海を大地をポケモンたちと! (千月凪)
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どんな色にも染まらない町

ゲームのポケモンルビー・サファイアとアニメのポケモンシリーズの要素を混ぜ合わせて書いています。物語の都合上、独自の設定や解釈を入れておりますが1人の熱狂的なポケモンファンとしてその世界観を壊さないようにしていければと思っています。
ポケモンが大好きな大人の戯言として気楽にお読みくだされば幸いです。


 「アオイ―!起きてるのー?」

階下から母さんの呼ぶ声が聞こえる。

 「起きてるよー」

答えながら顔を拭き洗面台を出る、15年生きてきてそんなことを聞かれたのは初めてだ。

 「おはよう、母さんが緊張してどうすんのさ」

食卓に腰掛けながら台所に立つ背中に向かって声を掛ける、早く作り過ぎたのかトーストはいつもより少し冷たくなっていた。

 

 

 「いやだってあんたが遂に旅立つっていうんだから、そりゃ落ち着かなくもなるよ。ねぇワタちゃん」

ワタッコがアオイの頭上に近付き、頭に乗っかった。

 「ワタッコー、そうだ君がいないと毎日の寝ぐせ直しは苦戦しそうだなぁ」

ワタッコは得意げに喉を鳴らしながらアオイの寝ぐせを綺麗に直していく、母さんのトレーナー時代からの相棒であるワタッコはアオイにとって生まれた時からお姉さんのような存在だった。

寝ぐせ直しは毎日の日課でありワタッコの一番の得意技だ。

 

 「最初のポケモンを人からもらうっていうのはお母さんにはちょっと不思議だけど、どんな子があなたのパートナーになるのか楽しみね」

 「基本は馴染みのあるこの辺りのポケモンだって話だったし、きっと見たことある子なんじゃないかな」

モーモーミルクを一気に流し込み、ごちそうさまでしたと手を合わせる。

ワタッコも丁度“おしごと”を完了し、満足げにふわふわとアオイの頭の周りを2,3周すると日の当たる窓辺に移動していった。今日も髪型はばっちり整っている。

 

 「ポケモン貰ったら荷物まとめに戻ってくるよ」

靴を履きながら母さんに声を掛けるとガーディが背中に頭をこすりつけてくる。今さっき起きてきたらしいまだ3歳のこの子はアオイにべったりの甘えんぼだ。

アオイはガーディの頭を撫でて玄関のドアに手を掛ける。

 「わかった、気を付けていってらっしゃい」

外に出ると気持ち良い風が吹いていた、アオイの住むミシロタウンはホウエン地方の南西に位置する比較的小さな町で周りを川、森、山といった豊かな自然に囲まれている。今日のような天気の良い日は裏手の山に登ればホウエン最高峰の「えんとつやま」が見えるだろう。

 

 

コユリ研究所のエントランスに入ると受付のショウコさんが声を掛けてきた

 「おはようございます、いよいよですね。博士も今日を楽しみにされていましたよ」

 「おはようございます、はい、自分もすごくワクワクしてます」

ショウコさんはにっこり笑うと左奥の通路の方に身体を向けた。

 「博士は通路を抜けた先、いつもの広場でお待ちです。クレアさんは既に待ちかねているご様子でしたよ」

微笑むショウコさんにお礼を告げてアオイは広場へ向かって歩き出した。コユリ博士は時折研究所の広場を地域の子供たちに開放しており、職員の安全管理の下で地域の子供たちがポケモンと触れ合うことが出来る場となっていた。アオイは幼い頃からその広場の常連だ。

広場への自動扉が通過すると白衣のコユリ博士と茶色い髪の少女が話していた。

茶色い髪の少女がむすっとした表情で振り返って言う

 「遅い」

 「まぁまぁクレアちゃんそう言わずに。アオイ君、おはよう」

コユリ博士はクレアの肩越しにアオイに声を掛けた。

 「おはようございます!」

 

 「さてさてそれでは2人共、改めて今日はようこそコユリ研究所へ。広場ではしゃいでた君たち2人がいよいよ旅立ちだなんて寂しいけれど今日は私からのお祝いとして2人にポケモンを託すべく集まってもらいました。」

 アオイ、クレアの2人は黙ってうなずく

 「私は旅立つトレーナーによって託すポケモンを変えていてね、2人に合いそうな子がどの子か実はすごく迷ったんだよ」

博士が続ける

 「能力や技の育てやすさ、タイプ、そして何よりその子の性格。その辺を考えて3体まで絞りました。あとは2人がそれぞれ1対ずつビビッとくる子を選んであげてほしいな」

 「「はい!」」アオイとクレアが声を合わせて応える。

博士がふわっと3つのモンスターボールを投げ上げると白い光と共に3体のポケモンが姿を現した。

 

 「さぁ!君のパートナーはどの子かな?」

 

 

第一話 終




最後までお読みいただきありがとうございました。
小説の執筆は初めてですので段落や符号の使い方など、文章のスタイルにもご意見ございましたらお寄せください。


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ポケモントレーナーの資格

ホウエン地方の南西に位置する町ミシロタウンで育った15歳の少年アオイは、同い年の少女クレアと共に今日この町を旅立つ。
2人が選ぶポケモンと博士が授けるトレーナーの必需品とは?


 「さぁ!君のパートナーはどの子かな?」

 

コユリ博士が投げ上げたボールから飛び出してきたポケモン達を前にクレアは喜びの声を上げていた。

 「どう?まず2人ともこの子たちとは遊んだことが無いんじゃないかなと思うんだけど、みんな知ってる?」

博士が2人に声を掛ける。

 「こっちからアチャモ、キモリ、ミズゴロウですよね!」

アオイが何も答えないでいるとクレアは得意げに答えてアオイの方にやりと見た。

 「それぞれほのお、くさ、みずタイプですね!」

我に返ったアオイも負けじと答える、ボーっとしていただけだとクレアの方に目線を返した。

 「さすが2人とも正解、じっくり時間を掛けて決めてもいいけどおすすめは直観で選ぶことね」

近くの木に登り始めたキモリの方をちらっと見てから博士は続ける

 「見れば見るほどどの子も魅力的で決められなくなってしまうから。直前まで伏せていたのもそういうわけよ」

博士の言うことはその通りだと思った、アオイは幼い頃から研究所でポケモンと遊ぶたびに夕飯の席でその子を将来パートナーにするんだと母さんに話していたことを思い出した。

しかしアオイは自分でも不思議なほど自然に、迷いなく一匹のポケモンに向けて手を伸ばしていた。

 「ミズゴロウにします」

アオイは膝をついてミズゴロウのあごに触れながら、博士の眼をまっすぐに見つめて言った。

博士は少し驚いたような顔をした後にっこり笑ってアオイに親指を立てながら言った

 「うんうん!よし!アオイ君、ミズゴロウはキミに任せたよ!」

するとアオイの横でクレアがすっと立ち上がった

 「あら、決めるのは早いのね」

クレアは胸にポケモンを抱きかかえている

 「私はこの子にします」

アチャモを抱いた手を博士の方に伸ばしながら言った、クレアを真似ているのかアチャモも口をキュッと結んで博士の方を見つめている。

博士はそんなアチャモとクレアを見比べながら強く頷いて言った

 「決まりだね!クレアちゃんとアチャモもきっと良いパートナーになるよ」

博士はそう言ってもう一度にっこりと笑った。

 

しばらくして研究所内の1室に移動すると博士は2人にカメラが付いた手のひらほどの大きさの端末を手渡した。

 「それはポケモン図鑑、君たちの旅にきっと役立つ優れモノだよ」

そう言うと博士は自慢げに機能の解説を始めた。カメラでポケモンを映すとコユリ研究所にデータのあるポケモンならその情報を見ることが出来るらしい、他にも連絡先を交換すればいつでも通信可能であることやマップ、写真などを保存もできるらしい。

 「そして何よりそれはトレーナーIDを管理することも出来るようになってるのよ!」

博士は人差し指をピンと立てたが、2人はきょとんとしていた

 「なんでしたっけ、それ」

アオイが言うと博士はうっかりしていたと言って説明を始めた

 「話したことなかったっけか、まぁトレーナーIDはその名の通りその人物がポケモンリーグから認定を受けたポケモントレーナーであることを証明するものよ。ようするに"ポケモントレーナーの資格"ね。ジムチャレンジ、コンテスト出場なんかにはもちろん必要だし、持ってるとポケモンセンターでポケモン達をタダで治療してもらえたりするトレーナーに欠かせないものなの。」

 "ジムチャレンジ"という単語にアオイとクレアの表情が変わった。

 「そのIDはどこでもらえるんですか」

クレアが前のめりに尋ねると、博士はふふんと笑った

 「今あなたたちがその手に持ってるわよ」

 

受付でショウコさんに挨拶をして研究所を後にした、クレアも一度家に戻るらしく途中まで一緒に帰ることになった。

 「まさかIDだけじゃなくてモンスターボールまでくれるなんて」

クレアが空のモンスターボールを掌で転がしながら言った。

トレーナーIDの発行は本来各町のポケモンセンターやジムで行うらしいが、電子版に対応しているところは未だ少なく時間も掛かるため、事前に博士が準備しておいてくれたらしい。1ヶ月ほど前にトレーナーの登録手続きだからと2人であれこれ書かされたのを思い出した。

 「いよいよって感じがするな」

アオイはミズゴロウの入ったモンスターボールを右手で軽く握りながら答えた。

 「じゃあ、準備したら101番道路で」

クレアは手を振って小走りに自宅の方へ向かっていった。

 

 「ただいまー」

玄関のドアを開けるとガーディがお座りしていた、短く吠えてアオイを見つめている。

リビングのドアが開き、母さんが出てきた。アオイには心なしか、母が少し寂しそうに見えた。

 「おかえり」

廊下の向こう、リビングの机の上にきれいなベージュのリュックサックと白いニット帽が見える。

 

 

 

 




最後までお読みいただきありがとうございます。

「まだ旅立たんのかい」とお思いでしょうがいよいよ次回は旅立ち、そして初バトルが書ければ良いなと思っています。

それではまた次回。


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冒険の始まりに

ミズゴロウをパートナーに選んだアオイはコユリ博士からポケモン図鑑とトレーナーIDを受け取って研究所を後にした。最後に相棒を紹介するために実家に戻った息子に母が用意した贈り物とは…。少年は今、生まれ育った町に別れを告げる!




