私立、八二卜学園のJKたち (氷の泥)
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01 パンツ

 私立、八二卜(やつふたうら)学園。通称はにとー学園。その学校の2年A組には、三人の特別な女子高生が所属している。

 一人目は天才ロリ科学者、巫女野(みこの)こみみ。謎技術によってよく不可能を可能にする超人だが、小学生の時に試みた不老不死薬の実験に失敗したせいで身長が145cmのままストップしている。話題のクセが強い。

 二人目は天然の不死、笹良(ささら)そよ。生まれつき何度死んでも完全復活する体を持つ超人だが、これまた生まれつきの不運によってちょくちょくあり得ない死に方をする。ほんわかした性格で、わりと恋愛脳。

 三人目は最強の常識人、雛里(ひなさと)あずさ。他の二人に比べるとかなりの常識人かつ一般人だが、時々人間離れした身体能力を垣間見せる。実はどちらかといえば話すより聞く方が好きなタイプ。

 ……この話は、以上の三名が至極どうでもいい会話を繰り広げていく様子を垂れ流す、ナンセンスコメディである。

 

 

 

 

 

 

 

 ある昼休み。いつも通り机をくっ付けて集合した三人の中で、巫女野こみみがある種哲学的な問いを投下した。

 

「あのさ、パンツってさ、もしかして全てをギャグに変える力を持ってるんじゃない……?」

「……は?」

「例えばスパイが命懸けで盗み出した超危険物質が、見た目パンツだったらギャグでしょ?」

「まぁ……」

「そよちゃんは分かってくれるよね」

「うーん? そのパンツって、女の子のってこと〜?」

「そう! 言わばパンティ! 表彰台に立った選手の、首にかけられた物がパンティだったら絶対ギャグでしょ!? たとえそこまでの過程にどんな感動のドラマがあったとしても!」

「あ〜、わかるわかる〜。パンツが見えるだけで笑っちゃいそう〜」

「でしょでしょ。だからもしかしてパンツには、全てをギャグにする力があるんじゃないかって」

「いや、ちょっと待った」

「はい、あずさ」

「全てっていうのは言いすぎじゃないか?」

「なにゆえ?」

「だってお前、女物のパンツ被った小汚いオッサンを見たらどう思う?」

「…………なるほど」

「それはただの変態だね〜」

「ギャグにはならない、ってことかぁ……。……いや、でもでもだよ? 藁人形に釘を打ち付けてる人がいたとしても、その藁人形がパンツ被ってたらギャグでしょ?」

「だから……?」

「でもその藁人形を持ってるのが小汚いオッサンだったとしたら……?」

「……なるほど。パンツとか関係なくオッサンがキモいのか」

「ってことでさっきの例は、パンツのギャグパワーを否定するには至らないのだ! QED!」

「きゅ〜い〜でぃ〜♪」

「いや、待て待て待て待て。じゃあこうしよう。来る日も来る日も、必死に練習を重ね続けてきた高校球児がいたとする。けれどその球児は甲子園直前で事故にあって、利き腕に大怪我を負ってしまった。……で、その時もしも包帯のかわりにパンツを巻いていたとして、それはギャグか? 笑えるか?」

「う〜ん……。かわいそうな感じの方が勝っちゃうかも〜……」

「パンツでも補いきれないシリアスがあるってこと?」

「じゃないの?」

「じゃあそれはもうあれだよ。事故に遭ったって部分を、超でかいパンツに轢かれたってことにしちゃえばいいんだよ。そしたら完全にギャグじゃん」

「あっ、確かに〜」

「えぇ……」

「パンツに轢かれたあと治療を受けてパンツを巻く! 完全にギャグでしょ!」

「じ、じゃあ何の罪もない人が凄惨な拷問を受ける場合は!? 被害者と拷問官、どっちの頭にもパンツを被せて、拷問器具の中にもパンツを紛れ込まさせたとして、それでもやってることがきっちり拷問だったら絶対笑えないでしょ!」

「それは拷問器具を全部パンツにすればよくない?」

「パンツしか使えない拷問はもはや拷問とは呼べないだろっ。前提のすり替えだ」

「じゃあパンツを口に詰め込まれると奇声を上げて絶命するとか」

「それはもはやパンツ云々レベルの話なのか……?」

「えっと、わたしとしてはだけど〜。そういう物理的にあり得ないことが起こるパターンは、笑う前に冷めちゃうかも〜」

「え? ちょっと待ってそよ、じゃあ巨大パンツに轢かれる話の方は、そよとしては物理的にあり得る判定なの……?」

「うーん、中身次第〜?」

「中身!?」

「車という名の鉄の塊じゃない?」

「それパンツというより車でしょすでに」

「本当に? あずさはパンツが被さった車を見た時に「あれは車です」って胸を張って言えるの?」

「「あれはパンツです」とも言い難くない……!?」

「あっ、チャイム鳴った〜」

「あー……」

 

 こうして今日も、はにとー学園2年A組の昼休みは平和に過ぎていったのだった。

 



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02 巨大ロボ

 私立、八二卜(やつふたうら)学園。通称はにとー学園。その2年A組には、すごいどころではない力を持っているけれどそれはそれとしてどうでもいいことばかりを話すJK三人組が所属している。

 一人目、幼児体型の天才科学者、巫女野(みこの)こみみ。彼女は例えば「物理法則を無視してでも絶対に戻ってくるブーメラン」の開発に成功したりしているが、その手のおもしろ謎技術アイテムが学校内に持ち込まれることは時々しかない。

 二人目、おっとり系不死、笹良(ささら)そよ。正真正銘本物の不死だけれど、実際に死ぬ時以外はのほほんとしているだけなので実質一般人みたいなところがある。でも忘れた頃に変な死に方をする。身長は160cm。

 三人目、隠れ強キャラのツッコミ役、雛里(ひなさと)あずさ。自分から話し始めることは少ないが、他二名のノリへの順応力はピカイチな逸材。噂では飛んでる羽虫を箸で捕獲できるらしい。身長171cm。

 ……この話は、上記の三人がその内に秘めた才能にまつわるしょうもない話……またはそれとは全然関係ないどうでもいい話を繰り広げる様を垂れ流す、ナンセンスコメディである。

 

 

 

 

 

 

 

 2年A組の昼休みはいつも平和だ。特に今日は、直前にあった授業の社会科教師が授業中の例え話にガンダムの話題しか使わない件で、例の三人が盛り上がっていた。

 

「マジで誰なんだよデュランダル議長って」

「わたし雰囲気で聞いてた~」

「私はエヴァンゲリオンのことを考えてた」

「いやそれも意味わかんないけど」

「いや巨大ロボ繋がりってことで。……何かしらの巨大なロボを、人生で一回くらいは動かしてみたくない?」

「はぁ、まぁ、分からんでもないけど。でも別に男子ほど憧れてはないからなぁ……。……ていうかこみみの場合は作ったらいいんじゃないの? 出来そうじゃん」

「まぁロボ自体は出来るけど……」

「さすがかよ」

「え、すご~い! わたしも乗ってみたい~。乗って宇宙でジオン軍と戦うの~」

「えっ、そよはなにか、元ネタ(そういうの)分かってる感じなの……? あたしマジで何一つ分かんないんだけど……」

「お父さんが見てたから~。でもちょっとだけしか知らない~」

「へー」

「ねぇ、二人は巨大ロボを動かす時の最大の問題点って何だと思う?」

「んー? 操縦が難しすぎるとか?」

「ビームの威力がありすぎるとか~」

「ビーム撃つ前提なのか……」

「惜しい。正解は、……仮に簡単に操縦できる巨大ロボを作れたとしても、それを動かせる場所がないってこと」

「あー、それはなるほど」

「目立っちゃうもんね~」

「警察沙汰になりかねなくて、さすがの私も出来なかった……」

「逆に警察も知らないところで巨大ロボの設計までは完了してるのまぁまぁ怖いんだけど」

「有事の際には四の五の言わずに発進させられるぜ!」

「どんな有事だよ……」

「核迎撃とか」

「出来んの!? やばすぎでしょ」

「どうやってやるの~?」

「念じる」

「それで核止まるならもうロボはオマケじゃん」

「いや違う違う。こう、エヴァを歩かせるのと同じ感じで」

「知らん。エヴァ見てない」

「嘘でしょ!? なんで!?」

「なんでって、興味ないし……」

「わたしは見たよ~」

「ほんと!? どの使徒が一番好き?」

「使徒~? そうだな~、なんかあの、海の上を歩いてくるやつかな~」

「あっ、あれ私もめっちゃ好き! デケデケデケ デンドンデンドン…… デケデケデケ デンドンデンドン……、みたいなBGMで出てくるやつね」

「頭が時計の針みたいになってて~」

「そうそうそう! ギッギッギッギッ…… ギャオンッ! テュンテュンテュン↑ テュンテュンテュン→ テュンテュンテュン↓ ってなるやつ!」

「そうそう~」

「……………………」

「……そよちゃん見て、あずさがオタクを蔑む目で私たちのこと見てるよ」

「違う。これは「一人だけが一ミリもついていけない話題で盛り上がる奴らを蔑む目」だ」

「ごめんって」

「あたしにも分かる話題にしなさい」

「そうする。……巨大ロボを動かせる環境について考えるのはどう?」

「環境~?」

「うん、どこで動かせば誰にもバレないかなって。アイデアを募りたい」

「海底とかは?」

「第一話から海底で始まるロボットは趣味じゃないかな……」

「知らねーよ……」

「あ、じゃあじゃあ、異次元空間とかは~?」

「異次元?」

「わたしたち専用の空間的なやつ~。こみみちゃん作れたりしない~?」

「出来なくもない」

「マジ……?」

「ただ一回試してみた感じ、五分くらいで勝手に出入り口が閉じて、二度と同じ座標にアクセスできなくなったんだよね」

「いや、それはやばすぎじゃない……? 五分以内に帰ってこないと異次元に閉じ込められるってこと……?」

「五分じゃなくて、五分「くらい」ね」

「余計やばいわ」

「じゃあ却下ね~」

「ほかは何かない?」

「あー、じゃあいっそロボを縮めるとかは? 超巨大ロボは将来へのお楽しみに取っておくとして、今はせいぜい3mくらいのやつを動かしてみるとか」

「いいけど、初めて一歩歩いた時の達成感が大してなさそう。乗り込むっていうより装着するって感じになりそうだし」

「文句ばっか言いやがって」

「う……それもそうか。わかった、一回あずさが言う通りにやってみる」

「おぉ~。完成したらわたしたちにも見せてね~?」

「いいけど、一応安全に配慮して最初は動画で送るね」

「3mのロボを歩かせるだけでも危険なことが……?」

「いやビーム撃つから」

「ビーム撃つのは前提なのかよ」

 

 後日、人気のない某所で原因不明のボヤ騒ぎが起こったが、迅速に消火され大事には至らなかったという。

 



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03 複腕

 それは、はにとー学園夏の悲劇。

 

 

 

 

 

 

 

「問題! なぞなぞです! 去年カナヅチ、今年もカナヅチ、これなーんだ?」

「巫女野こみみ」

「うええ〜ん! どうしよう〜!!」

「別に泳げなくてもいいじゃんか。プールの授業くらい」

「嫌だ! カナヅチにとってのプールの授業はねぇ! 辱めなんだよ! 乳首出して街を練り歩かされることと同じなんだよ……!」

「んなわけあるかっての……。ほら、そよを見ろ。涼しい顔してるぞ」

「うふふ〜。泳げなくても死なないからいいのよ〜」

「くっ……この不死女……。死ななければ乳首を出しても良いというのか……」

「いや出さないから誰も」

「そんなに嫌なら、何か発明品で解決するっていうのはどう〜? こみみちゃんなら出来そうだけど〜」

「そりゃ出来るよ……? 出来るけど……」

「けど〜?」

「他人から求められるならまだしも、自分が必要に迫られたことで急遽作るっていうのは、私のプライドが……」

「なんだそりゃ。自分が乗りたいからってビーム出るロボ作ってたじゃんか」

「作りたいと作らなきゃいけないは全然違う! そんなことも分からないから、あずさってプールで泳げちゃうんだ!」

「いや泳げるのはいいことでしょ……」

「あ、じゃあ分かった〜。ねぇねぇこみみちゃん、わたし泳げなくて困ってるから、今度のプールの授業を乗り切れる発明品をなにか作ってくれないかな〜? 作ってもらえると助かるな〜」

「はっ、そうか! そういうことならお任せを!」

「お前のプライドはお役所仕事なのか……?」

 

 ということで、なんやかんやあってプール授業当日。

 

「じゃじゃーん、誰でも泳ぎサポートマシン「オート・ライフアーム」でーす」

「おお〜!」

「いや、気持ち悪っ。なにそれ、蜘蛛の手みたいになってるけど」

「気持ち悪とか言うなっ。これは背中に背負ったバックパックから伸びる無数の腕が、本人のかわりに体のバランスを取りながら泳いでくれる優れものなんですよ? しかもそのバックパックから酸素や浮力も提供できるから、万が一にも溺れる心配はなし!」

「おお〜」

「いや、まぁすごいんだけどさ。サイズがえぐいじゃん。ウネウネしてて闇堕ちした千手観音みたいになってるし」

「ふっふっふっ、そうだろうと思って、こんな機能も備えてあるのさ! 刮目せよ! インビジブルモード!」

「おおっ!? 腕が全部見えなくなった!? 背中に背負ってる箱も!?」

「すご〜い!」

「この透明化機能さえあれば、プールの授業にも持ち込み放題ってわけよ! いやー私って天才!」

「ガチの天才だから何も言えないな……」

「それじゃあこれをつけて、次の時間プールに行ってみよー!」

「お〜!」

「(ちょっと楽しそうで羨ましい……)」

 

 プールの授業本番。

 

「見てくださいよ先生! 去年の私とは違うということを!」

「おお、巫女野。泳ぎの練習頑張ったんだなぁ……。えらいっ!」

「え? あ、あー、まぁ、ね。あはは……」

「先生〜、見て見て〜」

「笹良!? あのアメトークに出れそうな奇っ怪な溺れ方しか出来なかった笹良が!? あんなに優雅に!?」

「泳ぐのって楽しい〜」

「……ね、ねぇあずさ」

「うん?」

「先生、この機械のことを見ても「頑張ったな」って言ってくれるかな……」

「めっちゃ良心傷んでる!? そう思うなら最初からやらなきゃいいでしょうに……」

「いやー、そよに頼まれちゃったもんで、つい」

「お前それはマジで性格クソだぞ……」

「で、泳力テスト終わった人は休んでていいんだっけ」

「だね。どうせこのあとは自由時間でしょ。全員が泳ぎ終わるまでひたすら待機」

「あははは〜! 今のわたしなら日本縦断できそう〜!」

「おーい笹良〜、すごいけどもういいぞー」

「……そよ、めっちゃ楽しんでるね」

「だね」

「作った甲斐があるってもんですよ」

「たしかになぁ。…………ん? ちょっとこみみ、あれなんだと思う?」

「どれ?」

「あれ、空のやつ。なんか飛んでない?」

「鳥じゃないの? ……ん? にしてはデカいか」

「飛行機か? ……それにしては近くないか?」

「じゃあスーパーマンだ」

「いや、ていうかおい! こっち来てる! 落ちてきてる!」

「うわぁぁぁ!?」

「ちょ、プールの中になんか落ちたぞ!」

「あ、あれは……。あの水面から飛び出た背びれは……!」

「サメ!? なんで!?」

「聞いたことがある……。そよは生まれつきの不死だけど、生まれつきの不運の持ち主でもあって、年に何回かは意味不明な死に方をするって……! 立ち会うのは初めてだけど、きっとこれがそうだ!」

「はぁ!?」

「そよが危ない! そよー! 逃げてー!」

「えっ? なに? 何か落ちてきて…………サメ!?」

「そうだよ! はやく逃げろ!」

「くっ、サメが他の生徒には目もくれずにそよを狙って! 淡水の中にいるくせに!」

「ダメだ速すぎる、いくら泳げてもこれじゃやられる……!」

「こみみちゃん! あずさちゃん!」

「そよ! 何やってるの!? はやく逃げないと……!」

「……先生に謝っておいて。プール汚してごめんなさいって」

「あ、あいつ……! 諦めやがった……! 死なないからって! ああっ、もうダメだ、見てられない……!」

「くそっ! やるしかないか!」

「こみみ!? なんだそのスイッチ!?」

「オート・ライフアーム、モード・ジェノサイド!」

「きゃっ、なにこれ〜!? こみみちゃん〜!? 背中のやつがなんかすごいことになってる〜!」

「それはかっこいいから……じゃなくて、念の為に搭載しておいた戦闘モード! 試作機能だし、万が一またボヤ騒ぎになったら嫌だから使いたくなかったんだけど……」

「透明で全然見えないけど……サメと戦ってる……のか……?」

「ええい二度も出力をミスるかぁ! 調整版レーザービーム発射!」

「うおわっ!?」

「きゃあっ!」

「えっ、やべ」

「す、すごい、サメが跡形もなく……。……まぁでもとにかくそよが助かった! よくやったこみみ!」

「え、えへへ。どうもどうも。(まだ出力高かったけど今回はセーフ……!)」

「いやー、なんとかなってよかったな、そよ。…………そよ?」

「……ご、ごめんね〜。助けてもらったのに〜……」

「な、水面に血が……? なんで……!?」

「……しまった。そうか、カナヅチでもバタ足くらい出来ると思って、腕しか作らなかったから……。ちゃんと足元を守りきれなかったんだ……」

「大丈夫〜……。たしか今日の給食は、レバ……ニ……ブクブクブクブク」

「そよー!!」

 

 笹良そよ、怪我と失血により次の授業を欠席。保健室で寝たら完治したので給食から復帰。なおレバニラは明日のメニューだった。

 



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04 理想のタイプ

 私立、八二卜(やつふたうら)学園。通称はにとー学園。その2年A組には天才JK三人組が所属しており、しょっちゅうどうでもいい会話に勤しんでいる。

 天才1号、巫女野(みこの)こみみ。ロリ体型の天才科学者……という触れ込みだが、彼女の作る発明品は全て理論無視の「勘」で作られており、それが現代の技術を遥かに超越した出来になるため、むしろ彼女こそがこの世で一番科学を冒涜している存在だと言える。

 天才2号、笹良(ささら)そよ。ちょくちょく面白い死に方をする星のもとに生まれた不死。結構おっちょこちょいな性格だが、それとは一切関係ない死因の数々が彼女を襲う。しかしまだパンツに轢かれたことはない。

 天才3号、雛里(ひなさと)あずさ。パッと見ただの一般人と見せかけて、体育の全記録で男子を含む全校生徒中一位を保持しているフィジカルの怪物。けどさすがにサメと水中戦をすれば負けるだろう。

 ……この話は、以上の三人がどうでもいい話を繰り広げる様を、ひたすら垂れ流すナンセンスコメディです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。いつもの三人組が、今日は珍しくそれなりに意味のある会話をしていた。

 

「ねぇ二人とも〜。理想の異性ってどんなタイプって聞かれたら、なんて答える〜?」

「あ〜、それ中学の頃も聞かれたな〜。自分のことながら未だに分からないんだよね。私あんまり恋愛に興味ないし」

「あたしは、金」

「あずさってそんなにお金好きだっけ」

「いや、ちょっと踏み込んで考えすぎたかも。付き合うくらいならともかく、結婚するとなると経済力は絶対だよなーと思って」

「へー。なんか意外」

「なんでよ。実際大事でしょ」

「いや、「付き合うくらいなら」とか、なんか恋愛慣れしてそうだなって」

「はっはっはっ、一回も彼氏できたことない」

「エアプじゃん」

「想像力だ、想像力」

「まあまあ〜。じゃああずさちゃんは相手に経済力があったとしたら~、その上で見た目とか性格の好みはある〜?」

「うーん……? そうだなぁ……。……なんかこう真面目で、嘘をつかなくて、普通くらいの見た目の人……?」

「平凡すぎてうさんくさい」

「どうしろってんだ」

「はいはい〜なるほどね〜。ここみちゃんは本当に何もないの〜?」

「ないことはない……かもしれない。私の趣味を一緒に楽しんでくれる人っていうのが、仲良くなれる相手の条件かなーって気はする。変な物ばっかり作りやがって! とか言われても困るし」

