Fate/All For ASINA (youyouyouyou)
しおりを挟む

アサシン

ガチで初投稿です。


 

冬木の聖杯戦争。

 

7人の魔術師(マスター)が、7騎の英霊(サーヴァント)を召喚し戦う魔術儀式。

 

その冬木市、柳洞寺。

サーヴァントキャスターによる神殿と化したその場所に、

1騎の槍兵が侵入した。

 

石段の登った先の山門。

そこで待受けていたのは、キャスターではなかった。

 

和装。

鎧兜を身に着け、

右手には大太刀を持ち、

背中には大弓。

 

若い、精悍な顔つきの、美丈夫である。

 

「お前さん、なんのサーヴァントだ?」

 

ランサーは問いかける。

 

大太刀を見るならセイバー。

背負う大弓は、五人張りはあろうか。ならばアーチャー。

その姿は、この国の戦士、サムライそのもの。

馬に乗れぬなどということはあるまい。

だったら、ライダーか。

 

その答えは、

 

「アサシンだ」

 

「アサシンだぁ?」

 

思わず聞き返すランサー。

 

「とてもそうは見えねえな」

 

「俺も忍びと戦ったことはあるが、忍び仕事をしたことはないな。いれぎゅらーと言うやつだ」

 

なるほど、確かにイレギュラーだ。

そもそも、聖杯は西洋のもの。故に呼び出せる英霊は西洋のものに限る。

そういう触れ込みではなかったか。

 

「まあ、どうでもいいか。どうせやることは変わらないだろ」

 

そう言って、槍を構えるランサー。

 

「是非も無し」

 

アサシンも太刀を構える。

 

戦いの火蓋は、切って落とされた。

 

 

♢♢♢♢

 

 

先ず、先手を取ったのはランサー。

赤き神速の槍が、駆ける。

 

飛び散る火花。

 

防ぐはアサシンの黒き諸刃の大太刀。

 

「シィッ!」

 

獰猛な笑みを浮かべたランサーが、突きの乱舞を見舞う。

アサシンはただ、防ぐ。

 

「どうした、サムライ!」

 

挑発めいた言葉にも黙したまま、耐え忍ぶのみ。

そも、槍と刀では圧倒的に槍が有利である。

まして、その槍を操るは、ケルト神話の大英雄、クー・フーリン。

この槍の嵐をかいくぐり、反撃に出れる存在がどれほどあろうか。

 

ギィン!

 

一際大きく響く金属音。

アサシンの刀が、槍を強く弾いた。

 

これは、「弾き」という技術。完璧なタイミングで、武器を叩き付け、相手の体幹を削る技。

アサシンの故郷では、一兵卒ですらこの技術を習得していたが、

これをクー・フーリン(槍の大英雄)相手に決めるアサシンもまた、英雄と呼ぶに相応しい。

 

即座に放たれる切り返し。

並の存在であれば、反応すらできず切り捨てられたであろう一撃。

しかし、最速のサーヴァントであるランサーは、傷一つ負うことなく、躱してみせた。

 

距離が開く。

アサシンは背負った大弓を素早く構える。引き絞られる弓。

対してランサーは、正面から突っ込んだ。

 

「なに!?」

 

驚愕するアサシン。

 

顔面目掛け放たれた矢は、()()()()()()()()()()()()()、後方へと飛んでいく。

矢避けの加護。使い手を視界に捉えた状態であれば、余程のレベルでない限りランサーに対しては通じない。

 

隙。

 

「がぁ!」

 

槍が、アサシンの脇腹を抉る。

 

そして、再び突きの嵐。

防御を固めるアサシン。しかし、全てを防ぎきれない。

和装が、血に染まっていく。

 

頬から血を流しながら、ランサーは攻める。

内心は、予想以上の弓の威力に冷や汗を流していたが、おくびにも出さない。

 

「ちいぃ!」

 

圧に耐えかねたか、アサシンが下がる。

 

「逃がすかよ!」

 

槍の射程は長い。大きく踏み込んだ一撃がアサシンを襲う。危。

 

アサシンの眼がギラリと光る。

 

「!?」

 

伸ばされた槍を、アサシンが踏みつける。

一瞬の見切り。猛攻に耐えながら、この瞬間を狙っていた。

 

槍を引き抜くランサー。刀を振り下ろすアサシン。

 

「グッ」

 

初めてアサシンの刃が届く。

それだけでは終わらぬ。流れるような七連撃。

 

奥義・浮き舟渡り。

 

アサシンが攻め、ランサーが防ぐ。

 

「ツァ!」

 

裂帛の気合いと共に放たれた切り上げが、ランサーの胸を切り裂いた。

 

「てめえ・・・」

 

ランサーは嚇怒した。

致命傷ではないが、決して浅くはない傷。

 

「俺の槍を踏みやがったな・・・!」

 

しかし、それは傷を刻まれたからではなかった。

 

常時しかめっ面をさらしていたアサシンが、嗤う。

挑発であることは明らか。

しかし、これを許せるランサーではない。

 

「シャア!」

 

ランサーが駆ける。

 

速い。手加減無しの一撃。

アサシンはこれを弾───けない。

逸らし切れなかった攻撃が、肩を削る。

 

「オラァ!」

 

蹴り。辛うじて柄で受けるが、吹き飛び、石段を転がる。

 

ランサーの追撃。即座に距離を詰める。休ませない。反撃の機会など与えない。

 

そこからは、一方的。切り刻まれ、血塗れになるアサシン。

最早嬲り殺しとも言える状況で、

アサシンは、嗤っていた。

 

「なにがおかしい、アサシン」

 

ランサーが、攻撃の手を止める。

 

「俺が望む死闘が、ここにあるからだ」

 

こいつ、俺と同じか?

ランサーが聖杯にかける願いはない。

強いて言うなら、おもしろい戦いがしたいだけだ。

 

否。

アサシンは違う。

アサシンの鋭き眼光。そこには情念が宿る。

死闘は手段であり、願いは別にある。

 

「お前を超えて、俺は高みへと昇る」

 

「ハ、舐められたもんだな。俺を踏み台にしようってか?お前にゃ無理だよ、アサシン」

 

ランサーが槍を構える。槍に魔力が渦巻いていく。

 

「終わりにするか」

 

宝具解放。サーヴァントの切り札。必殺の一撃。

 

アサシンもまた、己の宝具である大太刀を構える。

大太刀から、黒い瘴気が炎のように立ち昇る。

 

破裂寸前の風船の如く気が張り詰め、

 

「止めだ」

 

ランサーが、引いた。

 

「女狐に隙をみせたくはないからな」

 

アサシンの背後の空間を睨みつける。

 

「あら残念。続けてくれてもよかったのに」

 

