当に合流する為の策だったら、むざむざ機会を逃してしまう事になるし。

でも、罠であるという懸念が脳裏を過ぎる。

どうする? どうするべきなんだ?

 

「少し時間を下さい」

『了解しました。出来るだけお急ぎ下さい』

 

プツンッ。

 

艦長の言葉で映像が切れる。

向こうが通信を切ったんだろうな。

 

「艦長。どうしますか?」

「・・・提督はどう思われますか?」

「うむ。怪しい事この上ない」

「・・・ですよね」

 

誰もが罠ではないかと考える。

そもそも信じられる要素がどこにもない。

知らない軍人。

大袈裟な武装。

データ露見の真偽。

合流地点の変更の有無。

怪しい点は幾つもある。

でも、そう簡単に罠だと突き放す事は出来ない。

機会を逃すだけではなく、両者間に罅が入る事もあり得るからだ。

足並みを揃えようという時に信じられないと突き放すのは今後に悪い影響しか残さない。

 

「提督。どちらにしろ、私達は行くしかありません」

「あえて飛び込むというのかね? 罠かもしれんのに」

「今更引く事は出来ません」

「・・・確かにのぉ」

 

退路は絶たれている。

それが精神的とか、状況的なものだとしても。

俺達は要求を呑むしかないんだ。

和平派と結びつかなければならないという前提がある上では。

 

「ですが、無防備に飛び込むつもりはありません。しっかりと準備をした上で―――」

 

ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン!

 

敵襲か!?

 

「セレスちゃん!」

「・・・はい。木連艦隊が接近中。規模は私達の三倍程です」

「艦長! 囲まれています!」

 

・・・しかし、この時点で襲撃という事はやっぱり真実か?

チューリップの護衛とナデシコの護衛を兼ねているなら大袈裟な武装もおかしくはない。

 

「・・・分かりました。ナデシコ、戦闘配備!」

「戦闘配備。パイロットの皆さんは準備を御願いします」

「マエヤマさん。グラビティブラストをチャージしてくだ―――」

『ここは私達が食い止めます。急いで次元跳躍門へ』

 

突然の通信。

 

「しかし!」

『私達の使命は貴方達を無事に目的地へと届ける事。後はお任せを!』

 

完璧に周囲は囲まれている。

一方向にしか攻撃できないナデシコでは単純に厳しい。

すぐに木連艦隊と連携できるとも思えないし。

機体を出せば勝てなくはないだろうが、囲まれている状況で被害なしとはいかない。

ナデシコが被害を受ければ一度帰還するしかなくなる。

そうなれば、やはり土壇場でキャンセルした事と同義になり、たとえ向こうが事情は分かっていようとやはり心情は悪くなる。

・・・なんて考えている余裕もないよな。

艦長。如何しますか?

 

「ミナトさん。チューリップへ」

「いいのね?」

「はい!」

「了解。行くわよぉ」

 

ナデシコはこうしてチューリップへと向かった。

その先になにがあるのか。

罠か、それとも・・・。

・・・ホント、思い通りに事って進んでくれないよなぁ。

俺達に順調って言葉はないのかして・・・。

 

 

 

 

 



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陰謀

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

チューリップ内の不思議空間を進む。

その間、クルーはひたすら無言。

それも当然であろう。

この先が罠である可能性は非常に高い。

心を落ち着かせていろという方が無理だ。

 

「・・・出口が・・・」

 

光の終着点。

不思議空間とは色も形も違う光り輝く空間が見える。

 

「・・・出ます」

 

ゴクリッ。

 

誰かが、いや、誰もが唾を飲み込み、緊張に身を固める。

視界は光に包まれて、眼の前を見せてくれない。

光が止む時、視界に映るのは一体何なのか・・・。

・・・まるで予想が付かなかった。

いや、罠か真実か。その二択だけしかなかったな。

・・・覚悟を決めよう。

 

「・・・え?」

 

だが、眼の前の現実は全ての者の予想を裏切った。

 

「・・・何も・・・ない?」

 

ポツリと誰かが呟く。

そう、何もかも、姿形がないのだ。

艦隊も、木星も、地球も火星も、その全てが視界には映らない。

 

「・・・どういう事だ?」

 

意味が分からない。

罠なのか? それとも真なのか?

それすらもまるで分からなかった。

 

「・・・状況を確認します。コウキさん。今現在の場所は?」

「すぐに調べます」

 

ルリ嬢やラピス嬢のように手際良くはできないけど・・・。

 

「・・・ここは・・・」

「ここは?」

「地球近海です。といっても、かなり距離は離れていますが・・・」

「地球の近く?」

 

地球側に近い地球と木星の一直線上。

それはあたかも地球側から来る何かを迎えるかのようで・・・。

 

「レーダーに反応」

 

レーダー反応?

 

「セレスちゃん。その反応、何か分かる?」

「・・・データ照合。カグラヅキです」

「カグラヅキ。やった。嘘じゃなかったんだ」

 

レーダーに映ってきた。

それは少しずつこちらに近付いてきているという事。

よかった。合流できそうだ。でも・・・。

 

「良かった。罠じゃないみたいですよ、艦長」

「はい! これで和平も円滑に・・・」

 

なんか様子が変じゃないか?

 

「なんかフラフラしてない」

 

はい。そうなんですよ。ミナトさん。

 

「セレスちゃん。拡大できる?」

「・・・はい」

 

モニタにカグラヅキを映し、その姿を拡大してもらう。

 

「・・・ボロボロ?」

 

どうしてカグラヅキがあんなにもボロボロなんだ?

ここに来るまでに草壁派から襲撃があったのか?

 

「と、とにかく、通信を」

「はい。通信を開いてください」

「了解」

 

近付いてきたカグラヅキは既に自身の眼だけで見られる程の距離に。

やっぱりボロボロだったけど、ケイゴさん達と会えた喜びであまり気にならなかった。

とにかく、一刻も早く、ケイゴさんと話したかった。カエデの件も含めて。

 

「通信開けました」

 

メグミさんの言葉と共にモニタにケイゴさんの姿が映し出される。

以前、バッタで送られてきたデータと同じ人物が映った事でナデシコは歓声に沸く。

それはそうだ。俺達の目指す和平に一歩近付けたのだから。

 

『・・・・・・』

 

無言のケイゴさん。

相変わらずクールだな。

・・・でも、ケイゴさんの様子もなんか変な気がする。

なんというか、怒っているというか、嘆いているというか・・・。

・・・俺の勘違いならいいけど・・・。

 

「此度の件では無事に合流できまして嬉しい限りです」

『・・・無事に?』

 

代表として艦長が話しかける。

しかし、無事という言葉にケイゴさんは過剰に反応した。

 

「はい。しかし、その損傷は一体どうし―――」

『ふざけた真似をしてよくも私達の前に姿を現せましたね!』

「え?」

『コウキさん! これは一体どういう事ですか?』

 

どういう事?

 

「どういう事ってどういう意味ですか?」

 

そもそもどうしてそんなにも青筋を浮かべている?

まるで逆鱗に触れてしまったかのように激怒しているケイゴさん。

・・・全く意味が分からない。

 

『誤魔化さないで下さい!』

 

一喝。

 

『合流地点には予定通りの時間に現れず、あまつさえ、待ち伏せしていた連合軍の艦隊で私達を襲った』

 

合流地点? 時間?

連合軍から襲撃された?

・・・よく分からないけど、一つだけ分かった事がある。

それは・・・。

 

「それは誤解だ! ケイゴさん!」

『誤解などと誤魔化さないで頂きたい。この件を知るは私達とコウキさん、貴方達しかいない筈。この件に関してのお返事もきちんとナデシコから頂きました!』

「だから、俺達は約束通りの時間、場所に・・・」

 

言われた通りの場所に、言われた時間に到着した筈。

・・・俺達はどこで何を間違えたんだ?

 

『コウキさん達から返事をもらった後、私達から再度バッタが送られてきた筈です』

 

・・・そんなものは届いていない。

バッタを捕獲した次の戦闘なら・・・。

そうか! カエデがミサイルをぶちまけた時に破壊してしまったんだ。

・・・それなら、落ち度は俺にあるな。

 

『その時も最初と同じようにデータが消されたバッタを我らのもとに送ってくれたではないですか!』

 

そんなものを送った覚えはない!

ケイゴさん! ちょっと待ってくれ!

 

『貴方達が連合軍にこの事をリークしたに違いない。お陰様でこうして満身創痍で命からがら逃げてきました。貴方達地球軍の襲撃から』

「だから、それは誤解です!」

『誤解などと―――』

「話を聞いてくれ! ケイゴさん」

『コウキさん。貴方の意思は嘘だったのですか!?』

「嘘じゃない! だから、俺達の話を―――」

『聞く必要はありません。このような状況下で裏切られた相手をどうして信じられると言うのです!?』

「ケイゴさん!」

『多くの同胞が先だっての戦で亡くなりました。この無念、晴らさずにはいられません!」

「だから、それは―――」

『各員、戦闘配備。目標はナデシコだ!』

「ケイゴさん!」

 

・・・駄目だ。聞く耳を持っていない。

 

「・・・艦長」

「・・・・・・」

 

・・・本当にすいません。

見解の相違とか、そんな事を言っていられない。

向こうは完全にこちらを墜とすつもりで・・・。

 

「各員、戦闘配備!」

「・・・いいのかよ? 艦長」

「ナデシコを落とされる訳にはいきません」

「でも・・・」

「・・・御願いします」

「・・・おう」

 

格納庫へ向かうパイロット達。

・・・どうしてだ?

どうして俺達が争わなくちゃいけないんだ?

ケイゴさん。

・・・教えてくれ。

俺は、俺達は・・・どうすればいいんですか?

 

「コウキ!」

「・・・カエデ」

「私がケイゴを説得する!」

「無理だ。完全に聞く耳を持っていない」

「それでも! ケイゴを止められるのはきっと私だけ」

「危険だ。ケイゴさんはもちろん、相手は皆、腕が良い。しかも乗っている機体は全員が新型機だし、ケイゴさんの機体は特別機。到底、今のお前では太刀打ちできな―――」

「出来る、出来ないじゃない! やるの!」

「・・・カエデ」

「艦長! 出撃の許可を!」

「・・・・・・」

「先日のような暴走はしないわ! 絶対に、私が止めてみせる!」

「・・・分かりました」

「艦長!」

「パイロットの皆さんは彼女が敵方と話せるような状況を作って下さい」

『『『『『『了解!』』』』』』

 

艦長・・・皆まで・・・。

 

「私達は向こうとの争いを望みません。どうにかして、もう一度話し合いの場に立たせたい。だから、皆さん、私に、ナデシコに協力してください」

「「「「「了解」」」」」

 

・・・俺は・・・。

 

「コウキ君。しっかりして!」

「・・・ミナトさん」

「どうにかして誤解を解く。その為にも、この無意味な戦闘を終わらせるべき。でしょ?」

「・・・はい」

「カエデちゃんも辛い中、頑張っているわ。それなのに貴方はそのままなの?」

 

・・・そうだよな。

 

「きちんと教えてあげなさい。貴方が友を裏切るような人間じゃないって」

 

そう、きちんと誤解を解くんだ。

そうしなければ何も始まらない。

 

「ありがとうございます。ミナトさん」

「コウキ君」

「ええ。教えてあげます」

 

俺の意思は、和平への想いは本物だって。

 

 

 

 

 

SIDE KAEDE

 

「・・・ケイゴ」

 

久しぶりの再会なのにもう散々。

でも、早速、パイロットとして訓練した意味が出てきた。

私が戦場に出られなければきっとケイゴを止められなかった。

ううん。止められるかどうかはこれからの私次第。

 

『あの黒いのがケイゴさんだ。カエデ』

「ええ。分かったわ。ありがとう。コウキ」

『お礼は止めてから言ってくれ』

「ま、それもそうね」

 

絶対止めるって啖呵きったんだもの。

今更無理なんて・・・言えないわよね。

 

「行くわよぉ!」

 

パイロットとしての腕前が皆より低い事は重々承知している。

格闘戦? 取っ組み合いの喧嘩ぐらいしか経験ないわよ。

銃撃戦? 拳銃なんて今までに握った事すらないわよ。

でも、だから何?

気持ちじゃ負けてない。

あの馬鹿なケイゴの目を覚ましてやるんだって気持ちは誰にも負けてない。

それに、皆が私とケイゴの間に誰も入れないようにしてくれる。

皆の思いに応える為にも・・・絶対に止めてみせる!

 

「そこ!」

 

稚拙な射撃。

牽制にもならず、ケイゴの乗った黒い機体は猛スピードで抜けていく。

まったく。男なら女の放った弾に当たるぐらいの甲斐性見せなさいよ!

 

「クッ。早い」

 

どうしても捉えられない。

パイロットになると決めて何をしていいか分からない私はひたすら銃を撃ち続けた。

銃ならなんて甘く見ていた訳じゃないけど、格闘戦よりは何倍もマシ。

そう思って、必死になって鍛えたつもり。

それなりに自信あったんだけど・・・やっぱり、厳しいか。

それなら!

 

「ケイゴ!」

 

向かってくるケイゴに向けて両手を広げる。

止まって、そう強く念じながら。

 

ピタッ。

 

・・・止まってくれた。

 

『貴様、何の真似・・・カエデ?』

「見れば分かるでしょ?」

『どうして貴方がここにいるんですか?』

「そんなの決まっているじゃない。貴方を止める為よ」

『そうですか。貴方も私達を裏切ろうと―――』

「だから、勘違いだって言っているでしょ!」

『私達は多くの同輩を失いました。その仇は返さなければなりません』

「ケイゴ。貴方はコウキが信じられないの!?」

『・・・それは・・・』

「私は貴方に会いに来た」

『・・・カエデ』

「それはコウキが貴方は生きているといったから・・・教えてくれたから」

『コウキさんが・・・』

「私はコウキを信じている」

『それは・・・妬けますね』

「でも、それ以上に、貴方を信じたい。貴方を信じさせて欲しい」

『・・・・・・』

「もう一度聞くわ。貴方はコウキが信じられないの?」

『・・・参りました。貴方にそう言われたら引くしかない』

「それなら・・・」

『ええ。各員、戦闘は終了だ。すぐに帰艦し―――』

 

・・・・・・え? 嘘でしょ?

そんな事って・・・。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

カエデが懸命にケイゴさんを追っていた。

彼を失って得た本物の恋心。

こんな事を言っている余裕がないのは分かっているけど・・・。

 

「頑張れ。カエデ。きちんと想いを伝えろよ」

 

幸せになって欲しい。

幸せにして欲しい。

そう強く思う。

 

「・・・おいおい。生きた心地がしないぞ」

 

いくら話を聞かないからってそれはないだろ。

心臓が止まるかと思ったぞ、カエデ

でも、よく止めてくれた。

きっと、冷静になればケイゴさんも分かってくれる筈―――。

 

・・・え?

 

漆黒の空を駆る一筋の黒い光。

・・・グラビティブラスト。

それがナデシコの後方から放たれ・・・カグラヅキを貫いた。

 

『マリア! クソッ! 急ぎ脱出せよ!』

 

ギリギリ、本当にギリギリ一隻だけ脱出挺がカグラヅキから飛び出した。

同時に、カグラヅキが燃え墜ち、戦場の華と消える。

 

『今の攻撃は・・・ナデシコじゃない?』

 

・・・ナデシコの後方から?

後ろにあるのはチューリップだけの筈。

・・・ッ! まさか!

 

『ナデシコの諸君。ご苦労だった』

 

モニタに映ったのは先ほど別れた筈の鈴木という木連軍人。

・・・どうして彼が?

チューリップを通ってきたのは分かる。

でも、そんな余裕が彼らにある筈が・・・。

 

『お前は・・・』

「ケイゴさん!」

「ケイゴ!」

 

ナデシコのモニタ越しに会話する木連軍人両名。

 

「艦長。今の内にあの脱出艇を保護しましょう」

「はい。御願いします。ミナトさん」

「了解」

 

木連軍人同士の会話は続く。

どうみても、敵同士の会話だった。

 

『カグラ大佐。貴方には栄光の為の礎となって頂く』

『どうしてお前がここにいる!?』

『彼らをここまでお送りしたまでです』

『何故、草壁派のお前がそこにいるんだと聞いている!』

 

草壁派!?

彼は草壁派の人間なのか!?

 

『まったくもって馬鹿ばかりで助かりました』

 

馬鹿ばかり?

 

『貴方達がバッタで連絡のやり取りをしている事は分かっていました。それならば利用してやればよいと閣下は仰せになられましてね』

『利用!? 利用と言ったか!?』

『ええ。本当に愚かだ。データのすり替えに気付かないとは?』

 

データのすり替えだって?

 

「馬鹿な。確かにあの映像はケイゴさんの」

『映像はそうでしょうね。私達がすり替えたのは付属データの方ですから』

『あのロックが破られたというのか!?』

『簡単でしたよ。私達には優秀な研究者がいますからね』

『まさか・・・』

『ええ。貴方達が送ったデータから合流場所を突き止め、その場所を敵方にリーク。その後、日時、場所を改竄したデータを送る事で合流を防ぎ、かつ、こうして罠に嵌めた』

『クッ。むざむざ騙されたというのか』

 

表情を歪ませるケイゴさん。

 

「回収したわよ」

「メグミちゃん。保護した方々にブリッジに来て欲しいと伝えて」

「了解しました」

「ジュン君。迎えにいってあげて」

「分かったよ。ユリカ」

 

・・・脱出艇は無事に保護できた。

でも、あの大きさじゃクルー全員とはいかない。

むしろ、数人救えれば良い方。

・・・悔しい。こんな大きな被害を、無意味に出してしまうなんて。

 

『しかし、何故お前達がその情報を知り得た。私達は秘密裏に事を運んだ筈』

『秘密裏? 笑わせてくれますね』

『なんだと?』

『貴方達が送ったバッタですが、全て私達の所に来るよう細工が施してあったんですよ』

『・・・そんな・・・』

「なんだって?」

 

そんな事が可能なのか?

バッタ全てに細工をするだなんて事が。

 

『正確には、バッタではなく、次元跳躍門にですけどね』

『なッ!?』

『今の我々はチューリップ全てを支配下に置いています』

 

その言葉と共にモニタに現れる映像。

その映像には、いくつものチューリップの残骸が映し出されていた。

・・・ケイゴさんと約束したマークが描かれたものが、いくつも。

 

『貴方達が送り出したバッタは私達経由でナデシコ、ひいては地球に送り出されていた訳です。情報提供を感謝しますよ、カグラ大佐』

『クッ』

 

表情を歪ませるケイゴさん。

あの皮肉な物言い・・・愉悦な笑み・・・どこまでも憎々しい奴だ。

 

「だが、悔しいが・・・やられた」

 

チューリップは全て草壁派の支配下。

・・・それじゃあ、チューリップを使った連絡交換なんて・・・夢のまた夢だ。

これでは地球の和平派と木連の和平派は連絡のとりようがない。

 

「でも、それ以上に・・・」

 

どのようにして、草壁派はチューリップ全てを支配下に置いたのかという事こそが重要。

使う前に行き先を設定して跳ぶ。それがチューリップの使い方だった筈だ。

それを、設定された行き先を無視して任意に出口を設定し跳ばせる事ができる。

たとえチューリップ間のみに限定された跳躍だとしても・・・行き先を完全に掌握できるなんて、それじゃあまるで・・・。

 

「ボソンジャンプじゃないか」

 

もしかして、奴らは遂に・・・。

 

「手に入れたのか、あれを」

 

絶望で身体が震えた。

外れて欲しい。

外れて欲しいが、もし俺の予想が当たっていたとしたら・・・最悪の事態だ。

 

『それに、私達の欲しいものも手に入りましたし』

「欲しいもの?」

 

欲しいものって一体何なんだよ?

これ以上何があるというんだ?

 

『私達が欲しかったのはナデシコとカグラヅキが戦闘したという事実、そして、ナデシコがカグラヅキを撃墜したという事実。その二つの事実ですよ』

「そんな! 私達はカグラヅキを攻撃なんて―――」

『ふふっ。どうしてわざわざ貴方達を避けるように後ろから撃ったとお思いか? 細工次第でナデシコから放たれたGBによってカグラヅキが沈んだように見えるでしょう?』

「そんな細工に騙される訳がない!」

『見せるのは専門家ではないのですよ。木連国民、そう無知で騙されやすい木連国民です』

「何?」

『そんな事をして何になる? 今は戦時。そんなものを見せた所で―――』

『もう一つの工作を教えてあげましょう』

 

モニタの映像が変わる。

・・・これは・・・司令の演説映像?

 

「お父様?」

 

・・・どうして演説映像を?

 

『我々は和平を結びたい』

『ワアァァァァァァ!』

『その為にも国民の皆さんの協力が必要になる。我々地球人の罪をしっかりと認め、木連人の事を認めてあげて欲しい。そして、被害を被った火星を再生し、平和を成し遂げたい』

『賛成だ!』

『これ以上、戦争なんて嫌!』

『早く戦争を終わらせてくれ!』

 

国民は誰もが和平を認めてくれている。

これなら、きっと和平を結べる筈だ。

 

『その為にも、まず私達は木連と―――』

 

シュインッ。

 

「・・・あの?」

 

ブリッジの扉が開く音が聞こえたので振り向く。

 

「貴方はマリアさん?」

「教官様。お久しぶりです」

「はい。お久しぶりです」

 

丁寧に頭を下げてくるメイドの御姉様。

なんか和むなぁ・・・。

じゃなくて、そんな悠長にしている余裕はないっての!

 

「無事に脱出できたようで嬉しく思います」

「・・・はい。あの、どうして私達をここに?」

「誤解を解こうと思いまして」

「艦長」

「しかし、今は少しお待ち下さい」

「・・・はい」

 

演説のモニタに視線を移す。

 

『ここで宣言する。我々は必ず和平を結ぶと』

『オォォォォッォ!』

『国民の皆さん、その為にも貴方達の後押しが必要になります。是非とも―――』

 

ダンッ!

 

・・・え?

 

『・・・グフッ』

 

口から血を吐いて倒れるミスマル司令。

・・・撃た・・・れた?

 

「キャァァァ! お父様ぁぁぁ!」

 

叫ぶ艦長。

 

『どういう事だ!? 何故ミスマル司令が!』

『和平派の人間は邪魔なだけ。そういう意味です』

『だから殺したというのか!?』

『ええ。我らの礎となって頂きました』

 

嘘・・・だろ?

司令が撃たれた?

 

「だ、誰が撃った? どうやって?」

 

映像が進む。

カメラが演説席から方向を変え、空を映し出した。

・・・そこにあったのは小型チューリップ。

受け渡される予定だったあのマークのついた小型チューリップだった。

そして、そこから現れたバッタの銃口が司令を・・・。

 

『な、何故あれがそこに・・・それに我々はバッタを送ってなど』

 

護衛していたエステバリスが焦りだし、すぐさま鎮圧した。

だが、もう遅い。

 

『あれは貴様らがやったのか!?』

『言ったでしょ? 我々はチューリップを完全に支配下に置いていると。それは貴方達の小型チューリップとて例外ではありませんよ』

『だが、あれは全てお前達に破壊された筈だ』

『貴方達と入れ違いでミスマル司令に小型チューリップをプレゼントしておきました。もちろん、カグラ大佐、貴方のメッセージ付きでね』

『なんだって?』

『相当信頼されていたようですね、カグラ大佐。まぁ、それが今回は裏目にでた訳ですが』

 

司令は用心深いお方だ。

だが、念願だった木連和平派とこれで接触できる。

そう油断してしまったのかもしれない。

希望の道が開けた瞬間なのだ。

誰だって警戒は甘くなる。

 

『地球軍は何をしているんでしょうかね。むざむざ司令を見殺しにするなど』

 

どうして敵兵器を見逃したんだ。

そう彼らは後で責められ、責任を取らされるかもしれない。

だが、それは酷な話だろう。

外を警戒していたら、中から敵が現れたというのだから。

・・・そもそも、司令が撃たれたという事実が発生している以上、何を言っても遅いのだ。

・・・完全に罠に嵌められてしまった。

 

『ふふっ。私達の意図を理解してもらえたようですね』

『・・・お前達は・・・』

『そう、和平派同士を同士討ちさせて、和平そのものを潰す。また、地球、木連の両方で徹底抗戦という方針を掲げさせる。ふふふ。こうも簡単に計画が進むとは・・・。思わず笑いが込み上げてきますね』

『あの映像はどう使うつもりだ?』

『死に逝く貴方達に教えても意味がない気がしますが、教えてあげましょう』

 

死に逝く?

 

『舞台設定はこうです。遂に和平派同士で話し合いの席に付く事が出来た神楽派。地球側で和平演説があるというので、会談の席で共にその演説を観賞。しかし、演説の席で和平派のトップと言われる者が撃たれ、ナデシコは激怒。会談を破談とし、報復の為に襲い掛かる。必死に神楽派はナデシコの誤解を解こうと訴えるが、ナデシコは聞く耳を持たず。精神的に不利だったカグラヅキはナデシコによって破壊されてしまう。しかし、よく考えれば、バッタが現れたのは外部ではなく内部。当然、犯行に及んだのは地球軍の誰かであり、対立する派閥と考えるのが妥当である。この犯行は木連に見せかけた地球軍の仕業で、それを勝手に誤解して神楽派の息子を殺してしまった。勘違いの理不尽な報復と木連神楽派代表の息子の死は国民に怒りを抱かせる事は必至でしょうね』

 

・・・なんて事だ。

和平の架け橋となろうとしたのがかえって邪魔をしてしまう事になるとは・・・。

 

『だが、バッタは木連のものだ。地球軍の別派閥の仕業と誰も考えはしない』

『バッタぐらいどうにでもなりますよ。捕獲して利用したとでも言えばいいんですから』

 

確かに。

そう言われてしまえばそれまでだ。

 

『・・・完全に罠に嵌ったという訳か』

『ええ。しかも、地球側では木連のせいだと考えている訳ですからね。確実に報復に出ますよ。彼らに言わせれば正当な権利ですから。ふふっ』

 

・・・このままじゃどちらの国民も誤解したまま徹底抗戦に思考を染めてしまう。

なんとしても真実を、せめて、地球側には・・・。

 

「艦長! すぐにこの場から離脱しましょう!」

「はい! ナデシコ全速力で―――」

『あぁ、そうそう、この話には続きがありましてね』

「・・・え?」

『破壊されたカグラヅキの仇を討つ為に、派閥の枠を超えて草壁派の私がナデシコを破壊するという美談が』

「何!?」

『各員、戦闘配備。ナデシコ勢、及びに残った神楽派を殲滅する』

 

チューリップから抜け出し、戦隊を組んでいた艦隊から一気に機体が飛び出してくる。

それはバッタであったり、ジンであったり、六連であったり、多種多様。

そして、何よりも・・・圧倒的な物量だった。

しかも、混乱している間にこちらを完全に包囲しており、チューリップは離脱済み。

逃がす気がまったくない用意周到さだ。

 

「艦長!」

「・・・離脱は不可能。突破するしかない?」

 

・・・絶体絶命ってこういう事を言うんだろうな。

ここでやらずにいつやるんだ。マエヤマ・コウキ。

 

「艦長。俺が迎撃します」

「マエヤマさん!」

「エステバリスを帰艦させてください」

「分かりました。マエヤマさん。貴方に全てを賭けます」

 

そりゃあ責任重大だな。

懐からバイザーを取り出し装着。

久しぶりのレールカノンだ。

 

「メグミちゃん、全パイロットに帰艦命令を。ミナトさん、すぐに全速力が出せるよう準備を御願いします」

 

トップスピードで突っ込みそのまま離脱。

方法はそれしかない。

俺の仕事は囲まれる前に各個破壊する事だ。

 

『・・・ナデシコの皆さん』

「・・・ケイゴさん」

 

項垂れたケイゴさんの映像が映る。

レールカノンを操りながらで負担も大きいが、ここにいる中でケイゴさんを知っているのは俺だけだ。

俺が相手をするのが一番妥当だろうな。

 

『私達の勘違いからこのような事態になってしまって申し訳ありません』

「いえ。悪いのは貴方じゃありません」

『ここは私達が突破口を開きます。そこから逃げてください』

「ケイゴさん! 貴方達も逃げてください」

『いえ。私達はここで奴らを食い止めあす。ナデシコを逃がさずに和平は成らない』

「ケイゴさんが死んでも和平はなりません」

『私が死んでも父が―――』

『いや、そいつの言う通りだ』

『シンイチ』

 

シンイチさん。

 

『お前はこの誤解を解くっちゅう大事な役目があるだろうが』

『だが・・・』

『お前を溺愛している親父さんの事だ。お前が死んだとなれば何が起きるか分からん』

『父は情で本質を見失うような方ではない!』

『それでも、地球に悪い感情を持ってしまう。お前と親父さんは和平の鍵。和平を成立するには、お前と親父さん、その両名がいなければ不可能なんだよ』

『・・・・・・』

『黙っていちゃ分かんねぇだろ? はいかいいえか、さっさとハッキリさせろ』

『・・・確かにそうかもしれん。だが、犠牲なくこの状況を打破できるとは・・・』

『相変わらず馬鹿だな、お前は』

『何?』

『後は俺に任せな』

『なっ!? そんな事、出来る筈がない!』

『それでもだよ! てめぇが生きているか生きてないかで変わってくんだよ! てめぇは生きろ! 生きて、てめぇの理想をきちんと叶えてきやがれってんだ!』

『・・・シンイチ』

『ふんっ。おい、お前』

 

俺か?

 

「何ですか?」

『すまねぇが、こいつとマリアの事を頼む」

「艦長。ケイゴさんを」

「はい。着艦を許可します」

『助かる。ケイゴ、早く行け」

『・・・すまない』

『謝るんじゃねぇよ。てめぇの為じゃねぇ』

『・・・お前の事は忘れないぞ』

『ケッ。言ってやがれ』

 

ケイゴさんがナデシコに近付いてくる。

もちろん、敵は撃破しながらだ。

 

『そこにいるんだろ? マリア』

「シンイチさん」

『無事に脱出できたようだな。安心したぞ』

「貴方は自分を犠牲に・・・」

『ふんっ。理想と友の為に死ぬなんてゲキ・ガンガーみたいだな』

「貴方は嫌いだったでしょ? ゲキ・ガンガー」

『さてな。まぁ、今なら愛する女の為に死んだ野郎の気持ちも分かるが』

「・・・シンイチさん」

『幼馴染のケイゴとお前を護りながら死ねる。本望だ』

「・・・そんな事」

『とりあえず俺から言える事は一つ』

「・・・・・・」

『幸せになれ。それだけが俺の望みだ』

「シンイチさん! 貴方もこちらに!」

『だから、言っているだろ。あいつらを食い止める必要があるって。幸いにも、他の奴らも俺に力を貸してくれるって言ってくれている』

 

カグラヅキから出撃してきたパイロット達。

その誰もが木連艦隊と既に交戦中だった。

 

『最後になっちまったが・・・俺の初恋の相手はお前だったんだぜ。マリア』

「・・・最後に何を言っているんですか・・・貴方は」

『伝えたかっただけだ。俺の絶対に叶わない片思いをな。最後に俺に護らせろ』

「・・・はい」

『ふんっ。せいぜい華々しく散ってやるよ。じゃあな!』

 

そう言い残して、シンイチさんは突貫していった。

・・・ブリッジ内が静寂な空気に包まれる。

 

「木連の方々の犠牲を無駄にしない為にも私達は絶対に突破します」

「・・・艦長」

 

涙を流しながら、それでも真っ直ぐ前を向いてユリカ嬢が告げる。

・・・よし。

 

「セレスちゃん」

「・・・はい」

「しばらくの間、ナデシコの事、任せても良いかな?」

「・・・コウキさん。出撃・・・するんですか?」

「いや。機体もないしね。レールカノンに集中するだけだよ。でも、本当に集中しちゃうから艦隊制御に割ける余裕がないんだ。セレスちゃんの負担が大きくなっちゃうけど御願いできるかな?」

「・・・分かりました。任せてください」

「うん。ありがとう」

「・・・頑張りましょう。コウキさん」

「おう」

 

さて、周囲は敵だらけ。

ナデシコは最大速度。

絶体絶命のピンチ。

やるしかないだろ。

 

「フィードバックレベルを最大に」

 

自身の異常を展開させる。

 

「コウキ君。それは!」

 

手の先端から光が迸る。

 

「情報伝達速度を最大に」

 

視界に映る全ての映像を支配下に。

 

「マエヤマさん! 危険です!」

「コウキ君! やめて! またあんな事になったら!」

「・・・大丈夫です!」

 

ナデシコのレールカノンを全て支配下に。

 

「並列思考展開」

 

さぁ、侵食したいならすれば良い。

俺はそれを更に支配してみせる。

 

「・・・セレセレ」

「・・・コウキさんなら、大丈夫です」

「・・・・・・」

「・・・コウキさんを信じましょう」

「・・・そうね。信じるわよ。コウキ君」

 

ありがとうございます。ミナトさん。

ありがとう。セレス嬢。

 

「さぁ、始めようか」

 

綻び始めた和平への思いを再度紡ぐ為に。

今の俺に出来る最大の事を。

 

 

 

 

 



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焦りと安らぎと

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「艦長! どうするのですか!?」

 

焦った様子のプロスさんが問いかける。

そうよね。焦るのも仕方ないわ。

だって、今の状況はそれ程までにピンチなんだもの。

神楽派と接触する前に遭遇した艦隊。

そこに襲撃の振りをした艦隊が加わって、莫大な数の戦艦が周囲を囲み、虎視眈々と私達を狙っている。

しかも、それだけじゃない。

その莫大な数の戦艦から更に莫大な数の兵器が飛び出してくる。

視界一面に敵機体、敵戦艦の姿があり、それが360度全て。

・・・今までになかった最大の危機ね。

 

「セレスちゃん。レーダーをモニタに」

「・・・はい」

 

モニタに映し出されるのはナデシコを中心とした敵配置図。

でも、それを見た所で私にはどうしていいか分からない。

戦術関連は全て艦長達に任せてあるもの。

私はただ艦長の要求に応えるのみ。

 

「ユリカ。あそこが手薄のように見えるけど・・・」

「ううん。あっちは駄目」

「どうしてだい? 地球の方向だよ」

「多分、待ち伏せされている」

「え? 本当かい?」

「木連はチューリップを使った電撃作戦がある。離脱したチューリップは今どこにあるのと思う?」

「・・・あっちだって言うのかい?」

「うん。多分だけど・・・。私達があっちにいったら、待ち伏せにあって挟撃される。だから今、木連の攻撃が緩いんだよ、ナデシコをあえてあっちに逃げさせる為に」

「・・・それなら」

「うん。死中に活ありだよ。皆さん、一番防御が厚い所を突破します。ミナトさん。最大速度で。マエヤマさんを信じます」

「了解」

 

コウキ君を信じろっていう作戦なら、無条件に従うわ。

だって、誰よりも私がコウキ君を信じているんだから。

 

「マエヤマさん。準備はよろしいですか?」

「・・・いつでも」

 

・・・コウキ君。

信じているわよ。

 

「メグミちゃん。全クルーに通告。衝撃に注意」

「了解」

 

・・・おし。

 

「機動戦艦ナデシコ。突破します!」

「「「「「了解!」」」」」

 

死中に活あり。

あえて、最も守りが厚い場所へとナデシコは飛び込んだの。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

ひたすら撃ち続ける。

神楽派が乗っているであろう福寿のみ照準から外し、その他全ては殲滅。

時間を稼ぐ為、木連パイロットの被害を少しでも少なくする為、ナデシコが生き残る為、ナデシコが全方位の敵に対応する必要がある。

無茶? そんなの分かりきっているさ。

無謀? やってみなくちゃ分からないだろ?

今までにない程の危機。

だけど、不思議と切り抜けられる気がするんだ。

 

シュインッ。

 

「艦長! 状況はどうなってやがる!?」

 

・・・どうやらパイロット達がブリッジへと戻ってきたらしい。

 

「・・・貴方は・・・」

「ハッ。木連軍優人部隊所属カグラ・ケイゴ大佐であります。木連の私の着艦を許可して頂き、誠にありがたく思います」

「いえ。歓迎できる状況ではありませんが、歓迎します」

「ありがとうございます」

 

ケイゴさんも一緒のようだな。

 

「・・・ケイゴ」

「・・・カエデ。すまなかったな」

「・・・ケイゴ様」

「マリア。無事で良かった」

「む」

「むむ」

 

・・・ケイゴさん。ラブコメは後でやってくれ。

振り返れないから見えないけど、なんとなく表情が分かるぞ、二人とも。

アキトさんがいない今、ラブコメ担当は貴方に決定ですね。

 

「コホン」

 

そんな余裕はありませんよ~。

 

「す、すいません」

「ふんっ」

 

分かれば宜しい。

・・・俺も意外と余裕だな、おい。

 

「今はどのような状況ですか?」

「突っ込んでいます」

「は?」

「敵陣へと突っ込んでいます!」

「り、離脱をするべきです」

「だからこそ、です。マエヤマさん」

「はい」

「グラビティブラストを前方に発射。その後、敵陣を一直線に突破します」

「俺は何をすれば?」

「敵戦艦に密着し、より危険になります。ですから、敵を絶対に近づけないで下さい」

「また無茶な要求を」

「御願いします」

「分かりました。全力を尽くします」

 

突破後は迂回って所かな?

まぁいい。今はただ接近を阻止する事だけを考えよう。

 

「そろそろぶつかるわよぉ」

 

ミナトさんが告げる。

 

「セレスちゃん。グラビティブラスト発射!」

「・・・了解」

 

漆黒が漆黒を走る。

その跡に残るのは無数の破損パーツ。

 

「御願いします!」

「了解!」

 

敵陣を駆ける。

一体撃破してもすぐ後ろから加勢。

一隻通り過ぎてもすぐさま一隻が駆けつけ突破を阻止してくる。

 

「でも、負けはしない」

 

それなら、俺が破壊すればいい。

前方から押し寄せる機体は全破壊。

横方から押し寄せる機体は牽制を含めて一切近寄らせず。

後方から押し寄せる機体は圧倒的スピードで置き去りに。

前方から押し寄せる戦艦はミナトさんが避け。

横方から押し寄せる戦艦は集中砲火で退け。

後方から押し寄せる戦艦は機関部を集中して狙い、足止めを。

ナデシコの性能とクルーの能力なら、これぐらいの危機は容易に突破できる筈。

いや、突破できる!

 

「俺達が出るか?」

「いえ。パイロットの皆さんは今後に備えて待機していてください」

「でもよぉ・・・」

「マエヤマさんを、そして、残って私達を逃がしてくれた木連の方々を信じましょう」

「・・・分かったぜ」

 

犠牲には出来ない。

シンイチさんはケイゴさんの副官であり、友人。

幼馴染とも言っていた。

それなら、二人の間には深い友情があったのだろう。

そんな彼が、ケイゴさんを、そして、ナデシコを逃すという。

そして、ナデシコにケイゴさんとマリアさんを託した。

・・・その信頼に応えられなくちゃ男じゃない。

友情に命を捧げた彼に応える為にも、俺達は絶対に脱出しなければならないんだ。

 

「・・・機関部損傷。出力10%低下」

 

クソッ。

捉えきれなかったのか?

 

「無傷で突破できるとは思っていません。ですが、必ず突破できます」

 

慌てるな。出力が下がったなら、その分俺らが補えばいい。

速度の低下と威力の低下? それなら、数を増やす。

別に倒れようが構わない。

今ここで死するより何万倍も良い。

 

「前方に敵戦艦多数。回り込まれました」

「クッ」

 

・・・やはり数の暴力は凄まじいな。

どれだけ突破しようと次から次へと襲ってきやがる。

 

「・・・・・・」

「万事休す・・・か」

 

絶望がブリッジを覆う。

 

「やっぱり俺らが出るしかないだろ!」

「艦長! 私達が!」

「・・・ですが」

「そうだぜ! 俺達に任せてくれ!」

「艦長!」

「私達が行くわ」

「私も、私も行くわ!」

「カエデ! お前は本当に―――」

「黙ってみてられないもの!」

「・・・・・・」

「貴方も来なさい!」

「お、おい。カエデ」

 

パイロット勢が立ち上がる。

・・・力不足で申し訳ない。

俺がもっとしっかりしてれ―――。

 

『フーハッハッハッハ!』

「こ、この声は?」

『こんな事もあろうかと、こんな事もあろうかと』

「「「「「ウリバタケさん!」」」」」

 

もしや!

 

『おい! マエヤマ!』

「はい!」

『出来ているぜ。グラビティライフル』

「流石です。ウリバタケさん」

『へっ。こういう時に活躍せずにいつ活躍するんだっての』

「何丁出来ていますか?」

『二丁だ。どっちもエクスバリスに載せてある。さっさと来い!』

 

ありがたい。

でも、今の俺はオペレーター。

この状況下でここを離れる訳には・・・。

 

「でも、俺がいないと―――」

「・・・大丈夫です」

「セレセレ?」

「・・・私一人でも大丈夫です。だから・・・」

「・・・・・・」

「・・・だから、コウキさんは御自分の成すべき事を」

 

力強い瞳で見詰めてくるセレス嬢。

まったく、いつの間にかこんなにも成長しているなんて・・・。

嬉しい。嬉しいが、流石のセレス嬢もレールカノンまでは制御できまい。

 

「でも―――」

「あの!」

 

マリアさんが一歩踏み出す。

加えて、カグラヅキのオペレーターである女性達がそれに付いてきて・・・。

 

「私達で良ければ御手伝いします」

「え?」

「私達はカグラヅキでオペレーターをしていました。勝手は違うかもしれませんが、微力ながらお手伝いできると思います」

「・・・・・・」

 

黙り込む艦長。

信じていいのか? とか、扱えるのか? とか。

色々と考えているのだろう。 

 

「先程まで敵方だった私達ですから、信じられないかもしれません」

 

マリアさんはそんな艦長に対して必死に訴える。

 

「ですが、私達の願いも貴方達と同じ和平を成し遂げる事。どうか、どうか今だけでも、私達を信じていただけないでしょうか」

「・・・ユリカ」

 

下を向いて考え込む艦長。

でも、答えは一つじゃないですか? 艦長。

 

「・・・マエヤマさん」

「はい」

「出撃準備を。エクスバリスの初実戦です。充分注意してください」

「了解!」

 

信じてくれてありがとう。艦長。

 

「ありがとうございます」

「いえ。最善を選んだまでです。現在オペレーター席は三つ空いています。負担が大きいと思われますので、分担して行ってください」

「分かりました」

 

マリアさんと共にやってきた女性陣がそれぞれ席に着く。

加えて、マリアさんもIFSを持っているらしく、俺の席に着いた。

マリアさんは木連式柔を習得しており、銃の扱いも達者。

慣れないレールカノンだろうけど、多人数で分担して行えばきっとうまくやってくれる筈。

 

「イズミさんとイツキさんは後方支援型、他のパイロットはリアル型で出撃してください」

「「「「了解」」」」

「俺はどうするんだ?」

「ガイさんもリアル型で出撃を。スーパー型は今の状況には不向きです」

「確かにそうだな。了解した」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! それじゃあ私の―――」

「カエデちゃんは待機です」

「どうして!?」

「このような局面では冷静さが問われます。失礼な言い方ですが、カエデちゃんにはまだ早いです」

「でも!」

「信じてください! ナデシコのパイロットを!」

「・・・・・・」

 

黙り込むカエデ。

うん。艦長の言葉じゃないけど・・・。

 

「俺達に任せておけ。カエデ」

「・・・コウキ」

 

絶対に切り抜けてやるから。

 

「ケイゴさんも俺達を信じて待っていてください」

「分かりました。コウキさん」

 

流石にケイゴさんは出撃させられない。

敵国のパイロットだし。

色々と複雑な事情がある。

 

「パイロットの皆さんは甲板に張り付きながら迎撃。絶対に振り落とされないで下さい。回収する余裕はありません」

「「「「「「了解!」」」」」」

「行くぞ! てめぇら!」

 

アキトさんがいない為にリーダーパイロットを務めているスバル嬢が叫ぶ。

 

「おっしゃぁ!」

 

ガイが飛び出し、その後ろを全パイロットが続く。

必ず甲板から飛び出ないようにとの厳命。

今はぐれたら、二度と合流できないと誰もが理解していた。

だが、そもそもナデシコを逃がさなければその意味もない。

・・・いざとなれば、俺もここに残って、ナデシコを逃してみせる。

 

 

 

 

 

「ウリバタケさん!」

「おう! さっさと乗れ!」

「はい!」

 

エクスバリス。

ウリバタケさん特製の高性能機体。

その分、リスクも高いが、今はそれを恐れている余裕はない。

今はこいつの火力が、破壊力が何よりも必要なのだ。

 

「マエヤマ・コウキ。エクスバリス。出ます!」

 

次々と飛び出すナデシコ搭載機。

俺も続き、すぐさま甲板へと張り付いた。

 

「やるな。マリアさん達」

 

予想した通り、完璧とまではいかないが、充分牽制の役目は果たしている。

銃撃なんてカグラヅキじゃなかっただろうに・・・凄いな。

 

「期待に応えますか」

 

この状況下でエクスバリスを、グラビティライフルを任された。

すなわち、今回の闘いは俺が鍵を握っている。

己惚れでもなんでもなく、マジで。

甲板に張り付くという事は動けないという事。

そうなれば機動力なんてなんの意味もない。

火力が全て。

スーパー型がない以上、一番の火力は俺だ。

俺が有する異常の一つ、MC以上のIFS処理能力。

それを使う時が来た。

 

『スバル機から各機へ』

 

スバル嬢の激励かな?

 

『各自配置に着いたな。おっしゃ。後は全部任せる。ぶちこんでやれ!』

『『『『「了解!」』』』』

 

スバル嬢らしい事で。

 

「さて」

 

多用しなくて済むと思っていた半暴走モード。

ここは分かり易くハーフバーサーカーモードとでも命名しておくか。

案外、使う場面が多いな、本当に。

結構辛いんだけど・・・なんて、泣き言ばかりじゃ情けないよな。

 

「フィードバックレベル、情報伝達速度、共に最高レベルに」

 

視界に映る全ての空間を支配する。

分析データ、解析データ、座標データを把握。

全データを把握した上で、最善の行動を導出。

 

「並列思考展開。食い潰せ」

 

支配させ、支配する。

暴れる並列思考を完全制御して初めての行動に移せる。

 

「・・・行くぞ」

 

俺の担当は前方の群がる壁。

全て破壊してやろうじゃないか。

 

「フル・チャージ」

 

二丁のグラビティライフルをそれぞれ敵方に構える。

今の状況で必要なのは一点集中ではなく、多面的な攻撃。

大丈夫。一丁でもお釣りがくる攻撃力な筈だ。

確かに実戦配備は初めてで、威力も理論上のものでしかない。

だが、機体とは別の出力源で、メーターを見てもチャージは満杯。

そもそも開発、設計がウリバタケさんとイネス女史の最高峰マッドだぞ。

信じようじゃないか。

 

「全標的。ロックオン」

 

モニタに映る全ての敵に照準を付ける。

その数は最早数えられない。

だが、それら全てに攻撃を当てる自信がある。

後は自分を信じてぶちかますだけだ。

 

「・・・発射ぁ!」

 

イメージする。

視界に映る全ての敵が殲滅される様を。

 

「うおっ」

 

両手からそれぞれ発射されたグラビティライフルの衝撃が凄まじい。

思わず仰け反る。

 

「どうだ?」

 

だが、その程度じゃ狼狽えない。

しっかりと姿勢を固定し、前方を眺める。

視界一面に広がる敵。

数秒後、視界は炎上した。

 

「生き残りは?」

 

喜びたい所を冷静に分析。

ロックオンした敵全ての破壊を確認した。

 

「殲滅完了」

 

喜びは束の間。

すぐさま前方は再び敵によって塞がれる。

いいさ。何度だってやってやる。

立ち塞がるものは全て撃ち貫いてみせる!

 

 

 

 

 

「何!? 逃げられただと!?」

「ハッ! 申し訳ありません! 足止めを喰らい、その者らは全て撃退できたのですが・・・」

「神楽の息子は?」

「消息不明です。恐らくはナデシコが保護したかと・・・」

「・・・・・・」

「も、申し訳―――」

「まぁよい」

「は?」

「木連にいなければ問題あるまい。生きていようが死んでいようが二度と木連には足を踏み入る事はできないのだからな」

「ハッ」

「ついでに挽回のチャンスをやる」

「あ、ありがとうございます」

「・・・神楽をこちらに引き込め」

「そ、それは不可能です。神楽大将は和平派の―――」

「分かっておる。だが、噂だけでよい」

「は?」

「息子を失った神楽が過激派に接触した。それだけで良い。それだけで和平派内の足並みが崩れる」

「な、なるほど」

「ナデシコを破壊できなかった事は残念だが、お前程の奴がやられたのだ、仕方あるまい」

「ハッ」

「詳しい事は報告書で確認する。すぐに提出しろ」

「了解しました」

「うむ。失望させるな」

「ハッ。全力を尽くします」

 

 

 

 

 

「・・・かなり追い込まれたな」

 

木連からの襲撃をどうにか退け、ナデシコは無事に地球へと戻る事ができた。

だが、戻ってきたから全て解決という訳ではなく・・・。

むしろ、問題は山積みである。

 

「正直、今後の展開が読めない」

 

ミスマル司令の暗殺における影響。

神楽派代表の息子の死における影響。

・・・あぁ。頭が痛いな。

ケイゴさんは生きている。

生きているが、木連人にそれを知らせる術はなく、木連人が知る術はないのだ。

木連内で死亡扱いにすれば、それはもう死亡となってしまう。

ケイゴさんを木連に帰らせる事が出来れば分からないが・・・。

草壁派がそれを許してくれるかどうか・・・。

チューリップが完全に支配下に置かれている以上、チューリップによる帰還は不可能。

ナデシコで送り届ける事は時間的にも、距離的にも不可能だろう。

司令の事もそうだ。

たとえ一命を取りとめていようと地球内の意識は徹底抗戦に傾いた。

和平派のトップが危険に晒されたのだから当然だろう。

恐らく、木連と組んだ徹底抗戦派が情報操作して木連のせいにしているだろうし。

それに加えて、代表がいない事での混乱。

その隙をつけ込まれたら抗戦派の力が強まってしまう。

・・・司令、御願いですから生き延びてください。

現状でも厳しいのに、貴方が死ねば全てが台無しになります。

貴方が生きていれば、まだ、起死回生のチャンスが必ず・・・。

 

「・・・とりあえず艦長待ちか」

 

地球のヒラツカドックに到着したと同時に艦長が司令のもとへと向かった。

無論、ジュンも連れて・・・。

それでいいのか? と問いたいが、若干諦めている。

とにもかくにも司令の容態を早く教えて欲しい。

暗いニュースばかりで気が滅入りそうだ。

 

「ケイゴ! はっきりしなさいよ!」

「だ、だからですね。マリアは」

「ケイゴ様!」

「お、落ち着け。ちゃんと説明するから」

「どれだけ私が心配したと思っているのよ!」

「やはり行かせるべきではありませんでした。ケイゴ様が地球に赴いたら必ず悪い女に捕まると―――」

「悪い女ってどういう事よ!」

「ケイゴ様を誑かしておいて何ですか!」

「た、誑かすですってぇぇぇ!? 怒った。もう許せない」

「こちらこそ! 許せません!」

「・・・はぁ・・・」

 

ハハハ。頑張ってくれ。ケイゴさん。

・・・ナデシコがどうにか脱出してすぐ。

二人きりで話がしたいとの事で、カエデとケイゴさんを応接間まで案内した。

もちろん、カエデは知っているだろうけど、一応。

そこで二人きりでゆっくり話をさせた・・・筈なんだけど・・・。

何故か、マリアさんが侵入していたらしく、話はこじれていた。

まぁ、要するに修羅場?

ちゃんとケイゴと話したいカエデ。

無論、二人きりでゆっくりと。

それなのに、マリアさんは護衛ですからと譲らず。

まぁ、カエデの性格ならもうこの時点で爆発だよな。

その後、どうにかケイゴさんが宥めて二人きりで話したらしいんだけど・・・。

そこから犬猿の仲って奴です。

今はそんな状況じゃないのにと思う一方、こういのがあってもいいかなとも思う。

殺伐としているだけじゃ良い方向にいく訳ないしね。

なにより、ナデシコっぽい。

 

「ふふっ。楽しそうね」

 

相変わらず人の恋愛事を楽しそうに眺めるミナトさん。

ん?

 

「いつの間にここに!?」

 

貴方もボソンジャンプを習得したんですか!?

 

「さっき来たばっかりよ」

「あ、はぁ・・・」

 

気付きませんでしたよ。

 

「これからどうなるのかしらね?」

「・・・そうですね。少なくとも、今回の件は悪い方にしか転びません」

 

両陣営で徹底抗戦派の力が強まった。

これは由々しき事態であり、和平を成し遂げたい俺達からしてみれば最悪。

崖っぷちといっても過言ではないぐらい。

 

「でも、ピンチはチャンスっていうじゃない?」

「まぁ、それは起死回生の閃きがあればですけどね」

「ないの?」

「ありません」

「・・・そっかぁ・・・」

 

テーブルの上に脱力するミナトさん。

ぐて~ってなっていて、随分と緩みきっている。

人によってはハシタナイとか思うかもしれないけど、それはそれ。

ミナトさんはこういう所がなんとなく可愛らしいと思う。

まぁ、それがセレス嬢に感染するのは勘弁して欲しいけど。

あ、ちなみに、今食堂で休憩中です。

 

「今後が難しくなったわね」

「はい。アキトさん達の事も気になりますし」

「あんな事があったんだもの。混乱していると思うわ」

「説明も出来たかどうか・・・」

 

本当に最悪の事態だな。

見えかけてゴールが遠ざかったって感じ。

フルマラソンだと思っていたら100キロマラソンだったぐらいの衝撃だ。

 

「ミスマル司令大丈夫かしら?」

「流石にあのような場面で無防備という事はないでしょうから・・・」

「そうね・・・」

 

歴史を振り返るに公の場での暗殺は少なからずあった。

それを考慮したなら、流石に防弾チョッキくらいはつけていると思う。

まぁ、つけているから絶対に安全という訳ではもちろんないんだけど。

 

「とりあえず、どうにかしなくちゃいけない事は分かっています」

「それって?」

「ケイゴさんの生存を木連に伝える事です」

 

どうやって嵌められたか、それを説明する術はない。

もちろん、映像はあるが、それを馬鹿正直に信じるとも思えないし。

でも、ケイゴさんが生きて戻り、ケイゴさんの口から聞けば、可能性はある。

たとえ証明できずとも、今の徹底抗戦の勢いは弱まる筈だ。

どちらにしろ、一刻も早くケイゴさんの生存を木連に伝えたい。

少なくとも、木連の和平派の連中には。

ケイゴさんの死によって和平派が徹底抗戦派に鞍替えしたら、それこそ終わりだ。

どうにかして、和平派とコンタクトを取れないだろうか・・・。

 

「秘密回線とかないのかしら? あのケイゴって子」

「う~ん、あ、そういえば、ケイゴさんが地球にいた時、木連とどうやって連絡のやり取りをしていたんだろう? それさえ分かれば連絡が取れるかもしれません」

「聞いてみればいいじゃない」

「そうですね。出来れば早く聞きたいんですけど・・・」

 

今はなぁ・・・。

馬に蹴られそうだ。

 

「ねぇ、コウキ君、話は変わるけど」

「はい」

「今、遺跡ってどうなっているのかしら?」

「遺跡ですか?」

「ええ。正しく言うならボソンジャンプ演算ユニット」

 

えぇっと・・・。

今は時期的に言えば、原作でいう最終回に近いと思われる。

その時、確か火星は完全に木連の支配下だけど、遺跡は確保されてない。

それは遺跡が幾重にも重なったDFによって護られていたから。

という解釈でいいんだよな?

まぁいいや。とりあえず、侵入を阻んでいた。

多分、木連は必死に突破方法を考えていたのだろう。

そこにナデシコが登場。

相転移砲をぶちかました。

でも、それでも突破できず。

そこで、フィールドランサーの登場。

一つ一つを解除して突破していた気がする。

そうして結局ナデシコが遺跡を確保。

そのまま宇宙に・・・あれ?

 

「・・・もしや、既に確保されている?」

 

木連には高機動戦フレームが渡ってしまっており、その副次的な効果としてフィールドガンランスすら渡ってしまっている。

当初は武器の一つとしての認識でしかなっただろう。

でも、何かの拍子であれの有効性が確認されたら・・・。

既にDFを突破して、遺跡を確保している可能性もなくはない。

・・・本当に俺のせいで全てが台無しじゃないか・・・最悪。

 

「そう。じゃあ、もし確保していたら、次にやる事は?」

「遺跡の解析でしょう」

 

すぐに使えるような技術でもないだろうし。

少なくとも解析に一、ニ年、実用に更に一、ニ年といった所だろうか。

しかも、木連じゃ好きにボソンジャンプできない訳だし。

俺達遺跡の事を多少なりとも知っている人間より時間が掛かる事は必至だ。

実際、いつ回収したか知らないけど、火星の後継者の決起は戦争終了後から五年も掛かった訳だしな。

・・・いや、ちょっと待てよ。

 

「ミナトさん。言い直します。既に回収されている可能性が高いです」

「え?」

「奴らは言っていました。チューリップは完全に自分達の支配下にあると」

「ええ」

「それはひょっとしたら遺跡を解析した結果、ただのワームホールでしかなかったチューリップを一段先へと進化させた結果かもしれません」

 

奴らの自信満々の笑み。

チューリップを支配下に置いたという言動。

渡ってしまったフィールドランサーの技術。

既に遺跡を確保していると見たほうがいい。

クソッ。なんてことだ。これじゃあ・・・。

 

「そう。でも、言い換えるなら、まだチューリップを介さないといけない段階という事ね」

「え?」

 

遺跡を確保された為に焦っている俺。

でも、ミナトさんには何故か余裕があるみたいだ。

どうしてだ?

 

「向こうは機械の補助なしでは自由に跳べない。だから、それ以上を求めて遺跡を確保して研究をしている。そうでしょ?」

「はい」

「確かにチューリップの行き先をどこからでも選べるようになったのは大きな発展かもしれないけど、あくまでチューリップを介している事に変わりはないわ。それに、そもそも、チューリップ越しなら自由な場所に行けたのだから、こちら的には大した違いはないわ」

「た、確かに」

 

そう言われてみればそうかもしれない。

 

「遺跡を確保されたと思って焦る気持ちは分かるけど、まだ時間的に猶予はあるのよ。落ち着けきなさい、コウキ君」

「そう・・・ですね。はい」

 

うん。落ち着いた。

流石はミナトさんだ。

 

「ちなみに、火星の後継者だっけ? 彼らはどうやってチューリップを介さないボソンジャンプを成功させたの?」

「A級ジャンパーを遺跡に組み込むことで情報伝達の媒介としたんです」

「それが・・・」

「ええ。艦長だったんです」

 

A級ジャンパーとB級ジャンパーの違いは機械補助の有無とジャンプの距離。

劇場版ではそれを覆す為にユリカ嬢を遺跡に組み込み、情報伝達の媒介とした。

要するにB級ジャンパーはユリカ嬢を介して擬似的にA級ジャンパーになった訳だ。

 

「どうしてそんな方法を思い付いたのかしら?」

「多分、遺跡の解析の過程でA級ジャンパーの事を調べたからじゃないですか? A級とB級の差を調べた事によって、両者の根本的な違いに気付き、もしかしたらって」

「なるほど。でも、それって前提としてA級ジャンパーの事を知ってなくちゃ駄目よね?」

「そうでしょうね。知らなければ思い付きませんよ、こんな事」

「今って、知っているのかしら?」

 

どうだろう?

多分、知らないと思う。

あまりボソンジャンプをした覚えはないし。

俺もアキトさんも少なくともバレるようなヘマはしてないと思う。

まぁ、ネルガルは既に知ってしまっているけど。

 

「恐らく、木連はまだA級ジャンパーの事を知らないと思います」

 

これからも注意しなくちゃいけないな。

もしも存在がバレたとしたら、火星人全ての命が危ない。

木連がまた拉致とか誘拐やらという強硬手段にでかねない。

 

「じゃあ、それが私達の強みね」

「強み?」

「ええ。まさか地球から何の媒介も必要とせずに木連まで飛べるとは思わないでしょ?」

 

そうか。必ずチューリップやジンのような媒介を木連は必要としている。

機体なし、機械補助なしのCCのみでジャンプができる存在を知らないんだ。

たとえば短距離のジャンプという意味ではそれほど強みにはならないかもしれない。

でも、イメージ次第で俺なら地球から木連まで行ける。

だから、俺がそんな事をしても、彼らにとっては思慮の範囲外という事になる。

バレたらおしまいという諸刃の剣だが・・・これは使えるかも。

 

「ほら。私達にだって強みがあるじゃない。もしかしたら、それが起死回生の一手になるかもしれないわよ」

「そうですね」

 

草壁派にバレないように和平派同士で結び付けられるかもしれない。

あ、でも、そうすると神楽派の人間にバレてしまい、結果として草壁派にバレるかも。

却下かな?

でも、それ以外にどう用いていいか分からないしなぁ・・・。

とりあえず、これもアキトさんと要相談って奴かな。

 

「少なくともカグラ君は生きているし、私達の強みだってある。だからね、まだ諦めるのは早いと思うわよ。コウキ君」

「はい。そもそも諦めてないですよ」

「そう? それは良かった」

「あ。信じてないですね。こう見えても諦めは悪い―――」

「はいはい。分かりました」

「もうおざなりだなぁ」

 

顔を見合わせて笑う。

本当にミナトさんはお茶目な人だ。

 

「とりあえずブリッジに戻りますか。休憩時間もそろそろ終わりですし」

「そうね。行きましょうか」

 

不安も残る、というか、不安だらけだけど、まだまだ終わった訳じゃない。

和平に向けてもっと頑張らないとな。

追い込まれた分、今まで以上に。

 

 

 

 

 

「本当にセレスちゃんは成長したよね」

「・・・そうですか?」

「うん。もうルリちゃんやラピスちゃんがいなくても安心して任せられるし」

 

久しぶりのほのぼのタイム。

膝の上にセレス嬢を乗せて談笑しています。

少し身体が大きくなっている気がする。

このぐらいの時って成長期だもんなぁ。

なんか時代の流れを感じました。

 

「・・・まだまだです」

「そっか。でも、このままだと更に俺の仕事が減るな」

 

オペレーターの仕事までなくなったらマジでいらない子認定されるよ。

パイロットもカエデの加入で更に居場所なくなったし。

そういえば、ケイゴさんはどうなるんだろう? 立場的に。

 

「・・・コウキさん?」

「あぁ。ごめんごめん」

 

考え事をしていました。

 

「・・・全部コウキさんのお陰です」

「そんな事ないと思うんだけど」

「・・・いえ。コウキさんから色々な事を教わりました」

 

まぁ出航当時から一緒に訓練していますしね。

ちなみに、僕もその訓練のお陰でスキルアップしています。

 

「そうかな?」

「・・・はい」

「そっか。それは嬉しいね」

 

これで君も一人前のオペレーターだ、なんて。

 

「・・・頑張りました」

「うん。偉い偉い」

 

定番のナデナデ。

なんとなく気持ち良さげだから遠慮なく。

 

「相変わらず気持ち良さそうね」

「・・・ミナトさん」

「これは将来が心配ね。お父さんに恋しちゃったりして」

 

おいおい。ミナトさん。

それはないでしょ。

 

「コウキ君もコウキ君でセレセレが嫁入りする時はどうなるのかしら?」

 

・・・セレス嬢の嫁入り。

うん。断固拒否だな。

俺を倒してからにしろ! をマジでしそうだ。

 

「・・・恥ずかしいです」

「なんとなく未来が想像できるのよねぇ」

 

・・・一体どんな未来を想像しているんですか? ミナトさん。

 

「ふふっ。ライバルかしら?」

 

それはぶっ飛びすぎ!

 

「冗談よ」

 

ですよね。

 

シュインッ。

 

「ふむ。そろそろ艦長から連絡があってもいいと思うんだが・・・」

 

あ。ゴートさん。

 

「プロスさんは何をしていますか?」

「ああ。会長達と連絡を取っている」

 

大変ですね。プロスさんも。

ネルガルとナデシコの間で板挟みにあって・・・。

また胃薬を送らせてもらおうかな。

 

「専門家から見てどうですか? あのコースは致命傷ですか?」

「ふむ。心臓直撃のようにも見えたが・・・」

 

・・・心臓直撃はやばいでしょ・・・。

 

「心臓は人それぞれだからな。運が良ければ免れているかもしれん」

 

なんて不安なお言葉。

 

「だが、心臓直撃だからこそ助かる可能性もあるな」

「どういう事ですか?」

「危険だからこそ、護りも厳重という意味だ。何かしらの防護策をしてあれば、基本心臓は護れる」

「それなら!」

「ああ。防弾チョッキも進化していてな。黄金銃ならまだしも大抵の銃ならば防げる」

 

・・・黄金銃って。

一撃死の煌く弾丸ですか・・・。

 

「流石に無防備で演説など行わないだろう」

「そうですよね!」

「ああ。しかし、それが分からない木連ではあるまい。何が狙いなのか・・・。ただの暗殺であれば頭を狙えば良い」

 

また不安な事を・・・。

 

「暗殺されかけたという事実から生じる何か・・・」

 

考え込むゴートさん。

 

「徹底抗戦の意識を強めただけではないな」

 

ちょっと不気味です。ゴートさん。

でも、確かに考えさせられる議題。

ただの暗殺にしてはお粗末。

わざわざ姿を現す必要が果たしてあったのだろうか?