「ここみの作る物を「変な物」で片付ける男は何をやってもダメだと思う」

「あ、あずさちゃん……! トゥンク!」

「トゥンクて……」

「おお〜、なるほどなるほど〜。分かってきた〜」

「っていうと、なんかの性格診断とかだったの?」

「ううん〜。今のはね〜、わたしの理想のタイプと、みんなの理想のタイプを聞き比べしていたの〜」

「ほほう、聞き比べ。別にいいけど、なんでまた急に」

「えっとね〜、実はわたし、自分のタイプがおかしいんじゃないかって思ってて〜。それで最近、それを聞かれる機会があって~」

「……あー、もしかしてあれ? めっちゃチャラいのとか好きなタイプ? 意外と?」

「ううん〜、わたしが好きなのはね〜……。…………わたしの血と肉と骨を見ても、平気でいてくれる人かな」

「…………」

「…………」

「わたし、ちょくちょく死んじゃうし、その時に結構グロい光景も見せちゃうからさ〜。それで嫌いになられると、やっていけないかな〜って」

「……切実だなぁ」

「うん、恋愛に興味ないとか言ったことを後悔してきた」

「え〜、そんなに重かった〜? 大丈夫よ~、むしろ今みんなの好みを聞いて、安心できたんだから~」

「安心?」

「こみみちゃんが言ってたことが、大体わたしと同じだ〜と思って〜。わたし以外にも「こうじゃなきゃやっていけない!」っていう人いるんだ〜って、安心した〜」

「あぁ、そういう意味ならあたしとも同じじゃん。旦那に経済力を求めない女がいるだろうか? いや、いない」

「あ〜、確かに〜。お金持ちだと助かるよね〜。わたしたぶん、あんまりお仕事とか得意じゃないし〜。まだバイトもしたことないから分からないけど〜」

「(偏見だけど否めないな……)」

「(根拠はないけど、なぜかよくコピー機を詰まらせたりしそう……)」

「う〜ん、でも困ったな〜。人から好きなタイプを聞かれた時の、いい感じの答えをまだ用意できてないのよね〜。みんながみんな、わたしの死に目に合っているわけじゃないし、よく死ぬって言っても伝わらなかったりするから〜」

「死に目に合うって言い方物騒すぎる」

「実際に物騒だから」

「本当にね〜。この前のプールも、こみみちゃんから借りたビームがなかったらどうなってたか〜」

「いや、あの件は本当に申し訳なく思っております……。次からは足もカバーできるようにしておきますので……」

「発明品の用途すり変わってないか……? いや良くなる分にはいいんだけど」

「大丈夫、大丈夫〜。わたし二人のことは信用してるから〜。肉片と化したところを見られても嫌われない〜って」

「まぁね。見たくはないけどね」

「ていうか、肉片になることもあるの……? ……どうやって復活するのかちょっと興味あるかも」

「あたしはこみみがマッドサイエンティストの道に向かったら嫌いになるよ」

「そんな……。トゥンクさせておいて……」

「いや、向かうなよ」

「あはは〜」

「それでなんだっけ、人から聞かれた時用の無難な答えだっけ」

「あずさを参考にしたらいいんじゃない? 全てが無難だったじゃん」

「お金持ちがいいな〜って言うってこと〜?」

「金銭面にそこそこ余裕がある人、くらいにしとけば?」

「なるほど〜。じゃあこれからはそうする〜」

「私もそうしようかな……。いつも答えには困るけど、お金はあって困る物じゃないし」

「無難すぎてうさんくさいとか言ってたくせに」

「まあまあまあ」

「じゃあみんなお揃いの答えだね〜」

「そうなるね」

「うん。そうなるな」

「…………」

「…………」

「…………」

「(どうしよう、明日から無難な答えが全部「建前」に見えてきそうだ……)」

 

 恋愛の駆け引きを、世界一どうでもいいところで勃発させる三人だった。

 



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05 マナーシミュレーション

 私立、八二卜(やつふたうら)学園。通称はにとー学園。そろそろ言うまでもないがそこには天才JK三人組がいる。

 天才A、巫女野(みこの)こみみ。天才科学者が過ぎて、小学生の頃に不老不死の研究をミスって体の成長が止まってしまった女子高生。あらゆる料金を子ども料金としてちょろまかしながら逞しく生きている。

 天才B、笹良(ささら)そよ。柔和な性格と間延びした喋り方が好まれて、いろいろな話の聞き役によく任命される不死の女子高生。斬新な方法で人が死ぬ系のホラーは他人事とは思えなくて集中して見れないタイプ。

 天才C、雛里(ひなさと)あずさ。一般人の中では運動センスがすごい方の女子高生。小学校高学年くらいの頃からずっと子ども(年下)嫌いを自覚して生きてきたが、巫女野の体型を見て以来、少なくとも自分の「子ども嫌い」と「体型」は無関係だということを把握した。

 ……この話は、以上の三人がどうでもいいお喋りを展開していく様を、ひたすら垂れ流すナンセンスコメディです。

 

 

 

 

 

 

 

 例によって、その会話は昼休みに行われた。それは土日明けの月曜日のことだった。

 

「うっせぇわって曲あるじゃん?」

「あるね」

「あれの歌詞みたいなことって、やっぱり社会に出たら実際にあるのかな……?」

「あ~、どうなんだろうね~?」

「実際にあるから流行ってるのかな……って思ったりした」

「あー、あたしとしてはだけどさ。流行り云々というか、なんかそういうオーラ感じない? って思う。あたしたち三人はまだ誰も社会に出てないけど、うっせぇわっぽいことが実際にありそうだな~っていう、そういう雰囲気(オーラ)をあたしはすでに感じてるっていうかさ……。みんなはそんなことない?」

「あ~、ちょっと分かっちゃうかも~。わたし、親戚の集まりとかが少し苦手で~」

「そよが? どうして?」

「彼氏できた? って毎回聞かれるから~。わたしだって彼氏ほしいのに~って思っちゃうのよね~」

「まさに「うっせぇわ」の一言に尽きる案件じゃん」

「そよも大変なんだな……」

「そうでもないけど~」

「いや、まぁそういうわけでですね? 昨日そういうことを考えた私は気が滅入ってしまったわけですよ。それで「絶対に空かないグラス」とか「超食べやすいし焼きやすい焼き鳥の串」とか開発してたんだけど」

「すごいっていうか、串の方はガチでめっちゃ便利そうじゃない……?」

「売れそう~!」

「そうなんだよ、そよ。そこなんだよ。発明品で解決しようとすると結構いい物が出来ちゃって、まるで人の嫌な部分が「世を良くする原動力」になってるみたいな感じになっちゃうんだよ……! それはすごく不本意!」

「あー、まぁ分からないでもない話だね。戦争が技術進めちゃう的な」

「いろいろと複雑なのね~」

「というわけで、なんとか発明に頼らない解決策を導き出したいわけですよ、私は」

「というと?」

「まず第一に、全てのことはちょっとしたゲームで決めればいいと思うの。ジャンケンとかくじ引きとか」

「さっそく無理がありそうだけど……。なんでそう思ったの?」

「我が家ではお風呂とかお皿を誰が洗うのかって、いつもジャンケンで決めてるから」

「めっちゃ平和な家じゃん」

「仲良さそう~」

「だから飲み会?ってやつも、そのノリでいけばいいんじゃないかなと思って。一回シミュレーションしてみない?」

「あたしたちで?」

「そう」

「楽しそう~! やってみたいやってみたい~」

「じゃあまずくじ引きで、我々の序列を決めます」

「序列て。もう嫌な響き」

 

 クジの結果。

 そよ……社長。

 こみみ……真ん中くらいの人。

 あずさ……下っ端。

 

「なんだこのアホが考えたような役名は……」

「はい、じゃあそよは偉そうにして」

「ふぁ~ふぁっふぁっふぁっ~、今日もご苦労様ぞよ皆の衆~」

「この会社アホしかいねぇぞ……」

「じゃあみんな立って立って。はい、そういうわけで飲み会をするお店に来ました! 席順はどうする!?」

「そこからか。まぁ普通に社長が上座に」

「ストーップ! あずさ、1うっせぇわペナルティ!」

「な、なにそれ」

「全てはミニゲームで決めるって言ったでしょ? それ以外の決め方をした人にはペナルティが付きます。一番ペナった人が今日の支払い持ちです」

「ペナルティがエグすぎる」

「というわけで、席順と来たらやっぱりこのゲーム、椅子取りゲームで決めましょう! ねっ、社長?」

「くるしゅうない~」

「カオスだなぁ……。で、どうやってやるの? BGMは?」

「特に用意してないので私が歌います。止まったら座ってください」

「言い出しっぺなのに用意してないんかい。ていうかそれ歌う人絶対有利でしょ」

「はい、あずさ、言い出しっぺが用意して当然という圧力を出したから2うっせぇわペナルティ」

「独裁じゃねーか!」

「じゃあ行くよー、ミュージックスタート! ……てれてれてれん♪ てれてれてれん♪」

「…………」

「…………」

「てれてれてれん♪ てれてれてれん♪ てれてってってってっ↑てってってってっ↓ てれれれれれれれれれん♪」

「……いや、なんでマリオの地下BGM?」

「地上より合ってるかなと思って。飲み会って夜だし」

「選曲が気になりすぎて集中できなかった。もう一回」

「え~? じゃあなんのBGMならいいのさ」

「なんのって、なんかこう普通のBGMというか歌というか……あるじゃんそういうの」

「具体的には?」

「……そよ何かない?」

「う~ん、じゃあ歌詞が付いている曲にするとか~? イントロクイズみたいに~」

「なるほど、イントロかぁ。……よーし分かった任せろ! みんな準備はいいか!」

「よし!」

「いつでも来~い」

「ダン! ダン! ダン! シャーン! スモスモ♪スモスモ♪スモスモ♪ス~モ♪」

「待て待て待て待て」

「えっ、これもダメ? 歌詞つけたのに」

「選曲の角度が特殊すぎて「えっ」ってなるんだよ! ていうかスーモの歌の歌詞に「ダンダンダンシャーン」の部分って含まれるの!?」

「こみみちゃん、こみみちゃん。誰でも分かるくらい有名な歌手の曲にするっていうのはどう~? マリオとかスーモとか、聴いたことはあるけど作った人の名前まではなかなか知らないでしょう~?」

「うーん、言われてみれば確かになぁ。よし分かった、作った人の名前が分かる有名な曲にすればいいのね。……じゃあいくよ!」

「よし!」

「ドンと来~い」

「ウオ゛オオオオオオオ!! ハッピィライフ!! ハッピィホーム!!」

「おいッ! お前もうわざとやってるだろ!!」

「いやこの流れ完全にこれだと思って」

「伏線回収ってやつだ~」

「いや違うから……。もういいや、次いこう次。席順は適当に決まりましたとさ。それで? 次は何するの?」

「席についた我々の目の前には、巨大なサラダの山が!」

「なるほど~。誰が取り分けるのか決めるってことね~」

「ここはジャンケンで決めよう」

「よし、さーいしょーはグー」

「ジャアアアアアアアアン!! ケエエエエエエエン!!」

「うるせぇ……」

 

 ジャンケンの結果。

 そよ……パー

 あずさ……パー

 こみみ……グー

 

「くっ……グルメスパイザーが頭をよぎったばっかりに……」

「なにそれ」

「当社の製品ですよねっ、社長!」

「そうぞよ~。地球全土で売れまくっているぞよ~」

「社長適当すぎでしょ……。……で、次は?」

「あっ! 社長のグラスが空いてる!」

「まだ乾杯もしてないのに!? よし、お酒注ぐ人は何で決める?」

「ババ抜きで決めよう」

「いや、長くない?」

「誰がババアぞよ~怒るぞよ~」

「女社長だった」

「まぁ演者そよだし。……それでなんかもっと短いゲームないの?」

「仕方ない、さっきのくじ引きを流用するかぁ」

「これこの先全部くじ引きになるのでは……?」

「課題が見えてきたね。短いミニゲームの充実が求められるっていう課題が…………あら?」

「あれ、社長自分でハズレ引いたぞ」

「ラベルの向きが勝手に上に来る瓶はどこぞよ~」

「社長、こちらにっ」

「結局それも作ってあるんかいっ」

 

 

 

 数分後。

 

 

 

「いやー、なかなか実りのあるシミュレーションでしたね。いつか飲み会に行く時はサイコロとか持っていこうっと」

「まずこみみのノリについてきてくれる上司がいると思ったら大間違いだと思うんだけど」

「でも楽しかったね~」

「だね! あずさの奢りだし!」

「その部分だけはすっごいパワハラだと思う!」

「……あっ、ハラスメントで思い出した。そういえば一個想定し忘れてたシチュエーションがあるんだけど」

「なんだろう~?」

「最初にそよの話聞いて思ったんだけど、…………セクハラへの対処法ってどうすればいいと思う?」

「あー……」

「ミニゲームじゃ決められないものね~……」

「そこは、それこそこみみ博士の出番なのでは?」

「セクハラ男の舌を引きちぎるマシンとか?」

「全体的にペナルティが重いんだよ」

「じゃああずさはセクハラされたらどうするのさ? へいへい下っ端ちゃんよ~何色のパンツ穿いてんのよ~」

「今日日そんなこと言うやつもいないと思うけど……。……でもそうだなぁ、言うてまぁ、あたしは我慢できる方かもなぁ。適当に笑って流すわ」

「えっ、人間じゃねぇ」

「セクハラ超えてヘイトスビーチ!?」

「う~ん、でもわたしも、そういうのは本当に苦手かも~」

「へいへい社長~おっぱい大きくない~?」

「潰れちまえそんな会社」

「じゃあもう私たちが社長になるしかない……か」

「それが出来れば苦労しないってやつだなぁ。…………あれ? そういえばこみみって身長いくつだっけ?」

「うん? 145だけど」

「……こみみって、20歳超えたとして外で酒飲ませてもらえるのかな。なんか今見ててふと思ったんだけど」

「えっ? いや、うっせぇわ」

 

 結局、実戦的な「上司との飲み会対策」は何一つとして思いつかない三人だった。

 



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06 暗記バン

 私立、八二卜(やつふたうら)学園。通称はにとー学園。その2年A組には天才……だけれども勉強はそんなに得意じゃない三人の女子高生が所属している。

 実は体重が絶対に増減しない人、巫女野(みこの)こみみ。不老不死実験の副産物として全女子が渇望する体質を手に入れたが、胃袋の大きさも小学生並なので食べ放題やバイキング形式の時は損した気分になる。

 実は三人の中で一番成績が悪い人、笹良(ささら)そよ。こう見えて小学生時代から一度もまともに宿題を終わらせたことがないアウトロー系女子。課題とは、人望を糧に写させてもらう物のことだ……!

 実は生野菜全般が苦手な人、雛里(ひなさと)あずさ。幼稚園時代から皆勤賞を途切れさせたことがない地味な超人なので、野菜を食べないと健康が云々言ってくる人のことは実績で黙らせることが出来る。

 ……この話は、上記の三人がどうでもよかったりよくなかったりする話を繰り広げる様子を、ひたすら垂れ流すだけのナンセンスコメディです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それははにとー学園に、学生にとって恐るべき日が近付きつつある時期のことだった。……要するにテスト一週間前の日のことだった。

 

「はぁ〜……。憂鬱〜……」

「私も……」

「こみみはともかく、そよはなんでそんなダメージ受けてるの……? プールの時は死なないから大丈夫って言ってたのに」

「プールはすぐ終わるけど、テストは一日中あるでしょう〜? さすがにメンタルがね〜……」

「ちょっと、なんで私はともかくなの」

「いやこみみは、ほら、フィーリングで生きてるから。テストなんかやらせる方が間違いなんだししょうがないって」

「くっ、自分がまあまあ出来るからって上から物を言って……。私がその気になればね……本気出せば……あずさの学力をチンパンジーにすることだって出来るはずなんだ……」

「いやそんな物作ってる暇あったら暗記パン的な物でも作りなよ」

「暗記パンかぁ……」

「わたしそれ欲しい〜。こみみちゃんなんで作らないの〜?」

「なんでって……。あのねぇそよ、簡単に言ってくれちゃうけどね、別にそんな物作ったって何も楽しくないじゃない」

「出来ることには出来るんかい」

「まあ出来るけど……。でもそれでテストの点が良くなったとして、いったい何の意味があるの……?」

「急に哲学的なことを……」

「いい点が取れればいい大学に入れて〜、いい大学に入れれば社会が優しくしてくれるかも〜」

「急にシビアなことを」

「まぁそうなんだけどさ……。どうにも乗り気にならないっていうか、たぶんテストが嫌いすぎて発明のモチベも湧かないんだよねー……。発明に必要なのはとにかくモチベなんだよ……」

「そこをなんとか〜、こみみちゃんお願い〜。いや、もうお願いしますこみみ様〜、お礼はきっとしますから〜……!」

「うーん……。そこまで言われたらやらないわけにもいかないか……」

「作るの? 暗記パン」

「そうだねー、うん、作ろう。暗記パン的な効力のある、なんかもっとこう格好いい物を。格好いい方がやる気出るから」

「わ〜! こみみちゃんありがとう〜!」

「格好いいって、なんかすごい嫌な予感がするな……」

 

 三日後。

 

「そよお待たせー! 出来たよー!」

「わ〜! 待ってました〜!」

「こみみにしては結構時間かかったね」

「いやドラえもんが思ったより面白くて」

「サボってんじゃん」

「え〜、わたし勉強もせずに待ってたのに〜」

「サボってんじゃん!」

「まあまあまあ。というわけでこれが私の力作、暗器「(ばん)」です」

「へー。小さいピストルに見えるけど」

「そう、暗記パンがパン型の暗記アイテムなら、これはピストル型の暗記アイテムってことさ。しかも小さいから持ち運びも簡単! 暗器だけに!」

「どうやって使うの〜?」

「えーとね、まずは暗記したい本を一冊用意して、表紙をこのピストルの銃口に押し当てます。今回はたまたま手に取った世界史の教科書にしよう」

「ふむふむ〜」

「するとなんかこう、弾が装填されたような感触がするので、そうなったら暗記させたい人に銃口を向けます。……さぁそよ! 命乞いをしろ!」

「ひえ〜。どうか命と赤点だけは〜」

「あれ? こみみ、その銃引き金がなくない?」

「ないよ。だから引き金を引く代わりに、口で言う。……ばんっ!」

「ぎゃっ」

「えっ、そよ!? ちょ、なんか仰け反ったけど!?」

「大丈夫、大丈夫。今暗記してるところだから」

「あ……あう……うぅあうあ〜……」

「こみみ、これ本当に大丈夫なの……? やばそうじゃない……?」

「誓って大丈夫。ちゃんとテストしてるから」

「……う……せ……せかいしぃ……タラ-」

「なんかそよ鼻血出してるんだけど! お前これ絶対やばいだろ!」

「いや絶対大丈夫だって。脳への負荷とかはないってちゃんと確認してるからさすがに」

「…………スッ」

「あ、なんか急に真顔になった……。そよ……? 大丈夫か……?」

「あずさちゃん……。うん、大丈夫。わたしの全てを世界史に捧げる」

「おいやっぱりダメだろこれ」

「いやいや、これでもう、そよは世界史の教科書を完璧に暗記したよ。一ヶ月くらいで綺麗さっぱり忘れるけど」

「ふふふ〜、ありがとうこみみちゃん〜。全ての道はローマに通じるのよ〜」

「こみみさん、これ暗記の方が失敗してない?」

「してないしてない。あずさも自分で体験したら分かるよ」

「え、やだよ。なんか怖いし。……こら! 世界史を再装填しようとするな! 嫌だって言ってるでしょうが!」

「まあまあ、案ずるより撃たれるが易しだって。……ばんっ!」

「うわ危ねっ。コラ! こみみ、お前なぁ……!」

「えっ……? 嘘でしょなんで避けれたの……? 暗記パワーは本物の銃弾と同じ速度で飛ぶはずなんだけど……? 弾見えたの……?」

「え? いや見えるわけないでしょ。銃口の先から退けば当たらないってだけで」

「え……? えっ……? いや怖っ……マジで……? そんなこと出来る人いる……?」

「それはこみみの発明品を見た人の台詞だけども」

「やば……。私もうあずさに逆らわないようにするわ」

「また大袈裟な。……まぁでもそういうことなら、なんか物騒だからそのピストルはもう封印すること。いいね?」

「はーい。……でも最後に一発だけ」

「は? あっ、おまっ、自分に」

「ばんっ! …………あっ、せっ、世界史に全て捧げる……」

「めっちゃ鼻血出てるし……」

「テルマエロマエ〜、ルネッサ〜ンス」

「そよは絶対バカになってるし……」

 

 後日、こみみとそよの両名は、他の教科は全て平均点以下なのに世界史だけ100点を取ってみせた。しかしあずさは「なんか怖いから」ということで暗器「卍」の封印を撤回しなかったという。

 



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07 転生したら日本語が世界共通言語だった件

 私立、八二卜(やつふたうら)学園。通称はにとー学園。その2年A組には天才女子高生が三人も所属している。ちなみに担任(男性)はその三人のことが若干苦手だ。

 ドラえもん系JK、巫女野(みこの)こみみ。スマホが入らないサイズのポケットはポケットとは呼べないと思っているタイプ。

 亜人系JK、笹良(ささら)そよ。トスバッティングをしたら空振りの方が多くなるタイプ。

 隠しボス系JK、雛里(ひなさと)あずさ。毎日22時には寝て6時には起きるタイプ。

 ……この話は、以上の三人がどうでもいい話をだらだら続ける様子を、ありのまま垂れ流すナンセンスコメディです。

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の昼休み。

 

「ねぇ二人とも知ってる? 英語ネイティブの人が言う「スクリーンショット」って、日本人が「スクショ」っていうのと同じ間に言い終わるんだよ」

「……え? どういうこと……?」

「私たちがスクリーンショットを略して「スクショ」って言い終わるまでの間に、アメリカ人は何も略さずに「エビバディ スクリショッ」って言えるってこと!」

「エビバディ……?」

「あ〜わかる〜。ネイティブの人の英語ってすっごく早いよね〜。テレビでしか見たことないけど〜」

「私はYouTubeで見た。そして衝撃を受けた。我々日本人が略してやっとの言葉を、ネイティブの人は略さずに同じ時間で言いきれるなんて……! 詠唱破棄みたいなものじゃん!」

