もふもふ幼女拾ったので一緒に暮らすことにしました (夏瀬 縁)
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1、プロローグ


初めまして、夏瀬 縁です。
よろしくお願いします。



朝。

 

起きて、飯食べて、道具を担ぐ。

 

昼。

 

仕事。野菜を運ぶ。人里で売る。

 

夜。

 

家で竹を編んで笠を作る。おにぎり頬張る。寝る。

 

 

俺の人生はずっとこう。

人里生まれ、寺子屋育ち。

農家をついで一人暮らし。

 

父親は早く亡くなり、残った母は若くして大病を患った。

長い間女手1つで育てられた俺は恩を返そうと今まで以上に必死になって働いたが、状況は良くならず、医者からは余命だけ言われて、母は充分な治療を受けることも叶わずに世を去った。

 

節約家で道具は最後まで大切に使う母

いつか貴方のためになるからと毎日毎晩働いて、自分のことは後回しに貯金していたらしい。

 

小さなお礼、ありがとうすらもう言えない。

母を失った俺に残ったのは、お金だけ。

頑張ってくれたのも、俺を思ってくれていたのも十分すぎるほど分かってる。

 

でも本当は、温もりが欲しかった。

 

上手くできたよと見せた下手くそな絵を絶賛して欲しかった。

夏は汗を拭い、冬は手を赤くはらして真剣に藁をあむ指を見つめるよりも、本当は俺自身を、いや、この幻想郷で唯一の、貴方の息子である俺だけを見てて欲しかった。

 

 

お金はある。

それでも、自分の存在意義を自分に言い聞かせるために大人になった今も仕事を続ける。

 

 

正直言って心を支配するのは、虚無。

朝から晩まで何も考えず、ただただ仕事に明け暮れていたせいか誰も嫁いでくれるような人はいなかった。

家族もいないで畑に囲まれた小屋に1人。

 

誰も隣にいない部屋で蝋燭(ろうそく)が揺れる。

 

 

はぁ、と着いたため息が意図せずに蝋燭を消した。

こんな日は何をしてもついてない。

急に真っ暗になった部屋により孤独の足音が増して迫る。

 

ああ、自分に子供のひとりでもいればなぁ。

 

人里を歩けば子供達の元気な姿。

自分以外に全てを注ぐ親の気持ちが知りたかった。

ついにはそんな気持ちの悪い妄想が頭に浮かぶ様になった。

 

 

今日も今日とて叶わぬ夢を思って床につく。

どうせ明日も明後日も同じなのだ。

 

夢ぐらいみたっていいじゃないか。

それすら許されないってのなら、俺は幻想郷を受け入れられない。

 

ぬるい手で首を触った。

一瞬よぎった当然の羨望。

懸命に働く、母の幻影に上書きされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も変わらない最低な朝を過ごして、昼に野菜を売りに行く。

そして、日が落ち始めた頃に帰路に着く。

 

今日は昨日売れ残った芋と米、そして今朝収穫したばかりの人参を売り歩く。

店を持たずに竹の笠を被って、竹の籠に野菜を吊るしてひたすら歩く。

いつも声をかけてくれる常連さんもいるが、ひとことふたこと交わして終わり。

 

笑う気になんてなれない。

 

どうせこの人たちは孤独を経験したことがないのだ。

どこまでも変わらない不変な日常の監獄に閉じ込められたことは無いのだ。

段々と卑屈になりゆく俺に僅かな喜びを感じる俺がいた。

ひとり。もっとひとりに。迷惑のないように。

 

いつもと同じどこまでも続く日常。

 

暗転。

真っ暗な世界に開き掛けのドアからの光。

暗転。

 

人里からの帰り道、いつものあぜ道。

「・・・?」

 

瞬きの間に何かが見えた、気がした。

疲れてるのか。ため息ひとつ、足を進めた。

気持ち多めに瞬きをするも、それはもう出てこなかった。

 

当たり前だが、この後、帰路での出来事が、この後の日常からの脱却の1歩となることになる事をまだ俺は知らない。

 

 

今日もぼちぼち売れたな。

よしよし。

もうお金を稼がなくてはいけない理由などとうに失っているにも関わらず、どこかに自分の野菜を食卓に並べている家庭があるということに微かに喜びを感じる。

 

でもそれは所詮自己満で、自分の満足のためだけに他人を利用しているだけに過ぎない。

そんな自分が嫌だ。

偽りの喜びを胸に抱いて、また自己嫌悪。

 

 

 

そんな時に、声が聞こえた。

 

 

 

「う…うっ…うええ…」

 

 

僅かに、本当に僅かに子供の泣き声が聞こえた。

聞き間違いかと思って、立ち止まって耳を澄ます。

 

 

「…あ…う…うう」

 

 

間違いなく聞こえる。

 

人里の子供が道に迷って泣いているのか。

 

 

命の危険。

 

 

救出。

 

 

 

子供

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇。

 

竹林。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖怪ーーー。

 

 

 

 

 

 

気づいた時には担いでいた道具を地面に置いて、竹林の中に歩を進めていた。

 

早く助けてやらねば。

 

恐らく、泣いている子供には両親がいるだろう。

いなくても、帰るべきところがあるはず。

 

子供は暖かい料理と愛情を一身に受けて育つべきで、竹林で妖怪の飯になって短く一生を終わらせるべきでは決してない。

自己満足でもいいから、自分と同じ目を子供に合わせる訳にはいかない。

 

 

竹藪を踏み分けて行くと、段々と泣き声が近くなる。

 

 

 

寂しくて泣いていると言うよりは、痛みを堪え、心が傷んでいる感じの泣き声。

もうどうしようもなく泣くしかないのだろう。

 

「いま見つけてやるからな!じっとしてろよ!」

 

 

緊張と興奮で吹き出た汗が俺の頬を伝う。

 

 

 

正直、この時の自分はどうかしていた。

日が落ちかけで、妖怪たちが活発化するはずの夜の足音が、もうすぐそこまで迫ってきていると言うのに。

人が殆ど通らない薄暗い竹林に脚を踏み入れて、いるかも分からない子供を探す。

 

 

 

 

もしかしたら、俺は死にたかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

もしかしたら、俺はいつも通り自分を満足させたかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

もしかしたら、俺は誰かに褒められたかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

でも、確かに俺の耳には辛そうな、可哀想な、子供の泣き声が聞こえていた。

 

 

 

それを見殺しにしてただのうのうと変化の無い廃れた楽園(日常)にい続けることは出来ない。

 

 

 

そうして、体感30分程した頃、ひとつの茂みから気配を感じた。

そこに何かいる。

 

かなり曖昧な判断基準だが、もう汗だくで日がほぼ沈んでいる中で、それを頼りにするにしかなかったのだと思う。

少しだけ諦めかけていた。

 

 

いつの間にか、泣き声は聞こえてこなくなっていた。

 

 

 

その代わりに、あの茂みからそっと息を潜めてこちらを伺う視線を感じるようになった。

 

 

長く伸びきった竹と竹の間から、タイムリミットを告げるように夕日の明かりが入り込んでくる。

 

 

 

中にいるのは、子供の振りをした人を食う妖怪かもしれない。

俺の想像を超越する生き物かもしれない。

 

 

恐る恐る、茂みを手でかき分ける。

 

 

 

「…あっ…う」

 

 

 

 

茂みの中には、目を泣き腫らした小さな女の子が身を丸めて震えていた。

こちらを見て、さらに小さくなって体を震えはじめる。

 

その表情からはっきりと恐怖の色が見えた。

 

 

「…1人なの?」

 

 

「…」

 

こちらがなにか問いかけても何も答えようとしない。

いや、もしかしたら答えられないのかもしれない。

小さなその子は俺から距離をとるように後ずさる。

 

そして、茂みの奥の方に俺は見つけてしまった。

 

 

思わず口を抑えて絶句する。

 

 

黒い狼のような女性と所謂人狼のような風貌の男性の遺体が、折り重なるように倒れていた。

見るのも痛々しい程にボロボロで、至る所に博麗の札と針が突き刺さり、流れることも無く固まった赤黒い血が彼らの体を覆い尽くしていた。

 

もう一度少女を見ると、涙で潤んだ目と合った。

恐怖に支配されているのか、ただ震えている。

もう立ち上がって走り去る力も残ってない様子。

 

 

「…君も、1人なの?」

 

綺麗で輝きを失いかけている両目。

 

「…う…あ」

 

 

「一緒に来るか?」

 

「…」

 

 

俺が怖がらせないように慎重に手を差し出すと、暖かい小さな手が俺の手を握る。

 

 

掴むではなく、握る。

 

 

もう、この子は諦めているのかもしれない。

だけども、薄い期待にしがみつこうとしているのかもしれない。

 

 

両親を亡くした時の俺と同じ、諦めた目をしているように見えた。

そして、俺の手を握ったと同時に静かに泣き出した。

 

 

俺はその子を胸に抱きしめてやった。

 

 

 

「うう…うぇぇぇ…ひぐっ…」

 

 

俺は胸の中の温もりに、生命の灯火を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっとの思いで竹林から元の場所に戻って来れた。

この季節、竹藪の中に妖怪以外にも厄介な虫や生き物が沢山いる。

 

何が出てくるか分からない中でこの子をおぶって脱出するのはなかなか大変だった。

 

 

置いてきた道具がちゃんとあることを確認すると、この子を下ろす。

 

直後、捨て置かれるとでも思ったのか、涙目でふぇぇと俺の足に駆け寄ってしがみつく。

しがみついて中々の力で離れようとしない。

なるほど。

 

「大丈夫、これからはひとりじゃないよ」

 

俺の口から出た何気ない言葉は、どちらともとれた。

 

頭に手を置いて安心させようと試みるも、今まで幼子との関わりがゼロに近い自分では安心させることは出来なかったのか、しがみついたまま離れようとしない。

 

「ほらほら、ちょっとこれ被って貰うだけだから」

 

 

そう言って自身が被っていた笠を見せる。

 

未だに妖怪との確執(かくしつ)がある人里に、その可愛らしい小さな尖った耳を見せてしまうと下手なトラブルに巻き込まれかねない。

 

…会った時から身にまとっているぼろはしばらくそのままでいてもらうが。

仕方ない、残念ながら服はすぐには用意できないのだ。

 

笠を頭に被せてやるとその耳はもう見えず、なんなら大きすぎて頭そのものが見えていない。

 

「…う…ん?」

 

笠を被らされて目の前が真っ暗で混乱しているのか、小さな声を出しながら、手を前に伸ばしてふらふらしている。

 

俺は脇の下に手を入れて持ち上げると、胸の前に片手で抱いた。

 

そして、この子が大人しくなったことを確認すると、道具を担ぎ直して、ようやく家に向かう。

 

 

ひと段落して眠くなったのか、俺の胸の前の笠がこくり、こくりと船を漕ぎ始める。

 

 

 

もう真っ暗になった幻想郷を歩く。

 

 

 

1人の男と1匹の妖怪は一緒に歩く。

 

 

 

男はかなりの不安と共に、自身の身の回りに変化が訪れたことを少しだけ、嬉しく思っていた。

 

 

 

 




不定期で更新していきます。
目安は月イチぐらいです。

感想、評価まだの方は是非。

これからもよろしくお願いします!!




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2、ご飯あげてみた

「…ただいま」

 

 

いつもよりも遅くなってしまった自分の声に反応するものは誰もいない。

いつもならこんな些細なことでナーバスになっているところだが、今日の俺はひと味違う。

 

片手に大切な命を抱いているからだ。

 

それは帰路に着いている道中、何度も何度も寝そうになって首をかくかくしては、思い出したように起きて、ずり落ちてくる大きめの笠を直す。

しかし、直したところで小さな顔は隠れたまんま。

 

自分がどこに連れていかれるのか全く分からない状況だからか、迫り来る睡魔に抵抗して、負けじとこくこくしてる。

 

確かにこの子からすれば、いきなり現れた不審な人間の男に訳も分からず抱き上げられて、大きな笠で視界を塞がれたわけであって、文面からすると誘拐でもされる一部始終だと感ぜられても違和感はない。

 

 

それでも、縋るように着いてきたのにはどうも理由があるらしかった。

 

 

 

…くぅぅ

 

 

 

 

 

これ。

 

 

 

 

 

今も尚だいたい一定の時間ごとに鳴る、この子のお腹の音。

 

どうやら腹が減っているらしかった。

 

今思えば、抱き上げた時や手に触れた時、この子がとても細かったようにも思える。

 

 

そして誰もいない星月夜の田んぼの畦道を2人して歩いてきて、今に至る。

 

 

 

家に着くと、まずはこの子を下ろして笠を取ってあげる。

 

 

 

「…ん…んん?」

 

「大変だったね。ご飯食べようか」

 

 

こちらの言葉を理解しているのかいないのか、小首を傾げて不思議そうに視線をさ迷わせている。

 

俺が少し動くと、それに反応して耳がぴこぴこと動く。

それが面白くて、何気ない動作を無駄に増やす。

ぴこぴこと反応する。

 

引き出しから蝋燭を取り出して、残り本数の少ないマッチで火をつける。

すると珍しいのか蝋燭の火を見つめたまま、置物のように固まって凝視し始めた。

 

「…触っちゃダメだよ」

 

俺はこの子の頭を軽く撫でる。

返事の代わりに耳がぺたりとへばった。

 

そうしてできるだけ急いで、家にあったものだけで夕飯を作ろうと炊事場に向かう。

今日は買い物にも行けなかった為に多くの食材はないが、この量なら味噌汁とおにぎりぐらいは作れそうである。

 

食にはあまりこだわらない性格が今になって憎い。

 

「…もっと買っておくべきだったかな」

 

返答を期待してないぼやきで、障子ごし、耳の形をした影がぴくっと僅かに動いたのが見えた。

 

一人暮らしを長くしていると独り言が多くなって困る。

 

炊事場が玄関にあることで障子に区切られ向こうの様子が見えないのが不安。

障子を開けっ放しにして料理をした結果、あの子に気を取られて指を切ったのはここだけの話。

 

 

 

 

 

 

ぐつぐつと煮える音とご飯の蒸気が登っていく。

 

 

誰かのために料理を作ることが久しぶりすぎて、分量を間違えかけたが、何とか普通の料理ができそうである。

 

自分に構ってくれなくなって鍋と睨めっこをしている俺に違和感を感じたのか、先程から障子の端から顔だけ出してこちらの様子を伺う視線を感じる。

それも熱烈な。

先程の火を見つめるのと同じように凝視されているのだろうか。

 

 

振り向いてみた。

 

 

 

 

障子の内側に耳の生えた丸いものの影がうつる。

 

 

 

 

またしても、視線を感じる。

今度は早めに振り向いてみた。

 

 

 

「あ…わわわっ」

 

 

小声で慌てたような声と共にまたしても丸くなったが、黒く短く美しいしっぽが隠れきってない。

 

「…頭隠して尻隠さず」

俺が軽く笑っていることを不思議に思ったのか、再び顔を出して小首を傾げて考え込んでしまったようだ。

 

その表情は「何を笑ってんだこの人…?」と言っているようだった。

 

それを尻目に、器を用意して出来た料理をよそう。

 

俺が2人分の味噌汁を運んでちゃぶ台に向かうと、どうすればいいのか分からなくなったのか、辺りをうろちょろし始めた。

 

「ほらほら、座ってな」

 

とっ捕まえて脇の下から持ち上げて笑いかけて、座布団にちょこんと設置。

観念したのか、やや緊張した面持ちで俯いている。

 

 

 

そこに、味噌汁とおにぎりを置いてやる。

 

 

この子はどこか怪しむような表情で俺の様子を伺う。

 

 

「いただきます」

 

「…」

 

 

やはり、最初に手をつけるのは躊躇われるのか、じっと緊張しつつ俺の挙動を観察している。

 

仕方ない、ならば俺が毒味役をしてやろうじゃあないか。

 

俺が味噌汁を啜る。

 

すると、この子の方にも動きがあって、味噌汁の器を両手で支えて、中身を見る。

そうして、俺の顔も見る。

 

「大丈夫だよ」

 

俺が声をかけると、意を決したのか両目をぎゅっとつぶって口をつけた。

 

「…うあっ…うううっ」

 

 

 

…猫舌みたいだ。

 

 

狼みたいな見た目なのに。

軽く舌を火傷したのか、涙目で恨めしそうに俺を見ながら舌を出す。

 

 

そんな目で見ないでくれよ。

俺は悪くない。

 

 

…確かな罪悪感と申し訳なさが俺の心を痛めることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 






これからもよろしくお願いします!!


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3、お風呂入ってみた

「ご馳走様でした」

 

「…う…あ?」

 

この子が食べ終わる頃を見計らって、食後の挨拶をする。

それを見て若干困惑している様子。

 

 

この子はよっぽど腹が空いていたのか、おにぎりは威勢よく食べていたものの、自身を傷つけた汁物とは睨めっこしていた。

しばらくじっと見ていたかと思うと、指をそーっと入れて温度を確認。

 

お行儀は悪いが、この子なりの学習結果なのだろう。

 

安全と分かったらちびちびと飲んでいた。

可愛い(真顔)

 

 

 

洗い物も終わり、俺はいつもなら竹を編む。所謂、内職と言うものをやっている時間になった。

 

この子はご飯を食べ終わった後も、俺に対して心を完全に開くことなく、どこか警戒する様子を見せる。

そわそわ、そわそわした様子で目をあちこちにはしらせている。

 

そんな様子で小一時間。

ぴんと立てていた耳はいつの間にか時折ぴこぴこ動く以外、力なく下を向いてしまっていた。

眠そうだが寝ない。

うとうと、うとうと。

 

完全に微睡んで、目が閉じかかっている。

 

徹夜で勉強して、寝落ちする直前のあれである。

どうも本人は薄目を開けて起きているつもりのようだが、俺から見たら完全に寝ているようにしか見えない。

 

家の壁に寄りかかって船を漕ぎ続けているのを見て、俺はしっぽにこびり付いた汚れに気がつく。

そういえば。

 

 

「お風呂、入ろっか」

 

 

はっと目を覚ました。

頭上に「???」手に取るようにわかる。

 

俺が自分の腕あたりの匂いを嗅ぐ仕草をしてみせると、この子も真似をしてすんすんと嗅いで、それから少し嫌そうな顔をした。

 

 

 

 

 

 

「これと、これと…あ、これも」

 

亡き母のいつの間にか物置に降格した布団入れから、この子が着れそうな服を選んで床に置く。

 

着れそうな服などと言っても、こんな小さな子の服など家にあるはずもなく、俺の持っている服の範囲で探す。

 

床にこんもりと山を作ったものを見て、よくこんなにも残っているものだなぁと我ながら感心していると、布の山が微かに動いた。

もぞもぞと動くさまを見ていると、なんだか見知ったサイズ感。

 

「…ぷはっ」

 

黒い狼の子が出てきた。

下にうまってたのね。

 

さて今度こそと必要な道具を竹で作られた籠にいれる。

 

 

タオル、石鹸、ブラシ、歯ブラシ、コップetc…

 

 

いつもなら適当にしていたものを今回は入念にチェックする。

何故なら、風呂場は外廊下を通った奥にあるため、取りに戻るのは面倒極まりないのだ。

子供は湯冷めしやすいとはるか昔に聞いたことがある。

今は俺だけでは無いのだ。

 

 

ちゃくちゃくと準備している俺を見て何を思ったのか、てとてと近づいてくる。

 

 

「どした?」

 

「…ん!」

 

どこか勇気を振り絞ったような表情で俺の服の裾を掴む。

なにか訴えようとしているみたいだ。

 

 

「…ん?」

 

「………ん?」

 

 

…ダメだこれは。

なんとか意図をくみ取ってあげたいところ。

 

 

「…うううう」

 

 

唸り始めた。

 

そして伝われと必死に手と首を振ってる。

 

 

「…もしかして、お風呂嫌い?」

 

「ー!」

 

 

俺のちょっと困ったような顔をどう汲み取ったのか知らないが、嬉しそうならいいや。

 

「でも行くよ。土だらけなんだからスッキリした方がいいよ。きっと」

 

 

「え」

 

 

この子の手を引いて風呂場へ向かおうとすると、またしても観念したのか下を向いて俺の隣を歩く。

 

俺の腰より若干低いぐらいの背丈しかないために、下を向いていると どんな表情をしているのか全く分からない。

きっとしょんぼりしているんだろう。

 

 

「今度なんか甘いもの作ってあげるから。

そんなに気を落とさないでくれよ」

 

甘いもの好きか知らないが一応ご機嫌を取っておこう。

頭をポンポンしながら言うと、下からこちらを向いた綺麗な目。

 

「…う、うぅ」

 

わがままを無理矢理通そうとしない辺りいい子なんだろう。

可愛らしく唸った。

 

 

 

そして風呂場のドアを開ける。

 

ガラガラと引き戸がなったことにびくっとしながら俺に手を引かれるがままに脱衣所に到達。

 

 

「はい、両手上げて」

 

何が何だか分かっていないのか呆然としているこの子の両手を上げて、所謂バンザイをさせて、服を引き抜く。

 

あ、髪が長かったことからある程度予想していたけどやっぱり女の子なのね。

 

安心して欲しい。

俺はまだ慧音さんにぶち殺されたくない。

 

「よしよし、いざ!」

 

「…いあ?」

 

竹の籠と反対の手でこの子の手を引いていざ風呂場へ。

 

五右衛門風呂と呼ばれる深めのそれからお湯をすくって、この子にかける。

暑かったのか驚いたのかは定かではないが、びくっとしてされるがままになる。

 

続いて、これまた竹でできた風呂用の椅子に座らせて、石鹸で体を洗って、流す。

そして、髪を洗い始める。

 

最初はごわごわとなかなか馴染まなかったが、暫くすると馴染み始め、汚れが落ちていく。

 

 

「あぁぁぁーー」

 

「お、気持ちいいか?」

 

目を細めて小さな口をあけっぱなし。

鏡越しにつられて笑った。

 

 

長らく洗ってなかったようにも見えたので、久しぶり、もしくは初めて髪を洗うのはやはりすっきりするようだった。

 

しっかり泡を落とし、抱っこして五右衛門風呂に浸かる。

若干熱いぐらいで丁度いい。

俺の家にある若干狭苦しいものだ。

 

 

 

一方、先程から大人しいこの子は、五右衛門風呂の深さが怖いのか、俺から離れようとせず、恐る恐る肩の辺りまでつかり始めた。

 

段々とこの子の表情が崩れ始める。

やはり人妖問わず、風呂というものは至福のひと時らしい。

 

 

湯気が換気窓から外へ流れ出る。

しっとり暑い水蒸気がどこか爽やかに感じる。

 

2人して長い息。

 

 

かなり大袈裟かもしれないが、なんだかいつもより世界が広く感じた。

 

2人揃ってのぼせかけた。

これもまた一興。

長い髪を乾かしてあげる時、誤魔化して笑った。

 

 

 





銭湯行きたい。


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4、人里に行ってみた


評価、お気に入り登録ありがとうございます。
期待に応えられるように頑張ります。


幻想郷の朝は寒い。

 

 

俺の仕事の都合上、早く起きなくては作業終了が間に合わないと言うのもあるが、それにしても朝が寒すぎる。

 

換気のために半開きになった障子の隙間から、ちゅんちゅんと雀の鳴く声が聞こえる。

同時に、澄み切った一日の始まりの香りが鼻腔をくすぐる。

のびをひとつ俺は布団をどかして立ち上がろうとした時、自身の右隣に違和感を感じた。

 

「…う…ううん」

 

 

布団を2組敷いた筈なのに俺と同じ布団の中にこの子がいる。

寒かったのだろうか。はたまた悪夢でも見たのか。

困ったような顔をして俺の隣でうなされている。

 

無理矢理起こすのも良くないと結論付け、ゆっくりと慎重に立ち上がる。

 

よし。

 

 

俺は寝巻きのまま外廊下に向かい、そのまま洗面所へと足を運ぶのだった。

まだ夢を見てるみたいだった。

今までの普通ってこんなにすぐ変わるものだったのか。

 

 

 

冷たい井戸水で顔を洗って鏡を見た時にふと気づいた。

 

自分が自分を見つめる表情が変わっていた。

昔、いや、昨日まではやつれたような感じだったが。

あの子がいることの効果だろうか。

こじつけだろうか。いや、そんなはずない。

 

本当に一緒に暮らせたら。

 

でもその独りよがりの願いは叶わない。

今日はあの子を人里の慧音さんのもとへ連れて行って、引き渡す予定なのだ。

どこぞの農家の家で育つより、慧音さんのような力のある充実した環境に身を置いた方があの子にとっていい事だと考えたからだ。

というか普通の判断だろう。

 

教育面でも不安はあるし、同じ妖怪でもない。

 

今後それらの事でトラブルに巻き込まれる事になるのならば、早めに対応しておいて損は無いだろう。

 

 

久しぶりに誰かと飲食を共にしたりと、一緒に生活が出来て嬉しかったが、俺のエゴであの子の将来まで歪ませることは出来ない。

 

「…当たり前だな」

 

いつもの独り言に、今日は返答があった。

言葉ではないが。

 

「…ううう」

 

「うわっ!」

 

歯を磨く俺の足にいきなり何かが掴んだ感覚。

 

見ればこの子がしがみついて頭を擦り付けながら唸っている。

一体どうやってきたのか。

俺の家の構造は意外と複雑で、外廊下が長いと思うが。

 

「びっくりした…」

 

「…うううっ」

 

「どうやってここまで来たの?」

 

「う?」

 

 

あ、伝わってないみたい。

 

 

 

 

 

 

この子が眠い目を擦りながらぼーっとしているのを横目に、俺はテキパキと動く。

 

まずは布団を片付けて、着替えて、着替えさせて。

 

いつもは1人分の事を2人分やらなくてはならないことに、何故か楽しく感じていた。

 

さっさと朝ご飯を作ろうと準備を始めるも、味噌汁の材料すらないことに気づく。

夜、朝と連続で申し訳ないが、おにぎりをこしらえるしかなさそうである。

色んな料理を食べたいだろうに。すまんね。

 

 

 

 

そんな俺の考えを知ってか知らずか、この子は1人小首を傾げたまま固まっていた。

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「…うさ…したっ」

 

 

 

俺の真似をするように両手を合わせる。

意外と賢い。

 

そのまま洗い物を終わらせて、外出の準備に取り掛かる。

 

昨日の内に編んでおいた小さめの竹の笠を被せてみる。

 

大きさが合うか心配だったが、どうやら杞憂だったようだ。

ピッタリとあったようで、嬉しそうに笠の端を触ったり、その場でくるくる回ったりし始めた。

 

必要最低限の荷物を持って、いざゆかん。

 

「ほら、行くよ」

 

「…う」

 

恐らく最後となるだろう小さな手のひらを合わせた。

 

 

 

今日の畑作はお休みだな。

 

 

 

今度は2人で並んで歩く。

手を繋いで進む畦道は夜と違った表情で迎えてくれた。

 

 

 

 

 

 

がやがやと賑やかな人里の中心を横切って、北の方角へと進んでいくと、慧音さんの家や寺子屋がある。

そこに行く前にお土産を買っていかねばと思い立つ。

 

ということで、今は東の方角、つまり食品やお菓子などが売っている場所へ歩を進める。

 

 

この子はと言うと、初めて来る人里で興味のあるものが沢山あるのか俺の手を握ったままきょろきょろとして落ち着かない様子。

 

近くを人が通り過ぎると、ひう、とだけ言って俺の後ろに逃げる。

その間も手を繋いだままなので管理がしやすい。

安心安全である。

 

その人見知りもなおるといいね。

 

 

人里に住めばあっという間に友達ができるはずである。

うむ、そうに違いない。

慧音さんに引き渡してからもちょくちょく様子を見に来るとしよう。

寂しがってしまっては困る。俺も君も。

 

 

そんなくだらないことを考えていると、目的地に着くのはあっという間である。

 

 

鯛焼き「幸福鯛」

 

 

人里では結構有名な店のはず。

 

 

「いらっしゃい!

お、今泉さんじゃないか。珍しいね」

 

「どうも」

 

いつも家の野菜を買ってくれる顔なじみだったりする。

 

「ん?そっちの子は誰だい?

今泉さん、いつの間に子供が?」

 

「いやいや、迷子ですよ。

今から慧音さんの所に連れていくんです」

 

店主はああ、そう!といつもの溌剌としたテンションのまま、俺から目線を外して下の方へ笑いかける。

 

「かわいいねぇ」

 

「…ひえ」

 

俺の後ろに隠れてしまったが、顔を少しだけ出して様子を伺うと共に俺の足も掴むため、かなり動きにくい。

 

 

鯛焼き2つで。

 

 

はいよ。

 

 

 

妹紅さんの分も買っていこうかと2つ注文する。

店主がせっせかと鯛焼きを袋に入れるのを眺めながら、この子のきらきらと期待しているような目を見る。

 

…3つ頼むべきだったかな。

 

 

「はい、お代」

 

「毎度あり。これ、ちみっこの分ね」

 

「わわわっ」

 

「…じゃあ3つ分の代金か」

 

「いいよいいよ、これは私がプライベートであげたの。

美味しく食べてくれればそれで良いよ」

 

 

「ありがとう」

 

目をきらきらさせてる。

おーい、よだれ出てるぞ。

 

一口。

 

「…うううっ」

…猫舌。そんながっつくから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんくださーい。慧音さん、いますー?」

 

家の戸を叩き、問いかけると、家の奥からとたとたと足音と共に聞きなれた声が聞こえてくる。

 

「はーい、ちょっとまっててくれー」

 

 

この子はまた、知らない人が来ることを察知したのか隠れてしまったが、手にしっかりと齧りかけの鯛焼きを持っている。

 

しっぽがなくなって可哀想な鯛焼きと目が合った。

すまない、君を助けることはできないんだ。

 

 

小さな口で鯛焼きの腹にまで到達したのを見ていると、丁度慧音さんが出てきた。

 

 

「おお、今泉じゃないか。随分と久しぶりだな」

 

「はい、慧音さんもお元気そうで何よりです」

 

「今泉も変わりないようで安心だよ。近頃は元気なさそうだったからな。

あー、そっちの子は?」

 

「迷子ですよ。竹林の中にいたんです」

 

 

慧音さんはふむ、と、1つ考えた後、まあ入ってくれと中に促した。

玄関に足を進めるとこれまた見慣れた口が1足。

 

「妹紅さんも来てるんですね」

 

「ああ、昨日から一泊してるんだ」

 

俺はこの子の履いているこれまた昨日作った草履を脱がせて揃え、脇の下に手を入れて持ち上げて、家の中に立たせる。

その最中もはむはむと鯛焼きが食われていくさまがちらりと見えた。

 

 

 

案内されて和室に行くと、妹紅さんが寛いでいた。

 

 

 

「お、今泉。久しぶりだなー」

 

「はい、お久しぶりです」

 

どこかぶっきらぼうだが、内面はとても優しい人。

人里では人気の存在で、寺子屋でも妹紅さんが遊びに来るのを楽しみにしている子供も少なくないらしい。

 

はい、と慧音さんからお茶を出される。

 

すみません、と言った後、お返しにとお土産を渡す。

がさごそ、妹紅さんが鯛焼きを取り出してこの子の隣に擦り寄って行った。

 

 

「いいもん食ってんね。今泉に買ってもらったのかい?

一緒に食お?」

 

「…!?…う…」

 

 

困惑している。

助けを求めるように俺の裾を握ると、俺のかいた胡座の中心に逃げ込んだ。

 

「ぇぇ…」

残念そうな妹紅さん。

いいもんね。口をとがらせてかじった。

 

「さて、話を聞こうか」

 

 

正面に座って慧音さんが優しげな顔で問いかけてくる。

無事、引き取ってもらえるだろうか。

 

 

俺もこの子も不安な気持ちを持って話を始める。

…恐らく不安に思っている内容が違うが。

 

 

胡座の中のこの子がこちらを見上げた。

しかし、すぐに鯛焼きに目を戻して鯛焼きの首の辺りを食べ始めた。

…どうやら不安に思っているのは自分だけらしい。

 





彼は今泉さんです。


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5、名前つけてみた

 

「それで、拾ってきたと」

 

「はい」

 

ことの顛末をしっかりと話し、慧音さんにありのまま報告する。

最初は興味なさげだった妹紅さんもいつの間にか一緒になって聞いていた。

 

「やっぱ今泉は優しいな〜、私に言ってくれれば竹林には慣れてたのに」

 

「なに、安全を確保してから竹林に行くべきだったと思うぞ。

君は他人に優しいのは結構だが、もっと自分の事を考えた方がいい」

 

「…はい、すみません」

 

確かに俺は1人で命知らずな事をしていたが、あの時は運が良かった。

この弱肉強食の幻想郷で、貧弱な生身ひとつで薄暗い竹林に入るなど、普通ならどうかしている。

でも、あの時は自分は心の奥底で死んでしまっても良いと思ってしまっていたのかもしれない。

 

 

遂に本題に入る。

 

 

「えっと、今日この子を連れてきたのはですね。

慧音さんに引き取って貰おうかと考えたからでして」

 

「えっ!お前が育てるんじゃないのか?」

 

慧音さんが何か言う前に妹紅さんが身を乗り出す。

 

「まぁまぁ妹紅、理由を聞こうじゃないか」

 

「…いくつかあるんですけど

1番大きいのはこの子の教育面です」

 

なるほど?と相槌。

 

「私自身、とても手本になれるような人間ではありません。

この子も私と同じように1人になってしまったみたいなのです。

なのでもっとしっかりとした所で、幸せに暮らして欲しいのです」

 

じゃないと、とても可哀想じゃないですか。

 

俺があまりにも俯いたまま話すものだからか、胡座の中心配そうな顔で、俯いた俺を見上げてる。

 

「でもそんなに懐いてるじゃないか」

 

本当にこの人は優しい。

 

「妹紅さん、そう見えるだけですよ。

生き物や妖怪はそんなに直ぐには心を開きません。

恐らく、最初に食べ物をあげたのが自分だからでしょう」

 

必死に絞り出した。

言い聞かせるように言ったら、妹紅さんも何か言いかけて。

やめた。

 

「とりあえず落ち着きなさい。

確かに今泉君の考えもわからんでもない。

しかし、もう既に懐いてる君と共に過ごすのが彼女の幸せになるのではないか?」

 

 

うんうんと頷く妹紅さんとは反対に俺はぽかんとしてしまう。

ええと、と続ける慧音さん。

 

 

「つまりだ、その子の境遇がどうであろうと、『今』が大事なのさ。

環境がころころと変わってしまうのもストレスになるんじゃないか?

そのだな、幸せは2人で新しく作っていくものだ、と、私は思うぞ?」

 

「言うねぇ」

 

妹紅さんがいたずらっぽく肘で小突いた。

 

少々くさいセリフとなったことを気にしてか、少しだけ照れた表情の慧音さん。

でも、と決めきれない俺に妹紅さんが口を開く。

 

 

「名前、決めたのか?

これから一緒に生きていくんだろ?」

 

 

なんでもないその一言。

 

『一緒に生きていく』

 

それが妙に嬉しくて。

 

 

「それに、お前は経済的にある程度余裕があるだろうに」

 

 

微笑む2人が俺に責任感を植え付けてくれるようで。

存在意義を、示してくれているようで。

 

 

 

「じゃあ、引き渡すの、やめます」

 

震える声で言った。

 

「うん、そうしなさい」

 

 

いつの間にか胡座の中で丸まったこの子がやけに可愛らしく感じた。

 

 

それはもう、俺がこの子を優しく撫でているその姿を生暖かい目で見つめる2人の視線に気づかないほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「狼子!」

 

 

「却下」

 

 

「ろーちゃん!」

 

 

「却下」

 

 

 

「ううーん、ポチ!!」

 

 

「…ペットじゃないんだぞ」

 

 

 

俺の目の前では、絶賛名前決め合戦が行われている。

妹紅さんが提案を俺にするためには、第1の門番こと、慧音さんの許可を得なくてはならないらしい。

 

しかし、一向に許可がおりない。

 

てか、降りたとしても採用しない名前ばかりだ。

はたしてこの人は真面目に考える気があるのだろうか。

 

 

「ううーむ」

 

 

妹紅さんのボキャブラリーが尽きた。

 

 

「今泉君、何かいい案はないのか?」

 

「そうですね、この美しい毛色から連想してるんですけど、どうも上手くいかなくてですね…」

 

「そうだな、黒…黒…影?」

 

「あ、ああ!いいの出来たぞ!慧音!」

 

「どれどれ」

 

 

 

 

 

「影に狼で影狼!どうだ?」

 

 

 

慧音さんは暫くうーんと頭を悩ませたと思うと、くるりとこちらに向き直った。

 

 

「安直過ぎると思うが…一応今泉君はどう思う?」

 

 

影狼…影狼。

 

なんだか妙に語呂がいい。

特段おかしな名前ではないのではなかろうか。

 

 

「いいと思います、それ」

 

 

「まじか!よっしゃー!!」

 

「今泉君がいいと言うならそれでいいか」

 

 

妹紅さんが喜ぶ声を上げると、俺の丁度顎ぐらいの所で耳がぴくぴく動く。

 

体を起こしたこの子、影狼が不思議そうに俺の顔を見上げてくる。

 

「君は今日から、今泉 影狼。これからよろしくね」

 

こちらの言葉を理解してないと分かっていながらも、語りかける。

すると、僅かに口を開けて俺の言葉を真似しようとする素振りを見せる。

 

が、上手くいかなくて結局丸まってしまった。

 

 

 

 

 

「また来てくれよ」

 

「はい、今日はありがとうございました。妹紅さんも。」

 

「なんだそのついでに、みたいな」

 

慧音さんの家で1度外した笠をもう一度被せる。

もうすっかりお昼時を逃してしまった。

 

今度も影狼を持ち上げ、草履を履かせる。

 

「じゃあ、また」

 

「もう少し大きくなったら寺子屋に連れてきてくれよ。

勉強、教えるから」

 

「はい」

 

教育面は私が受け持とう。

頼もしい言葉だった。

 

 

「今泉!今度は勝手に竹林入んなよー!」

 

「あー、善処します」

 

 

2人に見送られて、影狼の手を引いてまた人里の中心に向かって繰り出す。

名前が決まったら次にやるべきことは既に決まっている。

 

 

稗田の御屋敷に行って、記録してもらわなくては。

東に行って北に行って、今度は中心地。

 

 

まだ歩けるか、と影狼を心配したら、ふんす、と力強い鼻息が返ってきた。

もふもふ影狼は身も心もつよい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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6、稗田の屋敷に行ってみた


お気に入り登録ありがとうございます。


 

「こんにちはー!今泉ですけどもー!」

 

荘厳な御屋敷の前に来ると、たとえ誰であろうと小さく見える。

いやまるで、正に自分自身が小さくなってしまったかのような感覚を覚える。

 

影狼も俺の手を握ったまま、首が心配になるぐらいに上を見上げている。

しっぽをゆらゆら、どこか楽しそうなのでもしかしたらこういった建物を見てテンションが上がるタイプの人(?)のようだ。

 

 

暫時、2人で仲良く待っていると門の所からひょっこりと顔がでてきた。

 

 

「あら、今泉さん!やっぱり聞き間違いではなかったのね」

 

「おばさん、お久しぶりです」

 

 

こちらににっこりと微笑みながら登場したのは、ここの使用人のおばさんである。

俺とはちょっとした顔なじみだったりする。

 

「今日は野菜の代わりに随分と可愛らしい子を連れて来たのね」

 

「ええ、まあ」

 

もちろん野菜関係の。

自分のような者が稗田の家に入ることは本来なら気が引けるが、今回ばかりは仕方がない。

 

「今日は阿求さんに用があってお訪ねしました」

 

「ああ、阿求様なら自室におられますよ。

さぁ、上がって。お話して頂きましょう」

 

「ありがとうございます」

 

「…んん」

 

俺が軽くおじぎをすると影狼も真似をする。

えらい。

 

 

おばさんに案内されるがままに豪邸の門の内側に足を踏み入れる。

広い庭には、多種多様な植物が植えられていて、落ち着いた雰囲気を醸し出す。

それの影響があるのかないのか、この屋敷全体が美しく上品なひとつの芸術品のように輝いている。

 

 

その空気に萎縮したのか、影狼は先程から俺の近くに引っ付いて歩く。

人里の中を歩いている時もしょっちゅうびくびくしていたが、それでも好奇心が勝つようできょろきょろと視線を動かしていた。

 

 

「ここで待っててくださいね」

 

「あ、はい」

 

 

案内された一室で俺が座ると、やはり胡座の中心に入り込んでくる。

そして我が定位置だと言わんばかりに胸を張ってちょこんと座る。

 

こうして影狼が胡座の中心に来た時、ぴんとたった影狼の耳をつまんでは離して遊ぶのが最近のマイブームになりつつある。

耳の先のちょっとふわふわした毛を軽くつまむ。

「う」

こちらを見ずにぺしり、俺の手をのける。

もう一度つまむ。

「にぁう」

猫みたいな声。

苦笑しながらもう一度払い除けようと迫る手を、今度は躱す。

 

にへへ、影狼は楽しそうに笑う。

つられて笑顔。

 

手持ち無沙汰でなんにもすることがない時、大抵影狼も暇しているようでこんなようなくだらないことをしては、2人で時間を潰して楽しんでいる。

 

 

外の廊下から小さく足音が聞こえてくる。

自分たちのいる部屋の前で止まった。

 

 

「こんにちは、今泉さん。

あら、随分とお元気そうで良かったです」

 

「阿求さんも体調が良さそうで何よりです」

 

 

 

阿求さんは生まれつき病弱な方で、ことある事に体調を崩しては使用人のおばさんが俺の元を訪ね、林檎などの果物を買っていった。

そんな時度々林檎を運び込んでいた。

それが俺と阿求さんが初めて顔を合わせた時であると記憶している。

 

「…阿求ちゃん、でいいですよ」

 

「そんな事はできません」

 

 

…会う度にそんな戯れ言を言ってのける。

ああ恐ろしい、俺がその冗談に乗って阿求ちゃん呼ばわりしてみろ。

きっと阿求さんの隣の護衛が黙っていないだろう。

阿求さんは人里の重要人物の1人であり、馴れ馴れしい真似はできないのだ。

 

 

「実はこんなことがありましてーー。」

 

 

 

俺は影狼を拾ってから引き取るのを決めた所までしっかりと話した。

影狼は暇そうで段々落ち着きが無くなってきたので、話をしている途中ずっと頭を撫でていた。

影狼のもふもふでなんだか暑くなってきた。

おばさんが出したお茶を啜る。

 

「成程。つまりそこの今泉 影狼さんの名前を記録して欲しいのですね」

 

俺は黙って頷く。

名前を記録してもらうことでいいことが2つほどある。

 

1、迷子になった時に情報を残せる。

 

2、はるか未来まで名を残せる。

 

 

名前とは自分の証明。

妖怪にとって名前とは大事な要素であると聞いたことがある。

 

影狼のためにも俺のためにも名前を記録することでいいこと沢山。

俺は1のことが心配なので正直その他の得はどうでもいい。

 

阿求さんは筆と硯を用意させると、さらさらと書物に書き始めた。

 

 

 

 

俺と影狼はその筆の滑らかな動きを目で追う子猫のような構図ができてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「い、ま、い、ず、み」

 

 

「い、あ、い、ず、みぃ」

 

 

俺の目の前で、阿求さんが俺の名を発音する。

すると俺の下の胡座から、たどたどしい発音がかえってくる。

 

こくり、阿求さんが微笑んで頷いた。

そして次の文字を指さし始める。

 

 

「あ、きゅ、う」

 

「あ…?」

 

 

なんでこんなことになっているかはよく分からないが、阿求さんが影狼の名前を記録し終わるや否や、すすす、とこちらに近づいてきて影狼と睨めっこし始めたかと思えば、いきなりこんなことを始めた。

 

「…阿求さん?」

 

「教育ですよ、教育。

こんな可愛らしい子が私の名前を呼ぶ瞬間。

想像したらもう止まれないのです。

いいや、絶対に止まる訳には行かないのです」

 

 

早口で返ってきた。

影狼もにこにこ楽しそうだし、暫く放っておくのが正解だろうか。

 

 

「阿求ちゃんと今泉さんは仲良し」

 

 

「あきーゆちゃと、いまいずみさんはなかよし?」

 

 

「…私の名前が発音しにくいのが憎いっ」

 

 

阿求さんが泣き崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

暫く繰り返して、そろそろ帰ろうと告げても、何故か拒否する諦めない阿求さんは、使用人のおばさんに連行されて行った。

 

未練がましい目でこちらを見ながら渋々去っていく姿がなんだか可哀想。

 

俺が引きつった顔で手を振ると、影狼も真似をして手を振る。

 

「ばいばい、あきーゆちゃん!」

 

阿求さんが心配になるほどにやにやしながら引きづられていった。

 

 

 

「影狼、帰ろうか」

 

「いまいずみっ」

 

 

夕方になりかけの人里を後にする。

影狼は終始ご機嫌で、手を繋いだ眼下の竹の笠が左右に揺れていた。

 

表情は残念ながら見えないが、笠の下は恐らく幸せそうな笑顔があることだろう。

 

 

そう思うと、俺の口角も自然と上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 







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7、土いじりしてみた

評価ありがとうございます。
皆さんに楽しんでいただけているようで嬉しいです。


段々と寒さが増してきたこの季節。

家の畑には秋の代名詞とも言えるであろう作物が埋まっている。

 

ほとんどの人が食べたことがあるであろう、あれ。

 

俺は皿洗いをしながら表の畑をぼーっと見つめる。

さすがに連続で仕事を休む訳にはいかない。

数人だが、贔屓にしてもらっているお客さんがいるのだ。

 

「いまいずみー?」

 

「ん?どした?」

 

そんな働きたくないという今まで初めての欲望が湧いて出た時、俺の足をつんつんとつつくものが1人。

 

影狼である。

 

何やら笠を片手にもじもじとして、何か言いたげである。

 

「…ううう」

 

…時には見守って自分でやらせるのも大事。らしい。

慧音さんの助言が頭をよぎる。

 

聞き返したいっ…!

 

手助けしてあげたいっ…!

 

はやる自分を何とか抑えて、しゃがんで影狼と目線を合わせて、自分から話してくれるのを待つ。

 

「…そ、そとっ…」

 

「よし、えらい。散歩行こ」

 

 

これだけ言えれば合格だろう。

決して影狼に甘くない。認めん。たとえ誰になんと言われようとも。

 

 

 

朝のまだ肌寒い独特の空気と匂いの中に、2人で入り込む。

早朝の日課になったら少し嬉しいな、とまだ早いであろう日常に思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 

 

「…あ、?」

 

「か、き」

 

「…かき…」

 

 

「うう?」

 

「さ、や、え、ん、ど、う」

 

「…さやえんどぅー」

 

 

俺の畑はまぁまぁな広さがあり、家を出てすぐの正面に畑、家の裏手には果物の木が植えてある。

 

今の時期だと林檎は食べ頃じゃないが、柿などはもう既に熟れ始めている。

恐らくもう少しだけ待った方が美味しいと思うが。

 

影狼はとても好奇心旺盛で、目に付いた珍しいものや新しい物を指さして教えろと言わんばかりに俺を見る。

そういう時の目は、いつもの5倍ほどきらきらと輝いていることから、この時間は影狼にとって楽しい時間のひとつに違いない。

 

そんな感じで、家の裏手から回った俺の敷地めぐりは終わりを迎えようとしていて、遂に正面の畑に到達した。

 

今畑にあるものは、冒頭でもあった秋の代名詞の、あれ。

 

 

影狼は、畑の表面から1部分だけうねうねと蔦が出ているそれを不思議に思ったのか、俺の手をくいくいっと引いて、近づこうと催促してくる。

 

影狼はまだ少し不安なのか、1人で行動したがらず、いつも俺を連れて行く。

今回もそれと同じように、俺が畑に入ってから後に続く。

 

「…いまいずみーー」

 

「さつまいもだね、さつまいも」

 

「さつま」

 

「地面の中に埋まっているんだよ。

もうそろそろ食べ頃だと思うし、一緒に掘ってみるか」

 

 

俺が影狼の手を引いて、物置小屋へと向かう。

影狼は何をするのか未だに分かってないのか、俺の手に引かれるままについてくる。

 

 

物置小屋から、霧雨店で買ったシャベルと自作の籠を用意して、これまた霧雨店の、軍手と言われる外来生の手袋を用意。

生憎、影狼サイズのものはなかった為、影狼の軍手はぶかぶかだが、無いよりかは良しとする。

 

そして、影狼の手を引いて畑に戻る。

 

 

「ここを、こうして」

 

「おおお」

 

俺がシャベルを地面に突き立て、体重を乗せて地面から芋を浮かせる。

すると、土の下から紫色の芋が顔をのぞかせる。

 

「よし。で、これを籠に入れる、と」

 

「いまいずみっ!」

 

理解しているか分からないが、勝手に説明しながら籠に入れる。

俺が振り返ると、期待に満ちた表情で軍手でぶかぶかの両手を小さく握ってぴょんぴょん跳ねている影狼が。

 

「影狼もやってみるか」

 

シャベルも当然大人用のため、重そうに持ち上げると、ふんっと地面に突き立てる。

 

なんだか危なっかしい動きで、見ていて怪我をしないか不安になってくるが、さすが妖怪の子供。

腕力をはじめとした身体能力は人間より長けているようだ。

 

でも、身長は低い。

 

突き立てたシャベルの先を頑張って掴むと、そのままの勢いで俺と同じように芋を掘る。

影狼が掘ったそこに居たのは、とても大きな芋のようで。

 

影狼が掘ったと同時に大きな芋が土と一緒に出てきた。

 

「おお、大物だな」

 

「いまいずみー!いまいずみっ!」

 

大興奮である。

 

自身が掘り当てたそれを持ち上げ、これでもかと言うほどに俺に見せてくる。

楽しそうでなにより。

 

これの種をまいた時の俺は収穫する時にこんなに楽しくなることは、予想だにしてなかっただろう。

 

その後も収穫を続けた影狼と俺は大満足で、籠いっぱいのさつまいもを家に持って帰ることとなった。

 

 

しっかりと井戸水で洗って土を落として、売り物用と自分達で食べるよう、おすそ分けようにと仕分け始める。

正直2人しかいないため、そこまでの量はいらないだろうと、掘り当ててから影狼がずっと持ってる大物と、小さいやつを数個だけ自分達用にした。

 

もうすぐ昼が来る。

 

「影狼も一緒に売り歩こうな」

 

「…うっ!」

 

 

お茶を飲んで休憩中の影狼から元気な返事が返ってきた。

 

 

 

 

 



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8、交流してみた

 

 

いつも通り影狼の頭に笠を被せて、草履を履かせる。

しかし、いつもと違うのはここから。

 

片方と腕で芋が入った籠を担いで、空いている方の腕で影狼を抱っこする。

 

 

「ほれ、行くよー」

 

 

こんなこと言ってはいけないかもしれないが、意外と重い。

今はまだ小さいから良いが、もう少し成長したら中々持ち上げるのは厳しいんじゃないだろうか。

これが子供の成長が嬉しいやら悲しいやら、という感情なのか。

 

人里に向かう途中の田園のおじさんに挨拶をしつつ、ゆっくりと足を進める。

 

俺の肩に顎を乗せて、後ろを見ている影狼。

田んぼ仕事のおじさんにおずおず手をふりふり。

 

微笑ましいその光景を横目に見てたら、何を察知したのか俺をちらっと見て影狼から頬を擦り寄せてきた。

…影狼の髪の毛が目に入った。

すりすり。

いった、いたたたた!