まぁ、木連と勘違いさせたかったというのもあるんだろうけど。

それだけじゃないってなんとなく思える。

 

「もしかして―――」

「来ました! 艦長からの連絡です!」

 

おっと、ようやくか。

 

『えっと、マエヤマさんいますか?』

 

え? 俺?

何だろう?

 

「はい」

『カグラさんを連れて、ここまで来て頂けますか』

「えっと、別に構いませんが」

『御願いします』

 

プツンッ。

 

「えっと、とりあえず行ってきますね」

「どうしたのかしら?」

「さぁ?」

 

僕にもまったく。

 

「それじゃあ、ちょっと行ってくるね。セレスちゃん」

「・・・はい。頑張ってきてください」

「うん。それまで、ナデシコの事、頼むね」

「・・・(コクッ)」

 

最後に頭を撫でて、セレス嬢の席に降ろす。

カグラヅキのオペレーターも手伝ってくれるらしいから負担もあまりないだろう。

うん。任せたぞ。セレス嬢!

 

「それじゃあ」

 

ブリッジから飛び出し、ケイゴさんのもとへ。

 

「お取り込み中、申し訳ありませんが」

「あ、はい。何でしょうか? コウキさん」

 

・・・まだやっていたのかよ、二人とも。

こりゃあ艦長とアキトさんの追いかけっこに変わる新しい名物になりそうだ。

 

「付いて来て欲しい所があります」

「付いて来て欲しい? 木連人の私に?」

「はい。詳しい事は移動中に御話します」

「分かりま―――」

「私も行くわ!」

「私も行きます!」

「うおっ!」

 

び、びっくりした。

 

「いきなり入ってくるな。カエデ」

「だ、だって」

「その通りです。貴方はここで―――」

「マリアさんもです」

「そ、そんな。私はケイゴ様の護衛として」

「内密な話なんです」

「マリア。すまないが、待っていてくれ」

「・・・分かりました。ケイゴ様が仰るのなら」

 

はぁ・・・。

意外だ。マリアさんってケイゴさん絡みだとこうなるんだ。

なんか冷静に何事も対処してしまうタイプの人間だと思っていた。

 

「それで、どこへ?」

 

ナデシコの廊下をケイゴさんと歩く。

 

「ミスマル司令の所です」

「それじゃあ―――」

「生死は分かりません。でも、それ関連で話があるらしく」

「・・・そうですか」

「とりあえず、病院へ向かうので付いて来てください」

「分かりました」

 

ドック外へ。

病院は近くもなく遠くもなくという微妙な距離だから、

いくつかのリニアモータカーを乗り継いでいこうと思います。

さて・・・。

 

「ケイゴさん」

「はい」

「ちょっと一緒に考えて欲しい事があります」

 

病院に着くまで、さっきゴートさんが言っていた事を考えてみよう。

 

「今回の暗殺、どういう意味があるんでしょう?」

「私と司令を同時に暗殺する事で両陣営の抗戦の意識を高めたのでは?」

「それはもちろんですが・・・」

 

ただ殺して影響力を落としたというだけではないと思う。

もちろん、ケイゴさんの言っている事も含まれるだろうが。

でも、その後の展開まで考慮していたら・・・。

 

「司令関連かな?」

「司令? ミスマル司令ですか?」

「はい。木連にとって、というか、草壁派にとって司令は邪魔な存在じゃないですか」

「まぁ、そうでしょうね」

「だから、影響力を落とす為にとか」

「それもあるでしょうね。司令が和平を考え直したら和平派の足並みは狂うわけですし」

「抗戦派に鞍替えを望んでいるとかいうのも」

「ないでしょうが、考慮はしているかもしれません」

 

ミスマル提督が死ねばそれで良し。

死なずとも少しでも木連に恨みを持ってくれれば良し。

和平派のトップが徹底抗戦派に鞍替えしてくれればなお良し。

う~ん、ちょっとなぁ・・・。

 

「もしかしたら、内乱が目当てかもしれません」

「内乱? 地球のですか?」

「はい。時間稼ぎの為に」

 

ミスマル司令復活後に実は対立している派閥の陰謀でしたとリーク。

その結果、派閥間で戦争が勃発。

地球内がゴタゴタしている間に木連はしっかりと基盤を整えて、とか・・・。

うん。なんかありそう。

というか、そのリークの役目とかナデシコが担いそうだよ。

ちょっと様子見ないとまずいかも。

 

「時間稼ぎとは?」

「えっと、草壁派が遺跡を確保したとか何か聞いていませんか?」

「遺跡?」

「もしかして、知りません?」

「火星の遺跡の事ですか?」

「あ、はい」

 

知らないかと思った。

 

「コウキさんこそよくご存知ですね」

「え? どういう意味ですか?」

「その事は木連ではトップに近い人間しか知りません。私も最近父から聞いて初めて木連が火星を狙った意味を知りましたし」

「あ。そうなんですか。まぁ、色々とありまして」

 

それじゃあ末端の兵士は知らない訳か。

そういえば、原作でツクモさんも遺跡の事を触れていなかったしな。

少なくとも知っているのは少将以上とか、名家とかって事だろう。

 

「・・・その遺跡が草壁派によって確保されたかもしれないと?」

「ええ。もしかしたらです」

「・・・それはかなりピンチですね」

「はい。でも、実用化には時間が掛かります」

「・・・その為の時間稼ぎですか・・・」

「恐らく」

 

遺跡を確保した以上、草壁にとって何よりも欲しいのは時間。

ここで地球側が内戦でもしてくれればかなりの時間が稼げる。

加えて、内乱にこじつけて木連がやりやすいように干渉なんかしたりして。

もしそうなら結局、徹底抗戦派の連中も草壁の掌の上で踊らされてたって事になるな。

まぁ、それはどっちでもいいか。

たとえ内乱で和平派が権力を握ろうと混乱を落ち着かせるまでに時間が掛かる。

下手したら内乱が長引いて年単位でなんて事も。

そうなれば完全に手遅れ。

木連支配の世界が始まるかもしれん。

遺跡は解析に成功すればそれぐらいの意味はあると思うし。

長引けば長引く程、不利になるとはこれ如何に。

 

「やはり一筋縄ではいきませんね」

「はい」

 

別にあそこでナデシコを潰しても、リークする方法ならいくらでもあるし。

単純に受け渡しの証拠を曝け出せばいいだけだしな。

うん。なんかこれっぽい。やっぱり様子見しなくちゃいけなさそうだ。

 

「それにしても何故私なんでしょう?」

 

今更ケイゴさんと会っても・・・というのが正直な意見。

下手すると死亡扱いされている訳だし。

現時点で木連内におけるケイゴさんの影響力は皆無に等しい。

ふむ。何の話をするつもりだろうか・・・。

 

「まぁ、とりあえず着いてからです」

「ですね」

 

そろそろ到着か。

・・・それにしても、なんかマジでかなり追い込まれている気がするな。

ミスマル司令の安否も気になるし。

う~ん、なんか幸運が転がり込んでこないかな?

 

「・・・いや、運任せは良くないな」

 

もっと考えよう。

もっと考えて起死回生の一手を。

ミナトさんも言っていたじゃないか、ピンチはチャンスだって。

まだまだ諦めちゃいない。

和平を成し遂げないと安心して平穏な生活を送れないしな。

逆境こそ男の見せ場だと知れ!

この状況を覆してこそ本当の和平が成るんだ!

やるしかないだろ、俺。

 

 

 

 

 



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哀れなピエロ

 

 

 

 

 

「司令を死んだ事にする?」

「うむ。その通りだ」

 

幾つかの路線を乗り継いでようやく病院に辿り着いた俺達。

病室ではアキトさん、ルリ嬢、ラピス嬢に加えて、艦長、ムネタケ参謀、その他何人か、恐らく改革和平派の上層部の人々、が俺達を待っていた。

司令はベッドの上で医療器具に囲まれているものの、意識もハッキリしているし、元気とまでは行かないが、大丈夫そうだった。

そして、告げられた極秘事項。

 

「何故そのような事を?」

 

生きている司令をあえて死んだ事にする。

その結果として、何を得ようとしているのだろうか?

 

「コウキ。お前は先日の暗殺騒動、誰の仕業だと思う?」

「そ、それは・・・」

 

木連と連合軍がグルだった。

そう言うのは簡単だ。

でも、その結果、草壁派の思い通りになってしまったら・・・。

 

「何を隠す必要がある。既に俺達は知っているぞ」

「え?」

「ユリカが全部話してくれてからな」

「か、艦長!」

 

なんて軽率な!

 

「え? え? 言っちゃいけなかった?」

「・・・はぁ・・・」

 

こういう人だった・・・。

戦術家であって、戦略家ではないとはよく言ったものだ。

 

「その事実を知った上で我々がどうするべきか、それを考えたのだよ」

 

司令達が導き出した答えが死んだ事にする事?

 

「しかし、既に司令が意識を取り戻したって事は知られているのでは?」

 

始めに意識を取り戻した時点で報道やらなんやらがされていると思うのだが。

 

「そういう機転に掛けてはムネタケ君以上の者はいないよ」

「ふふっ」

 

流石は参謀。

既にマスコミ勢はシャットアウトしていましたか。

 

「公表してもしなくても大した意味にはならんからね」

「どうしてですか?」

「まずは自分で考える事。答えを聞くのはその後だっていいんだから」

「は、はい」

 

艦長が問いかける。

いずれ連合軍の重役に立つ身。

色んな先輩に揉まれて成長していってくれ。

それにしても、艦長は恵まれた環境だな、軍人としては。

まぁ、親に名前に負けてしまい堕落なんて事もあるだろうけど。

艦長に限ってそれはないな、うん。

補佐役のジュンだっているし・・・って。

 

「あれ? そういえばジュンは?」

「ジュン君なら準備しているよ」

「何のです?」

「記者会見の」

「あぁ。司令の事についてですか」

 

相変わらず補佐が得意なようで。

 

「まぁ、実際は意識不明の重体という事にするがね」

「完全に死亡扱いだと戻ってきた時に困りますからね」

 

世間から存在を抹消されてしまうよ。

 

「それで、何故このような事をするのか、だが・・・」

 

真剣な表情になる司令達。

 

「木連と手を結んだ軍人達を誘き出す為だ」

「誘き出す?」

 

そんな事が可能なのか?

 

「先日の暗殺事件だが、恐らく私達側にも協力者がいるだろう」

「か、改革和平派にという事ですか?」

「うむ。そうでなければああまでスムーズに進められん」

 

改革和平派内にまで手が及んでいる。

獅子身中の虫となる者がいる訳だ。

そうなったら・・・誰を信じていいか分からない。

 

「だからこそ、まずここに絶対に信じられる者達を呼んだ」

 

それが彼ら俺の知らない人達という訳か。

 

「もし私が死んだとなれば、必ずやその死を利用しようとする輩がいるだろう。末端は分からんが、その首謀者こそ、間違いなく木連と手を組んだ軍人の一人だ」

「徹底抗戦を訴えると?」

「ああ。それ以外にも、娘のユリカに接触してくる可能性もある」

「艦長にも、ですか?」

「うむ。貴方の父親が殺されかけました。私達と組んで仇を討ちませんか、とね」

「ユリカを取り込めれば勝ったも同然だからな。民衆の同情を買い、ナデシコも手中に収められる」

 

なるほど。そこまで考えられていたか。

でも、既に艦長は司令の無事を知っている。

無事だと知っているのに仇討ちをさせようなんて。

まるで道化だな。

 

「木連の今回の強硬策。そして、ユリカから得られた情報を重ね合わせ、我々はとある結論に達した。恐らく、君も感づいているのではないかね? マエヤマ君」

「火星の遺跡を確保した。そういう事ですか?」

「うむ。彼らの目的は徹底抗戦もあるだろうが、何より時間稼ぎにあると見た」

 

どうやら、司令とは同じ結論に達したみたいだな。

 

「ええ。研究し、活用するまでの時間を求めているんだと思います」

 

既に遺跡は確保した。

それなら、屈する必要はない。

後は解析次第、全ては私の支配下だ。

そんな草壁の思惑は簡単に分かる。

分かるが、対処法がない。

 

「時間を与えてしまえば彼らの思う壷だ」

「はい」

「なればこそ、我々は短期間でこの混乱を収める必要がある」

 

時間を与えてしまえば与えてしまう程、こちらが追い込まれる。

早期解決こそが我々の最もしなければならない事。

だから、木連と繋がる者や派閥内の裏切り者を誘き出し、排除する必要がある。

その上で混乱を収めるのが最も早期な解決方法って訳か。

 

「その第一段階として私の死だ」

「第一段階・・・ですか?」

「うむ。どうせならば、我々も利用してやろうと思っていてな」

「何をですか?」

「私の死をだよ」

 

自身の死を利用する?

どういうこっちゃ?

 

「第二段階は改革和平派のトップにユリカを据える事だ」

「艦長をですか?」

 

それはぶっ飛び過ぎでは?

 

「無論、一時的なものに過ぎないが」

「どういう影響があるのですか?」

「うむ。私の死後、誰かがユリカに接触してくるだろう。だが、それには毅然と立ち向かってもらう。その後、私の跡を継ぐようにユリカにトップに立ってもらえば・・・」

 

艦長をトップに立たせる事によって・・・。

 

「民衆は父の仇の相手なのに父の意思を継いで和平を唱えている。そう捉えるだろう。それは抗戦意識を削ぎ、和平意識を高める事になる」

 

なるほど。

しかし、ある意味、民衆を騙す訳だから、後味悪いよな。

それが駆け引きであり、仕方のない事だっていうのは分かってるけど。

 

「今、民衆が抗戦を訴えているのは知っているだろう?」

 

知らない方が問いかけてくる。

 

「はい。殆どの人間が抗戦派を支持していました」

 

さっきネットで見ました。

敵方の将を暗殺する卑劣な敵という認識が高まり、民衆の殆どが和平ではなく抗戦の方へ意識を強めてしまったと。

 

「恐らく、それはミスマル司令の人望故だ。人望があるからこそ、軍内でも木連憎しの声が高まってしまっている」

 

尊敬している相手が卑劣な罠に引っ掛かってしまった。

そりゃあ誰だって怒るよな。俺でも怒る。

 

「しかも、和平提唱の途中というタイミング。司令の言葉に賛同しようと思っていた人間すらもやはり木連は、となってしまう」

 

完全に狙われたって訳だよな。

状況もタイミングも。

 

「今、改革和平派内でも抗戦を訴える者が続出している」

 

・・・完全にしてやられたって訳か。

司令の人望も計算済みな訳ね。

 

「そんな時、最も恨みを持つであろう娘が和平を唱えればどうなると思う?」

「自身の間違いに気付き、より和平の為に力を使うようになると?」

「ああ。自身より過酷な状況の人間が意思を貫こうとしている。司令を慕っている人間がそれを見て、奮起しない訳がないだろう。司令は常に和平を訴えていた。その意思を継ぐ人間の為に力を尽くそうと」

「艦長は納得しているんですか?」

 

情に篤い艦長の事だ。

人を騙すという行為に嫌悪感を抱くと思う。

それでも、納得しているのだろうか?

 

「最初は皆を騙す訳だから嫌だったけど・・・」

 

俯いていた艦長が顔をあげる。

その顔は今まで見た事がない程に頼もしい顔だった。

 

「私も和平の為に私情を捨てる必要があると思ったの。今は心苦しいけど、それが後の和平の為になるなら、私はやる」

 

・・・そうか。

 

「それなら、俺からは何も言えません」

 

艦長が納得しているなら俺は何も言えない。

どれだけ酷い事でも、それが後の和平の為なら、泥を被る覚悟がある。

凄いな。素直にそう思った。もう艦長の事を子供っぽいなんて言えない。

 

「そうか。君に納得してもらえて良かったよ」

 

ムネタケ参謀にそう言われた。

別に俺が納得しようがしまいが大きな意味はないと思うけど・・・。

 

「最後に、機を見て、私が軍に復帰する」

「それが第三段階という事ですか」

「うむ。もしかしたら、完全にユリカに席を譲り渡す事になるかもしれんが」

「もう、お父様」

 

プンプンと。

やっぱり子供だった。

 

「それによって更に和平の意思は高まるだろう」

「これは参謀が?」

「大体の筋道は私が描かせてもらった。汚い人間だろう? 私は」

 

苦笑しつつ問いかけられる。

そりゃあ、こういう策略は汚く見えるけど・・・。

 

「はい」

「正直だね」

「でも、その意思は純粋なものだと思います」

「ふふっ。そうかね。それは嬉しい限りだ」

 

意味もなく人を陥れる人より何倍も良い。

別に騙していいと言っている訳でもないし、和平を免罪符にしていいとも思ってない。

でも、その想いが真っ直ぐで、泥を被る覚悟があるのなら・・・。

 

「心強く思います。参謀」

 

ただ頼もしく感じるだけだ。

 

「本当に嬉しいよ」

 

何より俺は参謀の人柄を知っている。

確かに策略に長けた人なんだろう。

でも、それを自身の為に用いていない。

目的があり、それに必要だから使っているだけだ。

決して、全てを騙した結果ここにいるのではない。

それなら、信用に値するさ。

それに、もしそんな人間なら清廉潔白な司令に信用される訳ないし。

 

「全てが上手く行くとは限らんが、この策が成功すれば、徹底抗戦派の力を削ぎ、地球規模で和平について考えるようになる」

 

地球規模で、か・・・。

そうだよな。

軍だけが考えればいい訳じゃない。

ましてや政府だけが考えればいいものでもない。

その二つを含めた全国民で考える必要があるんだ。

地球人として、木連と火星に向き合う必要が。

 

「どちらにしろ、私はしばらく治療に専念しなければならない。後は任せたぞ。ムネタケ君。アキト君。ユリカ。他の皆もな」

「ハッ!」

 

司令の言葉に力強く応える者達。

うん。頼もしいな。とっても。

 

「しかし、どうして無事だったんですか?」

 

非常に気になる。

 

「ハハハ。丸腰であんな席に立つ程の勇気は持ち合わせていないよ」

 

そりゃあ確かに。

 

「そもそも、此度の暗殺事件とて充分予期できた事だ。なぁ、ムネタケ君」

 

司令の問いに微笑みだけで返す参謀。

え? それじゃあ・・・。

 

「始めから暗殺される事を考慮に入れてあの席に立っていたって事ですか!?」

「無論。その後の動きについても既に話し合い済みだったよ」

「この計画も演説前から練っていたものだよ」

 

・・・こりゃあ参ったね。

司令達の方が何枚も上手だったよ。

焦っていた俺達が馬鹿みたいじゃん。

やはり亀の甲より年の功か?

暗殺事件

なければよし。

あれば利用してやるまで。

恐ろしいな。親父二人。

 

「まぁ、頭を狙われたら御終いだったんだがね」

 

笑いながら言う台詞じゃないですよ、司令。

 

「そう呆れんでくれ。こうして無事だったんだから良いではないか」

 

本当に良く言えば豪胆、悪く言えば大雑把な人だ。

 

「さて、カグラ殿」

 

随分と丁寧な言葉遣い。

そりゃあそうか。

相手は敵国のトップに近い人間。

いくら元部下と上司だろうと立場が変われば態度も違う。

その辺りは流石に大人だなって思う。

 

「お久しぶりです。司令。極東方面総司令官就任おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

これで、ようやくケイゴさんの番という事か。

今までは後ろで待機していて、話に介入してこなかった。

地球の事だからって遠慮したのだろう。

まぁ、話を聞かせた以上、もう後戻りできないんだろうけど。

これで協力を断ったら殺されるだけだから。

今のケイゴさんには後ろ盾がない。

そんな中で上手く立ち回らなくちゃならないんだ。

軽率な事は出来ないだろう。

まぁ、司令達はそんな事をする人間じゃないけど、念の為。

 

「敬語など無用です。前の通りで御願いします。今の私は何の立場もありませんから」

「うむ。それならば、そうしよう」

 

要望されたら別に断る必要もない。

司令としてもいつも通りに接したいだろう。

以前までは期待していた部下として目を掛けていた訳だし。

ケイゴさんへの元上司としての気持ちは深い筈。

 

「しかし、驚いたよ。君は死んだと思っていたんだがね」

「はい。騙してしまった事、大変申し訳なく思っています」

「うむ。だが、そのお陰で木連人と接触できたのだ。感謝する」

「勿体無いお言葉です」

 

実際、神楽派という和平派がいなければ混迷する所だった。

司令の言った通り、ケイゴさんの存在は我々にとってもありがたい。

 

「さて、話は聞かせてもらった。出来ればすぐにでも君を木連に帰してやりたいのだが」

「はい。恐らく、草壁派が妨害してくるでしょう。私を亡き者にした方が手っ取り早いですし彼らにとっても都合が良い」

「うむ。死人に口なし、だからな。君が帰って事実を公表したら彼らの計画は全てが台無しだ」

「だからこそ、私は一刻も早く本国に戻る必要があるのです」

 

ケイゴさんがいない間に木連内の情勢がどれだけ変化するかが怖い。

一気に徹底抗戦なんて事になっていたら、その状況をひっくり返す事は困難。

ケイゴさんには一刻も早く、生存と事実を知らせて欲しい。

でも、その方法がない。

 

「一つだけ方法がない事もない」

「ッ! 本当ですか!?」

 

マ、マジですか!? 司令。

 

「アキト君」

「はい」

 

え? アキトさん?

 

「彼は過去、木連に行った事があるそうだ」

「なっ!? 地球で英雄と名高い貴方が木連に!?」

 

そりゃあ驚くよな。

木連の防衛の甘さを示しちゃっている訳だし。

でも、まぁ、多分、アキトさんが木連に行ったっていうのは逆行前だと思う。

ケイゴさんに知る術はないけど。

 

「そして、この方法を実行する為には君に、いや、君達に約束してもらわねばならん」

「何でも約束しましょう」

「うむ。君はボソンジャンプを知っているだろう?」

「次元跳躍の事ですよね? 知っています」

「しかし、君達の場合、チューリップを介さねばならない」

「確かに。短距離であれば単機でも可能ですが、遠距離ならばその通りです」

「無論、地球と木連は遠く離れている」

「はい。移動するのならばチューリップが必要になるでしょう。しかし・・・」

「うむ。チューリップを用いれば確実に邪魔が入ってくるだろうな」

 

チューリップを支配下に置いている草壁派だ。

チューリップを介しての帰還なんて捕まりに行くようなもの。

 

「だが、その固定概念を崩せるとしたら?」

「は? それはどういう・・・」

「これは本来なら切りたくない切り札だったが・・・アキト君」

「はい」

 

・・・やっぱりアキトさんのボソンジャンプって事か?

 

「ジャンプ」

 

消えるアキトさん。

そして、ケイゴさんの背後に現れる。

 

「こ、これは!?」

「私も初めて見た時は驚いたものだよ」

 

驚愕の表情を浮かべるケイゴさん。

それはそうだ。

木連人にとって、ボソンジャンプとは遺伝子改造して漸く行えるエリートの証。

そして、チューリップを介すか、機械補助なくしては絶対に行えないもの。

それなのに、生身で何の媒介も必要とせずに跳ぶなどありえない事。

実際はCCを媒介としているが、それにしたって常識の範囲外なのだ。

 

「ど、どのような事をすればそんな事が可能に? 地球の技術なのですか!?」

 

興奮した様子で問いかけてくるケイゴさん。

そりゃあ、これを習得できれば大きなメリットになるからな。

でも、それは不可能。

 

「これは特別でね。私達も無理なのだよ」

 

まぁ、僕は可能ですが。

 

「それでしたら、何故彼はこんな事が」

「うむ。それは和平成立後に話す事になるだろう」

「秘密・・・という訳ですか」

「必ず話す機会を設ける。だから、和平成立後まで黙っていると約束して欲しい」

「・・・そうですか。分かりました。必ず約束は守ります」

 

和平が成立しなければ火星人の事については話せない。

どこかで漏れる可能性もあるし、実験体扱いなんてさせてたまるものか。

・・・それにしても、どうして司令が知っているんだろう?

火星人だけ特別とか、アキトさんが自由に飛べるとか。

それに、和平成立後に話すという事は、単体ボソンジャンプを封印する計画まで知っているって事だろ?

そうじゃなければ和平が成立したからといって話していいものじゃないし。

切り札を切るにしたってあまりにも危険すぎる。

やっぱりアキトさん達が教えたんだろうか?

後で詳しく教えてもらわねば。

 

「彼ならば君を木連まで送り届ける事が出来る。秘密裏にね」

「木連まで? まさかここから木連まで跳躍できるのですか!?」

「うむ。草壁派、といったかな。彼らに妨害される事なく木連へ向かうならばこれ以外にあるまい」

「・・・感謝します。これで父や仲間達に真実を打ち明ける事が出来る」

「だが、木連に近付けるだけで神楽派に接触できるかどうかは別だ。その辺りは君の機転に掛かっている。どうにかして草壁派にバレないように無事生還を果たして欲しい」

「はい。必ずや」

 

まずは木連内の誤解を解く事。

少しだけ道が拓けてきたかな?

 

「ただ、その事実を木連全体に公表するのは少し待っていてもらいたい」

「何故ですか? 早く公表しなければその分国民の・・・」

「こちらとタイミングを合わせて欲しいのだ」

「合わせる・・・ですか?」

「うむ。こちらが安定すれば草壁派はまた何かしらの策を打ってくるだろう」

「確かに」

「だから、その余裕を与えないタイミングで草壁派を失脚させたいのだ」

「言わば、神楽派と地球を結託させ、草壁派を共通の敵とする訳ですね」

「うむ。今すぐ話してしまえば確かに木連内で彼らの力は落とせるだろう。だが、地球が混乱している以上、付け入る隙はいくらでもある。草壁派がその間に力を蓄えてしまったら混乱を収めてすぐでは対応できない」

「一理あります。ですが、私達も無駄な犠牲は出したくない」

 

徹底抗戦を訴える草壁派が権限を持てば、戦争が激化するのは必至。

それは以前より多くの犠牲が出る事を示している。地球も木連も。

ケイゴさんはその犠牲を懸念しているのだろう。

 

「君の気持ちは分かる。だが・・・」

 

でも、現実は非情なんだ。

 

「この方法でなければ市民に犠牲が出る」

 

戦争中、地球内で虐殺を受けたという記録は残っていない。

激化したらどうなるか分からないが、犠牲は軍人だけなのだ。

また、木連は無人機が殆どという事もあり、人的被害は少ない。

たとえ死んだとしてもそれは軍人である筈。

だが、草壁が失脚し、強引に事を進めてきたらどうだろう。

地球内で虐殺が起こらないとは限らない。

逆恨みで木連内に虐殺が起こらないとも限らない。

現状を維持する事が出来れば、少なくとも民間人の被害は少ないのだ。

もちろん、これもたかが推測でしかない。

でも、最も被害が少ないであろう方法がこれなのだ。

草壁を失脚させ、怒涛の勢いで滅ぼし、その勢いのまま和平を成す。

そして、戦後の事を考えても、敵を一つとする事で仲間意識を持たせ、

かつ、戦争の種を滅ぼす事が出来るというこの策が最も理想的なものなのだ。

共通の敵を持たせる事こそ戦争終結を加速させる。

この策の実現こそが俺達に残された最後の手段。

戦後、協力体制を敷く為にも、戦争を早期に終わらせる為にも。

これ以上の策は存在しない。

 

「それならば、軍人は死んでも構わないと仰るのですか!?」

 

ケイゴさんの気持ちも分かる。

軍人なら死んでもいい?

そんな考えは間違っている。

市民の為に命を投げ捨てるのが当然?

それはあまりにも穿った考えだ。

でも、現実はそんなに甘くない。

 

「犠牲の上に和平は成り立つ。私達に出来る事はその犠牲を無駄にしない事だけだ」

「クッ。司令、私は貴方を見損ないました」

「それでも構わない。私一人が失望される程度で和平が成せるのならばな」

 

ミスマル司令とて犠牲を出したい訳ではない。

それはユリカ嬢が涙を堪えて必死に我慢している事からも窺える。

きっと俺達が来る前にこの事を話されていたのだろう。

当然、情に篤い彼女は反対した。

でも、その情の篤さと同じくらい頭の良い彼女は司令の正しさも理解してしまった。

感情を優先するか、理屈を優先するか。

人の死を数として見るどこまでも身勝手な行為だけど、犠牲なくして前に進めない事も事実。

散々悩んだ末にユリカ嬢は納得した。

それは先程ユリカ嬢が自ら述べた私情を捨てるという言葉に示されている。

どこまでも客観的に物事を眺める。それがトップの人間には必要な事。

情に篤いユリカ嬢やケイゴさんにとっては辛い事だろうけど・・・耐えてもらうしかない。

誰だって好き好んで犠牲を出したい訳じゃないんだ。

・・・こうして平然としてられる俺は随分と染まっちゃったんだな・・・。

 

「この策を遂行するためには私達と神楽派での綿密な話し合いが必要になる」

「・・・・・・」

「一度切った切り札だ。アキト君には両陣営の橋渡し役を担ってもらう」

「・・・地球と木連を何度も往復してもらうという事ですか」

「そうだ。私達の意志、木連の意思、全て彼に伝えてもらう」

「私はまだ彼を信用した訳ではありません」

 

そりゃあそうだよな。

初対面に近い訳だし。

 

「それならば、君は誰なら信じられると?」

「・・・コウキさん。御願いできますか?」

「俺・・・ですか?」

「はい。地球を知り、木連を知るコウキさんであれば、安心して任せられます」

 

ケイゴさんからの信頼。

それなら、俺はケイゴさんの信頼に応えてみせよう。

 

「アキトさん」

「何だ? コウキ」

「この橋渡し役、全て俺が担います」

「それは地球側もという事か?」

「ええ。その通りです」

 

正直、橋渡し役なんて自信ないけどね。

やってやるさ、全力で。

 

「しかし、マエヤマ君だけでは木連には赴けない。毎回、アキト君と二人で行動させる訳にも行かぬし―――」

 

苦悩の表情を浮かべるミスマル司令。

俺の事は司令に話してなかったみたいだな、アキトさん。

俺のことを隠そうとしてくれた。

その気遣いには本当に感謝してもしたりないぐらいだ。

でも、貴方だけに泥を被ってもらうつもりはありませんよ、アキトさん。

俺も・・・和平の為には、艦長のように私情は捨てなければならないんだ。

いや、違うな。ようやく、捨てる覚悟ができたんだ。

 

「ジャンプ」

 

アキトさん同様、突然跳んでみせる。

 

「なッ!?」

「・・・なんと」

 

唖然とした表情を浮かべる皆さん。

ちょっと気持ちいいと思ったのは俺と皆だけの秘密な。

 

「マエヤマ君。まさか君もだったとは」

「黙っていて申し訳ないと思っています。ですが、これの危険性を考えたら秘密にしておかねばならなかった」

「うむ」

「どうしてですか?」

 

司令は納得、ケイゴさんは疑問といった所か。

 

「ケイゴさん」

「はい」

「たとえば貴方も自由に跳べるようになれるとしたら、貴方は是が非でもこの技術を習得したいと思うでしょう?」

「ええ。便利な事この上ないですからね」

「ですが、どうしても方法が分からない。地球側が隠している技術なのかもしれない。特別な条件があるのかもしれない。習得したいのにその方法が分からなかったら、貴方ならどうしますか?」

「知っている人に聞きます」

「ですよね。でも、その人が教えるのを拒否したら?」

「また別の人に聞きます」

「では、知っていると思われる全ての人に拒否されたらどうします?」

「それは・・・」

「きっとケイゴさんなら諦めると思います。名残惜しいでしょうが」

「・・・ええ」

「でも、人間の欲望とは凄まじいものです。強引にでも知ろうと思う筈」

「・・・分かります」

「脅迫? 自白剤? それでもまだマシな方です」

「それでもまだマシな方なのですか?」

「はい。欲望とは時に人をバケモノにしてしまう。狂気が人を変えてしまうんです。非人道的な事でも平気で出来るように理性を失わせてしまう」

「・・・生体実験・・・という事ですか?」

「はい。死人が出ても気にせずに実験を繰り返すでしょう。俺はそんな犠牲が出るのが嫌だった。それで黙っていたんです」

「過去に何かあったのですか? そこまでの事を連想してしまう何かが」

 

確かに普通に生きてればそこまで発想は飛ばないだろうな。

人間不信になるような事があったのかと疑問に思うのは当然だ。

 

「ありましたよ」

 

過去にも未来にも。

事実、ボソンジャンプの生体実験は実際に行われていた事だ。

 

「嫌な話です。自分達で人工的に作り出した命を道具のように弄ぶのですから」

 

マシンチャイルド。

あの事件は絶対に忘れない。

人が人と思えなくなった瞬間。

あの時、ミナトさんがいなかった本気で人間不信になっていたかもしれない。

 

「ケイゴさん。貴方は考え過ぎだと思うかもしれません」

「・・・・・・」

「でも、少しでも可能性があるならば阻止しておきたい。人の狂気によって、尊い命を粗末にして欲しくない。そんな俺の想い、共感しろとまでは言いませんが、理解して欲しい」

「・・・コウキさんの言いたい事は分かりました。私もそんな事で命を落とすような事があってはならないと思います」

「ありがとうございます」

「ですが、いいのですか? コウキさんがその役を担ってしまえば、その想いも・・・」

「将来的に生体ボソンジャンプは封印するつもりですから」

「それも計画の内という訳ですか」

「人は自身になく誰かにあるから欲しがります。でも、自身になく、他人にもないものまで欲しがろうとはしません」

「・・・そうであればいいのですが」

「そうであって欲しいです」

 

・・・不安じゃないと言えば嘘になる。

たとえ封印しようと暴走する人間がいるのではないかと。

でも、現状、そんな事を考えても意味のない事だ。

それは後で考えよう。まずは実現してから。

その後、抑止力となるものを考えれば良い。

 

「本来なら完全に秘密裏で封印するつもりだったんですけどね。過去に行った事を説明もせずに誤魔化してしまえば禍根を残します。和平成立後にはきちんと封印する意図も説明し、納得してもらうつもりです」

「私もそのつもりだ」

 

ありがとうございます。司令。

 

「分かりました。この事は父や側近のみに話し、隠し通すと約束します」

「ありがとうございます。ケイゴさん」

「いえ。当然の事です」

 

相変わらず好青年だな、ケイゴさんは。

 

「とにもかくにも、俺がその役目を担います。初めだけ、アキトさん、御願いできますか?」

「無論だ。任せておけ」

「御願いします。その後は火星再生機構に専念を」

「・・・すまないが、しばらく時間が掛かりそうだ」

「分かっています。今回の件で火星人の恨みは再燃したでしょうし」

「ああ。だが、なんとしても抑えて、実現させてみせる」

「私とラピスも全力を尽くします」

「任せて。絶対になんとかする」

「うん。御願い。二人とも」

 

流石にイメージできなければ飛べないから初めはアキトさんと共に行く。

後はそのイメージだけきちんと覚えておけば俺ならいつでも跳べるし。

火星再生機構はアキトさんと妖精二人に任せると決めたんだ。

後はもう実現すると信じて待つだけ。

 

「話は纏まったようだな。マエヤマ君。今後は君が鍵となってくる」

「はい」

「君一人に重大な責任を背負わせて申し訳ない。だが、君なら私達の期待に応えて、責務を全うしてくれると信じている」

「ハッ」

 

鍵か・・・。なんかケイゴさんの言っていた通りになったな。

俺が戦争を左右する存在になるなんて夢にも思わなかった。

でも、こうして司令も信頼してくれている。

敵国のケイゴさんだって俺を信頼してくれている。

その信頼に応えられなっきゃ男じゃないって。

いや。別に女性差別している訳じゃないけどさ。

それに、何よりこんなにも明確な和平へのビジョンが浮かんだのは初めてだ。

彼らの信頼に応える事が後の平穏に繋がる。

それだったら全力で任務に全うするまでだ。

 

「地球、木連、両陣営の和平への架け橋となるべく、尽力致します!」

 

 

後日、さっそく計画が進みだした。

記者会見の場で告げられる司令の危機的状況。

そして、動き出す陰。

彼らは知らない。

自身が掌の上で踊らされている哀れなピエロである事を。

 

 

 

 

 



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人選ミスな攻略戦

 

 

 

 

 

「ルリちゃん。ちょっといい?」

「・・・はい」

 

ミスマル司令の病室から退室する際にルリ嬢を呼び止める。

彼女にはどうしても俺の口から伝えなければならない事があるからだ。

どうしても俺の口から。

 

「・・・俺達は席を外したほうがいいか? コウキ」

「・・・・・・」

 

心配そうにこちらを見詰めるアキトさんとラピス嬢。

いや、ここは二人にもいてもらった方がいい。

無関係という訳ではないのだから。

 

「いえ。アキトさん達にも関係がある事です」

「そうか。了解した」

「・・・話を聞く」

 

ルリ嬢もなんの話か察しが付いている様子。

暗い表情で少し震えている。

これを伝えるのは本当に残酷な事だけど・・・逃げられる事でもない。

 

「ケイゴさん。秘密話をする訳ではないですが、貴方にとって少しきつい事になるかもしれませんので、できれば席を外していただけると嬉しいです」

「そう・・・ですか。分かりました。私は司令と少し話があるので」

「助かります。すいません。変な気を使わせちゃって」

「いえ。お気になさらず」

 

すいません、ケイゴさん。

 

「・・・ルリちゃん」

「・・・はい」

「ごめん。本当にごめん」

 

頭を下げる。

下げられる限界まで。

 

「俺は・・・絶対に君とオモイカネを会わせると約束した。君にも、オモイカネにも」

 

ルリ嬢にとって一番大切なお友達であるオモイカネ。

オモイカネはルリ嬢に会いたがっており、ルリ嬢もまたオモイカネに会いたがっていた。

そして、俺は絶対に会わせてみせるって、そう約束したんだ。

それなのに・・・。

 

「・・・コウキさんのせいじゃありません。仕方のない事です」

 

気丈にもルリ嬢はそう言う。

でも、震える身体、震える声。

顔を見るまでもなく、ルリ嬢は悲しみ・・・泣いていた。

その俯かれて見えない顔はきっとクシャクシャに歪んでいるのだろう。

 

「・・・コウキ。お前のせいじゃ―――」

「仕方のない事。俺のせいじゃない。そう言ってしまえば確かに楽になれるでしょう。でも、俺はルリちゃんがどれだけオモイカネを想っているか知っています。どれだけオモイカネがルリちゃんを想っているか知っています。それを・・・」

「・・・でも、コウキ、貴方が謝った所でオモイカネが戻ってくる訳じゃない」

「それは・・・」

 

ラピス嬢の一言が胸に刺さる。

そう、彼女の言う通り、俺が謝ったからと言ってオモイカネが戻ってくる訳ではない。

だが、だからといって、約束をした俺が、必ず会わせると断言した俺が、何の言葉もなく見知らぬ振りなんて・・・できる訳がない。

 

「・・・コウキさん。謝らないでください」

「・・・ルリちゃん」

「貴方は本当に悪くありません。これは慰めでもなく、私の本心です」

「・・・・・・」

「あの状況でコウキさんにナデシコCが沈むのを阻止できる訳がありません。それに、沈めたのはコウキさん達ではなく、木連なのですから」

「でも・・・」

「コウキ。そう自分を責めるな。お前にだって出来ない事はある」

「・・・・・・」

「・・・攻撃してきたのは木連。騙したのも木連。コウキはナデシコを生かす為に精一杯やった。違う?」

「ラピスの言う通りです。コウキさんは精一杯やってくれました。そんな貴方を責める訳がないじゃないですか」

「ルリちゃん・・・」

 

何故だろう?

謝りに来た筈の俺が慰められている。

本当に辛い筈のルリ嬢ではなく、責められるべき俺が・・・。

 

「・・・覚悟はしていました。オモイカネに会えなくなってしまうかもしれないと。でも、私は私の意思でオモイカネではなく、違うものを選んだのです」

「・・・それは?」

「火星再生機構。私にはオモイカネに会う為に、ナデシコと共にナデシコCの下へ行くという選択肢もあった筈です。ですが、それをせずに火星再生機構を優先した。私とオモイカネが会えなかった理由はそこにあり、コウキさんのせいではありません。そして、私は自分の決断に後悔はしていません」

「ルリちゃん・・・」

 

心とここまでかけ離れた言葉を聞くのは初めてだ。

今のルリ嬢を見たら、その言葉が嘘だって事は誰にでも分かるだろう。

ルリ嬢。君は本当に後悔しているんだな。

あの時、自分も行けば良かったと。

そうすれば、オモイカネに会えたのにと。

でも、今、それを言ったら、火星再生機構を優先させてしまったとアキトさんが心を痛め、会わせると約束した俺が会わせる事ができなかったと心を痛めるから。

だから、自分の心とは裏腹な事を・・・。

 

「そっか」

「はい」

 

・・・そんな彼女に俺はなんて言ってあげられるのだろう。

そこまで、自分の感情を偽ってでも他人を思いやるこの子になんて言葉をかけてあげたら。

いや、なんにも言わないであげるのが彼女の為なのかもしれない。

慰めの言葉なんて、彼女を気遣っているようで・・・傷を抉る事になりかねないのだから。

ただ・・・。

 

「・・・・・・」

 

このままの状態で放っておく訳にはいかない。

 

「・・・・・・」

 

無言でアキトさんに視線を向ける。

お願いします。アキトさん。

今の彼女の心を癒してあげられるのは貴方だけです。

 

「・・・・・・」

 

俺の意思が伝わったのか、アキトさんは頷いてくれた。

このまま救いがないままではルリ嬢は悲しみに押しつぶされてしまうだろう。

だから、アキトさん、頼みました。

 

「コウキ。詳細が決まり次第、こちらから連絡する」

「了解です」

「それじゃあな。ルリちゃん、ラピスちゃん。行こう」

「・・・はい」

「・・・うん」

 

二人を連れてアキトさんが去っていく。

帰り際にまた、力強く頷いてから・・・。

 

「ごめんね。ルリちゃん」

 

 

 

 

 

ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン!

 

「ど、どうしてこうなった!」

 

施設内にけたたましい音が木霊する。

そんな中をケイゴさんと共に走る俺。

 

「まさか、こんな手段に出るとは思いませんでしたよ、コウキさん」

「ええ。まさか、俺もこんな事になるとは思いませんでした」

 

何故このような事になったのか。

それを説明するには、少し時間を遡る必要がある。

 

 

 

 

 

「コウキ。早速だが、カグラ・ケイゴを木連に送り届けようと思う」

「はい。早ければ早いほどいいでしょう。ケイゴさんの生を早く神楽派に伝えないと取り返しの付かない事になります」

 

ケイゴさんを木連に送り届ける事ができるのはアキトさんただ一人。

これは単純に移動手段がないからと言える。

長距離移動に適しているチューリップは草壁派が掌握しており、ジャンプが露見する可能性がある為、却下。

だからといって、通常ルート、チューリップを用いない方法で行くと到着までに数ヶ月、いや、下手すると、数年単位の時間が必要になる為、こちらも却下。

そうなると取れる手段はひとつに限られる。

即ち、A級ジャンパーによるチューリップを介さないボソンジャンプだ。

但し、ご存知の通り、ボソンジャンプはジャンパーのイメージにより場所が決定される。

無条件にボソンジャンプができる俺とて行った事がない場所には行く事ができないのだ。

そこで必要とされるのは、木星のイメージが明確にできる地球側の人間。

すなわち、アキトさんだけなのである。

 

「だが、俺が知っている場所は木連市民船内にあるちょっとした研究施設だけだ。そこにジャンプする事になると思うが、敵の本拠地である分、危険性は高い」

「それは・・・百も承知です。リスクなき策には効果もありません」

「そうか。それならば、早速向かおう。ついでに・・・その研究施設も制圧してしまおうじゃないか。そこは・・・木連の闇、遺伝子改造の度を超えた違法施設なのだから」

 

 

 

 

 

「元々木連の人間は遺伝子を改造されている。そこから発展して最強の人類を作り出そうという研究が進められていてもおかしくはないよな。地球のマシンチャイルドより何倍も自然な気がする」

 

そして、そんな施設をアキトさんが襲撃するというのも同じく自然な流れだ。

一時期、未来の事だが、アキトさんは違法研究施設を悉く襲撃していた。

当然、地球はもちろんの事、木連の研究施設だって襲撃している筈であり、その場所を記憶していてもなんらおかしくはない。

それに、アキトさんがラピス嬢と出会ったのは遺伝子改造の研究施設だった筈だし。

 

「やはり、外にでないと分からないものですね」

 

唐突に呟くケイゴさん。

 

「どういう意味ですか?」

「木連の闇が、です。同じ木連であるのに私はこのような研究施設がある事を知らなかった。いえ、同じ木連であるからこそ、私は知る術もなく、知ろうとする事もしなかった」

「それは・・・」

「外から見ないと分からない事がある。私が木連から追放されたのは私にとって幸運であったのかもしれませんね」

 

ケイゴさんが拳を強く握る。

自らのやるべきことが分かった。

そう言わんばかりの強い決意を秘めた瞳をしながら。

 

「さて、そろそろ、ここに来た本来の目的を果たそう。始めに俺がエステバリスを使って奴らの目を引き付ける。お前達はその間に施設に侵入。施設を制圧してくれ」

 

ん? お前達?

あれ? アキトさんが施設内に侵入して制圧するんじゃないのか? え? え?

 

「え? もしかして、アキトさん、その、俺も・・・」

「ああ。期待しているぞ、コウキ。お前の力で施設を支配してくれ。遠慮する必要はない」

「・・・やっぱりか」

 

こうして、アキトさん陽動役、俺、ケイゴさん侵入・制圧役という人選ミスな作戦が開始された。

絶対、俺陽動役、アキトさん、ケイゴさん侵入・制圧役の方が良いって、絶対。

 

 

 

 

 

「潜入工作とか俺向きじゃないと思うんだけど・・・」

「アハハハ。私も一応このような状況を想定した訓練を受けてはいますが、いかんせん経験不足で」

「・・・が、頑張りましょう」

「・・・はい」

 

不安だ。

不安すぎる。

いや、ケイゴさんが不安という訳じゃなくて、むしろ、心強いんだけど・・・。

こういうのは経験が一番大事だと思うんだよね。

それがさ、無経験二人って・・・アキトさん、マジ鬼畜です。

 

「とりあえず、地図でも手に入れますか」

 

施設内の回線にアクセス。

IFS専用端末じゃなくても対応できるように、通常の端末とIFSを繋げるケーブルは常に持っている。そもそも市販されているぐらい簡単に入手できる代物だし。

そして、施設内の地図や研究内容、研究員、防衛システムの情報を読み取る。

 

「なるほど。残念ながら、ここから施設を掌握する、という訳にはいかないみたいです」

「どういう事ですか? コウキさんほどのハッカーでも対処できないぐらい複雑なシステムなんでしょうか?」

「いや、そういう訳ではないです。むしろ、すぐにでも侵入できる脆いシステムなんですけど・・・」

 

問題があるのだ、とても大きな。

 

「二つ問題があります。一つは迎撃システムがここから侵入できる回線とは異なるシステムで構成されている事。簡単に言えば、迎撃システムだけ独立していて、実際に迎撃システムを制御している端末にいかないと制御を奪えないんです。命令はこの回線からでもできるみたいなので、機能は停止しておきますね」

「機能を停止できるだけで充分な気がしますが・・・」

「どうせなら制御丸ごと奪ってしまった方が楽なので」

「な、なるほど」

 

敵の動きを止めるのと、敵を味方にする。

どちらが今後有利になるかなんて一目瞭然だろう。

制御システムに繋がる事ができれば一瞬で掌握できるのだから・・・多分だけど。

 

「あともう一つは・・・」

「もう一つは?」

「既に見付かっている、という事です」

 

バンッ! バンッ!

 

「クッ。コウキさん、こちらへ」

 

ケイゴさんと共に壁に隠れる。

銃撃は続くが、とりあえずこれで喰らう事はない。

 

「自動迎撃システムの機能は停止しましたが、生きている兵士は支配できないという事です」

「なるほど。流石のコウキさんでも生きている人間はハッキングできませんからね」

 

ケイゴさんは俺をどういう人間だと思っているのやら・・・。

 

「何故見付かったのか、それは考えてもしょうがない事ですので考えないとして」

「はい。既に見付かってしまった以上、ここを制圧する為には・・・」

「迎撃システムの制御室を占拠。迎撃システムに敵の相手をしてもらうとしますか」

「そうですね。そして、その上で研究施設の責任者の身柄を確保。制圧といきましょう」

 

方針は決定。

あとは、この攻撃網をどう突破するか、だな。

幸いな事に、ここにいる二人は・・・。

 

「白兵戦闘力だけは化け物だからな」

 

懐から銃を取り出す。

こうして、目の前の人間を殺すのは初めてだな。

今まで、散々エステバリスごとに殺してきたというのに、少し怖気ついている自分がいる。

でも・・・やるしかないんだ。

 

「それと、ケイゴさん」

 

相対する敵兵士達。いや、敵兵器達か。

 

「気を付けてくださいね。相手は只の人間じゃありません。遺伝子改造によって人間の限界を超えた・・・改造人間、言いたくないですが、人間の皮を被った兵器です」

 

人間の尊厳を踏み躙った行為の上にある存在。

恨みも憎しみもないけど、倒させてもらうよ。

それがきっと貴方達にとっても幸せだと思うから。

・・・思考も感情も消された物言わぬ兵器に改造されてしまった貴方達にとって。

ホント胸糞悪い世の中だよ。

 

 

 

 

「これでよしっと」

 

迎撃システムの掌握。

これにより敵兵士達は実質的に無力化できた。

『こちらも完了しました』

「了解」

 

研究施設の責任者の身柄確保。

これはケイゴさんに任せた。

俺は迎撃システムを利用しての援護。

悪いけど、迎撃システムを掌握した俺にとって今の施設は自分の庭みたいなもんだ。

誘導、殲滅なんでもござれといった感じだ。

 

「アキトさんへ連絡しておきました。アキトさんはこのまま地球へ帰還するそうです。後は同様にここからケイゴさんの父親に連絡を―――」

「それはちょっと待ってくれますか。父に直接連絡するのは危険です。父は私同様、いえ、私以上に警戒、監視されている筈ですから」

 

確かに。

ケイゴさんの父親からケイゴさんの事がバレる事はまずないと思うが、監視されていると想定できる以上、不用意に接触するのはまずい。

もしかしたら、ケイゴさんの父親への通信は全て草壁派に筒抜けかもしれないのだ。

そんな事はないだろうが、ないと断言できない以上、考慮するべき。

それなら・・・。

 

「私の知り合いに父と懇意で軍内でも高い位の者がいます。その方に連絡を取り、そこを経由して父と接触を図ろうと」

 

協力者を得るのが一番である。

 

「分かりました。連絡先、連絡内容についてはケイゴさんに任せます」

「はい。ありがとうございます、コウキさん」

「いえいえ。お礼はアキトさんに。俺は何もしていませんよ」

「・・・本当に、謙虚な人だ」

 

 

 

 

 

「約束の時間まであと少しです」

 

結局、その知り合いという人と接触する場所にはこの研究施設を選んだ。

軍や政府にすら隠し通している研究施設らしく、秘密の面会をするにはここ以上に適している場所はない。

誰がこの研究施設のスポンサーかは知らないが、利用できるものはとことん利用させえてもらおうと思う。

せっかくだし、俺が木連で活動する際の拠点にでもさせてもらうとしましょうか。

 

「たとえ銃を向けられても動揺しないでくださいね」

「は、はぁ・・・」

 

それはなんて無茶ぶり。

誰だって銃を向けられたら―――。

 

「すぐに解決しますから。私を信じてください」

 

・・・そんな事を言われたら、信じるしかないじゃないですか。

はぁ・・・もうどうにでもなれってんだ。

 

シュインッ。

 

開かれる扉。

現れる屈強な男達。

 

カチャ。

 

そして、こちらに向けられる数多の銃。

 

「お久しぶりですね。キシモト少将」

 

だが、この男はそれに動じない。

ふてぶてしいまでに堂々としている。

流石、ケイゴさん。

これは負けてられないな。

・・・動揺を隠せずに、額に浮かんだ汗についてはスルーしてくれると助かる。

 

「・・・ケイゴ。まさか、本当に、お前とは・・・」

 

対して、呆然と立ち尽くす壮年の男性。

そうか。彼がケイゴさんの知り合い。

木連優人部隊所属、タニヤマ少将か。

 

「・・・生きていたんだな」

「ええ。生き恥を晒しております」

「死んだ。そう聞かされていたのだがな」

「・・・真実を、お話します」

「そうか。そうしてくれ」

「まずは少将。お席に」

「ああ」

 

副官らしき男を傍に立たせたまま、少々は椅子に座る。

・・・えっと、とりあえずもう銃は降ろしていいんじゃないかな?

 

「最後にもう一度確認させて欲しい。お前が本当にケイゴである事を」

「ええ。どのように証明しましょうか」

 

ケイゴさんのそっくりさんである可能性は消えた訳じゃない。

それゆえの証明。

慎重な姿勢は大事だ。

半ば確信していようと最終確認を怠らないのは流石少将だなと思った。

 

「お前の私に対する戦績は?」

 

は? 戦績? なんの事だ?

 

「三十一勝七十三敗」

 

相当やっているみたいだな、その勝負。

 

「お前と俺の初めての対局は?」

「私が十の時です」

 

ん? 対局?

 

「お前の初恋は?」

「俺が八歳の時・・・って何を言わせるんですか!」

「どうやら本物のようだ」

「最後のはおかしいでしょう!」

 

・・・なんか一気にイメージ変わった。

というか、ケイゴさん、振り回されていますね。

 

「おい」

「ハ、ハッ!」

「お前達は席を外せ。こいつは本物のようだ。外で見張りをしておけ」

「りょ、了解であります!」

 

銃を構えていた兵士達が退室していく。

どうやら、彼らも彼らなりに動揺していた様子。

ケイゴさんの知り合いみたいだから、驚いていたんだろう。

死んだと思っていた奴が突然目の前に現れたら誰だって驚く。

それが知り合いであれば尚更な。

 

「ケイゴさん。対局って?」

「少将とは将棋仲間なんですよ。あと少将の部下達とも」

「・・・さいですか」

 

・・・納得したけど、納得できないな。

 

「それではお話します。始まりは我々の行動が草壁派に露見した事からです」

 

 

「・・・なるほど」

 

ケイゴさんの話が終わった。

一部始終漏れる事なく。

少将は深々と椅子に座り直すと隠すことなく溜息を吐いた。

 

「完全にはめられてしまったようだな、ケイゴ」

「ええ。私が迂闊でした。罠である可能性を考慮せずに行動してしまったのですから」

「なに。なにようにしてなった結果だ。後悔しても始まらんだろう」

「ハッ」

 

そうケイゴさんに言い聞かせる少将だったが、その顔は苦渋に満ちていた。

 

「もしや、父が・・・」

 

それに気付いたのか、ケイゴさんは慌てた様子で問いかける。

 

「いや。カグラ大将の意思は変わらない。大将は徹底して和平を唱えている」

「・・・良かった。流石は父上。感情に囚われていない」

 

ケイゴさんは安堵の息を吐く。

でも、それだったら、少将はあんな顔をしない筈だ。

 

「だが、息子の報復として一戦交える事も辞さないと」

「なっ!? それは本当ですか?」

「ああ。どちらにしろ、和平は対等でなければならない。その為には地球の力を削ぐ必要があるのだ。一戦交え、我々が勝利しなければ、決して対等の立場にはならん」

「しかし、それでは莫大な被害が・・・」

「うむ。もちろん、戦争以外にも力を削ぐ方法はいくらでもある。だが、和平派のトップが賛同してしまえば軍の方針もそうなってしまうだろう」

「愚かな。父上はそのような方では―――」

「それほど、お前の死は大将にとって大きかったという事だ」

「クッ。でも、まだ今なら―――」

「無理だ。たとえ不本意であろうと一度告げた言葉は撤回出来るものではない」

「・・・申し訳ありません。父上」

 

項垂れるケイゴさん。

自身のせいで戦争が、なんて思っているのかもしれない。

でも、それを言うなら俺らのせいでもある。

それに、そもそも、大元の原因は草壁派にあるのだ。

これに関してはケイゴさんのせいでもなんでもない。

ケイゴさんが責任を背負う必要なんてどこにもないのだ。

背負う必要のない責任を背負うのは完璧超人ケイゴさんの唯一の欠点だな、うん。

それに・・・。

 

「俺は賛成です」

「え?」

「一戦交えなければならない。それは地球も木連も同じでしょう」

「コウキさんは犠牲者を出しても構わないと!?」

「そうは言っていません。ですが、互いに認識する必要があると思うんです」

「認識・・・ですか?」

「はい。俺達は互いの事を知らなすぎる」

 

それがこの戦争の根本的な原因なのだ。

 

「我々地球側は司令の演説によって木連の存在を知りました。ですが、それは司令の言葉であって、実物と遭遇した訳ではない。市民はもちろん、軍内でも半信半疑の者がいる筈です。その戦闘は地球にとって木連人が紛れもなく人間であると悟る何よりの機会です」

「木連人を知る機会・・・」

「そして、それは木連も同じでしょう。悪の地球人、ただそれだけを思って木連は戦争をしてきた。木連人にとって地球人とはキョアック星人のようなものなのではないですか?」

「・・・確かに」

「その認識を改める必要があると思うんです。地球人には地球人なりに戦う理由がある。その根底にあるものはお互いに国を想う気持ち、愛国心であると」

「それを悟る良い機会になるという事ですか?」

「ええ。一同に会するからこそ、互いの想いを伝えられるチャンスなのだと思います」

「・・・・・・」

「まぁ、俺とて戦争以外でそのような機会を設けたかったですが」

 

実際に戦闘に入る前に、互いに何かを伝えるチャンスはきっとやってくる筈。

その時、互いに互いの想いを伝え、読み取れたら、お互いの事を認め合えると。

実際に眼にし、耳にするからこそ伝わる何かがあるんじゃないかと。

俺はそう思うんだ。

 

「ほぉ。お前は地球人なのか」

 

バッと向けられる銃。

ふんっ。もうどうにでもなれっての。

 

「中々の胆力。なるほど。確かに地球人を眼の前にすれば伝わってくるな」

「何がですか?」

「お前の和平への想いだ」

 

俺の想い?

 

「たった一人でここまでやって来たのだ。その想いは伺える」

「残念ですが、一人じゃありません」

「ほぉ。誰だ?」

「ケイゴさんがいました。そして、もう一人」

「・・・ケイゴが?」

「はい。ケイゴさんを信じているからこそ、ここまで来たのです。ケイゴさんであれば、和平の意思を貫けると。そう確信しなければ、ここまでわざわざやっては来ませんよ」

「ハッハッハ。ケイゴ」

「はい」

「お前の地球訪問は悪い事ではなかったな。こうして、木連人を信じてくれる地球人もいる。そう分かっただけでも俺達にとっては意味のある事だ」

「ええ。本当に」

 

別に木連人全てを信用した訳ではありませんので、あしからず。

 

「ところでそのもう一人とは?」

「地球における和平推進メンバーの一員。テンカワ・アキト」

「何? 死神がここまで来ていたというのか!?」

「ええ。彼は誰よりも和平を成し遂げたいと思っています。その想いはたとえケイゴさんであろうと及ばない。もちろん、俺でもです」

「そうか。木連を屠る死神が誰よりも和平を想うか。皮肉な事だ」

 

戦う事が誰よりも上手い人間が最も戦争を嫌っている。

・・・確かに皮肉な事だよな。

 

「さて、ケイゴ」

「はい」

「俺がなんとしてもお前と大将を会わせてやる」

「ありがとうございます。少将」

「まぁ、早く大将を安心させてやりたいっていうのが本音だけどな」

「それは上官として相応しくない本音ですね」

「ハハッ。違いない。だがな、私情があるからこそ戦えるのも事実だ。お前は見失うなよ。確かに現実は非情だ。しかし、情ある者に人は付いていく」

「忘れません」

「ああ。忘れるな」

 

ケイゴさんも親が親で苦労しているんだろうけど、それでもやはり恵まれていると思う。

こうして導いてくれる怖い先輩の存在は本当にありがたいものだ。

ユリカ嬢も父親で苦労している反面、その伝手で恵まれているしな。

うん、やっぱり、将来的にこの二人は何かしらのトップに立ちそうだ。

カリスマ性もあるし、情も篤い。

確かに二人には付いていこうと思わせる何かがあるよ。

それが情かどうかは分からないけど。

 

「最後にだが・・・」

 

うん? まだ何かあるのか?

というか、俺?

 

「地球人がここまで来た理由は?」

「ケイゴさん」

 

御願いします。

 

「それは父との席で御話します。その際には是非少将にも」

「分かった。その時は同席させてもらう」

「はい。御願いします」

「まずは大将だな。時間が掛かるかもしれんが、我慢してくれ」

「ええ。こうして御願いできる。それだけでも恵まれています」

「ふんっ。これから忙しくなるから休んでおけって意味だぞ」

「それは嬉しい苦労ですね」

「口が達者になったな。ケイゴ」

「地球では口達者な者が出世するみたいですよ」

「ほぉ。そうなのか。それは知らなかったな」

 

お~い。変な情報を教えないでくれないかな?

地球ってものを勘違いされちゃうから。

・・・勘違いと言い切れない側面もありますが。

 

「冗談です」

 

アンタ、そんなにお茶目だったっけ?

 

「知っている」

 

てめぇもかよ。

・・・そういえばそうだったな。

こんな人だった。

 

「はぁ・・・」

 

なんか疲れたぜよ。

・・・ま、なんとかなったかな。

とりあえず、まぁ、一安心。

あとは・・・カグラ大将との会談次第って訳だ。

頼みますよ、ケイゴさん。

 

 

 

 

 



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父という存在

 

 

 

 

 

「ケイゴ」

「少将」

 

それから数日の間、俺達は研究施設の対応に追われていた。

非合法の研究、そして、その多くの被害者。

タニヤマ少将にその情報を伝えた上で後始末の大半を任せた。

木連内で今の俺とケイゴさんには何の力もなく、少将にお任せするしかなかったのだ。

その中でも俺達ができるほんの一部。

・・・殺した者の弔いだ。

あの人達にとって死ぬ事が幸せだと己を偽って殺し続けた。

今でもその気持ちは変わってないし、後悔している訳でもない。

ただ、弔わせて欲しかったんだ、無性に。

それが俺にできる唯一の事だと思ったから。

 

「ようやく準備ができた。お前の言う通り、カグラ大将には監視が付いているようだ」

 

その後、この研究施設は俺個人の施設として使わせてもらっている。

というか、使わせてもらう予定であり、その準備に追われていた、という訳だ。

そもそもが秘密裏の施設、ケイゴさんから許可を得られれば充分だろう。

まずは物資の手配、これもタニヤマ少将に協力してもらっていたりする。

ホント、少将さまさまだ。

そして、施設の研究内容の整理、最後に、スポンサーの特定だ。

見たところ、かなり古くからこの施設は存在していたようで、現在の政府、軍内でも知らない者が多いかもしれないと感じた。

木連の闇、地球の闇と同様に自らが目にする事になるとは思ってもいなかったよ。

まぁいい。スポンサーの特定は地道にやっていこう。

これだけ巧妙に隠されていたら流石の俺でもすぐには分からない。

足跡一つ残してないんだから、相当秘密漏れを警戒しているのが分かる。

それに、木連について詳しくない俺では、正体を突き止めるにも限界があるだろう。

まずは木連の事を知る。それは地球も俺も変わらないという訳だ。

 

「・・・やはり」

 

なんにせよ、木連内における活動拠点を得たのは大きい。

秘密研究施設だから、一般人からの隔離もできているし。

少将とその側近には既に存在を知られてしまっているが、俺達の存在を知る者はできるだけ少なくするつもりなのだ。

あくまで俺達は秘密裏に動かなければならない。

その為にも知っている人間は少なければ少ないほどいい。

一般人から存在が露見したら、それこそ全てが無駄になってしまう。

だからこそ、世俗から隔離されたこの施設は非常に都合が良いのだ。

当分の間、俺とケイゴさん、どっちかというとケイゴさんの拠点として使われるだろう。

 

「だが、その目を掻い潜ってお前と会えるように手配できた」

「ホントですか!?」

 

防衛システム、自動迎撃システムも以前より充実させた。

この研究施設が誰かからハッキングされる事はまずないだろうし、仮に攻め込まれても全て追い返すだけの機能をもたせた。

ちゃっかりエステバリスも一機持ち込んでいるし。

というのも、一度司令とアキトさんに状況を伝える為に戻ったのだ。

その際に活動拠点を得た事を伝えたら、もっていけと。

エステバリス・リアル型をいただきました、はい。

重力波ユニットもあわせてもらって来ちゃったので、ホント過剰戦力ですが、まぁ許してくださいな。

 

「ありがとうございます!」

 

頭を下げるケイゴさん。

どうやら無事、取り次いでもらえたようだ。

それもそうか。親父さんの気持ちを考えれば、な。

 

「そろそろ定例会の日も近い。まずはきちんと大将に話を通す事だ」

 

なんとなく俺がここにいる意図を感付いているみたいだ。

まぁ、別に感付かれても困らないけど。

むしろ、意図を理解してもらって協力を得られた方がずっと嬉しい。

 

「はい。父にも全てを話します」

「うむ。明日、私の基地まで来て頂く」

「なんとお伝えしたのですか?」

「表向きは視察。伝言に『駒落ちせずに済んだ』と」

 

駒落ち。またもや将棋ですか。

ハンディキャップとしての意味を持つ駒落ち。

強力な駒を先に取り除く事から、意味合いとしては心強い者が戻ってきた。

もしくは失ったと思われた者が戻ってきた。

駒落ちした駒は完全にゲームから除外、要するに死と同じ。

伝言に含まれた意味は死んだと思われた心強い味方が戻ってきたって所かな。

まぁ、勘が鋭い人には充分に伝わる隠語だ。

むしろ、俺ですら理解したから勘が鋭くなくても分かってしまうかもしれない。

 

「視察の内容も明確にしておくべきでは?」

「ふむ。それはおいおい考えておく。なに、我が基地には自慢できるモノはたくさんある」

 

相変わらずな人だな、この人は。

 

「それならば、これを」

 

懐から何かのディスクを取り出すケイゴさん。

というか、それの存在、僕にも教えてくれませんでしたよね。

 

「それは何だ?」

「草壁派の新型兵器ですよ」

「何?」

 

怪訝な顔でケイゴさんを眺める少将。

 

「御存知ですか? 草壁派が新しいシリーズを開発した事を」

「あいつらの主要機体はジンシリーズだっただろう?」

「いえ。私も先日の襲撃で初めて気が付いたのですが・・・」

 

ディスクを差し出しながら告げる。

 

「福寿のデータ。恐らく盗まれました」

「なっ!?」

「その映像を保存しておきましたので、これを」

「うむ・・・。検討の必要があるな」

「はい。草壁派の機体の情報を得た。充分に訪問する理由になるかと」

 

突然の大将訪問にはそれらしい理由が必要になってくる。

その理由に草壁派の新型機を当てようって訳だな。

既に草壁派と神楽派が対立している事は周知の事実。

少なくとも、兵士達はその理由で納得する。

 

「分かった。使わせてもらう」

「はい」

 

それにしても、草壁派はかなりの期間、六連や夜天光を秘匿していたみたいだ。

俺が夜天光と六連に襲われた時期からかなり経っている。

それなのに少将という高い立場の者もその存在は知らなかった。

恐らく、神楽派に見られる可能性がある作戦は全てジンシリーズで起こっていたのだろう。

もしかしたら、六連と夜天光は完全に草壁子飼いの連中にしか与えてないのかもしれない。

まぁ、その辺りは俺が悩んだ所で真実は分からないのだけど・・・。

いや。六連は違うか。あれはナデシコが地球にいた時にも襲撃に使われていたし。

六連が対福寿で、夜天光は切り札って所だな。

俺を襲った時に夜天光が出てきたのは・・・確実に破壊する自信があったからだろう。

データを送れる距離でもなかったし、破壊しちゃえばバレる事はない。

まぁ、こうして俺は無事に生還してバレてしまっている訳だが。

ハッハッハ。流石、俺。・・・なんか虚しいな。コホン。

とりあえず、草壁がどこまで把握しているかを出来れば知りたいな。

既に六連の存在がバレていると見ている?

