かの高尚な赤毛の魔法使い (ばたたたた)
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No.0 WHITE HAT
厄介な望みと代償と


私の名前はケイシー・ウィーズリー。ロン・ウィーズリーの双子の姉にしてこの間妹が生まれたとても顔のよろしい赤子である。 因みに中身の私は転生者だったりする。塾からの帰り道、車に撥ねられてそのまま死んだ。気が付いたらこのザマだ。

 

現在私は一歳。記憶が芽生えたのがここ数か月。

私が前世読んでいた物語にこの世界がそっくりなことを除けば、なに不自由ない暮らしが出来ていると思う。

隣に寝ている弟は只今すやすやと眠っている。肉付きの良い頬の愛らしさで薄れてはいるが、この子は後の英雄サマの大親友。寧ろ英雄と言っても過言ではない。

それなのに私は何なんだろう。物語にも登場しない、この世界のイレギュラー。

 

前に死んだとき、私は高校生だった。

進路選択に悩んでいるような普通の人間で、特別なことを一つ取り上げるなら動物に物凄く嫌われること。

いい人間ほど動物に好かれると言うけど、それは嘘だ。嘘じゃないと困る。

私は何もやっていないのに、動物にやたらと嫌われる人生だった。たったの十数年しか生きていないのに、まざまざと感じさせられる動物の拒絶度。

 

最初は些細なことだった。近所の犬にほえられるとか、烏が避けてくとか、その程度。

でも初めて動物園に行ったときにそれは変わった。

ギャアギャアと騒ぎ立てる猿にこちらに一向に近づいてくる気配のないライオン、緊張感の走るペンギンショーに怯えて逃げていくチーター。

その日私は申し訳なさそうな顔をした園長に出禁を食らった。こんなことで出禁を食らうなんて世界で初めてじゃないかとさえ疑った。

中学生になり、とある恥ずかしい病気が一定の人間に蔓延するころ、私はもしかしたら特殊な力を持っているのかもしれないと希望を持った。

動物にだけ気が付く異様なオーラの様なものを信じたかったが、いつまでたっても魔法や忍術は使えなかったので諦めた。

 

これが私の人生だ。

散歩をしている犬には軒並み吠えられる人生。私は動物が大好きなのに、図鑑や液晶越しでしか見られないことが物凄く嫌だった。

だからだろうか、野良猫を助けてトラックにはねられた時、私は思ったのだ。

 

『動物に愛されるような人間になりたい』と。

 

 

神様、ありがとう。私の願いは無事に叶えられた。

 

 

 

 

か な り 違 っ た 形 で

 

 

 

 

いや、私が望んだのはディ〇ニーの姫のように動物とキャッキャうふふする日々だ。

普段なら一目散に逃げていく小鳥さんと歌を歌ったり、普段ならえぐい腰の角度で威嚇してくる猫とまどろんだりしたかっただけなのだ。

こらそこ、脳内お花畑というな。無事に触れた動物がいない私からすれば動物が自ら近寄ってくるなんてファンタジーだと思っているのだ。メルヘンだ。

 

しかし、私を待ち受けていたのは非常に残酷な日々だった。正直言って最悪だ。

猫はよかった。自分から身体を擦り付けてくるからかわいいものだ。最初にやられた時私は生後数か月だったので呼吸困難で死にかけたが、仕方ない。猫接触禁止令が出た。

犬もよかった。死ぬほど私に涎をかけてきたが可愛かった。しかし喰われると勘違いしたママがまたもや犬接触禁止令を出した。

ユニコーンはダメだった。近所の森にピクニックに行ったとき、本来なら処女の前に姿を現すユニコーンが私の下にスキップしてきたときのママの目は死んでいた。まあ、私一応処女だしね。一歳だしね、仕方ないね。しかし私を持って帰ろうとしたのがいけなかった。ユニコーンにも接触禁止令が出た。

ドラゴンも私のところに来た。3日前、一目見に来たらしい、小さな、ほんの十六メートルしかないドラゴンだった。あの興奮したドラゴンに向かって呪文を放ち続けるママの後姿は歴戦の猛者だった。危うく家が燃えかけたので、魔法省の人たちに来てもらった。言うまでもなく接近禁止令が出た。兄さんのチャーリーが異常に目をキラキラさせていたのが怖かった。

 

これが私の生まれてから一年間に起こったことだ。

そのせいで今は家の半径十メートルには動物が蜘蛛の子一匹いない。ごめんねママ、これまでめっちゃ苦労掛けて。

夜泣きの続くジニーにつきっきりになっているママは忙しい。

なので私が姉らしくロンにつきっきりになっているわけだが、それ以上に上の双子がうるさい。

まだビルが学校に行っていないので家にはウィーズリーズ勢ぞろいなのだが、十歳のビル、八歳のチャーリー、五歳のパーシー、三歳のフレジョ、一歳のロンと私、生まれたてのジニー。字面で分かると思うがカオスである。よくママはこんなわんぱく小僧どもを立派に育てたものだ。

ビルとチャーリーは流石というか落ち着いていて、パーシーも優等生の鱗片を見せておりママを積極的に手伝っている。いたずら小僧のフレジョが問題だ。

こんな感じだから私はなるべくママを助けようとロンの魔法の暴走を打ち消しているわけだが、フレジョもヤバいことをやらかすので収拾がつかない。

ロンすら収拾がつかなくなってしまったらママはパンクしてしまわないだろうか。

 

 

 

 

 

そんなこんなである日の夜、ある老人が我が家にやってきた。

兄弟たちがみんな寝静まったころ、ママが起こしに来て腕の中に私を抱え込んだ。

一階のリビングにいたのは皆さん大好きダンブルドア校長先生だ。綺麗な長い髭を蓄えた彼は父に勧められたらしいマフィンをもごもご食べながら椅子に座っていた。

 

いや、まずくね?普通に開心術掛けられたら私死んじゃう。

前世を持っている赤ん坊、しかもこれからの未来を全部知ってるなんてヤバすぎるでしょ。

未来が変わったら困るので原作には介入しないつもりだし、何かの間違いで分霊箱であるハリーが死んでしまったら困る。

そこまで考えて、私は眠ったふりをすることにした。

流石に寝ている一歳児に開心術は掛けないでしょ。一応前世あの動物園で何かを悟った死んだ目をした私も心に召還したので、非常に穏やかだ。

 

 

 

 

[other side]

 

 

「…寝ちゃったのかしら」

「仕方ないことじゃ。それにしても動物に愛される少女…とはのう。難儀なモノじゃ」

 

モリーの腕の中で眠るまだ幼い子供の額をダンブルドアは撫でた。

撫でた時ピクリ、と子供が身じろぎをする。狸寝入りだとダンブルドアは気が付いたが、人見知りなのだろうと納得していた。

 

この幼子は先日魔法省で話題に上がった女の子だ。弱冠一歳児にも拘わらずドラゴンさえ引き付ける能力。先日のハロウィーンにヴォルデモートが死んだと言えど、未だに闇の勢力の残党は残っている。この子が魔法省に知られているということは闇の勢力にもバレているということ。

服従の呪文を掛けられていた、と弁明するデスイーターたちが多くなっている中で投降しない者というのは余程過激な者たちであり、魔法の腕前も闇払いを上回る者も多い。この一軒家にこの子を置いておくのは危険すぎる、というのは不死鳥の騎士団や魔法省の限りある者たちにのみ知られる決断だった。

 

「…この子には双子の弟がいるんです。ああ、どうかダンブルドア、この子を引き離さないでやってください!」

 

母親の悲痛な叫びだった。

母親の腕の中で眠るこの子はまだ両親の愛を受けるべきであり、本人もそれを欲している。

ハロウィーンの夜にもまた両親の愛を受けるべき子がいた。いやな時代だ、とダンブルドアは軽い眩暈を覚えた。

 

「仕方ないのじゃよ、モリー。しかるべき時が来るまでここを離れねばならないのじゃ」

「例のあの人は死んだと!そう聞きましたよ。闇の陣営だってもうすぐ捕まるはずです!」

「…ドラゴン、わしは研究しているから良くわかる。あれは本当に幸運だったのじゃ。たまたま友好的な種だから良かったものの、ユニコーンに攫われかけたとも聞いておるでの。取り返しがつかなくなる前に、本人もきちんと身を守る方法を学ばねばならぬ。この子の能力は自らの身をも亡ぼす代物なのじゃ」

 

モリーはめそめそと泣き始めた。夫のアーサーも黙ったまま、口を開けずにいる。

二人とも不死鳥の騎士団でのケイシーについての会合に参加した者であり、最後まで結果に反対していた者たちでもある。

しかし二人だって気が付いている。ケイシーがここにいるのは危険すぎると。

 

ダンブルドアはモリーからゆっくりと幼子を奪った。一切こちらを見ようともしない幼子が何を思っているのかはわからないが、両親と引き離されることを気が付いているように感じた。ゆっくりと額を撫でると、魘された様に首を振る。なつくのには時間がかかりそうじゃな、とダンブルドアは苦笑した。

その後、音をたてぬように子供部屋にダンブルドアは入っていった。ジニーを除いた六人の子どもが眠っている。

 

 

オブリビエイト 忘れよ

 

 

杖の先に、ゆっくりと六人の記憶が吸収されてゆく。ダンブルドアは一つ一つを小さなフラスコに収めた。

痛みもなく、違和感もなく、彼らは今日ケイシーの存在を忘れた。

家の時計からはケイシーの針はなくなり、今まで生きてきた痕跡がすべてなくなっていた。

まだ幼い彼らにはこの現実はつらすぎる。まだ新鮮な記憶を保存しておくことですぐ思い出せるようにというモリーたちの気遣いもあった。

記憶をなくすことで万が一闇の陣営に襲われても無事でいられるようにという保険を掛けたことは、誰も口に出さなかった。

 

子供部屋の窓からは月明かりが子供たちの顔を照らしている。

銀色の光が揺らめくこの光景はひどく幻想的だった。

今日からウィーズリー家の子供たちは七人だ。原作通り七人だ。

しかるべき時が来るまで彼らはケイシーの存在すら忘れて幸せに成長していくだろう。

モリーとアーサーの目からは涙がはらはらと流れていた。

寝ているはずのケイシーの目からも涙がつう、と流れ落ちている。

 

 

 

だから嫌だったんだ、こんな力。

ケイシーは心の中でひっそりと叫んだ。

 

 

 



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偉大なる新しき家

 

ダンブルドアに連れてこられたのは、むしろファンからすれば懐かしささえ感じるホグワーツだった。

私に気持ち悪くさせないように慎重に移動してきたダンブルドアはそのまま校長室へ向かった。キャラメル、と唱えてガーゴイルを動かす。やっぱりお菓子の名前か、と久々に思い出した原作の知識に嬉しくなりながら私は未だ大人しく抱かれていた。

薄目を開ける。部屋の中には数名の見覚えのある人物。

 

ミネルバ・マクゴナガル、リーマス・ルーピン、マッドアイ・ムーディ。

錚々たるメンバーだ。第一次魔法戦争を生き抜いてきた不死鳥の騎士団屈指の強キャラメンバー。

未だに狸寝入りをしている私だが、もうこの中にいたら余裕でバレている気がする。 と言っても一歳相手に指摘する輩なんていないとは思うが。

ダンブルドアがそのメンバーの輪の中に入っていくと、マッドアイが口を開いた。

 

「この子が例の子か」

「ああそうじゃ。いろいろなことを鑑みてもここが一番安全じゃろう。わしは幼子を育てた経験がないのでな、マクゴナガル先生にお願いしようと思うておる」

「あら、わたしだって育てたことはないですよ。マグル学の教師のベルベット先生は育児経験があるようですが…」

「いや、万が一危険な魔法生物に出会ったときに対処できん。ここは素直に受け取っておくべきだぞミネルバ」

「まあ、この子をモノみたいに扱わないでください!」

 

目をつぶったままではいるが、頭上で意見が飛び交っているのが聞こえる。マクゴナガル先生はひどく憤慨した様子でダンブルドアから私を取り上げた。

あ、優しい手だ。少し硬いけど繊細な手。マクゴナガル先生なら安心できるかもしれない。長い旅行で疲れていた私はひんやりした手に撫でられてうとうとし始めた。

そうこうしているうちに、段々とこの場はマッドアイを宥める場となり果てていた。

 

「私も住み込みでお手伝いしますし」

「ふん、大体独り身の男が幼い、しかも女を育てるというのも無理があるのだ」

 

ルーピン先生のその言葉に、銀の義足をガシャリと言わせながら、ムーディは不機嫌そうに椅子に座った。ぴしゃりとした声には今までで一番大きい怒気を孕んでいる。

目を開けなくても分かる、マクゴナガル先生の怒りの気配が大きくなっている。怖いってば…。歴戦の人たちが一歳時の眠る中でケンカしちゃダメだって…。一気に育児に対する不安が高まってきた。

 

「大体、狼人間がどのような影響を与えるかもわからん。やめるべきだ」

「私の親友だった者が裏切者だったからといってそのように言うのはやめていただきたいね」

「わしはリーマスを信じておる」

「はん、シリウス・ブラックも信じていたのか?ご愁傷さまだな」

「やめてください、もうその話題はよしましょう!」

 

大きな声が飛び交う。マクゴナガル先生も声を荒げ始めた。

そうか、丁度今はシリウスが投獄された時期なのか。道理でルーピン先生が開始早々憔悴しきっていると思った。

しかしまあムーディの意見も一理ある。確かに私のことをよく考えてくれているのも伝わるし、狼人間という特性がどのような変化をもたらすのかも未知数だ。

しかしまあ、恐らくダンブルドアはそこらへんも含めて完全に私の能力を理解しておきたいに違いない。何も説明はされていないけれど、なんとなく私はダンブルドアの考えていることが分かったような気がした。

 

「しかし、彼女はどこに住むんですか。生徒に見られるとマズイことになりますよ」

 

ルーピン先生が口を開いた。しかしその議題が上がったということは、相当急ピッチで私が移動されてきたのだろう。

ダンブルドアはその質問を聞くと、嬉しそうに「実はいい場所があったんじゃよ。」と言った。

 

 

 

 

「叫びの屋敷じゃ」

 

 

 

 

なんですって??????

 

 

みんなダンブルドアの発言に呆然としたように一切口をつぐんでしまった。

誰か深堀をしてくれ、頼むから。このままだと私はあの廃墟に住むことになるんだぞ。ボケるのはまだ早い、ダンブルドア!

 

「…それは流石に」

「いや、勿論まだ幼いときはミネルバの部屋で過ごしてもらうぞ?」

 

ドン引いた様にごちたルーピン先生にダンブルドアはけほけほと笑いながら説明した。

曰く、流石に学校に何にも関係のない小さな女の子がいると悪目立ちすると。

今はまだ小さいが、そのうち大きくなるにつれて教養なども身に付けなければならないし、むやみに学校内をうろつくのもいかがなものかと。

 

そこで、五歳になったときにルーピン先生と叫びの屋敷に移ればオールオッケーということらしい。

ホグワーツの敷地内に何者かが入れば瞬時にわかるし、入り口は暴れ柳しかないし、新しく家を作るよりはよっぽど防犯性に優れているので安全なんだと。

内装も変えて、結界を何重にも張ってくれるようなので私も一安心だ。

 

…そういえばシリウス・ブラックの潜伏先もそこだったような。

やったね黒犬くん、君の住居環境がよくなる可能性があるぞ。

 

呆れたように頭上のマクゴナガル先生が溜息を吐く音が聞こえた。

しかしすっかりスイッチが入り直してしまったらしい、ウィーズリー家の子ですからきっとグリフィンドールですね!と私の教育に力を入れるつもりらしい。

私としても呪文が多く覚えられるのはとてもありがたいのだが、厳しくないといいな。

 

「リーマスはミネルバの近くの部屋が空いていたはずじゃ。変身術の授業の時などは見てあげてくれ。年齢が上がるにつれて呪文や身の護り方を教えてもらうことになるじゃろう。生徒の方には教師の補助係とでも紹介しておこう」

「よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

それから少し話して、会合はお開きになった。今日だけは校長室で眠ることになるらしい、今はダンブルドアが魔法で作った大きなゆりかごの中で寝ている。

夜中、黒い影が近づいてくる気配がしたので、目を覚ました。

 

そこにいたのは暗い表情のセブルス・スネイプ。

え、私殺される?手には杖があるし本当に死にかけていると勘違いしそうに顔色が悪い。

私が内心でパニックになっているとスネイプの後ろからぬっとダンブルドアが現れた。月明かりに二人は照らされているのでギリギリ表情が見える。

 

「この子が、例の」

「そうじゃ、この子が動物を引き寄せる能力を持った幼子じゃ」

 

会話だけならものすごく犯罪性がありそうだが、二人とも表情は硬く、悲しみに染まっていた。

 

「ハリーは親戚の家に引き取られた。彼にとってそれが一番じゃ」

「ぺチュニアのところですか」

「そうじゃ、そして守る者のなくなった今、君にはこの子を監視してもらいたい」

 

 

 

何を言っとるんですダンブルドア先生?

 

 

 

「危ない目に合わないように見守ってやってほしい。きっとこの子の未来にはいろいろな困難が降りかかるはずじゃ。一人だけじゃ心細かろう」

「しかし、しかし私はどこの誰とも知らぬ幼子に目をかけるつもりでここの教師になるわけではない、お判りでしょう」

 

監視っちゃ監視だけど、もう少し言い方は何とかならなかったものか。

てっきり前世がバレたのかと思った。

スネイプはギロリとダンブルドアを睨む。

ダンブルドアは肩をすくめた後、ちらりとスネイプを見た。

 

「…勿論ハリーが入学するまでで構わん。この子はハリーと同い年じゃ、きっとよき学友になるじゃろう」

「しかし…」

「セブルス・スネイプ。おぬしはまた見殺しにするつもりかの?」

 

スネイプははっとした表情になった。ダンブルドアが後ろから私を覗き込んだ。スネイプも私を覗き込むような形になる。

 

「綺麗な赤毛じゃ。聡明そうなこの瞳を見てもまだ思い出さんか。またおぬしは繰り返そうとしておるのか」

 

ダンブルドアは厳しく、しかしどこか甘い声色でスネイプに問いかけた。

恐ろしいな、まさに新興宗教のやり方じゃないか。

しかし彼なりにスネイプを立ち直らせようとしているのだろう。容姿が奇跡的に似ている私を使って、スネイプの心の傷を癒そうとしている。そして私の守りも堅くなる。まさに一石二鳥というわけだ。

 

やはりアルバス・ダンブルドアは狸ジジイだ。

 

スネイプの守護霊が私の頬にキスをして駆け抜けていった。

綺麗な牝鹿であった。

 

 



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化け物は牙を剥くか

 

五歳の夏になった。

学生たちはもれなく全員実家に帰省しているので私が大手を振って学校内を歩ける素晴らしい期間でもある。

一年前までは自由に歩けなかったが、現在はルーピン先生同伴なら自由に歩けるようになっている。

 

あの後、すぐにスネイプは赴任してきた。

まだ二十何歳だからか若々しかったが、威厳は原作そのままだ。

さすが元デスイーター、覇気が違う。無事恐怖の薬学教授として名をはせていた。

それにしてもやっぱり二十歳にしてヴォルデモートを欺く閉心術の持ち主だったとは、やはり先天的な才能があり、優秀だったのだろう。この歳でホグワーツの教授になるのもすごいことなので、スリザリンびいきを引けば普通に尊敬されてしかるべきかもしれない。

ルーピン先生とは何回か顔を合わせたがそれっきりで、お互いがお互いを無きものとして扱っているような気がした。

まあそりゃそうだろうな、原作では三十後半だったからルーピン先生も余裕があったわけで、今の先生は親友とその妻、もう一人の親友がさらに第三の親友に殺された悲惨なことの直後の二十一歳。さらには学生時代から闇の魔術に傾倒しており親友たちの敵だった奴がのうのうとホグワーツにご就任だ。

正直はらわた煮えくりかえっているのを何とかして表に出さないようにしているのだろう。

よしよし、と私を片腕に抱きながら動く階段を上っていたルーピン先生を撫でるとにっこりと先生は笑った。

正直言おう、今世の私の顔面はかわいい。

これは謙遜することもないであろう、事実なんだもの。

実際原作ではクソモテガールだったジニーちゃんの姉だけある。ウィーズリー一家は顔がいいのだ。

しかも中身はただのクソガキではなく大人のツボをある程度分かっているませたクソガキこと私である。

そのせいでマクゴナガル先生は最早親バカレベルにまで達している。子供を育てたことのない人で良かった。おそらくいろいろと他の子とは違う感じだったが、全スルーしてくれた。

ホグワーツの教授軍は年齢層が逆ピラミッドのように高いこともあって私は孫ポジションである。

やれケイシーちゃんお菓子をあげよう、魔法を見せてあげよう。

ルーピン先生も悲しいことに例に漏れない。

恐らくダンブルドアとスネイプ先生以外は完全に心を掌握しているんじゃなかろうか。

ダンブルドア先生は怖いのでなるべく会いません、会っても虚無前世で乗り切ります。

 

「やぁああああ~ケイシーちゃぁぁん」

 

急に壁から現れたのはみんなのアイドル・ポルターガイストのピーブス。

テンションの高いおっさんが壁から現れても動揺すらしないルーピン先生に眉をぴくぴくさせた後、ピーブスは再び私に向き合った。

 

「久しぶりだねぇ、二日ぶりぃ?」

「ピーブス、構うのはもうやめろ。あと生徒の前でケイシーの存在を言ったりケイシーに危害を加えるようなことがあればダンブルドアや私が後悔させてやるからな、覚悟しろよ」

 

ルーピン先生が杖を構えると、ピーブスはおお怖い怖い、とニヤニヤ笑った。

私が来てすぐ、私の存在は決して生徒に漏らさないという約束がゴーストたちの間で取り決められた。破ればダンブルドアが飛んでくるとも。

今まで何も取り決めがなかったのに、私が来て唯一歯向かうことのできなくなった約束ができたことがピーブスは気に入らないらしい。

私にしょっちゅうかまってくるしなんなら学生に対してよりもネチっこい気がする。

 

「でもぉおお、ケイシーちゃんもうバレてるけどねぇ、ヒヒッ」

「な、」

「…ホグワーツに化け物がいる!」

 

ピーブスは歌うように話し出した。

化け物、バジリスクじゃないだろうし、話の流れ的にここでいう化け物というのは、

 

「ケイシーの事か。しかしどうして…?」

「先月、ケイシーちゃんの後姿を偶然見ちゃった生徒がいてねぇえ、それ以来ウワサが広まったのさ。『小鳥の囀る絵の前に現れる少女』がいるらしいぃぃい!亡霊でもない、しかし学校に存在を知る者もいない、とても特異な存在!しかもその少女を見た者は一日不幸なことが起こるってね」

 

一説によると魔法生物ともいわれているらしい、とピーブスはニヤニヤしながら続けた。

ルーピン先生は顔をサア、と青ざめる。先月だと丁度私は授業が終わったと同時に急いであそこから逃げたことが一回だけあったはず。

先生と目を合わせると、私たちはすぐさま校長室に向かった。後ろの方ではピーブスはゲラゲラ笑いながらこちらを見ている。

でも本来人の来るはずのないその廊下にその生徒誘導したこと、多分先生にはバレてると思うぞ。

私は心の中で密かにピーブスに合掌した。

 

すぐさま私が叫びの屋敷に移動になったことは言うまでもないだろう。

まあ本来この歳で移動するつもりではあったし、予定通りではあるのだが。

叫びの屋敷へはルーピン先生と一緒に移動をすることになった。

流石にまだ五歳の女の子に暴れ柳と対峙させる狂った感性が芽生えていないようで安心した。

 

この三年間でルーピン先生は叫びの屋敷絶対守るマンと化していたようで、暇があったら結界を張っていた結果、ヴォルデモートでも解くのに一週間は費やすのではないかというような化け物じみた要塞が出来てしまった。

マローダーズの中でもとびきり魔法の繊細さに長けていた、とダンブルドアに褒められ先生は頬を真っ赤にしていた。

叫びの屋敷は匠の技によってとてもお洒落な家に変貌を遂げていた。

結界や守りの観点で遠くから見ると廃墟に見えるのは玉に瑕だが、内装は申し分ないだろう。

一階部分は壁の板を順々につつくとリビングやバスルームが現れる仕様だし(ダイアゴン横丁にインスパイアされたという)、二階部分は扉ではなくその横のレバーを引くことで私やルーピン先生の部屋が現れる仕様になっている(因みに扉を開けようとした者にはトンデモナイことが待っているらしい)。

とんだびっくり屋敷だが、ケイシーちゃんはレストレンジとかそこらへんの死喰い人が十人束になってかかってくるレベルのVIPだからね、仕方ないね!

 

ホグワーツの中にいる限り君は安全じゃ。

そう撫でてくれたダンブルドアの目は一度も見たことがない。

多分、みんな原作と違わずいい人達なのだろう。

私が臆病で、原作知識というかなりの爆弾を持っているから心を開けないだけで。彼らは私のことをきちんと待ってくれている。

私も早く閉心術なしにみんなと一緒に心から笑い合いたいものだ。

 

そんな思いに気が付いたか、遠くの方でバサバサと鳥が羽ばたいていたのだが、まどろんでいる私は気が付かなかった。

 

 



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グレーテルの布石

 

幸せの青い鳥という童話を知っているだろうか。

結局幸せの青い鳥は身近にいたという結末なのだが、あれにはモデルがいるらしい。

『サファイアローズ』という魔法生物だ。

羽根には人のささやかな願いを叶える効能があるらしく、十八世紀にブームが起こり乱獲され今では、絶滅したと考えられているらしい。

深い青のグラデーションの尾羽が朝日を浴びて宝石のようにキラキラと輝くことが見分ける特徴なんだとか。

 

なぜこんなことを言い始めたのか、勘のいい人は分かるだろう。

そう、隣にいる。サファイアローズらしき青い小鳥がいるのだ。

僕のこと呼んだでしょ?と言わんばかりの輝かしい瞳でこっちを見つめられても可愛いだけだぞ。

朝起きたら尾っぽが煌めいている小鳥がいるんだもの、調べた結果がこれだ。

ううむ、どうするべきか。

 

あの後私は羽根を押し花のような要領でプレートに入れ、ペンダントのように首から下げた。

勿論『開心術を掛けられても心を覗かれませんように』と願いながら。

サファイアローズのことは割と教授陣の中では問題になったようだが、無事私が飼えることになったようだ。このまま放しても危ないしね。

さて、明日は初めて禁じられた森に行く日だ。安全を期してダンブルドアとルーピン先生の二人と一緒に行くことになっている。開心術に非常に長けた二人だが、この調子だと私は全力で楽しむことができるらしい。

 

 

 

 

[Remus side]

 

リーマス・ルーピンという人間は、いや狼人間は、ケイシー・ウィーズリーのことが大好きだった。

養育のための信用できる人間としてホグワーツに呼ばれたが、ダンブルドアの思惑はそこから大きく離れていることも知っていた。本来なら呼ばれるのは女性のはずだろう。信頼できる、仕事のない独り身の女性がいないこともあったが。

 

狼人間に対してケイシーの能力が効くのかどうか。それこそがダンブルドアの知りたがっていたことだった。

まだ危険だからケイシーには私の正体を知らせてはいない。幼い頃に消えぬ傷跡を残したくはないし、私だってまだ拒絶されたくはない。

ケイシーは私にとって妹のような存在だ。まだ結婚をしたこともない私は親という感情を持つことはなかったが、ケイシーは可愛い妹のように大切に思っていた。人見知りだが明るく聡明な笑顔の可愛い少女。

 

彼女には出自を言っていない。時が来れば話すとダンブルドアは言っていたので彼女は今も自分を孤児院出身だと思い込んでいるはずだ。一歳の頃の記憶だからもう兄弟たちの事を忘れているだろうとダンブルドアは言っていた。

彼女には幸せになってほしいと思う。しかし同時に、私の下に居てほしいとも思ってしまうのだ。このままずっと私に笑いかけてほしい、居なくならないでほしい。

彼女の親譲りの赤毛が風に揺られる度、聡明な蒼の瞳がどこか遠くを見つめている度、もしかしたら彼女は自分の家族を覚えているのではないかと錯覚することがある。

私には本来子供を育てる権利などないけれど、才能ある彼女を立派な魔女に育ててみたい。

 

しかしその希望は打ち砕かれた。

禁じられた森から出てきたユニコーンを見た時、彼女は平然と言い放ったのだ。

 

 

「小さい頃連れ去ろうとした子じゃない」

 

 

[Cayce side]

 

 

 

やっちまった。この一言に尽きる。

いや、ホグワーツの先生方は私の出自の事をぼやかしてまるで孤児院からの子のように扱っていたことをすっかり忘れていた。

だって一歳の頃に私を連れ去ろうとしたユニコーンがいたんだもん。首元にあるいびつなハートマークの模様は間違いなくキミでしょ。ストーカーするユニコーンがはるばるホグワーツまで来たなんて私は驚きが隠せません。

 

「…ケイシー、おぬし覚えておるのか」

 

ダンブルドアが驚いたようにつぶやいた。

うーーん、まあこのまましらばっくれているのにも限界は来ると思っていたし、ここで明かしてしまうのも手か。現時点で開心術を恐れる理由もなくなったわけだし。私はダンブルドアたちに向き直った。

 

「まあ、一歳の頃なので鮮明ではないですけど。兄弟の事とか、パパとママのことは覚えてます」

「そうじゃったのか…つらい思いをさせたのう」

「まあでもこれも全部私の力が原因だから大丈夫ですよ。もう吹っ切れてますし」

 

私はそう言うと座り込んだユニコーンに跨った。一応乗馬経験はあるので大丈夫だ。

君がそのつもりなら遠慮なく乗らせてもらおう、流石に足場の悪い森を長い時間移動できるほどの体力はないし。

 

「行きましょう。ダンブルドア、リーマス」

 

私はまだ目をかっぴらいている二人を促した。

 

 

 

 

私は先生たちのことを名前で呼ぶこともあるし、先生と呼ぶこともある。

私が二歳くらいになって、人の名前をちゃんと認識し始めるであろう年になったとき、教授陣は私にしきりに名前についての注文を設けてくることが多くなった。

大体はファーストネームだった。

流石にまだ小さな子に『先生』と呼ばせる趣味はないのだろう。その点でいえばセブルス・スネイプ教授は未だに私がファーストネームで呼ぶのを許していないし、私も呼ぶつもりはない。流石に藪蛇すぎる。

そのせいで妙な膠着感が私たち二人の間で起こっており、スネイプの前職の事もあってか、それを見つめる大人たちの目は非常にハラハラとしていた。

 

マクゴナガル先生は一回も私にママと呼ばせたことがなかった。

時が来たら帰り、家族がいる私にママと呼ばせるのを躊躇したのだろう。私は十一歳になったらもれなくこの学校に来ることになるので、距離感が未だ分からないのかもしれない。四歳になって私に勉強を教えるようになってからは、ミネルバと先生とで行ったり来たりだ。

 

さて、大体禁じられた森の深いところまで来た気がする。

動物たちは興味深そうにこちらを見に来ることはあれど、二人がいるからか決して近づいてくることはなかった。

道中様々な事をダンブルドアに探られたが、私ははぐらかしてなんとか山場を乗り越えた。

恐らくスネイプとの会話が一番聞かれたらまずかったことなのかもしれないが、大丈夫だよ、覚えてないよ(満面の笑み)と言うとほっとしたのか、そのあと深く詮索してくることはなかった。

ここに来た理由は禁じられた森での生態系との関係性を見て実戦での対策を講じるためでもあるが、実はもう一つ理由がある。

いや、もう一つというか…特筆すべき理由だ。

「やあ、エスメラルダ」

久しぶりだねダンブルドア

 

動物の毛皮で作られた服を一枚羽織った――――ケンタウロスの女性が森の中からひっそりと姿を現した。瞳は虹色に輝き、くすんだ茶色の髪は腰の方まで伸びている。美しい女性だ。隣にいたルーピン先生もほう、と息を吐いた。

 

彼女の名前はエスメラルダ。

優れた占星術師で不思議な秘術を持っているケンタウロスの長だ。現在五十何歳であるらしいが、美しさは衰えることなく、虹色に輝く瞳で夜空の星を眺めているらしい。

私が彼女に会うのは、私の能力についての事と、ケンタウロスに私の能力は適応されるのかということだ。

 

今日は夜空が綺麗

 

エスメラルダは月明かりも届かない森の中で空を仰いだ。ハスキーな声をしている彼女の背中は凛として伸びていて、気品を感じさせる。

私を見ると、こちらへ、と手招きをした。

ユニコーンが彼女の横に付けると、彼女は私の頬を撫でた。

 

彼女は馨しき花だ。艶やかな蜜を持つ真紅の花。花の香りがミツバチを誘うが如く、彼女は動物を惹き付ける才能がある。恐らく彼女が手を振れば、喜んで動物たちは彼女に付き従うだろうね

 

そこまで言うとエスメラルダは私からフッと手を放し後ずさる。

 

星の廻りで決まっていた。君の存在は予知されていた。愛されし星の子よ、気を付けなさい。世界はいつかあなたに牙を剥く、貴女の能力を恐れたばかりに

 

そう言うと、エスメラルダはハッとした様に森の奥に駆けていった。

私は呆然としていただけだったが、ルーピン先生は「ケンタウロスには効いていないようだったな」と呟いた。

侮辱になるのかもしれないが、『半人間』はどう能力に影響されるのかまた一つパーツが集まったことになる。ルーピン先生が狼人間でも私に強く惹かれないように、また彼女も同じだ。半人間だと能力が弱まるのか、無効化されているのか分からずじまいではあるが(ルーピン先生が私の事を溺愛しているため)。

ダンブルドアがいつまでも口を開かないことは不気味ではあったが、私たちは先へ進んだ。



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散らさずに抹殺しろ

私にだって嫌いな生物はいる。

というか、今世で学んだこともあるのだ。私の能力は虫には効かない。

そして前世から私は蜘蛛とゴキとだけは共演NGだ。ここは禁じられた森、つまりはそういうことである。

私はこれから何年もこの森にお世話になるのであろう。しかし蜘蛛、テメーはダメだ。

今回の森の探索でちゃちゃっとダンブルドアにアクロマンチュラを発見してもらって、一斉駆除が理想的だ。流石に人肉主義の巨大蜘蛛の大群のいる森が訓練場なんて死んでもゴメンだし。彼らは最終的に闇の軍勢に加わるわけだし、今のうちにサヨウナラしてしまったほうがよろしい。

 

しかしまあ、問題は『ダンブルドアが果たして蜘蛛を駆除する気があるのか』。

原作ではトム・リドルの時代から禁じられた森に住み着いており、着々と数を増やしていたはず。その数は恐らく数百、小さなものも合わせれば千に上るかもしれない。ハッキリ言ってそんな危険因子を森に置いておくものだろうか。

しかもマクゴナガル先生は一年生の頃に罰則としてハリーを禁じられた森に連れて行っていたはず。誰が内容を決めておくかはさておき、ダンブルドアにとっての重要な英雄の卵が危険にさらされるのは避けたかったはずだ。

 

であれば、ダンブルドアは気が付いていなかったとも捉えられる。

しかしあの学校に近い森にあれだけ目立つ蜘蛛がうじゃうじゃいるとなれば問題にならないはずもないわけで。

森番のハグリッドが巧妙に隠していたんだろうか。

こうして疑ってしまうのは非常に心苦しいのだが、ダンブルドアはいい意味でも悪い意味でも非常に策略的なので困る。

 

取り敢えず蜘蛛は全滅して貰わねば。

その後高価な毒を売り捌くかどうかなんて私には知ったこっちゃないのでダンブルドアに一任する。

と、ここまで来て蜘蛛が一匹もいないことに気が付いた。

視界の端にすらいない。文字通り蜘蛛の子一匹いない状態。

 

おかしい、おかしすぎる。

焦って周りを見渡すも小動物がいるばかり。不気味な鋏の音も聞こえないし、人肉を好むのだから珍しいオキャクサマが来たら絶対反応するはずだ。

私たちの草を踏みしめる音しか聞こえない静寂が逆に不気味だった。

ダンブルドアがいるから?強い者のオーラを感じるような性質を持っているなんて思えない。

ハグリッドがアラゴグに頼んだか。

あり得る。あり得るが…そうではない気がする。妙な違和感が体を包む。

 

「ケイシー、どうかしたかの?」

 

ダンブルドアが歩みを止めぬまま私に話しかけてきた。

馬に乗っているためいつもと違い見下ろす形になるダンブルドアの顔は伏せっていて、見ることができない。

 

「いえ…禁じられた森には人狼がいると聞いていたので」

「そんなものは迷信じゃよ」

 

ダンブルドアがクスクスと笑う。ルーピン先生の顔がピクリと動いた。やべ、話題ミスったか?ポーカーフェイスなルーピン先生が、注視しないといけないほど小さく眉を上げたのを私は見逃さなかった。あと数日後に満月が来る。先ほどのエスメラルダと同様、学生のいないうちに『半人間』との接触は済ませておきたいに違いない。最低でも七歳までには実家に帰さなければ、みたいなことを幼い頃先生たちが話していたので、ルーピン先生が私の前で狼になるのも時間の問題か。

 

「そういえばのう、ケイシー」

 

ダンブルドアが唐突に口を開いた。

歩みを止めずに喋るダンブルドアは、何故かとても不気味に見えた。

耳をふさぎたい気持ちになる。なんでだろう、私は、

 

「ここの森にちと危険な蜘蛛がいたんじゃが、昨日すべて駆除したんじゃよ」

 

ダンブルドアがこちらを仰ぎ見た。

異常な静寂が私たちを包み込む。

 

 

 

 

 

「気が付いてよかったのう」

 

 

 

 

 

 

ダンブルドアの目が怪しく光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開心術を掛けられている。私は瞬時に悟った。

 

 

 

 

 

[Dumbledore side]

 

 

ダンブルドアは自室をずっと歩き回っていた。悩み事をするときの癖と言ってもいい。

思うはケイシー・ウィーズリーの事だ。『動物に愛される』という能力を持った、特異な少女。

 

昔、ヴォルデモートとは別の闇の先導者と闘ったことがある。いや、むしろ扇動者と呼ぶべきか。

ゲラート・グリンデルバルド。

ヴォルデモートが現れるまで『史上最恐の闇の魔法使い』と恐れられた男。

その時もまた、特異な女性が彼の下に付き従った。

系統は違えど、ダンブルドアはその時の感覚を忘れられずにいた。どんな人間も闇の部分はある。

 

件の女性、クイニー・ゴールドスタインは感情を読むことに長けていた。

人々の力を掌握し、感情を扇動して魔法界を暗闇に陥れたゲラート・グリンデルバルドの非常に良き駒になったであろう。

若い頃に袂を分かった敵は、ヴォルデモート以上に非常に厄介だった。闇の帝王にないモノを持っていたからだ。

 

慈悲を持つことを知っていた。愛というものも知っていた。

その反面、それをたちまちに破壊することができる非情さと冷酷さがあった。思えばそれが群衆の心を惹きつけて離さなかったのだろう。

ヴォルデモートは所詮恐怖政治でこさえた奴隷と、熱狂的なイカれた信奉者の二択でしかない。

力で押さえつけるがゆえに、『真面』な人間は決して自ら近づこうとしなかった。

だからこそ、ケイシーの存在は大変にまずい。

 

ヴォルデモートはグリンデルバルドのように、多数派になろうとしたことはなかった。

異端のまま、少数派のまま。革命ではなく、クーデターを。

そのヴォルデモートが、圧倒的な軍を手に入れてしまったら。魔法生物という未だ魔法使いが抑制できない存在を手に入れてしまったら。どれだけ手を尽くしても勝つことは不可能だろう。

 

ダンブルドアがヴォルデモートの死を考えたことはなかった。

今も必ず復活の機会を虎視眈々と狙っている。そして復活の暁には、きっとケイシーを狙ってくるだろう。その時のケイシーの心が弱かったら、闇に飲み込まれる可能性が高まる。

だからこそ、家族のもとに一刻も早く帰す必要があった。

 

ケイシーがもしも闇に落ちる時、きっと家族はケイシーの一番の枷になるだろう。家族の絆は、家族でしか培うことができないのだから。

だから、七歳の時点では必ず家族の元に帰らせようと思っていた。

 

 

彼女に会うまでは。

 

 

 

出会ったころは、只々人見知りの幼子だと思っていた。

他人とは目も合わせず、狸寝入りをする。しかしたった一歳の子供にそんなことは可能だろうか?ダンブルドアの中に疑問が生まれた瞬間だった。

少しおかしい、そう思ってダンブルドアはマクゴナガルに子供を預けることにした。彼女なら報告も逐一してくれるだろう。子供を育てたことがないが故の杞憂だったらいいとダンブルドアは願った。

 

ホグワーツに連れてきたその日の夜中、セブルス・スネイプに彼女を見せた。

セブルスが近づいた時の彼女は酷く怯えていて、声を出さないながらも目を大きく見開いていた。ダンブルドアは少し面白半分で彼女の心を少し『覗いて』みた。幼子に開心術をかけたことは一度もなかったからだ。

 

空虚。彼女の心は空っぽだった。

この子は本当に家族との別れに涙を流した彼女なのか?

一歳相手に何をムキになっているんだと思われるかもしれないが、この瞳は何時かに見たことがあった。

 

トム・リドル。

かつての孤児院で出会った愛を知らぬ少年。

瞳には闇をくすぶらせていた、冷徹さを感じさせた孤児。

その目とそっくりだった。家族と離れさせたからだろうか?いや、そんなことでこんなになるモノだろうか。言い当てられぬ不快感がダンブルドアの身体を包み込み、いつかこの少女は手が付けられなくなる、そう感じた。

その瞬間、ダンブルドアの口からは言葉が出ていた。

 

「そして守る者のなくなった今、君にはこの子を監視してもらいたい。」

 

比喩のない、監視。彼女を護るためであり、他の者を護るためでもある。

ダンブルドアは無理やり自身を納得させて、言い得られぬ不気味な寒気からは顔をそむけた。これでいいのだ、これでいいのだと自身に言い聞かせながら。

その考えが闇の帝王を生んだというのに。

 

 

ダンブルドアは定期的にセブルス・スネイプから報告を受けていた。

ケイシーは大人に取り入るのが上手いだとか、知能が発達するのが早くずる賢いだとか、セブルスの口から出るのは厭味ったらしい言葉ばかりだった。やはり監視を命じられたのが気に食わないのだろう。最愛が亡くなり、その息子の将来のために呼び戻されたと思ったらコレだ。

 

しかしセブルスも次第に悪くは言わなくなってきた。容姿や性格がリリーに似ているからだろう。瞳の色は違えど、顔だちは違えど、後姿を見たら確かにリリーと言われても納得できるような雰囲気があった。

セブルスは時たまケイシーの後姿を見てぼう、としていることが多くなった。リリーの後姿ばかりを見てきたからだろうか、追いかけ続けていたからだろうか、離れて行ってしまったからだろうか。そしてケイシーが振り向くと、ついと顔を伏せてその場を離れるのだ。

 

ダンブルドアは遂に焦りを見せ始めた。

ケイシーは確かに非の打ちどころのない好感を抱くべき少女だろう。

しかしその姿は幼き闇の帝王に近づいている。

ダンブルドアの危惧していた事態が起こってしまった。まだ欠点があった方が安心できただろう、しかし彼女は幼児にしては『出来過ぎていた』。

教員たちに軒並み好かれ、かと思えばダンブルドアには空虚なまなざしを送る。

ケイシー・ウィーズリーはまだ本性を現していない、とダンブルドアは確信を強めていた。

 

その矢先のことだ。今日の昼に禁じられた森での会話。

一歳の頃を覚えている、まるで乗り方など分かっているかのようにユニコーンに難なく跨る、そして極め付きはアラゴグの話。

あれは実に巧妙で、上手な嘘だった。噓つきのつく嘘だった。

強い開心術をかけても彼女には効かなかった。寧ろ掛けられていることに気づき、動揺している様だった。ダンブルドアだって世界有数の開心術師である。普通の少女に悟られるほど腕は鈍っていない。

 

だからこそダンブルドアは思案していた。

このままケイシーをウィーズリー家に帰していいものかどうかを。

トムは家族の愛がなくあそこまで墜ちてしまったことを考えれば、家族の元に帰すのはまっとうなことだろう。しかし自分の手の届く範囲から消えるのも不安であった。

見ていぬ間にヴォルデモートと共鳴したりでもすればどうなることか。

 

ダンブルドアは決意した。この長い思考を断ち切らんと。

ケイシーに直接探りを入れるほかあるまい、どうせまだ五歳なのだから、どう転ぼうともどうにでもなるだろう。ダンブルドアは妙なところで楽観的だった。

 

生まれながらにして邪悪な心を持つ悪魔の子でなければいいのだが…。

ダンブルドアはそう願うばかりである。

ケイシーには不自然さと同時に、愛も感じているのだから。



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デスパレートなお茶会

禁じられた森へ行ってから早二日。次の満月まであと四日。

とんでもなく憂鬱な日がやってきてしまった、とケイシーは自室のベッドの上で溜息を吐いた。バタバタと隣でサファイアローズのアランが鳥籠を動かしている。

胸元のペンダントを取り出すと、艶やかだった蒼の羽根は萎び、その有様はこの前と全く違っていた。

『ささやかな願い』の範疇を超えたのだろう。確かに世界一と言っても過言ではない開心術師に心を読まれないようにしてくれなんてささやかどころではないのかもしれない。

しかし容量を超えたのは驚いたな、とケイシーは苦笑いをした。

 

禁じられた森での無言の攻防は私にとっては最悪の出来事だった。

ケイシーは今まで自分が怪しまれないように十分やってきていたつもりだったし、実際周りの先生にも怪しまれたことはなかった。

アクロマンチュラを捜していたことが仮にバレていたとして、ダンブルドアがそれだけであんな心を読もうとしてくるなんて考えられない。きっと前々から私の事を疑っていたのだろう。

きっと私はダンブルドアを甘く見過ぎていた。

こんな調子じゃ幸運の青い鳥効果も満足に使えないし、あと数時間でスネイプレベルの閉心術を身に着けられるとも思えない。

詰んだな、とケイシーは枕に顔をぼふぼふと押し当てた。ワンチャン禁じられた森の一件で転生者だということもバレてるかも。

 

今日は何があるのかと言うと、ダンブルドア先生との楽しいお茶会がある。

紅茶に自白剤が入っているかもしれない、監禁されるかも、とケイシーは死ぬほど疑ってかかっているが。前回から私は学んだのだ、ダンブルドアは私の事を一ミリも信用していないと。ダンブルドアとかなりやり合うことだろうし、その中で虚無前世を呼び起こすのは難易度ルナティックすぎる。まあ普通に考えれば無理だろうな、流石の私も今回の不利加減はよくわかっている。いうなれば敵の陣地に土足で上がり込むようなもの。飛んで火にいる夏の虫。

ダンブルドア以外にバレていないことだけは救いだろう。ルーピン先生もいつも通りに接してくれているし、今日はダンブルドア先生とお茶会なんだろう?お洒落していきな、というママみ溢れる発言もいただいた。うう、人類全員リーマス・ルーピンだったらよかったのに。

 

…いや、それはそれで気持ち悪いな。

 

育ての親に対して無礼極まりない考えをした後、毛布を蹴ってベッドから降りた。

まあおめかししていくか、仕方ない。死に装束になるかもしれないし?私の人権が今日からなくなるかもしれないんだから。

黒のワンピースと黒のカチューシャ。お通夜かな?闇の陣営の箱入り娘だろ、このカッコ。マクゴナガル先生に叩きこまれたお嬢様マナーに生まれた時から綺麗な顔、〆は純血。

やめだやめだ。レースのついた白いワンピースを手に取る。潔白ですってか!あはは(錯乱)

結局白いワンピースを着てルーピン先生と共に叫びの屋敷を出た。くそう、叫びの屋敷の玄関は暴れ柳の落とし穴なんだから汚れるに決まっていたのに!補助されながら、気を付けて外に出て城まで歩く。もはや庭みたいなもんだ、ここら辺の敷地一帯は。いつ動物に追い掛け回されるかわからないから先生同伴なだけで。

 

 

「じゃあ楽しんでおいで」

 

にっこりと笑ってルーピン先生は握っていた私の手を放して職員室の方に向かった。何も知らないが故のスマイルが今は憎い。

私はいま校長室の入り口に立つガーゴイルの前に置いて行かれた。まって――――と助けを呼びたい気分だが生憎それは無理だ。

殺意マシマシのダンブルドアと対峙して平気でいられるのなんてヴォルちゃんぐらいでしょ。寧ろ恐れているくらいである、勝ち目のない戦いを再度突きつけられた様な気がして少し吐き気がした。胃がキリキリと痛い。

 

もし転生者だと打ち明けるとして、何処まで打ち明けよう?そもそもどこまでバレてるんだ?探りようがない。

予言と言ってすべての原作知識をバラしてしまうか、否か。

ここで突っ立ってても怪しまれること間違いなしだ、とケイシーはため息を吐いた。

 

『ボンボン・ショコラ』

 

ガーゴイルが音を立てて道を作った。一段一段踏みしめる。

前世があると言ってもまだ十数年しか生きていない私がどれだけ、ダンブルドアと渡り合えるか。

もうやけだ、かかってこいダンブルドア。私とあんたのタイマンだ。凡人が天才に足掻いてみせよう!

