すべては君のために (eNueMu)
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本編
追憶



アニメで例の回を改めて見て悲惨すぎィ!と思ったので衝動的に。何もかも初めてなのでわからないことも多いですがよろしくお願いします。


 

 今でも鮮明に思い出せるのは、心が救われたあの時の記憶。

 

 街の喧騒がいつもより一際やかましいな、とぼんやり考えながら少女は自らに起こった出来事を冷静に振り返る。すぐ側では友人が涙を流して震えながらも、必死に彼女に何かを呼びかけている。

 

 「〜〜〜!!ーーーー」

 「(確か子供が轢かれそうで…私、救けようとしたんだっけ。あの子は無事みたい。良かった…。でも、私の方はちょっと厳しそう、かな。貴女はどうして泣いてるの?ひょっとして怪我しちゃった?)」

 駆けつけた救急隊員に押し退けられても、彼女の友人は手を伸ばす。そこでようやく、少女はすべてを理解した。

 「(そっか。私のために泣いてくれてるんだ。こんなの初めて…誰かに心配されるのって案外嬉しいかも、なんて)」

 

 物心ついたときから、少女は1人だった。両親は暴力を振るうわけではなく、しかし愛情を注いでくれることもなかった。友人は社会で生きていく上で必要な関係でしかないと割り切った。幼い頃から少しばかり大人びていた彼女は、周りの人間には不気味に映ったらしい。そうした感情を彼女自身も感じ取り、無理に他人の領域に踏み込むことはしなかった。しかし目の前の友人は、どうも思っていたよりずっと彼女のことを大切に思ってくれていたようだ。

 

 「(私のことを…必要としてくれる人。こんなに近くにいたんだなぁ…。もっといっぱい一緒にいれば良かったや。それでもっと…友達っぽいこととか…したり…)」

 

 意識が、記憶が薄れていく。

 追憶を終え、少女は現実に戻る。前世の友人を想い、誰に言うでもなく静かに呟いた。

 

 「懐かしいなぁ。あの子…元気かな。確かめられないのが残念だけど…」

 

 塵堂千雨(じんどうちさめ)。それがこの世界での少女の名。何の因果か数少ない娯楽だったお気に入りの漫画の世界に記憶を残して生まれ変わった少女は、1人の少年を思い浮かべる。

 

 「転弧くん…今日はまだ見に行ってなかったっけ。取り敢えず日課といきますか」

 

 生まれ変わり、記憶を辿り、真っ先に思いついたのは彼のことだった。それまで曖昧だったかつての記憶が、「個性」の発現と同時に一気に鮮明になっていった。今にして思えば、()()()()()()()()()()()()()泣きそうになりながらNo.1ヒーローのデビュー時期を尋ねる子供など狂気以外の何物でもなかっただろうが、今世の両親はできた人物たちであり、そんな自分をも受け入れて熱心に育ててくれたことには感謝しかない。

 

 未来に起こる悲劇を防ぐため…そして少年自身を救うため。彼女の戦いはとうの昔に始まっていた。



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情報の整理

 

 塵堂千雨は雄英高校ヒーロー科の生徒である。とはいえすでにプロヒーロー免許を取得し、あとは卒業を待つばかりの状態ではあるが。

 

 「(よしよし…今日もまだ問題は無さそうだね。いやまあこの家に転弧くんがいること自体が問題ではあるけど)」

 

 そんな彼女が今行っていることは、不法侵入…もとい監視。己の個性を活かして、気づかれることのないよう対象たちを静かに見つめ…そのまま掻き消えるように彼らの家を立ち去る。

 

 「ふぅ…。発現したときは本当に怖かったけど…随分と扱いも上達したもんだよね。それに転弧くんと似たような個性だし、これって運命かも?なんて」

 

 事が露呈すれば間違いなく1発退学の上ヒーロー免許取消しになるであろうことを彼女が平然と行うのは何故なのか。その見えざる質問に答えるように彼女は己の状況の整理を始める。

 

 「(ここは『僕のヒーローアカデミア』の世界。といっても原作の開始時点よりはずっと前の時間だけど…それはむしろ私にとって好都合だった。こうして転弧くんを救けられる可能性が残されてる訳だしね。出久くんたちと同級生だったならきっと間に合わなかった筈だ。そうでなくとも燈矢くんは絶対に救けられなかった。私は本当に運がいい)」

 

 彼女はすでに、「原作」の改変の準備を行っている。その1つが「轟燈矢」の救済だ。もっとも、そこまで大したことをするつもりはない。個性によって起きてしまった火事に巻き込まれた彼を救い出し、轟家に送り届けるだけだ。千雨にできることはそのぐらいで、エンデヴァー…轟炎司に面と向かって「虐待反対!」などといえるような度胸は持ち合わせていなかった。

 

 「(それでも燈矢くんが荼毘になるならそれはもうしょうがない。そこまでは面倒見切れないよ。エンデヴァーが本格的におかしくなるのは燈矢くんが死んでしまったと思ってからだったはずだから大丈夫だとは思うけど…燈矢くん自身わざわざ弟に親の悪口を吹き込むような子だしなぁ。もうすでにちょっと歪んじゃってるよね)」

 

 愚痴るように心の中で呟きながら、彼女は続ける。

 

 「(でも仲直りしたとしてどうなっちゃうんだろう?そのままヒーローを目指すのか、諦めて別の道に進むのか。彼はお父さんに自分のことを見て欲しかっただけなんだし、後者の可能性も十分考えられるね……まあ何にせよ私の個性がこれで良かった。何度も言うけど本当に運がいいよ)」

 

 塵堂千雨…個性「塵」。触れたものと自らを塵に変え、さらに塵を操ることができる。小麦粉や灰なども対象。すべての塵は台風の風速にも負けない程の速度で操作でき、自らの塵は半径10km圏内にまで拡散させることが可能。そして、その他の塵に関してはその限りではない。

 

 「(自分自身を塵に変えるのは扱いが難しいんだよね。ミリオくんみたいに塵にしたままの部位は五感が機能しないし…でも首から上だけを元に戻せばしっかり視えるし聴こえる。これがなきゃ有名な轟家はともかく、志村家を見つけてあまつさえ監視するなんて芸当ははっきり言って不可能だっただろうね)」

 

 殆ど情報がない中で、千雨は日本全国を捜索して志村家を発見するに至った。発見したときにも迂闊に生身で近づくことはしなかった。

 

 「(「手」の件から考えるに、AFOも志村家を監視しているのは間違いない。転弧くんの事故については流石に予想外だったとは思うけど、元々彼を何らかの形で利用するつもりだったんじゃないかな…。家の中まで視られてたらもうどうしようもないけど、特に向こうからのコンタクトがないってことはバレてはないんだと思う)」

 

 そして…彼女は今一度自分の目的を確認する。

 

 「(転弧くんを救い出す。これは何にも優先する。まだ若干過去の場面よりさらに幼い感じがあるからあと一年か二年…どのみち確実にその時は来る。今までは適度に手を抜いて下手に目をつけられないようにしてきたけど、結局そこでAFOには私の存在がバレてしまう。だったらプロになってからは…加減なしだ。今見せられる全ての手札を切って、ビルボードトップ10に入って、コネを作りまくって…絶対に掴んでやる。私の望む結末を)」

 

 すでに狂っていた運命の歯車が、音を立てて崩れ落ち…その先で新たな歯車と噛み合った。あるはずのない…希望に満ちた歯車と。





荼毘は多分だいぶ年いってると思います。夏雄と冬美は成人してるはずなので。もしかしたら転弧のが年上だったり荼毘の年齢とかはっきり描写されてたりするのかもしれませんが、だとしたらごめんなさい。

(追記)燈矢の事故の時点で焦凍は生まれているとコメントで指摘があったのでその辺りを修正しました。流石にやばい。


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プロヒーロー・ダスト


(追記)整合性を取るために時系列などを調整しました。


 

 塵堂千雨がプロデビューしておよそ6年。

 塵化ヒーロー「ダスト」は瞬く間に頭角を顕し、デビューした翌年にはすでにビルボードチャート5位にまで食い込み、ヴィラン検挙数に至ってはオールマイトとエンデヴァーに次いで3位という凄まじい功績を挙げ、異例のルーキーとして強く注目を浴びた。学生時代にはそれほど大きな活躍がなかったこともあり、同級生や教師たちからは例外なく驚きの声が上がった。

 

 「ダスト」

 「…!エンデヴァーさん、お久しぶりです。こうして面と向かって話すのは…あの日以来ですね」

 

 チャート発表とそれに伴うインタビューが終わった後、エンデヴァーが千雨に声を掛ける。

 

 「ああ…。まずは改めて礼を言う。本当にありがとう。君があの日、燈矢を救ってくれなかったなら…俺は取り返しのつかない事態に陥ってしまっていただろう。おかげで、寸でのところで踏み止まることができた。燈矢にも、夏雄にも、冬美にも、焦凍にも…そして、冷にも全てを懺悔した。それで終わることではないが、目が覚めたのは確かだ。君は…俺たち全員を救ってくれたんだ。」

 「…勿体ないお言葉ですよ。私が燈矢くんを救けたのは、ただ自分が見捨てるのは心苦しいと…そう思っただけです。本来ならビルボードチャート5位なんていうのも烏滸がましい、自分勝手な人間で…」

 「それは違う」

 

 エンデヴァーは自虐的な千雨の発言を即座に否定する。

 

 「たとえ君自身がそう思っていても、私にとって君は紛うことなきヒーローだ。君を応援する人々も、皆そう思っている。真に自分勝手な人間には、誰もついて行きはしまい」

 「…ありがとうございます」

 「うむ。賞賛は素直に受け取れ。ここにいることに胸を張れ。それが他のヒーローや君を支えてくれる人々に対する敬意や感謝に繋がるのだからな。では」

 

 そう言って去っていくエンデヴァー。彼の後ろ姿を眺めつつ、千雨は思う。

 

 「(きれいな瞳だった…。1位への執着とか、最高傑作とか…そういうのが全部取っ払われたみたい。燈矢くんとも仲直りできたみたいだし、一先ずは安心かな。それに…やっぱりすごいや。『ここにいることに胸を張れ』…か。その通りだ。私に期待してくれてる人がいる訳なんだし、その人たちの思いを裏切るわけにはいかないよね。…いかないんだけどねぇ…)」

 

 この先を想い、憂鬱になる千雨。彼女は現在、かつてのある行いによって一部で今もバッシングを受け続けている。当時は報道規制なども行われ、またその実情も明らかになってはいたのだが、それでも関係各所の後ろ盾が無ければプロヒーローの存続が叶っていたかどうかは怪しかった。何せ彼女は、

 

 「(未成年誘拐…少なくともヒーローのやることじゃあないもんねえ)」

 

 犯罪紛いの行いに手を染めたのだから。





(追記)
今更ではありますが、千雨のプロフィールを載せておきます。
Name:塵堂千雨
Hero Name:ダスト
Birthday:6/3
Height:178cm
好きなもの:パン、麺類、お好み焼きなど


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ヒーローとしての日常

 

 時は大きく遡り、千雨がデビュー後初のトップ10入りを果たしたビルボードチャート発表からさらに数ヶ月。大型新人「ダスト」の名は早くも全国に広まり、すでに多くのファンが彼女に声援を送っている。

 

 「て…てめえは確か…5位だか6位だかの…」

 「ダスト。順位はどうでもいいから名前だけでも憶えといてよ。といっても忘れられなくなるだろうけどね」

 「何を…」

 

 彼女の人気を支える要素の一つに、その容赦の無さが挙げられる。

ヴィランを殺害することなく拘束することが求められるプロヒーローという仕事は、当然大変な困難を伴う。彼らの社会復帰を手助けする意味でも、できる限り大きな怪我を及ぼすことは避けるべきなのだ。しかし、彼女はそれをしない。下半身をコスチュームごと塵化させ、高速でヴィランに接近。そして…

 

 「ぐああァアーッ!?」

 「ほいお終い。大人しくしてなよ、すぐに警察の人たちが来るからさ」

 「お…俺の!俺の足がぁッ!」

 

 両脚の膝から下を塵にする。彼女自身の塵化はあくまでも身体能力の一環。そういう身体であるというだけで、他者の身体は塵にしてしまえばそこまで。意図して塵にした上で固めたままにしておくこともできるが、一度粉々にしてしまえば二度と元には戻せない。彼は今後両脚を義足で補って生活するなり、車椅子を使うなりしなければならなくなったのだ。

 間もなく通報を受けていた警察が到着し、処置を施しながらヴィランを連行していく。その中には千雨にあまり良い視線を向けない者もちらほらといた。

 

 「(やっぱり嫌われちゃってるね…。そりゃそうか。警察の人の仕事を増やしてる上に毎回こんな感じだもんね。あのヴィランの人もこれから大変だろうし…でもやりすぎだとは思わないかな)」

 

 検挙数3位にも関わらずビルボードでは順位が落ちるのは、彼女のこういったスタンスが一因でもある。情けを掛けないその様子が、人によってはヒーローらしさに欠けるようにも見えてしまうのだ。しかし、大多数の人間には徹底した断罪は魅力的に映る。

 

 「いやー強ええなあ!流石ダストって感じするぜ!」

 「アイツ強盗犯だったんでしょ?自業自得じゃん」

 「あぁ!ダスト行っちゃった…てか速っ」

 

 そして千雨は愛想を振りまかない。仕事が終われば次の現場へさっさと向かってしまい、ファンに笑顔を見せたり手を振ったりということをしないのだ。そこもクールビューティなどと持て囃され、人気の理由になっているわけなのだが。

 

 「(多分そろそろなんだよね…そんな気がする。事故が起きたのは夜だったはずだから、1日のノルマの検挙数…さっさとクリアさせてもらうよ)」

 

 いつその時が来てもいいように。最近のプロヒーロー・ダストの日常には、そうした備えがついて回っていた。





ダストのコスチュームは個性に合わせた特別製…というわけでもなく、普通に一緒に塵にしたのをそのまま固めてるだけです。外見はバイオハザードRE:2のタイラントのコートと帽子みたいなのをご想像ください。コートには複数ポケットが付いていて、なかには色んな粉末やアイテムが入っています…が、多分利用する場面は殆ど出てきません()


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志村転弧との邂逅

 

 いつものように夕方までにノルマを達成し、運営する事務所に連絡を入れる千雨。

 

 「ダストです。今日はもう切り上げるので、後よろしくねー」

 「はい。明日も予定は?」

 「なしね。いつも言ってるけどもしかしたら急に休むかも」

 「了解です」

 

 サイドキックも慣れたもので、初めは戸惑いを見せていたが次第に適当な業務連絡に順応していった。

 

 そしてその夜、運命の瞬間が訪れる。

 

 「(…!!これは…間違いない!)」

 

 書斎に入ったこと、そして志村菜奈の写真を見たこと。それらを咎められ、躾と称して虐待にも近い扱いを受ける志村転弧。

 

 「(ついにこの瞬間が…大丈夫、上手くやれるさ。できなきゃここまでやってきたことの意味がない)」

 

 かつてその境遇に同情し、同時に共感した過去を持つ千雨。悲惨さは比べるべくもないものだが、自らが心の底から救けたいと思うのは、かつての自分を重ねているからか。いずれにせよ、すでに事は動き出している。

 

 「(「崩壊」の覚醒が地上で起こるのはまずい。伝播した崩壊が家族に及んでしまいかねない。タイムリミットは…2〜3分ってとこかな)」

 

 ペットのモンちゃんはすでに誘導を済ませていた。切り離した千雨自身の塵で庭の反対側に作り出した偽転弧くんのところにいる。においでじきにバレてしまうだろうが、今だけ離せていれば十分だ。

 

 下半身は塵化したまま、幽霊のように静かに転弧に近づく。そして…

 

 「やあ。志村転弧くんだね。」

 「…!?だ…だれ…?」

 「怯えなくていいよ。悪者じゃない。信じてくれないかもしれないけど…君を救けに来たんだ。」

 「…どういうこと?」

 「このままここにいても…君はヒーローにはなれないよ。」

 「!」

 

 転弧の願望を利用することに、千雨は少しばかりの罪悪感を抱いたが…とにかく転弧の説得は最優先事項であった。

 

 「転弧くんはどうしたい?このままお父さんに従う?それとも…外の世界に勇気を出して飛び出してみる?」

 「…わからない」

 「…」

 「でも…お父さんのところには…居たくないよっ…!」

 

 涙ながらに千雨に訴える転弧。モンちゃんが向かって来ているところだったが…千雨は賭けに勝った。

 

 「おいで」

 

 すぐさま転弧の手を引き、抱き抱える千雨。その瞬間、原型を留めていた彼女の上半身までもが崩れ始める。

 

 「!?へ…!?お、お姉さん!!」

 「(覚醒…危なかった!本当にギリギリだった!)大丈夫だよ、転弧くん。心配しないで」

 

 崩れゆく上半身と頭を切り離し、再び集めた塵で転弧を持ち上げながら空の彼方へと飛び去る千雨。

 

 「転弧…転弧?あ、あれ?転弧どこ?」

 

 地上では彼の姉…志村華が転弧を探しにきていたようだった。

 

 「あ…」

 「お姉ちゃんかな?気まずそうな顔だ…喧嘩でもしたの?」

 「華ちゃん…きっと謝りに来てくれたんだ…お姉さん!」

 「ダメだよ」

 

 降りてくれと催促するように千雨を呼ぶ転弧だが、彼女はその声を拒絶する。

 

 「ど…どうして!?」

 「驚かないで、落ち着いて聞いて。確かに私の身体は自分の意思でこうして粉々にできる。けれど、さっきのはそうじゃない。転弧くん、あれは君の個性なんだ」

 「え?…えっ?」

 「だからお姉さんがこのまま君を降ろしたら…皆が危ないんだよ。何より君にそんなことをさせたくない」

 

 下では華が泣き叫びながら家族を呼び、総出で転弧を捜している。モンちゃんは千雨の方を向いて吠えているが、夜の闇に紛れた黒い塵の群れに家族が気付く様子はない。

 

 「とりあえず…!」

 「…」

 

 そこで千雨はハッとする。転弧が父親に憎しみと殺意を込めた視線を向けているのだ。

 

 「転弧くん」

 「!お姉さん…」

 

 塵を操作して視線を遮り、顔を両手で挟んで自分に向き直させる。

 

 「いけないよ。君のなりたいヒーローは…憎しみで人の命を奪うような奴なの?」

 「でもっ…」

 「とりあえず誰の目も届かない場所に行こう。話はそこで…ね?」

 「…わかった」

 

 渋々といった様子で頷く転弧。それを見て千雨は転弧がまだまだ幼い子供であるということを改めて理解する。

 

 「(あっさり家出に同意してくれたかと思ったら表情も心も二転三転…まあお父さんから離してやればしばらくは落ち着くとは思うけど…)」

 

 千雨は転弧と共に以前見つけていた無人島へと向かう。

 力の振るい方、そして父…志村弧太郎との向き合い方を教えるために。



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子供の癇癪

 

 日本の何処かにある無人島。千雨と転弧はその島の森にひっそりと佇む邸宅の中に入っていく。

 

 「…ここは?」

 「私の隠れ家みたいなもんだよ。後ろめたいことをするにはもってこいだ」

 「!?お、お姉さんやっぱり…」

 「あ、ああ!違うよ、別に悪いことしようってわけじゃ…いや悪いことは現在進行形でしてるんだけど…とにかく!私はヒーローなんだ。君が心配するようなことは起きないしするつもりもないからさ」

 「ヒ、ヒーローだったの…!?」

 「結構傷つく反応してくれるね…」

 

 信じられないといった風に驚く転弧に対し、冗談交じりに千雨が返す。

 

 「…お父さんのことは嫌い?」

 「大っ嫌い。できるなら…」

 「それ以上はダメ。わかるでしょ?」

 「…うん」

 「外に出よっか。まずは()()を止めてやらないと」

 

 そう言って千雨が視線を向けたのは転弧の両手。元々塵という形を取ることのできた彼女の身体は転弧の「崩壊」に晒されてもダメージを受けることはなかった。…もっとも、殆どのダメージを塵化することで無かったことにできる千雨には、仮に崩壊が有効であっても問題ないという確信があったのだが。しかし、彼女以外が今の転弧の手に触れればたちまちバラバラにされてしまうだろう。

 

 「木に触れてみて」

 「うん。…あぁっ!」

 「おっと。やっぱりまだ発動したままか…自分で止められそう?」

 「わ、わかんない…。どうすればいいの?全然わかんないよ…」

 

 案の定、転弧が触れた木はあっという間に砕けてしまう。伝播が広がらない内に崩れつつある木を千雨は塵に変えながら発動を止められるかを転弧に問うが、彼自身にも止め方は分からないらしい。

 

 「…多分原因は君のお父さんに対する感情だと思うんだ」

 「!」

 「私が君の個性について教えて…そのすぐ後にお父さんの姿を見て…思ってしまったんじゃない?『この力があれば』ってさ」

 

 「原作」では弧太郎を殺害することで一旦崩壊は止んでいたはずだ、と千雨は記憶を辿る。恐らく彼女が個性について言及することを避けるか、あるいは弧太郎があの時姿を見せることがなければすでに個性の発動は止んでいただろう。しかし転弧は父親を殺害できるかもしれないという可能性に気づいてしまった。それでも…

 

 「…ぼ、僕」

 「わかってるよ。あの瞬間はともかく、今は本気でそう思ってるわけじゃないだろう?大丈夫だ。しばらく私と個性の制御を学んで…ついでに心を落ち着かせる練習でもしよう。まあ、カウンセリングみたいなことはできないけど…要は『お父さんなんてどうでもいいや』みたいに思えるようにすれば良いんだよ」

 

 幼い子供が感情に任せて強い言葉を吐いたり手を出してしまったりすることは良くあること。時間をかけて、ゆっくりと…千雨はあくまでも転弧を穏やかな方向に導くことを目的としていた。

 

 「さて、もう遅いし…今日はもう寝よう。寝て起きたら個性は止まってるはずさ」

 「…一緒に寝るの…?」

 「それは、まあ。万が一ってこともあるだろうし、私が側にいないとね」

 「…うぅ」

 

 転弧は明らかに恥ずかしがっていたが、最終的には受け入れたらしい。屋内に入り、千雨も後に続いた。

 

 「(明日からはきっと…大変なことになる。AFOのことだ。向こうから姿を現すことはないだろうけど…このことを出版社にでも匿名でリークするだろうね。まだまだ安心するには早そうだ)」





千雨の個性はめっちゃつよいです()
完全に消えて無くなってしまうと流石にどうしようもありませんが、多少の怪我は塵化して再集合すれば綺麗さっぱり無くなります。


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露呈と暴露

 『超大型新人の裏の顔!?未成年誘拐の瞬間を激写!!』

 

 その日、日本全国は衝撃に包まれた。ビルボードチャート5位…「ダスト」が犯罪に手を染めるその瞬間が、大手出版社によってスクープされたのだ。情報は瞬く間に世間に浸透し、しかし地上波での報道を待たずして情報規制が行われることとなる。その裏では、様々な人物の思惑が渦巻いていた。

 

 『ダストさん』

 「はぁ〜い。ひょっとしてもう見た感じ?」

 『ええまあ。…何か理由があるんでしょう?』

 「さっすがあ!私のことよくわかってくれてて嬉しいよ」

 『今どちらに?』

 「ちょっと母校の方にお邪魔してますよっと。根津校長に色々と説明して協力してもらおうと思ってね。」

 『成程。ではテレビ局各社にはこちらで報道自粛を促しておきますね。従うかは怪しいですが時間稼ぎぐらいにはなるかもしれません』

 「ありがと。助かるよ」

 

 電話を終え、同時に面談の許可が得られたと事務室から職員が出てくる。堂々と志村転弧を連れた千雨は、そのまま校長室へと向かった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ーというわけです」

 「そうか…証明は可能なのかい?虐待があったということについての」

 「どうでしょうか…この子と家族の証言があれば世間の目は誤魔化せると思いますけどね。躾と言われればそこまでという気もします」

 「だね。僕はやっぱりさっきの案で行くべきだと思うよ。家族も納得させるならそれしかない」

 「わかりました。それでは…」

 「うん。志村転弧くんの両親に連絡して、僕と一緒に事情を説明するとしようか。…それにしても、まさか模範的な生徒だった君がこんなことをしでかすとはね。僕の頭脳を以ってしてもここまでは予想できなかったよ…君の担任の先生もひどく驚いていた」

 「あはは…すみません」

 

 呆れたように嘆く根津校長。やっていることは疑いようもなく犯罪行為であるため、千雨も否定することはできない。そんな二人の会話を出されたジュースを飲みながら静かに聞いていた転弧だったが、千雨は彼を見やると自らの一部を塵に変え、座ったままの姿勢の転弧を別室へと運んでいく。

 

 「あ、あれ?お姉さん?」

 「ごめんね転弧くん。けどまだ君をお父さんには会わせられないからさ…。安心して。ちゃんとそっちでも私がついてるから」

 「…うん」

 

 不満げではあったが、もう転弧の個性が暴走する様子はなかった。

 

 それからしばらくして転弧の両親が到着し、根津と千雨が揃って彼らと向き合う。形式的な挨拶を交わしてすぐさま、父…弧太朗が口を開いた。

 

 「転弧を返してもらえますか?」

 

 意外なほどに早い切り出しに、千雨が弧太朗への評価を上げようとして…彼の表情からそれが誤りであることに気づく。

 

 「(あぁ…ヒーローと関わりたくないんだね。転弧くんに対する愛情も皆無ってことはないんだろうが…それよりもさっさと連れ帰りたいって気持ちが滲み出てるよ。外聞とか気にしてたりするのかな)」

 「あの…私からもお願いです。話がある、ということでしたが…一先ず息子を返してはいただけないでしょうか」

 

 対して彼の妻は同じ要求をしていてもその表情は弧太朗とは全く異なるものであった。我が子を心配し、事実上の誘拐犯である千雨に強い警戒を示す顔だ。しかしその上で、千雨は断言する。

 

 「できません」

 「何故ですか?ひょっとして身代金でも請求するおつもりで?」

 「彼の個性が危険だからですよ」

 「…なんだって?」

 

 弧太朗の悪意ある言葉を受け流しつつ、彼女は本題に入る。

 

 「『崩壊』…とでも言いましょうか。それが転弧くんの個性です。私が彼を連れ去ったあの瞬間に発現したもので、その手で触れたもの全てをバラバラに壊し…そこからさらに崩壊が伝播していく。幼い子供が振るうには余りにも致命的すぎる」

 「全く面白くない冗談だ。うちの家系にそんな個性を持った人間はいない。勿論妻の家系にも!第一本当だとして何故!あの夜!あの瞬間に!転弧の個性が発現するなんて分かるんだ!?転弧を連れ去ったあんたは何故バラバラになっていないんだ!?矛盾点が多すぎる!咄嗟に思いついた言い訳にしたって随分と出来が悪いんじゃないか?」

 「彼の個性があの瞬間に発現したことについては全くの偶然ですよ。たまたま通りかかったところにたまたま家の外に閉め出された子供のすすり泣きが聞こえた。ヒーローがその子を保護するには十分すぎる理由だ。そして私の個性は『塵』。多少バラバラになったところで私自身が塵になれるんだ…なんてことはありませんよ。それにしても…自慢じゃありませんが、この一年で私がテレビに出ない日の方が珍しかったはずです。ネットでだってちょっと調べれば私の個性なんてすぐにわかるのに…転弧くんも私のことを知らなかったようですし、相当ヒーローがお嫌いな様で」

 「…ッ」

 

 言葉の応酬はなおも続く。




弧太朗の奥さんって名前出てましたっけ?多分出てないはず…
千雨の電話相手のサイドキックはオリジナルキャラの予定ですが…ちゃんと出せるのがいつになるやら()
(追記)
ミッドナイトを主人公の担任設定にしていたのですが、大体原作開始15年前程度だとすると全く年齢が足りないことが判明。急遽名無しのモブに変更しました。にわかですまん…マジに。


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どこまでも残酷な真実

 

 「…やけに態度が大きいですね…。結局のところどう言い繕ってもあんたが誘拐犯であることに変わりはないじゃないか!保護するっていう名目があれば許されるとでも…」

 「だったらわざわざ児童相談所にでも通報してから職員と仲良くお伺いすれば良かったと?結果論ではありますがそんなことをしていたら今頃ご家族全員この世にはいませんよ。地獄を自らの手で生み出してしまった転弧くんもどうなっていたか…」

 「お二人さん。そろそろ落ち着こうか。話を戻すとしよう。」

 

 ヒートアップする弧太朗と千雨の口論を根津が諌める。

 

 「…失礼」

 「すみません…」

 「あ、あの…それで、転弧の個性が危険だというのは…」

 「事実です。当時彼女が転弧くんを連れ出していなければ…先程の彼女の推測は現実のものとなっていたかと」

 「そんな…」

 

 転弧の母の顔がみるみる青褪めていく。流石に弧太朗も事の重大さに気付いたのか、冷や汗が止まらない様子だ。

 

 「転弧は…どうなるんですか?」

 「私が責任を持って個性の扱い方と…家族との向き合い方を教えます。時間はかかると思いますが…いつか必ず彼をご両親の元に送り届けます」

 「…ちょっと…待ってくれ。家族との向き合い方…とは?」

 「…結論から言います。転弧くんは弧太朗さん…あなたに殺意を抱いている」

 「…は」

 「思い当たる節があるはずです。あなたは彼の夢を、憧れを。ヒーローという存在を否定するあまり…彼自身を否定してしまっていた」

 

 弧太郎が愕然とする。己を捨てた母を想い、ヒーローというものが存在することに憎悪を抱いた。しかしそれに固執し続けたことによって自分が犯した過ちに…とうとう気付いてしまったのだ。

 

 「…今転弧が我が家に帰って来れば…転弧は私を?」

 「…」

 

 千雨は言葉を返さない。代わりに己を塵化させ、胴と首を分離させて見せる。それが全てを物語っていた。衝撃的な光景に弧太朗は言葉を失い、彼の妻はか細く悲鳴を上げる。

 

 「崩壊は伝播します。命を落とすのは…あなただけじゃない」

 「…時間。どれくらいの時間が…かかるんですか?」

 「少なくとも…彼が高校を卒業するまでは」

 「…ううぅぁあああッ!!」

 

 声を震わせながら問う転弧の母に、千雨は無情な答えを返す。直後、応接室に彼女の慟哭が響き渡った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「転弧を…よろしくお願いします」

 「うぅっ…ぐすっ…」

 

 日が傾き始めた頃、ようやく彼らの話し合いは終わった。弧太朗は来た当初の見る影もないほどに憔悴しきっており、彼の妻は会話すらままならないようだった。

 

 「気休めを言うようですが…転弧くんの心が安定してくれば、電話越し程度であれば弧太朗さん以外となら会話は可能になると思います」

 「!…あ、りがとう、ございます」

 

 絞り出すような感謝の言葉。千雨はより一層、転弧の教育に力を入れることを決意した。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「転弧くん、帰ろっかー」

 「…!うん!」

 

 迎えに来た千雨に元気よく返事を返す転弧。その時、千雨の携帯が鳴った。

 

 「もしもーし」

 『ダストさん、お疲れ様です。ようやく出てくれましたね』

 「ごめんね。さっき終わったところだったんだよ。それで…報道の件かな?今どんな感じ?」

 『そのことですが…各テレビ局、更には各新聞社にまで、エンデヴァー事務所やその他大手事務所からの共同通達が為されたらしく…「児童保護の事実を捻じ曲げ報道することはメディアの信頼性を著しく損なうものであり、今後我々は該当する社のすべてのインタビューを拒否し、スポンサー契約も行わないこととする」とのことで…テレビも新聞も今回の件については見事にだんまりですよ』

 「えぇ?マジぃ?」

 『大マジです』

 「お姉さん…どうしたの?急にニヤニヤして…怖い」

 「え!?あぁ大丈夫だよ!ちょっと上手くいきすぎちゃってね、思わず笑っちゃった…ふへへ」

 「ブキミ…」

 

 未だデビューして2年足らず。それでも彼女がビルボードを駆け上がる過程で、あるいはそれ以前から築き上げてきた数多のコネクションが神がかり的に彼女の味方をする。それもそのはず、ダストと深く関わった者は皆確信していたのだ。彼女が理由もなく罪を犯すことなどないと。

 

 「(ああ…本当に、嬉しい。誰かに必要とされる。誰かが信じてくれる。それだけで…何もかも報われた気持ちになるよ)」

 

 だからこそ、彼女は転弧にも希望の光を見せてやりたいと…改めて強くそう思う。

 

 「(大丈夫だよ、転弧くん。君が生まれてきたことも、ヒーローに憧れたことも。何一つ間違いなんかじゃない。絶対に救けるって誓ったから…救けきってみせるから。私が君の…)」

 

 AFO(すべては君のために)

 

 「(君だけのヒーローになってみせる)」





この締め方が3話辺りでできてるつもりだったんですけどねえ…小説って難しい


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志村転弧:オリジン


※転弧視点


 

 いつごろからか。生まれ育った家庭の歪みに気付いた僕は、表立ってヒーローへの憧れを示すことをやめた。代わりに湧き出てきたのは、身を灼くような痒み。あるいは父への憎悪ゆえだったのか…今となっては分からない。

 全てが変わったのはある夜のことだった。姉に見せて貰ったヒーローだったという祖母の写真は、父の逆鱗そのものだったらしい。今までにない剣幕で詰られ、家族たちは怯えて僕に手を差し伸べてはくれなかった。そうして庭に締め出された僕は…

 

 「やあ。志村転弧くんだね。」

 

 夜闇に溶け出してしまいそうな風貌をした女性と出会った。

 

 彼女は僕の憧れを見抜くように言葉を紡ぎ、少しばかり回りくどい言い回しでヒーローになることを提案しているようだった。何もかも唐突であったがために、その場で積極的な答えを出すことはできなかったが、このままこの家にいることだけはしたくなかった。精一杯振り絞った僕の声に応えるように、彼女は手を差し伸べてきた。

 

 何よりも望んだその光景は、明るい光の中からではなく暗い闇の中から現れたものだったが、同じく黒ずくめの彼女の姿は今でも鮮明に思い出せるほどに眩しく見えた。

 

 彼女曰く、僕の個性は家族みんなを巻き込んでしまうようなものらしい。一瞬ぞっとしたが、ふと空の上から父の姿を見たときには、憎悪と殺意で頭がいっぱいになった。彼女はそんな僕の視線を自分に向けさせると、僕が目指すヒーローとしての在り方を問うてきた。返事こそ未練がましい言葉だったが、頭はとうに冷えていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 翌日には早くも慌しい様子で事態は動いていた。幼いながらも作為的なものを感じずにはいられなかったが、日が暮れる頃には上手く収まったらしい。ご機嫌な彼女の顔はニヤけを隠せない様子で、ちょっとだけ気持ち悪かった。

 

 「あれ?ここは?」

 「私の家だよ。もうこそこそする必要もないからね。さぁどうぞ」

 「お…お邪魔します…?」

 「違う違う。た・だ・い・ま、だよ。今日からここがもう一つの君の家になるんだからさ」

 

 挨拶を訂正されながら、帰り道にこれからのことを教えてもらったのを思い出す。どうやら僕が個性をしっかり制御できるようになるまでは、この人と一緒に暮らすことになったらしい。父がいるあの家にはまだ戻りたくなかったのでそれほど悲しくはなかったが、華ちゃんと仲直りはしておきたかったかもしれない。そこまで考えて、まだ彼女の名前を聞いていないことに気付く。

 

 「あの…お姉さんの名前って?」

 「ああ!そういえば自己紹介してなかったっけ。うっかりしてたよ…。それじゃ、改めて。ビルボードチャート5位、塵化ヒーロー「ダスト」。本名は塵堂千雨。これからよろしくね、転弧くん」

 「よ、よろしくお願いします、千雨さん」

 「おぉ?いきなり下の名前とはやるねぇ」

 「えっ!?ご、ごめんなさい!」

 「気にしてないさ、大丈夫だよ。とりあえずそろそろご飯にしよう。お昼食べてないから腹ペコでしょ?」

 

 何の気なしに「千雨さん」と呼んだが、指摘されてデリカシーが無かったかもしれないと気付く。幸い彼女が気にした様子はなさそうだが…そういえば、僕は彼女に自己紹介した覚えがない。千雨さんはいつ僕の名前を知ったんだろうか…?

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 夕食を終えて、お風呂上がり。後に入って上がってきた千雨さんが髪を乾かしながら僕に尋ねる。

 

 「自分が生まれた意味ってわかるかい?」

 「…?」

 「ふふっ。ちょっと難しすぎたね。それじゃあここからは独り言だ。…人が生まれることに意味なんてないって人もいるし、望まれたからこそ生まれてきたんだという人もいる。けど私は…そういうのは自分で見つけるものだって思うんだ。自分から探そうとしないと、中々見つけられない。すっごい身近にあったって見逃しちゃうんだよ。転弧くんだってそうさ。だから…私が手助けしてあげよう。君が君だけの理由を…生まれた意味を見つけられるように」

 

 彼女の「独り言」は僕にはほとんどよくわからなかったけれど、多分僕のことを大切に思ってくれているんだと…それだけはきっと間違いじゃないとそう思えた。

 

 もう痒みは感じなかった。



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マルチタスク

 

 「この辺りはこんなもんかな…毎日毎日みんな飽きないねぇ」

 

 本日数度目のヴィラン引き渡しを終えた千雨は彼らへの皮肉を口にする。オールマイトという平和の象徴がいてもなお、ヴィラン犯罪は1日たりとも止むことはない。自分なら大丈夫だという自信でもあるのか、はたまた道を踏み外さざるを得ない事情があるのか…いずれにせよ転弧の教育に集中したい千雨としては迷惑な話であった。

 

 「(まあ他にもどうにかしてやりたい人たちはいるんだけどさ…。こないだエンデヴァーさんに聞いた感じだと車強盗の話は出てこなかったしホークスの父親はまだ捕まえてないみたい。とはいえそろそろ九州方面に向かう回数を増やした方がいいだろうね。今日は転弧くんと一緒だからあんまり遠くには行けないし夜中にでも見に行こう。ただでさえ()()なのにやることが多いや)」

 

 移動しながら千雨は思案する…上半身だけの姿で。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「うわわっ!!」

 「うーん…どうしても崩壊が伝播していっちゃうね…ここらで一旦休憩にしよう」

 

 そしてここにももう一人。無人島で転弧の個性の制御に付き合う上半身だけの千雨だ。

 

 「千雨さん…ヒーローのお仕事はいいの?」

 「大丈夫さ、ちゃんと今もやってるからね。塵を二つに分ければ半身だけとはいえ私も二人分の活動ができるんだ。便利だろう?」

 

 千雨の個性における長所の一つがその応用力だ。ある程度のイメージがあれば簡単な武器程度はすぐさま形成できる他、自分自身を擬似的に複製できる。とはいえ彼女が臓器や神経、脳構造を完璧に把握した空前絶後の天才というわけではなく、自分の身体を目的に合わせて動かすことが多くの人にとって無意識のうちに可能であるように、どのようにすれば自身の肉体を形作ることができるかが単に感覚として染み付いているというだけだ。

 

 「どんな感覚なの…?自分が二人って」

 「考えてるのは別々だからそこまで違和感はないよ。お互いなんとなく居場所はわかるけどね。ただくっつくと二人の記憶が共有されるからそれについてはちょっと不思議な気分になるかな」

 「…想像つかないや」

 「よく言われるよ」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 仕事と教育を終えて夜。転弧がすでに眠りに就く中、千雨は彼を起こしてしまわないよう塵化して家を出る。

 

 「(それぞれの年齢から考えて近々動きがありそうなのはホークス・ステイン・トゥワイス辺りか…。ホークスは児童虐待が十分成立する。後の二人は事務所勧誘でもしてみるかな。ステインは厳しそうだけどトゥワイスは根が善寄りだ。問題なく引き入れられるはず)」

 

 考え事をしているうちに千雨は九州までやってきていた。街には人っ子一人いないように見えるが、時たまヒーローとチンピラの追いかけっこが目に入る。

 

 「(加勢は…しなくて良さそうだね。第一本物の悪党は夜だからってヒーローに通報されるほど派手に暴れたりしないもんだ。大方深夜にどんちゃん騒ぎでもしてたんだろう)」

 

 超人社会もそんなものだと想像を巡らせつつ、彼女は都市の郊外を捜索する。そして…

 

 「(あった…ようやく見つけたよ。こんな露骨な家…今まで見つけられなかったのが恥ずかしいぐらいだ)」

 

 街が遠目に見える平地にぽつりと建つボロボロの家。彼女の目的の一つであるホークスが住む家だ。

 

 「(今突っ込んでいってもしょうがないし…朝まで待つか)」

 

 そう考えて千雨は起きたまま…実に8時間近くも一軒家の上空に漂い続けた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…おや?出てきたね」

 

 太陽が随分高くなった頃、ようやく状況に変化が現れる。





ホークスは転弧より2歳年上ですが、あの劣悪な環境で真っ当に発育するというのは考えにくいです。回想では外見の割に大人びた話し方をしていましたし、年齢に比して成長が遅かった可能性を鑑みてこのタイミングでの登場とします。あまり早くに助けに行ってもエンデヴァーとの繋がりがなくなってしまいますし。


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一足早い架空の具現化

 

 ボロボロの家から出てきたのは、両親とその子供であろう、寝起きと思しき三人。母親はあからさまに気が動転しており、他の二人を急かしている様子だ。

 

 「(これは…。バレたのか?この位置で?大事をとって視認できるギリギリまで高く陣取ったんだけど…流石はホークスの個性を形作った個性だというべきかな)」

 

 もっとも、いかに早く察知できた所で彼らが千雨から逃れるのは不可能だ。仮に啓悟が協力したとしても今の彼の個性では逃げ切れる程の速度は出せないだろう。

 急降下して三人の前に立った千雨を…ダストを見て、両親の顔が凍りつく。それでも幾分か冷静だった母親に対して、致命的に対応を誤ったのは父親の方だった。

 

 「こんにちは。ご家族でお出掛けですか?」

 「あ…そ、そうよ。いっちょん贅沢できんで、今日は…」

 「おい!なしてダストがこんな所おる!?啓悟おめぇ俺んこと売ったな!?」

 「違うよ…昨日も街行く途中で帰ってきた。なんもしとらん」

 「あんた!!」

 

 妻の制止も聞かずに我が子に詰め寄り掴み掛かろうとする男。千雨は塵化した下半身で彼を拘束し、残る上半身で少年を抱き寄せる。

 

 「お父さんはいつも?」

 「こんなん…こんな感じです」

 「啓悟ォ!!おめぇよくも…」

 「児童虐待…もう言い逃れはできないよ。奥さん貴女も同罪だ。見過ごしてきたというだけでもね」

 「あんた…ずっと見とったと?」

 「昨日の夜中からね。辺鄙な場所に…言い方は悪いが普通じゃない風体の家が建ってたもんだからさ。徹夜して正解だったよ」

 「…こすい人ね」

 

 恨み言を吐く彼女だが、その顔にはすでに諦めが浮かんでいる。程なくして二人は警察に引き渡され、また交渉の末彼らの子供…鷹見啓悟は一先ずプロヒーローのダストに預けられることとなる。これにより廃屋のような一軒家は、真の意味での廃屋と化したのだった。

 

 「(母親…遠見絵さんの方はそこまで重い罪を犯していたわけじゃない。児童虐待にくわえて犯人蔵匿って所か。ただ…原作での待遇を思えば悪いことしちゃったな。一方で父親の方は連続強盗殺人。もう表に出てくることはないだろうね)」

 「あの…ありがとうございます」

 「ん?ああ、どういたしまして。といってもヒーローとして当然のことをしたまでだけどね」

 「ヒーロー…」

 

 少年の目が輝く。千雨はそんな様子を微笑ましく思いつつ、ふと彼が抱いている人形に目を向けた。

 

 「啓悟くんは…これからどうしたい?」

 「ヒーローになりたいです。あなたみたいに…悪い奴をやっつけられるヒーローに」

 

 即答。彼が辿る将来を幻視し、千雨は鳥肌を立たせずにはいられなかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「それで俺の所に?」

 「はい。正直言って転弧くんで手一杯で…でもこの子を中途半端に育てることはしたくない。引き受けてくれますか?」

 「ふむ……まあ、構わない。基本的にはサイドキックに任せることになるだろうが…皆俺が認めた一流のヒーロー達だ。決して悪いようにはしない」

 「ありがとうございます!啓悟くん、良かったね」

 「はい。ダストさんも本当にありがとうございます。俺、頑張ります。頑張って追いついてみせますから…待っててくださいね」

 

 力強く応える啓悟。そのままエンデヴァーに向き直り、彼と視線を交わす。

 

 「突然一人になって驚いただろう。ここも周りは知らない大人ばかりだが…君をぞんざいに扱う輩は誰もいない。ようこそエンデヴァー事務所へ。歓迎するぞ、啓悟」

 「…!はい!よろしくお願いします!」

 「(…私の時より輝いてるね…)」

 

 目の前に立つ己にとってのヒーローの代名詞。啓悟は興奮と感動を覚えつつも、これからの生活に想いを馳せる。その横で千雨はまあまあショックを受けていた。





多分原作ではこんなに両親の方言はきつくなかった…何ならエセ方言なので正しいかも怪しいです、ごめんなさい
ホークスはこの後しばらくエンデヴァー事務所で鍛錬を積んだのち、公安にスカウトされる形になります
エンデヴァーはだいぶ渋るでしょうがまあホークスの意思を尊重したということで


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更なる一歩

 

 「ただいまー。遅くなっちゃってごめんね、朝起きたら私がいなくてびっくりさせちゃったかな?」

 「あ…!千雨さん!」

 「お疲れ様です。どうでしたか?」

 「丸く収まったよ。エンデヴァーさんも快諾してくれたし」

 「何よりです」

 

 鷹見啓悟…後のホークスをエンデヴァーに託した千雨は自宅に戻ってきていた。サイドキックに任せておいた転弧に詫びながら、一件落着したことを彼女…覚里心詠(さとりこよみ)に告げる。

 

 覚里心詠…ヒーロー名「ラインセーバー」。個性「読心」。周囲の生物の大まかな感情を把握できる他、対象は人間に限られるが意識を向けた相手の思考を読み取ることができる。なお、後者の能力を知る者はこの世で彼女自身と塵堂千雨ただ二人のみ。

 

 「千雨さん…今日はどうするの?」

 「うぅむ…。もうお昼だし今日は訓練お休みしようか。心詠さんと遊んでな」

 「いいの!?やったぁ!」

 

 素直に喜ぶ転弧を見て、思わず顔が綻ぶ千雨。何度か彼女に預けるうちに、すっかり懐いたようだと安心感を覚える。

 ダストのヒーロー事務所は極々小規模なもので、所属ヒーローはダスト本人とサイドキックのラインセーバーのみだ。とはいえビルボードチャート不動の1位であるオールマイトが色々例外であるとはいえ単独で活動していることを思えば、決しておかしなことではない。何よりまだ臆病さの抜け切らない転弧のことを思えば、迂闊に人員を増やすことはあまり望ましくはなかった。

 

 「いつも通りノルマはこなされるとのことですが」

 「うん。ついでにちょっと捜し物みたいなものもあるから遅くなるかもしれないけど…。転弧くんのことよろしくね」

 「お任せください」

 

 鋭い目つきを崩すことなく応える心詠。側から見れば怒っているのかと取られかねない表情だが、彼女を深く知る千雨はそうでないことを理解している。その場の三人はお互い未だ五年にも満たない付き合いの者同士でありながら、その間にはすでに硬い絆が結ばれていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 月日は過ぎ、転弧と千雨が出会って一年が経とうとしていたある日。

 

 「ヒーローとは!見返りを求める者であってはならない!己のためではなく他者のために力を振るえるものでなければならない!何よりも…力が伴っていなければならない!この「英雄回帰」の概念こそが、今の社会には必要なのだ!欲に塗れ、信念を持たぬ贋物が蔓延る現状を変えるべく…」

 

 一人の青年が街頭で声を上げる。高らかに己の理想を語り、正義のあるべき形を主張する。しかし道ゆく人々は目も暮れず、時折り立ち止まって聞く者も何処か上の空だ。真剣に彼の話を受け取る者は、彼の目の前には誰一人としていなかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…声に力はない。正義を語る者が為すべきことは…やはり弁舌を振るうことではない。俺自身が最もよく分かっていたことだ」

 「確かにその通りかもしれないね。ただ…気付いてる?君、後戻りできない道に進もうとしてるよ」

 「…!?貴様は」

 「少し…意見交換していかないかい?」

 

 日暮れ時…青年とヒーローは相対する。



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理想を実現させる方法

 

 独り言に返された声に驚いた青年…赤黒血染はその声の主を認めると渋面を作る。

 

 「ダスト…日々ヴィラン排除に邁進し民衆の声援を意に介することはない。悪を裁くのみならず弱者に手を差し伸べることもできる…オールマイトに並び俺の理想を体現する者の様にも見える」

 「ふぅん……よく見てもらえてるみたいで光栄だけど…『様にも見える』?」

 「……貴様には…言い知れぬ違和感を感じる。平和を見据えるその眼差しの中に、自己への見返りを求める濁りがあるような気がしてならない」

 「(要はなんとなく気に入らないってわけか。といっても彼の理想全てを満たしたヒーローなんて現状オールマイト以外いなさそうだけどね。私も見返りを求めてるかは微妙な所だけど…誰かに頼られたいってのは事実だし)」

 「答えろダスト。貴様は何のために正義を為す?」

 「それは当然自分のためだよ。自分が平和が好きだってのもあるし、誰かに必要とされるのは悪い気はしないからね」

 「…残念だ。所詮は貴様も…」

 「まあ待ちなよ。言ったろ?意見交換をしようってさ。結論を出すのは私の話を聞いてからでも遅くないんじゃないかな?」

 

 ダストが己の理想とするヒーロー像に合致しない人物であったことに失望を隠せない血染。しかしそんな彼を諭すように千雨は反論を述べる。

 

 「確かにオールマイトはすごい人だよ。あの人は自分自身のためじゃなく守るべきもののためにヒーローをやってる…それは間違いない。けどそれは私だって同じつもりだ。ただついでにちやほやされたら尚よしって思ってるだけで…別に悪意を以って活動してる訳じゃない。そういうのが無くたってヒーローを辞めたりするつもりもないよ」

 「金という見返りが無くともか?」

 「勿論。お金目的ならヒーローになんてなってないよ。知ってるかい?勉強とヒーローとしての訓練を両立させるのはかなり大変なんだ。お金が貰えるからこの仕事を続けられてる人はそりゃ沢山いるとは思うけど…『誰かを救けたい』っていう気持ちが全くないままヒーローになった人なんてきっと殆どいないよ」

 「だが全くいない訳でもあるまい。俺が進んだ場所にいたのは力と欲に溺れた贋物の卵どもばかりだった。うんざりするぞ?奴らが語る将来への展望はどれも子供の妄想だ。聞いていて寒気がした」

 「……言っちゃあ悪いがその子らが孵ることはないよ。そういうのを篩い落とすためのヒーロー免許だ。君を絶望させたようなのが免許を取れると思うかい?」

 「…」

 

 血染は表情こそ変えなかったが、返す言葉は見つからなかったようだ。黙って千雨に続きを促す。

 

 「それにそういうのを減らすために直接手を下す必要はないんじゃない?仮に免許が取れたってすぐに自滅していなくなるだろうし…何より君自身そのうち御用になるだけだ」

 「今はそうだが…力をつける。正義を語るに相応しいだけの力を以って俺は正しき英雄の姿を取り戻すのだ」

 「それこそ子供の妄想だ。道を踏み外した奴の結末なんて案外呆気ないものさ。もしかするとその辺の()()に返り討ちにされるかも、なんて」

 「…何が言いたい」

 「ヒーローになればいいじゃないか。どうしてその発想が出てこないんだい?」

 「体制側に立つことに意味はない。危機感を煽らねば贋物は贋物であることに満足し、あるべき姿を取り戻そうとはしないだろう」

 「彼らの仕事を奪えばいい。それこそ君自身が理想…オールマイトを体現すれば、君の言葉にだって力は宿るよ。『私が来た!』。この一言にどれだけのパワーがあるか…よく知ってるはずだ。ヒーローとして力を示してから、改めて自分の理想を語るといい」

 「!…」

 

 血染は再び黙り込み…しばらくして凄絶な笑みをその顔に浮かべる。

 

 

 「………フフ…フフフ…!!そうだそうだ嗚呼確かにそうだ…俺は蒙を啓かれた。先達の教示に…感謝する」

 

 

 そう言い残して足早に立ち去ろうとする血染。千雨は慌てて彼を引き止める。

 

 「ちょ…ちょっと!?いきなり何処に行くつもりだい?ヒーローになってくれるっていうんなら歓迎するよ!是非先ずはうちのサイドキックとして…」

 「俺は俺なりに力をつける。ダスト…ヒーローとしての貴様の在り方には未だ納得がいかない。貴様の指図に従うつもりも毛頭ないが…道を示してくれたそのことについては礼を言う」

 

 血染は立ち止まり勧誘を拒む。今度こそその場から去っていった彼を、千雨は無闇に追おうとはしなかった。

 

 「…やっぱり引き入れるのは無理だったか。でも思ったより素直だったね…。高校中退したばかりのはずだし、方針が完全に固まってた訳じゃなかったのかな?何にせよ彼についてはしばらく問題なさそうだ」

 

 望外の結果に満足げな千雨の元に、一本の電話がかかってくる。

 

 「もしもーし」

 『もしもし…千雨さんか?今どこにいる?そろそろパーティの準備の打ち合わせを再開したいんだ』

 「やーちょっと野暮用でね。ごめんよ、すぐ帰るからさ」

 『いや、いいんだ。心読さんから一応催促してくれって頼まれたんだ、悪い』

 「オーケー。転弧くんは?」

 『疲れて眠ってるよ。今日も島で俺と特訓してたからな』

 「なるほどね。…っと。着いたし一旦切るね、仁くん

 『了解』





ステインからみた千雨の印象
英雄→英雄?→贋物→変人


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新たな仲間と1周年

 『会社勤務の十代男性 過失運転致傷により書類送検』

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「こんばんは。こんな所で何を?」

 「話し相手を探してた。御覧の通りもう間に合ってるよ」

 

 青年は十代だった。厳つい顔の作りが彼を幾らか歳上に見せていたが、まだ社会に守られるべき年齢であるはずだった。

 落ち度のない事故は、彼に前科という烙印を残した。不運は重なり、会社を追い出された彼はただ話し相手を求めた。幸か不幸か、彼にはそれをすぐにでも可能とする「個性」があった。全く同じ姿の青年は二人、そばに現れた女性に目線を向ける。

 

 「つれないことを言うじゃないか。折角だから二対二でお見合いと洒落込もう」

 

 女性…プロヒーロー「ダスト」は己を塵化し二つに分かち、それぞれ上半身だけの姿で再び現れる。

 

 「!…あんたも『増える』のか…!?」

 「それ大丈夫なのか…?身体が消えちまってるぞ」

 「ヒーロー『ダスト』。ご存知ないかな?」

 「心配ご無用そういう『個性』さ。君のように完全な形で二人になることはできないけれど」

 「悪いな、世情には疎いんだ。生憎生きていくだけで精一杯だったもんでね」

 「ヒーローがどうして俺に?」

 

 同じ顔の二人が話し、同じ顔の二人が応える。奇妙な『お見合い』はしばらくの間続いた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…どうだい?話に乗ってくれるかな?」

 「そうだな…気に入ったよ。あんたの下で働いてみることにする。どのみち堕ちるとこまで堕ちたんだ。なるようになるさ」

 「ふふ…。自分で言うのかい?まあ何にせよ歓迎するよ。これからよろしくね、仁くん」

 「ああ。此方こそよろしく」

 

 こうして迎えられた青年…分倍河原仁は、ダスト事務所の事務員として今も精力的に働いている。時折転弧の面倒を見る彼の姿は、「仁兄ちゃん」という転弧の呼び方も相まって歳の離れた兄弟を想起させた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「今日は朝から訓練?」

 「ううん、今日は訓練はお休みだ。後は事務所に着いてのお楽しみだよ」

 「ほんと!?分かった、お楽しみ!」

 

 いつも通り転弧と事務所に向かう千雨。最近は転弧が心詠や仁に会いたがることもあり、日中は事務所で過ごすことが殆どだ。

 そうこうしているうちに事務所前に到着した二人はそのまま事務所の玄関に辿り着く。

 

 「さぁ入って。今日の主役は転弧くんだよ」

 「?う、うん」

 

 鍵を開けて事務所の扉に手を添える千雨。彼女の言葉を聞き、意を決して扉を開いた転弧の目に飛び込んで来たのは…

 

「わぁ…!」

 

 普段よりも随分と派手に飾り付けられた事務所の姿。直後、クラッカーの音が部屋に響き、転弧に祝いの言葉が贈られる。

 

 「「「1周年おめでとう(ございます)!」」」

 「い…1周年?…あぁっ!」

 「気付いたかい?今日で君と私が出会ったあの日から…丁度一年が経ったんだ。それを記念して、というわけだよ。勿論君を中心としてお祝いするんだけど…気に入ってくれそうかな?」

 「うん!僕、すっごく嬉しい!」

 「…良かった」

 

 興奮冷めやらぬといった様子で返事をする転弧を見て、心底安堵する千雨。サプライズパーティーの常として、仕掛けられた側が喜ぶ以上に困惑してしまうという可能性は大いに考えられる。転弧が喜んでくれたことは千雨にとっても同じように喜ばしいことだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 大きなケーキにレクリエーション。まるで誕生日パーティーの如き様相を呈する「1周年お祝いパーティー」は佳境を迎えていた。

 

 「それじゃあ最後は…ジャーン!転弧くんにプレゼントだよ!」

 「えぇ!?ありがとう!開けてもいい?」

 「いいともいいとも。是非自分の目で確かめてくれたまえ」

 

 千雨が言い終わるよりも早くラッピングが施されたプレゼントの小袋を開く転弧。彼が中から取り出したものは、ダストのヒーロー人形だった。両手で持ち上げたまま言葉を発することのない彼の様子に、仁が千雨に耳打つ。

 

 「(おい…やっぱり俺が選んできた方が良かったんじゃねえか?大体自分で自分の人形プレゼントするなんて自信過剰もいいとこだぜ)」

 「(か…過剰とは失礼なっ。私なりにちゃんと考えて選んだんだよ!勘違いじゃなければ転弧くんはオールマイトの千倍は私のことを尊敬してるはずなんだよ)」

 「(どう考えたって勘違いじゃねえか…)」

 

 めちゃくちゃな理屈からプレゼントを選んだらしい千雨に呆れを隠せない仁。しかし二人の様子を見かねてか心詠が口を出す。

 

 「大丈夫ですよ」

 「え?」

 「ちゃんと喜んでくれてます」

 

 珍しく薄らとではあるが笑みを浮かべる心詠の視線の先。そこには、胸がいっぱいといわんばかりに顔を綻ばせた転弧の姿があった。

 

 

 

 「(まあ千倍は言い過ぎですが)」





(追記)トゥワイスの額にもう傷が入ってることになってしまっていたので修正しました。申し訳ねぇ


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急襲

 仲間が増え、転弧と出会って1周年を迎えても特に千雨のヒーロー活動に変化はない。彼女は今日も今日とてヴィラン退治に奔走する。

 

 『この所働き詰めでは?適度に休暇を取ることも立派なヒーローの務めですよ』

 「休暇ならパーティーの前後に十分取ったよ。その分を取り戻したらまた週末は休むようにするからさ」

 『無理だけはしないでくださいね。少しでも異常を感じたらすぐに仰ってください。人間いつ何があるかわかりませんから』

 「心詠さんは心配性だなぁ。まだまだ若いし大丈夫だよ。よぼよぼのおばあちゃんじゃあるまいし」

 『健康に自信がある人ほど不安なんです。昔母があるニュースを見て大層驚いていましたよ?確か…当時の蛇腔総合病院理事長だった殻木球大氏が脳卒中で亡くなったとか。無個性でありながらお歳の割に随分とお元気だったようで、診てもらった経験もあった母には相当ショッキングな出来事だったと…。1()5()()()()のことだったはずですから、ダストさんはご存知ないかもしれませんが』

 「……いや…知ってるよ。でもまあおじいちゃんだった訳だしね…。案外ボケてて周りが気付いてなかっただけかも、なんて」

 『酷い言い草ですね…。まあ実際そんなものでしょうが。とにかく気をつけてくださいよ。ダストさんに何かあったら転弧くんも悲しみます』

 「あれ?心詠さんは悲しんでくれないの?」

 『…バカなこと言ってないで仕事に集中してください。では』

 「ちょっとちょっと。さっきまでと言ってることが…あっ!切れちゃった…」

 

 連絡ついでに行われた会話の中で、「原作」を知る者にとっては耳を疑わざるを得ない情報が飛び出し、ほんの僅かに千雨は動揺する。しかし、その理由は歴史に変化が生まれていることに驚いたからではない。己の秘密の一端を掠める内容が出てきたからだ。隠し通せていることに安堵しつつも、自身が行った最初の「改変」を思い出し、顔を顰めた。

 

 「(びっくりした…ドクターの名前が出る度に心臓が止まりそうになるよ。あの人ちょっと有名すぎない?『原作』でよくあれだけ隠し通せたもんだよ…ほんとにさ)」

 

 死後も無駄に自身を苛む悪党に辟易しつつも、千雨は思考を続ける。

 

 「(個性が目覚めて記憶がはっきりして…最初にどうにかしないとって思ったのは脳無関係のあれこれだった。あの時ドクターの脳の血管に穴を開けてからは()()使()()()は一度も人前で見せてない。あれは最後の切り札だ。使うときが来るとしたらそれはきっとAFOとの…)」

 

 そこまで考えて、自分が人気のない僻地まで飛んできてしまっていることに気付く。

 

 「おっと…熟考しすぎたね。さっさと引き返そう…」

 

 振り向いた彼女の目の前には、一人の男。

 

 「…え?」

 「お…うお…お…」

 

 突然現れたことも、高高度を飛行していた千雨の前に同じように浮遊していることも、呻き声ばかりが漏れ出していることも。明らかに全てがおかしいこの男は、その眼光だけはギラギラと獰猛に輝き千雨を射抜いている。

 

 「────ッ!!」

 

 先手必勝。疑問を抱きながらも目の前の存在が何であるかを確信した千雨は、行動を起こされる前に事態を終わらせるべく切り離した左手を最高速度で突き出し…

 

 「熱ッ!?」

 

 驚異的な熱さに阻まれる。

 

 「(指先が…固まった!?炭化してすぐに融けて固まったのか!信じられない程の高温だ…!)」

 

 すぐさまスラグと化してしまった指先を切り落とし、塵化して痛覚を誤魔化す。しかしながら切り落とした分は既に「自分」とは認識されない程に変質してしまっており、その分だけ千雨を形作る塵は減ってしまった。

 

 「やってくれるね…!自分の塵を補充するのは時間がかかるってのに!目的は何だい!?(一体何だ…この『障壁』は?『ヒートオーラ』…とか?いや…複数個性のシナジーが生み出したものだと考えるべきかな。何にせよ…相性は最悪だ。灰になるだけでも自分の身体じゃなくなるわけだが…指があんな風になったのは初めて見たよ)」

 「う…おおおおおおッ!!!」

 

 返事は咆哮で返された。遂に動き出した男には既に理性など残っていないらしい。そのことを確認しながら千雨は尚も考えを巡らせる。

 自分の身体でなくなる…それは即ち、それで触れても相手を塵にすることができないということ。それが分かっていながら、千雨は救援を呼ぶつもりはなかった。

 

 「(不確定要素が多すぎる!『原作』の数年前で確か6号だかNo.6だか言ってたはずだけど…目の前のこいつはどうなんだ?順当に考えれば1号か?そもそもドクターなしでも上手くいくもんなのか?…分からないことが多すぎて正直怖いけど…幸い誰にも見られない場所なんだ。向こうもそれを狙ってたに違いない。返り討ちにして…跡形もなく塵にする。考えるのは────その後だ)」

 

 闇から出でし悪意の権化を…知られざるまま再び闇に葬り去る。千雨は久しく出していなかった本気を…今出せるだけの本気を出すことに決めた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「本当ならもう少し時間をかけてドクターと一緒に完成させていく予定だったんだけどね…まさか彼がやられてしまうとは思いもよらなかったよ。お陰で彼女に相性の良さそうな扱いづらい個性を詰め込めるだけ詰め込んであげたら壊れてしまった。No.1と呼ぶにも満たない…ただの『リサイクル』だね」

 

 巨悪は静かに一人呟く。何処からか二人を眺め、尚も口を動かす。

 

 「病院にあった複製のストックが綺麗さっぱり消えてしまっていたのも痛手だった。志村転弧くんを連れ出したときには彼女が全ての元凶かと勘繰ったものだが…冷静に考えれば当時5歳にも満たない幼児ができることじゃない。何より彼女の個性では僕に気付かれないよう全てを遂行するのは不可能だ。諦めるようで悔しいけれど、偶然想定外が重なったと見るべきだろうね」

 

 彼は嗤う。

 

 「とはいえ彼女は実に興味深い。個性はあまり魅力的じゃあないが…じっくり観察させて貰うとしよう。収穫間近だった大きな大きな一房を横取りしていった麗しい泥棒さん…君はどこまでやれるかな?」




Q.スラグってこんな風にできるもんなの?
A.多分出来ないです() 大事なのは勢いと説得力、これさえあれば大抵はどうにかなります(適当)

千雨がドクターを始末したときについては後々詳しく描写します

(追記)AFOがもう顔面潰れてることになってしまっていたので修正しました。あまりにもガバガバすぎる。


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万能な解決策

 

 「おおおおッ!!」

 「遅いよ」

 

 目を血走らせ、千雨に向かって突撃を繰り返す男。しかし彼女の塵の操作速度は秒速60メートルにも迫る。ただ考えなしにぶつかろうとした所でそう易々と捉えられるものではない。

 余裕を持って躱した千雨の姿は、一種異様なもの。頭部と両手のみを残し、その他は塵化させて己の頭上に浮かべている。まるで一昔前のRPGのラスボスの如きそのスタイルこそが、千雨にとって最も力を引き出すことができるものなのだ。

 

 「(熱耐性系は確実に持ってるとして、1番気をつけるべきなのは火炎系の個性だ。粉塵爆発…塵から塵に引火しちゃうとあっという間に致命傷だからね。久々にサポートアイテムを活用することになるかな)」

 

 そう考えた千雨の頭上の塵の嵐から、幾らかの塵が飛び出してくる。それらは寄り集まると無色透明のジェル状物質と化し、塵化した部分も含め彼女の全身を覆った。

 塵化…その効果は地球上に存在するほぼ全ての物質に及ぶ。塵化したものは以前の性質を備えたままなので、集めて固めれば塵化前と同じように利用することができる。水などの液体までもが塵化するというのは些かおかしいが、とにかくそういう個性だということになる。

 

 「さて…取り敢えず弱点を探そうか。まさかずっと熱の障壁を展開し続けられるなんてことはないだろう?」

 「があああ!!」

 

 まともな返事など端から期待していない。彼女が確かめたかったのは、自分の声が男に届いているかどうかだ。今のところ、彼女が何か喋るたびに男は多少の差異はあれど必ず反応しているらしい。

 

 「(意味を理解できてる訳じゃなさそうだけど…明らかに怒ってるように見えるね。ひょっとすると私が過去に捕らえたヴィランとか?一々顔は覚えちゃいないが彼の恨みを買ってるとしたら納得がいく)」

 「うぅあアァァ!」

 

 千雨の思考を遮る男の絶叫。ふと気付けば彼は両腕に炎を纏い、体格も一回り大きくなっている。

 

 「(!…火炎系も確認。増強系は扱いやすいのが多いからこんな使い方をするとは思わなかったけど…発動条件が厳しかったりするのか?いずれにせよあんまり強化されてもまずい。そろそろ攻勢に出た方が良さそうだ)」

 

 千雨の頭上の塵嵐から今度は黒い塵が飛び出す。幾多に分かれた塵はそれぞれが大きな刃を象り、獣の顎門にも見紛うその鋒を男に向けた。

 

 「耐熱版…『刃狼塵(じんろうじん)』。こうして必殺技を使うのもいつぶりかな…」

 「うおおおッ!!」

 

 千雨が操作した刃の群れは男を噛み砕かんとして…再び先程の指先のように一瞬で融けて消える。冷えてスラグと化し疎らに地上へと舞い落ちていく残骸を見ながら、千雨は目を丸くした。

 

 「あれ?」

 「オオッ!!」

 「ちょ、ちょっとタンマ!ズルだよズル!1000度ぐらいなら平気な特別性なのに!カッコつけたのがバカみたいじゃないかぁ!」

 「グオオオ!!」

 

 彼女の事情などお構いなしに燃え盛る腕を振るう男。千雨は「その炎いる?」と思いながらも距離を取りつつ次なる策を考える。

 

 「(思ってた3倍ぐらいは高温だったかもね…。本格的に私じゃどうしようもなくなってきたぞ。かくなる上は────)」

 

 そこで男がどこにもいないことに気付く。すぐさま頭上の塵嵐を拡散させ…そのまま背後に回した塵が操作できなくなったことから、咄嗟に全身を塵化しその場を離れる。直後、そこに男の両腕が振り下ろされた。改めて頭と両手を再集合させた千雨は驚愕しつつも得心する。

 

 「(ワープ!?レア個性のはずだろう!?残った個性のストックもそう多くはないだろうに随分と贅沢な使い方をしてくれるじゃ…いや、そうか。これも何かしら使いにくい理由があるのかもしれない。最初に現れた時も私の背後だったし…『1番記憶に残ってる相手の背後に移動する』とか?元の持ち主には悪いけど初恋拗らせたみたいな個性だな…)」

 

 千雨の出した結論を肯定するように再び姿を消し、またしても彼女の背を取る男。身構えていればどうということはないと千雨は悠々と回避し、男に向かって宣言する。

 

 「君がどんな人で、どうしてそうなったのかなんて私には分からない。私に何か恨みでもあるのかもしれないけど…残念ながらそんなのは私の知ったことじゃない。ただ…同情するよ。せめてここで終わらせてやるさ」

 「うがあああああァァ!!!」

 

 一際大きな怒号で応える男。さらに体格を増し、時には背後へのワープを織り交ぜながら今まで以上の勢いで千雨に襲いかかる。対して彼女は挑戦的な宣告とは裏腹に只管男の攻撃を躱し続けるのみで、反撃に転じる様子はない。

 次第に状況は傾いていき、いつしか戦いは止んでいた。一方は息を切らし、呼吸さえもままならない。一方は平然とした顔で、ただ相手を少し離れた位置から見つめるのみ。勝者は…

 

 「お疲れ様。ここが君の終着点だ」

 「…ぅ…ぁあ…」

 

 千雨。最早叫ぶ余力もない男に、千雨は種を明かす。

 

 「すっかり高い所まで登ってきてしまった。高度凡そ一万二千メートルって所か…常人ならあっという間に命を落とすような場所だ。ロクに空気も無い、君には分からないだろうが外気温だって極寒そのもの。私も長居は出来ないけど…君にはもっと猶予がない。息苦しいなんてもんじゃないだろう?」

 

 頭と両手を男に少し近づけて暖を取りつつ、千雨は言葉をつなぐ。

 

 「呼吸が必要ない生き物なんて居ないのさ。…私を除いてね。ズルにはズルを…個性に感けたこの勝ち方はあまり好きじゃないが、そうも言ってられなかったんだ。改めて同情するよ」

 

 塵嵐を一つの巨大な扇と成し、千雨は男から離れ彼の下に位置取った上でそれを構えるポーズを取る。一拍ののち、扇が高く掲げられ…

 

 「これが君に贈ることのできる最大限の救いだよ。…『千々塵風(ちぢじんぷう)』」

 

 振り抜かれる。本来なら相手を暴風で地面に縫いつけ、地盤ごと押し潰して気絶させることを目的とした街中での使用がご法度とされる必殺技。その破壊力の全てが宙に浮いた男に向けられ、彼は宇宙の彼方へと吹き飛んでいく。

 風が止み、既に男が事切れているらしいことを何とか確認した千雨は、星空へ旅立たせた左手を以って彼の骸を消し去った。

 

 「ふぅ…頭を上手く使うなんてことはやっぱり向いてないね。困ったら最悪こうすれば良いから思考が偏っちゃうよ」

 

 勝利したとはいえ、少々強引な解決方法をとってしまったことを省みる千雨。激痛の走る頭部と両手を含め極低温によりボロボロになってしまった全身を塵化させ、早急に地上へと降りていった。





余裕ありそうに見えますが、結構瀕死です。千雨は似たような勝ち方をした経験は何度かあれど、ここまで厳しい環境に飛び込んだのは初めてでした。
ヒロアカ作中で呼吸を必要としない個性は多分出てないと思います。AFOもマスクつけてたり呼吸器つけてたり、長い間生きていても呼吸を補助する、或いは必要としないような個性は得られなかったようですね。


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馴れ初め


※一部心詠視点


 

 「ただいま」

 「おや。お早いお帰りで…!?ダストさん!!」

 

 珍しく随分と早めに事務所に戻ってきた千雨を出迎えた心詠は、明らかに満身創痍の彼女に目を見張る。身体は腹から下が塵化したまま、何処にも残してきた様子はない。塵の総量が著しく少なくなってしまっているのだと理解し、彼女を事務所の休憩室にて横たえる。病院に行った所で千雨の治癒が早まることはないと、心詠はすでに知っていた。

 

 「転弧くんと仁くんは…?」

 「島で訓練中です。一体何があったんですか?」

 「うーん、結構とんでもないのが出てきてね…。大丈夫だよ、もうやっつけたから」

 「…殺したんですね?」

 「うん。あれはもうどうしようもなかったよ。似たようなのと戦えばエンデヴァーさんだって同じようにしたさ」

 「無闇に命を奪ったりはしないことぐらい分かっていますよ。常態化させないよう釘を刺しているだけです」

 「りょーかい…」

 

 心詠が思い出すのは、千雨との出会い。そして自分の個性に関わる秘密を共有することになるまでの記憶。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「貴女は…仮免の時の!」

 「サイドキックを募集されているとのことでしたので」

 

 二人がしっかりと会話を交わしたのは、それが初めてではなかった。それぞれ別の高校のヒーロー科ではあったが、千雨が二年生、心詠が三年生の時の仮免許取得試験にてお互いに面識はあった。一次試験と二次試験、その年は共に協力形式の試験であったために力を合わせたこともあり、双方の性分や個性がよく把握できていたために、今回のことはどちらにとっても好都合だった。

 

 「でも良いのかい?自分の事務所を持つっていう選択だってあると思うよ?」

 「私の個性では積極的に活動するのは難しいでしょう。サイドキックとしてなら事務作業がてらダストさんの力になれるかと」

 「考えすぎだと思うけど…でもまあ、ありがとう。正直最初の一年は一人で活動するぐらいの覚悟はしてたんだ」

 「よろしくお願いします」

 

 同じ高校の同級生のサイドキックになりたいとは思わなかった。というよりも、塵堂千雨のサイドキックにこそなりたいのだと心詠は思っていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 個性が目覚めてから、元々少なかった友人は一人もいなくなった。相手は変わらずそのつもりだったのかもしれなかったが、自分を見下すような人間と付き合いを続けたいとは思えなかった。

 父も母も、少なからず秘事があるのだと知った。人の心は覗くべきではないと学ぶことができたが、授業料は高くついた。

 いつしか私は、ヒーローを志すようになった。汚い心の持ち主でさえ、ヒーローに助けられた時には心の底から感謝していた。自分がそちらに回れば、うっかり人の良くない所を見てしまうことは減るのではないかと、そんな淡い期待からだった。

 

 高校三年、一度仮免試験を途中で辞退した私にはそれが高校生活最後のチャンス。その前の年のような対立形式の試験があれば、意識せずとも負の感情に翻弄され、まともに動くことは出来ないだろうと理解していたから、二次試験まで進んで再び協調性重視の内容が提示された時には心底ホッとした。しかし、その見立ては甘かった。

 「設定」は未曾有の大災害に晒された大都市の街中。そこら中から強い恐怖の感情が流れ込んでくる。悲しみや焦りも混じり合い、一瞬にして私はパニックになった。まるで本物の大災害に巻き込まれたような気がして途端に動けなくなり、やはり自分はヒーローにはなれないのだと悟った。

 

 「いやぁすごいねスタントマンの人達。ホントに命懸かってるみたいな迫真の演技だよ。そう思わないかい、覚里さん?」

 「えっ…?」

 「泣いてる人はどこかな?誰が助けを求めてる?私一人じゃやっぱり大変でね。貴女の力が必要なんだ」

 

 一次試験の時、近くにいたから偶然協力し合っただけの相手。どうせその場だけの関係だと、簡単な自己紹介と個性の説明だけしていたつもりだったが、一度聞いただけの名前も個性もしっかり覚えていたらしい。驚いて思わず「意識」してしまう。

 

 「(あ────)」

 (彼女の個性は二次試験の内容にぴったりだ。それはつまり実際の災害現場でも大いに活躍し得る可能性を秘めているということ…ここで終わらせてしまうのは実に惜しい。何より私自身彼女のことが気になってしょうがない。「原作」に登場しない人物にここまでお節介を焼くのは初めてのことだが…あるいはこれも運命かもしれないね)

 

 初めてのことだった。よく分からない内容もあったものの、自分の個性を認められて、好意的な思考ばかりが感じ取れて。この場ではそうだというだけのことが心の何処かで分かっていても、一縷の望みに手を伸ばさずにはいられなかった。

 

 「向こう…駅前エリアから特に沢山の悲しみや恐怖が伝わってきます。次いで倒壊したビル群の下敷きになっている人も多いようです」

 「流石だよ。全速力で行くとしよう」

 

 おぶさるよう私に促す彼女。そのまま直前の言葉通り目覚ましい速さで次々と目的地へ到着した。やや時間をかけて救助していたためか思ったほどの評価は得られなかったようだったが、彼女のお陰で私も無事二次試験を通過し、仮免許を取得することができた。

 

 「おつかれ。今度は本免許を持って…お互いプロヒーローとしてまた会おう」

 「はい。…塵堂さん、ありがとうございます」

 「お礼を言うのはこっちさ。君の個性は本当に素晴らしいものだよ。もっと胸を張るといい」

 「…はい」

 

 「意識」しても、心の声は聞こえなかった。本心からの言葉だと気付いたときには、涙が溢れてしまいそうだった。

 

 「塵堂さーん!2-Aもう皆集まってるよー!」

 「!分かったよ、すぐに行く!それじゃあね」

 「?…一つ歳下だったんですね」

 「うぇっ?あれ…もしかして三年生?」

 「ええ、まあ」

 「ご、ごめんなさい!普通にタメ口で話してしまって…!」

 「…くすっ。気にしていませんよ、ご心配なく」

 

 先程まで泰然自若という態度だった彼女が慌てる姿は、存外可愛らしいものだと思った。





心詠の個性の「意識」というのは、相手の存在を認識して顔を見る、という程度のものです。そのために事あるごとに人の心を読んでしまうわけで、使い勝手は最悪です。


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秘密の共有


※一部心詠視点


 

 千雨さんのサイドキックとして活動し始めてからは、少しずつ彼女のイメージが変わっていった。案外抜けている所もあるし、その気になればすぐにでも終わらせられるような作業に妙に時間を割きたがる。本人曰くそういう地味な所に拘ることにこそ意味があるとのことだったが、どう考えてもサボりの言い訳だった。結局私が事務作業に専念するようになったものの、彼女のそういった一面を知っていく中でお互いに以前よりも打ち解けることができた。下の名前で呼びあうようになって、千雨さんもまだまだ十代らしさの残る普通の少女なのだと…その時はまだそう思っていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ただいまー。今日はもう上がるね」

 「はい。お疲れ様でした」

 

 いつものように労いの言葉をかけ、彼女を見送る。ふと彼女に「意識」を向けて、

 

 (…くんの「崩壊」発現までもう一年も無さそうだ。できる限り志村家を見てる時間は長く取りたいし、そろそろホークスとか治崎の捜索も始めておきたいね。警察に引き渡す時間も惜しい…痛めつけるだけ痛めつけて拘束したままさっさと次に行くか、どう見ても更生しそうにないのは状況次第なら消してしまっても構わないだろう。要はバレなきゃ問題ないのさ、なんて)

 「!!?」

 

 その内容に思わず立ち上がった。理解できない内容も多かったが、明らかに常軌を逸した思考であることは間違いなかった。

 

 「えっ?どうしたの心詠さん」

 「…、あ、」

 

 問い詰めようとして、言葉に詰まる。それをすれば、私の秘密が露呈してしまう。なにより今のは彼女にとっての秘密であるに違いない。友の秘密、己の秘密。その両方をここで明かしてしまうことに躊躇い…それでも見逃すことはできなかった。

 

 「…消してしまう、というのは、一体」

 「……え、は?な、何々どうしたんだい急に。ちょっと考え事してて、さ。話の流れがよくわからない…」

 「惚けないで下さい!貴女の考え事についてです!何をなさっているんですか!?何をご存知なんですか!?答えてください千雨さん!!」

 「────個性。まさか…隠していたのかい?ずっと」

 「誰にも知られるつもりはなかったんです。今だって本当にうっかり発動してしまっただけなんですよ…。でも見てしまった!貴女の秘密を…!何か、致命的なことを一人で抱えているような気がしたから、だから…。それに…、私だけ秘密を秘密のままにしておくなんて、できなかった…」

 

 今でも当時の彼女の顔は忘れられずにいる。後にも先にも、あれほど動揺した表情は見たことがなかった。

 

 「…何処から?」

 「…崩壊、という単語が出た辺りから…」

 「そうか…。まず、ごめんね。君を傷つけるつもりなんてなかった。疚しいことをしてる自覚はあったけど…悪意があって隠してた訳じゃないんだよ。…まさか具体的に人の心が読めるとはね。お手上げだ」

 「…一体何をご存知なんですか」

 「一つだけ断っておくと…何から何まで話すことはできない。私が墓場まで持っていくと決めた情報は少なくないんだ。それでもよければ話すよ」

 「お願い、します」

 

 語られたのは、俄には信じ難い話の数々。どうやら彼女は自身が存在しないこの世界の記憶を断片的に持っており、それらから得た知識を頼りに起こりうる悲劇を可能な限り回避すべく動いていたらしい。そこまで考えて、かつて見た彼女の心は間違いなく真実だと、そんなはずはないと分かっていながら思わず尋ねてしまう。

 

 「私に声を掛けてくれたのも…サイドキックとして迎えてくれたのも…全部、ぜんぶその記憶があったからなんですか?記憶がなかったら、千雨さん、は、私のことを…」

 

 視界が滲む。声が震える。それまでの人生で一番だと自覚できる程に顔を歪ませながら、縋る思いで彼女に問うた。

 

 「そんなわけない。心詠さんと出会ったことは記憶頼りだとかそういうのじゃないよ。全くの偶然…運命さ。心詠さんのお陰で私はこの世界をより一層愛することができるようになった。絶対に嘘なんかじゃない…約束する」

 「ぐすっ…。う、うぅ…!」

 

 改めて彼女との絆が偽りでなかったことを知り、嗚咽を抑えることができなかった私は、しばらく彼女に抱き止められたまま泣き続けた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「それで、『消してしまう』というのは」

 「…大悪党が社会復帰したって何になるのか。いなくなったって誰も咎めやしない。そう思っただけだよ」

 「自分の物差しですべての物事を測るのはヴィラン同然の行いです。法を守ることができない人間には誰も守れませんし、誰も守って欲しいとは思わないでしょう」

 「分かってるさ。でも本当の本当にどうしようもないって思った奴だけなんだ。まだ…両手があれば数えられる」

 「…何てことを…。ヒーロー失格の謗りは免れませんよ。…露呈すればの話ですが」

 「心詠さん」

 「今日のことは…二人だけの秘密です。自分の分と、相手の分。お互い共犯という形にしておきましょう」

 「…うん。ありがとね」

 

 貴女に救われたから、貴女がいてくれたから。何が起きても私はずっと貴女の味方でいてみせる。だから…いつかは全部教えてくださいね。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ダストさん。朝ですよ」