一応、カグラヅキは完全に破壊した訳だから、漏洩していないと見ているかも。

う~ん。やっぱり考えても意味ないか。真実が俺に分かる筈もないし。

 

「その映像はどこで?」

 

気になったから聞いてみる。

もしかして、カグラヅキを襲撃したのは六連や夜天光なのだろうか?

 

「カグラヅキ脱出の際にマリアが気を利かせてくれたようで」

 

・・・それじゃあ、ナデシコが襲撃された時って事か。

それにしても、機転利き過ぎだよ、マリアさん。

まさかあの一瞬でそんな判断をするなんて。

 

「それなら、その時に知ったんですか?」

「ええ。バッタやジンと共に出て来なければ草壁派と分からなかったでしょう」

 

要するに、ケイゴさんですらそれまで知らなかったという事。

それなら、六連すらも秘匿の対象だったって事か。

それなのに、六連を使用したのは何故だ?

単純に戦力の増加? いや、それだけじゃないだろ。

それだったらひたすらバッタやジンの数を揃えればいいだけだ。

まさか、夜天光の量産体制が整った?

もしくは、更に新しい機体の開発に成功した?

・・・どちらにしろ、良いニュースではないな。

杞憂に終わってくれればいいんだけど・・・。

 

「しかし、おかしな話です」

「何が、ですか?」

「初めて地球側の機体を捕縛した時の事です」

「初めて・・・それはジンと共に跳んだ奴ですか?」

「ええ。月軌道上でフレームのみ手に入れる事が出来ました」

 

あの時のパイロットは月臣さん。

という事は草壁派の人間だよな。

 

「草壁派は見向きもせずに廃棄したんです。その時、私達は福寿開発に行き詰っていて、その廃棄された機体を頂きました」

「見向きもせずに廃棄・・・ですか?」

「ええ。もしかしたら必要なデータを採取した後なのかもしれませんが・・・」

「それなら別に廃棄する理由はない・・・ですよね」

「はい」

 

あえて廃棄した?

いや。わざわざ対立している陣営に力を与える必要はない。

・・・全く方向性が違うから?

確かにエステバリスと六連、夜天光では方向性が違う。

既に六連と夜天光の情報をカグラヅキから盗んでいれば、廃棄しても問題ない。

だけど、わざわざ廃棄する必要もないだろう。

 

「あえて廃棄するメリット・・・か」

 

デメリットの面が強過ぎて思い浮かばない。

 

「メリット・・・ですか」

 

ケイゴさんも考え込む。

 

「新型機を秘匿していたのなら、それを秘匿し続ける為じゃないのか?」

「少将?」

 

それはどういう意味ですか?

 

「行き詰った人間は何をするか分からない。草壁派の施設に潜り込むという強硬策に出るかも知れん」

「確かに」

 

行き詰まりを解消する為ならそれぐらいはする。

たとえヒントがあるか分からずとも、そこに可能性があるのなら。

 

「慎重派で裏工作好きの草壁の事だ。少しの露見でさえも防ぐ為に、そんな手を打ってきてもおかしくない」

「目先の利に喰い付かせ、本当に隠したいものから注意を逸らした・・・」

「ま、見事にやられちまったって訳だな、私達は」

「それに、実際に廃棄したという事実から、草壁派が小型人型機に関心がないと神楽派を欺ける」

「鋭いな。恐らく、そんな意図もあったのだろう」

 

興味・関心がないと思わせておいて神楽派よりも強力な人型機を開発する。

・・・なるほど。厭らしくて良い手だと思う。

人間は競争心が作業効率に大きく関係する。

たとえば、競争相手に負けたくないと思えば、競争相手以上の成果を得るまで納得出来ずに努力し続けるだろう。

相手以上の成果、これは相手を基準にする事で自身の努力の程を決めているからだ。

だが、競争相手がいなければ・・・どうなる?

恐らく、焦りは生まれず、明確な目標も生まれないだろう。

もちろん、計画上の期限はあるだろうが、間に合えば良いと思わせるだけだ。

確実に、期待以上のものは生まれてこない。

惰性的に計画を進めて、予定通りの性能で納得してしまうからだ。

焦りは時として人を努力させる理由になり得る。

これでは敵わない、そう思うから更に上を目指すのだ。

競争相手がいる、だからこそ期待以上の性能が得られるのだ。

だが、今回、神楽派には競争相手がいない。

焦りは生まれず、予定の性能で満足してしまう。

計画より早く完成する事もなく、計画通りの性能でしかない。

反して、草壁派は神楽派が新型機を開発していると知っている。

その上で新型機を開発しようとしているのだ。

草壁派の連中はこう思うだろう。

神楽派を上回る機体を作り上げよう。

その結果、予定以上に早く、予定以上に高い性能の機体が出来上がる。

人の負けたくないという気持ちを活かした見事な策って訳だ。

こりゃあ、機体性能では草壁派の方が優れていると見た方がいいだろうな。

 

「さて、そろそろ俺は業務に戻る」

「すいません。わざわざ」

「なに。これは必要な事だ。無駄な事に労力は使わんよ」

「そうですか」

 

あまりの言い方に苦笑するケイゴさん。

 

「色々と収穫はあった。後は明日だ」

「はい」

「まぁ、あまり肩肘張らずにいつも通りのお前でいろ。それで大丈夫だ」

「了解」

「それじゃあな。明日ここに迎えを寄越す。お前達はそれに従ってこちらまで来てくれ」

「分かりました」

 

手をあげながら去っていく少将。

 

「変な人ですね。でも、良い人だ」

「ええ。私が尊敬する軍人の一人ですよ」

 

微笑むケイゴさん。

本当に貴方は恵まれていますよ。

ま、俺も恵まれていますけどね、主に家族に。

 

 

 

 

 

「・・・スゥ・・・」

 

息を吸い・・・。

 

「・・・ハァ・・・」

 

息を吐く・・・。

所謂、深呼吸って奴だな。

 

「緊張しているんですか?」

「ええ。それなりに」

 

応接室、強張った顔付きで前を見詰めるケイゴさん。

あと少しでケイゴさんの父親、神楽大将がここに到着するのだ。

緊張するのも仕方ないだろう。

既に基地に到着したと知らせが入っている。

 

「ケイゴさん」

「はい」

「緊張する必要はありませんよ。相手は父親じゃないですか」

 

父親・・・か。

もう何年も会ってない存在。

そして、これからも二度と会えない存在。

・・・今更だけど、なんか寂しくなってきたな。

 

「コウキさんの父はどんな方なのですか?」

 

俺の父親?

 

「そうですね。逆らえない存在でした」

「ハハハ。それならば私も同じ・・・でした?」

 

共感しあっちゃいました。

 

「何なんでしょうね。あの逆らえないオーラは」

「・・・ええ。体格的に負けている訳ではないのですが、どうしても」

「ガキの頃から刷り込まれているんですよ、きっと」

「・・・そうかもしれません」

 

本当に、殴られた訳でもないのに、どうして逆らえなかったのかな?

 

「別段優しい訳でもない。立場がある訳でも名誉がある訳でも」

「・・・・・・」

「でも、不思議と尊敬していました。偶に理不尽でしたけどね」

 

あの後ろ姿に幼い俺は何を思ったんだろう?

何を思い、何を考え、俺は親父を尊敬したのだろうか?

・・・いや。違うか。

何も思わず、何も考えず、無意識に尊敬しちゃうのが親父って存在なんだ。

 

「・・・コウキさんの父はどんな職業を?」

「職業? アハハ。なんでもいいじゃないですか」

 

唯のサラリーマンでしたよ。

少なくても、ケイゴさんの父親のように立派な役職の人間ではないです。

 

「ちょっと柔道をかじっていただけの普通の人間です」

「・・・普通ですか」

「ええ。本当に普通で、どこにでもいるような・・・」

 

今、何しているんだろうな? 親父は。

元気にやっているかな? お袋は。

楽しいキャンパスライフを送っているか? 兄貴よ。

変な男に捕まってないよな? 妹よ。

長生きしてくれよ。爺ちゃん。婆ちゃん。

従兄弟にだって、叔父や叔母にだって、今すぐにでも会いたい家族なんていくらでもいる。

でも・・・もう会えないんだ。

 

「大切にしてあげてくださいね、家族を」

「・・・コウキさん」

「俺はもう親孝行できませんから」

 

孝行の、したい時分に、親はなし・・・か。

結局、親孝行の一つも出来ずに永遠の別れになっちまったな。

別に親が死んだ訳じゃないけど、なんとなく同じ気分。

 

「ええ。大切にします」

 

ありがとう。ケイゴさん。

 

「・・・・・・」

 

・・・なにやってんだろうな、俺。

こんな状況なのに・・・。

家族の事を考えるなんて・・・。

不意に涙が込み上げてきた。

 

「みっともないな、俺」

 

恵まれた家族がお前にはいるだろ。

ミナトさんやセレス嬢。

今の家族を大切にしてやればいい。

 

「おし!」

 

涙を拭き、顔をバシバシと叩く。

 

「ふぅ・・・」

 

感傷に浸るのはもうやめだ。

この世界に生きると決めた日に決別した筈。

いつまでも甘ったれてるんじゃねぇ!

 

「すいません。なんか暗くしちゃって」

「いえ。・・・そろそろ来ますよ」

 

触れないでくれてありがとう。ケイゴさん。

相変わらず優しい人だ。

 

シュインッ。

 

「・・・ケイ・・・ゴ」

 

入ると同時に驚愕で顔を染める威厳ある軍人。

 

「ただいま戻りました。父上」

 

そんな軍人にケイゴさんが敬礼を行う。

 

「・・・ケイゴ・・・なのか」

「はい。父上」

 

感動の対面。

息子を失い、悲しみに包まれた父。

ずっと辛く、苦しかった事だろう。

でも、その息子は生きていた。

父親にとってこれ以上の喜びはない。

 

「・・・よく帰った」

「・・・ハッ」

 

威厳のある精悍な顔から涙を溢し、息子の帰還を心の底から喜ぶ父親。

涙を溢しながら、情けない顔になるまいと表情を必死に保ち、父の愛に触れる息子。

その姿はまるで神聖な絵画のようで・・・。

・・・やっぱり、親子って良いな。

改めて、そう思わせる心の琴線に触れる光景だった。

 

 

 

 

 



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肩を並べて

 

 

 

 

 

「・・・そうか。まさかこの私が踊らされていたとは」

 

ケイゴさんの話を全て聞き終え、神楽大将は深い息を吐いた。

そりゃあ、利用されていた訳だから何かしら思う所があるだろうさ。

 

「それならば、シラトリ・ユキナも無事なのか?」

「ツクモの妹・・・ですか?」

「うむ。草壁派が和平の使者として送り、今は殺されたとされている」

 

なるほどね。

ケイゴさんで和平派を、ユキナ嬢で将来有望な三羽烏をそれぞれ焚き付けた訳だ。

身内の死ほど、人の感情を揺さぶるものはないからな。

ツクモさんは妹さんの事を溺愛していたようだし。

ツクモさんの親友の二人もユキナ嬢には頭が上がらないって感じだった。

焚きつけ効果はかなり期待できるだろう。

特に草壁派内で和平を提唱するツクモさんを揺さぶれたのが一番大きい。

多分、ツクモさんを中心に草壁派内でも和平を考える人間が増えてきていた筈。

そんな中でツクモさんが和平提唱をやめれば、草壁派内の意思も統一できる。

本当に一段も二段も考えられている策だよ、まったく。

 

「彼女ならば今もナデシコ内で保護されています」

 

ですよね、とケイゴさんが眼で訴えかけてくるので。

 

「不自由な暮らしはさせていないと言い切れます」

 

こう答えました。

 

「ふむ。報復の為に殺されたとなっている二人は無事に生きている。使えるな」

「使える・・・とは?」

「墓穴を掘ったという事だ。お前とシラトリ・ユキナの死を公表したのは草壁派。碌な確認もせずに、両者の死を偽造したと草壁を責め立てる事が出来るだろう?」

「草壁ならば誤魔化し切れるのでは?」

「口は達者だからな。だが、武器が増えた事も事実だ」

 

少なくとも、両者の死で軍人や国民を煽っていた事は事実。

両者の生存を報告する事でその勢いは削げる。

加えて、都合の良い考えだけど、草壁に不信感を抱いてくれればなお良しだ。

 

「さて、我々としては一刻も早くお前やシラトリ・ユキナの生存を伝えたい訳だが・・・」

 

その後、ギロッといった感じでこっちを見てくる大将。

思わずビクッとしてしまったではないか。

 

「して、その者がここにいる意図は何なのだ?」

「地球連合軍の改革和平派に所属する地球からの使者です」

「マエヤマ・コウキと申します」

 

ケイゴさんの紹介を受けて、頭を下げる。

 

「私がここにいるのは地球の和平派として木連の和平派に提案したい事があるからです」

「提案? 我々に、か?」

「はい。地球和平派のトップであるミスマル極東方面軍総司令官が計画した起死回生の一手を」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

それから、俺は大将に計画の全てを御話した。

司令の死を偽造している事。

ケイゴさんの死を偽造して欲しい事。

秘密裏に計画を練り合わせ、最善の結果を得たい事。

我々が考えた計画の及ぼす影響の事。

そして、俺がA級ジャンパーである事を。

 

「・・・既に地球では跳躍に関する技術が発達しているのか・・・」

「いえ。これは特別な人間にしか出来ません」

「その秘密を明かさずに手を組めと?」

「戦後、話す準備は出来ています」

「今では無理な理由があるのだな?」

「・・・はい」

 

信用を得る為に話せる事なら話せたい。

でも、これを話す事によって被害が及ぶのは俺だけじゃないのだ。

火星人や火星出身で今、地球で平穏に暮らしている者達などにも及ぶ。

俺は彼らの平穏、幸せを踏み躙る訳にはいかない。

協力者に隠し事をするのは非常に心苦しいが、納得してもらうしかない。

 

「・・・分かった。その件は今後、こちらから問う事はないと約束する」

「あ、ありがとうございます」

「総司令官殿には了承したと伝えて頂きたい」

「ハッ。必ず」

 

よかった。大将にも了承してもらえた。

これで計画は進める事が出来る。

 

「定例会にて私が周りを説得しよう」

「御願いします」

 

大将が説得するのなら大丈夫だろう、うん。

 

「さて、ここからは一人の親として・・・」

 

ん?

 

「感謝致します。息子を救って頂き」

 

そう言って頭を下げてくる大将。

・・・て、おい。

 

「そ、そんな、頭を上げてください。俺は別に何も・・・」

「いえ。貴方は危険を承知でこうして敵陣にまで息子を送り届けてくれた。怒りに我を忘れた私や和平派の面々が貴方を殺そうとしてもおかしくないのに」

 

そ、それは考えてなかったなぁ・・・。アハハハハ・・・。今更震えが・・・。

 

「貴方がいなければ、息子と再会する事なく、戦争は激化していたでしょう」

「やはりケイゴさんの死で和平への意思が揺るぎましたか?」

「・・・大切な一人息子でしたから」

「・・・父上」

「ただ、私も和平を提唱してきた一人。安易に方針転換は出来ません。ですが、地球へ恨みを覚えたのも事実。あのままでは地球に感情をぶつけていたでしょう」

「そうならずに済み、私も安心です」

「私もです。道化にならずに済んだ」

 

草壁派に踊らされて和平を結ぶと言っていた人間が戦争で感情をぶつける。

確かに道化であり、草壁派からしてみれば笑いたくなるような光景だろう。

でも、そんな光景を見る事は叶わないぞ、草壁派、残念ながら、な。

 

「周囲に息子の生存を伝えられないのは心苦しいですが・・・」

「・・・はい」

「後の平和の為、私も大人になりましょう」

 

そうだよな。息子の死を悲しむ国民達を騙し続けるのは酷く心が痛むだろう。

その痛みを耐えて、俺達に協力してくれると言うんだ。

・・・期待に応えなければ。

 

「さて、今後の方針だが・・・」

 

おっと、口調が元に戻った。

これからは木連軍大将としての顔って訳だ。

礼儀は通しても、使者に敬語では威厳がない。

ま、その辺りは大人の事情って奴だな。

礼儀を通すだけでも充分でしょ。

既に呑まれかけている僕もいますし。

 

「私達は息子の生存を知らない振りをしながら、地球側の混乱収拾を待てば良いのだな?」

「はい。一刻も早く収拾させるべく努めます」

「ふむ。だが、どれだけ短く考えても半年間はかかるだろう?」

「ええ。そこで大将に御願いがあるのです」

「全面戦争の期間を長引かせれば良いのだな?」

「はい。その通りです」

 

流石に分かっていましたか。

 

「但し、決して地球に勝たせる為に行動しないで下さい」

「無論だ。我が兵達を騙すつもりは微塵もない」

「戦場で垣間見る時は全力で。私達も負けるつもりはありません」

「ふっ。そうまで言われたらこちらも全力で応えるしかあるまい」

「・・・コウキさん。・・・父上」

「ケイゴ。これは避けられぬ闘いなのだ。ならば全力を尽くす事が礼儀であり、軍人としての誇りだ」

「ですが、それでは大きな犠牲が・・・」

「ケイゴ。覚悟を決めろ。互いに全力を尽くしてこそ見えてくるものもある」

「・・・熱血ですか?」

「木連で欠番とされているゲキ・ガンガーの話を見た事はあるな?」

「はい」

「その回で、両者は手を取り合った。今の地球と木連のような間柄であった両者が」

「戦意高揚の為に欠番とされた回でしたね。思想を操作する為に」

「私とてあのような都合の良い展開になるとは思っていない」

「・・・・・・」

「だが、戦わずに前へは進めないのだ」

「・・・分かりません。犠牲あっての和平など」

「今は分からずとも良い。いずれ分かる時が来る」

「・・・失礼します」

 

トボトボと退室していくケイゴさん。

ケイゴさんの性格なら仕方のない事だと思う。

潔癖症というか、汚い事を良よしとしない正義感の強い人だからな。

ま、そんなケイゴさんだから慕う人が多いんだろうけどさ。

 

「若いな、ケイゴは」

「それで良いと思います。清廉なトップでも。汚い仕事は他の者が被れば良い」

「ふっ。若者とは思えんな」

 

僕も大分擦れてきましたからね。

 

「草壁派の悪事を公表するのはその戦闘中という訳か?」

「司令は分かりませんが、少なくとも私はそう考えています」

 

一応、戦闘の可能性がある事は司令に伝えておいた。

その時は明確な返事をもらえた訳ではないけど・・・。

 

「両陣営が揃っている時にこそ効果的であると」

「我々は草壁派を共通の敵としなければならない。突然の事態で、混乱していなければ感情が邪魔をしてしまう」

 

今まで敵だった奴らと手を組めるかって事だ。

反発するのは必至。でも、反発する前に強引に進めてしまえば・・・。

 

「はい。それに、一度共通の敵としてしまえば、両者間の溝は一気に埋る」

 

一度でも手を組めば敵愾心も多少は薄まるだろうという楽観的思考。

 

「草壁を信じていいのか? そう困惑している時に手を差し伸べれば・・・」

「人は答えを与えてくれた者に味方する。手を差し伸べた者の味方になろう」

「決心が揺らいでいる時こそチャンスなんです。その機会を逃す必要はありません」

「ふむ。タニヤマ君。どう思う?」

 

今まで黙って大将の後ろに立っていた少将に問いかける。

 

「私はそれでよろしいかと」

「そうか。それならば、その方向で話を進めよう」

「ハッ。司令にもそうお伝えします」

 

間違っていたら怖いなぁ・・・。

その時は全力で謝って、司令の言葉を大将に伝えよう。

 

「利用しようと思っていたものに利用される。意趣返しとしては趣があるじゃないか」

 

そう笑う大将。もしかして、結構、根に持っていますか?

 

「今後、司令と大将との意思伝達には私を使って下さい。綿密に計画を進める為にも」

「うむ。かなりの数の会談を必要とする計画なのに直接話せないのは不安だが・・・」

「必ず私が伝えます」

「分かった。ケイゴも信頼しているようだから、私も信頼し、任せる」

「ありがとうございます」

 

どうやらとりあえずの信頼は得られたみたいだな。

 

「どの場所にどのタイミングで私はこちらに来るべきでしょう?」

「ふむ。まずは君にも定例会に出席してもらいたい」

「私にもですが?」

「ああ。神楽派内での結束を固める為にもきちんと状況を話しておきたいのだ」

「分かりました。出席させていただきます」

 

むしろ、ちょうど良いきっかけになるかも。

でもなぁ、その中に裏切り者が・・・っていけない、いけない。

まず裏切り者がいる前提っていうのがおかしいんだよ。

もうちょっと信じたって良いじゃないか。

・・・でも、やっぱり慎重になるべきなんだよなぁ・・・。

結構ジレンマです。

話して楽になりたいけど、人の命が掛かっているから駄目。

俺の双肩にはどれだけの人の命が乗っかっているんだろう?

ボソンジャンプの件でこうまで心労が溜まるとは思わなかった。

いつか胃に穴、頭部に円が出来ちまうってば。

 

「定例会には?」

「私が連れて行きましょう」

「タニヤマ君がかね?」

「現時点で彼が来る事ができるのはこの基地だけです。また、怪しまれない為にも私の部下という身分を与えた方が良い」

「確かに、私の部下では怪しまれるな」

 

僕が木連軍に仲間入りするんですか?

・・・まぁ、仕方ないと諦めますか。

大将直属だと確かにどこの馬の骨かも分からない人間だし怪しいよな。

まぁ、少将でも充分怪しいけど、大将よりはマシか。

 

「定例会には部下の一人として連れて行きます」

「分かった。頼む」

「ハッ」

 

はい。めでたく木連軍人仲間入りです。

・・・あぁ・・・なんかどんどん自分の立場が複雑になってきたような気がする。

 

「ケイゴに関しては私が引き取ろう」

「はい。しかし、秘匿対象であるケイゴをどのように用いるおつもりで?」

「カグラヅキに代わる戦艦を用意せねばならんだろう。戦闘中、旗艦として登場してもらわねばならんのだからな」

「しかし、草壁派に妨害されるのでは?」

「今、草壁はケイゴが地球にいると思っている筈だ。その隙を突く」

「確かに注意は地球側に払われていると思いますが・・・」

「問題ない。その為に私が草壁のもとへと出向くのだ。私は今、息子の恨みを晴らすべく地球を眼の敵にしているのだからな」

 

そう草壁に思わせる訳だ。

そうする事で草壁派を欺き、注意を逸らせる。

それに、きちんと側近達に状況を伝えるから、大将の態度に反発する事もない。

まぁ、多少の反発を見せないと不自然だから、何かしらの工夫はするだろうけど。

 

「しかし、新しく戦艦を造る事でケイゴさんが木連にいる事がバレるのでは?」

 

流石にそこまで鋭くないかもしれないけど、一応。

 

「可能性はあろう。だが、明確たる証拠がなければ何の対処もできんさ」

「そうですか」

 

それなら、良いのですが・・・。

 

「地球側の方が動き易いのであれば、ケイゴを地球に派遣するが、今はまだ木連の方が動き易いだろう」

 

秘密裏に動かなければならないけど、草壁派の注意は地球に向いている訳だから確かに動き易いかも。

 

「それでは、私の事はくれぐれも内密に」

「分かっておる」

「一度、司令にお伝えする為に地球に戻ろうと思います。私はいつここに戻ってくれば」

「定例会は三日後。前日の夜にでもここへ戻ってきてくれ」

「分かりました。それでは、前日の夜に、この部屋に戻ってきます」

「分かった。手配しておこう」

「それでは、失礼します」

 

偽造のCCを手に持ち、ナデシコの私室を思い浮かべる。

なくても跳べるけど、偽造しないと俺の異常がバレてしまうので。

本来なら複数所持が当然なんだけど、俺は一個あれば問題ない。

跳んでも消費されないし。

 

「ジャンプ」

 

とにもかくにも、小さな一歩、だけど、大切な一歩を踏み出す事が出来た。

後は何度も俺が往復する事で隙のない計画にするだけ。

おっしゃ。いっちょやったるか。

・・・しっかし、連合軍人でありながら木連軍人か。

将来、軍法会議とかに引っ掛からないよな?

なんだか酷く不安なのだが・・・。

 

 

 

 

 

「既に遺跡は確保されているか」

「はい。恐らくですが・・・草壁派は次元跳躍門を完全に掌握していると」

「そうか。なんとしても我らの手で取り戻さねばならんな」

「ええ」

「しかし、次元跳躍、地球人からしてみたら、ボソンジャンプだったか。地球人はどのように成功させたのだろうな?」

「・・・調べますか?」

「よい。和平成立後に話すと約束した」

「約束を守るとは限りませんよ」

「どちらにしろ、封印するのだろう? ならば意味のない事だ」

「本当に封印するのでしょうか?」

「・・・初めから疑ってはならん」

「・・・ハッ」

「タニヤマ君は良くやってくれたな。ケイゴも無事に帰ってきてくれた」

「本当に大佐なのでしょうか?」

「何?」

「タニヤマ少将が草壁派と手を組んで、大佐の偽者を用意したのでは?」

「あれは間違いなくケイゴだったぞ。それにタニヤマ君はそんな人間じゃない」

「子を失った心が死を認めずにそう無理矢理納得させているのではないですか?」

「・・・・・・」

「あの地球人にしたって草壁派の事に詳し過ぎます。木連にいた私達以上に」

「・・・随分と警戒しているな。予測でしかないと言っていたぞ」

「ええ。しかし、地球人と言われましても、果たして和平派かどうかも分かりませんし」

「確かにな・・・」

「充分に注意を。和平を成し遂げるにあたり、貴方の存在は不可欠なのですから」

「・・・分かっておる。だが・・・信じたいのだ。あの青年の目を」

 

 

 

 

 

「本日からナデシコはこのヒラツカドックからネルガルの工場に移動します」

「ネルガル? なんでまた?」

 

司令への報告を終えて、その足でそのままナデシコへ帰ってきた。

撤退戦で受けた損傷の修理も終え、後は明日香で全面改装するのみ。

・・・の予定だったんだけど。

 

「僕達の船は僕が強くしなくちゃ。そう思ってね」

「アカツキ!」

 

お前、いなくなったんじゃなかったのか?

 

「あれま。歓迎ムードじゃなかったのかな?」

「どういう風の吹き回しだ?」

 

もうナデシコとは決別したんじゃなかったのか?

 

「大人の都合って奴だよ」

 

いつも通りのふてぶてしさ。

だけど・・・その表情に、どことなく柔らかい笑みが見えた。

 

「それに・・・ナデシコもネルガルの船だからね」

 

明日香にネルガルのデータを渡したくないって事か。

・・・いや、きっと、単純に自分達の船を他者に預けたくない。

そんな親心からなんだろうな。あいつも・・・ナデシコのクルーなんだ。

 

「ナデシコは我々ネルガルが責任を持って強化する。任せてくれたまえ」

 

力強く頷くアカツキ。

そう言われたら、信じるしかないじゃないか。

 

「ネルガルの力でナデシコは新しく生まれ変わります。全面改装です!」

「それじゃあ、ナデシコがもっと高性能な艦に?」

「その通りです。もう木連なんて敵じゃありません。叩き潰してあげましょう」

 

強気の発言。

おいおい。和平を結ぶんじゃなかったのか?

と思わず突っ込みたくなる。

まぁ、艦長は何も気にせずに言ったんだろうけどね。

あ、一つだけ修正、叩き潰すのは木連ではなく、草壁派ですよ。

 

「全面改装って事はナデシコにいられないって事だよな?」

「ん? 確かに」

 

よく気付きましたね。整備班の方々。

 

「そうなるとエステバリスとかはどうなるんだ?」

「おいおい。エクスバリス計画は進行中だぞ。中断なんて勘弁だからな」

 

整備班らしい物事の考え方。

エステバリスをどうするかなんて考えてもなかったぜ。

 

「はい。その為、ネルガルに行く前に、極東方面軍の本拠地であるお父様の基地へと寄り、クルーと機材を降ろします」

「となると、ナデシコ改装中はそこで過ごす事になるんだな、俺達」

「ちゃんと俺専用の研究所を用意しておけよ」

 

なんかいつでも自由ですよね。ウリバタケさんって。

 

「その後は一週間の休暇を挟み―――」

「おいおい、休暇だってよ」

「ようやく外に出られるぜ」

「ずっと缶詰だったしな」

「うぅ・・・」

 

あ。艦長が・・・。

 

「お買い物に行きましょうね。ガイさん」

「おう! 荷物持ちは任せておけ!」

「ありがとう! 流石、ガイさん。頼りになります」

「アッハッハ。任せておけ」

「うぅうぅ・・・」

 

アハハ。変な会話を聞いちまった。

そして、艦長、困惑の形相。

いや、あれは・・・。

 

「さて、それなら私は漫画の続きを」

「ふっふっふ。新しいウクレレを仕入れなくちゃ」

「おっしゃ。なんか美味ぇもんでも食いにいくか」

「久しぶりに同期の皆に会えるのね」

「うぅうぅうぅ・・・」

 

漫画とウクレレと食い意地と。

イツキさんまですっかりナデシコに染まっていますね。

昔の貴方だったら、艦長の様子に気付いてアワアワしていました。

そして、艦長、段々と表情を変え、怒りの形相に。

 

「一度、ネルガル本社に顔を出した方が良いのかもしれません」

「私も付いていこう。ミスター」

「ええ。御願いし―――」

「私の話を聞いて下さぁぁぁぁぁぁぁい!」

 

プッツンしちゃいましたね、遂に、艦長。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

そんな息を切らす程に叫ばなくても。

 

「コ、コホン」

 

誤魔化しても無駄ですよ、艦長。

 

「休暇後は基地内で待機。整備班の方は基地の格納庫で作業を。パイロットの方々は基地でパイロットの教育を御願いします」

 

ほぉほぉ。なるほど。そう来ましたか。

ナデシコがいない間は簡易的な教導隊として働く訳ですね。

 

「相変わらず整備か」

「ま、それと平行して完成させちまわないと」

「エクスバリスですか。そういえば、他の機体の名称はどうなっています?」

「エステバリス・・・じゃもう変だもんな。ネルガル製じゃないも混ざっているし」

「んじゃ、新しい機体名も考えないといけませんね」

「その辺りは艦長に要相談だな」

「ふっふっふ。この長い事貯めていた俺の命名アイデアを披露する時が・・・」

「あんま変な名前を付けるなよ」

「愚問です」

 

なんか暴走しそうな気配を感じるのですが・・・。

 

「ま、俺様がゲキ・ガンガーの良さを教えてや―――」

「違いますから」

 

ガイの言葉に苦笑しながら突っ込むイツキさん。

 

「教官か? 多分、向いてないぞ」

「まぁ、いいじゃん、リョーコ。意外と楽しいかもよ」

「別にいいけどよ」

「ふっふっふ。私の継承者を見つけるチャンスだ―――」

「見付けんでいい」

 

鋭い突っ込みありがとう、スバル嬢。

イズミさん。貴方の継承ってもしやあのギャグのですか?

 

「・・・不安だ」

 

ナデシコパイロットが教官業をやっていけるのか非常に不安になった。

これは常識人のイツキさんに期待するしかないな。うん、マジで。

 

「生活班は同様の仕事を基地内で。代表者同士での話し合いを忘れずに」

 

テキパキと指示を告げていくユリカ嬢。

なんだか板についてきたというか、威厳が出てきた。

成長しているんだなぁとちょっと実感。

最初の頃はあんな風に多分出来なかっただろうし。

 

「詳しい事は追って各班の班長に連絡しますので、それまでクルーの皆さんは通常の業務を行っていてください」

「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」

 

ナデシコ艦内の団結力も上がってきている。

皆、成長しているんだなってやっぱり実感。

それになんか、本当に家族って感じで安心感がある。

暖かいしね。ナデシコ。色んな意味で。

 

「それでは、解散してください」

 

艦長が去り、その後をジュン君が追っていく。

なるほど。関係が変化してもそのスタンスは変化しないんですね。

分かります。でも、ジュン、もっと頑張れ。せめて横に並んで歩け。

 

「・・・・・・」

 

解散してすぐって混むんだよなぁ。

うん。ちょっとボーっとしてよう。

 

「あの、マエヤマ様」

「あ、はい。何でしょう? マリアさん」

 

ん? マリアさんか。

何だろう?

 

「ケイゴ様は一体・・・」

 

そっか。きちんと話してなかったな。

マリアさんにとってケイゴさんは大切な人だから、心配しない筈がない。

でも、ケイゴさんが計画の都合上で木連に帰った事は秘密にしないといけないし。

たとえマリアさんでもちょっとなぁ・・・。どうやって誤魔化すか。

 

「和平の為の活動で慌しく走り回っています」

「それでしたら、私もお手伝いに」

「ちょっと待ちなさい! 私も行くわよ」

 

おぉ。カエデ乱入。

 

「なっ! 私がいるだけで充分です」

「駄目よ。貴方と二人きりにしたらどうなるか分からないもの」

「わ、私は仕える者としてけじめはきちんと付けています」

「嘘よ。信じられない!」

「嘘じゃありません!」

 

・・・あぁ、なんか俺の前で喧嘩が勃発。

最早、ナデシコ新名物であるこれは周囲の微笑みやら苦笑の種でもある。

まぁ、相変わらず整備班の当事者(男のみ)への嫉妬は凄まじいけど。

とりあえず・・・。

 

「残念ながら・・・」

「何ですか?」

「何よ?」

 

そう睨まないで下さい、お二人共。

 

「現在、ケイゴさんは秘密任務中ですので、単独行動が基本です」

「そ、そうですか・・・」

「な、なんとかしなさいよ」

「出来ません」

「しなさい!」

「出来ません!」

「しなさぁぁぁい!」

 

諦めが悪いぞ、カエデ。

マリアさんみたいに素直に諦めてもらわないと。

 

「そういえば、ケイゴさんは思慮深い女の子が好みだとか」

「え?」

「ふふんっ」

「うぅ・・・」

 

勝ち誇った笑みを浮かべるマリアさんと、一瞬首を傾げた後、意味に気付いて悔しがるカエデ。

・・・愛されているねぇ、ケイゴさん。

 

「いずれきちんと話しますので少しだけ待っていてください」

「・・・分かりました」

「・・・分かったわよ」

 

渋々といった感じで納得する二人。

まぁ、納得してもらわねば困る。

ケイゴさんの為にも、ね。

 

「・・・・・・」

 

カエデはともかくマリアさんはいずれケイゴさんのもとへと行く可能性が高い。

それはカグラヅキに代わる新しい旗艦の製造が関係している。

新しい旗艦っていうのも恐らくはIFS制御。

マリアさんと共にいるのは優秀なオペレーター達であり、元々代表の息子であるケイゴさんの戦艦に配属されていた訳だから信頼も篤い。

新しい戦艦が出来た時、それを操作するのは彼女達であると見て間違いないだろう。

その時、オペレーター達と共にマリアさんも呼ばれる筈だ。

そうなれば、マリアさんはケイゴさんの下でまた働く訳だから・・・。

 

「ドンマイ。カエデ」

「何がよ?」

「なんでも」

 

出遅れちゃうぞ。頑張れ、カエデ。

 

「さてっと」

「何処行くのよ?」

「俺も色々と忙しいの」

 

実は地球と木連じゃ全然時間が違ってさ。

あんまり寝てないんだ、最近。

時差ボケというか、うん、朝とか夜の感覚が全くなくてね・・・。

 

「ふぁ・・・」

 

思わず欠伸。

寝ている時間と起きている時間のバランスが狂うと体調を崩すって言うし。

今後も無理する事が多くなるだろうから、寝られる時に寝とかないとね。

という訳で・・・。

 

「おやすみなさい」

「おやすみ」

「・・・おやすみなさい」

 

・・・どうしてここに?

 

「無理していたみたいだし」

「・・・眠たそうでしたから」

 

バレバレだぁ・・・。

 

「せめて寝る前に元気付けてあげようと思ってさ」

 

チュッ。

 

「突然ですね」

「元気出たでしょ?」

「ええ。とっても」

「・・・次は私の番です」

 

・・・ちょっと待とうか。

このままじゃミナトさんの真似でまた唇に唇を重ねてしまう。

いや、俺としては嬉しいんだけど、って何を言っているんだ!?

・・・コホン。

ちゃんとしたキスの意味を知った時に悲しむといけないから・・・。

 

「セレスちゃんはほっぺたの方が嬉しいかな」

 

これなら、大丈夫でしょう、うん。

 

「・・・ほっぺたですか?」

「うん。そっちの方が元気出る」

「・・・分かりました」

 

チュッ。

 

「・・・元気・・・出ました?」

「とっても」

「・・・良かったです」

 

ありがとね、セレス嬢。

 

「ふふっ。断らないのね」

 

・・・あ。その選択肢もあったんだ。

完全に忘れていた。

 

「クスッ。それじゃ、セレセレ、行こっか」

「・・・はい。ゆっくり休んでください。コウキさん」

「ありがとう」

 

ごめんね。正規オペレーターがいなくて大変な時なのに。

でも、お言葉に甘えさせてもらうわ。

 

「おやすみ」

「ええ。おやすみ」

「・・・おやすみなさい」

 

その言葉を最後に、意識は微睡みに落ちた。

 

 

 

 

 



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明るい未来を

 

 

 

 

 

「以上が木連神楽派との会談結果です」

「うむ。計画には賛同してもらえたか・・・。ご苦労だったね」

「ハッ」

 

極東方面軍本拠地にて待機中の我々ナデシコクルー。

皆が休暇を楽しんでいる中・・・精力的に働く僕。

クッ。俺も休みたい!

・・・いいさ。後でミナトさんの所に遊びに行くから。

 

「木連はどうだったのかね?」

「やはり市民船という事もあり、資源が乏しいという印象を受けます」

「ふむ。木連が土地を求めるのも理解できる・・・か」

「はい」

 

ミスマル司令は病室にて待機。

既に意識は取り戻しているけど、計画の為にひとまず表舞台から去ってもらう。

一応、軍所属の病院だから、司令の生存が露見する事はないだろう。

彼らも状況は違えど軍人。上司の命令には従うさ。

まぁ、しばらくしたらこっちに移動してもいいかもしれないけど・・・。

変な事をして計画に不備が出たら困るから、その辺りは司令にお任せします。

 

「ムネタケ参謀。これから私は何を?」

 

かといって俺が何度も直接司令のもとへ向かうのはあまりにも不自然。

親族という訳でもないしね。一応は元部下と上司だけど、変っちゃぁ変。

でも、同僚の参謀や親子のユリカ嬢なら違和感もない。

その為、俺の仕事の報告は全て参謀に行い、そこから司令へ伝わるようにした。

これなら怪しくないし、話も漏れないで済む。

 

「その前に君に報告する事があってね」

「報告? 私に、ですか?」

「うむ。火星再生機構及び地球内乱の事だよ」

「は!? 私にも話して頂けるのですか?」

 

だって、火星再生機構はともかく内乱は俺なんかに言える事じゃないだろ。

軍人でもない一般人の俺には話されるだけでも荷が重い話です。

 

「君を巻き込んだ方が成功率も高いと思ってね」

「ま、巻き込む・・・」

 

思わず冷や汗が・・・。

容赦ないっすね。俺は平穏を求めているのに・・・。

 

「冗談だよ」

「ほっ」

「君は木星の和平派に地球の状況を逐一報告しなければならない立場だろう?」

「ええ。そりゃあ、まぁ」

 

計画の都合上、お互いに情報交換しなくちゃならないだろうからね。

 

「でも、言っていい事と言ってはいけない事がある。それは分かるね?」

「もちろんです」

 

たとえ今後、手を取り合う間柄とて全てを公開するのは愚の骨頂だ。

状況次第で如何様にも変わる関係性であり、全てを託せる相手ではない。

公開した所で得られる物は少なく、損ばかりが目立つ。

どれだけ気の置けない友であっても秘密がある事と同じだ。

・・・あれ? ちょっと違うか。

 

「その辺りを吟味する能力を培ってもらわねばならん」

「その判断を参謀に任せる訳にはいかないのですか?」

「無論、始めは協力するが、最後までとはいかない」

「・・・そうですか」

「それに、実際に現場で判断するのは君なのだよ? マエヤマ君」

「咄嗟の判断が必要って事ですね」

「質問された際に答えなければならないのは君だからね。現場に私がいれば私が答えるが、この件に関しては君に任せるしかない」

 

・・・やっぱり責任重大だな、おい。

 

「さて、まず火星再生機構についてだが」

「はい」

「アキト君から何か聞いたかね?」

「いえ。完全にお任せしていますので」

「ふむ。まぁ、提案者である君にはきちんと把握していてもらいたい」

「分かりました」

 

とりあえず行き詰ってはいないというぐらいしか聞いてない。

 

「まず先日の暗殺事件で火星人の大半が怒りを露にしたが、アキト君がしっかりと彼らを説得し、どうにか抑える事が出来た」

「良かったです。やはりアキトさんの影響力は凄まじいですね」

「そうだな。火星人を救出したナデシコの一員である事が大きいと思われる」

「地球の英雄ですしね。アキトさん」

 

地球を守護する英雄であり、火星人を救出した救世主。

そんな人間が真摯に火星を想えば心動くよな。

 

「その折に息子が火星人達の前に立ち、謝罪をしたらしい」

「提督が・・・ですか。どうなりました?」

「罵倒の嵐だったそうだよ」

「・・・そうでしょうね。フクベ提督の時もそうでした」

 

普段温厚な人でも恨みを抱く相手には怒りを剥き出しにする。

その形相はとても同一人物とは思えない程で・・・。

恨みや憎しみがどれだけ人間にとって大きな影響を残すのかを実感した。

 

「でも、息子はそれにも耐えて必死に頭を下げたらしい」

「・・・提督が」

「本当に息子は成長したようだ。これもナデシコのお陰かな」

「かもしれません。ナデシコは本当に暖かい所ですから」

「・・・そうかね。ちょっと羨ましいよ」

 

キノコ頭と蔑まれていた提督だけど、もうキノコなんてとても言えないな。

あんなに立派な人間を否定する事なんて出来る訳がない。

これからはマツタケ提督と呼ぼう。

・・・これも違うか。

 

「して、その結果は?」

「アキト君が介入する事もなく、息子一人だけの力で許してもらえたそうだ」

「そうですか。一安心ですね。参謀」

「ふふふ。そうだね。私とて息子が嫌われるのは辛い事だよ」

「これからそんな認識も変わるでしょう。きっと提督はもっと上に行きますよ」

「そうであって欲しいね」

 

ハハッと笑い合う俺と参謀。

本当に羨ましい親子関係だよ。提督と参謀は。

・・・なんだか俺の周りには良い関係の親子しかいない気がする。

実に羨ましい。憧れちゃうぜ。

俺もセレス嬢を始めとした将来の息子、娘に良いパパさんでありたいな。

ま、大分先の事だろうけど。

 

「ホシノ君、ラピス君の力も大きいそうだよ」

「二人が、ですか?」

「ふふっ。何が功を奏すか分からないものだね」

「え?」

 

何故に微笑む?

 

「マスコットだそうだ」

「え? マスコット?」

「うむ。火星再生機構のマスコットキャラクターに二人が採用されたと聞いたよ」

「あ、あらら」

 

マスコットキャラクターですか。

そりゃあ、二人ともそんじょそこらのマスコット以上に可愛らしくて魅力的でしょうが。

 

「乗り気じゃなかったそうだけどね」

 

二人の性格的に嫌がるだろうね。

 

「アキト君に説得されて引き受けたそうだよ」

「アキトさんが説得したんですか?」

 

そもそもアキトさんが納得したっていうのが信じられない。

 

「どうしても広告塔は必要だと熱弁されて折れたそうだ」

「誰が熱弁したんですか?」

「再生機構の広報課に属する事になる人間だよ」

 

へぇ。大分組織としての形が出来上がってきているんだな。

 

「ところで火星再生機構ってどういう形で運営されているんですか?」

「ん? どういう意味だね?」

「たとえば所属している人間は今の仕事を辞めているのかとか。火星再生機構について政府や連合軍は認めているのかとかです」

 

流石に俺が出資した金額じゃ全員分を長期は賄えないぞ。

今の所、利益が出るような活動はしてないんだろうし。

それに、あまり表でも報道されてないから、実は非公認?

政府や連合軍の許可はまだ得られてないのかもしれない。

 

「最初の質問だが、アキト君はどうなんだね?」

「・・・あ」

 

アキトさんは未だにネルガル所属の軍所属でしたね。

 

「他の構成員も同様だよ。日常の業務をこなしながらだそうだ」

「となると、大変な時期な訳ですね」

「ああ。だが、皆が精力的に働いてくれているから問題はないらしい」

 

通常の仕事をこなしながらも火星の為に・・・か。

やっぱり故郷を愛する力は凄いんだな。

専念できなくて進みも悪いだろうけど、予定通り着実に進んでいる訳だ。

しっかし、そう考えるとアキトさんの活動は偏り過ぎだよな?

俺のせいでもあるけど、アキトさんは再生機構の仕事しかしてないし。

ん? という事は軍の仕事として再生機構の活動しているのか?

 

「アキトさんは軍の命令扱いですか?」

「それが二つ目の質問に関係しているんだ」

「へ?」

 

アキトさんと政府、連合軍の認可に何の意味が?

 

「現在、残念ながら連合軍、政府の両者から認可は得られていない」

「・・・・・・」

 

火星なんてどうでもいいって事か?

・・・まぁ、分かりきっていた事だけど。

戦後に火星を再生させるメリット・デメリット。

火星再生機構の設立による遺跡の共営管理体制のメリット・デメリット。

それらを考慮すれば真っ当な思考の持ち主なら賛成するんだけどな。

まぁ、個人の利益が皆無に近い事は認めますけどね。

全人類の事を考えたらどれが良いかなんて分かりきっているでしょうに。

いつでもテロに怯えるような世の中にしたくないだろ?

地球にしたって木連にしたって。

それを抑止する為の共営管理なのに、どうして分からないかね?

 

「だから、軍関連の企業として目的を隠して会社を立ち上げた」

「会社を、ですか?」

「戦争における物資の確保や機材の修理を担当する企業さ」

「世間やお偉いさんに隠しながら計画を進める為って訳ですね」

 

隠れ蓑って事か。

 

「必ず認可を勝ち取るつもりだ」

「心強いです」

「うむ。それまでの間にすぐ行動できるよう準備を進めておこうと思ってね」

「物資の確保と機材の修理。今後に活かせそうな会社方針ですね」

「無論、確保された物資や機材は戦争には用いんさ。全て再生機構の為だ」

「なるほど。流石です」

 

その方針で物資や機材を確保できればすぐに再生機構として活動できる。

あくまで世間的な目的は戦争用なのだから、違和感も与えない。

 

「アキト君はその企業に出向という形で参加している訳だ」

「確かにそれならば軍の業務の一つになりますね」

 

偏り過ぎという訳ではなく、それが今のアキトさんの仕事という訳だ。

 

「その企業の組織構成はどうなっているんですか?」

「会長、社長には火星の生き残りの方が就任した。形としてだがね」

「将来的にアキトさんがその座を引き継ぐ訳ですね」

「その頃には既に企業ではなく、一つの政府団体として活動しているだろうけどね」

 

政府団体・・・。

火星再生機構がそのまま火星政府になるかもしれないのか。

 

「それと、スポンサーが現れたよ」

「スポンサー? 会社の目的も分からないのに、ですか?」

 

何が目的だ? そのスポンサーは。

会社の方向性も分からないのに、出資するなんて。

 

「多分、君は驚くだろうね。ちなみに、再生機構構成員の大半はその会社からの出向という形で所属していたりする」

「出向? え? もしや、いや、そんなことって・・・」

 

だって、それって・・・。

 

「そう、ネルガルだよ。ネルガルが火星再生機構最大のスポンサー。そして、ネルガルは火星人の殆どを出向という形で火星再生機構に送り出した」

「・・・・・・」

 

あの野郎。この前、見た時にはそんな素振り微塵も見せなかったじゃないか。

 

「どうやら聞いていなかったようだね、君は。ネルガルと我々は今、協力体制を敷いているよ。彼曰く、その方が儲かるそうだ」

「あいつらしい事で」

 

ホント、気に食わない奴だよ。

いつも飄々としてやがって・・・。

でも、感謝はしているんだ。

御陰で計画は飛躍的に進む。

ホント、気に食わないけど。

 

「とにかく、火星再生機構の近況はこんな感じだね」

「分かりました。ありがとうございます」

 

着実と計画は進んでいる。

けど、認可されていないから、隠れ蓑の企業を立ち上げ、世間の目を欺いている。

マスコミや政府関係の人間が騒がないのも隠れ蓑のお陰。

いずれ認可を得られるようにと政府や軍内で活動してくれている人もいる、と。

とりあえず、こちらの方は順調といった所か。

・・・ネルガルの力も当然そこには含まれているけどな。

地球でも最大級に近い企業の協力を得られた。

それはきっと、本当に大きな力になる。

 

「それでは地球の内乱についてはどうなっていますか?」

「早速、ユリカ君に接触してくる者が出て来た」

「・・・改革和平派の人間でしたか? それとも・・・」

「徹底抗戦派が五名、改革和平派が・・・」

「・・・・・・」

「二名だ」

 

ニ名・・・か。

 

「内通者だったのですか?」

「明確には分からん。最初に接触してきた奴は尋問中に舌を噛んで自決した」

「自決・・・ですか。少なくともその者は内通者であった可能性が高いですね」

「うむ。油断した我らが悪かった。情報が欲しかったのだがな」

「・・・もう一人は?」

「現在調査中だ。今回は尋問せずに言動から判断している」

「あえて放っているのでは?」

「ふふっ。それもある」

 

わざと違う情報を流して、内通者に伝えさせて敵対派閥を混乱させる。

また、違う情報であった時、内通者とその派閥での間には溝が生じる。

まさかわざと違う情報を流したのではないだろうか、と疑われれば最後。

内通者が今度は裏切り者として誰からも信用されなくなる。

どれだけ内通者が言い訳をしようと頑なになるだけっていうのがこの策の怖い所だ。

本当の情報を伝えられようと疑われている訳だから真偽は分からない。

そのまま両者が信頼しあわずにいれば、大きな隙が生まれたようなもの。

後は、命を懸けて敵陣営に乗り込んでいるのに、その者の言葉を全く信用しない人間が上司だぞとでも伝えてやれば良い。

そうすれば、あっという間に組織は空中分解だ。

誰を信じていいか分からなくなり、隣人すらも疑わなければならなくなる。

そんな状況まで追い詰めてしまえば無力に等しい。

要するに、こちらにとっては何のデメリットもなく、敵対者の力を削れるのだ。

内通者万歳。上手く利用すればここまでの事が出来てしまう。

多分、参謀の狙いにはこれも含まれているだろう。

 

「徹底抗戦派であの暗殺に携わっていた人間は?」

「判断は出来なかった。現在、それらの者も調査中だ」

 

御願いします。

 

「もちろん、艦長は毅然と断ったんですよね?」

「うむ。そのお陰で和平派の和平への意思は強まった」

「司令を慕う人間が司令の娘にそう言われてしまえば頑張らざるを得ないですからね」

「嬉しい誤算だよ」

 

艦長の態度が和平派の意思統一に繋がるとは思ってなかったんだろうな。

トップに据えて初めてその効果が出ると考えていたから。

確かに嬉しい誤算だ。

 

「木連と手を結んでいる人間は特定できましたか?」

「厳しいね。今調査している人間から序々に特定していくしかないだろう」

「そうですね。かなり奥底まで真実を隠していると思います」

「一応、候補者はいるんだけどね」

「候補者? 木連と手を結びそうな人間という事ですか?」

「うむ。まずは徹底抗戦派の第一人者である現連合軍総司令官」

 

うわっ・・・。

連合軍のトップが徹底抗戦派かよ?

そりゃあ改革和平派も苦労しているだろうなぁ。

 

「次は元極東方面軍総司令官」

 

ミスマル司令に席を奪われた逆恨みからって事か。

自身のスキャンダルのせいなのに、反省しない奴だなぁ。

 

「最後はクリムゾンと最も親しいとされている現北米方面軍総司令官」

 

なるほどね。

確かに怪しいけど・・・。

でも、別にクリムゾンと木連は利害の一致から手を結んでいるのであって、あくまで彼らがしている事は生活に必要不可欠な物資の提供などだけだ。

決して復讐の為の支援をしている訳ではない。

だから、クリムゾンと仲が良いというだけでは・・・ちょっとね。

必ずしも暗殺事件に関わっていたとは言えないだろう。

怪しくないといったら嘘になるけどさ。

 

「今の所、この三名が最も怪しいかな」

「確かに聞く限りではそうですね」

「とりあえず、君は把握さえしていてくれればいい。これらの事は私達の仕事だからね。君に負担は掛けないよ」

「そうですか。でも、何か俺の出来る事がありましたら言ってください」

「ありがとう。その時は頼りにさせてもらうよ」

 

俺にはハッキングという武器があるからな。

 

「さて、最後に今後の君の行動方針だが・・・」

「はい」

「好きに動きたまえ」

「は?」

「責任は我々が持つ。好きに動き回ってくれ」

「い、いいんですか? そんなアバウトで」

「君は自由に動いた方が良い成果を残すタイプだと思ってね」

 

そうかな? どちらかというと指示を出された方が楽なんだけど。

 

「とにかく、木連と話し合いがしたい時には君を呼ぶから、指示を受けた時にすぐに動けるようにしておいて貰えれば・・・」

「好きに動いて構わないと」

「うむ」

 

好きに動いて構わないっていうのも結構困る。

たとえて言うならデートの時に今日何が食べたい? とか、今日、どこに行きたい? とか訊かれるぐらい困る。

 

「どうするかな?」

「ふむ。それなら、当面は更なる戦力の充実を図れば良い」

「なるほど」

 

現段階で使える機体、実はまだ数種類しかない。

追加装甲タイプだから種類があればいいって訳じゃないけど・・・。

もうちょっと小回りの利いた兵器なんかも欲しいかも。

ちょっと考えてみるかな。どこに依頼するかとか。

 

「分かりました。早速、艦長に許可を貰って動き出したいと思います」

「ふむ。期待しているよ。ナデシコは我々の要だからね」

「ハッ」

 

ナデシコは期待されているんだ。

その期待に応えられるよう戦力を揃えないとな。

 

「ひとまず、今後について木連側とも話し合ってみます」

「うむ。よろしく頼む。今日はご苦労だったね。マエヤマ君」

「ハッ! それでは失礼します」

 

さてさて、どう動きましょうかね。

とりあえず今から木連に行って今後についてタニヤマ少将あたりと話し合ってみるか。

その後は・・・ん? 

好きに動き回って良いって事は別に俺は基地内で待機してなくてもいいって事か。

それなら、色々と駆け回ってみるかな。

とりあえず移動用の飛行機あたりをチャーターしましょう。

いやぁ、免許取っといて良かったな、マジで。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「全く、休暇ぐらいちゃんと休めば良いのに」

「・・・心配です」

 

ナデシコクルーに休暇が与えられてから五日。

休め休めと言っているのにコウキ君は休む様子がない。

この前だって一日どこかに行っていたし。

 

「・・・何をしているんでしょうか?」

「分からない。でも、きっと司令関連だと思うわよ」

「・・・・・・」

 

司令はなんとか一命を取り留めた。

でも、かなり危険な状況であり、予断は許されないらしい。

それが私達に与えられた情報。

もしかしたら、その穴を埋めようと皆が皆、精力的に働いているのかもしれない。

アキト君達もナデシコに戻ってこないし。

 

「でも、少しぐらい休まないと・・・」

 

どれだけタフな人間でも限界はある。

この前だって、死んだように眠っていたし。

きちんと睡眠時間を確保できているのかって心配になる。

もう、いつまで経っても心配掛けるんだから。

 

「・・・ちゃんと休んで欲しいです」

「うん。倒れられちゃ困っちゃうしね」

「・・・はい」

「だから、ちゃんと伝えに行こう」

「・・・え?」

「休んで欲しいって伝えて、部屋に拘束。レッツゴー」

「・・・あ、はい」

 

覚悟しなさいよ。

きちんと休ませてあげるんだから。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「それでこれですか」

「そう」

「・・・そうです」

 

突然の襲撃。

今日はアキトさん辺りの様子を見に行こうと思っていたのだが・・・。

 

「いきなりで驚きましたよ」

 

艦長にそう連絡しようと廊下を移動していたら、捕捉され私室まで強制連行。

その後、気付いたらベッドの上にいました。

両サイドにミナトさんとセレス嬢で逃げられそうにありません。

 

「コウキ君。この休暇中、どれくらい休んだ?」

 

休暇中?

・・・えっと・・・。

一日目は移動先のネルガルとの打ち合わせ。

ナデシコの今後の方向性や改修内容を確認させてもらった。

二日目は会談の準備に追われ、夜は木連に移動。

こちらの計画について纏めて、参謀やら司令やらに確認してもらった。

三日目は定例会に参加して、木連将校達を説得。

中々の手応えで、神楽大将の説得もあり、計画に賛同してもらえた。

四日目は定例会の内容について参謀に報告し、再び木連へ。

地球側の計画に賛同してくれたお礼を改めてし、今後について話し合った。

五日目の今日。

・・・あれ? 本当に休んでないじゃないか。

 

「・・・休んでないですね」

「ほら。やっぱり」

「・・・許せません」

 

許せないって・・・セレス嬢よ。

 

「ま、まぁ、色々と立て込んでいましてね。今日こそ休もうと」

「本当に?」

「ギクッ。も、もちろんじゃないですか」

 

言えない。

今日はアキトさんの所に行こうとしていた、なんてとてもじゃないけど言えない。

 

「そう。それなら良いけど」

「・・・ホッ」

「・・・ミナトさん。コウキさん、嘘吐いています」

「ギクリ」

「よね~。私達に嘘を吐くなんて、どうなるか分かってないのかしら?」

「ど、どうなるんですか?」

「どうしましょうか? セレセレ」

「・・・お仕置きです」

「お仕置き!?」

 

ど、どうしたの? セレス嬢。

そんな子じゃなかったでしょッ!

 

「・・・話してください」

「セレセレ?」

「・・・今、コウキさんが抱えている事を私達にも教えてください」

「・・・セレスちゃん」

「・・・私達じゃ、私じゃ何も出来ないかもしれませんが・・・」

「そうね。話すだけでも楽になるかもしれないわよ」

「・・・そう・・・ですね」

 

実は結構ストレス感じていたり。

地球の今後を背負っている訳だから、重い責任が圧し掛かってきてさ・・・。

 

「絶対に秘密にしていてくださいよ」

 

話すか話さまいか悩んだけど、やっぱり二人に秘密事はなしにしたい。

己惚れじゃないけど、きっと俺の事を想って言ってくれているのだろうから。

家族に隠し事はなしだよな、うん。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「そう、コウキ君はそんな大きな仕事をしていたのね」

「・・・驚きました」

 

ミスマル司令の生存から起死回生計画までの全て。

セレス嬢にはそれに加えて俺のボソンジャンプ能力まで話した。

異常についてもいつか話さないといけないだろうな。

・・・セレス嬢に怯えられないといいけど。

 

「休暇中といえど、忙しい時期でしたから、休めなかったんですよ」

「そっか。でも、これで当分は休めるんじゃない?」

「でも、やる事はいくらでもあって・・・」

「たとえば?」

「ウリバタケさんやイネス女史の御手伝いもありますし」

 

プログラミング関係や調整は俺の仕事。

特にグラビティライフルやエクスバリスの調整は困難だから頑張らないといけない。

 

「ナデシコの戦力を充実させるという勝手ながらも艦長に許可を貰った仕事もあります」

 

参謀に提案されてすぐに艦長に連絡を入れて、許可を貰った。

責任は私が持ちます、と参謀に言われた事と同じ事を言われて驚いた覚えがある。

 

「後は会談の為の情報整理や準備もあるし、一応、アキトさん達のお手伝いもしなくちゃいけませんし」

 

会談でどのように話を進めていくかの相談とか現在の情報を纏めたりとか。

アキトさん任せにしちゃっている火星再生機構だけど、顔ぐらいは出さないと。

俺なんかでも何かしらの手伝える事があると思うし。

 

「ん?」

 

・・・あれ? なんか異様に忙しくないか?

 

「はぁ・・・。それを全部一人でやるつもりなの?」

「ええ。まぁ・・・。自分で言っていてビックリしました」

「ちゃんと予定組んでいるの?」

「・・・えっと、行き当たりばったり?」

「はぁ・・・」

 

物凄く深い息を吐かれてしまったんですけど。

 

「セレセレ、どう思う?」

「・・・大変過ぎだと思います」

「予定を組んでない事は?」

「・・・無謀です」

 

グハッ!

セレス嬢に言われると物凄く心にダメージが・・・。

 

「分かった」

「何が分かったんですか? ミナトさん」

 

何故だか決意を秘めたような表情で突然立ち上がるミナトさん。

 

「私が全部面倒を見てあげる。予定もしっかり」

「へ?」

「専属秘書になってあげるって言っているのよ」

 

せ、専属秘書!?

