すべては君のために (eNueMu)
しおりを挟む

追憶


アニメで例の回を改めて見て悲惨すぎィ!と思ったので衝動的に。何もかも初めてなのでわからないことも多いですがよろしくお願いします。


 

 今でも鮮明に思い出せるのは、心が救われたあの時の記憶。

 

 街の喧騒がいつもより一際やかましいな、とぼんやり考えながら少女は自らに起こった出来事を冷静に振り返る。すぐ側では友人が涙を流して震えながらも、必死に彼女に何かを呼びかけている。

 

 「〜〜〜!!ーーーー」

 「(確か子供が轢かれそうで…私、救けようとしたんだっけ。あの子は無事みたい。良かった…。でも、私の方はちょっと厳しそう、かな。貴女はどうして泣いてるの?ひょっとして怪我しちゃった?)」

 駆けつけた救急隊員に押し退けられても、彼女の友人は手を伸ばす。そこでようやく、少女はすべてを理解した。

 「(そっか。私のために泣いてくれてるんだ。こんなの初めて…誰かに心配されるのって案外嬉しいかも、なんて)」

 

 物心ついたときから、少女は1人だった。両親は暴力を振るうわけではなく、しかし愛情を注いでくれることもなかった。友人は社会で生きていく上で必要な関係でしかないと割り切った。幼い頃から少しばかり大人びていた彼女は、周りの人間には不気味に映ったらしい。そうした感情を彼女自身も感じ取り、無理に他人の領域に踏み込むことはしなかった。しかし目の前の友人は、どうも思っていたよりずっと彼女のことを大切に思ってくれていたようだ。

 

 「(私のことを…必要としてくれる人。こんなに近くにいたんだなぁ…。もっといっぱい一緒にいれば良かったや。それでもっと…友達っぽいこととか…したり…)」

 

 意識が、記憶が薄れていく。

 追憶を終え、少女は現実に戻る。前世の友人を想い、誰に言うでもなく静かに呟いた。

 

 「懐かしいなぁ。あの子…元気かな。確かめられないのが残念だけど…」

 

 塵堂千雨(じんどうちさめ)。それがこの世界での少女の名。何の因果か数少ない娯楽だったお気に入りの漫画の世界に記憶を残して生まれ変わった少女は、1人の少年を思い浮かべる。

 

 「転弧くん…今日はまだ見に行ってなかったっけ。取り敢えず日課といきますか」

 

 生まれ変わり、記憶を辿り、真っ先に思いついたのは彼のことだった。それまで曖昧だったかつての記憶が、「個性」の発現と同時に一気に鮮明になっていった。今にして思えば、()()()()()()()()()()()()()泣きそうになりながらNo.1ヒーローのデビュー時期を尋ねる子供など狂気以外の何物でもなかっただろうが、今世の両親はできた人物たちであり、そんな自分をも受け入れて熱心に育ててくれたことには感謝しかない。

 

 未来に起こる悲劇を防ぐため…そして少年自身を救うため。彼女の戦いはとうの昔に始まっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

情報の整理

 

 塵堂千雨は雄英高校ヒーロー科の生徒である。とはいえすでにプロヒーロー免許を取得し、あとは卒業を待つばかりの状態ではあるが。

 

 「(よしよし…今日もまだ問題は無さそうだね。いやまあこの家に転弧くんがいること自体が問題ではあるけど)」

 

 そんな彼女が今行っていることは、不法侵入…もとい監視。己の個性を活かして、気づかれることのないよう対象たちを静かに見つめ…そのまま掻き消えるように彼らの家を立ち去る。

 

 「ふぅ…。発現したときは本当に怖かったけど…随分と扱いも上達したもんだよね。それに転弧くんと似たような個性だし、これって運命かも?なんて」

 

 事が露呈すれば間違いなく1発退学の上ヒーロー免許取消しになるであろうことを彼女が平然と行うのは何故なのか。その見えざる質問に答えるように彼女は己の状況の整理を始める。

 

 「(ここは『僕のヒーローアカデミア』の世界。といっても原作の開始時点よりはずっと前の時間だけど…それはむしろ私にとって好都合だった。こうして転弧くんを救けられる可能性が残されてる訳だしね。出久くんたちと同級生だったならきっと間に合わなかった筈だ。そうでなくとも燈矢くんは絶対に救けられなかった。私は本当に運がいい)」

 

 彼女はすでに、「原作」の改変を行っている。その1つが「轟燈矢」の救済だ。もっとも、そこまで大したことはしていない。個性によって起きてしまった火事に巻き込まれた彼を救い出し、轟家に送り届けただけだ。当時はまだ高校生ですらなかった千雨にできることはそのぐらいで、エンデヴァー…轟炎司に面と向かって「虐待反対!」などといえるような度胸は持ち合わせていなかった。しかし彼が煤まみれの燈矢を抱きしめていたところを見るに、エンデヴァーや妻の冷の心は救われたと考えていいだろう。

 

 「(これでも燈矢くんが荼毘になるならそれはもうしょうがない。そこまでは面倒見切れないよ。エンデヴァーが本格的におかしくなるのは燈矢くんが死んでしまったと思ってからだったはずだから大丈夫だとは思うけど…燈矢くん自身わざわざ弟に親の悪口を吹き込むような子だしなぁ。もうすでにちょっと歪んじゃってるよね)」

 

 愚痴るように心の中で呟きながら、彼女は続ける。

 

 「(でも仲直りしたとしてどうなっちゃうんだろう?そのままヒーローを目指すのか、諦めて別の道に進むのか。彼はお父さんに自分のことを見て欲しかっただけなんだし、後者の可能性も十分考えられるね……まあ何にせよ私の個性がこれで良かった。何度も言うけど本当に運がいいよ)」

 

 塵堂千雨…個性「塵」。触れたものと自らを塵に変え、さらに塵を操ることができる。小麦粉や灰なども対象。すべての塵は台風の風速にも負けない程の速度で操作でき、自らの塵は半径10km圏内にまで拡散させることが可能。そして、その他の塵に関してはその限りではない。

 

 「(自分自身を塵に変えるのは扱いが難しいんだよね。ミリオくんみたいに塵にしたままの部位は五感が機能しないし…でも首から上だけを元に戻せばしっかり視えるし聴こえる。これがなきゃ有名な轟家はともかく、志村家を見つけてあまつさえ監視するなんて芸当ははっきり言って不可能だっただろうね)」

 

 殆ど情報がない中で、千雨は日本全国を捜索して志村家を発見するに至った。発見したときにも迂闊に生身で近づくことはしなかった。

 

 「(「手」の件から考えるに、AFOも志村家を監視しているのは間違いない。転弧くんの事故については流石に予想外だったとは思うけど、元々彼を何らかの形で利用するつもりだったんじゃないかな…。家の中まで視られてたらもうどうしようもないけど、特に向こうからのコンタクトがないってことはバレてはないんだと思う)」

 

 そして…彼女は今一度自分の目的を確認する。

 

 「(転弧くんを救い出す。これは何にも優先する。まだ若干過去の場面よりさらに幼い感じがあるからあと一年か二年…どのみち確実にその時は来る。今までは適度に手を抜いて下手に目をつけられないようにしてきたけど、結局そこでAFOには私の存在がバレてしまう。だったらプロになってからは…加減なしだ。今見せられる全ての手札を切って、ビルボードトップ10に入って、コネを作りまくって…絶対に掴んでやる。私の望む結末を)」

 

 すでに狂っていた運命の歯車が、音を立てて崩れ落ち…その先で新たな歯車と噛み合った。あるはずのない…希望に満ちた歯車と。




荼毘は多分だいぶ年いってると思います。夏雄と冬美は成人してるはずなので。もしかしたら転弧のが年上だったり荼毘の年齢とかはっきり描写されてたりするのかもしれませんが、だとしたらごめんなさい。

(追記)燈矢の事故の時点で焦凍は生まれているとコメントで指摘があったのでその辺りを修正しました。流石にやばい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロヒーロー・ダスト

 塵堂千雨がプロデビューしておよそ一年。

 塵化ヒーロー「ダスト」は瞬く間に頭角を顕し、デビューした翌年にはすでにビルボードチャート5位にまで食い込み、ヴィラン検挙数に至ってはオールマイトとエンデヴァーに次いで3位という凄まじい功績を挙げ、異例のルーキーとして強く注目を浴びた。学生時代にはそれほど大きな活躍がなかったこともあり、同級生や教師たちからは例外なく驚きの声が上がった。

 

 「ダスト」

 「…!エンデヴァーさん、お久しぶりです。こうして面と向かって話すのは…あの日以来ですね」

 

 チャート発表とそれに伴うインタビューが終わった後、エンデヴァーが千雨に声を掛ける。

 

 「ああ…。まずは改めて礼を言う。本当にありがとう。君があの日、燈矢を救ってくれなかったなら…俺は取り返しのつかない事態に陥ってしまっていただろう。おかげで、寸でのところで踏み止まることができた。燈矢にも、夏雄にも、冬美にも…冷にも全てを懺悔した。それで終わることではないが、目が覚めたのは確かだ。君は…俺たち全員を救ってくれたんだ。」

 「…勿体ないお言葉ですよ。私が燈矢くんを救けたのは、ただ自分が見捨てるのは心苦しいと…そう思っただけです。本来ならビルボードチャート5位なんていうのも烏滸がましい、自分勝手な人間で…」

 「それは違う」

 

 エンデヴァーは自虐的な千雨の発言を即座に否定する。

 

 「たとえ君自身がそう思っていても、私にとって君は紛うことなきヒーローだ。君を応援する人々も、皆そう思っている。真に自分勝手な人間には、誰もついて行きはしまい」

 「…ありがとうございます」

 「うむ。賞賛は素直に受け取れ。ここにいることに胸を張れ。それが他のヒーローや君を支えてくれる人々に対する敬意や感謝に繋がるのだからな。では」

 

 そう言って去っていくエンデヴァー。彼の後ろ姿を眺めつつ、千雨は思う。

 

 「(きれいな瞳だった…。1位への執着とか、最高傑作とか…そういうのが全部取っ払われたみたい。燈矢くんとも仲直りできたみたいだし、一先ずは安心かな。それに…やっぱりすごいや。『ここにいることに胸を張れ』…か。その通りだ。私に期待してくれてる人がいる訳なんだし、その人たちの思いを裏切るわけにはいかないよね。…いかないんだけどねぇ…)」

 

 すでにこの先を想い、憂鬱になる千雨。彼女の予定通りいけば、それによって彼女自身がバッシングを受けることは間違いない。それこそここまでの功績があってなお、プロヒーローが継続できるかは怪しい所だ。何せ彼女は、

 

 「(未成年誘拐…少なくともヒーローのやることじゃあないね)」

 

 犯罪に手を染めんとしているのだから。





(追記)
今更ではありますが、千雨のプロフィールを載せておきます。
Name:塵堂千雨
Hero Name:ダスト
Birthday:6/3
Height:178cm
好きなもの:パン、麺類、お好み焼きなど


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーローとしての日常

 

 ビルボードチャート発表からさらに数ヶ月。大型新人「ダスト」の名は早くも全国に広まり、すでに多くのファンが彼女に声援を送っている。

 

 「て…てめえは確か…5位だか6位だかの…」

 「ダスト。順位はどうでもいいから名前だけでも憶えといてよ。といっても忘れられなくなるだろうけどね」

 「何を…」

 

 彼女の人気を支える要素の一つに、その容赦の無さが挙げられる。

ヴィランを殺害することなく拘束することが求められるプロヒーローという仕事は、当然大変な困難を伴う。彼らの社会復帰を手助けする意味でも、できる限り大きな怪我を及ぼすことは避けるべきなのだ。しかし、彼女はそれをしない。下半身をコスチュームごと塵化させ、高速でヴィランに接近。そして…

 

 「ぐああァアーッ!?」

 「ほいお終い。大人しくしてなよ、すぐに警察の人たちが来るからさ」

 「お…俺の!俺の足がぁッ!」

 

 両脚の膝から下を塵にする。彼女自身の塵化はあくまでも身体能力の一環。そういう身体であるというだけで、他者の身体は塵にしてしまえばそこまで。意図して塵にした上で固めたままにしておくこともできるが、一度粉々にしてしまえば二度と元には戻せない。彼は今後両脚を義足で補って生活するなり、車椅子を使うなりしなければならなくなったのだ。

 間もなく通報を受けていた警察が到着し、処置を施しながらヴィランを連行していく。その中には千雨にあまり良い視線を向けない者もちらほらといた。

 

 「(やっぱり嫌われちゃってるね…。そりゃそうか。警察の人の仕事を増やしてる上に毎回こんな感じだもんね。あのヴィランの人もこれから大変だろうし…でもやりすぎだとは思わないかな)」

 

 検挙数3位にも関わらずビルボードでは順位が落ちるのは、彼女のこういったスタンスが一因でもある。情けを掛けないその様子が、人によってはヒーローらしさに欠けるようにも見えてしまうのだ。しかし、大多数の人間には徹底した断罪は魅力的に映る。

 

 「いやー強ええなあ!流石ダストって感じするぜ!」

 「アイツ強盗犯だったんでしょ?自業自得じゃん」

 「あぁ!ダスト行っちゃった…てか速っ」

 

 そして千雨は愛想を振りまかない。仕事が終われば次の現場へさっさと向かってしまい、ファンに笑顔を見せたり手を振ったりということをしないのだ。そこもクールビューティなどと持て囃され、人気の理由になっているわけなのだが。

 

 「(多分そろそろなんだよね…そんな気がする。事故が起きたのは夜だったはずだから、1日のノルマの検挙数…さっさとクリアさせてもらうよ)」

 

 いつその時が来てもいいように。最近のプロヒーロー・ダストの日常には、そうした備えがついて回っていた。




ダストのコスチュームは個性に合わせた特別製…というわけでもなく、普通に一緒に塵にしたのをそのまま固めてるだけです。外見はバイオハザードRE:2のタイラントのコートと帽子みたいなのをご想像ください。コートには複数ポケットが付いていて、なかには色んな粉末やアイテムが入っています…が、多分利用する場面は殆ど出てきません()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

志村転弧との邂逅

 

 いつものように夕方までにノルマを達成し、運営する事務所に連絡を入れる千雨。

 

 「ダストです。今日はもう切り上げるので、後よろしくねー」

 「はい。明日も予定は?」

 「なしね。いつも言ってるけどもしかしたら急に休むかも」

 「了解です」

 

 サイドキックも慣れたもので、初めは戸惑いを見せていたが次第に適当な業務連絡に順応していった。

 

 そしてその夜、運命の瞬間が訪れる。

 

 「(…!!これは…間違いない!)」

 

 書斎に入ったこと、そして志村菜奈の写真を見たこと。それらを咎められ、躾と称して虐待にも近い扱いを受ける志村転弧。

 

 「(ついにこの瞬間が…大丈夫、上手くやれるさ。できなきゃここまでやってきたことの意味がない)」

 

 かつてその境遇に同情し、同時に共感した過去を持つ千雨。悲惨さは比べるべくもないものだが、自らが心の底から救けたいと思うのは、かつての自分を重ねているからか。いずれにせよ、すでに事は動き出している。

 

 「(「崩壊」の覚醒が地上で起こるのはまずい。伝播した崩壊が家族に及んでしまいかねない。タイムリミットは…2〜3分ってとこかな)」

 

 ペットのモンちゃんはすでに誘導を済ませていた。切り離した千雨自身の塵で庭の反対側に作り出した偽転弧くんのところにいる。においでじきにバレてしまうだろうが、今だけ離せていれば十分だ。

 

 下半身は塵化したまま、幽霊のように静かに転弧に近づく。そして…

 

 「やあ。志村転弧くんだね。」

 「…!?だ…だれ…?」

 「怯えなくていいよ。悪者じゃない。信じてくれないかもしれないけど…君を救けに来たんだ。」

 「…どういうこと?」

 「このままここにいても…君はヒーローにはなれないよ。」

 「!」

 

 転弧の願望を利用することに、千雨は少しばかりの罪悪感を抱いたが…とにかく転弧の説得は最優先事項であった。

 

 「転弧くんはどうしたい?このままお父さんに従う?それとも…外の世界に勇気を出して飛び出してみる?」

 「…わからない」

 「…」

 「でも…お父さんのところには…居たくないよっ…!」

 

 涙ながらに千雨に訴える転弧。モンちゃんが向かって来ているところだったが…千雨は賭けに勝った。

 

 「おいで」

 

 すぐさま転弧の手を引き、抱き抱える千雨。その瞬間、原型を留めていた彼女の上半身までもが崩れ始める。

 

 「!?へ…!?お、お姉さん!!」

 「(覚醒…危なかった!本当にギリギリだった!)大丈夫だよ、転弧くん。心配しないで」

 

 崩れゆく上半身と頭を切り離し、再び集めた塵で転弧を持ち上げながら空の彼方へと飛び去る千雨。

 

 「転弧…転弧?あ、あれ?転弧どこ?」

 

 地上では彼の姉…志村華が転弧を探しにきていたようだった。

 

 「あ…」

 「お姉ちゃんかな?気まずそうな顔だ…喧嘩でもしたの?」

 「華ちゃん…きっと謝りに来てくれたんだ…お姉さん!」

 「ダメだよ」

 

 降りてくれと催促するように千雨を呼ぶ転弧だが、彼女はその声を拒絶する。

 

 「ど…どうして!?」

 「驚かないで、落ち着いて聞いて。確かに私の身体は自分の意思でこうして粉々にできる。けれど、さっきのはそうじゃない。転弧くん、あれは君の個性なんだ」

 「え?…えっ?」

 「だからお姉さんがこのまま君を降ろしたら…皆が危ないんだよ。何より君にそんなことをさせたくない」

 

 下では華が泣き叫びながら家族を呼び、総出で転弧を捜している。モンちゃんは千雨の方を向いて吠えているが、夜の闇に紛れた黒い塵の群れに家族が気付く様子はない。

 

 「とりあえず…!」

 「…」

 

 そこで千雨はハッとする。転弧が父親に憎しみと殺意を込めた視線を向けているのだ。

 

 「転弧くん」

 「!お姉さん…」

 

 塵を操作して視線を遮り、顔を両手で挟んで自分に向き直させる。

 

 「いけないよ。君のなりたいヒーローは…憎しみで人の命を奪うような奴なの?」

 「でもっ…」

 「とりあえず誰の目も届かない場所に行こう。話はそこで…ね?」

 「…わかった」

 

 渋々といった様子で頷く転弧。それを見て千雨は転弧がまだまだ幼い子供であるということを改めて理解する。

 

 「(あっさり家出に同意してくれたかと思ったら表情も心も二転三転…まあお父さんから離してやればしばらくは落ち着くとは思うけど…)」

 

 千雨は転弧と共に以前見つけていた無人島へと向かう。

 力の振るい方、そして父…志村弧太郎との向き合い方を教えるために。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

子供の癇癪

 

 日本の何処かにある無人島。千雨と転弧はその島の森にひっそりと佇む邸宅の中に入っていく。

 

 「…ここは?」

 「私の隠れ家みたいなもんだよ。後ろめたいことをするにはもってこいだ」

 「!?お、お姉さんやっぱり…」

 「あ、ああ!違うよ、別に悪いことしようってわけじゃ…いや悪いことは現在進行形でしてるんだけど…とにかく!私はヒーローなんだ。君が心配するようなことは起きないしするつもりもないからさ」

 「ヒ、ヒーローだったの…!?」

 「結構傷つく反応してくれるね…」

 

 信じられないといった風に驚く転弧に対し、冗談交じりに千雨が返す。

 

 「…お父さんのことは嫌い?」

 「大っ嫌い。できるなら…」

 「それ以上はダメ。わかるでしょ?」

 「…うん」

 「外に出よっか。まずは()()を止めてやらないと」

 

 そう言って千雨が視線を向けたのは転弧の両手。元々塵という形を取ることのできた彼女の身体は転弧の「崩壊」に晒されてもダメージを受けることはなかった。…もっとも、殆どのダメージを塵化することで無かったことにできる千雨には、仮に崩壊が有効であっても問題ないという確信があったのだが。しかし、彼女以外が今の転弧の手に触れればたちまちバラバラにされてしまうだろう。

 

 「木に触れてみて」

 「うん。…あぁっ!」

 「おっと。やっぱりまだ発動したままか…自分で止められそう?」

 「わ、わかんない…。どうすればいいの?全然わかんないよ…」

 

 案の定、転弧が触れた木はあっという間に砕けてしまう。伝播が広がらない内に崩れつつある木を千雨は塵に変えながら発動を止められるかを転弧に問うが、彼自身にも止め方は分からないらしい。

 

 「…多分原因は君のお父さんに対する感情だと思うんだ」

 「!」

 「私が君の個性について教えて…そのすぐ後にお父さんの姿を見て…思ってしまったんじゃない?『この力があれば』ってさ」

 

 「原作」では弧太郎を殺害することで一旦崩壊は止んでいたはずだ、と千雨は記憶を辿る。恐らく彼女が個性について言及することを避けるか、あるいは弧太郎があの時姿を見せることがなければすでに個性の発動は止んでいただろう。しかし転弧は父親を殺害できるかもしれないという可能性に気づいてしまった。それでも…

 

 「…ぼ、僕」

 「わかってるよ。あの瞬間はともかく、今は本気でそう思ってるわけじゃないだろう?大丈夫だ。しばらく私と個性の制御を学んで…ついでに心を落ち着かせる練習でもしよう。まあ、カウンセリングみたいなことはできないけど…要は『お父さんなんてどうでもいいや』みたいに思えるようにすれば良いんだよ」

 

 幼い子供が感情に任せて強い言葉を吐いたり手を出してしまったりすることは良くあること。時間をかけて、ゆっくりと…千雨はあくまでも転弧を穏やかな方向に導くことを目的としていた。

 

 「さて、もう遅いし…今日はもう寝よう。寝て起きたら個性は止まってるはずさ」

 「…一緒に寝るの…?」

 「それは、まあ。万が一ってこともあるだろうし、私が側にいないとね」

 「…うぅ」

 

 転弧は明らかに恥ずかしがっていたが、最終的には受け入れたらしい。屋内に入り、千雨も後に続いた。

 

 「(明日からはきっと…大変なことになる。AFOのことだ。向こうから姿を現すことはないだろうけど…このことを出版社にでも匿名でリークするだろうね。まだまだ安心するには早そうだ)」





千雨の個性はめっちゃつよいです()
完全に消えて無くなってしまうと流石にどうしようもありませんが、多少の怪我は塵化して再集合すれば綺麗さっぱり無くなります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

露呈と暴露

 『超大型新人の裏の顔!?未成年誘拐の瞬間を激写!!』

 

 その日、日本全国は衝撃に包まれた。ビルボードチャート5位…「ダスト」が犯罪に手を染めるその瞬間が、大手出版社によってスクープされたのだ。情報は瞬く間に世間に浸透し、しかし地上波での報道を待たずして情報規制が行われることとなる。その裏では、様々な人物の思惑が渦巻いていた。

 

