ただの先輩後輩じゃなく (とらきちじろう)
しおりを挟む
大阪杯のあとに・その背中を越える日まで
ハーメルンの仕様をまだ全然理解してなくてタイトル適当につけちゃったんだけどこれ変えられるの?まあいっか見切り発車で…
大阪杯が終わった。結果は、エアグルーヴ先輩が1着、アタシが3/4バ身差で2着。
宿舎に戻って1人、今日のレースを思い返す。
最終コーナーまで、先輩のすぐ後ろについて、直線で横に並んだ時、もしかしたら勝てるかもしれないと、思った。でも、全力で走っても背中は遠くなって、届かなくて。その光景が、悔しさが、レースが終わってからもずっと離れない。
悔しい、悔しい。自然と目には涙が溜まっていて、気を抜くと大声を上げてしまいそうだった。……本当は、今のアタシじゃ勝てないって、走る前から分かってたのに。
「だって……先輩は……」
どんな時だって、エアグルーヴ先輩は輝いている。
アタシが男性教官とのトレーニングで上手くいかなくて、悩んでいたところに声をかけてもらったのが、始まり。そして、先輩は自信がなかったアタシに理想を示してくれた。あの日から、アタシはずっと先輩の背中を追っている。いつか追い越せる日を夢見て、努力を重ねてきた。
けれど、同じレースで走るようになって、力の差を見せつけられた。敵わないって何度も思い知らされた。
でも、アタシが諦めたいって思った時、手を伸ばしてくれたのも、見捨てないでくれたのも先輩だった。レースの世界では、アタシたちは敵同士なのに。前と変わらずトレーニングを一緒にしてくれて、いつも気にかけてくれて、ずっと背中を追わせてくれる、アタシの理想。
負けるのは悔しいけど、先輩が1着になることは嬉しい自分もいて。でも、やっぱりとてつもなく悔しくて。貴方を追い越したい気持ちは、どんどん強くなっていく。
「次は、絶対……!負けない……っ!」
小さく叫んだ。
――先輩が「私を追いかけてみろ」と理想を示してくれた日のことを、今でも覚えている。先輩は、自分の理想をこんな風に語っていた。
道を見失いそうになった時。
膝をつきかけた時。
かの理想が、私を導く。
「『ここまで来い』って」
何度も思い出して、繰り返した独り言。そして、脳裏に焼き付いた背中を、また追いかける。
「努力するだけ。あの人よりも」
目を閉じて想像するのは、追い越した先に見える景色。
大阪杯が終わって、2人での定期トレーニングの日。いつも通り、先輩の後ろについてコースを周回する。今日は、これまで以上にフォームを観察し、息遣いに耳を澄ませて――勝つ方法を考えていた。
数日経っても悔しさは消えない。あの光景を思い出すと涙が溢れそうになる。でもそれ以上に、胸から熱いものが湧き上がるのを感じている。
ふと先輩が、尻尾を大きく揺らして振り向いた。休憩の合図だ。
「レースからそこまで日は空いていないが……疲れは取れているようだな。いいペースで付いてきた」
「あ、ありがとうございます……!」
いつもと同じ距離だが、集中していたからかあっという間だった。もっと走りたい。この後のトレーニングはどうしよう。先輩に勝つには、もっともっと努力しないと――
「ドーベル?何か険しい顔をしているが……大丈夫か?」
「……!?は、はい!大丈夫です」
考え事をしていたせいで、返事の声が上ずってしまう。先輩は私の顔を覗き込んで、僅かに口角を上げた。
「この間のレースで自信を失っている、という訳ではなさそうだな。むしろその逆か」
「え……逆、って?」
「気付いていないのか?確かに感じるぞ。お前の闘争心を、絶対に負けないという強い意志をな」
「……!ご、ごめんなさい!アタシ、そんなに顔に出てましたか!?」
思わず頬に手を当てる。自分の心の内が見透かされていて、顔が一瞬で熱くなった。先輩はそんな私の様子を見て嬉しそうに笑う。
「なに、謝る必要はない。嬉しいことだ。お前が私を超えたいと思っていること、そして、その思いが隠しきれないほど大きいことはな」
「〜〜〜〜っ!!違っ、そんなつもりは……!な、なくはないですけど、えっと……」
なぜだか、先輩にはこの気持ちを知られたくなかった。先輩が理想で、超えたいと伝えてはいたけれど、そんな言われ方をするとなんだか自分が重いみたいだ。
「まあ、やる気があるのは良い事だ。だが、次のレースもまだ決まっていないんだ。あまり気合を入れすぎて、途中で燃え尽きないようにな」
「……ありがとうございます。でも先輩、心配しないでください。先輩への熱が収まることは絶対ないですから。先輩と出逢ってからずっと、憧れも、好きって気持ちも、超えたい思いもずっと消えなくて。きっと、燃え尽きるどころかもっともっと熱くなって……」
言いながら、先輩が気まずそうに目を逸らし、頬を赤らめたのを見て、気が付いた。もしかしてアタシ、とんでもなく恥ずかしいことを口にしてた!?!?