 

「どうせナデシコがなければ私って用なしじゃない?」

 

そ、そんな事、訊かれても困ります。

 

「だから、以前の経験を活かして、コウキ君のお手伝いをしようと思って」

「そ、それは助かりますが・・・いいのかな?」

「いいの」

「は、はい」

「おし。それじゃあ早速私も責任者に許可を貰ってこよう。誰かしら?」

「今は基地単位で管理されていますからムネタケ参謀あたりかと」

「ムネタケ参謀ね。分かったわ。ちょっと行って来るわね」

「ミ、ミナトさん、ちょ、ちょっとぉ・・・はぁ、行っちゃった」

「・・・ミナトさんらしいですね」

「セレスちゃん。笑い事じゃないよ」

 

苦笑するセレス嬢に苦笑で返す。

まったく・・・あの行動力には驚くばかりだよ。

そういう意味では見習わなくちゃいけないかな。

まぁ、自重は忘れちゃいけないけど・・・。

 

「・・・コウキさん」

「ん? 何だい?」

「・・・私にも御手伝いできる事はありますか?」

「え? いつも手伝ってもらってばっかりじゃん」

 

この前のシミュレーターや適性検査でもそうだし。

 

「・・・全然です。コウキさんが抱えているものに比べたら全然」

「いや、俺としては凄く助かっているんだけど」

「・・・それでも、もっとお手伝いがしたいです」

「そっか」

 

本当に良い子だな。セレス嬢は。

でも・・・。

 

「大丈夫だよ。セレスちゃんは充分色々な事をしてくれている」

 

まだまだ子供だ。無理はさせられない。

 

「・・・でも・・・」

「それに、また手伝ってもらう時があったら俺から御願いするからさ」

「・・・そうですか」

「うん。その時はよろしくね」

「・・・分かりました。頑張ります」

 

ちょっと悲しそうに見えるけど・・・うん、納得してもらうしかない。

苦労は買ってでもしろとか言うけど、それはもっと先の話。

このぐらいの歳の子は元気一杯遊んでゆっくり休むのが一番良いんだ。

だって、まだ十歳にもなってないんだぜ。

無理なんかさせられる筈がない。そんな苦労を背負うのは大人だけで充分だ。

・・・今でも普通の子と生活が違い過ぎるぐらいなんだぞ。

もっと子供らしい生活を送らせてやりたいよ。本当に。

 

「ねぇ、セレスちゃん」

「・・・はい」

「セレスちゃんはさ。この戦争が終わったらどうしたい?」

「・・・コウキさんやミナトさんと一緒に暮らしたいです」

「そっか。俺もだよ」

「・・・とっても楽しみです」

 

そこまで喜んでくれるのは嬉しいかな。

うんと大事にしてあげなくちゃね。

でも、俺が聞きたいのはそれとはちょっと違う。

 

「他には?」

「・・・他ですか?」

「うん。将来の夢、みたいなの」

「・・・将来の夢ですか・・・考えた事もありません」

 

寂しい事を言うなぁ。

 

「それじゃあ、考えてみようよ」

「・・・私の将来・・・やっぱり私なら―――」

「別にマシンチャイルドの能力を活かそうだなんて考えなくていいんだよ」

「・・・え? ですが・・・」

「それはセレスちゃんのたくさんある内の一つの武器でしかない。そんな事でセレスちゃん、君は自分の可能性を狭める必要はないんだよ」

「・・・私にたくさん武器があるんですか?」

「もちろん。それにね、セレスちゃんはこれから幾らでも勉強ができる。いくらだって自分の力だけで自分の目指す夢を切り拓く事が出来るんだ」

「・・・自分の力で切り拓く・・・」

「夢が広がらないかい?」

「・・・え?」

「博士になっているセレスちゃん。医者になっているセレスちゃん。 教師になっているセレスちゃん。社長になっているセレスちゃん。もしかしたら、パイロットになっているセレスちゃんだっているかもしれない」

「・・・色んな私・・・」

「そう。君にはいくらだって可能性があるんだ。だから、色んな自分を想像してごらん」

「・・・なんだか楽しくなってきました」

「そっか。良かった。」

 

君はもう夢を膨らませて良いんだよ。

これからいくらだって好きな事が出来るんだから。

障害? 障害なんて俺が全部ぶち壊してやるさ。

 

「どんな夢だっていい。君はもう自由なんだから」

「・・・はい」

 

セレス嬢が安心して子供らしい暮らしが出来る様に・・・。

その障害である戦争なんて一刻も早く終わらせよう。

未来は明るくあるべきなんだ。誰にでも・・・。

 

 

 

 

 



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ミルキーウェイ

 

 

 

 

 

「さて、社長、本日のスケジュールですが・・・」

「何故に社長?」

「社長。聞いているんですか?」

「は、はい。ミナトさん」

「ミナトと。社長が秘書に敬語を使う必要はありません」

「ん、んん、ミナト君。今日は何の予定が入っていたかね」

「はい。本日は・・・なんかいいわね、これ。コウキ君がミナト君だって・・・」

「・・・ミナトさん。やめません?」

「えぇ~。いいじゃない。面白いし」

「ミナトさん」

「はいはい。分かったわよ。もう」

「まったく・・・」

 

さてさて、ミナトさんが専属秘書になってから幾数日。

いや。参謀も唖然としちゃったらしいぜ。

突然入ってきて、マエヤマの秘書にしてください! だとか。

う、うむ。良かろう、みたいな勢いに押された返答しちゃったらしいし。

まぁ、お陰様で助かっていますけどね。

俺みたいな行き当たりバッタリなんかじゃなくて、きちんと休暇とかも計算に入れての完璧なスケジュール設定。

お陰様で効率良く色んな所を回れるし、大分負担が減った。

いや、やっぱり行き当たりバッタリは駄目だね。

計画性って大事だよ。

 

「それで、今日は何でしたっけ?」

「午前中は基地内でエステバリスと追加装甲についての情報交換」

 

あぁ、そうだった、そうだった。

リアル型、スーパー型の実戦稼働データやら、メンテナンスの調整記録やら、色々と情報交換しようって話をしていたんだ。

エクスバリスについての意見なんかも聞きたいしね。

 

「午後はどうなっていますか?」

「アキト君から呼ばれているわよ。何でも相談したい事があるって」

「へぇ。俺に、ですか」

「なんでも出資者として相談に乗って欲しいとか」

「ふ~ん。よく分かりませんけど、とりあえず行ってみましょう」

「ご同行致します。社長」

「・・・好きですね、それ」

「いいじゃない。これぐらい付き合いなさいよ」

「ふむ。付いて来たまえ。ミナト君」

「社長はそんな事言わないわよ」

「クッ。やられた」

「クスッ」

 

そこ、笑わない!

 

「それじゃあ、早速行きましょう」

「そうですね」

 

 

 

 

 

「よく来てくれたな。コウキ」

「いえいえ。こちらこそアキトさん任せにしちゃって申し訳ありません」

「構わないさ。俺としても充実した日々を送らせてもらっている」

「そうですか。それは良かった」

 

午前中の話し合いを終え、午後の予定である(仮)火星再生機構訪問へ。

なかなか有意義な話し合いになったと思う。

エクスバリスについても、完成へ一歩近付いたって感じだし。

 

「それで、相談とは?」

「ああ。その前に、何故ミナトさんが?」

「基地待機ではなかったのですか?」

「コウキの付き添い?」

 

(仮)火星再生機構の活動場所は聞いていた通り企業のようだった。

といっても、オフィスビルの一階を借りている感じの奴だけどね。

会社名は・・・秘密かな。

まさかミルキーウェイ(訳、天の川)だとはとてもじゃないけど言えない。

・・・あ。コホン、コホン。

現在ここにいるのはテンカワ一味と結構な数の社員。

多分、ネルガルから派遣された社員だろうな。

それに、ネルガルからの派遣じゃない正社員もちょいちょいだけどいるらしい。

重要な役職の人間も揃ってきているらしいし、スカウト活動も順調みたいだ。

 

「私は今、コウキ君の専属秘書として活動しているの」

「専属秘書?」

「色々と忙しくなっちゃいましてね。俺だけだと計画性皆無で効率が悪いのでミナトさんに御願いしたんです」

 

お陰様で体調は万全です。

流石、元社長秘書。

スケジュール管理は完璧ですね。

 

「コウキ君ったら全く休もうとしないのよ。まったく・・・。どっかの誰かさんは大丈夫でしょうね?」

「ちゃんと私達が休ませています。ね、ラピス」

「・・・うん。無理はさせてない」

「別に自分ひとりでもちゃんと休むんだがな」

「嘘です」

「・・・嘘」

「・・・なんだか最近扱いが悪い気がするんだが・・・」

「「自業自得」です」

「・・・・・・」

 

貴方も苦労しているんですね。

もう尻に敷かれる未来が容易に想像出来てしまいます。

というか、まるで自分を見ているようで・・・あまりにも情けない。

 

「お互い女性には頭が上がりませんね」

「そのようだ」

 

こんな事で分かり合いたくはなかったが、深く共感してしまった。

 

「さて」

 

うん。真剣な話ですね。分かります。

 

「コウキ。出資者であるお前に相談がある」

「はい。何でも」

「俺達は最終的にどういう会社になればいいと思う?」

 

なるほど。相談っていうのはそれの事か。

 

「・・・既にネルガルから活動資金はいただいているんですよね?」

「知っていたか。そうだ。手のひらを返すように援助を申し出てきた」

「別にそれ自体は問題ないんです。アカツキの思惑はともかく潤沢な資金がある。これは大きい事だと思います。活動の幅が広がるのですから」

「今のところ、火星復興に必要になるであろう物資を蓄えている所だ」

 

うん。それでいいと思う。

今できる事はそれぐらいだろう。

 

「後はスポンサーですね。ネルガルだけでは足りません」

「・・・そうだな。だが、いいのか? ネルガルを除けばお前が一番の出資者なんだぞ?」

「もしかして、出資者としての利権を欲しがっていると思っています?」

 

そう思われているとしたら心外だな。

そんな事の為にお金を出した訳ではない。

 

「分かっている。すまない。つまらない冗談だったな。許せ」

「本当です」

 

話を続けますね。

 

「その理由は二つあります」

 

至極単純な理由が二つ。

 

「一つは単純に資金不足である事。火星という星一つを再生しようというのですから、俺とネルガルの提供した資金では到底足りません」

「ふむ。いくらあっても足りないだろうし、ありすぎて困るというものでもないからな」

「ええ。もちろん、スポンサー足るか見極める必要はあります。言ってしまえば、火星再生機構は借りを作ってしまう訳ですから」

 

信用に足らない所から資金提供され、将来的に厄介な事態になったら元も子もない。

 

「そして、もう一つは、ネルガルだけに力を持たせてはいけないからです」

 

スポンサーはそれだけで大きな力を持つ。

仮にこのままネルガルの支援だけで火星を復興させたとしよう。

その結果、火星の利権はネルガルだけが握る事になる。

それは阻止しなければならない。

これはネルガル憎しとか、そういう事ではなくて、現実的に必要な事だ。

 

「ああ。明日香、クリムゾンは当然として、様々な方面で活躍している企業に声をかけている」

「それなら問題はないですね」

 

復興に必要なのは工業関係の企業だけじゃない。

様々な面で必要なモノはでてくる。

流石に俺程度で考えられる事はアキトさん達も考え付いているみたいだな。

 

「だが、各企業からの出資は必要最低限しかもらわないつもりだ。そして、復興後に全て返済もする」

「え? 何故です?」

 

返済は別にアキトさんの方針だからいいけど、必要最低限の出資って・・・。

資金がなければなにもできませんよ。

 

「まず、あまり力を持たせたくない。提供した資金はそのまま彼らの権力となる。俺達はどのような企業からも一定の金額しかもらわないつもりでいる。その分、より多くの企業の協力を得ようと活動するがな」

「気持ちは分かりますが、それだと資金が足りなくなりませんか?」

 

大企業からも中小企業からも同じ金額。

それだと基準はどうしても中小企業になってしまう訳で・・・。

提供される資金の額的にはあまり期待できない。

力を付けたくないという気持ちは分かるが、ちょっときついんじゃないかなと。

 

「コウキ。俺達の活動の前提を忘れてはいないか?」

「前提?」

 

何の事だろう?

 

「火星はいずれ地球、木連の両名から賠償金を貰う」

「あ。いや、でも、それは楽観的では?」

 

絶対に支払うとは限らないだろう。

 

「いや、これは決定事項なんだ。賠償金とは火星への謝罪の証。これすら成立しないのであれば、火星再生機構自体が認められない」

 

・・・確かに。

火星へ謝罪するつもりがないのなら、そもそも火星再生機構の設立に賛成する筈がない。

設立を賛成するのなら、賠償金を払わない訳にはいかない。

それが結果として火星再生に繋がるのだから。

これはどちらかだけという選択肢が始めからない選択なのだ。

どちらかを取ろうと思えば、必然的にもう片方も付いて来る。

そんな追い詰められた選択。

 

「謝罪する気があるなら払わなければならないという事ですか。賠償金を。なるほど」

「・・・俺はそこまで言ってないが・・・」

「・・・コウキさん、腹黒いです」

「・・・コウキ、腹黒い」

「・・・コウキ君、腹黒いわ」

 

・・・皆して、何さ。

そんな言い方しなくても・・・。

というか、この案は元々俺のものじゃない筈なんだけど・・・。

 

「組織のトップとしては戦争終了後、過失を過失ときちんと認め、被害者となった者に謝らなければならない。和平を結ぶのなら尚更な」

「そうなれば、謝罪は必至です」

「謝罪するなら火星再生に協力しない訳にはいかないわね」

「協力するなら眼に見える形で行う必要がある。具体的には資金提供」

「その名目が賠償金であるなら、賠償金は確実に支払われる」

「なるほど。確実に支払われますね」

 

火星側が何か行動を起こしていたら分からないが、今現在、彼らは一方的な被害者。

木連が謝罪する事は当然として、地球も火星に負い目がない訳ではない。

火星再生機構を認めるという事は火星の再生も認めるという事。

それは世間的に見れば、地球が火星再生に協力すると映る。

その状況下であれば賠償金の支払いを要求しても断られる事はないだろう。

状況を考慮すれば、その賠償金の行方がどうなるかぐらいは子供にだって予想が付くからだ。

もし断われば、それは火星に対する反省の意識がないと世間は受け取ってしまう。

それは現在でも支持率が低下してきている地球政府にとっては、

今後の更なる支持率低下の原因となってしまい、かなりの痛手だ。

だが、何の文句も言わずに素直に資金を提供すれば地球人はその懐の広さに感動するだろう。

それは支持率向上に繋がる。

軍にとっても政府にとっても一番大事なのは民間からの支持。

これは瞬間的な損に目を瞑れば、長期的な利が得られますよというものなのだ。

これぐらい少し考えれば誰にだって分かる事。

だから、我々を利用してもいいから、資金を提供してくれってメッセージにもなる。

まぁ、政治家という策謀に優れている者ならば、平然と利用してくれる事だろう。

別にそれに関して利用されても構わないんだろうな。

火星再生機構としては資金さえ得られれば良いんだから。

その者の名前が売れた所で俺達には関係のない事だ。

 

「ふむふむ。アキトさん。貴方も黒くなりましたね」

「仕方あるまい。まがりなりにも組織のトップに立ってしまったのだから」

 

苦労されているようで。

微力ながらお手伝いさせていただきます。

 

「最近はムネタケ提督とも相談を頻繁にしているんです」

「それで・・・」

 

アキトさんも黒くなってしまったという事か。

 

「だが、話を聞いただけで理解してしまうお前を俺は恐ろしく感じるよ」

「え?」

 

どゆこと?

 

「俺はあいつの話を聞いても理解できなかったからな」

「私もです」

「・・・私も」

 

えっと、アハハハ。

 

「何度も話を聞いて、三人で相談しあってようやく導いた答えなんだが・・・」

「・・・コウキさんも頭だけで出世できそうですね」

「・・・うんうん」

 

そ、それは・・・流石に無理ですよ。

俺なんてムネタケ提督やらムネタケ参謀レベルには程遠い。

 

「・・・改めてお前や提督達を敵に回さなくて良かったと思ったよ」

「ドロドロしているわねぇ」

「怖い世界です」

「・・・ぶるぶる」

 

なんか酷い言い様だ。

俺だって好きでこんな事ばかりを考えている訳じゃないのに。

 

「コホン。それなら、ムネタケ提督は火星再生機構の方針を理解してくれた上で動いてくれている訳ですね」

「ああ。そうなるな」

 

流石はマツタケ提督。

変な混乱が起きないように、軍内、政府内の意思を纏めようと動いてくれているんだろう。軍内はこれで何の問題もないな。

 

「えっと、それで、火星再生機構として最終的にどうするべきか、という話でしたよね?」

 

原点に戻りましょう、会話に困った時は。

 

「資金の目処もある。多くの企業への参加を求めている。もう火星再生機構としての形は出来上がっていると思いますけど?」

 

今更、俺に相談する事なんてないと思う。

 

「いや、正直、明確なビジョンは見えていないんだ。今は闇雲に物資を集めているだけで」

 

ふむふむ。

 

「実際、火星再生だけが目的なら資金提供も何もいらないんですよね。もちろん、あるに越した事はないですし、権力を握る為にも資本力は必要になりますが」

 

火星を再生させるという目的のみなら資金は別に必要ない。

 

「どういう意味だ?」

 

突然なんでこんな事を言い出したかというと・・・。

 

「アキトさんは火星再生機構だけで火星を復興させようとしているんですか?」

「いや、流石にそれは無理だ。当然、様々な企業の協力が必要になる」

「それは資金提供的な意味ですか?」

「ん? ああ。そのつもりだが・・・」

「俺個人の勝手な意見なんですけど、火星という星を資源だけの星にするのではなく、人々の故郷にする為には、資金よりも火星の活性化が大事だと思うんです」

「ふむ。確かにそうだな」

 

だからこそ、火星再生機構が企業に求める事は・・・。

 

「火星にとって大切なのはその企業がどれだけ火星再生に貢献してくれるかだと思うんです。資金的な意味ではなく、経済的な意味で」

「貢献してくれるか・・・」

「俺個人の考えですが、火星再生機構は火星において活動する企業や実業家達の調整役になればいいと思うんです」

「調整役?」

「火星と地球の間で運搬業を営みたい者がいたとしましょう」

「ああ」

「その者にまで資金提供を求めた所で何の意味もないでしょう。火星再生機構の仕事はその者の仕事を支援して、経済を活性化させてあげる事だと思うんです」

「・・・難しいな」

 

資金提供されてもそれを活かせなければ何の意味もない。

そんなんだったら、さっさと商売として契約して、利益の内の何割かを税として収めてもらった方が遥かに良い。

 

「数多の企業が火星に利益を見出し、地球や木連からの出入りが活発になれば、勝手に火星の経済は活性化し、放っておいても火星は再生されていくでしょう」

「・・・それならば、俺達は必要ないのではないか?」

「そういう訳にもいきません。多くの企業が活動する中、それらを誰が舵をとるんですか? それぞれを自由にやらせたら、何が起きるかわかりませんよ」

 

暴走して火星再滅亡なんて事になったら本末転倒だしな。

 

「それに、地球や木連からの圧迫もあるでしょう。火星は地球、木連に対抗できるだけの組織力と権限を持たなければいけない」

「・・・遺跡か」

「ええ。それに、多くの人間が火星に出入りすれば当然火星は荒れますよ。治安的な意味でも、勝手な者が続出します。言ってみれば、無法地帯に近いんですから」

「俺達は治安を向上させ、企業の勝手を抑止するのが仕事」

「そうなりますね」

 

最終的に独立した国家として認められるのが目標です。

法の整備、治安維持、国政のコントロール。

言わば、火星再生機構はそのまま火星政府へとシフトする。

アキトさんには言っていませんが、それが俺の狙いだったりします。

恐らく、司令やムネタケ提督の狙いも。

 

「それなら、今、俺達が物資を集めているのは無駄なのか?」

「・・・そんな」

「・・・一生懸命集めたのに」

 

え? え? 落ち込まれた?

 

「い、いや、ちょっと待ってください。それは勘違いです」

「勘違い?」

「はい。さっき俺が言ったのはある程度発展してからの話です。今の火星にいきなり価値を見出す事はありませんよ。もし見出したとしても、開発費が馬鹿になりませんから」

 

すぐに企業が活動を開始する事はないだろう。

ある程度形が整ってから動き出す筈。

 

「まずは火星再生機構がある程度の形まで再生させる。後は資金提供という形で契約している会社を優先的に入植させ、先走りや独占行動を抑止し、経済の状態を調整し、効率良く火星を再生させる。そこまで進める事が出来れば後は監視する形でも火星は徐々に良くなっていくと思います」

「それだけで大丈夫なのか? それならば、何故、前の火星はあまり発展していなかった?」

「それは恐らく地球側の工作です」

「なっ!?」

「地球は火星が独立するのを恐れていた。それは木連の歴史でも理解できます」

「そ、そうか。確かに言われてみれば思い当たる事が多い」

 

木連の先祖は月の独立派。

月の独立を防ぐ為にあそこまでの暴挙に出た。

火星にしたってそうだ。

クーデターに対する鎮圧の素早さ。

地球連合軍を防衛という名目で監視に用いていた点。

あれは明らかに火星に力を与えない為の措置。

まぁ、予想でしかないけど。

 

「だから、先程も言いましたが、火星再生機構は地球側の介入、木連の介入を阻止するだけの力、防衛力を持たなければなりません」

「その為にきちんと火星内の状況を把握しておく必要がある訳だな」

「ええ。防衛軍の設立やら色々やる事はたくさんあると思いますよ」

 

防衛軍の設立は必須だよな。

他国に防衛を任せる事ほど不安な事はない。

特に火星はいつ襲撃されるか分からないんだし。

 

「俺は火星再生機構だけで全てを再生しようと思っていたんだがな」

「不可能ではないでしょうが、いずれ限界が訪れると思いますよ」

 

資金的な意味でも人数的な意味でも。

 

「企業が火星を再生させる分には我々の負担はあまりないですし。火星人や木連人だけではとてもじゃないですが、再生なんて無理です。その道のスペシャリストが必ずしもそれらの中にいるとは限りませんし」

「確かにそうだな。いきなり農業をやれと言われても俺には出来ん」

「あ、農業で思い出しだしたんですけど、土地の状況を把握して、その土地にあった作物を探す、もしくは品種改良するのも再生機構の仕事だと思います」

「やる事はいくらでもあるって訳だな」

「もちろんです。星一つを再生しようっていうんですから、大変ですよ」

「前途多難だな。だが、やり甲斐がある」

 

頼もしいお言葉で。

 

「ほどよく緊張感も与えてあげてください」

「緊張感?」

「我々が火星で利益を上げる為には火星で成功するしかない、活性化させるしかない。そう思わせる事ができれば、勝ちです。モチベーションが全然違いますからね」

 

緊張感がある者とない者では。

 

 地球ではシェアを確立できなかったけど、火星ならって・・・。

 大手企業と中小企業では開発に掛けるモチベーションが違うと思うんですよね」

「追い詰められた者は強いですよ。連帯感も湧きますしね。一緒に頑張ろうって」

「連帯感って大事よね。裏切ろうなんて考えもしないし」

「はい。火星と企業が共に発展していく。このスタンスがベストかなと思います」

 

どちらかに依存していては成長も何もない。

互いに支え合い、共に発展して、再生の喜びを分かち合う。

これが一つの星を開発する理想の形じゃないかなと思う。

 

「後は遺跡関係ですね」

 

どうするつもりなんだろう? アキトさん達としては。

 

「俺としては、多くの会社に携わらせようと思う。少数ではなく、複数で関わる事で一社あたりの権限を少しでも削りたい」

「全ての企業に権限を与えるんですか?」

「流石にそれは厳しいだろうがな、できるだけ公平に与えるつもりだ」

「ふむふむ。そうですね。その方がいいと思います」

 

多くの企業が参加する事で、多くの研究者が派遣される。

研究もそちらの方が早く進むだろう。

多方面で活躍する研究者が一同に集うのだから。

それぞれ一番興味のある事だろうから優秀な研究者を派遣してくれる事だろう。

まぁ、今までの話は全部・・・。

 

「再生機構で火星の利益を全て独占しよう。そう考えているのなら話は別ですが」

「俺達の目的はあくまで火星の再生だ。火星を独占しようとは思っていないさ」

「それを聞いて安心しました」

 

それなら、何の問題もないと思いますよ。

 

「俺からはこれぐらいですかね」

「ああ。漠然としていたものが明確になってきたような気がする。助かった」

「いや、なんにもしてないですよ」

 

実際、再確認のようなものが多かったと思う。

 

「そうか。相変わらずだな」

「え?」

「いや、感謝している。また相談させてくれ」

「はぁ、それは喜んで」

 

お役に立てたようで何よりです。

 

「将来的に億単位の人間を火星に住まわせたいんですよね」

「それはまた莫大な話だな」

「でも、それぐらいになって漸く火星が再生された事になると思います」

「そうだな。確かに火星人や木連人だけではこの広大な土地は広過ぎる」

「ええ。だから、人口増加の為にも多くの地球人の参加が必要なんです」

「火星を故郷として愛してくれる者が増えるといいな」

「増えますよ。火星を愛する者が火星再生の為に身体を張って頑張っているんですから」

「ふっ。よく言う」

 

その頑張りが報われない訳がないですよ。

貴方達の頑張りは本物だ。

 

「ルリちゃん。早速条件に合う企業をピックアップしてくれ」

「はい。すぐにでも」

「ラピス・火星再生機構の目的、方針、協力する事のメリット・デメリットを纏めてくれ」

「分かった。資料にしておく」

 

文字通り、早速動き出した三人。

なんだか物凄く忙しそうに動き回っていて・・・。

 

「お邪魔でしょうから帰りましょうか」

「そうね」

 

ここにいるのが邪魔な気がした。

 

「アキトさん! 俺達は帰ります!」

「そうか。わざわざすまなかったな」

「次はナデシコの現状の報告も兼ねたいと思います」

「助かる」

「それでは・・・」

 

邪魔にならないようサササと退室する。

退室する前にルリ嬢とセレス嬢が一礼してくれたので、もちろん返しました。

挨拶は大切ですからね。

 

「頑張ってください、アキトさん、ルリちゃん、ラピスちゃん」

 

 

 

 

 

「相変わらずコウキは頼りになるな」

「はい」

「・・・でも、ちょっと偉そうだった」

「そうだな。だが、それはコウキが火星再生を真剣に考えていてくれているからだと俺は思う。あいつは多忙な生活を送りながらも再生機構の事を我が身のように考えてくれている。わざわざ負担を抱える必要もないのに、協力してくれるとも言ってくれているんだ」

「分かっている。分かっているけど、悔しかった」

「コウキの言葉で方向性が分かった事が、か」

「うん。物資を集めて、その後何をすればいいのか分からなかった」

「そうですね。大手企業から協力を得る事だけを考えてその先は考えていませんでした」

「交渉材料もなく、大手企業が乗ってくれるとも限らないのにな」

「助かったのは確か。でも、やっぱり悔しかったし、ムカッなった」

「フッ。分かるよ。俺もだからな」

「え? アキトさんも、ですか?」

「実際に活動しているのは俺達。コウキはあくまで第三者でしかない。それなのに、とな」

「はい。恥ずかしながらも私も、です。でも、よく考えたらこの企画もコウキさんが考えてくれたんですよね」

「それに加えて資金援助もしてくれている。俺達は文句を言える立場じゃないんだよな」

「そんな事はない。これは私達の仕事だって胸を張るべき」

「そうか。・・・そうだな」

「そう」

「そうですね。・・・あの、アキトさん」

「ん? 何だい? ルリちゃん」

「もしかしたら、コウキさんが一番この仕事をやりたかったのかもしれませんね」

「そうだな。だから、再生機構にとって何が大切で何が必要なのかを考えていた」

「・・・忙しいもんね、コウキ」

「きっと歯痒い思いをしているんだと思います。自分も参加したい。でもって」

「それなら、あいつの分まで頑張るとしよう。失望されないようにな」

「そうですね。今度は私達が驚かせてあげましょう」

「賛成。いつまでもコウキ頼りじゃ情けない」

「ああ。それで、あいつが無事に自分の仕事をやり終えたら、笑顔で迎え入れてあげよう」

「コウキさんも火星再生機構初期メンバーの一人ですからね。大事な仲間です」

「むしろ、創始者」

「あいつのお陰だからな。こうして活動していられるのも」

「感謝して、届かない分、努力で補いましょう」

「おし。それじゃ、やるか」

「はい」

「うん」

 

 

 

 

 



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命名

 

 

 

 

 

「プロスさん。それでは」

「はい。・・・コホン」

 

一拍置き、そして・・・。

 

「第一回! 新型機命名コンテスト! 開催ですぞォォォ!」

「「「イエェェェイーーー!」」」

「「「ヒュー! ヒュー!」」」

 

相変わらずお祭が大好きな方々だ。

 

「それでは、ナデシコ整備班班長であるウリバタケさんと、新型機担当のマエヤマさんから説明してもらいましょう」

 

いつから担当になったんだろう?

まぁ、別にいいけどさ。

 

「えっと、ウリバタケさん、煽りは任せました」

「任せとけ!」

 

ノリノリですね。ウリバタケさん。

 

「皆さん、着々と新しい装備が揃い、ナデシコの戦力も充実してきました」

「色んな種類の追加装甲があるわな」

「ですが、それを総称した呼び方がないのです」

「出撃にしたって整備にしたって名前がねぇのはやりづれぇ」

「そこで名前を付けよう。そう思った訳です」

「でもよぉ、それを俺らだけで勝手に決めちまうのはあまりにも身勝手だ」

「この新型はナデシコを護る為の矛であり盾でもある。それならば、ナデシコ皆で考えて欲しい。いや、考えるべきだ!」

「そうだ! そこで! てめぇらの考えを俺らに聞かせて欲しい!」

「「「「「「「「「「「「「オォォォ!」」」」」」」」」」」」」

 

大歓声。

 

「良いか! てめぇの考えた名前が歴史に残るんだ! これ程、名誉な事はねぇだろ!」

「そうだ! そうだ!」

「俺の考えた名前が・・・」

「歴史に俺の名が・・・」

 

いや、盛り上がっている所、悪いけど・・・。

流石に命名した人の個人名は残らないと思いますよ。

・・・機体名に自分の名前が入っているなら別だけど。

 

「今まで溜め込んで来たてめぇらの妄想力! ここで解放しやがれ!」

「「「「「うおっしゃぁぁぁ!」」」」」

 

・・・妄想力なんだ。

 

「条件なんてねぇ! 誰にだって権利はある! 好き勝手にやりやがれ!」

「「「「「オォオォオォオォオォ!」」」」」

 

煽り役を任せたのは間違いだったか?

下手すると暴動に・・・はならないか、

そういうけじめはしっかりしているもんな、何故か。

 

「えぇ~本日の午後五時までにコミュニケで本部へ、機体名、名の由来、理由を文章にて連絡してください」

 

プロスさんが引き継ぎ、場はちょっと落ち着いた。

でも、結局、最後にプロスさんも煽る気がする。

 

「あて先はこちらです。お間違えのないようにお願いします」

 

コミュニケにあて先が送られてくる。

別に俺には必要ないんだが・・・本部で働くのも俺だし。

 

「大丈夫ですね。それでは! コンテスト! 開始です!」

「「「「「オオォオォオォオォ!」」」」」

 

・・・やっぱり。

ま、いいか。熱い事は良い事だ。きっと。

さてさて、どんな名前が送られてくるやら。

 

 

 

 

 

「はい。こちら新型機命名本部」

 

いや。妄想力を甘くみていました。

次々と送られてくる案を整理するだけで疲労困憊です。

 

「セレスちゃん。アイウエオ順に整理しておいて」

「・・・はい」

 

さて、俺は名前が被った案でもまとめておこう。

 

「しっかし、これが五時まで続くのか?」

 

いや。まだ昼過ぎなんだけどさ。

クルーの人数以上の案が既にあるという謎。

プロスさぁぁぁん。一人一案って言うのを忘れていたでしょ~~~。

 

コンコンッ。

 

「マエヤマさ・・・失礼します」

 

突然のプロスさんの入室。

手伝わせようと思ったら、即行で逃げやがった。

 

「しかし、そうは問屋が卸さない」

 

ガシッ。

 

「ふふっ」

「マ、マエヤマさん?」

「手伝ってください。プロスさん」

「し、しかし、私ではお役に立てないかと」

「いえいえ。悪ふざけの案もありますから、それの除外を御願いします」

 

いや。真面目な案の方が多いよ。

多いけど、ナデシコってば悪ガキの集まりみたいなものだから。

それはないだろっていう案も結構送られてくる。

 

「たとえば、このスズキンガーとか」

 

鈴木さん。これはない。

 

「後はガイ・カイザーとか」

 

ガイ。頼むから自重。

 

「他にもユリユリとか」

 

いや。ユリカ嬢LOVEなのは分かったから。

副長なんだし。ジュン。自重してくれ。

 

「・・・ハハハ」

 

何を笑って誤魔化してやがる。

一人一案にしなかったせいで悪ふざけが出たんですよ!

 

「分かりました。それらしいもの以外除外させて頂きます」

「御願いします」

 

これで俺とセレス嬢の負担も減るだろう。

というか、煽るだけ煽って後は俺任せってどういう事ですか? ウリバタケさん。

これは何か仕返しをするべきなのかもしれんな・・・。

 

『今寒気がしたんだが・・・変な名前でもあったのか?』

「いえいえ。クスックスッ」

『こ、怖・・・そ、それじゃあな!』

 

逃がしませんからね。ウリバタケさん。クスッ。

 

 

 

 

 

「それでは、皆様から送られてきた名前を下に話し合いを行いたいと思います」

 

議長、俺。

書記及び記録係、セレス嬢。

参加メンバー。

艦長、ユリカ嬢。

副長、ジュン君。

通信士、メグミさん。

操舵士、ミナトさん。

パイロット代表、イツキさん、ガイ。

整備班班長、ウリバタケさん。

知恵袋、イネス女史。

常識人? プロスさん。

以上、十一名にて行いたいと思います。

他のパイロット組は残念ながら、教官業で忙しいらしい。

しかし、イツキさんはともかく、ガイはどうなんだろう?

ガイ・カイザーなんて案を出してきたし。

あ。もちろん、即刻却下でしたが。

 

「さてさて、俺、セレス嬢、プロスさんの三人でいくらか絞らせてもらいました」

 

悪ふざけ案はバッサリと。

 

「候補をお伝えします」

 

うん。ちゃんとアイウエオ順になっているな。

分かり易いぞ。ありがとう。セレス嬢。

 

「まずは『アイリス』花言葉は『和解』です。理由は、花言葉がナデシコの目的に相応しいと思ったから」

 

やっぱり、花の名前が多かった。

この世界の人間は花が好きなのだろうか?

まぁ、僕も花の名前がいいかなって思っていたから良いけど。

 

「響きも良いし、理由の通り花言葉が今後にピッタリじゃねぇか」

「そうですね。ちょっと戦闘には向かない可愛らしい名前の気もしますが」

「可愛らしくて良いと思います」

 

そう言われてみれば・・・。

あれだね。和平計画を総称してアイリス計画にするとか。

 

「次は『アゲラタム』花言葉は『信頼』です。理由は、ナデシコの団結のもとであり、和平に必要なものだから」

「信頼・・・か」

「良い名前だと思うよ。ユリカ」

「信頼あっての団結。信頼あっての和平か」

 

何事にも欠かせない信頼。

それを全面に出すこの名前は機体名として良いかもな。

想いが伝わる気がする。

 

「次は『アザレア』花言葉は『愛される事を知った喜び』です。理由は、敵同士であった者達が手を組む。その事を表してみました、だそうです」

 

敵同士が手を組む。

憎しみや悲しみといった悪い感情しかなかった者が真実を知り、相手を信じてみようと考えた。

信じてみよう。そう思ってくれた事は至上の喜び。

信じよう。そう思えた事は至上の喜び。

 

「・・・私のお気に入りです」

「セレスちゃんの?」

「・・・はい。私はナデシコで愛される事の喜びを知りました」

「・・・そっか」

「・・・私はこんなにも嬉しい事が世の中にあるとは思いませんでした。だから、私はこの言葉を皆さんに伝えたい。そして、喜びを感じて欲しいです」

 

いつになく饒舌なセレス嬢。

そっか。愛される事を知る。それはとっても幸せな事なんだな。

親の愛、友の愛、異性の愛。愛には色々な形がある。

自身を想ってくれる者が一人でもいる。それだけで人は勇気が持てるもんだ。

 

「私もこれが良いわ」

 

セレス嬢の味方、ミナトさんも賛成する。

ニッコリ笑顔でセレス嬢を見詰めるその視線は慈愛で溢れていた。

なんだかミナトさんらしい。

 

「次は『アドニス』これはエステバリスの属名ですね。理由は、エステバリスの上位なら、こういう考えもありだと思ったから」

 

なるほどね。そういう考えもあるか。

 

「ほうほう。言い易いな」

「アドニス! 行くぜぇ! おぉ。確かに言い易い」

 

ガイ君。試さなくていいからね。

 

「次は『アルメニア』花言葉は『共感』です。理由は、想いを共感し、和平を成し遂げて欲しいから」

 

共感。和平を成し遂げたいという思いは互いに同じだ。

 

「アルメニア。これもまた言い易いな」

 

言い易いってのも大事か。

響き、意味、言い易さで考えましょうか。

 

「次は『アングレカム』花言葉は『いつまでも貴方と一緒』です。理由は、ナデシコは運命共同体。皆の力で和平を成し遂げたいから」

「運命共同体かぁ。なんかいいね。ジュン君」

「ナデシコの強さは皆の団結力だからね」

 

ナデシコクルーにピッタリの名前って訳か。

 

「次は『カミツレ』花言葉は『逆境の中の活力・親交』です。理由は、どれだけ追い込まれようと俺達なら成し遂げられる。そんな思いから」

「逆境の中の活力か。今は逆境に近いからな」

「なんだか頑張れる気がします」

「親交ってのも悪くないぜ。仲良くなってこそだしな。俺とメグミのように」

「関係ないから、それ」

 

あ。思わず突っ込みを入れてしまった。

まぁ、いいか。スルーしよう。

 

「こら。コウキ。てめ―――」

「次は『ニバリス』花言葉は『逆境の中の希望』です」

「無視かよ!」

「うるさいよ。ガイ。えっと、理由を言いますね。理由は、どれだけ絶望的でも希望を失ってはいけないから。その戒めとして」

「逆境の中の希望ですか。ナデシコならどんな状況でも希望を捨てないと思います」

「それに、ナデシコは希望でもあるしな。地球と木連を結ぶ架け橋としての」

 

希望。ナデシコそのものを表してる言葉だな。

 

「そうそう。ニバリスだけど、これはエステバリスと同じ日の誕生花ね」

「おぉ、流石はイネスさん」

 

誕生花なんてあるんだ。

知らなかった。

 

「次は『フェザンツ・アイ』これはエステバリスの学名ですね。理由は、木連が和名の福寿だから、それに対抗してこれにしてみた」

「対抗心か。確かにそれも必要だな」

「まぁ、対抗するのは福寿じゃないんですけどね」

「でも、エステバリス関連だから、馴染み易いといえば馴染み易いです」

 

確かに。

直訳、雉の目?

見た目的な何かなのかな? 福寿草の。

 

「最後はまぁ、分かり易く、『エステバリス改』、『エステバリスカスタム』、『超絶エステバリス』、 という改造しましたよっていう・・・あれ? あれれ?」

「どうしました? マエヤマさん」

「あ、いえ。プロスさん」

「はい。何でしょう?」

「『エステバリス改』も『エステバリスカスタム』も分かります」

「ええ」

「『超絶エステバリス』って何ぞや?」

「いやぁ。良い響きではないですか。超絶」

「・・・・・・」

 

プロスさん。貴方もやはり常識人ではなかった・・・。

 

「コホン」

 

もう、いいや。

気にしない事にする。

 

「それでは、候補の中から選びましょう」

 

結構多いなぁ。果たしてここから絞れるだろうか。

 

「はいはい~。私は『アングレカム』で~す。運命共同体。良い響き」

「僕もユリカと同じかな。ナデシコと運命を共にしたい」

「流石、ジュン君。一緒だね」

「う、うん。気が合うね」

 

お前が合わせたんだろ。

皆がジト眼でジュンを見る。

無論、俺も。

 

「あ、でも、『フェザンツ・アイ』も捨てがたいなぁ」

「そ、そうだよね。エステバリスの学名だし」

 

ジュン君。自分の意思で決めなさい。

ユリカ嬢に影響され過ぎだぞ。

 

「結局、どっちなんですか?」

「う~ん。決めた。『フェザンツ・アイ』」

「どうしてだい?

「だって、エステバリスはナデシコ出航からずっとナデシコを守ってくれたんだよ」

「うん」

「名残惜しいから、せめて、エステバリスの事を忘れないようにってさ」

「分かった。それなら、僕もそうするよ。僕だって名残惜しいし」

「ありがとう。ジュン君」

 

ジュン。お前・・・。

どこまでも尻に敷かれてやがる。

 

「コ、コホン。プロスさんはどう思いますか?」

 

逃げたな。ジュン。

 

「やはり超絶エステ―――」

「却下です」

「むぅ。そうですか。それならば、『ニバリス』ですかね。逆境に打ち勝ってこそ、何かを得られるというものです」

 

プロスさんは『ニバリス』ですか。

まぁ、逆境とか好きそうですもんね。なんか。

 

「ウリバタケさんはどう思います?」

 

プロスさんがウリバタケさんに振る。

あれ? これって振って答える方式になっちゃってる?

 

「俺は『アドニス』だな。何より呼びやすい。それに、エステバリスに愛着がある身としては関連性があった方が良い」

「私も『アドニス』ね。アドニスとはエステバリスの属名。そして、属とは種のまとまりを示す。単機なら別のでいいけど、総称ならこれがベストじゃないかしら?」

 

マッド二人組は『アドニス』ですか。

確かに響きも良いですしね。僕も賛成です。

 

「あれ? それなら『フェザンツ・アイ』じゃなくても―――」

「艦長。もう遅いです」

「はぁ~い」

 

属名が出たから余韻は残るだろうって意味だろう。

でも、艦長、頼むからこれ以上混乱させてないでくれ。

『フェザンツ・アイ』も良い名前なんですから。

 

「私は『アイリス』が可愛らしくて好きですね。でも、戦闘機には不向きかもしれません」

「可愛さは大事ですよ。私も賛成です」

 

イツキさんとメグミさんは『アイリス』ですか。

 

「俺はプロスの旦那に賛成だな。逆境を打ち克つ強さ。それがパイロットには必要だと思うぜ」

「分かってらっしゃる」

 

ガイも『ニバリス』って事か。

確かにこいつも逆境っていうのが好きそうだよなぁ。

プロスさんもウンウンって満足そうに頷いているし。

 

「私達は断固『アザレア』よねぇ」

「・・・はい。譲れません」

 

胸の前でガッチリと拳を握り締めるセレス嬢。

その可愛らしさに負けそうです。

 

「えっと、皆さん?」

 

見事なまでに二名ずつで分かれちゃっていません?

 

「残る一人はマエヤマ、お前だけだ」

 

え?

 

「おい! コウキ! 分かっているよなぁ?」

 

ガイ。怖いんだけど。

 

「コウキ君。分かっているわよねぇ?」

「・・・コウキさん」

 

い、いや、涙目は反則だと思うんだよね。

 

「マエヤマさん。運命共同体。良いですよね?」

「僕は大賛成だよ」

 

え? え?

 

「コウキ君。貴方なら、私の考え、分かるでしょ?」

 

え? え? え?

 

「教官」

「マエヤマさん」

 

ひ、ひたすら見詰めるのだけはやめてくれませんか?

 

「減給にしましょうか?」

 

それはあまりにも公私混同!

 

「えっと、僕は議長なので、投票できないんですよね」

 

そういう意味ではセレス嬢も書記だから駄目なんだけど・・・。

誰も気にしてないしなぁ。

俺としても、別に咎めるつもりはない。

セレス嬢の気に入った名前も参考にしたいし。

というか・・・。

 

「は?」

「はい?」

「え?」

「ん?」

 

全員で睨むのもやめてください!

・・・仕方あるまい。

 

「分かりました。議長として、この事態を収拾しましょう」

「お。流石議長。パッと決めちゃってくれ」

 

煽らないで下さい。ウリバタケさん

 

「『アドニス』『ニバリス』『アイリス』『フェザンツ・アイ』『アザレア』」

 

これが絞られた候補。

 

「ハッキリ言いましょう。意見が分かれた以上、一つに絞るのは不可能です」

 

どれだけ話し合おうと決まる訳がない。

全員が全員、納得する事などないのだから。

 

「その為、今回の命名ですが、新型装備に限らずにいきましょう」

「え?」

「どういう意味?」

「えっと、ウリバタケさん」

「ん? 何だ?」

「確か他にも開発したものがありましたよね?」

 

以前、仰っていた奴です。

 

「おぉ。あるぞ。一つはエステバリス援護兵器。これはナデシコオペレータがナデシコから操って援護する奴だな。それと重力波アンテナ中継装置。空戦フレームを参考に作った行動範囲を広げる奴だ」

 

一つはエステバリス援護兵器。

これは劇場版でラピス嬢がやっていた事を参考にウリバタケさんに作ってもらった奴だ。

ラピス嬢はバッタを操作していたけど、今回はこれを操ってもらう。

実際、そんなに細かいものではない。

球状にしたものにDFを張らせ、体当たり、もしくは備え付けられたレールカノンで援護。

やれる事はその程度でしかないが、充分、役に立ってくれる。

弾薬とかを備え付けておけば、帰艦せずに補給とかも出来るようになるだろうし。

もう一つは重力波アンテナ中継装置。

これは戦闘限界距離が短い事の対策として前から考えていたらしい。

空戦フレームは重力波を受信し、周りの機体に配給するシステムがある。

それを参考に、重力場を作れるよう調整した奴を後は任意の場所に放るだけ。

それだけで中継装置を中心に円を描くように行動範囲が広がる。

形状的にはエステバリス援護兵器に近いかな。

違う所としては、これは一定の場所に浮いていれば良いって事と操る必要がないって事。

まぁ、攻撃を回避するぐらいの機能は付けておきたいけど。

 

「花言葉や意味を考慮して、援護兵器に『フェザンツ』を、重力波アンテナ中継装置に『ニバリス』の名を付けようと思います」

 

『フェザンツ・アイ』から『フェザンツ』の名を抜粋。

直訳は雉であり、雉とはピーチボーイの旅の御供。

また、エステバリスの事も示している事もあり、俺達を影から見守ってて欲しい。

その二つの意味から、援護兵器に『フェザンツ』の名を付けようと思った。

また、『ニバリス』とは希望を示す。

戦闘距離に限界があるという逆境を覆し、希望を見せてくれた中継装置。

戦闘区域が広がった事でより様々な事が出来るようにもなるだろう。

苦しい状況を打破できるものとして、この装置は希望になる。

 

「良いと思いますよ。確かに決まらないでしょうし」

「私も賛成です」

「ユリカが言うなら」

「ま、仕方ないだろ」

 

ありがとうございます。プロスさん。艦長。

ジュン君、流され過ぎ。

ガイ。すまんな。

 

「コウキ君。それなら、他の三つはどうするのかしら?」

「ちゃんと考えてありますよ。ミナトさん」

 

もちろんじゃないですか。

 

「『アイリス』とは和解。我々が目指す目的に一番近い意味を持っています」

「そうね。私達は木連と和解したいんだもの」

「はい。そこで、ナデシコが掲げる和平を成し遂げる為の計画。それ自体を今後、『アイリス・プロジェクト』と呼ぶ事にしませんか?」

 

アイリス・プロジェクト。

地球、火星、木連の三陣営を和解させ、恒久的な平和を目指す計画。

俺はその計画にこの名を付けたい。

 

「アイリス・プロジェクトか・・・」

「可愛らしい響きですし。私は賛成です」

 

イツキさん、メグミさんの賛同も得られた。

 

「『アドニス』はイネスさんの言う通り、総称として相応しいので、今後、追加装甲を身に付けたエステバリスを総称する際には『アドニス』という名前を用いたいと思います」

 

う~ン、新型の名前を勝手に付けてしまった訳だが・・・。

賛同してもらえるかな?

 

「俺は始めから賛成していたし、別に文句はねぇぞ」

「流石はコウキ君ね。私の意図をきちんと理解している」

「私も『アドニス』で良いと思います」

 

ウリバタケさん、イネス女史、艦長の許可はもらった。

他の皆も頷いてくれたみたいだし、うん、一安心。

 

「でもさ、『アザレア』は? 何か名前付けるものってある?」

 

ミナトさんとセレス嬢がこちらを見詰めてくる。

安心してくださいって。

 

「ええ。そろそろ僕もプログラマーとして活躍しようかなと思いまして」

「え? どういう事?」

「パイロットそれぞれに補助用のAIを用意しようと思っています」

 

性能が上がった事でパイロットへの負担も重くなった。

別にそれぐらいで潰れるナデシコパイロットじゃないけど、補助はあっても損じゃない。

俺が出来る事って今の所、調整とそれぐらいしかないし。

 

「そのAIの名称に『アザレア』を使用したいと考えています。どうかな? セレスちゃん」

「・・・私も御手伝いできますか?」

「もちろん。むしろ、こちらから御願いする」

「・・・それなら、喜んで」

 

ニッコリ笑って受け入れてくれるセレス嬢。

うん。良かった。嫌がられたらどうしようかと思ったぜ。

 

「セレセレがいいなら私もいいわよ」

 

おし。皆が皆、俺の意見を受け入れてくれたぞ。

これで新型やその他の命名関係は決着がついた。

 

「それなら、艦長」

「はい。早速、ナデシコクルーにお知らせしましょう」

 

こうして、新型機の名称は『アドニス』で決定した。

これからはアドニスという名称を起点にそれぞれの追加装甲を呼ぶ事になるだろう。

アドニス○○型って感じで。

さてっと、俺は空いている時間を使って、早速AIを組み始めまるとしますかね。

 

「セレスちゃ~ん。手伝って欲しい事があるんだけど」

「・・・はい! すぐに行きます!」

 

クスッ。やる気満々で微笑ましいな。

あ。ちゃんとミナトさんにスケジュール調整を頼まないと。

ぶっ倒れたら色々と申し訳ないし。

 

 

ぶっ倒れるぐらい頑張っちゃうのはしょうがないと思うんだ。

セレス嬢の喜び様を見ていたら、ね。

 

 

 

 

 



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試作型エクスバリス

 

 

 

 

 

「・・・終わったようです」

 

現在、カエデの適性検査中。

今回も同じようにセレス嬢にお手伝いしてもらっています。

そして、終了。

 

「お疲れさん」

「ええ。それで、どうだった?」

 

カエデの適正は・・・。

 

「からっきし」

「えぇ!?」

「一番はリアル型かな。まぁ、これは万能型の機体だから何とも言えんけど」

 

この機体は誰がやっても高い適正を誇る。

見るのはあくまで適正であり、パイロットの能力ではないからだ。

特徴がないパイロットは基本的にこの機体になるだろうな。

残念ながら、カエデはこれといった特徴がある訳でもないしさ。

・・・俺も他人事とは言えないけどさ、グスン。

 

「ほ、他は?」

「とりあえず、近接格闘能力は低かったな」

「しょ、しょうがないじゃない! 格闘技なんて知らないもの!」

「そ、そう怒鳴るな。まぁ、射撃の腕に関しては中々のもんだ」

「も、もちろんよ!」

 

こいつに前線に行かせるのは不安過ぎる。

後ろから援護する方向性でいくべきだよな。

 

「となると後方支援型辺りがベストかもしれないな。火星出身って事もあって、IFSの扱いはかなり良いし。コックだからか、同時に何かをこなす能力も持っている」

 

状況判断とかはまだまだだけど、これは経験とセンス。

センス的には悪くはなさそうだから、経験を積ませれば解決するだろう。

戦場に不慣れなのは仕方のない事だし。

視野は意外と広い。移動しながらの射撃も割りと簡単にこなしている。

これって結構イメージするのが大変で、最初は出来ないもんなんだ。

やっぱり日常的にIFSを使っていたのが大きいんだろうな。

原作のアキトさんと同じだ。

 

「コックって関係あるの?」

「忙しいだろ? コックって」

「ええ。まぁ」

「同時に三つの作業とかこなさなくちゃいけない時とかが普通にある。確かに操縦とはちょっと違うかもしれないけど、同時に何かをこなす力は培われている」

「へぇ。何が幸いするのか分からないものね」

「ま、それにしたってどうしてもナデシコパイロットに比べたら見劣りしちまうけど」

「グッ。し、仕方ないじゃない。まだ始めたばかりなんだから」

「ふむ。お前って日頃何をしているんだ?」

「教官業はまだ出来ないって自覚しているから、自主練と食堂の御手伝い」

 

そういえば、ホウメイさんが加わって食堂の評判があがったらしい。

流石だな。ホウメイさん。ついでにカエデ待ちのお客さんもいるとか。

 

「食堂の手伝いは賛成。美味い飯は何があっても食いたい」

「ふふっ。分かっているじゃない」

 

お前の料理人としての腕は認めているさ。

 

「でも、自主練は反対。あんまり意味がない」

「意味ないなんて失礼ね」

 

プクッと頬を膨らませるカエデ。

お前はガキかっての。

 

「お前が既に教官が出来るぐらいのレベルならいいさ。でも、お前はまだ素人に等しい。どれだけ腕が良くてもな」

「・・・まぁね」

「だから、今のお前に必要なのは技能技術の向上じゃない。必要なのは状況判断やらを学び、戦場の空気を感じる事だ」

「戦場の空気・・・ねぇ。私、実戦経験したけど?」

「バ~カ。あんなの経験に入んないっての」

「馬鹿ですって!?」

「最初は暴走。次はケイゴさんだから助かった。まだ明確に命を狙われた事はないだろう。お前さん」

「そ、それは・・・」

「怖かったぞ。俺だって」

「何がよ?」

「初めて戦場に立った時だよ。震えが止まらなかった」

「情けないわね~」

「お前もすぐに分かるよ。戦争はお前が考えている程に甘くない」

 

最初は暴走だったから、死を感じる事はなかった。

二つ目はケイゴさんを止めるという明確な目的。

しかも、周りからフォローされていたから、第三者からの攻撃の恐怖なかった。

・・・でも、本当の戦場はそんなんじゃない。

目的も全滅させるなんていうどれだけ時間が掛かるか分からないあいまいなもの。

向かい合っている敵以外から攻撃されるのも日常茶飯事。

確かに一対一ではそれなりに戦える腕があるかもしれない。

でも、包囲された状況を経験してないのはいざという時に困る。

折角のシミュレーションだ。

自身が絶体絶命な状態を何度も経験しておくべき。

それに関しては教官のように経験が豊富な人間の下で経験を積んだ方が良い。

 

「おし。カエデ」

「何よ?」

「恥を忍んで、お前もパイロット育成コースに参加してこい」

「それってナデシコのパイロットが教官している奴?」

「そうだ」

「・・・そこに行けば、私も誰かを護れるぐらい強くなるの?」

 

誰かじゃなくて、ケイゴさんだろ。

別に俺に隠した所で知っているんだから意味はないぞ。

ま、ここは言わぬが花か。

 

「もちろんだ」

 

ナデシコパイロットから少しでも学んで来い。

 

「仲間内から指導されるのは悔しいかもしれんが、一時の悔しさは呑み込め。それによってお前が成長すれば、ナデシコとしても助かるし、何より安心する」

「別に悔しくなんかないわよ」

 

といいつつ悔しそうな顔のカエデ。

 

「それより安心って? 誰が?」

「無論、ケイゴさんが」

「な、何でケイゴが出てくるのよ!?」

「お前が戦場に立って心配しない訳がないだろ?お前を生き残れるようにしなくちゃ申し訳が立たん」

「まだ私は安心して戦場に立たせる程の腕じゃないのね」

「ま、どれだけ腕があろうと心配は心配だけどな」

「それじゃあ元も子もないじゃない!」

「でも、ケイゴさんを手伝えるぞ。腕があればある程な」

「私がケイゴの役に立てる・・・」

 

自身の掌を見詰め、ギュッと握り込むカエデ。

こいつって結構一途だよな。

まぁ、修羅場るのはケイゴさんだし。

頑張れとしか。恋する女の子は強いですよ。ケイゴさん。

 

「俺から参謀に報告しておく」

「ありがとう。コウキ」

「だけど、油断するなよ。知り合いだからって手加減はしてくれないからな」

「分かっているわよ。しっかり学ばせてもらうわ」

「その意気だ。早く成長して俺を越えてみせろ」

「え? 貴方なんてもうとっくに越えているわよ」

「おいおい、それは聞き捨てならないな」

「私に掛かれば貴方なんて一瞬でしょうね」

「ちょ、お前、言わせておけばこ―――」

「それじゃあね。ありがと」

「お、おい! カエデ! ・・・あいつ」

 

・・・逃げられた。

逃げ足速いな。あいつ。

まぁ、別にいいけどさ。

 

「・・・コウキさん」

「ん? あぁ。今日はありがとね」

「・・・いえ。あの・・・」

「何だい?」

「・・・私もコウキさんを手伝う為にパイロットになるべきでしょうか?」

「・・・はい?」

「・・・えっと・・・」

 

あ、ああ、カエデとの会話ね。

い、いやいや。セレス嬢は今のままで結構ですとも。

 

「ううん。カエデにはカエデの手伝い方があるように、セレスちゃんにもセレスちゃんなりの手伝い方があるよ」

「・・・私はお役に立てていますか?」

「もちろん。今回もセレスちゃんのお陰でスムーズに進んだし」

「・・・そうですか。良かったです」

 

そんなに気を遣わなくても良いのに。

でも、そういう頑張り屋な所もセレスちゃんらしくて可愛らしい。

 

「ありがと」

「・・・いえ」

 

ナデナデっと。

 

 

 

 

 

「ちょいシミュレーションしてみてくれ」

 

午前の予定を終え、午後の予定へ。

午後はウリバタケさんとイネス女史の御手伝いだ。

エクスバリスの調整とかとか色々ある。

しっかし、暴発の危険性があるとか恐怖だな。

充分気を付けて、慎重にやらなければ。

 

「シミュレーション?」

「おう。大分形になってきたからな。本体は完成してないが、理論データは構築済みだ」

「という事はシミュレーション内なら体験できるんですか?」

「ま、論より証拠だ。ほい、これ」

 

データが入っているであろうディスクを渡される。

あれ? 調整じゃなかったですか?

まぁ、俺としてはどちらでも構いませんが。

 

「これをシミュレーターにインストールしてくれ」

「何故に俺が来る前にインストールしなかったんですか?」

「馬鹿野郎」

「す、すいません」

「これは俺達の切り札だ。当然、極秘事項。たとえ連合軍と言えど、な」

「はぁ・・・」

 

施設を借りている時点で既にバレているかと。

 

「それでもだ」

 

まさかのウリバタケさんもエスパー?

マッドにエスバーは必要技能なのかッ!?

 

「シミュレーション終了後は必ずデータを削除する事」

「シミュレーターにデータを残さなければ良いんですね」

「おう。お前なら跡を残さず完璧に削除できるだろ?」

「まぁ、多分」

「多分じゃ困るんだが・・・」

 

要するに、シミュレーション結果、映像、評価データをディスクにコピー。

その後、シミュレーターからこれに関する全てのデータを削除して、

大元のデータバンクにもアクセスして、記録されたデータを完全に削除。

多分、シミュレーターション結果を自動記録する装置なんていうのも付いているだろうし。

その後、空白の時間を埋める為に偽造したデータを強制割り込み。

ここまでやれば、エクスバリスの情報が漏洩する事はないだろう。

まぁ、司令やら参謀ぐらいにはきちんと報告しておく必要はあるけど。

 

「ま、ちょっと楽しんできます」

「おう。楽しんで来い」

 

新型機に乗る時って結構ワクワクするのよね。

これまでちょくちょく調整を手伝っていた身としては尚更。

最近忙しくてご無沙汰だったから、どれだけ進歩したのか楽しみだ。

 

「お? コウキじゃねぇか。どうした?」

「あ。お疲れ様。ガイ」

 

現在、シミュレーション室はパイロット育成に使われている模様。

まぁ、用があるのは、その奥の実験用シミュレーターだから問題ないけどね。

お、早速カエデも混ざっているな。

頑張れと心の中でエール。

 

「どうした?」

「ちょっと、実験があってね。奥の奴、借りるよ」

「何だよ。折角この俺様が教官として指導してやろうかと」

「へいへい。格闘戦ばかり教えている奴に指導されてもなぁ」

「な、何故知っている?」

「なんとなく。勘」

「勘かよ!」

「分かり易いんだよ、ガイは」

 

固まったガイは放っておいて。

 

「お疲れ様です」

「ん? おぉ。お疲れ」

「どうです? 訓練生は?」

「まだまだだな。実戦をさせるにはまだ早い」

「手厳しいですね。リョーコさんは」

 

パッと見、それなりに見えるけど。

 

「結構楽しんでいるけどね」

「お、ヒカルか。お疲れさん」

「お疲れ様~」

 

ヒカルもいたんだ。

 

「今日はこの三人?」

「そうだよ~」

「といっても、午前午後で分けているんだけどな」

 

ま、その辺りは教官さん達にお任せします。

あ、そうそう、気になっていた事があって・・・。

 

「そういえば、どうやって指導しているんだ?」

「どうやってって?」

「だって、ナデシコパイロットはIFSじゃん」

「うん。そうだね」

「でも、ここの訓練生はCASだろ?」

「あぁ。そういう事か」

 

操作方法が違うのに指導とか出来るのかな?

 

「私達が教えているのは連携とか、どう行動するべきか、とかで」

「CASの技能レベル向上はイツキに任せているんだよ」

 

あ。そうなんだ。

確かにイツキさんはナデシコパイロット内でも唯一のCAS操作だもんな。

CASでIFSのナデシコパイロットに張り合えるだけあって、CASにおける技能レベルは相当なものがあると見ていいだろう。

まぁ、彼女の教官は俺だったから、一番彼女の腕を知っているんだけどね。

 

「イツキは器用だし、教え方も上手い」

「イツキちゃんが一番教官らしい事しているよね」

 

まぁ、なんとなく想像できます。

ナデシコパイロット一の常識人ですからね。イツキさん。

面倒見も良いでしょうし、教官にピッタリかも。

 

「ところで、どうしたの? こんな所まで来て」

「ちょっとした実験でね。奥のシミュレーターを借りようと思って」

「へぇ。楽しそうじゃねぇか。ヒカル。後は任せた」

「えぇ~? 私が行くから、リョーコこそこっちにいなよ」

「こっちの方が楽しそうじゃねぇか」

「だから、私が行くの」

 

楽しそうで仕事を決めないで下さい・・・。

 

「残念ながら、二人とも駄目」

「えぇ!? なんでだよ」

「ケチ」

 

ケチって・・・おい。

 

「ま、後々の楽しみという事で」

「ちぇっ」

「我慢しますか」

 

悪いね。二人共。

 

「さてっと」

 

まずはデータをインストール。

これで試作型エクスバリスをシミュレーションできる。

 

「さて、早速火力を確かめさせてもらおうかな」

 

大容量のエネルギー貯蔵システム。

火力に優れるグラビティライフルが二丁。

接近戦用のディストーションブレード。

エネルギーが貯められるという事を除けば、非常にシンプルな機体と言える。

だが、シンプルだからといって甘く見てはいけない。

近・中・遠。どの距離においても隙のない高性能な万能機と言えるのだ。

それはグラビティライフルのバリエーションの豊富さが鍵を握っている。

近距離はディストーションブレードで対応。

中距離はグラビティライフルの二丁持ちで対応。

遠距離は二丁を組み合わせたツイングラビティライフルで対応。

以上のように、それぞれに適した攻撃方法があるのだ。

加えて、この機体はもう一つの秘密が隠されている。

それは、グラビティライフルと本体をドッキングさせる事によるエネルギーの上乗せだ。

通常時、貯蔵されたエネルギーは推進力を始めとして、様々な用途で用いられる。

そういう意味でも、大容量のエネルギー貯蔵は大きな意味を持つ事になるだろうな。

・・・爆発する可能性も高いけど・・・コホンッ。

そのエネルギー、しかも、最大限まで貯められたエネルギー全てをグラビティライフル本体に送り込む事で、威力を倍増させようというのが本兵器のコンセプトである。

その破壊力はナデシコ級の主砲にも決して劣らないだろう。

下手すると超えてしまう可能性すらある。

非常に強力な武器と言えよう。

・・・まだ仮想段階でしかないけど、それは言わないお約束だ。

この状態の事を・・・何だろう? 名称が思い付かない。

強いて言うなら、ツイングラビティライフルフルチャージ? フルチャージショット?

まぁ、きちんとしたのは後で決めればいいか。

とにもかくにも、グラビティライフルだけで、様々な距離に対応できるという訳だ。

武器の使い分けとかがあまり得意ではない俺からしてみれば好ましい機体だな。

 

「まずはグラビティライフル単体から」

 

グラビティライフルは放出するエネルギー量を任意で変更できる。

即ち、威力、射程、使用回数を操縦者が決められるのだ。

近距離・高威力を作り出す事もできれば、遠距離・中威力を作り出す事もまたできる。

 

「色々と調整して結果をまとめよう」

 

シミュレーターを弄り、適当な場所にバッタを出現させる。

よく狙って狙撃。再び出現。よく狙って狙撃。

 

「ホント、汎用性が高い武器だよ」

 

一撃の威力は凄まじく、一撃で木っ端微塵。

どれだけ距離が遠のこうと大して威力は下がらず、到達までの時間も短い。

途中で宇宙の塵に接触しても、大抵のものは貫いてしまう。

うん。凄まじいな、本当に。

俺はまだ狙いが甘くて外す事が多いけど、命中率が高いパイロットが持ったら鬼に金棒だ。

イズミさん辺りに持たせたら、鬼に金棒では済まなくなるな。

 

ゾクリッ。

 

い、いえ、決してイズミさんを鬼と言った訳ではないですから。

勘違いしないでください。

・・・コホンッ。

 

「つ、次にいこう!」

 

じ、時間はいくらあっても足りないからな。

 

「えっと、次はそれぞれ両手に持って」

 

二丁拳銃モード。

 

「次は組み合わせて」

 

ツイングラビティライフル。

 

「最後は・・・」

 

重力波アンテナによりジェネレーターへとエネルギーが装填されていく。

「エネルギー充填率100パーセント到達」

 

エクスバリスにのみ許された攻撃。

極限まで内蔵されたエネルギー全てをグラビティライフルに送り・・・。

さて、それじゃあ・・・。

 

「発射!」

 

漆黒の宇宙を彩る漆黒の圧縮光線。

映る筈のない同色の軌跡。

それなのに、まるで黒が黒を喰い尽くすかのように荒々しく・・・。

一筋の光が過ぎれば、今度は爆発音が響き、視界一面が一色に染まる。

全ての音、全ての色が収まった時、視界に映るのは何もない黒い空間。

一瞬にして、視界に映る光景が変わってしまった。

 

「ありえないだろ」

 

何これ?