 「迅速!丁寧!引っ越しはキアイ運送!」

 

手を洗ってリビングに戻るとテレビがついていた。かくとうタイプのポケモンたちが屈強な男たちと共に荷物を運ぶ引っ越し業者のCMが流れている。

 「そういえばちょうど今テレビホウエン見てたんだけど、お父さんのインタビューが放送されるのは再来週みたい。」

母さんはそういうとリモコンを手に取ってテレビを消した。

 「あー、そういえばインタビューがあるって言ってたね。再来週か」

 「うん、来週3人で再来週が残りの4人だってさ」

父さんは最近転職したばかりでここ1ヶ月ほど忙しそうにしている。アオイの出立には立ち会えないが先週末帰って来ていた時にはアオイとじっくり話す時間を取ってくれていた。

 

アオイが机の上のリュックと帽子に目を向けると母さんがその視線を遮るように言った。

 「で、見せてよあなたの相棒を」

ワタッコも母さんの頭上にちょこんと座っていた。

アオイが頷いてボールを足元に転がすと、ミズゴロウが元気よく飛び出した。

 「まぁ!ミズゴロウ!渓流の方で見たことあるね!」

母さんの顔がほころぶ、ワタッコも降りてきてミズゴロウのほっぺたにワタをポフポフと当ててながら何かを話しているようだ。

 「そう、かわいいでしょ」

アオイも笑ってそう言うと母さんが椅子から立ち上がった。

 「ちょっと撫でてみていい?」

 

遊んでいるミズゴロウたちの方を見ながら母さんが再び席についた。

 「さて、博士ばかりじゃ悪いから旅立つ息子に私からも贈り物よ」

母さんはそういって机の上のリュックと帽子をポンと叩いた。

リュックと帽子を身に付けると、良く似合っていると母さんが微笑んだ。リュックの中には寝袋と今日のお昼用のサンドウィッチが入っていた。

 「もうすぐ出発なんでしょ。あとはあなたが必要だと思うものを入れて行きなさい、着替えとかお金とかね」

母さんは穏やかに言った。

 「ありがとう」

アオイは改めて自分が家族の下を離れることを実感した。母さんの優しさに目頭が熱くなったがグッとこらえてお礼を言うとリュックに入れるものを取りに自室へ上がっていった。

 

アオイが階段を上る音が聞こえると母は再び席を立ち、膝をついてミズゴロウのあごを撫でた。

 「まさかあなたが相棒だなんてねぇ。あの子は覚えていたのかしら、君が一緒ならどんな旅もきっと大丈夫ね。アオイのことをよろしく頼むわよ」

ミズゴロウはキョトンとした顔で母を見つめていたが最後に元気よく返事をした。

 

 「よし、クレアも待ってるかもしれないしそろそろ行くかな」

準備を終え、母さんと他愛ない会話をしていたアオイが時計を見て立ち上がった。

 「そうね」

アオイが玄関に行くと、今朝研究所に行く時に履いていたものとは異なる新品のランニングシューズが用意されていた。

 「え、これ…」

 「あんなボロボロで送り出せないでしょ恥ずかしい。それ、履いて行きなさい。」

アオイが母さんの方を振り返って聞くと彼女はにっこり笑って言った。

 「ありがとう…本当にありがとう母さん。行ってくるよ、どんな旅になるかわからないけどさ、俺頑張るから!」

新品の靴を履き、玄関を出たアオイがいよいよ泣きそうなのを隠しながら声を張って言うと母さんは優しく笑った

 「たまには頑張れなくたっていい、挫けてもいい。日々を楽しむことを忘れないで行きなさい。あなたがどこで何をしていても母さんはいつでもあなたの味方よ」

母さんはそういうとアオイをきつく抱きしめた。

 「いってらっしゃい」

 

旅立つ息子の後ろ姿が見えなくなると母はドアを開けて家に帰る、ワタッコがふわっと顔の前に降りてきて母の目元をワタで拭った。

 「泣くつもりなかったんだけどなぁ」

ワタッコが母の頭に乗っかり喉を鳴らした。

母がグーッと両手を上に挙げ、伸びをしながらリビングに入っていく。

 「あー、久しぶりにお母さんに電話するか」

 

足が軽い、母さんから貰った新品のランニングシューズで風のように走っている…つもりのアオイだったが出発がそもそも遅かったらしい。待ち合わせ場所には既にクレアと博士が待っていた。

 「どうしてそんなに遅いのかわからない」

クレアが呆れたように言うと博士はクスクス笑っていた。

 「君は名残惜しさとかないわけ?」

アオイは嫌味っぽく言ったがクレア曰くそういうのは全部昨日の夜までに済ませたらしい。

 「ねぇアオイ」

クレアが急に改まって言った。

 「なんだよ」

アオイも改まって答える。

 「バトルしようよ、ポケモンバトル!」

クレアがそういうとクレアの腰についたモンスターボールからアチャモが飛び出してきた、バタバタと足踏みをしてアオイの方をキッと見つめている。

アオイは博士の方をちらりと見つめると博士は少し後ろに下がって2人を見渡す位置についた。

 「良いな、よし、やろう!」

アオイも答えてモンスターボールを投げ上げた。ミズゴロウが大きな声を出しながら着地し、アチャモの方をまっすぐ見つめる。

 「それではこれより、ミシロタウンのアオイとミシロタウンのクレアによる1対1のポケモンバトルを始めます。バトル!開始!」

 

博士が右腕を振り下ろすとすぐさまクレアが指示を出した。

 「アチャモ!ひっかく!」

負けじとアオイも指示を出す。

 「ミズゴロウ、たいあたりだ!」

2人ともついさっき図鑑で確認したばかりの、お互いたった1つの技で行われるバトルだった。

ポケモンのレベルは低く、お互いの技やバトルにも戦略性はない。短く単純なバトルであったが2人と2匹は声を上げ汗を流しながら戦った。

彼らにとって初めてのバトルはアツく、永遠にも一瞬にも感じられる不思議な体験だった。

 「こりゃこれからが楽しみだ」

トレーナーとポケモンの生き生きとした姿を目の当たりにして少し離れたところから見守る博士が腰に手を当てながら呟いた。

 

アチャモがふらつき、コテンとしりもちをついた。

 「「よし!」」

2人の声が重なる、アオイが不思議に思ってミズゴロウを見るとミズゴロウもおしりをついていた。何とか立ち上がろうと体を支える前脚もプルプルと震えている。

 「そこまで!!」

博士の声が響いた、2人は相棒に駆け寄り抱き上げた。

 

 「これで良しと。安静にしてるのよ」

博士が腰を上げるとアチャモとミズゴロウは返事をしておしゃべりを始めた。

 「ありがとうございます。」

アオイとクレアが博士にお礼を言った。ダメージは軽かったため、博士が持っていたキズぐすりで処置してくれたのだ。

旅立つトレーナーが最初にバトルをするのは良くあることらしく、準備はしていたらしい。

 「近くに治療してくれる場所がないときは、今みたいに自分で処置することも必要になってくるわ。あなたたちは研究所で何度か体験してるしある程度は大丈夫だと思ってるけど」

博士のアドバイスに2人は改めてお礼を言った。

 「あなたたちは、ジムにチャレンジするんでしょ」

101番道路の先を見つめながら博士が尋ねた。

 「実はこの子たちもね、体を動かしたりバトルすることが好きな子たちを選んだのよ。」

ポケモンたちの方を見ながら博士が続ける。

 「この子たちと2人にとって旅がより良いモノとなるようにね。思った通りトレーナーとポケモンの相性もばっちりだったみたい。」

ミズゴロウとアチャモが2人の足元に駆け寄って来ていた、2人はそれぞれの相棒を抱き上げる。

 「これからよろしくね、アチャモ」

クレアがアチャモをぎゅっと抱きながら言った。

 

 「コユリ博士、本当にいろいろありがとうございました。まずはこの先のコトキタウンを目指します。」

 "101番道路"という看板を背にアオイが言った。

 「うん、それが良いと思う。コトキにはポケモンセンターがあるから、いろいろ話を聞いてみて」

 「博士ー!本当に今までありがとう!いろんなポケモンと出会ったらその話をしに帰ってくるから!」

クレアが博士に抱きついた

 「えぇ、楽しみにしてるわ」

博士もクレアを抱きしめて頭を撫でている。

 「昨日全部済ましたんじゃなかったのか」

 「博士は昨日会ってないの!」

博士と名残惜しそうに別れたクレアがアオイのいる101番道路入り口に小走りで向かいながら、振り返って大きく手を挙げた。

 「いってきまーーーっす!!」

博士も大きく手を振っていた。




最後までお読みいただきありがとうございました。

ついにアオイが旅立ちましたね。アオイとクレアの初バトルは原作と場所、タイミングが異なりますが皆さんは自分のポケモンシリーズでの初バトルを覚えていますか?
自分はだいぶ幼かったのでその瞬間こそ覚えていませんが、今思えばきっと初期技に含まれる変化技の意味は全く分かっていなかっただろうなぁと思います。懐かしいですね。

薄々お気付きかと思いますが、本作での町や道路はゲーム内のものよりだいぶ大きめに、現実に近くして考えております。母がミズゴロウを見たといった渓流や、晴れた日にえんとつやまが見える裏山(1話)などは原作のミシロタウンにはありませんが物語の都合上、ミシロタウンを実際の町のように大きくして考えたらあるのではという想像で描いております。その辺りはどうぞご了承ください。


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逃げて!逃げて!

ライバル同士の初バトルを引き分けで終えたアオイとクレアは遂に故郷ミシロタウンを発った。博士のアドバイスを思い返しながらやせいのポケモンのいる101番道路を進んでいく。順調な旅立ちと思いきや森の中から飛び出してきたのはポケモン…じゃなくて人!?