何もない空間から、女が現れる。

サーヴァントキャスター。神代の魔術師。

アサシンとういうイレギュラーを召喚した張本人である。

 

「もとから偵察のつもりだったからな。魔術師の神殿で、サーヴァント2騎を相手するなら、それなりに準備がいる」

 

そう言って背を向けるランサー。

そこに隙は無い。

 

最後に振り返り、

 

「じゃあなアサシン。縁があったらまたやろうぜ」

 

そう笑って消えた。

 

 

♢♢♢♢

 

 

「よけいな真似を」

 

アサシンが眉間にしわを寄せる。

 

「その様でよく言うわね。」

 

キャスターが嘲るように言う。

 

「わたしが介入しなきゃ、あなた確実に負けてたわよ」

 

ランサー。あの実力。赤い槍。

おそらくアルスターの猛犬、光の御子クー・フーリンだろう。

ならば宝具はゲイ・ボルク。確実に心臓を穿つ。必中の槍。

 

キャスターが熱心に解説するが、アサシンには魔術だの呪いだのは解らぬ。

 

だから、心臓を確実に貫くという事実だけを受け入れる。

 

それが避けられぬのなら、

 

「心臓を生贄に、奴の首を刎ねるしかあるまい」

 

強がりでもなんでもなく、本心で言っていると理解できたから、

 

「ふん」

 

これ以上一緒にいるのはごめんだとばかりに、キャスターは去った。

 

アサシンは月を見上げる。

 

冬木の地では、渦雲は見えぬ。

 

代わりとばかりに、アサシンは、

 

葦名弦一郎は月をずっと睨み続けていた。

 

 

 





サーヴァントステータス

【CLASS】アサシン

【マスター】キャスター

【真名】葦名弦一郎

【性別】男性

【属性】秩序・中庸

 【ステータス】

筋力B 耐久A++ 敏捷C 魔力D 幸運E

 
次回、「奥義・不死斬り」


 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奥義・不死斬り

 

「こんばんは、お侍さん」

 

今宵、柳洞寺に訪れた客は、

白髪赤目の可憐な少女だった。

 

「わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

見事なカテーシーで挨拶。高貴な身分が窺える。

 

「そしてこの子がバーサーカー」

 

少女の背後に現れたのは、巌のような大男。

狂戦士の名を冠しているにもかかわらず、静かに控えている。

 

「これはご丁寧に」

 

山門を守る侍は、恭しく頭を下げた。

 

「俺はアサシン。真名を葦名弦一郎と言う」

 

「へえ」

 

まさか真名を名乗られるとは思っていなかったイリヤスフィールは、

おもしろそうに笑う。

 

「真名を教えちゃって、よかったの?」

 

「お爺様ならともかく、俺など名前が残っていればいい方だ。こちらに不都合などない」

 

葦名弦一郎の逸話など、無い。何故なら、何も成すことができなかったから。

 

「お侍さんなのにアサシンなんだ」

 

「よく言われる。俺も現界するならセイバーが良かったが、セイバーと戦えると考えれば、悪くなはい」

 

「まだセイバーとは会ってないんだ。金髪の小柄な女騎士だけど、なかなか強いわよ」

 

「南蛮の騎士か。全身を金属鎧で覆っていると聞くが、厄介そうだが楽しみでもある」

 

和やかな会話が続く。アサシンの語りは柔らかく、口には笑みすら浮かんでいた。

 

「いや誰よ貴方」

 

キャスターが現る。

普段自分に見せる陰気な態度との、あまりの違いにツッコミを入れざるを得ない。

なんだコイツ。

 

「アサシン、貴方ロリコンだったの?」

「ふん」

 

笑止。貴様は何を言っているのだ。

 

生前、一国一城の主であり為政者であったアサシンにとって、子は宝であり、国の未来である。子を慈しむのは当然であり、いき遅れ(BBA)少女(レディ)で対応が異なるのも当然であった。

 

また、戦国の世を生きたアサシンにとって、イリヤスフィールは、あと1、2年もすれば結婚適齢期であり、今すぐ輿入れしたとしても、別段奇異ではない。

 

「イリヤスフィールは立派な淑女だ」

「流石アサシン。わかってるわね。そこのオバサンとは違うわ」

 

こいつら縊り殺してやろうか。

殺気のこもった目で睨みつけるキャスターから主をかばうように、バーサーカーが前に出た。

 

「チッ、とんでもない奴を召喚したわね」

 

ギリシャの英雄ヘラクレス。遠く離れた日本においてですら、その名を知らぬものは稀であろう。それがバーサーカーの正体である。

 

キャスターは生前、ヘラクレスと面識があった。ゆえにその規格外の性能を実感として知っている。

 

「けど、残念だったわね」

 

キャスターの体が浮き上がり、背後から無数の魔方陣が出現する。

 

「狂戦士が突破できるほど、わたしの神殿は甘くないわよ」

 

ヘラクレスは幾多の試練を乗り越え神に至った大英雄である。もし彼がその知恵と勇気と技量をもって挑んでくれば、神代の魔女をもってしても分が悪いとしか言えない。しかし、今の理性のない狂戦士に堕ちたヘラクレスなら、勝算は十分にあった。

 

イリヤスフィールは内心で舌打ちする。キャスターは龍脈の通る霊地に拠点を築き、また冬木市の不特定多数の人間から魔力を吸い上げていた。時間がたてばたつほどキャスターは強化されていく。ゆえに、早急に仕留めねばならず、威力偵察あわよくばそのまま殲滅するつもりで出陣したが、このキャスター、予想以上に厄介だ。

キャスターとして最上級であろうことに加え、アサシンまで従えている。バーサーカーならそうそう遅れはとるまいが、キャスターは搦め手に長ける。マスター狙いも当然してくるだろう。

 

撤退すべきか、そう警戒するイリヤスフィールだったが、ここでアサシンが前に出た。

 

「下がっていろ、キャスター」

「貴方じゃ勝てないわよ、アサシン」

 

キャスターが苛立ち気に言う。

 

「聖杯が欲しいんでしょう、だったら指示に従いなさい!」

「ただ聖杯を手に入れるだけでは意味がないのだ」

 

アサシンが太刀を構える。

 

「死闘を越えた先で手に入れて、初めて意味がある」

 

「■■■■■■!!!」

 

バーサーカーが吼える。

 

女達を置いてきぼりにして、男達は戦闘を開始した。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

バーサーカーが迫る。

その腕が振るうのは、岩より削り出された巨大な斧剣。

 

鳴り響く金属音。

 

斧剣と大太刀がぶつかり合い、火花が飛び散る。

 

「ぐうぅ!」

 

刀を取り落とすという無様を晒さなかったのは、侍としての意地か。

だがしかし、身体中を駆け巡った衝撃は、アサシンの体幹をただの一撃で削り取っていた。

 