・・・相転移砲か?

破壊力あり過ぎだろ?

一回引き金を引くだけで、どれだけの人が・・・。

 

「やめやめ。そんな事を考えたら・・・」

 

戦えなくなる。

 

「・・・ふぅ・・・」

 

気を取り直して・・・。

 

「とりあえず、弱点は幾つか発見したな」

 

チャージに時間がかかる事。

発射後にエネルギーがない状態なので危険な事。

あまりの熱量なので、一回発射し終わったら銃身の冷却が必要になる事。

他にも幾つかあるが、致命的なのはこの三つかな。

 

「チャージに時間を掛かるのはどう対処すればいいかな?」

 

流石にすぐさま発射とはいかない。

チャージするにしても、貯蔵されているエネルギーがどれくらいかでチャージ完了までの時間も変わってくるだろうし。

少なくとも、戦場でそんな悠長にエネルギーチャージしている暇はない。

混戦なら尚更。

 

「とりあえず連携で時間を稼いでもらうのがいいか」

 

一人じゃ無理なら仲間に任せる。これ大事。

 

「あらかじめ貯めておけないのが欠点だな」

 

チャージ中に何かしらの損傷を受けたら暴発するかもしれない。

という事は、チャージ中には出来るだけ動かない方がいい訳だ。

まぁ、全部回避出来る自信があるなら別だけど。

 

「エネルギーがなくなる件は・・・やはり仲間に守ってもらうしかないな」

 

もしくは、全方位の敵を倒してしまうとか。

そうすれば、背後とか突然の強襲は防げる。

まぁ、これはあまり現実的ではないので、やはり仲間に守ってもらうしかないだろう。

 

「銃身があっちっちぃな件は・・・どうしようもないな」

 

グラビティライフル単体で使用していても、蓄積される熱の関係で使用回数に限度がある。

どれだけ優れた冷却機能を持たせても、それを超える熱量を扱う以上、こればかりは仕方がない事なのだと諦めるしかない。

後は使用方法を工夫するぐらいしかないだろうな。

例えば、一本ずつ使用する際には、交互に使うなど。

・・・まぁ、フルチャージでぶっぱなしたら、一発アウトなので工夫もクソもないのだが。

極端な話、グラビティライフルを数十本、数百本単位で持ち歩けばこの問題は解消される。

使い捨てにすれば、冷やす必要など全くないのだから、好きなだけぶっぱなせる。

・・・現実に目を背ければ、の話だけどね。

そんな無駄遣い&敵に武器データを献上しちまう馬鹿な事はできません。

現実的に考えて、やはり多くても3本の所有が妥当だろうな。

3本あれば、フルチャージショット後も対応できるし。

 

「とまぁ、色々と言ってきましたが・・・」

 

弱点はあった。

確かにあったけど・・・。

 

「評価結果。マッド組、恐るべし! 以上」

 

いや、実際、大きな意味で開発したと言えるのは武器一つとジェネレーターだけ。

でも、それだけで充分おつりが来るぐらいです、はい。

試作型エクスバリス及びグラビティライフル。

その存在は戦略級とまではいかなくても一機で戦況を変えられるぐらいはある。

まぁ、暴発のリスクを背負うから常に死と隣り合わせだけど。

いざとなったら逃げられる俺はまだしも他の連中には諸刃の剣だろ。

 

「その辺りの調整は俺の仕事か・・・。大変そうだ」

 

せめて多少の損傷じゃ暴発しないようにしないと戦闘には出せない。

まぁ、チャージしなければそこまで危険じゃないだろうけど・・・。

折角だから使いたいし。そもそも安全性を高めるという意味でもやるべきだ。

 

「おし。そんじゃ、終了。後は色々と削除するだけ」

 

それから隠蔽工作して、データをウリバタケさんに提出。

まだ俺が調整するには早いから、時期が来たらすぐに調整すると約束した。

誰も死なせたくないし、自身が乗るにしたってこのままじゃ不安だ。

・・・あれ? もしかして、俺に危機感を覚えさせるのが今回の狙い?

まぁ、それならそれでいいか。乗せられてやろう。

生存率をあげる事にも繋がるし、戦力が充実するのも間違いない。

・・・とてつもなく大変そうだけど・・・やるしかないだろう。

 

 

 

 

 



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歪んだ檻

 

 

 

 

 

「父上」

「どうした? ケイゴ」

「父上の副官が私を疑っていると聞きました」

「・・・・・・」

「私はそれも当然だと考えています」

「・・・うむ」

「ですが、信じてもらわねば計画が行き詰ってしまう」

「それならば、ケイゴ、お前はお前であると証明できるのか?」

「私がどれだけ私の事を証明しようと信憑性は薄いでしょう」

「そうだな。お前自身の事など調べればいくらでも分かる事だ」

「ですから、マリアを、マリアを連れてきたいと思います。私の秘書として知られているマリアならば納得していただけるのでは?」

「ふむ。確かにわざわざ秘書の偽者まで用意するとは思えんな」

「では?」

「証明にはなる」

「それでは、早速」

「あの地球の使者に任せるのかね?」

「もちろんです。コウキさんであれば、必ず」

「信じているのだな。あの者を」

「私の教官ですよ? あの方は」

「そうであったな。師弟の絆は固いか」

「はい」

「分かった。この件はお前に任せる」

「ハッ。ありがとうございます」

「ケイゴ」

「何ですか? 父上」

「私達も動こうと思う」

「は?」

「草壁派を内部から崩す為の策を行う」

「草壁派の内部を?」

「草壁派の人間全てが草壁の真の思惑に賛同している訳ではない」

「真の思惑・・・遺跡確保による地球圏支配ですか」

「うむ。彼らは草壁によって踊らされているだけだ。ゲキ・ガンガーを利用し、地球を一方的な悪とする事で悪は滅ぼすべしと」

「以前、教官に言われました」

「地球の使者に、か?」

「はい。戦争に正義も悪もないと。あるのは加害者と被害者でしかないと」

「正論であり、それこそが真理だ。自身の思い通りに世の中を動かしたい。所詮はそんな人間の欲やエゴが戦争を引き起こしているに過ぎんのだよ」

「確かに戦争当初は地球側が一方的な悪だったかもしれません」

「うむ」

「ですが、火星人の殺戮。あれによって、我々は同等、いえ、それ以下にまで墜ちた」

「無差別大量殺人。宣戦布告もなし。ふっ。我々が考える悪そのものだな」

「我々が火星に行ってしまった事。それを国民は知りません」

「知らせるべきなんだろうがな。草壁が軍内の事を国民に知らせる必要はないと」

「私はそうは思いません。全ての真実をきちんと国民に告げるべきです」

「地球のミスマル総司令官のようにか?」

「はい。あれこそが指導者として正しい姿かと」

「知らせたくないのだ。あれを知れば、戦争の醜さを理解してしまう」

「醜いのは当然です。それが戦争なのですから」

「そうだな。何よりも醜く、何よりも恐ろしい。それが戦争だ」

「国民は戦争の真の姿を知るべきです」

「だが、国民は戦争の恐怖を知らない。いや、知る事が出来ない」

「次元跳躍門のせいですね」

「そうだ。あれがある以上、我々は被害を受けずに一方的に攻撃できる」

「被害を受けなければ、恐怖を覚える事はない・・・」

「恐怖を覚えなければ、危機感を抱く事もないのだ。だからこそ、国民は思考を破棄し、草壁の言葉に踊らされる」

「それならば、一度恐怖を味わえば、その意識も無くなるのでは?」

「かもしれん。だが、我々は何よりも国民を護らねばならんのだ。木連軍人として国民が被害を受けるような事を許す訳にはいかんよ」

「戯言を申しました」

「構わん。さて、話を戻そうか」

「そうでしたね。内部を崩すとは?」

「木連派で最も勢いがある若者をこちらに引き込む」

「・・・もしや」

「そう、木連三羽烏、白鳥・月臣・秋山。木連の未来を背負って立つであろう三羽烏を檻から解き放つ。草壁の妄執という頑強ながらも捻じ曲がった歪んだ檻からな」

 

 

 

 

 

「お久しぶりです」

「楽にしてくれ。使者殿は地球の代表なのだから」

 

いや。そう言われてもね。

 

「少将より伝え聞き、参りました」

「ご苦労」

 

現在、木連軍神楽派の本拠地にお邪魔しています。

神楽大将は木連内で最も高い位にいる士官の一人。

そんな人間の本拠地という事は、言わば、木連の本拠地であり、木連軍全ての本拠地と言っても過言はありません。

いいのかな? 俺がこんな所に来て。

覚えちゃったよ? いつでもジャンプできちゃいますよ?

 

「ここに来るまでの間、何か変わった事はあったかね?」

「いえ。特に」

 

訪問予定日だった為、いつものようにタニヤマ少将の基地へボソンジャンプした。

そうしたら、大将が呼んでいるから向かって欲しいと言われて、案内役に少将の副官の方に付いて来て貰い、共にこの場所へ。

後は少将からの言葉を伝えに来たって受付に言って、神楽大将の執務室まで案内してもらっただけだから問題はなし。

誰かに見られたとしても、まさか地球人だとは思わないだろう。

木連に知り合いなんて本当に少数だし、バレる訳がない。

ちなみに、少将の副官の方には外で見張りをやってもらっています。

バレたらまずい完全な極秘面会ですからね。

 

「今回、君には頼みたい事があって来て貰った」

「少将から聞いております」

「そうか。君は跳躍の条件を持たない者も跳ばす事は出来るのか?」

「それは木連でいう遺伝子改造をしていない者という事ですか?」

「そうなる」

 

出来るであろうとは遺跡に言われていた。

でも、もしかしたらと思って挑戦もしていない。

もし、跳べなかったら、俺はその人間を殺した事になるから。

戦争ならまだしも、そんな事で人を殺した立ち直れる自信がない。

 

「それに関しては断言できません」

「何故だ?」

「理論上は可能なのですが、実際に行った事がないからです」

「・・・ふむ」

 

機体を介してディストーションフィールドを張れば可能だと思うけど。

 

「理由をお聞きになっても?」

「連れて来て欲しい者がいる。秘密裏に」

「それは?」

「ツバキ・マリア、シラトリ・ユキナの両名だ」

 

マリアさんとユキナ嬢?

 

「無論、シラトリ・ユキナは地球への使者として赴いた者。一時で構わない」

「開けた空間さえあれば、両名を連れて来られますが?」

 

機体持ち込みなら可能だ。コクピットを少し拡張すればいいだけだしな。

DFも張れるし、俺がきちんと誘導すれば、ジャンプ事故は起きないだろう。

 

「それならば、今から格納庫へ案内しよう」

「分かりました。ですが、その前に両名を連れて来てどうするのかを教えて頂きたい」

 

俺としては逐一司令や参謀に報告する義務がある。

これに関しても司令や参謀の許可がなければ行えない。

たとえこの件に関してかなりの権限を与えてもらっていたとしても。

 

「ふむ。確かにきちんと話す事が礼儀だな」

「ありがとうございます」

 

一礼。礼儀は大切だよ。

 

「マリアはケイゴの証拠だ」

「証拠?」

「ケイゴが偽者ではないか? と疑う者が少なからずいる」

「・・・まぁ、分からなくはないですが・・・」

 

随分と慎重な人がいたものだ。

どう見たってケイゴさん本人以外ありえないと思うけど。

 

「私の側近内では、マリアがケイゴの秘書だと知られている」

「一般兵は?」

「少なくともカグラヅキのクルー以外は知らないだろう」

 

ふむふむ。それで証拠ですか。

 

「ケイゴさんのみなら怪しいですが、マリアさんがいれば怪しさを払拭できる訳ですね」

「流石に秘書の偽者までは用意しないだろうからな」

「分かりました」

 

それならば納得です。

 

「では、ユキナちゃんはどうして?」

「シラトリ・ユキナの兄シラトリ・ツクモをこちら側に引き込む為だ」

「え?」

 

あのツクモさんを?

 

「しかし、ツクモさんは草壁に心酔していた筈です」

「ん? シラトリを知っているのか?」

「え、ええ。以前一度話す機会がありまして」

「そうだったのか。それなら説明する手間が省けたな」

 

あぁ。俺が知らないつもりだった訳ね。

大丈夫です。ある程度なら把握しています。

 

「シラトリは現在、木連軍人の中で最も勢いのある若者の一人だ」

「そうでしたか」

 

なるほど。三羽烏的な評価は木連内共通だったのか。

 

「以前、草壁に対して和平を訴えたと聞いている」

「はい。それで、ユキナちゃんが使者として送られたと聞きます」

「うむ。だが、今は違う」

「・・・ユキナちゃんの死ですか」

「そうだ。あいつは妹を自分の命以上に大切にしていた」

「それでは・・・」

「徹底抗戦派の中心となっている」

 

そうだよな。ツクモさんはそれぐらい妹を溺愛していた。

感情に踊らされちゃいけないなんて言うけど、

俺だって大切な人を殺されたら絶対に復讐に狂うと思う。

批判は出来ない。感情は理屈を覆すだけの力がある。

 

「そのシラトリに続くように若い連中は徹底抗戦を訴え出した。ツクモの親友であるツキオミ、アキヤマもまた、抗戦を訴えている」

 

ツキオミさんは分かる。でも、まさかアキヤマさんまで・・・。

 

「若い奴らは熱血で全てどうにかなると思っているんだろう」

「ゲキ・ガンガー効果ですね」

「ああ。幼い頃から誘導されていれば自然とそうなる」

 

草壁の意識誘導。

その結果が、草壁に心酔する若者集団の誕生って訳だ。

 

「そんな中、冷静に戦争を眺め、和平を訴えたシラトリすらも抗戦を訴えた。木連の若者達は思い込んだら後ろを振り返るような事はしない。良い意味でも、悪い意味でも、団結力がある連中だ。シラトリを中心に、若者達は草壁の下、徹底抗戦派として団結してしまっている」

「最早手に負えない段階まで来てしまっていますね」

「だからだ。手遅れになる前に、少しでもその勢いを削いでおきたい」

「そこでユキナちゃんという訳ですか」

「こちらに引き込む事は出来ずとも草壁に疑いを持たせる事は出来るだろう」

「ツクモさんの勢いを削げば、若者集団の勢いも削がれると?」

「それだけの影響力がシラトリにはある」

 

そう言われてみると悪い手ではないと思う。

でも、幾つか障害がある気がする。

 

「しかし、ユキナちゃんの生存を伝える事がケイゴさんの存在をバラす事にもなるのでは?」

「それは百も承知だ。だから、あいつらにはケイゴも会わせる」

「そ、それはかなりの賭けですね」

「ああ。だが、それだけの価値はあると私は考えている」

「・・・そうですか」

 

確かに三羽烏を引き込めたらかなり大きいだろう。

しかし、その反面、この企みは三羽烏から草壁に秘密が伝わってしまう危険性もある。

草壁がケイゴさん生存と和平派の活動を知ったら、活動の妨害をしてくる事は必至。

草壁派にとっては自身が仕組んだ事である事を誰にも知られたくないのだから。

 

「彼らは規律を守る真面目な軍人だ。信用できる」

 

確かに三人とも真面目で礼儀正しい軍人らしい軍人さ。

でも、草壁への心酔はその前提すらも覆してしまう。

ツクモさんやアキヤマさんは冷静に物事を眺める事が出来るから大丈夫かもしれない。

でも、草壁心酔度NO.1のツキオミさんは安心する事が出来ない。

原作でも、彼も苦渋の選択だっただろうが、草壁に諭され、親友であるツクモさんを殺した事がある。

もちろん、その後、かなり悔やんでいたし、それがきっかけで熱血クーデターが起きたからなんとも言えないんだけど。

 

「申し訳ありませんが、即答は出来ません。司令に相談してみたいと思います」

「ふむ。出来るだけ良い返事がもらえるように御願いしたい」

 

・・・大人だなぁ。神楽大将。

別に地球の和平派と木連の和平派は同じ目的の為に手を結んでいるに過ぎない。

確かに計画を提案し、賛同したが、完全に同一意識で活動する所まではいってないのだ。

それなのに、きちんと筋を通して、司令の許可をもらってくるように依頼してくれた。

現状では、自身の活動に関して、相手側に許可を求める必要なんてないのに・・・。

神楽大将はミスマル司令に匹敵するぐらいの素敵なオジサマだよ。

 

「分かりました。出来るだけやってみます」

「御願いするよ」

 

原作を知る俺としては彼らの仲を引き裂くような事態は出来る事なら避けたい。

ツクモさんにだって生きていて欲しいし、ツキオミさんにだって親友殺しの罪を背負わせたくない。

アキヤマさんにだって、親友同士が喧嘩をするさまなんて見せたくないしさ。

その為に、この計画が活かせるなら、俺としても出来るだけの事をしたいと思う。

しかしながら、懸念事項はまだあったりする。

 

「しかし、和平を訴える派閥の代表に会いますかね?」

「頭に血が上っていても激情を抑えられるだけの理性はある。礼儀も通すさ」

「それなら良いです。後もう一つ」

「何だね?」

「ツクモさんと和平派の代表が接触した。その事から何かしらの不都合な事が生じるのでは?」

「問題ない。私も今は抗戦を訴えている事になっている」

「え?」

 

え? 神楽大将も徹底抗戦派の一員って事?

 

「あくまで仮の姿だがな。息子を殺され恨みを持った軍人と自身を偽らねばならん」

 

あ、そういう事か。

 

「徹底抗戦は反対だが、地球の力を削ぐ為の戦争は必要。そういうスタンスだ」

「確かにお互いに戦争継続を訴えているならそこまで怪しまれはしないでしょうね」

「うむ。多少は怪しまれるだろうが、接触の内容までは露見しないよう注意する」

「分かりました」

 

接触した事実だけじゃそこまで問題にはならないと思う。

どうして和平派と接触したんだって味方から批判されるかもしれないが、それはそれ、勝手な考えだけど、ツクモさんにはその状況に耐えてもらうしかない。

騙されていたと知り、妹は生きていると知った方がきっと彼の為だから。

ツクモさんが戦争を妹の弔いとして考えているのなら、それはあまりにも悲し過ぎる。

妹は生きているのに、その憎しみを利用されるなんて哀れな話だ。

真実を伝え、曇った眼ではなく、真の眼で戦争を眺めて欲しい。

 

「それでは、いつ?」

「マリアに関してはすぐにでも頼みたい」

「分かりました。艦長やミスマル司令などへの手続きが必要なので」

「分かった。明日、この執務室に連れて来てくれ」

「え? 直接ですか?」

「マリアも遺伝子改造を受けている」

 

あ、そうなんだ。知らなかった。

女性なのに珍しい事もあるもんだ。

あれ? それなら、カグラヅキのオペレーター達も遺伝子改造済みって事か?

 

「そうでしたか。突然の訪問になってしまいますが、よろしいですか?」

 

明確な時間を決めた訳ではないから、いきなり現れる事になる。

 

「構わない。明日は誰かが来る予定もないのでな」

「分かりました。それでは、格納庫の方へ」

「うむ。詳しい事は明日にでも改めて話そう」

「分かりました」

 

こうして次の日、マリアさんを木連へと送り届ける事になった訳だ。

ま、これでケイゴさんに対する疑いも晴れるだろう。

その結果、神楽派がより団結してくれたらこちらとしても助かる。

なお、ツクモさん説得に関してだが・・・渋々ながらも許可を得られた。

予定日は今から一週間後。ユキナ嬢を連れて、俺が神楽派の本拠地に赴く。

最悪の事態も想定して、草壁にバレたら計画を修正し、すぐさま和平派同士で手を組んで敵対組織に立ち向かうという話し合いもしてある。

被害は大きくなるだろうが、致し方のない事だと割り切るしかない。

成功すれば、より計画の実行が確実になる訳でもあるし。

俺としても早くツクモさんにユキナ嬢の生存を教えてあげたい。

きっと憎しみに狂い、精神も身体もボロボロだろうから。

ユキナ嬢も物凄く兄の事を心配している。

こんな状況でいさせたら、お互いに悪い方向にしか事態は進まないだろう。

彼ら兄妹は絶対に再会させるべきなんだ。

たとえそれによってツクモさんの考えが変わらずとも。

復讐心に囚われたままじゃいずれツクモさんは外道に墜ちる。

その愛ゆえ一気に。そんな事、許す訳にはいかないだろ。

それに、もしかしたら、これを話した事で、

ツクモさんがまた地球を信じるようになってくれるかもしれない。

たとえすぐに考えが変わらずとも、いつか和平を考えてくれるようになるかもしれない。

俺は思う。三羽烏と共に和平へ向けて活動できる日が必ずやってくると。

そんな日がやってくるように、俺も出来る限りの事をしようじゃないか。

 

 

 

 

 

「マリアはどこに行ったのよ!?」

 

そうだった。こいつの事を忘れていた。

 

「どうどう」

「私は馬か!」

「とりあえず落ち着け」

 

午前中にマリアさんを送り届けた日の午後。

カエデがパイロットコースを受けてから大体一週間になる。

才能があったのか、目覚しく成長するカエデをのほほんと見ていたら・・・。

こうして胸元を掴まれ、揺らされてしまいましたとさ。

 

「マリアさんは特別任務を受けて留守にしているだけだよ」

 

木連へ連れて行ったら、私はケイゴ様のお手伝いをしますとか言われて。

あ、カエデに申し訳ない事をしたなと思ったけど、時既に遅し。

マリアさんはケイゴさんに合流。カエデは置いてけぼりに。

 

「ケイゴは?」

「えっと・・・」

 

マリアさんには計画の事を少し話した。

彼女が木連に行く以上、事情を知らない訳にはいかないし。

でも、まだカエデには話してない。

マリアさんが知った以上、話すべきなんだろうけど・・・話したら修羅場になるな。

 

「マリアはケイゴの所にいるんでしょ?」

「ギク」

「連れて行ったのも貴方」

「ギクギク」

「私を連れて行く気はない」

「ギクギクギク」

「私も連れて行きなさいよぉぉぉ!」

 

す、鋭い!?

・・・いや、分かるよな、これくらい。

 

「カエデ。ちょっと落ち着いてくれ」

「落ち着いていられる訳ないでしょ! マリアに盗られる!」

「分かった、分かった。ちゃんと話すから」

 

はぁ・・・。俺って甘いのかな?

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「ケイゴは今・・・木連にいるのね?」

「ああ。そうなる」

 

結局、マリアさんに教えた事と同じくらいの事を話してしまった。

まぁ、俺とて話して良い事と悪い事ぐらい弁えている。

彼女達に話したのはケイゴさんの生存を伝えた事と、それによってケイゴさんの親父さんを説得した事ぐらいだ。

ミスマル司令が提案した計画の事は話してない。

 

「それなら私も・・・は無理よね」

「ああ。お前を連れて行く理由がない」

 

個人的な感情でそこまでの事は出来ない。

俺としても出来る事なら連れて行ってやりたいが、個人の都合過ぎる。

 

「私がケイゴに出来る事はないのね」

「・・・カエデ」

 

すまんな。お前にしてやれる事が俺にはない。

 

「ま、いいわ。私、もう行くわね」

「・・・お前」

 

もしかして・・・諦めたのか?

 

「勘違いしないで」

「え?」

「私はケイゴを諦めた訳じゃないわ」

「それなら、どうして?」

「今はひたすら自分を鍛えて、戦場でケイゴを颯爽と助けてやるのよ。そうすれば、マリアなんて敵じゃないわ。ケイゴはもう私に夢中よ!」

 

・・・単純。まるで艦長を見ているようだ。

でも・・・。

 

「そうか。なら、頑張れ」

 

なんか強くなったな。お前。

 

「ええ。もちろん。さぁて、やるわよぉ!」

 

大股でシミュレーターに向かう姿はやる気に満ち溢れていて・・・。

なんとも覇気のある後ろ姿だった。

 

「俺も負けてられないな」

 

確実に成長していくカエデを見ていたら本格的に抜かれる気がしてきた。

 

「やるか」

 

最近サボり気味だったシミュレーションを行なった。

一応、新型機の実験とかはしていたけど、やっぱり実戦形式は全然違う。

調子に乗ってブランクを取り戻そうと頑張っていたら、終わる頃には立ち上がるのも苦労する程の疲労困憊状態に・・・。

ま、お陰で心地の良い眠りにつく事が出来たけどね。

 

 

 

 

 



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宝物

 

 

 

 

 

「セレスちゃん。どういうシステムがいいかな?」

 

アドニスに搭載する予定の新型AIアザレア。

パイロットの補佐を目的とし、機体の性能を最大限に活かす為のものだ。

しかしながら、ただ各機にそれぞれ積むのでは面白みがない。

AI故の強力な何かが欲しいのだ。

唯の補助だったら、別に俺がソフトをインストールしちゃえばいいだけだし。

 

「・・・オモイカネを参考にしてみるのはどうでしょう?」

「オモイカネ?」

「・・・はい。感情豊かで意地っ張り、でも、ナデシコと共に成長しています」

「ふむふむ。共に成長していくか・・・」

 

そういえば、オモイカネに関する事件もたくさんあったな。

地球圏脱出の際に連合軍から受けた攻撃でストレスを溜めて暴走したり。

それを解消する為に恋人役?を作り出して、仲良くさせたり。

仲良くやっているのかなと思ってたら、浮気がどうたらとか言いだして。

その結果、予定外のコミュニケ混在事件が起こっちゃったり。

でも、その度にオモイカネはナデシコクルーとの絆を深めていった気がする。

・・・なるほど。共に過ごし、共に成長し、絆を深める。

これが俺達にとって理想のAIっていう訳か。

 

「それなら、一人一人にそれぞれのAIを提供するかな」

「・・・一つ一つを独立させるんですか?」

「うん。そうなるかな」

「・・・一人ぼっちは寂しいです」

「寂しい・・・」

「・・・AIだって友達がいた方が嬉しいと思います」

 

AIも人と同じって訳か。

う~ん。それなら、それぞれを同期させる?

いや。でも、そうするとパイロットの特徴を活かしきれないんじゃないか?

ガイとイズミさんとかだと全く方向性違う訳だし。性格的にも。

 

「あら? 私を仲間外れにして、何の悪巧みをしているのかしら?」

「いきなり人聞きの悪い事を言わないで下さいよ。ミナトさん」

 

突然来て何を言っているんですか・・・。

 

「新しいAIについてセレスちゃんと話し合っていたんです」

「知っているわよ。コウキ君のスケジュール調整をしているのは私だもの」

 

・・・そうでしたね。

分かっていて言った訳ですか・・・。

 

「ふふっ。それで、どうなったの?」

「折角の新しいAIですから、色々と工夫してみようと思うんです」

「ふむふむ」

「各機にそれぞれ搭載してもいいですが、それじゃあ寂しいかなと」

「寂しいって?」

「・・・AIにもお友達は必要だと思います」

「とまぁ、こういう事です」

「なるほどね」

 

オモイカネにシタテルとサルタヒコがいるように、それぞれのAIを友達にしてあげたい。

セレス嬢からの強い要望だ。それなら、応えるしかないだろ?

それに、友達がいれば、ストレスも溜まらないし、他にも良い影響を与えてくれるだろう。

 

「それに加えて、パイロットと共に成長するようにしたいんですよね」

 

パイロットと触れ合う事で精神的にも成長し、名実共にパートナーに。

補佐役というのはもちろんだが、それ以上に相棒として活躍してもらいたい。

その為にはパイロットとAIの間での絆が不可欠。

 

「要するに、各機それぞれに同一意識ではなく、パイロットに合ったAIを提供したい。だけど、完全に独立させてしまうのは寂しいから、各AIで親交を結ばせるようにしたい」

「まぁ、そうなりますね」

 

良い案が全然思い浮かばないだけど。

 

「ふ~ん。そんなに難しく考えなくていいんじゃない?」

「え?」

 

そんなに単純なものではないんじゃないですか?

 

「オモイカネとシタテルとサルタヒコは親交を結んでいる訳でしょ?」

「ええ。同一制御下にいますからね」

 

あれはナデシコの制御下にYユニットを強引に押し込んだからこその実現。

シタテルはもともとナデシコの制御下に作ったし。

ナデシコとYユニットがそれぞれ独立していたら、あれは実現していなかった。

 

「それなら、同じように同一制御下に置けばいいのよ」

「えっと・・・どういう意味ですか?」

「呼び出し制ね」

「はい?」

 

ミナトさん。まるで分かりません。

 

「コミュニティを作って、そこで親交を結ばせつつ、必要な時に呼び出すのよ」

「・・・セレスちゃん。分かる?」

「・・・分かりません」

「しょうがないわねぇ。詳しく説明するわよ」

 

・・・すいません。

 

「コウキ君とセレセレが用意するのはAI達の交流広場」

「交流広場?」

「ええ。AI達が交流を深め、共に技術を磨き合う場所よ」

「呼び出し制というのは?」

「まだ誰がどの機体に乗るのか決まってないんでしょ?」

「ええ。きちんとは」

 

一応、それらしい組み合わせは決まっているんだけどね。

 

「だから、貴方達が作ったコミュニティに待機させて、使いたい時に呼び出すようにすればいいの」

「なるほど。機体単位ではなく、パイロット単位で選ぶ訳ですね」

 

そうすれば、機体を変更してもパイロットに合ったAIが補佐してくれる訳だ。

 

「でも、どうやってコミュニティを?」

「その辺りの事を考えるのがコウキ君の仕事でしょ?」

「あ。そこで任せられるんですか、俺」

「詳しい事は分からないもの。餅は餅屋」

 

ま、いいですけど。

良いアイデアもらいましたし。

 

「コミュニケを介せば、機体にAIを移せるかな?」

「・・・はい。でも、ナデシコに機体全てを賄える程の空き容量はないと思います」

「そっか。ナデシコは既にかなりギュウギュウだもんね」

 

そうなると、どこか別の場所に作る必要があるな。

 

「今、ナデシコ、改修しているんでしょ? 容量も増えるんじゃないかしら」

「・・・あ」

 

そうでしたね。ミナトさん。

 

「ちょっとネルガルに確認してみます」

 

改修後に容量が少しでも空いてれば、そこを活用させてもらおう。

とりあえず、確認してからだな。

 

 

「行っちゃったわね」

「・・・どんなAIになるのか楽しみです」

「これからセレセレとコウキ君の二人でたくさんのAIの面倒を見なくちゃいけないのよ?」

「・・・え?」

「コミュニティでAI達が交流している間、貴方達で見守ってあげなくちゃ」

「・・・はい」

「コミュニティは託児所みたいなものよ。コウキ君が保父さん、セレセレが保母さんね」

「・・・ポッ」

「ふふっ。どうして照れるのかなぁ~?」

「・・・お父さんとお母さんです」

「クスッ。そうね。二人にとって子供みたいものか」

「・・・はい」

「生まれたてのAIって赤ん坊みたいなものよね。どうやって成長していくのか楽しみだわ」

「・・・赤ちゃん。・・・ベイビィAIアザレアですね」

「良い名前じゃない。ベイビィAI」

 

 

確認を終えて、先程までいた部屋へ。

流石はネルガルで、全てにおいて妥協はしないとの事。

容量もそうだし、全体的な性能も向上する予定らしい。

まぁ、それに関しては完成後に改めて話を聞こう。

改修中だから、実際にナデシコに載せるのは当分後。

それまでは俺自身のPC内で作製しておこう。

なんて、そんな事を考えながら、部屋に戻ったんだけど・・・。

 

「どうして笑っているんですか?」

 

笑顔で楽しそうに触れ合う二人を発見しました。

 

「ふふっ。名前を決めていたのよ。ね?」

「・・・はい」

 

名前ってAIの?

 

「・・・ベイビィAIアザレアです」

 

ベイビィAI?

 

「絆を深め、共に成長し、アザレアは育っていく。まだ何も知らない無垢な赤ちゃん」

「・・・どう成長するかは周りの環境次第です」

「だから、ベイビィ。愛される事を知って成長していくの」

 

なるほどね。花言葉からか。

 

「良いと思います」

「それで、どうだったの?」

「ええ。いけそうです。それまでは俺のPCで作製しておきます」

「・・・作製じゃないです」

「ん?」

「・・・アザレアは赤ちゃんです。作製なんて言わないで下さい」

「えっと・・・」

 

ミナトさん? これはどういう?

 

「ふふっ。物扱いなんてして欲しくないのよ。それぐらい分かってあげなくちゃ」

「それなら、なんて?」

「そうね。命を宿してあげなさい」

 

そういう事か。セレス嬢に悪い事をしちゃったな。

 

「セレスちゃん」

「・・・はい」

「一緒に命を宿そう」

「・・・はい!」

「・・・なんか嫌な響きね」

「え?」

「・・・何が、ですか?」

「なんでもないわ」

 

どういうこっちゃ?

 

 

後日、といっても二週間後ようやく大まかな枠組みが完成した。

あとは実際にアザレアをパイロットに預けつつ、調整していけば良い。

ベイビィAIアザレアは共にいる人で機能も性格も変化する特殊なAI。

また、それぞれが経験した事をコミュニティに持ち帰る事で、多くの事を他のAIにもフィードバックできるようになっている。

これはAI同士の交流と言えるだろう。

加えて、コミュニティに俺の作った照準補正ソフトなども置いてあり、各AIが必要だなと思った際に、各自で任意にインストールできるようにもしておいた。

たとえば格闘戦重視のパイロットの場合、照準補正ソフトはあまり活用されず、機動予想ソフトなどの方が重用されるだろう。

そんな、誰にどのソフトがいいのか、という事をAIがパイロットと接する事で判断してくれる。

だから、俺の勝手な推測ではなく、経験に基づいて必要なものを揃えてくれる訳だ。

まぁ、そこまで判断できるようになるまでかなりの経験が必要になるだろうが。

そんなAI達に俺がしてやれる事はコミュニティ環境を整えてあげる事。

後は各自が勝手に成長して、そのパイロットに相応しいだけの能力を身に付けてくれる。

まぁ、子供みたいなものだからな。ちゃんと面倒は見るつもりだ。

でも、あくまで彼らの相棒はパイロット達。

俺やセレス嬢は代わりに面倒を見ているに過ぎないという訳だ。

そう考えるとちょっと寂しいけど、我慢するしかない。

パイロットと共に活動すればする程、自身の能力を高めていってくれるアザレア。

正にベイビィAI。眼を掛ければ掛ける程、慕ってくれて、育ってくれる訳だ。

ちゃんとパイロット達に説明して、面倒を見させるようにしないとな。

凄いぞ? シミュレーションに連れて行けば、徐々に適応して、使い易くなっていくんだから。

まずはきちんとシミュレーションに付き合わせるよう言っておかないと。

ガイとかスバル嬢とか面倒臭がりそうだし。

とりあえず、ナデシコ完成までは俺のPCと彼らのコミュニケを同期させておこう。

そうすれば、コミュニケを介して、シミュレーションにも付き合える筈だ。

俺も俺のアザレアをきちんと大切にしてあげないとな。

大事なパートナーなんだから。

 

 

 

 

『どうだ? エネルギー変換効率は? 実機とシミュレーターで違いはありそうか?』

 

ようやく形になってきた試作型エクスバリス。

今日はウリバタケさんと共に実機における調整作業を行っている。

以前シミュレーターで得た情報をきちんとフィードバックしており、完成も間近といった所だろうか。

 

「思ったより違いはありませんでしたね」

 

どうしても、理論値より実機は劣ってしまう。

それは仕方がない事だが、思ったよりその落差はなかった。

これなら、得られた重力波エネルギーをかなり効率よく貯め込む事ができるだろう。

 

『そうか。それじゃあ、次はチャージ時間の測定だ。今回分かった変換効率で計算し直しておけよ』

「了解」

 

エネルギー変換効率が算出されたので、それをもとにフルチャージまでどれくらい時間がかかるかを計算し、実際に貯め込んで値の差を導き出す。

調整業務って結構こういう計算とか地味な仕事が多いんだよね。

大事だって分かっているから手は抜かないけどさ。

 

「アザレア」

『はい。マスター』

「ちょっと御手伝いよろしく」

『喜んで』

 

他のパイロットのアザレアは戦闘的な補佐が殆どだろう。

でも、俺はこういう日常的な事も手伝ってもらっている。

その為、戦闘専用ではなくなり、他のアザレアに比べたら戦闘補佐はあまり得意ではない。

だが、その分、調整業務や細々とした仕事では随分と助けてもらっている。

俺のシミュレーション回数が他のパイロットに比べて少ないという事もあるけど。

本来こういう仕事はセレス嬢に手伝ってもらっていたけど、セレス嬢は他のアザレアの子守で忙しい。

アザレア達にとってセレス嬢はママであり、セレス嬢は随分と彼らに慕われている。

まだまだどのアザレアも幼く、甘えたい年頃だしな。

未来のミナトさん曰く、甘えた分だけ男になれよ。

これからの成長に期待しよう。

あ。ちなみに、経験値でいったら、俺のアザレアが一番だと自負している。

なんでも助けてもらっているからな!

・・・子供に負担かけている事を自慢してどうするんだ・・・。

コホンッ。そ、それに、戦闘補佐は他のアザレアから多少学んでいるみたいだし実はそれほど問題ではないんだ。

いや。コミュニティ制度。本当に便利だな。

 

「ジェネレーターの耐久性測定と許容量の限界判断を頼む」

『はい』

 

気分はたまごをウォッチする奴。

可愛いぞぉ。暇があったら触れ合っているからな。

 

「それじゃあ、チャージ開始するぞ」

『はい。マスター』

 

俺は理論値算出と実機との差を測定。

それとエネルギーの安定性を確認している。

早く貯まっても、そのエネルギーが不安定だったら何の意味もないからな。

 

「耐久性に問題は?」

『ございません』

「制御系統に異常は?」

『ございません』

「俺が調整する所はある?」

『今の所はございません』

 

いやぁ、優秀なパートナーをもって幸せだよ。

完全に仕事をお任せしてもいいぐらいだ。

 

『マスター。許容量到達します』

「そうか。了解。チャージ終了」

 

ふむふむ。なるほど。

フルチャージまでの時間はかなり早い。

まぁ、周りが敵だらけの戦場ではこの時間でも十分隙になってしまうので、少し運用方法を考えた方がいいかもしれないけど・・・。

それでも、まぁ、許容範囲内だな。

 

『貯め込んだエネルギーは徐々に安全機構から放出。そのまま放出機能の確認テストに移れ。まだ調整段階だから、慎重にな』

「了解。徐々に放出します」

 

次は仮にエネルギーを過剰に貯め込んでしまった際の安全放出機構の確認だ。

これがないと爆発する可能性は飛躍的に増してしまう為、確実かつ安全に放出されるのを確認しないと・・・俺が死ぬ。

自爆とかは嫌なので、いつにもまして真剣に取り組んでいる自分がいた。

 

「ふぅ。放出終了。ジェネレーター貯蓄エネルギー量ゼロ。安全機構に異常なし」

『おし。ご苦労さん。今日はこれで終わろうか』

「了解です! アザレア。お疲れ様」

 

ホント、助かりました。

 

『疲れてなど。マスターのお役に立てるならどのような苦労も苦労ではありません』

 

このぉ・・・可愛い奴め。

なんだか思ったよりも慕われているみたいで・・・素直に嬉しい。

だからだな、俺もついつい甘くなってしまう。

 

「そんな君にはお菓子をあげよう。コミュニティの皆で食べな」

『ありがとうございます! マスター』

 

お菓子といっても電子世界のお菓子だけどね。

AIの腹を満たす特別なプログラムですわ。

容量喰うけど、時間が経ったら消えるっていう。

食事とは必要ないんだけど、ちょっとした嗜好品感覚。

 

「コミュニティに戻っていていいよ」

『はい』

 

さてっと。

 

「ありがとうございました」

「どうだった? 一応、完璧だと思うんだが」

「ええ。流石はお二人の合作。完璧でした」

 

マッド二人。混ぜたら危険。

 

「ワーッハッハッハ。あたりめぇだ」

 

その自信が恐ろしいです。

 

「また何かあったら呼んでください。いつでも手伝いますから」

「おう!」

「御願いします」

「それでは」

 

リスクは高いが・・・非常に高いが、リターンもまた大きい。

この機体は地球の切り札になるかもしれない。

リスクは高いが!

・・・それをなんとかするのが俺の仕事って訳か。

ふぅ。前途多難だぜ。

 

「まぁいいや。とりあえず自室に戻ってコミュニティ環境を整えようかな」

 

セレス嬢に預けたままのPC。

そこに他のソフトも導入させておこう。

日常的にも、戦闘にも使えるソフトは他にもたくさんある。

どれだけあっても必要だと判断したのを選んでくれるから容量オーバーもないし。

ま、偶にオーバーしてセレス嬢のお世話になる食いしん坊AIもいるらしいけど。

 

「お待たせ。セレスちゃん」

 

PCのIFS端末から電脳世界へ進入しているセレス嬢。

どうやら今もアザレアコミュニティで保母さんをしているらしい。

意外と天職かな? セレス嬢の。

 

「・・・コウキさん」

「えっと・・・何かな?」

 

声をかけたまではいいが・・・どうしたんだろう?

普段ならもっと温和な顔なのだが・・・。

プクッと頬を膨らませていて・・・どうやら怒っているみたいだ。

俺は可愛らしいとしか思えないけど、うん、間違いなく怒っている。

 

「・・・お菓子ばかり与えないで下さい。ワガママになってしまいます」

「・・・ごめんなさい」

 

・・・マジでママさんらしいママさんをしていました。

 

「コミュニティ内はどうなっているかな?」

「・・・楽しそうです。偶に喧嘩もありますが、コウキさんのアザレアが仲裁してくれていますので皆仲良しです」

「流石、俺のアザレア」

 

なんてちょっとした優越感。

一番経験値あるから、ちょっとしたお兄ちゃん―お姉ちゃん?―のような存在なんだろう。

 

「・・・精神面ではコウキさんのアザレア、戦闘面ではヤマダさんのアザレアが一番です」

 

ヤマダ? あぁ。ガイか。

・・・え? ガイなの?

 

「・・・毎日一緒に訓練しているみたいです」

 

あぁ。熱血ですか

俺に付いて来い的なノリ。

面倒臭がりだと思っていたのに、まさかの逆。

・・・相手してくれるのが嬉しいのかもしれないな。

 

「・・・コミュニティ内でも暑苦しいと」

 

熱血がうつったか。

まぁ、そうじゃなければガイとは言えないけど。

 

「・・・皆、日々成長しています」

 

それが嬉しくてたまりませんと言わんばかりの笑顔。

本当に天職なんじゃないかな? 保母さん。

 

「・・・最近、コウキさんからお菓子を頂いていません」

「ん?」

「・・・アザレアばかりずるいです」

 

も、申し訳ないです。

・・・しかし、AIに嫉妬するとは思わなかったな。

反省します。

 

「・・・初めて会った時にコウキさんから貰った飴の味。私、忘れません」

 

あぁ。どう接していいか分からずに対策として用意しておいた飴の事か。

あれのお陰で話しかけられたし、あれのお陰でセレス嬢の優しい所を知ったんだよな。

俺とセレス嬢の初めての思い出って訳か。

 

「それってこれかい?」

 

イチゴ味の飴。今でも疲れている時なんかに良く食べる。

 

「・・・あ。はい」

「そっか。これのお陰でセレスちゃんと仲良くなれたのか」

 

ちょっとした出来事。

間が持てない情けない男が飴で間を取ろうとしたありきたりなもの。

そんな小さな出来事なのに、思い出として大切にしてくれているんだな。

なんか、嬉しい。

 

「はい」

「・・・くれるんですか?」

「ふふっ。感謝の証」

 

日頃、お世話になっているからね。

 

「・・・ありがとうございます」

 

頬を膨らめせるような形で飴を舐めるセレス嬢。

なんかハムスターみたいで可愛い。

 

「・・・懐かしいです。私にとって・・・とっても大切な思い出」

「そんなに大きな事をしたつもりはないんだけど」

「・・・いえ。初めて人に優しくしてもらいました」

 

・・・セレス嬢。

 

「・・・それに」

「それに?」

「・・・コウキさんと出会えた瞬間でしたから」

 

・・・照れるじゃねぇか。

 

「ほっと」

 

飴を飲み込まないようにセレス嬢を慎重に抱き上げる。

セレス嬢はセレス嬢で大人しくじっとしていてくれたから抱き上げるのも簡単だった。

あとはさっきまでセレス嬢が座っていた椅子に抱き上げたまま座るだけ。

 

「・・・なんだか久しぶりの感触です」

 

そういえば、最近はしてなかったな。

忙しくて駆け回ってばっかりだったし。

 

「・・・暖かい」

 

愛い奴よのぉ。

 

「・・・あの」

「うん? 何かな?」 

 

見上げてくるセレス嬢の頭を撫でる。

なんとなくそうして欲しいんだと思ったから。

 

「・・・なんでもありません」

 

クスッ。恥ずかしがっちゃって。

 

「・・・しばらくこのままでいてください」

「かしこまりました。お姫様」

「・・・お姫様じゃないです」

「クスッ」

「・・・笑われてしまいました」

 

俺に君はとってはお姫様だよ、セレス嬢。

大事な大事な俺の、俺とミナトさんの宝物。

俺が命に代えても絶対に護らないといけない大事な家族だ。

だから、君は自分の好きなように生きてごらん。

何があっても、俺達が必ず護るから・・・。

 

 

 

 

 



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負けられない戦い

 

 

 

 

 

「コウキ! 勝負よ!」

 

忙しく駆け回る日々も一段落。

ようやく普通にゆっくり出来るようになってきた。

俺に与えられている仕事は今の所、機体の調整とAI管理。

気になっている三羽烏の返事は未だに保留だ。

あれからもう二週間以上は経っているのに・・・。

週一のペースで俺は木連に訪れているんだけど、前々回も前回も現状の確認だけ。

何の進展もないらしく、もちろん、返事らしい返事ももらっていないんだとさ。

そろそろまた木連に赴く日だから、今回こそは進展があって欲しい。

いや。もう結構な時間が経っている訳だしね。

そろそろさ・・・いい返事をもらいたいよ。

・・・でも、やっぱり悩んでいるんだろうな。

複雑な事情もあるし、信念や裏切りっていう感情面でも、そう簡単には割り切れない。

・・・でも、俺としてはなんとしても良い返事が欲しい。

彼らと協力して、俺は和平を結びたいのだ。

木連の将来を背負うと言われている三羽烏と。

 

「あん? 何だ? いきなり」

 

そんななんとも言えない状況で若干鬱になっている俺。

まぁ、気にしても仕方ないとは思うんだけど、

もしかしたら既に草壁にバレてるのではと思うと胃が・・・。

 

「・・・胃が痛いのに」

 

胃の痛みを堪え、項垂れながら廊下を歩く俺に突然の申し出。

・・・更に胃が痛くなったりして・・・。

 

「だから! 勝負しなさい!」

「だから、何のだって」

 

主語がないっての。

もう、何が何だか・・・。

 

「私がパイロット養成コースに参加してから既に一ヶ月」

 

あぁ。もうそんな時間が経っていたのか。

忙し過ぎて、時間の感覚が狂っていたみたいだ。

アザレアの為の二週間は殆ど缶詰状態だったし。

 

「最早、私は貴方を完全に超えたわ」

 

・・・俺の実力を見誤ってないか?

流石に一ヶ月足らずで追い抜かれる程、俺は甘くないぞ。

 

「それを証明してあげるわ。訓練サボり魔君」

 

ムフフと笑いながら告げられる明確な売り言葉。

それならば、俺は買い言葉で返さねばならんだろう。

 

「やってみろ。己惚れ女」

「ふふふ」

「ハハハ」

「やってやろうじゃない!」

「やってやらぁ!」

 

 

とまぁ、こうして決闘が始まった訳だが・・・。

 

「さぁさぁ、オッズは2:3。最近順調に腕を磨いているカエデちゃんの方が優勢だ」

「俺はカエデちゃんに賭けるぞ!」

「俺もだ!」

「俺も!」

 

・・・どうしてこうなった。というか、何故俺に賭ける人間がいないッ!

 

「・・・血の涙を流しているわ。コウキ君」

「・・・私はコウキさんを信じています」

「私もよ。・・・でも、そんなに大層な事じゃないと思うのよね」

 

始まりは突然だった。

どこから聞きつけたのかは知らないが、俺とカエデがシミュレーション室に辿り着くと、ウリバタケさんが一人含み笑いをしながら待っていたぞと言わんばかりに立っているではないか。

そして、困惑する俺達二人を強引にここ決闘場へと連れて来た。

というか、聞き付けてすぐにこんな舞台を用意できる貴方達は何者ですか!?

・・・この時ばかりは俺とカエデの間で散っていた火花は湿気た花火のようでした。

 

「まぁ、順当に行けばコウキだろうな」

「というか、コウキに助けられた場面って結構あったと思うんだけど?」

「・・・地味だもの」

 

グサッ。

・・・地味って言われたのは初めてじゃない?

イズミさん。容赦ないっすね。

 

「た、確かに地味かもしれませんが、縁の下の力持ちとして必要不可欠な存在です」

 

イ、イツキさん。フォローは嬉しいんだけどね。同時に攻撃しているからね。

 

「そんな事は分かっているよ。という訳で俺はコウキに賭けてくるか」

「あ、私も私も。最近たくさん消費しちゃって、助かったって感じ」

「なら、私は射撃を教えた教官として彼女に賭けようかしら」

「私は教官が負けるとは思えませんから」

「・・・しっかり賭けるんだ」

「はい。あれ? おかしいですか?」

 

染まっていますね。イツキさん。

というか、パイロットの皆さんは僕ばかりを。

・・・皆さん、ありがとうございます。

 

「クゥ~。熱いぜ! 幼い頃からのライバルが遂に決着をつけようってんだな」

 

いや。別に幼い頃からのライバルじゃないし。

実際、知り合ったのだって遂最近のような気がするぞ?

 

「ガイさん。ガイさん。どちらが勝つんですか?」

「とりあえずコウキに負けはねぇ。あいつは俺に正しい熱血を教えてくれた」

 

・・・そんな事もありましたね。あの時は俺も若かった。

 

「それなら、マエヤマさんに賭けましょう」

「いや、だからこそ、俺はカエデの奴に―――」

「ガイさん」

「ん?」

「今後、私達は色々な事でお金を使うんです」

「お、おぉ」

 

凄い気迫だ。

 

「結婚費用も貯めないといけない。新婚旅行だって家具だって」

「わ、分かっているよ。メグミ」

「それなら! きちんと勝てる方に賭けてください!」

「りょ、了解!」

「気合じゃご飯は食べられないんです!」

 

・・・俺は確信した。

ナデシコに亭主関白はない。

全てが全て、カカァ天下だ、絶対。

 

「随分と余裕そうね。コウキ」

「というか、俺に勝てると思い込んでいるお前が信じられないんだが?」

 

何でそんなにふてぶてしく笑ってられるのかな?

 

「一ヶ月間、毎日真面目に訓練してきた私と時々しか訓練しなかった貴方。どっちが勝つかなんて一目瞭然じゃない。私が負ける事は絶対にないわ」

 

まぁ、それは真実だから、認めよう。

でもな、カエデ。

 

「俺とて遊んでいた訳じゃないんだよ」

 

ケイゴさんから習った木連式柔や木連式剣術の型は毎日きちんとやっている。

IFSがイメージである以上、肉体的成長もパイロット技能向上の一つ。

それに、新型機のシミュレーションをやり、実地訓練をもこなしている俺だ。

断言しても良い。新型機を俺以上に理解している者は皆無であると。

 

「確かに実戦形式ならば始めは押されるかもしれない」

 

勘を取り戻すまでは。

 

「でも、慣れてくれさえすれば、俺は負けない」

「ふんっ。言ってなさい。すぐに教えてあげるんだから」

 

こいつ・・・マジで嘗めてやがるッ!

これは、ちょっと天狗の鼻をへし折ってやる必要があるな。

それがこいつの成長の為だ。間違いない。

 

「さぁ、両名、準備はよろしいですか?」

 

どうしてちゃっかり司会を受け入れちゃっているんですか? プロスさん。

本来なら戒める方の人間ですよね。

なんか無茶苦茶ノリノリなんですけど。

 

「いいですよ」

「いいわ」

 

まぁ、別に誰が司会であろうと関係ないけどね。

俺は俺の全力でこいつを叩き潰すまで。

 

「それでは、機体を選択してください」

 

まずは機体選びから。

相性の問題もあるから、慎重に決めた方が・・・。

 

「私はアドニス後方支援型」

 

・・・なんも考えてないだろ? お前。

 

「おっと、キリシマ選手は後方支援型。どう思われますか? 解説のウリバタケさん」

「噂によるとカエデちゃんは挌闘戦を捨て、射撃戦の腕ばかりを鍛えていたらしいな。作戦としては近付かせずに火力で圧倒するつもりだろう」

「なるほど。もう一人の解説、ゴートさんはどう思われますか?」

「ふむ。アドニスを含めエステバリス系統の機体は固定砲台ともなりうる。それはDFがあるからだな。多少の攻撃ならば弾き返してくれる。DFを張りつつ、更に弾幕を張れば、反撃の隙を与えずに勝てるかもしれん」

 

何故に解説がウリバタケさんとゴートさん?

ちなみに、噂って何ですか? ウリバタケさん。

それと、お久しぶりです。ゴートさん。

 

「それでは、マエヤマさん、貴方は如何しますか?」

 

後方支援型と相性が良いのは・・・。

あぁ、やめだ、やめだ。

何も考えずに後方支援型を選んだカエデに対し相性を考えるのは男として情けない。

ここは相手との相性など考えず、俺との相性で機体を決定しよう。

俺の適正が高い機体は後方支援型とリアル型・・・そして、試作型エクスバリスだ。

リアル型は使い易いけど、弾幕の前だとちょっと火力が弱い気がする。

後方支援型は絶対に嫌。相手と被る程、嫌な事はない。

確かに腕の差を見るのなら同じ機体の方が良いだろう。

でも、ヤダ。これは俺のちょっとしたこだわり。でも、譲る気はない。

結果。

 

「俺は試作型エクスバリスで」

 

武装はシンプル、でも、火力じゃ劣ってない。

まぁ、向こうは多面的、こっちは直線的でだけど。

 

「ほぉほお。試作型エクスバリスですか。ウリバタケさん。どう思いますか?」

「最近になってようやくナデシコ内でのみ公開された機体だな。後方支援型に対する相性は・・・正直言えば、良くはない。まぁ、悪くもないが」

「相性ではどちらも五分と見てよろしいでしょう。ゴートさんはどう思われますか?」

「後方支援型は武装も多く、多面的な攻撃を得意としている。それに対し、エクスバリスはどうしても直線的になってしまうからな。如何に後方支援型の弾幕を掻い潜り、隙を突けるかが勝負の分かれ目になってくるだろうな」

「なるほど。追い詰められようと隙を探り耐え続ければ勝機が見える訳ですな」

 

解説ありがとうございます。ゴートさん。

でも、その評価はちょっと頂けない。

掻い潜る? 隙を突く? どうして俺が押されている前提な訳?

なんかどいつもこいつも本気で俺が負けるとか思ってやがる。

確かに成長したカエデを知っている訳じゃない。

だから、油断もしないし、慢心もしない、全力でいく。

だけど、俺は俺でここまでの戦場を生き抜いてきたっていう自負がある。

言わば、ちっぽけだけど、俺の確かな誇りだ。

誇りを汚されて何も思わない程、俺は出来た人間じゃない。

・・・すまないが、プッツンしちまった。許せよ、カエデ。

 

「・・・いつでもどうぞ」

 

キレていちゃ周りが見えないって?

心は熱ければ熱いだけいい。

後はそれを支配する理性を最大限まで発揮させればな。

外もホット、中もホット。それでいいじゃないか。

 

「私もいいわ」

 

済ました顔で俺に続くカエデ。

その済ました顔、どうしてやろうか。

 

「それでは・・・始め!」

 

すまないが、手加減できそうにない。

唯の八つ当たりだが、笑顔で受け取ってくれ。

トラウマは残さないように気を付けるから。

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「あらあら。あれは完全にプッツンしちゃった顔ね」

 

巨大モニターに映される二人の顔。

かたや無表情、かたや普段通りの表情。

別に戦闘前だから緊張しているって訳ではないでしょうね。

コウキ君は怒れば怒る程、表情がなくなって口数が少なくなっていくのだから。

まぁ、典型的な怒り方の一つよね。

でも、普段あまり爆発しない分、一度爆発したら中々止められないわ。

一応自制能力は優れているから、少し時間を置けば、元に戻っているけど。

しかし、爆発中に止めるのは非常に厳しい、というか、私でも無理。

ごめん。カエデちゃん。犠牲になって・・・。

 

「・・・コウキさん。頑張ってください」

 

周囲から聞こえてくるカエデちゃんコール。

コウキ君コールは隣にいる小さい妖精さんだけかしら?

まぁ、整備班の出席率がほぼ100%なだけあって、彼女を応援する声の方が多い事は分からなくもない。

整備班の連中は相変わらずだから。

でも、コウキ君はコウキ君なりに整備班と向き合ってきたんだから、

誰かしらコウキ君を応援してくれてもいいと思うのよね、仲間的な感覚で。

まぁ、それはコウキ君を落ち込ませただけ。

俺ってそんなに弱く映るのって。

だから、映像でも落ち込んでいた。

でも、流石にその後の展開でプッツンしちゃったらしい。

コウキ君とてナデシコパイロットとしての誇りがある。

口にはしないけど、たかが一ヶ月で追い付いたと思われるのは癪だろう。

アキト君との厳しすぎる訓練。

毎日行っている武術の型。

そして、教官という仕事までコウキ君はこなしたのだ。

誰も思ってないかもしれないけど、ナデシコ内でも上位のパイロットだと私は思う。

少なくとも、コウキ君が成し遂げた撤退戦は他の誰でも、アキト君ですら不可能だ。

コウキ君自身、そんなに自尊心は強い方ではないと思う。

でも、コウキ君もれっきとした男の子。多少なりともプライドというものがある。

格下だとは思ってないとは思うわ。

コウキ君はカエデちゃんの成長をちゃんと認めている。

でも、簡単に負けると思われる事を我慢できる程、コウキ君は大人じゃない。

知っているかしら? ナデシコのパイロットって成人している方が少ないのよ?

まぁ、簡単に言えば、子供達の見栄の張り合い。

大人としては煽るより、優しく見守ってあげるべきだと思うわ。

あ、もちろん、私も賭けているわよ、コウキ君に。

大人だって時には遊ぶ事は必要よ。ええ。もちろん。

 

「それでは・・・始め!」

 

始まると同時にモニターの映像が変わる。

それぞれのパイロットの映像をモニターの端に追いやり、

そのモニターに映し出されるのは上から見た図、横から見た図、そして、パイロットそれぞれから見えるであろう図がそれぞれ映し出されていた。

 

『アザレア。御手伝いよろしく』

『はい。マスター』

 

コウキ君のアザレア。

一番大人で、コウキ君大好きな可愛い子。

日常生活でも戦闘でも名実共にコウキ君のパートナー。

その献身ぶりと仲の良さにはセレセレが嫉妬する程。

戦闘的な補佐はあまり得意としていない分、情報解析でコウキ君を助ける。

 

『行くわよ。アザレア』

『分かっていますよ~。カエデちゃん』

 

対するカエデちゃんのアザレア。

あの何とものんびりとした口調が眠気を誘うのんびり屋さん。

でも、その時々見せる強い意思はなんともカエデちゃんらしい。

お転婆娘のカエデちゃんとは真逆ののんびり屋さん。

でも、相性は抜群。

いや、真逆だからこそ、なのかもしれないけど。

パイロット養成コースで殆ど毎日訓練をするカエデちゃん。

そのカエデちゃんに毎日付き合っているカエデちゃんのアザレア。

戦闘における様々な点でカエデちゃんを助けてくれる。

 

「どう戦うのかしらね」

 

両者が動き出すと同時に辺りのボルテージも否応なしに上がっていった。

ほどほどにね、コウキ君。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

フィールドは宇宙。

どちらにとっても有利でも不利でもない。

まぁ、どちらかというと地面がない分、避け易い俺が有利なのかもしれないな。

さてっと、相手は後方支援型。

その武装の豊富さはアドニス系統一。

身体のあちこちに備え付けられたマシンガン。

パカッと開けばミサイルを放ち、ダッと構えれば遠距離狙撃のスナイパーガン。

肩からレールキャノンを放ったと思ったら腕部からはラピットライフル。

弾に限りがないという条件なら、恐らく一機で何十機分もの活躍をしてくれる事だろう。

ま、実際は弾の限りもあるし、無駄弾ばかりではプロスさんの檄が飛ぶ。

その為、状況判断、視野の広さ、命中率という三つの観点が欠かせない。

さて、どれだけ成長したのやら、教えてもらおうか。

 

『発射!』

 

先制はカエデ。

早速と言わんばかりにミサイルを複数発射してきやがった。

 

「ひとまず逃げる」

 

敵に背を向けずに後ろ向きのまま後退。

下がりながらでも銃撃戦ぐらいは出来ますよ?

 

ダンッ! ダンッ!

 

世の中には相対速度というものがある。

自身から見て、対象物がどれくらいの速さで動いているかを示すものだ。

それなら、ミサイルと同じ速度で後ろに下がれば?

Gは凄まじいだろう。別にそれは構わない。慣れたから。

俺が言いたい事は一つ。

 

「止まって見えるってな」

 

ロックオン、シュート。

迫り来るミサイルを爆破させ、その余波で更に爆発を誘う。

 

「まだまだ続くってか?」

 

どうやら弾幕作戦は続くらしい。

まぁ、このまま後退していても面白くないので・・・。

 

「大きく旋回。接近しましょうか」

 

右手にディストーションブレード、左手にグラビティライフル。

後退を止め、大きく円を描くように接近を試みる。

当然追尾性のミサイルは俺を追うように迫ってくる。

 

ダンッ! タッ!

 

移動の方向性さえ決めておけば、後はそれ通りにブースターは機能する。

上体を逸らそうが、後ろに機体を振り向かせようが、進んでいく方向は変わらない。

向かってくるミサイルの数は異常以外の何ものでもない。

あれか? 短期決戦にでもしようって魂胆か?

でも、この程度の量のミサイルで俺を圧倒しようっていうのは甘い話だ。

数は異常。されど我が前には何の意味もなし。

俺を倒したければこの三倍は持ってきやがれってんだ。

 

『どうして当たらないのよ!』

 

そもそもこれだけで当たると思っているお前が信じられん。

俺はまだDFすら展開してないんだぞ。

 

「アザレア。ミサイル消費率は?」

『全体の15%です』

 

あれだけ撃って15%かよと思わずにいられないが、既に知っていた事でもある。

むしろ、15%も使って損傷なしでは割に合わないとすら思う。

そして、アザレア、君は本当に頼りになる。

流石の俺でも戦闘をしながらそこまで解析できない。

いや。本当にありがとう。アザレア。

 

「ちょっと度肝を抜かせてやろうか」

 

急停止。周囲に蔓延るミサイルを全破壊。

撃ちつつ切り裂く事なんて幾度となくやってきた。

ミサイルを破壊した事で周囲を爆煙が包む。

これこそが俺の狙い。

今ならたとえレーダーで場所を捉えていようと明確な場所までは分からない。

レーダーなど所詮大まかな位置を掴めるだけなのだ。

射撃は闇雲に撃つものではない。

それなりに射撃の事を学んだのなら、警戒しつつも、無闇に攻撃はしてこない筈。

ふっ。度肝を抜いてやろう。

重力場を展開。但し前方に。

そこに機体を密着させ、ブースターを最大出力で噴かす。

無論、重力場によって押さえられているから前には進めない。

だが、これでいい。

ブースターが最大出力になるまで数秒といっても時間は掛かる。

俺の狙いは一瞬で最大速度に持ち込んでの奇襲。

臨界点に達するまで・・・後少し・・・来たッ!

 

「行くぜ!」

 

動きを止めていたストッパーは既にない。

一瞬にして自身が出せる最大速度まで達し、爆煙の間を駆け抜ける!

