もうひとつのかけらとふたつの手 (今日坂)
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第1話 …あのう、あなたが私のご主人ですかっ⁉︎
※『わんわんぴーす』本編の二次創作のような位置付けのお話です。
気の向くまま足の向くままのあてのない旅…、その気楽で束縛のない雰囲気に憧れる者もいるかもしれない。でも面白い事なんてそうそう巡り会えないし、そこにたどり着くまでの道のりはただひたすら単調だ。
そんな代わり映えしない日々に少しアクセントを付けようと脇道に入ったのが運の尽き、今私たちネコネコ団は、薄暗い森の中をさまよっている。そしてやっとの思いで抜けた茂みの先には、見慣れた風景が広がっていた。
アムールトラ「あちゃー、またここに出ちゃった。」
サーバル「この森、適当に歩いてたんじゃ抜けられそうにないね。」
自分だけならまだしも仲間をやっかいごとに巻き込む団長なんて最低じゃないか…。私は心底自身の軽はずみな行動を悔やんだが、悔やむのはこれで何度目だろうか。そしておそらくこれからも、たびたび悔やむ時がくるのだろう。自分の馬鹿さ加減を痛感した私は、思わず大きなため息をついた。
カラカル「団長、いまさら悔やんだって道は開けないわ。あたし、ちょっとそこらを見てくる。」
そう言うとカラカルは、高い木をスルスルと登っていった。
私はそれを目で見送ったあと、おずおずとサーバルに言った。
アムールトラ「すまないねぇ、頼りない団長で…。」
サーバル「ぜーんぜん!別に目的地があるわけじゃないし、このまま野宿でも構わないから大丈夫だよ!」
アムールトラ「ありがとう、優しいねサーバルは…。それじゃあカラカルが降りてくるまで休憩しようか。」
それから私は草の上に腰を下ろした。すると胸のポケットからキラキラした結晶が転がり落ちた。私は慌ててそれを拾い上げたが、これにサーバルは大いに興味を惹かれたらしく、目を輝かせながら詰め寄ってきた。
サーバル「なにこれなにこれ⁉︎」
アムールトラ「まさか落とすなんてっ…。…いや、そろそろ潮時かもしれないな…。」
サーバル「どういうこと?」
アムールトラ「いい機会だ、話しておこう。これはね…。」
ヒトに助けられたのちフレンズとなった私は、セントラルパークで暮らす事にした。そして強い力を活かして、ハンターとなってセルリアンからみんなを守る道を選んだんだ。
そんな腕自慢のフレンズが集まるハンターの中で、私は押しも押されもせぬエースだった。数々の功績を挙げ『青帽の虎』と呼ばれるようになり、もう自分にできない事なんてない!と本気で考えていた。今にして思えば相当自惚れていたよ。
そんな時、私はセルリアンに追っかけられている1人のフレンズを助けた。セルリアンといってもこいつに取り込まれるフレンズなんていないんじゃないかと思えるくらいの本当に小さなやつで、私は指一本で叩き伏せた。
アムールトラ「おい、大丈夫か?」
?「あ…ありがとうございます!…あのう、もしかしてあなたが私のご主人ですかっ⁉︎」
アムールトラ「ご主人…?なんだそれ?私はアムールトラだ。」
イエイヌ「私はイエイヌです!ご主人を探していたら変なのに追いかけられて!」
アムールトラ「あれはセルリアンっていうフレンズの天敵だ。もしかしてキミは生まれたばかりのフレンズなのか?」
イエイヌ「え…、フレンズ…?」
そう言うとイエイヌは自分の体を見回し始めた。
イエイヌ「ふぇ、どうなってるんですかこれ⁉︎手がある!それに私、二本足で歩いてる‼︎」
イエイヌはワタワタしていたが、しばらくすると泣きそうな目で私を見つめた。どうやらフレンズになりたてで何もわからないらしい。そこで私はフレンズやパークについて一通り教えてあげた。
これがネコ科のフレンズであれば、いくら必要な知識とはいえちんぷんかんぷんな単語の羅列にたちまち飽きてあくびをし始める所だが、イエイヌは全身を耳にして熱心に聞いていた。
イエイヌ「…まだ分からない事も多いですが、ともかくここはジャパリパークで、私はフレンズになった事は分かりました、ありがとうございます!」
アムールトラ「そうか。それじゃあみんなにキミの事を紹介しよう、私についてきて。」
イエイヌ「はい!」
イエイヌは元気よく返事をすると、尻尾をブンブンと振りながら私について歩き出した。
そして私はセントラルパークで暮らしているヒトやフレンズみんなにイエイヌを紹介して回った。そしてそれが終わる頃には、すでに日が傾き始めていた。
アムールトラ「それじゃあ後は、キミの好きに生きたらいい。じゃあ、元気でね。」
そう言って私はお別れしようとしたんだが、どういうわけかイエイヌはピッタリ後をついてきたんだ。
アムールトラ「…?どうした?キミが行きたい所へ行っていいんだよ?」
イエイヌ「あなたの行きたい所が私の行きたい所です!お願いです、一緒に連れていってください!」
アムールトラ「正気か⁉︎私の向かう先にはさっきのチビスケとは比べ物にならないくらい、強くて大きなセルリアンがわんさかいるんだぞ!それに、血気にはやってセルリアンに向かってゆき取り込まれたフレンズを何人も見てきたんだ。ましてやキミみたいな怖がりは、絶対に連れて行くわけにはいかない!」
イエイヌ「へっ、へっちゃらです、私はあなたのそばにいられればそれでいいんです!あなたは私の大切なご主人ですっ‼︎」
アムールトラ「ご主人なんかじゃなーい‼︎」
どうやらちょっと世話を焼いただけで、イエイヌは私をご主人だと決めてしまったらしい。それから日が暮れるまで押し問答が続いたんだけど、私がへたばってもイエイヌは自分の考えを決して曲げなかったんだ。
それからイエイヌは、来る日も来る日も私の元へやってきては一緒に連れてってくれとせがんだ。最初は適当にあしらっていたけどだんだん鬱陶しくなってね、出来るだけ顔を合わせないよう隠れてみたりもしたんだが、その鼻と足でどこまでも追いかけてくる。そのあまりのしつこさに辟易した私は、しまいには怒鳴りつけて無理矢理追い払ったりしていた。
しかしイエイヌは絶対に諦めようとしなかった。そしてある日、自分の強さを示そうと高い木に登ったんだ。
☆
それを聞いたサーバルが、目をパチクリさせながら首を傾げている。
サーバル「木登りって自慢になるの?」
アムールトラ「キミのように木登りが得意なネコの感覚ならそうだよね。私もその時は知らなかったんだが、イヌは地面を走る事に特化した動物で、高い場所に登ったり飛び乗ったりはしないし、鎖骨も鋭い爪も無いからしっかり枝にしがみつく事もできないんだ。
おまけに高所が苦手で、飼い主に抱き上げられただけで震え上がってしまうケースもあるんだよ。」