 『ダストさん』

 「はぁ〜い。ひょっとしてもう見た感じ?」

 『ええまあ。…何か理由があるんでしょう?』

 「さっすがあ!私のことよくわかってくれてて嬉しいよ」

 『今どちらに?』

 「ちょっと母校の方にお邪魔してますよっと。根津校長に色々と説明して協力してもらおうと思ってね。」

 『成程。ではテレビ局各社にはこちらで報道自粛を促しておきますね。従うかは怪しいですが時間稼ぎぐらいにはなるかもしれません』

 「ありがと。助かるよ」

 

 電話を終え、同時に面談の許可が得られたと事務室から職員が出てくる。堂々と志村転弧を連れた千雨は、そのまま校長室へと向かった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ーというわけです」

 「そうか…証明は可能なのかい?虐待があったということについての」

 「どうでしょうか…この子と家族の証言があれば世間の目は誤魔化せると思いますけどね。躾と言われればそこまでという気もします」

 「だね。僕はやっぱりさっきの案で行くべきだと思うよ。家族も納得させるならそれしかない」

 「わかりました。それでは…」

 「うん。志村転弧くんの両親に連絡して、僕と一緒に事情を説明するとしようか。…それにしても、まさか模範的な生徒だった君がこんなことをしでかすとはね。僕の頭脳を以ってしてもここまでは予想できなかったよ…君の担任の先生もひどく驚いていた」

 「あはは…すみません」

 

 呆れたように嘆く根津校長。やっていることは疑いようもなく犯罪行為であるため、千雨も否定することはできない。そんな二人の会話を出されたジュースを飲みながら静かに聞いていた転弧だったが、千雨は彼を見やると自らの一部を塵に変え、座ったままの姿勢の転弧を別室へと運んでいく。

 

 「あ、あれ?お姉さん?」

 「ごめんね転弧くん。けどまだ君をお父さんには会わせられないからさ…。安心して。ちゃんとそっちでも私がついてるから」

 「…うん」

 

 不満げではあったが、もう転弧の個性が暴走する様子はなかった。

 

 それからしばらくして転弧の両親が到着し、根津と千雨が揃って彼らと向き合う。形式的な挨拶を交わしてすぐさま、父…弧太朗が口を開いた。

 

 「転弧を返してもらえますか?」

 

 意外なほどに早い切り出しに、千雨が弧太朗への評価を上げようとして…彼の表情からそれが誤りであることに気づく。

 

 「(あぁ…ヒーローと関わりたくないんだね。転弧くんに対する愛情も皆無ってことはないんだろうが…それよりもさっさと連れ帰りたいって気持ちが滲み出てるよ。外聞とか気にしてたりするのかな)」

 「あの…私からもお願いです。話がある、ということでしたが…一先ず息子を返してはいただけないでしょうか」

 

 対して彼の妻は同じ要求をしていてもその表情は弧太朗とは全く異なるものであった。我が子を心配し、事実上の誘拐犯である千雨に強い警戒を示す顔だ。しかしその上で、千雨は断言する。

 

 「できません」

 「何故ですか?ひょっとして身代金でも請求するおつもりで?」

 「彼の個性が危険だからですよ」

 「…なんだって?」

 

 弧太朗の悪意ある言葉を受け流しつつ、彼女は本題に入る。

 

 「『崩壊』…とでも言いましょうか。それが転弧くんの個性です。私が彼を連れ去ったあの瞬間に発現したもので、その手で触れたもの全てをバラバラに壊し…そこからさらに崩壊が伝播していく。幼い子供が振るうには余りにも致命的すぎる」

 「全く面白くない冗談だ。うちの家系にそんな個性を持った人間はいない。勿論妻の家系にも!第一本当だとして何故!あの夜!あの瞬間に!転弧の個性が発現するなんて分かるんだ!?転弧を連れ去ったあんたは何故バラバラになっていないんだ!?矛盾点が多すぎる!咄嗟に思いついた言い訳にしたって随分と出来が悪いんじゃないか?」

 「彼の個性があの瞬間に発現したことについては全くの偶然ですよ。たまたま通りかかったところにたまたま家の外に閉め出された子供のすすり泣きが聞こえた。ヒーローがその子を保護するには十分すぎる理由だ。そして私の個性は『塵』。多少バラバラになったところで私自身が塵になれるんだ…なんてことはありませんよ。それにしても…自慢じゃありませんが、この一年で私がテレビに出ない日の方が珍しかったはずです。ネットでだってちょっと調べれば私の個性なんてすぐにわかるのに…転弧くんも私のことを知らなかったようですし、相当ヒーローがお嫌いな様で」

 「…ッ」

 

 言葉の応酬はなおも続く。




弧太朗の奥さんって名前出てましたっけ?多分出てないはず…
千雨の電話相手のサイドキックはオリジナルキャラの予定ですが…ちゃんと出せるのがいつになるやら()
(追記)
ミッドナイトを主人公の担任設定にしていたのですが、大体原作開始15年前程度だとすると全く年齢が足りないことが判明。急遽名無しのモブに変更しました。にわかですまん…マジに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

どこまでも残酷な真実

 

 「…やけに態度が大きいですね…。結局のところどう言い繕ってもあんたが誘拐犯であることに変わりはないじゃないか!保護するっていう名目があれば許されるとでも…」

 「だったらわざわざ児童相談所にでも通報してから職員と仲良くお伺いすれば良かったと?結果論ではありますがそんなことをしていたら今頃ご家族全員この世にはいませんよ。地獄を自らの手で生み出してしまった転弧くんもどうなっていたか…」

 「お二人さん。そろそろ落ち着こうか。話を戻すとしよう。」

 

 ヒートアップする弧太朗と千雨の口論を根津が諌める。

 

 「…失礼」

 「すみません…」

 「あ、あの…それで、転弧の個性が危険だというのは…」

 「事実です。当時彼女が転弧くんを連れ出していなければ…先程の彼女の推測は現実のものとなっていたかと」

 「そんな…」

 

 転弧の母の顔がみるみる青褪めていく。流石に弧太朗も事の重大さに気付いたのか、冷や汗が止まらない様子だ。

 

 「転弧は…どうなるんですか?」

 「私が責任を持って個性の扱い方と…家族との向き合い方を教えます。時間はかかると思いますが…いつか必ず彼をご両親の元に送り届けます」

 「…ちょっと…待ってくれ。家族との向き合い方…とは?」

 「…結論から言います。転弧くんは弧太朗さん…あなたに殺意を抱いている」

 「…は」

 「思い当たる節があるはずです。あなたは彼の夢を、憧れを。ヒーローという存在を否定するあまり…彼自身を否定してしまっていた」

 

 弧太郎が愕然とする。己を捨てた母を想い、ヒーローというものが存在することに憎悪を抱いた。しかしそれに固執し続けたことによって自分が犯した過ちに…とうとう気付いてしまったのだ。

 

 「…今転弧が我が家に帰って来れば…転弧は私を?」

 「…」

 

 千雨は言葉を返さない。代わりに己を塵化させ、胴と首を分離させて見せる。それが全てを物語っていた。衝撃的な光景に弧太朗は言葉を失い、彼の妻はか細く悲鳴を上げる。

 

 「崩壊は伝播します。命を落とすのは…あなただけじゃない」

 「…時間。どれくらいの時間が…かかるんですか?」

 「少なくとも…彼が高校を卒業するまでは」

 「…ううぅぁあああッ!!」

 

 声を震わせながら問う転弧の母に、千雨は無情な答えを返す。直後、応接室に彼女の慟哭が響き渡った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「転弧を…よろしくお願いします」

 「うぅっ…ぐすっ…」

 

 日が傾き始めた頃、ようやく彼らの話し合いは終わった。弧太朗は来た当初の見る影もないほどに憔悴しきっており、彼の妻は会話すらままならないようだった。

 

 「気休めを言うようですが…転弧くんの心が安定してくれば、電話越し程度であれば弧太朗さん以外となら会話は可能になると思います」

 「!…あ、りがとう、ございます」

 

 絞り出すような感謝の言葉。千雨はより一層、転弧の教育に力を入れることを決意した。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「転弧くん、帰ろっかー」

 「…!うん!」

 

 迎えに来た千雨に元気よく返事を返す転弧。その時、千雨の携帯が鳴った。

 

 「もしもーし」

 『ダストさん、お疲れ様です。ようやく出てくれましたね』

 「ごめんね。さっき終わったところだったんだよ。それで…報道の件かな?今どんな感じ?」

 『そのことですが…各テレビ局、更には各新聞社にまで、エンデヴァー事務所やその他大手事務所からの共同通達が為されたらしく…「児童保護の事実を捻じ曲げ報道することはメディアの信頼性を著しく損なうものであり、今後我々は該当する社のすべてのインタビューを拒否し、スポンサー契約も行わないこととする」とのことで…テレビも新聞も今回の件については見事にだんまりですよ』

 「えぇ?マジぃ?」

 『大マジです』

 「お姉さん…どうしたの?急にニヤニヤして…怖い」

 「え!?あぁ大丈夫だよ!ちょっと上手くいきすぎちゃってね、思わず笑っちゃった…ふへへ」

 「ブキミ…」

 

 未だデビューして2年足らず。それでも彼女がビルボードを駆け上がる過程で、あるいはそれ以前から築き上げてきた数多のコネクションが神がかり的に彼女の味方をする。それもそのはず、ダストと深く関わった者は皆確信していたのだ。彼女が理由もなく罪を犯すことなどないと。

 

 「(ああ…本当に、嬉しい。誰かに必要とされる。誰かが信じてくれる。それだけで…何もかも報われた気持ちになるよ)」

 

 だからこそ、彼女は転弧にも希望の光を見せてやりたいと…改めて強くそう思う。

 

 「(大丈夫だよ、転弧くん。君が生まれてきたことも、ヒーローに憧れたことも。何一つ間違いなんかじゃない。絶対に救けるって誓ったから…救けきってみせるから。私が君の…)」

 

 AFO(すべては君のために)

 

 「(君だけのヒーローになってみせる)」





この締め方が3話辺りでできてるつもりだったんですけどねえ…小説って難しい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

志村転弧:オリジン


※転弧視点


 

 いつごろからか。生まれ育った家庭の歪みに気付いた僕は、表立ってヒーローへの憧れを示すことをやめた。代わりに湧き出てきたのは、身を灼くような痒み。あるいは父への憎悪ゆえだったのか…今となっては分からない。

 全てが変わったのはある夜のことだった。姉に見せて貰ったヒーローだったという祖母の写真は、父の逆鱗そのものだったらしい。今までにない剣幕で詰られ、家族たちは怯えて僕に手を差し伸べてはくれなかった。そうして庭に締め出された僕は…

 

 「やあ。志村転弧くんだね。」

 

 夜闇に溶け出してしまいそうな風貌をした女性と出会った。

 

 彼女は僕の憧れを見抜くように言葉を紡ぎ、少しばかり回りくどい言い回しでヒーローになることを提案しているようだった。何もかも唐突であったがために、その場で積極的な答えを出すことはできなかったが、このままこの家にいることだけはしたくなかった。精一杯振り絞った僕の声に応えるように、彼女は手を差し伸べてきた。

 

 何よりも望んだその光景は、明るい光の中からではなく暗い闇の中から現れたものだったが、同じく黒ずくめの彼女の姿は今でも鮮明に思い出せるほどに眩しく見えた。

 

 彼女曰く、僕の個性は家族みんなを巻き込んでしまうようなものらしい。一瞬ぞっとしたが、ふと空の上から父の姿を見たときには、憎悪と殺意で頭がいっぱいになった。彼女はそんな僕の視線を自分に向けさせると、僕が目指すヒーローとしての在り方を問うてきた。返事こそ未練がましい言葉だったが、頭はとうに冷えていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 翌日には早くも慌しい様子で事態は動いていた。幼いながらも作為的なものを感じずにはいられなかったが、日が暮れる頃には上手く収まったらしい。ご機嫌な彼女の顔はニヤけを隠せない様子で、ちょっとだけ気持ち悪かった。

 

 「あれ?ここは?」

 「私の家だよ。もうこそこそする必要もないからね。さぁどうぞ」

 「お…お邪魔します…?」

 「違う違う。た・だ・い・ま、だよ。今日からここがもう一つの君の家になるんだからさ」

 

 挨拶を訂正されながら、帰り道にこれからのことを教えてもらったのを思い出す。どうやら僕が個性をしっかり制御できるようになるまでは、この人と一緒に暮らすことになったらしい。父がいるあの家にはまだ戻りたくなかったのでそれほど悲しくはなかったが、華ちゃんと仲直りはしておきたかったかもしれない。そこまで考えて、まだ彼女の名前を聞いていないことに気付く。

 

 「あの…お姉さんの名前って?」

 「ああ!そういえば自己紹介してなかったっけ。うっかりしてたよ…。それじゃ、改めて。ビルボードチャート5位、塵化ヒーロー「ダスト」。本名は塵堂千雨。これからよろしくね、転弧くん」

 「よ、よろしくお願いします、千雨さん」

 「おぉ?いきなり下の名前とはやるねぇ」

 「えっ!?ご、ごめんなさい!」

 「気にしてないさ、大丈夫だよ。とりあえずそろそろご飯にしよう。お昼食べてないから腹ペコでしょ?」

 

 何の気なしに「千雨さん」と呼んだが、指摘されてデリカシーが無かったかもしれないと気付く。幸い彼女が気にした様子はなさそうだが…そういえば、僕は彼女に自己紹介した覚えがない。千雨さんはいつ僕の名前を知ったんだろうか…?

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 夕食を終えて、お風呂上がり。後に入って上がってきた千雨さんが髪を乾かしながら僕に尋ねる。

 

 「自分が生まれた意味ってわかるかい?」

 「…?」

 「ふふっ。ちょっと難しすぎたね。それじゃあここからは独り言だ。…人が生まれることに意味なんてないって人もいるし、望まれたからこそ生まれてきたんだという人もいる。けど私は…そういうのは自分で見つけるものだって思うんだ。自分から探そうとしないと、中々見つけられない。すっごい身近にあったって見逃しちゃうんだよ。転弧くんだってそうさ。だから…私が手助けしてあげよう。君が君だけの理由を…生まれた意味を見つけられるように」

 

 彼女の「独り言」は僕にはほとんどよくわからなかったけれど、多分僕のことを大切に思ってくれているんだと…それだけはきっと間違いじゃないとそう思えた。

 

 もう痒みは感じなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マルチタスク

 

 「この辺りはこんなもんかな…毎日毎日みんな飽きないねぇ」

 

 本日数度目のヴィラン引き渡しを終えた千雨は彼らへの皮肉を口にする。オールマイトという平和の象徴がいてもなお、ヴィラン犯罪は1日たりとも止むことはない。自分なら大丈夫だという自信でもあるのか、はたまた道を踏み外さざるを得ない事情があるのか…いずれにせよ転弧の教育に集中したい千雨としては迷惑な話であった。

 

 「(まあ他にもどうにかしてやりたい人たちはいるんだけどさ…。こないだエンデヴァーさんに聞いた感じだと車強盗の話は出てこなかったしホークスの父親はまだ捕まえてないみたい。とはいえそろそろ九州方面に向かう回数を増やした方がいいだろうね。今日は転弧くんと一緒だからあんまり遠くには行けないし夜中にでも見に行こう。ただでさえ()()なのにやることが多いや)」

 

 移動しながら千雨は思案する…上半身だけの姿で。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「うわわっ!!」

 「うーん…どうしても崩壊が伝播していっちゃうね…ここらで一旦休憩にしよう」

 

 そしてここにももう一人。無人島で転弧の個性の制御に付き合う上半身だけの千雨だ。

 

 「千雨さん…ヒーローのお仕事はいいの?」

 「大丈夫さ、ちゃんと今もやってるからね。塵を二つに分ければ半身だけとはいえ私も二人分の活動ができるんだ。便利だろう?」

 

 千雨の個性における長所の一つがその応用力だ。ある程度のイメージがあれば簡単な武器程度はすぐさま形成できる他、自分自身を擬似的に複製できる。とはいえ彼女が臓器や神経、脳構造を完璧に把握した空前絶後の天才というわけではなく、自分の身体を目的に合わせて動かすことが多くの人にとって無意識のうちに可能であるように、どのようにすれば自身の肉体を形作ることができるかが単に感覚として染み付いているというだけだ。

 

 「どんな感覚なの…?自分が二人って」

 「考えてるのは別々だからそこまで違和感はないよ。お互いなんとなく居場所はわかるけどね。ただくっつくと二人の記憶が共有されるからそれについてはちょっと不思議な気分になるかな」

 「…想像つかないや」

 「よく言われるよ」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 仕事と教育を終えて夜。転弧がすでに眠りに就く中、千雨は彼を起こしてしまわないよう塵化して家を出る。

 

 「(それぞれの年齢から考えて近々動きがありそうなのはホークス・ステイン・トゥワイス辺りか…。ホークスは児童虐待が十分成立する。後の二人は事務所勧誘でもしてみるかな。ステインは厳しそうだけどトゥワイスは根が善寄りだ。問題なく引き入れられるはず)」

 

 考え事をしているうちに千雨は九州までやってきていた。街には人っ子一人いないように見えるが、時たまヒーローとチンピラの追いかけっこが目に入る。

 

 「(加勢は…しなくて良さそうだね。第一本物の悪党は夜だからってヒーローに通報されるほど派手に暴れたりしないもんだ。大方深夜にどんちゃん騒ぎでもしてたんだろう)」

 

 超人社会もそんなものだと想像を巡らせつつ、彼女は都市の郊外を捜索する。そして…

 

 「(あった…ようやく見つけたよ。こんな露骨な家…今まで見つけられなかったのが恥ずかしいぐらいだ)」

 

 街が遠目に見える平地にぽつりと建つボロボロの家。彼女の目的の一つであるホークスが住む家だ。

 

 「(今突っ込んでいってもしょうがないし…朝まで待つか)」

 

 そう考えて千雨は起きたまま…実に8時間近くも一軒家の上空に漂い続けた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…おや?出てきたね」

 

 太陽が随分高くなった頃、ようやく状況に変化が現れる。





ホークスは転弧より2歳年上ですが、あの劣悪な環境で真っ当に発育するというのは考えにくいです。回想では外見の割に大人びた話し方をしていましたし、年齢に比して成長が遅かった可能性を鑑みてこのタイミングでの登場とします。あまり早くに助けに行ってもエンデヴァーとの繋がりがなくなってしまいますし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一足早い架空の具現化

 

 ボロボロの家から出てきたのは、両親とその子供であろう、寝起きと思しき三人。母親はあからさまに気が動転しており、他の二人を急かしている様子だ。

 

 「(これは…。バレたのか?この位置で?大事をとって視認できるギリギリまで高く陣取ったんだけど…流石はホークスの個性を形作った個性だというべきかな)」

 

 もっとも、いかに早く察知できた所で彼らが千雨から逃れるのは不可能だ。仮に啓悟が協力したとしても今の彼の個性では逃げ切れる程の速度は出せないだろう。

 急降下して三人の前に立った千雨を…ダストを見て、両親の顔が凍りつく。それでも幾分か冷静だった母親に対して、致命的に対応を誤ったのは父親の方だった。

 

 「こんにちは。ご家族でお出掛けですか?」

 「あ…そ、そうよ。いっちょん贅沢できんで、今日は…」

 「おい!なしてダストがこんな所おる!?啓悟おめぇ俺んこと売ったな!?」

 「違うよ…昨日も街行く途中で帰ってきた。なんもしとらん」

 「あんた!!」

 

 妻の制止も聞かずに我が子に詰め寄り掴み掛かろうとする男。千雨は塵化した下半身で彼を拘束し、残る上半身で少年を抱き寄せる。

 

 「お父さんはいつも?」

 「こんなん…こんな感じです」

 「啓悟ォ!!おめぇよくも…」

 「児童虐待…もう言い逃れはできないよ。奥さん貴女も同罪だ。見過ごしてきたというだけでもね」

 「あんた…ずっと見とったと?」

 「昨日の夜中からね。辺鄙な場所に…言い方は悪いが普通じゃない風体の家が建ってたもんだからさ。徹夜して正解だったよ」

 「…こすい人ね」

 

 恨み言を吐く彼女だが、その顔にはすでに諦めが浮かんでいる。程なくして二人は警察に引き渡され、また交渉の末彼らの子供…鷹見啓悟は一先ずプロヒーローのダストに預けられることとなる。これにより廃屋のような一軒家は、真の意味での廃屋と化したのだった。

 

 「(母親…遠見絵さんの方はそこまで重い罪を犯していたわけじゃない。児童虐待にくわえて犯人蔵匿って所か。ただ…原作での待遇を思えば悪いことしちゃったな。一方で父親の方は連続強盗殺人。もう表に出てくることはないだろうね)」

 「あの…ありがとうございます」

 「ん?ああ、どういたしまして。といってもヒーローとして当然のことをしたまでだけどね」

 「ヒーロー…」

 

 少年の目が輝く。千雨はそんな様子を微笑ましく思いつつ、ふと彼が抱いている人形に目を向けた。

 

 「啓悟くんは…これからどうしたい?」

 「ヒーローになりたいです。あなたみたいに…悪い奴をやっつけられるヒーローに」

 

 即答。彼が辿る将来を幻視し、千雨は鳥肌を立たせずにはいられなかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「それで俺の所に?」

 「はい。正直言って転弧くんで手一杯で…でもこの子を中途半端に育てることはしたくない。引き受けてくれますか?」

 「勿論だ。基本的にはサイドキックに任せることになるだろうが…皆俺が認めた一流のヒーロー達だ。決して悪いようにはしない」

 「ありがとうございます!啓悟くん、良かったね」

 「はい。ダストさんも本当にありがとうございます。俺、頑張ります。頑張って追いついてみせますから…待っててくださいね」

 

 力強く応える啓悟。そのままエンデヴァーに向き直り、彼と視線を交わす。

 

 「突然一人になって驚いただろう。ここも周りは知らない大人ばかりだが…君をぞんざいに扱う輩は誰もいない。ようこそエンデヴァー事務所へ。歓迎するぞ、啓悟」

 「…!はい!よろしくお願いします!」

 「(…私の時より輝いてるね…)」

 

 目の前に立つ己にとってのヒーローの代名詞。啓悟は興奮と感動を覚えつつも、これからの生活に想いを馳せる。その横で千雨はまあまあショックを受けていた。

 

 

 

 「(しかし…ダストは妙に少年ばかりを連れてくるな。思えば燈矢の時も…いや、偶然か。恩人に要らぬ勘繰りをしてしまうとは…恥ずかしい限りだ)」





多分原作ではこんなに両親の方言はきつくなかった…何ならエセ方言なので正しいかも怪しいです、ごめんなさい
ホークスはこの後しばらくエンデヴァー事務所で鍛錬を積んだのち、公安にスカウトされる形になります
エンデヴァーはだいぶ渋るでしょうがまあホークスの意思を尊重したということで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

更なる一歩

 

 「ただいまー。遅くなっちゃってごめんね、朝起きたら私がいなくてびっくりさせちゃったかな?」

 「あ…!千雨さん!」

 「お疲れ様です。どうでしたか?」

 「丸く収まったよ。エンデヴァーさんも快諾してくれたし」

 「何よりです」

 