 「ん…。ありゃ。事務所でそのまま寝ちゃってたか」

 「転弧くんたちも随分と心配していましたよ。顔を見せに行ってあげてください」

 「そうするよ。…心詠さん。ありがと」

 「どういたしまして、千雨さん」

 「…久々に名前で呼んでくれたね。なんだか新鮮だ」

 「少し…昔を思い出しまして。まだ二年程前のことですけれど」

 「ああ…仮免試験ね。そうだ!そういえばあの時…」

 

 二人の絆は硬く、それでも未だ尚結びつきは強くなり続ける。





一部心詠視点(ほぼ全部)
というわけで心詠の千雨に対する異常な信頼の種明かしでした。心詠はヒーローとしてのダストを尊敬しつつも、あくまで千雨という友人として捉えている感じです。

(追記)心詠のプロフィールも載せておきます。
Name:覚里心詠
Hero Name:ラインセーバー
Birthday:4/7
Height:162cm
好きなもの:音楽


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「個性」にまつわる学説

 激闘から幾らか月日は流れ、すっかり回復した千雨。彼女は今、新たな「改変」の準備に入っていた。

 

 『治崎廻くんですか?はい、確かに当孤児院に在籍しております。』

 「そうですか。彼を引き取ることは可能でしょうか?」

 『勿論です。いくつか手続きが必要となりますので、ご予定の確認の程よろしくお願いします。次回此方に直接お越し下さった際に日程等相談をさせて戴きますね』

 「はい。ありがとうございます」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『「個性」とは人類が罹った病気の一種であると考えられる。身体的特徴の急激な変容やそれに伴う人格の変化など…』

 「…」

 「『個性論』。随分難しい本を読んでるね」

 「?…あんた…テレビで見たことある」

 「プロヒーローの『ダスト』だよ。といっても今日ここに来たのはただの引き取り手としてさ」

 「…俺を引き取る話があがったって聞いてる。あんたがそうか」

 「ご名答。分厚い学説集を読んでるだけのことはある。けど…さっきからずっとその辺りばかり繰り返してるみたいだね」

 

 とある孤児院にて、少年に話しかける千雨。少年の名は治崎廻…後にオーバーホールと名乗るようになる人物だ。不機嫌そうな様子を隠そうともしない彼は、堂々と自らの考えを述べる。

 

 「この学説は正しい。『個性』なんてのはただの害悪でしかない。あんたらみたいに…中途半端に自分の力が強いせいでヒーローだなんて訳の分からない勘違いをする輩を増やすだけ。そんな奴らを見て次の世代も、その次も…馬鹿げた憧れに囚われる人間が後を絶たなくなる。こんなもの無い方が世の中のためだ」

 「そうか…。ヒーローは嫌いかい?」

 「…話を聞いてなかったのか?ヒーローなんて本当は何処にも存在しない。それがあるべき社会の姿だ」

 「もう一度聞こうか。ヒーローは嫌いかい?」

 「ちっ…。話が通じないらしいな。あんたみたいなのに引き取られるなんてこっちから願い下げだ」

 「さっきのは私の質問に対する答えになってないよ。君が返すべき答えは『はい』か『いいえ』だ。『どちらともいえない』は禁止だよ」

 「五月蝿い。その質問には答えない。必要性を感じないからな」

 

 矢鱈と同じ質問に拘る千雨に不機嫌を通り越し苛立ち始めた治崎。話を切り上げようとする彼に、尚も千雨は食い下がる。

 

 「違うね。本当は好きなんでしょ?ヒーローのこと」

 「黙れ」

 「君が嫌いなのは『個性』そのものだ。もっと言えば…君自身の『個性』。教えてくれないかな?どうしてそこまで『個性』を嫌うのか」

 「黙れって言ってるだろう!!」

 「ようやく喋り方が戻ったね。変に気取るよりそっちの方が君らしいと思うよ」

 「いい加減にしろ!あんたに何が分かるんだ!?知った風な口をきくな!」

 「君のことなんて何も分からないし知らないよ。『君らしい』ってのは私の主観さ。話を戻そう…どうして自分の個性を嫌うんだい?」

 「〜〜ッッ!!!」

 

 ああ言えばこう言う千雨にとうとう堪忍袋の緒が切れた治崎。掌を彼女に突き出し自身の個性でその身体を分解しようと試みる。敢えなく彼の手に触れた千雨は上半身が消し飛び、言葉を発することができなくなってしまった。

 数瞬の後冷静さを取り戻した治崎は手遅れになる前に千雨を再生させようとして…それが不可能であることに気付く。

 

 「え…!?お、おい!くそ!何で!?これじゃまた…」

 「そりゃあ私が自分で消し飛んだからさ。ドッキリ大成功…ってちょっと!そんなに怒らないでよ!」

 

 揶揄うように上半身を再び現した千雨に治崎は今度は個性を使わずにそのまま殴りかかる。当然命中するはずもない攻撃だが、それを理解した彼は再び言葉を紡いだ。

 

 「反吐が出る…!こんな奴がヒーローだなんて世も末だな!ガキを虐めて楽しいか!?」

 「ごめんごめん。やりすぎたよ…。でもお陰で君が個性を嫌う理由は分かったかもしれないよ?」

 「…何だと?」

 「君がこの孤児院にいる理由と無関係じゃないだろう?」

 「…」

 

 初めて怒りに類するもの以外の感情を見せる治崎。表情は曇り、拭えぬ己の過ちが彼を蝕んでいることを如実に示していた。

 

 「個性さえなければ、そう思うのも無理はない。能天気に力をひけらかす人間が憎いと感じたって仕方がないさ。けど…本当は友達と遊びたかったんじゃないのかい?ずっと一人で個性の練習をして…さっきみたいに人に向けても大丈夫だって自分で確信できるぐらいには上手く制御できるようになったんだろう?凄いじゃないか。努力なしにはあり得ないことだ。君はもうちゃんと乗り越えられてる。後は正しい道を選ぶだけだよ」

 「正しい…道」

 「危なくないって分かっていてもその個性は人を傷つけるために使っちゃだめだ。勿論個性のことだけじゃないよ?君は賢いんだから良いことと悪いことの区別ぐらい付くだろう?いつか守るべきものができた時…大切なもののために正しく使うんだ。まあ、君がそうする必要がないように私たちヒーローも頑張るけどね」

 

 憎悪しているはずの個性をしっかり伸ばしている治崎はすでに過去を克服しつつあると指摘する千雨。彼が誤った選択をすることのないように、一から丁寧に言い聞かせる。

 

 「それじゃあ私はそろそろ行くよ。またいつか縁があれば会うこともあるさ」

 「え…?おい、あんた俺を引き取りに来たんじゃなかったのか?」

 「そのつもりだったんだけど…よく考えてみたらうちにはもう育ち盛りの男の子が居たんだった。君を引き取る余裕は無さそうだ」

 「な…。…あんたやっぱりただのヒーロー気取りだよ。ここまで来て俺を突き放すのか」

 「大丈夫だよ…。きっと出会えるから。君のことを大切にしてくれて…君自身もその人を大切にしたいって思える人に」

 「…一体何を根拠にそんなこと」

 「はっきりと説明はできないけど…とにかく絶対会えるさ。本ばっか読んでないでたまにはお外で遊びなよ。じゃ!」

 「あ…おい!」

 

 納得いかないまま逃げるように去っていった千雨に不満を抱く治崎。しかし去り際の彼女の眼は、己の辿る運命を確信しているようにも見えたと彼は振り返る。

 

 「…おかしなヤツ」

 

 治崎が「個性論」を手に取ることは、二度となかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「寄る辺がねェならウチに来い小僧。名前は?喋れるか?」

 「…治崎。治崎廻」




治崎が本当はヒーローが好きだということや両親を個性の暴発で殺めてしまったということは完全なる創作です。本作の彼は半分オリジナルキャラみたいになってしまっていますが…当分出てこないのでお許しを。

(追記)血雨は食い下がる→千雨は食い下がるに修正。ブラキン先生の血縁みたいな名前になってしまった。


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残された課題

 

 その日、ダスト事務所は午前中までに全ての業務を終え、四人全員が無人島に集まり訓練の途中経過を確認することになっていた。

 

 「それじゃ、始めて」

 「はい!」

 

 千雨に応じた転弧が手頃な流木を崩壊させる。少しずつ罅が入り粉々になっていくそれからは、ほんの少しずつではあるが地面へと崩壊が伝播していってしまっているようだった。

 

 「以前よりずっと出力は抑えられてるけど…伝播そのものは無くせてないか」

 「ごめんなさい…」

 「謝ることなんてないよ。元ある個性の性質を変えるなんてのはそう簡単なことじゃない。むしろ一年ちょっとでよくここまで制御できるようになったと褒められるべきだ」

 「だな。転弧が頑張ってるのは俺たちみんなよく分かってる。だから気にすんな、焦るこたない。少しずつできるようになりゃいいのさ」

 「とはいえ、やはりただ制御を身につけるだけではこれは解決できない問題かもしれません。何かきっかけのようなものがあれば良いのですが…」

 「きっかけ、か」

 

 「原作」において、死柄木弔はしばらくの間…己の「オリジン」を知覚するまでの間、触れたものを崩壊させるだけに留まっている。恐らくは幼い頃に家族を殺めたトラウマからであると考えられるが、まさか転弧に同じことをさせるわけにはいかなかった。

 

 「(でも心詠さんの言う通り、このまま同じことを繰り返しても埒があかなさそうだ。大切な人を手にかけてしまうイメージを…いやダメだ、いくらなんでも無慈悲すぎる。ただでさえ好き好んで訓練してる訳じゃないだろうに、そこまでさせられないよ)」

 「まあ、今やれることをやっていこうぜ。あんまり先のことばっか考えたってしょうがねえだろ」

 「それもそうですね。とりあえず今日の所は普段通り自分で制御する練習をしておきましょう」

 「はい!」

 「…ふふっ」

 

 元気な声を返す転弧を見て、千雨は一先ず彼との訓練に集中することにした。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「しかしあの時は柄にもなく驚いた。まさかあんなやり方で『リサイクル』に勝ってしまうとはね」

 

 閑散とした町の一角。巨悪は一人、数ヶ月程前の光景を思い返す。

 

 「ちょっとだけ心が揺れたよ。大して興味のない個性だったけれど、彼女が持っているといやに面白く見える。隣の芝生はなんとやらだ。まあそれはともかくとして…『リサイクル』は反省点が多かったかな?あまり良い個性を渡してあげても勿体ないと思って不要品を処分してしまうつもりで作ったのがいけなかった。こればかりはどうしても僕の悪癖が出てしまうね。ドクターのような頭脳と感性を持ち合わせていないのが悔やまれる」

 

 彼が辿り着いたのは、暗く薄汚れた路地裏。淀んだ空気や漂う悪臭を気にも止めず、ゆっくりと奥へ進んでいく。

 

 「これからは無意味に個性を与えないように気をつけるとしようか。パズルのように最適な組み合わせを見つけて当てはめるというのもまた一興…次はどんなものがいいかな?今から楽しみだ。…さて」

 

 独り言を終えた巨悪は、小さく座り込む少年の前に立つ。

 

 「誰も…たすけてくれなかったんだね。辛かったね」

 

 それは心からの台詞か、あるいはただの甘言か。

 

 「『ヒーローが』『そのうちヒーローが』。皆そうやって君を見ないフリしたんだね。一体誰がこんな世の中にしてしまったんだろう?」

 

 少年は彼を抱きしめる温かさに触れ、救いが来たことに涙を流す。

 

 「もう大丈夫。僕がいる」

 

 たとえその先に待っているのが…破滅だとしても。





志村家のような悲劇はあの世界だと珍しくはないのかな、と。個性の突然変異とかいう現象が凶悪すぎますね。
次回一年程時間が飛びます。


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先輩として、ヒーローとして

 

 特に変わり映えのない日々が続き、気付けば転弧は7歳になっていた。「原作」の開始から13年前、今年も千雨にとって重要な出来事が訪れる。

 

 「ダストさん、今年のインターンシップ候補生一覧が届いていますよ。今回はどうなさいますか?」

 「当然パス。もっと転弧くんが大きくなってからでないとインターンの子達もちゃんと面倒見てあげられないでしょ?あと5年ぐらいは…いや。ちょっと雄英の名簿見せて」

 「?はい。こちらです」

 「2-A…あった。……ビンゴだ」

 「…()()()()()()ですか。スカウトなさるので?」

 「ううん、必要ないよ。ただほんの少し手を貸すだけさ」

 「了解です」

 

 「(雄英の先輩として、見過ごせないからね。インターンシップが始まったらあの辺りには気を配っておこう)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ミッドナイト!避難誘導と増援要請を!」

 「社長!?」

 「時間を稼ぐわ!」

 

 田曽宮市に侵入した大型の異形ヴィランを止めるべく、ハイネス・パープルは一人立ち向かう。ミッドナイトと呼ばれた少女は直ぐにヒーローネットワークを通して他のヒーローたちに応援を要請し、そのまま市民に避難を指示する。

 ヴィランはその巨体さ故猛烈な速度で市内を進み、児童たちの避難を誘導していたインターン生…相澤消太と白雲朧の前に現れる。

 

 「ヴィランがこんなに早く…!」

 「しかもこいつ…デカい!」

 「ここはまかせなさい!」

 

 子供たちを遠くへ避難させるべく、無謀にも巨躯に向かって飛びかかるパープル。本来ならばそのまま反撃を受け、建物諸共崩れ落ちる…はずだった。

 

 「『天絞の鎖塵(グレイプニル)』」

 「〜〜!!」

 

 個性による迎撃を行うために背中のコブを放とうとしたヴィラン。しかし上空より延びてきた巨大な鎖によって全身を拘束され、衝撃で暴発した無数のコブが彼に大きなダメージを与える。

 

 「ダ…ダスト!?」

 「やあ。迅速な増援要請感謝するよ。お陰で間に合った」

 

 驚くパープルを尻目に、千雨は避難の動きを止めたインターン生たちに目を向ける。

 

 「ダメだよ立ち止まっちゃ。早くその子らを連れていってやりな」

 「あ…はい!ありがとうございますッ!行くぞショータ!」

 「お、おう」

 

 再び離れていく二人を眺め、彼女は思索に耽る。

 

 「(結構危なかったね。連絡が来た瞬間速攻で飛んできたつもりだったんだけど…。予めパープル事務所の動向も確かめておくべきだったかな)」

 「ダスト!ヴィランが暴れ出すわ!」

 「!」

 

 反省中の千雨の耳に届くパープルの警告。すぐさま「天絞の鎖塵」で締め上げ、ヴィランの全身を軋ませて抵抗を止めさせる。

 

 「『ガーヴィー』。殺人及び器物損壊等々…延15件の前科あり。君にかけてやれる慈悲は無さそうだ」

 「〜〜!!」

 

 ヴィランに冷たい眼差しを向ける千雨。そのまま手を翳し彼の身体に触れようとして、

 

 「待ちなさいッ!」

 

 パープルに止められる。

 

 「心配ないよ。命まで取るつもりじゃないさ。ちょっと大変な思いはしてもらうことになるだろうけどね」

 「それもダメよ。彼にもう抵抗は不可能だわ。後は警察が来るまでそのままにしておきましょう」

 「…もし彼が君の大切なものを奪っていても同じことが言えるかい?」

 「当然。私はここにヒーローとして立っている。そこに私情を挟むつもりはないわ。…貴女が他のどこかで彼をどうしようとそれは貴女の自由だけれど…ここにいる以上私の指示には従ってもらうわよ。これでも一応ウチの事務所はここの管轄なんだから」

 

 視線を逸らすことなく互いの意見をぶつけ合う2人。幾許かののち、折れたのは千雨の方だった。

 

 「………あぁ…。全くその通りだよ……君が正しい。ここは素直に引き下がるとするよ」

 「ありがとう。…まだ若いんだから無茶しないの。答えを出すには早すぎる。生き急ぎすぎよ」

 「…覚えておこう。参考程度にはするよ」

 「可愛くないわね」

 「よく言われるよ」

 

 雨は優しく二人を包む。





感想で突っ込まれることもあったのでこういう人もいますよとちょっとだけ描写を。一応千雨もまだ20前後なので考えが浅いこともあります。


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思い立ったが吉日


今更ですが、本作ではヒロアカに加えて外伝のヴィジランテに含まれる要素も登場します。ジャンプ+で読めるので是非。


 

 ある日、島での訓練中に千雨が仁に相談を持ちかけていた。

 

 「転弧に勉強を教えたい?」

 「うん。小学校に通うってのは少し厳しいからね。できれば私がその分を補ってやりたいんだけど…如何せん忙しくて。仁くん、お願いできないかな?」

 「構わねえ。と言いてえが…俺も出来は良くなかったからな。正直上手く教えてやれる自信がない」

 「そっか…」

 

 訓練による成果が見込みにくくなり、それならばいっそその時間を幾らか勉強に回したいと考え始めた千雨。しかし、ダスト事務所で転弧に付きっきりでいられる人員は事務員の分倍河原仁ただ一人。そして彼も勉強を教えることに自信はないと話す。これまで極少人数で事務所を運営してきたことによる弊害が生じてしまっているようだ。

 

 「最初はコネを利用すれば、とも思ったんだけど…」

 「何だ?問題でもあるのか?」

 「問題というか…」

 

 千雨は仁に、雄英高校での一幕を語る。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…難しい、ですか?」

 「そうだね。雄英高校の教師たちは皆同時にヒーローでもある。生徒に教え、市民を守る。それだけでも相当な苦労があるのさ」

 「な、なるほど。言われてみれば確かにそうですね…。(そりゃそうじゃないか…。先生の仕事をしながらプロヒーローとしても活動するなんてのは決して簡単なことじゃない。その上転弧くんの家庭教師なんてまあ無理だ。うっかりしてたよ…)」

 「それに転弧くん自身、あまり知らない人と接触するのは嫌がるだろう。勿論親しくなっていけばいい話ではあるけれどね。やっぱり君の事務所の仲間と教えてやるのがベストだと思うよ?」

 「そう、ですね。それが手っ取り早そうです。わざわざ御時間を取っていただいてありがとうございました、校長」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「なるほどな。アテが外れたって訳だ」

 「結局心詠さんに頼るしか無いのかなぁ。今でも結構大変そうなのに…」

 「…二人とも何の話してるの?」

 「あっ、転弧くん」

 

 訓練の一環として仁の分身と鬼ごっこをして遊んでいた転弧が、休憩がてら二人に近づく。

 

 「転弧、お前勉強したいか?」

 「え!?う、う〜ん。あんまりしたくない…かも…」

 「だってよ。別にいいんじゃねえか?」

 「そういう訳にはいかないよ。転弧くん、勉強しないとヒーローにはなれないぞ?私も心詠さんもしっかり勉強してきたんだ」

 「うぅ…。ヒーローって、大変」

 「夢も希望もねぇ言い方しやがるぜ。転弧ぐらいの歳の奴に世知辛い事情を教えてやるこたねぇのによ」

 「わああ!!だ、大丈夫だよ転弧くん!君なら絶対ヒーローになれる!諦めちゃダメだあああ!」

 「ほ、ほんと?」

 「取り乱しすぎだろ…」

 

 転弧がヒーローの現実を知って自信を失いそうになっているのを見て、慌てて雑なフォローをする千雨。その場は丸く収まったが、転弧に勉強を教えるという根本的な問題は解決していなかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「てなわけで…どうしようか、心詠さん」

 

 事務所に戻ってきていた千雨は、心詠に縋る。少し考えたのちに、彼女はとんでもないことを言い放った。

 

 「活動休止しては如何でしょう?転弧くんが小学生レベルの勉強内容を修得しきるまで」

 「…は?おいおい、流石にそれはできねぇんじゃ…」

 「それだああ!何で出てこなかったんだろう、ありがとう心詠さん!」

 「な…良いのかよ!?もっとこう…活動する日を減らすとかはダメなのか!?」

 「詳しくは省きますが、ダストさんがヒーロー活動を続けられているのは高い活動頻度とヴィラン検挙率があってこそです。今より減らせば免許剥奪の可能性も見えてきますし、それならいっそやむを得ずヒーロー活動を休止するとした方がいいんですよ」

 「…?千雨さん、ヒーロー辞めちゃうの?」

 「ううん、ちょっとお休みするだけさ。その分転弧くんに勉強を教えてあげるから…サボっちゃダメだよ?」

 「う…わ、分かった」

 「…千雨さんはそれでいいのか?」

 「構わないよ。私がいなくなったって他にもヒーローは沢山いるし、最近は以前よりずっと増えてきてる。10年もすればヒーローは飽和状態になるとまで言われてるんだよ?しばらくは彼らに任せるとしよう」

 「まあ…あんたが良いなら何も言わねえよ」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 その日の夜、プロヒーロー「ダスト」がヒーロー活動を休止するという衝撃の知らせがあった。未だ活動期間2年程度、ダスト自身も二十歳そこらであるにも関わらず3年近くも休止するという本人からの報告に、世間では様々な憶測が広がったが、1年もすれば彼女の話をする者は殆どいなくなっていた。





1年飛ばしたばかりで申し訳ないのですが、次は一気に5年ほど飛びます。白雲を助けるためだけにこの時間に飛ばしたようなもんなので…。重ね重ね申し訳ございません。


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7年振りの再会

 

 『塵化ヒーロー「ダスト」大活躍!3年のブランクを感じさせない獅子奮迅の働きで本日も活動を終える』

 

 自身の携帯で少し古いネットニュースを眺める少年。その顔は何処か誇らしげで、見出しの人物を尊敬しているらしいことが窺える。そこに掛かってきた一本の電話。少年の携帯に登録された番号から掛かってきたもので、画面には「お母さん」という表示があった。

 

 「…もしもし」

 『…転弧。今日、入学式でしょ?直接は言ってあげられないから…今言っておくね。入学おめでとう』

 「うん」

 『…体調に気を付けて。中学生活楽しんでね。それじゃ…また』

 「うん。…また」

 

 ぎこちない、電話越しでの親子の会話。それでも彼らは、少しずつあるべき形へと戻ろうとしていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「千雨さん、仁兄から渡す物があるって聞いたんだけど…」

 「うん。はいこれ」

 「…これ、俺の?」

 「そうだよ。設定とかその他諸々はもう済ませてあるから、すぐにでも使えるよ」

 「ありがとう…でも、何で今?」

 「…そろそろ良いかと思ってね。感情と個性の切り離しも問題なくできるようになったことだしさ。電話の所、見てごらん」

 

 千雨に促されるまま、端末を操作する転弧。すると、連絡先の所に何人かの番号が既に設定されていることが分かった。

 

 「千雨さんに、心詠さん、仁兄。それに…これは」

 「君のお母さんとお姉さんの番号も入れてある。…今、掛けてあげて」

 「………わ、かった」

 

 しばらく硬直していたものの、覚悟を決めた転弧。僅かに震える手で、まずは母に電話を掛けた。

 ワンコールで繋がる電話。スピーカーの向こうからは、久しく聞いていなかった声が聞こえてきた。

 

 『…もし、もし』

 「……もしもし。お母さん?」

 『────うん…!そうだよ、転弧…!お母さん…!」

 「…ごめんなさい。ずっと、会えなくて。俺のせいで、お母さんも、みんなも、悲しませて」

 『貴方のせいなんかじゃないわ…!私の方こそごめんね転弧…!貴方を守ってあげられなかった!寂しかったでしょう…?辛かったでしょう…?母親なのに…貴方にそんな思いをさせてしまった…。本当に、ごめんね』

 「…じゃあ、お互い様だ。これでお終い。だから…もう泣かないで、お母さん」

 『うん…!うん…!ありがとうね、転弧…!』

 「…おじいちゃんとおばあちゃんは元気?」

 『ええ…。勿論元気よ。ずっとずっと…貴方の事を心配してたわ。今、うちに居るの。代わる?』

 「うん。お願い」

 

 母に代わり、彼の祖父と祖母が電話に出る。再び謝罪の応酬が続き、携帯からは涙声が響く。家族再会の通話は、実に二時間近くも続いた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『それじゃ、またね。華にも…電話してあげてね』

 「うん、わかってる。それじゃ」

 

 幾らか余韻を残した後に、転弧は続いて姉の志村華へと電話を掛ける。此方もやはり、通話が始まるのはすぐだった。

 

 『も、もしもし!』

 「…もしもし、華ちゃん。転弧」

 『あ、えっと、えっと…!ごめんね、転弧!ずっと謝りたくて、あの時も、謝ろうと思ったの!でもできなくて、会えなくなっちゃって…!悲しかった…!急に色んなこと、起きて、わけわかんなくなっぢゃっで!ほんどに、ごべんねぇ…!』

 「…そんなに謝らなくても大丈夫だよ、華ちゃん。謝りに来てくれてたの、分かってたから。お母さんから聞いてるよ、友達の家にいるって。その子にびっくりされちゃうよ」

 『…う゛ん…。ねぇ、転弧。許してくれる?』

 「…いいよ」

 『えへへ…ありがとね』

 

 小さな子供がそうするように。華の「ごめんね」に、転弧は「いいよ」と返す。途中華の友人が乱入するなどのアクシデントも交えつつ、二人の会話は思いの外弾んだ。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『ばいばい、転弧!またね!』

 「うん。またね、華ちゃん」

 

 明るい雰囲気で通話は終わり、転弧は千雨に向き直る。

 

 「千雨さん、ありがとう。俺にこうして…機会をくれて」

 「どういたしまして。ちなみに今のは携帯の『機械』とチャンスの『機会』を掛けてたりするのかな?良いセンスしてるねぇ」

 「…面白くない」

 「あ、あはは…ごめんごめん。何というかつい…」

 「千雨さんのそういう所は直した方がいいと思うよ。俺最近千雨さんが実は結構変人だって気付いてきてるからね」

 「そ、そんなぁ!一体誰にそんな心無いことを吹き込まれたんだい!?仁くんか!?そうなんだろう!?一人称もいつのまにか『俺』に変わってたし!君を変えたのは彼以外にあり得ないんだあああああ!」

 「うるせぇ聞こえてるぞ。そういう所が転弧に白い目で見られてんだよ」

 「おのれふてぶてしい奴…よくも幼気な少年を歪めてくれたね?この代償は高くつくよ」

 「おい、心詠さん。こいつ何とかしてくれ」

 「ダストさん、復帰の手続きがまだ済んでいませんよ。遊んでいる暇があったら手伝って下さい」

 「はーい…」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「お疲れ様、転弧くん。入学おめでとう。学ラン似合ってるよ」

 「ありがとう千雨さん。それと…これからもよろしく」

 「うん。こちらこそよろしくね」

 

 それぞれが更に歩み寄り、彼らは新たな一歩を踏み出した。



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顕現せし次なる脅威

 

 千雨がこの世界に生を受けて既に25年。本来ならば2年後にはAFOとオールマイトの戦いが起こり、双方が後遺症を残す程の大ダメージを負うことになるはずであるが、彼女はそれをどうにかして回避したかった。

 

 「(理想はAFOをそこで始末してしまえればいいんだけど、確実に無理だと断言していい。仮に私が二人の戦いに参戦しても奴に負わせる傷が増やせるかは怪しい所だ…向こうも対策してこないはずはないしね。となればオールマイトさえ守れれば一先ずは合格点といったところか。デクくんにOFAを譲渡してくれるかどうかがわからなくなってしまうけれど…あの人の性格なら大丈夫だろう。とにかくその時が近づいてきたらオールマイトの動向はしっかり確認しておかないとね)」

 

 彼女はそのまま、活動休止期間中に表出した幾つかの問題について思いを巡らせる。

 

 「(しかしデトネラット社が表舞台に現れるのがここまで遅いとは思わなかった。リ・デストロは少なくとも30代後半ぐらいかと思っていたけど、案外若かったのかそれとも敢えてしばらく潜伏していたのか…何にせよすぐにでも接触を図るべきかな。それとマスキュラーもそろそろ出てきてもおかしくないはずなのに、不自然なぐらいに見つからない。ヒーローネットワークにもそれらしい報告は上がっていないようだし…こんなにも大人しいものなのか?ちょっと不気味だね)」

 

 そこまで考えた所で、今彼女がいる事務所の応接室の扉がノックされる。

 

 「ダストさん、いらっしゃいました」

 「どうぞ」

 「…こ、こんにちは。あの、先日の件についてとのことで…」

 「ウチの子を其方の事務所にスカウトしたい、というのは本当なんでしょうか」

 

 心詠に連れられ入ってきたのは若い夫婦。別段特徴もない、「普通」の男女だ。

 

 「はい。貴方がたのお子さん…被身子ちゃんは実に優秀な子です。今から彼女の個性を伸ばせば、将来はトップヒーローを目指すことも夢ではないと思います。もちろん、今通っている小学校には引き続き通ってもらって構いませんし、中学、高校への進学も学費等含めて保証しましょう。いかがですか?」

 「…その、ヒーローになるということは、やはり人前に出ることも多くなるんですよね?テレビに映ったり、写真、とかも」

 「ええ、まあ。被身子ちゃんは容姿も申し分ないですし、そういった仕事も増えるとは思います」

 「そう、ですか…。…あなた」

 「ああ…。…すみません。大変有り難い話だとは思いますが、お断りさせていただきます」

 「…理由を伺っても?(…思っていたより渋るね。まあ、我が子を手放すのを躊躇ってるって訳じゃなさそうだが)」

 「いえ、その…。ウチの子は、何というか、ひどく臆病で。個性はともかくとして、ヒーローのような仕事は向いていない性分なんですよ。もっと『普通』に育って、『普通』の仕事に就く方が私達としても安心できるといいますか…」

 「そ、そうなんですよ。それに娘が大きく取り上げられたりしたらと思うと、少し落ち着かなくって。あの子も親元を離れるにはまだ小さいですし」

 

 我が子を想うような両親の言葉。しかしその中に僅かながら「歪み」があることに、傍で聞いていた心詠は気付く。心を読むまでもなく、二人の感情から少なくない違和感を感じたのだ。当然凡その事情を知る千雨も、遠回しにそこを突く。

 

 「臆病、ですか…。不思議なこともあるものですね。私が被身子ちゃんをスカウトしようと思ったのは、彼女が友達と遊んでいるのを見た時なんですがね。親切に怪我をした友達の手当をして、彼女の個性でしょう、そのお友達に「変身」して…二人とも随分と楽しそうでしたよ?臆病ということは無いと思いますし、個性による変身もその時はほんの一瞬だけのものでしたが、伸ばせば光るのは間違いない。何より彼女自身、将来への拘りは特に無いようでしたし。聡い子だ…精神的には十分自立できていた。自分が何を求められているのか…あの歳で理解できる子はそう多くない」

 「と、友達と遊んでいたですって!?そんなこと一言も…」

 「そういう反応をされることが分かっていたんだと思いますよ」

 「な…」

 「…何がそんなに怖いんです?まるで被身子ちゃんが誰かと関わることで問題が起こると思っているかのようだ。もう少し彼女を信頼してあげては?」

 「…」

 

 歯に衣着せぬ千雨の物言いに、父親の方が心の内を明かす。

 

 「…あの子は『普通』じゃないんですよ…!いつか必ず取り返しのつかないことが…」

 「貴方がたの『普通』を彼女にまで押し付けちゃあいけない。彼女には彼女なりの『普通』があるんだ…それも一つの「個性」だと思えばいい。それでも不安だというのなら、やはりこの話を受けることをお勧めしますよ」

 「…それは、一体どういう…」

 「正直に申し上げますと、私としても彼女には危うさを感じています。だからこそ今のうちに、自身の欲求を抑えつけるのではなく、それと向き合っていく術を学ぶべきだと思ったんですよ。…ここは、私に任せてみてはくれませんか?」

 「…少し、考えさせてください」

 「どうぞ。何が最良の選択か、じっくり考えてみることです」

 

 その日はそこで話が終わった。夫婦の答えが決まったのは、更に1週間程経ってからのことだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「おや…被身子ちゃんもご一緒とはね」

 「ええ…。…被身子、挨拶しなさい」

 「こんにちは、なのです。それとも、お久しぶり、ですか?」

 「ふふっ。両方正解だよ、偉いね」

 

 褒められたことで素直に喜ぶ少女…渡我被身子。人によっては思わずショックを受けてしまうかもしれないその笑みに、両親は顔を顰めつつも、千雨の提案に対する答えを出した。

 

 「この子を、よろしくお願いします」

 「…それで良いんだね?」

 「はい。私たちでは、被身子を…導いてやれないんです。どうしてもこの子を、悍ましいと思ってしまう…!親として最低なことを言っているのは分かっていますが…どうか、私たちの代わりに」

 「任せて。私が責任を持って、被身子ちゃんを立派なヒーローにしてみせるよ」

 

 頭を下げ、悔恨に苛まれながらも千雨に我が子を託す二人。被身子はその様子を、何も言わずにただじっと見つめていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「改めて。私は『ダスト』、本名は塵堂千雨。よろしくね」

 「渡我被身子ですっ。これからよろしくなのです」

 

 ここからは、少女の仮面を壊す時間だ。



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個性は人を人たらしめるもの

 

 「早速だけど、被身子ちゃん。私の前では自分を演じなくていいからね。君のしたいようにすると良い」

 「…?大丈夫なのです。私、ちゃんと『普通』でいられるよう頑張りますから。笑顔は、練習中ですけど」

 「今はそうでも、いつかは我慢の限界がやってくる。これは被身子ちゃんが我慢強いかそうでないかとはあまり関係ないんだ。本当の自分を隠し通すことなんて誰にもできやしないし、自分自身辛いだけだと私は思うよ」

 

 被身子は年齢に見合わない達者な言葉で、千雨に返事する。多くの大人が自分のなすべき役目を全うすることに義務感を抱くように、彼女は己の欲求に蓋をすることを至上の命題としていた。

 そんな彼女を諭すように千雨は更に言葉を返す。事実、このままいけば彼女の自制は中学卒業と同時に決壊してしまうだろう。そうなる前に手を打つ必要があるのだ。

 

 「…でも、お父さんもお母さんもおかしいって言うのです。学校でも、私の笑い方が気持ち悪いって言う子がいます。カァイイって思った子の血をチウチウしたくなって、怪我をしてた時にその子の傷を舐めたら、先生を呼ばれて…すっごく怒られました。私、ただその子とお揃いになりたかったのです。その子になりたかった、だけなのに…」

 「だから、自分を偽ったんだね。皆から愛される、『普通』の『良い子』になるために。けれど、今だって完全に隠し切れてる訳じゃないだろう?あの時…友達の手当をしながら、こっそり手についた血を舐めてたね」

 「!!…その、血を見たら、どうしても欲しくなっちゃったのです…。でも、バレないようにちょびっとだけで…だからあの子とはまだ仲良しなのです」

 「それで良いのさ。バレなければ君はずっと皆にとっての『普通』でいられる。大事なのは抑え方じゃなくて、発散の仕方を考えることだよ」

 「え…?」

 

 思いもよらない言葉に、被身子は目を丸くする。

 

 「勿論、越えちゃいけない一線はある。好きな子の血が欲しくなったからその子にバレないように怪我をさせるとか、そういうことは許されないよ。けど、相手が同意してくれるならそういうのもある程度はセーフかもね。例えば…私とか」

 「……千雨さんは、あんまりカァイイ感じは、しないかもです…」

 「…んんっ。例えばの話さ。とにかく、誰にも見られなければそれで良いんだ。皆の前では皆の『普通』を演じて、本当の君を受け入れてくれる相手には存分に君にとっての『普通』を見せてあげると良い。ただし、少し矯正はさせてもらうけどね」

 「矯正、ですか?」

 

 最近少しばかり辛辣な言葉を投げかけられることが増えたな、と心の中でホロリと涙を零しながら、千雨は被身子に説明する。

 

 「君の『好きな人の血が欲しい』『好きな人そのものになりたい』という欲求は、君自身の個性が強く影響している。血を摂取した相手に変身する、それが君の個性だね?」

 「!は、はい。いっぱい貰えば、その分いっぱい変身できるのです」

 「そして、最終的には好きな人の全てが欲しくなる。結果としてその人の命を奪ってしまうほどに」

 「…えっ」

 「今はまだそこまでじゃないだろうけど…このままだといずれ、という話さ。だからそうなる前に矯正しよう。感情と個性の分離は不可能じゃない。君のように精神性に強く変化をもたらす個性の持ち主でも、その結びつきを弱めることはできるはずだよ」

 

 千雨の話を聞いて顔を強張らせる被身子。しかしその後の彼女の言葉に、少しずつそれが和らいでいく。

 

 「…私、『普通』に生きられますか?」

 「もうとっくに出来てるよ。皆に受け入れられるように、あとちょっとだけ工夫が必要なだけだ」

 「…笑っても、いい?お顔が痛くなるくらい、笑ってもいい!?」

 「それも君のチャームポイントだ。私の前では幾らでもそうするといい」

 「カァイイもの、好きなだけカァイイっていえるようになる!?」

 「約束する。少なくとも私の隣では、君が自分を偽る必要のないようにしてみせるよ」

 「…ぐすっ…うぅ……わあぁぁあっ!!わああああぁあぁん!!」

 

 被身子の顔の強張りは完全にほぐれ、話し方も年相応のものになる。そのまま感情を抑えきれず、隠すことなく千雨の前で号泣する彼女。少女は、ようやく仮面を外すことを許された。



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されど無法の口実に非ず


今日のアニメも見終わりました。
『あの時誰かが手を差し伸べてくれていたなら、この痒みは止まっていたのだろうか』
個人的にはこの台詞が志村転弧と死柄木弔の分かれ目を表しているな、と思います。あれをただのストレスからのものとするか、AFOの言う通り破壊衝動の表れだったのか…結局は本人の意思次第だったのかもしれません。


 

 被身子を迎え、更に人員が増えたダスト事務所。しかしながら日中は彼女と転弧は学校に行き、休日も訓練を行うことがままあるため、数年前までよりも寧ろ事務所内は静かであることが多い。そんな事務所内で千雨はあることを考えていた。

 

 「(デトネラットに何度か掛け合ってみたけど…あまり反応が芳しくない。そりゃあいきなりCEOに会わせろなんて取り合わないのが当たり前だけど、異能解放思想に共感するプロヒーローである可能性…それもビルボードチャートトップ10経験者がそうかもしれないってのをみすみすスルーするのか?……いや、そういや荼毘がホークスに出してたテストみたいなのがあったっけ。結構めちゃくちゃな要求ばかりだったし、スケプティック辺りがリ・デストロに何かしらの助言をした可能性も考えられる。面倒なことになってきたな)」

 

 その後も色々と考えるが、いい方法が中々思い浮かばない。そして…ついに彼女は、隠しておいた切り札の一つを投入することを決意する。

 

 「(これをもしAFOに見られれば……ドクターの件と私を繋げられてしまう可能性が高まる。それでも超常解放戦線を結成させることだけは避けないといけない…ギガントマキアだってまだ見つけられてないんだ。もっとも奴については6年後に千載一遇のチャンスが訪れるから、そこが合流する可能性をあまり心配する必要はないけれど。……とにかく、リ・デストロは今のうちに何とかしてしまうべきだ。頼むから無駄撃ちにならないでくれよ)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 デトネラット本社にて。同社CEO…四ツ橋力也は、自室でとある著書を読んでいた。名は、「異能解放戦線」。何度も読み返したのか、装丁はよれ、所々に瑕疵が見られる。出版日はやけに古い物であったが、彼はそこに意味を見出しているようだった。

 

 「デストロの遺したものが時代の流れの中で歪められていってしまうというのは…実に残念なことだ。検閲など必要ない。彼の言葉は直に伝えられて初めて全てが理解できるものになるというのに」

 「それでどうなるというのだ?デストロの言葉を理解した先に、貴様は一体何を求める」

 「!?」

 

 しかし、彼以外何人たりとも許可なく通されることはないはずの部屋に突如として男が現れる。男は深くフードを被っておりその顔を確認することは難しいが、一般的に高身長と言っても差し支えのない四ツ橋でさえも間近では少しばかり見上げるほどの体格を誇っていた。

 

 「…一体何者だね?土足で我が社に…ましてやこの部屋に上がり込むとは礼儀知らずにも程がある」

 「まずは此方の質問に答えてもらおうか。貴様はデストロの思想の先に何を見る?」

 

 意外にも取り乱すことなく侵入者に対応する四ツ橋。しかし妙なことに彼の顔は少しずつ黒いアザに覆われていっているようだ。

 

 「デストロの思想の先?そんなものはない。彼の思想をそのまま体現することこそ私の…ひいては我々の悲願だ。『異能解放』。全ての人々が己を思うがままに曝け出し、現社会の抑圧から解き放たれる。真に自由な社会を実現することを理念とする、我らは『異能解放軍』!君も興味があるというのなら…歓迎しよう。少しばかりテストはさせてもらうがね」

 

 額に親指をつき、天に向かって人差し指を立てる。独特なポーズを取った四ツ橋は目の前の男を勧誘するが、

 

 「滑稽なことだな。我々?ここにいるのは…貴様だけだ」

 「…ッ」

 

 にべもなく一蹴される。露骨に顔を歪めた四ツ橋は、黒いアザを一気にその全身に広げ…瞬く間に膨張する。身に纏うスーツもそれに合わせて伸張し、気付けば彼と男の体格差は逆転していた。

 

 「……残念だ、君とは分かり合えなかった…。だが安心したまえ、名も知らぬ傲慢な愚者よ。君のことは私が忘れない。解放に犠牲はつきものだ…せめて未来の礎として散るがいい」

 

 プロヒーローでもないというのに、そう言って個性を行使したと思しき腕を眼前の男に振るう。しかし男はそれを驚くほど軽やかな跳躍によって回避した。

 

 「(!?速い…!それになんと静かな着地!見た目程の体重は無いのか…あるいはそういう異能なのか?)」

 「その態度が答えだな。結局のところデストロも貴様も、目指す所は無法を正義とした秩序なき社会に過ぎない。彼の母が望んだのはきっと…ただ少しばかり個性的な自分の子が胸を張って生きていける寛容な社会でしかなかっただろうにな。報われないことだ」

 「!!!」

 

 男の言葉に、四ツ橋は裂けんばかりに目を見開く。極々一部の人間のみが知るはずの真実を、彼がその口から語ったからだ。

 

 「何故…何故そのことを知っている!?そこまで知っていて何故異能解放思想に共感できない!?社会はデストロを否定し!彼に関わる真実を歴史の闇に葬り去った!そのおかしさに…何故気付けないッ!!」

 

 巨躯を踊らせ男に襲いかかる四ツ橋。既に室内はめちゃくちゃになりつつあるが、気に止める余裕もないようだ。

 

 「テロリストの所業を教科書に載せる阿呆が何処にいる?デストロの母が『個性の母』であったという真実も、秩序を守るためには隠すべきだったというだけのこと。知りたい者だけが知っていればいい…その上でどう考えるかも個人の自由だろう。俺はそれを知り彼の母を憐れんだ。それで終わりだ」

 

 熱のこもった四ツ橋の問いかけにも、男はあくまで冷たく返す。彼は更に言葉を続けた。

 

 「虐げられたことを言い訳にするな。どんな理由があれど『異能解放』は力を振り翳したいだけの幼稚な人間の発想に過ぎん。……まあこれも俺の主観でしかないがな。それでも…今の社会の形が全てを物語っているとは思わんか?"革命サークル"のリーダー殿」

 「きっさまああああああ!!!!」

 

 二人の争いは、尚も続く。





Q.何で誰もこの騒ぎに気付かねえんだよ
A.完全防音仕様ってことにしといてください


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掌中に握られた命運

 

 種を明かしてしまうと、男の正体は千雨である。塵化した己を操作し、声帯や体格などを変化させることで全く異なる人物としてその場に存在することを可能とする能力。あくまでも千雨自身の塵のみで肉体を構成しているため、現在服の下は大部分がスカスカのハリボテでしか無いが、触れられさえしなければ特に問題はない。ドクターを始末して以降、決して人前でこの能力を使ったことはなかった。

 

 「はぁっ…はあっ…!」

 「もう限界か?存外体力は少ないらしい」

 

 四ツ橋を煽る千雨。実に見事な演技は、男が実際には女性であるということなど誰にも気付かせることはない程のものであるといえるだろう。

 

 「(おのれ…!無駄に消耗させられている!クレストロさえ使えれば……いや、それでもこの男を捉えることは難しいだろう。速さもそうだが、何よりあり得ない動きが多すぎる…!水平移動や空中での方向転換、まるで全身をラジコンか何かで操作しているかのようだ!)」

 「最初の質問に答えていなかったな。俺が何者であるのか」

 「!」

 

 思考する四ツ橋の耳に、男の声が届く。

 

 「俺はリバース・デストロ。異能解放軍を解体すべく、歴史の裏で戦い続けてきた男だ。四ツ橋主税の血を引く者よ…諦めろ。今代の異能解放軍はここで終わる」

 「……私はリ・デストロ。異能解放軍の悲願を達成すべく、歴史に抗う戦いを始めた男だ!私は決して諦めない…!彼の理想を……成就させるまで!!」

 

 男の名乗りに対抗するが如く声を上げる四ツ橋。再び巨体で男を捩じ伏せようとするが、簡単に躱されてしまう。その後も激しい攻撃が続いたが、ついぞ四ツ橋が男に触れることはなかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「………殺すがいい。だが、異能解放軍は終わらない。誰かが必ず…私の意志を継ぐだろう」

 

 力尽き、倒れ込んだまま動くこともままならない様子の四ツ橋。そんな彼に男は言い放つ。

 

 「殺しはしない。だが異能解放軍として大々的に活動することも許さない。私の要求はそれだけだ」

 「……どういうつもりだ?」

 「好きにすればいいと言っている。デトネラットがどんな商品を出そうが、ヒーロー業界に参入しようが…余程露骨なものでなければ見逃してやろう。だが選択を誤るなよ?仮に秩序を乱すような動きがあれば…すぐにその命を貰い受ける。貴様の同志も含めてな」

 「…今は何も知らぬ次世代の子らもか?」

 「いや…そこまでは関知しない。この先貴様に子が生まれ、その子をどうしようと口は出すまい。言っただろう…『今代』の異能解放軍は終わりだと。次が現れるならその時に再び潰すまで。だが、今一度考えてみることだ。己と同じ宿命を子に背負わせるべきなのかをな」

 「…」

 

 覚悟を決めた四ツ橋に、男は思いの外慈悲深い宣告をする。もっとも四ツ橋にとっては死よりも辛い措置であるかもしれないが、敗者に口を出す権利は無かった。

 

 「最後に…リバース・デストロの名は誰にも話してはならない。そして何より……他の悪に与することは絶対に許さない。たとえ命が懸かっていてもだ。そこを切り抜けたとしてもすぐに私が貴様を始末する。努々忘れることのないようにな」

 

 男はそう言い残すと四ツ橋の視界から外れる。その先に彼が目線を向けるが、いつの間にか男は消え去っていた。

 

 「(……リバース・デストロ。聞いたこともなかったが…腑に落ちた。いやに恐ろしい男だ…私の心臓は既に奴の掌の上。同志たちよ!不甲斐ない指導者を赦してくれ…!『異能解放』は、次世代に託す…。いつか必ず、デストロの理想が実現するその日まで────)」

 

 四ツ橋はそこまで考え、男の言葉と己の過去を思い出す。

 

 『力を振り翳したいだけの幼稚な人間』『己と同じ宿命を子に背負わせる』

 「(………ずっと。そう言い聞かされて育った…デストロの悲願を達成するのだと。彼の血を継ぐものとして、それが当然なのだと。…我が子にそうするつもりはなかった。私の代で、全てを終わらせるつもりでいたからだ。そう、それだけ……ただそれだけのこと)」

 

 黒いアザは、既に消えていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「(……正直言って、初めは始末してしまうつもりだった。けれど彼を変えたのは環境だ。だから…情けをかけてやるべきだと思ってしまった。これで良かったのかは分からないけど…少しでもいい方向に転んでくれることを祈るよ)」

 

 デトネラット本社を離れ、本来の姿に戻った千雨。自分の選択に僅かながら後悔を覚えるが、不思議と心は晴れやかだった。

 

 「(しかし…AFOにはバレてしまっただろうか。まだ決め手には欠けるはずだから確信はしていないだろうけど…まあ気にしてもしょうがない。さっさと仕事に戻ろう)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ドクターの空いた穴を補うつもりで彼を誘い込もうと目をつけていたんだけど…先を越されてしまったね。それにしても彼女にあんなことができたとは思わなかった。ここまで来ると…ただの偶然として片付けるにはいかないかもしれないな」

 「…先生?何の話を?」

 「ああいや、此方の話さ。さあ、『授業』を続けようか。君がこれから…何を為すべきなのか。しっかり学ぶといい」

 

 巨悪は一人、笑みを深める。





思ってたよりリ・デストロが長くなってしまった…


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転弧とダスト

 「良い調子だ被身子ちゃん!こんなに早く成果が出るなんて凄いよ!」

 「本当ですか?ありがとうございます!」

 

 いつもの島で、被身子と転弧は今日も訓練を行っていた。被身子にはこれまでの成果を見せてもらうべく、彼女が「カァイイ」と思う物を次々と見せていくことになり、千雨がフリップを出したり可能なものは自身で再現したりしていくが、被身子の吸血衝動が刺激された様子はない。彼女自身が自発的にそうしたいと思っているときはまた別だが、少なくとも己の欲求に理性を失うことはなくなったと思って良いだろう。

 

 「驚いたよ。最低でも2〜3年はかかるだろうと踏んでたからね…本当に優秀だ。そろそろ並行して個性伸ばしを始めてもいいかもね」

 「えへへ…」

 

 これに焦ったのは転弧だ。感情と個性の分離に時間がかかった彼は、被身子のセンスに衝撃を隠せない。追いつかれまいとより一層自身の訓練に没頭する。

 

 彼が今行っているのは、崩壊の伝播を止めるための訓練だ。手に持った紐を崩壊させ、重石に辿り着くまでに崩壊が止まらなければ、彼の頭上にタライが落下する。古典的すぎる仕掛けだが、現状これ以上の訓練が千雨には思いつかなかった。

 

 「いてっ」

 「ダメかぁ。やっぱり中々難しいね」

 

 タライはまたしても良い音を鳴らして転弧の頭を揺らす。紐を伝って崩壊しつつある地面などに千雨が対処しつつ、再び仕掛けの用意を行う。ちなみに、転弧たちを見ているのはどちらも千雨の個性による上半身だけの彼女だ。仁の個性で増やしてもらっても良かったのだが、一緒に戻った時に全ての記憶を共有できるこちらの方が適していると千雨は判断していた。

 

 「どうして上手くいかないんだろう?俺、ずっと足踏みしてる…」

 「気にすることはないよ…とは言ってもそう簡単にはいかないか。でもまだまだ時間はあるんだし、こういうのは突然コツを掴んだりして何とかなったりするものさ」

 「そうかな…」

 

 気を落とす転弧を励ます千雨。しかし、糸口の見えない状況に彼女自身焦りを感じ始めていた。

 

 「(…多分この訓練を続けていても変化が生まれる可能性はかなり低いだろう。もっと劇的なきっかけが必要なんだ…彼自身に大きな変化をもたらすほどのきっかけが。今度心詠さんも連れてきて一緒に見てもらうかな…)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「授業参観?」

 「うん。忙しそうだし難しいと思うけど、一応言っておくね」

 

 後日、帰宅した転弧が授業参観があることとその日程を千雨に告げる。口では期待していないような素振りを見せていたが、彼の本心を千雨は見抜いていた。

 

 「いや、行くよ。君のお母さんの分までしっかり目に焼き付けてあげるから楽しみにしててよね!」

 「…ありがとう」

 

 呆れたような視線を向けながらも、転弧の表情には喜びが浮かんでいた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 参観日当日。珍しくヒーローコスチュームではなく私服で外を歩くダストだが、当然万が一のために常に備えはしてある。とはいえ雰囲気の違いすぎる彼女に気付く通行人はかなり少なかった。

 転弧の通う中学校に到着し、校舎内を歩いていると流石に顔を見られることも多くなったためか頻繁に声を掛けられる。我が子を見に来た保護者たちも意外な有名人には目を奪われずにはいられなかったようだ。上手く応対しながら転弧のクラスに辿り着いたころには、既に授業が始まってしまっていた。

 

 「…!」

 

 チラリと後ろを振り返り、千雨に気付く転弧。彼女も静かに手を振り返して視線に応える。どうやら授業内容は道徳かそれに類する物であるらしく、家族への感謝を言葉にして発表するという授業参観の定番といってもいい内容だった。

 

 「〜。私は、そんなお母さんが…」

 

 「いつもありがとう。これからもよろしくお願いします」

 

 「僕が小さい頃、父は決まって────」

 

 思春期の真っ只中であろう子供たちは恥ずかしげに各々感謝の言葉を述べていく。多分親に授業参観のことを話していない子もいるんだろうな、と千雨は思いながら、転弧が発表するその時を待った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「それでは、次は志村くん。どうぞ」

 「…はい」

 

 遂にやってきた転弧の番。少しばかり俯き、決して大きな声ではなかったが、彼は感謝の言葉を口にし始めた。

 

 「僕が感謝を伝えたいのは…家族、それと、僕を育ててくれた人たちです。母は僕を産んでくれて、祖父母はそんな僕を可愛がってくれました。姉は子供っぽいところもあったけど、僕の夢を笑うことなく応援してくれて、嬉しかったのを覚えています。でも、5歳の時、事情があってみんなと離れ離れにならなくなってしまいました。その時から今日まで、ずっと僕は…ヒーローの『ダスト』さんの所にお世話になってきました」

 

 転弧の言葉に教室はざわつく。5年の空白期間もあって知らない子供たちもいたようだが、多くの保護者やその他の子供たちは驚きを隠せなかった。先生が諌め、転弧に続きを促す。

 

 「…最初は、怖い人かもしれないと思いました。サイドキックの人も目つきが鋭くて、冷たい人なのかもしれないと。でも、二人とも凄く僕に優しくしてくれました。いつかまた家族と一緒に暮らせるようにと、僕のことを第一に考えて育ててくれました。後から入ってきた事務員の人も良い人で、僕にとっては兄のような存在です。皆さんのおかげで、僕はここにいられる。そして、あの時僕を救けてくれたダストさんは、誰が何と言おうと…僕にとっては最高のヒーローです。だから、いつか必ず恩返しがしたいと思っています。ダストさんが困った時に、救けてあげられるように…それが僕があの人に伝える感謝の形です。…ありがとうございました」

 

 着席する転弧。同時に、教室内は拍手に包まれる。心なしか、それまでよりも一回り拍手の音が大きいように千雨には思えた。



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凶兆

 

 それからもしばらく彼らの日常は続く。被身子は更に個性を伸ばし、血液量に対する変身時間が延長されたことで同時に吸血衝動がさらに弱まった。転弧は変わらず崩壊の伝播を止められずにいたが、より細かい制御が可能となり、咄嗟の発動速度も格段に速くなった。二人とも順調に成長し、ヒーローの素質をみるみる開花させていっている…そんな矢先のことだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「(マスキュラーが現れたけれど…様子がおかしい)」

 

 千雨の頭を悩ませていたのは、最近になってヒーローネットワークに報告が上がるようになったとある一人のヴィラン…マスキュラーについてのことだった。

 

 「(行動範囲が広すぎる。九州に現れて暴れたかと思えば、その日の夜には北日本で報告が上がる。翌日には関西、また別の日には北海道…明らかに何者かが協力している…!活動時間も短すぎて予め出現地点を知っていないと捉えられないレベルだ…一体何が起きているっていうんだい…!?)」

 

 「原作」において、マスキュラーは「筋力増強」という個性しか持っていなかった。強力な個性ではあったが、ここまでの機動力を得られる程のものでもなかったと千雨は考え、何者か…AFOの協力の可能性に目を向ける。

 

 「(ドクターを始末したとき、まだ脳無は一体もいなかった。だから『ジョンちゃん』のワープは使えないはず……黒霧のゲートも違う。アレは彼だから生まれた個性だ。だとすると他にも複数ワープ系の個性を持ってたってことになるけど…)」

 

 そこまで考えて、千雨は『忘れ物』に気付いた。

 

 「(────オーバークロック!!!!ミルコの年齢からして奪われたのは『原作』開始から9〜10年程前!!完全に頭から抜け落ちていたッ!!!どのみち防ぐのは難しかっただろうけど…よりにもよってマスキュラーに譲渡されるとは…!)」

 

 オーバークロック。超速ヒーロー「オクロック」の個性だが、千雨が転弧の教育に力を注いでいる間に彼の個性は何者かに奪われてしまった。真相としては千雨の知る通りAFOによって、ということなのだが…重要なのはその個性の能力。

 思考スピードの加速により、体感時間を延長することで周りが時間を止めたのかと誤認してしまう程の機動力を得ることができる。一方で集中の度合いに比例して加速率が高くなるという不安定要素も抱えている。

 

 「(一見マスキュラーとの相性は最悪に思えるけれど…逆だ。高い加速率は脳にも負担を掛ける。だから連続使用が困難であることが欠点だったのに、マスキュラーならそれを無視できてしまう…!集中とは無縁みたいな奴だ。加速率自体は低くても、2倍もあれば奴には十分すぎる)」

 

 思わず悪態をつきたくなるのを抑え、どうにかマスキュラーを倒してしまいたいと考える千雨。

 

 「(幸いというべきかどうか…ともかく、この辺りにはまだ奴は現れていない。暴力を振るうこと自体が生き甲斐といってもいい男がこそこそするとは考えにくいし、来ればすぐに分かるはずだ。あるいはAFOに何かしら入れ知恵されてるのかも知れないけど、HN(ヒーローネットワーク)の報告からして派手に暴れてるのは間違いないだろう)」

 

 ひとまずそこで思考を打ち切り、向こうから接近してくるのを待つことにした千雨。戦いの時は、すぐそこまで迫っていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「そんじゃまたな、志村!」

 「うん。それじゃ」

 

 あまり積極的な性格ではない転弧だったが、中学に入ってからは同じくヒーローを志す者達とやり取りするうちに、気付けば友人も増えていた。思っていたよりずっと周囲に馴染むことができたと安堵する一方で、好きなヒーロー談義では共感されにくいことを少しばかり不満にも思う。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「好きなヒーロー?やっぱオールマイトだろ!何てったって1番強えんだぞ?小学生の頃からずっと憧れだよなぁ!」

 「分かるわー。オールマイトならっていう安心感みたいなのあるよな。一度ぐらい会ってみたいぜ」

 「俺はエンデヴァーかな。知ってるか?あの人厳つい顔してる癖してめちゃくちゃ親バカなんだよ。そういう所も人間臭くて好きなんだ」

 「オールマイトも結構ユーモアはあるよ。テレビのインタビューとかだけでもすっごく面白いんだ。志村くんは誰が好きなの?」

 「そりゃー志村はやっぱダストだろ?」

 「…まあね」

 「ああそっか、参観日の時言ってたっけ。でもあの人のこと、よく知らないんだよね…ごめんね」

 「しょうがないよ。俺のために3年ぐらい休んでくれてたんだし」

 「あ!それうちの親父から聞いたことあるぜ!何で活動休止してたのかって話題になった時に、保護した子供の教育に専念したいんじゃないかって噂があったみたいな…っと、悪い。あんま気持ちのいい話じゃなかったか」

 「ううん。もう、大丈夫だから。あの人のおかげさ」

 「へぇ〜。ちょっと怖そうな人だけど、優しいんだなぁ」

 「顔の厳つさで言えばエンデヴァーの方が上じゃん」

 「いや、そうじゃなくてさ。なんか雰囲気が近寄りがたいっていうか…」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「(皆知らないだけなんだ。あの人は本当はすごく優しくて、カッコよくて。ちょっと変なところもあるけど、そこも面白くて俺はいいと思う)」

 

 いつかは皆にも分かってもらえるさ、と一先ず考え事を終わらせた転弧。その時、鞄に付けていた人形…千雨と出会って1周年のお祝いに貰ったダストのヒーロー人形のストラップが切れて人形が落ちてしまう。

 

 「…?」

 

 転弧はそれをすぐに拾い直したが…何処か、言いようのない不安を感じていた。





ヴィジランテを知らない人向けの簡単な解説
・オクロック
超速ヒーローの名前で活動。原作開始の8、あるいは9〜10年前にAFOによって個性「オーバークロック」を奪われ、その個性は同作の「試験体No.6」に譲渡されている。なお、後に死穢八斎會に所属する乱波及び高校生のミルコと違法の賭博闘技場にて出会ったことがある。

(追記)
オクロックの個性が奪われた時期は明確に描写されていませんでした。とはいえ、目をつけられた時点からそう時間は空いていないと思われますのでこの展開でいきます。


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蹂躙劇

 

 その日、ダスト事務所は休業していた。転弧と被身子を含めた5人全員で、島での訓練を行う予定だったためだ。

 

 「皆集まったね。取り敢えず被身子ちゃんは変身時間の延長と変身時の個性の扱い方、転弧くんは崩壊の伝播の制御。それぞれに私がついて、適宜アドバイスしていくね。それと仁くんは被身子ちゃん、心詠さんは転弧くんと一緒に、それぞれ私が気付いてないことも指摘してあげて」

 「はい!」

 「分かった」

 「なあ、心詠さんと俺は逆の方が良いんじゃねえか?俺が転弧の訓練を見てきた訳だしよ」

 「転弧くんについての課題はもしかすると私の方が見つけやすいかもしれません。それに、たまには気分転換というのも悪くないでしょう」

 「なるほど…まあ、それはそれでいいかもな」

 

 各々が反応を示し、すぐに訓練が始まろうとしていたその時…

 

 「よし、それじゃあ訓練開始────ッ!!」

 

 ()()は訪れた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 真っ先に反応できたのは千雨だった。普段から警戒のために島の全体を覆うようにして塵を薄く広げ操作し続けていたからこそ、途轍もない速度で何かが迫ってきたことに気付けたのだ。直後千雨の感情を感じとった心詠が警戒を高めると同時に、

 

 「悪りぃな。一応仕事ってことになってるんだわ」

 

 誰も反応できないまま、男が口を開き、筋繊維が剥き出しになった剛腕で千雨の頭を殴りつける。すぐに男の動きは普通の速度に戻ったが、その手には千雨が首を掴み上げられたまま捕まっていた。

 

 「な…!?千雨さん!!!」

 

 塵化は決して肉弾戦において無敵の能力というわけではない。今回のように千雨が頭部を塵化させるより前に脳に強い衝撃を与えれば、彼女は容易く気絶してしまう。男は明らかにその弱点を知っているようだった。

 

 「安心しな!コイツは出来るだけ原型を留めとけってお達しだが…テメェらは自由にして良いんだとよォ!!すぐにあの世に送ってやるからお行儀よく並んで待ってなァァッ!!!」

 

 男の名は、今筋強斗。又の名を…「血狂い」マスキュラー。彼は両目をギラギラと輝かせながら、何よりも残酷な宣言を行った。

 

 「させるかよ!!『幸福な行進(グラッドマンズパレード)』!!」

 

 マスキュラーが動き出すより先に、仁が前に飛び出す。そのまま己を無数に増やし、大質量で彼に襲いかかる。

 

 「「「「「「千雨さんを…返せえええッ!!!」」」」」」

 

 しかし、マスキュラーはそれを「加速」することによって難なく回避し、背後から無数の仁に剛腕を振るう。それだけでほぼ全ての仁は泥と化し、残った本物もマスキュラーに踏みつけられてしまった。

 

 「ぐあっ!!」

 「オイオイ…言ったろ?お行儀よくしてろってよ。俺としてもじっくり楽しみてえからよォ、下手に抵抗すんじゃ…ッ!!」

 

 そんな彼のさらに背後から、マスキュラーの心を読んで先回りしていた心詠が奇襲をかける。手にはサポートアイテムである改造スタンバトン…個性によって皮膚が強化された相手でも気絶させることができる程の電圧を誇る優れ物を持ち、彼に接触させようと振るうが、

 

 「あっぶねえ!!こういう時にゃ心底()()()()は便利だぜ。咄嗟に使ってこそ真価を発揮するってのは好みじゃねえし、頭も痛くなるのが辛えとこだが…不意打ちでやられるなんてのは一番つまんねぇからな!あのオッサンには感謝してもしきれねえ…なッ!!」

 「な…きゃああっ!!」

 

 再び凄まじい「加速」を見せたマスキュラーには振り抜く迄もなく思い切り殴り飛ばされる。心詠はそのまま立ち上がることなく意識を失い、自由に動ける大人はその場から居なくなってしまった。

 

 「あ…え…」

 「み、皆…!」

 

 残されたのは、未だ小学生と中学生の子供二人。マスキュラーは其方に目を向け、嫌らしい笑みを浮かべる。

 

 「びっくりしちまったなあガキ共ォ!頼りにしてたヒーロー達がみぃんなやられちまったんだもんなあ!?けどテメェらはお利口さんだぜ?俺の忠告をちゃんと聞いて大人しくしてたから痛い目見ずに済んだのさ。まあ、コイツらを殺ったあとで虐めてやるからあんま変わんねえけどな!ハハハハハッ!!!…あ?」

 

 そこでマスキュラーは、足元に落ちた携帯の画面に目を遣る。

 

 「!!チッ…あの女ァ!救援要請してやがったのか…!随分と手際が良いじゃねえか!さっさと全員ぶっ殺してとんずらさせてもらうとすっかな」

 「ふ…ふざけんな…!てめえなんかに…俺の!俺たちの居場所を奪われてたまるか…がああっ!!」

 「そんじゃあお望み通りテメェからぶっ殺してやるよオオオ!!」

 

 マスキュラーの台詞に怒りを露わにした仁だが、踏みつけられたままの足に力を込められ、思わず叫び声をあげてしまう。

 

 「(誰か…誰か皆を救けてよ!!ヒーローじゃなくても、誰でもいい!お願いだから…)」

 

 絶望的な光景に奇跡を祈らずにはいられない転弧。しかし、彼はすぐに思い至る。

 

 「(────違う。俺しかいない。被身子も、千雨さんも、心詠さんも、仁兄も!皆を救けられるのは……俺しかいないんだ)」

 

 覚醒の時は、今。



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志村転弧:ライジング

 

 マスキュラーの襲撃に、千雨、心詠、仁は倒れた。しかも仁に至っては、今にも殺されようとしている。ここから助かる可能性は、奇跡的に救援が間に合うか、もしくは…転弧と被身子が救けるかしかなかった。

 

 「(でも、このままあいつの足元の地面を崩壊させても仁兄まで一緒に巻き込んでしまう!!どうにかしてアイツを仁兄から引き離すしかない!)」

 

 そう考えた転弧は、マスキュラーを挑発する。

 

 「おい!!こっちに来いよ筋肉野郎!!俺のことが怖いんだろ!?ひょっとしたらやられるかもしれないって、そう思ってるんじゃないのか!?」

 「……あぁ〜ん?テメェ…」

 

 しかし、それは誤った判断だったと言っていいだろう。

 

 「そんなに死にたかったなら言ってくれよォ!!うっかり後回しにする所だったぜェ!!」

 「え!?────がふっ」

 

 いきなり目の前に現れたマスキュラーに鳩尾を蹴り上げられる転弧。激痛に悶え、立つことすらもままならなくなってしまう。

 

 「て、転弧くん!!」

 「なァお嬢ちゃん、テメェは如何だよ?死にてぇか?そうじゃねぇなら…そうだな。『テンコくんからお願いします』っつったら最後にしてやるよォ!!さァ選べェ!!どっちがいいんだ!?言ってみなァァァ!!!」

 「ひ、ひぃっ!!」

 

 そのまま側にいた被身子に悪辣な問いかけを行うマスキュラー。恐怖で動けない彼女を見て、転弧は己のミスを悟る。

 

 「(……やっち、まった。…俺のせいだ。俺のせいで被身子が死ぬ。皆も、死ぬ。俺がもっと考えてれば…俺がもっと、ちゃんと個性を扱えてたら)」

 

 そして、転弧は────最後の賭けに出る。

 

 「(………あいつの足元を崩壊させれば、伝播した崩壊で奴は死ぬ。でも、捕まってる千雨さんも、側にいる被身子も助からないだろう。だったら…足元だけを崩してやる。あいつは死なないだろうが、一瞬ぐらいは時間を稼げる筈だ。その時間があれば被身子を逃がしてやれる。運が良ければ千雨さんも手放してくれるかもしれない。……それに、仁兄も、動けるようになったみたいだ。チャンスは、今、此処しかない)」

 

 転弧は祈る。己自身に。

 

 「(…なぁ…頼むよ。俺の『個性』。皆を救けたいんだ…わかるだろ?…この瞬間しかないんだ。もう俺には、ここを逃したら次なんてない。だから……お願いだ)」

 

 涙を零し…そう願う。

 

 

 

 

 

 

 

 「(────────俺をヒーローにさせてくれ)」

 

 

 

 這いつくばる転弧の手から、地面へと崩壊が放たれる。罅は一直線にマスキュラーへと突き進み、彼の足元を崩し尽くす。

 

 「うおおっ!?な、何だァ!?」

 

 ────彼の体に、崩壊は伝播しなかった。その隙をついて、被身子は逃走を…選ぶことはなく、彼が姿勢を崩したことで急接近した千雨の頭から流れる血を舐めとる。

 

 「ごめんなさい、千雨さん。今だけ約束破りますね」

 

 彼女が変身したのは、千雨。そのまま掌を突き出し、マスキュラーの肩に触れる。

 

 「な………ぐあああああああァァァァッ!!!!?」

 

 殺すつもりで発動させた千雨の個性…「塵」は、制御が上手くいかず肩からマスキュラーの右腕を引きちぎるに留まる。しかし、それで十分だった。

 

 「こんのガキィィ────うおおおおッ!?」

 「…外したか。惜しいね」

 

 腕ごと落下した衝撃でついに、千雨が目を覚ます。碌に集中もせずに使用した「オーバークロック」の世界になら、彼女はついて行くことができる。寸での所で千雨の掌を回避したマスキュラーは、そこから更に大きく飛び退いた。

 

 「ごめんね、皆。すぐに終わらせるから。仁くん、皆を頼むよ」

 「おう、任せてくれ。指一本だって触れさせやしない」

 

 被身子の元に辿り着き、既に変身を解除した彼女を抱き抱える仁。彼に千雨は皆を託すと、転弧に向き直る。

 

 「個性…。ちゃんと、完璧に制御できるようになったんだね」

 「…うん。俺、やったよ、千雨さん」

 「……転弧くん。ありがとう。恩返し、してもらったよ」

 「…うん…!!」

 

 感極まる転弧。長い苦難の果て、己の成りたいものに成るための第一歩を、彼は遂に踏み出したのだ。

 

 死柄木弔は、己の為に力を封じた。

 志村転弧は、誰かの為に力を封じた。

 

 結果は同じでも、そこに至るまでのそれぞれの意思には、明確な差があった。そのことを噛み締めながら、千雨はマスキュラーに左手を飛ばしつつ視線を向ける。

 

 「!!チッ!」

 「ご丁寧に待って貰えて嬉しいよ。それとも何か邪魔しちゃったかな?」

 「クソッ!!集中しねえと速さは上げらんねぇってのによォ!!でもなきゃ不意打ちするしかテメェを殺る術はねぇじゃねえかァァ!!」

 

 怒るような口調でありながらその表情は満面の笑み。その光景こそ、マスキュラーという男を象徴するものだった。

 

 「随分と楽しそうだね。君はもう追い詰められたんだ。逃しもしないよ」

 「はぁ?逃げる訳ねぇだろうが!!楽しいさ!!仕事はしくじっちまったが、裏を返せばこっからはやりたい放題できるってことなんだ!!嬉しくて全身が震えちまうよオオオオッ!!!」

 「………それは良かった。でもね、こっちは腸が煮えくりかえりそうなんだよ。悪いけど…いや。……悪いとも思わない。君のことは…全力で塵にしてやろう」

 

 ヒーローネーム、「ダスト」。由来は、自身を塵化させ、そして────ヴィランを粉微塵にすることから。

 

 「『澌塵灰滅(しじんかいめつ)』」

 

 神々しいまでの怒りが、顕れる。



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Plus Ultra

 

 「『澌塵灰滅』」

 

 そう宣言した千雨のもとに、何処からともなく塵が集い始めた。更に彼女は両手を地面に乗せ、周辺を塵化させることで塵の量を急増させていく。

 

 「千雨さん…一体何を?」

 「分からねぇが……とんでもねえことをしようとしてるのは確かだ」

 「もう殆ど見えなくなっちゃった…」

 

 倒れていた心詠も仁の分身によって既に回収されており、仲間たちはひと所に集まったまま固唾を飲んでそれを見守っている。

 

 「流石に生身で今の君と戦うのはリスクが高い。『だから…距離を取らせてもらうよ。こっちは君をすぐにでも殴ってやれるけどね」』

 

 支離滅裂にも思える千雨の台詞。しかし、マスキュラーにはその意味が理解できていた。

 

 「……何だぁそりゃあ…!?随分とでっかくなりやがったじゃねえかァ!!」

 

 顕れたのは、塵の巨人。島を背にしたまま、海岸に立つ隻腕のマスキュラーを遥か高くから見据える。腰から上だけの姿ではあったが、その威容は見る者全てが平伏すといっても過言ではない程のものだった。

 

 「けど良いのかよォ!?知ってるぜ…デカくなったヤローは決まって負けるんだ!!『お約束』って奴だよなァ!?」

 『知らないようだから教えてあげるよ。ヒーローの巨大化は「勝ちフラグ」って言うのさ』

 

 マスキュラーの煽りにそう返して巨腕で眼前を薙ぎ払う千雨。隻腕ながらもマスキュラーはしっかりと「オーバークロック」を併用しつつそれを躱すが、

 

 「(速ぇ!デケぇ癖して全然スピードが落ちてねぇじゃねえか!?そこそこビビったもんで加速率だって悪くねえ筈なのに…ここまで紙一重なのかよ!?)」

 

 内心その脅威に舌を巻く。更に高い加速率により脳に負荷がかかったことで動きが鈍った彼は、続く千雨の攻撃を回避することができなかった。

 

 『弱点はもう分かってるよ。咄嗟の発動の後は「もう一つの個性」は使えないんだろう?』

 「ぐおおおおッ!!」

 

 猛烈な一撃。これだけで勝負が決してもおかしくはなかったが、マスキュラーはなおも立ち上がる。

 

 「はァッ…!はァッ…!ハハハ……避けられなくたって構わねぇ。俺にはまだこの筋肉の鎧がある!!そのぐれぇ大したこたねえんだよオオオオォォッ!!!」

 

 無理を押して「オーバークロック」を発動させ、塵の巨人に突っ込むマスキュラー。何処かに潜む千雨を狙ってのものだったが、直後…

 

 「!!しまっ────」

 

 塵の群れを掻き分け、目の前に掌が現れた。誘われたことに気付いたマスキュラーは、再び咄嗟の「オーバークロック」でこれを何とか躱し、そのまま巨人の外へ飛び出す。しかし、今度は加速中であるにも関わらず、背後から迫る巨人の追撃に追いつかれてしまった。

 

 「がはああッ!!ぐ……く、そォオッ!!!(どうなってやがる……!?追いつける訳ねえだろ!?さっきギリギリだったのは向こうが先に攻撃してたからだ!!後出しでこんなに速えなんざ聞いてねえぞォッ!!)」

 『「不思議だ」って顔に書いてあるよ。どうして攻撃を受けたのか分からないってね…でも、答えは簡単なことさ。私がさっきまでより速く塵の操作ができるようになったんだ』

 「ぐ、ふ…ふざけてやがるぜ。このタイミングで個性が成長したってか?面白ぇ…だったら俺も……そうさせてもらうぜエエェェェッ!!」

 

 絶叫と共に筋繊維で全身を覆うマスキュラー。彼にできる最大限の攻撃を仕掛けるべく、頭痛を無視して限界まで集中力を高めていく。

 

 『違うよ。個性が成長した訳じゃない…ただ私の中の限界を超えただけだ。……私の通っていた高校にはね、こんな校訓があるんだよ。「さらに向こうへ────Plus Ultra」。「この程度、ヒーローにとっちゃ朝飯前なのさ』」

 

 一方の千雨もマスキュラーの言葉を否定しつつ、塵の巨人を解体してその全てを一つの砲弾として練り上げていく。マスキュラーよりもずっと早く必殺の準備を整え、最後通牒を行う。

 

 「降参するつもりは?」

 「無ェよ!!!」

 

 即座に千雨の提案を拒絶したマスキュラー。千雨は溜め息を吐き、静かに呟いた。

 

 「……ありがとう。おかげで何の躊躇いもなく、全力をぶつけてやれそうだ。運が良ければ────生きてるかもね。『塵に還れ(ダスト・マスト・ダイ)』」

 「ウ……オオオオオオオオオオオオッッ!!!!!」

 

 集中を終えたマスキュラー。しかし彼が選んだのは、回避ではなく激突だった。敢えて己の全てで千雨の全霊に挑むことを望んだ彼は……そのまま塵の砲弾を打ち破ることなく、海に沈んだ。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 轟音が辺りに響き、余韻が引いていく。驚く程の静けさは、戦いの終わりを彼らに知らせた。

 

 「……終わった、のか」

 「だと、思います」

 「…えげつねえな。あの人が元ナンバー5だってこと…初めて実感した気がするぜ」

 「………うぅ…?」

 

 3人が各々の思いを述べる中、心詠が目を覚ます。彼女はすぐに、千雨の安否を彼らに尋ねた。

 

 「…!!あの、千雨さんは!!」

 「うおっ!?あ、ああ。大丈夫だぜ。ちゃんと勝ったみたいだ」

 「……あれ?心詠さんってそういう呼び方だったっけ?」

 「あ……いえ、その、つい咄嗟に」

 「ふーん…まあ、いっか」

 

 学生時代の呼び方が口をついて出てしまった心詠に、仁が千雨の勝利を告げる。同時に転弧が名前の呼び方について突っ込んだが、深く追及することはしなかった。

 

 「…千雨さん、遅いです」

 「そういやそうだな…間違いなく勝った筈だが」

 「………少し、見てきます。3人はここで待っていてください」

 「おう、分かった。確か向こうの海岸の方だ」

 「ありがとうございます」

 

 その時、帰りが遅い千雨を心配してか、被身子が口を開く。心詠はそれを受け、一人彼女の元へ向かった。



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激闘を終えて

 千雨は一人、海に浮かぶマスキュラーを眺めていた。

 

 「……生きていたか。流石OFA100%を耐えただけのことはあるね」

 

 マスキュラーは気絶してはいたが、死んではいなかった。それを確認した彼女は、周囲を一瞥した後に迷いなく彼に手を翳し────

 

 「ゎーたーしーがー!来たッ!!」

 

 近づく声に動きを止める。声の主は一切の遠慮なく爆発が起きたかと見紛う程の水飛沫を上げ、海上に着地した。

 

 「ってうおおっ…思ってたより深いッ」

 「…」

 

 いまいち締まらない彼…オールマイトに呆れを含んだ微妙な視線を向けながら、千雨は声を掛けた。

 

 「オールマイト……お疲れ様です。ここにはどういったご用件で?」

 「どういったも何も救援要請を出していたじゃないか。もっとももう終わってしまったようだけどね」

 「……成程。ラインセーバーが出してくれたんですね」

 

 心詠が救援を呼んでいたことに感謝しつつ、千雨はオールマイトの言葉を待つ。

 

 「そういうわけか。君の反応にも合点がいったよ…。ところで、彼をどうするつもりだい?少しばかり不穏な動きが見えた気がしてね」

 「(ほ〜らやっぱり言うと思ったぁ………)」

 

 目敏い彼に心中で辟易しながらも、表面上は冷静な対応をしてみせる。

 

 「少々お仕置きしようと思いまして。彼にはうちの事務員や預かっている子供たちにまで危害を加えられましたし」

 「そうか。でもね、ダスト。ヒーローっていうのは誰かを守るためにいるのであって、誰かを罰するための存在ではないんだ。いつも僕が言っているように…」

 「(分かってますからせめて違う話をしてくださいナンバー1…!いつも出だしが同じです!随分とおじさん染みてきてますよぉぉぉ…)」

 

 またしてもナンバー1ヒーローから小言をもらってしまう千雨。彼女はオールマイトと出会うたび、毎度同じことを言われてしまう。「お節介はヒーローの本質」を体現した彼のスタンスに千雨は胃もたれするような気分を味わうことも多かった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「────さてと。ここからはちょっといつもとは違う話をしようか」

 「同じ話してる自覚はあったんですね…」

 「はっはっは、済まないね。君には君のやり方があるのは分かっているけれど、ヒーローのあるべき姿ってのも知っていて欲しいからさ」

 「……精進します」

 

 思わず声に出してしまう千雨。オールマイトも彼女も、お互いに嫌いあっている訳ではない。ほんの少しばかり反りが合わないというだけで、平和への想いは二人とも変わらず持っていた。

 

 「今回の彼…マスキュラーだが、妙な所は無かったかい?」

 「……ええ、ありました。彼は明らかに複数の個性を持っているようでした。でも、片方はどうも使い慣れていない様子で…後天的に、それもつい最近手に入れたかのような印象を受けましたね」

 「────そうか」

 

 途端に顔が険しくなるオールマイト。彼はそのまま、千雨に言葉を続ける。

 

 「実は、個人的に追っているヴィランが居てね…あまり詳しいことは言えないんだが、マスキュラーに奴が関わっている可能性を鑑みて急いでここに駆けつけたんだ。彼はどんな個性を?」

 「筋繊維が皮膚を突き破るほどに力を増すことを可能とする増強系のものと…不安定な様子ではありましたが急加速を任意に行うことのできる個性でしょうか。恐らく、心理状態によって出力にムラがあるのだと思われます」

 「………そう、か。ありがとう。それと、彼を連れて行っても構わないかな?」

 

 そう言ってオールマイトはマスキュラーに視線を向ける。

 

 「……どうぞ。どうやら何かしらの重要参考人であるようですし…貴方が連れて行くなら問題は無さそうだ」

 「済まないね。…君の怒りはもっともだが、無闇に手を汚す必要はない。あまり気を張りすぎないようにね。それじゃ!」

 

 千雨の許可を得てマスキュラーを担いだオールマイトは、そう言い残して再び水柱を噴き上げながら跳んでいってしまった。彼の去った空を見つめ、千雨は独りごちる。

 

 「…………濡れても塵にはなれるけどさ。もうちょっと遠慮してくれよ平和の象徴…」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 島に戻った千雨を最初に出迎えたのは、心詠だった。

 

 「心詠さん!無事だった?」

 「少し体が痛みますが、この程度なら。お疲れ様でした、ダストさん」

 「ありがとう。…私を心配してここまで来てくれたの?」

 「…そう、ですね。正確には貴女の怪我と、ヴィランへの対処を心配して、ですが」

 

 心詠はそう言って千雨の頭に目を向ける。塵化によって傷は修復され、既に綺麗さっぱり元通りになっていた。唯一被身子が吸収した血液は失われてしまったが、極少量であり殆ど誤差と言っていい。そのため心詠はどちらかというと千雨がヴィランをどうするかについて強い懸念を抱いていた。

 

 「…まあ、消しちゃうつもりだったんだけどね。見えたでしょ?オールマイトが来て、いつもみたいにお説教ルートだよ。それに向こうの目的のためにアイツも持ってかれちゃったしね…多分タルタロス辺りで尋問でもするんじゃないかな。てなわけで今回は特に変なことはしてないよ」

 「……嘘ではないようですね。まあ、だからといってどうという訳でもありませんが。…そろそろ戻りましょうか。転弧くんと分倍河原さんも怪我をしています。早く手当をしてもらいましょう」

 「りょーかい」

 

 熾烈な戦いの直後とは思えない柔らかな雰囲気。心詠は千雨が気を張ることなく接することのできる、数少ない相手であった。




VSマスキュラー終了です。次回以降、一時的に時間の進みが早めになります。一話で一年進んだりはしないと…思います。多分。

(追記)オールマイトを「まだまだ若い」と描写していましたが、感想でこの時点でも40代程度であると考えられることを指摘されたので修正しました。もちろん僕が悪いんですが、原作オールマイトも50後半のおじいちゃんには見えないので責任の一端は彼にもあるのではないでしょうか()


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意外な人物との接触

 

 下半期ビルボードチャートJPの発表。毎年恒例の一大イベントが今年も始まり、いつものようにトップ10に選ばれたヒーロー達が壇上に上がる。10位から順にヒーローネームが読み上げられていくが、その中には…

 

 「No.4!トップ10に返り咲いたのち、初の順位アップ!!塵化ヒーロー『ダスト』!!」

 