 

涙が止まらないが、これは嬉しくて流れているはず。

 

 

「?」

 

ああ、そんなに心配しないでくれよ。

 

「大丈夫、大丈夫」

 

「だいじょぶ?」

 

「うん、大丈夫」

 

 

影狼は何故か嬉しそうに、だいじょぶ、と繰り返して呟いている。

多分これ俺に言ってるわけじゃないな。

 

歩くこと数十分、人里の賑わっている所に着いた。

 

 

「売り歩きながら、お世話になってる人の所まわろうか」

 

「うっ!」

 

耳が動いたからだろうか、お返事がわりに笠がぴこぴこと動いた。

 

 

 

 

 

まずは阿求さんの所。

人里の中心から先に向かう。

 

「あら、農家の今泉さん。

お芋の季節になったのね、ひとつ貰ってもいいかしら」

 

「こんにちは。どれにします?」

 

おっと、お客さん。

影狼はお得意の人見知りを発動して、俺の肩に顎を乗せたまま、お客さんの方に背を向けたままだ。

 

「今日は可愛らしい子を連れているのね」

 

「はい、これからも一緒に来ますよ。多分」

 

「あら、そうなの。嬉しいわね。

今度は私がお菓子でもあげちゃおうかしら」

 

「ありがとうございます。

今後ともご贔屓に」

 

 

 

普段1人で売り歩いているからか、影狼を連れていると道行く人から、いつもより視線を感じる気がする。

それを影狼も感じているのか、丸くなってしまった。

 

まだ人混みは慣れてないかな。

 

 

そんなこんなで、阿求さんの屋敷の前に到達。

早速正面の掃除をしていた庭師の方に声をかけると、使用人のおばさんを呼んでくれるそうだ。

 

暫く待っていると、またしてもひょっこりとおばさんが来た。

 

「あら、影狼ちゃん、だったかしら?

今日はご一緒なのね」

 

「なんですって!?」

 

おばさんが最初の一言で、稗田の屋敷の、先程おばさんが出てきた引き戸が大きな音を立てて開かれる。

 

…阿求さんが待ち構えていたように出てきた。

すごい、足音すら聞こえなかったぞ。

 

「はぁ、阿求様、お身体にさわりますわ」

 

「影狼ちゃんもいるのね。

大丈夫、今泉さんだけだったら出て来なかったわ」

 

「えぇ…」

 

なんだか複雑。

 

戸を開け放った大きな音に驚いたのか、影狼がびくっとして、初めて俺と同じ方向に目を向けた。

 

阿求さんが影狼に駆け寄ってくる。

駆け寄ると言っても阿求さんの走る、は俺にとっての歩く。

 

つまり、超遅いのだ。

 

影狼は阿求さんを見て、暫くぽかんとしていたが、思い出したのか手を振った。

 

「あきーゆちゃん!ばいばい」

 

阿求さんは拒絶されたのかと思ったのか、愕然とした顔のまま固まってしまった。

一方影狼は、なんの悪気もない為、なぜ阿求さんが止まったのか分からず、手を振ったまま小首を傾げている。

 

「…なぜ、なぜ?」

 

「えっと、悪気はないと思いますよ」

 

落ち込む阿求さんを横目に、使用人のおばさんに芋を渡して次の場所に向かう。

 

「ほら、影狼、ばいばいって」

 

「?、あきーゆちゃん、ばいばい?」

 

「…っ、影狼ちゃん、またね!」

 

「???」

 

影狼は終始小首を傾げていた。

 

「ま、またね?」

 

「ばいばいと同じ意味だよ」

 

「いまいずみ、またね?」

 

「いや、行こう」

 

「いまいずみ、いこー」

 

「うん」

 

 

次は慧音さんの所。

 

 

 

 

 

 

 

「おお、今泉。それに影狼も。」

 

「こんにちは、慧音さん」

 

寺子屋は今、休み時間のようで遊び回る子供の声が聞こえる。

俺も昔はここで走り回ったものだ。

 

 

「今日はさつまいもをお裾分けしに来たんです」

 

「ですっ!」

 

「ははは、影狼もお父さんの手伝いか。えらいな」

 

「…お父さん?」

 

「…おとうさん?」

 

今度は2人して首を傾げてしまった。

その2人の様子を見て、慧音さんはくすっと笑う。

 

「身なりだけじゃなくて、動きまで一緒だな」

 

「…いまいずみ」

 

影狼が俺のことを指さして、慧音さんを見る。

 

「うん、そうだぞ」

 

「…おとーさん」

 

「ん?ああ、そうでもある」

 

 

「????」

 

 

影狼の頭が限界を迎えた。

俺の肩の近くでずっと、大量のクエスチョンマークを浮かべて固まった。

 

「えーと、妹紅さんの分も入ってるので今度会った時に渡してあげてください」

 

「了解した。わざわざありがとうな」

 

「いえ、今後ともご贔屓にお願いします」

 

「よし、慧音さんにばいばいって」

 

影狼は俺の声ではっと我に返って、慧音さんの方を向く。

 

「…けいねさん、ばいばい」

 

「はい、ばいばい」

 

満足げ。

 

よし、最後は霧雨店。

影狼と一緒に行くのは初めてだな。

 

 

慧音さんの寺子屋から歩いてすぐのところ。

恐らく人里で1番大きい店で、日用品や、少しだけだが外の世界の道具

も取り扱っている。

農具なども売っているため、かなり昔からお世話になっている。

 

 

「こんにちはー」

 

「おう!いらっしゃい。

元気してたか、今泉!」

 

 

この豪快な店主ももう慣れたものである。

 

 

「あ?そのお前の腕の中でぶるぶる震えてんのはなんだ?

お前、そんな生き物持ってたか?」

 

「ああ、これから一緒に暮らすことになりました。

影狼です。」

 

 

影狼は異様に声がでかい店主の勢いに押されたのか、俺の胸にかおをうずめて、ぶるぶると震える。

影狼に大丈夫とだけ声をかけて、背を撫でる。

 

「…そのままでいいからね」

小声で言った一言。

へたった尻尾が俺の手に巻きついた。

 

 

「これ、うちの畑で取れたさつまいもです。

いつものお礼にと」

 

「おお!ありがとうな。そんなことよりも、驚いたぜ!

お前が子供を持つ時が来るとはな」

 

「はぁ、まあ俺の子供というわけでは…」

 

「家出には気をつけろよ!

娘ってのはなーんも理解出来ねぇからな!!」

 

ははははっと豪快に笑っているが、いやいや笑えない。

 

なぜなら、この霧雨店の一人娘は家出をして里の外に出て、未だに帰ってきてないのだ。

慧音さん曰く、元気にやっているらしいが、妖怪が沢山いる人里の外で元気で過ごしているなど、到底信じられることではない。

 

「まぁ、たまにはそのちびも連れてきてくれや!

歳食ってから暇で暇で困ってんだわ!」

 

「分かりました。

ぼちぼち、連れてこようと思います」

 

俺がじゃあ、と店のドアに手をかけた時、影狼がもぞもぞと動いた。

 

「ぐすっ…ば、ばいばいっ…」

 

半泣きの潤んだ瞳。

店主へ顔を向けた。

 

俺と店主は目を丸くした。

一時間を開けて店主は大声で笑った。

 

「じゃあな!ちび!」

 

 

霧雨店のドアを閉じる。

 

 

 

 

 

「い、いまいずみ〜」

 

「うん、勇気だしたんだな」

 

 

涙目の影狼がちょっとだけ大きく見えた。

 

 

 

 

 

 

 



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9、寺子屋にいかせてみた

誤字報告ありがとうございました。


「…ついにこの時間が来てしまったか」

 

「う?」

 

朝ごはんを食べ終え、影狼に外出の支度をさせる。

今日は昨日のうちに買っておいた小さな、影狼用の荷物入れにあれこれ必要な道具を入れる。

俺の机の引き出しから、筆など執筆に必要な道具。

後、紙や竹で出来たお弁当。手ぬぐいにちり紙。

 

準備はOK、足りないものはないだろう。

 

どうせ夕方になる前には終わるのだからこんな入念に準備しなくてもいいはずだが、そこは念には念を精神。

テキパキと準備を終えて、影狼に笠を被せる。

 

 

影狼が家に来て、何度目か分からない外出。

しかし、今日この日の外出に対する俺の心労は半端ない。

 

 

上手く溶け込めるか。

 

寂しくて泣いてしまわないか。

 

トラブルに巻き込まれないか。

 

 

心配のし過ぎだと言う人もいるかもしれない。

でも心配しない保護者などいないだろう。

声を大にして言いたい。可愛い子には旅をさせないべきである。

出す側の心が持たない。

 

こんなにもはらはらしている事の発端は、昨日の夜に届いた慧音さんからの手紙にある。

 

 

 

『拝啓、今泉君。

 

 

 

影狼と一緒に届けに来て貰った芋は無事、妹紅に渡すことが出来た。

私も頂いたが、秋の訪れと君たちの幸せを感じることが出来て大変、嬉しかった。

 

本題だが、明日影狼を寺子屋の授業に参加させないか?

 

こう考えたのも理由がある。

まだ幼いから良いが、影狼は少し君に依存しすぎてしまわないか心配なのだ。

それに、言葉の勉強をしておけば君とのコミュニケーションなども円滑にとれるだろう。もちろん、君とだけではなくて人里の住人ともな。

 

彼女が妖怪であることの不安要素は十分理解しているし、それも考慮した上での提案だ。

 

どうするかは君の判断に任せるよ。

もし参加させるのならば、明日の朝、寺子屋まで影狼と来てくれ。

 

急な連絡となって申し訳ない。

 

よろしく

 

上白沢慧音』

 

 

 

との事。

 

 

 

歩いている途中もこの手紙を読み返す。

 

慧音さんの元には何人か妖怪の子供もいると聞いているため、種族の問題に関してはあまり心配はしていないが、それでも不安になってしまうのはしょうがないと自分に言い聞かせる。

 

影狼は散歩に行くとでも思っているのか、とても上機嫌で俺の手に引かれるままに歩く。

 

 

ああ、胸が痛い。

 

 

しかし、影狼の自立のため。

 

 

一切俺を疑っていないであろう影狼を見ると、早くも帰って影狼を撫でていたい欲求にかられるのであった。

 

 

 

 

 

 

「…慧音さん、連れてきました」

 

 

「だ、大丈夫か?君の方がやつれているように見えるが…」

 

 

はい、とだけ答える。

 

 

「慧音さん、影狼を参加させるのは了承しますが、ひとつお願いしたいことがあるのです。」

 

「ん?なんだ?」

 

「…俺も隠れて見学していていいでしょうか」

 

 

申し訳なさそう頼む。

迷惑かもしれないが、これだけは譲れないのだ。

 

 

「…まぁ別にいいが…影狼の手助けはしないようにな」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「全く…どこまで親バカなんだ君は」

 

 

俺が頭を下げると、影狼も真似する。

 

 

「じゃあお願いします」

 

「任せてくれ」

 

「…うえ?」

 

非常に胸が苦しいが、影狼の手を離す。

 

その小さな背中を慧音さんの方に向かわせるように軽く押す。

 

 

「よし、影狼、こっちだ」

 

慧音さんが影狼の手を握る。

 

影狼は最初は信じられないことが起きたような、呆然とした表情だったが、慧音さんが手を引いて俺とは反対方向に向かわせようとすると、段々と絶望したような顔になり、両目に涙をうかべ始める。

 

「…うぇぇ…い、いまいずみぃ」

 

…今すぐに抱きしめてやりたい気持ちを抑える。

 

俺の元戻ろうとしたが、慧音さんの顔と俺の顔を交互に見て、観念したのか、ぐすぐすと泣きながら慧音さんに連れられて歩く。

 

歩いている途中で、何回も俺の方を振り向いてはやめて、振り向いてはやめてを繰り返す。

 

 

 

「…いってらっしゃい、影狼」

 

 

 

俺が手を振る。

 

すると影狼は涙したまま、思い出したように俺に手を振る。

 

 

「えぐっ…ぐずっ…いまいずみ…またねぇ!」

 

 

「うん、また」

 

 

やがて寺子屋の一室に入って、影狼は見えなくなった。

 

 

1人、残された俺はどんな感情だったのかなんて、誰にでも想像つくであろう。

 

「そんな気落ちするなって。

一生の別れでもないのに大袈裟だなー」

 

 

そんな俺に声かける人が1人。

ぽんぽん、俺の肩を叩いた。

 

 

「…妹紅さん」

 

 

よっ、と片手を上げて妹紅さんがやってきた。

 

 

「さっきの聞いたよ。見学するんだってな。

着いてきなよ、私も一緒に影狼の勇姿をみてやるから」

 

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 

強くなれ、影狼。

 

 

 





純曇らせ。
ちょっとだけ可愛い(最低)


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10、友達つくってみた


10話到達。

皆さんの評価、感想、お気に入り登録、非常に励みになります。
いつもありがとうございます。




「いいですか。日本語は五十音からなり、それらを組み合わせて文章を作るんです」

 

 

「おい、今泉。影狼、ちゃんとやってるみたいだぞ」

 

「はい、とりあえず一安心ですね」

 

こそこそ、妹紅さんが耳打ち。

もっと堂々とすれば良いでは無いかと思うかもしれないが、これが精一杯の堂々だ。

 

一方当の影狼は、いつもと違って笠を被らないで集団の中にいるからか、どこか落ち着かない様子。

慧音さんが運営する寺子屋では近年から、妖怪と人間の溝を埋めるべく、妖怪の子供などの受け入れを開始したらしい。

しかし、妖怪の子は少なく未だ大多数が人間である。

 

自然にこの寺子屋への反対の声を上げるものも出てくる。

 

しかし、人里で高い人気と評価を得ている慧音さんが運営しているとなれば、誰も行動を起こそうとしないのが現実。

人間はどこまでも臆病な生き物なのである。

いや、慧音さんが慕われているのか。

 

 

元気な人間の子供達にまわりを囲まれて、ちょこんと座って板書をとる影狼はどこかうかない表情。

やはりいきなり慣れない環境に1人は辛かっただろうか。

まだ戸惑いの気配を微かに感じさせる。

 

「はい、じゃあ今日はここまで。

お弁当食べて、自由時間な」

 

慧音さんの一言でわっと騒ぎ出す子供達。

 

そんな中でわたわたと慌てる影狼。

 

 

慧音さんが号令をかけると、子供達は元気に寺子屋の敷地内の広場へ駆けて行った。

 

 

さすがに休憩時間も1人だと寂しいだろうと、俺が影狼に声をかけようと、教室に入ろうとする。

 

その時、先程まで慧音さんと何やら話していた女の子が1人俯く影狼に近づく。

 

 

「…ねぇ、名前、なんて言うの?」

 

「…っ!?」

 

 

コミュ力最弱の影狼、大ピンチ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、かげろー」

 

 

「かげろー?」

 

 

「う、うう」

 

 

影狼はたどたどしいがゆっくりと話し始めた。

ちゃんと話せるか心配でたまらない俺の隣で妹紅さんが笑う。

 

 

「…なんだか、微笑ましいな」

 

「俺は心配でたまりませんよ」

 

「ははっ、面倒な親を持ったな影狼よ」

 

 

面倒な親呼ばわりされたのはなんだか無視できないが、今はそれどころでは無い。

影狼はまだ少ししか言葉を覚えてないのだ。

意思疎通も難しいはず。

 

 

名前を聞かれた後は、なんと喋っていいのか分からないのか影狼が宙を見つめている。

やがて覚悟を決めたのか、確かめるように口を開いた。

 

 

「…あ、あな、たは?」

 

「私?私は本居 小鈴よ。よろしくね、影狼ちゃん!」

 

「も、もとーり?」

 

「小鈴がいいわ、本居って歴史のおじさんでいるんだもの」

 

 

「こすずちゃん」

 

 

「うん、そうだよ」

 

こすずちゃん、こすずちゃんっ!

 

 

なんか知らないが感動してきた。

 

「あ、おい、今泉。どこ行くんだよ」

 

「すみません、妹紅さん。俺直視出来ません」

 

 

 

まだ影狼と会ってあまり時間が経ってないが、こうして自分以外の誰かと交流をしようと頑張っている姿を見ると、自然と感動してくる。

 

「妹紅、今泉君はどうしたんだ?顔なんか洗って」

 

「いやー、人の感情って怖いよな、慧音」

 

 

 

教室から声が聞こえる。

 

 

 

「これはね、海っていうのよ」

 

「うみ?」

 

「まだ私も見たことないの。お母様が言うには幻想郷にはないらしいの」

 

「ないの?」

 

「うん、でも湖ならあるから今度行きましょうよ」

 

「いまいずみ連れてく」

 

「今泉?誰?」

 

「うううーー、おとーさん?」

 

 

 

 

あ、ダメだ。

 

 

 

「今泉君、後で今後について話そうな」

 

「は、はい」

 

なんだか顔が引きつっている慧音さんの隣で、妹紅さんも目をうるませていた。

 

 

「な、なんで妹紅さんも感極まってるんです?」

 

「ぐすっ…影狼の境遇を考えるとどうしても…」

 

 

 

涙ぐんでいる大人2人に挟まれて、慧音さんが困ったような顔をしていた。

 

「…2人とも、涙腺緩すぎないか…?」

 

 

慧音さんの言葉を否定できなかった。

不思議と自分の成長もわずかながら感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いまいずみーー!!」

 

 

「影狼、お疲れ様」

 

 

夕方になりかけた時間。

 

夕飯には早く、遊ぶのには遅い時間帯。

 

そう、寺子屋の終わりの時間だ。

俺は慧音さんと話し終えた後、あたかも家から迎えに来たかのように寺子屋の正面入り口に立つ。

 

慧音さんに連れられて寺子屋を出るや否や俺を発見した影狼が笑顔で突撃してくる。

不安そうな顔はどこへやら。

普段隠しているしっぽまでぶんぶんと振って咲き誇る笑顔。

 

俺の胸に無事、命中。

 

 

「た、ただいまっ!」

 

「…慧音さんから色々教えてもらったんだな」

 

「?、うう、こすずちゃん」

 

「小鈴ちゃんって子に教えてもらったの?」

 

 

影狼にただいまと言われるようなことはなかった。

新鮮な気持ちと共に、新しい友達に使える言葉を教えて貰って得意気な影狼を見ると幸せな気持ちになった。

 

「ほらほら、2人とも。もう暗くなるから早く帰りなさい」

 

「あ、すみません慧音さん。ありがとうございました」

 

「ばいばい、慧音せんせー!」

 

「ああ、また明日な」

 

 

 

俺が影狼の手を取って帰ろうと、寺子屋の敷地外に1歩踏み出した時だった。

影狼が突然、はっとした表情を浮かべると、大きな声と共に寺子屋に手を振る。

 

「こすずちゃん、ばいばーいっ!」

 

 

一体いつからいたのか、慧音さんの後ろから2つ結びの女の子が顔を出す。

にししっと笑うと、手を振り返してきた。

 

「影狼ちゃん、またねー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰ると影狼は、夕飯を作っている時、風呂に入る時、寝る前までも寺子屋であった出来事や、小鈴ちゃんに教えてもらったことを胸を張って話した。

 

そんな影狼の姿が幻想郷で1番誇らしく、可愛く見えた。

俺はこの子の成長を共に見守ることができるんだ、と嬉しく思った。

 

 

 

 

 




今後は影狼ちゃん視点も出てくるかもしれません。

アドバイス等ありましたらお気軽にどうぞ。
批評募集してます。


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11、お買い物してみた

12時に予約投稿しようと思っていたら忘れていました。
お仕事のお昼休憩に影狼成分を補給する大切な時間を奪ってしまい、申し訳ありません。


ちなみに、私がこのお話の幻想郷に行ったら1番近づきたくない場所は人里です。






 

「いってきます!」

 

「うん、気をつけてね、影狼」

 

 

寺子屋に通い始めて数日もすると、もう1人で行って、1人で帰って来れるようになった。

やはり最初はかなり心配だったが、影狼の元気な顔を見るとそんな気持ちは段々と薄れていった。

 

寺子屋ではやはり色んなことを学べるようで、俺のことを「お父さん」

と呼ぶようになったり、少なからず変化もあった。

それに寂しさを感じるあたり、俺は変われていないみたいだ。

 

影狼がたたたっと家の外へ駆け出していくのを見送る。

1人、取り残された家の静かな空間で今日の仕事に取り掛かる。

 

 

今日は午前中農作で、午後から影狼と合流して買い物をする予定。

何やら今日は寺子屋が早く終わるらしい。

いつもよりうきうきとした影狼が話してくれた。

 

思い出すと自然と口角が緩むのを感じた。

 

 

…俺は親バカなのだろうか。

 

 

いや、どこの家庭でもこんな感じだろう。

さ、仕事仕事。

 

俺は頭をぽりぽりとかきながら、農具が入った小屋へと向かうのだった。

 

 

秋も終わりが近づいてきた。

影狼と冬の作物を収穫するのを想像すると、日々の仕事も苦痛ではない。

ちょっと気が早いかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おとーさん!」

 

「はいはい、お帰り」

 

いつもの通り寺子屋まで迎えに行き、入口付近で待っていると元気な声が聞こえてきた。

 

午後になるまでは思っていたよりも早かった。

それも当然、俺は数日休んでしまった仕事を取り返そうと、様々なことをやっておいた。

 

畑仕事から始まり、竹をとってきたり、果樹の手入れをしたり。

 

影狼が来てから毎日、毎回時間をそれらに使うことは出来ない。

なのでやれる時に終えてしまった方が良いのだ。絶対に。

 

 

「おかいもの、いこ」

 

「うん、慧音さん、ありがとうございました」

 

「けいねさん、ばいばいっ」

 

 

笑顔で手を振る慧音さんの寺子屋を後にして、俺たち2人は人里に繰り出す。

 

「まずは洋服からかな」

 

「よーふく!」

 

いつまでもおさがりだとなんだか申し訳ないので、早めに影狼の洋服を買ってあげたかった。

俺は裁縫など全くと言っていいほど出来ないので、こればっかりは自作は出来ず、買うしかないのだ。

まぁ女の子だし。

おしゃれな服の方が気分も上がるだろう。

 

影狼が欲しいと思った服を買ってあげよう。

影狼の喜ぶ姿が目に浮かんだ。

今日ばっかりは財布の口が緩くなりそうだ。

 

手を繋いだ先の影狼は既に上機嫌。

いつもの通り笠がぴくぴくと揺れていた。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい、農家の今泉さん。

今日はどのような御用で?」

 

あまり買い物しないにも関わらず、俺の名前を覚えているなんて意外なこともあるものだ。

 

「この子の服を選びに、と」

 

「…なるほど。にしてもいつの間に子供を連れ始めたんですね」

 

「ええ、まあ」

 

 

影狼に店内から選ぶように促すと、影狼はどれを見ていいのか分からないのか右に左に視線を動かしては、俺の元へ戻ってきて俺の手を引く。

 

「…これは?」

 

「とりあえず着てみる?」

 

 

影狼がこくりと頷いたのを確認して俺は店員さんに試着スペースに案内してもらう。

このペースでいけば案外早く終わるだろうと、少しだけ安心。

女性の服選びには時間がかかると言う話は迷信なのだろう。

心の中、鼻で笑った。

 

影狼は試着室のカーテンを、しゃっと勢いよく開いた。

 

「どー?」

 

「おお、いいんじゃないか」

 

いつもは見ないような雰囲気の服だ。

シンプルなデザインのワンピースだが、どこか大人びた印象を受ける。

率直に影狼に似合っていると思った。

 

「うー…」

 

が、影狼はどこか不満そうである。

 

またしゃっとカーテンの中に入ってしまったと思うと、元の服に戻ってとてとてと出てくる。

そしてまた別の服を探しに行った。

 

 

…迷信でないかもしれない。

 

 

 

別に急いでいる訳でもないから良いのだが、いつまでかかるか分からないということはなんだか恐ろしい気がしてきた。

 

 

何回かそんなことを繰り返すと、やがて厳選したであろう2着を持ってきた。

 

「おとーさん、これと、これ。どっちが良い?」

 

緑色のロングスカートと言われる洋服。

 

うん良い。

しかし2着目。

 

最初に試着したのとほぼ同じワンピース。

 

…やばい、最初のワンピースとこれの違いがわからん。

もっと服にこだわっておくべきだったか。

 

今更遅すぎる後悔をしつつ、即答できない焦りを隠しつつふたつを見比べる。

 

ちなみに、俺の判断基準は影狼が満足するかどうかであって似合うかでは無い。

影狼は可愛いから何を着ても似合うに決まっているからだ。

当たり前だろ。

 

でも簡単には答えることは出来ない。

脂汗ひとつ。どっちが正解なんだ…?

影狼が真剣に考えているので自分も軽率に考えることは許されない。

 

 

うーんと影狼と一緒になって頭を悩ませていると、店員さんが静かによってきて、にこやかに言った。

 

 

「今泉さん、服選びは直感が大事なのです。

これがいいと思ったものが、自分にとって1番いいものですよ」

 

一理ある。

 

が、影狼はどう思っているのか。

俺の考えは変わらず、影狼が満足いくかどうか。

 

影狼が期待した目で俺を見つめる。

でも、意見を言うだけならいいのでは。

 

あくまで俺の意見だが、と前置きした上で話す。

 

「その白のワンピースの方が可愛いと思うよ。

影狼の綺麗な黒髪とよく映える」

 

影狼の耳がぴくぴくと動く。

影狼が答えるまでの時間が俺には長く感じられた。

 

 

「じゃわたし、これにするっ」

 

 

…良かった。

正解を引いたようだった。

心の中でガッツポーズをキメつつ、人里流行中の雑誌でも読んでおこうと覚悟も決めた。

 

会計を済ませて、嬉しそうな影狼の手を引いて、人里の喧騒に戻る。

思いのほか時間がかかったため、日用品だけ買って帰ることにした。

笑顔で買った服を抱きしめる可愛い影狼が見れたから良しとしよう。

 

 

 

晴天の空に境目、長いアーチ雲。

 

 



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12、病院につれていってみた

 

 

影狼がこの家に来てから早くも1ヶ月が経とうとしている。

 

今まで無駄に過ごしていたような人生とは、いや、事実無駄に過ごしていた、影狼が来る前の人生とは比べるまでもないくらいに時間が経つのが早く感じる。

影狼の成長と共に月日の流れがやってくる。

 

夜寝てから朝までが早い。

お日様が真上に登ってから、隠れるのが早い。

 

 

繰り返される日々が嫌じゃない。

今日も元気で軽い体を起こす。

 

隣ではすうすうと可愛らしい寝息。

 

 

今日は朝から雨模様。

秋雨ってやつだろうか。

 

 

もうすぐ冬だ。

鬱陶しいが、もうこの雨も見ることは少なくなって、やがて雪が降り始めるのだろうか。

 

ざあざあと雨は降り続ける。

なんという名前かは知らないが、あの妙に癖になる雨の香り。

出来れば夏に堪能して、爽やかな気分を味わいたかったなと今更ながらに思う。

夏の今頃の自分は一体どんな表情をしていたのか。

 

 

きっと、死んだ魚のような目をしていたのだろう。

 

 

布団を完全に剥がして、影狼の方に寄せる。

1歩、立ち上がって洗面台に向かう。

 

 

きっと、干し柿のようにやつれていたのだろう。

 

 

稗田の御屋敷よりは短いが、長い廊下を進む。

一体何時つけたのか分からない、季節外れの風鈴が己を主張する。

 

 

 

あのころの俺は。

きっと、死ぬ直前の、母のようなーー。

 

 

でも、今は今である。

 

過去がどうであったとしても、結局は今を生きているのである。

隣には影狼。

この子も、いつかは家庭を持つことになるのだろうか。

 

その時まで、愛しいこの子が幸せになるように尽くせればそれでいい。

 

自分はせいぜい、影狼の記憶の隅に居座っていよう。

頑固に、面倒な程に、居座ってやろう。

俺は目に見えもしない、そこにいるはずもない、将来の影狼の結婚相手を睨んだ。

 

 

俺が異変に気づいたのは部屋に戻った時だった。

いつもより起きるのが遅い影狼を起こしてやろうと、声をかけた時。

 

「影狼、朝だよ」

 

いつもは元気よく返事を返す影狼から返事がない。

思えば、寝坊する姿は見たことがない。

 

「…影狼?」

 

じわり、不安の足音。

ガラス細工の工芸品に触れるように、影狼の布団を僅かに捲った。

 

「…お、おとーさん」

 

薄暗くて気づかなかったが、顔が赤い。

せーせー、呼吸も苦しそうだ。

 

俺の背中を伝う、冷や汗。

もうすぐ近く、トラウマ。

 

「大丈夫か?今日は寺子屋休もう。お医者様に診てもらおう」

 

影狼は頷きもなにもしない。

薄く目を開けて俺を見た。

 

「…さむいよ、おとーさん」

 

 

影狼が熱を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただの熱。

子供によくある、突発的なただの熱。

 

未来の俺がいれば、もしくは妹紅さんがいてくれれば、そんな風邪ごときで大袈裟だと笑うだろう。

 

しかし、俺は昔した経験から冷静には考えていられない。

でも、奇行に走るような真似はしない。

当たり前だろう、そんなに馬鹿じゃない。

うん、落ち着いてる。

こんなのはただの風邪だということは完璧に理解している。

 

でも、それでも、どうしても頭の片隅から忍び寄る母の姿。

苦しんで、苦しんでそれでも助けられなかった姿。

ただ布団の上、俺の事も記憶の奥底に沈みきって、ごめんねとだけ繰り返して動くことも出来ず。

 

実の息子の名前すら、ぼぅと霞んだ霧の中。

 

影狼を失った自分の姿が頭に浮かんだ瞬間、俺は自分の頬を思いっきり叩いた。

唇を噛んだ。乗り越えるんだ。もう変わるんだ。

同じことは繰り返さないんだ。

俺は、変わったんだ。

 

…とりあえず、医者へ。

 

影狼は食欲もなさそうで、ぼーっとしている。

俺は影狼の頭を撫でやると、早急に出かける準備をする。

 

 

髪の毛越しからも伝わった、影狼の上昇した体温が余計に俺を焦らせた。

影狼は少しでも安心できたのであろうか、力なく笑った。

 

 

「…だ、だいじょぶ」

 

誰への慰めか。

余計に俺の嫌な妄想を加速させる。

 

 

 

 

雨の中を走る。

 

田圃の水が多くなっていて、近所のおじさんの米が流されないか心配になるほどである。

俺が走れば、後ろに泥が跳ねる。

 

転ばないように、慎重に、影狼を俺の後ろにおぶって。

 

 

走る、走る。

 

 

離れたところから見れば、蓑だけが走っているようにも見えるだろう。

それも背中の部分が少しばかり大きい蓑。

でもそれが、その姿こそが今の俺だった。

 

正面から吹き付ける風と共に叩きつけてくる雨が鬱陶しい。

 

影狼と2人、手を繋いで歩いた畦道が表情を変える。

鋭い雨粒が顔に刺さった。

後ろの影狼には当たらないように、身を低く屈めた。

 

 

 

 

 

 

 

やっとの思いで人里に到達。

 

目指すは、最北端の医者のところ。

母の余命を宣告した医者。

 

腕は確かで、俺も尊敬している。

常に冷静で、適切な措置をしてくれるのが、俺たち客に安心感をもたらしてくれる。

丸眼鏡で、そこそこ年をくった男。

 

 

「ごめんください」

 

「あら、農家の今泉さん。どうしたんです、そんなに慌てて」

 

「この子が体調を崩したんです、どうか診てやってくださいませんか」

 

 

医者の奥さんに説明をして、中に通してもらう。

まだ営業時間前だからか、私服の医者の前まで影狼を運ぶ。

 

 

俺の大きな笠から、雨水が滴り落ちる。

もう汗だか雨だか、湿る頭が温い。

 

 

「おお、大変だったな今泉君」

 

「突然申し訳ありません」

 

「いいんだよ、どれ、この子か」

 

とりあえず医者の元へ連れてこれたことで、一安心。

俺も笠をとって苦しげな影狼の頭の小さな、小さな笠も外す。

 

耳がひょこり、閉じこもった笠の湿気から逃れるように姿を出した。

 

俺は迂闊だった。

確かに迂闊だった。

 

油断してた。

間違いなく何も考えてなかった。

助けよう助けようとだけ考えて、冷静でも落ち着いてもいなかった。

 

お医者様までたどり着けばもう大丈夫だと、ある種の純粋な信頼だけで安心していた。

 

 

 

「…申し訳ないが、今泉君。うちでは妖怪の子は診察できない」

 

 

 

 

診察室に、俺が手に持った笠を落とす音。

おっそい、水が弾ける音。

さっきまであんなに騒いでたのに、一言も発しない外の石畳。

 

 

「…え…?え?え??」

 

 

 

影狼の苦しげな、今にも途切れそうな呼吸だけが診察室の中で規則正しく響き続けていた。

 

 

 

 

 

 



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13、看病してみた


正直可哀想だったり苦しそうな影狼ちゃんは書きたくないです。









 

落ち込む俺を慧音さんが慰めてくれる。

未だに雨が降り続ける外をぼーっと眺める。

縁側に座った俺の手には、雨に濡れきった笠があった。

 

頭の中で、医者の言葉を反芻する。

 

 

妖怪の子は診察できない。

 

 

妖怪の子は診察できーー。

 

 

妖怪の子はーー。

 

 

 

影狼が妖怪だから?

 

影狼が妖怪じゃなかったら?

 

 

あの後、妖怪が嫌だからと言う理由ではないことを説明された。

しかしそんなことはどうでもいい。

妖怪だから診察できなかったという結果だけが残る。

事実だけが残る。

 

皆が妖怪を恐れるのは十分理解出来る。

 

妖怪は人間を襲って喰らうものであって、人間は食われる側。

分かってる。

全く恐れない、躊躇わない俺がおかしいのかもしれない。

 

でも、子供じゃないか。

 

 

あんなに小さな手を、温もりを見放す方が俺にはいかれているように思えた。

 

 

慧音さんの家の畳に敷かれた布団の上で、影狼は横になる。

大袈裟なのは分かってる。

でも、心配なものは心配なのだ。

 

俺は静かに立ち上がって、影狼の元に寄る。

 

 

雨は止まない。

 

 

影狼の頭には氷嚢が乗っている。

薬は貰えなかったが、落ち着いてきたようですっかり眠りに落ちている。

安定した、いつもの寝息。

 

すぅすぅと眠る。

 

慧音さんは寺子屋の授業で、もう既にここには居ない。

妹紅さんも忙しいとか何とか。

辺りは静かなまんま。

雨音が俺を包み込んで、飲み込んでいくような感覚がする。

 

 

今冷静になってみれば、たかが風邪で慌てすぎたのかもしれない。

黙って病院を出てきてしまった。

後で謝りに行かなければ。

あの先生にも、引けない理由はあったはずなのに。

一方的に突き放してしまった。

 

やはり、俺は影狼の手本になれるような人間ではない。

 

影狼のどこか安心したような、安らかな寝顔を見た。

責任と言う重い言葉が、俺にのしかかった。

 

 

俺がため息をつくと、影狼の片耳がぴくりと動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから何時間が経過したかは分からないが、自分を責めたり猛省するのはもうやめた。

 

 

そういう世界だと、諦めることにした。

 

 

そうしないと結論が出ない。

何かをして変わるような程の力はない。

これまで通りに平和に暮らせればそれでいいだろう。

 

隣に影狼が居ればそれでいい。

 

 

俺が影狼の頭の上の、もうすっかり中の氷が溶けきってふにゃふにゃな氷嚢を取り替えようと氷嚢に手を伸ばす。

 

それと同時に、影狼の目がぱちりと開いた。

 

「…起こしちゃったか?ごめんね」

 

「うう、だいじょぶ」

 

やはりそこそこ熱は下がったようで、まだ怠そうだが大きな問題はなさそう。

 

 

お互いが黙って、屋根の先から雨水が垂れる音がこの空間を支配する。

 

 

空からはお日様は顔を出そうとしない。

灰色のままである。

 

 

「ごめん」

 

「ごめ、なさい」

 

 

2人の声が重なった。

思わず、笑みがこぼれる。

 

影狼の体調が良くなった実感がようやく戻ってきて、影狼の笑顔を見ただけで、もう全てがどうでも良くなってしまった。

もうなんでもいいや。

 

その時、襖が遠慮がちにすすす、とゆっくり開き始める。

 

 

「か、影狼ちゃん?」

 

 

「…こすずちゃんっ!」

 

 

片手に可愛らしく兎の形に切られたりんごが乗った皿を持って、影狼の友達がやってきた。

影狼は友達の登場で、テンションが上がったようで、その顔を見るや否や、がばっと素早く体を起こした。

 

「いやー、心配したんだよ!慧音先生がねーー。」

 

影狼の友達、どうやら小鈴ちゃんというらしい子は俺の方を見て、会釈すると、影狼と話し始めた。

影狼のそこそこ元気そうな姿を見て安心したのだろう。

最初入ってきた時のような、恐る恐るといった雰囲気は一切感じさせない。

心から嬉しそうに今日あった出来事をすらすらと喋り始める。

 

途中で影狼が、うん、うんと相槌を楽しそうに入れる。

それで、小鈴ちゃんがさらに嬉しそうに話す。

 

やがて、話が一段落した時に小鈴ちゃんがりんご皿を差し出す。

 

 

「あのね、お母様と一緒に剥いたの。元気になるといいなって…。

影狼ちゃんのお父様もどうぞ」

 

「うさぎ?かわいい」

 

こうして影狼が動物を模した食べ物を食べているのを見ると、いつかの鯛焼きを思い出す。

 

 

ごめんよ、うさぎ。

君のことは助けられないんだ。

 

 

しっぽから影狼に齧られたうさぎは役目を終えたぞ、と言わんばかりに俺の方を見る。

目などないが。

 

他愛のない話で3人で笑い合う。

小鈴ちゃんから寺子屋のみんなも心配していたと聞いて、安心した。

 

 

 

人里の未来も捨てたもんじゃないという慧音さんの言葉に、1人納得した。

 

1人戦い続ける慧音さんの努力の証が見えたようで、嬉しかった。

 

 

りんごの欠片が口の端に着いた影狼と目が合った。

辛そうな姿はどこかへと。

幸せそうに笑っていた。

 

 

 

 

 





小鈴ちゃんも好き。


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14、おつかいに出してみた

ごめんなさい、短いです。


「おとーさん!ただいまっ!」

 

前日まで俺にとってはとても大きな事件があった訳だが、今日も影狼は元気である。

朝、体調が十分回復したようなので寺子屋に行かせたはいいものの、大丈夫だろうか、大丈夫だろうかと心配して、影狼が帰ってくるのを待ちわびていた。

 

もういてもたってもいられず、もう迎えに行く必要はないと慧音さんと相談して決めたのに、

早速俺の方から迎えに行ってしまおうかと立ち上がったその瞬間。

 

影狼が元気に帰宅してきた。

俺は玄関の方に行って、務めて冷静に一言。

 

 

「おかえり、影狼」

 

 

perfect。

 

影狼はにこにこ笑って俺の胸に飛び込んでくる。

頭の中の慧音さんは苦笑いをするが、俺にとっては重要。

影狼成分はいくらあっても損はないのだ。

 

過剰摂取しても問題ない。

 

俺は一家に1影狼を提唱したいが、影狼が俺の所にいなくなるのでそれはやめておく。

幸せを独占しているのには少々後ろめたさを感じるが、どうせ反抗期が来たらこんな事出来ないのだ。

 

今だけと思って我慢していて欲しい。

 

にへへと俺の顔を見る影狼に手を洗わせて、おやつを用意する。

今日のおやつは羊羹である。

俺も子供の頃はよく食べたものだ。

 

 

2人してちゃぶ台の上の羊羹を食べながら、今日あった出来事を聞く。

 

 

小鈴ちゃんがね〜

 

で、小鈴ちゃんが〜

 

 

小鈴ちゃんは〜

 

 

 

影狼、小鈴ちゃん大好きだな。

1度口を開けば3回は小鈴ちゃんの名前が出てくる。

 

小鈴ちゃんはどうやら人里の貸本屋である、「鈴奈庵」で暮らしていて、寺子屋のない日は店番を任されているらしい。

また、阿求さんとも友達だそう。

 

 

「おとーさん知ってた?あきーゆちゃんじゃなくて、あきゅうちゃんなんだってー」

 

「知ってたよ」

 

「うえ!?なんでー!」

 

 

 

良かったね、阿求さん。

 

 

そして寺子屋が昼前で終わる今日だからこそ、これをするべきである。

慧音さんからの提案もあり、影狼に新しい経験をしてもらうために計画したこれを。

 

 

子供の頃はほとんどの人が経験したのではないか。

 

 

おつかいである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これと、これと、これ。よし、準備はいいね」

 

「ね、ねぇ、ほんとにわたし1人でいくの?」

 

「うん、俺はちょっと用事があってね」

わざとらしくほざいた。

 

大変不安そうである。

しかし、俺は全然大丈夫だ。

なぜなら妹紅さんが尾こ…ではなく、護衛してくれるからだ。

 

何かトラブルに絡まれそうになったとしても、妹紅さんが上手くやってくれるはずである。

それならばと、嬉々としておつかいに向かわせようとしているのだ。

うむ、人生経験。頑張ってきなさい。

安全が担保されてる旅にのみ、俺は喜んで出そう。

 

 

「寺子屋まで1人で行けるんだから大丈夫だよ。頑張って!」

 

「そ、そうだけどー」

 

 

もうすっかりトレードマークになった笠を被って、玄関に立ったまま、影狼はあと一歩が踏み出さない。

 

 

「お父さん、助かっちゃうなー、影狼がちゃんと出来れば誇らしいし嬉しいなー」

 

「おとーさん、うれしい?」

 

「うん」

 

 

「じ、じゃあ…いって、くる。」

 

「よーし、気をつけてね」

 

「い、いってきます!」

 

影狼は遂に覚悟を決めて、家を飛び出した。

 

頑張ってね影狼。

これも自立のためなんだ…!

 

「なんかあったら、寺子屋に逃げるんだよ!」

 

俺の声に1度立ち止まって、笑って手を振ってきた。

 

 

 

 

影狼の頼もしい小さな背中を見送ると、俺は家の横の影にいた妹紅さんに親指を立てる。

 

 

外の世界の道具を扱っている、「香霖堂」というところから買ったという、「さんぐらす」と言う真っ黒な眼鏡をかけて、普段被らない帽子を被った妹紅さんが俺に親指を立てて、ニヒルに笑った。

 

 

妹紅さんはカッコつけるだけカッコつけて、颯爽と空へと飛び立った。

 

 

 

結構怪しい格好だが、妹紅さんなら大丈夫だろう。

より安心感をもたらしたそれを見て、家に戻る。

 

 

冬への準備でもしようかと、人里で買った薪を割る準備を始める。

 

 

 

もう冬はすぐそこに迫ってきていた。

 

 

 

 




次回は影狼視点です。


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15、かげろう、はじめてのおつかい そのいち

 

ざわざわと今日も賑やかな人里の喧騒の中に、小さな笠を被った少女が1人。

やや緊張した面持ちで、てくてくと歩く。

やがて人混みを避けるように近くの路地に入って、一息ついた。

 

おとーさんに買ってもらった可愛いワンピースは今日は着ないと決めていた。

笠とは合わないからだ。

「寺子屋とお家以外の場所では笠を被る」

どういう理由かは分からないが、おとーさんとの約束を破る訳にはいかない。

迷ったのはほんの一瞬、その約束を守ることを選んだ。

 

 

 

私はおさがりの洋服の右ポケットに腕を突っ込み、ごそごそとお目当てのものを探す。

私の人差し指がそれに触れた。

つまんで引っ張り出す。

 

 

おかいものめも。

 

 

そう書かれた今日の目的と場所が丁寧に書かれた紙切れ。

おとーさんによると、このメモ通りの場所に行ってお買物をしてくればいいらしい。

もう片方の左ポケットの中の、がま口財布の中のお金をちゃんと自分で計算して支払いをしなくてはならないのだ。

 

それはとても高度なことのように思えたが、計算の仕方は寺子屋で既に学習済み。

ふん、鼻を鳴らした。

 

 

もう一度、おかいものめもに目を向ける。

 

①、阿求さんの所へ行って紙を貰う。

 

おとーさんの綺麗な字が私を応援してくれているような気がした。

 

ふんす、と力を入れて、またしても喧騒の中に足を踏み入れる。

笠を抑えて、ぶつからないように気をつけながら。一歩ずつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

影狼が路地に入ったことをしっかりと確認して、路地の奥にバレないように着地した怪しい影がひとつ。

 

 

「さんぐらす」をかけた妹紅である。

 

 

万が一影狼に何かあってしまってはいけないと、慧音と今泉と相談して、自ら護衛に志願した。

本人は「仕方なく、仕方なくね?」などと言っているが、実際ノリノリである。

 

慧音の近くにいたり、人里の外に住んでいるのにも関わらずよく人里に訪れることから彼女も子供が好きなのが伺える。

 

 

護衛対象である影狼が、メモをしっかりと確認しているのを微笑ましく見守ると同時に周囲を警戒するのも忘れない。

どんな輩が影狼に手を出すのか分からないからこそ、妹紅がついているのである。

はたから見たらただの不審者。

されど彼女はガーディアン、言い換えれば影狼という姫を守るナイトなのだ。

『重み』が違う。

 

 

 

それでも一応、何かあったら寺子屋に逃げるよう影狼には伝えている。

妹紅が負けることなどまず無いため、何か起こることなど無いが。

 

 

影狼がてくてく歩を進め始めた。

 

 

妹紅もすぐさま出発する。

影狼の最初の目的地は確か、稗田の御屋敷だったか。

 

 

多くの人が行き交う道を小さな影狼は間をぬってすいすいと進んでいく。

やがて無事に稗田の御屋敷に到着すると、無理やり背伸びをして戸を叩く。

 

 

「ご、ごめんくださーい」

 

 

 

か細い影狼の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に人混みの間を進んで、阿求ちゃんのお家に辿り着いた。

背の低い私からすれば、人里の人々はみんな巨人のようなもので、ぶつかってしまったらひとたまりもない。

 

いつもはおとーさんの手が引っ張ってくれるが、今日はその頼れるリードがないのでいつもより気をつけなくてはならない。

 

空いた片手が寂しかった。

 

 

私がおとーさんを真似て、ドアを2回叩く。

そして一声。

 

 

「ご、ごめんくださーい」

 

 

こんな感じだったはず。

あっているか分からないが、阿求ちゃんかおばさんが出てきてくれれば理解してもらえるだろうから、多分だいじょぶである。

 

「あら影狼ちゃん、いらっしゃい。今行くわね」

 

おばさんはいつものところではなく、お家の2階の窓から顔を出した。

 

最初はどこにいるのか分からなくて、辺りを見回して意図せずにくるくるとその場で回転してしまった。

でも次のおばさんの呼び掛けで気づくことが出来た。

 

「かげ…ちゃん!?…わたし…くわ!」

 

家の奥から、何やら騒ぐ声が聞こえる。

とたとたと縁側の奥から誰かが走る足音が聞こえる。

それも2つ。

 

自慢じゃないがじつは私は耳がいいのだ。

 

 

阿求ちゃんが来るのだろうとわくわくして待っていたら、予想外の見知った友人が飛び出てきた。

 

「え!?こすずちゃん!?」

 

「やっほ!影狼ちゃん!」

 

少々息を切らせて友人が来た後、ぜぇぜぇと疲れ果てた様子で阿求ちゃんが来る。

 

「こ、小鈴、もっと、ゆっくり」

 

「阿求が遅いのよ!」

 

「は、はは」

 

驚きすぎて、私の口からは乾いた笑いしか出なかった。

それでも段々嬉しさが込み上げる。

 

「なんでここにいるの?」

 

「阿求から影狼がおつかいにくるって聞いて、私も暇だから待ってようかと思ったのよ。影狼、ちょっとぬけてるから大丈夫かなー?って」

 

「大丈夫だよう!人里はもうなれたの!」

 

「…私は面倒だったんですけどね。小鈴、その辺の本は全て読み尽くして片付けないんだから」

 

 

ちょっと!と言い合う2人の間から、おばさんが包装された紙が入った袋を持ってきた。

 

「はい、これ今泉さんに言われてた紙。気をつけて持ってね」

 

ありがとうございます、と言って無くさないようにしまう。

未だに言い合う2人の声を聞き流して、おかいものめもを出す。

 

②、霧雨店で麦わら帽子を受け取って、歯ブラシとタオルを1つづつ買う。

 

 

隣には頑張れ!という文字と共にあまり上手とは言えない影狼の似顔絵がかかれている。

思わずにやける頬。

 

あのこわいおじさんの所に行くのは気乗りしないが、おとーさんのためと思えば何とか頑張れる気がしてくる。

 

 

「じゃあ、ありがとうございました」

 

おばさんにぺこりとお辞儀をする。

 

「あら影狼ちゃん、もう行くの?」

 

「私、小鈴より影狼ちゃんとお話したいんですけど」

 

悪態を着いた阿求ちゃん。

ジト目で不満そうな小鈴ちゃんが何か言う前に、ささっと次の場所に行ってしまおう。

 

「あきゅうちゃん、また今度遊ぼうね。小鈴ちゃんも一緒に!」

 

なにかに巻き込まれそうな予感がしたので、さっさとその場を後にする。

おばさんが気をつけてね、と一言。

 

 

私へ笑顔の小鈴ちゃんと、その小鈴ちゃんに袖を掴まれて苦笑いの阿求ちゃんに見送られて、私は最後の目的地へと向かう。

 

 

お昼をとうに過ぎた人里の人通りは少しだけ減っていた。

ピークはすぎたと言ったところか。

気合いを入れ直して小さな草履を前に踏み出した。

 

 

 

 

 



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16、かげろう、はじめてのおつかい そのに

次の目的を果たすべく、霧雨店へと向かう。

 

1つ目の目標を達成できたことに少しだけ安心。

出発した時とは反対に軽い足取りで向かう。

 

おとーさんの嬉しそうな顔が頭に浮かんだ。

 

おとーさんは私が何か新しいことをやった時にすごく褒めてくれる。

頭を撫でてくれるし、ぎゅっとしてくれる。

私はあの匂いが大好きなのだ。

 

この話を前に小鈴ちゃんにしたら、「…犬?」と言われたが私は犬ではない。決して。

小鈴ちゃんの持っていた「動物図鑑」によると私は耳の形から考えるに狼と言う動物に似てる。

ぴんと尖った耳と鼻。

 

かわいくない。

そう私が言うと、そうだねと小鈴ちゃん。

 

えっ…。

図鑑から目を離して小鈴ちゃんの方を見ると、小鈴ちゃんは悪戯が成功した子供のような顔をして笑っていた。

…小鈴ちゃんはいじわる。

 

私の脳内人物図鑑の小鈴ちゃんのページに『たまにいじわる』が追加された瞬間だった。

 

 

なんだか思い出したらもやもやしてきた。

そんな私の心の霧を晴らす、美味しそうな匂い。

 

 

今ちょうど私の歩く道の右隣にある、その店。

1度だけおとーさんと一緒に来たことがある。

それから私の好物のひとつになっているそれ。

 

 

香ばしいとまではいかないが、炭で焼かれるいい匂い。

非常に食欲をそそられる。

おとーさんはお酒がないと物足りないと呟くが、私は「とりかわ」が1本だけあればもうなんでもいい。

 

 

焼き鳥である。

 

 

もう少し時間が経って夜になると、人里のおじさん達が集まりだしてそこでお酒を飲んでお話に明け暮れる。

まさに大人の楽しみ。

 

私は昼の姿しか知らないが、夜はとても賑やかで楽しい表情を見せるのだろうと子供ながらに想像すると、大人になるのが楽しみな気持ちが湧き上がる。

 

 

魅力的な匂いに自然と足がつられる。

た、食べたい。

私の視界にはもう焼き鳥屋さんしかない。

 

もう少しで買えーー。

 

 

とんっと私の視界の横から大きな体が入ってきて、私とぶつかる。

焼き鳥屋さんに目を奪われていて、周りの人を確認していなかった。

 

「ご、ごめんなさ…」

 

怒られると思って、身をすくめる。

 