 

『え?』

 

呆然としてしまうカエデ。

残念だったな。その数秒の隙が勝負を分けるんだよ。

 

「ハァァァァ!」

 

ディストーションブレードを振り上げ、断ち切る。

瞬間、ギリギリで思い至ったのか強引にDFを展開。

しかし、その程度で止められる程、この攻撃は甘くない。

単純に振り切るだけでDFを突破できるだけの力があるのだ。

それに加えて自身に出せる最大の速度付き。

その威力は最早唯の一振りじゃない。

 

『キャッ!』

 

だが、まだ終わらせてはやらん。

 

「これで一回。本当だったら死んでいたな」

 

今回俺がした事は機体の左腕を奪っただけ。

もちろん、機体を真っ二つにする事は出来た。

でも、それだけじゃこの戦いの意味はなくなる。

既に俺の中の怒りは収まっているし、八つ当たりは終わった。

これからは俺なりの指導だ、元教官としてしっかりシゴいてやるからな。

 

『・・・甘く見ていたわ。私の負けね』

「まだ戦えるだろ」

『え?』

「たかが左腕一本で諦めるな。それとも、その程度で諦めるのか?」

『・・・そうね。最後まで足掻かせてもらうわ』

 

ダンッ!

 

残った右腕でレールカノンを放ってくるカエデ。

狙いは正確。確かに急所を狙ってきている。

けど、これだけ離れてれば簡単に避けられる。

 

「狙うなら一発牽制してその後だ。避けた先を狙え」

 

今後、俺達が相手をするのはバッタではなく人が乗った機体。

バッタなどの単純動作ではなく、考え、行動してくる。

一発目は殆ど当たらないと見ていいだろう。

どれだけ命中精度が高い人間でも距離の壁は超えられないのだから。

だからこその牽制。だからこその複数射撃。

射撃の名人イズミさんの凄い所は必ず当たる命中網を作り上げてしまう事だ。

まるで相手がどう避けるか分かりきっているかのように避けたらすぐ眼の前には銃弾。

それを辛うじて避けたら、既に違う弾丸が命中していたなんて事はざらにある。

敵の思考を読み、針の穴を通すかのような正確な射撃で追い詰め破壊する。

それが銃撃戦のスペシャリストなのだろう。

残念ながら俺にそこまでの技量はない。

そして、それはカエデにも言える。

まぁ、銃撃戦のスペシャリストなんて本当に一握りしかいないだろうけど。

 

「接近戦が弱いと自覚しているのなら、お前も移動しろ。たとえ俺の機体より機動力が低くともしないよりはマシだ」

 

さっきからずっと止まりっぱなしのカエデ。

確かに物量射撃型程の弾幕を張れる機体なら動かずとも戦えるだろう。

だが、それではわざわざ機動兵器にした意味がない。

それだったら、多少遠くともナデシコから射撃した方が安全面からして何倍も良い。

何の為に人型にしているのか? 何の為の機動兵器なのか?

それは・・・。

 

「移動しながら撃て。照準を避けろ。足を止めるな。頭を使え」

 

その応用の広さにあるからだろうが。

 

「行くぞ!」

 

全力で物量射撃型の周囲を飛び回る。

アキトさんに比べればまだまだだけど、俺の出せる最大速度。

機体の最大値に近い速度で回り続けてやった。

 

「単調に回っているだけだろ? 当ててみろ」

『言われなくても!』

 

しかし当たらない。

それはそうだ。

ある程度の距離を置いている俺は肉眼で見ればハエのようなもの。

たとえ機体カメラでズームしようと実際の距離を変わらない。

そんなハエ並の小ささの奴がありえない程のスピードで飛び回っているのだ。

どんなスナイパーであろうと自身の力だけでは不可能だろう。

だが、アドニスなら可能だ。

機械補助として照準補正ソフトが組み込まれ、アザレアの補佐もある。

確かに精密射撃といえるがこの程度捉えられなければ射撃のスペシャリストにはなれない。

挌闘戦をする気がないのなら、これぐらいは簡単に捉えられるようにならなければ。

 

「・・・少しずつ誤差がなくなってきたな」

 

どうしても俺の過ぎた後を撃ってしまっていたカエデ。

でも、徐々に、本当に徐々にだが、機体に近付いて来ていた。

本体に当たるのも時間の問題だろう。

でも、その後の課題として二つ残されている。

一つはまだDFすら張っていないという事。

そして、もう一つは・・・。

 

「それなら、次だ」

 

緩急を付ける事。

 

ダンッ! ダンッ!

 

弾丸がかなり前を通る。

当然だ。急減速したのだから。

 

「同じ軌道を延々と回るだけでも捉えきれない。ましてや緩急を付ければ更に」

『クッ』

「実戦では軌道が不規則であり、更にこうして緩急も付けてくる。確かにお前の射撃の腕は良い。恐らく俺以上だ。だが、それは止まっているものに関してだけ。動いているものに対する射撃の腕なら俺の方が上だと断言できる」

 

俺はアキトさんに移動しながら撃つ術を教わった。

しかも、アキトさん仕込みのほぼ最大速度で動き回りながら、という嘘のような状況下の。

最初はもちろんダメダメだったが、こればかりは本当に経験だった。

何度も何度もトライしてようやく出来るようになったのだ。

通常の動いていないものに対しての射撃は自身の弾の軌道を思い浮かばればいいだけ。

だが、動きながらする射撃は随時移動している為、自身の軌道すら計算にいれて撃たなければならない。

ましてや、そこに敵機の移動まで加われば、自身の軌道、弾丸の軌道、そして、相手の軌道、その三つを常に考慮し、予測しながら撃たなければならない。

カエデは自身の弾の軌道を思い浮かべる能力には優れている。

これに関しては俺以上のセンスがあるだろう。

だが、その先があるかないかの違いが俺とカエデだ。

この模擬戦が終わったらビッシリ鍛えてやるとしよう。

なんか俺の教官魂に火が点いた。

 

「そして」

 

不規則な軌道、緩急を付けた機動。

ただ闇雲に動いているように見えるが、しっかりと計算されている。

その証拠に未だに攻撃は一度も受けていない。

DFを纏っていないのに、だ。

 

「以前お前が相手にしたケイゴさんの夜天ならばこれ以上の機動が出来る」

『ッ! ケイゴが!?』

「そうだ! ケイゴさんの手助けがしたいのなら、まず対等になれ。話はそれからだ」

 

ケイゴさんの手助けをしようと努力し続けるカエデ。

それなら、ケイゴさんの戦闘スタイルに近いものを見せてやろう。

その方が連携も取り易くなるし、ケイゴさん以下の高機動戦なら充分に対応できる。

まぁ、今は・・・。

 

「戦う事で身に付けろ!」

 

一緒に訓練するのも良いだろう。

連携を組んで、高機動戦に対応できるようになるのもいいだろう。

だが、まずは慣れろ。見て慣れろ。味わって慣れろ。感じて慣れろ

お前の相棒はこうやって戦うんだとな。

 

『一斉発射!』

 

肩、腕、胸、脚。

それらに存在する全ての武装が解き放たれる。

多面的な攻撃。襲い来る弾幕の嵐。

・・・だが、それがどうした?

驚異的なのは事実。喰らえば撃破されるのもまた事実。

でも、忘れてないか?

俺はまだ本気を出してないんだぜ。

 

「貯蔵エネルギーを全て推進力に変換」

 

貯められるエネルギーが多いという事は、移動し続けられる時間もまた長いという事。

爆発的な加速と長時間維持できる持続力も持ち合わせているのだ。

この機動力、伊達じゃない!

 

「最大出力」

 

数多のノズルから火が吹かれる。

これで直線スピードは先程とは比べられない程に。

さて、後は・・・。

 

「バンッ」

 

自身を弾丸のように放つ。

視界一面に広がろうと必ず抜け道の一つや二つはあるもの。

それを俺は解析、そして、突破する!

 

シュッ! シュッ!

 

機体の軌道はほぼ直線。

迫り来る弾丸は身を翻す事で回避。

舞うように機体を回転させ、不規則な軌道で接近した。

 

『ありえないでしょ!』

 

ありえるんだよ。何故ならIFSはイメージが全てだから。

 

「次は右腕を―――」

 

ダンッ!

 

「クッ!」

 

またもや容易に接近を許したカエデにお灸を据えてやろうと右腕を狙ったのだが・・・。

 

「間一髪・・・か」

 

突然放たれた機関銃。

撃たれる寸前に視界に動く何かを捉えたからこそギリギリ反応できた。

瞬間的に急減速を掛け、殆ど一瞬といえる時間で停止。

当然、その分のGは来るけど気にしている程の余裕はない。

内蔵が持っていかれそうになるのを我慢しつつ、DFを展開させた。

お陰で機体損傷は軽微、多少の掠り傷。

しかしながら、パイロットの損傷はかなりのもの。

急停止はちょっと無茶過ぎた。

避ければ良かったのかもしれないが、完全に油断していた為、回避は出来ず。

これは俺ももっと精進しなくちゃな。

うん、とりあえず自分の事は後にして、そんな事より・・・。

 

「どうしてテンパっていたのに反応できたんだ?」

 

これが謎。

IFSは本当にイメージこそが全て。

あれだけ慌てていた奴があんなにも冷静に照準を合わせて機関銃を放つなんて・・・。

 

『私じゃないわよ。機体が勝手に』

 

・・・なるほどね。

その成長は喜ぶべきだが、ちょっとタイミング的にはよろしくないかな。

 

「どうやら、お前のアザレアのお陰らしいな」

『え?』

「同じような展開で二度も接近されたから、お前のアザレアが学習し、自動迎撃を覚えたんだ」

 

経験値が貯まり、レベルが上がりました。

タラタラタッタッター。

射撃値が5アップ。

反応値が5アップ。

特技、自動迎撃を覚えました。

みたいなノリですか? アザレアさん。

 

「アザレアの親としては嬉しいが・・・厄介だな」

 

アザレアの特徴である自己進化。

このように戦闘中にでも自身で考え、成長していってくれる。

今回などアザレアの補佐がなければカエデは更に追い込まれていた訳で。

頼りになるなと思う反面、タイミングが悪いぞ、とも考えてしまう。

 

「後退」

 

焦る事なく冷静にこちらに狙いをつけてくる機関銃。

先程の内蔵へのダメージも考慮して、距離を取る事にした。

 

「・・・ふぅ・・・」

 

流石はウリバタケさん特性のシミュレーター。

こんなにも完璧にGを再現させなくてもいいのに。

 

『次はこっちの番ね』

 

あれれ? また調子付いた?

 

『これで最後にするわ! 全弾発射!』

「ウォッ!」

 

ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ! 

 

言葉通り、ミサイルを除く全ての弾が一斉に発射されていった。

でも、何故かその全てが当たらないコース。

・・・何が狙いだ?

 

『これで身動きは取れないわよね! 包囲して、撃破よ。いっけぇ!』

 

・・・やられたな。

機関銃、レールカノン、レールキャノンによる一斉発射で動きを封じる。

動かなければ当たらない。動けば当たる。

そんな状況だったら動こうとはしない。誰だって。

その心理を突き、身動きが取れない所に残ったミサイル全てを発射。

残された70%に近いミサイルを完全に使い切りやがった。

それじゃあ眼の前の一機に勝てても次に来た奴に負けるっての。

なんて正論を言う暇もなく、既に俺は完全に球状に包囲されていた。

離脱しようにも加速時間は圧倒的に足らず、この場で対処するしかない。

DFで受け流そうにも実弾には弱いし、これだけ一気に喰らえば流石に突破されちまうだろうな。

 

『私の勝ちね』

 

声から察するに勝利に酔っているんだろうな。

でもな、カエデ。まだ終わらんよ。

 

「二丁拳銃。俺の最大の特技」

 

それぞれ片手にグラビティライフルを構える。

これの利点は出力を機体ではなくアンテナからの重力波に依存しているから、機体がどれだけ出力を喰っていようとグラビティライフル自体の威力は変わらない事。

そして、勝手にチャージされていくから改めてチャージする必要もなく、弾数に限りがない事だ。

要するに・・・。

 

「何の遠慮もいらないって訳だ」

 

ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 

アザレアに補佐させつつ、距離が近い順に優先して破壊。

こんな状況、四方八方にバッタがいた戦闘の時より何倍もマシだ。

 

ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 

上、下、右、左。

足元に作り出した重力場に足を固定し、近付いてきたものから破壊していく。

俺に視界的な死角はない。

カメラから流れてくる映像をIFS経由で完全把握し、全ての方向を見ているからだ。

よって・・・俺に穴はない!

 

ダンッ! ダンッ ダンッ!

 

『う、嘘でしょ?』

 

迫り来る全てのミサイルを破壊。

既に後方支援型の武装は何も残っていない。

 

「覚悟はいいか? カエデ」

『え?』

「グラビティライフル連結。チャージ」

 

流石にツイングラビティライフルで勘弁してやる。

フルチャージショットはほら、トラウマになっちゃうからね。

 

「ツイングラビティライフル発射!」

 

連結し、倍以上の威力となった漆黒の光が機体を貫いた。

どれだけDFで守りを固めようと、これの直撃を受ければ大破は免れない。

受け止めず、避けるべきだったな。

ま、もし受け止めずに避ける事を選択し、避ける事に成功していたら、最後に完全完璧なフルチャージショットをお見舞いしていたけどね。

大人気ない? 男はいつまでも子供なんだよ、子供でいいんだよ。

ま、とにかく・・・。

 

『マエヤマ機損傷軽微。キリシマ機大破』

 

完全勝利って訳だ。

 

 

 

 

 

「汚された。コウキに汚された」

 

なんて酷い言い草。

 

「てめぇ金返せ!」

「カエデちゃんの綺麗な身体を返せ!」

 

そして、こちらもまたなんて酷い言い草。

賭けて負けたんだから、自業自得。

そもそも俺は汚してないっての。

 

「よくやった。これで今月も暮らせる」

「早速新しい部品を買いに行かねば」

 

うん。応援してくれた皆、ありがとう。

数少ない応援者。僕、貴方達の事は忘れません。

 

「お疲れ様。コウキ君」

「あ、ミナトさん」

「・・・流石コウキさんです」

「いやいや」

 

シミュレーターにいる俺に近付いてくるミナトさんとセレス嬢。

はい、とミナトさんから飲み物を渡されて、凄く助かった。

相変わらず気が利くなぁ。ミナトさん。

結構終わった後って喉が渇くんだよね。

 

「流石に経験の差は違う?」

「そうですね。流石にすぐには負けませんよ」

「ま、カエデちゃんの成長の為にも負けちゃ駄目だったのは確かね」

 

負けて見えるものもあるって事だろう。

とりあえず、カエデの動く的に当てる技量の低さには気付いた訳だし。

追尾型と機械補助があるから大丈夫と言えなくもないけど。

それでもマニュアルできちんと命中できるようにさせておいた方がいい。

 

「でも、ちょっと大人気なかったんじゃない?」

「アハハ。いや、つい熱くなっちゃって」

「もう。最後のなんてトラウマものよ。星の光みたいだったわ」

 

む。ちょっと反省。

 

「コウキ。貴方強かったのね」

 

カエデもシミュレーターから出てこちらに近付いてくる。

結構疲れているみたいだな。

 

「・・・どうぞ」

「あ。ありがとう」

 

セレス嬢から飲み物を渡され、喉を潤すカエデ。

・・・男らしい豪快な飲みっぷりだ。

こいつも喉が渇いていたみたいだな。

ま、そんな事は別にいいとして。

 

「見直したか?」

「ええ。正直」

 

それはそれで悲しいんだが。

どれだけ最初の評価が低かったんだよ、俺。

 

「俺の事、甘く見過ぎだっての」

「・・・ごめんなさい」

 

お。なんかいつもと違って素直。

 

「ま、お前に足りないのは経験だけだって分かった」

「そう?」

「ああ。経験積めばすぐに追いつくだろうよ」

 

実際、最後の最後でレールカノン一発でも残されていたらやばかった。

俺がミサイルに四苦八苦している時にダンッ! と一発お見舞いすればTHE END。

結果は反対になってかもしれない。

まぁ、その時はアザレアが教えてくれていたと思うけど。

 

「アザレアもお前の為にって成長したし」

 

あれは驚いた。

まさかAIが危険を察知して、パイロットに独断で防衛行動を取るとは。

お陰でカエデは助かった訳だが、うん、その成長が親として嬉しいよ。

 

「ちゃんと大切にしてあげろよ」

「分かっているわよ。大事なパートナーだもの」

「それならよろしい」

 

なんだかんだ言って面倒見は良い奴だから。

きっとこれからも仲良くやっていく事だろう。

 

「コウキ!」

「ん?」

「今回の負けは認めてあげるわ! でも、次はそうはいかないわよ」

 

ハハッ。それでこそカエデだ。

 

「やってみな。次も圧勝してやるから」

「今の内に吠えてなさい!」

 

そう言い残して去っていくカエデ。

次戦う時にどれだけ成長しているのか楽しみだな。

 

「ブーブーブー」

 

いつまで拗ねてれば気が済むんだよ! 駄目大人共!

 

「お疲れ様。コウキ君」

「・・・お疲れ様です。コウキさん」

 

・・・二人にそう言われるだけでささくれだった心が癒されるんだから不思議だよな。

ま、色々と面白いものも見られたし、今回の模擬戦も中々有意義だったな。うん。

 

 

 

 

 



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火星再生機構総会

 

 

 

 

 

「そうですか。まだ・・・」

 

ツクモさん達との対面を終えてから三回目の訪問。

最近はカグラ大将の方に直接お邪魔してしまっている。

こちらの方が効率も良いし、行動に移しやすいからね。

 

「うむ。苦悩しているのだろう。だが、割り切ってもらうしかない」

「草壁中将に付いたら如何しますか?」

「・・・致し方あるまい。若者の決意を無駄にしてはならん」

「はい。ですが・・・」

 

もし草壁に全てを話してしまったら・・・。

 

「ふむ。その時はケイゴを保護してもらいたい」

「保護ですか?」

「ああ。ケイゴが生きていて、今現在木連にいる。そう伝われば、漏洩を防ぎたい中将は確実にケイゴを暗殺しに来るだろう」

「・・・確かに」

 

草壁にとってケイゴさんが生きていては都合が悪い。

 

「しかし、そう簡単には殺せまい」

「それは護衛がいるという意味ですか?」

「違う。三羽烏は既にケイゴと妹が生きていると知っているんだ。ここでケイゴが暗殺され、シラトリ・ユキナも暗殺されれば、明らかに草壁の犯行。流石の三羽烏もその事実を知れば、草壁を見限るだろう。だから、そう簡単には殺せんよ」

 

三羽烏の影響力を考えれば是が非でも手元に置いておきたい。

親友や妹を殺されてまで、付き従う訳もなく・・・。

なるほど。三羽烏は抑止力としての意味も含まれているのか。

バラしてしまう危険性はまだあるが、抑止力としても期待したい。

草壁を怪しみだした三羽烏なら草壁が不自然な行為をしたら意味を考えてくれる筈。

これだけでも充分彼らに真実を話した意味はあるな。

草壁にとって三羽烏は切り札であり、獅子身中の虫にもなりかねないという訳だ。

 

「だが、それでも強行されるやもしれん」

「だから、私達でケイゴさんを保護して欲しいと」

「その通りだ。万が一も考えねばならん」

 

確かに俺達の切り札になるケイゴさんは何としても生かさねばなるまい。

 

「分かりました。司令と相談し、必ずや色よい返事を」

「うむ。ありがとう」

「いえ。その際、マリアさんはどうしますか?」

「駄目だといっても付いていくだろう。昔はあのような子じゃなかったのだが・・・」

 

カエデのせいです、多分。

 

「分かりました。マリアさんも保護するよう伝えます」

「何から何まですまないな」

「いえ」

 

こちらにとっても意味がある事ですから。

 

「ところで夜天はいつお返しすれば?」

 

未だに預かっているケイゴさん専用機。

整備班の中に放り出してしまった為・・・結果は分かるだろう?

分解して組み直して、もう解析しちゃっていたんだよね。

あの技術が何かにフィードバックされると思うと・・・うん、怖い。

一応、手を組んでいる方々の機体だから許可を得た方がいいと思ったんだけど・・・。

もう遅いし、言えません、怖くて。

 

「うむ。旗艦となるカグラヅキはまだ半年程は掛かる」

 

カグラヅキ。壊れたカグラヅキの次の戦艦もカグラヅキの名を引き継ぐらしい。

これはカグラヅキが神楽家の旗代わりだからと言える。

 

「それでは、カグラヅキ完成と共にお返しすれば?」

「ふむ。それまで預かってもらう事になるだろうな」

 

まぁ、別にそれは構いませんが・・・。

司令や参謀の許可も貰っているし、ちゃんと秘匿できているし。

 

「代わりとしてそれまで夜天は好きに使って良い」

「好きに、とは?」

「破壊しなければ、研究に使ってもいいという事だ。戦場に出されては困るがな」

 

お! これならある意味事後承諾として・・・。

 

「既に解析してしまっているのだろう?」

「え?」

 

バレていらっしゃる?

 

「ふふっ。敵国の技術を盗むのは悪い事ではない。当然の事だ」

「は、はぁ・・・」

「私達とて貴国の技術を活用している。言わば、それのお返しだな」

 

豪胆な事で。

それならお言葉に甘えるとしましょう。

 

「ありがとうございます。遠慮なく使わせてもらいます」

「多少は遠慮してくれたまえ」

「いえ。存分に」

「フハハハハ」

「アハハハハ」

 

見た目は怖いけど、気さくな人だって分かっているからな。

こうしてお互いに言葉の掛け合いで笑い合う事が出来る。

 

「カグラヅキだが・・・」

「はい」

「やはりどうしても以前までのより性能は落ちてしまう」

 

・・・それはそうだろう。

カグラヅキはナデシコCであり、未来の戦艦。

未来の技術をそのまま再現するなんて出来まい。

解析するだけでかなりの時間を要する。

 

「搭載するAIだが・・・」

 

・・・オモイカネ。ナデシコAから引き継がれたナデシコシリーズの要。

カグラヅキ撃墜と共に失われてしまった・・・ルリ嬢の親友。

・・・この事をルリ嬢に伝えた時、彼女は泣かなかった。

それが・・・何よりも辛い。

あれは辛いのを必死に隠して・・・無表情になっていただけ。

その心は今まで見た事がないぐらい、泣いていた。

・・・当たり前だよな。ルリ嬢にとっては誰よりも大切な友達なのだから。

あの時のルリ嬢の涙は今でも胸に痛みとして残っている。

俺達がもっと上手く動いていれば墜とされなかったんじゃないかって。

誰のせいでもないですよって逆に慰められて、本当に悔いばかりが残った。

 

「黒夜のAIをそのまま利用する事にした」

「黒夜?」

「データによると正式名称はユーチャリスだったな」

 

ユーチャリス。黒の王子と妖精の住処。

あれに搭載されていたAIはオモイカネのコピーだったと聞くが・・・。

 

「元々先代のカグラヅキは白夜という名前だった。白夜と黒夜。神楽家の旗艦とする際に名称を変更して、カグラヅキとしたんだ」

「それなら、カグラヅキ弐号には黒夜を?」

「うむ。だが、そのままでは損傷が激しくて通常業務すらままならない」

 

そういえば、かなりの損傷だったと聞いたな。

今まで登場しなかったのも修理が必要だったからか。

 

「そこで、白夜からの解析技術を活かし、黒夜を改修する事にした」

 

大元がユーチャリスでそこからナデシコCに近付けようって事だな。

 

「あれは全体的に人を乗せる事に適していない。まずはそこからだった」

 

二人乗りでしたからね。ユーチャリスって。

まぁ、二人だけとは限らないだろうけど、少なくとも大人数は乗せられない。

 

「攻撃面では先代カグラヅキより優れていると言えるな」

 

ナデシコCはハッキングがメインだった。

しかも、ルリ嬢並のIFS処理能力がなければ無用の長物になる程の扱い辛さ。

それに対してユーチャリスは突撃急襲型の戦艦。

攻撃力、ステルス機能に優れており、そこまで高い処理能力は必要としていない。

どちらかというと木連にはこちらの方が適していると思う。

 

「全体的に大きくなる。武装面も充実させるつもりだ。武装には―――」

「あ。これ以上はいいです」

「そうだったな。戦場で合間見れば我々は敵だった。忘れていたよ」

 

敵に情報を渡しては駄目ですよ、大将。

俺も敵だという事は忘れていましたが。

 

「うむ。とにかくカグラヅキ完成までには時間が掛かる」

「カグラヅキはどのように?」

「ケイゴに任せるつもりだ」

「ケイゴさんに?」

「戦闘中、あいつに乱入させる。そして、全てを、真実を告げさせる」

「・・・それが神楽大将の秘策」

「そうだ。だからこそ、簡単に沈まない何よりも強い戦艦を用意せねばなるまい」

 

草壁派を共通の敵とする秘策。

その為のケイゴさんを護る盾としてカグラヅキを用いるのか・・・。

 

「大将はその時どうするのです?」

「ふっ。年寄りのやるべき事など決まっている」

「大将? それって・・・」

 

どういう意味ですか?

 

「若者は先を見る。老いた者はその道を指し示す。それが自然の理なのだよ」

 

・・・何を考えているか分からなかった。

今聞かないと何か大きな事を見逃してしまうのではないか・・・。

そう思うも、とてもじゃないが追求させてくれる雰囲気ではない。

何もなければいいけど・・・そう不安に駆られながら今回の会談は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

「ん? 招待状?」

「どうしたの? コウキ君」

「総会だそうです、火星再生機構の」

 

 

 

 

 

「皆様、本日はお忙しい中、お越しくださりましてありがとうございます」

 

名も知らないミルキーウェイ会長の挨拶。

アキトさん達三人はその隣で待機していた。

 

「どうやら資産提供をした者の集まりみたいね」

「ええ。後々の契約内容の確認といった所でしょうか」

 

スーツ姿と同じくスーツ姿のミナトさん。

一応、秘書としてミナトさんには付いて来て貰った。

こういう企業関係の知識はまるで皆無ですからね、僕。

 

「あそこにいるのは広告会社の社長さんね」

「お知り合いですか?」

「前の会社で付き合いがあったの」

 

ほへぇ~。ここにいる誰もがどこかしらの社長さんやら会長さんですか。

 

「何人か、ビックネームも来ているわね」

「・・・誰ですか?」

「たとえば、あの人ね」

 

ミナトさんが視線である人物を指す。

 

「ネルガルの社長よ」

 

ネルガルの社長? アカツキと争っているっていうあの社長?

 

「後は建築業界の業界二位の社長、運送業界の業界三位の副社長とかとか」

 

随分と分かり易い人選な事で。

確かに再生には必要な業界の人だ。

 

「しっかし、結構多くの資産提供者がいるんですね」

 

見回せば結構の数の人達。

これらの皆全てから資金提供を受けている訳だ。

 

「資金はあればある程良いもの」

「確かにそうですけど、多過ぎても混乱するのでは?」

「その辺りをしっかり管理するのが火星再生機構の仕事な訳でしょ?」

「まぁ、そうなんですけどね」

 

全員が全員、再生機構に従うとも思えないし。

どこかしら、必ず影でこそこそ動くんだろうな。

・・・特に大企業が怖い。

 

「一体どれくらいの資金が集まったのかしら?」

「分かりませんが、それ程多くないかもしれませんよ」

「どうして?」

「恐らくですが、どの企業からも一定の金額しかもらってないと思います」

「それまたどうして?」

「多い少ないで優遇、不遇が出来ちゃいますからね。全員が対等である事が計画の前提です」

「でも、地球内での上下関係は出来ちゃっている訳でしょ?」

「火星内では出来ていません。火星では全て公平に扱うと思います」

「それでも、逆らえば地球内での権力で潰されちゃうんじゃない?」

「そうなったら、火星に完全に移動しちゃえばいいんです。片手間に火星で活動している企業に火星だけに力を注ぐ企業が負ける訳がありませんから」

「随分と思い切った行動ね、それ」

「ここにいる中小企業は命を賭けていると思いますよ。懸命に働いてくれる筈です」

「そんな彼らにも大企業と同じだけの権限を与える為に同じ金額って事?」

「ええ。だから、割と低い次元で金額を決めていると思います」

「そうしなくちゃ払えないものね」

「まぁ、あまりにも低過ぎても意味がないので、その辺りは色々と考えているかと」

 

活動できなくちゃ意味がないからな。

それに、大した金額も貰ってないのに権限は与えられない。

うん。この辺りの見極めは難しいだろうな。

誰か経営、経済のスペシャリストをゲットしてくれ、アキトさん。

 

「懐の痛み具合を考えれば頑張らざるを得ないって訳ね」

「ええ。大企業は大して痛まなくても中小企業は普通に痛む。懐を痛めた企業と痛めていない企業。どちらが頑張るかなんて分かりきっているでしょう?」

「でも、中小企業にはない資産力や人材力が大企業にはあるわよ」

「それはもちろんですが、地球と同じで成功するとは限らないですし」

「それはそうだけど・・・」

「それに、俺達が考えても仕方ないと思いますよ。頑張るのは企業の方々ですから」

「ま、それもそうね」

 

それをコントロールするのが火星再生機構のお仕事という訳だ。

 

「先日、ミスマル総司令官が告げた遺跡の件ですが・・・」

 

遺跡・・・ねぇ。

 

「ここに参加している企業は遺跡目当てが多いのかしら?」

「どうでしょう? 案外少ないかもしれませんよ」

「火星再生の利益にのみ注目しているって事?」

「ええ。遺跡の技術を解析するだけでもかなりの金額が必要になるでしょうし」

 

そもそも、今まで存在すらも知らなかった遺跡だ。

それがどれだけ利益を生み出すかも分からないだろう。

 

「恐らく、それぞれの企業から各方面の研究者を派遣する事で解決すると思いますよ」

「どこの企業にも参加させ、平等に扱う為ね」

「ええ。自分達から拒否した企業には参加させないでしょうが」

「でも、それじゃあ、その派遣された技術者の能力次第で上下関係が出来るんじゃない?」

「そればかりは企業の努力ですから」

「それもそうね」

「それに、研究の代表には再生機構の人間を据えるでしょうから大した差は生じませんよ」

「そんな人材が火星再生機構にいるの?」

「スカウトです。ネルガルから、いや、正しく言えばナデシコからですね」

「それって、もしかして・・・」

「ええ。イネスさん。彼女に遺跡研究の代表者を務めてもらうと思います」

 

能力的にこの人以上の候補はいないだろう。

アキトさんにとっても信頼できる人だし。

 

「彼女の下にそれぞれの企業から派遣された研究者を配属。これが遺跡関係の結論だと思います」

「なるほどね」

「まぁ、予測でしかないんですけどね」

 

俺の勝手な考えだし、確実にこれだと言い切れる訳でもない。

まぁ、多分、方向性的にこんな形だとは思うけど・・・。

 

「それぞれの企業から研究者を派遣して頂く事で遺跡に関わってもらおうと考えています。成果を出せば出す程、その企業にとっても有益ですので、是非とも皆様方には参加して頂きたい。なお、研究所の代表はこちらから派遣いたしますので、最初はどの企業も公平だと約束できます。その後は研究者次第ですので、優秀で信頼できる研究者の派遣をお考え下さい。最後になりましたが、私共は徹底して清廉潔白を貫こうと考えております。派遣された研究者が汚職をしたならば、企業ごと追放致しますので、ご了承ください」

 

最後に脅しも付けましたか。

まぁ、再生というお金も時間も掛かるもので汚職なんてされた日には処刑もんだよな。

 

「コウキ君の言った通りみたいね」

「まぁ、言い回しは違いましたけどね」

「企業の協力を煽る口調だっただけよ。システムは同じだわ」

 

要するにイネス女史の下で公平に各企業が働く仕組みな訳だ。

イネス女史は知的好奇心を満たしてあげれば汚職なんて考えもしないだろうし。

むしろ、研究の邪魔になるような要因は率先して排除すると思う。

身も心も研究者ですからね。イネス女史。

 

「それでは、本日はありがとうございました。この後は皆様方との親睦を深める為に、懇親会の御用意をさせて頂きましたのでどうぞご参加下さい」

 

これも招待状通りですか。

 

「それじゃあ行きますか。ミナトさん」

「ええ。ドレスも持ってきたし。コウキ君も着替えなくちゃね」

「何度も言いますけど、俺にああいう服は似合いませんよ」

 

高級感溢れまくるスーツなんて。

今着ているちょっとした高級なスーツですら気後れしているのに・・・。

アレですか? 胸にバラでも挟めばいいんですか? あれ? これって偏見?

 

「いいのよ。ああいうのが似合わないからこそコウキ君なんだもの」

「褒められているのか、貶されているのか、悩む所ですね」

「もちろん、褒めているに決まってるじゃない」

「・・・複雑な気分です」

 

こういうお偉いさんが集まるような所は正直言って居心地が悪い。

一般人丸出しで恥とか掻きそうだし。

笑わすのは好きなんだけど、笑われるのは嫌いだ。

ま、不慣れなのは自覚しているし、精々恥を掻かないように頑張るとして・・・。

 

「もっと大きな問題がある」

 

別に自身が恥を掻くぐらいなら問題ない。

俺が我慢すればいいだけだから。

でも、ミナトさんに恥を掻かせる訳にはいくまい。

ミナトさんは今でも綺麗だけど、着飾るともっと綺麗。

本当に大人の女って感じでカッコイイ。

そんな方を僕は秘書として付き従わせる訳ですよ? 恐れ多いじゃないですか。

ミナトさんならパーティー会場の華になれちゃうっていうのに。

そんなミナトさんの前を俺は歩く訳だ。

俺の評価がそのままミナトさんにまで影響しかねない。

ミナトさんに恥を掻かせないようシャキッとしなければな、シャキッと。

・・・あれ? 結局、どっちも俺が頑張るって結論?

あぁ、いいさ、やってやる。完璧に紳士をこなしてやろうじゃないか。

 

 

 

 

 

・・・駄目でした。

 

「どう? 似合う?」

 

もちろん、後光すら見えます。

 

「返事は? コウキ君」

 

いや。ちょっとボーっとしちゃって・・・。

 

「もう、お~い、コウキ君」

「あ、はい」

 

おっと、あまりの美しさに固まってしまった。

 

「どうかしら?」

 

以前、艦長コンテストで見た漆黒のドレス。

あれも妖艶さと綺麗さでボーっとしたのを覚えている。

でも、今回はもっと綺麗だな。

 

「凄く綺麗です」

「ふふっ。ありがとう」

 

笑うミナトさんを見ているとドキッとする。

それ程、彼女の姿は輝いていた。

 

「それじゃ、行きましょうか」

「はい」

 

淑女をエスコートする紳士を精一杯演じる。

秘書をエスコートするのはおかしいって?

分かってないな。ミナトさんは既に主役だっての。

 

「・・・・・・」

 

登場した俺とミナトさんの姿を見て固まる一同。

ま、十中八九、ミナトさんを見てだろうな。

俺を見て固まる事なんて顔に何か付いているぐらいのもんだ。

 

「注目の的ですね」

「妬いてくれる?」

「ええ。嫉妬で狂いそうです」

「ふふっ」

「でも、どこか優越感も感じます」

「私の恋人だから?」

「ええ。美人過ぎる恋人を持って幸せですね」

「当然」

 

皆の視線を集めるミナトさん。

そんなミナトさんが自分の恋人だなんて信じられないくらいだ。

でも、確かに俺の大事な恋人で将来に渡るパートナー。

今更ながら、大きな喜びが湧いてきた。

こんなにも輝いている女性をエスコートできて光栄ですよ。ミナトさん。

 

「お久しぶりです。アキトさん。ルリちゃん。セレスちゃん」

「久しぶりだな」

「お久しぶりです」

「久しぶり」

「私もいるわよ」

「凄く綺麗です。ミナトさん」

「輝いている」

「ふふっ。ありがとう。ルリルリ。ラピラピ」

 

誰がどう見ても輝いているよな、やっぱり。

 

「ルリちゃんもラピスも負けてないさ」

「・・・アキトさん」

「・・・アキト」

 

もしかして、ちょっとお酒が入っていますか? アキトさん。

いつものアキトさんらしくない台詞。

少女二人も恥ずかしそうに照れちゃっています。

 

「一つ質問していいですか?」

「いいぞ。何だ?」

「・・・そちらのお方は?」

 

アキトさん達の隣には威厳のある男性。

さっきからずっと気になっていたんだよね。

 

「ああ。紹介がまだだったな。こちらは火星再生機構の副社長を務める」

「神谷と申します」

 

神谷さんですか。

 

「よろしく御願いします」

「こちらこそ」

 

ガッチリと握手。

 

「そして、ネルガルの元専務でもある」

 

えっと、ネルガル・・・ですか?

 

「アカツキがよければ使ってくれ、とな。ただ、これはネルガルの意向というよりは本人の希望だそうだ」

 

あのアカツキがねぇ・・・。

裏がありそうだけど・・・協力するって言っていたし。

なんか癪だけど、信用しようと思う、癪だけど。

 

「失礼ですけども、理由をお聞きしても?」

「ええ。もちろんです。火星再生機構と縁が深い貴方とも是非友好的な関係を築きたい」

 

いえいえ。私はそんな立派な人間ではないですよ。

ただ代表の友人というだけです。

 

「私は以前火星支社に勤務しておりました」

「火星支社に、ですか?」

「ええ。火星支社の専務として本社より派遣されましてね」

「何年程?」

「かれこれ十数年は」

 

そんなに長い間火星で生活を。

それなら愛着も湧くか。

 

「ちょっとした左遷でしたが、火星での生活は充実していましたよ。懸命に働き、最終的には支社のNO.2にまで登り詰める事ができましたから」

 

それは凄いな。支社のNO.2が本社のどれくらいみ相当するかは知らないけど。

 

「その後、火星大戦の一年前程ですね、功績が認められ、本社へと戻ってきました」

「それでは、火星大戦は経験していないんですね?」

「ええ。運良く。ですが、娘や息子の友人が亡くなり、やるせない思いでした」

 

そうだよな。本社に戻ろうとそれまで生活してきた跡は消える訳ではない。

彼にとって気の置けない友人だっていたかもしれないんだ。

第二の故郷だと思える程の年月だっただろうし、悲しいに決まっている。

 

「その後はネルガルの会長派として活動してきた私ですが」

 

え? 会長派? 社長派ではなく?

 

「この度、ご縁があり、こうして組織の一員として迎え入れて頂いたという訳です」

「アカツキからミルキーウェイの事は伝えられたんですか?」

「ええ。ですが、私は会長から言われなくてもこちらに来るつもりでした」

「アポを取り終えた後、こちらから赴こうと思っていたのだが、その前に火星を再生したいという思いでミルキーウェイまで来てくれた。彼自身の能力の高さもあり、将来的にも俺の片腕として働いてもらう予定だ」

 

どうやらアキトさんは強い味方を手に入れたようだぞ。

大企業の重役だった神谷さんなら経営手腕にも優れている筈。

既に右腕候補として信用もされているみたいだし、これは期待できる。

・・・ネルガルに深い人脈を持つ人間が機構の重役にいるのは、なんかこう、アカツキにしてやられた気分になるが、

 

「火星再生に向けて全力を尽くす所存です」

「よろしく御願いします」

 

筆頭株主らしいので、一応、火星再生機構の一員として頭を下げる。

よろしく御願いします、頼りにしていますという想いを込めて。

 

「私達も火星再生の折りには全力で協力させて頂きます」

「ありがとうございます」

 

これまた頭を下げる。

大事ですよね、お辞儀って。

 

「しかし、お美しいですな」

「ありがとうございます」

 

綺麗過ぎるお辞儀を見せて頂きました。

というか、話題の展開が早過ぎです、社長。

 

「この方は?」

「私の秘書です」

「羨ましいですな。これ程お美しい方は中々いない」

「自慢の秘書です。容姿のみではなく、秘書としても優れていますから」

「ますますもって羨ましい」

 

そして、自慢の恋人です。

 

「それでは、そろそろ私は失礼します」

 

そう言って去っていくネルガル社長。

出来れば、良い関係を築きたいものだ。

 

「私は他の方々を回ってきます」

「ああ。頼む」

 

近くの企業関係者に話しかけにいった神谷さん。

役職としてはアキトさんの方が下である筈。

でも、態度的にはアキトさんの方が上のようだ。

そもそも・・・。

 

「アキトさんってミルキーウェイでどんな役職をしているんですか?」

 

会長と社長には火星の生き残りの方に就任してもらったんだろう?

そして、副社長には先程までいた神谷さん。

そうなると、アキトさん達は一体何の役職なのさ?

 

「俺は会長秘書だ」

「私達は社長秘書です」

「実質的にはアキトが会長だけど」

 

まぁ、アキトさん達は軍からの出向という形だから代表者になれないのは仕方がない。

実質的に会長として活動しているのなら別に問題ないだろう。

 

「さて、せっかくだから懇親会を楽しんでくれ」

「正直、一般人の俺には居心地が悪いんですけどね」

「ハハハ。それは俺も変わらん。やはりこういう場は俺に相応しくない」

 

苦笑する俺とアキトさん。

お互いに堅苦しいのは嫌だって事だろう。

 

「ミナトさんは流石ですね」

「ルリルリもラピラピも落ち着いていて様になっているわよ」

「私はこう見えてもお姫様ですから」

「夢見る女はパーティーに憧れる」

「ふふっ。そうね。私も憧れるわ」

 

・・・相変わらず女性陣は能力が高い。

こんな場面でも変わらず落ち着いていられる。

 

「とりあえず俺は引き立て役にでもなっておきます」

「それがいい。それが無難だ」

「男って何なんでしょう?」

「女にしがみ付かないと生きていけない弱い存在さ」

「・・・アハハ」

「笑うなよ。悲しくなるだろう」

「アキトさんも引き立て役。頑張ってください」

「一応、主役の筈なんだがな」

「マジで言っています?」

「・・・すまん。自覚が足りなかった」

 

この後はミナトさんの引き立て役となりつつ企業の方々と色々話した。

一応、面識を持っておいてもらうのは後々の為になるだろうし。

そして、毎度の如く、ミナトさんの評価を聞かされる俺。

まぁ、そのお陰で話のきっかけを作れたりした訳だが。

眼の前に男がいるのに口説くのってどうよ?

何が、美しいお嬢さん。お一人ですか? だ。

俺がここにいるだろうが!

お前の視覚は女性しか映さないのかっての!

とまぁ、俺は一人で青筋を浮かべていた訳だが・・・。

冷静にかわしていく様は流石としか言いようがなく・・・。

 

「後で、夜にでも相手してあげるから」

 

なんて言われれば俺もすんなり落ち着く訳で。

案外、俺も単純だなと自分に呆れつつ、懇親会を過ごしていった。

 

「懇親会も悪くないな」

 

意外な大きい収穫もあり、一夜を終えて、そう評価する俺だった。

 

 

 

 

 



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太平洋大戦

 

 

 

 

 

「あいつら・・・司令が危ないっていうのにどうしてあんなに気楽なんだ!」

「司令の事を思えば、もっと必死になるべきだろ!」

「クソッ。あんなにも緊張感がない奴らが一緒だと士気が下がる」

「木連をぶっ潰さないとならないっていうのに」

「絶対に許さねぇぞ! 木連! 和平を成し遂げようと必死だった司令を暗殺しようとするなんて!」

「必ず、必ず仇は討ちます。ミスマル総司令官」

 

 

 

 

 

「なんか殺伐としていますね」

 

俺達も一応、基地の一員として食事などは食堂で取っている。

以前までなら活気に溢れていた食堂も随分と静かで・・・怖いとも思える雰囲気だ。

なんとなく今の食堂には居辛い。

食べないと生きていけないから、我慢するけど。

 

「私達は司令の無事を知っているから落ち着いていられるけど、他の人は違うもの」

「ナデシコは相変わらずですけど」

「お気楽思考。でも、過去に囚われずに前を見ているとも言えるわ」

「物は言いようですね」

「それでも、落ち着いていられるだけ他の人達より何倍もマシよ」

 

楽天的思考はナデシコの強さの一つでもある。

それはナデシコとクルー皆でなら、どんな困難をも突破出来るという深い信頼の表れ。

そして、強い団結力の証。

司令が危ないと聞いても安定していられるのは自身のやるべき事が分かっているから。

パイロットは教官業を、整備班は新型機の調整を、その他の者達も己のやるべき事を自覚している。

傍目から見れば、お気楽で状況が見えていないように見えてしまうだろう。

だが、それは大きな勘違いなのだ。

彼らは状況に流されずに冷静に物事を眺め、慌てても意味がない事を自覚し、泰然としているだけ。

焦れば全てが解決するのか? 違うだろう。

無茶をすれば解決するのか? それも違う。

周囲からしてみれば、ナデシコは周りが見えていないと言うだろうが、俺達からしてみれば、この基地にいる者達の方が見えていないと思う。

徹夜をしてまで訓練をする者。

戦闘はいつあるか分からないのだ。そんなんで突然の戦闘に対応できるとでも?

どのような状況、時間帯でも活動できるよう体調管理に努めるのがパイロットの仕事だ。

ただ鍛えれば良いという訳ではない。そこを見誤ってもらっては困る。

現状に焦り、必要以上に機体を改良しようとする者。

言語道断でしかない。その機体にはその機体に相応しい形があるのだ。

これは開発者が計算し、シミュレーションした結果で導き出したもの。

無茶な改良をした所で確実に性能が向上するとは思えない。

逆にオーバーヒートしてしまったり、調整不足から空中分解の危険性も出て来てしまう。

それに、誰もが高性能の機体に乗れる訳ではないのだ。

エース級パイロットになら扱えても、一般兵には扱えない機体だってある。

現状ですら、リミッターを掛けているパイロットも多いぐらいだというのに・・・。

何も考えずに改良すれば、むしろ死の危険性が高まるだけ。唯の戦力低下でしかないのだ。

その機体のパイロットが対応できるだけの能力があれば問題ないかもしれない。

だが、考えなしに改良し、結果使い者にならなかったら、人材も費用も無駄なだけ。

せめて、開発者や詳しい者とその機体のパイロットに相談し、変更後の機体性能を確認し、シミュレーションをしたうえで行ってもらいたい。

そうであれば、改良も戦力の向上に貢献できるのだから。

殺伐とした雰囲気に更に拍車を掛ける上官。

上官の仕事はいきりたつ部下を戒め、常に泰然としている事だろう。

それなのに、部下と一緒になって無茶したり、感情のままに怒鳴り散らしたり。

上官が焦れば、部下も焦る。当然の事だ。

ピンチの時こそ冷静に。チャンスの時こそ熱くなれ。

部下のコンディションを管理するのが上司の仕事だというのに、何をしているのやら。

焦るのは分かる。悔しいのも分かる。

だが、そんな時こそ上官として部下を引っ張って欲しい。

怒鳴る事、焦る事なんて誰にでも出来るのだ。

能力を認められて上官をしているのだから、自身にしか出来ない事をやってもらいたい。

これらのように基地内の誰もが己を見失っているように見える。

もしかしたら、ミスマル司令の無事を知っている俺だからこそ、周りがそう見えてしまうのかもしれない。もしかしたら、勝手にそう思っているだけなのかもしれない。

でも、それだったら、ナデシコクルーも同じようになる筈だろう?

ナデシコのクルーとて司令の無事を聞いている訳ではないのだから。

司令への思い入れの違い? それはないと言い切れる。

ナデシコクルーは家族だ。

その家族の長である艦長の父親が危険な目に合わされて怒りを抱かない訳がない。

誰だって艦長の事を思い、悲しみ、悔やんだ。

誰だって司令の仇を取りたいと怒りを覚えた。

それでも、怒りを抑え、自身のやるべき事を焦らずに着実にこなせるのがナデシコクルーなのだ。

何をすべきかをきちんと理解している。

これこそがナデシコの最強たる所以なのかもしれない。

 

「それにしても、最近は随分と静かよね」

「ええ。不気味な程に」

 

司令が暗殺されかけてからのこれまでの長い期間。

不思議な程、木連の襲撃が少なかった。

基地から出撃した回数も一、二回程度だろう。

それが不満を募らせ、基地の軍人のストレスに拍車を掛けているとも言える。

 

「決戦に向けて、戦力を蓄えているのかしら?」

「恐らく。ですが・・・」

 

木連の本拠地に未だ攻め込んだ事がない地球。

地球からしてみれば、どうしても後手に回るしかない。

攻めて来た時に対応して相手の数を減らしていくしかないのだ。

それに対して、木連は好きな時に好きなように攻め込め事が出来る。

このアドヴァンテージは本当に大きい。

常に奇襲される状況なんて恐ろしいだけだっての。

そんな木連が奇襲をせずに戦力を蓄えている。

それだけ決戦に対する想いが深いのだろう。

だが、戦力の蓄えを優先するにしたって、果たして襲撃をなくす事などありえるだろうか?

木連からしてみれば、地球の戦力の蓄えは何としても阻止したい筈。

もし地球が同じ立場にいれば、蓄えつつ、襲撃して蓄えを破壊するだろう。

戦争に勝ちたいなら、こちらの数を増やす以上に向こうの数を減らしてしまえば良いのだから。

 

「ですが?」

「いずれ、いえ、近い内に必ず―――」

 

ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン!

 

「仕掛けてきますよ、このようにね」

 

基地内に響き渡るエマージェンシコール。

 

「ミナトさん。指令室に」

「ええ。急ぎましょう」

 

食堂を抜け、指令室へと急ぐ。

ナデシコ主要クルーは戦闘前に指令室へ集まるように言われていたのだ。

恐らく、その能力の高さを考慮し、協力してもらう事で最善の結果を得る為だろう。

また、ナデシコパイロットがいる間は彼らが小隊の隊長とする事が予め説明されている。

全体の動きや方針を告げる為にも隊長格の人間はいた方が良い。

無論、俺もその一人として参加する予定だ。

 

シュインッ!

 

「遅くなりました」

「遅れました」

「うむ」

 

指令室には既に殆どの人間が揃っていた。

食堂は真逆だったからな、遅くなってしまったようだ。

 

「遅くなりました」

「も、申し訳ありません。遅くなりました」

 

最後は艦長と副長。

珍しいな。いつもならもっと早く到着しているのに。

どこにいたんだろう?

 

「全員揃ったようだな。説明を始める」

 

主要メンバー全員が揃い、説明が開始させる。

司令がいない今、この基地の最高責任者はムネタケ参謀。

本来ならミスマル司令が座る席には、今、参謀が座っている。

 

「太平洋に大量の木連兵器が出現した」

 

太平洋? どこかの基地が襲撃されたとかではないのか。

 

「今までにない程の大規模。被害を受ける前になんとしても殲滅せねばなるまい」

 

確かにそれだけの規模の敵が襲い掛かってきたらかなりの被害を受けるだろう。

だが、それには大きな問題があった。

 

「しかし、機体の性質上、迎撃は出来ても進撃は・・・」

 

そう、問題は重力波依存による弊害である。

確かに出力を外から補給する事で小型化、高性能化には成功した。

だが、それ故に重力波が受信できなければ、動く事すらままならない。

 

「我々の限界稼動距離は陸からはみ出せる程度でしかありません」

 

ミスマル司令がエステバリスをメインとすると決めてから、日本のあちこちに重力波アンテナ送信装置が配備されていった。

これによりエステバリス系統の機体は陸上であれば機能を発揮できる。

だが、海上にまでなると、陸からそう離れた所へは行けない。

ましてや、太平洋とまでなると・・・。

 

「それに関しては対策がされている。ウリバタケ君」

 

え? マジ? というか、ウリバタケさん?

 

「ナデシコ搭載予定のニバリスを活用する事にした。ニバリスからニバリスに重力波を送る。これを繰り返せば限界稼動距離は延ばせる筈だ」

 

なるほど。ニバリスがあったか。でも・・・。

 

「経由が多過ぎると性能が下がるのでは?」

 

ニバリスを作動させる為にも重力波は必要であり、ロスなく全てを送れる筈もない為、必ず機体性能は低下するだろう。

まぁ、ウリバタケさんともあろう人がそれに対して何もしてないとは思えないが。

 

「無論だ。そこでピラミッド構造を展開する」

「ピラミッド構造?」

「一つのニバリスに送る重力波を二つのニバリスから配給する。それを繰り返す事で、ロスの分も補い、通常と同様の性能を発揮できる」

 

理論上はそうだけど、かなりの費用が掛かりそうだな、それ。

 

「それだけではないよ。マエヤマ君」

「参謀。他に何かが手立てが?」

「うむ。DFと重力波送信のみしかできないが、簡易敵な戦艦も用意した」

 

なるほど。

それなら、対処は可能だな。

 

「戦艦といっても航空機に近いが、重力波を配給するぐらいなら問題ない」

 

相転移エンジンを積み、重力波送信アンテナとDF発生装置を組み込んだだけのものって事か。

・・・いいさ。武器がなくとも俺達が矛になればいい。盾だけあれば充分だ。

 

「スーパー戦フレーム隊と第一、第二小隊は上陸阻止に務めて欲しい」

「「「了解」」」

「こちらはニバリス経由で陸上に備え付けられた重力波アンテナ送信装置が賄う」

 

太平洋から極東方面への侵入を防ぐのが俺の仕事か。

ニバリス経由で陸上から多少離れても行動できるようにもあった。

ちなみに、スーパー戦フレーム、ナデシコ流で言えばアドニススーパー型の小隊はガイが小隊長を務め、その他の小隊の順番はこの基地に関係性がある順となっている。

その為、第一小隊は俺、第二小隊はイツキさんがそれぞれ小隊長を務める。

なお、カエデに関してはまだ小隊長は荷が重いとされて、俺の下に配属されていたりする。

まぁ、あいつ自身はブーブー言っていたが、まぁ、意地っ張りだから仕方ない。

第三以降は関係性ではそれ程変わらないので適当な順番になっている。

第三がスバル嬢、第四がヒカル、第五がイズミさん。

スバル嬢がすぐに手を挙げ、ヒカルがじゃあ次は私と言って、イズミさんは何も言わず。

・・・なんとなく想像は付くと思う。

 

「第三、第四、第五小隊はそれぞれ航空機に乗り込み、前線で戦って欲しい」

「「「了解」」」

 

しかし、それだけでは戦力が足りないのでは?

今回の相手はかなり大規模。流石にこれだけでは少な過ぎる。

どれだけ優秀でも人間である以上、疲れもあるのだから、厳しいと思うが・・・。

 

「なお、我々極東支部以外にも、東欧支部、北米支部、南米支部、亜細亜支部からの出撃が決定している」

 

それなら安心か。充分の戦力が期待できる。

確か東欧支部と亜細亜支部は極東支部と仲が良かった筈。

でも、北米支部、南米支部は敵対とまではいかないが、不干渉だったな。

恐らく、用意する機体も割りとバラバラだろう。

改革和平派に所属する支部は小隊のリーダー機にリアル戦フレーム、その下に配属される者には、エステバリス高機動戦フレームがそれぞれ配給されている。

しかし、所属していない支部は、配給されていない。

一体、彼らはどんな機体を用意するのだろうか?

デルフィニウムは用途が違うし、クリムゾン辺りが新しい機体でも製造したのだろうか?

・・・まぁいいか。とにかく俺は陸への侵入を防ぐ事に尽力しよう。

 

「それでは、皆、作戦を開始してくれ」

「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

「第一小隊は俺に付いて来い」

 

アドニスリアル型に乗り込み、作戦ポイントへ向かう。

俺以外の小隊メンバーはカエデを含めた四人。

一小隊五人で構成されている。

カエデも例に漏れず高機動戦フレームで出撃だ。

俺達防衛組の作戦ポイントは日本の最東南部。

本土に侵入されないよう、絶対に死守しなければ。

 

「アザレア」

『はい。マスター』

「各機の状況を常に把握しておいてくれ」

『仰せのままに』

 

小隊長として視野を広く保つようにしなくちゃな。

 

「小隊メンバーに告ぐ」

 

シュンッ!

 

機体内のモニターに小隊メンバー全ての顔を表示する。

 

「この中にはこれが初陣の者もいるだろう」

 

配属されたメンバーはカエデ以外に一名を除き、他は全て初陣。

彼らはナデシコパイロットによるパイロット養成コース参加者だ。

未来ある若者、将来を期待される若者をここで潰す訳にはいかない。

 

「だが、心配するな。訓練通りにやれば、負けるような相手ではない」

 

まぁ、訓練通りに出来ないのが実戦なんだけどね。

 

「ヒラノ」

『ハッ!』

 

こいつは戦闘経験者。

俺の元生徒でもある。

 

「先輩として、後輩はきちんと護れよ」

『当然であります!』

「頼りにしているぞ」

 

教え子時代からこいつはかなりの能力の持ち主だったし、戦闘を経験して成長しているだろうから、安心して任せられる。

こいつなら後輩をきちんと護り、自らも生きて帰ってきてくれる筈だ。

 

「カエデ」

『何よ?』

 

そこは、はい、とか、ハッ、とか言うべきなんだけどなぁ。

まぁ、こいつにそういう事は要求しても聞かないだろうし。

気にしちゃ負けだ。

 

「初陣のような初陣じゃないような戦闘だが、油断はするな」

『分かっているわ。慢心も油断もない』

「分かった。期待しているぞ」

『ええ。任せておいて』

 

それは頼もしいお言葉で。

 

「二人一組となって敵に当たれ。アインス2はアインス4と、アインス3はアインス5とそれぞれ組むんだ。互いに援護しあい、後ろを取られないようにしろ」

『『『『了解!』』』』

 

アインス1が俺、アインス2がカエデ、アインス3がヒラノ、アインス4、アインス5がそれぞれ新人であり、一応、経験者であるヒラノとカエデに新人を組ませた。

俺は一人で援護やら遊撃やらに走り回る予定だ。

ちなみに、アインスとは小隊毎に付けられた略称である。

ナデシコだけなら個人の名前でも対応できるが、これだけ数が多いと名前じゃ厳しい。

それ故に、こういう略称が使われる。

 

「アザレア。敵の状況はどうだ?」

『第三、第四、第五小隊は交戦中。第二小隊も交戦に入りました』

 

前線組の第三、第四、第五小隊は既に交戦中。

日本の東南の海上で防衛網を張る俺達は二手に分かれており、東側にいるイツキさん達第二小隊はどうやら交戦に入ったらしい。

前線で全てを撃ち滅ぼせるとは思ってないから特に問題はない。

ガイ達スーパー戦フレーム小隊は陸上で構え、俺達の撃ち漏らしを任せてある。

後方に憂いなし。

 

『コウキ! 第二小隊が! 早く助けにいかないと』

「駄目だ」

『どうして!?』

「俺達が現場を離れれば次はこちらから抜けられる。俺達第一小隊の仕事は持ち場を死守する事だ。第二小隊を助ける事じゃない」

『でも!』

「・・・仲間を信じろ、カエデ。それが唯一、第二小隊にしてやれる事だ」

『・・・分かった。信じるわ』

 

仲間のピンチで焦るのは分かるが、冷静に対応して欲しい。

持ち場を離れれば後手に回って結局こちらから突破されてしまうのだから。

それに・・・第二小隊なら心配いらない。彼らだってもう一人前の軍人。

俺達は俺達の仕事に全力を尽くせばいい!

 

「交戦する前に・・・アザレア、北米支部の機体はなんて名前だ? 調べてくれ」

『はい』

 

エステバリスに対抗して、改革和平派以外の者が用意したであろう機体。

エステバリスに匹敵する性能があるかどうか。

確認しておいて損はない。

もしかしたら、今後、争う事になるかもしれないし。

 

『分かりました』

「報告を」

『機体名はステルンクーゲル。クリムゾン社製作の新型機と思われます』

 

・・・ステルンクーゲル。

劇場版で統合軍が正式採用していた機体。

こっちも原作より早くの登場という訳か。

クリムゾン社が原作より早く人型機動兵器生産に力を入れた結果だろうな。

でも、これは木連からの技術提供があって実現した機体の筈。

確か木連無人兵器のジェネレーターを利用していたんだよな。

やはり木連とクリムゾンは手を組んでいた訳だ、戦後を見越して。

でも、まぁ、機体を見ただけで木連との関連性なんて誰も気付かないだろう。

だから、問題には出来ない。俺とて名前が違っていたら分からなかっただろうし。

それに、確実にそうだとも言い切れない。地球製のジェネレーターの可能性もある訳だし。

OSは原作通りEOSかな?

EOSなら、己惚れるようだけど、CASの方が優れていると断言できる。

 

「機体性能は・・・エステバリスとほぼ同等と見ていいか」

 

違いは重力波アンテナに依存していない事。

これなら稼動時間の限界はあっても、稼動距離の限界はない。

まぁ、どっちが良いかと訊かれても、用途によって異なるとしか答えようがない。

防衛にはエステバリスで襲撃にはステルンクーゲルといった所かな。

一対一で争った場合、OSの差でエステバリスが若干優勢かな。

 

「ふむ。ありがとう。アザレア」

『いえ』

「引き続き、頼む」

『御意に』

 

さて、そろそろこちら側にも来るだろう。

気を引き締めなければ。

 

『敵機、レーダー範囲内に入りました』

「了解。各機、散開!」

 

ヒラノ班が右に、カエデ班が左にそれぞれ展開していく。

 

「無理はするな。互いのフォローを忘れずに確実に一機一機倒していけ」

『『『『了解!』』』』

 

襲い来るのはバッタ、ジン、六連、それに加えて新型の多分、積尺気(ししき)って奴。

積尺気は確か夜天光の量産型だったな。

機体から見て、今回の襲撃は草壁派と見て良いだろう。

 

「無駄弾は抑えないとな」

 

今後の戦闘に向けて無駄な弾は一つでも勿体無い。

それなら・・・。

 

ビュンッ!

 

「木連式剣術の腕の見せ所だな」

 

まだ習得途中だけど。

 

「ハァ!」

 

一直線に向かってくるバッタなんて的以外の何物でもない。

切り裂き、断ち切り、切り伏せる。

 

「まだまだぁ!」

 

有人機であろう六連、積尺気は予想外の接近で狼狽えている様子。

戦闘中にそんな隙を見せたらいかんだろうが。

 

ダッ! シュッ! ドガッ!

 

接近、一閃、すれ違い、過ぎ去り、爆発、サーチ。

後方で爆発の音が鳴る中、次々と敵を屠っていく。

今までの戦闘で有人機を落とす覚悟は出来た。

殺さねば殺される。戦場に同情は不要だ。

ジンシリーズは単機では時間が掛かるので、今はそれ以外を全機破壊する!

 

『マスター。来ます』

 

アザレアの言葉で近付いてくるミサイルに気付く。

六連も積尺気もミサイル装備だしな。でも、唯のミサイルなら・・・。

 

「助かる。アザレア」

 

ガントレットアーム内蔵の機関銃。

右手にディストーションブレード、左手にラピットライフル。

これだけあれば、防ぎ切れる。

 

「ま、弾幕を張るつもりはないけどな」

 

避ける、避ける、避ける。

アドニスリアル型は回避力に優れる機体だ。

たかが追尾式だけの何の工夫もない射撃に当たってやる訳にはいかないだろ!

