そのウマ娘、星を仰ぎ見る (フラペチーノ)
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第零章
三女神の戯れ


この話は時系列の関係で一番前にありますが、第三章「蒼白の流星」を見てからの閲覧を強くお勧めします。


 この世界には三女神と呼ばれる神様みたいなウマ娘がいます。

 世界を一つの大きな「木」とすると、スターゲイザーたちがいるのは「根」の部分。神様がいるのは木の「樹冠」の部分です。

「世界」とは言ってもウマ娘における全ての世界線の始まりなんですけどね。

「根」はウマ娘の世界における無数に分かれた「可能性」のお話です。

 つまり無数に広がった世界線には例えば「テイオーとスターが会わない世界」や「スターゲイザーがトレーナーにならない世界」……「足が折れて三冠ウマ娘に成れなかったテイオーの世界」などなど……

 数え切れないほどの無数の「可能性の世界」が存在しています。

 それを管理、というか監視してどっかおかしなところが無いか確かめるのが「三女神」という存在なわけです。

 あとはウマソウルの管理とかもやってます。

 まぁこれは「あっち」の世界の木で生まれた「馬」を「ウマソウル」に変換するお仕事。

 これくらいのお仕事をこなしながら三女神様たちは思いました。

 

 ──暇だ。めっちゃ暇。てか飽きた。

 

 そもそも世界線のバグなんてめったに起こらないし、あったとしても根っこが絡まっちゃうくらいだから、ぱっぱとほどいてあげるくらい。

 まぁ単純作業ですよね。それを時間や空間の概念がない世界でやるんだからもはや半分拷問です。

 今どきのブラック会社でもこんな事しねぇぞ、と。

 んで、変わらない仕事に対しての文句を言うのも諦めた三女神様たち。

 仕方がないので娯楽を探すことにしました。

 まぁ、精神世界みたいなこの場所。イメージすれば大体なんでもできます。

 例えばレース場。

 ウマ娘の神様だから走るのは好きだけど三女神だから三人しかいないんですよね。すぐ飽きました。

 例えば美味しいごはん。

 味のイメージは出来ませんでした。悲しいですね。つかそもそもご飯いらないのが。

 例えばボール。

 蹴ったらどっかに飛んでいきました。ウマ娘の脚力って凄いですね。

 例えば……例えば……例えば……

 そんなこんなして最終的にたどり着いた娯楽。

 それは「世界を覗く事」でした。

 幸い腐るほどある木の根っこ。閲覧する量には困りません。ちょっとした「if」で無数に広がる世界の根っこ。一個一個見ていけば面白んじゃね? と。あっ、この子可愛い今回はこれにしよ────

 

 ────飽きました。

 

 いやこれに関しては仕方ないのです。

 色んな世界を覗くって言っても必要な最低限の情報しか得られないのです。

 一番近いのは年表でしょうか。何年何月何日何時何分に何々がありました! って連なった文見て面白いと思いますか? いやーきついっしょ。

 三女神様が見たいのはもっとリアルな情報。その子の表情、その子の感情、その子の様子。

 もっともっと文字以上に情報を得たい。

 でも下手にその世界線に三女神様たちが行くとその根っこが腐ったり爆発したりして大変なことになります。

 じゃあどうすんのって思った彼女たち。

 とある女神が一つの提案をしました。

 

 ──いくつかのウマソウルに録画機能をつければいいのでは? 

 

 ──天才か? 

 

 そんなこんなでウマソウルに三女神様たちが世界を閲覧できる機能を追加。

 多くのウマソウルにつけちゃうと怖いからほんの一部のウマ娘に「観測者」としての役割を渡して。

 とは言っても役割を持った子はそのことを分かんないんですけどね。普通に暮らしているだけで三女神様たちに覗き見されています。

 盗撮? でも許されます。我神様ぞ? 

 そんな盗撮もとい、観測機能のおかげで三女神様たちの娯楽は潤い始めました。

 あ、この子面白い。

 そうして過ごしているうちに三女神様たちはとあることをやりたくなりました。

 自分で世界線を構築したい!!!!! 

 まぁ読み専門から創作者になりたいと。随分とアクティブな女神様たちだなこいつら。

 はてさて、どんな事をしましょうか。

 あっ、このテイオーって子いいんじゃない? なんかいっつも菊花賞の前に足折れてるのばっか。

 面白くなくない? この子が三冠ウマ娘になる姿見たく無いやつおる? 

 いねぇよなぁ!!! 

 そんな悪ノリで始まった創作活動。

 目標はテイオーが三冠ウマ娘になるお話を作る事。

 勿論テイオーを導くのは私達! 三女神!!! 

 ウマ娘のトレーナーを作って、私達でテイオーを育てながらそれを間近で観測する。

 最高の娯楽だ…… 

 早速アバターを作りましょう。どんな子がいいかな。

 こねこねとアバターを作る三女神様たち。

 そんなこんなで出来たアバターは「黒髪のウマ娘」、青鹿毛と言われるタイプの子です。

 我らながらいい出来だ。まぁ女神だしね。

 が、ちょっと問題がありました。三女神様たちが作ったのは「体」のみ。中身の「魂」がありません。

 動力が無ければ車は動きません。

 

 ──「あっち」の世界から可哀想な魂を持ってくればいいのでは? 

 

 ──天才か? 

 

 可哀想な魂──そう例えば若くて死んでしまった魂。もっと生きていけた魂を救出する目的で掠め取れば「あっち」からも怒られないでしょ。

 そしてなんとか「あっち」の世界から適当に持ってきた魂をさっきの「体」にぶち込んで……

 あ、魂の記憶は消しておいてねー、私たちが操作するんだから素直な魂にしなきゃ。

 よっしぶち込んでやるぜ! それを新しい世界の根っこにシュート! 

 テイオーを三冠ウマ娘にするRTAはっじまるよー。操作は私達三女神様! 

 よしよし無事作ったアバターが生まれましたね。まー最初の赤ん坊のころはどうしようも……

 その時とある異変に気付きます。

 まず一つ目。「白毛のウマ娘」が生まれたこと。三女神様が作ったのは「青鹿毛のウマ娘」。母親も青鹿毛のウマ娘なのに何で……

 そして二つ目。何故か「前世の記憶がある事」。記憶消したはずなのに何で……

 三女神様たちは緊急会議を始めます。

 観察する子間違った? いや、しっかり景色は見えてるし「特別な目」もある。この子で間違いない。

 じゃあ、なんでこうなってんの? こっちが知りたいんですけど? 

 三女神様たちは大混乱です。流石に作った根っこを破壊なんて出来ません。可能性を潰すのはタブーですから。

 更に異変が訪れます。妹が生まれたことです。

 ウマ娘の世界の根幹にある「ウマソウル」とは不思議なもので「あっち」の世界での姉妹のつながりや親子での繋がりがかなり強く出ます。

 まぁだから妹が生まれる事はおかしくないのです。普通なら。

 しかし「ウマソウル」なんて入れてないアバターの子の妹? 

 しかも生まれた妹は三女神様たちが最初に作ったアバターの姿にそっくり。なんか白いアホ毛がぴょんと生えていますが。

 そして特別な目を若干受け継いでいます。

 そのせいか分かりませんが、本来のアバター、白毛の方の目の繋がりが悪くなっています。

 もう謎に始まったこの世界線。最初に操作する狙いは謎に前世の記憶があるせいで失敗。

 なので夢の中に出て来てなんとか誘導する事に。これはなんかうまく成功しましたが。

 まぁどっかの根の分岐が成功すればいいですけどね。別にどっかがダメでも他の見ればいいし。

 でもなんでこんな事に……

 おかしかったのは……あっちの世界から持ってきた「魂」か。

 んまぁ考えても仕方ないか。仕方ないしこのまま続けよーと三女神様たちは「スターゲイザー」と名付けたウマ娘の世界を観察し始めました。

 

 ですが三女神様たちは忘れていたのです。三女神様、腐っても「神様」。

 それは誰かの願いを叶える存在なのだから。




 三女神様は全知全能では無いのです。


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【掲示板】もしスターゲイザーが、ゲームウマ娘に実装されたら

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ウマ娘二周年記念生放送を見るスレ

        1000コメント      564KB

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1:名無しのウマ尻尾

【祝】ゲームウマ娘二周年!!!

 

4:名無しのウマ尻尾

ついにこの日来てしまったか……

 

6:名無しのウマ尻尾

ヘイト企業に付き合って二周年ってマ?

 

9:名無しのウマ尻尾

お空と岸君まで含めたらもっと付き合ってる

 

12:名無しのウマ尻尾

シャドバァ……

 

13:名無しのウマ尻尾

>12 バハメンコはゲームじゃないので……

 

16:名無しのウマ尻尾

おっ、動画ライブ始まった

 

19:名無しのウマ尻尾

同時接続人数……10万人……普通だな!

 

22:名無しのウマ尻尾

普通か?

 

24:名無しのウマ尻尾

普通ではないだろ

 

26:名無しのウマ尻尾

ワイらの目的はそう……新ウマ娘実装……!

 

28:名無しのウマ尻尾

新ウマ娘実装のためにこのスレ立てたしな……

 

30:名無しのウマ尻尾

金さん許可出してくれねぇかなぁ

 

32:名無しのウマ尻尾

>30 金さん馬は……その……

 

35:名無しのウマ尻尾

悲しいなぁ……

 

36:名無しのウマ尻尾

まずはお遊戯回だから、当分発表まだかな

 

37:名無しのウマ尻尾

新キャラ実装になったら起こして

 

38:名無しのウマ尻尾

それでは……カットしていきますのでぇ……

 

41:名無しのウマ尻尾

あ、おい待てい 新シナリオ発表もあるぞ

 

43:名無しのウマ尻尾

さよなら、ライトハローさん……

 

46:名無しのウマ尻尾

個室カラオケ泥酔ウマぴょい毎年やってたな……

 

47:名無しのウマ尻尾

>46それ聞くと犯罪臭がすげぇな

 

50:名無しのウマ尻尾

>47外部の方で成人済みだからセーフ

 

53:名無しのウマ尻尾

まずは新ガチャキャラか

 

56:名無しのウマ尻尾

まぁここまで来たら……ね?

 

59:名無しのウマ尻尾

CB!

 

60:名無しのウマ尻尾

うおおおおおCB!!!!

 

63:名無しのウマ尻尾

一生待ってた

 

64:名無しのウマ尻尾

うわ自前影持ちだツヨイ

 

65:名無しのウマ尻尾

でもう一人いますよね?

 

68:名無しのウマ尻尾

ダブルジェット師匠きちゃああああ!!!

 

71:名無しのウマ尻尾

ツインドリブルきちゃあああ!!!

 

74:名無しのウマ尻尾

いやーサイクロンジョーカー師匠ついに来たな……

 

75:名無しのウマ尻尾

>74 Wだからツインか いや分かりにくっ

 

77:名無しのウマ尻尾

星1なの助かるな

 

79:名無しのウマ尻尾

これでやっとテイオーと師匠の絡みが見れるんですね!

 

82:名無しのウマ尻尾

で、新シナリオ

 

83:名無しのウマ尻尾

新シナリオ何?

 

86:名無しのウマ尻尾

お?

 

89:名無しのウマ尻尾

ん????

 

91:名無しのウマ尻尾

は? 三女神!?!?

 

93:名無しのウマ尻尾

三代始祖ってコト!? 

 

96:名無しのウマ尻尾

ダーレーアラビアン! ゴドルフィンバルブ! バイアリーターク!

 

98:名無しのウマ尻尾

ある意味一番のビッグネーム来て笑っちゃった

 

99:名無しのウマ尻尾

……てか、三女神様生きてるの?

 

100:名無しのウマ尻尾

>99それはシナリオ解説待ってもろて

 

102:名無しのウマ尻尾

VRウマレーターさん!?

 

104:名無しのウマ尻尾

お前生きてたんか……

 

105:名無しのウマ尻尾

この中で三女神様に会えるってことか 考えたな

 

107:名無しのウマ尻尾

S〇GAすげぇ~!

 

108:名無しのウマ尻尾

新シナリオとガチャ実装でお腹いっぱいだよ

 

109:名無しのウマ尻尾

もう十分だ……もう十分だろ

 

110:名無しのウマ尻尾

いえいえこれからですよ(新ウマ発表)

 

112:名無しのウマ尻尾

カツラギィエースゥ!?!?

 

113:名無しのウマ尻尾

CB来たからか! これは激熱

 

116:名無しのウマ尻尾

ジャングルポケット! タキカフェ世代きたぁ!

 

119:名無しのウマ尻尾

あれ、これ社の馬じゃね?

 

122:名無しのウマ尻尾

……フジキセキの人とオーナの方同じだからじゃない?

 

125:名無しのウマ尻尾

ネオユニヴァース ネオユニ!?

 

128:名無しのウマ尻尾

おいこれ社の馬やんけ! サイゲ〇ムスさん!?

 

131:名無しのウマ尻尾

許可下りたのか…… 許可下りたのか?

 

133:名無しのウマ尻尾

歴史が変わった瞬間である

 

134:名無しのウマ尻尾

次は……ヒシミラクル

 

137:名無しのウマ尻尾

太い

 

139:名無しのウマ尻尾

太いね

 

142:名無しのウマ尻尾

うおふっと

 

144:名無しのウマ尻尾

ヒシミラクルおじさんとかシナリオに来るんかな

 

147:名無しのウマ尻尾

最後にタップダンスシチー……と

 

150:名無しのウマ尻尾

ロブロイボリクリ世代か 結構キャラ来たなぁ

 

153:名無しのウマ尻尾

ん、ちょっと待って 新ウマ娘はまだこれだけじゃありません?

 

156:名無しのウマ尻尾

オリウマ??? 今ここで???

 

159:名無しのウマ尻尾

スターゲイザー 白毛のウマ娘……

 

161:名無しのウマ尻尾

え、誰

 

164:名無しのウマ尻尾

とうとうオリウマが走る日が……いやこれスーツ着てない?

 

165:名無しのウマ尻尾

新しい友人枠!?

 

166:名無しのウマ尻尾

卑しか女杯の新メンツマジ???

 

169:名無しのウマ尻尾

【悲報】ライトハロー 友人枠唯一のウマ娘枠、速攻で陥落する

 

172:名無しのウマ尻尾

>169 本当に可哀想だと思う

 

173:名無しのウマ尻尾

で、この子どんなキャラなの

 

175:名無しのウマ尻尾

サポカで来るらしい 新シナリオ合わせかな

 

176:名無しのウマ尻尾

取り敢えず公式サイト見てくるか…… 出されてるでしょ

 

177:名無しのウマ尻尾

#スリーサイズを隠すなライトハロー

 

180:名無しのウマ尻尾

>177 あれあとから消されたのマジで草

 

182:名無しのウマ尻尾

取りま実装待ちかな どうなっぺ

 

~~~~~~~~

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オリウマ娘 スターゲイザーについて語るスレ

        1000コメント      504KB

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1:名無しのウマ尻尾

スターゲイザー 人権サポカだった件

 

2:名無しのウマ尻尾

友人枠→分かる 賢さでの友情で光る→???

 

3:名無しのウマ尻尾

賢さ馬鹿みたいに上がるのホンマ草

 

4:名無しのウマ尻尾

大人しく完凸しましょう シナリオリンクじゃないからずっと使えるぞ!

 

5:名無しのウマ尻尾

財布が軽くなってしまう……

 

6:名無しのウマ尻尾

で、それよりもスターちゃんのキャラよ 可愛すぎひん?

 

7:名無しのウマ尻尾

イケメン王子様の俺っ娘が照れてくるんだぜ? 破壊力が高すぎるッピ!

 

8:名無しのウマ尻尾

高校生でトレーナーになったという化け物設定

 

9:名無しのウマ尻尾

>8 その代わりに走れないっていう設定らしいな…… 走れない(ウマ娘と比べて)

 

10:名無しのウマ尻尾

>9 今りこちゃんの話した?

 

11:名無しのウマ尻尾

>10 あの子は運動全部だめだろ! いい加減にしろ!

 

12:名無しのウマ尻尾

スターちゃん、あと押しに弱いの最高にいい

 

13:名無しのウマ尻尾

「手伝うぞ!」ってごり押しすると、はにかんでくれるシーン好き

 

14:名無しのウマ尻尾

ちょろちょろウマ娘がよ…… 

 

15:名無しのウマ尻尾

でも温泉旅行イベントは無かった……

 

16:名無しのウマ尻尾

高校生と温泉旅行に行くのはちょっとまずいから……

 

17:名無しのウマ尻尾

>16 おっ、そうだな(ニシノトレーナーを見ながら)

 

18:名無しのウマ尻尾

でもキャラ設定見たけど、なんでお出かけイベントにテイオーとカフェ出てくるん?

 

19:名無しのウマ尻尾

>18それ

 

20:名無しのウマ尻尾

あれほんま謎 基本どっかにいるの怖い

 

21:名無しのウマ尻尾

公式キャラ説明欄で得られる情報が「高校生でトレーナーになった白毛のウマ娘」ってことしか分からん

 

22:名無しのウマ尻尾

あれ意図的に隠してない? 

 

23:名無しのウマ尻尾

なんかあるんかな

 

24:名無しのウマ尻尾

おまいら、今やべぇ情報飛び込んできた

 

25:名無しのウマ尻尾

【速報】新コミカライズ始動 主人公はスターゲイザー

 

26:名無しのウマ尻尾

>25は?

 

27:名無しのウマ尻尾

えぇ……

 

28:名無しのウマ尻尾

今ここで!?

 

29:名無しのウマ尻尾

え!? 既にスターちゃんに脳を焼かれた人たくさんいるのに!?

 

30:名無しのウマ尻尾

実装直後に大量のイラストが生産されるウマ娘

 

31:名無しのウマ尻尾

TLが一時期ずっと真っ白だった

 

32:名無しのウマ尻尾

で、スターちゃんのコミカライズの情報他にないの?

 

33:名無しのウマ尻尾

PV出てるからそっち見て

URL→https;~~~

 

34:名無しのウマ尻尾

かっこいい系の話なんか ガチレース系かな

 

35:名無しのウマ尻尾

シングレ風味かなぁ

 

36:名無しのウマ尻尾

担当ウマ娘がトウカイテイオー……

 

37:名無しのウマ尻尾

トウカイテイオー!?

 

38:名無しのウマ尻尾

テイオー!?

 

39:名無しのウマ尻尾

待て待てアニメ二期でキミ出ててたやん! もうやることないでしょ!

 

40:名無しのウマ尻尾

>39 最後までPV見て♡

 

41:名無しのウマ尻尾

トウカイテイオーが足を折らなかった世界線の話を? 公式で?

 

42:名無しのウマ尻尾

なんだこれはたまげたなぁ……

 

43:名無しのウマ尻尾

公式二次創作やんけ……

 

44:名無しのウマ尻尾

アニメ二期でテイオー足折に耐えられなかった人向けそうだなこれ

 

45:名無しのウマ尻尾

サ〇ゲ「ワイが耐えれんかった」

 

46:名無しのウマ尻尾

>45 公式のわがままじゃねぇか!!!

 

47:名無しのウマ尻尾

だから、スターちゃんのお出かけでテイオーが出てたってことか……

 

48:名無しのウマ尻尾

後出しじゃんけんやんけ まぁ読むけど

 

49:名無しのウマ尻尾

どうなるんやろ……

 

50:名無しのウマ尻尾

これ頑張ったらスターちゃん育成ウマ娘に来ない? 制服着せたいんだけど

 

51:名無しのウマ尻尾

ライブ踊ってくれねぇかな……

 

52:名無しのウマ尻尾

ライトハローさんはうまぴょいしたぞ! 

 

53:名無しのウマ尻尾

#うまぴょいしろスターゲイザー

 

54:名無しのウマ尻尾

めっちゃ顔真っ赤にして踊ってくれそう

 

55:名無しのウマ尻尾

謎多いウマ娘として出して、コミカライズで謎を解明すると

 

56:名無しのウマ尻尾

で、友人枠でデートも可能と

 

57:名無しのウマ尻尾

デートイベント全部いいよな……

 

58:名無しのウマ尻尾

分かる 最後に山の上で星を見るイベント好き

 

59:名無しのウマ尻尾

「キミも輝いてるよ!」って言ってあげると「なんだよ、それ」って言いながらも嬉しそうに尻尾振ってくれるの好き

 

60:名無しのウマ尻尾

>59 この子お嫁に欲しいからくれ

 

61:名無しのウマ尻尾

ウェディングスターちゃん……(幻覚)

 

62:名無しのウマ尻尾

>61渋漁ればもうありそう

 

63:名無しのウマ尻尾

これからスターちゃんの可愛さが無限に増えるってことだな!

 

64:名無しのウマ尻尾

コミカライズ連載が待ちきれない

 




こんにちはちみー(挨拶)
今回は「そのウマ娘、星を仰ぎ見る」が連載開始二周年ということで、記念に「もしもスターゲイザーがゲームウマ娘で実装されたら」を掲示板で書いてみました。
しかもこの話でちょうど50話というキリのいい数字です。
ここまで失踪せずに、スターちゃんを書き続けられたのは応援してくれる読者様がいたおかげです。本当にありがとうございます。
完結まで失踪せずに頑張って書いていきますので、これからも温かく見守ってやってください。

もしスターちゃんのサポートカードの性能とお出かけイベントの詳細知りたいって人がいたら感想欄で教えてください。どこかで攻略サイト風の話を追加するかもしれません。

少し下に画面をスクロールして感想評価お気に入りをしてくださると嬉しいです! 作者のモチベに繋がります!


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第一章
1.スターゲイザー


 そこは真っ白な場所だった。

 

 視界内から入る情報が「白」しかなく、全く風景の変化がない水平線まで真っ白な空間。

 そんな場所に俺はいた。

 いや、いるかどうかも怪しい。

 今現在の俺の五感は「視覚」以外の全ての感覚が無く、動くことはおろか目線を動かして自分の姿を確認する事すら出来ない。

 自分が立っているのか座っているのか、いやそもそも体があるのか。それすらも分からない状況の中に俺はいた。

 

 そんな空間に、突如として「白」以外の情報が入る。

 視界の丁度中央に、少女が映る。茶色のロング髪、髪は地面に付くくらいに長い。頭からは明らかに人間ではない大きな耳が二つ生えており、またお尻の方からは尻尾が伸び、彼女が人間ではないことを示していた。

 

『貴方の名は……』

 

 脳内に直接声が響くような、不思議な感覚に襲われる。

 声は聞こえていないはずなのに、その少女が何を言っているのかが分かる。

 

『貴方の名は……スターゲイザー』

 

『星を見つめる者よ……その目に星を映しなさい……』

 


 ピピピと、無機質な電子音が部屋に響く。

 俺はゆっくり上半身をベッドから起こし、目覚まし時計を止めた。

 

「久しぶりに見たな……あの夢」

 

~~~~~~~~

 目覚まし時計を見ると午前十時。

 しかも今日は平日なので、社会人でも学生でも遅刻確定だろう。

 だが俺はそれのどちらにも該当しないので、ベッドからゆっくり出るとカーテンも開けずに部屋から出る。

 自室は二階にある為、若干のけだるさを覚えながら階段を降り、一階のリビングに向かう。すると、一緒に住んでいる母方の祖母が既に起きており、ソファに座ってテレビを見ていた。

 祖母の頭にも大きな耳がついている。

 

「おはよう、スター」

 

「ん、おはよう」

 

 朝の挨拶を軽く済ませるとキッチンの棚から食パンを1枚取り出し、そのまま口に咥える。今日の朝ごはんだ。

 

「ねぇ、スターもウマ娘なんだからもっと食べないとダメよ? しかも育ち盛りじゃない」

 

「俺は動かんから消費が少ないの、しかも……」

 

 

 

「勝手に食べすぎると母親から何言われるか分からないしな」

 

~~~~~~~~

「スターゲイザー」ウマ娘、十三歳。職業、引きこもり。

 これが現在の俺のプロフィールであり、誇れる要素は何もない。

 母親が青鹿毛のウマ娘──真っ黒な髪を持っているのにも関わらず、俺の髪は真っ白。いわゆる、白毛という奴だ。

 この世界で白毛は珍しいようで、俺が生まれて最初に母親から言われた言葉は。

 

「気持ち悪い」

 

 だった。

 母親はそんな俺を見て、自分の子だと思わなかったのか。呪われている子だと思ったのか。

 結果、俺を不気味がった母親は育児を全て祖母に投げた。

 まさか本当にそんな理由で、育児放棄するヒトがいるもんなんだな…… 世界は広いなと、どこか他人事のように感じてしまった。

 こうして俺は母方の祖母に面倒を見て貰い、大きな怪我や病気も無く、ここまで育つ事が出来た。本当に祖母……、おばぁちゃんには感謝してもしきれない。

 

 この育児放棄は今も続いており、特に一つ年下の妹が生まれたあたりから激しくなった。

 妹は俺と違って、しっかり母親の遺伝子を受け継いだのか青鹿毛のウマ娘であり、そのおかげもあり母親の愛情を一身に受けている。

 父親の方は……何を考えているのかいまいち分からない。あんまり会話する機会も無く、ここまで育ってしまった。

 

 こんな環境にあるから引きこもりになってしまったのか? 精神が耐えられなかったのか? と思われてしまいそうだが、実際はそうでもない。

 

 理由は単純。

 俺には「前世」の記憶があり、転生者らしいのだ。

 その為なのか、自我が生まれた頃からあり、明らかに浮いた行動をしまくっていたので、多分白毛じゃなかったとしても畏怖されていた可能性はある。

 小学生の頃は実際の年齢と精神年齢が合致しないこともあってか浮きに浮きまくり、勉強に関しても前世の知識で適当にやっても余裕な事に気づいてしまった結果。

 晴れて十三歳、中学一年生で引きこもりになってしまった。

 

 ここで、少し俺の前世について触れておこう。

 とは言っても、あんまり自分自身についての記憶は無い。

 

 男性で二十歳ごろに死んで、気が付いたらこっちの世界にウマ娘として転生していた。

 死因もいまいち覚えていないし、なんなら前の自分の名前や親の名前なども思い出せない。

 だが、一般常識やその時代に流行った事、学業的な知識などは覚えているのだから変な感覚だ。

 

 しかもこっちの世界は前世とほぼ同じ世界で、特に常識が変わったり時代が違ったりなどはしなかった。

 

 しかし、唯一違った点がある。

 それが先ほどから登場している「ウマ娘」の存在だ。

 

「ウマ娘」。

 それは人間と同じような体をしていながら、頭から大きな特徴的な耳を生やし、尻尾が生えている不思議な生物。

「娘」と言っているのは、ウマ娘には女性しかいないからだ。ウマ息子は存在しない。

 また、ウマ娘は人間より身体能力で大きく優れており、時速60㎞で走るとかいう人間の身体構造からは想像出来ないような力を持っている。

 しかし、彼女達はその力の全てを走る事に向けており、レースの中で競い合っている。

 レースはこっちの世界で大変人気があり、すっかり国民的……いや、世界的スポーツになるまで発展していた。

 

 そして、こちらの世界には「馬」がいなかった。

 つまり「馬」の存在が「ウマ娘」に置き換わった世界に、俺は転生したという事になる。

 自分もウマ娘になって。

 

~~~~~~~~

 朝食にパンを一枚食べた俺は、昼にも関わらずカーテンが閉め切られて真っ暗な自分の部屋に戻り、電気をつける。

 服もそのままで髪も特に寝癖を直したりもせず、PCの電源をつけた。

 いつも通りに、ゲームかネットサーフィンをしようと思ったからだ。

 

 こんな生活をしていたら家族から何か言われそうなもんだが、母親が母親なので特に何も言われない。

 父親からは、PCを渡された。これで大人しくしてろという事なのだろうか。

 おばぁちゃんは俺が引きこもりになっても、ずっと変わらず接してくれる。少し心配性だが。

 妹は……最近会話をしていないな。妹は俺と違ってしっかり学校に行き、普通の生活をしているから会う機会も多くない。あと、妹に近づくと母親の機嫌があからさまに悪くなる。

 

 そんな風に学校にも行かず、家に引きこもってネットで遊んで寝る。

 一部の人から叩かれそうな生活をし続けていたある日。

 それは、ネットでボイスチャットをしていた時の事だった。

 

「ボクね! 中央のトレセン学園に入学する事にしたんだ!!!」

 

 そう元気な声で言ったのは現在の会話相手、ハンドルネーム「帝王」さんだ。

 昔……と言っても一年くらい前だが、ウマッターというSNSで格闘ゲームの対戦相手を募集したところ、彼女がわざわざDMにまで来てくれた。

 その後、対戦しつつテキストチャットで会話していたらゲーム内の趣味などが合い、意気投合。

 そこからボイスチャットをしながら、ゲームをするくらいまで仲良くなったというわけだ。

 

 だが、彼女はネットリテラシーが甘いところがあり、さっきの発言だけでも小学生のウマ娘である事がバレてしまっている。

 俺は一応、ボイスチャットをする時はボイスチェンジャーを使っており、女性である事はバレていない……はずだ。

 

 というか、小学生がネットでボイスチャットなんてやるんじゃありません。悪い人に騙されたらどうするんだ。

 ……俺も一応中学生だったわ。学校には行ってないが。

 

「ほーん、それは頑張れよ」

 

「むぅ~、ねずみさん冷たいなぁ! 応援してくれたっていいじゃん!」

 

 因みにねずみさんとは俺のハンドルネームであり、「スターゲイザー」の「Star」を逆から読んで「Rats」。

 日本語訳すると「ねずみ」なので、帝王さんからはねずみさんって呼ばれている。

 一応ハンドルネーム表記は「Rats」なのだが。

 

「中央トレセン学園って倍率高いんじゃないの? よくそんな所受けようと思ったな……」

 

「ふっふーん! ボクは三冠を取る夢があるからね! これくらい余裕なのだ!」

 

 三冠────ウマ娘達がレースに興じていることはさっき話したが、レースの中にもグレードみたいなものがあり、その一番上のグレード、G1レースである「皐月賞」「日本ダービー」「菊花賞」の三つを制すると貰える称号だ。

 G1レースは、その一つを制するだけでもトップレベルの実力が必要であり、それを三つ制するのだからとんでもない実力が必要なのは想像に容易いだろう。そのせいか三冠ウマ娘というのも歴史上に数えるほどしか存在しない。

 

「レースねぇ……」

 

「えっ、ねずみさんウマ娘のレース見たこと無いの!? そんなの勿体ないから見てよ! ウマチューブのリンク送ってあげるからさ!」

 

 そう彼女が言うと、俺の耳にメッセージが届いたという通知音が聞こえてくる。DMを開いてみると、いくつかのレース動画のリンクが送られてきていた。

 

 ピコンピコンと、通知音が耳元で鳴り響く。

 

 ……地味にうるさいな。

 

「……送りすぎだ。 こんなに見られないから」

 

「だって…… どんなレースが好きか分かんなかったから……」

 

 画面越しにも、しょんぼりした空気が伝わってくる。

 うっ…… なんか俺が悪いみたいじゃないか……

 

「はぁ……いくつか見るよ、ありがとうな」

 

「ホント!? わーい! 後で感想頂戴ね! あ、時間だから今日は落ちるね、ばいばーーい!」

 

 帝王さんが嵐のように去っていった。DMには数十個のレースの動画へのリンクが貼られている。

 俺はウマ娘用のヘッドホンをつけたまま、「どうせ時間は有り余ってるし……」と軽い気持ちで一番最初に送られてきたレース動画のリンクを開くことにした。

 

~~~~~~~~

「……」

 

 帝王さんが送って来た動画を見始めたのが午後の三時頃。

 で、今何時だ……? 

 PCで時間を確認すると午後七時。あれから結局送られてきた全てのレースを見てしまい、いつの間にか四時間が経過してしまった。

 

「面白いな…… レース」

 

 ターフという戦場で、ウマ娘一人一人が己の信念を賭けて競い合っている姿に、俺はすっかり見入ってしまった。

 

 実はというと、俺は走ることが嫌いだ。これは前世が「人」である事が大きい。

 一度、ウマ娘である事を活かして全力で走った時に、「ウマ娘」としての走る快感が強すぎたあまり、「人」の方の俺が精神的にブレーキをかけてしまって、そこから一回も全力で走っていない。

 あと走ってもいい事無いしな…… そういうのは妹に任せるわ。

 

 そんな理由もあり、レースを見る事自体を避けていたのだが、送られてきたレースを見ている内に、すっかりのめり込んでしまった。

 これも、俺がウマ娘であるからなのだろうか。

 しかし自分で走りたいとは思う事は無く、もっとこうなんと言えばいいのだろうか。観客としては感動した? みたいな感じだった。自分でもいまいち分からない。

 

 俺はその後、帝王さんが送って来た動画以外にも色々なレース動画を漁ってしまい、その他にもネットでウマ娘のレースについてネットサーフィンしてしまった。

 

 これだけウマ娘について調べたのは小学生の頃、前の世界との相違と自分の事を調べようとして、ウマ娘に関する本を漁った時以来だろうか。

 あの時は結局どの本も「ウマ娘の成り立ちについては、よく分っていない」で締められていたので、飽きて途中で中断したのだが。

 

 ネットで色々な事を調べていると、俺は帝王さんが入学すると言っていた「中央トレセン学園」のホームページにたどり着いた。

 そこにはトレセン学園の施設説明や歴史、関係者の話など、学校のホームページにありがちな事が書いてあったのだが、その中で一つのコラムが目に入った。

 

「ウマ娘のトレーナー募集中……?」

 

 気になってクリックしてみると、募集要項や給与や勤務時間などなど…… とまぁ色々書いてあったがその中にあったとある一文が俺を引きつけた。

 

「募集年齢……制限無し!?」

 

 募集要項の下の方には、「期待!!! 若い君の力を求めている!」と一言添えられていた。

 トレーナーっていくつからでもなれるのか……

 

「トレーナー…… でもトレーナーの仕事って何やるんだ……?」

 

 俺はPCで別タブで開き、「トレーナー 仕事」で検索をかける。

 すると出るわ出るわ。

 

 色々なブログやまとめサイトなどが出てくるが、その中の一つを適当に開く。

 するとそこには自分の担当ウマ娘だろうか、そのウマ娘とブログの管理者であるトレーナーの毎日が日記形式で纏められていた。

 最終更新日は……五年前。つまりこのウマ娘はもう既に引退しているのだろう。

 そしてそのウマ娘とトレーナー契約を結んでからの約三年間の日々が、一日ずつ、毎日綴ったものが日付毎に分かれていた。

 

 俺はそこからその日付が一番古い方をクリックして、そのブログを読み始めた。──読み始めてしまった。

 

~~~~~~~~

 ……眠い。

 あの後、三年間分のトレーナーの日記を読み終わる頃には、外はもう既に朝日が昇っており、俺は夜更かし気味になっていた。

 だけど満足感は凄かった。

 一人のウマ娘の競技人生がトレーナー目線で書かれており、最後のページでは担当ウマ娘とそのトレーナーのツーショット写真が載っていて、感動ドキュメンタリーを見たような感覚に陥った。

 

 俺は、自分しかいない部屋でぼそっと呟く。

 

「トレーナーになりたいな……」

 

 あぁ、ようやく分かった。

 レース動画を見ても、いまいち分からなかった感情にようやく納得がいく。

 

 どうやら俺は自ら走りたいのではなく、走るウマ娘を支える事に興味を持ってしまったみたいだ。

 

 そして──こちらの世界に来て初めての「夢」が出来た。

 

 「ウマ娘のトレーナーになる」という夢が。

 

 そんな新しく出来た決意を胸に抱え、そのままの勢いで……ベットに倒れこんだ。

 


『始まるのね……』

 

 

『あの子がウマ娘に関わることで始まる新しい物語…… これからは近くで見守れそうですね』

 

 

『期待していますよ。スターゲイザー』




次回は早めに投稿します。

感想コメントなどお待ちしております。

2021/12/12 妹の年齢を変更しました。話に支障はありません。

2022/3/16 表現を変更しました。読みやすくなっていると思います。


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2.約束

「ねぇねぇ! 昨日送ったレース見た!? すっごい面白かったでしょ!」

 

 ヘッドホンから、テンション高めの元気な少女の声が聞こえる。

 いつもなら慣れているのでそんな気にしなかったが、今日だけは別だった。

 

「すまん帝王さん……もうちょい声量を落としてくれ……」

 

 帝王さんの声が頭にガンガン響く。

 それも全て帝王さんが、昨日送って来た動画のせいだ。

 いや、あの後俺自身で色々調べ事して徹夜してたわ。自業自得か。

 

 結局あの後ベッドに倒れ込んだ俺だったが、あんまり寝付けなかった為、寝起きは最悪の状態で迎えることになった。

 そんな中、今にも寝てしまいそうな頭を叩き起こし、わざわざボイスチャットを起動しているのは、とある事を帝王さんに伝えるためである。

 

「帝王さん、昨日送ってくれた動画なんだけど……全部見たわ、うん、凄い良かった」

 

「でしょー? やっぱりレースはいいよねぇ。ボクも早くレースで走ってみたいよー」

 

 帝王さんが、「うんうん」とうなづいた様に返事をする。

 

「で、俺さトレーナー目指す事にしたんだ」

 

「ホント!? ほら、ねずみさんゲーム上手いし。なんかトレーナー向いてそうって思ってたんだよね」

 

 ……それはどういう理論なのだろうか

 

「帝王さんのおかげで新しい夢見つけられた。なんか、その、ありがとな」

 

「……! ふっふーん! ボクも夢を与える存在になっちゃったかぁ」

 

 少し浮ついたような声がヘッドホン越しに伝わってくる。

 その後、「あ」と帝王さんが呟いたのが聞こえた。

 

「ねぇねぇ、ねずみさん、トレーナーを目指してるんでしょ? だったらさ、ボクのトレーナーになってよ!」

 

 いきなり何を言いだすんだ、この子は。

 そもそも、帝王さんが入学するまでに俺がトレーナーになって無かったらどうするんだ。

 

「うーーーーん、分かんないや!」

 

 あと中央のトレセンのトレーナーになれるか分かんないんだぞ。もしかしたら、地方に行くかもしれん。

 

「でもでも、ねずみさんだったらなんか中央に受かりそうな気がする!」

 

 それはどうだろうな……

 

「あとさ」

 

「なんか、ボクたちここで会ったの運命だと思わない?」

 

「三冠を目指すボクと、トレーナーを目指すねずみさん」

 

「絶対何かの運命だって! だからさ約束しよ!」

 

「もしネズミさんが中央のトレセンのトレーナーになって、ボクが中央のトレセン学園に入学出来たら……」

 

「ボクの専属トレーナーになってよ!!! 約束!」

 

~~~~~~~~

 帝王さんがまた嵐のように過ぎ去っていった。

 俺はヘッドホンを耳から外し、PCの隣に置く

 

 約束、か。

 久しぶりに約束なんてしたな。こっちの世界に来てから約束なんてした事無かったし、随分と懐かしい言葉な気がする。

 

 ……約束しちゃったし頑張るしかないな!

 

 俺はボイスチャットを閉じると、そのままの勢いで中央トレセン学園のホームページを開き、昨日確認していたトレーナーを目指す人向けのパンフレットを取り寄せてみることにした。

 その後、ネットでトレーナーになる為に必要な事を調べてみる。

 

「えっと……なになに、ウマ娘のトレーナーになるには試験が必要です。って試験とかあるのか……」

 

 それもそうか。ウマ娘のトレーナーっていうのは人間で例えると陸上選手のコーチみたいなものだ。

 その分専門の知識も必要だし、責任も一緒に伴ってくるのは理解できる。

 

 取り合えず俺は「トレーナー試験 過去問」で検索をかける。

 するとトレーナー試験予想問題みたいなものが出て来たので、そのサイトを開き、問題を見てみる事にする。

 

 ……

 

 いや、なにこれ。

 予想はしていたが全く分からない。

 ウマ娘の身体構造、レースの仕組み、ウマ娘のメンタル面についてなどなど……

 少なからず義務教育の課程内で習うような、いや下手したら高校レベルの問題が一つも無く、本当にウマ娘の専門的な知識が問われるような問題が多く出題されていた。

 これは俺の前世の知識があっても全く歯が立たない奴だ。

 

 が、俺には時間がある。

 本来であれば中学校に通うであろう時間を全て、トレーナーに関しての勉強に費やせるのだ。これは大きなアドバンテージである。

 ……実は義務教育って登校はしなくても卒業出来るんだよね。ただ進学する時に登校日数が進学校に見られるだけで。

 トレーナー試験を受ける時に学歴が見られるのは仕方ないにしても、それを気にされない程度の点数を叩き出せばいいだけだ。

 

 そんなちょっと無茶な決意と共に、トレーナー試験の為の勉強を始めようと教科書や参考書を……教科書や参考書?

 

「あ、俺トレーナー試験の勉強する為の本とかなんもねぇわ」

 

 まぁこれはしょうがない。逆に、中学生がそんなもの持っている方が稀なのだ。

 ネットショップとかで買えるかな……?

 そう思い、また検索をかけて見るとトレーナーを目指す人向けの教科書や参考書、問題集などが販売されていた。

 値段を見ると一冊、五千~六千円くらいしており結構良いお値段するようだ。

 

「あ、俺金ねぇわ」

 

 ここにきて引きこもり中学生のデメリットが出て来てしまった。

 

~~~~~~~~

 この世界の現実を知ってから、早数日が経過した。

 俺はトレーナーになる為に勉強しなくてはいけないのに、特に何も出来ない日々を過ごしている。

 

「バイト……いや無理だ中学生でバイトは出来ないし、もし仮に出来たとしても親の許可がいる……」

 

 もう完全に手詰まりだった。まさかトレーナーになるのを、金銭問題という悲しい事情で諦めることになるとは帝王さんも思ってもないだろう。

 もし俺が高校生とかだったらなんとかバイトしてお金貯めて受けるという選択肢も生まれるが、それが出来てトレーナー試験受ける頃には六年後だ。

 帝王さんの年齢は聞いていないが、今までの発言的に恐らく二~三年でトレセン学園に入学するだろう。

 このままでは、俺がトレセン学園に就職する頃には帝王さんはもう既に三冠取ってました!なんて事も十分あり得る。

 

 なんかそれは嫌だ。

 

 仮に、教科書や参考書を買わないとしよう。今のご時世、ネットで検索すれば信憑性と効率は落ちるが、勉強自体は出来ないことはない。

 だが、勉強以外にもお金はかかるのだ。

 ざっと思いつく限りでも、試験代、洋服代、交通費……。

 交通費に関してはウマ娘パワーを使えば走れんことも無いが、電車を使っても約二時間かかる試験会場に向けて走る気が起きない。てかまず体力が持たない。

 

「はぁ……」

 

 全く……前途多難だな。

 

 時計を見ると深夜の二時。

 俺は煮詰まった頭をリフレッシュする為に、シャワーを浴びる事にした。

 他の人を起こさないように静かにドアを開け、自室を出る。そして音を立てないようにこっそり階段を降りて、風呂場がある一階へ。

 実家でこそこそ動く怪しい不審者ウマ娘の図である。変な家族関係に絡まれてしまったものだ。

 

 階段を降り、風呂場へ向かおうとする。

 しかし俺の家は、リビングを経由しないと風呂にいけないとかいう謎構造している家なので、階段のドアを開ける必要がある。

 二階の階段とリビングが繋がっているのだ。なので、ここでお祈りタイム。深夜なので遭遇率は低いが……

 ゆっくり階段のドアを開け、リビングを覗く。

 そこには父親がおり、俺と目が合った。

 

「……」

 

「……」

 

 まぁ、父親だったらまだいいか……

 一番気まずいのは母親、次に妹である。因みにおばぁちゃんは大当たり。

 

 俺はそのままドアを開け、リビングを通過し風呂場へ向かう事にした。

 家族間で互いに無視を決め込むのもなんだと思われそうだが、これが俺の日常である。

 だが、その日は違った。俺がさっさと風呂場へ向かおうとすると、父親に呼び止められてしまった。

 

「スター」

 

「……」

 

 名前を呼ばれてしまったからには、流石に無視する事も出来ない。

 俺は、仕方なく父親の方を見つめる。

 

「お前、トレセン学園に行きたいのか……?」

 

「なんの話……げっ」

 

 父親の手には、数日前に取り寄せたトレーナー向けのトレセン学園のパンフレットが握られていた。

 

 マズいマズいマズいマズい……!

 

 俺宛の郵便物なんて、どうせ見向きもされずに放置されそうだから、おばぁちゃんに「俺宛に手紙が来たら取って置いて」と任せたのだが……

 まさか金銭問題以外に家族バレとか言う謎理由で、トレーナーになる事を諦めなくてはいけないのか……

 俺が絶望に染まった顔をしていると。

 

「お前、走るの嫌いじゃないのか」

 

 ……? 

 あぁ、なるほど。トレセン学園からのパンフレットになってるからどうやら俺がトレセン学園に入学したいと思っているみたいだ。

 さてどう答えたものか。

 嘘ついてもいいが、単純に俺側にメリットがない。

 が、ウマ娘のトレーナーになりたいと素直に答えたらもっと気味悪がられるだろうか。

 

 ……まぁ、今更か。悩んだ末、俺は素直に答えることにした。

 

「……ちげぇよ。俺がなりたいのは走る方じゃなくて走るのを指導する側。ウマ娘のトレーナーだ」

 

 さぁどう出る。最悪なルートは母親バレからの就活禁止コースだが……。でもあの母親だ、知っても意外と無視するか?

 

「……ちょっと待ってろ」

 

 そう言って父親が、リビングを出ていった。

 待てと言われたので仕方なく大人しく待っていると、数分後、父親が戻ってきた。

 

「これやる」

 

 父親が、俺に何かが入った茶色い封筒を渡してきた。

 不思議に思い、中身を確認すると中には一万円札が入っていた。

 しかも、一枚とか十枚とかじゃない。見た感じ百万円近くあるのか……?