「だからイヌにとって木登りはまさに命懸けの行動…いや自殺行為と言っていい。しかしイエイヌは、そんな恐怖を押し殺してまで私に自分の覚悟を見せようとしたんだ。」
☆
イエイヌ「見てください、私はこんなに強いんです!アムールトラさん、一緒に連れてってください!」
アムールトラ「声も体も、震えてるのがバレバレだ!今助けに行くからじっとしてろ!」
しかしそれを聞いたイエイヌは、今度は枝の上で片足立ちを始めた。
イエイヌ「ほら、こんな事だってできるんですよ?私は強いんです、一緒に連れてってください!」
ズルッ
イエイヌ「あっ…、ひゃあぁーっ!!!」
イエイヌはうっかり足を滑らせ、勢いよく落下した。
アムールトラ「危ないっ‼︎」
私はとっさに飛び上がり、空中でイエイヌを抱き抱えるとフワリと地面に着地した。イエイヌはというと、私の腕の中でガタガタ震えていたよ。
アムールトラ「…怖かったろ?」
イエイヌ「こっ、怖かったでひゅ…!」
アムールトラ「…無謀と勇気を履き違えてるやつはいっぱいいる。そいつらは決まって、恐怖から目を背け自らの非力さを認める事を放棄してるんだ。でもキミは違うな…、恐怖も弱さも自覚した上で行動してるんだから勇気がある。それに私から学ぼうって一生懸命だ。
負けたよ…、私についてこい。」
イエイヌ「あ、ありがとうございます!私、アムールトラさんのためならなんだって頑張ります‼︎」
アムールトラ「勘違いするな、キミの力を認めたわけじゃない。ただこれ以上周りで騒がれるのが迷惑なだけだ。セルリアンを見かけたら絶対に戦わずに私に知らせる事…、いいね⁉︎」
イエイヌ「はい、分かりました‼︎そ・れ・で・はぁ…。」
するとイエイヌは、なにやら目を爛々と輝かせながらにじり寄ってきた。そして私に飛びつくと、ものすごい勢いで顔中を舐めまわし始めた。
イエイヌ「よろしくお願いしますっ‼︎」
アムールトラ「わ゛〜〜〜っ!!!」
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第2話 受け継がれる輝き(おもい)
それから私たちはパトロールに出かけた。パトロールといってもピクニックみたいなものでね、危険とは程遠い馴染みのルートだった。
イエイヌは本当に嬉しそうにニコニコしながらついてきていたよ。そして私はといえば慣れないお守りで最初はピリピリしてたんだけど、道の中程に差し掛かるとだれてきてね、ポカポカ陽気も相まってちょっと木陰で休む事にしたんだ。
アムールトラ「ふぃー。」
イエイヌ「気持ちいい所ですね〜。」
アムールトラ「あー、イエイヌ?ちょっと頼めるかな?」
イエイヌ「はい、何でしょう⁉︎」
私は毛皮からコップを取り出すとイエイヌに手渡した。
アムールトラ「ここから少し行ったところに泉があるから、こいつに水を汲んで持ってきてくれないか。キミも十分飲んでくるといい。」
イエイヌ「分かりました、行ってきます!もしセルリアンを見かけたら、すぐに戻って知らせますから心配しないでください‼︎」
そう言ってイエイヌは張り切って出かけていった。その後ろ姿を見送りながら、私はため息をついた。
アムールトラ「やれやれ、ようやく一息つけるよ…。誰かを気にかけるって、こんなに疲れるんだ…。」
そしてこれまでの疲労が一気に押し寄せてきて、私は木にもたれかかりながら不覚にも眠ってしまったんだ。
アムールトラが静かに寝息をたてていると、樹上から拳ほどの大きさの黒い塊…セルリウムが音もなく忍び寄ってきた。それは彼女の被っている帽子の輝きを取り込むと、グネグネと蠢きながら今度は泉の方へと向かっていった。
一方泉にたどり着いたイエイヌは、早速コップに水を汲んだ。それから身を乗り出して水面に舌を伸ばすと、存分に水を飲んだ。
イエイヌ「ふー、美味しーい。」
そうして顔を上げ満足げに舌をぺろぺろしていると、背後からアムールトラの匂いがしたので振り向いた。
イエイヌ「あれ、アムールトラさんも来たんですか?やっぱり直接飲んだ方が美味しい…」
ここで不意に、イエイヌの声がかき消えた。
ザワァッ
突然毛が逆立ち、私は目を覚ました。
アムールトラ「しまった、ついうたた寝してたか…。しかし今のは…?」
私は勘が鋭かった。たとえ音や匂いがなくとも、これのおかげで数々の危機をかいくぐってきたものだ。それが今、全力で私に不吉を知らせてきた。
アムールトラ「イエイヌ…イエイヌ⁉︎おい、大丈夫かイエイヌ‼︎」
私はイエイヌの名を叫びながら一目散に泉へと向かった。
すると泉のわきに全身真っ黒で私とそっくりな姿をしたセルリアンが立っていて、その足元にはコップが転がっていた。そしてそいつは私に気がつくと、顔の真ん中にある巨大なひとつ目でこちらを睨みつけながらゆっくりと身構え始めた。
あんな姿のセルリアンは、後にも先にも聞いたことがない。けれどもイエイヌがこいつに襲われたんだと私は直感した。
『一刻も早く助けなければ!』
私はイエイヌを助けたい一心で野生解放をした。全身が
ガチィィン!
するとあたりに激しい音が響き渡った。なんとそいつは避けるでも耐えるでもなく、私の渾身の一撃を自分の爪で防いだ。姿形がそっくりなだけじゃない、野生解放した私と同等の力と技術を持っていたんだ。
そのあまりの出来事に、私の全身は一瞬硬直してしまった。そして気づいた時には、そいつの爪が目の前に迫ってきていた。私はとっさに顔を逸らしてそれをかわしたんだが…
ドボォ!
アムールトラ「ぐっ…!」
逆に右の脇腹に強烈な蹴りをモロに喰らってしまい、とてつもない痛みで危うく意識が吹き飛びかけた。どうにかそれを繋ぎ止めたはいいけど、間髪入れず次の一撃が飛んできた。それからしばらくは防戦一方、反撃の糸口を見つけ出すのはおろか、次々と繰り出される相手の攻撃を防ぐだけで精一杯だった。
『このままじゃ負ける!』
そう判断した私は一旦背後の木まで飛び、太い枝に着地するとすぐさま隣の木へと飛び移った。そうして泉の周りを取り囲むように生えている木々の枝から枝へと素早く飛び回りながら、徐々に眼下の相手との間合いを詰めていった。
これが並のセルリアンだったらかく乱されてこちらを見失うところなんだけど、そいつは大きな目をギロギロさせながら冷静に私の動きを追っていた。それでもなんとか背後に回り込み、そこから一気に飛びかかった。けど…
そいつはワザと隙を作って私をおびきよせたんだ。そして振り向きざまに強烈な爪の一撃が唸りをあげながら迫ってきた。もしもまともに突っ込んでたら、間違いなくやられていただろう。
でも私は攻撃をしたかったんじゃなく、そいつの眼前に“飛び降りたかった”んだ。私のコピーなら樹上から飛びかかって相手を一撃で仕留めるアムールトラの習性を知っているから、ただ着地するなんて思いもよらないだろうと考えてね。
ブオンッ!