緊張した手でドアノブを捻った。

 

 

 

 

 

 

そこにいたのは、厳しい顔をしたダンブルドアと、セブルス・スネイプ。

 

 

 

 

 

 

二 対 一 か よ ふ ざ け る な

 

 

 

卑怯だぁあああああ、という心の声がケイシーの心の中に響いた。

 

 

 

 

[other side]

 

 

 

片や、まだ幼さ真っ盛りの美少女。片や、ものすごい圧の世界有数の魔法使い二人。

大人気ないデスマッチの始まりである。第三者から見て、誰がこれを本気のものだと捉えようか。しかし当の本人たちはいたって真剣である。

ケイシーは少し固まった後、にっこりと笑って口を開いた。

 

「あら、ダンブルドア先生との二人のお茶会だと思っていたんですが、スネイプ先生も紅茶を嗜まれるのですか?」

「ああ、すまぬ。先ほどまで二人で話し込んでおってのう。わしが誘ったのじゃ」

「残念です、ダンブルドア先生の昔のお話をいっぱい聞きたかったんですけれど…」

 

ケイシーは悲しそうに溜息を吐いた。こう言われると弱い、ダンブルドアはぐっと言葉に詰まった。

勿論嬉しさ故ではない。ダンブルドアがこの発言に対して反論するのなら「スネイプ先生の昔の話も為になるぞ」という提案をしなくてはならない。皆さんご存じセブルス・スネイプ薬学教授の前職はデスイーターである。流石に弁明はできなかった。

だからといってセブルス・スネイプが場を盛り上げる役割を買って出るなんて思えなかった。

普段厭味と不愛想の塊がMCの様な事をしたらダンブルドアでも偽物だと気絶呪文を放つことだろう。五歳児にスネイプの相手は荷が重すぎる、表面上のやり取りとはいえケイシーに痛いところを突かれたダンブルドアだった。

 

「しかしのう、貴重な茶葉が届いたのじゃ。セブルスも飲みたがっておってのう」

「へえ、スネイプ先生が紅茶を…『お茶会』に参加されたがっているのですか…」

 

じとりとケイシーはスネイプを見た。

お茶会というすこしメルヘンな単語はスネイプには似合わない。こぢんまりとした可愛いカップを持って不愛想に紅茶をすするスネイプを想像してしまい吹き出しそうになったが、何とかこらえた。虚無前世を呼び出そうとしてもシルバニア・スネイプの残像が邪魔をする。

 

一方でスネイプはしっかり不機嫌になっていた。なんだこの茶番は、と呆れている。

ケイシーについての疑念を先ほど聞かされ、一応同席してほしいと頼まれたが目の前の肩の震えを誤魔化せていない少女が『悪魔の子』だとはあまり思えなかった。

勿論リリーの面影を見ているからすこしケイシーに甘くなってしまっている自分がいることは自覚している。この少女が隠すとしたら、どんな秘密を隠すのだろうか。

今も二人はセブルス・スネイプお茶会参加問題について行ったり来たりを繰り返している。ケイシーにとってはスネイプがいなくなってくれるだけでも負担は二分の一だし、ダンブルドアにとってはケイシーについてセブルスと二人がかりで追求すれば確実に話すだろうと踏んでいたので両者とも一歩も引かない状況が続いていた。

そろそろダンブルドアから『助け舟を出せ』というオーラが出てきたのでスネイプは仕方ないとため息を吐いた。

 

そのため息でケイシーはスネイプがついに議論に参加してくる事を悟った。

まずい、これで是と言われたら二人体制が確定してしまう。胃痛が再発したケイシーはストレスでどうにかなりそうだった。

体調が悪くなったと言ったら見逃してもらえるかな、もう今すぐこの場を離れたい。先延ばしにするんだ…もうケイシーはいかにしてこの場を離れるかということしか考えられなくなっていた。たとえ今ごまかしたとしても長く逃げられないのは分かっていたが。

茶化せばスネイプがうんざりして去ってくれるかな?いや、どうせこんなことじゃ揺るがない。

ケイシーはもうやけだった。

 

「スネイプ先生がどうしても私たちと楽しいお茶会をしたそうには見えなかったので…。私、ダンブルドア先生の事を本当に尊敬しているんです!だから先生のお話とか色々聞けたらいいなと思っていて。できれば一対一で」

この少女、ついに思惑も隠さなくなってきた。なんなら失礼である。しかしもう失うものはないと思っているケイシーには開心術よりはマシだと思っていた。

むしろ今までよく服従の呪文を掛けられていないものだと感じていた。ケイシーの心の中のダンブルドアは割と外道である。

 

「スネイプ先生が余程紅茶が飲みたいと思っているのなら別ですが…」

「この茶葉を仕入れたのは私だ」

「…は?」

「勿論飲む権利がある」

 

そもそも校長室に入った時点で尋問を開始すればよいものを。律儀にお茶会設定を守っている二人に白けた目を向けながらスネイプはしぶしぶとそう言った。

その瞬間、ケイシーは爆発した様に笑い出した。緊張と緩和。気が緩んでツボに入ってしまったのである。ダンブルドアも咽たようにゴホゴホと言っていた。概ね笑いをごまかすためなのだろうと察したスネイプの目は死んでいた。うちの生徒であったなら三十点は減点したのに。

 

ダメだ、じり貧だ、とケイシーは思った。有利な状況は今後作れまい。

ひいひいと笑いを収めると、先ほどとは打って変わって大人の様な立ち振る舞いでケイシーは二人を見た。二人の目もその視線によって細められる。

 

「…はあ、分かりました。話しましょう、私の秘密を」

 

熱烈な告白を受けたことですしね、と呟くとスネイプの目がとがったナイフのように鋭くなっていたので目を逸らした。



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魔法使いの弟子

私の話は概ねシンプルなものだった。

転生者で、マグルの前世があって。しかし私は『ハリー・ポッター』という本については一切触れなかった。

しかしダンブルドアとスネイプは別段疑うこともなく話を聞いていた。リインカーネーションという前例は魔法界にすらなかったものの、ゴーストやらポルターガイストやらが跋扈する世の中、何が起こっても不思議じゃないと考えたらしい。転生者だということを隠していたのも恐れられたくないからだ、と言って魔法界についてあまり知らないアピールをしておいた。流石に原作で培った知識を五歳児が持っているとは考えにくい、ボロは出さないようにせねば。

アクロマンチュラについても幼い頃見たのでそれとなくダンブルドアに駆除を促そうと思ったと言うと、それもそうかと納得してくれた。

 

「しかしのう、ケイシー。記憶を見せてくれないことにはどうにも信用が出来ん」

 

ダンブルドアが紅茶をいれながら私に言った。そこだよなぁ、と心の中で同意して砂糖たっぷりの紅茶を呷る。

どうやら話によると私に開心術をかけるのは不可能、ということでダンブルドアの中で決断が下されたらしい。さっき私が笑っていたあの瞬間にも開心術を掛けようとしていたというのだから、やはりダンブルドアは狸ジジイである。あんなに油断していたのに開心術を掛けようとすると何かに邪魔されたように黒い壁にぶつかるというのだ。

転生特典かしら。私は心の中で神に感謝した。

 

そのほか色々な方法を試してみたがやはりダメだった。頭から記憶を抜き取り憂いの篩で見ることも、その人が過去に見たものを映し出す水晶玉を使ってもダメだった。

ダンブルドアは頭を抱えた。記憶を見れないというのはやはり怪しいし、心から信用することもままならない。

開心術を日常的に使っていたダンブルドアだからこそ持つ贅沢な悩みなんだろうが、私とスネイプは呆れてモノも言えなかった。

先述した水晶玉は閉心術云々を通り越してすべて見ることができるものであるので、ダンブルドアの疑いも大分落ち着いたほうではあるのだが。

スネイプは驚くべきことに私の事をほとんど信用していた。ダンブルドアが病的に疑っているからその反動かもしれない。私がまたもややけになって『破れぬ誓い』の事を持ち出した時点でスネイプに疑いの心はほぼなくなっていた。

 

「まあ、ということで信じていただけました?」

「信じるしかないじゃろうな」

紅茶に砂糖を掬って入れながらしめた、と思った。

経験則的に、人は出し渋られた情報ほど信用しやすい傾向にある。

あそこまで自分の正体を隠し誤魔化し引っ張ったのもすべては原作のことを知られないため。ただでさえ分霊箱などの詳しい記憶があやふやな自分によって世界が見るに堪えない状態になったら困る。

実は私は原作について開心術を掛けられないための策を講じていた。

『幸運の青い鳥』作戦である。

確かに前回はダンブルドアの開心術を避けることができなかった。羽根も無残な有様になってしまったし。

 

しかし今回は『原作の知識をダンブルドアに見られませんように』という大分局地的な願いをしたのだ。広く浅くで防げぬのなら、狭く深く。だから私は初めから自分の前世のことについては話しておこうと決めていたのである。それで効かなかったらどうしようとお茶会前に急に閃いた私は一抹の不安を覚えたが。スネイプを頑なに同席させようとしなかったのはそのせいだ。あくまで羽根の効力はダンブルドアオンリーである。

 

神様によってスーパー閉心術が行われていたことは知らなかったが(閉心術だけはどうしても一人で訓練のしようがないため)、その点ダンブルドアが私を信じなくなったのは少し誤算だった。メリットは大きかったが予想外のモノは焦る。

 

そして閃いた私は最終的に破れぬ誓いをスネイプに提案したのである。案の定彼は突っぱねた。流石に亡くした最愛の面影を残す少女がやけを起こして命を懸けるなど看過できるものではあるまい。スネイプがサイボーグじゃなくてよかった、と私はその時安堵のため息を吐いた。

 

ダンブルドアは紅茶を一口飲むと、はあと脱力した様に椅子にもたれかかった。大分気張っていたらしい。こんな化け物じみた魔法使いではあるがもう若くない。

ダンブルドアをやり込めたことで私も脱力していた。紅茶に死ぬほど砂糖を入れている。

 

「それで、そろそろ私に杖をいただきたいんですけど」

「…そうじゃな、アクロマンチュラで得た莫大な金もある。本も何冊か買おう…」

 

先ほどまでいかにして記憶を見るかという討論をしていたためか、ぐったりと脳死状態で話す二人をスネイプは呆れた目で見ていた。

早く帰らせていただきたい、という圧を感じた二人は瞬間的に背筋を伸ばす。

ダンブルドアはしばし考えた後、重々しく口を開いた。

 

「ハリー・ポッター、生き残った男の子。おぬしは知っておるな?」

「ええ、同年代の男の子でしょう。ルーピン先生の友人のご子息だとちらと聞いたことがあります」

「ああ、生き残った、と呼ばれる経緯も知っておるな?」

「ヴォルデモートに襲われたものの、無事生き残ったとか。反対にヴォルデモートは身を滅ぼしたが故、魔法界では英雄扱い、ですよね?」

 

ヴォルデモート、と私が呼んだことをダンブルドアは驚いた。

無知ゆえの蛮勇か、知っていてなお恐れずにいるのか。どっちにしろ、恐れというのは引き継がれゆくものなのだなと感じた。マグルがヴォルデモートを知らぬように、赤子もまた最初はヴォルデモートに恐れを抱かないのだ。

 

「うむ、しかしわしはヴォルデモートが死んだと思ってはおらぬ」

「闇の帝王は今もどこかで生きていると?」

「勿論弱ってはおる…じゃが確かに生きているのじゃ。復活する機会を待っておる」

「その事を私に打ち明けた理由は?貴方の口調からして確実だと考えていること、世間ではそんなことを囁かれていないことを鑑みるに極秘事項のようですが」

 

ケイシーは足を組んで紅茶を啜った。この部屋に入ってきたときとは全く違う雰囲気だ。

もしいままでの彼女がすべて偽りだというのなら、大した女優だろうとスネイプは思った。

 

「ケイシー、おぬしにはハリーを守ってもらいたいと考えておる」

「本気で言ってるんですか。私は能力のせいで自分の身すらも守れないでいるんですよ」

「…幸運の青い鳥」

「それがなにか」

 

ダンブルドアが杖をひと振りすると、ケイシーの胸元からペンダントがふわりと宙に浮いた。ペンダントにはめ込まれているのは鈍く光る萎びた青黒い羽根。サファイアローズの羽根だ。ケイシーは焦ったようにペンダントを両手に掴む。

服の中にあったのに気が付くなんて流石ですね、とケイシーは厭味ったらしく微笑んだ。

 

「その羽根をどのような用途に使おうとしたのかはもう訊かぬ。しかしおぬしが『彼』を望んだとなれば話は別じゃ。エスメラルダも言っておったじゃろう」

「『恐らく彼女が手を振れば、喜んで動物たちは彼女に付き従うだろう』…ですか」

「うむ、エスメラルダの瞳は本物じゃ。未来を、過去を、現在を見つめ続ける。そしてそれに従えば、恐らくおぬしは動物を使役し、命令をすることができるということになるのじゃ。もしかしたら能力の強弱すらも自由につけられるやもしれぬ」

 

ダンブルドアの目が光った。なるほど、とケイシーは納得する。

動物を使役する能力を持つ者がいれば今後起こるであろう戦争にかなり有利になる上、それを抜きにしても生徒という立場でハリーの近くに居ることができる私の存在があるだけで、さり気なく守ることができ抑止力になるに違いないということか。

 

「私は切り札になると?」

「間違いない。おぬしはヴォルデモートの蘇った暁、必ずその身を狙われることじゃろう。その時おぬしとハリーが二人そろって無防備のままじゃと一網打尽、笑い種にもならぬ」

「ハリーは鍛えられないのだから私が強くなれと」

「そうじゃ。酷な話じゃが、時間がない。出来るだけ強くなってヴォルデモートと相まみえなければならぬ」

 

話はトントン拍子だった。

原作知識がある故理解の早い私に気をよくしたダンブルドアは話をどんどんと進めてゆく。

スネイプは耳を傾けているだけだったが、ダンブルドアが何を話そうとしているかを察して眉間を抑えた。

 

「そこでじゃ、ケイシー。おぬしにはわしとセブルスで魔法を教える。リーマスやミネルバも教えぬ高度な呪文じゃ。おぬしは7歳になったらウィーズリー家に帰すという話をつけてしもうておる、家に帰れば大々的な練習もままならないじゃろう」

「なるほど、しかしダンブルドア先生は空いている時間が少ないから実質スネイプ先生とマンツーマンというわけですね」

 

スネイプ先生の目が死に始めた。

本心で強くなって欲しがっているんだろうが、きっと私たちの微妙な距離感を埋めるためにも提案したに違いないとケイシーは考えていた。あわよくば私にもっとリリーの面影を焼き付けろということだろうか。彼が私を通して最愛を見る度、彼のダンブルドアへの従順度は上がってゆく。

守る者が二人に増えるなんてスネイプ先生は大変だな、とケイシーは他人事のように思った。

 

「私は喜んで。…スネイプ先生が良ければですが」

 

私は紅茶のカップを机の上に置いて足を組みなおした。

いくら優秀だからと言ってもイヤイヤ教えるんじゃ得るものが少ない。言葉を促すように私は頭を傾けた。

 

「…いいだろう。しかし吾輩も暇ではない、空き時間にはしっかり他の事も勉強するように」

こうして吾輩先生は私の言わば家庭教師になってもらうことになった。

ホグワーツとかいうただでさえブラックな労働現場にケイシー・ウィーズリーというこれまためんどくさい要素を追加してしまって大変申し訳ない。

簡単な魔法や魔法生物関係ならルーピン先生に教えてもらえるだろうし、スネイプ先生には高度な魔法を教えて貰うだけに留められるだろう。どうやら学生の間も目をかけてもらえるようになったらしいし、結果としては万々歳だ。

勿論スネイプ先生の家庭教師は監視の意味合いもあるのだろうが、正直開心術という一つの障害がなくなったことで私としては大変気が楽になったものである。

 

 

その後、校長室を出ると、すぐそこでルーピン先生とマクゴナガル先生が待っていた。どうやらルーピン先生はダンブルドアとしばし話すことがあるらしく、私を送るのがマクゴナガル先生になったようだ。

 

ダンブルドアの目が真剣になる。

私にはルーピン先生の背中しか見ることはできなかったが、私には何を話そうとしているのか分かっていた。

 

マクゴナガル先生に連れられて廊下を歩く。窓から見える空を仰ぎ見ると、白い月がぼんやりと晴天に浮かんでいた。

 

次の満月まであと4日。

月光の下で狂う人間を見るまで、あと4日である。




Q.20,000文字以上書いているのにまだ原作に掠りもしていない小説ってこれですか?
A.はい、そうです。あと5話ぐらいで序盤は終わります、耐えてください。

ケイシーが原作の内容を話すことについてですが、
わたくし、『物語の中の人間に、あなたは物語の中の登場人物であると伝える』ことがかなり嫌いでして。作者都合ですね、すみません。
二次創作を書いていてなんですが、ハリー・ポッターはどこかに存在するんだという歳不相応の子供心のままにこの話を進めていくつもりではあるので、原作要素をそのままに伝えるという可能性は今後一切ないと思っていただけると嬉しいです。


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屋敷しもべのレオニ

 

満月まであと3日。

着々と近づいてきている断頭台に胃がキリキリしているのか、はたまた普通に満月が近づいて身体の状態が良くないからなのか、今日はルーピン先生の機嫌が悪かった。

朝食を食べているときも、いつもならニコニコ話しかけてくるのに無表情のまま黙々とトーストを齧っている。昨日の夜、長い会談が終わって帰ってきてからずっとこうだ。正直私が前世の記憶とかなくても普通に子供に察されるほどひどい顔色だ。子供はなかなかに観察眼は鋭いぞ、リーマス・ルーピンよ侮るな、と私は勝手に心の中で注意していた。ダンブルドアとつい最近まで冷戦状態でドンパチやっていた歴戦の私はこういうことには甘くないのである。

昼頃になってダンブルドアが訪ねてきた。御自慢のローブが少し土で汚れているのを見るに、ここまで歩いてきたらしい。無論暴れ柳の抜け穴も通って来たわけで、ルーピン先生はダンブルドアでさえ姿現しできない結界を張っているとみえる。改めて私はルーピン先生がどれだけ規格外なのか察した。

 

「ここまで来て下さらなくても言われれば赴きましたよ」

 

そう囁いてダンブルドアを中に入れると、後ろからちょこちょこと付いてくる影があった。

毛のない肌に、薄汚れた服。細い手足に大きくとがった耳。その生物はオドオドとこちらを見ている。

 

「…屋敷しもべ妖精」

「そうじゃ、詳しいことは後で説明するとしよう」

 

ダンブルドアは勝手知ったようにリビングの中へ歩いて行った。

ルーピン先生は台所で紅茶を沸かしていたようで、ダンブルドアの姿を認めるとカップを3つ持ってきてテーブルを勧めた。

暗い面持ちで切り出された話は大体予想通りだった。

ルーピン先生が狼人間であること、そして3日後の晩に狼人間に対して能力がどのように働くのかということ。屋敷しもべ妖精の子は私の護衛に付くという。狼人間の件がどう転んだとしても、狼人間として生活するルーピン先生と5歳の私とでの生活には少々不安があるとのことで、屋敷しもべを一人つけることになったらしい。

 

「すまない、今まで黙っていて…」

「私、リーマスが狼人間だってこと分かってた。だって満月の夜に必ずどこかに行くんだもの。私がその程度で怖がると思ってたの?」

 

ダンブルドアから知ってたのかよ、という目線をいただいたが華麗に無視する。流石にダンブルドアからのお達しとはいえルーピン先生へのケアもせにゃならんでしょうに。ルーピン先生が今までどれだけ体質の事で傷ついてきたと思ってるんですか。

暗い顔をしていたルーピン先生の顔色が少し戻ってきたような気がした。

 

屋敷しもべの子がソワソワとし始めた。まあアウェイな状況に一人取り残されたら気にはなるよね。ダンブルドアは屋敷しもべ妖精を一瞥すると、驚いたように椅子をすすめた。なんとこの子今までずっと立ちっぱなしである。私も触れようか触れまいか迷ったがダンブルドアも気が付いていなかったらしい。酷く恐縮した様に屋敷しもべ妖精は椅子に座った。

 

「屋敷しもべのレオニじゃ。この度、ケイシーについてくれることとなった」

「ハイ、わたくしめはレオニとおっしゃります!ケイシー様に会えて光栄しました!」

 

レオニはキイキイと甲高い声で言った。まだ新米だから言葉がめちゃくちゃなのは許してやってくれ、とダンブルドアは苦笑いをする。ホグワーツに居たというのに今まで一度も屋敷しもべに出くわしたことがなかったのはやはり私の能力を危惧しての事か、それともただ単に偶然か。

 

しかしダンブルドアがこの時期に、私に屋敷しもべを付けたということは「本格的にお前も対闇の帝王の一人となれ」という言葉外の意志だと私は推察する。

わざわざ屋敷しもべまでも付けなければならないという時期ではないわけだし、この子を上手に使え、ということだろう。屋敷しもべは多方面に渡って優秀であるし、嫌な言い方ではあるが『持ち駒』として大変優秀だ。

ハリーがキング、ダンブルドアがクイーンだとしたら、差し詰めスネイプはルーク、私はビショップだろう。そして目の前の彼はポーン。チェスが上手いものほどポーンの使い方が芸術的だという。

彼に見合う主人にならなければな、と私は密かに思った。

 

 

はてさて、屋敷しもべのレオニに枕カバーをあげた後、私はダンブルドアに叫びの屋敷から連れ出された。以前話し合った、杖の事である。

次の満月にルーピン先生の狼姿と対峙することが決まった今、出来るだけ早くに杖は持っておきたいというのが私たちの認識だ。

 

「それで、誰に連れて行ってもらうんです?連れていける人は限られてくるでしょう」

 

私はホグワーツへの丘を進んでいくダンブルドアの後姿に声をかけた。

一応護衛も兼ねて強い人、しかも私の事を子ども扱いしないで真剣に本などを選んでくれる人だとなお良い。別にダンブルドアから買ったほうが良さげな本の一覧表とかもらえればいいんだけれど。ホグワーツの図書室でいちいち本を借りるのにも角が立つしね。マクゴナガル先生あたりだろうか。

因みに屋敷しもべのレオニはどうかとも思ったが、基本的にダイアゴン横丁に屋敷しもべ妖精は連れて行かないものだ、とダンブルドアに一蹴されてしまった。

屋敷しもべというのはマグルの認識でいうハウスメイドと同じようなものだ。あくまで『屋敷』しもべであって、屋敷外にむやみやたらと連れ出すのはあまり推奨されないらしい。いくらお金持ちでも家政婦を侍らせて歩いたりなんてめったにしないでしょ、ということだ。バトラーならともかく。特にダイアゴン横丁では種の多様性を重んじる傾向にある。屋敷しもべを連れてグリンゴッツにいった暁には決していい接客は望めないだろう。

 

「セブルスじゃよ」

「…それは、角が立ちませんか」

「おや、君はセブルスの前職を知っておるのか」

「先生方が幼い頃話していたのを聞きましてね。貴方にあれだけ信頼されているということは何か訳アリなんでしょうが」

「察しが良いのう、セブルスの事は誰よりも信頼しておる。もしおぬしが誰も信じられなくなっても彼だけは頼るべきじゃ」

 

しかしケイシーよ、このことは誰にも言ってはならぬ。とダンブルドアが私に釘を刺すように言った。まあセブルス・スネイプはダンブルドアの手持ち駒における最強の切り札だからね。

開心術もかけられることのない私には話してもよいと踏んだのだろう。これで私はまたダンブルドアの信頼が一層厚くなったわけだ。

ホグワーツの校長室に着くと、スネイプはいつもの蝙蝠の様な様相で待っていた。

…申し訳ないが、こんなオシャレの欠片もない人間と歩かなくてはならないのだろうか。第一黒一色のローブの上、堅気ではないオーラを纏ったこの人物なんて絶対目立つだろう。隣に幼女がいたらなおさらだ。これでも私は前世JKだし今世でもお洒落には気を使っていた方なので、少し眩暈がした。マグル界と魔法界はオシャレの観念が大分違うのも分かってはいるが。格好には触れずにスネイプには会釈をした。

 

「今だけ校長室に限り姿現しの呪縛を解いた。さあ、ケイシーはセブルスに掴まるのじゃ。」

 

息を止めておくとよいぞ、という有難い言葉とともに、私たちは校長室から姿をくらました。

 

 

 

 

「き"も”ち"わ"る"い"」

「姿現しは幼子には少々刺激が強すぎたようですな」

 

スネイプはしれっと言うと、蹲る私を置いてスタスタと先へ歩く。コノヤロウ、と私は心の中で毒づくも口には出さなかった。だって、私はこの性悪男よりも大人で、優しく、気品があるから。気に入らないとすぐに減点する、シルバニアファミリーの皿の様な小さな器のスネイプとは違うのだ。

 

「最初はどこに行くんですか」

「オリバンダーだ。杖を見繕ってもらう」

 

迷路のような横道をスタスタとスネイプの後をついていく。薄汚れた石畳と雨の跡のついたレンガの建物の間を縫うように歩く。元からオリバンダーの前に姿現しをすればよいものを、人目に付かない場所に姿現しするのは目立たないためか、死喰い人時代の名残か。

段々と人通りが多くなっていき、前世に映画で見たような風景が立ち並ぶ。

斜めった建物が所狭しと立ち並び、夏休みだからか学生の影も見受けられる。

 

「学生に見られてもいいんですか」

「マグル生まれの学生を案内しているとでも思われるだろう。吾輩はそれを含め来たくなかったのですがな」

「すみませんね、お手数をおかけしまして」

 

出来る限りの早足でオリバンダーに向かう。途中スネイプを知っているとみられる学生数人にジロジロ見られたが、私たちは華麗にスルーして道を急いだ。

古びた外装、看板の文字から見てもここがオリバンダーで間違いないだろう。私をオリバンダーの店の前に連れてくると、スネイプは近場で薬品を買ってくると言って私を置いていった。まあ杖を買えるだけのお金は握らせてくれたので大人しく店に入る。

 

「こんにちはー」

 

声が店内に響いた。少なくとも見えるところにオリバンダーさんはいないらしい。木製のフロアを歩いてカウンターの前に来ると、奥からバタバタと音が聞こえて、オリバンダー老人と思われる男性がやってきた。

 

「どうも、杖を買いに来ました」

「おや、おや。小さなお客さんじゃないか。親御さんはいらっしゃるのかな?」

「いま周りの店を見に行ってます。もう少ししたら帰ってくるはずです」

「ふむ、親ならば子の杖を選ぶ瞬間は見たいと思うんじゃがな」

 

怪訝な顔をしてオリバンダーさんが言った。杖選びというのはマグルの世界でいう幼稚園の入学式とかそういう類に違いない。私の場合親じゃないので前提から違うのだが。

まあ良いだろう、聞かれたくないこともあるしな。と黙ったままの私を見てオリバンダーさんは奥に入っていった。勝手に勘違いしてくれたようでなにより。

数分後、オリバンダーさんは数箱、手に抱えて戻ってきた。

 

「試してみよう、まずは…駄目だ。これも…駄目だな。君は思ったより気難しいな?」

 

あの。私が持った瞬間にひったくるのは一体なぜなんでしょう。今度は杖に嫌われる人生とか絶対にお断りだ。正直杖が上手く使えないと話にならない。

二十数本試しただろうか、赤みがかった杖を取り出して、オリバンダーさんはおお、と杖を持った私を見て感激したような顔をした。

 

「長かった…まともに触れる杖がやっと現れたな。レッドオーク、ドラゴンの心臓の琴線。やや硬い、32センチ。ちと珍しい組み合わせだが、ド派手な魔法が大得意。ほれ、振ってみなされ!」

 

言われるがままひょいと振ってみると、店中の窓ガラスが割れた。軽く恐怖現象だったが、オリバンダーは「合った杖を見つけた!合った杖を見つけた!」と狂ったように大喜びしていた。その頬にはガラス片で傷ついたと思われる傷があり、血がつうと垂れている。ホラーだ、ほんとにこの杖でいいのか。私は割とショックを受けていた。

この杖を握らされて、店の前で待っていたスネイプに事の顛末をつたえる。ガラスが全部割れた音は割と遠くの方まで聞こえてきており、急いで戻って来たらしい。生き恥だ。

 

「杖は持ち主に似ていると言いますからな」

「私がズボラだと仰りたいので?」

 

私たちはそう軽口をたたきながらフローリシュ・アンド・ブロッツ書店に向かった。着いた途端、スネイプは空中に本を積み上げ始めた。フワフワと浮かぶ本の数々にすれ違った人からは何事だと見られている。

 

「こんなにですか?二年でできます?」

「勿論、暇さえあればやってもらう」

 

もう四十冊ほどになるだろうか。まあ私はほとんど暇なようなものなので構わない。寧ろ暇つぶしになるのに丁度いいのかもしれない。

この後魔法薬の素材を売っている店や箒の店を梯子して大量に物を買った。希少な毒とされるアクロマンチュラの毒を大量に売り捌いたことにより大量にお金が入ったダンブルドアの懐金だから存分に使うぞ、というスネイプの強い意思を感じ取った私も容赦しなかった。私たちは今後彼の駒として頑張るんだから出世払いでいいだろう。これぐらいやらないと恩恵がない。

帰りにはフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーのチョコレート・アイスを舐めながら帰った。今日一日で何百ガリオン(流石に何千まではいっていないとは思うが、スネイプは相当ヤル気だった、高価な魔法薬の素材は普通に百ガリオンを超える)失われたのかはわからないが、私たちも鬼ではないのでダンブルドアにバニラ・アイスクリームを買って帰った。勿論ダンブルドアのお金から差し引いたものである。




杖はナナカマドだとかニワトコだとか不死鳥の羽根だとか特別なものは色々ありますが、結局レッドオークのドラゴンの琴線に落ち着きました。
不死鳥の羽根強いみたいに思われがちですが、戦闘面ではドラゴンの琴線が一番です。


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おいしいマフィン

ようやっと今日が満月の日である。

今日はいつにもまして体調が悪いのか、ルーピン先生は一回も部屋の外に出ない始末。

満月の夜はいつもこうだったのかもしれないが、今まではマクゴナガル先生の部屋で過ごしていたのであまりこういうことは認知していなかった。

今回は脱狼薬を飲んでいない。脱狼薬を飲めば変身しても理性は残ったままになるのだが、今回の試行は理性のないままらしい。

 

しかし何があるかわからないので私は叫びの屋敷から連れ出され、現在手持無沙汰のままホグワーツを徘徊している。時たまゴーストと会って話すこともあるが、ゴーストには私の能力は効かないらしい。人間と動物の境目を見分けることが目下の課題となってくることだろう。もし能力を応用して人間に働きかけることが出来れば私は無敵だ。まあそんなことは不可能だと薄々気が付いてはいるのだが。

 

ふと屋敷しもべたちに会いたくなって、私は厨房の方に駆け下りていった。駆け下りると言ってもホグワーツはとんでもなく広いので階段を無数に降りることになるのだが。最近は慣れてきて城内で迷うことも少なくなってきていた。

 

「や、暇だから来ちゃった」

「ご機嫌麗しゅうケイシーサマ!お座りあそばし下さいませ!」

「ありがとう、今は何やってるの?」

「マフィンを作っている最中にあらせられます!」

 

厨房の戸を叩くと、甘い香りが鼻孔をくすぐる。だだっ広い、ホテルの厨房なんかより数倍は広いんじゃないかというようなホグワーツの厨房では沢山の屋敷しもべたちが働いているが、今は夏休みなのでいつもの様な慌ただしさはないらしい。らしいというのは聞いた話だからだ。生徒たちがいる時間は基本的に城内を歩けなかったからね。屋敷しもべとは会わないようにされていたらしいし、私がこの厨房を訪れるのはこれで2回目になる。

 

私を出迎えたのは数人の屋敷しもべ妖精だった。ここの城には合計で27の屋敷しもべ妖精がいることを考えると、今は出払っている者が多いのだろう。私に挨拶をした屋敷しもべは出来上がったマフィンを持ってくると、私にくれた。今日はここで本でも読むか、と私は手に持っていたスネイプイチ推しの本を広げた。

 

厨房のテーブルは屋敷しもべにとってはとても高い位置にある。私にすらまだとても高い。椅子に座っても足がプラプラと浮いてしまう。ここまで高いのは衛生面の配慮なのだろう、屋敷しもべたちは一メール以上はあるであろう丸椅子の上に立って作業をしていた。

 

「そういえば、あなたたちは私に接しても何ともない?」

 

私はふと訊いてみた。私についてくれたレオニは私に恐れ多いというような感情を抱いているらしく、大きな瞳をキラキラさせながら私の方を見てくるのだ。それが主人に対していつもそうなのか判断が付かないので、私はほとほと困っていた。

 

「いえいえ、ケイシーサマはとても高貴な方でおられます!このような方は初めて見られました。心の底から仕えたいと思えるでございます!」

「…私から何か感じ取れる?」

「ええ、心底馨しい香りが。私には洗い立てのタオルに染み付くお日様の香り!」

「わたくしめにはオレンジの香り!」

「ワタシにはミントの香り!」

 

屋敷しもべたちがキイキイと騒ぎ立て始めた。

なるほど、私の能力は動物に対して何らかの香りを発しているらしい。その香りが個人個人に違うこと、半人間や近縁種に対する影響がバラバラなのが悩ましいことだ。猫であれば私に好意的であり、ユニコーンであれば連れて帰ろうとするのも妙な話。好意が転じて連れ帰ろうとしたのだとは思うが、動物によって私の香りへのアプローチが違うというのも実に興味深いことだった。

彼らの話から鑑みるに、その動物が一番好きなにおいを発しているとか、そんな感じだろうか。前例がない故手探りになってしまうので、なかなか見極めが難しい。

 

私が今開いているのは変身術の呪文の本だ。変身術は大変ロジカルな内容であるため、早め早めでやっておくことに越したことはない。私は感覚派というか、前世も数学やら化学やらが大変苦手な人種だった故、多分この教科は苦手だ。

 

魔法というのは私が思っていたよりも難しいというのが感想で、ハリーたちが初めは苦戦した気持ちもよくわかる。その点DADAや呪文学は得意科目だろう。感覚派の私はどうやら魔法の才能があったらしく、昨日ものの数分でウィンガーディアムレビオーサをマスターした。多分人に教えるのが苦手な直感型タイプだ。身体に叩きこめしか言えん。

 

 

その日1日かけて、何とかフォークをスプーンに変えることができた。他の呪文たちと変身術の呪文の性質が違うのは、恐らく物質に働きかける魔法を精密に突き詰める必要があるからだと思う。他の魔法はよくイメージしたり、集中したりしてやる必要はあるが、感覚さえつかめれば早く習得できると言えよう。

 

魔法を使えない諸君らには想像は難しいと思うが、例えていうなら魔法を習得しているときは広大な砂に手を突っ込んでいるようなものだ。魔法の感触すら感じ取れない人、少し触れることができたが掴むにはまだ道のりが長そうな人、見失ってしまった人、驚くべきことに一回で魔法の感触をつかみ、引きずり出すことのできた人。ありがたいことに私は魔法を習得するのが早いので将来強くなれることが確定している。ありがとう神様。前世の頃から魔法が使えたらいいなと空想していたのが現実になったのだ、頑張るしかない。

 

 

 

 

 

 

 

そして暮方、満月が夜。

太陽の光も入り込まない禁じられた森の奥深くで、私たちは対峙していた。ダンブルドア、私、レオニ、そしてリーマス・ルーピン。

ダンブルドアは手の中で転がしていた月時計を見た。

 

「もう少しで月が昇る」

「…ケイシーの能力に対する私の反応を見るだけですよね?それ以上の危ないことはしませんね?」

「ああ、万が一のことがあればレオニとわしで何とかしよう。守りは盤石じゃ。安心して変身するがよい」

「大丈夫、何があっても私はリーマスの事好きだからね」

 

私がルーピン先生を抱きしめると、かえって強く抱きすくめられた。

ハリー、お先にルーピン先生の秘密を見せてもらうよ。奇妙な優越感に浸りながらルーピン先生から離れる。ダンブルドアが後30秒だと告げた。

 

レオニが私の前に立つ。私たちはルーピン先生から出来るだけ距離を取った。寒々しい森の中に隙間風が吹いた。一人でルーピン先生は立っている。彼は今までも、これからもこうやって一人で立って変身しなければならないのか。他人に危害を加えないように、人から離れて。

 

私の足元で小枝がパキリと折れた。ルーピン先生の顔は泣きそうに見えた。目が充血し、身体が震え、手が変形してゆく。

苦しそうに息を吐く先生の顔は薄暗い霧に紛れた。ピチチ、と鳥が何処かで鳴いた。

 

 

 

 

空気が、変わった。

 

霧の向こう側にいるであろう先生の気配が無くなった。いや、無くなったというより、何か別のモノに。私はそれが何かわかっていたはずなのに、震えが止まらなかった。駄目だ、駄目だ、私が怖がったらルーピン先生は悲しむ。また彼は孤独になってしまう。

 

 

 

冷たく薄暗い霧の上に、涎を垂らした異形の顔が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

グルル、とこちらを伺うように狼は私を見ている。時たまダンブルドアの方をちらりと見やり、私には近づきそうもない。妙な膠着感が私たちを包んでいた。

なんで、何も行動を起こさないの?一歩も動くことがなく、狼は私を見据えていた。

 

「…ダンブルドア先生」

「なんじゃ」

「一回、私から離れていただけませんか?ほんの10メートルほどでいいですから」

「いや、しかし…」

「以前森に来た時のことを思い出したんです」

 

確かあの時、動物たちは『遠巻きに』私たちを見ていたはず。一人でいるときは突撃してきた動物が遠目から見ていることに疑問を持つべきだった。つまり、今の状況は『ダンブルドアと私が一緒にいるが故に起こる』ということなのだ。

もしこの仮説が本当なら、私の能力の解明がまた一歩進んだということになる。ダンブルドアと一緒にいると動物が寄ってこない理由はまだわからないけど。

 

「しかし…」

「大丈夫ですよ、レオニがいざとなったら守ってくれます」

 

ダンブルドアはこの場から少し離れた。私を目視できるが、木の陰に隠れる形で立ってくれた。狼はクゥン、と鳴いて私をまだ伺ったままでいる。偶にちらりと見るのはレオニだ。

 

「…レオニもダメか。でも幼い頃の出来事を考えると人と一緒にいればよいということではない…?」

「どうしたのじゃ?」

「レオニも、離れさせましょう」

「それでは守る者がいなくなってしまう」

「いざとなったら私をアクシオするか、レオニが何かして私を守ってくれませんか」

「それはできるが…」

 

レオニに目配せをして、ダンブルドアの横に移動してもらうことになった。

多分レオニが移動した瞬間、何かアクションを起こしてくるだろう。私とダンブルドアは目配せをした。

 

「3、2、1」

 

レオニがパチンと指を鳴らしてダンブルドアの横に移動した。

瞬間、狼が私の方をキラリと見た。一応杖を構える。何もできないが形だけ。

狼が一気にこっちに駆けてくる。友好的な態度を示すか、攻撃的な態度を示すかを見極めなければならない。

 

狼が私の前に立ち、前足を振り上げて――――鋭い爪が光った。

 

「ダンブルドア!!!」

 

私が叫ぶと同時か、少し早いぐらいにダンブルドアが私をアクシオした。間一髪私は何とか狼の爪から逃れたのだ。

狼は未だ私を見ている。レオニが私の前に立ち、守りの意志を見せたことで狼は諦めて森の奥に駆けて行った。『森にお帰り』したルーピン先生の後姿を見つめる。

 

「あれは間違いなく攻撃的な意志でしたね。食べるのか、只々攻撃しようとしていたのか見極めたかったんですけど…無理ですね」

 

ダンブルドアから馬鹿言うな、とドン引きしたような顔をされて私はあわてて取り繕った。

時刻は6時、ルーピン先生の夜はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

厨房で私とダンブルドアは暖かいココアを飲んでいた。

昼に作っていたマフィンも出されたのでありがたくいただいておく。

「次の合言葉は『チョコチップ・マフィン』にしようかのう。」とか暢気に呟いているダンブルドアの言葉はスルーしておいた。因みに今の校長室の合言葉は『バニラ・アイスクリーム』である。

 

「大体能力の目処は立った気がします」

 

私はダンブルドアに話し始めた。

 

「まず、エスメラルダの言った通り私の能力を花の蜜の様なもの、としましょう。そうだな…例えば、このマフィン。このマフィンが私だとします。恐らくこのマフィンを欲する、または反応する原因は動物の本能にあると思います。エスメラルダは半人間ですが、本能を抑えるだけの理性があります。しかし私の頬に触れたこと、立ち去るとき私の方をハッとした様に見たことなどを鑑みると一種の酩酊状態にあったのかもしれません。これをレベル2、『花の香りを楽しむ』ということにします。ある程度理性があり、本能のまま本格的な行動に移さない場合」

 

私はマフィンの香りを嗅いだ。

 

「次に、リーマスですが。狼人間は人間状態の時もすこし狼に近づくということがあるでしょう?生肉を好むとか。しかし行動にも移さなかったし、そぶりも見せなかった。狼人間特有の事で、狼の本能が完全に主人格と切り離されているからとも言えますが、今のところ何とも。これをレベル1、『花を眺める』としましょう。私たちだってマフィンを置かれたままでも、食べないという選択は十分に出来るはずです。というか食べない状態がこれですね。好意的な感情は持つかもしれませんが」

 

私はテーブルに置かれたマフィンの山を指した。

 

「レベル3は『蜜を食べる』。本格的に本能のままに行動するときの状態を言います。理性というタガが外れた状態です。リーマスの狼状態と…屋敷しもべ妖精に現れるかと。しかし蜜を食べる方法にも種類があって、その動物が本当に欲していることをするのだと思います。

例えば私が昔出会ったユニコーンがいい例ですね。ユニコーンは処女を森に連れて帰るという特性を持っているでしょう、私が連れ去られそうになったのもそのせいです。リーマスが私を襲ったのも、狼人間は人間を襲う性質があったから。

屋敷しもべ妖精は特殊ですね。彼らは『主に仕える』という生物的本能を持っていますから。私に仕えたがるのもそのせいかと」

 

私はマフィンをがぶりと齧った。

 

「ダンブルドア先生やレオニが何故抑止力になったのかはわかりませんが…魔力に花の香りが付いていて、ダンブルドア先生の魔力がそのにおいをごまかしている、というのはなさそうですね。今までも襲わなかっただけで反応はしていたようですし。恐らく本能的に強い人間に敵意を示していただけかもしれません。ほら、マフィンの前にこわーい母親がいると子供は食べられないでしょう?」

 

ココアをすすりながら私は言った。

これが今考えることのできる最大限の考察だ。その後、レオニに送ってもらって私は家に帰った。明くる日の朝、ルーピン先生が暗い顔で帰ってくることを、私は知らなかった。

 

 

 

 

[other side]

 

ダンブルドアはもう朝日が昇った校長室の中で、まだ就寝をせずにいた。

ひたすら月時計をいじくりまわして考え込んでいる。ケイシーの能力についてだったが、概ね彼女の考察に矛盾はないと思っていた。しかしなぜこんな朝まで起きているのか。

 

それは――――

 

「ダンブルドア!」

 

息を切らし、ダンブルドアを殺さんというように目を爛爛と光らせている男、リーマス・ルーピン。彼が校長室のドアを蹴り開けて入ってきたことで歴代校長たちはざわめいたが、ただならぬ雰囲気を感じ取りみな口を噤んだ。

 

「どういうことですか、何故彼女の守りの役目を放棄した。今考えるとすべてがおかしい。彼女が過去を覚えていると知っている今、何故両親と会わせないのか。言いたいことはたくさんあります、ダンブルドア。すべて答えていただきたい。もし、彼女を貴方の駒として手に入れようなどと考えているのならば、私はあなたを許さない」

 

 

 

 

「私の娘に、何をした」

 

 

 

 

 

ルーピンはダンブルドアの喉元に自身の杖を突きつける。一息でしゃべった言葉は、怒りで声が震えていた。

 

―――こういうことだ。ダンブルドアはこの可能性を危惧していたのだ。

 

ダンブルドアは闘う意思がないというように両手をあげると、ケイシーについてゆっくり話していった。彼女の、すべてを。




誤字脱字報告ありがたいです。
作者は校閲をあまりしないので…。


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正義になりたかった

6歳になった。

 

あの後ルーピン先生が私の正体――――前世があるということだ――――を教えてもらっていたのは驚いたが、随分と私を心配してくれていたようで申し訳ない気持ちになった。しかし危ないことをしないという約束の下で、ルーピン先生も私強化陣営に入ってくれた。ごめん、多分危ないことはすると思うけど。流石三年生の時にハリーに絶賛されただけのことはある、正直に言うと授業がクソわかりやすいし面白い。威圧感もないしフレンドリー、しかも私は身内というだけあって教え方が分かっている様だった。主に呪文学やDADAを教えて貰っている。

 

反面、こちらは真逆だ。セブルス・スネイプ教授。

なんだろう、先生と言うより教授と言った方がしっくりくる威圧を感じる。彼に教えて貰っているのは変身術や対人の呪文なのだが、何しろ子供には強すぎる威圧のせいで私も緊張しっぱなしだ。魔法薬学はまだ年齢が幼すぎるということでやらせてもらえていない。

 

しかしDADA志望の教師というだけあって教え方は分かりやすいが。ただスネイプ自体が闇の魔術っぽい立ち位置になっているから、生徒に教えることになったらおおよその生徒に混乱されるだろう。スネイプにリディクラスなんて教えられた暁には腹抱えて笑う、確信した。

 

6歳になってからは色々なことが出来るようになった。

着々と鍛錬を続けていた能力の使用についても、意識すれば『香り』とやらがオーラのような形で分かるようになった。HUNT〇R×H〇NTERとかN〇RUTOとか前世で見てたからね、習得がしやすかった。能力のオンオフを綺麗に使い分けることが出来るのもあともう少しというところまで来た。マクゴナガル先生にも手伝ってもらって確かめたが、動物もどきにも私の能力は効くらしい。レベル2、というところだろうか。

 

この頃、私の家族について先生たちが話し合っているのを見かける。

今はビルとチャーリーが在学しており、来年パーシーがホグワーツに入学予定だ。私の帰宅が着々と迫っている。名残惜しい気もするが仕方なかろう。今世での家族とのかかわりなんてほぼないし、原作キャラとして少し知っているくらいのモノなので会えることの嬉しさとかはあまりないが、少なくともママやパパは私の事を待ってくれてるみたいだし。

そういえば、兄弟たちの記憶はどうなっているんだろう。流石に幼い頃の記憶戻されてもどういうこっちゃで終わりそうだ。私が家族の事を覚えているからと言ってダンブルドアが家族と会わせてくれるだとか、手紙を書かせてくれるなんてことはなかった。多分対闇の帝王の駒としてホグワーツに執着させることと、私を混乱させたくなかったからだと思うが。

 

私もダンブルドアの駒として正々堂々と動きたいためそういうのに抵抗はない。今までの事もあるのでわかるとおり、私の前世は経験のないJKだ。正直言って闇の帝王と駆け引きができるほど賢くはないポンコツなので、ダンブルドアにそういうところは一任していきたい。魔法だって二次創作にありそうな俺TUEEEが出来るほどでもないし、多分ダンブルドアや闇の帝王辺りには一生勝てない気がする。マクゴナガル先生、マッドアイあたりも怪しい。間違った方向に行きそうであれば修正はしたいが、私が個人で大胆に動きたくはない。私の能力が原作にどんな影響を及ぼすのかはわからない。もしかしたら最悪の事態になるかもしれない、でも今の時点では不確定要素が多すぎる。逃げているだけと言われるのは分かっている。でも世界の命運が少しの事で転がってしまうのなら、私は運命を元に戻すことに奔走せねばならないだろう。

 

私個人でバンバン動けないのには大きな理由がある。原作知識があやふやだからだ。

そもそもあんな分厚いハードカバーが11冊ある時点で細かいことなんて覚えられているわけがないのだ。大元の話のあらすじは分かるが、裏話だとか細かい設定は分からない。

 

例えば、ナギニについて。アルバニアの森でヴォルデモートと出会ったというところまではギリ思い出せたのだが、いつ分霊箱になったのかなんて見当もつかない。暗黒の時代から飼っていたのか、魂になってから?炎のゴブレットの前?そんな状態でワンマンプレイで分霊箱全破壊とか無理でしょ。そもそも炎のゴブレットでハリーの血をヴォルデモートが取り込んだからハリーの中にある分霊箱を壊すことができたわけで、最低でもヴォルデモート本体が生き返るまで私は待たなければならない。で、生き返った状態で他の分霊箱が全部壊されている状態が知られれば、もしかしたらヴォルデモートは他の分霊箱を生成するかもしれない。そうなったら一巻の終わりだ。

 

私だって血が通っていないわけじゃない。

フレッド、ルーピン先生、スネイプ、シリウス、トンクス、マッドアイ、セドリック、ヘドウィグやドビー、そして、ダンブルドア。みな死んでいった者たちだ。いち原作ファンとして彼らのことは大好きだったし、死んだときは悲しかった。私だって助けたい。助けるつもりでもある。でも、助けることによって未来が変わるとするなら、私はどうすればいいんだろう。

 

ハリーの息子、アルバスが主人公の物語、『呪いの子』。

前世の私は勿論読んだ。セドリックが死喰い人になっていたり、世界がヴォルデモートに支配されていたり。たった一つの物事で世界は大きく形を変える。

私がいることで世界はすでに変わり始めていることは分かっている。

行動しなければどんどん悪い方向に行くであろうことも。

私の能力は強力で、闇の勢力は絶対に私を狙ってくるだろう。既に私について魔法省に箝口令が出たことも知っている。恐らく捕まることを逃れた死喰い人崩れには知られているだろうが。だから私は絶対原作に触れることになる。

 

結局のところ、勇気が出ないのだ。

目の前で人が殺されそうになれば私は何としても助けるだろう。人を助けたことで後悔するような人間にはなりたくない。

 

判断のできない愚か者め、ともう一人の私がせせら笑っていた。

 

 

 

 

 

そんなことをぐるぐると考えていたら、私の部屋の扉を叩く音がした。

扉の奥からルーピン先生が出て来ると、ぎょっとしたような顔で私を見る。

 

「なんで泣いてるの、ケイシー」

 

言われて頬に手を当ててみると、確かに泣いている。目を瞬かせると大粒の涙がこぼれた。

ルーピン先生は何かを察した様に押し黙ると、ドアを閉める。

 

「ヴォルデモートの事だね」

 

私は何も言えない。先生は黙った私を見ると、悲しそうに目を伏せた。

 

「…いっそのこと、二人でどこかに逃げようか」

 

私の前に歩いてくると、先生は私を抱きしめた。反動で、また涙がぽろぽろとこぼれた。

 

「君が頑張る必要なんてない。二人でどこか田舎に住もう。誰の目にもつかないところに逃げて、安全に暮らそう」

「でも、ヴォルデモートが」

「なんで、君がこんな目に合うんだ!」

 

先生は叫ぶように言った。耳元でいわれ、驚いてまた涙がこぼれる。

 

「…なんでまだ幼い君が、こんな道を歩むことを選択しなければならないのか、私はずっと考えていた。大人の責任だ。不甲斐ない大人の責任だ。私たちが弱いせいだ。暗黒時代、たくさんの子供が道半ばで死んでいった。君が死んだら、もう耐えられる自信がない」

「私はするべきことが」

「だから、なんで君は自分の事を考えないんだ。君には自由に生きる権利がある。なんでそれをみすみす放棄する?」

 

なんでって、勿論みんなを助けるため。でも、私は本当に助けられるの?違う、私は助けなきゃならない。

先生の身体の熱が伝わって、私を温める。

トクリ、トクリと命を刻むこの心臓を止めてはならない。私は見捨てることなんかできない。

そうだ、私はみんなを助けなくちゃ。死んでいく人たちを助けられるのは私だけ。

違う、私は物語に関わっちゃいけない。私が関わったら悪い方向に行く。

私は、私は――――

 

「頑張らなきゃ、死ぬ人がいっぱい出る」

「君がその一人になるとしても?どうせ君なんて誰も助けられない」

「…違う。」

「そもそもケイシー、君に何ができる?精々悪足掻きがいいところだ」

「違う。」

「じゃあなぜ戦いを選ぶ?君は死にたがりなのか?」

「違う!!」

「何が違うんだ、何が違う!」

「私だって、本当は生きたい。普通の女の子になりたかった。生きて、恋をして、子供を産んで、家族に看取られながら死にたかった」

 

 

 

 

 

言葉が、めちゃめちゃになって口をついて出た。私は何を言っているんだろう。

 

 

 

今世の事?それとも、前世の事?