 

「え、なにこれ……」

 

「お前が生まれる前から貯めていたお前の為の貯金だ。やる。好きに使え」

 

 まさかの金銭問題が解決した瞬間である。

 が、いきなりどういう風の吹きまわしだ。見た感じ、どうやら母親にバラすつもりもないみたいだし本当に何で……。

 俺が困惑していると、父親は何も言わずに階段のドアを開ける。そのまま二階の寝室に戻っていきそうになっていたので、急いで呼び止めた。

 

「あ、あの」

 

「……」

 

「ありがとう……父さん」

 

 父親は返事を返すことなく、そのまま階段のドアを閉めてしまった。

 リビングに俺だけが残る。俺はお金の入った封筒を握りしめ、有意義に使わせてもらおうと感謝した。

 

~~~~~~~~

 そんな訳で金銭に余裕が出来てから、俺はトレーナー試験の勉強に打ち込むようになった。

 

 まずネットで教科書と参考書、問題集を購入。勉強面で困る事は無くなった為、本来であれば学校に行っていた時間全てをトレーナー試験の為の勉強に費やす事が出来た。

 とは言ってもずっと勉強することも出来ないので、帝王さんと時々ゲームで息抜きしつつ、会話もしていた。

 そして帝王さん曰く、彼女が入学するのは二年後…つまり俺が中学卒業と同時にトレーナー試験を受かった場合、一緒にトレセン学園の門をくぐれると言う事で自然と気合が入る。

 

 

 トレーナー試験の勉強をしつつ、息抜きに帝王さんと会話しながらゲームをしたり、レース動画を見たりする毎日が続いてはや二年が経過した。

 

 

 いや、言いたいことは分かる。時間が飛びすぎだろうと。だが勉強する事以外にやる事も、大きな出来事も無かったのだ。

 引きこもりはイベントに乏しい。

 

 

 そして今日は、スターゲイザー十五歳、こちらの世界に来てから初めての試験の日である。

 試験会場は、家から電車で約二時間の府中にあるトレセン学園の中だ。

 この試験は学力面のペーパーテストと面接の計二日間に分かれており、俺はその為に試験会場の近くの宿を取った。

 試験会場入りは朝の九時から。前日から行って泊まる選択肢もあったが、ちょっとお金が勿体ないと思い、試験当日に電車でトレセン学園に行くことにした。

 

~~~~~~~~

 朝四時。

 まだ朝日が昇っておらず、若干外もまだ暗い時間帯である。

 

「忘れ物は無いな……」

 

 俺は前日に準備しておいた、受験に必要な道具や泊まるための着替え、受験票などを念の為に一つ一つ確認しながら、リュックとキャリーバッグに詰めていく。

 そして女性ウマ娘用のスーツに着替える。服装については指定されていなかったが無難なものでいいと判断し、スーツをチョイス。どうせ今後も使うと思って、購入したのだ。

 因みに、全部ネットで買った。全く技術の進歩さまさまである。

 

 リュックを背負い、キャリーバッグを持った俺は、自室のドアを開き静かにリビングに移動する。

 そしてそのまま洗面所に行き、寝癖とかついていないか鏡でチェック。

 髪は肩にかからないまでバッサリ短く切っている為、準備をほぼしなくていいのは楽だ。

 

 特に問題が無いことを確認した俺は頭にウマ耳が隠せるくらい大きな帽子を被る。

 この世界で白毛は珍しい。いちいち目立つのも嫌なので帽子を被ってみたのだが存外しっくりくる。

 正面からパッと見ただけではウマ娘には見えないだろう。

 ……まぁ尻尾は隠せていないのでバレるが。頭隠して尾を隠さず、である。

 

 全ての準備が完了して荷物を持ち玄関へと向かい、家族に気づかれないようにゆっくりと玄関のドアを開ける。

 家から駅まで少し距離があるが移動方法は徒歩だ。こんな朝からでは流石にバスも通っておらず仕方のない選択肢と言える。

 

 ……たまにはウマ娘パワー使って走ってもいいよな。

 荷物もあるので少し大変だなぁと思いつつ玄関のドアを開けると、目の前に父親が立っていた。

 

 ……いやなんで?

 

 父親は手に車の鍵を持っており、それを手にしながら口を開く。

 

「乗れ。駅まで連れて行ってやる」

 

~~~~~~~~

 流石に、あそこまで出待ちされては断るのもヒトとしてどうかと思い、荷物を後ろの席に放り込み、俺は助手席に座る。

 ……父親と車に乗るなんていつぶり、いや初めてだろうか。

 車を発進させてから全く会話が発生せず、車内に気まずい空気が流れる。

 

 よく見ると、父親は少し眠そうだ。

 まさか、受験日は分かるが俺が出ていく時間は分からなかったから、徹夜で待っていたのか……?

 それはなんとも……

 

 駅に到着し、近くに車を止める。

 俺は助手席から降り、後ろから荷物を取り出して、父親にお礼を言った。

 

「送ってきてくれてありがとう、父さん」

 

 父親は特に返事もせずに、車を発進させその場を去る。

 だが俺は「頑張れよ」と言ったのを聞き逃さなかった。

 全く、耳がいいのも考えものだ。

 

~~~~~~~~

 その後電車に乗り、試験会場である府中のトレセン学園に向かう事、はや二時間。

 俺は目的地に到着後、すぐに今日泊まるホテルにチェックイン。

 キャリーバッグをホテルに置き、試験道具などをリュックに入れホテルからトレセン学園に向かう。

 ホテルはトレセン学園から地図上ではそこまで離れておらず、すぐに到着することが出来た。

 

「でっけ……」

 

 まず正門がでかい。これ学校って本当?団地か何かじゃないの?ってくらいの広さの土地に、トレセン学園の生徒だろうか、多くのウマ娘がそこらじゅうを歩いている。

 ここまで多くのウマ娘がいる空間に初めてきた。今まで会った事のあるウマ娘はおばぁちゃん、母親、妹だけだ。

 俺は無意識に頭の帽子を深くかぶり、置いてあった矢印の看板に従って試験会場に移動する。

 

 看板に従って歩いていると、受付が見えたので受験票を見せ試験会場の中へ。

 指定された席に座り、筆記用具を出し試験を受ける準備をする。

 

 ……よし! じゃぁいっちょ頑張りますか!

 

~~~~~~~~

 ……頭が糖分を求めている。めっちゃ甘いものが食べたい。

 

 試験開始が午前十時、一教科につき五十分のテスト。途中途中で休憩をいれつつ五教科のテストを受けた結果、全てのテストが終わったのは午後五時だった。

 緊張から解放されたのか試験会場内は少し騒がしい。

 

 つか本当に疲れたな…… 問題難しいし…… 明日面接あるってマジか……

 そんな少し憂鬱な気分になり、試験会場を後にする。

 トレセン学園の敷地内を通り正門から出ようと移動していると、まだ多くのウマ娘が練習しており、活気に溢れていた。

 

 そんな若者の活気に溢れているトレセン学園を出て、宿泊先のホテルに向かう。

 若者の活気って……一応俺も体は若いんだけどなぁ。中身がもうおっさんになってしまったのか。

 

~~~~~~~~

 試験を終えてホテルに帰った俺は疲れてきっており、風呂と着替えだけして即就寝。

 二日目の面接だが、人数が多いため最初から面接時間が決まっており、俺の面接時間は午後の三時からだったので、当日は少し遅めの朝十時頃に起床。

 朝食か昼食か分からないご飯を、ホテル近くのコンビニで買ってきて食べる。

 食べ終えると、スーツに着替え、身だしなみを整えつつ帽子を被る。

 流石に面接中は帽子は外すが、落ち着くので移動するまでの間だけでも被ることにした。

 

 昨日と同じ道を通り、トレセン学園へ。

 受付場所も同じだったので面接開始三十分前に会場に着いた俺は受験票を受付の方に見せたのだが。

 

「あの……スターゲイザーさんで間違いないですよね?」

 

「え、はい。間違いないですけど……」

 

 受付の人が「少々お待ちください」と言い残し、どっかに行ってしまった。

 待つこと数分。受付の人が戻って来たと思ったら、隣に緑基調のスーツを着た女性を連れてきた。

 

「初めまして。私、駿川たづなと申します。面接なのですが私が面接会場にご案内しますので一緒に来ていただけませんか?」

 

「は、はぁ。分かりました」

 

 たづなさんと名乗った女性は、その面接会場があるであろう場所に向かって歩き始めたので、俺も後ろからついていく。

 

 ……てか何故わざわざ違う場所にまで案内して面接するんだ?俺なんかやらかしたっけ

 

 たづなさんの意図が分からず、別室に呼ばれる心当たりも無い俺は少し不安になりつつ歩いているとどうやら面接会場に到着したらしく、彼女が足を止めた。

 そして随分と立派な扉をノックすると。

 

「理事長、入りますよ」

 

 そう言ってドアを開いた。

 

 ……理事長?え、理事長???

 

 扉を開くとそこには俺よりも小さい……子供のようにしか見えない女性が椅子に座っており、「歓迎!」と書かれた扇子をバッと開くと

 

「歓迎ッ!これより面接を始める!!!」

 

 俺の頭は情報量でオーバーフローした。

 

~~~~~~~~

 俺が困惑し、どうすればいいのか分からず動けないでいるとたづなさんが「どうぞ」と室内にあったソファに手の平を向ける。

 その言葉に従いソファに腰を掛ける。……うわぁ、ふわふわだ。

 「今お茶持ってきますね」とたづなさんが一旦席を離している間、理事長は俺の向かい側のソファに座りテーブル越しに俺と対面する。

 

「よく来た。いきなりこんな場所に連れて来られて困惑しているだろうが、リラックスして面接に臨んで欲しい」

 

 そう理事長は俺を心配するかのように声をかける。

 

「お茶です、どうぞ」

 

 たづなさんも戻ってきて、お茶を二つテーブルに置くと、理事長の後ろ側に立つ。

 

 面接ってお茶出されるものだっけ?

 

 理事長がお茶を啜り、湯呑をテーブルに置く。

 そうして大きく口を開く。

 

「疑問ッ!何故君はトレーナーを目指そうと思ったのか!」

 

 来た。間違いなく来るであろうと思っていた質問だ。

 これの答えはもう決まっていた。

 俺は一呼吸置き、質問に答える。

 

「夢を与える存在を支えたいと思ったからです」

 

「ほう…?」

 

「私は初めてウマ娘のレースを見たとき、画面越しでしたが夢を与えられました。それはウマ娘のトレーナーになるという、自分自身がウマ娘であるにも関わらず持った夢です。夢を与えるウマ娘ですが、それは一人で成り立っているものでは無いと思っています。トレーナーの支援があるからこそ、ウマ娘達はレースで競いあい、そして初めて夢を与えられるものだと考えています。私はそれを支えていきたいと思いました」

 

「理解……だがこの若さでトレーナー試験を受ける意味はあったのか?もっと後からでも受けられるだろう?」

 

「それは……約束があるからです」

 

「約束?」

 

「はい、私の知り合いに今年トレセン学園に入学する、三冠を取りたいというウマ娘がいます。彼女と約束したんです。彼女の専属トレーナーになるって」

 

「……」

 

 理事長がジッと俺を見つめてくる。品定めするような目で落ち着かない。

 

「うむ……分かった。これで面接は終わりだ。お疲れ様であったな」

 

 え、終わり?一個しか質問されてないけどいいのか……?

 

「出口まで案内しますね。どうぞついてきてください」

 

 そうたづなさんに言われたので俺は荷物を持って立ち上がり、「失礼しました」とお辞儀をし部屋を出る。

 部屋から出た途端、緊張が切れたのかどっと疲れが襲ってくる。

 

 なんで理事長とかいう一番偉い人と対面で面接しなきゃいけないんだ。その理由は結局最後まで分からなかったな。何か俺がやらかしたという訳でもなさそうだが……

 

 その後俺はたづなさんに連れられてトレセン学園の出口へ。

「今日はお疲れ様でした」と言われ俺も礼をしてトレセン学園を去る。

 

 何はともあれ計二日間の試験は終わった。後は結果を神様にお祈りするだけである。

 

「今日くらい食事贅沢してもいっか」

 

 そう思い、俺はホテルに駆け足で戻るのであった

 

~~~~~~~~

「たづなよ、彼女を見てどう思った?」

 

「至って普通の子に見えましたが…… 実際の年齢以上に大人びている感じはありましたね」

 

「うむ……しかもテストの点数なのだがまさかの首席合格だ。文句のつけようがない」

 

「ですが中卒、ましてやウマ娘のトレーナーなんて前代未聞ですね……」

 

「……確信! 彼女は必ずこのトレセン学園に新たな風を取り入れてくれる! 故に彼女をトレーナーにする事にする! が、こちらも彼女を全力でサポートしよう。たづな、頼めるか?」

 

「はい、分かりました」

 

「うむ! よろしく頼むぞ!!!」




ここまで読んでくださいありがとうございます。過去最多で文字を書きました。疲労感ヤバいですが書きたいところまでかけたので満足です…
ここから物語は加速します。

そして次話なのですが少し投稿が遅れると思います。待っていただけたら幸いです。
ではまた次のお話で。

2022/3/18 表現を変更しました。読みやすくなっていると思います。


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3.旅立ち

 トレーナー試験が終了して二週間が過ぎた。

 俺は試験結果がネットでも見れるという事で、合格発表がある今日、朝からPCの前でずっと待機していた。

 発表は昼の十二時。 

 発表されたらすぐに確認出来るように、画面の前でそわそわしていた。尻尾も無意識に揺れるゆらゆらと揺れる。

 

「……来た!」

 

 十二時ちょうど、俺は立ち上げておいたサイトに急いで自分の受験番号を打ち込む。

 受験生が皆このサイトを見ているのだろうか、表示が切り替わるのが遅い。

 パッと、一瞬サイトが白くなる。

 

 そこには自分の受験番号と共に「合格」の文字が書かれていた。

 

「……よっしゃぁ!」

 

 柄になくガッツポーズを取ってしまう。

 やはりいつになっても何かに合格すると嬉しいものだ。こっちに転生してから初めてだから余計に。

 合格を確認した後、すぐにDMを立ち上げ、帝王さんにメッセージを送る。

 

『トレーナー試験合格したぞ! 来年からトレセン学園でトレーナーとして働けるわ!』

 

 合格した報告メッセージを送って数分後。すぐに帝王さんから返信が来た。

 

『ホントに!? おめでとー! じゃぁ次はボクの番だね!』

 

『そろそろ試験なんだっけ?』

 

『そうそう! でもワガハイ天才だから絶対合格出来ちゃうもんね!』

 

 凄い自信だが、これくらい自信家の方がいいのかもしれない。

 それくらい中央のトレセン学園は狭き門なのである。全国から有数のウマ娘が集まり、そこからさらに試験で選ばれる。

 中央のトレセン学園に入る事はウマ娘の憧れの一つでもあるのだ。

 

『帝王さんも頑張れよ! 応援してるから』

 

『勿論! 約束の為にもボク頑張っちゃうもんね!』

 

 ……覚えてくれてたのか。俺も約束の為に頑張っていた所はあるのでなんというか、こう言ってくれて凄い嬉しい。

 

 そんな会話をDMでやり取りした後、俺はPCのメールに一通のメッセージが来てる事に気づいた。

 何だろうっと思って覗いてみると、差出名は「日本トレセン学園」と書いてあった。

 

 ……えっ、もしかしてあの合格通知がミスだったとか? 

 

 少し不安になりながらメールの内容を見てみると、どうやらトレーナー寮への案内みたいで合格した人に送られるメッセージのようだ。

 ほっと胸を撫でおろしながら、メッセージを読み進めていると何故か明らかにテンプレと外れた文章が書いてあった。

 

『ご連絡失礼致します。駿川たづなです。スターゲイザーさん、合格おめでとうございます。いきなり本題で申し訳ないのですが、スターゲイザーさん、トレーナー寮では無くウマ娘の寮に入るつもりはありませんか? トレーナー寮と違って料金は頂きませんし、同じウマ娘も多く住んでいるので暮らしやすいとは思います。ご検討宜しくお願い致します』

 

 なるほど。俺にトレーナー寮では無く現役ウマ娘がいる寮への入寮の勧めか。

 ……いやなんで? 

 俺は確かにウマ娘だし、中学三年生……トレセン学園に行く頃には世間一般的には高校一年生なので、年代も似通ってはいるが。

 先ほど送られてきたトレーナー寮への案内を読み返してみると、トレーナー寮に入ると少しだが家賃も発生するみたいだ。

 光熱費や水道代も自分持ちみたいだし、確かにこれならばウマ娘への寮に入った方がお得なのは理解できる。

 

 さてどうするべきか。

 ……でもわざわざ勧めてくれたのを無下にするわけにもいかないしなぁ。

 少し悩んだ結果、どうせなら勧めてくれたしお金も節約できた方がいいよねって事でウマ娘の寮に入寮する事にした。

 トレーナー寮で一人暮らしするのも少し不安なとこあるし、丁度いいかもしれない。俺引きこもりで基本生活力皆無だし。

 

 と言うわけでたづなさんに『ウマ娘の寮の方でお願いします』との旨で返信。

 すると数秒で返事のメールが帰って来た。早くね? 

 

『かしこまりました。こちらの方で寮長にお話を通しておくので、訪れる日付だけを聞かせて貰ってもよろしいですか?』

 

 との事だったので取り合えず家を出発する予定の日を送っておく。

 

 トレーナー試験も合格した。住む場所も予想以上に早く決まった。後は家を出る準備をするだけだ。

 

~~~~~~~~

「おばぁちゃん、今大丈夫?」

 

 試験の合格発表翌日。俺はおばぁちゃんにトレーナー試験に受かって、この家から出ていく事を伝えた。

 おばぁちゃんには今までで一番お世話になった人物だ。本当に幼少期からずっと俺の事を心配して育ててくれた。

 

「そうかい、そうかい。スターはやりたいことを見つけたんだねぇ」

 

 おばぁちゃんが嬉しそうに返事をする。

 

「…今まで本当にありがとう。俺、頑張るから」

 

「いいのよぉ。スターは好きな事をやりなさい。私はずっと応援してるからね」

 

 優しい笑みで俺に微笑んでくれる。ヤバイ泣きそうだ。

 するとおばぁちゃんが俺を優しく抱き寄せて、ぽんぽんと背中を叩いてくれた。

 

「ありがと……」

 

「うんうん、たまには甘やかさせてくれないと。スターは大人っぽいからねぇ」

 

 それは、とても温かい抱擁だった。

 

~~~~~~~~

 おばぁちゃんに家に出ることを伝えてから数日後、そしてたづなさんに伝えた寮を訪れる日の前日。俺はトレセン学園に行くための準備を進めていた。

 ……とは言ってもあんまり持っていくのも無いため、荷造りはすぐに終了。足りないものはあっちで買えばいい精神だ。

 キャリーバッグに荷物を詰め、自室の整理整頓を行う。俺の部屋は本当に物が最低限しか無く、片付けるのもすぐ終わってしまった。すっかり殺風景な部屋になってしまった。元から多く物があったわけではないが。

 明日は朝早く家を出るつもりなので、今日は早めに就寝しようと思いつつ寝る準備をする。

 そんな時突然、部屋のドアが三回ノックされる。

 

「……入っていいぞ」

 

「こんばんは……お姉ちゃん」

 

 ドアを開け入って来たのは、真っ黒な長髪の髪とウマ耳が特徴的な俺の妹、「カフェ」だった。

 その手には枕が握られていて、恰好がパジャマである事もあり、寝る準備万端だ。

 が、そんな恰好で俺の部屋を訪れるという事は……

 

「今日、一緒に寝てもいいですか……?」

 

 ですよね。

 

 因みになのだが、俺と妹の関係は悪くない。むしろ良好な部類だろう。

 よく妹が俺の部屋に訪れるので、勉強を教えてあげたり、一緒に遊んだりもした。

 ただ、俺と妹が会うと母親の機嫌が悪くなってしまうので、なるべく来ないようには言ってはいたのだが……

 それでも妹は俺の部屋を訪れるのをやめなかった。

 なんなら今日のように一緒に寝てくれるようにせがんでくるのも珍しくはなかった。

 しかしそれも小学生の頃の話で、彼女も中学生になってしまい会う機会自体も少なくなってしまった。

 

 それなのに今日いきなり添い寝を頼んでくるとは予想外だ。

 

「……俺と会うと母親がうるさいぞ? カフェも中学生なんだから一人で……」

 

 そう言いかけた途中で彼女を見ると、上目遣いで俺を見つめて

 

「ダメ……ですか?」

 

 うっ。

 そう上目遣いで頼まれてしまうと断るに断れない。

 結局俺はベットに寝転がり、ポンポンと手でベットを叩く。

 

「ほら、おいで」

 

 そう言うと、妹は嬉しそうな顔をし、隣に潜りこんできた。

 彼女は俺の腰の方まで手を回し、ギューッと抱き枕のように抱いてきた。

 

「おやすみ」

 

「おやすみなさい、お姉ちゃん……」

 

 そう言って俺と妹は眠りについたのだった……

 

 

 

 

「ずっと一緒にいてね……?」

 

~~~~~~~~

「んあ……」

 

 妹に抱きかかえられ眠りについた結果、目覚ましもかけることも出来ずに自力で起きる羽目になった俺はあんまり寝付けずに夜を過ごすこととなった。

 結果、寝ぼけ眼をこすりながらなんとか4時に起きることに成功した俺は、ベットから起き上がろうとしたが

 

「……」

 

 尻尾が妹に握られており、動くに動けない。

 尻尾を少し自分で引っ張ってみるが、手を放してくれそうにない。

 仕方ないので、尻尾を握っている妹の手のひらを力を入れて開かせようと試みる。

 

「……かってぇ」

 

 結局一本一本手の指をほどき、俺の尻尾が解放される頃には数十分の時間が経過していた。

 当の本人は気づかずにぐっすりと寝ている。

 俺は妹を起こさないように前日に準備していたスーツ姿に着替え、帽子を被り、荷物を持つ。

 そしてそっと自分の部屋から出て、玄関へ移動。

 そうして玄関のドアを開けて、家から出ようとすると

 

 そこには父親がいました。

 

 あれデジャブかな? 

 

「乗れ。駅まで連れて行ってやる」

 

~~~~~~~~

 こう言われてしまったので、俺は荷物を後ろの席に置き、助手席に座る。

 最近も同じようなことがあったなぁと思いつつ、車に揺られていると

 

「すまなかった」

 

 いきなり父親から謝罪された。

 

「え、いきなりどうしたの」

 

「……俺のせいでお前には辛い思いをさせてしまった。本当に申し訳ない」

 

 辛い思いか……

 普通の子だったらトラウマレベルの傷を負ってそうなものだが、俺は転生者。

 精神が最初からそこそこ成長しきっている為、辛いって事はあまりなかったとは思う。

 確かになんでこんなに嫌われるんだって思ったりはしたけど。

 

「いや別に……そうでもないけど」

 

「お前は小さい頃から何かと達観していた。俺はそこに甘えてしまったのかもしれないな。……父親失格だよ」

 

 それは俺が転生者だからですね……

 だが確かに俺が年相応の振る舞いを見せていれば、また違う未来があったのかもしれない。

 もう後悔しても遅いが。

 

「スター、新しい所でも頑張れよ」

 

「言われなくても」

 

 駅に到着し、前回と同じ場所に車を止める。

 俺は助手席から降り、後ろの席から荷物を取り出す。

 すると、父親も車から降りて来て俺の正面に立った。

 

「……いってらっしゃい、スター」

 

「いってきます、父さん」

 

~~~~~~~~

 その後、予約していた電車に乗り、目的地に向けて移動する事二時間ちょっと。

 俺は駅に到着すると荷物を持って、そのままトレセン学園に向かった。

 試験の時も見たでっかい門には入らず、今回は門の向かい側へと歩いていく。

 

 案内されたウマ娘専用の寮はトレセン学園の正面にあり、トレセン学園に劣らず寮も大きい。

 二千人近くいるトレセン学園の生徒が一部の例外を除いて全て寮生活なのだ。

 計八棟あるその建物は一つ一つが巨大なマンションのようだ。

 

 俺が指定された場所に向かって移動していると、いきなりイケメン系の顔をしたウマ娘から話しかけられた。

 

「やぁ、ポニーちゃん」

 

 ……ポニーちゃん? 

 

 どう見てもそこには俺とそのイケメン系のウマ娘しかいないのだが、あたりをきょろきょろと見渡してしまう。

 

「ははは! 君がスターゲイザーちゃんだね? いきなり話しかけてすまない。私はこの栗東寮の寮長、フジキセキだよ。たづなさんから案内役を承ったんだ」

 

 なるほど。彼女がたづなさんが言っていた寮長か。

 にしてもいきなりポニーちゃん呼びはどうなの? 見た感じ多分フジキセキさんの方が年上のようだが……

 俺がそんな怪訝な顔をしていたからだろうか、フジキセキさんが口を開く。

 

「すまないね、可愛らしい顔をしていたからつい話しかけてしまった」

 

「かわっ!?」

 

 俺は驚いて変な声を出してしまった。

 今まで容姿で褒められることが無かったので、急に照れくさくなってしまう。

 

「顔が赤くなってるよ? 大丈夫かい?」

 

「……はい大丈夫ですお気になさらず」

 

 分かったこのウマ娘、顔以外にも言動もイケメンだわ。絶対女性人気が高い。

 

「それじゃ、寮を案内するね。ついてきて」

 

 そう言ってフジキセキさんが歩きだしたので後ろからついていく。

 八棟ある寮の中の一つに入ると他のウマ娘の姿は見当たらなかった。

 訪れた時間が平日の昼だから、恐らく生徒はトレセン学園にいるのだろう。

 

 玄関に靴を置き、階段を上り四階へ。

 案内され、たどり着いたのは寮の端の方の部屋だった。

 

「ここが君の部屋だよ。基本は二人相部屋なんだけど、今回は特例で一人部屋として使ってもらって構わないらしい」

 

 俺が部屋を覗いてみると、確かにそこは二人相部屋くらいでちょうどよい広さだった。

 しかもシャワールームが部屋にある。流石はトレセン学園と言ったところだろうか。

 

「ベッドは二つあったから運び出しておいたよ。開いてあるスペースは部屋の形を変えないんだったら自由に使って貰って大丈夫だよ」

 

 え? 今まで部屋の形が変形したことあったの? 何それ怖い。

 

「部屋の中に段ボールがあるが、どうやら君宛のプレゼントらしい。好きに使ってくれとの事だ。あと何か寮生活で困った事があったら私か、もう一人の寮長に気軽に相談してくれ」

 

 そんな感じでフジキセキさんの話は終わり、俺がお礼を言うと「また会おうね」とウインクしながら去っていった。

 最後までイケメンだったな彼女……

 

 俺は部屋の中に持ってきた荷物を下ろすと、グッと背伸びをする。

 

「よっし……頑張るか」

 

 確か明日が入社式だ。それまでに貰ったウマ娘用の寮の案内を見てルールを確認しておこう。

 あと寮とトレセン学園の構造も把握しておかなくては。

 

「そういえば、この段ボール何が入ってるんだろ。プレゼントとか言ったけど」

 

 俺は部屋にポツンと置いてあった段ボールを開く。

 するとその中には、トレセン学園の制服にジャージ、更には蹄鉄まで入っていた。

 制服を広げてみると、ぱっと見俺のサイズにピッタリに見える。

 よく見ると、何かが書かれたメモ用紙も入っていた。

 

『是非使ってくれたまえ!!!』

 

「……」

 

 俺は広げた制服を元に戻してそっと段ボールを閉じ、見なかったことにした。

 


『それは誰かの独白か、あるいは……』

 

 

 

 むかしむかしあるところに二匹の子猫がいました。

 

 二匹の猫は姉妹で、お姉さんは真っ白な毛を、妹は真っ黒な毛をしていました。

 

 姉妹の仲は大変良く、いつも一緒にいました。

 

 ですがーー、姉妹は平等ではありませんでした。

 

 白毛の猫はみんなから愛されず、黒毛の猫だけ一心に愛情を受けていました。

 

 そのうち白毛の猫は、少しずつ黒毛の猫から距離を置き始めてしまいました。

 

 黒毛の猫は姉を心配します。

 

「大丈夫?」と。

 

 白毛の猫はどこか憂いのある笑みで答えます。

 

「大丈夫」と。

 

 そんなある日の事です。

 

 白毛の猫は黒毛の猫の前からいなくなってしまいました。

 

 黒毛の猫は走りました。

 

 居場所も分からないお姉さんを探すために。

 

 どこまでも、どこまでも。

 

「置いて、いかないでっ……」

 

 その声が白毛の猫に届くことは無いというのに。

 

 いつまでも、いつまでも。




お久しぶりです。リアルとかの都合で色々と遅れてしまいました。ごめんなさい。
おまけも一緒に投稿しておく予定ですので良かったらご覧ください。
感想ありがとうございます! モチベに直結して嬉しいです。

それではまた次の話で。

※追記 おまけを活動報告に移動しました


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第二章 テイオージュニア級
4.出会い


 そこは真っ白な場所だった。

 

 視界内から入る情報が「白」しかなく、全く風景の変化がない水平線まで真っ白な空間。

 そんな場所に俺はいた。

 

 またこの夢か……

 定期的に見るこの状況に即座に夢だと判断した俺は、座っていつも出てくる茶髪のウマ娘の少女を待つことに……

 

 ん? 座れる?

 

 そう、今回の夢はいつもと少し違った。

 いつもは「視覚」以外の感覚が無く、座る事はおろか、動くことすら出来なかったのだが何故か今回は自由に動ける。

 気になって自分の状況を確認してみると、ぴこぴこと耳が動く感覚があり、尻尾も動かせることから恐らくスターゲイザーの体でここにいるのだろう。

 ただ喋る事は出来なかった。あと聴覚と嗅覚も効いていない。

 よく分らない状況に頭が混乱していると、奥の方から茶髪でロング髪のウマ娘が歩いてくるのが見えた。

 その少女はにっこりと笑みを浮かべ、俺のそばに近寄る。

 俺は動くことが出来ずに立っていると、その少女は俺の目元に手を当て、呟いた。

 

『うん、これでよく見えますね』

 


 ピピピと、無機質な電子音が部屋に響く。

 俺はゆっくりと上半身をベッドから起こし、目覚まし時計を止める。

 

「知らない天井だ……」

 

~~~~~~~~

 俺は寝ぼけ眼を擦りながら、今いる状況を把握する。

 確か昨日はこのトレセン学園のウマ娘寮に引っ越してきて、トレセン学園や寮の構造を把握した後、次の日の準備をして眠りについたはずだ。

 道理で知らない天井なはずだ。ここで寝起きするのは初めてなのだから。

 

 それにしてもあの夢は何だったのだろうか。

 なんか『よく見える』とか言われたが、特に変わった感じは見受けられない。

 部屋の中に最初から置いてあった姿見で目を確認してみるがいつも通りの琥珀色だ。

 なんか不思議なものとか見えたりもしないし何だったんだろうあれ……

 

 そんなことを考えてたらくぅとお腹が鳴る。

 時計を見ると朝の七時。

 昨日は色々とありごはんを取らずに寝てしまったので、余計にお腹が空いている。

 朝ごはんは寮の一階で食べれるらしいので部屋を出ようとするが、ここで問題が発生した。

 

 あれどんな格好で外に出ればいいんだ?

 

 俺の今の格好はパジャマ。しかも男性用の少しサイズが大きめの奴である。

 こんな格好でのは論外。

 が、スーツ姿で外に出ていくのはまたそれはそれで目立つだろう。だってここは現役トレセン学園生徒が住む寮なのであって、基本的にトレーナーが住む寮ではない。

 

 ……どうする?詰んだ?

 

 朝ごはんを食べれる時間は決まっている為生徒たちが登校した後に行くことも出来ない。

 仮に出来たとしても、今日は入社式の為のんびり朝食なんて取っていたら確実に遅刻してしまうだろう。

 今日の朝ごはんは我慢するか……なんて考えに至っていると、視界内に段ボールが入る。

 

「……」

 

 え、あれ着るの? 女性用の制服なんて転生してウマ娘になっても着た事ないんですけど? なんならスカートすら履いた事無いよ?

 

 俺は空腹と恥を天秤にかけ、結局段ボールを開け

 

 

 

 トレセン学園のジャージに袖を通した。

 

 ……うん、わざわざ制服である必要はないんじゃないかな。

 

~~~~~~~~

 ジャージに着替えた俺は食堂がある一階に向かう。

 階段を降りて移動していると、多くのウマ娘達とすれ違う。因みに制服姿かジャージ姿だ。流石にパジャマ姿の子はいなかった。

 食堂に到着すると多くのウマ娘がいて大変にぎわっていた。

 どうやら二つある定食から自分で選ぶらしい。パンかご飯か。

 俺はパンをチョイスし、トレーに受け取って開いてた席に適当に座る。

 

「いただきます」

 

 美味しい。普通のベーコンエッグとパンのシンプルなメニューだったが、これがなかなかに美味い。

 しかもこれがトレセン学園の全寮で調理されて提供されていることを考えると、規模の大きさが伺える。

 一体何人の従業員がいるのだ。

 そんなトレセン学園のヤバさについて考えながら朝食を食べていたところ、声をかけられた。

 

「あの、相席いいですか?」

 

「……ん? あぁ、どう……ぞ?」

 

 顔を上げて確認すると山盛りにご飯がよそられたお茶碗が真っ先に目に入る。

 「ありがとうございますー」と言ってそのウマ娘は俺の正面に座る。

 ウマ娘がよく食べるのは知っているが、朝っぱらからこんなに食べて胃もたれとかしないのだろうか。

 「いただきます」と言って彼女はご飯を食べ始めた。凄い食べっぷりになんか見てるだけでこちらもお腹いっぱいになりそうだ。

 

「あの、もしかして昨日新しく寮に来た子ですか?」

 

「……なんでそう思ったの?」

 

「いやあの、昨日に新しい子が入るって噂になってて、それで見かけた事の無い綺麗な白毛の子がいたのでそれで」

 

 なるほど。やはりこれだけウマ娘がいても白毛のウマ娘は珍しいのか。

 帽子でも被ってくれば良かったかなーと思いつつ黙々と食事を続けていると、彼女は「あ」と口を開いた。

 

「私、スペシャルウィークって言います! 何か分からない事があったら聞いてくださいね!」

 

 と元気に自己紹介されたので、俺も名前くらいは名乗ろうかとしたが

 

「あ! もうこんな時間! またトレーナーさんに怒られる! じゃあまた会いましょうねー!」

 

 とだけ残し、あれだけ大量にあったご飯を全て完食し、慌てて何処かへ立ち去ってしまった。

 

 ……にしてもスペシャルウィークさんか。

 自分の髪の事を綺麗なんて言ってきたのは二人目だ。なんかこちらに来てから調子が狂う。

 

「ごちそうさまでした」

 

 俺は食事を済ませ、着替えるために自室に戻る事にした。

 そういえば結局名前名乗れなかったな。まぁ同じ寮ならまた会えるでしょ。

 

~~~~~~~~

 部屋に戻りスーツ姿に着替え、トレセン学園に向かう。

 本来であればこのまま入社式の会場に向かうのだが、何故かたづなさんにメールで『理事長室に来てください』と言われたので会場には向かわず理事長室へ向かう。

 理事長室を訪れるのは面接以来だが、こんな短期間に連続して呼ばれるなんて俺くらいじゃないだろうか。

 

 理事長室のドアをノックして、返事を待つ。

 すると中から「どうぞ」と声が聞こえたのでドアを開けると、そこには理事長はおらずたづなさんだけが立っていた。

 

「おはようございます、スターゲイザーさん。顔を合わせるのは面接の時以来ですね」

 

「おはようございます。お久しぶりです」

 

 お互いに挨拶を済ませると、たづなさんはすぐ呼び出した本題に入ってくれた。

 

「今回お呼びした理由なんですけど、スターゲイザーさん。入社式の代表挨拶ってご存知ですか?」

 

 代表挨拶…… 確かその年のトレーナー試験で主席だった人がやるんだっけな。

 

「それでですね。今回の試験の主席がスターゲイザーさんだったので、本来は貴方が挨拶するはずなんですが……」

 

 ……えっ、俺主席合格してたの? 合格通知では点数とか出ないし分からなかった……

 

「でも私何も準備していませんが……」

 

「はい、その点なんですが今回は代役をお願いしました。スターゲイザーさんも最初から目立つのは嫌でしょうと思ったのですが、大丈夫でしたか?」

 

 確かにただでさえ目立つ姿をしており、あまつさえ中卒が主席合格したなんて知られたら第一印象としてはあまり良くないだろう。

 これには気を使ってくれたたづなさん側に感謝である。

 

「因みにどなたにお願いしたんですか?」

 

「桐生院さんって方です。成績はスターゲイザーさんに次いで次席ですね」

 

 桐生院家。トレーナー界隈で大きな名を連ねる言わずと知れた名家だ。

 なんでも定期的に優秀なトレーナーを輩出しているのだとか。

 つかトレーナーの才能って遺伝する物なのだろうか……

 

 俺は取り合えず代わりになってくれた桐生院さんに心の中で感謝しておくことにした。

 

「あとスターゲイザーさん、携帯電話番号教えてくれます?いちいちPCでメールを確認するのも面倒じゃないですか?」

 

「あ、私携帯無いです」

 

「嘘ですよね……?」

 

~~~~~~~~

 たづなさんと後日携帯を買う約束をした後、俺は理事長室を後にし入社式の会場へ向かう。

 入社式の会場は小さな体育館みたいなところで行われるようだ。

 受付で自分の名前を言うとトレーナーバッジとトレセン学園での身分証明用のカードを貰った。

 大事に受け取りつつ、室内へ。

 どうやら席は決まってるらしく、俺は案内された端の方の席へ座る。

 ……ここもたづなさん側が目立たないように気を使ってくれたのだろうか。本当に頭が上がらない。

 

 周りを見渡してみると、同じ新人トレーナーの席に座っている人が二十名ほどいた。

 男性トレーナーの比率が高く、女性のトレーナーはぱっと見俺含めて数人だろうか。

 因みにウマ娘のトレーナーは俺しかいなかった。これはかなり目立つ。

 

「宣誓! これより入社式を始める!」

 

 理事長の元気な挨拶と共に始まった入社式はつつがなく進んでいき、代表挨拶も桐生院さんがしっかり務めていた。

 あと桐生院さんって女性だったんだね…… 真面目そうな雰囲気の方だった。

 

 入社式自体は三十分程度で終わり、ここからはたづなさんからの新人トレーナーへの説明会だ。

 内容を要約すると、新人トレーナーには大きく二つの選択肢があるとの事。

 まず一つ目は今いる先輩トレーナーの下に付き、ノウハウを学ぶ事。これが新人トレーナーとして一般的な流れらしい。

 

 そして二つ目がすぐに担当を持ってしまう事。

 これはウマ娘をスカウトし、チームを持ったり専属になったりすることだが、新人トレーナーにこれは難しいため、滅多にいないらしい。

 そもそも新人トレーナーのスカウトにウマ娘側も拒否してしまうとの事。そりゃウマ娘側も新人トレーナーより、しっかりとしたベテラントレーナーの指導を受けたいに決まっている。

 

 トレセン学園側からもどうするかを新入生の入学式の後に開催される選抜レースまでには決めて欲しいそうだ。

 

 俺?

 俺は勿論既にやる事は決まっている。

 

 さて、約束を守りにいきますか

 

~~~~~~~~

『ねずみさん! ボクトレセン学園合格したよ! まぁ当然だね~』

 

 入社式が終わったその日の夕方。

 帝王さんがトレセン学園に合格したというDMが届いた。

 

『おめでとう! これで二人ともトレセン学園に来れたな』

 

『だね! ボクの方は入学式もう少し後だけど、それまで待っててね!』

 

 良かった…… これで俺だけ合格して帝王さんが落ちたら気まずかった……

 まぁ帝王さんが落ちるところを想像が出来ないんだけど。

 まだ一回も会った事は無いが、今までの発言が凄い自信たっぷりに言うものだから、本当に天才なのかもしれないと思ってしまっているのはある。

 

 そんな帝王さんとリアルで会う事を楽しみにしながら俺は眠りについた。

 

~~~~~~~~

 入社式から一週間が過ぎた。

 俺は寮での生活にもある程度慣れ、新入生の入学式の為の準備に雑用に駆り出されていた。

 看板を設置したり、アーチのようなものを作ったりなどなど……

 

 そこでは男性とも一緒に作業していたのだが、明らかに俺の方がパワーがあった。

 本当にウマ娘とは不思議である。自分でもよく分かんないくらい。

 

 そんな桜が見ごろを迎える中行われた、トレセン学園入学式。

 俺はこの日に帝王さんと会う約束をしていた。

 

『えっと、入学式終わったらトレセン学園の三女神像の近くのベンチにいるから! ポニーテールで、前髪に白い流星が入ってたら多分それボクだよ!』

 

 そんな割と曖昧な見た目の連絡を受けて、俺は待ち合わせ場所の三女神像の所へ向かう。

 因みに三女神とは全てのウマ娘の始まりと言われている三人のウマ娘の事で、ウマ娘の神様として有名である。

 

 三女神様にでも聞けば俺がウマ娘に転生した理由も明らかになるのだろうか……

 

 そんな事を考えつつ歩いていると視界内に三女神像が見えて来た。

 

「……あれ?」

 

 何故か凄い違和感を感じる。ここの三女神像を見るのは初めてのはずなのだが、なんか前にも見たことがあるような…… 凄い馴染み深いような…… なんだこれ。

 

 が、分からない物を考えても仕方ない。

 俺はつい最近買った携帯からDMで帝王さんに話しかける。

 

『おーい、俺は到着したけどそっちは?』

 

『もういるよー! ベンチに座ってるから!』

 

 もう着いているとの事なので探してみると、長めのポニーテールに白い流星、身長は俺より小さいだろうか、そんな活発そうな少女が携帯片手にベンチに座っていた。

 ……絶対あれだ。すげぇ見ただけで分かる。

 

『あれねずみさんいるの? 見当たらないんだけど……』

 

『いや、目の前にいるじゃん』

 

『えー、ボクの目の前にはスーツ着たウマ娘しかいないけど』

 

 そうメッセージを送って携帯から顔を上げた帝王さんらしき人物に、俺はひらひらと手を振る。

 

「え」

 

 その少女はベンチから立ち上がり

 

「えええええええええええええええええ!?!?!?!?!?」

 

 その場に大きな叫び声が響き渡った。

 

 

 

 

 これが俺と帝王さん――「スターゲイザー」と「トウカイテイオー」のリアルでの初対面である。




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5.片鱗

「えええええええええええええええええ!?!?!?!?!?」

 

 帝王さんの声が当たり一面に響き渡る。

 あまりの叫び声の大きさに、俺も帽子越しに耳を押さえてしまう。

 

 帝王さんは大声を出した後、ぽかんと口を開けて固まっていた。

 周りにいたウマ娘もびっくりしたのか、一斉に帝王さんの方を見る。

 それで我に返ったのか顔を真っ赤にして、ベンチに座りこんでしまった。

 俺は帝王さんの隣に行き、ベンチに座った。

 

「よぉ」

 

「よぉ、じゃないよ! え、まだボク混乱してるんだけど、本当にねずみさんなんだよね……?」

 

「うんまぁ証拠になるか分からないけど、ほら」

 

 そう言って俺は先ほどまでやり取りしていた帝王さんとのDM欄を見せる。

 帝王さんはそれをまじまじと見て

 

「うわっホントだ…… まさか女性、ウマ娘だなんて思わないよ……」

 

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

「言って無いよ! だってボイチャした時に渋めの男性の声だったじゃん!」

 

 それは俺がボイチャ時にボイスチェンジャーを使って声を変えていたからだな。

 ネット上で女性ってバレるとめんどくさいかなぁって……と思い使っていた物だが、図らずも勘違いさせていたようだ。

 

「因みに俺の事なんだと思ってたの?」

 

「うーんとね、30歳前後のおじさん……かな?」

 

 うんまぁ男性と勘違いされるのはあれとして、君おじさんとボイチャしたり、DMしてたりしてたの? 

 俺がウマ娘だから良かったものの、現実でこんな事あったら事案である。

 ……転生前の年齢を足したら恐らく30歳前後になるのは黙っておこう。

 

「でもどんな姿でもねずみさんはねずみさんだもんね! あ、でもねずみさんは本名じゃないからえっと……」

 

「俺の本名はスターゲイザー、だ。これからよろしくな」

 

「よろしくね! ボク名前はトウカイテイオー! 未来の三冠ウマ娘だよ!」

 

 帝王さん……いやテイオーさんが元気に自己紹介をしてくれた。

 てかテイオーだから帝王ってまんまやんけ! ネットリテラシーどうなってるんや! って言うツッコミは心の中で消化しておくことにする。

 

「で、スターさん! じゃあ早速ボクとトレーナー契約を…」

 

「と、俺も言いたいところなんだがな」

 

 残念ながらウマ娘と正式に契約するには、ウマ娘側が選抜レースに出る必要がある。

 つまりテイオーさんが選抜レースに出た後、俺と契約するという流れになる。

 

「というわけでテイオーさんが選抜レースに出るまでは仮契約だ。俺もテイオーさんの走り見たいしな」

 

「えー! まぁ決まりならしょうがないけどさぁ」

 

 テイオーさんが不満そうな顔で文句を言う。

 因みに選抜レース自体は一週間後にある。なので一週間は約束を果たすのはお預けだ。

 

「じゃあ、その選抜レースまでボクのトレーニング見てくれるっていうのは……」

 

「それもダメ。他の選抜レースに出るウマ娘と不公平になっちゃうからな。それに俺もテイオーさんの走り見たいし」

 

 そう。俺はテイオーさんの走りをまだ見たこと無いのだ。

 トレーニングで走って貰う事も出来るが、本番のレースのように他のウマ娘と走る選抜レースは貴重なのだ。俺は純粋な現在のテイオーさんの実力を確かめておきたい。

 

「というわけで一週間は我慢しといてくれ。期待してるからさ」

 

「なら一週間後楽しみにしといてね! 一着とっちゃうからさ!」

 

 そんな会話をしつつ、俺とテイオーさんはお互いに近況報告をした。

 やはりネットで話すのとリアルで話すのでは全然違う。

 本当の年齢を伝えたりしたら、また驚いた表情を浮かべた。

 テイオーさんはころころと表情が変わったり、耳がぴこぴこ動いたり、とても感情豊かな子だ。

 

 

「ねぇ、そういえばなんで帽子被ってるの? 耳とか窮屈じゃない?」

 

「ん? あぁ、これはちょっと目立つから隠してる。別に耳が無いとかじゃないから安心してくれ」

 

 テイオーさんが俺の頭を見つめながら「ふーん?」と呟く。

 そして「えいっ」っと俺の帽子を奪い取ってしまった。

 

「ちょ! 返せって」

 

「わぁ……」

 

 帽子を取られ、俺の真っ白な髪が晒される。

 

 俺はこの髪があんまり好きではない。

 母親と妹の青鹿毛とは全く違う白毛。

 この髪色が原因で親に嫌われる事になってしまっているのだから、いい物だとは思っていない。

 

「あんまり見ないでくれ……」

 

「なんで? すっごい綺麗な髪だと思うよ。なんか所々ぼさぼさだけど……」

 

 そうテイオーさんから真正面から褒められてしまった。

 

「……不気味だと思わないのか?」

 

「へ? なんで?」

 

「……いやなんでもない。あと帽子返せ」

 

 テイオーさんが持っていた帽子を返してもらい、被りなおす。

 「綺麗なのにー」なんて声も聞こえるが無視する事にする。

 やっぱりこんな風に自分を褒められるのは未だに慣れない。今まで褒められるなんて機会が無かったから余計に気恥ずかしい。

 

「あっ、もうこんな時間だ。そろそろ寮に帰らないと寮長さんに怒られちゃう」

 

「もうそんな時間か…… 今日は楽しかったよ。選抜レースも楽しみにしているからな」

 

「うん、ボク頑張っちゃうよ!」

 

 時間はもう夕方の七時。辺りはもう既に暗くなってしまっており、周りにウマ娘の姿も見えない。

 ずっと同じ場所でテイオーさんと会話していたことになるが、本当にあっという間に時間が過ぎ去ってしまった。

 取り合えず俺たちはベンチから立ち上がり、三女神像の前を後に、トレセン学園の門へ向かう。

 一緒に出口に向かっていると、テイオーさんが不思議そうな声で話しかけてきた。

 

「ってあれ、スターさんの住んでる所もこっちの方向なの?」

 

「いや今俺住んでるの寮だからさ」

 

「……トレーナー寮?」

 

「ウマ娘の方の寮。栗東寮だな」

 

「もう色々びっくりしちゃって叫ぶのも疲れちゃったよ……」

 

 

 

 その後、俺が同じ寮棟に入ったので結局テイオーさんは叫んでいた。

 

 流石に隣同士の部屋ではなかったけど。これには俺もびっくりした。

 

~~~~~~~~~~~

 テイオーさんとの初対面から一週間後。

 

 テイオーさんも学園生活で忙しかったのか、あの後俺たちは会っていない。

 俺も俺で新人トレーナー向けの研修などがあり、業務に追われていた。

 

 慣れない環境での仕事という事もあり、毎日へろへろになりながら仕事をこなしていたわけだが、ここでとんでもない物を見つけてしまった。

 なんとトレセン学園のトレーナーになると、今まで映像として保管されている全てのレースを閲覧し放題なのだ。

 過去のG1レースは勿論、G2やG3、更にはネット上では非公開のレースまで保存されており、レースオタクの俺としては宝の山であって……

 

 結果、仕事終わったらレースを見る、仕事を終わったらレースを見るを毎日繰り返す日々が始まった。

 

 気づいたら一週間なんてあっという間に過ぎ去っていった。もれなく夜更かし気味になった。

 

ーーーーーーーーーーーー

「ふぁ……ねむ……」

 

 昨日も研修の後に結局レース動画を見続けてしまい、物凄く眠い。

 このまま眠気に任せてベッドに転がりたいところだが、今はそうもいかない。

 今日はテイオーさんの選抜レースの日なのだ。

 

 取り合えず俺は自室でシャワーを浴び、無理やり目を覚ます。

 その後、スーツに着替え帽子を被り、寮を出る。

 

 テイオーさんの走りを早く見たいという気持ちから、俺は駆け足で選抜レース会場に向かった。

 

~~~~~~~~~~~

 選抜レース会場につくと既に多くのウマ娘とトレーナーらしき人物がいてなかなかに騒がしい。

 レースが見やすそうな場所をきょろきょろと探していると、後ろから声がした。

 

「あれ、スターさんじゃん」

 

「って、テイオーさんか。調子は……良さそうだな」

 

「にっしっしー。今日のボクは絶好調だから簡単に一着取っちゃうよー!」

 

 そう言ってテイオーさんがその場でステップを踏む。

 身軽に跳ねるような独特のフットワークだ。

 

 ……あれ? 

 

 それを見て俺は少し違和感を感じ、質問しようとしたが

 

「なぁ、テイオーさんそれって……」

 

「すみませーん! トウカイテイオーさん! 次出走ですのでゲートの方にお願いしますー!」

 

「あっ! 呼ばれちゃった! じゃあしっかりボクのレース見ててねー!」

 

 結局スタッフの方に呼ばれて質問の答えを聞けることなく、テイオーさんはゲートの方に行ってしまった。

 

 ……取り合えずレースを見て判断する事にしますか。

 

~~~~~~~~~~

『さぁ始まりました春の選抜レース! 芝2000mでのレースに9人のウマ娘が出走いたします!』

 

 そんな実況がスピーカーに乗って聞こえてくる。

 選抜レースにすら実況があるのは流石トレセン学園と言うべきなのか。

 

 えっと……テイオーさんは七番の外枠か。さてさて実力拝見といきますかね。

 

 ガコン! 