 千雨の姿もあった。上半期は5年ぶりかつ4月からの復帰ということもあり、あまり順位が振るわなかったが、そこから半年でしっかり人気と知名度を取り戻したことでかつての5位をも上回る順位につくことができたようだ。彼女が名前を呼ばれて小さく会釈を行うと、そのまま順位発表は続く。

 

 「No.3!こちらも若手ながら高い支持率を獲得し、更には現在2年連続でベストジーニスト賞受賞中!!ファイバーヒーロー『ベストジーニスト』!!」

 

 「No.2!安定した活躍を見せ、今なお後輩にその座は譲らず!!フレイムヒーロー『エンデヴァー』!!」

 

 「そして!No.1!人々は今日も笑い!!歓喜し!!声を上げる!!何故ならこの男がここにいるからだァァッ!!平和の象徴!!『オールマイト』ォォォォォッ!!!」

 

 順位が上がる程に大歓声が巻き起こり、オールマイトの名が呼ばれると熱狂は最高潮を迎える。インタビューのため司会者が観客を宥めようとするも、しばらく喧騒が止むことは無かった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「それではNo.4、ダストさん!この結果を受けて何かご感想は?」

 「ありがとう。これからもよろしく」

 

 千雨は微笑みながらも簡潔にまとめ、視線でジーニストへのインタビューを促す。

 

 「…あ、ありがとうございました!それではNo.3、ベストジーニストさん!今回が…」

 

 彼女がこのようにクールな対応をするのは、自身がこの場に相応しくない人物であると思っているから…

 

 ではない。

 

 「(────まただ。またなんて言うべきか頭が真っ白になってしまった。…いや、しょうがないさ。ここに上がるのだって精一杯なんだよ?寧ろ声も震えずにあれだけ話せれば上出来といっていい。流石私、よく頑張った)」

 

 実の所、千雨は今回のように大勢の前に立って何かを話す、というのがかなり苦手だ。最初に名前を呼ばれて会釈に留めたのも、それ以上身体が動かなかっただけである。街中で何人かのファンに話しかけられる程度ならば問題なく対応できるものの、囲まれだすともう危うい。

 彼女が自身の資質に少なからず疑問を持っているのは確かだが、これに限っては単に緊張しているだけなのであった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「はぁ…ようやく一息つけそうだ」

 

 段取りが一通り終了し、舞台裏の廊下で身体を無造作に塵化させるという独特な解し方を行う千雨。満足したのか伸びと共に再び歩き出した彼女に、背後から一人の男が近付き、肩を叩く。

 

 「失礼」

 「うぇっ!?……君は」

 「私はサー・ナイトアイ。3年程前からオールマイトのサイドキックを務めさせていただいている者です。ご存知でしたか?」

 

 男は千雨に尋ねられたと考えたのか自らをサー・ナイトアイと名乗り、その素性を明かす。もっとも彼女の台詞は思いもよらぬ人物が接触してきたために飛び出した物であり、別段質問の意図があった訳ではなかった。

 

 「……いや。ごめんね、しばらくこっちにはいなかったからさ。それにしても、あの人がサイドキックか…ちょっと意外かな」

 「そう思われるのも無理はありません。私自身、熱心に頼み込んでようやく認めてもらったクチなので」

 

 千雨も女性としてはかなり身長が高い方だが、ナイトアイはそれ以上の長身だ。声をかけられて振り向いた時点から彼女がずっと見上げる姿勢でいるのを見て、ナイトアイも少し背を曲げて対応する。

 

 「成程ね。…それで、そんな君が私に何か用かな?」

 「いえ。ただ、肩に糸くずが付いていたので」

 「あれ…?本当かい?ありがとう、気付かなかったよ」

 

 彼の目的を知ろうと今度こそ明確に質問を行う千雨だが、ナイトアイは純粋にゴミを払うつもりで肩を叩いたのだと語る。しかし、それによって千雨は彼の本当の目的を理解した。

 

 「(振り向いたとき、目線合わせちゃってたっけ…『条件』は成立してるね。……そういえばオールマイトはまだAFOとの戦いで大怪我を負っていない。人の未来を予知することに抵抗はない頃か…。大方オールマイトがマスキュラーの時に私と接触したから念のためってとこだろう)」

 

 サー・ナイトアイの個性は「予知」。接触した状態で目線を合わせた相手の未来を、1時間自由に視ることができる。この能力のせいで彼自身苦しむことになるのだが、オールマイトの負傷を防ぐつもりの千雨はそれによって連鎖的に彼の心も救うことができるのではないかと考えていた。

 

 「(とはいえ、視られることが分かっていて何もしないってのも何だか恥ずかしいような気がするね。無断で盗み視ようとしてるのは向こうなんだし、ちょっとだけ意地悪してやろう)」

 

 そんな風に考えた千雨は、彼の発言の矛盾を指摘する。

 

 「でも、おかしいね…さっきまで私の肩は塵化してたんだ。糸くずが付く暇なんて無いような気もするけど」

 「……そうでしたか。であれば、私の見間違いだったのかもしれません。お騒がせして申し訳ない」

 「いや、構わないよ。君の善意は買おう。……それとも、あんまり私が美人だったもんでナンパでもしてみようと思ったとか?なんて」

 「……………」

 「…じょ、冗談だよ。怖い顔しないでくれないか」

 「……ユーモアのセンスはまだまだ伸び代を残されているようだ。では」

 

 遠回しにつまらないと言い残し背を向けてその場を後にするナイトアイ。ショックを受けた千雨は、仕返しとばかりにやや過度な悪戯を試みた。

 

 「(乙女の秘密はあんまり覗いちゃダメだよ?)」

 「!?」

 

 頭を飛ばし、ナイトアイの耳元で囁く。すぐさま彼女の方を振り返るナイトアイだったが、既に千雨の姿はなく、彼はしばらくの間うるさくなった心臓の鼓動を治めることができなかった。





ナイトアイ「(絶対ヴィランやんけ!未来視たろ!)」


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次なるステージへ

 

 今日も島で訓練中の被身子と転弧。しかし、いつもとは少し様子が違うようだ。

 

 「27…28…29…30!」

 「よし、次は腕立てね。用意」

 「はい!」

 

 「こっちだよ被身子ちゃん」

 「あう!」

 「まだまだ視覚に頼ってる部分も多いね」

 「うう…難しいのです」

 

 転弧は身体能力向上を目的としたトレーニングを、被身子は目隠しをした状態で頭の風船を割られないよう立ち回る一種の戦闘訓練を行っていた。話は数ヵ月前に遡る。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…そろそろ次の段階に移行しても良い頃だね」

 「…次?」

 

 普段通り個性伸ばしの訓練を行っていた二人だったが、千雨が不意に呟いたのを聞いて動きを止める。

 

 「そうだね。今まで二人とも個性の制御や強化、同時並行で感情との分離を頑張って来た訳だけど…一旦その辺りの訓練は終わりにしよう。といっても完全にやめてしまうつもりはないよ」

 「…成程。別のことに時間を割くって訳か」

 「そういうこと。でまあ色々考えてみたんだけど……ひとまず転弧くんは自分自身の強化をしていこうか。軽めの…といっても最初は大変かもしれないけど、筋トレと…あとはランニングとかかな?大体体育の授業の延長ぐらいに思ってくれればいいよ」

 「うげ…マジ?」

 

 千雨の言葉に否定的な反応を示す転弧。あまり身体を動かすのが好きではないらしい。

 

 「そりゃそうさ。転弧くんの個性は強力だけど、自分が動けるに越したことはないからね。私も最低限素手で戦えるぐらいの力と技術はあるよ」

 「へぇ……何か意外」

 「ま、使う機会は殆どないけどね。でも身体機能を高めることが重要なのは間違いない。できることが増えて、個性の使い方も柔軟になる可能性だってあるだろう。早速明日から始めていこうね」

 「…了解」

 

 渋々ながらも納得した様子の転弧。被身子も自身の新たな訓練が気になるのか、自分から千雨に尋ねる。

 

 「私は何をすればいいのですか?」

 「被身子ちゃんはまだそういうのは早いからね、先に簡単なゲーム形式での実戦訓練でもやってみよう。ただし……毎回何かしらのハンデを背負ってもらうよ。耳を塞いだり、目隠ししたり…あとは変身禁止とかね」

 「何だか楽しそうです!」

 「ふふっ、そうだね。あんまり気負わずにのんびりやっていこう。こういうことを他の皆がやるのはまだまだ先だから、ほんの少しだけでもスタートダッシュを決めるぐらいのイメージでね」

 

 ヒーローとしての訓練を着実に施していく千雨。言葉とは裏腹に、二人は既にライバルよりもずっと先に進んでいた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 一方で、こちらも新たな段階へ踏み出し始める。

 

 「…先生…これは?」

 「君へのプレゼントさ。もっとも、本当は別の使い道を考えていたんだけどね。お下がりのような形になってしまってすまない。喜んでくれるかい?」

 「……はは…!嬉しいよ、先生…!ありがとう!」

 

 少年の前に置かれているのは、大きなグローブにブーツ、マント、そして人の顔のマスク。ヒーローらしいグッズの数々はボロボロになってしまっているものの、マスクは新品らしく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。顔立ちは整っており、どうやら女性のようにも見える。巨悪が教え子に渡す物としてはそぐわないようにも思えるが、知る者が見ればこれ程に邪悪なプレゼントはそうない。喜ぶ少年を尻目に、彼は一人嗤う。

 

 「(素晴らしいよ…この短い期間でよくここまで育ってくれた。稀に見る逸材!天然の芸術だ!君を選んで正解だったよ…もうすでにオールマイトの顔が目に浮かんでくるようだ。怒りと憎しみに囚われた……ヒーローらしからぬ彼の顔がね。フフフフフ…さあ僕に見せてくれ…死柄木葬(しがらきほうま)。生まれ変わった君と…君の作る絶望を)」

 

 彼らが邂逅する時は、未だ遠く。





思っていたより此方の事情が忙しくなりそうです。可能なら昼にも投稿しますが、基本的には朝と夜に投稿するようになると思います。


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不審なナンバー1

細かい修正のついでに「プロヒーロー・ダスト」と「秘密の共有」の後書きにそれぞれ千雨と心詠の簡単なプロフィールを載せておきました。気になる方はどうぞ。


 様々な学校行事を挟みつつ、被身子は小学5年生に、転弧は中学2年生になった。ある程度新しい訓練にも二人が慣れてきたために仁に彼らを任せつつ、千雨はヒーロー活動に精を出す。しかしながら、ここ最近は妙なことがよく起きていた。

 

 「やあダスト!奇遇だね、調子はどうだい?」

 

 「また会ったね!これで3日連続かぁ。珍しいこともあるもんだ」

 

 「仕事がてら私が来た!何か困っていないかい、ダスト?」

 

 「(異常にオールマイトに遭遇する……!しかも大体向こうからやってくる形で!おかしい、おかしすぎる!この頃ってAFOの勢力を削るので忙しかったりしたんじゃないのかい?もう会わない日の方が珍しくなってきたよ…)」

 

 そう、ナンバー1ヒーローがやたらと彼女の前に現れるのだ。明らかにおかしいと思って千雨が質問しても、いつもはぐらかされてしまう。何かを隠しているのは間違いないのだが、彼女にはそれがはっきりとは分からなかった。

 

 「(……多分原因はナイトアイだ。あんなことを言ったけどまあ結局私の未来を視たんだろう。仮に私が彼だったとしてもそうするしね…。で、何かAFOに繋がるものが視えたとかかな。…もしかするとそのせいで疑われてたりするのかも?)」

 

 自身がヴィランとの繋がりを疑われているのかもしれないと思い、少し余計なことをしたかと反省する千雨。

 

 「(マスキュラーもどうやら一番の目的は私だったらしいし、もう既に奴には目をつけられてるだろうが…病院にあった複製のストックは全部塵にしたんだ。そう易々と手駒は増やせない筈…向こうも頭を悩ませてるのは間違いない。だとしたらナイトアイは一体何を視たんだ?)」

 

 そんな風に考えながら、各地のヴィランを片手間に退治し続ける。

 

 「(『原作』に登場してる大物で残ってるのはムーンフィッシュ、コンプレス、マグネ辺りか?今スピナーとマスタードが現れる可能性は0に近い…特に後者は年齢も足りていない。……あまり考えたくはないけど…ウォルフラムとかが出てきたりするのか?『映画』はよく覚えてないんだよね…いるなら話がややこしくなりそうだ)」

 

 千雨がそこまで思案を巡らせたその時、彼女の向かおうとしていた先に…

 

 「私が来た!」

 「(貴方が出たか)」

 

 またしてもナンバー1ヒーローが現れる。彼はあっという間にヴィランを鎮圧し、一歩出遅れた千雨に向き直った。

 

 「済まないねダスト、先を越させてもらったよ。ところで最近何か変わったことはないかい?」

 「ええ、ご心配なく。強いて言うなら貴方との遭遇頻度でしょうか」

 「はっは、それは間違いない!まあ、何かあればすぐに言ってくれ。ヒーロー同士救け合うことも大切だからね。じゃ!」

 

 そう言って跳び去るオールマイトに、千雨はついて行きながら話をしてみることにした。

 

 「待ってくださいよオールマイト。そろそろ理由を話してくれてもいいんじゃないですか?」

 「おっと。ついて来れるとは流石だねダスト。けど君の救けを待つ人々もいる筈さ。話ならまた今度…」

 「ナイトアイから聞いているんでしょう?私が彼に言ったことと…私の未来について」

 「!」

 

 常に力強い笑みを浮かべるオールマイトの表情が珍しく変わる。そのまま近くのビルの屋上に降り立ち、動きを止めた。

 

 「……その通りだよ。今日君に近づいたのもナイトアイの指示の一部さ。…これ以上詳しくは話せない。ナイトアイ曰く、不確定要素が増えてしまうそうなんだ」

 「彼の『予知』が一時的にずれ込んでしまうという訳ですね」

 

 そう千雨が補足し、オールマイトの顔は更に真剣みを増す。

 

 「………ナイトアイが言っていたよ。どうして君が彼の個性について知る素振りを見せていたのかが分からないと。…素振りどころか、確信していたようだけれどね。一体どこでそれを?」

 「私だけ教えるなんてフェアじゃないでしょう。私の未来について、知っていることを教えてください。そうすれば考えますよ」

 

 千雨の情報源を探ろうとするオールマイトだが、彼女としても未知は不安要素でしかない。できればここで彼から概要を聞き出してしまいたかったが…

 

 「……それもそうだね。お互いあまり喋り過ぎるのもまずいだろう。この辺りにしておこうか。────何かあれば言ってくれよ。すぐにね」

 「…分かりました」

 「ではね」

 

 次のヴィラン退治へ向かうのだろう、方向を変えて去っていったオールマイト。去り際の彼の態度に、千雨は若干の不安を覚えた。

 

 「(…どうやら疑われてる様子では無かったけれど…。活動限界のない…そういう意味では全盛期に近いといってもいいオールマイトがこう何度も忠告してくる程の未来が、私に?……ちょっと、楽観視はやめた方が良さそうだ)」





千雨に言及させておいてなんですが、映画版の登場人物は出てきません。まだワールドヒーローズミッションも観てませんし。


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考えうる限りの最悪

 

 それからも、オールマイトとの遭遇は毎日のように続いた。あまりに二人が一緒になっていることが多くなったために、一部では熱愛疑惑が囁かれたり、あるいは検挙数を競い合っているのではないかなどと言われることもあったが、当人たちはそれらをはっきりと否定していた。

 

 「オールマイトさん!ダストさんとの熱愛疑惑について一言!」

 「皆期待してくれてる所悪いが…彼女とはそういう仲じゃないよ。ただ同じ高校の先輩として放っておけない事情があるのさ」

 

 「ダストさん、オールマイトさんとヴィラン検挙数を奪い合っているという噂は真実なんでしょうか?」

 「まさか。勘違いだよ」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「やれやれ…最近メディアに囲まれることが増えた。勘弁して欲しいよ全く…」

 

 取材やインタビューを求められることが増加し、ますます気を休める機会が少なくなりつつある千雨。メディアの取材陣や原因であるナイトアイを恨めしく思いながらも、彼女は己の未来に懸念を抱く。

 

 「(オールマイトが繰り返し念を押す程の予知…『オーバークロック』込みのマスキュラーレベルでも多分そこまではいかない筈だ。………そうなると最早考えられる可能性はただ一つだけど…それは、本当にまずい。……のに、ない話じゃないというのが辛い所だね)」

 

 脳裏に浮かぶのは、文字通りの「最悪」。

 

 「(転弧くんのこともそうだし、リ・デストロに目をつけていたということも十分あり得る。何よりドクターの件で疑いを持たれているのは間違いないだろう)」

 

 それでも、どうか違っていてくれと千雨は願わずにはいられない。

 

 「(二人の決戦は今年。時期的に、まず私を始末しようとしてもおかしくはない。……本当に、憂鬱だよ)」

 

 そう考えながらHNに従いヴィランの出現報告があった地点に到着した彼女。しかし、そこには誰もいなかった。ヴィランも、ヒーローも、通行人さえも。────ただ一人を除いて。

 

 「(────────そう、か。こう来る、のか)」

 「こんにちはお嬢さん。今日は実に…いい天気だね」

 

 雲は分厚く、今にも雨が降り出さんとしていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ナイトアイが、千雨の未来を視た日のこと。

 

 「オールマイト。至急お話ししたいことが」

 「ナイトアイ?一体どうしたんだい?」

 「未来を視ました。ナンバー4ヒーロー…ダストの未来です」

 「……何が見えたんだ?」

 

 告げられた変えようのない未来は、一欠片の慈悲も持ち合わせてはいなかった。

 

 「…………時期は、恐らく数ヶ月後。彼女は…AFOと対峙し……命を落とす」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「……いい、天気か。見方によっては、確かにその通りだね。恵みの雨という言葉も、あることだし。中々いい感性をお持ちで」

 

 必死に言葉を紡ぎながら、後ろ手にオールマイトに連絡を入れようとして…目の前の男に遮られる。

 

 「済まないね。ここら一帯の電波は遮断させて貰っているんだ。携帯は使えないよ」

 「…ご忠告ありがとう。ところで、HNにこの辺りでヴィランが暴れていると報告が上がっていたんだ。危ないから早く避難するといい」

 

 携帯をコートのポケットに仕舞いつつ、何とかこの場を切り抜けるべく男に避難を勧めてみる千雨。当然、その提案は断られてしまった。

 

 「そういう訳にはいかないよ。わざわざ偽の情報を君の端末に流してここまで誘導したんだからさ。……悪いねぇ。君のことは本当に面白いと思ってたし、できることなら僕と友達になって欲しかったんだけど…残念ながら頷いてくれそうにないからね」

 「…話が見えてこないな。目的はなんだい?」

 「惚けなくともいい。君は僕のことを知っているんだろう?こうして目の前に立って君の反応を見てよく分かったよ。実に不思議なことだ」

 

 全て見抜かれていることに少なからず慄きながらも、千雨は必殺のチャンスを探る。後ろに組んだままに見せかけた両手を、少しずつ男の背後に忍び寄らせていく。しかし…

 

 「おっと。忘れていたよ」

 「!?」

 

 超大型の台風もかくやという暴風に押し流され、手も千雨自身も大きく吹き飛ばされてしまう。男は辺り一面を破壊し尽くす風をその身から噴き出し続けたまま、彼女に告げるように呟く。

 

 「何度も言うようだけど…悪いね。これ以上君に生きていられると、将来とても困るような気がしてならないんだ。でも安心するといい。できる限り傷つけず、美しいまま死なせてあげるからね。そして……遺体はしっかりと、有効活用させてもらうとしよう」

 

 AFO(オール・フォー・ワン)。巨悪が遂に、牙を剥く。



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未来を捻じ曲げる意志

 

 「くッ!!」

 

 暴風に乗りその場から離脱を試みる千雨だったが、彼女の塵化した身体を猛火が襲う。AFOが追撃を仕掛けてきたのだ。

 

 「おいおい、逃げないでくれよ。仮にもヒーローだろう?もっと必死に喰らい付いてみせてくれ」

 「ヒーローは時に退くこともあるのさ…!力を蓄え、全力で敵に打ち克つためにね!『地裂の鎗塵(グングニル)』ッ!!」

 

 めちゃくちゃになった一帯から塵を掻き集め、地中より無数の巨鎗を妨害として喚び出す千雨。しかし、暴風に押し負け、あっという間に霧散してしまう。

 

 「ああもうッ!!」

 「君の個性の弱点は質量はあっても重量がないことだ。操作速度を上回る勢いの風や波をぶつけられればなす術がない」

 「ご教授感謝するよ…!折角だから風以外も見せてくれないか!?ラスボスが全属性を扱うってのは定番だろう!?」

 「お望みとあらば。もっとも君が戦っているのはいわゆる『負けイベント』の相手だけどね」

 

 そう言うと暴風を収めたAFOはそのまま爆炎をその身に纏い、同時に激流を千雨に放った。

 

 「チッ!随分と臆病なんだね!そんなに私に触られたくないかい!?こんな美人にボディタッチしてもらえる機会はそうないと思うけどね!!」

 「いやはや全くだ。是非とも二人きりでお茶したい所だが…生憎とスーツがハウスダストまみれで恥ずかしくてね。一体誰のせいだろう?」

 「それぐらい気にしないさ!!私の個性で綺麗にしてあげるからすぐにその炎を消すといい!!」

 

 凄まじい波濤から逃れつつ、AFOを煽る千雨。負けじとAFOも彼女を揶揄し、千雨も更に言い返す。しかし口振りとは裏腹に、一挙に逃走の準備に入っていた。

 

 「『天絞の鎖塵(グレイプニル)』!『地裂の鎗塵(グングニル)』!────『天地塵盟(てんちじんめい)』ッ!!」

 

 天から伸びた鎖、地より出でし鎗。それぞれが千雨を囲むように絡み合い、彼女を護る籠と化した。

 

 「おや。それはいけないね」

 

 すぐさま暴風を再び巻き起こし、塵の巨籠を消し飛ばすAFO。しかし、既にその中に千雨はいない。

 

 「…随分と逃げ足が早いじゃないか」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「頼む…間に合ってくれ…!!」

 

 高く高くへと逃げながら、縋るように呟く千雨。炭化した塵は総量の半分近くに上り、頭部と両手を除いた塵の総量は大きく減ってしまっていた。そんな彼女の祈りを嘲笑うように、眼前にAFOが姿を現す。

 

 「……ワープ、か」

 「ご名答。といってもあの状況からここまで早く君に追いつけるとしたらそれぐらいしかないけどね。そうら」

 「!ぐうゥッ!!」

 

 微塵も予備動作を見せずに炎を千雨に叩きつけるAFO。彼女はそれを躱しきることができず、顔を大きく焼かれてしまった。

 

 「おっと…しくじったね。傷つけないと言っておきながら手酷く痛めつけてしまった」

 「……ご心配、なく。────ほら、この通りさ」

 「おお!素晴らしいね、お見事お見事!」

 

 残る塵を顔に回して見せかけだけの治療を行う千雨だが、そのせいで更に塵の総量が減ってしまう。AFOもそのことを見て取り、わざとらしく彼女を煽ててみせた。

 

 「しかし本当に困ったね。ここまでボロボロにしてしまうつもりはなかったんだが」

 

 AFOがそんな風に嘯く中、千雨の心は驚く程に凪いでいた。

 

 「(……通用しそうな手段はもう殆ど無いかな。そもそも触れないんじゃやりようがない。粘れるだけは粘っただろう…一切ダメージを与えられなかったってのは癪だけどね)」

 「ん?どうしたんだい、急に黙ってしまって?辞世の句でも詠んでいる所かな?」

 

 AFOのそんな煽りにも、最早反応することをしなかった。

 

 「(…後は、オールマイトに任せれば大丈夫だ。彼ならきっと何とかしてくれる。それに、今まで色々と頑張ってきたし、『原作』が始まった時点での状況は格段に良くなった筈だ)」

 「…本当に反応しなくなってしまったね。張り合いがなくて寂しいよ」

 「(…………きっと、私が居なくても…死なずに済む人たちは増えたよね?私……この世界に、必要だったよね?)」

 「それじゃあ、終わりにしようか。なあに、苦しませはしないよ。…君の教え子達は別だろうけどね」

 

 嫌らしい笑みと共に紡がれたその言葉だけは、やけに千雨の耳にはっきりと聴こえた。

 

 「(………教え子。被身子ちゃん。それと、…転弧くん。)」

 「さようなら麗しき泥棒さん。君は実に興味深かった」

 

 

 

 消えかけた灯火が────再び激しく燃え上がる。

 

 

 

 

 

 「────────────ああ、悪いね。やっぱり死ねないや

 「!?」

 

 頭と両手。残る部位を完全に塵化させ、大気に溶けて消える千雨。勿論、その程度で彼女を見失うAFOではない。

 

 「最期の抵抗がこれかい?君の個性らしく塵のように細やかなものじゃないか。しかし、残念だね…身体は回収できそうにない」

 

 炎を拡げ、散開する千雨の全てを焼き尽くそうとするAFO。己の死が間近に迫る中、蒼穹と同化した千雨は必死に願い続けた。

 

 「(…『原作』でナイトアイは、大勢で一つの未来を信じたエネルギーがあるべき未来を変えたとか何とか言ってた筈だ…!!予知はきっと、此処で私が死ぬ未来を彼に視せたんだろう!?なら、私()()が未来を捻じ曲げてやる!!まだまだ死ねない理由があるって…思い出した所なんだ!)」

 

 奇跡を。希望のバトンが繋がれたことを。

 

 「(確かにこの場にいるのは私一人だけど…()()()()()()()()皆も願ってくれてる筈!!そんでもってナンバー1…いつもみたいに言ってくれよ!!どこからともなくすっ飛んできて────)」

 

 

 

 

 

 「私が来たアアァァァァッ!!!!!

 「(…ってさ)」

 

 その拳が、未来を切り拓く。



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因縁の死闘

 「オールマイト…!殊勝なことだ!よくもまあこんな雲の上までェッ!」

 「ダストが導いてくれたのさ…久しぶりだな!オール・フォー・ワンッッ!!」

 

 千雨のおかげでここまで辿り着いたのだというオールマイト。AFOが疑問を口にするより早く、千雨が答えを口にする。

 

 『携帯ヲポケッとにシマった時…脚のナカから地めンを通して事務ショに送っておイたのさ。オールマイとに連絡スるように表示シた状態でネ。ついでに位チ座標のさービス付きだ』

 「な!?ダスト…その姿は!?」

 

 声を発した千雨の姿は目元から上までは本人のものであったが、それ以外は明らかにゴミの寄せ集めのような彩りであった。

 

 『オドろいたヨ。何ぶン全身バラバらにすルト感カクが無くなっテしまうものデね。ここマで消しずミになってイるとは思わナかった』

 「質問に答えてあげたらどうだい?僕としてもそれは気になるね」

 『見てのとオりその辺ノ塵を無理ヤ理集めただケさ。音をダすのが難しクてね、おかしな喋りカたになってしまうのは許しテくれ』

 

 AFOまでもが異形の千雨に目を移し、説明を求める。あくまでも塵操作の一環だと言ってのける彼女に、彼は改めて評価を上げる。

 

 「…君は本当に面白いね。一体いつから個性の鍛錬を?」

 『おールマイトを無視してイいのかい?』

 「!!ぐおオッ」

 

 英雄そっちのけで千雨に質問を重ねるAFOにオールマイトが殴りかかり、拳の風圧で炎を抜かれて痛打を受けた彼もようやく本気で其方と向き合う。縦横無尽な戦いは最早千雨が入る余地を残していなかった。

 

 「(これが全力のオールマイトとAFOの戦い…!間に割り込むなんて不可能だ!目で追うのもやっとだよ…!)」

 

 そうしてしばらく遠目に傍観を続ける千雨のもとに、更なる加勢がやって来る。

 

 「俊典の奴、先走りおって…!!…む!?新手か!!」

 『エェッ!?ち、違イます御老人!!ダスとです、ヒーローの!』

 

 異様な風貌の千雨を目にした老人…グラントリノは、彼女に対して構えるが、すぐさま千雨が弁解を行う。

 

 「!おぉ、本当じゃな!スマンかった、ではワシは行く!」

 

 勘違いを謝罪したグラントリノは、さっさとオールマイトの加勢に行ってしまった。それを見て、千雨も自分にできることがないかを考える。

 

 「(オールマイトやグラントリノのように炎を吹き飛ばしつつ攻撃する?いや、私の攻撃速度じゃ躱されて終わりだ。それなら…二人が隙を作った瞬間を狙おう。絶対に身動き出来なくなる場面がやって来る筈だ。…そこで全てを終わらせる…!()()()以来残しておいた最後の切り札は、ここで切るッ!!)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 千雨がドクター…殻木球大を殺害したのは、僅か4歳の時のことだった。個性の発現と同時に記憶をはっきりと取り戻した彼女は、死に物狂いで己の個性を伸ばし、彼を始末する算段を立てた。

 

 蛇腔総合病院に人の出入りが無くなる夜、塵化によって院内に侵入した彼女は病院の()にいそいそと向かっていた球大の脳の血管を「切り札」を以って破壊し、「超再生」を妨げることで彼を始末した。

 そのまま手早く彼の脳を自らの脳に置き換え、適当に大きさを調整。当然脳の細かい機能など知りもしなかったが、ある程度の模倣さえできていれば問題はなかった。

 

 そうして自らも球大の体内に潜り込み、眼をも自らのものとした千雨は、何食わぬ顔で奥へと進んでいき、個性の複製ストックを発見。あたかもそれらの「作品」を愛でているかのように振る舞いつつ、これまた「切り札」を交えながら全てのストックに触れることで塵化させる準備を終える。

 

 やるべきことを終えた千雨は再び院内へ戻り、念のために脳卒中で苦しみ倒れ込む演技をしてから球大の身体を抜け出した。残しておいた彼()()()塵を先程まで模倣していた脳と視神経を含めた眼球の形状に戻し、血管を破損させた状態で脳からの出血を演出。病院を後にした。

 

 帰宅した彼女は、全ての複製ストックをそこで塵化。こっそりと、少しずつ、それらを海へ放逐し、球大の脳と眼は操作が不可能になる…即ち、火葬されるまで維持し続けた。

 

 検死などの際に虹彩認証でもされれば異常が発覚し、AFOに見つかってしまっていたかもしれなかったが、どうやら上手く隠し通せたらしい。

 

こうして数多の幸運の末、千雨は初めての「改変」を果たしたのであった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「俊典、合わせるぞ!!」

 「オオオオッ!!!」

 「ぐッ…ク、クク。いやに必死な形相じゃないかオールマイト。僕のことが憎いかい?」

 「黙れェッ!!お師匠の仇はここで討つッ!終わりだ…AFOッ!!」

 「甘い…ッ!?」

 「させねェよ」

 

 二人がかりでついにAFOを追い詰め、渾身の一撃を放たんとするオールマイト。迎撃しようとしたAFOだったが、グラントリノのカバーによって妨げられてしまう。そして…

 

 「DETROIT SMAAAAAAAAASH!!!」

 

 AFOの顔面に全力を叩き込んだオールマイト。そしてそこを狙った千雨の切り札が巨悪を捉える直前…

 

 「な…何ィッ!?」

 「消えた…!?」

 「(ワープ…!?逃げたのか!?早すぎる!!)」

 

 AFOの姿が掻き消えた。混乱する3人の耳に、彼の声が木霊する。

 

 『残念だよオールマイト。できるなら君との決着をつけたかったけど、これ以上は…厳しそうでね。良き理解者がいなくなってしまったものだから、本当は致命傷は避ける必要があったのさ。……ああ、ダメだ。何も見えない、聞こえない。酷い奴だよ君は…僕の友人たちを奪い、その上僕自身からも奪うのか。クックック、君が僕を憎む気持ち…少し分かった気がするよ』

 「き、さまァァッ…!!」

 

 一方的に喋りながら、オールマイトを嘲るAFO。そして彼は、千雨にもその矛先を向ける。

 

 『いつの日かまた会おうオールマイト。次こそはその師匠譲りの間抜け面をぐちゃぐちゃに歪めて惨たらしく殺してあげるよ。そして…ダスト。詳しくは解っちゃいないが…ドクターとストックを僕から奪ったのは君だね?当時の君は幼児に過ぎない筈だけど…そこが本当に面白いよ。待っててくれ、僕の邪魔をしてくれたお礼はたっぷりしてやるからね』

 

 声は止み、ただ空に立ち尽くす3人。戦いは終わったが、雨雲は彼らの降りる地上をしとどに濡らしていた。





実際本人と見て分かる状況で虹彩認証とかまでは流石にしないと思います。脳の記憶を取り出したりも多分出来ないでしょうし。どうしても納得できないって人は検死官が破茶滅茶に無能だったんだと思っておいてください()


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打ち明ける、お互いに

 

 AFOとの戦いからしばらくして、千雨はオールマイトに呼び出された。呼び出し先にはグラントリノとナイトアイもおり、何らかの重大な話をするのであろうと推測できた。

 

 「やあダスト。…まだ怪我は完治していないのか」

 「そうですね、これを怪我と呼ぶのであれば。まあそろそろ日常生活に支障がなくなってきた頃ですし、お気になさらず」

 

 千雨は未だ頭部の分しか塵の回復が進んでおらず、大部分を他の塵で補った姿のままだった。それでもそんな彼女を見て、ナイトアイは目を見張る。

 

 「……本当に。生きて、いたのですね」

 「ああ。ご覧の通りね」

 「………未来は…変わったのか」

 

 動揺するあまり、今にも座り込んでしまいそうな彼をオールマイトが支えつつ、彼らは本題に入る。

 

 「もう察しているとは思うけど…ここに君を呼んだのは、この間のヴィラン…AFOについて話しておこうと思ったからだ」

 「奴は超常黎明期から現在に至るまで、絶えず歴史の影で暗躍し続けてきた。個性によって寿命なんてもんは克服しちまったんだろうよ」

 

 グラントリノがAFOの概要を話す。千雨は敢えて自らがそれに続けた。

 

 「そんな彼の『個性』はヴィラン名そのまま『AFO』。他者の個性を奪い、自らのものとし、時に他者に分け与える。それによって多くの信奉者を得てきた訳だ」

 「な…!?………お前さん…一体」

 「…ダスト…君はどうしてそこまで?ナイトアイの個性の件といい、知っていることが不思議でならない」

 

 千雨は彼らがAFOについて話してくれる気になったことを受け、自らもある程度は誤魔化しつつも一部の真相を語ることにした。

 

 「私、記憶を持っているんです。AFOとOFAのルーツについても、志村菜奈さんについても知っています。ナイトアイの個性のことも、そうやって知りました」

 「!?」

 「………おいおい。どうなってやがる」

 「OFAの、ことまで…!?」

 

 驚く3人を尻目に、彼女は言葉を繋ぐ。

 

 「記憶の出処までは、残念ながら。けれど私の記憶通りなら、志村転弧くんが家族を殺め、AFOによって凶悪なヴィランへと変貌する未来が来るはずでした。この前の戦いで、オールマイトがAFOと痛み分けになる未来が来るはずでした」

 「……だが、そうはならなかった」

 「…待ってくれ。ずっと、気になっていたんだが…志村転弧、というのはまさか」

 「オールマイト、恐らくは貴方の考えている通りです。転弧くんは貴方のお師匠の孫ですよ」

 「────」

 

 あまりの衝撃に硬直するナンバー1。グラントリノも思わず溜め息を吐く。

 

 「…それが、ヴィランに、か……どうやら俺たちはAFOのことをまだまだ甘く見てたらしい」

 「…しかし何故それほど多くの未来を変えることが?……私自身ですら、予知で見た未来を覆すことなど不可能だと思っていたのに」

 「君の予知とは違うからね。私の記憶には、絶対に私が出てこない。私の視点だからとかじゃなくて、そもそもそこに居ないんだよ。だから、知っているのは私がいない世界の記憶なんだ」

 

 千雨はナイトアイの予知とは事情が違うことを説明しつつ、それでも未来の不確かさを述べる。

 

 「でも未来なんて普通は誰にも分からないものさ。予知という形でそれを視ることができてしまう君は、気付かないうちに自分の個性が未来を確定させてしまうものだと思い込んでいただけだよ」

 「……予知はあくまで、予知でしかないと」

 「沢山ある可能性の一つをたまたま視ただけ。大事なのは変えようと心の底から思うことじゃないかな?私、死にたくなかったからね。…皆も、そう思ってくれてたみたいだったし」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『たダいま』

 「────千雨さんッ!!!」

 「だ、大丈夫ですか!?」

 「…何だよ、それ!死んじまったりしねえよな、オイ!!」

 「……ダストさんは、このぐらいでどうにかなったりしませんよ。……………でも、心配したんですからね」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「……確かに私が視た未来は貴女が命を落とす未来だった。だが……未来を変えようとする意志、か」

 

 噛み締めるように呟くナイトアイ。彼もまた、変えられない未来に何度も苦しんだのだろう。千雨は希望を示してやれたことに満足していた。

 

 「…ダスト。転弧くんのこと、本当にありがとう」

 

 そこでようやく、固まっていたオールマイトが口を開く。出てきたのは千雨への感謝だった。

 

 「君がいなければ、どうなっていたかと思うと…感謝してもし切れない」

 「俺からも礼を言う、嬢ちゃん。アイツの想いを、護り抜いてくれたことに。ありがとうな」

 

 親友の決意を、覚悟を台無しにされずに済んだことを喜ぶグラントリノ。彼らにとってダストは疑いようもない恩人だった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「それじゃあ勿論今日の話は他言無用でな。大勢を巻き込む訳にはいかねえ」

 「ええ。またお会いしましょう、グラントリノ。オールマイトとナイトアイも」

 「ああ!君から受けた恩、必ず返してみせるからさ」

 「…本当にありがとうございます、ダスト。貴女の存在は、きっと私の未来も大きく変えた。視るまでもなく、そう確信できる」

 

 紆余曲折はあったものの、「原作」開始までの最大の山場を乗り越えた千雨。彼女の帰路は、実に穏やかなものだった。



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雄英を志望するということ

 

 その年のビルボードチャートは特に大きな順位の変動を見せなかった。千雨もAFOとの戦いで壮絶な消耗を経験したものの、上手く身の回りの塵で減少した分をカバーして精力的に活動したことで検挙率3位をキープ。支持率の差でベストジーニストには及ばなかったが、チャート4位に留まることができた。

 

 それと同時に、転弧の中学2年生としての生活も終わりに差し掛かり、そろそろ受験を見据えて計画を立てる時期が来ていたのである。

 

 「というわけで…どこに行きたいんだい、転弧くん?」

 「雄英」

 「へぇ?大きく出たじゃねえか」

 

 千雨の問いに揺るぎなく答えた転弧。仁が意外そうな反応を示すが、それを受けてか転弧自身が補足する。

 

 「…ヒーローを目指す上では、きっと最良の選択だと思う。届かなくたっていい、挑戦してみたいんだ」

 「それに千雨さんと同じ高校ですもんねぇー!」

 「……まあ、それも…ある」

 

 被身子が少しばかり揶揄うように話し、それでも転弧も否定はしない。一連のやり取りを見ていた千雨は、今一度転弧に覚悟を問う。

 

 「雄英出身者だからこそ言うけど…本当に大変だよ?入るまでも、入ってからも。毎年のようにプロヒーローのスーパールーキーを輩出するカリキュラムは伊達じゃない。周りも皆本気でトップを獲りにいく。油断してるとあっという間に置いていかれる…それを知っても目指すのかい?」

 「うん」

 「…合格だよ、転弧くん。どうやら君の精神はもう既に立派なヒーローのようだ」

 

 脅すような千雨の物言いにも怯まず、はっきりと頷いてみせた転弧。千雨は彼を本気で雄英に入学させることを決意した。

 

 

 

 「それじゃあまず勉強から何とかしようか。今のままじゃ筆記試験絶望的だからね」

 「……うん」

 

 無情な現実も、ヒーローにとっては乗り越えるべき試練だ。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「え!?志村雄英目指すのか!?」

 「うん。折角だから頑張ってみようと思ってさ」

 「凄いなぁ…。推薦入学?」

 「………いや。内申点が多分……」

 「あ、あはは。成程ね…」

 

 学校で進学先の話をしていた時、転弧が話した志望校に友人たちも驚く。通知表を見た千雨が「一般入試一択だね」と即断していたなと思い出しつつ、転弧も皆と意見を交わした。

 

 「そういえば、他のクラスにも雄英行くって言ってる奴が居るって聞いたことあるな」

 「ヒーロー志望といえば、ってとこあるしな。目指す奴が多いこと自体は不思議じゃねえと思うぜ」

 「そして3年の二学期、現実を思い知るまでがセット」

 「もう。志村くんがいる前でそんなこと言っちゃダメだよ」

 

 彼らの多くは雄英のヒーロー科に合格すること自体夢物語であると考えているらしい。それもそのはず、かの部門は年によっては偏差値80にも肉薄する程に難関であり、並の人間が通過することができるほど生易しいものではない。共通認識というものを目の当たりにし、改めて自身の選択が険しい道のりであることを確信させられた転弧であった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「遅い」

 「くっ!」

 「今のは目で追うより聞いた方が早かったよ。足運びも良くない、もっともっと効率的に動けるはずだ!」

 

 勿論勉強のみならず、戦闘訓練も欠かさない。特に実技試験の内容を考えて、千雨は転弧の聴覚や機動力を重点的に強化していた。

 

 「(私の時もそうだったし、実技試験は例のロボット撃破競争だろう。転弧くんの個性ならレスキューポイントよりヴィランポイントを稼ぐ方が効率的だ。……正直始まった瞬間にフィールドごと崩壊させてしまえばいい気もするけど…多分やり直しになるか、最悪失格になってしまうかもしれない。一応街を模したものだし、過度な破壊は減点対象になるんじゃないかな)」

 「ふッ!やあッ!」

 「(そういえば実技試験の内容って外に漏らしちゃいけないんだっけ?先生達がそんなことを言ってたようなそうでもなかったような…何にせよ教えてしまったら転弧くんのためにもならないしね、黙っておいた方がいいだろう)」

 

 考え事をしながらも転弧をいなし続ける千雨。彼女を捕らえることに躍起になる転弧だったが、もう一人の千雨が彼を羽交い締めにする。

 

 「あっ!?」

 「後ろにも注意だよ。目の前の相手に必死になりすぎないこと」

 「今急に増やしたじゃないかぁ!」

 「そんなことないよ。仁くんに予め増やしておいてもらったのを待機させてただけだからね。常に不測の事態に備えておくことも重要さ」

 「くっそ〜!!」

 

 忍び寄る千雨のコピーに気付けなかったことに悔しさを隠せない転弧。しかし、その後も手を替え品を替え訓練が続く中、日に日に彼の対応力は向上していった。



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様々な変化

 

 「おおっ?」

 

 ヒーロー活動をこなしながら、携帯でネットニュースを閲覧していた千雨。その中に見過ごせない記事があったことに気付く。

 

 『経歴不明!?謎多き新人ヒーロー「スタンダール」活動開始!!』

 

 そんな見出しと共に掲載された写真には、仮面をつけた一種侍のようにも見える男が写っていた。

 

 「(成程…そっちを名乗った訳ね。まあそりゃそうか、『ステイン』はヴィラン名であって彼が考えた名前じゃないし)」

 

 記事には当たり障りのないことばかりが書かれており、碌に取材をしていないのであろうことが窺える。

 

 「(十中八九断られたんだろう。『まだその時ではない』とか思ってたりして。……ただ、何も話さなかったってことでもないみたいだ。『信念の赤』と『不撓の黒』ね…まあ、彼らしいんじゃないかな?)」

 

 独特のキャッチコピーを掲げた「スタンダール」。彼の新たな門出を祝福しつつ、いつの日か再び会うことを楽しみにする千雨だった。

 

 

 

 「(…でも、よく免許取れたね…。………ちゃんと正規の免許だよね?)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 所変わり、ナンバー1ヒーローの事務所にて。

 

 「サイドキックを辞める?一体どういう風の吹き回しだい、ナイトアイ」

 「……色々と考えてみたんだ。これからも貴方の隣で補佐をするのか、あるいは何か他の道に進むのか。…そうした中で、独立して事務所を立ち上げてみてもいいかもしれないと」

 「…理由を聞いても?」

 「………OFAの後継者を育てたい。けれど…貴方はその必要はないと考えているんだろう?」

 「……そうだね。AFOは生き永らえたが、十分追い詰めた。私の代で、決着はつくさ」

 

 そう語るオールマイトを、悲しげに見つめるナイトアイ。ぽつぽつと、彼は自身の考えを述べる。

 

 「…5年。貴方と共にいた時間だ。だからこそ、なんだ…。大多数の人間は気付いちゃいないが…貴方の衰えを私は理解している。抗いようのない…老いという衰えだ」

 「…」

 「貴方の気持ちは分かっている…!因縁を次世代に持ち込むことが心苦しいのだと!これ以上誰も巻き込みたくはないのだと!そう思っているのは痛いほどに知っている!」

 「だったら何故…」

 「…貴方を…ただ、休ませてやりたい。次なる平和の象徴が生まれれば、もう貴方が無茶をする必要なんてなくなるんだ…!だから…」

 「分かったよ、ナイトアイ。…君は君がしたいようにすればいい。でもね、私は無茶なんてしてないよ。救けたいから救けるのさ。…そんな悲しい顔をしないでくれ。ひょっとしたら、心変わりするかもしれないだろう?そうでなくとも君が良きヒーローを育てることに間違いはないんだ」

 

 心の内を吐露するナイトアイに対し、あくまで諭すように話すオールマイト。双方の心はあまりにも優しくぶつかり合っていた。

 

 「………サイドキックとして過ごしたこれまでの日々は…私の宝物だ、オールマイト。ありがとう。そして、きっと貴方を納得させてみせる。安心して全てを託せる、そんなヒーローを…育て上げよう」

 「フフフッ…そいつは楽しみだ。期待してるぜ、相棒。…またな」

 

 どちらも折れることはなく、それでもひとまずは円満な決着を迎えた二人。握手を交わし、それぞれの道を歩み始めたのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 そして、此方でも。

 

 「リ・デストロ!!どういうことですか、あの声明は!!」

 「言葉の通りだトランペット。異能解放軍は活動を停止する」

 「一体どうして!?」

 「……どうしてだろうな。ただ何となく、そうしたくなったんだ」

 「…な、何を言うかと思えば…!今まで我々は何のために…」

 「いい加減にしろトランペット。リ・デストロのお言葉はデストロのお言葉に同じ。黙って従え」

 「スケプティック!!お前はそれでいいと言うのか!?」

 

 四ツ橋力也が「異能解放軍」に向けた発表。それは、当面の間解放運動を中止するというものだった。これにトランペットはひどく狼狽し、四ツ橋…リ・デストロに食ってかかる。しかし彼は曖昧な返事しかせず、スケプティックも追従するばかりだった。

 

 「…なあ、トランペット。異能解放を成したその先を…お前は想像できるか?」

 「勿論ですリ・デストロ!!我らは悲願の成就に喜び、社会は新たな姿に生まれ変わり……それで…」

 「……出てこないんだろう?どうやってその世界を生きていくかのイメージが。私も、そうだった」

 「…」

 

 愕然としたまま黙り込むトランペットに、そして側にいるスケプティックに、呟くように四ツ橋は続ける。

 

 「するとだな…今まで解放運動にかけていた情熱が、綺麗さっぱり消えてしまったんだ。……一体何のためにこんなことをしてきたのか、分からなくなってしまった」

 「リ・デストロ…」

 「それに……異能の抑圧なき社会で私が生きていくというのは即ちストレスに塗れた人生を送るというのと同義でね。…考えただけでもうんざりしてしまったよ」

 

 苦笑いしながらそう話す四ツ橋。こめかみの黒いアザは、終始殆ど分からないままだった。





リ・デストロって異能解放したあと本当にどうするつもりだったんですかね?毎日馬鹿みたいにストレスを抱えながら生きていくつもりだったんでしょうか。


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受験当日

 

 月日は流れ、早くも転弧の雄英受験の日がやってきた。一年間猛勉強と猛特訓を重ねた彼の顔は、心なしか随分と凛々しくなったように思える。

 

 「それじゃ、行っておいで。気負わずに、リラックスしてね」

 「うん。…行ってきます」

 

 かつて幼い頃に千雨とくぐった門を、今度は一人でくぐる転弧。千雨は過ぎし日を想い、彼の成長に目を潤ませた。

 

 「(……本当によく、ここまで立派に育ってくれた。君ならきっと大丈夫さ。存分に力を発揮してくるといい)」

 

 校門の前に立つ千雨を見て、受験生達も彼女を二度見する。声を掛けようとした者もいたが、実行に移すより早く千雨はその場から消えてしまった。

 今日も彼女はヒーローとして活動する。己の教え子は必ずや結果を出すに違いないと、そう確信しながら。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 筆記試験はあっという間に終わった。転弧は自身の解答にやや不安を抱きながらも、合格点には到達しているだろうと考えていた。そして、教員により実技試験の内容が説明される。

 市街地にて出現したヴィランという名目で配置されたロボットを撃破していく形式の試験。各タイプ毎にポイントが割り振られており、さらには「お邪魔キャラ」として0ポイントのロボットまで登場するという。転弧は話を聞きながら、既に攻略のイメージを練り始めていた。

 

 「(単純に高ポイントのロボット程攻略難易度は高いのか。下手するとこっちが行動不能になるような攻撃なんかもしてくるかもしれないな…とにかく遭遇次第速攻で壊してしまうべきだ。0ポイントってのが気になるけど…まあ、後は臨機応変に対応していこう。ここまで来たんだ、焦る必要は無いさ)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「はいスタート」

 

 放送の声を聞くや否や、転弧は真っ先に飛び出す。そのまま後方の喧騒とは別に、周囲から聞こえてくる音を意識していた。

 

 「(大体右斜め前辺りに一体。さらにその奥に多分もう一体。……上の方にもいるな。いきなり結構出てくるじゃないか)」

 

 予測通りに建造物の影から現れたロボットを一瞬で粉々にすると、攻撃準備に入っていた奥の別タイプのもう一体にも高速で接近し破壊。上に陣取ったロボットに対してはお仲間の残骸を投擲することで機能を停止させた。

 

 「(他の受験生たちも動き出してる。ここからは早い者勝ちってことか…それにしても、千雨さん実技試験の内容知ってたみたいだな。確かにこれは目で見て確認するより動き回って音を聞いた方が早い。きっとあの人の時と同じ内容なんだ)」

 

 師の方針の的確さに感謝しつつ、次から次へとロボットの動きを止めていく転弧。訓練の成果が明瞭に出たか、不意をつかれるということもなく順調にポイントを稼いでいった。

 

 「うわ…くそッ!思ったより強い…うおっ!?」

 「悪いな。怪我は?」

 「…い、いや。大丈夫だ」

 

 時には返り討ちにされている他の受験生を救けるついでにロボットを破壊してみせたり、

 

 「次は…えっ?」

 「まだ動いてた。油断禁物だよ」

 「あ、りがとう…」

 

 対処が甘い受験生の尻拭いをしたり。彼自身気付いていない()()()()()()も着実に稼いでいた中で、それは現れた。

 

 「オイオイ!!なんだあのバケモン!?」

 「アレが0ポイントだろ!?倒しに行くバカが出ねぇようにってよ!!逃げるぞ!!」

 

 ビル群を薙ぎ倒しながら派手に登場した超巨大ロボット。事前説明にあったお邪魔キャラというのはあいつのことか、と転弧は思いながら、同時にどうすべきかを考えていた。

 

 「(皆が逃げてる所のロボットも狙えるし、ほっとくのがベストのような気もするけど…予想外の事故が怖いしやっちゃうか。それに…多分千雨さんだって……そうした筈だよな!)」

 

 臆することなく0ポイントに立ち向かう転弧。なお、彼は預かり知らぬことだったが、入試時目立たないよう手を抜いていた千雨は普通に0ポイントを無視していた。

 

 「足元が…お留守だぜッ!」

 

 破壊規模ばかりが目立つ0ポイントだが、他のロボットに比べて動きは鈍重。手で触れればどうとでもできる転弧の敵ではなかった。

 

 「お、おい!アレ見ろよ!」

 「0ポイントが…崩れてくぞ!?」

 

 受験生達の驚く声が広がり、その後すぐに彼らが再び転弧の周辺に近づいてくる。取り残したロボットを戴いてしまおうという訳だ。

 

 「(俺もさっさと……!)」

 

 その時転弧は、0ポイントの破壊痕に巻き込まれた受験生を発見する。瓦礫に埋れ、明らかに気を失っているようだった。

 

 「(────)」

 

 転弧の身体は、考えるより先に動いていた。

 ただ目の前の人間を救うべく、受験のことも忘れて駆け出す。瓦礫を手早く崩壊させ、声を掛けた。

 

 「おい!あんた、大丈夫か!?」

 「…うっ…?」

 「……意識、戻ったな。よかった」

 「…あれ?私、何してて…?」

 

 気を失っていたためか、僅かに混乱している様子の彼女。転弧もまた現状を思い出し、彼女に語りかける。

 

 「雄英の実技試験中だ。思い出せたか?」

 「………あぁっ!?や、やばい!!ありがとね誰かさん!!」

 「え!?お、おい!」

 

 先程意識を取り戻したばかりだというのに妙に元気に去って行った彼女を見て、流石に唖然とさせられる転弧。気を取り直してロボット退治に励みつつ、じきに終了の合図が出たのだった。



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ヒーローアカデミア

 

 「転弧くん、それ…」

 「…雄英から」

 

 労いの意味も込めて、久々に自宅でゆっくりしていた千雨と転弧。彼らの元に雄英から一通の郵便物が届けられる。入試結果を発表する、合格通知だ。

 

 「…一人で見る?」

 「いや。ここで見るよ」

 

 覚悟を決め、そのままリビングで封筒を開く転弧。中には円形のデバイスのような物が入っており、疑問に思うより早くそこから映像が投影された。

 

 「…この人」

 「根津校長だね。小さい頃に一度会っただろう?」

 

 現れたのはごく小さな人影。鼠の姿をした人…否、人のように振る舞う鼠が、言葉を紡ぎ始める。

 

 『やあ。遅くなってしまったけれど、入試お疲れ様。気になっているだろうし、早速本題に移るとするよ。今回、君の成績は筆記・実技共に素晴らしいものだった。特に実技試験は文句なしのトップさ』

 「……え?」

 「…ふふっ」

 

 告げられた内容に思わず声を漏らす転弧。千雨は笑みを浮かべ、肩の荷が降りたような気分になっていた。

 

 『おめでとう。今日からここ雄英高校が…君のヒーローアカデミアだよ』

 

 それからも細かい日程などが根津から説明されていくが、転弧の耳には最早届いていない。

 

 「…千雨さん、俺、おれ…!!」

 「私からも言わせて貰うね。…おめでとう、転弧くん」

 「…やった…!はははっ、やったよ…!!」

 

 感動のあまり泣き笑いする彼を、千雨は優しく抱きしめ続けた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「お母さん。…俺、合格したよ」

 『…まあ……!!凄いわ、転弧!本当に、凄い…!』

 

 家族にも自身が雄英に合格したことを伝える転弧。そのまま会話を続ける中で、母は転弧に一つの質問をする。

 

 『……ねえ、転弧。…お父さんのこと、どう思ってる?』

 「……」

 

 しばらくの間黙りこくる転弧。彼の母は静かに、我が子が話し出すのを待った。

 

 「…正直…まだ少しだけ痼りはあるよ。……でも、きっとお父さんにも事情があったんだっていうのは…もう分かってる。だから、さ。もう少しだけ…待ってて」

 『…うん。ずっと待ってるわ。…大好きだよ、転弧』

 「…俺も、皆のこと大好き。それじゃあね」

 『ええ、またね』

 

 彼の父との確執は殆ど消えてなくなりつつあった。恥ずかしげに家族の愛に応える転弧。彼らが元の形に戻る日も、そう遠くはないだろう。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…何かまた緊張してきたな」

 

 雄英の校門前。入学式当日、転弧はまたしても受験日のような緊張感に襲われていた。

 

 「(大丈夫だ、平常心平常心。1-Aまでゆっくり、一歩ずつ…)」

 

 思考まで硬直しつつある彼だったが、そこに聞き覚えのある声がかけられた。

 

 「あれ?あの時の誰かさんだ!やっぱり合格してたんだね!」

 「!?…あんた確か…気ぃ失ってた人。怪我大丈夫だったか?」

 「え?あぁ、アレは違うんだよ!前日ちょっと夜更かししちゃってさー、うっかり寝ちゃったんだよね。君が起こしてくれなかったら本当にやばかったよー!改めてありがとね!」

 「…寝てた?とんでもねえな…」

 

 転弧の質問に常軌を逸した答えを返す少女。若干の呆れを覚えつつも、転弧は彼女に名前を告げる。

 

 「俺は志村転弧。あんたは?」

 「!そっか、自己紹介!あたし那珂美智榴(なかみちる)。よろしくね、志村くん!」

 「よろしくできるかどうかはクラス分け次第だと思うけど…まあ、よろしく。ちなみに俺A組ね」

 「じゃあ大丈夫だ!あたしもA組だもん!」

 「そか」

 

 お互いに名乗り終え、同じクラスであることも分かった転弧と美智榴。二人はそのまま他愛もない話をしながら、何処へともなく歩き始めた。

 

 

 

 「……なあ、教室何処だっけ?」

 「分かんない!うっかり見てなかった!」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 どうにか教室に辿り着いた転弧たち。しかし息つく暇もなく、担任と思しき教師が後から入ってくる。

 

 「さあ皆、とりあえず座って座って!……うん、素直でよろしい!ひとまずは入学おめでとう!この後すぐに入学式があるから、簡単にだけど自己紹介しておくわね。私は18禁ヒーロー『ミッドナイト』!一年間このA組の担任をさせてもらうから、よろしくね!」

 「(…これまたとんでもないな……主に格好が)」

 

 入ってきたのはボンテージに全身タイツとでも言うべき格好をした女性の教師。朝から色々な出来事が起きすぎていることに、転弧はそろそろ辟易してきていた。

 

 「18禁なのに私たちの担任しても大丈夫なんですか!?」

 「ご心配なく、肩書きだけよ!」

 

 ある意味真っ当な質問を堂々と行う美智榴に対し、これまた堂々と返すミッドナイト。一同はそのまま体育館へと向かい、特に何の変哲もない…強いて言うなら滅茶苦茶校長先生の話が長い入学式を終えたのだった。





[New Profile]
Name:那珂美智榴
Hero Name:未定
Birthday:5/23
Height:160cm
好きなもの:歯応えのあるもの
個性:???


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空前絶後のうっかり屋

 

 個性把握テスト。入学式の翌日、そういったものがあるとミッドナイトから説明を受けた転弧たちは、体操服に着替えてグラウンドに集まっていた。

 

 「それじゃあ改めて説明するわね。個性把握テストっていうのは、小学校や中学校の時に皆がやったと思う体力テストとはちょっと違うの。科目自体は殆ど変わらないけど…個性を思いっきりフルで使って全力で高スコアを目指すことができるのよ!成績順にランキングも出るから、是非トップを狙ってみてね!」

 「へぇー!面白そう!」

 「(…多分だけど…苦手な分野かな)」

 

 何人かがはしゃぎ出し、美智榴も目を輝かせる。だが、転弧をはじめとしてそういった反応をしていない者も多かった。それを見てか、ミッドナイトが補足を行う。

 

 「勿論、いいスコアが出なかったからといって気にやむことは無いわ。あくまでも個性を把握するという名目だから、別分野が得意な個性を持っている子はその時に頑張って!ただ、苦手分野を克服するというのもヒーローとして重要なことだから、忘れないようにね」

 

 説明を終え、早速準備を始める彼女。転弧も千雨との訓練を思い出し、自分に出せる全力で臨むことを決めたのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 そして、いざ終わってみれば発表された総合順位で転弧は20人の中の上位に収まっていた。実質無個性の状態でありながら、プロヒーローと長い間鍛錬を続けてきた彼の身体能力は増強系個性を持つ生徒にも負けない程のものになっていたのである。

 

 「志村すげぇな…!個性使ってたのか?」

 「いや。昔からトレーニングはしてたからね」

 「くぅー、耳が痛えなぁ!個性に感けて碌に鍛えてこなかった自分が恥ずかしくなってきたぜ」

 

 クラスメイトと話しながら、転弧は改めて順位を見返す。彼にとっては意外な結果を出した人物の名が、視線の先にはあった。

 

 『1 那珂美智榴』

 

 ほぼ全ての科目で凄まじいスコアを記録した、転弧の高校生活初めての友人。しかし、いずれの科目でも別段見て分かる変化は彼女にはなかった。

 

 「(単純な増強系の個性か…でも外見には反映されないのか?それに持久走は最初こそ凄いペースだったけど後半は結構息切れしてた気がする。……うーん、気になるなあ。面と向かって聞いてみるのはちょっと恥ずかしいし…)」

 「ボーッとしてどしたの、志村くん!」

 「おおっ!?…那珂。…その、考え事しててね」

 「へぇー…ていうか、どう!?凄くない!?1位だよあたし!ナンバー1!!オールマイトとお揃いだぁ!」

 「あーうん凄いよ」

 「何か冷たくない!?」

 

 能天気な美智榴に適当な相槌を返す転弧。これほどまでに積極的に絡んでくる相手は初めてで、彼は毎度面食らってばかりだ。

 その後も美智榴の個性を推測しようと試みる転弧だったが、結局結論を出す前に答えを知る機会が訪れることになる。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「オクナイタイジンセントウクンレン?…って何ですか?」

 「そのままよ那珂さん。詳しいことは訓練場で話すから、各々ヒーローコスチュームに着替えて集合ね!」

 

 屋内対人戦闘訓練。その後のミッドナイトの説明によれば、ヒーロー役とヴィラン役に2対2で分かれてそれぞれが目標達成を目指す実戦形式の訓練なのだという。

 ヴィラン側は核兵器を隠し持っているという設定で、それをヒーロー側が確保するかヴィラン側を行動不能にすればヴィラン側が敗北、ヒーロー側を行動不能にすればヒーロー側が敗北というルールになっているようだ。割り振りがくじ引きで決められていく中、既に引き終わった、あるいは自分の番を待っているクラスメイトたちは談笑に勤しんでいた。

 

 「志村くんのコスチュームカッコいいねぇ!」

 「…そう?ありがとう」

 

 そんなこんなで初お披露目となった転弧のヒーローコスチューム。夏場は随分と暑そうな暗色のコートは、明らかにダストを意識したものであった。

 そんな転弧を褒める美智榴のコスチュームはやはり外見的特徴の少ないグローブやブーツに加えて全身を覆うようなヒーロースーツ。お互いまだまだ個性に即したコスチュームを考案することはできていないようだ。

 

 「…ダサい?」

 「…正直ちょっとだけ思ったかも」

 「そんなぁ…戦隊ヒーローだってこんな感じだよ?」

 「好きな人は好きだと思うよ」

 

 転弧だけでなくジロジロと奇異の視線を向けられていることに気付き、思わず転弧に尋ねる美智榴。率直な感想を述べられ、少しばかりヘコんだ様だったが…すぐに立ち直り、彼に向き直る。

 

 「まあ、いいや!とにかく見てて!ヒーローらしくカッコよく勝ってみせるから!」

 「…うん。期待してるよ」

 

 くじ引きの結果が出るとともに戦闘訓練の順番も割り当てられて行く。偶然にも、美智榴のペアは一回戦だった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『それじゃ、用意…始めッ!』

 「っしゃあ!んじゃ作戦通り…っておい!?」

 「うおおお!!あたしが来たッ!!」

 

 何らかの作戦会議があったであろうにも関わらず、いきなり突っ込んでいく美智榴。興奮しているのか、相方の制止も聞かずに突撃を続ける。

 

 「!?……甘い、そんな無策では────」

 「スーパーラリアットォ!!」

 「ぐえっ」

 

 そのまま彼女はヴィラン側の一人を正面からノックアウトすると、どんどん上に進んでいく。そして…

 

 「あったァ!核兵器確保しまーす!」

 「や、やらせないよ!」

 

 索敵型の個性を持っていたのか、核兵器の近くに待機していたもう一人のヴィラン役の生徒も迫り来る彼女に応戦する。しかし、

 

 「ちょちょちょ!無理だって!那珂さん止まってええ!」

 「無駄だよっ!正義は勝つ!はいタッチ!」

 

 人一人にしがみつかれながらもそれを意に介さず核兵器を確保する美智榴。そのままミッドナイトから終了の合図が出された。

 

 「やべぇなアイツ…色々と」

 「どうなってんだ?個性把握テストの時も凄かったけどさ」

 

 どよめくクラスメイトに、ミッドナイトが驚きの言葉を放つ。

 

 「那珂さんのことを凄いって思うのは当然かもしれないわよ?彼女、本当は推薦入学する予定だったんだから」

 「…何だって?」

 

 思わず聞き返す転弧。さらにミッドナイトの個人情報暴露は続く。

 

 「けど彼女、うっかり入試日を1日間違えて試験を受けられなかったの。びっくりでしょ?」

 

 『おい那珂ァ!作戦はどうしたよ作戦はァー!!』

 『あ〜!ごめ〜ん、うっかりしてたぁ!!』

 

 繋がったままの音声から、そんな会話が流れてきていた。





美智榴以外のクラスメイトは多分モブのまま終わります。出しても全員を活かしてやれないと思うので…。すまない有精卵の少年少女。


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ライバル

 

 「先生、那珂さんの個性って…」

 「!」

 

 クラスメイトの一人が、期せずして転弧の知りたかったことをミッドナイトに問うた。

 

 「彼女の個性は『密度』。簡単に言えば自分の身体の密度を上げ下げできるみたいね。本当はもう少し細かいようだけど、とりあえず密度を上げればそれだけ強く頑丈になっていくと思っていいわ」

 

 那珂美智榴…個性「密度」。筋肉や骨、皮膚など、自身の身体構造の密度を変化させられる。体積は変化しないため、密度を上げればその分質量が増して頑強になる他、筋肉の密度を上げれば筋力も増す。逆に減らせば脆くなる代わりに軽くなり、ある程度衝撃を受け流すといったことも可能となる。

 

 「(そうか…!だから入試の時は目立った怪我が無かったのか!そして多少のタイムロスはものともしない位の地力も…!)」

 

 己の友人が並外れた実力者なのだと理解した転弧。雄英という場所が如何にレベルの高い環境であるのかを、入学早々思い知らされることとなったのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ひぇえ…!志村もやるなぁ…!」

 「アレじゃ対策しようがねえな…」

 

 とはいえ転弧も他の追随をそう容易に許すほど弱くはない。ヴィラン役として訓練に参加した彼は「崩壊」によって開始と同時に階段を全て崩してしまうと、増強系の相方と共に四苦八苦するヒーロー側を磨き上げた近接戦闘能力で一網打尽に。殆ど反撃を行わせないワンサイドゲームを展開した。

 

 「ちなみに志村くんは中学に入る前からプロヒーローの『ダスト』の元で鍛錬を重ねてきてるのよ!彼はもう貴方たちよりずっと前からスタートを切っていた、という訳ね」

 

 すかさずミッドナイトのプライバシー暴露を伴う補足が入り、再びクラスメイトたちがざわつきだす。そんな中、美智榴は静かに映像に映る転弧を眺めていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 下校時刻。各々が授業や訓練の振り返りを行う一方で、転弧はさっさと帰宅の準備に入っていた。下駄箱を出た彼だったが、後ろから一人の少女がその背を追う。

 

 「志村くん!」

 「…那珂。どした?」

 

 転弧を呼び止め、少し言葉に詰まってから、はっきりと彼女は宣言する。

 

 「体育祭!あたしが優勝するから!」

 「…!」

 

 転弧は今、己が彼女にとって好敵手であると見做されていることに気が付いた。その上で、言葉を返す。

 

 「俺なんだ?お前のライバル」

 「うん!何かそんな感じがする!」

 「何だそれ」

 

 漠然とした理由を告げてきた美智榴にやや呆れながらも、転弧もまた彼女に宣言した。

 

 「優勝するのは…俺だ。1位獲って、喜ばせてやりたい人がいるんだよ」

 「…負けないよ!」

 

 夕暮れの中、力強い眼差しを交わす二人。彼らは早くも互いを認め、同時に互いを越えようと切磋琢磨し始めていた。

 

 

 

 「ちなみに体育祭って何?」

 「……志村くんってあたしより抜けてるとこあるね」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…ってことがあったんだ」

 「なるほどねぇ。ミッドナイトが見てたら鼻血流してそうだ。案外どっかで見てたのかも、なんて」

 「知り合いなの?あの先生と」

 「ま、昔ちょっとだけ顔を合わせてね。彼女がプロになってからもたまに連絡は取ってるよ」

 

 夜、千雨宅。学校でのことを話す転弧に、千雨が色々反応を返す。中でも彼の話によく出てくる那珂美智榴という少女のことが、彼女は気になっているらしい。

 

 「(今の転弧くんから見ても明確に凄いと思える同級生か…。それだけの人物が『原作』でなんの音沙汰もないというのは不自然だ。転弧くんの話を考慮すれば眠ったままヒーロー科を落ちた、というのが正しいんだろうけど…普通科でも十分体育祭で活躍し得るだけの個性を持ってるみたいだしね。編入制度も考慮すればその子がヒーローになっていないというのは違和感が大きい)」

 

 千雨は少し、嫌な想像をしてしまった。

 

 「(……AFOに、目をつけられてしまっていたのかもしれないな。ドクターがいない分こっちでは派手に動くことは難しいだろうけど…警戒しておくに越したことはないだろう)」

 「…千雨さん?何か考え事?」

 

 しばらく沈黙したままの千雨に、転弧が思わず問いかける。彼女は意識をそちらに戻し、念のために転弧に忠告しておいた。

 

 「その…那珂ちゃんって子のこと。…ちゃんと、見ててあげてね」

 「…え?う、うん。…分かった」

 

 願わくば、転弧の良きライバルであり続けてくれますように。千雨にはまだ、そう祈るしかできなかった。



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雄英体育祭に向けて

 

 今日も転弧はいつものように近接格闘のみでの実戦訓練を行っていたのだが、珍しく相手は心詠。事務作業の少ない日は、時たまではあるが諸々を仁に任せつつこうして転弧の様子を見てやっているのだ。

 

 「踏み込みすぎです」

 「ぐえ」

 「こうして反撃を受けてしまうので、ある程度退くことも考えながら動くのも大切ですよ」

 

 しばしば転弧は攻めすぎるきらいがあった。実際個性を使えるなら、掌さえ届いてしまえばどうとでもなってしまうのである意味問題ではないのだが、またある意味問題でもあるのだ。

 

 「ヴィランに過度な後遺症を残すようなダメージを与えることはあまり好ましくありません。転弧くんも、可能な限り個性無しで相手を無力化できるようにしておきましょう」

 「…千雨さんは例外ってやつ?」

 「そういうことです。それなりの勝手が見逃されるぐらいの事情と実績がありますから」

 「なるほどね」

 

 少し前から千雨のスタンスをネットなどで把握していた転弧。どうやら世間一般的には敵を作りやすいものであるようだったが、彼にとってはそれで千雨への評価が下がるようなものでは無かった。

 

 「さあ、もう一度。頭を冷やして、フェイントも織り交ぜながらどうぞ。焦りの感情は動きを単調にし易いですよ」

 「ふぅー……いきます」

 

 伝わってくる感情に応じた大多数の人間の行動傾向が経験として理解できている心詠のアドバイスは、何よりも的確であるといっても過言ではないと転弧は感じている。冷静さを意識しながら、心詠との訓練をこなし続けるのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 そうして訓練を終え、事務所に戻ってきた二人。既に事務所にいた被身子と仁が、彼らを出迎える。

 

 「心詠さん、お帰りなさい!あと転弧くんも」

 「ただいま、被身子ちゃん。今日もお疲れ様」

 「ついでみたいな言い方しやがって…仁兄、千雨さんは?」

 「さっき終わるっつってたからもう帰ってくると思うぜ」

 

 普段は表情の変化が少ない心詠だが、被身子との会話では頬を緩めることも多かった。二人を尻目に仁に千雨の所在を問うた転弧。丁度彼女も活動を終えた頃のようだ。

 

 「貴方もご苦労様でした。変わったことなどは?」

 「いや、問題なかったぞ。被身子の奴が学校から帰ってきてからずっと暇そうにしてたけどな」

 「訓練が無いとそれはそれで寂しいのです」

 

 大層心詠に懐いた様子の被身子。親元を離れてからというもの、一緒に暮らす生活を続けるうちにお互いの心理的距離が随分と縮まったらしい。笑顔を見せる回数も以前より遥かに多くなっていた。

 

 「ただいまー」

 「お帰り千雨さん。ちょっと話があるんだけど」

 「あぁ、体育祭のことかい?」

 

 そこに戻ってきた千雨。転弧は前々から雄英体育祭の対策について、千雨と話を続けてきていたのだ。

 

 「確か…第二種目の話まで行ったんだっけ?」

 「うん。一年生は第一種目が個人に分かれての競争形式、第二種目が第一種目の結果に応じたハンデを課してのチーム戦形式。内容は毎年変わるけど、大体そんな感じだって」

 「だったね。前にも言った通り、第一種目はヒーロー科の人間ならまず通過できるようになってる。第二種目は多少相性とかの運も絡むけど…まあ、転弧くんなら大丈夫だろう」

 

 大まかな概要を再度転弧に説明する千雨。雄英体育祭は毎年のようにテレビで放送されているため、このぐらいの情報は普通の生徒でも十分収集できるだろうと考えて、彼に少々ヒントも与えている。

 

 「問題は、最終種目だね。ここは必ず1対1の対戦形式なんだけど…ルールは毎年変わる。個性とかを使ってもいいガチンコバトルの時もあれば、個性使用が制限された変わり種になることもある。相手は当然生徒だから、転弧くんにとって有利なのは後者のタイプだ。逆に前者が選ばれたなら……はっきり言って優勝は厳しいだろうね」

 「…だね。正面から個性なしで那珂とやり合って勝てるビジョンが浮かばない」

 

 諦めにも近い千雨の言葉に同意する転弧。同時にその台詞は、美智榴が決勝まで勝ち上がってくることを確信しているという証明でもあった。

 

 「一先ず、実戦訓練を繰り返して動体視力でも鍛えておこう。攻撃を受けさえしなければチャンスが巡ってくるかもしれないしさ」

 「了解。…最近訓練も変わり映えしなくなってきたなぁ」

 「他にやることが思いつかなくてね……個性伸ばしももう必要ないだろうし」

 

 結局、千雨たちが具体的な方針を打ち出すことは叶わなかった。できるのは必要になりそうな能力を鍛えつつ、転弧にとって不利なルール設定で無ければいいなと思うことだけ。一大イベントは、すぐそこまで迫っていた。





事務所組、結構久々の登場かも?