 

 

 

 

 

―――野良猫を庇って車に撥ねられた時、私は一人で死んだ。内臓はぐしゃぐしゃになって、頭は割れて、全身が麻痺するほど痛かった。トラックだって走り去っていったし、私は一人で死ぬしかなかった。所謂ひき逃げというやつだ。

撥ねられたのは冬の夜、人のいない通りでの事だった。寒くて、怖くて、誰も助けに来てくれず、両親の顔も見れずに死んだ。血と涙がどんどん冷えていく感覚と、動けずに意識が薄れていく感覚が怖かった。

 

死にたくない、死にたくない。本当は絶対に死にたくない。

私、まだ高校生だったんだ。卒業式も、成人式も挙げられなかった。恋だってまだだった。もっと生きていたかった。お母さんに料理を教えて貰いたかった。お父さんに結婚式を見せてあげたかった。

 

私は涙が枯れるほど泣いた。なんでこんな目に合わせるのかと、神を恨みながら泣いた。

今世でも私は普通に死ぬことを許されないのかと考えると限界だった。

今まで気張っていた感情が、洪水のようにあふれ出していくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

皆と一緒に未来を歩むためなら、私はもうなにも恐れない。

私みたいに一人で死んでいく人をこれ以上増やさないためにも、私はみんなを守らなきゃ。

リーマスの体温を感じて、泣き疲れてうとうとしていた私はぼんやりと考えた。

 

「私ね……頑張るよ。みんなとずっと一緒にいたいもん」

 

リーマス、私ね、あなたを絶対に死なせたりなんかしない。そのためだったらどんな手段でも使ってみせる。

 

‟より大きな善のために"

 

 

 

例え私が、捨て駒になったとしても。

 

 

 

 

眠りに落ちる時、酷い顔のリーマスが目に映らないわけじゃなかったけど、私はそれを見ない振りした。

 

ごめんね、ごめんね。こうするしかないの。




自己犠牲ガンギマリ幼女になってしもうた…
死ぬ感覚のつらさと怖さを分かっているから死にたくないってなっておりまして、ずっと頭の中を自己嫌悪がぐるぐる回ってました。能力的にも真っ先に狙われますし、どう考えても何やろうが死亡確率高いので。それにプラスして原作優先か救済優先かで悩んでかなり精神に限界が来ている頃でした(6歳)
今回ルーピン先生のおかげで完全に吹っ切れました。何やってくれてんだコノヤロウ。彼女は極めて清々しそうです。
皆と一緒に生きたいというのは本心ですが、もし自分の犠牲で他人が生きることができるなら、喜んでその身を差し出します。矛盾ですね。
本来なら前世で死んでいるので、生きていなくてもいい人間なんだって思っている節はあります。


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記憶なき長女の帰還

あれから随分と時が経ち、私も成長した。

 

7歳になり、今日ホグワーツからウィーズリー家に帰ることになった。夏休みの最初の日、学生が丁度いなくなったころ、私は長年育った家を歩き回っていた。真新しい革靴の、ホグワーツの石床を叩く音が心地よい。まあ四年後には戻ってくるんだけど、少しの物寂しさがあるのも事実だ。ルーピン先生は教員補佐としてここに残るようだし、最近忙しそうにしている。私がウィーズリー家に果たして受け入れられるのだろうかと、最近はそんなことばかり考えていた。

 

ウィーズリー家に戻る上では、色々と考えなければならないことがあった。

私の対闇の帝王における立ち位置と、今まで私がどこでなにをしてきたのかの説明、あと兄弟達の記憶処理その他諸々。数日前から私の存在は両親から兄弟達へ伝えてもらっているそうだが、如何せん反応は悪い。まあ今まで黙ってましたけど妹居ます、なんて言われたら現実味がなさすぎるんだろうけど。

 

私がヴォルデモートと闘うにおいて、どのような立ち位置を取るかは私とダンブルドアでかなり話し合った。

まず、スネイプのように二重スパイは論外だ。少なくともこれからケイシー・ウィーズリーとして生きていくのであれば、血を裏切るものとして見られることになるだろう。能力のことを隠そうが魔法省に潜む死喰い人には素性を知られているし、能力を大っぴらに見せてヴォルデモートの傍に着くのは恐らく世界が破滅しかねない。

 

よって私は間違いなく光側での活動になるのだが、能力を隠して生きていくのは難しいので必然的に味方に能力を見せていくことになる。こんな強い力を持っているのだから使わないと内部分裂を起こしかねない。私がどこか遠くに隠れることもアリかと思ったが、ダンブルドアにそれは却下された。

 

ゲラート・グリンデルバルド。

彼は自らをトップとして一種の宗教の様な組織を作り上げていた。それは盲目的であり、強大であった。

ダンブルドアは私にその役割をやれと言う。

無茶ぶりだ、何を考えているんだとダンブルドアを私は一頻り詰ったが、彼の選択は変わらなかった。

 

暗黒の時代、闇の陣営についた魔法使いの大部分はなにか?

弱く、脆く、恐れ、ヴォルデモートに付き従った者たちである。狂信的ではなく、自身や周りを守るために闇の陣営に加わった者たちだった。恐怖に立ち向かってゆけずにどれほどの数が敵になり果てたか。

ダンブルドアは弱き者たちの力を抑制したがっていた。いくら弱くても、数が多いと厄介だ。

 

不死鳥の騎士団は、ある意味自警団の一種である。少数精鋭と言っても差し支えない人数。

余程の勇気がなければここに入れないこと、実際入っている人が少なかったことを鑑みるに、恐らく一般の魔法使いは恐怖におびえながら自分たちで身を寄せ合って生きるしかなかったに違いない。一人一人潰していったヴォルデモートの手腕にはあっぱれとしか言いようがない。弱者の気持ちを推し量りきれなかったというのが、第一次魔法戦争にヴォルデモートを恐怖の支配者たらしめた原因だと、昔ダンブルドアは語った。

 

力ある者が頂点に立たねば、力なき者は付いてこない。

私の能力は類を見ない強力なものであり、おそらく私が旗を振れば一定数の人間は付いてこよう。私はいわば『ジャンヌダルク』にならねばならない。そのためには狂信的になられるような振る舞いをし、トム・リドルに倣って学生のうちに団体を作っておけ、というのがダンブルドアの意向だ。学生からその親を勧誘できること、学生の能力の底上げなど多くのメリットはあるが、一番の目的は基盤作りだ。私は闇の帝王が現れたら頃合いを見計らって成人魔法使いも視野に入れて組織作りを始める。

 

しかしトム・リドルのようにプロパガンダというわけではなく、対闇の帝王思想を広めようというのも闇の帝王が雲隠れしている現段階では無理な話で、闇の帝王が蘇ってからの三年間が肝となる。それまではハリーたちとの友好と能力を伸ばすことに充てる。

後のダンブルドア軍団の人間は勧誘できないため必然的に人材を発掘する羽目になるのだが、まあ大丈夫だろう。問題はカリスマ性の欠如。これはもう頑張るしかない…ダンブルドアによると私はそちらの才能があるみたいだが、同年代に会ったことがないのでわからない。

私の能力がもう少し小規模の物であったなら、普通にハリーたちと生きれた未来があったのかもしれないが、仕方あるまい。

 

そういえば、原作を変える変えないと一年前までの私は悩んでいたけれど、勿論出来るだけ原作には準拠させていくつもりではある。でもこうも大きく動くことが確定してしまった以上、多少の改変は致し方ない。ダンブルドアに逆らって今まで培ってきた信用を下落させるのも嫌だし、正直言うと丸め込まれたっぽいので、もういいやとどこか諦めている。きっと何とかなるさ精神をこの一年で私は学んだ。何を一年前までの私は思い詰めていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

ダンブルドアに連れられて隠れ穴に来た。

アラゴグバブルによって肥えた財布の中身は私に全投資して貰ったので、私の持っている物は一級品ばかりだが、如何せんこの家には似合わない。馬鹿にしているわけじゃなくてね。兄弟と打ち解けるには壁が厚くなってしまう。なのでカジュアルな服なども買ってもらって、検知不可能拡大呪文をかけた古びたトランク(作ってみたかった、完全に趣味である)も持ってやってきたわけだ。

 

ダンブルドアがドアをノックすると、中からママが出てきた。

ダンブルドアを見た後、私にゆっくり目を移す。その目からは涙がボロボロこぼれ始め、私をきつく抱きしめた。

 

「あなたが、あなたがケイシーなのね!私のかわいい娘!」

 

おんおんと泣いているママに呆気に取られて、ダンブルドアに助けを求めると中に入るように促してくれた。生き別れ?の親と再会するのってこんなに気まずいのか。温度差が違うからか、私は苦笑いをしながら家の中に入った。

 

家の中に入ると、ダイニングテーブルにカチコチに固まったパパがいた。その隣にはこれまた固まったパーシー、恐らくチャーリー、ビルに我が半身ロン。私たちの物音を聞いたのか、上からドタバタと降りてきたのはフレッド、ジョージにジニーだ。オールスターじゃないか。

 

「皆に紹介しようと思う、この子がケイシーじゃ。ロンの双子の姉にあたる」

 

ダンブルドアに紹介されて前に立たされる。こんな緊張する自己紹介が今まであっただろうか。肩が震えないように深呼吸をしてから、私はお辞儀をした。

 

「私はある事情があって、幼い頃この家から離れてダンブルドア先生の下で暮らしていたのですが、今日からまたこの家で過ごすことになりました。よろしくお願いします」

 

ほんとどうやって自己紹介したらいいんだ。前から考えていたフレーズが一瞬にして頭から飛んでいった。半修羅場のように静かになっているこの居間で、兄弟の中での年長者であるビルが口を開いた。

 

「ケイシー、ごめん、僕らには君の記憶がないんだ。ロンと同い年ってことは僕が十歳あたりの時には家にいたはずだろ?」

 

ああそういう、と納得してダンブルドアに目配せした。まだ記憶の事は話していないのだろう。というかまだ七歳の子供にこの雰囲気はキツイ、早く解放してほしい。

 

「記憶の事じゃがな、みなからケイシーの記憶だけ消しておるのじゃ」

「それも『ある事情』ですか」

「そうじゃな、それも話さなければならぬ…」

 

裁判の尋問のように修羅場の渦中にいる私を見て説明は無理だと判断したのか、ダンブルドアがゆっくりと経緯を説明していった。賢明な判断だ。

 

私の能力の事は話したが、勿論私とダンブルドアの間の事は話していない。あくまで普通の七歳児にありえることだけを話していった。その過程でジニーを除く兄弟たちに記憶を渡していった。混乱している様だったが、一応受け入れてはもらえたらしい。その間も私は切実にホグワーツに帰りたかったが、ダンブルドアが見送られてこの家に私が置いて行かれた時に腹をくくった。こんな胃が痛くなるなんて覚悟していなかったけど、ここまで来たら兄弟たちと仲良くなろう。

 

「ほんとにロニー坊やと双子なんだな、色合いが同じだ」

「喜べ、お前もついに誉れ高きツインだぞ」

 

フレッドとジョージ(まだ私は見分けられていない)が私にマシンガンのごとく付きまとってくるが、逆にそれがありがたかった。フレッドとジョージのどちらかに捕らえられ頭をぐしゃぐしゃと掻きまわされているロンは私をちらちらと見るだけにとどまっている。

 

その日は私が帰ってくる日ということでご馳走だった。年上組やママやパパは話しかけてくれるのだが、ロンとジニーだけはまだ駄目だ。シャイなのかな、ジニーはどっちかと言うと警戒しているような気がする。兄弟の中で唯一記憶を戻されてないし。

結局ロクに話せず、私は新しい自分の部屋に案内された。拡大呪文がかけられているのか、私の部屋は思っていたよりも広い。新しく用意されたであろうベッドは綺麗にベッドメイキングされていて、部屋の節々にお洒落なものが置いてある。余程ママは私の事を待っていたんだろうなぁ、となんだか心が温かくなった。

トランクからモノを色々と取り出し自分の部屋を住み心地をよくしていく。ルーピン先生と私で撮った動く写真をテーブルに置くと、寂しさが襲ってきた。

叫びの屋敷は居心地が良かった。前世の事を知ってる人ばっかだったし、偶に禁じられた森に行って闇の生物に対する対処とか実践的なことを学べた。

でもそれももう終わりだ、というかそれが本来の健全な子供だ。

スマホとかないし、まず私の生まれてない時代だから流行りとか分からないけど、趣味作るかぁ。ここ数年忙しかったしそういうことも一切できなかったから。

ゲーム関係のものなんか持ってたかなぁ…とトランクを漁る。

 

あ、これいいじゃん。私はにやりと笑うと自分の部屋からそっと出ていった。

 

 

 

[Ronald side]

 

ロナルド・ビリウス・ウィーズリー。ウィーズリー家の六男にして、叔父の名を賜った男だ。これが僕。

一方、ケイシー・セドレラ・ウィーズリー。ウィーズリー家の長女にして祖母の名を賜り、長い間ずっと他の場所で育てられた女の子。これが僕の双子の姉なんだと。

 

彼女には動物を惹きつける能力があって、その力が強すぎるがゆえに今まで家から出て『あの』ダンブルドアの下で成長していたらしい。四日前ぐらいからママに話されたけど、僕に双子の姉がいるなんて全然想像がつかなかった。

まあ今日初めて会った感想を言うと、正直言って僕には全然似てない。少なくとも双子のフレッドやジョージとは違ってね。確かに髪と眼の色は僕とおんなじだったし、どことなくビルに似ているような雰囲気をしていた。ジニーと同じで顔は悪くないほうだし、パーシーと同じで頭の回転が速かった。考えれば考えるほどにウィーズリー家の人間なんだけど、どうも現実味がないというか。

他の兄弟たちがなまじっか同じように育ってきたからか、ケイシーはずっとオキャクサンのような感じだった。これからずっと、ここに住むオキャクサン。

 

勿論双子の姉なんだし仲良くしたいと思うけど、如何せん距離の測り方が分からない。

こういうときフレッドやジョージは勢いよく相手の懐に潜り込むのがすごいなぁと思う。

あと、他にも理由がある。あからさまにママに気に入られそうな兄弟が入ってきたのが気に食わないのだ。

ビル、チャーリー、パーシーはママの気持ちもわかるから良い子ぶってるし、フレッドとジョージは悪戯で迷惑をかけてるから逆に構われてる。ジニーは末っ子で一人だけの娘だし、目に入れても痛くないカンジ。

ケイシーもそうだ。娘で、長い間ここにいなかったからママがすごい構いそうだし。

僕はいつも後回しだ。別にママに不満があるわけじゃないけど、僕は影が薄いから。

なんにも秀でていない、冴えないヤツ。ホグワーツになんて行ったらすぐ埋もれそうな没個性。

 

やんなっちゃう、とベッドでゴロゴロしていると、トントン、とノックをしてケイシーが扉を開けた。急いでベッドから飛び起きて彼女を見る。こういうことで緊張するのはやっぱり他の兄弟とは違うんだなって。

 

「あ、ああケイシー」

「こんばんはロン。まあ初日だし、双子の弟と仲を深めるのも悪くないかと思って。入っていいかな?」

 

眉を下げてケイシーが指をさす。どうぞ、とモノをどけてケイシーを促すと、彼女は靴を脱ぎ、ベッドの上に胡坐をかいて座った。

彼女の手に持っているのはチェス盤だった。

 

「チェス?」

「やったことない?」

「いや、何度か…おじさんとやったぐらい。」

「そうか、まだなのか…」

「なにが?」

「いや、なんでもない。ならチェスのルールは知ってるね。やろうよ」

 

ベッドの上にチェスの盤を広げて、ケイシーは駒を並べ始めた。

並べ終わり、「じゃ、やるか!」とケイシーは笑って駒を動かす。どうやら魔法のチェスではないらしく、駒は自分で動かなかった。チェスを動かす音が僕の部屋に響く。ケイシーが何か言ってくると思っていたが、意外に一言も口を開かなかった。

 

「…ケイシーはさ、ダンブルドアのとこで何してたの?」

「まあ、主に能力の抑制。今まで死ぬほど動物に追いかけられてきた人生だったけど、今はかなり過剰に愛されるぐらいまでにはなったかな。オンオフはまだできないカンジ」

「大変だね、他には?」

「魔法のことについてとか、ホグワーツの予習。この通り危険な目にあうことも多いから結構実践的なことも学べたよ」

 

まあ、大体察してはいた。ケイシーは家に入ってきたときも、ずっと杖を肌身離さず持っていた。既に杖を持っているフレッドとジョージでも杖をまだ携帯できるほど使ってはいないし、慣れてもない。でもケイシーは、杖をまるで自分の半身のように扱っていた。きっとダンブルドアに色々教えて貰ったんだろうなぁ、と羨ましそうな目でケイシーを見ると、彼女はにやにやと笑って、チェスの駒を動かしながら僕を伏し目がちに見た。胡坐を掻き頬杖をついている彼女は目の錯覚か、ビルよりも大人な気がした。冗談だろ、と目をこすると目の前には僕と同い年のケイシー。でも、どうしても見間違えとは思えなかった。

 

「魔法を教えてあげようか?」

「え、」

「ロン、遠慮しなくていい。君だって他の兄弟より秀でたものを持ちたいんだろう?」

 

ケイシーがチェスの盤から身を乗り出して僕の目の前に顔を近付け、ニッコリと笑った。

僕とそっくりの色の瞳に明かりが反射して、キラキラと輝く。この手を取ってはダメだ、と頭の中で何かが警笛を鳴らしていた。ケイシーが僕のナイトを取って、前に移動させる。

 

「ここに置けば、あと七手で私はチェックメイトだ。お見事だよロン」

「あ、え、」

「チェスの才能もあるね…。魔法は私が教えよう。他の兄弟なんて目じゃないぐらい強くなる。ロン、どうしたい?」

 

頭が混乱してきた中で、『他の兄弟なんて目じゃないぐらい』という言葉が頭を駆け巡る。僕はこのまま平凡なままで人生を終えるのか?ぐるぐるぐるぐると言葉が駆け巡る。

七歳児に持ち掛ける話じゃないんじゃないか、と後に僕は思うことになるけど、今はそんなことに頭が回らなかった。

 

その日、僕は双子の姉の手を取った。

 




今回は後書きが説明などいろいろ長くなるので見たくなければ飛ばしてください。
流石に情報が錯綜して色々わけわかんなくなっていると思うので一応書いておきます。参考程度に。

Q.なんでケイシーはグリンデルバルド的な立ち位置になろうとしてるの?
A.ダンブルドアの意向です。
筆者の意見としては、原作を読んだときに不死鳥の騎士団と闇の軍団という上位層の戦いしか書かれていなかったのが少し腑に落ちなくて。マグルの戦争とは違って全員が当事者になるわけですから、中間から下位層を取り込んでおかないと厄介ですよね。ダンブルドアは第一次の時にそこまで手が回らなかったのだと思いますが、今回は強力な駒であるケイシーがいますから、そちらの統率を任せたわけです。ここ一年でケイシーはダンブルドアの駒だと積極的にアピールしていたのでだいぶ信用されています。能力や考え、実力、ハリーたちとの兼ね合いもある年齢などすべてがほぼ完ぺきなので。その他にも理由はありますが後述します。

Q.ケイシー可哀想じゃないですかね?
A.うーんそうでもないです。彼女は自分から駒になろうとしています。
流石にグリンデルバルド的な感じでみんな率いて行ってくれよ~!ってダンブルドアに言われてドン引いてましたが、腹をくくりました。例えカリスマ性がなくても能力というアドバンテージがあります。もっと言えば中間層などを統率しなければならないのはヴォルデモートの存在が魔法省共に世間認識された五年生の終わりからホグワーツの戦いまでの二年間ほどです。その間を誤魔化せれば耐えというわけです。この役割は他の人には出来ないということも分かっていますし、今のところケイシーは最後の侍状態です。ある意味セブルス・スネイプと同じカンジの立ち位置でもあります。

Q.ケイシー逃げて。雲隠れすればおkや!
A.出来たらよかったですね(ゲス顔)
しかし闇の勢力はもうケイシーの存在は認識していますし、意地でも追ってきます。完全な能力のオンオフが出来ればよかったんですが、今のところ彼女には無理です。ちょっと抑えるぐらいですね。
逃げて追われてのイタチごっごを続けるぐらいなら周りの人を助けると決めました。
どっちにしろ筆者的には逃げられたら困ります。逃がしません。

Q.ケイシー性格変わり過ぎじゃない?最後の方とか豹変してませんか?
A.そこですよね、問題は。
実は今まで彼女自分視点の時は割とマトモに書かれていますが、所々サイコパスの鱗片があります。今までは年上の人物、初対面の人に対しての事だったので猫被っていましたが、少し他人に対して支配的というか、なんというか。特に同年代や年下には顕著です。人の優位に立つことも好きです。その点については完全にトム・リドルと似ています。優しさやまだ未熟な点は全く違いますがね。
お気づきの方ももしかしたらおられるやもしれませんが、彼女この一年でダンブルドアの思想に偏ってきています。というか元々考え方が似ていました。『より大きな善のために』とか特にそうです。周りの人が助かればどんなこともするで!って感じの決意表明もしていたかと。
魔法の才能があり、サイコパスで、ダンブルドアと気が合って、少し支配的。あれれ?おかしいな、グリンデルバルドさんにソックリじゃないですかやだー!
勿論まだ鱗片だけです。いわばドラゴンの卵。ケイシーはまだまだ純粋です、多分。
しかしダンブルドアはそこに目ざとく気が付きました。それで彼女に大役を任せたわけです。彼女には民衆を動かす才能があると。あの唯一無二の能力もあれば本当に強力な味方です。グリンデルバルドのような少女と共闘ができる、とワクワクしていた面もありますが。

以上になります。長くなって申し訳ない。本編にも分かりやすく書けたらよかったんですが、文才がないもので。
こんなおバカな考え方でいいんか!というご叱咤をお持ちの方もおられるかと思いますが、許してください。この小説書く時の私の脳細胞は死んでいるんです(十敗)。
あと、私はケイシーと精神年齢同い年なので基本的にJKってこんなこと考えるんやな…って気軽に考えていただけると幸いです。
戦争史とか学んでハリポタに取り入れてみたい気はしますが、そこまで脳が追い付いてません。


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優しきイタチの一族

ロンと徹夜チェスに明け暮れた翌日、私たちは目を擦りながら一階のダイニングに向かった。

朝早くからママはみんなのご飯を作っており、セカセカと忙しそうにキッチンで料理をしている。ええっと…十人分?作るの大変そうだな、と思って私はキッチンの方に歩いた。

 

「ママ、何か私することある?」

「あら、ケイシーちゃん。ありがとう、でも座ってていいのよ」

「じゃあお言葉に甘えて」

 

ニコニコと話す私たちを見てロンがドン引いたような顔をした。なんだよ、失敬だな。普通初対面の母子はこうやって探り探りに喋るものなんだよ。まあ、初っ端駄々こねるよりかは猫被るのが普通だと思う。ママだって距離を測りかねているみたいだし、距離をすごい詰めてくる娘よりある程度取ってくれる娘の方がいいんじゃないか?

暇だからとロンに連れられて裏庭に出ると、ノームが私の方に寄ってきた。

 

「ほんとに動物を引き寄せるんだな」

「引き寄せ方にもいろいろバリエーションがあるけどね」

「ノームの追っ払い方は?」

「さあ」

「じゃあ見てて、ここをこう掴んで…イッたいなぁ、もう!噛んでくるんだコイツ」

 

ロンがノームをぶんぶん振り回して遠くの方へ投げるけど、悲しいかな七歳の子供に飛距離は期待できない。その間にも巣穴からノームがわらわらと忍び寄っており、ロンはうぇえええっと気持ち悪がった。

仕方ない。杖を取り出してノームを全員適当に遠くへ放り投げると、ロンが私をじっと見ていることに気づいた。

 

「どうした?」

「…いや、魔法を教えてくれるんだろ」

「そうだね」

「僕、杖も持ってないし…」

 

ロンは居心地悪そうにそっぽを向いた。ん?可愛いなコイツ。

正直杖の問題は気にしなくていい。私には割と今まで魔法生物関連でダンブルドアに貰った『お小遣い』があるし、双子の私が杖を持っててロンが持ってないのは不公平だと両親も思うはずなので、近日中にダイアゴン横丁で買うことができるだろう。

その事を伝えると、ロンは安心した様に溜息を吐いた。その歳で家計を思いやれるのは偉い。

 

私が何故ロンを強くしようと息巻いているのか。その理由は色々あるが、一つは双子の弟だからだ。原作改変を許容し始めた今、一番気がかりなことはロンの事だった。

ロンは原作で三人組の中で損な役割を買っている気がするのだ。多くの兄たちに劣等感を植え付けられ、英雄の友人としか見られず、ダンブルドアにさえハリーのお供として見られる始末。正直双子の姉として解せない。チェスも上手いし最終的にハリーとハーマイオニーを率いて行ってるし一番人間臭いロン君が私は大好きです(ブラコン)

私は幸いなことにかなり他の子供よりリーチがあるし、彼に知識を教えることはできる。前世でも勉強はまあまあ出来る方だったしね。

 

前に言ったように、私には時間があるようでない。

ホグワーツに入ったら組織を立ち上げるために色々根回しすることになるし、五年生辺りからハリーたちと本格的に別行動をしていくことになるだろう。双子として彼にしてあげられることは少ないけれど、後に彼の役に立つことはできる。

ロンが自分に自信を持てるよう魔法を教えるし、多分やればできる子だと思う。序盤であんなポンコツ扱いだったのはすべておさがりの杖のせいなのだ。

 

「魔法の練習場所はどうするの?バレたらママに怒られるのがオチだぜ」

「もう決めてある、朝食を食べ終わったら案内するよ」

 

丁度呼ばれたことだしね、と言って私は家の中に入った。ママが私たちを見て席に勧める。私の席は新しくロンの隣に出来たらしい。

その後ご飯を食べ終わって私の部屋にロンを連れて行こうとしたのだが、その際にジニーにじっと見られていることに気が付いた。…こっちも頑張らないとなぁ。

 

 

 

ロンを私の部屋に招き入れる。物はあるがどこか淡泊な部屋にロンは驚いた。まあ趣味の物とかないからね。ロンは私の机の上にある写真たちに気が付くと、それを指さした。

 

「…この人は?」

「リーマス・ルーピン。私の養父みたいなものかな。ダンブルドアに引き取られたと言ってもダンブルドアも忙しいしね」

「ふうん、どんな人?」

「優しくて温厚でいい人だよ。ちょっとした欠点はあるけど。ホグワーツの教員で優秀なんだ。…よいしょ。さ、私たちが練習する場所はここだ」

「トランク?」

 

ベッドの上に重いトランクを押し上げた。外から見るとただの古びた革製のトランクだが、一味違う。ロンの疑問に応えるように、トランクのバックルを外し取手を杖で三回たたく。

トランクを開くと、中にはとてもトランクとは思えない奥行きと長い梯子。ロンが中を覗くと、うわぁ、と感嘆のため息を漏らした。

内装的にはファンタビのニュートの部屋にベッドとかキッチンとか生活できるスペースを増やした感じだ。あと本がいっぱいある。センスのいいハリウッドの美術さんの通りにすれば私だってこんな内装のいい部屋を作れるんだ。

ロンを先に中に下ろし、私はトランクを閉めながら中に入った。因みに中にはサファイアローズのアランも鳥籠の中でゆっくりしている。

 

小屋を出ると森がある。森には二匹の魔法生物がいるのだが、まあ温和な性格なので大丈夫だろう。一匹はストーカーのユニコーンである。ええいままよと連れてきてしまった。変に家の周りをうろうろされても困るし、今は隠れている屋敷しもべのレオニも連れてきたので世話はしてもらえるのだ。

もう一匹の影を捜し森の方を見ていると、ロンに服を引っ張られた。ロンは涙目で自身の後ろをちょいちょいと指している。

 

 

…あ。

 

 

「ぼ、僕の後ろにいるの、なに?」

「大きなネコチャンだよ」

「ほ、ほんとに?違うよね?」

「大きなネコチャンだ。間違いない」

「いま僕のほっぺ舐めてるのゼッタイ猫じゃないよね!?」

「大きなネコチャンだ。心配するな」

「牙あるよ!?」

「猫にだって牙ぐらいある」

 

半泣きになっているところ申し訳ないが、その子はれっきとした飼い猫である。

皆さんお察し二匹目の動物は中国の生ける伝説、ズーウー。ほんの小さなころノクターン横丁で売られているところをケトルバーン先生が助け、私が飼育することになったのだ。大丈夫だ、温厚だからとロンの後ろに回りズーウーのメリーちゃんの首を掻いた。この子は立派なレディなのでそんな怯えないでほしい。傷つきやすい子なんだ。

 

「そもそもなんでそんなデカい怪ぶ…猫を飼ってるんだよ!?」

「(違法な)ペットショップから来た子でね。可愛いだろう?」

「…はい」

 

ううん、駄目だな。これじゃあスキャバーズ以前に猫嫌いを発症しかねない。

残念だがメリーちゃんには私たちの練習している間は森にいてくれと頼むしかあるまい。

 

「取り敢えず場所の問題は解決だね」

「あとは杖と…本が必要か」

「持ってるの?」

「勿論。ロンに何冊かあげよう」

 

そう言って私とロンはまた小屋の中に戻った。取り敢えず私が初めの頃に使っていた変身術やら呪文学やらの本をぽいぽいと渡す。書き込みとかもしてあるぶん、分かりやすいだろう。最初は三冊ぐらいかな。学校の教科書もいいっちゃいいのだが、あれは賢い子から物覚えの悪い子まで全員に通用するようなザ・均一という感じのものが選ばれている。いまロンは七歳なわけだし、多少分かりやすい本のほうがよろしい。

バサバサと紙やら本を退かす。…もうちょっと片づけたほうがいいなぁ。私は整理整頓があまり好きじゃないのでいったん放置(五回目)

 

「…どうしてママの前では猫被ってるの?」

「そりゃ円滑に関係を築くためだよ。単純に母親との接し方が分からないというのはあるけどね」

「ふうん、そう」

 

嘘である。

前世のJKの記憶から見るに母親にはこんな感じで接したほうがいいかなぁというトーンで話しているだけだ。前から女らしくない口調だったから、実はこの態度は地なのだけれど、七歳にしては少々いかついかなあという配慮だ。

 

しかし一方で私の目指すべきカリスマ・トムパイセンやゲラートパイセンに似せている部分もあるっちゃある。否定はできない。

例えば今なんかそうで、二人は絶対小さい頃から言動がかっこよかったという偏見に基づき少し恰好つけている。恥など捨てた。

もし幼少期なんかにかわい子ぶったら後々絶対後悔すると私は確信しているし、特にロンにはこの性格を貫き通そうと思っている。ヴォルデモートもグリンデルバルドも自分のバブバブ期を知っている人など速やかに消し去りたいと思うはずだ。私にはそれが出来ないので、仕方なくこうしている。そもそも「~~~だもの。~~~だわ。」とか言うの性に合ってない。私の様なカリスマ性のないキャラはなんとか化けの皮を被って生活せねばならないのだ。

 

そしてこの日からロン強化ケイシーズブートキャンプが始まったわけだが、一応一通りさらってみた結果を報告しておこうと思う。ロンは原作と同じで変身術が大の苦手、そして呪文学が得意であるということが分かった。魔法史も少し教えてみたが致命的で、どうやっても無理なことが分かった。チェス出来るんだから魔法史も出来るよ理論は通用しないらしい。まあ、私が教えるのはあくまで魔法だけなので学生になったら地獄を見て頂きたい。

 

 

 

 

 

 

「あんたなんて大っ嫌い!!!」という言葉、君たちは言われたことがあるだろうか。普通に生きていたらあまりお近づきにならない言葉である。

ちなみに私は今言われた。薄々気が付いてはいるだろうが私の近くでこんなセリフを剛速球で投げつけてくる可能性があるのは我らが愛しのジニーちゃんただ一人である。

 

今起こっていたことを話そう。この家に来てから五日目、ジニーちゃん除く兄弟とも割と打ち解けてきたころ。晩御飯を食べ終わり皿を洗っていたママを手伝っていたのだ。既に打ち解け始めていたフレッド・ジョージにやんややんや絡まれながらパーシーと一緒にホグワーツについて話していた。今年入学だからね、仕方ないね。

そうしているうちに、私はジニーが一人で寂しそうにうつむいていることに気が付いた。まだ彼女にあるわだかまりを取ってないうちに気軽に話しかけるのもなあ、とも思ったがどっちにしろ彼女の皿を下げなければならないので仕方ない。そして近づいて「ジニー」と呼びかけた結果これである。脈絡もくそもないが、まだ六歳児のジニーには感情のコントロールの仕方が分からないのだろう。私の持っていた皿を弾き飛ばして家を飛び出して行ってしまった。

 

お察しの通り今この場は凍り付き、音を立てたら負けゲームが勝手に始まっている。

両親も目を丸くして私とジニーの出ていった裏口を交互に見ているし、兄弟達なんて誰も動く気配がない。なんだ、お通夜か?まあある意味今まで甘やかしていた妹がこんなことをしたんだからびっくりするのも当然だろう。ビルとロンは何となくジニーが私に抱く感情を察していたみたいで、複雑そうな顔をしている。

ここは私が収拾付けないとまずいなあ。外も暗くなってるし、六歳の女の子が一人で出歩く時間ではない。まあ追う私も七歳なのだが。床に散らばった皿を杖で浮かして元に戻すと、ロンに手渡した。

 

「ちょっと話してくる」

「でももうお外は暗いわ。ママたちが探してく―――」

「大丈夫、待ってて」

 

家族と探せば確かに早いだろうが、ジニーは私が探し出さないと意味があるまい。

ロンに頼んだぞ、という視線を送ってから、私は裏口から出ていった。

 

 

 

ホメナム・クァレル 人捜し

 

杖を振って言うと、杖の先から微かな光が丘の方に伸びていた。ジニーだ。

揺れる草を踏んでいくと、丘の上にある一番大きな木の裏に彼女はいた。暗がりに小さく丸まってすすり泣いているらしい。

ぶっちゃけ私こういうの苦手なんだけど。今後ジニーとも仲良くはしたいけど、泣いている人に声をかけるのはどうしたらいいかわからないんだ。見つけ出したはいいが対処に困る。こういうところで迷うのがカリスマになれぬ所以だ。

 

今まで末の女の子だからと可愛がられてきたのに私が来てからはみんな私にかかりきりだったし、忘れられたようで悲しかったんだろう。得体も知れぬ女が家族の中に入っていくのが恐ろしかったんだろう。要は嫉妬と恐怖だ。

んー、やっぱママに頼るべきだったなこれ。第三者でしか踏み込めないことだわ。ドロドロした感情論のケンカは正々堂々ぶつかって砕けるか第三者が必要だと前世の友人が言っていた。

思わずため息を吐くとどうやら聞こえたらしく、ジニーは顔をあげぬまま肩をピクリと震わせた。

 

「だれ?ママ?」

「残念、ママじゃなく私なんだ」

「帰って!ほっといてよ!!どうせ私の事憐れんでるんでしょ!馬鹿にしに来たんでしょ!ちょっと構われてるからっていい気にならないで!」

 

杖を振って光を消した。こりゃいかんな、感情的になってる。こっちも情に訴えなきゃダメか、と私はどう説得するか考えをめぐらした。

 

 

 

[Ronald side]

 

 

「どうしたんだ、ジニーのやつ」

 

そう言ったのはチャーリーだった。パーシーもぽかん、としている。

ビルと僕はなんとなぁく察していて、だんまりを決め込んでいた。

本当の意味で、兄さんたちにジニーの気持ちはわかるまい。多分分かるのは僕だけだ。

 

ケイシーはいい意味でも悪い意味でも優秀だった。

魔法は勿論のこと、ママの家事だって嫌がらず進んで手伝うし、思考回路が大人びているから兄さんたちとも対等に話せた。僕とジニーはまだ小さいからとイジられたり優しくされたりばかりだったけれど、ケイシーは違った。寧ろフレッドやジョージを言葉で言い負かすこともあるし、話すのが楽しい、と兄たちに思わせるような存在だった。

パパとだって魔法省の事で話していたのを聞いたことがあるし、さっきだってパーシーにホグワーツの教科について教えていた。

 

僕たちと違って広い世界を見てきている。

生まれたころから両親がいる僕らに、ケイシーの孤独は分からない。あれだけの魔法と知識を習得するのにしてきた努力も分からない。

だからこそ嫉妬してしまうのだ。自分の隣に、自分より数段秀でた者がいたら自身の至らないところが目に付くだろう。さっきも自然に皿を浮かせて、割れた部分を直していたし。

ジニーはこの家族の中で唯一の娘だったからなおさら。

 

数十分は経っただろうか、目を真っ赤にさせたジニーとケロッとしているケイシーが帰ってきた。二人とも足に雑草がくっついていたが、顔はどこか晴れ晴れとしている。

ママは取り敢えずケイシーに言ったことを叱ろうとしたが、ケイシーがそれを制した。どうやらあの後だいぶ話し込んだらしく、ジニーにこれ以上言うのはやめてやってくれ、とのことだ。

 

どうやらケイシーはあの気持ちの悪い猫かぶりをやめたらしく、元の女っ気のない喋り方でママに話しかけていた。やったね、笑いをこらえる労力が無くなる。

あとこっちをじっと見てくるのはやめてくれ。口角を不自然なほどあげて微笑むんじゃない。

オマエ、アシタオボエテロヨという声が脳に響いた気がした。ついにあいつはテレパシーの能力でも身に着けたのか?




みなさん!朗報です!
No.0 WHITE HATこれで終わりです。本当に長かった。
それに伴い、『かの高尚な赤毛の魔法使い』に題名を変えようと思います。
題名は次の章を投稿すると同時に変えます。
許してください、今の題名ここに投稿するときに適当につけたやつなんです。
ここまで見て頂いた読者の方々、本当にありがとうございます。

次の章でお会いしましょう、では。


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No.1 RED STONE
動き出した汽車と共に


 

11歳になれば、魔法学校から入学許可証が贈られてくる。

魔法使いの家系に生まれた者たちの間では常識であり、私たちの中でも例外ではない。

ミルクと砂糖をたっぷりと入れたカフェオレを傾けながら日刊預言者新聞を読んでいると、隠れ穴の窓をコツコツ、と叩く音がした。

 

「姉さん、梟よ」

「この時期だと多分入学許可証だろうね」

 

そう言いながら窓の錠を杖で開けると、梟が手紙をテーブルまで持ってきた。羽根が入らないようにカフェオレを置くと、綺麗に封をされた手紙を取る。目の端で誰も席についていないのを確認して溜息を吐いた。ロンはまだか。

今年はチャーリーが卒業して身一つでペルーのドラゴン保護区に飛んで行く予定だし、ビルは早々にグリンゴッツに就任しているので夏休み前の家には私とロンとジニーしかいない。それにしても人数の多い家族なのだけれど。ボリボリと腹を掻きながら階段から降りてきたロンに手紙をひらひらと見せると、目が覚めたようで勢いよく近づいてきた。

 

「やっと!?」

「ああ、一緒に開けよう」

「姉さん、早く見せてよ」

 

私の髪を結っていたジニーが後ろから急かすので、手紙を開ける。

 

 

 

 

 

ホグワーツ魔法魔術学校

校長  アルバス・ダンブルドア

マーリン勲章、勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、

最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員

 

親愛なるウィーズリー殿

このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。

教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。

新学期は九月一日に始まります。七月三十一日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。

 

敬具 

副校長 ミネルバ・マクゴナガル

 

 

 

 

 

「これじゃどっちのウィーズリーか分からないわ」

「手紙に宛名が書いてあるからいいんだよ、こういうのは」

 

入学許可証をいそいそと箱にしまう母さんを見ながら、私は言った。雰囲気なんだからそこには目を瞑るべきだ。因みに今年でこの家の子供たちの入学許可証は七枚目である。

ロンは目を輝かせながら入学許可証を大事そうに見ていたので、私は二枚目の必要なものリストに目を通し始めた。

 

普段着のローブは…買わなきゃだめだな。私が長女だから多分衣類全般は新品だろう。教科書は持っているからいいとして…。基本的に必要となるモノは私が事前に持っているっぽい。あとは猫梟ヒキガエル等のペットなのだけれど、正直大きなネコチャンがうちにはいるからなぁ…あ、でも訓練された梟は欲しいかも。

 

目の前に差し迫った原作に思いをはせて、上機嫌にカフェオレを飲む私をロンは訝し気に見ていた。

 

「なに?」

「いや、随分上機嫌だなと思って」

「学校に入ることを楽しみにしちゃダメかな?」

「いや、ケイシーそんなタチでもないだろ」

「失敬だね、私にだって一般的な感性はあるよ」

 

勿論、みんなとは別の事を楽しみにしているのだけれどね。ニヤニヤとし始めた私にイカレてるとかぶりを振ったロンは、朝食のベーコンエッグに手をつけ始めた。

 

 

 

キングズ・クロスは魔法界とマグル界の架け橋の一つをなしていると言ってもいい。

ホグワーツに向かうための鉄道が、九と四分の三番線から発車するのだ。魔法使いの家系に生まれたと思われる者、マグルの家の出だと思われる者、皆一様に目の奥を輝かせてホームを歩いていた。車掌は子供が多いなと思っている様だったが、魔法がかけられているためその理由は分からぬままだ。

 

「おいジョージ、パースのやつ監督生バッジをもうつけてるぜ」

「嘘だろ、今私服じゃないか…ほんとだ。これはこれは。今年度の監督生様は志が高くていらっしゃる…」

 

こそこそと笑い合っているフレッドとジョージを横目に、ロンは落ち着きがないように私の方に寄ってきた。

 

「ケイシー、僕大丈夫かな?」

「何が?」

「フレッドが言ってたんだ。組み分けではトロールと取っ組み合いさせられるとかなんとか…」

 

ロンに気が付かれないように前の方をちらりと見ると、フレッドがしー、とジェスチャーをしていた。まったくもって馬鹿らしくはあるが、私もロンに教えるつもりはない。こういうのは黙っていた方が面白いのだ。まあでも今のロンの実力ならトロールぐらいなら倒せると思うけどな。

ニヤニヤとしているフレッドの背を押して前に向かせると、目の端に黒髪の男の子がうろうろしているのが見えた。我らがこの世界の主人公サマ・ハリーだ。こっちから話しかけてみるか。

 

「やあ、何かお困りで?」

「あ、うん。九と四分の三番線への行き方が分からなくて…」

「あら、こんにちは坊や。どうしたの?」

「母さん、この子は九と四分の三番線への行き方が分からないらしい。良かったら私たちと一緒にこないか?」

「それがいいわ。マグル生まれの子には分からないこともあるもの」

「お願いします、是非」

 

今さっき母さんをおちょくりながら壁に消えていった双子を思い出したのか、礼儀正しい子ねと母さんがつぶやくと、ハリーはアハハと苦笑いした。

 

「心配しなくていいのよ。九番と十番の間の壁に向かって真っすぐに歩けばいいの。立ち止まったり、ぶつかるんじゃないかって怖がったりしないこと、これが大切よ。怖かったら少し走るといいわ」

「母さん、私が先にやって見せようか?」

「そうね、それがいいわ。ケイシーのをよく見てるのよ」

 

私もこれは初めてだったりするのだが、多分大丈夫、だと思われる。

雑踏の中を極めて静かに歩いて、私は壁を通り抜ける。後ろを向くとそこは壁だったので無事上手くいったのだろう。後ろからハリーがやってきて、プラットフォームの光景にうわあと歓声を上げた。

機関車が煙を噴き上げ、色とりどりの猫が足元を歩いていく。轢かないようにね、と私はハリーに言った。学生の喋る音と重いトランクの擦れ合う音がそこかしこから聞こえる。非現実的ともいえる光景が目の前に広がっている。機関車は実に荘厳で、私も顔は平静を保っているが心の中は爆発しそうだ。

私は幸いなことに持っていたのがトランク一つだけだったので、人の間を縫ってハリーの近くに近づいていった。どうやらこの熱気にやられたようで、ハリーはぼぅっと辺りを見回している。

ロンたちが壁を抜けてきたのを確認して、私はハリーと共にロンたちの方に寄っていった。

 

 

 

 

[Harry side]

 

 

無事にホグワーツ特急に乗った僕のコンパートメントには、僕のほかに二人が座っていた。

魔法界について教えてくれている鼻に泥が付いた少年と、コートを被ってずっと寝ている聡明そうな美形の少女。

彼の名前はロン・ウィーズリーで、彼女の名前はケイシー・ウィーズリー。双子だと言っているが、色合い以外は完全に顔の系統が違うので二卵性なのだろう。彼らのほかにも双子がいたし、この家庭は子供が多い、らしい。双子が二組生まれるなんてすごいなぁ、と一人っ子(一応従兄弟はいるがあれはノーカンだろう)の僕は羨ましく思っていた。

 

「ごめんね、僕のヒキガエルを見なかった?」

 

コンパートメントをノックして泣きべそをかいた男の子が入ってきた。

ロンと僕が見ていない、と言うとその子はさらに顔をゆがめ泣き始める。男の子の一番近く、僕の斜め前で寝ているケイシーは極めて迷惑そうに体をゆすって掛けていたコートに顔をうずめた。メソメソ泣いていた男の子がビクリと肩を揺らす。

 

「どうしたの」

 

顔もあげず、不機嫌そうにケイシーが僕らに訊いたので、男の子のヒキガエルがいなくなったらしいと話した。それを聞き片目を開けて男の子を見たケイシーはため息を吐き、なるほど、と一言。ケイシーが杖を懐から出した瞬間、泣きべその男の子の後ろに女の子が増えた。ふさふさの髪をしているその子はケイシーが杖を振り上げているのを見ると、呪文をかけるの、見せてと若干偉そうに言った。

ケイシーがその態度に目を細めたのを見て、ロンが顔を引きつらせる。

 

「そもそも、人に頼みごとをする前にすることがあるとは思わないか?お二人さん」

「へ…?」

「見ず知らずの人の頼みを聞いてやれるほど暇じゃないんでね」

「あら、でも今寝てたじゃない」

「君たちに構って削る時間はないということかな」

「意地悪な人ね」

「なんとでも」

 

肩をすくめてロンは僕を見た。どうやら『いつも通り』のようだ。

 

「私の名前はハーマイオニー・グレンジャー。…ほら、あなたも」

「ぼ、僕はネビル・ロングボトム」

「ヒキガエルの名前は?」

「トレバー」

 

ハーマイオニーがハキハキと答えるのと反対に、ネビルは弱弱しく答える。

名前を聞いたケイシーはよろしい、と言った。顔に手を当ててしばし考えた後、杖を振る。

 

アナマ・クァレル 動物探し

 

ケイシーの杖先から弱弱しい光が、コンパートメントの外、廊下にまでつながっている。

この先にヒキガエルがいる、と言うとケイシーはまたコートを自分に掛けて眠り始めた。勿論杖は未だ掲げたままだ。呪文の効果が切れる前に、とネビルは足をもつれさせながら廊下に飛び出していく。反対にハーマイオニーはコンパートメントの中に入りケイシーの前、つまり僕の隣に座った。

 

「あなた、すごいわね。私の目を通した限りではそんな呪文教科書にはなかったわ」

「勿論、それより後で練習する呪文だからさ。さっき名前を訊いたのも動物の所有者と動物の名前が分かると使いやすいからなんだ。まだ僕らは一度もトレバーを見たことがないから想像しにくいしね」

 

コートで眠っているらしいケイシーの代わりにロンがなんともないように言った。魔法族に生まれる子とはリーチが違うのね、とハーマイオニーはうなだれる。ロンは僕は使えないぜ!とおどけて見せたが僕らの不安は消えない。

さっきロンはマグルでも大丈夫だ、学校でやっていけると言っていたけれど、本当に大丈夫なのだろうか?僕らがちょっと異常なだけだよ、とロンは言った。

 

僕たちはその後自己紹介をしたが、ハーマイオニーが僕のことを知っていたのは驚いた。やはり僕は有名人らしい。

ハーマイオニーはもっと勉強しなきゃ、とブツブツ呟きながらコンパートメントを出ていった。

 

 

 

[Cayce side]

 

 

昨日楽しみで眠れなかったという理由が今の年齢で通用するのか、私は割と気にしている。

というのも昨日私はその状態だったからだ。今日ホグワーツ特急に乗るの楽しみ過ぎてね。だってファンなら誰しもが夢見るホグワーツ入学だろう?幼少期にホグワーツいただろというツッコミは抜きにして。

先ほどはハーマイオニーとネビルに悪いことをした。朝が弱い私は起こされるといらいらするのだ。あの呪文、ああ見えて割と繊細な技術を必要とするし(一応六年生で扱うことになるモノだ)。

そして今私はまたもや眠りについていたわけだが、コンパートメントに新たな来客が来たことでそれもまた遮られてしまった。先ほどよりはいらいらしていないが、正直静かにしてほしい。

 

その来客とはマルフォイwithB。この鼻持ちならない貴族サマ、ここで出て来る予定だったのか?如何せん映画の印象が強すぎてここのシーンは覚えていなかった。

僕はドラコ・マルフォイと彼が自己紹介をしたところで、我が弟は笑いを誤魔化すように軽く咳払いをした。ああ、煽りスキル高いんだから。ロンが笑いを耐え忍ぶように下を向くのが目を瞑っていても容易に分かる。

 

「僕の名前が変だとでも言うのかい?君が誰だか聞く必要もないね。パパが言ってたよ。ウィーズリー家はみんな赤毛で、そばかすで、育てきれないほどたくさん子供がいるってね」

 

まああながち間違っていないのだが、言葉に棘を感じたのか空気がピリッとした。薄目を開けるとハリーと目があったのでウインクしておく。マルフォイはハリーに向かって言った。

 

「ポッター君。そのうち家柄のいい魔法族とそうでないのが分かってくるよ。間違ったのとは付き合わないことだね。その辺は僕が教えてあげよう」

「ふうん、よくもハリーにそんな口が利けたものだね」

 

マルフォイが今私に気が付いたようにばっとこちらを向いた。

私は掛けていたコートを畳みながら席を立ってマルフォイと同じ目線に立つ。…いや、ブーツを履いているから私のほうが背が高いか。幽霊でも見たような顔をしないでほしい。そもそもロンがいるなら双子の姉である私もいることは察しが付くだろうに。

 

「君たちの家が地位が高いとかは知ったことではないが…ヴォルデモートの下についた君たちがハリーによくもまあいけしゃあしゃあと仲良くしようだなんて言えたものだ。マルフォイ家は品格も落ちぶれたかい?」

 

マルフォイが顔を真っ赤にした。ハリーも後ろで「判断なら自分でできる、ご親切様」と追い打ちをかける。それを世では死体蹴りというんだよ、ハリー。

 

「ポッター君、僕ならもう少し気を付けるがね。もう少し礼儀を心得ないと、君の両親と同じ道をたどることになるぞ。君の両親も、何が自分の身のためになるか知らなかったようだ。ウィーズリー家やハグリッドみたいな下等な連中と一緒にいると、君も同類になるだろうよ」

 

何だこの死体、まだ戦う気だ。

ハリーとロンが立ち上がった。私はそれを制すると、鼻で笑っているマルフォイ三人衆を見据える。マルフォイのこと、別に嫌いではないがここらへんでガツンと言ってやらなきゃいろいろ後が面倒くさい気がする。

 

「そうだね、マルフォイ。もう少し礼儀を心得ないと君も親と同じ道をたどることになる…十年後は仲良く親子でアズカバンかな?」

「な、パパを愚弄するなこの化け物!」

「化け物?何のことかな」

「変な力を持っているんだろう。不気味だ」

「…へえ、何故私の事を知っているのかな?まさかかの有名なルシウス・マルフォイが息子に魔法省の機密事項を漏らしたわけでもあるまい?」

「そ、それは…」

 