はたして目算が外れた大振りの一撃が空を切り、そいつは無防備となった。爪がかすって帽子は吹っ飛ばされたけど、ようやく私は攻撃のチャンスを掴むことができた。そして勢いよく地面を蹴って突進すると、その顔面にありったけの力を込めた爪を叩き込んだ。
ドグワッ!!!
その一撃でセルリアンの頭は跡形もなく吹き飛んだ。そして一瞬の静寂ののちそいつの体がぱっかーん!と弾けて、きらめくかけらがあたりに散らばった。
かなり手こずったとはいえそれほど時間は経っていなかったから、私はセルリアンの残骸から気絶したイエイヌが出てくるんだって確信していた。けど現れたのは、虹色に光る大きな球だった。
アムールトラ「なんでっ…⁉︎これはフレンズが動物に戻る時の現象じゃないか…。駄目だ、お願い帰ってきてくれイエイヌ、イエイヌー!!!」
私は球にすがりつきながら大声で叫んだ。けどその叫びも虚しく球はするすると縮んでゆき、一匹のイヌが現れた。その子はキョトンとした顔で私を見つめていて、その足元にはイエイヌの輝きの結晶がキラキラと光を放っていたんだ。
アムールトラ「私が気を抜いたせいだ…、ごめんイエイヌ、ごめんよぉー!!!」
私は叫びながら結晶の前でガックリと膝をつくと、ボロボロ涙を流した。セルリアンに取り込まれたフレンズが動物に戻るところは何度も見てきたけれど、あれほど悲しいと思った事はなかったよ。
☆
サーバル「…どうしてイエイヌはそんなに早く動物に戻っちゃったんだろう?」
アムールトラ「この事件はセントラルパーク中に広まって大きな議論を呼んだ。その中で生まれた推論だけど、あれがヒトの輝きを取り込んだ強力なセルリアンだったからなんだと思う。だから強さだけじゃなく、サンドスターを取り込む速度も桁外れだったんだ。
おそらくこの形見の帽子の輝きから生まれたんだろう。まあ知っての通り一度セルリアン化した物からは二度とセルリアンが生まれないから、被り続けても問題はないよ。あと念のため付け加えておくとフレンズにも似たような性質があって、一度セルリアンに取り込まれて動物に戻ったら、いくらサンドスターをかけてもフレンズにはなれないんだ。」
サーバル「それで、そのイヌはどうなったの?」
アムールトラ「パークで新しい飼い主が見つかって、そこでのびのびと暮らしたよ。イヌは自然の中で一人で生きるより、頼りになる主人と暮らした方が幸せなんだ。」
「それから私は、イエイヌの輝きの結晶を肌身離さず持ち歩いた。まだフレンズになったばかりなのに私の慢心で消えてしまったイエイヌに、少しでも広い世界を見せてあげたくてね。それに、私が同じ過ちを繰り返さないよう一番そばで見守っていて欲しかったんだ。」
「そうして長い年月が流れた。ずっと続けてきたハンターの仕事に情熱を感じなくなり、ふらっとセントラルパークを飛び出してあてもない旅に出た。そして各地でセルリアンと戦っているうちにキミとカラカルという仲間ができて、今では駆け出しの団長をやっている。」
サーバル「そんな事ない。頼りがいがあって憧れの団長だよ、アムールトラ!」
アムールトラ「…そうか。私も少しはマシになってきたのかもしれないな…。ところでサーバル、この結晶、これからはキミが持っていてくれないか。」
サーバル「え、どうして?」
アムールトラ「私はいい加減一人で歩かなきゃならないんだ。逆にキミはまだいろいろと危なっかしい、万が一にも私のような失敗をしてほしくないんだ。」
そして私は、結晶をサーバルに手渡した。
サーバルは困ったような顔をしながらそれを見つめている。
サーバル「うみゃ…、よく分かんないけど、これを持ってたら私のドジも減るのかなぁ?」
アムールトラ「くれぐれも無くさないでくれよ。あと、絶対にヒトには触らせない事!」
サーバル「わかった!」
そこへ、カラカルが木から降りてきた。
カラカル「この先に小さな村があるわ。それと、そこへ向かってるフレンズもいる。」
アムールトラ「ご苦労様。ならそこへ行ってみようか。」
カラカル「あれ?サーバル、なんなのそのキラキラは?」
サーバル「あ、これはね…。えーっと、何から話せばいいんだろう?」
アムールトラ「よしおさらいだ。村に着くまでに、さっき聞いた私の話の内容をカラカルに分かりやすく説明する事!」
サーバル「えーっ⁉︎そんなの無理だよぉー!」
アムールトラ「やる前から決めつけるな!とにかくやってみるんだ!」
カラカル「なになに?詳しく教えてっ!」
サーバル「そんなぁ、助けてよ団長〜!」
こうしてワイワイ騒ぎながら、ネコネコ団は村へと向かった。でもまさかあんな恐ろしい事が待ち構えていようとは、この時誰も想像していなかった。
わんわんぴーす執筆中に「たとえキュルル(イエイヌ)がセルリアンに取り込まれてもすぐに助ければいいんだから、アムールトラが腕を失う必要なくね?」というツッコミが頭の中に浮かんだので、その答えとして書いた物語です。
キュルルと出会う前にアムールトラが戦った特別なセルリアンはあっという間にフレンズから輝きを奪い去ってしまったため、彼女はオリジナルイエイヌを救う事ができませんでした。こうなってしまった原因の一因は己の慢心という事もあり、この事件はアムールトラの心にずっと影を落とします。
このような苦い体験があったために、彼女は自らの腕を失う事もいとわずに大型セルリアンからキュルルを救出したのです。
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第3話 あの子の軌跡
旅の途中でイエイヌのおうちを訪れたキュルルたちは、彼女からお茶のおもてなしを受けたり、引っ張りっこやフリスビーなどで楽しく遊んだりした。しかしその最中、キュルルがうっかりトラクターに水筒を忘れてきた事に気付いた。
すぐさま取りに向かおうとしたが、それを聞いてイエイヌが寂しそうな顔をしているを見たサーバルとカラカルが、代わりに取ってきてくれる事となった。
その間、キュルルはイエイヌとお茶の用意をしながら待つ事にした。ポットでお湯を沸かしていると、ふと額に入れられている絵が目に入り、キュルルはこれについて尋ねてみた。
キュルル「イエイヌさんの絵、ビーストが描かれてるね。」
ビーストは右手をイエイヌの頭に乗せて笑っている。左腕がないのは、右向きの絵なので体の陰に隠れているためだろう。