バーサーカーの追撃。

 

死。

 

死が迫る。

 

「ぐおおぉ!」

 

崩れ切った体幹で、アサシンは辛うじで身体を浮かせた。

 

衝撃。

 

アサシンが飛ぶ。

木々が鳴る。

 

吹き飛ばされたアサシンは、山中の闇に消えていった。

 

「あはは、ホームラン♪」

「あの役立たず!」

 

イリヤスフィールが無邪気に笑い、キャスターが悪態を吐きながら構える。

 

バーサーカーは闇から目を逸らさない。

 

風切り音。飛来した矢をバーサーカーが弾く。

 

茂みから、アサシンが猛然と飛び出してきた。

駆ける。円の動き。翻弄しつつ攻める。

しかし、バーサーカーは巨躯ではあるが、決して鈍重ではない。

あっさりとアサシンを捉える。

 

吹き飛び転がりながら、衝撃を殺す。

 

膝立ちで弓三射。

 

バーサーカーの鋼の身体に弾かれる。信じられないことに、アサシンの強弓が刺さらない。

 

バーサーカーの叩きつけるような一撃。

 

横っ飛びで躱す。

 

(ブシの矜持ってやつかしら?)

 

イリヤスフィールは、何度も吹き飛ばされ無様に転がりながらも、果敢に攻めるアサシンを見る。

その姿は、滑稽で哀れだが、同時に可愛くもあり、何故だか亡き父の姿が思い出され、胸が締め付けられた。

 

しかし、イリヤスフィールは勘違いしている。

 

この男は武士の矜持など疾うの昔に捨てている。

正面から挑むのは、必要だと思ったからだ。

 

これも葦名の為。

 

 

弾く。弾く。転がりながら躱す。弓で牽制。また弾く。

 

イリヤスフィールは息を呑む。

バーサーカーとの力の差は歴然だったはずだ。

現に最初は一撃で崩されていた。

それが今や、アサシンは正面から打ち合っている。

 

アサシンの心中に浮かぶのは、隻腕の狼。御子の忍。

アサシンのかつての宿敵は、「弾き」の技術に特化していた。

相手の動きを覚え、読み、弾いて崩し、一瞬の隙を突いて仕留める忍の技。

強者との戦いの記憶は、確かにアサシンの糧となった。

 

「何をしてるの、バーサーカー!」

 

イリヤスフィールの激が飛ぶ。

 

認めよう。確かにアサシンは、技量に優れた強者だ。

だが、そんな小細工を正面から叩き潰すのが、己のサーヴァントだったはずだ。

 

バーサーカーの力はこんなものではない。

 

「蹂躙しなさい、バーサーカー!」

「■■■■■■!!!」

 

バーサーカーが猛る。

 

「ちいぃ!」

 

後方へ跳びながら、三連の矢。効かないのは分かっている。進撃を僅かでも妨げれば。

 

「■■■■■■!!!」

「おおおおおお!!!」

 

バーサーカーの斧剣と、アサシンの渾身の唐竹割がぶつかり合う。

 

宙を舞うアサシン。空中で体制を整え、着地───した所に、バーサーカーの横薙ぎの一撃が叩き込まれた。

 

「やった!」

 

歓声を上げるイリヤスフィール。

 

否。当たってなど、いない。

 

吹き飛ばされたのは兜のみ。

地に臥す虎の如く身を屈め、かろうじで躱している。

 

身体をひねりながら下段。

 

バーサーカーは即座に飛びすさる。

 

遠心力で柄を滑らせ、際をもって間合いを伸ばす。

それでも届かぬと肩を外し、鞭のように振りぬいた。

 

刃がバーサーカーの脛を薙ぐ。

 

人であれば勝負ありの一撃。

 

だがこれは、英霊同士の対決。

決定打にはならぬ、が、

 

「バーサーカー!?」

 

バーサーカーが膝をついていた。

傷口からは禍々しい瘴気が漂っている。

異常。考えられる原因はひとつ。

 

まずい!

 

イリヤスフィールがそう思ったとき、アサシンは宝具を構えていた。

宝具はその真名を叫ぶことで、力を解放する。

 

アサシンの持つ大太刀。その名は───

 

「奥義・不死斬り」

「戻りなさい、バーサーカー!」

 

刀身以上に伸びた漆黒の斬撃が、バーサーカーのいた空間を薙ぐ。

だが既に、バーサーカーはそこにはいない。

 

令呪。

 

マスターが持つ、サーヴァントに対する絶対的命令権。

それはブーストとしても使用できる。

 

イリヤスフィールの命令により、バーサーカーは空間を跳躍し、彼女の傍まで転移した。

 

イリヤスフィールは憎々しげに、アサシンを睨む。

このサーヴァントは、バーサーカーの天敵だ。

 

バーサーカーの宝具は「十二の試練」(ゴッドハンド)。12回殺さねば、死なぬ。

対するアサシンの宝具は「不死斬り」。死なぬものを、殺す刀。

アサシンの宝具は、バーサーカーを一太刀で殺し得る。

 

今にして思えば、バーサーカーの攻めが温かったのは、本能的にアサシンの刃を警戒したからか。

 

「帰る」

 

故にイリヤスフィールは、撤退を決めた。

忌々しいことだが、バーサーカーでは、キャスターの神殿を攻略するのは困難だ。

 

「イリヤスフィール。夜は冷える。風邪を引かぬように、暖かくして眠るといい」

 

去る少女に、侍が声をかける。

 

「ふーんだ!ゲンイチロウのバカー!!」

 

天敵がそんな言葉をかけるものだから、少女はぷりぷり怒りながら走り去った。

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「よくやったわ、アサシン」

 

キャスターが上機嫌に声を上げる。

アサシンはふぅと息をつくと、どかりと胡坐をかいた。

 

「この場で仕留めきれなかったのは残念だけど、令呪を消費させたのは大きいわ」

 

撃退できたのは相性が良かっただけにすぎない。バーサーカーは己より遙か格上の武士(もののふ)であった。

 

「これで貴方が自由に動ければ、作戦の幅がもっと広がったのだけど」

 

アサシンは山門の周辺から離れられない。山門には、アサシンの故郷である葦名の杉が使われており、それが現界の媒介となっていた。

 

「知るか。これは貴様の不手際だろう」

 

「はあ!?わたしの術式は完璧だったわ!」

 

キャスターが如何に自分の魔術が優れているか滔々と説明するが、そんなことアサシンは知らぬ。

 

「年増は話が長いから困る」

 

そういえば、エマも小言を言い始めると長かったなどと考えていると、プルプル震えていたキャスターが憤怒の形相を浮かべる。

 

「このロリコン侍ぃーー!!!」

 

柳洞寺に絶叫が谺した。

 