青ざめるマルフォイの反面、私はにこりと笑った。やはりね。

私の能力については幼い頃に箝口令が出たはずだが、『うっかり』お父様が子息に漏らしてしまったらしい。恐らく私に対して気を付けろと言う注意なんだろうけど。私の事を事前に知っていたような反応から察しは付いていたが、魔法界では秘密なんてあってないようなものだな。いや、公然の秘密と言うべきか。まだ生徒でも一部の者しか知らないようだが、近々広まることだろう。別に隠すつもりもないしいいのだけれど。

 

「出てけよ」

 

ロンが言った。マルフォイはコンパートメントを見回し、ニヤニヤ笑う。

 

「出ていく気分じゃないな。僕たち、自分の食べ物は全部食べちゃったし、ここにはまだあるようだし」

 

ロンと私が杖をマルフォイに向ける。ゴイルが蛙チョコに手を伸ばそうとしたところで、ロンは杖の先をスパークさせ威嚇した。

 

「お見事」

「この魔法は得意なんだ。」

「まだやるかい?そうだね…だいぶ、不利なようだけど?」

 

マルフォイは悔しそうな顔をする。ゴメンね、君たちじゃ多分ロンでも十分だ。

足音が聞こえたのか、マルフォイたちは大人しく帰っていった。入れ違いのようにハーマイオニーがコンパートメントに入ってくる。

 

「いったい何やってたワケ?ああもう、早くローブに着替えて。もう間もなく目的地につくんですって。彼女もいるんだからスピーディにやらないとまずいわよ」

「ああ大丈夫」

 

杖を振ると服がみるみるうちにローブに変わる。

 

「すごい、どうやったの?」

「魔法だよ。じゃあ私は廊下で待っているから二人ともあまり待たせないように」

 

そう言ってコンパートメントの扉を閉める。閉める寸前ロンの、僕にも教えてくれたらよかったのに、という声も聞こえたが無視してハーマイオニーと喋っていた。

車内放送が聞こえる。もうすぐでホグワーツに着くようだ。長かったな、と私は暢気に伸びをした。



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優雅なるホグワーツ城

10月20日まで更新ストップと言ったな、あれは嘘だ。
次話は本当に20までストップです。


汽車を下りると、ハグリッドが暗いプラットフォームで待っていた。

夜の冷たい雰囲気がローブ越しにも分かる。ハグリッドが大きなランプで先を照らしながら、皆黙々と森の小道を歩いた。

やがて大きな湖のほとりに出て、生徒たちが歓声を上げる。そこには、高い山の上に壮大な城が聳えていた。

 

ロンと私とハリー、ハーマイオニーでボートに乗って、黒い湖に乗り出した。私が小舟から身を乗り出して湖の表面を撫でると、人魚のような影が浮かび上がる。無数の影だ。隣にいたロンは気が付いたようでぎょっとした。

 

「な、何の動物?」

「マーピープルだよ。別に怖がらなくていい」

「本当に?」

「無害さ」

 

黒い水の奥に、マーピープルの群れが私たちの乗る小舟に沿って泳いでいる。その周りには小さいグリンデローもぐわぐわと動いていた。興味津々の者は私の手に近づいてこようともする。

城までもう少しのところに差し掛かった時、私をちらりと見ると、マーピープルのその長たる者は方向転換して群れはどこかに行ってしまった。小さい頃あのマーピープルとは会ったことがある。その時はまだ群れの一員だったけれど、あの後長になったらしい。

 

舟が向こう岸に付き、ハグリッドが城へ皆を案内する。城の扉を三回たたくとマクゴナガル先生が出て来た。城の中の控室のようなところに通されると、私たち全員の顔を先生は見まわした。私の顔を見て少し目を見張ったような気がしたが、一瞬だったのでわからない。私を最後に見たのは7歳の頃だから、成長にびっくりしたのかも。

 

しばし待たされると、大広間に私たち一年生は通される。

何千という蝋燭が空中に浮かび、四つの長テーブルを照らしていた。テーブルには上級生が着席しており、キラキラと輝く金のお皿とゴブレットが置いてある。きょろきょろと見まわしていると偶然パーシーと目が合い、ニコリと微笑まれた。

広間の上座にはもう一つ長テーブルがあって、教授群が座っていた。真ん中に座るダンブルドアと目があった。私が頷くと、彼は金のゴブレットを掲げた。教員席の一番端に座っているルーピン先生は私を見てニヤッと笑った。無事教員補佐として馴染んでいるらしい。他の先生方も私を見るとニコニコと笑っていた。スネイプだけは決して、目も合わせようとしなかったが。

 

ふと上を仰ぎ見ると、ビロードのような黒い空に星が点々と光っている。

教授は私達一年生の前に四本足のスツールを置いた。椅子の上には魔法使いや魔女でおなじみのとんがり帽子が置かれる。帽子は歌い始めた。原作ファンであれば誰もがうっすらと覚えている歌だ。どこかしわがれた様な声を出して帽子は歌う。

拍手の終わった後、マクゴナガル先生は口を開いた。

 

「ABC順に名前が呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座って組み分けを受けてください」

 

色々な名前が呼ばれた。ハーマイオニーも、ハリーも、ネビルも。ハリーの時はすごかった。うちの兄弟たちがハリーのグリフィンドール入寮を熱心に喜んでいたものだから、ロンは若干イヤそうな顔をした。兄弟のミーハーな姿はあまり見たくないというのが子供心である。

 

「ウィーズリー・ケイシー!」

 

マクゴナガル先生が私の名を呼ぶ。椅子に座ったとき、いやそれとも帽子をかぶったときか。高くに結んだ赤毛のポニーテールが触れないうちに、組み分け帽子は「グリフィンドーーール!!!」と叫んだ。グリフィンドールのハリーの前に座ると、ロンもまもなくグリフィンドールに選ばれることになった。

流石ウィーズリー家だ、とパーシーに双子ともども褒められる。

バツの悪くなった私は口角を上げて嬉しそうなふりをした。

 

何故かって?残念ながら私は帽子による組み分けを行っていないからだ。

思い出してもみてほしい、私の脳を読める者などこの世にいない。それは開心術を使って生徒の寮を決める組み分け帽子も然りであるからして、私が入る寮は決められていたも同然だった。

 

グリフィンドール。

 

ハリーの入る寮に一任されていたのだ。私はハリーの目付け役も兼ねているから当たり前っちゃ当たり前だろう。教師としてスネイプらが守り、生徒として私が守る。万全な布陣と言ってもいい。以前校長室で会った帽子に「君は間違いなくスリザリン」と言われたけど、今回勝手に進路変更されなくてよかった。

一頻り静かになったところで、祝辞のためにダンブルドアが席を立った。

 

「おめでとう!ホグワーツの新入生、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。ではいきますぞ。そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!」

 

ダンブルドアは席につき、出席者の多くが拍手し歓声を上げた。ハリーが「あの人おかしくない?」とパーシーに訊いているのが耳に入った。勿論、おかしい。十一歳の小娘にこの世界を左右しかねない大役を任せるくらいにはね。ハリーも立場的には私と同じではあるが。

 

 

全員がお腹一杯になり、ダンブルドアから例の注意が下った。四階の廊下のヤツである。流石にフレッドとジョージもいつになく真剣なダンブルドアの注意にいたずら心は湧かなかったらしい。ホグワーツはこう見えてデストラップが大量に存在する。教育機関としてどうなんだろうかという疑問符は浮かぶが、歴史があるから仕方ない(適当)

 

地獄のような校歌タイムが終わった後、寮への案内が始まった。因みにフレッドとジョージによる葬送行進曲をスネイプは射殺さんばかりに睨んでいたし、ダンブルドアが音楽のすばらしさに感涙していた時なんかは嘘だろとドン引きしていたのを私は見逃さなかった。

 

 

 

寮部屋は、余りだからという理由で私だけ一人部屋だった。

深夜行動をするという前提の我らが校長の思考回路には苦笑いをせざるを得ないが、正直大変助かる。大部屋よりは小さいが、これでも十分と言った部屋だ。トランクがあれば大きさなんて関係ないし、ルームメイトがいないという事実の方が重要だといえよう。

 

トランクから梟を出して(因みにこの子の名前はベティにした)、私は消灯時間まで本を読んで過ごした。一人部屋だと気楽でいい。十一時にもなろうというところで、私はガウンを着てラフな格好で部屋を出た。ダイアゴン横丁で買っておいたパチモンのデミガイズ透明マントを羽織ると、高い高い女子部屋の連なる塔を下りる。地味に最上階。毎日筋トレ。

 

『オクルノックス 夜に慣れろ』

 

目を暗がりに慣れさせる呪文を唱え、校長室までの道なりを急ぐ。ルーモスよりもこちらの方が使える。フィルチが夜に一睡もしないなんて考えているわけではないが、彼は神出鬼没だ。夜のお散歩がバレたら色々面倒くさいことになることは目に見えている。

数回血みどろ男爵にかちあい悲鳴をあげそうになったが、無事校長室にたどり着くことができた。ここに来たのもすべて、ダンブルドアに呼ばれたからである。でなければ誰が夜のホグワーツを闊歩するものか。夜中の、人気のない静まり返ったホグワーツなんて下手なお化け屋敷より何倍も怖い。

 

「チョコレート・マカロン」

 

ガーゴイルが動き、校長室までの階段を作った。疲れ果てた足を動かし、校長室の扉を開ける。

中にはダンブルドア、ルーピン先生の二人がいた。二人ともゆったりと椅子に腰かけ、優雅に紅茶を飲んでいる。若干当てつけのように透明マントを乱暴に脱ぐと、ダンブルドアは口を開いた。

 

「よく来たのう。久しぶりじゃ、ケイシー」

「お二方とも、お変わりのないようで?」

「君はだいぶ背が伸びたかな?会えてうれしいよ」

「リーマスも随分ここに慣れたんですね。―――――で、説明してもらいますよ。あのターバン野郎なんなんですか?」

 

レオニ経由で定期的に贈られてきていた手紙と、経過報告。その中に今年のDADA教授について不穏な言葉が並べられていたことを問う。

 

ホグワーツの守護者たちの真夜中の会合が始まった。

 

 

 

 

話は概ね予想していたものだった。賢者の石が危ない。ホグワーツに移した。クィレルが挙動不審。大体こんなところだ。賢者の石を守る罠の中には、ルーピン先生のものもあるという。詳細は教えて貰えなかったが、賢者の石があることを教えて貰えたので良しとしよう。

 

それにしても、流石のダンブルドアでもクィレルのターバンの下にヴォルデモートが住み着いているというトンデモ展開は考え付かなかったらしい。クィレルだけを送り込んでくればよかったものを、わざわざ闇の帝王までハッピーセットで来ちゃったのだから致し方ない。ある意味裏をかいたとも言える、かもしれない。誰があの臆病なクィレルのターバンの下に闇の帝王が潜んでいるなんて考えようか。私じゃなかったらその事実だけで卒倒する。

敵軍の本拠地ど真ん中に来るなんて不用心としか言いようがないが、賢者の石とハリー・ポッターが余程魅力的なのだろう。

 

話を聞きながら紅茶に砂糖を入れた。窓辺から月明かりが差し込んでいる。今日がホグワーツの入学式とは思えないほど、私は懐かしい気分に浸っていた。ふかふかのソファに座って話を聞いていると疲れからうとうとしかけたが、何とか耐えた。見兼ねたダンブルドアが大きな火花を私の前に散らした後、再度口を開く。

 

「ケイシーにはそれについて頼みがあるのじゃ。」

「なんです?」

「前も言ったとおり、今年は特にハリーを危険から守ってやってほしい。」

「勿論。クィレルが何をやらかすかわかりませんからね。先生方が目の届かないところでは出来る限り私が見守っておきましょう。」

「危ないことはしないだろうね?」

「まあ、できうる限り。」

 

ルーピン先生が心配そうな顔をしたのでウインクしておく。

私がハリーのために命を放り出しかねないと悟ったのか、数か月前辺りから手紙でいかに命というものが尊いのかをそれと無く(だいぶ不自然ではあったが)語ってきただけある。

 

 

 

 

 

 

しばし世間話をした後、私と二人だけで話がしたい、とダンブルドアがルーピン先生を帰らせた。少し腑に落ちない表情をしていたが、先生は素直に帰っていった。

私を意味深に見るダンブルドアに疑問を覚えて、部屋を見回す。それは暗がりの中に潜んでいた。

 

「で、スネイプ先生はなんでアニメーガスになっているんですかね?」

「気が付いたか」

「偶々ですけどね。こんなところに蝙蝠がいるなんておかしいじゃないですか」

 

ガウンの中に手を突っ込みながら言うと、校長室の天井に張り付いていた蝙蝠は羽を広げ、セブルス・スネイプに形を変えて地上に降り立った。

 

「それは、我輩が蝙蝠と酷似しているという厭味かね?」

 

不機嫌そうにスネイプは私を見下ろした。

いつの間にアニメーガスを取得していたのか。私がホグワーツにいた時はまだ使えていなかったはずだ。

 

「わしが教えたのじゃよ。昔変身術の教鞭を執っておってのう」

「羨ましいですね、世界最高峰の魔法使いに魔法を教えていただけるなんて」

「変身術のセンスがかけらもない君には到底無理でしょうがな」

「…教えていただけますか?ダンブルドア先生」

「もう少し変身術を伸ばしてからかのう」

 

ダンブルドアはクスクスと笑った。スネイプが意地悪く口角を上げたので、無視して口を開く。

私が数年ホグワーツでスネイプに魔法を教えられて分かったことといえば、コイツは取り返しのつかないぐらい性根が腐っているということだ。リリーに対する思いは間違いなく純度百パーセントの愛なのだが、それ以外、特にグリフィンドールと私に対する対応がゴミ。こういう時は無視するに限ると過去から学んだ私が言っている。

 

「それで?結局スネイプ先生の事はリーマスに言ってないんですね。なにも」

「そうじゃのう」

「別に責めるつもりはありませんよ。私だって反対でしたし」

「リーマスが裏切るなんて考えてはいないが、万が一じゃ」

 

スネイプがどこか非難がましい目で彼を貫いたが、私には預かり知るところではないのでスルーした。どうせ同級生の黒犬でも思い出したんだろうが。

 

以前、ルーピン先生とマクゴナガル先生にも話すべきかと若干議題に上がることがあったのだが、満場一致でノーになった。彼らは情に厚すぎるからだ。もし私たちが死んだ時、ハリーが真実を望むなら、恐らく話してしまうだろう。闇に寝返ることはないという意味では彼らは十分に信頼に値する人間ではあるが、閉心術もヴォルデモートの前でどれだけ機能するか分からないモノであるし、知る人はなるべく少なくしようと決めたのだ。開心術の効かない私と、優れた閉心術師であるダンブルドアとスネイプの間にだけ共有される秘密となった。

 

というわけで、スネイプの陣営を正確に知るのは私とダンブルドアのみ。それ以上はダンブルドアしか許されていない領域なのである。

 

「ケイシー。君は賢者の石の守りの事で、何か疑問に思ったことはあるかの?」

 

目をキラキラといたずらっぽく輝かせながら、ダンブルドアは問うた。スネイプは先ほどまでルーピン先生の座っていた椅子に座り、黒檀の杖先を弄っている。

 

「守りが薄すぎる、とかですかね」

「そうじゃ。賢者の石にしては守りが薄すぎる…なぜかわかるかの?」

「さあ、見当もつきません」

「では、ヒントを一つ。クィレルが賢者の石を狙っているとしたら?」

「クィレルにみすみす盗らせる、なんてことじゃないでしょうし……ハリー?まさかハリー・ポッターとクィレルをかちあわせるつもりですか?」

「素晴らしい!まことに、まことに。その結論にたどり着くのは、君で二人目じゃ」

「彼はまだ幼すぎます。貴方だって、彼に危険が及ぶことはお判りのはずだ!それに腐ってもホグワーツの教員になれる男、何があるかなんて分かったものじゃありませんよ」

「重々承知済みじゃ。しかし、もしわしの仮説が正しければ…彼はこれから過酷な運命を辿ることになるじゃろう。この件は、非常に役に立つ。彼の成長の糧となる」

「その素晴らしいお考えは変えないおつもりで?」

 

厭味ったらしくダンブルドアを見やる。腕を組んで黙ったままのダンブルドアにため息を吐いた後、今度はスネイプに目をやった。

 

「スネイプ先生もこの意見には同意なんですかね?」

「何ら問題ないですな」

「本当ですか?てっきりもっと反対すると思ってました」

「反対する理由がどこに?」

「例えばそうですね、ハリーを守る理由が本当は好きだからだとしたら―――――いや、やめておきましょう、別に責めたいわけじゃありませんから。御命令とあれば従いますし、何も言われなくてもハリーの事はしっかりと守りますとも」

 

睨むスネイプにひらひらと手を振ってもう追及しないとアピールする。すみませんね、ええ。

私が着々とリリーとの関係について推測を進めていることに気が付いているんだろう。ここら辺の塩梅は非常に重要だ。しつこく訊きすぎると警戒されるし、かといってスネイプの闇は非常に使える手札だ。

 

別に私は、スネイプの『何も聞いてこないから一緒にいて楽』とかいうポジションになりたいわけではない。スネイプに仲良くなりたいと考えているわけでもないし、恋とかいう考えるだけでウゲェな感情を持っているわけでもない。

いわば私たちはダンブルドアを上司に持つ『同僚』であり、対等な関係なのだ。私だって転生者であるというなかなかに重要なカードを切っているわけだし、そちらはカードを出さないというのもフェアじゃない。作中一位二位を争うほど侮れないヤツに、ハリー関係の事で弱みを握れると大変楽だし。

 

まあいい。ダンブルドアに向き直って、目の前の机にバンと手をつく。両者とも動きはない。今ので信頼がだいぶ減ったわけではなさそうだ。―――やはりこれは、あれか?

 

「…私があなたの駒になったのは、すべて周りの安全のため。お分かりですね?」

「勿論だとも」

「本当に、用心してくださいよ」

 

念を押す。ダンブルドアに、二重の意味で。あい分かったという風に彼は頷いた。

 

 

 

 

 

 

あれから数分経って、私はまた透明マントを被りなおし自分の寮への階段を上っていた。

手の中には表に大きな傷がついたシックル硬貨。銀色の表面が薄い月光を反射して光り輝くのを、手の中で転がしながら私は歩いた。

これは前世でいうイヤホン型ヘッドセットの様なもので、杖で傷がある方の表面を叩くと相手の硬貨が熱を持ち震えだす。耳にはめ込めば相手の声が聞こえ、話せば相手に声が伝わるというダンブルドアが作った二十世紀の天才的な発明品である。なくすといけないから、あとでレオニにネックレスみたいにしてもらおう。

 

さて、先ほどの会談の事だが。

どうやら私はあの二人にテストされていたらしい、というのが私の考えだ。結果的にテストになったというのが正しいのか。

あくまで推測の域をすぎないが、あの空気から推察するに『闇堕ちテスト』だろう。大分信頼されていたと思うのだが、最後のチェックだろうか。

 

ご存じの通り、私はこれから光陣営のグリンデルバルド・ロールをしていくことになる。

言い方を悪くすると、群衆を煽り、手中に収め、操る存在になるわけだ。本物とここら辺は何ら相違はないだろう。必要とあらば死喰い人をじゃんじゃんばりばり殺していく予定だし、ダンブルドアもそれは考えていると思う。

気絶とか、行動不能とかではない。殺すのだ。

その際に私のメンタルが闇の方に向くと、一気に世界が崩壊する。比喩ではない。ハリーが死んだらヴォルデモートが天下を取るように、私が闇の陣営に行ったら光の陣営の勝利は絶望的だ。だから先ほどの事で、私を試したんだろう。

 

私の役目は何か。私の目的は何か。ハリーを死なせないことだ。

ハリーが死んで私の能力がヴォルデモートに渡るぐらいなら、死んだほうがマシだと本気で思っている。だからハリーが死ぬかもしれなかったら私は命を賭して闘う。それがハリー、ひいては周りを守ることになるからだ。将来組織を率いることも、ダンブルドアの意向はあったが回り回ってハリーを守ることにつながる。

 

さて、それを含め先ほどのダンブルドアの主張を振り得ってみよう。

「めっちゃ怪しいクィレル君来るけどハリーには頑張って闘ってもらうお♡命の危険もあるからケイシーよろぴく♡」

遥か昔に置き去ってきたJKの頃の記憶を使って全力でキャピらせてみたが、私の立ち位置としては絶対に許容できない内容である。もしこれを二つ返事でOKしてしまえばダンブルドアに鋭い目で見られたことだろう。だから私のあの対応は間違っていなかった――――はずだ。少なくともあの場面では二人を止めるのが私の最適解だったと思う。演技が上手くてよかった。

 

ダンブルドア、私、スネイプで今後動いていくことにはなるが、スネイプが母(?)性に目覚めるまで二人とも割とハリーの命を危険にさらすし、母性に目覚めてもあの人は自分が若い頃から危険な橋を色々渡って来れた人外魔法使いなので、容赦はされない。

 

その二人に待ったをかけるのが私の役目でもあるし、対等に意見を言える立場であると今後の展開も操作しやすい。

 

あの人たちと話していると大変疲れる、と私はベッドにダイブした。

入学初日から何やっているんだろう。この日は熟睡した。




あれれ、おかしいですね。
初期の構想段階では青春学園コメディになる予定だったんですけどね。おかしいな。どこで道を間違えたんだろう?

クィレルの事を情報共有する回でしたが、なんか難しいことになっていました。
ダンブルドアならやりそうだなぁ、ということを書いたので作者の意向ではないです。本当に。天才を凡人が書いてはいけないと言いますが、本当ですね。

因みに、ダンブルドアがケイシーに組織編成を頼んだ理由がもう一つあって、闇の帝王の生き返ったときに『ハリーと一緒に居させないこと』なんですね。
なんやその矛盾!と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、ケイシーは動物ホイホイなのでヴォルデモートに見つかりやすい上、ハリーと一緒にいて一網打尽にされてはセカオワです。ケイシーはまだ攻撃的な魔法生物の対処ができていない状態ですし、けしかけられれば死にます。

ケイシーの設定、魔法の進捗状態は活動報告にちらっと書いてあります。
今後設定はどこかでまとめて書きたいと思うのですが、時間がなくて。今はこれで勘弁してください。どうしても見たい、というのでなければスルーしておkです。


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ヤマアラシの針

私の世界線では今日が20日です。
…書けちゃったから仕方ないね!


 

入学してから数日経った。友達がいないとキツくなり始めるころだ。

こんな未知の世界・ホグワーツにおいてボッチで生き抜ける者はそうそういない。みなグループを作って団体行動をしている。

私たちはハリーが目立ちすぎるせいで自然にハリー・ロン・私というトリオが出来ていた。授業に行くとき、ご飯を食べる時もほとんど一緒だ。ハーマイオニーとはまだ二人とも仲良くなっていない感じだったが、これはもう流れに任せた方が良いだろう。

 

原作との違いは、私が階段を知り尽くしているせいで授業に遅れたことが一回もないこと、ロンが優秀なので初回の変身術で見事点を貰っていたことぐらいだった。勿論私も大半の授業で点を貰った。魔法史?あれはダメだ。まともに聞いていれば三秒でお陀仏に違いない。

ハーマイオニーが目をかっぴらいていたのでどうやったのか聞いてみると、散々苦いコーヒーを授業前に飲んできたらしい。私は苦いものが得意ではないので、大人しく内職をすることに決めた瞬間だった。

 

 

今日の最初の授業は初めての魔法薬学だ。

日刊予言者新聞を梟から受け取り散々砂糖を入れた紅茶を啜っていると、ハリーとロンが大広間に転がり込んできた。

 

「なんで待っててくれなかったのさ!」

「男子寮に行ってわざわざ起こすほど私も優しくないんでね。いい年なんだから自分で起きろ」

「昨日それで朝食を抜きになったんだよ!」

「イヤ、でも―――僕ら、今日初めて迷わずにここまで来れたんだ」

「立派な進歩じゃないか」

「そうだろ?」

 

ロンはニヤッと笑って早速朝食に手を付け始めた。ハリーもコーンフレークを皿にバサバサ入れながらミルクの場所を探している。

 

「ロックハートの新書籍、『雪男とゆっくり一年』が重版出来――――サーカス団のオカミー脱走―――――トロールが歴史的な建築物を破壊―――――…ロクな記事がないな」

「面白そうなのはないの?」

「強いて言えば、スコシュウォルツ社のクッキーはバターとココア味で……配送もできるらしい。今度頼もう」

「特になかったってことね、りょーかい」

 

広告欄を見て真剣に応えると、ロンは呆れたように肩をすくめて目玉焼きをかっこんだ。

ハリーは周りの人たちがどこか暗い表情なのを見て不思議そうにしている。その様子を見たのか、フレッドとジョージが長い足を存分に使って遠くの席からこちらへ来た。

 

「やあ、やあ。ポッター君」

「なにか様子が変だねぇ?」

「いや、なんかみんな表情が暗いというか」

「おお、そこに気が付かれたか!流石我らがハリー・ポッター!」

「生き残った男の子!」

「それは別に関係ないとおも「我が妹に訊くといい。彼女がすべての元凶さ。」

「ほんとうに、サイテーで、ゲレツで、まったくフユカイなことを―――」

「君たちの悪行には負けるよ」

「そうだな、ウン、そうかもしれない」

「じゃあなハリー」

「「よい一日を!」」

 

挨拶を済ませたからサヨウナラという風に話を切り上げて、嵐のように彼らは去っていった。ハリーはぽかんとしているがウィーズリー家では飽きるほど見てきた光景である。

彼らは互いを分かり合っているからか話のテンポは速いし、グダグダするのを嫌がる。話をしたらサッサと離れて行く性質の人間なのだ。

 

「で、何したの?」

「別に、今日の授業について話しただけだよ」

「あーーー僕分かったかもしれない」

「え、何??」

「―――今日の魔法薬学の教授はセブルス・スネイプといってね」

 

スネイプが近くに居ないことを確認してから、私は話を進める。

 

「闇の魔法に詳しい人だっけ?」

「パーシーから聞いてたねそういえば。まあそんな噂はある。なぜか分かるかい?」

「性格悪いの?」

「その通り。滅茶苦茶悪い。泥水とブラックコーヒーを足して二で割らない性格だよ。少なくともグリフィンドールで好きな奴はいないと思うね」

「そうだ!僕聞いたことある―――スネイプはスリザリンびいきが激しいって!他寮には授業で最低三回は減点するって聞いたぜ」

 

ロンのその言葉でさらに周りの表情が曇った。グリフィンドールの新入生たちの顔は体調でも悪いように青ざめており、私たちの近くで朝食をとっていたネビルはすぐにでも倒れそうなほどだった。よく覚えていないが、彼、原作では鍋に入れる順番を間違えて大変な目にあっていた気がする。それとなく助けてあげるか。いい人ポイントを稼いでおくことも大事だし。

 

「ねえ、ケイシーってなんでこんなここに詳しいの?階段だってスルスル上がっていくし」

「別に。ロンと違って兄さんたちにホグワーツの事をあらかじめ聞いてただけだよ。それより、魔法薬学は地下で行われるらしい。まだ行ったことないだろ?一緒に行こう、遅れて行ったらきっと減点される」

 

近くで食べていた一年生と思われる集団を見ると、こちらの会話を聞いてソワソワしている様だった。ネビルやハーマイオニーもいる。

私は紅茶をぐいと飲み干すと、新聞を折りたたんでそちらに歩いた。ネビルの肩をポンと叩くと彼はビクリと震えてこちらを振り向く。

 

「やあ、ネビル」

「やあ、ケイシー…。なに?」

「怯えるなんて酷いな、私はただ君が魔法薬学の教室に無事着くか心配でね――――勿論貶しているわけじゃないが――――一緒に行かないかと誘おうと思って。私は幸い魔法薬学の教室への行き方を知ってるんだ」

 

ニコリと微笑みながら言った。向かい側に座っている子たちが羨ましそうに顔を見合わせた。

道案内をしてもらえるということもあるだろうが、彼らが羨ましがる理由はほかにもある。

 

言いづらい話にはなるが、我らがホグワーツにもカーストというものがある。例えばクディッチの選手はそれだけで人気者だし、監督生も優等生だけあって覚えがいい者も多い。フレッドとジョージは悪戯仕掛け人として有名だし、ドラコ・マルフォイは魔法界きっての純血名家の生まれとあってスリザリンでは一番権力を持っていると言っても過言ではない。

 

私たちは一年生の中ではマルフォイと匹敵する位有名である。

生き残った男の子・ハリーと、聖28一族のウィーズリーの双子である私とロン。ロンと私は一年生の中では群を抜いて優秀だし、私はビルに似て顔がいい。謙遜も気持ち悪いので言うが、一年生の中で一番顔がいいのは私だ。異論は認めん。

 

前世の高校では有名人とかいう概念はあまりなかったのだが、未だ貴族やらなにやらの階級も残っているホグワーツでは日本の高校とは違うところがあるのだろう。

そういうわけで、私たちはある意味注目を集める存在なのだ。有名だと自覚している時点で可愛げもクソもないのだが、そこは目をつむっていただきたい。

 

「それ私も一緒に行ってもいい?」

「勿論だよ、ハーマイオニー」

 

ニコリと言葉を返すと、ハーマイオニーは訝しげにこちらを見た。

 

「あら、汽車の中ではぶっきらぼうだったのに優しいのね」

「少し眠くてね」

「まあいいわ。取り敢えずよろしく」

「よろしく。―――君たちもよかったらどうかな?一緒に魔法薬学の授業に行かないかい?」

 

ネビルの周りにいた新入生見回すと、互いに顔を見合わせて、頼むと口々に言ってきた。もう少し後押しをしようか迷っていたがその必要はなかったらしい。満足して席に着こうとすると、少し向こうにいた女の子が友人と思われるもう一人の女の子を連れてやってきた。

見覚えがあるような?フワフワとしたブロンドの髪の可愛らしい女の子だ。

 

「私、ラベンダー・ブラウンっていうんだけど。あなたが魔法薬学のクラスに連れて行ってくれるの?」

「ラベンダーだね。ああ、良かったらだけど。…そちらは?」

「パーバティ。パーバティ・パチルよ。よろしく」

「よろしく」

 

パーバティと私は握手をした。

成程、ラベンダー・ブラウンね。カチューシャ姿じゃないので分からなかったが、確かに言われてみればラベンダーだと納得できる顔立ちをしている。確かミーハーで占い好きの、謎のプリンスでロンに首ったけだった子のはずだ。

 

「アー、その、隣に座ってもいい?」

「魔法薬学のかな?でも―――」

「私は大丈夫よ。テキトーに誰か誘うわ。じゃあね、ラベンダー」

「うん!…それで……」

「ああ、いいよ。一緒に授業を受けようか」

 

私がほほ笑むと、彼女はキャッと飛び上がって私が座っていたところの隣に座り、いそいそと教科書をテーブルに置いた。成程、今もなのね。自分の場所を取るために男子を詰めさせていていて、私の隣に座っていたシェーマスは少し迷惑そうだった。彼女はちらちらと今もこちらを見ている。私は顎に手を当てて考えた。

 

…おかしいな、反応を見る限りこの子は私に首ったけの様なのだけれど???

 

 

 

 

 

あれからなんやかんやありつつ、無事私たちは魔法薬学の教室に着くことができた。私は結局グリフィンドールの新入生全員を案内することになっていた。まあ頼りになるという感情を植え付けられればそれでいい。

定時になって、スネイプは教室に滑り込んできた。グリフィンドールに遅刻者が出ていないことを一睨みで悟った後、お前のせいだろと私の方に視線を投げかけてきたが無視した。

今日も我らがセブルス・スネイプは絶好調のようだった。寧ろいつもより三割増しで調子が良かった。つらつらと演説を行い、ハリーに一年生が知るわけもない質問をする――――ほら、調子がいい。

 

魔法の実技ならまだしも、私でさえもホグワーツに入るまでの魔法薬学は独学なので、ロンが魔法薬学に精通しているわけもなく。助けを得られなかったハリーが絶望した顔をして、質問にわかりません一辺倒で答えていたのは面白かった。

しかしハーマイオニーはすごいな、すべての教科書を暗記してきたのか?英雄三人衆の一人じゃなかったら私もあの子が欲しかった。参謀向きである。

 

スネイプに厭味ったらしく言われる前にメモを取ろうと隣にいるラベンダーの手を小突くと、彼女は顔を真っ赤に赤らめた後、私の言わんとしていることが分かったらしくノートを取り始めた。ふうん、察しがいい。気をよくした私はふと前を見てみるとスネイプがこちらを見ていた。馬鹿にしたような目で私を見下ろした後、彼は何もなかったように話を進めた。絶対減点されると思ったのに。少しばかりの違和感を抱きながら、私は黙々とノートをとった。

 

今日は簡単なおできを直す薬を調合する授業だった。二人一組になるモノだったので、私とラベンダーが組になる。ネビルはシェーマスと組んだようだ。彼らの近くで干イラクサを量りながら、ネビルがやらかすであろう時を待った。

 

「ネビル!」

 

その時は唐突にやって来た。ヤマアラシの針を鍋に入れようとしているネビルの腕をつかむ。ビクリとしたネビルが思わず針を取り落としそうになったので、もう片方の手で針を掴んだ。

 

「いっ…」

「ケイシー!」

 

ラベンダーが小さな悲鳴を上げ、スネイプが教室の端から飛んできた。

血がぼたぼたと垂れる。掌を開くと、ヤマアラシの針が三本、深く刺さっていた。近くに居た女子たちが悲鳴を上げる。

 

「何があった」

「いえ、少し手を滑らせただけです」

「ミス・ウィーズリー、もう一度聞こう。何があった?」

「……ネビルが鍋を下ろさないうちに、ヤマアラシの針を入れようとして、ケイシーがそれを止めたんです」

 

少し興奮が収まったのか、ラベンダーが冷静に答えた。スネイプが頭を抱え溜息を吐く。ネビルの目から涙がこぼれた。口を堅く結び、震えている。とても怖がらせてしまったようだが、おできだらけの大惨事よりはいいだろう。

手に激痛が走り、私は低く呻いた。瞬間スネイプが懐から杖を出そうとするのを、私は目で制した。その間にも血はぼたぼたと垂れていて、スネイプは少し黙った後杖を取り出し床を綺麗にした。

 

「医務室に行きなさい」

 

スネイプが静かな声で言った。私は、ヤマアラシの針が刺さったままの痛々しい手を庇いながら人の間を通り抜け、魔法薬学の教室を出た。出る際にネビルを叱る彼の声が聞こえたので減点されたのだろう。私は二階の医務室に急いだ。




そういえば、ほぼ原作に出てきていない名前だけのキャラをメインで出すときって、一応アンチ・ヘイトタグってつけるべきなんでしょうか。
わたくし、ハリポタのキャラは全員好きなので悪いように書くとかはほぼないと思うんですが(登場人物の性質上悪感情を抱くような行動はあるかもしれませんが)、キャラを好き勝手改変するのはアンチ・ヘイトになるんですかね…?


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クラブハウス・サンド

 

魔法薬学の授業が終わった後、ハリーやロン、ラベンダーが代わるがわる医務室に訪れた。

ハリーたちにはハグリッドの小屋に誘われていることを伝えられ、私の荷物を持ってきてくれたラベンダーには助走をつけたハグをされた。ハリーたちには後で合流すると言っておいた。私は手の出血で少し貧血になっていたので、もう少し寝てから行きたかったのだ。ラベンダーは首根っこを掴まれた猫のように、一瞬にしてマダム・ポンフリーに追い出されていた。

 

彼女と入れ違いになるように、泣いた跡がくっきりわかるネビルが保健室に入ってきた。彼女はへえ?とでも言いそうな冷たい目を向けた後、私にアイコンタクトした。彼は別に悪くないんだから威嚇するんじゃない。コクリと一回頷くと、彼女はふんと鼻を鳴らしてマダム・ポンフリーの手から逃れ、気取ったように肩に手を当てローブを直した後、保健室から出て行った。彼女の前世は猫か何かなのか?つーんとした様子で歩いて行った彼女からネビルに目を移すと、彼は怯えたようにまた涙を零し始めた。怖がられるような謂れはないんだけど…?

 

「あ、あの…ケイシー、手…」

「ああ、大丈夫だよ。ほら」

 

左手を開きひらひらとみせる。マダムのおかげで跡も残らなく完全に治療された。ぐーぱーして動かすのも問題ないことを見せると、彼は安心した様に溜息を洩らした。

 

「本当にごめん。僕のせいだ」

「いや、私が勝手にやったことだから謝る必要はないよ。それより―――私のこと、嫌いかな?」

「え、いや。そんなことない」

「なら、私に普通に接してほしい。私は君と仲良くなりたいんだ」

 

いちいち怯えられちゃ仲良くなれないだろう?と彼の手を両手で包む。

 

「頼むよ」

 

私は微笑んでネビルの顔を下から覗き込んだ。私は顔がいいのでこれで大半は堕ちる。

ネビルは顔を真っ赤にしたあと、眉根を下げてどうかな、と困ったような表情になった。

 

「あのね―――君、なんか雰囲気がすごい僕のおばあちゃんに似てるんだ」

 

私は我慢が出来ず吹き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

医務室のベッドでしばらく寝ていた時、誰かに優しく揺り起こされた。

 

「ん…?」

「スネイプ先生がお呼びですよ。もう体調は大丈夫ですか?」

「…ああ、もう大丈夫です」

 

欠伸をしながら立ち上がる。もう十分体調は良くなったし、今は丁度十三時手前ぐらいだ。昼食は食べ損ねたがあとで厨房にたかりに行こう。ブーツを履き、仕切りの向こうにいたスネイプに連れられ私たちは医務室から出た。

地下にある魔法薬学の教室に向かっているのか、スネイプはズンズンと階段を下りていく。私は少し遅れてついていった。

 

途中でフレッドとジョージにあった。スネイプを見て、その後ろを歩いている私を見た彼らは顔を見合わせた。私がスネイプに見えない位置でウゲェ、という顔をするとフレッドとジョージは笑って私の頭をひと撫でし、すれ違っていった。どうせ私が何かやらかしたと思われているんだろう。二階から地下まで、さらに昼食時だったこともあり、私とスネイプはすれ違う生徒生徒にジロジロと不躾な目線を向けられていた。私は肩を落とし不機嫌なふりをする。

 

やっと地下にたどり着き、魔法薬学の教室も近くなってきたころ、私は歩幅を変えスネイプの隣に着いた。

 

「何か言いたいことでも?」

「先ほどはなぜ回復呪文を拒んだ?おかげでポンフリーに嫌味を言われたのだが」

「ええ、あなたのヴァルネラ・サネントゥールだったら一発でしょうね―――なんて言われたんです?」

「あなたがケイシーの事をよく思っていないのは分かっているが、云々。で、理由は?」

 

薬学教室に滑り込んだ私たちは一応人がいないことを確認すると、スネイプは後ろ手でドアを閉め、もう片方の手でマフリアートをかけた。

 

「あなたが私に良くしちゃ困るんですよ。他のグリフィンドール生にやるみたいに理不尽にやってくれないと」

 

スネイプは一気に不機嫌な表情になった。ヤマアラシの針が手にぶっ刺さった生徒に対する薬学教授としての判断は正しかったし、スネイプとしては当たり前だったのかもしれないがそれではだめなのだ。グリフィンドール生に理不尽にきつく当たっている自覚はあるようで、スネイプは黙り込んだ。

 

「いいですか、私が幼少期ホグワーツにいたことはロンに知られてるんです」

 

ウィーズリー家の人は皆知っている。しかし他者に漏らせば家族全員私がウィーズリー家であるということを忘却の上、違う姓で学校に行くという脅しをしたため誰も漏らさないだろう。私が幼少期ホグワーツにかくまわれていたのは魔法省の判断でもあるので、マルフォイらめんどくさい人間に知られても被害はそんなにないはずだが、生徒の目の色が変わるかもしれないことを危惧して割と強めに脅しをかけておいた。実際に私の記憶が抜き取られていた過去はあるので子供たちは余程がない限り漏らさないだろう。閑話休題。

 

そんなわけで、ロンはもしかしたら『私とスネイプが幼少期仲が良かったかもしれない(少なくとも普通に接する位には)』といういらん勘ぐりをする可能性がある。そういう考えで動かれた場合、賢者の石を狙っているのがスネイプであるという疑念に至ったとき、情報を共有してもらえないかもしれない。それを除いてもハリーとロンにとってのスネイプの株は地を這うどころかマントル辺りまで潜っているので信用度はかなり落ちるだろう。

 

「今日のハリーへの強い当たり…何を考えていたのかは知りませんが、ハリーにはあなたの正体を知らせないつもりなんでしょう?絶対ヘイトを買いますよ。その時私とあなたが普通の関係だったら都合が悪いんです。表面上だけでも仲悪くしないと」

 

別に私とスネイプは特段仲良かったりはしないが、グリフィンドール生の中ではいい方かもしれない。子供のころの訓練のエゲツナサは未だ許していないし心のしこりとして残っているが、私だってスネイプを嫌いだとは思っていない。

 

「先ほどの授業だって一回も注意や減点をしなかったでしょう。これからはバンバンしちゃってくださいね」

 

テーブルに身体を預けながら言う。スネイプが不機嫌に鼻を鳴らし、自身の机へと歩みを進めた。

 

「それで、そちらのご用件は?」

「…クィレルの経歴だ。マグル学の教職を退いて闇の魔術に対する防衛術を教えるまでのことを調べてみたが、あまり情報は出なかった。一応読んでおけ。」

「分かりました」

 

何枚かの紙が手渡される。私はそれを二つ折りにして教科書に挟んだ。

するとスネイプは少しためらった後、また口を開いた。

 

「それと、これはダンブルドアからだが…なるべくクィレルと接触するようにとのことだ」

「なるほど。大丈夫ですよ、自分の身を危険にさらすほど接触しませんから。」

 

そこらへんの加減は弁えてます、と言うとスネイプはもっと不機嫌そうな顔になった。

 

「精々うまくやることですな」

「勿論」

 

そう言って部屋を出て行こうとすると、言い忘れたことがあったので顔をドアの隙間から出す。

 

「そういえば私今日、貶すところがないくらい上手く調合できていたでしょう」

 

ニヤッと笑うと、スネイプがだからどうしたと片眉を上げた。

 

「家にいる間ずっと魔法薬学を勉強していたんですが――――これからは態度面でしか注意できなさそうですね。多分私、先生より才能ありますよ」

「…教師への不適切な態度で、グリフィンドール一点減点」

「その調子」

 

手をひらひらさせてその場を後にする。

ドアを閉める直前の一瞬、スネイプが口角を少し上げたような気がして、私は上機嫌で厨房へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、ハリー、ロン」

「やあ、ケイシー…って、何食べてるの?」

「クラブハウス・サンドイッチさ。厨房にいる屋敷しもべに作ってもらったんだ」

 

昼食を食べ損ねたからね、と言うと二人はああと納得してハグリッドの小屋へと足を進めた。

まばゆいほどの晴天の中、私たちはハグリッドの小屋へと続く丘を下りる。私はもぐもぐとサンドイッチを食べながら二人についていく。木製の小屋が禁じられた森の端にあり、戸口には石弓と防寒用の長靴が置いてあった。木板のドアを叩くと、大柄の男が中から現れた。

 

「さがれ、ファング。さがれ」

 

ハグリッドは巨大な黒のボアーハウンド・ファングの首輪を押さえながら私たちを招き入れた。ロンが私の方を見て顔を引きつらせる。そうか―――ファングの事をすっかり忘れていた。青ざめながら私はハグリッドの家に入った。

 

「くつろいでくれや」

 

ハグリッドがファングを放す。一目散にファングが飛び掛かった来たのをさっと躱すと、ファングは後ろの掃除用具に音を立てて突っ込んだ。悪いことをしたかなと一瞬思ったがケロッとしたファングに対し木製のバケツが見るも無残な姿に変わっていたのでその感情は捨て去った。マトモに受けていたら私の肋骨が二、三本逝っていただろう。

 

ハリーが私たちの事を紹介すると、私たちをちらと見てウィーズリー家の子かい、え?と言った。私の方を見て失言を気を付けているようで、どもりながら続ける。

 

「えー、あー、お前さんの双子の兄貴たちを森から追っ払うのに俺は人生の半分を費やしているようなもんだ」

 

頼むから私をちらちら見ながらしどろもどろにならないでくれ。小さい頃の私を知っているのでそういうことに関しては気を付けろと言われているはずだが、そんな怪しさ満点で果たして大丈夫なのか。

 

ハグリッドがロックケーキを差し出そうとしてくるが、私はサンドイッチがあるからと言って断った。原作、汽車の中でロンが言っていたことのパクリだが助かった。この後ロックケーキで歯を痛めたハリーとロンになじられるハメになったが、彼らは無事ハグリッドの小屋でグリンゴッツの盗難についての記事の切り抜きを見つけていたので良しとしよう。




少ないですがキリが良かったので。
昨日が20日だったので今日が21日です。


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天才シーカーの卵

四捨五入すれば20日


『飛行訓練は木曜日に始まります。グリフィンドールとスリザリンとの合同授業です』

 

グリフィンドールの談話室に貼られたその一通のお知らせは、全グリフィンドール生の一年をがっくりとさせた。

談話室の一人掛けのソファに座っていた私は肩を落として部屋から出ていく生徒たちを眺める。グチグチ不満を言いながらハリーたちも二人掛けのソファに座った。

 

「大丈夫だよ、そんな怖がらなくても。最初はみんな乗れないモノさ」

「そうだよ、僕なんて箒に乗るまでに丸々一週間かかったんだから」

「四歳の時だろ」

「…そういえばケイシーって箒乗ったことあるっけ?見たことないけど」

「誤魔化すの下手すぎない?」

 

拗ねるように頬を膨らませたハリーを横目に、ロンは私に問いかけてきた。

 

「勿論、乗ったことならあるさ」

「得意?」

「人並にはね」

 

ハリーとロンは目をぱちくりさせて顔を見合わせた。どの科目も余裕綽々で「得意だとも。」と答える私にしては弱気な発言に違和感を感じているらしい。私は発言を深堀されないうちに、ネビルを生徒とするハーマイオニーの飛行術教室のほうに足を進めた。高いところで安定して乗れるまで二週間掛かったなんて誰が言えるかそんなん。いいんだ、私スネイプに箒使わない飛行術教えて貰うから。

 

一言も漏らさぬまいとハーマイオニーの講義にしがみつくネビルを横目に、私はハーマイオニーの手に握られていた『クィディッチ今昔』を取った。ハーマイオニーは呆気に取られたような顔をして、すぐ憤慨した様に私の手から取り返そうとする。私の方が背が高い上にブーツも履いているから、到底取り返せるものではなかった。

 

「ハーマイオニー、こんなのは読まんでもよろしい」

「私たちはあなたたちと違って一度も箒に乗ったことがないの!失敗して、お、落ちたらどうするのよ!」

「そうだよケイシー、彼らは君とは違ってやわっこいんだ。超人の価値観ではとらえちゃダメなんだぞ」

「君が私の事をどう思っているのかよぉく分かったよ、ロン」

 

ニッコリと微笑むと、ロンは青ざめて談話室から弾ける様に逃げていった。

ハリーたちは呆気に取られたようにロンの出ていったほうを見つめている。大げさだな、と私は深く溜息を吐いた。

 

 

 

 

そして、件の飛行訓練当日・朝。

ブツブツと箒の乗り方のコツについて呟いているハーマイオニーを横目に私がフレンチトーストを切っていると、朝の梟配達の大群が大広間に羽ばたいてきた。私のオオフクロウ、ベティが小包を数個、日刊預言者新聞の配達梟が新聞を持ってやってきた。

 

「どうも。ほらチップだよ」

 

五枚の銅貨とナッツを数個放り投げる。配達梟は綺麗にそれを回収していった。

ベティにもナッツを投げてやると、一回大広間を旋回した後、梟小屋へと戻っていく。私は残りのフレンチトーストを口に詰め込むと、目の前に箱たちを置いた。

 

箱をいそいそと開けるとそこには、ターキッシュ・デライト、板チョコ、カヌレ、マカロン、オランジェット…。色とりどりのお菓子が箱に所狭しに詰められ、数本のロリポップが花束のようにリボンで結ばれていた。周りにいた生徒たちが感嘆のため息を漏らしながら寄ってくる。ハーマイオニーは目を見開きながらカヌレの入っていた箱をまじまじと見ている。

 

「これ、フランスの名店のヤツじゃない!前一度食べたことがあるけど、とってもおいしかった覚えがあるわ…」

「おっどろき、これ全部買ったの?」

「全部じゃないさ。オランジェットと板チョコは実費だけど、他は知り合いからだよ」

「ケイシー、君がそんなに目を輝かせてるの初めて見たよ」

 

ハリーが気圧されたように言った。確かに今の私は満面の笑みだろう。

一通り見ると、生徒たちは名残惜し気に散っていった。ロンが内緒の話をするように顔を近付けた。

 

「それで?誰から貰ったの。ママやパパじゃないだろ」

 

答える代わりにスイーツ・ボックスに付けられているメッセージカードをちらりと見せる。

 

『最近のお気に入りの品じゃ。君の口にあいますよう。 D.A』

『魔法が上達していましたね、喜ばしいことです。 M.M』

『遅ればせながら、入学おめでとう! F.F』

 

ロンはははあ、と納得したような顔をした。そう、全員ホグワーツの教員である。

ダンブルドアとはまだホグワーツに住んでいたころから二人でスイーツ倶楽部なるモノを設立していたので、時たまお気に入りのお菓子を持ち寄ってお茶会をする仲だ。マクゴナガル先生は母親としてのご褒美みたいなものだろう。達筆で簡潔な文字がらしい。

あ、フリットウィック先生からもお菓子が贈られてきている。私の世話をしていた先生以外では次に私に目をかけてくれていた先生だ。孫貢ぎ隊隊長ともいう。ターキッシュ・デライトとは私の趣味をよくわかってらっしゃる。

 

 

そういえば君はこの前食べれてなかったね。送っておきます。 ハグリッド

 

 

「…ん?」

 

そういえば、一番大きな包みを開けていなかったような。

ロンがニヤニヤしながらその包みを開けている。中身を見たらしい彼は、上機嫌にピューゥと口笛を吹いて私に見える様に傾けた。

…見ないでももう、何が贈られてきたかぐらい想像は付いている。

その日の夜、私はロックケーキと格闘することが決まった。ありがた迷惑と言う奴ではあるが、貰ったモノだ、ココアで流し込みながらきちんと食べよう。…歯、欠けないよね?