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予定調和

 

 『さあ!今年もやって参りました雄英体育祭!!何といっても注目は1年生!初々しさが青春らしさを彩ります!!是非とも今日この場所で一皮も二皮も剥けていってほしい所!!…生徒!入場ーッ!!』

 

 ミッドナイトの司会と共にとうとう開幕と相成った雄英体育祭。1年生ステージの会場では、ほぼ満席となった観客席から歓声が轟く中生徒たちが入場してくる。どの生徒も流石に緊張を隠せないようで、それは転弧といえど同じことだった。

 

 「(ひ、人が多い…!テレビにももう映ってんだよな?勘弁してくれよ……こんな中で…()()()()するのか…!?)」

 

 そう。開会式の様々な段取りの中には、生徒代表による選手宣誓も含まれている。それに選ばれたのは、実技試験をトップの成績で通過した転弧だったのだ。

 彼の緊張がほぐれるのを待つことなく、無情にも選手宣誓の刻がやってくる。ガチガチのままマイクの前に立った転弧だが、自分でも驚く程にすらすらと宣誓の言葉が出てきた。

 

 「宣誓。僕たち雄英高校1年生は、ヒーローシップに則り、クラスや学科の区別なく今日という日を全力で闘い抜くことをここに誓います。生徒代表、1年A組志村転弧」

 

 会場には大きな拍手が鳴り響き、無事何事もなく宣誓を終えられたことに安堵する転弧。その様子をこっそりと……周囲の人間にはコスチュームを着たままであるためにバレバレなのだが、千雨が観客席から眺めていた。

 

 「(転弧くん、流石だね…!私が同じことをしようとしてもきっと『頑張ります。以上』ぐらいしか頭に残らないよ。この調子で第一種目も通過しちゃおう!)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 第一種目は障害物競走。第二種目は騎馬戦。結果だけ言ってしまうと、どちらも特筆すべきことは殆どない。転弧は双方好成績で通過したが、個性は使用しなかったために目立った活躍もなく、観覧しているプロヒーローたちの注目を集めることはなかった。

 逆に美智榴は個性を活用して派手に活躍し、第一種目、第二種目を共に圧倒的1位という結果で終えた。しかしながら、やや個性の制御が甘い場面が散見され、課題も多いと判断したプロは少なくなかったようだ。勿論、千雨もその一人。

 

 「(この目で直接見てみると、確かに凄い子ではあるけど…付け入る隙も多いように思える。現時点の彼女相手なら転弧くんの勝ち筋も0って訳じゃ無さそうだ)」

 

 天真爛漫な笑顔を溢れさせる美智榴を見ながら、千雨はそのように考えていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 昼食が終わり、レクリエーション。最終種目に出場する者は自由参加なのだが、借り物競走に「楽しそう」という理由で参加した美智榴。しかしその中にミッドナイトによる罠が仕込まれていたことなど、彼女を含めた出場者たちは知る由もなかったのである。

 

 「は、はぁ!?なんだこれ、く、『クラスで1番可愛いと思う人』ォ!?」

 「えぇ…『心からの親友』?な、何か恥ずかしいなぁ」

 

 戸惑う出場者達を見て、異常に気付く千雨。彼らの持つ札を見て、陰謀の存在を理解する。

 

 「(!まさか…ミッドナイト!彼女、自分で作った札を混ぜたのか!?職権濫用にも程がある!!)」

 

 一方、目論見が上手く行きつつあることにご満悦なミッドナイト。

 

 「(ふふふ…大いに悩み、悶えなさい…少年少女!!その反応も、誰を連れてくるのかも!全ては私にとってプラスに転ぶように計算し尽くされているのよオオォォッ!!)」

 

 そんな中、千雨は転弧の元に爆走する一人の生徒に気付く。

 

 「(あれは…美智榴ちゃん!?ふ、札の内容は…………何ィィイイイイッ!?き、『気になっている人』だってえええェェェェェッ!?こうしちゃいられないッ!!!)」

 

 恥ずかしげもなく一直線に席に座る転弧へ向かって行く美智榴だったが、あろうことか千雨はそんな彼女の前に立ちはだかった。

 

 「えっ!?…ダスト、さん、ですよね…?ヒーロー、の」

 「…ああ。君は美智榴ちゃん、だね……転弧くんから、君の話はよく聞いているよ」

 「ほ、本当ですか!?嬉しい!わざわざありがとうございます!」

 

 無邪気に喜ぶ美智榴。しかし千雨は、そんな彼女を突き放すような宣告をする。

 

 「けれど、悪いね……君がこの借り物競走を完走することはない」

 「…え?」

 「借りようとしているのは…転弧くんだね?」

 「はい、そうですけど…」

 「そうか…」

 

 『ダストさん!無断で競技場に降りることはプロヒーローにも許可されていません!至急御退場下さい!』

 「(…千雨さん?何してんだあんな所で…?)」

 

 ミッドナイトが千雨の暴走に気付き、警告を出す。それによって転弧も彼女の存在を知り、疑問を浮かべた。しかし、千雨は止まらない。

 

 「残念だけど、転弧くんにそういうのはまだ早い!!どうしてもというのなら────私を倒していくがいいッ!!」

 「えええええ!?」

 「(……よく分かんないけど…あの人がめちゃくちゃやってるってのはなんとなく理解できたぜ)」

 

 どんどんおかしな方向に進んでいく展開に混乱する美智榴。そして千雨が現状の原因だと把握した転弧。場を収めるべく、彼女に声をかけた。

 

 「千雨さん!!」

 「!?…て、転弧くん!?どうしたんだい────」

 「このままじゃあんたのこと嫌いになるかもしれないぜ!?」

 「────────────なん、だっ…て?」

 「これは俺たちの闘いだ!!邪魔されたらそう思っちまってもしょうがないよなあッ!?」

 「……………う、わああああああああああ!!!」

 「(……流石に言い過ぎたかな…ちゃんと後で謝ろう)」

 

 悲壮に顔を歪め、絶叫しながらその場を去る千雨。ミッドナイトも己の野望を阻止されずに済んだことを喜びつつ、転弧に礼を言う。

 

 『感謝するわ、志村くん!さあ、那珂さん!借り物探しを続行して頂戴!』

 「は、はい!志村くん、来て!」

 「…あ?」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…なるほど。それで俺が『気になってた』と」

 「うん!最終種目、志村くんと闘うのがいっちばん楽しみだったから!」

 

 ちなみに千雨の醜態は、しっかり全国に生放送されていた。





心詠「…」
仁「うわぁ」


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ドッジボール

 

 少しばかりアクシデントも発生したものの、レクリエーションも終わり、ついに雄英体育祭もクライマックスを迎える。

 

 『大変長らくお待たせ致しました!これより最終種目に移ります!毎年1on1で生徒たちがぶつかり合う本種目、今回のルールは…ドッジボールッ!!』

 

 歓声とどよめきが同時に広がる中、ミッドナイトは説明を続ける。

 

 『勿論ただドッジボールをしたってつまらないでしょう?当然、追加のルールもあります!球数はお互いに無制限、先に3回ヒットした方が負け!更に自分のコートから出たら即敗北!ヒットした球で戦闘不能になっても同様よ!』

 

 彼女の説明と共に、会場の準備も整えられていく。どこから持って来たのか、大量のボールが入った籠を背負ったロボットがそれぞれ構築されたコートの両端につく。競技に使うであろうコートは少し高い位置に作られており、場外が一目でわかりそうなものになっていた。

 

 『そして!今回は個性の使用を許可します!単純に個性で投げたボールを強化するも良し、相手の妨害をするも良し!度が過ぎていなければ、どんな妨害をしても構いません!』

 「直接戦闘ではないけど、個性使用あり、か…」

 

 転弧は己にとってこのルールが有利なものか不利なものかを吟味する。一方で、既に傷心から立ち直り戻ってきていた千雨は早くもルールへの評価を下していた。

 

 「(このルール…転弧くんには相当有利だ。ボールを遠隔操作できるような個性の持ち主が居れば話は変わってくるけど、基本的には直線的な攻撃しか飛んでこないことになる。余程豪速球でもない限り転弧くんが躱せないってことは無いだろう。そして崩壊はこの上なく妨害に向いている…足場をどうにかしてやれば体勢を崩した隙にボールを当てるのは容易だ。……優勝の可能性が、見えてきたね)」

 

 『ルール説明は以上です!それではトーナメント表を発表したのち、早速一回戦を開始したいと思います!皆、全力で頑張りなさい!!』

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 トーナメントは、転弧と美智榴が決勝でぶつかるようになっていた。それぞれが相手との熱闘を待ち望み、順調に勝ち進んでいく。

 

 「よし来い────ぶっ!」

 「あぁっ!が、顔面はノーカンですか!?」

 『大丈夫よ那珂さん!』

 

 相手に3ヒットさせるまでも無く戦闘不能にするか、場外にまで叩き落とす美智榴。

 

 「うおおッ!?や、やべ…うあっ!」

 「悪いね」

 

 「(また直さなきゃ…)」

 

 毎試合コートを破壊しながらも安定した勝ち方を決める転弧。

 二人は運命に導かれるように、決勝の舞台まで上り詰める。

 

 『それではこれより!那珂美智榴さん対志村転弧くんによる、最終種目決勝戦を開始いたします!二人とも、位置について!』

 

 ミッドナイトの司会を聞きつつ、美智榴と転弧は向かい合う。

 

 「ほらね。やっぱり志村くんだった!」

 「…俺も、上がってくるのはお前だと思ってたよ」

 

 改めて、お互いに宣言する。

 

 「あたしが優勝するからね!」

 「いや…俺に譲ってもらうぜ」

 

 ロボットから渡されたボールを構え、二人はその時を待つ。そして…

 

 『用意────始めッ!!』

 

 闘いの火蓋は、切って落とされた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 試合は、美智榴が一方的な展開を繰り広げていた。

 

 『志村くん再びヒット!壮絶な猛球にもう後がない!!逆転の兆しは見出せるのかーッ!?』

 『転弧くんは間違いなく善戦してるよ。今まで全試合1ヒットで終わらせてきた美智榴ちゃんがここまで投げ続けてるんだからね』

 『えっ!?だ、ダストさん!?』

 『やあ。折角だし実況解説に参加しようと思ってね。ちなみに校長に許可は取ったよ』

 

 実況席に乱入した千雨にミッドナイトが驚きつつも、試合は進んでいく。

 

 「ちッ」

 「おっと!…むぅぅーッ!()()あり!?」

 「よく言うぜ。ぶち抜いてくる癖しやがって…」

 

 転弧は崩壊させた自身のコートの瓦礫を盾にする事で、何とか2ヒットに抑えていた。そうやって球速を落とすなりしなければ、まともに受けられなかったのだ。

 

 「いいよ!ならあたしも…せいっ!」

 「なにを…」

 

 痺れを切らした美智榴がボールをぶつけたのは…ボール出しロボット。けたたましい破損音を鳴らしながら、転弧のコート内に倒れ込む。

 

 「な…!?おい審判!!」

 「セーフです」

 「マジかよ…!!」

 

 審判を務める教師…セメントスが転弧の声に応える。これが通ってしまったことで、試合展開は更に泥沼になっていく。

 

 「だったらこっちも!」

 「うわわっ…え?あーっ!」

 

 崩壊を伝わせて美智榴のロボットを破壊する転弧。さらに籠にだけ伝播させることで、彼女の保有するボールを大幅に減らした。美智榴の元にはコート内に転がっている数個しか残っていない。

 

 『これでどちらもボールの確保は自分で行う必要が出てきました!籠が無事な志村くんがやや有利な展開か!?』

 『どうだろうね。転弧くんは既に2アウト、対して美智榴ちゃんはノーアウトだ。球数だって数発もあれば彼女には十分すぎる。転弧くんは今なお絶体絶命だよ』

 

 試合は遂に、最終局面へと突入する。



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決着

 

 既に双方のコートは転弧の個性によってボロボロになっており、特に美智榴の方は凄惨といってもいい程の状況にあった。それでも彼女はそんな足場をも跳び回るように駆け巡り、転弧にボールを当てる隙を与えない。

 

 「ちょっとぐらい立ち止まってくれたっていいんだぜ?」

 「ふふん!1発ぐらい当てられたら考えてあげてもいい…よッ!」

 「くそッ」

 

 一方の転弧も飛来する剛球をどうにかやり過ごしつつ、逆転の機を窺う。絶望的な展開にも見える中、彼の目は決して諦めてはいなかった。

 

 「(落ち着け…冷静になるんだ。焦ってるのはあいつも同じはず!()()を露呈させまいと必死なんだろうが…おかげで疑念が確信に変わったぜッ!!)」

 

 そう考えながら、ほんの少し静止した美智榴をすかさず狙う。命中はしなかったものの、明らかに美智榴の表情が曇ってきていた。

 

 『これは…那珂さんの動きが守りに傾きつつあるように思えます!球数が限られ自分から攻めにくくなったのでしょうか!?』

 『そうだね……それもあるだろう。けれど、転弧くんが投げてくるボールをキャッチすればその問題は解消できる。一度彼に攻撃させることにはなるけどね』

 

 そう実況を行う二人だが、教師であるミッドナイトは当然のこと、千雨も彼女に何が起きているのかを理解している。その上で、公平性を保つべく直接そのことには触れないようにしているのだ。

 

 「とのことだけどよ…いっぺん俺にターン回してくんねえかな?」

 「……うん…いいよ…!どんと来いっ!」

 

 先程とは打って変わって、転弧に攻撃チャンスを譲る美智榴。ボールを受け止めるべく、正面から彼を迎え撃つ体勢に入った。

 

 「そんじゃあ…遠慮なくッ!」

 

 転弧が投げたボールは、美智榴に届かず彼女の前方に落下する。暴投かと思われたが…

 

 「くううッ…!」

 

 壊れゆく足場から飛び退かざるを得なくなる美智榴。転弧はボールからコートのみへ崩壊を伝播させることで、反撃に対する反撃を狙ったのだ。更に、着地した美智榴も少しばかり姿勢を崩している。

 

 「はぁ…はぁ…!」

 

 『おっと!?那珂さんの息が上がり始めた!長期戦によるスタミナ切れなのかーッ!?』

 

 疑問を浮かべるような実況に応えるように、転弧が瓦礫から姿を現し口を開く。

 

 「継戦能力……それがお前の弱点だ。那珂」

 「…!」

 「個性把握テストの時には持久走の成績が良くなかった。戦闘訓練の時のアレも、今思えば長引くのを嫌った結果なんじゃねえのかってな」

 

 一つ一つ、転弧は答え合わせをしていく。

 

 「そして原因はお前自身の体力不足じゃない…個性の燃費が悪いんだろ?」

 「………すごい、ね。そこまで、分かるもんなんだ…それとも、またあたしが、うっかりしちゃってたか…なッ!!」

 「うおッ!?」

 

 息を切らしながら返事を返し、近くのボールを拾い上げ転弧に投げつける美智榴。転弧は疲労困憊といった様子の人間が放つ速度の球でないことに慄き、寸での所でそれを回避した。

 

 「だったらもうここで全力を出し切って……!それで!優勝するだけだよッ!!」

 「な…!?」

 

 『美智榴ちゃんの動きが…また!!』

 『速い!どんどん速くなっていきます!!これぞまさしくプルスウルトラッ!!那珂さんが限界を超えてきたああーッ!!』

 

 そのまま再び速度を取り戻し、ボールを次々と拾い、投げていく美智榴。思考を挟まない直情的な攻撃であるために辛うじて転弧は軌道を読んで躱すことができていたが、どう考えても被弾は時間の問題だった。

 

 「(那珂が持ってるのは2個!あいつのコートには…くッ!あと…5個……チッ!4個!無理だッ!次が多分………限界だッ!)」

 「あああああああッ!!!」

 

 『美智榴ちゃん…!本当に目を見張る個性の扱いだ!この短時間で更に精度を上げてきているッ!!疎密の切り替えがここまで上手くできるのか…!!』

 

 本心を実況に乗せる千雨。それは美智榴への賞賛と同時に、彼女がどれほど凄まじいことをやってのけているのかを会場に知らせる意図もあった。そして実況が途切れると同時に、美智榴が拾ったボールを投げる。

 

 「やああっ!」

 「くそ……ッ!!しま────」

 

 彼女は転弧の回避を読み、既にもう一方のボールを投擲していた。

 

 「いっけえええええ!!!」

 「(────────負け、られねえんだああッ!!)」

 

 ボールは……転弧の掌に吸い込まれるように飛んでいった。直後、ボールは粉々に砕け散り、転弧はすぐさま地に手を触れる。

 

 「うおおおおおおおおッ!!!」

 「きゃあああああッ!?」

 

 対象は、コート全域。荒く砕いた両名の足場は衝撃で凹凸を形成し、転弧と美智榴は宙に投げ出される。

 

 「(まずい!場外に…!)」

 

 瓦礫を蹴ってコート…だったものの内側に戻ろうとした美智榴。意識をそちらに奪われた彼女は、宙に浮いたままの転弧が持っているものに気付くのに遅れてしまった。

 

 「────あ」

 「…へへっ」

 

 『あ…あれは!!』

 

 彼が両手で掲げていたのは……破壊されたボール出しロボットの籠。蓋は取り外されており、中には無数のボールが入っていた。

 

 「喰らいやがれえええええェェェェェッ!!!」

 

 先に地上に降りんとしている美智流に向けて、籠の中のボールが放たれる。着地の姿勢に入っていた彼女は、これを躱すことなどできそうになかった。

 

 「……やっぱり凄いや…志村くん」

 

 ボールの雨が、彼女を襲う。数えるまでもなく…3ヒットは確実だった。

 

 『試合終了オオオオオーッ!勝者…志村転弧くんッ!!一瞬の勝機を逃すことなく華麗に逆転し!!見事雄英体育祭優勝だあああああーッ!!』



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闘いの終わりとその後

 

 全ての行程が終了し、表彰式が始まった雄英体育祭。既に3位の表彰は終わり、残るは美智榴と転弧の表彰のみとなっていた。

 

 「那珂さん、準優勝おめでとう!最初から最後までずっと大活躍だったわね。優勝にはあと一歩届かなかったけれど、本当に凄かったわよ!」

 「…はいっ。ありがとうございますっ」

 

 悔し涙を堪えながらも、素直に称賛を受け取る美智榴。大きな拍手が鳴る中、ミッドナイトも彼女にメダルを渡してハグし、最後の表彰へと移る。

 

 「それじゃ…志村くん、優勝おめでとう。…あなたには、特別なゲストがメダルと労いの言葉をかけてくれるわ。どうぞ!」

 「…!」

 

 ミッドナイトが声をかけると、上空から一人のヒーローが現れる。当然というべきか、その人物はダストだった。

 

 「…転弧くん。優勝、おめでとう。────ついに、ここまで来たんだね。あの日…君と出会えて、本当に良かった。…君は間違いなく、私の誇りだよ」

 「…うん!ありがとう…!」

 

 メダルを首に掛け、転弧を抱きしめる千雨。先程同様大きな拍手が会場に鳴り響き、彼の優勝を祝福した。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「志村くん」

 「…那珂か」

 

 表彰式の後、美智榴が転弧に話しかける。今までになく引き締まった表情で、転弧も思わず身構えたが…その心配は杞憂に終わった。

 

 「どうしよう。めっちゃ嬉しい」

 「…はぁ?さっき明らかに悔しくて泣きそうになってただろ…?」

 「いやぁ何か冷静になってみると準優勝も普通に凄いじゃん、って思ってさ!勿論悔しくはあるけど、それより嬉しさが勝っちゃって」

 「何だそりゃ…まあ、それならそれでいいよ」

 

 話を切り上げようとする転弧に、最後に美智榴が言葉を投げる。

 

 「待って、志村くん!……次は、あたしが勝つからね!」

 「…おう。チャンピオンはいつだってチャレンジャーを待ってるぜ」

 

 拳を突き合わせ、笑い合う二人。互いに自らの全力を賭して闘った末に、彼らは新たな段階へと進んだのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「というわけで!転弧くん優勝おめでとうパーティー!」

 「わーい!おめでとう転弧くん!でも生放送見たかったのです!」

 「仕方ないですよ。勉強も大事です」

 

 体育祭を中学校に行っていたため見ることができなかった被身子。そのことを嘆きつつも、素直に転弧を祝っている。一方、それで思い出したのか仁が千雨に苦言を呈す。

 

 「千雨さん…昼間のアレは何だ?全国のお茶の間にあんたの無様な姿が生中継だ。思わずぶったまげちまったぜ」

 「────う、映っていたのかい?…なんて事だ」

 「それはこちらの台詞です。まあ人間らしい所を皆に知ってもらえたとポジティブに考えていきましょう」

 「くっ…!ミッドナイトも悪いんだよ?あんなのが通っていい訳無いじゃないか!」

 「それでも貴女のような人が出るとは誰も思わないでしょう…」

 

 流石に呆れを隠せない心詠。彼らの反応を見て、被身子も俄然興味が湧いてきたようだ。

 

 「えー!?千雨さん何しちゃったの!?録画してるんでしょ、見たいのです!」

 「やめといた方がいいと思うけどな…それはともかく、ごめんな千雨さん。傷つけるようなこと言っちまってさ」

 

 転弧が彼女をやんわりと制止しつつ、千雨に謝罪する。それを受け、千雨は滂沱の涙を流した。

 

 「…!?………あぁ、よがっ゛だあ゛あ゛…ずっど、ずっど…ぎに゛じでだん゛だよ゛ぉ゛〜…」

 「お、おい…泣きすぎだって…ほんと悪かったよ」

 「……こんな千雨さん、初めて見ました…」

 「被身子、録画見るか?ある意味もっとすげえぞ」

 

 パーティーは、そんな混沌とした様相の中始まったのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『見てたよ転弧!!凄かったじゃん!!』

 「ありがとう、華ちゃん」

 『お母さんにも電話した!?何て言ってた?』

 「もう電話したよ。…頑張ったねってさ」

 『ふふっ…!そっか!……それにしても、ダストさん、その…凄かったね』

 「あ、あはは…」

 

 事務所の一室。パーティーの最中、主役は一人抜け出して家族と電話を繋いでいた。体育祭の結果に称賛を送られ、恩人の醜態に微妙な反応をされ、楽しい会話を繰り広げながら、今後についても語り合った。

 

 『ねえ、転弧。卒業したらさ、帰って来るんだよね?……ダストさんの所に通うのは…その、難しいような気がするんだけど』

 「うん。だから、独立するつもりかな」

 『…そう、なんだ』

 

 志村家は都心部からかなり遠く離れた住宅街に位置している。そのため、卒業後に家から事務所に通いつつ千雨のサイドキックとして活動するのは難しかった。

 

 『……それだと…ダストさん、寂しくなりそうだね』

 「────」

 

 転弧は、思いも寄らぬ言葉を告げられ声が出なかった。

 

 「(……そうか。千雨さんは、俺が居なくなると…一人暮らしに戻るのか)」

 

 それでも、心詠や仁といった仲間たちが彼女の孤独を埋めてくれるだろうと思いつつ、転弧は少なからず寂寥感に襲われていた。

 

 『転弧?』

 「ああ、いや…そうだね。…寂しくなる、か」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「おっ。存分に話せたかい、転弧くん?」

 「…うん。ありがとう、千雨さん」

 「いいんだよ。今までの分、もっと沢山家族と話していって構わないさ。さあみんな、主役が帰ってきたよ!パーティー再開といこう!」

 

 

 

 「(なあ、千雨さん。俺にとっては…あんたも大切な家族だよ)」

 

 迷いと悩みを抱えながらも、少年は少しずつ大きくなっていく。



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得るべきもの

 

 体育祭を終えた雄英高校1年生たち。彼らはここから、更なるステップを踏むことになる。

 

 「皆お疲れ様!本当はもっとゆっくり労ってやりたい所なんだけど、そうもいかないのよね。これを見て!」

 

 ミッドナイトが黒板に映し出したのは、何かのグラフ。多い順に上から並んでおり、グラフの隣には生徒たちの名前があった。

 

 「今回の体育祭での活躍を踏まえて、既に貴方たちの元にプロからの指名が集まっているわ!将来有望と判断されたってことね!」

 

 彼女の言葉に教室がざわつく。生徒たちが各々の感想をこぼし合う中、ミッドナイトは話を続けた。

 

 「見ての通り、優勝したからといって1番多く指名を貰える訳じゃないわ。那珂さんのように広く活躍した子程指名を受けやすいのよ」

 

 グラフは基本的にどれも大きな差ではなかったが、転弧と美智榴が頭一つ抜けて多かった。しかし、優勝した転弧の指名数は美智榴の指名数よりも幾らか少ない。個性の難しさや第一種目、第二種目での活躍の地味さが響いてしまったのだろう。

 

 「まあ何にせよ、重要なのはそこじゃないわ。この指名の本質は、貴方たちの職場体験先を選ぶことにあるのよ!」

 「職場体験?」

 

 生徒の疑問に答えるべく、再び口を開くミッドナイト。

 

 「そう!皆は2年生になってから、仮免許取得後にインターンシップに行ってもらうことになるんだけど…そのお試しに、ということになるわね!各々の課題を克服するために、一度プロと一緒に仕事をしてみて足りないものを見つけなさい!」

 

 彼女はそう言って、それぞれに指名リストを渡し始める。転弧も受け取ったものの、あると考えていた名前が見つからずに驚きを隠せなかった。

 

 「(……千雨さんからの指名が来てない?)」

 

 話を聞いた当初から千雨の元に行く気満々だった彼は、思わぬ所で躓かされてしまったのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 そして、その日の夜。

 

 「指名かい?出したのは一人だけだよ」

 「…どうして俺には?」

 「転弧くんに出したってしょうがないじゃないか。私が君に教えてやれることなんてもう殆どないだろう?」

 

 転弧は自分以外に千雨が指名を出していたと知り、少しばかり憮然とした気持ちになっていた。しかし千雨も考え無しにそうした訳ではなく、転弧の成長のためなのだと説明する。

 

 「実は、体育祭が終わってすぐに私の所に連絡が来てね。職場体験で君を迎えたいから、話を通しておいて欲しいってさ」

 「…一体誰から?」

 

 転弧の問いかけに少し間を置きつつ、千雨は答えた。

 

 「ふふふ……オールマイトの元サイドキック、って言ったら驚くかい?」

 「な…!?…何で、そんな人が?」

 「さて、何でかな?私としても意外でね…理由についてはちょっと分からないけど、とにかく転弧くんにはその人の所に行ってもらおうと思ってさ」

 

 千雨は彼…ナイトアイが指名するなら美智榴だろうと思っていただけに、転弧を指名した理由が本当に分からなかった。もっともOFAの後継としては、どちらも不適格な事情があるのだが。

 

 「(ま、それを今ナイトアイに教えてしまうとミリオくんが成長する機会を奪ってしまいかねないからね。まだ黙っておこう)」

 

 そこに、ひとまず納得した様子の転弧が声をかける。

 

 「ちなみに千雨さんが指名したのって…」

 「分かってるんじゃないかい?……美智榴ちゃんだよ」

 

 各々の思惑が入り交じる中、彼らの職場体験が始まるのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…ここが、そうか」

 

 転弧が立っていたのは、ダスト事務所とは別の事務所…職場体験先である、ナイトアイ事務所の前であった。

 

 「────よし」

 

 覚悟を決めて、事務所に入っていく転弧。出迎えてくれたのは、ムカデの頭部を持った人物だった。

 

 「お待ちしておりました。私サイドキックのセンチピーダーと申します。これよりサーの元に案内させていただきます」

 「…よろしくお願いします」

 

 畏まった態度で転弧を歓迎したセンチピーダー。そのまま彼を事務所の一室の前まで案内し、扉をノックする。

 

 「サー。お連れしました」

 「入ってきてくれ」

 

 返事を聞き、扉を開くセンチピーダー。転弧もそれに続き、事務所の主…サー・ナイトアイと相見える。

 

 「志村転弧です。職場体験の間、よろしくお願いします」

 「サー・ナイトアイ。これから君の上司となる者だ。よろしく…と言いたい所だが」

 「?」

 

 そこで言葉を切って、ナイトアイは転弧に詰め寄る。

 

 「一体何だ今の挨拶は?あまりにも平凡。普通すぎる」

 「…はい?」

 「まるでユーモアを感じられない…実に冷たい挨拶だ。ヒーローに求められるものが何たるかを、君は本当に理解しているか?」

 

 困惑する転弧を他所に、ナイトアイは続ける。

 

 「ヒーローは常に人々に笑顔をもたらす存在であるべきだ。時に怯え、あるいは悲しみに暮れる人に出会ったとして、そんな人をも明るくしてやれる。…それが、理想のヒーローというものだ」

 「…はあ」

 

 間違ってはいないけど、と転弧は思ったが、結局その話はナイトアイの方から打ち切られることになる。

 

 「まあ、君を指名したのはそんな細かいことまで教育するためじゃない。……ただ、恩を返したかっただけなんだ」

 「…恩?」

 「………君の育て役…ダストには、私も、オールマイトも、ちょっとやそっとでは返しきれない恩がある。だから君の成長を助けてやることで…彼女に少しでも報いてやりたかった」

 「…!」

 

 自分の尊敬する人物が、ナンバー1とそのサイドキックの大恩人であると聞かされ、転弧も驚かずにはいられなかった。ナイトアイは、そんな彼に話を続ける。

 

 「それに、当然君自身にも興味がある。ルールに助けられた部分もあるとはいえ、あれ程扱いづらい個性で雄英体育祭を優勝した人物は過去に類を見ない。指名数は伸びなかったようだが…君は君自身が思っている以上に優秀なヒーローの卵だ」

 「あ…ありがとうございます」

 「だからこそ…この職場体験で教えてやる。これから君が、どう戦っていけばいいのかを」

 

 志村転弧、ナイトアイ事務所にて…活動開始。





ヒーローネームは次回辺りで出します。多分。


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職場体験inダスト事務所

 

 「那珂美智榴です!きょ、今日からよろしくお願いします!」

 「よろしくね、美智榴ちゃん」

 

 ダスト事務所でも、職場体験は始まっていた。数多の指名があった美智榴は、その中で最もチャート順位が高かった千雨の指名を受けることにしたらしい。

 

 「さて……ひとまず、体育祭の時はごめんね。ちょっとあの時は色々と冷静じゃなくて…もうああいうことは起こさないようにするからさ」

 「いえ、大丈夫です!それにあたしもプロと手合わせできるかもって期待してたので!」

 「あはは、ありがとう。それじゃ早速行こうか」

 

 以前の自らの粗相を美智榴に謝る千雨。美智榴も気にする素振りは見せず、彼女を庇うような台詞を口にする。穏便な雰囲気のまま、二人はヒーロー活動に向かっていった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「パトロール、ですか?」

 「うん。あくまで職場体験だから、流石に普段通りには活動しないよ。とりあえずこの辺りを一通り見て回ろう。ただし、駆け足でね」

 「分かりました!」

 

 早足よりももう少し早いぐらいの速度で移動し始めた千雨に、個性を駆使しながら美智榴もついて行く。しばらくそうしていると、彼らは何やら騒ぎが起きているらしい場面に遭遇した。

 

 「…あれは…?」

 「行くよ『ミーティア』」

 「あ…はい!」

 

 側から見た美智榴…ヒーロー見習い『ミーティア』が計りかねているうちに、千雨…ダストがそちらに向かうと指示を出した。いち早く行動を始めた彼女に、美智榴は慌てて追随する。

 

 「失礼。皆離れてくれるかな?大丈夫、私に任せて」

 

 現場にいた人々の多くは野次馬であった。千雨は彼らを手際良く遠ざけると、当事者たちに話しかける。

 

 「襲い掛かったのはそっちの方か。で、君が被害者だね」

 「え、あ、はい…。あの、これは…一体」

 「ぐ…う、うぐぐ…!」

 

 呻きながら身動きを止める男性。彼の個性か、棘のように鋭くなった指を目の前の女性に突き刺そうとしている姿勢のまま硬直してしまっている。対して千雨に疑問を呈した女性の方も、やはり身動きが取れないでいるようだ。

 

 「私の個性だよ。ちょっと怪しい動きがあったみたいだったからね、お二人とも拘束させてもらった。…とりあえず何があったのか話してくれないかな?」

 

 千雨は塵を操作することで、加害者と被害者の当事者二人を拘束していたのだ。今の今まで視界にも入っていなかった現場での事件を未然に防いだ彼女に、美智榴が驚きながら質問をする。

 

 「えぇ!?ど、どうやってこんな!?」

 「そのことは後でね。まずはこっちを解決しちゃおう」

 

 千雨が美智榴にそう答えると、女性が口を開く。

 

 「えっと…その、分かりません。急にこの人が私に襲い掛かってきて…」

 「急に、だと…!?俺のことなんて忘れちまったってか!?このクソアマァァ!!」

 「……どうやら君の方が色々と分かっているようだね。話してみてくれないか」

 

 口汚く女性を罵る男性に千雨が冷たい視線を向けながらも、彼の方に説明を促す。

 

 「この女、俺のことを汚えやり方で会社から追い出しやがったんだ…!セクハラだのなんだのと訳のわからねえいちゃもんを長々ネチネチつけてきてなぁ!どうして真面目に働いてただけの俺が仕事に困らなきゃなんねえんだ!?どうしてコイツがのうのうと暮らしてる!?何もかも納得いかね────うぐっ!!」

 「もう十分だよ。後は警察で聞いてもらうといい」

 

 おおよその事情を理解した千雨は拘束した塵で彼を圧迫し黙らせる。呼んでいた警察がじきに到着し、状況と証言から彼は御用となった。また女性の方も、重要参考人として彼らに連れて行かれることとなり、ひとまず騒動は終結した。

 

 「…なんか、ちょっとだけあの男の人が可哀想だって、思います」

 「まあ、彼の境遇をどう思うかは人それぞれさ。ヒーローがヴィランを憐れんではならないなんて法律は無いからね」

 

 後味の悪そうな顔をした美智榴の呟きに、千雨がそう返す。

 

 「でも、あんなやり方で報復しようってのはいただけない。そもそも彼はセクハラがどうのと言っていたけど、そういうのって受け取る側の問題なんだよ。客観的に見た場合にはただの逆恨みってやつになるね。……もっとも、彼としてはそうでは無かったんだろう」

 「…難しいですね」

 「そうでもないさ。その場で困ってる人を救けて、悪いことをしてる奴を捕まえる。まずはそれを心がけていこう」

 「……はい!」

 

 ヒーローの仕事を簡単に言い表したその言葉は、美智榴にとっても分かりやすいものだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 その日の職場体験は終了し、美智榴は最後に忘れていた質問を千雨に投げかけた。

 

 「あ、そういえば!昼間のあれは…どうやって?」

 「ああ、そうだったね。あれは見てたんだよ」

 「…え?」

 

 意味不明な回答を返す千雨に、思わずもう一度疑問の言葉を返す。

 

 「もう一つ、頭を増やしてそっちにもパトロールしてもらってたのさ。半径10km圏内なら疑似的に複数人での活動ができるんだ」

 「へぇー…!」

 

 今度は詳しい解説を聞くことができ、感嘆の声を漏らす美智榴。更に千雨は、そのまま彼女の課題を指摘した。

 

 「…今日一通り美智榴ちゃんを見ていて気付いたのは2つ。1つは体育祭の時にも露呈した持久力。駆け足程度の速度でも後半は相当しんどかったようだね」

 「は、はい」

 「そしてもう1つは……まあ、それにも関係あることなんだけど…個性の制御だ。決勝の最後に見せたあの動きに比べて、今日のは少し違和感を感じた。アレがいわゆる火事場の馬鹿力だとして…目標はアレを完全にモノにすること。そうすれば無駄もなくなって、個性による疲労も幾分かマシになるだろう」

 「なるほど…!ありがとうございます!」

 

 今の美智榴の弱点を言語化してくれた千雨に、彼女は感謝の言葉を述べる。

 

 「後者はともかく、前者は個性そのものを使い続けて強化することで改善するしかないだろう。職場体験中もできるだけそのことを意識していくといい」

 「はい!明日からもよろしくお願いします!」



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職場体験inナイトアイ事務所

 

 職場体験初日、転弧の方は実に落ち着いた1日だった。

 

 「死穢八斎會?」

 「そうだ。かつて極道とも呼ばれた…『指定ヴィラン団体』の一つ。表立って犯罪を犯している訳ではないが、社会規範に則り切った活動を行っているという訳でもない。今日はそこを監視がてら訪問する」

 「…危なくないんですか?」

 「心配はいらない。君の未来を少し視た限りでは…今日を含めて当分危険には晒されないようだ。勿論()()()()()()()()()()()が、万が一のことがあっても私が君を守り抜く。安心して仕事を見ているといい…『ルイングレイ』」

 「…了解」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「────本当に何も起きませんね」

 「それはそうでしょう。私がこの事務所に来てからサーの予知が外れたことはありません。ただ、ダスト氏によって予知が覆されたことがあるとは仰られていました」

 「…へえ。どうしてそれで恩人になるんですかね?」

 「さて…サーにも事情がお有りなのだと思いますよ」

 

 死穢八斎會組長とナイトアイ。近況報告と調査を兼ねた二人の対話中、転弧はセンチピーダーと共に部屋の外で待機していた。時折組員が通り過ぎるものの、此方を一瞥する程度で何か行動を起こそうとする様子はない。表立って悪事を働いている訳ではないというのはどうやら事実であるらしいと転弧は理解し、それでも彼らの厳めしい風貌に度々面喰らっていた。

 

 「(……ん?)」

 

 そんな中、彼の目に止まったのは向こうからやってきた二人の若い組員。片方は黒いマスクをつけており、少々神経質そうにも見える。彼らも他の組員同様特に何事もなく通り過ぎるのかと思っていたが…

 

 「……失礼ですが」

 「!」

 「はい、何でしょうか」

 

 マスクの男が話しかけてきたことについ驚いてしまい、咄嗟に反応できなかった転弧。一方でセンチピーダーは冷静に彼に応対した。

 

 「勘違いでなければ……ダスト、という名が聞こえた気がしまして。盗み聞きするつもりは無かったのですが…もしや、彼女に連絡する術をお持ちではありませんか?」

 「(な…!?)」

 

 突如千雨への接触を図ろうとしているかのような言動を見せる男に、転弧の警戒心は一気に強まる。しかし、センチピーダーの返事によって事態は思わぬ方へ転がり出した。

 

 「…残念ながら私は。申し訳ありません」

 「………そうですか。…仮に、伝える機会があれば、ですが。彼女にこう伝えてください。────『治崎廻は、貴方に救われた』と」

 「!…畏まりました。機会が巡ってきた時に、そのように伝えておきましょう」

 「よろしくお願いします。それでは」

 

 終始感情の読みづらい平坦な声ではあったが、男の眼差しに曇りはなかった。そのまま立ち去っていった彼らを見送り、転弧が思わず口を開く。

 

 「……どういうことですかね」

 「…正直言って、私にもさっぱり…。あの組員とはこれまでにも何度か出会ったことはありましたが、そういった素振りは無かったもので。……ですが、サーがダスト氏に一目置く理由が、少しだけ分かったような気がします。本当に不思議な人ですね」

 「…そうですね。不思議で、…凄い人ですよ」

 

 思いも寄らない展開に、転弧は改めて千雨への評価を上げた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ルイングレイ。今日一日で何を感じ取った?」

 「…えっ、と。地味な仕事だなぁ、と」

 「そうではない」

 

 職場体験1日目の感想を転弧に求めたナイトアイ。しかしながら転弧の答えはお気に召さなかったらしい。

 

 「八斎會に何を思った?組員たちの様子に何を見た?無意味にあそこを連れ回したつもりはないぞ」

 「……なる、ほど」

 

 ほんの少し考え、転弧は口を開く。

 

 「…指定ヴィラン団体、と呼ばれるほど悪どい感じはしませんでした。見た目はその、凶悪な風貌の人もいましたが、特に何かを企んでいるようには見えなかったです」

 「だろうな。しかし…君は一つ思い違いをしている」

 

 転弧の答えに今度は納得を示したナイトアイだが、同時にその間違いを指摘する。

 

 「わざわざ悪事をひけらかすのはヴィランの中でも一部でしかない。真に賢しいヴィランは闇に潜む…即ち、やましいことを隠し通すものなのだ。死穢八斎會がそうであると断じることはできないが、決して油断もしてはならない。潔白だと思い込むな。常に何かあると思い込め。最後まで何も無かったその時に初めて、『思い込みすぎていた』と笑い飛ばせばいいだけのこと」

 「…!」

 

 ナイトアイの言葉を聞き、転弧は驚くと共に納得する。

 

 「…裏を、先を読み続けろと、いうわけですか。……戦いにおいても」

 「そういうことだ。よく汲み取った」

 

 ひとまずは合格点を得られた転弧。しかし職場体験は始まったばかり…更なる成長のため、彼もまだまだ苦難を乗り越えていくことになるだろう。





なお職場体験は以降をカット、これで終わりです。子供の成長は早いので()


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体験の成果を

 

 その後も職場体験は続き、雄英生たちはそれぞれヒーローとしての活動がどのようなものであるか、また自身に足りないものは何なのかを学ぶことができた。今回の経験は、間違いなく彼らの糧となっただろう。

 と、そんなこんなで一学期も終わりが近付き、期末試験の時期がやってくる。

 

 「志村、お前中間はどうだったんだ?」

 「いや…そこそこぐらいだよ」

 

 必死になって雄英の筆記試験対策を行った転弧にとって、雄英の勉強はかなり大変なものだった。ついていくこと自体はできているが、油断するとあっという間に赤点を取りかねない危うさもあったのだ。

 

 「…そうだ。那珂、お前中間できたのか?」

 「あっ!おい志村やめとけ…」

 「ふっふっふー」

 

 ふと気になって、美智榴に中間の結果を尋ねる転弧。しかし、彼はこの期に及んで彼女が推薦入学し得る人物であったということを忘れていた。

 

 「学・年・1・位!あんまりあたしを舐めないでよね!」

 「……嘘だろ?」

 「だから言ったのによ…」

 

 制止したクラスメイトが哀れむように呟く中、二人の会話は続く。

 

 「いつものうっかりは何処いったんだ…!」

 「小学生の頃から名前書き忘れまくってたからね!流石にもうテストでうっかりはしないよっ」

 

 微妙にズレた応答をしつつ、美智榴は期末試験についても話す。

 

 「でも、期末は実技もあるみたいだからねー。どんな感じなんだろね?」

 「先輩が言うには入試のロボットをどうこうするみたいなやつらしいよ」

 「へえ…だったらまあ問題無さそうだな」

 

 そんな転弧の台詞に、クラスメイトが食いつく。が…

 

 「0ポイントが出てもかよ?」

 「おう。入試でもう倒した」

 「は?…アレって倒せるもんなのかよ」

 「……志村くんもやっぱり凄いね」

 

 事も無げに言ってみせる転弧。これにはクラスメイトも驚きを隠せないようだ。

 

 「そーだよ!志村くん、ほんっとに凄いんだから!」

 「なんでお前が自慢気なんだ…」

 

 そんな会話をする二人は、まさか自分たちの期末試験だけとある変更が考えられているなど、夢にも思っていなかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 その日、千雨は根津校長に呼び出され雄英高校にいた。

 

 「転弧くんたちの実技試験の内容を変更する…ですか」

 「そうだね。本来なら例年通り職場体験で得たものを実技試験という形で発揮してもらいたい所なんだが……志村転弧くんと那珂美智榴くん。二人の実力は他の生徒と比べて余りにも桁外れすぎる。同じ試験を受けさせていては折角の才能を潰してしまいかねないと思ったのさ」

 「それで、私を呼んだ理由は?」

 「単刀直入に言おう。塵堂くんには、二人の実技試験の対戦相手になってもらいたい」

 「…なるほど」

 

 ここでそうくるか、と心の中で驚いた千雨。根津はそのまま、続きを話す。

 

 「ヴィラン役を演じる教師との対戦は、一応期末の実技代替案として以前から挙がっていてね。勿論、教師側にもある程度のハンデは背負ってもらうけど…それでも難易度が高すぎるだろうということで今までは見送られてきたのさ」

 「……自分で言うのもなんですが…それをチャート4位で試験的に導入するというのは無謀だと思いますよ?」

 

 試験の形式がどうなるか、既に知っているため予測がついている千雨。根津の言うハンデも、彼女にとっては無いに等しいものだ。

 

 「さて…どうだろうね?彼らの力は、案外君の想像を超えてくるかもしれないよ?」

 

 それでも根津は、そんな彼女の心配を一蹴する。千雨もその言葉を聞いて、考えを改めた。

 

 「……確かに、その通りですね。…特に転弧くんは…いつだって、私の予想を覆してきた」

 「…引き受けてくれる、ということでいいかい?」

 「ええ。…それにここらで、あの二人が協力する所を見ておきたいとも思いますし」

 「そうか、ありがとう。詳しい内容はまた後日連絡するよ」

 

 転弧と美智榴。彼らにとって、今までで一二を争う程に高い壁が聳え立った瞬間だった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 いざ始まった期末試験。勉強に追われ慌ただしいテスト期間を過ごした転弧は、どうにか安心できる程度の結果を残せただろうと考えていた。

 そうして筆記試験を終え、美智榴と共に実技試験の会場にやって来た彼だったが、その様子に疑問を呈する。

 

 「…随分と皆とは離れた所なんだな」

 「皆も後々離れたんじゃない?二人一組で協力して、みたいな話だったしさ」

 

 美智榴がそう応えたその時、彼らの前に現れたのは担任教師のミッドナイト。

 

 「お二人さん、筆記試験お疲れ様!見ての通りこれから実技試験に移るんだけど……二人の試験だけちょ〜っと内容が変わってるわ!」

 「…嫌な予感が」

 

 苦々しい顔をする転弧。哀れ、その勘は的中してしまうことになる。

 

 「二人にはこれからヴィラン役を務める本物のプロヒーローと戦ってもらうわ!当然プロの方はハンデとして錘を身体につけてるけど…あんまりアテにしない方がいいわよ、とだけ言っておくわね」

 「おいおい…」

 「ぷ、プロ!?ロボットはいずこぉ〜…」

 

 二人の反応を尻目に、ミッドナイトはさらに説明を行う。

 

 「そして、二人の試験通過条件は2つ!1つは今からそれぞれに渡すこのハンドカフスを手か足のどちらかに掛けること!そしてもう1つは、この入り口と反対側にある出口を潜ること!どちらかを満たせば、その時点で両名クリアとするわ!」

 「…出口、見えないですよ?」

 

 目の前の会場は入り組んだ市街地を模しており、どうやら相当広いらしい。美智榴が呆然と問うように呟く一方で、転弧は既に憂鬱になり始めていた。

 

 「それじゃ、二人とも!健闘を祈るわね〜!」

 

 早々に走り去っていってしまうミッドナイト。待っていても仕方がないと、二人は会場入り口のゲートを潜る。その瞬間、試験は始まり……二人の前方に無数の塵が集い始めた。

 

 「────────マジ、かよ」

 「こ、これって…」

 

 「さあ、お二人さん。実技試験を始めよう」

 

 転弧が誰よりも憧れ、追いつきたいと願うヒーロー。ダストが本気で、彼の前に立ち塞がる。



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絶望的な相性差でも

 

 眼前に現れた千雨を見て、転弧はつい思考を停止させてしまう。これまで何度も訓練で手合わせをしてきたからこそ、彼女の手強さが理解できてしまっていたのだ。

 対して、美智榴はそんな転弧に気付いたのか無理矢理彼を引っ張ってすぐさま逃走に移る。しかし10mも遠ざからないうちに拘束され、動けなくなってしまった。

 

 「うぐぐ…!!」

 「甘いよヒーロー。その程度で私から逃れようなんて100年早い…なんて、月並みな言葉でも贈っておこうか」

 「いいえ…!もう十分………逃れられますよっ!!」

 「!」

 

 ゆったりと2人に歩み寄る千雨の言葉に、美智榴はそう返し力技で拘束を解く。さらに今度は高く舞い上がり、直後急降下を試みた。

 

 「ええぇぇい!!」

 「……それは悪手かな」

 

 疎密の切り替えを利用した美智榴の渾身の一撃はみるみる速度を落とし、あっさりと千雨に受け止められてしまう。

 

 「!?な、何が…!?」

 「距離を置いた近接攻撃は塵をぶつけ続ければ容易く勢いを殺せてしまう。そうでなくとも塵化すれば回避できるんだ……君がすべきは私への直接攻撃じゃあないよ」

 「だったらこうかよ千雨さん!!」

 

 その時、思考停止から立ち直った転弧が千雨に触れ、彼女を崩壊させていく。一瞬の隙を突き、彼は美智榴を救出した。

 

 「……少しぐらい躊躇って欲しいよ…まあ、効きやしないけどさ」

 「分かってたからな…!あんたなら平気だって!」

 

 眉を顰めた千雨に転弧はそう言い放ち、救けられた美智榴もすぐさま体勢を立て直す。二人に対し、千雨は再び拘束を仕掛けようとするが…

 

 「とりあえずもう一度…おっと」

 「させませんっ!」

 「崩すぞ那珂!!」

 

 その前に千雨にハンドカフスを掛けようと、全速力で彼女に接近する美智榴。千雨は手首と足首を塵化させてそれを避け、二人の拘束を続行しようとして再び転弧に触れられ阻まれる。

 

 「何度やったって……おや?」

 

 千雨の頭が塵化したごく僅かな時間を利用して、煙のように姿を消した二人。彼女も素早く捜索を始める。

 

 「『索敵塵形(さくてきじんけい)』」

 

 辺り一面を塵に変え、それらを高速で拡散させる千雨。操作する塵の様子を何となく把握できることを利用した探知技だ。自身から離れる程精度は落ちるが、試験会場程度の範囲であれば完璧に読み取れる。

 

 「……随分遠くまで行ったね」

 

 あっという間に二人を見つけ、そのまま拡散させた塵で二人を拘束する。拘束はすぐに解かれたが、その間に千雨は二人に急接近していた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「だいぶ離れられたね…!ここからどうする!?」

 「どうするも何も逃げるしかねえだろうよ!俺の崩壊が効かねえのは千雨さん本人だけの話じゃない!あの人の技にも効かねえんだ…!」

 

 千雨の扱う技は拘束も攻撃も塵を利用したものばかり。転弧が触れても崩れるのはほんの一瞬のみで、塵の操作に神経を注がれては反撃のチャンスすら与えてもらえそうになかった。

 

 「攻撃手段が肉弾限定の那珂も相性は悪い!ハンドカフスをかけようにも塵化されるし、それをさせない術もない!どうにか出口を見つけて…」

 「それは分かってるよ!けどただ逃げたってすぐに…うぐっ!?」

 「チッ…!塵が…飛んできてやがったのか…よッ!」

 

 美智榴が転弧に逃走方法を相談しようとした所で、千雨の拘束が再び二人を襲う。美智榴は肉体の密度を増加させ、転弧は掌の崩壊を起動させることで双方即座に対処したものの、少しでも立ち止まらされてしまったことは致命的だった。

 

 「ダメだ…もう来る!こんなのどうすりゃ…!」

 「志村くん!地面を崩壊させて!出来るだけ広く粗く!」

 「!?おう、分かった!」

 

 千雨が側まで迫る中、転弧は派手に地面を割り砕く。衝撃で凄まじい規模の粉塵が舞い、二人の姿はその中に隠れてしまった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…悪くない、と言いたいけれど…()()も操作できるんだ。ごめんね」

 

 弾けるように巻き上がった粉塵のほぼ全ては、千雨の操作許容内の大きさだった。瞬く間に砂埃は晴れ、転弧と美智榴の姿を露にしてしまうかと思われたが…千雨の目に飛び込んできたのは、転弧の姿のみだった。

 

 「!…なるほど。地中か」

 「おいおい…いくらなんでも早すぎるぜ」

 

 滅茶苦茶になった現場を一通り流し見ただけで、美智榴の居場所を看破してみせる千雨。うんざりするように声を漏らした転弧に、千雨は種を明かす。

 

 「実は、似たようなことをした経験があってね。二人の個性なら不可能じゃないし…何よりそれぐらいしかないだろう?」

 「ハハッ……そうだよな!」

 

 目論見を破られたであろうに、勇猛に笑う転弧。そのまま再度崩壊を発動させ、完全に地面を分解する。地中から露出した横穴は奥が見えず、相当長くなっているようだった。

 

 「……?」

 

 一連の流れに違和感を覚える千雨。バレたからといって横穴の存在を示す必要などなく、転弧の行動は異様と言うほかない。彼女はそう考えて…

 

 「────────ブラフか!!!」

 

 転弧が演技をしていたのだと思い至った。急いで塵の操作範囲を広げ、上空から出口のゲートに向かって落下する美智榴の存在に気がつく。

 

 「砂埃に紛れて……!?今度こそ、悪くなかったよ!あと一歩及ばなかったけ…」

 

 転弧のいた方を見る千雨。しかし、彼はどこにもいない。代わりにその場には、火種が燻っていた。

 

 「(ま、ず────)」

 

 次の瞬間、爆炎が辺りを包む。一瞬の閃光ののち、千雨はそこから姿を見せた。瞬時に全身の塵化を解除し、身の回りからも塵を排除していたため、爆炎に巻き込まれることはなかったものの…

 

 『那珂さんが出口を通過!二人とも、実技試験合格よ!!』

 

 咄嗟に防御に走ったため、美智榴の脱出を阻止することができなかったのだった。

 

 「…横穴は緊急避難経路さ。千雨さんは素直な所があるからね……上手く誘導できてよかった」

 

 そう言いながら、千雨の前にまたしても現れた転弧。一つ一つ、千雨は彼に質問していく。

 

 「火種は何処から?」

 「横穴の中で必死こいて熾したんだよ。コンクリートに、配管。火花を散らしてコスチュームの切れ端に火をつけたんだ」

 

 千雨にコスチュームの裾をひらひらと見せる転弧。一部が砕けたようになくなっており、崩壊させた部分から切り離したのだと見て取れる。

 

 「横穴は?」

 「砂埃の中にいる間に崩壊の伝播を利用して。どっちも俺一人で考えたんだ。那珂を確実に脱出させるために」

 

 その言葉に、千雨は感嘆しつつも彼を抱き寄せ、小言を言う。

 

 「凄いね、転弧くん。………でも、君が危ない目に遭うのは…ちょっと、怖いよ…。市街地の破壊もヒーローとしては減点。…次からはもっと…慎重にね」

 

 千雨の言葉に、転弧も静かに返事をする。

 

 「……ごめん。でも、多少の危険は冒してこそのヒーローだろ?街を壊しちゃったのはダメだったけどさ。…それに、このやり方で1番危険だったのは、千雨さんだよ。あんたなら大丈夫だって、勝手に自分で決めつけて……本当に、ごめんなさい」

 「……ふふっ。心配要らないよ。もっとずっと危険だったことなんて、いくらでもあるんだからさ」

 

 こうして…少しばかり湿っぽくなったものの、転弧たちの期末試験は無事終わりを迎えたのだった。





Q.死ぬでしょ
A.デクやエンデヴァーたちが邸宅丸ごと爆破されても無傷だったのでセーフ


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夏休み(大嘘)

 「皆!体育祭に職場体験、期末試験と、本当にお疲れ様!大変だった1学期ももうじき終わり…お待ちかねの夏休みよ!」

 「「「しゃあああああああーーーッ!!!」」」

 「でも雄英高校ヒーロー科の皆に休みは無いわ!夏休みが始まってすぐに林間合宿があるからね!」

 「「「ぎゃあああああああーーーッ!!!」」」

 

 遊びたい盛りの高校1年生にはあまりにも残酷すぎる仕打ち。しかしながら、これもヒーローとして乗り越えなければならない試練の1つだ。生徒たちもすぐに気持ちを切り替え、話を聞く姿勢に入る。

 

 「これまでの高校生活の中で、各々少なからず課題が見つかった筈。そして、期末試験までにその全てを解決できたってことも無いでしょう?この林間合宿は、それらの消化を目指しつつ主に個性伸ばしを目的として行うものなの!」

 「先生。個性伸ばしって?」

 

 クラスメイトの1人が、そんなことを尋ねる。千雨からその言葉を日常的に聞いてきた転弧も、そういえば雄英では殆ど聞いていないな、と気付いた。

 

 「そうね、まずはその説明からしましょうか。もしかすると、職場体験先のプロから聞いた子もいるかもしれないけど…そういう子にも改めて説明するわね。個性っていうのは、あくまで自分の身体機能の一つ。筋トレをすれば筋肉がつくように、個性を鍛えればその分出力が伸びたり持続力が上がったりするものなのよ」

 「でも、鍛えるってどうすれば良いんですか?」

 

 また別の生徒の質問に答えるように、ミッドナイトは話の内容を補足した。

 

 「それはどんな個性かによるわね。ただひたすらに使い続ければその分強化されるものもあれば、使い方を工夫しないと変な癖がついてしまうものもあるわ。発動に特定の条件を必要とするような系統の個性は条件を嫌と言うほど満たしていれば徐々に条件が緩くなったり、許容量が増えたりするって感じね」

 

 具体的な説明を終え、用意していた『合宿のしおり』を生徒たちに配っていくミッドナイト。

 

 「詳しい日程とかはそのしおりに書いてあるから、各自しっかり読んでおくようにね!」

 

 そのままHRが終了し、生徒たちは授業が始まるまでの間合宿についてあれこれ話を交わしていく。

 

 「なあ、志村はダストの所で個性伸ばしってのはしてたのか?」

 「おう。まあ、最初は伸ばすってよりかは抑える方向で頑張ってたけどな」

 「抑える?…ああ、何となく予想はつくな…。大変だったんじゃねえか?」

 「……そうだな。大変だったよ…本当に。事務所の皆が居てくれたから、何とかなったんだ」

 

 節目となった出来事を思い出し、少しばかり苦い顔になった転弧。クラスメイトもそれ以上追求することはしなかったが、代わりに美智榴が会話に割り込んできた。

 

 「志村くん!合宿楽しみだね!」

 「…そうか?冷てえことを言うようだが、多分楽しさオンリーのお泊まり会にはならねえぞ」

 「えぇ?どうしてさー!」

 

 転弧は己が個性伸ばしに掛けてきた時間がどれほどであるかを美智榴に伝える。

 

 「10年以上、掛かったんだ。俺がここまで個性を扱えるようになるまで…ほぼ毎日休みなくな。それを合宿期間中に押し込むんだぜ?」

 「…おーまいがー」

 「……おい志村。さ、流石に誇張してるだろ?でなきゃ俺たちに待ってる運命は地獄一択になっちまう…」

 「まあ、合宿が始まってのお楽しみだな」

 「もう楽しめないよぉ!!」

 

 達観したような転弧の物言いに突っかかる美智榴だが、無情にも授業開始のチャイムが鳴る。近くで彼らの会話を耳に入れてしまった者達も、この先を憂うあまりその後の授業内容が頭に入ってこなかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…合宿、か」

 

 千雨は今日もヒーロー活動をこなしつつも、頭にこびりつく不安を拭い去ることができないでいた。

 

 「(例年通り雄英は林間合宿を行うらしい……当然だ。『予期せぬ事態』なんて起こるはずはないんだから。…『原作』でも、この年に何かがあったということは恐らく無い。この時点で生徒に何かあったとしたなら、出久くんたちの林間合宿の内容はもっと変わっていただろう)」

 

 そう自らに言い聞かせるが、転弧と美智榴、二人への心配はどうしても消し去れない。

 

 「(……なんて、ザマだ…。彼らは彼らなりにどんどん前に進んでいってる。美智榴ちゃんとも出会ったばかりだけど…はっきりと成長してるってのは分かるのに。…それなのに、恐ろしい……手の届かない所で、大切なものが失われることが。……私は…転弧くんたちを、信頼しきれていないんだ。期末試験で、あれだけの力を見せてくれた二人を)」

 

 不安感に苛まれるあまり、とうとう自己嫌悪にまで陥ってしまう千雨。かぶりを振り、ネガティブな考えを打ち消す。

 

 「(このままじゃ、いつまで経っても私は転弧くんを信じてやることができないままになってしまう。それに、彼のためにも守護霊で居続けることは辞めるべきだ。……だから、今回で…最後にしよう。彼が高くまで、羽ばたけるように)」

 

 千雨は、転弧の保護者であるからこそ。同時に、彼のために全てをつぎ込むと誓った者であるからこそ。今回の合宿を一つの区切りにしようと考えていた。



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どこかにある森の中で

 

 雄英高校林間合宿。ヒーロー科の1年生たちは、鳥の囀りがよく聞こえる山間に到着した。彼らをそこで出迎えたのは、ヒーローチーム「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ」。未だ二十代の若手チームながら、雄英に信を置かれる優れたヒーローたちだ。

 

 「それじゃあ皆、宿舎まで頑張ってね!」

 

 ミッドナイトのそんな宣告に、既視感を覚えた美智榴が呟く。

 

 「…宿舎、見えませんよ?」

 「何言ってるの、ほら」

 

 プッシーキャッツの1人…「マンダレイ」が崖下の遠方を指さす。その先に、豆粒程の宿泊施設が確認できた。

 

 「……勘弁してくれ」

 「せ、先生!バスで行こう!ありゃ無理だ!」

 

 うんざりとした様子で諦めの言葉を吐く転弧。クラスメイトもミッドナイトに慈悲を乞うが…

 

 「ごめんね、もう合宿は始まってるのよ!『ピクシーボブ』、やっちゃって!」

 「任せなさい!」

 

 ピクシーボブと呼ばれたヒーローが地に手を触れると、土砂の大波が生徒たちを飲み込む。彼らはそのまま、崖下へと運ばれていった。

 

 「またこんな感じのやつ〜!?」

 

 美智榴の叫びが虚しく山彦を繰り返す。一同はこの後、ピクシーボブの個性によって生み出された土砂の魔獣が蔓延る森を進みつつ、日が傾く頃にようやく宿泊施設にたどり着くのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「やーみんなお疲れー。結構頑張ってたね」

 「し…しんどい…」

 「なんすかあれ!?マジで殺意感じましたけど!?」

 「私の個性で作ったの。中々迫力あったでしょ?」

 

 生徒たちとプッシーキャッツの問答が続き、ピクシーボブがふと転弧と美智榴に視線を向ける。

 

 「それにしても…そこの二人!貴方達凄いじゃない!あれだけ怯まず突き進める子はそういないわよ!」

 「え?本当ですか!やったね志村くんっ」

 「…そうだな。千雨さんに比べりゃ何てことなかった」

 

 そう語る転弧に、ピクシーボブも聞き返す。

 

 「チサメさん?だあれそれ?」

 「ナンバー4ヒーロー『ダスト』。俺たち2人、期末試験で彼女と戦ったんですよ」

 「あら、凄い筈ね…。ミッドナイト、雄英って今そんなことまでしてるのね?」

 「この2人は特例よ。そもそも実力が一段飛び抜けてるの」

 

 ひとまず話はそこで切り上げられ、ミッドナイトが生徒たちを宿舎に連れていく。初日はこの程度のものであったが、生徒たちがこの合宿の真の姿を知ることになるのは翌日からのことだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図…合宿2日目はまさしくそういった様相を呈していた。というのも…

 

 「い…いつまで続けんだこれ…」

 「聞いてなかったのか?…夜までだとよ」

 

 雄英生たちが延々と個性伸ばしの猛特訓を行っていたためである。

 

 「…流石に、これはキツいな」

 「志村でも……そう思うのかよ…」

 「…まあ、な。終わりが見えねえのが辛い所だ」

 

 大多数の生徒が個性の出力を上げる方向で訓練を行う中、転弧は崩壊に更なる変容をもたらすよう指示されていた。具体的な例をミッドナイトに聞けば、

 

 「そうね…触れたものの一部だけを、『間接的に』崩壊させられるようになるとかかしら?内側だけとかね」

 

 そう言われて、ただただ土くれ…ピクシーボブによって供給されるそれらを崩壊させ続けている。

 

 「(昔…千雨さんに、聞いたことがある。あの人は間接的に塵化させることもできるから、俺にもできるんじゃないかって。でも…)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…難しいと思うよ」

 「どうして?」

 「君の崩壊は伝播していくだろう?私も、そんな風に塵化したものから塵化を伝染させられないかって、ずっと試行錯誤してた頃があったんだ。でも、ダメだった」

 「…そうなんだ」

 「個性はきっと……元からある能力を抑えることよりも、元々はなかった能力を発現させる方がずっと困難なんだ。こればかりは本人のセンス次第としか言いようがないね…」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「(……あの時はそれで納得したけど、その後やってきた被身子はあっさり新しい能力を発現させた。あいつは確かに天才的だ…それでも、悔しさはあった)」

 

 なればこそ、と転弧は己の可能性を広げることに今は注力したいと考えた。彼は1人、先導者のいない暗がりを進む。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 森の中、1人の大男が歩みを進める。首にかけたラジオから伝えられた指示に従って、己の使命を果たさんとしているのだ。

 

 「見つけなければ……殺さなければ。全ては…主のために」

 

 男の大きな掌の上には、どこから手に入れたのか一枚の写真があった。写されていたのは…那珂美智榴。

 悪意は静かに、忍び寄る。



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崩れ去る認識

 

 その日の夜。地獄の個性伸ばしをひとまず終え、雄英生たちは肝試しに興じていた。A組とB組に分かれてお互いを個性を駆使して驚かしあうことになり、今はA組が驚かす番だ。

 

 「(志村くん、それじゃ作戦通り!)」

 「(…ちょっとやりすぎじゃねえか?)」

 「(そんなことないよ!あたしB組のヤツで心臓止まりそうになったんだから、このぐらいしてやらないと!)」

 

 美智榴と転弧は協力して…というよりも、美智榴が半ば強引に彼を引き込み、先程B組に散々驚かされた仕返しをしようと試みていた。転弧の崩壊によって脆くなった地面は、人が踏み入れれば丁度落とし穴のように沈み込むようになっている。また茂みの裏にある崩壊で掘り抜いた穴は、美智榴が仕上げに移るためのものだ。

 

 「(あとは地面の中からあたしがその人の足を掴んであげれば大パニック間違いなしだよっ)」

 「(俺が何も知らなきゃ落とし穴だけでも十分パニックになりそうだけどな…)」

 

 殆ど転弧1人で完結しているトラップだったものの…美智榴は随分と楽しそうだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 そして、彼女の期待通り次々とB組の面々は肝を潰されていく。

 

 「あはははっ!さっきの子たちの反応聞いた?もうあれ新しい言語だったよ」

 「声でけえって。またすぐ次のペア来るぞ、バレねえようにしとけ」

 「おっとっと、了解」

 

 そうして再び美智榴が隠れようとして…二人は違和感に気付く。

 

 「……?揺れてる…?」

 「わわ…地震!?」

 

 揺れは少しずつ大きくなり、並行して転弧がその源を知覚した。

 

 「…おい……何だ…あいつ」

 

 肝試しのコースからは外れた場所から、少しずつ巨大な何かが近付いてくる。明らかに生徒や学校関係者ではなかった。

 

 「…えっ?……し、志村くん、どうしよう」

 「とりあえず逃げるぞ…ありゃ普通じゃね────」

 

 「お前だ。やっと、見つけた」

 

 美智榴の言葉に逃走を促そうとした転弧の耳に、地鳴りのような声が届く。巨躯は突如、彼らに向かって爆進し始めた。

 

 「主の命令ッ!!危険分子の…早期抹殺ッ!!」

 「おい嘘だろッ!?」

 「やばいよっ!!!」

 

 それを見た転弧は逃走の助けにすべく、自分たちの前方の地面を崩壊させて男との間に空堀を作り出した。そのまま美智榴に担がれ今二人に出せる全速力でその場を離れようとするが…

 

 「オオオオオッ!!!」

 「志村くん!!あいつめちゃくちゃ速いよ!!!」

 「クソッ…!!下せ那珂!俺なら足止めできる!」

 「無理に決まってるでしょッ!?どうにかして二人で…」

 「そっちの方が無理だろうが!!!…!?」

 

 大男は凄まじい速さで二人に迫っており、追いつかれるのは時間の問題だった。自身を囮にしようという転弧に対し、珍しく余裕を見せずに提案を却下する美智榴。彼女を守るべく何としても意見を通そうとした転弧だが、すぐに違和感を覚えた。

 

 「何だあいつ!?どんどんデカくなってねえか!?」

 「ウオオオオ!!!」

 

 既に木々を超えて、更にその体躯を伸ばし続ける大男。流石にここまで来ると肝試しをしていた生徒たちも異常に気付き、絶叫と共に逃げ惑う。

 

 「し、志村!!何なんだソレ!?」

 「分かんねえよ!!先生たちに来てもらわねえと…ッ!!那珂!!」

 「!?嘘、もうこんなに!?」

 

 一刻も早いプロヒーローの助力を必要とする転弧だが、先に此方側に限界が訪れた。大男が美智榴に追いつき、その拳を振り上げる。

 

 「潰れろオオオッ!!」

 「チ……!やるしかねぇッ!!」

 「志村くん!!!」

 

 美智榴の腕から無理矢理飛び出し、男に向かって掌を突き出す転弧。ただでさえ免許も持っていない彼には許されない行いだったが、最早そんなことを言っていられる状況ではなかった。

 

 「悪く思うなよ────」

 「遅い!!弱い!!」

 「な…!?」

 

 しかし、その途轍もない巨体からは想像もつかない程の身軽さでそれを躱され、そのまま男は転弧の背後…美智榴のいた場所に着地する。周辺は激しい揺れに見舞われ、空気の荒ぶりが転弧の絶叫をも掻き消してしまった。

 

 「那珂アアァァァッ!!!!!」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 時間は、少し前に遡る。

 

 「(……バカ、な…!!これは…ギガントマキアか!?あり得ない!!!こんなタイミングで出てくるなんて…いや、出してくるなんて!!!)」

 

 転弧に内緒で彼を尾けてきていた千雨は、合宿所周辺を延々と「索敵塵形」で調べ上げていた。そうして肝試しが始まって少し、彼女はここに現れる筈のない大敵の存在に気付く。

 

 「(何にせよ流石にこれは転弧くんには任せられない!!今すぐ私の手で────)」

 「◯※△」

 「────え?」

 

 次の瞬間、千雨が居たのは見覚えのない廃屋の一室。そして、彼女をそこに連れてきたのは…

 

 「……脳、無…?」

 「□☆$?」

 

 無意味な音の羅列のみを発するだけの奇怪な化け物。特徴的な剥き出しの脳髄を頭頂に据えたそれは、もうこの世界において生まれることはないと千雨が考えていた存在だった。

 

 「ァ゜」

 「ッ!!」

 

 直後、脳無は即座に自爆。ごく小規模なものであったが、骸が木っ端微塵になってしまい、捕獲して情報を得ることは不可能となる。

 

 「(どうして!?ドクターはもう居ないのに!!もう作れる筈ないのに!!どうしてこんなことになるんだッ!?)」

 『やあ。これを聞いているということは…ワープの子は自爆してしまったのかな?』

 「!?」

 

 混乱する千雨の耳に、部屋のスピーカー越しの音声が届く。声は、AFOのものだった。

 

 『あの戦いの後、怪我のせいで沢山の個性を手放す必要が出てきてね。けれどドクターの本拠地はめちゃくちゃになってしまっていたから、本当に困っていたんだよ。だから……久々にお勉強したのさ。幸い各地に散りばめていた小規模の研究施設は大体無事だったからね、彼のノウハウはしっかり活かすことができた』

 「……神野以外にもあったのか…!」

 

 脳無製造工場が先んじて消し去っておいた神野区のもの以外にもあったことに、ショックを隠しきれない千雨。音声は途切れることなく続く。

 

 『おかげで想定よりずっと悲惨な出来にはなってしまったけど…ドクターとの合作、「脳無」を作り出すことができたんだ。今回君をここに連れてきたのはワープと…幾らか他にも便利な個性を譲ってやった子でね。特にあの個性は容量を食うから、泣く泣く手放したんだよ。オールマイトのせいでこんなことになってしまって…心底悲しいものだ。ククク…』

 

 言葉とは裏腹に、邪悪な笑いを溢すAFO。

 

 『彼は僕の忠臣…「ギガントマキア」の側に置いていたんだ。万が一オールマイトかダストが彼に近付けば、すぐに反応して遠くに飛ばしてやれるようにね。近々合宿中の雄英生の1人をマキアに襲わせる予定だから、引っかかったのは志村転弧くんを心配してついていくだろうダストの方に違いないね?でなきゃここまでベラベラ話したことの意味も半減だ』

 「…ッ」

 

 全てを読まれていることに、少なからず千雨は焦りを覚える。

 

 『まあ、ついでに他の子たちも巻き込んで存分に暴れてもらうつもりなんだけれどね。本当はまだ彼の存在は伏せておきたかったんだが…ダスト、君のせいでそうもいかなくなった。……つまり、これで志村転弧くんに何かあれば原因は君に────』

 「クソオオオッ!!!!!」

 

 半笑いのまま嘲るように千雨を煽る音声。最後まで聞かないまま、彼女はスピーカーを破壊する。そしてすぐさま外に出て、全身全霊で合宿所への帰還を目指した。

 

 「(AFOッ…!!お前だけは…永遠に許せそうに無いよッ!!)」

 

 それがいかに無駄な労力であるかを、知っていながら。



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那珂美智榴:オリジン


※一部美智榴視点


 

 小さい頃から、ヒーローが大好きだった。プロヒーローも、戦隊ヒーローも、プリユアも、とにかく全部が好きだった。

 

 「お父さん、お母さん!あたしもヒーローになれる!?」

 「ああ!美智榴ならきっとなれるよ!」

 「お母さん達、応援してるからね!」

 

 そう言ってくれたお父さんとお母さんは、あたしが中学生の時に突然帰らぬ人となった。ヴィランが関わったわけでもなく、ただの事故だった。

 

 「…美智榴ちゃん、ウチに来るかい?」

 「大丈夫です!1人でもちゃんと、やっていけますから!」

 

 あたしを引き取ろうとした親戚の叔母さんは、すごく悲しい目をして私を抱きしめてくれた。でも、あたしは悲しくなかった。ヒーローは困難を乗り越えて強くなれるって、知ってたから。

 

 実際それからは凄く頑張ったのもあって、中学の段階でいきなり学費免除を言い渡された。初の雄英出身者が出るかもしれないってことで、学校側も異例の対応をしてくれたらしい。流石に推薦入試の日程を間違えたのは、めちゃくちゃ怒られたけど。

 

 一般入試でも、またまたうっかりしてしまった。その時に助けてくれたのが、志村転弧くん。あたしよりももっと凄い子で、ヒーローアニメのライバルキャラみたいな雰囲気。この子となら、きっとあたしは本物のヒーローになれる。そうしたら、きっと────お父さんたちも、生き返らせたりできるよね?ヒーローの物語は、いつだってハッピーエンドなんだから。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…珂!おい、那珂ァァ!!」

 

 誰かが、あたしを呼んでる。…ああ、志村くんか。あたし、デッカいヴィランに踏み潰されたんだっけ。

 そろそろ、起きなきゃね。ヒーローはこんなとき、笑ってこう言うんだ。

 

 「…!!那珂ァ!!無事か…」

 「無駄だヴィラン!!正義は決して悪には屈しない!!」

 「…は?」

 「うぬううゥゥ…主の懸念は正しかったか…確かに並ならぬ強靭さ!!」

 

 そう、ヒーローなら…敵にやられたりしない!ヒーローなら…いつだって最後には勝って終わるんだ!!()は今、ヒーローだ!!

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「志村ッ!!奴の足元を狙うんだ!君は補助に徹してくれ給え!私が奴を叩くッ!」

 「お、おい…!?どうした那珂!!頭でも打ったか!?」

 

 ギガントマキアによって踏み潰されながら、一見無傷で立ち上がったように見えた美智榴。しかし様子がおかしいことに転弧は気付く。

 

 「否!我が名は『ミーティア』!全ての悪を挫くべく、今この瞬間を以って馳せ参じた真のヒーロー!!此処からは…一切加減しないぞヴィランッ!!」

 「ヌウウッ!?」

 

 訳の分からないことを言いながらギガントマキアに吶喊する美智榴。そのまま異常な程の速度で突っ込み、彼を押し返す。

 

 「(な…何が起きてる!?あいつの個性にここまでの出力は無かっただろ!?様子もおかしい…!さっきまで逃げてたのに、急に立ち向かいだしやがった!今のあいつは何か変だ!)」

 

 困惑しつつも、美智榴に言われた通りマキアの足元を崩壊させる転弧。体制を崩したマキアの顔面に、美智榴が演技がかった台詞を吐きながら殴打を繰り返す。

 

 「諦めろッ…!もうお前に勝ち目はない!我が『メテオシャワー』を受けて立ち上がった者は…何ッ!?」

 

 しかし、岩のような外殻を砕かれながらも、マキアは平然と立ち上がる。美智榴の預かり知らぬことではあるが、彼は個性によって痛覚を喪失しているのだ。

 

 「貧弱すぎる…タフなだけかッ!?今すぐすり潰してやるッ!!」

 「ぐうっ!」

 

 飛び上がったマキアのダブルスレッジハンマーで叩き落とされる美智榴。しかし、此方もすぐさま立ち上がり距離を取る。

 

 「言ったはずだ…悪には屈しないと!お前の攻撃は何一つ私には通用しない!」

 「…那珂。先生たちを呼ぼう。今のお前ならあいつからも簡単に…っておい!」

 

 転弧の言葉を無視し、またもマキアに突撃する美智榴。今度は更に速度も威力も上がっているらしく、受けたマキアの胴に大きく罅が入った。

 

 「グオオオオッ!!小賢しいッ!!」

 「む…!!変身か!?」

 

 痺れを切らしたのか、その姿を大きく変貌させて美智榴を仕留めにかかるマキア。両手の爪は長く伸び、顔にもフェイスカバーのような甲殻が被さっている。

 

 「砕けろオオオ!!!」

 

 爪の一振りで山が抉れ、地形が変わる。未だ逃げ惑う生徒たちにも危険が及び、それは転弧にも…

 

 「ぐっ」

 「…!!しまった…!!志村ッ!!」

 「ちょこまかとォッ!!」

 

 マキアの凶爪が再び振われ…半ばで、美智榴の蹴りに止められる。

 

 「クッ…これ、以上、好きにはさせんぞオオオォッ!!!」

 「大人しくしろオオオォ!!」

 

 巨人と少女が真正面からぶつかり合い、互いに血を流し始める。マキアは一部の甲殻が完全に砕かれ始め、美智榴は個性の制御に限界が近付きつつあった。

 

 「脆い!!さっきよりも!!」

 「お前もだヴィラン!!決着をつけてやるッ!!」

 

 マキアが爪を振るう。

 受けた美智榴の骨が砕ける。

 尚も彼女が反撃する。

 マキアの左腕が動かなくなる。

 

 「ガアアアアアアアアァァァァッ!!!!」

 「はああああああああぁぁぁぁッ!!!!」

 

 大小の拳が激突し、ほんの一瞬の静寂。

 

 「……ヒーローは…負け…な…」

 

 先に限界を迎えたのは、美智榴だった。全身から血を流し、それでもマキアに立ち向かおうとするが…身体から力が抜け、気を失う。

 

 「ハァ…ハァ…危険、因子……排除オオオオッ!!!」

 

 満身創痍のマキアも、倒れた彼女を引き裂かんと右腕を高く掲げ…

 

 「させねえよ」

 「ヌァ!?」

 

 復活した転弧によってそれを崩壊させられる。

 

 「へへ……悪いな。こういう、土壇場で…よく成長するんだよ、俺」

 

 転弧が触れていたのは、マキアの脚。間接的に右腕を崩壊させた彼に、マキアは激しい怒りを向ける。

 

 「おのれェェェ!!!最初から最後まで邪魔立てをォォォ!!!」

 「…おいおい……流石に気絶してくれよ」

 

 立ち上がり、先に転弧を始末すべくそちらに振り返るマキア。…その判断が、彼の命運を分けた。

 

 「DETROIT SMASH!!!」

 「ガッ…!?」

 

 致命的な攻撃を受け、マキアは遂に倒れ伏した。駆けつけた教師やヒーロー達も、生徒の救護に当たる。

 

 「志村くん!?大丈夫!?」

 「…先生」

 「生きててくれて良かった…本当に…!!ごめんなさい…気付くのが遅れてしまって!那珂さんは!?」

 「多分この子だミッドナイト!酷い怪我だ…!すぐに病院へ!!」

 「!!ええ、分かったわ!!ピクシーボブ!!」

 

 ヒーロー達が協力し、美智榴を応急手当てしながら搬送の準備を急ぐ。そして美智榴を預けたナンバー1…オールマイトが、転弧の方に向き直った。

 

 「…君が、志村転弧くんか」

 「…?はい。…オールマイトが、何でここに?」

 「ダストが泣きそうな声で私に連絡してきてね…君たちを救けて欲しいって。彼女にもちょっと事情があって、こっちに来られそうになかったみたいでさ」

 

 オールマイトの言葉に驚きを隠せない転弧。

 

 「……まさか千雨さんここまでついて来てたのか?でも、なんで…」

 「ごめんな。話しにくいことなんだ」

 「…まあ、構いませんよ」

 

 そして彼はふと、口を開いた。

 

 「……あの人にとっては…俺もまだ、子供なのかな」

 「…かもな。けど転弧くん、君の頑張りは私から彼女にちゃんと伝えておいてやるぜ?」

 「…え?」

 

 時折マキアの方を警戒しながらも、オールマイトは言葉を繋ぐ。

 

 「さっきの子が…君の守ろうとした子なんだろ?美智榴ちゃんって名前はちょくちょくダストから聞いていたよ。転弧くんと仲がいいってね」

 「…あのデカブツを追い詰めたのは殆ど那珂1人です。俺の力じゃ…」

 「それでも君が居なけりゃ彼女も助からなかったかもしれないだろ?……大丈夫だ転弧くん。君は誰よりも立派なヒーローになれるさ。私が保証するよ」

 「……ありがとう、ございます」

 

 ひとまず納得しておくことにした転弧。そんな彼を、オールマイトは優しい眼差しで見つめていた。





雑に覚醒させてしまって申し訳ない…
ここで出すにはギガントマキアがあまりにも強すぎました()


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後始末

 

 雄英高校ヒーロー科の林間合宿中、生徒たちがヴィランの襲撃を受けた。このことはすぐにメディアによって大々的に報じられることとなり、高校側も急遽会見を開く。

 

 「こうなる可能性は事前に予期できなかったのでしょうか?」

 「情報規制は万全を期しておりました。今回の襲撃は完全に偶発的なものであり、此方の対応に遅れがあったことは否めません」

 「生徒に負傷者が多数出たとのことですが、来年以降も林間合宿は続けるおつもりですか?」

 「林間合宿は雄英のカリキュラムにおいても最重要といえるものの1つです。教師、プロヒーロー間の連携を緊密にし、より強固な安全対策とした上で来年以降も続行したいと考えております」

 

 歯に衣着せずストレートな質問を投げかけてくる報道陣に、ミッドナイトもしっかりと応答を行う。会見は、実に3時間以上も続いた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「お疲れ様です先輩」

 「…!?相澤くん!白雲くんも!珍しいわね?こんな所に」

 「ちょっと心配になりまして。大変なことになっちゃいましたね」

 

 会見を終え、一旦負傷した生徒たちを見舞いに病院へ向かおうとしたミッドナイトを待っていたのは、後輩たちだった。

 

 「…ええ。下手をすれば、教え子の誰かが亡くなってしまってもおかしくなかった…。本当に、不幸中の幸いだったわ」

 「……そう、ですね」

 

 相澤は高校2年生の時の記憶を辿る。当時のインターン、ダストが現場にいち早く駆けつけてくれなければ万が一のことがあったかもしれない。そう思うと、ミッドナイトの懸念は正しいものである気もしたのだ。

 

 「…ただ、生徒たちもヒーローの卵です。そう易々とやられる程やわじゃないでしょう」

 「……相澤くん」

 

 それでも気を落とす先輩を見て、励まさずにはいられなかった。さらに、相澤と白雲は目配せをしあうと、ミッドナイトにあることを告げる。

 

 「先輩。俺たち、あの話受けたいと思います」

 「…!それって…!」

 「はい。…山田も合わせて、3人で雄英の教師に加わりたい。生徒たちを近くで見守ってやれる大人は、多い方がいいでしょう?」

 「……ありがとう…!」

 

 イレイザーヘッド、プレゼントマイク、ラウドクラウド。3人のヒーローが、雄英に教師として戻ってくることになったのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「転弧くんッ!!」

 

 病室に勢いよく飛び込むのは、千雨。彼を心配するあまり、脇目も振らずにそこまでやって来たのだ。

 

 「千雨さん。…心配かけたか?ごめん」

 「…!!…ああ……心配、したよ…!!こっちこそ、ごめんね…!すぐに駆けつけてあげられなくて…」

 

 酷い顔のまま、転弧に駆け寄る千雨。彼女の言葉を受けて、転弧はこう返す。

 

 「…いいんだ。……千雨さん、俺…言われた通り、ちゃんと那珂のこと、見てたよ。…ちょっとは、ヒーローらしくなれたかな?」

 

 途切れ途切れ呟く彼に、千雨も思わず彼を抱き寄せる。

 

 「……うん…!偉いぞ、転弧くん…!!本当に…よく、頑張ったね…!!」

 

 かつて出会ったあの時よりも、少年の背はずっと大きくなっていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「脳無、か」

 「現れる筈のなかった悪夢…しかし、それは覆ってしまった」

 

 今回の件は、既にグラントリノ達にも情報共有されていた。千雨が殻木を始末したことはAFOによって彼らにも露呈してしまっていたため、その辺りのことを話してしまっても構わないという千雨の判断だった。

 

 「ダストの嬢ちゃんが言うことには…記憶で見たもん程強烈ではないらしいがな」

 「しかしグラントリノ。問題は素体が人間であると言うことです…その上AFOが協力者なしに、1人で駒を増やす術を手に入れてしまったということでもある」

 「……やれやれ。ギガントマキアとかいうのを捕らえられたのは大きいが…一難去ってまた一難って訳か」

 

 正義と悪のいたちごっこ。現状はまさしくその通りになってしまっていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 そうして合宿から時間が経ち…夏休みも終わる頃。

 

 「むぅ〜!」

 

 怪我もだいぶ良くなったことで面会が許された美智榴は、見舞いに来た転弧と千雨を前に不満を露にしていた。

 

 「頭打ってたわけじゃないよっ!アレがあたしのカッコいいと思う理想のヒーローなのっ!!」

 「…へー」

 

 転弧は合宿での彼女の変貌を話題に出し、その変人っぷりに大層驚いたと話した。美智榴はそれを聞いて機嫌を損ねているのだ。しかしその時、側で会話を聞いていた千雨が彼女に質問する。

 

 「……美智榴ちゃんは、覚えているんだね?その当時の記憶を」

 「…え?は、はい、まあ…」

 「なるほどね…」

 

 美智榴の答えに、千雨は彼女の将来性を垣間見る。

 

 「(つまり、何かの拍子で現れた別人格とかそういうことではなくて…あくまでも自己暗示の類いだって訳か。それだけで単身ギガントマキアと互角にやり合うなんて……AFOがさっさと彼女を始末したがったのも頷ける。まあ、失敗したけどね)」

 

 千雨が考え込む一方で、美智榴と転弧は会話を続けていた。

 

 「だから、ヒーローはああいう時も逃げたりしないんだってばー!」

 「そりゃお前の押し付けだぜ……親の前でも同じこと言えんのか?泣かれるぞ」

 「うーん、どうだろ?もう2人とも死んじゃったから…」

 「────え」

 

 するりと彼女の口から飛び出した言葉に声を詰まらせる転弧。流石に千雨も聞き逃せず、美智榴に問う。

 

 「……ご両親は、いつ?」

 「あたしが中学生の時です。でも、大丈夫ですよ!ちゃんと本物のヒーローになって、お父さんたちを喜ばせてあげますから!」

 

 普通に聞く分には、悲しみを乗り越えて亡き両親に成長した己を誇らんとする立派な少女のような言葉。しかし千雨たちには、その中に未だ強く根付く歪みがあるように思えた。



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高みにて再び


ここからまた時間の進みが早くなります。転弧の高校時代はあとインターンぐらいで終わるかも?