イエイヌ「この色あせた帽子と一緒にずっとここにあったのですが、もう誰が何のために残していったのか全く分からないんです。」
キュルル「(かばんさんなら何か知ってるかもしれないな…。今度会ったら聞いてみよう。)そういえば、イエイヌさんはビーストについて何か知ってるの?」
イエイヌ「会った事はありませんが、探偵の2人が噂話を教えてくれました。とんでもなく強くて暴れん坊なフレンズだとか。」
キュルル「僕がサーバルとカラカルに教えてもらった噂と一緒だね。でも実は僕たち、旅に出たばかりの頃大きなセルリアンに追っかけられたんだけど、その時ビーストが現れて助けてくれたんだ。それでね…、僕、その子を一目見て憧れちゃってね。」
「カラカルには『やめときなさい、そんな危ないやつ!』って言われたんだけど、どうしてももう一度会いたいって思ってたんだ。そしたら今度は、ジャングルでみんなと遊んでいるところにいきなり現れた。そして僕の目の前までやってきて、何か言いたそうにじっと見つめたんだ。」
イエイヌ「ふえぇ…、怖くなかったんですか⁉︎」
キュルル「うん。びっくりしたけど、襲われるって気は全然しなかった。あの目は懐かしんでるような困惑してるような…そんな感じだったよ。
それからかばんさんってヒトが現れて、紙飛行機を使ってビーストを追い払った。そして僕たちはかばんさんが住んでる研究所っておうちに招待されてね、そこでビーストについて色々教えてもらったんだ。」
かばん「私は以前ビーストに会った事があってね、それ以来強い関心を持っているんだ。
この建物にはヒトがいた頃の資料やデータがたくさん保管されていて、それによるとここはかつてパークの治療施設だったらしいんだ。そしてその中に、アムールトラってフレンズの治療経過について事細かに記されているデータファイルがあったんだ。」
「アムールトラはセルリアンとの戦いで左腕を失ってしまった。それを元に戻すため、まずはヒグマって子が持っていた武器をサンドスターに戻し、それから腕の形に整形した。でもいくら形を整えてもこれは他のフレンズのサンドスターだから、当然そのままくっつけようとしたってうまくいかない。」
「そこでヒトは接着剤として、無害化したセルリウムを用いたんだ。これには輝きを引きつける力があるから、それを利用して腕をくっつける事ができるんだ。そしてしばらく経つと、ヒグマのサンドスターがアムールトラのものへと完全に置き換わって左腕が元通りになる。
これは当時、大きく体が欠損したフレンズに対して日常的に行われていた治療方法だったらしい。そして役目を終えたセルリウムは、元気になったフレンズのサンドスターの力に押されてそのまま消滅するはずだったんだ。」
「でも左腕が元に戻った頃から、彼女は毎晩悪夢にうなされるようになった。けれども目が覚めるとすぐに忘れてしまうから、それが一体どんな夢だったのかは彼女にも分からなかった。」
「それから徐々にアムールトラの体は変わっていった。言葉が話せなくなって意思の疎通が難しくなり、両手は肉食獣のように肥大化し、体からは黒い輝きが吹き上がり、時には錯乱して暴れ回るようになってしまった。」
「ヒトはやむを得ず彼女を拘束し、原因を徹底的に調査した。ところがある日、アムールトラは鎖を引きちぎって施設から飛び出すと、そのまま行方不明になってしまったんだ。
だがそれでもヒトは諦めなかった。懸命に彼女を捜索するとともに、残されたデータをつぶさに調べ上げた。結局結果が出るまでには相当長い時間がかかったんだけど、なんとか原因を突き止めた。」
「それはアムールトラの治療に使われたセルリウムだった。通常であれば消滅するはずのセルリウムが彼女の持つ強い自責の念に反応し、それを増幅させて何度も悪夢として見せていたんだ。
それによって不安定になった彼女のサンドスターは、徐々にセルリウムへと変わっていった。そしてとうとう、ビーストと呼ばれる暴走状態になってしまったんだ。こうなるとフレンズは理性を失い、体は常に野生解放状態となる。」
「そのままだったらすぐ動物に戻ってしまうんだけど、ビーストは輝きを直接取り込んだり、セルリアンを破壊する事でサンドスターを補給する事ができるんだ。それを本能的に察知した彼女は、人目を避けながら活動を続け今日まで生きながらえた。」
キュルル「じゃあ結局、ヒトはビーストを助けられなかったんですね。」
かばん「残念ながらそうなるね。ヒトの記録はある時点でプッツリと切れている。なにがあったのかは分からないけれど、おそらくこの頃大きな出来事が起こってヒトはいなくなってしまった。けれどもパークとフレンズ、そしてビーストはそれからもずっと生き続けたんだ。」
「話を聞くに、キュルルさんとビーストは何か惹かれ合うものがあるんじゃないかって思うんだ。出会ったばっかりなのにこんな危険な事を頼むのは気が引けるんだけど…、どうかあの子を助けてやってくれないだろうか。もしかしてキュルルさんなら、何かを伝えられるかもしれない。」
キュルル「任せてください!僕、あの子とお友達になりたいんです!」
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第4話 おうち
その話を聞いたイエイヌは、とても関心した様子だった。
イエイヌ「ビースト…いえアムールトラさんとお友達に…ですか。キュルルさんは凄い事を思いつくんですね。」
キュルル「どうすればいいかは全然分かんないけど、諦めずに追いかけ続ければ、ずっとひとりぼっちで走り続けたあの子にいつかは追いつけるんじゃないかって思うんだ。」
するとイエイヌはしょんぼりとうなだれた。
イエイヌ「やっぱり行ってしまうんですね、寂しいです…。」
キュルル「あっ…!ゴメンねイエイヌさん。…ねえ、もしよかったら僕たちと一緒に旅をしない?」
それを聞いたイエイヌは一瞬明るい顔をしたが、すぐに表情を曇らせた。
イエイヌ「私はここで何かを待ち続けなければなりません。それはキュルルさんではなかったし、もう何だったのか知る術はないのですが…」
キュルル「そっか…。でも必ずまたここに来るよ。その時は今日みたいに思いっきり遊ぼうね!」
イエイヌ「はい、嬉しいです!」
ドオォォォン!