 

 

 

 





【宝具】

『不死斬り』

ランク:B
種別:対人宝具

黒い諸刃の大太刀。その名の通り死なぬものを殺す刀。不死の力を持つものに特攻ダメージを与える。より強く念を込めることで、威力、射程が上昇し、一時的にAランク相当に上がる。


とある世界線のカルデアには、ロリサーヴァントを侍らせ、これも葦名の為とのたまうロリコン侍がいたと言う。


次回、「第二次聖杯問答」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二次聖杯問答

 

 

柳洞寺の山門で、アーチャーは内心困惑していた。

 

この男は誰だ。

 

アーチャーの真名は、エミヤシロウ。此度の聖杯戦争のセイバーのマスターである衛宮士郎のあり得たかもしれない未来の姿である。

故にアーチャーは過去にこの第五次聖杯戦争を経験している。しかし、その経験の中に目の前の男はいなかった。

 

「イリヤスフィールは、セイバーは女騎士だと言っていた。ならばお前はアーチャーか」

 

男からイリヤスフィール(義姉)の名が出たことに更に混乱するが、それを隠しアーチャーは確認する。

 

「そう言う貴様はアサシンだな」

 

「ああ。しかし、キャスターがさらってきた小僧は、セイバーのマスターのはずだ。それで何故、アーチャーが現れる」

 

「ここに居合わせたのは偶々だ。セイバーも直にくるだろう」

 

本心を隠し、アーチャーが答える。

 

「ふむ。ならばアーチャー。お前は通るがいい」

 

「なに?」

 

「セイバーとの死合いを邪魔されたくはない。それに、あの年増にも少しは働いてもらわねばな。英霊2騎が相手では流石に手に余る」

 

アーチャーは警戒を続けながらも、アサシンの隣を抜け、山門をくぐり境内へと進んでいった。

 

 

 

アーチャーの言ったように、セイバーは直ぐに現れた。

 

「貴様は…!」

 

「アサシンだ。ここを通りたくば押し通るがいい」

 

マスターをさらわれ、救出を急ぐセイバーに余裕はない。苛立ち気に睨みつけ、不可視の剣を構えた。

 

その立ち姿に、アサシンは笑みを浮かべる。

 

「ふっ、女か」

 

「愚弄するかアサシン。その代償、高くつくぞ」

 

「元よりそんなつもりは無い。俺の師も女だ。その師に似ていると感じたのよ」

 

容姿は似ていない。そもそも人種が違う。だが、身に纏う清廉で凜とした空気は、己の師とよく似ていた。

 

アサシンは予感していた。此度の聖杯戦争に、己の宿敵となる存在がいる予感。自分がセイバーではなく、アサシンとして呼ばれた理由。ならば、セイバーこそが、それではないのかと。

予感は正しかった。セイバーこそが、越えるべき壁だ。

 

アサシンが刀を構え、セイバーが襲い掛かった。

 

 

 

♢♢♢♢

 

 

 

セイバーの剣が迫る。

 

アサシンがそれを防ぐが、セイバーは矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。

時間をかけるつもりなどない。一気に押し通る。

 

押されるアサシン。やりにくい。理由は明白。

 

剣身が、見えぬ。

 

風王結界(インビジブル・エア)。セイバーの持つ宝具。聖剣を覆う風の鞘。不可視の剣。

把握できない間合いは、葦名流の骨子と言える「弾き」を困難なものにさせていた。

 

圧に負けて、大きく下がる。追うセイバー。苦し紛れの弓。セイバーは放たれた矢を弾く───

 

「!?」

 

大きくバランスを崩すセイバー。剣を杖代わりにし転倒を防ぐ。

セイバーが感じたのは、まるで鉄柱を撃ち込まれたかのような衝撃。途轍もない矢の威力。

 

ランサーには「矢除けの加護」。バーサーカーには「十二の試練」(ゴッドハンド)

それぞれがアサシンの矢を無効化する能力を有していた故、牽制程度にしかならなかったが、ここで漸く真価を発揮した。

 

アサシンの持つ技能の中で、最も才があるのは間違いなく弓だろう。強者ひしめく葦名の地においても、こと弓においてアサシンに並ぶものはいなかった。

 

間合いが見切れぬ故、正面からの斬り合いは不利と理解したアサシンは戦い方を変える。

 

再び矢を放つ。

 

ステップで躱すセイバー。

 

その動きを予想していたアサシンは、躱した先へ猛然と迫り跳躍する。

空中で後ろ回し蹴りから勢いを殺さず振り下ろしの蹴り。

 

仙峯脚。

 

剣で防ぐセイバー。

 

本来の仙峯脚は着地後に回し蹴りに繋げるが、アサシンは別の技を混ぜる。

上からの蹴りを防いだことでガラ空きとなったセイバーの胴体に、槍のような蹴りが叩き込まれた。

 

仙峯脚は、かつて金で雇った僧兵が使っていた技。

槍足は、己が斬った内府方の忍、孤影衆が使ってきた技である。

生前、アサシンはこれらの技を修得してはいない。使えるようになったのは昨晩のこと。

召喚されてからのアサシンは、昼は己の記憶と向き合い、心中で死闘を重ね、夜は刀を振るい、心中より得た技術を身体に馴染ませた。

生前のアサシンは、当主として滅亡の危機が迫る国を救おうと駆けずり回っていた。

その仕事は控え目に言って激務であり、薬師からはこのままでは過労死すると再三忠告を受けていた。

皮肉なことに、死んで英霊となったことで、己の剣と向き合い、修練を重ねる余裕が生まれた。

アサシンは徐々に、生前より強くなりつつある。

 

セイバーは焦る。

できれば速攻で仕留めたかったが、目の前のサーヴァントは甘くはない。

手札が多い。それだけ警戒し意識を裂かなくてはいけない。

 

アサシンが跳躍し、矢を三連射。休む間を与えない。

 

ローリングで躱す。

 

アサシンがまた跳ぶ。

刀か。弓か。蹴りか。

 

刀。渾身の振り下ろし。

 

防ぐが、衝撃が身体を貫く。反撃にでれない。

 

アサシンは着地と同時に身体を捻り、刀を構える。

 

突き。

 

セイバーは横に跳んで逃げるが、アサシンが跳ねるように追いすがる。

アサシンは舞いながら連撃を繰り出す。

 

奥義・浮き舟渡り。

 

火花が刃鳴散らす。

 

セイバーに傷一つ着いてはいない。全てを防いでいる。

だが、体幹が崩れていることをアサシンは見逃さなかった。

 

アサシンの手がぬっと伸び、セイバーの顔面を鷲掴む。

視界が塞がれたことで、セイバーに動揺が走る。その刹那の間に、セイバーの足下の感覚が消えた。柔。

 