 そう心地よい音とともにゲートが開かれる。

 

『スタートしました! 各ウマ娘綺麗なスタートを切りました!』

 

 テイオーさんは綺麗なスタートを切り、前から四番目の位置につけている。

 逃げでは無く、少し前よりの先行策だろうか。

 

 そのまま大きい展開も無く、選抜レースは終盤に差し掛かる。

 

『第四コーナー回って最後の直線! おっとここでトウカイテイオーが飛び出した!』

 

 ここでテイオーさんが動く。

 自らの体重を足にかけるように、姿勢を落とし、ターフを蹴る。

 その反動で思いっきり加速した。

 

 その直後、あっという間に彼女は一位に躍り出た。

 

『トウカイテイオー速い、速い! 悠々と駆け抜けるその背中に誰も追いつくことが出来ません!』

 

 ……速いな。

 デビュー前の、まだトレーナーがついていないとは思えないほどの走り。

 そして自分のスペックを理解してるからこそできる走法も身に着けている。

 自らを天才というだけはある走りだ。

 

 

 だからこそ、危うい(・・・・・ ・・・)

 

 

『今、トウカイテイオーが二着に四バ身差をつけて、一着でゴールイン! 二着にリボンマーチ。三着にナイスネイチャとなりました』

 

 ゴールしたテイオーさんは俺を見つけたのか、手をぶんぶん振って来た。

 見た感じ息は切れておらず、まだまだ余裕がありそうだ。

 

 俺はそちらに向かおうとしたが、テイオーさんがあっという間に他のトレーナーに囲まれる。

 

「君! 素晴らしい走りだった! 君なら三冠も夢じゃない!」

 

「貴方、私のチームに来る気はない? G1レースを取らせてあげられるわよ!」

 

 うおっ……凄い人込み。

 テイオーさんの姿が見えなくなってしまうほどのトレーナーの数だ。

 

 まぁでも確かに気持ちは分かる。トレーナーをやっていたら逆張りでもしない限り、スカウトしたくなってしまうほどの走りだ。それくらい彼女の走りには魅力があった。

 

「えー、どうしよっかなぁ? でもボクもうトレーナー決まってるんだよねー」

 

 トレーナー達から「残念だ……」「一体誰が……」などの声が聞こえる。

 

 そうするとテイオーさんがトレーナー達の人混みを縫って、ぬるっと俺の目の前に姿を現す。

 「にっしっし」と悪ガキのような笑みを浮かべ、その場で大きな声で宣言した。

 

「ワガハイはトウカイテイオー! 無敗で三冠を制覇する最強のウマ娘!」

 

 そして俺の手をぎゅっと両手で握りしめ

 

「よろしくね! トレーナー!」

 

「ばっかお前なんつータイミングで言ってるんだ!」

 

 俺はそのままテイオーさんの手を掴み、その場から逃げ出した。

 久しぶりに本気で走った気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「もうトレーナーがいるとか……主人公さんはキラキラしてますね。ははは」

 

 

~~~~~~~~~~

 テイオーさんを引っ張り、なるべく人気のない場所に逃げ込む。

 

「……なんで逃げ出したの?」

 

「俺! 新人トレーナー! 周りベテラントレーナー! 分かる!?」

 

 焦りと疲れから無茶苦茶な発言が出る。

 こんなの俺がベテラントレーナーに対して、優秀なウマ娘は私が貰っていきますね~と挑発したような物だ。

 しかも優秀とかで片付ける事も出来ない、真正の「天才」を。

 

「心配しなくてもボクがスターさん以外をトレーナーにするつもりはないよ? なんたって約束してるからね!」

 

 そうテイオーさんがどこかカン違いしたような発言する。

 俺は「ふぅ……」と息を整えて、一応尋ねる。

 

「言っておくが、俺は新人トレーナーだ。トレーニングの質だってもしかしたら他のトレーナーの方がいいかもしれない。それでも俺がトレーナーでいいのか?」

 

「勿論!」

 

 元気にテイオーさんが返事をする。

 

「なら、よろしくな。テイオーさん」

 

「よろしくねトレーナー! あと、ボクの事はテイオーでいいよ。さんづけなんて他人行儀みたいだし」

 

 

 

 こうして俺はテイオーは数年越しの「約束」を果たした。

 俺がテイオーの専属トレーナーになる約束。

 

 テイオーの笑顔を見ていると、俺もここまで頑張って来たのが報われるようだ。

 

 

「それに」

 

 

 だが本当に

 

 

「ボクに任せれば、パパっと三冠取っちゃうもんね! 安心してねトレーナー!」

 

 

 

 

 

 このままだと、危うい。




ボケっとハーメルンランキング見てたら、日刊総合ランキング6位にいて椅子から転げ落ちた作者です。こんにちは。

まさか一桁ランキング入りするとは思ってもおらず、読んでくださっている方には本当に感謝しかありません。ありがとうございます。

また感想や誤字修正も本当にありがとうございます。モチベに直結しております。

今回もよろしかったらコメントとはちみー待ってます。(前回1はちみー来ました)

2022/1/14 テイオーに年齢を伝えるシーンを追加しました 本編に大きな影響はありません。


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6.確認

 テイオーと専属契約を結んで次の日。

 俺はテイオーと初トレーニングを行うため、放課後、練習場の横に一人立っていた。

 

「……こねぇ!」

 

 が、テイオーが一向にくる気配がない。

 約束した時間から既に30分が経過している。しかも特に連絡もない状態だ。

 ここまで遅いと何か事故に遭ったとかの方を心配してしまう。

 

 俺はポケットから携帯を取り出し、テイオーに電話をかけようとすると、

 ピンポンパンポーン

 

『トウカイテイオーのトレーナーさん。至急生徒会室までお越しください。繰り返します。トウカイテイオーのトレーナーさん。至急生徒会室までお越しください』

 

 そんな放送が練習場に響き渡った。

 

 ……え、俺なんかやっちゃいましたか?

 

 まさか理事長室だけでなく、生徒会室までに呼ばれる事になるとは。ここだけ見ると問題児に見えてしまう。

 呼ばれてしまっては仕方ないので、テイオーにメッセージアプリの方で「今どこだ」とだけ送り、生徒会室へ向かう事にした。

 

 全く初日からサボるのだけは勘弁してほしいものだ。

 

~~~~~~~~

 自らの記憶を頼りに生徒会室に向かう。

 トレセン学園はそれはもう広いので、移動するだけでも大変なのだがそれは普通の人間のお話。

 ウマ娘である俺は駆け足で向かえば数分で着く。因みにトレセン学園には「学園内は静かに走るべし」という校則がある。走るのはいいのか……

 

 そんな事を考えながら練習場から移動する事、数分。俺は生徒会室のドアをノックしていた。

 

「すみません、テイオーのトレーナーなんですけども……」

 

「入りたまえ」と言う声が中から聞こえたので、無駄に大きなドアを開けるとそこには、

 

 このトレセン学園の生徒会長にして、唯一の七冠ウマ娘。その強さ故「トゥインクルシリーズには絶対は無いが彼女には絶対がある」とまで言われた「皇帝」こと「シンボリルドルフ」

 

 トレセン学園の副会長であるトリプルティアラ保持ウマ娘、「女帝」こと「エアグルーヴ」

 

 そして自称三冠ウマ娘こと「トウカイテイオー」が……いや何お前ここでくつろいでるの?

 

「貴様か、テイオーのトレーナーは。しかし本当にウマ娘なのだな……テイオーの奴が適当言ってると思ったぞ」

 

「だから本当だって言ったじゃん! エアグルーヴは疑い深いんだから」

 

 そうテイオーがぷんぷんと文句を言っている。

 で、俺はなんでここに呼ばれたんでしょうか……

 

「いや、こいつがずっと生徒会室にいるもんでな。トレーナーがいるなら引き取りに来てもらおうかと思ったわけだ」

 

「本当にうちのテイオーがすみませんでした」

 

 俺は素早く頭を下げる。生徒会室に初めて呼ばれてやったことはまさかの謝罪という最悪な出だしを切ってしまった。

 

「てか、テイオー。もう既にトレーニングの集合時間過ぎてるんだが?」

 

「え! もうそんな時間だったの!? ごめん気付かなかったや」

 

「たわけが! 時間を守るのはヒトとして最低限の事だぞ!」

 

 エアグルーヴさんのお叱りに、テイオーは「エアグルーヴは厳しいんだから~」と飄々としている。

 そんな中、シンボリルドルフさんが口を開いた。

 

「仲がいいようで何よりだ。だがテイオー、約束の時間を忘れるとは感心しないな。次からを気をつけるように」

 

「……まぁカイチョーが言うならそうするけど」

 

「全く、会長はテイオーには甘いんですから……」

 

 シンボリルドルフさんの言う事は素直に聞くテイオー。

 

 まぁ色々聞きたいこともあるし、テイオーをさっさと連れて行くか……

 

 そう思い、生徒会室から出ようとするとシンボリルドルフさんに呼び止められた。

 

「君、スターゲイザーだね? トレセン学園はどうだい?」

 

 俺の名前知ってるのか。一応帽子で白毛と耳を隠しているのだが。

 

「……そうですね。レースを走るウマ娘にとってこれ以上無い最高の環境でしょう。ところで私の名前よくご存じですね」

 

「何、たづなさんから気にかけておいてくれと連絡を受けてね。まさかテイオーのトレーナーになったとは驚きだが、良い機会だし挨拶もしておこうと思ってね」

 

「はぁ……どうもよろしくお願いします。ほらテイオー、トレーニング行くぞ」

 

 皇帝様に挨拶され、上手い返しが思いつかなかった俺はテイオーを連れ出して生徒会室を後にしようとした。

 テイオーは少し不服そうに「はーーい」と返事をして俺と一緒に生徒会室を出ようとする。

 

「テイオー」

 

「なーに、カイチョー?」

 

「……良いトレーナーを持ったな。その出会いを大事にするんだぞ」

 

 そう語ったシンボリルドルフさんの目はーーどこか悲しい目をしていた。

 

~~~~~~~~

「で、テイオーなんで生徒会室にいたんだ?」

 

 テイオーと一緒に練習場に向かう途中、俺は気になっていた事を尋ねた。

 

「いやカイチョーのとこにお邪魔してただけだよ。別にボク生徒会に入ってないし」

 

「えぇ……」

 

 つまり特に理由も無いけどシンボリルドルフさんとお話しする為にいたって事か……?

 

「シンボリルドルフさんとは知り合いなのか? 随分と仲良そうだったけど」

 

「知りたい!? ボクとカイチョーの出会いはね……」

 

 そう切り出されて始まったテイオーの説明は長かった。

 どれくらい長かったかというと、生徒会室から練習場についてからも30分くらいシンボリルドルフさんの栄光を語られるくらいには長かった。

 

 テイオーの説明をかいつまむと、まだトレセン学園に入学する前のテイオーが、シンボリルドルフさんの皐月賞の時に偶然直接話せたことがきっかけで交流を持ったそうだ。

 トレセン学園に入学してからは、毎日生徒会室に通ってシンボリルドルフさんとお話しているらしい。

 いやそりゃエアグルーヴさんも怒るよ……

 

「でねー、カイチョーはボクの憧れなんだー! いつかボクもカイチョーみたいになりたいんだよね!」

 

「はいストップ、この話続けてたら練習時間が無くなる」

 

 このままほっておくと永遠にシンボリルドルフさんの話を続けそうだったので、俺が待ったをかける。

 テイオーは少し不満そうな顔をしながら、口を閉じた。まだまだ語りたそうだがそれは別の機会にしてもらおう。

 

「ほら、準備体操してこい。こっちはちょっと他の準備があるから」

 

「トレーナーが準備体操とか指示するんじゃないの? ほら、どんな体操しろーとか」

 

「今日は大丈夫だ。テイオーがいつもやっているアップをしてくれ」

 

 テイオーが「はーい」と返事して、軽く走り始めたので俺も準備を始める。

 用意したのはスマホと三脚のスマホスタンド。これを今回走ってもらう直線コースのトラックの外の方に設置する。そしてビデオを撮れるようにしてと……

 

 俺の方の準備が終わり、テイオーの方を確認すると軽いランニングが終わったのか、座って前屈の体操をしていた。

 

「柔らかいな……」

 

 テイオーの胸が地面に付くくらい前にペターッと倒されている。本人は全く痛くなさそうだし、あれがテイオー本来の柔らかさなのだろう。

 そして手首足首をぐるぐる回して準備体操が終わったのか、俺の方に近づいてきた。

 

「トレーナー準備体操終わったよ! 何すればいい?」

 

「じゃあ今日やる事を説明するぞ。と言っても、今日は練習というよりはテストなんだけどな」

 

「テスト?」

 

「あぁ、直線600mのこのレーンをいつもの走りで数本走ってくれ。タイムは気にしなくていい」

 

 そう言って俺はゴール付近に向かい、テイオーにスタート地点を指さす。

 それを見たテイオーはスタート地点に向かい、スタートの体勢を取る。ゲートは無いので足をスタート地点に合わせている。

 

「よーい、スタート!」

 

 俺はテイオーがいる方にまで届くようにいつもより少し大きい声でスタートの合図を送る。

 それと同時にテイオーがターフを蹴る。

 模擬レースと同じような、しなやかな走りだ。

 

 距離が600mと言う事もあってか、あっという間にゴールについた。

 

「ふぅ……」

 

 テイオーが一息つく。それを確認した俺は

 

「んじゃ次いくぞー。また同じように走ってくれ」

 

 ゴール地点から外側、つまりスマホを置いてある方へと移動する。

 

「トレーナー、これ何やってるのー?」

 

「テストだってさっき言ったろ?」

 

 テイオーが不思議そうな顔をしながらもう一度走るためにスタート地点に戻る。

 スタート地点についたらまたゴールまで走る。それを数回繰り返してもらった。

 

 俺がテイオーを見る位置を変えながら(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……ん、大体分かったかな。おーいテイオー! 終わりでいいぞー!」

 

「そうなのー? まだ走り足りないんだけど……」

 

 走り終わったテイオーは、不服そうな顔でこっちに歩いてくる。

 そりゃ、テイオーはただ数本走っただけだからな。欲求不満だろう。

 

 だが今回はテイオーの為というより俺の為にやって貰ったテストという面が大きい。

 勿論最終的にはテイオーの為になるのだが。

 

「取り合えず明後日までは練習休みな。次の予定が決まったら連絡するから待っててくれ」

 

「ふーん? まぁトレーナーが言うならそうするけどさ……」

 

 俺はスマホでしっかりテイオーの走りが録画されている事を確認し、スタンドを片付ける。

 テイオーは俺が機材の片づけ終わるの待っていてくれたみたいで、一緒に寮に帰る事にした。

 

「あ、さっきの話の続きなんだけどね、カイチョーは……」

 

 そんな彼女によるカイチョートークを聞きながら俺達は帰路に就いた。

 

~~~~~~~~

「さて…と」

 

 テイオーのテストが終わった翌日の午後七時。あたりも大分暗くなり、ライトにより明かりがターフを照らしている。

 大分時間も遅いため、学園のウマ娘はみな帰寮したようだ。

 そこに、トレセン学園のジャージを着て軽く準備体操をする白毛のウマ娘が一人。

 

 そう俺である。

 

 こんな時間にトレセン学園の生徒がターフになんて立っていたら間違いなく問題なのだが、俺はトレーナーである。この特権を活用させてもらおう。

 因みにこのジャージは段ボールに入っていた物なのだが、後から確認したら蹄鉄に靴まで入っていた。ここまでくると恐怖だが、ありがたく使わせていただく。

 

 さて俺がここに来た理由だが、とある事をする為である。

 

 準備体操が終わった俺は、昨日テイオーが走ったコースのスタートラインに立ち、ターフを蹴る。

 

 

 なるべく、テイオーの走りを再現しつつ(・・・・ ・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「……っつ!」

 

 知っていたがとんでもない無茶である。あの走りはテイオーの体の柔らかさがあるからこそ実現出来る走りだ。俺がやったところで劣化にしかならない。

 が、それでも

 

「ダメだ…… この走り……」

 

 俺は確信する。

 あれは確かにテイオーにしか出来ない走りだ。

 

 

 が、あの走り方はテイオーを確実に殺す。

 

 

「……帰るか」

 

 確認したいことを確認出来た俺は、さっさと寮に帰ろうとターフから出ようとした。

 すると、何故かこんな時間なのに声をかけられた。

 

「あ、あの!」

 

 声がした方に目を向けると、黒髪を後ろで一つ縛りした真面目そうな女性が俺の方に近づいてきた。

 

 ……げ、見つかったかな。

 

 今の俺はどっからどうみてもトレセン学園に居残りしている不真面目な生徒である。

 トレーナーであることをどうやって説明したものか……と考えていると予想外の言葉が飛んできた。

 

「わ、私の! 担当ウマ娘になってくれませんか!!!」

 

「え、嫌ですけど……」

 

 いきなり何言ってんだこの人……

 そう返すと、その女性は崩れ落ちて

 

「ふふふ、そうですよね…… ウマ娘に声をかけ続けて貴方で三十人目…… やっぱりみんなベテラントレーナーの方がいいんだ……」

 

 とぶつぶつ呟きだした。

 

 それと同時に俺は彼女が誰だか思い出す。確か……

 

「そうだ、桐生院さんだ」

 

「私の事知っているんですか!?」

 

 どこかで見たことあるなと思っていたが、入社式の時に俺の代わりに代表挨拶してくれた方だ。

 あとちょくちょく研修中にも見かけていたから覚えていた。

 が、そうなると彼女は新人トレーナーのはずで…… 新人トレーナーなのに担当を持とうとしているって事か?

 

「まぁ、頑張ってください。じゃあ俺はこれで」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 話だけでも聞いてください! そうしないとこんな時間に自主練してた事バラしますよ!」

 

「いや別に……あっ」

 

 そうか、桐生院さんは俺がトレセン学園の生徒に見えてるのか。俺の今の格好はトレセン学園のジャージ。これで俺がトレーナーだなんて判断出来る人なんていないだろう。

 誤解させたまま放っておくのもめんどくさいので、弁明しておくことにする。

 

「えっとですね、俺はトレーナーで…… トレーナーを持つ側というよりかはトレーナー側というか……」

 

「じゃあなんで走ってたんですか? しかもそんな恰好で」

 

「……担当ウマ娘の為です」

 

「……嘘にしてはきつくありませんか?」

 

 デスヨネー。

 さて、どうやって納得させたものかと悩んでいると、ズボンのポケットにあるものが入っていた事を思い出す。

 俺はそれを取り出して、彼女に見せた。

 

「ほら、トレーナーバッジ。これで納得してくれました?」

 

「他のトレーナーさんが落としたものをたまたま持っているだけでは?」

 

「あーもう! 入社式で代表挨拶してた桐生院さん! これで納得してくれましたかね!」

 

 俺がちょっと大きな声で言うと、桐生院さんは納得してくれたのか……いや納得してないな。凄い疑わしそうにこっち見てくる。

 

「……まぁ今日の所は納得してあげましょう。私はまた担当ウマ娘の子を探す旅に出ますね……」

 

「でも新人トレーナーだったら、サブトレーナーになってもいいのでは? 新人で担当ウマ娘持つ方が難しいでしょう」

 

「そうなんですが、家の都合でちょっと色々と……」

 

 あぁ、桐生院家は優秀なトレーナーを輩出する家だったか。家庭の事情とやらもあるだろうが大変そうだ。

 

「じゃあ、俺はこれで。気をつけて帰ってください」

 

「はい、また機会がありましたら……あの、そっち方向トレーナー寮じゃないですよね?」

 

「俺住んでるの栗東寮なんで」

 

「いや本当にトレーナーなんですか?」

 

 失礼な。中卒のウマ娘で栗東寮に住んでいる一般的なトレーナーだ。

 

~~~~~~~~

 桐生院さんと接触した次の日。

 俺は寮の自室に籠って、録画でテイオーのフォームを確認しつつ、今後のトレーニング計画や目標レースを数種類考えていた。

 

「けど、どうっすかな……」

 

 俺は誰もいない部屋で一人呟く。

 テイオーが三冠取りたいと言ってるので、それを目標にしたレースは組める。

 が、それよりももっと先に片付けなければいけない問題が大きく二つある。

 

 一つは、テイオーのフォームの問題。

 

 そしてもう一つは……

 

 コンコン

 考え事をしていたらドアのノック音が聞こえる。

 

 わざわざ俺の所に訪ねてくるとは誰だろうか

 

 そう思い、椅子から立ち上がってドアを開けるとそこには

 

「やぁ、ちょっとお話いいかな?」

 

 シンボリルドルフさんが立っていた。

 

~~~~~~~~

 「お邪魔するよ」と言い、自室に入って来たシンボリルドルフさんは、座るとこが無いので俺のベットに腰をかけている。

 

 何だこの状況……

 

「で、何の用でしょうか?」

 

「いや、ちょっとテイオーの事でね」

 

 はぁ、一体何だろうか。テイオーが生徒会室入り浸っているからそれの注意かな?

 

「単刀直入に言おう。テイオーと私で模擬レースをやる予定は無いかい?」

 

「……何でですか?」

 

「そうだね、テイオーの為だって思ってくれて構わない。それに君の悩みも一つ解決すると思うが?」

 

 見抜かれてたか……。

 だが、この提案は俺としては棚から牡丹餅の提案だ。

 だからこそ、少し気になってしまう。シンボリルドルフさんにはメリットが無いように見えるが……

 

「私の願いは全てのウマ娘の幸福だからね。悩んでいるウマ娘がいたら協力したくなるものさ」

 

 そっか俺も一応ウマ娘なのか。

 

 とは言っても全てのウマ娘の幸福か…… それはまた大層な願いを。

 

「あと……」とシンボリルドルフさんが言葉を続ける。

 

 

「テイオーとはどこか他人のような気がしないんだ。好きな後輩に思い入れることは悪い事かい?」

 

「いえ、ありがとうございます。こちらとしてもありがたいです」

 

「そんな他人行儀じゃなくていい。ルドルフでいいさ」

 

「……じゃあ、ルドルフ。よろしく」

 

 

 俺達は声を揃えて言う。

 

 

「「テイオーに敗北を教えようか」」




みなさん、こんにちはちみー(挨拶)
前回の感想ではちみーが挨拶になってたのを見て気に入りました。
因みに前回は「7はちみー」に「2あげません!!!」でした。あげませんを単位にするな()

さて今回の話はどうだったでしょうか。感想やはちみーを下さるともっと頑張れます。
後この6話、本来はもうちょっと続く予定だったのですが字数がとんでもない事になりそうなので一回切りました。次はテイオーのお話かな?


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7.羽化

『え! カイチョーと模擬レース!? やるやる!』

 

 ルドルフが俺の部屋から帰った直後。俺はすぐにテイオーに携帯でメッセージを送っていた。

 

『明日の放課後にターフに集合だ。そこでルドルフと模擬レースをしてもらう』

 

『やったぁ! けどいきなりなんで? トレーナーとカイチョーってそんな仲良かったっけ?』

 

 なんで……と聞かれると凄い答えにくいし、ルドルフとも仲が良いというよりかは単にあちらが協力してくれているだけだ。

 どうしたものかと少し悩み、結局俺は詳しい時間と場所だけ伝えてメッセージアプリを閉じた。

 

 答えられるものか。

 だって今からテイオーにしようとしている事は荒療治もいいとこなのだから。

 

~~~~~~~~~~

「うっお、凄いヒトの数」

 

 翌日。俺はテイオーとルドルフの模擬レースをする為にコースに向かっていたのだが、どこから聞いたのか多くの観客で賑わっていた。

 選抜レースで話題になったテイオーのせいか。それとも単純にルドルフの人気からだろうか。はたまた誰かが意図的に流したものなのか……

 

「やっほー! トレーナー!」

 

 後ろの方から元気な挨拶が聞こえる。振り向くとジャージに着替えたテイオーが立っていた。

 ルドルフと走れるからだろうか、機嫌は凄い良さそうだ。

 

「なんかすっごいヒトいるねー こんなにいるとは思わなかったよ」

 

「なんだ? 緊張してるのか?」

 

「まっさかー! ワガハイは無敵のトウカイテイオー様だぞ! 当然勝って……」

 

 テイオーの声が尻すぼむ。そして小さな声で

 

「でも今日の相手カイチョーなんだよね……」

 

 と、ボソッと呟いた。

 

「なぁ、テイオー」

 

「ん? なーにトレーナー?」

 

「……頑張って来いよ」

 

「へ? う、うん」

 

 テイオーが少し不思議そうに返事をする。

 

 そんな会話をテイオーとしていると、少し観客の声が大きくなる。

 声がした方を見てみると、ルドルフがこちら側にやって来るのが見えた。

 

 流石学園のスターというべきか。その人気っぷりは凄まじいものだ。

 

「やぁ、テイオーにスター。今日はよろしく頼むよ」

 

「あぁ、よろしく頼む。今日はありがとうな」

 

「カイチョー! ボク負けないもんね! よろしく!」

 

「あぁ、本気でかかってこいテイオー。 皇帝の走りをお見せしようじゃないか」

 

 ルドルフのまとっていた空気が変わる。普段のテイオーと接する態度では無く、レース前の本気の目つきだ。

 

 ……これマジで本気だな。少し不安になってきた。

 

 その威圧を感じ取ったのかテイオーは少し震えていた。

 

「……ッツ! カイチョー……」

 

「……さて、模擬レースの概要を確認するぞ。コースは右回りの2000m。あそこからスタートとしてぐるっと一周する形だな。何か質問は?」

 

「大丈夫だよ!」

 

「あぁ、問題ない」

 

 そう言ってテイオーとルドルフと一緒にスタート地点に向かう。

 

 スタート地点についたら各々準備体操をしてもらう。

 今回も特に準備体操の指定をせずに行ってもらったが、二人の体操を見ていると、テイオーの体の柔らかさが目立った。

 

 準備体操が終わったら、スタートの準備をしてもらう。ゲートは用意していないので片足を前に出す、いわゆるスタンディングスタートの状態を取って貰った。

 今回はテイオーが内側、ルドルフが外側だ。

 

 俺は二人の準備が出来たことを確認すると

 

「……よーい、スタート!」

 

 その声を皮切りに、テイオーとルドルフの模擬レースが始まった。

 

~~~~~~~~~

「……」

 

 結果だけ言おう。テイオーはルドルフに惨敗した。

 それも一バ身、二バ身の差なんかではない。

 恐らく十バ身差以上…… レースで言うところの大差勝ちをルドルフはしていた。

 

 これが七冠にして、トレセン学園最強と言われる皇帝の走りか……

 

 圧倒的だった。

 途中まではテイオーが前を走っていたのだが、最終コーナー直前にルドルフが加速。あっという間にテイオーを抜き去ってのゴール。

 しかもまだまだ余裕があると見える。

 

 テイオーは手を抜いたわけでもなく本気で走っていた。だからこそ、実力の差が浮き彫りになってくる。

 

 ルドルフのゴールと同時に大きな歓声が上がった。観客の方からルドルフを褒める声などが聞こえてくる。

 それと同時に周りにわらわらとウマ娘達が集まって来た。囲まれたルドルフはちょっと窮屈そうだ。

 

 俺はそれを横目に、遅れてゴールしたテイオーを見る。

 ぜぇぜぇと息を切らしており、顔が地面を見るよう下に向いていて表情までうかがえない。

 

 テイオーは今何を思っているのだろうか。

 

「……なぁ、テイオー」

 

 俺はテイオーに話しかけようとそばに近づこうとしたが、その瞬間テイオーが走り出した。

 

「ちょっ! テイオー! どこへ行くんだ!」

 

 俺は、急に走り出したテイオーを見失わないように追いかけ始めた。

 

 

 

「……ここが踏ん張りどころだぞテイオー」

 

「会長、どうかしましたか?」

 

「いや……ただの独り言さ」

 

~~~~~~~~~

 急に走り始めたテイオー。どこにいくかと思ったらトレセン学園を出て近くの公園にその姿を見つけた。ベンチに座り、顔を伏せてちょこんと座っていた。

 因みに現役ウマ娘を追いかける為に全力で走った俺は、もう既に疲れ切ってしまっていた。

 

 レース直後だというのにここまで速いのは流石テイオーと言うべきなのか、俺の体力が無いだけなのか。

 

「ぜぇ……ぜぇ……テ、テイオー……」

 

「トレーナー……」

 

 顔を上げたテイオーは瞳に涙を溜めており、もう泣き出しそうだった。

 

 俺はテイオーの隣に腰をかける。そしてゆっくりと尋ねた。

 

「テイオー、今日のレースどうだった?」

 

「分かんない……」

 

「分かんない?」

 

「だって、カイチョーはボクの憧れで、なりたい姿そのもので、いつも一着取ってるんだ」

 

「……」

 

「けど今日のレースでボクが負けちゃって、カイチョーがみんなから声援を浴びているのを見て胸の奥がすっごいイガイガするんだ…… おかしいよね、いつものカイチョーの姿なのに」

 

 

 テイオーは「天才」だ。

 

 自分の力を理解し、どうすれば速く走れるかを本能的に理解しているタイプの「天才」

 彼女にとって「勝利」とはただ、走った後についてくる「結果」であり、狙っているものでは無い。

 

 彼女にとって「勝利」とは当然だったのだ。

 

 敗北を経験した事が無く、勝つのが当たり前だと思っていた彼女はそれ故に精神が幼かった。

 敗北が無いなんて聞こえがいいが、それでは向上心が生まれない。

 彼女はまだ才能に振り回されているだけだったのだ。

 

 だからこそルドルフに協力を仰いだ。彼女が最も尊敬している人物に敗北させるために。

 

 圧倒的な力の差を見せつけられ敗北したテイオーは今こうして、何かに気づこうと悩んでいる。

 なら俺は背中を押してやるだけだ。

 

「テイオーはどうしたいんだ?」

 

「どうしたいって…?」

 

「負けて悔しいか?」

 

「悔しい……そっかボク、悔しいんだ。カイチョーに負けて悔しいんだ」

 

 テイオーが何かに気づいた様に俺を見る。その表情はさっきの泣きそうな顔とは違っていた。

 

「トレーナー」

 

「何だ?」

 

「ボク、カイチョーみたいに強くなりたい」

 

「……ちょっと違うな」

 

「え?」

 

 テイオーがきょとんとした顔をする。

 俺はテイオーの目を真正面から見て、話し始めた。

 

「無敗の三冠ウマ娘……確かに立派な夢だけど俺はテイオーはそこで収まる器じゃないと思ってる」

 

「それってどういう……?」

 

「お前はトウカイテイオーだ、シンボリルドルフじゃない。テイオーの夢はシンボリルドルフになる事か?」

 

 テイオーがはっとしたような表情をする。

 

 ……やっと気づいたかな?

 

「トレーナー」

 

「何だ?」

 

「ボク、カイチョーに勝ちたい」

 

「……」

 

「三冠ウマ娘だけじゃなくて、たくさんG1で勝って、カイチョーを超えて、一番速くて強いウマ娘になりたい!」

 

 テイオーがベンチからぴょんとポニーテールを揺らしながら立ち上がった。そして俺の正面に立って手を差し出してくる。

 

「だからトレーナー! ボクの夢を手伝ってよ!」

 

「……あぁ、勿論だ」

 

 俺はその手を取り立ち上がって、もう片方の手でテイオーの頭を撫でる。

 テイオーは「くすぐったいよー」と言って俺に撫でられていた。

 

 

 テイオーはシンボリルドルフではない。

 シンボリルドルフになるのでなく、それを超える。

 無敗の三冠ウマ娘だけじゃない、もっともっと大きな目標をテイオーは掲げてくれた。

 

 

 少し意地悪してしまったが、テイオーがその事に気付いてくれて本当に良かった。

 

 なら俺は彼女を全力で支えるだけだ。トレーナーだけではなく、一人の友人として。

 

「なら約束だな」

 

「約束?」

 

「俺は絶対テイオーの夢を諦めずに支える。だからテイオー、俺と一緒に走ってくれないか?」

 

「勿論! トレーナーも、ボクに置いていかれないようにしてね?」

 

 そんな少し生意気な口を利いたテイオーだったが、その目は間違いなく先程とは違って綺麗に輝いていた。

 

~~~~~~~~~

 テイオーと新たな約束をし終えた頃には、すっかりあたりは暗くなっており、ベンチは公園の外灯で薄暗く照らされていた。

 

「もうこんな時間か……そろそろ帰ろうかテイオー」

 

「うん! あ、でもちょっと待って!」

 

 そう言うとテイオーは携帯を取り出したかと思うと、どこかに電話かけ始めた。

 

「もしもし? 今大丈夫? まだ学校にいる? うん……うん、分かった今から行くね!」

 

 ウマ娘は耳が上にある都合上、人間みたいに耳に当てて話すわけでは無く、スピーカーモードで通話する事が一般的である。

 しかし今回はテイオーがほぼ一方的に相手に話しかけていて、相手側の返事はほとんど聞こえなかった。

 

 誰に電話をかけたのかと気になっていると、いきなりテイオーが俺の手を取った。

 そうすると、ぐっと俺の事をひっぱり、走り出した。

 

「ちょっ! テイオーどこに行くんだよ!」

 

「えー、内緒!」

 

「自分で走れるから離してって……いや力強い強い!」

 

 悲しきかな。どうやら年下のウマ娘に引っ張られてしまうほど俺は力が無いようだ。

 テイオーも俺の身体能力を理解しているのか走るスピードは控え目にしてくれている。

 

 そんなテイオーに引っ張られて数分。俺たちはトレセン学園の正門に戻って来ていた。

 

「ぜぇ……どうしたテイオー急に……」

 

「トレーナー、こっちこっち」

 

 テイオーがトレセン学園の中に入っていったので俺もそれについていく。

 もう時間も遅く、学園内には生徒達の姿は見当たらない。

 窓から入る外からの人工的な光が廊下を照らしており、なかなかに薄暗い。

 

 そんな学園内をテイオーについて歩いていると、目的地に到着したのが動きが止まった。

 その場所を確認してみると、「生徒会室」と書かれているドアが目に入る。

 

 コンコンとテイオーがドアをノックをする。

 

「入りたまえ」

 

 ドアを開けるとそこには、シンボリルドルフが生徒会室に一人座っていた。

 椅子に腰かけているルドルフはなかなかに様になっており、威圧感がある。

 

「先ほど電話で、会って話がしたいと言われたから待っていたが……何か用かな?」

 

「うん…… 今日はカイチョーには大事な話をしにきたんだ」

 

「……ほう?」

 

 テイオーは大きく「すぅー」と息を吸って、意を決したように話始めた。

 

「ボクね、今日カイチョーに負けた時凄い、すっっっごい悔しかったんだ。一着取ったカイチョーが声援を浴びるのなんていつもの事なのに」

 

「……」

 

「で、ボクやっと気づいたんだ。ボクはウマ娘の中で一番凄いやつになりたい…… だから走ってるんだって」

 

「テイオー……」

 

 テイオーの決意表明が三人しかいない生徒会室に響き渡る。

 ルドルフもテイオーも表情は真剣そのものだ。レースで対決していた時、いやそれ以上かもしれない。

 

「だから、センセンフコクだよ! カイチョー!!!」

 

「言ってみろ、テイオー」

 

「ボクは……いやボクたち(・・・・)はいつか必ず、皇帝を超える帝王になるよ! だから覚悟しててよね!カイチョー!!!」

 

 テイオーがびしっとルドルフに向けて二本指を突き立てる。

 

 そう宣言したテイオーの後ろ姿は、少し足が震えており、これを言うのにもかなり勇気がいった事が分かる。

 俺はテイオーが前に突き出していないもう片方の手をぎゅっと握ってあげる。

 

 大丈夫、俺も一緒にいるよと

 

 そうすると、先ほどまで話を聞いていたルドルフが口を開いた。

 

「ふふふ……ふははははは!!!あっははははは!!!!!」

 

 そう唐突に笑い出した。

 

「カ、カイチョー……?」

 

 テイオーが不安そうにルドルフを見る。

 正直俺もいきなり笑い始めた彼女にびっくりしていた。

 

「いや……すまないね。何もおかしかったわけでは無いんだ。そうか……テイオーがね。なら──私は」

 

 

「このシンボリルドルフ。易々と頂点の座を譲るつもりは毛頭無い。道は険しいものだと思えよ?」

 

 

 そうルドルフが俺たちの挑戦を受けてくれた。

 

~~~~~~~~~

「うわーっ、すっごい緊張した! まだドキドキする!」

 

 ルドルフに宣戦布告をした後、俺たちは生徒会室を出て寮に帰るために帰路についていた。

 

「俺も凄い緊張したぞ…… いきなりルドルフに宣戦布告するなんて思っても無かったしな……」

 

「えっへへー、もう居ても立っても居られなくなっちゃって」

 

 そう言ったテイオーの顔はどこか満足気だった。

 ……まぁ俺もテイオーと同じ気分ではあるのだが。

 

「よーし! ボクも明日からトレーニング頑張るぞ! どんな事するの? ボクなんでも頑張っちゃうよ!」

 

「あーー、その事なんだけどな……」

 

 俺はやる気になっているテイオーに対して、悲しい事実を告げた。

 

「テイオー、当分走るの禁止な」

 

「え」

 

~~~~~~~~~

「あのテイオーが私に宣戦布告とは…… 彼女も成長したという事なのかな?」

 

「スターゲイザー……彼女がテイオーに良い影響を与えているのは間違いない。 このままいい関係を築いていって欲しいものだ」

 

「なぁ……トレーナー君。私は、みんなの正しい目標になれているだろうか?」

 

 その質問は真っ暗な生徒会室に虚しく響き渡った。




お久しぶりのこんにちはちみー(挨拶)
ちょっと投稿遅れてごめんなさい。

あと最近Twitter始めました。進捗とかはこちらでお知らせしているのでよろしかったらフォローお願いします。

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【スターの日常】酒は呑んでも飲まれるな

これは、なんてことないスターの日常を書いたお話です。
最悪飛ばしても本編には影響ないようにはします。

なおこの作品はフィクションですのであらかじめご了承ください

2021/11/04 19:00 一部表現を修正しました
2021/11/05 4:30 谷口トレーナーに担当ウマ娘を追加しました
2021/12/23 20:00 「平成三強」を公式情報追加により「永世三強」に変更しました。


「飲み会……ですか?」

 

 とある日の放課後、俺はとある資料を取りに行く為にトレセン学園の廊下を歩いていた所、そこで桐生院さんに捕まっていた。

 桐生院さんは俺と同期で入った方で、少し前に俺の事をスカウトしそうになっていた女性のトレーナーだ。

 まさかまた懲りずにスカウトしに来たのか……? 

 

「いえ、流石にスーツ姿見ればトレーナーだって認めますよ…… じゃなくてですね、飲み会ですよ、飲み会。良かったらスターさんも参加しませんか?」

 

「いやまぁ大丈夫ですけど、どうしたんです? 急に」

 

「実は先輩トレーナーに交流を深める為にって誘われたんです。とは言っても女性の方しかいないので大丈夫ですよ」

 

 桐生院さんが「女性のトレーナーって少ないですしね」と付け足す。

 

 なるほど。確かに女性のトレーナーは少ないし、もしかしたら交流を深めるいい機会なのかもしれない。

 俺はサブトレーナーとかについていないので、他のトレーナーとの関係がほぼ無かったのだ。

 

「いいですよ、俺も行きます。詳しい日程教えて貰えます?」

 

「本当ですか! 良かったぁ…… えっと、日程は今日の七時からですね。場所は案内しますよ!」

 

 今日……今日なんだ。俺に予定があったらどうするつもりだったのか。いや無いけどね? 