暇があったらダンブルドアとかルーピン先生のところに持っていこう。

 

「『思い出し玉』だ!おばあちゃんは僕が忘れっぽいこと知ってるから―――何か忘れてると、この球が教えてくれるんだ」

 

近くに居たネビルが興奮しながら皆に言った。どうやら彼のメンフクロウが贈り物を届けに来ていたらしい。ロックケーキその他諸々を片付ける。ネビルがその球を握ると、中に入っていた白い靄がだんだんと赤く光り始めた。

 

「……何か忘れてるってことなんだけど………」

 

ネビルは愕然としてその球を見つめた。忘れていることだけ思い出させる、だなんて随分残酷な代物だな。

 

「大丈夫だよ、人間誰しも忘れていることはある。…してネビル、今日の薬草学のレポート、やったよね?」

「「……」」

 

ネビルとその隣にいたシェーマスがやべぇという顔をして黙りこくった。

他の生徒でもそれを聞いて忘れたと気づいた者はお通夜のような顔をしている。私はネビルとシェーマスにロリポップを差し出した。二人とも魂が抜けたような顔でそれを受け取る。ハーマイオニーが呆れたように溜息を吐いた。

 

「…魔法薬学じゃなくて良かったわね、ほんと」

 

その翌日に魔法薬学があることを思い出したハリーとロンが慌てだしたので、あとでレポートを手伝おうと心に決めた。ネビルたちは…うん、手遅れだ。黙祷。

 

 

 

 

 

 

散々ライフを削ってやってきた午後。

正面階段から校庭へ出て、平坦な芝生の上。天気は良好、視界も抜群。ただ一つ気がかりなのは、一部の生徒が死んだような顔をしていたことだ。薬草学の担当のスプラウト先生は厳しくない方だったが、入学早々宿題を忘れたことが心に来たらしい。そんな様子を見てフーチ先生は少し戸惑ったが、またいつもの調子で声を張り上げながら授業を続けた。

 

「右手を箒の上に突き出して。そして、上がれ!と言いなさい」

 

みんながすぐさま上がれ!と叫んだ。私とロンなどの経験者、そしてハリーの箒が上がる。隣にいたラベンダーの箒は一向に上がっていない。助けるべきかな?

 

「ラベンダー」

「ひゃいっ」

 

私が声をかけると同時に彼女は飛び上がり、箒もまた飛び上がった。そのまま箒は彼女の手に納まる。

なるほど????

苦笑いをして今度はネビルを助けようと彼の方向に向いた。

 

「ネビル、大丈夫かな?」

「え、あ、うん。だいじょばない」

「フン、勇気がないのね」

「ラベンダー」

 

君こそさっきまで上がってなかっただろうに。咎めるように名前を呼ぶと、彼女は少しバツが悪い顔をした。ラベンダーは箒を抱きしめる様に持つと、私の後ろからネビルを見始めた。

指を鳴らしてネビルの視点を私に合わせる。オドオドとした瞳と目が合った。

 

「いいかいネビル、箒に乗るってことは何も高く飛ぶってことじゃない。高い塔で綱渡りするわけじゃないんだよ。そう―――――ただ空気中に浮くだけさ。大丈夫、少し浮けばいい」

 

ネビルの目が芯を帯びてきた。段々と勇気がわいてきたようだ。ネビルが上がれ!と言うと箒が彼の手の中に納まる。ネビルは嬉しさで飛び上がった。ラベンダーもほっとした様に元の位置に戻っていった。ちょっとは気にしてたくせに、素直じゃないなぁ。しかしその後のハーマイオニーの「私にもその催眠っぽいの掛けてちょうだい!」という発言によってネビルの自信は急速にしぼんでしまったが。

 

「空気読もうね、レディ?」

「あんなので萎む勇気なんか箒で浮かび上がったらどっかに飛んで行くに違いないわ。寧ろ根拠のない自信をもって飛ぶ方が危険だもの」

 

君も自信ないんでしょうが!

グリフィンドールの女子たちはみんな気が強いようだ。ネビルに精神的にタフになってもらうしか方法はあるまい。観念した様に肩をすくめてハーマイオニーの補助に入る。その後すぐに彼女は箒を上げることができ、友人を助けたことでフーチ先生に二点を貰った。

 

 

「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルぐらい上昇して、それから少し前かがみになってすぐに降りてきてください。笛を吹いたらですよ―――一、二の―――」

 

フーチ先生が三と言い終わらないうちに、ネビルがフライングをした。どうしようか、個人的に助ける場面なのは分かっているんだけど、ハリーとマルフォイのチェイスを逃したらハリーのクィディッチ入りが無くなるしなぁ。いい人ポイントはぜひとも稼いでおきたいんだけど。そんなことを考えている間に、ネビルは真っ青な顔をしたままどんどんと離れていく地面に恐怖している様だった。これはまずいな、トラウマになりそうだ。

 

「ネビルーーーー!!!飛び降りろ!!!!」

 

ありったけの声で彼に叫ぶ。ネビルは無理無理と首をぶんぶんと振った。周りの生徒も何言ってんだコイツ、と呆然としている。「そんなことをしたら危険よ!」とハーマイオニーが反対するが、正直そんなことにかまってはいられない。無駄に根性強く掴まっているせいでネビルはもう十メートルは地面から離れていた。

 

「無理だよーーー!!!」

 

フーチ先生も困り果てている様だった。箒で飛んで救出に行こうとしても、ネビルの箒はロデオのようにぶんぶんぶん回されている。

 

「大丈夫、私を信じろ!!!絶対に守るから!!!」

 

ネビルは私の目を見た。そして目をつぶり、箒から手を放す。彼が真っ逆さまに校庭へと落ちてきて、生徒たちは皆悲鳴を上げた。

 

失敗は許されない。一年生で習う、本当に簡単な呪文だ――――

 

ウィンガーディアム・レヴィオーサ! 浮遊せよ!

 

ネビルがほんの地面に着くスレスレ、女子たちが悲鳴を上げて目を手で覆った―――しかし、不穏な音は聞こえてこない。みなが恐る恐るネビルの方を見ると、地面の一メートル上でふよふよと浮かんでいた。心臓に悪い、と私はゆっくり彼を地面に下ろす。

 

一瞬の間の後、グリフィンドール生がどっと歓声を上げた。ネビルは気絶をしていたが、そのほかに外傷はないようだ。グリフィンドールに三十点くれた後、保健室に連れて行きますから大人しくしておいてくださいね、と言い残してフーチ先生は去っていった。

 

「すごいよケイシー!痺れたぜ!」

「よくやった!」

「ほんと、すごいわ!」

 

興奮気味にハリーたちが寄ってくる。一度に、三十点だ。ネビルを助けたことも合わせて、スリザリン生にとっては面白くない。

マルフォイは眉を吊り上げて、原作のようにハリーを挑発した。ハリーもアドレナリンが出ているからか好戦的に応じる。さらに周囲も私という安全バーがいるため囃し立てる。落ちることはないはずだが、一応杖を構えて二人を注視しておいた。地上から彼らが何を言っているのかはわからないが、概ね原作通りだろう。

大空を二人が飛び回っている頃、ハーマイオニーが呆れた顔をしてこちらに近づいてきた。

 

「ほんと、男子ってみんなバカ」

「子供はみんな馬鹿さ」

「あなたは違うでしょう?…そういえばさっきの呪文、今度の授業で習う奴よね?」

「流石ハーマイオニー、良く知ってるね」

「私も出来るわ、あんな呪文ぐらい」

 

ハーマイオニーは自信ありげに胸を張った。しかし、すぐに彼女は表情を変える。

 

「でも、ネビルが真っ逆さまに落ちた時、使えなかった。知識があっても、やっぱり重要なのは行動するかどうかなのよね」

 

何か、噛みしめるようにハーマイオニーは言った。その様が子猫のようで、思わず頭を撫でる。 若いっていいなぁ。

その直後、地面すれすれでハリーが思い出し玉をキャッチし、マクゴナガル先生に連れていかれた。

最年少シーカーの誕生である。




フォントというものを覚えました。
個人的に飛行訓練でネビルをフーチ先生が助けなかったことに違和感があります。テキトーに理由付けしました。

なんか雰囲気がアレになってきたので言いますが、GLではありません(大声)
主人公が無駄にイケメンムーブしているだけです。


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真夜中の出来事 上

そこは、ホグワーツにある天文台。

下を見下ろすと黒い湖や広大な草地が風になびいて所々月光を反射している。

暗い空には煌々と白い月が輝き、無数の星が瞬いていた。痛いほど寒々とした、澄んだ空気のなかで、一人の少女が天体望遠鏡を覗き込んでいた。

普段高く結んで勝気な印象を与えているポニーテールを下ろし、腰まである緩くウェーブした赤毛を揺らめかせ、グリフィンドールを象徴する赤と金を基調としたマフラーを巻いている。

彼女は微妙に望遠鏡の位置や方向を変え、星を見るのに集中している様だった。

 

「ケイシー、今日の星見はどうかの?」

「散々みたいですよ。この本によると、明日明後日あたりに階段から転げ落ちて死ぬそうです」

「それは難儀なことじゃのう」

 

暗闇からぬっと、高そうなローブを着た老人が現れた。少女は別段驚くでもなく本を片手に彼の言葉に応える。

 

「いえいえ、これ別に私のじゃありませんから。あなたのですよ、ダンブルドア」

「なんと!」

「私は明日イケメンに告白された上、ヒッポグリフに蹴り殺されるそうです」

「わしらの命ももう少しかのう」

「早めに遺言を考えておかねばなりませんね」

 

少女は天体望遠鏡から目を離し、手に持っていた分厚い本を思い切り塔の上から放り投げた。老人は杖でそれを器用に引き寄せ、ぱらぱらと内容を見始める。少女はその様子を面白そうに眺めていた。

 

「それ、専門家のあなたから見てどう思います?」

 

少女はニヤニヤしながら老人の手にある分厚い本―――『星占いのすべて~何から何までオミトオシ~』を顎でしゃくった。老人は少しばかりの微笑を浮かべると少女の見ていた天体望遠鏡に歩みを進める。レンズを覗き込みながら繊細な手つきで銅製のピントスイッチを合わせていく様は、少女の言う通りまさしく専門家と言っても過言ではないだろう。

 

「ちと間違っておったのう…この本によるとわしは明日2匹のヒキガエルを踏みつぶし、おぬしは明後日間違ってマグルの飛行機に追突して墜落死するらしい」

「魔法使いの名が廃りますね」

「残念じゃがこの本は焚火の燃料にしてしまったほうがよいのう」

 

老人が杖を振ると、大きな炎が一瞬でその本を燃やし尽くした。

火花が散り、少女は眩しそうに目を細める。老人が少女に段差に腰掛けるように勧めた。どこからともなくポッドが現れ、温かい紅茶を二杯、こちらも突然現れたカップに入れた。老人は勝手知ったるように一つのカップにたっぷりの砂糖を入れ、少女に渡す。少女は受け取ると自身の持っていたバスケットから()()()()()()()()チョコ・ケーキを魔法でカットし老人に勧めた。

 

「それで、昨日あったことを話してもらおうかの?」

「勿論」

 

少女は手の中で紅茶のカップを摩りながら、この湯気が消えぬ前に話を終わらせようと口を開いた。

 

 

 

 

 

[Cayce side]

 

―――――時は昨日、夕食時まで遡る。

 

「まさか!君がシーカーだって?だけど、一年生はダメだと…なら、君は最年少の寮代表選手だよ。ここ何年来かな…」

「百年ぶりだって。ウッドがそう言ってたよ」

 

ハリーがニコニコと満面の笑みでそう話すのを、私は向かいの席で聞いていた。手には巨大なパイが載っている皿を持ち、世界で一番の幸せ者だと言わんばかりにロンと話している。クィディッチの熱烈なファンであるロンは、感激した様にハリーをぼうと見つめていた。

 

「…どうしたの?ケイシー」

「イヤ、ナニモ」

 

一方で私は無表情でステーキを食べていた。ナイフで切り分けては食べ、切り分けては食べを延々と繰り返す。今すぐ自室に鎮座するロックケーキの存在を忘れてしまいたかった。

決して認めたくはない感情を噛み砕こうと、私は肉をガジガジと食んだ。

 

嫉妬。

分かっていたことだ、ハリーのクィディッチ最年少入りは。しかし今まで家族の中、同年代の中で類を見ないほど優秀だった私は、ものの見事にプライドが高くなっていた。今までそんなつもりは一切なかったのだけれど、私より秀でた者が出てきた途端、モヤッとした感情が生まれるのだからそれはもう嫉妬だろう。

へえ、まだハリーみたいな子供に嫉妬できるほど幼稚だったんだ?前世高校生だったのに?と嘲笑う私が心の中にいるからか、私はそれがとても恥ずかしい。ロンのようにハリーを純粋に褒め称えることができないばかりに、今は我が弟が眩しく見えた。

 

私は『完璧』でなくてはならない。ケイシー・ウィーズリーは完璧な人間でなければ。

そのためには出来ないことがないぐらい頑張らねばならない。

来年までにはスネイプに道具を使用しない飛行術を学ぼう、と私は決意した。彼に一つ借りを作ることになるし、私がどこかで躓くと嘲笑したり嫌味を言ってくるのだから出来れば頼みたくなかったが、闇の帝王から教えて貰うわけにもいかないので素直に従うことにしよう。さもないと私の精神衛生が危うくなる。そう自分を納得させて、無理やりに笑顔を作ってハリーに話しかけた。

 

「ハリー、シーカー入りおめでとう。飛行訓練のときの滑空はすごかったよ」

「ありがとうケイシー!」

 

ハリーがキッシュに手を伸ばそうとすると、マルフォイが子分を従えてやってきた。私は助かった、と小さくため息を漏らす。反面ハリーとロンは目を吊り上げた。

 

「ポッター、最後の食事かい?マグルのところに帰る汽車にいつ乗るんだい?」

「地上ではやけに元気だね。小さなお友達もいるしね」

 

ハリーが冷ややかに言った。ロンがテーブルの上でこれ見よがしに杖を弄ぶ。マルフォイはそれを一瞥すると、ニヤリと笑った。

 

「僕一人でいつだって相手になろうじゃないか。ご所望なら今夜だっていい。魔法使いの決闘だ」

「僕が介添え人をする。お前のは誰だい?」

「フン…クラッブだ。真夜中でいいね?トロフィー室にしよう。いつも鍵が開いてるんでね」

 

マルフォイがそう言い捨てて、ローブを翻し去っていった。そういえばこんなイベントもあったな、と私は後姿を見ていた。

映画の印象が強い上に原作を読んだのが十五年近く前だからだいぶ記憶が薄れてきている。

ハリーとロンは魔法使いの決闘について話し合っていると、ふいに私の方を見た。

 

「そうだ、ケイシーが魔法を教えてよ。マルフォイをボコボコに出来る魔法、いくつも知ってるだろ?」

 

僕はまだ自分で使うだけで精一杯だからさ、とロンが肩をすくめる。私はロンを睨んだ。

 

「マルフォイの頭が消し飛んでもいいなら教えるけど?」

「そ、そこまでは…」

「あのね、素人が慣れてもない高度な攻撃魔法を使うと大抵はうまくいかないし、良くて相手を殺しかねない攻撃が暴発するだけだよ」

 

私に殺人に加担しろと?と問いかけると、ハリーとロンはぶんぶんと首を振った。エクスペリアームスぐらいはロンに教えているし、それで十分だろう。

 

「…もし僕が杖を振っても何も起こらなかったら?」

「杖なんか捨てちゃえ。鼻にパンチを食らわせろ。大丈夫さ、ハリーがノックアウトされても僕がマルフォイをぺしゃんこにするよ」

 

ロンが余裕綽々と言った表情でシャドーボクシングのように腕を構えて見せた。別に同級生如きを攻撃するために魔法を教えたわけじゃないんだけどな。少しイラっとして、私は食事を切り上げて席を立った。

 

 

 

 

「ねえ、あの人たち本当に深夜に出歩く気よ!ロンのお姉さんでしょう、止めてよ!」

「あの人たち私の言うこと全然聞かないのよ!」

 

大広間から、憤慨したハーマイオニーが私の背中に次々と言葉を投げかける。様々な要因が重なってイライラしていた私は、神経を逆なでさせる声を聴きながら何とか感情を抑えながら寮へ早歩きで向かった。手をポケットに突っ込みながら大股で歩く。ロンに似たひょろりと高い背のせいでだいぶリーチは違ったはずだが、ハーマイオニーは負けじと早歩きで追ってくる。

廊下で物を落とした同学年がいたので拾ってやると、私に感謝を言おうとした瞬間、肩を怒らせているハーマイオニーを見て走り去っていった。邪魔されたな。

怒りを抑えるために臍を噛みながら寮の扉を開く。彼女は女子寮の方までついてきた。

 

「ロンもハリーも最悪!どうせ私が稼いだ寮の点数を減らすのよ―――ホントになんて無鉄砲で、愚かなのかしら!」

 

女子寮の螺旋階段の前で、彼女は吐き捨てるように言った。―――聞き捨てならないな。

ガン、と石壁に足を打ち付ける。図らずも前世で言う『足ドン』になってしまったが、私の纏う空気は恋愛漫画のそれではない。ハーマイオニーはビクリと震えて開きけていた口を閉じた。

 

「あのね―――この際ハッキリ言っておこうか。私は弟の面倒なんて見ない。子守りじゃないんだよ。彼だって自分の事は自分でできる。お分かり?」

 

まあまだまだ子供じみているからあんな挑発に乗ってしまうのだけれど。イライラが許容範囲を越したようで、私には怒りがふつふつと湧いてきた。

 

「ましてや、()()()()()()()()()()()()()()からの指図なんて受けるわけないだろう?」

 

ハーマイオニーの瞳がかっと開いた。

 

「後……」

 

なけなしの優しさを動員してニコリと笑う。ハーマイオニーの隣の壁に押し当てられたブーツをぐりぐりと壁に押し付けた。

 

「あれでも私の弟なんでね、彼が悪く言われると私も少しイラっとするんだ」

 

何も言えなくなったハーマイオニーを一瞥すると、足を下ろし私は自室への螺旋階段を早歩きで上った。やっと静かになって少し気分が良くなる。それと同時に少し自分も冷静になってきた。大人気なかっただろうか。まあでも今後あの調子で絡まれても困るし。

少なくとも当分怯えられはするだろうな、と私は考えた。

 

 

 

 

 

 

カリカリと万年筆が羊皮紙の上を滑る音と、パラパラと分厚い書物を捲る音がトランク内に響く。それほどの静寂の中で、私は机に向かって魔法史の勉強をしていた。外と時間の感覚を同じにしているトランク内は今は夜なので、窓から差し込む人工的な月の光が私の頬を差す。

 

「お嬢様、ホットチョコレートとクッキーにございます」

「ありがとうレオニ。今何時ぐらい?」

「十一時を丁度回ったところにございます」

「ふうん、あと一時間ってところか」

 

読書用に掛けていた眼鏡をはずして眉間を揉む。

確か、記憶が正しければハリーとロンとハーマイオニーが今夜四階のバケモノを見るはずだ。レオニは何をそんなに思案されていらっしゃるのですか、と私に訊いた。言葉遣いの本を数冊読ませたレオニは、恐らく屋敷しもべ妖精の中では数少ない敬語を上手に使える者だろう。私は木製の回転椅子をくるくると回しながらレオニへの返答を考えた。

 

「私の同学年に勤勉な者がいるのだけれど、私も少し危機感を感じてしまっていてね」

「お、お嬢様は誰よりも―――!」

「いいんだよレオニ。私だって魔法に関しては同学年の誰にも負けないと自負している。苦手とする変身術でさえね」

 

キーキーと言い始めたレオニを手で制し、私はゆっくりと言葉を吐いた。

実技でなら、絶対に誰にも負けない自信がある。子供の頃元死喰い人のしごきを受けた実戦経験は伊達じゃない。しかし座学は別だ。ここまで様々な本を読み漁ってきた自信はあるが、ハーマイオニーのあの読破速度に敵う自信がない。万年筆のキャップを閉じ、記憶用に書き込んでいた羊皮紙を丸めた。

 

魔法史の本を読みながらホットチョコレートを飲む。ここらで掛けることができる音楽でもあればよかったんだろうが、正直今の時代の音楽は2020年を生きていた私には合わなかった。精々オペラとか、その程度。スポーツに熱を上げるたちでもないのでクィディッチもダメ、今のファッションは私の美的センスに合わないしそもそもファッションに熱を上げる性格でもないのでダメ。必然的に魔法関係の読書が趣味になってしまった。あー、スマホが恋しい。

 

私がこんなにも気分が悪くなっているのはほかにも理由がある。クィレルだ。

ダンブルドアから接触しておけと言われたのだが、未だにそのチャンスがつかめていない。私がDADAが不得意だったらよかったんだろうが、不運なことに大得意だ。クィレルは生徒に慕われる授業をするわけでもないし、私が幼い頃ホグワーツにいたことを知っているのならダンブルドアとの関係性を疑われて終わりだ。不用意に近づいて殺されたらたまったもんじゃない。

私は未だ解決策が浮かばぬまま、談話室へと足を運んだ。深夜12時を回るころである。




これまでで一番主人公の治安が悪いです。
ケイシーはロンに似て高身長+ブーツなのでハーマイオニーより十五センチほど背が高いです。加えてスマイルが怖いのでハーマイオニーがかわいそうと言わざるを得ません。八つ当たりです。
いままで余裕綽々の主人公ばかり書いてきましたが、負けず嫌いで努力しいなのが本性です。
後編はそのうち出します。

そういえば非ログインの方でも感想を受け付けることのできる設定に変更しました。
他の二次見てたら意外と非ログインの方が多いことに気が付いたので。


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真夜中の出来事 下

唐突に下なので、内容を忘れている方は上を軽ーく見ておくことをお勧めします。


談話室にはハリーとロン、ハーマイオニーがいた。少し口論をしていたようだが、私の姿を見て驚いたような声を出す。ハーマイオニーは不自然なほど、私とは目を合わせようとしなかった。

 

「ケイシー!びっくりさせるなよ…」

「二人だけで深夜に外出させるわけにはいかないからね」

 

クィレルがいるホグワーツで深夜二人だけで出歩かせたとなればダンブルドアからどう思われるか。考えるだけでイヤだ。

ハーマイオニーが二人に嫌味を言いながら、寮の外まで追ってきた。太った婦人は夜のお出かけをしていたらしく、うっかり寮の外に出てしまったハーマイオニーは私たちと一緒に来るしか無くなったのだ。

 

「四人とも見つかったら、私、フィルチに本当のことを言うわ。私はあなたたちを止めようとしたって。あなたたち、私の証人になるのよ」

「君、相当の神経してるぜ…」

「シッ、二人とも静かに。なんか聞こえるぞ」

 

ハリーが短く言った。私がルーモスで先を照らすと、暗がりの中で床にネビルが丸まって寝ている。……この場面、ネビル居たっけ?

やはり記憶が薄れているな、と感じながら私はゆっくりとネビルを揺さぶった。

 

「ネビル、なんで君はここにいるんだい?」

「新しい合言葉を忘れちゃったんだ」

「身体の具合はどう?」

「大丈夫、マダム・ポンフリーは気絶しただけだって言ってた」

 

それはよかった、と私たちは周りを警戒しながら言った。

 

「悪いけど、ネビル、僕たちはこれから行くところがあるんだ。また後でね」

「そんな、置いていかないで!『血みどろ男爵』がもう二度もここを通ったんだよ!」

 

三人は溜息を吐いた。深夜に見る血みどろ男爵が飛びぬけて怖いのは分かるなぁ、と私は一人同情していた。これは味わったものにしかわからない恐怖だ。冷たい石床の上で幽霊に怯えて眠る恐怖、ネビルに親近感がわいた瞬間だった。

 

 

 

 

私たちがトロフィールームに向かうと、マルフォイたちはまだ来ていなかった。

高窓から差し込む月明かりがカップ、盾、賞杯などを金銀に輝かせる。ハリーたちは感嘆のため息を漏らした。確かマルフォイたちは来ないはず。今頃暖かい部屋でぐっすり寝ているんだろうか。

ドアから目を離さずにマルフォイたちを待っていると、隣の部屋で物音がした。私とロンがその方向に杖を振り上げた瞬間、しわがれた声が囁いた。

 

「いい子だ、しっかり嗅ぐんだぞ。隅の方に潜んでいるかもしれないからな」

 

フィルチが、ミセス・ノリスに話しかけている。その瞬間、フィルチたちが自分たちを捜しに来たこと、マルフォイたちが罠にかけたことをハリーたちは気が付いたのだろう。全員目を合わせて匍匐前進をし、何とか遠ざかろうとした。

するとネビルが恐怖のあまりか悲鳴を上げ、ロンに抱き着き、そのまま廊下の鎧に突っ込んだ。けたたましい音が鳴る。ハリーが逃げろ!と叫んだ。

 

回廊を疾走する。次から次へと廊下を駆け抜け、タペストリーの裏にあった抜け道をくぐって、何分走ったかわからないほど私たちは城内を駆け抜けた。時たま私とロンが廊下に滑り呪文を掛けておいたのでフィルチは当分来ないだろう、と「妖精の魔法」の教室の近くで言っていた。

 

「運よくそれで頭を打ち付けて二度と目覚めてくれなければ――」

 

ロンはゼイゼイと喘ぎながらそう言った。ハーマイオニーは侮蔑する余裕もないのか顔を真っ赤にしながら息を整えている。床に倒れ伏すネビルに手を貸していると、近くの壁から歓声を上げながらピーブズが飛び出した。

 

「黙れ、ピーブズ……お願いだから――――じゃないと僕たち退学になっちゃう」

「夜中にフラフラしてるのかい?一年生ちゃん。チッチッチッ、悪い子、悪い子、捕まるぞ」

「黙っててくれたら捕まらずに済むよ。お願いだ。ピーブズ」

「フィルチに言おう。言わなくちゃ。君たちのためになることだものね」

「ピーブズ」

 

私がピーブズの名前を呼ぶと、目をぱちくりとさせた後彼はにやにやとしだした。

 

「おぉぉ、ケイシー!完全完璧な優等生ちゃん!そんでダンブルドアの―――」

「ピーブズ!」

「オーケー、オーケー!でもねぇ、こればっかしはね――――非難されるいわれはないものね」

 

ロンがさぁっと顔を青ざめるのが、暗闇の中でも分かった。私も青ざめた。ピーブズが叫ぶ前に、私たちは走る。後ろの方で何かゴチャゴチャ喋る音が聞こえたが、私たちには関係ない。

 

 

 

違う、ここは何階だ?「妖精の魔法」の教室があったってことは、ここは四階のはず。

 

つまり私たちが行こうとしている廊下の突き当りは、例の部屋――――三頭犬がいる部屋だ。私はそのことに直前になって気が付き、一人方向転換をして繋がっていた階段を駆け下りた。幸い他の四人はそのことに気が付いていない。三階の廊下の陰に隠れて、私は息を整えた。

 

かの有名な怪物犬、フラッフィーはああ見えて凶暴な生き物だ。魔法生物に対して尋常でない母性を発揮するハグリッドだから手懐けられたわけで、動物に異常に興味を持たれる私が無謀に入ったらどうなることか。良くてマダム・ポンフリーのところに一週間、悪くて―――その先は想像にお任せする。取り敢えず私はあの部屋には行けない。何としてでも私たちを見つけ出そうとこの城内を闊歩しているフィルチもいることだし、私は一足先に寮に帰っていよう。

 

 

 

 

 

そう考えて、物陰から出ようとした瞬間、私はガシリと誰かに腕を、掴まれた。

ひゅっと喉の奥が鳴り、心臓がドクドクと音を立てる。ギリ、と掴まれた腕に力が強くなった気がした。

 

なんだ、これは?

 

私をよく知る先生なら、声をかけるはず。少なくともこんな強引なことはしない。

スネイプ?もしもそうなら厭味ったらしく声をかけてくるはず、こんなことはしない。

では誰だ、フィルチでもない、誰でも―――――

 

ここまで瞬間的に考えたところで、私は気が付いた。

一人、こんなことをしそうな奴がいたじゃないか。

 

 

 

私は意を決して振り向いた。

暗闇に目が慣れていた状態で、その影はうっすらと見えていただけだったが、その存在を知るには十分だった。

彼は無表情だった。普段見せている臆病さはなりを潜め、落ち着いた表情がそこにはある。

 

 

クィリナス・クィレル。

現闇の魔術に対する防衛術教授にして、闇の魔術そのものである。

私は今その人物に、腕を掴まれていた。

 

 

 

 

 

薄暗い部屋の中で、コポコポと何かのフラスコや大鍋が音を立て、時たま爬虫類と思われる何かが唸り声を響かせる。

格調高き石壁には無数の薬草が掛けられ、アンティーク調のテーブルには無数の本が散乱している。その様は無秩序であり、しかし実用性を兼ねた配置なのだろうな、と思わせるようなものだった。

 

そう、私は今クィレルの部屋にいる。正確に言えば研究室と言ったほうが妥当だろうか。

闇の魔術に対する防衛術の教授に与えられる教室に繋がる部屋と言えば少しは分かりやすいだろうか。

あの後三階の廊下から二階のこの部屋まで無言で連れてこられたのだが、連れてきた本人は未だ無言である。私に背を向けて、部屋の奥にあるポッドから紅茶を入れている様だった。

 

「あの…すいませんでした。夜に出歩いたりして」

「え、ええ。大丈夫…ですよ。学生の時はだ、誰でもで、出歩きたくなります」

 

クィレルの背中に声をかけると、肩をわざとらしくピクリとさせて彼は応えた。少なくとも私にもそのキャラを貫くつもりだと察して、私は酷く安心した。

闇の帝王モードで来られた場合、私の身の安全は保障されないだろう。

そんなことを考えているとクィレルが紅茶を持ってきて、私の前に置いた。ついでにたっぷりの砂糖の入った瓶も脇に置かれる。

 

試しに紅茶に何も入れず口に運ぼうとすると、クィレルの目がギョロリと動いた。

 

「さ、砂糖はい、い、入れないんですね」

「ええ、眠気を覚ましたくて」

 

意味ありげににこにこと笑う彼の顔は、一見したら無害に見えるだろう。しかしその瞳には確かに私を見定めるような光があった。

私が甘党だということはグリフィンドールの生徒、その他ごく一部しか知らなかったりする。少なくとも食事のときとかそういう時に私を注視しないとクィレルは気が付けない。

 

と、いうことでコイツは間違いなく私を探っているし、何なら今探りを入れている状態なのだろうと思う。

幼少期ダンブルドアの下にいたのがバレたか。クィレルは二年前からホグワーツにいたはずだし、今年も他の教員からその情報を耳に入れる機会はあったはずだ。ハリー・ポッターの近しい友人というポジションも加えると、ダンブルドアのお気に入りという解釈をされてもおかしくない。

 

 

…というか、この紅茶飲みたくねぇ~!!!!!

絶対なんか入ってるじゃん。真実薬、眠り薬、昏睡薬…少なくとも美味しいものは入っていないに違いない。今までに私に開心術を掛けていて、もし心の中が覗けないことに気が付いたのなら、間違いなくこんなおいしいチャンスを逃すはずがない。

そもそも、夜の城内でクィレルが私を見つけたこと自体がおかしい、トロフィー室に入る前はいなかったはず。マルフォイが告げ口した?それとも――――

私が一向に口に紅茶を運ばないからか、クィレルは首を少し傾けた。

 

「の、飲まないんですか?」

 

臆病そうな声色で彼は話す。吃音とその態度も相まって、事情を知らない人間なら無害な人間だという判断を下すのだろう。良く出来た演技だ、と私もまた自身を偽っている身として感じた。

果たしてこの紅茶がただのブラフか、罠かを見極めなければならない。

ただこういう情報戦が得意なダンブルドアにチェスで長年扱かれた私の勘が、何も入ってないわけがないと言っている。

 

私は傾けるふりだけして、紅茶を1滴でも飲まないように口を強く結んだ。喉をコクコクと動かして飲んでいるようなふりをする。スネイプに教えられた技だが、こんなところで生きて来るとは思いもしなかった。流石元死喰い人、危機管理がしっかりしている。最終的に紅茶の口の部分を少し傾けて全く減ってないことをクィレルに見せないようにすればオーケーだ。

 

「美味しいです、ありがとうございます」

「い、いえ…別に。そ、そ、そういえば、なんでウ、ウィーズリー君はこんなよ、夜中に出歩いていたんですか?」

「友達についてきたんです」

「そ、そ、そうですか」

 

クィレルは私の方をしっかりと見て、様子を探る様に問いかけた。別段嘘を吐く必要性も感じないので正直に答える。

臆病という割には人の目を見て話すんだな、君。

演技が外れてきたことに少し危機感を感じる。やはり入っていたのはベリタセラムか。核心めいたことを聞かれ、私が欺くことが出来れば物事を有利に運べそうな気はするが、欺けなかった場合とんでもないことになる。それを抜きにしても今私は疲れているし、眠気も少しある。口を滑らせてしまわないかかなり心配だ。

 

「ハ、ハリーとは仲がいいんですか?」

「多分、学校の中で二番目に仲がいいと思いますよ」

「二番目?」

「一番はロンですから」

「…ダ、ダンブルドアの事はど、ど、どう思います?」

「育ててくれた人なので感謝はしていますが、ちょっと怖いです。何考えてるかわからなくて。」

 

クィレルが目を細めた。――――掛かったか?

普段私が他人には決して口に出さないホグワーツに居たという事実を相手に与える。この情報を口に出すことで真実薬を服用しているという判断に傾くだろう。

取り敢えず私はダンブルドアにいいように使われている駒を演じよう。私から情報を取ることができると分かればクィレルも少しは興味を示すはず。現状もあながち間違ってはいないのだが、一方的か否かはだいぶ重要ではある。スネイプの劣化版ではあるが、二重スパイということだ。事前に飲めば真実薬を無効にできる薬品もあったはずだし、スネイプに調合してもらおう。

 

「君の、の、能力について何かわかっていることはあるかな?」

「あまり分かってないです。少なくとも―――」

 

違う、と私は目を見開いた。

私が口を開きかけた時、ノックもせずにスネイプがドアを半ば蹴破るようにやってきた。

クィレルが驚いたようにのけぞって杖に手を伸ばしかける。

 

「…ケイシー・ウィーズリー。先ほどハリー・ポッターを捕まえましてな。君がクィレル先生の自室で何をしようが勝手だが…早急に連れ戻せとマクゴナガル先生が言っておりましてね」

 

不機嫌そうにスネイプが私の首根っこを掴んだ。そのまま引き摺られるように立ち上がらされる。クィレルは不思議そうに、そして品定めをするようにスネイプを見ていた。

 

「グリフィンドール、五十点減点」

 

スネイプはそう吐き捨てて、クィレルの部屋から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

私を横に担ぐようにして、スネイプは階段を素早く下りる。

グリフィンドール四十点加点、とスネイプはクィレルの部屋を出てすぐ言った。

 

「助かります」

「今は喋るな」

 

短い会話を少しした後、私は地下にある魔法薬学の教室の洗面台の前に下ろされた。

私は喉に手を突っ込むと、少しばかりの胃液を逆流させた。ゲホゲホと大きな嗚咽が出る。

スネイプがホットミルクをもってやってくると、生理的な涙がボロボロとこぼれる中、私はそれを一気に飲み干した。

はあ、はあと息を整え少し落ち着いたころ、私は洗面台の水を出し私の胃液と自身の口をゆすいだ。

 

「呆れたものですな」

 

スネイプが蔑んだように私を見た。

 

「真実薬が口に触れるだけで作用できるような強い薬だと言いませんでしたかな?」

「なんでも自分の血肉に出来るような超人だと思わないでください」

「コインを使ったことは誉めてやろう」

「ダンブルドアが気が付いてくれてよかったです。スネイプ先生もありがとうございます」

 

私がそう言うと、スネイプはフンと鼻を鳴らした。

 

 

私がクィレルに連れられてホグワーツの校内を歩いていた時、私は杖で胸元のコインを叩いて通信機能を作動させていた。ほら、前に貰ったあのシックル硬貨だ。

何かあった時のために、と一応作動していたのが功を奏したらしい。それを差し引いても私がクィレルと接触するのはダンブルドアにとって不安要素が多いので、配慮しての事だった。

 

「スネイプ先生が乱入したことで怪しまれましたかね」

「クィレルの正体に寄りますな」

 

我輩はなるべく助けたくはなかったのだが?という厭味もいただいて私は溜息を吐いた。

 

途中までは、気が付かなかった。私に真実薬が多少なりとも効いていたことに。

なにせ偽ることがなかったのだから。しかし私の能力について訊かれた時―――私は違和感に気が付いた。口が勝手に動いていたのだ。

以前私は、クィレルに能力を訊かれた時の対処として「今は能力が薄れてきている」という答えをスネイプと話し合っていたうえで用意していた。しかし私が別の事を話そうとしていることにスネイプは気が付いたんだろう。あの乱入の速さからして外で話を聞いていたか。

 

スネイプが手に持っていたらしいシックル硬貨を私に見せた。

 

「……それ、スネイプ先生が持っていた方がよさそうですね。」

「そのようですな」

 

スネイプが心底呆れたように、何度目かわからない深い溜息を吐いた。

幸せが逃げますよ、と言ったらグリフィンドール十点減点をされた。割と痛い。

 

 

 

[other side]

 

だいぶ話を端折りはしたが重要なことは伝えたと話を締めくくった少女――――ケイシー・ウィーズリーは喉を潤すために紅茶を傾けた。

 

「何も入ってないですよね?」

「勿論」

 

笑って肯定する老人――――アルバス・ダンブルドアもまた紅茶を傾ける。しばらくした後、二人は思案顔になって考え込んだ。

 

「クィレル…闇の帝王に係っていることは間違いないのう」

「賢者の石の効能を考えても闇の帝王復活を望んでいることは間違いなさそうですね」

 

ケイシーはダンブルドアの言葉に頷いた。

 

「そういえばダンブルドア先生、二つほど訊きたいことがあるんですが」

「なんじゃ?」

「一つ目は、クィレルへの対応です。あの後よく考えたんですが…もしかして闇の帝王に私の有用性を示そうとしてたりします?」

 

ケイシーは半ば確信めいたように言った。ダンブルドアは目をぱちくりとさせた後、ゆっくりと微笑んで肯定した。

 

「そうですよね、そうだと思ってました―――クィレルの動向を探るのは必ずしも私を使わなくていいと思っていたんです。もっとほかの理由があると思って。クィレルが闇の帝王とつながっているとしたら、今後の事も考えて私の存在を強調すると思ったんです。」

 

自身の考えが肯定されたことで途端にケイシーは饒舌になる。その様子をまるで優秀な孫を見るような目で、ダンブルドアはニコニコと眺めていた。

ケイシーには精神的な同年代と接することが少ない。ダンブルドアやスネイプら大人に囲まれて育って、子供を歪に育ててしまっていないかという危惧がダンブルドアにもあった。ケイシーの子供らしい姿を見て、少し安堵している様だった。

 

「あ、あと。そのケーキ、食べないんですか?」

 

ダンブルドアの手にあるチョコケーキ。ニコニコとしながら勧めるケイシーに感じた違和感に、ダンブルドアは今確信を持った。

 

「わしが何年この学校にいると?」

「何年でしょう」

「勿論この代物も知っているとも」

「レディのプレゼントを無下にする気ですか?」

「お主はもう少しか弱い老人をいたわってもいいと思うんじゃがの」

「馬鹿なこと言わないでください」

 

ケイシーがフォークを差し出すのを、ダンブルドアはゴクリと息をのんだ。

フォークを突き刺す。堅い地面に突き刺している様だった。ケイシーによって一口大に切られたそれは、今か今かと食べられる時を待っている。

ダンブルドアがそれを噛むと、ゴリ、というイヤな音がしてケイシーは眉をしかめた。

 

「よかった。それ(ロックケーキ)食べなくて。」

 

ダンブルドアはケイシーを少し液体の張った眼で睨んだ。

午後十一時四十八分、イギリスのどこか、ホグワーツ魔法魔術学校。

真夜中の天文台での出来事である。




ケイシーの性格については作者は語り足りませんが、
大人との駆け引きは割とできるくせに子供っぽいところが好きです。
この物語は彼女目線で語られているので、プライドの高い彼女は決して認めませんが、性根は結構子供です。
素が出せる人が少ないので彼女なりの甘えなんだと思います。

あ、あと。今まで改行が変なことになっていたと思いますが、見えるところ全部修正しました。見えづらかったですね、すみません。
普段Wordで書いてコピペして、全部改行が変になっているのでプレビュー見て修正して、の繰り返しでかなりめんどくさいです。全十八話の改行直しているときにリアルに「も"ー!!」って言いながらやってました。


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あなたはいつも

すみませんね!一か月も失踪して!


 

「お嬢様、朝にございます」

 

私の屋敷しもべ妖精・レオニの声が、何処からか聞こえる。毛布を取ろうと手を動かしても、何もない。というか大きな毛皮に包まれている感じ。目を薄く開いても視界は黒いままで、やっと私の脳は覚醒し始めた。

緩やかな暖かさに包まれ、レオニの声がくぐもっていた理由を察する。

 

「おどきなさい、メリー。お嬢様が出られないでしょう」

 

レオニが私を下に寝ているズーウーを押しのけようと奮闘している音がした。が、一向に押しのけられていない。成程、私は今メリーの腹の下で寝ていたというわけか。猫好きなら誰でも羨ましがりそうな状況である。レオニがしつこくやり過ぎたからか、メリーがグルル、と威嚇をする音がした。

私は色々奮闘して外に顔を出すと、やっとレオニの顔が見える。メリーが私の頭を鼻で押してまた自身の腹に収めようとしていた。

 

「おはよう、レオニ」

「おはようございます、お嬢様」

「あー、昨日は…」

 

髪をぐしゃりと掻き上げながら、未だ回らない頭で記憶を遡る。まさかこの歳になって二日酔いの様な起き方をするとはね。

確か、昨日はメリーの傍で本を読んでいたんだったか。午前一時辺りから記憶がないからそのまま寝落ちしてこの有様なのだろうか。近くに転がっていたぐしゃぐしゃになった本をレオニが魔法で綺麗に引き延ばした。

 

「遅刻?」

「いつもより十五分遅い起床にございます」

「まずいねぇ」

「こちらに綺麗にした制服があります、朝ごはんは私が作っておきますのでそのまま授業にお行きください」

「出来る屋敷しもべを持ててうれしいよ、私は」

 

ニコリと笑うと、レオニは真っ赤になって小屋の中に入っていった。一方私はメリーの下から這い出る。伸びをするとゴキゴキとものすごい音が鳴り、これは痛めたなと首を回しながら考えた。着ていたシャツは皴だらけ、長い髪はボサボサ。小屋の中に入って大きな鏡の前に行くと、到底他人に見せている『ケイシー・ウィーズリー』ではなかった。

 

鏡の輪郭をなぞる。前世の頃だったら、自分のことを可愛い外国の女の子だなぁとか考えるんだろうか。十年近く前の前世の事はどんどん記憶が薄れてきている。父や母の顔も細かく思い出せなくなってきた。

杖で一振りすると、私の格好は一瞬にして綺麗になって、用意された制服とローブに着替えればいつも通り、完璧な『ケイシー・ウィーズリー』になった。

 

ニコリと口角を上げてみた。鏡の中の可憐な少女もニコリと笑う。

ケイシー・ウィーズリーであるという自覚が生まれてこの方あまり芽生えていないというのはおかしなことだろうか。この姿であるという自覚はあるのだが、どうも普段から自分を偽っているせいか自分自身の事を一種のブランドだと考えてしまう節がある。

鏡の中の少女はネクタイを整えると、ローブを翻してレオニのいる厨房へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

今日の日付は10月27日、そろそろハロウィーンだ。

私は魔法史の授業を魔法薬学の内職をしながら聞いていた。私の席はテーブルが段々状に連なっている教室の一番上、一番隅。前世読んだ本に部屋の角は盤面を支配しやすいと書いてあったが、本当に人の様子がよく見える。私はそんな中で、ただ一人を注視していた。

 

ハーマイオニー・グレンジャー。今はまだハリーたちとつるんでいない一匹狼のガリ勉少女。

脳筋も多いグリフィンドール生の中で数少ない魔法史を起きて受講している人物である。因みに私の隣に座っているラベンダー、その隣にいるパーバティ、前に座るハリーとロンは無事夢の世界へトリップ中だ。パーバティはうつらうつらしているだけだったが、他3人は完全に爆睡している。そこから少し離れたところにハーマイオニーは座っていた。

 

三頭犬の事があった夜、私がハーマイオニーにキレたことがあっただろう。あのしわ寄せがここに来たというか、厄介なことに今なっている。私がハリーとロンに大なり小なり与えている影響を考えていなかったと言えばそれまでなのだが、完全に二人はハーマイオニーの事を毛嫌いしている様だった。私がキレたことは喋っていないはずだし、態度にも出していなかったから完全に私とハーマイオニーの気まずい距離感で察したようだった。

 

私は別にハーマイオニーの事が嫌いなわけじゃない。

あの時イライラが重なっていた上にあんな態度で追いかけてきたからキレてしまったわけで、別に。そう考えながら万年筆のキャップをカチカチと鳴らす。どうしようか、あの時頭に血が上っていたから後先考えずに行動してしまっていたわけだが、このままだとハーマイオニーと仲良くなることは難しくないか?

 

そもそもロンが原作と違って所謂‘‘ピューン、ヒョイ”レベルの魔法なら簡単に扱えているのでハーマイオニーとの喧嘩のとっかかりがない。つまりハロウィーンでのあの一件は当然引き起こされないし、ハーマイオニーは原作軸での性格が丸くなる出来事が消えうせたわけだ。

 

それはいい、既に考えていたことだ。私がハーマイオニーとハリー、ロンとの仲を取り持つ。これが考えていた代替案だった。しかし私とハーマイオニーが仲たがいしていたままではそんなこと到底不可能なわけで。

 

先ほどから全然頭に入ってこない魔法薬学の本を閉じて、ゆっくりと椅子にもたれかかった。教室のシャンデリアが先生のゴースト特有の光を反射して煌めいている。目下に見える木製の長テーブルの上に置かれた羽ペンと羊皮紙が嫌というほど前世との違いを見せつけていた。

イライラする。

目をつぶった。集中できないし、このまま寝てやろうかな。片眼を開けると、ハーマイオニーが丁度前に顔を戻したところだった。あれはこっち見てたな。私の事を気にしていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

…私が悪いな、うん。少なくともハーマイオニーとハリーたちを引き合わせようと考えていたにもかかわらずこんな事態になってしまったのは反省すべき点だ。これじゃ何もできやしない。今日何度目かわからない溜息を吐くと、ラベンダーの隣でうつらうつらとしていたパーバティが目をパチリと開けた。

 

「どうしたの?」

「なんでもないよ」

 

ニコリと微笑むと、パーバティはジトリとこちらに目を向けた。

 

「また」

「また?」

「なんか胡散臭い笑顔してる」

「…そうかな、君は嫌い?」

「嫌いじゃないけど…ため息をついてると幸せ逃げるよ」

「聞かれてたか」

 

勿論、とパーバティは肩をすくめた後、テーブルに身を深く預けて寝る態勢に入った。

…少しびっくりした。彼女は単なる友達想いの明るい子、って感じだったから。意外と人の感情の機微に気が付くらしい。私が少し感心していると、目を閉じたままパーバティがまた口を開いた。

 

「ハーマイオニーと何があったかは知らないけど、早めにけりをつけといたほうがいいと思う」

 

分かってるよ、分かってますよ。勿論その感情はおくびにも出さないけれど。

私はパーバティにそうだね、と微笑んだ後、背もたれに寄りかかってどうしようか考え始めた。

 

 

 

……こうなったら、ハロウィーンのあの事件を利用するか?

 

彼らの絆が生まれたあの事件はどっちにしろハリーたちに立ち会わせるつもりでいたし、こうなってしまった今は出来れば原作通りに進めたいというのが正直なところだ。安心安全、原作通り。

そこに私という異物が入った状態だけれど、効果は間違いなく何よりも強い。

まあそうなると私はロンのポジションに上手く収まり、盤面を綺麗に動かす必要があるのだが。当然とても難しい。まずハーマイオニーをどう女子トイレに誘導するかが問題だ。

…いや、うん、無理。今少し考えてみたけど全然いい案が思いつかない。でもハーマイオニーのあの高飛車なカンジは緩和しないとハリーたちとは仲良くなれない気はする。私が諭してもいいが、正直これ以上苦手意識を持たれるのもまずいし彼女が自ら動かないとだめだ。

 

原作を改変するのは許容範囲だのなんだの大きい口を叩いていたくせに、結局原作に縋ってしまう。私は、一人静かにある覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

なんやかんやあって、ハロウィーン当日。

普段より少し早く起きた私が筋肉痛の足を引き摺って大広間に降りると、そこにはオーナメントを魔法で取り付けている教職員たちの姿があった。私と同じように早めに起きてしまったのか、数人の生徒が自分の寮の長テーブルに座ってぼぅっとそれを眺めている。オレンジ色を基調とした飾り付けがフワフワと浮いていく様はとても綺麗だった。

 

「お疲れ様です、手伝いましょうか?」

 

そう言って取り敢えず近くに居たマクゴナガル先生に近寄ると、先生は私の方をちらと見た後、「ありがとうございます」と言って10個ほどのオーナメントを差し出した。

 

「飾り付けは分かりますか?」

「子供の頃に良く見ていたので」

 

周囲に人がいないことを確認してから、私はそう口を開いた。

生徒の出歩く昼間は駄目だったけれど。深夜の、消灯も過ぎ日をまたぐ頃になってから、よくマクゴナガル先生に大広間の飾りつけを見せて貰ったものだった。小さな私を抱きかかえ、杖で大広間を照らしていた先生も今よりもう少し若かった。

昔を思い出したのか、マクゴナガル先生はフッと微笑む。

 

「もう私が抱きかかえる必要はなくなりましたね」

「…そうですね」

 

杖をゆるりと振って、オーナメントを順々に浮かせていく。ぽつりぽつりととぎれとぎれに会話が続く。前世の母とも、モリー母さんとも違うけれど、私は確かにマクゴナガル先生を母親だと思っていた。

しばらくたって、もうすぐで生徒たちも段々姿を現してくるような時間になったころ、私は一番最後のオーナメントを浮かそうと杖を振っていた。

 

「あなたが、ダンブルドアと偶に会っていることは知っています」

 

マクゴナガル先生がぽつりと言った。私は目を見張ったが、マクゴナガル先生はこちらを見ようともせず淡々と飾り付けを行っている。

 

「何をしているのかなんて聞きません。しかし――――わたしに出来ることは何かないのですか」

 

心配そうな瞳がこちらをちらりと射貫く。私は乾いた唇を舐めて、出来るだけ自然に微笑んだ。

 

「じゃあ、何があっても私の味方で居てください。それだけでいいです」

 

多分私は、本当の私を知っている人を欲している。

ケイシー・ウィーズリーではなく、本当の私を。

私はこの世界に生まれるべきではなかった。こんな面倒くさい、厄介な能力を携えて存在するべきではなかった。

この頃ずっと夢に出る。もしハーマイオニーたちが仲良くならず、結婚することもなかったら。私のミスでハリーたちを別の方向に導いてしまったら。彼らの子供の存在がなかったことになっていたら。

既に未来は別の方向に転がっている。過去の私が恐れていたことが起きている。必死に目を逸らしていたことが起きている。原作なんて知らなければよかった。しかし私の脳は要塞のようで、まるで魔法が効きやしない。

 

こんな、考えすぎる性格だ。もう散々付き合ってきたからわかる。

そう遠くない未来、私は心が壊れそうになるだろう。前世の父と母の顔もじきに忘れる。

その時、無条件に愛してくれる人がいてくれれば、少しは楽になるだろうから。

 

驚いた表情のまま固まっていたマクゴナガル先生を一瞥した後、私は最後のオーナメントを浮かせ終わって、一直線にこの煌びやかな大広間を出た。そのまま二階ほどまで上がると、廊下で探していた人物を見つける。

その人物…いや、カオス(ピーブズ)は、ニッコリと鼻に着く笑顔で笑った。

 

「段取り通りに」

 

 

 

 

 

すべてを、段取り通りに。




見切り発車で書くからこんなごちゃごちゃになるんや!
ギャグを書こうと思っていたのに何でこうシリアスになるんでしょう。

個人的に、他の二次の主人公たちは原作改変をとても軽く考えているなぁ、と考えることがあります。別に悪く言っているわけじゃなく。
所謂ハピエンで終わる物語に自分という特大異物が放り込まれ、ぐちゃぐちゃにかき回されるわけですから、私ならメンタル死にます。
まあ原作知識を使ってRTAしたいところなんですけどね、記憶がね、曖昧なんでね。
自他ともに憂いの篩などで記憶が見れない上、紙に残したら何あるか分かったもんじゃないですし、十何年以上前に読んだ本をハリポタオタクなわけでもない一読者のJKが細かいところまで覚えているって方が無理あります。

あ、あとこれからネタバレになりそうなので感想返信は控えたいと思います!
(皆様感想ありがとうございます)


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トロールと微かな違和感 上

1991年10月31日は木曜日である。つまり、グリフィンドールの一年生なら誰でも知っているであろうが、その次の日は魔法薬学の授業がある。そして魔法薬学の授業を担当するのは憎きセブルス・スネイプ。少しミスをするだけで厭味タラタラなのだから、魔法薬学は恐らく一番気が抜けない教科だろう。

 

私が考えた計画通りであれば、事件が起きるのは飛行訓練の終わった午後、丁度大広間での夜ご飯が始まる前。いつもの通りであれば真面目なハーマイオニーは図書館で魔法薬学の勉強をした後、大広間に降りてくるはず。そこをピーブズにテキトーに物を取ってもらって、女子トイレに誘導。

そこでハーマイオニーを助ける算段だ。

 

…改めてまとめてみると私とんでもなく性格悪いな。やはり私がハーマイオニーに謝ってからハリーたちと仲を取り持った方が良かったか?