 

 その年の下半期ビルボードチャートには、波乱があった。

 

 「No.10!経歴も素顔も、全てが謎に包まれた男…『スタンダール』ッ!!次々とヴィランを検挙し、ついにここまで上り詰めたァッ!!」

 

 「No.5!早い!速い!!疾すぎるッ!!!デビューして未だ一年足らず!!!『ホークス』ッ!!史上最年少でのトップ10入りだァァァーッ!!」

 

 片や詳細不明。片や18歳。どちらも凄まじい勢いでチャート順位を上げ、突如としてこの場に立った者たちだ。そして同時に、双方が千雨と少なからず縁のある人物でもあった。

 そして、その千雨はというと…

 

 「No.3!支持率の急激な上昇の要因は、皆様も知る所のものでしょう!!『ダスト』!!上半期に引き続き順位をキープ!!」

 

 そんな実況と共に、会場には穏やかな笑いが巻き起こる。千雨は気にしていない風にも見えるが、実際には羞恥心で消えてなくなりたくなっていた。

 

 「(上半期の時もそのことでいじったじゃないかぁ…もう勘弁してくれよぉ〜ッ)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 そして始まる、それぞれへのインタビュー。トップバッターのスタンダールは、いきなりとんでもないことを言い始めた。

 

 「…今の社会には…贋物が蔓延っている!英雄足り得ない人間が我が物顔でヒーローを名乗り、私腹を肥やす…!この私!スタンダールはッ!それら偽りの英雄を排し!正しき社会を取り戻すべくここまで来た!我が理想に共感できると言うのならば!或いはヒーローであろうとするのならば!真なる英雄たれッ!…さもなくば……淘汰されるのは必定だ」

 

 「……あ、ありがとう、ございました…」

 

 引き気味に反応を返す司会者。しかし、会場の中にはちらほらと拍手の音も聞こえる。彼の意気と気迫が伝わった人間も、多少は居たようだ。

 そのままインタビューは続き、少ししてもう1人の新トップ10…ホークスの順番が訪れる。司会者からマイクを受け取った彼は、特に何かを言うでもなく簡潔に終わらせた。

 

 「これからも頑張りますんで、応援よろしく!」

 

 時を同じくして大舞台に上がった2人は、実に対照的な印象を残した。それでも彼らを見て、千雨は様々な思いはありつつも小さく口元に弧を描く。2人の今が、良い方向に転がってくれていることを喜んで。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「……ダスト」

 「やあ。呼び止められると思ってたよ」

 

 式典終了直後。千雨はスタンダール…赤黒血染に声をかけられた。薄々話の内容の予想はしつつも、彼の方に顔を向ける。

 

 「…考えは変わらないのか?己のために平和を成すという…その考えは」

 「そうだね。……もうあれから、10年も経ったのか。どうやら私は自分でも驚く程に頭が固いらしい」

 「……フン…。やはり貴様は気に入らない…そうして自分に都合の良い言葉で誤魔化してばかりだな」

 「…何だって?」

 

 思いもよらないスタンダールの台詞に、疑問を浮かべた千雨。それに答えるように、彼は続ける。

 

 「貴様は……平和のためなら己の命さえ捨てられるタチの人間だろう。『自分のため』だと己に言い聞かせて」

 「……随分と買ってくれてる所悪いけどそんなことは無いと思うよ?」

 「…どうだかな。……人間の本質とは、考えるよりも早く現れるものだ。自身が気付いていなくとも、いざというとき咄嗟に露呈させてしまう」

 

 スタンダールはそこで言葉を切ると、そのまま千雨の横を抜けて行ってしまった。

 

 「………『気に入らない』だって?…嘘ばっかり。私の大ファンじゃないか」

 

 その場にいない彼を揶揄うように、千雨は1人呟いた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ダストさん!お久しぶりです!」

 「やあ啓悟くん。それともホークスかな?どちらにせよ、本当に久しぶりだね」

 

 続いて、エンデヴァーと談笑中だったホークスと話を交わす千雨。エンデヴァーもホークスのことは大層気にかけており、実の我が子のようにも思っているようだ。

 

 「どうだダスト。啓悟は実に立派に育っただろう?じきに君をも超えていくぞ、こいつは」

 「やーエンデヴァーさん凄い自慢気ですけど俺半分以上は公安で育てられましたからね?」

 「何を言う啓悟!お前の意志を尊重したまでだ!その気になれば奴等よりもずっと上手くお前を育ててやれた!」

 「ホントですかぁ?」

 

 エンデヴァーにも気安く軽口を叩くホークス。実際に良くここまで成長してくれたと千雨は一種の感動すら覚えながらも、彼が結局公安に所属したことに若干の申し訳無さも感じていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「貴女が塵堂千雨さんね!素晴らしい才能を持ってると聞いてるわ!」

 

 千雨はかつて、高校在学中に公安からのスカウトを受けていた。当時は実力を隠していたため、彼らが接触してきたことは千雨にとって少々意外な出来事だった。

 

 「(雄英の情報を盗み見たのか?ご苦労なことだね)」

 「どうかしら?ウチでその力、社会のために役立ててみない?」

 

 自身が公安の職員であり、千雨を勧誘しに来たのだと話す女性。高校は中退することになるが破格の待遇を約束すると語った彼女の言葉を、千雨は半分も覚えていない。『原作』を知る彼女にとって、その話は微塵も魅力的には見えなかったし、転弧救済を最優先に考えていたからこそ最初から頷くつもりなどなかったのだ。

 

 断られた後も、公安は定期的に勧誘を図ってきた。免許を取り消されそうになった時も、各機関に働きかけて譲歩してもらったと千雨に恩を売ってきた。それに関しては大変ありがたいことであったが、それでも彼女は公安に所属しようとは思わなかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…?ダストさん?」

 「……ああ、ごめんね。ちょっと考え事しててさ」

 

 ともあれ、ホークスは今の仕事にやり甲斐を感じているらしい。千雨はひとまず、彼の飛躍を素直に祝福することにしたのだった。



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地道ながらも急速に

 

 転弧の高校1年の秋冬と2年の春夏は特に何事もなく過ぎていった。ある意味ようやく普通の高校生活を満喫することができていたと言えなくもないが、転弧としては少々物足りないというのが本音だった。

 

 「……仮免取ったばっかりだって言うのに…やけに退屈そうだね?」

 「それは、まあ。去年のB組との対抗戦は良かったけど……正直言って仮免試験は拍子抜けだったよ。成長を実感できる程じゃなかったかな…」

 「当然だろう?前も話したけど雄英のカリキュラムは他とは次元が違う。1()()()()()にでもしない限り雄英生が仮免試験に落ちるなんてことは早々無いよ。かといってそこに合わせると他の高校のヒーロー科の子たちが合格できなくなっちゃうからね…しょうがないのさ」

 

 千雨も彼に実情を話しつつ、同時に彼の成長速度が理由の1つでもあると感じていた。

 

 「(『原作』でもヴィランとの遭遇経験が少ないB組だってちゃんと強くなってた。変なことはせずに普通に雄英で過ごすだけでも得られる経験値量は計り知れない。しかも転弧くんはその上で小さい頃から私たちと訓練を続けてきてたんだ……適正レベルを大幅に上回ったって何もおかしくないってことだね)」

 

 そう考えて、千雨自身も今の彼の実力を知りたいと思い始めた。

 

 「転弧くん。インターンシップの話はもう雄英で出てるかい?」

 「…ん?ああ、聞いたけど…ッ!もしかして!?」

 

 身を乗り出す転弧に笑みを向けながら、千雨は彼に告げる。

 

 「私の所に来るといい。勿論、美智榴ちゃんも一緒にね。目の前で見せてあげよう…ナンバー3の本気の仕事を」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「久しぶりです、ダストさん!今回もよろしくお願いします!」

 「うん、よろしくね『ミーティア』。…『ルイングレイ』も、改めてよろしく」

 「…よろしく、お願いします…!」

 

 初めて千雨に呼ばれた自身のヒーローネーム。遂に彼女に一人前だと認められたような気がして、転弧は万感の思いだった。

 

 「お二人とも」

 「!は、はい!」

 「…何でしょうか?」

 

 そして、千雨と共にいざヒーローとして最初の活動をしようとした2人を心詠が呼び止める。

 

 「頑張って下さいね。…きっと、ついて行くのも大変ですから」

 「「…はいッ!!」」

 

 千雨の仕事をずっと見てきた心詠の言葉に、2人は尚も気を引き締めていく。

 

 「ふふ…それじゃ、行こうか。しっかり見ててくれよ?自分の糧にできるようにね」

 

 スタートラインを切るように事務所を出て行く3人。ここにインターンシップが、始まった。

 

 「脅すようなこと言っちまってまあ…良かったのかよ?」

 「ええ。…彼らももう、ヒーローですから」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…って!!速すぎだろ…ッ!!」

 「あ、あぁ!もう捕まえちゃった!」

 

 そんな彼らの前で繰り広げられるのは、早送りのような光景の数々。事故が起きそうになれば未然に防ぎ、ヴィランはその殆どが危険な素振りを見せた段階で拘束される。迷子を懇切丁寧に親元に送り届けているかと思えば、並行して様々な場所で塵が悪を懲らしめる。

 転弧がコスチュームに備え付けたサポートアイテムによって機動力を向上させてなお追い付けない今の美智榴…その彼女ですら全くその全貌を把握できない千雨のヒーロー活動。2人のインターン初日は心詠の言葉通り、ついて行くだけで精一杯であった。

 

 「はははっ、それで拗ねてんのか転弧」

 「思ってたよりずっと千雨さんが遠かったんですねえ」

 「悪かったよ転弧くん……ちょっと張り切り過ぎちゃって…」

 「……目の前で見せてくれるんじゃなかったのかよ?」

 「うぐぅ…」

 

 結局その日の活動が終わった頃には、転弧のご機嫌は斜めになってしまっていた。美智榴も事務所組のやり取りをみてオロオロしつつ、心詠に視線を向ける。

 

 「(ら、ラインセーバーさ〜ん…!!)」

 「…ルイングレイ。ヒーローである以上、貴方の活動にダストさんが無理に合わせる必要性はありません。この辺りの治安を維持する程度ならば…彼女1人で十分だからです」

 

 そんな視線を受けた心詠は、敢えて転弧に冷たい言葉を投げかける。彼が心詠の方に顔を向けたのを確かめて、彼女は言葉を続けた。

 

 「そしてナンバー3のインターンシップに赴いたのもまた貴方自身。……彼女から得られるものがあると、そう思ったのでしょう?であるなら、拗ねるより前に今日の振り返りでもすべきです。今日ついて行けなかったのなら、次からはもっと早く動けるように努めるべきです。────甘えていられる時間は終わったんですよ、転弧くん」

 

 ハッとする転弧。認めてもらいたいと思ったから、インターンに臨んだ。しかし今自分は、千雨に加減を乞うている。これでは何の意味もないと…冷静になって気付いたのだ。

 

 「……ありがとう、ラインセーバーさん。…それと、すみませんでしたダストさん。やっぱり、明日からも全力でお願いします」

 「……うん、分かった。…ちゃんと、着いてきてね?」

 「はい!」

 

 転弧が成長するたびに、千雨は嬉しくなりながら心の中で寂しさも強くなっていく。千雨と転弧の別れの時は、着実に近付いていた。

 

 

 

 「美智榴さん、蚊帳の外ですねえ」

 「あはは…」





トガちゃんがめちゃくちゃ久々に登場したかも?一応職場体験の時に美智榴とは会ってる設定です。


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巣立ち

 

 「ミーティア、ルイングレイ。2人ともだいぶ効率的に動けるようになってきたね」

 

 時間は、目まぐるしく過ぎていく。

 

 「驚いたな…先を越されたのなんて久しぶりだよ」

 

 かつての雛鳥はいつの間にか、大きな翼を手に入れていた。

 

 「本免許取得おめでとう!これで君たちも立派なヒーローだ!」

 

 もう彼らを…引き留めておくことはできないだろう。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 雄英高校卒業式。それぞれの旅立ちを祝う式典は、滞りなく進んでいく。中には涙を流す生徒もいる一方で、転弧の心は至極落ち着いていた。

 

 「(…終わり、なのか。ここでの生活も、……千雨さんたちとの生活も)」

 

 彼はただただ、事実を噛み締める。

 

 「(………もう少しだけ、皆と一緒に居たかったな)」

 

 時間は、待ってはくれなかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 式典はそのまま無事終わり、ヒーロー科の生徒たちは真の意味でプロヒーローとしてのデビューを飾った。各々が校門前などで記念撮影をする中、転弧はある人物の元へ歩みを進めていく。

 

 「…お母さん」

 「…転弧。卒業、おめでとう。……ずっと、会いたかった」

 

 あまりにも長い月日、親子が顔を合わせることはなかった。母の記憶に残っていた幼子は、いつの間にか声変わりを終え、彼女よりも大きくなり、雰囲気も随分と変わっていた。

 

 「大きくなった…本当に、大きくなったね…!」

 「…うん。お母さんは、あんまり変わらないな」

 「ふふっ…そうかしら?でもね、華ちゃんはすごく綺麗になったのよ。きっと転弧もびっくりするわ」

 

 彼らは、転弧の辿ってきた道のりについて話を交わす。幼き日から、個性の制御に心底苦悩したということ。千雨に勉強を教えてもらったこと。事務所に後輩ができたこと。雄英での生活のこと。────そして、千雨自身のこと。

 

 「お母さんは、ひょっとしたら素直にそうは思えないかもしれないけどさ。千雨さんはびっくりするほど優しくて、カッコよくて……あの人は間違いなく、俺の恩人なんだ」

 「うん。大丈夫よ、お母さんもダストさんには感謝してるもの。10年はちょっと、長かったけどね」

 

 2人の会話は、まだまだ終わりそうになかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「じゃあ…帰ろっか。久々の我が家に転弧をご招待するわね」

 「はは。うん、お願いするよ」

 

 雄英を去ろうとする志村親子。その時、彼らの前に現れたのは…千雨だった。

 

 「…千雨さん」

 「卒業おめでとう。……最後に、一つだけ聞かせてくれないか」

 

 転弧の母に会釈をしつつ、そう彼に言葉をかけた千雨。続く質問は、転弧にとって聞かれるまでもないことだった。

 

 「────────私、君のヒーローになれたかな?」

 「…当たり前だろ…!千雨さんは!!今も!これからも!!ずっと俺のヒーローだッ!!オールマイトの千倍は!!あんたのことを尊敬してる!!」

 

 涙を堪えられずに叫ぶ転弧。千雨も返事を聞いて大粒の涙を流しながら、転弧に別れを告げる。

 

 「……ありがとね、転弧くん。…それじゃ、また、いつか」

 「…うん!!またな!」

 

 幻のように搔き消えた千雨。転弧はしばらく、涙を止めることができなかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「卒業か…もう転弧の奴がここに来ることはねえんだな」

 「……そうとも言い切れませんよ。ヒーローが他のヒーローの事務所にお邪魔することは珍しくはありませんし」

 

 事務所でも、転弧の旅立ちを喜ぶと同時に別れの寂しさが感じられていた。

 

 「でも、やっぱり寂しいのです。ずうっと一緒でしたから」

 「…ええ。確かに少し…寂しくなりそうですね」

 

 そんな中で、仁が心詠に千雨の動向を尋ねる。

 

 「千雨さんは、まだ帰って来ねえのか?」

 「いえ、式が終わってからそのまま自宅に向かったそうです。今日はもう活動を終えることにしたと」

 「…なるほどね。まあ、こういう日ぐらいは休ませてやってもいいだろ」

 

 事務所の中は、少しばかりしんみりとした空気に包まれていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 千雨は自宅に戻り、彷徨うように家中を歩き回っていた。至る所に転弧のいた痕跡があり、それでも彼の私物は一つもない。全て千雨自身が志村家に送っておいたのだ。

 

 「……思っていたより堪えるね」

 

 一度塵化して再構築された顔は不気味なまでに美しく、それが逆に悲壮感を際立てているようにも見える。

 

 「(…やけに静かじゃないか。……なんて、元々こんなものだった筈なんだけどね)」

 

 自宅は、妙に広くなったように思えた。静寂に耐えられなかった千雨は、携帯を手に取って電話をかける。転弧の連絡先は持っているが、当然彼が相手ではない。

 

 「……もしもし、お母さん?…久しぶり」

 

 電話の相手は、母親。ヒーローになってからというもの、こうして話すことはあまりなかった。

 

 「…うん、そう。その子が卒業してさ。……凄いや。全部お見通しって訳だ」

 

 千雨の母は、転弧のことを千雨から聞いて知っていた。このタイミングで電話をかけてきたのは、間違いなく彼絡みなのだと気付いていたらしい。

 

 「…あはは。そうだね、2人の気持ちがようやく分かったかもしれないよ」

 

 母は千雨に、どんな思いで親が子を送り出すか知ることができただろうと言う。千雨も、その言葉に同意せざるを得なかった。

 

 「………嬉しくて、辛くて…寂しいね」

 

 ナンバー3の背中は、その時ばかりは酷く小さく見えた。



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2人、前を向いて

 

 崩壊ヒーロー「ルイングレイ」としてデビューした転弧は、帰ってきた自宅近くに事務所を構えた。しかし、他とは少々毛色が異なるようだ。

 

 「メテオルイン事務所か…」

 「なぁに?もしかして納得いってない感じ?」

 「いや……不思議な気分でな。他にもこういう所ってあんのかな?」

 「分かんない!」

 「…まあ、いいか」

 

 彼と共に事務所に所属しているのは、美智榴。だが、彼女は正確には転弧のサイドキックという訳でもなく、同様に転弧も彼女のサイドキックという訳ではない。どちらもが事務所の代表なのだ。事の発端は、少し前に遡る。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「那珂。俺と一緒に来ねえか?」

 「え?うん、勿論!寧ろあたしの方からお願いしようと思ってたの!」

 「そうか」

 

 転弧は事務所立ち上げに際して美智榴を誘った。彼女自身も快諾し、幸先の良いスタートが切れそうだと思っていたのも束の間…

 

 「やだ!あたしサイドキックにはならないよっ!」

 「…おい。別にサイドキックの方が立場が下とかじゃねえんだぞ?何でダメなんだ」

 「だってなんか…主人公っぽくないもん!」

 「なんだそれ……」

 

 美智榴が、転弧のサイドキックになるのをやたらと渋ったのだ。

 

 「志村くんがあたしのサイドキックになってよ!」

 「それも無理だ。俺は俺の名前を知らしめて、千雨さんに恩を返したい。それなのにサイドキックが事務所名を乗っ取るのはおかしいだろ?」

 「うーん…」

 

 転弧は転弧で、自分が看板となることを譲るつもりはなかった。そのことを知って美智榴は少し考え、ある結論を出す。

 

 「そうだ!じゃあ、2人の事務所ってことにしよう!」

 「…へぇ?」

 

 それはそれで面白そうだとも思った転弧は、これを承諾。「ミーティア」と「ルイングレイ」の事務所は、こうして誕生したのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…ところで、志村くん…お父さんとは仲直りできたの?」

 「……どうなんだろうな。まあ、一応決着はついたのかもしれねえ」

 

 ふと、転弧の家庭の事情が気になった美智榴。拠点を移すにあたって大体の経緯を聞いていた彼女は、そのことについて彼に問うた。転弧自身も、特に拒絶を示すことなくそれに答える。志村家の抱える複雑な問題にも、既に変容は起きていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…ただいま」

 「お帰り転弧!!凄い、ほんとに大きくなったんだね!!」

 「…華ちゃん、か?」

 「そだよ!私も見違えたでしょ?」

 「……うん。正直、びっくりだよ」

 「ふふ。だから言ったでしょ?華ちゃんも凄いって」

 

 卒業式の日。千雨との別れを済ませた後母と共に故郷に帰った転弧は、長らく電話越しでしか会えなかった家族たちとついに再会を果たした。姉は最後に見た時よりもずっと美しく成長しており、それでも陽気な性分に何ら変わりはなかった。祖父母は以前よりもずっと老けてしまっていたが、こうして健在なうちにまた会えたことは転弧にとっても大変喜ばしいことだった。

 

 「…転弧。……今日はもう、お父さんも帰ってきてるよ」

 「…そっか」

 「…書斎に居るからね」

 

 姉の言葉を受け、彼は1人悲劇を産む切っ掛けとなる筈だった場所へ向かう。自身の中に眠る、最後の戒めから解き放たれるべく。

 家族は、ついて行くことはしなかった。明確にあの日と違うのは、転弧への信頼。彼ならば大丈夫だという思いからのことだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 書斎の中には、写真と手紙を手に一人佇む父の姿があった。

 

 「……お父さん」

 「────転、弧」

 

 幼き日の恐怖の権化は、今や転弧自身と変わらない背丈の普通の男でしかなかった。鍛え続けてきた現在の転弧には、彼に危険を感じることの方が難しかった。

 

 「…それ、お婆ちゃんの」

 「……そうだ。俺の母親だった人の…写真と手紙だ」

 

 父方の祖母は、ヒーローだった。転弧は知る由もないが、オールマイトにも縁があった偉大な人物であった。しかし、彼女の息子…志村弧太朗にとっては、普通の母親だったのだ。

 

 「……ヒーローなんてものが必要だから、母さんは俺の前から姿を消さなければならなかった」

 「悪い人間をやっつける為に、お婆ちゃんは父さんを置いていった」

 

 弧太朗が話し、転弧がなぞる。

 

 「何故母さんでなければならなかった。あの人はただの人間だった」

 「お婆ちゃんは自分でその道を選んだんだ。人々に笑顔をもたらす英雄であろうとした」

 

 静かな独白と推論が、書斎に木霊する。

 

 「俺は…ヒーローが大嫌いだ」

 「俺は、ヒーローが大好きだ」

 

 血の繋がった2人が、正面から目線を合わせた。

 

 「「だから、この話はここで終わりだ」」

 

 諦めたような表情の弧太朗。意を決したような表情の転弧。父は書斎を後にすべく、子は祖母の形見に目を通すべく…それぞれ前へと歩き出す。

 すれ違いざま…弧太朗は転弧の肩に手を置いた。息子の厳しい道のりを、それでも祝福するかのように。

 

 どちらも、後ろを振り返ることはしなかった。



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天才・渡我被身子

 

 ところで、転弧の卒業より程なくして、入れ替わるように雄英に入学した人物がいる。

 

 「渡我ちゃん、おはよう!」

 「おはようございますっ!」

 

 渡我被身子。千雨によって彼女もまた、ヒーローを志す者となったのだが…その才能は千雨を何度も驚かせた。

 

 近接格闘技術はめきめきと上達し、音もなく回り込むことを可能とする独特の歩法は時に千雨や心詠を捉えることもあった。塵化して消える千雨を真似たというが、どう考えてもその範疇を超えていると千雨は思っていた。

 

 個性とそれに関わる事象の伸び方も尋常ではなかった。来て一年も経たないうちに吸血衝動には改善が見られ、個性と自身の欲求を上手く切り離すことができるようになっていた。少ない血液量で長く変身できるように訓練している最中、期せずして変身した人物の個性も使えるようになった。

 共同生活をしていた心詠は千雨の助言もあり、被身子に己の秘密を話しておいた。変身されて個性を使われてしまえば、どの道バレてしまうことだったからだ。被身子はそのことを秘匿することに素直に同意した。彼女自身心詠に懐き始めていた頃だったために、秘密の共有は丁度彼女らの絆を深める切っ掛けにもなった。

 

 学業においても極めて優秀。素行も良く、内申点は雄英の推薦ラインを容易に超えていた。当然のように雄英の推薦入試を受けた被身子は、これにトップで合格。勿論彼女も努力はしていたのだが、自身の苦労が嘘であるかのような展開に転弧も思わず目を剥いた。

 

 雄英入学後も、その実力は遺憾無く発揮された。個性把握テストや実技系の授業では他の生徒がひっくり返る程の成績を残し、担任のブラドキングも驚愕で口が閉まらなくなることは一度や二度ではなかった。

 

 そして、今日。被身子の雄英体育祭が、幕を開けた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 最終種目のスポーツチャンバラ…ルールは以下の通り。

 

 ・個性使用禁止。

 ・武器種はリーチ順に短刀、小太刀、長剣、槍の4種。ただし、それぞれの材質は十分に柔らかいものとなっている。

 ・無差別にトーナメントは組まれる。己が得意だと考える武器種を自由に選択すべし。

 ・3本勝負。武器によるクリーンヒットを1本とする。安心と信頼のビデオ判定。

 ・場外は1発アウト。降参もあり。

 

 「考えなしにリーチの長い武器を選んだって勝てるとは限らない」というミッドナイトの司会通り、短いリーチの武器を選んだ生徒も一定数トーナメントを勝ち進んでいく。その中には、やはりというべきか被身子の顔もあった。

 

 『勝ったのはB組渡我被身子ォーッ!開始早々勝負を決めたァ!つーか速すぎて全然分かんねぇ!!』

 

 『またしても渡我が秒・殺ッ!リーチの不利を物ともしない快勝だァッ!』

 

 『な…何だ今のはァーッ!?こっからじゃ殆ど見えなかったぞ!?サンキュービデオ!』

 

 去年雄英に教師として赴任したプレゼントマイクの実況が光る中、実況席に座るもう1人…イレイザーヘッドがちょっとした説教を行う。

 

 『見てるかB組のヒヨッ子ども。これが渡我の実力だ。……今年の体育祭最終種目が個性禁止のチャンバラになった理由の1つはお前らだって知っとけ。ブラドキングが愚痴ってたんだよ…「渡我のことをズルいと言う生徒が何人かいる」ってな』

 

 心当たりがあったのか数人が俯く中、イレイザーは続ける。

 

 『だから個性無しで渡我がどれだけ戦えるか、お前らにも見せてやろうってのがルール決定の要因の一部になった。結果はこの通りだ……そして何より、渡我はズルくも何ともない。アイツが現チャート3位のダストの所で鍛えられてきて、個性発動にもあの人の協力を得てるのは事実だ。だが、それが何だ?運もコネも実力の内だ。アイツはそれだけ大変な思いもしてきてる。ヒーロー志望ならこのことはしっかり胸に刻んどけ』

 

 そこまで言って、イレイザーは再び口を閉ざした。まだ退場していなかった被身子は特に何かを言うでもなかったが、彼への信頼度を少しばかり高めてもいいだろうと考えていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『さて、決勝戦は私も実況に参加させてもらおう』

 『…2年前以来ですか、ダストさん。今年は謎の暴走が無くて何よりです』

 『あ、あはは……見てたんだね』

 『そりゃ雄英体育祭ッスよ!?アンタのアレはもう国民ほぼ全員が知ってると思った方がいいぜェ、ダストさん!』

 

 3人の賑やかな会話が少し続いたのちに、決勝が始まる。選手は被身子とA組の推薦入学者。被身子が扱うのは短刀、対して相手はスタンダードな長剣。四方から攪乱するように攻撃を仕掛ける被身子だが、相手も堅実に守りを固め迂闊に攻めることはしない。それでも千雨たちとの訓練で鍛えた立ち回りは、徐々に彼を追い詰めていく。

 

 『すっげぇ激しい攻防だ!息が詰まりそうだぜ…!!』

 『一進一退……いや、傾き始めたね』

 

 「ふふっ…あんまりカァイイって感じはしないイベントだと思ってましたけど……なんだか凄く楽しくなってきたのです!!」

 「へっ……そうかよッ!イレ先が持ち上げるだけあって面白え奴だな、渡我ァ!」

 

 高校生らしい青臭い一幕。ミッドナイトが激しく猛る中、決着の時は訪れる。

 

 「!やっべ…また消え────」

 「お終いですッ!!」

 

 心地良い程に轟く快音。3本目が決まり、ミッドナイトが試合終了を宣言する。

 

 「そこまでッ!勝者渡我さん!!体育祭…優勝よッ!!」

 

 『決着ゥゥーッ!!全種目でしっかり注目を掻っ攫っていきやがった渡我が文句無しの完全優勝ォォー!!!総合力においては間違いなく1年最強だァァァ!!!』

 『流石被身子ちゃんだ!私もラインセーバーも鼻が高いよ!』

 

 実況の千雨の声に、自らの功績に実感を抱き始めた被身子。弾けるような笑顔は、今回ばかりは皆が手放しで称賛する可愛らしさに溢れているようにも見えた。





転弧と同じような展開を繰り返してもアレなので、殆どダイジェスト形式になってしまいました。トガちゃんの活躍を期待されていた方はごめんなさい。


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改人激発

 

 「…そうですか。また…」

 『ああ。全国で脳味噌丸出しのイカれたヴィランが急増中だ。奴さん、本格的に動き出してきやがった』

 

 ある日、千雨はグラントリノとの電話にて現在の状況…どうやら全国各地で脳無の目撃情報が相次いでいるらしいということを把握した。

 

 『今んとこ捕まえた脳無は全部爆発してお釈迦だ。こっちに情報を渡したくねえのか何なのか…』

 「……それもあるとは思いますが…恐らくはただの寿命でしょう。AFOは本来の出来よりも遥かに劣悪だと話していました…きっと素体が個性の複数所持にまともに耐えられるようにはなっていないのではないかと」

 

 千雨はAFOの話から、おおよその推定を行う。

 

 『なるほどな。それで作ったそばから放してやがるって訳か』

 「はい。ただ、起動させずに取っておいているのも少なくないと思います。向こうも戦力は可能な限り蓄えておきたいでしょうから」

 『チッ……相変わらず悪趣味な野郎だ。命を弄んでおいて要らなくなりゃさっさと処分するってか』

 

 邪悪すぎるAFOの行いに、悪態をつかずにはいられないグラントリノ。

 

 『とにかく、また何かあれば嬢ちゃんにも連絡する。またな』

 「はい。よろしくお願いします、それでは」

 

 電話を切った千雨は、別れの余韻に浸る間も与えてくれない巨悪にうんざりする。

 

 「(やれやれ……怪我はどうやら回復したようだ。『原作』よりも多少傷が浅い分、向こうもそれなりに個性を保有したままだと思っても構わないだろう。………『ハイエンド』と『マスターピース』に関しては流石に作れない筈だけど…可能性は考慮しておくべきか)」

 

 千雨がこれからに頭を悩ませる一方で…転弧たちも、脳無に手を焼いていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「クソ……また出たぞミーティア!脳味噌だ!!近くの市で救援要請!」

 「うげ!あたしアレ苦手なんだよね…!動きも読めないしさ!」

 「とにかく急ぐぞ!この時間…学生が下校する頃だ!!下手したら巻き込まれる!!」

 「!うん、分かった!!」

 

 近辺からの救援要請に従い、現場に急行する2人。美智榴が転弧を背負う形となりやや不恰好ではあるが、結局これが1番速い。緊急時にはしばしばこのスタイルになることも多かった。

 

 少しして到着した彼らは、驚きの光景に目を見張る。

 

 「な…!?ありゃ中学生か!?戦ってんのかあの馬鹿!!」

 「やばいよ!急ごう!」

 

 現場には、3体の脳無と…数人の通行人。その中には、中学生とみられる子供も何人か混じっている。救援要請を行ったヒーローは既に倒れているようだ。その一方で、派手な見た目をした中学生の1人がヒーローに代わって大立回りを繰り広げていた。

 

 「三奈ぁぁあ!!無理だよ逃げよう!!」

 「ダメっ!!こいつら暴れさせたら…皆も危ない!!2人とも先に逃げて!」

 

 派手な少女は己の個性か、酸性らしき液体を脳無たちに振り撒きつつ軽快な動きで上手く彼らを捌いていた。間違いなく雄英志望だろうな、と転弧は考えつつ、美智榴と共に彼女と脳無の間に割って入る。

 

 「えッ!?」

 「無許可で公共の場で個性を使うことは許されねえ。肝に銘じとけガキんちょ」

 「もう大丈夫だよ!あとはあたしたちに任せてッ!」

 

 転弧が少女を諌めつつ、美智榴が安心させるように話す。2人はそのまま脳無たちに向かっていった。

 

 「脳味噌はやっちまっていいんだっけか」

 「一応捕まえてって警察の人たち言ってたよ!」

 「りょーかい」

 

 正面の脳無に転弧が触れる。すると、骨が砕ける音と共に脳無の動きが止まり、その場に崩れ落ちた。その間に美智榴が残る2体を一撃でノックアウトし、瞬く間に鎮圧は完了した。

 

 「こないだのよりだいぶ遅かったね」

 「ああ。反応も動きも鈍かった」

 「…す、ご…」

 

 あまりにも鮮やかな2人の対処に、感動を覚える三奈と呼ばれた少女。彼女の友人も駆け寄り、彼らに礼を言った。

 

 「あ、あの!助けてくれてありがとうございます!」

 「…おう。まだ危ねえから離れてろ。こいつら自爆しやがる」

 「っえ!?み、三奈!早く!」

 「あ、うん!あの、本当にありがとうございました!」

 「どういたしまして!もう危ないことしちゃダメだからね!」

 

 それぞれ感謝の言葉を口にしつつ、去っていく彼女たち。その背を見届けた転弧と美智榴が脳無たちから少し距離を取りつつ、美智榴が倒れていたヒーローの介抱に、転弧が周囲の警戒にあたる。そんな時、転弧に1人の少年が近づいてきた。

 

 「…ん?おい、危ねぇから…」

 「……どうしたら…勇気が出せますか」

 「…あん?」

 「どうしたらッ!!あいつみたいに皆を守れるようになりますかッ!?2人みたいにカッケえヒーローになれますかッ!?」

 

 少年は、今にも泣き出しそうな顔で転弧に問うた。先程の3人と同じ中学の生徒か、と転弧は考えつつ、彼の質問に答える。

 

 「馬鹿野郎」

 「あだっ」

 

 ひとまず、少年の頭にチョップをくれてやりながら。

 

 「お前…まだ中学生だろ?変に危ねえことしようとしなくていいんだよ。あのピンク色したガキんちょも立派といえば立派だけどな、まあ無理してあんなことした訳じゃねえだろうよ」

 「…でも、俺…同級生が襲われそうだったのに、身体が…動かなくて」

 

 やけに卑屈さを見せる少年の言葉に、転弧も自身の考えを返す。

 

 「…別に構わねえよ、そんなの。完璧な奴なんていやしねえ…俺にも怖いもんくらいある。……お前、ヒーロー志望だろ?憧れのヒーローとかいねえのか?」

 「……紅頼雄斗(クリムゾンライオット)

 「………悪い、知らねえ」

 

 微妙な空気が広がる中、転弧は続ける。

 

 「…ま、とにかく。そのクリムゾンって人に憧れる要素があったんだろ?その人のこと、もっと詳しく調べてみな。多分勇気がなきゃヒーローにはなっちゃいけねえなんて言ってねえよ」

 「…そう、ですかね」

 「大事なのは……自分が納得できるかどうかだ。後で間違ってたと分かっても、アレで良かったんだと後悔しねえで済むように…そのぐらいじゃねえか?だからまあ、本気でヒーローになりたいってんならこんな所で油売ってねえでやるべきことやっとけ。『あの時もっと勉強してたら』とかなったら笑えねえからな」

 「……ッス!アザッス!」

 

 転弧の台詞を聞いて、とりあえずは納得した様子の少年。ここからどうするかは、彼次第だろう。だが、去っていく彼の背中は、こっちに向かってきた時の縮こまった姿勢に比べて随分と伸びやかなものに見えた。



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運命


ほぼ原作なぞってるだけの嘘みたいな話になってしまったので読み飛ばしてもらって構いません()


 

 「強盗だァ!!!誰かああああ!!」

 

 誰かが叫ぶ。

 

 「キリねえなー」

 

 誰かが呟く。

 

 「キリはある。何故って?」

 

 言葉を返すのは、ナンバー1。

 

 「私が来た!!」

 

 運命の歯車は、ようやく彼らをここまで運んできたのだ。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 強盗は、辛くもナンバー1から逃れた。己の身体をヘドロ化させる個性を活かし下水道を通ってマンホールから再び地上に出た彼は、偶然そこに居合わせた1人の少年を襲う。

 

 「大丈ー夫…身体を乗っ取るだけさ、落ち着いて。苦しいのは約45秒…すぐに楽になるさ」

 

 「ん゛ーー!!」

 

 突然襲われ抵抗するも、逃れられそうにない少年。しかし、救いの手はやって来る。

 

 「TEXAS SMASH!!」

 

 ヴィランを追ってきたナンバー1…オールマイトによる拳の風圧は、彼を危機から救った。飛散したヘドロヴィランをペットボトルに詰めたあと、やがてショックによる気絶から覚めた少年に謝罪と礼をしつつ、ナンバー1は空の彼方へ飛んで行こうとしたが…

 

 「コラコラー!!放しなさい!!熱狂が過ぎるぞ!?」

 「僕…!あなたに直接っ…!!色ろ色々…ぼっ!あなっ…」

 「オーケーオーケーわかったから目と口閉じな!」

 

 なんと救けられた少年が彼の脚に捕まったまま着いてきたのだ。そのまま彼は、オールマイトと共にビルの屋上に着地した後彼に問うた。

 

 「『個性』がなくても…ヒーローは出来ますか!?……『個性』のない人間でも…あなたみたいになれますか?」

 

 少年は、「無個性」だった。個性所有者が8割を超える現社会において、マイノリティと呼ばれる側の人間だったのだ。それでも、己のヒーローになるという夢をナンバー1に保証してもらいたいと縋る思いで声を出すが…

 

 「………夢見るのは悪い事じゃない。だが…相応に現実も見なくてはな少年。『個性』がなくとも成り立つとはとてもじゃないがあ…口に出来ないね」

 

 オールマイトが告げるのは残酷な事実。個性のないヒーローなど、今日まで前例は無かった。

 

 「………そう、ですよね」

 「…済まないね。ではな、少年」

 

 そのまま再び空の彼方に去っていったオールマイト。少年は失意の中、ビルを後にした。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「さて……おや?」

 

 何処かに着地したオールマイトは、そのままヴィランを警察に持って行こうとして…

 

 「な…無いッ!?ホーリーシット!!何処かに落としたのか!?一体いつ…」

 

 ヴィランを詰めたペットボトルを落としていたことに気付く。いつの間に落としたのかと、あたふたしているうちに…その可能性に思い至る。

 

 「(そうか!さっきの少年にしがみつかれた時…!だとしたら彼が危ない!!)」

 

 オールマイトはそう考え、すぐに彼のいた所に引き返すべく跳んでいく。…運の悪いことに、丁度同じタイミングで爆音が響いたことに気付かないまま。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「こぉんのおおおおおおッ…!!!」

 

 現場では、中学生の少年がヘドロヴィランに襲われながらも激しい抵抗を続けていた。少年は、先程襲われていた子とは別の少年。…もっとも、浅からぬ因縁のある者ではあるのだが。

 

 「ダメだ!これ解決出来んのは今この場にいねえぞ!!」

 

 ヒーロー達も現場に駆けつけるが、直接彼を救おうとする者はいない。相性が悪い、あるいはそこでの戦闘が困難であるということから…皆、傍観せざるを得なくなっていた。

 

 「(……クセでつい来ちゃったってか)」

 

 そこに、無個性の少年も通りかかる。意気消沈しながらもヒーロー達の活動を見ずにはいられなかったか、現場の人だかりに近づき…ヴィランを見て、驚愕に顔を歪める。

 

 「(────あいつ何で!!!?オールマイト!?逃げられたのか!?…落とした…!?だとしたら……)僕の…せい……!」

 

 連続して轟く爆音に、流石のオールマイトも気付き今まさに現場に到着しようとしていた所だった。しかし、それよりも早く────

 

 「(────────)」

 

 少年は、ヴィランに捕らえられた人物と…その顔を見て、駆け出した。傍観していたヒーロー達が彼を制止する中、無個性の少年はそれでも目の前の少年…腐れ縁の幼馴染を救うべく動く。

 

 「かっちゃん!!」

 「何で!!てめェが!!」

 

 無個性の少年は…彼に凄惨ないじめを受けていた。個性を理由に罵られ、蔑まれ続けた。…実の所は、もう少し複雑な事情があるのだが…ともかく、それでも少年は彼を救おうとした。

 

 「足が勝手に!!何でって…わかんないけど!!!」

 

 少年は、ヒーローがそうするように笑って彼にこう言った。

 

 「君が、救けを求める顔してた」

 「よく言った少年!!!!踏ん張ってろよッ!!!」

 

 直後、上空から彼に称賛の声が届く。ついに到着したナンバー1が、少年2人の腕を掴み、彼らを引っ張りながらの一撃をヴィランに放つ。

 

 「DETROIT SMASH!!!」

 

 放たれた拳の衝撃はヴィランを完全に飛散させ、余波による気流の変化は突然の雨を辺りにもたらす。

 

 「すげえええええ!!これが…オールマイト!!!」

 

 歓声の中…オールマイトは、無個性の少年を見つめていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 無個性の少年の蛮勇は、讃えられることはなかった。逆に抵抗のあまり被害を広げた筈の爆破の少年は、多くのヒーローから褒められた。しかしながらどちらも不満を露わにした表情のまま、2人は帰り道を往く。

 

 「デク!!!俺は…てめェに救けを求めてなんかねえぞ…!救けられてもねえ!!あ!?なあ!?一人でやれたんだ」

 

 爆破の少年は無個性の少年を呼び止め、ありったけの捨て台詞を吐きながらその場を後にする。無個性の少年も、彼の言葉を正面から受け止めヒーローの夢を諦めようとして…

 

 「私が来た!!」

 「わ!?」

 

 目の前に現れたオールマイトに思わず驚く。

 

 「オールマイト!?何でここに…」

 「……礼と訂正。それと提案をね、しに来たんだ」

 「提案?」

 

 彼の言葉に、少年は問い返した。

 

 「ひとまずは…ありがとう。君のおかげで、ヒーローのあるべき姿を…改めて思い出すことができた。そして、訂正しよう。あの場で…『考えるより先に体が動いていた』であろう君なら……きっとなれるさ」

 「────────そ、れって」

 

 多少の差異はあれど、その結末に変化は無く。

 

 「────君はヒーローになれる」

 

 少年が、最高のヒーローになるまでの物語が…始まった。



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1人は皆のために


ちなみに、天才・渡我被身子や改人激発からは少しばかり前の時系列です。


 

 感涙に倒れ込み咽ぶ少年を眺めながら、オールマイトはかつて千雨と交わした会話を思い返していた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ダスト。君の知っている記憶というのは…一体どれ程のものなんだ?」

 「…さて?分かりませんね」

 「オイオイ!はぐらかすのは止めにしないかい?僕たちの仲だろう」

 

 オールマイトの問いにはっきりとした答えを返さない千雨。思わず彼も食い下がるが、千雨の言葉はそう変わらなかった。

 

 「いえ、そうではなくて。本当に分からないんですよ…1週間か2週間か…大体そのぐらいの間隔で新しい記憶が湧いてくるんです。自分でも全部思い出せたと思っていたんですが、どうやらそうでもなかったようですね」

 「────思い、出す?その言い方では、まるで────」

 「オールマイト」

 「!」

 

 ついうっかり口を滑らせたのか、核心に迫るような物言いを見せた千雨。それをオールマイトがすかさず突っ込むが…その時彼女が見せた顔は、見たことのないものだった。

 

 「すみません。それについては忘れて下さい。これ以上の詮索も、しないで下さいね。……今の所これを教えられる可能性のある人間は、この世界でラインセーバー…覚里心詠ただ1人なんです

 「…分かった。この話はここで終わりにしようか」

 

 妙な気迫を見せる千雨に、オールマイトもそれ以上追及することはしなかった。代わりに彼は、自分が本当に問おうと思っていたことを彼女に話す。

 

 「さて、此方の本題に入ろうか……君の知る限りでは、OFAは誰に譲渡されるんだい?」

 「………何故譲渡されることが確定しているように話すんですか?」

 「君の記憶では私はかつてのAFOとの戦いで大怪我を負ったそうじゃないか。だとすれば、今このぐらいの時期に譲渡を済ませていてもおかしくないと思ってね」

 

 彼女からの情報を元に自身の推測を述べるオールマイト。千雨もそのことを肯定しつつ、内容は話せないと言う。

 

 「……確かに貴方の言う通り、OFAは本来なら貴方から次の人物に譲渡される筈でした。ですが、それがいつか、相手が誰かまでは言えません。言えば貴方は、その人間に譲渡することを決めてしまうでしょう?」

 「…まあ、そうなんだけどさ…結局渡す相手が変わらないのだとしたら、今話してくれてもいいんじゃないかい?早めに譲渡すれば、その分後継を鍛える時間も長く取れるだろうし」

 

 しかし、オールマイトはどうしても教えてほしいと理由も交えて千雨に頼み込む。彼女は、それを拒むべく己の考えを告げた。

 

 「……オールマイト。貴方はそれで良いんですか?私の言う通りに譲渡して、私の言う通りに事を進めて…まるで傀儡ではないですか。…私は、そんな貴方は見たくない。貴方は貴方の意思で、自分がヒーローに…OFAを受け継ぐに相応しいと思った相手にそれを渡してあげて下さい」

 「それで、歴史が変わってしまっても?」

 「もうとうにめちゃくちゃにしてしまいましたから」

 

 あくまでもオールマイト本人が選ぶことに拘る千雨。穏やかに微笑む彼女は、彼を心の底から信頼しているようだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「(なあ、ダスト。きっと────この少年だったんだな)」

 

 目の前で泣きながら蹲る、無個性の男子中学生。己の選択が変わってしまったとは思わなかった。自分はきっと、どうあっても彼を選んでいただろうと…そう、オールマイトは思っていたのだ。

 

 「…少年。君なら私の『力』、受け継ぐに値する!!」

 「へ?」

 

 呆ける少年に、オールマイトは己の個性の秘密と…提案の内容を話していく。全てを話し終えたのち、少年は…

 

 「お願い…します」

 「即答!そう来てくれると思ってたぜ」

 

 オールマイトの提案を快諾。平和を想い、脈々と繋がれてきた灯火は…今、次世代の手に渡ることが決まった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ということで、OFAを継承させるべく少年…緑谷出久を鍛え始めたオールマイト。2人が朝早くから居たのは、ある海浜公園の沿岸部だった。

 

 「あの…オールマイト、人が居ますけど」

 「ああ、心配しなくともいい。彼女はOFAのことも知っているからね」

 

 その日は、トレーニング用品代わりの山積みの粗大ゴミに加えて、海岸線に1人の女性が立っていた。思わずオールマイトに尋ねる出久だったが、彼は問題ないと言う。

 

 「え、ええ!?彼女、一体……あれ!?」

 「ふふ。さっきまでの格好じゃ分からなかったかな?初めまして緑谷出久くん」

 

 困惑しつつ、正体を問おうと女性に視線を向けた出久だったが…女性は忽然とその場から姿を消し、次の瞬間には彼の背後から声が聞こえてきていた。出久はすぐさま振り向き、その正体に気付く。

 

 「────ッあ!!ナ、ナンバー3!!塵化ヒーロー『ダスト』!!?」

 「やあ。今日はちょっとだけ暇だったからね、様子を見に来てみることにしたんだよ」

 「(…名前までは教えていなかった筈だけど…やっぱり、彼だったか)」

 

 出久がまたしても超有名人との遭遇に驚き目を輝かせる中、オールマイトは心の中で静かに答え合わせをした。もっとも、出久を不安にさせる必要はなかったために口には出さなかったが。

 

 「オールマイト…言ったでしょう?貴方の思う相手を選べばいいと」

 「…そうだね。全くもって、その通りだったよ」

 「…??」

 

 出久にはよくわからない会話をしつつ、オールマイトは彼に向き直る。

 

 「それじゃ、いつも通りトレーニング開始だ!今日もお掃除頑張ろう!!」

 「あ、はい!」

 

 千雨は2人を眺めつつ、頬を綻ばせる。出会うべくして出会った彼らの行く先が、良きものであれと願いながら。





千雨が1対1で直接緑谷少年を鍛えてやることは多分ないと思います。あくまでも彼はオールマイトの弟子であり、OFAの継承者なので。


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最後にすべく

 

 その後も出久のトレーニングは順調に続いた。一方で千雨の方も、被身子の行事や脳無の出現など様々な出来事を経験して…あっという間に1年が過ぎた。

 

 結論から言えば、出久は当然というべきか雄英高校に合格。他の顔ぶれにも変化はなく、概ね「原作」通りの状況に落ち着いているようだ。少しばかり異なっているのは、2年B組に被身子が在籍していることと、出久がダストとの面識があること。

 特に後者は何度かトレーニングに顔を見せるうちにそれなりに仲良くなったこともあり、彼の中では圧倒的殿堂入りであるオールマイトに次いで信頼できるヒーローだと見做してもらえるようになった程である。

 

 「(入学後すぐにフルカウルの発想については伝えておいた。入試と個性把握テストはまあアレはアレでいい経験になっただろうからそのままにしておいたけどね)」

 

 そのことを活かし多少のアドバイスを出久に行っていた千雨。素直な彼ならヒントさえあればすぐにモノにするだろう…そう考えて彼に関する思考をひとまず切り上げ、現状の敵勢力予想を立てる。

 

 「(この先立ちはだかって来そうなのはムーンフィッシュとMr.コンプレス、それにマグネ。マスタードは…まあ、個性自体は強力だけど範囲が広すぎてある意味目立つ。出てきたらすぐに分かるだろう。スピナーは多分いない。ステインがヒーローになった今、彼に感化されてヴィランになるってことはない筈だ。………問題は、死柄木弔にあたる人物がいるのかどうか。それと、脳無かな…)」

 

 自身の行動がもたらした変容までは流石に読みきれない千雨。特に脳無はあらゆる可能性を秘めていると言ってもいいため、出てきて欲しくなかったというのが正直な所だった。

 

 「(USJか、あるいは林間合宿で相手がどう出てくるか。そこ次第でこっちの取れる選択肢も変わってくる。狙い通り、転がってくれればいいんだけどね……今年ですべてに決着をつけられるように)」

 

 ある程度方針を固めておいた千雨は、そのレールに敵が乗ってきてくれることを祈りつつ…ある場所に向かう。読みきれない変容の一つを、確かめるべく。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「壊理。いい子にしてたか?」

 「…うん」

 「そうか。…壊理、見ろ。プレゼントだ。お前が、何が好きなのか分からなかったから…とりあえず、プリユアのフィギュアを買ってみたんだが…どうだ?」

 「…いい。いらない」

 「…そう、か」

 

 場所は、死穢八斎會の一角。1人の青年が、小さな女の子と会話しているようだ。しかし、少女は随分とそっけない態度。何が彼女をそうさせるのか…知っているのは、青年と八斎會の現組長だけだ。────千雨を除けば。

 

 「廻くん」

 「えっ?」

 「!?……な…どう、して」

 「…久しぶり」

 

 彼女の目的地は、ここ。治崎廻が、壊理をどう扱うのか…それが心残りで見に来たのだ。

 

 「急に来たからびっくりさせちゃったかな?元気そうで何よりだ」

 「…まあ、あんたには質問するだけ無駄だな。訳がわからないのは昔からだ」

 「……こ、この人、誰?」

 

 唐突に何処からともなく現れた千雨に、治崎は驚きながらも深入りはしない。まともな答えが返ってくることを期待していないというのもあるにはあるのだが。一方で、壊理の方は千雨のことを知らないようだった。

 

 「…壊理、知らないのか。この人はヒーローだよ」

 「その子は?」

 「………壊理。俺を拾ってくれた…オヤジの孫だ」

 

 治崎はそれぞれの質問に答えつつ、壊理の身の上を話していく。

 

 「この子は…俺と同じだ。自分の個性のせいで、親を失った。引き取ったオヤジから、この子の個性について調べてやってくれと頼まれたが……正直、人の手にはあまる個性だ」

 

 治崎の言葉を耳にして、壊理はただでさえ小さな体をさらに縮こまらせてしまう。彼もそれを見て、不用意な発言を悔いて壊理を抱きしめてやる。

 

 「!あぁ…ごめんな、壊理。俺がよくなかった」

 「…ううん。だいじょぶだから、はなれてて…」

 「……壊理ちゃん」

 「…なに、ですか」

 

 壊理の様子を見た千雨が、かつて治崎に言ったのと同じ言葉を彼女に投げかける。

 

 「自分の個性が、嫌いなんだね」

 「……大きらい」

 

 目を硬く瞑り、治崎の背を抱きしめ返そうとして…躊躇う壊理。治崎がそのまま、千雨に打ち明ける。

 

 「この子の個性は…『巻き戻し』とでも言うべきか。とにかく、触れたものを巻き戻してしまうんだ。……生き物であれば、生まれる前にまで。………ダスト。俺はどうしたらいい?この子が自分を赦すには、個性と向き合えるようになるには…何をしてやればいいんだ?」

 

 なまじ自分が1人である程度結論を出せてしまっていたために、自身にまで絶望してしまった壊理を救い出す手立てが、治崎には思いつかなかった。千雨も、慰め程度の言葉しかかけられない。

 

 「……少しずつ、前に進んでいくしかないんじゃないかな。いつか、折り合いがつけられるその日まで」

 「…少しずつ、か」

 「(ごめんね…。今壊理ちゃんの心を救えるのは、多分君だけなんだ…廻くん)」

 

 しっかり壊理を大切にしている様子の治崎に安堵を覚えつつも、申し訳なくも思う千雨。少しでも助けになればと、壊理に幾つか質問を行う。

 

 「壊理ちゃん。おじいちゃんのことは好きかい?」

 「…わかり、ません」

 「廻くん…治崎さんのことは?」

 「……それも、まだ…」

 「じゃあ、嫌い?」

 「きらいじゃ、ないです」

 

 最後の質問にはすぐに答えられた壊理。治崎はそれを聞いて、壊理の顔を見る。

 

 「……大丈夫だよ、廻くん。ちゃんと歩み寄れてる。急がずに、ゆっくりね。…それじゃ」

 「もう、行くのか」

 「…うん。君が、どうしてるのか…少しだけ見に来たかったんだ」

 「………そうか。…ダスト。────ありがとな」

 

 治崎の礼に、返事はなかった。それでもきっと彼女には届いていると信じつつ…彼は壊理との時間を歩んでいく。





遅くなってすみません。


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葬る者

 

 ウソの災害や事故ルーム…略してUSJ。色々と危ない雄英の訓練施設に、出久たち1年A組は来ていた。今回の訓練目標をヒーローであり教師の「13号」が説明する。

 

 「個性は一歩間違えれば人を傷つけ殺す能力にもなる。ここではそうならないよう人を守る訓練をします。人命のためにどう個性を使っていくのかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つけるためにあるんじゃない。助けるためにあるんだと心に刻んで帰ってくださいな」

 

 その場には彼女に加え、担任のイレイザーヘッド、そしてオールマイトが居合わせている。もしものことがあっても大丈夫だと、そう誰もが思っていた中…轟音が響いた。

 

 「な、何だァ!?」

 「訓練…じゃなさそうだな」

 「13号!!生徒たちを頼む!」

 

 突然の天井の崩落。生徒たちが動揺する一方、イレイザーはいち早く対処を開始する。「抹消」の個性を発動させ、崩落部を見つめると…

 

 「お、オイオイ!!なんだアレ!?デカすぎねぇか!?」

 

 巨大な鯨のような頭部を施設内に突っ込ませたヴィランが現れた。しかし、相応に大きい脳が剥き出しになっており、まともな存在でない…即ち、脳無であることは見て取れる。

 

 「(萎まねぇ…!異形型か!透明になってたのはアイツ自身の個性かそれとも…!)」

 「相澤くん、そのまま頼む!私が叩く!!」

 

 相手がこれ以上何かを仕掛けてくる前に終わらせてしまおうと、先制して飛び出すオールマイト。そのままヴィランに渾身の一撃を叩き込む。

 

 「DETROIT SMASH!!!」

 「ヴォォォォォーーーー…」

 

 しかし、それを受けたヴィランは不気味な鳴き声を残すのみで特に堪えた様子はない。さらに、その口を開くことで施設内に何かを吐き出した。

 

 「あぁんもうベトベト…最悪よぉ〜」

 「しかもクッセ!!これからずっとこんなのかよ!?」

 「五月蝿いなお前ら。先生がわざわざ用意してくれたんだ…文句言うな」

 「いや俺らその『先生』に会ったことねえのに無茶言うなァ!」

 

 出てきたのは…無数の脳無と3人のヴィラン。軽口を叩きながら、ヒーローと生徒たちに向き直る。ヴィランはそれぞれ、女口調の大柄な男、仮面をつけた紳士然とした男、そして…手元が露出してしまっているグローブとブーツを身につけた女性のような顔の青年だった。

 

 「よぉ勘違いヤローども、授業中で何よりだぜ。今日はちょっとした挨拶ついでに……ん?オールマイトもいんじゃん。ラッキー」

 「…………き、さま…一体、何だ…!!!それはァァァ!!!」

 

 オールマイトの壮絶な激昂に、生徒たちは勿論13号やイレイザーまでもが面食らう。しかし青年はあくまで気味の悪い笑みを張り付けたまま、オールマイトの質問に答えた。

 

 「あぁ……ひょっとしてこのマスクのこと?いいだろ、先生に貰ったんだ。────後から聞いたら、対平和の象徴特攻だって言ってたけど…ホントだったみたいだね」

 「…ッッッ!!!」

 

 変装のようなものなのか、マスクは青年の顔にピッタリと合致しており、本物の顔のようにしか見えない。そのことが、オールマイトにより大きな精神的ダメージを与えた。

 

 「オールマイト!!落ち着いてください!!何だかよく分かりませんが…今はとにかくこいつらを!!!」

 

 衝撃に立ち尽くすオールマイトを、イレイザーが呼び戻す。無数の脳無たちは既に動き始めており、生徒も巻き込まれ始めていた。

 

 「ちょっと!個性使えないわよぉ!?」

 「コイツイレイザーヘッドだ…消せるんだよ個性を!わりぃ俺パス、マグ姐頼むわ!」

 「んもぅ酷いわ…ねッ!」

 「チッ」

 

 女口調の男にイレイザーを任せ、仮面の男はA組の生徒たちの方へ向かう。イレイザーがそれを阻止しようとするが、女口調の男に阻まれてしまった。素の身体能力が高い彼…あるいは彼女相手に、イレイザーも手を焼く。

 

 「(見た目に反してちょこまかと…!!)」

 「布邪魔!!小汚い男は嫌われるわよぉ?」

 

 一方生徒たちの方では、13号が個性使用を許可し脳無たちへの反撃が繰り広げられていた。

 

 「フルカウル……5%!」

 

 出久もOFAを最低限使いこなして応戦しつつ、オールマイトを気にかける。

 

 「(さっき…凄い迫力だったけど…!!大丈夫ですよね、オールマイト……!?)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「どうしたよ平和の象徴?随分動きが読みやすいぜ?」

 「(おのれ…おのれAFO!!!よくもお師匠の亡骸を!!!弄んでくれたなッ!!!)」

 

 オールマイトは青年を捉えきれずにいた。原因は、彼のマスク。人の顔をそのまま切り取ったらしい背徳的なそのアイテムは…先代OFA継承者、志村菜奈の顔そのものだった。そのせいで動揺と躊躇が生じ、オールマイトは全力を出しきれていなかったのだ。

 

 「へへ…隙ありだ」

 「!!うおおッ」

 

 綻びを見せたオールマイトに掌を突き出す青年。オールマイトはそれを何とか躱すが、そのまま青年の掌と接触した背後の岩が黒く変色し溶けて崩れ落ちた。

 

 「(……確かに…!私のパフォーマンスは今劣悪そのものだがッ!!それを差し引いても目の前のこの男は強い!!!個性も、地力も!!相澤くんでも抑え切れるかどうか…!!)」

 「…あ、そーだ。自己紹介してなかったや」

 

 オールマイトの思考を遮るように呟いた青年は、そのまま戦いつつ彼に己の名と目的を告げる。

 

 「俺、死柄木葬(しがらきほうま)。今日は雄英めちゃくちゃにしに来たからよろしく」

 

 歪みの権化が、現れた。



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撃退か、はたまた

 

 「AFOの後継?」

 「そうです。最終的に志村転弧くん…改め死柄木弔は、AFOの新たな器となる。全ては奴が完璧な肉体を取り戻し、理想の支配者になるために」

 「……一体どうやってそんなことを?」

 「『マスターピース』という、脳無の最高段階のようなものを産み出す技術があったんですよ。死柄木弔はその素体に選ばれ、AFOの個性をその身に宿しうるだけの容量を備えた。そしてAFOの個性は…AFO自身の意識をも宿しているんです」

 「だが、嬢ちゃんの言い方だと心配はいらねぇようにも思えちまうぞ?もうマスターピースとやらは作れねぇんだろ?」

 「………その筈、というだけです。そもそもAFOの個性さえ取り込めるなら、マスターピースを作る必要はない。……そんな人間はAFO本人以外にはいないでしょうが…万が一、『死柄木』の姓を持ったヴィランに出会ったなら…最優先で対処をお願いします」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「死柄木、葬」

 「あーそうだぜ。リピートしてくれなくて構わねえからさっさとくたばりやがれ」

 

 千雨から聞いた話を思い出し、オールマイトの瞳に力が戻る。死柄木が彼をその掌に捉えようとするが…

 

 「TEXAS SMASH!!!」

 「う、おっ!?」

 

 オールマイトがフルパワーの風圧を以って死柄木を遠ざける。

 

 「ありがとう……おかげで目が覚めた。お前はやはり、AFOの手先に過ぎない。お師匠の顔をしていても…邪悪そのものでしかない」

 

 そのまま死柄木を見据え、宣言する。

 

 「終わらせてやるさ。お前の蛮行も、奴の野望も!!」

 「……チッ。『オールマイト は めをさました!』って訳かよ…オイ!!お前もそろそろ働け『キュレートス』!!!」

 「!!!…ゥ゛ォォォォォオオオオ!!!」

 

 ナンバー1の復活に警戒を示した死柄木は、頭上に向かって声を張り上げる。「キュレートス」と呼ばれた巨大脳無はそれに応じて咆哮すると、無理矢理USJへの侵入を試み始めた。

 

 「う…うっさ…!!」

 「おいヤベェぞ!!!アイツ入ってこようとしてるって!!」

 

 脳無と仮面の男を相手にしていた生徒たちも、流石にこれには焦りを隠せない。

 

 「悪いがさっさとケリを…」

 「つけられるもんならつけてみろよ平和の象徴…俺は逃げさせてもらうけどな」

 

 キュレートスをどうにかすべく先に死柄木を倒そうとしたオールマイトだったが、死柄木は地面を黒く溶かして地中へと逃げてしまった。

 

 「逃がすか────」

 「オールマイト!!!」

 「ッ!?」

 

 彼を追いかけたいオールマイト。しかし間の悪いことに雑兵脳無の攻撃が飛んできたせいで時間を稼がれてしまった。イレイザーのおかげでまともに喰らうことは避けられたものの、死柄木を取り逃がしたことは彼にとって痛恨の極みだ。

 

 「余所見して良いのかしら……あらっ!?」

 「ああ。敢えて隙見せてやったんだよ…梃子摺らせやがって」

 

 オールマイトに声を掛けたイレイザーの隙を突いた女口調の男…の隙を突いたイレイザー。これでオールマイトと共にキュレートスに対処できるようになったのだが…

 

 「オオオオッ!!!」

 「ヴォォォ…」

 

 ナンバー1の乱打を受けてなお、キュレートスは微動だにしない。イレイザーが「抹消」を発動させても縮んだりしない所を見るに、常時発動型の個性がいくつか搭載されているのだろう。

 

 「ダメだ!!13号!生徒たちを外へ!!」

 「はいっ!!」

 

 押し戻すことが難しいと悟ったオールマイトは、USJを諦め避難を促す。未だ残る脳無たちを蹴散らしつつ、雄英メンバーがどうにかUSJから脱出した直後。

 

 「ヴォォォォォ!!!!」

 

 キュレートスが完全にUSJに突っ込み…すぐさま、施設全体が崩れ落ちる。脳無たちが衝撃で死んだのか、散発的に爆発も生じていた。

 

 「…あれ?俺たちと戦ってた仮面がいねえぞ!?」

 「逃げ遅れたのか…!?」

 

 同時に、生徒たちが1人のヴィランが居ないことに気付く。イレイザーに捕らえられたままの女口調の男の他にいた、仮面の男が居ないのだ。

 

 「…いや!!」

 

 しかし、即座にイレイザーが状況を看破する。……キュレートスが、仮面の男を背に乗せて再び動き始めたのだ。

 

 「悪いねー諸君!死柄木の奴が色々言ってたけど、まあいわゆる…ハッタリって奴さ!!」

 「ヴォォォォォォッ!!!」

 「相澤先生!!!」

 

 動き出したキュレートスが大口を開けて狙うのは、イレイザー…ではなく、隣にいた女口調の男だ。

 

 「アデュー♡」

 「な…!!しまった…!!」

 

 キュレートスは彼らが退避した隙に女口調の男を口に収めると、そのまま頭の上の仮面の男も曲芸じみた動きで同じように口に運ぶ。

 

 「そんじゃあまた会おうぜ!!俺たちは敵連合(ヴィランれんごう)!!名前だけでも覚えといてくれよな!!!」

 「ぐ…!!」

 

 仮面の男はそう言い残し、口の中に消える直前に何処から取り出したのかスタングレネードを投擲。オールマイトやイレイザーの目を強制的に潰した。

 

 「……クソ…透明化…それに飛行系の個性も持ってたか…?跡形も無く消えやがった…!!」

 「…間に合わなかった、か」

 

 再び光を取り戻したイレイザーがダメ元での「抹消」を試みる一方で、オールマイトは静かに呟く。…少しして、その場に到着したのは千雨だった。

 

 「!ダストさん…!」

 「やあイレイザー。……襲撃の連絡をオールマイトから受けて、全速力でここまで飛んできたんだけどね。…もう、この辺りにもそれらしいのはいないな」

 「………済まないダスト。予想以上に敵の判断が早かった…私のミスだ」

 「…いえ…この惨状を見れば分かりますよ。結構大変なのが出てきたみたいですね」

 

 生徒たちがチャート1位と3位の共演に目を輝かせるのをイレイザーが制止し、彼らを2人から遠ざけていく。一方USJが「原作」よりも遥かに破壊し尽くされているのを見て、自身の見通しが少しばかり甘かったかもしれないと考える千雨。しかし同時に、ここで襲撃を仕掛けて来たことに対する僅かばかりの安堵もあった。

 

 「(転弧くんの年のマキアの件、そして今回の件を受けて、林間合宿は確実にヒーローの護衛を増やした厳戒態勢で臨むことになるだろう。そうなれば、違和感なく私と…()()()()が合宿先に赴ける。運次第ではそこで一気に形勢をこっちに傾けられる筈だ)」

 

 日程が曖昧だったUSJ襲撃に比べ、合宿襲撃は確度が高い。万全の体制で待ち構えられると千雨は考えていた。

 

 「……ダスト。今回のヴィランの中に…『死柄木』の姓を持った人物が居た。名は、死柄木葬。手で触れたものを黒く溶かし崩す個性を持っていた」

 「────そう、ですか」

 

 少しばかりの不安要素を、抱えながら。





(追記)千雨がオールマイトにタメ口だったのを修正。


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OFAの秘密:その1

 

 その日、緑谷出久は休日であるにも関わらず、オールマイトに連れられて雄英の応接室を訪れていた。

 

 「よう。来たな」

 「…」

 「どうも。呼び出してしまってすみません」

 

 そこには既に、3人の先客がいた。老人、サー・ナイトアイ、ダスト。出久は思わず質問をする。

 

 「…あ、あの…そちらの方は…?」

 「グラントリノ。私の高校時代の担任の先生だよ。OFAのことも知っている」

 「オールマイトの先生!?」

 

 出久が驚愕する一方で、ナイトアイは彼を睨め付けるように見る。その視線に気付いた出久は、やや怯みながらも口を開いた。

 

 「…あなた、は…サー・ナイトアイですよね…?オールマイトのサイドキックだった…」

 「……如何にも。私はサー・ナイトアイ。ナンバー1の元サイドキックにして…OFAの後継者を育てていた者だ」

 「………え?」

 

 ナイトアイの言葉に、耳を疑う出久。オールマイトが彼を制止する。

 

 「ナイトアイ。そう邪険にしないでやってくれ。私が彼を後継者にしたいと思ったんだ」

 「……とにかく、ダストの話を聞いてからにしましょう」

 

 ひとまず出久から視線を外したナイトアイ。若干居心地の悪さも感じながら、出久もオールマイトと共に席に座る。

 

 「…それで…ダスト。話しておきたいことがあるそうだね?もっとも、この顔ぶれを見れば何となく予想はつくけれど」

 「はい。……その前に、出久くん」

 「え!?は、はい!」

 

 突然声をかけられた出久が、緊張のあまり裏返った声で返事をする。大物しか居ないこの空間は、少々彼には落ち着かない場所のようだ。

 

 「ここでの話は、一切合切他言無用でお願いするね。どれもこれも外に漏らすとまずい話ばかりなんだ」

 「……はい。分かりました」

 

 しかし、千雨の真剣な様子に彼も気を引き締める。そうして彼女が語り出したのは、尋常ならざる話だった。

 

 「前提として知っておいて欲しいのは、私がこの世界…特に日本での出来事の記憶を過去から未来まである程度持っているということ。そしてその記憶は……私の存在が無かった場合の時間の流れを示していると言っていいものなんだ」

 「…?」

 

 言っている意味が分からないという顔をする出久に、千雨は補足する。

 

 「まあ、要は元から色々と知っていたんだよ。OFAのこととか、未来で何が起こるのかとかね」

 「え…!?それって、個性がもう一つあるってことですか!?」

 「いや…個性じゃないよ。ちょっとこれ以上は難しいけど、とりあえずそういうことだって分かっておいてくれ」

 「は、はい」

 

 衝撃冷めやらぬ出久を余所に、千雨は本題に入る。

 

 「さて…今日皆さんに話しておこうと思ったのは、OFAに眠る力についてです」

 「OFAに…!?どういうことなんだ、ダスト」

 「OFAとは『個性を譲渡する個性』と『力をストックする個性』が合わさって出来た1つの個性です。……しかし、前者が譲渡できるのは後者のみではなかった、ということですよ」

 

 オールマイトの疑問に即座に答える千雨。彼女の回答に、グラントリノもハッとする。

 

 「そうか…!!個性を譲渡するってんなら、OFAを受け継いだ奴自身の個性も譲渡されるのか!!」

 「いえ……それはおかしい。だとしたら何故、オールマイトは超パワーしか扱えなかったんだ?」

 

 矛盾を指摘するナイトアイ。千雨はその疑問にもしっかりと言葉を返す。

 

 「紡がれてきた時間か、ストックの量か、或いは両方か…いずれにせよ、オールマイトの時にはそれが不足していたために覚醒には至らなかったというだけです。出久くんも、まだ超パワーしか使えない筈です」

 「…は、はい…他の個性が出たことなんて、一度も…」

 

 答えつつ視線を出久に遣る千雨。彼もその視線に応じて自分の今の状態を話した。

 

 「……歴代継承者の、個性か…」

 「はい。覚えている限りでは、『発勁』『危機感知』『黒鞭』『煙幕』『浮遊』の5つ。2代目の個性だけは記憶にはありませんが、少なくともこれらは出久くんに発現するでしょう」

 「そんなことまで分かるんですか…!?」

 

 出久が目を見開き続ける中、千雨も核心に迫る。

 

 「そして更に、OFAには歴代継承者たちの意識も宿っています。それも薄ぼんやりとしたものじゃない……彼らの個性が発現すると共に、お互いにやり取りが可能になる程に明確な意思を持っている」

 「な…何だって…!?」

 

 オールマイトが驚愕の声を上げるが、驚いているのはその場の全員が同じだった。

 

 「確かに彼らの影が見えたことはあった…!!しかし、会話出来たことなど……!」

 「言ったでしょう?全てはOFAの覚醒が鍵なんですよ。出久くんがOFAの力を解放できるようになる程、覚醒の時も近付く。大きな変化が起こるのはそこからです」

 「……嬢ちゃん。OFAに宿った継承者たちの中には…志村も居たのか?」

 

 その時、グラントリノが千雨に問うたのは、己の親友…志村菜奈についてだった。

 

 「────ええ。居ますよ、グラントリノ…ちゃんと、OFAの中に。彼女の魂は、ここに戻ってきています」

 「……………そうか………そうか…!!」

 「………お師匠…」

 

 噛み締めるように呟くグラントリノ。オールマイトも、呆然としながら静かに涙を流している。話の再開には、今しばらく時間を置くべきだろう…そう、千雨は考えた。



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OFAの秘密:その2

 

 「それでは、話を続けますが……歴代継承者たちの個性は、OFAに強く結びつくことで当人たちが使っていた時よりもずっと強力なものに変化しています。…考え無しに使えば、周囲に被害をもたらすことも十分考えられる程に」

 「そんな…」

 「…出久くんにそれらが発現する際にも、恐らく最初は暴走する形での発動となる筈です。すぐに治まるとは思いますから、それからは歴代継承者たちの個性を制御する訓練もしていくべきかと」

 

 話を再開した千雨は、歴代継承者の個性を使うことの困難さを述べつつ、大まかなアドバイスを施していく。

 

 「く、訓練って…一体どうすれば?」

 「うーん…気合い?」

 「…えぇ…?」

 

 しかし、具体的な訓練法を聞きたかった出久に返された言葉はこの上なく抽象的なものだった。

 

 「雑念のある状態で使うのが良くないみたいだからさ。まあ、慣れってことだね」

 「はあ…」

 

 千雨が多少の補足を行い、とりあえず納得した様子を見せる出久。その時、しばらく沈黙していたナイトアイが口を開いた。

 

 「……例えば、だが…そこの彼よりももっと相応しい人物が9代目の継承者だったなら…その特訓の必要はあったのか?」

 「!!」

 

 暗に暴走は継承者の力量不足が原因なのではないかと千雨に問うナイトアイ。出久がギクリとするのを尻目に、千雨は質問に答えた。

 

 「誰がOFAを継承していようと特訓の必要はあったと思うよ。いきなり複数の個性を十全に扱える人間なんていやしないだろう?それに、彼以上の適任なんて居ないよ…こと此処に至ってはね」

 「……何か根拠が?」

 

 緑谷出久こそ理想的な継承者なのだと断言してのける千雨に、ナイトアイは彼女が恩人といえども怪訝な視線を向けてしまう。だが、直後の彼女の発言で硬直せざるを得なかった。

 

 「────OFAはもう、無個性の人間でなければまともに扱えない。元より個性を有した人間が今のOFAを継承すれば…大幅に自らの命を削ることになる」

 「………何、だと…?」

 「無個性で、なければ…!?」

 「…一体どういうことだ、嬢ちゃん」

 

 グラントリノの質問に、実例を挙げて答える千雨。

 

 「どうして今の脳無があんなにも脆いかは分かっている筈ですよ?普通にやっても個性の複数所持に身体が耐えられない…そしてそれは、OFAとて同じこと。無個性の人間だけが、許容量内に収められるということです」

 「……何という…!!」

 「…ダスト」

 

 衝撃の真実に驚きを隠せないオールマイトたち。一方ナイトアイは、千雨に更なる質問を重ねた。

 

 「……何故…もっと早くそのことを教えてくれなかったんだ?私が継承者探しと育成をしていたことは知っていた筈だ。…私が今までしてきたことは、何の────」

 「ナイトアイ。その先は言っちゃあいけないな」

 

 彼の発言を遮り、窘める千雨。

 

 「悪かったとは思ってるよ。君の想いを利用する形になってしまったからね…けど、無駄でも無意味でもないだろう?君の選んだヒーローは、OFAの継承者でなければならないのかい?最高のヒーローになるためには、OFAの継承者でなければならないのかい?………ミリオくんは、君にとっての何なのかな?」

 「!……そんなことまで…知っていたのか」

 

 千雨の言葉に頭を冷やしつつ、継承者候補としていた人物の名前まで知られていたことに戦慄すら覚えるナイトアイ。すると、今度は出久が千雨に尋ねた。

 

 「………あの…ひょっとして、ダストの記憶にあった9代目の継承者も、僕だったんですか…!?オールマイトは、貴女から僕のことを聞いて…!!」

 「違うよ。…記憶で見た継承者は、確かに君だ。でも、オールマイトに教えたことはなかった。……1度聞かれたことはあったけど、それで選ばせてしまったら君にとってもオールマイトにとっても良くないと思ってね」

 

 出久はそう言った彼女から視線をオールマイトに移し、真偽を問う。

 

 「!!オ、オールマイト…!!」

 「嘘じゃないさ。ダストの言ってることは本当だよ、緑谷少年。私は私の意思で君を選んだんだ」

 「あ、あぁ…オールマイトォォ!!」

 「ははは、言葉が出てきてないぞ。泣き虫は治そうって言ったろ?」

 

 改めて自分がナンバー1に認めてもらったのだと理解し、涙を流す出久。その後、立ち直ったナイトアイも交えて千雨は残りの話しておくべきだと思った諸々の事柄を一通り話し終えたのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「それじゃ、この辺りにしておこうか。細かいことは継承者たちが直接教えてくれる日が来るだろう。訓練頑張ってね」

 「はい、ありがとうございます。……あの、ダスト」

 「ん?何だい?」

 

 話が終わり、それぞれのやるべきことを成すために解散する彼ら。オールマイトと一緒に去ろうとした出久が、千雨に一言告げる。

 

 「『不思議な記憶』の持ち主が…貴女で良かったです」

 「!」

 「…確かにそうだね。悪用しようと思えばできただろうに……こうして正しいことのためにその知識を使おうとしてくれている君には、感謝してもし切れないな」

 「……私は…ただ、そうしたいと思ったから…それだけですよ。………でも、ありがとうございます」

 

 出久の言葉に共感するオールマイト。2人の想いは、千雨にもしっかりと届いていた。





しばらく朝1夜2のペースでしたが、これからは朝夜1ずつになります。終わりも近づいて来ているので、じっくり進めていきたいです。


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出久たちの体育祭

 

 「…なるほど…こうなるのか」

 

 本日の千雨はヒーロー活動を行いつつ、携帯の画面を眺めていた。映っていたのは雄英体育祭1年ステージのライブ放送。既に最終種目が始まっており、内容は個性使用ありのガチバトル。概ね「原作」通りの展開で進んでいたのだが…

 

 「(────焦凍くんが優勝するとはね)」

 

 千雨の干渉により、僅かながら変化も生じていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『轟と緑谷!!両者激しい攻防が続くゥーッ!!どちらも機動力はあるが、僅かに緑谷が上か!?逆に制圧力は轟が圧倒的!!一瞬たりとも気が抜けねぇぞ!!』

 

 出久は千雨のアドバイスにより、既にフルカウルを使いこなしていた。対して轟も千雨による燈矢救出の影響を受け、エンデヴァーとの特訓が常識的な範疇に収まったものとなったことで、「半冷半燃」をしっかりとフルに活かして闘うことが出来ている。

 

 「緑谷……お前凄えよ。入学してきた時よりも、ずっと成長してる。正直、ここまでやるとは思ってなかった」

 「…ありがとう。でも…まだまだだッ!!」

 「……あァ…!そうだよな!!」

 

 互いに笑い合い、全力を出し尽くす2人。轟は出久のフルカウルに翻弄されながらも、痛打はしっかりと避けている。出久は積極的に攻め、少しずつ、確実にダメージを与えていく。しかし、5%の出力では…轟を破るには至らなかった。

 

 「ここで決めさせてもらうぞ!!緑谷ァ!!」

 「来い…!!勝つのは、僕だッ!!」

 

 巨大な氷壁を生み出し、出久にぶつけようと試みた轟。出久は紙一重でそれを躱しながら、氷壁の上を滑走して轟に接近するものの…

 

 「『膨冷熱波』!!!」

 

 「セメントスッ!」

 「(!!まずいッ!!!)」

 

 今度は炎を噴き出す轟。そのまま氷壁を大火力で粉砕し…同時にセメントスが観客席を護るように防壁を生成する。直後、戦場を中心とした空気の爆発が起こり、荒れ狂う強風が会場の人間を襲った。

 結果、出久は何とか直撃を避けて無事着地したものの風に煽られて場外に。勝利したのは轟焦凍…彼もまた、「原作」の同じ時期よりも少しばかり成長していたのだ。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 そのまま決勝で爆豪と闘った轟は、激闘の末彼の「ハウザーインパクト」を突破し辛くも勝利を掴む。敗れた爆豪も轟に突っかかるようなことはなく、大人しく表彰式に臨んでいた。

 

 「常闇少年、飯田少年。3位入賞、おめでとう!2人とも強みを活かした良いプレーが多かったけど…それぞれの課題もあったね。これから改善していこう」

 「恐悦至極」

 「はい!ありがとうございます!」

 

 オールマイトの言葉に素直な反応を返す2人。ステインによって兄のインゲニウムが再起不能にされることが無くなったため、飯田も表彰式の場にいたのである。

 

 「さて…爆豪少年。準優勝おめでとう……惜しかったね。君は君に出せる全力を振り絞った。恥じることはないよ」

 「……」

 

 そっぽを向きながらも、特に暴れたりといった様子はない爆豪。負けたこと自体は悔しいものの、納得はしているのだろう。

 

 「お待たせ、轟少年!優勝おめでとう!!大活躍だったじゃないか!エンデヴァーもきっと喜ぶ…」

 「焦凍ォォォォーーーッ!!!」

 「…喜んでるね」

 「…」

 

 そして優勝者である轟にオールマイトが労いの言葉をかけているときに、観客席にいたエンデヴァーが雄叫びを上げる。号泣しているのか、炎に包まれた目元からは蒸気が立ち上っている。轟も真顔でそれを受け止めつつ、オールマイトからメダルを掛けてもらった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「やあ、出久くん」

 「ダスト!…すみません、不甲斐ない結果になってしまって…」

 「それ、オールマイトにも似たようなこと言ったろ?」

 「は、はい……」

 

 体育祭終了後、会場に見に来ていなかったことを散々被身子に怒られた千雨は、ついでに出久の所にも寄っておくことにした。校内にいた彼に話しかけ、周囲に気を配りながら色々と言葉を交わす。

 

 「謝ることなんてないさ。この短期間であれだけ動けるようになったんだ、むしろ称賛されるべきだよ」

 「そう、ですか…?」

 「勿論。……ところで、最終種目一回戦の時…」

 「あ、そうだ!心操くんの洗脳を解く直前に、見えました、影!!継承者たちの!!……でも、8人ぐらい居て。オールマイトらしき人もそこに居たんです」

 

 どうやら心操との闘いでの洗脳解除は、しっかりと彼にOFAの深淵を覗かせたらしい。少し不安気な顔をする出久を見て、千雨が安心させようと説明をする。

 

 「あぁ、それについては心配要らないよ。その個性の中には既に彼の意識も宿っているというだけだからね。オールマイトが健在のうちは、ずっとぼやけたままだろう。……ちなみに、そのシルエットってどんな感じだったかな?」

 「え?どんな、って…オールマイトそのままでしたよ?」

 「…そっか」

 

 そこでも「原作」との微妙な差異が生まれていることに、彼女は気付く。

 

 「(出久くんの口振りからして、いわゆるマッスルフォームのオールマイトがOFAの中には居たんだろう。まあ、今の彼はトゥルーとかそういうのが無いから当たり前といえば当たり前だけど…4代目の四ノ森さんが顔に罅が入った姿であの中に居たことを考えれば、恐らく継承時の本人の状態に左右されるのかな?細かい負傷とかは別として、その状態が長く続いた場合…って所か)」

 

 思索に耽りつつも一旦それを切り上げ、出久に励ましの言葉を贈る千雨。

 

 「まあ、これで足掛かりは掴めた筈だ。何かの拍子に覚醒する可能性もあるから、十分気をつけてね。ひとまずは今まで通りフルカウルの%を上げるようにしていくといい」

 「はい。ありがとうございます!」

 

 幾らかの変化もあった体育祭は、こうして幕を下ろした。



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スタンダール:その1


 「夜嵐イナサ?……確か士傑の教師の知り合いがそんな名前出してましたね。どうしても雄英が受けられなくなったとかで、派手に泣きながら入学式で答弁してたとか」
 「(………イナサくん、ホントにごめん)」

 すべては彼の経歴が頭から抜けていた作者の責任です()



 

 日本の何処か。3人の男が、テレビを見て各々の感想を溢す。

 

 「ヒュウ。炎と氷とは派手だねぇー…それに便利そうで羨ましいぜ」

 「コンプレス、貴方のだって十分便利じゃない!彼よりよっぽど応用利くわよ」

 「全くだ。お前がちゃんと俺を回収してくれてたらここまで歩いて帰って来なくてよかったのにな」

 「無理に決まってんだろォ!?ダストが勘付いてたらしいからな、地下のお前を探してる余裕は無かったんだよ……お前なら問題ねぇと思ってたし」

 

 ここは「敵連合」のアジト。構成員は僅か3名…さらに、雄英襲撃時点の外見的特徴から内2名の身元は割れている。

 

 「信頼って奴さ、死柄木。もう付き合いも長くなってきた頃だろ?」

 

 Mr.コンプレス…本名「迫圧紘(さこあつひろ)」、個性「圧縮」。

 

 「私がヘマしちゃったのもあるわね〜…ごめんなさいね葬くん」

 

 マグネ…本名「引石健磁(ひきいしけんじ)」、個性「磁石」。

 

 「まあ……構わねえよ。さっさと逃げた俺も威張れる訳じゃねえ」

 

 そして、もう1人。

 死柄木葬…本名不明、個性「腐食」。五指で触れたものを黒く変色させ、溶かし崩すことができる。生物・非生物問わずあらゆるものが対象であるが、腐食したものから腐食を波及させることはできない。

 

 「それよりもこの雄英のガキ共のごっこ遊びだ……見てて無性に楽しくなっちまうなぁ。元気な顔してるコイツらが…どんなふうに顔を歪めるのかを想像したらよ」

 

 「原作」におけるこの頃の死柄木弔と比べると、彼は少々冷静なようだ。子供の癇癪とまで揶揄された弔に対し、葬はオールマイト自身も一定の警戒を示している。勿論千雨から告げられた「AFOの後継」の疑いを込めた評価でもあるが、純粋な戦闘力も()()()()()まだ葬の方が上だろう。

 

 「しっかし…こっちに引き込めそうなのはいなかったなー。どいつもこいつもいい子ちゃんだぜ」

 「別にそれならそれでいいさ。全員めちゃくちゃにしてやるだけだ」

 「葬くんってばカゲキねぇ。私もそれには共感だけど」

 

 悪は今も虎視眈々と、機を窺っている。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「さて、今日からよろしくな『インゲニウム弐號(にごう)』!…職場体験期間中はお前のことを1人のヒーローとして扱うから、そのつもりでな」

 「分かった……いや、分かりました!よろしくお願いします、『インゲニウム』!」

 

 雄英高校ヒーロー科の1年生たちは、職場体験期間に入っていた。その中の1人…飯田天哉が指名に応じたのは、兄の天晴が運営する「インゲニウム事務所」。兄弟故個性の性質も似通っていることから、悪くない選択であるといえる。

 

 そうして彼らは個性の「エンジン」を活用して高速機動でのパトロールを始めたのだが…今日の所は様子がおかしかった。

 

 「…今日はやけに落ち着いているな」

 「そうなのですか、インゲニウム?」

 「ああ。確かにそう頻繁にヴィランと遭遇する訳じゃないが……ここまで何も起きないというのも珍しい。誰か他のヒーローも居合わせているのかもしれない」

 「成程…そういうこともあるのですね」

 「そうさ、だから……っと。あれは…」

 

 飯田が納得したその時…話をすれば、1人のヒーローがヴィランを担いでその場を去ろうとしている所だった。

 

 「……インゲニウム…か」

 「貴方は…スタンダール。驚いた…こんな所でお会いできるとは思わなかったよ」

 

 そこにいたのは、チャート10位「スタンダール」。事務所を持たず、神出鬼没にヴィラン退治を行うスタイルが近頃一定の人気を集め始めている男だ。

 

 「……貴様にはヒーローとしての資質が欠けている。贋物と断じるには、少しばかり早いがな」

 「!!な…!?」

 

 そんな彼は、初対面のインゲニウムにいきなり否定の言葉をぶつけた。これには飯田も驚きと怒りを隠せず、食ってかかろうとするが…インゲニウムがそれをさりげなく手で制し、口を開く。

 

 「いやはや、これは手厳しい。貴方に認められるには、まだまだ精進が足りないようだ」

 「…我を失わずに自己評価ができている点は評価しよう。では」

 

 端的に言いたいことを言ってすぐにその場を後にするスタンダール。人1人担いでおきながらその動きはインゲニウムのトップギアと遜色なく、飯田は彼の実力の程を見せつけられた。それでも…不満は消えない。

 

 「…一体何なんだ、あの男は…!!兄さんを悪く言うなど……チャート10位に相応しいとはとても…!!」

 「止めるんだ、弐號」

 

 しかし、飯田が漏らした不平をインゲニウムが遮る。

 

 「スタンダールは…確かに、好意的には受け取りにくい人物かもしれない。けれどそれでもトップ10に食い込んでいるということは、支持率の低さを補ってあまりある実力を備えているということだ。決してその座に見合わないヒーローなんかじゃないさ」

 「兄さん…」

 

 彼はそのまま、自分の考えを話した。

 

 「会って早々にああ言われたのはびっくりしたけどね…ヒーローとしては、彼のような人が居てもいいと俺は思う。実際、最近ちょっと弛んでる気がしてたんだ。いい機会になったよ」

 「そんなことはない!兄さんはいつだって…!」

 「ははは、喋り方が戻ってるぞ弐號。とりあえず、パトロール再開といこう」

 「はい!分かりました!」





人格の優れたインゲニウムが、何故原作で贋物判定を受けたのか
→ステインより弱かったから
多分こうじゃないかなあと思います。彼、倒されたがってる節ありますし。


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スタンダール:その2

 

 また別の日、今度は出久の職場体験先にて。

 

 「大体10%ってとこか……まあ、伸び方としちゃ良い方か。先に嬢ちゃんからコツを教えててもらったおかげだな」

 「はい…!グラントリノとの特訓がじっくり出来て、自分でも驚く程動きが良くなっていく…!!まだまだ頑張ります!!」

 「気張んのは構わねえが…今日は脳無の頻出区域への出張だ。先走ったりするなよ小僧」

 「りょ、了解です!」

 