キュルル&イエイヌ「「わーっ⁉︎」」
突然大きな音とともに屋根が半分吹き飛び、何かがおうちに飛び込んできた。沸かしていたポットが床に落ち、お湯があたりに飛び散った。さらに棚が吹き飛ばされ、中の食器が床に散乱した。
キュルル「う〜ん、なにが起こったんだ…?」
イエイヌ「あ、あれはっ⁉︎」
もうもうと立ち込める砂埃の向こうには、ビーストが立っていた。そして足元に額に入ったイエイヌの絵が落ちている事に気がつくと、それ目掛けて一気に爪を振り下ろした。
イエイヌ「ダメ、壊さないでっ‼︎」
イエイヌはなんとかビーストを止めようと、必死に右手を伸ばしながら駆け寄った。
しかし絵の裏にはセルリウムが張り付いていたのだ。そしてそれは、ビーストの爪が届くより一瞬早く絵に込められたヒトの輝きを取り込んだ。すると絵から7本の黒い輝きが飛び出し、まるで巨大な蛇のようにビーストたちに絡み付いた。そして彼女らを取り込むとグネグネと絡み合って、額縁状の大きな顔と6本の棒状の長い腕を持った巨大セルリアンとなった。
サーバル「あったよ、キュルルちゃんの!」
カラカル「あたしもうっかりしてたわ、なんっか足りないと思ってたのよね…。」
一方キュルルの忘れ物を見つけた2人は、イエイヌのおうちに引き返そうとしていた。するとその方向から大きな音が聞こえた後、黒い輝きとともに突然巨大なセルリアンが現れた。
サーバル「なにあれ、セルリアン⁉︎」
カラカル「あっちにはキュルルとイエイヌがっ…急ぐわよ、サーバル!」
サーバル「うんっ‼︎」
それを見たサーバルとカラカルは、キュルルとイエイヌを助けるため大急ぎでおうちへと向かった。
取り込まれたイエイヌは、セルリアンの中をゆっくりと漂っていた。その体は黒くて重たい水のようで、ろくに体が動かせない。しかししばらくするとまぶたの裏に眩しい光が見え、体が急に軽くなった。
そしてイエイヌが目を開けると、目の前に小さな村が広がっていた。
イエイヌ『ここは?なんですかこれっ⁉︎』
慌ててあたりを見回すと、すぐそばにビーストが信じられないという表情を浮かべながら呆然と立っていた。その様子から察するに、どうやら彼女にも同じ景色が見えているようだ。
するとビーストの周りに、何人かの光り輝く人影が現れた。キラキラしていて体の輪郭すらはっきりしないが、特に顔がよく見えない。すると2つの人影がビーストに話しかけてきた。
「いらっしゃい、団長さん。」
「ゆっくりくつろいでいってね。ご注文はいつものジャパリソーダ?それとも別のにチャレンジしてみる?」
すると今度はフレンズのような姿をした2つの人影が近寄ってきて、ビーストに話しかけてきた。
「団長、おっはよー!今日はどこへ行くの?あれ、もしかして疲れてる?」
「ねえ、いつまでもふらふらしてるくらいなら、いっそあの子とずっと一緒にいてあげたら?」
そして最後に背の低い人影が、トテトテとビーストのそばへとやってきた。
「おかえり!今日はどんなお話を聞かせてくれるの?それとも一緒に遊んでくれるっ⁉︎」
ビーストは困惑した様子だったが、その言葉を聞いているうちにだんだんと表情が和らいでいった。そしてまるで夢を見ているかのように、人影らに導かれるままふらふらと村の方へと歩き始めた。
それを見たイエイヌはとても嫌な予感がした。そして必死にビーストに呼びかけた。
イエイヌ「待ってください、ここ、なんだか変です!」
すると彼女の隣に輝く人影が現れ、朗らかな声で話しかけてきた。これまた光にさえぎられてよく見えないが、どうやらイエイヌと同じような姿と声をしているようだ。
「あなたはどうしてあの子を引き止めようとするんですか?」
イエイヌ「分かりません、でも…、これじゃいけないって事は分かるんです!」
「あの子はパークのどこにも居場所の無いのけものなんです。そんな辛い所に戻るよりも、ここで永遠に醒めない楽しい夢を見ていた方がずっと幸せなんですよ。」
イエイヌ「そんなっ…!」
「では聞きます、あなたはあの子のなにを知っていますか?」
イエイヌ「ビーストって呼ばれてる乱暴者で、あとは…ええっと…。」
「じゃああの子の好きなものは?特技は?お気に入りの場所は?」
イエイヌは必死に考えたが、ここはまるで夢の中のようで、頭がうまく働かない。
イエイヌ「…分かりません。私にはさっきの事しか分かりません。」
「私たちはあの子の事ならなんでも知っていますし、あの子の欲しいものならなんだってあげる事ができます。ですがあなたはあの子になにをしてあげられますか?」
イエイヌ「私はっ…!私は…」
もうイエイヌにはなにも思い浮かばなかった。そして自身の無力さを痛感してがっくりとうなだれた。
「あなただってそう。たった一人で訳もわからないまま何かを待ち続けて、気がついたらパークでひとりぼっちになっていた。…でも大丈夫、ここにはあなたの欲しいもの全てがある。」
そう言うと、人影はイエイヌの手を取った。すると体から力が抜け、なんとも心地よい気分になってきた。
「おかえりなさい、ここがあなたのおうちですよ。」
それを聞いた途端、イエイヌの体はカーッと熱くなった。
イエイヌ『!!!…それは、私がキュルルさんに言った言葉っ…違います!私のおうちはここじゃありません‼︎』
そんなイエイヌの頭の中にキュルルの声が響いた。
キュルル「ビーストの本当の名前はアムールトラ!僕、あの子とお友達になりたいんだ‼︎」
そして先程のキュルルとのやり取りが次々と蘇ってきた。それから彼女はバッと顔を上げ人影を押しのけると、必死にビーストに呼びかけた。
イエイヌ「行っちゃ駄目です!あなたはひとりぼっちなんかじゃありません、あなたに会いたがってるヒトがいるんですっ!あなたのおうちは、ここじゃなくてパークです!それにあなたはビーストなんて名前じゃない、本当は…モガッ⁉︎」
すると背後に立った人影が、イエイヌの口をものすごい力でふさいだ。その姿からは先程までの光が消え、真っ黒な体が露わになっている。そして顔の中心には、巨大な一つ目がギロギロと蠢いていた。
イエイヌ型セルリアン「…うるさいっ‼︎」
一方イエイヌの声に気づいたビーストは、ふと立ち止まった。
ビースト『…イエ…イヌ?』
イエイヌはなんとか拘束から逃れようとじたばたしたが、セルリアンにがっしりと押さえつけられた事で体からどんどん輝きが奪われてゆき、意識が朦朧とし始めた。しかし、それでも彼女は背を向けたままのビーストに弱々しく手を伸ばした。
イエイヌ『いか…ないで…。』
その思いが通じたのだろうか、ビーストの心がチクリと痛み、霞んでいた意識が少しずつはっきりとしてきた。
ビースト『イエイヌ…、私はキミを守れなかった…。』
理性を失い長い年月が経っても、彼女にはたった一つだけ覚えていることがあった。それはビーストになってもずっと続く悪夢…、イエイヌを救えなかった後悔、無力感、情けない自分への嫌悪だった。
ビースト『キミは私を恨んでいるだろう。この体と悪夢は私の罰…この苦しみとずっと向き合うくらいなら、いっそパークから消え去ってしまいたいと考えた事もある。でも、私はどうしてもそうしたくはなかったんだ。』
ビーストの頭の中はぐるぐるし始めた。このまま村へと足を踏み入れる、たったそれだけで永遠の安らぎを得ることができる。そうすればこれまで延々と続いた苦難の道を、ようやく終わらせることができる。でもそれは、本当に自分が望んだ道なのだろうか?
