『sleepy warlock W³ ─ 眠たい魔法使い』 (森岡幸一郎)
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『sleepy warlock W³ ─ 眠たい魔法使い』

  

                

 ボーン、ボーン、ボーンと、時計が12回鳴った。

「ああ、もう寝なきゃ」

 腕を前に突き出して伸びをしてから、軽くストレッチ。読んでいた魔導書を閉じて立ち上がる。

 コーヒーの残りを飲み干してカップを流し台にもっていく。

 その際、机の端をトントンと指で叩くと、ごっちゃになっていた机の上の物々がふわっと浮き上がり、さっきまで読んでいた魔導書は宙を浮いて本棚へ、使ったペンはペン立てへ、そこら中に散乱している羊皮紙は一つの紙束になって書棚に飛んでいく。ウィルがお気にのカップを洗い終わる頃には、散らかっていた机とその周辺はすっかりキレイになっていた。

 しかし、机とその周辺、それ以外は未だ汚いままだった。

 食歴を感じさせる流し台と、閉じない食料棚。

 脱ぎ散らかされた衣服が層を成すシワシワシーツのベッド。

 巻数もジャンルもデタラメに詰め込まれた本棚。

 天井には無計画に吊るしていった薬草によって軽い茂みが出来ている。

 それらを見渡し、「ちょっと汚いなあ」と思いながらも眠気には勝てず「明日片付けよ」と、ベッドになだれ込む。布団に寝ころびメガネを外し、ぼやけた茂みを眺めていると、ふと窓の外が気になった。

 ベッドのある壁際に空いた窓をのぞき込むと、「見えない・・・」ケースにしまったメガネを取り出して再びかける。

 

 窓の外、厳密には窓の外の下には、真っ暗な田園がどこまでも広がっており、ぽつぽつと民家から明かりが漏れていた。

 そして流れていく景色の反対方向、つまり家の進行方向には大きな街の明かりが迫っていた。

「まずい! 高度が落ちてる」

 ウィルは急いで、魔法のローブを羽織り直し、部屋の木枠(長押)に物干し竿代わりにしていた魔法の杖をひっつかむ。反動で干してあった下着や替えの服が床に落ちる。

 ベッドと向かいの壁にある、この家の動力源兼暖炉兼石窯に駆け寄ろうとして床の魔鉱石にけつまづきすっころぶ。ドシンッ! と反動が部屋全体に行き渡り、食料棚から缶詰が雪崩落ち、本棚は崩れ、メガネにヒビが入る。

「あいたたたぁ、誰だこんなに部屋を汚したのは!」

 急いで暖炉に駆け寄り、火が今にも消えそうな事に仰天し、ありったけの薪を投げ入れる。

 火が強くなってきたのを確認し、長杖の先にぶら下がっているランタンに暖炉の火を移す。暖炉の周辺にあるバルブを開いたり閉じたり、レバーを上げたり下げたり、いろいろいじくってから、さっきまで使ってた机を蹴り飛ばし、絨毯を引っぺがす。 そして現れた木の床には、複雑怪奇な魔法陣が彫り込まれていた。薬棚から赤い粉の入った瓶を取ってきて、魔法陣の溝にトントン落としていく。グルっと一通り落とし終わると、陣の中心に立ち、魔女のトンガリ帽子を目深に被って、魔法陣に杖を突き立てる。魔導書を開きブツブツと呪文を唱え始めると、ランタンの火が激しく燃え、やがて魔法陣に落とした粉が光を放ち始め・・・・・・そしてそのまま消えていった。

「あり?」

 もう一度、グッと全身に力を込め呪文を唱えると、ランタンの炎が先ほどよりも激しく燃え、またしても魔法陣が光り輝き今までで一番光った瞬間・・・・・・プツンと光が消え、その後何度か点滅し幽かな光を残して消えてしまった。

「魔力が足りない!」

 ウィルが狼狽していたその時、家の外からけたたましいサイレンの音が!

追随して無数のサーチライト(魔法水晶を光源とする)がウィルの家を照らし出す。

 農園地帯を抜け、ついに街へと入ってしまったのだ。

 窓辺に駆け寄り、しゃがんで顔だけちらっと出して眼下を見る。

『蒼炎の魔術師ウィリアム・ウィルオウ・ウィスプ‼ 王国に仇なす悪の魔法使いめ! 今日こそひっとらえてやるぞ‼』

 街の広場にはぞろぞろ団員を引き連れた、王国騎士団長が“空飛ぶ”ウィルの家に向かって大声で叫んでいる。

「やっべ」

 

 玄関扉と向かいの壁、書棚に埋もれるようにしてある古い扉を蹴破り、「急げ急げ」と忙しなく地下への階段を駆け下りる。石造りの薄暗い最下層に付くと、分厚い扉の倉庫に飛び込んだ。

 真っ暗な倉庫を、小窓から差し込んだサーチライトの光が部分的に照らし出し、ウィルの片付けの出来なさを露わにしていく。

 杖を掲げてランタンの火を照明に移し、急いで目当ての物を掘り出そうと荷物を掻き分け始め、「お! あったあった」前に作った試作魔杖の束の下から大きな木箱を掘り当てる。木箱の中には怪しげな赤や青の毒々しい色の大瓶が詰め込まれており、「えーと消費期限は・・・」ラベルを見て効力があるかどうか確認してから、「ああ、これはダメで、これも切れてる、あっ、これ昨日までだッ! まあ・・・大丈夫でしょう!」そう言って怪しげな液体をグビグビ飲み干す。「ううわ、これ腐って・・・大丈夫かほんと」うげえと舌を出し、壁一面に広がる引き出しの中から金平糖のようなキラキラした粒を鷲掴みにして頬張り、ボリボリ噛み砕く。倉庫の天井にもつるされている萎びて黒く変色している薬草を引きちぎってむしゃむしゃ食べてそれらを大瓶に入った液体で一気に飲み干す。