「あぁ大丈夫だよ、気をつけてな」

 

そのまますたすたと足早に去ってしまった。

てっきり怒られるものだと思っていたから、呆然とする。

 

そこではっと我に返った。

 

違う、焼き鳥を買いに来たんじゃない。

霧雨店に行くんだ。

 

危うく焼き鳥の魔力にのまれそうになっていた私を救ってくれた。

誰とも知らない人に心の中で感謝しつつ、霧雨店に向かう。

 

 

 

なんだか聞いたことがあるような声だったな。

 

 

 

気を取り直して、霧雨店へ向かう。

さっきの人と同じように足早に。

私は1歩が小さいから中々早く進めないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、こんにちは…」

 

お店のドアを開けると、ドアの上の方から鈴の音が聞こえる。

お客さんの来店を知らせる鈴である。

 

前来た時とは違って、静かな店内に足を踏み入れる。

自分より遥かに背の高い商品棚を見上げて、お目当ての商品を探す。

ええと「おつかいめも」には…。

 

 

下の方に、歯ブラシ、タオルと書いてある。

なるほど、とメモから顔を上げる。

 

 

「おお!!誰かと思えば今泉のちびかぁ!!」

 

 

「ひゃあああ!!」

 

 

突然の大声に驚いてメモを落としてしまった。

心臓がばくばくとなっているのがはっきりと分かる。

 

私が恐る恐るお会計する場所へと目を向けると、たった今裏手から出てきたであろう、金髪のこわいおじさんがこちらを見ていた。

 

「なんだか久しぶりだなぁ、大きくなったか?」

 

「…は、はぃぃ」

 

笑いながらずんずんと近づいてくる。

おとーさんと比べてもこのこわいおじさんの方が遥かに大きいから、私の前に立つおじさんの姿はまさに壁そのもの。

耳がぺたりと力なくへたった感覚。

 

今近くにおとーさんが居ないことの不安が凄い。

おとーさん、おとーさん。

 

ああ、帰りたいよう。

私は最後の試練を前に諦めかけていた。

 

 

そんな私の頭にまたしてもおとーさんの姿。

 

床に落ちたメモの下手っぴな似顔絵が私を見た。

『頑張れ』そう言われている気がして。

震える足に何とか力を入れて、メモを拾う。

 

 

「ちび、何探してんだ?高いとこ届かないだろうに」

 

 

ゆ、勇気を出せ。

踏ん張れ、私。

 

 

「…は、歯ブラシっ…と、たたたたおる」

 

 

たたた。

 

震える体までは上手く制御できなかった。

が、言えた。

 

頭の中のおとーさんが拍手。

私も私を褒めてやりたかった。

 

「歯ブラシと…タオルか?」

 

「う、うんっ!」

 

そう返事をすると、突然おじさんが私の体を掴んだ。

浮遊感を感じる。

 

「わ、わわわっ」

 

「こっちだ」

 

 

おじさんに肩車されて、おじさんが向かう方に連れられる。

なんだか、大きな乗り物を運転しているようだった。

 

遠くが見える。

 

先程までは全く見えなかった、店内の全貌。

窓の外の景色。

 

 

私が大人になった時に見える光景は全てこんなに綺麗なのだろうか。

広くなった視界に目を輝かせる。

 

 

「落ちるなよ、ちび」

 

「うんっ!!」

 

 

体の震えはいつの間にか止まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また来いよ、ちび!」

 

「ありがとうございましたっ!」

 

タオル、歯ブラシ、そして麦わら帽子を無事に受け取って、店を出ようとする。

お店のドアを開けて私を送り出してくれるおじさんにお礼を言う。

ぺこりとお辞儀をするのも忘れずに。

 

おじさんは、元気に笑うと手を振った。

 

「気をつけて帰れよ!!」

 

 

私も笑い返して、手を振り返す。

去り際に振り返った時、寂しそうなおじさんの顔が見えた。

 

ーーまた来ようかな。

 

寺子屋の帰りにも少しだけ時間がある。

早く帰らないとおとーさんに怒られちゃうかもしれないが、おじさんがひとりぼっちでは可哀想だ。

 

 

うん、そうしよう。

 

 

 

私は帰ったらおとーさんに話すことがいっぱいだ。

達成感と共に期待感を胸に帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまーっ!!」

 

私が元気に声を出すと、家の奥からどたどたと軽く走る音が聞こえて、障子が勢いよく開かれる。

ぴしゃり。

 

「おかえり、影狼!」

 

私はいつもより勢いよく胸に飛び込んだ。

安心する匂い。

 

このまま腕の中で眠ってしまいたい気持ちを抑えて、おとーさんの顔を見上げる。

 

 

私もおとーさんも笑っている。

おとーさんの嬉しそうな瞳に嬉しそうな私が映った。

 

 

 

「あのねっ!」

 

 

 

畑に囲まれた暖かい家の中に、私の得意気な声が響いた。

その雰囲気が大好きだ。

 

 

それはもう焼き鳥なんかと比べられないほどに。

 

 

 

 



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17、お墓参りしてみた

1週間休みの前、最後の更新です。

皆おいでよみょーれんじ。





「おとーさん、おはよっ!」

 

今日は影狼の方が早く起きた。

俺はまだ眠い目をこすって体を起こす。

 

お得意さんや昨日野菜を買ってくれた人には、今日はお休みだと伝えてある。

影狼も今日は寺子屋の定休日で、お休みである。

もう12月に入って体の芯まで通ってくるような冷たい風が障子の隙間から入ってくる。

 

うちには炬燵や暖炉はない。

薪ストーブならあるのだが、それを使うほど寒くない。

 

でも寒い。

 

うーむ、絶妙な寒さである。

 

「うん?おきないのー?」

 

中々布団から出ないで動き出さない俺のほっぺたを押してくる。

影狼、人差し指がちょっと痛いよ…。

 

 

 

「…どこか悪いの?」

 

 

 

それでも返事ひとつない俺に違和感を感じたのか、影狼が訝しげな表情でこちらを覗き込む。

 

いよいよ心配そうな顔になった影狼が、俺のおでこに手を当てて熱を測ろうと手を伸ばす。

 

 

今。

 

 

 

「うわわっ」

 

影狼の伸ばした手を引っ張って、俺の方向に転がってきた影狼を抱きしめる。

 

 

「影狼〜〜〜!」

 

「にゅわっ!」

 

 

 

先程、暖房器具がないなどと言ったことに1つ訂正をしておきたいと思う。

 

「あははっ、ちょっとぉくすぐったいよぉー」

 

影狼は最高の暖である。

心もあったまる。

 

 

 

ひとしきり影狼を堪能して、寒い廊下に出て洗面台に足を運ぶ。

 

 

 

今日、2人とも休みなのには理由がある。

今日は俺の母親の命日。

 

人里の外に出てちょっとしたところにある命蓮寺の墓地で眠る母の墓参りに行かなくてはいけない。

俺1人でも良かったが、影狼に聞いたら一緒に行くとの事。

この日は何回来たって慣れることは無いが、回数を重ねる毎に覚悟が変わってくる。

 

 

影狼との忙しくも楽しい日々を過ごしていると時折、母のことを忘れる時間が出てくる。

 

 

こうして人は忘れられていくのか。

冷たい水に包まれる中でそんなことを思ったこの日の朝。

 

 

幸せというやつは天邪鬼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さすがに寒くなってきた外を2人で歩く。

影狼と繋いだ手が暖かい。

 

 

畦道にもそろそろ朝霜が降りてくるだろうか。

子供の頃にこの道を通る度に意味もなく踏みつけていた。

無駄に俺の記憶に残っている。

 

寒いのはあまり好きな方ではないが、1年に1回だけ訪れる冬は来なかったら来なかったでそれも嫌だろう。

この寒さが、また1年生きたことの実感を感じさせてくれる。

 

 

別の畑の農家さんの、畑を焼く匂い。

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて人里にたどり着くと、そのまま足を止めることなく命蓮寺に向かう。

命蓮寺は幻想郷で数少ない、妖怪の皆さんが暮らす寺である。

聖さんを中心としたしっかりしつつもどこか個性溢れる妖怪の人々が修行をしたりしていて、縁日などでは人里の人々が多く集まる。

 

その中でも人里では、ナズーリンさんという鼠の方と寅丸さんという方がよく言い合いをしながら歩いている姿をしばしば見かける。

全員妖怪であることから、頑なに命蓮寺へ行くのを拒む人もいるが、最近は信仰する人を順調に増やしていっているらしい。

 

 

たぶん人里をのぞいて、幻想郷の中で1番人の出入りが多い場所であると言えるだろう。

 

 

でも、こんな日に来るのはだいたい俺だけ。

 

影狼が家に来る以前の無気力な俺は、命蓮寺の皆さんと多くのことは話さないようにしてきた。

俺の事、覚えているだろうか。

 

 

 

未だに何しに命蓮寺へ向かっているか知らない無邪気な影狼は1つ、欠伸をした。

 

俺もそれにつられた。

 

 

「おとーさん」

 

「ん?なに?」

 

 

「わたし、ずーっと一緒にいるよ」

 

 

「そっか」

 

 

俺はいきなりなんでそんなことを言ってきたのか分からなかった。

 

「…どうしたの?」

 

命蓮寺の石段を登る。

影狼を、背中におぶって。

 

 

「おとーさん、辛そうな顔してた」

 

 

困ったな、どこまでもお見通しらしい。

俺は笑ってまた石段を1段進んだ。

 

 

そこそこ多い石段を登ったその先に、命蓮寺がある。

その本堂の左に母が眠る墓地がある。

 

 

もうすぐそこにたどり着きそうな時、鼻歌が聞こえてきた。

この声はあの子だ。

ろくな話なんかしていなくても、俺は覚えているらしい。

 

向こうがどうだか知らないが。

 

 

「あっ、今泉さん!こんにちは!!」

 

 

なんだ、ちゃんと話してるじゃんか。

過去の俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、影狼さんって言うんですね!!」

 

「はいっ」

 

 

以前に比べてあまり人見知りをしない影狼に少しだけ感動を覚えつつ、この子から話を聞く。

 

 

この子は幽谷響子ちゃん。

 

 

山彦の妖怪である。

この寺で修行していて、よく表の掃除をしている。

 

いつも明るく、訪れた人々の案内から質問の返答まで様々なことをこなすしっかり者である。

人里の男衆からは一定の人気がある。

多分本人は気づいてない。

 

 

男は単純で、明るく話しかけてくれる女の子に弱いのだ。

誠に哀れである。

ま、影狼の方が可愛いけど。

 

 

最近の墓地の様子を教えて貰って、問題ないことを確認してからそこに向かう。

俺の片手には来る途中で買った花。

 

 

「…ここだな」

 

 

やけに久しぶりに来たように感じられる母の墓石は何ら変わっていなかった。

くんできた水をかけて、花を置く。

 

線香に火をつける。

1束、影狼に持たせる。

 

 

「影狼、それをここに入れるんだよ」

 

「うん」

 

俺が一歩下がって、影狼が墓の前に立つ。

 

 

…影狼は気づいていないようだが、母の墓石の後ろから長い舌が見え隠れ。

 

 

やれやれ、まだ懲りていないようだ。

そのやり方じゃ、驚く人なんていないと言ったはずなんだけどなぁ。

 

 

影狼がしゃがんで線香を入れた。

 

 

「…ばあ!!」

 

「うにゃぁぁぁ!?」

 

 

…猫?

影狼が今まで聞いたことがないような声を上げる。

 

 

長い舌が着いた傘を開いて、もう見知った顔が飛び出てきた。

 

「はっはっはー!いい反応だねっ!!」

 

「…小傘、悪い趣味だよ」

 

「久しぶり!死んだ目のおじさん!」

 

 

影狼は尻もちを着いたと思ったら、俺の後ろに高速で避難する。

俺が一歩下がると、ひえと声を出して、一緒に後退。

 

 

小傘のこれはもう何回も見たので、今更驚きなどない。

もはや毎年恒例の出来事である。

 

あんまり嬉しくない1年の実感。

 

 

「あ、そうだ!今の何点くらいーー」

 

 

「…小傘?」

 

 

先程まで騒いでた小傘が急に口を噤んで硬直した。

俺の後ろを見たまま、固まってついには青くなり始めた。

 

 

「…大きな声が聞こえたので何かと来てみれば…。

ちょっとおはなしする必要がありそうですね?」

 

 

おはなしの所をわざとゆっくり言っていることに得体の知れない恐怖を感じる。

 

 

「…聖さん、やりすぎないようにね」

 

「少々お灸を据えるだけですわ」

 

 

ずるずると聖さんに引きずられて寺の中に消えていった小傘の冥福を祈る。

 

 

 

「お、おとーさん、今のは?」

 

 

「知らなくていいことは沢山あるもんだよ」

 

 

未だに俺の後ろに隠れる影狼を俺の隣に来させる。

墓に向き直って合掌。

影狼も俺の真似をする。

 

 

 

母さん、俺は元気にやってるよ。

 

 

 

 

…いつもよりかはいい顔を見せることができただろうか。

 

「帰ろっか」

 

「う、うん」

 

 

影狼がそのお墓に誰が眠っているのか知るのはまだ先の話。

 

 

 

 





命蓮寺の皆さんの出番は後ほど…。

前書きにもある通り、1週間休載します。

もしかしたら早めに再開するかもしれないので、活動報告をチェックしてもらえればと。
休載期間中でも感想等ありましたら返信させていただきます。


次回更新は9月17日の正午です。
まったりと待っていただければ嬉しいです。



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18、かげろうと猫の恩返し 前編


「ただいま」






 

 

 

「またね!おじさん!」

 

「おう!またな、ちび!」

 

 

今日も寺子屋が終わったら一目散に霧雨店のおじさんの元へ向かう。

そこで今日あったことや、習ったことを一通り話してから家に帰る。

 

おじさんは大きい声で私の話に反応するから、最初はなんだか話しづらかったが、もう慣れっこだ。

おじさんが嬉しそうに笑うと、私も嬉しい。

 

 

小鈴ちゃんから聞いた話によると、私がおじさんが可哀想だと感じたのには理由があるとの事。

 

 

曰く、おじさんの家にいた女の子、おじさんの子供が家出して帰ってきてないらしい。

 

 

霧雨店の前でよく言い合いをしていたようで、小鈴ちゃんもよく知っているらしかった。

 

詳しく聞いてみると、そのおじさんの子供は魔法使いになるとか何とか言って、魔法の森という所に入って行ってしまったそう。

その魔法の森は、危険で入っては行けないと慧音先生に口酸っぱく言われているので、当然私も知っている。

 

 

そんなところに子供1人で入っていったとなれば、里の大人や長老と言われているおじいちゃんすらも、まだ生きているとは考え難く、早々と捜索をやめてしまったらしい。

 

 

だから、おじさんはいつまでも待っているのではないかと。

 

 

 

愛しの娘が、「ただいま」と帰ってくるのを。

 

 

 

 

ま、気丈に振舞っている人ほど苦しんでいるらしいよ。

と小鈴ちゃんは締めくくった。

 

 

 

 

それを聞いて尚更、私は通い続けようと決心した。

いつまで続くかは分からないが、せめて、その子が帰ってくるまで、私が代わりに行こう。

 

その子がもうこの幻想郷にいなかったとしても、私が代わりに行ってあげれば、その子が経験するはずだった寺子屋でのことを話してあげれば、おじさんの救いになるだろう、と。

 

 

 

そこに私の、こわいだとか行きづらいだとかいう感情はいらないのだ。

 

 

 

帰ったらおとーさんにも話してみよう、と心に決めて、畦道を歩く。

 

そんな私の思考を遮る声が、ひとつ。

声というか、鳴き声。

 

にゃーにゃーと、細い声が聞こえる。

 

「…ねこ?」

 

助けを求めるように、よりはっきりと鳴き声が繰り返される。

冬は夕日が沈むのが早く、どんどんと暗くなってくる。

 

助けなきゃ!

 

 

どこかで困ってる猫ちゃんも、おとーさんの所に帰りたいだろう。

私が1人、真っ暗になった夜に取り残されたらと考えるとひとたまりもない。

寂しさでしんでしまうのではないだろうか。

 

 

「ま、まっててね!いまさがすよ!」

 

 

田んぼの畦道を左右しっかりと確認する。

服に泥が跳ねる。

少しだけ汚れてしまったが、ワンピースじゃないからいいか。

 

 

おとーさんのやれやれと呆れながら笑う顔が思い浮かぶ。

 

 

私が1歩、田んぼの端の方に足を踏み入れた時、近くで声が聞こえた。

右の方向。

 

水の流れる音に混じって微かに聞こえてくる。

 

 

「…ここ?」

 

 

田んぼの水が流れる用水路のようなところで、小さ目な猫が濡れてぶるぶると震えていた。

 

 

「みーつけたっ!」

 

 

 

にゃー、と一言。

 

早くして、と言われてる気がした。

慌てて 抱き上げて、とたたっ、と小走りで帰る。

 

 

もうだいじょぶだよ、と腕の中に声をかける。

おとーさんはどんな顔をするだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、ただいま!」

 

 

「お、帰ってきたな、影狼!」

 

 

今日はいつもより遅く帰ってきた影狼。

まぁそんな時もあるだろう。

危険な時間と言うほど遅くはないので、良しとしよう。

 

俺が玄関に行こうかと、座布団から立ち上がった時、影狼から一声。

 

 

「おとーさん!タオル持ってきてー!」

 

 

「ん?わかった」

 

 

外は雨かなんか降っていただろうか。

いそいそとタオルを用意する。

 

玄関に向かう障子を開けると、影狼が何か栗色の毛玉を持っていた。

 

 

「ねこ!」

 

「…ねこ、だな」

 

 

影狼のほっぺたに泥の肉球スタンプ。

 

 

よく見れば、影狼は足の方まで泥がついてしまっている。

恐らく田んぼに入ったのだろう。

…後で田んぼのおじさんに謝っておこう。

 

影狼のことだから、荒らすなどということは絶対にしてないだろうが、いつも良くしてもらっているから、一応。

とにかく収穫時期じゃなくて良かった。

 

 

「ああ!あばれないでよー!」

 

 

影狼が腕の中の猫をタオルで包む。

タオルとタオルの間から、ぴょこんと猫が顔を出した。

 

俺の方をちらっと見たかと思うと、影狼の顔を見上げる。

 

 

「ふふふ、助けてあげたんだぞ!」

 

 

猫は得意気な影狼を一瞥すると、腕を伸ばした。

 

なに?、と顔を近ずける影狼。

 

 

「あうっ」

 

 

ぺしっと叩かれた。

所謂、猫パンチと言うやつである。

 

影狼が反射的に上を向いた瞬間に、影狼の腕からぴょんと飛んで、脱出成功。

たたたっとリズミカルに走って、家の中に入ってくる。

 

「…あっ!」

 

捕まえようとした俺の両足の間をくぐり抜け、素早く走る。

 

 

影狼と俺の呆然とした顔。

 

 

2人とも徐々に口角が緩む。

1泊置いてから笑いがやってきた。

 

 

 

足元を見てみれば、地面に泥の肉球の跡。

 

 

 

 

くそう、と影狼の声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなあばれないで。お風呂入んなくちゃ」

 

 

私の腕の中に収まった猫が不服そうに、にゃーと鳴く。

無事に捕まえた所で、まだ泥がこびりついてしまっている猫をお風呂につれて行く私。

 

 

おとーさんは、私の身長が伸びてきて、五右衛門風呂の底に足がついた辺りで一緒に入ってくれなくなった。

 

私は若干不満だが、おとーさんが頑なに一緒に入ろうとしないから、私の方から諦めることにした。

残念。

 

 

ということで、久しぶりに誰か(?)と入るお風呂である。

 

 

 

心弾ませるな、という方が無理なこと。

この猫はお風呂と聞くと静かに身体を震わせていた。

 

わかるよ、お風呂、最初は怖いけど慣れればだいじょぶ。

 

 

脱衣所についてすぐに服を脱いで、竹の籠に入れる。

 

 

私が準備をしている間、猫も竹の籠に入れておく。

すっぽりと収まった。

 

 

「猫ちゃんはいいね、脱ぐものがなくて楽そう」

 

 

興味なさげにこちらを見つめてしっぽをゆらゆらさせている猫に語りかける。

当然答えは返ってこないが、やはりお風呂が嫌そうだった。

 

諦めて欲しい。

 

「…よいしょ」

 

私が手をそっと猫の身体に向けて、持ち上げる。

猫の前足を持って、後ろ足をぶら下げるような形でお風呂場まで持っていく。

猫は自分の下の様子をしきりに確認して、私と一緒に湯気にまみれる。

 

 

椅子に座って、猫を前に座らせる。

 

 

ざらざらと泥が付着している猫の身体をしっかりと洗う。

お湯を一気にかけると、驚いてしまうだろうと、手で少しづつかける。

 

自分よりも小さな存在なので、些細なことにも注意しながら洗いすすめる。

 

 

やがて私も色々洗って、五右衛門風呂に足をつける。

猫も一緒に入れようか悩んだが、とても嫌がったので、仕方なく私の頭の上にいてもらうことにした。

 

 

「…どうしても入りたくないの?」

 

 

私の頭の上で、座り込んでしまった猫に問いかけるも、やはり答えは返ってこない。

 

五右衛門風呂の底に足がつくなどと言ったが、ほんとうにぎりぎり。

おとーさんのように座る事なんて出来っこないので、五右衛門風呂の縁に手をかけてぷかぷか浮いておくことにする。

 

 

私がふわふわと動く事に、猫が私の頭の上で頻繁に体制を調節する。

 

 

 

「ねこちゃん、あったかいねぇ」

 

おとーさんが一緒に入ってくれなくなってから、蝋燭があると言っても、薄暗いお風呂場に1人は、中々くるものがあった。

 

頭をわしゃわしゃと洗っている時、不意に背後から感じる視線。

 

もちろん自分の勘違いなのだが、おとーさんや小鈴ちゃんから怖い話を聞いた後だと、どうしてもそれを感じてしまう。

自分自身も妖怪であるからして、何も怖がることはないのだろうが、それでも怖いものは怖いのだ。

 

 

でも、今日は猫ちゃんが一緒にいるから怖くない。

 

 

五右衛門風呂の端を掴む両手の先と、私の頭の上であくびをする猫が、ふと見た鏡に映っていた。

 

 

 

さて、そろそろ。

 

 

ざばっ、と勢いよくは立てないがゆっくりと端から五右衛門風呂を後にする。

片足づつ五右衛門風呂の外に出して、脱衣所に戻る。

ひんやりとした外の空気が気持ちいい。

 

頭の上の猫は私がお風呂から出るとわかったや否や、一足先に脱衣所に戻ってしまった。

 

 

私もすぐにあとを追いかけ、タオルでしっかりと水気を拭く。

 

 

猫も捕まえて、タオルで拭いてあげる。

 

猫にサラサラな毛並みが戻ったことを確認すると、私も服を着替え

る。

 

「ねこちゃん、お風呂わるくなかったでしょ?」

 

 

上着に顔を入れて、前が見えないまま喋る。

 

 

 

 

 

 

 

「ええ…?私は嫌だけどなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

当然、答えは返ってこな…。

 

 

 

恐る恐る、上着からちょっとだけ、目だけ上に出してみる。

 

 

 

 

そこには、赤い可愛い服を着た女の子が。

耳にはリングのようなものが付いていて、片手には帽子を持っている。

 

 

一瞬誰かが入ってきたのかと思った。

 

 

 

が、この女の子の髪の毛は、猫と一緒の栗色で。

猫の姿は、見えない。

 

 

 

 

 

 

「おおお、おとーさーん!!」

 

 

 

 

 

 

私は涙目で助けを呼んだ。

 

 

 






1週間がいつもより長く感じました。
休載期間中にお気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます。

これからはできるだけいつものペースで更新していきます。
お楽しみに!

…月イチペースとは?



感想、評価まだの方は是非。

これからもよろしくお願いします!!


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19、かげろうと猫の恩返し 後編

影狼の全力のSOSを受けて、向かった先の脱衣所に知らない女の子がいた。

赤くて可愛らしい洋服に身を包んで、恥ずかしそうに髪の毛を弄んでいる。

 

「あー、えっと、助けてくれてありがとうございます?」

 

 

とてて、とよってきて小首を傾げてお礼を言ってくる。

助けた覚えなんてないのだが。

 

「…もしかして、あの猫?」

 

「はい!猫です!」

 

「ねこちゃん…」

 

 

妖怪なのかなんなのか全く分からないが、猫が自分たちの目の前で人の姿かたちで会話しているのが事実。

慧音さんの「幻想郷は何が起きても不思議なことは無い」との言葉は間違っていないらしい。

 

 

何故か期待したように上目遣いでこちらを見つめるこの元猫さん。

 

 

俺が来ると同時に俺の後ろに駆け込んだ影狼が恐る恐ると言った様子で顔を出す。

そんな影狼のまだ若干濡れている頭に手を置いて、問いかける。

 

「なんで人の姿に?」

 

「わたし、水に濡れると力が出ないんです。

たまたま歩いてた田んぼの道の溝に落ちちゃって、濡れて普通の化け猫に戻りかけてました」

 

 

えへへ、と申し訳なさそうな表情。

 

 

「それで、藍様の式じゃなくなるかもしれない重大な危機から救ってもらったんです。

…お風呂は嫌だったけど」

 

 

どうやら影狼は思いがけず大きな仕事をしていたようだ。

影狼は俺の絝を掴みながら混乱しているが。

 

この猫の子の事情はわかった。

が、ひとつ、聞き流せないことを言っていた。

 

『藍様の式ーー。』

 

藍様。

俺の聞き間違いでなければ、幻想郷にそんな名前の人は一人しかいない。

もしこの子の言っていることが本当ならば、下手な扱いはできない。

 

 

幻想郷の支配者であり、最上位に君臨する者。

俺は見たことがないが、よく博麗神社に姿を見せるらしいその人。

強大な力を持ち、幻想郷を管理している、正しく雲の上の存在。

先代の博麗の巫女に幻想郷で最も敵対したくないとまで言わせた者。

 

 

八雲紫。

 

 

そんな化け物じみた力を持つ妖怪の、右腕。

その人の名前は、八雲藍。

人里に買い物をしに来ることもあるそうだが、滅多に見ない。

 

何度か会っている可能性は否定できないが、全くと言っていいほど覚えていない。

影狼と出会う以前は自分の周囲の人のことなどどうでもよかったから。

 

 

命蓮寺の時と同じ。

 

 

今更後悔しても遅いのに、気づくのが後悔する頃なのだ。

当たり前だが。

 

 

 

ああ、もっと周囲を見ておくべきだった。

 

例の八雲藍さんとお互い顔見知り程度になっていれば、スムーズにこの子を家へ送り届けることができただろう。

さぞ心細いだろう。

 

 

ふと縁側を見てみれば、暗闇の海。

 

 

「これからどうする?誰かお迎えにーーー。」

 

これからの行動について考えなければならない。

そう判断した俺の話を遮るように、くぅ、と気の抜けた音。

 

 

 

 

 

「…お、お気になさらずっ…」

 

 

 

 

 

「…おとーさん、ごはんにしよう」

 

 

一瞬空いた間を誤魔化すように慌てる様子に、影狼が冷静にフォロー。

影狼の耳が俺の手に抵抗するようにぴくぴくと動く。

 

 

「…まぁ、ゆっくりでもいいか」

 

「す、すみません」

 

 

 

 

ちゃぶ台のある部屋に戻る途中、影狼は俺から離れなかった。

動きも人形のように関節の動きが遅い。

 

 

 

暗い夜の表情の廊下を歩く音がみっつ。

 

 

 

俺が手に持つ蝋燭台の上の輝きがゆらりと揺れて大きな影が動く。

 

 

影狼がびくっと震えて硬直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでしたっ」

 

「ごちそうさまー」

 

 

「はい、食器運んでね」

 

 

 

小さな手で大きめな皿を水の張ったタライに運んで行く。

それが2人。

 

最初は危なっかしいこともあったが、影狼はもう慣れたものである。

それとは反対に、ややふらふらとついて行く者が。

 

「橙ちゃん、あぶないよー」

 

「だ、だって〜、影狼ちゃんたすけてよー!」

 

 

はいはい、と2人で何皿かを半分こして影狼も手伝ってあげる。

普段は教えられる立場であることが多い影狼が、誰かに教えて、助けてあげている姿を見ると、それだけでも感動してくる。

 

 

涙を流すほどではないが。

 

 

今後俺が涙を流すことなど、影狼の結婚式ぐらいであろう。

 

まだ一緒に過ごして数ヶ月しか経っていないのにも関わらず、その事を考えるのは些か早すぎるか。

うわ、自分が気持ち悪い。

 

 

この世の平和を全て凝縮したような、微笑ましい光景を前に俺は平常運転。

 

 

この猫だった子、どうやら名前を「橙」と言うらしく、何故か里の甘味の話で影狼と意気投合していた。

 

 

 

もう一度、タライのある方を見ると、しっぽが2つ揺れている。

隣には影狼のもふもふなしっぽ。

 

2人並んで、皿をタライの水に沈めているようでしゃがんでいる。

 

 

しっぽが2つ。

聞いたことがある種類でいえば、猫又とやらだろうか。

八雲の式神で、猫又妖怪。

 

相当な力があるのではないだろうか。

 

 

だとすると、まずいかもしれない。

 

 

橙が行方不明で、帰ってこない。

これだけ見ればなにかに巻き込まれたと捉えて当然ではないか。

で、我が家にいる。

 

八雲の御二人は高い知能を持ち合わせていると聞くので、大丈夫だとは思うが、もし、もしも誤解をしようものなら。

現に、このシチュエーションは別の捉え方なんて、いくらでもできてしまう。

 

 

誘拐はもちろん、監禁や脅迫、更には奴隷商ともとられかねないのでは?

 

 

 

もし俺が逆の立場で、影狼が帰って来ないで誰か知らない家にいると考えたら、悪い想像が独り歩きしてしまうだろう。

 

さてどうしたものかと考え込む。

 

 

 

玄関の方では2人の話し声が聞こえる。

 

 

「人里はねー、美味しいものだけじゃなくて、面白い本もあるんだよ」

 

「小鈴ちゃんの所とか良いよね!橙ちゃんはどんなの読むの?」

 

 

「んー、こわい話とか?」

 

 

 

 

「ど、どんな?」

 

 

 

 

 

橙はわざとかそう出ないかは分からないが、無言で間を開ける。

影狼はごくり、と唾を飲む。

 

 

2人は俺に背を向けてタライの方にしゃがみ込んだまま、話している。

 

 

 

橙の細い2本のしっぽが揺れる。

 

 

 

影狼のしっぽはびくびくとへたり気味。

 

 

 

 

「えっと、こう、食べられる感じ?」

 

影狼が両手を伸ばして、食べられる感じ、を表現する。

 

 

「いや、そういうのじゃなくてね…」

 

 

「後ろから人が来るんだよ…」

 

 

 

 

「な、なななんで?」

 

 

 

 

 

 

 

「それは知らない。けど、その人の首は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く…首は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「首がね、ないんだよ」

 

 

 

 

 

…いや、それだけ?

中々に溜めるものだから、期待して聞いていたが大したことの無い話だった。

 

いやはや、こんな話で怖がる人なんているわけーーー。

 

 

 

 

 

「おとーさん」

 

 

「どした?」

 

 

 

 

「ううう、うしろ、振り向けないっ…」

 

 

 

 

 

居た。

 

影狼の耳はすっかり頭についてしまって、しっぽも小さく丸まっている。

怖がっている人、居た。

 

 

「あはははっ!影狼ちゃん、大丈夫だよ!後ろに人なんているわけないじゃない」

 

 

「お、おとーさん、早く来て…」

 

 

「はいはい、今行くから」

 

 

俺がその場から立ち上がった時、妙な違和感を感じた。

 

 

影狼の周りには何も感じなかったが、橙の後ろあたり。

今、動いたような?

 

 

 

ぷるぷると震える影狼の隣に行って小さな手をとってやる。

 

 

橙も笑って俺が影狼の手を引く方についてくる。

 

 

 

 

 

 

その時、橙の後ろから、聞こえるはずのない声。

 

 

 

 

「…ちぇーんー?」

 

 

 

 

橙の顔から笑みが消えて、徐々に青くなっていく。

 

 

 

「帰りが遅くなる時は、どうしろって言ったっけ?」

 

 

「ふ、札でれんらく、する」

 

 

「あれー?おかしいなー?連絡、来てないけどなー?」

 

 

橙がギギギ、と後ろを振り向く。

 

 

 

いつの間にか立っている、九尾のしっぽを持つ女性。

不機嫌そうで、明らかに怒っている。

 

「…く、くびっ」

 

影狼が俯いたまま俺の手を強く握る。

大丈夫、と小声。

 

 

次に瞬きした瞬間、橙の姿が消えた。

 

 

「んー!?ん!んむーー!!」

 

 

「橙がお世話になりました。このお礼は必ず」

 

 

しっぽでぐるぐる巻きにされた橙が、何かを訴えている。

ぺこりとこちらにお辞儀する女性。

 

 

「は、はぁ、お気をつけて…」

 

 

「では」

 

 

地面に裂け目ができたかと思えば、すぐに中に入っていって消えてしまった。

 

 

 

 

静寂。

 

 

 

「お、おとーさん、わたし、今日一人で寝れないかも…」

 

 

 

この日の夜は暑くて寝苦しかった。

小さくてもふもふな人形は俺から離れないのだ。

 

次の日は当然、寝不足。

 

 

 

 

 

 

 




猫は影狼ちゃんへの恩返しに恐怖を置いったようです。

感想、評価まだの方は是非。

これからもよろしくお願いします!!


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20、遠出してみた


祝、20話。

いつもありがとうございます。






冬。

 

鋭い刺すような寒さや、すうっと染み入るような澄んだ冷たい朝。

水はこおり、生き物の声も消える。

そして、この静寂な世界を彩るものがある。

 

それは鳥などの生き物でもなく、植物ですらない。

 

無色のひとつひとつが折り重なり、掴み合い、固まってひとつの色を魅せる。

長きに渡って和の心というものを持つ、我ら人間はこの一時限りの風景を目にして、心揺さぶられる。

 

あるものは、センチメンタルな感傷に浸る。

 

あるものは、美しいと感じて言葉を失う。

 

そしてあるものは、暖かい火鉢の火が消えてよくない、と言う。

 

 

四季のうちのひとつであり、限定的な風景でありながら、我ら人間と多くの時間を共にしてきた。

 

年が巡れば、四季が回る。

そんな四季のひとつに過ぎないのにも関わらず、見せる表情はいちばん多いのではないかとすら思う。

 

 

前置きが長くなったが、つまり、冬の代名詞はなんだ、ということ。

 

 

 

すっかり葉が落ちきって閑散とした木の上に、ひとつ、灰色の鳥が止まる姿。

確かに良い。

 

 

家族と一緒に過ごす団欒の場に炬燵が追加され、それを堪能しながら蜜柑を食べる。

それも良い。

 

 

 

それは、そんな日常的な事ではなく風景の話。

 

 

 

俺が思うに、冬の1番の楽しみは、鳥を眺めることでも、親戚との集まりでも、家族との団欒でもない。

 

 

子供は皆大好きなこと。

 

 

大人もたまにはやること。

 

 

我ら人間が平和なことの証拠。

 

 

 

 

そう、遊ぶことである。

 

 

 

 

「おとーさん!はやく、はやくっ!!」

 

 

雪が積もっている畦道で、手袋をした影狼がぴょんぴょん跳ねる姿に苦笑しながら、靴を履く。

 

背中には、釣りの道具と昼ごはん、救急道具など必要なものもろもろ。

 

外に1歩でてみれば、まだ雪が降っていることに気付かされる。

さっさと笠を用意して、影狼に被せ、目的地に向かう。

 

 

 

今日は忙しくも楽しい日になるだろうと期待しておこう。

 

 

手を繋いだ影狼が白い息を吐いた。

 

 

 

それは徐々に薄れていき、やがて霞のように広がって、舞う。

 

 

 

 

 

家からの雪の積もった地面に、2人分のあしあと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!影狼ちゃん!」

 

 

少しだけ遠くから、おーいとこちらを呼ぶ声と共に、オレンジがかった茶色の髪の毛が見える。

 

影狼は誰か気づいたようで、手を振り返して満面の笑み。

 

 

さくさくと雪を踏む音が段々と早くなる。

影狼が徐々に俺の前を歩くものだから、影狼が俺の手を引いているようにも見えることだろう。

 

笠の上の雪を払う。

 

 

「小鈴ちゃんっ!準備は出来てる?」

 

「もちろん!ばっちりだよ」

 

 

もうすっかり影狼の親友となった小鈴。

 

今日はいつもとは違った出で立ち。

いつもの着物ではなくて動きやすそうな格好。

そして、俺と同じように背中に荷物を背負っている。

 

しかし、その中身は俺とは違う。

 

俺は釣り道具などが中心だが、小鈴のものは小さな折り畳みの椅子等。

どうやら読書をするつもりらしい。

 

確か、1度大自然の中で読書がしたいとかなんとか言っていた気がしなくもない。

今思い返せば言っていたような気がする。

 

うん、言っていたはず。

 

 

そんなこんなで3人揃って人里を出発する。

 

 

 

目指すは妖怪の山。

 

 

 

 

 

 

 

妖怪の山には、大きくわけて3つほどの区域がある。

 

 

 

人里の住民が、釣りをしたり獣を狩ったりするためのスペース、だいたい山の3分の1。

 

天狗たちが見張っている、天狗たちのためのスペース。

山の中腹あたり。

 

 

天狗たちの居住区および、統率組織の本部、山の頂上付近。

 

 

 

今回、目指すのはもちろん山の下の方。

凍った池に穴を開けて、釣りをしようと思う。

小鈴だけは、読書を目的としているが、初めて妖怪の山に踏み入れる影狼はわくわくが止まらない様子。

 

遠足に行く時、ついつい友達と話し続けてしまうように、小鈴と他愛もない話に花を咲かせている。

 

 

 

妖怪の山は、ロケーションがとても良い。

 

今の時期だと、名物の滝は凍ってしまっているが、それもまた良いものである。

普段は迫力満点の滝が、少しも動くことなく水も飛ばさないで、静止している。

 

時計の針が止まったようで息を飲む美しさである。

 

 

 

 

と、聞いた。

 

 

そう、実は俺は冬に妖怪の山に訪れるのが初めてだったりする。

いつも来るのはだいたい正月。

 

頂上にある守谷神社に足を運ぶ時ぐらいだ。

 

この守谷神社への道だけは、天狗たちから許されている、唯一の山の頂上付近への道だったりする。

実際、多くの人はこの道を通る。

 

だから、妖怪の山に行くと言ってもあまり心配はされない。

気をつけなくてはいけないことは確かだが。

 

 

 

「おおー!こおってる!」

 

 

 

細い道を抜けて見れば、一面に光。

 

自分たちの真上に昇りかけている太陽の光を、池が反射する。

先程まで全く見えなかった大きな、大きな池がついにその姿を見せた。

 

 

「この辺にしようか」

 

俺は池の端から少しだけ行ったところに荷物をおろす。

池はしっかりと凍っている。

 

しかし、池の内部までは凍りきっておらず、氷を円形に掘ってみれば、水が顔を出す。

 

 

 

「はぁー、風が気持ちいい」

 

「小鈴ちゃん、大物を釣ってくるよ!」

 

「ほどほどに期待しとくね」

 

 

いそいそと椅子を用意して、座って目を細める小鈴を背に、俺と影狼も準備を始める。

 

 

 

「影狼、このミミズみたいなやつを針の先につけるんだ」

 

「うう、きもちわるい動き…」

 

 

「で、この穴に落として、引っ張られるまで待つ」

 

「釣れるかな、おとーさん」

 

「釣れるさ、きっと」

 

 

 

「ん?」

 

池に入れてそうそう、俺の竿に反応が。

 

 

「影狼!かかったかも」

 

 

「え!ほんと!?」

 

 

俺が力を入れて引っ張る。

暫くの格闘の後、何か黒いものが氷の上にのせられる。

 

 

「さ…かな?」

 

 

「…海藻だな」

 

 

 

期待して損した。

 

 

よし、次行こう。

お日様は早くも真ん中を過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おとーさん、自然ってこんな感じなんだね」

 

 

「どーした急に」

 

 

一、二時間ほどたった頃に、影狼が急に口を開いた。

影狼は変わらず、俺の隣で水面の糸を見つめる。

 

 

寺子屋をズル休みした時の昼のにおいがする。

何故か平日の昼で、ズル休みした時にしか感じないあのにおい。

言語化は難しいが、わかる人には分かるはず。

 

 

要するに、ゆったりとした時間。

 

 

「おとーさんの家で、ふつーに暮らしてると、なんだか自然を忘れていく気がして」

 

「…」

 

「なんか、苦労してないなって。私、おとーさんのやくにたててるの?」

 

 

「影狼、君はお父さんにとって大切な人だよ」

 

 

「でも」

 

 

「お父さんはね、影狼が家に来てから夢を見るんだよ。いい夢、とってもね」

 

 

上の方で烏が鳴いた。

葉擦れの音。

 

 

「影狼、お父さんがいちばん望んでいることは分かる?」

 

 

影狼がゆっくりと首を振る。

冷たい風が凪ぐ。

 

 

「影狼が幸せになることだよ。影狼が笑顔であれば、俺も笑顔。

俺がどうであっても、なんなら過去がどうであっても、今が大事だと思うよ」

 

 

だからーー。

 

 

 

「だから、影狼は元気に、楽しく毎日を暮らしてくれればいいんだ」

 

 

 

「ただ…ただただ隣にいてくれるだけでいい」

 

 

 

 

「…わかった」

 

 

 

 

 

 

 

影狼の、糸が沈んだ。

 

 

 

「…かかったっ!」

 

 

 

大きめな魚が、池の氷を悔しげに叩く。

 

「おお、やったな、影狼!」

 

 

影狼の満面の笑み。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方の夕日を横に、3人並んで歩く。

 

 

 

「…最高だった」

 

 

「自然の中の読書、そんなに良いの?」

 

 

「それはもう言葉に表せないよ…」

 

 

影狼が俺を見上げる。

 

 

「私達も最高だったよねっ!」

 

「ああ、魚も釣れたしな」

 

 

 

何気ない休日。

 

 

 

これが長く続けばいいと感じる。

何故一日は24時間なんだろうか。

 

 

72時間とかではダメなのだろうか。

 

 

 

 

あ、でもそんな長く仕事はしていたくないから休日だけでいいや。

 

俺たちの後ろに、夕日によって作り出された、長い影。

 

 

もうすぐ人里。

 

 

 

 

 

 

 





近々、1日1話の投稿にしようかと検討しています。
どの時間帯が皆さんにとっていちばんいいのでしょうか。


感想、評価まだの方は是非。

これからもよろしくお願いします!!


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21、手伝ってみた

アンケート回答ありがとうございました。

結果から今後は23時に1本投稿していこうと思います。
土日祝は私も時間があるので、1、2本を目安に投稿していきます。






積もった雪を軽くどける。

 

 

家の目の前の田んぼや畑はすっかり白く染まってしまっていて、やや遠くの里の中心辺りまで、同じような光景が広がる。

 

 

 

今日は影狼が寺子屋なので、計画していたものを作りに行くことにしよう。

 

 

ここ幻想郷は毎年多くの雪が積もる。

畑をやっている我らが農家からすれば、厄介なこと極まりないが、人里は案外盛り上がっていたりする。

主に子供たちが。

 

あちこちにある空き地では、子供たちが雪合戦をしたり雪だるまを作ったりしている光景がよく見られる。

 

そんな雪が大好きであろう子供たちのためのイベントがある。

 

 

「よし、行きましょうか妹紅さん」

 

「おしっ」

 

 

防寒具などを身につけた妹紅さんと、人里の西に向かう。

 

今日は命蓮寺雪まつりの準備の日である。

 

 

命蓮寺雪まつりとは、毎年同じ時期に行われる祭りのことである。

 

人里の職人や命蓮寺の方々が雪を使って作品を作り出す。

そしてそれを展示して人里の人々などに公開する。

当日は命蓮寺の敷地内に多種多様な出店などもあるため、夏の縁日と同じぐらい人気だったりする。

 

そして、そんな大きめなイベントの裏では身を粉にして働いている人もいる。

 

 

2日前から始まる準備は人里の主要人物たちは勿論、中々の人数で行われる。

たった2日だけしか準備期間が無いものだから、皆必死である。

雪まつりという天候に左右されやすいものであるからして、急いで行うものだから命蓮寺には様々な声が飛び交う。

 

 

指示を出す声に、他愛もない世間話。

 

 

これが始まっているのを目にすると、年の終わりを感じるものだ。

 

そして今日、俺と妹紅さんが担当するのは裏方作業。

展示をする予定の団体の受付や注意事項の伝達。

所謂、運営サイドだ。

 

 

命蓮寺の聖さんと、3人で命蓮寺の運営テントに座っているだけ。

 

 

 

「さみぃな、今泉」

 

 

「ほんとうに…」

 

 

 

階段を登れば、雪の塊を運び込む人々。

 

 

 

それを見守っている見知った人影。

 

 

 

「こんにちは、聖さん」

 

 

命蓮寺についてからまず向かうのは、聖さんの元。

命蓮寺の代表的な存在であり、人里の人々の交流も多い。

この命蓮寺雪まつりの代表者だったりする。

 

聖さんは俺の挨拶に、笑い返す。

 

 

「寒い中ありがとうございます。さあこちらへ」

 

「…今泉お前顔が広いな」

 

「…まあそこそこですよ。そこそこ」

 

 

聖さんの後ろをついて命蓮寺の中に入る。

畳の一室に案内されたかと思うと、妹紅さんが遠慮も何もなく、畳に座る。

聖さんが四足の低いテーブルを挟んで、妹紅さんの正面に座り、何やら書類を出して、机の上に広げ始めた。

 

 

「しつれーします」

 

 

聖さんの後ろの襖が開いて、大きな耳を持った少女が入ってきた。

お盆の上に湯のみが3つ。

 

「ありがとうございます、ナズーリン。

あ、この後布都の様子を見てて貰えますか?はしゃぎすぎると危ないので」

 

 

「ええ…、大丈夫だと思うけどね」

 

「そこをなんとか」

 

「…仕方ない、わかったよ。ご主人も連れて行ってもいいかい?

1人にしておくとどこに宝塔をなくすかわかったもんじゃないからさ」

 

 

聖さんが、ええ、とだけ言うと、ナズーリンと呼ばれた少女が机に湯のみを並べて襖の奥に去っていく。

 

 

 

「さて、今年の概要を説明しましょうか」

 

 

 

頬杖をして、面倒くさそうな妹紅さんと目が合った。

 

長閑な時間は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー、受付ってここですかね」

 

「ああ、そだよ。団体名と作品の完成図みしてねー」

 

 

中年の男の人が懐から取り出した紙を確認して、記録する。

妹紅さんは気だるげに許可証にハンコを押して渡す。

その後、聖さんが地図を元に作成場所を指定。

 

 

「なぁ、私達これ何時間やるんだ?」

 

「ひっきりなしに人が来ますからねぇ。少なくとも後1時間ぐらいはかかるんじゃないですかね」

 

さすがに暇だ、とボヤく妹紅さんを横目に形ができ始めている作品を見渡す。

 

 

それぞれ個性豊かな作品が並んでいるが、どれもまだ完成とまではいきそうにない。

2日目になってくるとだいたいの団体は完成させるらしいので、まだ慌てて作業する時間では無いのだろう。

 

和気あいあいと楽しそうに話しながら作業をする人々が印象的だ。

 

 

「あ、そういえば」

 

先程の中年の男の案内を終えた聖さんが、地図を片手に戻ってくる。

 

「今泉さん、なんだか最近変わったとの話を多く聞くのですが…。

やっぱり前一緒に来ていた女の子の影響があるんですかね?」

 

「はぁ、そんなに変わりましたかね…?」

 

「ええ。それは見違えるほどに」

 

 

「…今泉、前は生気がなかったからな」

 

机に両足を乗せて、頭の後ろで腕を組んでいる妹紅さんが呟く。

 

なんと言えばいいのか分からないが、とりあえず笑っておく。

 

 

「差し支えないようでしたらお話、聞いてみたいです」

 

「そんなに面白い話ではないと思いますけどね。

あの子は…まぁ…娘です。私の」

 

 

「あら、いつの間にご結婚なさったので?」

 

「聖、それは違うよ。こいつが結婚できると思うか?」

 

 

…酷く辛辣である。

俺が抗議しようと口を開きかけると、俺よりも早く聖さんが喋った。

 

 

「妹紅さん。この世には色々な趣味嗜好の人がいるのです。

最初から否定するのは失礼じゃないですか?」

 

 

「…フォローになってないです」

 

 

妹紅さんが鼻で笑った。

 

 

「聞いてくれよ、こいつ影狼にべたべたで困ってんだよ。

いくら可愛いからっていつまでも娘につきっきりってのもどうかと思うんだけどなー」

 

 

「案外、自分も娘を持つことになったら、今泉さんの事も馬鹿にできないかもしれませんよ」

 

 

それに、と続ける。

 

 

「妹紅さんも長いこと独り身じゃないですか」

 

「い、いいだろ別に」

 

 

「…誰かいい人は居ないんです?」

 

「いや、そんな人は…」

 

 

言われっぱなしではなんだか気に食わない。

先程の仕返しをしてみるか。

 

 

「あ、でも妹紅さん最近、人里の東にある竹細工の青年のとこに通ってるらしいじゃないですか」

 

 

 

 

「え、それ本当ですか?」

 

 

 

 

「いや、えっと、それはだな…」

 

 

 

 

俺と聖さんの期待の眼差し。

いつの間にか足を机から下ろしてなんと言おうかと困惑している様子の妹紅さんに視線を注ぐ。

 

 

 

 

「わ、わたしのーー」

 

 

「すみませーん、受付いいですかー?」

 

 

「あっ!はい!」

 

 

割と近くで女性の声。

妹紅さんはびくっと跳ねてどこかほっとした表情で対応。

 

 

 

「…あと一歩、でしたね」

 

 

聖さんと俺が肩を落とす。

 

そんなやり取りを気にもせずに命蓮寺は準備で賑わっている。

 

 

 

 

許可証にハンコを押す妹紅さんの耳が赤くなっていたのは、寒いからでないはず。

 

 

 

 

 

 




感想、評価まだの方は是非。

これからもよろしくお願いします!!