ビースト「ち…がう…。」
ビーストはそれに対する答えを口にした。どんなに辛くても彼女が決して立ち止まらなかったのは、いつかこの道のどこかでイエイヌに会えるんじゃないかという、おぼろげな希望があったからだ。
すると、それまでぼやけていた視界が徐々にしっかりしてきた。そして彼女が振り向くと、そこには危機に陥っているイエイヌの姿があった。それを目にした途端、まるで雷に撃たれたかのように彼女の体がビクリと震え、それまでフワフワと曖昧だった全身の感覚が蘇ってきた。
ビースト『助けな…きゃ…。』
そして迷いながらもイエイヌの方へ一歩足を踏み出そうとしたその時、周りの人影が真っ黒なセルリアンの姿となり、一つ目をギラつかせながらビーストに群がってきた。
セルリアンら「こっちへ…来い‼︎」
ビースト『放せっ…、私は今度こそあの子をっ…』
彼女はなんとかそれらを振り払おうと、必死に抵抗した。
ガシッ
するとビーストはさらに強い力で押さえつけられた。見ると左腕のないビースト型セルリアンが、彼女の胴体にがっちり右腕を回している。そして凄まじい力で彼女の体を万力のように締め上げてきた。
ビースト「がっ…」
そのあまりの苦痛に思わず声が漏れた。そして体の中の大切なもの全てが口から流れ出てゆくような感覚とともに、彼女の意識は遠くなっていった。しかし…
キュルル「このぉぉぉっ、放せ、放せよーっ!」
なんと、大声を上げながらいきなりキュルルが物陰から飛び出してきた。そして彼はビースト型セルリアンにしがみつくと、なんとかビーストを助けようと死に物狂いで引っ張った。
そのあまりに突然の出来事に、セルリアンらは驚愕したかのように一斉にキュルルの方を向いた。
ビースト型「この気配はっ…まさかジョウオゥ…」
するとそれまでビーストを押さえつけていた拘束がわずかに緩んだ。彼女はその一瞬の隙をつき、思い切り腕を振り回してセルリアンらを吹き飛ばした。
ビースト『私は…もう間違えない!今度こそ、絶対にキミを助けてみせるっ‼︎』
そしてビーストは両腕を高く掲げ、持てる輝き全てを爪に注ぎ込んだ。すると彼女の爪がまばゆい光を放った。それはどんどん勢いを増してゆき、ついには太陽のような強烈な光の塊となった。そのあまりの力に押されたセルリアンらは、光の中へと消え去っていった。
ビースト「グオオオオーッ!」
そして彼女は、雄叫びとともにあらん限りの力を込めて両腕を振り下ろした。すると目の前の景色がひび割れたのち、パンッと弾けて真っ白になった。
ズパアァッ!!!
巨大セルリアン「グオォォーーン!!!」
四角い顔の内部から巨大な斬撃が発生し、それがあっという間に足元まで伸びてゆく。そして断末魔の叫びと共に巨大セルリアンは真っ二つになった。
ぱっかーん!
そうしてセルリアンの全身が弾け飛ぶと同時にイエイヌの絵の輝きがあたり一面に広がり、世界が白く染まった。そしてそこに込められた記憶が、一気にキュルルとイエイヌの頭に流れ込んできた。
キュルル「これは…イエイヌさんの思い出?ヒトがいた時代に、こんな事があったのか…!」
イエイヌ「泣いているのは…私?じゃあ、私が本当に待っていたものはっ…!」
幻の中のセルリアンらは、ビーストの迷いの象徴として書きました。
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第5話 離すもんか!1人じゃ無理でも2人なら
真っ白な世界の中心で、ビーストは全身をきらめかせながら静かに佇んでいた。全ての力を使い果たしたその顔は、穏やかな、しかし今にも消え去りそうな弱々しい微笑みを浮かべている。
ビースト『イエイヌ、よかった…、最後の最後でキミを守れて。これでもう、思い残すことはないよ。私は走るのに疲れた、おやすみ…。』
そして静かに目を閉じた。自分のようなパークののけものは、このまま跡形もなく消えてしまえばいい、そう思った時…
キュルル&イエイヌ「「ダメーッ!!!」」
キュルルとイエイヌが、ビーストにしがみついて同時に叫んだ。
キュルル「行かせない…、絶対に行かせないっ!君とお友達になるって決めたんだ!僕はパークもフレンズもかばんさんも君も…みんなみんな大好きなんだぁー‼︎」
その叫びを聞いて、それまで消えかけていたビーストの心がドクンッと震えた。
ビースト『オトモダチ…!私は…ここにいていいのか…?』
イエイヌ「待ってください、あなたはまだ私との約束を果たしてませんっ!」
ビースト『ヤクソク…?』
いつかどこかで聞いた事のある大切な言葉…。ビーストはそれを思い出そうと必死に頭を巡らせた。すると記憶の底から、イエイヌに帽子を被せる自分の姿が浮かび上がってきた。
ビースト『これはっ…!この時、私はなんて言ったんだ…?』
イエイヌ「やっと思い出しました…私が何を待っていたのか…。あなたがただいまって言うまで、絶っ対に離しませんよっ‼︎」
ビースト『約束…そうだっ、私は必ず戻るって言ったんだ!!』
その瞬間、それまでぼんやりとしていたイメージが頭の中でハッキリと像を結んだ。そしてビーストがカッと目を見開くと、あたりを漂っていた輝きが全て彼女に向かって集まってきて、その体が眩しく輝き始めた。
するとビーストの大きな手が弾け飛び、同時に体内から黒いセルリウムが飛び出してきて輝きの中へと消えていった。またそれを間近で見ていた2人も、あまりのまばゆさに目を開けていられなくなった。
ふと気がつくと、いつの間にかキュルルとイエイヌは並んで光の中を歩いていた。あたりの様子はよく分からないが、どうやらどこかの村のようだ。すると向こうから聞き覚えのある楽しげな笑い声が聞こえてきたので、2人はそこ目指して一目散に駆け出した。
そしたら目の前に思い出のカフェが現れた。2人が息を弾ませながら一緒に出入り口のドアを開けると…
───カララン
乾いた音が耳に飛び込んできて、キュルルとイエイヌの意識は現実に引き戻された。そしてうっすらと目を開けると、すでに輝きは消えていて、ビーストと3人で半壊したイエイヌのおうちに佇んでいた。
それからまず目に飛び込んできたものは、ほっそりとした小さな手だった。またその足元には、先ほどまでビーストの腕にはまっていた厳つい手枷が転がっている。まるで肉食獣のようだった彼女の大きな手は華奢なフレンズのものへと変わっていて、それにより手枷が外れて地面に落ちたのだ。
さらに霞んでいた体は見違えるようになっていて、毛皮越しでも力強い鼓動と確かな温もりがひしひしと伝わってくる。しかしその実感に浸っている間にも、それまではっきりしていた過去の記憶がまるで夢のようにどんどん失われていった。なので、それが消え去ってしまう前に2人はそっとビーストから離れた。
キュルルは落ちていた絵を拾い上げると、サラサラとペンを走らせた。そして欠けていた左腕を描き足すと、ずいっと彼女に差し出した。
キュルル「おかえり。君は大切なパークの仲間だよ、アムールトラ!」
イエイヌは床に転がっていたボロボロの羽のついた色あせた帽子を拾い上げると、ぐっと腕を伸ばして彼女に被せた。