セイバーの後頭部が石段に叩きつけられ、意識が一瞬飛ぶ。

 

アサシンが太刀を逆手に持ち、振り下ろした。

 

「舐めるなぁ!!」

 

「ぬぅ!?」

 

スキル「魔力放出」。

セイバーから放出された魔力の奔流が、アサシンを押し上げ、身体が宙に浮く。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)ッ!!」

 

足が地から離れ避けれぬアサシンに、渾身の風のハンマーが叩きつけられた。

 

「があぁ!!」

 

石段を下から上に転げ上がるという、稀有な経験をするアサシン。

 

セイバーは呼吸を整え、頭から流れる血を拭った。

アサシンも腕を押さえながら、よろよろと立ち上がる。

 

「やるな。セイバー」

 

優勢だった戦況が、ただの一撃でひっくり返された。

 

「貴方の方こそ」

 

セイバーの顔に、もう焦りはない。開き直った。

マスターの無事に気を取られては、彼には勝てない。

もちろん心配ではあるが、キャスターが主を殺せるだけの時間はとうに経っている。しかし、主とのパスは未だ健在。ならば、キャスターにとってイレギュラーが起こったということ。己のマスターを信じる。衛宮士郎はタフな男なのだ。

それにセイバーはどうしても目の前の男と話しがしたかった。

 

「俺とお前は似ているな」

 

刃を交えるということは、時に百の言葉を交わすより互いのことを理解し合うことがある。アサシンは、この女騎士が自分とよく似ていると、理由もなしに感じていた。

そして、より直感に優れるセイバーは更に深いところまで理解する。

 

「アサシン。貴方も王だったのですね」

 

「この小さな島国の更に小さな領土故、王などといささか大袈裟だが、葦名という国の長であったことは事実だ」

 

「だが、その国は…」

 

「滅んだ。故に俺は、やり直しを望む。お前も同じか?」

 

セイバーはうなずく。

そして簡潔に語った。選定の剣を引き抜いて王になり、侵略者と戦い、内乱により滅ぶまでを。

 

「たとえ私が過去に戻り、やり直したとしても、私では国を救えない。ならば、私が王になったこと自体が間違いだったのだ。だから私は選定のやり直しを望む」

 

前回の聖杯戦争で王達と語り合った時、彼女の願いは否定された。お前は王ではない。その願いは間違っていると。

故に彼女は聞かずにはいられない。己と同じ境遇にある王に。

 

「私の願いは間違っているのでしょうか?」

 

その答えは───

 

「セイバー、お前は間違ってなどいない。お前の願いは正しい」

 

肯定の言葉が、彼女の傷ついた心に染みわたる。

 

「救われるべきは国であり、民だ。その為に王が全てを捧げるのは当然のこと」

 

そう!その通りだ!

 

「そして、全てを捧げても救えぬのなら、救える者に王を譲る。お前の言葉は全て正しい」

 

その言葉に、セイバーは救われた。

 

 

 

「俺も生前、そうした」

 

「え───?」

 

「戦続きで葦名は疲弊し、侵略者は虎視眈々と隙を伺っている。もはや真面な方法では国は救えぬ。だから外法に手を染め、不死の力を求めた」

 

息を呑むセイバー。

 

「だが、それすらも成せなかった俺は、自らを生贄にし、冥府より祖父を呼び戻した。葦名初代当主、剣聖 葦名一心をな」

 

なんという覚悟か。

 

「それでも葦名は滅びた。お祖父様をもってしても、葦名は救えなかった」

 

「ならアサシン。貴方は何故やり直しを望む!?」

 

問わずにはいられない。

 

「過去に戻ったとして、貴方は国を救えるのですか!?」

 

「過去に戻ったとして、俺はまた何も成せないだろう。葦名は滅びる」

 

「それに何の意味がある!」

 

「一度で駄目なら、もう一度やり直せばいい。それでも駄目なら更にやり直す。百回、千回、万回。何度でもだ。」

 

セイバーは、絶句する。

 

「勝算はある。聖杯戦争だ。相対するのはいずれも劣らぬ強者ばかりよ。これを勝ち抜き、その記憶を持って過去へと戻る。これを繰り返せば、戦いの記憶は蓄積される。それを糧に、俺は誰も届かぬ高みへと上る。その暁に、今度こそ俺は葦名を救えるだろう」

 

戦慄。それはどれほどの地獄か。

幾千、幾万も国の滅びを見るなどと、自分には到底耐えられない。

 

「さあ、続きをしようか、セイバー。俺の糧となれ」

 

アサシンが刀を構える。

 

まずい。

セイバーはアサシンの覚悟に呑まれている。

このままでは、勝てない。

 

 

 

その時、上から少年が転がり落ちてきた。

 

「シロウ!?」

 

それはセイバーのマスター。

慌てて抱き止める。

その背中には深い傷を負っていた。

 

山門から現れるアーチャー。

両手には短剣。

誰がやったかは明らか。

 

アーチャーを睨みつけるセイバー。

たが、今はマスターの治療を優先させねばならない。

傷は深い。

 

アサシンがセイバーから背を向け、アーチャーと対峙する。

 

「邪魔立てするか、侍」

 

「行け、セイバー。」

 

「感謝します、アサシン。決着は必ず」

 

去ろうとするセイバーに、アサシンが背を向けたまま声をかける。

 

「迷うなよ、セイバー。迷えば、敗れるぞ」

 

セイバーは無言で頷き、去った。

 

 

 

「貴様、セイバーに何を話した?」

 

どこか苛立ち混じりに、アーチャーが問う。

 

「お前には関係のないことだ」

 

「イリヤスフィールのことも知っているようだな、どういう関係だ!?」

 

イリヤスフィールとは聖杯を手にいれる上で、敵対的関係にはあるが、アサシンは彼女を斬る気はない。ならば敵とまでは言えず、しかし味方でも友でもなく、強いて言うなら、

 

「娘のようなものか」

 

あんな娘が欲しかった。

最も娘どころか、嫁をもらう余裕すら微塵もなかったが。

 

「戯け、アサシン戯けぇ!!!」

 

なんかいきなりガチギレするアーチャー。

 

ふむ。

 

「なんだか知らんがとにかく良し」

 

本気で来るなら、是非も無し。

 

「来い。アーチャー」

 

「アサシン死ねぇ!!」

 

 

 

この晩、柳洞寺に雷が落ちた。

 

 

 

 

♢♢♢♢

 

 

 

アサシンが大の字になって、倒れている。

上半身は裸であり、その身体は傷だらけだ。

 

「ねえ、生きてる?」

 

隣にキャスターが現れる。

現界しているのだから、生きてるに決まっている。

返事をするのも億劫なので無視して、

目をつむったまま余韻に浸る。

 