 鷹見啓悟…後のホークスをエンデヴァーに託した千雨は自宅に戻ってきていた。サイドキックに任せておいた転弧に詫びながら、一件落着したことを彼女…覚里心詠(さとりこよみ)に告げる。

 

 覚里心詠…ヒーロー名「ラインセーバー」。個性「読心」。周囲の生物の大まかな感情を把握できる他、対象は人間に限られるが意識を向けた相手の思考を読み取ることができる。なお、後者の能力を知る者はこの世で彼女自身と塵堂千雨ただ二人のみ。

 

 「千雨さん…今日はどうするの?」

 「うぅむ…。もうお昼だし今日は訓練お休みしようか。心詠さんと遊んでな」

 「いいの!?やったぁ!」

 

 素直に喜ぶ転弧を見て、思わず顔が綻ぶ千雨。何度か彼女に預けるうちに、すっかり懐いたようだと安心感を覚える。

 ダストのヒーロー事務所は極々小規模なもので、所属ヒーローはダスト本人とサイドキックのラインセーバーのみだ。とはいえビルボードチャート不動の1位であるオールマイトが色々例外であるとはいえ単独で活動していることを思えば、決しておかしなことではない。何よりまだ臆病さの抜け切らない転弧のことを思えば、迂闊に人員を増やすことはあまり望ましくはなかった。

 

 「いつも通りノルマはこなされるとのことですが」

 「うん。ついでにちょっと捜し物みたいなものもあるから遅くなるかもしれないけど…。転弧くんのことよろしくね」

 「お任せください」

 

 鋭い目つきを崩すことなく応える心詠。側から見れば怒っているのかと取られかねない表情だが、彼女を深く知る千雨はそうでないことを理解している。その場の三人はお互い未だ五年にも満たない付き合いの者同士でありながら、その間にはすでに硬い絆が結ばれていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 月日は過ぎ、転弧と千雨が出会って一年が経とうとしていたある日。

 

 「ヒーローとは!見返りを求める者であってはならない!己のためではなく他者のために力を振るえるものでなければならない!何よりも…力が伴っていなければならない!この「英雄回帰」の概念こそが、今の社会には必要なのだ!欲に塗れ、信念を持たぬ贋物が蔓延る現状を変えるべく…」

 

 一人の青年が街頭で声を上げる。高らかに己の理想を語り、正義のあるべき形を主張する。しかし道ゆく人々は目も暮れず、時折り立ち止まって聞く者も何処か上の空だ。真剣に彼の話を受け取る者は、彼の目の前には誰一人としていなかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…声に力はない。正義を語る者が為すべきことは…やはり弁舌を振るうことではない。俺自身が最もよく分かっていたことだ」

 「確かにその通りかもしれないね。ただ…気付いてる?君、後戻りできない道に進もうとしてるよ」

 「…!?貴様は」

 「少し…意見交換していかないかい?」

 

 日暮れ時…青年とヒーローは相対する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

理想を実現させる方法

 

 独り言に返された声に驚いた青年…赤黒血染はその声の主を認めると渋面を作る。

 

 「ダスト…日々ヴィラン排除に邁進し民衆の声援を意に介することはない。悪を裁くのみならず弱者に手を差し伸べることもできる…オールマイトやエンデヴァーと並び俺の理想を体現する者の様にも見える」

 「(おや。今のエンデヴァーさんは彼のお眼鏡にかなったらしい。「原作」とはえらい違いだ)よく見てもらえてるみたいで光栄だけど…『様にも見える』?」

 「貴様には…言い知れぬ違和感を感じる。平和を見据えるその眼差しの中に、自己への見返りを求める濁りがあるような気がしてならない」

 「(要はなんとなく気に入らないってわけか。といっても彼の理想全てを満たしたヒーローなんて現状さっき名前が挙がった二人以外いなさそうだけどね。見返りを求めてるかは微妙な所だけど…誰かに頼られたいってのは事実だし)」

 「答えろダスト。貴様は何のために正義を為す?」

 「それは当然自分のためだよ。自分が平和が好きだってのもあるし、誰かに必要とされるのは悪い気はしないからね」

 「…残念だ。所詮は貴様も…」

 「まあ待ちなよ。言ったろ?意見交換をしようってさ。結論を出すのは私の話を聞いてからでも遅くないんじゃないかな?」

 

 ダストが己の理想とするヒーロー像に合致しない人物であったことに失望を隠せない血染。しかしそんな彼を諭すように千雨は反論を述べる。

 

 「確かにオールマイトはすごい人だよ。それにエンデヴァーもね。あの二人は自分自身のためじゃなく守るべきもののためにヒーローをやってる…それは間違いない。けどそれは私だって同じつもりだ。ただついでにちやほやされたら尚よしって思ってるだけで…別に悪意を以って活動してる訳じゃない。そういうのが無くたってヒーローを辞めたりするつもりもないよ」

 「金という見返りが無くともか?」

 「勿論。お金目的ならヒーローになんてなってないよ。知ってるかい?勉強とヒーローとしての訓練を両立させるのはかなり大変なんだ。お金が貰えるからこの仕事を続けられてる人はそりゃ沢山いるとは思うけど…『誰かを救けたい』っていう気持ちが全くないままヒーローになった人なんてきっと殆どいないよ」

 「だが全くいない訳でもあるまい。俺が進んだ場所にいたのは力と欲に溺れた贋物の卵どもばかりだった。うんざりするぞ?奴らが語る将来への展望はどれも子供の妄想だ。聞いていて寒気がした」

 「言っちゃあ悪いがその子らが孵ることはないよ…。そういうのを篩い落とすためのヒーロー免許だ。君を絶望させたようなのが免許を取れると思うかい?」

 

 血染は表情こそ変えなかったが、返す言葉は見つからなかったようだ。黙って千雨に続きを促す。

 

 「それにそういうのを減らすために直接手を下す必要はないんじゃない?仮に免許が取れたってすぐに自滅していなくなるだろうし…何より君自身そのうち御用になるだけだ」

 「今はそうだが…力をつける。正義を語るに相応しいだけの力を以って俺は正しき英雄の姿を取り戻すのだ」

 「それこそ子供の妄想だ。道を踏み外した奴の結末なんて案外呆気ないものさ。もしかするとその辺の()()に返り討ちにされるかも、なんて」

 「…何が言いたい」

 「ヒーローになればいいじゃないか。どうしてその発想が出てこないんだい?」

 「体制側に立つことに意味はない。危機感を煽らねば贋物は贋物であることに満足し、あるべき姿を取り戻そうとはしないだろう」

 「彼らの仕事を奪えばいい。それこそ君自身が理想…オールマイトを体現すれば、君の言葉にだって力は宿るよ。『私が来た!』。この一言にどれだけのパワーがあるか…よく知ってるはずだ。ヒーローとして力を示してから、改めて自分の理想を語るといい」

 「!…」

 

 血染は再び黙り込み…しばらくして凄絶な笑みをその顔に浮かべる。

 

 「フフ…フフフ…!!そうだそうだ嗚呼確かにそうだ…俺は蒙を啓かれた。先達の教示に…感謝する」

 

 そう言い残して足早に立ち去ろうとする血染。千雨は慌てて彼を引き止める。

 

 「ちょ…ちょっと!?いきなり何処に行くつもりだい?ヒーローになってくれるっていうんなら歓迎するよ!是非先ずはうちのサイドキックとして…」

 「俺は俺なりに力をつける。ダスト…ヒーローとしての貴様の在り方には未だ納得がいかない。貴様の指図に従うつもりも毛頭ないが…道を示してくれたそのことについては礼を言う」

 

 血染は立ち止まり勧誘を拒む。今度こそその場から去っていった彼を、千雨は無闇に追おうとはしなかった。

 

 「…やっぱり引き入れるのは無理だったか。でも思ったより素直だったね…。高校中退したばかりのはずだし、方針が完全に固まってた訳じゃなかったのかな?何にせよ彼についてはしばらく問題なさそうだ」

 

 望外の結果に満足げな千雨の元に、一本の電話がかかってくる。

 

 「もしもーし」

 『もしもし…千雨さんか?今どこにいる?そろそろパーティの準備の打ち合わせを再開したいんだ』

 「やーちょっと野暮用でね。ごめんよ、すぐ帰るからさ」

 『いや、いいんだ。心読さんから一応催促してくれって頼まれたんだ、悪い』

 「オーケー。転弧くんは?」

 『疲れて眠ってるよ。今日も島で俺と特訓してたからな』

 「なるほどね。…っと。着いたし一旦切るね、仁くん

 『了解』





ステインからみた千雨の印象
英雄→英雄?→贋物→変人


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たな仲間と1周年

 『会社勤務の十代男性 過失運転致傷により書類送検』

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「こんばんは。こんな所で何を?」

 「話し相手を探してた。御覧の通りもう間に合ってるよ」

 

 青年は十代だった。厳つい顔の作りが彼を幾らか歳上に見せていたが、まだ社会に守られるべき年齢であるはずだった。

 落ち度のない事故は、彼に前科という烙印を残した。不運は重なり、会社を追い出された彼はただ話し相手を求めた。幸か不幸か、彼にはそれをすぐにでも可能とする「個性」があった。全く同じ姿の青年は二人、そばに現れた女性に目線を向ける。

 

 「つれないことを言うじゃないか。折角だから二対二でお見合いと洒落込もう」

 

 女性…プロヒーロー「ダスト」は己を塵化し二つに分かち、それぞれ上半身だけの姿で再び現れる。

 

 「!…あんたも『増える』のか…!?」

 「それ大丈夫なのか…?身体が消えちまってるぞ」

 「ヒーロー『ダスト』。ご存知ないかな?」

 「心配ご無用そういう『個性』さ。君のように完全な形で二人になることはできないけれど」

 「悪いな、世情には疎いんだ。生憎生きていくだけで精一杯だったもんでね」

 「ヒーローがどうして俺に?」

 

 同じ顔の二人が話し、同じ顔の二人が応える。奇妙な『お見合い』はしばらくの間続いた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…どうだい?話に乗ってくれるかな?」

 「そうだな…気に入ったよ。あんたの下で働いてみることにする。どのみち堕ちるとこまで堕ちたんだ。なるようになるさ」

 「ふふ…。自分で言うのかい?まあ何にせよ歓迎するよ。これからよろしくね、仁くん」

 「ああ。此方こそよろしく」

 

 こうして迎えられた青年…分倍河原仁は、ダスト事務所の事務員として今も精力的に働いている。時折転弧の面倒を見る彼の姿は、「仁兄ちゃん」という転弧の呼び方も相まって歳の離れた兄弟を想起させた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「今日は朝から訓練?」

 「ううん、今日は訓練はお休みだ。後は事務所に着いてのお楽しみだよ」

 「ほんと!?分かった、お楽しみ!」

 

 いつも通り転弧と事務所に向かう千雨。最近は転弧が心詠や仁に会いたがることもあり、日中は事務所で過ごすことが殆どだ。

 そうこうしているうちに事務所前に到着した二人はそのまま事務所の玄関に辿り着く。

 

 「さぁ入って。今日の主役は転弧くんだよ」

 「?う、うん」

 

 鍵を開けて事務所の扉に手を添える千雨。彼女の言葉を聞き、意を決して扉を開いた転弧の目に飛び込んで来たのは…

 

「わぁ…!」

 

 普段よりも随分と派手に飾り付けられた事務所の姿。直後、クラッカーの音が部屋に響き、転弧に祝いの言葉が贈られる。

 

 「「「1周年おめでとう(ございます)!」」」

 「い…1周年?…あぁっ!」

 「気付いたかい?今日で君と私が出会ったあの日から…丁度一年が経ったんだ。それを記念して、というわけだよ。勿論君を中心としてお祝いするんだけど…気に入ってくれそうかな?」

 「うん!僕、すっごく嬉しい!」

 「…良かった」

 

 興奮冷めやらぬといった様子で返事をする転弧を見て、心底安堵する千雨。サプライズパーティーの常として、仕掛けられた側が喜ぶ以上に困惑してしまうという可能性は大いに考えられる。転弧が喜んでくれたことは千雨にとっても同じように喜ばしいことだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 大きなケーキにレクリエーション。まるで誕生日パーティーの如き様相を呈する「1周年お祝いパーティー」は佳境を迎えていた。

 

 「それじゃあ最後は…ジャーン!転弧くんにプレゼントだよ!」

 「えぇ!?ありがとう!開けてもいい?」

 「いいともいいとも。是非自分の目で確かめてくれたまえ」

 

 千雨が言い終わるよりも早くラッピングが施されたプレゼントの小袋を開く転弧。彼が中から取り出したものは、ダストのヒーロー人形だった。両手で持ち上げたまま言葉を発することのない彼の様子に、仁が千雨に耳打つ。

 

 「(おい…やっぱり俺が選んできた方が良かったんじゃねえか?大体自分で自分の人形プレゼントするなんて自信過剰もいいとこだぜ)」

 「(か…過剰とは失礼なっ。私なりにちゃんと考えて選んだんだよ!勘違いじゃなければ転弧くんはオールマイトの千倍は私のことを尊敬してるはずなんだよ)」

 「(どう考えたって勘違いじゃねえか…)」

 

 めちゃくちゃな理屈からプレゼントを選んだらしい千雨に呆れを隠せない仁。しかし二人の様子を見かねてか心詠が口を出す。

 

 「大丈夫ですよ」

 「え?」

 「ちゃんと喜んでくれてます」

 

 珍しく薄らとではあるが笑みを浮かべる心詠の視線の先。そこには、胸がいっぱいといわんばかりに顔を綻ばせた転弧の姿があった。

 

 

 

 「(まあ千倍は言い過ぎですが)」





(追記)トゥワイスの額にもう傷が入ってることになってしまっていたので修正しました。申し訳ねぇ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

急襲

 仲間が増え、転弧と出会って1周年を迎えても特に千雨のヒーロー活動に変化はない。彼女は今日も今日とてヴィラン退治に奔走する。

 

 『この所働き詰めでは?適度に休暇を取ることも立派なヒーローの務めですよ』

 「休暇ならパーティーの前後に十分取ったよ。その分を取り戻したらまた週末は休むようにするからさ」

 『無理だけはしないでくださいね。少しでも異常を感じたらすぐに仰ってください。人間いつ何があるかわかりませんから』

 「心詠さんは心配性だなぁ。まだまだ若いし大丈夫だよ。よぼよぼのおばあちゃんじゃあるまいし」

 『健康に自信がある人ほど不安なんです。昔母があるニュースを見て大層驚いていましたよ?確か…当時の蛇腔総合病院理事長だった殻木球大氏が脳卒中で亡くなったとか。無個性でありながらお歳の割に随分とお元気だったようで、診てもらった経験もあった母には相当ショッキングな出来事だったと…。1()5()()()()のことだったはずですから、ダストさんはご存知ないかもしれませんが』

 「……いや…知ってるよ。でもまあおじいちゃんだった訳だしね…。案外ボケてて周りが気付いてなかっただけかも、なんて」

 『酷い言い草ですね…。まあ実際そんなものでしょうが。とにかく気をつけてくださいよ。ダストさんに何かあったら転弧くんも悲しみます』

 「あれ?心詠さんは悲しんでくれないの?」

 『…バカなこと言ってないで仕事に集中してください。では』

 「ちょっとちょっと。さっきまでと言ってることが…あっ!切れちゃった…」

 

 連絡ついでに行われた会話の中で、「原作」を知る者にとっては耳を疑わざるを得ない情報が飛び出し、ほんの僅かに千雨は動揺する。しかし、その理由は歴史に変化が生まれていることに驚いたからではない。己の秘密の一端を掠める内容が出てきたからだ。隠し通せていることに安堵しつつも、自身が行った最初の「改変」を思い出し、顔を顰めた。

 

 「(びっくりした…ドクターの名前が出る度に心臓が止まりそうになるよ。あの人ちょっと有名すぎない?『原作』でよくあれだけ隠し通せたもんだよ…ほんとにさ)」

 

 死後も無駄に自身を苛む悪党に辟易しつつも、千雨は思考を続ける。

 

 「(個性が目覚めて記憶がはっきりして…最初にどうにかしないとって思ったのは脳無関係のあれこれだった。あの時ドクターの脳の血管に穴を開けてからは()()使()()()は一度も人前で見せてない。あれは最後の切り札だ。使うときが来るとしたらそれはきっとAFOとの…)」

 

 そこまで考えて、自分が人気のない僻地まで飛んできてしまっていることに気付く。

 

 「おっと…熟考しすぎたね。さっさと引き返そう…」

 

 振り向いた彼女の目の前には、一人の男。

 

 「…え?」

 「お…うお…お…」

 

 突然現れたことも、高高度を飛行していた千雨の前に同じように浮遊していることも、呻き声ばかりが漏れ出していることも。明らかに全てがおかしいこの男は、その眼光だけはギラギラと獰猛に輝き千雨を射抜いている。

 

 「────ッ!!」

 

 先手必勝。疑問を抱きながらも目の前の存在が何であるかを確信した千雨は、行動を起こされる前に事態を終わらせるべく切り離した左手を最高速度で突き出し…

 

 「熱ッ!?」

 

 驚異的な熱さに阻まれる。

 

 「(指先が…固まった!?炭化してすぐに融けて固まったのか!信じられない程の高音だ…!)」

 

 すぐさまスラグと化してしまった指先を切り落とし、塵化して痛覚を誤魔化す。しかしながら切り落とした分は既に「自分」とは認識されない程に変質してしまっており、その分だけ千雨を形作る塵は減ってしまった。

 

 「やってくれるね…!自分の塵を補充するのは時間がかかるってのに!目的は何だい!?(一体何だ…この『障壁』は?『ヒートオーラ』…とか?いや…複数個性のシナジーが生み出したものだと考えるべきかな。何にせよ…相性は最悪だ。灰になるだけでも自分の身体じゃなくなるわけだが…指があんな風になったのは初めて見たよ)」

 「う…おおおおおおッ!!!」

 

 返事は咆哮で返された。遂に動き出した男には既に理性など残っていないらしい。そのことを確認しながら千雨は尚も考えを巡らせる。

 自分の身体でなくなる…それは即ち、それで触れても相手を塵にすることができないということ。それが分かっていながら、千雨は救援を呼ぶつもりはなかった。

 

 「(不確定要素が多すぎる!『原作』の数年前で確か6号だかNo.6だか言ってたはずだけど…目の前のこいつはどうなんだ?順当に考えれば1号か?そもそもドクターなしでも上手くいくもんなのか?…分からないことが多すぎて正直怖いけど…幸い誰にも見られない場所なんだ。向こうもそれを狙ってたに違いない。返り討ちにして…跡形もなく塵にする。考えるのは────その後だ)」

 

 闇から出でし悪意の権化を…知られざるまま再び闇に葬り去る。千雨は久しく出していなかった本気を…今出せるだけの本気を出すことに決めた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「本当ならもう少し時間をかけてドクターと一緒に完成させていく予定だったんだけどね…まさか彼がやられてしまうとは思いもよらなかったよ。お陰で彼女に相性の良さそうな扱いづらい個性を詰め込めるだけ詰め込んであげたら壊れてしまった。No.1と呼ぶにも満たない…ただの『リサイクル』だね」

 

 巨悪は静かに一人呟く。何処からか二人を眺め、尚も口を動かす。

 

 「病院にあった複製のストックが綺麗さっぱり消えてしまっていたのも痛手だった。志村転弧くんを連れ出したときには彼女が全ての元凶かと勘繰ったものだが…冷静に考えれば当時5歳にも満たない幼児ができることじゃない。何より彼女の個性では僕に気付かれないよう全てを遂行するのは不可能だ。諦めるようで悔しいけれど、偶然想定外が重なったと見るべきだろうね」

 

 彼は嗤う。

 

 「とはいえ彼女は実に興味深い。個性はあまり魅力的じゃあないが…じっくり観察させて貰うとしよう。収穫間近だった大きな大きな一房を横取りしていった麗しい泥棒さん…君はどこまでやれるかな?」




Q.スラグってこんな風にできるもんなの?
A.多分出来ないです() 大事なのは勢いと説得力、これさえあれば大抵はどうにかなります(適当)

千雨がドクターを始末したときについては後々詳しく描写します

(追記)AFOがもう顔面潰れてることになってしまっていたので修正しました。あまりにもガバガバすぎる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

万能な解決策

 

 「おおおおッ!!」

 「遅いよ」

 

 目を血走らせ、千雨に向かって突撃を繰り返す男。しかし彼女の塵の操作速度は秒速60メートルにも迫る。ただ考えなしにぶつかろうとした所でそう易々と捉えられるものではない。

 余裕を持って躱した千雨の姿は、一種異様なもの。頭部と両手のみを残し、その他は塵化させて己の頭上に浮かべている。まるで一昔前のRPGのラスボスの如きそのスタイルこそが、千雨にとって最も力を引き出すことができるものなのだ。

 

 「(熱耐性系は確実に持ってるとして、1番気をつけるべきなのは火炎系の個性だ。粉塵爆発…塵から塵に引火しちゃうとあっという間に致命傷だからね。久々にサポートアイテムを活用することになるかな)」

 

 そう考えた千雨の頭上の塵の嵐から、幾らかの塵が飛び出してくる。それらは寄り集まると無色透明のジェル状物質と化し、塵化した部分も含め彼女の全身を覆った。

 塵化…その効果は地球上に存在するほぼ全ての物質に及ぶ。塵化したものは以前の性質を備えたままなので、集めて固めれば塵化前と同じように利用することができる。水などの液体までもが塵化するというのは些かおかしいが、とにかくそういう個性だということになる。

 

 「さて…取り敢えず弱点を探そうか。まさかずっと熱の障壁を展開し続けられるなんてことはないだろう?」

 「があああ!!」

 

 まともな返事など端から期待していない。彼女が確かめたかったのは、自分の声が男に届いているかどうかだ。今のところ、彼女が何か喋るたびに男は多少の差異はあれど必ず反応しているらしい。

 

 「(意味を理解できてる訳じゃなさそうだけど…明らかに怒ってるように見えるね。ひょっとすると私が過去に捕らえたヴィランとか?一々顔は覚えちゃいないが彼の恨みを買ってるとしたら納得がいく)」

 「うぅあアァァ!」

 

 千雨の思考を遮る男の絶叫。ふと気付けば彼は両腕に炎を纏い、体格も一回り大きくなっている。

 

 「(!…火炎系も確認。増強系は扱いやすいのが多いからこんな使い方をするとは思わなかったけど…発動条件が厳しかったりするのか?いずれにせよあんまり強化されてもまずい。そろそろ攻勢に出た方が良さそうだ)」

 

 千雨の頭上の塵嵐から今度は黒い塵が飛び出す。幾多に分かれた塵はそれぞれが大きな刃を象り、獣の顎門にも見紛うその鋒を男に向けた。

 

 「耐熱版…『刃狼塵(じんろうじん)』。こうして必殺技を使うのもいつぶりかな…」

 「うおおおッ!!」

 

 千雨が操作した刃の群れは男を噛み砕かんとして…再び先程の指先のように一瞬で融けて消える。冷えてスラグと化し疎らに地上へと舞い落ちていく残骸を見ながら、千雨は目を丸くした。

 