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22、炊き出ししてみた

 

今日は例の祭りの準備期間2日目。

 

今日昨日と違って、1人で命蓮寺の階段を上る。

時間も昨日よりやや早く、両手に籠いっぱいの食材を持っている。

背中には調理器具。

 

 

恐らく昨日よりも今日の方が重労働になることだろう。

 

 

相変わらず雪はやまない。

 

 

「あっ!今泉さん!随分とお早いですね〜」

 

 

俺は、はぁ、とため息をついて階段を登りきると、その辺の雪かきをしている響子と遭遇。

 

可愛らしい薄い赤のマフラーを巻いて、今日も眩しいぐらいの笑顔だ。

なるほど、これが雪の作品を作る人々の労力の源か。

通りで若い男衆は張り切っていたわけだ。

 

 

「おはよう、響子。

早速で悪いけど、調理場はどこか教えてくれるかな?」

 

「はいっ!炊き出しの準備ですね!」

 

 

ええと、こっちです。

と、先を歩く響子について行く。

 

 

今日、何故朝から重い荷物と調理器具を持参して、早く来ていたのか。

もうお分かりだと思う。

 

炊き出しである。

 

この原因は昨日の帰り際の会話にあるーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうござました」

 

「ええ、また明日頑張りましょう」

 

「…私はもう来たくないがな」

 

 

だいたい午後15時を回った頃だろうか。

ぞろぞろと人里に戻る人々を見送って、軽く片付けをして命蓮寺を後にする。

妹紅さんも一緒だ。

 

 

「明日も同じ時間でいいので?」

 

 

何となく、一応聞いとく。

遅刻などしてしまったら笑えない。

 

「ええ、でも私達は早いんですよね…」

 

 

「ん?なんでだ?」

 

 

 

聖さん曰く、毎年炊き出しを行っているそうで、その調理から準備を全て命蓮寺の方々が行っているらしい。

そのため、どうしても昼に間に合わせなくてはいけないということで朝から準備をしている。

 

人手の部分では心配はないが、問題がある。それも大きめな。

 

「えっと、調理できるのが、ナズーリンしか居ないのです。

あの生気が宿っていない目をしながら鍋を混ぜる姿が可哀想で…」

 

「ふーん、それは大変」

 

 

妹紅さんが反応すると、先程まで困り顔だったはずの聖さんが一気に態度を変えた。

どこか獲物を狙うような目になった。

 

「も、妹紅さん、早く帰ーーー」

 

 

 

 

 

「妹紅さん、貴方は料理はお得意で?」

 

 

 

 

 

「い、いや全然…」

 

 

 

 

 

聖さんが1歩、こちらに近づく。

 

妹紅さんが1歩、下がる。

 

 

 

「それで?喜んでくれるんですか?」

 

 

「え?なにが?」

 

 

 

「聖さん?」

 

 

一体何を言っているのだろうか。

 

妹紅さんは一人暮らしで、料理を振る舞う相手なんてーー。

 

 

あ。

 

 

 

 

 

「何って、彼氏さんですよ、彼氏さん」

 

 

「かっ…」

 

 

口をぱくぱくしている妹紅さんを置いておいて、聖さんは更に言葉を並べる。

 

 

 

「料理できる女性は強いですよ?もしかしたら、先に他の方に胃袋を掴まれてしまうかも?」

 

 

 

なーんて、とお茶目に笑う聖さんとは対称的に、妹紅さんが関節に何かが詰まった人形のようにゆっくりと俺の方に振り向く。

 

 

 

 

「い、い、今泉。料理、教えて…」

 

 

 

 

「えぇ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーと、いうことで俺も炊き出しの準備をする羽目になった。

 

 

 

調理場に到着。

 

響子にありがとう、とお礼を言って障子を開ける。

 

 

「おや、早いね。えーっと、なんて呼べばいいのかな?」

 

 

「あ、今泉です。今日はよろしくお願いします」

 

 

穴の空いたチーズがそこかしこに刺繍された、いかにも鼠らしいデザインのエプロをつけた人が1人。

 

 

「そうか、今泉くんね。私はナズーリン。

気軽にナズとでも呼んでくれればいいよ」

 

 

命蓮寺の住民の1人、ナズーリンさんである。

 

軽く挨拶を済ませて、調理場の隅に荷物を下ろして、準備を始める。

 

 

「ええと、何を作るんだっけな」

 

「たしか聖さんが豚汁とかなんとか…」

 

 

「なるほどなるほど…」

 

 

 

2人で鍋やら材料やらを並べる。

さて、なにから始めたものかと頭を悩ませていると、ぱたぱたと足音。

 

 

「すまん、遅れた」

 

 

「おはようございます、妹紅さん」

 

「妹紅、遅いぞ」

 

 

なんだか緊張してね、と妹紅さんもテキパキと準備を始める。

今泉、エプロンの後ろの紐、結んでくれないか?と一声。

 

仕方なく結んでやる。

 

 

そんなことをしていると、ナズーリンさんが動く。

 

 

 

「よし、じゃあ私がこれらを切ろうじゃないか。

君たちはそっちの今泉くんが持ってきた野菜を切ってくれ」

 

「了解」

 

「分かりました」

 

 

 

 

 

ナズーリンさんの掛け声で、3人が動く。

 

今、大量の豚汁制作との戦いの火蓋が落とされた。

 

 

 

 

宜しく頼むよ、とナズーリンさんの声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ!?今泉、玉ねぎが、玉ねぎが吹っ飛んだ!」

 

「ああ、ちゃんと抑えないと。

猫の手と言ってですね…」

 

 

料理以前に、材料を切る事に苦戦するとは思っていなかった。

 

1つ進めると、妹紅さんが1つクエスチョンマークを浮かべる。

妹紅さんは、色々と聞きすぎるのは良くないと思ったのか、自分で考えて行動する。

 

それはとてもえらい。

素晴らしいことだと思う。

 

 

ただ、考えに技術が追いついていない。

 

 

 

「ナズーリンさん、これお願いします」

 

「ほい」

 

 

大きな鍋に俺が切った具材たちを放り込む。

ナズーリンさんは小さな体にも関わらず、中々の力で鍋を操って野菜や肉を炒める。

 

俺はすぐに妹紅さんのフォローに動く。

 

 

「あああ、人参は半月切りで…」

 

「半月?」

 

「えっと、まず2等分にしてですね…」

 

 

 

タイムリミットは迫る。

 

 

 

 

 

 

そんな中、なんとか妹紅さんの分の材料を切り終えることに成功。

 

 

「や、やった、終わった…」

 

「お、お疲れ様です」

 

最後のごぼうが鍋に放り込まれたと同時に、妹紅さんが両手をあげる。

包丁を持ったままだと危ないんですが…。

 

ナズーリンさんが苦笑して、予め測っておいた大量の水を鍋に入れて、煮始める。

 

 

 

「よし、ここまで来ればあとは簡単。味噌入れるだけだね」

 

「やっとか…」

 

 

3人で調理場と部屋の入口の間に座る。

 

 

「いやー、助かったよ。いつもは私一人でやっているからね。

まさに地獄そのものさ」

 

大きな耳をぴこぴこと動かして、ナズーリンさんが寝っ転がりながら言う。

 

 

「い、今泉、料理って大変なんだな…」

 

 

がくっ、という効果音が着きそうな感じで、妹紅さんもナズーリンさんのように寝っ転がる。

 

 

 

 

 

俺は静かに立ち上がって、鍋に味噌を入れて溶かす。

 

 

俺は一人暮らしが長かったこともあり、料理は一通りできる方だと自負している。

 

母が亡くなってからあまり食にこだわっていなかったが、それ以前は、母を喜ばせようと、色々な料理を試行錯誤しながら挑戦したものである。

 

 

大きな、大きな鍋を混ぜる。

 

 

視界の端っこでくたばっている妹紅さんを見ると、昔の自分を見ている気がしてきた。

 

多種多様な料理に挑戦していた頃の自分。

 

 

大丈夫、いずれ何とかなるさ。

 

そんな言葉を飲み込んで、完成を見届ける。

味見をしても、完璧。

 

 

空を覗いてみれば、太陽はまだてっぺんまで来ていなかった。

 

 

 

 

俺もナズーリンさんと妹紅さんの間で寝っ転がることにした。

 

 

 

 

隣で、ああ〜〜と伸びる妹紅さんの声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

めちゃめちゃ重い鍋はナズーリンさんと妹紅さんに運んでもらった。

恥ずかしながら、俺よりも2人の方がよっぽど力持ちなのだ。

 

 

雪まつりの受付の隣に鍋を設置する。

 

 

聖さんが、作業をしていた人達に声をかけると、あっという間に長蛇の列が出来た。

 

 

 

あれだけ苦労して作った豚汁がみるみる減っていく。

 

 

 

並ぶ人達に豚汁を渡す妹紅さんはどこか楽しそうだった。

 

 

 

 

「美味い!やっぱりこの季節になると食べたくなるよなぁ」

 

 

「俺の女房はもう歳だからよ、わけーほうが上手いんだわ」

 

 

「これがあればもっと頑張れるってもんよ!」

 

 

 

あちらこちらから、称賛の声が聞こえてくる。

いつも間にか、雪まつりを行う命蓮寺の広場に人々の笑い声が響き渡っていた。

 

皆そろそろ疲れ始めた頃合だったのだろう。

 

 

昨日の作業を開始した時のように、和気あいあいとした雰囲気の中に、今日はやや疲れが見え始めていた。

 

それを吹き飛ばすかのように、わいわいとあちらこちらで話し声が響く。

 

 

聖さんは微笑んでその光景を見つめる。

 

 

「なぁ今泉、誰かのために料理を作る喜びって、こういうことなのかもな」

 

「そうだね」

 

 

妹紅さんは心底嬉しそうだった。

それと同時に、この光景を眺めながら、どこか上の空。

 

 

…今日も幻想郷は平和である。

 

 

 

本番は明日。

 

 

 

最初はただの雪の塊だったものは、それが何を表しているのかハッキリも分かるほど、完成に近づいていた。

 

 

俺の目には、楽しむ子供たちと、人里の人々の笑顔が映った。

 

 

楽しみだ。

影狼はどんな顔で回るのだろう。

喜ぶだろうか。

 

 

こんなことを考えているのは俺だけではない。

皆、楽しそうに笑っていた。

 

妹紅さんが、明日が楽しみだ、と笑う。

 

…この後俺たちは大量の洗い物に追われる訳だが。

 

 

 

 





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23、かげろうと雪まつり

 

楽しみなことがあると、なかなか寝付けないなんてことは誰にでもあると思う。

私は今その状況だ。

 

困った。

 

いくら明日子供達だけで雪まつりに行くからといって楽しみすぎて、眠れないなんて訳にはいかない。

 

明日、命蓮寺で行われる雪まつり。

 

前々から予告されていたそれは、私達を楽しみにさせるのには十分魅力的なものだった。

当初はおとーさんと行こうかと思っていたのだが、小鈴ちゃんに誘われて、阿求ちゃんと3人で行くことにした。

 

なんでも、おとーさんは係の仕事とやらがあるそうで、一緒にまわることは出来ないらしい。

 

とても残念だけど、仕方の無いことだと諦めた。

 

でも、友達だけでどこかへ行くとなると普段とは違う感覚、なんだか冒険をしに行く気分になる。

私の胸は、初めて人里に連れていってもらった時のような、少しばかりの不安とわくわくとした期待でいっぱいになっていた。

 

隣には私と反対方向に向いて眠るおとーさん。

 

もうそろそろ夜も更けて、この家中が静かになる。

いつもは私が寝てからおとーさんも寝ているのだが、明日は早いからと言って私と同じ時間に寝てしまった。

 

なので、今は私だけが起きているのだ。

布団に入ったまま。

 

 

夜更かしなどしてはいけない。

 

早く寝ようと思えば思うほど寝ることが出来ない。

 

…どうしよう。だんだん焦ってきた。

 

 

とりあえず目を閉じてみる。

 

 

もうこんな季節なので当然ながら虫の声は聞こえない。

ツー、と耳鳴りがした。

 

風のせいなのかなんなのか分からないが、家がきしきしと軋む音が聞こえる。

 

 

障子がかたかたと揺れる。

 

 

 

…思い出す、数日前の橙ちゃん。

 

 

 

あの話。

 

 

 

誰かに見られている気がして、布団の中に潜り込んで体を丸めた。

 

ああ、もう。

早く朝が来て欲しい。

 

 

 

私は更に暗くなった布団の中で少し震えながら意識を闇に手放すことに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…んうっ…」

 

 

鋭くはないが障子の間から日差しが入ってくる。

まだ外は若干薄暗いが、もう朝らしい。

 

私は体を起こす。

 

隣には綺麗にたたまれた布団が鎮座。

あ、そうか、おとーさんは今日は早いんだった。

昨日の会話を思い出しながら、眠い目をこすって外廊下に出る。

ちゅんちゅんと雀の声が聞こえて、飛んでいく。

 

洗面台で一人で顔を洗う。

 

 

おとーさんが居ないといつもより静かで少しだけ寂しいが、仕方の無いことである。

 

でも少しだけ楽しみでもあった。

 

今日は命蓮寺の雪まつり。

さっさと準備をしてしまおう。

 

 

 

そうして一人、元の部屋に戻ると、ちゃぶ台の上に薄いピンク色の封筒とおにぎりが2つ。

そして書置きのようなメモもある。

 

 

『影狼へ

 

おにぎり、作っときました。朝ごはんに食べてください。

その封筒の中身のお小遣いで命蓮寺雪まつりを楽しんできてね!

 

会場に俺もいるから、なんかあったら言うように。

 

父』

 

 

 

書置きをちゃぶ台に戻して、封筒をゆっくりと開ける。

 

1500円。

 

 

私は小さくガッツポーズをしてお金を封筒に戻し、おにぎりを頬張る。

 

にやにやと笑みが止まらない私を、恒例と化したメモ用紙の似顔絵の私が見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁー!結構賑わってるねー!」

 

 

3人でわいわいと階段を登りきると、大勢の人々で賑わっていた。

 

命蓮寺雪まつりは主に2つのスペースに区切られている。

 

1つはこのお祭りのメインである、雪や氷を使用した作品を展示する場所。

 

2つは夏の縁日と同じように、人里のお店などが出店する屋台が並ぶ広場。

 

 

私たちは事前に、回る順番を決めていた。

先に屋台に行って、色々と堪能した後に作品を見て回ろうという計画である。

 

 

「…阿求様、はぐれないでくださいよ」

 

「わかってるわ。心配しすぎよ、まったくもう」

 

 

子供だけで雪まつりを楽しむとは言ったが、1人だけ大人の帯同者がいる。

 

阿求ちゃんの使用人のおばさんだ。

阿求ちゃんは人里の中でも有名で、なんだか重要な役割を担っているらしく、一人で来るのは許されなかったらしい。

 

 

お祭りに行くぐらいで大袈裟なのよ、と阿求ちゃんは笑う。

 

 

大きな声で賛同は出来なかったが、私と小鈴ちゃんは苦笑いだけしておいた。

守ってくれることはいい事だと思うが、束縛されるのもそれはそれでなんとも耐え難いことかもしれない。

 

今後は積極的に遊びに行ってあげようか。

 

いや、阿求ちゃんは暇じゃないか。

 

 

私は小鈴ちゃんと手を繋いで歩く。

 

2人とも背が小さいから、1度大人たちの波にのまれてしまえば脱出は困難だろう。

だからせめて一緒にいられるようにと手を繋ぐ。

 

小鈴ちゃんの手はおとーさんのごつごつした感じはない。

その代わりにすべすべでふわふわである。

私はおとーさんの手が大好きだが、小鈴ちゃんも悪くない。

 

 

「うーん、これはなかなか…」

 

「どしたの?影狼ちゃん?」

 

「あ、いや」

 

 

私の脳内の手に関する討論は中断とする。

 

 

私たちは2人が歩くのに少し遅れて、おばさんと阿求ちゃんが後ろを歩く。

 

 

 

 

 

 

 

「あ!幸福鯛だ!」

 

小鈴ちゃんがひとつの屋台の前で立ち止まる。

見知った屋台。

 

いつの日かおとーさんと食べたたい焼き屋さん。

 

 

「並ぼ!」

 

 

小鈴ちゃんの声に引かれて一緒に列に向かう。

 

「阿求ちゃんもっ!」

 

「はいはい」

 

空いている片方の手で阿求ちゃんの手を引く。

 

 

おばさんのなんだか、子犬を見るような目が気恥ずかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あつっい…」

 

「そんながっつくから。ゆっくり食べましょ」

 

「そうよ、影狼ちゃん。たこ焼きの中は灼熱地獄なの」

 

 

「も、もっとはやくゆってよ〜…」

 

 

3人並んで作品が展示されている広場に向かう。

おばさんが後ろを歩く。

 

おばさんの手にはたい焼き。

なんだかんだ言っておばさんも忙しい日々の休息を楽しんでいるのかもしれない。

 

 

小鈴ちゃんの手にはりんご飴。

ぱりぱりと齧っている。

そんな林檎は半分ほどまで齧られて丁度美味しそう。

 

 

阿求ちゃんはカステラ焼きとか言うもの。

私は初めて見たが、意外と定番のものらしい。

紙袋の中から、小さな丸いカステラをつまんで口に入れている。

 

 

 

で、私は失敗した。

 

たこ焼きをかうやいなや直ぐに食べてしまったのだ。

口がひりひり。

こうなることは全く予想していなかったが、小鈴ちゃんと阿求ちゃんはある程度こうなるだろうと分かっていたのか、冷静なツッコミがとぶ。

 

 

たこ焼き…美味しいんだけどなぁ。

 

 

ひりひりとする舌を少し外に出しながら、熱くないたこ焼きを思い浮かべる。

 

 

中は冷たくて、外はかりかり(?)

 

いや、やっぱりたこ焼きはあったかいほうが美味しそうだ。

美味しいたこ焼きを食べるためには、どうやら多少の犠牲は払わなくてはいけないらしい。

 

 

実は私はもうひとつ、買ったものがある。

 

が、それは今食べる訳にはいかない。

紙袋に入れてもらって、小鈴ちゃんと繋いでいる方の手の手首辺りに掛けている。

 

驚くだろうか。

 

喜んでくれるだろうか。

 

 

私にとって、いや私とおとーさんにとって思い出のものだと言えると思う。

 

 

 

そんなことを考えていると、あっという間に展示されている広場。

 

 

「おー!大っきいねぇ」

 

「これ、風神ってやつよ!本にのってた!」

 

 

中心の道の左右両方に、多種多様な雪の作品が展示されている。

 

 

どれもこれも大きくて、とても苦労して作成された作品であることが容易に分かるほどの出来栄えだった。

 

 

「あ!あれ慧音先生じゃん!」

 

 

小鈴ちゃんが指さす先に、確かに慧音先生がいる。

 

 

いや、ある、と言った方が正しいだろうか。

 

 

「すっかり固まってますね…」

 

 

雪の慧音先生が、チョークのようなものを持って何かを教えている。

 

その顔は楽しそうともとれるし、嬉しそうともとれるような、いつもの慧音先生の表情そのままだった。

近くによると、ひんやりと冷気を感じる。

 

 

 

「慧音先生、これ作るのおっけーしたのかなぁ」

 

 

「さぁ?案外勝手にやってたりするかもしれないよ」

 

 

小鈴ちゃんと阿求ちゃんが作品を見て話す。

 

 

 

 

そんな中、私は発見した。

 

 

 

 

「ねぇ、私ちょっと向こう行ってもいい?」

 

 

「いいけど、なんで?」

 

 

「おとーさんいた」

 

 

 

「すぐ戻るからさっ!」

 

 

 

小鈴ちゃんが何かを言う前に、私は駆け出す。

 

おとーさんはひとつの作品の前で腕を組んでいた。

 

 

こっちには気づいていないみたい。

 

 

 

「おとーさんっ!!」

 

 

「うわっ!影狼か!」

 

 

おとーさんの腰の辺りに飛びつくと、案の定驚いた表情。

おとーさんの隣にいたねずみみたいな女の人がこっちを見て、何かを察したような顔。

 

 

「…なるほど、この子が君の娘さんか」

 

 

「はい、影狼って名前の子です」

 

 

なにやら私の話をしているらしいがそんな事は関係ない。

今は渡したい物があるのだ。

 

「はいっ!買ってきたの」

 

「これは…」

 

 

満を持して紙袋から取り出して渡す。

 

 

「あのたい焼きか」

 

「うん!」

 

 

おとーさんは私の頭を撫でて、齧る。

 

 

「…なんか懐かしいな」

 

 

おとーさんは頭から食べるらしい。

それを見て、私も自分の分のたい焼きを食べる。

私はしっぽから。

 

頭から食べるのはなんだか可哀想で気が引ける。

 

 

 

 

 

 

いきなり、一連の流れを静観していたねずみの人が笑った。

 

 

 

 

 

 

何を笑っているのかとおとーさんがその人の方を向く。

 

私も。

 

 

 

「いや、実物を初めて見るが可愛いものだな、と」

 

 

 

 

実物?

 

 

私の偽物があるのだろうか?

 

 

 

「ほら、影狼。これをみてごらん」

 

 

 

私が顔を上げると、おとーさんの真正面。

先程まで腕を組んで見ていた作品が視界に飛び込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!わたしだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作品名と作った人たちの名前が書いてあるプレートが目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

『題・しあわせのかたち

 

団体名・雪まつり運営一同』

 

 

 

 

 

 

雪の私はたい焼きを美味しそうに笑って食べていた。

 

 

 

少し遠くで小鈴ちゃんの、「雪の影狼っ!!」と言う声。

 

 

 

いつの間にか舌のひりひりは無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに、妹紅さんは今泉&ナズーリンさんと一緒に行動していませんでした。

感想、評価まだの方は是非。

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24、年の変わり目に


そろそろ最終話が近づいて来てしまいました。





 

 

寒さもついに佳境を迎え、今年も終わろうとしている。

買い物かごを片手に賑わう市場を物色する。

 

「おとーさん、今日はなんだかたくさん買うんだね」

 

かごを持っていない方の手には影狼の手。

寒くて凍えそうな風とは反対に影狼の手は温かい。

 

 

「うん、今日は大晦日だからね」

 

「おーみそか?」

 

 

「大晦日は、今年最後の日のことで夜の12時まで起きて、新年の訪れをお祝いする行事なんだよ」

 

「ええ!そんな遅くまで!」

 

 

影狼に説明しながら、すき焼きの材料を探す。

ちなみに大晦日の食事は各家庭によってかなりばらけるそう。

俺は特別な料理はあまり食べない家庭だったが。

まあ事情が事情だからしかたないのかもしれない。

 

 

「手、あったかいね」

 

「うん」

 

 

大晦日の今日でも雪は振り続けている。

 

 

 

 

 

なんだか妙に今年は冬が長い気がする。

 

 

 

 

 

いつもは春告精という妖精があちらこちらに飛び回るのだが、それが中々来ない。

つまり、まだ春は先だということらしい。

 

夏の時は冬の寒さが恋しいと暑さの中で思っていたが、いざ冬になると春の暖かさが恋しくなる。

四季とは不思議なもので、何をどうしてもいづれかが恋しくなるものらしい。

そのため、どれかひとつでも四季がかけてしまうと、もうそれがわすれられなくなってしまうのだろう。

 

 

でも普通四季が無くなるなんてことは起こりえないだろう。

 

 

 

しかし、幻想郷は全てを受け入れる。

起こりえないことが起こり得るのだ。

 

そういうのはだいたい力ある妖怪などの影響で、それを退治して幻想郷の安寧を保つ役割をしているのが、博麗の巫女やなんという名前かは分からないが、仲の良さそうな金髪の少女。

 

でも、その人達が動かない限りはずっとそのまま。

 

そしてその人達が動き出した時、それは異変と呼ばれる災害のようなものに認定される。

 

 

ひょっとしたら、これも異変かもなぁと考える。

 

 

何せ、春が来ないのだから。

毎年、大晦日になるとちょくちょく春告精が出てき始めるのに、今年は一体も見ない。

なんなら雪が降り続けている。

 

まぁいいか。

考えても無駄である。

俺たちにできることは所詮、外出を控えるぐらいのことである。

 

 

俺はぽんぽんと影狼の頭を撫でた。

 

 

「んぅ?」

 

 

 

影狼が下からこちらを覗く。

綺麗な両目。

 

 

 

 

俺がそんな影狼を見て笑っていると、前から歩いてくる女性が一人。

 

 

 

 

「おや、あの時の」

 

 

話しかけられてすぐは誰だかわからなかった。

が、次の瞬間にはわかった。

しっぽが見えたから。

 

 

「ああ、こんにちは。橙の保護者さんですね」

 

 

九つの綺麗なしっぽがゆらゆら。

 

 

「自己紹介がまだだったな。私の名は、八雲藍。

幻想郷の管理人の代理のようなものをやっているよ」

 

 

「どうも。私が今泉で、この子が影狼です」

 

藍さんは、ふむ、と影狼を眺めると、口を開いた。

 

 

「うちの橙と同じぐらいの年齢なのかもしれないな。

是非、今後とも仲良くしてやってほしいものだ」

 

 

「ええ、そうですね」

 

 

次橙と会う時は橙はなんというのだろう。

 

びびる影狼を見て楽しんでいたら、自分がびびらされることになるだなんて思っていなかっただけに、恨み節のひとつやふたつ、言ってくるだろうか。

 

 

「そこで…ひとつ提案があるのだが…」

 

 

やや遠慮がち。

少しだけ間が空いた後に、口を開いた。

 

 

「マヨヒガに来ないか?

この間のお礼がまだだったということで」

 

 

「マヨヒガ?」

 

 

「私たち八雲家が住んでいる場所さ」

 

 

…今年の大晦日は賑やかになりそうである。

 

 

藍さんによると、夜の21時に迎えに来てくれるらしい。

 

なんでも、普通に行けるところではないんだとか。

俺たちはさっさと買い物を済ませて、家に戻る。

今の心境は不安半分好奇心半分ぐらいだろうか。

 

不安になる気持ちもどうかわかって欲しい。

幻想郷の管理なんてことを行ってしまうほどの力を持っている妖怪の住処に、丸腰の人間が行くわけである。

こちらが向こうの機嫌を損ねようものなら、無事で帰って来れるかどうか分からないのだ。

 

 

 

そんなこちらの心情を知ってか知らずか、来る来ないは自由でいいと言ってくれた。

なので藍さんが迎えに来るまでにしっかりと腹を括った方が良い。

 

 

 

 

「影狼、橙のところ行きたい?」

 

 

「え、うん」

 

 

 

決定。

 

 

 

そうと決まれば念入りに準備しておくことに損は無い。

テキパキと手早く準備を進める。

 

すき焼きをしようと思ったがどうもそれはお預けらしい。

 

が、一応何も持っていかないというのもどうかと思ったので、材料だけ持って行って使うようであったら譲るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、いるかー?」

 

 

玄関の外で声がする。

それも知っている声。そろそろ来る頃かと思っていた。

 

 

玄関の戸をひく。

 

 

「迎えに来たが…どうする?」

 

 

「じゃあ、御一緒させていただきます」

 

 

「…思ったよりも二つ返事で了承するんだな」

 

 

 

藍さんの呟きを笑って流して、笠を被った影狼を連れて、片手に料理の材料をもつ。

 

 

「よし。ついてきてくれ」

 

藍さんが片手を軽くふると、地面が裂けた。

裂けたと言うよりも、開いた。

 

それはとても奇妙な代物で、開いた中の暗黒からギョロギョロと大きな目がこちらを覗く。

 

「…あれ、ほんとに入るの?」

 

「だ、大丈夫だよ。一緒に行こうか」

 

恐ろしいものを前に少し怖気ずく。

片足を恐る恐るそこに突っ込むと、すっとひんやりとする。

影狼を抱っこして、意を決して入る。

 

 

すると、思っていたような高所に出ることはなく、普通に地面に足が着いた。

 

 

「ここだ。ようこそ、マヨヒガへ」

 

 

 

影狼を抱っこしたまま、ぽかんと口を開ける俺の足に猫が擦り寄ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡素な家の中に足を踏み入れると、しんと静かながらも美しさを感じさせる雰囲気に包まれた。

 

藍さんに案内されるままに影狼の手を引いて進む。

やがて一室の部屋の前までたどり着いて、藍さんの後に続く。

 

 

 

するとその部屋には1人の女性が座っていた。

 

 

 

 

「あら、貴方が藍が言っていた人?」

 

 

 

妖艶な雰囲気を醸し出す、まさに大人の女性。

でもその中に恐ろしさと底知れぬ強大な存在感を感じた。

 

何故か体がこわばり、一挙一動に目が離せない。

 

 

「お、おとーさん?」

 

「ん?ああ…」

 

影狼の声で正気に戻った。

 

 

寒気が止まらない。

 

 

「ちょっとお話しましょ?まだ年明けまで時間があるわ」

 

 

 

拒否権は最初からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今いる一室の左側には広い庭園がある。

 

そこに集まっているたくさんの猫たちの中心に2人の子供。

 

 

「みんな可愛い子ばっかりでしょ?」

 

「あ!ちょ、ちょっとそんなとこはいらないでっ」

 

 

影狼と橙である。

 

2人で猫に餌をやっているようで、2人を中心に猫たちの渦ができていて、我先にと餌を求めて影狼によじ登っている輩が多数。

 

 

「…君たち、普段はそんなにでれでれしないのに…」

 

 

橙には何故か猫が寄らない。

橙は口をとがらせて呟く。

 

そんな和やかな空間とは一転、部屋の中の俺は生きた心地がしない。

 

俺の正面に例の女性が座っており、その隣には藍さんがいる。

今俺のことを殺そうと思えば、すぐにできるであろう。

 

恐ろしい。

 

先程、話をしようと言われたが何か俺に話したいことでもあるのか。

こちらから問い掛けたい気持ちも山々だが、相手の気分を害する訳にはいかない。

 

俺がじっと待ち構えていると女性が口を開いた。

 

「私は八雲紫。この幻想郷の管理をしているわ。

急に誘ってしまって申し訳ないわね。あの娘と過ごしたかったでしょうに」

 

 

「…いえ、とんでもないです」

 

 

「大抵の事は藍から聞いたの。貴方は今泉さんで、あの娘が影狼。

橙を助けてくれたんですって」

 

 

扇で口元を隠しながら喋るさまは上品さと気品を感じさせた。

 

 

「…ありがとう。ほんとうに助かったわ」

 

「…いえ」

 

 

そんなことが言いたい訳では無いはずだ。

まだ本題に入らないのか。

 

外からは相変わらず楽しそうにはしゃぐ橙の声。

 

 

「それでね、お礼に貴方に伝えとこうと思うの」

 

 

 

 

 

 

 

 

紫さんがわざとらしく表情を緩ませた。

 

それはこちらの反応を伺っているようでも、楽しんでいるようにもみえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あの娘、影狼の悪行を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息が詰まった。

 

 

 

 

 

外からは、影狼と橙の、笑う声。

 

 

段々と夜が更けていく。

 

 

 




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25、薄倖な懲戒

たくさんのお気に入り登録、評価ありがとうございます。




 

 

新年を迎えて、人里の祝賀ムードは程なくして収まり、元の人里の雰囲気を取り戻しつついた。

 

人々で賑わっていた市場や大通りはやや静かで、後片付けや家族で過ごす時間を大切にしているようだった。

そんな中でも、寺子屋はある。

 

いくら年明けであろうと、数日の短い連続した休みの後には寺子屋があるのだ。

嫌いではない。

むしろ、みんなと会えるので楽しいまである。

でも何となく行くまでが面倒なのが寺子屋というもの。

 

 

本日もそんな寺子屋での一日をため息混じりに乗り越えて、まだ寒さが残る人里を歩く。

 

 

 

そうして、日課ともなっているあのおじさんの所へ。

 

 

てってっと駆ける足で踏む地面は、寒さの影響かいつもよりも固く感じた。

寺子屋から出て、真っ直ぐ行ったところのすぐ左。

 

例の霧雨店。

 

 

白い雲のようにも見える薄い雪を頭に、今日も営業しているようだ。

 

 

ここに来るのが日課だと言ったが、毎日必ず訪れるという訳では無い。

霧雨店も決して暇ではなく、おじさんが私と会おうと考えていても、来てくれるお客さんをないがしろにすることは出来ない。

大抵、多くの人が必需品を求めて足を運んでくるため、おじさんが私の相手をできる時は数えられるぐらいしかない。

 

 

霧雨店の大きな窓の淵に手をかけて、精一杯背伸びをして店の中を覗く。

 

 

おじさんがカウンター越しに、女性と話している。

ギリギリすぎてよく見えないが、おじさんの顔がいつもより渋い。

 

忙しそうだな…。

 

そういう時は、私は大人しく店のすぐ外にある小さな緑色のベンチに腰掛けて、足をふらふらとさせおく。

 

 

いつも、お客さんの対応に余裕が出来たり、おじさんの時間が空くと、店のドアをちょっとだけ開けて、ちょっとだけ顔を出して、こういうんだ。

 

 

「…奇遇だな、ちび」

 

 

 

「うんっ!おじさんもっ」

 

 

 

おしゃべりの時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…じじい、いつの間にこんなちびっ子を誑かしたんだ?」

 

「うるせぇ、ちびは良い子だ」

 

 

おじさんの少し後ろに佇む女性は、おじさんとよく似た金色の髪。

黙ってたっている所を見ると、とても美しい上品さを感じさせるが、口を開くと、若干棘のある口調で驚いた。

 

「こ、こんにちは!」

 

「ああ、こんちは」

 

女性がよってきて私の頭を撫でる。

口調とは反対に、細くて女性らしい手が私の髪を滑る。

 

 

「さぁ、帰った帰った。俺はちびの話を聞かなくちゃならねぇ」

 

「ああそうかい。娘より良い子で良かったな」

 

「…そんな態度になる育て方した覚えはないけどな」

 

「ははっ、育てられてねーよ」

 

 

…なんだか喧嘩でもしているようだ。

 

珍しい。

おじさんと女性の間で挟まれた私があたふたとしていると、この場を去ろうとした女性がもう一度私に目をやって、立ち止まった。

 

 

「ん?んん?お前、妖怪か?」

 

 

私が答えずにいると、女性が私をひょいと持ち上げる。

 

 

「大丈夫だぜ、別に退治しようってんじゃない。

ちょっとだけ私の親友が探してるってやつに似ててさ」

 

 

うーん、と思案顔。

やがて、ふっとため息ともとれるような呼吸をした。

 

 

「…まぁ間違えてたら間違えてたでいっか」

 

 

「おい、ちびをどこに連れてくつもりだ」

 

大丈夫、大丈夫。

と、手をヒラヒラさせて私をおんぶして店を出ようとする女性。

背後からおじさんの声。

 

「…ちび!お前の父ちゃんに一応報告しておいてやるから心配すんなよ!

暗くなる前に帰ってこいよー!」

 

「…かほごってやつだぜ。お前、愛されてていいな。

じじい、借りてくぜ。」

 

 

女性の背中におぶわれながら、外に出る。

恐らく、そこまで長くはかからないだろう。

いざとなったら、橙を呼べばいい。

 

先日、マヨヒガで貰った、橙への連絡用の札を分けてもらったのだ。

 

 

帰れなくなる心配はないだろう。

 

 

女性がまたがった箒と共に幻想郷の空に飛び立つ。

 

 

「ほら、すごいだろ。空ってこんなに自由なんだぜ」

 

 

前から吹き付けてくる風をなんのその。

女性は私に話しかける。

 

 

 

「お前、親はいるのか?」

 

 

「う、うんっ、」

 

 

「そっか。どんな人なんだ?」

 

 

 

私の頭の中で、おとーさんの情報がいくつも浮かぶ。

 

 

優しい。

怒らない。

温かくて大きな手。

私を、えらいって褒めてくれる表情。

 

 

「…す、すごいひとっ!」

 

 

総じてそれ。

 

風が強くて目が開けにくい。

 

 

「…大切にしろよ。ほんとうに」

 

 

女性はとんがっている黒い帽子を、深く被り直す。

 

 

 

「…面倒だよな。親って。

 

近くにいるはずなのに、それが理解できない。

二度と見たくないってのに、遠くなると繋がりを求める。

 

面倒だよな。ほんとうに…」

 

 

 

そんな難しいことを、やや俯いて話す姿は、私じゃなくて自分自身に話しかけているようにも見えた。

 

 

 

 

人里が小さく見える。

あの時、おじさんに肩車された時みたいに。

普段の光景が小さく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい!れーむー!いいもん拾ったんだぜー」

 

 

私が今まで来たことがなかった所へ来た。

目の前には大きな赤い鳥居が鎮座していて、その奥には、よく言えば歴史を感じさせる、悪くいえばボロい神社がある。

 

それは、命蓮寺よりも小さいはずなのに、謎の威圧感がある。

私は何故か不穏な空気を感じて身震いをひとつ。

 

これが、やせいのかんってやつなのか。

なんだか近づかない方がいい気がする。

 

 

でも、女性が私を下ろしてすたすたと足早に鳥居の奥へ歩いていっていしまった。

急いでそれに続こうと、鳥居を通るーーー。

 

 

「いたいっ!」

 

 

バチッという何かがはじける音がなって、火傷したような痛みが手に届く。

 

 

何が起きたのか分からず、もう一度、恐る恐る手を伸ばす。

 

 

「…っ!」

 

もう一度当たった。

どうやらここの中までは入れないようだ。

見えない何かがある。

 

 

「お?霊夢のやつ、結界を貼り直しやがったな。

どれ、ついてきなよ」

 

 

女性が振り返って、私の手を引く。

女性が何かを唱えて、鳥居をくぐる。

 

 

すると、不思議な事に先程の何か通り抜けたように何も感じなかった。

 

 

な?と私の方を見た女性はもう一度、私の頭を撫でた。

優しげな手つき。

 

「…これはやみつきになるかもな」

 

 

女性が呟いた、やみつき、の意味が分からず、小首を傾げた。

 

 

「…ぷわっ」

 

 

すると女性は笑って、かわいいな、とか小声で呟いて今度は両手で私の頭をわしゃわしゃと少し乱雑に撫でた。

 

 

 

そんなことをしていると、奥の神社から別の女性の声が聞こえていた。

 

 

 

 

「ちょっと魔理沙!うるさいわよ。

用事があるならさっさとーーー。」

 

 

 

元気よく声を出した女性は、金髪の女性の方を見て話す。

そして私を見て視線を止める。

そして、なにかに気づいたように顔を強ばらせ、何かをぶつぶつと言い始める。

 

「…いや、そんなわけ。

早とちりは良くないわ。紫!出てきなさい」

 

 

やがて虚空に向かって呼びかけたかと思うと、そこが裂けて、よく分からない人が出てきた。

 

 

「あら、霊夢。何かを聞きたいことでもあって?」

 

 

「…分かってるでしょ、白々しい。あの子、本物、なの?」

 

 

「おいおい、私を置いて話を進めないでくれよ。一体こいつがどうしたんだ」

 

 

金髪の女性が私の近くで言うが、あの女性、霊夢と呼ばれている女性は虚空から出てきた女性の方を見て動かない。

 

 

もったいぶっているのか悩んでいるのか分からないが、虚空から出た女性は中々話そうとしない。

 

 

 

 

 

危険だ。

霊夢と呼ばれた女性を見ると、頭が痛む。

 

 

 

 

 

逃げないと。

逃げなきゃ。

 

逃げろ。

 

 

 

 

 

私は背を向けて走ろうとする体を必死に抑えて、顔を上げる。

 

冷や汗が背中を流れる。

 

こわい。

 

 

おとーさんの顔が頭に浮かんだ。

 

 

…帰らなきゃ。

 

 

 

 

「…そう、と言ったら?」

 

 

 

…すぐに。

今すぐに。

 

 

 

 

次の瞬間、その女性が掻き消えた。

 

 

 

 

「お、おい、何してーーー。」

 

 

 

 

 

 

近くで聞こえた金髪の女性の声が途中で途切れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後、爆音。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激痛。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗転。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衝げき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふあん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おとーさーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ?」

 

 

信じ難いことが起こった。

 

私が連れてきた女の子が、霊夢に吹き飛ばされた。

博麗神社の森の方に飛んでいって、とんでもない轟音と共にどこかで、ドゴッと、鈍い音が響いて、止まる。

 

 

 

霊夢が私のそばで、ふーっと深く息を吐く。

その手は小刻みに震えていた。

 

 

そしてあの子が吹き飛んで行った方を睨んでいる。

 

 

 

「お、おいっ!何してんだ…!」

 

もう一度、追撃を喰らわせようと飛んでいこうとする霊夢の袖に掴みかかる。

こんなことは1度だってなかった。

 

霊夢が感情に身を任せて、暴力を振るうなんてこと。

 

いつもは何かを理由があった。

今回もあるはず。

 

聞かなくては。

 

聞いて、霊夢を止めなくては。

 

 

視界の端で、口元を隠して鋭く目を細めた紫が映る。

 

 

 

何をしている…?

 

何が起きたんだ…?

 

 

ほんとうに。

 

 

 

 

霊夢は掴みかかった私を見つめた。

 

 

その目は、酷く冷静で。

 

 

 

無理に抑えているように見えた。

 

 




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26、タラレバの延長線で


すみません遅刻しました。
リアルがいそが(言い訳)





「まあまあ、落ち着きなさいな」

 

霊夢の袖を掴んだまま、森に飛んで行ったあの子の元に行こうとした私を止めたのは、紫だった。

 

今まで静観していただけのはずなのに偉そうだ。

 

「影狼は藍が回収したみたいね。

しばらくはマヨヒガで大人しくしているように言ったはずなんだけど。

全く、独断で動くなんて成長したものよね」

 

 

どうやら霊夢のお祓い棒で吹き飛ばされたあの子は、影狼というらしい。

紫が知っているとなると簡単な問題では無さそうだ。

 

最近になって急に霊夢が妖怪避けの結界を張り出したことにも繋がってくるのだろうか。

 

 

「…」

 

 

霊夢は俯いて黙ったまま。

お祓い棒を持っていない方の片手で頭を抑えて動かない。

 

 

「…紫はこうなることは知っていたのか?」

 

「さあ?」

 

 

半身だけをスキマからにょきりと出して、扇子で口元を隠して言う。

全く掴めないし、煽ってきているようにすら感じる。

 

私が口を開いて抗議をしようとすると、紫の方から話し出す。

 

 

「貴方、何かを忘れてないかしら?

ヒントはみっつまで。さぁ、わかるかしらね」

 

 

「は?」

 

私が何を忘れているって?

突然ちんぷんかんぷんなことを聞いてくるこいつに少し怒りを感じるが、そんなものに身を任せている場合ではない。

 

私の知っている霊夢は、いい意味でも悪い意味でも平等で、自分の感情は二の次にするようなやつのはずだ。

 

 

突然、見たこともないであろう子供に手をあげるなんてことはするはずがない。

 

 

となると、紫が1枚噛んでいるはず。

 

 

「さぁ、はやく」

 

 

とは言われても、何かしらの情報を引き出さなければ、前進も後退もない。

中々答えようとしない私に紫が口を開く。

 

 

「…あなたのよく知ってるはずの人物よ」

 

 

私が答えるのを待っているのは嫌なのか、続けて全てのヒントを言い出す。

その目は怪しげに微笑んだまま。

 

 

「そうね、霊夢に大きく関わったわ。あと幻想郷にも」

 

 

関わった?

 

 

 

 

「博麗の巫女は代替わりをするの」

 

 

 

こいつは何を言っている?

私が頭を悩ませて数十秒が経過して、博麗神社の境内に鳥の鳴き声が戻る。

 

 

「…魔理沙。あんたも覚えてないのね」

 

 

「霊夢も知らないのか?」

 

 

「ええ、抜け落ちたみたいに…」

 

 

 

 

「やっぱり、覚えているのは私だけかしらね。

先代巫女よ、先代巫女」

 

 

やれやれ、と分かりやすくため息をついて遂に答えを告げる。

 

 

 

先代巫女。

 

確かに知っている。

 

 

私が子供の頃に霊夢に会うために博麗神社に足繁く通っている時、霊夢のそばにいたりいなかったりした女性のはず。

歴代の博麗の巫女の中でも群を抜いた実力者で、寡黙。

 

 

覚えてる。

 

 

覚えてるじゃないか。

 

 

 

当たり前である。

私と霊夢を、稽古してくれた師匠とも言える人である。

忘れるわけがないじゃないか。

 

 

「…お母さん」

 

 

近くで霊夢がまた頭を抑える。

 

 

 

でも、なんで。

 

 

 

 

なんで、名前が出てこない?

 

 

 

確かに記憶はある。

記憶はあるのだ。

 

しかし、浮かぶ景色の中に暗黒の影が残る。

それは人型で全ての光を飲み込んで真っ黒。

 

 

 

「…なん、だこれ、そこだけ切り取って抜け落ちたみたいに…」

 

 

 

 

「それが答えよ」

 

 

 

 

思い出す、霊夢が毎朝祈っていた青い小さな宝石のような石。

博麗神社の裏にある、人目のつかない所にある、小さな社。

 

 

 

 

 

 

 

 

1度だけ聞いたことがあった。

 

 

『なぁ霊夢、毎日祈ってるそれ、なんなんだ』

 

 

『そうね、私にも分からないわ』

 

 

『はぁ!?』

 

 

でも、と小さく続ける霊夢の顔がどこか懐かしむようなものになっていたのを覚えている。

 

 

 

『…母親らしいわ』

 

 

 

 

『…霊夢、石から生まれてたのか…』

 

 

『いや、なわけないでしょ』

 

 

 

 

 

 

混乱する私に紫がゆっくりと話を続ける。

 

 

 

 

「先代巫女に関する人々の記憶を封印した石がね、奪われたのよ」

 

 

 

「だから、覚えているのは私だけ。

この広い幻想郷でたった1人だけ」

 

 

 

 

全貌を掴みかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の発端は、暮らしが苦しくて、苦しくてしょうが無くなった貧しいとある妖怪の一家族から始まる。

 

 

 

 

 

暗闇の中のさらに暗闇の薮から顔を出して、狙いを定める1匹の狼男。

 

 

 

 

この狼男は知っていた。

 

毎朝、毎朝、博麗の巫女がとある石の前に祈っては、ぽつり、またぽつりと話しかけているのを。

 

幻想郷でも大きな知名度と立場を持っている博麗の巫女が大切にしている石。

穏やかに光を反射して、宝石のようにも見える。

吸い込まれそうな程に美しい青。

 

 

それを目にした途端、頭の中を支配したのだ。

 

 

ーー高く売れるかもしれない。

 

 

もうそろそろ独り立ちするための練習を始める、可愛い1人娘に、これ以上不便な思いをして欲しくなかった。

 

日中、人に化けて働く。身元がハッキリしていないからろくな仕事につけないまま。

 

 

夜中、時折通る人から金目のものを奪う。人間なんて滅多に通らないから大体は失敗に終わる。

 

 

成功したら3人で逃げようと、狼男の後ろには妻と娘がいる。

 

 

真っ黒な夜空に満月が昇った時。

それに備えて、覚悟を決める。

 

雲がかかっている満月がうっすらと輝きを放つ。

 

 

 

もうそろそろだ。

 

 

 

もう一度だけ、愛する2人を見る。

 

 

 

「うっ!」

 

 

やや緊張しているような面持ちの妻に、何も知らない娘がじゃれていた。

 

 

 

 

これ以上後ろばかり見ていると、決意が鈍る気がしてもう前を向き直った。

 

 

 

ゆらゆらと動く黒い雲が、満月に差し掛かる。

 

 

端が見え始めて、半分を超えて、もうほとんど見えて。

 

 

満月が昇りきった。

 

 

 

 

一目散に石に目掛けて駆ける。

 

 

 

近くにあるはずなのに、中々届かないような錯覚を覚える。

 

 

 

「…あんた、さっきから怪しいと思ってたのよね」

 

 

 

あと一歩。

 

 

 

そこで終わりを告げる声。

 

 

博麗の巫女は比較的優しいと言う話は聞いているが、同時に、悪さをする妖怪には容赦ないと言うことも聞いている。

大切な石を奪ったとなれば、命はない。

 

 

しかし、自分たちのような力ない妖怪が命を繋ぐにはこれしかない。

ましてや娘の幸せのためとなれば、やらないという選択肢は必然的に無くなる。

 

 

 

 

届いたっ…!

 

 

 

夜風にながらく晒されて、ひんやりと冷たい石を掴んで森に走る。

 

 

 

「…あっ!」

 

 

意表を突くことができたのか、博麗の巫女の声が響く。

 

 

よし、このまま森に戻れればーーー。

 

 

 

百里を行く物は九十を半ばとす。

 

 

安堵してしまったのかもしれない。

森に飛び込む後少しと言うところで、足が止まる。

 

いや、止められる。

 

 

「…逃げられるとでも?」

 

 

自分の足に突き刺さった針。

遅れて痛みが襲ってくる。

 

 

…竹林に。

 

 

早く自分たちの住処に帰らなくては。

 

 

針が刺さったまま、興奮しきった頭を必死に回転させる。

 

 

「そこにあんたの家族もいるんでしょ?

今なら許してあげなくもないわ。早くそれを返しなさい」

 

 

巫女が何かを言っているが、もう自分の耳には走る鼓動しか聞こえてこない。

 

 

 

もう、あれしかないか。

仕方がない。

 

 

石を持っている手を口に近づけて、先程とは一転、巫女に向き直る。

 

 

 

「なにをするつもりーー」

 

 

青い閃光。

 

 

 

石を思いっきり噛み砕く。

 

 

 

思念とは、力。

 

 

この石の内包する霊力が尋常じゃないことぐらいは、人目見ただけでわかった。

計画は失敗だが、命あれば問題ない。

 

 

鼓動が更に早まるのを感じる。

自分の力がはね上がるのを感じる。

血肉が沸き立つのを感じる。

 

 

「…え…」

 

 

巫女が目の前で信じられないかのような顔をしている。

 

そんな巫女を蹴り飛ばして、森に走る。

 

 

 

大丈夫、あとは逃げるだけ。

あとは逃げるだけ。

あとは逃げるだけ。

 

 

無我夢中で走る。

 

 

 

先に竹林に戻るよう合図しておいた2人と合流する。

 

竹林はいつも通り静まり返っている。

今だけは騒がしくいて欲しかった。

 

 

自分の後を札がついてきている。

この場所もすぐばれる。

 

 

 

近くの竹に、針が刺さった。

 

 

 

 

決心。

 

 

 

不安そうな娘を竹藪に押し込む。

決して見つからぬように。

 

 

 

 

「…みつけた。殺す」

 

 

 

 

大量の札と共に針が。

虹色の弾幕が。

 

 

 

見上げると、決して少女とは思えない風格の博麗の巫女が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竹林はやがて静まり返った。

もとのように全て戻った。

 

でも失ったものは戻らなかった。

当たり前の話ではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 






ちょっと急いで書いたのでおかしい部分が多々あるかもしれません。
明日、大急ぎで編集しますので、多少内容が変わるかもしれないです。

申し訳ありません。


感想、評価まだの方は是非。

これからもよろしくお願いします!!


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27、生

こんな作品を読み続けて頂いている方々、そして評価してくださる方々には感謝しかないです。





夕日が徐々に沈んでいく途中、いつもの田園がそれに染まっていく。

 

俺は1人、頭の中で紫さんの話を反芻させていた。

正直、分からないことだらけである。

石を奪ったのは影狼自身ではなく、その父親であって、影狼に対して怒りを向けるのは間違っているではないか。

 

俺自身が先代巫女について詳しく知っている訳では無いが、相当な実力者であったらしいから、影狼の父親が力を得たことに危機感を感じたのかもしれないが、それと影狼の関係性は?

 

 

もしかすると影狼にまだ俺が気づいていない力があるのか。

はたまた、石の力は1家全体に及ぶのか。

 

 

 

どちらにせよ、これから注意深く生活する必要がありそうである。

 

 

 

その博麗の巫女からすれば、自身の母を殺されたようなもの。

現在の博麗の巫女は、人里にも滅多に降りてこないため、あの神社で1人で暮らしているのだろう。

妖怪の出入りが非常に多いことから、人里の住民が気味悪がって中々近づこうとしないこともあって、巫女自身の情報は少ない。

が、巫女がかなり若く、まだ十代らしい。

 

そんなに若い年齢で1人で暮らすなんてことは相当な苦痛であろう。

 

そんな中で母親という大事な人と会えない、ましてや一緒に過ごした記憶すらも失うなんて考えられない。

 

 

もしもそんなことが起きた後に、影狼と巫女が出会ったらどうなってしまうだろうか

 

 

 

 

影狼からすれば、両親を殺した憎き敵。

 

 

巫女からすれば、自分の気持ちの拠り所の母親を奪われる原因となった、憎き子供。

 

 

 

お互いの気持ちがぶつかるとどんな化学反応が怒ってしまうか。

最悪な結末も考えられないということは無い。

 

 

 

そもそも、紫さんが先代巫女の記憶を封印した理由は、博麗の巫女の立場を安定させるためなどと言っていたが、先代巫女は殺されたのだろうか。

謎は尽きない。

 

 

 

 

でも、巫女が影狼1家を襲う一部始終を紫さんが見ていながらも、手を出さなかったということは、ある程度紫さんにとっても許せない行為だったのかもしれない。

 

 

しかし、それを俺に話す理由は?