イエイヌ「おかえりなさい。ここがあなたのおうちです、アムールトラ!」
そして彼女は涙で瞳をキラキラさせながら2人をしっかりと抱きしめると、フレンズに戻ってはじめてとなる言葉を口にした。
アムールトラ「ありがとう、キュルル!ただいま、イエイヌ!」
するとそこへ、サーバルとカラカルがやってきた。
サーバル「2人とも、無事…って、え…⁉︎」
カラカル「大丈夫⁉︎セルリアンはどこ…って、ええっ、ビースト⁉︎」
どちらもこの状況を飲み込めずあたふたしている。するとキュルルとイエイヌが2人に向き直った。
キュルル「紹介するよ。この子はアムールトラ、大切な群れの仲間だよ‼︎」
イエイヌ「私がずっと待っていた、かけがえのないフレンズですっ‼︎」
そう叫んだ2人の目からは、涙がとめどなく溢れていた。
◉えぴろーぐ
キュルル&イエイヌ「「そんなの駄目(です)ー‼︎」」
静かな村に、突然可愛いらしい怒鳴り声が響いた。
一体何事かというと…
フレンズへと戻ったアムールトラは、みんなに挨拶を済ませた後改まった態度でこう言った。
アムールトラ「この先のホテルから、とんでもなく大きなセルリアンの気配がするんだ。私はこれからそいつを片付けてくる。君たちは安全な所で待っていて…」
と言いかけた所で、キュルルとイエイヌが猛反対したのだ。
キュルル「せっかく戻ってきたお友達を、一人で危険な場所に行かせるなんてできないよ!」
イエイヌ「そうです!私はもう絶対に離れませんよっ!」
アムールトラはそんな2人の剣幕に圧倒されたが、なんとか思いとどまらせようとした。
アムールトラ「だってキュルル、キミはフレンズより力の弱いヒトだし…。」
キュルル「かばんさんだって自分にできる事を精一杯やってるんだ、たとえ力がなくっても、僕にしかできない事がきっとあるよ!」
アムールトラ「う…。…あの、イエイヌ?残念だけどキミはお出かけできない体なんだよ…。」
イエイヌ「そんな事ありません!私はあなたが行く所なら、どこへだって行けますっ!」
そう叫ぶとイエイヌは、ズンズンとかつての村の出入り口だったゲートに向かって歩き出した。これまで彼女の足は何度もその手前で止まっていたのだが、どういうわけか今回はすんなり通り抜けることができた。そしてそれをくぐって数歩歩いた所でクルリと振り返ると、得意げに胸を張った。
イエイヌ「どうですか!大切なあなたが向かう先へついて行く、これはお出かけではなくお散歩ですっ‼︎」
アムールトラ「そんな!無茶苦茶だよぉ〜。」
おそらくヒトが居なくなって村の概念がなくなったうえ、おうちまで吹き飛んだためにイエイヌを縛るものが消えたのだろう。でももしかするとイエイヌの考えの方が正しいのかもしれない。
それからしばらく押し問答が続いたが結局アムールトラが根負けし、みんなで一緒にホテルへと向かうこととなった。
そこではパークのみんなが力を合わせ奇跡を起こした。フレンズ型セルリアンはフレンズ達の協力で消滅し、海底火山はキュルルの力で沈静化され、海中の巨大セルリアンはアムールトラによって撃破された。
その際彼女の被っていた色あせた帽子はパワーに耐えきれず消し飛んでしまったが、見事にパークの危機を退けたアムールトラは、強くて優しい立派なフレンズとしてみんなに受け入れられたのだった。
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第6話 キミといつまでも、どこまでも
アムールトラは、床に敷かれたフワフワの布団の上で目を覚ました。どうやらいつもの時間に目が覚めたようだが、気分は良いものの頭は少しぼんやりとしている。そして横になりながら、アムールトラはひとりごちた。
アムールトラ「ああ、うなされずに眠れるって素晴らしい事だよなあ…!ちょっと前までは眠るのが怖かったのに、もっと眠りたいと思えるようになるなんて…。」
彼女は目覚めのたびに感じる幸せをしみじみと噛み締めながら、二度寝しようと再び目を閉じた。だがその時…
イエイヌ「おはようございます!ご飯にしますか?フリスビーですか?それとも…お・さ・ん・ぽ⁉︎」
惰眠を貪ろうとする彼女の企みは、イエイヌによってあっけなく阻まれた。なぜ起きたのが分かるのだろう…そう疑問に思って聞いてみた事もあったが、本人曰く「なんとなく」だそうで、結局なにも分からなかったのだった。
アムールトラ「おはよう。朝っぱらから元気だね、キミは…。」
そう言ってアムールトラは半ば呆れ顔でむっくり起き上がると、華奢な手でイエイヌの顔をわしゃわしゃと撫でくりまわした。イエイヌは目を閉じ、尻尾を振りながらうっとりした顔をしている。
パークの危機を退けてから、アムールトラはイエイヌと彼女のおうちで一緒に暮らしていた。あの日吹き飛ばされたおうちは、後日ラッキービーストがやってきて修理してくれたおかげですっかり元通りになっている。
そしてイエイヌと一緒にテーブルに着きジャパリまんを頬張っていると、ふと壁に飾られた絵に目がいった。
キュルル、サーバル、カラカル、イエイヌ、両腕のあるアムールトラ、そして2人のヒト…、アムールトラはヒトがいた昔の事も、ビーストとして過ごした日々もほとんど覚えていなかった。なのでこの2人が誰なのかはもはや分からなくなっていた。
そしてその周りには、キュルルが出会ったフレンズたちが書き加えられていた。紙一枚ではとても収まりきらないので、今では3枚組の大作となっている。
それから正面に座っているイエイヌに目をやると、彼女はまだ興奮冷めやらぬ様子で目をキラキラさせていた。
イエイヌ「これからなにをしましょうか!あ、ひょっとして今日もお掃除があるんですか?」
アムールトラ「いや、今日はお休みだよ。やっぱり休み休みやらないとへたばっちゃうからね。」
イエイヌ「いつもパークのお片付け、ご苦労様です!では今日は、ゆっくり過ごしましょうか。」
パークの危機は去ったが、まだ各地にそれに伴った爪痕が残っている。そこでアムールトラは他の力自慢のフレンズたちやラッキービーストと一緒に、その撤去作業を行っていた。もちろんイエイヌも彼女と一緒にできる範囲でお手伝いをしている。
アムールトラ「まあ中には『みんなの広場』みたいに、ビーストだった時の自分が壊したものもあるからね、責任持って最後までやり遂げるよ。」
すると玄関からキュルルの声がした。
キュルル「おっはよーう!」
2人が並んで外に出てみると、そこにはキュルルとカラカルが立っていた。
あれからキュルルは、サバンナの大きな木の上に自分のおうちを建てて暮らしている。しかし彼は、そのままじっとしている子ではなかった。
キュルルはカラカルと一緒に、トラクターや日に日に整備されてゆくモノレールに乗ってパーク中に手紙や伝言を届けるメッセンジャーとなった。それに加えて、乗り物でフレンズの円滑な移動の手助けもしている。
イエイヌ「おはようございます。今日はどうされたんですか?」
キュルル「朝早くにかばんさんから連絡があってね、ようやくバス型セルリアンに壊された研究所の修理の目処がついたらしいんだ。それでゴリラさんたちが来てくれるそうなんだけど、もし手が空いてたら2人にもお手伝いに来て欲しいんだって。」