「略してんだか略してないんだか」

「でもそのことに気付いたと同時に、私はすごい発見をしたんだよ。……キュウリって英語でなんて言うか知ってる?」

「キューカンバ〜」

「そう、キューカンバー。言い終わるまでの間に「キュー・バー」って二回も伸びるから、例えネイティブ英語マンでもそれを「キュウリ」より早く言い終えることはできない……。その事実を私は目撃したのだ!」

「それが……?」

「あの緑色の細長くてトゲトゲしててみずみずしい野菜の名前を呼ぶ時は、私たち日本人は珍しく、ネイティブ英語マンの完全に先を行くことが出来るってことだよ……! 何の努力もせずにね!」

「お〜! すご〜い!」

「し、死ぬほどどうでもいい……」

「いやいやいや、海外の人から言われたくない? ホワーイジャパニーズピーポー!? あの野菜の名前をそんなに早く発音できるなんてどういうこと!? ……え? 普通に日本語を話しただけなんですけど……もしかして私またなんかやっちゃいました? ってさぁ! 言ってみたくない!?」

「いや、全っっっ然」

「おぬしには日本語ネイティブとしてのプライドがないのか」

「そんな低レベルなプライドないわ」

「わたしはちょっと思うかも〜。今の話すごく興味ある〜」

「ふっ……というわけだあずさ君、悪いなぁ」

「別にいいけど二対一でも……。……で、キューカンバーの話の続きは?」

「お、よく続きがあるって分かったね」

「あたしももはや、こみみトークネイティブだからね」

「わたしもわたしも〜」

「み、みんな……! 私は嬉しい……! ……ということで、我々三人で文殊の知恵を絞り出して、日本語の方が早く発音できる言葉をたくさん見つけだそうぜ! っていうのが今回の目論見です」

「面白そう〜! 長い英単語を探せばいいのね〜」

「まぁ付き合ってあげよう」

「よし、じゃあ思いつき次第どんどん発表していこう。まずは私から……エクスプロージョン! 爆発!」

「おぉ〜、たしかに日本語の方が短いね〜」

「なるほど……。一理あるけど、でも発音したら実質3文字のキュウリに比べて爆発は4文字でしょ? 本当に早い?」

「分からない……ネイティブは尋常じゃない速度でエクスプロ-ジョンって言うかもしれない……。でもかなり有力候補だと思う」

「審査員が不足してるのか、この企画」

「こみみちゃんがネイティブ英語ロボを作ってくれたらいいのに〜」

「はっ、それは盲点だった……!」

「まぁ今後そのロボに入力する予定のリストを作る……ってことにしといたらいいんじゃない? あたしも一つ思いついたよ」

「おぉ、なになに?」

「オストリッチ。ダチョウ」

「えっ、なにそのかっこいい響き。ダチョウってそうなの?」

「神話に出てきそう〜」

「リッで跳ねるからダチョウより時間かかるかなって」

「そんなことよりオストリッチの正体がダチョウなことの方がショックなんだけど。初見の人は絶対みんな神話的な物を想像するでしょ」

「そんなことあたしに言われても」

「あっ、はいは〜い、わたしも思いつきました〜」

「はい、そよさん。なんでしょう」

「アブノーマル〜、異常〜」

「おぉ……。そよの口からそんな単語が出るとは」

「え〜? なんで〜?」

「なんとなく物騒な言葉とは無縁なイメージがある」

「わかる」

「あれ〜、そんなことないんだけどな〜。ふぁっきゅ〜ふぁっきゅ〜」

「なにそのゆるふわパンク……」

「パンクってどういう意味?」

「知らん。ノリで言った」

「あ、そう……。……よし思いついた! クリティカルヒット、直撃!」

「それクリーンヒットじゃない?」

「え、じゃあクリティカルヒットは?」

「会心の一撃とか」

「はぁ〜? 長すぎて話にならないんだけど」

「いやあたしに言われても……」

「はいは〜い、また思いつきました〜。アクシデント〜、事故〜」

「おぉ、2文字だ」

「最有力候補では……?」

「やった〜!」

「さすがに1文字は中々思いつかないな……」

「……ん? あれっ、今気付いたんだけど、もしかして意訳を入れたら世界が広がる……?」

「というと?」

「ガールズラブ、百合」

「なるほど」

「ボーイズラブ、やおい」

「わかったわかった」

「知らないけどたぶんなんかすごい長い英語、おねショタ」

「分かったってば!」

「おねショタ? ってなに〜?」

「え? あー、なにって言われると……えーとね……」

「そよみたいな人が、小学生くらいの男の子と仲良くなる物語のこと」

「あ、そうなんだ〜! じゃあわたしおねショタ?好きかも〜」

「こみみ……」

「皆まで言うな……」

「あ、意訳ならわたしも思いついたよ〜」

「おぉ、どんなの?」

「マネーロンダリング〜、両替〜」

「そよさん……!?」

「パンクというかブラックになってきたな」

「えへへ〜」

「あずさは何かない?」

「うぅん……。あたしこれ苦手分野かも……」

「ふっ、私は得意だよ。サディスティック、エス」

「いやそれは「戦艦の名前がついた地名多いな〜」みたいな話じゃん」

「わたしも思いついた〜。シリアルキラ〜、隣人〜」

「そよさん!? 怖いんだけど……!?」

「そよの良からぬ才能が開花している……」

「でも4文字は今や重いですね」

「え〜、そっかぁ〜」

「他に日本語だと2文字の英語は……2文字の英語……あっ、理科?」

「サイエンスか。けど元が何の変哲もない5文字だと……」

「ガールズラブ百合の方が強いね」

「あ〜、でもそういえば〜、イングリッシュより英語の方が短いよね〜。3文字だけど〜」

「あぁ、確かにそうじゃん。青い鳥はここにいたんだ」

「…………あ、チャイム鳴った」

「上手くオチもついたのでは?」

「やったね〜」

「じゃあ私はネイティブ英語ロボ作って、明日には持ってくるよ」

「おーファイトー。あんまりデカいの作るなよー」

「わたしはおねショタのこと調べる〜」

「それはやめて!」

 

 後日、こみみとそよの二人は、英語テストで赤点を取ったばかりに補習へと連行されていった。

 



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08 巨乳

 私立、八二卜(やつふたうら)学園。通称はにとー学園。そこには天才的なJKたち三人組が所属している。

 天才発明家、巫女野(みこの)こみみ。人類の積み重ねた科学知識をガン無視してすごい発明品を作るすごい人。構図的には、性欲旺盛だけど保健体育の成績が悪い男子に似ているのかもしれない。

 先天性不死、笹良(ささら)そよ。本当は弟がほしかった一人っ子だが、それはそれとして「おねしょた」で検索して出てきた結果はそっ閉じした人。

 最強一般人、雛里(ひなさと)あずさ。強靭な肉体におおよそ健全なる精神が宿っている人。やってみたらリンゴが握り潰せて自分で引いた。

 ……この話は、以上の三人がどうでもいい話を繰り広げたりフィクションの醍醐味を追求したりする様を、ひたすら垂れ流すだけのナンセンスコメディです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、三人がヒートアップしたのは昼休みではなかった。もはやそれを待つことすら出来ず、教室の一角は朝っぱらから一つの話題で持ち切りだった。

 

「こ、こみみ……」

「こみみちゃん……」

「……まぁちょっと聞いてよ。昨日アニメを見てたら」

「いやどうしたんだその胸!?」

「巨乳〜!」

「聞いてって!」

「え、なにそれ、何カップくらいあるの」

「……G?」

「疑問形なんだ……」

「それも発明なの〜?」

「まぁ……うん……。ていうか、だから聞いてって」

「聞こう」

「聞こう〜」

「よし。……あれはそう、昨日の夜のことだった……」

 

 それは昨夜、巫女野こみみ自宅自室での出来事。

 

『いいな〜先輩はそんなに胸があって……。私なんか全然ですよー……』

「……ふん。いくらアニメだからってこんな巨乳至上主義みたいなノリ、さすがに時代遅れだよね。……別に出来ることならスタイル良くなってみたいとか、そうなれる可能性があったかもしれないのに自分で体の成長止めちゃったとか、そんなこと思ってるわけじゃないけど……」

「こみみー、ご飯出来たわよー! いつまでも一回見たアニメをアマプラで見返してないで降りてきなさーい」

「あ、はーい! 今行くー! …………ん? アマプラ……? アマプラ……アニメ……巨乳……。巨乳……アマプラ……サブスク……!? そ、そうか……!」

「こみみー? まだ来れないのー?」

「インターネットで聞きかじった話だと、巨乳の人は巨乳の人で、巨乳であるがゆえのいろいろな苦労や悩みを抱えているらしい。だからそういう点で、わけもなく胸の大きさに憧れを抱いてしまう私のような人間は今まで「でも言うて巨乳になったらなったで不満が出るんだろうな……」と夢のないことを考えざるを得なかった。けどそうか、サブスクだ……! 必要な時、必要なタイミングだけ、巨乳という概念を自分の物として扱えればよかったんだ! うおー! これはいい発明が出来るぞー!」

「こみみ! 早く来なさいって言ってるでしょ!!」

 

 そして翌朝、今に至る。

 

「で、任意のタイミングで巨乳になれる薬を作れたと思ったんだけど……」

「戻れなくなったと」

「うん……」

「こみみちゃんって〜、自分の体を変えようとすると、よく失敗するよね〜」

「うっ……」

「あ、プライドに矢が刺さる音が聞こえた」

「え、ご、ごめん〜……」

「いや、事実だし……。まさかこんなロリ巨乳になったまま戻れなくなるとは……」

「なんとかならないの……? たぶんその大きさはGどころじゃないぞ」

「たぶん今晩あたりに治ると思う。……逆に言うと今日一日はこのままかも」

「マジか……。あたしも皆勤賞取ってるけど、今日学校に来たこみみが一番すごいよ」

「あんまり気になるなら早退も考えた方が〜……」

「胸がデカいからって早退する女がいる!? 世の中にはGカップどころじゃない女子高生だって普通にいるかもしれないし、そうでなくても自作自演の仮病みたいな感じになっちゃうってのに……!」

「じゃあ、まぁ、頑張って」

「冷たい!」

「どういう反応してほしいんだよ……」

「ふっ……せいぜい標準サイズの二人には分かるまい。このレベルの巨乳の気持ちなんて……」

「そんなにつらいの〜……?」

「つらいっていうか、なんというか私は、胸が大きくなればもっと幸せになれると思ってたんだ……」

「バカじゃん……」

「それにほら、いわゆる男子からの視線ってやつも、もっと優越感に浸れる物だと思ってたんだよ。それが今朝登校した時に何人かから見られただけで……もう……想定の三倍くらい不愉快だった……」

「なんかリアルな数値やめろ」

「あ〜、ちょっとわかるよ〜。わたしも視線は苦手で〜……」

「そよって何カップ?」

「わたし〜? Dだよ〜」

「くっ……私もまずはそのくらいを狙えばよかった……。モンハンが頭をよぎったばっかりに……何がG級だよ……」

「完全にバカじゃん」

「なんだよー! さっきからバカバカって!」

「いや、なんかバカな男子の会話聞いてるみたいだなって」

「またバカって言った……、貧乳のくせに……」

「そよはどう思う?」

「う、う〜ん……?」

「……まぁいいや、もう戻らないなら戻らないなりに楽しもうっと。見て見て二人とも」

「見てって何を」

「巨乳の人はこうやってテーブルとかに胸を置くらしいよ! 重いから!」

「へー」

「どうよ!?」

「いや、へーって感じ」

「くっ……、じゃあこれならどうだ! ほらあずさ、私の後ろに立って私のこと見下ろしてっ」

「いいけど、なんの意味が……?」

「つま先が見えないでしょう。胸が大きすぎて」

「……うん、へーって感じ」

「……私の求めていた物は本当にこんな物だったのか……?」

「いや知らないよ……」

「こみみちゃんは〜、胸を大きくしてちやほやされたかったの〜……?」

「分からない……ただ胸を大きくしたかったんだ……でもこんな常時ではなかった……」

「ダメだそよ、今日のこみみはそっとしておこう」

「うぅ……もういいもんね……明日にはいつもの私に戻ってるもんね……。…………もうお腹空いたからおにぎりでも食べよ」

「うおっ!? お前なんてところから取り出して……!?」

「え? いやせっかくだし谷間に物入れてみたいなって」

「なにがせっかくなんだバカなのか」

「すご〜い、アニメみたい〜」

「それロクなアニメじゃないでしょ……」

「はっ、でもそうか! どうせ谷間を作るなら四次元ポケット的な機能を入れればよかった……!」

「何がどうせなんだ。ていうか実験失敗してるのになんでさらに機能盛ろうとするんだ」

「それがロマンだからさ」

「完全にバカな男子と同じノリだ……」

「でもこみみちゃんが言うとかわいいね〜」

「えぇ……?」

「そよ……心の友よ……! おにぎりいる?」

「二個目!? すでに四次元ポケットあるんじゃないのそれ……」

「いや、元々サブスクから発想して始まった実験だからさー。料金としてカロリーを持っていかれるんだけど、この通りバグってるからお腹が減って仕方がなくて。食べ物めっちゃ持ってきた」

「えっ、それってすっごく痩せられるってこと〜!?」

「うん。元々その一石二鳥を狙ってたし」

「こみみちゃん〜! わたしにもその薬打って〜!」

「いいのかそよ、叩きつければスイカも割れそうな胸になるぞ」

「うぅ……それは〜……」

「あ、ううん。たぶんスイカは割れないよ。これ全然重くないし」

「え? さっき重いから置くとか言ってなかった?」

「本来はの話ね。この巨乳はまだ試作段階というか、決定的なデータが不足しているところがあるから……。そのへん上手くいかなかったんだよ」

「そのへんっていうと?」

「それは揉んでみたら分かる」

「揉んでみたらって……。……じゃあまぁ失礼して」

「……どう?」

「こ、これは……」

「え〜、あずさちゃんなにかわかったの〜?」

「……そよ、ちょっと一回だけ胸揉ませてくれる?」

「えっ」

「一回だけ! 一瞬だけ!」

「え……なんかやだ〜……」

「じゃあそよがこみみの巨乳一回揉んでみて! たぶん分かるから」

「え〜? ……あっ、これは〜……」

「上手く言えないけど、すごく偽物っぽくない?」

「うん〜。そんな感じだった〜」

「そうなんだよね……。実際、私は巨乳を揉んだことなんかないし、感触とか質感とか全然分からなくて……。見た目しか再現することが出来なかったんだよね」

「なるほど、ハリボテか……」

「空気っぽい感じがしたね〜」

「脂肪っぽい感じがどんな感じなのか分からなかったんだよ……! 思い立ってすぐ作ったから……! ちくしょう、どうせ一日戻れなくなるならもっとちゃんと作ればよかった。そよの胸とか参考にして」

「え、や、やだよ〜……」

「マジで嫌そう」

「じゃあしょうがない、諦めよう。…………あっ! しまった!」

「今度はなに……?」

「おっぱいマウスパッドの存在を忘れてた! せめてあれくらいでも感触を確かめていれば何か違ったかもしれないのに……!」

「……今日マジで知性を胸に吸い取られてない?」

 

 その日家に帰ってから、こみみの胸は無事元に戻りました。

 



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09 口が裂けて(て)も言えない

 それは、しばらくの間はにとー学園に語り継がれることになる、おそろしい事件だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ある放課後のこと。全員電車通学の三人は、お喋りに花を咲かせながらはにとー学園からの最寄り駅へ向かっていた。

「八尺様って知ってる?」

「あ、知ってるよ〜。怖い話でしょ〜?」

「いや、それがさ、最近はただの身長高くてエッチなお姉さんとして語り継がれてるらしいんだよね。ネット上で」

「えぇ……どういうことよ……。元々八尺様自体がネット発祥の怖い話じゃなかった? なんでそんなことになるの」

「いやーそれがなんか有名になりすぎたのか、一周回って萌えキャラ化とかされてイジられてる間に、いつの間にかショタをアレするエッチなお姉さんとして扱われるように……」

「オタクってたまにマジで意味わかんないな……」

「う〜ん……。エッチなのは好きじゃないけど〜……、でも、ある意味すごいことではあるよね〜。オタクの人たちの発想力はすごいよ〜」

「そよはわりとオタク文化に理解ありそうな感じするよね」

「いやいや、むしろあずさが興味なさすぎなんだって。もう令和だよ? 令和の女子高生たるものエヴァくらい見ないと」

「あーそういえばまだ見てないなそれ……」

「面白いのにねー」

「ね〜」

「わかったわかった、今週末見るよ。…………ん?」

「どしたの?」

「いや、なんかあの人めっちゃこっち見てない? 何もないところに突っ立ってるし」

「あの人? ……あぁ本当だ。なんかめっちゃデカいマスクしてるね。なんでこっち見てくるんだろう」

「美人さんだね〜。待ち合わせとかかな〜」

「あんまり見つめ返すなよ……」

「……あのぉ、すみません、ちょっといいですかぁ?」

「……はい? なんですか? 駅ならあっちですけど」

「あ、違うくて、道が聞きたいわけではなくて。…………その、わたしのこと綺麗だと思いますか?」

「は……?」

「思います!」

「わたしも思います〜」

「お前ら……」

「そうですかぁ……? ……これでも綺麗ぃ?」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 その女の口は、耳元まで裂けていた。

 

「……二人ともダッシュ!!」

「うえぇっ!?」

「きゃあっ!」

「あっ、待って……」

「やばいやばいやばい、なんだあれびっくりした……!!」

「ちょっ、あずさっ、待っ、速すぎるっ……! 引っ張らないで! 足浮きそう……!」

「わたしも〜……!」

「そんなこと言ったって逃げるしかないでしょ! もっと頑張って走れ!」

「頑張って走ってるのに浮きそうなんですけど!」

「……あずさちゃんちょっと待って!」

「え?」

「ちょっと本当にストップ!! 止まって!」

「なに……?」

「見てあの人、泣いてるよ……?」

「え……?」

「うっ……ぐすっ……うぅ……」

「ほ、本当だ」

「…………戻ろう」

「は?」

「だってかわいそうだよ」

「いや、でもあれ口裂け女……」

「いやあずさ、ちょっと待って、考え方を変えると……」

「考え方?」

「確かにあの人は口が裂けてたけど、別に怪異的な物ではなくて、ただの普通の人間かもしれない。そうだとしたら確かに私たちの対応は……」

「いや、がっつり驚かせに来てたと思うんだけど向こうから。怪異じゃなければ不審者なんだけど」

「いいから戻るよ〜。ほら二人とも〜」

「マジで……? 正気か……?」

「大丈夫だよあずさ、万が一の時にはこの厄災兵器パンドラスイッチがあるから」

「いや何それ初めて聞いたんだけど。口裂け女の百倍やばそうなんだけど」

「あの〜……。逃げちゃってごめんなさい、大丈夫ですか〜……?」

「ぐすっ……ひぐっ……あなたたち……?」

「あー、びっくりして逃げちゃったんですけど、なんか悪い人じゃなさそうだったので戻ってきました。……何か事情とかあったんですか?」

「……うぅ……優しい……令和の女子高生ってこんなに優しいの……? うぅ〜……優しさが沁みるぅ……」

「そ、そんなに泣かないで〜」

「なんだこの状況……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 近場の喫茶店にて。

 

「ってことは、本物の口裂け女なんですか?」

「はい……そうなります……」

「都市伝説的な存在の……?」

「はい……」

「す、すごい……! 本当に実在したんだ……そんな非科学的な存在が……!」

「それこみみが言うの……?」

「口裂け女さんって〜思ったより怖くないんですね〜。最初はびっくりしたけど〜、もう慣れてきました〜」

「す、すみません……さっきは驚かせてしまって……」

「いや、まさかこっちも、口裂け女がそんな死活問題でびびらせに来てるとは思ってなかったので……」

「ね〜。人を怖がらせ続けないと存在が消えちゃうなんて、つらいよね〜……」

「すみません……ご迷惑だと分かってはいるんですけど……でも……消えたくなくて……」

「そりゃそうですよね……。あたしが同じ立場でもそう思いますよ」

「はい……。でも、それでも最近は、もう本当にギリギリの状態で……」

「都市伝説的な人たちの存在って、やっぱり人から忘れられると消えちゃうんですか?」

「はい、そうです……。かつては一時代を築いた私たちも、今となっては多くの同胞たちが窮地に立たされていて……」

「そうなんですか……? でも、人に憶えていてほしいってことなら、例えば私たちなんかは普通に知ってましたけどね、口裂け女の噂。結構多くの人がそうなんじゃないんですか……?」

「わたしも知ってましたよ〜。お母さんから聞いたことあったから〜」

「あたしも」

「うーん……そうですね……。確かにまだある程度は憶えていてもらえてるんですけど……、しかし名前と大雑把な特徴だけではどうしても……」

「存在し続けるためには、細かい特徴も必要……?」

「そうなんです……。例えば……みなさんポマードって知ってますか?」

「ぽまーど? ……知ってる?」

「あ、聞いたことあるよ〜。なんか〜口裂け女の弱点なんだって〜」

「へー。あたしは知らないかも」

「私も知らない。ていうかポマードってなに? トーマスの友達?」

「知らないけど絶対違うと思う」

「トーマスの緑色の子の名前なんだっけ〜?」

「忘れた……トーマスとゴードンしか出てこない……。でもほら、なんか人間のキャラでポマード感あるやついなかった? POP・of・MAD卿みたいな」

「そんな狂気的な名前のキャラがいた覚えはない」

「あ、あの……」

「あぁ、すいません。……で、ポマードっていうのは何なんですか?」

「整髪料の通称で、わたし……口裂け女の弱点とされている物です……。ワックスみたいな物なんですけど、「ポマードポマード」どたくさん唱えながら逃げると、口裂け女から逃げ切れるという噂があって……」