 

ミシロタウンを出て1時間程すると町の周辺の整備された区画から外れ、森や草原が広がる地域となった。町と町を繋ぐ道路の様子は地域によって異なるが、このミシロ-コトキを繋ぐ101番道路は自然が豊かなホウエン地方の中でも比較的田舎と言えるもので、森や草原を切り開いたような土の道が続いている。

 

 「やせいのポケモンも増えてきたわね、この辺で博士の言ってたことを整理しておきましょうよ」

クレアが立ち止まって言った、草原の先には何かのポケモンが群れをなして移動しているのが見える。

 「そうだな、マップに寄れば休めるところまではまだ掛かりそうだし」

 

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 『いい?例外はもちろんあるけれど多くのポケモンたちは群れで生活しているの』

博士が人差し指をピンと立てながら続ける

 『したがってレベルの低いポケモンばかりの場所なんてのはないわけ。レベルの低いポケモンがいるってことは周辺にその仲間がいるケースがほとんどなのよ』

アオイとクレアは相槌を打ったりしながら博士の話に耳を傾ける。

 『大切なのは自分の目の前に飛び出してきたポケモンの強さを見極めること。新しいポケモンを捕まえたりバトルしてトレーニングすることは大事だけど、あくまで自分の実力に見合ったポケモンを選んでって話ね』

 『強いポケモンに出くわしちゃったら?』

クレアが質問した

 『そのときは覚悟を決めて…』

2人が息を吞む

 『走って逃げる!!』

 

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 「見たことないポケモンでもポケモン図鑑にデータがあればそれが進化したポケモンなのかどうかとかはわかるって話だったな」

アオイが遠くに見える群れの方に図鑑のカメラを向けながら言った。図鑑は反応しない、さすがに遠くカメラの射程圏外らしい。

 「そうね、とりあえず無茶な勝負を挑んで”うわー!誰か助けてー!!”なんて逃げ出すようなみっともないことにはならないようにしましょう」

クレアがそういって再び歩き出すと左側の森からガサガサと茂みを掻き分けるような音が聞こえて来た。

 「うわー!誰か助けてー!!」

茂みの中から叫び声が聞こえ、同時に2人と同い年くらいの少年が飛び出して来た。

 「たしかにあぁはなりたくねーな」

アオイが呆れて言うとその声が聞こえたのか少年は一瞬立ち止まって2人の方をチラッと見た。同時にクレアの左後方、少年が飛び出して来た森の中から複数のポケモンが吠える声が近付いてくる。

 「あ、やばそう?」

クレアが恐る恐る言った。

 「走って逃げるぞー!!」

アオイとクレア、少年の3人は街道の先へ向けて走り出した。

 

 「あんた…何したんだよ…!」

走りながらアオイが少年に訊ねる、追って来ているポケモンは2匹、どうやらポチエナのようだ

 「ナワバリに…入り込んじゃったみたいで…追われて…」

少年も息を切らして答える。

 「クレア!逃げてるだけじゃダメだ!応戦しよう!」

アオイが踏み止まって後ろを振り返りながら声を掛ける、クレアもそれを合図に立ち止まった。

 「そうね、あの子達はたしかポチエナ。進化前のポケモンだしそれほど手強くはないはず!」

2人がモンスターボールを投げるとミズゴロウとアチャモが飛び出した、2匹とも姿勢を低くして臨戦態勢のようだ。

 「ダメだよ!逃げなきゃ!」

少年は慌てて振り返りアオイの肩に手を掛けながら言った。

アオイは一瞬驚いたような顔をしたがクレアが横から声を掛けた。

 「ここは任せてあなたは先に逃げ…」

 「違うんだ!」

少年が声をクレアの話を遮ってさらに声を張り上げ、道の奥を指差した。

ゾクッ!と嫌な空気を感じ、少年の示す先に視線を移すとポチエナよりも二回り以上大きな黒いポケモンが猛スピードで追いかけてきている。

よく見るとミズゴロウとアチャモはその姿を遠くに捉えていたのか腰が引け、萎縮している。

そのポケモンがこちらを睨みつけながら大きな雄叫びをあげた

 

 「戻れ!!」

迫ってくるポケモンと自分たちの明らかな実力差に2人はすぐさま相棒をモンスターボールに戻し、振り返って再び走り始めた。

 「アオイ!あれ使おう!」

 「あれって?」

咄嗟に意味がわからず聞き返したアオイだったが、すぐにクレアの意図を察し同時に叫んだ

 「「エネコのしっぽ!!」」

 

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 『エネコのしっぽ!!』

そういうと博士はピンク色の何かを机の上にポンと置いた。

 『え…エネコってあの…しっぽ…?』

クレアの声が裏返った、明らかに引いている。

エネコはピンク色のかわいらしいポケモンで大手ポケモンフーズメーカーのマスコットキャラクターになっている。

グルグルと自分のしっぽを追い回していたエネコの横にトレーナーがそのポケモンフーズを置いた途端、エネコはぴたりと止まってポケモンフーズに夢中になるというCMはホウエンのトレーナーなら誰もが知っている。

 

 『…の、模造品。』

 『やめてよ博士ー!』

クレアはホッとして今度は博士に文句を言っている。

 『本当にそういう商品名なんだから仕方ないでしょ。』

博士はそのしっぽを持ち上げて続ける。

 『これは囮よ。ポケモンが夢中になる香りを放っていてしかも食べられる囮。』

 『囮?』

アオイが聞き返す。

 『そう、さっきも言ったように飛び出してくるポケモンのレベルを見極めて戦い、時には逃げることも重要だけどそれがいつもうまくいくとは限らないわけね』

 『走って逃げても逃げ切れないってこと?』

クレアが訊ねると博士は頷いた。

 『その通り、この”エネコのしっぽ”はそういう時に使うのよ。慣れれば強いポケモンからもうまく逃げ切ることができるようになると思うけど、最初のうちはきっと必要な場面も多いはず』

 

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 「まさかさっそく使うことになるとはな」

 「投げても止まらずそのまま走るわよ」

アオイがカバンからエネコのしっぽを取り出した。

 「1.2の…3!」

エネコのしっぽを後ろに投げた

 「振り返るな!走れぇぇぇー!」

 

どれくらい走っただろうか、道の先に宿泊施設の看板が見えた時にクレアが膝に手をついて立ち止まった。

 「ハァ…ハァ…もう無理…疲れた…いったいどれだけ走ったのよ」

 「わかんねーけど…でも…ほら後ろ見てみろよ。さっきのポケモンも追って来てない」

アオイが振り返って自分達の走ってきた方を顎で指しながら言った。

 「あの…2人とも巻き込んでしまってすみませんでした…」

少年も息を切らして、膝に手をつきながら頭を下げた。

 「良いよもう別に…とりあえず無事逃げ切れてよかった…そういえばずっと名前聞いてなかったけど…」

 「マツノと…言います。」

アオイとマツノが話しているとクレアが割って入った。

 「良くないわよー!もう汗もかいたし疲れたし!旅立って早々アクシデントってどういうことよ!」

マツノは申し訳なさそうにまた頭を下げた。

 「旅立ちってことはお2人はポケモントレーナーなんですね、じゃあさっきのあの子たちはパートナーか!」

 「そうよ、というかマツノもそうでしょ?新しい仲間を捕まえるためにあの森を探索してたんじゃないの?」

クレアが遠くに見える看板に向かって歩き出しながら訊ねた。

 「あー、いやぁまぁ俺は…ジムチャレンジは向いてなかったみたいで…ジムとかコンテストとかは諦めたんだ」

マツノが恥ずかしそうに答えるとクレアが身を乗り出した。

 「え!マツノはもうジムチャレンジしてたの?同い年くらいかと思ってたけど…」

 「俺は18だよ、旅立ちは3年前。でも取ったバッジは2つだけだし3つ目で何度も負けて嫌になっちゃて…あ、年上だろうけど敬語とかはいいからね」

アオイは真剣な眼差しでマツノの話を聞いていた。ジムチャレンジは挫折する人がとても多いらしいと聞いたことはあったがいきなりそういう人に会うとは考えていなかった。それだけありふれているということなのかもしれない。マツノはカナズミシティの北部出身らしく、持っているジムバッジはカナズミシティ、ムロシティの2つらしい。

 「バッジ見せてよ!」

クレアが目を輝かせながら頼んでいる。

 「ちょっと待て!俺は見ないぞ、自分で手にした感動を味わいたいんだ!」

 「あーらそう、勝手にどーぞ。私は見せてもらうもんねー!」

そっぽを向いているアオイに聞こえるようにクレアは"わー"とか"きれーい!!"とか大げさにリアクションしていた。

 「というか、それならどうしてマツノはあんなところでポケモン捕まえてたんだ?」

アオイが訊ねる、宿泊施設はもう目の前だ。時間的にもここが今夜の宿になるだろう。

 「あー、実は俺強いトレーナーになるのは諦めたけどポケモンには関わっていたいと思っててさ。ポケモンたちの生活をより豊かにしようって団体に参加したいんだけど、入団試験みたいな感じでポチエナを捕まえて来いって言われてたの」

マツノは腰のモンスターボールをちょんと触った。どうやらポチエナを捕まえるという目的自体は達成しているらしい。

 「なーるほどね、良いじゃん。"ポケモンがより豊かに暮らせるように"って良い目標だな!」

アオイが笑って言った。

 「だろ!みんなとはぐれた時は焦ったけど、無事に捕まえられて良かった」

マツノも爽やかに笑って答えた。

 「みんな?」

アオイが聞き返したが、マツノが答えようとした時にクレアが大きな声を出した。

 「ちょっとー、何してんのよ2人とも!先入るわよー!」

 「今行くー!」

アオイとマツノも走り出した。

時刻はもう夕暮れ、3人の影が長く長く伸びていた。

 

 

 





最後までお読みいただきありがとうございました。

原作でオダマキ博士がポチエナに追われているシーンがありますが。冷静に考えたら相当怖いだろうなと思います。博士…5レべのポケモン3匹でフィールドワークはちょっと心許ないんじゃ…



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優しいトレーナー

ポチエナに追われていた少年マツノは元ジムチャレンジャーだった。窮地を何とか切り抜けた3人は101番道路の宿泊施設で1日目の疲れを癒すことにした。マツノのポケモン達を見せてもらうクレアだったがポチエナが何かおかしくて…?