まあハリーたちとハーマイオニーの溝が原作同様深くなりつつあるので、私が色々やるにしても見てないところでやらかす未来しか見えないのでこれでいいのかも?正直それをリカバリーするのはものすごく面倒くさいし。

ほんと『仲直り』なんていつぶりだろう。前世でもやった記憶がない。

 

しかしピーブズに頼みごとを聞いてもらえたのは大きい。

小さい頃から彼は私の事を良く思っていない節があったので対価を要求された時は正直覚悟したが、ホグワーツ城を縦横無尽に三時間走らされただけだったのは幸運だったとでもいえばいいのだろうか。

 

痛む足を摩りながら呪文学、薬草学と授業を受け、飛行訓練も乗り越えたころ、私は遂に大広間の自分の席に着席した。魔法史の本を読みながら席についていると、順々にハリーたちが周りに座っていく。私の計画通り、ハーマイオニーはこの場にはいなかった。嫌っているながらも気にしているのか、ロンはしきりに辺りを見回してハーマイオニーを捜している。今頃彼女はピーブズを追いかけて校内を駆け回っている頃だろうか。私がそんなことを考えていると、私の右隣に座っていたラベンダーがこちらに寄って内緒話をするように耳に顔を近付けた。私も少し体を傾ける。

 

「なに」

「ハーマイオニー、多分何処かで泣いてるんだと思うわ」

「……は?」

「飛行訓練の授業終わりにマルフォイたちに何か言われたらしいの」

「…彼女の場所は?」

「分からない。どこかに走っていっちゃったみたい」

 

それを聞いた瞬間、私は溜息を吐いた。嘘だろ。向こうに見えるスリザリン寮の長テーブルの、取り巻きと喋っているマルフォイがこちらに気が付きニヤリと笑う。私がそれを見て立ち上がろうとしたとき、目の前に座っていたロンが私を目で制した。

 

「やめとけよ、マルフォイに絡むとロクなことないぞ」

「いや、アイツは結局彼女の居場所を知らないだろうし、私が探してくるよ」

 

それでもなお立ち上がろうとしたとき、今度は右隣の顔を険しくしたラベンダーに手を掴まれる。

ちょっと待て、ハーマイオニーは何でこんなに嫌われているんだ。

 

「ハーマイオニーは少し冷静になる必要がいいと思うの。わざわざ探しに行く必要なんてないわ」

「いや…しかし」

「私、あの子嫌い。お高くとまっちゃって仲良くしてくれないんだもの」

「あのね、ラベンダー」

 

私はラベンダーの手を包み込み、にこりと微笑んだ。

 

「もしそうだったとしても、それを変えるのが友人の役目だろう?」

「…そうかもね」

 

お前が何を言うオブザイヤー。ここ数年色々あったお陰でしれっとあることないこと言うのが得意になって来たな。

ふと顔を上げると、バツが悪そうにふてくされるラベンダーの右隣で、パーバティがチベスナ顔でこちらを見ていた。

 

「…なにかな?」

「いや…これ、はい。どうせ食事の時に戻って来られるかわからないから」

 

パーバティが差し出したのは、大きなペロペロキャンディふたつ。ハロウィーンの装飾と黒いリボンが付けられていて、今朝朝食のテーブルにあったものだと分かる。差し出してきたものを受け取ると、私はローブの中にそれらをしまった。

 

「じゃ、行ってくる。なるべく夕食の時間が終わるまでには戻ってくるよ」

 

ラベンダーの頭を撫でながら何気なく大広間を見回すと、教師陣の中でダンブルドアとクィレルだけがまだ席についていなかった。険しい顔をしているスネイプにきちんと見張れよとアイコンタクトをした後、人がわらわらと入ってきている入り口を逆流し大広間から出ていく。ローブの中の懐中時計を取り出すと、丁度夕食の時間になろうとしていた。

 

 

 

 

「…ピーブズ!」

 

広すぎるホグワーツを歩いていると、フワフワと浮いている例のカオスが目に留まった。名前を叫ぶと、ピーブズはギクリと肩を揺らしまるでお化けでも見たようにこちらに振り向く。私が睨んでいることに気が付いたらしい彼は頬をピクリと動かした。

 

「私が代償を払ってでも仕事を頼んでおいたのに、ここで油を売っているとはいい度胸だね?」

「だってどこ捜してもいなかったんだから仕方ないだろうよ!あくまでオレが引き受けたのは例のハーなんちゃらのことだけだぜ!」

「…まあいい、今は丁度人手が欲しかったところだ。仕事をしなかったんだから代わりのものを引き受けてくれたって罰は当たるまいよ。ああそれから――もし逃げたとしたら、現在取り寄せ中の南アフリカの強力なゴースト消滅魔法具を使う羽目になってしまう。高価なんだ、私たち二人が幸せに過ごすためにはどうすればいいか、分かるよね?」

 

天井に頭を突っ込みかけていたピーブズにそう言うと、彼は慌てたように急いでこちらに寄ってきた。

 

「そりゃないぜ、ケイシーさんよ」

「よろしい、じゃあ君には一階を頼む。急ぎでハーマイオニーを捜してほしいんだ」

「なんのために?」

「いろいろと事情があるんだよ、事情が」

 

私の足が筋肉痛じゃなかったらこんなこと頼まなかったんだが。取り敢えず今優先すべきは地下一階にハーマイオニーがいないかどうかを確かめることだ。二階より上にいるならそれでいいが、トロールと彼女が会ってしまったら大変マズイことになる。確か原作では女子トイレにいたはずだが、この学校の地下は無駄に入り組んでいるうえ、物置やら地下牢やら部屋がたくさんある。早く探さねば。懐中時計を取り出すと、夕食の時間から既に五分が経とうとしていた。

 

「私は地下を捜す。見つけたら即刻私に伝えに来るように」

 

ピーブズがするりと突き当りの壁を抜けていったことを確認すると、私はローブを翻して急いで地下への階段へ向かった。

 

 

 

 

 

 

痛む足で地下牢を早歩きしていると、ふと地下牢の方から足音が聞こえてきた。この重々しい革靴の足音は―――――クィレルか。

急いで、足音を立てないように物陰に隠れる。足音が、カツカツカツカツとどんどん近づいてくるのを聞きながら、私はただ嵐が過ぎ去るのを待った。

 

足音が、丁度私のいるところの手前で止まる。物陰からクィレルの顔を伺いたい気持ちをぐっとこらえて、私は震える手をローブの杖に伸ばした。

……もし、ここで闘うことになったらどうする?能力はあちらの方が強い上、増援も見込めない。いや、あっちだって死にかけの闇の帝王を携えているのだから目立つ動きはしたくないはず。そもそも以前のことでどこまでバレているんだ?スネイプが――――

 

「ケイシー・ウィーズリー!」

 

突如として、クィレルが叫んだ。地下に響き渡るような声だ。完全に、バレている。杖を前に構えながら、私はゆっくりと後ずさり始めた。心臓が音が聞こえるぐらいに脈打つ。音を立てないように、音を立てないようにと私は慎重に、隠れている部屋の奥に後ずさった。

なんでいつもこんな目に合わなくちゃならないんだ。実戦経験もまだロクにない子供にはすこし酷すぎやしないだろうか。

しかも、アイツは、クィレルは本性を隠していない。それがあらわす意味は、死か服従の未来。まさかこんな早くに私と敵対する意思を見せて来るとはね。

 

「もし、今いるのであればよく聞け!」

 

普段からは予想もつかないような自信のある、張りを持った声で彼は叫んだ。

 

「もしここにいるのであれば、お前はもう私の正体に気が付いているのだろう!」

 

クィレルの方向から、ズシン、ズシンというとてつもなく重い足音の様なものが聞こえてくる。微かに漂う悪臭、低く響く唸り声。

私は無意識に手で口を覆った。闘ってはならないと、自らの本能が告げている。ほんとに、ハリーたちはよく一年生の時にこんな化け物と闘ったものだよ。自身より格上の存在が二つ、丁度壁の向こう側にいることに私は打ち震えた。

 

しかし、先ほどの言葉をそのまま解釈するのならば、彼らは私の存在にまだ気が付いていないということになる。こんな場面を見られたらどうせバレると言った状況なので博打に出たのだろう。すまんな、私はそれ如きじゃあまり動揺しないんだよ。

ここは空き教室の一つだし、何もしなければ…ああ、駄目だ。終わりだ。

私、そういえば普段能力を死ぬ気で抑えているが、微かにまだ匂いは漏れ出ているはず。こんな近くに居たら流石に気が付くわけで、つまり今私は絶体絶命の状況なのだ。

 

「今、お前は岐路に立たされている!どちらの味方に付くか、せいぜい考えておくことだ!」

 

ばーか、私はダンブルドアの犬なんですー。ああ、駒だったか。

どちらでも同じことだ、ともかく私がそちら側に行く可能性は一切ない。一人べーっと舌を出していると、向こうの方で大きな音を立ててバケツの様な金属製の者が床に落ちる音がした。

 

「…誰だ!」

 

クィレルがマントを翻しそちらに向かうと、トロールもそちらへ向かう音が聞こえた。まあ躾が行き届いておりますこと。一人そっと安堵の溜息を吐いていると、壁の方からピーブズがすう、と通り抜けてくる。その顔は若干ひきつっており、声は出さずにクィレルのいた方向を激しく指さしていた。

私はそれを見て重々しく頷くと、ピーブズはへなへなとよろけた。

 

「ちょっと待てよ、あのあんちゃんあんなやべえ奴だなんて言われてないぜ!」

「言ってないからね。あまり関わらない方がいい。それで、ハーマイオニーは?」

「一階にはいなかった。少なくともな…それにしてもお前よくあんな奴に立ち向かってるもんだよ」

 

小声でこそこそと喋る。私が懐から懐中時計を出すと、既に夕食の開始時間から十分が経過していた。杖を持ったまま、慎重に物陰から顔を出す。そこには誰もいなかった。クィレルは原作通り混乱を生じされるため大広間に行ったのだろうか。

向こうの方でズシン、ズシンという異形の足音を聞きながら、私はピーブズに向き直った。

 

「取り敢えず、今はハーマイオニーを捜すのが先決だ。ピーブズは地下牢より向こう側を捜してくれ。私は隠れている可能性が一番高い女子トイレを見に行く」

 

そう言うと、ピーブズの顔が固まり、アー…と壊れた機械のように口を開いたまま制止する。

 

「あの―――別に、悪気があったわけじゃないんだけども…」

「なんだ」

「さっき、バケツが落ちたような音したろ?あれ俺がトロールを女子トイレの方向に誘導した音なんだわ」

 

だって、ケイシーピンチだったみたいだし。

私の顔が私自身で青ざめるのが分かるくらい死んだのと同時に、向こうの方で甲高い少女の叫び声が聞こえた。

 

「まったく…本当に上手くいかない!」

 

私は痛む足を全速力で回しながら、地下の女子トイレの方に走った。



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トロールと微かな違和感 下

古く歴史のあるホグワーツの石膏で塗り固められた壁を伝いながら、私はバタバタと地下の女子トイレへと急いだ。堅い石床と革のブーツがたてる大きな足音が地下の高い天井まで響いている。隣のピーブズに先に行くように指を振ると、ゴーストら特有の速さで前へとビュンと滑空していく。地下室に近づくにつれて、私はトロールがこちらに意識が向くように能力を開放し始めた。

 

私の能力が、煙のようにどろりと、水の中に入れた一滴の絵の具が薄く延ばされていくように周囲に漏れ始める。確かこの近くに魔法生物はいないはずだよな。地下なこともあって能力が校外に漏れて大惨事を引き起こすということもないだろう。トランクの外で何年かぶりに使った気がするな、と暢気に考えながら私は突き当りを曲がった。

 

 

 

数分だった気もするし、一瞬だった気もするような全力疾走をした私の視界に、遂に女子トイレの入り口が見えてくる。

物凄い悪臭と床一面に散らばった壁の破片が事件の悲惨さを物語り、今も中で何かが動く音がしている。間違いなくマズイ。

 

「ハーマイオニー!」

 

息も絶え絶えに女子トイレに駆け込むと、目に入ってくるのは四メートルの汚い巨体と、それに比べればほんの小さな少女。予想していた通りハーマイオニーだ。考えうる限りの最悪な事態になっているなんてことはなく、少しだけ傷がついているだけのようだ。少なくともぱっと見外傷はない。やはりマグル生まれなこともあって魔法を使うという発想がないのかひたすら頭を手で守っている。トロールの周りではピーブズが必死に気を散らしている様だった。

 

「ケイシー!?なんでここに!」

「君を捜しに来たんだよハーマイオニー!」

 

トロールが横に棍棒をぶん回したのをよけながら、私は言った。抉れた壁の破片がパラパラと空気に飛び散る。

生憎このトイレは天井が低い故、このトロールが上に棍棒を振り被るとは思えない。原作ではハリーたちが勝利していたとはいえ、普通にこいつはM.O.M.分類XXXXなのだ。失神魔法も何回か掛けないと効かないわ弱い物理攻撃は無傷だわ…魔法を跳ね返す力的にはハグリッドの上位互換だし、確かに一年生でこれに出会ったら人生詰みだな。しかもこんな狭い女子トイレで。

 

私の能力の匂いに釣られるようにトロールが標準をこちらに合わせる。私は目で合図して、ハーマイオニーに逃げるように伝えた。

 

「生憎この戦いに君は足手まといなんでね!」

 

躊躇していたらしいハーマイオニーに叫ぶ。私がトロールと睨み合いながら女子トイレの奥の方へ、壁を伝いながら移動する。それとは反対の壁を伝いながら、ハーマイオニーは慎重に入口へ近づいていった。

 

 

 

 

その瞬間。私の耳に、トイレの押戸がだんだんと閉まっていく音が聞こえてきた。

私は扉が面している壁を伝っているので見えないが、向かいのハーマイオニーは絶望した様な顔をする。…どういうことだ?クィレルか?

 

私が少しよそ見をしている隙を好機と考えたのか、トロールが横にブンと棍棒を振りかぶる。

私は咄嗟に押し戻しの魔法を撃ったがこんな弱い魔法効くはずもなく、棍棒とは一定の距離を保ったまま私は床に叩きつけられた。ハーマイオニーがビクリと怯えたように肩を震わせる。

 

「ピーブズ!状況は!?」

「俺が来た時にはこんな状況だった!しかもコイツ俺の魔法が効きやしねぇ!」

 

先ほどの棍棒で確信したが、どうやらこのトロールは少し厄介な魔法が掛けられているらしい。通常のトロールよりも魔法が効きにくい気がする。

クィレル頑張ったなーと遠い目になりながら、私は床に叩きつけられた棍棒をすんでのところで避けた。

 

素早く床から体を起こし杖を構える。いや、どうすればいいんだろう。先ほどの扉を閉めた人物がクィレルだとしたら、大広間にも行っていないはずで、そんだけ労力を注ぐということは私を確実に殺したいに違いない。つまりその仮定があっているなら私を殺すためハーマイオニーを餌にしてコイツを投入したわけで。生易しい魔法が掛けられているはずがない。

 

私が何とかトロールの猛攻を躱している間、ハーマイオニーは入口の扉をガチャガチャとやっていた。

 

「開かない!」

「鍵は!」

「見たところないの!きっとあっち側で何かがふさいでいるんだわ!」

 

ハーマイオニーが悔しそうに扉を叩いた。ピーブズがそれを聞いて入口の扉をすり抜けていく。トロールが一瞬意識をあちらに傾けたけれど、能力を強めることでこちらに意識を再び向けさせる。この能力、完全にタンクじゃないか?????

またすぐに戻ってきたピーブズの話によると、あちらで大きな石像が扉をふさいでいるらしい。ピーブズの魔力じゃ退かすのは無理だな。こんなことを考えている間にもトロールが棍棒を振り回しながら迫ってくる。

 

「ハーマイオニー!今すぐ扉から離れろ!」

「え!?」

コンフリンゴ! 爆発せよ!

 

錆びかけた金属の分厚い扉に魔法を飛ばすも、酷い爆裂音と鈍い音が鳴って少し歪んだだけだった。ホグワーツの建物は丈夫すぎる。近くの壁が少しだけボロボロと崩れて、埃が舞った。またトロールが棍棒を振ってきたので身体を低くして避ける。

 

「ケイシー!これ誰か呼びにいかないとまずいぜ!」

 

ハーマイオニーへの被害を出来るだけ少なくしようと魔法をバンバン撃っているピーブズが言った。どうしよう、コインでスネイプを呼ぶか?いや、駄目だ。クィレルにそれを見られたりでもしたら連絡手段があることがバレてしまうし、単純に都合が良すぎる。

私はあくまでダンブルドアの使える駒、何も知らされずに操られている駒だ。連絡手段も一方的であるべきに違いない。

真夜中の例の件で、スネイプがクィレルに何かされそうになっているときに妨害する監視役だと認識されていると仮定して、夕食に私が出てこないだけで地下に直行するかと言われればクィレルの中で疑問符が付く。

 

かといって誰も呼ばないのも無理がある。

この件を秘密にすることはハーマイオニーに訝しがられるし、正直こんなピンチなのに誰も呼びにいかないというのは不自然だ。例えトロールを倒した後あの金属製の扉を魔法で溶かしてこの部屋を出たとしても医務室には行くことになるだろうし、そうなったら自動的に校内中の人間の知るところとなるだろう。完全に意味がない。

 

大広間で触れ回ってもらうか。先生たちはすぐさまこちらに直行してくるだろうが、扉の前の石像を見ることになるだろう。そうすると人為的にこのトロールを私たち二人に送り込んだヤツが校内にいるということになるはずで、ホグワーツの先生たちは総出で探すはず。

いや、原作でもそうだったからいいのか?でも私たちを故意に閉じ込めるとなると生徒の悪戯では済まされないしな…。

 

先ほどから武装解除の呪文やら失神の呪文を撃っているのに、目の前のトロールに効いている素振りが一切ない。インカーセラスもすぐ引きちぎられてしまうし、ヤツも攻撃が効いていないことにフラストレーションが溜まっているのか棍棒をブンブンと振り回し始めた。

 

「ピーブズ!大広間に行って、『一年生の女子生徒二人が地下でトロールと交戦している』と大声で触れ回ってきてくれ!一言一句間違えずに!」

「本当にそれでいいんだな!」

「いいとも!」

 

ピーブズは少しためらった後、天井を大急ぎですり抜けていった。

ピーブズが大広間に着くのは……恐らく二十秒もあればいいだろう。しばし待った後、私はコインを杖で叩いて起動させた。コインが発熱したことを確認すると、私はまた振り下ろされた棍棒を地面に転がって避ける。

 

「……トロールがそこにいるのか。今どこにいる」

「地下の女子トイレに。ハーマイオニーといます。至急来てください、リーマスでも構いません」

「ルーピンはクィレルに張り付いている」

 

くぐもった――――恐らく小声で話しているスネイプに、ハーマイオニーに聞こえないよう私も小声で返す。

 

現状で考え付いた最上の作戦だ。原作との最大の違い―――リーマス・ルーピンがいることを活かす。

大広間に私たちの現状を伝えることで生徒たちはパニックになるだろう。その対応に先生方は追われるはず、原作通りに行けばクィレルはその混乱に乗じて例の部屋に忍び込もうとするのだが、そこはスネイプの代わりにルーピン先生がカバーしてくれる。

 

先ほど『一年生の女子生徒二人が地下でトロールと交戦している』という文言を指定したのもそのせいだ。先生方は地下という場所しか分からないだろうが、スネイプにはこちらが『地下の女子トイレ』にいるという情報を伝えることができる。怪しまれることなくスネイプに先に到着してもらうことが可能なのだ。

 

 

 

……それにしても、少しヤバいかもしれない。

先ほど床に叩きつけられた時、多分肋骨一、二本と左足首の骨が逝った。痛さで前が歪み始めている。私が痛さで動きが鈍くなっているのに対して、トロールの方は私の能力の匂いに酩酊するようにどんどん動きの殺意が高くなっている。

スネイプがどれぐらいで着くのかはわからないが、それまでに持ちそうもない。

 

「ハーマイオニー!」

「なに!?」

 

頭を抱えて蹲っているハーマイオニーが私の方をちらと見た。

 

「私が呪文を使ったらコイツの足元にグリセオを掛けられるか!」

「滑り呪文ね!大丈夫、ちょっと待って―――――いけるわ!」

 

ローブの中に急いで手を突っ込んだハーマイオニーは杖を取り出すと、私に頷いた。

一瞬、トロールの動きが止まった瞬間に、私は杖に渾身の力を込める。

 

インセンディオ! 燃えよ!

 

私の目の前を覆いつくす炎が噴き出る。左の方から棍棒が飛んできたが避ける暇もなく、私は運悪くガラスの破片が散らばった床に転がった。

トロールが巨大な炎を拒絶するように仰け反った隙を、ハーマイオニーは見逃さなかった。

 

グリセオ! 滑れ!

 

トロールが滑りの良くなった床で足を滑らし、後ろに倒れた。私の目論見通り頭を強打したらしく、鋭い声が聞こえた後、鼾をかきながら寝始めた。

ハーマイオニーは恐る恐る顔を除いてトロールが気絶したことを確認すると、私の方へ駆け寄ってきた。恐らく私は酷い状態になっているのだろう、顔を真っ青にして悲鳴を上げた。

ネビルの時といい、今回の事といい、なんで私は人を助ける度に重傷を負うんだ?

ガラスが散らばっているからか、ハーマイオニーは近づくにもどうしようと迷い、結局ガラスのないギリギリの場所でしゃがんだ様だった。物を消す呪文は知らないらしい。私はその様子がおかしくて薄く笑った。

 

「……何がおかしいの」

「いや…前に、『知識があっても、重要なのは行動するかどうか』と言っていただろう。ほら、ハリーが無茶をした時だ」

「ハリーはいっつも無茶してるわ」

 

その言葉は不意を突いたものだったから、お互いに笑みを浮かべた。

 

「行動できたじゃないか」

 

ハーマイオニーは目を見開いた。

 

「…そうね。行動できたわ」

 

噛みしめる様に、ハーマイオニーは言った。

そして先ほどから気を張っていたのが抜けたのか、ボロボロと泣き始めた。頭を撫でて慰めてやりたいところだが、生憎周りがガラスだらけの上に痛さで立ち上がれたものではない。

 

「……前、怒鳴ったとき…言い過ぎた」

 

謝るなら今な気がした。ハーマイオニーは未だ蹲ったまま泣いている。聞こえているのかいないのか分からないが、独り言になっているならばそれはそれでいい気がした。

とにかく今言わなければいけない気がした。

 

「私も、ロンの事悪く言ってごめんなさい」

 

少し経って、ハーマイオニーもそう呟くように言った。それはアイツに謝ってくれ、と苦笑する。その拍子に口から一筋の血が流れたような気がした。

 

「ハーマイオニー、仲直りだ。友達になってくれるかな?」

 

ハーマイオニーはその言葉に強く頷いた。顔が見えないのでどんな表情をしているのか分からないが、友達になれたってことでいいんだろう。

………久しぶりに人と本心で話せた気がする。

ケイシー・ウィーズリーとしてではなく、前世の私として。

 

 

 

痛みを吐き出すように深呼吸をすると、途端に外が騒がしくなった。

外の石像が動かされた音がして、瞬間スネイプとルーピン先生が慌ただしく入ってきた。二人とも倒れたトロールと泣きじゃくっているハーマイオニー、そして死にかけの様な私の姿に目を止めてぎょっとする。

スネイプは私を一瞥すると、トロールの頭に近づいて蹴り飛ばした。きちんと眠っているか確認しているようだった。ルーピン先生は私の周りのガラスを瞬時に消すと、私をそっと抱き上げた。力の入らないだらりとした手足に愕然とする。

 

「……クィレルは」

 

その言葉に答える代わりに先生は今まで見たこともない険しい顔で殺気を放ちながら入口の方を振り向くと、棒立ちになっているクィレルがいた。一瞬だが、私の方に目を向けて瞳を細めたような気がした。それを見て更にルーピン先生が顔を顰める。ダメじゃん…そんな顔をしたらクィレルの事を怪しんでいるのがスネイプだけではないことがバレてしまう。

 

私も気が緩んだのか、目尻からボロボロと涙がこぼれ始めた。トロールの恐怖のせいだけではないこの涙は先生のスーツをどんどんと濡らしていく。先生は私を抱えなおして私の顔を陰に隠した後、ゆっくりといたわるように歩き始めた。何も言わない無言の優しさと、幼い頃から変わらない暖かさに包まれて私はなだらかに眠りに落ちた。

 

 

クィレルがその姿を鋭い目で見ているなんて、気が付かずに。



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消毒液の香りと

ギリギリの2021最後の投稿です。
今年、初投稿のこの作品を読んでくださりありがとうございました。


目を開けるとそこには、清潔感のある石造りの天井があった。

 

「……知らない天井だ」

「あら、それはそうでしょうね」

 

独り言に応えた声の方を見ると、そこには若干苛立ったマダム・ポンフリー。

私がベッドから起き上がろうとしたのを見て、彼女は急いで駆け寄ってきた。手に持っていた銀製のトレーを傍のデスクに置いたとおもったら、私の身体をまたベッドに沈める。安静にということだろうか。

 

「あんな死にかけの状態でこの医務室に運ばれた人はここ十年で居ませんよ」

 

ダンブルドア先生の取り計らいで聖マンゴ行きは免れたんですからね、とマダム・ポンフリーは続けた。聞くところによると、私がここに来た時には肋骨四本、左足首、左の二の腕を骨折していたらしい。ついでに身体はガラスの破片で切り傷刺し傷が無数にあり、右手首を捻挫したとも。

 

「こうやって聞くと重症ですね」

「聞かなくても重症ですよ!」

「それで、私はどれくらい寝ていたんです?」

「三日ですね」

「三日!」

「加えて!二週間は安静にしていただきます!」

「流石に暴挙というものでしょう、マダム・ポンフリー」

「いいですか、骨を直すのは荒療治なんです。しかも左の肋骨に至っては砕けている!そんな状態で簡単に医務室から逃げられるとお思いなのですか?」

 

医療的な事を話に出されては私が反論を口に出せるわけもなく。

――――確か今週の土曜日はクィディッチのはず。私が何かするというものでもないけれど、ハリーの雄姿は拝みたかった。人生初の寮対抗クィディッチ…。

ため息をついた私を見てか、マダム・ポンフリーは手近な椅子を手繰り寄せて座り、私の手を握った。

 

「ケイシー。あなたがあんなに傷つけられて搬送された時、周りの人がどれほど心配したのか分かりますか」

 

マダム・ポンフリーは冷たく細い手で私の頬を撫でた。

 

「今週はクィディッチがありますから、観戦だけ車椅子付きという条件で許しましょう。ですが、それまでも、そしてそれからも、しっかりと療養に努めることです。気絶をしたあなたを抱えたリーマスがどんな顔をしていたか。あなたに見せたかった」

 

マダム・ポンフリーは私のベッドに備え付けてあるテーブルに薬と思われる液体の入ったコップを置くと、医務室の扉へと向かった。

 

「ああ、あとそれと、あなたが目覚めたことをいまからご両親にふくろう便でお知らせします。明日中にはいらっしゃるでしょう」

 

その薬を飲んだら寝なさいね、とマダム・ポンフリーは言い置いて、医務室の扉を閉めて出ていった。

 

……行ったか。

 

ふう、と深く息を吐くと、急に静かになった私だけの医務室を見回した。騙したのは申し訳ないが、先ほどしおらしい演技をしたおかげでクィディッチ観戦が許可された。この医務室で絶大的な覇権を誇るマダム・ポンフリーの許可を得られたのは強い。彼女に逆らうのはダンブルドアぐらいだろう、聖マンゴ行きを止めてくれたことを後でお礼せねば。

 

今は丁度昼頃かな。近くの窓のカーテンの向こう側を少しばかり覗くと明るい日差しが差した。

脇腹を痛ませながら近くに置いてあった綺麗に直されたローブを取る。中にあった懐中時計を取り出すと、ものの見事に画面が割れていた。フレームが曲がっているので確かなことは言えないが、多分今は授業中。レパロで軽く直してから、自分の身体の調子を見た。

起き上がることぐらいは可能だが、立つのにはまだ時間がかかる、と言ったところだろうか。

これから二週間ここに軟禁されるわけだし、娯楽を揃えねば。

 

「レオニ」

「―――――お呼びでしょうか、お嬢様」

「ああ、積んであった未読の書物を五冊ほど持ってきてほしい。あとお腹がすいたから、ココアとクラブハウス・サンドイッチとクッキーを。多めで頼むよ」

「承りました」

「あ、あと羊皮紙と万年筆を。日刊予言者新聞は?」

「すべて取ってあります。書店から取り寄せていた本と、あの方がお嬢様の休まれている間雑貨店から取り寄せたものもございますが」

「持ってきてくれ。いやー、至れり尽くせりだな」

 

戻ってよし、と頷くと、レオニは消え去った。

ホグワーツには屋敷しもべ妖精は連れてきてはいけないとかいう決まりがあるけど、単純にチート過ぎるからだと私は思う。言ったら多分課題もやってくれるし、大広間に行かなくても食べ物をオーダーすることができる。

 

数分後大荷物を持ってやってきたレオニにクッキーを手渡すと感激された。悲しくなるほどに彼らはコスパがいい。いそいそと隣のデスクに本やらなにやらを移すと、私の城が出来上がった。

二週間、ここが私の住処だ。

 

「この状況を楽しまれていると見える」

 

満足感に浸りながらクラブハウス・サンドイッチを食べていると、無粋な輩の苦々しい声が聞こえてきた。そちらの方向に顔を向けなくても分かる、スネイプだ。しかも声色から察するにお怒りのご様子。

 

「おはようございます、スネイプ先生?」

「こっちを向け。私たちが随分と忙しなく動いていた時に貴様ときたらその体たらく…」

「いやです。それとトロールとあの閉鎖空間で戦った割には命の一つや二つ落としていないことを逆に褒めていただきたいのですが」

「まだまだですな、実戦がなっていない」

「耳が痛いことで」

 

スネイプの方を見ないようにサンドイッチを食べていると、スネイプは急にツカツカ歩んできたと思ったらバン、と私の目の前のテーブルに大きな荷物を置いた。

 

「やめてくださいよ、ココアがこぼれるじゃないですか」

「所有している屋敷しもべ妖精をホグワーツでむやみやたらと使わないことですな」

 

目の前に積まれた書類の厚みを手で測る。折りたたまれたものがあったりするとはいえ、十センチはあるのだが…???パラパラと捲ると、私はその内容にココアを噴き出した。スネイプが気持ちが悪いものを見たように一歩下がる。

 

「魔法薬学の課題ですか!?」

「授業を二週間も休むというのだから必然的だろう」

「しかしこの量は…」

「地下でトロールを倒したかのケイシー・ウィーズリーなら出来ると踏んだのだが?」

「貴重な一歩を誤った方向に出しましたね。………まあいいでしょう。迷惑をかけたのも事実ですし、当てつけを甘んじて受け入れましょう」

 

フン、とスネイプは機嫌悪そうに嗤った。コイツいっつも機嫌悪そうだな。

スネイプは医務室の扉に杖を振って魔法をかけると、次にここにマフリアートを掛けた。扉に掛けたのは大方コロポータス(扉よくっつけ)あたりだろう。

 

「マダム・ポンフリーを締め出しましたね」

「ダンブルドアの下に行っているから暫くは帰って来まい」

「クィレルは?」

「五年生の授業中だ」

 

しれっと答えていくスネイプはどうやら聞く準備万端のようだ。マダム・ポンフリーに私が起きたことを聞いて裏取りは済ませてきたのだろう。

 

「あの時の事を話せっていうんでしょう。そういえば石像はどうしました?」

「吾輩が先に着いて、排除しておいた。この事はダンブルドア以外言っていない」

「賢明な判断です。生徒たちには?」

「伝えていないが、薄々気づき始めている者もいる。何処から情報を拾ってくるんだか‥」

「誰か諜報員として雇ったほうがいいのでは?」

「馬鹿言うな」

 

スネイプはため息を吐くと、先ほどマダム・ポンフリーが座っていた椅子に座った。

 

「あの日の夕食時、ハーマイオニーがマルフォイに虐められて何処かで泣いてるっていうから、探しに行ったんです」

「変わらず偽善者だな」

「で、行く途中にトロールを連れたクィレルと鉢合わせまして。顔は見られていないと思いますが恐らくその場にいたことはバレているかと。そして―――私がクィレルが闇の人間だと認識していることを、ヤツは確信した」

「………まずいな」

「それからピーブズがトロールを引きつけてくれたのですが、運悪くそこにはハーマイオニーがいましてね。加えて石像で扉は塞がれ、何とかして倒して今に至ります」

 

そこまで一息に話すと、スネイプはしばし無言になった。手持無沙汰の私は手に持っていたサンドイッチをむしゃむしゃと食べる。頭のキレるスネイプ様が何か考えてくださっているらしい。

 

「――――扉が閉められたのはいつ頃だ?」

「ああそれ、私も訊こうと思ってました。懐中時計いつも見ているわけにもいかなかったので。クィレルがそちらに着いた時間は何時です?」

 

私の傍にあったまだ少しヒビの入っている懐中時計を見せる。

 

「夕食の始まる時間から丁度十分過ぎといったところだ」

「じゃあ、辻褄が合いませんね。あそこに閉じ込めた時点で、そちらに着くのは十五分ぐらいになるかと」

「確証はないが――――内通者がいる」

「そういうことになります。自ら望んだか、操られているかはわかりませんが」

 

私とスネイプは重々しく頷いた。

 

 

 

 

 

その瞬間、医務室の扉をノックする音が聞こえた。

突然だったのでスネイプは杖を向ける。

 

「ポンフリーはまだのはずだ」

「授業の時間は終わっていますから、クィレルやもしれません」

 

スネイプは杖をもう一度振ってマフリアートを解いた。

 

「あのー、マダム・ポンフリー?」

 

もう一度ノックする音と、そんな声が扉からは聞こえてきた。

 

「この頭の弱そうな声はポッターか」

「あの調子だとロンもいますね」

「もう行く。夜寝ている間に殺されないよう精々祈ることですな」

 

そう呟いたスネイプはツカツカと出口のほうに歩いていくと、ガバッと扉を開けた。ハリーとロンは出てきた人にあんぐりと口を開けて驚いているようだ。スネイプは不機嫌そうに鼻を鳴らし、無言で出ていった。先ほどは扉の陰に居て見えなかったようだがハーマイオニーもいるらしい、三人がスネイプと入れ替わるように私のベッドに駆け寄ってくる。

 

「いま、いま!!!」

「落ち着け」

「スネイプが!」

「トロールの件について状況を訊かれていただけだよ」

「そ、そう…」

 

その言葉に若干熱気を削がれたのか、彼らは息を整えて話し始めた。

 

「例の件についてなんだけど…犯人はスネイプじゃないかって、僕ら思うんだ」

「あの時外に石像が置かれていたでしょう?でも、誰もそのことを知らないの!マクゴナガル先生に話したんだけど、直ぐに追い払われてしまったわ」

「一番最初に着いたのがスネイプなんだろ?きっと証拠隠滅をしたに違いないよ」

 

ロンは自信満々、といった表情で最後を締めくくった。三人とも「どうだ!」と誇らしげな顔つきで頭が痛い。スネイプが疑われているようで何よりだが…単純な思考を続けて貰っても困る。しかも原作と違って存在する内通者に足を掬われたら死者が出かねん。

私は杖で二つの椅子を遠くから引き寄せた。

 

「掛けてくれ」

 

眉間を揉みながら言うと、三人とも怪訝そうな顔をして座った。

 

「あのな、先生方が情報を機密にしているとは考えなかったのか?三人とも」

「機密…?」

「そうだ。地下の女子トイレに私とハーマイオニー、二人を閉じ込めた人物は絶対故意にやったはずだろう?先生方の中に犯人がいないとすれば、必然的に犯人は生徒になってくるというわけだ。そんな邪悪な思考の持ち主がいるんだから、生徒諸君に情報を漏らすわけがないだろう」

「でも――――――僕らは、そんなことしない」

「そんなのホグワーツにいる生徒みんなそうだろう」

「分からないぜ。スリザリンの連中ならやりかねない」

「それに、もしそれが本当だったとしても、スネイプ先生がわざわざあの時像を戻す必要なんてないわ。私見たの。私がトイレを出る時、廊下に備えてあった石像はみんなあるべきところに収まってた。まるでどれが動かされたかわからないみたいにね」

 

ハーマイオニーが一気にまくしたてた。確かに、反論する術はないな。

口を噤んだ私を見て好機と悟ったのか、ハリーとロンは盛んに頷き始めた。

 

「それに、私の事情聴取はスネイプがやったの。アイツがわざわざやりたいと言ったのよ!普通なら寮監のマクゴナガル先生がやるはずだわ!」

 

――――そうか、事件の後には事情聴取するわな、そりゃ。

 

うーむと私は唸った。ピーブズが外にあった像をハーマイオニーにも聞こえる様に言った時点でアレではあったが、私のミスを誤魔化そうとスネイプはずいぶん頑張ってくれたらしい。

 

「……確かにね。それは怪しい」

「紛うことなく、だよ!」

「しかもあの人、傷だらけのケイシーを見たのに、無表情のままトロールの頭を蹴ったのよ?精神異常者だわ。ねえ、ケイシー。マクゴナガル先生に相談に行きましょうよ。ルーピン先生でもいいわ。あの人、あの後私にとっても良くして下さった」

 

……スネイプが私を見なかったのは、恐らくヤマアラシの針が刺さったときに私に言われたことをやったにすぎないのだろう。実際私はいい行動だと思った。

しかし行動の一つ一つが裏目に出るな、スネイプ。いや、裏目に出る様に仕向けている面もあるんだけれど。正直言って彼らがスネイプを怪しんでいるお陰で、クィレルが率先してハリーを脅かそうとすることはない。スネイプを怪しんでいるの、隠しているつもりなんだろうが正直言ってバレバレなんだ。私が言えたことでもないが。

 

「……明日、ダンブルドアに会う予定だから、その時にスネイプの事も伝えておく」

「そうした方がいいわ。どれぐらいで出られるの?」

「そうだね、脱獄をしないとすると二週間」

「「「二週間!」」」

「クィディッチには車椅子付きで観戦に行けるから、ハリーの雄姿はきっちり見届けておくよ」

 

脇に置いておいた、雑貨店から取り寄せた箱の包みをロンに渡し、破いてもらう。

 

「万眼鏡!いったいどこから金が湧いてるんだよ。八ガリオンはくだらないぜ」

「ある人からの迷惑料かな?」

 

クリスマスプレゼントに強請ったものだったけれど、今回の私の働き…というかとばっちりを見て早めに取り寄せてくれたらしい。初クィディッチに満足に動けないのが哀れに見えたのか、わざわざこの三日間で取り寄せてくれたと見える。

某ダドリーのようにプレゼントにがめついつもりはないが、クリスマスプレゼントをもう一度強請りに行こう。これはこれ、それはそれだ。こっちだって死にかけたんだから少しばかりの財布の痛みには目をつぶってほしい。

スネイプもなんか強請ればいいのにねー、とにこにこしていると、マダム・ポンフリーが扉を開けて入ってきた。

 

「あなたたち!ケイシーはこう見えて今重傷を負っています。面談は禁止と言いましたよね?――――ああ、ロンは残りなさい。家族として伝えなければいけない事があります」

「ハリーとハーマイオニーも家族みたいなものです!」

「そういう問題じゃないでしょう、ロン」

 

いったいった、とマダム・ポンフリーは二人を追い出した。大方外で扉に耳をくっつけて話を盗み聞いているだろうが。彼女は溜息をついた後、私に手紙を寄こした。

 

「ダンブルドア先生からです。一人の時に読めと」

「ありがとうございます」

「それとこれはケイシーには話しましたが、明日の昼頃にあなたたちのお母様が来られます」

「ママが!?」

「ええ、今は少し傷は癒えておれど、聖マンゴ行きも検討されていたほどです、当然でしょう。それとケイシーはウィンターバケーションの間、帰省することはできませんからね。リハビリがありますから」

「そんな!」

「いいよロン。仕方ないことじゃないか」

「でも…」

 

結局、ロンは不完全燃焼のような顔をして帰っていった。扉から出た瞬間にハリーとハーマイオニーの声がしたからマダム・ポンフリーは呆れていたけれど。

マダム・ポンフリーがよそ見をしているのを確認しながら、私は杖で手紙の封を切った。

そこには達筆な字で、ダンブルドアによって一文が書かれてあった。警告と、言うべきか。

 

 

 

すべてを疑いなさい

 

 

 

その手紙の中には、そのメッセージカードと潰れたホオズキが入っていた。

 

「レオニ」

「――――――何でしょう、お嬢様」

「『フィニート 終われ』………本物だね」

「どうされましたか」

「いや……私の自室のトランクを取ってきてくれ。あと、私の部屋に何者かが侵入して来たら分かるような仕掛けも」

「かしこまりました」

 

指を鳴らして消えるレオニを横目に、私は杖で手紙を一瞬で燃やした。ギリギリ、と歯ぎしりの音が無意識に漏れる。

 

「―――――いい度胸じゃないか」

 

原作と展開が大幅に変わっている。

今回は流石に死傷者を出すかもしれない。

冷たくなったココアを啜って、私は魔法薬学の課題に手を付け始めた。




これを読み終わっている頃はハッピーニューイヤーですかね。
皆様、今年もよろしくお願いいたします。

まあ、勘のいい読者様はもう既に内通者の正体なんて気が付いていると思いますね。
ピーンときた方は感想で教えてください。私がそれを見てニヤニヤします。

そういえば最近、原作:ファンタビの作品が少なすぎることに気が付きました(憤怒)
ハリポタ系列な上、ハリポタタグが検索されやすいとはいえ…ねぇ。
まあすぐにとは言いませんがファンタビの話も書きたいなぁと思っています。ファンタビは完結してないから地盤が不安定ですがね。投稿した時には見て頂けるとありがたいです。


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勝利を飲み込んで

朝日が私を差し、私は目が覚めた。クィディッチ当日の朝である。

瞼に掛かった眩しさに目を瞬かせ、顔を手で軽くマッサージしながら身体を起こす。寝起きが悪い私に朝日は眩しい。

横にはレオニがおり、私が寝ていた間も見張っていてくれたようだった。

私が完全に眠りから覚醒したのを確認すると、レオニはバチンと音を立てて消えた。

 

数分後、またバチンと現れたレオニは、ベーコンエッグとトーストを持ってベッド付属のテーブルに置いた。ここ数日間、厨房の余ったものを使って作ってくれているらしい。あとで他の屋敷しもべ妖精にもなんかお礼の品を持っていくか。付属の日刊予言者新聞を読みながら食べ終わり皿を戻すと、レオニはまた消えた。

 

「充実してるね」

 

布の仕切りの奥から、ルーピン先生が顔を覗かせた。ウールのコートを羽織り、手には透明な液体の入ったコップが握られている。大方骨を増強する薬なんだろうが、不味いということをすっかり身に染みて分かっている私の顔を見て、先生は噴き出した。

片付けが苦手なのは相変わらずだ、と隣のデスクに積み上げられた本の数々と、バラバラに散乱した書類を眺める。私はそのうちにコップの中の薬を飲み干した。

 

「今日はよろしくお願いしますね」

「うん、クィディッチ前に大変だったね。席はどうする?生徒たちに混じると危ないから関係者席用意されてるけど」

「癪なのでクィレルとは遠くで」

「分かった」

 

ルーピン先生は車椅子の持ち手を持ちながら、ブレーキ部分を足で解除した。先生の補助もありながらなんとか車椅子に座る。今日クィディッチ観戦において私の補助をしてくれるのはルーピン先生だ。首に万眼鏡をかけ膝掛けを持つと、私は先生に連れられて医務室を出た。何日ぶりだろう、シャバの空気は美味しい。

 

「そういえば、理事も来てるところに行くから挨拶をした方がいいかもしれない」

「一人露骨に挨拶したくない人がいますね」

「当てようか。ルシウス・マルフォイ」

「分かります?ルーピン先生」

「言うまでもないね」

 

後ろを見上げるとルーピン先生がニヤッとしながらウインクした。

石床に車椅子の車輪がカラカラという音が響く。人通りが多くなってきたところで、すれ違った上級生たちが気を許したような笑みを浮かべてルーピン先生に挨拶をして通り過ぎていった。

この学校で人気ナンバーワンの教師は伊達じゃない。厳密には補助教師だが。

 

車椅子を押されながら聞いてみたが、まだ一年生の授業を担当したことはないけれど、一年生にも着々と名前は浸透しつつあるらしい。上級生たちが説明したのだろう。物腰柔らかな雰囲気と優しい性格は、厳格な…というかしっかりした教師たちが多いホグワーツで一際生徒の人気を集めるのだろう。

 

年々バレンタインのチョコが多くなっているのを知っている私は、来年は何個だろうな、と笑みを浮かべた。数が多すぎて一人で食べられる量ではないため、甘いモノが好きな先生や私に横流しされた品が来るのだ。時々媚薬やら惚れ薬が混入しているので慎重に調べてから口に運んでいるが。若さゆえに年上の殿方に心惹かれる時期なんだろう。

そして良からぬものを混入した生徒たちの名前をリストアップしてルーピン先生に渡し、数の多さに眉間を揉みながら先生が各々の寮監に報告をする、と言うのが毎年のセオリーだった。罰は一人トイレ掃除一週間。バレンタインから二か月は校内中のトイレがピカピカに保たれることになる。

 

本当にスネイプはどこで道を間違えたんだろうな。昔の同級生が真逆の立ち位置にいるなんて。

 

 

 

 

 

途中浮遊魔法なんかも駆使されながら私が大広間に降りると、丁度ハリーたちが出てきたところだった。ハーマイオニーもいるあたりいつの間にか仲良くなったらしい。

ロンは私の車椅子を引いている先生を見ると、少し固まった後挨拶をした。そういえば小さい頃に写真を見せたことがあったから、私の養父だと気が付いたんだろう。ハリーたちに言うなよ、と私が目で制すと、ロンは何度も頷いた。

ハーマイオニーとハリーがパタパタと駆け寄ってくる。

 

「ケイシー!それに…ルーピン先生!」

「やあ、ハーマイオニー。そちらはハリーとロンかな?」

「あなたがルーピン先生なんですね。優しい先生だってハーマイオニーから聞きました」

「おや、それはそれは。光栄だね。実は私はジェームズ…君のお父上の学友だったんだよ」

「パパの?」

「ああ。今度話を聞かせてあげよう」

 

ハリーは心底びっくりしたような顔をした後、嬉しそうに顔をほころばせた。ロンとハーマイオニーもそれを見てニコリと微笑む。

ルーピン先生は何を思ったのか、丁度通りかかって空気に徹しようとしていたスネイプの方に意味ありげに視線を向けた。ハリーたちはピシリと固まる。

 

「因みにスネイプ先生も同級生なんだよ」

「「「え"」」」

 

スネイプは一瞬ルーピン先生をギロリと睨むと、カツカツと靴を鳴らしながらローブを翻し去っていった。ルーピン先生はそれを見てニコニコと笑いながら前の三人にバレないように私の背を小突いた。私が噴き出したのをハリーたちは不思議そうに見ている。

 

「あー…じゃあ、私たちはもう行くよ。普通の席だとみんなに揉みくちゃにされてしまうから、関係者席に座ってる。ハリーの雄姿は見届けるよ」

 

首に掛けていた万眼鏡を持ち上げる。ハーマイオニーとロンは頷いたが、ハリーはぎこちなく微笑んだ。そういえば彼、随分と顔色悪いな。初めてのクィディッチだからそりゃ緊張もするか。最年少だし公式戦を見るのもやるのも初めてだもんな。

そう考えたのは私だけだではなかったらしく、ルーピン先生と目を合わせた。

 

「ハリー、君朝はちゃんと食べた?」

「いや…なんかお腹すかなくて」

「駄目だよ、クィディッチは体力を使うんだから」

「私も言ったんだけど、緊張してるみたいで。朝からガッチガチなのよ、ハリー」

 

それを聞いた先生がコートのポケットから何かをゴソゴソと探っている。あった、と呟いて、目配せをしてハリーに手を出させる。ハリーの掌の上には、二粒の個包装されたチョコ。

 

「糖分は取らないとだめだからね」

「そんな、いただいてもいいんですか?」

「ああ、遅くなったけど最年少シーカーになった贈り物さ」

 

それと、と先生は続ける。

 

「ジェームズもいいシーカーだった。父親の血をしっかり継いでるな。アイツも鼻が高いだろうよ」

 

ハリーの胸にとん、と人差し指を当てる。先生は優しい目でハリーを見下ろすと、私の車椅子を押してその場を離れる。

 

「キザですね、バレンタインにあんなチョコを貰うわけだ」

「君も猫被ってるときはあんな風だよ」

 

ルーピン先生はにやりと笑った。

 

 

一方、ルーピンとケイシーが去った後の大広間前。

ぼーっとチョコを見つめるハリーと、良かったな、と肩を叩くロン。ハーマイオニーはふと思いついたように呟いた。

 

「なんか喋り方というか、ケイシーがいつも纏っている雰囲気と似てたわね」

 

今思ったんだけど、とハーマイオニーは続ける。ケイシーに口止めされていなかったら心底同意しただろうに、とロンは心の中で思った。

ケイシーが心の底で思うカリスマ性のある人間は、もしかしたらリーマス・ルーピンなのかもしれない。

 

 

 

 

城を出て長い坂を下り、関係者席に繋がる競技場の裏に回る。

 

「先生、チョコ残ってません?」

「イヤ―――「おや、ご機嫌よう、レディ」

 

厭味ったらしい声が聞こえ、うんざりしたような気持ちで声のした方に顔を向ける。スネイプとは別ベクトルでイライラする声だ。そこには予想していた通りプラチナブロンドの髪をオールバックにした男性がいた。以前見た日刊預言者新聞が間違っていないとすると、この人はルシウス・マルフォイその人ということになる。

 

彼は私たちの方に近寄ってきたが、ルーピン先生の方をちらとも見る様子がない。その態度が余計私をイラつかせる。ニコリと幼少期完璧に身に着けた作り笑いをすると、ヤツは私の手を取って形だけ口づけるような素振りをした。

 

「ご機嫌よう、ミスター・マルフォイ。御子息には大変お世話になっています」

「こちらこそ、と言えば?先日は大変でしたな、偶然トロールが入り込むなんて。理事会でもその事は随分と問題視されましてね――――校長の進退にも言及が」

「左様で」

 

こんなつらつらと相手の地雷原でタップダンス出来るのは最早才能ではないだろうか?流石伝統ある家の貴族サマ、と言ったところか。ニコニコと笑みを張りつかせながら話を流す。

 

「トロール、何故入って来たんでしょうね」

「それは、ねえ。この城に大好物でもあったのでは?」

 

私をちらりと見てニヒルに笑う。私のせいとでも言いたいのか。自業自得だと?