「……なんで整髪料が弱点なんですか?」

「口関係ないね〜」

「この口の裂けは医療事故によるもので、その時執刀していた医師がポマードを大量につけていたから……というのが由来です……。……まぁ医療事故なんて実際にはないんですけど」

「え? どういうことです……?」

「わたしたち都市伝説、怪異の類は、人の噂から生まれるものです……。当然、その生い立ちも人に設定されるのですが……それはあくまでも設定であって、実際には、私たちは無から生まれて無へ還る……。それだけなんですよ……」

「え、ちょっと待って! ということは……」

「はい……?」

「生い立ちだけじゃなくて、現在のあり方も噂に左右されたりしませんか……?」

「あっ、しますよ……? わたしは昔からほとんど変わりませんけど、そうですねぇ……時代と共に変わった人といえば……」

「八尺様は!?」

「え? ……あー……えっと……彼女は……その……なんというかですね……生存はしてるんですけど……」

「ちょっと、なんかあんまり聞かれたくなさそうだけど」

「私の予想が的中している可能性大だな……」

「そっとしておこうよ〜……」

「……まぁ八尺様のことはともかくとして、それで口裂け女さんは、今の境遇がつらいってことでしたよね……?」

「はい……。出来ればわたしだって、誰も怖がらせずに生きていきたいんです……。でもそれが出来なくて……つらくて……」

「泣くほどだもんね〜……」

「すみません、泣くつもりはなかったんですけど……。たまに抑えられなくなってしまって……」

「口裂け女さん、こうして話してたらわりと普通の人ですもんね。泣きたくなるのも分かる気がします」

「普通の人だとすると、顔を見て逃げられることを繰り返さないと生きていけない人生って……それはつらすぎる……」

「まぁ……はい……。でも、我々のような存在はそうすることでしか生きられないので……仕方ないんです……。頑張らないと、ポマードとか、べっこう飴とか、ただでさえどんどん忘れられてきてるのに……」

「べっこうあめ?」

「なんかそういう飴があるんじゃない?」

「おいしいのかな〜」

「うぅ……」

「あっ、いやすみません……無知なもので……」

「いえ、いいんです……。……あの、お話聞いてもらえて、……すごく優しくしてもらえて、本当に嬉しかったです。ありがとうございました……。それでは……わたしはもうこれで……」

「え、いやいやいや、なに帰ろうとしてるんですか」

「え……?」

「私たちが何のために口裂け女さんの話を聞いたと思ってるんですか」

「むしろ本題はここからだよね〜」

「え……? ……えっ?」

「あー、口裂け女さん。実はですね、この小学生みたいなやつ……巫女野こみみも、ほぼ都市伝説に片足突っ込んでるようなやつなんですよ」

「ふっ、むしろ都市伝説を超えているまである」

「こみみちゃんは天才だもんね〜」

「ど、どういうことですか……?」

「不老不死と、あと巨乳になる夢以外は、大体こみみが叶えてくれるってことですよ。何せこみみは今まで…………えーっと何したんだっけ?」

「覚えてる範囲だと、巨大ロボ作って、泳力を補うロボも作って、突如現れたサメを焼き払って、異次元空間を若干開いて、他教科はほぼ赤点なのに世界史のテストだけ百点取れるようにして、…………大体そんな感じ?」

「って感じなので、口裂け女さんの悩みも、たぶんなんとかなりますよ」

「…………そんなことあります?」

「こみみと初対面の人はみんなそう言うんです」

「でも頼んだら大体の物は作ってくれるんですよ〜」

「なんでも言ってください。せっかく知り合えた縁ですし、この巫女野こみみが何か発明品をプレゼントしますよ」

「…………じゃあ、もしも本当に叶えることが出来るっていうなら、わたしは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やっと出来た……完成だ……!」

「お〜! ついに〜!」

「いや、すごい時間かけた感出してるけど作り始めてまだ二日目だよね」

「二日でも大変だったんだよ! 今回はいつかの時と違ってサボりゼロだからね。……というわけで口裂け女さん、出来ましたよ。これが……」

「これが……私の口を綺麗に治せる薬……?」

「はい、その名もハイオクです」

 

 二日前のこと。

 

「えっ!? 口裂け女さん彼氏いるんですか!?!?」

「じ、実は……います……」

「え〜いいな〜! すごいな〜あこがれる〜! わたしも彼氏ほしい〜」

「それで、その……彼氏に顔を見せられるようになりたいんです……」

「えっ、見せてないんですか」

「見せられるわけなくないですか……?」

「いや、私的には別に……」

「口裂け女さん美人さんですし〜」

「確かに初見はびっくりするかもだけど、二回目からは普通に目の保養だよね」

「……これが……最近の女子高生の感性……?」

「いや、そこはちょっとよく分かんないですけど」

「各々イレギュラーの自負がある」

「た、たしかに〜……。わたしなんか、自分の内臓見たことあるし〜……」

「え……? 内臓……?」

「こっちの話です。で、つまり何はともあれ、その口の裂けを綺麗に治したいと……?」

「叶うことならそうしたいです……。縫うだけじゃなくて、ちゃんと傷跡が目立たないように、普通の人みたいな口になりたいです……」

「こみみ、出来る?」

「たぶん」

「たぶんか……」

「す、少しでも可能性があるなら、その、お願いしたいです……」

「はい、やってみせますとも。なにせモチベは全開!」

「こみみちゃん頼もしい〜!」

 

 そして二日後、今に至る。

 

「えー、この万能治療薬ハイオクですが、まずメリットから説明します。これを飲むと、ありとあらゆる怪我が完治します。裂けた口だろうと焼け爛れた皮膚だろうとメンヘラなリストのカット跡だろうと、傷跡という傷跡は何でも綺麗さっぱりなくなります」

「えっ……すごい……」

「ただ、リスクもあります」

「そ、それはどんな……?」

「……味が完全にガソリンです」

「味が完全にガソリン!?」

「お前他人様に飲ませる物になんて味つけてんだ」

「いやどうしてもこうなっちゃうんだって……」

「それでハイオクか〜」

「……飲みます」

「覚悟が早い!」

「ちょっ、ちょっと待って、一瞬待って、まだ口つけないで」

「なんでしょう……?」

「……実は、もう一つ別の発明品も作ってきてるんです。もしかしたらこっちの方がいいんじゃないかって思って。……これなんですけど」

「これは……。…………コーンフレークに見えますけど」

「いえ、シリアルです。名前はシリアルエイト。牛乳をかけて食べさせた相手の性癖を、あなたの任意で歪められます」

「ちょ、なにそのやばい代物」

「あずさ、言っとくけど今回ばかりはガチだよ」

「はぁ……?」

「どっちの品を使うかは口裂け女さんの自由です、任せます。ただ……口裂け女さんの口は、アイデンティティだと私は思うんです。私は恋なんかしたことないから、何も分かってないだけかもしれないけど、私は私のアイデンティティを大切にしていきたいと思うんです。……自分のアイデンティティを曲げてまでする恋愛が本当に良い物なのか、よく考えても分からなかったんです。だから両方作りました」

「こみみ……」

「こみみちゃん……」

「どちらにせよ、どうかこれらの発明品を使って彼氏さんと上手くやってください」

「……ありがとうございます。巫女野こみみさん、このご恩はいつかきっと返しますから……」

 

 それから数時間後。

 

「(で、尾行して来ちゃったけどいいのか……?)」

「(だって結末が気になるんだもん〜)」

「(私も私の発明品の行く末が気になる)」

「(さっきまであんないいこと言ってたのにもうマッドサイエンティスト感出してる……)」

「(とか言って、あずさも気になってたんでしょー?)」

「(……まぁね)」

「(あっ、来たよ〜。隠れろ隠れろ〜)」

「(うっわ彼氏超イケメンじゃん。身内が勝手に履歴書出さなかったから一般人なだけだあれは……)」

「(口裂け女さんうらやましい〜)」

「(しっ、静かに見て!)」

 

「……あ、あの、ユウくん」

「お、おう、どうした咲子……? こんな改まって」

「ユウくん、その……わたしたちが付き合ってからもう結構経つよね……?」

「え? あー、そうだね。もう1年以上経つかな」

「あ、あのね、わたし実は最近、ユウくんが通ってた高校と同じところの学生さんに会ったの」

「え、はにとー学園の生徒に? へぇ〜懐かしい」

「うん……それでね……。これを、その子たちからもらったんだけど……」

「コーンフレーク……?」

「ううん、特別なシリアルなんだって。これに牛乳をかけてユウくんに食べさせるとね…………ユウくんの性癖を私の好きに歪められるんだって!」

「えっ」

「お願いします! 何も言わずにこれを食べてください!」

 

「(ええー!? 全部バカ正直に言ったー!?)」

「(口裂け女さん、本当にいい人なんだね〜)」

「(こんなラブレター渡すような雰囲気で皿に盛られたシリアルと牛乳パック渡す人いる……?)」

「(ちゃんとスプーンまでついている!)」

「(彼氏さん食べてくれるかな〜)」

「(ていうかあの人ウチのOBなんだね。あんなイケメンがいたとは)」

「(ちょっと入学するのが遅かったね〜)」

「(こらこら、人の彼氏をそんな目で見ないの……)」

 

「えーと……。……つまり俺の性癖を歪めたいってこと?」

「はい……! そうです……!」

「……まぁいいけど」

「いいの……!?」

「うん、別にそれくらい、咲子が望むなら。……じゃあ、いただきまーす」

「…………ど、どう?」

「こ、これは……! 確かに感じる! 何をどうやって生成したのか見当もつかない、しかし食した人間の性癖を確かに歪める力を……! その成分を……! う、うおおおおおお!?!?」

「や、やった、成功したんだ!」

「あぁ、大成功だと思うよ……。なんかこう、すごく都市伝説的な性癖がDNAになだれ込んできた」

「よかった……。……じゃあユウくん、今まで隠してて本当に申し訳なかったんだけど、…………これを見てください」

「な、咲子……!? その口は……!?」

「そうなの……。わたし、実は口裂け」

「まさか今までバレてないと思ってたのか!?」

「…………え?」

 

「(…………え?)」

「(あれ……?)」

「(あれれ〜……?)」

「(ていうかこみみ、あのシリアル相手に自覚症状行くの……?)」

「(うん)」

「(それ説明に入れてた?)」

「(……あれ? 言ってなかった?)」

「(こ、こいつ……)」

 

「バレてないと……って、どういうこと……?」

「どういうことって、だって咲子、耳元まで口が裂けてるだろ……?」

「なんでそれを……。ユウくんの前でマスクを外したことなんてないのに……」

「いや、正面から見た時はともかく、横から見たら耳元近くの裂けてる部分がきっちり見えるからだよ! 2年も一緒にいたら横顔くらい何度も見たっていうか、最初の一ヶ月目でもう気付いてたよ!」

「えっ……。…………ええええええええええええ!?!

?」

「それで咲子、さっきのシリアルで俺に「口が裂けてる女が好き」って性癖を入れようとしただろ」

「し、しました、ごめんなさい」

「もう言っていいよな……。今まで嫌われると思って黙ってたけど…………咲子! 実は俺は元々、口が裂けてる女が好きなんだ!!」

「…………ええええええええええっ!?!?!?」

 

「(ええええええええええええええええ)」

「(すごい変態だ……)」

「(わ〜、奇跡ってあるんだね〜)」

「(イケメンってみんなあんな感じなの……?)」

「(そんなことはない……はず……)」

「(元々完璧な両想いだったんだ〜! すてき〜!)」

「(素敵かな!? 本当に!?)」

 

「じゃあ私たち、本当の意味で両想いだったってこと……!?」

「当たり前だろ!」

「で、でも、でもユウくんごめんなさい、わたし本当は、すごいたくさんリストカットとかしちゃうメンヘラなの……。今まで隠してたけど……もう口より手首の方の傷がひどいくらいで……」

「それもかなり早いうちに気付いてたよ!」

「えー!」

「そしてこう言ったらなんだけど……たぶん俺そういうのが好きなんだ!! 正直興奮する!!」

「ええー!? すごい! 運命じゃん!」

「そうなんだよ! 完全に運命だ!」

 

「(どうしよう、ウチのOBイカれてるんだけど)」

「(いい人じゃん〜。きっと先に咲子さんのことを好きになって〜、それに引っ張られて口裂けとリスカが性癖になったんだよ〜)」

「(そうかなぁ……?)」

「(そうに決まってるよ〜! すごいね〜、まさに理想の彼氏さんだ〜)」

「(あたしはそよが変な男に引っかからないか心配になってきた)」

 

「じ、じゃあ、ユウくん、私と結婚してくれますか……?」

「もちろん! むしろごめん、俺の方からもっと早く申し出るべきだったんだ。……でも今月やっと貯金が貯まって」

「貯金……?」

「プロポーズするなら、指輪が必要だと思って。まぁ、まだここにはないけど……」

「ゆ、ユウくん〜! 大好き! 結婚しよう!」

「しよう! 今すぐにでも!」

「や、やった……! 夢みたい……!! ……ねぇユウくん、その……」

「なに……?」

「わたしのこと、綺麗って思う……?」

「綺麗だよ。咲子は世界で一番綺麗だ」

「ユウくん〜!!」

 

「(……帰るか)」

「(見届けたね)」

「(いいな〜。わたしも夢みたいな恋愛したい〜)」

「(しょうがないなぁ、シリアルならまだあるぞ)」

「(こ、これで不死が好きなイケメンを作れば〜……)」

「(やめなさい)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後の放課後、駅へ向かう途中の道にて。

「ねぇねぇ〜、あれから口裂け女さんどうなったのかな〜?」

「どうって?」

「まだ人を怖がらせてるのかな〜って」

「あー、まぁそうしないと消えちゃうって言ってたからなぁ」

「彼氏さんと上手くいったのはよかったけど〜、不本意に怖がられ続けないといけないのはかわいそう〜……」

「……いや、それについては私もずっと考えてたんだけど、たぶん大丈夫だと思うよ」

「っていうのは?」

「だってあの口裂け……咲子さんは、これから好きなだけ彼氏に「わたし綺麗?」ってすればいいわけでしょ? それって口裂け女の新解釈だと思うんだよね」

「新解釈〜?」

「アイデンティティを維持したまま進化した姿っていうのかな。口裂け女のアイデンティティといえば口が裂けていることと、それから「わたし綺麗?」って聞いてくることでしょ? そこに必ずしも他人を怖がらせる必要はないと思うんだよね。私の中の二次創作大好きなオタクの魂がそう言ってる」

「つまり〜……どういうこと〜……? 難しい〜……」

「とりあえず彼氏とイチャつき続けていれば、令和の口裂け女としてきっとこれからも存在していけるだろうってこと」

「わぁ〜、そうだといいな〜!」

「そうなってくると、さすがにリア充爆発しろとは言えないなー。口が裂けても言えない……ってね!」

「あー、そのオチのせいで台無し」

「いやいや絶対完璧なオチだったでしょうよ」

「あずさちゃん辛口〜」

「…………ん? ちょっと二人とも」

「どしたの?」

「いや、……なんかあの人めっちゃこっち見てない? 何もないところに突っ立ってるし」

「あの人? ……あぁ本当だ。なんかめっちゃデカいマスクしてるね。なんでこっち見てくるんだろう」

「今度はおじさんだね〜。口裂け男もいるのかな〜?」

「知らないけど、あんまり見つめ返すなよ……」

「……あのぉ、すみません、ちょっといいですかぁ?」

「……はい? なんですか? 駅ならあっちですけど」

「あ、違うくて、道が聞きたいわけではなくて。…………君たちは、おじさんのこれを見てどう思う?」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 その男は、上着一枚めくった下は全裸だった。

 

「……二人ともダッシュ!!」

「うえぇっ!?」

「きゃあっ!」

「やばいやばいやばい、なんだあれびっくりした……!! 本当にいるんだああいう変質者……!」

「ちょっ、あずさっ、速いって! 足浮きそう……! いや浮いてる! もう浮いてる!」

「わたしも〜! すごい〜飛んでるみたい〜!」

「そんなこと言ったって逃げるしかないでしょ! もっと頑張って走れ! とにかく走れ! そして後で警察に通報しろ〜!!」 

 

 後日、その変質者は無事に逮捕された。警察が駆けつけた時、その男はなぜか終始笑顔だったという。

 



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10 蚊に刺され

 私立、八二卜(やつふたうら)学園。通称はにとー学園。そこには三人の天才JKが所属している。

 わりとプライドが高い発明家、巫女野(みこの)こみみ。発明品の出来はもちろん、ネーミングにケチをつけられると根に持つ。

 意外とホラーには強い不死、笹良(ささら)そよ。虫や絶叫マシンにも強いが、セクハラだけは本当に無理。

 密かに甘党な一般人、雛里(ひなさと)あずさ。特にドーナツが一番好きで、近所のミスド店員とは顔馴染みになっている。でもカレーは辛口一択。

 ……この話は、以上の三人がこの上なくどうでもいい話をする様を、粛々と垂れ流していくだけのナンセンスコメディです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏。毎晩の寝苦しさが続く時期の昼休みにて。その日は珍しく、雛里あずさから口火を切った。

 

「そよってさ、不死についてあれこれ聞かれるの嫌いだっけ……?」

「え? ううん〜別に〜。死んでみせてとかじゃなければ〜、友達から聞かれる分には全然平気〜」

「じゃあちょっと気になったんだけどさ、仮にそよが力士部屋に拉致監禁されて、はちゃめちゃのぶくぶくに太らされたとするでしょ?」

「え〜?」

「で、その状態で木っ端微塵になって死んだら、復活する時は痩せた状態で復活するの……?」

「あれーあずささん? マッドサイエンティストは良くないんじゃなかったでしたっけ?」

「ま、まぁそうなんだけど……。ちょっと気になって……」

「あ〜、どうなんだろうね〜? 試したことないや〜」

「試して戻らなかったら一大事だからね」

「なんでそんなこと聞くの〜?」

「それは……。……実は昨日寝てる間に、ヘソの真横を蚊に刺されたんだけど、それであたしは気付いちゃったんだ」

「なにに〜?」

「……自分が太ったということに」

「ほう? どれどれ」

「っ!? めくるなバカ!」

「いや、少なくとも服の上からでは何も変わらないと思って」

「わたしも〜。あずさちゃんはむしろ痩せてるように見える〜」

「それはそう見えるだけなんだ……。今朝蚊に刺された箇所を掻いてみたら、うわ……これは……ってなったから確実に太ってる。体重も測ったけど案の定だった」

「何キロ増えたの?」

「言わない」

「言えないくらい増えたの?」

「増えてない」

「信ぴょう性に欠けるなぁ」

「仮に増えてたとしても〜、全然気にしなくていいくらいだと思う〜」

「うーん、まぁそこはダイエット頑張ればいいから別にいいんだけど……。それより、気にする気にしないはさておきさ、これってなんか蚊からのメッセージを感じない? ヘソ付近を刺すことで「お前太ってんな!」って言ってきたみたいな」

「被害妄想じゃん」

「そうだよ〜あずさちゃん〜。蚊は「お腹出して寝ちゃダメだよ」って教えてくれたのかもよ〜?」

「いや、それはない。蚊はそんなことしない」

「なんで〜?」

「なんでって……。疫病と痒みと不快音のイメージしかない連中が、そんな優しいこと言うわけなくない……?」

「え〜、そうかな〜」

「あずさ、そういうのは意外と分からないよ。世の中はそんなに単純じゃない」

「というと?」

「誰がどう見ても聖人みたいに優しく振る舞う人が、家では子どもを虐待しているかもしれないし、人類全体に貢献するくらい大きな事を成し遂げた人が、実はひどい差別主義者かもしれない。私たちが思っている以上に、人間の良い面と悪い面は全然矛盾しないものだよ」

「……いや、蚊の話なんだけど」

「蚊だってそうかもしれないじゃん! 疫病と痒みと不快音をばらまきながら、別の場面では「お腹を冷やしちゃいけないよ……」って優しく教えてくれてるのかもしれないでしょ……!」