 「あれ?」

 「オオッ!!」

 「ちょ、ちょっとタンマ!ズルだよズル!1000度ぐらいなら平気な特別性なのに!カッコつけたのがバカみたいじゃないかぁ!」

 「グオオオ!!」

 

 彼女の事情などお構いなしに燃え盛る腕を振るう男。千雨は「その炎いる?」と思いながらも距離を取りつつ次なる策を考える。

 

 「(思ってた3倍ぐらいは高温だったかもね…。本格的に私じゃどうしようもなくなってきたぞ。かくなる上は────)」

 

 そこで男がどこにもいないことに気付く。すぐさま頭上の塵嵐を拡散させ…そのまま背後に回した塵が操作できなくなったことから、咄嗟に全身を塵化しその場を離れる。直後、そこに男の両腕が振り下ろされた。改めて頭と両手を再集合させた千雨は驚愕しつつも得心する。

 

 「(ワープ!?レア個性のはずだろう!?残った個性のストックもそう多くはないだろうに随分と贅沢な使い方をしてくれるじゃ…いや、そうか。これも何かしら使いにくい理由があるのかもしれない。最初に現れた時も私の背後だったし…『1番記憶に残ってる相手の背後に移動する』とか?元の持ち主には悪いけど初恋拗らせたみたいな個性だな…)」

 

 千雨の出した結論を肯定するように再び姿を消し、またしても彼女の背を取る男。身構えていればどうということはないと千雨は悠々と回避し、男に向かって宣言する。

 

 「君がどんな人で、どうしてそうなったのかなんて私には分からない。私に何か恨みでもあるのかもしれないけど…残念ながらそんなのは私の知ったことじゃない。ただ…同情するよ。せめてここで終わらせてやるさ」

 「うがあああああァァ!!!」

 

 一際大きな怒号で応える男。さらに体格を増し、時には背後へのワープを織り交ぜながら今まで以上の勢いで千雨に襲いかかる。対して彼女は挑戦的な宣告とは裏腹に只管男の攻撃を躱し続けるのみで、反撃に転じる様子はない。

 次第に状況は傾いていき、いつしか戦いは止んでいた。一方は息を切らし、呼吸さえもままならない。一方は平然とした顔で、ただ相手を少し離れた位置から見つめるのみ。勝者は…

 

 「お疲れ様。ここが君の終着点だ」

 「…ぅ…ぁあ…」

 

 千雨。最早叫ぶ余力もない男に、千雨は種を明かす。

 

 「すっかり高い所まで登ってきてしまった。高度凡そ一万二千メートルって所か…常人ならあっという間に命を落とすような場所だ。ロクに空気も無い、君には分からないだろうが外気温だって極寒そのもの。私も長居は出来ないけど…君にはもっと猶予がない。息苦しいなんてもんじゃないだろう?」

 

 頭と両手を男に少し近づけて暖を取りつつ、千雨は言葉をつなぐ。

 

 「呼吸が必要ない生き物なんて居ないのさ。…私を除いてね。ズルにはズルを…個性に感けたこの勝ち方はあまり好きじゃないが、そうも言ってられなかったんだ。改めて同情するよ」

 

 塵嵐を一つの巨大な扇と成し、千雨は男から離れ彼の下に位置取った上でそれを構えるポーズを取る。一拍ののち、扇が高く掲げられ…

 

 「これが君に贈ることのできる最大限の救いだよ。…『千々塵風(ちぢじんぷう)』」

 

 振り抜かれる。本来なら相手を暴風で地面に縫いつけ、地盤ごと押し潰して気絶させることを目的とした街中での使用がご法度とされる必殺技。その破壊力の全てが宙に浮いた男に向けられ、彼は宇宙の彼方へと吹き飛んでいく。

 風が止み、既に男が事切れているらしいことを何とか確認した千雨は、星空へ旅立たせた左手を以って彼の骸を消し去った。

 

 「ふぅ…頭を上手く使うなんてことはやっぱり向いてないね。困ったら最悪こうすれば良いから思考が偏っちゃうよ」

 

 勝利したとはいえ、少々強引な解決方法をとってしまったことを省みる千雨。激痛の走る頭部と両手を含め極低温によりボロボロになってしまった全身を塵化させ、早急に地上へと降りていった。





余裕ありそうに見えますが、結構瀕死です。千雨は似たような勝ち方をした経験は何度かあれど、ここまで厳しい環境に飛び込んだのは初めてでした。
ヒロアカ作中で呼吸を必要としない個性は多分出てないと思います。AFOもマスクつけてたり呼吸器つけてたり、長い間生きていても呼吸を補助する、或いは必要としないような個性は得られなかったようですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

馴れ初め


※一部心詠視点


 

 「ただいま」

 「おや。お早いお帰りで…!?ダストさん!!」

 

 珍しく随分と早めに事務所に戻ってきた千雨を出迎えた心詠は、明らかに満身創痍の彼女に目を見張る。身体は腹から下が塵化したまま、何処にも残してきた様子はない。塵の総量が著しく少なくなってしまっているのだと理解し、彼女を事務所の休憩室にて横たえる。病院に行った所で千雨の治癒が早まることはないと、心詠はすでに知っていた。

 

 「転弧くんと仁くんは…?」

 「島で訓練中です。一体何があったんですか?」

 「うーん、結構とんでもないのが出てきてね…。大丈夫だよ、もうやっつけたから」

 「…殺したんですね?」

 「うん。あれはもうどうしようもなかったよ。似たようなのと戦えばエンデヴァーさんだって同じようにしたさ」

 「無闇に命を奪ったりはしないことぐらい分かっていますよ。常態化させないよう釘を刺しているだけです」

 「りょーかい…」

 

 心詠が思い出すのは、千雨との出会い。そして自分の個性に関わる秘密を共有することになるまでの記憶。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「貴女は…仮免の時の!」

 「サイドキックを募集されているとのことでしたので」

 

 二人がしっかりと会話を交わしたのは、それが初めてではなかった。それぞれ別の高校のヒーロー科ではあったが、千雨が二年生、心詠が三年生の時の仮免許取得試験にてお互いに面識はあった。一次試験と二次試験、その年は共に協力形式の試験であったために力を合わせたこともあり、双方の性分や個性がよく把握できていたために、今回のことはどちらにとっても好都合だった。

 

 「でも良いのかい?自分の事務所を持つっていう選択だってあると思うよ?」

 「私の個性では積極的に活動するのは難しいでしょう。サイドキックとしてなら事務作業がてらダストさんの力になれるかと」

 「考えすぎだと思うけど…でもまあ、ありがとう。正直最初の一年は一人で活動するぐらいの覚悟はしてたんだ」

 「よろしくお願いします」

 

 同じ高校の同級生のサイドキックになりたいとは思わなかった。というよりも、塵堂千雨のサイドキックにこそなりたいのだと心詠は思っていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 個性が目覚めてから、元々少なかった友人は一人もいなくなった。相手は変わらずそのつもりだったのかもしれなかったが、自分を見下すような人間と付き合いを続けたいとは思えなかった。

 父も母も、少なからず秘事があるのだと知った。人の心は覗くべきではないと学ぶことができたが、授業料は高くついた。

 いつしか私は、ヒーローを志すようになった。汚い心の持ち主でさえ、ヒーローに助けられた時には心の底から感謝していた。自分がそちらに回れば、うっかり人の良くない所を見てしまうことは減るのではないかと、そんな淡い期待からだった。

 

 高校三年、一度仮免試験を途中で辞退した私にはそれが高校生活最後のチャンス。その前の年のような対立形式の試験があれば、意識せずとも負の感情に翻弄され、まともに動くことは出来ないだろうと理解していたから、二次試験まで進んで再び協調性重視の内容が提示された時には心底ホッとした。しかし、その見立ては甘かった。

 「設定」は未曾有の大災害に晒された大都市の街中。そこら中から強い恐怖の感情が流れ込んでくる。悲しみや焦りも混じり合い、一瞬にして私はパニックになった。まるで本物の大災害に巻き込まれたような気がして途端に動けなくなり、やはり自分はヒーローにはなれないのだと悟った。

 

 「いやぁすごいねスタントマンの人達。ホントに命懸かってるみたいな迫真の演技だよ。そう思わないかい、覚里さん?」

 「えっ…?」

 「泣いてる人はどこかな?誰が助けを求めてる?私一人じゃやっぱり大変でね。貴女の力が必要なんだ」

 

 一次試験の時、近くにいたから偶然協力し合っただけの相手。どうせその場だけの関係だと、簡単な自己紹介と個性の説明だけしていたつもりだったが、一度聞いただけの名前も個性もしっかり覚えていたらしい。驚いて思わず「意識」してしまう。

 

 「(あ────)」

 (彼女の個性は二次試験の内容にぴったりだ。それはつまり実際の災害現場でも大いに活躍し得る可能性を秘めているということ…ここで終わらせてしまうのは実に惜しい。何より私自身彼女のことが気になってしょうがない。「原作」に登場しない人物にここまでお節介を焼くのは初めてのことだが…あるいはこれも運命かもしれないね)

 

 初めてのことだった。よく分からない内容もあったものの、自分の個性を認められて、好意的な思考ばかりが感じ取れて。この場ではそうだというだけのことが心の何処かで分かっていても、一縷の望みに手を伸ばさずにはいられなかった。

 

 「向こう…駅前エリアから特に沢山の悲しみや恐怖が伝わってきます。次いで倒壊したビル群の下敷きになっている人も多いようです」

 「流石だよ。全速力で行くとしよう」

 

 おぶさるよう私に促す彼女。そのまま直前の言葉通り目覚ましい速さで次々と目的地へ到着した。やや時間をかけて救助していたためか思ったほどの評価は得られなかったようだったが、彼女のお陰で私も無事二次試験を通過し、仮免許を取得することができた。

 

 「おつかれ。今度は本免許を持って…お互いプロヒーローとしてまた会おう」

 「はい。…塵堂さん、ありがとうございます」

 「お礼を言うのはこっちさ。君の個性は本当に素晴らしいものだよ。もっと胸を張るといい」

 「…はい」

 

 「意識」しても、心の声は聞こえなかった。本心からの言葉だと気付いたときには、涙が溢れてしまいそうだった。

 

 「塵堂さーん!2-Aもう皆集まってるよー!」

 「!分かったよ、すぐに行く!それじゃあね」

 「?…一つ歳下だったんですね」

 「うぇっ?あれ…もしかして三年生?」

 「ええ、まあ」

 「ご、ごめんなさい!普通にタメ口で話してしまって…!」

 「…くすっ。気にしていませんよ、ご心配なく」

 

 先程まで泰然自若という態度だった彼女が慌てる姿は、存外可愛らしいものだと思った。





心詠の個性の「意識」というのは、相手の存在を認識して顔を見る、という程度のものです。そのために事あるごとに人の心を読んでしまうわけで、使い勝手は最悪です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

秘密の共有


※一部心詠視点


 

 千雨さんのサイドキックとして活動し始めてからは、少しずつ彼女のイメージが変わっていった。案外抜けている所もあるし、その気になればすぐにでも終わらせられるような作業に妙に時間を割きたがる。本人曰くそういう地味な所に拘ることにこそ意味があるとのことだったが、どう考えてもサボりの言い訳だった。結局私が事務作業に専念するようになったものの、彼女のそういった一面を知っていく中でお互いに以前よりも打ち解けることができた。下の名前で呼びあうようになって、千雨さんもまだまだ十代らしさの残る普通の少女なのだと…その時はまだそう思っていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ただいまー。今日はもう上がるね」

 「はい。お疲れ様でした」

 

 いつものように労いの言葉をかけ、彼女を見送る。ふと彼女に「意識」を向けて、

 

 (…くんの「崩壊」発現までもう一年も無さそうだ。できる限り志村家を見てる時間は長く取りたいし、そろそろホークスとか治崎の捜索も始めておきたいね。警察に引き渡す時間も惜しい…痛めつけるだけ痛めつけて拘束したままさっさと次に行くか、どう見ても更生しそうにないのは状況次第なら消してしまっても構わないだろう。要はバレなきゃ問題ないのさ、なんて)

 「!!?」

 

 その内容に思わず立ち上がった。理解できない内容も多かったが、明らかに常軌を逸した思考であることは間違いなかった。

 

 「えっ?どうしたの心詠さん」

 「…、あ、」

 

 問い詰めようとして、言葉に詰まる。それをすれば、私の秘密が露呈してしまう。なにより今のは彼女にとっての秘密であるに違いない。友の秘密、己の秘密。その両方をここで明かしてしまうことに躊躇い…それでも見逃すことはできなかった。

 

 「…消してしまう、というのは、一体」

 「……え、は?な、何々どうしたんだい急に。ちょっと考え事してて、さ。話の流れがよくわからない…」

 「惚けないで下さい!貴女の考え事についてです!何をなさっているんですか!?何をご存知なんですか!?答えてください千雨さん!!」

 「────個性。まさか…隠していたのかい?ずっと」

 「誰にも知られるつもりはなかったんです。今だって本当にうっかり発動してしまっただけなんですよ…。でも見てしまった!貴女の秘密を…!何か、致命的なことを一人で抱えているような気がしたから、だから…。それに…、私だけ秘密を秘密のままにしておくなんて、できなかった…」

 

 今でも当時の彼女の顔は忘れられずにいる。後にも先にも、あれほど動揺した表情は見たことがなかった。

 

 「…何処から?」

 「…崩壊、という単語が出た辺りから…」

 「そうか…。まず、ごめんね。君を傷つけるつもりなんてなかった。疚しいことをしてる自覚はあったけど…悪意があって隠してた訳じゃないんだよ。…まさか具体的に人の心が読めるとはね。お手上げだ」

 「…一体何をご存知なんですか」

 「一つだけ断っておくと…何から何まで話すことはできない。私が墓場まで持っていくと決めた情報は少なくないんだ。それでもよければ話すよ」

 「お願い、します」

 

 語られたのは、俄には信じ難い話の数々。どうやら彼女は自身が存在しないこの世界の記憶を断片的に持っており、それらから得た知識を頼りに起こりうる悲劇を可能な限り回避すべく動いていたらしい。そこまで考えて、かつて見た彼女の心は間違いなく真実だと、そんなはずはないと分かっていながら思わず尋ねてしまう。

 

 「私に声を掛けてくれたのも…サイドキックとして迎えてくれたのも…全部、ぜんぶその記憶があったからなんですか?記憶がなかったら、千雨さん、は、私のことを…」

 

 視界が滲む。声が震える。それまでの人生で一番だと自覚できる程に顔を歪ませながら、縋る思いで彼女に問うた。

 

 「そんなわけない。心詠さんと出会ったことは記憶頼りだとかそういうのじゃないよ。全くの偶然…運命さ。心詠さんのお陰で私はこの世界をより一層愛することができるようになった。絶対に嘘なんかじゃない…約束する」

 「ぐすっ…。う、うぅ…!」

 

 改めて彼女との絆が偽りでなかったことを知り、嗚咽を抑えることができなかった私は、しばらく彼女に抱き止められたまま泣き続けた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「それで、『消してしまう』というのは」

 「…大悪党が社会復帰したって何になるのか。いなくなったって誰も咎めやしない。そう思っただけだよ」

 「自分の物差しですべての物事を測るのはヴィラン同然の行いです。法を守ることができない人間には誰も守れませんし、誰も守って欲しいとは思わないでしょう」

 「分かってるさ。でも本当の本当にどうしようもないって思った奴だけなんだ。まだ…両手があれば数えられる」

 「…何てことを…。ヒーロー失格の謗りは免れませんよ。…露呈すればの話ですが」

 「心詠さん」

 「今日のことは…二人だけの秘密です。自分の分と、相手の分。お互い共犯という形にしておきましょう」

 「…うん。ありがとね」

 

 貴女に救われたから、貴女がいてくれたから。何が起きても私はずっと貴女の味方でいてみせる。だから…いつかは全部教えてくださいね。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ダストさん。朝ですよ」

 「ん…。ありゃ。事務所でそのまま寝ちゃってたか」

 「転弧くんたちも随分と心配していましたよ。顔を見せに行ってあげてください」

 「そうするよ。…心詠さん。ありがと」

 「どういたしまして、千雨さん」

 「…久々に名前で呼んでくれたね。なんだか新鮮だ」

 「少し…昔を思い出しまして。まだ二年程前のことですけれど」

 「ああ…仮免試験ね。そうだ!そういえばあの時…」

 

 二人の絆は硬く、それでも未だ尚結びつきは強くなり続ける。





一部心詠視点(ほぼ全部)
というわけで心詠の千雨に対する異常な信頼の種明かしでした。心詠はヒーローとしてのダストを尊敬しつつも、あくまで千雨という友人として捉えている感じです。

(追記)心詠のプロフィールも載せておきます。
Name:覚里心詠
Hero Name:ラインセーバー
Birthday:4/7
Height:162cm
好きなもの:音楽


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「個性」にまつわる学説

 激闘から幾らか月日は流れ、すっかり回復した千雨。彼女は今、新たな「改変」の準備に入っていた。

 

 『治崎廻くんですか?はい、確かに当孤児院に在籍しております。』

 「そうですか。彼を引き取ることは可能でしょうか?」

 『勿論です。いくつか手続きが必要となりますので、ご予定の確認の程よろしくお願いします。次回此方に直接お越し下さった際に日程等相談をさせて戴きますね』

 「はい。ありがとうございます」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『「個性」とは人類が罹った病気の一種であると考えられる。身体的特徴の急激な変容やそれに伴う人格の変化など…』

 「…」

 「『個性論』。随分難しい本を読んでるね」

 「?…あんた…テレビで見たことある」

 「プロヒーローの『ダスト』だよ。といっても今日ここに来たのはただの引き取り手としてさ」

 「…俺を引き取る話があがったって聞いてる。あんたがそうか」

 「ご名答。分厚い学説集を読んでるだけのことはある。けど…さっきからずっとその辺りばかり繰り返してるみたいだね」

 

 とある孤児院にて、少年に話しかける千雨。少年の名は治崎廻…後にオーバーホールと名乗るようになる人物だ。不機嫌そうな様子を隠そうともしない彼は、堂々と自らの考えを述べる。

 

 「この学説は正しい。『個性』なんてのはただの害悪でしかない。あんたらみたいに…中途半端に自分の力が強いせいでヒーローだなんて訳の分からない勘違いをする輩を増やすだけ。そんな奴らを見て次の世代も、その次も…馬鹿げた憧れに囚われる人間が後を絶たなくなる。こんなもの無い方が世の中のためだ」

 「そうか…。ヒーローは嫌いかい?」

 「…話を聞いてなかったのか?ヒーローなんて本当は何処にも存在しない。それがあるべき社会の姿だ」

 「もう一度聞こうか。ヒーローは嫌いかい?」

 「ちっ…。話が通じないらしいな。あんたみたいなのに引き取られるなんてこっちから願い下げだ」

 「さっきのは私の質問に対する答えになってないよ。君が返すべき答えは『はい』か『いいえ』だ。『どちらともいえない』は禁止だよ」

 「五月蝿い。その質問には答えない。必要性を感じないからな」

 

 矢鱈と同じ質問に拘る千雨に不機嫌を通り越し苛立ち始めた治崎。話を切り上げようとする彼に、尚も千雨は食い下がる。

 

 「違うね。本当は好きなんでしょ?ヒーローのこと」

 「黙れ」

 「君が嫌いなのは『個性』そのものだ。もっと言えば…君自身の『個性』。教えてくれないかな?どうしてそこまで『個性』を嫌うのか」

 「黙れって言ってるだろう!!」

 「ようやく喋り方が戻ったね。変に気取るよりそっちの方が君らしいと思うよ」

 「いい加減にしろ!あんたに何が分かるんだ!?知った風な口をきくな!」

 「君のことなんて何も分からないし知らないよ。『君らしい』ってのは私の主観さ。話を戻そう…どうして自分の個性を嫌うんだい?」

 「〜〜ッッ!!!」

 

 ああ言えばこう言う千雨にとうとう堪忍袋の緒が切れた治崎。掌を彼女に突き出し自身の個性でその身体を分解しようと試みる。敢えなく彼の手に触れた千雨は上半身が消し飛び、言葉を発することができなくなってしまった。

 数瞬の後冷静さを取り戻した治崎は手遅れになる前に千雨を再生させようとして…それが不可能であることに気付く。

 

 「え…!?お、おい!くそ!何で!?これじゃまた…」

 「そりゃあ私が自分で消し飛んだからさ。ドッキリ大成功…ってちょっと!そんなに怒らないでよ!」

 

 揶揄うように上半身を再び現した千雨に治崎は今度は個性を使わずにそのまま殴りかかる。当然命中するはずもない攻撃だが、それを理解した彼は再び言葉を紡いだ。

 

 「反吐が出る…!こんな奴がヒーローだなんて世も末だな!ガキを虐めて楽しいか!?」

 「ごめんごめん。やりすぎたよ…。でもお陰で君が個性を嫌う理由は分かったかもしれないよ?」

 「…何だと?」

 「君がこの孤児院にいる理由と無関係じゃないだろう?」

 「…」

 

 初めて怒りに類するもの以外の感情を見せる治崎。表情は曇り、拭えぬ己の過ちが彼を蝕んでいることを如実に示していた。

 

 「個性さえなければ、そう思うのも無理はない。能天気に力をひけらかす人間が憎いと感じたって仕方がないさ。けど…本当は友達と遊びたかったんじゃないのかい?ずっと一人で個性の練習をして…さっきみたいに人に向けても大丈夫だって自分で確信できるぐらいには上手く制御できるようになったんだろう?凄いじゃないか。努力なしにはあり得ないことだ。君はもうちゃんと乗り越えられてる。後は正しい道を選ぶだけだよ」

 「正しい…道」

 「危なくないって分かっていてもその個性は人を傷つけるために使っちゃだめだ。勿論個性のことだけじゃないよ?君は賢いんだから良いことと悪いことの区別ぐらい付くだろう?いつか守るべきものができた時…大切なもののために正しく使うんだ。まあ、君がそうする必要がないように私たちヒーローも頑張るけどね」

 

 憎悪しているはずの個性をしっかり伸ばしている治崎はすでに過去を克服しつつあると指摘する千雨。彼が誤った選択をすることのないように、一から丁寧に言い聞かせる。

 

 「それじゃあ私はそろそろ行くよ。またいつか縁があれば会うこともあるさ」

 「え…?おい、あんた俺を引き取りに来たんじゃなかったのか?」

 「そのつもりだったんだけど…よく考えてみたらうちにはもう育ち盛りの男の子が居たんだった。君を引き取る余裕は無さそうだ」

 「な…。…あんたやっぱりただのヒーロー気取りだよ。ここまで来て俺を突き放すのか」

 「大丈夫だよ…。きっと出会えるから。君のことを大切にしてくれて…君自身もその人を大切にしたいって思える人に」

 「…一体何を根拠にそんなこと」

 「はっきりと説明はできないけど…とにかく絶対会えるさ。本ばっか読んでないでたまにはお外で遊びなよ。じゃ!」

 「あ…おい!」

 

 納得いかないまま逃げるように去っていった千雨に不満を抱く治崎。しかし去り際の彼女の眼は、己の辿る運命を確信しているようにも見えたと彼は振り返る。

 

 「…おかしなヤツ」

 