 

ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 

すれ違い、ミサイルが旋回してこちらに向かってくる瞬間を狙う。

これならば、ミサイルは一時的に停止したと同じ。

止まっている的を外す程、俺の練度は低くない。

 

「おっと」

 

ハンドガンからの攻撃をDFで弾く。

ロックオンされた覚えはないから、流れ弾かなんかだろう。

視界を広く保っていたから、運よく見付けられた。

ギリギリでちょっと焦ったな。

流れ弾が戦死原因ナンバーワンというのも納得できた。

ある意味、死角からの攻撃な訳だし。

 

『小隊長!』

 

突然のヒラノからの通信。

表情を見るにかなり切羽詰っていると思われる。

 

「どうした!?」

『巨大な敵に対してはどのように対処すれば!?』

 

ジンシリーズの特徴はグラビティブラストと強固なDF。

でも、その特徴は弱点にもなり、DFに頼り過ぎるあまりジンはDFがなければ唯の的。

その為、DFさえ突破すれば撃墜するのも容易いのだ。

よって、フィールドガンランスでDFを突破後に破壊、という単純な結論が導き出せる。

だが、言葉で言うのは簡単でも、踏み込む事を躊躇してしまう理由がある。

それこそがグラビティブラスト。

たとえDFを張っていようと直撃すれば終わりだ。

接近するにしても、これの存在が脳裏を掠める。

 

「まずはグラビティブラストを撃たせろ」

『は?』

「接近すると見せかけて、GBを発射させる。それを確実に回避すれば、チャージまでの時間を稼げる。その後、ペアと協力して、片方がDFを突破、もう片方が突っ込め」

『了解!』

「GBを回避してもまだロケットパンチやミサイルがある。油断はするな!」

『はい!』

「ボソンジャンプしそうだったら離れる事。巻き込まれたら死ぬからな!」

 

訓練でジンシリーズ撃破の一連の流れはやった筈。

それをヒラノが忘れる訳はないので、恐らく新人に聞かせる為のものだろう。

新人は緊張と混乱で忘れている可能性があるし、仲間の、その中でも特に隊長である俺の声を聞けば多少は落ち着く筈。

攻略法の確認と同時に混乱を落ち着かせる為の通信だった訳だ。

あいつ、俺を利用しやがって・・・。

助かった、ヒラノ。どうやら、俺はリーダーの自覚が足りなかったようだ。

もっと周りを見ないといけないな。

 

「アザレア。各機の損傷は?」

『アインス5は右腕を損傷、ですが、行動できない程ではありません。アインス4はDF発生装置に不備が発生。援護主体で距離を取っています』

 

アインス4はカエデとペア。

カエデは接近戦に弱いから、どちらも援護主体になってしまう。

 

「各機に通達! アインス4はアインス3と組め。ヒラノ! 前に出ろ!」

『『了解!』』

『私は!?』

「カエデ? アザレア。アインス2の損傷はどうなっている?」

『機体に大きな損傷はありませんが、ラピットライフル、レールカノン共に弾切れです』

「考えて弾を使え! 馬鹿!」

『しょ、しょうがないじゃない! 敵が多かったんだから!』

「あぁ! もぅ!」

 

ここで責めていても仕方ないか。

後で説教喰らわしてやる。

 

「アインス5。お前は俺と組め。左腕をメインにフィールドガンランスを使うんだ」

『了解』

 

右腕を損傷しているが、完全に破壊されている訳ではない。

フィールドガンランスを構える事ぐらいは出来る筈だ。

 

「カエデ。受け取れ!」

『え? え? うわッ!』

 

カエデにラピットライフルを投げ渡す。

 

「大して使ってないから弾は充分ある。それでアインス3とアインス4を援護しろ。アインス4は今、DFが張れない状況にある。敵を近づけるな。それと、無駄弾はなしな」

『わ、分かったわ』

「アインス5。巨大な敵に張り付いて、DFを突破しろ」

『その後は?』

「即行で離脱。突破後は俺が切り裂く。それとも、自分で行くか?」

『いえ。怖いのでやめておきます』

 

ハハッ。怖いなんて言いやがった。

普通、戦場でそんな事は言わないだろ。

でも、それでいい。怖くていいんだ。

 

「了解。怖がれ。怖がった方が生き残れる。一機潰して死ぬぐらいなら何もせずに生き延びた方が良い」

『了解!』

「でも、逃げるなよ。逃げるのは駄目だ」

『む、無論です』

「ハッハッハ。頼むぞ! アインス5。俺の命、お前に預ける」

『は、はい!』

 

一機潰れる事で戦線を維持できなくなるなんていうのはよくある事だ。

それだったら、怖がっていても、後ろからきちんと援護している方が良い。

まぁ、ずっと怖がられていても困るけどな。

だが、生き延びていれば、いずれ恐怖を克服できる時がやってくる。

死んだらそれまでだか、生きれば希望があるのだ。

無駄に命を捨てる必要などない。

とりあえず、この戦闘中に恐怖を克服してくれる事に期待しよう。

まぁ、厳しいとは思うが、ありえなくはない。

 

「来るぞ! 避けろ!」

『はい!』

 

グラビティブラストが迫る。

碌なパイロットじゃないな。射線上には誰もいない。

 

「張り付け!」

『はい』

 

ロケットパンチに警戒しつつ、フィールドガンランスを突き刺すアインス5。

 

「後は任せろ」

『了解。離脱します』

 

DF突破後、すぐさま離脱。

ロケットパンチが迫っていたが、どうにか回避できたようだ。

後は・・・。

 

「俺の仕事だ」

 

既に攻撃態勢。

動きの鈍いジンでは避ける事など不可能。

右手に持っていたディストーションブレードを両手で持ち、翔ける。

 

『ジャンプフィールドが展開されました』

 

逃げようって魂胆か?

でもな、そんな余裕は与えんよ。

 

「ハァァァ!」

 

シュッ!

 

今にも跳ぼうかというジンを腰から真っ二つに切り裂く。

ディストーションブレードの切れ味の前ではジンの装甲など紙同然。

 

『す、凄い』

「凄くなんかないさ。全てはお前の援護のお陰だ」

『あ、ありがとうございます』

「ふっ。いくぞ。次だ!」

『はい!』

 

意外な事で恐怖を乗り越えたか?

まぁ、ここで調子に乗って自分から行こうとしたら流石に止めるけど。

そんな様子もないし、出来るだけ破壊しまくるとしよう。

 

ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 

「鬱陶しいな。バッタ」

 

まるでハエのようにたかって来やがる。

ラピットライフルはなくても、ガントレットアームが俺にはある。

たかがバッタに遅れは取らんよ。

 

「まだまだ来るか」

 

六連も積尺気もまだまだ数は多い。

流石に人型兵器にはガントレットアームでは牽制ぐらいにしかならないだろう。

でも、DFを張る前であれば・・・。

 

「レールキャノンで仕留める。重力場展開」

 

サーチ。

 

「発射!」

 

ドガンッ! ドガンッ! ドガンッ!

 

かなりの反動を生じながらの三連発

錫杖片手に突っ込んできていた六連二機を破壊し、後方からミサイルで狙ってきていた積尺気一機を合わせて撃破する。

相変わらず凄まじい威力だな。

 

『行きます』

 

アインス5が再びジンに張り付こうとする。

でも、ちょっと落ち着こうか。

 

「待て。不用意に飛び込んだら危険だ。まずはグラビティブラストを回避しろ」

『す、すいません。焦っちゃって』

 

今度はシュンと落ち込む新人。

いや、別に落ち込まなくてもいいんだが・・・。

 

「なに、ミスなんて誰にでもある。落ち着いていこう」

『はい。あ、来ました』

 

こちらへと銃口を向ける敵機。

・・・甘いな。

回避に専念している相手にはそう簡単に当てられないものだ。

どれだけ強力な攻撃だろうと、当たらなければ、何の意味もない。

 

『・・・ハァ・・・ハァ・・・回避・・・成功』

 

完全に向こう狙いだったな。

まぁ、どうにか回避できたみたいだし、何の問題もないだろう。

 

「行けるか?」

『行けます!』

 

頼りになる新人だ。

 

『ハァァァ!』

 

叫びながら飛び込むアインス5。

だが、今回は接近を阻止されてしまった。

ロケットパンチが機体を掠ったのだ。

 

「大丈夫か?」

『はい。損傷は軽微です』

 

運が良かったな。

直撃を食らっていたらどうなっていたか分からない。

 

「それなら、俺が行く」

『私がトドメを?』

「いけるか? 無理なら、俺が行くが?」

『い、いけます。やらせてください』

「よく言った。やってみせろ」

『はい!』

 

手に持つディストーションブレードを腰に戻し、背中に備え付けてあるフィールドガンランスを取り出す。

 

「DF突破後、突入しろ」

『了解!』

 

フィールドガンランスを前面に出し、接近する。

先程と同じようにロケットパンチが向かってくるが、それに当たる程、俺も甘くはない。

 

「これで―――」

『マスター! 後ろです!』

「何!?」

 

ロケットパンチを避けて突破したと思ったら後方から向かってくるミサイル群。

そうか。ジンシリーズの掌にはミサイルが搭載されていたんだったな。

今回も完全にアザレアに助けられた。

気付きさえすれば、対処法はいくらでもある。

 

「ガンランスを嘗めるな」

 

唯のランスじゃない。

これにはライフルも含まれているんだ。

 

ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 

ロックオン、ショット。

ガンランスの先端から飛び出した弾でミサイルを破壊する。

 

「覚悟は出来たか?」

 

意表を突かれて止まってしまったが、もう止まってやらない。

ロケットパンチが戻る前に突破してやる。

 

「ハァ!」

 

DFに取り付き、突破する。

今更ながら気付いたが、相転移エンジンを主動力としているジンは、地上では充分な量のエネルギーを産み出せない為、GBもDFも出力不足だ。

これなら二人一組にならなくても破壊できるかもしれん。

まぁ、今は・・・。

 

「いけ!」

『はい!』

 

新人に花を持たせてやろう。

 

『ハァァァ!』

 

フィールドガンランスの先端をジンに突き立てる。

 

「いいぞ! 離脱しろ!」

 

その後、ジン周辺から離脱。

同時に爆発音が周囲に響き渡る。

 

『お、俺が・・・ジンを』

「初陣で大きな戦果だな。よくやった」

『た、隊長のお陰です』

「それでも、お前はよくやったよ。誇っていい」

『は、はい。ありがとうございます!』

 

本当に誇りに思っていいと思う。

ジンシリーズは一つの街を壊滅寸前まで追い詰めた悪魔の機体。

エステバリスとサイズを比べても子供と大人以上の差がある。

それを破壊する事が出来たんだ。

パイロット冥利に尽きるだろう。

 

「付いて来られるな?」

『はい! 行きましょう!』

 

どうやら自信を付けたみたいだな。

イキイキしてきた。

やはり10の練習より1の実戦という訳か。

ま、実戦を生き延びられる力がなければ、無駄死にさせてしまうだけだが。

 

『アインス4被弾。安全機動限界を超えたダメージです』

 

クソッ。全てが順調とは行かないか。

 

「アインス4。早く離脱しろ」

『りょ、了解』

「アインス5。残念だが、これまでだ。アインス4を拾い、一度基地に帰還しろ」

『・・・・・・』

 

・・・返事がない。

ここで帰るのは気が引けるってか?

それとも、見栄が出てきたか?

どちらにしろ、右腕が損傷している状態じゃ長く戦闘はできない。

再び合流したいのなら、まずは損傷部を直して来い。

 

「返事はどうした! アインス5!」

『は、はい! 帰還します!』

 

ドカンッ!

 

アサルトピットが抜け出してから数秒後エステバリスが爆発する。

プカプカと浮かぶアサルトピットに近付くアインス5。

 

「援護しろ! 近づけるな!」

『『了解!』』

 

アサルトピットを手に持ち、離脱していくアインス5。

 

『離脱を確認』

 

おし。残ったのは三機か。

 

「俺達だけでも行けるよな?」

『無論です』

『む、無理』

「は?」

 

ここで無理って何だよ?

そこは無理でもいけるって言うべきだろ。

 

『だ、だって・・・』

「何だよ?」

『どうしました?』

 

もしや、何かあったのか?

 

『た、弾切れだもの』

「・・・・・・」

『・・・・・・』

『・・・コウキ?』

「てめぇ! この野郎! 少しは学べ!」

『しょうがないじゃない! 弾が少ないんだもの!』

「それを考慮して撃てっての!」

 

どれだけ無駄弾が多いんだよ?

あれか? シミュレーターのつもりでやっていたのか?

・・・どうやら、こいつが一番実戦経験を必要としていたみたいだな。

帰ったら、実戦を想定した訓練を死ぬほどやらせてやるから覚悟してろよ。

 

 

「はぁ~~~」

『隊長。如何しますか?』

「ああ。分かった。分かった。カエデ。ほいっ」

 

フィールドガンランスをまたもや投げ渡す。

 

「次はないからな」

『え、ええ。分かっているわ』

『これもどうぞ。まだ使っていませんので』

 

ヒラノもカエデにラピットライフルを渡す。

もうこれで弾切れはないだろう。うん、ないで欲しい。

 

「仕方ない。接近戦だな」

『ええ。お付き合いします』

「カエデ。ほどほどに援護よろしく」

『ええ。ビシバシ援護するわ』

「・・・頼むから考えて撃ってくれ」

 

もう弾切れは勘弁だぞ。

戦線が維持できなくなる。

 

「さてさて、あとどれくらい戦えばいいのやら」

 

 

 

 

 



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陰謀ひしめく太平洋

 

 

 

 

 

SIDE MINATO

 

「・・・・・・」

 

私達はモニター越しに戦況を眺める事しか出来ない。

それが堪らなく悔しい。

 

「・・・コウキさん」

 

戦場に大切な人がいる。

それが辛くない訳がない。苦しくない訳がない。

でも、信じるしかないんだ。今の私達にはそれしか出来ない。

 

「司令の仇を!」

「木連に痛い目を味わわせてやれ!」

「潰せ! 潰せ!」

 

モニターを見ながら叫ぶ軍人達。

どれだけ司令が慕われているかが分かる。

でもね、忘れちゃ駄目よ。司令は何を願っていたの?

司令を慕っているのなら、和平に向けて全力を尽くしなさい。

木連を潰せなんて聞いたら、司令はきっと悲しむわ。

それが自分を慕ってくれているからこそ出た言葉だとしても。

 

「私、ここにいたくない」

「・・・ユキナちゃん」

 

そうよね。木連人の貴女はここに居辛いわよね。

 

「行こう。ユキナちゃん」

「・・・でも」

「いいから。セレセレも」

「・・・すいません。私はここでコウキさんを」

 

あらあら? 逆らわれたのなんて初めてじゃないかしら?

それ程、セレセレにとってはコウキ君が大事って訳か。

妬けちゃうわね。

 

「分かったわ。何かあったら教えてね」

「・・・はい」

 

私の分までコウキ君の無事を祈ってあげて。セレセレ。

私は彼女の事を見ているわ。

きっとコウキ君がいたら、彼女を護ってあげていたと思うから。

 

「行くわよ。ユキナちゃん」

「・・・うん」

 

シュインッ。

 

指令室から抜け出す。

 

「ユキナちゃんの部屋ってどっちだっけ?」

「あっち」

 

指で指し示すユキナちゃん。

そっちか。それじゃあ・・・。

 

「・・・あ」

 

なんだか元気がなかったから、手を繋いでみた。

 

「・・・あ」

「偶にはいいでしょ? ね?」

「・・・うん。私、お兄ちゃん以外の人と手を繋いだのは初めて」

「そっか。女の人の手もいいものでしょ?」

「うん。お兄ちゃんと違う暖かさがある」

 

肩を並べて歩く。

なんだか妹が出来たみたいで嬉しい。

セレセレはもう娘みたいなものだし。

 

「私、お母さんもお父さんも早くに亡くしちゃったんだ」

「うん」

「だから、ずっとお兄ちゃんと二人っきりだったの」

「そっか」

「それからしばらくして、ゲンイチロウとゲンパチロウと知り合って・・・」

「楽しくなってきたの?」

「うん。変な二人だけど、とっても良い人」

「お兄ちゃんの親友だもんね」

「本当に三人とも仲が良いんだ。喧嘩もするけど、すぐに仲直りしていた」

「うん」

「だから、三人にはいつまでも仲良くしていて欲しいの」

「優しいのね。ユキナちゃんは」

「そんな事ないよ。三人は三人揃って初めて一人前なんだから」

「ふふっ。手厳しいわね」

 

でも、本当に三人が大好きなのね。ユキナちゃん。

こんなにも飛びっきりの笑顔で語るなんて・・・。

 

「前にさ、木連に行った時」

「ええ」

「ゲンイチロウだけ、凄く悩んでいた」

「そうなんだ」

「お兄ちゃんもゲンパチロウも悩んでいたけど、ゲンイチロウはもっと」

「それで仲が悪くなるんじゃないかって?」

「ううん。きっと敵同士になってもお兄ちゃん達の友情は変わらないと思う」

「それじゃあ、何が心配なの?」

「私のせいで友情が壊れる事」

「え?」

「私が今、地球にいる事で、お兄ちゃん達は凄く心配している」

「そうね。大事な妹分だもの」

「もし私に何かあったら、お兄ちゃん達の仲が悪くなるかもしれない」

「どうしてそう思うの?」

「お兄ちゃんはきっと私に何かあったら、信念を曲げてでも従うと思う」

 

ユキナちゃんを人質にして、シラトリさんを従わせる。

卑怯だけど・・・一番有効な手段。

 

「でも、ゲンイチロウもゲンパチロウも信念を曲げない人」

「頑固って事?」

「そう、凄い頑固。思い込んだら一直線」

 

なんとなく分かる気がするわ。

シラトリさんの親友ってだけでね。

 

「皆、それぞれの信念を尊重している。貫く事を誇りとしている」

 

良い関係ね。羨ましい友情関係。

 

「でも、お兄ちゃんは私のせいで曲げてしまうかもしれない」

「それが怖いの?」

「そう。友情が深いからこそ、本当の意味で仲違いしたらきっと・・・」

 

自分のせいで兄の友情関係が壊れてしまうのが怖い。

三人ともお兄ちゃんとして慕っているからこそ余計に。

 

「でも、そんな事はさせないわ」

「え?」

「そんな事は絶対にさせない。だって・・・」

 

だって、ここには皆がいるもの。

ナデシコの皆で貴女を護るわ。

だから、安心して。ユキナちゃん。

 

「私達が貴女をまも―――」

「シラトリ・ユキナだな?」

「・・・え?」

 

突如として背後から聞こえてきた声。

どうしてだろう? 凄く・・・振り向きたくない。

 

「檻から飛び立とうとする烏の枷となってもらおうぞ」

「ミ、ミナトさん」

「だ、大丈夫よ。だって、ここは・・・」

 

地球連合軍の基地だもの。

護ってくれる軍人がいる―――。

 

「・・・いない?」

 

どうして? 地球人の本拠地なのよ?

・・・そうか。皆、出撃中なんだ。

そうじゃなくても、モニターしか見えていない。

誰もこんな所に・・・いる筈がないんだ。

いつもユキナちゃんを護っている護衛も・・・ここにはいない。

彼らも司令、司令とモニターを噛り付くように見ていた。

・・・今、この空間には・・・私達しかいないんだ。

 

「我らが栄光の為に」

 

震える身体に鞭を打って、振り向く。

眼の前には・・・爬虫類のような顔の男。

全身から・・・恐怖が込み上げてくる。

本能が・・・彼との接触を拒んだ。

 

「ユキナちゃん! 逃げ―――」

「眠れ」

 

ドガッ!

 

「うっ」

「ミナトさん!」

「付いて来てもらおう」

 

ユキナ・・・ちゃん。

御願い・・・逃げ・・・て・・・。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

「・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

 

流石に・・・これだけの長い時間、戦うのは厳しいな。

 

『・・・コウキ。弾切れしちゃったわ』

「・・・仕方ないさ。誰だってこんな長時間は保っていられない」

『私も弾切れです』

 

俺も弾切れだ。

既に格闘戦以外の攻撃する方法はなくなっている。

 

「クソッ。どれだけ用意してんだよ」

 

どれだけやっても減らない敵機。

既に有人機は数えられる程だが、バッタなどの無人兵器は際限なく現れる。

何だ? これが木連の最終決戦とでもいうのか?

 

『隊長。戦線を下げますか?』

 

・・・それも考慮しなくちゃならないか。

 

「全機、戦線を下げる。後退を―――」

『た、隊長! 我々も復帰します』

 

アインス4? アインス5?

 

「お前ら、どうして?」

『修理と補給を終えたので。隊長達はこれを』

 

弾薬? 補給させてくれるのか?

ありがたい。

 

「すまない。助かった。カエデ。ライフルを」

『ええ。ありがとう』

 

カエデに投げ渡されたラピットライフルに弾薬を詰める。

肩のレールキャノン用の弾も数発だけだが補給できた。

おし。これでまだ戦える。

 

『それと、司令部より伝言があります』

「何だ?」

『あと少し戦線を維持してくれ。戦況を覆す援軍が現れる、との事です』

 

あと少しってどれくらいだよ・・・。

曖昧だなぁ・・・。先の見えないマラソンほど辛いものはないっていうのに。

ま、戦況を覆す援軍っていうのは嘘じゃないと思うから・・・。

 

「気張るか」

 

あと少しで終わる。

それなら、やるしかないだろう。

 

「各機へ通達。最後だ。死ぬ寸前まで暴れまわれ」

『『『了解!』』』

『死ぬつもりなんてないわよ!』

「その意気だ」

 

さて、やりますか。

その援軍とやらが来るまで・・・。

際限なきハエ叩きを。

 

 

 

 

 

「ラッストォ! ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

 

お、終わった・・・のか?

一応、眼に見える範囲は全て破壊したが。

 

『た、隊長、この後は?』

「少し休む。流石に限界だ」

 

俺、ヒラノ、カエデの三人は休まずにぶっ通し。

いつ倒れてもおかしくない。

 

『分かりました。私達が警戒を』

「すまないな。助かる」

 

後から合流して、一応余裕があるアインス4、アインス5の二人に周囲の警戒を任せる。

これでしばらくなら休めるだ―――。

 

『隊長! 来ました!』

 

休ませろっての! マジで!

 

「ダァ! ヒラノ! カエデ!」

『・・・は、はい・・・』

『・・・な、何よ・・・』

 

疲れているみたいだな。

勿論、俺もだけど。

 

「お前達はアインス4、アインス5の援護」

『・・・了解』

『や、やってやろうじゃない』

「アインス4、アインス5、暴れろ。暴れまわれ」

『『了解』』

『コウキはどうするのよ?』

「あん? 俺か? 最後までやってやろうじゃないか!」

 

限界なんてないんだよ。

・・・嘘。ごめん。

限界超えると開き直っちゃうって奴だから。

多分、戦闘終了後、ぶっ倒れるだろうな・・・。

 

「かかってこいや!」

 

シュッ! ダッ! ダダダダダッ!

 

・・・あ、あれ? 来ない? 逃げた?

 

『マスター。敵機引き上げていきます』

 

どういう事?

 

『コウキ。どうなっているの?』

「俺にも分からん」

 

勝手に攻めてきて、勝手に引き上げるってどうよ?

せめて説明してから帰れよな。

あ。無理ですか。そうですか。

 

『マスター』

「どうした? アザレア」

『理由が分かりました』

「何だった?」

『太平洋に展開された木連艦隊が全滅したようです』

 

なるほどね。でも、随分と突然だな。

戦況を理解していた訳じゃないけど、そんなきっかけもなしに終わるものか?

それに、戦況を覆す援軍とかなんとか言っていたし。

 

「何故かは分かる?」

『いえ。全滅したとしか・・・』

 

そっか。まぁ、連絡が取れなければ分からないよな、普通。

 

『すいません。私は駄目な子です』

 

あ、あぁ・・・どうして、こうすぐに落ち込むかな。

普段とギャップがあり過ぎる。

 

「あ。いや。それだけ分かれば大丈夫だから」

『・・・シュンッ』

 

どうしてセレス嬢と同じく擬音を口にする?

そんなに落ち込まなくていいからさ。

 

「おし。アザレア」

『・・・はい』

「帰還する。道案内を頼む」

『は、はい!』

 

落ち込んでいる暇はないぞ。

 

「各員へ告ぐ。我々の勝利だ。よくやった。基地へ帰還するぞ」

『『『了解!』』』

『終わった? 終わったのね?』

「カエデ。了解は?」

『え?』

「命令に対してちゃんと返事しないと確認できないだろ」

『あ、そうね。了解』

 

大事なんだぞ。返事っていうのは。

全員無事かどうか確認する為にもな。

 

「第一小隊。ちゃんと付いて来いよ」

『『『『了解!』』』』

 

よく出来ました。花丸。

 

 

 

 

 

「ん?」

『どうかしましたか? 隊長』

「いや・・・」

 

基地帰還中に怪しい何かを見付けた。

あれは・・・輸送機か?

この状況で?

 

「ヒラノ」

『はい。何でしょう?』

「第一小隊を連れて先に帰っていてくれ」

『は? 如何しましたか?』

「嫌な予感がするんだ」

『・・・分かりました。御気を付けて』

 

帰還予定の基地からまるで逃げ出すように飛び出してくる輸送機。

補給の為の輸送機だったら、別におかしくはないが・・・。

戦闘中に果たして基地に物資を輸送しに来るだろうか?

おかしくはないの・・・かな?

 

『どうしたの?』

「カエデか。ちょっと気になる事があってな」

『私も付いていこうか?』

「いや。構わない。先に休んでいてくれ」

『そう? それなら、いいけど』

 

第一小隊と別れ、輸送機の後を追う。

輸送機は日本の陸地を過ぎ、海上へと出た。

まだ日本からそこまで離れていない為、行動できるが、そろそろ限界稼動距離になる。

それまでにきちんと確認できればいいんだが・・・。

 

「アザレア。機体の状況は?」

『各部に損傷があります。通常戦闘は辛うじて可能ですが、無茶な事は・・・』

「武器は?」

『どの武装も残弾が残り少なく、使えるのはディストーションブレードぐらいかと』

「了解」

 

流石にあれだけ戦い続ければガタも出てくるよな。

無理は出来ないか・・・。

武器も接近戦用のものしかないし・・・。

 

「もう一つ。あの輸送機の所属は?」

『クリムゾン製のようです。所属は・・・』

 

クリムゾン製?

この方向には・・・確か北米基地があったよな。

 

「北米方面軍か?」

『はい。そのようです』

 

北米方面軍所属の輸送機が何故日本に?

 

「通信取れるか?」

『試みます』

 

北米基地へ向かう怪しげな輸送機。

これが亜細亜支部とかだったらスルーしてもいいけど・・・。

なんとなく北米支部ではちょっと信用出来ない。

 

『・・・駄目です。拒否されています』

 

通信を入れても拒否・・・か。

ますますもって怪しいな。

 

「アザレア。もう一度強引に―――」

『マスター! 熱源反応。海中から何かが飛び出してきました!』

 

何ッ!?

海中からだと?

あれは・・・積尺気・・・。

ッ! 輸送機が危ない!

 

「おい! 敵がいるぞ! 下がれ!」

『聞こえていません! マスター!』

 

クソッ! 落とさせる訳にはいかないだろ!

限界稼動距離は既にオーバーしているが、すぐに戻れば良い!

 

「突っ込むぞ! アザレア」

『はい! マスター!』

 

間に合え! 間に合えよッ!

 

「うぉぉぉ!」

 

ダンッ! ダンッ!

 

クッ! ミサイルを撃たれた。

積尺気の搭載限界数である四基のミサイルが輸送機に向かう。

狙いは輸送機? 俺なんて眼中にないってか?

敵機を破壊してすぐさまライフルで撃ち抜く!

 

「ハァ!」

 

ミサイルを撃ってすぐの隙だらけの機体にディストーションブレードを叩き付ける。

 

ガキンッ!

 

クソッ! 両腕を犠牲にして、防ぎやがった。

やばいッ! ミサイルがッ!

 

「ロックオ―――」

 

ガンッ!

 

『マスター! 照準が付けられません!』

 

た、体当たりしてきやがった!

お前に構っている暇なんてないってのに。

 

「この野郎! 調子に乗るな!」

 

ダンッ!

 

体当たり後、離脱していた敵機にレールキャノンをぶち込む。

これで撃破しただろ!

 

「早く! 急げ!」

 

今にも輸送機にぶつかりそうなミサイルにライフルを放つ。

 

ダンッ! ダンッ! カツッ。

 

「カツッ? 弾切れか!?」

 

まだだ! まだいける!

二基は破壊したんだ。

あとたったの二基じゃないか。

 

「レールキャノンセット」

『マスター! さっき撃ったので最後です!』

「クソッ! それなら、フィールドガンランスで!」

 

背中に手を伸ばす。

・・・ない。

ッ! そうだ! カエデに渡したまま!

 

「これなら!」

 

カツッ。

 

「クソッ! こっちも弾切れかよ!」

 

ガントレットアームも既に弾切れ。

当たり前だ。補給できていなかったんだから。

 

「クッ!」

 

・・・諦めるしかないのか?

いや。まだだ! まだ手段はある!

 

「ウォォォォッ!」

 

出力のリミッターを切り、この機体に出せる最高速度でミサイルに向かう。

ミサイルが破壊できれば、その後で空中分解しても構わない!

なんとしてもぶつかる前に切り裂いてみせる!

 

「まず一つ!」

 

接近して、切り裂く。

これであと一つだ!

 

「間に合えぇぇぇーーー!」

 

間に合う! 俺の計算なら、この速度、この距離ならギリギリ間に合う!

あと少し! あと少しなんだ!

もう少しだけ・・・。

 

『マスター! 離脱してください!』

「あと少しなんだ! 間に合う!」

『駄目です! 機体が耐えられません! エネルギーも不足しています!』

「諦めるな! まだ―――」

『アサルトピットを離脱させます!』

「待て! アザレア!」

 

・・・俺の行動は無意味だったというのか?

アサルトピットごと俺が離脱してすぐ、アドニスは空中分解し、海へと散った。

今までの戦闘で損傷した部分がリミッター解除後の機動に耐えられなかったらしい。

そして・・・。

 

ダンッ! バンッ! バンッ! ドォォォッォォン!

 

眼の前で撃墜される輸送機。

たった一基、たった一基のミサイルに間に合わないだけで、全ての行為が無駄となった。

どう足掻いても動かないアサルトピットの中、俺はこの光景を眺める事しか出来なかった。

 

『申し訳ございません。マスター』

「何故だ! 何故あの時お前は勝手な事を―――」

 

・・・いや。アザレアは悪くない。

あのままでは俺が死んでいたんだ。

アザレアの判断は正しい。

ただ・・・俺が未熟だっただけだ。

 

『この罰は如何様にも―――』

「いや」

『え?』

「すまない。助かった。お前は何も悪くない」

『・・・マスター。いえ』

 

真実は闇の中。

謎の輸送機はただ謎のまま終わった。

クリムゾン製で北米基地。

分かったのはただそれだけ・・・か。

 

「アザレア。救難信号を出しておいてくれ」

 

海にぷかぷかと浮かぶアサルトピット。

その上部に位置する扉を開ける。

 

『はい。マスターはどこへ?』

「ちょっと外の空気を吸いたくてな」

『分かりました。御気を付けて』

「アザレア」

『はい』

「ありがとな」

 

一人だったら、もっと辛かった。

 

『いえ。マスターの傍らこそ私の居場所ですから』

「そうか・・・」

 

子供みたいな奴に元気付けられるなんてな・・・。

なんて情けない親だ。

 

「・・・でも」

 

ありがとう。アザレア。

俺には出来すぎた相棒だよ、お前は。

 

「・・・はぁ・・・」

 

外に出て深呼吸。

こんなにも近くで成功を逃した事が今までにあっただろうか?

なんたる未熟。何が教官だ。何が小隊長だ。

どれだけ己惚れれば気が済む。最後を締められない奴は新人以下だろうに。

 

「・・・エネルギー不足・・・ね。どちらにしろ、失敗していたのか・・・俺は」

 

限界稼動距離を超え、内蔵バッテリーのみで賄っていた戦闘。

無茶な機動で損傷を悪化させたり、無茶な行動でエネルギーを余分に使ったり。

あのまま空中分解せずともエネルギー不足で止まっていただろう。

・・・余裕がない時こそ、細かい事に気を配らなくちゃいけないって事か。

今回の戦闘では多くの事を学んだな。

・・・いや。違うか。

学んだんじゃない。露見したんだ。

俺が抱える多くの未熟が。

誤魔化すな。直視しろ。

 

「結局、俺もまだまだ未熟って事だな・・・」

 

強くならないと。

眼の前で失わないように。

護りたい人を護れるように。

 

「ん?」

 

お迎えが来たか?

 

『隊長。ご無事ですか?』

「あぁ。ヒラノか。わざわざすまないな」

 

アサルトピット内に通信が入り、俺も急いで中へ戻る。

 

『救難信号が隊長の向かった方向から発信されたので、驚きましたよ』

「色々あってな」

『基地を代表して、私が迎えにきた所存です』

「ありがとう。詳しい事は後で話すよ」

『了解しました』

 

一応、報告しないとな。

輸送機が基地から出てきた事も。

輸送機が落とされた事も。

 

『どうやら他にも救難信号を受け取った者がいるようですね』

「ん? どこだ?」

『北の方角ですね。人型機動兵器に乗っています』

 

モニターから映像が見えないので、外に飛び出す。

えっとぉ、北の方角ね。どれどれ・・・なッ!

 

「嘘だろ!?」

『如何しましたか?』

 

アサルトピット内からヒラノの声が聞こえてくる。

でも、その音は耳の右から左へと抜けていった。

ヒラノの言葉を脳が感知しない。

それは、それ以上に眼の前の光景に意識を奪われていたから。

強化された視力でもギリギリ点のように映るそれ。

でも、確かにあの機体だった。

 

「ヒラノ! 奴を追え!」

『突然どうしたのです!』

「いいから追うんだ!」

 

反転する機体。

そのカラーリングはある男の漆黒と対照的な深紅。

 

『不可能です。あちら側には重力波がありません。追っても追い付く前にこちらのエネルギーが切れてしまいます』

 

クソッ!

 

「それなら、せめて映像だけでも取っておいてくれ!」

『わ、分かりました』

 

・・・アドニスから離脱する前にはそんな反応はなかった筈。

それなのに、突然出現したというのなら・・・。

・・・短距離ボソンジャンプ。

もしや・・・。

 

「あの輸送機に乗せられていたのは・・・夜天光?」

 

無性に悔しかった。

眼の前で輸送機が爆破されるより。

強大な敵の前で身動きが出来ず、見送るだけだった事が。

 

「北米支部。クリムゾン。夜天光」

 

点が線になった気がした。

 

 

 

 

 



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死者への手向け

 

 

 

 

 

「ヒラノ。戦況を覆す援軍っていうのは何だったんだ?」

『見れば分かりますよ。既に基地にいますから』

 

見れば分かる・・・ねぇ。

現在、アサルトピットをヒラノに抱えてもらって帰還中。

ちゃんと夜天光の映像を取らせたから、後で整備班辺りに確認しようと思う。

もしあの輸送機に夜天光が搭載されていたのなら、誰かしらが見ている筈だし。

しかし、何が目的だったんだ?

それに、どうしてわざわざ味方に攻撃させた?

事実を偽造、隠蔽するつもりだったのか?

それとも、単純に俺の勘違い?

・・・不確定事項が多過ぎて、検討もつかない。

基地に到着したら情報集めに駆け回る必要があるな。

既に先程の夜天光のデータもコピーしてもらってある。

 

『そろそろ見えてきますよ』

 

ヒラノのエステバリスの映像をアサルトピットに回してもらい確認。

ん? あれは・・・。

 

「ナデシコ・・・か?」

 

・・・いや。違う。

カラーは似ているけど、形状が異なる。

ナデシコの形状はどちらかというと鋭い。

それに対して、これは丸みを帯びていて、なんとなく装甲が厚い感じがする。

 

「あれは・・・」

『あれこそが明日香製の新しい戦艦、改革和平派旗艦の菊桜(キクザクラ)です』

 

・・・キクザクラ。

日本らしい名称だ。

 

「なるほど。あれが戦況を覆す援軍か」

『はい。そう聞きました。やはりナデシコ級は桁違いですね』

 

破壊力は随一だからな。

一隻で連合軍の戦艦十隻分以上の働きをしてくれるだろう。

 

「誰が乗っていたかとか分かるか?」

『いえ。流石にそれまでは・・・』

 

それなら、参謀にでも聞くしかないか・・・。

 

『それでは、降りますよ』

「ああ。すまなかったな」

『いえ』

 

基地に辿り着き、格納庫へと向かう。

どの小隊も帰艦しており、総出で出迎えられた。

 

「コウキ。どうしたんだよ?」

「ちょっと気になる事があってな。心配はいらないぞ。ガイ」

「でもよぉ、お前が落とされるなんて」

「誰だって落とされる時は落とされるって」

「・・・怖い事言うなよ」

 

それが真理だよ。

 

「見たか? コウキ」

「凄かったんだよ。キクザクラ」

「・・・ナデシコ並み、いえ、ナデシコ以上の攻撃力だったわ」

「みたいですね。三人とも、前線での戦闘、お疲れ様です」

 

興奮冷めやらぬといった感じ。

 

「おぉ。お前達もお疲れ様だったな」

「いやぁ。大変だったよぉ」

「・・・久しぶりに人の死を実感したわ」

「・・・それじゃあ」

「ええ。私の所は一人」

「俺の所は二人だ」

「・・・私も一人だったかな」

 

最前線だもんな。

俺達以上に激戦だった筈。

誰も死なない方が珍しいだろう。

 

「脱出までは良かったんだけどな。対応に遅れてアサルトピットごと破壊されちまった」

「流れ弾に当たってそのまま爆発。逃げる余裕もなかったみたい」

「・・・私の所は新人を庇ったベテランが死んだわ」

 

そうですか・・・。

運が良かったんだろうな。

前線じゃなかったし、離脱するだけの余裕はあった。

 

「すいま―――」

 

・・・違う。

謝罪なんてただの偽善だ。

するならば・・・。

 

「ありがとうございます」

 

それが命を懸けた民を護った軍人に掛けるべき言葉。

そして、その者の犠牲の上に成り立っている俺達が背負うべき業。

・・・謝ったって返ってくる訳じゃないんだ。

殺してしまった業を背負い、彼らの分まで生きよう。

それが、残された者の進むべき道。

 

「そう言われれば報われるだろうよ」

「分かっているじゃん。コウキ」

「謝った所で逃げているだけだものね」

 

シビアですね。イズミさん。

 

「誰がいつ死ぬかなんて分かりません。でも、どうせ死ぬなら―――」

「へっ。どうせ死ぬなんて言ってんじゃねぇよ」

「ガイ」

「確かに誰がいつ死ぬかなんて分からねぇ。それこそ神様ぐらいだろうさ。でもよ、自分も死なず、誰も殺されないよう努力すんのが正しい道だろ。どうせ死ぬ? 馬鹿言うな。死ぬ前から死んだ後の事なんて考えてんじゃねぇよ」

「そりゃあそうだ」

「死んだら何も考えられないって」

「あ。それもそうだ」

「相変わらずリョーコは馬鹿ね」

「馬鹿って何だよ。馬鹿って」

「ガイ君と同じって事」

「それはねぇだろ! こいつと一緒にするんじゃねぇ!」

 

あらら。喧嘩が勃発しちゃいましたよ。

・・・でも、ガイの言う通りだ。

死んだ後の事なんて、それこそ死ぬ間際に考えればいい。

今はただ生きる事を、そして、生かす事を考えよう。

 

「お疲れ様です。コウキさん」

「イツキさんこそお疲れ様です」

「私達は運が良かったですね。戦死者がいません」

「ええ。イツキさん達教官の指導のお陰です」

「いえ。訓練生達の頑張りですよ」

「ハハッ。今は誰のお陰かより生還を喜びましょうよ」

「そうですね」

 

死んだ者もいた。

でも、無事に帰ってきた者もいた。

生と死を分かつのは本当に一瞬。

運もあるし、実力もある。

でも、どんな理由だって良い。

生きて帰って来られたんだ。

今はただ、その喜びを噛み締めよう。

 

「しかし、やはり仲間の死は辛いですね」

「ええ」

 

今までその者がいるのは当然の事だった。

それなのに、一瞬で当然が当然じゃなくなる。

そして、その者が視界に映る事は二度とない。

それがどんなに寂しく、辛い事か。

 

「私は軍人です」

「ええ」

「ナデシコの皆さんは元々軍人ではないですし、軍人のような考え方でもありません」

「それは軍人としての覚悟が足りないと?」

 

そんな事はないと思うけどな。

 

「いえ。そうではありません」

 

あれ? それなら、どういう意味だろう?

 

「軍人じゃないのに、何故か理想の軍隊に見えるんです」

「ナデシコが理想の軍隊?」

「ええ。仲間を想い、慈しみ、家族のように団結する。軍じゃこうはいきません」

「まぁ、それがナデシコの強さですからね」

「はい。だからこそ軍人以上に強い。何より心が」

 

心が強い・・・。

 

「ナデシコの皆さんこそ軍人としての覚悟を誰よりも持っていると思います」

「ナデシコクルーに言ったら嫌がりそうな言葉ですね」

「そうかもしれません」

 

苦笑しあう。

軍を毛嫌いしているナデシコクルーが軍人らしいと言われて喜ぶ筈がない。

 

「軍人は死と隣り合わせ。だから、人の死は乗り越える強さがないといけません」

「・・・・・・」

「それなのに、私はいつまで経っても乗り越えられずに悲しむだけでした」

 

・・・イツキさん。

 

「でも、ナデシコの皆さんは違った」

「ナデシコクルーが?」

「ええ。悲しむのは同じなんです。でも、それだけでは決して終わらない。人の死を嘆くだけではなく、必ず乗り越え、その想いを後へと残していきます。強く・・・強く」

「それがイツキさんの言う、乗り越える強さ、ですか?」

「ええ。悲しむだけなら誰でも出来る。でも、その意思を残す事は強い者にしか出来ない」

 

意思を残す。

死んだ者の想いを受け止める。

 

「イツキさんもそうなれましたか?」

「はい。ナデシコが私を変えてくれました。私は多くの友人をこの戦争で失くしています。その事で恨みを抱えた事も憎しみを抱えた事もありました」

 

そうだよな。

軍人として活動していればその友達も多くは軍人。

この戦争で一番の死者を出しているのも、もちろん軍人。

俺なんかよりもっとこの人は仲間の死を実感しているんだ。

 

「でも、考えました。憎しみを抱いて何になるのかって。彼らの死を無駄にしない為に私には何が出来るのかって」

「死を乗り越えたんですね」

「ええ。ナデシコに乗り、その想いも強くなりました。だから、私も木連との和平に力を尽くしたい。そう考えているんです」

「それがイツキさんの結論ですか」

「ええ」

 

人の死。

残された者の想い。

過去の因縁。

未来への希望。

難しい、戦争とは本当に難しい事ばかりだ。

出来るなら何も考えずにボーっとしていたい。

でも、俺達は先代の勇者達の念を背負っている。

一般兵であろうと、指揮官であろうと、共に願うは平和のある未来。

誰もが勇者で、誰もが英雄だ。

その想いを受け、座ったままじゃいられないだろ。

 

「これからもよろしく御願いします。イツキさん」

「こちらこそ」

 

ガッチリと握手。

イツキさんの決意を聞き、俺の決意も更に固まったように感じる。

 

「全員揃ったようだね」

「・・・参謀」

 

格納庫に参謀の姿が現れる。

全員集まるのを待っていたようだ。

でも、全員ではないぞ。

カエデの姿が見えない。

 

「参謀。カエデが―――」

「カエデさんならそこに」

「え?」

 

イツキさんに示された方向を見る。

 

「・・・スー・・・スー・・・」

 

あ、あいつ、寝てやがる!

皆がこうして想いを重ねている時に一人で寝てやがった。

 

「す、すいません。参謀。起こして―――」

「いいさ。誰だって疲れている。早く休みたいのだろう」

 

・・・甘いですよ、参謀。

あいつはちゃんと言わないと理解しません。

 

「時間は取らせんよ。ただほんの少しだけ付き合って欲しい」

「・・・はい」

 

きっと、参謀は・・・。

 

「命を懸け、未来に尽くした英雄達に・・・敬礼」

 

ただ黙祷を捧げる為だけにここまで来たんだ。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

誰もが黙って祈りを捧げる。

何を思うのだろう。

安らかに眠れ?

後は任せろ?

意思は受け継ぐ?

きっと言葉になんて出来ない。

今まで共に歩んできた軌跡を思い出し、

万感の想いを込めて、彼らは祈っている。

だからこその黙祷。

言葉に出来ない想いを無言という言葉に乗せて。

彼らは死者に送っているんだ・・・。

 

「敬礼、やめ」

 

ゆっくりした動作で敬礼を解く。

この場にいる誰もが悲しみを胸の奥に押し込み、遥か先を見詰めた。

 

「解散とする。しっかり休み、体調を整えろ。それも軍人の仕事だ」

「「「「「ハッ!」」」」」

 

参謀の言葉に従い、誰もが足早に去っていく。

早く休みたいのだろう。その気持ち、痛い程に分かる。

だが・・・。

 

「俺には聞くべき事がある」

 

情報収集に駆け回らなければ。

 

「まずは・・・」

 

整備班の所にい―――。

 

「マエヤマ君」

「え?」

 

呼ばれた?

 

「何でしょうか? 参謀」

「連絡が遅れてしまったね。ナデシコクルーはキクザクラの前に集まって欲しい」

 

それは都合が良いな。

整備班もいるし、ムネタケ参謀もいる。

キクザクラのクルーもこれで分かるし。

一石三鳥だ。

 

「了解。カエデは如何しますか?」

「休ませてあげよう。初陣に近い中、限界まで頑張ったんだ」

「分かりました」

 

よく御存知ですね。

部下の事は全て把握しているという事ですか。

流石です、参謀。

 

「君が医務室まで送っていってくれるかい。集まるのに時間が掛かるだろうから」

「え? 俺ですか?」

「君達は仲が良いんだろう?」

「ええ。まぁ・・・」

 

でも、普通カエデは女性なんだから女性に頼みません?

 

「ついでに、確認して欲しい事もあってね」

「それって・・・」

「ハルカ・ミナト君。彼女も今、医務室にいる」

「え? ミナトさんが?」

 

どうして基地にいた筈のミナトさんが医務室に?

何かあったのか?

 

「彼女は廊下で倒れていたんだ。一人で」

「・・・倒れていた?」

 

廊下に一人で?

・・・状況は分からない。

でも、分かる事もある。

それは・・・。

 

「し、失礼します!」

 

彼女の身に何かがあったという事。

俺が傍にいてやらなければならないという事だ。

ベンチで眠るカエデを走り易いよう持ち上げ、医務室へ向かう。

すまないが、かなり揺れるけど、我慢してくれよ。

 

「もし眼を覚ましていたら、彼女達もナデシコに・・・って、聞こえてないね。それ程、彼女が大切って事か。キリシマ君を放っておかない所を見ると彼女の事も大切にしているようだけど・・・。あの姿を見る限り、抱いている感情の方向性が違うって所か。ふむ、若いっていうのは素晴らしい事だな。私達には懐かしい事だよ。なぁ、コウイチロウ」

 

 

 

 

 

「ミナトさん!」

 

廊下を駆け、医務室の扉を開く。

 

「シーッ。医務室ではお静かに御願いします。患者が眠っていますから」

「あ。すいません」

「お姫様を連れて来たんですか?」

「え?」

「だって、お姫様抱っこですもの」

 

あ。走り易さだけで考えていた。

こいつ、軽いから、この体勢が一番運び易いんだよな。

 

「え、あ、いえ。違います」

「あら。完全否定? 可哀想」

「え、えっと、こいつを寝かせるベッドってありますか?」

「ええ。これを使って」

 

疲労から眠っているだけだろうから、特にしてやる事もない。

起きたら自室に帰るようにと医務室の方に伝えてもらうとして。

そんな事より・・・。

 

「あの、ここにハルカ・ミナトという方がいると」

「ああ。はい。こちらです」

 

医務室の方に案内され、カーテンで仕切られた一つの空間に入る。

 

「・・・ミナトさん」

 

ベッドでスヤスヤと眠るミナトさん。

その顔に苦痛の色はない。

・・・とりあえず、大事ではないようだな。

 

「あのミナトさんはどのような?」

「気絶して眠っているだけです。少しお腹に殴られたと思われる跡がありますが・・・」

 

殴られて気絶?

誰がそんな事を。

見付けたらぶっ飛ばしてやる。

 

「そろそろ眼を覚ますかと。運ばれてから結構経ちますし、綺麗に入っていましたから」

 

女医さん、な、何か武術の心得が?

 

「ん・・・んん・・・」

「ミナトさん」

 

起きるのかな?

 

「それでは、私は失礼しますね」

「あ、はい。ありがとうございました」

「いえいえ」

 

ベッドの脇にある椅子に座り、ミナトさんの手を握る。

何があったのかって聞きたい。でも、それより前にまずはちゃんと起きてもらわないと。

 

「・・・ここは?」

「おはようございます。ミナトさん」

「コウキ君? あれ? どうしてこんな所に?」

「廊下で倒れていたって聞いて。心配しましたよ」

「そう。心配掛けたわね」

「いえ。何があったんですか?」

「・・・廊下・・・ッ! ユキナちゃん! ユキナちゃんはどこ!?」

 

ユキナ嬢? ユキナ嬢がどうかしたのか?

 

「ユキナちゃんが!」

「お、落ち着いてください。ミナトさん」

「コウキ君! ユキナちゃんが―――」

「ミナトさん。深呼吸。ゆっくりでいいですから」

「え、ええ。スーーッハーーッスーーッハーーッ」

 

落ち着いてください。

ちゃんと状況を確認しないと大変な事になります。

 

「落ち着きました?」

「ええ。取り乱してごめんなさい」

「いえ。それで、ユキナちゃんがどうかしたんですか?」

「今、この基地にユキナちゃんはいる?」

「ちょっと分からないです。俺も帰ってきたばっかりですから」

「・・・そっか。どうすれば確認が取れるかしら・・・」

 

ミナトさんではなく、ユキナ嬢の身に何かあったって事か。

確かに、基地に帰って来てから会っていないしな。

一応、ユキナ嬢もナデシコで保護している身だから・・・。

 

「今、ナデシコクルーに集合が掛かっているんです」

「それなら、ユキナちゃんがいるとしたらそこにいるのね」

「はい」

 

いるとしたら・・・。

どうしていない前提なんだ?

 

「・・・間違いであって欲しいけど・・・」

「ミナトさん?」

 

これだけ切羽詰った顔をしている。

あの冷静なミナトさんが。

・・・嫌な予感がしてきた。

もし、ユキナ嬢がここにいなければ・・・。

誰かがユキナ嬢を誘拐したという事。

下手すれば、木連人であるという理由で怒りに我を忘れた地球人に殺されたなんて事も。

必ず護ると約束したのに。俺はツクモさん達からの信頼を裏切った事になってしまう。

何より、ユキナ嬢が心配だ・・・。

 

「ミナトさん。立てますか?」

「ええ。集合場所はどこ?」

「案内します。付いて来てください」

「分かったわ」

 

立ち上がろうとするミナトさんに手を貸した後、医務室の出口へ向かう。

途中、カエデが眠っているベッドもあり・・・。

 

「お姉さん。そいつの事、よろしく御願いします」

「まぁ、お姉さんだって。良い子ね、貴方」

「それじゃあ!」

「あ。・・・行っちゃった」

 

すいませんが、構っている余裕はないんです。

 

シュインッ。

 

医務室から飛び出す。

 

「急ぎましょう」

「ええ」

 

急ぎ広場にあるキクザクラのもとへ向かう。

・・・胸騒ぎが止まらないのだ。

 

 

 

 

 



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立つ鳥跡を濁さず

 

 

 

 

 

「・・・ハァ・・・ハァ・・・」

 

長い廊下を抜け、ようやくキクザクラが見えてきた。

運動音痴ではないが、あまり運動をしないミナトさんは息が切れてしまっている。

 

「あれは?」

「キクザクラです。詳しい事はまた後で」

「え、ええ」

「大丈夫ですか?」

「あと・・・ハァ・・・少しだもの。・・・ハァ・・・大丈夫よ」

 

最後の廊下を駆け抜ける。

ここを抜ければ、キクザクラの前だ。

 

「・・・ふぅ・・・」

「・・・ハァ・・・ハァ・・・」

「お待ちしていました。こちらへ」

 

キクザクラの前で待機していた軍人にキクザクラの格納庫へ案内される。

 

「遅れました」

「・・・ハァ・・・ハァ・・・遅れました」

 

格納庫には整備班を始めとするナデシコクルーが揃っていた。

隣のミナトさんは息を吐きながらどうにか挨拶。

キクザクラ内でも休む事なく駆け足できたので、息があがるのも仕方がない。

 

「おいおい。そんなに急がなくてもよかっただろうに」

 

膝に手を付いて息を吐くミナトさんを見て、呆れるように告げるウリバタケさん。

周囲もそれで笑っている。まぁ、気持ちは分からなくもない。

でも、今は・・・。

 

「参謀。聞きたい事が―――」

「マエヤマ君。それに関しては後で聞こう」

「・・・分かりました」

 

ナデシコクルーを集めたんだ。

先に話す事がある筈。

仕方がない。終わるまで待っていよう。

 

「ミナトさん」

「ええ。分かってるわ」

 

すいません。お役に立てず。

 

「ナデシコクルーの諸君。よく集まってくれた」

 

ムネタケ参謀が前に立ち、話し始める。

あれ? でも、パイロット以外のナデシコ主要メンバーは揃ってないぞ?

いいのか? 話を進めて。

 

「知っていると思うが、改めて報告しよう。この戦艦の名はキクザクラ。私達改革和平派の旗艦として、明日香に依頼していた戦艦だ」

 

ナデシコをもとに明日香の技術を総結集して作られた戦艦、という訳か。

これはナデシコ以上の性能があってもおかしくないな。

擬似的にだが、二社が力を合わせて作ったものと言えるのだから。

 

「武装は可動式グラビティブラスト四門。機関銃。追尾式ミサイル」

 

ナデシコのYユニットのようなものは装備されていない訳だ。

しかし、可動式グラビティブラストか。便利そうだな。

一方向以外にも強力な一撃が撃てるというのは。

 

「出力源は相転移エンジンが四基、核パルスエンジンも四基が搭載されている」

 

確かナデシコは相転移エンジンが二基、核パルスエンジンが四基だった筈。

とりあえず、出力最大値はこちらの方が大きいって事だろう。

まぁ、多く積めば良いって訳ではないと思うけど。

 

「もちろん、DF発生装置も組み込まれており、強度はナデシコにも引けを取らん」

 

Yユニット搭載前だったら負けていたぐらいだと思いますが。

 

「そして、この艦のクルーだが―――」

「参謀。その前にナデシコの艦長を始めとした者達がいないのですが」

「ふふっ。すぐに会う事になるさ」

 

え? どういう意味ですか?

 

「紹介しよう。今回限りだが、彼らが当艦のクルー達だ」

 

そう紹介されてから、キクザクラから降りてきたのは・・・。

 

「艦長!?」

「副長も!?」

「おいおい! ブリッジメンバーが殆どいるじゃねぇか!」

「え? アキトさん?」

「セレセレも」

「ルリにラピスもいるじゃねぇか」

 

基地に残っていた筈のナデシコ主要クルーとテンカワ一味。

 

「戦闘開始後、しばらくして明日香から連絡があってね」

「そうなんですか? ミナトさん」

「えっと、ごめんなさい。知らないわ」

 

極秘事項って奴かな?

それだったら、ミナトさんが知らないのも頷ける。

 

「最終調整がようやく終わり、後はこれを動かせる人員さえ集まれば出撃できる。突然そう言われてね。指令室に残っていた者達に協力してもらったんだ」

「同時に参謀から俺達にも連絡が来た。地球の危機とあっては放っておく訳にはいくまい」

「必要最低人数だけ揃え、ミスマル艦長に御願いして前線へ向かって貰った訳だ」

「グラビティブラストによる奇襲とアキトのアドニスリアル型による撹乱。その後もグラビティブラストを連発する事で対処しちゃいました。ブイッ!」

 

流石はナデシコ級。

シンプルながら、最強の矛を持っている。

相転移砲は攻撃の規模が大き過ぎてこういう場面では使い辛いが、可動式グラビティブラストなら小回りもきいて、使い勝手も良い筈。

攻撃力も申し分ないだろうし。これはYユニット装着のナデシコでもピンチだぞ。

 

「あれ? でも、そうなるとミナトさんは・・・」

「・・・・・・」

 

ミナトさんはどうして?

 

「操舵士に関しては軍人から選出した。その時、既にハルカ君は倒れていたからね」

「・・・やっぱり、あれは夢じゃなかったのね」

「ミナトさん?」

 

夢じゃなかったって・・・。

 

「どうしてミナトさんは医務室に?」

「それは―――」

 

ドタッドタッドタッ!

 

「総参謀長!」

 

言い掛けたミナトさんの言葉を遮るように大きな足音と叫び声が聞こえてきた。

 

「落ち着け! 無様な姿を見せるな!」

「ハ、ハッ! 申し訳ありません!」

 

威厳ある声で告げる参謀。

・・・今は総参謀長だったんだ。

今まで失礼な事を言っていた気がする。

これからは気を付けないと。

 

「それで、どうしたんだ?」

「お、お耳を」

 

ゴニョゴニョゴニョ。

 

走ってきた軍人は誰にも聞き取れないような小声で総参謀長に何かを話す。

俺の強化された聴力でも流石にこの距離であの音量では聞こえない。

 

「・・・本当か?」

「申し訳ありません。私達が眼を離したせいで」

「・・・今は責任を追及している暇はない。引き続き、捜索に当たれ」

「は、はいッ」

 

頭を抱え、苦悩の表情を浮かべるムネタケ総参謀長。

・・・何があったんだ? 総参謀長があんな顔をするなんて・・・。

 

「・・・あの!」

「ミナトさん?」

 

突然どうしたんですか?

 

「先程の話はユキナちゃんの事ですか?」

「・・・何の事だね?」

 

無表情で逆に問いかける総参謀長。

でも、俺は確かに見た。

ユキナ嬢の名が出た時に眉がピクッと動いたのを。

 

「総参謀長!」

「・・・君まで何かね? マエヤマ君」

「もし、ユキナちゃんの事であるなら、俺達に教えてください!」

「・・・・・・」

「ナデシコクルーは家族です。家族の事は何だって知っていたい。それが危険な事だったり、知らずにいたら後悔するような事だったりするのなら、尚更」

 

多くの時間、多くの危機を共にしたナデシコ。

そんなナデシコのクルーは家族みたいなもの。

ユキナ嬢だって、そんなナデシコクルーの一員なんだ。

たとえ最近加入したからと、そんな事に拘るような狭い心の持ち主はここにはいない。

 

「総参謀長。私からも御願いします。艦長として、いえ、家族として知っておかなければなりません」

「私もです。総参謀長」

 

艦長と副長、いや、ユリカ嬢とジュン君が続いてくれた。

 

「俺達からも御願いします」

「ユキナちゃんの事ってんなら、放っておけないっすよ!」

「家族か。そうですよね。私達は家族です」

 

他のクルーも・・・。

ありがとう。皆。

 

「・・・後悔しないかね?」

 

ゴクリッ。

 

言葉の響きが尋常じゃない。

その声は本当に聞いたら後悔するような含みがある。

でも・・・。

 

「御願いします」

 

知らずに後悔するぐらいなら、知って無茶した方が良い!

 

「・・・分かった。心して聞いて欲しい」

「・・・はい」

「・・・シラトリ・ユキナが行方不明になった」

 

静寂が辺りを包む。

 

「え? 今・・・なんて言いました?」

「もう一度言おう。シラトリ・ユキナは現在、行方不明だ」

 

ユキナ嬢が・・・行方不明?

 

「・・・やっぱり」

「え? やっぱりって・・・」

 

ど、どういう意味ですか!? ミナトさん!

 

「・・・ムネタケ総参謀長」

「君は・・・何か知っているのかね?」

「はい。・・・彼女は私の前で誘拐されましたから」

「なっ!?」

 

ミナトさんの前でユキナ嬢が!?

 

「詳しく説明してくれるかな?」

「はい。思えば、私が迂闊でした。日頃護衛に囲まれているユキナちゃんを、基地内だからと安心して連れ出してしまったのですから」

「・・・君が倒れていたのは廊下だったね」

「はい。指令室からユキナちゃんの部屋へと移動している途中でした。いきなり背後から声が聞こえてきて、振り向いたら見た事のない男がいたんです」

 

見た事のない男?

 

「その男はなんて?」

「烏の枷だとか、我らの栄光の礎となれ、だとか」

「ッ!」

 

その台詞は・・・。

 

「服装や容姿は覚えているかね?」

「服装は連合軍の軍服でした。容姿は振り向いてすぐだったので、明確には・・・」

「・・・そうか」

「でも、とても気味の悪い男でした。まるで爬虫類のような」

「・・・草壁の・・・影」

 

アキトさんが呟く。

草壁の影・・・という事は北辰か・・・。

・・・そして、北辰の搭乗機は夜天光・・・。

 

「あの! 総参謀長」

「他にも何かあるのかね?」

「直接関係があるかは分かりませんが・・・」

 

もし、夜天光があの輸送機に載っていたものだとしたら・・・。

 

「本日、北米基地から輸送機が来る予定はありましたか?」

「輸送機? うむ。あの輸送機の事か。予定にはなかったが、弾薬がなくなったので補給がしたいと通信があった」

「引き受けたのですか?」

「作戦実行前に話を付けてあったのだ。互いに物資が不足したら返却を条件に譲り渡すと」

「北米支部と、ですか?」

「いや。作戦参加支部全てとだ」

「それでは、提供を拒否する支部が出てくるのでは?」

 

誰も好き好んで物資を提供しようとは思わない。

 

「いや。返却の際には何かしらのオプションを付ける事になっている」

「オプション?」

「ああ。提供してもらった以上の物資を返したり、その見返りとなる物を提供したり、などだ」

 

物資を提供すれば、同じ分だけは必ず返ってきて、それに加えて何かが得られる、か。

一時的に損をしても、長期的に考えれば拒否する必要はない。

無論、物資に余裕がある前提だけど。

 

「その案はどこの提案ですか?」

「ふむ。北米支部であったな。世界で最も影響力が一番強い支部の一つだ。作戦行動を円滑に進める為には互いに協力する姿勢が何より大事になると言われ理解を示した」

 

北米支部からの提案。

確かに団結する必要はあるだろうが・・・。

・・・その決まりが仇になったか?

 

「その輸送機がどうなったか御存知ですか?」

「途中で木連に撃墜されたと聞いた。弾薬はきちんと借りた分だけ返すそうだ」

 

下手に出ているように聞こえるが・・・怪しい。

 

「北米支部の被害は?」

「こちらより相当酷いと聞いた。上陸も許してしまったそうだよ」

 

・・・俺の勘違い? 単純に物資不足か?

自国にわざわざ被害を与えるような事は普通しないもんな。

もし、したとしたら、国民の事を数でしか考えてないって事になる。

そんな軍人は・・・いないと信じたいが・・・。

 

「あのその際に輸送機の中を見た人とかいますか?」

「輸送機の中は見てないけど、物資を積み込む人型兵器なら見たぞ」

 

お。整備班さん。流石。

 

「どんな機体でした?」

「ん? 普通に北米の新型機だったぞ。確かアウストラロ―――」

「ステルンクーゲルですか?」

「そうそう。それだ」

「・・・流石に間違えすぎだろうが」

 

突っ込む余裕はないので、あしからず。

しかし・・・夜天光ではない?

・・・それなら、夜天光は輸送機に載っていなかったって事か?

でも、もしそうだとしたら、何故、あんな場所に夜天光が現れたんだ?

攻撃してくるならまだしも普通に撤退していったし。

 

「輸送機の中身が気になるのかね?」

「あ、はい」

「ふむ。少し待っていてくれ」

 

そう言ってどこかに通信を入れる総参謀長。

 

「うむ。至急な。それでは」

 

通信が終わり、こちらを見てくる総参謀長。

 

「搬送の責任者を呼んだ。彼なら輸送機の中身も確認しただろう」

「ありがとうございます」

 

搬送関係の責任者なら到着時の輸送機の中身、出発時の輸送機の中身を確認している筈。

 

「その輸送機がどうしたのだね? 私には意味が分からないのだが・・・」

「ええ。でも、違っていたら、あらぬ疑いですから。確認してからにしたいのです」

「・・・うむ。それならば、仕方あるまい」

 

北米支部。クリムゾン。夜天光。

ステルンクーゲルの背景に木連があると知っているからこそ抱く事の出来る疑惑。

 

タッタッタッ!

 

「只今参りました。総参謀長」

「うむ。マエヤマ君」

「はい」

 

真実を見極める。

 

「輸送機が到着した際に何か積まれていましたか?」

「はい。コンテナが四つ程」

「それら全て確認しましたか?」

「いえ。亜細亜支部からの補給物資と言われた為、直接の確認は出来ませんでした」

「直接?」

「物資提供のリストを拝見させて頂き、不自然な所がないかは確認しました」

 

リストは確認しても、直接見た訳ではない・・・か。

怪しいコンテナが四つ。

 

「物資を提供する見返りは?」

「総参謀長。よろしいですか?」

「うむ。構わんよ」

「我々が物資を提供する代わりに、研究材料としてステルンクーゲルとその予備パーツを頂戴しました」

 

研究材料?

研究材料として新型機を提供してまで成し遂げたかった事がある、と見ていいか?

 

「その二つはどのような形で頂いたんですか?」

「コンテナの四つの内の二つがそうでした」

「コンテナごと頂いたと?」

「ええ。何かおかしいですか?」

「あ、いえ」

 

コンテナ内に人を忍ばせておけば、基地内に侵入できたかもしれない。

むしろ、それぐらいしか基地内に侵入する方法が思い付かない。

真正面から忍び込む事なんて不可能だし。

いくら戦闘中で警戒が緩くなったからって・・・え?

今、俺は何を考えた? 戦闘中で警戒が緩んだ?

・・・これが狙いか?