アーチャーとの戦いは最終的に弓の撃ち合いとなり、痛み分けで終わった。

アーチャーの弓は爆発し、アサシンを吹き飛ばし、

アサシンの雷の矢は、アーチャーの肉を焼いた。

アーチャーが撤退したことで決着はつかなかったが、アーチャーもまた強者であった。

 

先日、戦ったライダーは直ぐに撤退してしまった為、手応えは感じなかったが、彼女は騎乗していなかった。ならば、その実力は十分の一も見せてはいるまい。

 

これで全てのサーヴァントと相対したことになる。

いずれも己以上の強者ばかりだ。

たが山門から動けぬ以上、全ての敵と決着をつけるのは難しいだろう。

ならば、狙いを一人に定める。

そうなると、やはりセイバーだ。

己の師、巴に似た女騎士。

彼女との決着を望みながら、

アサシンは先程の戦いを反芻し続けた。

 

おいキャスター、脇腹をつつくな。

 

 

 






『巴の雷』

ランク:B
種別:対人宝具

雷雲を呼び、武器に雷を纏わせ放つ巴流の秘伝。地に足を着けた状態でこの技を受けると、打雷状態になり、ダメージと麻痺のバッドステータスが発生する。雷雲を呼び寄せるまで時間がかかり戦闘開始すぐには使えない。


次回、「黄金と漆黒」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黄金と漆黒

 

 

「待っていたぞ、セイバー」

 

山門で待ち構えていたのはアサシン。

 

アサシンを召喚したキャスターは、既に敗退している。

ならば主を失ったアサシンも消滅しているのが道理。

 

本来ならありえぬ光景を見ても、セイバーに動揺はなかった。

 

予感があった。

 

再戦の約束。

その決着を果たす為、彼は待ち続けていると。

 

「アサシン。この冬木の聖杯は汚染されている。この聖杯では、貴方の願いは叶わない」

 

セイバーの告げる聖杯の真実にも、アサシンは動じない。

 

「そうか。ならばこの戦いの勝利をもって、此度の聖杯戦争の収穫としよう。いくぞ、セイバー」

 

「ええ、決着をつけましょう。アサシン」

 

多くの言葉は要らない。

 

ただ、雌雄を決するのみ。

 

 

 

♢♢♢♢

 

 

 

セイバーが構える。

 

不可視の剣。

 

だが、その間合いをアサシンは既に見切っている。

 

セイバーとの戦いの記憶を何度と無く振り返り、心中で戦いを繰り返した。

来い、セイバー。その剣、全て弾き返してみせよう。

 

セイバーが、動く。

 

疾───

 

「がっ!?」

 

斬撃。

 

防げず、袈裟懸けに斬られる。

なんだこの速さは!?

 

追撃。

 

頸に剣が迫る。

 

「おおおお!!」

 

寸前で弾く。

下がるセイバー。

 

「セイバー、貴様・・・!」

 

斬られ、使い物にならなくなった鎧を脱ぎ捨てる。

なんという鋭さ。

鎧がなければ、己の身体は両断されていただろう。

 

以前、戦った時より遙かに強い。

 

「マスターが代わったことで、弱体化は解消されました。」

 

「ぐっ・・・!」

 

なんという間抜け!

力量も見抜けず、弱体化した相手に勝利の確信を得ていたとは。

 

立てていた対策を全て捨てる。

もはや、小細工は通用すまい。

死に物狂いで食らいつくしかない。

 

「もうこれは必要ないようですね」

 

セイバーが風の鞘を解く。

現れる黄金の剣。

 

「行くぞ、アサシン」

 

セイバーが、来る。

 

即座に放つ弓。

 

だが弾かれる。

かつてセイバーの体勢を崩した強弓は、通用しない。

 

ぶつかり合う剣と刀。

 

腕が痺れる。

敏捷だけでなく、筋力でも負けている。

 

鳴り止まぬ剣戟音。

 

セイバーはこのまま決める気だ。攻撃を止めない。

 

アサシンが弾く。ひたすらに弾く。

 

だが、無傷のセイバーと深傷を負っているアサシン。

どちらが先に崩れるかは明らか。

 

削られる体幹。

 

ここで崩れれば敗北は確定する。

だが打つ手がない。

 

焦るアサシン。

 

喝ッ!!

 

頭の中に、祖父の声が響く。

 

「おあぁ!!」

 

渾身の力で剣を大きく弾くと、アサシンは背筋を伸ばし、上段に構えた。

 

セイバーが警戒し、一瞬動きを止める。

 

強く踏み込み、ただ無骨に振り下ろす。

 

葦名一文字。

 

「ぐっ・・・!」

 

防ぐセイバーに、さらにもう一発。

 

一文字・二連。

 

堪らずセイバーが下がる。

 

刀を振るう際、強く踏み込んだことで、アサシンの体幹は既に回復していた。

 

幼き頃、市中より引き取られたアサシンに、祖父 一心が初めて手すがら教えてくれた技。

それが葦名一文字である。

祖父との思い出が、アサシンを救った。

 

アサシンが大太刀を構え、念を込める。

刀から漆黒の瘴気が噴き出す。

 

セイバーの直感が閃く。

あの刀は、自分の持つ竜の因子に致命的な悪影響をもたらすと。

セイバーも剣を構え、魔力を込める。

剣が黄金に輝く。

 

アサシンが、更に念を込める。

自分の執念を、覚悟を。

葦名は俺の全てだ。

葦名を守る為なら、全てを捧げよう。

全ては葦名の為に!

 

大太刀から溢れる瘴気はもはや瀑布の如し。

それを、解き放つ。

 

「秘伝・不死斬り!!」

 

同時にセイバーも放つ。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」

 

黄金と漆黒がぶつかり合う。

 

そこにアサシンが、更に斬撃を重ねる。

秘伝・不死斬りは二連にて成る。

 

黄金を切り裂き進む漆黒は、やがて光に呑み込まれ、

光の奔流はアサシンを山門ごと押し流した。

 

 

 

 

 

 





【宝具】

『不死斬り・開門』

黒の不死斬りの持つもう一つの能力。竜の因子を刀身に取り込み、冥界の門を開く。そこに生贄を捧げることで、死者を黄泉がえらせることができる。このことから、竜及び竜の因子を持つものに特攻ダメージを与える。


次回、最終話、「巴流 葦名弦一郎」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

巴流 葦名弦一郎

 

 

「答えは得た」

 

朝日に照らされながら、アーチャーが消えていく。

 

「大丈夫だよ、遠坂。俺も、これから頑張っていくから」

 

その姿を見て、捨てた筈の迷いがセイバーに生まれていた。

 

アーチャーは答えを得た。

己の過去は、あの時生まれた想いは決して間違いではないと。

 