「あっ……先輩!その、今のは例えというか、えっと、先輩のこと大好きなのはもちろん嘘じゃないんですけど、そういう意味じゃないというか……!!!」
……どんどん墓穴を掘っている気がする。
先輩は顔を真っ赤にして、耳はへなへなと下に垂れていた。そんな様子を見たことがなかったから、なんだか可愛いと思ってしまったけれど、だからと言ってこんな雰囲気が続くのは耐えられない。
「へ、変な空気にしちゃって、ごめんなさい!トレーニングに、戻りましょう!」
「……そうだな」
後ろを向いて、すっかり熱くなった顔を仰ぐ。4月の風はまだ涼しく、火照りを冷ますのにちょうど良かった。
「……ドーベル」
「……!なんですか?」
「振り向かなくていい。その……私だけ言われてばかりでは嫌だからな」
やけに固い先輩の声。言葉通り、背中を向けたまま聞いていた。
「私にとっても、お前は大切な存在だ。お前の私への思いと同じくらい、私もお前を意識している。だから……そのまま上がってこい。そして、必ず私を追い越してみせろ」
余りにも、不意打ちすぎる。
「……以上だ。次のトレーニングに行くぞ」
急いで振り向いて、走り出した背中を追う。早くなる心臓の鼓動。
ほら、やっぱり。この熱は冷めることを知らない。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
アタシもいつか、ヒロインに
エアグルーヴ先輩とのトレーニングの日。今日は空き教室で勉強をして、賢さを上げるのがメインだ。
隣同士の席に座り、別々の本を読む。時々先輩に質問して、休憩がてら他愛無い話をして。一人で勉強するよりずっと、アタシはこの時間が好きだ。何より、先輩と2人でいられる時間だから、好きなのかもしれない。
トレーニング開始から1時間ほど経った頃。突然、教室の後ろのドアが開き、1人のウマ娘が飛び込んできた。かなり急いで来たのか、息を切らしている様子だ。
「エアグルーヴ先輩!トレーニング中すみません……!少しいいでしょうか?」
「ん……?どうした。今行く」
あの娘は……確か生徒会に所属しているウマ娘だ。先輩は呼びかけに頷き席を立つと、アタシに振り向いて、申し訳なさそうに頭を下げた。「気にしないでください」と、首を左右に振って答える。
ドアが閉められ、すりガラスからは2人の影だけが透けていた。誰かに頼られている先輩を見るのは好きだけど、ちょっとだけ、モヤモヤする。
気持ちを誤魔化すように本に目を落としてはいても、意識はほとんど耳に向いていた。廊下で話す声ははっきりと聞こえないが、声色を聞く限りあまり楽しい内容ではなさそうだ。
話が終わり、再びドアが開く。眉間に皺を寄せて、頭を抱えた先輩の姿。嫌な予感がした。
「ドーベル、すまない。少し急いで確認しなければならない用ができた。すぐに戻るが、その間自習をしてもらってもいいだろうか?」
「……はい、分かりました!」
廊下を歩く2人の足音が遠くなって、消えた。静かになった教室では、時計の針の音さえもやけに大きく聞こえてくる。先輩に言われたように、1人でもちゃんと勉強しようと本を開いてはいるけれど、内容はちっとも頭に入らなかった。
「ふゎぁ……」
窓から差し込む日の光が、自然と眠気を誘う。何度か欠伸を噛み殺したが、次第に首が前に倒れていく。ダメだと言い聞かせるように、首を横に振って、この睡魔に抗おうとしたけど……アタシは気付かないうちに、眠りに落ちていた。
◇
とても幸せな夢を見ている。簡単に言えば、エアグルーヴ先輩にもの凄く褒められる夢だ。夢なのに意識はやけにはっきりしていて、腕の下にある机の感覚もまだ感じられた。