基地内の軍人の数も減り、警戒は緩くなる。

ましてや、戦闘が起きているのは太平洋。

そちらばかりに注意がいって、足元は疎かになる。

 

「こちらのコンテナはどのように?」

「格納庫の隅に提供する物資を纏めておきました」

「その事を整備班は?」

「ん? 知っていたぞ。俺達が用意したんだからな。まぁ、俺達も帰還した機体の修理やら補給やらで忙しくて、輸送機に詰め込むコンテナは完全に向こうに任せていたけどな。纏めて置けば、別に俺達が確認しなくても持ってけるだろうし」

 

本来であれば逐一確認して物資を積み込んだ筈。

でも、戦闘中の混乱でそんな余裕もなく、おざなりになってしまった。

 

「何か怪しい人影を見ませんでしたか?たとえば・・・輸送機への積荷を後から持ってきた軍人とか」

「見たか?」

「そういえば、でかいケースみたいなのを後から積み込んでいた奴がいましたね」

「確認したのか?」

「いえ。一応聞いてみましたが、なんでも責任者に頼まれたとか」

「わ、私は聞いていませんよ!」

「え? マジか?」

 

・・・ケース。

物を運ぶ為の箱。

大きさによっては、物だけじゃなく者も可能。

 

「どう運んでいました」

「荷台に乗せて運んでいたぞ」

「どれくらいの大きさでした?」

「そうだなぁ。言葉で表すのは難しいが割りと大きかったぞ」

「それに人は入れそうでしたか?」

「流石に人一人は入り切らないと思うぜ。さっきの話に出ていたのは男だろう?」

「いえ。そっちじゃなくて。たとえば中学生ぐらいの小柄な女の子ではどうです?」

「う~ん。それぐらいなら押し込めば不可能じゃねぇが・・・おいおい、嘘だろ?」

 

成人男性が入れる大きさのケースは限られてくる。

だが、小柄な女の子が入るケースぐらいならある程度探せばどこにでもあるだろう。

基地なら、ライフルやらキャノン砲やらを持ち運ぶ為のガンケースといったものが・・・。

それに、たとえそれがなくても、軍服の中にそれらしいものを折り畳んでしまっておけばいいだけの話だ。

もちろん、ハードタイプのケースではなく、ソフトタイプのケースをだけど。

そして、軍内でガンケースなどを持ち運んでいても、そこまで違和感は与えない。

連合軍の軍服なんて基地単位で変わらないし、北米基地から貰っておけばいいのだから。

 

「それを運んでいたのはどんな人でした?」

「軍服で帽子を深く被っていたから見えなかった。・・・なぁ」

「・・・何でしょう?」

「・・・もしかして、そこの中にユキナちゃんが?」

「その可能性は高いかと」

「嘘・・・だろ?」

「そ、それじゃあ北米基地の誰かがユキナちゃんを誘拐したってのか?」

「馬鹿野郎! ちゃんと確認しやがれ!」

「そ、そんな事言ったって、忙しくてちゃんと対応なんて出来ませんでしたよ!」

「クソッ! そんな奴、気付きもしなかった。気付いていれば・・・」

「北米基地は何の目的が!?」

 

ガヤガヤと五月蠅くなる。

・・・でも、この話はまだ終わりじゃないんだ。

 

「静粛に」

 

総参謀長が一言で場の混乱を収める。

 

「マエヤマ君。さっき君は確認したね。その輸送機はどうなったのか? と」

「はい。確かにしました」

「そして、私はこう答えた。途中で木連に撃墜されたと」

「撃墜?」

「ユキナちゃんを誘拐した輸送機が墜ちたってのか?」

「それなら、ユキナちゃんは・・・」

 

誰もが暗い顔をする。

もしかしたら、ユキナ嬢はもう・・・と。

でも、そうではないのだ。

 

「もし、先程ミナトさんがいった人物がその輸送機に乗っていたとしたら」

「・・・・・・」

「その輸送機は木連である可能性が高いんです」

「も、木連の輸送機?」

「し、しかし、それなら何故木連が木連の輸送機を墜とす必要があるんだ!?」

 

俺の発言が更にクルーを混乱させる。

アキトさん達未来を知る組も怪訝とした顔で俺を見ていた。

 

「ご存知の通り、俺は皆さんより遅れて基地に帰還しました」

「気になる事があったって言っていたな。コウキ」

 

そういえば、ガイには帰ってすぐにそう言ったな。

 

「何故かというと眼の前に先程まで話に出ていた輸送機を見掛けたからです」

「マエヤマ! お前はユキナちゃんがいるかもしれない輸送機を追っていたのか!?」

「はい。ウリバタケさん。なんか違和感があったので、気になって後を付けたんです」

「そ、それで、輸送機はどうなったんだ?」

「確認しようと通信を試みたのですが、通信拒否。その為、強引に繋ごうとした所を・・・」

「木連の兵器が輸送機を襲ったと」

「はい」

 

眼の前で撃墜された輸送機。

俺の未熟さを露呈させた瞬間。

 

「お前なら撃墜される前に破壊できたんじゃないのか?」

「戦闘終了後でボロボロでしたし残弾も残り少なく。ましてや、接触したのは日本を出た後です。重力波の範囲外であり、かなり不利な状況でした」

「それでも・・・」

「ええ。俺も俺なりに全力を尽くしました。でも、あと一歩及ばず。無理をしたせいで機体は空中分解です」

「・・・そうか」

「・・・はい」

 

出来なくはない。

以前の俺だったらそう豪語していた筈。

でも、それが如何に己惚れであったか。

今回の戦闘で思い知らされた。

 

「コウキ。それだけで終わりではないんだろう?」

「・・・アキトさん」

「お前が輸送機を木連とした理由。それを聞かされていない」

「はい」

 

北辰の事が気になるようですね。アキトさん。

 

「その後しばらくして、ある機体が突然現れました。それが・・・」

 

ヒラノからもらった映像をモニターに映し出す。

 

「この機体です」

「お、おい! コウキ! この機体は・・・」

「アキトの記憶で見た未来の機動兵器じゃねぇか!?」

 

ガイとスバル嬢が驚きながら告げる。

そう、その深紅の機体こそ・・・。

 

「夜天光。北辰が乗っていた機体だ」

 

北辰の愛機、木連のエースパイロット専用機。

 

「輸送機が爆破されてしばらくしてから現れた夜天光。これは俺が以前ボソンジャンプしてまで脱出してきた時に襲ってきた機体です」

「あの時ね。カグラヅキと初めて遭遇した時の撤退戦後」

「そうです。俺がカグラヅキからナデシコへ帰艦する途中で・・・」

「・・・という事は草壁派の機体という訳ね」

「・・・はい」

 

木連の機体が輸送機爆発後に突然現れた。

怪しい事この上ない。

 

「それでは、マエヤマ君は輸送機のコンテナ内にその機体があったと?」

「はい。コンテナ内に何があったのか分からない以上、その可能性もありえるかと」

「しかし、そのコンテナは亜細亜支部からの補給物資だ。きちんと亜細亜支部にも提供した事を確認してあるのだぞ」

「亜細亜支部で補給したのは確かでしょう。でも、途中で中身が入れ替わってないかは俺達には分かりません」

「でもよぉ、そうだとしたら、輸送機ごと爆発しちまうんじゃないか?」

 

確かにそんな疑問は浮かぶだろう。

もし、輸送機が墜ちる前に脱出するような形であれば不自然ではない。

でも、俺は言った筈だ。突然現れたと。

点にしか見えない距離でヒラノに言われて初めて気付いた場所に。

 

「確かに普通であればそうでしょう。眼の前で脱出した所も見ませんでしたし」

「それなら―――」

「でも、それは普通の機体であった場合です。夜天光はボソンジャンプが出来る」

「何!?」

「あの大きさでボソンジャンプが?」

 

可能だろう。

未来の情報があるのなら、未来技術の再現は不可能ではない。

時間は掛かるが、今までその技術にだけ集中していたとしたら、この時期にこのサイズでボソンジャンプできる機体が出て来ても不思議はないのだ。

 

「輸送機の爆破も木連が企てていたのなら、タイミング良く脱出すればいいだけですから」

 

そうすれば、輸送機は爆破され、全ての証拠を消し、夜天光だけが生き残る。

 

「しかし、木連にジャンパーは・・・」

 

劇場版で火星の後継者が遺跡を確保し、ユリカ嬢を演算ユニットに組み込んだのは、B級ジャンパーを擬似的にA級ジャンパーとする為。

分かり易く言うならば、機械補助で目的地を決め、短距離ジャンプしか出来ないB級ジャンパー、そのB級ジャンパーのイメージをユリカ嬢に介させる事で遺跡へと伝え、機械補助なく目的地を決め、距離的制限がないジャンプを可能とさせる為の行為。

現状、草壁派が遺跡を確保していたとしても、ユリカ嬢を組み込んでない遺跡では機械補助なくジャンプは出来ないだろう。

でも、今回はそれでも問題ない。

 

「一度跳べばいいだけですからね。パターンも関係ないですし、タイミングを合わせれば可能です」

「木連が輸送機を落とした。あらかじめ決めておいた事なら不可能ではない・・・という事か」

「はい」

 

機械補助でも跳べれば何の問題もない。

 

「・・・コウキ」

「何だ? ガイ」

「もし、だ。もしお前の話が全て本当だとしたら・・・」

 

信じたくない。そんな顔で話しかけてくるガイ。

 

「木連の悪事に北米支部の誰かが協力しているって事だよな」

「ッ!」

 

ガイの言葉に息を呑むクルー達。

 

「しかも、それだけの事が出来るのなら、かなりの権力者だろう」

 

アキトさんが告げる。

可能性としては基地の全員で木連に協力していると言うのもあるが・・・。

まぁ、まずないだろうな。

 

「・・・輸送機を準備して」

「・・・人数分の軍服を用意させた」

「・・・提供された物資を失う事も了承していた筈だよな」

 

そう、作戦の為の前準備は協力者がいなければ不可能。

しかも、必ず借りた分だけ返さねばならない物資が失われる事を承知で。

北米支部はそれらのリスクを承知した上で木連に手を貸した事になる。

 

「なぁ、もしかして、北米支部の被害が一番酷いのって・・・」

「この流れを演出する為でしょう。被害が少なければ、他の基地に補給などには来ない」

「そ、それじゃあよ、ユキナちゃんを誘拐する為だけにそこまでの事をしたってか?」

「北米基地にユキナちゃんの誘拐はそれだけの価値があったという事でしょうね」

「北米基地の野郎はこの戦闘が起きる事も知っていたって訳か。明らかな計画的犯行だ」

「馬鹿げているだろ! 国民を犠牲にしてまで・・・。狂っている。狂っていやがるぜ」

 

あぁ。本当に狂っている。

自身の野望の為に民を数で扱い、捨て駒とする事に忌避がない。

・・・人間の狂気だ。本当に、兵士が、国民が、報われない。

 

「ねぇ、コウキ君」

「はい」

「木連と北米支部の狙いは何なの?」

 

木連と北米支部。

手を組み、ここまでの事をするその理由。

 

「ミナトさん。その男は確かに言ったんですよね。烏の枷と」

「ええ。確か、檻から飛び立とうとする烏の枷となってもらおうって」

 

檻から飛び立とうとする烏の枷。

檻とは・・・草壁の手の上。手中。

烏とは・・・三羽烏。三羽の内の一羽。

枷とは・・・ユキナ嬢。もっと言えば人質。

・・・草壁の手の上から飛び立とうとする三羽烏を押さえる人質となってもらおう。

もしや、ツクモさん達が草壁の手の上から離れようとしているのがバレた!?

それでこんな強硬策に?

 

「ユキナちゃんを取り戻す事で木連が得する事は二つ」

「それは?」

 

周囲が静まり返る。

多分、俺の考えを聞く為。

正しいかどうか分からないけど、きっと間違ってはいない筈。

 

「一つはユキナちゃんの身柄を抑える事でユキナちゃんの身内の自由を奪える」

「ユキナちゃんの身内? それってシラトリさん?」

「はい。ケイゴさんから聞いた話なんですが、シラトリさんは木連内で二人の若手士官と共に三羽烏と呼ばれ、将来を有望視されているそうです。そして、その二人の若手士官もシラトリさんにとって親友と言える存在。ユキナちゃんを人質にする事でシラトリさんだけじゃなく親友達の自由も奪えると思われます」

 

アキヤマさんとツキオミさんの名前は出せない。

俺の事情をナデシコクルー全員が知っているという訳ではないからだ。

俺が木連に、しかも、軍内事情に詳しすぎたら、おかしいだろう?

シラトリさんについては皆知っているし、ある程度の事はケイゴさんから聞いたように振る舞えば違和感なく説明できる筈。

 

「檻から飛び立とうとする鳥の枷になってもらう。これは自由になろうとする三羽烏を抑える人質にするという意味だと思います」

「・・・ごめんなさい。ユキナちゃん。貴方の恐れていた事が本当になりそう」

「・・・ミナトさん」

 

ユキナちゃんを絶対に護ると俺はツクモさんに誓った。

それなのに・・・。

 

「もう一つは何なのだね?」

「総参謀長ならお分かりかと」

「うむ。地球に囚われていた人質を救出したとでも言うつもりだろう」

「恐らく」

「それによってどう変わるってんだ?」

 

ガイ。分からないかな?

 

「ガイ。ゲキ・ガンガーは地球を救った。ヒーローだよな?」

「おう。老若男女を魅了するヒーローだな」

「それと同じだ。囚われの人質を解放したヒーロー。有名になる」

「有名になれば、支持も得る。草壁派の勢力が増すという訳だね」

「そんなのヒーローじゃねぇ! ヒーローは正々堂々―――」

「ガイ。過程より結果。悪巧みの事なんて教える訳がないだろ。ただ人質の救出に成功した。過程を除いた結果だけで充分人は付いてくる」

「クソッ! そんなの許せねぇ!」

「でも、それが真実なんだ。草壁派の支持率が上がれば、より徹底抗戦の波が強くなる」

 

ユキナ嬢は木連では死んだ事になっている。

そんな者が生きており、草壁派によって救出された。

そうなれば、圧倒的な支持率を得るだろう。国民は何も知らないのだから。

三羽烏は既に話を大将から聞いており、それが草壁の陰謀だと分かる。

でも、それが分かっても、ユキナ嬢が人質にされていたら従うしかない。

結果、草壁派は曖昧な位置にいる三羽烏を完全に引き込む事が出きる訳だ。

完全に三人からの信用を失うだろうが、敵に付かれるよりは断然良い。

ユキナ嬢の誘拐により、草壁派は裏切れない仲間と強い国民の後押しを得る。

 

「それなら、北米支部はどうなんだ?」

「それは・・・」

 

思わず総参謀長の方を見てしまう。

何より被害を受ける人は、参謀なのだから・・・。

 

「マエヤマ君。分かっているのなら、説明してあげて欲しい」

「ですが―――」

「私には何の遠慮もいらない」

 

・・・既に総参謀長は理解しているんだな。俺なんかよりも早く深く。

 

「ユキナちゃんはナデシコの一員である前に木連より送られた和平の使者です」

「ええ。そうね」

「その為、俺達は何としても彼女を護らなければならないという義務があります」

 

和平の使者が殺された。

それは取り返しの付かない責任問題。

 

「たとえ木連に攫われ、木連に戻っただけだとしても、それを周囲は分からない」

「・・・知らない人間に攫われ、知らない場所に囚われている」

「そうです。たとえば、俺が誘拐されただけだったら、俺を切り捨てればいい」

「・・・コウキさん。そんな事、言わないで下さい」

「あ、うん。ごめん。セレスちゃん」

 

そんな辛そうな顔をしないでくれ。セレス嬢よ。罪悪感が・・・。

あくまで例え話なんだから、ね。

 

「コホン。とにかく、ユキナちゃん以外の誰かであれば、大きな問題にはなりません」

 

充分、誘拐は犯罪なんだけどね。

 

「ですが、ユキナちゃんだけはどうしても責任問題まで発展します」

「・・・護るという義務があるから。その責任は・・・」

「はい。ユキナちゃんを保護していた部隊の最高責任者の責任になります」

「それじゃあ、ナデシコか?」

「え? わ、私ですか!?」

 

艦長が慌てた様子で自身を指差す。

確かにユキナ嬢を保護していたのはナデシコだ。

でも、そのナデシコも組織図から見れば、末端に過ぎない。

 

「いや。ユリカ君。君ではない」

「それなら、一体誰が責任を・・・」

「私だ。私が責任を取らねばならない」

「総参謀長が!?」

 

そう、現時点の最高責任者はムネタケ総参謀長になる。

 

「ナデシコが保護していたという事は極東方面軍が保護していると同じ。極東方面軍の最高責任者はミスマル総司令官だが、現在、彼はいない。そうなれば、代理として最高責任者の席にいた私が責任を背負わねばならないのだ」

 

ミスマル総司令官の代わりに最高責任者の位置にいたムネタケ総参謀長。

彼の存在は非常に大きかった。

極東方面軍の最高責任者としても活動し、ミスマル総司令官がいない間の改革和平派を纏めていたのも総参謀長。

 

「北米基地の狙いは私さ。徹底抗戦派が多く属する北米基地にとって私は邪魔でしかない」

 

ミスマル総司令官が戻ってこない以上、この派閥を引っ張れる者はいない。

候補はいるだろうが、その席を奪い合い、関係性に罅が入りかねない。

ムネタケ総参謀長だから成立していたのだ。

ミスマル総司令官の右腕、改革和平派のNo.2として周囲に知られていた彼だからこそ。

ムネタケ総参謀長を失う事は改革和平派の勢力を弱める事に繋がってしまう。

 

「で、でもよぉ、北米支部のせいなんだろう? それなら、そう真実を告げてやればいいんじゃねぇか?」

 

スバル嬢。駄目なんです。

 

「そうできないように輸送機を撃墜させたんですよ。全ては証拠隠滅の為です」

「そんな・・・。ど、どうにか出来るだろ。いくらでも方法は―――」

「俺のもあくまでも疑惑でしかないんです。明確な証拠は海の底に」

「クソッ! どうしてだよ! こちとら正々堂々やってんのに!」

 

ユキナ嬢があの輸送機にいた。

誰がそんな事、証明できるんだ?

たとえ出来たとしても、その証拠源が不明確過ぎて無効扱いされる。

北米は木連と手を組み、輸送という名目で極東支部を罠に嵌めた。

戦闘で一番の被害を受けた北米支部にそんな事を言える訳がない。

言った瞬間、倫理に欠けるとされ、世界中から批判を喰らうだろう。

ユキナ嬢は安全を考慮し、木連に返した。

それこそ苦し過ぎる言い訳だ。誰もそんな事は信じない。

俺達が総参謀長に責任を負わせない方法は誘拐の事実を隠蔽するしかない。

どれだけ最善を尽くそうと俺達にマイナス以外はないのだ。

真実は闇の中、疑惑を突きつけようと、その前に誘拐された事実を公表しないといけない。

彼らは輸送機一機と補給物資分の損だけでこれだけ大きな利を得たのだ。

北米支部、いや、木連と手を組んだ者達のほくそ笑む姿が目に浮かぶ。

その者達は極東支部の弱みを握ったに等しいのだ。

対等になる為には最高責任者を犠牲にし、碌に人を護れない無能集団という汚名を被らなければならない。

それが今後、どれだけに悪い影響を残してしまうか・・・。

 

「ふむ。これ程の大事であれば悪くて銃殺刑、良くて追放だろうね」

「ど、どうしてそんなに冷静でいられるんですか!?」

「ユリカ君。落ち着きなさい」

「でも!」

 

・・・本当にいつもと変わらない。

もっと動揺したって、慌てたっていい筈。

それなのに、いつものように泰然としていて・・・。

 

「私には息子が、サダアキがいる」

「・・・提督が」

「そう。私がたとえ死のうとも、私の意志は息子に受け継がれる。私の願いは息子が叶えてくれる。何を恐れる必要があるのだね?」

 

・・・笑っている。どこまでも澄んだ笑顔で。

どうして・・・どうして、そんな綺麗に笑えるんだ?

 

「ふふっ。優秀な息子を持った私は幸せだな。私の後は息子が私以上にこなしてくれるさ」

 

・・・黙り込むしかなかった。

今、和平に向けて俺以上に世界を走り回っているこの場にはいない彼の息子。

総参謀長の顔はそんな息子を心から信じ切っている顔だった。

とてもじゃないが口は出せない。

 

「さて、ユリカ君」

「は、はい」

「遂に君の出番が来たようだよ。利用される前に手を打とう」

「え?」

「ミスマル・ユリカ!」

「ハ、ハッ!」

 

突然、大声で艦長の名を告げるムネタケ総参謀長。

艦長は慌てた様子で返事をした。

 

「本日より、改革和平派代表の座を君に譲る。命を懸け、和平に向けて働いて欲しい」

「わ、私が代表?」

「復唱はどうした!」

「ハ、ハッ! 私、ミスマル・ユリカは本日より改革和平派代表に就任致します」

「うむ。これで私も一安心だ」

 

突然のポスト交代。

困惑する艦長を尻目に総参謀長はにこやかに笑っていた。

 

「ユリカ君」

「は、はい」

「此度の責任は全て私が負う。君には何の関係もない」

「で、ですが!」

「それが和平の為だ。その信念の前に、私の生死など何の意味も持たない」

「・・・総参謀長」

「そう呼ばれるのもあと少しだろうね。私は連合軍最高司令官に自ら報告し、辞任しよう」

 

どこまでも理想の為に生きる人だ。

自身の死すら恐れずに、後世を若者に託して、自らを犠牲とした。

全ての責任を総参謀長が負えば、後任のユリカ嬢には何の負い目もなくなる。

 

「アオイ・ジュン」

「ハ、ハッ!」

 

涙を堪えながら、総参謀長に敬礼を返すジュン。

 

「代表を護るのは君だ。君の仕事だ」

「ハッ!」

「全力を尽くせ」

「ハッ。命を賭して、働きます」

 

ユリカ嬢と縁の深い総参謀長だ。

きっとジュンにとっても身近な存在であっただろう。

尊敬する上官が自らを犠牲にしてまで自分達の為に尽くしてくれた。

それが嬉しくて、それが悲しくて。

 

「・・・命を賭して・・・」

 

涙を抑えきれないんだと思う。

溢れんばかりの涙を溢すジュンに微笑みかけた後、総参謀長が俺達の方を向く。

 

「ナデシコの諸君」

「「「「ハッ!」」」」

 

軍人じゃないナデシコクルーの精一杯の敬礼。

形は雑。姿勢も雑。でも、その思いはどこまでも真っ直ぐだ。

 

「ユリカ君を支えてやって欲しい。仲間として、家族として」

「「「「はい!」」」」

「ナデシコの諸君ならばどんな苦境をも越えられると信じている。今後の未来を支えるのは老い先短い私のような老人ではない。君達のような未来ある、将来ある若者なのだ。私に若者の可能性を見せて欲しい。私に君達を信じさせて欲しい」

 

総参謀長の言葉が胸に響く。

 

「私は犠牲になるのではない。未来に希望を残す為の糧となるのだ。振り向くな。前だけを見ろ。自らの信じた未来だけをただ一心に見詰めて欲しい」

 

どこまでも澄んだ笑顔。

どこまでも俺達を信じきった笑顔。

・・・零れ落ちる涙なんてその笑顔のスパイスにしかならなかった。

悲観でもなく、絶望でもなく、憎しみでも恨みでもない。

総参謀長の表情にあるのは、希望、信頼、歓喜、ただそれだけだった。

未来を託す息子。未来を託せる若者達。

その出会いを心から喜び、ただ前だけを一心に。

策略陰謀に優れた男の心は誰よりも真っ直ぐ綺麗なものだった。

 

 

後日、ミスマル・ユリカ代表就任と同時にムネタケ・ヨシサダの処分が決定した。

彼に下された処分は連合軍からの永久追放。

国を憂い、国を愛し、ただ未来の安寧の為に尽くした男の悲惨な結末であった。

だが、その顔はどこまでも穏やかであったという・・・。

未来の為に無能者の汚名を被り、最後まで和平の為に尽力した彼の存在を俺達は忘れてはならない。

 

 

 

 

 



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決意の演説

 

 

 

 

 

『私は多くの犠牲の上に成り立っています』

 

それがミスマル・ユリカ。

我らが艦長の代表就任挨拶の最初の言葉だった。

 

『そして、皆さんも多くの人の犠牲の上で成り立っているのです。今、私がこうして話している間にも、何人もの兵士が命を散らしています。たかが一人の死。されど一人の死です。これまでにどれだけの人の命が失われ、積み重なっているのか? 皆さんは考えた事があるでしょうか? 多くの若い命が失われ、その夢ある未来を潰された。多くの老いた命が失われ、その偉大な軌跡を踏み躙られた。命は数ではありません。ですが、あえて数えましょう。これまでこの戦争で失われた命は・・・』

 

ユリカ嬢の口から告げられる莫大な数。

地球の人口の何%かって? そんなものを計算して何になる。

数でも確率でもない。その死、一つ一つに意味がある。

命は未来へ繋がるバトン。

そのバトンを落とし、次に繋げられない事がどれだけ無念な事か。

過去、今、未来。その軌跡を描けない事がどれだけ悔しい事か。

 

『彼らの死は無駄なのか? 無駄である筈がありません。彼らは私達に教えてくれた。死を持って教えてくれたのです。この戦争はどこまでも愚かなものでしかないと。過去の地球が木連に対して行った非道な仕打ち。木連が火星を含めた地球に対して行った非道な仕打ち。双方友に反省し謝罪するべき所がある。それなのに、何故、互いに戦おうとするのか? 自らの罪に眼を背け、相手の罪だけ相手に突き付ける。その結果が戦争です。地球も木連もただただ愚かだとは思いませんか。私達には自らの罪を認め、相手の罪をも飲み込む必要があるのではないでしょうか。ただ、勘違いはしないでください。これは決して、水に流せといっている訳ではありません。ですが、何故こうなってしまったのか、それを考えるだけでも大きな進歩だと思うのです。家族を、友人を、大切な人を失ってしまった方々。憎しみを覚えたでしょう、恨みを抱いたでしょう。分かります、そう言いたいですが、その者の思いはその者の思いにしか分からない。だから、私も私だけの思いを伝えたいと思います。私は父を銃で撃たれました。現在も集中医療室で意識を取り戻す事なく眠っています。私にとって唯一無二の父。私の愛するお父様。正直に言いましょう。私は父をこんな眼に合わせたものを許せません』

 

世界単位で流される艦長の就任挨拶映像。

和平派のトップである父を撃たれての悲劇の就任に世界中の関心が集まっていた。

 

『ですが、私が言いたい事と皆様の考えている事は恐らく異なると思います。私が許せないのはお父様を撃った木連ではありません。木連を撃たざるを得ない状況まで追い込んでしまった彼らとの関係が許せないのです』

 

就任挨拶の会場は連合宇宙軍総本部にある会見用の部屋。

以前、ミスマル司令は街の中で演説を行い、暗殺されかけた。

だが、ここでは不可能と言い切れる。

街の中での暗殺では不意を突かれたという言い訳ができよう。

でも、ここで暗殺されるのは連合軍全ての威信に関わる。

どれだけ忌わしくとも連合軍の面子に関わってきたら、暗殺に手を貸す事などできない。

ましてや、自分達で暗殺など考えようともしないだろう。

この会場をセッティングしてくれたのはムネタケ元総参謀長。

彼の軍人としての最後の仕事がこれだった。

彼女の横には地球の英雄であるアキトさんの姿もある。

これによって改革和平派の一員にはあの英雄もいるんだぞという事を知らしめているのだ。

国民の支持率はこれで更に上がるだろう。それ程、アキトさんの知名度は高い。

 

『どうして父が殺されかけたのか? それは和平を成し遂げようとする父を邪魔だと思う者がいるから。何故、和平を成し遂げようとするのが邪魔なのか? 先祖の恨みを返したい。地球への恨みを返したい。そう願うから。何故、恨みを返したいのか? それは地球の仕打ちが許せないから、憎くて憎くて仕方ないから。何故、私達は恨まれているのか? それはたった一つのシンプルな答え。きちんと向き合っていないから。何故、過去の過失に頭を下げられないのか? ・・・これが私には分かりません。謝罪とはそれ程難しい事なのでしょうか? 親はまず子に謝る事を教えます。それはこれから幾つもの罪を抱えていくからです。間違った事をしてしまったのなら、きちんと相手に謝りなさい。生まれてすぐに親から習う事をどうして私達は行えないのでしょう』

 

きちんと向き合い、謝罪する。

たったそれだけで防げたかもしれないこの戦争。

そのちっぽけな虚栄心でどれだけの命が散ったのか。

 

『私の父は全てを曝け出しました。連合軍の罪、連合政府の罪。ですが、一つだけ、たった一つだけ、皆様方に伝えてない事があります。それは暴動を恐れた連合軍、連合政府に口止めされ、止むを得ず諦めた真実。それをこれから私は皆様に伝えます。殺されてもいい。地球に居場所を失っても構わない。それでも、私は父の意思を継ぎ、どこまでも真っ直ぐ皆様と向き合っていきたいと思います』

『会見を止めろ! 早く!』

『殺したければ殺しなさい! 私の死で誰もが貴方達の罪を理解する! 私が死のうとこの事実は絶対に公表しされるでしょう! 私の後を引き継いでくれた者によって!』

 

ユリカ嬢の発言に騒々しくなる会見会場。

必死に止めようと壇上に走る者をユリカ嬢が一喝する。

 

『こ、小娘が!』

『この者を外に連れ出しなさい。今の私の相手は貴方じゃありません。国民の方々です!』

『き、貴様! 上官に向かってなんて口を』

『上官よりも国民の方々の方が何倍も偉い。私は真実を告げる義務があります!』

『クッ! 離せ! 離せ!』

 

暴れる者を外へと連れ出していくSP達。

この映像が世界に流れる事を知っているのだろうか?

なんたる醜態。無様の一言に尽きる。

 

『反対する方は出て行きなさい! 真実を隠す事に正義はない!』

『よく考えたまえ! それを言って暴動が起きたらどうするつもりなのだね!?』

『それが私達連合軍、連合政府が背負うべき罪です』

 

・・・どこまでも凛々しい姿だった。

罪を罪と認め、背負う覚悟がある。

その姿は圧倒的なカリスマ性と相俟って、この人に付いていこう、この人に付いて行けば大丈夫だ、そう思わせてくれた。

 

「しかし、万が一にでも暴動が起きれば・・・」

 

余計に悲しむ者が出てくるよな。

まぁ、だからこそ、こうして俺が、俺達が各地に散らばっている訳だが。

 

『皆様は火星大戦が戦争の始まりだと知らされているでしょう。木連の突撃の襲撃。逃げ延びた軍人によって木星蜥蜴の存在を知らされたと』

 

それが一般的な戦争の始まり。

でも、この戦争にはその前がある。

 

『ですが、それは事実ではありますが、真実ではありません。地球と木連との最初の接触は火星大戦よりずっと前にありました。この戦争の全ての始まりは木連から送られてきた和平の使者を地球が暗殺した事にあります』

『なッ!』

 

会見会場にいる真実を知らない報道者が驚きの声をあげる。

きっと世界中でこの報道者と同じ言葉を発している事だろう。

驚愕、唖然、困惑。

この言葉には世界中を混乱させるだけの意味が含まれていた。

 

『御願いです。どうか最後まで私の話を聞いて下さい』

 

その言葉で騒がしかった会見会場が静まる。

 

『この話を聞き終えた後、皆様方が何を思い、何を考えるか。恐らく、政府の人間や私達軍人に怒りを抱くでしょう。当然です。それ程の事を私達は行いました。罪を犯しました。 私は、いえ、私達は甘んじてその裁きを受けましょう。それが私達改革和平派の総意です。 ですから、まずは私の話を最後まで静かに聞いて欲しいのです』

 

ユリカ嬢にとってまったく関係のない話。

その時はナデシコにもいなかったし、軍人にもなってなかった。

あくまで士官学校の一生徒でしかなかった筈だ。

それなのに、連合軍全ての罪を背負おうとしている。

その小さな背中では支えきれずに押し潰されるであろう醜く重い罪を。

なんて、なんて強い人なんだろう。

 

『木連とは私達のような陸地を持たない国家です。市民船と呼ばれる巨大な宇宙船の中に住み、日々の生活を機械的に作り出した物で賄っています』

 

プラントと呼ばれる製造工場。

何を作れて、どれだけ作れて、どう作るのかは知らないが、少なくとも木連自体の資源が地球に比べて極めて乏しい事は分かる。

 

『そのような状況に追いやってしまったのは私達ですが、本題はそこではありません。彼らの求めるもの。それは安住の地。憎しみや恨みよりもまず安住の地を求めていたのです』

 

市民船での生活。プラントや輸入だけに依存する生活。

どれだけ不安な事か。どれだけ心細い事か。

すぐにでも安心できる環境に身を置きたい筈。

 

『安心できる暮らしの為に、と彼らは恨みや憎しみを抑え、過去の事は水に流すから、土地や物資を我々に分けて欲しいと地球に対して友好的な和平の使者を送ってきました』

 

恨みや憎しみを押さえ込んででも欲しかった安住の地。

どれだけ追い詰められていたかが分かる。

 

『しかし、彼らにとって予想外だった事があります。それは木連の存在を国民の誰一人知らなかった事。彼らは当然、木連の存在を誰もが知っていると思っていたのです』

 

地球政府が国民に隠し事をしている。

それが信じられなかった。

 

『地球政府は過去にあった事を知られる訳にはいかないと使者を暗殺してしまいました。国民に真実が知られてしまったら、連合軍、連合政府への信頼がなくなってしまうからと』

 

結果、余計に荒れた。

あの時、すんなり認め、謝罪していればこうも命は散らなかっただろう。

また、過去の事は過去の事と国民も妥協してくれたかもしれない。

それなのに、自己保身に走り、全てを隠そうとした為、逆に追い込まれている。

 

『全ては木連のせいだ。木連が勝手に攻めて来たからこうなった。それは間違いなのです。戦争の原因を作ったのは・・・地球の方だったのです』

 

決定的な一言。

全ての悪を木連としていた地球政府、地球連合軍との決別。

今ここに地球の悪事が完全に晒された。

 

『確かに宣戦布告もなしに火星を襲った木連は酷いやり方をしました。それは事実です。ですが、同じように地球も木連に酷い事をしています。どちらが悪? どちらが正義? この戦争に正義も悪もありません。言うなればどちらも正義であり、どちらも悪です。どちらか一方のせいではない』

 

一方の責任ではない。

ただただ責任転嫁をしていた人間を真っ向から否定した。

自分達にも責任はあるのだと。

 

『どちらも悪いのに、どうして片方が片方に対して断罪が出来るのでしょうか? どちらも悪いのに、どうして片方が片方に対して被害者になれるのでしょうか? どちらも悪いのに、どうして片方が片方に対して加害者とされるのでしょうか?』

 

何故、同じ程の罪を重ねているのに、相手の罪を重くし、自分の罪を軽くするのか。

確かに責任転嫁したがるのは人間の性だ。誰だって、自分を罪人としたくない。

だが、それを認めなければ、何も始まってはくれない。

 

『地球に住む皆様方!』

 

ユリカ嬢が声を張り上げる。

 

『木連も元をただせば同じ地球人! 何故私達は同胞の帰還を喜べないのでしょうか!?何故安住の地を求める同胞に手を差し伸ばしてあげられないのでしょうか!?』

 

同胞。ユリカ嬢が木連人を同胞と呼んだ。

 

『いつまで続ければ、人間同士の争いに満足するのですか? どこまでやれば、この争いに満足してくれるのですか? 滅ぼすまで? 滅ぼされるまで? その時、人類はどれ程残っているのでしょうか? 争いの果てに何も見えないこの戦争に、私は、私達は、貴方達は何を求めるのですか?』

 

この争いの果てに何がある?

木連を滅ぼして地球が得るものは?

誇り? 栄達? ・・・何も得られはしない。

汚点を更に汚し、真実がバレ、今度は違う争いが始まるだけだ

地球を滅ぼして木連が得るものは?

土地? 資源? ・・・何も得られはしない。

生産力も開発力もない木連が生きていける訳がない。

この争いの行き着き先は、結論、人類の滅亡でしかないのだ。

争いの果てに何も見えない。言い得て妙である。

 

『木連が同じ人類であったと知った時、なんて愚かな事をしていたんだと実感しました。そして同時に、同じ人類ならば、手を取り合う事も可能なのではないかとも思ったのです』

 

木連蜥蜴。木星からやって来た知性なき侵略者。

だから戦えた。一方的な加害者であったから。

だが、知ってしまった。一方的ではなかったと。

だから戦う意味を考えた。彼らと何故争うのか、を。

同じ人類なのにどうして戦わなくちゃいけないんですか。

以前、メグミさんが言っていた言葉だ。

地球人も木連人もそう思ってくれる人ばかりだったら争いなんて続かない。

でも、そう思わない人もいる。

自身の利権だけを考え、どうしたら自分にとって得があるかで全てを決める者。

たとえそう考えても、立場が、環境が許してくれない者。

その他様々な事情によって、この争いが終わる事はない。

それなら、誰かがその連鎖を断ち切るしかない。

己だけしか考えない者に他の事を考えさせ、立場、環境に囚われているものを解放させる。

それが改革和平派。

意識を改革し、真の和平を目指す組織だ。

 

『私の父は木連の事実を知った時、何よりも先に悔いたそうです。木連に、地球に、火星に、軍人として心から木連に謝罪したいと。だからこそ、こうして改革和平派を立ち上げました。そして、そんな父の意思に賛同する者が加わり続け、今こうして私がここに立っています。木連を憎む皆さん、地球を憎む皆さん。どうかその憎しみを堪え私達に力を貸して頂けませんか? 父が何を願い、何を思い、何を考え、この席にいたのか。私は私なりに父の事を理解しようと努めました。そうして出した結論が父の意思を継ぎ、父の願いを叶えるという事。たとえ父が殺されかけようと、いえ、殺されようと、父の思いを踏み躙る事だけはしたくありません、してはなりません。父はどんな状況でも地球と木連との和平を考えていました。今、ここで木連に恨み言を言うのは簡単です。ですが、果たしてそれは父が望んだ事でしょうか? それは果たして、亡くなった方々が望んだ事でしょうか? 私は父の意思を継ぎます。たとえ父が亡くなろうと私は父の願いを叶えてみせます。父の願い、父の想い、そして、何より私の和平への想い。父は己が死んでも和平を目指すでしょう。それが父です。そんな、父を慕う方々が父を理解していない筈がありません。 私は改革和平派の皆さんと団結し、必ずや、必ずや和平を成し遂げてみせます。だから、皆さん、どうか、どうか私達に皆様方の力を貸して頂けないでしょうか? 誤魔化しなんかじゃない。嘘偽りなんかじゃない。本物の和平の為に、貴方達の力を』

 

ただひたすら頭を下げるユリカ嬢。

その姿は代表者という言葉に相応しかった。

目的の為に思いを込めて頭を下げる。

誰にだって出来る事じゃない。

こんなに心に響く訴えは。

 

『・・・以上で、ミスマル・ユリカの改革和平派代表就任挨拶を終わります』

 

一礼し、映像が切り替わる。

本当の意味で彼女の謝罪が終わったんだ。

後は・・・俺達の仕事だな。

 

「フクベ提督」

「うむ。行こうか。頭を下げにのぉ」

 

暴動鎮圧の為の改革和平派所属員の出張。

といっても、決して武力行使ではない。

俺達の謝罪の想いを伝える為には映像の代表の謝罪だけでは伝わらない。

だから、世界中の都市部といえる場所に赴く事にしたのだ。

これはユリカ嬢が代表に就任すると派閥内で決定した際に決議を取ったもの。

何人か渋ったものの、本当の意味で国民に理解して貰う為です、というユリカ嬢の言葉に動かされた。

その説得力と何故か信じてしまう信頼感は最早代表の貫禄さえ見えていたように思える。

 

「では」

 

俺達の担当は日本のヨコハマシティ。

基本的に日本人は日本を、アジア人はアジアを担当している。

北米支部の中にも改革和平派の所属員は少数だがいるので、その者達が北米の都市部を行う予定だ。

本来であれば、世界中のあらゆる所を回りたいのだが、そうもいかない。

その為、大きなモニターがある都市部へ行き、モニターの前に飛び出して行うと決定した。

案の定、モニターの前には演説を聞いていた市民が集まっている。

 

シューーー・・・・ダンッ!

 

低空飛行で降り立つ場所を見つけ、機体を降ろす。

突然の軍所属の機体に驚き、エステバリスを見詰める国民達。

 

「どうぞ」

「うむ」

 

拡声器を手渡す。

 

「私は改革和平派所属のフクベ・ジンである」

「フクベ・ジン?」

「あのチューリップ落としの英雄か?」

「あの英雄も改革和平派の一員だったんだ」

 

フクベ提督の登場にざわめき立つ周囲。

 

「先程の代表の就任挨拶を聞いてくれただろうか?」

 

騒がしい中では言葉が聞こえない。

そう思ってくれたのか、周囲は静かに次の言葉を待っていてくれた。

 

「あれこそが私達連合軍の一番の汚点。全ての責は私達にある」

「・・・・・・」

 

責める事も慰める事もせずただただ無言を貫く国民達。

その顔はどこか無表情に見えた。

悲しむでも怒るでもなく、ただフクベ提督を見詰める。

 

「既に退役済みの私だが、元軍人として心より謝罪する」

 

拡声器を傍に置き、深く頭を下げる。

自身を取り巻く全てをかなぐり捨てて。

年齢も地位も関係なく、ただ一人の民の命を護る者としての謝罪。

 

「そして、この老いぼれに機会を頂けないだろうか?」

 

頭を上げ、再び拡声器で話し出すフクベ提督。

 

「和平を成し遂げる為には何より国民の方々の支持が必要になる。この中に知人を、家族を、木連によって失った者もいるかもしれない。だが、それでも、その怒りを抑え、どうか、どうか和平の為に力を貸して頂きたい」

 

拡声器を置き、床に膝を付くフクベ提督。

そして・・・。

 

「頼む」

 

頭を下げた。

威厳もプライドもあったものじゃない。

全ての思いを込めた土下座だった。

・・・それなのに、どうして俺が立っていられるというのだ。

 

「お願いします」

 

フクベ提督の隣まで行き、同じように土下座をする。

意地もプライドもいらない。

ただ想いを伝える為だけに、頭は下げられるものなんだ。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

周囲は静まり返っていた。

でも、それでも、俺達は頭を上げない。

想いが届くまで、いくらだって頭なんか下げてやる。

 

「・・・だ」

 

・・・え?

 

「俺は賛成だ! 俺達を見てくれる軍人を信用できない訳があるか!」

「おう! 詳しい事を何も言わずに表面だけしか教えない奴らなんて信じられるかよ!」

「国民にちゃんと向き合い、心から謝罪した!」

「事実を認め、きちんと謝罪し、国民に筋を通した!」

「そんな奴らを支持しない訳がないぜ!」

「改革和平派! 万歳!

「「「「改革和平派! 万歳!」」」」

 

パチパチパチパチパチパチ。

 

誰かの一言をきっかけに周囲が騒がしくなる。

拍手まで聞こえてきて。

 

「・・・提督」

「うむ。国民が分かってくれたんじゃ」

 

それが嬉しくて、もう一度深く頭を下げる。

信じてくれてありがとう。

その思いに俺達は全力で応えます。

 

「「ありがとうございます」」

 

最後に深く、深く頭を下げた。

 

 

俺の所だけでもなく、他の場所でも改革和平派の行動は良い方向へと転んだ。

あらゆるものを誤魔化し、騙してきた連合軍。

そんな中にも事実をきちんと認め、その上でしっかりと謝罪をする派閥もあるんだと人々は知った。

国民にとって許せない事でも、正面から謝罪されれば怒る気も失せる。

むしろ、正直に罪を認めた姿は好感を覚える。

アメリカの大統領も正直の素晴らしさをとある事で知った。

己や己の罪を誤魔化す事は己を偽る事と同じ。

自身を偽らず、ありのままの姿であった事が国民達の支持を得たのだ。

国民に対してしっかり正面から向き合う事が政府や軍にとって大切なのではないかと思う。

何も知らされていない国民。

それは根本的に間違っている。

税を払っている国民は全てを知る権利がある筈。

税を貰っている政府は全てを話す義務がある筈。

それが軍人や政府の人間としての筋を通すというものなんだと俺は思う。

今日、この日、徹底抗戦を訴えていた地球人の多くが和平を考えるようになった。

 

 

 

 

 



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それぞれの道

 

 

 

 

 

「申し訳ございませんでした!」

 

開口一番に土下座を敢行。

決して、土下座癖が付いた訳ではないからな!

 

「・・・まずい事になった」

「・・・やはり・・・」

「うむ。ツクモがな」

 

週に一度の訪問曜日。

事実を逸早く伝えるべきかとも思ったが、予定にない時にジャンプして拙い事になったら困ると、臆病風に吹かれて、結局、予定日まで無為に過ごす事になってしまった。

そして、今日、ようやく予定の日になり、急いで跳んだ。

眼の前には苦悩する神楽大将。

俺にはただ頭を下げるだけしかできなかった。

 

「今日はあの三人も呼んであるんだ」

「・・・そうですか」

 

顔を合わせ辛いな、あの三人とは。

 

「もう数時間したら来るだろうから、それまで地球の状況を教えてもらおうか」

「はい。それでは・・・」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「そうか。地球も荒れているのだな」

 

先日のユリカ嬢の改革和平派代表就任の事から、

草壁派と北米支部に嵌められて総参謀長が永久追放された事などを話した。

 

「はい。木連の情勢はどうなっていますか?」

「草壁派が先日、シラトリ・ユキナの奪還を大々的にアピールしていた」

「どのように報道されていましたか?」

「シラトリ・ユキナが生きていると発覚し、総勢を上げて地球へと襲撃。どうにか敵の防衛網を破り、囚われていた基地へと少数ながら突撃した。十機で飛び込み、九機もの多くの犠牲を出しつつ、一機がボロボロになりながらもどうにか帰還し保護に成功したといったところだ」

「それはまた、木連が好きそうな展開ですね」

「うむ。その結果、木連内の草壁中将の支持が更に増してしまったよ」

「ユキナちゃんはどうしているんですか?」

「保護され眠っている姿は映されたが、その後の事は聞かされていない」

 

・・・ユキナ嬢は囚われの身か。

 

「ツクモさん達の様子はどうでした?」

「前もって話しておいた事が功を奏したのだろう。シラトリ・ユキナ帰還に喜びつつも複雑といった感じだ」

 

俺達に話を聞く前だったら単純に妹の帰還に喜んだだろう。

無論、草壁に対する尊敬の念も。

だが、ユキナ嬢をナデシコが保護していると知り、安全であると知った。

その裏の事情を知るが故に、この一連の奪還もどこか演出のように感じているのだと思う。

確かに地球に置いておくのは危険だが、木連内にいるより安全だったのではないか?

彼が妹に弱いというのは周知の事実。利用されかねないと危惧していたと思う。

たとえば俺達の下にユキナ嬢がいれば、ツクモさんは自分の意思で動ける。

だが、草壁の下にユキナ嬢がいると、必然的に草壁に付く事しか出来ない。

自由選択の意思を奪われ、妹の為に組織に力を尽くさなければならなくなる。

これはツクモさんにとって人から機械になれと言われているに等しい。

しかし、従わざるを得ないだろう。

何故なら、妹が彼の自由の翼を封じる枷となっているのだから。

 

「悩み続け、そろそろ結論を出そうかという状況下でのこれだ。残念な事だが、彼ら三名は草壁中将に付く可能性の方が高いだろう」

 

・・・だろうな。

ユキナ嬢は三羽烏三人にとって妹みたいなものだ。

実際、一人は本物の兄妹な訳だが・・・。

妹分が囚われていて、好きに動く事なんて出来ない。

また、たとえ素直にユキナ嬢を返して貰おうとも、その恩義があり、従わざるを得ない。

結局の所、ユキナ嬢を確保した事で三羽烏を手中に収めたも同然なのだ。

 

「草壁中将はユキナちゃんをどうするんでしょうか?」

「うむ。手元に置いておくか、ツクモに返すか」

「どちらにしても、中将の思い通りですね」

「ふぅ。後手に回ってばかりだ。上手くいかんな」

「ええ。本当に」

 

俺達の計画は長期的なもの。

その為、短期的に成果は見えてこない。

それは分かっているのだが、どうしても成果が見えないと不安になる。

向こうが着実に成果を残しているからこそ尚更。

 

「地球では今後、反乱分子を抑える仕事が増えそうです」

「ふむ。どうしても和平を嫌がる者はいる。それは地球も木連も同じだな」

「ええ。まぁ、地球の場合は個人的な理由が多いでしょうけどね」

「木連とて変わらんさ。復讐とて個人的な理由」

 

利益を求めるのも復讐も結局は個人的な理由か。

 

「それなら、戦争自体も個人的なものなんですね」

「・・・そうなるな」

 

結局、個人的理由で争う者に他の人間が巻き込まれているだけなんだな。

 

「無論、私達も個人的な理由で和平を考えているのだがね」

「ええ。私は戦後の平穏な生活の為です」

「そうかね。突然だが、私には夢があるのだよ」

「夢・・・ですか?」

「ああ。それはそれは大きな夢さ」

 

神楽大将の夢。

木連最強の武人であり、人格者である男の目指す先とは・・・。

凄く興味がある。

 

「木連式武術を多くの人に伝えたい」

「木連式武術を?」

「そして、他の流派と触れ合い、木連式武術を更に昇華させたいのだ」

 

触れ合い、昇華させる・・・。

 

「地球には多くの武術があるのだろう?」

「ええ。国単位、地域単位、もっと言えば、人単位で異なります」

 

武術と一言にいっても多くの流派があり、更にはそれらを組み合わせて新しい流派が生み出される事もある。

武術の歴史は長い。中国でも日本でも、年々廃れながらも語り継がれてきた。

 

「私は木連式武術を伝え、他の流派と切磋琢磨し、更に流派の技を深めたい。木連は木連式武術だけの決まった形しか持たない国。それでは駄目だ。先には進めない。凝り固まった概念など捨てるに限る。私は武人として、もっと多くの武術と触れ合い、もっと多くの強者と戦いたいのだ」

「・・・壮大な夢ですね」

「ハッハッハ。子供みたいであろう」

「いえ。とても大将らしいです」

「そうかね。ハハハ」

「ええ。本当に」

 

・・・武人の貴方らしい夢です。

より強く、より早く、より高みへ。

子供だなんてとんでもない。

一人の大人として、尊敬する姿です。

 

「その時は是非君も育ててみたいな」

「え? 俺ですか? 才能ないですよ」

 

自覚しているし、ケイゴさんにも言われた。

 

「なに。才能なんぞなくとも何かがきっかけで目覚めるかもしれんからな」

「そうですかね?」

「気が向いたらで構わんよ」

「機会がありましたら、よろしくお願いします」

「うむ。早速地球人の木連式武術の後継者を見付けたな」

 

継げる程の技量になるかは分かりませんけどね。

 

「君の言う平穏な暮らしとはどんな暮らしなのだね」

「簡単です。愛する妻と愛する子供に囲まれて、時に喧嘩し、時に愛し合う。別にお金持ちじゃなくてもいいですし、有名にならなくても構いません。上司に認められずとも、妻や子が私を認め、支えてくれます。俺が求めるのは笑顔溢れる極々平凡などこにでもある家庭。ただそれだけです」

「ハハハ。そうか。君程の能力と功績があれば要職に就けるのに、その先は求めないと?」

「いや。人には人に相応しい地位や立場がありますよ」

 

俺なんかとても人の上に立てる人間じゃありませんし。

 

「和平の架け橋となる男が平凡な生活を望んでいるか・・・」

「ですから、私はそんな立派な事はしていませんよ。せいぜい地球と木連を往復しているだけです。私なんかよりケイゴさんやアキトさんが、そう呼ばれるべきです」

「フハハ。立派な人間は総じて自分の事を低くみるものだよ」

 

随分と酷い勘違いをしているなぁ、カグラ大将は。

 

「さて、今後はその代表となった者に近況を伝えていけばいいのかね?」

「・・・そうですね」

 

ユリカ嬢にこういう陰謀チックな事は向いてないだろうな。

彼女は戦術家であって戦略家ではないし。

う~ん。とりあえずムネタケ提督に相談してみよう。

今現在何をしているかは知らないが。

もしかしたら提督じゃなくなっているかもしれん。

いや、良い意味でね、昇進しているかもって事。

 

「伝えるべき人には私がきちんと伝えますので、地球側についてはご安心を。和平派同士の足並みが揃うようしっかりと役目を果たします」

「うむ。君ならば安心して任せられる」

「それは嬉しいですね」

 

そこまで信頼されると嬉しいものだ。

地道に毎週通い詰めた意味があったな。

まぁ、通い詰めるといっても、一瞬の移動だが。

 

「ふむ。そろそろかな」

「俺はどうすれば良いですかね?」

「奥の部屋で待機していてくれ。会話が聞こえるよう扉は少し空けておいて構わない」

「分かりました」

 

・・・彼らの前で、俺が一番始めにやらなければならない事は・・・。

 

コンコンッ。

 

「入りたまえ」

「「「「ハッ。失礼します」」」」

 

ツクモさんに謝る事だろうな。

 

「・・・大将」

「うむ。話は聞いた。シラトリ・ユキナが無事に戻ってきたようだな」

「はい。ご心配をおかけしました」

「なに。弟子の心配をするのは当たり前の事だ。当然、その家族もな」

「大将・・・」

「・・・では、お前達の答えを聞かせてもらおうか」

「・・・・・・・」

 

大将の言葉に黙り込む三人。

深く悩み、深く考えたであろう決断。

その答えを聞く時が来た。

 

「・・・私は神楽派には・・・」

 

ゴクリッ。

 

「・・・付いていけません」

 

・・・ツクモさん。

 

「ユキナが・・・戻って来ないのです」

「・・・中将が保護下に?」

「はい。精神的に不安定だから、落ち着くまで預かっていようと」

「・・・そうか」

「神楽大将の想いは私も共感できます。私も・・・和平を成し遂げたい」

「うむ」

「ですが・・・ですが、私にとっては自分の命より大切な妹です」

「・・・そうか」

「申し訳・・・ありません」

「・・・・・・」

 

表情を歪め、苦悩しきった顔で弱々しく告げるツクモさん。

・・・やはりこうなったか。

 

「・・・今回のシラトリ・ユキナ奪還の仔細は聞いたか?」

「いえ。私も他の二人も待機命令が出されていました」

「そうか。・・・私は詳細を聞いた。誘拐だそうだ」

「・・・誘拐?」

「太平洋に戦隊を展開。迎撃で基地を留守にした間に誘拐するように連れて行ったと」

「・・・そうでしたか」

「なッ! 中将がそのような事をする筈がありません! 中将はユキナを―――」

「それならば、何故、ツクモの下へ妹を返さない」

「そ、それは・・・」

「真実の漏洩を防ぐ為。ツクモの下へ返し、お前達が支配下から抜けるのを抑える為だ」

「それでは、ユキナは・・・」

「そう、お前達の動きを抑える為の枷。・・・人質だ」

「・・・クッ」

 

項垂れるツクモさん。

 

「・・・行くしかないだろ」

 

今、この瞬間に謝罪しなければ、絶対に後悔する。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

大将、よろしいですか、そう視線で訴える。

すると、大将は無表情で頷いてくれた。

 

「・・・行こう」

 

部屋の扉を思いっきり開き、皆が注目する中、ツクモさんの前まで向かい・・・。

 

「申し訳ありませんでした」

 

土下座した。

信頼を裏切って、約束を守れず、申し訳ありませんでした、と。

 

「あ、貴方は!」

 

俺が必ず護ると約束したのに・・・。

こうして大切な人を囚われの身としてしまった。

 

ガツッ。

 

胸倉を掴まれる。

土下座の体勢から強引に立ち上がらされ、真正面から眼を合わせて来るツクモさん。

 

「貴方は、貴方は必ずユキナを護ると、そう約束しました」

「・・・はい」

「それなのに! それなのに、どうしてこうなったのですか!」

「・・・すいません」

「謝って・・・謝って済む事ではありません!」

 

ドガッ!

 

頬を殴られ、床に倒れこむ。

・・・これは俺が受けるべき罰。

何発殴られようと、頭を下げ続けねばならない。

そうしないと、俺が俺を許せない。

 

「ユキナが! ユキナが今、どれだけ苦しい思いをしているか!」

 

ドガッ!

 

「くだらない争いに巻き込まれ、どれだけ心細い思いをしているか!」

 

ドゴッ!

 

「怖がっている!」

 

ドガッ!

 

「苦しがっている! 涙を堪えている!」

 

バキッ!

 

・・・奥歯が折れたな。

本当に遠慮なく殴ってきやがる。

 

「シラトリ中佐! もう―――」

「黙っていろ! サブロウタ!」

 

タカスギさんがツクモさんを止めようとするが、大将の一言で動きを止める。

・・・ありがとうございます、大将。俺の思いを酌んでくれて。

 

「悲しんでいる。ユキナは・・・強くありません。強がっているだけだ」

「・・・・・・」

「だから、俺はユキナを護っていこうと決めた、絶対に」

 

胸倉を掴まれたまま、眼の前にツクモさんを見る。

その顔には涙が零れており、先程までの姿が嘘のように弱々しく見えた。

 

「それを、それを貴方は!」

 

バゴッ!

 

「・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

 

最早顔はボロボロだろうな。

口の中も切れまくっているし。

顔が膨らんでいるのが分かる。

あぁ~。またミナトさんとセレス嬢を心配させちまうな。

もしかしたら、説教を喰らう事になるかもしれん。

・・・こんな事を考える余裕がよくあるな、俺。

 

「・・・分かっています。これが唯の八つ当たりであると」

「・・・ツクモさん」

「貴方はパイロットとして戦場に立っていた。違いますか?」

「・・・そうです」

「貴方は地球人の命を背負っている。ユキナ一人の為に動けない」

「・・・・・・」

「それぐらい、この私にも分かっています。ですが、どうしても・・・」

「・・・・・・」

「どうしても、許せなかった」

「・・・当然です。貴方は何も悪くない」

「・・・・・・」

「俺が、俺がいけないんです。俺が未熟だったから・・・」

 

どうしてユキナ嬢を護れなかったのか。

争いになったらどうしても基地が手薄になってしまうのは分かりきった事。

そんな時こそ危ないなんて子供にだって分かる事だ。

どうして、そんな事にも気付けなかったのだろう。

俺は・・・本当に馬鹿だ。

 

「・・・何故だ」

「え?」

「・・・どうしてこうなった・・・」

「ゲンイチロウ?」

 

呆然と何かを呟きだすツキオミさん。

 

「俺はまた草壁中将の下、三人でやっていけると思っていた」

「ゲンイチロウ。まさか、お前・・・」

「そうだ。草壁中将に話したのは俺だ」

「ツキオミ。お前が・・・」

 

どうして、どうしてですか!? ツキオミさん!

 

「和平などというくだらない思想に染まり、闘争心を失ったお前達を見ていたくなかった」

「くだらない? 和平がくだらないと言うのですか!?」

 

許せなかった。

ミスマル司令が、カグラ大将が、力を尽くして成し遂げようとしていた和平を。

暗殺されかけても、それでも和平を訴えた司令の志を。

多くの人間が望み、未来へ繋ぐ為の大事な行為を。

今この人は全て、全てを否定したんだ!

 

「くだらないであろう! 俺達は地球を見返す事を生き甲斐にしてきた!」

「それこそくだらない! 復讐を生き甲斐にして何の意味がある!」

「貴様には分かるまい! 俺達の苦しみも憎しみも!」

「だから、だから親友の妹を売ったのか!?」

「違う! 俺はただ、二人にも俺と同じ道を共に進んで欲しかっただけだ!」

「その結果がこれです! 貴方のせいで親友が苦しんでいる!」

「それは・・・クソッ!」

 

・・・どうしてだよ?

どうして分かってくれない。

復讐して何になる。未来が拓けるのか?

その先に、貴方の望む世界があるのですか?

 

「・・・カグラ大将」

「何だ? ゲンパチロウ」

 

ツクモさんが項垂れ、ツキオミさんが俯く重々しい雰囲気。

そんな中、無言に徹していたアキヤマさんが口を開く。

 

「私は貴方に付いていきます」

「なっ!? ゲンパチロウ! お前」

「ツクモ。ゲンイチロウ。すまないな」

「馬鹿な真似はやめろ。お前も俺達と共に―――」

「ゲンイチロウ。言った筈だ。俺達は先を見なければならないと」

「だから、共に地球を滅ぼし―――」

「最早何を言ってもお前とは意思を共に出来まい」

「・・・ゲンパチロウ」

「いいのだな? ゲンパチロウ」

「はい。和平の為、友情を断ちましょう」

「艦長・・・」

「サブロウタ。お前はこれより別の―――」

「何を言っているのですか。私は貴方に付いてきますよ」

「・・・後悔はしないな?」

「はい。艦長と共に意思を貫きます。和平の為に全力を」

「ああ」

 

アキヤマさんが二人との友情を断ち、こちらに付いた。

喜ばしい事だが、彼ら三人の友情を考えると・・・胸が痛い。

それに・・・。

 

「いいのですか? もし貴方が神楽派に付いたと知ったら、ユキナちゃんが」

「そ、そうだ。ゲンパチロウ。考え直せ」

 

突き込む隙を見付け、必死に説得するツキオミさん。

そのチャンスを与えてしまったのは俺だが、この問題は無視出来ない。

 

「ゲンパチロウ・・・」

 

頼む。そう言いたげな顔でアキヤマさんを見詰めるツクモさん。

妹の身に何があるか分からない。だから、頼むから付いて来てくれ、と。

でも、アキヤマさんは首を横に振った。

 

「殺せまい」

「え?」

「もし、ユキナに危害を与えたらツクモが離れる。それを知っている以上、手は出せん」

「それでも、万が一が・・・」

「二度も言わせるな。こちらに付くと決めたのだ。何があろうとその意思は貫く」

「ゲンパチロウ。ユキナがどうなってもいいのか!?」

「ゲンイチロウ。悔しく、悲しいが、これは戦争だ。私情を挟む物ではない」

「草壁中将を、俺を、ツクモを、お前は裏切るというのか!?」

「裏切ったのはどっちだ! 俺は木連の事を真剣に思う中将に憧れ付いていこうと決めた。だが、今の中将は木連の事など考えていない! 中将は俺の、俺達の思いを裏切ったんだ!」

「違う! 中将こそ誰よりも木連の事を考えている!」

「ならば! このような卑怯なやり方をした中将を! お前は信じられるのか!」

「俺は・・・中将を・・・」

「正々堂々と信念を貫く事こそが木連戦士だと力強く語るお前が! このような卑劣を許すのか! 中将であれば何をしても許されると、お前はそう考えているのか!」

「俺は・・・俺は・・・」

 

揺るがぬ意思。揺るがぬ信念。

何者にも屈しない力強さを見た。

 

「ツクモ。すまない」

「・・・ゲンパチロウ」

「俺達の縁も・・・ここまでだ」

「・・・いや。俺のせいで辛い決断をさせたな」

「・・・達者でな」

「・・・ああ」

 

トボトボと扉へと向かっていくツクモさん。

 

「・・・大将」

「何だ?」

「もし、もしユキナを取り戻せたら・・・私も・・・」

「・・・・・・」

「・・・いえ、何でもありません」

「・・・そうか。中将に尽くせ」

「ハッ。失礼致します」

 

退室していくツクモさんとそれを見送る俺達。

・・・辺りを静寂が包み込んだ。

 

「何故だ? ・・・どうして、こうなってしまった」

「・・・ゲンイチロウ」

「俺はただ、草壁中将の下でお前達と志を同じくしたかっただけなのに」

「・・・お前はお前の信念に従え」

「・・・ゲンパチロウ」

「それが、お前の生き様だ。俺達も離れる時期が来たのだよ」

「・・・俺とお前もここまでか?」

「・・・ああ。俺には俺の、お前にはお前の道がある」

「・・・そうか」

「今まで楽しかったぞ。ゲンイチロウ」

「ああ。俺もだ。ゲンパチロウ」

 

立ち上がり、キリッとした凛々しい表情で敬礼するツキオミさん。

 

「失礼致しました! 大将!」

「お前も草壁中将に付いていくのだな」

「ハッ!」

「・・・そうか。残念だ」

「申し訳ありません!」

「いや。信念を貫け。ゲンイチロウ」

「ハッ。ありがとうございます」

「うむ。行ってよい」

「はい」

 

扉へと向かうツキオミさん。

そのまま退室していくのかと思いきや、振り返り・・・。

 

「大将。私が中将に告げたのは、ユキナの生存を大将より教えられたという事。神楽大将より俺達三人に接触があったという事。その二つだけです。ケイゴや地球との事は何も言っておりません」

「言わなくていいのか? お前は中将に付いていくと決めたのであろう?」

「ハッ! ですが、それは私の信念に反する行い。私は正々堂々立ち向かいます」

「そうか。分かった」

「ハッ。それでは、失礼致します!」

 

そうして、ツキオミさんも去っていった。

 

「・・・アキヤマさん」

「大人にはなりたくないものだな。友情より理屈を取った」

「後悔・・・しているのですか?」

「まさか。私の生き様に後悔などないよ。ただ悲しいだけだ」

 

・・・アキヤマさん。

 

「秋山・源八郎」

「ハッ!」

「高杉・三郎太」

「ハッ!」

「貴君らの決意。感謝する」

「「ハッ」」

「歓迎しよう。我らの願う和平の為、貴君らの力を貸して欲しい」

「「ハッ!」」

 

友情を断ち切り、信念に生きたアキヤマさん。

力強い味方を得たのは素直に喜ばしいが、複雑な思いだった。

願わくは、三羽烏皆と共に歩みたいと思っていた俺は甘かったのだろうか。

・・・こうして彼らは友情を断ち切り、それぞれの道へと進んでいった。

無二の友、いや、無三の友である友を失った彼らの気持ちは俺には分からない。

なんでもないように笑う秋山さんの横顔が酷く悲しそうに見えたのは俺の勘違いではないと思う。

ユキナ嬢が兄と慕う三人。

その三人の友情を引き裂いてしまったのは・・・状況か、環境か、それとも俺なのか・・・。

少なくとも、ユキナ嬢が悲しむ事は間違いない。

・・・悔しい、苦しい、そして、胸が痛い。

俺は・・・やっぱり、彼ら三人と共に歩みたかったんだ。

三羽烏と呼ばれる木連の戦士達と共に。

 

 

 

 

 

その為にも俺にできる事、いや、すべき事をしよう。

たとえ、死ぬ事になろうとも・・・彼女は俺が救ってみせる。

 

 

 

 

 



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