 治崎が「個性論」を手に取ることは、二度となかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「寄る辺がねェならウチに来い小僧。名前は?喋れるか?」

 「…治崎。治崎廻」




治崎が本当はヒーローが好きだということや両親を個性の暴発で殺めてしまったということは完全なる創作です。本作の彼は半分オリジナルキャラみたいになってしまっていますが…当分出てこないのでお許しを。

(追記)血雨は食い下がる→千雨は食い下がるに修正。ブラキン先生の血縁みたいな名前になってしまった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

残された課題

 

 その日、ダスト事務所は午前中までに全ての業務を終え、四人全員が無人島に集まり訓練の途中経過を確認することになっていた。

 

 「それじゃ、始めて」

 「はい!」

 

 千雨に応じた転弧が手頃な流木を崩壊させる。少しずつ罅が入り粉々になっていくそれからは、ほんの少しずつではあるが地面へと崩壊が伝播していってしまっているようだった。

 

 「以前よりずっと出力は抑えられてるけど…伝播そのものは無くせてないか」

 「ごめんなさい…」

 「謝ることなんてないよ。元ある個性の性質を変えるなんてのはそう簡単なことじゃない。むしろ一年ちょっとでよくここまで制御できるようになったと褒められるべきだ」

 「だな。転弧が頑張ってるのは俺たちみんなよく分かってる。だから気にすんな、焦るこたない。少しずつできるようになりゃいいのさ」

 「とはいえ、やはりただ制御を身につけるだけではこれは解決できない問題かもしれません。何かきっかけのようなものがあれば良いのですが…」

 「きっかけ、か」

 

 「原作」において、死柄木弔はしばらくの間…己の「オリジン」を知覚するまでの間、触れたものを崩壊させるだけに留まっている。恐らくは幼い頃に家族を殺めたトラウマからであると考えられるが、まさか転弧に同じことをさせるわけにはいかなかった。

 

 「(でも心詠さんの言う通り、このまま同じことを繰り返しても埒があかなさそうだ。大切な人を手にかけてしまうイメージを…いやダメだ、いくらなんでも無慈悲すぎる。ただでさえ好き好んで訓練してる訳じゃないだろうに、そこまでさせられないよ)」

 「まあ、今やれることをやっていこうぜ。あんまり先のことばっか考えたってしょうがねえだろ」

 「それもそうですね。とりあえず今日の所は普段通り自分で制御する練習をしておきましょう」

 「はい!」

 「…ふふっ」

 

 元気な声を返す転弧を見て、千雨は一先ず彼との訓練に集中することにした。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「しかしあの時は柄にもなく驚いた。まさかあんなやり方で『リサイクル』に勝ってしまうとはね」

 

 閑散とした町の一角。巨悪は一人、数ヶ月程前の光景を思い返す。

 

 「ちょっとだけ心が揺れたよ。大して興味のない個性だったけれど、彼女が持っているといやに面白く見える。隣の芝生はなんとやらだ。まあそれはともかくとして…『リサイクル』は反省点が多かったかな?あまり良い個性を渡してあげても勿体ないと思って不要品を処分してしまうつもりで作ったのがいけなかった。こればかりはどうしても僕の悪癖が出てしまうね。ドクターのような頭脳と感性を持ち合わせていないのが悔やまれる」

 

 彼が辿り着いたのは、暗く薄汚れた路地裏。淀んだ空気や漂う悪臭を気にも止めず、ゆっくりと奥へ進んでいく。

 

 「これからは無意味に個性を与えないように気をつけるとしようか。パズルのように最適な組み合わせを見つけて当てはめるというのもまた一興…次はどんなものがいいかな?今から楽しみだ。…さて」

 

 独り言を終えた巨悪は、小さく座り込む少年の前に立つ。

 

 「誰も…たすけてくれなかったんだね。辛かったね」

 

 それは心からの台詞か、あるいはただの甘言か。

 

 「『ヒーローが』『そのうちヒーローが』。皆そうやって君を見ないフリしたんだね。一体誰がこんな世の中にしてしまったんだろう?」

 

 少年は彼を抱きしめる温かさに触れ、救いが来たことに涙を流す。

 

 「もう大丈夫。僕がいる」

 

 たとえその先に待っているのが…破滅だとしても。





志村家のような悲劇はあの世界だと珍しくはないのかな、と。個性の突然変異とかいう現象が凶悪すぎますね。
次回一年程時間が飛びます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

先輩として、ヒーローとして

 

 特に変わり映えのない日々が続き、気付けば転弧は7歳になっていた。「原作」の開始から13年前、今年も千雨にとって重要な出来事が訪れる。

 

 「ダストさん、今年のインターンシップ候補生一覧が届いていますよ。今回はどうなさいますか?」

 「当然パス。もっと転弧くんが大きくなってからでないとインターンの子達もちゃんと面倒見てあげられないでしょ?あと5年ぐらいは…いや。ちょっと雄英の名簿見せて」

 「?はい。こちらです」

 「2-A…あった。……ビンゴだ」

 「…()()()()()()ですか。スカウトなさるので?」

 「ううん、必要ないよ。ただほんの少し手を貸すだけさ」

 「了解です」

 

 「(雄英の先輩として、見過ごせないからね。インターンシップが始まったらあの辺りには気を配っておこう)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ミッドナイト!避難誘導と増援要請を!」

 「社長!?」

 「時間を稼ぐわ!」

 

 田曽宮市に侵入した大型の異形ヴィランを止めるべく、ハイネス・パープルは一人立ち向かう。ミッドナイトと呼ばれた少女は直ぐにヒーローネットワークを通して他のヒーローたちに応援を要請し、そのまま市民に避難を指示する。

 ヴィランはその巨体さ故猛烈な速度で市内を進み、児童たちの避難を誘導していたインターン生…相澤消太と白雲朧の前に現れる。

 

 「ヴィランがこんなに早く…!」

 「しかもこいつ…デカい!」

 「ここはまかせなさい!」

 

 子供たちを遠くへ避難させるべく、無謀にも巨躯に向かって飛びかかるパープル。本来ならばそのまま反撃を受け、建物諸共崩れ落ちる…はずだった。

 

 「『天絞の鎖塵(グレイプニル)』」

 「〜〜!!」

 

 個性による迎撃を行うために背中のコブを放とうとしたヴィラン。しかし上空より延びてきた巨大な鎖によって全身を拘束され、衝撃で暴発した無数のコブが彼に大きなダメージを与える。

 

 「ダ…ダスト!?」

 「やあ。迅速な増援要請感謝するよ。お陰で間に合った」

 

 驚くパープルを尻目に、千雨は避難の動きを止めたインターン生たちに目を向ける。

 

 「ダメだよ立ち止まっちゃ。早くその子らを連れていってやりな」

 「あ…はい!ありがとうございますッ!行くぞショータ!」

 「お、おう」

 

 再び離れていく二人を眺め、彼女は思索に耽る。

 

 「(結構危なかったね。連絡が来た瞬間速攻で飛んできたつもりだったんだけど…。予めパープル事務所の動向も確かめておくべきだったかな)」

 「ダスト!ヴィランが暴れ出すわ!」

 「!」

 

 反省中の千雨の耳に届くパープルの警告。すぐさま「天絞の鎖塵」で締め上げ、ヴィランの全身を軋ませて抵抗を止めさせる。

 

 「『ガーヴィー』。殺人及び器物損壊等々…延15件の前科あり。君にかけてやれる慈悲は無さそうだ」

 「〜〜!!」

 

 ヴィランに冷たい眼差しを向ける千雨。そのまま手を翳し彼の身体に触れようとして、

 

 「待ちなさいッ!」

 

 パープルに止められる。

 

 「心配ないよ。命まで取るつもりじゃないさ。ちょっと大変な思いはしてもらうことになるだろうけどね」

 「それもダメよ。彼にもう抵抗は不可能だわ。後は警察が来るまでそのままにしておきましょう」

 「…もし彼が君の大切なものを奪っていても同じことが言えるかい?」

 「当然。私はここにヒーローとして立っている。そこに私情を挟むつもりはないわ。…貴女が他のどこかで彼をどうしようとそれは貴女の自由だけれど…ここにいる以上私の指示には従ってもらうわよ。これでも一応ウチの事務所はここの管轄なんだから」

 「あぁ…。全くその通りだよ…君が正しい。ここは素直に引き下がるとするよ」

 「ありがとう。…まだ若いんだから無茶しないの。答えを出すには早すぎる。生き急ぎすぎよ」

 「…覚えておこう。参考程度にはするよ」

 「可愛くないわね」

 「よく言われるよ」

 

 雨は優しく二人を包む。




感想で突っ込まれることもあったのでこういう人もいますよとちょっとだけ描写を。一応千雨もまだ20前後なので考えが浅いこともあります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

思い立ったが吉日


今更ですが、本作ではヒロアカに加えて外伝のヴィジランテに含まれる要素も登場します。ジャンプ+で読めるので是非。


 

 ある日、島での訓練中に千雨が仁に相談を持ちかけていた。

 

 「転弧に勉強を教えたい?」

 「うん。小学校に通うってのは少し厳しいからね。できれば私がその分を補ってやりたいんだけど…如何せん忙しくて。仁くん、お願いできないかな?」

 「構わねえ。と言いてえが…俺も出来は良くなかったからな。正直上手く教えてやれる自信がない」

 「そっか…」

 

 訓練による成果が見込みにくくなり、それならばいっそその時間を幾らか勉強に回したいと考え始めた千雨。しかし、ダスト事務所で転弧に付きっきりでいられる人員は事務員の分倍河原仁ただ一人。そして彼も勉強を教えることに自信はないと話す。これまで極少人数で事務所を運営してきたことによる弊害が生じてしまっているようだ。

 

 「最初はコネを利用すれば、とも思ったんだけど…」

 「何だ?問題でもあるのか?」

 「問題というか…」

 

 千雨は仁に、雄英高校での一幕を語る。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…難しい、ですか?」

 「そうだね。雄英高校の教師たちは皆同時にヒーローでもある。生徒に教え、市民を守る。それだけでも相当な苦労があるのさ」

 「な、なるほど。言われてみれば確かにそうですね…。(そりゃそうじゃないか…。先生の仕事をしながらプロヒーローとしても活動するなんてのは決して簡単なことじゃない。その上転弧くんの家庭教師なんてまあ無理だ。うっかりしてたよ…)」

 「それに転弧くん自身、あまり知らない人と接触するのは嫌がるだろう。勿論親しくなっていけばいい話ではあるけれどね。やっぱり君の事務所の仲間と教えてやるのがベストだと思うよ?」

 「そう、ですね。それが手っ取り早そうです。わざわざ御時間を取っていただいてありがとうございました、校長」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「なるほどな。アテが外れたって訳だ」

 「結局心詠さんに頼るしか無いのかなぁ。今でも結構大変そうなのに…」

 「…二人とも何の話してるの?」

 「あっ、転弧くん」

 

 訓練の一環として仁の分身と鬼ごっこをして遊んでいた転弧が、休憩がてら二人に近づく。

 

 「転弧、お前勉強したいか?」

 「え!?う、う〜ん。あんまりしたくない…かも…」

 「だってよ。別にいいんじゃねえか?」

 「そういう訳にはいかないよ。転弧くん、勉強しないとヒーローにはなれないぞ?私も心詠さんもしっかり勉強してきたんだ」

 「うぅ…。ヒーローって、大変」

 「夢も希望もねぇ言い方しやがるぜ。転弧ぐらいの歳の奴に世知辛い事情を教えてやるこたねぇのによ」

 「わああ!!だ、大丈夫だよ転弧くん!君なら絶対ヒーローになれる!諦めちゃダメだあああ!」

 「ほ、ほんと?」

 「取り乱しすぎだろ…」

 

 転弧がヒーローの現実を知って自信を失いそうになっているのを見て、慌てて雑なフォローをする千雨。その場は丸く収まったが、転弧に勉強を教えるという根本的な問題は解決していなかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「てなわけで…どうしようか、心詠さん」

 

 事務所に戻ってきていた千雨は、心詠に縋る。少し考えたのちに、彼女はとんでもないことを言い放った。

 

 「活動休止しては如何でしょう?転弧くんが中学生になるまで」

 「…は?おいおい、流石にそれはできねぇんじゃ…」

 「それだああ!何で出てこなかったんだろう、ありがとう心詠さん!」

 「な…良いのかよ!?もっとこう…活動する日を減らすとかはダメなのか!?」

 「詳しくは省きますが、ダストさんがヒーロー活動を続けられているのは高い活動頻度とヴィラン検挙率があってこそです。今より減らせば免許剥奪の可能性も見えてきますし、それならいっそやむを得ずヒーロー活動を休止するとした方がいいんですよ」

 「…?千雨さん、ヒーロー辞めちゃうの?」

 「ううん、ちょっとお休みするだけさ。その分転弧くんに勉強を教えてあげるから…サボっちゃダメだよ?」

 「う…わ、分かった」

 「…千雨さんはそれでいいのか?」

 「構わないよ。私がいなくなったって他にもヒーローは沢山いるし、最近は以前よりずっと増えてきてる。十年もすればヒーローは飽和状態になるとまで言われてるんだよ?しばらくは彼らに任せるとしよう」

 「まあ…あんたが良いなら何も言わねえよ」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 その日の夜、プロヒーロー「ダスト」がヒーロー活動を休止するという衝撃の知らせがあった。未だ活動期間2年程度、ダスト自身も二十歳そこらであるにも関わらず5年近くも休止するという本人からの報告に、世間では様々な憶測が広がったが、一年もすれば彼女の話をする者は殆どいなくなっていた。





一年飛ばしたばかりで申し訳ないのですが、次は一気に五年ほど飛びます。白雲を助けるためだけにこの時間に飛ばしたようなもんなので…。重ね重ね申し訳ございません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7年振りの再会

 

 『塵化ヒーロー「ダスト」復活!五年のブランクを感じさせない大活躍で初日の活動を終える』

 

 自身の携帯でネットニュースを眺める少年。その顔は何処か誇らしげで、見出しの人物を尊敬しているらしいことが窺える。そこに掛かってきた一本の電話。少年の携帯に登録された番号から掛かってきたもので、画面には「お母さん」という表示があった。

 

 「…もしもし」

 『…転弧。今日、入学式でしょ?直接は言ってあげられないから…今言っておくね。入学おめでとう』

 「うん」

 『…体調に気を付けて。中学生活楽しんでね。それじゃ…また』

 「うん。…また」

 

 ぎこちない、電話越しでの親子の会話。それでも彼らは、少しずつあるべき形へと戻ろうとしていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「千雨さん、仁兄から渡す物があるって聞いたんだけど…」

 「うん。はいこれ」

 「…これ、俺の?」

 「そうだよ。設定とかその他諸々はもう済ませてあるから、すぐにでも使えるよ」

 「ありがとう…でも、何で今?」

 「…そろそろ良いかと思ってね。感情と個性の切り離しも問題なくできるようになったことだしさ。電話の所、見てごらん」

 

 千雨に促されるまま、端末を操作する転弧。すると、連絡先の所に何人かの番号が既に設定されていることが分かった。

 

 「千雨さんに、心詠さん、仁兄。それに…これは」

 「君のお母さんとお姉さんの番号も入れてある。…今、掛けてあげて」

 「………わ、かった」

 

 しばらく硬直していたものの、覚悟を決めた転弧。僅かに震える手で、まずは母に電話を掛けた。

 ワンコールで繋がる電話。スピーカーの向こうからは、久しく聞いていなかった声が聞こえてきた。

 

 『…もし、もし』

 「……もしもし。お母さん?」

 『────うん…!そうだよ、転弧…!お母さん…!」

 「…ごめんなさい。ずっと、会えなくて。俺のせいで、お母さんも、みんなも、悲しませて」

 『貴方のせいなんかじゃないわ…!私の方こそごめんね転弧…!貴方を守ってあげられなかった!寂しかったでしょう…?辛かったでしょう…?母親なのに…貴方にそんな思いをさせてしまった…。本当に、ごめんね』

 「…じゃあ、お互い様だ。これでお終い。だから…もう泣かないで、お母さん」

 『うん…!うん…!ありがとうね、転弧…!』

 「…おじいちゃんとおばあちゃんは元気?」

 『ええ…。勿論元気よ。ずっとずっと…貴方の事を心配してたわ。今、うちに居るの。代わる?』

 「うん。お願い」

 

 母に代わり、彼の祖父と祖母が電話に出る。再び謝罪の応酬が続き、携帯からは涙声が響く。家族再会の通話は、実に二時間近くも続いた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『それじゃ、またね。華にも…電話してあげてね』

 「うん、わかってる。それじゃ」

 

 幾らか余韻を残した後に、転弧は続いて姉の志村華へと電話を掛ける。此方もやはり、通話が始まるのはすぐだった。

 

 『も、もしもし!』

 「…もしもし、華ちゃん。転弧」

 『あ、えっと、えっと…!ごめんね、転弧!ずっと謝りたくて、あの時も、謝ろうと思ったの!でもできなくて、会えなくなっちゃって…!悲しかった…!急に色んなこと、起きて、わけわかんなくなっぢゃっで!ほんどに、ごべんねぇ…!』

 「…そんなに謝らなくても大丈夫だよ、華ちゃん。謝りに来てくれてたの、分かってたから。お母さんから聞いてるよ、友達の家にいるって。その子にびっくりされちゃうよ」

 『…う゛ん…。ねぇ、転弧。許してくれる?』

 「…いいよ」

 『えへへ…ありがとね』

 

 小さな子供がそうするように。華の「ごめんね」に、転弧は「いいよ」と返す。途中華の友人が乱入するなどのアクシデントも交えつつ、二人の会話は思いの外弾んだ。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『ばいばい、転弧!またね!』

 「うん。またね、華ちゃん」

 

 明るい雰囲気で通話は終わり、転弧は千雨に向き直る。

 

 「千雨さん、ありがとう。俺にこうして…機会をくれて」

 「どういたしまして。ちなみに今のは携帯の『機械』とチャンスの『機会』を掛けてたりするのかな?良いセンスしてるねぇ」

 「…面白くない」

 「あ、あはは…ごめんごめん。何というかつい…」

 「千雨さんのそういう所は直した方がいいと思うよ。俺最近千雨さんが実は結構変人だって気付いてきてるからね」

 「そ、そんなぁ!一体誰にそんな心無いことを吹き込まれたんだい!?仁くんか!?そうなんだろう!?一人称もいつのまにか『俺』に変わってたし!君を変えたのは彼以外にあり得ないんだあああああ!」

 「うるせぇ聞こえてるぞ。そういう所が転弧に白い目で見られてんだよ」

 「おのれふてぶてしい奴…よくも幼気な少年を歪めてくれたね?この代償は高くつくよ」

 「おい、心詠さん。こいつ何とかしてくれ」

 「ダストさん、復帰の手続きがまだ済んでいませんよ。遊んでいる暇があったら手伝って下さい」

 「はーい…」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「お疲れ様、転弧くん。入学おめでとう。学ラン似合ってるよ」

 「ありがとう千雨さん。それと…これからもよろしく」

 「うん。こちらこそよろしくね」

 

 それぞれが更に歩み寄り、彼らは新たな一歩を踏み出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

顕現せし次なる脅威

 

 千雨がこの世界に生を受けて既に25年。本来ならば2年後にはAFOとオールマイトの戦いが起こり、双方が後遺症を残す程の大ダメージを負うことになるはずであるが、彼女はそれをどうにかして回避したかった。

 

 「(理想はAFOをそこで始末してしまえればいいんだけど、確実に無理だと断言していい。仮に私が二人の戦いに参戦しても奴に負わせる傷が増やせるかは怪しい所だ…向こうも対策してこないはずはないしね。となればオールマイトさえ守れれば一先ずは合格点といったところか。デクくんにOFAを譲渡してくれるかどうかがわからなくなってしまうけれど…あの人の性格なら大丈夫だろう。とにかくその時が近づいてきたらオールマイトの動向はしっかり確認しておかないとね)」

 

 彼女はそのまま、活動休止期間中に表出した幾つかの問題について思いを巡らせる。

 

 「(しかしデトネラット社が表舞台に現れるのがここまで遅いとは思わなかった。リ・デストロは少なくとも30代後半ぐらいかと思っていたけど、案外若かったのかそれとも敢えてしばらく潜伏していたのか…何にせよすぐにでも接触を図るべきかな。それとマスキュラーもそろそろ出てきてもおかしくないはずなのに、不自然なぐらいに見つからない。ヒーローネットワークにもそれらしい報告は上がっていないようだし…こんなにも大人しいものなのか?ちょっと不気味だね)」

 

 そこまで考えた所で、今彼女がいる事務所の応接室の扉がノックされる。

 

 「ダストさん、いらっしゃいました」

 「どうぞ」

 「…こ、こんにちは。あの、先日の件についてとのことで…」

 「ウチの子を其方の事務所にスカウトしたい、というのは本当なんでしょうか」

 

 心詠に連れられ入ってきたのは若い夫婦。別段特徴もない、「普通」の男女だ。

 

 「はい。貴方がたのお子さん…被身子ちゃんは実に優秀な子です。今から彼女の個性を伸ばせば、将来はトップヒーローを目指すことも夢ではないと思います。もちろん、今通っている小学校には引き続き通ってもらって構いませんし、中学、高校への進学も学費等含めて保証しましょう。いかがですか?」

 「…その、ヒーローになるということは、やはり人前に出ることも多くなるんですよね?テレビに映ったり、写真、とかも」

 「ええ、まあ。被身子ちゃんは容姿も申し分ないですし、そういった仕事も増えるとは思います」

 「そう、ですか…。…あなた」

 「ああ…。…すみません。大変有り難い話だとは思いますが、お断りさせていただきます」

 「…理由を伺っても?(…思っていたより渋るね。まあ、我が子を手放すのを躊躇ってるって訳じゃなさそうだが)」

 「いえ、その…。ウチの子は、何というか、ひどく臆病で。個性はともかくとして、ヒーローのような仕事は向いていない性分なんですよ。もっと『普通』に育って、『普通』の仕事に就く方が私達としても安心できるといいますか…」

 「そ、そうなんですよ。それに娘が大きく取り上げられたりしたらと思うと、少し落ち着かなくって。あの子も親元を離れるにはまだ小さいですし」

 

 我が子を想うような両親の言葉。しかしその中に僅かながら「歪み」があることに、傍で聞いていた心詠は気付く。心を読むまでもなく、二人の感情から少なくない違和感を感じたのだ。当然凡その事情を知る千雨も、遠回しにそこを突く。

 

 「臆病、ですか…。不思議なこともあるものですね。私が被身子ちゃんをスカウトしようと思ったのは、彼女が友達と遊んでいるのを見た時なんですがね。親切に怪我をした友達の手当をして、彼女の個性でしょう、そのお友達に「変身」して…二人とも随分と楽しそうでしたよ?臆病ということは無いと思いますし、個性による変身もその時はほんの一瞬だけのものでしたが、伸ばせば光るのは間違いない。何より彼女自身、将来への拘りは特に無いようでしたし。聡い子だ…精神的には十分自立できていた。自分が何を求められているのか…あの歳で理解できる子はそう多くない」