チェックインを済ませるとアオイとマツノは同じ部屋、クレアは別部屋でそれぞれ荷物を下ろした。さほど大きな施設ではなく、他にも何人か利用者がいたためアオイが先にシャワーを使うことになった。マツノ2階の部屋からロビーに降りてくるとクレアがアチャモにブラッシングをしていた。

 

 「お疲れ様、女性の方も順番待ち?」

マツノが机を挟んでクレアの反対側に座った。

 「いいえ、女性は余裕ありそうだったわ。先にこの子を綺麗にしてあげようと思って」

アチャモは気持ちよさそうにしていた。

 「そういえば、マツノのポケモンって見てないわよね?見せてよ」

クレアがブラッシングを終え、ブラシを片付けながら言った。

 「たしかに。もちろんいいよ、出ておいで」

マツノがモンスターボールを転がした、出てきたのはケーシィとスバメだった。

 「わー!かわいい!スバメはこの辺でも、というか今日も何度か見かけたけどケーシィはちょっと珍しいわね」

 「ケーシィは俺の最初のポケモンなんだ。親父のフーディンのタマゴから生まれた。」

ケーシィはふわふわと漂ってマツノの横のソファに座った。

 「クレアのアチャモはどうやって手に入れたの?」

アチャモがクレアの方を見た、何か自分のことが質問されていると感じたらしい。

 「この子はミシロタウンのコユリ博士が託してくれたのよ、出会いは今日の朝なの」

 「うわぁそっか!ミシロと言えばコユリ研究所だったね。君たちは今日出会ったとは思えないほど仲良しだね」

クレアがにっこりとアチャモを見た、アチャモは首をかしげている。

 「あ、そうだこの子もさっき捕まえた新しい仲間なんだ」

マツノはそういってボールをもう1つ足元に転がした。

出てきたポケモンはポチエナだった。先ほど追いかけられたことを思い出して一瞬どんな顔をすれば良いか迷ったクレアだったが、すぐにそのポチエナの異変に気付いた。

ポチエナは顎をペタンと床につけ、浅く早く呼吸していた。目は半分閉じており尻尾も力なく垂れ下がっている。

 「ポチエナ…?」

マツノが慌てて近寄ってポチエナの体に触れた。

 「熱がある…早く治療してあげないと…!クレア!ちょっとここでこの子を見てて!」

マツノはそう言って急いで部屋に戻って行った。

 

 「マツノ、熱だけじゃないみたい、というか原因はこっちかもしれないわね」

鞄を持って帰ってきたマツノにクレアが声を掛けた。

 「こっちって?」

マツノが訊ねるとクレアがポチエナの左後ろ足の付け根辺りを指差した。そこには何か別のポケモンに引っかかれたようなキズがあった。

 「マツノ、あなたバトルして捕まえたあとどうしてこの子をすぐに回復してあげなかったの!?」

クレアがマツノを睨んだ、その手には自分のカバンから出したキズぐすりが握られている。

 「それは……」

マツノは何も答えずポチエナを仰向けにゆっくりと倒した。

 「とにかく早くこの子を治療してあげないと!」

クレアが丁寧にポチエナの治療を行った。

各地域の宿泊施設は大きく2種類に分けられる。ポケモンリーグ等が提供する公共施設と地域の人々が旅人のために開く民間の施設だ。公共の施設は各地域どこでもほぼ同じ設備、サービスだが民間施設は地域によって様子が大きく異なる。

クレアたちが現在宿泊するのは民間施設であり、この施設にはポケモンを治療できるドクターは常駐していないようだ。

 

 「とりあえずはこれで大丈夫かな、きのみのジュースなんて初めて見たわ。熱が下がってくれるといいわね。」

クレアが一息つきながら言った、治療は一通り済んでポチエナは眠っている。苦しそうな顔も先ほどよりは和らいで見えた。

 「ありがとうクレア、助かったよ。きのみはまぁ旅の途中で色々集めてね。」

マツノはポチエナを心配そうに見ている。

 「どうして捕まえた後すぐに回復してあげなかったの」

クレアはマツノをまっすぐ見つめていた。

 「違うんだ…俺…本当にバトル下手でさ、全然捕まえられなくてスバメも何度もやられて、持ってたキズぐすりを全部使い切っちゃったんだ。」

マツノは伏し目がちに続ける。

 「それで諦めて帰ろうとした時に森の奥の方の木陰にこの子が見えたんだよ。後ろから付いて行ってもゆったり歩いているだけで、きっとおとなしい子なんだって思ってボールを投げたら簡単に捕まったんだ。」

 「バトルしてなかったのね…ごめんなさい私決めつけて…」

クレアが申し訳なさそうに言った。

 「いや、良いんだ。本来バトルしていようがいまいが捕まえたポケモンの様子をチェックするのがトレーナーとして当たり前だよ。でもそのあとあのポチエナとグラエナに追いかけられて…」

マツノはポチエナに触れた、体はまだ少し熱い。

 

 「じゃあ、私はシャワー行くわね」

しばらくするとクレアが立ち上がって言った。

 「うん、ありがとうクレア」

マツノが後ろから声を掛ける、クレアは小さく右手を上げた。

部屋に戻ったマツノはアオイに事情を話し、アオイにポチエナを見てもらっている間にシャワーを浴びた。

 

夜遅く、クレアが水を飲みにロビーに降りてくると先ほどのテーブル辺りに明かりが点いていた。そこには心配そうにポチエナを見つめるマツノが座っていた。

 「こんな時間よ、もう寝た方が良いわ」

 「クレアか、いやどうにも心配で…アオイが起きると悪いからここで見てたんだ。」

クレアもテーブルをはさんで反対側に腰掛ける。

 「あなたも体調崩したりしたら大変じゃない。この子だって心配するわ」

ポチエナの方を見ながらクレアが言った。様子は先ほどよりさらに落ち着いて見える。

 「そうかもしれないな…」

そう言いつつもマツノは立ち上がろうとしない。

 「まぁ、止めはしないけど様子も安定してるみたいだし無理しない程度にね。おやすみ」

クレアはコップの水を飲み干して部屋に戻って行った。

 

翌朝、アオイが朝食を食べようと降りていくとマツノと彼に寄り添うポチエナがソファで眠っていた。

ソファで寝ていることを疑問に思いつつ朝食のためにマツノを起こそうと近付いていくと後ろからクレアが声を掛けた。

 「そのまま寝かせておいてあげて、疲れてるだろうから」

クレアは優しく笑って言った。

 「朝まで起きてたのか?」

アオイの問いかけにクレアは"さぁ?"と両手を開いた。

 「マツノの分の朝ご飯は包んでもらいましょう」

 

101番道路の天気は今日も晴れ、食堂にはあたたかな朝の陽ざしが差し込んでいた。




最後までお読みいただきありがとうございました。

ポケモンの世界のきのみってたまにおいしそうなのありますよね。
個人的にはモモン、オレン、チイラ、ナナ辺りはおいしそうだなと思います。
ただ弱点半減きのみなんかはまずかったり食べにくかったりしそうですね…



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きのみとシチューとキャンプサイト

昼はやせいのポケモンに追われ、夜は仲間にしたポチエナが体調を崩すというマツノにとっても慌ただしい1日だったが、彼は夜明け前まで自分のポケモンを思って付き添っていた。そんな優しいトレーナーの気持ちは一緒に治療したクレアだけでなく、ポケモン達にもきっと届いていただろう。元気になったポケモン達と共に冒険は続いていく


 

 「決めろミズゴロウ!たいあたり!」

ミズゴロウが勢いよくぶつかるとやせいのジグザグマは尻尾を巻いて茂みの奥に逃げていった。

 「ミズゴロウ!よくやったー!」

アオイが近寄って頭を撫でるとミズゴロウもアオイを見上げて嬉しそうにしていた。

旅は10日目に差し掛かりバトルにもだいぶ慣れてきた。

 「アオイ、あれ見て」

マツノがジグザグマが逃げていった辺りを指さした。

 「ん?あーっ!」

そこにはかじったような跡もなく綺麗なオレンのみが落ちていた。

 「オレンのみだよな?あのジグザグマが落としたのかな?」

ミズゴロウの方を見るとアオイと同じように小さく首をかしげている。

 「きっとそうだと思うよ、ジグザグマは落ちているものとかを拾って集めておく習性があるんだ。この辺のどこかに自生しているオレンの木の近くで拾ったんじゃないかな。」

マツノがぐるっと辺りを見渡したが見える範囲にオレンの木はなさそうだった。

 「そういうことか!こういうのってもらっていいんだよな?」

 「もちろん、バトルの成果の1つさ」

アオイが訊ねるとマツノは笑って答えた。

 「マツノはこうやってきのみを集めてるの?」

クレアが横から訊ねた。

初日の夜にポチエナの治療に使ったきのみのジュースや、ここまでの道中でのポケモン達の食事などマツノはいろんなきのみを持っていた。

 「まぁこうやって集めたものも多少はあるけど、ほとんどは買うかきのみ狩りに参加して取ってるかな」

 「きのみ狩り?」

クレアが聞き返した。

 「そう、ポケモン達が好きなきのみをまとめて栽培している人たちがいるんだ。その人たちの敷地できのみを自由に採集させてもらうってわけ。もちろん量や時間の制限はあるし、お金もかかるけどね」

 「良いわねそれ!この辺にもあるかしら」

クレアがポケモン図鑑でマップを開きながら訊ねた。

 「うーんどうだったかな。俺がここから一番近くで確実に知ってるのはカナズミシティの南の方、こっちからだとトウカの森を抜けたすぐのところにある果樹園だな」

マツノがクレアの表示しているマップを覗き込みながら言った。マップは近隣の町のポケモンセンターで更新してもらうとより詳細なデータがわかるようになるらしく、アオイとクレアのマップにはまだそこが果樹園と分かる表示はされていなかった。

 「あとはきのみを売ってる人もいるからそういう人から買うのも良いと思うよ、きのみは地域や気候によって若干種類が異なるんだけど、行商人から買うとその地域では見られないきのみを買えることもある。」

そういうとマツノがきのみホルダーの中から紫色の丸っこいきのみを取り出した。

 「例えばこれはセシナのみ、前にキンセツシティの辺りに行った時に果樹園で採らせもらったんだけどこの辺りでは見られなくてね。俺のケーシィはこのセシナがすごく好きだから行商人が持ってるときは積極的に買ってるんだ。」