 「原作」と異なり安定した活躍を体育祭で見せた出久は、グラントリノの他にもかなりの数の指名を受けていた。しかし、オールマイトからの助言もあり、OFAを使いこなすためには彼の元で経験を積むことが1番だと判断したのだ。

 

 そんな彼は、しばらくグラントリノと鍛錬を続けるうちに許容量上限10%にまで到達。急速に成長しながらも、決して満足はしていない。グラントリノも彼を宥めつつ、内心新たな弟子の進歩に喜んでいた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 しかし、出張先では息つく暇も無い展開が彼らを襲う。

 

 「小僧!!向こうでも脳無が出やがった!この辺の警戒任せたぞ!」

 「はい!グラントリノもお気をつけて!」

 

 その日に限って、脳無の出現率が異常に高かったのだ。元々数の多い区域ではあったものの、1日にここまでの数が現れたことはない。現場に居合わせたヒーローたちとも協力し、手分けして鎮圧に当たっていたのだが…

 

 「ぐっ…!」

 「!!大丈夫ですか!?」

 「あ、あ。心配ない、大した怪我じゃないさ」

 

 流石にヒーロー側がジリ貧で、少しずつ傷を負うヒーローたちが増えていく。

 

 「(一体何が起こってるんだ…!?いくらなんでも多すぎる!……もしかして…USJの時のデカいのがどっかに居るんじゃ…!?)」

 

 彼らのカバーをこなしつつ、原因を探る出久。最も可能性が高いと思われたのは、巨大脳無「キュレートス」が透明化したまま脳無たちを吐き出しているというものだった。しかし、その場にそれを看破し得る個性の持ち主はいない。どうしたものかと悩む彼…その背後から新手が迫る。

 

 「君!!狙われてるぞ!!」

 「えっ!?クッ…!!」

 

 何とか迎撃を試みた出久だったが、それよりも早く横合いからの一閃によって脳無が崩れ落ちる。

 

 「うわ!?ありがとうございます……って!貴方は!」

 「救援要請が出た時、丁度近くに居たのでな」

 「スタンダール…!!」

 

 有名人に救われたことにちょっとした感動を覚える出久。しかしすぐに気持ちを切り替え、事態の収束を図る。

 

 「スタンダール、きっと脳無たちを出現させている元凶がいる筈です。貴方の個性で見つけられたりはしませんか?」

 「…成程。だが不可能だ。私の個性はそういった方面のものではない……それよりも現れる奴らを片付けていく方がいいだろう。無限に出てくるということはあるまい」

 

 スタンダール…赤黒血染の個性は、「凝血」。血を舐め取った相手の動きを────最低でも30分ほど止めることができる。本来ここまでの能力は無かったが、ヒーローを志して独学で制圧術を10年近く学び続けた結果、彼の個性は爆発的に成長したのだ。

 それでも、隠れているヴィランを見つけ出すような真似は出来ない。今彼に出来るのは現れた脳無を片っ端から処理していくことだけだった。

 

 「貴様らも立ち止まっている暇は無いぞ」

 「あ…!待ってくださいスタンダール!!」

 

 一言放って立ち去る彼を、出久は追いかける。

 

 「!!ほう…着いてくるか」

 「あ、あの!住民たちへの避難誘導をしたいんです!今のままだとどんどん脳無が増えていって彼らも危なくなる…!!貴方の協力があれば!」

 

 全力でないとはいえ自らに追い縋る出久を評価するスタンダール。さらに彼の提案を聞いて、益々仮面の下の笑みを深めた。

 

 「…良い提案だ。ヒーローとして申し分無し…だが、心配するな。このスタンダールが奴らが増えるより早く斬り伏せてみせよう」

 「えぇ!?ちょっと……だ、ダメだ…速い!もう追いつけなくなった…」

 

 だが、それはそれとしてさっさと脳無を撃破すべく彼は出久を置いて駆けていく。出久も追いつけず、結局はグラントリノに言われた通りその周辺での対処を行うことにした。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「凄い…!本当に終わらせるなんて…!」

 

 スタンダールの宣言に、偽りは無かった。後から救援も増えてヒーロー側の戦力が向上したとはいえ、スタンダールが現れてからというもの脳無の勢いは明らかに落ちていった。出久がグラントリノと合流した頃には、周辺地域も落ち着きを取り戻していた程だった。

 

 「全く……先走るなと言っておったろうに」

 「す、すみませんグラントリノ。でも、何もせずには居られなくて…」

 

 帰路についた出久は、グラントリノから指示以上の無茶をしでかしたことへの説教を受けた。未だ免許を持たない彼が、保護者であるプロヒーローの見ていない所で無闇に個性を振るうことは望ましくないのだ。

 

 「それに、殆どスタンダールがどうにかしてしまったので。経歴不明ながらあんなにも優秀な方がいるんですね!」

 「おう。そのことだが……嬢ちゃん曰く、『記憶』の中の奴は今とは真逆なようで同じような奴だったとか…面白えことになったと言ってたな」

 「え…!?ダスト、スタンダールのことまで事前に知ってたんですか!?経歴とか、分かってたりするのかな…」

 

 ブツブツと自分の世界に入り始めた出久。一方のグラントリノも、考え事を始めていた。

 

 「(今回の脳無どもの異常発生……たまたまってことは無えだろう。俺たちが来ることをAFOが把握してやがったのか…?いや、違うな。だとしたらもっと強いのを寄越す筈だ。なら…何かのテストでもしてたとかか?……ちょいとばかし、不気味だな)」



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完全防備の林間合宿

 

 職場体験が終わり、雄英高校1年生たちが臨む期末試験。ヒーロー科の面々はかつて転弧と美智榴が経験した、プロヒーローとの2対1での実技試験を受けることになった。とはいえ、「原作」と特に大きな変化はない。爆豪と出久は微妙な精神状態の差異から本来よりもやや早く協力態勢に入ったが、結末はほぼ同じ。芦戸と切島も少しばかり奮闘したが、クリアには至らなかった。そして迎える夏休み直前…

 

 「林間合宿は全員行きます」

 「どんでんがえしだあぁ!!」

 

 いつものノリが炸裂しつつ、留意事項を生徒たちに告げるイレイザー。

 

 「ただし、例年の林間合宿よりも教師側の人員を増やして行うことになった。雄英の教師は俺とブラドキングに加えて、オールマイトとラウドクラウドが。ヒーローは毎年協力してくれてる事務所に加えて信頼のおけるヒーローたちがそれぞれ同行する。面子は内緒な」

 

 彼の説明を聞いて、出久は何となくの予想を立てる。

 

 「(多分ダストは来るはずだ。あとは……雄英の卒業生とかだろうか?他の先生たちから推薦があったりしたのかもしれない。職場体験期間中も随分忙しいみたいだったし、グラントリノは難しそうだ)」

 

 出久が考え事をしている横で、合宿中に補習があることを知らされ撃沈する不合格組。その後も様々な説明が続き、しおりが配られる。

 迫るその日に生徒たちが各々の想いを抱くのも束の間…気付けば、林間合宿は始まっていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「それじゃ、念のためにということで同行するプロたちにも分かれてバスに乗ってもらう。どうぞ」

 

 当日。A組のバスに後から乗ってきたのは、3人のプロヒーロー。

 

 「ダストだよ。皆、合宿中はよろしくね」

 「うおお…!チャート3位かよ…!!」

 

 「ルイングレイ。一応雄英(ここ)の先輩だ。よろしくな」

 「ミーティア!右斜め前に同じく!」

 「あ!」

 「あの人ら…!!」

 

 千雨に対してはかなり賑やかな反応が見られたが、未だ活動範囲の狭い転弧と美智榴はそれなりといったところ。それでも特定の人物たちが際立った反応を示した。

 

 「あの、私のこと覚えてますか!?中学の時、救けてもらったんですけど!」

 「ルイングレイ!!ずっとあんたに礼が言いたかった!!」

 

 芦戸と切島。2人が転弧たちに声をかける。

 

 「あぁ!あの時の!久しぶりー!!」

 「!ピンクの…やっぱ雄英志望だったか。………赤髪の方は…ああ!勇気がどうのとか言ってた…!!」

 「ウッス!俺がここに居られるのは…ルイングレイのおかげだ!!半分ぐらいは!!」

 「そこは全部じゃねえのか…ま、無事合格できたようで何よりだぜ」

 

 これには千雨も目を丸くして転弧たちに尋ねた。

 

 「……知り合いだったのかい?」

 「あー…まあ、そうだな。去年脳無に襲われてたのを救けたんだ」

 「…ふぅん。私たちも感動の再会なんだけどなー。インパクトが薄れちゃうなー」

 「週一で電話掛けてきてる癖に何言ってんだ…」

 「はは、冗談だよ。……ありがとね、2人とも」

 「…?」

 

 「……御三方。さっさと座ってくださいよ」

 「ちょっとぐらいいいじゃねえかショータ。俺たちもたまには学生時代の思い出に浸ろうぜ!」

 「お前に引っ張り回された思い出しか無え」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 かくして合宿先に到着した一同を出迎えたのは、転弧たちの時から変わらぬ4人組。…の内の2人。

 

 「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」」

 

 出久が興奮して彼女らのキャリアまで口にした所を、ピクシーボブが制する。

 

 「心は18!」

 「いいじゃないかピクシーボブ。私なんてもう17年はこの仕事してるよ?」

 「貴女とは違うんですよダスト!」

 

 30代に入り、色々と焦りが見え始めたピクシーボブ。対して千雨は特に気にしていないらしい。

 

 「こういうのは…こう、どっしりと構えておくのが大事なんじゃないかな?ガツガツいくと怖がられるよ、多分」

 「え…そ、そうですかね…?」

 「その辺にしといてくださいピクシーボブ。生徒たちがバスに逃げ込みます」

 

 「白雲先生!!後生だ、中に入れてくれェ!!」

 「ダメダメ。この雲は邪念を持つ者には通り抜けられないようになってるんだ」

 「それどっかで聞いたことあるような無いような!!」

 

 アバウトな助言をピクシーボブに施す千雨。彼女もそれを真に受け、早速実践に移そうと考えているようだ。

 

 「え〜?でもぉ、突然土砂に巻き込まれたら生徒たちもびっくりしちゃうかな〜って」

 「………」

 「ピクシーボブ、多分そういうことじゃないよ」

 「…ううぅぅ……!!」

 

 あまりにも冷たい視線をピクシーボブに向けるイレイザー。少々方向性が間違っていたことに気付いた彼女は、ようやく「土流」で生徒たちを押し流した。

 

 「わああぁぁ……!!」

 「……ピクシーボブってあんな人だったっけ?」

 「4年の歳月はどうしようもなく人を変えるんだぜ、ミーティア」

 

 一部始終を目の当たりにした転弧と美智榴も、複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。





投稿時間がちょっとばかし遅れた理由と致しましては、スマブラ の最後のスペシャル番組を見ていたせいです()
言い訳はするまいよ


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初日と二日目


ちなみにショッピングモールで出久が葬と邂逅したりはしていません。向こうに便利なゲート役は居ないので。


 

 ピクシーボブの個性によって崖から押し流されたのち、同じく彼女の個性によって生み出された魔獣の跋扈する森を抜けたA組の生徒たち。一部面々が疲労困憊といった様子の中、比較的余力のある者もちらほらと見受けられる。

 

 「いいよ君ら…満遍なく皆ね!昨今の情勢もあってか躊躇なく動ける子が今年は多いじゃない!まとめてツバつけとこー!!!」

 

 「唾をつける」という意味を履き違えているのか、生徒たちに対して無駄に機敏な動きで唾液を飛ばすピクシーボブ。最早転弧と美智榴の目は生気を失い始めている。

 

 「………ルイングレイ……」

 「…言うな。ヒーローは決して全てを救える訳じゃない」

 

 千雨がああはならなくて良かったと思いつつ、転弧は宿舎の方に向き直る。丁度、先にいたヒーローたちが生徒を出迎えている所だった。

 

 「やあ、ようこそ皆。待ってたよ」

 「疲れたでしょう?今日ぐらいゆっくり休んで行ってね」

 「ウォーターホースだ…!!あの、その子はもしかして…」

 「ああ、俺たちの子だよ。ほら、洸汰」

 「い、出水洸汰…」

 

 小学生くらいの男の子を連れた夫婦のヒーロー…「ウォーターホース」。彼らも従姉妹であるマンダレイの申し出を受け、今回の合宿に参加する運びとなった。洸汰と名乗った少年は、そのまますぐに両親の後ろに隠れてしまう。少しばかり吊りあがった目つきに似合わず、シャイなようだ。

 

 「そっか。洸汰くん、よろしくね」

 「…うん」

 

 しかし、目の前の出久や他の生徒たちに悪感情を抱いているということもないらしい。出久の言葉に素直に応じ、出てきて差し出された手を握る洸汰。そんな彼らの側では、マンダレイがウォーターホースに謝罪している。

 

 「2人ともごめんなさい……洸汰くんまで危なくなるかもしれないのに」

 「構わないさ。ヒーローってのはそういう仕事だからな」

 「それに、何があっても洸汰だけは守り抜くって決めたから。心配しないで」

 

 

 

 「(大丈夫だよ、ウォーターホース。君たちだって死なせやしない。折角救えた命…むざむざ取りこぼしてたまるもんか)」

 

 少し離れた所で、千雨が彼らの会話を聞いていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 夜には風呂で峰田が暴走したり、洸汰がそれを阻止したりと色々あったが翌日。B組も合流し、始まるのは個性の限界突破訓練。毎年のように生徒たちの悲鳴が上がる行事だが、直接見るのは千雨もこれで2度目だ。

 

 「懐かしいね。私の頃とはちょっと様式が違うけど……大変さは同じみたいだ」

 「あたしもホントに辛かったなぁー……しかもあんなこともあったし」

 「俺は同じことを延々と繰り返して…別の意味でしんどかったぜ。結果的には良かったけどな」

 「そういえば、間接的に崩壊させられるようになったのはこの時だったんだね。正直無理だと思ってたからさ……転弧くん、やっぱり凄いよ」

 「……まあな」

 

 しばらく会えていなかったこともあり、転弧と美智榴を交えた3人での談笑は次から次へと話題が出て途切れることがない。

 

 「しかし…プッシーキャッツは流石にベテランだな。これだけの人数を担任と合わせて6人で上手いこと捌いてる」

 「ね。4人のチームワークも良いし、見習いたいね」

 

 未だプロデビューして2年の転弧たち。実力自体は決して劣るものではないだろうが、それでも先輩から学べることはまだまだ多いようだ。その後も話を続ける3人だが…その様子をふと、鍛錬中のB組の宍田が流し見る。

 

 「(……?ダスト氏はサイドキックの方と共に先程まで我々と一緒にいた筈でありますが……随分と遠くに行かれましたな。流石はチャート3位、動きも迅速でありますか)」

 「そこッ!考え事をしているな?無心で身体を動かせ!頭を休めるんじゃない!!」

 「は、はいッ!!」

 

 彼の疑問は彼自身によって解消され、同時に「虎」からの喝が飛んだことでそれどころでは無くなる。

 皆一様に死力を尽くす個性伸ばし。その日、太陽が傾き始める頃までそれは続いたのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「そうなんだ。ヒーローになりたいんだね」

 「うん。でも…怖くて。みんな、どうして辛くても頑張れるのか…わからないんだ」

 

 夕食の時間、出久が話していた相手は洸汰。自分たちで作ったカレーを食べながら、彼は洸汰の「オリジン」を辿る。

 

 「洸汰くんはさ。守りたい人っているかな?」

 「……パパと、ママ。俺にとっては最高のヒーローだけど…危ないことも、してほしくない」

 「…そっか。…じゃあ洸汰くんは2人のためなら、きっと物凄く頑張れるよ!」

 「え?」

 

 彼を励ますように、あるいは諭すように。出久の言葉は1人の少年に届けられる。

 

 「大事なものの為なら、自分が思うよりずっと力が出せるんだよ。洸汰くんのパパとママも、洸汰くんを守る為だからこそ怖いものにも立ち向かえるんだと思う」

 「……でも、俺は…もっと一緒にいてほしい」

 「それなら、パパたちと一緒にヒーローが出来るようにするっていうのはどうかな?」

 「…!」

 「まずは、2人の為に。それなら、辛くても頑張れるかもしれない」

 「………うん。ちょっとだけ…頑張れる気がしてきた」

 「ふふっ、そっか。よかった」

 

 伸び伸びとした少年たちの会話。周囲がはしゃぐ賑やかな中でも、彼らの想いは静かに通じ合っていた。



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襲撃再び

 

 2日目の夜。教師・ヒーロー陣は改めて予定の布陣を話し合っていた。

 

 「もしもヴィランの襲撃が確認された場合……プッシーキャッツとウォーターホース、ラウドクラウドは生徒たちの保護を最優先に。そのまま宿舎周辺の防衛をお願いします」

 「積極的に迎撃しに行くのはウチの事務所のメンバーたちとメテオルイン事務所の2人、後はオールマイトだね」

 

 緊急時にはすぐに行動に移れるよう、しっかりと示し合わせておく。特に千雨にとってみれば、今回死柄木たちが襲撃を仕掛けてくるのはほぼ間違いないことであり…警戒してもしすぎるということは無かった。

 

 「それと、ダストさんとオールマイト以外は最低でも2名以上でまとまって動いて下さい。最悪生徒と一緒でも構いません」

 「むしろ、孤立している生徒にはちゃんとついてあげてほしい。とにかく突然行方が分からなくなる、といったことだけは回避しよう」

 

 「原作」通りラグドールがAFOに狙われている可能性を考慮し、ヒーロー側にも単独行動を控えさせることにした千雨。全ては千雨からオールマイト、そして彼とナイトアイから根津の調整を通して決定された行動だ。

 

 「あと、ヴィラン側から得られた情報はできるだけマンダレイに伝えるように。共有すべき情報ならテレパスで伝えて…」

 

 可能な限り、考えつく限り。本格的に状況を動かすべく、千雨はありったけの策を巡らせていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「腹もふくれた皿も洗った!お次は…」

 「肝を試す時間だー!!」

 「その前に大変心苦しいが、補習連中は…これから俺と補習授業だ」

 「ウソだろ」

 

 3日目の夕方。憂大きめで一喜一憂する芦戸を見ながら、オールマイトが千雨に問う。

 

 「…肝試し自体を中止しなくても良かったのかい?」

 「……死柄木たちの襲撃があっても、彼らには手を出させませんよ。それに、仕掛けてこない可能性だって0じゃない。なのに楽しみを取り上げるのは…少し、忍びなくて」

 「…そうか。そうだね、私たちが少年少女の合宿を守ってやらなきゃな!」

 「ええ。頼りにしてますよナンバー1」

 

 決意を新たに、悪意を見据える2人。一方でプッシーキャッツのルール説明を聞いた美智榴は、疑問の声を上げた。

 

 「あれ?あたしの時は直接接触OKだったよね?」

 「……実は、貴女のせいだったりするのよミーティア。あんな大事件があって有耶無耶になっちゃったけど…トラウマを植え付けられた子も多かったみたいでね。『那珂さんたちやりすぎ!』って苦情が多くって。だから、その翌年から直接接触は禁止になったのよ」

 「ほらな…だからあの時ホントにやるのかって言ったのによ」

 「うぅ……ごめんなさい」

 「まあ、気にしないで。遅かれ早かれ禁止になってたと思うし」

 

 知らなかった事の顛末を聞かされ、思わず謝る美智榴。もっともピクシーボブの言う通り、危険性を考慮すれば美智榴がやっていなくともじきに禁止になっていただろう。

 その後くじを引き、ペアに分かれる生徒たち。出久がその場の人数の関係上1人だけ余ったりしたものの、恙無く肝試しは始まったのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「────!!こ、れは…!!」

 

 肝試しが始まって少し。「索敵塵形」にて可能な限りの範囲を探査していた千雨は、無数の反応が引っかかり始めたことに気付く。

 

 「オールマイト!!東の辺り…20km程離れた位置から、数十……違う!!百は下らない数の人間サイズの何かが近付いてきます!!!恐らく…脳無!!」

 「百か…!!いいだろう、私が行く!!」

 「飛行するタイプも2割程!!お気をつけて!!」

 

 2人の会話を聞き、教師や他のヒーローもすぐに動き出す。生徒たちも、何人かは状況を理解した様子だ。

 

 「生徒の皆は宿舎に避難!!ここは私たちに任せなさい!」

 「待って下さいピクシーボブ!まだ森に入ったままの奴らも…」

 「心配するな!そのために我らがいる!!」

 「プッシーキャッツ!森の方は任せた!」

 「私たちはこの子らを!」

 「皆、俺についてくるんだ!」

 

 クラスメイトを案じる彼らを宥めつつ、プッシーキャッツも役目を果たすべく動く。ウォーターホースとラウドクラウドは残っている生徒たちの護衛役だ。

 

 「ミーティア!!俺たちも行くぞ!」

 「了解ッ!」

 

 メテオルインの2人が駆け出す中、千雨も後を追って森に入りつつ頭を動かす。

 

 「(オールマイトに教えてもらった『タフでデカい鯨型脳無』らしきのはいない……死柄木たちは来ていないのか…?)」

 

 そう考えた直後…森の中で、地面に空いた穴から複数の人間が這い出るのが感じ取れた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「んもぅ!ドロドロよぉ〜!」

 「しかもしんどい……これならキュレートスの口の中のがマシだったぜ」

 「ダストにはアイツは使えねえ。ま、俺らも多分もうバレてるけどな…そのための捨て駒(脳無)だ」

 「何でもいいよ。どのみち僕の個性で眠らせて終わりだし」

 「しなきゃ、仕事」

 

 合宿先に到着していた敵連合とその追加メンバーたち。森の中に現れた彼らと共に…千雨を欺くための潜行型脳無たちも同時に各所に出現する。

 

 「オールマイトを引きつける分はずっと向こうの方でキュレートスが吐き出した。ダミー共も5体1組。さァ……どうするんだ?ダスト」

 

 志村菜奈の顔で、邪悪に嗤う死柄木葬。その瞳の奥に宿るのは…オールマイトではなく、千雨への憎悪だった。



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可能性の一つ

 

 「(クソ…!!どれだ…!?脳無は2()()に任せるとして、死柄木がどれかが分からない!もうどのグループも散り始めた…!!とりあえず近場から────)」

 

 焦りを見せ始めた千雨だったが、森の中に不自然な空気の流れが生まれたのを認めたことで…思わず獰猛に笑ってしまう。

 

 「(────そこだッ!!!まず1人目だ…『マスタード』ッ!!!)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「この辺りからなら……上手いこと逃げ道を塞げるね。それとも学歴ならではの頭脳プレーでも見せてくれるのかな?まあ、無理だろうけど」

 

 ガスマスクと学ランを身につけた少年…ヴィラン名「マスタード」。コンプレックスを抱えたような発言を頻繁に繰り返す人物だが、その個性は決して弱くない。彼の個性、「ガス」は長時間吸えば意識を失う有毒の気体を自らの肉体から発生させるというもの。さらにガスは彼の身体の延長としての役割を果たし、ガスの中での相手の動きが手に取るように分かるのだ。

 

 「雄英生も…プロも。結局の所皆同じなんだ。僕という存在を攻略できないまま惨めに────」

 

 徐ろに銃を取り出すマスタード。そのまま銃口を前方に向け…高速で飛び出してきた千雨を狙い撃つ。

 

 「死んでいくのさ」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「さっさと喋ってくれるかな?あまり気は長い方じゃない」

 「ご…がぁぁ…だ、誰が…ぐぇぇェ!!」

 

 惨めなのは、どちらだったか。呆気なく千雨に捕まり尋問されるマスタード。予め塵化していた千雨に銃など通用しないし、ガスも呼吸を必要としない彼女との相性は最悪だ。慢心が過ぎる彼に千雨も内心呆れながら、喉笛を握る手の力を強めていく。

 

 「(な…なんだコイツ…!?とんでもない馬鹿力じゃないか……!!息、が…苦しい!!喉が痛いッ!!)」

 「早く言ってくれなきゃ千切れちゃうかもね」

 「お゛、ま゛え゛ッ!ぞれ゛でも、ヒーローかッ!?」

 「酷いなぁ。その気になれば今すぐ塵にできるっていうのに……これでも相当優しくしてあげてるよ?だから早く。仲間はどこだい?」

 「ぐぐゥ…ッ!!……し、知らない゛ッ!!アイツら、手当たり次第とか、言ってた!!!」

 

 流石に苦痛に耐えかねて喋り出すマスタード。千雨はそのまま、いつの間にか目の前にいた相手に囁くように真偽を問う。

 

 「(心詠さん、これホント?)」

 「(はい。心の声とほぼ一致しています)」

 「りょーかい。じゃあ…用は済んだね。眠ってな」

 「がひゅッ…」

 

 マスタードを絞め落とし、心詠に預ける千雨。そして、側にいた()()1()()()()()にも声をかける。

 

 「被身子ちゃん、大丈夫だったかい?」

 「はい!心詠さんも一緒だったから、心強かったのです!」

 「そっか、良かった」

 

 2日目、宍田が抱いた一瞬の疑問の正体は…絶賛インターン中の彼女、渡我被身子…ヒーローネーム「スマイル」。彼女は最初にB組のバスに心詠と乗ったときからずっと、千雨に変身し続けていたのだった。

 被身子はその天才性ゆえに、1年前倒しで仮免試験を受けてそれに合格している。そのため、一応はヒーロー活動が容認されているのだ。

 

 「心詠さん、どうだった?」

 「ええ、読めましたよ。────脳無の心」

 

 そして…今回の逆襲の鍵を手にする千雨。

 

 「意味不明な思考が多くて苦労しましたが……いくつかの個体ごとに特定の地名や有名な建造物名が共通して聞き取れました。大まかに分けて7〜8パターン程」

 

 千雨が考えたのは、心詠の個性によって脳無の思考を読み取れないかということ。知能は低い筈であるから、唐突にボロを出したりするかもしれないと…そう考えていた。

 しかし、普段どこに出現するかもわからない脳無のために心詠を連れていくことは難しい。何よりAFOに余計な勘繰りをされてしまう可能性もあった。だからこそ、ヒーローとして雄英生を守るという大義名分が使えるこの合宿は千雨にとって最大のチャンスでもあったのだ。

 

 パターンごとの情報を心詠から教えられた千雨は、それを電話である人物たちに伝える。

 

 「大体その辺りを当たってくれ!頼んだよ!」

 『了解。ようやく一泡吹かせられそうだ』

 『死柄木はそっちに任せたよ』

 

 相手は…またしても千雨。今度は仁の個性で増やした2人分の分身だ。事務所の方で待機していた彼女らも、連絡を受けてすぐさま動き出す。

 

 「よし…!後は私たちに託そう!死柄木を早く見つけないと…!」

 「このヴィランを宿舎に届けた後、もう一度被身子ちゃんと残りの脳無を当たってみます」

 「千雨さんも気をつけてください!」

 

 千雨は再び心詠たちと別れ、広大な森を駆け巡る。連合を、何よりも死柄木を見つけ出すべく。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ミーティア!携帯は!?」

 「あたしもさっき壊された!」

 「悪いなァ…ダストに連絡入れられちゃ流石にヤバいからよ。これからは腰ポケットに入れるのやめといた方がいいぜ?」

 

 そして今。メテオルインの2人が対峙していたのは、死柄木葬。奇襲を間一髪で躱したものの、死柄木の狙いは元から彼ら自身ではなかった。

 

 「(…速い。俺が見てきた中でもトップクラスに…身体能力が強化されてる筈は無えんだがな)」

 

 彼の驚くべき身のこなしに舌を巻く転弧。一方で、それでも違和感を覚えていた。

 

 「(ただ…報告じゃ雄英でオールマイトとやり合ってたそうだが……とてもそれが可能には思えねえのも事実だ。オールマイトのコンディションが悪かったらしいことを差し引いても。まだ本気じゃねえのか…?)」

 「なあ」

 「!」

 

 考え込む転弧だったが、死柄木の声に意識を戻す。変わらず襲いかかりながら、死柄木は思いもよらぬことを口にし始めた。

 

 「ルイングレイ…だっけか、今は。お前、昔ダストに助けてもらったんだろ?そっからずうっとアイツに育てられて……さぞ幸せだっただろうなあ」

 「…何だ、テメえ。何が言いてえんだ」

 「何でお前だったんだ?」

 「────」

 

 転弧の思考が、一瞬止まる。その隙をついて彼に掌を向ける死柄木だが…美智榴がそれを横合いから殴りつけた。

 

 「グッ…痛ってえ……折れちまってるよこれ…絶対にさぁ!」

 「ヴィランに文句言う権利なんて無いよ!」

 

 右腕が半ばからおかしな方向に曲がりながらも、不気味な笑みを絶やさない死柄木。そのまま先程の話を続ける。

 

 「なぁルイングレイ!!!何でお前は救われた!?どうして俺は見捨てられたんだ!?まぐれか!?そうだよなァ!?俺とお前の生まれが逆だったら!!!あるいはダストが居なかったら!!!()()にいるのは…お前なんだよ志村転弧ォ!!!」

 

 辺りの喧騒に打ち消され、思ったほどの音量にはならなかった死柄木の言葉。それでも、転弧にはしっかりと届いてしまっていた。



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想定外

 

 「る、ルイングレイ!あんなのただの…」

 「言い掛かりだって言いてえのか?ところがそうでもないんだぜ……っと。それはこっちの話だったか」

 

 転弧に気にしないよう言い聞かせたかった美智榴だが、死柄木は彼女の言葉を引き継いだ上で畳みかける。全ては転弧にダストへの不信感を抱かせるため……何より、単純な嫌がらせのため。

 

 「……」

 「どうした?ひょっとして受け入れられねえか?ヒーローに成れなかったかもしれねえ自分が!!社会のゴミに堕ちたかもしれねえ自分が…」

 

 しかし。

 

 

 

 「…そうだ。あの人は多分…最初から知ってたんだ。だって俺は、名乗ってねえ。一度だって。………偶然なんかじゃ、ねえさ」

 

 自分に言い聞かせるようにブツブツと独り言を呟く転弧。気に障ったと言わんばかりの顔をして、死柄木が問いただす。

 

 「何だよマジで壊れちまったのか…?偶然じゃなけりゃ何だってんだ!?運命だとかクセェ台詞でも吐いてくれんのか志村転弧ォ!?」

 「運命でもねえよ。────俺が生まれた意味の話だ

 

 よく分からないことを言い始めた転弧に、ますます顔を顰める死柄木。あまりにも思い通りにいかないので、かなり苛立ってきているようだ。

 

 「…イカレてんのかァ…?会話になって……ねえだろうがァッ!!!」

 

 勢いよく飛び出す死柄木。目を見張る速度だが…()()()()()()()と思いながら、転弧はひらりとそれを躱す。

 

 「そりゃテメえに返した答えじゃなかったからな。今のは俺自身で出した結論だ。……真相がどうであろうと関係ねえ」

 

 目に狂気的なまでの力を取り戻し、転弧は死柄木に告げた。

 

 

 

 

 

 「俺は千雨さんと出会うために生まれた。それが俺にとっての事実だ。誰に何を言われても……もうそこは曲がらなくなった。たった今な」

 「〜〜ッッ!!!」

 

 明らかに冷静さを欠きつつある死柄木。転弧に執着するあまり、美智榴からの攻撃も直撃が増えてきている。

 

 「が、あッ!!ご、ゴリラ女ァァ…!!死んじまうじゃねえかァァアアアァァッ!!!」

 「それだけ叫べるならまだまだ大丈夫でしょッ!もっとも……ここが年貢の納め時って奴だけどね!!」

 

 転弧が引きつけ、美智榴が叩く。USJ時点での死柄木ならばどうとでもなった筈の相手に、彼は追い詰められていた。

 

 「……キレてるせいじゃねえ。テメえ…直接雄英襲った時より弱くなってんじゃねえか?」

 「訳わかんねぇことを…!!それとも敵の心配か?お優しいことだなヒーロー!!吐き気がするぜ…!!」

 

 転弧の疑問の声にも耳を貸さず、ひたすらに彼を仕留めにかかる死柄木。凄まじい暴れように、美智榴も却って迂闊に近付けない。

 

 「ルイングレイ!!森から出よう!ダストさんならきっと空からも見てる筈!!」

 「…!成程な、分かった────」

 

 提案の直後。美智榴が死柄木と転弧の奥に見たのは、この騒がしい森の中で不自然な程にゆるりとこちらに歩みを進める1人の男だった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「仕事、肉面、んんんん…」

 「爆豪!!デケェのはまずい!!相手の動きも…」

 「分かってらァ半分野郎!!牽制したかっただけだ!!」

 

 少し前。轟と爆豪は、「原作」通り凶悪ヴィラン「ムーンフィッシュ」と遭遇していた。若干連合の出現タイミングや場所が変わっていたためにムーンフィッシュが常闇たちを襲うことはなく、後続の彼らとそのままぶつかった形になる。

 

 「クソ…逃げるっつっても限度があるぞ…!」

 「交戦許可は出てねぇんだ…つまり俺らが自衛しねえウチにすぐオールマイトか粉女が…」

 

 僅かに危機感を抱く轟と爆豪。しかし後者はもうじき状況の打開が為されることを予期しているようだった。そして…

 

 「生徒2人、見つけたわ!!紅白少年とトゲトゲ少年!!」

 「よし!後は我らに任せろ!!」

 

 「テメェらかよッ!!!」

 「助かりました、プッシーキャッツ!!」

 

 彼らを守りに現れたのはマンダレイと虎。無線で別行動中のラグドールたちに連絡しつつ、ムーンフィッシュを迎え撃つ。

 

 「ヒーロー…ヒーローも、仕事?ああ、ダメだ。また見れない…」

 「ぬうう…!!厄介な!!」

 「くっ…《ヒーロー、増援願います!!場所は肝試しコース北部近辺!!》」

 

 「ダメだ…2人とアイツの相性が悪い!」

 「(言っただろうが『テメェらかよ』ってなァ…!アレどうにか出来んのは来てるメンバーじゃオールマイトか粉女ぐれえだ!!)」

 

 ところが、近接戦闘主体のマンダレイ・虎では空中に逆立つように居座るムーンフィッシュの攻撃を防ぐので手一杯。下手に反撃を喰らって切り裂かれては元も子もなく、撃破は難しそうだった。

 

 「オイ猫!!交戦許可出せ!!」

 「心配無いわ!!宿舎に戻ってなさい!!」

 

 進言を即座に却下され、歯痒そうにする爆豪。轟も手を出したいと考えているようだが、マンダレイたちを巻き込みかねないと二の足を踏んでいる。…そんな彼らの元に、彼女がやってきた。

 

 「マンダレイの言う通りさ。もう大丈夫だからね」

 「ダスト!迅速な救援感謝する!!」

 「もおおー…邪魔するなよおおおお」

 

 特徴的な個性の形状を感知し、既に此方に向かって来ていた千雨が到着したのだ。標的を変えて襲い掛かってきたムーンフィッシュの「歯刃」を撫でるように触り、一度に全ての歯を塵にする。支えを失ったムーンフィッシュは、そのまま落下した。

 

 

 「おあ゛!?」

 「……君にはこの程度じゃ手緩いけどね。急いでるから手短に行こう。仲間の居場所は?」

 「に、にぅ゛ううぅ!!かえへええぇえぼぅ゛の────」

 「…端から期待してなかったよ」

 

 芋虫のように地を這うムーンフィッシュの顔面を掴み上げ、さっさと目的を果たそうとした千雨。案の定会話にならず、捨て台詞を吐いて結局彼を気絶させた。

 

 「虎、彼の拘束は頼んだ。まだ連合が3人残ってる」

 「…うむ」

 「連合…!?やっぱり奴らだったのね…!他にも追加のメンバーが?」

 「ああ。彼と合わせて多分2人だけ。ここに来るまでに見たと思うけど、脳無も大量に湧いてる。情報共有お願いね」

 「了解!」

 

 マンダレイにある程度得られた情報を伝えつつ、すぐに死柄木の再捜索に向かう千雨。凄まじいスピードで離れるその背を、轟と爆豪は確と見つめていた。

 

 「……アレが、3位か」

 「…テメェんとこの親父と比べてどうだったんだよ」

 「…さあな…正直、分からなかった」

 「………チッ」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「先、生……どうして…ここに」

 「すまない葬。少し…いや。かなり予想外の事態が起きてね。すぐにここを去ろう。脳無たちも引き上げさせる。……だが、そうだね。志村転弧くんだけでもトドメを刺してしまおうか」



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那珂美智榴:ライジング


※一部美智榴視点


 

 「(────な、にが…)」

 

 気付けば倒れていた美智榴。目を覚まし、必死に記憶を辿ろうとして…目の前にいる、顔面が潰れたような男に焦点を合わせた。

 

 「(…こいつ、だ。凄い、衝撃が飛んできて…あたし、意識を……ッ!!!ルイングレイ!?)」

 

 立ち上がり、転弧に近寄る死柄木と男の前に立ちはだかる美智榴。密度を高めていたためにある程度防御できた彼女と違い、彼は明らかに重傷だった。

 

 「は?マジでゴリラだな…今のでそんなもんなのか。ま、無駄なんだけどよ」

 「…」

 

 早くも動き出した美智榴に驚愕しつつも、己が信頼を置く「先生」…AFOの実力を知っているがために嘲笑う死柄木。対してAFOは、いつもの笑みを消して彼女を見据えていた。

 

 「先生、コンプレスとマグネは回収したい。急ごう」

 「……心配要らないよ。2人とも脳無が連れて逃げた。………それよりも、だ」

 

 

 

 ────────その時AFOは、焦っていた。脳無工場のうち4つを、複数の千雨の急襲を受けて破壊されてしまったのだ。気付いてすぐに対処したものの、脳無の総数は大きく数を減らしていた。何故工場が見つかってしまったのか…何故千雨が完全な姿で複数人に分かれられているのか…彼女の隠していた手札が想像以上に多く、彼は己の認識が甘かったと猛省した。

 そしてさらに…彼は致命的な選択をしてしまう。敗北のイメージが、ここにきて劇的に膨れ上がってきているのを…自覚していたが故の、ミスだった。自分の弟に、個性を与えてしまった時以来の────重大な。

 

 「────ミーティア。お父さんとお母さんに会いたくはないかな?」

 「………え?」

 「…!?先生、何を…!?」

 

 突拍子もない提案。しかし、美智榴は目を丸くしてAFOを見る。願い続けた奇跡が…いきなり目の前に転がってきたからだ。死柄木も声を上げ、AFOに抗議する。

 

 「まさか…引き入れんのか!?俺はコイツに腕折られたんだぞ!?」

 「本当にすまない葬…すぐに治してあげるからね。少しだけ僕に勝手を許してくれ」

 「……クソ…!」

 

 死柄木に謝りながら、美智榴の勧誘を試みるAFO。早くから彼女の危険性が分かっていたからこその、敢えての選択。今は1つでも多く強力な手駒が欲しかった。

 

 「…あ、の、どういう…」

 「言葉通りさ。僕なら君の両親を蘇らせてあげられる。ただ、いくつか僕のお願いを聞いて欲しいんだ。約束を果たしてくれたなら、その時は好きなだけ彼らと共に過ごしても構わないよ。勿論、受け入れてくれるならルイングレイも見逃そう。どうだい?もう一度……ご両親に会ってみないかい?」

 

 当然、嘘だ。いかにAFOといえど、そんなことが出来る筈がない。それでも今の美智榴には、この上なく魅力的な提案に思えた。…だが、彼女の後ろでひっそりと意識を取り戻した転弧は、激痛の中で冷静に分析していく。

 

 「(………こいつが…そうか。ミーティアの両親はきっと……事故死なんかじゃなかった。死柄木の野郎が千雨さんと俺にやけに執着してやがるのも…多分こいつのせいだ。────────こいつが…全ての元凶だ…!!!)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…本気で…言ってんのか?」

 「うん!だってヒーローの話でよくあるでしょ?最後に大切な人たちが愛の力で奇跡の復活!皆揃って大団円!現実でもあり得ないってことはないよきっと!」

 

 メテオルイン事務所の結成から1年程経ったある日。転弧は美智榴の両親について尋ね…その闇に目を回しそうになった。

 

 「……ミーティア。確かに冗談みたいなことが現実で起こることは少なくない。でもな、死人が生き返ったなんて話は俺は聞いたことねえ。………そろそろ、向き合うべきなんじゃねえのか」

 「そ、それはだって奇跡なんだから!前例が無くたって創ればいいの、あたしたちが!」

 「………百万歩譲って可能だとして。俺たちの個性でどうやってその奇跡を起こすんだ」

 「こう…宇宙からの交信的な?」

 「…やっぱり本気じゃねえだろお前」

 「なっ!真面目も真面目、大真面目だよっ!」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 あの日、ルイングレイと話した夢物語。それが今、手の届くところにある。目の前のこの人は死柄木と知り合いみたいだし、凄く悪い人に見えたけど……もしかしたら、何か事情があったのかもしれない。

 

 

 『私はミーティア。全てを救う最高のヒーロー』

 

 

 お父さんとお母さんに、一目でいいから見てほしい。あたしがどれだけ大きくなったのか。

 

 

 『君の心の中だけの、空想の英雄』

 

 

 ルイングレイのことも、話さないと。彼と出会えたから、あたしはこのハッピーエンドを迎えられたんだよって。

 

 

 『本当に全てを救える人なんて居ないんだよ』

 

 

 だから、この人の手を取るんだ。

 

 

 『もう気付いてるでしょ?あとはあたしが受け入れるだけ』

 

 

 最高のヒーローになるために。

 

 

 

 

 

 

 

 「……()()。………プリユアの、映画。観に行こう。…秋に、演るやつ」

 

 

 

 「────うん!」

 

 

 

 

 

 ………ダメだ。

 ごめんね、お父さん、お母さん。

 あたし、

 

 ミーティアにはなれなかったや。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「先生!!!!」

 「……あぁ、良くないね。つい…欲張ってしまった。今回ばかりは………完全に僕のミスだ」

 

 美智榴は全身全霊を以ってAFOに殴りかかった。咄嗟に複数個性を掛け合わせ、彼もそれを正面から迎撃するが…最早彼女の勧誘はおろか、転弧の殺害も不可能になってしまった。

 

 「(枷が……外れてしまったのか。オールマイトを彷彿とさせる程に力強く澄んだ瞳だ。………本当に惜しい。あの時始末できなかったのは…まさしく痛恨だった)」

 「…!!ク、ソ…!!最悪だぞ先生…!!!来やがった!!!」

 

 追い討ちをかけるように…千雨がついにその場に到着する。

 

 「…AFOッ…!!?美智榴ちゃん、これは…!!!」

 「ルイングレイが重傷です!!とにかく先にコイツらを撃退しないと!!」

 「ッああ!!そうだねッ!!」

 

 意識はあるが立ち上がれない程に深手を負った転弧を目にし、千雨も怒りを爆発させる。すぐさま炎を纏うAFO。

 

 「こんな所まで出張お疲れ様だねAFOッ!!!ひょっとしてサプライズに気付いたのかな!?気に入ってくれたかい!?YESなら炎を消して握手しよう!!NOなら炎を消して慰めのハグといこうか!!」

 「……ハッキリ言おう。君はいわばゲームのバグだ。プレイヤーを不安にさせ、それでいて対処方法がわからないような、ね。────俄然面白くなってきた。オールマイトも戻ってくるだろうし、今回はそろそろ退かせてもらうとするよ」

 

 死柄木を黒く伸ばした爪状の個性…「鋲突」で持ち上げながら猛烈な勢いで退却していくAFO。一応両名の塵化を試みたが、飛ばした両手を劫火に焼き尽くされてしまった。

 

 「……熱いと思う暇も無かったね」

 「ダストさん!!ルイングレイを!!」

 「!!!そうだった!!転弧くん、しっかりね!もう大丈夫だから!!」

 「…千雨、さん」

 「!何だい!?」

 

 痛みを堪え、千雨に想いを伝える転弧。

 

 「俺の、生まれた意味、さ。あんたと出会う、ためだったんだ、きっと。あんたは…どうだ?」

 「……ふふっ。そうだね…私も、君と出会うためだったのかもしれないな」

 

 転弧と美智榴。それぞれが己との戦いに決着をつけた林間合宿は、生徒たちに軽傷者を出しつつも無事全てのヴィランを捕縛もしくは撃退。警察に捕縛者を引き渡しつつ、その後も日程通り続けられることになったのだった。



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不変の事実

 

 合宿継続決定後。千雨は美智榴と共に入院中の転弧のお見舞いに来ていた。

 

 「……2人とも。合宿はいいのか?」

 「心詠さんたちが居るのはそのためでもあるんだよ。連合もしばらくは動いてこないだろうしさ」

 「あたしも相方のお見舞いぐらいはってことでちょっとだけ休暇出たの。ついでにヒーローネームの改名手続き中!」

 「ヒーローネーム…!?なんで…」

 

 美智榴の言葉に驚きを隠せない転弧。一方で千雨は既に事情を教えてもらっているのか、特に反応はない。

 

 「…ミーティアはさ。あたしのイメージする最高のヒーローなんだ。カッコよくて、強くて、出来ないことなんてひとつもないの。……あたしも、そうなりたかった………でも、無理だってやっと分かったんだよ。あたしはただの那珂美智榴。ルイングレイの相棒…『メテオライト』。それで、いいんだ」

 「……そうか」

 

 「メテオライト」。それが美智榴の新たなヒーローネーム。理想との決別を口にした彼女の瞳は、もう歪みを宿してはいなかった。

 

 「美智榴ちゃん。何度も言うけど…『ミーティア』の名前はそれなりに浸透してる。これから新しいヒーローネームで頑張っていくのは、ちょっと大変かもしれないよ?」

 「…はい。でも、頑張りますから。今度こそ……天国のお父さんとお母さんを、喜ばせてあげるつもりです」

 「……うん。しっかりね」

 

 千雨も彼女に忠告しつつ、今一度その覚悟を確かめて静かに微笑む。続いて、話題はあの夜の出来事へ移る。

 

 「ところで…千雨さん。死柄木が『先生』とか呼んでたあの男は…何者なんだ?あんなバケモンが何で今更出てくる?」

 「……オールマイトにも、許可はもらった。君たち2人とも…少なからず奴と因縁があるからね」

 「お、オールマイト…?因縁…?」

 

 一転笑みを消し、真剣な顔になる千雨。並ならぬことであると窺わせる千雨の台詞に転弧も緊張感を高めつつ、話を聞くことにした。

 

 「────奴の名は『オール・フォー・ワン』。超常黎明期から生き続け、悪意を振り撒くヴィランの総大将だ。6年前、オールマイトと戦って壮絶な怪我を負ったんだけど…逃げられてしまってね。……そこから5年近くは傷を癒しながら、裏で暗躍を続けていたようだ」

 

 悔やむように声を絞り出しながら、千雨はまず美智榴に告げる。

 

 「……奴が君の両親を引き合いに出したっていうのは…多分その期間中に何らかの干渉を行ったからなんだろう。…………あの時私が奴を仕留められていれば、そんなことにはならなかったかもしれない。謝って済むことじゃないけど……本当にごめんなさい」

 

 謝罪し、頭を下げる千雨。美智榴は少し表情を変えたものの…すぐに返事をした。

 

 「……ダストさん。頭を上げてください。…あの後冷静になって、多分そうなんだろうって思ってました。それで悪いのはあの男で、貴女じゃありませんから」

 「………ごめんね。ありがとう」

 

 彼女の赦しを受けて姿勢を戻した千雨は、今度は転弧に視線を向ける。

 

 「…転弧くん。次は君とAFOの因縁だけど……少し、信じられないような話になるよ」

 「……分かった。頼む」

 「うん。………15年前のあの日。私が君と出会ったのは……実は偶然じゃないんだ。私にはちょっと特殊な過去や未来にまつわる記憶があってね…その記憶を辿って、君を見つけ出したのさ。AFOに目をつけられて、悪の道に進んでしまう前に」

 「…」

 

 ある意味かつての美智榴が夢見ていた死者蘇生以上にあり得ざる千雨の独白。しかし、転弧にはようやくパズルの最後の1ピースが見つかったように感じられた。

 

 「そうか。だからあんたは、俺の名前を最初から知ってたんだな」

 「…そうだね」

 「成程なぁ。やっとスッキリ出来たぜ、ありがとな千雨さん」

 「………え?」

 

 そこで言葉を終わらせてしまった転弧に、千雨は思わず声を漏らす。

 

 「も…もっと聞きたいこととか無いのかい?私の言ってることが本当かどうかも…」

 「いいんだよ千雨さん。俺はもう納得してる。あんたと出会えた。あんたに救けられた。それで十分だ」

 「……転弧くん」

 「きっかけがどうであれ、皆と過ごした15年は本物だ。だからさ…気にすんな。あんたはいつまでも俺にとってのヒーローだよ」

 「………そっか」

 

 あるいはこの先彼女の全てを知っても…転弧が千雨への想いを変えることはないだろう。美智榴も交え、再び楽しく会話をし始める3人。4年前の合宿後と比べても、ずっと清々しい空が彼らの頭上には広がっていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 改名手続きを済ませるべく美智榴が帰ってからのこと。転弧は1つだけ、まだ気になっていたことがあったのを思い出す。

 

 「……そうだ。千雨さん…死柄木のことなんだけどよ。アイツの顔が…ちょっと気になったんだ」

 「死柄木の顔…?ごめん、あの時はAFOに気を取られててね……死柄木が居たのは分かってたんだけど顔までは────」

 「俺の…ヒーローだったお婆ちゃんに瓜二つだった」

 「────────何だって…」

 

 彼の告白に目の前が暗くなったような錯覚すら覚えた千雨。転弧もその反応を見て、確信する。

 

 「……お婆ちゃんのことも知ってたか。ついでに…お婆ちゃんはAFOってのにやられたんだな?」

 「………うん。そうだね」

 「…そうかい。尚更見過ごせねえ因縁だな、そいつは」

 

 ────転弧は静かに、闘志を燃やす。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…死柄木。何があったんだ一体?」

 「急に脳無に抱えられて…かと思ったらここまで戻ってきちゃって。びっくりしたんだから」

 「……脳無どもの保管場所を…いくつかダストの奴にめちゃくちゃにされたんだと。先生が教えてくれた」

 

 一方敵連合アジト。特に戦果も無かった彼らの間に漂う空気は重かった。

 

 「はぁ!?どういうことだ…!?ダストは合宿先に居たんじゃなかったのかよ!?」

 「…先生曰く、ダストはあの時全部で4人居たらしい。完全な姿で、うち2人は全く別の場所に居たってよ」

 「ちょ…ちょっと!チャート3位が4人ってどういうことよ!?」

 「合宿所に居たのは本人と別の奴が個性でダストに化けた姿。去年の体育祭見たろ?あの時の1年優勝者がそれだ」

 「オイオイ…!!随分ふざけた個性じゃねえの…!」

 

 ヒーロー側の戦力がかなり充実していることにうんざりしてきているコンプレス。しかし死柄木はさらに無情な話を伝える。

 

 「重要なのはここからだ。脳無の方を襲撃した2人のダストは全く正体不明。先生が手を出したら一瞬で泥みてえに消えちまったらしい」

 「…やれやれだな全く。名を上げるどころかとんでもねえ勢いで追い詰められてねえか?」

 「第一、葬くんの先生は何をしてるのよ!?強いんでしょ!?もっと力を貸してくれてもいいんじゃないの!?」

 「……俺が戦わなきゃダメなんだ。先生は昔オールマイトに痛手を負わされてる。目も耳も鼻も潰れちまってるし今出て行ってもオールマイトにやられて終わりだ」

 

 AFOにも限界はあると死柄木は今回の件で理解した。終始オールマイトを警戒し、更には最終局面で思わぬミスをした師に少なくない失望を抱きつつも、次なる策を講じていく。

 

 「幸い先生から色々と情報はもらってる。次こそは目的を果たすぞ」

 

 目つきを険しくしたままの死柄木。AFO譲りの気味の悪い笑顔はとうに消えていた。





(追記)転弧が死柄木の顔に言及しないのは不自然過ぎたのでその辺りの描写を追加しました。


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インターン直前

 

 合宿を終え、夏休みを終え、仮免取得を終え…あれよあれよという間に時間が進んでいく出久たちの学校生活。現在彼らは、インターンシップについての説明をイレイザーから受けていた。

 

 「まあ、詳しいことは直に体験している人間から話してもらう。多忙な中都合を合わせてくれたんだ…心して聞くように。現雄英生の中でもトップに君臨する3年生3名────通称『ビッグ3』の皆と…ついでにもう1人。『規格外の2年(ミドルオーバー)』渡我被身子だ」

 

 イレイザーの紹介と共に入ってきたのは、男女2名ずつ計4人の生徒たち。最初に入ってきた3人の顔はあまり知られていなかったか、驚きと戸惑いが広がる。出久もその内の1人を体育祭での妙な印象から覚えていた程度で、詳しくは分からないようだ。対して後から入ってきた最後の1人には、違った意味での騒めきが起こる。

 

 「あの人たちが…的な人がいるとは聞いてたけど…!」

 「めっちゃキレーな人いるしそんな感じには見えねー…な?」

 

 「!!…渡我先輩…!雄英体育祭2年連続優勝者だ!」

 「1年で仮免取ったんだよな、確か。俺らと同じか」

 

 生徒たちの反応を余所に、イレイザーが4人に自己紹介を促す。しかしその後は「天喰環」がノミの心臓を披露したり、「波動ねじれ」が自己紹介そっちのけで逆に質問を繰り返したり、「通形ミリオ」が盛大にスベるなど、色々とグダグダな展開が続く。A組の面々も段々とイメージが崩れる彼らにますます困惑を強めていた。それを受けて、ミリオが思わぬ台詞を口にする。

 

 「君たちまとめて、俺と戦ってみようよ!!」

 「ちょっと待て。渡我の紹介が済んでない」

 「無くてもいいのです。私のこと、皆知ってるみたいですし」

 「そういう訳にはいかん」

 

 ミリオの提案を一旦遮り、置き去りにされた被身子に自己紹介をさせるイレイザー。被身子も一応という様子で一歩前に出た。

 

 「有名人みたいですけど、改めて。渡我被身子です!気が合いそうだって思ってくれたら、お友達になりましょう!ついでにインターンのこととか教えてあげますね!」

 「…まあ、いいだろう。前3人よりよっぽどまともだ」

 

 本題をついでと言い切る彼女だが、めちゃくちゃだったビッグ3に比べればマシだと許容することにしたイレイザー。そのまま先程のミリオの提案を引き継ぐ。

 

 「さて、確かにこれはいい機会だ。実際インターンでどれだけの経験が積めるのか…その身にしっかり叩き込んでおけ」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「POWER!!」

 

 ────瞬殺。その言葉がA組vsミリオの結果を表すのに最も相応しいだろう。「原作」とは異なり仮免試験でイナサといざこざが無かった…むしろ仲良くなった轟は仮免を取得し、一方爆豪も出久に喧嘩をふっかけなかったために謹慎処分を下されておらず、2人も併せて彼と闘ったが…結果は変わらなかった。

 

 「俺の『個性』、強かった?」

 

 ミリオのそんな質問に、A組の生徒たちが次々と頷く。しかしながら爆豪はいち早くその個性の難しさに気付いていた。

 

 「(何処をどう見りゃ強く見えんだよ馬鹿が…ありゃ相当頭と度胸がねえと使いこなせねえぞ…!)」

 

 彼の考え通り、ミリオの説明はA組の生徒たちを驚かせるものであった。彼の「透過」の個性は、透過させてしまえばその部分は一切の感覚が失われる。攻撃を避けるにも応用を図るにも、並外れた努力が求められるのだ。

 

 「俺はインターンで得た経験を力に変えてトップを掴んだ!ので!恐くてもやるべきだと思うよ1年生!!」

 

 その努力を培えるインターンには是非行くべきだとミリオが上手くまとめた所で、授業の終わりが近づいてきた。

 

 「そろそろ戻ろう」

 「ねえ…!私たちいる意味あった?知ってる?」

 「何もしなくて良かった…ミリオに感謝しよう」

 

 天喰とねじれがそんな風に話す中、被身子もイレイザーに抗議する。

 

 「相澤先生!先輩、楽しそうでした!私も皆と仲良くしたかったのです!」

 「……悪いな。ただ、あの場は通形に任せるのが最も合理的だった。お前の天才性はインターンの説明にはならんだろう。あいつらには………まだまだ、眩しすぎる。後輩がお前んとこのインターンに来たらそん時可愛がってやってくれ」

 「むうぅ…」

 

 むくれる被身子から視線を外し、教室への歩みを進めるイレイザー。彼女の才能を知っているからこそ、彼は思う。

 

 「(渡我のセンスは爆豪のそれに勝るとも劣らない。加えて個性に頼らなくてもアイツは強い。超えるためには相当な努力が必要だ。……全員の話を聞かせてやるなら…大人しく教室でやっとくべきだったか)」

 

 折角呼んだ残りの3人にスポットを当ててやれなかったと反省するが…まずは1年生のインターンをどうするかという会議次第。イレイザーは放課後を思い、少しばかり辟易とするのだった。



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ナイトアイの試練

 

 「ナイトアイの事務所に、ですか…!?」

 「ああ。彼もそろそろ直接育てたいと考えたようでね。君を指名してくれたんだ」

 

 1年生のインターンは、結局条件付きで了承されることとなった。千雨からAFOの後継について聞いていたオールマイトも、出久の成長を少しでも早めたいとインターン実施に賛同。ナイトアイから出久への指名が届いたのは、そんな時のことだった。

 

 「ただ、インターンということはある程度の力も示さなきゃいけない。ナイトアイのお眼鏡に適うかは君にかかってるぞ」

 「…はい。しっかり示してきます!僕で良かったって、ナイトアイに思ってもらえるように!」

 「うん!頑張れよ!」

 

 オールマイトの激励を受けつつ、ナイトアイの指名に応じることにした出久。この先彼を待ち受ける出来事は…まだ誰にも、予期出来ない。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「え!?通形先輩もナイトアイの元でインターンを!?」

 「うん!だからこうして一緒に案内してるんだよね!」

 

 インターン開始当日。出久はナイトアイ事務所までの道のりをミリオに案内してもらっていた。その途中で交わした会話の内容、そして以前の千雨の台詞から…彼は一つの答えに辿り着く。

 

 『ミリオくんは、君にとっての────』

 「(……そうか。通形先輩が…ナイトアイが後継者として育てていた人だったのか)」

 

 そんなことを考えているうちに、気付けばナイトアイ事務所の目の前まで来ていた。

 

 「着いたよ。ここがサーの事務所だよね」

 「ここが…」

 「ほうほう、思ってたより緊張してないね」

 「あ…いえ、実は以前顔を合わせたことがありまして。ナイトアイは凄い人だし、緊張はしてるんですけど……それ以上に…何というか…」

 「まあ、言いにくいなら構わないよ。とにかく入ろう!」

 

 言葉に詰まる出久を見て、話を切り上げさせるミリオ。2人はそのまま事務所に入り、目的の部屋までの案内中に再びミリオが話し出す。

 

 「今回緑谷くんはサーから指名を貰ってるから、あまり心配は要らないかもしれないけど…これからサーと会って話し終えるまでの間に彼を1回ぐらいは笑わせておくことをお勧めするよ」

 「…ナイトアイを、笑わせる…?」

 

 彼の話に疑問を呈する出久。ただでさえ笑顔を見せないナイトアイを笑わせるというイメージが湧かないこともあり、思わず聞き返してしまったのだ。

 

 「サーはユーモアを最も尊重してるんだ。『元気とユーモアのない社会に未来はない』ってよく言っててね」

 「元気と、ユーモア…」

 

 確かにオールマイトはそれを体現していると、そう考えながら出久は反芻する。既に2人は、事務所の一室の正面に立っていた。

 

 「さあ、君の手で扉を開くんだ。第一印象は大事だぜ!」

 「…はい!」

 

 意を決し、ドアノブに手を掛ける出久。少しばかり()()()()()()()()勢いよく扉を開き、中に居たナイトアイと目を合わせて名前を口にした。

 

 「緑谷出久です!!」

 

 彼が披露したのは────オールマイトの顔真似。並の人間であれば唐突にそれを見たなら噴飯不可避の中々達者な芸だが、ナイトアイは黙して立ち上がり開口一番。

 

 「オールマイトを馬鹿にしているのか?」

 

 出久とミリオは、確かに場の空気が凍った…即ち、スベったのを感じ取った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ナイトアイの怒りは、微妙に不完全な顔真似に対してのものだった。出久も負けじと己のオールマイト雑学を語り、何とかナイトアイを納得させる。

 

 「…良かろう。本題に入らせてもらう…ミリオは退室を」

 「イエッサー!!」

 

 2人だけになった部屋の中で、ナイトアイは出久に1つ前置きをした。

 

 「もう気付いているとは思うが……先程までそこにいたミリオこそが、私がOFAの後継者として育てていたヒーローだ。結局OFAは貴様に譲渡され…ダストの言からミリオには継がせられないことまで分かってしまったがな」

 「…はい」

 「……貴様をここに呼んだ理由はただ一つ。私を認めさせてみせろ。OFAの継承者が貴様で良かったと、これからのインターンを通してな。というわけでまずは最初のテストを行う」

 「て、テストですか…?」

 

 さらに出久に試練を課すナイトアイ。懐から取り出したのは、印鑑。

 

 「3分……いや、1分だ。1分以内に私からこの印鑑を奪ってみよ。それに伴ってこの部屋をどうしようと構わない」

 「えっ…!!?」

 

 出久はその難易度を理解し、絶句する。

 

 「不可能だと思ったか?私の個性を知っているからか?そんなようではOFAは任せられない。人々が安心して暮らせる社会など…作り出すことは出来ない」

 「!!……いえ…行きますッ!!!」

 

 ナイトアイの挑発を受け、躊躇いを捨てた出久。正対して飛び掛かり、印鑑奪取に挑み始めた。

 

 「正面奪取。下段、壁を蹴って攪乱。右後方より頭上…からのフェイントを織り交ぜつつ足払いを試みる。全て予知の範疇だ」

 「くっ…!!」

 

 OFAフルカウル…18%。それを以ってしてもナイトアイに到底及ばない事実に、出久は焦りを感じていた。ナイトアイがそこに拍車をかける。

 

 「残り30秒。この程度か?3年前私がインターンに指名したルイングレイは増強型の個性でないにも関わらず今の貴様よりもう数段動けていた。彼も林間合宿に居たと聞いているぞ?」

 「(ルイングレイ…!ダストが昔保護してそこから高校卒業まで直々に鍛え続けたっていう生粋のヒーロー!ここにインターンに来てたのか…!?合宿では顔を合わせたぐらいだったから知らなかった!!)」

 「速さ自体は優っているかもしれない。だがあまりにも単調。フェイント如きで捻りを入れたつもりになられては困るというものだ」

 「ッ…!」

 

 彼の言葉に、どうにか予知を防ごうと四苦八苦する出久。本棚を倒して視界を塞いだり、全速力で部屋の中を跳ね回り視界から外れようとしたり…しかし、いずれも効果はなく…無情にもナイトアイが宣告する。

 

 「1分経過」

 「────」

 

 出久は…力なく膝を折ろうとして、ナイトアイに止められる。

 

 「立て。ヒーローが屈することなどあってはならない」

 「…す、みません」

 

 それでも項垂れたまま、ナイトアイのテストを乗り越えられなかったことに絶望すら感じ始めている出久に、ナイトアイが改めて話をする。

 

 「よく分かった…今の段階ではこんなものだろう」

 「…え?」

 「言ったはずだ…これからのインターンを通して認めさせてみせろと。いきなりこれをパス出来るとは初めから思っていない。それなら指名などしなかった」

 「ナイトアイ…」

 

 彼は見限ってなどいないと出久に伝えながらも、いくつもの改善点を指摘する。

 

 「取り敢えずオドオドとした顔を止めろ。辛く苦しい状況でも前を向け。ヒーローは不安を表に出してはならん」

 「は、はい」

 「それと……予知を防ごうとするな。覆そうとしろ」

 「…覆す、ですか」

 「そうだ。……かつてダストは、私の予知の強制力を知っていながらそれに抗い続けた。結果…彼女の死の運命は覆った」

 「な…!?ダストが、死…!?」

 

 ナイトアイの驚くべきカミングアウトに目を剥く出久。彼は言葉を繋ぐ。

 

 「だがそうはならなかった。彼女曰く、予知を覆すには幾人もがその未来を拒み、変えようとする意志が必要だとのことだが……とにかく、私の予知は決して完璧ではない。外れることもあり得るんだ。そのことを頭に入れておけ」

 「……はい!分かりました!」

 

 如何なる未来が待っているかは、誰にも分からない。それは予知が可能であるナイトアイ自身にも言えることなのだ。そのことを出久は理解し、力強く頷いた。



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蠢く闇

 

 出久のインターン開始から数日。日々のパトロールの中で少しずつ成長しつつある彼は、その日はまだ他の事務所のメンバーと共に事務所内に居た。

 

 「『バブルガール』。報告を」

 「はい!死穢八斎會には全体として特に大きな動き無し!一方で若頭『治崎廻』は、変わらず個性に関する研究成果の情報開示を求めてきています」

 「…あの、すみません。『死穢八斎會』とは?」

 

 待機ののち始まったサイドキックの報告の中に、聞き慣れない単語が出てきたことで疑問を口にする出久。すかさずバブルガールの隣に居たセンチピーダーが補足する。

 

 「『死穢八斎會』とは、この付近に居を構える指定ヴィラン団体の1つです。目立った悪事は働いていませんが透明性が低く、念のためナイトアイ事務所が監視などを行っている形になります」

 「そうなんだよね。ただ、最近は若頭の動きが活発化しててね。といっても恐らく悪意は無いんだけど」

 「悪意は無い、ですか?」

 

 「指定ヴィラン団体」という物騒な分類を為された組織の中核人物が悪意なく行動するものなのか、そう出久が疑問に思ったのをナイトアイが拾う。

 

 「治崎は1年と少し前から1人の少女を預かっている。八斎會組長の血縁に当たる人物のようだが…詳しくは分からない。ただ彼女の個性について治崎は何かしらの懸念を抱えているらしく、頻繁に個性研究…とりわけ発動の抑制などに関する分野の成果を開示してくれと要求してきている」

 「要求…それよりもその子をもっとちゃんとした所に預けてあげるべきだと思うんですが…」

 

 本当に悪意は無いのかと勘繰る出久。しかし、そんな彼の考えにもナイトアイははっきりと答えを返す。

 

 「勿論提案したが、駄目だった。実際に少女…『壊理』ちゃんを向こうに出向いた私たちの目の前まで連れてきて、挨拶させようとしていたんだが…酷く怯えた様子で、終始治崎の足元から離れようとしなかった。何より治崎自身が彼女の引き渡しを拒んでいる。まるで我が子を慈しむ父のような姿でな……アレで演技だというのなら中々の役者だ」

 「そう、ですか…」

 「緑谷くんが不安に思うのも無理はないよね。でも、俺たちに出来ることはまだ無いんだよね…」

 

 ナイトアイの説明に憂いを隠せない様子の出久。彼を見てミリオが励ましの言葉を投げかけた所で、バブルガールが報告を再開する。

 

 「ミリオくんの言う通り、治崎の要求を大学や研究者側が飲まない限りこちらから何か働きかける、というのは少し難しい状況です。八斎會の方で何か進展があれば分かりませんが…」

 「壊理ちゃんとの接触機会が少ないのも厳しいですね。心を開いてもらうには何もかもが不足しています」

 「それに、仮に引き取ってどうするかだよね。治崎が何を危惧しているのかが分からないままなんだしさ」

 

 問題の難しさに頭を悩ませる一同。相手側の動きを待たなければならないというのは、出久にとっても非常にもどかしいものだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「極道?何だってンな時代遅れの奴らのとこに行く必要があるんだよ?」

 「しかもキュレートスまで持っていくなんて…随分と用心深いのね?」

 

 所変わって敵連合アジト。彼らもまた、死穢八斎會に目をつけていた。

 

 「キュレートスは万が一に備えてだ。最初から暴れさせてちゃダストに勘付かれるかもしれねえからな。それだけ今回は失敗する訳にはいかねえ」

 「…一体何があるんだ?」

 「……さあな」

 「さ…さあなって!よく分かってもねえのに失敗する訳にはいかねえってどういう…」

 

 コンプレスが死柄木に詰め寄るが、彼は至って冷静に言葉を返す。

 

 「とんでもない代物なのは確実なんだとよ。……死穢八斎會の若頭…いわゆるナンバー2の個性は『オーバーホール』。対象の分解と修復が出来るっつう個性だ」

 「凄いじゃない…!!その若頭を引き込むのかしら?」

 「いや…違う。欲しいのは………そいつが世話してるらしいガキだ」

 

 マグネの質問に首を振りつつ、死柄木は得た情報から立てた自らの推測を語る。

 

 「若頭の『治崎』は最近、妙に個性の制御に拘ってる。裏のルートや表社会の研究機関、あらゆる伝手を利用して必死に抑える術を捜してるとか……ところで治崎は1人のガキを預かってる。最近の動きはそいつを引き取ってちょっとしてからのもんだ…結びつける方が自然だと思わねえか?」

 「…つまりアレか。やべえ個性持ってる奴がそれでもビビっちまうぐらいのチカラをそのガキが持ってるかもしれねえってことか」

 「でも、偶然じゃないの?治崎ってのがそのタイミングでたまたま個性の制御が出来なくなったって可能性は0じゃないでしょう?」

 

 そんな仲間の疑問を、死柄木は肯定した。

 

 「そうだな…偶然かもしれねえ。けどこっちとしてもそろそろ動かなきゃまずい。目ぼしい戦力になりそうなのはもう居ない……先生は今もダストの偽物か何かがたまに脳無工場を襲って来やがるせいでこっちまで手が回らないらしい。……余裕こいてられる状況じゃなくなってきてんのさ」

 「…そうね」

 「………クソッタレが…どれもこれも……ダストが居やがったからだ。アイツさえ居なきゃ戦局はもっと俺たちに傾いてた。苛つかせてくれやがる……」

 「(…?)」

 

 千雨への憎悪をさらに募らせていく死柄木。────心なしか、近頃彼の呼吸がやけに荒いようにも思えると…コンプレスは考えていた。



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真夜中の激突

 

 それからしばらく、出久のインターンに大きな変化はなかった。経験を積んでいくうちにOFAの許容上限は20%に到達し、以前よりもさらに鋭い動きが出来るようになったものの……未だにナイトアイには認められていないようだった。死穢八斎會の問題も、別段解決には進んでいない。

 

 「デクくん、どしたの?」

 「あ…麗日さん。インターン先でちょっと色々あってね」

 

 クラスメイトの麗日お茶子の問いかけに、出久は暈して答える。あまり迂闊に情報を洩らすべきではないと思ったのだ。

 

 「そっか…。……あんまり、気負わないようにね」

 「…うん。ありがとう」

 

 インターンのことで出久と話をしたいと思っていた麗日も、彼の様子を見て避けた方がいいだろうと考え直す。…事態が動いたのは、そんな日の夜のことだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「壊理。今日も少し遅くなるから、先に寝ていなさい」

 「……うん」

 

 死穢八斎會の一室にて。治崎はどうにか壊理が自分の個性を最低限制御できるようにしてやろうと、連日解決策を探っていた。自身の力への恐怖心を取り除いてやれない限り、彼女が個性と向き合うのは難しいだろうと考えてのことだった。

 治崎は部屋を出て、地下に増設した区画にある研究室へ向かう。彼は組長からの依頼通り、壊理の毛髪から得たDNAや細胞を利用することで、独自に彼女の個性因子を割り出すことには成功していた。が、それで分かったのは壊理の個性が常識外れの超個性であるということのみ。治崎からこのことを伝えられた八斎會組長も顔色を変えていた。『巻き戻し』という個性は、それだけ凄まじいものなのだ。

 

 「(俺の個性の比じゃない…あの子の個性は少なくとも子供が持つには危険すぎるものだ。………幼い少女にそれと向き合えというのは…酷なのかもしれない。ダストの言った通り焦らず時間をおくべきか…)」

 

 様々な方面から集めた間に合わせの設備ながら、そこで治崎は研究を続けている。全ては自らと同じ境遇に追いやられてしまった壊理の心を救うため…そして、自分を拾ってくれた組長への恩を返すためだ。

 

 「(いつか必ず…お前が自分を愛せるように。泣くな、壊理。俺がお前の………ヒーローになる)」

 

 時間は多くの人々が寝静まる夜。死穢八斎會の事務所の門が、音もなく腐り落ちていく。

 侵入者たちはその魔の手を、幼い少女に伸ばさんとしていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「何じゃ己ら!舐めた真似してくれよって────」

 「邪魔すんなよな。永遠に寝てろ」

 「急ごうぜ死柄木!まだ殆ど気付いてねえうちに!」

 「でもどこに目的のコが居るのか分かんないわよ?殺す前に聞いた方が良かったんじゃない?」

 「心配すんな。こういうのは大体地下だって相場は決まってる」

 

 八斎會の事務所屋内に侵入した敵連合。死柄木は起きていた組員を片手間に始末しながら、おおよその当たりをつけて床に手を触れる。グズグズに黒く溶けていく地面は…少しすると地下の空間を露わにした。

 

 「ホラな」

 「冴えてるじゃねえか!さっさと頂いてとんずらだ!」

 

 予想的中に気をよくするコンプレス。しかし死柄木は何となく、順当にはいかないだろうと考えていた。開いた穴から下に降りる3人。広大な地下は入り組んでおり、あちこちに部屋がある。

 

 「どこもかしこも何かの研究施設みてえな感じだな。確かに隠し場所としてはそれっぽいぜ」

 「……この部屋…さっきまで誰か居たな」

 「!あらあら…鉢合わせちゃったら面倒かしら」

 

 連合はいくつか部屋を物色していく中で、比較的新しい痕跡が確認出来る部屋に辿り着いた。乱雑に置かれたままの書類には、何者かの個性についてのメモ書きらしきものも含まれている。

 

 「────こい、つは」

 

 死柄木がそれに目を通し、思わず固まる。同時に…部屋に1人の人物が戻ってきてしまった。

 

 「!?……お前ら一体…!!」

 「チッ!マグ姐!!死柄木!!」

 

 突然現れた3人の侵入者に驚く治崎。一方連合側はすぐさま彼を始末しようと行動を開始した。

 

 「見つかっちまったか…なら、死んでもらうしかねえよな」

 「悪く思わないで頂戴ね!」

 「…とりあえず目的を聞かせてもらおうか」

 「ご大層な余裕じゃ……ぐッ!?」

 

 だが、治崎も平静を取り戻すと3人を自らの個性で拘束しようと試みる。彼が素早く床に手をつくとせり出した石柱が連合に襲いかかり、マグネがそれを躱せずに壁面と板挟みになってしまった。

 

 

 「よく見れば見たことのある顔触れだ……指名手配中の敵連合だな、お前ら。こんな所に何の用だ?」

 「死ぬ奴に教えてもしょうがねえだろ」

 「そう思うか?」

 

 手を振りかぶる死柄木だが、治崎はその場を離脱し背面の扉ごと部屋を出る。すぐに壁に手を触れ、今度は無数の石の棘を伸ばした。

 

 「な…ッ!!チィィ……殺しに来んのかよ…!!」

 「教えられないようなことをしてる犯罪者にかけてやれる慈悲はないな。俺は極道だ……ヒーローのように高潔な精神なんざ持ち合わせちゃいない」

 

 何とかそれを躱した死柄木だが、予想外の展開に焦りを隠せない。

 

 「(野郎……何でこんなに動けんだよ面倒くせえ。さっさとガキ攫って終わらせるつもりだったが…そうも言ってられなくなったな)」

 

 敵連合と治崎の戦いは、さらに激しさを増していく。



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勝者


「不変の事実」にて、転弧が死柄木の顔に言及する描写を追加しました。展開的にも反応無しはおかしいと思ったので。


 

 「そんなに躍起になるなよ極道。お前を殺したい訳じゃないんだ」

 「そうか。だがこっちはお前らを生かしておく理由がない」

 

 どうにか隙を作れないかと歩み寄る素振りを示す死柄木だが、治崎はそれをにべもなく切り捨てる。再び石の棘を死柄木に差し向け、死柄木の方もそれを躱し、腐らせ、治崎に接近していく。

 

 「何を焦ってやがる!?見られたくないモンでもあるのか!?」

 「チッ」

 

 死柄木の掌はまたしても届かない。ヒーローもかくやという身のこなしで彼から距離を取る治崎。報道を通して死柄木の個性は既に把握している。

 

 「…まあ、そんな所だ。特にお前のような輩にはどうしても知られる訳にはいかない」

 「へぇ……そんなにガキが大事か…よッ!!」

 「!!」

 

 駆け出し、治崎の攻撃を掻い潜りながら核心に迫る死柄木。彼の台詞に治崎は目を瞠り、攻撃を激化させる。

 

 「壊理を狙ってるのか…!?あの子に一体何を求めてる!?」

 「グゥゥッ…!ハァ…ハハハッ。分かるだろ?こっちも戦力が欲しいのさ。まさか『巻き戻し』なんつうぶっ飛んだチート個性が飛び出してくるとは思ってもみなかったけどな」

 「!……見られたのか…!!」

 

 死柄木は石の棘を完全には回避出来ず、僅かに脇腹を抉られる。それでも彼は治崎を挑発することを選んだ。地力が上の治崎を彼が破るには、今はそうやって冷静さを奪うぐらいしかなかったのだ。

 

 「心配すんなよ…殺しやしねえ。お前も一緒に来てくれるってんなら大歓迎だ。悪くねえ話だと思うぜ?」

 「黙れ。壊理は渡さない。俺が八斎會を去ることもない。お前が俺に如何なる提案をしようと降参以外は聞き入れない」

 

 彼の提案に一切耳を貸さない治崎。彼にとっては八斎會の組長も壊理と同様に大切な存在だ。そんな人物を裏切るなどもってのほかだった。

 

 「クソ…!無限に攻撃して来やがって……ターン守れよ極道」

 「降参以外は聞き入れないと…たった今言ったばかりだ外道!!」

 

 死柄木目掛けて殺到する棘の波。彼はこれを床に潜り込んでやり過ごし、そのまま腐食を治崎の足元まで及ばせる。

 

 それに対して落下を避けるべく、すぐに足場を変える治崎。自ら創り上げた土台の上で、地中に潜ったままの死柄木を仕留めようと床面ごと大量の石の棘で貫いた。

 

 「残念ハズレだ…なッ!?」

 「遅いな」

 

 しかし、死柄木は意表を突いて治崎の側の壁面を溶かしながら姿を見せた。…が、治崎もそれに落ち着いて対処し、死柄木に素早く棘を放つ。上手く躱せなかった彼は、四肢を棘で拘束される形になってしまった。

 

 「マジ、かよ…!!…何で悉く上手くいかねえんだ────」

 「死柄木!!!」

 

 絶望しかけた死柄木だったが、そこに届くコンプレスの声。彼がマグネと共に現れたのは、先程まで居た部屋の中からではなく…通路の向こう側からだった。

 

 「いつの間に…!?」

 「…そういやコンプレスの個性はまだ殆ど表に出してなかったか…!!」

 

 激戦を繰り広げていた2人がそれぞれの驚きを示す中、彼はビー玉状の物体を死柄木に見せる。

 

 「『目的のガキ』!!!回収したぞ!!!」

 「ッ!?」

 「────良くやったッ!!!!」

 

 快哉の声を上げる死柄木。治崎の注意が逸れた瞬間に何とか左腕の拘束を脱し、他の棘を腐らせて全身の自由を取り戻す。

 

 「逃げるわよ!」

 「言われなくとも!」

 「ふざけるな……!!壊理を…返せェェッ!!!」

 

 コンプレスに向けて棘の集中砲火をぶつけようとした治崎。しかしコンプレスが自身を「圧縮」したことでそれらは回避されてしまう。

 

 「オイ馬鹿!!手放すんじゃねえ!!」

 

 だが、これに焦ったのは死柄木だ。自身が圧縮されたことで先程のビー玉を取り落としてしまったコンプレスに、叱責を浴びせる。当然その隙を逃す治崎ではない。

 

 「詰めが甘いな敵連合!!!」

 

 分解によって床を変形させ、落ちたビー玉を手元まで手繰り寄せる。コンプレスはその間に自身の圧縮を解除し、治崎に向き直った。

 

 「クッソ…!やっちまった…!」

 「…間抜けが」

 「……()()はどうすれば元に戻る?白状すればお前だけは見逃してやらんこともない」

 

 治崎がコンプレスに問いかけるが…本人は死柄木に何やら耳打ちをしている。

 するといきなり、連合の3人は正面から治崎に突撃し始めた。

 

 「教えるつもりはない…か。どのみちお前を殺せば元に戻るだろうがな……壊理にはあまり見せたくない」

 

 

 

 

 

 「いいや?教えてやるぜ…こうするのさ」

 

 

 

 指を鳴らすコンプレス。…次の瞬間、治崎の手元にあったビー玉は…巨大な岩塊へと変化した。

 

 「な────」

 

 反応が遅れ、仰向けに押し潰される治崎。衝撃で既に意識を失ってしまっているが、トドメを刺すべく死柄木が近寄った。

 

 「やれやれ…いくらなんでもあんな短時間で見つけられる訳ねえのにな……焦りは禁物だぜ?極道」

 「お前らはガキ探してろ。コイツ殺して俺もすぐに…」

 

 

 

 

 

 「POWERRRRR!!!!!」

 「は!?」

 

 それを阻んだのは…突如上から現れた1人の男。人が出て来ることなど出来る筈のない場所から飛び出した彼…『ルミリオン』は、死柄木の姿を確認すると迷いなく彼に拳を叩き込んだ。

 

 「グァァッ!!?」

 「死柄木!!!」

 

 動揺する連合に対し、ルミリオンは宣言する。

 

 「敵連合……こんな所で遭遇するとは思わなかったけれど!!これ以上の勝手は許さないぞ!!ナイトアイ事務所はもう既に…全員出動している!!」

 

 戦いの勝者は────治崎。念のために地上に示しておいたSOSのサインは…しっかりとヒーローたちに届いていた。





Q. 夜中の筈では?
A. POWERRR!!
(追記)ミリオが携帯を使っていたので修正。透過する携帯はいかんでしょ


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100万を救うヒーロー

前話でミリオが電話を使っている描写がありましたが、変えました。携帯まで透過してるのはおかしいとかいう次元じゃなかったので。


 遡ること、少し前。

 

 「夜間の八斎會周辺の哨戒任務、ですか。彼らの暴動を危惧しておいでで?」

 「いや……危惧しているのは八斎會への襲撃だ」

 

 ナイトアイはサイドキックのセンチピーダーに、1つの任務を課していた。

 

 「死穢八斎會はその性質上、裏社会との繋がりも多い。治崎はそこも利用して壊理ちゃんの個性についての問題を解決しようと試みている筈だ。逆を言えば、裏に彼女の情報が出回っていてもおかしくはない」

 「成程。仮に我々も知らぬ彼女の個性を知る者が居たとして……強力なものだと判断したならば誘拐を計画する可能性もあると」

 「そうだ。そしてそうなった場合、昼間に実行するとは考えにくい」

 

 推測を交えつつも、夜間哨戒の必要性を説くナイトアイ。センチピーダーも話を聞いて納得し、任務を受理する。

 

 「畏まりました。私センチピーダー、務めを果たしてみせましょう」

 「ああ。苦労をかけるが、頼んだ」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「────サー!!八斎會に敵連合が侵入!!目的は恐らく、壊理ちゃんかと!!!」

 「…分かった。バブルガール…それと、ルミリオンとデクにも連絡を」

 「はっ!」

 

 そしてその日の夜…ナイトアイの予測通り、夜間の襲撃が勃発した。その実行犯が敵連合だということまでは、想像もつかなかったが。

 

 

 

 ミリオの行動は実に迅速だった。彼の到着と同時にナイトアイたちは八斎會へ突入する。令状などは取れていないが、緊急性が極めて高く、門の状態からヴィランの存在は明白であるために問題はないというナイトアイの判断であった。

 

 「失礼。夜分遅く申し訳ないが、喫緊の案件故立ち入らせてもらう」

 「お、おお…!ウチのが玄関でやられちょる!!廊下に穴も空いて────」

 

 異常に気付き前庭に出てきていた組員に従い、屋内に入ろうとした3人だったが…直後、後方で地面を割り裂きながら石の棘が出現した。

 