「百歩譲ってそうだったとして、教える方法としてがっつり痒みをプレゼントしてくるのはどうなんだ」

「しょうがないよ〜、蚊に出来る方法はそれしかなかったんだもん〜」

「なんで二人ともそんなに蚊を擁護するの……」

「別にそういうわけじゃないけど」

「可能性の話だよね〜」

「むしろそう言うあずさは、なんでそこまで蚊のメッセージ性にこだわるのさ」

「いやこだわってるわけじゃないけど、反射的に「ちくしょ〜」と思ったから」

「背の低い人が、高い場所にいる猫から見下ろされた時みたいな感覚?」

「いやそれは分からないけど。……こみみってそうなの?」

「はぁ〜? 私は別に背が低くないんですけど? 体の成長が永遠に止まっちゃってるだけで、潜在的な身長で言えば実質180センチくらいあるんですけど? たぶん」

「高すぎでしょ……」

「わたしは小さいこみみちゃん好きだけどな〜」

「そ、そよ〜! 心の友よ〜!」

「それは心の友判定なんだ……」

「というわけで、あずさのそれは完全に被害妄想ってことです」

「まぁそれはそうだと自分でも思う」

「大体野生界に生きる蚊が、そんな人間的価値観のメッセージなんか残すわけないじゃん」

「え、そこ?」

「あ〜、そっか〜。言われてみればそうかも〜。蚊にお腹を冷やすって感覚なさそう〜」

「なんか納得してる……」

「仮にメッセージ性があるんだとしたら「こんな油断して寝てたら死ぬぜ!」みたいな意味だと思う」

「いやいや〜、「こんな油断してても死なないなんていいご身分だな! 人間め!」みたいな意味かもよ〜?」

「あー、動物の類にも妬みの心はあるって言うもんね。虫にもあるかもね。野生的には太れることって羨ましいことだろうし」

「わたしは人間だから、太らない体質のこみみちゃんが妬ましい〜」

「ひえーヘソの真横を刺されるー」

「刺しちゃうぞ〜」

「叩き潰しちゃうぞー」

「……………………」

「……どうしたのあずさ? 今は別にあずさが入ってこれない話してないけど」

「普通の話だよ〜? そんな目で見ないで〜」

「……いや、すっっっっっごいどうでもいい話だな……って思って」

「言いだしっぺのくせに!」

 

 それから一ヶ月くらいで、雛里あずさは無事に痩せました。

 



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11 優柔不断

 私立、八二卜(やつふたうら)学園。通称はにとー学園。そこには三人の天才女子高生が所属している。

 地味に音痴、巫女野(みこの)こみみ。自分の音痴は声帯が小学生で止まってるせいだ、とよく言い張っている。なまじ本人は楽しめるタイプなので発明品での解決も試みない。

 反射神経が普段の印象通り、笹良(ささら)そよ。生まれてこの方、手加減された時以外で「叩いてかぶってジャンケンポン」に勝ったことがない。そしてそれを悔しいと思ったこともない。

 調味料はいつも目分量、雛里(ひなさと)あずさ。調理行為に対する苦手意識はないが、計量等に対する苦手意識はある。お菓子は食べても作りたくない。

 ……この話は、以上の三人がどうでもいい話題について話し続ける様子を、一貫して垂れ流し続けるだけのナンセンスコメディです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 はにとー学園にも夏休みはある。昼休みの教室というたまり場を失ったいつものJK三人組が、今日は巫女野こみみの自室に集合していた。

 ……話は一日前、近所のミスドで三人がドーナツを食べていた時にまで遡る。

 

「ねぇねぇ〜二人はさ〜、優柔不断な男の人のことってどう思う〜?」

「優柔不断?」

「どう思うって言われても、あんまり対面したことないかもなぁ……。男子と話すことほぼないし」

「私も」

「わたしもだけど〜、友達が言ってたの〜。優柔不断な男はクソだ……!って〜」

「そよの口から「クソ」が出るとは……」

「ふぁっきゅーの方がまだ合ってたね」

「友達が言ってたんだってば〜。それで、優柔不断ってそんなに悪いことなのかな〜って気になったの〜」

「うーん、まぁ良いことではないよね、優柔不断」

「程度にもよるんだろうけど、どの程度だったの?」

「んっとね〜、何を聞いてもなんでもいいとかどっちでもいいって答えて〜、全然何も決めてくれないんだって〜。それで友達はその人と別れたんだって〜」

「あ、別れ話の一端だったんだ」

「何も決めてくれないか……。まぁでもそれなら、こっちで全部決めちゃえばいいってことなんじゃないの?」

「え〜、あずさちゃんそれ出来る〜?」

「まぁ、たぶん」

「私も、何かが決められないことってあんまりないし。こっちで全部決めていいなら、相手の優柔不断は別に大した問題にならないと思う。……けど」

「けど〜?」

「別れたってことは、たぶんそうじゃなかったんでしょ? 「そんな男はクソ!」ってきっぱり別れる決断を出来る人が、自分も優柔不断ってことはないだろうし」

「あ〜なるほど〜! 確かにその子は優柔不断じゃないよ〜。こみみちゃん鋭いね〜」

「なんかこみみがこの手の話に饒舌なのって意外だ」

「いや、それが昔ツイッターに流れてきた漫画で、そよの友達と同じようなことを言ってる人がいてさ」

「優柔不断な男はクソだ〜! って〜?」

「そうそう。それで、そこで読んだ内容があまりにもひどすぎて、逆になんでも即決できるようになる発明品を作ろうとしたんだよね」

「おぉ〜! 上手くいった〜?」

「最初は頭に取り付ける装置を考えてたんだけど、よく考えたらそんな発明品を使うための相手がいないから、最終的に人型ロボットになってた。即決彼氏ロボってことで」

「え……? なんかさらっと洗脳装置作ろうとしてない……?」

「いや全然そんな大した物じゃなかったけど。……で、まぁそのロボは出来が悪かったから、今はもう倉庫に封印してある」

「え〜、そのロボット見てみたい〜。こみみちゃんが作る彼氏ロボってどんななの〜?」

「見た目も自分好みにしたの?」

「いや、自分好みというか……うーん……なんて言ったらいいのか……」

「せっかくの夏休みだしさ〜、今度こみみちゃんの家にそのロボ見に行こうよ〜」

「あー、確かに最近こみみの発明品見てなかった感じするし、いいかもね。……行っていい?」

「来るのは全然いいけど、別に面白くないと思うよ?」

「行こう行こう〜。いつならいい〜?」

「別に明日でも」

「じゃあ明日行こう〜」

 

 というわけで、翌日の昼間、こみみの自室にて。

 

「さぁ、持ってきましたよ」

「おぉ〜、ロボって木箱に入ってるんだ〜」

「背負うための紐まで付いてる……。即決彼氏ロボ、運搬予定だったの……?」

「いや、これはディティールってやつ。……さて、それじゃあこの箱の中身をお披露目する前に、ちょっと通過しておかなければならない儀式があります」

「儀式〜?」

「なんかきな臭くなってきた……」

「大したことじゃないよ。二人にはちゃんと優柔不断のクソさを知ってもらってから、箱の中身を見てほしいなって思ってるだけだから。私がこのロボを作った時の気持ちをちょっとでも味わってほしいんだよね」

「具体的には何をするの?」

「そうだなー、そよに協力してもらおうかな」

「わたし〜?」

「そよは、優柔不断な男の人のことどう思う?」

「う〜ん、わたしも結構、優柔不断なところあるからな〜。どっちも決められなくなって、困っちゃいそう〜」

「なるほどなるほど……。…………認識が甘い!!」

「うわ、びっくりした」

「急に大声〜」

「そよ、私のことを彼氏だと思って、何かしらの二択を迫ってみてよ。私が優柔不断な彼氏の役やるから」

「え〜? じゃあ〜…………こみみくんこみみくん〜、ランドとシーどっちに行きたい〜? 今度どっちか行こうよ〜」

「うーん、そうだなぁ……。どっちもいいなぁ……どっちも良すぎて決められないなぁ……」

「じゃあ〜、シーはどう〜? わたしはどちらかといえばシーがいいかな〜」

「シーかぁ。シーもいいけどなぁ、でもランドも捨て難いよなぁ」

「え〜、じゃあランドにしよ〜」

「いや、でもシーもいいよなぁ、そよもシーに行きたいって言ってたしなぁ」

「じゃあやっぱりシーにしようよ〜」

「いやいや、でもやっぱりランドも捨て難いし……うーん……」

「…………嫌い」

「そよがキレた……!?」

「はい、まぁこんな感じでした、私が読んだ漫画に出てきた彼氏も」

「マジでクソだったね」

「なるほど〜、よく分かったよ〜。優柔不断って良くないんだね〜」

「そう、マジでよくない。……というわけでそういうクソのカウンターとして作られた、一切の優柔不断がないロボットを、いよいよお披露目です! いでよ、即決彼氏ロボ、両極端次郎くん!」

「わ〜、箱の中から箱を背負った男の子が〜」

「なんか腰に刀まで付いてるけど……」

「やぁ、俺の名前は両極端次郎! よろしくな!(イケボ)」

「かっこいい〜! イケボだ〜」

「さぁそよ、端次郎に何か二択を迫ってみて」

「端次郎くん〜、ランドとシーならどっちに行きたい〜?」

「ランドかな! 俺は迷ったらランドと決めてるんだ!(イケボ)」

「すご〜い! ……でも端次郎くん、わたしシーにも行きたいな〜……?」

「そよが行きたいならシーでもいいぞ! 俺もシーは好きだ!(イケボ)」

「こみみちゃん〜! 最高じゃん〜!」

「上手く出来なかったから封印したとか言ってなかったっけ? 全然大丈夫そうじゃん」

「うん、まぁ今はね」

「なにその不穏なのは……」

「ねぇねぇ端次郎くん、朝はご飯派〜? パン派〜?」

「俺は朝はご飯派だ! パンは食べない!(イケボ)」

「ラーメンの味は何派〜?」

「迷ったら醤油だな!(イケボ)」

「すご〜い!」

「食べ物の話ばっかじゃん……」

「平和でいいことだよ」

「こみみちゃん〜、わたしこの人と付き合う〜。顔も声もかっこいいし〜性格も好き〜」

「そよ、それはさすがに即決すぎる」

「いや、本当にやめておいた方がいいよ。どうしてもっていうならそのロボそよにあげるけど」

「やった〜! もらう〜!」

「ちょっとそよ、こういう時のこみみの忠告は聞いておいた方がいいって。絶対何かやばいから」

「うん、絶対何かやばいことを保証する」

「え〜? どうして〜? 何でも即決してくれて清々しいよ〜?」

「なんでもってほぼ食べ物の話しかしてないじゃん……。……そうだなぁ例えば、そのロボと付き合うのはもっと、繊細な話を振ってみてからでもおそくないんじゃない?」

「繊細な話〜? どんなの〜?」

「うーん例えば……。……端次郎くん、世界中にある差別問題についてどう思う?」

「差別はよくない! 俺はそんな物絶対に許さないぞ!(イケボ)」

「ほら〜、いい人だよ〜」

「いや、あずさ、今のはめちゃくちゃいい。物凄く確信に近づいてる」

「あ、そうなの? ……ていうかこのロボの問題点って結局どこにあるの? もったいぶってないで教えて。このままじゃあたしたちそよのこと取られちゃうよ」

「そうだなぁ。じゃあそよ、亭主関白についてどう思う?」

「え、わたし〜? 亭主関白か〜。あんまり好きじゃないかな〜。友達でも恋人でも〜、対等な感じで仲良くできるのが一番だと思うから〜。ね〜? 端次郎くん?」

「いや、女性は男性の三歩後ろを歩くくらいが慎ましくていいと思うぞ(イケボ)」

「え〜? そう〜?」

「……こみみ、もしかしてこれは」

「まぁ続けてみなよ」

「あー、じゃあ端次郎くん、あたしからも質問。女性が社会進出することについてどう思う?」

「男が外に働きに出る分、女性には家のことを任せたいな。それがこの国の理想の家庭という物だろう(イケボ)」

「端次郎くん〜……?」

「……端次郎くん、結婚願望がない女性についてどう思う?」

「それは考えられないな! 結婚もしないでどうやって幸せになるんだ?(イケボ)」

「なるほどこみみ、分かった」

「たどり着いたね、両極端次郎の真実に」

「こみみちゃんどういうこと〜??」

「そよ、たぶんこのロボは、「女性」に関連する意識や認識が大昔でストップしちゃってるんだよ」

「あずさ正解」

「え〜? そうなんだ〜……。それはちょっと残念〜……」

「なんでこんな性格にしちゃったの?」

「いや、私もそんなつもりじゃなかったのに、いつの間にかこうなってた。たぶん大正時代の悪い部分が出ちゃったんだと思う」

「大正時代ってこんなだったの……?」

「それは知らないけど、そうとしか考えられない」

「じゃあ端次郎くんって〜、育休とかにも否定的なの〜?」

「そうだな、男が働いている分、子どもの面倒くらいは奥さんが見るべきだと思う(イケボ)」

「え〜、こみみちゃん〜、この人やだ〜」

「だから忠告したでしょ」

「これは確かに、封印しておくのが一番かな……」

「そうなんだよね。のさばらせておくと色々な方面から怒られそうだし。電源切っとくよ」

「そうしといて。こんなポンコツ、令和の世には出せないわ」

「あっ、あずさバカ!」

「えっ?」

「……ポンコツ?(イケボ) シュウウウウ……」

「な、なんか端次郎くんから急に煙が〜!」

「しまった……。端次郎くんは女性から罵倒の言葉を向けられるのが大嫌いで、逆鱗に触れると抜刀して襲いかかってくるんだ!」

「えっ、あたしのせい!?」

「お前は……存在してはいけない生き物だ……(イケボ) シュウウウウ……」

「やばい二人とも! 逃げて!」

「ちょ、うそでしょ、あの刀まさか真剣!?」

「真剣にしか見えないプラスチックだけど、叩かれたらアザになるくらい痛いよ! だから逃げて!」

「ひええ〜……」

「……なんだプラスチックか」

「あずさ……!?」

「即決の呼吸、一の型……衝動刈い!(イケボ)」

「きゃ〜! あずさちゃんが切られた〜!」

「い、いや違う。刀が……折れてる……!」

「ふん、刃物なら焦るけど、玩具ならびびることもないでしょ」

「あずさちゃん強い〜!」

「か、刀が……俺が未熟だったせいで……(イケボ)」

「めっちゃショック受けてるんだけどこのロボ」

「よ、よし、今のうちに電源を」

「ちょっと待ってこみみ。……このロボって保管する意味あるの?」

「え?」

「いや、なんか「存在してはいけない生き物」とか言われて思ったんだけど、……そのセリフは完全にブーメランじゃない?」

「え、いや、まぁ同意するけど。……もしかしてあずさ」

「こみみがよければ、こいつはここで破壊する」

「わ〜! バトル漫画みたい〜!」

「即決の呼吸、二の型……」

「気をつけてあずさ! 刀が折れててもそいつは」

「壊していいんだね!?」

「いいよ!」

「二の型……迷々左閃(まよったらひだりをえらぶ)!」

「お〜! あずさちゃん躱した〜!」

「くたばれポンコツロボ!」

「蹴った〜!」

「端次郎くんの首が!」

「すご〜い! 一撃だ〜!」

「おかしいな、一応階段から落ちたくらいじゃ壊れないように作ってたはずなんだけど……」

「鬼のような強さだ〜」

「鬼とか言わないでよ心外な。……まぁでも確かに、このポンコツロボは自分より背が高い女とか、力が強い女とかは嫌いそうだったな」

「はーい、じゃあ残骸を片付けるから、二人はリビングの方でくつろいどいてー」

「いや手伝うよ」

「危ないからいいって。例の異次元開けるから」

「あ、そう……」

 

 こうして、即決彼氏ロボはその後五分「くらい」で、実質的にこの世から存在を抹消された。

 



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12 グリム

 私立、八二卜(やつふたうら)学園。通称はにとー学園。そこには三人の天才女子高生が所属している。

 天才どころじゃない発明家、巫女野(みこの)こみみ。本人は気分で「天才科学者」も自称するが、科学要素は一切ない。三人の中で一番オタク。

 変わった死に方をする不死、笹良(ささら)そよ。巫女野や雛里の前で死にかけたことはまだ一度しかないが、本人やその家族はすでに死亡回数のカウントをやめている。普通の人が、転んで膝を擦りむいた回数を数えないみたいに。

 ポテンシャルが見え隠れする一般人、雛里(ひなさと)あずさ。理屈が通用しない力を駆使する巫女野の想定を、ただのフィジカルで忘れた頃に超えてくる隠れ強キャラ。しかもいつもしれっとやる。

 ……この話は、以上の三人がその時々のノリで展開する話を、その時々のノリでお送りするだけのナンセンスコメディです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の放課後。下駄箱を抜けてから。

「あっ、今日ジャンプの発売日だ」

「あ〜本当だ〜。言ってあげようって思ってたのに、忘れてた〜」

「毎週思うけど、女子高生がジャンプて……」

「何を言うのあずさ、最近の世間の流行りを見てみなよ。アニメは大体ジャンプ原作でしょ」

「あー、あれでしょ、鬼とか呪いとかのやつでしょ? そう言われるとジャンプってなんかイメージ変わったよなぁ。海賊とか忍者とかとは全然違うっていうか」

「ちょっと前には〜タコの先生のやつもあったよね〜」

「そうそう、そんな感じで時代の最先端なんだよ。だから毎週必ず購読する、たとえ学生の尊いお小遣いがすり減ろうとも」

「最先端って言ったら、雑誌より電子の方なんじゃないの?」

「何を言うのあずさ、漫画にとっての雑誌は映画にとっての映画館だよ。雑誌以外の媒体は、妥協という名の選択肢でしかないんだって」

「そんなもんかな。あたしは単行本でまとめ読みしたいタイプだけど」

「わたしは〜どの雑誌に何の漫画があるのか覚えられないタイプ〜。単行本はその点も安心だよね〜、新刊が出たらお店が分かりやすい場所に置いてくれるもん〜」

「そよって何読むの?」

「んっとね〜、少年漫画だと〜なんだっけ〜あれだよ〜、上昇負荷とかがあって〜、んなぁってやつ〜」

「それ少年漫画じゃないし。けどなかなかいい物読んでるね」

「なにそれ? あたし聞いたことない漫画かも」

「えー? アニメ化も映画化もしてるんですけど? その疎さだともうあずさは実質おばあちゃんだなぁー、早寝早起きが過ぎるし」

「早寝早起きはほっといてよ」

「漫画とおばあちゃんと言えば〜、よくコロコロコミックの話を聞くよね〜」

「なにそれ?」

「子どもがおばあちゃんにコロコロ買ってきて〜って頼んだら〜、コミックじゃなくて掃除する方のコロコロを買ってきちゃうって話〜」

「あずさならワンチャンやりそう」

「さすがにやらないわ!」

「……あ、じゃあちょっとそこのコンビニで買ってくるから。待ってて」

「は〜い」

「はいはい」

「…………」

「……こみみちゃん、めっちゃ小銭漁ってるね〜」

「十円玉ってすぐかさばるから。……まさか足りないとかだったら笑うけど」

「あ、帰ってきた〜」

「いやー、財布の中の十円玉綺麗に全部使ったー」

「女子高生が制服着てジャンプ置いてレジで小銭ジャラジャラしてるの、傍から見てたら結構面白かったよ」

「いや、私の場合はなぜか制服着てる女子小学生がそれやってるように見えるでしょ」

「自分で言うんだ……。一応女子高生扱いしてあげたのに」

「一応って!? 普通に女子高生なんですけど!?」

「逆鱗の位置が分からなさすぎる」

「あ〜! あのアニメの映画クリスマスの日にやるんだ〜」

「え?」

「裏表紙に書いてるよ〜」

「あっ、本当だ。クリスマスイブだ」

「みんなで見に行こうよ〜」

「そよは結構ハマるよなぁアニメ。あたしも誘われたら行くけど」

「いいね、行こう行こう。……あ、そういえばさっきのコンビニで文房具コーナーをチラ見して思い出したんだけど」

「文房具〜?」

「うん、クルトガっていうシャーペンあったじゃん? 中学の頃あれが欲しくてさー」

「あー、あったなぁ。使ったことないけど。その気になれば買えるのに、地味に高くてどうもね……」

「わたしも〜。一回くらい使ってみたいな〜って思ってるうちに、使わないまま高校生になってた〜」

「そうそう、それで当時の私はクルトガを自作したんだよ。そしたらお小遣いを圧迫しないかなーと思って。でもその途中で、逆に回転の限界を追求したくなってさー、あの時は」