 あとついでと言う事で、桐生院さんと連絡先を交換しておいた。

 

「そういえば、桐生院さん。担当ウマ娘見つかりました?」

 

「いえ、まだです……」

 

 俺はやっぱりこの人どっか少し抜けているんじゃないかと思い始めた。

 

~~~~~~~~

 桐生院さんと約束した数時間後の夜六時半ごろ。集合場所のトレセン学園の正門前で、いつものスーツ姿で帽子を被って桐生院さんを待っていた。

 一応寮住みなので、寮長に「今夜はトレーナー間での用事で遅れます」とは伝えておいた。

 

 実はと言うと少しワクワクしている。こんな夜に飲み会なんて経験した事無かったから、ちょっとテンションも上がるというものだ。もしかしたら尻尾も揺れているかもしれない。

 

 俺が到着して待つこと数分。向こう側から桐生院さんがスーツ姿でやって来たので少し安心した。

 これで私服とか言われたらどうしようかと…… つか私服がこれしかないんだが。

 

「それでは行きましょうか! こっちですよ!」

 

 そう言って桐生院さんが歩き始めたので俺もそれについて行く。

 桐生院さんが向かったのはトレセン学園の近くにある商店街の方だ。なんでもトレーナー間では良くここが利用されているらしい。

 

「そう言えば、俺たちの他に同期の女性トレーナーっているんでしたっけ」

 

「あともう一人いますよ。私はその方に誘われたんです。もしかして……知らなかったんですか……?」

 

 桐生院さんがちょっと呆れたように返事をする。

 トレーナーになってから何かと忙しくてそんな事確認する暇なかったからなぁ……

 テイオーの担当になったり、ルドルフと協力して色々やったり、とても濃い日々を過ごしていたと思う。

 

 話をしているうちにどうやら目的地に到着したようで、桐生院さんの足が止まった。

 商店街の中にある居酒屋が飲み会の場所らしく、良くも悪くも普通の外見のお店だ。

 ここからどうしたものかと思っていると、居酒屋の前に立っていた女性に声をかけられた。

 

「ねぇ、貴方達が桐生院さんとスターゲイザーさんであってる?」

 

 声がした方を見ると、そこにはスーツ姿で黒髪ポニーテールの女性が立っていた。身長は俺よりちょっと高いくらいだろうか。

 

「あぁいきなりごめんね! 私は清水光(しみずひかり)。貴方たちの先輩よ」

 

 そう自己紹介してきた女性はどうやら俺達の先輩にあたるトレーナーのようだ。

 

「どうもスターゲイザーです。よろしくお願いします」

 

「き、桐生院葵です! よろしくお願いします!」

 

 俺達も自己紹介し返すと、清水さんが珍しいものを見るような目で俺をじろじろ見てくる。

 

「な、なんでしょうか」

 

「んー? いや本当にウマ娘なんだなぁって。ほらウマ娘のトレーナーって珍しいからさ」

 

「おr…私の他にもウマ娘のトレーナーっていないんですか?」

 

「今はいないわね。聞いたことはあるけど」

 

 どうやら今のトレセン学園でウマ娘のトレーナーというのは俺だけらしい。

 やはりウマ娘のトレーナーというのは珍しいのか。

 

 そんな事を考えていると清水さんが「立ち話も何だし入ろうか」と案内してくれたので俺達もそれについて店の中に入る。

 お店の中は意外とこじんまりしており、落ち着いた感じの雰囲気が漂っていた。

 もう既に席は取っているようで、店の奥側のテーブル席に着くと既に三人ほど座っていた。

 何故か一人はもう既にビールだと思われるものを飲んでいる。飲み始めるの早くね? 

 

「あらぁ、こんばんは。よく来たわね~ 私は谷口(たにぐち)よ よろしくね~」

 

 そう黒髪ロングのストレートの女性が挨拶してくれた。

 ……ん? あれこの女性って

 

「あ、あのもしかして永世三強のトレーナーですか?」

 

「あら、よくご存知で」

 

「スターさん知ってるんですか?」

 

「逆に知らないんですか!?」

 

 永世三強――かの有名な「オグリキャップ」「イナリワン」「スーパークリーク」そして更に「タマモクロス」までを全て担当した伝説のトレーナーだ。担当している子それぞれが歴史に名を刻んだ凄いウマ娘だ。

 俺はレースオタクなのだが、ウマ娘だけでなくトレーナーの方もよく見ていたりするので有名どころのトレーナーは把握していたりする。

 まさかこんな所でかの永世三強のトレーナーと会えるとは……! 少し感動している。

 

「まぁ、座ってくださいな。自己紹介しちゃいましょうね」

 

 谷口さんがそう促してくれたので俺と桐生院さんが隣合わせで席に座る。

 

 最初に自己紹介の流れになったので、取り合えず俺と桐生院さんが自己紹介をする。

 何故か俺が自己紹介してる時に「白毛のウマ娘ちゃん!? グフッ」とか言って先輩と思われるトレーナーが一人気絶してた。怖いんですけど……

 

「あたしは~蔵内望(くらうちのぞみ)だよ~ よろしくね~」

 

 そうビールジョッキ片手に自己紹介した、蔵内さんと名乗るどこかフワフワしている子はどうやら俺たちのもう一人の同期のトレーナーらしい。

 

「桐生院ちゃんとスターちゃんはもう担当ウマ娘持とうとしてるの? 凄いね~」

 

 蔵内さんは現在清水さんのサブトレーナーとして勉強中との事。

 まぁそれが普通なんだけどね……

 

「で、こっちで気絶してるのが……おい起きなさい」

 

「ふぁい! 姫宮(ひめみや)です! ウマ娘ちゃんを見る為にトレーナーになりました!」

 

「姫宮ちゃんはそろそろ担当ウマ娘持たないとダメよ? いつまで私のサブトレーナーやるつもりなの?」

 

「うっ…… ハイ、ショウジンシマス……」

 

 姫宮さんは俺たちの先輩だが、どうやら谷口さんのサブトレーナーについているらしい。

 ウマ娘を見るためにトレーナーになるとは変わった人だなぁ。

 

「本当はもう一人来る予定だったんだけど、仕事で忙しくてパスね。機会があったら紹介するわ」

 

 清水さん曰く、その方はトレーナー業だけでなくマネージャーとしても働いているそうだ。

 トレーナー業だけでも大変なのに、他の仕事も抱えるのは素直に尊敬してしまう。

 

「自己紹介も一通り終わったし、ご飯食べましょうか。今日は私たちが奢るから好きなの頼んで大丈夫よ」

 

「本当ですか~? じゃぁ、あたしこの高いお酒で~」

 

「あんたはちょっと遠慮しなさい」

 

 そう言って蔵内さんがガンガン高いお酒を頼んでいた。

 俺は一応未成年なので最初に貰ったお冷を飲みながら、運ばれてきた大皿に乗ったご飯を食べる。

 焼き鳥やサラダ、唐揚げなどを口に運ぶが普通に美味しくて箸が進む。

 

 そんな感じで食事をしながら俺は先輩トレーナーの話を聞いたりしていた。

 特に永世三強を担当していた谷口さんと話をさせて貰っていた。

 レースの裏側やオグリキャップやタマモクロス、スーパークリーク、イナリワンのお話を聞けたりしてとても楽しかった。ただでちゅね遊びって何なんだ……

 

「飲み物頼んじゃうけど一緒に欲しいのある~?」

 

「あ、烏龍茶ください」

 

「はいは~い」

 

 蔵内さんが飲み物を頼んでくれるようなので俺のも一緒に頼んでもらう。

 

 美味しい食べ物を食べながら、こう先輩の話を聞けるなんて今日はここに来て正解だったなぁ。

 誘ってくれた桐生院さんには感謝しなくては。

 

~~~~~~~~

「そっか、名家の出身も大変なのね。新人から担当ウマ娘を持てだなんて」

 

「はい……」

 

 私、桐生院葵はちょっとした愚痴を先輩トレーナーである清水先輩に話していました。

 先輩は私の話をしっかり聞いてくれて、返事を返してくれます。

 

「私も担当……ドーベルを持ったのはトレセン学園に来てから2年後くらいだったかしらね。普通はそんなものなんだけどね」

 

「ですよね…… 新人トレーナーってこんな難しいものなんですね……」

 

 私の実家は桐生院家と言って、優秀なトレーナーを輩出してきたことで有名な家系です。そこで生まれた私も例外なく期待されており、なかなかに辛かったりします。

 担当ウマ娘を持とうと、トレーナーであるスターさんに声をかけるくらいには焦っていました。

 

「まぁ焦らないことも大切よ。しっかりウマ娘の子と話をすればきっと一緒に走ってくれる子が現れるわ」

 

「……はい! ありがとうございます!」

 

 やっぱり先輩は頼りになるなぁ。こうして悩みを聞いてくれるなんてとても優しくていい人なんですね。

 スターさんとかはもう担当持ってるっていうし、私も頑張らなきゃ! 

 

 そう新たに決意を抱いていると、私の肩に重みを感じました。

 横を見てみるとスターさんがその綺麗な白毛をあらわにして私の肩に頭を預けて寄りかかっています。

 

「……え?」

 

「えへへへ、葵ちゃん肩借りるねー?」

 

「葵ちゃん!? ちょっ、ちょっとどうしたんですかいきなり!」

 

 スターさんの顔を確認してみるといつもより顔が赤く、お酒の匂いも少しする。

 ……もしかしてこれ酔ってます!? 

 

「はえ~スターちゃんって酔うとこんな感じになるんだ~ 可愛いね~」

 

「はい可愛いですね、じゃなくて! 彼女未成年ですよ! なんで酔ってるんですか!」

 

「「「え」」」

 

 テーブル周りの空気が一瞬で冷えたのを感じました。

 


 ここで少し補足をしておこう。まずウマ娘というのは見た目がかなり美麗であり、歳をとっても若々しい子がとても多い。つまり顔だけで年齢を判断しにくいという事がある。

 更に、トレセン学園のトレーナー試験を受けるのは大体専門学校を卒業した人が多い為、トレセン学園で働く頃にはもう既に20歳を超えていることが基本である。この場の新人トレーナーである桐生院葵や蔵内望もお酒が飲める飲めないは別にして、一応成人は迎えている。

 

 が、ここに例外が一人。そう、スターゲイザーは専門学校になんて通っておらず自力で合格した異端児中の異端児である。さらに中卒でトレーナーに就くなんて前例がなく、まぁなんだその

 

 彼女たちがスターゲイザーを成人していると勘違いするのも仕方ない事なのである。

 


「未成年!? 嘘でしょ!? ちょっ、蔵内何飲ませたの!」

 

「え、あの、烏龍茶って言ってたのでウイスキーの烏龍茶割りを~」

 

「あんたの酒豪脳で考えるなぁ!!! どうすんのこれ! 未成年飲酒じゃない!」

 

 スターさんがお酒を飲んでしまった事でテーブル席はパニック状態。

 さっきまで落ち着いていた谷口先輩も「あらあらどうしましょう」と余裕が無くなっているように見えます。

 姫宮先輩はなんかよく分んないけど倒れていました。「仰げば尊死」とかぶつぶつ言っているけど……

 

 ギャーギャー言ってるのをよそに、未だにスターさんは私の肩に寄りかかっていました。

 本当に綺麗な白毛だなぁなんて思っていると

 

「葵ちゃん、ぎゅーーーー」

 

「!?!?!?」

 

 そう言ってスターさんが私に抱き着いてきました。

 お酒で酔っているからか、心なしか少しあったかいじゃなくて。

 

「スターさん離してください! 離し……力強い!」

 

 抱きつかれて困っていると、谷口先輩が立ち上がってこっちに向かって来ました。

 そうして、突然スターさんの頭に手を置いて撫で始めた。

 

「はぁい、いい子だから少し大人しくしてましょうねー」

 

「……ふぁい」

 

 先輩がスターさんの頭を撫でていると、突然私の方に一気に体重がかかる。

 咄嗟に支えて、スターさんを見るとすやすやと気持ちよさそうに寝ていました。

 え、眠らせたんですか……? 

 

「クリークに色々教えて貰ったけどまさかこんな所で役に立つなんてね」

 

「谷口先輩ナイスです! これで家に送り届ければ……!」

 

 谷口先輩はどこかほっとした表情を浮かべていました。姫宮先輩は何故か「供給過多……」とか言いながら倒れていました。

 

「さて……桐生院さん。私達スターさんの住んでる場所分かんないんだけど分かったりする? トレーナー寮ではないと思うから実家暮らしとかなのかしら」

 

「えーっと…確か……」

 

 私はそう聞かれて、いつぞやのスターさんとの会話を思い出す。

 確かあの時……

 


 

「はい、また機会がありましたら……あの、そっち方向トレーナー寮じゃないですよね?」

 

「俺住んでるの栗東寮なんで」 

 

「いや本当にトレーナーなんですか?」

 


「……栗東寮だったと思います」

 

「……一緒にたづなさんに謝りましょう」

 

~~~~~~~~

「……ん? あれ?」

 

 俺が目を覚ますとそこは寮の自室だった。

 カーテンの隙間から光が見えているので恐らく朝なのだろうか。

 時計を見てみると時刻は朝の七時。

 

 えっと昨日先輩達と居酒屋行って、お話を聞いて……なんかそこから記憶がない。

 なんか妙に頭も重いし…… スーツ姿のままベッドに入ってるし……

 

 どうしたものかと、ベッドから起き上がって携帯を取ると桐生院さんからメッセージが届いていたので確認してみると

 

『あの……昨日の事は気にしてないので! 大丈夫です! はい!』

 

「……」

 

 一体昨日の夜、俺は何をやったというのか。その真相は、結局誰からも教えてはくれなかった。




おまけのトレーナー紹介のコーナー

・桐生院葵(きりゅういん あおい)
スターの同期のトレーナーで有名な桐生院家出身。その為、期待が大きく担当ウマ娘を持とうと現在奮闘中。割とポンコツ。

・谷口海(たにぐち うみ)
現在トレセン学園の中の女性トレーナーの中で一番先輩。担当ウマ娘は「オグリキャップ」「タマモクロス」「スーパークリーク」「イナリワン」 別名トレセン学園の母。髪型は黒髪のロングのストレート。因みにでちゅね遊びは彼女には効かない為、クリークのフラストレーションは主にタマモかタイシンなどに向かっている。

・清水光(しみず ひかり)
スター達の先輩にあたるトレーナー。担当ウマ娘は「メジロドーベル」 先輩だが最近担当ウマ娘を持った。黒髪をポニテで纏めている。大体ツッコミ役にされている苦労人。

・蔵内望(くらうち のぞみ)
スター達の同期のトレーナー。どっか垢ぬけたようなふわふわしている子。現在清水トレーナーのサブトレーナーとして勉強中。髪は茶髪のふわふわパーマ。酒豪、めっちゃお酒飲むが二日酔いしない。

・姫宮明(ひめみや あかり)
スター達の先輩だが未だに担当を持たず谷口トレーナーのサブトレーナーにいる。ウマ娘を見る為にトレーナーになった変わった人。アグネスデジタルでは無いです。


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8.改善

 ルドルフに宣戦布告をした次の日の放課後。

 彼女に伝えた「走るの禁止」という言葉の真相を伝えるため、俺は寮の自室にテイオーを呼んでいた。

 

「ねぇ、トレーナー! 走るの禁止ってどういう事!?」

 

「落ち着けテイオー確かにちょっと言い方が悪かった」

 

 テイオーが俺のベットに座りながら、足をばたばたさせている。凄く不満そうだ。

 

 そんなテイオーへ説明する為に、俺は自室に置いていた大きめのホワイトボードを持ってくる。

 これは俺が「何かと使いそうだし」と思って買ったものだ。

 トレセン学園にはトレーナー室というものが存在するが、それはチームを結成しているトレーナーに優先的に与えられるものだ。俺みたいな一人のウマ娘だけを担当する専属トレーナーには無かったりする。

 なので、俺は寮の自室をトレーナー室兼ミーティングルームにする予定でいたのだが……早速使う機会が来たようで何よりである。

 

 俺はホワイトボードの前に立って、ペンを取る。

 

「まぁ、順を追って説明していくぞ。ちょっと話が長くなるかもしれないがいいか?」

 

「むぅ……分かったよ」

 

 さてテイオーの確認も取れたことだし、説明を始めますか。これからのテイオーの走りに関してとても大切な事だからな。

 

「まずそうだな……テイオーの走法に関してから話していくか」

 

「走法? ボクの走り方って事?」

 

「そうそう」

 

 俺はペンのキャップを取ると、ホワイトボードに簡単な振り子のようなものを二つ描く。

 振り子の長さと玉の大きさは一緒で、振れ幅だけが違う振り子だ。片方は振れ幅が長く、もう一方は振れ幅が短い。

 

「テイオー、ピッチ走法とストライド走法って知ってるか?」

 

「え、えっと……分かんないや」

 

「まぁ簡単に言うと、ピッチ走法は一歩一歩の歩幅が短い走りだな。図で示すとこっち」

 

 俺はそう言って、ホワイトボードに描いた振れ幅が短い方の振り子に「ピッチ走法」と書いておく。

 

「んでストライド走法が一歩の歩幅が大きい走り方だな。これはこっち」

 

 そしてもう片方の振り子に「ストライド走法」と書く。

 

「ピッチ走法は足の回転数が多いから、最高速度にたどり着くまでが早くて、消費エネルギーが多い。んでストライド走法は歩数が少ない分、最高速度にたどり着くまで少し遅いが、消費エネルギーが少ないな」

 

 テイオーは「ほうほう」と呟きながら話を聞いている。しっかり聞いてくれているようで何よりだ。

 

「さてここで問題だ。テイオーの走り方はどっちだと思う?」

 

「ボクの? うーん……そんな大きく走ってないと思うし、ピッチ走法かな……?」

 

「残念。正解はどっちでも無いだ」

 

「えー! それって問題になってないじゃん! ずるいよトレーナー!」

 

 テイオーがぶーぶーと文句を言ってくる。

 確かにこれは意地悪すぎたかな…… けど、それだけテイオーの走り方が個性的……悪く言うなら歪なのだ。

 

「テイオーは足の回転数だけで言えばピッチ走法くらいだ。けど一歩で稼げる距離だけを見るならばストライド走法なんだよ」

 

「……え、えぇ?」

 

 テイオーが混乱したような目でこっちを見てくる。

 俺はそんなテイオーに対して「つまりだな……」と続けて説明を続ける。

 

「ピッチ走法とストライド走法の良い所を足したのが、テイオーお前の走りだ」

 

「え! それってボクの走りが凄いって事!?」

 

「あぁそうだな。少ない歩数で距離を稼ぎつつ、最高速度に達するのも早い。走りの速さだけを見ればこれ以上無い走り方だ。走りの速さだけを見ればだが」

 

「……どういう事?」

 

 俺はホワイトボードに描いた振り子の棒の部分をペンで叩きながら言った。

 

「テイオーはここの部分がバネみたいなんだよ。テイオーの体が柔らかいおかげで、まるで飛ぶように走っているんだ」

 

 選抜レースや模擬レースで見せてくれたあの走り。ぴょんぴょんと跳ねているんじゃないかと錯覚しているんじゃないかと思うほどだ。

 周りを魅了してしまうほど、歪だけど綺麗な走り。

 

「けどな……この走り方はテイオーの足にとんでもない負担がかかっている。走ってる最中に常に体重を乗せて、その反動で加速しているからだな」

 

 俺以外のトレーナーだったら彼女の強みを活かすトレーニングをするかもしれない。

 そっちの方がテイオーだって簡単に三冠が取れて、ルドルフを超えれる可能性だってある。

 

 が、俺はそれ以上にテイオーの足を、テイオーのウマ娘としての競技人生を壊したくないのだ。

 

「……俺はテイオーの走り方を直したい。だから、一旦テイオーが走るのを禁止にしたんだ」

 

~~~~~~~~~

「えっと、つまり今のボクの走り方は足に凄い負担がかかってるって事?」

 

「……まぁ、そうだな」

 

「でもボク、足とか痛んだ事ないけど……」

 

「今はそうかもしれないが……多分どこかで足が壊れると思う。具体的な時期は分からないけどな」

 

「なんで分かるの?」

 

 テイオーが俺に尋ねてくる。

 そりゃいきなり貴方の足が壊れますって言われても納得出来ないよな。

 とはいってもその根拠も俺のフィーリング的な部分が強いんだが……しっかり話しておくか。

 

「この前テストって言って600m走って貰っただろ? その時テイオーの走り方見て、自分で再現してみた。そしたらまぁ負担がヤバくてな……」

 

「へーー……ん?」

 

 テイオーが何故か凄い納得いかなそうな顔をする。

 

「ちょっと待ってトレーナーってボクの走り真似出来るの?」

 

「出来るぞ。いやまぁ完璧では無いけど」

 

 俺は他の人より「目」がいい。目がいいというのは視力的な意味合いでは無く、視界から得られる情報が他の人より多いのだ。例えば見ただけで他の人の身長とか、コースの長さが大体分かったり。後は走り方の特徴を把握出来たりする。

 それを活かしてテイオーの走りを観察し、再現。そして自分の体でテイオーの走法の負荷を確認したという訳だ。

 

「え、何それ凄いじゃん! もしかしてカイチョーの走りも真似出来るの?」

 

「まぁ、多分やろうと思えば……」

 

「じゃあトレーナーがカイチョーの走りを真似すれば誰にでも勝てちゃうじゃん!」

 

「そうはならないんだなこれが……」

 

 いくら走り方を真似出来ても、そのウマ娘本来の速さまでを再現できるわけでは無い。

 

「これは俺の考えなんだけどな、同じ走り方っていうのは存在しないんだよ。そのウマ娘の身長や体重、筋肉の付き方……色んな要素があって走法っていうのは存在すると思ってる。だから俺がやってるのは劣化コピーなんだよ」

 

 例えば、レースなんかをしっかり見てみると、それぞれのウマ娘が特徴的な走り方をしていて面白かったりする。

 

 まぁ劣化とはいえ分かる事だってある。それが今回のテイオーの走り方の解析に繋がったという訳だ。

 

「なるほど……じゃあ今の走りを続けてたら……」

 

「あぁ、いつか足に限界が来る」

 

「……」

 

 テイオーが黙り込む。

 今提案した事はテイオーにとって辛い話になってるだろう。俺はテイオーの個性の一つを殺そうとしているのだから。

 

 もしこれがきっかけでテイオーから契約解除とか持ちかけられたらどうしよう……

 

「……よし決めた!」

 

 テイオーが沈黙を打ち破り声を上げる。そして俺の方を真っすぐ見て口を開いた。

 

「トレーナーがボクの事考えて提案してくれたんでしょ? だったらボクはそれを信じる。走り方、直すよ」

 

「……いいのか? かなり難しい事言ってるぞ?」

 

「ふふん、ボクを誰だと思っているのさ。無敵のトウカイテイオー様だぞ?」

 

 ……あぁ、そうだな。ルドルフを超えて一番速いウマ娘になるんだもんな。

 

「だからトレーナーもボクを信じてよ! このくらい、何て事無いもんね!」

 

 テイオーが自信満々にそう宣言してくれた。

 

 ……もしかしたらまだ俺は心のどこかでテイオーを信じ切れてなかったのかもな。全く情けないかぎりだ。

 

 俺は両手でパンッ! と自分の頬を叩く。

 

「……よし!」

 

 俺も変わろう。テイオーが信じてくれたんだ。信じられるトレーナーにならなくては。

 

「じゃあ、早速だけど具体的なトレーニング法の説明だ。頑張るぞ、テイオー」

 

「うん! なんでもこなしちゃうからね!」

 

~~~~~~~~~

「ぐええええええええええ」

 

「テイオー! フォーム崩れてるぞ!」

 

「うええええええええ!!!!!!」

 

 トレセン学園の練習場にテイオーの震えた声が響き渡る。周りのウマ娘達が「なんやなんや」とこちらの方を見る視線を感じる。

 今現在テイオーにやって貰っているのはフォームの矯正なのだが、普通にやってもなかなか元来の走り方を直すなんて至難の業だ。

 それこそ長い時間をかけてフォームを直さないといけない。これに関してはテイオーの飲み込み具合にもよるのだが……

 

 というわけでそのフォーム矯正の最初の段階として、まずは蹄鉄の重さをいつも使ってる物の五倍にした。

 こうする事により足を上に上げるのが辛くなる為、どうしても一歩一歩ゆっくり踏み出さないと行けなくなり、フォームを気にしながら走り事が出来る。更に、足の筋力増強にも繋がりもするまさに一石二鳥だ。

 

 そんな足に重りを背負ったテイオーが俺の指示したフォームを再現しながら、丁寧に一歩一歩走っている。

 俺が提案したフォームは従来のテイオーの跳ねるような走り方とは違い、しっかり足を回して加速するよくあるテンプレの走り方だ。

 

 ……まぁちょっとテンプレの走り方とは違うんだけど。テイオーの武器を完全に捨てさせるわけないだろ? 

 

 しかしこうテイオーが走り辛そうなのを見ていると、俺がテイオーの走り方を再現したりしたのは大分特殊なのかもしれない。長年の癖って直すの大変だしな。

 

「テイオー! 今日のトレーニングはおしまい! お疲れ様」

 

「ふぅ……うん、お疲れ様」

 

 俺がそう声を上げると、テイオーがトレーニングを終えてこっちに向かってくる。

 疲れては……無さそうだな。どっちかというと凄い不満そうな顔している。

 

「なんか全然走れないの気持ち悪い…… トレーナーが言ってた走るの禁止ってこういう事だったんだね……」

 

「今は直す時期だからな…… それについては我慢してもらうしかない」

 

 テイオーが耳を垂らして「うぇ~」と情けない声を出す。

 

 ウマ娘にとって「走る」というのは本能だ。それを禁止されたテイオーの気持ちは想像に難くないだろう。

 因みに俺は元が人間だからか、かなりその本能は薄い。別に走らなくても困らないし、しかもどちらかというと走るのは嫌いだという感情まである。

 

 俺はテイオーに重りの付いた靴を脱いでもらい、靴を履きなおしてクールダウンするように指示する。

 その後、テイオーの足に触わりつつ疲労具合を確認。これをすることでしっかり怪我のケアが出来るのだ。

 そこまでして、本日の練習は終了。ここから一緒に寮に帰ったりするのだが……

 

「ねぇトレーナー、今日帰りに寄りたい所あるんだけど一緒に行かない?」

 

「うん? いいぞ、特に用事もないしな」

 

「ほんとー!? じゃあボクについてきて!」

 

 何故か少しテンション高く発言したテイオーは尻尾も揺れており嬉しそうだ。

 ご機嫌なテイオーの後ろ姿を見ながら、俺たちは一緒に目的地に向かう事にした。

 

~~~~~~~~~

「なんだこれ甘ぇ……」

 

 テイオーに連れられ学校から徒歩数分。やって来たのは「はちみー」とか言う謎の飲み物を売っている屋台だった。

 そこでテイオーは慣れた様子で「はちみー硬め濃いめ多めで!」と注文していたので、「じゃあ俺も同じのを」と頼んだのだが、間違いなく失敗した気がする。

 しかもお値段が一つ千五百円というかなりの割高。

 

 はちみーはストローで飲むのだが、かなり力強く吸わないと上まで液体が上がってこない。ようやく上がって来た液体とも言えないドロっとしたものは、口の中に暴力的な甘さを伝えてくる。

 俺も甘いものはかなり好きな部類だと思っていたが、これはちょっと甘すぎる。

 

 だが隣に座っている少女はご機嫌な様子でちゅーちゅーと美味しそうにはちみーを飲みながら、鼻歌まで歌っている。

 

「はちみー♪ はちみー♪ はちみーを舐めるとー♪ 足が速くーなるー♪」

 

 ……この飲み物そんな効果あるの? マジか。

 

 その辺のベンチに座り、はちみーを飲みながらテイオーの話を聞く。

 テイオーの話は話題が尽きることが無く、学園の事や寮生活、友人の話などなど…… 聞いている俺の方も飽きずに聞けるから楽しい。

 

「それでね、マックイーンが『食堂のスイーツ美味しいですわ~』っていっぱい食べてて太り気味になっててね」

 

 放課後にこうして一緒に会話している様子はまるで学生の帰り道みたいだ。

 

 俺も学園とかに通っていたら、こんな日常があったのかなぁ……

 

「……なぁテイオー。学園生活は楽しいか?」

 

「うん! 友達も出来て、トレーナーとも会えて毎日楽しいよ! ちょっとトレーニングは辛いけど……」

 

「まぁ、それはうん、頑張って欲しい」

 

 そうしていると日が沈んできて辺りが暗くなってきた。そろそろ寮に帰らないといけない時間だ。

 テイオーがベンチから立ち上がって背伸びをする。

 

「よーーし! 明日も頑張るぞーー! テイオー伝説はまだ始まったばっかりだーー!」

 

 テイオーの元気な声が辺りに響きわたる。

 そんなテイオーを見ながら、俺も頑張ろうと決意を改めるのであった。

 

 

 

 

「ところで今度からはちみー飲む時は連絡してくれよ」

 

「え、何で」

 

「こんなめちゃくちゃカロリー高い奴、そんなぽんぽん飲ませられないから。テイオーの体重管理も俺の仕事だし」

 

「ボク太らないから! だから、はちみーだけは! はちみーだけは勘弁して!」

 

「ダメ」

 

「うわぁぁぁぁん!! トレーナーのけちぃぃぃぃ!!!!!!」




最近段落明けの重要性を知りました。こんにちはちみー(挨拶)(今作初登場)

こういう説明回に慣れていないので大丈夫か不安です。間違っていたらごめんなさい。私の宇宙では音が出ます()

あと『【おまけ】スターゲイザーの簡単な設定集』ですが活動報告に移動しました。ご了承ください。


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9.好敵手:スペシャルウィーク

 トレーナーの朝は早い……なんて事は無く、俺はいつも朝六時くらいに起きている。

 担当バによっては朝練を見るためにトレーナーも早起きするケースもあるみたいだが、テイオーは朝練をしていないので俺も早起きする意味がない。

 今は朝練をするよりも丁寧にフォームを直す時間だ。それよりもしっかり寝て欲しい。

 

 目覚ましを止めベッドから出た俺は、食堂に朝食を食べに行く為にジャージに着替える。因みに制服は段ボールの中に入りっぱなしだ。

 ジャージに着替えた後は特に何もせずに部屋を出る。

 女の子は寝起きでも身だしなみをしっかり整えるのかもしれないが、生憎中身が男性である俺はそこら辺に疎い。あと単純に寝癖もつきにくいのでそのままでいいのもある。

 更に寝癖があっても帽子を被ってしまえば問題無い。やっぱり帽子っていいわ。

 

 何人かのウマ娘とすれ違いながら、階段を降りて食堂に向かう。

 最初の方こそ珍しいものを見る目で俺を見ていたりしていたが、もう噂も落ち着いたのかそういう視線も無くなってきた。

 食堂に着くと時間帯もあってか多くのウマ娘が食事をとっており賑わっていた。

 俺はいつものパンの方の朝食セットを貰って、座れる席を探す。

 席を探していると、いつぞやに見た朝食とは思えない量の山盛りのご飯が目に入る。丁度正面の席も空いていたので座らせてもらおうかな。

 

「ここの席、大丈夫ですか?」

 

「あっ、はい! 大丈夫ですよ! って貴方は……」

 

「お久しぶりです」

 

「はい! えっと……」

 

 あ、俺の名前教えるの忘れてた。あの時は自己紹介するタイミング逃したんだっけ。

 

「スターゲイザーです。よろしくお願いします、スペシャルウィークさん」

 

「はい、こちらこそ! あとスペシャルウィークって長いのでスぺでいいですよ。みんなもそう呼んでいるので!」

 

「んじゃ、スぺさんよろしくお願いします」

 

「スぺでいいですよ~  もっと軽い感じで!」

 

 そう会話をしながらもスぺのご飯がものすごい速度で減っていく。前も思ったけどよくあの量のご飯を朝から食べれるな……

 俺がそんな彼女を横目に見ながら食事をしていると、後ろの方から聞きなれた元気な声が聞こえてきた。

 

「あっ、トレーナーだ! おはよう!!」

 

 そう、俺の担当ウマ娘事トウカイテイオーである。テイオーと俺は同じ寮で生活しているのでこう会うのは珍しい事では無い。

 が、今日は少し状況が違った。

 

「あれ、スぺちゃんも一緒じゃん。知り合いだったの?」

 

「テイオーさん、おはようございます!」

 

 どうやらテイオーとスぺは既に知り合いだったようで、挨拶を交わしている。

「トレーナー、隣座るねー」とテイオーが朝食を乗せたトレーをテーブルに置いて、俺の隣に座る。

 

 三人で一緒に食事をしているとテイオーがスぺに話しかけた。

 

「そういえばスぺちゃん、そろそろ皐月賞だね。調子はどう?」

 

「いい感じですよ! 勝負服も貰って準備万端です!」

 

 皐月賞……クラシック三冠の最初のG1レースで「最も速いウマ娘が勝つ」と言われているレースだ。

 G1レースは出走するだけでもかなりの実力が求められるので、スぺはこれだけでもかなり速いウマ娘であることが分かる。

 そういえば最近忙しくて直近のレースのチェックが出来て無かったな…… 参考になるウマ娘も多いし、しっかりチェックしとかなくては。

 

「ですからこうしてご飯をいっぱい食べて元気をつけているんですよ!」

 

「いやにしたって食べすぎでしょ……」

 

「トレーニングで消化するので大丈夫です!」

 

 スぺがフンス!と聞こえそうな勢いで力説する。

 

 そっか……じゃあ大丈夫か……

 

 俺が目の前の無限の胃袋を持つウマ娘に困惑していると、隣でテイオーがそれを聞いて苦笑していた。

 

「あはは…… でもトレーナーは食べなさすぎじゃない? もっと食べなきゃダメだよ」

 

「そうですよ! スターさん、食べなさすぎじゃないですか?」

 

 スぺのご飯の量は例外として、テイオーの朝ごはんを見てみるとかなり多くの量を食べている。

 ウマ娘はかなり健啖家が多く、多くのエネルギーを摂取してそれを超人的ともいえる走りに還元している。その為、ウマ娘と普通の人間ではそもそも食べる量が違うのだ。

 俺はウマ娘の食事としては少ない方だろう。

 しかし何故かそんな多くの食事をしなくても困った事は無い。燃費がいいのか、他のウマ娘と比べて動いていないからなのかは定かではないが。

 

「いや別に俺は食べなくても大丈夫だし、勝手に食べ……」

 

「……? トレーナー?」

 

 そっか、もう別にご飯の食べる量を気にしなくてもいいのか。ここはあの家では無いのだから。

 

「……ならもうちょっと食べるか。お代わり取って来るよ」

 

「じゃあボクも一緒にいく!」

 

「私もいきます!」

 

 お代わりなんてこっちの世界で初めてしたな。

 トレセン学園に来てから、出来て無かった体験をいっぱいして新鮮だ。

 

 それはそうと、既にスぺのお腹がぽっこり出てるけど大丈夫なのだろうか。

 

~~~~~~~~~

 クラシックロードの出発点である皐月賞は四月半ばに中山レース場で行われる。

 ウマ娘のレースが世界的スポーツになっているこの世界では、G1レースともなると非常に注目度が高い。

 そんなレースを一目見ようとレース場には多くのヒトでごった返している。

 レース場に行って見れなかった俺は、寮の自室でテレビをつけてレースが始まるのを待っていたのだが……

 

「なんでテイオーが俺の部屋にいるんだ?」

 

「だって食堂のテレビ混んでるんだもん。どうせなら大きいテレビで見たいし、来ちゃった」

 

 まぁいいけどね。しかしこうもテイオーが自室に来るようだったらソファとか買った方がいいのだろうか。

 現に俺とテイオーは二人掛けでベッドに座ってテレビを眺めている。

 

 因みにこのテレビは自腹で買ったもので、最初から部屋にあったものでは無い。

 だって、大きい画面でレースが見たかったし…… 必要経費と言う奴だ。

 

「あ! 始まるよ!」

 

 まずはパドックでのウマ娘の入場だ。ここではレースに出走するウマ娘達が一人ずつ勝負服などをお披露目する。

 テレビの方ではアナウンサーが各ウマ娘を解説したりしていた。

 

『一番人気のスペシャルウィークです。ここまで無敗で来ているので期待大ですよ』

 

 スペは……画面越しに見てる感じでは調子も悪く無さそうだな。過度な緊張もしてなさそうで自然体で挑めそうだ。

 

 次に紹介されていた二番人気のキングヘイローは、どこか張り詰めた表情でパドックでのお披露目会を終わっていた。初のG1で緊張してしまっているのだろうか。

 

 三番人気のセイウンスカイはパドックで手をひらひらと振っている。

 どこかひょうひょうとしており、掴め無さそうな子だなと思っていると、一瞬彼女の目が変わった。

 その後直ぐに柔らかい目に戻ったが、あの目は……

 

「テイオー、あのセイウンスカイってウマ娘よく見ておけよ」

 

「? まぁトレーナーがそう言うなら……」

 

 パドックでのお披露目会が終わると、次はゲートインである。

 少しセイウンスカイがゲートに入るのにためらっていたようだが、特に大きな問題も無く各ウマ娘のゲートインが完了する。

 

『さぁ、最も速いウマ娘が勝つ皐月賞。今、そのゲートが開かれました!』

 

 皐月賞が、始まる。

 

~~~~~~~~~

 皐月賞があった次の日の朝。

 俺はいつものように朝食を取るために食堂に来て、座れる席を探す。

 そうしていると、スぺが食事をしているのを見つけたので俺もそこに座らせてもらおうとしたのだが……

 

 あれ? ご飯の量いつもより凄い少なくね?

 

 いつもお茶碗山盛りに盛られているお米が、今日はちょこんと控えめに盛られている。

 

「おはよう、スぺ」

 

「うぅ…… あっ、スターさん、おはようございます……」

 

 いつもの元気な挨拶も飛んでこず、明らかに落ち込んでいる様子が見て取れてしまう。

 

 それもそうか。昨日の皐月賞、スぺは逃げたセイウンスカイに追い付かず、三着という結果で終わった。

 一着にセイウンスカイ、二着がキングヘイロー、三着がスぺだった。

 

 スぺはここまで無敗で来ていたというのもあり、かなりのショックだったのかもしれない。メンタル的に相当参ってそうだ。

 

 ……どうするかなぁ。これ俺が関わっていい事なんだろうか。別に俺スぺのトレーナーじゃないし……

 

 ウマ娘を支えるトレーナーとしてこう悩んでいるウマ娘を放っておくのは俺の望んでいる事ではない。

 少し自分の中で悩んだ結果、軽く相談に乗るならセーフと言う結論に至ったので、スぺに話しかける事にした。

 

「昨日の皐月賞惜しかったな」

 

「あはは…… 見られちゃいました?」

 

 スぺが苦笑いする。だがすぐにしゅんとしてしまった。

 

「私調子に乗ってました。こっちに来てから無敗で……皐月賞も勝てるって思ってて…… でもセイちゃんとキングちゃんに負けちゃって……」

 

「……」

 

「私、情けないですよね」

 

 スぺのご飯を食べる箸が止まる。もう表情が伺えないほどに顔を下に向けてしまっている。

 俺はそんなスぺに対して声をかけた。

 

「敗北は次の勝利へのステップだ」

 

「……え?」

 

「負けた事が大事なんじゃない。一番大切なのはなんで負けたかを考える事だよ」

 

「……」

 

「次の日本ダービー出るんだろ? ならそこでリベンジする為にどう頑張るか。負けっぱなしじゃ終われない……ってなんでそんなポカーンとしてるんだ」

 

 俺の話をスぺは何故かあっけに取られたような顔で聞いていた。

 スぺが「あ、いえ」と口を開く。

 

「なんか……トレーナーさんみたいな事言うんだなぁって」

 

「まぁ、トレーナーだしな」

 

「えっ」

 

「あれ言ってなかったっけ」

 

 いや仮に言ってなかったとしてもテイオーが俺の事「トレーナー」って呼んでたと思うんだけど。

 

「いえ、ホントにトレーナーだとは思って無くて」

 

 スぺが驚いた表情を取る。

 まぁそりゃそうか。普通寮にトレーナーが生活してるなんて思わないだろうし。

 

 そんな俺の話を聞き終えたスぺは「うん、そうだよね」とボソッと独り言のように呟く。そして

 

「私うじうじするの、もうやめます! 次の日本ダービーに向けてトレーニングけっぱります!」

 

「ん、頑張れよ」

 

 そう宣言したスぺの顔はさっきまでとは違い、しっかり前を向いていた。

 良かった、どうやら立ち直れたみたいだ。

 本当は走り方とかレース展開の事も言いたいけどこれは余計だろう。そっちの方はスぺのトレーナーに任せようか。

 メンタル面だけでも回復出来たんだったらトレーナー冥利に尽きるってもんだ。

 

 

「じゃあ私、ご飯のお代わり持ってきますね!!!」

 

「それはほどほどにしとけよ……?」

 

~~~~~~~~~

 時間が経つのは早いもので、いつの間にか日本ダービーの時期になってしまった。

 テイオーと日々、トレーニングをしているとあっという間である。

 

 前回の皐月賞同様、俺とテイオーは一緒に日本ダービーをテレビで見ていた。因みにソファはまだ買ってない。

 

『さぁ今回の一番人気はこのウマ娘! スペシャルウィーク! 前走の皐月賞では惜しくも三着でしたがそれでもファンからの期待は高いです!』

 

 そう紹介されたスぺはとても調子が良さそうだ。皐月賞の時とはまた違った目をしていた。

 

 これは……凄いな。画面越しからでも「絶対に勝つ」という強い意志がひしひしと伝わってくる。

 

 パドックでのお披露目会も終わり、各ウマ娘がゲートインする。

 

「ねぇねぇトレーナー。今回は誰見たほうがいい?」

 

「スぺ。間違いなくスぺ」

 

『各ウマ娘ゲートイン完了。出走準備が整いました! さぁ最も運がいいウマ娘が勝つと言われている日本ダービーが今スタートしました!』

 


『最終コーナーに差し掛かってなんと先頭はキングヘイロー! 果たしてこのまま逃げ切ってしまうのか!』

 

 

『ここでキングヘイローをかわしてセイウンスカイが前に出る! 皐月賞バがニ冠目を取るのか!?』

 

 

『いやスペシャルウィーク! 間をついてスペシャルウィーク一気に来た!!! 驚異的な末脚!』

 

 

『先頭は完全に抜けたスペシャルウィーク! これはセーフティーリード! 先頭はスペシャルウィークゴールイン!!!』

 

 

『スペシャルウィークやっぱり強かった! 二着に五バ身差をつけての圧勝です!!!』

 

 


「スぺちゃん凄い……」

 

 テイオーが隣で驚愕している。 いや、かくいう俺も驚いているのだが。

 G1、しかも日本ダービーという大舞台であるにも関わらずこの走り。二着との差は五バ身という圧倒的な強さ。

 

「これが黄金世代と言われているウマ娘の実力か……!」

 

 黄金世代──スぺやセイウンスカイ、キングヘイローに加えてエルコンドルパサーやグラスワンダーなどがいる今のクラシック級のウマ娘達の事を指す言葉だ。各ウマ娘の能力がとても高く、世間からそう言われている。

 

 もしテイオーがデビューしたら黄金世代とシニア級のレースで当たる事になるだろう。

 テイオーも天才だが、ここはエリート達が集うトレセン学園。天才なんてそこら辺に転がっているレベルなのだ。天才なだけでは勝てない。だからこそ

 

「ねぇトレーナー! トレーニングに行こ! スぺちゃんの走り見てたらボクうずうずしちゃって!」

 

「……だな! 今日も気合い入れていくぞ」

 

「うん!」

 

 だからこそ──誰よりも努力しなければならない。

 焦らず、でも確実に一歩一歩前へ走りを進める。いつか一番強いウマ娘になるために。

 

 俺は急ぎ足で部屋から出ていってしまったテイオーを、頭に帽子を被ってから追いかけるのだった。

 

~~~~~~~~~

 なぁ、スぺ。皐月賞の次の日、ものすごい勢いでトレーナー室に突っ込んで来ただろ。あの時は聞きそびれたが何かあったのか?

 

「え? えっと、知り合いのウマ娘さんに相談に乗って貰ったんです」

 

 へぇ……ウマ娘ねぇ……

 

「そのウマ娘さんはトレーナーらしくて、励まして貰っちゃいました。負けは次の勝利へのステップだって」

 

 それはまた。

 

「あ! そういえばそのトレーナーさん、テイオーさんを受け持ってるらしいですよ!」

 

 トウカイテイオー……この前の選抜レースで注目を集めていた子か……

 あの子は強くなりそうだな。

 もしレースする事になったら勝てそうか?

 

「はい! 負けませんよ! だって私」

 

 

 

「日本一のウマ娘目指してますから!」




こんにちはちみー(挨拶)
補足ですがこの世界の日本ダービーにはエルコンドルパサーは出ていません。
なので史実通りのスぺちゃんダービーが繰り広げられました。


ちょっと今回は投稿遅れましたが、なんと次の話はすぐに投稿されるそうですよ?