 「これは…!」

 「若頭の個性じゃ!あっこで何かあったか!?」

 

 治崎の個性によるものだということはナイトアイも理解していた。しかし、玄関からはやや離れており、その辺りにあるという穴から地下に降りたのでは少々タイムロスが発生してしまう。ミリオもそれを理解し、ナイトアイに進言する。

 

 「俺、見てきます!!壊理ちゃんに危険が迫ってるんだとしたら…一刻も早く誰かが向かうべきです!!」

 「………分かった。任せたぞ」

 「はい!」

 

 ナイトアイはミリオを信頼し、彼に託す。そして、センチピーダーに地上を任せ、自身も玄関の穴から地下へ向かう。出久の到着には…もう少し時間がかかりそうだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ッソがあああッ!!!ハァッ…!!ハァッ…!!あり得ねえだろうが…!!やることなすこと全部邪魔されんのはどういうことだァァッ!!!」

 

 そうして連合と邂逅したミリオは、一方的に死柄木を叩きのめしている。彼もあまりに都合の悪い展開に怒りを抑えられないようだ。

 

 「死、柄木…逃げるぞ…!!」

 「!?…オイ…コンプレス!!正気かお前………ッだああァ!!こっちが喋ってんだろクソ野郎!!!」

 「ヴィランには一切行動させない!!恨むなら自分を恨め、死柄木!!」

 

 既にコンプレスとマグネはミリオから痛打を貰いダウンしている。それでもコンプレスは気力を振り絞って死柄木に撤退を提案したが、彼がそれに乗る素振りはない。────そんな時だった。

 

 

 

 「……治崎、さん?」

 

 

 

 現れたのは、白髪に柘榴のような瞳を持った小さな女の子。ミリオに岩塊…壁面の破片の下から救出され、それでも未だ意識を失ったままの治崎の姿を見て動きを止めてしまっている。運の悪いことに、彼女に近いのは連合側だった。

 

 「なっ…」

 「コ、ンプレスゥゥゥッ!!!そいつだァァァッ!!!」

 

 死柄木の絶叫。少女…壊理はその声にさらに身を竦ませ、逆にコンプレスは死力を尽くして壊理を確保せんと走り出す。

 

 「させな…」

 「良いのか!?後ろのボロ雑巾を見捨てちまってよォ!!?」

 

 それを阻止しようとしたミリオだが、死柄木の台詞に動きを止め…そうになり、しかしそのままコンプレスの元に透過を応用してワープ。即座に頭を揺らして意識を飛ばした。

 

 「がッ…」

 「命を天秤にかけたなぁヒーロー気取り!!!お前のせいでこいつは────」

 「死なないよ」

 

 ミリオの動きを見てから治崎に接近した死柄木。彼を手にかけようとして────足元から突然飛び出したミリオに頬を打ち抜かれた。

 

 「ギァァァァッ!?」

 「俺の方が速い!!!」

 

 無様な叫び声と共に通路の壁に叩きつけられた死柄木。その間にミリオは壊理を保護し、治崎の元まで連れて来ていた。

 

 「君が壊理ちゃんかな?どうしてこんな時間に?」

 「……音が、いっぱい聞こえて…怖くて、目が、覚めたの。あの……治崎さん、は……?」

 

 側に倒れた彼を見て、涙を溢しながらミリオに尋ねる壊理。彼女を安心させるべく、ミリオは笑顔で答える。

 

 「大丈夫。そこまで大変なことにはなってないからね、すぐ目を覚ますよ」

 「ほんと……?」

 

 治崎は岩塊の下敷きになりながらも、大した怪我は負っていなかった。意識を失う瞬間に己の個性で岩塊をU字状に分解しており、完全には潰されていなかったのだ。

 

 「ルミリオン!!」

 「サー!!治崎と壊理ちゃんを保護しました!!連合の狙いはやっぱりこの子でした!!」

 「よし……!!良くやった…!!……凄いぞ、ミリオ…!!」

 

 そこにナイトアイも合流し、ミリオが一時的な目的の達成を告げる。1人で連合を…あるいはナイトアイの視点から見れば治崎が倒したのかもしれなかったが、とにかく敵を抑え、守るべきものを守り抜いたミリオに称賛の言葉をかけるナイトアイ。だが……戦いはまだ終わってなどいなかった。

 

 

 

 

 

 「………暴、れろ……キュレートス」

 『ヴオオオオォォォォォォォォッ!!!!!』



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巨鯨母艦・キュレートス

 

 『ヴオオオオォォォォォォォォッ!!!!!』

 「な…!?」

 「これは……」

 

 地上の咆哮か、遠方で轟いた爆音が地下にまで響いている。すぐにナイトアイの携帯にセンチピーダーからの着信があり、彼が報告を行う。

 

 『サー!!!上空に突如超巨大ヴィランが出現!!!外見的特徴から…「キュレートス」であると思われます!!そちらで何か!!?』

 

 心当たりのあったナイトアイは、死柄木の方を振り返り……その手に握られたトランシーバーを目の当たりにした。

 

 「死柄木の声に反応して…!?」

 「…は、は……キュレートスの耳には…お高い受信用の無線機が取り付けてある。俺ならいつでも、どこでも……アイツをある程度、好きに動かせる…!!!」

 

 勝ち誇ったように笑いながら話す死柄木。その頬が抉れ、歯が見えてしまっていることにミリオが気付く。

 

 「(!?そ、そこまで力を込めたつもりは…!!)」

 「…?……あ」

 

 死柄木も彼の視線から頬に違和感を感じ、手で触れて状態を把握した。一瞬呆けた顔になりながらも、すぐに苛つきを含んだ表情を見せる。

 

 「………踏んだり、蹴ったりだ……気に入ってたのによ…」

 「(…素顔じゃないのか……!?だとしたら剥き出しの歯は一体…!)」

 

 そんなミリオの思考は、繋がったままの電話から聞こえてきたセンチピーダーの声に中断させられる。

 

 『サー、退避を!!!其方に突っ込みます!!!』

 「!!ルミリオン!!」

 「はい!!」

 

 ナイトアイの意図を読み取り、治崎と壊理を抱えてその場から大きく跳び退くミリオ。一瞬の間を置いて、キュレートスが頭部を地下に捩じ込んできた。

 

 「ヴォォォ…」

 「サー!!死柄木が!!」

 

 丁度そこにいた死柄木は、キュレートスの急襲に巻き込まれてしまった。しかし、ナイトアイがミリオの懸念に首を振る。

 

 「いや……こんな終わり方はするまい。じきに姿を見せるぞ」

 「ご名答だヒーロー。褒美にキュレートスの本領を見せてやるぜ」

 

 彼の推測を肯定するようにキュレートスの口元から顔を覗かせる死柄木。ミリオが仕掛けるよりも先にキュレートスは再び地上へ引き返し、空高くへと昇っていく。

 

 「…逃げる……って感じじゃあ無さそうだ!!」

 「センチピーダー!!周辺住民の避難誘導を!!」

 「はっ!!」

 

 ミリオと共に地上へ上がりつつ、己が先に民衆の安全を確保しておくべきだったと失策を嘆くナイトアイだが…そんなことを考える余裕はすぐに失われることとなる。

 

 「変形…?アレは…」

 「……砲塔、か…!?」

 

 背と腹、脇腹から2門ずつの計6門の長大な砲塔を伸ばしたキュレートス。そして、そこから放たれたのは────

 

 

 「ヴオオォォォッ!!!」

 「ま────」

 

 

 熱線(レーザー)

 

 脇腹より上の4門は可動域の問題か、在らぬ方向へ熱線を飛ばしたものの、腹部の2門は八斎會周辺を直撃。着弾地点は大きく焼失し、その威力を物語っている。

 

 「…ルミリオン!!!ダストに救援要請を出す!!お前は2人を安全な場所へ!!!」

 「サー!!?」

 「早く行くんだ!!!」

 「………ッはい…!!」

 

 ミリオに治崎と壊理を任せたナイトアイは、携帯を取り出し、キュレートスを一手で仕留めうる唯一の存在…千雨に救援を求めることを選んだ。しかし、彼女の自宅から八斎會まではかなりの距離がある。

 

 この時ナイトアイの心に過ったのは…緑谷出久の存在だった。

 

 「(緑谷が来るまでの残り時間はそう多くない筈…!!賭けるしか、ない……!オールマイトが、グラントリノが、ダストが選んだ…奴に!!!)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 キュレートスは熱線を乱射しながら、時折脳無まで吐き出している。器用にも死柄木は口の中に収めたままだ。

 

 辺りに広がる咆哮と破壊音は深夜なれども流石に人々の目を覚まさせ、数多のヒーローも駆けつけ始めていた。

 

 「サー・ナイトアイ!!奴を倒すことは出来んのか!?」

 「かつてオールマイトが雄英で遭遇した上で取り逃している!!!異常なまでに頑丈だ!!多少の攻撃ではダメージにもならない!!」

 「何という…!!このままではこの一帯が……壊滅するぞ!!!」

 

 八斎會の組員や一般市民たちが恐慌の叫び声を上げながら逃げ惑う。家屋が熱線に貫かれ、焼き切られ、どんどんと崩れていく。真夜中の住宅街は、今や地獄と化していた。

 

 「組長……!!アッシらも逃げやしょう!!」

 「……おう。………すまねェな」

 

 これには八斎會の組長も、苦渋の決断をせざるを得なかった。破壊の波に晒されて原型を失いつつある事務所を哀しみの目で一瞥し、別れを告げてヒーローたちの避難指示に従う。

 

 「せめて飛行できるヒーローがこの場に居れば…!!」

 「脳無も数が増えて来てる!!本当にまずいぞ!!!」

 

 上空に浮かぶキュレートスへの有効打を見つけられないまま、敵の量ばかりが増えていく。さらに、キュレートスが何処かを目指して移動を開始した。

 

 「な……動かすな、止めるんだ!!これ以上被害を広げる訳にはいかない!!!」

 「まさか…壊理ちゃんを狙って!?」

 

 薄く開いたキュレートスの口元には、死柄木の姿が確認出来る。どうやらまだ壊理の奪取を諦めていないらしい。

 

 だが、同時に────小さな希望も、そこには訪れていた。

 

 

 

 「デク、現着しました!!ナイトアイ、指示を!!!」



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光、未だか細く


※一部壊理視点


 

 「デク!!聞きたいことがある!オールマイトは本当に()に全力で殴りかかったのか!?直接見ていた筈だ!!」

 

 ついに到着した出久に、ナイトアイは上空のキュレートスを指差して質問をする。出久も彼の側まで来ると、自身の記憶と推測を口にした。

 

 「…見た限りでは、全力だったと思います。それでも、ダメージを受けているようには思えませんでした……」

 「……そうか」

 「でも、完全に攻撃が効かないならもっとオールマイトにぶつけて来ていてもおかしくない筈なんです!なのにそうして来なかったってことは、限界まで衝撃を吸収する個性とか、そういうのを持ってて…オールマイトと戦い続けることでボロが出るのを嫌がったんじゃないでしょうか!?」

 「………考えられない話ではないな」

 

 出久の分析はある程度筋が通っていると感じたナイトアイだが、それでもオールマイトに救援の要請をするつもりは無い。

 

 「(恐らく住民の避難は既に完了している……ここでオールマイトを呼ぶ、というのは死柄木に逃走を選ばせる猶予を与える悪手になりかねない。やはり鍵は…)」

 

 そこまで考え、ナイトアイは出久に目線を遣る。キュレートスを千雨の参戦まで抑え切る、あるいは倒すことができ得るのは現時点で死柄木の警戒が向いていない彼しか居なかった。

 

 「デク。今は確か……18%だったか?」

 「!………いえ、インターン中に20%まで」

 

 出久にOFAの身体許容上限を確認し、勝算があるかどうかを判断する。

 

 20%という数字は低いようにも思えるが、OFAは5%でも超人的な動きを可能とする程の力を秘めている個性だ。倒すまでは行かなくとも、キュレートスをこの場に縛り付けておくことは十分出来るかもしれなかった。

 

 ナイトアイの残る懸念は…死柄木の動き。

 

 「そうか。……死柄木の狙いは壊理ちゃんだ。奴らを止められるか?」

 「────はい!守り抜いて、みせます!」

 

 目に力を込め、1人で巨大脳無と連合の頭を止めると言い切った出久。

 

 彼を信じてミリオたちに合流しようと考えたナイトアイは────しかしその相手がすぐそこに居ることに目を見開いた。

 

 「ミリオ…!!?何故まだここに居るんだルミリオン!!!」

 

 ナイトアイの声を受け、そちらに顔を向けずに答えを返すミリオ。よく見ると、彼は壊理を抱えたままだった。

 

 「すみませんサー!!!この子を狙って……別の脳無が!!!」

 「脳無だと…?一体…」

 「そっちへ行ったぞルミリオン!!!」

 

 疑問を隠せなかったナイトアイの台詞は、治崎の叫びに掻き消される。いつの間に目を覚ましていたのか…彼がそう思うより早く、曲がり角を跳び越えるように現れたのは────女性型の脳無だった。

 

 

 

 

 

 現段階で、ほぼ全てのヒーローは「キュレートス」か「それ以外の脳無」という括りで彼らを認識している。それは、千雨であっても変わらない。「ハイエンド」と「マスターピース」は生産出来る筈がないと踏んでいたからだ。

 

 「ドクターさえ居なければ、それらの強力な脳無が出てくることはない」「オールマイトがキュレートスを取り逃がしたのも、相性と偶然の積み重ねだ」

 そんな思考の偏りは、至極単純な1つの可能性……()()()()()()()()()()()()()()()()()を無意識のうちに排除してしまっていた。

 

 

 

 「ヮラヱ」

 

 声を発した女性型脳無は、着地地点を割り砕く。外見の逞しさに違わず高い身体能力を誇っているらしく、後を追ってきた治崎の妨害をものともしていない。

 

 「クソッ!!ここまで誘導するために…!!!」

 「サー!!!この脳無、キュレートスとは逆方面から襲ってきた!!!きっと元から別行動だったんだ!!!」

 

 ミリオと治崎は壊理を守る必要性から防戦一方となり、気付けば死柄木の元まで押し戻されてしまっていた。対してその死柄木も、女性型脳無を見て困惑を示す。

 

 「何だ……あいつ?先生が出してきたのか…?」

 

 とにかく好都合だとキュレートスの熱線を止め、高度を下げさせる死柄木。隙を見てヒーローたちが攻撃を仕掛けるが、殆どは弾かれ、辛うじて与えた傷も瞬く間に再生してしまった。

 

 「よお!!俺にガキを献上しに戻って来てくれたか!?いい心がけだぜ!!」

 

 そのままキュレートスから降り、ミリオたちに接近する死柄木。女性型脳無に手一杯の2人では、彼まで気が回らない。だが…

 

 「死柄木イイイィィィッ!!!」

 「あ?誰────────」

 「『セントルイススマッシュ』!!!」

 「がは…ッ!!?」

 

 出久の吶喊に振り返った死柄木は、考えていたよりも遥かに鋭い不意打ちをまともに受けてしまう。勢いよく跳ね飛ばされたものの、ミリオの時とは違って上手く体勢を立て直した。

 

 「痛ってえ…!!!お前確か……雄英1年のガキか……!?ノーマークだったよ地味ヤロォォ…!!」

 「壊理ちゃんに……手出しはさせない!!」

 

 悪態をつきつつ、出久の台詞を鼻で笑い飛ばす。

 

 「ハッ!そりゃ不可能ってもんだ。手札が増えた。距離も近付いた……いくらでもやりようはあるのさ。────キュレートス!!!ぶっ放せ!!!」

 「ヴオオオオォォォ!!!!」

 

 気付けば地上スレスレまで降下してきていたキュレートスが、その6門の砲塔の照準をミリオ…否、壊理に合わせる。

 

 「…え?」

 「壊理イイイイイイィッ!!!」

 「死、柄木ィイイイイイイイイイッ!!!!!!!」

 

 治崎とミリオの絶叫。ミリオは女性型脳無の攻撃を避けながら壊理を抱えて全力で安全圏へ逃れようとし………治崎がそんな彼を石柱で押し出した。

 

 

 

 

 

 「治崎さんッ!!!?」

 「────────壊理を、頼む」

 

 

 

 

 

 放たれた6筋の熱線は収束し、女性型脳無ごと治崎を呑み込んだ。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 治崎さんが、けがをした。私が悪い人たちにさらわれそうなのを、たすけようとしたから。

 

 私の、せいだ。

 

 

 すぐに自分の個性で治してるけど、そのたびにけがしてる所がパッとなくなってすごくいたそう。ううん、いたいに決まってる。

 

 私の、せいだ。

 

 

 いまはきんぱつの人が、私をだっこして「のうむ」っていうこわいひとから逃げてる。ずっと、たいへんそうな顔。

 

 私の、せいだ。

 

 

 「のうむ」は、逃げたさきにもいた。おっきなくじらさんみたいなのと、他にもたくさん。

 ねらわれた私を守ろうとして、治崎さんがまぶしいのにまきこまれた。きんぱつのひとにだっこされてても、はなれた所でも、すっごくあついって思った。

 

 ────────私、の…

 

 「!?ダメだ、壊理ちゃん!!!!!」

 

 きんぱつのひとが、何か言ってる。

 

 「行かせねぇよヒーロー気取りィ!!!女脳無、生きてるか!?俺の声聞こえるか!?そいつ拾え!!!」

 

 悪い人も、何か言ってる。

 

 でも、それどころじゃなかった。

 治崎さんは「のうむ」の隣で、まっくろになってたおれてる。

 

 たすけなきゃ。

 私が、たすけなきゃ。

 

 

 

 大きらいな、私の個性。

 

 

 

 治崎さんを、たすけられるかもしれない個性。

 

 

 

 

 

 

 

 お願いします、かみさま。どうか私に、あの人をたすけさせてください。



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あの日「守る」と決めた

 

 ────焼け焦げた治崎の身体が、健全な状態へと一気に「巻き戻って」いく。同時にはっきりと呼吸をし始めたことで、壊理は己の個性の発動を理解した。

 

 「!!……やっ、た……!」

 

 振り返った死柄木は、その様子を見て思わず目を剥いた。

 

 「オイオイ…!!想像以上だぜコイツは……!!女脳無!!!ガキを早く捕まえろ!!!」

 「ララ」

 

 超速で再生して起き上がった女性型脳無に声をかけ、壊理の確保を指示する。しっかり死柄木の声に反応するようになっているようで、キュレートスと共にミリオを牽制する彼に代わって動き出した。が……

 

 「させない!!!」

 「緑谷くんッ!!!!」

 

 脳無が手を伸ばすより早く、出久が治崎と壊理を両脇に抱えてその場から退避する。

 

 「うぐ!?」

 「ダメ…はなれて!!!『消えちゃう』っ!!!」

 「(これ、は……!!!)」

 

 しかし、壊理の個性が停止しない。彼女に触れている出久は、このままでは巻き戻った果てに完全に消滅してしまうだろう。さらに、動きを止めた出久に女性型脳無が襲いかかる。

 

 「ヮラヱ」

 「ッ────」

 

 咄嗟に脚で迎撃した出久。思わず制御を忘れ、フルパワーで放ってしまったが…

 

 「…あ、あれ……!?そっか、壊理ちゃんの…!!」

 

 本来ある筈の反動ダメージは無かった。治崎の巻き戻しを見ていた出久は、彼女の個性によるものだと気付き────

 

 全身から、碧い光を迸らせる。

 

 「……すみません、治崎さん。すぐに…終わらせます」

 

 治崎を横たえ、彼の上着を身体に結んで壊理を背に固定する出久。

 

 「壊理ちゃんも、ごめんね。きっと今から…凄く危ないことになる。でも、僕だけの力じゃあいつらを倒せない。────力を、貸してくれるかい」

 「平気、なの……?」

 「うん。君の『個性』が、優しいおかげだよ」

 「優、しい…」

 

 

 ワン・フォー・オール・フルカウル────100%。

 

 

 全身を絶え間なくOFAの反動で粉砕し続け、それを壊理の個性でカバーする。これにより、彼は今だけ真の全力での戦闘を可能としたのだ。

 

 「君の、治崎さんを救けたい、守りたい…そんな想いを利用する形になってしまうけど……それでも僕と一緒に戦ってくれるかな?」

 「……うん…!!私も、戦う…!!」

 「…ごめん。本当に、ありがとう」

 

 恩人を守るという覚悟。壊理の心は、ようやく前を向き始めた。

 

 後は、悪を成敗するのみだ。

 

 「………今のはちょいとビビったがよ……ガキがガキ背負って何になるんだ?巻き戻されねえ理屈は知りてえけどな」

 

 彼らの会話が終わると、すぐに死柄木がOFA100%での攻撃を受けて吹き飛ばされた女性型脳無を連れて現れた。疑問の声を漏らしながらも、自らの勝利を疑っていない様子だ。

 

 「……いや、やっぱ何でもいいか。女脳無、さっきみてえに抑えてろ。キュレートスで焼き殺して」

 

 

 

 

 

 しかし…口に出来たのは、そこまでだった。言葉を詰まらせる間もなく、回り込んだ出久によって瞬くよりも先に失神させられる。

 

 「な!?」

 「これは…!!」

 

 ミリオやナイトアイ、その他大勢のヒーローの驚愕の視線を浴びながら、出久は女性型脳無に殴りかかる。こちらも一撃で再び遠くまで吹き飛び、姿が見えなくなった。残るは、制御を失い暴走しつつあるキュレートスだ。

 

 「ヴオオオオォォォォォ!!!」

 「こっちだッ!!!!」

 

 熱線の乱射を止めないキュレートスの脳を跳び上がって蹴り付け、上空に意識を向けさせようとした出久。目論見通り、キュレートスは出久の方に向き直り、砲塔の照準を彼に合わせる。

 

 「ヴオォッ!!!」

 「(ダメージは無い……ならッ!!!)」

 

 キュレートスはそのまま熱線を照射するが、超高速でそれを難なく掻い潜った出久がその頭部に渾身の連打を浴びせていく。

 

 「オオオオオオオッ!!!!!」

 「ヴ、オォオオ…!!」

 

 一瞬の揺らぎ。…キュレートスが確かに、怯んだ。

 

 「サー!!!」

 「ああ…!!……通じた…!!」

 

 「い、いけえええッ!!!」

 「頼むッ!!!……倒れろ脳無!!!」

 

 ヒーローたちが、声援を贈る。

 

 出久はキュレートスを蹴り上げ、殴り、たった1人で袋叩きをやってのけている。

 

 「────────────!!!」

 

 奇声にも等しい絶叫。キュレートスは完全に出久を排除対象と見做し、全力で彼を仕留めに掛かる。

 

 「なッ!?」

 「は、速い…!!!あんな巨体で!!!」

 

 フルカウル100%の出久に肉薄せんばかりの速度を見せるキュレートス。異常な捕捉の難しさの正体はこれかと出久は納得しつつも、更に攻撃を激化させる。

 

 「ヴオオオオッ!!!」

 「キュレートスッ!!!!お前がどんな人間だったのかは、僕には分からないッ!!!!でも、これ以上何も奪わせはしない!!!!────此処で、お前を、止めてやるッ!!!!」

 

 出久の碧い稲妻と、壊理の角から放たれる煌々とした燐光。2つの輝きが尾を引き、星空を明るく彩る。

 

 それが、ナイトアイには何よりも眩しく感じられた。

 

 「……緑谷、出久」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ダスト。本当に私情では無かったのか?奴にOFAを託したことは、貴女の記憶があったからこそじゃないのか」

 『言ったろう?オールマイトには何も教えちゃいないし、私も継承についてなにか手を加えたってことは無いよ。彼らが出会ったのは運命だ』

 「……それでも、私は…」

 『…まあ、見てなよ。出久くんは…君が思ってるよりもずっと凄い子だ。いつか、分かる時が来るさ』

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「墜ちろオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!」

 

 出久の叫びに、キュレートスは反応を返さない。既にぼろ切れのようになってしまったその姿は、絶対防御の艦が沈む様を想起させた。

 

 出久はキュレートスが突っ込んだ、八斎會付近の大穴に彼を叩き落とす。

 

 

 

 ────もう、動く素振りは無かった。

 

 

 

 「ウ…オオオオッ!!!!」

 「やった…あの子、凄いぞ!!!!」

 

 轟く歓声。しかし、出久は激しく苦しんでいるようにも見える。

 

 「デク!!?」

 「(まず、い……!!!壊理ちゃんの個性が、出力を増して…!!!)」

 

 全身が何かに引っ張られる苦痛のあまり、壊理を降ろすことが出来ないようだ。同様に、壊理の膂力では固定された己の身体を出久から離せない。

 

 「(お願い!!!止まって!!!この人が……消えちゃう!!!)」

 

 

 

 彼女の願いは……今度は神には託されなかった。

 

 

 

 「(────救けて!!!!!治崎さん!!!!!)」

 

 

 

 

 

 「ごめんな、壊理。俺1人で、守ってやれなくて」

 

 

 

 気付けば起きて出久の側までやって来ていた治崎が、壊理の伸びた角を分解し、小さく修復する。「巻き戻し」は、それで止まった。

 

 「治崎、さ…」

 「もう大丈夫だ。お疲れ、壊理。ありがとう」

 

 消耗のせいか、気絶してしまう壊理。治崎は息も絶え絶えの出久から彼女を受け取り、愛おしむようにその腕に抱く。

 

 暁の空は、彼らを暖かく照らしていた。





壊理の巻き戻しが角だけを分解して止まるのかは、だいぶ怪しい所です。ただ、この展開以外だとちょっと色々厳しいので…ご了承を。


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矜持

 

 「……?…お、おい……あのデカブツ、様子が変だぞ!!!」

 

 一息ついた出久たちの隣で、キュレートスが膨張を始める。出久に与えられた傷が癒えておらず、もう余力が無いことは明白…だからこそ、だった。

 

 「(まさ、か……自爆!!!!)」

 

 全ての脳無に仕込まれた時限装置。その命が燃え尽きる時、彼らは小規模の爆発と共に身体を散らす。それはキュレートスであっても、例外ではない。むしろ、巨体の爆散は流石に無視出来ない被害をもたらす可能性があった。

 

 「任せろ、俺が────」

 「その必要は無いよ」

 

 急いで治崎が壊理を降ろしてキュレートスを分解しようとするが…それよりも早く、遅れてやって来たヒーローが巨鯨を一瞬にして塵にした。

 

 至る所で猛威を振るい続けた凶悪な脳無は、あまりにも呆気なくその最期を迎えたのである。

 

 「ごめんね、随分と遅くなってしまった。まさか明け方になるとは……」

 「……やれやれ、全くだな…おかげで寝不足だぞダスト」

 

 軽口を叩きながらも、ダストの登場にようやく安堵を覚えた治崎。それは、周りのヒーローたちも同じだった。

 

 「ダストか…!もう安心だな!サー・ナイトアイ!敵連合は任せた!!残りの脳無どもは俺たちが!!」

 「…ああ、分かった!ミリオ、死柄木の拘束を!」

 「はい!!」

 

 気絶したままの死柄木の動きを有り合わせのもので封じつつ、地下に降りてコンプレスとマグネの捕縛に向かうナイトアイたち。千雨は死柄木に目を向け…すぐに視線を切る。

 

 最善は間違いなくここで死柄木の命を絶ってしまうことだと思いながらも、状況が状況だけに実行には移せなかった。

 

 

 

 ────あるいはその判断が、過ちだったのか。

 

 

 

 「────!!」

 

 周囲に飛ばしていた塵から、超高速で接近する何かを感知した千雨。AFOか、と一気に警戒を高めた千雨の目の前に現れたのは…

 

 「ヮラ」

 「!?な……!?」

 

 少し前に出久に吹き飛ばされ、たった今この場に舞い戻った女性型脳無。他と様子の違うその脳無を見て、千雨は冷や汗を流す。

 

 「(何だコイツは!?『ウーマン』じゃない……けど動きからして確実に『ハイエンド』以上だ!!!とにかく始末を…!!)」

 

 考えながら女性型脳無を塵にしようと飛び出すが、相手の動きの方が数手早かった。

 

 「ラァァ!」

 「くあッ……か、ぜ…!?これは……!!!」

 

 先ほどまでは見せていなかった暴風を巻き起こす個性を起動した女性型脳無。明らかに千雨の存在を認識しての行動だった。

 

 「まずい!!さっきのが戻って来たぞ!!」

 「た、台風か!?こんなものさっきまでは…!!」

 

 風に煽られ、拘束されたままの死柄木が木の葉のように飛んでいく。それを追った女性型脳無の暴風が一瞬止むが…そのごく短い時間では塵の制御を取り戻すことが叶わない。

 

 「………ク、ソ………ッ!!!!」

 

 飛ばされた死柄木を空中でキャッチし、暴風を再起動して逃走を始めてしまった女性型脳無。

 

 千雨ではもう、追いつくことは出来なかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 一連の騒動では、奇跡的にヒーローと一般市民に死者は出なかった。周辺住宅は跡形も無くなってしまったものも少なくないが、多くの人命が守られたことは不幸中の幸いと言ってよかった。

 一方で敵連合は死柄木と新顔の女性型脳無には逃げられてしまったものの、コンプレスとマグネは無事逮捕。キュレートスも倒し、戦力を削ることが出来たのは間違いなかった。

 

 「そう、か…逃げられてしまったか」

 「ごめん。……私が手を下すべきだった」

 「いや…貴女が気に病むことじゃない」

 「そうですよ。それに、元はと言えば女脳無を完全に倒しておかなかった僕のせいで……」

 「ううん、それも違うよ。あの脳無は俺と治崎さんの2人がかりでも相当梃子摺った…今回は相手が一枚上手だったってことだと思うよ」

 

 そうして完全に朝日が昇った頃。気絶したのち微熱を出した壊理ちゃんが搬送された病院にて、千雨たちはお互いに反省と擁護を繰り返していた。

 

 「4人とも、その辺りで」

 「こっちはこっちで本題に入りましょう!」

 

 彼らを諌めたのは、センチピーダーとバブルガール。避難誘導中に合流し、その後帰還した2人は、解決しきっていない問題を俎上に載せる。

 

 「…壊理ちゃんのことか」

 「はい。このまま八斎會に壊理ちゃんを預けたままにしておくことは…やはり、非常に厳しいと思います」

 「いつまた狙われるかも、分かりませんからね…」

 

 今回のことで、壊理ちゃんをヴィランが接触し易い場所に置き続けるのは非常に危険だと言わざるを得なくなってしまった。最悪の場合、性懲りも無く死柄木が再来するということも考えられる。

 彼女の安全を思えば、八斎會という場所はお世辞にも相応しいとは言えないのだ。

 

 「…って訳だけど、どう思うんだい廻くん」

 「!」

 

 すると、千雨はその会話を受けてその場に居ない筈の治崎に話しかける。少しして…彼は曲がり角の向こうから姿を見せた。

 

 「治崎さん…」

 「……聞いておられましたか」

 

 出久たちが気まずいといった顔を示す中、治崎は口を開く。

 

 「…俺は……構わない。俺1人ではあの子を守りきれなかった。壊理も環境が変われば最初は戸惑うだろうが……すぐに慣れるだろう。あの子は、賢い子だからな」

 

 俯き、自らの力不足を理由に壊理を手放すことを容認する治崎。彼のそんな様子に、千雨は反論を返した。

 

 「どうだろうね………壊理ちゃんの心の支えは、君だ。きっと君自身が思うよりもずっとあの子は廻くんに心を許してる。精神の不均衡は個性の暴走の頻度も高めるだろう。壊理ちゃんにはまだ…君が必要だと思うよ」

 「……だが、八斎會に居たままじゃあの子が危ない。もう俺が付いていてやることは…」

 「出来るさ」

 

 諦めの言葉を吐き出す治崎に、千雨は1つの提案をする。

 

 「壊理ちゃんと一緒に来るといい。妥当なのは、雄英とかかな」

 「雄英……」

 「それは、ダメだ」

 

 しかし、治崎はその提案を即座に却下する。

 

 「俺は、壊理が大事だ。だがな、それと同じだけオヤジのことも大事なんだ。拾ってもらった恩を、返せてない……八斎會を去ることは、出来ない」

 

 そう言って黙り込んだ治崎。だが、またしても曲がり角から現れた人物が彼に小さく喝を入れる。

 

 「馬鹿野郎」

 「!?……オヤ、ジ…!」

 

 生き残りの組員たちと共に念の為に病院で検査された、死穢八斎會組長。そのまま治崎に近付きながら、彼は言葉を繋ぐ。

 

 「おめェに頼んだのは、あの子を…壊理を見ててやってくれってことだったろうが。組に居座れとは一言も言ってねえ」

 「そ、それじゃあダメなんだ!!俺、まだアンタに何も…」

 「なァ、治崎。………事務所はめちゃくちゃになっちまったし、組員たちもボロボロ。どのみち八斎會はもうお仕舞いだ。この辺りが、潮時なのさ」

 「そんな…!」

 

 治崎は自らの恩人が腹を括ったように話すのを聞いて動揺を抑えられない。組長は、穏やかな眼差しのまま彼に自分の心を伝えた。

 

 「だからよ…壊理と一緒に行ってくれや。そんでもっていつかまた……暇になったら帰って来い。今までありがとうよ、治崎」

 「……オヤジ」

 

 膝を突き、呆然と涙を流す治崎。対して組長は、ゆっくりと踵を返してその場を離れて行く。その後ろ姿に、絞り出すように治崎は声をかけた。

 

 

 「………オヤジ…!!ありがとう、ありがとうな、オヤジ……!!俺を…拾ってくれて…!!!いつか必ず、戻るから……待っててくれ…!!」

 「…おう」

 

 

 決して正道ならざれど、彼らの道は確かに前へと続いていくだろう。



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事件の終わり、インターンの終わり

 

 その後、千雨の働きかけなどもあり、壊理と治崎は雄英高校に所属することになった。前者は一時的な保護という名目、後者は用務員という名目になっている。

 

 「なんだか……凄く長かったように思えました」

 「…そうだね。少し色々と起きすぎたよね」

 

 ナイトアイ事務所で会話を交わすインターン生2人。あれからもインターンは続き、本日が出久のインターン終了期日であった。

 

 「でも、インターンでのことはちゃんと緑谷くんの成長の糧になったと思うよ。来たばっかりの時よりずっと頼もしくなった」

 「……ナイトアイにも、そう思ってもらえてるんでしょうか」

 「それは今から分かるってもんだよね。さあ、行っておいで」

 「…はい。通形先輩、ありがとうございました」

 

 ミリオに礼を述べ、出久が向かうのはナイトアイ事務所の一室。インターンの最初にナイトアイと出会った、あの場所だ。

 

 「デクです」

 「入れ」

 

 許可を得て部屋に入る。当たり前というべきか、中にいたのはナイトアイ1人だった。

 

 「まずは、インターンご苦労だったと言っておこうか。期間中、お前はしっかりと自分に出来ることをやった。自分がすべきこともした。ヒーローとしては、十分及第点と言える働きだったぞ」

 「…はい。ありがとうございます」

 

 出久の活動を評価するナイトアイ。そのことはもちろん嬉しい出久だが、真に知りたいのはもう1つの評価の方だった。

 

 「………そして。OFAの継承者としての、評価だが……。…正直な所、まだお前以上の適任が居るのではないかと思うこともある。それでも……相応しいかどうかというのであれば、相応しいと言うべきなのだろう」

 「!!」

 「あの日壊理ちゃんを守り、キュレートスを打ち破ったお前の姿…今も鮮明に思い出せる。あれ程に眩い光こそが、私がオールマイトの後継者に…これからの象徴に求めたものだった」

 

 ナイトアイは、既に出久のことを認めていた。未来を覆す姿こそ見られなかったものの、あるいはキュレートスとの戦いにて知らぬ間にそうなっていたのかもしれない。最早確認する術はないが、彼の中にあった出久が後継者であることへの異存は綺麗さっぱり無くなっていた。

 

 「お前は…確かに私を認めさせた。そのことを頭に入れて、これからも励め。期待している」

 「……はい!!ありがとうございました!!」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「そうですか……コンプレスたちは喋りませんか」

 『ああ。彼ら、思っていたより強情らしい。死柄木のことも随分と買っているようだ』

 「まあ、仕方ないでしょう。どのみち死柄木はもう元の場所には居ないと思いますし」

 

 一方で千雨はオールマイトと共に死柄木の動向を探っている所だった。連合は連合で仲間意識があるらしく、捕らえた2人はアジトの場所を話す素振りを見せないでいる。

 

 「こっちが割り出した脳無工場も全部引き払われてしまいました。完全に手詰まりです」

 『……ダスト。ところで、なんだが…2人は死柄木の居場所は話さなかった。けどね、コンプレスの方がちょっと気になることを話していたみたいだ』

 「気になること…?」

 

 相手の発見に役立つ情報ではないようだが、得るだけ得ておきたいとオールマイトの声に耳を傾ける千雨。

 

 『ああ。────「死柄木は弱くなってる」。そう言ったと聞いているよ』

 「……どういう意味でしょうか?」

 『いや…私にはよく分からない。けど確かに、USJで奴と戦った時には脅威を感じた程だったというのに、林間合宿の時や今回は大して目立っていないというのは不自然だ。弱くなっているというのは、そういうことじゃないかな……何か君の記憶に思い当たる節は無いのかい?』

 「………いえ、特には…」

 『そうか…まあとにかく、何か分かったらまた連絡するよ。それじゃ!』

 「はい。お願いします」

 

 千雨にもよく分からない死柄木の弱体化。不気味な感覚を味わいつつも、彼女は自分なりの推測を組み立てていく。

 

 「(強くなるというのならまだ分かるけど…弱くなるとはね。成程、USJでオールマイトを捌く程の実力がありながら転弧くんと当時の美智榴ちゃんに追い詰められたのはそういうことか。可能性としては────既にAFOそのものを移植されてて、定着しきっていないという説。マスターピース手術の失敗という説。そして、個性による何らかの反動という説。このぐらいしか思い浮かばないな……。2つ目はまず無い。キュレートスとあの女脳無は別として、碌な脳無を生み出せない今のAFOがマスターピースを作ることなんて出来る訳がない。それなのに手を出す程向こうも馬鹿じゃないだろう。1つ目も考えにくい…AFOの複製は私が多分塵にしてしまった筈だ。1つしかない自分の個性を継承するには死柄木ではまだまだ未熟すぎる)」

 

 どうにか知恵を絞って納得のいく理由を考える千雨。しかしながら、事態は既に動き出していた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「先生…!!どうしてこんなことになるんだ…!!?全部あんたの言う通りにした!!あんたの助けに従った!!なのに全く上手く行かねぇじゃねえか…!!!」

 「葬。心配は要らないよ?僕の目的はちゃぁんと達成された。君を次の支配者に育てるという目的は、ようやく一区切りついたのさ」

 「…何だって……?本当かよ?俺自身は全然そんな気しねえけどな」

 

 日本の何処か。死柄木はAFOに随分な態度で接している。対してAFOはあくまでも余裕があるといった様子だ。

 

 「大丈夫さ…今の君になら、力を授けてやれる。この世界を全部ひっくり返すことだって出来る程の、とっておきだよ」

 「……!」

 

 死柄木に力の譲渡を仄めかし、笑みを深めるAFO。当然死柄木も千載一遇のチャンスに飛びつかずにはいられない。

 

 「嘘じゃねえよな?これでショボい個性でも渡してきた日にゃあんたを軽蔑するぜ?」

 「ふふふ、安心するといい。きっと…気に入るからね」

 

 死柄木の頭に掌を置き、個性の譲渡を始めるAFO。終始態度とは裏腹に自分を信用しきっている彼に、AFOは愛しさすら覚えていた。

 

 「(葬……本当に、君を選んで良かった。()()()()()()、間違いなくこの計画はご破算だったよ。ありがとう、僕を信じて来てくれて。ありがとう、ずっと師の言うことを聞き続けてくれて。おかげで僕は────)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の僕になれる。



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補足の補講

 

 その日、久々に日常を堪能していた千雨の元に、1本の電話が掛かってきた。番号を見てうんざりとした顔をしながら、出ない訳にもいかないと通話を開始する。

 

 「……どうも。お仕事ご苦労様です」

 『いえいえ、そっちこそご苦労様。林間合宿から随分忙しかったみたいね。貴女の活躍ぶり、耳に入ってきてるわ』

 「…用件は?」

 『もちろん、公安に来ないかしらって話よ。ホークスもきっと貴女と一緒に働けるなら喜ぶと思うの』

 

 電話相手は、公安の人物。断り続けて20年近くにもなり、ホークスという優秀な人材を確保したにも関わらず、未だにこうして定期的に勧誘を試みて来るのである。

 

 「……そろそろ諦めませんか?公安のヒーローは啓悟くんが居ればそれで十分だと思いますがね」

 『そんなことないわ。貴女の力は必要よ?私たちに、何よりこの社会に』

 「今の形でも問題ないと言っているんですよ。そういうのは、私の好みじゃない」

 『冷たいのねぇ……一応貴女の活動を保証してるのはウチなんだけれど』

 

 相手の発言を聞いて、千雨はその不用意を咎める。

 

 「────やめておいた方がいいですよ。公安が脅し紛いのことなんてするもんじゃあない……特に電話なんていうのは相応に盗み聞かれるリスクもついて回りますから」

 『あら。それもそうね…とはいえ、そろそろ恩返しの1つぐらいはしてくれてもいいんじゃない?』

 「何をお望みで?」

 

 そんな彼女の質問に対しての局員の回答は、少々意外な話題についてのことだった。

 

 『実は、今年の仮免試験の補講でね…ちょっとませてて荒っぽい小学生の子たちを更生させようってことになったみたいなんだけど、それに対応する生徒も凄く荒っぽいそうでね。その子1人に更生させるのはちょっと荷が重いってことで、ギャングオルカが人員の融通をお願いしてきたのよ』

 「……成程」

 

 そういえば雄英1-Aで仮免許を取得出来なかったのは爆豪だけだったらしいな、と千雨は考えながら、「原作」での補講の内容を思い出す。

 

 「それで良い人選が難しいから私が推薦した人物を、ということですね?」

 『まあ、大体そんな所よ。後輩で良さそうな子たち、居ないかしら?最悪仮免許取得済みの子でも構わないわ』

 「…雄英から轟焦凍。士傑から夜嵐イナサと現見ケミィ。この3人をギャングオルカに紹介してやって下さい。彼らもすごく素直な子たちですし、後は上手くやる筈です………折角合格したでしょうに、公欠にさせてしまうのは申し訳が立ちませんが」

 『…………凄いわね。皆優秀な成績で試験を突破した子たちじゃない……別部署の私でも名前ぐらいは聞いたことあるけれど、よくパッと出てくるわね?それに、士傑の方までマークしてるなんて』

 「…まあ、色々あるんですよ」

 

 局員の注文に応えつつ、彼女の疑問を曖昧に誤魔化す千雨。そのまま手早く電話を切り上げたが、少しだけ不安になった千雨は補講当日に念のためその様子を見に行くことにしたのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 それから少し日をおいて。

 

 結局補講の内容に大きな変化はなく、4人とも見事に小学生たちの心を開いてみせたようだ。爆豪と轟の付き添いで来ていたオールマイト、更に授業参観気分でそこにいるエンデヴァーを合わせ、トップ3のヒーローたちが集結している光景はまさしく圧巻だった。

 

 「焦凍ォォォオ!!実に素晴らしい手並みだった!!お前はきっと良い父になる!!」

 「気が早ェ」

 

 「オイ、オールマイト。……あと、粉。面貸せ」

 「!……マイク、済まない。少し待っていてくれるかい」

 「ラジャ!」

 「粉て。せめて塵にしておくれよ」

 「やかましィ!!」

 

 轟がエンデヴァーと話している隙に、爆豪はオールマイトと千雨を呼びつける。オールマイトは少々心当たりがあるのか僅かに動揺を示し、千雨も能天気に突っ込みつつも話の内容は何となく予想出来ていた。

 

 

 

 「…なあ。アンタら、デクの個性のことで何か知ってんだろ?」

 「!!」

 

 露骨に表情を硬くするオールマイト。その反応を見て、爆豪は続ける。

 

 「やっぱりな…今ので確信したぜ。アンタら2人、特にオールマイトが…アイツの個性がいきなり生えてきたことに深く関わってやがるってことをよ」

 「ダメじゃないかオールマイト。隠すのが下手だよ」

 「最初に疑ったのはテメェからだ粉。体育祭終わってからやたら親しげにデクに話しかけてたろ」

 「………」

 「ついでにこれで隠し事があるってのも完全に確定したしなァ」

 「……………」

 

 爆豪の言葉を受け、恥ずかしさのあまり風に乗って消えてしまいたくなる千雨。もちろん、そういう訳にはいかないのだが。

 

 「…んんっ。まあ、真面目な話をすると私は2人の事情を知ってるってだけで、個性についてはどっちかというと関係ないからさ……その辺りはオールマイト次第だよ」

 「…だそうだ、オールマイト」

 「……ごめんな、爆豪少年。君には…話しにくいことなんだ」

 「……そっか。アンタが言いたくねえならいいわ。ありがとよ」

 

 2人の横を通り、轟たちの方へ戻っていく爆豪。彼の背を見ながら、オールマイトは千雨に問いかける。

 

 「……彼は本来も?」

 「そうですね。全ての秘密が露呈したのは、出久くんからでしたが」

 「な…では、彼は…!!」

 「ええ、出久くんを問い詰めると思いますよ…何らかの方法でね」

 「と、止めないと────」

 

 狼狽えるオールマイトに、千雨は彼を宥めつつ話す。

 

 「放っておいてあげてもいいと思いますよ?これはOFAのこと以上に、あの2人の問題でもあります。彼らが過去を乗り越えて前に進むために……少しだけ、好きにさせてやらないと。もしそれでバレるなら、その時はその時です」

 「……そう、だろうか」

 「どうしても止めたいのであれば、構いませんよ。どちらも貴方の選択ですし、どちらかが致命的な選択ということもないでしょう。ただちょっぴり、爆豪くんと出久くんの関係性が変わるかもしれないというだけですから」

 「……」

 

 オールマイトは、少し悩むような素振りを見せていたが…すぐにかぶりを振り、踵を返して皆の元へと戻っていく。千雨も後を追ったが、彼が爆豪に何かを言っているということはなかった。

 

 「(しかし、そうか……爆豪くんの誘拐も神野の事件も無かったせいで、彼が勘づくのが遅れたんだね。雄英が寮制度になっていないし、出久くんに決闘を申し込むようなこともしないだろう。………ただ、そうなると文化祭での出久くんの動きも変わってきそうだ。今気付けて良かったね…どうにかしなきゃいけないなあ)」



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文化祭

 

 「成程…!!心を落ち着けて、あくまで冷静に、ですか…!!」

 「うん、そうだね。感情に呼応して歴代継承者の個性は力を増す。昂った気持ちはそのまま破壊の嵐になりかねない…万が一暴走した時にも、慌てずに無心になろう。焦りは余計に暴走を助長してしまうからさ」

 

 出久にこの先のOFAの扱いについて教授する千雨。出久は自らの左手にビニール袋を持ったまま熱心に聞き入り、それを自分の糧にしようと努めている。しかし一方の千雨には、実の所少々別の思惑があったのである。

 

 「(もうじき8時半………『原作』でもロープの購入だけならそう時間はかかっていなかったみたいだね。助かった)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 事は少し前に遡る。

 

 「うーん…寮生活じゃない分文化祭の練習は進みが悪くなるんだろうけど……A組の皆ならちゃんと開催までには間に合わせるか。むしろ危惧すべきなのはそもそもバンドをやるのかどうか……いや、そこは問題ないか。壊理ちゃんにあげるりんご飴を作るための材料は確実に当日の朝に買うことになる筈だから、ロープを前日のうちに買ってしまうかそもそも必要ない出し物になるようならそこで足止めを…待てよ?壊理ちゃんは…確かまだ経過観察中だ、大丈夫。あれからかなり廻くんに懐いたようだけど、きっと出久くんとミリオくんにも会いたがるだろう。2人とも事件の時はあの子の側ですっごく頑張ったらしいし……」

 

 千雨は夜な夜な自宅で出久がよくやるようにブツブツと何事かを呟きながら、己の考えと方針をまとめていく。

 

 「(ジェントルとラブラバは、あそこで出久くんに止められるのがある意味では最良だろう。そのために少し手を加える必要がありそうだけど…練習の様子とか、一応覗いておくかな)」

 

 

 

 そうして日を経ていく中で、千雨は「原作」との差異を確認し、その都度対応の必要性を考慮しながら、当日の動きを計画していった。無事A組の出し物はバンドに決まり、出久とミリオも壊理との面会に呼ばれたことから、大筋に変化は無さそうだった。

 

 「(最大の懸念は出久くんの成長の差異……フルカウル20%、瞬間最大出力40%。発目ちゃんのサポートアイテムがどうなるか…まあ、彼女の才能を信じるしかないね)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ということで、文化祭当日。発目のサポートアイテムはしっかり出久の成長に合わせた性能で彼の手に渡り、原作通りの時間まで試運転と調整を行ったようだった。前日の段階でホームセンターにてロープは買ってしまっていたため、その分の時間稼ぎは行うことになったが。

 

 「やあ、出久くん」

 「あ…!ダスト!おはようございます!こんな所で何を…?」

 「ちょっと雄英の文化祭を見に来たのさ。少しばかり早い時間だけどね」

 「成程、そうだったんですか」

 

 偶然を装って出久をいい感じの所で立ち止まらせた千雨は、そのまま彼に助言をしつつ更に時間を稼ぐ。

 

 「ところで、OFAの調子はどうだい?まだ歴代の個性は発現していないかな?」

 「はい、それはまだ…でも、面白いことを思いついたんです!これ、サポートアイテムなんですけど、指を弾いた時に生じる風圧に指向性を持たせて…」

 

 その後も色々と会話を交わしつつ、冒頭へ戻る。

 

 「あぁ!忘れてた、大事な用があるんだった!ごめんね出久くん、話に付き合わせちゃって!文化祭、頑張ってね!」

 「え!?は、はい!ありがとうございました!」

 

 そう言ってすぐにその場を離脱した千雨は、丁度喫茶店から出てきた人物…ジェントル・クリミナルとラブラバが出久と接触したのを確認する。

 

 「(よし…後は『原作』通りに行くだろう。………ごめんね、ジェントル、ラブラバ。2人を見逃し続けたのは、私のエゴだ。どうか君たちにも明るい未来が待っていることを祈るよ)」

 

 

 

 ────ジェントルとラブラバは、出久に敗れた。彼らが辿る未来は、千雨にもまだ分からない。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「見ろ、壊理。始まるぞ」

 「う、うん」

 

 雄英文化祭の開幕より1時間。体育館ステージでは、ゲストとして招かれている壊理と治崎が1-Aの出し物を観覧する所だった。

 

 「いくぞコラァアア!!」

 

 爆豪のシャウトと共に始まった1-Aによる「Aバンド」。それぞれが懸命に練習したのであろうことを感じさせる完成度の高い演奏に加え、各々の個性を活かしたパフォーマンスは、見るもの聞くものを引き込ませる。一部そうでない者も居るようだったが……サビに入ると、そんな彼らですら圧倒される程のサプライズが飛び出した。

 

 「これは…凄い、な」

 「…!」

 

 体育館全体に架かる氷の橋から、A組の面々が実に色とりどりの演出を披露する。ヒーロー科に隔意を持っていた生徒たちも、後ろで観ていたイレイザーも、そして…壊理も。この演出に、目を丸くして────

 

 

 

 「わあぁ!!」

 「(────壊理が…笑った)」

 

 彼女を抱き抱える治崎が、その光景を見て感嘆を覚える。

 

 「(そうか……お前は今日、ようやく………自分を赦してやれたんだな)」

 

 静かに涙を流し、小さく呟いた。

 

 「ありがとな……ヒーロー」



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新年明けまして

 

 「オールマイト。出久くん、『覚醒』しましたか?」

 『ああ。最初は寝ている時に暴発する形だったそうだが、本格的に使えるようになったのはこの間のB組との合同演習の時からだね。突然様子がおかしくなったから心底驚いた……すぐに制御出来る様になっていたから良かったけれど。君がアドバイスしておいてくれたんだろ?』

 「まあ、そうですね。役に立てたようで何よりです」

 

 年が明けて。出久の2度目のインターンが始まったこの機会に、千雨は最終確認をとっていた。

 

 『OFAの覚醒するタイミングと発現する個性は、君の記憶通りだったのかい?』

 「はい。A組とB組の合同演習の際に、5代目『万縄大悟郎』さんの『黒鞭』が完全に発現。それ以前の暴発…初代との邂逅も記憶通りです。出久くんの成長速度は本来よりも相当速いので、どうやら鍵となるのは継承されてきた歳月だったようですね」

 

 オールマイトたちには、既に歴代継承者の名前やおおよその経歴などを伝えてある。特にそれで何かが大きく変わるということもないだろうが、共有すべきだと考えた上での行動だった。

 

 『ふむ……ちなみに、敵連合の方は本来ならここからどう動く筈だったんだい?』

 「………連合はデストロのシンパ『異能解放軍』と接触、紆余曲折あってこれを併合。さらにギガントマキアを従え、死柄木弔は殻木によってマスターピース適合手術を受けます。そして4ヶ月後、『超常解放戦線』と名を変えた彼らによって日本は壊滅状態に追いやられ、タルタロスに幽閉されていたAFOも他の凶悪ヴィランと共に脱獄。死柄木までもAFOの意識を宿し、それはもうとんでもないことになっていましたね」

 『…オーマイガー……言葉が出ないな』

 

 千雨の答えにショックを隠せないオールマイト。彼自身、それ程までに凄まじい悪夢が待ち受けているとは文字通り夢にも思わなかったようだ。

 

 「対して現在、連合は残るは死柄木葬ただ1人。異能解放軍も……昔ちょっと釘を刺しておいた甲斐もあってか、特に怪しい動きは無いようです。殻木もギガントマキアも居ない今、AFOが使える強力な手駒はもう残っていないでしょう。唯一警戒すべきなのは、以前現れた女脳無ですが…オールマイトなら決して勝てない相手ではないと思います」

 『……改めて、君が居てくれて、君がヒーローであってくれて本当に良かった。ここまでAFOを追い詰められたのは、奇跡という他ない。ただ、変化が大きすぎて奴の次の動きが予測出来ないね』

 「AFOが記憶程の後遺症を残していなかったのも少し怖いですね。本来なら人工呼吸器をつけていた筈ですが、合宿で見た限りそれはなかった。もちろんその分貴方がまだまだ戦えるという点で釣り合いは取れていますが」

 

 「原作」との乖離を今一度確かめながら、千雨はAFOの行動を推測する。

 

 「……可能性として、AFOが海外に逃走してしまうということは十分あり得ると思います。()()()()()()()()()()()()()。もう奴がこの国に留まった所で、逆転の芽はまず無い筈なんです。OFAの奪取が目的とはいえ、この状況で国内での潜伏に拘泥するとはとても……」

 『…うん。そうだね……その可能性は確かに高い。…本来事が起こる筈だった4ヶ月後まで何の音沙汰も無ければ、全世界のヒーローたちに警戒と捜索を促すよう政府に掛け合ってみるよ』

 「…………流石のスケールですね、ナンバー1。とても真似できませんよ」

 

 AFOの包囲網を世界中にまで広げると事も無げに言ってのけるオールマイトに驚嘆の意を表する千雨。その後もいくつかお互いに確認を行いながら、その他の可能性も模索する2人。

 

 決戦の時は近いと……漠然とした確信が、彼らにはあった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「学校で培った物を…この最高の環境で、体になじませろ」

 「最高はオールマイトだろが」

 「…実はオールマイトは教えるのが下手だ」

 「知ってらァ!」

 「か、かっちゃん…」

 

 出久が今回インターンに来ていたのは、エンデヴァー事務所。轟、そしてついに仮免を取得した爆豪と共に、ナンバー2の元で更なる成長を目指している真っ最中だ。

 

 「とにかく!安心して失敗しろ。お前たちの失敗など、このエンデヴァーがいくらでもカバーしてやろう!」

 「はい!」

 

 ナイトアイ事務所でのもの以上に鮮烈で目まぐるしい活動。3人は己の限界を急激に超えていく感覚を味わいながら、日々エンデヴァーを追い越すつもりでインターンに励む。

 同時にエンデヴァーも、少年たちがめきめきと頭角を顕していく様子に次世代への心強さを感じていた。

 

 

 

 そして、1週間後。

 

 『あ、もしもしお父さん?今焦凍とお仕事してるんだって?お友達も一緒らしいじゃない!何で教えてくれないの!?お母さんも話聞いてからずっとソワソワしっぱなしでさー…ふふふ、もう面白いぐらいなの!ねえねえ、今日よかったら皆も連れて来てよ!2人でお夕飯、ふんぱつしちゃうから!』




エンディングは居ません。千雨が鷹見父をさっさと捕まえてしまったので。


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GOトーヤ


※一部燈矢視点


 

 炎が収まらない。どんどん熱くなって…俺の身体が焼け焦げていく。

 

 なあ、見てくれよ父さん。俺はこんなにも────

 

 「あっつい…!!全然役に立たないじゃないかドライアイス!!!おい、頼む!!!返事してくれ燈矢くん!!!」

 「────え?」

 「!!良し、OK!!!ほらこれ、冷たいけど…いや痛いけど我慢してくれよ!!!」

 

 ────何だよ、コイツ。どっから来た?

 

 やめろ。俺の炎がンなもんで消えるかよ。父さんだって敵わない、最高の力だ。

 

 「ああもう!!!なあ、おい!!!止めてくれ、この火!!!死にたかないだろ!!?」

 「……別、に…」

 

 構わねえよ。丁度生きてる意味が分かんなくなってきてたとこだ。…そら、意識も、薄れて────

 

 「!?……き、消えた…!?………いや、これは…酸素が無くなって…!そうか、『原作』でもこうして生き延びて────」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 結論から言えば、俺は死ななかった。

 

 「…ん…?……俺、何で」

 「何でも何も無いよ。危うく私まで死ぬとこだ…。とりあえず、ありがとうとごめんなさいぐらいは言ってくれよな」

 「…誰も救けてくれなんて」

 「言ってたよ。君のお父さんがいい歳して泣き喚きながらさ」

 「……父さんが…?」

 

 さっさと俺を見限った筈の親父は、存外家族の情はあったらしい。ガキってのは素直なもんで、9割方イカレてた俺の頭はその言葉で何とかまともな方に引き返せた。

 

 「…つか、お前誰だよ」

 「別に知らなくていいよ。それに、名前聞くより私の火傷を心配して欲しいね」

 「……お前が飛び込んで来たのが悪い。第一火傷は俺もしてる」

 「酷いなぁ。そんなんじゃヒーローにはなれっこないね」

 「はぁ…?何でそんな…」

 「いやいや。ヒーローは強いだけでなれる訳ないだろう?他人を思いやる気持ちが何よりも大切なのさ」

 

 きつい冗談だと思った。俺にとってのヒーローってのは、親父みてえに家族すらも利用する人間のことだったから。

 

 「…父さんはそんな気持ち持ってない」

 「さて、どうかな………今回、君は逆の立場ならお父さんのために泣き喚けたかい?」

 「……」

 「ほーらね」

 「お前…!!さっきから俺のこと馬鹿にしてんのか…!?その気になれば俺の炎で…」

 「そんなことしたら落っこちて君も死ぬけどね」

 「は……うわ!!?と、飛んでる!!」

 「遅すぎない?」

 

 見れば、足元には今も燃え続ける山があった。背負われてることに意識が向いてたせいで、視点の高さには中々気付けなかった。

 

 「………今だってすぐに人に手を出そうとしたろ?君、根本的にヒーローに向いてないと思うよ」

 「…五月蝿い。もう誰に何と言われても俺は……がッ!?」

 

 飛んできたのは後頭部の頭突き。額に入ったそれは、今までのどんな火傷よりも痛みの余韻を残した。

 

 「ヒーローになってどうしたいんだい?どうせお父さんに見て欲しいとかそれだけだろう?………君には君の価値がある。ヒーロー以外にも、いくらでも道は転がってるよ」

 「…お前に俺の何が分かるんだ」

 「君の事なんて何も分からないよ。だって君自身にも分かってないんだから」

 「……はあ?」

 「『エンデヴァーの息子』『ヒーローの卵』。そうやって自分のことを限定しすぎだよ。もっと他にも色々あるだろう。まだまだ子供なんだから達観したような事言うのはやめな」

 

 似たような台詞は、腐る程聞いていた筈だった。けれど、頭突きの余韻で揺れた俺の頭には、やけに深く突き刺さった。

 

 「ほら、お父さんたちが見えて来たよ。まずは仲直りするんだ。全面的に悪いのはまあ向こうかもしれないけど、君も迷惑かけたのは間違いないからね」

 「…チッ。分かったよ…だからとっとと降ろせ」

 「ここから?」

 「ば、馬鹿か!?ンな訳無えだろうが!!?」

 「あはは、はいはい。……もう、死にたくはなくなったかな?」

 「……知るか」

 

 今もあの日の記憶は、全身の火傷と共に俺という人間に焼き付いている。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「何でだ!!!」

 「姉さんが飯食べにこいって」

 

 轟家前。エンデヴァー事務所にインターンに来ていた出久たちは、轟の家族に誘われて夕食に同席することとなった。

 

 「忙しい中お越し下さってありがとうございます!初めまして、焦凍がお世話になっております!姉の冬美です!」

 「母の冷です。今日は皆、ゆっくりしていって頂戴ね」

 

 玄関で彼らを出迎えたのは、轟母「冷」と轟姉「冬美」。またそれに加えて靴を見た轟が、姉たちに確認する。

 

 「夏兄と燈矢兄も来てるんだ」

 「ええ、冬美が呼んだの」

 「家族で焦凍たちの話ききたくて」

 

 「燈矢兄…ってことは、ひょっとして…!!」

 「…ああ、まあな」

 

 彼らの会話の中に出てきた人物の名前に反応する出久。轟自身も何かしらの心当たりがあるのか、気まずそうにしながらそれに応じる。

 

 

 

 そして、タイミング良くと言うべきか…話題に上がった人物が登場した。

 

 

 

 「よぉ良く来たなァ焦凍のお友達諸君!!!今夜は我が家で俺と踊ろうぜ!!!」

 「わあああー!!!超有名動画配信者『GOトーヤ』!!!本物だああ!!!本当にエンデヴァーの息子さんだったあああ!!!」

 「……誰だ」

 「俺の兄貴だ」

 

 轟燈矢…職業、動画配信者。チャンネル名は、「GOトーヤ【エンデヴァーの息子】」。



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極楽浄土の轟くん家


読み返したとき、燈矢の事故は原作開始の10年程前だったと気付いたので昼にその辺りの整合性を取るような修正を行いました。具体的に言うと序盤の辺りです(抽象的)


 

 「オイオイ!シケた面してんなァ焦凍!お隣のトゲトゲ君は俺のこと知らねえみてぇだな!!ンじゃまあ自己紹介しとくか!!」

 

 大きなサングラスをかけ、かなりのハイテンションで姿を見せた燈矢への反応はそれぞれ。目を輝かせる出久に対し轟は真顔、爆豪に至っては既に不機嫌そうな顔になってきている。

 

 「俺が!!」

 「…」

 

 「俺こそが!!」

 「…」

 

 「チャンネル登録者数500万人越えの伝説級の配信者にして!!ついでにかのナンバー2ヒーロー『エンデヴァー』の長男!!!GOトーヤだ!!!」

 「うむ。良い挨拶だ燈矢」

 「す、凄い…!オールマイトとはまた違うオーラが…!」

 

 大仰に身振り手振りを伴いながら自己紹介を済ませる燈矢。だが、まともに返事を返したのはエンデヴァーと出久だけ。轟はするりと流して和式の居間へ向かい、爆豪は素早く検索をかけて揚げ足を取る。

 

 「何処がついでだ……チャンネル名でガッツリ【エンデヴァーの息子】つってんじゃねえか」

 「使える肩書きは使うまでだぜ!」

 「………しかも大半のコメントにエンデヴァーが返信してやがる……何度も言うが、キチィな」

 「何を言う!パトロールの一環のようなものだ!」

 

 そんなやり取りをしつつ轟の後に続いて居間に足を運ぶ一同。夕食会は、まだ始まってすらいなかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「食べられないものあったら無理しないでね」

 「どれもめちゃくちゃ美味しいです!この竜田揚げ、味がしっかり染み込んでるのに衣はザクザクで仕込みの丁寧さに舌が歓喜の鼓を」

 「飯まで分析すんな!!!てめーの喋りで麻婆の味がおちる!!!」

 「そう、良かった!」

 「ふふ……面白い子たちね、焦凍」

 「…おう」

 

 食レポじみた出久の感想に辟易する爆豪、彼らの様子に笑みを溢す冷。賑やかな会話は、続いて轟家の男衆がバトンを担う。

 

 「そらそうだよ。お手伝いさんが引退してから姉ちゃんがお母さんと一緒に作ってたんだから」

 「夏くんもたまに作ってたろ!?謙遜すんなって!」

 「謙遜はしてないよ燈矢兄…それに、俺のは味濃くなりがちだったし」

 「…そっか。味が変わることがあったのはそれでだったのか」

 「うむ。だが、俺はそれぞれの良さがあっていいと思うぞ」

 「ホラな!父さんもこう言ってるじゃねえか!」

 「う、うん」

 

 夏雄は照れ臭さを隠すように料理を口に詰め込み始めた。それを受けて、燈矢は話し相手を出久たちに変える。

 

 「それでそれで?緑谷くんたちって、何がきっかけで焦凍と友達になったワケよ?」

 「あ、はい!その、最初はただ凄いなと思って傍観してるだけだったというか、そんな感じで!……でも、負けられないとも思ったんです…轟くんが真っ直ぐにヒーローを目指してるのを見て。決定的だったのは、体育祭……中々表情を変えない轟くんが、僕を見て『凄い』って笑ったんです。結局僕は、勝てなかったけど…それからはよく、話すこととかも増えました」

 「…別に友達ですとは一言も言ってねえ」

 「………ナルホド。…ありがとな、お二人さん」

 「…?は、はい」

 「…」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 夕食後。食器類の片付けを手伝っていた出久は、おおよそを運び終えた所で燈矢が屋敷の誰も居ない方へ歩いていくのを見かけた。あまり好ましいことではないと分かっていながらも、こっそりと彼の後を尾ける。燈矢が足を止めたのは、屋敷裏口から出て少しした辺りだった。

 

 「…」

 「………あの、燈矢さん」

 「!……こいつは失敬。恥ずかしながらファンの気配に気付けなかった」

 「い、いえ!こっちこそごめんなさい!…………その、何だか元気が無いような気がして…」

 

 燈矢はそれまでの雰囲気が嘘のように落ち着いた様子を見せていた。それが、出久には何処となく気落ちしているように見えたのだ。

 

 「…元気が無い、か。……ガッカリさせちまうようで悪いが、こっちが素なのさ」

 「え…?」

 「ああして派手に振る舞ってると、気分も何となくノってくる。そっちの方がずっと楽しいだろ?心配しねえでくれ、別に無理してるとかじゃない」

 「でも、何で…」

 

 動画や家族の前での姿とはかけ離れた燈矢の素顔。驚きながらも、出久はもう少し踏み込むことにした。

 

 「そうだなァ…贖罪のつもりなのかもな」

 「贖罪……?」

 「……俺な、昔焦凍を殺そうとしたんだ」

 「!!?」

 

 衝撃の告白。目を白黒させる出久に、燈矢は1つの質問をする。

 

 「個性婚って、知ってるか?」

 「は、はい」

 「ウチはまあ、それだったのさ。強力な個性を持った子供を作るための結婚…今でこそ()()とお袋は好き合ってるが、最初はそうでもなかっただろうよ」

 

 そのまま身の上を話し始める彼を、出久は確と見つめていた。

 

 「平たく言えば、焦凍以外は失敗作。ガキの俺には、その事実が耐えられなかった。俺が焦凍より強くなれば、焦凍が居なくなれば…親父は俺を認めてくれるんだって、そう思ってた」

 「…」

 「そのことで頭が一杯になって、イカれた俺は山で自爆。炎を抑えられなくなって呆気なく火達磨だ」

 「え…!?で、でも」

 「そう。俺は助かった。救けられたんだ…『ダスト』っつう魔女にな」

 「!!?」

 

 ここでもその名前が出るのか、と声を上げそうになる出久。燈矢はそんな彼に気付いていないのか話を続ける。

 

 「魔女サマは俺の命と心を救った。それだけじゃねえ…奴さんは轟家そのものを救っちまったのさ」

 「轟家、そのもの…」

 「俺が死ぬか……仮に生き延びてあのままイカれ果てたとしよう。それで何事もなく今日の轟家があるとは思えねえだろ?面白えよな……いやまあ、笑い話に出来ることじゃねえがよ、これだけピンポイントで手を差し伸べてくるたァ魔女と言わずに何という?」

 

 口角を緩やかに上げて皮肉っぽく笑う。そして吐露するのは、己が選んだ道のこと。

 

 「結局魔女サマに諭されたんでヒーローは諦めた。というより、ヒーローである必要は無えと気付いたんだ。俺はただ、親父に見て欲しかった。存在していいんだと、『凄い』奴だと言って欲しかった。………そこに至るまで、随分と時間が掛かっちまったがな…」

 

 燈矢は徐にサングラスを外し────

 

 

 出久の目に飛び込んで来たのは、彼の下瞼に残る痛々しい火傷の痕だった。

 

 

 「!!!」

 

 彼はそこを撫で、再び口を開く。

 

 「こいつは…決して消えねえ俺の罪の証だ。焦凍はきっと、俺に殺されそうになったことなんて覚えちゃいない。それでもあいつの顔を見るたびに、俺が壊そうとしたモンの大きさをありありと見せつけられてるような気分になる。……シケた面してんのはどっちだって話だよな。だから、皆の前では明るく振る舞う。当事者が暗い顔してちゃ、皆も忘れられないままだからな」

 「────燈矢さん」

 

 得意げでありながら哀しげに笑う燈矢を見て、出久は1つだけ彼に伝える。

 

 「大丈夫ですよ。皆さんきっと忘れた訳じゃないです。昔のことは抱えたまま、その上で今を大事にしてるんだと思います。…だから、貴方も自分を責めないでいいんです。過去は消えなくても……いつもみたいに笑って、それで終わりにしましょう。そっちの方が…」

 「……ああ。ずっと楽しい、だな」

 

 その顔から、悲哀は取り除かれていた。



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デクとかっちゃん


棘のない夏雄くんが想像し辛くて喋らせにくいです(悲)


 

 「皆、今日はありがとう。色んな話が聞けて楽しかったわ。良ければこれからも焦凍と仲良くしてあげてね」

 「私からもありがとう!お父さんも、お仕事頑張ってね!」

 「焦凍!友達は大事にしろよ!」

 

 片付けも終え、少しばかり談笑したのちに轟家を後にするエンデヴァーとインターン組。彼らはこれから事務所の宿泊施設に帰り、再びヒーロー活動の日々に戻っていくのだ。

 

 「…緑谷くん。サンキュな」

 「……!はい!」

 

 歯を見せて出久に笑いかける燈矢。

 

 一方で…爆豪は静かに、出久を後ろから見つめていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「明日も早い。各々済ませるべきことを済ませてすぐに寝るように」

 「はい!

 「待てデク。ちょっと来い」

 「え!?か、かっちゃんんんー!!!」

 「バクゴー!!所用は手短にな!!」

 

 エンデヴァー事務所にて。エンデヴァーからの言いつけに従おうとした出久を引き摺っていく爆豪。何か訳ありだと感じた轟は、2人について行こうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 「そ、それで…どうしたの、急に」

 「……………ずっと考えてた。屋内戦闘訓練の時の『個性を授かった』っつう台詞。やけにてめェのことを気にかけるオールマイトとダスト()。終いには脳無なんつう個性を複数持ったカス共まで出て来やがった…」

 「…!!」

 

 出久は爆豪の独白から、彼が何を言わんとしているのかを理解して…それでもじっとその時を待つ。

 

 「こないだ、オールマイトたちから聞き出そうとした。ロクなことは教えちゃくんなかったが……粉が最後のヒントをくれた。てめェの個性にオールマイトが関わってんだとよ」

 「…」

 「これだけの情報だ……繋ぎ合わせるにゃ十分すぎる。────────オールマイトから貰ったんだろ。その『個性』」

 

 全ての核心に迫る爆豪の問いかけ。出久はそれを沈黙で肯定した。…力強い視線を、彼に向けながら。

 

 「……否定しねェってこたァ……そういうことだな」

 「………かっちゃん。信じてもらえるかは分からないけど…この個性は、もう無個性の人間にしか扱えないんだって。だから…」

 「だからてめェが選ばれたのは仕方ねェってか?そんなことが聞きたくて呼び出したんじゃねえよ」

 「!」

 

 出久の弁解を遮り、爆豪は言葉を続ける。

 

 「────自分のモンに出来てんのか、それ」

 「え…?」

 「てめェはオールマイトになれんのかって聞いてんだよ。わざわざ渡すってのァつまりオールマイト自身ずっとナンバー1で居られる訳じゃなかったってことだ。跡を継ぐ誰かが居なきゃなんなかったってことだ。てめェはどうなんだよ?」

 

 事務所内には人も居るため、大声で怒鳴りつけるようなことはしない爆豪。しかしその目は出久を鋭く見定めていた。

 

 「………まだ、完全には…でも、なってみせるよ。……オールマイトだって、越えてやる」

 「………そうかよ。なら俺が目指すのはそのてめェを越えての完全なるナンバー1だ」

 「え、えぇ!?」

 

 出久は困惑の声を上げながらも、すぐに気を取り直して爆豪に問う。

 

 「……かっちゃんは…怒らないの?」

 「…バカかてめェ。イラついてしょうがねえよクソが」

 「…」

 「………ただ、てめェがどうして来たかは全部見てた。それで当たり散らすのは止めにした。そんだけだ」

 「…かっちゃん…」

 

 彼は、出久のことを…少しだけ対等な目で見られるようになったのだ。これで2人の関係を歪める要因は、過去の蟠りを残すのみとなった。そしてそれも、いずれは時間が解決するだろう。

 

 踵を返して歩き出した爆豪の隣に、出久が並んで追いかける。もう誰も、後ろを歩けとは言わなかった。

 

 

 

 

 

 時は流れ、3月下旬。

 

 『心求党党首・花畑孔腔(はなばたこうくう)氏が何者かの襲撃を受け意識不明の重体』

 

 全ての決着の刻が、訪れる。





短めで申し訳ありません。ここで区切るのがキリが良かったので。


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すべては君のために

 

 『心求党党首・花畑孔腔氏が────』

 

 朝起きて、入ってきたニュースに目を瞠る千雨。

 

 「な…!?……まさか、AFOが『扇動』を…!!?」

 

 このタイミングでの事件にAFOとの関連付けをせずにはいられない千雨だったが、その答えは間を置かずに判明することとなる。

 

 

 

 自宅のインターホンが、鳴った。

 

 

 

 『良い家に住んでいるね。近頃は定住出来ていなかったから羨ましいよ』

 「────」

 

 響く破壊音。千雨が目を向けた先、既に玄関の扉とその周辺は黒く焼け焦げている。そこに居たのは、死柄木葬。しかし、その様子は明らかに今までとは異なっていた。

 

 「……まさか淑女の家にまで押しかけてくるとは。マナーの勉強からやり直した方がいいよ……A()F()O()

 「おや。気付いていたんだね?いや…知っていたと言う方が正しいのかな?何にせよ僕は如何にもAFO。葬は良く育ってくれた……こうして最後に君の顔を見に来られて嬉しいよ」

 

 劫火を纏い、浮遊したまま、ゆっくりと前進するAFO。それに合わせて千雨も後退りながら、炎の奥に見えるその顔に眉を顰める。

 

 「……志村菜奈さんの顔…転弧くんの言った通りか」

 「!へえ、彼女の顔まで知っているのか!本当に好奇心を擽ってくれる……!!楽しいな、君と話すのは!」

 「そいつは光栄だね。それじゃあついでに教えてほしいんだけどさ……どうやって彼にAFOを?」

 

 AFOの移植とそれに伴う自身の意識の表出すら把握している千雨に思わず笑い声を漏らすAFO。丁寧に1つずつ、種を明かしていく。

 

 「ははは、もう全部筒抜けか!…簡単なことだよ。ハードウェアに大容量のメモリを詰め込もうと思うのなら、先にあった分を削除してしまえばいい。葬の個性は外の世界を腐らせることこそ出来なかったが…使うたびにその反動は彼の身の内を蝕んだ。彼は自分でも気付かないうちに、自らの肉体を腐食させていっていたのさ……個性因子を含めてね」

 

 千雨はその間に救援の連絡を入れようとして……異変に気付く。

 

 「おかげで『腐食』は使えなくなってしまったが、五感が潰れてしまった僕の本体よりはいくらか健全な身体を手に入れることが出来た。そして、彼が宿していたのは……この世界への、何よりも君への強い憎悪。憎しみが膨れるほどに僕の意識も強くなる…!ついさっき、ようやくAFOが馴染みきった所なんだよ。これで安心して再び動き出せる」

 「待て……!!ウチの事務所に一体何を…!!?」

 「おっと。『電波』は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだが…君のサイドキックの方が少しだけ早かったみたいだね。やはり渡されたばかりの個性は扱いが難しいか」

 「…ッ」

 

 丁度HNに入ってきた報告。

 

 

 「ダスト事務所周辺に多数の脳無及びヴィランの襲撃アリ」

 

 

 戦慄必至の文字列に動揺を隠せない千雨だが、急かした所でAFOがまともに取り合うことはないと、歯を食いしばって少しでも情報を得ようと試みる。

 

 「フフフ…どうせなら君の大切なものもついでに奪ってやろうと思ってね。といっても時間稼ぎの一環でしかないんだけれど……新しい身体は手に入れたが、こんなのはまあ緊急措置に過ぎない。今のままオールマイト………それに、緑谷出久くんとぶつかっても万に一つも勝ち目はない。だから、一旦この国を離れようと思うんだ」

 「(OFAの継承もバレたか…)……黙って消えてくれて構わなかったのにさ」

 「そういう訳にはいかないよ。あの時折角お礼をしてやるって言ったんだからね」

 

 そこで言葉を切ったAFOは、志村菜奈のマスクを剥いでその素顔……皮膚が爛れ、歯列が剥き出しになった醜い顔を見せた。

 

 「(これは…顔面の皮膚が腐り落ちたのか……)」

 

 表情が微妙に判り辛いその顔を笑うように歪め、再び話し出す。

 

 「………ダスト。僕は君に感謝してるんだ。完璧だと思ってた人生設計、あまりにも波乱の無い寂しい毎日。将棋やチェスで程度の低いCPU相手に戦い続けるのと同じさ。相手の反応が丸分かりで、楽しくなるのはその瞬間だけ」

 

 目を爛々と輝かせ…AFOは少年のように燥ぐ。そこには千雨への負の感情など欠片も無く、ただ純然たる悪意のみが込められていた。

 

 「そんな味気ない毎日は、君の登場によって変わった!!30年前のあの日からずっと、計画はどんどん脇道に逸れていく!!伝わるかなあ、僕の気持ち…!!ドキドキするんだ、ワクワクするんだ!!次はどう出てくるだろう、今度は何をしでかしてくれるんだろうって、計画を進めるたびに期待した!そして君はいつも期待を超えてきた!こんなに思い通りにいかなかった相手は、弟以来だぜ!!」

 「……だったら尚更消えて欲しかったよ。私は君の感謝なんて、受け取りたくない」

 「つれないことを言うじゃないか。……今日の襲撃は、君を殺すために準備したものなんだ」

 

 唐突に4本の指を立てるAFO。指折り数え、希望の芽を手折っていく。

 

 「まずは、ダスト事務所への襲撃。脳無と僕の友人たちが君の仲間を引きつける。運が良ければ、誰かは殺せるかな?」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「まずいぞ、心詠さん!!!住民の避難が全然…!!!ヴィラン共もそこに乗じて襲って来やがる!!!」

 「分倍河原さん、個性を!!!ダストさんを増やして下さい!!!先に脳無だけでも掃討してしまいましょう!!!住民か否かは、私の個性で判断します!!!」

 「私も手伝うのです!!!」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「同時に、残りの脳無たちを全て投入。各地の大都市を抑え、他のヒーローをそこに縛りつける」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『エンデヴァーさん!!九州でも脳無が大量に湧いて来た!!そっちは任せます!!』

 「分かった!!ショート、デク、バクゴー!!救援は期待するな!!ここが踏ん張り所だ!!」

 「おう!!」

 「はい!!」

 「言われるまでもねェ!!」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「オールマイトには、僕の本体を。増強系だけは向こうの身体に残してきた。ちょっぴり勿体無いが、しっかり役目を果たしてくれるだろう」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「AFOッ!!!朝っぱらから元気だな!!!こっちはもう待ちくたびれてたぞ!!!」

 「らしくないじゃないかオールマイト。怒り顔は君には似合わないよ?」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「そして……志村転弧くんには、とっておきのプレゼントを用意した。君も見たことがある筈だ。名付けて…『ナナ』。素晴らしい脳無だよ、実にね」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『もしもし、どしたのルイン…』

 「那珂!!!事務所行かずに俺ん家辺りまで直行してくれ!!!ヤバい脳無が出てきた!!!今までのと桁が違うッ!!!」

 「コ、タロ」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「────随分と景気が良いね…うんざりするよ」

 「そりゃそうさ。完遂してしまえば退屈な日々に逆戻り…だから、張り切って準備したんだ。出来るだけ賑やかに、楽しくなるように……」

 

 

 

 炎は勢いを増し、千雨の家を焼いていく。彼女自身も自宅のことは諦め、無事な箇所も全て塵化させて屋外へと飛び出した。

 

 塵と炎が唸りあう中、AFOは言葉を締め括る。

 

 

 

 

 

 「すべては君のために



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ダスト事務所の仲間たちの戦い

 

 「あの人を守るんだ!!俺たちを救ってくれた、恩人を!!」

 「ウオォーッ!!」

 

 「こい、つら……!!自分たちが悪党だって自覚あんのかよ!?」

 「ありませんよ!彼らの心は皆1つ……敬意です!たった1人への想いが、こうも多くの人間たちを動かしている…!」

 「それって…なんだか気味が、悪いのですっ!」

 

 ダスト事務所周辺地域。市民たちが未だ避難の途中であるにも関わらず、ヴィランは数え切れない程に襲来してくる。脳無も同様に天地問わず出現し続け、最早一帯の秩序は失われてしまっていた。

 

 「スマイル、前方3名全てヴィランです!分倍河原さん、後退して下さい!戦線に近過ぎます!」

 

 必死に仲間たちに指示を出す心詠。しかし、倒しても捕らえても無限かと思える程に敵は湧いてくる。乱戦故に、仁によって増やされた千雨も弱点を突かれて度々消えてしまっていた。

 

 「(……避難指示が、できない……!!)」

 

 逃げ惑う市民たちの中には、あらぬ方向へ進む者も少なくない。このまま場に留まって敵の撃退を続けるにしても、ジリ貧であることは疑いようのない事実だ。

 

 「クソ…!!使い捨ての癖にやけに強くないかい…!?」

 「……ッ」

 

 更には何らかのブーストを受けているのか、脳無たちも1体1体が並みよりもかなり強くなっている。まずは明確に識別できる彼らをどうにかしようとした心詠だったが、それすらも上手くいっていない。

 

 「(………焦り、恐怖、苦痛…!!一般市民たちの感情が、なだれ込んでくる……!か、身体が────)」

 

 遠ざかりながらも心詠の精神を疲弊させ続ける感情の嵐。彼女も感化され、思考が引き摺られそうになった所で…不自然な1つの感情に気付く。

 

 「(────────歓び?敬意も、混じっているけれど……たった1人、こんな状況で?…………感情の強度に変化なし。足を、止めている。何処かに、留まっている……!!)」

 

 心詠は…その感情の主が脳無たちの強化と無関係である可能性は、低くはないと踏んだ。

 

 「皆さん!!11時の方向に、不自然な感情の持ち主が居ます!!もしかすると、脳無たちに強化を施している人物かもしれません!!」

 「ま、マジか…!?…いや、だが……!!」

 「逃げてる人たちを守らないと!そっちに行くのはちょっと大変かもしれないのです…!」

 

 

 

 「……はい。だから…私が、行きます」

 「!?」

 

 心詠はこの場において、戦力でありながら自身の役割を担える人物の存在を知っている。だからこそ、抜けても1番綻びが小さい己が突破口を開きに行くべきだと考えたのだ。

 

 「スマイル!私とダストさんの変身を利用して、どうにか穴埋めをお願いします!…信じてますよ、被身子ちゃん」

 「ダメっ!!心詠さんが危ないのです!!!」

 「敵はかなり遠くに居ます!!!明らかに戦場に出ることを恐れている!!!まず間違いなく、本人の戦闘能力は高くない筈です!!!」

 「だからこそ護衛が居たっておかしくねえがな…!!」

 「私以外がこの場を離れる訳にはいかないでしょう!!」

 「あ、おい!!」

 

 襲い来るヴィランを躱し、改造スタンバトンで気絶させていく心詠。彼女の心は、既に固まっていた。

 

 「心詠さん」

 「約束できるかい?絶対無事に勝ってみせるって」

 

 2人の千雨が、走り出した心詠に並んで静かに問う。

 

 

 

 「────はい。必ず、皆さんの所に帰ってきます」

 「そっか。……………頼んだ、ラインセーバー」

 「こっちは、任せてくれ」

 

 

 

 その場を離れる心詠に追い縋るヴィランと脳無。千雨たちが、被身子が、仁が彼らを押し留める。

 

 「千雨さん…!!心詠さん、本当に大丈夫なのですか…!!?」

 「もちろん。……ラインセーバーは弱くなんかない。被身子ちゃんも、知ってるだろう?」

 「…!………はいっ!!心詠さんは、ラインセーバーさんは…誰にも負けないのです!!!」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「!!お前、ヒーローだな!?この先には…ぎッ!!?」

 「ハァッ…!ハァッ…!あと、少し…!!」

 

 たった1人、居るかもわからない脳無の指揮者の元へ駆ける心詠。避難する市民に紛れて時折攻撃を仕掛けてくるヴィランたちを返り討ちにしつつ、辿り着いたのは寂れた大通り。見えるのは逃げる人々ばかりで、日常を送っている者は居なかった。

 

 「(近い…屋外にいる!)」

 

 伝わってくる感情の方角と強度から、目的の人物の位置におおよその当たりをつける。一息に距離を詰め、視界内に捉えた相手は…

 

 「(…!!間違い、ない…!この男!!!)」

 

 眼鏡をかけた、ごく普通の男性にしか見えない人物だった。

 

 「…?あの、私に何か……」

 「今すぐ脳無を止めなさいッ!!!!!」

 「な!!?」

 

 自身をあくまでも一般人であると騙る男に、一切の躊躇なくスタンバトンを振るう心詠。紙一重でそれを躱した男は、すぐに本性を顕した。

 

 「ひ…ひぃぃっ!!!脳無たちよ、私を守れッ!!!」

 「!!!」

 

 タイルを割り砕き、地中から現れるのは4体の脳無。いずれも体格は大きくないが、数の有利は相手が圧倒的だった。

 

 「くそっくそっ!!!これだからあの方以外の人間は信用出来ない…!!満足に足止めも出来んのか!!おい、貴様!!![個性は!?]」

 「…?言うとでも────」

 

 突如、個性を白状するように心詠に要求する男。それに心詠は……

 

 

 

 「[私の個性は『読心』。周囲の生物の感情を感知出来る他、意識を向けた人間の思考を読み取ることも可能です。]────!!!?」

 

 

 

 なんと素直に全てを話してしまった。直後、期せずして秘密を暴露してしまったことにより真っ青になる。対して男は強い反応を示した。

 

 「………馬鹿な。………思考…心を、読むという、のか?……………信じられない、巡り合わせだ。最早、私たちが出会うことは…必然だったのかもしれん」

 

 脳無を差し向けずに侍らせたまま、男は自らの名と個性を名乗った。

 

 「……私の名は…音本真(ねもとしん)。個性は、『真実吐き』。私の前では、如何なる人間も嘘をつくことは出来ない。………ヒーロー。これは、貴女への敬意だ。醜い人の心を知りながら、それでも正しくあろうとしている…そんな貴女への。せめて、苦しまないように一息で殺して差し上げよう」

 

 5対1。絶望的にも思える戦いが、始まった。



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この先でどんな痛みが襲っても

 

 「諦めたまえ!!!分かっているだろう!!?貴女1人では脳無たちを倒せない!!!抵抗しなければ…楽に死ねるんだ!!!」

 

 文字通り四方から心詠に襲いかかり続ける脳無たち。やはり彼らも、見た目よりいくらか強くなっている。

 

 「私はあの方から2つの個性を頂いた!!『電波』と『扇動』!!脳無への命令を強化する組み合わせだッ!!!」

 「個性を…しかも、2つ…!?」

 

 心詠は攻撃をいなしながらも、音本の言葉に耳を疑う。

 

 「褒めて下さったよ、『3つも個性を持ってなお平然としている者はそう多くない』と!!未起動だった脳無たちは私への敬意を植え付けられたことで、最大限のシナジーが生じている!!攻撃型の個性でない貴女では…」

 「…ッ!!舐めないで!!下さいッ!!!」

 

 驚く程に素早い動きで4体の脳無にスタンバトンで反撃を試みる。うち1体にクリーンヒットし、該当する脳無はその場に崩れ落ちた。

 

 「な…!!?」

 「貴方の考えも!!命令も!!脳無たちの位置も!!私には手に取るように分かる!!!」

 「く…!!」

 

 拳銃を取り出し、心詠に銃口を向ける音本。すぐさま発砲するが、あっさりと躱されてしまう。

 

 「そんな…!?」

 「私はッ!!『ラインセーバー』!!!ナンバー3ヒーロー『ダスト』のサイドキック!!!この程度……障害にはなり得ないッ!!!」

 

 

 

 心詠は、決して弱くない。いや…強い。彼女は攻撃的な個性の持ち主でこそないが、『読心』によって培われた先読みの先読みをも可能とする近接格闘技術は、雄英において天才と評される被身子ですら未だに足を掛けたばかりの領域。そう易々と揺らぐものではない。かつての『オーバークロック』を携えたマスキュラーに匹敵する存在でもない限り、彼女が何も出来ずに敗れることなどないのだ。

 

 

 

 だがそれは…1対1での話。

 

 

 「◇◇◇!!!」

 「あ」

 

 

 弾丸を躱すことに注意を割いたために位置を拾いきれなかった脳無の拳が、心詠の顔面を強かに打ち付けた。

 

 

 血を飛散させながら10メートル近く吹き飛んだ彼女に、無慈悲にも脳無たちが追撃を仕掛けようとして…音本に止められる。

 

 「止めろ!……私が、トドメを刺す」

 

 倒れ込んだままの心詠に静かに歩み寄る音本。銃口を突きつけ、見下ろしながらも、彼女に呼びかけた声は酷く哀しさを帯びていた。

 

 

 

 「……何故なんだ?[何故まだ立ち上がろうとする?]もう勝敗は、ついている」

 

 心詠は息を荒げ、血を吐き、それでも『真実吐き』に応じる。

 

 「グ、ゲホッ……!!…[まだ、終わっていないから、で、す。]貴方、は、今も、脳無に指示を、出している。……貴方さえ、倒せば…私たちは、勝てる」

 「………確かに私の指示が無ければ、脳無たちは動けなくなる。私への敬意を無理に植え付けたせいで、自立思考のキャパシティが擦り減ってしまったからだ。……………だが、もう、不可能じゃないか………!!!」

 「…不可能、じゃ、ない。私が、ここにいます。ダストさんが……千雨さんが、私に、託してくれたんです。だから────」

 「ッ!!!」

 

 咄嗟に放たれた弾丸を躱しながら弾かれたように飛び起き、スタンバトンを振り抜いた。音本は寸での所でこれを避け、すぐに脳無を動かす。

 

 「うッ……!!!お前たち!!一撃で仕留めろ!!これ以上苦痛を与えるな!!」

 「────情けをかけて頂く必要は、ありませんッ!!!!私は貴方を倒して!!!!皆の所に………帰るッ!!!!」

 

 

 耳を劈く心詠の魂の叫び。

 

 

 その形相は感情の昂りからか激しく歪み、両目は白目を剥きかけている。ダメージの抜けきっていない身体は、赤子の指1本で倒れそうな程弱々しく震えている。

 

 

 それでも。

 

 

 

 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ッ!!!!!