 「さすがマツノ、本当にいろいろ知ってるなぁ!」

 「勉強になるわ」

アオイとクレアが感心したように言うとマツノは照れていた。

 

 「今日はあのキャンプサイトで休む?マップによればコトキタウンまでもうそんなに遠くないけどさすがに夜通し歩くのは苦しそう」

クレアが図鑑を片手に近くの広場を見ながら言った。

 「そうだな、腹も減ってきたし」

アオイが伸びをした、日は既に大きく傾き森の奥はもう薄暗くなっている。

公共、民間の宿泊施設の他に旅人が休む方法として最も一般的なのがキャンプである。大規模なところだと管理人がいてテントを貸出ししている場合もあるが、通常は持参したテントを広げられるだけの十分なスペースが確保されていてトイレや簡易シャワーなど必要最低限の設備があるだけのものが多い。キャンプサイト以外でテントを張るのもルール上全く問題ないが、キャンプサイトはやせいのポケモンが寄り付きにくい工夫がなされており、そうでない場所でキャンプする場合は十分注意する必要がある。

 「それじゃ今日はここで休もうか、夜ご飯どうする?」

マツノの問いかけに各自がごそごそとカバンの中を探した、それぞれの持っていた食材から夕ご飯はシチューに決まった。

 「本日のマツノキッチンはシチューになります」

アオイがパチパチと手をたたきながら言うとマツノは食材を手元に集めながら笑った。

 「勘弁してよ、そんな大したものじゃないって」

旅人用の簡単な食事はあちこちで購入できるようになっており、アオイとクレアはもともとそれらを食べてコトキタウンまで行こうと考えていた。しかしマツノは料理上手でキャンプの時はマツノを中心に自炊を行っていた。

 

 「いやー、昨日のパスタも美味かったし今日のシチューも最高だよ。俺もこういうのできるようになりたい」

アオイが自分のシチューを食べ終えると手を合わせて満足そうに言った。

 「全然簡単だよ、2人もいつも手伝ってくれてるしきっと作れるさ」

マツノは器の中のシチューをスプーンでかき混ぜながら言った。野菜がごろごろ入った具沢山シチューだ。

 「いつもアチャモたちの分のきのみまで分けてもらって本当に感謝してる」

クレアがポケモンたちの方を見ながら言った、自分達が持ってきていたポケモンフーズに加えてマツノが用意したきのみも美味しそうに食べている。

 「良いんだよ、旅は道連れってね。俺はこの3年間ほとんど1人で旅してたからこういうの楽しくってさ。何人かで旅している人たちを見てはちょっと羨ましいなぁなんて思ってたんだ」

マツノは3人で囲むたき火に目を移した。マツノはコトキタウンの先で例の団体と合流する手はずになっているらしい、アオイとクレアがコトキタウン到着後どこを目指すかはまだ決まっていないが、遅かれ早かれマツノとは別れることになる。コトキタウンが近付いて来るに連れて別れの時も近付いている。

 「とにかく、今はマツノからたくさん学ばせてもらうわ」

クレアが空になった器を置いて手を合わせた。

 「うん、俺の分かることなら何でも教えるよ」

マツノもシチューを食べ終えて言った。

 「それで言うとちょっと気になってたんだけど、きのみの種類ってなんか違いがあるの?」

アオイがごはんを終えたミズゴロウを膝の上で撫でながら訊ねた。

 「俺が果樹園の人に聞いたのだときのみは大きく3種類に分かれるらしい」

マツノが3本指を立てて説明を始めた。

 「回復するきのみ、パワーアップするきのみ、体調を整えるきのみの3つ。もちろんどれを食べてもお腹は膨れる。」

 「ほうほう」

アオイは身を乗り出した、クレアはメモを取っている。

 「回復は純粋に体力を回復する、いわゆるキズぐすりみたいなのもあればどく、まひみたいな状態異常を回復するものもある。例えばお昼にアオイが拾ったオレンのみは体力を回復するきのみだよ」

マツノがきのみホルダーからオレンのみを取り出した見せた、アオイがホルダーを持っていないのでマツノが代わりに管理している。

 「そうだったのか!よしミズゴロウ、今度バトルしたらあれ食べようか」

ミズゴロウが元気よく返事をした。

 「体調を整えるっていうのは体力回復とは違うの?」

クレアが訊ねた。

 「体調を整えるっていうのはお腹の調子をよくするとか毛並みを綺麗にするとかそういう役割があるらしい、より健康な体の方がパフォーマンスも良くなるしトレーニングの効果も出やすいみたいだよ。」

マツノがオレンのみをホルダーに戻して続ける。

 「だから特にコンテストパフォーマーなんかはこういうきのみをすごく大事にするんだ、最近流行りのポロックって知ってる?」

 「あ、テレビで見たことあるわ」

クレアが思い出したように言った。

 「たしか四角い…トレーナーが自分で作るポケモンのおかしよね?」

 「そうそう、あれはコンテストパフォーマーがよりバランスよくポケモンに栄養のある食事を与えようって考えて出来たものなんだってさ。俺も聞いた話で詳しくは知らないんだけど。」

ポチエナがマツノの近くに寄ってきた、ポチエナはあの夜以来すっかり元気でマツノにも良く懐いている。

 「それでパワーアップのきのみってのは見たこともない、戦闘中に使うきのみらしいんだけど…」

 「食べたらウワーッてムキムキになるのかな」

アオイが両腕を直角に曲げて力を入れ、口をガッと開けて見せた。

 「そんなわけないでしょ、ねーアチャモ」

しかしアチャモはアオイのマネなのか少し上を向いて口を開き、鳴き声を上げている。

 「ちょっとやめてよー」

 「お、アチャモ分かってるじゃないかぁ」

アオイがにやりと笑ってアチャモを見た。

 「そういえば、ぼんぐりはこの辺じゃ手に入らないのかな?」

アオイが座り直してマツノに訊ねた。

 「ぼんぐり?」

マツノは不思議そうにその言葉を繰り返した。

 「あれ、知らないか。母さんがたまに話してくれたきのみがそんな名前だった気がするんだけど…なんか間違ってるかも」

 「ぼんぐりっていうのは聞いたことないな、といっても俺はホウエンの東の方には行ったことないから全然わからないことだらけだけど」

マツノが申し訳なさそうに頭を搔いた。

ポケモンたちも全員食事を終えたらしくみんなで遊び始めている。

 「片付けしましょうか」

クレアが器を持って立ち上がった。

その日の夜はいつもより少し遅くまで起きていろいろな話をして過ごした。

 

リーンと鳴り響く鈴のような音でアオイとクレアは目を覚ました。時刻はもう午前10時に近い

 「アオイ、クレアあれ見て」

マツノは既に起きていて道路の方を見ていた。

ガラガラと車輪が回る音が近付いて来る、すると2匹のポケモンと大きな車両が通過して行った。

 「うわ、早ぇー。」

アオイが起き上がって来た。

 「マッスグマカーだね。この時間にここを通過するってことはもうコトキタウンはすぐそこなはず、今日中には到着できそうだ」

 「そっか、マッスグマカーの営業開始は8時くらいだったわね」

クレアも起き上がり、髪を整えながら言った。

マッスグマカーはホウエン地方で公的に提供される移動手段の1つである。2匹のマッスグマに車両を引かせて移動するもので真っすぐな道であればかなりのスピードで移動できる。一方でそれなりに費用が掛かることとマッスグマの性質上寄り道が出来ないことから冒険を目的とする旅人にはあまり利用されず、ビジネスや観光の際に目的地へより早く着くための手段として利用されることが多い。アオイも過去に一度家族旅行で使ったことがあるのを思い出していた。

 

 「よし!いよいよコトキタウンに向けて出発だ!」

アオイの掛け声とともに3人はおそらく101番道路で最後となるキャンプサイトを後にした。




最後までお読みいただきありがとうございました。

今回はちょっと長くなりましたね。
今回はキャンプサイトで一夜を明かす3人でしたが、こういうのを書いているとアニポケのタケシを思い出しますね。彼はほとんどのオープニングでシチューを混ぜているというのを初めて知ったときは大笑いした記憶があります。

最近は旅の仲間から外れてしまったタケシですが、個人的には大好きなキャラだったので惜しいなぁと思っています。みなさんの好きなサトシの仲間は誰でしょうか。


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何かが微かに始まる町

ミシロタウンを出発して2週間弱が経過した。途中で出会ったマツノという少年と共にアオイとクレアは旅を続けついに一行は最初の町「コトキタウン」に辿り着いた。



 「お!見ろよあれ!ポケモンセンターじゃないか!?」

日没が近付き、空がオレンジ色になり始めたころ民家と思われる建物が道沿いにポツポツと見られるようになっていた。そしてついに今、草原や森に囲まれた101番道路が終わり一行はコトキタウンに到着したのだった。

 「そうだね、ついに到着だー!」

マツノが答えた。旅の疲れも吹っ飛んだのかアオイに続いて駆け出していく。

クレアは呆れながらも2人に続いて速足でポケモンセンターに向かって行った。

 

 「うわっ、すげーきれいだ」

アオイが自動扉をくぐりポケモンセンターの中に入った。コトキタウンはホウエン地方の中ではそれほど発展している町ではないがそれでもポケモンリーグが運営する公共施設というだけあってポケモンセンターは非常に清潔感のある施設であった。

 「ホントね、そしてこんな時間だし他のトレーナーたちもそれなりにいるわね」

クレアがセンター内をぐるっと見渡して言った、入り口の左右にはソファやテーブルが置かれており多くのトレーナーが休んでいた。右手の奥は食堂に続いているらしく何人かのトレーナーが連れ立ってそちらに歩いて行くのが見える。