評価とか感想をくださるとモチベに直結します。よろしければ。


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【スターの日常】でもうまぴょい伝説の歌詞って素面で作ったらしいよ

これは、なんてことないスターの日常を書いたお話です。
最悪飛ばしても本編には影響ないようにはします。

まぁ何が言いたいかっていうと、もしかしたら好き嫌いが分かれるから気をつけてくださいって事です。




 ウィニングライブ。

 それはレースに参加したウマ娘達が、応援してくれたファンへの感謝の気持ちを表すライブの事である。レース上位入賞者がセンターに近いポジションで歌う事になり、多くのファンが楽しみにしているイベントだ。

 なんでレース後にアイドルみたいにライブする事になるのか全く分からない。

 が、これがこっちの世界での当たり前になってしまっているので、違和感を感じる俺の方が異端なのかもしれん。

 しかも中央のトレセン学園はレースだけでなく、ウィニングライブにも力を入れているので「ウィニングライブを真面目にやらないウマ娘はトレセン学園生徒として失格」とまで言われてしまっている。

 

 レースにダンスに歌の練習って下手なアイドルより大変では?

 

 だが、やらなきゃいけないのは仕方がない。

 なのでトレーニングの日の一部を休みにし、気分転換も兼ねてテイオーと一緒にカラオケに来たのだが……

 

「────I believe 夢の先まで~♪」

 

 テイオーがカラオケに来て最初に入れた曲「Make debut!」を歌い終えた。

 

 いや、歌うっま。 しかもダンスもうっま。

 

 歌いながらちゃっかりセンターでの振り付けでダンスも踊っていたテイオーは、「次の曲何にしようかなぁ」と言いながら機械を弄っている。

 テイオーは踊りやすそうなラフなTシャツとズボンを着ており、元気な少女って感じの私服だ。俺? 俺はいつもの帽子とスーツ。

 

「テイオー……歌とダンス上手いな……」

 

「ふっふっふっ……ボク、歌とダンス得意なんだよね。やっぱりウィニングライブは完璧にやらなきゃ」

 

 ウィニングライブの練習はトレーナーが指導する……という訳では無く、外部のコーチがいたりもする。因みにトレーナーになる為にダンスは必須科目ではない。勿論出来たほうがいいのだが。

 俺はダンスに関してはお手本の動きをコピーすればいいので、ギリ指導出来る方だろう。

 

 歌い終えてしばらく経つと画面に先程の歌の点数が出てきた。

 

 えっと……95.6点。高い。

 

 高得点を叩き出したテイオーはご機嫌そうだ。

 これはウィニングライブに関しては特に問題無さそうかな。

 楽しそうに選曲している様子を飲み物片手に眺めていると、テイオーが俺に話しかけてきた。

 

「ねぇ、トレーナーも歌ってみてよ!」

 

「え」

 

 実は俺は歌にはかなり疎い。というか、知っている曲がなかなか無いのだ。こっちの世界では、前世で知っていた曲が有ったり無かったりする。ウマ娘がいる影響で文化にもズレが出ているのだろうか。

 あとそんなに歌に自信が無いというのもあるが。

 

「じゃあ……これで」

 

「お? 何歌うの?」

 

「国歌、斉唱」

 

「ちょっと待ってトレーナー! それカラオケに来てまで歌う曲じゃないよ!」

 

 駄目か…… じゃあ卒業式でよく歌われてる曲で……

 

「なんでそうチョイスが独特なの!?」

 

「とは言っても俺あんまり今時の曲知らないぞ……」

 

「もうしょうがないなぁ…… ボクが選んであげるよ。ウィニングライブで歌う曲なら知ってるよね?」

 

「まぁそれなら」

 

 ウィニングライブで歌われる曲はある程度決まっている。なので使用される曲であれば歌詞自体は覚えているのだが…… 

 

 テーテーテーテッテテテテー♪ 

 

 部屋に聞き覚えのあるメロディーが流れる。あれこれって……

 

 更に画面の方から「いちについて……よーい」と掛け声が聞こえてくる。間違いないこれは

 

「はい! うまぴょい伝説!」

 

「すみませんテイオーさん勘弁してください」

 

 テイオーが「えーー」と言いながら俺の方を見る。

 

 うまぴょい伝説──それは数あるウィニングライブで歌われている曲の中で一番意味が分からない歌詞を持った曲だ。歌詞だけではなくダンスの振り付けもなかなかいかれており、これを作った人はワインを二本開けて作ったと噂されている。

 

「今日の勝利の女神は私だけにちゅうする」って何だよ。どんな歌詞だよ。赤チンとは一体……

 

 流石にうまだっちからのうまぴょいはしたくないので、俺はさっきテイオーが歌ってた「Make debut!」を選曲して歌う事にした。

 

「響けファンファーレ♪ 届けゴールまで♪」

 

 一応一番歌いやすいように立って歌ってみたのだが、何故かテイオーにじろじろ見られる。

 なんか変な所あったかな…… 音程は極端にズレてないと思うけど。

 

「────I believe 夢の先まで~♪」

 

 じゃん!と言う音ともに歌が終わる。カラオケ行く機会なんて無いからうまく出来てるか不安だ。

 気になってテイオーの方を見てみるとぱちぱちぱちと拍手してくれた。

 

「トレーナー普通に上手いじゃん! これならウィニングライブ出ても問題無いよ!」

 

「いやトレーナーはウィニングライブ出ないから」

 

 そうテイオーに返事をすると、画面の方には88.5点という点数が表示される。

 高いのか分からないが、全国平均が84点と表示されているのを見るとちょっとうまいくらいなのかな?

 

「実はカラオケの点数って実はあんまりあてにならないんだよね」

 

「そうなのか?」

 

 テイオー曰く、カラオケで高得点を出すのはコツがあって歌が上手いのとカラオケで点数高いのとではまた別の技術がいるらしい。

 

「やけに詳しいな」

 

「まぁね! よく小学生の頃にカラオケ行って高い点数出すのに夢中になってたから」

 

 ウィニングライブの練習を小学生の頃からやってたからこんな歌が上手いのか。

 因みにダンスはカイチョーことルドルフの真似してたらいつの間にか大体出来るようになってたらしい。これが天才か……

 

「久しぶりにカラオケに来たしいっぱい歌っちゃお!」

 

 そう言い始めてからのテイオーは凄かった。ウィニングライブの曲から、良くCMで流れている曲、俺が知らない曲まで入れまくって歌いまくり。よくここまでいっぱい曲知ってるな。

 俺も時々歌ったが、八割テイオーが歌いっぱなしだった。

 

 そして三時間後。

 

「いやー楽しかった! こんな歌えたの久しぶり!」

 

 あんだけ歌ったのに全く息が切れてないテイオーを横に俺達はカラオケ店を後にした。

 よく三時間も歌い通せるもんだ。

 満足気な顔をしながら楽しそうに尻尾を揺らして俺の隣を歩いている。

 

 携帯の時計を見ると時刻は昼の十二時頃。丁度お昼の時間帯だ。

 

「なぁ、テイオーなんか食べたいのあるか?」

 

「ハンバーガー!」

 

~~~~~~~~

 割とジャンクな食事を終えると時刻は午後の一時頃。

 まだ寮の門限まで時間があると言う事で「どっか行きたい所ある?」って聞いたら「ゲーセン!」と言われたので俺達は近くのゲーセンに向かう事にした。

 

 俺はゲームはよくやっているのだが。ゲーセンに行くのは初めてだ。まぁ最近忙しくてゲームにも触れられていないのだが。

 

「おーここかゲーセンか…… なかなかやかましいな」

 

 ゲーセンに入ると周りからゲームの音が鳴り響いている。

 意外と敏感なウマ娘の耳にとっては帽子越しでもかなりうるさい。テイオーは慣れているのかそこまで気にしていなさそうだ。

 

「あっ! カイチョーのぱかプチがある!」

 

 テイオーが指をさした方を見ると、そこにはクレーンゲームの筐体の中に入っているルドルフのぱかプチがあった。

 ぱかプチ──それはウマ娘をデフォルメにした人気のぬいぐるみシリーズだ。手の平サイズの物から、大きめの物だと抱きかかえるサイズのものまである。ぱかプチのモデルに選ばれるのはウマ娘達にとって一種のステータスになっていたりする。

 

「なんだ欲しいのか?」

 

「いや、カイチョーのグッズは一通り持ってるから別に……」

 

 あっ、そうなのね…… そう言えばテイオーってルドルフオタクだったか。

 

「いつかさ、ボクのぱかプチが出たらこんな感じで並ぶのかなぁって」

 

 テイオーのぱかプチか…… 三冠なんて制したらグッズのオファーがいっぱい来るのかな。 

 まぁそんな未来の為にも

 

「今は練習頑張らないとな。今日は休みだけど」

 

 練習する時は練習する。休み時はしっかり休む。メリハリつけてやってかないとな。

 

「……うん! じゃあトレーナー! 何か対戦ゲームしようよ!」

 

「ほう…… いいのかな『帝王さん』? 負け越しちゃうぞ?」

 

「へー…… 『ねずみさん』も言うね……」

 

 『ねずみさん』と言うのは俺がネットゲームをやっている時に使っていたハンドルネームだ。『帝王さん』はテイオーの方のハンドルネーム。

 元はと言えばテイオーとの出会いもネットからだった。その頃はまさかこんな事になるとは思っても無かったけど。

 

「先に二勝勝ち越した方の勝ちにしよう! まずはレースゲームにしよっか」

 

 そんなこんなでテイオー、『帝王さん』とのゲーセン対決が幕を開けた。

 

 

「ちょっテイオー運転上手すぎだろ! なんでそんなドリフト上手いんだよ!」

 

「えーー、トレーナーが下手なんじゃないの?」

 

 

「トレーナー端っこで飛び道具するのズルい! 近づいてきてよ!」

 

「これも立派な戦術ですー!」

 

 

「音ゲー初見は流石にきついね…… って、え」

 

「甘いな初見フルコンは基本だろ」

 

「ねぇズルした? 実は初見じゃないでしょ」

 

「目はいいからな あとは手が追い付けばいいだけだ」

 

 

「はぁ……はぁ……流石にダンスゲームはキッツ……」

 

「あれぇ? さっき、初見でもフルコンは余裕って言ってなかった?」

 

「目が追い付いても足が追い付かないんだよ…… ウマ娘用難易度ってなんだ……」

 

 

 二人ともゲームの実力が基本同じと言う事もあってか、なかなか決着がつかない。更に負けず嫌いな性格も相まってか、一戦一戦も長くなってしまい結局どちらも勝ち越す事が出来なかった。

 

 そしてゲーセン内の対戦出来るゲーム全てで対戦し終えた結果。

 俺とテイオーが見たのは、とっくに寮の門限を超えた時間を知らせる時計だった。

 

「……」

 

「……」

 

「……帰るか」

 

「……だね」

 

 さっきまでヒートアップしていた気持ちが一瞬で落ちるのが分かる。

 外は既に日が沈んでおり、周りのお店や外灯の灯りによって道が照らされている。

 そんな歩道を一緒に歩いていると、テイオーが話しかけてきた。

 

「今日すっごい楽しかった! ありがとトレーナー!」

 

「俺も楽しかったよ。また来ような」

 

「うん! 次は負けないからね!」

 

 カラオケにゲーセンなんてまるで学生同士の遊びみたいで年甲斐もなくはしゃいでしまった。

 

 ……あれ? 俺、年齢的には高校一年生か。じゃあ、これは年相応……?

 

 俺が精神的年齢と肉体的年齢の間で揺れ動いていると、テイオーが俺の一歩前に出る。

 

「最後に寮まで競争だよ! 先に着いた方の勝ちね!」

 

「それはズルいだろ!」

 

 そう俺が抗議するもテイオーが駆け足でウマ娘専用レーンを走っていく。

 

 あ、しっかり指導した方の走り方で走ってる。気を付けられてて偉い。

 

 テイオーに走りで勝てる訳がないのでゆっくり、それでも人と比べたら大分速いスピードでテイオーを追いかける。

 あまり距離が離れていなかったのか、直ぐにテイオーの背中が見える。一応大分抑えて走ってるみたいだ。時々後ろの方振り向いて俺の事確認してるし。

 

 あぁ、本当に今日は楽しかったな。また遊びたいな。

 

 そんな気持ちを胸に、俺とテイオーは帰路につくのであった。

 

 

 

 

 因みに寮長のフジキセキさんにはめっちゃ怒られました。すみませんでした。




二日連続投稿のお時間でした。こんにちはちみー!(挨拶)
日常回は作者のノリがいいので筆が早いのだ。次は流石に本編です。
これ投稿した後、リアルが忙しくなってしまうので次の投稿が遅れてしまうかもしれないです。ごめんなさい。

余談ですが私の好きなウマの娘の曲は「ユメヲカケル」と「Lucky Comes True!」です。


良かったら評価や感想をくださると嬉しいです。執筆のモチベに繋がります。


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10.好敵手:メジロマックイーン ナイスネイチャ

 寮の自室でカタカタとPCを弄る音が響く。

 今俺はテイオーの練習メニューを作っている最中だ。

 

 スぺの日本ダービーから数か月後。

 時間が経つのは早いもので、もう季節は夏に突入しようとしていた。

 その間もテイオーの練習の指導をしつつ二人三脚で頑張っていたのだが、ここに来て一つ誤算が発生した。

 

「テイオーのフォームの直りが早い……」

 

 そうなのだ。俺の予想以上にテイオーのフォームの修正が上手くいっている。

 正直もっと時間がかかると思っていたので、その前提で練習メニューやデビュー戦の日程まで考えていたのだが……

 

 もしかしたら今年中にデビュー戦出来るか……? 

 

 因みにデビュー戦は別に早ければ早いほど良いというわけでも無く、そのウマ娘の本格化に合わせる事が多い。

 本格化というのはウマ娘の持つ能力が開花し、競技者としてピークを迎える期間の事である。

 だが、本格化を迎えたウマ娘はある程度の期間が過ぎてしまうと、ピークが終わり能力が下がっていってしまう。

 なので、本格化と同時にデビューするのがベストなのだ。

 うちのテイオーは既に本格化は来ているとは思うので、デビュー戦は確かに早い方が良かったのだが……

 

 嬉しい事なのだがどうしようかと考えていると、ぴこんと携帯の通知音が鳴る。

 確認する為に携帯を確認してみると、テイオーからのメッセージだった。

 

『昨日トレーナー室にノート忘れちゃったかもしれないんだけど、無い?』

 

 ノート……? あ、これか。

 

 少し自室を探してみると、テーブルの上に「トウカイテイオー」と名前が書かれてあるノートを見つけた。

 そういえば昨日ミーテイングが終わった後にここで宿題してたな。自室ですればいいのに。

 

『あったぞ。で、これどうすればいいんだ?』

 

『実はさ、それ今日の授業で使うんだよね。持ってきてくれない……?』

 

 えぇ…… いや忘れ物しちゃうのはあるあるだよね。分かる。

 時計を見ると、時刻は十一時半頃。丁度いいしノートを届けるついでに学食でも利用するか。

 

『分かった。じゃあ、十二時頃に食堂に集合な。そこで渡すわ』

 

『ありがとー!!! 待ってるね!!!』

 

 そう返信してアプリを落とす。

 俺は食堂に向かうため、椅子から立ち上がり、ぐっと背伸びをする。ずっと座っていたせいか腰が少し痛い。

 そして帽子を被りつつ、テイオーのノートを持って俺は自室を後にした。

 

~~~~~~~~

 寮を出て、トレセン学園の食堂に向かう。

 時間が昼と言う事もあり、食堂に向かう通路はウマ娘達で混み合っていた。

 

 一応学食の食堂は誰でも利用出来るのだが、今まで俺は利用した事が無かった。

 なんかわざわざ行くのも面倒くさいし自室で食事をしていた。因みに昼は寮の食堂は閉まっているので、コンビニなどで買って来たお弁当を食べている。

 

 食堂に到着すると、がやがやとかなり騒がしかった。

 

 そういえば集合場所とか指定してなかったな…… どうしたものか。

 

 トレセン学園の生徒数はかなり多いのでそれに対応する為か食堂はかなり広い。

 そこに人混みも相まってテイオーを探すのはかなり苦労しそうだ。

 

 仕方がないので電話して場所を確認しようと携帯を取り出そうとすると、視界内に見慣れたポニーテールがぴょこぴょこ揺れるのが見えた。

 

 電話をかけるまでも無かったかと思いつつ、テイオーの方に近づいて声をかける。

 

「おーい、テイオー……」

 

「だからさー、マックイーン我慢は体に毒だよー?」

 

「余計なお世話ですわ! だからわざわざ私の前でスイーツを食べるのをやめてくださいまし!」

 

「でも美味しいよ? ネイチャも食べる?」

 

「いやぁあたしも遠慮しとくかな…… あたしもちょっと今食事制限中だからさ」

 

「むー、勿体ないのー」

 

 そこにはテイオーの他に二人のウマ娘が正面のテーブル席に座っていた。

 一人は芦毛の綺麗なロング髪のウマ娘。もう一人は赤い髪をもふもふのツインテールにしたウマ娘だ。

 

「……あら? テイオー呼ばれてますわよ」

 

「ん? あっ、トレーナー! ノート持ってきてくれたの? ありがとー!」

 

 そう言ってテイオーがこちらの方に振り向いたので、俺は持ってきたノートを手渡した。

 すると、赤いもふもふのツインテールのウマ娘が口を開いた。

 

「おぉ~、貴方が噂の」

 

「噂の?」

 

「いやいや、あのテイオーにウマ娘のトレーナーが付いたら噂になるってもんですよ。一時期凄い話題になってましたよ?」

 

 マジか。トレセン学園の生徒の方とはあんまり繋がりが無かったから分からなかった。

 

「にしても……凄い美人な方ですわね。綺麗な白毛ですわ」

 

「へ? ど、どうも……」

 

 何故か唐突に芦毛のウマの子に褒められてしまった。なんか凄い気恥ずかしい……

 

「えっと、テイオーのトレーナーのスターゲイザーです。宜しく」

 

「メジロマックイーンですわ。以後お見知りおきを」

 

「ナイスネイチャです。よろしくお願いしますよ」

 

「ボクはトウカイテイオー!」

 

「何故お前まで自己紹介した」

 

 謎にテイオーまで一緒に自己紹介した後、俺はテイオー達の席に一緒に座らせてもらい昼食を取ることにした。

 テイオー達が楽しそうに会話をしている様子を隣で聞きながら、食堂のご飯を食べる。

 テイオーの交友関係は本人から話を聞く程度でしか知らなかったが、こうして実際に見てみると、とても仲が良いようで少し安心した。

 それにしてもメジロマックイーンか。メジロ家のご令嬢と知り合いとは一体どこで仲良くなったのか……

 

「にしてもテイオー、食事制限とかしてないんですの?」

 

「へっへっへっ、ボクは太りにくいからそんな心配は無用なのだ~」

 

「羨ましいなぁ…… はちみーだっけ? あんなカロリー高そうな物飲んでるのに……」

 

「……ん?」

 

「え、いや週一でね! 週一だし!」

 

 テイオーがネイチャに突っ込まれて突然あたふたし始めた。

 

 はちみーとはカロリーと糖分の塊みたいな飲み物である。

 はちみー好きのテイオーには悪いが、そんな明らかにヤバそうな飲み物を無制限に飲ませる訳にもいかないと思った結果。テイオーと話し合いをし、はちみーは週一回という約束をした。

 その時のテイオーはめちゃくちゃ不満そうな顔をしていたがまさか……

 

「へ? あれこの前昼休みに飲んでなかった? 一昨日とか、昨日とかも」

 

「ウェ!」

 

「トウカイテイオーさん……?」

 

「ななな何かなトレーナー」

 

 明らかにテイオーが焦り始めて、俺の方から目を逸らし始めた。

 そんなテイオーに俺はなるべく俺は優しく話しかける。

 

「はちみーは一週間に一本って約束しましたよね」

 

「……はい」

 

「こっちを見なさいトウカイテイオーさん」

 

「……はい。ピェ! トレーナー目が笑ってないよ! 怖いって!」

 

 あははは。心外だな、こんなにも笑顔じゃないか。

 

「いやぁ、あれはどうなの……?」

 

「美人の方が笑顔で怒るとこんなに怖いものなんですわね……」

 

 ネイチャとマックイーンが何か言っているようだが無視をする。

 

「……はぁ。あのな、そんなにはちみーが飲みたかったなら言えばいいだろ。言ってくれれば調整したしさ」

 

「トレーナー……」

 

「でも隠れて飲むのは違うよな」

 

「はい……ごめんなさい……」

 

「はい、この話は終わり。次からはやらないようにしろよ」

 

 俺は説教長引かせるのは好きじゃないしこれで話は終わり。

 全く……隠れてやるのはこれで勘弁してもらいたいものだ。

 

 テイオーの顔を見ると流石に反省したのか耳も倒れてしゅんとしている。

 

「ウマ娘たるもの自分を律する事くらい出来て当たり前ですわ、全くもう」

 

「いやマックイーンだってこの前スイーツ食べてたじゃん」

 

「なぁ!?」

 

「確か、『食堂のスイーツが美味しくて手が止まりませんわ! パクパクですわ!』とか言って食べてたじゃん」

 

「あれ、マックイーンも食事制限中じゃなかった? テイオーの事言えないじゃん……」

 

「何を言ってますの。『パクパクですわ!』なんて言ってませんわ」

 

 いや食べた事は否定しないのか……

 

 ネイチャも呆れたような目でマックイーンを見てる。

 この二人なんやかんや似てるな……

 そう思っているとテイオーとマックイーンの言い争いが加速してきた。

 

「マックイーンだってボクの事言えないじゃん!」

 

「テイオーとはカロリーの量が違いますわ!」

 

「はい二人とも落ち着け」

 

「「ぐぬぬ」」

 

 二人が正面で睨みあっている。

 どうしたもんかな…… このままだと言い争いし続けちゃいそうだが……

 そう考えていると、頭の中で一つ妙案が浮かんだ。

 テイオーの時期的にも丁度いいし、ちょっと提案してみるか。

 

「なぁ、この決着模擬レースでつけないか? ウマ娘なら走ってなんぼだろ?」

 

「望むところだよ! マックイーンには負けないからね!」

 

「望むところですわ! 後で吠え面かかないでくださいまし!」

 

 売り言葉に買い言葉と言うのだろうか。あっという間にレースをする事が決まった。

 

 試したい事(・・・・・)もあったし、マックイーンとネイチャには悪いけどテイオーの練習台になって貰おう。今後のテイオーのレースの為にもね。

 

「あのーもしかしてアタシ、巻き込まれてます?」

 

~~~~~~~~

 模擬レースの約束をしたその日の放課後。俺とテイオーはターフでマックイーンとネイチャを待っていた。

 流石に彼女達のトレーナーに許可も取らないといけないし、もしかしたらいきなりすぎて出来ないかもしれんな…… 勢いで言っちゃったけど。

 

 しばらくすると、ぴこんとテイオーの携帯の通知音が鳴る。テイオーがメッセージアプリを確認するとネイチャからのメッセージみたいだった。

 『トレーナーさんに確認したけど、ごめん無理!』との事らしい。まぁ、これは仕方ない。

 後はマックイーンだけだが……

 そうしていると、後ろの方から声が聞こえた。

 

「すみません、お待たせいたしましたわ」

 

 後ろを振り向くと、マックイーンがジャージの姿でターフにやって来たのが見えた。

 

「トレーナーさんに確認したら、無理しない程度にやっていいとの事でしたので。トレーナーさんはちょっと忙しくて来れないそうですが……」

 

「すまんな、急に」

 

「いえ、私もいつかテイオーとは競ってみたいとは思ってましたので」

 

 しかし……二人か。本当は三人の方が良かったがこれでも大丈夫かな。

 

「なら、スターさんも一緒に走りますか?」

 

「え、いやいや。無理だから」

 

「ふふ、冗談ですわ」

 

 俺が現役ウマ娘と並走トレーニングなんてしたら、直ぐに置いてかれてしまうのが目に見えている。

 俺がテイオーと並走トレーニングしないのは「出来ない」のではなく「やれない」のだ。

 

「スーツ姿では走れませんものね」

 

 そこじゃないんだよなぁ……

 

 少し話をした後、俺はテイオーとマックイーンに準備運動をするように指示をする。

 しっかり足の筋肉をほぐして貰いながら、俺は今回のコースの説明をした。

 

「コースは芝の左回り2000mだ。こっからスタートして、ぐるって回って来る形だな」

 

 そうコースを指でさして説明する。テイオーとマックイーンが二人して首を縦に頷く。

 

「あと、当たり前だけど怪我はしないように注意しろよ」

 

「りょーかい!」

 

「分かりましたわ」

 

 しっかり準備体操をしてもらった後、俺はテイオーを呼んだ。

 そしてこっそり耳打ちをする。

 

「テイオー、最後の直線入るまで抑えて走ってくれ。マックイーンと離されるかもしれないけど焦らないようにな。今日は切り替え(・・・・)の練習だ」

 

 テイオーがこくりと頷く。

 マックイーンがスタート位置で不思議そうにこっちを見てきていたので、テイオーを彼女の方に向かわせる。

 今回はゲートは用意していないので、片足を前に出すスタンディングスタートの状態を取って貰った。

 二人がスタートの準備が出来た事を確認した後、合図を出した。

 

「……よーい、スタート!」

 

 ダッ! と心地よい音ともに二人がターフを蹴って飛び出す。

 

 マックイーンが先行、テイオーが後ろからついて行く形になった。

 マックイーンは聞いたところによると生粋のステイヤー。中距離ではまだテイオーの分があるはずだが……

 

 速いな……流石メジロ家と言ったところか……

 

 メジロ家──それは代々多くのアスリートウマ娘を輩出してきた名家で、競争ウマ娘界隈でも広く名前が知られている。彼女、メジロマックイーンは天皇賞の連覇を目標にしているのだとか。

 

 レースは中盤、マックイーンがテイオーより五バ身差ほどをつけて先行。テイオーが必死にそれを追いかけている。

 テイオーには今まで修正してきたフォームで走って貰っている。最近はこのフォームでの走り方にも慣れてきており、2000mでのタイムも徐々に最初の模擬レースの時のタイムに近づいて来た。

 が、相手はメジロ家のご令嬢。テイオーがハンデを背負って勝てるほど甘くはないようだ。

 

 しかも今回は並走トレーニングではなく、模擬レース。マックイーンのスピードは衰える事無く、ぐんぐんとテイオーと更に差をつけ始めている。

 最終コーナーでもテイオーとマックイーンの差は縮まる事無く、最終直線に差し掛かった。

 

 最後の直線約350m。さて……こっからだぞテイオー……

 

 俺はマックイーンを追うテイオーを見ながら、そうボソッと呟いた。

 


 何と言うか……少し期待外れでしたわね……

 

 ひょんなことから決まったこのレース。テイオーとはいつか模擬レースをしてみたいと思っていたので、何かに活かせるかとウキウキで参加したのですが……

 

 実際に走ってみるとなんというか、お利口さんの走りですわね。

 私は見ていませんが、聞いたところによると選抜レースは目に入るものを魅了する走りだったとか。

 これがその走り……? 期待外れもいいところですわ。

 

 自分で無敗の三冠ウマ娘を目指しているなど豪語している者の走りとは思いませんわ。

 

 ですが、これは勝負。残念だけどこのレース、勝たせてもらいますわ! 

 

 そう思い、私は最後の直線に入る。

 後ろは振り返っていないが、足音的にかなり差は付いているはず。

 

 このまま逃げ切らせて貰い…ッツ!? 

 

 最後の直線に入った瞬間、私は後ろの方からテイオーが凄まじい勢いで加速した音を聞いた。

 


 ぐぬぬ……マックイーン速いね。

 流石にそう簡単に勝たせてくれる相手じゃなさそう。

 

 でもトレーナーからの指示があるからフォームには気を付けないといけないし、マックイーンには置いてかれないようにしないといけないし…… あーもう! 気にする事多すぎ! 

 

 気づいたらマックイーンには結構差をつけられちゃった……

 でも焦らない……まだ足をためるんだ。

 

 勝負はトレーナーの言ってた最後の直線。

 

 まだ…まだ… あともう少し……

 

 ボクは我慢しながら、最後の直線に入る。正面を向くと前を走っているマックイーンと、腕を上げているトレーナーが見えた。

 合図だ。 じゃあ……いっくよー!!! 

 

 そしてボクはトレーナーから教わったフォームをやめて、元々使っていたフォーム(・・・・・・・・・・・)に切り替えて、スパートをかけた。

 

 そう簡単に逃げられると思わないでよね! マックイーン! 

 


 最終直線に入ってテイオーが一気に加速し始める。

 

 俺が言った通り、最終直線でのフォームの切り替えはちょっと不格好だけど上手くいってるな。

 

 テイオーがしたのは俺が足を壊さないようにと教えたフォームから、テイオーが元々使っていたばねのようにしなやかな走りへの切り替えだ。

 確かにテイオーの元のフォームは足への負担が大きい。が、それは常にその走りをしている場合だ。足へのダメージの蓄積には上限がある。

 だから、俺はスパート時にのみテイオーの元々の走り──「テイオーステップ」とでも言おうか──を解禁する様に指示をした。

 

 正直これは出来るとは思ってなかった。レース中に走法を切り換えるなんて前代未聞だ。聞いたことが無い。

 だがテイオーはそれをやってみせた。もうこれに関してはテイオーが天才だからとしか言いようがない。

 

 

 テイオーがマックイーンとの距離を徐々に詰め始めている。マックイーンも少し焦ったのか速度を落とさないように逃げきるような体制だ。

 テイオーとマックイーンの差が四バ身…三バ身と縮んでいく。これは差し切れるか…!? 

 

「っつ! はああああああああ!!!!」

 

 しかしここでマックイーンが更に速度を上げた。マジか、まだ足が残っていたのか。

 そのままマックイーンがテイオーに三バ身離したままゴールした。

 ゴールした二人ははぁはぁと息が荒くなっている。

 

「二人ともお疲れ様。今回はマックイーンの勝ちだな」

 

「はぁ……今日の所はこれで勘弁しておいてやる……」

 

「それ悪役のセリフですわよ…… ふぅ……」

 

 息を整えさせながら、クールダウンをするように二人に指示する。

 

 テイオーステップへのスムーズな切り替えに、普段のフォームでのタイム短縮。まだまだ課題は山積みだな…… だがこの模擬レースはテイオーにとってもいい刺激になったんじゃないだろうか。

 

「さて……今日はありがとうございました。色々と参考になりましたわ」

 

「こちらこそわざわざありがとうな。良かったらまた並走トレーニングでもしてくれ」

 

「今度は負けないからね! マックイーン!」

 

「こちらこそ負けませんわ。それでは」

 

 クールダウンを終えたマックイーンは、そう俺たちに挨拶をしてターフを去っていた。

 マックイーンの姿が見えなくなった所で、俺はテイオーに話しかける。

 

「さてテイオー、今日の模擬レースの反省会を寮でするぞ。色々と掴んだ事もあるだろうし」

 

「了解! マックイーンに負け越しは嫌だからね! 次は勝つよ!」

 

 テイオーがやる気満々に返事をしながら寮に向かって走り出す。

 

 競い合える友達がいるって良い事だな…… 

 

 そんな事を思いながら、俺はテイオーの後をついて行くのであった。

 


「さて、ネイチャさん次のトレーニングですが……ネイチャさん?」

 

「はぇ!? あっ、ごめんちょっと聞いてなかったかも……あはは……」

 

「テイオーさんとマックイーンさんの模擬レースの事ですか? 参加させなかったのは申し訳ないです」

 

「あ、いや! 怒ってるわけじゃないんだよ!? せっかく誘われたのにーなんて思ってたり……思って無かったり……」

 

「ネイチャさん……今あの二人に挑んで勝てると思いますか?」

 

「……うん、無理だね。でも……」

 

「ですが最終的に勝てばいいんです。今は力をつける時ですよ」

 

「……はい」

 

「それに今、ネイチャさんの手札を二人に晒す意味がありません。私の一番はいつでもネイチャさんだと思ってますよ」

 

「あーーもう!!! なんでそんな事サラッと言えちゃうかなぁ!!!」

 

「はい元気も出たところで、次のトレーニング行きますよ。頑張りましょうね」

 

「でもこういう所は鬼だよね。トレーナーさん」

 

~~~~~~~~

「さて、テイオー。今日は大事なお知らせがあります」

 

「どうしたの改まって」

 

 夏も終わりかけ、少しずつ肌寒くなってきた頃。俺はテイオーを自室に呼び寄せていた。

 俺は一枚の書類を机から取り出し、テイオーに見せる。

 

「デビュー戦の日程がほぼ決まったぞ」




スターゲイザーのヒミツ①

怒ると静かに笑顔になって口調が変わる。





忙しい時間の間を見つけてこんにちはちみー(挨拶)
なんとか時間を取って執筆しました。多分次もまた遅れますごめんなさい。

あとなんとこのSSに表紙イラストが付きました!!!
Twitterなどで読了報告をすると、素敵なイラストが見られると思いますので、良かったら感想を付けたりして呟いていただけると作者が喜びます。

良かったら評価や感想をくださると嬉しいです。執筆のモチベに繋がります。


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11.進軍

 暑かった夏が終わり、少しずつ肌寒くなってきた今日この頃。

 二人の間で既にミーティングルームと化した栗東寮の自分の部屋にポニーテールを揺らしながら俺の話を聞くテイオーがいた。

 そこで俺は彼女に対してデビュー戦の詳細を説明していた。

 

「場所は中京レース場、芝の1800mだから区分的にはマイルだな。そこでデビュー戦だ」

 

「やっとだね! マックイーンはもうデビュー戦勝ったって聞いたからボクもソワソワしてたよ」

 

 テイオーが嬉しそうにそう返事をする。

 

 デビュー戦──それはウマ娘がトゥインクルシリーズを走るにおいて名前の通り最初の公式レースだ。ここに勝たなければG1レースはおろか、重賞レースにも出れない。勝つ、というのは勿論一着を取る事で、ウマ娘によってはデビュー戦にいつまでたっても勝てずにそこで躓いてしまう子だっている。

 またデビュー戦に勝てないと未勝利戦がいつまでも続いて次のステップに進めない。

 「G1レース」に出るためにはまず「デビュー戦」を勝利。その後の「一勝クラス」「二勝クラス」「三勝クラス」などの条件戦に勝利し、「OPレース」「G3、G2レース」のステップを踏んでようやく「G1レース」に挑む権利を得られるのだ。

 

 言うまでも無いが中央のレースはレベルが高い。その為デビュー戦でも油断は出来ないのだが、俺達が目指すのは無敗の三冠ウマ娘、そして皇帝シンボリルドルフを超える事。こんなところで躓いてなんてはいられない。

 

 正直デビュー戦がこんなにも早く出来るとは思って無かった。走法を直すと決心した時点で、かなり長い時間を取る事まで見据えていたのだが、彼女がそれ以上の才能を見せてくれたので今年中にデビュー戦を行う事を決心した。

 テイオーはもう本格化来てるっぽいし、なら早めにデビューした方がいいと判断したという訳だ。

 

「そういえばマイルなんだ。2000mの中距離かと思ったよ」

 

「まぁな。これにはちょっとした理由はあるけど……テイオーなら問題ないだろ」

 

「勿論! デビュー戦から張り切っていくからね!」

 

 うん、やる気十分で何よりだ。

 因みに俺は今から結構緊張している。

 初めて担当したウマ娘がレースを走るのってこんなドキドキするのか……

 

「さて、デビュー戦の日程は以上だ。二日前に現地に入って、本番に備えるぞ」

 

「りょーかい! あっ、そういえば作戦はどうするの? 先行? それとも差し?」

 

 テイオーが手を挙げて質問してきた。

 テイオーの本来の得意な脚質は先行だ。だが走法の切り替えという武器を身に着けるにあたり、差しの脚質も出来るようになってしまったのだ。これが天才か。

 

 まぁ今回テイオーにしてもらうのは先行でも差しでも無いけど。

 

「今回の作戦はな……逃げだ」

 

「……へ?」

 

~~~~~~~~

 テイオーに作戦を伝えた後、レース場の構造を軽く説明してその日はお開きとなった。

 そしてデビュー戦がある二日前。俺達は新幹線に揺られてトレセン学園がある東京都府中市から、中京レース場がある愛知県豊明市に来ていた。

 到着したら予約したホテルにチェックインし、荷物を預ける。

 ホテルの部屋に関しては最初、俺とテイオーで別室にしようとしていたのだが「えーー、一緒でいいじゃん」と言われてしまったので結局一緒の部屋になってしまった。

 

 年頃のウマ娘がこんな無防備でいいのだろうか。あ、俺ウマ娘だった。テイオーからしてみれば同性の、しかも同じウマ娘だから気にする意味ないのか……

 

 俺が過剰に気にしている隣でテイオーは「わーー! ベッドふかふか!」とか言ってベッドにダイブしている。凄い楽しそうだね、君。

 

 ホテルに荷物を置いたら早速今回のデビュー戦がある中京レース場に向かう。

 デビュー戦があるのは休日である土曜日と日曜日。テイオーのデビュー戦は日曜日なので今日はコースの下見という訳だ。

 

 関係者用の証明書を受付に見せてレース場の中に入る。

 平日なので関係者しかいないそこは映像で見るよりもかなり粛然としており、広く感じる。

 周りを見るとちらほらとウマ娘とそれのトレーナーらしきものが確認できた。

 

 余談だが、その週の土日にレースがあるウマ娘は前日である平日に一度だけレース場を下見する事が出来る。一度だけなのは休日に開催されるレースの数がかなり多いため、出走するウマ娘に対して公平を期するためだ。

 出るレースに応じて使える時間も日付もURA側から指定される。俺達が指定された日は金曜日だったという訳だ。

 

 が、今回これは正直やらかした。移動してからすぐ練習なんてテイオーにとってかなり負担のはずだ。

 これは俺の考えが甘かった。次回から気を付けないとな……

 

 テイオーに運動が出来る格好に着替えて貰って、本番のコースを試走してもらう。

 レース場にはその場所によって色々な特徴がある。平坦なコースもあれば坂の起伏が激しいコース。ゴール前の直線が長かったり短かったりと様々だ。

 なのでレース場に合わせてどこから仕掛けるか、どのようにペース配分するかなどの作戦もレース場によって変わったりするのだ。

 

 テイオーが心地よい音を出しながらターフを蹴る。フォームが崩れておらず綺麗な走りだ。

 

 やっぱり調子は良さそうだな。これは心配無用だったか……?

 

「ふぅ……」

 

 試走をし終えた彼女が俺の元に戻って来る。本気で走って貰ってないのでぱっと見疲れていなさそうだが、しっかり足のケアとチェックは行う。これはもう走った後のお約束みたいなものだ。

 

 そこからターフを一緒に歩きながらどうやって走るかを隣で見つつ指導していく。

 やはり実際に体験した方が体感しやすいからな。芝も綺麗に整備されているし、整備士さんには頭が上がらない。

 

「走り方も崩れて無いし、俺からはもう特に言う事無いな。日曜は勝つぞ」

 

「当然だよ! 今からレースが楽しみだなぁ」

 

 テンション高めに尻尾を揺らしながらテイオーがそう答えた。

 

 デビュー戦の予行演習をし終えた俺達は中京レース場を後にする。とは言っても明日明後日もまた来るのだが。

 そしてその夜、「晩ごはんは何がいい?」とテイオーに聞いたところ「ファミレス」と言われたので近くのファミレスで食事を済ませてしまった。まぁファミレス色んなメニューあるからいいよね。

 

 食事を済ませたらそのままホテルで直ぐに寝る準備をする。

 明日も早いという訳ではないが、用事がないなら寝たほうがいい。疲労回復にはやっぱり睡眠が一番だし。

 

 先にシャワーを浴びて貰ったテイオーの後に俺も体を洗う。部屋についていたシャワールームを使用し、持ってきたパジャマに着替える。そういえば最近湯船に浸かって無いなぁと思いつつ髪を乾かしてベッドがある部屋に向かった。

 

「おーい、テイオー上がったぞ。早く寝ような」

 

「はーい。……ねぇトレーナー、それ何」

 

「ん? いやパジャマだけど」

 

「どう見ても男性用のだよね!? うわ、これ尻尾穴無理やり開けてるじゃん! しかもなんかまだ尻尾びしょびしょだし! あーーもう!!! こっち来て!」

 

「え、いや別に」

 

「来て」

 

「はい……」

 

 何故か怒られてしまったのでしぶしぶテイオーの方のベッドに向かった。

 べしべしと手でベッドを叩きながら「ほら早く座って、こっちに尻尾向けて」と不機嫌そうに言う。

 素直にベッドに座った俺は尻尾を持たれてドライヤーで乾かされる。

 テイオーもお風呂上りだからか、彼女のシャンプーの匂いが鼻孔をくすぐる。

 他人に尻尾なんて触って貰った事なんてなかったし、温風が付け根あたりをくすぐりなんかすっごいむず痒い。

 

「……てか尻尾今までどうしてたの」

 

「え? タオルで拭いて自然乾燥させてた」

 

「……一応聞いとくけど尻尾のケアは? 尻尾用の洗剤とか持ってる?」

 

「何それ、そんなのあるの?」

 

 自分が使ってるシャンプーやボディーソープなんて適当にそこらへんで買った奴だ。特にこだわりなんてないし、今日使った奴もホテルのサービスで置いてあった奴を使った。

 え、尻尾も毛だし同じシャンプーで洗っちゃダメなんですか。

 尻尾を乾かす風の音より大きな声で「はぁ~~」という溜息が聞こえる。

 

「もうなんていうかトレーナー、今まで何してたの?」

 

「そこまで言われるレベル?」

 

「そこまで言うレベル。今度全部教えるから時間取ってね」

 

「はい……」

 

 年下のウマ娘に説教される年上のトレーナーウマ娘が爆誕した瞬間だった。

 今まで引きこもりで、更に元が男性という事もあって全くそっちの方面に興味が無かった。

 

「てか禿げるよ。ケアしないと」

 

 ……禿げるのは嫌だな。今度から気を付けよう。

 俺がテイオーにケアの大事さを説明されながら尻尾を好きに弄らせていると、乾かし終わったのか櫛で毛を解かし始めた。

 

「トレーナーって尻尾の先黒いね。他は真っ白なのに」

 

「ん? あぁこれは生まれつきだよ。遺伝なのかな」

 

 俺は世間一般的に白毛と呼ばれる部類なのだが、唯一尻尾の先端が筆に墨を付けたように黒い。

 親が青鹿毛──真っ黒な髪を持っているから少し受け継いだのだろうか。

 唯一母親との接点を感じられる箇所だ。

 

 

 碌な思い出なんて無いが。

 

 

「凄い綺麗だと思うよ。ボクは好き」

 

 

 ……でもまぁ、こうやって他の人に褒められるのなら少しは良かった……のかな?

 

 

 俺はゆらりと尻尾を揺らしてテイオーに返事をした。

 

~~~~~~~~

 テイオーに尻尾ケアされた後すぐに寝た俺達は、次の日またレース場を訪ねていた。

 

「おー、結構人いるね」

 

「だな。レース場を直接訪れるのは初めてだけどこんなに人いるもんなのか」

 

 日付は土曜日。今日の目的は実際のレースを生で見る事と雰囲気に慣れるという目的で足を運んでいた。

 今日は特に大きな重賞レースも無いはずなのだが、それでもかなりの人がいるのを見ると、この世界でのレースへの人気が伺える。

 

「屋台とかもあるんだね。ねぇねぇ、なんか買ってきていい?」

 

「お腹壊さない程度にならいいぞ」

 

 テイオーが「わーーい」と尻尾を揺らしながら屋台の方へ向かってしまった。俺も少しお腹空いたな……

 しばらく待つと、テイオーがプラスチックの容器を二つ抱えて戻って来た。

 

「はいこれトレーナーの」

 

「焼きそば? わざわざありがと」

 

 テイオーから買ってきてくれた焼きそばをありがたく受け取る。後でお金渡しておかなくては。

 ご飯を片手に観客席に向かい、空いている席に座る。なるべくターフが見やすそうな場所に腰を掛けて、焼きそばを啜りながらレースの開催を待つ。

 しばらく経つと、ゲートにウマ娘達が入っていくのが見えた。

 ゲートが開いた音が響き、ウマ娘達が一斉に走り出す。その瞬間歓声が観客席から湧き上がった。

 今は人が少ないからまだ音量は控えめだったが、これがG1レースともなると観客席を埋め尽くして凄そうだ。

 

 レースが開催されているのを映像越し以外で初めて見たが、その場独特の雰囲気が感じられて新鮮な気持ちだ。

 

 生で見るレースって良いな…… 五感で色んな事を感じられる。

 

 明日はここをテイオーが走るのだ。自分の担当ウマ娘がレースをする……やばいまたドキドキしてきた。

 

「トレーナー。ボク、明日勝つよ」

 

「……あぁ、絶対勝とうな」

 

 テイオーがターフを真っすぐ見ながらそう宣言する。

 彼女を支える俺が先に緊張してどうするんだ。しっかり見届ける覚悟をしなくては。

 

 テイオーに対する思いを抱きながら、俺はたった今終了したレースの影響でまた声量を増した歓声に耳を傾けるのでああった。

 

~~~~~~~~

 日曜日。いよいよテイオーのデビュー戦本番である。レースが始まるのは午前十一時半からなのでそれより一時間前に現地に入り準備をする。

 決められていた選手控室に入った俺達はレース前の最終チェックを行う。

 

「……作戦は以上だ。何か質問あるか?」

 

「大丈夫。問題無いよ」

 

 トレセン学園指定の体操服に着替えたテイオーが落ち着いた雰囲気で答える。

 胸には「二番」と書かれたゼッケンをつけている。

 

「……緊張してるか?」

 

「ううん、全然。それよりも……ワクワクしてるんだ」

 

「……」

 

「何て言うのかな…… 今物凄く走りたい気持ち」

 

 レース前にあがってしまい、緊張でダメになってしまうウマ娘だっているのにテイオーはそれすらも前に進む力に変えてしまう。

 俺は何となく座っていたテイオーの頭を撫ででしまった。テイオーもまんざらでもないのか抵抗もせずに俺になすがままされている。

 

「……あっ、ルーティーン決めようよ! ルーティーン!」

 

「ルーティーン?」

 

「うん。レース前にやる事決めるの」

 

 ルーティーン──それはスポーツ選手などが試合前に特定の行動をすることによって集中力を高め、自分のベストパフォーマンスを引き出す方法だ。

 なるほど。テイオーの提案した事は理に適ってるかもしれない。

 

 だけどどんな事をやればいいんだ……? あっ、一ついい事思いついた。

 

「そうだ、レース前とレース後で挨拶しよう。いってらっしゃい、テイオー」

 

「……! いってきます! トレーナー!」

 

 願わくば、無事に帰ってきてまた挨拶出来ますように。

 

 そんな思いを込めて、俺はパドックへと向かうテイオーを見送った

 

~~~~~~~~

『さぁ、始まりました! 秋のデビュー戦! 九人のウマ娘達がトゥインクルシリーズへの道を踏み出します!』

 

 レース場のスピーカーから実況が聞こえる。

 俺はあの後、テイオーのパドックへの入場を見る為に観客席に移動していた。

 

 昨日と同じくらいの観客数だった為、すんなりと一番前の方でテイオーを見る事が出来る。

 

『さぁ、一番人気を紹介しましょう! トウカイテイオー! 私一推しのウマ娘です!』

 

 場内アナウンスと共にテイオーが歩いてパドックの中央へと入場してくる。

 観客の前でバサッと上着を脱ぎ棄て、パフォーマンスを行う。

 テイオーがステージの上で俺を見つけたのか手をぶんぶんと振って来る。

 

 あれなら全然問題無さそうだな。しっかり実力を発揮してくれそうだ。

 パドックでのお披露目が終わったらいよいよゲートインである。

 

 テイオーは二枠二番。左回りのコースなので内枠になる。

 特にトラブルも無くすんなりと他のウマ娘もゲートインが完了した。

 

『中京レース場、芝1800m、デビュー戦……今スタートしました!』

 ガコンという音と共に、ゲートが開かれる。

 その瞬間テイオーがスタートダッシュを決めて一気に先頭に立つのが見えた。

 他のウマ娘はテイオーより前に出ず、後ろから着いて行く形を取った。

 

 よし、作戦通りだ。このままテイオーは逃げさせてもらおう。

 

『おっと、トウカイテイオーが先頭を取ったぞ! このまま逃げるつもりなのか!?』

 

 第一コーナーに差し掛かり、テイオーが後ろと約四バ身差をつけて逃げる。

 

 今回は出走ウマ娘の中に逃げの脚質の子はいなかった。

 だからするりと難なく先頭に立てたのは大きい。まぁテイオーなら他に逃げウマがいたとしても大丈夫そうだが。

 

 目の前でレースをしているテイオーを見ると気持ちが高揚するのが分かる。

 ターフを蹴る彼女を見ているとなんだかこっちまで熱くなってしまい、尻尾がぶんぶんと揺れてしまう。

 

 やばい、担当ウマ娘が走るのってこんな興奮するのか。

 

「なんだ、お前。トウカイテイオーのトレーナーか」

 

 そこに急に横やりを指すような言葉が聞こえた。

 なんかテンションが下がってしまい、隣の方を見ると30代くらいだろうか。無精ひげを生やしたスーツ姿のおっさんが柵に手をかけて立っていた。

 いやなんだこいつ…… 誰だ。

 

「いきなりすまないな。トレーナーバッジをつけてトウカイテイオーを応援していたもんだからな。ほら、ウマ娘のトレーナーなんて珍しいだろ? 少し気になってな」

 

 まぁ確かにウマ娘のトレーナーは珍しいがそれだけで話しかけてくるか?