「……あのさこみみ」

「うん? なに?」

「実はずーっと気になってたけど、なんか触れちゃいけない気がして聞いてなかったことがあってさ」

「え、なに急に。なんかこわい」

「……こみみの発明品の材料費って、どこから出てるの?」

「あ〜、たしかに〜! それわたしも気になる〜!」

「こみみ的にはクルトガって買うより作る方が安いの……?」

「……あー、そういえばまだ話してなかったっけ。いつ話そうかなーと思ってるうちに、別にわざわざ話すほどでもないかと思い始めちゃって」

「というと?」

「スポンサーがいるんだよ、私の発明品には。すっごい金持ちのお嬢様で、今は海外に住んでる」

「えっ、マジか」

「すご〜い! お嬢様と知り合いなの〜!?」

「うん。小学生の頃、ネットゲームで知り合って」

「小学生の頃からネットゲームを……」

「なんかそういう話聞いたことある〜! ゲームしてたら石油王と友達になって〜みたいな〜」

「だからまぁ、発明品の材料は全部その人から送ってもらってる。削り機能との両立を目指した鉛筆版クルトガもその人に協力してもらって……」

「いや、普通に衝撃の事実だよこみみ。あのわけわからん代物たちの後ろにそんなビッグな存在がついてたなんて、思いもしなかった」

「どんな人なの〜? わたしも話してみたいかも〜」

「別にいいよ? 二人のことはよく話してるし」

「マジで!?」

「やった〜!」

「……話すのはいいけど、それはそれとしてなんかあずさのリアクションが、私が作った物を見た時よりいい感じで不服なんだけど」

「いや、だってそんな本物の金持ちお嬢様と話せる機会なんてそうそうないじゃん。現実味が強くて興奮してきた」

「私の発明品だって全部現実じゃん!」

「こみみちゃんの発明品は〜、凄すぎて夢なんじゃないかって思っちゃう時多いよ〜?」

「分かる」

「そ、そんな……そよまで……。やっぱり世の中金なのか……」

「いや、こみみの発明は金で太刀打ちできる物じゃない。そこは分かってる」

「わたしも〜。お金持ちは世界にたくさんいるけど、こみみちゃんは宇宙に一人だよ〜」

「あずさ……! そよ……! これがプライスレス……!」

「で、いつ話せるのその人と」

「たぶん今日でも大丈夫。今日の今から」

「えっ、金持ちって暇なの……?」

「さぁ……? 宇宙一の私との連絡をいつでも最優先にできる力があるんじゃない? 金持ちだからこそ」

「本当に宇宙一だから一概に冗談とも言えない」

「じゃあ早く話しに行こう〜!」

「行こうっていうか、スマホでやり取りしてるから。今もう発信してる」

「連絡先に富豪が!?」

「すごいね〜!」

「はい、繋がったよ。カメラ付いてるから二人で話して」

「お、おぉ……」

「もしもし〜? こみみちゃんとお友達のお金持ちさんですか〜?」

「失礼すぎる」

「…………あぁハイ、もしもし? その話し方は、噂に聞いてる笹良そよさんですかね?」

「こ、これが……」

「こみみちゃんのスポンサ〜……!」

「(見た目金髪蒼眼の外国人美女なのに、日本語の発音がネイティブすぎる……! しかもこの人、あたしたちより年上か……?)」

「そうです〜、わたし笹良そよっていいます〜。いつもこみみちゃんがお世話になってます〜」

「いえいえ、かなりお世話してます金銭的に。……じゃあもう一人の方が雛里あずささん?」

「あ、はい、雛里です」

「銃弾を避けるというあの……ですか? …………見えませんね」

「いや避けれません」

「え、そうなんですか? 話と違いますね」

「お前なに話してんだこみみ」

「事実をありのまま伝えたんだけど? 頑丈に作ったはずのロボットの首を蹴り飛ばしたとか」

「えぇ、そう聞いていたので、ゴリラみたいな女性を想像していました。違いましたね」

「せめてゴリラみたいじゃないという事実の方も伝えといてほしかったな」

「あ、わたしはわたしは〜? わたしはどんな風に伝わってますか〜?」

「あー、笹良さんは不死ですよね。サメに食べられながらも給食の心配をしていたとか」

「え〜? そんなことしてないですよ〜」

「こみみ? なにこの伝言ゲーム状態は?」

「いや、私は事実をちゃんと伝えたって。グリムが間違って覚えてるだけで」

「グリム?」

「あぁすみません名乗り遅れました。グリムというのは私の名前です。本名ではなくハンドルネームですが、こみみさんにも本名は伝えていないので、どうか悪しからず」

「あぁ、そうなんですね。別にそれはいいですけど」

「グリムってハンドルネームにしてるのは〜、グリム童話が好きだからとかですか〜?」

「いえ、死神(グリム・リーパー)のグリムです」

「ぶ、物騒な……」

「かっこいい〜!」

「……それで、すみません失礼なのですが、私は今なぜ呼ばれたのでしょうか……? こみみの次の発明品は完成したのですか?」

「え? あ、いや、すみません。単にあたしたちが、グリムさんと話してみたいなぁという話をしてしまって。なにせ今日初めてグリムさんの存在を聞いたので」

「あぁ、そういうことですか。……それじゃあちょうどいい話が一つあるんですけど、お聞き願えませんか?」

「話?」

「はい。具体的にどことは言いませんが、実はつい最近まで紛争地の方にいたらしい女性が……こみみさんと同じくらい無茶苦茶な技術を持つマッサージ師が、あなたたちの高校の近くに居を移したようなのです。彼女の技術を実際に体験してみて、それを私にレポートしてくれませんか?」

「ま、マッサージ師……?」

「えぇ、若い女性の方ですよ。足つぼ専門のマッサージ師なのですが、なんでもつぼを突くことで人を不老不死にするとか……」

「不老不死!?」

「うわっびっくりした」

「こみみちゃんって、たまに急に大声になるよね〜」

「そうですよこみみ、あなたがその昔、気軽に望みすぎた不老不死です。その新たな手がかりになると思わしき人物の居場所を知るために、私がいったいどれだけの金と時間を……」

「いや、グリムが全貌を知りたいだけだよね。そしてあわよくばお近付きになろうとしてるでしょ。私にしたみたいに」

「当然です。というわけでまずはぜひレポートをと思うのですが……御二方はいかがですか?」

「レポートって、つまり足つぼマッサージを受けてこいって話ですか?」

「そういうことです。報酬は……そうですね……、子どもに大金を渡すのも危なっかしいので、一人頭十万くらいでどうでしょうか?」

「じゅ、十万……!?」

「大金だ〜」

「足つぼをぐりぐりっとされた感想を送ってくだされば、合計で三十万お出ししましょう」

「こみみ、やろう!」

「やろうやろう〜!」

「二人ってそんなに現金だったっけ……?」

「金で働いてくれるなら、それはいいことですよ、こみみ。あなた、作る作ると言って一向に納品してこない「クォーツァー」の件はどうなったのです?」

「クォーツァー?」

「こみみちゃん、何か作る予定なの〜?」

「あー、うん。まぁちょっとね」

「……それでは、クォーツァーと感想レポートの納品、両方達成で三十万です。出来るだけ迅速に頼みますよ」

「は、はい、頑張ります」

「はいはい、頑張りますよー。じゃあそういうことで、グリムまたね〜」

「はい、またランクマで会いましょう」

「……ってことで住所も送られてきたし、ここにマッサージ師がいるらしいけど、さっそく行ってみる?」

「こみみちゃん〜、ランクマってなに〜?」

「ランクマッチの略で、ゲームの真剣勝負をするコーナーみたいな物」

「なんかトントン拍子で話が進んでよく分かんないんだけど……。あたしたちって今からそこにマッサージ受けに行って、それで十万円もらえるの?」

「現実味、全然なかったね〜」

「こみみの友達相手じゃなかったら確実に詐欺だと思うレベルだわ」

「いや、実際詐欺だよ」

「は?」

「私、グリムから報酬金を受け取ったことなんてないもん。報酬は自動的に次の材料費のためにチャージされるっていうか、そんな感じでさ」

「え、じゃあさっきの話は……?」

「あずさたちにはちゃんと払うと思うよ。だから実質報酬は二十万だね。三分の一は詐欺」

「なんでこみみちゃんにだけ払ってくれないの〜……? 友達なんでしょ〜……?」

「私を適度に金に困らせておかないと、発明品を作らなくなると思ってるんだよ、グリムは。全然そんなことないのにね」

「……あー、でも中学の頃のこみみが十万円持ってたら、普通にクルトガ買って、その話はそこで終わってない?」

「……あれ? 確かにそうだ、一理あるじゃん」

「グリムさん鋭いね〜」

「くっ……金持ちめ……、元々ない金だと思えば惜しくもないから別にいいけど……!」

「で、マッサージ師の件は? こみみは行かないの?」

「行くに決まってるでしょ、不老不死だよ? 一刻も早くゴーゴーゴー」

「こみみちゃんって、なんでそんなに不老不死にこだわるの〜?」

「いや、それ自体にはそこまでこだわってないけど、失敗したきりどうしようもなくなってる分野だからさ。先へ進みたいじゃん」

「そういうもの〜?」

不死(そよ)が言うとなんか貫禄あるよね」

「え〜? 不死だって不老は憧れるよ〜? 永遠の18歳がいい〜」

「それはあたしも」

「知らないぜ……永遠の12歳児になっても……」

「さすがに今から巻き戻るってことはないでしょ……。……よし、それじゃあ永遠の18歳と実質二十万円を目指して……!」

「足つぼマッサージに突撃ー!」

「えいえいお〜!」

 

 ……次回へ続く。

 



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13 足つぼネクロマンサー

 前回までのあらすじ。

 ……こみみの発明品に用いられる技術の詳細や、製造の工程については「どうせ聞いても理解できない」と諦めているそよとあずさだったが、材料費についてだけは地味に……いや地味だからこそ気になっていた。そしてその疑問を実際に口にした時、グリムと名乗る金持ち外国人美女ゲーマーの存在が明かされる!

 いつもの三人は、不老不死への道をこみみと同じく片手間に探すグリムから頼まれて、人智を超えた力を持つらしい足つぼマッサージ師のもとへ向かう。一行がそこで目撃する衝撃の展開とはいったい……!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただのマンションに見えるけど」

「オートロック〜?」

「いや、違うみたい」

「言われた通りの部屋へゴーゴーゴー」

「ねぇ、細かいことかもしれないんだけどさ。グリムって人、マッサージ師のことをなんて言ってたっけ」

「なんてっていうのは?」

「ここに居る「らしい」、みたいな言い方してなかった? ……アポ取ってるのかな」

「あ〜、なんか勝手に行くみたいな雰囲気だったかも〜」

「そこはあれだよ、マッサージを受けに行くんだし、予約必須とも限らないでしょ」

「そうなんだけどさ。こみみレベルの力を持ってて、元々紛争地にいたらしい超人って……なんかきな臭いなぁって」

「大丈夫だって、グリムもそんな無茶言わないよ。……よし、この部屋だ。ピンポン押してみよう」

「ピンポ〜ン!」

「……お、足音」

「あラ? お客さン? ちょっと早いネ」

「えっ」

「チャイナドレス〜?」

「中国の人……?」

「あー、すみません私たち、なんかここにすごいマッサージをしてくれる人がいるって聞いて来たんですけど。たしか足つぼ専門って」

「……誰から聞いタ?」

「グリムっていうお金持ちの女性なんですけど」

「あぁー、グリむネ、知ってる知ってル。いいヨー入っテー」

「顔パスならぬ名前パス……?」

「なんかすごいね〜。……でもそういえば、料金ってどうなるんだろう〜?」

「高かったらグリムに任せよう。私たちにはそれしかない」

「まぁそうか……。じゃあ、お邪魔しまーす」

「しま〜す」

「はいは〜イ、三名様ご案内〜。ところでアナタたち名前はなんて言うノ? それにもしかして高校生?」

「全員高二です。私は巫女野っていいます」

「雛里です」

「笹良です〜」

「ヘー、女子高生が三人も、珍しいこともあるんだネ。ワタシは息吹(いぶき)って言うただの大人、よろしク。……今日の料金はグリムに請求すればいいのかナ?」

「そうしてくれるとすごく助かります」

「ハイハイ、了解了解。じゃあマッサージ受けたい人からそこの椅子に座ってネ〜、一人ずつやるヨー」

「足つぼマッサージって椅子でやるんだ〜」

「そうだヨー? バラエティ番組見たことないノ?」

「え、バラエティ番組的なやつなの……?」

「タイキック的なポジションの本場のやつなのかも〜。中国って足つぼマッサージが有名なのかな〜」

「ンー? あぁ、ワタシのこト? ワタシは日本人ヨ。日本生まれ日本育ち、家系図見れば先祖代々全員日本人ネ」

「えっ? じゃあその服とかは……?」

「趣味だヨ? 服も訛りも、生まれた時からパパとママがこんな感じだったからネ。というか、ウチは代々ずっとこういう感じヨ」

「え、そんなことあります……?」

「あるある。そう教わってきたシ、ワタシ人の足を見れば嘘ついてるかどうか分かるネ」

「マジで……?」

「マジマジ」

「はいは〜い、わたし足つぼ一番乗り〜!」

「あ、そよ、いつの間に」

「おー、勇気あるネー。ワタシのマッサージ、効果抜群だけど結構痛いヨ? 軽めにやってもみんなリアクション芸人みたいになるネ」

「痛いのは我慢出来る方ですから〜。ドンと来〜い。……あ、でもなんかそんなに足を見られるのは、恥ずかしいかも〜……」

「言いながら最速で準備してるし」

「そよって結構好奇心強いタイプだよね」

「……ふーン、アナタ、不死なんだネ。珍しいもの見たヨ」

「えっ、マジで見抜いてる」

「グリムの評価は伊達じゃないってことかぁ」

「つまりこれで十万円が……!」

「で、今日の注文ハ?」

「注文〜?」

「あレ、グリムから聞いてなイ? ワタシのマッサージは狙った効果を出せるから、どんなマッサージを受けたいのか初めにお客さんに聞くんだヨ。すごい効果を出そうとすればするほど、痛みは強くなるけどネ」

「じゃあ、不老不死でお願いしま〜す」

「いや、いくらそよでもそれは……。軽くやっても痛いって言ってるのに」

「命知らずすぎる」

「……不老不死はいくらなんでも無理だヨ。他にないノ?」

「えっ!?!? 出来ないの!?」

「また急に大声を……」

「おヤ……? もしかして、グリムからそういう話を聞いて来たのかナ。人を不老不死にするマッサージ師がいル……みたいナ」

「あ、はい。まさにその通りです」

「ヘー、死神は人の話を聞かないって噂、本当だったんだネ」

「どういうことですか……?」

「ワタシ、不老不死は出来ないけど、死人を生き返らせることなら最近出来るようになったんだヨ。無事にそれを習得したから帰国したんだけド、グリムが伝言ゲームみたいな情報を掴んだみたいだネ」

「えぇ……。じゃああたしたちのことがこみみから変な風に伝わってたのも、本当に向こうが勝手に……?」

「ほらー、だからそう言ったじゃん。疑ってたの?」

「ごめん」

「えぇ〜、じゃあどうしよう〜……? 何かすごい感じのツボってないですか〜……? わたしたち、レポートを書かなきゃいけなんです〜」

「レポート? ワタシの?」

「そうなんです〜」

「なるほどネー。……じゃあ泳げるようになるツボ押してみル?」

「えっ、そんなツボあるんですか〜!?」

「泳げないこともバレてる……」

「もうすでに十分レポートになりそうだね」

「痛いヨー? いいノ?」

「全然大丈夫で〜す、お願いしま〜す」

「じゃあ押すヨー」

「……ぎゃっ!!」

「えっ」

「そよ……?」

「え……、い、痛っ……すごい痛い……」

「ちょっトー、動かれるとツボ押せないヨ。おとなしくしててネ」

「ひっ、ぎっ! いたっ! 痛い痛い!!」

「そよがあんなに痛がるって……」

「そ、相当やばいんじゃない……? 別に私たちもそこまで知ってるわけじゃないけど、そよって今まで結構あれな死に方してるんでしょ……?」

「まぁ、実際サメに食べられかけてたし……。……そういうのを経た上で「痛いのは大丈夫」って言ってたはずだよね……」

「ほら、動かないでってバ」

「ぎゃあ! 痛い! 無理! 待って無理無理! やめて〜! ギブ〜!」

「エー、ギブ? まだ効果出てないヨ? 最後までやらないと何の成果もないネ。痛み損ヨ」

「そ、それでもギブ〜……」

「はぁ……しょうがないネ……。じゃあ、次は二人のどっちかが試すのかナ? 効果が出る前にギブしちゃったら、レポートも書けないでショ? 誰かがリベンジしないト」

「ちょ、ちょっとこみみ……どうする……?」

「あずさお願い」

「迷いないな!」

「いや、私痛いのはちょっと……。多少は我慢するけど、そよがワンパンでやられるレベルは絶対無理だ……」

「あたしだって別に痛いの得意なわけじゃないんだけど……。ていうか、そよより得意な人ってそうそういないんじゃ……?」

「ご、ごめん〜二人とも〜。痛いの我慢するだけなら自信あったんだけど〜……」

「ど、どのくらいの痛みだったの」

「うーんとね〜……。……なんか、足から恐怖その物が這い上がってくるみたいな〜……、そういう痛みだった〜……。こんなの初めてだよ〜……」

「やばそうすぎる……」

「さてさテ、次は背が高い方の彼女かナ? どうすル? 怖かったらやめてもいいヨ。……でもどうせ、グリムからお金もらう約束してるんでショ? いいノ?」

「うっ……。……じゃあ何か、効果が分かりやすくて、出来るだけ痛くないやつってありますか……?」

「ンー、そうネ……。じゃあまずは足を見せてみテ」

「あぁ、はいはい。……うわ、本当だこれ結構恥ずかしい」

「あ、でしょでしょ〜?」

「……雛里さんだっケ、アナタ、左目でしかウインクできないでショ? それを両目で出来るようにするくらいなら、さっきの彼女の時よりは痛くないと思うヨ」

「お、おぉ……確かに微妙な効果……。じゃあそれでお願いします。ウインクの件なら他の二人が証人になるし……」

「じゃあいくヨー、動かないでネー」

「……いぃっっっ!?!? えっ、ちょ、ストップストップストップ!!」

「もー、動かないでってバ」

「いや……いや無理でしょ……無理……」

「あ〜、あずさちゃんもやられた〜……」

「もう実質全滅なんだけど」

「はぁ……。まったく、みんな根性なさすぎヨ。満足にツボ押し出来なくて面白くないネ。もうちょっと我慢できないノ? ワタシだって、本当ならもっとすごいツボ押してみたいのニ」

「くっ……こみみ……もしかしてこの人って……」

「え、なに?」

「ちょっと耳貸して」

「あ、わたしも〜」

「(……よし二人とも聞いて。たぶんだけどあのマッサージ師、十中八九マッドサイエンティストの類だよ。最近まで紛争地に居たって言うけど、それって死体を求めて行ってたんじゃないの?)」

「(死体〜? 死んだ人を生き返らせるツボを押せるようになりたくて、たくさん練習しなきゃだからってこと〜?)」

「(違う。痛くても動かない実験台を探してたんだよきっと。いくらなんでも痛すぎる、あんなの大体の人は無理だ)」

「(え〜……? そういうことなの〜……? でも例えば〜、泳げるようになったかどうかなんて、死んでる人のつぼを押してもわからないよ〜?)」

「(というかそもそも、死人に足つぼって通用するの……?)」

「(通用するんでしょ、たぶん。そして必要に迫られたから、人を生き返らせる足つぼも習得したんだ。そよの言った通り、足つぼの成果を確認するために)」

「(あずさちゃん〜、そんなことある〜?)」

「(今までこみみの発明品を見てきたあたしたちなら分かるはずでしょ。そんなことがあるんだよ、なぜか!)」

「おーイ、なにをコソコソ話してるノ? 最後の小さい彼女、アナタもダメ元で試してみたらいいヨ。レポートのためレポートのため……でショ? ほらほら座って座っテ」

「……い、嫌だ」

「ン?」

「私は嫌だぞ! 痛いのは無理!」

「……まぁまぁ、そう言わないデ。他の二人もやったんだから、ネ? 早く座りなヨ」

「いやだ! 絶対やだ! やだやだやだ!」

「駄々っ子みたいになってる……」

「こみみちゃん、痛いの相当嫌いなんだね〜」

「まぁ前フリのあたしたちがビビらせてしまったのもあるけど……」

「もう、わがまま言わないノ。出来るだけ痛くないようにしてあげるから、早くおいでヨ」

「いやだ! 痛くないとか嘘でしょ絶対! もっとすごいツボ押したいとか言ってたじゃんさっき!」

「それは、まぁ言ったけド、でもあんまり無茶苦茶すると警察沙汰だからネ。そこはワタシも分かってるヨ。……ほら、だからこっちに来テ? 怖くないヨー……?」

「い、いやだ! それ以上私に近づくな!」

「エっ?」

「えっ!?」

「え〜!?」

「う、撃つぞ!? それ以上近寄るなら!」

「いや、銃!?」

「と、バズーカも〜……!? どこから出したの〜……!?」

「……オー、すごいネ。何もないところからバズーカを取り出す人、初めて見たヨ。それにバズーカと拳銃を片手ずつ構える人も初めてだネ。びっくりびっくリ」

「わ、私は足つぼマッサージなんか受けない。グリムが不服に思うならお金は受け取らなければいい。とにかく痛いのはお断りだ、前の二人の反応がやばそうすぎる」

「ふふフ……。痛いのが嫌だから、あと一歩でも近づいたらワタシを撃つのかナ……? 物騒ネ……日本じゃないみたいだヨ……」

「そ、そうだよ、だから近づかないで。マジで撃つよ、正直もうあなたのことがめちゃくちゃ怖いから」

「バカこみみ、やりすぎだ!」

「……当たると思ウ? ワタシのこと甘く見てもらっちゃ困るネ……。ワタシはアナタたちと違って根性なしじゃないシ、人の指は、自分の足の裏にもとどくんだヨ……?」

「なっ、まさかこの人、すでに自分で自分の足つぼを……?」

「死体目当てに戦場へ行って、無傷で帰って来るような人なら……あり得るのかも……」

「で、でもそれってすごく痛いんじゃない〜……? 本人も耐えられないんじゃないの〜……?」

「ふふふふフ……おとなしく座っておいた方がいいと思うけどネ……」

「あっ、このっ、近づいたな!? 正当防衛だ!」

「エっ」

「えっ……?」

「……あっ、あれ〜……? わたしが、撃たれた〜……?」

「こみみ!? なんでそよを撃った!?」

「あれ〜、でもあずさちゃん、全然痛くないよ〜? それにほら〜、服に穴も開いてないし〜」

「あれ、本当だ……」

「……いっっっぎィ!?!?」

「今度はなに!?」

「い、痛イ……! なにこレ……? 体の中が、いっ、痛ッ、痛いィ……!」

「え、な、何が起こってるんだ……?」

「この銃は人を傷つけない。撃たれた人「以外」に、痛みだけを与える正当防衛の銃だ。私もこんなところでこれが役立つとは思わなかったけど……」

「うゥ……痛イ……痛イィ……」

「あ、あの、こみみさん? お相手さんうずくまったまま動かなくなっちゃってますけど」

「そのレベルで痛いからね」

「ど、どうするの〜……? さすがにこのままってわけには〜……」

「息吹さんでしたよね? 今後一切、絶対に私に痛いことしないって誓うなら、その痛いの解いてあげますけど」

「誓ウ! 絶対! 無理やりしようとして悪かった、あやまるかラ……!」

「絶対ですからね」

「えっ、また撃った!?」

「今度は本人を〜……!?」

「……あっ、な、治っタ……?」

「はい、解除しました。……じゃあ二人とも、そろそろ帰ろう」

「え、帰るの? 今……?」

「情報は十分手に入ったでしょ。金持ちにとっての十万円分の仕事はしたって」

「い、いいヨ……帰ってくれテ……。お題もいらないネ……。今日はちょっと……貴重な体験をさせてもらった……ネ……イヒヒ……ヒヒ……」

「な、なんか怖いぞ……」

「痛すぎて変になっちゃった〜……?」

「ほら二人とも、帰るよー。今日のこと適当にレポートにしてまとめなきゃ」

「お、おう……」

「こみみちゃん待って〜、おいていかないで〜」

「あ、あの、本当に大丈夫ですか……?」

「ン……、うん、平気ヨ? もう治ったからネ」

「じ、じゃああたしも帰りますね」

「はーイ、またネー」

「(またね……?)」

 