 「あそこのカウンターでポケモンの診察をお願いできるよ、行こう」

マツノに続いて正面のカウンターに進むと、ナース服を着た受付の女性がこちらを見てにっこりと微笑んだ。

 「こんばんは、ようこそ!ポケモンセンターへ」

 「こんばんは、ポケモンたちの診察お願いします。」

 「はい、お預かりします。」

マツノがカウンターの上の小さな機械にトレーナーIDをかざした。マツノのIDはアオイたちのものとは異なり最も一般的なプラスチック製のカードだ。

 「ありがとうございます。診察が終わりましたらお呼び出し致します。」

そう言ってニコッと笑うとマツノのモンスターボールをケースに入れた。横に立っていたピンク色の丸っこいポケモンが扉の奥へと運んでいく。

 「こんな感じ、2人は初めてだよね」

 「ええ、次は私行っていい?」

 「どうぞどうぞ」

アオイがクレアに譲った。

 クレアの手続きはマツノの手本通りスムーズに進んだ、カードではなく図鑑に登録された電子版のIDをかざすクレアを見た時は受付の女性が少し驚いたような顔をしていた。

 アオイもクレアに続いて手続きをすると、アシスタントのポケモンにモンスターボールを預けた受付の女性が声を掛けてきた。

 「電子版のID、珍しいですね。新人さんですか」

 「はい、ちょうど2週間くらい前にミシロタウンを旅立ったばかりです」

 「2週間前!じゃあその電子IDを搭載した図鑑を託されたのはコユリ博士かしら」

 「そうです、ご存じなんですか」

アオイが少し驚いて訊ねた。

 「はい、コユリ博士はホウエンでもかなり高名な博士ですよ。ここポケモンセンターのように公共施設の人間に知らない人はいないほどです。」

幼い頃から身近だった博士がそれほど有名だったということをアオイは知らなかった。とはいえ時折取材などが入っていることは知っていたため、正確には慣れてしまっていたというべきかもしれない。

 「そのコユリ博士からまずポケモンセンターを目指すように言われてここまで来ました。私たちジムチャレンジがしたいんですけど、まずは何をすればよいですか?」

後ろでアオイのやり取りを聞いていたクレアがカウンターの方に戻ってきて訊ねた。

 「ジムチャレンジねですね、わかりました。」

そういうと受付の女性はカウンターの下から大きめの端末を取り出した。画面の大きさはアオイたちの図鑑の5倍ほどはある。タッチでいくつか操作するとマップを開いてアオイとクレアの方に見せながら説明を始めた。

 「これがこの辺りの詳細なマップです。先ほど図鑑をスキャンしていただいたので同じものがお2人のマップでも見られます。」

そう言ってマップの中の一つの町を拡大した。

 「ここが今皆様のいらっしゃるコトキタウン。そしてここからホウエンにある8つのジムの内ここから最も近いジムは…」

画面がスクロールされてコトキタウンから西の方にある町のところで止まった。

 「このトウカシティジムです。コトキタウンからは西方向、102番道路を進んでいくことになります。さらにトウカシティの先はトウカの森を抜ければカナズミシティ、新人さんには難しいかもしれませんが海を渡ればムロタウンもあります。」

 「トウカ、カナズミ、ムロか…」

アオイが図鑑のメモ帳機能にメモを残していく

 「ジムチャレンジの登録はジムですることが可能です、詳しくはそちらでお聞きになると良いと思いますよ」

 「ありがとうございます!」

 「まず今日のところはお疲れでしょうからゆっくりお休みになってください」

受付の女性はにっこりと微笑んだ。

 

 「なぁなぁ!それあんたが持ってるの電子版のトレーナーIDってやつか!?」

受付を離れたところで小太りの男がアオイに話し掛けてきた。年齢はアオイより少し上くらいに見えるが少年のような話し方をする。

 「あ、あぁそうだけど…?」

 「うわー!科学の力ってスゲーな!カードをスキャンするのだってすごい進歩だったと思ってたのにもうカードそのものがなくなるんだ!スッゲーなぁ!」

 「たしかに、すごいよな。」

アオイは男の勢いに押されながら答える。

 「でもさ、海外にはポケモンが入った図鑑ってのもあるらしいぜ!」

 「ポケモンが入った図鑑?」

 「そうだよ!なんでも人間の作る電化製品が大好きなポケモンがいるらしくて、あんたが持ってるその図鑑とかにそのポケモンを入れてあげるんだ。そうすると図鑑が飛んだり跳ねたり喋ったり、すっごいらしいぞ!」

 「図鑑にポケモンを入れる…?」

アオイは喋る図鑑や跳ねる図鑑は全く想像できなかったが、すごい技術だということは分かったし、何よりそのポケモンが気になった。

 「そのポケモンは何て名前なんだ?ホウエン地方にもいるポケモンなのかな?」

 「いや!海外留学してる兄ちゃんに聞いた話だから!俺は詳しいことは分かんね!でも科学とポケモンの力ってスゲーよなぁ!」

 そういうと男は満足そうに食堂の方へ歩いて行った

 「何だったんだ…」

アオイがつぶやくとポケットの中でリモコンが振動した。どうやらポケモンたちの診察が終わったらしい。




最後までお読みいただきありがとうございました。

ついに最初の町コトキタウンに到着ということでポケモンセンターに来ましたね。
当時ゲームでは戦闘で負けると最後に回復したポケモンセンターに戻る仕様だったようで、新しい町に着いた後うっかりポケセンに寄るのを忘れたまま近くのトレーナーに負けたりすると面倒だった覚えがあります。「なんでわざわざ遠いとこ戻るん」と思ってました。


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それぞれの道

ミシロタウンを出て初めての町、コトキタウンに着いたアオイとクレア、マツノの3人はポケモンセンターでゆっくり休みながらここからの旅について話していた。


「2人はこのあとトウカシティに向かうんだよね?」

マツノがポチエナをブラッシングしながら訊ねた、ポチエナは気持ちよさそうに喉を鳴らしている。

「そうね、最初にどこのジムに挑戦するかはまた考えるとして、とりあえずはトウカシティに向かうつもりよ」

「そっか…寂しくなるなぁ、ポチエナ」

ポチエナはキョトンとしていたがマツノに促されて他のポケモンたちと遊びに駆け出して行った。

「コトキタウンの北の方で仲間と合流するって言ってたっけ?」

「そうだね、まぁ仲間っていうか…一緒に入団試験を受けてるから今のところはライバルってことになるかな」

「試験には合格できそうなのよね?」

クレアが訊ねる。

「少なくともこの一次試験は大丈夫なはず、ポチエナを一匹捕まえてくることが試験だったからね…正直ギリギリだったけど。」

マツノは遊んでいるポチエナの方を見ながら少し恥ずかしそうしている。

「ギリギリかどうかなんて試験官にはわからないわ、少なくとも今ポチエナはあなたのことをトレーナーとしてとても信頼してる。ポチエナを一匹仲間にするという試験内容に対して満点の回答だと思うわ」

「そういってくれて嬉しいよ、2人と別れた後もポチエナと新しい道でがんばっていけそうだ」

マツノは晴れやかに笑った。それを見たアオイが立ち上がる。

「出発の日取り決めるか!」

 

 

それから出発までの3日間、それぞれの冒険のために荷物を準備し、最終日には鳥ポケモン観察のツアーに参加した。

最後の食事はアオイの希望でマツノの特製カレーを囲み、マツノはポケモンたちにもきのみをたっぷり使った専用カレーを用意した。

「正直これマツノと離れた後はもうポケモンたちが普通の食事では満足しなくなる可能性あるな」

「それは私も懸念してたわ…いろいろ教わったりしたけどどう考えてもこのクオリティは無理よ、ていうか私たちも明日からの旅はこれ食べられないの信じられないわ…」

心なしか、ミズゴロウとアチャモが2人のことをジッと睨んでいる気がした。

「あはは、そんなに褒めてもらえるなんて。これはシェフの道もありだったかなぁ」

 

 

翌朝、ポケモンセンターで朝食を済ませた3人は身支度を整えてポケモンセンターの前に立っていた。

「それじゃ、僕はこっちに」

マツノが一歩踏み出す。目的地はコトキタウンの北にある水路らしい。

「私たちは、こっちね」

アオイとクレアも一歩踏み出した。2人の次の目的地であるトウカシティはコトキタウンの西に位置する。

「そうだ、これを2人に」

手に持っていた紙袋からマツノが取り出したのは2本の透明な筒だった。

「え、それって!」

「うん、きのみホルダーだよ」

マツノはコトキタウンに到着してすぐに、2人に贈るためのきのみホルダーを内緒で取り寄せていた。

「箱とかは邪魔になるだろうと思って開封してしまったけど、正真正銘新品だから安心してね。2人との楽しい旅のお礼に、そして旅立ちのお祝いに。良かったら使ってくれると嬉しい。」

「もちろん!ありがとう!」

2人は心からのお礼を述べた。クレアの眼にはうっすら涙が浮かんでいるように見えた。

「また必ず会おうな、マツノ!」

「うん、ジムチャレンジがんばれ!」

3人はがっちり握手を交わした。

 

 




お久しぶりの更新となりました。私生活がそれなりに忙しいため筆が遅くなってますが、ストーリーだけは頭の中で進んでいくので少しずつ文字に起こして行けたらなと思います。
さてマツノと別れ、2人旅となったアオイとクレア。トウカシティに着くまで自炊の道中は上手くいくでしょうか。


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あしあとの研究

マツノと別れた2人はトウカシティに向けて102番道路へと歩みを進める。おや?通行止めとは何事でしょう。


「すみませーん!この先102番道路は生態調査のため一時通行止めとなっております!」

少し先で白衣の女性がプラカードを掲げて呼びかけている。

「ん?なんだあれ、通行止め?」

「みたいね、生態調査って何かしら」

見たところ同じように足止めされている人たちが他にも何人かいるようだ。アオイは白衣の女性に近付いて行った。

「こんにちは、通行止めってあとどれくらい掛かりますか?」

「こんにちは、予定では本日の夕方ごろまでとなっております。ご迷惑おかけします。」

時計を見ると今はまだお昼過ぎなので、5、6時間近く待つことになりそうだ。

「生態調査ってどんなことをしてるんですか?」

クレアが訊ねると、研究員の女性は2人の足元に目を落として答えた。

「ポケモンの足跡についての調査です」

 

どうやら今この先で調査を行っている研究者はポケモンの足跡を専門にしているらしい。ある地域のポケモンの足跡を調べることで、その地域に住むポケモンたちの生態系を知ることが出来るそうだ。

 