 

 俺が胡散臭いものを見るような目でとなりのおっさんを睨んでおく。

 すると、彼が挑発的な目をしながらへらへらと話し始めた。

 

「あまりにもやっていることが小賢しくてな。いや、やりたい事は分かるんだぜ?」

 

「……は?」

 

「おーこわ」

 

 何故かいきなり罵倒されてしまい、イラっと来てしまう。耳が帽子の下で後ろに絞られているのが分かった。

 

『さぁ、第三コーナーも終わり終盤に差し掛かります! トウカイテイオーが逃げ続けている! このまま最後までいってしまうのか!』

 

 テイオーは第三コーナーを通過し、未だに先頭。他のウマ娘も大きな順位変動も無く、いつ仕掛けるか伺っているようだ。

 

「なぁ、彼女。トウカイテイオーか、本来の脚質逃げじゃないだろ」

 

「……なんでそう思ったんですか?」

 

()()()()()()()()()。確かに逃げは後ろをある程度警戒するものだが、流石にちょっと目立つぜ?」

 

 そう言われてしっかり観察すると、確かにテイオーの耳がいつもより少しせわしなく動いている。

 

 やっぱり後ろが気になるのか…… だがこれは許容範囲だし、つか狙いはそこじゃ……

 

「んで、大方逃げの脚質を理解させるって所か? 差しウマとかにとって、いつどのタイミングで仕掛けるのかは大事だからな。なら手っ取り早いのはその脚質を体験させる事。まぁ他のウマ娘にブロックされないのも目的にありそうだが」

 

 ……正解だ。

 

 今回テイオーに逃げの脚質をやらせたのはまず逃げの脚質を理解させる為。

 正直テイオーのスペックだったら得意な脚質じゃなくても勝てると判断したからこそ出来る暴挙。これは彼女がトウカイテイオーであるからこそ出来た作戦だ。

 とは言ってもOPクラス以降では通用するか怪しいから今やらせてるわけだが。

 

 確かに他のウマ娘にマークされないように抜け出したって言うのもあるが。

 たった一回の選抜レースで「あのテイオーと」まで騒がれた彼女だ。他のウマ娘から徹底的にマークされる可能性も否定は出来なかった。だからこその逃げでもある。

 

 そして……

 

「あとは脚質が逃げだと勘違いさせる為か。トウカイテイオー、まだ何か隠してるだろ」

 

「……っつ!」

 

「図星か。まぁ、妙に走り方が逃げっぽくないと思ったよ。あれ、我慢してるな?」

 

 テイオーステップまで見抜いたのか!? 何者だ、このおっさん……

 

 今回、テイオーには負けそうにならない限り例の走りを使わないように指示をした。

 これはテイオーステップで目立つのを避ける……って言うのもあるが他の人に脚質を勘違いさせるのが主な目的だ。

 

 これからどうしても目立ってしまうテイオーをどこまでカン違いさせられるか(・・・・・・・・・・・・・・)。これはテイオーと走るウマ娘というよりもトレーナー側の方での策略だ。

 

 マークする相手が、気にしておくようにと指示された相手の脚質がいきなり変化したら?

 どうなるかは想像に難くないだろう。

 一歩間違えば作戦の全てが崩壊してしまうような地雷を設置しておくのも目的だった。

 

『さぁ、最後の直線に入った! トウカイテイオー逃げる逃げる! 後ろの子達は間に合うのか!』

 

 が、それは全て見抜かれなかった時の話。

 今まさに、目の前で、全てバレた。もうここまで来ると驚きを通り越して恐怖すら感じる。

 

 顎のひげを手でぽりぽりと搔きながら、彼は話を続ける。

 

「だからこそ分からん。圧倒的な力を持っていながら何でこんな事をやる? 強者は強者らしく全てを蹂躙するべきじゃないのか?」

 

「……テイオーは確かに強いです。それでも」

 

「それでも?」

 

「テイオーは俺を信じてくれた。なら俺はテイオーを全力で、持っている全てを使って支えるだけです」

 

 

 もし俺の指導が間違っていたとしたら?

 もし俺の考えが全て相手にバレていたとしたら?

 

 

 もし、それでテイオーが負けてしまったら?

 

 

 何の障害も無く全てのレースを勝てると思っているほど幼稚でも無いが、「もしも」の話を全て考慮出来るほど大人にもなり切れていない。

 

 けれど、あの時こうすれば良かったなんて後悔はしたくはない。

 

 彼女は俺に夢を預けてくれた。なら俺も彼女を信じるだけだ。

 

 ──────トウカイテイオーの夢を叶える。その日まで。

 

 

 

『トウカイテイオー、今一着でゴールイン! 二着の子と三バ身差の勝利でデビュー戦を勝ち取りました!!』

 

 レース場全体からわっと勝者を称える歓声が沸き上がる。

 無事テイオーがデビュー戦を一着で制したのだ。

 安心したという気持ちが一気に沸き上がり、体からどっと力が抜けるのが分かる。

 

 良かった…… 本当に良かった……

 

 レース場に目を向けると、ゴール板の方でテイオーが俺の方にぶんぶんと笑顔で両手を振って来るのが見える。俺もそれに右手を振って答えた。

 

「そうか…… すまなかった。いきなり偉そうなことを言ってしまって」

 

「いえ…… それよりも貴方何者ですか? ウマ娘のトレーナーだったりします?」

 

「あーー、俺か? 俺はな」

 

 彼は何処かと遠い所を見ながら

 

「夢を見れなかった大バ鹿者だよ」

 

 悲しそうな目でそう語った。

~~~~~~~~

 テイオーがゴールしたのを見た後、俺は観客席からテイオーの元に向かっていた。

 誰もいない地下バ道はしんとしており、歩くたびに自分の足音が反響しているのが分かる。

 

「あ、トレーナー! ボク勝ったよ!」

 

 そこに聞きなれた一際大きな声が響き渡る。

 レースの後という事もあり、汗をかいていて心なしか顔が赤い。

 

「しっかり見てたぞ。おめでとう。流石だよ」

 

「へへへ。もっと褒めてくれてもいいんだよ?」

 

 胸に手を当てながら、テイオーがどや顔で自慢する。

 実際無茶な作戦に最高の形で答えてくれたから本当に凄い。流石テイオーだ。

 

「そういえばウィニングライブっていつだっけ?」

 

「ウィニングライブは全部のレース終わった後だから、午後六時くらいだな。テイオーなら心配ないと思うけどしっかりパフォーマンスしてきなよ」

 

「当然じゃん! ボクを誰だと思っているのさ。 あ、ねぇトレーナー」

 

 

 

「ただいま! 一着取って来たよ!!!」

 

「おかえり、テイオー」

 

~~~~~~~~

 ウマ娘のレースが終わったらその日の夜にウィニングライブが行われる。

 ステージの上でウマ娘が歌って踊り、その日の観客やファンに感謝を示すのだ。

 

 正直な所俺はウィニングライブの良さというのが分からなかった。()()()()()()

 

 テイオーがセンターで共通衣装と呼ばれる衣装を着て、歌って踊っている。

 トレードマークのポニーテールを揺らしながら、完璧なパフォーマンスをしているテイオーを見た俺は言葉を失っていた。

 

 やばい。何がやばいって上手く表現できないけど、とにかくこれはやばい。

 

 あと語彙力も一緒に死んだ。

 レースで走っている時に引けを取らないくらいキラキラ輝いている彼女を見ながら、俺も手元のペンライトを全力で振る。

 

 デビュー戦のウィニングライブとは思えないほどの歓声の中、俺はやっと自覚した。

 

 

 これが夢に向けての大きな一歩だな。

 

 

 こうして、最高の出だしを切った俺とテイオーの進軍が始まった。




お久しぶりのこんにちはちみー(挨拶)
なんとか忙しい時期が終わりました。これから投稿ペースが元に戻ると思います。

べ、別に趣味の文を書いてて遅れた訳じゃないんだからね!
久しぶりに本編書いたからこれでいいのか不安になっちゃう……

余談ですが、リアルのトウカイテイオーのデビュー戦は12/1でした。
本編の同じで中京レース場、芝1800mマイルです。


良かったら評価や感想をくださると嬉しいです。執筆のモチベに繋がります。
あと読了報告をTwitterでして綺麗な表紙をTLに流していこう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


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【掲示板】今年のデビュー戦について語るスレ【ウマ娘】

掲示板形式です。苦手な方はご注意ください。


1:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:48:31 ID:7eor7ceuj

 今年も作ったやで

 

2:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:48:42 ID:dhVH8R89m

 感謝

 

3:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:48:55 ID:g35DGpk9C

 ありがとナス!

 

4:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:49:05 ID:0zjCyG15a

 この為に毎日生きて来た

 

5:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:49:18 ID:kJD0rmlhS

 もっと楽しみ見つけてくれ

 

6:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:49:31 ID:+sv2l2zsW

 うおおおおおおおお!!!!!!

 

7:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:49:43 ID:J0nTPd990

 くくく……早速君たちの推しを見せてくれ

 

8:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:49:54 ID:msy2cpafz

 待ちきれないよ! 早く出してくれ!

 

9:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:50:04 ID:VCsHt0Gna

 やっぱり王道を行く…… メジロマックイーンですか

 

10:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:50:15 ID:+H7iQ39+S

 マジの王道じゃん

 

11:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:50:27 ID:vygjoW0Bm

 みんな好き定期

 

12:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:50:37 ID:uXzlwRoom

 面白くない

 

13:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:50:50 ID:udSV5VH7F

 ぼろくそ言われて草

 

14:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:51:02 ID:s37BDpZIA

 メジロマックイーンはね…… 当然というか

 

15:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:51:15 ID:2qWzLCMJr

 だってあのメジロ家秘蔵っ子でしょ?

 

16:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:51:25 ID:0bBGomNwD

 そうだぞ

 

17:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:51:36 ID:B6kAmvbPx

 メジロ家最終兵器じゃん。変形合体しそうだな。

 

18:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:51:46 ID:xGmfIROZr

 デビュー戦堂々の一着でしょ?

 

19:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:51:57 ID:Vj4CIk3Ye

 現地民、ワイ。あまりの圧勝ぶりに驚く。

 

20:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:52:11 ID:nRA0/ThdK

 テレビ民、ワイ。あまりの圧勝ぶりに驚く。

 

21:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:52:22 ID:hBqfpe/3w

 どっちもじゃねぇか!!!

 

22:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:52:35 ID:PltL9PpGF

 どんなレースだったん? 誰か教えて

 

23:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:52:48 ID:Aq5E87pTu

 先行策だったんだけど、なんかばびゅーんって飛んでった

 

24:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:53:01 ID:Vmjq9l7m5

 語彙力がどっか行ってるじゃん

 

25:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:53:13 ID:QFgp4h+Gh

 実際めっちゃ速かった。五バ身差で勝ってた。

 

26:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:53:24 ID:66IUhrKCQ

 あれ噂によるとステイヤーらしいぞ

 

27:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:53:35 ID:13MdYLpDA

 ステイヤーって事は長距離専門だよね?

 

28:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:53:47 ID:XxQKFUq7H

 らしい

 

29:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:53:59 ID:MrCeFdZag

 じゃぁ2000mのデビュー戦じゃ物足りないって事か

 

30:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:54:09 ID:CxY9tuTxz

 やば

 

31:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:54:20 ID:qmPzSQkRX

 ヤバイわよ!

 

32:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:54:32 ID:LPM9c6BPp

 これは次の菊花賞期待出来ますねぇ!

 

33:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:54:43 ID:sJJvTznTT

 天皇賞春とかすぐ制覇しちゃいそう

 

34:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:54:56 ID:jZaJVIag4

 カドラン賞の制覇も夢じゃない

 

35:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:55:10 ID:iThDiQBO5

 どこのレースだよそれ

 

36:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:55:22 ID:pKzomVko0

 確かフランスのG1じゃなかった?

 

37:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:55:33 ID:cP97NcFsQ

 はえー

 

38:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:55:45 ID:D3Jk4liFH

 はえ

 

39:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:55:56 ID:nOWcw3q0r

 博識ニキ感謝

 

40:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:56:07 ID:7gQEsviVF

 4000mって長すぎる

 

41:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:56:18 ID:FosSXz2VC

 天春より800m長いのか……

 

42:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:56:28 ID:gBwBfLPDx

 長スギィ!!!

 

43:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:56:39 ID:AE5/I5VGc

 まぁメジロ家はみんな知ってるし……

 

44:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:56:51 ID:c+gl4YnV8

 ここで聞きたいのは光る原石なんだよなぁ

 

45:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:57:02 ID:9bDVRs5Qd

 で、他にいる?

 

46:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:57:15 ID:p5tFk3wcb

 ワイの推しはトウカイテイオーやな!

 

47:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:57:25 ID:FwXIIZSCF

 こういうのを待ってた。どんなウマ娘だったん?

 

48:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:57:38 ID:EaiEjaN+N

 頭に流星のあるウマ娘だった

 

49:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:57:48 ID:Nz7gg0UCy

 情報がすかすかすぎる

 

50:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:58:01 ID:e4wnWyi6E

 あーあの子か。デビュー戦逃げで勝った子やね

 

51:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:58:12 ID:e0Aogo65u

 逃げ! 私の好みにはあってますよ!

 

52:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:58:23 ID:dPNJZBRX8

 逃げはいいぞ。お前も逃げウマ推しにならないか?

 

53:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:58:36 ID:juN9pKIMn

 ならない。俺は差しウマ推しだ。

 

54:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:58:47 ID:osM0BvUNC

 逃げって一番分かりやすいしな

 

55:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:58:59 ID:OMT1fTOwP

 さいしょからせんとうにたてばかてますよ?

 

56:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:59:12 ID:eUuotPw5x

 それが出来たら苦労しないんだよなぁ

 

57:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:59:26 ID:kX8ijBsiW

 そうだよ

 

58:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:59:38 ID:quYdfppCR

 でも私の方が速いですよ?

 

59:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 20:59:50 ID:z28EKjyeq

 異次元の逃亡者さんおっすおっす

 

60:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:00:03 ID:fDNa3dgOr

 公式インタビューで言ったってマ?

 

61:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:00:14 ID:rJwXfAU3w

 マ

 

62:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:00:28 ID:i2vFwsvXg

 嫉妬可愛い

 

63:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:00:41 ID:HoJ/FlyYG

 で、そのテイオーって子速かったの?

 

64:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:00:51 ID:0kuz8DTBe

 速かったぞ

 

65:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:01:02 ID:4q+0A3yJx

 あれは期待出来る走りですね

 

66:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:01:14 ID:ZNyGWeZ0B

 どこ目線の発言だよ

 

67:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:01:28 ID:zM1RkjIMO

 三バ身で勝ってた

 

68:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:01:39 ID:/YnKyhLDC

 ポニーテールが可愛かった

 

69:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:01:51 ID:hDU1G0VIK

 現地民ワイ。テイオーを間近で見る。手をぶんぶん振ってくれて愛嬌◎ ファンになっちゃう……

 

70:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:02:03 ID:5TQvZAgVp

 いいなぁ

 

71:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:02:17 ID:yxfQLa2Tm

 羨ましい

 

72:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:02:27 ID:hDU1G0VIK

 んで現地民なんだけど、テイオーより目立つ子いたんや

 

73:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:02:38 ID:PnPkiJn+y

 kwsk

 

74:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:02:50 ID:WG7Sc6lor

 kwsk

 

75:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:03:03 ID:jl5vAm+zn

 どういう事?

 

76:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:03:16 ID:hDU1G0VIK

 あのな、白毛のウマ娘の子がいたんや。真っ白な髪してた

 

77:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:03:28 ID:/fVR1L5o9

 はえー

 

78:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:03:41 ID:wjt/YE1iN

 白毛の? 珍しくね?

 

79:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:03:55 ID:dIPCuxiCk

 珍しいな。葦毛はちょくちょく見かけるけど白毛は珍しい

 

80:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:04:08 ID:8MSiZE2+Z

 あれでも白毛のウマ娘なんてデビュー戦にいた?

 

81:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:04:19 ID:nDXAmfRgi

 知らん

 

82:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:04:30 ID:6r58j23aK

 いたら目立ちそうだし、とっくに話題になってそうだけど

 

83:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:04:40 ID:hDU1G0VIK

 いやそれがな、スーツ姿だったんや

 

84:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:04:52 ID:AM2q8tjkP

 ?????

 

85:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:05:03 ID:sSUnPejlp

 ドユコト

 

86:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:05:15 ID:j5b87AV27

 現役じゃないって事か?

 

87:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:05:25 ID:M/SbRxMYE

 見た目は?

 

88:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:05:39 ID:hDU1G0VIK

 普通に若かった。10代じゃね?

 

89:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:05:51 ID:33f3tcdRz

 でもウマ娘ってみんな見た目若いしなぁ

 

90:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:06:04 ID:D3guac+4d

 これもう分かんねぇな。

 

91:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:06:16 ID:E/Uya9VmJ

 あれでしょ。関係者なんじゃね?

 

92:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:06:27 ID:l6NhjWs/S

 レース場のスタッフとか、出走ウマ娘の親戚かも

 

93:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:06:38 ID:hDU1G0VIK

 それかな。でもめっちゃかっこ可愛かった。帽子が似合ってたなぁ

 

94:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:06:50 ID:TDzswnVGq

 誰かのトレーナー説

 

95:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:07:01 ID:YW8PGitL0

 ウマ娘のトレーナー? そんな事ある?

 

96:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:07:13 ID:fH1zXO2Tf

 前例はあるよ。くっそ稀だけど。

 

97:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:07:24 ID:bkw3KYAEN

 なるほどね……

 

98:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:07:38 ID:tUUutSdEE

 みんなデビュー戦好きやなぁ! あっという間に100やで

 

99:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:07:48 ID:7Ex2niWGo

 ここは毎年デビュー戦がある度に盛り上がるスレよ……

 

100:名無しのウマ尻尾 2021/9/1 21:08:00 ID:ODDZzBpKB

 ワイたちのデビュー戦応援はこれからや!

 




みなさんあけましておめはちみー(挨拶)

ハーメルンに投稿しているならば一度は書きたい掲示板形式……
ところで掲示板形式ってこれでいいの? 誰か教えて。
因みに次はアンケート通りにお風呂回です。

あと感想欄でよく言われるのでここで捕捉をしておきますが、この世界線には沖野Tやお花さん、六平さんなどのウマアニメやシングレのトレーナーさんが出てくる予定はありません。なので前回の謎のおっさんは沖野Tじゃないです。ご了承ください。

さて今回はこのあたりで。
良かったら評価や感想をくださると嬉しいです。執筆のモチベに繋がります。


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【スターの日常】お風呂場では声が響くから注意しようね

アンケートの結果、大差で勝利を掴んだスターとテイオーのお風呂回です。お待たせしました。

これはなんてことないスターの日常を書いたお話です。
最悪飛ばしても本編には影響ないようにはします。


「トレーナー、今から女子力チェック……いやウマ娘力チェックを始めるよ」

 

「どうした急に」

 

 とある平日の夕方、テイオーが俺の部屋兼ミーティングルームで突然そんな事を言い出した。

 練習の後なのでジャージのままの彼女は、何故か仁王立ちで部屋に立っている。

 

 というかウマ娘力チェックとは何なんだろうか。

 

「あの日の夜覚えてる? そこでトレーナー色々と酷かったからさ……」

 

「あぁ…… そう言えばそんな事言ってたな……」

 

 あの日の夜とは、この前あったデビュー戦の為に、テイオーと同じ部屋のホテルに泊まった日の事だ。

 そこで俺が尻尾をろくに乾かさず放置していたところを、テイオーに発見された。その後「今まで何してたの?」とまで言われる始末だった。

 流石に俺も「禿げるよ」と言われてしまっては、何かしらやらねばと思ってはいたのだが、すっかり忘れていた。

 尻尾のケアは教えてあげるとは言っていたのだが、チェックって何をチェックするんだろ。

 

「いやぁ……前の様子を見た限りなんか他も終わってそうだから……」

 

「そこまで?」

 

 テイオーが少し溜息をつきながら「だからチェックするんだよ」と発言する。

 なんか若干呆れた目を向けてきているのは気のせいではないはずだ。

 

「はい、じゃあ一つ目! 私服のチェックだよ!」

 

 そう言ってテイオーが部屋の中のクローゼットを開ける。

 

 いや勝手に開けるなよ…… まぁ見られて困るものは入って無いけど。

 

 そう思いつつ、彼女の方に目を向けると、何故か石のように固まっていた。

 

「テイオー? テイオーさん? 大丈夫かー?」

 

「い、いやトレーナー。冗談だよね?」

 

 さび付いた車輪かの如く、首を後ろに回したテイオーは、声を震わせながらそう言った。

 そんなテイオーが冗談とまで言ったクローゼットの中には、スーツが二着とトレセン学園の体操服、パジャマしか置いて無かった。

 

 いやだって……私服ってスーツで済むじゃん…… ファッションとか分からないからこれで十分だと……

 

 トレセンの体操服はここに来た当初に貰った物だ。朝食を食べに行く時とかに使わせて貰っているので感謝している。

 

「いやいやいや。それでも駄目でしょ! これは!」

 

「でも実際使わないぞ? スーツ便利だし」

 

「年頃のウマ娘がそれでいいの……?」

 

 確かに年頃のウマ娘……年齢だけで言えば高校一年生の俺だが、特に今まで服装に気にした事がない。

 流石に清潔感を保つために洗濯や、服の保存の仕方などには気を付けていたが。

 するとテイオーが何かを見つけたのか「あっ」と呟いた。

 

「なんか段ボールあるじゃん。開けていい?」

 

「段ボール? あっ、ちょっと待って」

 

「へへーん。もう開けちゃうもんね」

 

 特にガムテープとかで封をしてなかったそれは、テイオーの手によりあっさりと開けられてしまう。

 でも確かその段ボールは……

 

「……制服? トレセン学園のじゃん。なんでトレーナーが持ってるの?」

 

「俺が聞きたいわ……」

 

 この一回も袖を通したことの無い新品同然の制服は、トレセンのジャージと一緒に届いたものだ。

 ジャージは便利だから使うが、制服はまじで使う機会も無くそのまま段ボールの中に入れっぱなしだった。

 なんでこれ渡したんだろ…… 無駄にサイズぴったりだし……

 

 因みに最近はいつの間にか冬服まで部屋に届いてた。もはや恐怖すら感じる。

 

「トレーナーこれ着ないの?」

 

「着ないが」

 

「えーー、トレーナーの制服姿見たかったのになぁ」

 

 残念そうにテイオーが言いながら、段ボールを元あった場所にしまってもらう。

 そしてちらっと俺の方を期待に満ちた目で見てくる。

 

「……着てくれないの?」

 

「いや……着ないが」

 

 勘弁してほしい。流石に恥ずかしさの方が勝ってしまう。

 

~~~~~~~~

「はい次! 次のチェックは朝のルーティーンだよ」

 

「そういえばそんな話だったな」

 

「そういえばって何さ」

 

 私服の検査を受けて、無事に年頃のウマ娘として終わってる判定を貰った俺は、次に朝のルーティンについて聞かれていた。

 とは言っても、朝か……  朝起きたら俺は……

 

「まず、体操服に着替えるだろ。そしたら朝ごはん食べに下に降りて、戻ってきたらスーツに着替えて仕事」

 

「……ん?」

 

「なんか変な事言ったか?」

 

「……髪のセットとかは?」

 

「セット?本当に寝癖が酷かったら直すくらい。あとは帽子で隠せるし」

 

 そう俺が説明すると、テイオーが信じられないものを見るような目でこちらを見てくる。

 いやそんな? あ、でも顔は洗ってるぞ。

 俺はそういう髪質なのか分からないが、寝癖が付きにくい。だから鏡でちらっと見ただけで、大きな寝癖が無ければ放置していた。

 

 そしたら、またテイオーの大きなため息が聞こえた。どうやらまたダメだったらしい。

 

「もうさ……突っ込むのも疲れちゃった……」

 

 なんか意気消沈されてしまった。

 ここまで憐れみの目を向けられると、なんか俺が悪いみたいな感じがしてきたな……

 

 今まで生きていて、自分の見た目に関してほとんど興味が無かった。

 とはいえ、別に困ってるわけでも無いし、清潔感に関しては気を付けているのでいいかなとは思っていたのだが。

 

「トレーナーさ、美人なんだから少しは身だしなみに気を付けたら……? なんか勿体ないよ」

 

「いやでも困らないし……」

 

「ボクが困ってるから直して」

 

「あ、はい」

 

 また怒られてしまった。なんか投げやりのように言われてしまったが、テイオーも思うところがあるのだろう。

 流石に雑すぎたし、俺もある程度気を付ける事にするか……

 後で身だしなみとかについて検索しようと思っていた所で、テイオーから爆弾が投下された。

 

「じゃあ、お風呂行こうか。尻尾のケアとか教えるから」

 

 あ、忘れてた。

 

~~~~~~~~

 トレセン学園のお風呂事情はかなり充実している。

 まず自室に一つ、シャワールームが設置されているのだ。基本二人一部屋とはいえ、好きな時間にシャワーを使えるのはかなり大きい。どれだけの予算がかかっているのかは分からないが、学園側がウマ娘を思っての事だろう。

 そして各寮に一つ、大浴場が設置されている。使える時間は決まっているが、大きな湯船に浸かれるのはウマ娘にとっても感謝されていそうだ。

 因みに俺は大浴場を利用した事はない。存在自体は知っていたのだが、シャワーで事足りるかなと思っていたからである。

 

 あとはちょっと罪悪感が。ほら、一応元男性だし……

 

「じゃあ、お風呂行くよトレーナー。ボクも早く体洗いたいし」

 

「ちょっ、ちょっと待て、テイオー。いやさ、それはまた今度にしないか? 尻尾のケアなら口頭で教えて貰っても大丈夫だから!」

 

「いや……トレーナーなんかお風呂事情も終わってそうだし……」

 

 テイオーがもう何度目か分からないジト目を向けてきた。もう信頼が無い……

 とはいえそれでもまだ罪悪感の方が勝つ。どうしよ、これ。

 

 俺が真剣に考えていると、テイオーが俺の腕をぐっと掴んで来た。

 彼女の顔を見ると、凄くいい笑顔で俺を見てくる。

 

「行くよ?」

 

 今日の学び。現役ウマ娘に腕を掴まれたら逃げられない。

 

 どうしようもないので、しぶしぶいつも使ってるお風呂用品と着替えを纏めて、俺達は大浴場に向かうのであった。テイオーに引っ張られながらだが。

 

~~~~~~~~

 脱衣所で服を脱いで、かごにしまい、さっさと大浴場の中に行く。なるべく目線は下を向けるようにしていた。なんとなく。

 ドアを開けて中に入ると、白い湯気がもわっと上がっており、なかなかに視界が悪くて少しほっとした。

 浴場はかなり大きめの湯船と洗い場に分かれており、寮のウマ娘達が体を洗ったりしている。

 

 既にテイオーが洗い場にいたので、足元に気を付けながら彼女の方へと向かう。

 隣に行くと、丁度二人分のシャワースペースが開いていたので、最初から置いてあった風呂イスに腰を下ろした。

 

「トレーナーっていつもどうやって洗ってるの?」

 

「洗い方にそんな特殊な事するのか? 普通に頭から洗ってるけど」

 

 俺はいつも通りに、頭を洗おうと部屋から持ってきたシャンプーを手にしようとした瞬間──テイオーにシャンプーを取り上げられた。

 

「どうした……? 返してくれない?」

 

「……これメンズ用だけど」

 

 テイオーが指をさした場所には確かに「メンズ用」と記載してあった。

 マジか、なんも見ずに適当に買ってしまっていた。

 まぁ別にそんな違いないでしょ……多分。

 

「全然違うよ…… 今日はボクの貸してあげるから、これ使って」

 

 顔に出てたのかテイオーに突っ込まれてしまった。

 ありがたくシャンプーを貰って、頭を洗ってみたのだが、なんかいつもより泡立ちが違う気がする。

 洗い方までは流石に指摘されずに、泡だった頭をシャワーのお湯で流す。俺は髪が短いので大変だと思った事は無いが、テイオーみたいに髪が長いと大変そうだ。

 

 横に視線を向けると、いつも振り回しているポニーテールをほどいて、手櫛で解かすように髪を洗っている。

 そういえばテイオーが髪降ろした姿を初めて見たかもしれない。なんだろう、誰かに似てるな。誰だろ……?

 俺が思わずその姿に見とれていると、テイオーが髪を綺麗に洗い流した。

 

「はい次はリンスだよ。どうせ持ってないだろうし、貸してあげるね」

 

「リンスってどう使うんだ」

 

「ウソでしょ」

 

 リンスを使った事すらない俺は、テイオーから使い方をレクチャーされる事になった。

 まず手に取ったリンスを手になじませる。その後、髪の毛先を中心にリンスを揉み込む。生え際にはなるべく付けない方がいいらしい。その後、シャワーでリンスをしっかりとすすいで終わり。

 聞いたところによると、髪のダメージを押さえる為に必須らしい。シャンプーだけだと汚れしか落とせないんだそう。女性の髪のケアって大変だな……

 

「ボディーソープは……うん、トレーナーが今使ってる奴でもいいかな。普通の奴っぽいし」

 

 一応ボディーソープにも女性用もあるらしいが、セーフを貰った。ありがとう男女兼用。

 ボディーソープを専用のタオルに染み込ませて泡立たせる。背中とか洗うのには、このタオルが無いと届かない時があるからな。しっかり洗えるこのタオルは愛用している。

 

 さて体を洗ったら、いよいよ本題の尻尾のケアである。

 今まで俺は「尻尾も同じ毛だから……」という雑な理由でシャンプーを使って洗っていた。

 それをテイオーに話したところ、呆れられて今に至る。

 

「尻尾はウマ娘で一番大切な所と言っても過言じゃないからね。しっかり洗う必要があるのだ」

 

 テイオーに「今日はボクが洗ってあげるね」と言われたので、大人しく尻尾を差し出す。

 尻尾用の洗剤を手に含んだテイオーの手が尻尾に当たる感触がする。

 上から下へと、尻尾をすきながら洗っていくらしい。

 

 尻尾も髪とは別にやらなきゃいけないとか、ウマ娘ってなかなかめんどくさいな……

 

 そんな事を思いながら、彼女に尻尾を好きに任せていたのがいけなかったのか。

 

 テイオーの手が、急に俺の尻尾の付け根に触れた。

 

「うひゃぁ!?」

 

 その瞬間、浴場に響く可愛らしい声。

 自分ですら「あ、これ、俺の声か」と脳が認識するまで時間がかかった。

 急速に恥ずかしくなって、顔が熱くなってしまったのは、きっと浴場の熱気だけのせいではない。

 

「ねぇ、トレーナー」

 

「忘れろ」

 

「ごめん、無理」

 

「忘れてくれ……」

 

 結局その後は顔を下に向けながら、俺は大人しく尻尾が洗い終わるのを待つ事にした。

 

~~~~~~~~

 湯船に浸かる瞬間に、大きく息を吐きだしてしまうのは何故なのだろうか。

 実際俺達も、お湯に入った瞬間二人で「ふぅ」と息を吐いてしまった。

 久しぶりに湯船に浸かったが、普通に気持ちがいい。これが毎日利用できるなら、シャワーよりもこっちの方がいいかな……

 

「あーー」

 

 隣でテイオーが震えた声を出しながら溶けている。温度も丁度良く、座って肩まで浸かる位置に調整できる。どうやら奥に行けば行くほど、深くなる設計のようだ。

 

 久しぶりの湯船に足を伸ばしながら、くつろいでいると視界内に奇妙な恰好をしているウマ娘を見つけた。

 競技用の水泳キャップに水着を着用し、御丁寧にゴーグルまで付けている。

 帽子に収まっていない綺麗な葦毛と、恐らく俺よりも身長が高く、綺麗なスタイルをしたウマ娘が何故か湯船で正座をしていた。

 

 ……なんだあれ。

 

「あ、うん。気にしない方がいいよ。ゴルシいつもあんな感じだし」

 

 その後、ゴルシと呼ばれたその謎のウマ娘は突然潜水し始め、浮かんでこなくなった。

 

 ……理解したら負けな奴か。

 

 取り敢えず、謎のUMAについて考えるのをやめてボケっと天井を見上げる。

 たまには、いや一日に一回くらい、こんな風に何も考えない時間があってもいいかもしれない。

 

「そろそろあがるか」

 

「うん、そうしよっか」

 

 温かいお湯であったまった俺達は、ゆっくりと大浴場を後にした。

 

~~~~~~~~

 タオルでしっかり水気をふき取り、持ってきた服に着替える。

 周りを見ると、トレセンの体操服や、自分のパジャマに着替えている子が多いようだ。

 

 ん?パジャマ?

 

 急に嫌な予感がしてここに持ってきた服を確認する。

 確かにパジャマは持ってきていた。ただし男性用の、しかも自分で尻尾穴開けた奴。

 自分の部屋で着る分には気にならなかった服装だが、周りに他のウマ娘がいる状態でこれはなかなかに恥ずかしいのでは……?

 

「トレーナー、今度パジャマ買いに行こうね……」

 

「はい……お願いします」

 

 またテイオーとの約束が増えてしまった。

 結局その日は下着だけ変えて、スーツを着直す事にした。まさかこんな所で自分の服装を見直すはめになるとは……

 

 髪と尻尾の水気をタオルでふき取り、自室に戻る。

 一応脱衣所にドライヤースペースはある事にはあるが、基本自室で乾かしたりするのが一般的なんだそう。まぁ乾かすのに時間かかって、占領するのも悪いしな。

 テイオーと一緒に俺の部屋に戻る。

 スーツ姿のままだったので、さっさとパジャマに着替えた俺は、ベッドに腰を掛けた。

 

「なんかウマ娘ってセット大変だな」

 

「そう? これが普通だよ、トレーナーが気にしなさ過ぎただけ」

 

 ──しかもまだ髪とか乾かすしね、とテイオーがドライヤーと櫛を取り出した。

 

 まだ終わってないのか…… 毎日これやるとか地味に大変だなぁ。

 

 俺もドライヤーを持ってきて髪を乾かす。髪を乾かす時に気づいたのだが、いつもより髪がしっとりしている気がする。やはりしっかりした手順を踏むと、それなりの効果があるようだ。

 

 髪を乾かし終えたら次は尻尾だ。

 ドライヤーの出力を一段階下げて尻尾に温風を当てる。なんかこっちも、いつもより触れた感触が良い。ケアってやっぱり大事なんだなぁと思いつつ、優しく毛先を扱う。

 

 テイオー曰く「テールオイルとかもあるけど今日はいっか」との事。まだやる事あるんですか?

 

 一通りやる事が終わり、一息つくとどっと眠気が襲ってきた。

 久しぶりの心地の良い眠気だ。最近椅子に座りっぱなしの作業とかで、気づかないうちに疲れが溜まっていたのかもしれない。

 

「俺は寝るから……テイオーも早く部屋に戻れよ」

 

「あ、うん。おやすみー、トレーナー」

 

 そう言い残してテイオーが部屋から出ていく。

 テイオーが出ていった後、眠い目を擦りながらなんとか歯磨きをして、ベッドに倒れる。

 

 やばい、凄い眠い。お風呂が良かったのか、それとも、ケアのおかげとか……?

 

 その日の睡眠はいつもより深く、ぐっすり眠れた気がする。

 

~~~~~~~~

 その夜。とある寮の部屋にて、自分のトレーナーとは対称に全く眠れないウマ娘がいた。

 

「あの最後の眠そうなトレーナー、可愛すぎなんだけど……!」

 

 その日、テイオーは良く寝れなかったそう。




みなさんこんにちはちみー(挨拶)

思った以上にお風呂回を望む人が多くてビビりました。書いてて楽しかったです。

あと、なんとこの作品のファンアートを頂きました!!!!!


【挿絵表示】


「がおー」するスターちゃんが可愛すぎて無事尊死しました……
イラストを描いてくださった「んこにゃ様」ありがとうございます!!!