 こうして一行は、不気味な笑みを浮かべる息吹を残して、マンションの一室をあとにした。

 

 そして、その翌日。放課後、三人が駅へ向かう途中の道にて。

 

「レポートは提出したし、クォーツァーって発明品も納品した。きっと明日には二十万だか三十万だかが私の口座に振り込まれるけど、二人への渡し方はどうする?」

「どうするってまぁ、あたしもそよも銀行口座なんて持ってないからなぁ」

「現金そのまま〜?」

「持って帰る時のプレッシャーよ……」

「別に私が持っといて必要な時に必要な分を渡す感じの、ザ・こみみ銀行を臨時開催してもいいけど」

「それはそれでちょっとね……。……ところでこみみ、昨日の銃だけど」

「うん?」

「あれは何だったの? 撃たれた人以外に痛みが云々って言ってたけど、撃った人でも撃たれた人でもないあたしまで無傷だったし」

「あー、あれね。あれは、みんながバズーカだと思ってた物がバズーカじゃなくて、本当はカメラになってるんだよ」

「カメラ?」

「そう、筒の中にレンズが入ってる。で、レンズに写ってない人が撃たれた時に、写ってる人にダメージが行くってわけ」

「ははぁ、なるほど。じゃあダメージを解除する時は写ってる人をそのまま撃てばいい……ってこと?」

「そういうこと」

「……なんでそんな物作ったの?」

「えっ、あの恐ろしい事件をもうお忘れですか?」

「恐ろしい事件……?」

「あっ、もしかして〜、それって露出狂のこと〜?」

「その通り! まさかまさかのガチの不審者に遭遇しちゃったから、そういうこともあるんだなぁと思って、次に備えて自己防衛の武器を作っておいたんだよ。まさかあんなところで使うとは思わなかったけど」

「あー、なるほど。それは納得」

「備えあれば、ってやつだね〜」

「でもそしたらあの銃、不審者に会った時に、隣にあたしたちがいること前提になってるよね」

「あ、本当だ〜」

「あー、いやでもまぁいるでしょ二人とも。現に昨日もいたし」

「撃たれる方の身にもなってあげなよ。そよも昨日はびっくりしたでしょうに」

「したよ〜。けど痛くなかったから全然平気だった〜。……でもあれなの〜? わたしが不死だから、あずさちゃんじゃなくてわたしを撃ったの〜?」

「いや、あずさはワンチャン避けそうだと思って」

「避けれるわけないでしょ、いきなりあんな状況で」

「時と場合によっては避けられるかもしれない人を狙う気にはなれない……」

「あ〜、それは納得かも〜」

「そよまで!? 納得しないで……!?」

「…………ねぇちょっと二人とも、向こうに何か見えない? 私の幻覚かな」

「何かって?」

「あ〜、赤い服の人〜?」

「そう……なんかすごーく見覚えのある服を着た人が、遠くに立ってるような……」

「あー、いるね。チャイナドレスを着たお姉さんが。これはさっそくそよがもう一回撃たれるか……?」

「え〜?」

「げっ! 向こうも気付いた、こっち来るぞ!?」

「一瞬で目の前に!?」

「速〜い!」

「どうも御三方、昨日ぶりだネ。その件はどうモ」

「な、何しに来た! 復讐か!」

「あの、こみみ、あたしを盾にしないでくれる?」

「復讐なんてとんでもなイ。痛いことは絶対にしないって約束したシ、それにワタシは、アナタに感謝を伝えに来たんだヨ、巫女野さン」

「感謝……?」

「ワタシは今まで、痛みのことを軽く考えすぎていたネ。ワタシのマッサージで大きな力を得られるんだかラ、痛みくらいは我慢するべきダ……と、そう思ってたネ。でもアナタのおかげで、痛みの恐ろしさを初めて理解した気がしたヨ。そしてそのおかげでワタシのマッサージは、より高みへとたどり着くことが出来タ! 感謝感謝ネ」

「ど、どういたしまして……?」

「そこでお礼としテ、巫女野さんには進化したワタシのマッサージを受けて欲しいんだヨ!」

「……え?」

「絶対、これっぽっちも痛くないヨ! お代も結構! だからぜひワタシに、アナタの足のつぼを押させてほしいネ」

「え、い、嫌ですけど」

「まあまあそう言わずネ、好意は受け取る物だヨ……」

「なっ、く、来るなぁ! 全然懲りてないでしょ!? それ以上来たらまた撃つよ!?」

「あ、またどこからともなく銃と大砲(カメラ)を」

「こみみちゃ〜ん、わたしはいつでもいいよ〜」

「フッ……こんな物、分かってれば怖くないネ」

「えっ、あれっ!?」

「あれっ、銃とバズーカを息吹さんが持ってる!?」

「こみみちゃん、取られちゃったの〜?」

「な、何も見えなかった……」

「なるほどネ、これはバズーカじゃなくてカメラになってるんだネ。これで相手を写しながら、別の相手を……」

「うわああああ待って待って待って待って」

「あっ、ごめんごめン! ワタシ撃つつもりないヨ。ほらこの通リ、手放したネ」

「な、何がなんだか分からないけど、逃げるしかない!」

「あっ、こみみ! どこ行くの!」

「逃げないでヨー」

「うわっ、回り込まれた! く、くそっ、捕まってたまるかっ」

「待ってヨー、痛くしないって言ってるでショ?」

「速いっ……!? なにこの人……!?」

「わー……すごいよそよ……。あたし、息吹さんの残像が見えるような気がする……」

「わたしも〜。こみみちゃん、逃げ切れそうもないね〜……」

「あの人、本当に自分の足つぼを押してたんだね。それであんなわけわかんないスピードを手に入れてたんだ……」

「ね〜」

「その時のセルフマッサージ、痛かったんだろうなぁ……」

「泳げるようになるマッサージだけで、わたしでもギブしちゃうくらいだったもんね〜。息吹さんは痛みに強いんだ〜」

「そりゃ痛みを軽視したりもするだろうなぁ……。……で、こみみの銃は、その息吹さんを悶絶させるレベルの痛みを与えていたと」

「こわいね〜……」

「なんであいつは、他人へのペナルティが異常に厳しいんだろうな……」

「ちょっと二人とも! 見てないで助けてよ!!」

「助けるとかないヨー、危害は加えないネ」

「じゃあ帰って! お礼とかいいから帰って! 怖い!」

「まあまあそう言わないで、ネ?」

「これ聞いていいのか分からないけど、そよの今まで一番痛かった死に方ってどんなのがあるの?」

「あ〜、つらかったなぁ〜って真っ先に思い出すのはね〜、テトラポットの隙間に落ちちゃった時のことかな〜。溺れるのも苦しいけど〜、ああいうところって、フジツボがたくさんいるでしょ〜? あれの切れ味がもう恐ろしくって〜」

「ちょっ、二人とも! なんでほのぼの話してるの!? 助けてってば!!」

「いやこみみ、今回は自業自得だって。痛くしないって言ってるんだからご厚意に甘えときなよ」

「そうそウ、友達の言うことがもっともだヨ」

「絶対いやだー!!」

 

 結局、こみみはその場で足つぼを押されることになった。これっぽっちも痛くなかったし、その後ちょっと肩が軽くなった気がしたという。

 



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14 クォーツァーと怪しい仮面

 私立、八二卜(やつふたうら)学園。通称はにとー学園。そこに所属する天才JK三人組とそのスポンサー絡みの一件は、まだほんの少しだけ完結していなかった。

 巫女野(みこの)こみみ。笹良(ささら)そよ。雛里(ひなさと)あずさ。……この話は、以上の三人がどうでもいいお喋りをする様を延々と垂れ流したり、そうでもなかったりする、基本的にナンセンスなコメディです。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の昼休み、約二名の通学鞄には十万円の入った封筒が忍ばされていた。

 

「で、クォーツァーってなんだったの?」

「わたしも気になる〜」

「そう言われると思って持ってきましたよ。グリムに送ったクォーツァーっていうのは、この懐中時計のことです」

「お〜?」

「見たところ普通っぽいけど、これにどういう仕掛けが?」

「上の方にカチカチするボタンが付いてるでしょ? 12時の真上に」

「あるね。これ押していいの?」

「今押しても何も起こらないよ。そのボタンは鏡の前で押さないとダメ」

「鏡の前で押したらどうなるの〜?」

「鏡の前で押すと、なんとぴったり一分間で、押した人に自動で化粧が施されます。いわゆる変身的な感じで、光に包まれてピカーンってなって完了する」

「えっ、それが本当なら普通に便利じゃない?」

「お化粧がたったの一分で〜? しかも自動〜……!」

「すごいでしょ。十万なら安いってくらいすごいでしょ」

「……普通にすごいけど、話に違和感があるな」

「違和感〜?」

「今までこみみが作ってきた発明品を思い返してみてよ。大体何かしら欠点があったでしょ。だから「普通にすごい」って部分にすさまじい違和感がある……」

「え〜そう〜? 泳げるようになるマシンとか普通に良かったけどな〜。見た目は透明になるし〜、レーザーも出せるし〜」

「泳ぎのための道具としてレーザーが出るのは賛否あると思うけど……」

「さすがあずさ、お目が高い。そう、その高速自動お化粧アイテム「クォーツァー」には、一つ無視できない欠点があります。さてそれはなんでしょう? 正解した人には今手元にある現物をそのままプレゼント」

「はいは〜い! 早くて自動だけど、化粧の出来がイマイチになっちゃうとか〜」

「ぶぶー、違います。クオリティの方はちゃんといい感じになります」

「えー、本当かな? こみみは化粧なんかとは無縁でしょうに。巨乳の時と同じくらい」

「なんでそんな断言できるのさ」

「外見だけ見たら小学生女児でしかないからだよ」

「女児だって化粧に興味くらい持つやい。……まぁ確かにクォーツァーはお母さんとの共同開発だけど」

「えっ、お母さんも発明できるの〜!?」

「いや? 化粧のことをいろいろ参考にさせてもらっただけ」

「それでクオリティが確保できるってことは、問題は全然違う部分にあるってこと……?」

「そうなるね」

「一分で化粧できるけど、一分一秒で時計が爆発するとか」

「ぶぶー、違いまーす。ヒント、その欠点は一分間の間にだけ現れます」

「わかった〜! 電流が流れる〜!」

「惜しい!」

「惜しいの!?」

「じゃあ〜、一分間ピクリともせずじーっとしてないといけない〜?」

「ううん、遠ざかった。時計を持って鏡の前から離れなければ、多少動くのは大丈夫」

「え〜、分かんないよ〜」

「正解は?」

「正解は、ベートーヴェンの第九がとんでもない音量で一分間流れ続けることでしたー」

「わかるかっ! なんじゃそりゃ」

「いや、たった一分とはいえずっと突っ立ってるのも暇かなーと思って、気分を盛り上げるために壮大な音楽を流そうとしたんだけどさ。そしたら解除できなくなっちゃった」

「とんでもない音量ってどれくらい〜?」

「音割れするくらい」

「それが手元から一分はきついな……」

「グリムさんはそのことなんて言ってた〜?」

「あー、グリムはさぁ、いつも実際に使ってる時の様子を動画にして送ってくれるんだよね。……で、めっちゃ顔しかめてた」

「まぁそうなるでしょ」

「でも「よろしい。また何か出来たら報告してください」って言って締めてたよ」

「物好きな金持ちだなぁ」

「え〜、でもわたしもこみみちゃんの発明品好きだよ〜? また次のやつ見たい〜って思うもん〜」

「本当? じゃあそのクォーツァーはそよにあげる」

「やった〜! 今度使ってみよう〜」

「ご近所迷惑にならないようにね……」

「ところでこみみちゃんってさ〜、わたしたちに見せてない発明品もたくさん持ってるの〜?」

「あるよ?」

「それって〜、グリムさんには見せたの〜?」

「見せたっていうか納品した」

「え〜いいなぁ〜、わたしも見たかった〜」

「予備があるから見せれるよ? 別に何の役にも立たないけど」

「見たい〜!」

「いや、なんで何の役にも立たない物を作ったの……?」

「それは言葉のあやっていうか、役立つかどうかは状況次第だからさ。泳ぎに関する物を真冬に持ってきてもしょうがないみたいな」

「なるほど、使い所に困る物がたくさんあるってことか。たしかにさっきのクォーツァーも、学校で使う機会はないかもね」

「でしょ? 即決彼氏ロボも話の流れがなかったら絶対見せてなかったし。……でもまぁ、明日はその中でもマシっぽい物を選んで持ってくるよ」

「わ〜い楽しみ〜」

 

 翌日の昼休み。

 

「はい、持ってきたよ。持ち出せるサイズで面白そうな物はこれしかなかった」

「なにこれ、フルフェイスのヘルメット?」

「違うよ〜、仮面だよ〜」

「なんか目元部分から怪しげな光を放ってるんだけど……」

「これは「バカと煙は明星へ登る(ギャグウェ〜イ)」っていう、被った人がとても面白いギャグを言えるようになる仮面です」

「おぉ〜、パーティグッズだ〜」

「解説の時点でハードル上がりすぎてない……?」

「そこは実践してみてのお楽しみ。というわけで、二人のどっちかこれ被ってみてよ」

「はいは〜い! わたし被りた〜い!」

「はい、じゃあそよに装着〜」

「…………」

「えっ、なんかうなだれちゃったけど大丈夫……!?」

「大丈夫、ちょっと起動に時間かかるだけだから」

「……おや? わたしは何を……(イケボ)」

「そ、そよの声が変わった……」

「ギャグを面白くするために、装着した人の声を低めのイケボにする効果があるんだよ」

「首から下はそよだから吹き替え感がすごい」

「そよー、何か面白いこと言ってー」

「面白いことですか……。では…………麒麟です(イケボ)」

「パクリじゃん」

「まあまあまあまあ、まだ始まったばかりだから」

「では次のネタを……(イケボ)」

「なんか立ち上がったぞ……?」

「いいですか、よく見ていてください。……右足を出して、左足を出すと、……歩けるのです(イケボ)」

「いやパクリじゃん」

「まあまあまあまあ、もう一個強化アイテムがあるから。ほらそよ、これを手にはめて」

「強化アイテム? ……その人形みたいなやつが?」

「これは「噺手(アングラハンズ)」っていう二体一組の小道具で、見ての通りウサギとクマのぬいぐるみだよ。それ以上でもそれ以下でもない」

「おぉ……これは素晴らしい。新しいネタを思いつきました(イケボ)」

「……もう先が読めたけど一応やってみて」

「ショートコント「花粉症」。 はーっくしゅん! はーっくしゅん! おやおやクマくん風邪かい? いやー風邪っていうか花粉症でさぁ、あっ良いところに鼻セレブが。 痛てててて! いや鼻セレブじゃないから! ……アングラハンズ!(イケボ)」

「やっぱりパペットマペットじゃん」

「はい、終了ー。仮面はずしまーす」

「ぷはっ……。……あれ〜? なんか記憶がおぼろげな感じがする〜……。わたし面白いこと言えてた〜?」

「えっ、その仮面記憶飛ぶの……!? つまんないくせに危険すぎる……」

「いやーそうなんだよね。私が持ってる「面白い」の感覚じゃこれが限界みたいで、こう見えてすでにバージョン3なんだけど、どう頑張ってもパクりネタしか出てこないんだよね」

「その仮面もグリムさんに送ったの?」

「うん。なんか部下に被らせて遊んでる動画が送られてきた。グリム本人は超真顔だった」

「でしょうね」

「でも「よろしい。また何か出来たら報告してください」って言ってたよ」

「金持ち云々の前に、グリムさんも立派な変人なのでは……?」

「あずさちゃん、お金持ちな人がタイプって言ってなかったけ〜? グリムさんは女の人だけど〜、もし男の人だったらって考えるとタイプに近くない〜?」

「いや、全ての金持ち男がそういう変人なら、あたしもさすがに宗派変えかな……」

 

 言いながら、鞄の中の十万円に思いを馳せるあずさだった。

 



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15 ギルティ or notギルティ

 私立、八二卜(やつふたうら)学園。通称はにとー学園。そこには三人の天才JKが所属している。

 発明家、巫女野(みこの)こみみ。拾った物が財布だったら届けるけど、小銭だったらもらっちゃうタイプ。

 不死、笹良(ささら)そよ。レシートの内訳を確認しないので、多少ぼったくられてても気付かないタイプ。

 一般人? 雛里(ひなさと)あずさ。子どもの頃、おもちゃ屋でおもちゃを物色していたら突然警報音が鳴りだし、慌てて逃走した経験を持つ。

 ……この話は、以上の三人がどうでもいい雑談を繰り広げていくところを、淡々とお送りするだけのナンセンスコメディです。

 

 

 

 

 

 

 

 こみみが若干遅刻した日の昼休みにて。

 

「電車で乗り過ごしちゃって、あわてて反対路線に乗り換えて引き返すことってあるじゃん? あれって犯罪らしいよ」

「えっ、そうなの〜?」

「それ聞いたことある。無賃乗車的な扱いになるんだっけ」

「らしいよ。実際にしょっぴかれた例があるのかは知らないけど」

「ていうか、もしかして今朝遅れてきたのってそれ?」

「いやー、帰りの電車で寝過ごしたことは何度かあるけど、まさか朝にそれをやるとは。我ながらびっくり」

「このへんって、朝も座れるくらい空いてるもんね〜」

「どうせ夜遅くまでゲームとかしてたんでしょ」

「あー、あずさから見れば深夜だったかもなぁ」

「遅刻した分際でなんて言い草……」

「あずさちゃん寝るの早いもんね〜。やっぱりそれが、無遅刻無欠席の秘訣なのかな〜?」

「それはあたしにも分かんないけども。……そういえばゲームのやりすぎで思い出したけど、四国の方にゲーム禁止条例みたいなやつ出てたよね。あれって違反したらどうなるの?」

「分かんないけど、別に罰則があるわけじゃないんじゃなかった?」

「そんなんで律儀に守る人なんているのかな。電車の話だって、結局はみんなしれっとやってるでしょ。いちいち改札出たりしないでさ」

「わ、わたしもやったことあるけど〜、犯罪だなんて今日まで知らなかったし〜……」

「なんか探していけばそういうグレーな犯罪とか違反って大量にありそうだね。取り締まる側もいちいち気にしてられないレベルの」

「ポイ捨てとかも犯罪になるんだっけ?」

「さぁ……?」

「あ、そういう話なら〜、わたし前から一つ思ってたことがあるの〜」

「なんだろ」

「温泉とかでさ〜、小さい子がお父さんやお母さんと一緒に入るために、違う性別の方に入ってくることがあるでしょ〜?」

「あー、あるある。男湯の女児、女湯の男児」

「あれって、何歳までしていいのかな〜、そういうのって決まってるのかな〜? って、たまに見ると不思議に思うんだよね〜」

「まあ確かに、極論私たちの年齢で性別無視して行ったら逮捕だもんね」

「かといって年齢確認するようなことでもあるまいし……。適当にぼんやりしたジャッジでやってるんでしょ」

「う〜ん、たしかにそこから起こるいざこざとかは〜聞いたことないけど〜」

「でもまあ、言われてみればもやっとする気持ちも分かる」

「そうそう〜、グレーゾーンってなんだかもやもやするよ〜」

「分かる分かる。……でも温泉の件はあれじゃない? 問題は年齢より心の方にあるんじゃない? 精神年齢的な」

「っていうと〜?」

「仮に私よりもっと幼い段階で、体の成長がストップしちゃった男子がいたとするでしょ。そしたらその男子は女湯に入れるかもしれないけど、でも心は高校生なんだよ? それって犯罪じゃない?」