優しくて、大好きな先輩の声がすぐそばで聞こえる。
「髪が綺麗だ」とか、「笑顔が可愛い」とか……「ずっと一緒にいたい」とか。普段だったら恥ずかしくて聞いていられないような言葉も、夢の中のアタシはフワフワした気持ちで聞いていた。
段々と、意識が深いところに落ちて、声が遠ざかる。胸の中は幸せな気持ちに包まれていた。
◇
固い机の感触。頭の下に敷いた腕が痺れている。目を開けると、開いたままの本と、その向こうにうっすらと先輩の姿。
アタシ、寝ちゃってた……!?一気に心臓が早鐘を打つ。飛び起きて、謝罪の言葉が一番に飛び出た。
「せんぱいっ!ごめんなさ――」
隣の席の先輩を見て、その言葉は途切れる。先輩は、机の上で穏やかな寝息を立てていた。
「寝て、る……?」
安心して、肩の力が無意識に抜けてしまった。けど、安心してる場合じゃない。先に寝落ちてしまったのはアタシの方だ。申し訳なさを感じつつ、先輩の顔を覗き込む。本当はすぐにでも起こして、トレーニングを再開しなきゃなんだけど……。
「……寝顔も、綺麗だな。先輩」
アタシは、その姿に見惚れてしまっていた。
眠っていても変わらない凛とした顔つき。顔にかかる髪は滑らかで、耳の毛並みも美しい。白く透明な肌も、そこに映える真っ赤なアイシャドウも。
――本当に、綺麗だ。自分の醜さが嫌になってしまうくらいに。
綺麗なのは容姿だけじゃない。いつでも気高く、誰より努力する心の在り方。多くの人に信頼されて、レースでも結果を残す、その貫禄。エアグルーヴ先輩の素敵なところなんて数えたらキリがない。
それに比べて、アタシは顔も性格も、嫌いなところばかりだ。
……特に、最近のアタシは、何かヘンだ。
先輩と他の誰かが一緒にいると、誇らしいのに、なぜか目を逸らしたくなって……嫌な気持ちが、心の奥に溜まっていく。アタシに見せない表情を見せる他の娘に、友人にまで嫉妬してしまう。
スズカと走っている時の先輩は、どんな時より真剣で。
タイキと話す先輩は、呆れながらも、いつもより楽しそうで。
ルドルフ会長といる時の先輩は、尊敬と敬愛の思いで溢れていて。
そんな子供じみた嫉妬は、結局、自己嫌悪の裏返しだということも分かっている。
――スズカみたいな圧倒的な速さがあったら、先輩のライバルになれるのに。
――タイキみたいな明るさがあったら、もっとたくさん先輩と話せるのに。
――会長みたいな威厳と実力があったら、先輩の心を、アタシに向けられるのに。
本当に、自分が嫌になる。こんなことを考えてしまうところも、変われないところも。
ふと、さっき見ていた夢を思い出して、呆れて笑ってしまった。夢の中の自分の方が、よっぽど素直だ。本当は先輩にたくさん褒めてもらいたいし、先輩の大事な存在になりたいと思ってるのに。実際のアタシは……そんなこと言える訳なくて。
この気持ちの正体、分かってるんだ。少女漫画のヒロインと同じ。その人のことを考えるとドキドキして、他の誰かと一緒にいると苦しくて……独り占めしたくなる。この気持ちの名前は。
「アタシ、やっぱり先輩のことが好――」
抑えきれない思いが口から溢れたちょうどその時、先輩の耳がビクッと動いて、目蓋がゆっくりと開いた。深く蒼い瞳が、私を捉える。
「え……!せんぱ、い……いつから、起きて……」
「ん……っ!すまない、ドーベル……!!私としたことが、居眠りをしてしまうなどとんだ失態を……!」
勢いよく起きた先輩の謝罪が、驚きと恥ずかしさで固まっていたアタシの言葉を遮った。
「……ドーベル、どうした?顔が赤いぞ」
「いや、な、なんでもありません!」
びっくりしすぎて、心臓が飛び出そうだ。アタシの、さっきの……告白、聞こえてないよね……?