ならセイバーの人生は、国を救うため駆け抜けた日々は───

 

「帰ろう、遠坂」

 

衛宮士郎が遠坂凛に答えをかける。

 

そうだ。帰ろう。

此度の聖杯戦争は終わった。

これから遠坂凛のサーヴァントとして、彼女等に寄り添い、答えを探していけばいい。

 

「ん?雷?」

 

衛宮士郎が空を見上げる。

いつの間にか空は曇り、遠雷が聞こえる。

空が光った。

 

「え?」

 

男が、立っていた。

 

上半身裸の、袴を履いた男。

 

その身体は血まみれ傷だらけであり、両腕は黒く焼け焦げている。

背には大弓、手には大太刀。

 

「アサシン・・・」

 

セイバーが呆然とつぶやく。

凛と士郎が警戒し、構える。

 

「アサシン。もう聖杯戦争は終わったわ。これ以上の戦いは無意味よ」

 

凛がそう告げるが、アサシンはただセイバーだけを見ている。

 

「リン、彼にそのような言葉は通じない」

 

セイバーはそう言って前に出た。

 

「巴流 葦名弦一郎」

 

アサシン、否、葦名弦一郎が名乗りを上げる。

 

「アーサー・ペンドラゴン、いや、ただのアルトリアだ」

 

アルトリアも名乗る。

サーヴァントセイバーでは無く、騎士王でも無く、一人の剣士として、彼女は戦う。

 

「いくぞ、アルトリア!!」

 

弦一郎が叫ぶ。

 

最後の戦いが始まる。

 

 

 

♢♢♢♢

 

 

 

「いくぞ、アルトリア!!」

 

弦一郎が一直線に駆け、跳ぶ。

 

砲弾のように飛翔しながら、全体重を乗せた突き。

その気迫、その速さ。並みの英霊なら呑まれ、為す術もなく貫かれるだろう一撃。

 

それをアルトリアは見切り、切っ先を踏みつけることで封じた。

 

アルトリアの反撃。

 

弦一郎は身をよじって躱そうとするが避けきれず、その身を切り裂かれる。

よろめき下がる弦一郎に、アルトリアの追撃が迫る。

 

弾く。

 

だが、アルトリアの攻撃は止まらない。二連。

 

弾き、更に強く弾く。

 

葦名流 登り鯉。

 

その襲い来る剣を、見事に弾き返す様、滝を登る鯉の如し。

 

強く弾いた力を殺さず、流れを変え、苛烈に振り下ろす。

 

葦名流 下り鯉。

 

しかし、弦一郎の刃は届かない。

アルトリアは後ろへ飛び、躱す。

 

「アルトリアァ!!」

 

弦一郎が走り、迫る。

 

突如、アルトリアの視界から、弦一郎が消えた。

 

下。

 

低い、地を這うような下段。

 

 

弦一郎の視界から、アルトリアが消える。

 

上。

 

アルトリアは跳躍し、弦一郎を飛び越え、回転しながら、その背中を斬った。

 

「踏み躙らせは・・・せぬぞ・・・!」

 

だが、弦一郎は倒れない。

雄叫びを上げながら、戦闘を続行する。

 

「どうして・・・」

 

思わず、遠坂凛がつぶやく。

どうしてここまで戦える。

満身創痍の弦一郎と傷一つないアルトリア。

もはや勝敗は明らかだ。

それに、勝ったとしても、聖杯はない。

願いは叶わないというのに。

遠坂凛の脳裏に浮かぶのは、ある日の夕暮れの放課後。

跳べないバーを越えようと、ずっと高跳びを繰り返していた少年の姿。

 

衛宮士郎は歯を食いしばり、拳を握り締めながら、戦いを見守っている。

 

「はあああぁ!!」

 

弦一郎が叫び、放つ。

 

巴流 奥義・浮き舟渡り。

 

流れるような動きの中に荒々しさの混じった連撃。

 

同時に奏でられる美しい金属音。

恐るべきはアルトリア、その剣の才。

弦一郎との戦いの中で、その弾きの技法を盗み、迫り来る連撃を、全て完璧に弾いて見せた。

 

止まらない弦一郎は追撃の突きを放つが、その切っ先は踏み躙られる。

更に斬りかかろうとして、弦一郎の膝ががくんと落ちた。

 

体幹の限界。

 

その隙をアルトリアは逃さない。

アルトリアの剣が、弦一郎の腹を貫いた。

 

「ごふ」

 

弦一郎が吐血するも、

 

「ぐおお・・・!!」

 

血反吐を撒き散らしながら、アルトリアを押しのける。

剣が引き抜かれ、腹から血が溢れ出すのにも構わず、前に出て渾身の力で刀を振り下ろす。

 

金属音。

 

刀と剣が激しくぶつかり合い、至近距離で二人の視線が交差する。

 

互いに弾かれたように離れ、再び交錯。

 

弦一郎の刀は空を斬り、アルトリアの剣は弦一郎の心臓を、霊核を貫いた。

 

剣を引き抜くアルトリア。

 

「あし・・・な・・・」

 

そう漏らしながら、弦一郎が崩れ落ちる。

 

 

 

 

 

 

「まだだ!」

 

弦一郎が食いしばり、踏みとどまった。

 

「嘘だろ!?」

 

「どうして死なないのよ!?」

 

衛宮士郎と遠坂凛が驚愕の声を上げる。

 

雷鳴が轟く。

雷雲はいよいよ真上に迫り、迸る稲妻が弦一郎を青白く幽鬼のように照らした。

 

弦一郎の眼が赤く光る。

 

「ゲンイチロウ・・・」

 

アルトリアが痛ましいものを見るように、顔を顰めた。

 

弦一郎がアルトリアに語った過去の中に死なぬ秘密がある。

 

スキル「疑似不死」。

 

弦一郎は生前、不死の力を求め、神が溶けると言う源の水の最も濃い澱を飲んだ。

変若水(おちみず)とも呼ばれるそれを飲んだことで、弦一郎は限りなく不死に近い力を得た。

霊核を貫かれ霊基に傷が入っても、現界の媒介となる山門を失っても未だ消えない理由がそれである。

 

「やむを得ません」

 

アルトリアが聖剣に魔力を込める。

 

宝具解放。

 

弦一郎を完全に仕留めるにはこれしか無い。

 

「ダメよ、セイバー!」

 

凛が止める。

既に二度アルトリアは宝具を放っている。聖杯のバックアップがなくなった今、三発目を放ったら、確実に消滅してしまうだろう。

 

「申し訳ありません。リン、シロウ」

 

出来れば彼女達の行く末を見届けたかった。

たが、アルトリアの直感が告げる。

弦一郎はまだ、奥の手を見せていないと。

 

「はあああぁ!」

 