 

 

 

俺はなんの力もないただの人間である。

何かを期待されているのかもしれないが、何をすればいいのかすらも分かるはずがない。

 

 

ひとまず、影狼が寺子屋から帰宅したら、全てを話してあげて今後の対応を話し合うとするか。

 

 

「うわっ!?」

 

 

その時、真横の空間が突然裂けた。

 

 

 

中から迫真の様子で橙が飛び出してきて、俺の足に縋り付く。

 

 

 

「か、がげろうちゃんがーー!!」

 

 

「ど、どうした」

 

 

えぐえぐといつもの元気いっぱいな表情を崩して、両目の涙を拭いに拭う。

とにかく落ち着かせようと、目線を合わせるためにしゃがんで橙の背中を撫でる。

するとさらに勢いを増して泣きはじめる。

 

 

「…今泉、落ち着いて聞いて欲しい」

 

どこか急いでいる感じで藍さんが言う。

その両手には何かを抱えているように見える。

 

一体影狼がどうしたと言うんだ。

全く泣き止む様子がない橙の小さな体を抱く。

 

 

「影狼が、霊夢、博麗の巫女にやられた」

 

 

 

藍さんの抱えるもの、影狼から聞こえる苦しそうな呼吸。

 

 

 

 

ぱさり、と血がついた笠。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なるほど。状況は理解したよ、それに君には前に悪い事をした」

 

目の前で医者が言う。

俺は信じていない。

隣で藍さんが橙をおぶってお礼を告げる。

 

 

藍さんの声掛けで人里の病院まで運ぶ。

 

前のことがあるから、俺はここではないどこかで治療して欲しかったが、ここ幻想郷にある医者は人里にしかない。

厳密に言えば、どこかの竹林にあるそうだが、もう暗くなりかけている中で竹林に入り込むのは自殺行為。

 

影狼の血の匂いで妖怪がよってくることも予想された。

 

だから渋々ここに運ばざるを得なかった。

 

 

不幸中の幸い。

 

影狼は思っていたよりも重傷でなかった。

片手を骨折した他には、打撲やかすり傷ですんだ。

 

まこと信じられない話だが、博麗の巫女に攻撃されて、これだけの怪我で済んだことは奇跡に近い。

喜ばしいことだと思うが、それが俺にはどうも怪しく感じた。

 

普通これだけで済むのだろうか。

あの博麗の巫女に攻撃されて。あの、博麗の巫女にだ。

 

 

藍さん達が影狼を保護した経緯については、しっかりと聞かせてもらったが、その疑問が尚更、強まっただけで何も分からなかった。

 

 

だが、一つだけ、先程の予想が的中してしまったということだけが分かった。

やはり、博麗の巫女は影狼に対して少なからず、いや、相当な怒りを持っている。

 

 

 

「…う…うう…?」

 

 

「おお、目を覚ましたか」

 

 

思考の海に沈む俺の耳の端から医者の声が聞こえた。

影狼の細い声とともに。

 

 

「…い、いたい…おと、さんは?どこ?」

 

 

「…影狼」

 

 

影狼がいる医療用ベットにゆっくりと近づく。

 

 

「影狼、ごめん」

 

「…わるくない、よ。おとーさんは」

 

 

「だ…大丈夫なの?」

 

先程まで藍さんの背中にいた橙がてとてととよってくる。

影狼は笑った。

 

 

「…いや、いきててよかったよ」

 

 

なんと言っていいのか分からなかった。

それは藍さんも同じだったようで、俯いている。

そっか、と橙の声。

 

 

包帯で固定されている影狼の右手が、痛々しかった。

 

 

 

 

テキパキといつもよりも素早く、より真剣に、処置に当たる医者。

影狼に優しく質問を投げかけて、現在の影狼の容態を確認して記録するその妻。

 

 

前回、影狼の受け入れを拒否したのには理由がある。

 

 

『妖怪と同じ病院を使いたくないという人がいるから』

 

 

今は営業時間外であるからといっても、人里の評判にも、今後の病院と住人との関係性にも、良くはないことであるだろう。

 

でも、何も言わずに、影狼が妖怪だから、なんてことは言わずに、丁寧に対応してくれる。

 

 

 

その様子を見ると、慧音さんの影の努力が垣間見えた気がした。

 

もしかすると、変わっているのは俺だけでないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 




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28、林檎





 

 

前に医者が言っていたように、影狼のような妖怪が、人里の病院を利用することに対してあまりよく思わない人がいる。

ということで、影狼はしばらくの間、家で安静にするという処置で落ち着いた。

 

影狼は体調は元気そうだが、時折、何かを深く考え込むような素振りを見せる。

 

「…影狼、痛くないか?」

 

「うん」

 

手の包帯を取り替えたりしている間もどこか上の空。

そんな影狼に俺は頭を撫でてやることしか出来ない。

 

やはり、当事者にしか分からないことと言うのは少なからずあるわけで、無理に言葉を選んで声掛けをするよりも、いつも通りの振る舞いをした方がいいということに思いたり、俺の方から影狼に話を聞き出すということは絶対にしないと決めていた。

 

 

俺には、両親を殺されるという経験はない。

 

 

ましてや、殺した相手と会うということなんて。

それに、相手も悲しんでいる。

 

 

難しいことだが、決してないがしろにしてはいけない問題。

 

いつか、いつか必ず、この子自身の答えを導き出して、解決まで至ることができるだろう。

 

そう信じて、影狼の手当をして、いつもよりも、ほんのちょっとだけ静かな日常を進む。

 

 

 

 

「こ、こんちは!」

 

 

 

その時、外から知らぬ声。

ややぶっきらぼうだが、声色から女性のよう。

 

返事を返して表に向かう。

 

影狼の耳がぴくりと反応した。

 

 

「どちら様で?」

 

 

引き戸開けると正面に、金髪で片手に大きな箒を持った女性。

どこかで見たことが…、いや、誰かに似ている気がするが、俺はこの人のことを知らない。

 

「…霧雨魔理沙だぜ…です!え、ええと…かげろう?のお見舞いに…」

 

目線をきょろきょろと忙しなく動かして、体をもじもじさせながら名乗る。

霧雨?

間違っていなければ、あの霧雨だろうか。

 

影狼はいつの間にこんな人と知り合ったのか。

 

ううむ、子供の友好関係はよく分からん。

とりあえず中に案内する。

 

 

「お、おじゃましまーす…」

 

 

少し緊張しつつも、好奇心を持って入ってきた魔理沙は、椅子に座ってぼーっとしている影狼を見ると、その表情を真剣なものに変えた。

 

 

「…影狼、ごめんな」

 

 

「…あ、あの時の…」

 

 

影狼の元によるや否や、いきなり頭を下げて謝りだした。

 

ついていけない俺を置いてけぼりに、影狼は思い出したように口を開く。

 

 

 

流れる風はまだ少しだけ冷たいまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ということがあって、私が守ってやれなかったばかりに…」

 

 

ひとまず、机を間に、俺と影狼と魔理沙が向き合う。

事の顛末を全て話してもらった。

 

どうやら、魔理沙が影狼を博麗神社に連れていった張本人らしい。

 

で、わけも分からずいきなり攻撃してきた博麗の巫女、霊夢の行動に動揺して、影狼を守ることが出来なかったと。

魔理沙本人はその事に負い目を感じているらしく、俺にも影狼にも繰り返し謝罪の言葉を口にした。

 

 

「…ほんとうに、ごめんなさい」

 

 

俺と影狼の前で、魔理沙が何度目か分からないが頭を下げる。

 

影狼が俺の胡座の中心で、どうしたらいいのかとあたふたしている。

ちなみに、俺も他人からこんなに謝罪されたことがないので、正直困っている。

 

 

どうしようか。

 

下手なことは言えない。

 

俺は次に言うことを悩んだ。

 

 

 

 

悩んで、悩んで、悩んだ。

 

 

 

 

「と、とりあえず、その風呂敷はなんです?」

 

 

 

 

 

悩んだ挙句、話題を変えることにした。

 

 

 

魔理沙が、箒とは反対の手に持っていた、何かが入っている風呂敷。

 

今はどうでもいいのかもしれないが、先程から気になっていなかったと言えば嘘になる。

この際、気になることは聞いてしまおう。

 

 

魔理沙が顔をあげたのを見て、影狼がほっとしたような表情を浮かべたかと思うと、俺を見上げて、ないす、と言わんばかりに笑って左手の親指を立てた。

 

 

 

「え?ああ…お見舞いには林檎をもってけって、じじい…じゃなくて父親が…」

 

 

 

 

なるほど、と言う俺の声。

 

 

やった、と喜ぶ影狼の声。

 

 

ふたつが同時に重なった。

俺たち二人の間で起きた軽い笑いが、魔理沙にもうつったようで、先程までの後悔に満ちた顔に微かに笑顔が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…魔理沙は父親と仲直りしたのか?」

 

敬語はやめてくれと言われたから、できるだけ違和感を押し込んで話す。

 

 

 

それは、ひとつの疑問から始まった話。

 

 

 

「…そうだな」

 

 

なんだか苦虫を噛み潰したような顔。

影狼が林檎を食む。

 

 

「きいて、くれるか?」

 

 

俺と影狼が同時に頷いた。

 

 

「あいつに会いたくないんだ。できるだけ。

父と母には会いたくないんだよ」

 

「…」

 

 

「私のことを理解してくれないし、理解しようともしてくれない。

本当に、心底あいつらの顔を見たくないんだぜ。多分、あいつらも同じさ」

 

 

 

人里中の人々は霧雨店の一人娘がいなくなったということよりも、その一人娘が生きているか否かの方が話題になった。

それでも、あの店主とその奥さんは諦めなかった。

 

いや、俺からは諦めているように見えなかった。

 

俺は知っている。

 

毎日、毎日、あの店の前を肩を落として通ると、必ず店主が話しかけてくれる。

最初はそのことすら面倒だと感じていたが、心のどこかで助けられていた自分がいたのかもしれない。

 

その時に、必ず人里の掲示板を見に行って新しい情報がないかと足を運ぶ姿を。

 

 

だから、魔理沙。

 

 

 

彼らは決して君のことが嫌いなんかじゃないよ。

 

そう言いたい気持ちを飲み込んで話を聞き続ける。

 

 

 

「…でも…でも、たまに思うんだよ。魔法の森に1人だけで、静かな空間にいると。

大変だった研究を成功させて嬉しい時も、失敗して試行錯誤に明け暮れる時も。

 

なんでか…あいつらの顔が浮かぶんだ」

 

 

 

「…そっか」

 

 

 

「近くに行けば苛立ちを覚えるし、遠く離れると…、自分でも信じたくないが、会いたくなるんだ。そして思うんだよ。

もしかしたら、もしかしたら私は後悔してるんじゃないかってな」

 

 

「それを、話したりしないのか?」

 

 

「…理解してくれないなら言っても無駄だぜ」

 

魔理沙が静かに俯いて、自身の元にあるうさぎの耳を生やした林檎をかじる。

 

 

 

「魔理沙、俺はね、会いたくても会えないんだ」

 

 

「…ん?」

 

 

魔理沙は林檎をもぐもぐ。

顔を上げた。

 

 

「未だに、後悔している。未だに、ずっとね。

 

母に謝りたいことなんてあげたらキリがない。

大事にしていた花瓶を割って、ごめん。

沢山迷惑かけたし、困らせた。

でも、その時の俺は適当に謝ることしかしなかった。

 

父には、怒りたいことが沢山ある。

 

母と子の2人を残して死にやがって、てな感じで。

 

 

ふたりに話したいこと、言いたいことはとにかく沢山あるんだ。

 

 

病気治せなくてごめん。

 

全然話し合いなんてしなくてごめん。

 

反抗してごめん。

 

 

 

 

 

 

 

一生にたったひとりだけの、息子が、俺でごめん。

 

 

 

 

でもね、会いたくても、会えないんだ。

謝りたくても、謝れないんだ」

 

 

 

 

魔理沙の肩が強ばる。

影狼は下からじっと俺を見つめる。

 

 

障子が外からの風で、かたかたと揺れた。

 

 

 

 

「魔理沙。

 

 

失うということはね。

 

 

おはようだとか、おやすみだとかの何気ない日常の言葉すら言えないんだよ。

つまり、その人自身の肉体そのものを失うだけということではないんだよ。

 

もう会えないんだ。会いたくても。

 

やがて、子供の頃の楽しかったはずの思い出すら消えていくんだよ。

 

俺はもう初めての夏休みの記憶は覚えていない。

 

そして消えたものはもう戻らないんだ」

 

 

「…会えない」

 

 

魔理沙が俺の言葉をそのまま呟く。

 

 

「長くなっちゃったけど、つまり俺が言いたかったのはね」

 

「…」

 

 

「生きていれば、分かり合えるんだよ。きっとね」

 

 

魔理沙が先程まで畳に置いていたとんがり帽子を被って立ち上がった。

 

 

「…じゃあ、じゃあ3人で霊夢のとこ行こうぜ」

 

 

唐突に何を言うかと思えば、そんな提案をしてきた。

 

 

「私のことは後回しでいい。もう気持ちは固まった。

 

だから今は影狼と霊夢の問題を優先しよう。

ほら、大切なものを失う前に、さ」

 

 

と言われても、影狼が心配だ。

 

 

つい2日ほど前にトラブルがあったばかりで、霊夢と会うのは些か抵抗があるのではないだろうか。

 

胡座の中の影狼を見る。

 

俺の目と影狼の目が会った瞬間、影狼はのそのそとはって魔理沙の元へ。

 

 

「…行こう」

 

 

 

立ち上がったままこちらの様子を伺う魔理沙の右手をとった。

影狼の左手が魔理沙の右手と繋がる。

 

 

 

それを見て、俺も覚悟を決めた。

 

 

 

行こう。3人で。

 

 

 

もう後悔をする人生は終わりだ。

さあ、行動するとしようか。失う前に。

 

 

 

 

 

 





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29、分かっているけど分からない

 

 

博麗神社の中の一室で、明かりもつけることなく端っこに小さくなる影が一つ。

 

博麗の巫女、博麗霊夢その人だ。

 

普段の妖怪退治をしている時の強気で余裕そうな雰囲気は微塵もみえない。

体操座りをして、膝と膝の間に顔を埋めて動かない。

 

その近くに、1人の女性。

非常に心配そうな表情で霊夢の隣に座り込んでいる。

 

 

「…ねぇ紫。私、間違ったことしたわよね」

 

「そうね、かもしれないわ。でも、殺すつもりがなかったことは知ってる」

 

 

酷く重苦しい空間で、霊夢が先に口を開いた。

 

 

「仕方がない。そう言い聞かせるしかないんじゃないの?」

 

 

妖怪の賢者、紫が霊夢の背中を撫でる。

 

ただ、霊夢は浮かない表情を貼り付けた顔をあげて、紫を睨みつけた。

紫は少しも臆する様子を見せず、霊夢を見つめ返す。

 

 

「あんた、私は知ってるわよ。

私があの子を殴り飛ばそうとした時、いち早くすれすれの所に結界はったわよね?

私のことを分かっているふりして、あんたもあの子の肩を持ってるんじゃないの?」

 

 

影狼が霊夢に攻撃された時のこと。

 

今泉も疑問を抱いていたが、実力も体格も霊夢に大きく劣っている影狼が、本気で攻撃されてあの程度の怪我で済んだのはおかしい。

 

その答えは紫にあった。

 

 

「…ええ、確かに、あの子を守ったわ」

 

「だったら!」

 

「でも、私もあなたと同じような気持ちよ。

今は亡き旧友を2回も殺されて、笑っていられると思って?」

 

 

紫も、霊夢同様、怒りの気持ちをもっていた。

 

 

「でも、でもまだ未来のある、直接的には関係がないあの子を殺してしまうのはいくらなんでも可哀想だと思ったの」

 

 

「…」

 

 

「それに、あの子が鍵になるかもしれなかったのよ。

貴方も知っているでしょうけど、あの種族は仲間同士の繋がりが強いわ。

1人が得たものは共有される。

 

あの石の力を得たのは、あの子の父親だけじゃないのよ」

 

 

「…何が言いたいの?」

 

 

「…あの子が先代の記憶をもっているはずなのよ」

 

 

 

「…でも、それでもお母さんを殺したのには変わりはない!

2回も、2回もよ!考えられる?

 

1回目は私に何も言わずに戦いに行って帰らない。

 

2回目は石を噛み砕かれて、記憶そのものを。

 

…やってられないわ」

 

 

 

先程よりもやや強い口調で話す霊夢の表情からは、様々な考えが入り交じっていることが想像出来る。

 

 

「…」

 

 

紫は落ち着いた様子で、扇子を開いて手に持つ。

霊夢や魔理沙から胡散臭いと言われることの所以でもあるが、本人は強そうだ、と気に入っていたりする。

 

霊夢が今度は遠慮がちに口を開く。

 

 

「…あんなに小さな子に手を出したなんて。

わたしってほんとに最低ね」

 

 

 

そう呟いたと思うと、また直ぐに膝と膝の間に顔を埋めてしまった。

 

 

 

あのトラブルがあってから今日までの数日、霊夢がずっとこんな様子なものだから、紫は心配になって、話をしようとついにここに姿を現すまでに至った。

 

 

 

どうしようもない程の罪悪感と自己嫌悪の波になんども飲まれては、浮かぶ霊夢の姿は、誰でも心配になると言うものだろう。

紫が何かを言っても上の空でいることが多い。

 

 

 

 

それは、母を失った後の今泉によく似ていた。

 

 

 

 

事実、霊夢は母を失ったのだ。

この状況になるのも当然だと、ぎりぎり言えるだろうか。

 

 

 

 

 

霊夢の頭の中には様々な姿。

 

 

 

優しかった母。

 

 

強かった母。

 

 

守ってくれた母。

 

 

 

 

 

どれもこれも黒く塗りつぶされている。

 

 

 

 

 

楽しかった日々。

 

 

 

悲しかった日々。

 

 

 

忙しくも充実した日々。

 

 

 

 

 

そのどれもが、1部分だけ、大切な場所が切り取られている。

 

 

 

 

 

 

今、霊夢の心を支配するのは、大切な思い出の中心が、ただ幻に消えていくことの悲しみと無気力だけだ。

 

 

 

 

もう一度、霊夢が顔を上げた。

 

 

 

「ねぇ、紫。

私、博麗の巫女じゃなくて、普通の家庭が良かったわ」

 

 

 

 

 

紫がなんと返そうかと悩む。

 

 

 

 

 

 

すたすたと、歩く足音。

 

 

 

普段は人が来ない階段をのぼる足音。

 

 

 

砂利を踏みしめて近づいてくる足音。

 

 

 

 

 

 

「…誰?」

 

今何者かに襲われたらたまったものじゃない。

お祓い棒を手にして、立ち上がる。

 

 

 

 

 

近づいてくる、足音。

 

 

 

 

3人の、足音。

 

 

 

 

後悔の抜け道へと導くことになるかもしれない、確かな足音。

 

霊夢は意を決して、障子を開け放った。

 

 

 

 





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30、足並みを揃えて

 

 

ぴしゃり。

 

音を立てて勢いよく障子を開け放つ姿。

神社の縁側のところに仁王立ちで、紅白の巫女服を着た少女が現れた。

 

俺の背中の上の影狼がぶるりと身震いした。

 

「…霊夢」

 

俺の隣で魔理沙が呟く。

 

どうやらあの紅白の少女が博麗の巫女、名前は霊夢と言うらしい。

 

霊夢は片手にお祓い棒を手に、仁王立ちで縁側に立っていて、こちらを睨んではいるが、どこか疲れていそうだった。

 

少しやつれた表情で、よく寝てなさそうな顔である。

その顔は、徹夜をした後の顔に似ている。

 

 

その霊夢の少し後ろから、にょきっと紫さんが顔を出す。

 

 

 

なにやらごにょごにょ二人で話しているようで、霊夢がこっちを見たり紫さんを見たりと忙しない。

 

 

 

 

やがて、俺達3人が神社と鳥居のちょうど半分にたどり着いた時、霊夢がゆっくりとこちらに歩いてきた。

やや俯いていて、表情は見えないが想像はできた。

 

影狼を俺の後ろに行かせて、また同じことを繰り返さないようにしようと試みる。

 

しかし、影狼は後ろに行かせようとする俺の手を軽くどかして、拒否した。

恐らく、俺の行動と反することをしたのはこれが初めてだと思う。

 

影狼は霊夢の真正面に立った。

 

「…」

 

魔理沙が少しだけ強ばった表情で、影狼の近くによろうとした。

 

 

「…やめておこう」

 

 

その魔理沙を俺が片手で行く先を止める。

霊夢と影狼にしか出来ないことはあるはずである。

 

見守ることに徹しよう。

 

例えどんな結果になったとしても。

 

 

 

「…あんた、怒ってないの?」

 

 

「うん」

 

 

 

小さな森がついた丘の上の博麗神社に吹き付ける、冷たい風。

それに緊張感を感じてしまうのは、感情が影響しているからだろうか。

 

 

 

「あんたのお父さん、良い人そうね。

本当のお父さんは…もういない訳だけど」

 

 

「うん。良い人。すっごく」

 

 

「…そう。

いや、こんな話がしたいんじゃなくて」

 

 

霊夢の様子を見守るのは俺と魔理沙だけじゃない。

紫さんと、その後ろの空間の裂け目から籃さんと橙が顔を出して見ている。

彼女達の、2人だけの、話し合いを。

一挙一動を、見守っている。

 

「…もしも、私がいなかったらあんたは…」

 

 

「…」

 

 

「もしも、私がいなかったらあんたのその腕は…」

 

 

「…」

 

 

「もし、私がいなかったら……あんたの家族は…!」

 

 

 

 

 

 

「…いいよ」

 

 

 

 

霊夢の呟くような話のその先は言われることは無かった。

 

 

影狼はしっかりと顔を上げて、霊夢を見つめる。

胸を張っている姿の端、怪我をしていない左手の先が震えている。

 

 

「…影狼っ…」

 

 

魔理沙の呟きは冷たいそよ風に飲まれて消えた。

 

 

 

「…でも、私はあんたに…」

 

 

 

「おねーさん、私は…今、しあわせだよ」

 

 

 

「…それでも、今よりももっと良いーーー」

 

 

 

 

「おとーさんがね」

 

 

 

影狼の耳がぴくぴくと動く。

遮るような一言。

 

 

「過去よりも、今が大事だって。だから、もういいよ」

 

 

霊夢が顔を上げた。

少しやつれた表情で、目の下にくまがあるようにも見える。

 

 

しばらく間が空いて、影狼が再び口を開く。

 

 

 

「じゃあもしも、わたしがいなかったらおねーさんは?」

 

 

 

先程まで流るる雲に遮られていた太陽から、暖かい日差しが顔を出した。

影狼と霊夢を照らす。

 

 

「それは…あんたが…」

 

 

もし、もしも影狼がいなかったら、霊夢はひとりぼっちのままなのだろうか。

影狼が言いたいことは、石がどうのこうのでは無いみたいだ。

影狼はゆっくり、確かめるように言葉を並べる。

 

 

「おねーさんの周りに、友達がたくさん。

 

おとーさんも、金髪のおねーさんも、橙ちゃんも…私も。

 

ね?…今が大事じゃない?」

 

 

 

「…影狼」

 

 

 

先程まで保たれていた一定の距離感の均衡が崩れた。

霊夢がしっかりとした足どりで、影狼による。

 

 

影狼の手の震えが少し大きくなって、後ろに下がりそうになった体を無理矢理前に傾ける。

 

影狼、頑張れ…!

 

 

ここで手助けをするべきじゃない。

あと少し、あと少しだけ。

 

 

 

「…ごめんなさい」

 

 

霊夢が自身よりも小さな影狼の目線に合わせる。

しゃがんだ霊夢と影狼の距離はとても近い。

 

霊夢が影狼の目をしっかりと見て、謝罪の言葉を言った。

 

影狼は少し遅れて、ぺこりとお辞儀をした。

 

 

「わ、私もごめんなさい…」

 

 

その時、霊夢が予想外の行動を起こした。

 

 

 

「…か、かげろうっ!」

 

「…うっ!ぷわっ!」

 

 

しゃがんだ姿勢そのままに、影狼の小さな体が、その霊夢の胸の中に収まった。

 

 

ごめんね、ごめんねと呟きながら影狼を抱きしめる霊夢の声はかすれていて、涙を流しているみたいだった。

 

 

最初、影狼はどうしたら良いのかと、こちらに助けを求める視線を送っていたが、はっと何かに気づいて、謝りに謝る霊夢の頭の上に左手を置いた。

 

 

「…だ、だいじょぶだよ…私たちがいるから、もうひとりじゃないよ…!」

 

 

 

…霊夢の泣きえずく声。

 

 

「ぐぇ!おねーさん、く、くるしいよお!」

 

 

その腕に自然と力が入る。

 

「…よかったな、霊夢」

 

 

 

しみじみと語る、魔理沙の声。

 

ふと、霊夢と影狼の後ろの方に目を向けると、紫さんが涙ぐんでいた。

俺に気づくと、俺に背を向けて動かなくなってしまった。

 

 

 

もふもふ影狼はきっと不思議な力を持っている。

 

 

 

 

母を亡くした俺。

母を失った霊夢。

 

 

 

生きる意味が分からなくなっていた俺。

ひとり後悔と憎悪の狭間で揺れていた霊夢。

 

 

 

無気力で周りとの関係を拒んでいた俺。

神社に妖怪よけの結界を張ってまでこもっていた霊夢。

 

 

 

 

 

何かと似ている境遇の俺と霊夢の負からの脱却の鍵となったのは、どちらも影狼だ。

 

 

 

 

 

 

 

もふもふ影狼は、不思議な力を持っている。

 

 

 

 

 

 

 

霊夢の、親を手にかけた事と影狼を怪我させたことに対する謝罪の声と、影狼の必死に、落ち着くようにお願いする声にそう感じた。

 

 

 

 

いや、そう感じざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊夢!いい加減離してやれよ、私の番だぜ!」

 

「ええそうね、後3時間ぐらいしたら代わってあげるわ」

 

 

「お、おとーさん、助けて…」

 

 

 

霊夢の生活している一室にて、奇妙なやり取りが繰り広げられている。

 

 

 

部屋の中心にある炬燵を囲んでいるのでとても暖かい空間となっている。

が、影狼にとっては結構きついかもしれない。

 

 

なぜなら、影狼が今いる位置は霊夢の膝の上。

 

 

つまり霊夢と炬燵の間。

そしてその体勢のまま、霊夢に抱かれているのだ。

 

影狼の顔だけがこちらに見える。

わたわたと慌ててこちらに助けを求めて伸ばした腕は、悲しいことに俺には届かない。

 

霊夢に耳をつままれては離され、つままれては離され、完全に遊ばれていた。

 

 

「頼む!一生のお願いだ、霊夢!」

 

「ふーん、あんたの一生より私は影狼を選ぶわ」

 

「…あつい」

 

 

とは言いつつも影狼も楽しそうに笑っているので、別に助けなくても良いだろうと、俺は籃さんが運んできたお茶を啜る。

 

 

「あ、そういえば」

 

 

すると、先程までにこにこと微笑ましいものを見て笑っていた紫さんが思い出したように口を開いた。

 

それを合図にしたかのように、皆が口を噤む。

 

 

「先代の記憶、なおせちゃうかも?」

 

 

 

…そんなに軽く言うようなことじゃないんですがそれは。

 

 

「本当?」

 

「ええ」

 

 

驚いていてもしっかり影狼を離さない霊夢が問う。

 

 

「籃が徹夜で調べまわった結果、あるふたつの条件をこなすことが出来れば、なおせるはずよ」

 

 

紫さんがそのふたつの条件を、1つづつ指を立てて話す。

 

 

①、稗田阿求の幻想郷縁起の中から、先代巫女のページを見つけ出す。

 

②、地底に行ってさとり妖怪に、影狼が持っている石の記憶を見てもらって記録する。

 

 

「影狼はね、種族上あの石の本来の機能である、先代の記憶の封印の役割を受け継いでいるのよ。力までは無理っぽいけども。

つまり、影狼は先代の記憶を持っているはずなの」

 

 

何かを言おうとした霊夢を遮って、紫さんは、でも、と続ける。

 

 

「それは記憶の奥深くなのよ。

自分で思い出すのはとても難しいの」

 

「なるほど、そこでさとりの出番ってわけだな」

 

魔理沙の一言に、そのとうり、と紫さん。

 

 

 

「ってことは、地底へ行かなきゃ行けないのか?」

 

 

 

地底。

 

まだ人里の誰も行ったことがなであろう場所。

というより、行けない。

妖怪の山付近にあるという、大きな穴の下に恐ろしい妖怪たちが住んでいるのだとか。

 

そんなところに行くのか。

 

博麗の巫女の霊夢や実力者の魔理沙がいれば、大抵の事は大丈夫だと思うが、心配なものは心配である。

 

 

 

「ええ、とりあえず影狼は必須ね。

今泉さんもついて行きたいかしら?」

 

 

「はい、じゃあご一緒します」

 

 

 

行かないという選択肢は、ない。

 

影狼に何かあったら困るということもあるが、この先代の記憶をめぐる騒動の最後を見届けたかった気持ちが強い。

 

 

 

「じゃあ決まりね。

霊夢、貴方が今泉さんと影狼を迎えに行きなさい。

色々準備して、明後日ぐらいがちょうどいいでしょうから」

 

 

 

一難去ってまた一難。

 

霊夢と影狼の間の蟠りはなくなったようだが、根本的な解決に至るには、記憶を復元するのが重要になるだろう。

 

 

まだまだやることが多い。

でもそんな日々が楽しく感じている自分がいる。

 

 

帰り道、やけに甘えてくる影狼を見てそう気づいた。

 

 

 

 

 

 

 





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31、おいでませ楽しき地の底へ 前編

ひゅおうと大きな唸り声をあげる穴の前に、4つの人影。

 

 

穴のすぐ近くで立つ2人。

霊夢と魔理沙である。

 

一度訪れたことがあるらしく、また行くのか、と不安材料は地底に行った後の事だけ。

 

一方、その2人の後ろで穴に近づかない者、俺と影狼は別の不安があった。

当たり前と言ってはそれで終わりだが、着地に失敗したら死んでしまう。

穴は底が全くと言っていいほど見えない。

ただ腹を空かせた怪物の唸り声と、冷たく不気味な風が登ってくるだけ。

 

 

「…本当にこの下に街なんてあるのか?」

 

 

誰に言うでもなく呟く。

影狼が俺の足にしがみついた。

 

 

「…高いとこ…むり」

 

 

悪いな、影狼。

俺も。

 

 

「そんなこと言ってもな…。

それよりも霊夢、影狼を運ぶのは私だからな」

 

「は?いくら魔理沙のお願いだと言ってもそれは妥協できないわ。

ここはひとつ、じゃんけんで決めましょ」

 

 

そんな俺たちの不安は蚊帳の外。

 

 

もふもふな影狼を合法的に抱きしめて、地底の街に行くまでの間暖かい時間を過ごす権利を決めるじゃんけん。

題して、影狼じゃんけんをし始めた。

 

これはもう止められない。

 

最近買ったばかりのマフラーに鼻をうずめた影狼が、ぷるぷると震えた。

 

 

「…助けて、おとーさん」

 

「…こればっかりはどうしようもないかも」

 

 

 

勇気をだして、穴の近くによってみる。

 

 

「ひえ」

 

 

少し、ほんの少しだけ覗き込んでみれば、本当に真っ暗。

朝が進んで、昼の足音もそこそこ近づいてきているような時間帯だと言うのに、地底への道は直線的で一切の光も反射しようともしていない。

 

それにしても、地底とは一体どのような暮らしが繰り広げられているのだろうか。

 

 

噂では鬼が住んでいるのだとか、恐ろしい能力をもつ凶暴な輩がいるだとか様々。

霊夢に聞いてみても、陽気よ、の一言のみ。

 

地底と言えば、地上から隔離されているし太陽の光が届かないことから、じめじめとくらいイメージがあるが、案外そんなことも無く、日々どんちゃん騒ぎをしていたりするのかもしれない。

 

 

「…さむ」

 

 

「うん」

 

 

ふしゅっ、と影狼のくしゃみ。

 

 

 

 

不安げに穴を見つめることしか出来ない俺たちの後ろから歓声。

 

 

「よっしゃー!!残念だったな、れぇいむー!

影狼、早く行こうぜ!

任せろ、安全運転かつ最速で行くぜっ!」

 

 

「う、うんっ」

 

 

「…行きましょ、今泉さん」

 

 

 

非常に喜んでいながら、しっかりと霊夢を煽ることを忘れない。

影狼はちょっと遠慮がちな笑顔で俺の足から離れて、魔理沙に駆け寄る。

 

 

そんな魔理沙と影狼を一瞥して、肩を落として霊夢が俺の元へ。

 

 

 

霊夢の背後では魔理沙が影狼を撫で回している。

霊夢は俺の前で肩を落としてこの世の終わりみたいな顔をしている。

 

 

天国と地獄。

俺には泣きそうな霊夢を慰めることしか出来ない。

 

 

「えへへ…あ、ちょっとまって」

 

影狼が魔理沙に小声で喋ってこちらに駆けてくる。

いや、正確に言えば霊夢の背中に向かって駆ける。

 

「…はぁ、今泉さん、今度神社に影狼をーー」

 

 

「うううっ!」

 

 

「うええっ!?」

 

 

 

霊夢の隙だらけの背中に、影狼が唸り声とともに飛びついた。

 

 

 

「か、影狼?どうしたの?」

 

 

「おとーさんをよろしくねっ!

わたしよりも重いと思うけど、がんばって!」

 

 

 

…霊夢が固まった。

 

 

 

よしっ、と一声、役目を終えた影狼が魔理沙のところに戻って、箒の後ろの方にまたがる。

魔理沙が軽くジャンプすると、ふわりと浮き上がった。

影狼は魔理沙の腰に両手を回して目をつぶった。

 

 

 

「よし!今泉さん。

命に変えても運ばせてもらうわ!」

 

 

先程までの重い空気はどこへやら。

霊夢さん頑張っちゃうぞー、とやる気に満ちている。

 

はい、と差し出された両手の手を、なんなのか理解もせずに合わせた。

 

 

気づけば両手を掴まれて、葉を掴まれた大根のようになっていた。

 

 

 

穴に落ちていく先程まで踏みしめていた地面。

力が抜け落ちてどうしようもなくなるため、下を見るのはやめた。

 

すぐ近くで、穴を下降しながら霊夢を煽る声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、温泉が至る所にあるんだぜ」

 

「…でも風は冷たいよ?魔理沙さん」

 

 

先程よりも下るスピードを緩めて、4人でおしゃべりしながら降りる。

 

 

霊夢と魔理沙の話を聞く限り、暖かい場所であるという事がわかったが、それと反して下から上る風は冷たい。

地上の風よりかいくらかましかもしれないが、それでも寒いものは寒い。

 

 

「あ、今泉さん。下見て見なさいよ、明かり見えてきたわ」

 

「…ごめん、むり」

 

 

恐らく霊夢が意地悪をしているなんてことはなく、本当に明かりが見えてきているのだろうが、ここだけは譲れない。

俺は地上からずーっと霊夢を見上げる形で輸送されている訳だが、たまに、霊夢がイタズラをしてくることがあった。

 

もう地面だから下を確認しろ、と言われて見てみれば、真っ暗な口。

 

影狼は怖がっていないから、と魔理沙と影狼の方を見てみれば、相変わらず必死に魔理沙につかまって目をぎゅっと閉じている影狼。

 

 

騙したな、と霊夢を見上げれば、くすくすと楽しそうに笑って、ごめん、と全く悪びれた様子なしに謝る。

 

 

「いやー、中々この穴って長いんだな」

 

 

「そうか?前来た時よりは楽だと思うぜ。

妖精達とか怨念とか居ないからさ」

 

 

俺の返事を期待していないぼやきに返答。

 

 

「あ!今泉さん、あぶなーー」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

霊夢からの突然の呼びかけ。

下を見てみれば、蜘蛛の巣。

 

 

俺の足に糸がついたかと思うと、一気に下に引っ張られる。

俺の手の先には信頼出来る霊夢が。

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

 

手が離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どさっという音とともに柔らかい何かに着地。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、人間だったのか、珍しいねぇ」

 

 

 

 

「蜘蛛?」

 

 

 

 

茶色の蜘蛛が。

蜘蛛と言ったら少し語弊がある。

蜘蛛のように糸を手のひらから生成する女性がいた。

 

 

 

「失礼な、私には黒谷ヤマメって名前があるんだよ」

 

「は、はぁ」

 

 

 

「いまいずみさーん!生きてるー!?」

 

 

上の方から、焦っているような霊夢の声。

 

 

「おや、この声は…。

いつぞやの人間に似てるねぇ」

 

「…知り合いなんです?」

 

「まぁ、顔見知り程度だよ。

あんたみたいな正常な人間は私、食べないからさ。

ちょっとじっとしててくれよー」

 

 

「…どうも」

 

 

 

俺の足の先に絡まりついた糸を解いていく。

なんだか体が奇妙な感覚だ。

 

人生で1度でも巨大な蜘蛛の巣に体全体がひっかかったなんて人間はいるだろうか。いや、いないだろう。

 

 

 

「あ!お前、ヤマメじゃないか!」

 

 

「ああ、魔理沙か!」

 

 

 

やっぱり知り合いらしい。

何やら2人で話こみ始めた。

 

 

上からすすす、とゆっくり降りてくる人がひとり。

 

 

 

「えっと…その、ごめんなさい」

 

 

「うん、大丈夫」

 

 

別に霊夢が悪い訳ではなく、下を確認していなかった俺が悪いのだ。

もういつの間にか地面についているから、次の心配はない。

切り替えていこうじゃないか。

 

 

「…あの、今泉さん、怒ってる?」

 

「え?なんで?霊夢に怒る理由なんてないよ」

 

「…よかった」

 

 

霊夢はまだ前のことを引きずっているのか、関係が壊れるのを怖がっているようにも見えた。

杞憂すぎるにも程がある。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。

ほら、影狼もいるしさ。霊夢は心配性だなぁ」

 

「…ま、まぁね。知ってたわ。

一応、ほんとに一応聞いておいたのよ。

全く、変な勘違いはやめて欲しいわ」

 

 

「はいはい」

 

そんなことを言って、逃げるように盛り上がっている魔理沙とヤマメというらしい女性の元へ行ってしまった。

 

 

取り残されて地面に座っている俺に、影狼が手招き。

 

 

「だいじょぶ?

あっちの方、建物がいっぱいだよ?

おとーさん、置いてかれちゃうよー」

 

 

「ああ、今行くよ」

 

 

確かに、少し遠くに建物と明かりが見える。

というか、地底でも雪が積もっているなんて、どういう原理なんだ。

 

 

「…っ!?」

 

 

立ち上がろうと、片足を立てる。

すると、何故か左胸の辺りがいたんだ。

 

 

俺は不整脈を持っている。

 

 

こんな時に、と少し顔を顰めて、深呼吸。

すると、先程まで騒がしかった胸の辺りが落ち着いていくのを感じる。

 

完璧に立ち上がる。

雪と冬の香りに混じって、硫黄の匂いも少しだけだが感じた。

 

そして、怪訝そうな顔をしている影狼の元に小走りで向かった。

 

 

 

 





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32、猫とおてんばと転生者

また明日からがんばろう。





 

 

実はこの、先代の記憶復元計画にはふたつのグループが存在する。

 

ひとつは今泉達の地底に向かって、さとり妖怪を訪ねるグループ。

もうひとつは稗田の御屋敷を訪ねて、先代巫女が記載されている幻想郷縁起を探し出すグループ。

 

 

「…どうしてひとりなんだろ」

 

 

はぁ、とため息をひとつ、御屋敷の門の前に立つ者。

赤い帽子を被っているが可愛らしい小さな耳が見え隠れ。

猫のような細長い2本のしっぽはぴんとたったまま。

 

先程、グループがふたつとしたが、正確に言うとそれは間違っている。

正確には、グループがひとつと単独行動がひとつ。

 

 

そのためこの少女、八雲 橙はひとりで大きな門を見上げているのである。

 

 

 

橙だけが単独行動なのには理由があるが、当の本人は、籃と紫が忙しくて一緒に来れないと聞かされている。

 

一見真っ当な理由に聞こえるそれには裏がある。

 

 

「橙…!これも貴方の成長のため…」

 

「紫様、そんなに前のめりになると私が見えないです」

 

 

籃や紫は、仕事で忙しいのではなく、橙がひとりで大事な仕事をやり遂げることを見るのに、忙しいのだ。

 

橙の後ろの方の少しばかり上。

 

 

その辺にある少しだけ裂けた空間の隙間から、2人が見守る。

 

 

 

今泉も、影狼が熱を出しただけで大騒ぎするような中々な親バカであることは誰にでも分かりきったことだが、この2人はその比ではない。

橙がたまに感じると言っていた視線は全てこの2人のどちらかと言っても過言はないだろう。

 

 

八雲 橙は監視されているーーー。

 

 

見守るなんてレベルではない。

監視というのが妥当だろう。

それが愛のある監視(?)ならば良しとするべきであろうか。

 

そして今回も、大事な役割を果たして大活躍する橙を見たいがために、2人して忙しいから、と橙を1人、人里へ送り込んだ。

阿求とは顔見知りらしいので、そこまで苦戦することはないだろうとひとりで送り出すことを決定した。

 

 

こんこんと軽くノックする。

 

 

大きくも落ち着いた雰囲気を持つ稗田の御屋敷の門はぴくりとも揺れることなく、音だけを鳴らした。

 

一瞬、間が空いた後、とたとたと軽やかな足音が聞こえてきた。

 

 

そしてこちらに迫ってきたと思えば、門が勢いよくあいた。

 

 

「影狼ちゃんっ!」

 

 

「…えっ?」

 

 

 

オレンジがかった髪の少女が飛び出してきて、橙もよく知っている名前を叫びながら飛びついてきた。

 

その少女は勢いそのままに、橙の体に激突する。

 

丁度同じぐらいの身長なので、ものすごく近く、まさしく間近にその少女の顔が。

 

 

「…あれ?影狼ちゃんじゃない?」

 

「ちがうよっ!!」

 

 

橙の返答を聞くと、少女は残念そうに分かりやすく肩を落としてしまった。

 

 

「ああっ、橙、こんにちは」

 

 

遅れて阿求が顔を出す。

 

用件は事前に紫さんから聞いてます、とのことで中に案内される。

あの少女は一足先に戻って行ってしまった。

 

 

 

阿求の後ろについて歩く。

 

 

 

私と影狼、そんなに似ているのだろうか。

 

 

 

橙は首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと…この辺りの本棚にあるはずなんですが…」

 

 

案内された部屋は、部屋中に本の古臭い匂いが充満している部屋だった。

どこを見ても本、本、本。

 

中にはどれだけ昔に書かれたのかも分からない、明らかに古い本もあれば、割と新しいものもある。

 

 

この中から探すのか、と先を思うと憂鬱だが、霊夢や紫、籃のためにはやるしかないのだ。

 

 

橙はふんっ、と気合を入れて袖をまくった。

 

 

「阿求ちゃん、手伝ってね」

 

「ええ、勿論。

小鈴も当然手伝ってくれますよね?」

 

「えぇー、まだこれ読んでる途中だったんだけどなぁ」

 

 

そんなことを言いながらも渋々といった感じで、本棚をあさり始める。

 

 

 

橙は稗田の御屋敷にこれだけの本がある理由をちょっとだけ前に籃から聞いたことがあった。

 

 

 

稗田の御屋敷に住む少女は、代々転生を繰り返しているらしい。

 

 

 

その中で、日々変わりゆく幻想郷の歴史や人物などを書物に書き記しているのだと。

考えるだけでも壮大な話。

 

橙や影狼のような妖怪からすると、人間の一生はかなり短いものである。

 

しかし、阿求のように何代も繰り返し繰り返し転生をしているとなると、見てきたものや経験してきたものの量が全くと言っていいほど異なってくる。

 

阿求はそれの9代目だそうだ。

 

 

橙は手の届かないほど高いところの本をとろうと、必死になって背伸びをしている阿求をみた。

 

 

 

その背中からは、籃や紫のような大きな存在感は感じなかったが、短いながらも命を燃やす人間の、なんというかエネルギーを感じた。

…気がした。

 

 

 

「…はぁ…ぜぇ、まったく、これだけあるのも困ったものね」

 

「阿求ちゃんは全部どこにあるか分かっているわけじゃないの?」

 

 

「まぁ、なんせ今までの書物が何冊もあるわけだから、さすがに全部に目を通せる程の余裕はないの」

 

 

なるほど、それは確かに。

 

これらを全部読むとなると、時間がかなりかかってしまいそうだ。

それに、本の中に目を通してみるとそこそこ難しいことが書いてあってとても疲れそうである。

 

「仕方ないね、探すしかないわ」

 

阿求のやや疲れ気味の言葉にこくりと頷きを返す。

 

 

でも、これだけの本、ひとつひとつには何か重みがあるのではないだろうか。

橙は思った。

 

 

先程もあったが、人の一生は短いもので、それよりも短命な稗田の少女達が持っている時間はより一瞬。

 

 

そんな人達が、少ない命の灯火を減らして、蝋燭のろうを減らしてまで書いた幻想郷縁起たちが、ほとんどの人の目に留まることなくこの大きな本棚にびっしりとしまわれる。

 

それでは、なんのために書いているのだろうか。

 

作品への反応が無くなった作家は死ぬとよく言うが、それと一緒なのでは?

今こうして、自分たちの役にたとうとしている幻想郷縁起たちを1冊1冊確認しているうちに、なんだか可哀想に思えてきた。

 

何時間、何日、何月、何年とかけて書かれて。

 

めぐりめぐる時代と激動の歴史に飲まれながら、それでも記録し続けた稗田の少女達の結晶ともいえる幻想郷縁起たちは、ずっとこの本棚の中で開いてくれる人を心待ちにしているのだろうか。

 

 

橙は古びて文字がややかすれかけている1冊を手にして、ぱらぱらとめくって、また本棚に戻した。

 

 

 

「あ!あったー!見つけたよ!!」

 

 

その時、大きな声がひとつ。

 

 

 

 

振り向いてみれば、1冊の幻想郷縁起を両手で頭の上に持つ小鈴の姿。

 

 

 

 

阿求と橙は顔を見合わせて笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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33、おいでませ楽しき地の底へ 後編

遅くなりました。





俺たち4人が大きな道を歩く。

先頭には先程のヤマメさん。

 

地霊殿とかいう、目的の人物が住んでいるところまで案内してくれるそう。

 

正直案内なんていらないわ、と言う霊夢。

楽しくなるからいいじゃないか、と魔理沙。

 

 

遂に結論は出なかったが、ヤマメさんが勝手について行く、と言うことで落ち着いた。

幻想郷の少女は意外にも頑固らしい。

 

 

橋を渡って、大通りに出る。

 

 

正直、俺は地底に来る前は暗くてじめじめとした場所であるという固定概念を持ってしまっていた。

 

右左に所狭しとひしめき合う建物たちは、みな提灯などの灯りを吊るして煌々と輝いていた。

そしてあちらこちらから聞こえる笑い声や罵声や咆哮。

治安が悪いところとは聞いていたが、思いっきり実害があるような雰囲気では決してなく、この街全体が居酒屋の店内であるかのような賑やかな場所だった。

 

 

先頭を歩くヤマメさんは、通り過ぎる人々にお酒の誘いを受けては、断っていた。

 

 

もし彼女が前を歩いてくれなかったら、誘いを断りきれずに飲み明かしてしまっていたかもしれない

 

 

 

目的地へ一直線で進む。

 

 

 

 

「魔理沙さん、ここお祭りでもしてるの?」

 

「いや、ここは年中こんな感じだぜ。

前来た時はもっとやばかったから今回はましな方だと思うけどな」

 

「…年中は盛ってるかもしれないけどね」

 

 

いやいやこんなもんだろ、と魔理沙は霊夢に反発する。

 

 

 

でも確かに年中こんなんで街が機能するのかという疑問はあるものの、いつもこんな時間が続いていると言われても、ここは信じられる空気だ。

何故かと問われても分からないとしか言いようがないが、きっとこんな感じで1年を越していくのだろう。

 

通り過ぎる人々にみんなついている角。

 

ほぼみんながお酒を持っていた。

こんな太陽がない場所で過ごしていると色々すっきりとしなさそうである。

皆笑っているが、案外うんざりしていたりして。

 

それこそ、飲まないとやっていられないほどに。

 

 

 

「よーし、あそこに見えるのが地霊殿だよ!」

 

 

 

ヤマメさんの一声で、俺含め4人は前を見る。

 

この道の先、もうすぐそこに大きな洋館がある。

ステンドグラスが表面を飾り、白を基調とした美しく、高級感を感じさせる建物。

どうやらあれが地霊殿とやららしい。

 

 

こんな立派なところに住んでいる、さとり妖怪とはどんな人なんだろうか。

 

 

 

高圧的な人だと交渉に時間がかかってしまうかもしれない。

 

 

そう出ないことを願って、霊夢の隣を歩く。

 

霊夢と魔理沙の間にいる影狼は興味津々に、辺りを見渡していた。

 

 

 

 

鼻に残る硫黄の香り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コト、と軽い音が鳴って、円卓の上に紅茶が置かれる。

大きな、大きな円卓には純白のテーブルクロスがあって中央には洋菓子が。

 

上を見上げれば大きなシャンデリア。

 

 

よく慧音さんが読み聞かせをしていた物語の中に入ってきてしまったみたいだった。

円卓に座る皆の顔を見てみれば、どこか緊張している様子。

 

霊夢はいつも通り飄々としているが、魔理沙はとんがり帽子を外して膝の上にのせ、肩に力を入れて紅茶を啜る。

影狼はかちこちに固まって紅茶の中心とにらめっこしていた。

 

 

先程紅茶を運んできてくれた、しっぽがふたつにわかれた黒い猫のような少女はちょっとまってて、と言うやいなやすぐに部屋の外に行ってしまった。

 

 

「…落ち着かない空間だぜ…ここ」

 

「ええ、まぁね」

 

 

声が響いて、この館の奇妙な程の静けさの中に入り込む。

 

 

俺の背丈をゆうに超える大きなドア。

それからノックが鳴った。

 

そしてすぐに小さな少女が入ってきた。

 

 

「お待たせしました、ようこそ地底へ」

 

「久しぶりね、さとり。あれ以来かしら?」

 

「ええ、その節はお世話になりました」

 

 

霊夢が気さくに話しかける。

どうやらさとりと言うらしいこの少女こそがこの地霊殿の主であり、お目当てのさとり妖怪であるらしい。

 

さとり妖怪で、名前はさとり。

 

ややこしいが、逆に分かりやすくていいかもしれない。

 

 

「…ええ、そう思ってくれると助かります」

 

「え?」

 

「ああいや、貴方の思考が」

 

 

「今泉さん、こいつの前で変なこと考えない方が良いわ。

さとり妖怪だから、筒抜けになるわよ」

 

「ああなるほど」

 

 

「…そう言わなくてもいいじゃないですか。

見たくて見ているわけじゃないんですよ、まったく」

 

 

 

どこかとっつきにくい雰囲気で、紫の髪の毛を直す。

一見すると普通の少女にしか見えないが、誰が見てもさとり妖怪だと分かる象徴的なものがある。

 

 

彼女の前にある、第三の目。

 

 

どこを見ているのか分からないような半目開きで、奇妙で不気味でもあるがそれこそが、彼女がさとり妖怪であることの証明であるのかもしれない。

 

 

「早速、本題に入りたいんだけど。紫からどこまで聞いているの?」

 

霊夢が口を開く。

 

 

「まぁ大体ですよ、大体。

そこの女の子の記憶から、先代の記憶だけを抽出して記録させろと」

 

事情は聞いてないんですけど、と呆れた様子で付け加えた。

 

「そこまで聞いているなら話は早いな!