 「と、友達と遊んでいたですって!?そんなこと一言も…」

 「そういう反応をされることが分かっていたんだと思いますよ」

 「な…」

 「…何がそんなに怖いんです?まるで被身子ちゃんが誰かと関わることで問題が起こると思っているかのようだ。もう少し彼女を信頼してあげては?」

 「…」

 

 歯に衣着せぬ千雨の物言いに、父親の方が心の内を明かす。

 

 「…あの子は『普通』じゃないんですよ…!いつか必ず取り返しのつかないことが…」

 「貴方がたの『普通』を彼女にまで押し付けちゃあいけない。彼女には彼女なりの『普通』があるんだ…それも一つの「個性」だと思えばいい。それでも不安だというのなら、やはりこの話を受けることをお勧めしますよ」

 「…それは、一体どういう…」

 「正直に申し上げますと、私としても彼女には危うさを感じています。だからこそ今のうちに、自身の欲求を抑えつけるのではなく、それと向き合っていく術を学ぶべきだと思ったんですよ。…ここは、私に任せてみてはくれませんか?」

 「…少し、考えさせてください」

 「どうぞ。何が最良の選択か、じっくり考えてみることです」

 

 その日はそこで話が終わった。夫婦の答えが決まったのは、更に1週間程経ってからのことだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「おや…被身子ちゃんもご一緒とはね」

 「ええ…。…被身子、挨拶しなさい」

 「こんにちは、なのです。それとも、お久しぶり、ですか?」

 「ふふっ。両方正解だよ、偉いね」

 

 褒められたことで素直に喜ぶ少女…渡我被身子。人によっては思わずショックを受けてしまうかもしれないその笑みに、両親は顔を顰めつつも、千雨の提案に対する答えを出した。

 

 「この子を、よろしくお願いします」

 「…それで良いんだね?」

 「はい。私たちでは、被身子を…導いてやれないんです。どうしてもこの子を、悍ましいと思ってしまう…!親として最低なことを言っているのは分かっていますが…どうか、私たちの代わりに」

 「任せて。私が責任を持って、被身子ちゃんを立派なヒーローにしてみせるよ」

 

 頭を下げ、悔恨に苛まれながらも千雨に我が子を託す二人。被身子はその様子を、何も言わずにただじっと見つめていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「改めて。私は『ダスト』、本名は塵堂千雨。よろしくね」

 「渡我被身子ですっ。これからよろしくなのです」

 

 ここからは、少女の仮面を壊す時間だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

個性は人を人たらしめるもの

 

 「早速だけど、被身子ちゃん。私の前では自分を演じなくていいからね。君のしたいようにすると良い」

 「…?大丈夫なのです。私、ちゃんと『普通』でいられるよう頑張りますから。笑顔は、練習中ですけど」

 「今はそうでも、いつかは我慢の限界がやってくる。これは被身子ちゃんが我慢強いかそうでないかとはあまり関係ないんだ。本当の自分を隠し通すことなんて誰にもできやしないし、自分自身辛いだけだと私は思うよ」

 

 被身子は年齢に見合わない達者な言葉で、千雨に返事する。多くの大人が自分のなすべき役目を全うすることに義務感を抱くように、彼女は己の欲求に蓋をすることを至上の命題としていた。

 そんな彼女を諭すように千雨は更に言葉を返す。事実、このままいけば彼女の自制は中学卒業と同時に決壊してしまうだろう。そうなる前に手を打つ必要があるのだ。

 

 「…でも、お父さんもお母さんもおかしいって言うのです。学校でも、私の笑い方が気持ち悪いって言う子がいます。カァイイって思った子の血をチウチウしたくなって、怪我をしてた時にその子の傷を舐めたら、先生を呼ばれて…すっごく怒られました。私、ただその子とお揃いになりたかったのです。その子になりたかった、だけなのに…」

 「だから、自分を偽ったんだね。皆から愛される、『普通』の『良い子』になるために。けれど、今だって完全に隠し切れてる訳じゃないだろう?あの時…友達の手当をしながら、こっそり手についた血を舐めてたね」

 「!!…その、血を見たら、どうしても欲しくなっちゃったのです…。でも、バレないようにちょびっとだけで…だからあの子とはまだ仲良しなのです」

 「それで良いのさ。バレなければ君はずっと皆にとっての『普通』でいられる。大事なのは抑え方じゃなくて、発散の仕方を考えることだよ」

 「え…?」

 

 思いもよらない言葉に、被身子は目を丸くする。

 

 「勿論、越えちゃいけない一線はある。好きな子の血が欲しくなったからその子にバレないように怪我をさせるとか、そういうことは許されないよ。けど、相手が同意してくれるならそういうのもある程度はセーフかもね。例えば…私とか」

 「……千雨さんは、あんまりカァイイ感じは、しないかもです…」

 「…んんっ。例えばの話さ。とにかく、誰にも見られなければそれで良いんだ。皆の前では皆の『普通』を演じて、本当の君を受け入れてくれる相手には存分に君にとっての『普通』を見せてあげると良い。ただし、少し矯正はさせてもらうけどね」

 「矯正、ですか?」

 

 最近少しばかり辛辣な言葉を投げかけられることが増えたな、と心の中でホロリと涙を零しながら、千雨は被身子に説明する。

 

 「君の『好きな人の血が欲しい』『好きな人そのものになりたい』という欲求は、君自身の個性が強く影響している。血を摂取した相手に変身する、それが君の個性だね?」

 「!は、はい。いっぱい貰えば、その分いっぱい変身できるのです」

 「そして、最終的には好きな人の全てが欲しくなる。結果としてその人の命を奪ってしまうほどに」

 「…えっ」

 「今はまだそこまでじゃないだろうけど…このままだといずれ、という話さ。だからそうなる前に矯正しよう。感情と個性の分離は不可能じゃない。君のように精神性に強く変化をもたらす個性の持ち主でも、その結びつきを弱めることはできるはずだよ」

 

 千雨の話を聞いて顔を強張らせる被身子。しかしその後の彼女の言葉に、少しずつそれが和らいでいく。

 

 「…私、『普通』に生きられますか?」

 「もうとっくに出来てるよ。皆に受け入れられるように、あとちょっとだけ工夫が必要なだけだ」

 「…笑っても、いい?お顔が痛くなるくらい、笑ってもいい!?」

 「それも君のチャームポイントだ。私の前では幾らでもそうするといい」

 「カァイイもの、好きなだけカァイイっていえるようになる!?」

 「約束する。少なくとも私の隣では、君が自分を偽る必要のないようにしてみせるよ」

 「…ぐすっ…うぅ……わあぁぁあっ!!わああああぁあぁん!!」

 

 被身子の顔の強張りは完全にほぐれ、話し方も年相応のものになる。そのまま感情を抑えきれず、隠すことなく千雨の前で号泣する彼女。少女は、ようやく仮面を外すことを許された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

されど無法の口実に非ず


今日のアニメも見終わりました。
『あの時誰かが手を差し伸べてくれていたなら、この痒みは止まっていたのだろうか』
個人的にはこの台詞が志村転弧と死柄木弔の分かれ目を表しているな、と思います。あれをただのストレスからのものとするか、AFOの言う通り破壊衝動の表れだったのか…結局は本人の意思次第だったのかもしれません。


 

 被身子を迎え、更に人員が増えたダスト事務所。しかしながら日中は彼女と転弧は学校に行き、休日も訓練を行うことがままあるため、数年前までよりも寧ろ事務所内は静かであることが多い。そんな事務所内で千雨はあることを考えていた。

 

 「(デトネラットに何度か掛け合ってみたけど…あまり反応が芳しくない。そりゃあいきなりCEOに会わせろなんて取り合わないのが当たり前だけど、異能解放思想に共感するプロヒーローである可能性…それもビルボードチャートトップ10経験者がそうかもしれないってのをみすみすスルーするのか?……いや、そういや荼毘がホークスに出してたテストみたいなのがあったっけ。結構めちゃくちゃな要求ばかりだったし、スケプティック辺りがリ・デストロに何かしらの助言をした可能性も考えられる。面倒なことになってきたな)」

 

 その後も色々と考えるが、いい方法が中々思い浮かばない。そして…ついに彼女は、隠しておいた切り札の一つを投入することを決意する。

 

 「(これをもしAFOに見られれば……ドクターの件と私を繋げられてしまう可能性が高まる。それでも超常解放戦線を結成させることだけは避けないといけない…ギガントマキアだってまだ見つけられてないんだ。もっとも奴については6年後に千載一遇のチャンスが訪れるから、そこが合流する可能性をあまり心配する必要はないけれど。……とにかく、リ・デストロは今のうちに何とかしてしまうべきだ。頼むから無駄撃ちにならないでくれよ)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 デトネラット本社にて。同社CEO…四ツ橋力也は、自室でとある著書を読んでいた。名は、「異能解放戦線」。何度も読み返したのか、装丁はよれ、所々に瑕疵が見られる。出版日はやけに古い物であったが、彼はそこに意味を見出しているようだった。

 

 「デストロの遺したものが時代の流れの中で歪められていってしまうというのは…実に残念なことだ。検閲など必要ない。彼の言葉は直に伝えられて初めて全てが理解できるものになるというのに」

 「それでどうなるというのだ?デストロの言葉を理解した先に、貴様は一体何を求める」

 「!?」

 

 しかし、彼以外何人たりとも許可なく通されることはないはずの部屋に突如として男が現れる。男は深くフードを被っておりその顔を確認することは難しいが、一般的に高身長と言っても差し支えのない四ツ橋でさえも間近では少しばかり見上げるほどの体格を誇っていた。

 

 「…一体何者だね?土足で我が社に…ましてやこの部屋に上がり込むとは礼儀知らずにも程がある」

 「まずは此方の質問に答えてもらおうか。貴様はデストロの思想の先に何を見る?」

 

 意外にも取り乱すことなく侵入者に対応する四ツ橋。しかし妙なことに彼の顔は少しずつ黒いアザに覆われていっているようだ。

 

 「デストロの思想の先?そんなものはない。彼の思想をそのまま体現することこそ私の…ひいては我々の悲願だ。『異能解放』。全ての人々が己を思うがままに曝け出し、現社会の抑圧から解き放たれる。真に自由な社会を実現することを理念とする、我らは『異能解放軍』!君も興味があるというのなら…歓迎しよう。少しばかりテストはさせてもらうがね」

 

 額に親指をつき、天に向かって人差し指を立てる。独特なポーズを取った四ツ橋は目の前の男を勧誘するが、

 

 「滑稽なことだな。我々?ここにいるのは…貴様だけだ」

 「…ッ」

 

 にべもなく一蹴される。露骨に顔を歪めた四ツ橋は、黒いアザを一気にその全身に広げ…瞬く間に膨張する。身に纏うスーツもそれに合わせて伸張し、気付けば彼と男の体格差は逆転していた。

 

 「……残念だ、君とは分かり合えなかった…。だが安心したまえ、名も知らぬ傲慢な愚者よ。君のことは私が忘れない。解放に犠牲はつきものだ…せめて未来の礎として散るがいい」

 

 プロヒーローでもないというのに、そう言って個性を行使したと思しき腕を眼前の男に振るう。しかし男はそれを驚くほど軽やかな跳躍によって回避した。

 

 「(!?速い…!それになんと静かな着地!見た目程の体重は無いのか…あるいはそういう異能なのか?)」

 「その態度が答えだな。結局のところデストロも貴様も、目指す所は無法を正義とした秩序なき社会に過ぎない。彼の母が望んだのはきっと…ただ少しばかり個性的な自分の子が胸を張って生きていける寛容な社会でしかなかっただろうにな。報われないことだ」

 「!!!」

 

 男の言葉に、四ツ橋は裂けんばかりに目を見開く。極々一部の人間のみが知るはずの真実を、彼がその口から語ったからだ。

 

 「何故…何故そのことを知っている!?そこまで知っていて何故異能解放思想に共感できない!?社会はデストロを否定し!彼に関わる真実を歴史の闇に葬り去った!そのおかしさに…何故気付けないッ!!」

 

 巨躯を踊らせ男に襲いかかる四ツ橋。既に室内はめちゃくちゃになりつつあるが、気に止める余裕もないようだ。

 

 「テロリストの所業を教科書に載せる阿呆が何処にいる?デストロの母が『個性の母』であったという真実も、秩序を守るためには隠すべきだったというだけのこと。知りたい者だけが知っていればいい…その上でどう考えるかも個人の自由だろう。俺はそれを知り彼の母を憐れんだ。それで終わりだ」

 

 熱のこもった四ツ橋の問いかけにも、男はあくまで冷たく返す。彼は更に言葉を続けた。

 

 「虐げられたことを言い訳にするな。どんな理由があれど『異能解放』は力を振り翳したいだけの幼稚な人間の発想に過ぎん。……まあこれも俺の主観でしかないがな。それでも…今の社会の形が全てを物語っているとは思わんか?"革命サークル"のリーダー殿」

 「きっさまああああああ!!!!」

 

 二人の争いは、尚も続く。





Q.何で誰もこの騒ぎに気付かねえんだよ
A.完全防音仕様ってことにしといてください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

掌中に握られた命運

 

 種を明かしてしまうと、男の正体は千雨である。塵化した己を操作し、声帯や体格などを変化させることで全く異なる人物としてその場に存在することを可能とする能力。あくまでも千雨自身の塵のみで肉体を構成しているため、現在服の下は大部分がスカスカのハリボテでしか無いが、触れられさえしなければ特に問題はない。ドクターを始末して以降、決して人前でこの能力を使ったことはなかった。

 

 「はぁっ…はあっ…!」

 「もう限界か?存外体力は少ないらしい」

 

 四ツ橋を煽る千雨。実に見事な演技は、男が実際には女性であるということなど誰にも気付かせることはない程のものであるといえるだろう。

 

 「(おのれ…!無駄に消耗させられている!クレストロさえ使えれば……いや、それでもこの男を捉えることは難しいだろう。速さもそうだが、何よりあり得ない動きが多すぎる…!水平移動や空中での方向転換、まるで全身をラジコンか何かで操作しているかのようだ!)」

 「最初の質問に答えていなかったな。俺が何者であるのか」

 「!」

 

 思考する四ツ橋の耳に、男の声が届く。

 

 「俺はリバース・デストロ。異能解放軍を解体すべく、歴史の裏で戦い続けてきた男だ。四ツ橋主税の血を引く者よ…諦めろ。今代の異能解放軍はここで終わる」

 「……私はリ・デストロ。異能解放軍の悲願を達成すべく、歴史に抗う戦いを始めた男だ!私は決して諦めない…!彼の理想を……成就させるまで!!」

 

 男の名乗りに対抗するが如く声を上げる四ツ橋。再び巨体で男を捩じ伏せようとするが、簡単に躱されてしまう。その後も激しい攻撃が続いたが、ついぞ四ツ橋が男に触れることはなかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「………殺すがいい。だが、異能解放軍は終わらない。誰かが必ず…私の意志を継ぐだろう」

 

 力尽き、倒れ込んだまま動くこともままならない様子の四ツ橋。そんな彼に男は言い放つ。

 

 「殺しはしない。だが異能解放軍として大々的に活動することも許さない。私の要求はそれだけだ」

 「……どういうつもりだ?」

 「好きにすればいいと言っている。デトネラットがどんな商品を出そうが、ヒーロー業界に参入しようが…余程露骨なものでなければ見逃してやろう。だが選択を誤るなよ?仮に秩序を乱すような動きがあれば…すぐにその命を貰い受ける。貴様の同志も含めてな」

 「…今は何も知らぬ次世代の子らもか?」

 「いや…そこまでは関知しない。この先貴様に子が生まれ、その子をどうしようと口は出すまい。言っただろう…『今代』の異能解放軍は終わりだと。次が現れるならその時に再び潰すまで。だが、今一度考えてみることだ。己と同じ宿命を子に背負わせるべきなのかをな」

 「…」

 

 覚悟を決めた四ツ橋に、男は思いの外慈悲深い宣告をする。もっとも四ツ橋にとっては死よりも辛い措置であるかもしれないが、敗者に口を出す権利は無かった。

 

 「最後に…リバース・デストロの名は誰にも話してはならない。そして何より……他の悪に与することは絶対に許さない。たとえ命が懸かっていてもだ。そこを切り抜けたとしてもすぐに私が貴様を始末する。努々忘れることのないようにな」

 

 男はそう言い残すと四ツ橋の視界から外れる。その先に彼が目線を向けるが、いつの間にか男は消え去っていた。

 

 「(……リバース・デストロ。聞いたこともなかったが…腑に落ちた。いやに恐ろしい男だ…私の心臓は既に奴の掌の上。同志たちよ!不甲斐ない指導者を赦してくれ…!『異能解放』は、次世代に託す…。いつか必ず、デストロの理想が実現するその日まで────)」

 

 四ツ橋はそこまで考え、男の言葉と己の過去を思い出す。

 

 『力を振り翳したいだけの幼稚な人間』『己と同じ宿命を子に背負わせる』

 「(………ずっと。そう言い聞かされて育った…デストロの悲願を達成するのだと。彼の血を継ぐものとして、それが当然なのだと。…我が子にそうするつもりはなかった。私の代で、全てを終わらせるつもりでいたからだ。そう、それだけ……ただそれだけのこと)」

 

 黒いアザは、既に消えていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「(……正直言って、初めは始末してしまうつもりだった。けれど彼を変えたのは環境だ。だから…情けをかけてやるべきだと思ってしまった。これで良かったのかは分からないけど…少しでもいい方向に転んでくれることを祈るよ)」

 

 デトネラット本社を離れ、本来の姿に戻った千雨。自分の選択に僅かながら後悔を覚えるが、不思議と心は晴れやかだった。

 

 「(しかし…AFOにはバレてしまっただろうか。まだ決め手には欠けるはずだから確信はしていないだろうけど…まあ気にしてもしょうがない。さっさと仕事に戻ろう)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ドクターの空いた穴を補うつもりで彼を誘い込もうと目をつけていたんだけど…先を越されてしまったね。それにしても彼女にあんなことができたとは思わなかった。ここまで来ると…ただの偶然として片付けるにはいかないかもしれないな」

 「…先生?何の話を?」

 「ああいや、此方の話さ。さあ、『授業』を続けようか。君がこれから…何を為すべきなのか。しっかり学ぶといい」

 

 巨悪は一人、笑みを深める。





思ってたよりリ・デストロが長くなってしまった…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転弧とダスト

 「良い調子だ被身子ちゃん!こんなに早く成果が出るなんて凄いよ!」

 「本当ですか?ありがとうございます!」

 

 いつもの島で、被身子と転弧は今日も訓練を行っていた。被身子にはこれまでの成果を見せてもらうべく、彼女が「カァイイ」と思う物を次々と見せていくことになり、千雨がフリップを出したり可能なものは自身で再現したりしていくが、被身子の吸血衝動が刺激された様子はない。彼女自身が自発的にそうしたいと思っているときはまた別だが、少なくとも己の欲求に理性を失うことはなくなったと思って良いだろう。

 

 「驚いたよ。最低でも2〜3年はかかるだろうと踏んでたからね…本当に優秀だ。そろそろ並行して個性伸ばしを始めてもいいかもね」

 「えへへ…」

 

 これに焦ったのは転弧だ。感情と個性の分離に時間がかかった彼は、被身子のセンスに衝撃を隠せない。追いつかれまいとより一層自身の訓練に没頭する。

 

 彼が今行っているのは、崩壊の伝播を止めるための訓練だ。手に持った紐を崩壊させ、重石に辿り着くまでに崩壊が止まらなければ、彼の頭上にタライが落下する。古典的すぎる仕掛けだが、現状これ以上の訓練が千雨には思いつかなかった。

 

 「いてっ」

 「ダメかぁ。やっぱり中々難しいね」

 

 タライはまたしても良い音を鳴らして転弧の頭を揺らす。紐を伝って崩壊しつつある地面などに千雨が対処しつつ、再び仕掛けの用意を行う。ちなみに、転弧たちを見ているのはどちらも千雨の個性による上半身だけの彼女だ。仁の個性で増やしてもらっても良かったのだが、一緒に戻った時に全ての記憶を共有できるこちらの方が適していると千雨は判断していた。

 

 「どうして上手くいかないんだろう?俺、ずっと足踏みしてる…」

 「気にすることはないよ…とは言ってもそう簡単にはいかないか。でもまだまだ時間はあるんだし、こういうのは突然コツを掴んだりして何とかなったりするものさ」

 「そうかな…」

 

 気を落とす転弧を励ます千雨。しかし、糸口の見えない状況に彼女自身焦りを感じ始めていた。

 

 「(…多分この訓練を続けていても変化が生まれる可能性はかなり低いだろう。もっと劇的なきっかけが必要なんだ…彼自身に大きな変化をもたらすほどのきっかけが。今度心詠さんも連れてきて一緒に見てもらうかな…)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「授業参観?」

 「うん。忙しそうだし難しいと思うけど、一応言っておくね」

 

 後日、帰宅した転弧が授業参観があることとその日程を千雨に告げる。口では期待していないような素振りを見せていたが、彼の本心を千雨は見抜いていた。

 

 「いや、行くよ。君のお母さんの分までしっかり目に焼き付けてあげるから楽しみにしててよね!」

 「…ありがとう」

 

 呆れたような視線を向けながらも、転弧の表情には喜びが浮かんでいた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 参観日当日。珍しくヒーローコスチュームではなく私服で外を歩くダストだが、当然万が一のために常に備えはしてある。とはいえ雰囲気の違いすぎる彼女に気付く通行人はかなり少なかった。

 転弧の通う中学校に到着し、校舎内を歩いていると流石に顔を見られることも多くなったためか頻繁に声を掛けられる。我が子を見に来た保護者たちも意外な有名人には目を奪われずにはいられなかったようだ。上手く応対しながら転弧のクラスに辿り着いたころには、既に授業が始まってしまっていた。

 

 「…!」

 

 チラリと後ろを振り返り、千雨に気付く転弧。彼女も静かに手を振り返して視線に応える。どうやら授業内容は道徳かそれに類する物であるらしく、家族への感謝を言葉にして発表するという授業参観の定番といってもいい内容だった。

 

 「〜。私は、そんなお母さんが…」

 

 「いつもありがとう。これからもよろしくお願いします」

 

 「僕が小さい頃、父は決まって────」

 

 思春期の真っ只中であろう子供たちは恥ずかしげに各々感謝の言葉を述べていく。多分親に授業参観のことを話していない子もいるんだろうな、と千雨は思いながら、転弧が発表するその時を待った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「それでは、次は志村くん。どうぞ」

 「…はい」

 

 遂にやってきた転弧の番。少しばかり俯き、決して大きな声ではなかったが、彼は感謝の言葉を口にし始めた。

 

 「僕が感謝を伝えたいのは…家族、それと、僕を育ててくれた人たちです。母は僕を産んでくれて、祖父母はそんな僕を可愛がってくれました。姉は子供っぽいところもあったけど、僕の夢を笑うことなく応援してくれて、嬉しかったのを覚えています。でも、5歳の時、事情があってみんなと離れ離れにならなくなってしまいました。その時から今日まで、ずっと僕は…ヒーローの『ダスト』さんの所にお世話になってきました」

 