「あ〜、たしかに〜。コナン君がそういうことしてたら嫌だな〜」

「誰もコナン君とは言ってないけども。ていうかコナン君にそういうエピソードなかったっけ……?」

「ん? でもその話ってさ、他人の精神年齢が見えることが前提になってない? 極端な話、こみみが実は成人済みだったとしても、あたしらには分からないのにさ」

「た、たしかに〜!」

「それに逆に考えて、心が小学生だったとしても体が大人の男だったら、女湯に入ってこられるのは嫌でしょ」

「ほ、本当だ〜! その通りだ〜!」

「いや、あずさ、そこまで来ると話がかなり繊細になってくるよ。体の性と心の性が一致しない人もいるし」

「あ、そうか……」

「なるほど〜……。じゃあこの話は〜、グレーな感じにしておいた方が、実は一番よかったりして〜……?」

「グレーな行為で思い出したけど、別に犯罪ではないにしても、試食するだけしていって何も買わない人のメンタルって凄すぎじゃない? この前実際に見たんだけど」

「あー、確かに。でも試食って、むしろ向こうから押し進めてくることもない? ああいうのって押し売り禁止的なルールに引っかからないのかな」

「たしかに……。一理あるけど、押し売りも何もそもそも試食はタダだからなぁ……」

「そういうのって結構あるよね〜。列の割り込みとか〜」

「あー、身内が先にいて「おいでおいで」とかするやつね。いい歳した人がやってると確かにもやっとする」

「あと法律的にダメなことなら〜、自転車で歩道を走ることとかもダメだったよね〜」

「あー、あたしそれは法律の方がおかしいと思ってる派だ。じゃあどうしろと……って感じの道が多すぎる」

「分かる。バイクと同じ扱いって言うけど、エンジンの有無は大きいよね。しかし電動自転車のパワーがそのあたりの話をさらにややこしくしていく……」

「なんというかもう、気にした奴から損をしていく感じはするね。精神的に」

「じゃあわたし、すっごい損してる気がする〜……」

「そよはそういうの気になるタイプなんだ」

「だって〜、自転車に轢かれたことあるもん〜」

「気にするっていうかトラウマかぁ……」

「そよは、あたしたちが知らないところでかなりつらい目に遭ってるよね……」

「そうだよ〜? だから試食だけして帰っちゃっても許してほしいな〜」

「それはする側なんかい!」

「意外だ、そよにそんな鋼の対人メンタルがあったのか」

「えへへ〜」

「ていうか、グレーといえば、こみみの発明品ってグレーな物多くない? ビームを出すだの人の性癖を歪めるだの……」

「我ながら法律を追い抜いている自負はあるけど、大事なのは悪用しない心だよ、心」

「心か〜、たしかに〜。グレーなことって、みんなの良心で成り立ってるのかもね〜。そう考えたら平和の象徴だよ〜」

「まぁそういう考え方もできる……のか?」

「いや、それはちょっと異議あり! グレーな発明品を作っておいてなんだけど異議あり!」

「何にそんなに異議があるの」

「私は毎年思うんだけど、持久走の授業って、あれって拷問じゃない? なんで許されてるの?」

「何を言い出すんだ急に……」

「だって苦しいのに無理やり走らされるんだよ? それに体育って他にもいろいろあるじゃん、出来ないって分かってるのにやらされて、大勢の前で恥をかかされるようなことが」

「あ〜わかる〜。わたしも体育嫌い〜……」

「あれらの行いがまかり通ってる授業っておかしいと思うんですけど! なんでグレーなんですか!」

「いや、それはグレーというか、限りなく白に近いグレーだと思うけど……」

「あずさは自分が上手くできるから、出来ない人の気持ちが分からないんだー!」

「そうだそうだ〜!」

「だってそんなこと言い始めたら、やりたくない勉強をやらされてるなんておかしい……みたいな話にならない? でもそんな声に耳を傾けたところで、世の中が良くなるとは思えないでしょ」

「ぐ……ぐうの音も出ない……」

「でもでも〜、体育の発表とかで恥ずかしい思いをさせられるのは〜、生徒一人一人のテストの点を〜先生がみんなの前でバラしちゃうようなことだと思いま〜す。大問題だと思いま〜す」

「お、いいぞそよ、頑張れ! 論破しろ!」

「それは一理あるけど、紙のテストと違って体育は場所を取るから、致し方なく大勢を集めて一人ずつ発表してるんじゃない? 一人一人こっそりやってたら時間足りなさすぎるからってことで。小学校の頃のリコーダーのテストとかはちゃんと個室でやってたりしなかったっけ? 別に大勢の前でやらせたがってるわけではないと思うんだよね、先生たちも」

「……こ、こみみちゃん〜! 言い返せない〜!」

「これがグレーの力だというのか……?」

「自分で言ってて思ったけど、もしかしたら世の中のグレーなことって、「おかしいでしょ!」って感じで食ってかかると、今みたいに誰かから結構な反論をされるのかもね」

「関わらない方がいいってことか……」

「え〜、でももやもやする物はもやもやするよ〜」

「こうなったら、もやもやする物は全て私の発明品で焼き尽くすしかない……?」

「悪用しない心は……!?」

「力で解決するっていうのももやもやするよ〜」

「それは本当にその通りだ……」

 

 しかし、話のオチがないことにはさほどもやもやしない三人だった。

 



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16 始点ポケモン

 私立、八二卜(やつふたうら)学園。通称はにとー学園。そこには最近のポケモンのことを全然知らない天才JK三人組が所属している。

 育成ゲームの育成部分が肌に合わないゲーマー、巫女野(みこの)こみみ。自身の発明品にも育成要素は絶対に取り入れない。ついでに自分の体も一生育たない。

 ゲームは誘われたその場でだけ遊ぶタイプ、笹良(ささら)そよ。ポケモンアニメを幼少期によく見ていた。ロケット団が好き。意外とタケシも好き。

 ポケモンは進化前の方が好き派、雛里(ひなさと)あずさ。子どもの頃、フリーザー(ポケモン)とフリーザ(ドラゴンボール)の名前がどっちがどっちだかよく分からなくなっていた。

 ……この話は、以上の三人が今回に限ってはポケモンの話をするところを、あるがままにお送りするナンセンスコメディです。

 

 

 

 

 

 

 ある日の昼休みにて。

 

「とんでもないことに気付いちゃったかもしれないから、二人ともちょっと聞いてくれる?」

「え、なに……? 嫌な予感……」

「聞くよ〜」

「順を追って話すんだけど、……アイデアにはスタート地点があるじゃん?」

「なにが……?」

「例えば私が作った「即決彼氏ロボ、両極端次郎くん」で言えば、私は先に「優柔不断な彼氏」の話を聞いて、それをきっかけにロボを発明したって言ったでしょ? 鬼滅の刃を見たから作ろうとしたってわけではなく」

「あー、言ってた気がするな」

「でも、絶対鬼滅が元ネタだったよね〜」

「まぁね、どっちが先だったにしても元ネタがあることには変わりないよ。でもそういうアイデアには「順番」があるよね、っていう話をしたいわけ」

「うん、言ってることは分かった。それで?」

「ポケモンのアイデアの始点ってさ、ピチューとピカチュウだったら絶対ピカチュウの方にあると思わない?」

「そうなの……?」

「だって、「光」の感じを表すピカピカと、ネズミの鳴き声チュウを合わせてピカチュウでしょ? それに比べてピチューって、ピ一文字だけで光とか電気感を表すのはさすがに無理があるじゃん。どう考えてもピカチュウありきのピチューでしょ」

「あー、言われてみればそうかも」

「ライチュウは〜? ライチュウも「雷」のライとチュウだよ〜。尻尾の形も雷っぽいし〜、ライチュウがアイデアの始点なんじゃないの〜?」

「そこはなんとも言えないけど、個人的にあのカラーリングは初っ端からは出てこない気が……って、まぁそこはどっちでもよくて。とにかく、ピチューが始点ってことだけはあり得ないよねって話」

「そうだね〜、それはわたしもそう思う〜」

「で、そこに気付いた時、私は次にこう考えた。「ポケモンの進化の順番」と「アイデアの順番」が一致しないなら、もしかしてあらゆるポケモンのアイデアって、むしろ進化後の方から先に考えられているのかなって」

「それは……そうでもないんじゃないの? 知らないけど」

「うん、実際そうでもなかった。ウパーってポケモンは知ってる?」

「知ってる〜! わたしあの子好き〜」

「ウパーはどう見てもウーパールーパーが元ネタのポケモンだけど、進化したらヌオーになるじゃん? そのヌオーっていったい何が元ネタなのって考えたら、いまいち分からなくない?」

「え、サンショウウオじゃないの?」

「サンショウウオと「ヌオー」って名前に繋がりがないじゃん」

「そこはほら、サンショウヌオー……的な」

「まぁそれでもいいんだけど……。それはそれとして、ウパーがヌオーに進化すると、水タイプから水+地面タイプに変わるんだけど」

「へ〜」

「それでネットで検索してみたら、ヌオーの由来は沼+王って言われてるんだって。水タイプに地面タイプをプラスしたら沼感が出る……っていうのもなんとなく分かる気がしない?」

「まぁ、分からなくはない」

「それでそれで〜?」

「明らかにウーパールーパーが元ネタなウパーと、それに比べたら元ネタが不鮮明なヌオー……最初に考えた人がどっちを先に思いついたのかは明らかでしょ」

「なるほど」

「進化の順番とアイデアの順番は〜、全然関係ないってことか〜」

「そうなんだよ。そうなんだけど、でも探してみると、明らかに「アイデアの順番」があるポケモンって結構いてさ」

「例えば?」

「九尾の狐を元ネタにしてるキュウコンは9+狐の鳴き声コンだけど、その進化前の名前はロコンだった。まぁ普通に考えて6+コンってことだけど、どう考えても九尾の方を先に思いついてるじゃん?」

「そうだね」

「それから、スプーンを持ってるエスパータイプのポケモン「ユンゲラー」が実在のマジシャン「ユリ・ゲラー」を元ネタにしているのは有名だけど、その進化先になってる「フーディン」の元ネタを調べてみたら、それも実在のマジシャンが由来になってるんだって。けどそのマジシャンの十八番は脱出マジックだって書いてあって」

「あ〜、じゃあそれは、ユンゲラーが先に考えられたっぽいね〜」

「いや、脱出ってことはテレポートってことじゃない? ケーシィとフーディンが繋がっていて、間にもう一つ必要だったからユンゲラーをあとから入れたって可能性はないの?」

「それは……どうなんだろう……?」

「そこは分からないのね……」

「まぁでも、順番の例はまだあるよ。ブーピッグっていう豚のポケモンがいるんだけど、そいつの進化前はバネブーっていう、足がバネになってる豚のポケモンなんだよ。ブーピッグにはバネの要素なんか、せいぜいグルグルした形の尻尾くらいにしかないのに、バネブーは名前も見た目もあからさまにバネなんだよ? 普通の豚のキャラクターを作ったあとで「よし、進化前にバネ付けてみるか!」とはならなくない? 絶対バネブーから先に思いついてるって」

「いや、うん、そういう視点があるっていうのはもう分かったよ。……で、それが重大なことなの?」

「いや、本題はここから。……二人はソーナンスのことをどう思う?」

「ソーナンスって〜、ロケット団と一緒にいる子だよね〜」

「あの青いやつでしょ? そぉ〜〜なんす! っていつも言ってる」

「わっ、あずさちゃんソーナンスの真似上手い〜!」

「似てたね」

「やめて恥ずかしくなってくる。……それでそのソーナンスが何なの?」

「ソーナンスの進化前はソーナノだけど、……その二体に順番ってあると思う?」

「え〜? どうだろう〜?」

「別にポケモンって、なんでもかんでも順番があるってわけじゃないでしょ?」

「うん。順番どころの話じゃない例で言うと、ドジョッチとナマズンとか、キャモメとペリッパーとかがあるね」

「あ〜、それ分かる〜! なんでドジョウが進化してナマズになったり、カモメが進化してペリカンになるの〜って、中学生の時くらいから気になってた〜」

「そうそう、そこまで来ると順番も何もないよねっていう。それにさっきのピカチュウとライチュウみたいに、どっちが先でもおかしくない例だって山ほどあるし」

「じゃあソーナノとソーナンスもそうなんじゃないの? どっちも「受け答え」が元ネタで、別に順番なんてなさそうだし」

「私も最初はそう思ってたんだよ。……でも不思議じゃない? 受け答えが元ネタなんだとしたら、ソーナンスの見た目ってどうやって決まったんだと思う?」

「見た目〜?」

「色も形も「受け答え」からは全くイメージ出来ないと思うんだよね。他のポケモンって大体元ネタが動物とかだったりして、最初からある程度見た目のイメージがあるじゃん? でもソーナンスにはそれがない」

「言われてみれば、まぁ確かに」

「考えたことなかった〜。他にもそういうポケモンっていないのかな〜?」

「それは分かんないけど……。でも、ソーナンスの見た目ってどこから思いついたんだろう?って考えた時、私は閃いたんだよ」

「なにを?」

「ソーナンスの見た目、あのツルっとして丸みを帯びて細長い感じ、ああいう感じを、私たちってどこかで見たことがない? …………ずばり言って茄子っぽくない?」

「あ〜、っぽいって言われたら、っぽいかも〜」

「ってことはソーナンスの見た目の由来って、……(ソウ)茄子(ナス)じゃない?」

「……えっ?」

「え〜……?」

「もしソーナンスが蒼茄子だったとしたら、ソーナノとソーナンスのアイデアの順番は、ソーナンスが先ってことになる。実はソーナンスって始点が明らかなポケモンなのでは……? と、私はそう思ったわけですよ」

「うーん……。それはさすがに陰謀論みたいなもんなんじゃないの……?」

「そのソーナンスの話って〜、ネットに書いてあったりするの〜?」

「いや、パッと見は書いてなかった。少なくとも一番上には出てこない感じ。むしろ一番上には「sonance(響き)」と「そうなんす(受け答え)」がかかってるって書いてた」

「へー」

「初めて聞いた〜」

「だからさ、もしかしてこの蒼茄子って発想は、まだあまり知れ渡ってない真実なんじゃないかなって」

「いやー……、どうかなー……」

「あっ、こみみちゃん〜! 大変〜!」

「なになに」

「今ググってみたら〜、こんな記事が〜」

「なになに……? 色違いのソーナンス? ……こ、これは!」

「なに、茄子の色だったの?」

「茄子ほど濃くはないけど、ピンク色だ……。ソーナンスの色違いは公式からピンク色に設定されているんだ……。……限りなく茄子に近い色だ!」

「こみみちゃん〜! これはもう決まりだよ〜!」

「ソーナンスは茄子だったんだー!!」

「えぇ……? 本当にそう……?」

 

 絶対に違う、と論理的に言い切ることの難しさに、陰謀論の厄介さを思い知った気分になるあずさだった。

 



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17 上村と上村

 私立、八二卜(やつふたうら)。通称はにとー学園。そこには天才JK三人組が所属している。

 失敗を恐れない人、巫女野(みこの)こみみ。失敗を恐れなさすぎて今の体型があるものの、後悔はない。

 漢字は勘で読む人、笹良(ささら)そよ。何かの拍子に他人の名前を手書きする時、その漢字の難解さに驚かされることが多い。

 難読漢字が嫌いな人、雛里(ひなさと)あずさ。己の苗字の書きづらさ(画数の多さ)が地味に不服。

 ……この話は、以上の三人がどうでもいい話題について語り合う様を、ただひたすらに垂れ流すだけのナンセンスコメディです。

 

 

 

 

 

 

 ある昼休みにて。

 

「読みが紛らわしい苗字ってあるよね」

「んー? ……例えば?」

「小学校の同級生にカミムラって人がいたんだけど、「上に村」って書いてカミムラって読むんだよ。でもウエムラさんも「上に村」って書くでしょ?」

「あー、上村って名前を見た時に、それがウエムラなのかカミムラなのか分かんないってこと?」

「あ〜それわかる〜! わたしもササヨシって読まれたことあるよ〜」

「ササヨシはなんか面白い」

「和風の勢いがあるね。ササヨシ!」

「それすしざんまいのポーズでしょ」

「笹ざんまい〜」

「口調の方がポーズに似合わなさすぎる」

「一瞬で話脱線してるけど……。それでそういう名前の人がいるから何って話だったの?」

「いや、どうにかその手の苗字を一発で読む方法はないのかなって」

「そういう発明品を作るのは〜? フリガナ付きで相手の名前が見えるメガネとか〜」

「あ、それいいね。やってみよう」

「解決しちゃった」

「いや、まだ上手く作れると決まったわけじゃないけど。……もし作れなかったらどうしよう? 仮に雨宮さんに会ったらアメミヤさんなのかアマミヤさんなのか分かんないよ」

「それはアメミヤじゃない……?」

「え〜、アマミヤだよ〜」

「なんでさ。だって普通に「雨」ってだけ見たらアメって読むでしょ? だったら最初のアプローチとしてはアメミヤが正解でしょ」

「アマミヤの方がかっこいいもん〜」

「いや絶対アメミヤだって」

「ううん〜、アマミヤだよ〜」

「アーメーミーヤー」

「ア〜マ〜ミ〜ヤ〜」

「……はっ! 分かったぞ二人とも!」

「え、なにが」

「いつか私たちが雨宮さんに会った時、まず最初になんて呼べば安全なのかが」

「アメミヤでしょ?」

「アマミヤだよね〜?」

「ううん違う、最善なのは…………あみゃみやだ!」

「……えっ? なんて?」

「あみゃみやさんって言えばいい」

「かわいい〜!」

「ふざけてんのかって怒られるでしょ」

「怒られないよ。だってあずさも今「え?」って聞き返したくなったでしょ? なんて言ったのか分からなくて」

「うん」

「雨宮さんだって「あみゃみやさん」と呼ばれたら「え?」ってなると思う。でも正しい名前の読み方も分からないような間柄の相手に「なんて?」とは聞き返せないはず。するとその結果、滑舌は悪いけど正解の方で発音しているつもりだったんだろう……と向こうが勝手に納得してくれるってわけさ」

「本当か……?」

「名案かも〜」

「そうかな……。一回きりならまだしも、二回三回になるとやばくない? さほど親しくない間柄でも、一度の会話で何回も名前を呼ぶことくらいあるでしょ」

「大丈夫だよ〜。わたしも中学の頃、土屋さんっていう同級生がいたんだけどね〜」

「読みが分かりやすい名前だね」

「うん〜。でもみんな「つちゃーさん」って呼んでたよ〜」

「……なんで?」

「会話のボルテージが上がって早口になってくると〜、自然とそういう発音になっちゃうんだよ〜」

「あー、分かるかも。私そよのことはそよって呼ぶけど、もしササラって呼んでたら、そのうちサーラに近い発音になりそう」

「そうか……? まぁでも、そういうケースが実在するなら確かに、あみゃみやさんの時もその範疇だと思われる……のかなぁ? 本当かな……?」

「もはやそれが通ると信じるしかないでしょ。それか二分の一の確率に賭けるか。……まぁ上村さんの場合は二分の一に賭けるしかないんだけど」

「うーん……。あたしそもそも思うんだけどさ、そういう名前の人ってたぶん読みづらいことを自覚してるはずっていうか、むしろ自覚してるべきじゃない?」

「自覚〜? 間違われても怒らないってこと〜?」

「うん。間違える側に非はないってことを認識しておいてもらわないとさ、どうしようもないじゃん呼ぶ側としても」

「それはまぁそうなんだけど。全国のそういう名前の人が揃ってそこまで悟り開いてるとは思えないよ」

「悟りって言うほどのことじゃないでしょ……。だって例えば山崎って名前があったとするでしょ? それがヤマザキなのかヤマサキなのかなんて、分かるわけがないじゃんこっちに。そんなので不快になられても困るでしょ……」

「あずさちゃん、過去に何かあったの〜……?」

「山崎さんとの因縁が……?」

「山崎さんとの因縁はないけれども……。でもそうだなぁ……、芸能人の名前を読み間違えたりしたらにわか扱いされるみたいな、そういうのってあるでしょ? あたしああいうノリが嫌いでさ」

「あー、「米」から始まる人とか?」

「そうそう」

「わたしその人のこと、未だにどっちか分かんない〜」

「ゲンシは幻視、つまり間違いって覚えたらいいよ。ケンシが正解」

「そんな覚え方が!?」

「専門家には口出すな(専「問」家ではない)みたいなやつだ〜」

「すごいよこみみ、今までで一番の発明だよ今の!」

「いやそれは心外なんだけど」

「あ、ねぇねぇ〜、わたし今気付いたんだけど〜」

「うん?」

「あずさちゃんの雛里もさ〜、ヒナサトなのかヒナザトなのか分かりづらくない〜? わたしたちはヒナサトって知ってるけどさ〜」

「……………………ほんとだ」

「いやそんな絶望的な顔する……?」

「あ、あずさちゃん〜……、名前の読みにいったいどんな悪い思い出が〜……」

「あずさはあれだね、将来は名札がある職場に行きたいね」

 

 人の名前を読み上げる仕事にだけは就きたくないヒナサトだった。

 



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