「博士は足跡を見ることでそのポケモンの健康状態までわかるのですよ」

「へぇ、いろんな研究分野があるんですね」

クレアはコユリ博士のことを考えていた。彼女の研究テーマも生態系に関わるものだったと思い出す。

「お2人は旅のトレーナーさんですか?」

研究員の問いかけにアオイが答えた。

「はい、ジムチャレンジのためにトウカシティを目指しています」

「そうでしたか…お急ぎのところすみません。そうだ。もし良ければポケモンを見せて…いえ、当てさせてもらえませんか?」

「良いですけど、当てるってどういうことですか?」

「もちろん、足跡を見て当てるんです。当たったらどうってわけではありませんが」

研究員は照れたように笑った。

 

「ルールは簡単です。私に見せないようにポケモンをボールから出して、この場で5歩くらい歩いてもらって、ボールに戻してください。私はその足跡を見てお2人のポケモンを当ててみせます。」

足跡だけでポケモンを当てるというのは想像できなかったがアオイもクレアも乗り気だった。研究員が少し遠ざかって背中を向けて耳をふさぐと、まずはアオイがミズゴロウを出した。

 

「はい!足跡の準備できました!お願いします」

アオイがワクワクを抑えきれずに言うと研究員が振り返り、足跡の方に近付いた。アオイの眼には、ポツポツと4つの丸がいくつか並んでるようにしか見えない。

「ふむふむ…。まず4足歩行のポケモンですね、設置面積と沈み具合から判断するにカラダはあまり大きくないようなので進化を残しているか、進化しない種類のポケモンかと思います。」

手で足跡に触ったり、長さを測ったりしながら考えている。まだ具体的にはなっていないものの、いずれも正しい分析であることに2人は感心していた。

「あと特徴としては爪が無いことと…うん、やっぱり少し湿っていて滑らかな肌を持ってますね…そしてカラダ全体のバランスとしては前側、おそらく頭部に重心が偏っている。」

そこまで言うと研究員は立ち上がり、アオイの方を見て笑った。

「はい、答えがわかりました」

アオイにも緊張が走った。聞こえてきたここまでの分析は全て合っている。それが表情に出ている自覚があったので、顔を合わせないようにしていた。

「答えは…ミズゴロウです!」

クレアが驚いたようにアオイを見た、アオイが投げ上げたモンスターボールからミズゴロウが飛び出した。

「すごいです、大正解です!」

「あぁー、良かった!」

研究員はほっとした顔でそういった。自信満々に見えたが、そうでもなかったらしい。彼女は名前はクミといい、いずれ自分の研究分野を見つけて博士になるのが目標だと語った。

「はい!次私もお願いします!」

研究員はクレアのアチャモもぴたりと当てて見せた。

 

現在地から少し先のところ、通行止めを抜けてそう遠くないところにに宿泊所があるらしいということを聞いた2人は、そこを今日の目的地とした。調査の終了を待つべくしばらく木陰で休んだり、他の旅人と話をしたりして時間をつぶしていたところ、次第に空が暗くなっていった。

「あ、雨だ」

クレアがつぶやいた、見る見るうちに雨は強まっていく。近くにいた研究員たちも何やらお互い連絡を取り合っている。

「雨だと足跡はぐちゃぐちゃになってしまいそうね」

カバンから傘を出したクレアが言った。アオイがうなずく。

「撤収ーーー!」

遠くからこちらに走ってくる大柄な白衣の男が叫んだ。男はその場で通行止めの解除を待っていた人たちの方に向かって続ける。

「皆様、お待たせしてすみません。予定より少し早いですが雨のため本日の調査はここで終了とします。ご通行いただいて結構ですので、足元お気をつけてお進みください。」

待っていたトレーナーたちが道を進み始めた。アオイたちも続いて行くところに、クミが声を掛けてきた。

「2人とも、ジムチャレンジがんばってね!」

「ありがとう!クミさんも研究がんばってね!」

クミは顔の前で2人に小さく手を振った。

 

「今夜は一晩中雨予報だってさ、時間はちょっと早いけど、無理せず最寄りの宿泊所で休もう」

「そうね、焦らず行きましょう」

 




フィールドワークの調査って楽しそうですよね、もちろんそのあとには調査結果をまとめて報告するというどうしようもなく大変な作業があるんでしょうけど。デジタルの時代になってもやっぱり「この目で見てこそわかることがある」というのはあるんじゃないかと思います。バーチャル映像で行く海外旅行とか、ちょっと味気ないですよね。


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雨上がりの朝に

通行止めと大雨に見舞われたアオイとクレアは、102番道路途中の宿泊所を利用することにした。雨が上がった次の朝、アオイはミズゴロウと散歩に出掛ける。


 

昨日の大雨が嘘のように、空は綺麗に晴れ渡っていた。少し早起きして朝食を済ませたアオイは、ミズゴロウを連れて宿泊所前の広場で体を動かしていた。

「気持ち良い朝だなぁ、ミズゴロウ」

大きく伸びをしながらミズゴロウの方を振り返ると、昨夜の大雨であちこちにできた水たまりを渡り歩くようにして水浴びをしていた。

「旅のトレーナーさんかい?」

声の方を振り向くと、着物姿のおばあさんが立っていた。

「はい、おはようございます。」

「おはよう、元気が良くていいね。いくつなんだい?」

「15歳です、こっちは相棒のミズゴロウです」

アオイが紹介するとおばあさんはミズゴロウの方を見て優しく微笑んだ。

おばあさんはトウカシティに住む孫に会いに行くところだったが、昨日の大雨でマッスグマカーが途中で止まってしまったらしい。

「それは大変でしたね…、雨だと気分も下がりますし勘弁して欲しいですよね。いつも晴れならいいのに」

「ふふ、そうでもないわよ」

おばあさんは空を見上げながら続けた。

「ホウエン地方は自然に恵まれた豊かな国、大地と海がちょうどよくバランスをとってお互いを支え合ってるの。晴れと雨も同じ、どちらが欠けても人やポケモンは生きていけないわ。ホウエン地方には古くからそういった自然に関する伝説が数多く残されてるのよ」

「そうなんですね…雨をそういう風に考えたことはなかったです。でも大地と海、晴れと雨が支え合ってるって素敵ですね」

「そうでしょう?それにほら、あなたの相棒は雨が大好きみたいよ」

おばあさんはミズゴロウに声を掛けた、水浴び…というよりもはや泥浴びをしていたミズゴロウも、視線に気づいたのか満面の笑みを返した。

「そうか、もしかしたら昨日の雨の時も外に出たかったのかもしれないです。ミズゴロウが喜ぶなら雨も大歓迎ですね」

おばあさんに笑いかけると、そうでしょう、と頷いていた。

 

軽い散歩を終えて宿泊所に戻ろうとすると、ミズゴロウがふと茂みの方を振り返った。

「どうした?」

声を掛けたがミズゴロウは茂みの奥をじっと見つめていた。するとバサバサと羽ばたく音が聞こえ2匹のポケモンが空から茂みの奥に降りて行った。

「スバメだ」

呟くと同時にミズゴロウを見たが、ミズゴロウは既に茂みに向かって駆け出していた。

茂みに飛び込んだ音に気付いたのか、1匹のスバメがミズゴロウと対峙した。2匹目の姿はまだ見えない。

「ミズゴロウ、準備は良いか…たいあたり!」

ミズゴロウが勢いよく走り出す、スバメが高く飛び上がって回避しようとしたが間に合わず、たいあたりが直撃した。体勢を立て直したスバメが急降下してミズゴロウに迫る。

「ジャンプしてかわせ!」

タイミングよくジャンプしてかわしたものの、通り過ぎたスバメが着地隙を狙って戻ってくる。するどいくちばしでつつかれ、ミズゴロウが苦しそうな声を上げた。

「一度茂みに隠れるんだ!」

転がるように飛びのいて茂みに身を隠す、スバメは再び飛び上がり、周囲の茂みに目を光らせている。

 

ミズゴロウは茂みの中でじっと様子を窺っているが、どこかで手を打たなくてはならない。アオイは茂みの周りを見渡し、ミズゴロウに次の指示を出した。

「ミズゴロウ、そのまま少し右に移動して茂みから出るんだ!」

ミズゴロウは茂みに身を隠しつつ移動し、少ししたところで茂みから顔を出した。それに気が付いたスバメが再び急降下を始める。それを見てアオイがミズゴロウに声を掛ける。

「切り株に向かってジャンプ!」

ミズゴロウは右前方にあった切り株に向かってジャンプした、再びうまくスバメとすれ違ったが、先ほどとは違い既に着地して一時的にスバメより高い位置を取っている。

「そのままたいあたりだっ!!」

1回目と同じように地上スレスレでUターンして戻ってきたスバメは、既に体制が整ったミズゴロウを見て急旋回を試みたが間に合わず、のしかかる形でたいあたりが直撃した。

「よしっ!それなら…!」

アオイがここぞとばかりにモンスターボールを構え、振りかぶったその時…大きな鳴き声を上げながら後方からもう1匹のスバメが迫ってきた。モンスターボールを投げようとするアオイの頭をつついて来る。

「いてっ!なんだ、やめろ!」

腕で振り払おうとするが、スバメはなかなか離れない。

その時、水の塊がアオイの頭上を通過してスバメに直撃した。怯んだスバメは小さく声を上げながら飛び上がって逃げていった。アオイはびっくりしてミズゴロウの方を見たが、ミズゴロウ自身も何をしたかわかっていない様子だった。

「今のはみずでっぽうだ…すごいぞミズゴロウ!」

ミズゴロウは相変わらずきょとんとしていたが、アオイが無事であったことを知りホッとしていた。

しかしその隙をつくように1匹目のスバメが飛び上がり、ふらふらと羽ばたきながら逃げていった。

「あっ…、まぁしかたないか」

アオイがミズゴロウに笑いかけた。

その時、一匹のポケモンが茂みの奥の水たまりからアオイたちを見つめていた…

 

 