 転弧の言葉に教室はざわつく。5年の空白期間もあって知らない子供たちもいたようだが、多くの保護者やその他の子供たちは驚きを隠せなかった。先生が諌め、転弧に続きを促す。

 

 「…最初は、怖い人かもしれないと思いました。サイドキックの人も目つきが鋭くて、冷たい人なのかもしれないと。でも、二人とも凄く僕に優しくしてくれました。いつかまた家族と一緒に暮らせるようにと、僕のことを第一に考えて育ててくれました。後から入ってきた事務員の人も良い人で、僕にとっては兄のような存在です。皆さんのおかげで、僕はここにいられる。そして、あの時僕を救けてくれたダストさんは、誰が何と言おうと…僕にとっては最高のヒーローです。だから、いつか必ず恩返しがしたいと思っています。ダストさんが困った時に、救けてあげられるように…それが僕があの人に伝える感謝の形です。…ありがとうございました」

 

 着席する転弧。同時に、教室内は拍手に包まれる。心なしか、それまでよりも一回り拍手の音が大きいように千雨には思えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

凶兆

 それからもしばらく彼らの日常は続く。被身子は更に個性を伸ばし、血液量に対する変身時間が延長されたことで同時に吸血衝動がさらに弱まった。転弧は変わらず崩壊の伝播を止められずにいたが、より細かい制御が可能となり、咄嗟の発動速度も格段に速くなった。二人とも順調に成長し、ヒーローの素質をみるみる開花させていっている…そんな矢先のことだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「(マスキュラーが現れたけれど…様子がおかしい)」

 

 千雨の頭を悩ませていたのは、最近になってヒーローネットワークに報告が上がるようになったとある一人のヴィラン…マスキュラーについてのことだった。

 

 「(行動範囲が広すぎる。九州に現れて暴れたかと思えば、その日の夜には北日本で報告が上がる。翌日には関西、また別の日には北海道…明らかに何者かが協力している…!活動時間も短すぎて予め出現地点を知っていないと捉えられないレベルだ…一体何が起きているっていうんだい…!?)」

 

 「原作」において、マスキュラーは「筋力増強」という個性しか持っていなかった。強力な個性ではあったが、ここまでの機動力を得られる程のものでもなかったと千雨は考え、何者か…AFOの協力の可能性に目を向ける。

 

 「(ドクターを始末したとき、まだ脳無は一体もいなかった。だから『ジョンちゃん』のワープは使えないはず……黒霧のゲートも違う。アレは彼だから生まれた個性だ。だとすると他にも複数ワープ系の個性を持ってたってことになるけど…)」

 

 そこまで考えて、千雨は『忘れ物』に気付いた。

 

 「(────オーバークロック!!!!ミルコの年齢からして奪われたのは『原作』開始から9〜10年程前!!私の休止期間中かッ!!どのみち防ぐのは難しかっただろうけど…よりにもよってマスキュラーに譲渡されるとは…!)」

 

 オーバークロック。超速ヒーロー「オクロック」の個性だが、千雨が活動を休止し転弧の教育に力を注いでいる間に彼の個性は何者かに奪われてしまった。真相としては千雨の知る通りAFOによって、ということなのだが…重要なのはその個性の能力。

 思考スピードの加速により、体感時間を延長することで周りが時間を止めたのかと誤認してしまう程の機動力を得ることができる。一方で集中の度合いに比例して加速率が高くなるという不安定要素も抱えている。

 

 「(一見マスキュラーとの相性は最悪に思えるけれど…逆だ。高い加速率は脳にも負担を掛ける。だから連続使用が困難であることが欠点だったのに、マスキュラーならそれを無視できてしまう…!集中とは無縁みたいな奴だ。加速率自体は低くても、2倍もあれば奴には十分すぎる)」

 

 思わず悪態をつきたくなるのを抑え、どうにかマスキュラーを倒してしまいたいと考える千雨。

 

 「(幸いというべきかどうか…ともかく、この辺りにはまだ奴は現れていない。暴力を振るうこと自体が生き甲斐といってもいい男がこそこそするとは考えにくいし、来ればすぐに分かるはずだ。あるいはAFOに何かしら入れ知恵されてるのかも知れないけど、HN(ヒーローネットワーク)の報告からして派手に暴れてるのは間違いないだろう)」

 

 ひとまずそこで思考を打ち切り、向こうから接近してくるのを待つことにした千雨。戦いの時は、すぐそこまで迫っていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「そんじゃまたな、志村!」

 「うん。それじゃ」

 

 あまり積極的な性格ではない転弧だったが、中学に入ってからは同じくヒーローを志す者達とやり取りするうちに、気付けば友人も増えていた。思っていたよりずっと周囲に馴染むことができたと安堵する一方で、好きなヒーロー談義では共感されにくいことを少しばかり不満にも思う。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「好きなヒーロー?やっぱオールマイトだろ!何てったって1番強えんだぞ?小学生の頃からずっと憧れだよなぁ!」

 「分かるわー。オールマイトならっていう安心感みたいなのあるよな。一度ぐらい会ってみたいぜ」

 「俺はエンデヴァーかな。知ってるか?あの人厳つい顔してる癖してめちゃくちゃ親バカなんだよ。そういう所も人間臭くて好きなんだ」

 「オールマイトも結構ユーモアはあるよ。テレビのインタビューとかだけでもすっごく面白いんだ。志村くんは誰が好きなの?」

 「そりゃー志村はやっぱダストだろ?」

 「…まあね」

 「ああそっか、参観日の時言ってたっけ。でもあの人のこと、よく知らないんだよね…ごめんね」

 「しょうがないよ。俺のために5年ぐらい休んでくれてたんだし」

 「あ!それうちの親父から聞いたことあるぜ!何で活動休止してたのかって話題になった時に、保護した子供の教育に専念したいんじゃないかって噂があったみたいな…っと、悪い。あんま気持ちのいい話じゃなかったか」

 「ううん。もう、大丈夫だから。あの人のおかげさ」

 「へぇ〜。ちょっと怖そうな人だけど、優しいんだなぁ」

 「顔の厳つさで言えばエンデヴァーの方が上じゃん」

 「いや、そうじゃなくてさ。なんか雰囲気が近寄りがたいっていうか…」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「(皆知らないだけなんだ。あの人は本当はすごく優しくて、カッコよくて。ちょっと変なところもあるけど、そこも面白くて俺はいいと思う)」

 

 いつかは皆にも分かってもらえるさ、と一先ず考え事を終わらせた転弧。その時、鞄に付けていた人形…千雨と出会って1周年のお祝いに貰ったダストのヒーロー人形のストラップが切れて人形が落ちてしまう。

 

 「…?」

 

 転弧はそれをすぐに拾い直したが…何処か、言いようのない不安を感じていた。




ヴィジランテを知らない人向けの簡単な解説
・オクロック
超速ヒーローの名前で活動。原作開始の8、あるいは9〜10年前にAFOによって個性「オーバークロック」を奪われ、その個性は同作の「試験体No.6」に譲渡されている。なお、後に死穢八斎會に所属する乱波及び高校生のミルコと違法の賭博闘技場にて出会ったことがある。

(追記)
オクロックの個性が奪われた時期は明確に描写されていませんでした。とはいえ、目をつけられた時点からそう時間は空いていないと思われますのでこの展開でいきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蹂躙劇

 

 その日、ダスト事務所は休業していた。転弧と被身子を含めた5人全員で、島での訓練を行う予定だったためだ。

 

 「皆集まったね。取り敢えず被身子ちゃんは変身時間の延長と変身時の個性の扱い方、転弧くんは崩壊の伝播の制御。それぞれに私がついて、適宜アドバイスしていくね。それと仁くんは被身子ちゃん、心詠さんは転弧くんと一緒に、それぞれ私が気付いてないことも指摘してあげて」

 「はい!」

 「分かった」

 「なあ、心詠さんと俺は逆の方が良いんじゃねえか?俺が転弧の訓練を見てきた訳だしよ」

 「転弧くんについての課題はもしかすると私の方が見つけやすいかもしれません。それに、たまには気分転換というのも悪くないでしょう」

 「なるほど…まあ、それはそれでいいかもな」

 

 各々が反応を示し、すぐに訓練が始まろうとしていたその時…

 

 「よし、それじゃあ訓練開始────ッ!!」

 

 ()()は訪れた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 真っ先に反応できたのは千雨だった。普段から警戒のために島の全体を覆うようにして塵を薄く広げ操作し続けていたからこそ、途轍もない速度で何かが迫ってきたことに気付けたのだ。直後千雨の感情を感じとった心詠が警戒を高めると同時に、

 

 「悪りぃな。一応仕事ってことになってるんだわ」

 

 誰も反応できないまま、男が口を開き、筋繊維が剥き出しになった剛腕で千雨の頭を殴りつける。すぐに男の動きは普通の速度に戻ったが、その手には千雨が首を掴み上げられたまま捕まっていた。

 

 「な…!?千雨さん!!!」

 

 塵化は決して肉弾戦において無敵の能力というわけではない。今回のように千雨が頭部を塵化させるより前に脳に強い衝撃を与えれば、彼女は容易く気絶してしまう。男は明らかにその弱点を知っているようだった。

 

 「安心しな!コイツは出来るだけ原型を留めとけってお達しだが…テメェらは自由にして良いんだとよォ!!すぐにあの世に送ってやるからお行儀よく並んで待ってなァァッ!!!」

 

 男の名は、今筋強斗。又の名を…「血狂い」マスキュラー。彼は両目をギラギラと輝かせながら、何よりも残酷な宣言を行った。

 

 「させるかよ!!『幸福な行進(グラッドマンズパレード)』!!」

 

 マスキュラーが動き出すより先に、仁が前に飛び出す。そのまま己を無数に増やし、大質量で彼に襲いかかる。

 

 「「「「「「千雨さんを…返せえええッ!!!」」」」」」

 

 しかし、マスキュラーはそれを「加速」することによって難なく回避し、背後から無数の仁に剛腕を振るう。それだけでほぼ全ての仁は泥と化し、残った本物もマスキュラーに踏みつけられてしまった。

 

 「ぐあっ!!」

 「オイオイ…言ったろ?お行儀よくしてろってよ。俺としてもじっくり楽しみてえからよォ、下手に抵抗すんじゃ…ッ!!」

 

 そんな彼のさらに背後から、マスキュラーの心を読んで先回りしていた心詠が奇襲をかける。手にはサポートアイテムである改造スタンバトン…個性によって皮膚が強化された相手でも気絶させることができる程の電圧を誇る優れ物を持ち、彼に接触させようと振るうが、

 

 「あっぶねえ!!こういう時にゃ心底()()()()は便利だぜ。咄嗟に使ってこそ真価を発揮するってのは好みじゃねえし、頭も痛くなるのが辛えとこだが…不意打ちでやられるなんてのは一番つまんねぇからな!あのオッサンには感謝してもしきれねえ…なッ!!」

 「な…きゃああっ!!」

 

 再び凄まじい「加速」を見せたマスキュラーには振り抜く迄もなく思い切り殴り飛ばされる。心詠はそのまま立ち上がることなく意識を失い、自由に動ける大人はその場から居なくなってしまった。

 

 「あ…え…」

 「み、皆…!」

 

 残されたのは、未だ小学生と中学生の子供二人。マスキュラーは其方に目を向け、嫌らしい笑みを浮かべる。

 

 「びっくりしちまったなあガキ共ォ!頼りにしてたヒーロー達がみぃんなやられちまったんだもんなあ!?けどテメェらはお利口さんだぜ?俺の忠告をちゃんと聞いて大人しくしてたから痛い目見ずに済んだのさ。まあ、コイツらを殺ったあとで虐めてやるからあんま変わんねえけどな!ハハハハハッ!!!…あ?」

 

 そこでマスキュラーは、足元に落ちた携帯の画面に目を遣る。

 

 「!!チッ…あの女ァ!救援要請してやがったのか…!随分と手際が良いじゃねえか!さっさと全員ぶっ殺してとんずらさせてもらうとすっかな」

 「ふ…ふざけんな…!てめえなんかに…俺の!俺たちの居場所を奪われてたまるか…がああっ!!」

 「そんじゃあお望み通りテメェからぶっ殺してやるよオオオ!!」

 

 マスキュラーの台詞に怒りを露わにした仁だが、踏みつけられたままの足に力を込められ、思わず叫び声をあげてしまう。

 

 「(誰か…誰か皆を救けてよ!!ヒーローじゃなくても、誰でもいい!お願いだから…)」

 

 絶望的な光景に奇跡を祈らずにはいられない転弧。しかし、彼はすぐに思い至る。

 

 「(────違う。俺しかいない。被身子も、千雨さんも、心詠さんも、仁兄も!皆を救けられるのは……俺しかいないんだ)」

 

 覚醒の時は、今。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

志村転弧:ライジング

 

 マスキュラーの襲撃に、千雨、心詠、仁は倒れた。しかも仁に至っては、今にも殺されようとしている。ここから助かる可能性は、奇跡的に救援が間に合うか、もしくは…転弧と被身子が救けるかしかなかった。

 

 「(でも、このままあいつの足元の地面を崩壊させても仁兄まで一緒に巻き込んでしまう!!どうにかしてアイツを仁兄から引き離すしかない!)」

 

 そう考えた転弧は、マスキュラーを挑発する。

 

 「おい!!こっちに来いよ筋肉野郎!!俺のことが怖いんだろ!?ひょっとしたらやられるかもしれないって、そう思ってるんじゃないのか!?」

 「……あぁ〜ん?テメェ…」

 

 しかし、それは誤った判断だったと言っていいだろう。

 

 「そんなに死にたかったなら言ってくれよォ!!うっかり後回しにする所だったぜェ!!」

 「え!?────がふっ」

 

 いきなり目の前に現れたマスキュラーに鳩尾を蹴り上げられる転弧。激痛に悶え、立つことすらもままならなくなってしまう。

 

 「て、転弧くん!!」

 「なァお嬢ちゃん、テメェは如何だよ?死にてぇか?そうじゃねぇなら…そうだな。『テンコくんからお願いします』っつったら最後にしてやるよォ!!さァ選べェ!!どっちがいいんだ!?言ってみなァァァ!!!」

 「ひ、ひぃっ!!」

 

 そのまま側にいた被身子に悪辣な問いかけを行うマスキュラー。恐怖で動けない彼女を見て、転弧は己のミスを悟る。

 

 「(……やっち、まった。…俺のせいだ。俺のせいで被身子が死ぬ。皆も、死ぬ。俺がもっと考えてれば…俺がもっと、ちゃんと個性を扱えてたら)」

 

 そして転弧は…最後の賭けに出る。

 

 「(………あいつの足元を崩壊させれば、伝播した崩壊で奴は死ぬ。でも、捕まってる千雨さんも、側にいる被身子も助からないだろう。だったら…足元だけを崩してやる。あいつは死なないだろうが、一瞬ぐらいは時間を稼げる筈だ。その時間があれば被身子を逃がしてやれる。運が良ければ千雨さんも手放してくれるかもしれない。……それに、仁兄も、動けるようになったみたいだ。チャンスは、今、此処しかない)」

 

 転弧は祈る。己自身に。

 

 「(…なぁ…頼むよ。俺の『個性』。皆を救けたいんだ…わかるだろ?…この瞬間しかないんだ。もう俺には、ここを逃したら次なんてない。だから……お願いだ。────────俺をヒーローにさせてくれ)」

 

 這いつくばる転弧の手から、地面へと崩壊が放たれる。罅は一直線にマスキュラーへと突き進み、彼の足元を崩し尽くす。

 

 「うおおっ!?な、何だァ!?」

 

 ────彼の体に、崩壊は伝播しなかった。その隙をついて、被身子は逃走を…選ぶことはなく、彼が姿勢を崩したことで急接近した千雨の頭から流れる血を舐めとる。

 

 「ごめんなさい、千雨さん。今だけ約束破りますね」

 

 彼女が変身したのは、千雨。そのまま掌を突き出し、マスキュラーの肩に触れる。

 

 「な………ぐあああああああァァァァッ!!!!?」

 

 殺すつもりで発動させた千雨の個性…「塵」は、制御が上手くいかず肩からマスキュラーの右腕を引きちぎるに留まる。しかし、それで十分だった。

 

 「こんのガキィィ────うおおおおッ!?」

 「…外したか。惜しいね」

 

 腕ごと落下した衝撃でついに、千雨が目を覚ます。碌に集中もせずに使用した「オーバークロック」の世界になら、彼女はついて行くことができる。寸での所で千雨の掌を回避したマスキュラーは、そこから更に大きく飛び退いた。

 

 「ごめんね、皆。すぐに終わらせるから。仁くん、皆を頼むよ」

 「おう、任せてくれ。指一本だって触れさせやしない」

 

 被身子の元に辿り着き、既に変身を解除した彼女を抱き抱える仁。彼に千雨は皆を託すと、転弧に向き直る。

 

 「個性…。ちゃんと、完璧に制御できるようになったんだね」

 「…うん。俺、やったよ、千雨さん」

 「……転弧くん。ありがとう。恩返し、してもらったよ」

 「…うん…!!」

 

 感極まる転弧。長い苦難の果て、己の成りたいものに成るための第一歩を、彼は遂に踏み出したのだ。

 

 死柄木弔は、己の為に力を封じた。

 志村転弧は、誰かの為に力を封じた。

 

 結果は同じでも、そこに至るまでのそれぞれの意思には、明確な差があった。そのことを噛み締めながら、千雨はマスキュラーに左手を飛ばしつつ視線を向ける。

 

 「!!チッ!」

 「ご丁寧に待って貰えて嬉しいよ。それとも何か邪魔しちゃったかな?」

 「クソッ!!集中しねえと速さは上げらんねぇってのによォ!!でもなきゃ不意打ちするしかテメェを殺る術はねぇじゃねえかァァ!!」

 

 怒るような口調でありながらその表情は満面の笑み。その光景こそ、マスキュラーという男を象徴するものだった。

 

 「随分と楽しそうだね。君はもう追い詰められたんだ。逃しもしないよ」

 「はぁ?逃げる訳ねぇだろうが!!楽しいさ!!仕事はしくじっちまったが、裏を返せばこっからはやりたい放題できるってことなんだ!!嬉しくて全身が震えちまうよオオオオッ!!!」

 「………それは良かった。でもね、こっちは腸が煮えくりかえりそうなんだよ。悪いけど…いや。……悪いとも思わない。君のことは…全力で塵にしてやろう」

 

 ヒーローネーム、「ダスト」。由来は、自身を塵化させ、そして────ヴィランを粉微塵にすることから。

 

 「『澌塵灰滅(しじんかいめつ)』」

 

 神々しいまでの怒りが、顕れる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Plus Ultra

 

 「『澌塵灰滅』」

 

 そう宣言した千雨のもとに、何処からともなく塵が集い始めた。更に彼女は両手を地面に乗せ、周辺を塵化させることで塵の量を急増させていく。

 

 「千雨さん…一体何を?」

 「分からねぇが……とんでもねえことをしようとしてるのは確かだ」

 「もう殆ど見えなくなっちゃった…」

 

 倒れていた心詠も仁の分身によって既に回収されており、仲間たちはひと所に集まったまま固唾を飲んでそれを見守っている。

 

 「流石に生身で今の君と戦うのはリスクが高い。『だから…距離を取らせてもらうよ。こっちは君をすぐにでも殴ってやれるけどね」』

 

 支離滅裂にも思える千雨の台詞。しかし、マスキュラーにはその意味が理解できていた。

 

 「……何だぁそりゃあ…!?随分とでっかくなりやがったじゃねえかァ!!」

 

 顕れたのは、塵の巨人。島を背にしたまま、海岸に立つ隻腕のマスキュラーを遥か高くから見据える。腰から上だけの姿ではあったが、その威容は見る者全てが平伏すといっても過言ではない程のものだった。

 

 「けど良いのかよォ!?知ってるぜ…デカくなったヤローは決まって負けるんだ!!『お約束』って奴だよなァ!?」

 『知らないようだから教えてあげるよ。ヒーローの巨大化は「勝ちフラグ」って言うのさ』

 

 マスキュラーの煽りにそう返して巨腕で眼前を薙ぎ払う千雨。隻腕ながらもマスキュラーはしっかりと「オーバークロック」を併用しつつそれを躱すが、

 

 「(速ぇ!デケぇ癖して全然スピードが落ちてねぇじゃねえか!?そこそこビビったもんで加速率だって悪くねえ筈なのに…ここまで紙一重なのかよ!?)」

 

 内心その脅威に舌を巻く。更に高い加速率により脳に負荷がかかったことで動きが鈍った彼は、続く千雨の攻撃を回避することができなかった。

 

 『弱点はもう分かってるよ。咄嗟の発動の後は「もう一つの個性」は使えないんだろう?』

 「ぐおおおおッ!!」

 

 猛烈な一撃。これだけで勝負が決してもおかしくはなかったが、マスキュラーはなおも立ち上がる。

 

 「はァッ…!はァッ…!ハハハ……避けられなくたって構わねぇ。俺にはまだこの筋肉の鎧がある!!そのぐれぇ大したこたねえんだよオオオオォォッ!!!」

 

 無理を押して「オーバークロック」を発動させ、塵の巨人に突っ込むマスキュラー。何処かに潜む千雨を狙ってのものだったが、直後…

 

 「!!しまっ────」

 

 塵の群れを掻き分け、目の前に掌が現れた。誘われたことに気付いたマスキュラーは、再び咄嗟の「オーバークロック」でこれを何とか躱し、そのまま巨人の外へ飛び出す。しかし、今度は加速中であるにも関わらず、背後から迫る巨人の追撃に追いつかれてしまった。

 

 「がはああッ!!ぐ……く、そォオッ!!!(どうなってやがる……!?追いつける訳ねえだろ!?さっきギリギリだったのは向こうが先に攻撃してたからだ!!後出しでこんなに速えなんざ聞いてねえぞォッ!!)」

 『「不思議だ」って顔に書いてあるよ。どうして攻撃を受けたのか分からないってね…でも、答えは簡単なことさ。私がさっきまでより速く塵の操作ができるようになったんだ』

 「ぐ、ふ…ふざけてやがるぜ。このタイミングで個性が成長したってか?面白ぇ…だったら俺も……そうさせてもらうぜエエェェェッ!!」

 

 絶叫と共に筋繊維で全身を覆うマスキュラー。彼にできる最大限の攻撃を仕掛けるべく、頭痛を無視して限界まで集中力を高めていく。

 

 『違うよ。個性が成長した訳じゃない…ただ私の中の限界を超えただけだ。……私の通っていた高校にはね、こんな校訓があるんだよ。「さらに向こうへ────Plus Ultra」。「この程度、ヒーローにとっちゃ朝飯前なのさ』」

 

 一方の千雨もマスキュラーの言葉を否定しつつ、塵の巨人を解体してその全てを一つの砲弾として練り上げていく。マスキュラーよりもずっと早く必殺の準備を整え、最後通牒を行う。

 

 「降参するつもりは?」

 「無ェよ!!!」

 

 即座に千雨の提案を拒絶したマスキュラー。千雨は溜め息を吐き、静かに呟いた。

 