ファンアートを貰うとな……やっぱり嬉しいんじゃ……


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舞台の裏で

とあるウマ娘視点からのお話です。少し曇らせ要素があります。


 私は特に目立った特徴も無い、普通のウマ娘だと自分でも思う。

 

 ウマ娘特有の大きな耳、ふわふわの尻尾。そして一般人よりもあるパワー。

 そして常軌を逸した、走力。

 

 でも私は地元じゃ周りのウマ娘よりも速かった……んだと思う。

 知り合いのウマ娘に「貴方なら中央のトレセンも夢じゃないって!」と褒められて、「じゃあ頑張ってみるかぁ」なんて思ってトレセン学園を志望した。

 

 そんなふわふわした理由で、中央の試験を受ける事にした私は試験勉強を始めた。

 流石にそんな簡単に受かるところじゃないって事は分かっていたので、かなり努力した。

 勉強……なんて言ってもトレセン学園の試験で、一番大切なのは結局の所「走り」だ。

 

 トレセン学園の最初の入試試験はいたってシンプル。

 芝とダートの三ハロン、600mのタイムを取る事と面接。筆記試験はある事にはあるがおまけみたいなもんだ。

 

 だから走った。とにかく走った。

 私もその時は小学生。当時はトレーニング方法なんて分からなかったから、日が暮れるまで走った。

 

 その当時は結構努力したと、今でも思う。

 そして、その努力は結果として現れた。

 

 入試本番。数多くのウマ娘の受験者がいる中での本番の試験。

 敷かれたレーンの中に入って、600mのタイムを計測する。

 私はそこで今までで一番いい走りをする事が出来た。

 

 これなら合格できる……! そう思い、走り終わったターフを去ろうとした瞬間

 

 ────風を見た。

 

 三ハロンというウマ娘にとっては少し短めに感じる直線を駆け抜ける一陣の風。

 特徴的なポニーテールと白い流星を携えた彼女は、笑顔でゴールする。

 

 見惚れてしまった。

 

 その走りをずっと見ていたいと思ってしまうほどには。一目惚れだった。

 実際ぼけっとターフに突っ立ていたらしく、試験官の方から「危ないですよ」と注意されてしまった。

 

 正直その日の事は彼女の事で頭がいっぱいだった。

 その後の面接とかも、なんて答えたか覚えてない。もしかしたら志望動機を聞かれたときに「彼女の走りを見たいからです!」なんて答えてしまったかもしれない。

 

 それからしばらく経って、合格発表の当日。

 私は無事中央のトレセン学園に合格する事が出来た。

 凄い嬉しかったし、ママも私に抱きついて、凄い喜んでくれた。

 

 合格したのが分かると同級生の子に「合格おめでとう!」って凄い祝われた。「G1レース制覇しちゃったりする?」とも聞かれたけど、「私は重賞レース取れたらいいなぁ」って答えた。

 

 でもそれよりも私は、あの時見た彼女の走りを、もう一度見たかったのかもしれない。

 

 そして迎えた入学当日。

 私は大勢のウマ娘に囲まれ、流れのままにその日は寮に案内された。

 トレセン学園は全寮制の学園だから、もしかしたらあの時の彼女に会えるかなぁ、なんて思っていたけどそこでは会えなかった。

 

 私が次に彼女に会ったのは、選抜レースの時だ。

 

 選抜レースは、まだトレーナーがついていないウマ娘が自分をアピールする為のレースみたいなもので、ここがトレーナーにスカウトされる為の最大のチャンスだ。

 私は芝のコースを走ったのだが、運が良かったのか選抜レースは一着でゴールする事が出来た。

 その時、大勢のトレーナーさんに囲まれてびっくりしてしまった。

「俺と一緒に」「私と一緒に」なんて熱烈なアピールを受けたけど、私は勘でその中からトレーナーさんを決めてしまった。中堅で、チームを持ってるトレーナーさんだった。

 まぁ正直なところ、分からなかったって言うのが本音ではある。

 

 トレーナーさんを決めてターフを去る際に、私はまた「風」を見た。

 

 彼女だ。

 

 その日も、入学試験と変わらない綺麗な走りを大勢のトレーナーさんやウマ娘の前で見せていた。

 あぁ、やっぱり綺麗だなって、また見惚れてしまった。

 

 一着でゴールした彼女────「トウカイテイオー」と呼ばれていたウマ娘は、私よりも大勢のトレーナーさんに囲まれていた。

 なんなら歓声まで沸きあがってる。まだ選抜レースなのに。

 こういう子がG1レース制覇したりするのかな、なんて思った。けど不思議と、嫉妬とかの気持ちは湧いてこなかった。

 

 

 選抜レースが終わり、トレーナーさんがついてからの日々は、簡単に言うと地獄だった。

 朝早く起きて朝練、少し眠い目を擦りながら学園の授業を受ける。放課後もとにかく練習、そして寮に帰って疲れでベッドに倒れる。

 とにかく大変で、暇な時間なんて無かった。

 けど不思議と楽しかった。疲れるし、辛かったけど、自分が成長出来てるって実感出来たから。

 トレーナーさんやチームのみんなと練習して、数か月があっという間に過ぎ去っていった。

 

 そんな練習をしていたとある日。

 トレーナーさんが私を呼び出して、デビュー戦の日程を伝えてくれた。

 デビュー戦は中京レース場で芝の1800m、マイル距離のレースだそうだ。

 トレーナーさんは「今までやった事を発揮すれば絶対勝てる!」って言ってくれたけど、私は渡された出走表を見て気が気でなかった。

 

 ────二枠二番「トウカイテイオー」

 

~~~~~~~~

 デビュー戦当日。良く晴れたその日は、気温も丁度良く絶好のレース日和だ。

 私は四枠四番。左回りのレース場なので、どちらかというと内枠になる。

 

 二枠のトウカイテイオーさんは……凄い元気そうだ。

 

 だけど今日は競うべき敵。見惚れている暇なんてない。

 

『中京レース場、芝1800m、デビュー戦……今スタートしました!』

 

 ガコンという、心地よい音ともにゲートが開く。

 その瞬間私はターフを蹴りだして、指示されたポジションにつこうとする。

 

 レースが始まる前、トレーナーさんに「トウカイテイオーが気になります」と伝えたら、「じゃあ、テイオーをマークしよう。君は先行と差しどちらもいけるから、テイオーを見てレース展開を決められるはずだ」と指示された。

 

『おっと、トウカイテイオーが先頭を取ったぞ! このまま逃げるつもりなのか!?』

 

 だがそうはならなかった。トウカイテイオーさんが先頭に立ち、逃げる。

 その時の私はとにかく焦っていた。選抜レースで見せた彼女の走りは先行策。

 今回レースに逃げウマがいなかったとしても、確実に先行のペースじゃない。

 

 今思うと、よく掛からなかったと思う。

 逃げてるトウカイテイオーさんには追い付けないから、せめて二番目を取って視界内には捉えるようにする。

 

 でも……でも、全然

 

『さぁ、第三コーナーも終わり終盤に差し掛かります! トウカイテイオーが逃げ続けている! このまま最後までいってしまうのか!』

 

 追い付け無い……! 

 

 だけど逃げはその脚質の都合上、スパートが出来ない。先行や差し、追い込みと違って足を溜める暇がないからだ。しかもわざとペースを落として息をいれている様子も無かった。

 

 まだ私には足が残っていた。なら仕掛ける事が出来る。

 

『さぁ、最後の直線に入った! トウカイテイオー逃げる逃げる! 後ろの子達は間に合うのか!』

 

 最後の直線に入った。ここからスパートする! 

 そう思い、今まで残していた足を解放し、全力で加速する。

 

 足は痛いし、呼吸をするのは辛い。視界はなんか凄い曇ってるし、頭もうまく回らない。

 

 苦しい。

 

 けど、けれどもと、足を回して、トウカイテイオーさんの隣に一瞬立つことが出来た。

 

 隣を見ると、トウカイテイオーさんの顔が見えた。

 

 笑っていた。楽しそうに。

 

 レースを純粋に楽しんでいる顔。

 

 彼女も必死に走っているんだろう。でも、その中で凄い楽しそうに走っている。

 

 それに比べて私は? 

 苦しくて、辛くて……レースを楽しむ余裕なんか無かった。

 

 心が折れた気がした。

 自分の足が回らなくなっていく。どんどんトウカイテイオーさんと距離が離れていく。

 

 「走れ!」と叫ぶ理性に対して、「走れない」と訴える本能。

 

 ───あ、これもう無理だ。

 

 なんて他人事のように思ってしまった。

 

『トウカイテイオー、今一着でゴールイン! 二着の子と三バ身差の勝利でデビュー戦を勝ち取りました!!』

 

 ここで私の最初で最後のトゥインクルシリーズのレースが終わった。

 

~~~~~~~~

 レースが終わり、地下バ道を歩いて控室に戻る。

 とぼとぼと歩いていると、トレーナーさんが出迎えてくれた。

 

「大丈夫だ! 次の未勝利戦で勝ちに行こう!」

 

 そう優しい声で励ましてくれるトレーナさんの言葉が心にしみる。

 

 だけど、私の心はもうダメだった。

 

 

「トレーナーさん……私、もう、走れないです……」

 

 

 頬に伝う涙のせいでぼやけた視界内のなか、私は精一杯の笑顔で本能を吐き出した。

 

~~~~~~~~

 これで私のトレセン学園での物語はおしまい。

 

 このデビュー戦の後、頑張っていればもしかしたらG2とかG3のレースで勝てたかもしれない。

 

 「もし」の話なんてここでする意味なんか無いけど、私は別に後悔なんかしていなし、トウカイテイオーさんを恨んでるわけでも無い。

 

 私は彼女のファンなのだ。あの走りに一目惚れしたウマ娘の一人なのだ。

 

 だからいつまでも自慢しよう。

 

 「お金では買えない特等席で、彼女の顔を見れたんだぞ」って。




こんにちはちみー(挨拶)


本題に入ります。
なんとこの作品のファンアートを頂きました!(2回目


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写真を撮られてちょっと恥ずかしがってるスターちゃん可愛いね……好き……
イラストを描いてくださった「パス公」さんありがとうございます!

ファンアート爆撃は……泣いて作者が喜び、のたうち回るのじゃ……


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舞台の裏で 2

1/26 「おーか」さんからいただいたイラストを挿絵として入れさせて頂きました! 本当にありがとうございます!!!


 異常。それがスターゲイザーを見たときに彼女──秋川やよいが思った事だった。

 

 トレセン学園はあくまで「学園」である。

 トレーナーばかりが目立ちやすいが、生徒に授業をする教師や掃除などをする用務員、食堂の料理人、ターフの整備役などなど。学園自体が大きな会社のように成り立っている。

 

 なのでトレセン学園は割と常に求人募集をしていたりする。が、相手にするのは年頃のウマ娘だ。

 その為、普通の会社よりは人格者である事が優先されたりする。

 

 秋川やよい事、秋川理事長はトレセン学園という会社における社長である立場ではあるが、面接関係の書類をチェックしているわけでは無い。まぁ直々に配属した採用担当の人が、チェックしているが。

 

 そんな彼女の元に、一通の書類が届いた。

 採用担当の人曰く、「イタズラかとは思いましたが、しっかりしていたので判断を仰ぎたい」との事。

 はてさて、トレセン学園の求人にイタズラ……? そんな事する人が今時いるのかなんて思いつつ、現在やっていた仕事を一旦やめ、渡された書類を見る。

 

 見てみると、トレーナー求人募集に対するエントリーシートだった。

 パッと見るも、特に不備は見当たらない。普通にしっかりしている書類っぽいが……

 

 疲れているのかもしれない。

 そう思い、もう一度上から丁寧に書類を確認すると、なんと募集して来たのがウマ娘だった。

 なるほど。ウマ娘でありながらトレーナーを希望するのは確かに珍しい。しかし、前例が無いわけではない。

 顔写真を見てみると少し幼げな顔の、白毛のウマ娘が写っている。

 

 そのまま下に目を移すと、学歴・経歴の欄に入る。

 

 そこには義務教育の終了である、中学校の名前と卒業の文字。

 あとは空欄。

 

 ──ん? 

 

 目を疑ってもう一度見返す。

 学歴、中学校卒業。後は真っ白。

 確かにこれはイタズラと思われても仕方ない。

 

 しかしそれを、年齢の部分に書かれている「15歳」という数字が否定する。

 

 「驚愕!」と書かれた扇子を、自分しかいない理事長室で開く。

 

 

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 確かに、トレセン学園は求人に対して年齢制限を設けていない。

 能力があるならば、若かろうが、老いていようがそこまで気にしない。ある意味実力主義なのだ、トレセン学園は。

 

 だが、中卒での求人は前代未聞だ。それも雑務系の仕事でもなく、トレーナーとは。

 

 トレーナーはそんな甘い仕事ではない。なにせ年頃のウマ娘の夢を、最も間近で支えるのだ。それなりに、いやかなりの能力を要求する。

 その為面接だけではなく、わざわざ試験まで行っている。

 

 しかし、書類に嘘は書いておらず、そこを除けばしっかりとした書類だ。

 不備は無い為、秋川理事長は採用担当に「確認! 問題は無いようなので書類を送ってあげるように!」と伝えた。

 

~~~~~~~~

 トレーナー試験が終わった。

 

 余談だが、トレーナー試験はかなり難しい。毎年この時点で半分以上の受験者が切られる。

 トレセン学園側は別に落とすつもりなどない。決められた点数さえ取れれば合格にするのだが、なんでこんなに合格者が少ないのかと本気で悩んでいるのは内緒だ。

 

 閑話休題。

 

 採点終了後、秋川理事長は真っ先に、例のウマ娘の点数をチェックする。

 中卒で一体どこまで取れているのか、好奇心も大きかったが、何よりもウマ娘である事が彼女の中の同族意識を……

 

 首席だった。

 

 どうやら最近目の疲れが激しいらしい。目を手で覆いながら、天井を見上げた。

 何度見直しても採点に間違いは無いらしい。

 

 中卒で、トレセン学園のトレーナー試験を首席で合格? 何かの冗談と言ってくれた方が、まだ現実味がある。

 

 だが目の前にある結果は、嘘をついていない。

 

 少し冷や汗をかきつつ、彼女は指示を下した。

 

 ────この子の面接は私が直々にやる、と。

 

~~~~~~~~

 学力試験の次の日。

 秋川理事長は、理事長室の少し大きすぎる椅子で足をぷらぷらさせながら、彼女を待っていた。

 彼女──スターゲイザーと言う名前のウマ娘は、理事長秘書である駿川たづなが連れて来てくれるはずだ。

 こんこんと理事長室に、ドアのノック音が響く。

 

 

「理事長、入りますよ」

 

 ドアが開かれると、そこにはたづなとスターゲイザーが立っていた。

 スターゲイザーはぽかんとしており、何が起こっているか分からなそうだ。

 

「歓迎ッ! これより面接を始める!!!」

 

 理事長はパッと「歓迎!」と書かれた扇子を開き、スターゲイザーを迎え入れた。

 スターゲイザーは困惑しているのか、目線が少し泳いでいる。

 

 たづなが「どうぞ」とスターゲイザーを理事長室に迎え入れ、ソファに座って貰う。

 「今お茶持ってきますね」とたづなが席を少し外した後、秋川理事長もソファに座り、スターゲイザーと向き合う。

 

「よく来た。いきなりこんな場所に連れて来られて困惑しているだろうが、リラックスして面接に臨んで欲しい」

 

 そう、彼女の緊張を解くために声を掛けたが、当の本人は状況の理解が出来ていないように見える。

 それもそうだ。トレセン学園設立以来、トレーナー志願者と理事長が直接面接する事なんて無かったのだから。

 

 特殊な場面に、理事長自らも苦笑を浮かべてしまう。

 

「お茶です、どうぞ」

 

 たづなに出されたお茶を一口飲み、湯呑をテーブルに置く。

 そして一番聞きたかった事を、理事長は彼女に尋ねた。

 

「疑問ッ! 何故君はトレーナーを目指そうと思ったのか!」

 

 世間一般的に考えるのならば、中学を卒業したら普通は進学するはずだ。

 想像もしたく無いが、彼女がお金を稼がないといけない状況にあったとしても、わざわざトレーナーなんていう職業に就く理由も無いだろう。

 トレーナーは勉強必須の職業だ。知識が求められる仕事をわざわざ選ぶ理由が秋川理事長には分からなかった。

 

 ────しかも年頃のウマ娘。普通であれば、トレーナーとかではなくレースを走る方を選びそうなものだが……

 

 スターゲイザーが一呼吸置いて、質問に答える。

 

「夢を与える存在を支えたいと思ったからです」

 

「ほう……?」

 

「私は初めてウマ娘のレースを見た時、画面越しでしたが夢を与えられました。それはウマ娘のトレーナーになるという、自分自身がウマ娘であるにも関わらず持った夢です。夢を与えるウマ娘ですが、それは一人で成り立っているものでは無いと思っています。トレーナーの支援があるからこそ、ウマ娘達はレースで競いあい、そして初めて夢を与えられるものだと考えています。私はそれを支えていきたいと思いました」

 

 ──立派すぎないか? 

 

 思わず素で呟きそうになった理事長だったが、なんとか言葉を飲み込み、もう一つ気になっていた事を聞く。

 

「理解……だがこの若さでトレーナー試験を受ける意味はあったのか? もっと後からでも受けられるだろう?」

 

「それは……約束があるからです」

 

「約束?」

 

 理事長が聞き返すと、スターゲイザーが息を吸い込んで、こう答えた。

 

「はい、私の知り合いに今年トレセン学園に入学する、三冠を取りたいというウマ娘がいます。彼女と約束したんです。彼女の専属トレーナーになるって」

 

 ──約束……か。

 

 彼女の綺麗な琥珀色の目が、理事長を真っ直ぐ見つめる。

 濁りの無い、綺麗な瞳が理事長を映す。しかし、その目はどこか揺れていたような気がした。

 

 ならこちらが取る行動は……

 

「うむ……分かった。これで面接は終わりだ。お疲れ様であったな」

 

 聞きたい事を聞けた理事長が、面接終了の合図をする。

 彼女はきょとんとしているが、本当に聞きたいことは終わったのだ。十分以上に分かった。

 

「出口まで案内しますね。どうぞついてきてください」

 

 たづながスターゲイザーを出口に案内するために、理事長室を退出する。

 

 ドアがパタンと閉まる音が聞こえると、理事長室に静寂が訪れた。

 

 

 異常。

 

 

 それがスターゲイザーを見て、直接話して、理事長が思った事だった。

 

 精神が成長しすぎている。まだ、学力の面だけだったら天才で片付けられたかもしれない。

 だが会話してみて分かった。明らかに、実年齢と釣り合っていない。

 あれほどまでの真っすぐな目。一体今まで何を経験し、思って生きていたのか……

 

 その瞬間、理事長の頭に一つの考えが浮かぶ。

 

 

 精神が成長せざるを得ない、もしくは成長してしまうような環境にいた……? 

 

 

 ──この秋川理事長の考えはある意味、的を射ていた。

 スターゲイザーは転生者である。その為、他の15歳よりも精神が成熟しているのは当然の事だろう。しかし、そんな非現実的な事までは流石に考慮出来ていない。

 だが、スターゲイザーは母親からネグレクトを受けていた。少なからず彼女の心が、それによって変化してしまったのは間違いない。

 

 無意識に「約束」に縋るようになってしまうまでには。

 

 

 秋川理事長が椅子に腰を落とす。

 

 どうするべきか。

 本音を言うと凄く欲しい。成績優秀の人格者。トレーナーとして完璧だ。今すぐ採用したい。

 だが同時に危うい。何がきっかけで、彼女が壊れてしまうか分からない。

 

 窓を開けて、外を眺める。

 そこには制服やジャージを着たウマ娘達が、思い思いの学園生活を送っている。

 友人と談笑するウマ娘や駆け足でどこかに向かうウマ娘、そしてターフを駆けるウマ娘。

 

 心地よい風が吹く。春先の少し暖かい、しかしどこか目が覚めるような、そんな空気が理事長を支配する。

 

「風……か」

 

 まだ完全に掴めない、そんな白毛のウマ娘。

 

 なら、その「風」を取り入れよう。

 どんな背景が彼女にあるか、まだ分からない。でも望んでトレーナーに志願した。これだけは確実だ。

 

 もし、冷たい風だったとしても、暖めてやればいい。

 

 ここは、全てのウマ娘達にとって最高の環境のはずだ。

 それはきっと走らないウマ娘にとっても。

 

 ならここの責任者として、私がするべき事は

 

「決心ッ! 彼女、スターゲイザーはわがトレセン学園にトレーナーとして採用し、私達が全力でサポートする!」




こんにちはちみー(挨拶)

今回で第二章が完結しました。次から第三章、テイオークラシック期に入ります。ご期待ください。

そして、なんとこの作品のファンアートを頂きました!(3回目


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お風呂回の最後の眠くなっているスターちゃんです!これはテイオーが夜更かし気味になる可愛さや……
イラストを描いてくださった「無意識の妖怪」さんありがとうございました!
ファンアート貰って、毎回五体投地で感謝しています。

キリもいいので、少し画面をスクロールして、評価や感想、お気に入り登録をして下さると、とても嬉しいです。
あと活動報告にリクエスト箱みたいなものを設置したので、気軽にコメント残していってくださいな。


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第三章 テイオークラシック級
12.「願い」と「誓い」


「じゃあ……ボクの勝利を祝って、かんぱーい!」

 

 トレセン学園の寮の俺の自室に、テイオーの元気な声が響く。

 手には彼女の大好きなはちみーが握られており、とてもご機嫌そうだ。

 

 デビュー戦の翌日、俺とテイオーは小さな打ち上げ会みたいな事をやっていた。

 まぁ、テイオーが美味しそうにはちみーを啜りながら、お菓子を食べているだけなのだが。

 因みに俺もペットボトルの紅茶を飲みながら、お菓子をつまんでいる。はちみーはちょっと甘すぎてな……うん。

 

 昨日のデビュー戦、テイオーが勝てたから良かったものの、多くの反省点があった。

 移動の事や、作戦の指示などなど。新人トレーナーだからというのもあるが、圧倒的に経験の足りなさが露呈した気がする。今後は気を付けなければ。

 

 だけど、今は勝利の余韻に浸っても問題は無いだろう。テイオーも凄い嬉しそうな顔しているし。

 

 そんなにっこにこの彼女とお菓子を食べながら、レースの感想を聞いてみると、凄い楽しかったのが伝わって来た。

 ウマ娘である以上、ただ走るのとレースとでは差があるのだろうか。俺にはよく分らない感覚だ。

 

「ウイニングライブも良かったなぁ。みんな、ボクの事見てくれてるって感じがして!」

 

 ライブをセンターで踊っていた彼女は、その日の主役だったのは間違いないだろう。

 事実、俺も見惚れてしまっていたしな。

 デビュー戦だからそこまで多くの観客がいなかったが、これがG1レースのライブともなると、熱気は今回の比じゃないだろう。そこのセンターでライブする彼女を見るのは、凄い楽しみだ。

 

 そんな彼女の活躍を見るためにも、ここからの出走レースはしっかりと考えないといけない。

 今打ち上げをやっているのがミーティングルームなのも、今後の話をしたかったのもある。

 

「さて……そろそろ今後のレースについて話そうか。デビュー戦も無事勝てた事だし」

 

「分かった!」

 

 テイオーが元気よく返事をしてくれた。

 切り替える時は、しっかり切り替えてくれるのはテイオーの良いところだ。

 

 俺は部屋に置いてあるホワイトボードの前に立ち、ペンの蓋を開けて、テイオーに説明し始めた。

 

「まず、テイオーの()()()目標は無敗の三冠ウマ娘だよな」

 

「うん! 無敗の三冠はカイチョーもなったけど…… ()()()()の目標はカイチョーを超える事だもんね!」

 

 そう、俺達の目標はあの皇帝シンボリルドルフを超える事。具体的にどうすれば、ルドルフを越せたのかはまだ分からないが、彼女が通って来た道を目標にしていくのは悪いことでは無いだろう。

 だがその為には、まず皐月賞への出走権を得ないといけない。

 

「皐月賞にはトライアルレースがあってな。そのレースで勝つと優先出走権が得られるんだ」

 

「えっと……ホープフルステークスとか? G1だし」

 

「何故かホープフルはトライアルレースでは無いんだよな。G1だけど」

 

 俺は皐月賞のトライアルレースと呼ばれているレースを三つホワイトボードに書き出した。

 まず、一つ目にG2の弥生賞。皐月賞と同じレース場、同じ距離で行われるそれは、最も有名なトライアルレースとも言えるだろう。

 二つ目に、G2のスプリングステークス。皐月賞と同じレース場で行われるが、距離が1800mと距離200m短い。区分としてはマイルレースに入るだろう。

 この二つのレースは上位三着のウマ娘に出走権が与えられる。

 

 そして三つ目、若葉ステークスと呼ばれるOP戦だ。これは阪神競馬場の2000mで行われ、上位二着のウマ娘が出走権を得られる。

 また、上記のレースに出なくても、獲得賞金が一定数を超えていると抽選枠で出走出来たりもする。

 

 獲得賞金──この世界のウマ娘のレースには賞金の概念があり、掲示板入りするとそのレースに応じて選手に賞金が渡される。掲示板とは五着までのウマ娘の事で、勿論一着に近いほど、渡される賞金が多い。

 賞金の数字は、OP戦ですら割ととんでもないのだが、これがG1になるともっと増える。初めて知った時、軽く「ひっ」と声が漏れたが今回はあまり関係無いので除外しよう。

 まぁ、賞金がまるまるウマ娘に渡されるわけではなく、学園や俺らみたいなトレーナーにも配分されるのだが。因みに比率は秘密である。

 

 閑話休題。

 

 俺がざっとトライアルレースを書き出して、テイオーに説明する。

 彼女が「ふむふむ」と時々頷きながら話を聞いてくれている。すると、途中で俺に質問してきた。

 

「あれ? って事はホープフルステークスで勝ったら、賞金的には皐月賞に出れるんじゃないの? G1だし、賞金高いでしょ?」

 

「まぁ、間違いではないけど…… 二つ問題がある。一つは賞金が高いとはいえ、優先出走権では無いと言う事。そして、もう一つが……」

 

 テイオーの実力ならば、ホープフルステークス以外にもいくつかOP戦に出て、賞金は稼げるだろう。それさえあれば、優先出走権が無かったとしても、皐月賞に出られるとは思う。

 

 だが、それよりも危惧している問題がもう一つ。というか、こちらが本命なのだが……

 

「ホープフルステークスにメジロマックイーンが出走する」

 

「マックイーン……!」

 

 そう、マックイーンがホープフルステークスに出走するのだ。

 テイオーの同期でライバルである彼女は、天皇賞制覇を目標にして、トゥインクルシリーズに挑んでいるらしい。

 

 彼女の実力は、テイオーが全て解禁して走っても勝率五分五分……くらいだろうか。

 テイオーが負けるとは考えたくは無いが、それでも絶対があるとは言い切れない。間違いなく、マックイーンはテイオーと同じくらいの「天才」だ。

 前回勝負した時はテイオーが未完成だったとはいえ、三バ身もの差を付けられた。彼女も今、めきめきと実力を伸ばしている最中だろう。

 

 正直な所、ここでテイオーとマックイーンをぶつけたくない。

 だが、三冠に挑む以上彼女との対戦は避けては通れないだろう。なら、今ぶつかるのも手だ。

 テイオーが望むなら、ホープフルに挑むのも視野に入れるが……

 

 俺が思考を巡らせていると、テイオーが何か思い出したのか、口を開いた。

 

「あっ、マックイーン、皐月とダービーは出ないらしいよ?」

 

「え? そうなのか?」

 

「うん、なんか理由は分かんないけど…… でも菊花賞には出るって言ってたかな」

 

 それは意外だ。彼女の実力ならば三冠を狙えると思っていたから、余計に。

 何か彼女には彼女なりの理由があるのだろう。となると、マックイーンとぶつかるのは遅くても菊花賞か…… これは手ごわそうだな。

 

「ねぇ、トレーナーはどう考えてたの? ボクよりトレーナーの方が詳しいでしょ?」

 

 テイオーが俺の考えを聞いてくれたので、一度咳払いして口を開く。

 俺は、ホワイトボードの若葉ステークスと書かれた文字をペンの先端で叩いた。

 

「俺は、若葉ステークスに挑むのが一番いいと思ってる。シクラメン、若駒、若葉っていう三つのOP戦に挑む形だな」

 

 弥生賞やスプリングステークスでもいいのだが、重賞レースよりも負担の少ないOP戦を多めにする事によって、テイオーに経験を積ませるのが一番いいと考えている。

 レースの勘を鈍らせずに、皐月賞に挑む事も出来るので一石二鳥という訳だ。

 

「うん、いいと思う。レース計画はそれにしようよ」

 

 そう説明したら、彼女があっさり承諾してくれる。

 特に批判もされずに、あっさりと受け入れてくれた事に少し驚いた。

 

「ボクはレースの事はそこまで詳しくないからさ…… トレーナーがボクの為に考えてくれたんだもん。間違いないでしょ」

 

 テイオーが腕を組みながら「うんうん」と頷く。

 

 ここまで、無条件に信頼されていると少し照れくさいな。俺もテイオーの事は信頼しているが、それと同じではあるのか。

 

 とにかく、今後の予定は決まった。皐月賞に向けてOP戦をこなしながら、トレーニングを積んでいく。

 

「よし……無敗の三冠に向けて、頑張るぞ」

 

「勿論! ボクたちの無敗伝説、始まっちゃうもんね!」

 

 テイオーが右手を上に掲げて宣言した声が、俺の自室に響き渡った。

~~~~~~~~

 快勝。悪く言えば、蹂躙。

 

 世間一般的に年末と呼ばれる十二月の末頃。京都競馬場で行われた、芝2000m、右回りの「シクラメンステークス」は、テイオーの二バ身差の勝利で終わった。

 二バ身差の勝利ですら、かなりの快勝と言えるのに、テイオーは本気を出さずに勝ってしまった。

 

 OP戦はデビュー戦とは違い、一度はレースに勝利したウマ娘しか出れない。

 デビュー戦とは状況が違う為、俺はテイオーに「危なくなったら全部使っていい」とまで指示した。

 取った作戦はデビュー戦と同じ逃げ。

 今回は逃げウマ娘が、テイオーの他に二人いたので少し不安だったが、スタートした瞬間あっという間に先頭に立ち、他のウマ娘に先頭を譲らずゴールしてしまった。

 

 これには間近でレースを見ていた俺もびっくりした。いや、テイオーの事は信じていたが、ここまであっさりと終わってしまうと興醒めな所がある。

 他のウマ娘を寄せ付けないほどの圧倒的な才能と力。これでまだ、成長途中なのだからテイオーは恐ろしい。

 

 年内最後のレースを、無事勝利で終えれた事に安堵を覚えつつ、次のOP戦である「若駒ステークス」に向けて、俺達はまた一歩進み始めた。

 

~~~~~~~~

 とはいえ、休息だって必要だ。

 俺は休む時は休むがモットーなので、休日である今日は一日中部屋でゴロゴロしていようと思っていた。

 

 パジャマのままベッドで寝転がりながら、タブレットで過去のレースを見ていると、ピコンと携帯の通知音が鳴る。

 確認してみると、テイオーからのメッセージだった。あれ、今日はテイオーも休みにしてたけど……

 何だろうと思い、メッセージを開いて確認してみる。

 

『あけましておめでとう! 今日、一緒に初詣に行かない?』

 

 その内容を見てようやく思い出した。

 

「……そういえば、今日元日か」

 

 そう、今日は一月一日。新年の始まりの日である。

 元々引きこもりだったというのあってか、俺はこういう季節的なイベントに疎い。

 

 昨日、大晦日だったから寮の晩ごはんがそばだったのか……

 そういえば理事長から、今日はトレセン学園が全体的に休みだって言われてたな。年末年始しっかり休みをくれるあたり、トレセン学園はしっかりしている。

 

 時計を確認すると時間は午前の十時頃。特に何もする用事も無かったので、テイオーに『いいぞ、三十分後くらいに寮の前に集合な』と返信しておく。すると、直ぐに『りょーかい!』と返事が返って来た。

 

 携帯の電源を一旦落として、ベッドの毛布から脱出する。部屋は暖房を付けていなかったので、少し肌寒かった。

 適当に髪を櫛で溶かし、寝癖になった部分を整えておく。パジャマからいつもの服装に着替えて、帽子と防寒具を着こめば準備は終わりだ。あと持っていくのは財布くらいか。

 

 特に時間もかかることなく、部屋から出て集合場所の寮の前に向かう。

 玄関で靴を取って外に出ると、寮内との温度差もあってか体が震える。やはり冬は寒い。

 寒さのせいで既に少し帰りたくなっていると、テイオーが目の前に立っていた。

 タイツにスカート、あったかそうなジャケットの装いで、マフラーも付けており、彼女なりに防寒対策をしてきた事が分かる。

 

 テイオーが俺を見つけたのか、手を振ってこちらに近づいて来た。

 

「トレーナー! あけましておめでとー! 今年もよろ……相変わらず凄い格好だね」

 

「いや、普通じゃないか?」

 

「流石にもこもこすぎるよ!」

 

 俺の服装はスーツの上からコートを羽織り、ネックウォーマーに手袋、帽子。確かに言われてみれば重装備かもしれない。

 

「俺は寒いの好きじゃないから……」

 

 最近知ったのだが、俺は重度の寒がりで、どっちかというと暑い方に耐性がある。

 トレセン学園に来て冬になった時、外でテイオーのトレーニングなどを見てると、寒さで死にそうになるのだ。それが分かった瞬間、直ぐに防寒具一式を購入した。トレセン学園に来てから、一番高い買い物はこれかもしれない。

 

 初めてトレーニング場にこの格好をして行ったら、テイオーに凄い驚かれた。

「走れば暖かくなるよ~」と言われたが、俺はあんまり走るの好きじゃないしな……

 

 俺から見ると、テイオーの私服の方が寒そうで心配になるのだが、別にそんな寒い訳じゃないらしい。確か、ウマ娘って少し体温が高いんだっけな。

 

「で、どこの神社にいくんだ? 歩いて行ける距離?」

 

「うん、三十分くらいで行ける距離だよ」

 

「ん、了解」

 

 テイオーが案内してくれるそうなので、俺もそれに後ろからついて行く。

 ……てかここら辺に神社なんてあったっけ。

 

~~~~~~~~

「とうちゃーく! ここが一番ご利益がある神社って、マックイーンが言ってたんだ!」

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

「え、大丈夫?」

 

 ウマ娘の徒歩三十分を舐めてはいけなかった……

 トレセン学園を出てすぐに、テイオーが道路のウマ娘専用レーンを駆け足で走り出した瞬間、嫌な予感がした。

 現役ウマ娘にとってはほんとに軽いジョギングかもしれないが、俺にとっては辛すぎる……

 テイオーに必死で着いて行った結果、ここに来るだけで結構疲れた……

 

「でも、暖まったでしょ?」

 

「いやまぁ、それはそうだが……」

 

 テイオーがにししと笑いながら俺に話しかけてくる。

 確かに走り込んだ結果、体が暖まって少し熱いくらいだ。ネックウォーマーと手袋は外しておくか。

 その二つをコートの中に突っ込んでおいて、息をいれる。

 

 彼女に案内された神社は、それなりに有名な所なのか、それとも元日だからなのか多くの人とウマ娘で賑わっていた。

 これは……この時間帯に来るのが間違いだったか? 

 

 鳥居に一礼してくぐり抜けると、賽銭箱までの参道がかなり混みあっていた。

 人混みのせいで、手水舎も利用できそうに無い。あれ冷たそうだしあんまやりたくないけど。

 待つこと自体は割りと嫌いではないので、テイオーと一緒に行列に並び、会話をしながら前に進むのを待つことにした。

 

「他の友達とか誘わなかったのか? テイオーは友達多いだろ?」

 

「マックイーンとネイチャとかはトレーナーと行くってさ。みんなもそんな感じみたい」

 

「なるほどねぇ」

 

「それに」

 

 そう言って、テイオーが俺の顔を下から覗き込んでくる。

 そして、にかっと笑って口を開いた。

 

「ボクはトレーナーと初詣に行きたかったしね!」

 

「……そっか」

 

 俺も誘われなかったら、初詣なんて行って無かったしテイオーと一緒に行けて嬉しい。

 

 ……なんて口には出せなかった。真っすぐな好意を向けられることに未だに慣れていない。

 

 テイオーと話しているとそのうち列が前に進んで、賽銭箱の前にまで来れた。

 上の方に設置されている鈴を鳴らして、財布からあらかじめ取り出しておいた五円玉を放り込む。お賽銭を五円玉にしたのは縁起がいいと聞いた事があったからだ。

 

 お金を入れたら二回お辞儀をして、二回拍手。そして目を瞑ってお願い事をする。

 

 願い事は決まってる。

 

『テイオーが怪我無く、無事に走れますように……』

 

 そして────

 

『テイオーと一緒に走っていけますように』

 

 ウマ娘の最大の敵の一つに、怪我がある。時速六十km以上で走るウマ娘は、それに耐えられる頑丈な体をしているかというとそうでも無い。いや、普通の人間と比べたら勿論頑丈なのだが、レース中の事故、足の怪我などでターフを去るウマ娘は少なくない。

 レースに絶対が無いように、テイオーがどんな原因で怪我してしまうかも分からない。

 こればっかりは神様に祈るしかないのだ。

 

 あともう一つの想いは……語るまでも無いだろう。

 

 ────ボクたちはいつか必ず、皇帝を超える帝王になるよ! だから覚悟しててよね! カイチョー!!! 

 

 あの時約束して、誓った「夢」を守る為。

 

 

 願い事と誓いを心の中で思って、俺は一礼をする。

 目を開けて、隣のテイオーを見るとほぼ同時にお参りが終ったみたいで、目が合った。

 次の人の為に賽銭箱から離れた後、彼女に質問をしてみる。

 

「テイオーは何をお願いしたんだ?」

 

「えへへ、内緒!」

 

 そんなに元気な声で内緒にされたら、追求出来ないなぁ……

 

 俺達は神社の本道から外れて、外の方に歩いていく事にした。

 こっちの方も本道ほどでは無いが、それなりに多くのヒトで賑わっていた。

 少し眺めて見ると、屋台が出店していて、屋台からいい匂いが漂ってくる。

 

 時間を確認すると、大体昼の十二時頃。そういえば朝ごはんとか食べて無かったから、お腹空いたな……

 

「なんかご飯買っていくか?」

 

「食べる! ボク焼きそば買ってくるから、トレーナーは唐揚げお願いね!」

 

 テイオーはそう言い残して、焼きそばの屋台に一直線で向かっていってしまった。

 テイオーなんかこういう屋台好きだよね…… 俺も結構好きだけど。

 

 彼女に言われた通りに屋台に並んで、二人分の唐揚げを購入。

 器を手に持って元居た場所に帰ると、まだテイオーは戻って無かった。

 辺りを見渡してみると、横にぴょこぴょこ揺れるポニーテールと、どこかで見た芦毛のウマ娘が目に入った。

 

 確かあれは……

 

「メジロマックイーンじゃないか。あけましておめでとう」

 

「あら……スターさんまで。あけましておめでとうございます」

 

 彼女が頭を下げて、新年の挨拶をしてくれる。どこかお嬢様の雰囲気を漂わす、気品のある仕草だった。

 

「マックイーンも奇遇だねぇ。一人で来たの?」

 

「いえ、私はトレーナーさんと一緒に……」

 

「と、呼んだかい?」

 

 テイオーがマックイーンに尋ねると、後ろの方から銀髪の少し身長低めの男性が姿を現した。俺より身長が低いかな? 彼女がトレーナーさんって言ってたし、彼が……

 

「初めましてだね、スターゲイザーさん。僕はトレーナーの北野だ。話はマックイーンから聞いているよ」

 

 丁寧に自己紹介してきた彼が、やはりマックイーンのトレーナーらしい。

 こちらも「スターゲイザーです。マックイーンには、色々とテイオーがお世話になってます」とお辞儀をして返事をした。

 

 にしても、外見が凄い若いなぁ…… もしかして俺と同世代とかあるのか……? 

 

「ははは、僕は既に成人済みだよ。トレーナーになったのも成人後さ」

 

「え」

 

「よく見た目が若いって言われるけどね」

 

 俺の思っていたことが顔に出ていたのか、北野さんから訂正を受けてしまった。

 その後、トレーナー同士という事で、連絡先を交換してもらった。マックイーンとは今後関わる事が多そうだし、彼女のトレーナーと知り合いになっておいて損は無いだろう。

 

「ねぇ、トレーナー。そろそろ行かない? 焼きそば冷めちゃうよ」

 

「……ん? あぁ、ごめんテイオー。そろそろ行くか」

 

 テイオーが俺の裾を引っ張りながら抗議してきたので、一旦話を中断して北野さんに別れを告げる。

 別れ際に「スイーツの屋台を制覇しますわ! まずはおしるこ!!」という声が聞こえてきた。体重管理とか大丈夫なのだろうか。

 

 テイオーに買って来た唐揚げを渡して、彼女から焼きそばを貰う。

 流石に食べ歩き……とはいかないのでどこか座れるところを探す為に、一度神社の敷地外に出ることにした。

 近くの座れる場所を探して、徒歩数分歩いていると、公園によさそうなベンチがあったのでそこに腰をかける。

 

 しばらく二人で焼きそばを啜っていると、どこかで聞いた事がある声が聞こえて来た。

 

「あれ、スターさんじゃないですか。こんな所で奇遇ですね」

 

「桐生院さんに蔵内さんまで。あけましておめでとうございます」

 

「あけましておめでと~ スターちゃん、今年もよろしくね~」

 

 挨拶してきたのは俺と一緒の時期にトレーナーになった、桐生院さんと蔵内さんだった。

 二人は同期の為、時々連絡を取り合っていたりしたが、こうして顔を合わせるのは久しぶりかもしれない。

 新年の挨拶を交わしていると、桐生院さんの後ろの方で白い髪がぴょこんと揺れた。

 気になって、目線をそちらに向けて見ると白毛の大きなウマ耳に、真っ白な尻尾が見える。……確か彼女が桐生院さんの言っていた。

 

「ハッピーミークです! 私の担当ウマ娘ですよ!」

 

「どうも……ハッピーミークです」

 

 ぺこりと頭を下げて、俺に自己紹介してくる。

 にしても本当に真っ白だな…… 白毛って実はそんなに珍しくないのか……? 

 

「ミークは今年デビューする予定なんです! 彼女は凄いですよ、どんな距離でも走れるんです!」

 

 今年デビューって事はテイオーの一つ下か。当たるとしても大分先だが、気にしておくに越したこと事は無いか……

 ハッピーミークを少し観察していたら、背中にぺしっと何かに叩かれた感触がする。

 気になって隣に顔を向けると、テイオーが「う~~」と呻きながら、ふくれっ面でこっちを見ていた。

 

 ……なんか怒ってらっしゃる? 尻尾でぺしぺしするのやめて、地味に痛いから。

 

「あらあら~ 葵ちゃん、ミークちゃん私達はそろそろ行きましょうか~」

 

「そうですね、スターさんまた今度会いましょうね!」

 

「……ばいばい」

 

 三人を見送って姿が見えなくなった後、テイオーに少し気になったので尋ねてみた。

 

「……テイオー、なんか機嫌損ねる事したか? ごめん」

 

「違うけど! 別に違うけど!! うぅ~~」

 

 テイオーがほっぺを膨らませながら、プイっと顔を横に向けて目を合わせてくれない。

 

 よく分らないけど、なんか拗ねちゃったか? 

 ここは機嫌を取っておいたほうがいいか……

 

「……この後時間あるし、なんか付き合うよ。どこか行きたい場所あるか?」

 

「ホント!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、目を輝かせながら凄い勢いで俺の方を向いて来た。

 

 あれ、ホントに拗ねてたのか? 演技だったりした? 

 

「にっししー じゃあ、トレーナーにはこれからボクと一緒に街に行ってもらおうかな~」

 

「あ、あの。お手柔らかにな?」

 

「ダメです~ 今日はボクの言う事聞いてもらうからね?」

 

 俺が今日一杯、テイオーに振り回される事が確定した瞬間だった。まぁ、いいけどさ……

 

 テイオーがベンチから立ち上がって、ぴょんと跳ねる。ステップまで踏んで、凄い機嫌が良さそうだ。

 彼女はまだ座っている俺の手を掴んで、ぐいっと引っ張る。

 

「いこっ! トレーナー!」

 

 テイオーが楽しそうならいっか。

 そう思いながら、俺はテイオーに引っ張られて立ち上がるのだった。

 


 トレーナーは何をお願いしたのかなぁ。

 

 あの時は、秘密にしちゃったけどもしかしたら、トレーナーにはバレちゃってるかも。

 

 『無敗の三冠ウマ娘になれますように』って事と

 

 

 『トレーナーと一緒に走っていけますように』って! 

 

 

 ホントに何となくだけど、一緒のお願い事してる気がするな。

 

 二人で願ったら絶対叶うよね。

 

 

 いや、絶対叶えるよ! 二人で、一緒に! 




スターゲイザーのヒミツ②  

実はかなり寒がり



みなさんこんにちはちみー(挨拶)
お久しぶりです。少し時間が空きすぎましたがなんとか書き終えました。

さて、本題に入ります。
なんとこの作品の主人公事、「スターゲイザー」に設定画が追加されました!


【挿絵表示】


色や髪飾り、服装まで丁寧に描いてくださったので良かったら参考にしてください!
設定画を纏めて下さった「おーか」さん。本当にありがとうございました!

そして更に、この作品のファンアートを頂きました!(4回目


【挿絵表示】


トレセン学園制服を着たスターちゃんです。あっ、可愛い……(遺言
イラストを描いてくださった「霧風」さん。本当にありがとうございました!

色んな方からFAを貰えて、感謝の気持ちでいっぱいです。


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13.交差

感想欄などで聞かれることが多いので補足しておきます。

この世界線ではトウカイテイオー、メジロマックイーン、ナイスネイチャは全て同世代で、同じ年にデビュー戦をしています。

ご注意ください。


 トレーナーの仕事は多種多様だ。

 基本、担当ウマ娘に関する仕事──トレーニングメニューの作製、レースローテの考案、そして同期ウマ娘の分析などがある。

 

 新年も開けて、学園も通常通りに動き始めた今日この頃。

 俺は、次のテイオーのレースである「若駒ステークス」に向けての対策を練っていた。

 このレースは、前回の「シクラメンステークス」と全く同じ条件下だ。レース場などの対策よりも、今回は対戦相手と作戦の方が大事になる……と思う。

 

 とは言っても、出走するウマ娘は、レースのある週の木曜日に発表される。

 つまり、対戦相手が結構ギリギリまで分からないのだ。G1レースとかになるとある程度予想する事も出来るが、今回はOP戦の為それも難しい。

 

 因みにテイオーが若駒ステークスに出られることは、もう既に確定している。

 なので、他のウマ娘も出走自体は決まっているはずだ。聞いて回れば、情報は得られるかもしれないが……基本そういう情報は秘匿だしな。

 

 自室兼仕事場兼ミーティングルームでパソコンを弄っていると、時間はもう午後五時頃。

 学園の授業も終わり、放課後の時間帯だ。ウマ娘達もトレーニングをやっている頃合いだろう。

 

 てかずっと座りっぱなしだったから疲れたな…… 気分転換に外を歩いてくるか。

 今日はテイオーも休み。はちみーの日でもあるから、多分真っ先に出店に駆け込んでいるだろう。はちみーは週二回まで。

 

 椅子から立ち上がり、ぐっと背伸びをする。

 背中から異音が聞こえそうなくらい凝り固まった腰を伸ばすと、自然と「んっ」と声が出てしまう。

 いつもの帽子と防寒具を着こんで、自室から出る。

 まだ帰っているウマ娘も少ないので、寮内はいつもと比べて静かだ。

 一階に降りて、寮のドアを開けて外へ。外は冷たい風が吹いて肌を突き刺してくるが、そのおかげで目が覚める。まぁ、寒い事には寒いしもう戻りたいけど。

 

 寮から出たらトレセン学園のターフに向かう。

 気分転換とは言ったが、今からやる事もテイオー関連の事だ。

 

 敵情視察……と言ったら流石に仰々しいが、いわゆる他のウマ娘の観察である。

 他のウマ娘の練習や模擬レースを確認する事もとっても大事だ。テイオーのトレーニングとかに活かせるかもしれないしな。

 一番見たいのは、マックイーンのようなテイオーと同期のウマ娘。

 どれくらい実力をつけているか、どんな走りをするかは把握しときたい。幸い、見れさえすればすぐ覚えられるし。記憶力には自信有りだ。

 

 練習場について、外側の方を回るように歩く。

 全校生徒約2000人とかいう超マンモス校というだけあって、トレーニングコースはかなり広い。しかもこれ以外に、第二、第三練習場などが敷地外にあるのだから恐ろしい。

 

 暫くターフで走るウマ娘を観察していると、どこかで見たことあるような赤髪のツインテールが揺れているのが視界に入った。

 

「おや、テイオーのトレーナーさんじゃないですか。奇遇ですねぇ」

 

 俺を見つけたのか、彼女が一度走るのを中断してこちらに近づいてくる。

 話しかけてきたのは、テイオーの同期で同時期にデビューしたウマ娘──ナイスネイチャだった。

 テイオーはネイチャと仲が良いらしく、俺と話している時にも結構な頻度でその名前が出てくる。

 だから勿論彼女は把握していたし、警戒しているウマ娘の一人でもある。

 

「こんにちは、かな。悪いな、走りを中断させちゃって」

 

「いえいえ! クールダウン中だったので丁度いいですよ。それよりも……」

 

 ネイチャが俺の方をじーっと見つめてくる。そして、何かを察したように話しかけてきた。

 

「テイオーが近くにいないのを見ると、もしかして敵情視察って奴だったりします?」

 

「まぁ……そんなところだな」

 

「なるほど、なるほど。と、なると……テイオーのトレーナーさん的にこのウマ娘に注目してるって言うのあります?」

 

 彼女がどこか少し軽い感じで質問してきた。

 注目しているウマ娘か……となると。

 

「まず、マックイーン。この前あったホープフルステークスを勝利して、もうG1の冠を取っているからな。一番警戒しているよ」

 

「ですよねー。あはは、やっぱりマックイーンは凄いな……」

 

「後は、ナイスネイチャかな」

 

「へ? アタシ?」

 

 ナイスネイチャがきょとんとした顔でこちらを見て来た。

 どうやら、自分の名前があげられるとは思って無かったらしく、尻尾もぱたぱたと揺れている。

 

 別にこれはお世辞で言ってるわけではなく、本気でネイチャは警戒している。

 彼女を知ったのはテイオー経由だが、デビュー戦は目を見張るものがあった。

 脚質は差し。後ろからの追い上げを得意とする走法で、パワーを使っての加速が特徴的だった。

 

 上り3ハロン──レースのゴール前600mのタイムの事で、最後の直線での瞬発力が勝ち負けに大きく影響するレースにおいて、重要な要素。ウマ娘の実力を判断する上で、参考にする部分の一つだ。

 

 その上がり3ハロンのタイムが、ナイスネイチャはかなり速い。

 デビュー戦と未勝利戦。二つのレースを見たが、この時期のウマ娘の中では優れている部類だろう。

 

 まぁ、それでもうちのテイオーの方が速いけど。

 だが、テイオーの上がり3ハロンはテイオーステップを駆使したタイムだ。その為、パワーだけを使って上がってるとは言いにくい。

 

 もしかしたら、テイオーよりも純粋なパワーであればネイチャの方が上かも知れないという事だ。

 

 俺は、ネイチャの末脚は脅威になると思っている。

 練習を見ていても、最後の末脚のキレを磨くような練習が多かった。彼女のトレーナーも彼女の武器を理解して、練習メニューを組んでいるのだろう。

 

 ナイスネイチャの警戒するべき点を自分で整理していると、彼女が頬を真っ赤にしながら、もじもじしていた。

 

「あの……あたしをそんな警戒して貰うのは嬉しいんですけど、ネイチャさん的にちょっと恥ずかしいかなー、なんて……」

 

「でも、思っている事は本当の事だぞ」

 

 テイオーの勝利の為に、俺がしてやれる事は限られている。レースに絶対は無い以上、全てのウマ娘を警戒して分析してもいいくらいだ。

 実際テイオーに伝えるのは、ほんの一部だけど。混乱しちゃうしな。

 

 そんな事をネイチャと話していると、既に数十分経過していた。

 すると、彼女が何かを思い出したかのように「あっ」と声を上げる。

 

「そういえば、テイオーのトレーナーさん。テイオー、若駒ステークスに出るんだって?」

 

「……何で知ってるんだ?」

 

「いやぁ…… テイオーが言ってたのをたまたま聞いちゃいまして、はい」

 

 あいつ……自分の出るレースを言って回ってる訳じゃないだろうな…… 後で注意くらいしとくか。

 

「で、ですね。アタシも出るんですよ。若駒ステークス」

 

「マジか」

 

「マジです」

 

 テイオーとネイチャが若駒ステークスでぶつかるのか……ますます警戒しておかなくては。

 気分転換に視察に来たが、これは思わぬ収穫だ。テイオーに差しの対策について教えておくか……

 

 俺が今後の予定を考えていると、ネイチャが拳をぎゅっと握っているのが目に入った。

 そして、彼女が意を決したかのように口を開いた。

 

「あ、あの」

 

「ん、どうした?」

 

「あたし! テ、テイオーに勝ちますから! か、覚悟しといてください!」

 

「……へぇ」

 

 これは……少し驚いた。言動からしても、そんな事言う子じゃないと思っていたのだが、決めつけは良くないな。

 だが……宣戦布告されたら返さなくては。

 

「悪いな。勝つのはうちのテイオーだ」

 

 ライバル宣言、宣戦布告、大いに結構。だが俺達が目指しているのは無敗の三冠を取り、シンボリルドルフを超え、最強のウマ娘になる事。

 悪いけど全て蹴散らさせて貰おう。

 

 テイオーのトレーナーである俺も、それくらい堂々としてないとな。

 こんな事、声を大きく言えないけど。

 

「若駒ステークスでお互いベストをつくそうな。じゃあ、俺はこれで」

 

「アタシこそ、よろしくお願いします。今日は話に付き合ってくれてありがとうございました」

 

 ぺこりとネイチャが頭を下げる。

 お互いに別れの挨拶をして、俺は寮に戻る。

 ネイチャは休憩が終わったのか、そのままトレーニングを再開していた。

 

 って、あれ。ネイチャのトレーナーいつの間に帰って来てたんだ……? 