聖剣から眩い輝きが放たれる。

 

「させるかぁッ!!」

 

弦一郎が跳躍し弓を構える。高い。

 

そこに、雷が落ちた。

 

なんという不運。

否、雷は弦一郎がつがえる矢に集まり、激しく放電する。

 

これぞ巴流の秘伝。弦一郎の奥の手。

 

巴の雷

 

雷の矢が放たれた。

 

 

 

飛来する雷の矢。

 

直撃するその瞬間、アルトリアは跳躍しながら、聖剣で矢を受け止めた。

聖剣に雷が宿る。

 

アルトリアの直感。それは最早、未来予知にも近い。

あのまま、地に足を着けたままでは、雷は剣から身体へと移り、アルトリアの肉体を焼き、感電させながら、地面へと流れただろう。

初見の技に、最適解を示した。

 

そして、雷は返杯される。

 

雷返し

 

 

 

 

 

跳ね返された雷を、弦一郎は跳び上がりながら受け止めた。

 

二度目の大跳躍。

 

ああ、アルトリア。

お前ならば、返してくると思っていた。

我が師、巴に匹敵、あるいは超えるかも知れない宿敵よ。

 

お前を超えて、俺は翔ぶ。

 

「喰らえェッ!!」

 

雷返し返し

 

 

 

 

 

それを、アルトリアは跳び上がりながら受け止めた。

 

「馬鹿な・・・」

 

弦一郎は驚愕する。

 

一度ならまだ分かる。

アルトリア程の才。初見で秘伝を破ることも不可能ではないだろう。

だが、破り、返した技が更に破られるなど、どうして予想できるのだ!

 

 

アルトリアは未来予知じみた直感で予測した訳ではない。

 

雷を返した時、アルトリアの直感は勝利を確信させた。

だが、理性がそれに疑問を呈した。

アルトリアは弦一郎の覚悟と執念を知っている。

彼ならこちらの確信を超えて来るのではないかと。

 

果たしてそれは実を結び、アルトリアに二度目の大跳躍を成功させた。

 

「これで終わりだ!!」

 

アルトリアが放つ。

 

雷返し返し返し

 

 

 

弦一郎は呆然と、アルトリアを見上げる。

 

跳べ。

 

本能が告げる。

跳ばなければ、敗れると。

 

たが、弦一郎の足は地面に縫いつけられたように離れない。

 

跳べ。

 

アルトリアが上で、弦一郎が下。

今の位置関係が、二人の差の示している。

アルトリアは、弦一郎には決して届かぬ高みにいる。

 

跳べ!

 

アルトリアの返した雷が、ゆっくりと近づいて来る。

走馬灯という奴か?

脳裏に巴の姿が映る。

 

跳べ!

 

負けた。

今回はここまでだ。

だが、諦めぬ。

何度敗れようと、俺は───

 

ふざけるな!!

 

憤怒の炎が吹き荒れ、霊基から溢れる溶岩のような熱が身体を焦がしていく。

 

ここが分水嶺だ!

ここで負けを許容するなら、俺は永遠に負け続ける!

 

脳裏に映るのは巴の姿。

その跳躍は、高く。

 

手を伸ばしても届かぬ高みに!

届かせようと言うのなら!

 

跳べ!!

 

弦一郎は、跳んだ。

 

 

 

雷を受け、刀から身体に流れる刹那の間に、弦一郎は跳んだ。

 

その時、アルトリアに浮かんだ感情は、驚愕、感嘆、憧憬、嫉妬。

 

弦一郎の覚悟と執念は、国に対する想いはアルトリアを超える。

悔しいが認めるしかない。

だから、せめて剣では負けたくなかったのだ。

このまま終わる訳にはいかない。

 

勝利の道筋を模索する。

既に二度、大跳躍を果たしている。

筋力は限界に近い。

そして、魔力を練っている時間はない。

故に、今表層に残っている魔力を放出すると同時に、なけなしの筋力を振り絞り跳躍を果たす。

 

これらの思考は、順序立てで行われた訳ではない。

全ての思考は同時に展開し、次の瞬間には実行された。

 

アルトリアの三度目の跳躍。

 

 

 

アルトリアは勝利を確信し、そして絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弦一郎が、アルトリアの上にいた。

 

先に跳んだのは弦一郎で、後から跳んだのがアルトリア。

ならば、アルトリアが上になるのが道理。

 

否。

 

それはお互いの跳躍が同程度の場合。

 

弦一郎は跳んだ。翔んだのだ。

その跳躍は、一度目、二度目を越え、脳裏の巴よりも、高く。高く。

 

どうしようもない敗北を確信しながらアルトリアは、それでも足掻こうと魔力を練ろうとし───

 

「うおおおおぉ!!」

 

弦一郎が刀を振り下ろす。

 

雷返し返し返し返し

 

雷と共に飛来した真空波が、アルトリアを斬った。

 

「───」

 

 

狙った訳ではない。

弦一郎はただ、全力で刀を振り下ろし、雷を返しただけだ。

 

だが、気づけば刃は飛んでいた。

 

アルトリアは呆然と、落ちていく。

 

 

 

「うわあああぁ!!」

 

打雷。

 

アルトリアの身体を雷が蹂躙し、地へと流れる。

 

感電し、動けぬアルトリアに、着地した弦一郎が終わりの太刀を放つ。

 

奥義・浮き舟渡り。

 

否。

 

巴流 秘伝・渦雲渡り。

 

斬撃の乱舞。その鋭過ぎる斬撃は無数の真空波を巻き起こす。

 

幼き日の弦一郎は源の渦を睨み付けていた。届かぬ高みを、ずっとずっと、睨み付けていた。

今、弦一郎は渦雲を斬り裂きながら、翔る。

 

渦雲を抜けた先にあるのは、桜。

神なる竜に捧げる舞。

 

巴流 秘伝・桜舞い。

 

跳び上がりながら放つ、三連の回転斬りが、アルトリアの首を刎ねた。

 

 

 

 

♢♢♢♢

 

 

 

 

 

敗れたアルトリアが消滅する。

 

遠坂凛と衛宮士郎は、ただ立ち尽くすのみ。

 

そして、弦一郎の身体も消えていく。

 

 

弦一郎は座へと戻っていく霊核に万感の意思を込める。

 

この戦いの記憶のほんの一欠片でいい。

座に刻まれた己に届くようにと。

 

やはり俺は間違ってはいなかった。

 

稀有なる強者との死闘を踏破することが、俺を高みへと至らせる。

 

まだ見ぬマスターよ。俺を呼ぶがいい。

 

いついかなる場所にも、俺は馳せ参じよう。

 

 

全ては、葦名の為に!

 

 

 

 

Fate/All For ASINA

 

完。

 

 

 




以上で完結になります。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。