 「……ありがとう。おかげで何の躊躇いもなく、全力をぶつけてやれそうだ。運が良ければ────生きてるかもね。『塵に還れ(ダスト・マスト・ダイ)』」

 「ウ……オオオオオオオオオオオオッッ!!!!!」

 

 集中を終えたマスキュラー。しかし彼が選んだのは、回避ではなく激突だった。敢えて己の全てで千雨の全霊に挑むことを望んだ彼は……そのまま塵の砲弾を打ち破ることなく、海に沈んだ。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 轟音が辺りに響き、余韻が引いていく。驚く程の静けさは、戦いの終わりを彼らに知らせた。

 

 「……終わった、のか」

 「だと、思います」

 「…えげつねえな。あの人が元ナンバー5だってこと…初めて実感した気がするぜ」

 「………うぅ…?」

 

 3人が各々の思いを述べる中、心詠が目を覚ます。彼女はすぐに、千雨の安否を彼らに尋ねた。

 

 「…!!あの、千雨さんは!!」

 「うおっ!?あ、ああ。大丈夫だぜ。ちゃんと勝ったみたいだ」

 「……あれ?心詠さんってそういう呼び方だったっけ?」

 「あ……いえ、その、つい咄嗟に」

 「ふーん…まあ、いっか」

 

 学生時代の呼び方が口をついて出てしまった心詠に、仁が千雨の勝利を告げる。同時に転弧が名前の呼び方について突っ込んだが、深く追及することはしなかった。

 

 「…千雨さん、遅いです」

 「そういやそうだな…間違いなく勝った筈だが」

 「………少し、見てきます。3人はここで待っていてください」

 「おう、分かった。確か向こうの海岸の方だ」

 「ありがとうございます」

 

 その時、帰りが遅い千雨を心配してか、被身子が口を開く。心詠はそれを受け、一人彼女の元へ向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激闘を終えて

 千雨は一人、海に浮かぶマスキュラーを眺めていた。

 

 「……生きていたか。流石OFA100%を耐えただけのことはあるね」

 

 マスキュラーは気絶してはいたが、死んではいなかった。それを確認した彼女は、周囲を一瞥した後に迷いなく彼に手を翳し────

 

 「ゎーたーしーがー!来たッ!!」

 

 近づく声に動きを止める。声の主は一切の遠慮なく爆発が起きたかと見紛う程の水飛沫を上げ、海上に着地した。

 

 「ってうおおっ…思ってたより深いッ」

 「…」

 

 いまいち締まらない彼…オールマイトに呆れを含んだ微妙な視線を向けながら、千雨は声を掛けた。

 

 「オールマイト……お疲れ様です。ここにはどういったご用件で?」

 「どういったも何も救援要請を出していたじゃないか。もっとももう終わってしまったようだけどね」

 「……成程。ラインセーバーが出してくれたんですね」

 

 心詠が救援を呼んでいたことに感謝しつつ、千雨はオールマイトの言葉を待つ。

 

 「そういうわけか。君の反応にも合点がいったよ…。ところで、彼をどうするつもりだい?少しばかり不穏な動きが見えた気がしてね」

 「(ほ〜らやっぱり言うと思ったぁ………)」

 

 目敏い彼に心中で辟易しながらも、表面上は冷静な対応をしてみせる。

 

 「少々お仕置きしようと思いまして。彼にはうちの事務員や預かっている子供たちにまで危害を加えられましたし」

 「そうか。でもね、ダスト。ヒーローっていうのは誰かを守るためにいるのであって、誰かを罰するための存在ではないんだ。いつも僕が言っているように…」

 「(分かってますからせめて違う話をしてくださいナンバー1…!いつも出だしが同じです!随分とおじさん染みてきてますよぉぉぉ…)」

 

 またしてもナンバー1ヒーローから小言をもらってしまう千雨。彼女はオールマイトと出会うたび、毎度同じことを言われてしまう。「お節介はヒーローの本質」を体現した彼のスタンスに千雨は胃もたれするような気分を味わうことも多かった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「────さてと。ここからはちょっといつもとは違う話をしようか」

 「同じ話してる自覚はあったんですね…」

 「はっはっは、済まないね。君には君のやり方があるのは分かっているけれど、ヒーローのあるべき姿ってのも知っていて欲しいからさ」

 「……精進します」

 

 思わず声に出してしまう千雨。オールマイトも彼女も、お互いに嫌いあっている訳ではない。ほんの少しばかり反りが合わないというだけで、平和への想いは二人とも変わらず持っていた。

 

 「今回の彼…マスキュラーだが、妙な所は無かったかい?」

 「……ええ、ありました。彼は明らかに複数の個性を持っているようでした。でも、片方はどうも使い慣れていない様子で…後天的に、それもつい最近手に入れたかのような印象を受けましたね」

 「────そうか」

 

 途端に顔が険しくなるオールマイト。彼はそのまま、千雨に言葉を続ける。

 

 「実は、個人的に追っているヴィランが居てね…あまり詳しいことは言えないんだが、マスキュラーに奴が関わっている可能性を鑑みて急いでここに駆けつけたんだ。彼はどんな個性を?」

 「筋繊維が皮膚を突き破るほどに力を増すことを可能とする増強系のものと…不安定な様子ではありましたが急加速を任意に行うことのできる個性でしょうか。恐らく、心理状態によって出力にムラがあるのだと思われます」

 「………そう、か。ありがとう。それと、彼を連れて行っても構わないかな?」

 

 そう言ってオールマイトはマスキュラーに視線を向ける。

 

 「……どうぞ。どうやら何かしらの重要参考人であるようですし…貴方が連れて行くなら問題は無さそうだ」

 「済まないね。…君の怒りはもっともだが、無闇に手を汚す必要はない。あまり気を張りすぎないようにね。それじゃ!」

 

 千雨の許可を得てマスキュラーを担いだオールマイトは、そう言い残して再び水柱を噴き上げながら跳んでいってしまった。彼の去った空を見つめ、千雨は独りごちる。

 

 「…………濡れても塵にはなれるけどさ。もうちょっと遠慮してくれよ平和の象徴…」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 島に戻った千雨を最初に出迎えたのは、心詠だった。

 

 「心詠さん!無事だった?」

 「少し体が痛みますが、この程度なら。お疲れ様でした、ダストさん」

 「ありがとう。…私を心配してここまで来てくれたの?」

 「…そう、ですね。正確には貴女の怪我と、ヴィランへの対処を心配して、ですが」

 

 心詠はそう言って千雨の頭に目を向ける。塵化によって傷は修復され、既に綺麗さっぱり元通りになっていた。唯一被身子が吸収した血液は失われてしまったが、極少量であり殆ど誤差と言っていい。そのため心詠はどちらかというと千雨がヴィランをどうするかについて強い懸念を抱いていた。

 

 「…まあ、消しちゃうつもりだったんだけどね。見えたでしょ?オールマイトが来て、いつもみたいにお説教ルートだよ。それに向こうの目的のためにアイツも持ってかれちゃったしね…多分タルタロス辺りで尋問でもするんじゃないかな。てなわけで今回は特に変なことはしてないよ」

 「……嘘ではないようですね。まあ、だからといってどうという訳でもありませんが。…そろそろ戻りましょうか。転弧くんと分倍河原さんも怪我をしています。早く手当をしてもらいましょう」

 「りょーかい」

 

 熾烈な戦いの直後とは思えない柔らかな雰囲気。心詠は千雨が気を張ることなく接することのできる、数少ない相手であった。




VSマスキュラー終了です。次回以降、一時的に時間の進みが早めになります。一話で一年進んだりはしないと…思います。多分。

(追記)オールマイトを「まだまだ若い」と描写していましたが、感想でこの時点でも40代程度であると考えられることを指摘されたので修正しました。もちろん僕が悪いんですが、原作オールマイトも50後半のおじいちゃんには見えないので責任の一端は彼にもあるのではないでしょうか()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

意外な人物との接触

 

 下半期ビルボードチャートJPの発表。毎年恒例の一大イベントが今年も始まり、いつものようにトップ10に選ばれたヒーロー達が壇上に上がる。10位から順にヒーローネームが読み上げられていくが、その中には…

 

 「No.4!復帰後2度目のビルボードチャートで早くもトップ10に返り咲いたァ!!塵化ヒーロー『ダスト』!!」

 

 千雨の姿もあった。上半期は5年ぶりかつ4月からの復帰ということもあり、あまり順位が振るわなかったが、そこから半年でしっかり人気と知名度を取り戻したことでかつての5位をも上回る順位につくことができたようだ。彼女が名前を呼ばれて小さく会釈を行うと、そのまま順位発表は続く。

 

 「No.3!こちらも若手ながら高い支持率を獲得し、更には現在2年連続でベストジーニスト賞受賞中!!ファイバーヒーロー『ベストジーニスト』!!」

 

 「No.2!安定した活躍を見せ、今なお後輩にその座は譲らず!!フレイムヒーロー『エンデヴァー』!!」

 

 「そして!No.1!人々は今日も笑い!!歓喜し!!声を上げる!!何故ならこの男がここにいるからだァァッ!!平和の象徴!!『オールマイト』ォォォォォッ!!!」

 

 順位が上がる程に大歓声が巻き起こり、オールマイトの名が呼ばれると熱狂は最高潮を迎える。インタビューのため司会者が観客を宥めようとするも、しばらく喧騒が止むことは無かった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「それではNo.4、ダストさん!この結果を受けて何かご感想は?」

 「ありがとう。これからもよろしく」

 

 千雨は微笑みながらも簡潔にまとめ、視線でジーニストへのインタビューを促す。

 

 「…あ、ありがとうございました!それではNo.3、ベストジーニストさん!今回が…」

 

 彼女がこのようにクールな対応をするのは、自身がこの場に相応しくない人物であると思っているから…

 

 ではない。

 

 「(────まただ。またなんて言うべきか頭が真っ白になってしまった。…いや、しょうがないさ。ここに上がるのだって5年ぶりなんだよ?寧ろ声も震えずにあれだけ話せれば上出来といっていい。流石私、よく頑張った)」

 

 実の所、千雨は今回のように大勢の前に立って何かを話す、というのがかなり苦手だ。最初に名前を呼ばれて会釈に留めたのも、それ以上身体が動かなかっただけである。街中で何人かのファンに話しかけられる程度ならば問題なく対応できるものの、囲まれだすともう危うい。

 彼女が自身の資質に少なからず疑問を持っているのは確かだが、これに限っては単に緊張しているだけなのであった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「はぁ…ようやく一息つけそうだ」

 

 段取りが一通り終了し、舞台裏の廊下で身体を無造作に塵化させるという独特な解し方を行う千雨。満足したのか伸びと共に再び歩き出した彼女に、背後から一人の男が近付き、肩を叩く。

 

 「失礼」

 「うぇっ!?……君は」

 「私はサー・ナイトアイ。3年程前からオールマイトのサイドキックを務めさせていただいている者です。ご存知でしたか?」

 

 男は千雨に尋ねられたと考えたのか自らをサー・ナイトアイと名乗り、その素性を明かす。もっとも彼女の台詞は思いもよらぬ人物が接触してきたために飛び出した物であり、別段質問の意図があった訳ではなかった。

 

 「……いや。ごめんね、しばらくこっちにはいなかったからさ。それにしても、あの人がサイドキックか…ちょっと意外かな」

 「そう思われるのも無理はありません。私自身、熱心に頼み込んでようやく認めてもらったクチなので」

 

 千雨も女性としてはかなり身長が高い方だが、ナイトアイはそれ以上の長身だ。声をかけられて振り向いた時点から彼女がずっと見上げる姿勢でいるのを見て、ナイトアイも少し背を曲げて対応する。

 

 「成程ね。…それで、そんな君が私に何か用かな?」

 「いえ。ただ、肩に糸くずが付いていたので」

 「あれ…?本当かい?ありがとう、気付かなかったよ」

 

 彼の目的を知ろうと今度こそ明確に質問を行う千雨だが、ナイトアイは純粋にゴミを払うつもりで肩を叩いたのだと語る。しかし、それによって千雨は彼の本当の目的を理解した。

 

 「(振り向いたとき、目線合わせちゃってたっけ…『条件』は成立してるね。……そういえばオールマイトはまだAFOとの戦いで大怪我を負っていない。人の未来を予知することに抵抗はない頃か…。大方オールマイトがマスキュラーの時に私と接触したから念のためってとこだろう)」

 

 サー・ナイトアイの個性は「予知」。接触した状態で目線を合わせた相手の未来を、1時間自由に視ることができる。この能力のせいで彼自身苦しむことになるのだが、オールマイトの負傷を防ぐつもりの千雨はそれによって連鎖的に彼の心も救うことができるのではないかと考えていた。

 

 「(とはいえ、視られることが分かっていて何もしないってのも何だか恥ずかしいような気がするね。無断で盗み視ようとしてるのは向こうなんだし、ちょっとだけ意地悪してやろう)」

 

 そんな風に考えた千雨は、彼の発言の矛盾を指摘する。

 

 「でも、おかしいね…さっきまで私の肩は塵化してたんだ。糸くずが付く暇なんて無いような気もするけど」

 「……そうでしたか。であれば、私の見間違いだったのかもしれません。お騒がせして申し訳ない」

 「いや、構わないよ。君の善意は買おう。……それとも、あんまり私が美人だったもんでナンパでもしてみようと思ったとか?なんて」

 「……………」

 「…じょ、冗談だよ。怖い顔しないでくれないか」

 「……ユーモアのセンスはまだまだ伸び代を残されているようだ。では」

 

 遠回しにつまらないと言い残し背を向けてその場を後にするナイトアイ。ショックを受けた千雨は、仕返しとばかりにやや過度な悪戯を試みた。

 

 「(乙女の秘密はあんまり覗いちゃダメだよ?)」

 「!?」

 

 頭を飛ばし、ナイトアイの耳元で囁く。すぐさま彼女の方を振り返るナイトアイだったが、既に千雨の姿はなく、彼はしばらくの間うるさくなった心臓の鼓動を治めることができなかった。





ナイトアイ「(絶対ヴィランやんけ!未来視たろ!)」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

次なるステージへ

 

 今日も島で訓練中の被身子と転弧。しかし、いつもとは少し様子が違うようだ。

 

 「27…28…29…30!」

 「よし、次は腕立てね。用意」

 「はい!」

 

 「こっちだよ被身子ちゃん」

 「あう!」

 「まだまだ視覚に頼ってる部分も多いね」

 「うう…難しいのです」

 

 転弧は身体能力向上を目的としたトレーニングを、被身子は目隠しをした状態で頭の風船を割られないよう立ち回る一種の戦闘訓練を行っていた。話は数ヵ月前に遡る。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「…そろそろ次の段階に移行しても良い頃だね」

 「…次?」

 

 普段通り個性伸ばしの訓練を行っていた二人だったが、千雨が不意に呟いたのを聞いて動きを止める。

 

 「そうだね。今まで二人とも個性の制御や強化、同時並行で感情との分離を頑張って来た訳だけど…一旦その辺りの訓練は終わりにしよう。といっても完全にやめてしまうつもりはないよ」

 「…成程。別のことに時間を割くって訳か」

 「そういうこと。でまあ色々考えてみたんだけど……ひとまず転弧くんは自分自身の強化をしていこうか。軽めの…といっても最初は大変かもしれないけど、筋トレと…あとはランニングとかかな?大体体育の授業の延長ぐらいに思ってくれればいいよ」

 「うげ…マジ?」

 

 千雨の言葉に否定的な反応を示す転弧。あまり身体を動かすのが好きではないらしい。

 

 「そりゃそうさ。転弧くんの個性は強力だけど、自分が動けるに越したことはないからね。私も最低限素手で戦えるぐらいの力と技術はあるよ」

 「へぇ……何か意外」

 「ま、使う機会は殆どないけどね。でも身体機能を高めることが重要なのは間違いない。できることが増えて、個性の使い方も柔軟になる可能性だってあるだろう。早速明日から始めていこうね」

 「…了解」

 

 渋々ながらも納得した様子の転弧。被身子も自身の新たな訓練が気になるのか、自分から千雨に尋ねる。

 

 「私は何をすればいいのですか?」

 「被身子ちゃんはまだそういうのは早いからね、先に簡単なゲーム形式での実戦訓練でもやってみよう。ただし……毎回何かしらのハンデを背負ってもらうよ。耳を塞いだり、目隠ししたり…あとは変身禁止とかね」

 「何だか楽しそうです!」

 「ふふっ、そうだね。あんまり気負わずにのんびりやっていこう。こういうことを他の皆がやるのはまだまだ先だから、ほんの少しだけでもスタートダッシュを決めるぐらいのイメージでね」

 

 ヒーローとしての訓練を着実に施していく千雨。言葉とは裏腹に、二人は既にライバルよりもずっと先に進んでいた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 一方で、こちらも新たな段階へ踏み出し始める。

 

 「…先生…これは?」

 「君へのプレゼントさ。もっとも、本当は別の使い道を考えていたんだけどね。お下がりのような形になってしまってすまない。喜んでくれるかい?」

 「……はは…!嬉しいよ、先生…!ありがとう!」

 

 少年の前に置かれているのは、大きなグローブにブーツ、マント、そして人の顔のマスク。ヒーローらしいグッズの数々はボロボロになってしまっているものの、マスクは新品らしく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。顔立ちは整っており、どうやら女性のようにも見える。巨悪が教え子に渡す物としてはそぐわないようにも思えるが、知る者が見ればこれ程に邪悪なプレゼントはそうない。喜ぶ少年を尻目に、彼は一人嗤う。

 

 「(素晴らしいよ…この短い期間でよくここまで育ってくれた。稀に見る逸材!天然の芸術だ!君を選んで正解だったよ…もうすでにオールマイトの顔が目に浮かんでくるようだ。怒りと憎しみに囚われた……ヒーローらしからぬ彼の顔がね。フフフフフ…さあ僕に見せてくれ…死柄木葬(しがらきほうま)。生まれ変わった君と…君の作る絶望を)」

 

 彼らが邂逅する時は、未だ遠く。





思っていたより此方の事情が忙しくなりそうです。可能なら昼にも投稿しますが、基本的には朝と夜に投稿するようになると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不審なナンバー1

細かい修正のついでに「プロヒーロー・ダスト」と「秘密の共有」の後書きにそれぞれ千雨と心詠の簡単なプロフィールを載せておきました。気になる方はどうぞ。


 様々な学校行事を挟みつつ、被身子は小学5年生に、転弧は中学2年生になった。ある程度新しい訓練にも二人が慣れてきたために仁に彼らを任せつつ、千雨はヒーロー活動に精を出す。しかしながら、ここ最近は妙なことがよく起きていた。

 

 「やあダスト!奇遇だね、調子はどうだい?」

 

 「また会ったね!これで3日連続かぁ。珍しいこともあるもんだ」

 

 「仕事がてら私が来た!何か困っていないかい、ダスト?」

 

 「(異常にオールマイトに遭遇する……!しかも大体向こうからやってくる形で!おかしい、おかしすぎる!この頃ってAFOの勢力を削るので忙しかったりしたんじゃないのかい?もう会わない日の方が珍しくなってきたよ…)」

 

 そう、ナンバー1ヒーローがやたらと彼女の前に現れるのだ。明らかにおかしいと思って千雨が質問しても、いつもはぐらかされてしまう。何かを隠しているのは間違いないのだが、彼女にはそれがはっきりとは分からなかった。

 

 「(……多分原因はナイトアイだ。あんなことを言ったけどまあ結局私の未来を視たんだろう。仮に私が彼だったとしてもそうするしね…。で、何かAFOに繋がるものが視えたとかかな。…もしかするとそのせいで疑われてたりするのかも?)」

 

 自身がヴィランとの繋がりを疑われているのかもしれないと思い、少し余計なことをしたかと反省する千雨。

 

 「(マスキュラーもどうやら一番の目的は私だったらしいし、もう既に奴には目をつけられてるだろうが…病院にあった複製のストックは全部塵にしたんだ。そう易々と手駒は増やせない筈…向こうも頭を悩ませてるのは間違いない。だとしたらナイトアイは一体何を視たんだ?)」

 

 そんな風に考えながら、各地のヴィランを片手間に退治し続ける。

 

 「(『原作』に登場してる大物で残ってるのはムーンフィッシュ、コンプレス、マグネ辺りか?今スピナーとマスタードが現れる可能性は0に近い…特に後者は年齢も足りていない。……あまり考えたくはないけど…ウォルフラムとかが出てきたりするのか?『映画』はよく覚えてないんだよね…いるなら話がややこしくなりそうだ)」

 

 千雨がそこまで思案を巡らせたその時、彼女の向かおうとしていた先に…

 

 「私が来た!」

 「(貴方が出たか)」

 

 またしてもナンバー1ヒーローが現れる。彼はあっという間にヴィランを鎮圧し、一歩出遅れた千雨に向き直った。

 

 「済まないねダスト、先を越させてもらったよ。ところで最近何か変わったことはないかい?」

 「ええ、ご心配なく。強いて言うなら貴方との遭遇頻度でしょうか」

 「はっは、それは間違いない!まあ、何かあればすぐに言ってくれ。ヒーロー同士救け合うことも大切だからね。じゃ!」

 

 そう言って跳び去るオールマイトに、千雨はついて行きながら話をしてみることにした。

 

 「待ってくださいよオールマイト。そろそろ理由を話してくれてもいいんじゃないですか?」

 「おっと。ついて来れるとは流石だねダスト。けど君の救けを待つ人々もいる筈さ。話ならまた今度…」

 「ナイトアイから聞いているんでしょう?私が彼に言ったことと…私の未来について」

 「!」

 

 常に力強い笑みを浮かべるオールマイトの表情が珍しく変わる。そのまま近くのビルの屋上に降り立ち、動きを止めた。

 

 「……その通りだよ。今日君に近づいたのもナイトアイの指示の一部さ。…これ以上詳しくは話せない。ナイトアイ曰く、不確定要素が増えてしまうそうなんだ」

 「彼の『予知』が一時的にずれ込んでしまうという訳ですね」

 

 そう千雨が補足し、オールマイトの顔は更に真剣みを増す。

 

 「………ナイトアイが言っていたよ。どうして君が彼の個性について知る素振りを見せていたのかが分からないと。…素振りどころか、確信していたようだけれどね。一体どこでそれを?」

 「私だけ教えるなんてフェアじゃないでしょう。私の未来について、知っていることを教えてください。そうすれば考えますよ」

 

 千雨の情報源を探ろうとするオールマイトだが、彼女としても未知は不安要素でしかない。できればここで彼から概要を聞き出してしまいたかったが…

 

 「……それもそうだね。お互いあまり喋り過ぎるのもまずいだろう。この辺りにしておこうか。────何かあれば言ってくれよ。すぐにね」

 「…分かりました」

 「ではね」

 

 次のヴィラン退治へ向かうのだろう、方向を変えて去っていったオールマイト。去り際の彼の態度に、千雨は若干の不安を覚えた。

 

 「(…どうやら疑われてる様子では無かったけれど…。活動限界のない…そういう意味では全盛期に近いといってもいいオールマイトがこう何度も忠告してくる程の未来が、私に?……ちょっと、楽観視はやめた方が良さそうだ)」





千雨に言及させておいてなんですが、映画版の登場人物は出てきません。まだワールドヒーローズミッションも観てませんし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。