さとり、結構時間かかったりすんのか?それ」

 

「いやそこまで…やってみないと分かりませんが…。

今少しだけ覗かせて頂いたんですけど、その子、そこの父親のことばかり考えているものでして」

 

 

皆の視線が影狼に集まった。

 

 

「え、えと、いやその…」

 

 

焦る影狼。

 

 

「…いいじゃない。別に。

それよりも、ちゃっちゃと終わらせて、一泊して帰りたいのよ」

 

 

「はいはい、なら今すぐに始めちゃいますか」

 

 

さとりは手招きで影狼を近くによせると、影狼の頭に手を置いた。

 

 

「あー、ちょっと気持ち悪いかもしれませんが…。

遠目で見るよりもこっちの方が手っ取り早いもので」

 

 

何が起きるのかと首を傾げる影狼をおいて、さとりはいきますよ、と声をかける。

 

 

「うううえ…」

 

 

びくっと影狼の体がはねたかと思うと、めちゃくちゃ気分が悪そうな顔でこちらを見た。

気持ち悪いってそういう…。

 

耳がたれて、しっぽも元気がない。

 

 

「えーっと、黒髪で、身長は大体…170くらいですかね…あとーー」

 

 

「ち、ちょっと待って早いわ。

もうちょっとゆっくり…!」

 

 

さとりがすらすらと情報を口にしていく。

それを書記を任されている霊夢が慌ててメモしていく。

 

影狼の頭に手を置いたまま、どこかここでは無い別の場所を見つめるさとり。

 

次から次へと情報を出していく。

 

「なぁ今泉。

これ、私たちいるか?」

 

「…どうだろう」

 

 

完全に蚊帳の外の魔理沙と俺。

 

 

 

だんだんと猫背になってお腹を抑え始めて唸る影狼と、手を高速で動かす霊夢。

そして、虚空を見つめて、光がない目のまま口から言葉を吐き続けるさとり。

 

 

 

かなりカオスな空間に取り残された。

 

 

 

「…ぬえっ…」

 

 

 

影狼の呻き声。

 

 

涙目でこちらを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はい、以上です」

 

 

 

その声と共に影狼が俺の元へ駆けてくる。

 

 

よしよし、がんばったな、影狼。

 

 

霊夢が自分の記録したメモを見つめる。

魔理沙もそれを見に霊夢の元へ。

 

 

「…」

 

「ほーう?」

 

 

「どうです?掴めましたか?」

 

 

 

「…なんか、そんなことあったなぁって感じね」

 

「確かに、そんなことあったなぁって感じだぜ。」

 

 

2人してよく分からないことを言っている、

 

 

「なんかね、出来事が鮮明に思い浮かんだけど、先代、私のお母さんの姿自体が浮かばないのよ」

 

 

ペンを片手でくるくると回しながら霊夢が呟く。

 

 

「やっぱ、幻想郷縁起が必要だな」

 

「…そうみたいね」

 

 

結論、これだけでは失ったものを補いきることは出来ないらしい。

でもひとまず1歩は進むことが出来たみたいだ。

 

 

「私にできるのはここまでです。

あとは頑張ってくださいね」

 

「…なんだよ、他人事みたいに」

 

「魔理沙、お礼は言った方がいいよ」

 

口を尖らせる魔理沙に軽く。

自分たちのために時間を割いてくれたことにはお礼をすべきである。

 

 

「いいですよ、私なんかに。

それで、貴方たちは一泊して行くんですよね?宿紹介しますよ」

 

 

「そう?ありがとう」

 

 

霊夢のメモの新しいページにさとりが地図を書く。

ひとまず、俺たちの役割は終わった。

 

あとは無事に帰るまでが地底訪問である。

 

 

俺の胸の中でもぞもぞと動く影狼を抱いて、頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…案外お帰りは早いんだねぇ」

 

 

翌日、ヤマメさんが、穴の真下までお見送りに来てくれた。

 

 

 

「お世話になったわ。

今日は見なかったけど、パルスィとかにもよろしく言っといて」

 

 

こくりと頷くヤマメに手を振って俺たちは穴を上るために宙に浮く。

 

 

行きとは逆で、今度は俺が魔理沙の箒の後ろ。

 

 

霊夢が幸せそうに影狼を両手でしっかりと抱きしめて飛ぶ。

 

 

 

 

地底。

 

 

噂の通りに恐ろしい場所、ということは決してなかった。

 

皆、どんちゃん騒ぎをして巡る日常を楽しんで生きている、素晴らしい場所であった。

当然地上よりか幾らか治安が悪いが、機嫌を損ねるようなことをしない限りは問題は無いだろう。

 

地上の人々から聞いていた、危険な能力を持っている妖怪が多い、なんてことは感じなかった。

 

 

地上にも、妖怪と人間の差が根強く残ってはいるが、いずれ、地上と地底の交流も活発になれば良いなと心の中で思った。

 

それは何年先になることやら。

 

 

案外近い未来なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 




地底でのお泊まりは番外編にでも。


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34、いつかきたるその日の前に


一難去ってまた一難。




 

博麗神社。

 

中央の炬燵を囲んで、俺たちは座る。

紫さんが霊夢の書いたメモと幻想郷縁起を難しい顔をして眺めている。

 

 

「そうね、これだけあれば復元できるわ」

 

 

「…ほんと!?」

 

炬燵のふちを叩いてたんっと音を響かせながら、霊夢が身を乗り出す。

彼女にとっては待ちわびた言葉だろう。

 

もちろん、彼女だけでは無いが。

 

紫さんが2日ちょうだい、と付け加えた。

なんだ、と魔理沙。

 

「仕方ないでしょう、そんなすぐに出来たら苦労しないわ」

 

「でもよ、わざわざ地底まで行ったんだぜ?

すぐに出来たら宴会が早くできていいじゃないか」

 

「まあまあ、気長に待つとしよう」

 

 

地底から帰ってきて、紫さんの反応のいい答えを聞いたら気持ちがはやるのも分かるが、時間がかかるものはかかるのだ。

 

口をとがらせる魔理沙をなだめておく。

 

でも意外だった。

霊夢は先程の一声以降、妙に大人しい。

影狼の隣でみかんの皮を剥いている。

何故か2つ。

 

「なぁ、霊夢も早くして欲しいだろ?」

 

全員の視線が霊夢に集まる。

 

「…そうね。だけど時間がかかるのなら仕方ないわ。

いずれ戻る記憶よ。焦る必要は無いと思うの」

 

はい、と皮を剥き終えたみかんを影狼に手渡す。

 

どうやら2つのうちひとつは影狼の分らしい。

ありがとう、と影狼の声。

 

「それに、もっと別の問題があるんじゃないの?

ねえ、紫?」

 

これ以外に問題なんてあるのだろうか。

 

俺にそんな心当たりがない。

影狼と魔理沙も同じようで、首を傾げたまま固まっている。

 

 

「えぇ…今言うの?」

 

「適切だと思うけど」

 

 

どうやらこの場でそれを知っているのは霊夢と紫さんだけらしい。

紫さんは言いずらそうに苦笑いして誤魔化そうとしている。

 

「なんだなんだ?2人だけ知ってる問題なんてあんのか?」

 

「言いづらいんだけど…、今泉さん、最近体調とか大丈夫?」

 

…その問題は俺に関係あるらしい。

霊夢がみかんを頬張る。

 

「は、はい。別に…」

 

「ええっと…、貴方、このままだと早死にしちゃう…のよねー?

…みたいな?」

 

 

 

「え?」

 

 

「ええええ!?」

 

 

「うぶっ…!?」

影狼がみかんを吹いた。

 

いやそんなに軽く言うことじゃなくないか?それ。

 

 

「魔理沙、うるさいわ」

 

「いや、なんでそんな落ち着いてんだお前ら!」

 

 

ごもっとも。

 

 

「まぁ落ち着いて落ち着いて。

明確な原因と明確な解決法があるのよ」

 

 

霊夢と紫さんの冷静な雰囲気と、魔理沙、影狼と俺の雰囲気が正反対すぎる。

そら、急すぎる話。

 

「原因から言うと、先天性の病気、としか。

私が影狼について調べている時の関係で、今泉さんについても調べる機会があったの。

で、その時の貴方の母親と父親の死因についてもわかったのよ」

 

 

「な、ななんで今まで黙ってたんだ…?」

 

 

今度は魔理沙が身を乗り出す。

 

「いや今までは、地底に行くまではそこまで大したものじゃなかった。

何かしらの外的要因、恐らくヤマメとの接触で悪化したのかも」

 

 

「で、どんな解決法があるんです?」

 

ぶっちゃけそれがいちばん知りたい。

 

母と父の病気がまだ俺の人生を狂わせるのか。

 

もう何度もまとわりついてくる病魔にいい加減さよならを告げたいものだ。

 

「そうね、今泉さん。

貴方、妖怪と不老不死どちらがいいかしら?」

 

「…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫さん曰く、どちらかになる必要があるのなら、実際にその人に聞いた方が早いとのこと。

 

影狼と2人で人里を歩いて、とある人物の元へ向かう。

 

今のこの時間はあそこにいるはずだろう。

 

 

「…ねぇ、おとーさん。

わたし、あの広いお家に1人はいやだよ?」

 

「…大丈夫。

1人にはしないよ」

 

「絶対?」

 

「うん。絶対。」

 

 

影狼の小さな手を強く握り返した。

 

視線のしたの笠は明らか前よりも、近くなっていた。

 

 

 

 

「すみません、今お時間大丈夫ですかね」

 

家の中を覗く。

 

 

「あ、ああ。別に大丈夫だけど…。

どした、急に」

 

 

少しだけ驚いた表情の目的の人物、妹紅さん。

 

 

 

 

 

 

「少しだけ、お話がありまして」

 

 

 

 

招かれるままに部屋に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹紅さんは終始変わらない表情で俺の話を聞いていた。

その顔は、驚きも呆然も無くただただ真剣な表情だった。

 

そうして、ようやく口を開いたのは、俺が全てを話し終えて少しした後だった。

 

今、慧音さんは寺子屋の授業でいない。

 

 

「なるほど。影狼をここ数日休ませていたのはそういうことが…。

それで、私に相談しに来たと」

 

 

「はい」

 

 

冷たいとも暖かいとも言い難い、春先の妙な風が通り過ぎる。

寺子屋の一室の中でも客の相手をする部屋はこじんまりとしていて、お世辞にも広いとは言えない。

 

それは慧音さんの、子供は広い部屋で教育してやりたいという意向だったりする。

 

 

妹紅さんは真剣な顔のまま、ため息をついた。

 

 

「…やめろ。その考えは無くした方がいい」

 

「それは何故?」

 

 

「永遠ほど辛いものは無いんだよ。

私はずっと後悔している。

今、この瞬間も。

 

あの時、蓬莱の薬を奪って飲んだりしなければ。

すんなりと、諦めてさえいれば。

なんてな。

 

それに…、

 

 

今泉。お前は残される気持ちを分かっているだろう…?」

 

 

 

 

 

 

…俺たちは寺子屋を後にした。

 

博麗神社に戻る帰り道に会話はなかった。

 

 





正直、この展開がいいのか悪いのか私も自信が無いままです。
申し訳ない。

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35、I wish we were family

 

帰り道、色んな考えが頭をよぎった。

妹紅さんが言うことも十分、いや、痛いほど理解出来る。

 

しかし、このままの状態が続けば遅かれ早かれ自分は死んでしまうらしい。

 

急なことだと思ったが、今思うと当然の運命だったのかもしれない。

 

生まれつき心臓や気管支が弱かったし、母や父が亡くなった年齢も丁度自分よりも五年程上。

遺伝子による先天性の病気だと。

 

母を診た医者は、治すすべはないと言い切って、余命を宣告した。

 

恐らく、紫さんの話が正しければ、自分も治すすべはないのだろう。

だから、妖怪になるか不老不死の蓬莱人になるかを問うた。

 

 

でも、まずは蓬莱人への道が途切れた。

 

 

あれだけ真剣に、納得できる理由でやめろ、と言われて止めない人はこの世にいないだろう。

確かに、残される人はいなくなる人よりも辛い。

支柱が無くなる。

 

それは家の柱が無くなるようなもの。

船のオールが無くなるようなもの。

 

蝋燭の、ろうがないということ。

 

 

それは痛いほど経験した。

そして、痛いほど思い知った。

 

 

それと同じ思いを影狼にさせる訳にはいかない。

 

影狼の両親は既に亡くなった。

なら、俺が死んだら誰が面倒を見るというのだ。

 

2回も、2回も絶望の味を思い知ったら、生きていけるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

数年後も、笑っていられるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、ほら。帰ってきたぜ」

 

「あら、思ったよりも早かったわね」

 

 

 

 

 

 

肩を落として、博麗神社に戻ると鳥居の前に霊夢と魔理沙がいた。

 

 

「あーあーあー!いいよいいよ、言わなくていいっ!」

 

 

俺がダメだったことを告げようと口を開こうとすると、魔理沙が遮った。

 

 

 

「まだもうひとつの方法が残ってんだろ?

じゃあそれに縋るしかないぜ。私と霊夢も手助けするからさ」

 

 

「そうよ。くよくよしてられないわ。

貴方たちは、私の恩人でもあるのよ」

 

 

…原因でもあるけど、と付け加えた霊夢に、魔理沙が慌てて霊夢の口を抑える。

 

 

「と、とにかく!

もうひとつの方に行くぞ!

ええーと、確か…」

 

 

 

「…命蓮寺だな。

妖怪化させる術を施した薬をもらうとか…」

 

 

 

「そう!それだぜ!

ほら、善は急げ、だ!乗った乗った!」

 

 

 

魔理沙が箒の後ろを片手でぽんぽんとして、連れていくアピールをしてくる。

 

 

影狼が迷ったような顔で俺を見上げる。

 

 

俺との手は繋がったまま。

 

 

「…今回だけよ。魔理沙。

今回だけは譲ってあげるわ」

 

「お?なんだ珍しいな」

 

 

影狼が魔理沙に手招きされるがままに、駆け寄っていく。

でも、駆け寄っていく最中、霊夢の表情を伺いながら。

 

当の霊夢は、しょうがない、といった感じで笑っていた。

 

 

「…特別よ、友達だもの、私たち」

 

 

 

「ははっ!らしくないぜ、それ」

 

 

 

魔理沙の反応が思ったものとは違ったのか、霊夢の顔が赤くなっていく。

 

 

「い、今泉さん!ぼーっとしてないで早く行きましょ!

元はと言えば貴方のためなんだから!」

 

 

「あ、ああ!」

 

 

 

 

俺は霊夢の手を取った。

 

 

 

幻想郷の空に飛び込む。

目指すは命蓮寺。

 

自分の今後の全てが決まってしまうと思うと、なんだか不思議な気分だった。

 

 

今更ながらに、死への実感が湧いた気がした。

 

 

 

魔理沙の作ったような陽気な笑い声。

 

 

 

 

 

幻想郷の少女たちはどうやら皆良い子らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

命蓮寺の一室。

 

畳でできたこの部屋は、いつの日にか雪まつりの運営をした時に訪れたまま。

 

すぐ近くにあの炊事場もある。

 

 

ナズーリンさんや妹紅さんはいるはずがないが、うっすらとその2人のエプロンをした後ろ姿が目に浮かんだ気がした。

 

 

命蓮寺の澄んだ神聖な空間。

 

 

 

 

 

綺麗で落ち着く空気。

まるで祖父母の家の様な。

 

 

 

 

 

冷たいがどこか春の訪れを感じさせる平和な、陽気な風。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、それは出来ません」

 

 

 

 

 

 

 

聖さんが簡単に、残酷に言い放った。

 

 

 

「う、うそだろ?」

 

 

 

 

俺は声が出なかった。

言いたいことはある筈なのに、声が出なかった。

 

出したくなかったのではない。

出なかった。

 

 

 

「…妖怪化することは、本人たちが思っている以上に辛いものです。

 

確かに、出来ないことではありません。

その薬は私の手にかかれば、すぐにでも作ることが出来ますから。

 

でも、そんなに簡単にすることでは決してありません」

 

 

 

「…それが、おとーさんを助けることでも?」

 

 

 

「ええ。

 

1度、人間として生を受けたのならば、それを全うすべきです。

そう簡単に運命を変えてしまってはいけません。

 

妖怪とて、寿命がない訳では無いのです。

 

それで貴方が寿命で亡くなって、閻魔様に裁かれる時になんと説明するのですか?

ただ寿命を先延ばしにして、後で苦しむのは貴方のほうなのですよ?」

 

 

 

 

「た、確かに、確かにそうかもしれないけど!

聖は目の前で消えそうな命を見殺しにするのか?」

 

 

 

 

 

 

「…それが運命であると言うのならば」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春が訪れるということは、草木が顔を出すということでもある。

 

 

 

 

 

 

巡る、巡るのだ。

自分がどうであろうとも、世界は、幻想郷の時間は止まらない。

 

 

でも、今、今だけは、止まっていたかもしれない。

 

 

 

 

長い長い沈黙が続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう。わかったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口を開いたのは、今まで沈黙を貫いていた霊夢だった。

 

視線が集まる。

 

 

 

 

 

 

 

「れ、霊夢?諦めるのか…?」

 

 

 

「…」

 

 

 

ここまでか。

 

この状況下ではどう死を逃れるかでは無く、どのように余生を過ごすかに考えが転じていく。

 

 

 

 

影狼とゆっくりと過ごしたい。

 

 

 

 

 

 

畑で最後の収穫をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

妖怪の山のあの湖も行こう。

もう凍った姿は見ることは無いだろうけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地底にもう一度行ってみるのもいいかもしれない。

今度は隅から隅まで探索してみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の時間は、どうか影狼と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そうじゃなくて」

 

 

 

 

今まで俯いていた顔をあげれば、霊夢の凛とした顔。

 

 

 

 

 

「こいつをぶっ飛ばして、無理矢理作らせればいいのよ」

 

 

 

 

「…なるほど、私を…」

 

 

 

 

 

聖さんは微笑んだ。

 

 

 

 

「博麗の巫女がそんなに特定の人に肩入れするなんて。

今代が初なんじゃないですかね…」

 

 

「うるさい」

 

 

「よ、よし!霊夢、やるぞ!

聖!勝負だ、表でろ」

 

 

 

魔理沙が勢いよく立ち上がった。

 

 

 

 

「…ふふ、いいですよ。

2人まとめてかかってきなさい。お仕置きさせていただきます!」

 

 

 

 

 

 

ぽかんと、口を開けて固まった影狼と目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

…自分の運命への葛藤の終わりは近い。

 

 

 

 

 

 

 





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36、一蓮托生

 

 

命蓮寺のあの広場に出てから、3人は一切言葉を交わすことなく空へ飛び立った。

 

終始微笑みを絶やさない強者の風格を醸し出す聖さん。

 

彼女の実力については全く分からないが、やはり言語化しにくい様な独特な空気感を感じた。

霊夢や魔理沙はただの少女ではない。

 

人間でありながら、幾度となく死闘を乗り越えてきた実力者である。

 

その功績や実力は聖さんも当然知っているのだろう。

それにも関わらず、2人まとめて相手をするという姿勢そのものが、聖さんの実力を語っているようだった。

 

 

 

何か空中で話しているようで、一定の間合いをとったままお互いは動かない。

 

 

 

俺と影狼は下でその様子を見守ることしか出来ない。

 

気づけば、命蓮寺の面々も戦いを見物しようと表に出てきていた。

それも数人だが。

 

やはり皆聖さんの勝利を疑っていないのか、2人がどう立ち向かうかに興味があるらしく、近くとお互い考察をしあっては笑っていた。

 

 

 

 

 

 

じっと上を見つめていると、やがて虹色の円状の弾幕と言われる霊力弾が聖さんを中心に無数に放たれた。

 

 

 

 

 

始まったか、誰かが呟いた。

 

でも俺はそれにいちいち反応していられない。

自分の問題なのに、俺は見ていることしか出来ない。

 

「…おとーさん、緊張してるの?」

 

「まぁね」

 

 

繋いだ手のひらが暖かいを通り越して、暑い。

 

 

「でも…もしかしたら期待してるのかも」

 

「そっか」

 

 

影狼が手を繋いだまま、1歩前に出た。

 

 

「じゃあ、私と同じだね」

 

 

 

晴天を貫く、衝撃の光線。

 

 

 

おお、とどよめく。

 

 

 

 

それでもすぐに、聖さんの攻撃が再開する。

はるか先の上の方で、2人があちらこちら飛び回っては攻撃を仕掛けているのは分かるが、当たっているかどうかは分からない。

 

しかし、聖さんが余裕そうで2人と聖さんの間には大きな実力差があるということだけはわかった。

 

 

徐々に、少しずつ2人が後退して行って、避けるのに精一杯になり始める。

 

 

 

 

その後は最初の光線の様な派手な攻撃は中々飛ばず、2人の攻撃は当たっているようには見えない。

 

 

 

幻想郷の空に弾幕の残光が走る。

 

 

 

回り込もうと旋回した魔理沙に青い粒が直撃して、箒から落ちそうになって、何とか持ちこたえる。

 

 

霊夢が華麗に札と針状の弾幕を投げて立ち回るも、聖さんの腕の一振で弾かれる。

 

 

 

 

聖さんの攻撃が止んで、また元のように間合いを保ったまま、戦況は硬直した。

 

 

 

 

 

やがて、聖さんが虹色の巻物のようなものを開いたのが見えた。

 

 

 

 

 

 

ごう、という鳴き声が地上にいるこちらにも聞こえてきた。

 

 

 

今までとは比べ物にならない程の、大きな円状の弾幕が2人の影を飲み込んだーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の憎むべき相手。

 

 

その手助けをしようとしているから人生とは面白いものである。

 

でも、あの子からすれば、私が憎むべき相手。

それも私なんかよりも数倍その気持ちは強いはず。

 

 

それでも、あの子は私を受け入れてくれたのだ。

 

 

 

まだ帰らない母はきっと笑い飛ばすだろう。

博麗の巫女の身でありながら人間を妖怪にさせようとしているなんて。

 

私は父親というものがいた事がないから分からないが、父親というのは母親とは違った安心感があるのだろう。

それはさぞかし楽しいことであろう。

私はそれを味わうことがないが、それだけは分かる。

 

 

何故なら、影狼が楽しそうだからだ。

 

 

ずっとにこにこと笑顔で、人懐っこい。

私が長い時間抱きしめていても嫌な顔ひとつせずに、体重を寄せてくる。

 

そんな彼女が、楽しそうに過ごしているのも。

 

 

両親を、私に殺されていても、笑っていられるのは、今泉さんがいるからこそのことなのだろう。

 

彼女にとって今泉さんは、もう既に父親なのだろう。

 

じゃあ私がそれを邪魔する訳にはいかない。

 

影狼が私から奪った。

影狼が私を救った。

 

そんな考えは無しにしよう。

 

 

私は影狼のためにやると決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば大丈夫でしょう。

さぁ、始めましょうか。スペルカードルールで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、ここに立ってる。

 

 

 

 

 

 

「おいおい、私たち2人まとめてなんて公平じゃなくないか?」

 

「いいですよ、何も問題ないです」

 

「…舐められたものね」

 

 

私は静かに陰陽玉を展開する。

 

札を懐からだして、構える。

 

 

 

「…スペルカード2枚でどうかしら?」

 

 

 

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

目の前で聖が両手を合わせる。

こいつの実力ははっきりとは知らないが、恐らく私と魔理沙が同時に戦ってぎりぎり勝てるかどうかと言ったところだろうか。

 

 

 

魔理沙に一声かけようと思ったら、聖が動いた。

 

 

 

 

「…ちょっ…いきなり…!」

 

「…霊夢!ばらけるんだ!」

 

 

 

魔理沙がミニ八卦炉を片手に出した。

 

 

なるほど。

中央を開ければいいのね。

 

「…わかった!」

 

 

 

 

聖の弾幕は高密度で、少しでも気を緩めるとすぐさま直撃して、真っ逆さまに落ちてしまいそうだった。

 

目の前を高エネルギーの弾幕が通り過ぎる。

 

 

適度に回転しながら、弾幕と弾幕の間をぬって魔理沙の方に向かう弾幕を相殺する。

 

 

 

 

「…いくぜっ!聖!!」

 

 

 

 

…最高のタイミング。

 

 

 

聖と魔理沙の間が一直線で空いた。

弾幕はない。

 

恐らく今を逃したら次はないだろう。

 

そんなタイミングで魔理沙がミニ八卦炉を構えて、スペルを詠唱する。

 

 

 

【恋符】《マスタースパーク》

 

 

 

上に飛び上がって巻き込まれないように気をつける。

 

 

避けられないだろう。

ぶつかる直前まで聖は微笑んでいた。

 

その真意は分かりかねない。

 

 

 

 

魔理沙に当たった、と言おうと聖から一瞬目を離した。

 

 

 

 

魔理沙の慌てた表情。

 

 

魔理沙が指を指す方向、私は聖の方を振り向く。

 

 

 

 

 

 

先程よりも大きくなっている弾幕の数々ーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう顔も見たくない。

 

 

 

 

ずっと思っていた。

 

 

 

 

人里にできるだけよらないようにして、買い物をする時は避けた。

霊夢と少し話して、やっと1歩、久しぶりに顔を出そうと思っていたのに、私の期待と反して、何も変わっていなかった。

 

もちろん悪い方向で。

 

 

これほどまで分かってくれないかと怒りを超えて失望した。

 

 

いつまで人里でお利口さんに勉強をしていなくてはいけないのだ。

私だって、広い世界を見てみたいし、算術よりも魔法を勉強したい。

 

霊夢と違って才能に溢れている訳でもない私には、元からある力では一生追いつけないと悟った。

 

 

霊夢の母と霊夢と共に修行をする日々のなかでそう気づいた。

 

 

だから、人里を出た。

 

出ていく時は、後悔なんてないと思っていたし、実際なかった。

しかし、後悔よりも寂しさが先に来た。

 

情けない話だが、静まり返った私一人だけの家では限界があったのだ。

 

 

そして、影狼を見つけた。

 

 

くりくりとした目。

 

ぴんと立った尖った耳。

 

ふわふわと揺れるしっぽ。

 

 

彼女に触れてからすぐにわかった。

こいつ、妖怪だな、と。

 

 

 

更に、霊夢の探しているという妖怪にそっくりなこともわかった。

今、はっきりと言おう。

 

こうなるとは思ってもいなかった。

 

 

てっきり、霊夢がよく分からん妖怪を探して、何かしらの事情聴取的なことをするのだろうと思っていた。

しかし、そんな軽いことではなかった。

 

 

親友の気持ちと変化に気づけなかった自分が嫌だった。

 

 

のうのうと影狼を危険に晒してしまった自分が嫌だった。

 

 

 

償いという訳では決してない。

 

ただ、誰も失いたくないだけ。

 

今泉が言っていた。

失ったら終わりだと。

 

 

 

 

霊夢も、影狼も、今泉も。

 

 

誰か、大切な人を失っている。

それに比べて私は…。

 

まだ見ることも話すこともできる人に対して、1歩も踏み出せていない。

会っただけではそれは帰宅と一緒でなんの進展もない。

 

 

 

 

 

だから、全てが片付いたら話すために。

もう一度、しっかり話し合うために。

 

 

 

 

そのためには、誰も失う訳には行かない。

普通で、ありのままの自分で話をするために。

 

 

 

 

 

 

失う前に。

 

 

 

なくなってしまう前に。

 

 

 

 

 

 

「魔理沙っ!!

これしかないわ!それでぶっぱなしてやって!」

 

 

 

 

先程、聖の容赦ない弾幕を避けながら私のミニ八卦炉を奪い取った霊夢が、何をしたのか、ミニ八卦炉を再び私に返した。

 

 

私よりも遥かに力強い霊夢を感じた。

 

 

 

もう私も霊夢も被弾してぼろぼろ。

霊夢の言う通り、これが最後なのかもしれない。

 

 

 

ならば、とありったけの魔力をミニ八卦炉に込める。

 

 

 

霊夢の霊力と私の魔力が混ざり合う。

聖は、次のスペルカードをだして、もう詠唱を始めている。

 

 

 

 

間に合うか。

 

 

いや、間に合わせろ!

 

 

 

 

 

焼け焦げたスカートの端っこを揺らして、最後の力を込める。

 

 

失う訳には行かないのだ。絶対に。

 

 

 

 

 

大声をあげた。

目の前に迫っていた、聖のスペルカードの攻撃が、止まった。

 

 

 

 

間に合った。

 

 

 

 

 

あとは押すだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上空を見たこともないほどの極線が走る。

 

 

 

もう誰も何も言わなかった。

 

 

 

ただ息を飲んで展開を見守る。

 

 

 

 

眩しすぎて、どうなったか分からない。

最後に見たのは、聖さんの技と魔理沙の極光がぶつかりあったところ。

 

 

 

 

音が遅れて聞こえたような気がした。

 

 

 

 

少し暑い風が流れてくる。

 

 

 

 

 

俺はまだ目を開けることが出来ない。

 

開けてしまうと、自分の運命とやらが定まってしまうようで。

いい予想が出来ない。

 

もしかしたら、と悪い予感が止まらない。

 

 

影狼の手がぷるぷると震えたのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も、何も言わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

恐る恐る、目を開ける。

 

 

暗闇の隙間から、眩しい光が入ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃぁぁぁ!!!」

 

 

「やったわ!!影狼!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の目が開ききる前に、魔理沙の叫びと、霊夢の歓声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

もう一度、影狼の手がぶるり、と震えた。

 

 

 

 

 

抑えるような、影狼の感涙。

 

 

 

 

 



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37、命を救ってくれた貴方へ

ゆっくりと上空から降りてきた2人の元へ、影狼が駆け出す。

それを見つけた2人は、笑顔で両手を広げた。

 

 

「ありがとうっ!」

 

 

 

魔理沙と霊夢2人に飛びついて、笑顔を咲かせる影狼。

 

 

黒くてふわふわなしっぽも嬉しそうにはしゃいでいた。

霊夢と魔理沙の笑う声。

 

 

 

 

「…負けちゃいました」

 

 

はは、と腰をかがめてそれを眺める人が1人。

聖さんである。

 

「なんか、すみません」

 

「いえ、いいんですよ。

彼女たちが強かったんです。それに、元々負けたら渡す約束だったでしょう?」

 

 

彼女の手には、1本の小さな瓶。

中を見てみれば、青く輝く液体が入っている。

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

「これを飲めば、今泉さんは妖怪になれます。

自身を苦しめると言われる病気にも耐えられることでしょう」

 

でも、と続く。

 

話す聖さんの目はとても真剣で落ち着いていて、今さっき戦っていたということを感じさせない佇まいだ。

 

 

「最後に聞いておきます。

 

貴方は本当に後悔しませんか?」

 

 

 

そこには様々な思いがあることだろう。

 

妖怪になることのメリット、デメリットは自分もよく知っている。

それでも。

 

 

 

「はい。もちろんです」

 

 

 

影狼と過ごすため。

デメリットには目を瞑って、影狼のこれからの行く末を見守りたかった。

 

 

 

聖さんはため息とも、微笑ともとれるほどの軽い息を吐いた。

聖さんの肩の力とともに、表情に微笑みが宿る。

 

その目はもう俺を見ていなかった。

 

 

「…今泉さん、あれが目指す姿なのかもしれません」

 

 

聖さんの視線の先では、霊夢と魔理沙が影狼を撫で回して、語り合っている。

 

霊夢が影狼から離れず、魔理沙は両手を腰に当てて得意げに何かを喋る。

恐らく、何かしらの自慢をしているとかだろう。

…最後の一撃とか。

 

 

それを嫌がるでもなく、静かに静観するでもなく、所々うん、うん、と頷きながら影狼は、笑顔でされるがままになっている。

 

 

 

「妖怪と人間。

 

長い間、私はその蟠りを改善しようとしてきました。

そのせいで酷い仕打ちを受けたこともあります。

 

でも、幻想郷の1片に過ぎないかもしれませんが、少しでもこの光景が見れたことは幸せです」

 

 

 

 

流れる風が聖さんの茶色の髪の毛を揺らす。

 

 

 

 

「…もしかしたら、幻想郷を変えるのは、私や紫じゃなくて、彼女たちなのかもしれないですね」

 

 

 

 

「…そう、ですね」

 

 

 

 

 

日はもう中心をとっくに過ぎ去っている。

命蓮寺の広場に笑い声が響く。

 

 

3人が、俺の元へ駆けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じ、じゃあ飲むぞ…」

 

 

紫さんや、霊夢さん、魔理沙さんと私が見守る中、おとーさんは瓶に口をつけた。

 

 

妖怪になると言われてはいるが、万が一でも失敗があったらたまらない。

 

 

なので、皆が注意深く観察する。

妖怪になっても、変わらないままのおとーさんでいて欲しいと願うのはわがままだろうか。

 

 

「うぇ、にっがい」

 

 

私も苦いものは嫌いだが、何を食べても大抵平気なおとーさんが嫌そうな顔をしているのは初めて見た。

 

そんなに美味しくないのだろうか。

 

 

味がちょっとだけ気になるが、皆はそれどころじゃない。

 

 

「おとーさん…、体調は大丈夫?」

 

 

「う、うんまぁ」

 

 

 

「これ、本当に妖怪になったのかしら。

ちょっとだけ妖力がではじめてはいるけど」

 

 

「そうなのか?私には全くわからないぜ」

 

 

「大丈夫よ、霊夢。

そろそろ変化が訪れると思うわ」

 

 

 

 

 

三者三様の反応。

 

私はどうなってしまうか心配でたまらないので、おとーさんの近くで様子を伺う。

 

 

 

「ん?んん?

なんか頭の方で、もぞもぞ動いて…」

 

 

すると、おとーさんが頭を抑え始めた。

 

 

 

その声で、私はおとーさんから少しだけ離れて頭のてっぺんを見ようと試みる。

 

その時、見えた。

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

「おい!それって…!」

 

 

 

 

「お、おとーさんに…」

 

 

 

「あら」

 

 

 

 

 

 

私たちの反応に心配になったのか、おとーさんの手が恐る恐るそれに近づいていく。

 

 

 

触れた。

 

 

 

 

 

「み…みみ?」

 

 

 

 

 

おとーさんに耳が生えた。

 

語弊がある。

私とお揃いの、耳が生えた。

 

 

 

続いてしっぽも。

 

 

 

 

 

「ふ、ふふふ、今泉さん、かわいくなったわね」

 

 

 

「…みたいだね」

 

 

 

 

 

おとーさんは微妙な表情だが、私は嬉しかった。

それもとても。

 

 

 

「あはははっ、影狼と本当に親子みたいだぜ、それがあると」

 

 

 

恥ずかしそうにぽりぽりと頬をかくおとーさんに飛びつく。

今日は飛びついてばかりだが、しょうがないだろう。

そんな日だってあるはず。

 

 

いつもと変わらないおとーさんの匂い。

 

 

 

おとーさんの私を撫でる手つきが、いつもよりもゆっくりに感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜の花びらが舞う。

 

 

ここは桜の名所でもある。

幻想郷の中では、たくさんの桜が一箇所にまとまって咲いている場所は珍しかったりする。

 

 

毎年は静かで、落ち着いた雰囲気のこの場所。

 

 

 

今年は、いや、今年からは賑わいがある。

 

 

 

 

 

「霊夢さんっ!

朝の見回り行きましょ!」

 

 

 

とたとたと軽やかな足音を響かせ、縁側から障子を開け放つ。

中から、その声とは正反対の面倒くさそうな声が返ってくる。

 

 

「えぇ…、今泉さんと行ってきてよ…」

 

「だめだよ!

おとーさんは朝ごはん作らなくちゃいけないんだから。

ほら!はやくはやくっ」

 

 

「うう〜、しょうがないわね」

 

 

 

 

 

紅白の巫女服をきた少女と、白いワンピースを着る少女が手を繋ぐ。

 

白いワンピースの少女の黒い美しい毛並みのしっぽが揺れて、その少女はぴょんぴょんと跳ねる。

 

 

 

「全く、あんたたちが居候してきて騒がしくてたまらないわ」

 

 

 

「え!でも来たらって言ってくれたの霊夢さんじゃ…」

 

 

 

妖怪2人で長い間人里に住み続ける訳にもいかない。

人里の守護者の慧音は気にしなくていいと言ったが、申し訳なく感じた2人は、霊夢の博麗神社に居候と言う形で住み着くことになった。

 

 

 

「まぁでも、美味しいご飯とふかふかの抱き枕がついてくるとなれば良いかもしれないわ」

 

 

 

「…抱き枕」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人で鳥居をくぐる。

 

 

 

 

「あ!ちょっと!」

 

 

白いワンピースの少女は、紅白の少女の手を離して、階段を駆け下り始めた。

 

 

 

 

丁度階段の途中あたりで、振り向く。

いたずらっぽい笑顔で紅白の少女に笑いかける。

 

 

 

 

「ありがとう、霊夢さん!

私、毎日が楽しいよ!」

 

 

 

「…そらどうも」

 

 

 

「だから、困ったことがあったらなんでも言ってね」

 

 

「影狼の恩返しみたいな…?」

 

 

 

 

影狼と呼ばれた少女は、苦笑して首を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、私たち…家族でしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春の香りが幻想郷を駆け巡る。

 

 

妖怪の山から人里へ、綺麗に掃除が施された空き家から、出会いの竹林まで。

 

 

 

人々は博麗神社に住み着いた新しい2匹の妖怪のことをまだ知らない。

 

 

階段を駆け下りる2人の少女は、弾けるような笑顔だった。

影狼と紅白の少女、霊夢は幸せに満ち満ちていた。

 

 

 

 

 

今もどこかで、笑い声。

 

 

 

 

 

 




以上で本編完結となります。
活動報告に解説がありますので興味がある人は是非。

長いようで短かったです。
これまでご愛読ありがとうございました。

これからも、短編を中心に番外編を書いていくこともあるかもしれませんので、その時にまたお会いできたらと思います。



最後に。

皆さんの、正直な感想、評価をどうかよろしくお願いいたします。
酷評でも、賞賛でも構いません。
一言でも、長文でも構いません。

最後によろしくお願いいたします。

それが、この作品が存在した事の意味になるはずです。


これからもよろしくお願いします!!

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よかったら
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番外編
影狼と迷子くん


日間ランキングありがとうございます。
日頃から読んでくださっている皆様のおかげです。




寺子屋から帰る。

 

今日はいつも通りの時間で寺子屋が終わって、霧雨店のおじさんとお話して、今に至る。

 

まだざわざわと賑やかで人が多い人里の商店街は、少し背が伸びた私でも気をぬけば人にぶつかってしまいそうだった。

でもこんな所は何度も経験してきたので、危なげなく簡単に人混みを抜け出す。

 

 

よし、これであとは博麗神社へ帰るだけ。

 

 

帰ったら霊夢さんとおやつを食べよう。

おとーさんと寺子屋のお話をしよう。

もはや定番となった、小鈴ちゃんのドジった話が今日もひとつ。

小鈴ちゃんは恥ずかしがるが、私からすれば面白くて仕方がないことなのだ。

面白いことはどんどんと共有していこう。

 

小鈴ちゃんには悪いが皆が笑顔になると思って何とか我慢して欲しい。

 

 

 

軽い足取りで家路をたどる。

 

今日はいつも通り。

 

帰って寝て起きたらまた楽しい明日がやってくる。

 

 

 

 

「…ふぇぇ…ぐすっ…」

 

 

 

訂正。

…いつも通りだった。

 

 

 

いつもの帰り道の端っこにひとり、立ち尽くして泣いている子供がいた。

 

茶色の髪の毛で私よりも明らかに年下。

もしかしたら、寺子屋でもかなり小さいクラスなのではないか。

 

…だいたい6才くらい?

 

大凡の目安。

 

 

そのくらいの子供が1人で立ったまま泣いているなんて、明らかに普通の状況じゃない。

そうして私が立ち止まって考えている間にも、この男の子は涙をぼろぼろと流している。

 

 

「…ぐすっ…ひぐ…うぇぇ」

 

 

もうそろそろ帰らなくては、霊夢さんとおやつの大福を食べる時間がなくなってしまう。

それに、霊夢さんは食い意地が張ってるから私の分も食べかねない。

 

 

しかし。

 

 

 

 

 

「…どーしたの?大丈夫?」

 

 

 

 

 

困っている人は助けてあげなくては可哀想だ。

 

この子はきっと寂しいし、混乱しているのだろう。

 

 

自分よりも少し下の視線の男の子。

近寄って顔をのぞき込むように聞く。

 

 

「…お、おとうさんとはぐれて」

 

 

涙目の目をこすって涙を袖で拭って、か細い声で喋った。

拭われた涙はすぐには戻ってこないかと思ったが、すぐに男の子の両目に浮かび始める。

 

こんな日にはぐれるなんてついてない。

 

中々見つからないだろう。

私は時間がかかることを覚悟した。

 

 

「大丈夫、大丈夫っ!

私がぜったい見つけてあげるからね!」

 

 

 

できるだけ明るい表情で、明るい声色で。

 

 

涙がとめどなく溢れる両目をぐしぐしとこすって、先程より静かに泣く男の子の頭を撫でてあげる。

 

 

おとーさんが私にやってくれるように。

 

 

 

安心してくれたのだろうか。

男の子は、私の差し出した右の手のひらを合わせてくれた。

 

 

「ありがとう…笠のおねーちゃん」

 

 

…私を頼ってくれている。

 

困っている本人を前に、こんなことを考えるのは失礼かもしれないが、この男の子が可愛らしく感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何かトラブルがあったら近くの大人を頼りなさい」

 

 

 

慧音先生の言葉である。

 

先程何とか抜け出した人混みにまた戻るのは気が進まないが、これも寺子屋に戻るためである。

 

 

「私の手を離さないで、しっかりついてきてね」

 

「う、うんっ」

 

 

人と人の間を探して、するすると間を抜ける。

 

様々な話し声。

がやがやと、夕飯の買い物をするためか、先程よりも多い人混み。

 

 

さっとあげた視界に寺子屋への小道が見えた。

 

 

あと少しで抜け出せる。

 

 

 

「うわっ!」

 

 

「あ!大丈夫!?」

 

 

私の右手が下に引っ張られる。

 

男の子が転んでしまった。

ずざっと道に膝をついてしまった男の子に寄る。

 

「ちょっとみせて」

 

男の子膝をみてみる。

すってしまったみたいで、血が出てしまっている。

 

 

「い、いたい…」

 

 

ようやく収まりかけていた涙が男の子の茶色の瞳を潤わせた。

 

 

「そうだよね…ど、どうしよう…」

 

 

 

 

こんなところで止まっていると、歩く人々に迷惑をかけてしまう。

しかし、男の子をこの状態で歩かせるのは可哀想である。

 

 

そこに、私の頭にぴかりと冴えた考えが。

 

「そうだ!

ほら、乗ってみて!」

 

 

男の子に背を向けて、両手を伸ばし、乗るようにすすめる。

男の子は遠慮しつつもゆっくり乗ってくれた。

 

 

 

俗に言う、おんぶである。

 

 

 

 

私もおとーさんに何回かしてもらったことがある。

温かくて、おとーさんのいい匂いがするのだ。

私はあれが大好きだ。

 

最近はしてもらう機会がなかった。

 

家に帰ったら久しぶりにおとーさんの背中に飛びついてみようか。

 

 

 

「笠のおねーちゃん、大丈夫?」

 

 

「うん!大丈夫だよ、ちからもちだから!」

 

 

 

とは言っても、私とおとーさん程の身長差がある訳でもないので、ふらふらと不安定。

 

 

それでも、男の子に安心してもらうために精一杯歩く。

 

 

もしかしたら、おとーさんも私をおぶっている時はこんな心情だったのかもしれない。

やっぱりおとーさんにおんぶしてもらうのはやめておこうか。

 

 

そこで、私は気づいてしまった。

 

 

 

ーーー私、重かったかも…?

 

 

 

 

「がんばって!笠のおねーちゃん!」

 

「…う、うん。ありがと…!」

 

 

 

男の子が私の肩に顎を乗せてエール。

 

 

私は先程のことは考えないようにした。

 

 

うん、忘れよう。

 

 

 

大丈夫、私健康だから。

 

 

 

 

 

…重いかな。

 

 

 

 

 

 

 

気づけば、人混みは少なめ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心配したんだぞ!良かった…無事で…」

 

 

「おとうさん!」

 

 

 

寺子屋の庭。

普段ここに通う皆が遊んでいる場所。

 

そこに安堵の表情を浮かべた男の人が、その人とよく似た小さな男の子を抱きしめる光景。

 

 

「…よかったね、見つかって」

 

「ほんとだな、影狼はよくやったよ」

 

 

それを慧音先生と一緒に眺める。

 

慧音先生はおとーさんと違って細い指だから、撫でられる感触が違う。

これはこれでまた違った良さがある。

 

 

「ほんとうにありがとうございました。

今後は気をつけます」

 

 

私が目を細めて堪能していると、今度はすぐ近くで声がした。

 

 

「ああ、そうだぞ。

今回はたまたま影狼がいたから良かったが、善人ばかりじゃないんだから」

 

 

「…はい」

 

 

男の子と手を繋いだ男の人が、こんどは私の方を見る。

 

 

 

「…君もありがとう。

ほんとうに助かったよ」

 

 

「…えへへ、困ってたから…」

 

おとーさん以外の人に褒められるのはなんだか素直に喜べないが、嬉しいというか、むず痒いというか。

 

自然にしっぽが揺れる。

 

 

男の人が、じゃあ、と言って男の子の手を引いて、寺子屋の外へと歩き出す。

 

 

 

私も帰らなくちゃ。

 

 

おとーさんはいつもより帰りが遅い私を心配して、人里中を駆け回るかもしれない。

霊夢さんがなんとか止めてくれていることを願おう。

 

 

「じゃあ、慧音先生。

私も家に帰ります」

 

 

「ああ、ご苦労さま」

 

 

 

慧音先生にぺこりとお辞儀をして、私も男の子とその父親が歩いていった方に向く。

 

 

さて、博麗神社へ帰ろう。

 

 

 

その時、私の前の方、夕日が作った影から声が。

 

 

 

 

 

 

 

「笠のおねーちゃん!!

ありがとーー!!」

 

 

 

 

眩しくて直視出来なかったが、あの男の子の声だとすぐにわかった。

 

 

私は背伸びをしてできるだけ大きく手を振った。

 

 

 

 

 

男の子の声は元気で、嬉しそうな声だった。

もう涙は見えないことだろう。

 

 

 

 

今日は、霊夢さんとおとーさんに話す内容が多くて困る。

何から話そうかと考えて、私も夕日に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 




人々「微笑ましすぎるっ…」

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博麗神社のこまいぬ様

 

石の灯篭の上に、桜が1枚。

 

ひらひらとゆっくり落ちるそれは、その上だけに限らず、あちらこちら重なり合ってひとつの絨毯のようになっている。

 

その絨毯の上に明るく暖かい日差しが寝転ぶ。

 

 

春を象徴するそんな光景。

願わくば永遠にこの絨毯が敷かれていればと思うが、それが叶うことは残念ながら永遠にない。

桜というのは、一斉に咲き誇って儚く散ってしまうものだ。

 

それに、お日様はいつまでも寝ていてくれず、いずれその日差しが刺々しいものに変わってしまうのだ。

 

 

 

「…これは大変だ」

 

 

「手が疲れてきた…」

 

 

 

それに、花弁というものは目にするにはいいが、枯れてしまったあとの処理が面倒。

こんなに道に花弁だらけ、というのも考えものである。

 

 

そうして、しゃっしゃと忙しなく竹箒を左右に動かす人から呟きがもれるのも仕方がないか。

 

 

 

「おとーさん、これ何時になったらはき終わるのかな?」

 

「…分からないけど、まだ結構かかりそうだね」

 

 

 

俺と影狼は掃除中である。

 

 

目の前には広がった桜の花弁。

竹箒を支えに、少し休憩。

 

 

隣では影狼が竹箒を一生懸命左右に。

それに合わせて、しっぽが左右に忙しなく。

 

 

はいてもはいても、賽銭箱へと続く道の両脇に並ぶ桜からどんどんと補充されていく。

キリがない。

 

あ、影狼の動きが止まった。

 

 

「…んぅ?」

 

狙い済まして影狼の両脇に手を入れて、持ち上げる。

 

 

「…休憩、しよっか」

 

「うん!」

 

 

俺と同じ目線で両足が宙ぶらりんな影狼が笑った。

 

抱っこした俺の片手に座った影狼は、俺の肩に顎をのせて、俺の後ろに顔を出した。

 

 

「…ね、ねぇ、おとーさん」

 

 

そして、俺の頭の上の2本の尖った耳に口を寄せて、小さな声で囁いた。

ちょっと驚いて体が飛び跳ねた。

 

どうした、と言う。

 

 

「あ、あの…霊夢さんとか、魔理沙さんには言わないで欲しいんだけどさ」

 

 

「うん」

 

 

 

影狼が身じろぐ。

 

 

「私…」

 

 

 

 

何か重要なことだろうか。

だとしたらどのような事か全く予想がつかない。

 

影狼は言うのを躊躇って、躊躇って、躊躇ってさっきからえっと、その、を繰り返す。

俺が影狼を揺らして、抱え直す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おもくない…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一拍。

 

 

 

境内に笑い声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

縁側に2人で腰掛ける。

 

俺は余裕だが、地面に足が届かない影狼はぶらぶらと両足を揺らしている。

 

 

 

 

「お疲れ様、去年は私1人だったから良かったわ」

 

 

 

 

後ろの障子が開いて、霊夢が顔を出す。

 

はい、とお茶を渡される。

 

「影狼も。熱いから気をつけるのよ」

 

 

「ありがとう、霊夢さん!」

 

 

 

俺たちに湯のみを渡すと、霊夢も縁側に腰掛けた。

その手には、霊夢のものの茶色の湯のみ。

 

湯のみに吹きかけた息で、湯のみの中のお茶の表面から薄い湯気が上る。

 

俺と霊夢で影狼を挟む形で縁側に腰掛ける。

 

 

 

「…平和ね」

 

 

 

霊夢の一言には、俺も影狼も言葉を返すことはなく、頷くだけ。

桜の木の上からだろうか。

ホトトギスが鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな静かながら有意義な時間を3人で共有していたその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くの空から声が聞こえてきた。

 

 

「おーい!れーむー!」

 

 

段々と近づいてくるその声の正体はこの時点で、3人とも気づいていたようで思わず顔を見合せた。

 

 

呆れたような霊夢の表情。

 

 

影狼は…、笑っていた。

 

 

 

 

「おっす!3人とも縁側に座ってお茶飲んでるとばばぁみたいだな!」

 

 

 

「…あんたねぇ」

 

 

霊夢がずいずいと魔理沙の元へ近づく。

 

 

 

「せっかくいい感じに心地いい雰囲気だったのに。

あんたの声には風情の欠片もないわ」

 

 

「お、おい、なんだ私が悪いみたいに。

影狼!たすけてくれー!」

 

 

 

「…霊夢さん、私、魔理沙さんの声好きだよ?」

 

 

 

「よし、魔理沙あんたしばくわ」

 

 

「なんで!?」

 

 

 

 

 

先程まで春特有の空気を楽しんでいたはずなのに、いつの間にかわいわいと騒がしい空間に早変わり。

 

帽子が飛ばないように片手で抑えて走る魔理沙を捕まえようと、霊夢が追いかける。

 

 

影狼はどうしてこうなったのかと、しどろもどろ。

魔理沙に霊夢。目の動きが忙しかった。

 

 

 

 

先程までの春も好きだが、俺はこんな感じの春が一番好きなのかもしれない。

ふふっと耳に俺の笑い声。

 

 

 

境内の雰囲気の変わりように神社もさぞ驚いていることだろう。

 

 

 

 

「いてててっ!掴むなっ!」

 

 

「影狼の言葉を誘導した罪よ。

じゃないとあんたに好きって言うはずないわ」

 

 

 

「ええ?私はふたりとも大好きだよ?」

 

 

 

「ほらみろ!さっきのは霊夢が嫉妬しただーー。

わかった!いたい!いたいからやめろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ホトトギスの鳴き声はいつの間にか、聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、あんたは何しに来たの?」

 

 

 

場所は変わって、博麗神社の一室。

 

もう炬燵はしまったらと言ったのに、霊夢は片付けるどころか、炬燵に入ったっきり出ようとしない。

 

寒がりの霊夢にこんなこと言っても仕方ないかもしれないが、俺と影狼は寒くないのだ。

だから、この炬燵を使うのは霊夢ただ一人だけ。

 

 

 

それを囲んで、霊夢が魔理沙に疑問を投げかける。

 

 

 

 

「ああ!そうそう。

ちょいと影狼を借りようと思ってね」

 

 

「それはまたどうして?」

 

 

「…何かしらの用があるならかさないでもないわ」

 

 

「…もしかして私って道具…?」

 

 

 

 

魔理沙曰く、とある友人同士の集まりに連れていくらしい。

 

 

 

「その名も、魔女集会だぜ!」

 

 

 

「…普通ね」

 

 

 

その魔女集会とやらは、名前だけでなく、内容も普通だった。

 

 

どうやら、不定期で開催されて、同じ魔女である2人の少女と魔理沙の3人で、お茶会を開いているとの事。

 

雑談したり、魔法について討論したりと普通である。

まるで女子会。

 

 

 

「そんで、あいつらに影狼の可愛さを伝えてやろうってことで」

 

 

「なるほど」

 

 

 

魔理沙が得意げに胸を張る。

 

 

 

「…私のもふもふ成分補給源はどうなるの?」

 

 

 

「それは…、今泉がいるだろ」

 

 

 

 

「いや、え?」

 

 

 

確かに俺は影狼と同じ種類の妖怪になったが。

元は普通の人間であったわけで。

 

そんなに撫でまわされたり、耳やしっぽで遊ばれたことも当然ないわけで。

 

 

 

 

 

それに、霊夢は影狼が好きなのであって、俺の毛並みじゃあ満足しないだろう。

さぁ、霊夢。

はっきりと断ってやってくれたまえ。

 

 

 

 

「…霊夢?」

 

 

 

 

 

「…それも悪くないわね」

 

 

 

 

「…」

 

 

 

 

今度は俺が黙る番だった。

 

 

 

「よし!決まりだな!