「おえええ、吐きそう・・・キモイよぉ」

 

 よろよろと地下室を出て別の部屋へ。階段の踊り場にある別の部屋へ入り込む。部屋には中身をくりぬかれて、顔を彫られたハロウィンカボチャが段々に並べられており、「1ダースくらいでいいかな? よし行けパンプキン達、奴らを撹乱せよ!」 ウィルが杖を振りかざして、物言わぬカボチャ達に命令すると、ランタンの火がカボチャ達に乗り移り、ケタケタ笑いながら、部屋を飛び出して行った。

 

『しかけてきたぞ! 各員抜刀! 市民には手を出させるな!』

 騎士団長が叫ぶと、空から12匹の空飛ぶカボチャお化けが、ケタケタ笑いながら襲来。

 蒼い炎を吐きながら、人々をあざ笑うように飛び回る。

 化け物襲来に逃げ惑う一般市民。

 市民には手を出させまいと奮闘する騎士諸兄。

 街の広場が恐怖のズンドコに陥っているその時、カボチャお化けの炎が教会に燃え移ったッ‼

「ジーザスッ‼」神父が頭を抱えて叫んでいる。

「火事だァッ!」「水水水!」街の男たちが水バケツを持って教会に駆け寄る。

 ふとそこへカボチャを追いかけていた騎士の一人が市民の男と正面衝突。

「邪魔だよ! 公僕がッ」「なんだとキサマ、我々はお前ら一般市民の安心安全を願えばこそ」「誰も頼んどりゃせんわ!」「そうだそうだ、この給料泥棒!」「おのれ言わせておけばァッ!」「みんなやっちまえ!」

 とうとう怒れる市民と、騎士団とのど付き合いが始まってしまった。

「ジーザスッ‼」その間、教会は尚も火の手を強めていた。

かくして街の広場は大混乱。

 最早ウィルの家を照らすサーチライトが、ブレブレにぶれてその慌てふためきっぷりを如実に表していた。

 

「ふはははは。燃えろ、燃えろ、みんな燃えちまえだ!」そんな様子を上空から楽しげに見下ろすウィル。

「さ、逃げよ」

 下がバカやってる内に急いで階段を登ってリビングへ。

 三度魔法陣の中央に立ち、帽子を目深に被り直し、ローブをバサァーッとひるがえす。

 杖を突き立て、魔導書を開きブツブツ呪文を詠み上げる。

 魔法陣が光輝き部屋が七色の光に包まれる。ランタンの炎が勢いを増し枠から噴き出さんばかりに燃え盛る。窓ガラスがガタガタと鳴り、天井の茂みがザワザワとなびいて、洗濯物や羊皮紙が部屋中を舞い踊る。

「飛べいッ‼」

 ウィルが呪文を詠唱し終わると、家がぐんと上昇する。

「どわぁ!」

 家が勢いよく加速し大幅に傾いた結果、ウィルはバランスを崩して床に倒れこむ。

『逃がすな! 追え! 追え!』

 王国騎士団はカボチャお化けと市民をようやっと成敗し馬車に乗り込み、【空飛ぶ魚】を追いかける。

 

 ウイリアム・ウィルオウ・ウィスプは巨大な空飛ぶ魚に住んでいる。全身が苔むした石レンガで作られた遥か古代の失われし遺跡。それを勝手に改造し、無断で住み着いていたのだった。ちな重要文化遺産。

 かつて、王室お抱えの魔法使いだったウィルが王様の顔に泥を塗り(物理的に)王国から狙われる身となって、逃亡先で偶然発見した現マイホームに移り住むまでは、本件とは関係ないので割愛。

 

 使命を思い出したサーチライトが空飛ぶ石の魚を夜空に照らし出す。

 翼の様な胸ビレを勢いよくはばたかせ、空飛ぶ魚はぐんぐん上昇していく。

 その魚の頭。鉄格子に囲まれた展望台に立ち、派手にローブをはためかせながら杖を掲げるウィル。

「さらばだ、諸君。ヌハハハハハッ!」

 高笑いを残しながら、雲の中に消えていく石の魚。

『おのれえ、またしても! ぐやじいー』地団駄を踏む騎士団長。

 

 

「ああー、せっかく寝ようと思ってたのに、なんてっこったー大ごとだよ」

 とりあえず事態が一段落し、展望台からハシゴを降りてリビングへ戻る。

そこは空き巣にでも入られたかのような荒れ具合、控えめに言ってゴミ屋敷であった。

 全てがぐちゃぐちゃ、本棚に本は一冊も無く、食器は割れて四散している。衣服も書類もコレクションの魔導具も、何もかもがぐちゃぐちゃに混ざりあって床に散らばっていた。

「・・・明日片付けよ」

ウィルは魔法装束のままベッドに倒れこむと、ものの数分で眠ってしまった。

 

 しかし、ウィルは気づいていない。

 暖炉へ馬鹿みたいに放り込んだ薪が、未だボウボウ燃え盛っている事に。

 

 翌朝、空飛ぶ魚は大気圏を突破し、息苦しくなってウィルが目を覚ますのは、また別のお話。

 



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