「む……もしかして、私は寝ている間に何か変なことを口走っていたか……!?」
「……え?ふふっ。それは全然、大丈夫です!」
まだ少し眠そうな先輩の声。そして、心配事が余りにも普段の雰囲気とかけ離れていたから、思わず笑ってしまった。
「しかし、本当に面目ない。先に起きていたのなら起こしてくれて良かったのだが」
「も、元はと言えばアタシが先に寝ちゃってたので、先輩が気にする必要ないです!……先輩こそ、戻ってきた時にどうして起こさなかったんですか?」
「いや、その……」
先輩は急に歯切れ悪く、目を逸らす。
「お前の寝顔が……とても可愛らしかったから、しばらく眺めていたのだ。それに、ずいぶん気持ちよさそうに寝ているから、つられて眠くなってしまったというか……」
「……!!」
予想外の返答に頭がパンクしそうだ。先輩がアタシの寝顔を見てたこととか、つられて寝てしまったこととか。恥ずかしいし、信じられないし、可愛いし。
「いや、言い訳をするのは良くないな。私の意識が足りなかった。すまない」
「こ、こちらこそ、ごめんなさい。せっかくのトレーニングの時間を無駄にしちゃって。……あ、あと!」
「ん、どうした?」
「その……先輩。起きる前にアタシが言ってたこと、聞こえてないですよね……?」
一番の不安を問いかけると、先輩は不敵な笑みを浮かべた。
「どうした?何か私に面と向かって話せないことでも呟いていたのか?」
「……え!?ああっ、えっと、違っ……!き、気にしないでください!!」
完全に聞かない方が良かった。寝起きの頭で、色んなことが起こりすぎて、正常な思考ができなくなっている。首をブンブンと振るが、先輩の強気な表情は崩れない。
「ふっ、冗談だ。詳しいことは聞かないでやろう」
そう言うと、先輩は立ち上がり、私の頭を軽く撫でる。温かく優しい手。嬉しくて自然と笑みが溢れてしまう。
「だが、そういう風に聞くということは」
ふと、手の動きが止まる。見上げた表情はどこか不安げだった。
「私が、その……お前が寝ている間に呟いていたことも……聞こえていないだろうな?」
「……え?」
「いや、聞いていないならそれでいい。……気分転換に、食堂に甘いものでも食べに行くか?」
「……はい!あ、でも……」
「む。ドーベルはトレーナーに甘いものを控えるよう言われているのだったか」
マックイーンと同じく甘い物に目がないアタシは、食べすぎないようにトレーナーに厳しく言われている。でも、最近は頑張って我慢してるし、せっかくのお誘いなのだから、食べたいというのが本音だ。
「アタシは、食べたいです!その……トレーナーには怒られるかもしれないですけど……」
「勉強というのは思っている以上に体力を使うものだ。それほど心配する必要はない。もし何か言われたら、私も一緒に謝ろう」
「えっ!そ、それはさすがに、申し訳ないというか……」
「ふむ、そうか。それなら……2人で半分ずつ食べるというのはどうだ?」
「あ……!それ、いいと思います!」
教室を出て、先輩の少し後ろをついていく。後ろ姿を眺めながら、さっき先輩が言っていたことを思い出していた。アタシが寝てる時、先輩……何か言ってたのかな。
寝ている間に何かあったかといえば……そう、夢を見てたんだ。それは、先輩に褒められる、とても素敵で、鮮明な夢で――。
「……え」
もし、もしあの夢がアタシの妄想じゃなくて、先輩が、本当に言っていたことだったら。綺麗とか、可愛いとか……一緒にいたいとか、本当に先輩が思ってくれていたら。
「ど、どうしよう……」
自分でも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
鼓動と呼吸が速くなる。顔が熱い。
もちろん、現実だ、なんて本気で信じてはいないけど、恋する乙女が勘違いして、希望を持つには十分だった。
アタシは他の娘みたいにはなれない。けど、やっぱりアタシなりに、まだこの恋を諦めたくない。
あの幸せな夢が、夢じゃありませんようにと願った。いつか大好きな先輩の手を握れる日を、少女漫画のヒロインのように夢見ている。
目次 感想へのリンク しおりを挟む