アムールトラ「今日は掃除がないから構わないよ。…ところで今朝は3人じゃないんだね、もしかしてサーバルは向こうにいるの?」
カラカル「ええ。あの子かばんさんにべったりなのよ。」
パークの危機が去ってから、2人はちょこちょこ顔を合わせていた。今ではお互いかけがえのない大親友として、強固な絆でしっかりと結ばれている。
アムールトラ「そうか、大切なお友達なんだね。よし、それじゃあ早速出かけようか、イエイヌ。」
イエイヌ「そうしましょう!おっと、これも忘れずに。」
そう言ってイエイヌが、棚の上に置かれていたサファリハットをアムールトラに手渡した。この帽子は元々かばんさんがアライグマにプレゼントしたもので、最後の戦いの後、消えてしまった色あせた帽子の代わりにと彼女がアムールトラに被せてくれたのだ。
アムールトラ「ありがとう。」
彼女はにっこり笑って帽子を受け取ると、燃えるようなオレンジ色の髪の上にしっかりと被せ、みんなとトラクターに乗り込んだ。
キュルルとカラカルは運転席に、アムールトラとイエイヌは牽引されているトレーラーに座った。あえて屋根に飛び乗らなかったのは、高い所が苦手なイエイヌを気遣っての事だ。
そしてトラクターがゆっくりと動き出すと、キュルルの腕のラッキービーストから声がした。
腕ラッキー「安全運転で行くカラネ。到着までかなり時間がアルカラ、寝ててイイヨ。」
キュルル「うん、いつもありがとうラッキー。」
そしてカラカルが、トレーラーに座り込んでいる2人に声をかけた。
カラカル「そういうわけだから、アンタたちもゆっくりしててね。」
アムールトラ「そっか…、じゃ、お言葉に甘えて。」
そうしてアムールトラはゴロンと横になった。イエイヌもそれにならい、彼女に寄り添うように体を横たえた。
イエイヌ「そうですね、の〜んびり。」
空からは柔らかな日差しが降り注ぎ、あたりには気持ちの良い風が吹いている。さらにゴトゴトという心地よい揺れに、アムールトラの瞼が次第に重くなってきた。そんなまどろみの中で、彼女はこう呟いた。
アムールトラ「ビーストだった頃は、いつも悪夢から逃げるようにあてもなく駆け回っていた。でも今は、寝転がりながら目的地に向かって進んでる…。こんな日が来るなんて、夢にも思わなかった、な…。」
その隣では、イエイヌがすでに寝息をたてていた。
アムールトラ「いつもそばで支えてくれてありがとう、イエイヌ…。私はこの先何があっても、決してキミを離さないよ。」
そうしてアムールトラは、左手でイエイヌをそっと抱き寄せるとそのまま眠りについた。やがてキュルルとカラカルも静かに寝息をたて始めた。
するとイエイヌがむにゃむにゃと口を動かした。
イエイヌ「わふ…、おかえりなさい、アムールトラ…。」
そんな彼女たちを起こさぬよう、トラクターは研究所に向かってゆっくりと進んでいった。
『わんわんぴーす』を書き上げたあと、私はビースト化が解けたアムールトラがイエイヌの元へと戻ってくる物語を想像していました。ですがおそらく一般的な読者の頭に浮かぶのはアニメ9話で、このままでは「あんなに健気なイエイヌが、ビーストにボコられて終わる救いのない話」と捉えられてしまうだろうと考えました。
なのでその差を埋めるべく、追加版としてお話を書く事にしました。
題名は本編と対になるようにしました。「ぴーす」と「かけら」、「わん」と「ふたつ」。また「かけら」と「ふたつの手」は物語前半ではイエイヌの存在とアムールトラの2本の腕、後半では居場所のないビーストとそれを抱きしめようとするキュルル・イエイヌ2人の手をそれぞれ表しています。
これはあくまでわんわん本編の要素を活かしたパラレルワールドですが、とにかくハッピーエンドを目指しました。
拙い出来ですが、少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。
◉登場人物
◯アムールトラ(ビースト)
通称『青帽の虎』と呼ばれる強い力を持ったフレンズ。
過去に何があったのかは定かではないが、現在はネコネコ団団長としてサーバル、カラカルを率いてセルリアンを倒しながらあてのない旅を続けている。
その腕っ節は申し分なく仲間思いで頼りになるが、軽率な行動が多く周囲を巻き込む事もしばしば。その度に落ち込むもののすぐまた繰り返してしまう、喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプ。
これまでの小説とは違う明るいアムールトラを書きたかったのですが、追加編では元気すぎるイエイヌに振り回されるヤレヤレ系主人公になってしまいました。
◯サーバル、カラカル
ネコネコ団団員。
なにかと危ういアムールトラが団長を続けられるのは、呑気なサーバルとしっかり者のカラカルに支えられている部分が大きい。
サーバルが大切なイエイヌの結晶をあっさり落っことしてしまったのは、まだ持たされたばかりで思い入れも少なかったからという事にしました。
◯キュルル
パークの片隅にあるのどかな村で生まれ育った少年。
まだ村の外に出た事はないため外の世界に強い憧れを持っていたが、たまたま村を訪れたアムールトラを一目見るなり夢中になってしまった。それから顔を合わせるたびに「一緒に連れてって!」とせがむものの、その度にあしらわれている。
実はわんわんぴーすの物語の前に女王セルリアンに取り込まれていた事になっています。そして救出された際には記憶を失っており、『無理に事件の事を思い出す必要はない、せめてこれからは何も知らず穏やかに過ごせるように』との両親の計らいで、争いのないこの村に連れてこられたという脳内設定があったりなかったり。
◯ヒグマ
執筆にあたりキャストを選ぶ際、たまたま原作に同じ名前のキャラクターがいるので登場させる事になりました。そしてあの目つきを再現するため、寝不足キャラへと変えられてしまった不憫な子です。
他人を危険に巻き込まないようぶっきらぼうな態度をとっていますが、とにかくまっすぐな性格のため恩は決して忘れません。武器を持ってなかったらアムールトラのために自らの腕を差し出す所でした、危ない危ない。
◯イエイヌ(キュルイヌ)
ある事件により、キュルルはイエイヌのフレンズとなってしまった。それによりヒトを遥かに凌駕した鋭敏な感覚を身につけたが、それがさらなる悲劇を生む事となる。
書いているうちにいつも語尾に「!」を付けて話すような元気な子になりました。私の持つイヌのイメージを持たせてみましたが、ヒトの感覚からすると大げさな愛情表現や行きすぎた忠誠心だと取れるような行動も多く、もしかしたら鬱陶しいと感じられるかもしれません。
◆余談
◯わんわんぴーす本編にてキュルルがイエイヌへと変わってしまった時、書き初めは全身から冷や汗が出ていたのですが、犬の汗腺は足の裏にしかないので両手足の裏からのみの発汗となりました。
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