後ろにいるルーピン先生の、車椅子の持ち手を握る力が強くなったのが伝わる。先生は怒りか何かで顔が固くなっているらしく、やっと先生に目を向けたルシウス・マルフォイが新しい獲物を見つけたとばかりに片眉を上げた。

 

しかしヤツが口を開きかけたその時だった。急に血相を変えたルシウス・マルフォイは私たちの前から回れ右して関係者席に繋がる階段を上っていった。

なんだ、とあたりに視線をやると、丁度競技場の建物を組んでいる骨組みの上に敷かれた布に身体を擦り付けるほど端を歩いたクィレルの姿があった。私をちらとも見ることなく関係者席への階段を上っていく。…おかしいな、なんでルシウス・マルフォイがクィレルの件を知っているんだ?

 

私とルーピン先生は二人揃って顔を見合わせた。

 

 

先生と談笑しながら階段を上る。と言っても、車椅子なので浮いたまま斜め上に移動するような形なのだが。長ったらしい階段を上り切った後、私は関係者席にたどり着いた。ここのエリアは教師陣とも離れているらしく、独立した高い塔のような形になっている。座っているのは大方理事やお偉方のOBと言ったところか。クィレルと離れたいと言ったからこっちになったらしいが、『理事が来てる』じゃなくて『理事で埋まってる』と言ってほしかったところだ。

ルーピン先生は何かサッサと出て行ってしまった。おい、一緒に見てくれると思っていたんだが、エスコートだけか、もしや。

 

取り敢えず一番下の席の隣に車椅子を落ち着け、周りの人にニコリと笑顔で挨拶をする。

 

「こんにちは、本日はこちらでお世話になります」

「やあやあ、ケイシー・ウィーズリー君だね?君の爺さんとは同級生でね。クロックス・ベルフォールドだ、魔法省魔法法執行部でウィゼンガモット法廷の審判員をしている」

「私は魔法生物規制管理部部長、イライアス・ブランドナー。よろしく」

「マージョリー・コパーフィールド、魔法器具に関する貿易会社"コールドゥロン”代表取締役よ。よろしくね」

 

私が二の句を継ぐ前に、席に座っていた老人たちがわらわらと挨拶をしてきた。時たま握手も求められる。私の周りにいるのは理事が大半らしく、私の事も知っている様だった。

 

「あなたをホグワーツで育てることになったときも、理事会で最終決定をしたのよ」

「とすると…あなた方は私の能力も?」

「ああ、私は魔法省の幹部だからもともと知っていたがな。たまげたよ、ドラゴンを呼んじゃうんだもの」

 

両手を広げてニコニコと笑う老紳士がそう言った。

ホグワーツで理事会の権限がどこまで及ぶかは後でダンブルドアに訊いておこう。確か来年はハグリッドがルシウス・マルフォイの陰謀でアズカバンに入れられていたはずだからな。流石はホグワーツの名だたる理事たち、魔法界におけるビッグネームが多い。私は内心ほくそえみながら談笑を続けた。幼少期ホグワーツで孫ムーブをしていた私は対応なんて造作もない。

 

そういえば、ルシウス・マルフォイがいない。こんなに理事たちが生き生きしているのもそのお陰なのかもしれん。

少し間の空いた隣にある塔は教職員が座っているエリアになっていて、実況席が最前列に備え付けられてあった。早めに準備に来ていたリー・ジョーダンと目が合ったので手を振っておく。実況席の後列が教職員の、そのさらに後ろ一列にルシウス・マルフォイが座っていた。

 

「ヤツはプライドが高いからな。私たちと同じ席で見たくないんだと」

 

私の訝しがる視線に気が付いたのか、私の隣に座っていたクロックス・ベルフォールドさんがそっと耳打ちをする。彼はいたずらっ子のように笑うと、自身のマフラーを直し始めた。

 

「そういえばあなた、リーマスと仲がいいの?」

 

私の斜め後ろに座っていた老婦人…確か研究者のイザベラ・レイモンドさんだ。濃いピンクの手編みマフラーを首にこれでもかと巻きつけている。

ええ、と言うと彼女は嬉しそうに笑った。

 

「彼は大変だったからね。学生時代は随分と苦労したのよ」

「ここに就けなければわしの孫の家庭教師にしていたかもわからん」

「リーマスを教職員に採用するのを最終決定したのもあなた方ですか。よくルシウス・マルフォイがが許可しましたね」

「あら、彼が就任する前の事だもの。新しく来た理事には教職員について誰かが情報共有するはずなのだけど…誰がしたのかしら?」

「誰かがしたんだろうなぁ」

「私はしてませんがね、誰かがしたんでしょう」

 

周りの人たちはニコニコと笑った。この人たちとは随分と仲良くなれそうだ。私も満面の笑みで笑った。

 

 

 

 

十一時前になり、ワラワラと生徒たちが集まってきた。万眼鏡のピントを合わせていると、グリフィンドールの最上段のところにロンとハーマイオニーが見える。ハグリッドもいるようだ。教職員席を見ると、ダンブルドアはいなかったが、その他の教職員は概ねいるようだった。クィレルもしっかりいる。その隣にはルーピン先生がいるようだから、原作通り箒に魔法をかけるわけにもいかないらしい。

 

あ、なんかロンたちがゴソゴソしてる。鞄から大きい布を取り出した。そこには『ポッターを大統領に!』と書かれている。どうやら横断幕のようだ。ハーマイオニーが魔法をかけ、文字が色とりどりになるようにしている。最近覚えた魔法を使ってやるか、と私は腕まくりして杖を振った。

 

モビリパープス 絵よ動け

 

万眼鏡のその向こうで、横断幕に描かれたグリフィンドールのライオンが咆哮した。ハーマイオニーはびっくりして辺りを見回した後、ロンから双眼鏡をひったくってこちらを見て手を振った。

 

「ハリーは最年少シーカーらしいね」

 

隣のベルフォールドさんがけほけほと笑いながら言った。どうやら彼は学生時代グリフィンドールだったらしい。かの有名なハリー・ポッターの初試合ということで少ない休みを取って駆けつけてきた、と顔色を悪くしながら神秘部所属のマーティー・ディスキンさんが言う。神秘部は魔法省屈指のブラック部署だという噂はよく耳にするが、彼もその例に漏れないらしかった。

 

「ハリーはやりますよ、吹けば飛ぶようなナリしてますが」

「期待しておこう、我がスリザリンも負けないがね。ここ数年は優勝杯を独占していることだし」

「マーティー、今年のグリフィンドールは一味違うぞ!」

「あら、選手入場ですって」

「スリザリンのキャプテンはマーカス・フリントか。フリント家の」

「成績がよろしくないとヴァージルが嘆いておったな」

「ケイシー、君のお兄さん方もおるな」

 

予想していたよりも遥かに賑やかな関係者席に座って、万眼鏡を駆使しながら私は試合を見守った。途中フリントの反則スレスレ…というか反則の行為がありグリフィンドールのフリースローがあったりと、試合はなかなかに盛り上がった。

 

しかし、その時だった。

ハリーの箒にブラッジャーが当たりそうになっていたその時、ハリーの箒が不自然に揺れた。人為的にと言ってもいい。私は直ぐに教職員席を見た。クィレルは呪文を唱えておらず、極めて静かにハリーを見ていた。恐らく内通者の仕業なんだろう。

一列前のスネイプは焦ったように反対呪文を唱え始める。ルーピン先生もいきなりの事に驚いた。更にクィレルの仕業ではないと分かったからか、辺りをきょろきょろと見まわす。私と眼があった瞬間、先生はコクリと頷いて小さく反対呪文を唱え始めた。

万眼鏡でハリーの方を見る。段々と乱雑だったニンバスの動きは小さくなっている様だったが、私はそこではたと自分の間違いに気が付いた。

 

ハーマイオニー。

 

彼女は確か、スネイプの服に火を放っていたはず。その拍子にクィレルの呪文が止まったのだから、スネイプも、ルーピン先生も呪文が止まってしまうことになるのでは?私は万眼鏡ですぐさま彼女を捜した。

 

予想していたよりはるかに早く彼女は見つかった。教職員席のすぐそこまで来ていたからだ。どうしよう、私は反対呪文があまり得意じゃないんだけれども。トップレベルの魔法使い二人が反対呪文を唱えてこれって私で抑え込める気がしない。

 

ネビュラス 霧よ

 

杖腕を捻りながら魔法を発する。ハリーの周りに霧がうっすらと漂い始めた。生徒たちのいるスタンドが騒めきだす。

ニンバスに遠くから強力な呪文をかけるとか言う化け物じみた高等技術なんだ、少しの視覚阻害でも十分だろう。一分も経たず内に霧は真っ白にハリーの周りを包んだ。シン、と場が静まる。

 

今か今かとハリーの姿を捜す生徒たちの期待に応えるように、彼は霧の中から勇者のようにニンバスで飛び出してきた。

途端に歓声が辺りを包む。私もほっとして万眼鏡から目を外した。

 

 

 

 

私はその時、ふと教職員席の方を見た。口を一文字にして黙りこくったクィレルでも、服が焦げて悪態をついているスネイプでも、焦ったようにハリーを仰ぎ見たルーピン先生でもないその人を見た。

 

ルシウス・マルフォイは顔色を真っ青にして、自分の席から立ちあがったのだ。

そのまま階段を下りていくのが見えた。酷く狼狽して、半ば転げ落ちるように階段を下っていった。

その瞬間だ。ハリーがスニッチを取ったのは。いや、取ったというより飲み込んだと言ったほうが正しいか。彼が空高く金のスニッチを掲げるのを、私はただ茫然と見ていた。

 

車椅子でなければ後を追ったのに。私は一人歯噛みをした。




リーマス・ルーピンに夢を見過ぎている作者。
ホグワーツの理事って機能してるのかねぇ。
一昨年からの引継ぎとはいえクィレルスルーだし、ロックハートもルーピン先生も教員にパス。
個人的にあのホグワーツの理事とか浪漫あるのでちょくちょく出していくつもりです。


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クィレルの綻び

深夜の医務室――――ではなく、私の自室。マダム・ポンフリーに無理を言って今夜だけ医務室から抜け出させてもらった。それもついさっきの事で、彼女には急だと叱られたけれど。寝静まった寮を最上階まで移動するのはとんでもなく疲れた。

 

珍しくトランクの中ではなく、私は狭い一人部屋の窓辺の机の前に座って、羊皮紙の巻物をバサバサと捲っていた。調べているのはここ何年かのホグワーツへの部外者来訪記録。ダンブルドアの部屋に隠された、自動早打ちタイプライターが学校に訪れた人間を記録している。なんせ量が膨大なもので、私は目を擦りながら床に散らばりまくった羊皮紙の束を一つ一つ調べていた。

 

クィディッチの競技場で見たルシウス・マルフォイがあまりにも挙動不審だったことは記憶に新しいだろう。寧ろなんでそんな焦っているんだと突っ込みたいぐらいにあの時のヤツは不自然だった。マルフォイ息子がマルフォイ父にクィレルの事を怪しいと話したというわけでもあるまい。あの怯えようはまるでヴォルデモート含め正体を察しているかのようだった。

 

何故ルシウス・マルフォイはクィレルの正体を知っているのか。

クィレルの休暇中にいったい何があったのか。

 

私は知る必要がある。この不確定な状況の中で小さな綻びが大きな破滅に繋がる。

以前クィレルの休暇中の行動について書かれた書類を貰っていたので改めて読んでみたが、かなりアバウトで何日から何日までどこにいる、といったものでしかなかった。クィレルも馬鹿じゃない。

一応レオニにその辺の調査を当たらせているが、目ぼしいものが出るかどうか。

 

昨年のクィレルが休暇を取る前の来訪者一覧を杖で追いかけながら、マルフォイの名前を捜す。所々文字が潰れているので本当に見にくい。

 

 

 

4th January 1990(1990年1月4日):Hugh Morrison(ヒュー・モリソン),Clifton Syers(クリフトン・サイヤーズ)-Textbook Sales(教科書販売)

5th January 1990(1990年1月5日):Lucius Malfoy(ルシウス・マルフォイ)- Greetings To The Principal(校長へのご挨拶)

5th January 1990(1990年1月5日):Violetta Marimpietri(ヴィオレッタ・マリンピエトリ)- Invitation To A Research Society(学会へのお誘い)

6th January 1990(1990年1月6日):Corinna Abel(コリーナ・アベル)- Talk With The Principal(校長とおはなし)

 

 

 

クィレルが休暇申請をする一か月前、マルフォイがこの学校に来訪していることが見て取れる。年的に理事着任の挨拶だろうか。トランクの中に手を突っ込んでルーピン先生からの手紙の束をアクシオする。麻紐でまとめられたそれを一つ一つ見ていくと、1990年1月7日の手紙に確かにルシウス・マルフォイの理事就任を嘆く一文があった。

 

 

 

 

そんな時だった。

ガタリ、と部屋の外で何かが動く音がする。私は頭を真っ白にさせて杖を扉に向けた。まずい、レオニはいない。少し経った後、控えめにノックの音が聞こえる。トン、トンという音がひどく不気味で私は背筋を凍らせた。私の部屋は寮の中でも最上階。誰かがやって来るとも思えない。テーブルの明かりを強くして、無駄に部屋を明るくする。あまり使われていない部屋は無機質で、窓からは暗い闇が覗いていた。

 

「…誰だ?」

「あ、ケイシー。私…ハーマイオニーよ」

「こんな深夜に?」

「ええ、少し課題をやってたら遅くなってしまって。話があるの」

「ああ、そういうこと」

 

トロールの時の話は結局流されていたままだったから、その件で来たのだろう。

私は酷く肩を撫でおろして、ほぅと安堵の溜息を吐いた。本当に心臓が悪い。

 

「今行くから少し待ってくれ」

「分かった」

 

周りに散らばった羊皮紙を魔法でまとめ、何事もなかったようにトランクに雑に詰め込んだ。杖を持って扉に近づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、違う。

 

 

 

 

「――――ハーマイオニー。なぜ君は私がここにいるのを知ってるのかな?」

 

 

 

"深夜の医務室――――ではなく、私の自室。マダム・ポンフリーに無理を言って今夜だけ医務室から抜け出させてもらった。それもついさっきの事で、彼女には急だと叱られたけれど。寝静まった寮を最上階まで移動するのはとんでもなく疲れた。"

 

私がここにいることは、マダム・ポンフリー以外知らないはず。

ならなぜ、ここにいることをハーマイオニーは知っているんだ?

段々と身体が底冷えするような寒さに襲われる。手に掛けようとしていた扉のノブからゆっくりと、音を立てないように私は後ずさった。

 

「ケイシー?どうしたの。さっき寮の階段を上っている音が偶然聞こえたのよ」

「まさか。そんな、気を付けて上ったさ――――なんせ私は車椅子で、足音一つ立てなかったろうしね」

「………」

「足腰に悪いってマダム・ポンフリーに止められて、仕方なく頑張って浮遊しながら上ったんだよ。なあ?ハーマイオニー」

 

ハーマイオニーは何も言わない。声は間違いなく彼女だったが、扉の向こうには得体のしれない者がいるのだろう。私の命を狙って、ハーマイオニーの皮を被りながら、外に佇んでいるのだろう。

 

「ハーマイオニー、答えてくれ。トロールと闘ったとき、私は何の呪文を唱えた?」

 

本物のハーマイオニーならば、『インセンディオ』と答えるはずだろう。ご丁寧に解説までつけるに違いない。しかし目の前の扉の向こうからは、何も返事がない。

 

数分と感じるような一瞬の静寂が身体を通り過ぎる。冷や汗が顎をつう、と伝い床に落ちた。

 

 

 

 

 

ガチャ。

 

 

 

 

 

扉のノブが下がる。

 

 

 

 

 

ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ

 

 

 

 

 

 

 

 

ノブが激しく引かれた。

乱暴に扱われたノブを抑えていたネジは外れ、コロコロと部品が床に転がった。 脅迫観念的な何かに襲われたような異常な音が頭を差す。

 

 

 

 

「……無駄だよ。ダンブルドア校長が直々に守りをかけてくださったからね」

「………」

「ハーマイオニー、帰った方がいい。後戻りできなくなるうちに」

 

 

 

 

私は杖を向けたまま、ここに来てから一度も使っていない自室のベッドの上に座った。枕を引き寄せて、何とか声が震えないように我慢する。ぴんと張ったシーツに足を寄せ、声を押し殺した。無駄に明るい真っ白な部屋で、どれだけ待っただろう。外の気配が立ち去る音がして、私は肩を揺らした。

 

 

 

ダンブルドアが守りを掛けたなんてそんなのブラフだ。

レオニに一応守りをかけて貰ったが、アイツなら数十秒で破れるに違いない。

ガチガチと歯が鳴って仕方がなかった。私が一人でいる時、アイツは、クィレルは、部屋の扉の前までに迫ったのだ。ハーマイオニーを使って、私を殺そうとしていた。どきどきと心臓がうるさいほど鳴っていた。今まで生きてきて、これほど恐ろしかった瞬間があっただろうか。

 

一人の自室は酷く静かだった。

 

 

数分の間、私は扉を睨みつけていた。時々出る嗚咽を抱きしめていた枕で押し殺して、気が付いたら寝ていた。

疲れていたのかもしれない。ピンと張った緊張が解けたから、私は泥のように眠った。

 

 

 

 

 

あくる朝、私は悪夢にうなされて目が覚めた。ばっと起き上がり、傍らに置いてあった杖を手にする。クィレルが今も私を狙っているのではないかと気が気ではなかった。枕を抱きしめながら寝ていたせいか、着ていたシャツはグッシャグシャ、髪の毛はボサボサ。額には涙の跡が残っており、客観視せずともマズイと分かる。時計を見るともう午前十時で、生徒たちは授業に駆り出されていることが分かった。

レオニはまだ出払っているし、ご飯もない。お腹すいた…しかし厨房に行く気力もない。クィレルに会いたくない。私はベッドの上で毛布に包まりながら考えた。

 

こんな時トランクの中に入って安息を得られたらどんなに楽か。しかしクィレルが万が一トランクを持ち去っても私は気が付くことができないため、今は出来ないのである。

 

「取り敢えず、ご飯食べてダンブルドアのところへ行こう」

 

声を出すと酷く掠れていた。一応最低限身なりを整えると、私は窓に手をかけた。本当に窓まで飛び上がってこられなくて命拾いしたと思う。窓はあまり強い守りを掛けられなかったから。向こう側が透けて見える分、クィレルが窓に張り付いていたら絶叫する自信あるし。部屋に会ったすべてのものをトランクの中に詰め込むと、私は開かれた窓に足をかけた。

 

風がびゅうびゅうと吹いている。痛いくらいに頬を空気が差した。塔の最上階にあるここの部屋からは、日の光に照らされたホグワーツ城と、向こうの山まで続く草の大地が綺麗に見える。昨日あんな事件があったのにも関わらず、皮肉なことに絶景だった。

大きめのマフラーを首に何重にも巻き付けると、私は意を決して窓の外の淵に乗って内開きの窓を閉めた。

 

一回やってみたかったんだ。こんな日だからより爽快感を味わえるに違いない。少なくともあんな不気味な扉から出るよりよっぽどいい。

 

深呼吸をして冷たい空気を肺一杯に吸い込んだ後、私は窓の淵から飛び降りた。

 

 

 

着こんだコートがバサバサと揺れる。私は直ぐに頭が下になって、自殺ってこんな感じなのかしら、とふと思った。意外と地面までは遠いらしく、ジェットコースターの数十倍ぐらいの恐怖と名も知れぬ高ぶりが体を包む。

もうすぐ二階あたりだ、と私は地面に爆風を巻き起こす呪文をかけた。身体がふわりと浮き上がり、私は空中で体勢を立て直した後ゆっくりと地面に降りる。

 

トランクを地面においてんーっと伸びをする。嫌なことを忘れるには風を感じるに限るな。子供の頃、スネイプに散々いびられていた時よくズーウーのメリーの背中に乗って駆け回ったものだった。トランクを持って厨房に急ぐ。お腹が死ぬほど空いたし、なにより早く誰かの下へ行きたかった。昨日あんな心霊体験顔負けの事をされて平気でいられるほど私は強くないのだ。

 

 

 

 

「おや、ケイシーサマ!」

「やあモーティ。急だけど朝ごはんを作ってくれないかな?食べ損ねてしまったんだ」

「勿論私はお作りになられます!なににします?」

「……クラブハウスサンドイッチ。あとココア」

 

厨房のまとめ役のモーティに粗方伝え終わると、仕事を終えた屋敷しもべ妖精たちが続々と集まってきた。私の酷い格好を見て魔法で直してくれているのを私はじっと動かずに享受していた。理由を聞かずいたれりつくせり置いてくれるから、ここは気に入っている。髪をアレンジするのが得意なマーガレットが私の髪を編み込みのポニーテールにし終わったとき、丁度厨房にマクゴナガル先生が入ってきた。肩を怒らせて私の前に立つ。

 

「マクゴナガル先生」

「ケイシー。先ほどはよくもまああんなことを…ようやく怪我が治って来たのにまた骨をダメにするつもりですか」

「まさか」

「あなたはもう少し慎重だと思っていましたよ」

「慎重だったつもりなんですがね」

 

運ばれてきたサンドイッチを手に取ると、先生は呆れたように溜息を吐き腕を組んだ。私が子供の頃に何回も見てきたこの光景。懐かしい。

 

「大体今は医務室にいるはずでしょう」

「少し無理を言って今晩だけ戻ってたんですよ」

「マダム・ポンフリーは悔やむでしょうね、戻したことを」

 

こういう時の先生は絶対にポンフリーに言いつける。私は不貞腐れてサンドイッチを齧った。先生は私を無言で睨んだ後、私の背の高い丸椅子の傍に置かれている古びたトランクを目ざとく見つけた。

 

「旅行にでも行くつもりでしたか?」

「いえ、これからダンブルドアのところへ行こうかと」

「またダンブルドア!」

 

先生は半ばヒステリックに叫んだ。私は驚いて目を見開く。 マクゴナガル先生は校内でも有数のダンブルドア信者の一人だ。

 

「ダンブルドア、ダンブルドア、ダンブルドア。どこへ行くにもダンブルドア。あのトロールの一件から、いやそれより前からも…ハッキリ言いましょう。最近のあなたはやつれて見えます。何か見えないものと闘っているような――――」

「大丈夫ですよ、()()()()()()悪夢に惑わされているだけです」

 

私を長く見てきているだけあって、マクゴナガル先生は私の異常に気が付いたらしい。何か探りを入れられる前に立ち去らねばとサンドイッチの入ったバスケットとココアを近くに居た屋敷しもべ妖精に持たせる。私がトランクを掴むと先生は察した様に厨房出口への道を開けた。未だ顔は険しいままだったが、どうやら止めるつもりはないようだ。一悶着起こすのも煩わしいのでありがたかった。

食事を持たせた屋敷しもべ妖精は私の顔をちらりと見た後、私の後を付いてくる。

 

 

 

 

「場合によっては、あなたの味方にはなれませんからね」

 

 

出口に進もうとしていた足が一瞬止まった。何処か落ち着いたそれは、私の心に鈍く響いた。

 

「構いませんよ」

 

急に口に溢れた唾液を飲み込んで、私もまた言った。決して振り返るまい、と私は心に刻み込んでまた歩き始める。手に持ったトランクがひどく重たかった。




今夜は綺麗な満月ですねぇ。せっかくだったので急いで仕上げました。

追伸:タイプライターのところ死ぬほどルビ振りミスってましたね。
   あとハグリッドの卵、休み期間中じゃありませんでした。
   道理で孵化するのが遅いわけだ…  


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最初から、最後まで

私は後に続く屋敷しもべ妖精―――確か新入りだ。アーロンと言ったか―――と共に、長い動く階段を上がっていた。少々駆け足で階段を上る私に、彼は精一杯ひょこひょこと短い足で付いてくる。罪悪感が湧くには湧くが、クィレルと会いたくないので早く移動したいので無視だ無視。

時折、腹の骨がズキズキと痛む。まあ歩けない程度ではないし足の骨はちょっとまだ傷が残ってるかなレベルなので問題ないが、やはりあのトロールとの戦いは相当厳しかったのだなと感じる。ほとんど一瞬の事だったので覚えていることは少ないが、確かに死にかけてたわ、私。

 

正直言って、この世界のクィレルは私に対する殺意が異常に高い。日々の圧力の掛け方からヒシヒシと感じる。ハリーらに向けられるはずの攻撃が全部こっちに跳ね返ってきている、と。

まあ順当に考えればダンブルドア、スネイプ、ルーピン先生よりは精神面、身体面共に遥かに弱いので狙われているんだろう。あちらに付く気がないと分かってからはより一層殺意が高くなった気がする。

 

まあそれが返って私を落ち着かせたのだが。

昨日の夜、人生で一番の恐怖体験を味わってからの反動からか、私はクィレルを恐れる気持ちが薄くなっていることに気が付いた。寧ろ「よくも私を殺そうとしてくれたな」という逆ギレの方が正しいかもしれない。

まだアドレナリンが体の中を駆け巡っているだけなのかもしれないけれど、これは大きな進歩だ。クィレルへの恐怖心が殺意に変わるのは、単純に心持として全く違う。こんな明るい気分になったのはいつぶりだろう。最近は胃が痛くなることも多かったし。

 

『キャラメル・スカッチ』

 

合言葉を言うと、校長室を守るガーゴイルが私に階段への道を開けた。後ろを振り向いて誰もいないことを確認すると、私は身体を滑り込ませるように中へと入る。アーロンが入ったことを確認すると、私は校長室の鍵を閉めた。

 

「やあ、ケイシー」

「こんにちは、校長先生」

 

カチャリと金属製の鍵を閉めると、背後から落ち着いた声がする。アーロンはびくりと肩を揺らした。ちょっとココアが垂れたのを杖で拭き取る。

 

丁度ダンブルドアは階段の向こうの壁から顔を出したところだった。薄紫のシルク生地のローブをしりびかせながら、ゆったりとした動きで降りてくる。フォークスは止まり木の上で羽を広げて毛繕いをしながら、私たちの表情を見ている様だった。

 

「どうしたんじゃ?随分――――酷い様子じゃが」

 

ダンブルドアは手でニワトコの杖を弄びながら言った。彼の長い白髪が少し縒れているのを見て私もニコリと笑う。

 

「そういうあなたも寝起きでしょう」

「おお、今起きたのじゃよ。平日に寝坊をするのも一興よの」

「これ、食べますか?厨房に先ほど作ってもらったんですけど」

 

アーロンに目線を配ると、彼は私にココアのマグを預けた後、サンドイッチの入ったバスケットをダンブルドアの下に運ぶ。ありがとう、とダンブルドアは言って一切れその中からとった。アーロンは空気を読んだのか、その瞬間バチンと姿を消した。

 

「それにしても、ちと学校の屋敷しもべ妖精を使い過ぎじゃないかね?」

「今更でしょう。私を普通の生徒扱いするならアカハラで魔法省に苦情を出しますよ。クィレルは生徒を殺したがっている最悪の教師だってね」

「トランクの中にはズーウーもおるでの」

「やだな、ただの猫ですよ」

 

左手に持っていたトランクをダンブルドアに見せる様に掲げた後、私は少し段差になっているところに立てかけた。ダンブルドアが校長室の一番上等な椅子に座ったことを横目で見ながら、私はガラス張りの棚に貯蔵された美しい品の数々を眺めながら歩き始める。

 

「昨日、ハーマイオニーが来ましたよ。私の部屋に」

 

ぽつりと私が言う。ココアを傾けながらダンブルドアの方を見たが、案の定彼は驚いている様だった。

 

「まあ、そもそもあなたは私が部屋に帰ったことも知らなかったと思いますが」

「ああ…そうじゃな。しかしわざわざわしに言うということは何かあったんじゃろう?」

 

お主は人とのいざこざに口を挟まれたくないじゃろうしな、とダンブルドアは言った。恐らく仲たがいをしていた件だろう。もう解決済みですよ、と私は深く息を吐いた。なんで私とハーマイオニーのいざこざを知っているのかという疑問もあるが、校長だからという理由で片付けられてしまうのも質が悪い。

 

「スネイプから内通者の件は聞きましたか」

「生徒の中に潜んでいるのじゃろう。恐らくは服従の呪文によって」

「ええ。ここまで言えば話の大筋は分かりました?」

「…ハーマイオニーが催眠状態で訪れたんじゃな?」

「危うく殺されるところでしたよ」

 

近くのテーブルに置いてあったカムカムキャンディを口に放り込み、ガジガジと噛み砕いた。子供のころからおいてあったが、私がこのお菓子に噛まれたことは一度もない。ハリーは舐められているんじゃなかろうか。

 

「でもね、少し違和感があるんですよ。扉の向こうにいたハーマイオニー――――勿論部屋へ入れませんでした――――が、どことなくクィレルなような気がして。動揺していたのもありますが」

「服従の呪文とはそういうものじゃよ」

「そういうものですか」

「相手に掛かった魔法の中に、術者の感情や考え方が入り込む」

 

ダンブルドアはそう言いながら書斎机の中から水パイプを取り出す。吸っても?と視線を貰って頷くと、彼はアンティーク風に装飾された小瓶のレモン水をフーカーの中に注いだ。ダンブルドアがいそいそと水たばこの用意をしている時、私はふと思い出した。

 

「いや、でも、しかし――――ハーマイオニーだけとは限らない」

「どういうことかの?」

「あなたはいなかったのでアレですが、ハリーのクィディッチ初戦の時に箒が暴走したんですよ」

 

説明するのめんどくさいな、と私は眉をしかめた。

 

「箒に強力な呪文が掛けられていましてね」

「ああ、セブルスから報告は受けておる。それもまた内通者だとか―――」

「しかし、ハーマイオニーはその時全く別の行動をしていましたから、もしかしたら内通者は二人いるのやもしれません」

 

私が左手をズボンのポケットに突っ込みながら振り向くと、ダンブルドアが水たばこを吹かす手を止めた。しばし考えた後、それはない、と私の意見を取り下げる。

 

「クィレルはだいぶ弱っておる。わしの衰えた眼でも分かるぐらいにはな。あの状態で同時に二人に服従の呪文をかけ続けるなど、到底出来んよ」

「どうしても?」

「天地がひっくり返って海が割れようとも無理じゃ。確信している」

 

果たしてダンブルドアがヤツの禿げの原因、闇の帝王の存在を把握しているかはさておき、やはり無理なものは無理なんだろうか。ユニコーンの血で生きながらえているみたいなことだったはずだし、闇の帝王の力を借りるとて、あちらもまた瀕死状態。

 

「つまり、ハーマイオニーは内通者ではないと?」

「箒への細工が前々から掛けられていたものじゃなかったとすればのう」

 

でも、そしたら辻褄が合わない。何故内通者は私の部屋に来たんだ?

クィレルが来た?いや、曲がりなりにも創設者が魔法をかけたので女子寮の警備は厳重だし、そもそも私が寮に移動したことをクィレルが知るはずがない。尾けられていたのか?

いや、それとも別のグリフィンドールの女子生徒か?私とハーマイオニーが他より仲がいいことを知っていて、変性呪文で声を変えた?見張っていたなら私が寮に帰ってきたことを察知してもおかしくない。

情報が多すぎて頭が混乱する。

 

ダンブルドアはまた微笑んだ。反応からしてこの人誰が何なのかわかってるだろ。

私のジトリとした視線に気が付いたのか、ダンブルドアは手招きをする。訝しみながら段差を上りダンブルドアの前に立つと、彼は一枚の折りたたまれた羊皮紙を机から取り出した。

私が驚いたような視線をダンブルドアに投げかけている間も、彼は素知らぬ顔でぷーかぷーかと水パイプを吹かしている。

 

「これを何処で?」

「とある部屋で拾ったんじゃよ」

 

しれっとダンブルドアは答えた。勿論拾ったなんてことあるはずがないのだが、それに突っ込むような無粋な輩はここにはいない。というか原作ではコレ、私の兄たちが持ってなかったか?フィルチから拝借したとかなんとか言って。

フィルチの部屋から拾ったならこんな風にダンブルドアが濁すこともないので、大方クィレルの部屋に忍び込んだんだろう。私も何とかして入り込みたいと考えていたが、力が及ばなかった。私の知る限り、闇の帝王を欺けるのは二人しかいないからありがたい。何か目ぼしいものがあったのなら僥倖だ。

 

「いつ拾ったんで?」

「昨晩じゃな。訪ねようとしたところ、入れ違いになってしまったようじゃ」

「肌身離さず持たないとは不用心なことだ」

 

私はダンブルドアの言葉に眉を上げた。ダンブルドアの水たばこの、爽やかなレモンの香りが辺りに広がる。彼は私をじっと見据えた。

 

「お主にプレゼントしよう。早めのクリスマス・プレゼントじゃよ。()()()使()()()()()

「…ありがとうございます」

 

伝えたいことは伝えたのだろう。そんな目をしている。

こういう風な話し合いをする時、ダンブルドアは昔からこうだった。ヒントを与えるだけ与え、あとは私に任せる。彼にとってはクィレルもまた、ハリーと私を育てるための一介の教師に過ぎないのだ。

私はココアの入っていたマグカップをダンブルドアの机の上に置き、代わりに目の前の少し縒れている羊皮紙を手に取った。重たいトランクを持ち上げ、校長室の出口へと向かう。

 

「分からぬ時は思い出してみるのじゃ。最初から、最後まで」

 

ダンブルドアはそう私の背に言葉を投げかける。浅く振り向くと、彼は何処か面白そうなものを見るような目でころころと笑っていた。

 

「最近ハリーたちはどうしておるかの?」

 

しばしの沈黙があった後、狸め、と心の中で悪態をついて私は校長室から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後になるまでには、まだ時間がある。

考え事をして時間を潰そう、と私はルーピン先生の部屋を訪れた。あんなことがあった自室には当分一人きりで居たくないし、序に先生とゆったり過ごして精神を回復しようと思っていたんだが、生憎先生は授業に駆り出されているようで留守だった。

 

誰もいないので部屋に据え置かれたソファに寝っ転がる。

因みにこの部屋と隣接してルーピン先生の私室はあるのだが、厳重な鍵がかかっている上、本人以外が入るとけたたましいサイレンが鳴り響くというトラップが仕掛けられている。叫びの屋敷を数年間強化し続けたルーピン先生の本気の魔法は凄い。

 

 

 

…ん?いや、しかし、これって確か女子寮の階段にインスピレーションを受けたとかで作った奴だったような。叫びの屋敷に住んでいたころ、先生が嬉々として話していたのを覚えている。

その時確か、弱点を言っていたはず。

 

『アラートはね…周囲に知らせるっている意味では一番効果的なんだけど、やっぱりマフリアート掛けられたらおしまいだからなぁ。強い魔法使いには意味を為さないね』

『マフリアート?出来るの?そんなこと。だってアラートは部屋全体が震えるんでしょ?』

『広範囲にマフリアートを掛ければ問題ないよ。それぐらいになってくると生徒には無理だろうね』

 

叫びの屋敷のテーブルで向かい合いながらそう話していたのを思い出して、私はガバリとソファから起き上がった。そうだ、スネイプ監修の万能魔法マフリアートがあった。

もし女子寮にもその理論が通用するんだとしたら、クィレルは女子寮に入れるんじゃないか?

 

女子寮には二つの仕掛けがある。対男子生徒用だが、勿論男性教師も例外ではない。

一、大きなクラクションが鳴る。

これはマフリアートを掛ければ済む。クィレルなら造作もないだろう。腐っても天下のホグワーツの教授、実力は十二分にあるし、ホグワーツの次に警備が厳重なグリンゴッツにも盗みに入っていたはずだから手際はさぞかしよかったんだろう。

二、階段が溶けて滑らかになり、上ることができない。

これもクィレルにとってはなんてことない。闇の帝王直伝の"箒を使わない飛行術"によって一分も経たぬうちに階段を上ることができるだろう。

 

私が寮に帰ってきたことは忍びの地図で知ったのだ。ハーマイオニーの声は変声魔法だろうか。

あの身体から可愛らしい女の子の声が聞こえて来るとか、ハッキリ言ってギャグでしかないのだが。

…いや、グリフィンドールの他の女子生徒が操られている可能性もあるが、ここまで揃うとクィレルが直接来たような気がしてくる。 ダンブルドアも入れ違いになったとかなんとか言ってたし。

 

クィレルが仲間になってくれれば色々捗るんだがなぁ。こんな優秀な人材、むざむざ殺すのはもったいない。ダンブルドアから渡された学生時代の資料にも、成績優秀、勤勉努力のような賞賛の言葉が溢れんばかりに書かれてあった。ああ見えて闇の帝王から色々教わっているようだし、戦力としても申し分ないだろう。

 

ヴォルデモートに何故執着するようになったのか、色々知ることが出来れば勧誘のしがいもあるというのに。

原作にそんなこと書いてあったっけ。マグルの世界と同じように、成績表だけではその人間がどのような環境下に置かれていたのかなんて見当もつかないし、そうなると誰かに学生時代の彼の話を聞く必要があるわけで。

 

 

 

私の知っている限り聞けそうな人は二人しかいないぞ。

しかも、だいぶ厄介な人種だ。

 

 

 

私はしばし無言になった後、俯せになって枕にしていたクッションに顔を埋めた。

私はまだ11歳だから、児童相談所に駆け込む権利はあるよな。一体どういう人生を送ったら学校に潜む殺人鬼を相手取る羽目になるんだ。なんて心の中で愚痴を言う。

別に本当にそう思っているわけじゃないけれど、私の置かれている状況は特殊過ぎて逆に面白い。

 

トランクの中から毛布を引っ張り出す。別にこの部屋も確実に安全だという保証はなかったが、仄かに香るチョコレートの甘い匂いが私の脳をゆったりと休めた。

ルーピン先生はカウンセラーもやったらいいんじゃないだろうか。この部屋はとても落ち着く。

 

私は重たい瞼を閉じて、ゆっくりと眠りについた。

 




散々伸ばしてきた内通者ですが、そろそろ正体が分かると思うのでアンケートを実施したいと思います。単純に作者の趣味です。


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ウィルトシャー州の館 上

月明かりを頼るほどの薄暗い夜だった。

その豪邸はなだらかな草の生えた丘に聳え立ち、時折さざ波のように揺れ動く草に反射して、銀で縁どられた窓は滑らかに光った。豪邸の周りには黒い柵が張り巡らされており、何者かの侵入を阻んでいるかのように見える。

そこはイギリスのウィルストシャー州がマルフォイ荘園。ヴィクトリア時代より続く、歴史ある貴族の邸宅であった。

 

そんな一族の血筋を引く当主は、黒いローブをはためかせながら自身の書斎へと向かっていた。実に素早く足を動かしながら、焦った様子で自身の懐から杖を抜き去る。

彼は自身の書斎の扉を開き、抜いた杖を前方に向けた。

 

「ご機嫌よう」

 

誰かが真正面の書斎机に腰かけて、月を見ていた。

重厚なアラベスク調のカーテンが脇にしまわれたガラス張りの大きな窓が月光を差し込んで、その子供の顔を照らしている。埃一つない絨毯の上には大きなトランクが一つ置かれていた。

その子供はルシウスの顔をみとめると、恭しく胸に手を当てた。

 

「何故貴様が…」

「落ち着いて」

 

顔を怒りで引きつらせながら言われた言葉を手で遮って、ゆっくりと少女は言った。

 

「ここでお前を殺すことも出来る」

 

眉をしかめてルシウス・マルフォイは言った。

 

「君の息子も死ぬことになる」

 

屋敷しもべにそう言ってあるんでね、と事実を述べる様な淡々とした口調でケイシー・ウィーズリーも言った。

 

「ルシウス、君がヴォルデモートを眠りから目覚めさせたんだね。これで誉れ高きデスイーターに返り咲けるわけだ」

「…何を言っている」

「クィレルにアルバニアの森の事を吹き込んだだろう」

「………」

「別にしらばっくれるのならいい、概ね自分で確かめに行くのが怖かったからクィレルの弱みに付け込んだんだろうが…悪手だったね」

 

暫しの静寂が辺りを包んだ。ルシウス・マルフォイの引き攣った様な顔が、明らかな狼狽を物語っている。人知れずケイシーは自身の推測が当たっていたことを確信した。

 

「君たち親子の安全は守る。だから私の話を聞いてほしい」

 

そう言って向き直った彼女の顔は、いつになく真剣だった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――一日前、十一月九日。

 

ダンブルドア校長と暫し楽しいお話をして、ルーピン先生の部屋で眠りについたところにまで遡る。

私が目を覚ますと、丁度先生が部屋の中に入ってきたところだった。

 

「どうしたの、こんなところで。何か用があったのかな?」

「いえ、ただ話がしたかっただけです」

「マダム・ポンフリーがカンカンに怒ってたよ。高いところから飛び降りたそうだね」

「もう話が回っていましたか」

 

先生はソファに浅く腰かけた。

私に先を促すように目をやると、懐からいつも食べているメーカーのチョコレートを取り出した。差し出されて、いらないと首を振る。

 

「…悪霊の火って、先生操れます?」

「…は?」

「聞いてみただけです」

「ふと、と言ってみる割にはかなり物騒だけど」

「で、どうなんですか」

「無理だよ。かなりの技術を必要とするし、リスクが高すぎる。高度な闇の魔法使いか、ダンブルドアなら出来るんじゃないかな。……君でも十年はかかると思うけど」

「そうですか」

「何やろうとしてたの」

「内緒です」

 

ポンポンと会話が飛び交う。私が突拍子もないことを言うことに慣れたのか、何をしようと探っても無駄足になるのが分かっているからなのか、先生は深く詮索しようとしてくることはなかった。

先生は思い出したように杖を振ってマフリアートを掛ける。つくづく万能性が高い魔法だ。

 

「クィレルの内通者は分かったの?」

「………さっぱりですよ。恐らく、まあ…ロンかラベンダーあたりじゃないですか?スネイプは"使えない"ですし、ダンブルドアは答えを教えてくれませんから」

「スネイプが"使えない"?そんなこと…」

「私に意地でも手を貸しませんからね。小さい頃からいつもそうでした」

 

小さいころから私をいびってくれたおかげで色々得られたものはあるがね。

溜息を吐くと、先生は困ったように微笑んだ。

 

「でも、気付いてきたことはありましたよ」

「…何?」

「クィレルが何をしたいのか…まあ、ひいてはヴォルデモートが何をしたいのかに繋がりますが」

「賢者の石だろう?」

「まさか。それだけではないですよ。狙いは私です」

「ケイシー、君を?」

「ええ、出来れば私を手に入れたかったんでしょうね。ハリーにはダンブルドアが目を光らせていますから。でも私には開心術も服従の呪文も効かないから、作戦を変更した」

 

目の前の先生は少し眉根を上げた。私はさらに饒舌に言葉を続ける。

 

「ハリーと私、それと周りの環境を調べる方向にね。最初から賢者の石なんて盗れたらいいな感覚なんじゃないですか?いくら弱っているとはいえ、ヴォルデモートが復活する手段なんて他に幾つもありますから。クィレルなんて捨て駒ですよ、ヴォルデモートとっては」

「しかし、…クィレル以外の人間がヴォルデモートに手を差し伸べるとも思えないけど」

「いえ、案外そうでもないですよ。マルフォイ家なんかは手を貸したがるんじゃないですか?理事長方に色々聞いたんですよ、最近異常に資産を集めだしたとか。闇の帝王の復活に備えてるって噂で」

「なるほど」

「まあ、これだけ対策されてて何か情報が得られるなんて考えている時点で闇の帝王もクィレルも二人揃って"そのレベル”なんですがね」

 

両手の二本の指を折り曲げながら小馬鹿にしたように言うと、先生は呆気に取られたように黙りこくってしまった。以前より随分と威勢のいい私に驚いたんだろうが、昨日あんなことがあったからか恐怖心がバグっているのだろうか。

 

ソファから立ち上がり、私は部屋の扉に手をかけた。トランクも持つのを忘れずに。

 

「そういえば―――――賢者の石の周りに掛けた先生の罠って結局何だったんです?」

「…スウーピングエヴィルだよ」

「ああ、私と先生にしか懐いていないあの子ですか…素早いですしクィレルが突破するのは無理でしょうね」

「到底無理だろうね」

 

先生はニコリと微笑んだ。私もニコリと微笑む。

到底無理でしょうね、先生。

では、と私はルーピン先生の部屋を出て、昼ご飯を食べているであろうハリーたちの下へと向かう。彼らは何か隠しているつもりらしいから、何があったのか詰問しないと。

私はにやりと笑った。

 

 

 

 

 

 

「こんにちは、ハリー、ロン、ハーマイオニー。ご一緒しても?」

 

何やらこそこそと囁き合っていたハリーたちに気が付かれないよう近づき、ハーマイオニーの肩に手を置きながらそう話しかける。驚くほどピタリと話が止んで、彼らは壊れたブリキのおもちゃのようにゆっくりとこちらに目線を向けた。

 

「やあ、ケイシー」

「やあ、ハリー」

 

にこにこと笑顔で見つめながら(圧を掛けながら)挨拶を返すと、ハリーの表情は固まった。両手をハーマイオニーの肩に置いているため向かい側に座っているハリーとロンの表情しか分からないのだが、手前にいるハーマイオニーは面白いほど一ミリも動かない。

 

「あ、ケイシー!」

「ラベンダー。この間送った誕生日プレゼントは気に入ってくれたかな?」

「これでしょ?とっても可愛いわ!」

「ごめんね、直接渡せなくて」

「気にしないで!」

 

ぱたぱたと駆けてきたラベンダーは笑顔で自身の頭を指した。そこには濃いピンク色のリボンが付いたヘアバンドが付けられている。やっぱり彼女はヘアバンドがあるとしっくりくる。勢いよく抱き着いてきたラベンダーの後ろで、飽きれたような表情のパーバティが立っていた。

 

「あら、ケイシー。今日は編み込みのポニーテールなの?」

「まあね。――――すまないがラベンダー、今から私たちは少しお話しなくちゃならないことがあるんだ」

 

ラベンダーは私と、逃げようと立ち上がりかけていたハリーたちを交互に見やる。何を察したのかクスクスと笑うと、またね!と手を振って彼女たちは去っていった。

原作だとこんなに察しが良かったっけ。性格が違い過ぎるような気もするけど。

 

「さて」

 

立ち上がりかけ、中腰のまま固まっていた彼らは私をちらりと見た。

 

「場所を変えようか」

 

ロンがコクリと頷く。何を勘違いしているのか知らないが、どうやら彼らは私を敵だとみなしているようだ。どうやって誤解を解くかなぁ、と私は遠い目をして考えた。

 

 

 

一階にあった適当な空き教室に入る。ドアを閉めて三人に向き合うと、全員私と目を合わせないように各々明後日の方向を向いていた。

 

「…で?私に隠していることが何かあるんじゃないかな、君たち三人は」

「別に、ないけど」

「私に隠し通せると思ってるの?本当に?」

「だから、何もないってば!!」

「よく身内にバレバレの嘘つこうと思ったよね」

 

ロンが手を広げて叫んだのをピシャリと跳ね除ける。ロンは黙り込んでしまったので、私はハリーにターゲットを変えた。多分現時点この中で一番嘘が苦手なのは彼だ。

 

「何?私がスネイプに誑かされてるだのなんだの誰かが言った?」

「そんなことは…」

「じゃあなに、私が何かを隠しているとでも?」

 

三人とも一斉にこちらを向く。恐ろしいほど分かりやすいな、と私は溜息を吐いた。段々展開が見えてきたぞ。

 

「もしかしてクィディッチの試合での事言ってる?」

「…霧、出したのケイシーでしょ」

「ロンが双眼鏡で私を見たんだね」

 

あの時私はハーマイオニーしか見る余裕がなかったが、ロンはあの時ハーマイオニーから手渡されていた双眼鏡で教員席の方を見ていたらしい。

 

曰く、

 

スネイプが呪文を唱えているのを見て、ハリーを殺そうとしているのだと思った。

ハーマイオニーに変わってロンが双眼鏡を見ていたら、ルーピン先生と私がアイコンタクトをしているのが見えた。

その次の瞬間ルーピン先生は呪文を唱えだし、私は霧を出した。

ハーマイオニーはそれを反対呪文と、呪文を不完全にするために起こした霧だと推察した。

あんなに手際がいいなんておかしい、ケイシーはきっと何かを知っている!

 

成程ね、トントン拍子でバレていたのは驚いたがそうなると説明が付く。

 

「でも、それだったら何故私からコソコソする必要があるんだ?」

 

私が医務室に閉じ込められている間、近況の報告の一つもなかった。

会えないとはいえ手紙くらいは……

 

 

 

 

 

 

 

…待てよ、彼らは今どこまで知ってるんだ?