そうとなったら、影狼!早速行くぞ!」

 

 

「う、うん」

 

 

 

 

影狼は、おとーさんをよろしく、とだけ霊夢に言って、魔理沙と共に境内に駆けて行ってしまった。

 

 

 

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

 

 

 

部屋に残されたふたり。

外からはふたりの楽しそうな声。

それも徐々に遠くなっていく。

 

 

 

 

 

 

「今泉さん?もふもふしていいかしら」

 

 

「…拒否権は?」

 

 

 

 

 

 

「ないっ!」

 

 

 

その一声と同時に、目を輝かせた霊夢が飛び込んできた。

 

 

 

「のわっ!!」

 

 

俺の胸に霊夢が飛び込んできたので、霊夢を抱えたまま畳の上に倒れ込む。

 

 

 

「影狼にはない包容力があって…、中々わるくないわ」

 

 

「…そうか。それは良かった、のか?」

 

 

 

 

霊夢が俺の背中にゆっくりと手を回した。

 

 

人の温もりが俺の胸を包む。

 

 

 

 

驚いて霊夢の方を見てみれば、少し下の方のすぐ近くで、イタズラっぽい笑顔。

 

 

お返しに、と俺も霊夢の女性らしい背中のちょうど後ろで指を組んだ。

 

 

 

 




唐突ですが、ここ好き機能って面白いですよね。

皆さんが面白いとか良いなとか思った箇所が重なっておらず、それぞれ違った場面です。
私が悩んで書いた場面であったり、意外な場面であったりします。

小説情報から見れましたっけ?
見ることができたら、是非見てみてください。

共感できるここ好きセンテンスがあるかもしれません。


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魔女たちの優雅で華麗なお茶会 with 影狼

被害者1名




 

魔法の森の一角。

 

不思議な姿かたちをしている木々に囲まれて、ぽつりとたっている一軒家。

黄色の屋根。

それは上空からもはっきりと確認することが出来た。

 

 

洋風、と言うのだろうか。

 

 

人里でもそのほかでも見たことがないような建物だ。

カラフルで、それでいて落ち着いている。

庭園にも綺麗な花が咲き、そこを彩る。

 

木々に囲まれていた事から、さぞ風通しが悪いのだろうと思っていたが、どうもそう出ないようで、どういう原理かは分からないが、地面に足が着いたと同時に涼しくて気持ちいい風が吹いてきた。

 

 

「よし、到着だぜ」

 

 

魔理沙さんが箒をまたぐ。

それで、私が素早く箒から飛び降りる。

 

 

魔法の森。

 

涼しくて気持ちいい、と先程いったが、いざ降りてみるとそれも胸を張って言えないかもしれない。

 

 

「魔理沙さん、なんか…空気がうねうねしてない?」

 

 

「うねうね?

…ああ!魔法の森は魔力でいっぱいだからな」

 

 

うねうね、と表現してみたが空気自体が動いているように見える訳では無い。

 

どちらかと言うと、動いていると言うより私自身の中に入り込んでくる空気が重い。

 

「ここは人間も長い時間いられないんだ。

影狼は妖怪だからまぁ大丈夫だぜ」

 

 

行こうか、と魔理沙さんの手。

 

 

 

魔理沙さんの箒を持っていない方の手を捕まえた。

すぐ目の前の黄色の屋根の可愛らしいお家に歩く。

 

 

 

お家を囲むようにある庭園を突っ切る。

 

 

レンガ、と呼ばれる赤い石で舗装された道は、その家の入口まで続いている。

そんなに大きくない庭園だが、あちこちに綺麗な工夫が施されているのが私にもわかった。

 

 

例えば、花のアーチ。

 

 

真っ白の支柱にそわせて花を咲かせる。

そうすればアーチ状になり、くぐる時はなんだか別の世界に入ったような気持ちを味わうことが出来る。

 

 

 

きっとこのお家の家主は、お洒落で綺麗好きなのだろう。

 

 

 

「おーい、アリス!

約束の時間だぜー!」

 

 

 

 

庭園のあちらこちらを見ながら、魔理沙さんの手に引かれるままに歩いているといつの間にかドアの前についていた。

 

魔理沙さんがドアを強めに叩く。

 

 

しばらく反応がなかったが、がちゃりとドアの鍵のようなものが内側で開いた音がした。

 

 

ドアが少しだけ開く。

 

 

すると中からひとつの人形。

金髪で青いふりふりした服を着ている。

 

 

 

「え?人形…?」

 

 

 

戸惑う私を気にもとめず、魔理沙さんは家の中に入ってしまった。

 

私もついて行こうと魔理沙さんの後を小走りで追おうとした。

すると、その人形が目の前に立ちはだかる。

…かなり小さい壁。

 

 

「あの、えっと…中に、入れてくれませんか…?」

 

 

人形が首をふって、体の前で両腕全体で小さくばつ印を作った。

どうしようか。

 

 

私が頭を悩ませて、最終的に、人形をとっ捕まえて無理やり家に入るという案を却下した時、家の中から魔理沙さんの声。

 

加えて、誰かの声。

 

 

「おい、アリス。

影狼は私のツレだぜ、入れてやってくれよ」

 

 

「…貴方、犬を連れてきたの?

ここからだとあのぴくぴくしてる耳しか見えないけど…」

 

 

「パチュリー!犬じゃないぜ!

ほら、アリス、早くしてくれ」

 

 

 

かちゃかちゃと食器がぶつかる音も聞こえ始める。

 

 

 

すると、人形は私の周りをぐるりと1周まわった。

そして、正面に戻ってくると私に片手を差し出す。

 

「握手…?」

 

 

私も片手を出して、その手を掴む。というより、つまむ。

人形は、うんうんと頷いて家の中に戻ってしまった。

 

それを見て、私は恐る恐るドアの隙間から顔を出す。

 

魔理沙さんがこちらに手を振っている。

円卓の反対方向には、紫色の服を着た人。

こっちを一瞥したかと思えば、本に目を戻してしまった。

 

 

 

 

 

そして、リビングの端っこのドアが開く。

 

 

 

 

そこから出てきて、魔理沙さんと紫の人と一緒のテーブルの椅子に腰をかけるその女性。

 

 

綺麗な金髪で、青くて綺麗な目。

 

 

私はその女性を見たことがあった。

 

 

 

「あ」

 

 

 

…3人の視線がこちらに集中した。

 

 

 

誤魔化すように、俯いた。

 

 

 

 

 

3人の話し声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…魔理沙、説明しなさいよ」

 

 

紫の服の女の人が言う。

その視線は私に注がれたままに。

 

 

「そうだなー…、この前のきのこ腹いた事件は話したしなー。

特に説明することはないけど」

 

 

 

 

このお家にお邪魔してから、早30分。

 

 

 

 

魔理沙さんが何故か得意げに私のことを説明して、この前の霊夢さんとの1件を語りはじめる。

 

 

話をしている途中、紫の服の女の人はいつの間にか読んでいた本を閉じて、眼鏡をはずしていた。

 

 

金髪のお姉さんは紅茶のおかわりを注ぐ。

魔理沙さんの話に退屈してきて、きょろきょろと辺りを見回していた私のカップにも紅茶を入れてくれた。

 

 

どこか無愛想で、私を見る目が鋭い。

 

 

 

 

ーー何かわるいことをしただろうか…。

 

 

 

 

 

私の大きいか小さいか検討もつかない脳みそを動かして過去の行動を思い起こすが、思い当たることはひとつとしてない。

 

 

それもそのはず、私が金髪のお姉さんを見たのは結構前の事だった。

 

 

 

寺子屋の帰り。

人里を1人で歩いている時、気分を変えてみようと、いつもと違う道を通った時。

 

 

小さな公園で、子供たちの人だかりができているのを発見した。

よくよく見てみれば、人だかりは子供たちだけでなく、数人だか大人を混じっている。

 

興味をそそられた私は人だかりに寄ったのだった。吸い込まれるように。

 

 

そして見た。

 

 

人だかりの中心で、人形を操って物語を語るお姉さんを。

 

面白おかしく動き回る男の子の人形。

 

帽子を被った男の人の人形。

 

静かに座る女性の人形。

 

 

どれもこれも完璧に動き、本当に生きているみたいだった。

いや、もしかしたら実際に生きている人形の物語だった。

 

人だかりの人々は、人形の行動に目を追って、その結果や出来事に一喜一憂を繰り返す。

 

 

人形の動きに合わせて、その時の場面に合わせて、金髪のお姉さんの綺麗で澄んだ声が物を語る。

 

 

 

 

 

 

私はそれを見て、家に帰った後も忘れられなかったのを覚えている。

 

 

おとーさんにもきっと話したはず。

すごいものをみた!って。

 

絵本や教科書のお話とは違う、立体的なメッセージ。

 

 

それは私に確実に届いていた。

 

 

恐らく、いや、やはり確実に、あの時人形劇をやっていたお姉さんだろう。

あの時、お姉さんは公演後、笑顔で充実した表情だった。

 

 

「で、影狼が〜」

 

 

 

「…」

 

 

 

「え、あありがとう、ございます…」

 

 

 

お喋りを続ける魔理沙さんを横目に、金髪のお姉さんがスっとこちらにカヌレののったお皿を差し出した。

 

 

純白のテーブルクロスが敷かれた、まんまるな机の中心には、多種多様の洋菓子たちが出番を待ち望んでいる。

 

 

人里では見たことがないものばかりで、どんな味がするのか、そもそも食べ物なのか分からない形状のものが多い。

 

その中でも、ひときわ特徴的な形をしたお菓子、カヌレが私の前に。

 

 

金髪のお姉さんは、こちらにそれを差し出したっきり、興味がないような態度で紅茶に口をつける。

 

 

…でも、私は気づいている。

 

 

紅茶を飲んだり、魔理沙さんの方を向いたりしている合間合間に、私の方をちらちらと確認していることに。

 

目の前のカヌレを睨みつける。

 

四角くも傾斜があるそのフォルムが私の前に立ち塞がる。

 

顔をあげる。

 

金髪のお姉さんの髪が僅かに揺れたが、お姉さんは既に魔理沙さんの方を向いている。

…見ていた…、はず?

 

 

 

もしかしたら、このカヌレにはなにか怪しいものが入っているのかもしれない。

 

 

 

魔女たちのお茶会に、妖怪の影狼が1人。否、1匹。

 

 

 

 

袋の中の鼠ならぬ、袋の中の狼。

 

私の意識が無くなった途端、3人で私にあんなことや、こんなことをして、体を改造してしまうのかもしれない。

 

 

だからカヌレを勧めたのかも。

 

 

だから、私がカヌレに手をつけるのを観察しているのかも。

無事に計画が成功するように。

 

 

 

考えれば考えるほど、なんだか怖くなってきた。

 

 

 

でも、目の前の食べてほしそうなカヌレがなんだか可哀想である。

 

 

それに、勧められたものを断るのも気が引ける。

このお姉さんは悲しんでしまうかもしれない。

 

そんな姿は見たくない。

誰かが困っているのを見るのは拷問に等しい。

 

 

 

 

 

私は、遂にカヌレを手に取った。

両手で。しっかりと。

 

 

 

 

 

「なるほどね。で、その今泉とやらは、妖怪になれたの?」

 

「それが驚きでな、耳としっぽがはえたんだぜ!」

 

 

 

 

 

「…」

 

 

 

 

お姉さんの視線を感じる。

 

私は怖くて顔を上げられない。

なので、両手でしっかりと持ったカヌレだけを見つめる。

 

 

 

よし、いくぞ…。

 

 

 

 

いち、に、さん、で齧り付いた。

 

 

 

 

咀嚼することなく、しばらく噛み付いたままでいたが、いつまで経っても体に異変はない。

 

 

 

 

恐る恐る、目を開けた。

 

 

 

 

目の前に、普通に美味しいカヌレ。

 

 

 

ふーん、カヌレってこんな味がする食べ物なのか。

 

 

 

なんだか落ち着いたら、お手洗に行きたくなった。

とりあえず、両手のカヌレを平らげた。

 

 

 

「あ、あの…」

 

「…」

 

「…お、お手洗い…」

 

 

「…(スっ」

 

 

 

お姉さんが右方向のドアを指さした。

紅茶のカップに口をつけたまま。

その表情はカップに隠されて見えない。

 

 

困惑していると、どこからともなくあの人形がやってきて、案内してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カヌレ、おいしかったなぁ。

 

 

 

 

人形について行く途中、そんな能天気なことを考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「て、ことがあったんだぜ」

 

 

 

「…ふーん、今度今泉とやらにも会いに行ってみようかしら」

 

 

 

 

私はようやく、パチュリーに事の顛末を話し終えた。

 

 

「お?」

 

 

私の左どなりから、私の服の袖をつまむものあり。

そちらを見てみれば、見知った友人が小刻みに震えていた。

 

 

「ど、どうしたんだ?アリス?」

 

 

「…こ」

 

 

「え?」

 

 

「あの子…」

 

 

パチュリーの心配そうな顔が、呆れたものに変わったのが、間接視野で見えた。

 

 

 

「あの子よ!可愛すぎるでしょ!!!」

 

 

 

「はぁ!?」

 

「…やれやれ、ね」

 

 

 

 

「何あの可愛い生物ありえないわカヌレひとつ片手で持てないですって?嘘でしょ、ありえない可愛い100点。そして両手で持って小さなお口で1口、嬉しそうな無意識笑顔。はい、優勝。」

 

 

「お、落ち着け、ああありす」

 

 

「…あんたも落ち着きなさいよ」

 

 

 

アリスが震えながら早口で喋り始めた。

 

 

よく分からないが、影狼の可愛さが伝わったらしい。

これで目的通り、なのか?

 

 

 

 

 

 

「魔理沙、あの子、私の人形気に入ってくれたかしら?」

 

「知るか!!」

 

 

 

「そうね、気に入ってくれたはずよ。

そうと決まったらあの子と一緒にお裁縫するのも楽しそうだわ。そうしましょう」

 

「おいパチュリー!こいつ聞いてないぞ!」

 

「手遅れよ」

 

パチュリーは既に丸眼鏡をかけて、本を読み始めている。

 

 

 

 

 

「…あのぉ…」

 

 

 

 

 

その時、聞きなれた遠慮がちな声。

 

ドアの方を見る。

そこには、ドアをちょっとだけ開いて顔を覗かせる影狼の姿。

 

口の端に、カヌレの食べかすが少しだけついているように見える。

 

 

 

アリスの動きが固まった。

 

 

 

パチュリーが目だけそちらに向ける。

 

 

 

 

 

「わ、わたし…なんかやっちゃいまし、た?」

 

 

目の端に少しだけ見える涙のような光。

 

 

 

アリスが尊死した。

 

 

 

 

 




ここだけの話、アリスさんのお人形は、アリスさん自身が行動を操っているらしいです。

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魔女たちの優雅で華麗な(?)お茶会 with 影狼

 

お手洗いから戻る途中、がやがやと騒がしい声が聞こえた。

声の主は当然、あの3人だろう。

 

 

確かさっきまで楽しくおしゃべりをしていたはず。

おしゃべりをしていて騒がしくなるのは当然のことだと思うが、この騒がしいの種類は異なる。

 

 

一般に、騒がしいということのポジティブな意味では、楽しくや賑やかに、だろう。

 

 

しかし、この騒がしいはそれらとは違う。

 

なんだか予想外のことが起きたかのような。

例えば、霊夢さんと魔理沙さんがお菓子の取り合いをしている時のような。

そんなにも急に変化が訪れるものだろうか。

 

私がその場から離れたその時に。

 

 

おとーさんが縫って作ってくれた手ぬぐいで手をふきふき、少しだけ開いたドアを覗く。

 

 

「ーー!おいーーアリス!」

 

 

先程までと落ち着いた空間であったはずの場所が混沌としていた。

 

 

魔理沙さんがあの金髪のお姉さんに詰め寄られて、なにやらまくし立てられているみたいで慌てた様子。

中央のテーブルには、変わらず色とりどり多種多様なお菓子たち。

 

なにやら言い合っている魔理沙さんと金髪のお姉さん。

 

それを横目に読書をしつつ、時折ちらちらと2人の様子を控えめに伺う、パチュリーと呼ばれていた紫の服の人。

 

 

ーーどうしよう。

 

 

 

うすく開いたドアから覗き込みながらも、私は自分がその空間に入るタイミングをうかがっていた。

が、中々入りづらい。

 

私のしっぽがへたり、と項垂れているのが分かる。

 

 

こういう時ほど、悪い予想というのが出てきてしまうもので。

 

私が退出した途端にこんな状況になったということはーー?

 

私の所為でみんなの楽しい時間を壊してしまったのではーー?

 

 

リビングから聞こえてくる話し声は、段々と大きくなっていく。

ついには、パチュリーさんの声も混じり始めた。

静観していたパチュリーさんも入ったとなれば、私はより入りづらくなってしまう。

 

 

どうしようどうしよう、どうしよう。

 

 

 

あたふたと周りを見てみても、私の助けになりそうなものは見当たらない。

 

もう自分だけで何とかするしかないんだ。

 

そう自分に言い聞かせて、自分よりも高いところにあるドアノブを背伸びをして掴んだ。

 

 

がちゃりと響く。

 

 

 

先程までわいのわいと騒いでいた3人が、いっせいにこちらを向く。

それは私に、恐怖感を与えたことは容易に想像できるだろう。

 

 

何を言われるのか、と怖い気持ちが支配しかけるも、何とか持ち直して言葉を発した。

 

 

 

「わ、わたし…なんかやっちゃいまし、た?」

 

 

 

詰まりながらも発した言葉。

 

 

 

しばらく、間が空いた。

 

魔理沙さんがやれやれ、と頭を抑える。

 

パチュリーさんは私を見たまんま動かない。

 

 

 

金髪のお姉さん。

 

 

 

「…むり」

 

 

 

そう言い残して、椅子に倒れ込むように座り込んでしまった。

 

 

 

やっぱり、騒がしくしていた原因は私にあったみたいだ。

 

 

 

「…ほら、影狼。おいで!」

 

 

下を向いて俯きかけていた私は魔理沙さんの声で、顔を上げた。

 

 

そこには、満面の笑みで両手を広げて私を待つ魔理沙さん。

やや傷心気味の私は迷わず魔理沙さんに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拝啓、おとーさん。

 

 

私は今、元気やってます。

霊夢さんと仲良くしていますか?

 

私?私ですか?

 

私は今は魔理沙さんの膝の上でぎゅっとされています。

 

動けません。暑いです。

 

 

 

「まったく、私たちが影狼を迷惑に感じるわけないだろ。

な、パチュリー」

 

「…え、ええ」

 

 

 

魔理沙さんの声掛けを予想していなかったのか、パチュリーさんの肩がはねた。

本で顔の口元を隠して、丸メガネで困ったように答えた。

 

 

私は苦笑いと共に未だ拘束されたまま。

 

 

「…かげろう?ちゃん?」

 

 

 

そんな私にアリスさんがひょこり、現れて話しかけてきた。

その手には、可愛らしい水色の箱を持っている。

 

はい?と私。

 

 

「お裁縫、しよ?」

 

「…おさいほう?」

 

 

オウム返しに問う。

 

 

「…っ!」

 

アリスさんが向こうを向いてしまった。

 

 

「…影狼、罪な子だぜ」

 

 

魔理沙さんが私の頭上でなにやら言っている。

私は魔理沙さんを見あげようとすると、ほぼ同時に魔理沙さんの手のひらが私の頭を撫でて、押さえつけられる形となってしまった。

 

 

「えーっと、人形を作るの。

針と糸で、ちくちくやって…、こんなふうに」

 

 

いつの間にこちらを向き直ったアリスさんが、箱の中から糸と針を出して、何かを縫う手振りをする。

 

いかにも、アリスさんが得意そうなことである。

 

 

「もしかして、あのお人形さんは全部アリスさんが作ったの?」

 

「ええ、そうよ。

毎月1回だけ、人里で人形劇もやってるから見たことがある子もあるかもね」

 

「アリスの人形はみんな凄いんだぜ。

私とは魔法の方向性が違うが、これも立派な研究だな」

 

 

なるほど、と頷く。

 

 

じゃあやってみましょうか、とアリスさんが箱の中から小さな針と糸、そして布を出す。

 

「あれ?魔理沙さんの分は?」

 

「…いや、私はいいよ」

 

困り顔で頬をかく魔理沙さん。

アリスさんが微笑んだ。

 

 

「魔理沙は裁縫大の苦手だものね。

でも練習しないと上手くならないわよ」

 

「…そうは言ってもな」

 

 

魔理沙さんは私の頭の上に顎を乗せて、ため息をついた。

 

 

 

アリスさんがこちらに問う。

 

「影狼ちゃんはどんな人形を作りたい?」

 

 

 

「うーん…そうだなぁ。

あ!2つでもいい?」

 

「ええ、いいわよ」

 

 

「じゃあーーー」

 

 

 

 

魔法使いのお茶会は、平和に続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう見慣れた博麗神社の境内に、魔理沙さんとともに帰ってくる。

もう夕方。

人形作りに試行錯誤していたら、思ったよりも時間がたっていた。

 

先にいってて、と魔理沙さんに告げて、私はあの人形を準備する。

 

 

 

 

とてとてと走って博麗神社の部屋に向かう。

 

 

 

 

これ、喜んでくれるだろうか。

おとーさんなら、何を渡しても喜んでくれるだろうが、心の底から喜んでもらったら私も嬉しい。

 

 

「…ただいまっ!」

 

 

障子を開く。

 

 

 

しん、とした静けさ。

 

 

 

魔理沙さんが、慌てたように人差し指を口の前で立てる。

 

 

 

 

その魔理沙さんの前には、2人の人影が横になっていた。

 

 

 

 

 

「…こいつら、仲良く昼寝してやがるぜ…」

 

私の近くで静かに魔理沙さんが笑う。

 

 

毛布も何もなしに、畳の上で寝ていた。

おとーさんの背中にひっつく形で、霊夢さんがすうすうと寝ている。

 

おとーさんは若干寝苦しそうだ。

 

 

寝ているのなら仕方ない。

私は渡すはずだった人形をちゃぶ台の上に並べることにした。

 

 

みっつ。

 

 

 

1番左に、おとーさんの人形。

ちゃんと私と同じ耳としっぽ。

にっこりと笑っている。

 

 

1番右に、霊夢さんの人形。

ちょっと恥ずかしそうに笑っている。

それでもその表情はとても嬉しそうにも見える。

 

 

 

 

 

そして真ん中に、私。

 

 

ちょっとだけ不格好だが、上手くできている。

 

何度もやり直したからか、けばけばとした体が逆にもふもふ感を演出して、いい味が出ている。

 

 

 

 

「…こう見ると私、裁縫下手だな」

 

「ううん、そんなことないよ」

 

 

 

すうすうと規則正しい寝息を傍に、私と魔理沙さんがちゃぶ台を見つめて、2人を起こさないように、静かに笑いあった。

 

 

 

半開きの障子から差し込む、真っ赤な夕陽。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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こんにちは、春

密かに目標にしていた、お気に入り登録者数500人を突破致しました。

年内に突破できるか心配でしたが、皆さんの応援や評価のおかげで何とか達成することが出来ました。
本当にありがとうございます!

そしてこれからも影狼ちゃんを可愛がってあげてください。

影狼ちゃんは何時でもここにいますよ!





「今泉さーん!お酒持ってきてー!」

 

 

わいわいがやがやと騒がしくも楽しい声に混じって、博麗神社の厨房の入口からひょっこりと顔を出した霊夢の声。

 

 

今日の博麗神社は普段とはかなり違う。

 

 

境内も、博麗神社の部屋の中も、たくさんの妖怪はもちろん、道具やらお酒やら食べ物やらで溢れている。

至る所で笑い声。

 

幻想郷の力ある妖怪たちや、有名どころはみな、酒を片手に世間話に花を咲かせている。

 

 

 

「はいはい、これ?」

 

 

「ありがと!」

 

 

 

霊夢はお酒を受け取って直ぐに縁側の端に置いていた履物を履いて、駆けて行く。

 

そして俺はその行く先を見ることも無く、直ぐに厨房に戻る。

 

 

 

相変わらず忙しない動きを繰り返す背中がひとつ。

 

 

 

 

「…ナズーリンさん、お花見ってこんな大変なんですね」

 

 

 

ナズーリンさんは、はぁ、とため息を着いたかと思うと再び手を動かし始めた。

 

 

 

「飲み食いしている人達は良いけども、まったくもって作る人のことを考えてない。

それよりも今泉君、ここに溜まった皿を片付けて貰えると助かる」

 

 

「おっと、これは大変」

 

 

指をさされた先を見てみれば、山積みの皿。

 

俺たちの戦いはまだまだ終わりそうもなかった。

 

 

 

 

「おとーさーん!お皿もってきたよ!」

 

 

 

 

俺が今まさに皿洗いに手をつけようとした時、下の方から影狼の声。

 

 

たくさんの空になった皿を抱えて厨房にやってきた。

こんなどんちゃん騒ぎの中で、俺とナズーリンさんは裏方に徹してはいるが、それでもどうしても2人だけでは回しきれない所が出てくる。

ということで、影狼はお手伝いを名乗り出てくれた。

 

めちゃめちゃ助かる。

 

はい、とお皿を俺に渡したら、棚のひとつから酒瓶を出して抱えたかと思えば直ぐに境内に小走りで向かう。

 

 

「誰にもってくの?」

 

 

「なんか、天狗のおねーさん!」

 

 

 

走る足を止めずに向かって行ってしまった。

 

そしてそんな影狼とすれ違いざまに皿を運ぶ人が。

 

 

「よいしょっと、はい、お願いします!」

 

 

「ありがとうね、小鈴ちゃん」

 

 

今日は動きやすさを重視するためか、いつもの着物よりも少し軽そうな服装の上にエプロンをしている小鈴ちゃん。

彼女もまた、可愛らしいお手伝いさんのひとりである。

 

 

「…つかれたっ!」

 

 

小鈴ちゃんは影狼とは異なり、皿を俺に渡したら、厨房と部屋の間の段差に座ってしまった。

 

そして一言。

 

「お花見って、疲れるね」

 

 

ナズーリンさんが微笑んで口を開いた。

 

 

「それは私たちが働いているからさ。

疲れるのは覚悟の上だよ」

 

 

うんうん、とうなづいておく。

 

 

 

ぱた、と部屋の方に寝っ転がって天井を見つめたまま、小鈴ちゃんは話す。

 

 

「…休日で、しかもお花見の時も働くって…ナズーリンさんと今泉さんは楽しくないんじゃない?」

 

 

 

「いいや?そうでも無いよ。

何事にもやりがいというものがあるからさ」

 

 

ナズーリンさんが答える。

 

 

 

「うん、そういうもんだよ」

 

 

 

俺もそれに続く。

 

 

 

「そういうもんかなぁ」

 

 

 

小鈴ちゃんは天井を見上げたまま。

言った。

 

 

 

 

 

「だって、ほら。

みんな笑顔で楽しそうだろう?

 

みんなを笑顔にできることをやってる。

それでいいじゃないか」

 

 

 

 

「…流石ナズーリンさん、いいこと言うねぇ」

 

 

 

 

小鈴ちゃんはそう言うと、よしっと声を出して体を起こした。

 

 

 

 

「今泉さんっ!

終わったらご褒美ちょうだいね!」

 

 

 

「うん、いいよ」

 

 

 

 

 

小鈴ちゃんは、やた、と言って境内に戻って行った。

 

 

「かげろーう!どこー?」

 

 

…友達の行方を探しながら。

 

 

 

 

 

 

残された俺とナズーリンさん。

 

 

 

 

「君は子供に好かれるんだね」

 

 

 

「うーん、どうなんでしょうね」

 

 

 

 

 

厨房は変わらず、大忙し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はらり、と桜の花びらが落ちる。

 

 

 

ててて、と駆け寄って来た小鈴ちゃんを隣に、お酒を持ってくるように頼まれた天狗さんのところに向かう。

 

 

「あら?影狼ちゃんじゃない」

 

 

「あ!アリスさん!」

 

 

 

その途中、例の魔法使いグループの場所を通りがかった。

グループと言っても、魔理沙さんは見当たらない。

 

 

「あれ?魔理沙さんは?」

 

 

聞いてみることにした。

 

 

「…霊夢のとこよ」

 

 

アリスさんが何か答える前に、パチュリーさんが答えてくれた。

 

 

そっか、と私が言うと、パチュリーさんの横に知らない女の人がいることに気づいた。

 

その女性は私と目が合うと、思わず見とれてしまうほどの微笑みで、手を振ってきた。

そして、そのまま近づいてくる。

 

 

「…貴方が噂の影狼ちゃんですか?」

 

 

「は、はぃ」

 

 

 

「可愛いですねぇ…」

 

 

 

こちらに手を伸ばしてくる。

 

 

 

「…う、うう」

 

 

その手が私のほっぺたに触れそうになった。

が、それを抑える手がひとつ。

 

 

「小悪魔、そんなに困らせないの」

 

「えぇー、いいじゃないですか!」

 

 

アリスさんの細い手が小悪魔と呼ばれた女性の手を抑えた。

 

 

 

「どう?貴方たちもお喋りしない?」

 

 

小悪魔というらしい女性が問いかけてきた。

私は小鈴ちゃんと顔を見合わせる。

 

小鈴ちゃんは無言で私の腕の辺りを指さした。

 

何故かジト目である。

 

 

あ。

 

 

 

気づいた。

 

 

 

「そ、そうだった!

私、お酒を届けないといけないんだった」

 

 

 

小鈴ちゃんがうんうんと頷いたのが見えた。

 

 

 

「そう、残念ですね…」

 

 

 

「…影狼ちゃんにとっては良かったかもね」

 

 

 

じゃあね、と私は手を振って小鈴ちゃんの手を取った。

 

 

 

去り際、アリスさんにありがとう、と言ったら、アリスさんは嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

ええと、天狗さんのところは…。

 

 

 

 

 

きょろきょろ、2人してやけに広く感じられる境内を立ち止まって見回した。

 

 

 

 

 

 




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その時その一瞬を永遠に

最近カクヨムの方の新連載が忙しくてですね…。

それでも小説の構想や展開を考えると、横からすっと影狼ちゃんが顔を出すんですよね。
番外編の案が溜まる一方です。

…はたして嬉しい悲鳴、でしょうか。



私と小鈴ちゃんは手を繋いできょろきょろと当たりを見回していた。

その時、後ろから女性らしくもどこか無機質な声。

 

「お探しの相手はあちらにいますよ」

 

振り向いてみれば、銀髪の綺麗なお姉さんが指を指していた。

 

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 

いきなり話しかけられた動揺と、そのお姉さんがあまりにも美しかったことから言葉が出なかった私の代わりに、小鈴ちゃんがやや緊張気味の声で言ってくれた。

 

2人してさっさと銀髪のお姉さんが指を指した方向に歩く。

 

 

「き、きれいな人だったね…」

 

 

繋いだ手を離さないで小鈴ちゃんが言った。

 

 

 

「う、うん。とっても」

こくりと首を縦に、私は笑った。

 

ここ幻想郷で類を見ないレベルできれいな人だった。

 

それは霊夢さんや慧音先生が綺麗じゃないということではなく、なんだか別の、言い表すのならば「綺麗」の種類が違うというのが適切か。

 

 

 

霊夢さんは、目にやる気や活力がみなぎっていないし、周囲の人に対する接し方もどこか冷たく感じられる。

しかし、霊夢さんは自分の家族である私たちや友達、仲が良い人物に対して見せる、甘えた顔や笑顔がとても綺麗。

 

 

 

 

それに対して慧音先生は、大人な感じ。

まだまだ子供な私たちには到底まねできそうに無いが、憧れるものはある。

人里のおじさん曰く、寺子屋に通う男子たちは1度は通る道、とやらがあるらしい。

何故?と聞いてみると、まだ早い、といなされてしまったので真相は藪の中。

 

 

 

 

 

「…なんであんなに綺麗になれるんだろう」

 

 

「はぁ…、ほんと。毎朝鏡を確認するのが辛いわ」

 

 

 

私の呟きに小鈴ちゃんが賛同する。

どうやら考えていることは同じだったらしい。

 

 

「えぇ、でも小鈴ちゃんは可愛いから…」

 

 

くりくりとした目。

 

さらさらな髪の毛。

 

ぱっと咲くまさに、「元気はつらつ」と言った笑顔。

 

 

 

 

どれも私に無いものである。

 

霊夢さんや慧音先生のような綺麗さは無いかもしれないが、可愛いは一種のステータスである。

 

 

 

 

「え?」

 

 

小鈴ちゃんがきゅっとこちらの目を見て、足を止める。

 

 

「んん?」

 

 

なんだなんだ?

 

 

 

 

 

「…影狼?あなた…」

 

 

 

小鈴ちゃんがゆっくりと、信じられないように言った。

 

 

 

 

「鏡見た事無いのぉ!?」

 

 

「ええ!あるけど…」

 

 

 

 

何を当然のことを。

 

小鈴ちゃんが大声で言ったことの意味がわからず、ぽつりと返答する。

 

 

 

 

 

「で、でも!自分の可愛さに気づかないなんてーー」

 

 

「え!可愛くなんてーー」

 

 

 

 

2人して声を上げて主張する。

 

 

 

それでも繋がれた手のひらは合わさったまま。

 

 

 

 

 

「影狼ちゃん、お父さんとか妹紅さんに可愛い、可愛いって言われてるじゃん。

その人たちをみーんな否定しちゃうの?」

 

 

 

ぐ、ぐう。

 

そう言われると、なにも出てこない。

 

 

 

「そ、それはーー」

 

 

 

私が必死に言い返そうとしようとしたその時。

 

 

 

 

ぱしゃり。

 

 

 

 

 

シャッター音。

 

 

 

 

 

 

「これはこれは。特ダネですねぇ〜」

 

 

にやにやとした、お酒を持ってくるようにと頼んだ張本人、天狗さんが。

 

 

私と小鈴ちゃんは困惑して、言い合うことを忘れて顔を見合わせた。

 

 

 

小鈴ちゃんは目を丸くしていた。

多分私も、同じ顔。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…それで、最近いいネタがなくてですね」

 

 

「は、はぁ」

 

 

 

竹でできた座るためのシートの上で、お酒をぐびぐび飲む天狗さんの前で、正座して話を聞く2人。

そう、私と小鈴ちゃんである。

 

 

 

「使えるネタと言えば、さっき撮った戯れる貴方たちぐらいなもんですよ…。

なんかいい案でもあればいいんですけど」

 

 

 

話と言うより、ボヤキである。

 

 

話を聞くに、この天狗さんは新聞を作っている記者さんらしい。

 

作っていると言うだけでもうすごいのに、最近新しいネタがない、と創作意欲を失うことなく次を作ろうと張り切っているそのやる気が凄まじい。

 

 

「なんか、いいの無いですか?」

 

 

 

お酒を片手に、息をついて聞いてきた。

 

 

…お酒臭い。

 

 

 

 

「…そ、そんな新聞に載せることなんて」

 

 

 

すぐには思いつかないどころか、そもそも見当たらない。

 

 

 

「…はい!ひとつだけなら…」

 

 

と思っていたら、小鈴ちゃんが手を挙げた。

 

「では、貴方!」

 

天狗さんは笑って小鈴ちゃんを指名した。

 

 

 

 

小鈴ちゃんは得意げに立ち上がった。

 

 

 

ふふん、という声を最初に、説明し出す。

 

 

 

 

「写真集を作るのはどうでしょーか!

 

最近、人里では新聞に載っている写真や風景を模写した絵画などの娯楽が流行っているように感じられます」

 

 

「…ふむ、具体的にはどんな写真集を?」

 

 

「…そうですね、影狼ちゃんとか?」

 

 

 

 

「え、わたし!?」

 

 

 

 

小鈴ちゃんが指を私に指す。

 

すると天狗さんがこっちを見た。

輝いた目と私の目が合う。

 

 

 

「これを機に、影狼ちゃんの可愛さを幻想郷中に広めちゃいたいのです!」

 

 

 

「えええええ!」

 

 

 

 

私の叫びは無情にも、周囲の話し声の雑音に溶けて消えた。

 

 

 

 

天狗さんは、俯いて考え込んだかと思うと、顔を上げた。

 

 

 

 

「…いいね!」

 

 

 

 

ぐっと立てられた親指。

 

小鈴ちゃんはやり切ったような表情でそれを真似して返す。

着物の裾で額の汗をふきふき。

 

 

 

一方私は呆然を通り越して、口を開けて固まっていた。

 

 

 

「よし!じゃあ決まれば早速…」

 

 

 

 

この時の私は、まだ知らない。

一日中天狗さんに密着される時間が訪れるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ付録として、影狼さん本人にも好きな写真を撮ってもらいましょうか」

 

 

そう言って先程よりもいきいきとしている天狗さんが差し出したカメラを受け取る。

 

 

「…なんでもいいんですか?」

 

 

「うーん、出来れば人で」

 

 

 

「小鈴ちゃん、着いてきて、ね?」

 

「もちろん!」

 

 

 

よろしくお願いしまーす!

と手を振る天狗さんに一時の別れを告げて、小鈴ちゃんと境内を歩く。

カメラの紐を首から通して、歩く。

 

 

 

「誰を撮るの?」

 

 

 

「それは決まってるよ!もちろんーー」

 

 

 

 

 

 

そろそろ夕方を超えて、夜がやってきそうな時刻。

 

 

 

 

 

私は小鈴ちゃんの手を引いて、目的の場所へ向かった。

 

 

 

 

「こんにちはっ!」

 

 

 

 

その集団、というには些か少なすぎる人のかたまりは、私の声と同時にこちらに振り向いた。

 

 

 

 

「あら、影狼?どうしたの?」

 

 

 

紫さんの声。

 

 

 

 

「んむ?かげろうー?」

 

 

 

「え」

 

 

 

と、知ってるけど知らない人。

 

 

なんかふにゃふにゃしてる霊夢さんが会うや否や私に飛びついてきた。

 

 

 

「あ、霊夢いま酔っ払っててまともに話できねーぞ」

 

 

「かげろうって、おいしそーよねぇ…」

 

 

「た、たすけて魔理沙さん」

 

 

 

 

写真を撮りにきたつもりが、命の危険。

 

 

 

小鈴ちゃんにカメラを渡して、壊れないように気をつける。

 

 

 

「で、何しに来たの?」

 

 

「あっと、えっと、写真を撮ろうかな、と」

 

 

 

紫さんが気持ち悪いくらいに優しすぎる笑みで聞いてきた。

 

 

 

か、かちり。

 

 

 

ぱしゃり。

 

 

 

すると、私の後ろからシャッター音。

 

 

 

「うう?」

 

 

 

 

振り向くと、いたずらっぽい笑顔の小鈴ちゃん。

 

その手にはしっかりとカメラが握られていた。

 

 




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影狼ちゃんの一日。①

お久しぶりです。

執筆していて上手く進まない時、皆さんの感想やここ好きを見てニヤついていたら、早く時間が過ぎ去っていました。

皆さん、感想や評価、ここ好き、そして不特定捜索での紹介など本当にありがとうございます!

今回は短いですが、近日中に次回を投稿するので大目に見てくれると嬉しいです。




潜っていた布団から出る。

 

ここに住居を移してから貰った私の、私だけのお部屋には、当然の事ながら私1人。

隣が霊夢さんのお部屋で、おとーさんのお部屋は炬燵の場所のひとつ奥。

 

障子を軽く通り抜けてくる、朝の薄く明るい光、そして夏が近いというのに少し肌寒い風。

 

まだ半開きの両目を、ぐしぐしとやりながら着替えを始める。

 

 

そして洋服が出番を待ちわびているタンスを前に立ち尽くす。

 

 

「これは気分じゃないんだよね…」

 

 

ひとつ、洋服をだして、ひとつ、タンスに戻す。

出番を今か今かと待っている洋服たちには申し訳ないが、朝は忙しいのだ。

悠長に選ぶ時間はない。

 

そのため、服を選ぶ基準はひとつ。

 

『私の気分』

 

時間がないとはいっていても、身だしなみが適当なまんま、寺子屋に出かける訳には行かない。

 

私がタンスの服を前にして、ぶつぶつ独り言を言っている間にも、古時計の長針はのんびり歩き続け、休憩する素振りすら見せない。

 

 

「…」

 

 

茶色のロングスカートと、お気に入りの薄く着心地のよい上着。

 

 

 

「……」

 

 

 

するしゅると布が擦れる音。

私の足元に、まだほのかに人肌の温かさを感じる寝巻きが力なく、重なった。

 

 

 

私の身長よりもなかなかに余裕がある、全身が映る大きな鏡の前に。

 

 

くるり、と回った。

 

 

 

 

「…これだ!」

 

 

 

大人っぽい洋服。

魔理沙さんのおとーさん、あの霧雨店のおじさんが買ってくれた。

 

 

着て見せたら、大きく笑って例のごとくわしゃわしゃ私を撫でた。

その時、私は両目をぎゅっと閉じて、それを受け入れていた。

 

それを見ていた魔理沙さんは、引くような目でおじさんを見ていたけど、魔理沙さんも欲しかったのだろうか。

今日、霧雨店に行ったら魔理沙さんの代わりに洋服を買ってあげて、とお願いしてみようか。

 

 

きっと魔理沙さんはそんなこと言えないだろうから。

 

 

 

大きな鏡の中の私は、口を抑えて控えめに笑った。

勿論、突然洋服をおじさんからプレゼントされて、どうしたら良いかあたふたしている魔理沙さんの姿を想像して。

 

 

 

 

さて、もうそろそろーーー。

 

 

 

 

「いいですねぇ、そのお洋服。

とっても可愛いです。小鈴さんのアドバイスも納得ですね!」

 

 

 

 

 

 

ーー鏡の端っこに、天狗の文さんが。

 

 

 

 

 

 

「ー!?ー!!?」

 

 

 

「あ!」

 

 

 

 

 

 

私は声にならない悲鳴をあげて、鏡のない方向にずっこけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すみませんでした。

許してください、悪気はなかったんです。

影狼さんの写真集に使用する写真を撮影しようとしただけで…」

 

 

 

私は文さんをできるだけ視界に入れないように、斜め上を見て、お味噌汁をすする。

 

 

シャッター音。

 

 

「で、ですから、ご機嫌を直していただければ…」

 

 

「…ふんっ!しらないよ!」

 

 

 

言い放つ私の視界の端では、苦笑いのおとーさんと霊夢さん。

霊夢さんの頭には、ぴょんぴょんとはねた寝癖。

 

またおとーさんとの朝の戦いで負けたに違いない。

恐らく、掛け布団を没収されたのが敗因なのだろう。いつもみたいに。

 

 

「霊夢さん。寝癖、ついてるよ」

 

「ん?ああ…」

 

 

箸を置いて、向かいに座る霊夢さんの元へ。

 

 

 

「全くもう。霊夢さんも女の子なんだから!

もっと身だしなみをちゃんとした方がいいよ!」

 

 

「へい」

 

 

「うん、でしょ」

 

 

「う」

 

 

 

わさわさと霊夢さんの髪の毛を櫛でとく。

 

 

 

 

「…なるほど。これはなかなか…」

 

 

 

数回のシャッター音。

 

 

私はため息。

 

 

「…文さん?」

 

 

「あ、はい」

 

 

 

 

朝ごはんを食べ終えた後も、寺子屋に出かけてからも、ずっと文さんのカメラが着いてくる。

 

 

 

 

文さんは写真をとる時、無駄に大袈裟に、

 

「可愛いよ!」「最高!!」

「もっと…もっとくださいぃぃ!!」

 

などと叫びながらシャッターを押すものだから、人の注目を集めてしまって仕方がない。

 

 

 

私は寺子屋への道の途中で、振り返った。

 

 

「あやや?どうしました?」

 

 

 

文さん本人が楽しそうだから、いっか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、霧雨店内にて。

 

 

 

無の空気が流れていた。

一言発したら、地雷を踏みそうな程、張り詰めた空間。

 

 

その発信源のふたり。

おじさんと魔理沙さんの間のど真ん中。

 

 

やってしまった、と顔を青ざめる私が。

隣には冷や汗を流す文さんが。

 

 

 

「…じじい、今、なんて?」

 

 

 

「お前の服、可愛げがねぇから買ってやろうつってんだよ」

 

 

 

 

「…は?」

 

 

 

 

 

 

私はゆっくりと、本当にゆっくりと文さんの目を見た。

 

文さんも私の目をぱっちりと見た。

 

 

 

 

「…ど、どうしましょうか、ね?」

 

 

 

 

ぎこちないえみ。

 

 

 

 

「どうしようって…文さん、たすけて?」

 

 

 

 

文さんが震える手で、私にカメラを向けて、何度か失敗した後、シャッターを押した。

 

 

レンズに映る、上目遣いのわたし。

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、評価まだの方は是非。

アンケートがアンケートとは思えない結果で草。(真顔)
やはり影狼ちゃんは可愛い。異論は認めない方向で。

これからもよろしくお願いします!

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影狼ちゃんの一日。②

リクエスト箱設置しました。
是非どうぞ。

誤字報告ありがとうございます。
申し訳ない…。





先に動いたのは、おじさん。

 

いつも着ているエプロンの、右側のポケットをがさごそと漁ると、何か小さな袋を取り出した。

ふん、と鼻から息を吐くと魔理沙さんにその袋を突き出した。

 

 

「…ほれ」

 

「いや、え?」

 

 

魔理沙さんは困惑。

 

 

「その袋はなんだ?それで私に何をしろって?」

 

「おう、まぁ、なんだ」

 

 

おじさんは私をちらりと見た。

 

 

おじさん、頑張って…!

私がおじさんに目線でエールを送る。

文さんは、いつの間にやら私の手を繋いで、はらはらしながらこの状況を見守っていた。

 

「…文さん、いつの間に手を…」

 

「サービスしてくださいよ、いいですよね?」

 

いいけど…、文さんは抜け目ない。

私が必要とされて嬉しい気持ちがほんの少し、あとは混乱が多数を占める。

 

 

 

私たちが小声で話している間、黙っていたふたり。

 

 

 

「なんだよ!はきはきしてないとじじいらしくないぜ!」

 

 

魔理沙さんの声が聞こえた。

私は文さんから目線を外す。

 

 

 

「だぁぁ!もう!

意図を汲み取れねぇ娘だな、本当に!

これで少しはマシな服買ってきやがれ!!」

 

 

おじさんがやけくそ気味に吠えた。

 

 

おじさんが投げた袋は、魔理沙さんがキャッチした瞬間に、銭同士がぶつかる音を鳴らして魔理沙さんの両手に収まった。

 

 

魔理沙さんはそれを凝視して止まる。

 

 

対するおじさんは投げた袋がキャッチされたことを確認すると、そそくさと店の奥に引っ込んで行ってしまった。

 

残された3人。

 

 

今も尚、袋を見つめる魔理沙さん。

そして、手をとりあってその様子を見守る私と文さん。

 

 

「…影狼さん、声をかけるべきでしょうか?」

 

「…う、分からないよ」

 

 

 

魔理沙さんはその袋を見つめて何を思うか。

私には到底想像できそうになかった。

 

 

 

「でも、そっとしておいてあげた方がよさそうだよ?

なんとなくだけど…」

 

 

私の提案に、文さんが頷いたのが間接視野に霞んだ。

 

「…!」

 

「あ、うう…」

 

 

その時、魔理沙さんがようやく顔を上げてこちらを見た。

なんだかすっきりとした表情。

 

 

「…ちょっとお願いしてもいいか?」

 

「あ、あやや!なんでしょうか!?」

 

 

 

魔理沙さんはあえてかどうか、一つ間を開けたかと思うと、大きく息を吸って軽い微笑みと共に吐いた。

その後、今度は柔らかい表情で。

 

 

「一緒に服、選んで欲しいぜ」

 

 

 

「…」

 

 

 

文さんが私の方を見た。

 

それが私の返事を待っているということに気づけず、今度は私が硬直。

そしてその事を理解すると共に、急いで口を回す。

 

 

「あ、ああ!

うん、いこ!一緒にかわいい服見に行こうっ!」

 

 

私は文さんの手を離して、魔理沙さんの方へ駆け寄った。

 

 

 

文さんの、「え…、」という悲しみのこもった声は置いてきて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3人並んで人里の服屋さん目指して歩く。

私と魔理沙さんが歩く少し前を文さんが歩いている。

 

 

「なぁ、射命丸。

なんで私たちにカメラ向けながら歩いてんだ?」

 

 

歩くと言うと正確ではないのかもしれない。

カメラを構えて、私たちを正面にし、後ろに進んでいる。

とても分かりずらい状況である。

 

魔理沙さんの素朴な疑問に、文さんはにやりと笑った。

 

 

「…この期に、魔理沙さんの魅力も合わせてお伝えしたく思いまして」

 

 

「…はぁ?

伝えるって誰に?しかも写真で?」

 

 

「ええ。もちろんです!