「悔しいなー、もうちょっとだったのになぁミズゴロウ!」

ミズゴロウも前脚で地面を叩いて悔しそうな顔をする。

「あらあら、朝から激しい戦いだったのね」

クレアが靴ひもを結びながら答える。アオイとミズゴロウもバトルの後シャワーを浴びて、出発の準備はばっちりだ。

「でもミズゴロウが新しくみずでっぽうを使ったんだぞ、すごいだろ」

「ほんと?やるわねあなたたち、私たちも負けてられないわ」

アオイとクレアは宿泊所を出て、再び102番道路をトウカシティに歩き出した。

ミズゴロウが何かの気配を感じて茂みの方を振り返る。しかしそこには何もいなかった。

 




雨上がりって空は明るく晴れる印象がありますけど、実際は湿気があってじめじめしてませんか?今年は早めの梅雨明けで嬉しかったですね。


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パートナーの選び方

トウカシティへと順調に歩みを進めるアオイとクレア、道中のバトルもまた2人と
そのポケモンたちを少しずつ成長させている。


 

「ミズゴロウ!みずでっぽう!」

「かわせ!」

ポチエナは右へ飛びのいてかわそうとしたが、みずでっぽうが左の後ろ脚を捉えた。

「決めるぞ!たいあたり!」

体勢を崩したポチエナに向かってミズゴロウが駆け出す。

「負けるなポチエナ!かみつく!」

ポチエナも最後の力を振り絞ってミズゴロウを迎え撃つ。しかし踏ん張りがきかず、たいあたりを受けたポチエナが突き飛ばされた。ポチエナは立ち上がることが出来ない。

「ポチエナ戦闘不能、ミズゴロウの勝ち!」

審判であるクレアの掛け声で試合は終了した。

 

「ありがとうございました!ミズゴロウ強くてびっくりした!」

「こちらこそありがとう、ポチエナのガッツすごかったな!」

少年と挨拶を交わす、その横で彼の母親も頭を下げていた。

「お姉ちゃんも今度バトルしてください!」

「えぇ、望むところよ。また会いましょう」

クレアは手を振って応えた。

ホウエン地方では、15歳未満のポケモントレーナーがポケモンバトルをするときには必ず保護者が付き添わなくてはいけない決まりになっている。また15歳になるまでは自分のポケモンを持つことが出来ないため、形式上は親のポケモンなどを借りてバトルの経験を積むということになる。

アオイとクレアは主にコユリ博士の研究所内でポケモンを借り、バトルをしていた。

 

 

「良いバトルだったわね、ミズゴロウのみずでっぽうもかなり安定してきたように見えるわ」

「そうだろ?よく頑張ったぞ」

キズぐすりを吹きかけながらミズゴロウの頭を撫でる。宿泊所前の広場で意図せずに放って以来、旅の道中でずっとみずでっぽうの練習をしていた。最初の数日は3回に1回成功すれば良い方だったが、トウカシティまでもう少しという今、成功率は80%以上にまで高まっている。

「でもあの少年も強かったな、10歳…いやもっと幼いかな?博士の研究所でポケモン借りてバトルしてた時のこと思い出したよ」

「私もよ、懐かしいわね」

クレアがクスクスと笑った。

 

「あのぉ…つかぬことをお伺いしますが…」

昼食を終え、トウカシティに向かって歩いていたところで大人の男性に声を掛けられた。その男はアオイと同い年くらいの色白の少年を連れており、どうやら彼の息子らしい。

「実はですね、息子がもうすぐ15歳になるんです。それでパートナーを決めてあげたいと思うのですが、この辺りではどういうポケモンが相応しいでしょうか?」

話によると2人は先ほどのアオイのポケモンバトルを見ていたらしい。自分の息子と同じくらいの年齢のトレーナーがパートナーと息を合わせて戦っているのを見て、息子のパートナーをおすすめして欲しいと思ったと話した。

「うーん…」

アオイは困ったようにクレアと目を合わせた。

「おすすめは、そのトレーナーに合ったポケモンをパートナーに選ぶことです。僕たちもそうして決めてもらいました。」

アオイの意見にクレアも続ける。

「だから私たちみたいな知らない人の意見ではなく、息子さんをよく知るあなたと、息子さん自身が選んで決めるべきだと思います。」

「そうですか…しかしなんというか、私もどんなポケモンが息子に合うのかわからず…」

父親が気まずそうに息子の方をちらっと見た、息子は何か言いかけていたようだが、結局俯いて黙ってしまった。

「ところでお2人はトウカシティに向かっているんですよね?」

「はい、そうです。」

「良かったら、今日はうちの宿に泊まっていきませんか?年の近いお2人から息子にポケモンとの旅の話を聞かせてあげて欲しいんです。」

 

トウカシティ東のはずれにあるその民宿は、少年の祖父母が経営しているらしい。時間的にはなんとか今日中にトウカシティのポケモンセンターに到着出来そうなところではあったが、せっかくなのでアオイもクレアもお言葉に甘えることにした。

「でも…大丈夫ですか?」

アオイが少年の顔色を窺いながら心配そうに尋ねる。

「もちろんです。私が話すより、きっと年の近いお2人が話す方が良い。な、ほら」

父親に促され、少年がやっと口を開いた。

「えっと…スイと言います。よろしくお願いします。」

「良かった、俺はアオイ、そしてこっちはクレア。よろしくな」

 

 

 

 




「目と目があったらポケモンバトル!」って考えたら結構乱暴ですよね…


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昼下がり、スイの思い

突然声をかけられてスイという少年の話を聞くことになったアオイとクレア、なかなか心を開いてくれない彼とどんな話をするのだろうか


 

宿に着くとスイの祖母が出迎えてくれた。庭が見えるテーブルに案内され、冷たいお茶と羊羹を用意してくれた。スイの祖父母が始めたこの民宿はもうすぐ50周年を迎えるらしい。リフォームや修繕などはこまめにやっているらしいが、それにしても手入れの行き届いたきれいな宿だった。

 

「スイは旅に出てどんなことをしたいんだ?」

アオイが訊ねるとスイはうつむいて、小さな声で答えた

「別に僕は何かしたくて旅に出たいってわけじゃない、父さんが勝手に決めてるだけなんだ」

スイの両親は仕事の関係で長い間別の地方に住んでいた。祖父母が高齢になったため家族で昨年ホウエン地方に引っ越してきていた。以前から仕事で家を空けることの多かった父は相変わらずで、先週2カ月ぶりに家に戻ってきたらしい。

「そういうことだったのね」

事情を聞いてクレアはうっすら感じていた父と子の距離感に納得していた。

 

ホウエン地方ではたしかに多くの子供が15歳でパートナーと共に旅に出る。ただしそれは決してルールではない。旅に出ず学問を究める者もいれば家業などを継ぐため家に留まる者もいる。基本的に15歳~25歳の若者には公的な補助が出る仕組みになっており、その期間をどう使うかは人それぞれである。

「別に旅に出ることは絶対ってわけじゃないからな、出たくないなら他にやりたいことを探せば良い」

アオイが羊羹に楊枝を刺す、しっとりしていてとても美味しい。

「出たくないってわけでもないけど…」

「旅に出るって言ったって目的は人それぞれでいいと思うわ。お父さんがどう思うかはわからないけれど、私やアオイみたいにジムに挑む人もいれば旅先でいろんな人と出会って、いろんな経験をして、なりたい自分を探す人だっている。」

 

幼いころから両親の都合で引っ越しの多かったスイには、心からお互いを理解しあうような友達も、ポケモンもいない。どんなに気が合うと思っていた友達も、離れ離れになればすぐに新しい友達を作り自分を忘れてしまう。スイが初めてその事実を目の当たりにしたのは、あるお祭りで引っ越し前によく遊んでいた親友を見つけた時のことだった。およそ1年ぶりの再会に胸を高鳴らせながら声をかけると、彼はまるでスイのことなど忘れてしまったかのように他人行儀な挨拶を返した。ぎこちない会話を続けていると突然彼はどこからか名前を呼ばれ、「それじゃ!」とだけ言い残して走りさった。スイが見たこともない人たちに囲まれてかつての親友は楽しそうに笑っていた。

それでもスイは悲観的にならず、連絡先を交換したり、年に数回会う約束を取り付けたりすることで引っ越した後も関係を繋ぎとめるための工夫をするようになった。しかし、それらはいずれも上手くはいかなかった。彼らにとってスイは、突然やってきてわずかな期間でまた街を出て行っただけの人に過ぎないのだ。手紙やメッセージが返ってこなくなったこと、約束したはずの待ち合わせ場所で一夜を明かしたこともあった、スイが心を閉ざすのにそう時間はかからなかった。

 

「ポケモンは好きなのか?」

アオイが聞くとスイはわからないと答えた。引っ越しが多く負担がかかるからという理由で母もスイもポケモンを持っていない。

「そっか、じゃあせっかくだからミズゴロウと一緒に遊ぼうぜ。別にスイもポケモンを捕まえろって言ってるわけじゃない、ただ友達になってくれってだけだよ」

アオイはモンスターボールを転がし、出てきたミズゴロウが右の前足を小さく上げてスイに笑いかけた。

「ど…どうも…」

「ミズゴロウ、今日は晴れてるな、あとでシャワーの時水浴びしような」

アオイが声をかけるとミズゴロウは嬉しそうに声を上げた。

「この子は水浴びが好きなの?」

「あぁそうだよ、雨の後なんかはわざと水たまりのあるところを歩いたりするんだ。朝の散歩中にやるもんだから泥んこで大変だったけど、そのままがいいみたいなんだ」

アオイが笑いながら言った。

「どうしてわかるの?」

スイはきょとんとした様子で聞いた。

「わからないよ、だからたくさん一緒に過ごすんだ。ミズゴロウのことをよく見て、話して、考えるんだ。いろんなことを一緒に経験して、そうやって少しずつ仲良くなっていくんだよ。」

「な、ミズゴロウ。」とアオイが覗き込む。ミズゴロウはきょとんとしていた。

「まぁ俺たちも一緒に旅を始めてまだ少ししか経ってないからな」

アオイが苦笑いした。

 

夜になりアオイとクレアはそれぞれの部屋に入った。おやつの羊羹に加えて夕飯もたっぷりいただき、明日の出発に備えて早めに休むことにした。

「ん?あれは…」

部屋の窓から玄関前の広場を見下ろすと、パジャマ姿の誰かが森のほうへ歩いていくのが見えた。

 




過ごしやすい季節になってきました。PCが直ったのでまた投稿していきたいと思います。


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