 

 

 

 喉を引き裂かんばかりに己を鼓舞し、急所を狙ってくる脳無たちを切り抜け、後退する音本を猛追する。

 加えて心詠の気迫に失われた筈の本能的恐怖を示した脳無たちが『扇動』を掻き消され、動きを止めた。

 

 「(あり、得ないッ!!!!!あれだけ華奢な身体で!!!!!あれだけ重い一撃を受けて!!!!!立っているのもやっとの筈なのに!!!!!)」

 

 銃に残った弾を乱射する音本。手が震え、狙いが逸れる。心を読んで躱したつもりだった心詠の脚に、2発が命中。────が、止まらない。

 

 

 「ね゛も゛とオオオオオオオオオオォォォォォッ!!!!!」

 「う…うおあああっ!!!脳無!!早く!!クソッ!!!![どうして、そこまで!!!!?]」

 「[私たちの居場所を、守るため゛ッ!!!!!]」

 

 

 振り返ることなく再起動した脳無による背後からの追撃を見切り、回避した拍子にスタンバトンを叩き込む。彼らはまたしても数を減らした。

 

 「いいだろう、殺しはしまい!!!!こちら側に来いヒーロー!!!!あの方が貴女に新しい居場所をくれる!!!!」

 「お断りしますッ!!!!!私はもう、『救ってもらった』!!!!!」

 「────」

 

 

 

 霞みゆくような彼女の瞳に、曇りない輝きを見た音本。その光が消えることは、未来永劫無さそうだった。

 

 

 

 「(────────そうか。私と同じように、貴女も………誰かに救われた者だったのか。………仮に、何かボタンの掛け違えがあったなら、私たちは────────)」

 

 

 

 

 

 2人が友人となる未来も、あったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 「はああああああああああッ!!!!!」

 

 心詠が追いつき、スタンバトンが叩きつけられた。

 

 「がッ…」

 

 音本は小さく断末魔の悲鳴を上げ、気絶。

 

────その瞬間、ダスト事務所周辺地域の全ての脳無は機能を停止した。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「────みさん!!!!心詠さんッ!!!!」

 「……!ダスト、さん」

 「…はあああッ……!!!良かっ、た…!!!」

 

 心詠が目を覚ましたのは、千雨の腕の中。音本の撃破と同時に、気を失ってしまっていたのだ。

 

 

 「無事で帰ってくるって、約束したじゃないか……!!」

 「………すみません。…お詫びに今度…パスタでも奢ります。事務所の近くに新しいイタリアンのお店、出来てましたよ」

 「……うん。私の本体に、それ言ってあげてね」

 

 千雨の言葉に顔色を変える心詠。

 

 「…分身なんですか?」

 「?ああ、仁くんに生み出してもらった分身だよ。脳無が動かなくなって、一気に形成逆転したのさ。被身子ちゃんも、本当に頑張ってくれた」

 「そう、ですか。………では、ダストさんの救援に向かいましょう」

 「…え?」

 

 起きてすぐ、状況を把握した彼女は次なる戦いへ向かうと言い出した。

 

 「その口ぶりでは、ダストさんの本体は現場に来なかったんでしょう?HNで、救援要請を済ませておいたんです。にも関わらず……彼女は来なかった。きっと、向こうでも何かあったんです」

 「でも、怪我してるじゃないか!まだ軽い応急処置しか…」

 「このぐらい、全てが終わった後で構いません。……………今度は、私が貴女を救いますから」





「航海の唄」は壊理ちゃんの曲ですが、心詠さんにも通ずる所はあるかなと。


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メテオルインの戦い

 

 「チッ!!!また避けられた…!!!当てんのは無理か…!!!」

 「コタロ」

 

 閑静な住宅街に暴風が吹き荒れる。女性型脳無…「ナナ」が、転弧を狙って来襲したのだ。彼女に与えられたのは、五感を強化する個性に加えて耐久力を上げる個性とほんの僅かな増強系の個性。そして…「気流操作」。最後の1つは容量の問題からAFOが手放さざるを得なかったものだが、死柄木を回収して千雨から逃れる時、そして今も、その個性は憎らしい程に役立っていた。

 

 「(さっきから殴る蹴るしかして来ねえが……嘘みたいに速ェ上にぶち当たった地形がデケェクレーターに早変わりしやがる!!風に煽られたら一巻の終わりだ…!!)」

 

 そんな転弧の手に握られているのは、サポートアイテムの「コラプションシューター」。小さく砕いた瓦礫を込めて撃ち出す中型の銃のようなアイテムだ。

 間接的な「崩壊」によって、瓦礫を緩やかに崩壊させながら放つことで、命中した相手にも崩壊が伝播する。細かい調整が困難であるため基本的には対脳無専用ではあるが、崩壊を付与せずに瓦礫を相手にぶつけることもできる。ただし、弾速は拳銃と比べて少しばかり落ちるのが難点だった。

 

 「(弾がトロすぎてこのレベルの敵には当たりっこねえ……やっぱりちっとばかし悔しいが────)」

 

 

 

 「ぁーたーしーがー!!!来たっ!!!

 「!ラァァッ」

 「お前が居ねえとな…!!!」

 

 

 

 空から降ってきた美智榴が挨拶代わりにナナに着地を試みる。紙一重で躱されてしまったが、転弧にとっては非常に心強い援軍であることに変わりはない。

 

 「寒ッ!!?この風、あの脳無が!?」

 「おう。悪いが俺はこの距離でも踏ん張ってるだけで精一杯だ……しかもアイツ自身も別次元に強い。任せてもいいか?」

 「もっちろん!!住民の人たちの避難はお願いね!!」

 「当然!」

 「ラヱ…」

 

 それぞれが目的を達成すべく、二手に分かれようとした転弧たち。しかし、ナナは執念深く転弧を追う。

 

 「ラァァァ!!!」

 「!?オイマジかよ…!!?1人狙いは勘弁してくれッ!!!」

 「ちょっと!!君の相手はあたしだよ!!!」

 

 下手な攪乱は住宅の破壊に繋がりかねず、迂闊に身を隠せない。転弧たちはひとまずナナをこの場から遠くへ連れて行くことにした。

 都市の中心部から離れたこの住宅街の近隣には、未だに小さな山が残っている。そこでなら、この場で戦い続けるよりは幾分か被害も抑えられると彼らは考えたのだ。

 

 「とりあえずここから遠ざける!!!メテオライト、いつもの頼む!!!」

 「了解っ!!!」

 

 素早く美智榴が転弧を背負い、全速力で駆け出す。ナナも気流操作によって自らに追い風を吹かせながら2人に接近していく。

 

 「速い…!!!確かにこれは、今までとは桁が違う…ねッ!!!」

 

 路面を砕いて急加速する美智榴。同時に転弧がコラプションシューターをナナ目掛けて放ち妨害することで距離を稼いだ。

 

 「良し…出来るなら命中して欲しかった所だが、まあいいだろ」

 「ヮラヱヱヱ」

 

 

 

 逃避と追走。命懸けの鬼ごっこは自然の中に飛び込んだ転弧たちが反撃に転じようとしたことで終結を迎える。

 

 「メテオライト、この辺りでいい!!!」

 「オッケー!!そんじゃ……こっからはあたしのターンだね!!!」

 「ララ」

 

 吹き荒れる風に木々が鳴き、山が軋む。長引かせるのも少々まずいようだった。

 

 「『メテオナックル』!!!」

 「ラァァァァ!!」

 

 開戦の狼煙…拳と拳の衝突。大気が揺れ、音がくぐもる。続く第二撃、先に動いたのは美智榴。

 

 「『コメットフォール』!!!」

 「ゴァ!?」

 

 ナナの頭に全力で踵落としを決めた。しかし、あまり大きなダメージにはなっていないようだ。

 

 「ウッソ硬った!!正直潰すぐらいのつもりで…」

 「メテオライト!!!!防御しろッ!!!!」

 

 美智榴が口を開いた隙に今度はナナが攻撃の準備に入っていた。脚技には脚技で、彼女目掛けて回し蹴りを放つ。

 

 「ラ゛ァァァ!!」

 「!!!」

 

 焦りの表情は、ほんの一瞬。高打点の蹴りを腕でガードした美智榴に、一切のダメージはない。

 

 「ラ…」

 「…もしかしてびっくりしてる?意外だね…そういう所も特別ってこと、かなッ!!!?」

 「ラァァァァ!!!!!」

 

 拳を放つ。

 躱す。

 反撃に対して反撃。

 膝蹴りを受け止める。

 頭突きがぶつかる。

 

 

 

 「『スターダストアヴェンジ』!!!」

 

 

 

 かつて千雨に気まぐれで指導してもらった近接格闘技術、その自己流の極致。全身全霊を振り絞った無防備な相手に、必殺のカウンターを叩き込む。

 必要なのは、必殺の瞬間を見逃さない目とそのタイミングをある程度予測する経験。何よりも、受けるべき攻撃は受けられる度胸と頑強さ。あらゆる攻撃を受けきることの出来る、美智榴だからこそ可能な技だ。

 

 「ゴ────」

 

 胴に渾身の痛打を浴び、この戦いで初めて吹き飛ぶナナ。転弧たちも油断なく彼女の出方を見る。

 

 「……来るぞ」

 「ん!」

 

 土煙を切り裂き飛び出すナナ。その視界に捉えているのは…転弧。

 

 「また俺かよッ!!!!」

 「避けて!!!」

 

 飛び蹴りの態勢のままに彼の元へ突っ込んだナナ。鋭い一撃を何とか躱した転弧は、ナナの着地点を崩壊させ、伝播を試みる。が…

 

 「!!ラァァ!」

 「クソ…!!絶対避けられるんだよなこれ…!!!勘がいいのか何なのか…!!」

 

 ナナは鮮やかに跳び退きながら転弧に反撃する。中々次なる着地を狙うことが出来ないのだ。

 

 「メテオ…うわわッ!!?」

 「ラァ!!!!」

 

 不意をついた美智榴の腕を掴み、放り投げる。簡単なことのようにも見えるが、最大まで密度を高めた美智榴の重量は巨大化したギガントマキアのそれに匹敵する。ナナの尋常ならざる膂力でなければ不可能な芸当だ。

 

 「そろそろ大人しくしてくれよ…嫌になるぜ」

 「コ、タロ」

 「………?」

 

 ナナの声に疑問を抱えたのは…美智榴。

 

 

 

 「………ねえ、ルイングレイ。ルイングレイのお父さんの名前って、何だっけ」

 「………あ?何で今そんなこと…」

 「確か…弧太朗さん、だったよね」

 

 

 

 彼女はしばしば志村家にお邪魔することも多かった。そんな付き合いの中で、転弧の家族について既に名前ぐらいは把握していたのだ。

 

 

 

 「ヒーローだったおばあちゃん、AFOにやられたんだって…ダストさんに教えてもらったって、言ってたよね…!!?」

 「────」

 

 

 「コタロウ」

 

 

 目を瞠り、ナナを見据える転弧。

 直後、その目は鋭く彼女を射抜き、静かな怒りと決意が、彼の身を充たしていく。

 

 

 

 「……………成程な。舐めた真似しやがって………どうやら随分なクソッタレ野郎らしい…AFOってのは」

 

 

 

 予期せぬ因縁が、彼の目の前で暴れ出した。

 

 「ヮラヱ」



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断ち切る因縁

 

 「ラァァァア!!!!」

 「メテオライト!!!こいつの動き止められるか!!?」

 「やってみる、けど!!!!大丈夫なの!!!?」

 

 再びメテオルインの2人に襲いかかるナナ。どちらかと言えば、転弧の方に執着しているようではあるが。

 

 「たりめえだろ!!!死人は蘇らねえ!!!!仮にこいつが『おばあちゃん』だとして!!!!俺がやることは変わんねぇよ!!!!」

 

 姿勢を低く、いざとなれば回避に敵の風を利用出来るように。必死にナナの怪力と気流操作から逃れながら、転弧は美智榴に言い放つ。

 

 「むしろ…!!!さっさと終わらせてやんなきゃなんねえ!!!もうこれ以上!!!おばあちゃんの誇りは穢させねえッ!!!」

 「…!!!うん、そうだねっ!!!」

 「ラァ!!」

 

 転弧を狙って背を見せたナナに、組み付かんと急接近する美智榴。しかし、ナナは唐突に跳び上がりそれを躱す。

 

 「げっ!!」

 「目も耳もよろしいようで、全く!!!正面からやり合わねえと取り合ってくれねえぞ!!!」

 「ずるいよぉ!!!」

 「(そりゃ俺たちだろ)」

 

 死角からの攻撃が悉く避けられてしまうことに、もどかしさを感じる2人。一方ナナはすぐに着地し、反撃に転じた。更に、木々が彼女の生み出す風に耐えきれず次々と倒れ始める。

 

 「ラァ!ヱェェッ!!」

 「クッ…!!!…やっべえな…!!いっそ禿山にしちまうか!!?」

 「Mt.レディが似たようなことしてすっごいお金払わされてたよ!!!」

 「それよか被害縮小優先だ!!!」

 「!!」

 

 地に手を触れ、瞬く間に周辺の樹木を崩壊させた転弧。ナナも巻き込もうとしたが、跳躍からの転弧への急襲という毎度のセットアップを許してしまう。しかし、視界も開けたことで戦いやすさは劇的に向上した。

 

 「よし!!!」

 「よくないよ!!?しょうがないけどさ!!!」

 「心配すんな!!!全部あいつのせいにすりゃバレねえよ!!!」

 「ラァァ!!」

 

 転弧も上からの風圧に縫い付けられないよう早急にその場から離脱。直後、地面を捲り上げる程の暴風と共にナナが再び降り立った。かと思えば、よく見ると浮遊している。

 

 「ああ…!?これは……」

 「風を外に吹かせるだけじゃないんだよ、多分!!自分を浮かせるぐらいは出来るんだ!!」

 「ヮラ…」

 

 地面以外の足場を失ったことで、崩壊への警戒をより一層強めたナナ。ここからは浮いたまま戦おうというのだ。

 

 「けど……流石にそれは、甘いんじゃない!!?」

 「ラァァァ!!!」

 

 またしても激突するナナと美智榴。だが、今度はナナが呆気なく吹き飛ばされる。

 

 「ラァ……!」

 「軽い軽いッ!!」

 

 原因は、地に足をつけた踏ん張りの有無。全身の力をフルに使って攻撃を放つことが出来る美智榴に対し、ナナは拳を振るうにしろ蹴りを放つにしろ、その部位の筋肉と僅かな風圧でのブーストしか攻撃に用いることは出来ない。

 周囲には、屋根も塀も崖も樹木も存在しない。だからといって接地したまま戦うには崩壊の伝播が危険すぎる。転弧たちは期せずして、一気に戦局を傾けたのである。

 

 「ラ、ラ…!!!」

 「!行かせない……」

 「いや、メテオライト!!!俺に任せろ!!!」

 「!?」

 

 現状が如何に不利なのかはナナも理解している。故に、どうあっても転弧の排除は達成しなければならないと、彼目掛けて一直線に飛翔した。それを阻止しようとした美智榴を制し、転弧は1人ナナを迎え撃つ。

 

 「コタロォォォォッ!!!」

 「(解るぜ……焦ってんだろ?那珂が滅茶苦茶に強えんでよ…。……………俺も、逃げ続けんのは止めだ)」

 「ロォォ!!!」

 

 

 屈んだ転弧を暴風が襲う。煽られることを危惧しての体勢だが、すぐさまナナも気流を操り上から地面に押し付けるように風を叩きつけた。

 

 「うぁ…!や、べ────」

 「ラァァ!!」

 

 転弧に向かって踵を振り下ろすナナ。直撃するかと思われたが…彼は地面を砕いてそれを躱す。

 

 「っぶねえッ!!!」

 

 横に転がり、ナナを視界に捉える。脚が空振った彼女は動きを止めることなく転弧に気流をぶつけ、矢継ぎ早に追撃を仕掛けていく。

 

 「(まだ………まだだ!!!もう少しだけ、俺がこいつを引きつける!!!その分だけこいつは必死になる!!!五感全部、俺を仕留めるのに費やす程に……!!!)」

 

 

 

 眼前で、背後で、何度も何度も己を掠める死の具現。体力と精神を擦り減らしながら、最短の勝利を見据え続ける。

 

 「(那珂が殴り続けたってきっと勝てる!!けど!!それじゃダメな気がする!!!俺の因縁だってのもそうだが……妙な胸騒ぎが、いつまで経っても消えてくれねえ!!!)」

 「ラァァァァッ!!!」

 「!!!」

 

 転弧は、考え事をしていたせいで風でバランスを崩した。正対したナナの拳が振りかぶられるのを、ただひたすらに見つめて────

 

 

 

 

 

 

 

 「────だから、こうやってらしくもねぇタイマン勝負に乗ってやったんだよ」

 「コ、タ…」

 

 「『ネビュラグラビティ』」

 

 殺せる。

 

 その確信と油断が、ナナの個性行使を鈍らせた。背後から美智榴に四肢を絡め取られ、突然の超重量が負担となって…一瞬、動きを封じられてしまう。あるいは普通の脳無ならば、そんなミスはしなかったのかもしれない。なまじ人間に近かったせいで、感情がはっきりしてしまっていたせいで、致命的な隙を晒してしまった。

 

 美智榴を振り払うことが出来ず、地面に落下する。その瞬間から、ナナの崩壊は始まった。

 

 「ふぅ…これで良かった?」

 「おう。完璧なタイミングだったぜ」

 「コタロ…」

 

 転弧も激しく消耗したために、座り込んだまま美智榴に応える。しかしながら蓋を開けてみれば、両者ほぼ無傷での完勝だった。

 

 「……………なあ、おばあちゃん。聞こえてるか知らねえがよ……あんたの子供も孫も元気してるからさ、心配しねえでくれ。……もう、大丈夫だ」

 「────ダイ、スキ

 

 

 

 小さな呟きは、散りゆくナナと共に風に乗って消えていった。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「!!?デク、どうした!!!」

 「すみませんエンデヴァー!!か、身体が浮いて!!すぐに何とかします、大丈夫です!!」

 「…お前、個性3つも持ってたのか」

 「(だからズレてんだよ半分野郎)」

 

 

 

 『ごめんな、転弧。ありがとう』

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「悪い、立てねえ。おぶってくれ」

 「よいとも。いつものことであるからの」

 「なんだその喋り方」

 

 力を使い果たした転弧を背負う美智榴。そのまま、次の目的地へ駆け出す。

 

 「ホントにダストさんの家に行くの?」

 「ああ。俺があいつと遭遇したぐらいの時、千雨さんはいつもはまだ事務所にはいない時間だった。多分、今も家の近くで………AFOと戦ってる筈だ」

 「………どうして分かるの?」

 「勘」

 「成程!じゃあ間違いないね!」





Q.美智榴強すぎない?
A.原作USJ時点のオールマイトぐらいです。相手にもよりますがフルパワーで戦える時間も大体そのぐらい。

ちなみにネビュラグラビティは子泣き爺的な技です。


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終わりにしよう

 

 千雨とAFOの戦いは、膠着状態にあった。

 

 「いつまでそうやって溶岩作りに勤しむつもりだい?もう誰もこの辺りには住めそうにないね」

 「心配しなくとも掃除は得意なんだ。賠償金だって喜んで支払おう」

 

 周辺地域の人間は千雨が塵を操作して移動させたことで、既に避難が完了している。この場に居るのは2人だけだった。

 

 「(まだまだ無機物は沢山ある。最初の方に炎を防いだ塵化アスファルトも冷えてきた……変な個性が飛び出してこなければ負けはしないだろう。………勝つのも不可能だけど、ね)」

 

 今のAFOは気流操作によって千雨の塵操作を妨害することも、増強型を掛け合わせた圧倒的な身体能力でその速度を上回ることも出来ない。だが、同時に千雨がAFOの炎を突破する方法もない。彼らの戦いの余波により、ただただ街ばかりが破壊されていた。

 

 「『鋲突』『火炎』×5『カマイタチ』『増殖』」

 

 両手から伸びた黒爪にも炎を纏わせ、一息に振るうと灼熱の真空波が千雨に襲いかかる。更にはそれらが無数に分裂するが、塵を圧し固めた無機物の障壁で全て防ぎ切った。融解して地面に広がるアスファルトの成れの果てを尻目に、2人は言葉の応酬を続ける。

 

 「好きだねそれ」

 「『気流操作』を手放してからはお気に入りの組み合わせだよ。今は1番使いやすい」

 「芸が無いと言っているんだよ」

 「そいつは失敬、地味なのは好みじゃないんだ。しかし…このまま時間を稼がれるのは、確かにまずいね」

 

 千雨の挑発に乗るように戦法を変えるAFO。次なる攻撃は…

 

 「『イオン化』『収束』『空気を押し出す』」

 「え────」

 

 プラズマ砲。万を超える温度を秘めた破滅的な一撃が、凄まじい速度で放たれる。

 

 「チィッ!!!」

 「おぉ!よく避けた!!本当は今ので勝負を決める算段だったんだ!!」

 「全然地味じゃないじゃないか!!!本当に汚いな!!!」

 「人聞きの悪いことを言わないでくれよ!他は地味なのしかないなんて言わなかっただろ?」

 

 僅かに巻き込まれてしまったが、大部分は無事にプラズマ砲の回避に成功した千雨。AFOは人を食ったような笑みを浮かべてそんな彼女に弁解しつつ、言葉を繋ぐ。

 

 「今の組み合わせが反動が酷くてね。あまり好き放題撃てるものじゃないんだ……『雷』。こうやって適当な個性を繰り出してる方がよっぽど燃費はいい」

 「人が話聞いてあげてるんだから攻撃しないでくれ!じっとしてられないのかい!!?」

 「もう十分じっとしてたさ。久々に楽しく運動が出来るんだ、少しぐらい付き合ってくれたって構わないんだぜ?」

 「誰にも迷惑かけないならね!!こっちは現在進行形で大迷惑してる所だ!!!」

 

 息をするように様々な個性を披露し、千雨を仕留めにかかる巨悪の顔は、どこまでも楽しそうだ。彼女が必死に防ぎ、躱し、恨み言を吐き捨てる様は、AFOにとって筆舌に尽くし難い光景だった。

 

 「フフフ…君は実に素晴らしい。常に僕の望み通りの反応を返してくれる。打てば響くとは正しくこのことだ」

 「ああそうかい!!!」

 

 「千々塵風」で劫火を吹き飛ばし、そのまま風に乗ってAFOに接触を試みた千雨。しかし、風力が足りない。彼女が到達するより早く、炎が復活してしまう。その上離脱が間に合わず、さらに自身を構成する塵が減った。

 

 「随分と器用じゃないか…!!私も攻撃したいんだけどね!!?」

 「残念だけど、この戦いはターン制のRPGとは違うんだよ。アクションゲーム、やったことあるかな?あの手のゲームはね、下手くそなうちは全く自分にチャンスが回ってこない。ちゃんと付け入る隙を見抜かなきゃね」

 「悪いね、ゲームはあまりやらないんだ!!不出来な私に君の隙ってのを教えてくれるとありがたい!!」

 「ダメだぜ?不出来だからこそ自分で探さないと!簡単に答えを教えちゃ面白くないだろ!?」

 

 AFOが攻撃し、千雨が対処する。

 

 「『火炎』×5『充填』『空気を押し出す』────っと。これもちょっと制御が難しいな。即興での組み合わせはこうなりやすい」

 

 地力の差で、少しずつ天秤がAFOの方に傾いていく。

 

 「元気が無くなってきたかな?『鋲突』『スパーク』『マルチプル』。どうだい、線香花火みたいで綺麗だろ?笑ってくれよダスト!」

 

 

 

 気付けば────千雨の身体はもう半分も残っていなかった。

 

 

 

 「よく粘る!流石はヒーロー、諦めが悪い!」

 「……そりゃ…まだまだ勝てると思ってるからね」

 「ははは、君の悪い所だぜダスト。救けが来ると思ってるんだろ?けどね、現実はコミックのように甘くはない。そんな都合の良いことが────」

 「あるさ。分からないんだろう?『あんたは3巻までしか読んでいない』から」

 「────」

 

 嘲笑のつもりでかけた言葉が、思わぬ方へ転がり始めた。

 

 「『兄さん、知ってるか』」

 

 千雨の姿が、声が。いつか見たあの日の光景と重なる。

 

 「『悪者はな。必ず最後に敗けるんだ』」

 

 目の前に居たのは、確かに巨悪の弟…死柄木与一だった。

 

 

 

 

 

 「ハハハハハハッ!!!!!そうかそうか、そうだった!!!そういうことも出来たんだった!!!お前なのか、弟よ!!!?生まれ変わりって奴なのか!!!?いいや違う、弟ならドクターを殺すなんて大それたことは出来る筈が無い!!!なら何故!!!?どうしてその台詞を知っているんだ!!!?止してくれよ、殺したくなくなるじゃないか!!!なあダスト、君は一体何者なんだ!!!?今すぐ頭を切り開いて何が詰まってるのか見てみたい!!!本当に、本当に!!!面白すぎるぜ君は!!!」

 

 狂ったように笑うAFOに、千雨は静かに言葉を返す。

 

 「喜んでもらえてよかった、練習した甲斐があったよ。………私の正体が知りたいなら、その炎を消してくれ。それか…地獄の閻魔様にでも教えてもらうといい。もしあるならの話だけどね────『澌塵灰滅』」

 

 顕れるのは、塵の巨人。マスキュラーの時とは異なり、全身が顕現している上に、塵の一粒一粒が強く固く結びついている。劫火やプラズマ砲には耐えられないだろうが、命中箇所が融けきるまでには幾らか猶予があるだろう。

 

 『もう、君の相手をするのにはほとほと疲れた。ここで全部、終わりにしよう。────来い』

 

 密着した塵同士が擦れ合い、耳障りな音が絶え間なく流れる。あたかも、巨人の産声であるかの如く。



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さよなら

 

 「大きくなった所で、僕に攻撃は届かないぜ?」

 『どうかな』

 

 劫火を纏ったまま巨人に接近するAFO。だが、接触することはしない。

 

 「迂闊に触れたりはしないよ。君のことだ、何を隠しているか分かったものじゃない…『鋲突』『火炎』×5『弦』『増殖』!」

 

 10本の長大な燃える黒爪と腕部から無数に伸びた炎の鞭が巨人をバラバラに斬り裂く。細切れになった破片も丁寧に融かし、一切の油断を見せない。

 

 「こうしてゴミを増やすだけだ。どうしようもない相性差、同情するよダスト」

 『結構。悲観的になる程じゃあない』

 

 しかし、千雨もすぐに次なる巨人を生み出す。もう周辺は完全に更地と化していた。

 

 「破片は全部溶かしたと思ったんだけどね。何処に潜り込んでいたのかな?」

 『さてね……君ばかり質問するのは卑怯じゃないかい?私のには答えてくれなかった癖に』

 「ははは、それもそうだ。『イオン化』『収束』『空気を押し出す』」

 『!!!』

 

 AFOから2度目のプラズマ砲が飛び出す。狙いは…巨人の胸部。

 

 「有機物と無機物、人体とそれ以外。中に隠れていてもそのぐらいは分かるよ。また『君』が減ったね?」

 

 巨人の中に身体を分けて隠していた千雨。全てを1度に失うことを恐れたがための行動だったが、逃げ場がないという点では先程までより危険でもある。

 

 『でもこれでしばらく今のは撃てない。ようやくターンが回ってきそうだ』

 「いいや、渡さないよ」

 『強引にでも奪い取るさ』

 

 ダブルスレッジハンマーの体勢で両拳を振り下ろす巨人。塵の操作が動きに直結しており、予備動作は皆無だ。

 

 「無意味だね」

 『なら何故避けるんだい?』

 「容易く躱せることまで含めてそう言っているんだよ」

 

 猛然と迫るそれをいなすように躱したAFO。拳の一部が融解した巨人は、すぐさまその瑕疵を補う。

 

 「そら」

 『な────』

 

 

 

 直後、プラズマ砲が巨人の肩から上を飲み込んだ。2撃目から間髪入れずに放たれたそれに千雨は内心動揺しながらも、AFOを煽る。

 

 「焦ってるのかい、ひょっとして!!あるいは反動があるってのも嘘だったとか!!?」

 「心配は要らないよ。反動で今も身体が麻痺し始めてる。ただ、遊びはもう止めようと思ったのさ」

 「そいつはちょっと遅かったね!!!こっちはそろそろ決着をつけるつもりだ!!!」

 

 

 

 

 崩壊した巨人をすぐに球状に形成し直し、必殺技を繰り出す千雨。

 

 

 

 「『塵に還れ(ダスト・マスト・ダイ)』ッ!!!!!」

 

 

 「こんなもの…」

 「避けさせないよ!!!」

 「!!」

 

 瞬間、辺りからせり上がるのは、未だ熱と流動性を帯びたままの融けた巨人の残骸。…そう、千雨が塵化できるのは決して固体だけではない。融けていった分にも再度触れて塵にしていたのだ。

 

 「(さっき隠れていたのは…これか)」

 「手を灼いた甲斐はあったかな!!?これだけの質量があれば、君を押し潰すぐらい……訳は無いッ!!!!」

 

 巨大な砲弾が着弾するより先に、周囲の溶岩もどきがAFOに覆い被さる。全てを躱すことのできる個性は、今のAFOの手元には無かった。

 

 

 

 「………塵も積もれば何とやら、か。やっぱり気流操作を失ったのは…痛手だった」

 

 

 

 紅い波が、巨悪を呑む。すぐ後に巨塊が着弾し、地鳴りと共に全てを擦り潰した。

 

 

 

 

 

 「……………」

 「おかげで服が燃え尽きてしまった。いやあ、恥ずかしい限りだ」

 

 

 

 あまりにも残酷過ぎる結果。AFOは、当然のように這い出して浮き上がってきた。何かの個性か、外套をどこからともなく引き出しながら、滔々と言葉を並べる。

 

 「『熱無効』と『低反発』。あらゆる君の攻撃で僕が傷を負う可能性は初めから万に一つも無かったんだよ、すまないね」

 「………ぬか喜びさせるのが…本当に上手いよ」

 

 千雨に残された道は、もう時間稼ぎしかなかった。それすらも反動を無視してプラズマ砲を連発されるだけで容易く綻ぶだろう。

 

 「────ック…!!」

 「ああ、まずいな。呂律が回らなくなりそうだ。次でトドメにしよう」

 

 6年前と全く同じ構図。警戒していたにも関わらず突然のプラズマ砲を避けきれず、千雨は残っていた塵の半分程を失った。あの時と異なるのは、オールマイトの救けが望めないという絶望的な事実。

 

 「さよなら、ダスト。君と出会えて本当によかった」

 

 果たして本心からの言葉か、醜く口角を歪めながらそう嘯くAFO。千雨は諦めずに全身の分離による逃走を試みる…と、見せかけて、

 

 AFOに接近した。

 

 「特攻。悲しいね、ククク────」

 

 

 

 

 

 「『メテオナックル』ッ!!!!!」

 「!?」

 

 上空からの奇跡を呼ぶ一手。劫火が剥がれ、さらに頭上からは小さな瓦礫が飛んできている。射手は転弧。美智榴の背から、コラプションシューターによって放ったものだ。

 

 「(────まずい!)」

 「被身子ちゃん!!!!!斜め下前方です!!!!!」

 「「「『千々塵風』ッ!!!!!」」」

 「な────」

 

 声の方に振り向いたAFO。瓦礫と一緒に躱したつもりだった千雨は、既にそちらへ回り込んでいた。さらにその奥からは、もう3人の千雨が力を合わせてAFOと手前の千雨に暴風を叩きつける。

 

 

 

 「千雨さんッ!!!!!いけえええええええ!!!!!」

 

 

 

 全ては、必然と偶然と運命の上に成り立ったことだった。

 

 

 

 もしAFOが反動度外視でプラズマ砲を連発していなければ、鋭敏なままの感覚が彼らの接近を嗅ぎつけただろう。

 

 

 

 もし襲撃が朝早いこの時間帯でなければ、彼らがここにこのタイミングで集うことはなかっただろう。

 

 

 

 もし千雨が心詠を、転弧を、仁を、被身子を、そして転弧が美智榴を救っていなければ、この結末を迎えることはなかっただろう。

 

 

 

 強風に乗り、

 

 胸から上と右腕だけになった千雨が、

 

 炎が消えたAFO目掛けてその掌を突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「惜しかった。本当に、惜しかったね」

 

 ────────彼女の掌は、虚しく空を切った。

 

 追従する彼女の塵が、慰めのようにAFOに乾いた音を立ててぶつかり零れ落ちる。

 

 「那珂美智榴ちゃんも、来てしまったか。残念だよダスト……改めて、さよならだ。またいつか、君が生きているうちに戻ってくるからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そうだね。さよならだオール・フォー・ワン

 「────」

 

 

 

 AFOの身体が、塵と化して消えていく。

 

 

 

 「……………おかしいな。触られた覚えは、無かったんだが」

 「何を言っているんだい?触ったじゃないか、今まさに」

 

 千雨は、最後の切り札を表に出したのだ。

 

 「私の個性は、私自身に加えて触れたものを塵にする。気体以外は、ほぼ例外なくね」

 

 残りの身体を塵化させ、漂わせながらAFOに話す。

 

 「けど、さ。……………手で触れなきゃならないと言ったことは、ただの1度も無かったよ?」

 「………なる、ほど。こいつは…1本取られたな」

 

 塵堂千雨…ヒーローネーム「ダスト」、個性「塵」。触れたものと自らを塵に変え、さらに塵を操ることができる。小麦粉や灰なども対象。すべての塵は台風の風速にも負けない程の速度で操作でき、自らの塵は半径10km圏内にまで拡散させることが可能。そして、その他の塵に関してはその限りではない。なお────────

 

 

 

 

 

 「適用範囲は塵化部位も含めた私の全身だ

 

 

 

 

 

 相手に触れるのは必ずしも手である必要はない。



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    :オリジン

 

 「参ったなぁ……ドクターをやったのは、これか…」

 「そういうことだよ。正直何処かで気付かれてたかもって思ってたけど……30年間、隠し通した甲斐があった」

 

 薄く笑いながら、全ての種を明かす千雨。AFOは既に四肢を失い、されど血は一滴も溢れていない。全て塵化し、その所有権は千雨にあったのだ。

 

 「不思議な個性だね………確かにまだ僕の身体だという感覚はあるのに、実際には君の匙加減一つで今この瞬間にも消えてなくなってしまう。ああ、肌が粟立つ。こうなってもまだ要らないと思えるよ」

 「私も最初は制御に苦労したんだ。大雑把な君じゃあ使いこなせないさ」

 「言ってくれるじゃないか」

 

 死の淵に立ってなお憎まれ口を叩くAFO。千雨も少しぐらいは、と彼の今際の言葉を聞いている。

 

 「……最期に教えてくれ。君は、何者なんだい?」

 「自分で考えなよ。残り少ない時間の中で」

 「……………そうだね。そうさせてもらおうか────『増殖』」

 

 

 

 「え?」

 

 

 

 千雨の顔を、AFOの頭から伸びた手が覆った。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 「油断したねぇダスト!まさかそういう手もあるとは思わなかったかな!?文字通り、ね!はははは…」

 

 暗く、狭く、闇が流れるここは千雨の精神領域。何の因果か、AFOとOFAという2つの個性はここを通して相手に干渉することが出来てしまうのだ。

 しかしAFOにとって予想外だったのは、彼女の精神に潜むモノ。

 

 1人は、彼もよく見慣れたいつもの塵堂千雨。

 

 

 

 だがもう1人は、見たことのない人物だった。

 

 

 

 「………油断したよ、ああ。本当にしつこくて嫌になる」

 「…驚いたな。先客が居たとはね。……君の全ての秘密は、彼女が握っているのかな?」

 「そうとも言えるし、そうでないとも言える。ちょっと微妙な所だね。正直、私が今もここにいるとは自分自身思ってもみなかった」

 

 謎の人物…少女とも女性ともつかぬ彼女ははっきりと受け答えを行った。

 

 「ごめん…私が甘かった」

 「ホントにねー。こうなる可能性は0じゃなかったでしょ?勘弁してくれ」

 

 千雨に比べ、ほんの僅かに女らしさを残した口調の彼女は、AFOに向かって手を翳す。

 

 「……悪いけど、()()は要らない。絶対扱いきれないし、おまけで君までついてくるとなっちゃ返品一択だ」

 「それは、私も同意だね」

 「おいおい、冷たいじゃないか!僕も仲間に入れてくれ!!」

 

 千雨と彼女がAFOを拒む。本来ならAFOも2人での侵略が可能な筈だったが、もう1人の意識は殆ど『腐り落ちて』しまっていた。

 

 「酷いとは思わないのかい!?葬は君のせいでこうなったんだぜ!?ヒーローとして罪悪感の一つでも抱いたらどうだい!?」

 「無くはないよ。でも、私じゃ全ては救えない」

 「私は、私のやりたいようにやったまでだよ。そしてこれからも、ずっとそうする」

 「…へぇ…!!君、思ってたよりずっとこっち側の人間だったのか!」

 

 嗤うAFOに、2人は頑として言葉をぶつける。

 

 「死柄木葬が生まれたのは、私が原因だ」

 「でも、死柄木葬を生み出したのは、君だ」

 

 少しずつ、AFOが外へ押し出されていく。

 

 「「私たちの蒔いた種は、私たちで刈り取らなきゃね」」

 「ああ、ダメだ!!まだまだ知りたいんだ、なあ!!ははは、凄いぜこいつは!!コミックの中にだってこんな面白い登場人物は居なかった!!見せてくれよもっと!!君の、君たちのすべてを────────────」

 

 

 

 

 

 光の中に、AFOは消えていった。

 

 

 

 

 

 「私は、塵堂千雨」

 「塵堂千雨は、私」

 

 

 

 「「それじゃあ、またいつか」」

 

 微笑み合う2人は、少しずつ闇に溶けていく。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 「大丈夫か、千雨さん!!?最後にアイツが何か…」

 

 茫洋と浮遊したままの千雨に駆け寄る転弧。他の仲間たちも、続々と彼女の元に集まってくる。AFOは、既に完全に塵化して消滅してしまっていた。

 

 「お疲れ様です、ダストさん」

 「よく見るとこの辺、めちゃくちゃになっちゃってますねえ。請求額が物凄いことになりそうです。……いや、流石に個人に負担はさせないでしょうか」

 「AFOは!?倒したんですよね、ダストさん!?」

 

 「ああ、心配要らないよ。……………はー、長かったなぁ……………ようやく、枕を高くして眠れそうだ」

 

 全身を…否、胸から上と右腕を更地に投げ出す千雨。

 穏やかな笑顔は、眩しい陽の光に照らされて一層輝いているようにも見えた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 日本全国で同時多発的に発生したヴィランの決起と脳無の大量発生。一連の事件での死者や負傷者、また都市や住宅への被害は決して少なくなかったが、最終的には全ての地域で無事鎮圧が確認された。

 特に被害が大きかったのは、オールマイトとオール・フォー・ワンなるヴィラン、そしてダストと敵連合の死柄木葬が激闘を繰り広げた2つの地域。どちらも人的被害こそ軽微だったものの、大都市が跡形も無く破壊し尽くされたその光景は戦いの凄まじさを嫌でも人々に実感させた。

 AFOは捕縛されタルタロスへ送られ、死柄木はダストによって殺害。後者について世間は一時荒れに荒れたが、敵の強大さを鑑みれば致し方なしということで一応の決着を迎えたのだった。





 状況が状況とはいえホークスがトゥワイス殺してもヒーロー続けられてるんでセーフ。

 次回、最終話です。


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明るい今日を

 

 未曾有の大事件から、およそ2ヶ月。未だ各地に爪痕は残っているが、そんな中でも一大イベントは欠かさず行われた。

 

 『ついに今年度の上半期ビルボードチャート発表の日がやって参りました!果たしてどんな顔ぶれがトップ10に並ぶのかァァッ!?それでは早速ご覧下さいッ!!』

 

 そして現れる、1()1()()のヒーローたち。

 

 『No.10!!去年下半期での支持率大幅アップに加え、「(ヴィラン)・脳無大乱」以降の活動規模拡大により、史上初!!チームでのトップ10入りを果たしたァッ!!「メテオルイン」から、崩壊ヒーロー「ルイングレイ」!!!並びに、デンシティヒーロー「メテオライト」!!!』

 

 少し恥ずかしげに前に出る転弧、対して堂々と正面を向く美智榴。ホークスなどの前例があるために霞んでいるが、3年目にしてここまで到達するのは並ならぬことであった。

 

 

 

 原因の大部分を占めているのは、前年の秋にSNSで激写された2人の画像。なんと『プリユアの映画上映してたスクリーンのとこから地元のヒーロー出て来たwwwwwwwwww』という内容で投稿された呟きが爆発的に話題になり、特に転弧のクールな外見からのギャップに注目が集まったことで、知名度が飛躍的に高まったのである。

 

 

 

 「公開処刑だ………去年の下半期はギリセーフだったのにな」

 「気にしなくていいじゃん!プリユア、面白かったよ?」

 「時々お前が羨ましくなるぜ」

 

 その後はスタンダールやホークスといった若手ながら馴染みの面々が続き、様式美となりつつあるトップ3の発表に移る。

 

 『No.3!!多少のゴタゴタはありましたが、のちに大乱での戦闘区域にて死者を出さなかったことが広く評価され順位をキープ!!塵化ヒーロー『ダスト』!!」

 

 

 『No.2!!インターン期間中には彼のお子さんである『ショート』くんにもスポットライトが当たっていたのは記憶に新しいです!!フレイムヒーロー『エンデヴァー』!!」

 

 

 『No.1!!大乱で見せたその姿!!その背中!!未だ平和の象徴、健在!!『オールマイト』ッ!!!」

 

 皆が各々に大喝采を贈る中、彼らへのインタビューが始まる。

 

 『それではメテオルインのお2人!今回の結果を受けて一言!』

 

 『私たちを有名にしてくれたプリユアに恥じない活躍をしていきたいですっ!!』

 『…ゴホン。こいつのはまあ…冗談半分ってことで頼みます』

 『なんでぇ!?』

 『あっバカ…!』

 

 マイクが入ったまま美智榴が叫んだせいで、ハウリングが会場に響く。少し間を置いて、再び司会者が話し始めた。

 

 『アハハ…では、ルイングレイもどうぞ』

 『はい』

 

 数瞬の沈黙を破り、転弧もインタビューに答える。

 

 『……………皆さんにとって……最高のヒーローとは、誰でしょうか。多くの人はきっと、オールマイトと答えるでしょう。あるいは海外のヒーローを挙げる人も居るかもしれません。………でも、俺にとっては……15年前のあの日からずっと、ダストこそが最高のヒーローなんです。────いつも隣に立ちたいと思っていました。いつかこの場に立ちたいと思っていました。それが今、こうして叶っている。………憧れは、時に無謀さを生んでしまうかもしれない。ただ同時に、凄まじい原動力にもなり得るんです。俺のインタビューを聞いている人には、知っておいてほしい。自分にとっての最高のヒーローっていうのはきっと………誰よりもその人自身に力をくれた人なんだってことを。だから、俺も誰かにとってそうであれるように。そのつもりで、これからもヒーロー活動を続けていきたいと思います』

 

 会場には、万雷の拍手が轟いた。一緒に手を叩く千雨に、隣のホークスが話しかける。

 

 「イイコト言いますね、ダストさんのお弟子さん」

 「ふ、ふふっ、だろ?転弧くんは、自慢だからね。私の」

 「………相変わらずガチガチッスね」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 インタビューも(本人としては)しっかりとこなし(たつもりで)、式典を終えた千雨。会場からの帰路、待ち合わせの最中にグラントリノと電話していた。

 

 「ええ、もうオールマイト本人からも聞きました。残り火も随分小さくなった感覚がある、今年いっぱいが精々だと」

 『そうか。………なあ、嬢ちゃん。俺は…AFOはやっぱり仕留めちまうべきだったんじゃねえかと思う。隠れたままのシンパ共が暴れる可能性を考慮した上でな』

 「…私もそう思いますよ。けれど、オールマイトがそうしたのであればそれで構いません。どの道奴にもうAFOの個性は残っちゃいない…ただの怪力男に過ぎません。…それに」

 『それに?』

 「もし他に何か個性を秘めたままだったとしても…それでタルタロスを脱獄して来たとしても。今度は出久くんがいます。転弧くんがいます。次世代のヒーローたちがいます。心配することは無いでしょう」

 『……そうだな。それもそうか。ありがとな、嬢ちゃん。また俊典とナイトアイも連れて飯でも行こう』

 「ええ、是非。では」

 

 電話を切った千雨の元に、2人の声が届く。

 

 「千雨さん、待たせた!」

 「スタンダールがすっごい詰め寄って来たんだよ!!もうびっくりしちゃった!!」

 「あははは、彼も中々目敏いな。さあ、行こうか。何気に志村家にお邪魔するのは初めてだ」

 

 3人が向かうのは、転弧の実家。トップ10お祝いパーティーの開催に、転弧が長い間お世話になったとしてダスト事務所のメンバーも招待されているのだ。

 

 「よーし、レッツゴー…あっ!!!」

 

 いざ歩を進めようとした美智榴の目に留まったのは、青信号の横断歩道に突っ込もうとしている乗用車。アクセルとブレーキを踏み間違えたか、このままでは歩行者を…幼い少女を轢いてしまう。

 

 

 

 「────大丈夫、私がいる」

 

 

 

 いち早く少女を救け、車を止める千雨。抱き抱えたその子に向かって、優しく笑いかける。

 

 「怪我は無いかい?」

 「う、うん!ありがとう…!」

 

 

 

 ────今度は、誰一人傷付くことなく救えた。





これにてひとまず完結となります。
勢いだけで投稿を始めたのですが、思っていたよりずっとたくさんの人に見てもらえて嬉しかったです。何とか毎日欠かさず投稿出来たことについては、それなりに頑張ったな、と思います。

番外編は今のところ考えていませんが、ワールドヒーローズミッションの話とか、被身子と原作A組のエキシビションマッチとか、千雨の掲示板での反応とか、ひょっとしたら上げるかもしれません。あまり期待せずに待っていてください()

最後に、ここまで見て下さった方、本当にありがとうございました。


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番外編
2年次1学期期末実技試験:その1



番外編です。投稿間隔は不定期です、気長に待って頂ければ…


 

 雄英高校ヒーロー科、2()年A組の生徒たち。彼らは今、学年が上がって最初の期末試験、その実技部門の会場へバスで向かっている所だった。

 

 「うぇ〜ぃ…やっぱ範囲広すぎだろ筆記……」

 「しょうがねえよ……普通の高校でやる内容1年でやりきっちまったからな」

 「しかも数IIIの最後めっちゃ難しかったよね!?何アレ!!?」

 「エクトプラズム先生の趣味でしょう。最低限基礎を教え終えたということなのか…どの先生方もかなり好き放題なさっておられましたわ」

 

 各々筆記試験の感想を溢しながら、友人たちとの談笑に耽る。よく見れば、身に付けているのは制服でも体操服でもなく、それぞれのコスチュームだ。

 

 「お喋りは程々にしときな。これから始まる実技試験の内容考えて対応策練っとく方がよっぽど合理的だぞ」

 

 そんな賑やかな雰囲気も、イレイザーヘッドの一言で瞬く間に引き締まる。少しして再び生徒同士の会話がちらほらと行われ出したが、どれも内容は実技試験についてのことばかり。1年と少しの経験は、彼らを確実にヒーローとしての高みへ押し上げていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「運動場γ、か」

 「そうだ。修復のついでにちょっとばかし構造も変わってるが……まあ、何もここ全域を使う訳じゃない。詳しい説明はお前たちの試験相手が来てから────っと、もう居たか」

 「!!」

 

 イレイザーの視線の先、ゆっくりとA組の面々に近付く人物。生徒たちも彼の視線を追い、直後驚愕の声が上がった。

 

 「ダ…ダスト!!?」

 「し、試験相手ナンバー3っすか!!?」

 「ハンデあるよね!!?去年みたいな!!!」

 「あんなのがあってもあの人には意味無さそうだけどな」

 

 混乱に包まれる生徒たちを見て、目を細めながら悪戯っぽく笑う「ダスト」。その顔に、出久など一部の生徒は違和感を抱く。違和感の正体は、イレイザーがすぐに明かしてくれた。

 

 「落ち着け。それと、お前も紛らわしいことするな渡我」

 「クスクス、すみません。今度こそお友達になれる機会だと思ったので、つい」

 「渡我…ってことは!」

 

 ダストが溶け、中から現れたのは被身子。コスチュームなのかどうなのか、私服姿の彼女は改めて2-Aに自己紹介を行った。

 

 「後輩の皆、お久しぶりなのです。渡我被身子です。今日は私も期末試験として皆の相手をすることになってるので、よろしくね!」

 「私『も』?」

 

 誰かが発した疑問の声を、イレイザーが拾う。

 

 「今回の実技試験は渡我とお前たち、それぞれの評価を一度に行うことになった。……知ってるだろうが…渡我は体育祭を3連覇してる。ダストさんやメテオライトでさえそれが出来なかったんだ。どんな偉業か、みなまで言わずとも分かるだろ」

 「ちょっと照れますねぇ」

 

 1年から3年まで、被身子は雄英体育祭を一切の苦戦も無くその全てを圧倒的な成績で優勝している。

 

 

 その功績から、ついた異名は『クラウン1』。

 

 

 伝説を残した一つ上の先輩を、A組の生徒たちは畏敬の念を込めて見据える。

 

 「そういう訳で、内容はこうだ。渡我被身子と2-Aによる模擬戦闘。運動場γのこの場所、比較的開けた半径200m圏内をフィールドとする。お前たちの勝利条件は何でもいいからとにかく渡我に1発クリーンヒットを入れること。渡我の勝利条件はお前たち全員をノックアウトすること。分かりやすいだろ?」

 「ぜ、全員って…!!20対1ってことですか!?」

 「釣り合っていない、と?サポートアイテムもコスチュームも無かったとはいえ、似たような条件で通形に伸されたのを忘れたか?」

 「うぐっ…」

 

 寄ってたかってはどうなのかと考えたか、イレイザーに問いただす切島。しかし、1年の頃にミリオに手も足も出なかったことを指摘されると言葉に詰まった。

 

 「心配しなくとも勝敗で成績をつける訳じゃない。2-Aは連携とその中での己の役割に対する理解度、及び活躍の度合いを。渡我は対多数における戦法の如何を見られることになる。それともう分かってるとは思うが、過度な破壊行為は減点対象だ。去年の大乱を受けての実技試験、複雑な地形で強敵相手にどう立ち回るかが大事になるってことだな」

 

 そうしてイレイザーは一通り自分の受け持つ生徒たちの顔を流し見たのち、発破をかけた。

 

 「………最初は1年だけお前たちの担任をするつもりだった。…が、気が変わってな。無理言って今年と来年もお前たちにつかせてもらえるようにしてもらったんだ」

 「ら、来年も!!?」

 「急に相澤先生がデレた…!!」

 「やかましい。…何で今こんな話をしてるか分かるか?俺がそれだけお前たちに期待してるってことを知っといて欲しかったのさ。……つまり、だ。────情けねぇ結果出したら承知しねえぞ」

 「「「頑張りまああぁす!!!」」」

 

 彼の凄みに久々にいつものノリを炸裂させたA組。側で様子を見ていた被身子も、イレイザーに声をかける。

 

 「仲良しですねぇ?」

 「…ハァ…さっさと位置につけ。渡我はフィールド中心、A組は各々自分がつくべきだと思う場所に。5分後試験開始な」

 「クス、りょーかいです」

 

 言い残して立ち去るイレイザーを他所に、皆一様に慌しく動き出すのだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「皆で作戦を立てる時間は、無いようね…」

 「梅雨ちゃん、私らも────」

 「ねぇねぇ、2人ともカァイイね!お名前教えて下さい!」

 「うぇ!?」

 

 数人が簡単な方針のもと移動を始め、蛙吹と麗日も自分たちの能力に合った位置取りを考えていたその最中。背後から突然話しかけてきた被身子に麗日は思わず驚いた。

 

 「と、渡我先輩!私、麗日お茶子……じゃなくて!位置につかないといけないので、えぇっと…!」

 「落ち着いて、お茶子ちゃん。先輩、私の名前、蛙吹梅雨っていうの。本当ならもっとたくさんお話したいのだけれど、今は期末試験中。お互い全力を尽くした後で、改めてお友達になりましょう」

 「……!はい!お茶子ちゃん、梅雨ちゃん!よろしくね!」

 「は、はい!よろしく、です!」

 「ケロ」

 

 和やかな一幕。本来なら決して相容れることのなかった彼女たちの間に、小さな繋がりが生まれた瞬間だった。

 

 

 

 「(……お茶子ちゃんとお話していたとはいえ、全く渡我先輩の接近に気付けなかった。相澤先生も認める実力は…伊達では無いということね)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『2-A及び渡我被身子の実技試験、始め!』

 

 放送直後のブザーと共に一斉に動き出すのは、出久・轟・爆豪の3人組。エンデヴァーの元で培った経験は、レベルの高いA組の中でも彼らを突出させていた。挑戦的にも出久が正面から被身子に挑みかかる一方で、轟と爆豪はそれぞれ被身子の死角から攻める。

 

 「いきなりですか」

 「情報収集は…済んでますから!!」

 

 被身子はその活躍ぶり故に、戦闘スタイルを非常に多くの人間に把握されてしまっている。プロになる上では避けては通れない道であるため、悪いことでは無いのだが…こと多対一というシチュエーションにおいては辛い部分でもあった。

 

 「(間違いなく初手の変身はダスト!ラインセーバー()()じゃ捌き切れないことぐらいは…百も承知の筈だ!)」

 「私も、行きますねっ!」

 

 出久の考えた通り、被身子が変身したのは千雨。すぐさま頭部以外を塵化させ、上空へ逃避して3人の包囲網からの離脱を図る。この状態ならば、今警戒すべきなのは肉弾戦主体の出久ではなく…

 

 「そうするっきゃねェよなァ!?『徹甲弾(A・P・ショット)』ッ!」

 「緑谷!退がれッ!」

 

 轟と爆豪の2人。迫る轟の炎を前に、地上から離脱した際に塵化させた地面の一部を盾として利用しようとした被身子。しかし、爆豪の繰り出そうとしている技の性質を瞬時に見極め、一転回避を選択する。

 

 直前まで被身子が漂っていた位置を貫く爆発。この程度の流れは想定内だったか、動揺している者はこの場にはいない。

 

 「(ちょっとした壁ぐらいなら簡単に貫通しちゃいそうですね。……でも、焦らない。まずは────)」

 

 被身子が目を向けた方向から、轟音を立てて巨大な金属管が倒れ込んできていた。下手人は切島、芦戸、砂藤。金属管の根本をへし折り、溶かし、被身子目掛けて妨害を試みたのだ。

 

 「ぃよし!」

 「カンペキッ!!」

 「(────数を減らしていかないと!)」

 

 後退する彼らを目で追いつつ、金属管に手で触れて即座に塵化…した瞬間、内側からさらに人影が飛び出す。

 

 「『宵闇よりし穿つ爪』!!」

 「!」

 

 常闇踏影の「黒影(ダークシャドウ)」が被身子の顔に掌を突き出す。彼女もギリギリで反応し、直撃寸前で塵化して逃れたが…さらにその隙を轟と爆豪が突く。

 

 「(粉の弱点!!!)」

 「(頭をバラした瞬間は五感が利かなくなる!!!)」

 

 火炎と爆発。2つの輝きが辺りを照らし、一瞬常闇の黒影が萎んでしまうが、コスチュームの内側から再び伸びた黒影に抱えられながら常闇もその場を離れる。肝心の2人の攻撃は────

 

 「チッ」

 「躱されたか…」

 

 それを予測していた被身子が一手早く動いたために直撃とはならなかった。離れた位置で出久たち3人を視界に捉え直した彼女は、

 

 「…真っ黒な子もどっか行っちゃいましたか。………ちょっと、甘く見過ぎてましたね」

 

 戦法を変えることに決めた。

 

 

 

 

 

 「『複合変身(トランスマイル)二人(デュオ)』」





THE・補足
トガちゃんは十数種類のタイプのコスチュームを日替わりで身に付けている。「カァイイ」と思った服装を自身の毛髪から造られた特殊繊維により反映しており、変身に呼応して変身先の人物の服装を肩代わりしてくれるようになっている。服が嵩張らなくて素敵。


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2年次1学期期末実技試験:その2


トガちゃんのコスチュームは当たり前ですが塵化させていません。変身解いちゃうとえらいことになるので。


 

 「(────来たッ!!)」

 

 僅かに被身子の変身が解けた…かに思えたが、すぐにその姿が固まる。そこに居たのは、千雨と心詠を足して2で割ったような人物だった。

 

 「ふむふむ、成程……大体3人前後で集まってる感じですねぇ。1つだけいっぱいいる集団も…っとと!」

 

 いち早く爆豪の接近に反応し攻撃を躱す被身子。爆豪も彼女から視線を外すことなく、轟たちに呼びかける。

 

 「轟、()()!!此処で抑えんぞ!!」

 「「応!」」

 「……もう不意打ちは通用しませんよ?」

 

 不敵に笑う被身子。彼女は今、千雨と心詠に()()()変身している。これによって何が起こるのかといえば、答えは単純明快。

 

 

 2人の個性も同時に使うことが出来るのだ。

 

 

 「ハッ!!そォ思うかよ!!?」

 

 開始時と同様、一斉に突撃を行う3人。被身子は後退を試みながら、事前に千雨から伝えられたアドバイスを思い返していた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「実技試験の変更?2-A、Bとそれぞれフルメンバーで模擬戦闘!?ひゃあ、根津校長も中々意地悪だね」

 「分かってないと流石に厳しいって、早めに教えてもらったのです」

 「まあ、そうだね。あの世代は皆本当に優秀だ…被身子ちゃんも完全に初見なら多分勝てっこないだろう」

 「そんなに」

 

 目を丸くして呆ける被身子に、千雨は話を続ける。

 

 「要は事前に対策を練っておけってことさ。それが分かってたから、被身子ちゃんも私にそのことを話してくれたんだろう?」

 「はい!心詠さんをがっかりさせたくないのです!」

 「ふふ、そっか。それじゃあ、私も期待に応えなくちゃね。そうだなあ……とりあえず皆の名前と個性を…」

 「あ!お名前は私から聞きたいので、個性とどんな子なのかだけ教えて下さい!」

 「おや。仲良くなれそうな子が居たんだね?何にせよ、ご注文承ったよ」

 

 千雨は4()1()()全員の個性と特徴をおおよそながら被身子に伝えた。中でも、注意すべき人物については詳しく述べて。

 

 「A組は、緑色の子と紅白の子、それと目つきの悪いトゲトゲ頭の子だね。多分3人纏まって動いてくるから、すぐに分かる筈だ。言った通り、うち2人は私の個性にもダメージを与え得る。それに、トゲトゲの子は頭も回る。倒すのも正直かなり難しいだろう。まずは他の子たちをダウンさせたい所だけど……あと1人、相性が最悪な子が居る。……………そう、その子だよ。まだ被身子ちゃんは塵での探知の精度が良くないから、心詠さんの個性も使った方がいいと思う。()()のことを考えてもね」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「(この3人とは別に1番近くに6人!半分は動揺・焦り無し!きっと…迎撃メンバー!!)」

 

 被身子の塵操作による高速移動は、千雨のもの程ではないにしろかなり速い。個性把握テストで換算するならば、50m走は容易く1秒台をマークするだろう。成長により移動速度を上げた出久たちでも、運動場γの複雑な地形もあって追い付くのは少々手間取る。それ故に、クラスメイトたちは先回りによる迎撃を試みたのだ。

 

 「やべ…思ってたより速ェ!」

 「上鳴!」

 「オッケー、任せろ!」

 

 背を向けて尚も撤退の素振りを見せている先程の奇襲組。待ち構えていたのは、瀬呂と上鳴。彼女を視界に捉えた瞬間に瀬呂がテープを伸ばした腕を引き、予めボルトが外されていた金属管を被身子目掛けて倒す。先程対処して見せたように、この程度の攻撃が被身子に通用する筈は無いが…当然、本命はそれではない。

 

 「狙い通りっスよ先輩!!常闇警戒して、躱しましたね!?」

 「!」

 

 心詠の能力により、またしても金属管に常闇が隠れていることを看破していた被身子は、塵化よりも回避を優先した。そこを狙い撃つ、上鳴の必殺技。

 

 「ターゲットエレクト!!」

 

 瀬呂の引き倒した金属管に取り付けられた、複数のポインター。被身子の回避を潰すように設置されたそれらの内の1つに向かって、電撃が走る……が。

 

 「ぜーんぶ、お見通しですよ」

 「な!?」

 

 塵化させた障害物を前面に展開させて避雷針として活用し、上手く電撃を逸らす被身子。意表を突かれて一瞬怯んだ瀬呂と上鳴を、残りの塵で拘束する。

 

 「ぐえ…」

 「う、ごけね…!!」

 「まずは2人、捕まえました!」

 

 『上鳴電気、瀬呂範太OUT!脱落者は手出し厳禁!』

 

 「げ!!?これダメなのかよ!!?」

 「マジかー…俺って毎年最初の期末こんなんだな」

 

 流れる機械的なアナウンスに顔を引き攣らせる上鳴と瀬呂。被身子に課せられた条件は『相手を行動不能にすること』であり、ダメージを与えて気絶させたりする必要はないのだ。すかさず、イレイザーからの補足が入る。

 

 『本来なら味方に救助されるってパターンも考えられるが、今回は無しだ。一回拘束されたら独力で何とか出来ない奴は問答無用で脱落判定な』

 「先言ってくれよそれえええ!!!」

 

 上鳴の慟哭を他所に、離脱の機会を逸したために同様に塵に縛られる常闇。しかし、黒影が拘束を振り解いて再度離脱を試みた。

 

 『コノ位デ勘弁シトイテヤルゼー!!アバヨ!!』

 

 

 

 「────『三人(トリオ)』。逃しませんよ」

 『エ?』

 

 

 

 瞬間、常闇の意識が飛び、黒影が引っ込む。

 

 『常闇踏影、OUT!』

 

 

 

 直後、被身子の後を追ってその場に到着した3人は、完全に突き放される前に目にした被身子の姿に顔を曇らせる。

 

 「…チッ。あのダセぇバイザー…見たことあんぞ」

 「あぁ…メテオライトのコスチュームだ」

 「まさか…3人まで同時に変身出来たのか……!!」

 

 複数の人間とコスチュームが入り混じった容貌。それでも特徴的なバイザー、そして被身子と接触し得る人物から、彼らはその正体に辿り着く。

 

 「(ダストに、ラインセーバーに、メテオライト…!!!僕らは────3人のプロヒーローと同時に戦ってるんだ!!!)」

 

 正確に言えば、被身子のそれぞれの個性の練度からしてそこまで凶悪な状態では無いのだが…それでも今の彼らにとって、相当な相手であることに変わりはない。そんな中…

 

 

 

 

 

 「………まァ…アイツも焦ってんのは間違いねェな」

 

 ただ1人、爆豪は彼女の弱点を見抜いていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ヤオモモ!!上鳴と瀬呂やられちゃった!!常闇も!」

 「承知しております。ですが、無意味な脱落などではありませんわ。私が必ず、彼らの脱落に報いてみせます」

 

 八百万率いる9名のA組メンバーに、芦戸たちも合流する。これでここにいるのは12名。出久たちを除けば、居ないのは障子と耳郎だけだ。

 

 「障子と耳郎は!?」

 「私の作戦通りに動いていただいておりますわ。この戦い、鍵となるのは耳郎さんです」

 「耳郎が?そりゃどういう…」

 「ごめんなさい、説明している余裕は無さそうです!もう渡我先輩がすぐそこまで来ています、御三方にもお願いしたいことが!!」

 「!分かった!!」

 

 現在、17対1。決着の時は、刻一刻と近づいていた。





『複合変身』
渡我被身子の必殺技。複数の人物に同時に変身し、それぞれの個性を扱うことが出来る。現在3人まで同時に変身可能。一見強力無比な技のようにも思えるが、弱点も多い。


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2年次1学期期末実技試験:その3

 

 「(散ってた子たちが集まって…!この先!)」

 

 出久たちの追跡からどうにか逃れつつ、配管の陰に隠れたエリアに固まっていた残りのメンバーたちの前に姿を現した被身子。『読心』により司令塔が八百万であるということを即座に看破し、『塵』と『密度』を以て彼女をダウンさせに掛かる。しかし…

 

 「むぅ…!!」

 「いきなり正面からッ!!中々熱いじゃないスか、渡我先輩!!」

 「八百万はやらせねえ!!」

 

 割り込んできたのは、切島と砂藤。八百万に大きな怪我をさせない程度の威力であったため、2人には容易く受けられてしまう。即座に拘束し、彼らを脱落させようと試みた。

 

 「ぬおっ…」

 「こんちくしょおおっ!!」

 

 『切島鋭児郎、OUT!』

 「クッ…悪い皆、後は頼む!!」

 

 砂藤は強引に塵の拘束を打ち破ったものの、切島は単独での脱出が出来ずに脱落。その隙を突いて被身子が八百万に近づくのと同時に、芦戸と青山が前に出て攻撃を仕掛けた。

 

 「やああっ!」

 「隙アリ☆」

 

 どちらも『塵』に対して有効打となり得る個性。被身子はひとまず後退し、躱して距離を取る。が、すぐさま頭部を瞬間的に塵化させた。すり抜けるように彼女の顔から飛び出してきたのは、複数のハト。

 

 「『読心』の対象は人間だけじゃないのです。隠してる訳じゃないけど、知ってる人そんなに居ないみたいですね」

 「うぅ…」

 

 自身の個性によって力を貸してくれた彼らの存在にも気付かれていたことに思わず怯む口田だが、八百万にとっては想定の範疇。寧ろ作戦の大詰めはここからだ。

 

 「口田くん、下がって!!解除!」

 

 麗日が声を上げ、両手の指を合わせる。個性解除の合図と共に────被身子周辺の金属管が一斉に崩れ落ち始めた。

 

 「(凄いね、お茶子ちゃん。でも、これも分かってましたよ)」

 

 薄い膜のように広げた塵が、金属管の倒壊及び落下を止める。しかし、生徒たちの拘束には踏み切れなかった。

 

 「わお。火炎放射器ですか、びっくりなのです」

 「全然びっくりしてねえ!!マジで八百万の言った通りじゃねえか!!」

 「読み通りとも、言えるけどね!」

 

 後方に隠れていた峰田、尾白には、予め八百万が創造した小型の火炎放射器が持たされていた。もちろんこれで勝負を決めるという意図は無く、どちらかといえば被身子の『読心』を逆手に取った牽制の意味合いが強い。

 

 「(4()()しか創れませんでしたが、効果は十分!先制で塵による拘束を仕掛けてこなかったのは大きい!下手に塵を広げて粉塵爆発が起きた場合…最大のリスクを背負うのは渡我先輩!『読心』の性能を高く見積もっておいたことは、間違いではなかった!!)」

 

 自分の知る過去の心詠や被身子の活躍を思い返し、『読心』の詳細な性能を推測していた八百万。少なくとも、ただ感情を読み取るのみには留まるまいと考えていたことが功を奏したようだ。一方の被身子は、かなり厳しい展開になっていると感じつつあった。

 

 「(この辺りの子でまだ手の内を見せてきてないのは梅雨ちゃんに透明の子、後は────)」

 

 

 しかし、攻撃の手は止まない。

 

 

 「『レシプロターボ』!!!」

 「!!」

 

 暗がりを引き裂く一条の光。エンジンのギアをフルスロットルにした飯田が、被身子に肉薄する。ギリギリで反応し側頭部への飛び蹴りを交わした彼女は、すぐに背後に向き直った。そこにあるのは、やはり暗闇…だけではない。

 

 「居ますね」

 

 被身子は塵を飛ばしてそこに潜む気配の主たちを捕らえようとして────思い止まった。そのまま這うように移動した彼女の頭上を、複数の炎が掠める。

 

 「イエース!私たちも持ってるよっ!」

 「不意をつくのは、難しいかしら」

 

 八百万の火炎放射器を手…と舌に携えた葉隠と蛙吹。両者とも暗がりに己の個性で溶け込み、常に被身子の裏を取っていた。

 

 「けれど、十分時間は稼げたわ」

 

 続く蛙吹の台詞に顔を曇らせる被身子。彼女自身、後輩たちの狙いは理解していた。

 

 「追い着いたぜ3連覇ァ!!ここで終いだァ!!」

 「ッ…!!」

 

 出久、轟、爆豪の到着。最早、万事休すと言っても差し支えは無かった。…その場に居るのが、被身子以外の雄英生であったなら。

 

 「一網打尽ですッ!!!」

 「!!みんな、退いて!!」

 

 『密度』によって強化された被身子の拳が、地面を粉砕する。辺りが激しく揺れ、それによって体勢を崩した生徒を被身子は手当たり次第にダウンさせていく。

 

 『青山、口田、麗日、葉隠、峰田、八百万OUT!2-A、あと半分!』

 「ま、マジかよ…!!」

 「大丈夫よ砂藤ちゃん!()()はきっと最終手段!だって、初めからこうしていれば戦局は渡我先輩に傾いていた筈だもの!!」

 

 動揺する砂藤を落ち着かせる蛙吹。事実、被身子の行動は苦肉の策であった。

 

 「そういうこった蛙吹!!3連覇、てめェその技使い慣れてねえだろ!?今の一瞬で一気に動きが粗くなってきてるぜ!!!」

 「…構いませんよ!残り少ない時間で、みんな倒しますから!」

 

 

 

 ────被身子の必殺技、「複合変身」には重大な欠陥が存在する。複数の人物に同時に変身するという現象に無理があるのか、それぞれの個性の発動にムラが生じ、練度も大きく落ちてしまうのだ。変身時間が経つほどにそれは表面化し、この状態で個性を発動させることは極めて望ましくない。

 さらに、変身解除の際には同時に全ての変身が解けてしまう。つまり、相手が変身先の個性に疎く、短期決戦に臨む場合での使用が現時点では理想であり、今回はそれでも「複合変身」を使わざるを得なかったA組の実力を称賛すべきだろう。

 

 

 

 「『メテオシャワー』!!!!」

 「『デトロイトスマッシュ』『ワイオミングスマッシュ』!!」

 

 拳の乱打を正面から迎え撃つ出久。片腕を止め、もう片腕を上から殴りつけようとしたが、塵化による回避を許してしまう。攻撃の嵐が止んだ隙を狙うのは、轟と爆豪だ。

 

 「死ねェェ!!」

 「死にません!!」

 「クソッ!速い…!!」

 

 しかしながら彼らの攻撃も、塵化からの高速離脱に対応できない。逃走経路を潰そうと蛙吹と尾白が火炎放射器から炎を放つが、瓦礫の塵によって形成された壁に防がれる。

 

 「ハッ…!!ハッ…!!」

 「うおおおおおっ!!!」

 「!!」

 

 息を荒げる被身子に振りかぶられる配管。砂藤が1人で持ち上げ、振り回している。そして、これを躱した彼女への急襲。

 

 「『アシッドマン』!!!」

 

 芦戸が酸を纏い、被身子に飛びかかる。被身子は、今度は回避を選ばない。

 

 「それは、甘いですよ…っ!!」

 「あう゛っ」

 

 拳を繰り出した風圧で酸を弾き飛ばし、鳩尾に一撃。彼女をダウンさせ、再び目の前の6人に目を向ける。

 

 『芦戸三奈、OUT!』

 「()()()()!!!」

 「(あと、9人…9人?)」

 

 声を張り上げて接近してくる出久とぶつかり合い、頭突きを塵化で躱しながら己の思考に疑問を持つ被身子。

 

 

 

 ふと、飯田が戻ってきていないことに気付く。

 

 

 

 「(!!!後ろ────)」

 「『ハートビートサラウンド』!!!」

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「気をつけてね。『音』は、私の最大級の弱点だから」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 「うぁ…」

 

 被身子の塵化が、揺らぐ。

 

 

 

 広く知られることとして、小さな粒子は振動を受けて細かく震え、相互に分離するという特徴を持っている。これによってあたかも流体のように振る舞う砂などを目にすることが出来るが…重要なのは、「音」は「波」であり、「波」は「振動」であるということ。

 大きな音を受けた場合、『塵』の個性は塵化物が振動し、麻痺したような挙動を示すことで────僅かな時間ながら、機能不全に陥る。

 

 

 

 「『徹甲弾(A・P・ショット)』!!」

 

 

 2度目の「徹甲弾」は、しっかりと塵化したままの被身子の肩を貫いた。

 

 『渡我被身子、OUT!そこまで!実技試験終了!』

 「…負けちゃいましたか」

 「よっしゃァ!やったなお前ら!!」

 「痛ちち…ま、まだ立てない…!てか、爆豪たち凄いね!大活躍じゃん!」

 「ハッ。端から勝つ気だったんだ、たりめーだろ」

 「あぁ…ただ、1対1じゃこうは行かなかった」

 「うん、そうだね…。……あの、渡我先輩も凄かったです。数的不利をここまで覆すなんて、正直驚きました。まだまだ、学ぶことも多そうです」

 「ふふ、ありがとうございます。ところで、お名前教えて欲しいのです!」

 「え!?あ、はははい!ぼ、僕、緑谷出久って言います!!」

 

 終了の合図とともに、空気が少し弛む。残ったメンバーが他の気絶したクラスメイトを起こしつつ、全力を尽くした彼らは、各々の思いを吐き出していった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「……警戒してた、つもりだったんですけどねぇ」

 「!…先輩も、ウチのことを?」

 

 最後の場面。耳郎は、2人で障子と戦況を把握しながら移動していたのだが、頃合いを見計らって無線機での連絡を行い、受信者の飯田と合流して3人で最短距離を通って戦場まで駆けつけたのだ。

 

 「ヤオモモ…あの、ポニーテールの女の子が。先輩の『複合変身』には、絶対に弱点がある。ウチの個性が、切り札になるって…それで、皆作戦通りに動いたんです。無線機で飯田と合流できたら、障子と飯田の個性で滑空しながら最速で目的地まで到着できる。後は、ウチの必殺技に巻き込めたらきっと隙が生まれるから、そう言ってました」

 「ふむふむ…あの子も中々鋭いですねぇ」

 

 自らが作戦の主軸で良いのか。そんな不安を抱えながら、それでも仲間を信じた耳郎。結果としては概ね八百万の想定通りに事は運び、見事2-Aは勝利を掴んだ。

 

 「よし、全員居るな。正式な評価は後日伝えるとして、とりあえず簡単な講評だけしとくぞ」

 

 そこにやってきたイレイザーヘッド。A組に被身子を加えた21名は速やかに彼の方を向き、言葉を待つ。

 

 「まずは渡我。『複合変身』の発動が早すぎる。発動時の状況もやや悪い。未完成の技を使うなら、もうちょっと工夫が必要だったな。とはいえ、全体的に見れば特に目立ったミスは無かった。多分お前の評価は問題無いだろう」

 「なるほどです」

 

 イレイザーから見た被身子の立ち回りは、悪くは無かった。20対1、それも歴代でもとりわけ優秀な彼らを相手にこれだけ戦えたというのは、十分高評価に値するだろう。

 

 「続いてA組。上鳴と瀬呂」

 「「…ウッス」」

 「覚悟しとけよ」

 「「…ウッス」」

 「常闇も多少怪しいが…後はまあ、特に問題無い。八百万の采配も即席にしちゃ良いもんだった。全員が全員派手に活躍する必要は無い…相性なんかを考慮して、自分が出張り過ぎないってのはプロになってからも一二を争う程に重要な心構えになる。思ってたよりも、ずっと良かったぞ」

 「「「ありがとうございます!!」」」

 

 イレイザーはそう述べたが、早々に脱落した3人も限定的状況下で最善を尽くそうとしたのは間違いない。赤点と断じるにはまだ早い…かもしれない。

 

 こうして、2-Aと渡我被身子の1学期期末試験は幕を下ろした。余談だが、被身子はこれを機に年下の友達が少し増えたようだった。





B組には一応心操が編入している想定ですが、流石にそこまでは書けないです、申し訳ない(というか今回の話に関しても障子の影が薄過ぎる。やっぱり沢山のキャラを動かすのは難しいですね)。結果の方に関しては多分トガちゃんが勝ちます。多分。


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