影狼さんの可愛さと魔理沙さんの発達途中の魅力。

これは、これはブームを持っていけます、確実に…!」

 

 

「…らしいけど?」

 

 

「…なんで私!?」

 

 

 

魔理沙さんは不思議そうな顔のまま、私を見下ろした。

私よりも身長が高い魔理沙さんと、文さん。

首が疲れるが、見上げる他ないのだ。

 

 

「大体な、写真撮る時は許可を得るものだぜ?」

 

 

「得てますとも!ね、影狼さん!」

 

 

「許可?…覚えてないや」

 

 

文さんが笑う。

 

 

きょとんとする私を置いて、魔理沙さんが文さんにつられて笑った。

 

 

魔理沙さんと私と文さん。

珍しい3人組の道中は話題が絶えない。

 

 

文さんが今までの取材のお話をしたかと思えば、魔理沙さんが今まで解決してきた異変のお話をする。

 

 

私はといえば、笑って相槌。

2人が知らないようなお話は出来そうにない。

それでも、話を振られることはあるもので。

 

お店まであと半分程かと思った時、魔理沙さんがそういえば、と切り出した。

 

 

 

「…妹紅のやつ、男の家に通ってるらしいぜ」

 

「…!?そうなの?」

 

 

おう、と魔理沙さん。

 

 

「魔理沙さん?もしかして今更知ったんですか?

私は既に何ヶ月か前からその情報を掴んでましたよ」

 

 

常識です、常識。と文さん。

 

 

知らなかったのは、私だけ。

 

 

 

でもそんな素振り、妹紅さんからは見られなかった。

寺子屋の授業を見に来てくれる時も、博麗神社に遊びに来た時も。

いつも通りの飄々とした様子で、からからと笑っていた。

 

小鈴ちゃんや、阿求ちゃんの話す恋愛話、所謂『恋バナ』は大抵実体験でなく、物語のフィクションだった。

 

それによると、もっと、こう…。

 

四六時中、その人のことを考えてないとじっとしてられないというか、どこか上の空になるというか。

とにかく、その2人のする『恋バナ』に出てくる人とは、ひとつたりとも、妹紅さんには恋をしている様子とやらが見られなかった。

 

 

だから私はこうして驚くわけである。

 

 

「全く、妹紅も捕まえたのかぁ。

なんだか身近にそういう人ができると、感慨深いよなー」

 

 

「またまた。そんな魔理沙さんはどうなんです?

人里、最近来てるじゃないですか?

もしかして…?」

 

 

「馬鹿言え、私なんて森ぐらしだよ。

そんな出会いすることが難しいくらいだぜ」

 

 

 

でも、と魔理沙さんがこちらを見る。

にやにやと口角が上がっている。

そう、まるで私にカメラを向ける文さんのような…。

 

 

「影狼は、そーいうのどうなんだ?

可愛いし、モテるだろ?」

 

 

 

「確かに、そうですねぇ」

 

 

 

 

「…わ、私はそういうの、無いよ!

そもそも恋愛なんてよく分からないし…」

 

 

 

 

「…射命丸、私は影狼に一生このままでいてほしいぜ」

 

「奇遇ですね、同感です。

無垢な花ほど美しいものは無いのですよ」

 

 

 

なぜだか急に生暖かくなった2人の視線は、私1人に注がれる。

私はそれに困り顔を向けるしかないのだった。

 

 

 

 

もうすぐ、目的の場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱっと試着室の仕切りの布が開かれる。

 

 

「…やっぱり、恥ずかしいぜ」

 

 

そこには、普段着ないようなひらひらとしたイマドキの服の魔理沙さん。

こころなしか頬が紅く、恥ずかしそうに目線をさ迷わせているようにも見える。

 

 

「可愛いっ!」

 

「はかどります…!」

 

 

かしゃかしゃとなるシャッター音、ぱちぱちとかわいた音の拍手。

 

それらが入り交じり、魔理沙さんはより恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。

 

 

「ーーじゃあ次!」

 

「…あれもよかったけどな」

 

 

呟きは届かず、布が閉じて、着替える音が聞こえてくる。

撮った写真を確認する、ほくほく顔の文さん。

 

次が新しい服候補、最後だ。

 

選んだのは、私。

一着目の魔理沙さんが自分で選んだスカートも可愛かったし、二着目の文さんの選んだふりふりも最高だった。

 

しかし、私が選んだ服を魔理沙さんは気に入ってくれるだろうと、確信している。

 

それは見たこともあるだろう。

見たことがあると言うより、たった今、みていた服。

 

 

仕切りの布が落ちる。

 

 

「ど、どうだ?」

 

 

 

「そ、それは…!」

 

文さんがカメラを向ける。

そして写真を撮る前に、腰に手を当てる私と魔理沙さんを交互に見る。

 

 

 

 

「おそろい!いいでしょ?」

 

 

 

 

白のワンピース。

 

私が初めておとーさんに買ってもらった服。

これから夏がやってくるし、ちょうどいいだろう。

 

それに、魔理沙さんにきっと似合うだろうと前々から思っていたのだ。

 

 

「中々こういう服着ないからな…。

違和感満載だぜ」

 

 

鳴り止まぬシャッター音。

 

 

「えーと、魔理沙さん。ちょっとスカート部分の端をもって…。

はい、そうそう!」

 

 

ついには指示を出し始めた。

 

 

 

「…いつまでやるんだ?これ」

 

「最後!最後一枚だけ…」

 

 

 

しばらく続きそうなワンピース魔理沙さんの撮影。

 

 

 

これは長くなりそうだと思った頃。

 

 

 

 

「影狼さん影狼さん!

魔理沙さんの隣に並んでください!」

 

 

文さんから声がかかった。

魔理沙さんが苦笑いで手招き。

 

 

「…射命丸、もうとまらねぇぜ」

 

 

 

魔理沙さんの呟きは、シャッター音に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、これが出来上がった、と」

 

 

博麗神社のいつもの一室、霊夢は一枚の新聞をひらひらと揺らす。

 

 

「らしいよ。

楽しそうでなにより」

 

 

俺はお茶を啜る。

せんべいもつまもうかと思って、菓子受けをみれば、そこは空。

 

 

「…なによ」

 

 

霊夢の口の端に欠片が。

 

 

もうせんべいは彼女の腹の中らしい。

残念な気持ちをお茶と一緒に流した。

 

 

「いや、べつになにも」

 

 

 

ホトトギスが鳴いた。

もうすぐ春も終わりそうである。

 

境内に散った桜の花弁がやはり沢山積もって山を作っていた。

 

 

「…ワンピース、私も買おっかな」

 

 

霊夢の独り言を後に、2人分の湯呑みを洗い場に運ぶ。

 

霊夢、魔理沙、影狼の三人がお揃いのワンピースを着ている姿を想像して、案外悪くないな、と。

 

そう思った。

 

 

 




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とある白狼天狗の独白

リクエスト箱からです。
博雨 零さん、ありがとうございました!




私はいつものお店の、奥の端っこのカウンター席でわくわくとお目当てのものが登場するのを心待ちにしている。

 

まだか…、もう少しだろうか…。

 

いつもの山の任務の時は、時間がゆっくりと流れることに若干の面倒くささを感じていたが、どうして、この時ばかりはそれの代わりに期待感が膨らむのだろうか。

もうすぐ運ばれてくるであろう『あれ』のことを思うと、しっぽは期待で揺れ動き、耳はぴくぴく、私の意思に反して動く。

 

 

「お待たせしましたー」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

運んできた若い女性にお礼を言いつつも、目線は目の前に差し出されたお目当てに釘付け。

 

 

器の中は美しくいろどり豊か。

 

もちもちとしたフォルムのもの。

 

一品で多種多様の味覚を楽しめる。

 

 

ごくり…。

人知れず喉がなった。

 

 

「…いただきます」

 

 

 

私はお目当てのもの、そう、餡蜜を口に運ぶ。

 

これを食べるためにどれほどの時間を犠牲にしただろうか。

文さんにパシられた回数は計り知れない。

 

何回もの任務をこなしたのだろうか。

 

突然上司の都合で増えてゆく仕事。

手をつけてもつけても終わりが見えない書類の山。

なにも攻めてこないのに気を張っていなくてはいけない見張りの仕事。

 

 

涙が出そうな日々だった。

 

 

 

この餡蜜を食べるためーー。

 

 

最近じわじわと人里で人気が出始めているこの餡蜜を。

仕事が休みの日に食べる。

 

 

それだけでもう私は三十年は生きていけると確信していた。

 

 

 

だからこそ、餡蜜をひとくち食べる前に、しっかりとこの最高の光景を目に焼きつける。

 

 

 

ーー私、犬走椛はスプーンですくった餡蜜を見つめる石像と化していた。

 

 

 

 

私自身からは分からないが、当然、私の目はこれまでにないほどの輝きを内包しているだろう。

決死の思いで頑張った、死にものぐるいで仕事した私の努力の結晶が、この餡蜜に詰まっていると思うと涙が出そうである。

 

 

そうして思う存分、餡蜜を眺めた後、ついに口に持ってゆく。

 

 

一口目の味を想像すると、期待が膨らんで限界値を知らない。

まだ食べてもいないのに、もう既に甘い気持ちになっていく。

 

 

あと数センチ。

 

 

寒天がスプーンの上でぷるりと震えた。

 

 

 

 

 

いざ、至福のひとときへーー。

 

 

 

 

 

 

「あ、餡蜜ください…」

 

 

声がした。

 

 

ここはカウンター席。

御会計の場所が近いのだ。

なので当然、他のお客さんの注文の声が聞こえる。

 

 

目を向けてみれば、少し大きめの竹の笠を被った少女が、もじもじとしながら店員に話しかけていた。

 

 

 

私は思う。

 

こんな小さな子にも人気なのか、と。

そしてより一層、期待を持って口の近くに持っていった餡蜜を食べようと目を離した。

 

 

 

すると店員の声が。

 

 

 

「ごめんなさいねぇ。

餡蜜、もう売り切りちゃったんです…、」

 

 

なんと。

私は目の前の餡蜜よりも、あの少女が心配になった。

私があの子の立場だったらと考えたら、ショックでどうなってしまうかわかったものでは無い。

 

 

「そ、そんなっ…!」

 

 

案の定、悲しみと衝撃が半々に満ちた表情。

あの子が気づいているかは知らないが、少し見える可愛らしいしっぽがへたりと力なく項垂れている。

 

 

あの子の前に餡蜜を頼んだ人は居ない。

 

 

 

そして直近に頼んだのは、私。

つまり、本来あの子に食べられる運命だった餡蜜は、私が奪ってしまった。

 

ああ、罪悪感。

 

胸が痛い。

 

しかし、私も苦労してきたことには代わりない。

ここは運が悪かったと思って諦めてーー。

 

 

「そ、そっか。ないのか…」

 

「…ね、ねぇ、そこの笠の子」

 

「え?あ、わわ、私?」

 

 

 

「…一緒に、食べる?」

 

 

 

諦めて、もらえるはず無かった。

 

ここの餡蜜は意外とお高い。

この子が買うために、どのくらいのお小遣いを貯めたのかは分からないが、きっと大変だったであろう。

 

それに比べ、私はどうだ。

 

自分で仕事をして、お金を貰っているのだから、何時でも来ようと思えば来れるではないか。

それに、肩を落とす子供を横目に、美味しく食べられるはずもない。

 

 

私は、ぽかんとしている少女にもう一度手招きをする。

 

 

「ほら。私、ちょっと量が多いと思ってたんだよね」

 

 

勿論、嘘である。

それも大嘘。

 

あと3倍は欲しい。

 

 

「え、あ大丈夫、ですよ?」

 

「ほら、遠慮しなくていいから」

 

少女はしばらく、あ、とかう、とか言いながら悩んで、最後には私の横の席にちょこんと座って縮こまった。

 

 

なんとも可愛らしい人形のような少女を隣に、私は店員さんに分けるための小皿を頼んだ。

すると、生暖かい目でことの成り行きをみていた店員さんが、怖いくらいの笑顔のまま、裏手に行った。

 

 

そして小皿を受け取ると、さっさと分けてあげる。

 

 

「うわぁ…、おいしそー…」

 

「ね。凄く美味しそうだよね」

 

分けられたものをすぐに食べず、観察するところから、私と近しいものを感じた。

 

「じ、じゃあ、いただきます…」

 

「うん。私も、いただきます」

 

ふたり同時に、餡蜜を口に。

 

 

訪れた幸福ーー。

 

 

寒天は勿論、メインとも言える餡子、そして果物、全てが完璧であった。

蜜も鬱陶しい甘さではなく、程よい。

それでいて、しっかりと全てが調和している。

 

 

この一口で、餡蜜のために働いていた自分を全力で褒めたかった。

 

 

 

意図せずして、しっぽがぶんぶんと横に揺れる。

 

「おいしいっ!」

 

横から声。

 

 

見てみれば、この少女もまた、しっぽが狂喜乱舞している。

目を輝かせ、ぱくぱくと餡蜜を幸せそうに食べる。

 

 

この笑顔が見れただけで、この子に分けた餡蜜分の価値はあるのではないだろうか。

 

 

なんだか餡蜜よりも、大切な何かを得た私であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にありがとうございました!」

 

「うん、いいよいいよ。

美味しいものは誰かと食べた方が楽しいもん」

 

 

ぺこりとお辞儀をする笠の少女。

私の目を見て、しっかりとお礼。

 

「…なにか私にできるお礼、ありませんか?」

 

「うーん、別にいいけどなぁ…」

 

「で、でも…」

 

 

特に何かして欲しいことなんてすぐには思いつかない。

なんとなく、今までの行動を振り返ってみてもそれらしいものは出てこない。

 

 

「特にーー。」

 

 

そこまで言って、ひとつの妙案。

 

 

「あ、いや、ある。

一つだけ、お願いしてもいいかな?」

 

「はい!なんでも!」

 

この少女はやる気がみなぎっているのか、服の袖をすこし、まくった。

 

「…『お姉ちゃん』って、読んでみて」

 

私は微笑みひとつ、お願いを告げた。

 

 

「え?それだけでいいんですか?」

 

「勿論!むしろそれが良いの」

 

 

私は昔から、妹が欲しかった。

いっつも1人で、兄弟がいる友達を羨ましく思っていたのだ。

 

私と姿が似ているこの子なら、きっと可愛らしい『妹』になってくれるはずーー。

 

 

こほん、と少女は咳払いをして、行きますよ?と。

 

 

「お姉ちゃん、大好きっ!」

 

 

大好きーーー。

 

 

 

気づいたら私はこの少女を抱きしめて、撫で回していた。

私、今死んでもいいかも。

 

 

そんなくだらないことを考える程であった。

餡蜜が、尊さに化けた。

 

 

 

数日後、私と少女が2人してしっぽを揺らしてカウンター席に座る写真が「文々。新聞」に掲載されるのは、また別のお話ーー。

 

 

 

 

 





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新連載の東方二次創作「さよなら祖国」

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進め!ちびっこ探検隊!


…1ヶ月ほどの間を空けての投稿。
そして予定を若干早めての投稿。

まずはお気に入り登録を解除せず、じっと待っていて頂いたことに感謝を。
投稿を渋っていた期間中、登録や評価して頂いた方、ありがとうございました!







 

 

「次、何して遊ぶ!?」

 

幻想郷のとある湖、真ん中の蓮の葉の上でチルノちゃんが言った。

その手のひらには凍りついた蛙。

 

「次って…、チルノちゃんが蛙を追いかけてただけじゃ…」

 

私の隣、緑っぽい服を身にまとった女の子、大妖精ちゃんが苦言を呈した。

その通りに私たちは別に遊んではいなかった。

 

ただ蛙を追いかけ追いかけ、ついには捕まえてカチコチに凍らせてしまった一部始終を眺めていたに過ぎない。

蓮の葉の上で。

 

私はそれに同意するように頷いた。

 

「うんうん、チルノちゃん目を離すと一人で駆けて行っちゃうんだから、心配だよ」

 

「そうだよ、ちょっとは気をつけて…」

 

 

「う、うるさいうるさいっ!

影ちゃんも、大ちゃんも私の心配ばっかりして。

そんなとこに座ってて楽しいの?」

 

じたばたと両手を振るチルノちゃん。

 

「楽しいのって…、ねぇ?」

 

「まぁ、うん」

 

私と大妖精ちゃんは顔を見合わせて頷きあった。

 

 

「まったく、ふたりともアタイの子分なんだから、もっとかっぱつに動いてよ!

そんな婆さんみたいなことしてないでさ!」

 

「はいはい」

 

で、次何する?

と振り出しに戻った話しに、私たちは頭を悩ませることになった。

 

 

「…『困ってる人さがし』は?」

 

「やだ」

 

「じゃあー…、『お手伝いでお小遣い作戦』?」

 

「…やだ」

 

 

「うーん、じゃあ後は『人里パトロール』とかしかーー。」

 

 

「やだっ!」

 

 

「うわぁ!」

 

 

チルノちゃんが私に飛び込んできた。

両腕で受け止める。

 

とは言っても、あまり身長がないから、おとーさんの腕の中みたいにすっぽりと行くことは無かったが。

 

蓮の葉がゆらゆら、揺れた。

湖の水が少しだけ、寄ってきて去った。

 

 

もうほぼ夏が訪れたと言っても過言ではないくらいの気温、季節感になった、ここ。

 

霧の湖も、こころなしかいつもよりも、自慢の霧が薄くなっているように思えた。

 

 

「もう!影ちゃんが提案する遊び楽しくないっ!」

 

「え、ええ…。大妖精ちゃんも?」

 

私は大妖精ちゃんを見た。

 

「わ、私は別に。

チルノちゃんと影狼ちゃんが一緒ならなんでも楽しいよ」

 

にこにこ、笑ってそういった。

 

…なんていい子なんだろう。

こういう損得なしで動く心を、是非ともうちの霊夢さんにも学んで欲しいものだ。

 

「アタイは、こう、もっとダークな…、わるいかんじの…」

 

成程、だったらこういう時は…。

 

「ふーん、慧音先生に怒られてもしーらない」

 

「そ、それは…!やだ、けど…」

 

私はにやりと笑った。

 

 

「チルノちゃん廊下に立たされちゃうよ?」

 

「…う」

 

「頭突きが飛んでくるかも?」

 

「…ううう」

 

 

もう一押し。

 

 

「チルノちゃんのことちくっちゃおっかなー?」

 

 

「だ、大ちゃーん!!影ちゃんがー!」

 

「はいはい、影狼ちゃんのことだから、どうせ本気ではめようと思ってないよ。…多分。」

 

 

「ご、ごめん、そんな泣かないでよ」

 

 

大妖精ちゃんが言った多分の意味が分かりかねる。

そんなに悪い子に見えるだろうか、私。

 

 

「さ、最初はこんなやつじゃ無かったのに〜!」

 

「まぁ、それは確かに」

 

 

涙目で大妖精ちゃんに抱きつくチルノちゃんと、困ったような顔の大妖精ちゃんが、揃って私を見る。

 

 

最初に会った時…、どうだっただろう。

 

私は顎に手を当て、目線を上に持っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春ももう終わろうかと言った頃、私はおとーさんの手を引いて、霧の湖にやってきた。

 

人里の離れだ。道なんて整備されてるわけが無い。

 

でもがさがさと茂みをかき分けて、ふたりで歩くのがなんだか楽しかった。

冒険している感じで。

 

目的地ははっきりと定まっているから、冒険と言うほどでも無かったかもしれないが、私の心はわくわくで満ちていたのである。

 

「こっちかな…」

 

「ああ、多分そっちだな。凄いな、霊夢に教えてもらった通りだ」

 

いかにも古そうな大木。

それを右に曲がって、茂みを抜ける。

 

「わぁ…、すっごく、広いね!」

 

「霧の湖、初めて来たなぁ」

 

「そうなの?」

 

下からおとーさんの顔を覗き込む。

おとーさんはにこりと笑った。

 

「本当なら来ちゃいけないんだよ。慧音さんに頭突きされちゃうかも」

 

「えっ!」

 

私は笠越しに頭を抑えた。

慧音先生の頭突き…。

 

私はされたことがないが、寺子屋のやんちゃな子は食らっていた。

普段からは想像も出来ないほど萎れてめそめそと泣いていたことから、その威力が伺いしれた。

 

私はぶるりと震えた。

 

 

「…そんなに怯えなくても大丈夫だよ。

霊夢が作った妖怪よけの御札があるし、俺が一緒だから」

 

おとーさんはひらりと懐から1枚の紙を出して私に見せた。

 

なんと書いてあるのか私には分からないが、その紙からなんとなく、触りたくないような、近ずきたくないような嫌な感じがした。

 

「…おとーさん、半分妖怪なのに大丈夫なの?」

 

ちょっと心配。

おとーさん、私に痛いこととか苦しいこと言わないから。

 

「はは…、ちょっとぴりぴりするかも」

 

 

…帰ったら霊夢さんに改良するように言っておこう。

そう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みてみて!どんぐり!」

 

 

 

私は両手に一杯のそれをおとーさんに差し出した。

丸いもの、尖っているもの、大小様々だ。

 

おとーさんは垂らした釣り糸とにらめっこするのをやめて、私をみて笑った。

 

「ああ、影狼。可愛い…、じゃなくてすごいな!」

 

おとーさんの大きな手が私の笠をぽんぽんと叩いた。

私はおとーさんの隣に、ぺたり、座った。

 

大きく限りなく広い湖を前に、私は拾ってきたどんぐり達を選別することにした。

 

えーと、これがおとーさんで…、これは…アリスさんっぽいかな。

 

ぽいぽいと惜しくも落選したどんぐり達は、私の後ろの茂みに投げられる。

最初は、湖の中に投げ入れてしまおうかと思ったが、どんぐりを眺めるうちになんだか可哀想な感覚を覚えた。

 

芽を出すために頑張ってきたのに、私に拾われて、湖の中へ。

 

「…それは可哀想だよね」

 

「ん?何が?」

 

「う、なんでもない」

 

 

そうして約何分たったか分からなくなってきた頃、何びきか釣り上げたおとーさんが口を開いた。

 

「影狼、暇してない?」

 

「全然、小鈴ちゃんから借りた本読んでるから」

 

持ってきた小さな折りたたみ式の椅子に座りながら、読んでいた本からおとーさんの目へと視線を移した。

 

おとーさんは申し訳なさそうな顔。

 

「釣りのこの時間って退屈だよな。しかも、釣りしてない影狼は尚更…」

 

むむ、今度は私が口を開いた。

 

「大丈夫だよ、私はこういうなんともない時間が好きなの」

 

「そっか、ならいいけど…」

 

 

 

 

「そ、そこのやつら!なにしてるんだー!」

 

 

私がそうして『なんともない時間』に戻ろうとした時、後ろから声を掛けてくるものがいた。

 

「なにって、釣り?」

 

つららのようなものをまとった女の子。

その後ろに隠れるように、緑っぽい服を着た女の子。

 

「そ、それはそうだけど…、えっと、その…」

 

おとーさんの疑問符が混じった答えに、つららの女の子が狼狽えた。

 

 

「ち、チルノちゃん、次は『あたいの領土ーー。』だよ…」

 

「あ、そっか!ありがと大ちゃん!

こほん、あたいの領土なんだから……、なんだっけ?」

 

「えっとね、たしか…、『入りたければ子分になれ』みたいな…」

 

「ああー!思い出した!

で、ふたりとも、あたいの子分になれ!」

 

 

…何を見せられているのだろうか。

 

 

私とおとーさんはしばらく呆然とした後、顔を見合せた。

 

「な、何笑ってるんだー!!」

 

 

面白い子だな、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…それで、何回か遊ぶようになって…。

 

 

「影ちゃん、聞いてる?」

 

「え?あ、うん。ごめん」

 

 

「え?どっち?」

 

 

週末はすっかりここに通うようになった、と。

 

おとーさんや霊夢さんとだらだらと過ごすのもそれなりに楽しかった、こうして友達と遊ぶのも悪くない。

 

「もう、大ちゃん!もう1回言ってあげて!」

 

「…チルノちゃん、覚えてないんだね」

 

「は、はは…」

 

 

チルノちゃんと同じように、私も苦笑いを浮かべておいた。

大妖精ちゃんは面倒な顔ひとつせず、慣れたように口を開いた。

 

 

「紅魔館に行ってみよう、という話しになったの」

 

 

「ええっ!?紅魔館って、あの?」

 

「うん、あの」

 

 

私は霧の湖の端を指さして、自身の聞き間違いでないことを確認した。

どうして突然紅魔館に…。

 

あんな恐ろしい見た目の所、1人では絶対に近づきたくない。

 

 

「ね、楽しそうでしょ!

あんな見た目の館、きっととんでもないワルがいるはず!」

 

「チルノちゃん、本気?」

 

「それに、3人なら怖くないでしょ!」

 

 

チルノちゃんは、弾けるような笑顔をこちらに向けてそういった。

 

 

「ま、まぁ、なんかあったら逃げれば…いいか」

 

「そうと決まったら早速出発ね!」

 

 

「だ、大丈夫かなぁ」

 

「影狼ちゃん、心配しすぎだよ。

多分私たちが着いて行かなかったら、チルノちゃん一人で行っちゃうよ。

…私たちが見てあげなくちゃ」

 

大妖精ちゃんが私の肩に手を乗せて言った。

 

 

「大丈夫…、かなぁ」

 

 

私はもう一度、私に対して呟いた。

 

 

こうして、3人から構成される冒険隊は、霧のはじっこの紅い館めざして進行を開始したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





感想、評価まだの方は是非。

これからもよろしくお願いします!


ついにウマ娘に手を出してしまった

https://syosetu.org/novel/275258/


新連載

https://syosetu.org/novel/274063/




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不死身の門番


…迷走しました。
飛ばしても構いません。というより是非、読み飛ばしてください…!
だれか、だれか私を助けてくれぇ(切実)





 

「ち、近くで見たらおっきいね…」

 

「う、うん…確かに」

 

私と大妖精ちゃんが目の前の紅い館を見上げて呟く。

こんなに大きい建物、初めて見た。

 

なんだか威圧感満載で、いかにも怪しい雰囲気をまとっている。

 

その場で口をぽかんと、見上げたままの私と大妖精ちゃんに、チルノちゃんが笑いかけた。

 

「え?なに?影ちゃんと大ちゃん、もしかしてびびってるの?

あたいさいきょーだからこんなの全く怖くないけど?」

 

「…チルノちゃん、足震えてるよ」

 

「い、いや!これはあたいの秘めたるパワーが暴走してーー。」

 

 

私とチルノちゃんが言い合っているところに、館を見続けていた大妖精ちゃんが指を指した。

 

「あ、な、なんか人来たよ?」

 

「「え?」」

 

 

揃って館の大きな門に振り返る。

 

すると確かに、緑を基調とした綺麗な服の女の人が気だるげに門から出てきていた。

 

私たちのちょうど目の前。

気づかれないはずもなく。

 

「あ、珍しいですね、こんなに近くで見かけるなんて」

 

いっつもあっちの方で楽しそうにしてるのに、と女の人が私たちの目線に合わせ、屈んで言った。

 

「あ、あれ?どうしたんですか、固まって…」

 

「わ…」

 

チルノちゃんが口を開いた。

 

「わ?」

 

「わわ、悪者だー!ふたりとも、戦うぞー!」

 

 

「へ?新しい遊びですか?」

 

女の人が困惑気味に笑った。

そして飛びかかろうとしたチルノちゃんを見て、しっかりと構えた。

 

「ならば…、どこからでもどうぞ!」

 

「とりゃー!」

 

チルノちゃんが密かに練習していた飛び蹴り。

女の人は簡単に受け止めた。

 

「ね、ねぇ影狼ちゃん。あの人別に悪い人には見えないよね?」

 

「うん。絶対大丈夫だよ。

…私たちはチルノちゃんの戦いぶりをみてようよ」

 

疲れそうだし、と付け加えといた。

 

「…危なかったら行こっか」

 

2人してそっと離れて腰を下ろした。

 

とりゃーとかうりゃーとか言いながら、チルノちゃんが飛びつく。

女の人は優しげな微笑みを浮かべながら、心底楽しそうにそれを受けてはチルノちゃんを煽る。

 

私たちの前で繰り広げられているのは、それの繰り返しだった。

 

「…長くなりそう」

 

「ふふっ、でも影狼ちゃん楽しそうじゃない」

 

なんとなく呟いた私の独り言は、大妖精ちゃんに拾われた。

 

楽しそう?チルノちゃんじゃなくて、私が?

大妖精ちゃんには、今まさに目の前でじゃれているチルノちゃんではなく、私が楽しそうに見えるらしい。

 

「え、私?」

 

「うん。だって影狼ちゃんさっきからずっと、口の端っこが上がってるから…」

 

 

「な、なるほど?」

 

 

大妖精ちゃんは首を傾げた私を見て笑った。

口に手を当て上品に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ、なかなか、やるな…!」

 

「お、もう終わりですか?」

 

満身創痍なチルノちゃん。

ついにはその場にぺちゃりと座り込んでしまった。

 

対する女の人には汗ひとつ見えない。

帽子を1度とって、被り直した。

 

「…ふたりとも、なんで一緒に戦ってくれなかったんだ…」

 

チルノちゃんが大の字に寝転んで言った。

 

「それはチルノちゃんがいちばん強いからだよ。

私たちは足でまといになっちゃうし」

 

はい、と私は寝転ぶチルノちゃんに水筒を差し出した。

黄色の霊夢さんが気まぐれで買ってきてくれたやつ。

 

「…うまい」

 

「それはよかったよ」

 

チルノちゃんが体を起こして、胡座をかいた。

 

私はチルノちゃんから水筒を返してもらって、予め取っておいた蓋の部分にお茶を注いだ。

何を隠そうこの水筒は、蓋がコップとしての役割を果たすことが出来るタイプなのだ。

 

なにやら最近、人里で話題になっているらしい。

 

木製から竹製、果てには『外』と呼ばれる場所のよく分からない素材まで。

素材は多岐に渡る。

 

はい、と再びチルノちゃんに水筒を手渡す。

私の手には、なみなみと水筒の蓋部分を取り外して注がれたお茶が。

 

 

大きな門に寄りかかるあの女の人の元に駆け寄った。

 

 

「は、はい、どうぞ…!」

 

チルノちゃんや大妖精ちゃん、霊夢さんや小鈴ちゃんのように知っている人ならいいけど、さすがに初対面の人は…。

 

やや緊張気味の私に、女の人がまたしても屈んで目線を合わせてくれた。

 

「私にくれるんですか?ありがとうございます」

 

「は、はい」

 

女の人の右手が私の頭の方に伸びて、躊躇いがちに戻った。

…撫でてくれても良かったのに。

 

ぺこりと礼をして、なにやらお喋りしている大妖精ちゃんとチルノちゃんの元に戻る。

 

「…あーあ、咲夜さんもこれだけ優しかったらいいのになぁ」

 

去り際、女の人が呟いた。

 

 

 

さくっと、どこからともなくやってきたナイフが女の人に刺さった。

 

 

 

「…え?」

 

驚愕とか焦燥とかそんな感情では無い。

一瞬の出来事。

 

女の人が呟いたまさにその瞬間、ナイフが刺さったのである。

 

「だ、大丈夫!?大ちゃん、来て!」

 

「え?う、うん!」

 

「ご、ごめんね…、痛いけど我慢して…!」

私はまず、女性のナイフを引き抜いた。

 

思ったほど出ない血液。

 

「大ちゃん!ち、止めないと…」

 

わたわたと慌てながらも、大ちゃんにどうにか手伝ってもらおうと指示を出す。

 

 

「あの…」

 

 

「どどど、どうしよう影狼ちゃん」

 

「おち、おちちつこう大ちゃん」

 

 

 

「あのー、」

 

 

 

「あたいはー?」

 

「ち、ちょっとだけそこにいて…!」

 

 

 

 

「えっと…」

 

 

むくりと女性が体を起こした。

大ちゃんが固まる。

多分私も同じ。

 

 

「私、体だけは頑丈なんですよねー…なんて」

 

 

「だ、大丈夫なの?」

 

「あ、はい。見た目痛そうですが、本当の所痛くも痒くもーー」

 

とすっ、2本目のナイフが今度は右の側頭部に。

 

「ーーないんです。えへへ」

 

女の人はにこにこと、そのナイフを引き抜いた。

 

 

そこからは早かった。

 

「影狼ちゃん…」

 

「うん」

 

私と大ちゃんは顔を見合せ、チルノちゃんの手を掴む。

 

「え?ちょ」

 

「逃げようっ!」

 

 

脱兎のごとく走り出した。

 

 

 

後日、人里にて奇妙な話が飛び交った。

 

 

 

紅魔館には、体を改造された不死身の門番がいるーー。

 

 

 





ちなみに紅魔館編は続くかもしれないし、続かないかもしれません。
削除されていたら察してくださると有難いです。

感想、評価まだの方は是非!

これからもよろしくお願いします。


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生徒記録・今泉影狼


慧音さんの見てる寺子屋です。




 

 

皆は、寺子屋の教師と言われたらどのような仕事内容を想像するであろうか。

 

小さな子供に囲まれて、あらゆる意味で振り回されている姿。

 

ペンを握って頭を悩ませる子供に、優しく勉強を教える姿。

 

子供と一緒になって年中行事を楽しむ姿。

 

こんなところだろうか。

ちなみにどれも正解である。

 

しかし思うに、教師というのはこれらの仕事のみをしていればいいものでは無いと私は考える。

私の経験上、そんなに簡単なものでは無いのだ。

日常生活を集団で送るに当たって、トラブルは付き物である。

 

例へば、子供同士の衝突。

 

私のいる寺子屋は、人妖問わず受け入れている。

それゆえ、どうしても妖怪の子供が喧嘩をして手を出してしまわないように常に気をつけている必要がある。

 

しかし、約30人程の人数を私ひとりで確認するなんて、なかなか難しい話である。

 

 

頭を悩ませた私は、ついに相談することにした。

 

 

『なぁ妹紅。どうすればいいと思う…?』

 

『んぁ?ひとりひとりの特徴とか考えて、問題起こしそうな奴だけ見とけばいーんじゃないの?』

 

『それだ!!』

 

比喩無しで5秒で私の悩みは解決した。

 

 

そして、今。

昼休み、木陰の下にいるあの子を見つけ、ノートとペンを構える。

 

転んでしまった人間の女の子のそばにいるあの子の名前は、今泉影狼と言った。

拾い子で、元人間の父親を持っている。

 

「…影狼ちゃん、私はいいからみんなと鬼ごっこの続きしてきていい、よ?」

 

「ううん、ここにいる」

 

 

私は寺子屋の縁側に腰を下ろした。

 

どうやら、一緒に遊んでいた女の子が転んでしまって鬼ごっこから離脱してしまった模様。

 

体操座りの女の子、そのすぐ隣に同じように体操座りの影狼。

怪我した子の様子を見てくれているのだろうか。

 

「そんないいから。ほら、もう鬼決め始めちゃうよ?」

 

女の子は申し訳なさそうに影狼に促す。

しかし、影狼は首を振ってそれを拒んだ。

 

「なんでやなの?」

 

 

「…だって、ひとりぼっちは可哀想だもん」

 

影狼は耳をぴこぴこそう言った。

 

「…ありがと」

 

「うん、いいよ」

 

 

たくさんの子供たちの楽しそうな喧騒の中、2人は木陰で体操座り。

なんだか寂しい構図だが、不思議と2人は笑っていた。

 

「影狼ちゃん、優しいね」

 

「そう?わがままって、霊夢さんに言われるけど」

 

「えー?どこが?」

 

「うー、わかんないっ」

 

2人は何気ない世間話に花を咲かせる。

影狼が何か言うと、女の子が楽しそうに聞いて、女の子が話し始めると影狼が相槌を返す。

 

こころなしか、陰ながら聞いている私の口角まで緩んできた気がする。

微笑ましい光景が広がる。

私が目指す幻想郷の姿が2人に見えた。

 

「おーい、足大丈夫?」

 

「あ、大丈夫だけど…、走るのはちょっと痛いかも」

 

鬼ごっこをしていた子達の集団から、リーダーシップのある中心的存在の男の子が駆け寄ってきた。

その集団も遠巻きに見つめる。みな心配そうな顔だ。

 

男の子はそっか、と言って集団に戻った。

 

すると、その集団がわらわらと女の子と影狼の元に寄ってきた。

 

不思議そうな、影狼。

女の子と揃って2人で小首を傾げている。

 

「うーん、何して遊ぼっか…」

 

「走らないで、できるだけ動かない遊びかー」

 

集団の子供たちは2人を囲んで、次に遊ぶ内容を話し合い始めた。

 

「え?いやいや、鬼ごっこしてていいよ」

 

ぽかんとしていた女の子が、はっと我に返って慌てて声を上げる。

 

 

すると今度は集団の子供たちが動きを止める番だった。

 

 

「ん?それじゃあ仲間はずれになっちゃうじゃん」

 

「そうだよ!みんなで遊んだ方が楽しいし、ふたりだけ別なんて寂しいし!」

 

「うんうん、なんか考えれば楽しめるよ。…多分」

 

 

子供たちが口々に言う。

 

 

「な、影狼もそう思うだろ?」

 

 

ぴんと耳が立った。

 

「うん!そうだね!」

 

 

ぱっと笑うと、集団はまた次の遊びについて話し始めた。

 

 

なるほど、どうやら影狼は上手く集団に馴染むことができるらしい。

影狼以外全員人の子なのにも関わらず、ちゃんと意見交換をしている姿が見られた。

 

なるほどなるほど。

 

私は満足げに縁側から立ち上がって、ノートを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでしたっ!」

 

お弁当を食べ終わった教室に、元気な声が響く。

かちゃかちゃと片付けの音があちらこちらで鳴る。

 

次は自由時間。

 

私は事務のための部屋に戻ろうと、足を進める。

 

「あ!おねーちゃん、しっぽあるの!?」

 

「え?あ、うん…」

 

 

…途中、影狼が自分より年下の男の子に話しかけられている姿を見かけた。

 

すっと、私は立ち止まってノートを開いた。

気づかれないよう、ひっそりと覗き見る。

 

影狼は竹でできた弁当箱をカバンにしまう途中だったようで、両手には弁当箱が見える。

 

「…動くの?」

 

「うん、動かせるよ。ほら、こんなふうに…」

 

ふりふりと軽くしっぽが揺れる。

男の子は、興味津々といった様子で、猫じゃらしを目にした猫のように目で追っている。

 

「すげー…!」

 

「えへへ、ちょっとだけ…触ってみる…?」

 

「いいの!?」

 

こくりと影狼はうなづいた。

 

男の子が、恐る恐る手を伸ばす。

そしてその手は次の瞬間、しっぽの中に消えた。

 

正しくは、沈んだ、が適切だろうか。

 

こう、擬音をつけるとすれば、もふっと男の子の小さな手が沈んで行った。

 

「もふもふー!」

 

「ふふっ、そう言ってくれると頑張ってブラッシングしたかいがあるよ」

 

 

影狼は夢中でもふる男の子を置いて、弁当箱をカバンにしまう。

 

「も、もふもふ」

 

男の子はどんどんとしっぽの奥へと手を進める。

 

「も、もうちょっと…このまま…」

 

その目は、段々と閉じてゆき。

男の子は微睡みの中へ。

 

 

「もうそろそろーー、あれ?」

 

「すぅ…くぅ…」

 

男の子は影狼のしっぽを両手に抱いて、眠ってしまった。

影狼は困惑気味の表情。

 

「えっと…どうしよ」

 

…助けてやりたいが、これもまた成長。

私はノートを閉じ、再び足を動かすことにした。

 

 

「お、おきてー…。あ、ほっぺやわらか…」

 

 

今日も今日とて、寺子屋は平和である。

今更ながらにそう実感した。

 

 

 

 





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影狼‘‘くん’’騒動


TSっていいよね。
祝50話。
これを最後に暫く更新ストップします。
あとがきのようなものがあるので最後まで是非。





 

 

もぞもぞ、もぞもぞ。

布団の中で手足を動かした。

 

朝というのはなんだか面倒なもののようで、それは私にとってもそうだった。

んーっと手足をめいっぱい広げて、布団の中で大の字に伸びる。

 

さて、今日は何をしようか。

霊夢さんと一緒に過ごし始めてから、楽しいことが尽きなくて毎日楽しい。

チルノちゃんや大妖精ちゃんとも仲良くなれたし、橙ちゃんとはよく野良猫を探しに歩く。

思えば最近は小鈴ちゃんとか阿求ちゃんとは遊んでいないかもしれない。

 

最近は寺子屋終わったらすぐ帰るからなぁ。

 

天井をぼーっと見つめて思った。

よし、と気合を入れて起き上がる。

 

 

 

そこまでで、私の爽やかな気分は終わりを告げた。

 

 

 

 

「むにゃ…れーむー、さけぇ…」

 

「…んんぅ…」

 

ごちゃごちゃな部屋。

至る所に酒瓶やら酒樽やら、汚れたお皿や箸が散乱している。

 

「う…ええ…?」

 

文字通り言葉を失った。

汚れているのもそのはず、昨日はここ博麗神社でそこそこ大きな規模の宴会が行われていたからである。

 

でも、でもである。

 

あまりにも汚れすぎたこの空間に、私は言葉を失った。

片付けが苦手な妹紅さんの部屋でもこうはなっている所を見たことがない。

 

「えい、えい」

 

「ふがっ」

 

部屋の中央で何やら寝言を言いながら、おへそを出して寝ている魔理沙さんをつんつんしてみた。

 

…起きる気配は微塵も感じない。

 

これには私の元気なしっぽもへたり気味。

せっかく昨日ふわふわにしたのに、何故か寝癖がぴょこぴょこはねている。

それになんだか喉に違和感を感じる。

 

ああ、最高の朝を迎えたと思えば、なんだか上手く行かない朝だったみたい。

 

どれもこれも全部全部全部、魔理沙さんと霊夢さんのせいに違いない。

はぁ、とため息ひとつ、私は洗面台に向かった。

 

…早くおとーさんに飛びついてなでなでしてもらおう。

そうでもしないとやってられない。

ふんす、こんどは力を込めた。

 

 

 

障子をがらりと開けてみれば、外は相変わらずの景色だった。

ひんやりした空気に、元気な鳥たち。

 

森ばかりだけど、私はこの光景が好きだった。

勿論、おとーさんとふたりで暮らしていたあの家も大好きだけど、やっぱり純粋に綺麗だと感じる。

 

縁側を裸足でぺたぺた、洗面台へ。

 

まずは顔を洗う。

昨日予め組んでおいた、桶の中の水が私を見つめた。

 

「…つめたっ…あれ?」

 

強烈な違和感を感じて顔を上げた。

ばしゃっと水が辺りに飛び散る。

 

「あー、あー、…ええ?」

 

声が、ちょっとだけ、低い?

鏡の私も、心做しか顔がしゅっとしている感じが。

 

「…まいっか」

 

気のせいだろう。

うん、そうに違いない。

 

さて、御手洗いこう。

私は早くおとーさんに会いたくて仕方がないのだ。

こんなところで時間をくっている暇はない。

 

私はしっかりとした足取りで、厠の引き戸を開けた。

 

そして気づいた。

というより、気づいてしまった。

 

「おとーーさぁーーん!!?」

 

 

「んあっ…?」

 

金髪の少女が、もぞっと動いて半目を開けた。

と思うと、再び眠りについてしまった。

 

 

 

『ない』はずのものが『ある』。

私は今日、影狼‘くん'になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、性別が反転してた、と」

 

「うう…、わたし、このままだったらどうしよう…」

 

ちゃぶ台に顔をつけて、潰れている少女が1人。

いや、今正確に言えば、少年だろうか。

 

朝ご飯を準備していたら突然聞こえた、影狼の悲鳴。

というより叫び。

 

そしてその数秒後に遅れてやってきた、どたどたと言った足音。

なんだなんだと顔だけ縁側に向けてみれば、涙目の影狼が一直線にこちらに来ているところだった。

 

『おとーさん!!

ある、私に、お…お…、、とにかくあっちゃいけないのが!!』

 

状況が理解できない俺に、耳をぺたりとへたらせ、さらに見たことがないほどにしっぽの元気がない影狼が訴えながら飛び込んできた。

 

 

それで事情を聞いて、今に至る。

要約すれば、朝起きたら性別が反転してしまっていたらしい。

にわかに信じ難いが、まぁ、それを見る訳にも行かない。

 

ひとまず影狼を信じることにした。

 

「幸い、このことを知っているのは俺と影狼だけなんだよね?」

 

突っ伏した影狼が頷くように頭を動かして肯定した。

それならばやりやすい。

 

「影狼、急ごう。

みんなに知られる前に解決策を探そう」

 

「…ぐすっ…うん」

 

 

こうして俺と影狼は朝ご飯をちゃぶ台に並べ、メモを残して博麗神社を飛び出した。

いつもより早い外出。

 

あのころの朝の散歩を思い出した。

今と昔ではあまり変わらないが、ひとつ変わったことといえば、そんなに悠長なことではないということだけらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、布都なら奥に…」

 

「ありがとうございます、聖さん」

 

尋ねてみれば、にこにこといつも通りの聖さんが対応してくれた。

俺と影狼はとりあえず、命蓮寺に来ていた。

 

昨日は宴会。

 

色んな人が来ていたが、命蓮寺の住人も来ていたはずだ。

そしてその中でも最もイタズラ好き、というより何かしでかす人物がいた。

 

「お、今泉じゃないか。昨日ぶりだな〜!」

 

「おはよう、布都」

 

この小さくも、溌剌とした少女。

物部布都である。

 

普段はみんなと一緒に修行の日々を送っている。

経験上、だいたいのやらかしはこの子が原因なことが多い。

 

高価な皿を割ったり、家の障子を破壊したりと俺が被った被害は数え切れない。

しかし、この子は決して悪い子では無いのだ。

わざとじゃないのはもちろんの事、きちんと謝罪して、障子の張り替えを手伝ってくれたり、一緒にお皿を選んでくれたりとアフターケアをしてくれる。

 

いつも元気で、母を失った直後の沈んだ俺によく話しかけてくれた。

その時は苦しい日々の中で、ささやかな助けになっていたのは、確実に布都の元気で平和なお話の数々だった。

 

「おお、影狼のやつも。

で、なんのようだ?珍しいな」

 

「ええと、その…」

 

「昨日の宴会で布都って何してた?

なんか食べ物とかに混ぜ物とかして遊んでない?」

 

なんというか説明しずらそうな影狼に助け舟を出す。

 

「あっははは!面白いことを言うな!

誰かの食べ物に混ぜ物をして何が面白いんだ!

博麗神社では私は『きち丸』を追いかけてて、そんな暇はなかったんだ」

 

「きち丸?」

 

影狼がオウム返しに聞き返す。

うむ、と得意気な布都。

 

「昨日、布都がいきなり連れて帰ってきたんです。

虎柄の猫のことでして…」

 

「うむうむ!きち丸はいい猫なんだ!

聖も捕まえるのを手伝ってくれて、直ぐに捕まえられたんだ!」

 

「…なるほど」

 

「ああでも、決して無理に連れてこようとした訳では無いぞ!

ちゃんと本人の意志を聞いて、一緒に住みたいと言ったから連れてきたのだ」

 

「…布都が餌付けしたんです」

 

俺と影狼は顔を見合せた。

どうやら推理は失敗したみたいだ。

 

俺たちは頷きあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ?性転換の魔法?なんでそんなものを…」

 

「言わなきゃダメ、かい?」

 

はぁ、とため息をつき、魔導書を読みつつもしっかりと聞いてくれているこの少女。

紅魔館の大図書館こと、パチュリーだ。

 

「影狼が久しぶりに来たかと思えば、保護者まで…。

ただ事じゃないようね」

 

「魔法に詳しいパチュリーさんなら知ってると思って…」

 

「まったく、そんな『助けて』みたいな顔しなくても、調べてあげるわよ。

こあ〜、手伝って〜!」

 

どこかの本棚の裏から、はーいと元気な返事が返ってきた。

 

「貸しひとつ、ということでどう?」

 

パチュリーが初めて魔導書から目を離して、薄く微笑んだ。

ははは、俺はかわいた笑みしか出せなかった。

 

 

 

 

 

 

「中々見つかりませんね…」

 

「悪いね、君も忙しいだろうに」

 

「いえいえ、とんでもないです」

 

並んで歩く俺と影狼の上をふわふわと飛びながら、小悪魔は目当ての本がないか目を凝らす。

 

「あ、あれは?」

 

「ん?」

 

突然、影狼が指を指した。

小悪魔がすすすと飛んで、それを抜き取る。

 

『性に関する魔法書ー序ー』

 

ぱらぱらと小悪魔がページをめくる音だけが響く。

 

「どうやら、ちょっと違いそうですねぇ」

 

「…そっか」

 

がっくり、肩を落とした影狼。

中々見つからないで俺も影狼も焦ってきた。

 

もう別の場所を探そうと、再び小悪魔に背を向けたその時。

 

「あ、待ってください」

 

にやりといたずらっぽい笑いを浮かべた小悪魔。

 

「もしかしたら、解決するかもしれませんよ?」

 

その手には、1枚のメモ。

右下には、俺たちがよく知っている魔法使いのサインがーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、いるか?」

 

「こ、こんにちは」

 

しんとした空気に、留守かと思案。

 

「シャンハーイ」

 

あまり時間を経たずして、ひとり(?)の人形が俺たちを出迎えた。

 

俺たちは博麗神社に戻り、あの魔法使いを問いただそうとしたが、お茶を飲む霊夢しかそこには残っていなかった。

 

彼女曰く、あいつはアリスの家に行った、との事。

 

「どうしたの?こんなお昼に…。

あ、影狼ちゃん、いらっしゃい!」

 

この家の主、アリスが顔を出した。

影狼が遠慮気味に手を振り返す。

 

ああ、本当に可愛い。

そう呟いて俺たちを家の中に手招きした。

俺たちは大人しくそれに従ってついて行く。

すると、お目当ての人物が優雅に紅茶を口にしていた。

 

「よ。どうしたんだ?」

 

影狼を男の子、いや、男の娘にした犯人。

霧雨魔理沙である。

 

 

 

 

 

 

「ああー…、思い返せば食わせた気がしなくも、ないな」

 

「やっぱり!私どうなっちゃうの!?」

 

頭をぽりぽりとかいて、へへへと笑う魔理沙に、影狼が詰め寄った。

 

「まって、じゃあ今影狼ちゃんは、影狼'くん‘ってことなの?」

 

アリスが食い気味に言った。

影狼の代わりに俺が頷くと、なるほどなどとぶつぶつ呟いて、裁縫道具を出してなにか制作し始めた。

彼女の制作意欲を意図せずして刺激してしまったようだ。

 

「わたし、このままなの?」

 

「ん?大丈夫だぜ?

その辺の動物が食った時、だいたい24時間で戻ったから」

 

良かった良かった。

俺と影狼は二人一緒に息を大きく吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、影狼の性転換騒動は幕を閉じた。

 

安心して家に帰ろうとした俺と影狼。

しかし、影狼は魔理沙に呼び止められた。

 

「いやー、悪いな。

まだ妖怪のデータは取ってなかったからな」

 

最初はうきうきで帰ろうとしていた影狼の顔がみるみる青ざめる。

その目に涙まで溜まってきた。

 

「今日はいろいろ、調べさせて貰うぜ!」

 

 

 

「おとーさん、助けて…!」

 

切実な願い。

犯人を探すのと同じくらい時間をかけて魔理沙を説得し、影狼を救出するのに時間を費やすこととした。

 

 

 

 






長い間、ありがとございました。

正直、ここ最近は納得のいく文章がかけず、苦しい日々が続いていました。
番外編なんて需要があるのだろうか。
そんな疑問と共に生活していました。
過去の感想を読み返したり、ここ好きを見たりして感傷に浸っていました。

そんな時、ふと覗けば未だにお気に入り登録をしてくれる人、評価を押して行ってくれる人がまだいると、感動しました。

そのおかげで私は書き続けることが出来ました。
本当にありがとうございます。

これでしばらくお別れです。
このサイトには、東方Projectの素晴らしい二次創作が沢山あります。
段々とハーメルン内で影が薄くなっていっている東方Projectを盛り上げるという意味でも、是非、沢山読み漁ってください。

そして自分で書いてみてください。
「好き」は何よりも力になります。

幻想郷を、ずっとわくわくできる世界に。
これからもよろしくお願いします!!


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しょーもない奴ですが、興味を持って頂けたら、是非。
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