 

あの時―――彼らが初めて三頭犬を見た時―――私は私でクィレルの事でいっぱいいっぱいになっていたので全然気が付かなかったが、そういえばあの後三人は私にフラッフィーのことを言ってなくないか。というか、本当に彼らはフラッフィーを見たのか?見たんだよな。見たことにしよう。

時期的にハグリッドにフラッフィーの事を聞いていてもよさそうだが、私は入院していたため進捗状態が分からないし。

 

クィレルがトロールを放った時、スネイプと彼は四階に行ってなんやかんやあったはず。その時にできた傷を見てハリー達はスネイプが盗もうとしていたことに気が付いたはずだ。

しかしこの世界ではそんなことなかったわけで、スネイプも傷一つついていない。

 

つまり、私の知っている限りでは

 

・フラッフィーの下にあるのはハグリッドの言っていた大事なもの

・ニコラス・フラメルが関係している

・スネイプがハロウィーンの夜私とハーマイオニーを殺そうとした

・クィディッチの時スネイプがハリーの命を狙い、私とルーピン先生は訳知り顔

 

しか彼らは知らないことになる。原作については大筋しか覚えていないので、私の知らないところで何かあったのなら、その限りではないが…

 

嘘だろ、クィレル関係についてはほぼゼロじゃん…

クィレルと内通者に構いきりになっていてこちらへのフォローをすっかり忘れていた。

ダンブルドアに「最近ハリーたちはどうしておるかの?」と聞かれなければ、絶対にスルーしていたと思う。言葉には出さないけれどこういうところで私を未熟だと嘲笑っているんだろうな、と思うのは性格が悪いからなのか。

 

して、彼らにどこまで教えるべきなのだろう。ヒントという意味で。

私の予想だと恐らくクィレルは春休み明けまでに例の部屋に侵入する準備を整えるはずだ。原作では学年末に大幅に点を入れていたため、夏から春に大幅に早められることになる。色々イベントをすっ飛ばすことになるが、私が色々()を蒔いたため間違いない。

 

そんなただでさえ焦らなければならない状態なのに…何というか、ダンブルドアの望む結果は生まれないんじゃなかろうか。ハリー育成とか言うなら自分で鍛え上げては?

 

「この前、ルーピン先生とスネイプが話していたのを聞いちゃったんだ」

 

話は逸れたが、私が考えている間に彼らは話す決意を固めたらしい。ロンが恐る恐るといった風に前に出て言った。

 

「…何を話してたの?」

「廊下で、あんまりよく聞こえなかったんだけど…『ケイシーを操るのはやめろ』…って」

 

う~~~~~ん、どういうことだろう。

取り敢えず全て周りを確認せずに言い合った彼らが悪い。特にルーピン先生。自分が言えたことではないが、校内ではもっと生徒の目を考えたほうがいい。普通に戦犯になり得るので。私とスネイプのつながりは知らないと思っていたが、なんやかんや勘づいたのだろうか。ああ見えて狼人間特有のシックスセンスは健在のようだし。

 

「成程、それで私がスネイプに服従の呪文に掛けられていると?」

「うん、前ケイシーが言ってただろ?服従の呪文って本人には自覚がないんだ。でも、解く方法はないし…」

「じゃあ、君たちは"服従の呪文を掛けられているケイシー・ウィーズリー"に重要なことをバラしたことになる」

 

アホ、と私が言うと、ハリーとロンは不貞腐れたようにこちらをじっと見た。

 

「この場合の最適解はな、私を何も言わず教員の下に引き摺って行くことだ。服従の呪文を掛けられている人間になんて、死んでも情報は渡すな」

 

私が杖を振ってマフリアートを唱えると、彼らは怪訝そうな顔をした。

杖を取り出したのを見て、私は手で制する。

 

「――――まあ、服従の呪文を掛けられているかいないかなんていうことは、私にもわからない。自覚がないだけかもしれないしね。取り敢えず今は危害を加えないから私の話を聞いてほしい」

「…分かった」

「私が妙な動きをしたらダンブルドアに突き出してくれ」

 

持っていた杖を近くにあった机の上に放り投げて、ロンに杖を向けさせる。

何を話そうか。というかどこまで話すべきなんだ?原作が都合の良すぎるくらいに上手く行き過ぎていたと捉えるべきなのか、それとも私がガバを起こしているだけなのか。

圧倒的後者な気はするが、私が責められる謂れもないので報連相をマトモにしていないダンブルドアのせいにすることにした。

 

「ケイシーは何を知ってるの?」

「そうだね…私が知っているのは、ある人間がダンブルドアの『大事なもの』を盗もうとしているってことぐらい…かな。詳しくは私も知らないけれど、ダンブルドアのモノについては概ね見当はついてる」

「ニコラス・フラメルに関係するんでしょ?」

「その通り。誰から聞いたの?」

「ハグリッドだよ。口を滑らせたんだ」

 

原作通りハグリッドは無事彼らに口を滑らせたらしい。

でも今回の事を考えるとやはり原作に重きを置き過ぎたら駄目になるな。

 

「ニコラス・フラメルがどんな人か、ケイシーは知ってるの?」

「錬金術師だよ。私も調べたけどね、多分賢者の石が一番怪しい」

「「賢者の石?」」

「そうだわ、なんで忘れてたのかしら!この前図書館の本で読んだわ!もう!!賢者の石って言うのは、金属を金に変えたり、命の水を作り出したりするの」

「そして、命の水があったら寿命が半永久的に伸びる。そうだね、ハーマイオニー」

「ええ」

「じゃあ、スネイプはソレを狙ってるってことか?」

 

興奮気味に話し出すハーマイオニーに、怪訝そうにロンが呟く。

成程、犯人がスネイプ(暫定)というのは突き止めているんだな。

原作と違ってスネイプの足はフラッフィーに狩られてはいないので、ハリーがそれすら気が付いていないのではと心配していたんだ。

 

「スネイプなの?狙っているのは」

「多分ね。だって狙いそうなのアイツしかいないだろ」

「グリンゴッツに盗みに入るなんてアイツしかできなさそうだしね」

「でも、なんでハリーとケイシーを殺そうとしたのかナゾだわ。ケイシーとルーピン先生は理由を知ってるんでしょ?なんで私たちに黙ってたの」

「詳しいことは知らなかったし、ダンブルドアから極秘だと言われていたからね」

「ダンブルドアから!?」

 

ハリーが驚いた声を出す。ここからが正念場だな。

どのように彼らを納得させ、正しい方向に導くか。

別にハリーたちにすべての真実を伝えて皆でダンブルドアに直談判エンドでもいいとは思うんだが、ここでいいカンジに纏めてダンブルドアの信頼を得たい気もする。

ハリーたちを此処まで野放しにして見ていなかったことを先ほど暗にチクりと言われたわけだし。

私は頭の良いわけではないので、最善の選択は厳しいが。

 

「――――長い話になる。座ろうか」

 

一旦時間を稼ぐために三人を座るように促して、私は脳内で考えをまとめた。

私とルーピン先生が繋がっているのはバレている。スネイプとは仲良くない設定になっているから、スネイプについてよく知らないことにしておくか。ダンブルドアからはハリーを守るように言われていたということにしよう。私の能力の事もあるし――――よし、案外何とかなるかもしれない。

取り敢えずまだ思考の幼い彼らなら、まくし立てれば混乱してこの場は何とかなる。

 

「私はね、昔この学校で育ったんだ」

 

驚き声を上げようとする二人を制して話を続ける。ハーマイオニーがロンに目を向けると、ロンは気まずそうに笑みを浮かべた。

そこから色々着色しながら話せることだけ話した。勿論能力の事も。

ホグワーツに来た簡単な経緯、マクゴナガル先生やルーピン先生に育てられたこと(叫びの屋敷の事は話していない)、スネイプとは仲が悪いこと(本来より三倍ほどスネイプの愛想を悪くして)。

 

「ダンブルドアには入学する前に手紙を貰ってね。来年『大事なもの』を学校の中に隠すから、注意するようにと。ハリーが入学することも知ってたんだ。生き残った男の子と、動物を惹き付ける私の力。良からぬことを企む者には賢者の石より魅力的だろう?」

「確かに…?でも、それだったら僕にだって教えられてもいいはずじゃない?」

「そうよ、ケイシーと同じようにハリーだって殺されかけたのよ。何か教えてもらっても良かったんじゃない?不公平だし、ダンブルドアだってこんな危険なこと放置しておくのは得策じゃないって分かるはずよ!」

 

本当にね。分かったらね、良かったんだけどね。あの狸爺さんに。

私だってダンブルドアプレゼンツ、ハリー育成計画にはまっとうに反対していないので彼らからしたら同罪なのだが。

あの人外魔法使い様は自分基準で難易度を決める節があるので仕方ないね。

 

「教えたら、君たちに何かできたのかい?トロールを倒し、あの名高いニンバスの呪詛返しをも破る呪いを解けたとでも?」

 

いや、実際原作ではできているんだけども。今はそういうことではない。

 

「…できないけど、伝えられる権利はあったはずだ」

「君たちなら、このことを知れば深入りするだろうとダンブルドアは考えたんだよ。現に今も正体を追求しようとしている」

「でも…それなら何でケイシーは知らされたの。ケイシーだって正体を調べてるじゃないか」

「君たちより強いからだよ。ハリーとハーマイオニーに至っては今年魔法を覚えたばかりの赤ん坊同然だ。いいかいハリー。相手は君たちが思っている以上に強大だよ」

「…そう思っているってことは、相手がもうわかっているってことだよね?」

 

しまった、という顔をするとロンがにやりと笑う。

 

「教えてよ、()()()

「…厄介な弟を持ったもんだよ」

 

じっとねめつけながら立ち上がり、机の上に置いていた杖をとる。

出口まで歩こうとすると、逃げる気?と半ば挑発するような声が投げられた。

 

「逃げないよ」

 

後ろを向かずに答える。今もロンは私の背中に杖を向けているんだろう。思ってもみないところで弟の成長がみられて姉さんは今大変嬉しい。上がりそうになる口角を抑えながら、私は淡々と言葉を紡いだ。

 

「ハリー…生き残った男の子」

 

「君をそんなにも殺したがっている死にぞこないは、何処の誰だろうね」

 

すべてを疑うことだ、とダンブルドアの受け売りの言葉を呟いて私は空き教室を出た。

中から驚いた声があっと聞こえて、ロンが興奮気味に何かを言っているのが聞こえる。

 

チョロいのはまだ変わってなかったんだな、わが弟よ。

ハグリッドじゃあるまいし、意図的に口を滑らせたに決まっておろうに。

口を押えて笑いながら、私は廊下を歩いてそこから遠ざかった。邪魔者は不要だろう。あとは彼らで勝手に真相に近づいてくれる。

 

あとは私が、内通者をどうにかするだけだ。




ウィルトシャーパートは割と長くなります。もしかしたら上中下になるやもしれません。

あと、活動報告を見ていただいた方はご存じかもしれませんが、この度わたくしのPCがお釈迦になりました。今後の投稿に支障が出るかもしれません(既に20日間失踪していた人間が言えることではないのですが)


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ウィルトシャー州の館 中

レオニがクィレルの調査からが戻った。

遠路はるばるアルバニアから舞い戻ってくれたのだ、しばしの休息は必要だろう。何時間かぶりに女子寮の塔の天辺にある私の自室まで戻り、疲れ果てていたレオニを私のベッドに横たわらせた。

恐れ多い恐れ多いと連呼していたが、ここから色々働いてもらうので回復してくれなくては困る。

隣で木製の椅子をギィギィ言わせながら、私はクィレルについての分厚い報告書を読んでいた。

パラパラと捲っては、お目当てのページに折り目をつける。

 

「お嬢様、何か思いつかれたのですか」

「まあね。確証があるわけではないけど、事態の全容は分かってきたよ」

「ダンブルドアにはお話になられたのですか」

「まさか。今は彼も信用ならないからね、慎重に動くよ」

 

いや。彼こそが、と言ったほうがいいかもしれない。

それと、と私は続ける。

 

「クィレルの過去まで調べてくれたんだね、ありがとう」

「何かお役に立てましたでしょうか」

「大いにね」

 

私はニコリと微笑んだ。恥ずかしそうに目線を逸らすレオ二の大きな目玉がぎょろりと動いて、部屋の窓辺に置いてあったチェス盤を見る。

自身が出ていくときにはなかったのが分かったのか、物珍しそうに眺めていた。

チェスの本も読ませていたので盤面が分かるのだろうか。

私がじっとレオニを観察していたことに気が付いたのか、あれは、と彼は私に問いかけた。

 

「ダンブルドアと私の盤だよ」

「どちらが優勢なのですか」

「どっちだと思う」

「ダンブルドア…ですかね」

「そうだね、彼だ。小さいころからダンブルドアとはチェスをしているが勝てた試しがない。いつもコテンパンにしてやられるのがオチだ。―――しかしね、今回は勝たねばならないよ」

「敵はクィレルではないのですか」

「彼は駒に過ぎない。ダンブルドアの駒だ。私はそれが欲しい。盤をひっくり返さずに、ズルもせずに奪わねばならない。それがどれほど難しいことか」

 

私はクィレルの報告書を適当にトランクに放り込むと、レオ二の枕元に横たえた。

 

「お嬢様、勝機はございますか」

「負ける気はないよ。奴は私のだ。絶対にあげない」

 

私は部屋から出て、今度はきちんと階段を下りた。授業中だから誰もいないはずだが、カンカンに怒っていたらしいマダム・ポンフリーには気を付けなければならないだろう。

授業を受けず堂々と構内を徘徊する学生とは、とパーバティに突っ込みを入れられそうな状態ではあるが、自由に動けそうなのは今だけなのでなるべく早めに準備は整えておきたい。

私は度々ゴーストとかち合いながらも、無事に八階に辿り着いた。

 

八階の廊下の、『バカのバーナバス』が、トロールにバレエを教えようとしている絵が描かれたタペストリーの向かい側にある、何の変哲もない石壁。

私はその壁を一撫でする。紛れもない、必要の部屋への入り口だ。

この部屋を私に教えたのはダンブルドアだった。それがまさか、ダンブルドアに対抗するために使うことになろうとは、あの時の私も思わなかったに違いない。

あの頃の能天気な私が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『必要の部屋』?」

「そうじゃ。ホグワーツの生徒の中でも存在を知っている者は少ない、隠された部屋じゃ」

「それが、なんなんです?」

 

まだ幼い六歳の私は、背の高いダンブルドアに手を引かれて八階を目指していた。人間に連れていかれる宇宙人ってこんな感じなんだろうか。手の位置が高く歩幅もダンブルドアが合わせているほど、その時の私は幼かった。

何もわからない風を装ってはいたが、その頃の私は完全に必要の部屋がなんであるかについては理解していた。どこに存在するかまでは覚えていなかったため渡りに船である。

 

「セブルスやリーマスは日中は生徒たちに授業をしておる。その間手持無沙汰じゃろう。何かいい場所はないかと探しておってな」

「まあ、そうですね。確かに有効活用したい気もします」

 

ただでさえ授業をたくさん受け持っているのに夜遅くまで私の世話をするなど、スネイプとルーピン先生には頭が上がらない。

ただ、この前日に地獄のスネイプの授業を受けたからか、私の目のハイライトはすっと消えていた。ダイアゴン横丁でバカみたいな量の本を買ってもらったのにもうすぐで未読書が底をつきそうだったというのもある。

 

「わしはな、君に信頼を寄せておる。セブルスほどではないが、裏切ることはないだろうという確信はしておるほどにな」

「照れますね。で、そんなことを言うってことは何かあるんでしょう?」

「そう結論を急ぐでない。君に教える部屋は少々特殊じゃ。ほかの人間に言ってはならぬ」

「分かりました」

 

私の返事に満足したように頷くと、ダンブルドアが廊下を行ったり来たりし始めた。

 

「この部屋に入るときは、こう考えるんじゃ。『ロウェナ・レイブンクローよ。汝の英知をあたえたまえ』そう考えながら、三回この壁の前を行ったり来たりする」

 

丁度三回目。壁に銀の装飾が縁どられた重厚な鉄の扉が現れた。重厚な扉といっても、巨大な開き戸というわけではなく、人ひとりが通るほどのノブがついたただの扉だ。

ノブは銀色の鷲の頭でできており、項垂れていた。

ダンブルドアはおもむろに自身の人差し指の先を切り血を少し出すと、鷲のくちばしをこじ開け指をのどに突っ込んだ。私が驚いて声も出ないでいるうちに、ダンブルドアは淡々と作業をこなしていた。

 

「同伴者がおる」

「ホグワーツ在校生ではないようだが」

「いずれそうなる」

 

ダンブルドアが囁きかけると、鷲の頭がぐわりとダンブルドアを見据えた。

今まで目を瞑っていたからわからなかったが、その鷲の目にはキラキラと輝くサファイアが嵌め込まれている。ダンブルドアが私を手で招き、私は言われるままに手を切った。

 

「汝、何を欲する」

 

綺麗な女性の声が鷲の嘴から漏れた。こちらを刺すような宝石の瞳はキラキラとしており、ふとダンブルドアの瞳と同じだ、と私は思った。

 

「私は…」

 

言いかけて、隣にたたずんでいたダンブルドアを見上げた。無言でほほ笑んでいる彼は、何も言わない。私に任せる、ということだろうか。

 

「私は、大切な人間を護るための力が欲しい」

「手を」

 

嘴に、ダンブルドアがやったように人差し指を差し込む。

 

ブルーサファイアの瞳が爛々と輝いたかと思うと、私の人差し指にギリギリとまるでペンチに潰されるように激痛が走った。

痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い!!!!!!!!!!

しかし叫んではならないような気がして、私はギリギリと歯を食いしばりながら耐えた。

 

おそらく私の表情には苦悶が浮かんでいることだろう。数分か、はたまた一瞬か。

永遠に続くと思われた拷問が突如消えた。私は息を荒くしながら床に倒れこんだ。差し込んでいた左手も解放され、ぐったりと力が抜ける。

 

「よくやったのう」

 

ダンブルドアの声に返事なんてできないまま、私は痛みで生理的に出た涙でぼやけた視界の中、自身の左手を見た。人差し指の付け根に、指輪のような模様のタトゥーが刻まれていた。タトゥーの周りはまだ赤く、刻みたてであることが伺える。

 

「契約をたがえるなよ」

 

鷲頭はそう呟いたっきり、瞼を閉じて眠るように黙りこくってしまった。

私はきっとダンブルドアを睨む.

 

「どういうことです」

「その名の通り、契約じゃよ」

「破ったら死ぬとかじゃありませんよね」

「よくわかったのう」

「冗談ですよばか」

 

のほほんと微笑むダンブルドアの足を思い切り踏んで、私は説明を促した。

痛がった様子を見せていたが、私の痛さの十分の一にも満たないくせに叫ばないでほしい。

勧められてドアを開けると、中には無数の本棚。一階と二階部分があるようで、本棚と本棚の隙間の奥には螺旋階段と二階部分の手すりがちらりと覗いていた。

 

「ここは?それと、このタトゥーは?」

「ここは『鷲の間』。ロウェナ・レイブンクローの置き土産じゃ。歴代校長と、その校長が認めドアノブの関門を潜り抜けた者のみに開かれる叡智の図書館。歴代校長らが遺した、歴史に名を刻む数々の本が貯蔵されておる。勿論ホグワーツの図書館も敵わぬし、ここに勝る場所などギリシャにあるパルテノン神殿しか知らぬ」

「その話もっと詳しく」

「機智の神、アテネを祭ったパルテノン神殿の地下にある図書館じゃよ。近年はマグルが多くなってきて規制がかかっておるが、間違いなく一番じゃ」

「魔法界にも宗教観があるんですか。驚きですね」

「あるとも言えんし、ないとも言えぬ。ただ、マグルが崇拝しているから忌避する魔法族が一般じゃな」

 

オリュンポスと魔法族の繋がりは意外と強いらしいので例外だというが。

なんでもパルテノン図書館を創ったアグル・オビュルスがギリシャ神話の崇拝者だったそうで。

 

「そんな話をしたいのかね。いくらでも話すが」

「あ、いえ。続きをどうぞ」

「ここには危険な書物も多く貯蔵されておる。それ故一般の生徒は入れないのじゃが、その時に就任した校長が、一人だけ優秀な生徒を推薦することができるのじゃ」

「だから、いずれそうなる、と」

「そうじゃ。しかし推薦されただけでは中に入れぬ。校長の中にも入れぬ者はいた」

「誰かわかった気がします」

 

私の遠い先祖、フィニアス・ナイジェラス・ブラックのことだろう。人望がないという面で歴代校長の中で右に出る者がいない男。生暖かい瞳に晒されて、私は苦笑いを浮かべることしかできなかった。一応ブラック家の血筋を引いているんでね。

 

「推薦をされたものは、インディゴ―――あの鷲のことじゃ―――と契約をしなければならぬ」

「破れば死ぬ呪いですね」

「自身の英知を何に使うか。そしてその言葉にどれほどの誠意があるか。それを見極め、通過した者のみがこの部屋に立ち入ることが許されるのじゃ」

 

昔、ヴォルデモートが学生だった頃、とダンブルドアは話し始めた。

 

「その時の校長、アーマンド・ディペットは若かりしヴォルデモートを部屋に入れたがった。しかし、無理だった。インディゴは彼奴の邪悪な思想を読み取ったのじゃ。契約を結べなかった者はインディゴに鷲の間に関する一切の記憶を消される。ヴォルデモートでさえ、逃げられるものではなかった」

「私なら記憶を読み取られないと踏んだんですか」

「いや、インディゴは瞳の動き、血流の鼓動、吐く息の温度、産毛の動きまで見ておる。開心術とはワケが違うのじゃよ」

「成程。だから生徒は自分の言葉で契約をしなければならない、と」

「そういうことじゃ」

 

指を差し込んだのも血圧を測るためだったのか?リアルメンタリストじゃんよ、と私は心の中で悪態をつく。

 

「差し込んだ時、指がとてつもなく痛くなったじゃろう」

「ええ」

「血を搾り取られていたのじゃ。これで君はこの部屋に認識された」

「…事前に言うっていう考えはなかったんですか。ホウレンソウですよ、ホウレンソウ!!!」

「ホウレンソウ、とは良く分からんが、事前に言って変な嘘をつかれるよりはマシじゃしのう」

 

こう、ポンポン死の契約をさせられても困る。

悪びれずに佇むダンブルドアを睨みつけると、懐からボンボン・ショコラを取り出された。こんなもので買収できると思われているのが悔しい。もぐもぐとチョコを食べながら先を促すと、ダンブルドアは話し始めた。

 

「ここにある本には邪悪なものも沢山ある。それ故、心が強いものでなければ推薦できぬのじゃ」

「へぇ」

「奥に行くほど時代は古くなる。一番手前がわしの本棚じゃ」

 

ハリーはヴォルデモートのせいで不安定だったからな。無理だったのかもしれない。

私はその本棚に備え付けられていたスライド式の梯子に上った。カラカラ、と本の表紙を見ていく。ダンブルドアは何も言わずに私を眺めているが、そんなときは大体私に何かを気付かせたいときであるので、私は見ている間口を動かしていた。ダンブルドアの蔵書だけでかなりの数があるので視覚以外が暇だ。

 

「この部屋が、ロウェナ・レイブンクローの置き土産ね。他の創設者も作ってるんで?」

「ああ、恐らく。四人それぞれが、この学校に求めるものを遺したんじゃろうな」

 

それはいいことを聞いた、この際だからすべて制覇してやろう。

 

その時、私の本をなぞる手が止まった。ある、一冊の本。

ダンブルドアの本棚にあるはずのない、一冊の、分厚い本だ。

後ろを振り返ると、ダンブルドアは澄んだ目で私を見つめていた。

 

「私に、オルレアンの少女になれと?」

 

『ゲラート・グリンデルバルドの黒い歴史』という本を掲げる。

何も言わないところを見ると、図星だったらしい。

笑みを浮かべるも、少し歪になってしまう。頬が痙攣したけれど、そんなことはどうでもよかった。

 

「酷いなぁ」

「すまぬ」

「謝らないでくださいよ、虚しくなるでしょ」

 

そう言いながら梯子に腰掛ける。ギイ、と嫌な音が鳴った。

 

「私ね、この前リーマスに誓ったんですよ。大切な人を誰も死なせやしないと。そのためにはあなたの駒になっても構わないと」

 

私のまっすぐな目がダンブルドアを睨むように刺した。

 

「だから、私を最大限使ってくださいね。私との約束を違えない限り、あなたに従いましょう」

 

俯いたからか前髪がカーテンのようにかかる。さらさらとした赤毛の間から、顔を険しくしたダンブルドアの顔が見えた。長い年月を生きてきた最強の魔法使いの威厳がそこにはあった。

付いていきたいと思えるような、そんな威厳が。

私にそんな振る舞いができるだろうか、と内心苦笑いする。

 

「このビショップの命、あなたに預けます」

 

その時、六歳の少女の運命は決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌なこと思い出したな。

まあ彼方が約束を違えたんだ、私は悪くないだろう。

 

ロウェナ・レイブンクローよ。汝の英知をあたえたまえ。ロウェナ・レイブンクローよ。汝の英知をあたえたまえ。ロウェナ・レイブンクローよ。汝の英知をあたえたまえ。

 

よし、無事扉が出てきた。色褪せることない左手の人差し指のタトゥーを見ながら感慨深くため息をつく。

 

「インディゴ」

 

鷲頭に話しかけると、サファイアの瞳が見開かれる。

久しぶり、と声をかけると、無言で彼女は肯定した。幼いころから毎日のように通っていたのにぱったりと来なくなったからだろう。

 

「魂に関する本を出して」

 

そう囁く。

 

「分霊箱に関するとなお良い」

 

インディゴは目を瞑った。数秒後、ノッカーのように嘴でドアの表面を叩くと、まるで魔法に掛けられたように動かなくなってしまった。

 

ドアを開く。

まあ、予想は何となくついていたけれど。

だだっ広い空間にたった一つ佇んでいる本棚。

その上段に、数冊だけ本が立て掛けられてあった。

 

「…まあ、読みますか」

 

私は一人そうごちると、腕まくりをしてその本棚に近づいた。

 




これは閑話か否か。閑話だろと思いつつも上をもう出してしまったのでこれは中です。
思ったより過去パートを書くのが楽しかったので長くなりました。
上・中・下で収まらなかったらどうしましょうね、ほんと。


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ウィルトシャー州の館 下

ああ、面倒くさい。

あの後必要の部屋から出てきた私は6階の廊下でまんまとマダム・ポンフリーに捕まり、このか弱い体が吹き飛びそうなほど激しいお説教を食らって、一階の保健室に縛り付けられる羽目になった。この世界は私に厳しい。退院のたの字を言った瞬間に親に連絡されそうな勢いなので動くこともままならない。因みにあの一日で私は無事肋骨のヒビを悪化させ、不味いカボチャジュースのようなドロドロの液体を喉に流し込まれたりした。

 

「兄さん、ここ抜け出したらどんな目にあわされると思う?」

「半殺しだな」

 

私のテーブルに置かれたお菓子の山を漁りながら、双子の兄のうちの一人は答えた。多分コイツはフレッドだろう。向こうの薬品箱を開けて掌に雑に包帯を巻いているのがジョージ。

空気を読めないウィーズリー家系らしく、半目で睨む私の目の前で堂々と盗みを働いている。

 

「フレッド、そんな甘かねェぜ。きっと明日にはホグワーツの丘にケイシーの墓標が立ってる」

「花は手向けてやるからな」

 

ギャハギャハと笑いながら、あっちにいるフレッドとこっちにいるジョージは言った。

私が推測するといつもフレッドがジョージに見えてくる不思議。双子の名前を当てるとかいう確率論的には二分の一なのに、私の場合八分の一ほどまでに落ちるからどうにも腑に落ちない。フレジョを完璧に見分けられる人間はイカれているに違いない。

 

まだ十三歳の彼らは、目をキラキラさせながらバーティ・ボッツの百味ビーンズをアシカのように口に放り投げていた。

どうやらフレッドが悪戯道具の発明過程で手をすっぱり切ってしまったらしく、医務室に行くついでに監禁されている私の様子も覗きに来たらしい。たかりに来たと。

 

「それにしても病み上がりでよくやるよな。俺らの教室からちょっと見えてたぜ、あの滑空」

「どっちかというと落下だろ、ありゃ。自殺かと思って結構焦ったんだぜ」

「気づいた奴があんまいなくて良かったよな」

「オリバーは気づいたようだけどね。頼むから勧誘はもういいってそっちから言ってくれないか」

「ケイシーちゃまはお空を飛ぶのが苦手でちゅもんね」

「黙れ」

 

単純に、何年も上の人間がいるのにそんなスポーツやるわけないだろ。体当たりされたら吹けば飛ぶような一年生なんて死んでしまう。だからこそハリーが一年生でシーカーの座を射止めたのは異常なのだ。他のポジションよりは体格差が関係ないということもあるけれど。

 

「で?そんなこと言うってことはここを脱獄したいと」

「抜け出す間私のふりしてくれるだけでいい。兄さんたちにしか頼めないんだよ」

「マア、わたしたちにそんな危ないことさせる気ですの?」

「野蛮だわ」

「……何が欲しいワケ」

「ほら、お前検知不可能拡大呪文使えるだろ?それ、俺たちのカバンにも掛けてほしいんだわ」

「いやはや、俺たちの研究の素晴らしさは教授陣にお判りいただけなくてね」

「成程。要は秘密基地が欲しいと」

「このロマン、お前なら分かってくれるよな」

 

ジョージからがっしりと手を握られる。潤んだ瞳で見られてう、と頬が引き攣る。

こういう愛嬌があるから女子にもモテるのだろう。私が脱獄する理由も聞いてこないし。

私は神妙に頷いて、三人の間での取引が決まった。

 

「決行は?」

「今日」

「今日!?」

「なるべく監視が強化されないうちに決行しておきたい。二人のうちどっちかが、これを飲むんだ」

 

二人を一人ずつ指さしながら、私は懐の中から、薄いピンク色の液体が入った小瓶をトンとベッドの机に置いた。

 

「ア~?なにこれ」

「髪の毛を伸ばす薬。兄さんたちの髪色は私とソックリだから、後ろ姿じゃばれない」

「「じゃあ頼んだぜ、兄弟」」

「おい、今のはお前が飲む流れだったろ!」

「飲む流れとかなかっただろ!」

「フレッドでもジョージでもどっちでもいいが、頼んだよ。私のベッドに入らない方は寮でお留守番しててくれ」

「…ちょっと、風邪気味かもなー?」

「ズルいぞ、お前」

 

フレッドがジョージを睨みながら言った。

私はまたそそくさと懐に薬をしまう。マダム・ポンフリーに見つかったらなんて言われるか分かったもんじゃない。

未だ言い合う双子を呆れた目で見やると、何やら悪戯が成功したような笑みで彼らは顔を合わせた。

 

「因みに、我らが妹は気が付かないので?」

「なにを」

「俺がジョージで」

「俺がフレッドなのよ」

 

は?

 

 

二の句も言わせずにドヤ顔で胸を張る二人をベッドの仕切りから追い出した。

クソが、あの調子だと過去に何回かやられている。

他の兄弟たちより圧倒的に過ごしている時間が少ないんだから、変な風に覚えるだろうが。

あっちがジョージで、あれがフレッド。…本当にそうなのか?

頭が混乱したので深く考えるのはやめた。考えるだけ無駄だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、冷たい石壁が広がる廊下。

つい先ほど髪を伸ばしたフレッド(彼らの名乗った通りなら)が私のベッドに横たわり、マダム・ポンフリーがもし見回りに来ても簡単にはバレないようになった。マダム・ポンフリーは巡回の時、軽くしか見ないのは既にこの医務室生活で分かっている。

私はパチモンの透明マントを被ったまま、静かに廊下に躍り出た。月明かりが怪しくレンガを照らし出し、靴音一つも響いてしまうような静まり返った校舎を私は忍び足で歩く。

 

こういう時の敵は、クィレルでも、ダンブルドアでも、マダム・ポンフリーでもない。血みどろ男爵だ。夜に鉢合わせると本当に怖い。あのメンヘラ男、いつか絶対成仏させてやる。以前ピーブズ用に取り寄せていた南アフリカの強力なゴースト消滅魔法具もあることだし。

 

『我、ここに誓う。我、良からぬことを企む者なり』

 

私はローブに差し込んでいた忍びの地図を取り出した。ダンブルドアがクィレルの部屋からかっぱらってきた例の羊皮紙だ。大方なんかないかとクィレルの部屋に忍び込んだら見つけたんだろう。

しかし何故ダンブルドアはこの存在を認識していたのか。案外学生時代のあれやこれは先生にバレているのかもしれないな。

 

クィレルは私の予想通り暗黒の森方面に姿を消しているようで、校内には見当たらなかった。ユニコーンの血でも吸いに行っているんだろう。おそらくは。

毎回二日スパンで吸いに行っているようだったから、今日行くだろうということは確信していた。

別にクィレルが校内にいてもバレやしないのだが、もし彼が医務室にいるであろう私を殺しに来たら、うっかり兄さんを殺しちゃいました、なんてエンドになりかねない。ユニコーンの血を吸うときは大体朝方までかかる。ユニコーンはそもそもすばしっこく、有能な魔法使いでも滅多に捕らえられるものではないのだ。

クィレルが外にいる分私は気が付かれやすいが、背に腹は代えられない。私ならともかく兄が殺されるなんてどうなる事か。

 

まず、私が今から何をやるか簡潔に皆さんにお伝えしよう。

 

ホグワーツを抜け出し、イギリスのウィルトシャー州にあるマルフォイ邸にノーアポイントメントで殴りこみに行く。

 

以上。

 

因みに前も話したかも知らんがダンブルドアやスネイプも今は信用できない状態にあるので、誰の手も借りることはできない。レオニに関してはその限りではないが。

 

さて、本題に戻ると、生徒がホグワーツから姿現しをするのは不可能だ。ポート・キーも同様に。死喰い人ホグワーツ殴り込み事件も姿をくらますキャビネット棚が原作では使用されていたと思うが、お生憎様私には使えない。ボージン・アンド・バークスから盗み出す勇気もメリットもゼロに等しい。

ではどうするか。私は考えた。そして結論を出した。

 

ホグワーツを出てしまえばいい。

 

ホグワーツで姿現しができない原因はこの城に掛けられた結界のせいである。ホグワーツの中で電子機器が使えなかったり、マグルには廃城だと思われるのも恐らくこの結界のせいだ。その外に出れば勿論姿くらましはできる。その法則を利用しようというわけだ。

 

しかし問題となってくるのが、どうやって出るか。そして何処から出るか。

結界の境目で一番近いと考えられるのは、ホグワーツの真正面に位置するあの橋。しかしいくらなんでも馬鹿正直すぎるし、バレる自信しかない。橋の上なので身を隠すことは不可能、完全に詰みである。透明マントを被ることが出来るとはいえ、何か起きても困る。

 

私が考えたルートは、城の背後に聳える山を越えることだ。多分山の向こう側に行けることが出来れば、確実に姿現しができるようになるだろう。後はレオニと一緒に消えるだけだ。

どうやって山を越えるのかも考えてある。うちのトランクには最強のスプリンターがいるんだ。クィレルでも決して追いつけない速度を誇る、ズーウーのメリーちゃんである。

幼いころにはロンに「メリーという顔ではない」と散々言われてきたが、立派な女の子である。

まだまだ遊び盛りの時期なのに狭いトランクの中に閉じ込めてしまって申し訳ないが、日ごろの憂さ晴らしもかねてとんでもないスピードで走ってくれるだろう。

 

私は忍びの地図で周囲に誰もいないことを確認してから、透明マントを脱いでトランクに詰め込んだ。

 

「おいで、メリーちゃん」

 

トランクを開けてそう囁くと、中から物凄い疾風が湧き出て、私を包み込んだ。バサバサとトランクの中で書類が舞った音が聞こえる。あーあ、掃除はレオ二にやらせよう。

 

ゆったりとその巨体は私を包み込む。暗いジメジメした森の中で月の光を浴びるように、その毛並みは輝いていた。

絹のような艶やかな珊瑚色の尾に、四本の牙。大きなオレンジ色の瞳が私をギョロリと見据えた。

すりすりと体に毛を沢山擦り付けられるのをされるがままになりながら、私はトランクから馬用の鞍を引っ張り出した。微妙にサイズが合わないが、メリーちゃんは大きな体のわりに胴回りがスリムなので、緊急用としては十分だった。

 

カチャカチャとベルトを締め、バックルで固定する。ムズムズと痒そうにしていたが、久々の外が嬉しかったのか辺りの森を見回して匂いを嗅いでいる。トランクの中にも森はあるにはあるが、本物とはわけが違う。ゆらゆらと大きく揺らめく尻尾に翻弄されながら、私は最後のベルトを締め終わった。

 

ゆっくりと騎乗して、鞍と自分とを紐で結び付ける。

今までこんな本格的に走ったことはなかったので緊張するが、多分、大丈夫なはず。

暗黒の森とはなるべく離れた場所からスタートした私は、あまりの速さに目を瞑った。風が痛くて目を開けられたものじゃない。ゴウゴウと耳元で風が置き去りにされ、風圧で体がぶっ飛びそうなのを前傾姿勢で何とかこらえる。メリーちゃんの辞書に自重という単語はないようだった。

 

光が駆けるよりも速く、木々がざわめくより軽く。

月光に照らされた山道を彼女は一心に駆け上がってゆく。ダカダカと足元で地面を蹴る音が聞こえる。

目も開けられないほどの強風に晒されながら、一分も経たず。

メリーちゃんは減速し、ひょいひょいと岩場を上っているようだった。私の目玉を抉り取ろうとしていた風もやんだので目を開けると、滅多には見られないような絶景が下には広がっていた。

 

仄暗く聳え立つホグワーツ城の向こう側には黒い湖が月光を反射し、よく見える星が夜空いっぱいに広がっている。

 

「素晴らしいな。なあ?メリー」

 

グルル、と唸るメリーちゃんの首元を掻くと、私たちは一気に山を駆け下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後麓で待機していたレオニと合流すると、手筈通り彼の力で姿現しをした。

吐き気を催すような怠さをなんとか体の奥にしまい込み、レオ二をつれて長閑なイギリスの平野を歩く。

少しばかり高くなっている丘に、その邸宅はあった。イギリスのウィルストシャー州がマルフォイ荘園。ヴィクトリア時代より続く、歴史ある貴族の邸宅である。

 

「お嬢様、しかし、訪ねたところで門前払いをされやしませんか」

「大体こういう輩は屋敷しもべを抱えているからね、彼らに通してもらえばいい」

 

真正面から戸を叩かないとフェアーじゃないだろう?と私は微笑む。

 

「それにわたしは親切でここに来ているんだよ。無下にすることも出来ないさ」

 

息子の命が掛かっているとなれば少しは態度を改めるだろう。

マルフォイ邸の門を叩くと、向こうの庭園を挟んだ館ほうから屋敷しもべがひょこひょことやってきた。来訪者を認めると、予想外だったのか大きい目を目いっぱい開いて大急ぎで近づいてくる。

 

「中世ゴシックリバイバルスタイル…典型的なヴィクトリアン様式だね」

 

そうレオ二に囁きかけていると、ランプを揺らしながら恐る恐る屋敷しもべが近づいてくる。ドビーではなかったが、まあいい。

 

「館の主はご在宅かな?」

「ご主人様は留守でございます」

「ご婦人は?ケイシー・ウィーズリーが来たと伝えてくれ」

「了解しました」

 

キィキィと返事をしてまた屋敷しもべは館へ戻っていく。

数分後、白銀の髪を撫でつけた夫人がブランケットを羽織ってやって来た。遠目から見ても恐ろしく険しい表情だ。

 

「何しに来たのです」

 

囁くように問われる。

鉄の門越しではあったが、手に持っていたランプが彼女の爛々とした瞳を映し出していた。

 

「夜分遅くの訪問、お許しくださいマダム」

「何をしにやってきたのだと聞いているのです」

「警告に。ご子息の命が危険にさらされています」

 

ほっそりとした白魚の手が鉄のフェンスに触れた。

 

「妄言を」

「いえ、残念ながら真実です」

「ホグワーツでそんなことがあるわけがありません」

「今まで何が起こってきたか、ご存じでしょう」

「世界一安全な場所だと」

「その世界一安全な場所が危機に陥っているのです」

「信じられません」

「信じるしか道はない」

「帰りなさい」

「また目を逸らすつもりか、臆病者」

 

両手をフェンスにかける。私を見下ろすナルシッサの目はひどくおびえていた。

 

「実に、無礼な」

「ヴォルデモートが魔法界を震撼させた、暗黒の時代があった」

 

フェンスに足をかけ、彼女を上から見下ろす。

 

「奴の側近であったあなた方は何人もの死を見てきたはずだ。血が流れ、躯が転がり、叫び声が絶えぬ地獄を見てきたはずだ。手を下した時も少なくはなかった。緑色の閃光が走った時どう思った?弱者が恐怖に打ち震えた表情を見たとき、快楽に溺れたか?嘲笑い、貶し、死体を踏みつけた。楽しかっただろうな、この人殺し!!!」

「やめなさい!!!!」

 

やめなさい、と震えた声でナルシッサはもう一度言った。

冷たい目で見降ろす。

 

「事実だろう。すべて」

 

「歴史が今繰り返そうとしている。ヴォルデモートは何年も待っていないぞ。いずれどちらの陣営につくか、選択を迫られる。その時真っ先に犠牲になるのは誰だ?まだ弱く、愚かで、可愛い一人息子のドラコだ」

 

「ルシウス・マルフォイは選択を間違えた。紛れもない事実だ。あなたは何も言わなかった。目を逸らすという選択をした。紛れもない事実だ。だが、ドラコはどうなる?道を誤ったあなた方のせいで、彼は将来『親か正義か』という選択をすることになる。彼は迷わずあなた方を選ぶだろう。愛する肉親の前では、正義なんてちっぽけで、実にくだらないものだからだ!!!」

 

「…ドラコはあなた方についていく。その先が地獄だと分かっていても、絶望を抱きしめて死んでいくだろう。すべては愛する両親のために!!!!」

「あなたが分かったような口を利かないで!!!」

「やっと反論したねナルシッサ。じゃああなたはドラコが進んで人殺しをするような人間だと、そう言いたいんだな」

「…違う。違う」

「そうだ。彼はまだ引き返せる。傷一つないあの手を血に染まらせることはない。息子か、純血主義か。実に簡単なことだ。それでもあなたがその高貴な思想とやらを取るというのなら、私はもう何も言わない。説得するのが無駄だからだ。私は必死で彼を救う道を探す。だが、もしあなたに、わが子を愛したいという気持ちが一欠けらでも残っているのならば、私は喜んで手を貸そう。彼の近くで、命を散らさぬように見守ることを誓おう」

 

「今選べ。時間がない」

 

瞳から涙を流した夫人が門を開けるのに、そう長くはかからなかった。

 

 

 

 

 

 

余程の人間でない限り、親にとって子供を失うことほど恐ろしいことはない。

 

若干六歳であった私にダンブルドアが放った言葉だ。

その時の私は子供に何言ってんだコイツ、としか思っていなかったが、今だから言える。本当にためになる教訓だった。

原作を読んでいた当時からナルシッサはルシウスより純血志向が薄いのでは、と考えていたので、賭けに出てよかった。私の話術はほとんどダンブルドアや前世からの受け売りだ。

 

私はナルシッサに連れられて、白と黒のタイルがはめられた廊下を歩いていた。因みにレオニにはトランクの中に入ってもらっている。貴族の出であるナルシッサがいい顔をしなかったからだ。

上品そうな薄緑の壁に均等に並べたてられた重厚な扉を何個過ぎただろう。一等大きい扉をナルシッサは開けると、私に入るよう言った。

 

「…ルシウスを呼び戻します。直ぐにとはいきません」

「待ちましょう。何もなしに押し掛けた私が悪いのですし」

 

目元を赤くして、ナルシッサは部屋から出て行った。

見たところここはルシウス・マルフォイの書斎といったところか。運ばれてきたホットレモンティーを啜り乍ら、私は部屋の中を一通り見回っていた。

 

 

 

 

 

―――――そこで話は、冒頭に戻る。

 

「君たち親子の安全は守る。だから私の話を聞いてほしい」

 

恭しく胸に手を当てながら、私はルシウスを見つめていた。

焦って帰ってきたことがわかる上下する肩と、抜かれた杖。動揺している人間を丸め込むのはたやすい。しかしナルシッサとは別のアプローチをしなければならない。私はしかと彼を見つめながら、ない脳みそを回転させていた。

 

「貴様のような小娘を信用できるか」

「ご婦人も同じことを言った」

 

クスクスと笑うと、不快そうに鋭い瞳が私を射抜く。

座りましょう、とソファを勧めると、家主は私なんですがな、とごちながら従順に座った。

 

「私のことは―――そうですね、モルガン、とでも呼んでください」

「何か理由が?」

「いけ好かない小娘のファーストネームを呼ぶのは癪でしょう」

「モルガン・ル・フェイ。闇の魔女か」

「いけませんか」

「矮小な小娘が名乗ってよい名ではない。崇高な魔女だ」

「小娘と呼び続けるのであれば私もクソ爺と呼びますが―――軽々しく杖を向けるのはやめてください。まだご自身の立場がお分かりでないので?」

 

イライラと顔に手を当てるルシウスを見て内心ほくそ笑みながら、私はレモンティーのカップを傾けた。

 

「さて、本題に入りましょう」

「私の息子に何があった?」

「もう薄々気が付いていらっしゃるのでは?」

「…クィレルか」

「ビンゴ。随分素直ですね」

「このようなところで時間をとっている場合ではない」

「そうですね、丁度日付も超えているところですし。もう眠りたいです」

「早くしろ」

「……まあ、まず私の推理を聞いてから。間違っていたら否定してください」

 

続きを話せ、という風に目で促される。大貴族の当主らしい目だった。

 

「私はね、元々ダンブルドアと繋がっているんですよ。対闇の帝王の組織の一員として、彼の駒になっている。そこまでは流石に察しがついていると思いますが。そして今年――――丁度『生き残った男の子』が入学してくる年。私はダンブルドアに、ホグワーツに邪悪な思想を持った者が入り込んでくると警告されました。ハリーを狙っていると。だから学生という立場の私はハリーを守り、助ける役割を果たしてきた。時には危険な目にも遭いました」

 

ほら、トロール事件とか。私がにこやかに話す様を、ルシウスは黙って見つめる。

 

「その中で、私は気づいたんです。ホグワーツの生徒内にクィレルに服従の呪文を掛けられている潜在的な内通者がいると」

 

私は今までいろいろと考えてきた。誰が内通者なのか。誰が、誰が。

 

最初から最後まで考えた時、その謎は解けた。

 

最初に違和感を感じたのは、あの『真夜中の出来事』。

マルフォイたちに嗾けられたハリーたちがまんまと罠にはまり、フィルチに追い掛け回された時のことだ。

あの時は妙だった。なぜクィレルが私が外出することを知っていたのか。

忍びの地図を使ったにしては些か偶然ではあったが、今ならこう捉えることができる。

 

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次は『トロールと微かな違和感』だった。

あの時、ハーマイオニーは偶然地下室にいた。

偶然にしては出来すぎやしないか?もし、ピーブズが意識を逸らしたからではなく、元々女子トイレに向かうつもりだったのなら?あのトロールに掛けられた呪文返しが、私ではなく、魔法が得意なハーマイオニーを警戒して掛けられたものだとしたら?

そう、彼女は偶然マルフォイにいじめられて、偶然地下の女子トイレに籠り、偶然クィレルがそこにトロールを送り込んだ。そこにあるのはただ一つの事実。

 

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その次はハリーが『勝利(スニッチ)を飲み込んだ』あの時。

ハリーの箒は空高くで痙攣を起こし、ハリーを落とそうとしていた。

その時には大分私も誰が内通者なのか絞っていた。おそらく私に近すぎず、遠すぎない人物が内通者であろうと思っていた。

 

『ルーピン先生もいきなりの事に驚いた。更にクィレルの仕業ではないと分かったからか、辺りをきょろきょろと見まわす。私と眼があった瞬間、先生はコクリと頷いて小さく反対呪文を唱え始めた。』

 

『予想していたよりはるかに早く彼女は見つかった。教職員席のすぐそこまで来ていたからだ。』

 

『あの時私はハーマイオニーしか見る余裕がなかったが、ロンはあの時ハーマイオニーから手渡されていた双眼鏡で教員席の方を見ていたらしい。』

 

彼らではない。内通者は、彼らではない。

 

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ここまで来るともう考えはマルフォイを指しているようなもので、私は内通者になったわけを探り始めた。

 

クィレルが休暇申請をする一か月前、ルシウス・マルフォイがこの学校に来訪していたこと。

クィディッチの試合での怯えたような表情。

なぜマルフォイが内通者に選ばれたのか?

 

「あなたは私の力が闇の帝王の手に堕ちることを恐れていたんでしょう」

 

この、動物を惹きつける強大な能力が。

だから、アルバニアでの闇の帝王の噂を聞いた時、真っ先にクィレルを使った。闇の帝王の側近だったものにとって、そんな噂はいちいち耳に入ってくるものだったんだろう。多分私の存在が、この事件にルシウス・マルフォイを関わらせた原因だ。クィレルの学生時代を知っていたルシウスにとっては、臆病なマグル学教授は便利な小間使い程度だった。

しかし、彼が思っていたよりもクィレルは強欲だった。頭に闇の帝王をくっつけて何事もなかったかのようにホグワーツへと帰ってきた。

 

ホグワーツに帰って来る前に、マルフォイ邸に彼は寄った。その事実はちゃんとレオ二の報告書に記載してある。マルフォイ邸によって何を話したのかは、私にはわからない。

ただ、ここにいま彼の命があるということは、クィレルが正体を告げなかったか、ルシウスがうまくごまをすったかのどちらか。両方かもしれない。その時にドラコ・マルフォイに服従の呪文をかけたんだろう。私の存在も吹き込んで。

もしも、これほどまでに私の存在に怯えている彼なら、

 

「な、パパを愚弄するなこの化け物!」なんて、汽車で言わせなかったに違いないのだから。

 

「あなたはヴォルデモートを敬うと同時に、恐れてもいた。なんならこのまま二度と目覚めなくていい、そう思っていたんでしょう?…しかし彼は戻ってきた。恐らく、あなたを真っ先に使うはずだ」

「何を根拠に」

「私が言っておきましたから。マルフォイ一家は闇の帝王を大歓迎!ってね」

「貴様…」

「大歓迎ではないご様子で?おや、それは失敬。しかし死喰い人だったあなたなら諸手を上げて喜ぶかと」

「…私たち親子の安全を守るという話だったはずだ」

「ええ、勿論。『守れるならば守りたい』。だがねルシウス。無条件にとはいかない。施しには対価を。貴族のあなただったら分かるはずだ」

「何が望みだ」

「こちらの陣営につくこと。それ以上でも、それ以下でもない。完全に闇の陣営とは縁を切ってもらう」

「狙われることになる」

「それは私も同じです。出来る限り守りましょう。今回の件でも、これからも。あなたのご子息の安全は保障されたとみていい。そもそも私に助けを求めた時点でヴォルデモートに顔をそむけたことになりますから」

「…都合がよすぎる。何故ダンブルドアはこれほどまでに大事な話し合いに同席していないのか分かりかねる」

「ただし、というのを忘れましたね。あなた方にはダンブルドアではなく、私のもとに付いてもらう」

「リスクが高すぎる。何をするつもりだ」

「少なくとも今はダンブルドアと私の方向性が違いますから。この件だけは私側だけに付いてもらいます。何のためにダンブルドアにバレない様に学校を抜け出してきたと思っているんですか」

「目的はなんだ」

「質問ばかりですね。まあいいでしょう」

 

カップをテーブルに置く。

私はソファから立ち上がり、大きな窓の向こうで輝く月を睨んだ。

 

「ダンブルドアは、おそらくクィレルを殺させるつもりです。この私に」

 

「私はそれを阻止したい」

 

後ろで、ルシウスが驚いたように目を見開いた。




来年の4月辺りまで長期休載としたいと思うます。
詳細を見たいと思った方は活動報告まで。気長に待っていただけると幸いです。


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