 俺と話してる時いなかったよな。ちょっと怖い……

 

 学園の門を出て、帰路についていると、左右に揺れる見慣れたポニーテールが見えた。はちみーを両手に持ちながら、ご機嫌そうに鼻歌まで歌っている。

 

 ん? 両手に2つ? 

 

「トウカイテイオーさん?」

 

「ん? ピェ。 ト、トレーナー、奇遇だね。こんな所で」

 

 俺が話しかけると目を泳がせながら、きょろきょろと辺りを見渡し始める。

 視線がブレブレで、冷や汗までかいている。さながら「あ、やべ」と思っているのだろうか。

 

「なんで両手にはちみーを持っているんですかね?」

 

「え、えっと、店員さんが新作のフレーバーを出したいから良かったら味見して欲しいって。サービスで貰いました……」

 

「本当ですか?」

 

「う、嘘じゃないよ!」

 

 テイオーが訴えるような目でこちらを見てくる。

 嘘はついてないっぽいし…… これ以上言及するのはやめておこうか。

 

「トレーナーさ、ホントに怒った顔怖いから……」

 

「別に…… 普通の顔だろ」

 

「笑顔で迫って来るの恐怖でしか無いよ。今度、鏡見たほうがいいと思う」

 

「機会があったらな。それはそれとして……」

 

 俺はテイオーの左手に持っていた、もう一つのはちみーを没収する。

 

「あ、ボクのはちみー!」

 

「取り敢えず今日はダメ。はちみーって保存出来るのかな……」

 

「多分出来ないんじゃない? そっちは口付けてないし、トレーナーが飲んでいいよ」

 

 テイオーが右手に容器をころころと揺らしながら「新作フレーバーはこっちだし」とストローを口に咥えて言った。

 はちみーかぁ…… 甘すぎるけど勿体ないから後で飲んどくか……

 

 と、はちみーよりも大事なのがあった。

 俺の隣で歩いているテイオーに対して今日あった出来事を伝える事にした。

 

「さっき、ナイスネイチャに会ってな」

 

「ネイチャに? ボクになんか言ってた?」

 

「今度の若駒ステークスに出るってさ。テイオーに勝つって宣戦布告までされたぞ」

 

「へぇ……ネイチャがね」

 

 テイオーが目を細めて、声のトーンが少し低くなる。

 

「どうした? 不安か?」

 

「まっさか! ボクが負けるなんてありえないから!」

 

 テイオーが自信満々に勝利宣言をする。

 負けると思って臨むレースなんて無いからな。その宣言はある意味正しいのかもしれない。

 

「さて……若駒ステークスまであと少しだ。最後の追い込み頑張るぞ」

 

「りょーかい!」

 

 くるりとテイオーがその場で一回転。そして次にたたんとステップを踏む。靴で地面を叩く音が、赤く染まった空のトレセン学園に響き渡った。

 

~~~~~~~~

 若駒ステークスは京都レース場で行われる為、トレセン学園のある府中市から京都府京都市まで電車での移動だ。

 前回のシクラメンステークスも京都レース場だった為、すんなり迷うことなく到着する。

 前も利用したホテルにチェックインして、一日は休憩。

 次の日の木曜日──一度だけ平日のレース場を使用できる日に下見をして、またホテルに戻り一日休憩する。

 前の反省を活かして、余裕を持って日程スケジュールを組んだおかげで大分ゆっくりする事が出来たので、テイオーのメンタル的にもこれくらい余裕があるのがいいだろう。

 

 また、木曜日には出走表が発表され、どのウマ娘がレースに出走するかが明らかになった。

 テイオーと一緒に確認すると、彼女の枠版は八枠八番。

 今回のレースは右回りで、9人のウマ娘が出走する為、大分外側からのスタートとなる。

 外側のスタートは距離が内側のウマ娘より長いという不安点があるが……どれだけ早くポジションに付けるかが重要そうだ。

 

 そして一番警戒していたナイスネイチャは七枠七番。テイオーの隣からのスタートである。

 ネイチャがテイオーをマークしやすそうな位置にいるな…… 徹底マークの可能性も考えたほうがいいか……? 

 

 テイオーに伝えた作戦は、いつもの逃げ。ネイチャの末脚が少し怖いが、これならマークされた時に相手のペースを崩せる。

 また、外側スタートだが逃げが成功さえすれば、内側に潜り込めるだろう。

 

 テイオーに作戦を伝えて、後は本番に備える為に早めの睡眠。

 京都レース場、右回り、芝2000mの「若駒ステークス」は土曜日、9R出走だ。

 

~~~~~~~~

 レース本番当日。いつものように早めに控え室入りをして、パドックに出る準備をする。

 トレセン学園指定の体操服に着替えて、八番と書かれたゼッケンをつけたテイオーが床に座ってストレッチをしている。

 足を広げて、背中を倒す前屈の運動。顔が地面についてしまうまで曲げられたそれは、いつ見ても柔らかいと感心してしまう。

 

 そんな体をほぐす運動をしているテイオーに対して、俺は追加でレースの作戦を伝えるために話しかけた。

 

「テイオー、ストレッチしたままでいいから聞いてくれ」

 

「はーい。何? トレーナー」

 

「一番警戒するのはネイチャだって伝えたと思うんだが、今回のレース、逃げウマ娘がテイオーの他に二人いる」

 

「そうなの? まぁ、問題無いんじゃない?」

 

 テイオーはきょとんと首をかしげながら、聞き返す。

 

 確かに彼女のスペックなら、今回のレースにおいては問題は無いかもしれない。

 だがのちのちの事を考えると、あんまりさせたくない事があるのだ。

 

 逃げウマ娘は複数人居る時、競り合いというのが発生してしまう事が多い。

 競り合いとは、逃げウマ娘同士がお互いに先頭を取ろうとする現象で、そのレースのペースが高速化してしまう要因の一つだ。

 そして何より、競り合いは自分のペースを大きく崩されてしまう可能性がある。

 逃げウマだったら経験しなくてはいけない事だが……テイオーは逃げウマじゃない。ここで変な癖をつけたく無いって言うのがある。

 

「問題無かったらそれでもいいんだけどな。もし先頭を取るのがきつかったら、すぐ後ろに下がっていいぞ。無理に先頭争いに参加する必要はない」

 

「りょーかい! って、後ろってどこまで下がればいいの? ボク、先行も差しも出来るから結構後ろまでいけないこともないけど……」

 

「そうだな…… じゃあ、こうしようか」

 

 俺はテイオーに対して、とある指示する。最もテイオーを警戒してくる相手を欺きながら、勝利する方法。その作戦の内容を伝えると、テイオーがにっししと笑った。

 

「トレーナーってさ……ホントに頭いいよね。よくこんな作戦思いつくよ」

 

 テイオーが俺の事を褒めてくるが……作戦を伝えるだけなら簡単だ。

 その作戦を、俺の思った以上にこなしてしまうテイオーが凄いんだよな。自分の担当ながら、その才能が恐ろしいと思ってしまう時もある。

 

「っと、そろそろ時間だな。いってらっしゃい、テイオー」

 

「いってきます! ボクが勝つところ見ててね! トレーナー!」

 

 時間が来てしまったので、レース前のルーティーンをして彼女を見送る。さて、俺も観客席に向かうかな。

 最近知ったのだが、レース場には関係者席というのがあって、申請さえすればかなり眺めの良いところでレースを見ることが出来る。

 今回はそれを申請したので、見やすい位置でテイオーの走りを見れるのだ。

 

 控室のドアを開けて、外の観客席へ。今日は快晴で、風も無く絶好のレース日和と言えるだろう。……防寒具は完備してるけど。

 

 関係者席につくと、今回のレースに出走するウマ娘のトレーナー達だろうか。そこそこの人数の大人がいた。流石に俺みたいなウマ娘のトレーナーも、明らかに若い人もいないな……

 

 少し疎外感を感じて、なるべく端の方に席を取って座る。

 観客席を眺めて見ると、OP戦だがそこそこの人数の観客がいて賑わってる。G1レースとかになると、この多くの観客席が埋まるほど混雑するのだから驚きだ。

 

『さぁ、そろそろ始まります! 若駒ステークス、芝2000m! OP戦のこのレース、今日はどのような展開が見られるのでしょうか!』

 

 場内にレースが始まる実況の声が響き渡る。最初のパドック入場だ。

 

『一番人気を紹介しましょう! ここまで無敗、トウカイテイオー! ファンからの人気もとても高い、注目のウマ娘です!』

 

 テイオーがパドックに登場し、上着をばさっと投げ捨ててパフォーマンスを行う。

 ……そういえばこれなんでやるんだろう。

 

 ステージの上でテイオーが手を振ると、わぁっと歓声が起きる。

 あまりエゴサとかをしていないから分からないのだが、テイオーのファンも着々と増えてきているのだろうか。なんかすっごい勢いで手を振ってるウマ娘の子がいるな……

 

 でも、こうテイオーのファンが増えると俺まで嬉しくなる。上手く表現できないけど……

 

 次々と人気順にウマ娘がパドックに入場してくる。

 そして、今回一番警戒しているウマ娘が登場した。

 

『五番人気、ナイスネイチャです! パドックでの状態は良さそうなので、期待が高まります!』

 

 特徴的な赤いもふもふを揺らしながら、ナイスネイチャが上着を投げ捨てる。

 調子は……普通かな? 適度にリラックスし、同時に緊張しているといった感じか。

 

 出走する九人のウマ娘の紹介が終わり、ゲートインに移る。

 

 テイオーがゲートに移動しているのを眺めていると、テイオーが誰かに話しかけているのが見えた。

 ネイチャに話しかけてるのか? 挨拶……といった所だろうか。

 流石にここまで声が聞こえるほど耳は良く無いが、目はいい。

 ────テイオーが一瞬だけピリッとした表情になったのを見逃さなかった。

 例えるならそう、獲物を狩る前の獅子のような。そんな雰囲気を醸し出しながら。

 

 今回も特に何も問題無く、スムーズにウマ娘達がゲートインする。

 この時間が、一番俺も緊張する時間かもしれない。

 

『ゲートイン完了。出走準備が整いました』

 

 一斉にウマ娘達が、スタートの構えを取る。

 そして──

 

『京都レース場、芝2000m、若駒ステークス。今スタートしました! 各ウマ娘揃って綺麗な出だしを決めました!』

 

 ガコンという心地のよい音と共に、ウマ娘達が走り出す。

 テイオーも綺麗なスタートダッシュを決めて、作戦通りに先頭に目掛けて向かう。

 

「っつ! そうくるか」

 

 が、テイオーの前に二人のウマ娘が立ちふさがる。

 しかも明らかに、初手からハイペースな速度。これは……

 

「テイオーの動きを制限しに来た……? テイオーにハナを取らせない気か」

 

 一番人気。ここまで無敗。ここまで来たら警戒されない方がおかしい。

 恐らく、二人のウマ娘ともテイオーより先に先頭に立ち、ブロックするつもりでいたのだろう。

 

『おっとこれは大胆な行動! 二番のシンクルスルーがまさかの大逃げだ!』

 

 そのまま二番の子が更に加速する。大逃げをかまして、逃げる気か。

 もう一方の逃げの子は大逃げ……とまでは行かず、先頭から二バ身差後ろくらいについている。

 

 ここまでハイペースなレースになると、テイオーでも逃げをするのは難しいだろう。

 が、ここまで想定内だ。それも全て見こして、テイオーには指示をした。

 

 テイオーが無理だと悟ったのか、先頭争いから離れて、するすると後ろに下がる。

 元々、逃げの脚質じゃないんだ。悪いけど先頭争いは無視させて貰おう。

 

『ここで、一番人気トウカイテイオー! 後ろに下がっていく! 失策、はたまた作戦か!?』

 

 そのまま邪魔にならない程度に外側から速度を落としていき、テイオーが俺の指示した位置につく。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ナイスネイチャは、前から三番目の位置にいた。恐らく、逃げるテイオーをマークするつもりでいたのだろう。

 

 悪いけど、それも崩す。

 

「よし……いい位置につけた。 後は仕掛けるタイミングくらいか」

 

 第一コーナーまでは位置取り争いで落ち着いていた。

 

 大逃げの二番が先頭に立ち、その二バ身程度後ろに、逃げている九番のウマ娘が。

 そしてそこから、六、七バ身ほど後ろにナイスネイチャ、トウカイテイオーと続く。後ろは固まっている為、そこまで差は離れていない。

 

『シンクルスルーがレースが先頭でレースを引っ張っている! これはこのまま逃げきってしまうのでしょうか!』

 

 ……まぁ、無いだろうな。

 

 大逃げ──それは全てのウマ娘の理想の走り方。一度も先頭を譲らず、一度も影すら踏ませない。そんな事出来るウマ娘は、本当に一握り……というか一人しか知らない。

 

 とは言っても、スタミナが切れるまで逃げてバ身差を開き、そのまま逃げ切ってしまうレースはある事にはある。

 だが、このOP戦で経験もあまり無いウマ娘が大逃げをやるには、少し力不足だ。

 

 第二コーナーが終わり、直線に入ると大逃げの子が段々と失速してきて、後ろに垂れてくる。見て分かる、スタミナ切れだ。

 直線で大逃げの子が垂れてくると、レース状況が少し動き始めた。

 

『シンクルスルーここで失速! 後ろの子達との差が縮まって来た!』

 

 第三コーナーに突入する頃には、大逃げの子はすっかり垂れてしまい、なんとか先頭に立ててはいるものの、二番目に逃げていた子とほぼ同じ並びになってしまった。

 

 いや、もう一人の逃げの子も失速しているな…… 六バ身くらい差があったがもう二バ身程度まで縮んでしまっている。

 

 第三コーナーを通過して、ネイチャが徐々に前に進出する。

 テイオーもそれについて行き、前へ進む。

 

『おっとここで、ナイスネイチャが先頭にたった! 流石に大逃げは厳しかったか!?』

 

 そしてここでネイチャが前に立つ。内側に逃げ二人、外側にネイチャ、テイオーの順だ。

 四人が団子状態に固まっているが…… 内側二人はもう足がほぼ残って無いな。

 

 となると、あとはテイオーとネイチャの一騎打ちである。

 

「仕掛けるなら……ここ」

 

 第四コーナー、いわゆる最終コーナーに突入する頃合いに、テイオーが仕掛けた。

 俺が思った通りの位置。全く……知ってか知らずか、理想通りの走りをしたテイオーを見て「ふぅ……」と俺から安心と驚きが混じった溜息が漏れる。

 

 テイオーがぐっと地面に少し沈み、スパートをかける。

 逃げをしてこなかったおかげで、しっかりと足は溜まっている。これが本来のテイオーの作戦なのだ。

 

 あっという間に、するりと外側からネイチャを抜かしてハナを奪う。

 

『ウマ娘達が第四コーナーを通過して最後の直線に向かいます! 現在、先頭はトウカイテイオー! 次にナイスネイチャ。既に二バ身ほどの差が離れていますが間に合うか!』

 

 スパートをかけたテイオーが先頭を取ると、レースは終盤。最後の直線に入る。

 テイオーが前を突き進む中、彼女が動いた。

 

「来たな…… ナイスネイチャ」

 

 ネイチャが最後の直線に入った瞬間。一気に加速し始める。

 俺が一番警戒していた、彼女の末脚。十二分に足は溜まっていたのか、一気にテイオーに追い付こうと前進する。

 

 って、思った以上に速いな。これデビュー戦、未勝利戦より速いぞこれ。掛かったのか、それとも、これが彼女本来の全力なのか。

 

『ナイスネイチャが上がって来る! トウカイテイオー譲らないか! さぁ! レースも終盤、最後の競り合いが続いて──』

 

 俺が想定していたより、切れ味のある末脚を繰り出したネイチャがテイオーに、一瞬だが()()()

 

「ネイチャ……悪いな、そこまでだ」

 

 俺がボソッとひとりごとを漏らす。

 残り200m。俺がテイオーに指示していた「危ない」範囲に、彼女は触れた。

 

 瞬間、テイオーの足が更に沈む。ぐっと溜めた足が、バネのように跳ねてターフを蹴り、飛ぶ。

 

『──つ、続かない!? トウカイテイオーここでまた加速!? ナイスネイチャとの距離を広げていく!』

 

 もう一個の指示。これは前のレースからも言っていたのだが「危なくなったら全部使っていい」という、テイオーにしか出来ない走法。

 

 二度目のスパートなんて思われているかもしれないが、実際はそんなものでは無い。テイオーがいくら天才だからと言って、二度目のスパートはまだ流石に出来ない……はず。

 

 じゃあ、何故再加速したのか。

 原理としては簡単。ただ単純に切り替えた──テイオーステップを解禁しただけだ。

 

 テイオーステップはスパートでは無く、走り方を切り替えただけに過ぎない。

 だからスパートの後も、再加速出来るわけだ。勿論、普通の走り方よりもスタミナは使う。

 今の彼女がテイオーステップのまま2000m走ったら、走り切れるか怪しいし、足にだってダメージがかなり入るだろう。

 

 だが、最後の直線である事。今まで足を溜めれた事。そして、テイオーが2000mを普通の走りだったらかなり余裕を持って走り切れる事。これらの状況が全て揃っている今なら──

 

『トウカイテイオー、速い速い! 後ろをぐんぐん突き放してリードを開いていく! ナイスネイチャはここまでか!』

 

 ──十分すぎるくらいのお膳立てだ。

 

 ナイスネイチャが後ろに下がっていく……いや確かに減速はしているが、それ以上にテイオーが速いのか。

 

 これは申し訳ないが、テイオーの勝ちだな。

 

『トウカイテイオーが今一着でゴールイン! 約三バ身差、二着にイルデサタン! その次にナイスネイチャがゴールしました!』

 

 レース場から歓声が上がる。わっと、一気に熱気が会場全体を包み込んだ。

 

 ネイチャは無理してスパートをかけていたのか、三着でゴール。顔を下に向けて、両手を膝に乗せている。

 

 テイオーも流石に今回は疲れたみたいなのか、いつものように、観客席にぶんぶんと手を振ってこない。

 だがそれでも、歓声には応えなきゃと思ったのか右手をいつもより控えめに振った。

 それに呼応して、また観客席からの歓声が大きくなる。

 

「良かったぁ」

 

 安心して、無意識に声が漏れる。何回経っても、これには慣れそうにない。

 テイオーが無事に勝利したのを確認した俺は、関係者席を後にしてこのレースの主役を迎えに地下バ道に向かう事にした。

 

 

 

 

 

「やられましたね…… テイオーさん、いや彼女のトレーナーですかね? 正直……勝てると思ってましたよ」

 

~~~~~~~~

「ただいまぁ~~~ トレーナーぁ」

 

「お帰り……お疲れ、テイオー」

 

「ホントだよ! 今回のレース、かなり疲れたよ……」

 

 テイオーにお帰りの挨拶をすると、ぐでっとした答えがテイオーから返って来た。

 レースの後だからだろうか、体温が高くなったテイオーと冬の外気温の温度差で、彼女の体からもくもくと白い煙が上がっている。

 

「てか……久しぶりに元の走り方したけど、こんなに疲れるんだね。前なら2000mもこの走りでいけたのに……」

 

「そりゃ、テイオーも日々成長しているからな。筋力とかつくと、足のばねにかける比重も多くなる。成長すると共に、あの走りは負担が大きくなるんだよ」

 

「……つまり、ボクが急成長してるって事?」

 

「そうだな。まぁ、今回は走りの切り替えもまだ甘かったし、久しぶりにテイオーステップしたせいもあると思うけど……」

 

 今回のレースは、テイオーにしてみれば久しぶりのテイオーステップになるだろう。

 足が慣れていなかったって言うのも間違いなくある。

 今度から足に負担が残らない程度に、テイオーステップの練習もしなくては……

 比重のかけ方をコントロール出来るようにさえなれば、かなり長い距離もテイオーステップで走り切れるかもしれない。

 

 俺が今回のレースでの自分の反省点を見直していると、横からテイオーが話しかけて来た。

 

「でも今回のレースも凄い楽しかった! ドキドキとハラハラが一緒に来るような、そんな感じだった!」

 

 今まで圧勝だった彼女にとって、一瞬とはいえ隣に並んだネイチャの存在が、また違った感情をテイオーに与えたのだろうか。

 

 ナイスネイチャ…… 今後も、更に注目していかなければいけないウマ娘かもしれない。

 

 地下バ道を二人で歩いて、選手控え室に向かう。

 

 人気が少ない地下バ道にたたん、たたんと蹄鉄の音が響く。

 ポニーテールと尻尾がゆらゆらと揺れて、くるりとテイオーが二回転。

 ピタッと止まり、俺の目をじっと見る。テイオーの蒼い瞳に琥珀色の目が映った。

 ビシッとピースサインをして、得意げに言い放った。

 

「さぁ! 次のレースも勝っていくよ!」




こんにちはちみー(挨拶)

個人的な報告で申し訳ないのですが、リアルが多忙につき投稿頻度が落ちてしまいそうです。気長に待っていただけると幸いです。

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紅の三等星【前編】

ナイスネイチャ視点のお話です。


 きらきら光る、綺麗な星々。

 

 上を見上げると、蒼白い星だったり、紫の星だったり。

 

 色んな色に、輝く星がいっぱい。

 

 アタシはそれを眺めて、仰いで。

 

 素敵だなぁ、なんて。

 

 そんな、ありきたりな感想を呟くだけで。

 

 手を伸ばそうなんて、しなかった。

 


 アタシがトレセン学園に来たのなんて深い意味なんて無い。

 

 近所の──アタシが良くお世話になってる商店街のおばちゃんとかに、「ネイチャちゃん速いんだから~」とかおだてられた記憶がある。

 それを聞いて、アタシも「じゃあ、ネイチャさん。頑張っちゃおうかな~」なんて少し調子に乗って。

 トレセン学園に志願して、入学試験を受けて、特に苦労する事無くとんとん拍子で入学する事が出来た。

 

 そんな学園の入学式当日。アタシは、目が潰れた。

 どこもかしこも、きらきらウマ娘ばっかり。「うお、まぶしっ」なんて呟いちゃうくらいには輝いていた。

 

 G1ウマ娘になる。三冠ウマ娘になる。トリプルティアラを取る。

 大なり小なりみんな夢を持っていて。

 じゃあ、アタシは? アタシの夢って……何だろう。

 

 G1ウマ娘になる? ネイチャさんが? いやぁ……そんな器じゃないでしょ。

 いいとこG2──重賞レースを取れたらラッキー程度かなぁ、なんて。

 

 夢を持たずに、大きな波の流れに逆らわないままに、あたしのトレセン学園生活が始まった。

 

~~~~~~~~

「っつ! はぁ……!」

 

 汗を垂らしながら、アタシはターフの上で息を切らす。足は限界を迎え、膝はがくがく震えてる。

 

 入学式から数週間後。春の陽気が漂い、少しずつ暖かくなってきた頃に、トレセン学園では選抜レースが開催された。

 デビュー前のウマ娘が、トレーナーに対して自分の実力をアピールをする絶好の機会だ。

 この結果でトレーナーが決まると言っても過言ではない。

 

 アタシはそのレースに出走して……負けた。

 いや、順位だけ見れば三位。本番のレースならば掲示板入りの順位なので、悪くは無い順位だと思う。

 

 でも……だけど、これは。

 

『今、トウカイテイオーが二着に四バ身差をつけて、一着でゴールイン! 二着にリボンマーチ。三着にナイスネイチャとなりました』

 

「冗談でしょ……?」

 

 アタシが驚愕を含んだ溜息を漏らす。一位になった彼女は、まだまだ余裕そうな顔で観客に手を振っていた。

 

 三着。されど三着。

 まるで「一着の彼女以外は価値が無いよ」と、実際には言われてないけど、そう感じざるを得ないレース結果だった。

 

 トレセン学園に来て、少しはきらきらウマ娘は見慣れたと思ったけど、それ以上。ううん、あたしが見た中で彼女は一番きらきらしていた。

 

 レース後、次のウマ娘達の為にアタシ達がターフから掃けていると、彼女の周りにわらわらと人が集まる。スカウト目当てのトレーナーだろうか。

 そりゃそうか。あの走り見てスカウトしないなんて、逆張りにもほどがある。もしアタシがトレーナーでもスカウトしに行ってそう。

 

 もはや嫉妬すら湧かない感情を胸に抱きつつ、アタシが重い足を引きずりながら歩いていると、透き通るような声が辺りに響き渡った。

 

「ワガハイはトウカイテイオー! 無敗で三冠を制覇する最強のウマ娘!」

 

 アタシは耳を疑った。

 無敗の三冠ウマ娘……? それは、記憶違いじゃなきゃ、歴史上でもシンボリルドルフただ一人しか達成出来てない偉業。

 

 普通のウマ娘がそんな事宣言したら、下手すれば笑われてしまうだろう。

 でも、誰一人として笑って無かった。誰一人として揶揄するような事もしなかった。

 

 ────彼女なら、もしかしたら、出来るかもしれない。という期待。

 

 見る者全てを魅了してしまう一等星。

 

 トウカイテイオー──それがその星の名前だった。

 

「もうトレーナーがいるとか……主人公さんはキラキラしてますね。ははは」

 

 アタシはそれを見て、冷たい息を吐くだけだった。

 

~~~~~~~~

「んっ…… あれ?」

 

 頭がぼーっとする。回らない頭のままに体を起こすと、少し薄めの毛布がソファからぽふりと落下した。

 眼を擦ると、自分の部屋とはまた違ったどこか安心する匂いが鼻を擽る。

 

 アタシ……寝てた? 

 

 メンコの上からかたかたとPCを叩く音が聞こえる。

 音の方に目を向けると、あたしのトレーナーさんが控えめに手を振って来た。

 

「おはようございます。ぐっすりでしたね」

 

「へ、あの! ごめんなさい! 今すぐ練習の準備するので!」

 

「いや、今日はやめましょう。疲れが溜まった状態でトレーニングしても意味ありませんし」

 

 トレーナーさんが少し微笑みながら、アタシに話しかけてきた。

 脳がクリアになっていくと共に、寝る前の自分の行動も思い出して、羞恥心から顔が熱くなる。

 

 トレーナー室に入って、トレーナーさんがいなかったから、ソファに座って待とうとして……

 トレーナーさんの匂いに癒されて……寝た? 

 

 ぼふんっ! と顔から湯気が出た気がした。多分、この場に一人だけしかいなかったら「んにゃああああ!!!」って叫んでたと思う。

 

 アタシ! なんて事を! 

 

 ゴロゴロ転がる事も出来ないので、少しでも照れを隠すために毛布に顔を埋める。

 あっ……トレーナーさんの匂いが…… もおおおおお!!! 自分で自分がめんどくさい! 

 

「ネイチャさん、凄くいい顔で寝てましたよ。いい夢でも見てましたか?」

 

「夢……」

 

 そういえば、夢を見てた。

 アタシがまだ、夢を見れてなかった時の話だったかな……

 あれから一年も経ってないのに、随分と昔のような気がする。それだけトレーナーさんと出会ってからの日々が濃かった、って事なのかな。

 

 時計を見ると午後の四時。今日はトレーニングしないって言ったから、幸いにも時間に余裕がある。

 寮の門限までもまだ時間はたっぷりありますし…… アタシの寝顔を見た罪を償って貰いますかね~。

 アタシは、なんとか緩んだ顔の形を元に戻して、トレーナーさんに向き合った。

 

「トレーナーさんやい。お仕事はどれくらいでキリ良さそうですかね?」

 

「そうですね…… あと数分もすれば、と言ったところでしょうか」

 

「ほほ~ なら、あたしの夢の話。聞いてくれませんか?」

 

 トレーナーさんが一度タイピングを止めて、ぱたんとノートパソコンを閉じた。

 

「いいですよ。いくらでも聞きましょう」

 

「え、いや、そんな身構えられるとネイチャさんも困っちゃうかな~って」

 

 トレーナーさんが、真剣な目でこちらを見てくる。

 そんな重い話はしませんよ? あ、ちょっと、飲み物持ちにいこうとしてるし。

 

「ネイチャさんは、飲み物何にしますか?」

 

「うーん、じゃあココアでお願いしますよっと」

 

 トレーナー室に置いてあるコップに、インスタントの粉をいれる。アタシはココアで、トレーナーさんがコーヒーかな? 

 保温ポットからこぽこぽとお湯をいれる音が聞こえると、ココアの甘い匂いとコーヒー特有の匂いが、トレーナー室に漂う。

 

 入れてくれたココアをトレーナーさんから貰い、ふーっと息をかけて少し冷ます。

 熱が少し取れたら、こくりとココアを一口。うん、まだちょっと熱い……かな

 舌に熱に残ったまま、ほぅと吐き出した息はまだ暖かかった。

 

 さて、どこから話しましょうかね。

 

~~~~~~~~

 トレセン学園の練習場は基本予約制だ。

 それもそのはず。2000人も生徒がいるトレセン学園に対して、練習場が小さすぎるのだ。

 ターフはもちろん、屋内のトレーニングジム、屋内プールも全てそう。

 予約は個人間でも出来るが、トレーナーがいたら、トレーナーがやってくれる事が多い。

 

 また、スカウト前のウマ娘。いわゆる、まだトレーナーがついていないウマ娘達は、教官という存在が面倒を見てくれる事が多い。

 トレーナーが個人間の指導だとしたら、教官は団体の指導。

 細かい指導とかは一切なく、例えるならば体育の授業が一番適切だろうか。

 アタシもなんやかんやウマ娘だし、トレセン学園に来たからにはデビューしたい。

 と言っても、練習場を予約するのはなかなかにハードルが高い。

 なので複数人いる教官のうちの、とあるチームに入れさせてもらってターフを走っていた。

 

 スカウトのタイミングは何も、選抜レースだけではない。

 確かに選抜レースが最大手みたいのものだけど、こういう練習中に声をかけられたウマ娘もいるそう。……噂だけどね。

 

 自分なりに調べた方法で、精一杯練習をしていると、あっという間に時間は過ぎてターフから追い出される。

 そこから寮に帰るウマ娘達が多い中、アタシはこっそりトレセン学園を抜け出してまた走り始める。

 

 別にお利口さんをアピールしたいわけでも無いし、やけくそになった訳でも無い。

 ただ、なんとなく。心のどこかで「走らなきゃ」って思ってた。

 

 寮の門限に間に合うように走って、ぎりぎりに帰寮する。

 それがいつものアタシだったけど、その日だけは違った。

 

「あはは…… 迷いましたね、これ」

 

 なんとなく「気分転換にいつもと違うコース行ってみましょうか~」なんて思ったのが悪かったのか。

 道を外れて走った結果が、見事に迷子。ネイチャさん、子供みたいですよ。

 

 ツッコミを自分自身に入れて、悪態をついても現状は変わらない。

 頼みの綱の携帯を確認してみようと、ポケットに手を突っ込むが。

 

「うっわ、携帯置いて来てんじゃん。何でこんな時にこうなるのかな~」

 

 走る時、確かに携帯あると危ないもんね! ちくしょう! 

 

 アタシの危機管理能力を評価しつつ、少し周りを探索してみる。

 駅とかが近くにあったとかなら都合よかったのだが、残念ながら今あたしのいる場所は住宅街。

 時々この辺に住んでいるらしき人が歩いているくらいで、目印になりそうなものは特に無い。

 いや仮に地名が分かったとしても、ここがどこだか分かるかも怪しい。

 

 アタシ、どこまで走ってきたかなぁ……

 

 外灯の光が道を照らす中、あたしは大きな道を探して歩を進める。

 

 大通りにさえ出れば、コンビニとかもあるでしょうし…… 店員さんとかに聞けば帰れるんじゃないでしょうかねぇ。

 

 そんな他人事のように思いながら、とことこ歩いていると後ろからアタシを呼ぶ声がした。

 

「そこのウマ娘さん。こんな時間に出歩くのは感心しませんよ」

 

 ばっと後ろを振りかって見ると、なんかどこか胡散臭そうなスーツ姿の男性が立っていた。

 不審者……? まぁ、いざとなれば全力ダッシュで振り切れますし。

 一応トレセン学園生徒のネイチャさんを舐めるんじゃないですよ、っと。

 

 一応いつでも走り出せるように構えておきながら、耳だけを男性の方に向けていると、ちょっと残念そうな声が聞こえて来た。

 

「そんな警戒しなくても大丈夫ですよ…… これでもトレセン学園のトレーナーやってますので」

 

「へ? トレーナーさん?」

 

 その言葉に驚いて、よく目を凝らして見てみると、確かにトレセン学園のトレーナーバッジが胸ポケットに付いていた。

 

 ありゃ、本物かな……? でもなんでこんな所にトレセン学園のトレーナーが? 

 

「私の家の近所なんですよ。 たまたまトレセンジャージを見かけましてね。困っているようなので、話かけさせていただきました」

 

 困惑していたのが相手に伝わったのか、彼がそう答えてくれた。

 

「ところで…… どうしてこんな場所に?」

 

 アタシの疑問に答えてくれたら、次に来たのは今一番答えたくない質問だった。

 びくっとして尻尾もピーンとなってしまう。

 

「もしかして、迷子とかですかね?」

 

 大正解。

 

 一発で見抜かれてしまった。アタシの顔はどんな表情をしていただろう。

 なんかもうやけくそで笑ってた気がする。

 

「……送ってあげましょうか?」

 

「……はい、おねがいします」

 

 尻すぼみになってしまったが、なんとかその提案に対して返事をする。

 ネイチャさん、まさかの名も知らないトレーナーの車に乗る。どうしてこんな事になったんだろ。

 

~~~~~~~~

 車に乗せて貰って、少し暗くなった夜の街を走る。

 車内はさっきまで暖房を付けていたからなのか、少し暖かかった。

 アタシは後ろの座席に座って、なすがままに車に揺られる。

 

 大の大人に、アタシ。……あれ、犯罪臭がしません? アタシ、騙されちゃった? 

 

「まさか……取って食おうとなんてしませんよ。ナイスネイチャさん」

 

「え? なんでアタシの名前を……」

 

 突然自分の名前を呼ばれてしまい、驚いてしまった。

 デビューしているウマ娘ならまだしも、まだアタシはトレーナーすらついてない無名のウマ娘だ。

 トウカイテイオーみたいな、選抜レースですら目立ってる子はちょっと違うかもしれないけど……

 

「まぁ、正直たまたまですね。トウカイテイオーさんの選抜レースで気になった事があったので調べていたら、といった所でしょうか」

 

「あはは…… ですよねー」

 

 知ってた。

 一瞬、「もし、アタシを見ていてくれたら」なんて思ったけど。あいにく、そんな器じゃないのは自分で分かってる。

 

「でも私はトウカイテイオーさんに魅力は感じませんでしたね……」

 

 そんな確信を持った言葉が運転席から聞こえた。

 マジですかい。あのきらきらウマ娘さんのどこが駄目なんですかねぇ、ちょっと気になりますわ。

 

「私は、それよりもナイスネイチャさんの方が魅力的でした」

 

「げっほ! げっほ、へぇっぐ!」

 

 突然思いもよらぬところから爆弾が飛んできて、アタシはむせかえってしまう。

 あまりにも勢いよくむせたのか、心配する声が前の方から聞こえて来た。

 

「ナイスネイチャさん、大丈夫ですか?」

 

「お、お気になさらずに……」

 

 そりゃ驚くに決まってる。アタシみたいな、モブみたいなウマ娘がなんで……

 三位だよ? あのトウカイテイオーがいたレースなのに、もっと注目されるべき子がいたはずなのに。

 

「ところで、ナイスネイチャさん。今、トレーナーさんはいますか?」

 

「はえ!? い、いや、いません、けど……」

 

「じゃあ、丁度良かった」

 

 何が丁度良いんですかね……? 

 

 なんか変な衝撃を受けすぎて頭が混乱している中、車が停止する。

 見覚えがある道に、見覚えのある建物。トレセン学園についたんだ。

 

 寮から少し離れた場所に車を止めた彼は、アタシが車から降りる瞬間、挨拶代わりにとんでもない事を言ってきた。

 

「────私の担当ウマ娘になってくれませんか? ナイスネイチャさん」

 




こんちにはちみー(挨拶)

今回はナイスネイチャのお話でした。【前編】なので【後編】もあります。ご期待ください。

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紅の三等星【後編】

紅の三等星【前編】と合わせてお読みください。


 彼と始めて出会って、数か月の時間が経った。

 結局、アタシはその後にトレーナーさんと契約……しかも専属契約まで結ぶことになって今に至る。

 

 何回か、そこはかとなく、アタシをスカウトした理由を聞いてみたけど、上手く答えをぼかされてしまう。

 なんとも釣れないトレーナーさんで。

 

 誰もいない控室でボケっとしていると、こんこんとドアのノック音が聞こえた。

 耳を傾けると、「入っても大丈夫ですか?」と声が聞こえる。トレーナーさんだ。

 

「どうぞどうぞ~」

 

「失礼します。調子は……」

 

「まぁまぁ、って所かな。うん、勝つよ、今日は」

 

 今日──一月の中旬のまだまだ寒さが残る頃。

 アタシ達は、京都レース場の舞台に立っていた。

 

 若駒ステークス、右回り、2000m。OP戦なので重賞レースとかでは無いけど……緊張する。

 理由は単純明快。このレースには、あのテイオーが出る。

 

 しかも、テイオーのトレーナーさんに対して宣戦布告までしてしまった。

 これは、みっともない走りなんか出来ない。

 

「さて、作戦はこの前伝えた通りで変更はありません。覚えてますか?」

 

「勿論。テイオーの後ろに……どれだけテイオーが逃げても、先行よりでマーク。スパートは最後の直線に入ったら。ある程度距離を離されなければ、アタシの末脚なら間に合う、だよね?」

 

 トレーナーさんが「正解です」と手を叩いてくれたので、「うっし」と軽くガッツポーズを取る。

 

 トレーナーさんはアタシの末脚を凄い評価してくれた。

 彼曰く「この時期のウマ娘の上がり3ハロンにしては速い」との事。

 実際タイムを見せてくれた時、思わず自分でも感心してしまった。

 

 トレーナーさんはよく数字とか具体的な例を出してくれるから、成長の実感がしやすい。

 自分の武器を理解してると、ネイチャさん的にも安心できるのだ。

 

 軽く足首を回して、準備体操をしておく。

 その場で跳ねて見たり、うろうろしてみたり。自分でも、落ち着きが無いと思う。

 

「さて、ネイチャさん。そろそろ時間ですよ。行きましょうか」

 

 そんな事していたら、パドックへの入場時間になっていたみたいで、トレーナーさんから声をかけられる。

 

 さて……いっちょやったりますか! 

 

~~~~~~~~

 控室からパドックに移動する為に、地下バ道を歩く。

 コツコツと、蹄鉄と地面の触れる音がやたら響いた。

 

 他に出走するウマ娘も移動していて、見るからに絶不調な子。調子な良さそうな子が見られる。

 そこに現れる、見るからにきらきらしてるウマ娘が一人。

 

 ぴょこぴょこ跳ねて、特徴的なポニーテールをゆらゆら揺らす。

 ────トウカイテイオーだ。

 

『さぁ、そろそろ始まります! 若駒ステークス、芝2000m! OP戦のこのレース、今日はどのような展開が見られるのでしょうか!』

 

 アタシがいる場所にも、実況が聞こえる。

 デビュー戦や未勝利戦で聞いたことのある、パドック入場の合図だ。

 

 ゲートインする前にウマ娘は、パドックでお披露目回みたいなことを行う。

 アタシはよくこれをする意味が分かんないけど、トレーナーさん側からすると結構ありがたいみたい。なんでも、その日のウマ娘を見る事が大事なんだとか。

 

『一番人気を紹介しましょう! ここまで無敗、トウカイテイオー! ファンからの人気もとても高い、注目のウマ娘です!』

 

 先にパドックに入場したテイオーが上着を脱ぎ捨てたのか、わぁと観客の声がこっちまで聞こえた。

 

 え、あの後にアタシが行くの……? 

 

 ちょっとへっぴり腰になってしまいそうだったけど、自分に鞭を打ってなんとか入場する。

 

『五番人気、ナイスネイチャです! パドックでの状態は良さそうなので、期待が高まります!』

 

 ステージの上でばさっと上着を脱ぎ捨てて、なんとかパフォーマンス。

 よし、落ち着けアタシ。落ち着けぇ。

 観客に手を振って、なんとか冷静さを取り戻そうとする。

 

 パドックでのパフォーマンスが終わったら、いよいよゲートインだ。

 アタシは七枠七番。右回りのコースだから、どちらかと言うと外側スタート。

 警戒すべきテイオーはなんと八枠八番の真横。これは、嬉しい誤算だった。

 

 ターフを踏みしめて、ゲートの近くに移動する。

 空を見ると、綺麗な青空。絶好のレース日和ですわ。

 

「やっほー! ネイチャ! 今日はいい天気だね!」

 

「……テイオー」

 

 そんなアタシに声をかけてきた、きらきらウマ娘事、トウカイテイオー。

 調子はどうみても絶好調。近くで見ると、本当に圧倒されちゃいそうですよ……全く。

 

 でも、アタシ……今からこのテイオーに勝たなきゃいけないんだ。

 

「ねぇ、ネイチャ。ところでさ」

 

「何? テイオー」

 

「ボクのトレーナーに宣戦布告したってホント?」

 

「うん……まぁ、したよ」

 

「ふーん」

 

 テイオーがアタシをじっと見てくる。まるで値踏みするような、鋭い目。

 

「まぁいいけどさ……」

 

 彼女の纏う空気が変わる。ピリッと、電流を──雷を見たような気がした。

 

「そう簡単に勝てると思わないでよね」

 

 冷たく、重いその言葉に、アタシの体が震えてしう。

 

 ヤバい、逆鱗に触れた? 

 

 が、次の瞬間そのオーラはふっと消えて、いつものテイオーに戻る。

 ほんの一瞬の出来事だったから、幻覚かと思ったほどだった。

 

 気づいたら、アタシ以外のウマ娘が着々とゲートインを済ませていた。

 

「あっ、やばっ」

 

 少し焦って、アタシもゲートインする。

 ちょっと狭いこの空間、なんとかならんもんですかねぇ……

 

『ゲートイン完了。出走準備が整いました』

 

 集中力を高めて、トレーナーさんに言われた指示を思い出す。

 大丈夫……アタシはいける。練習の成果を出せば、勝てるはず。

 

 ──いや、勝つよ。

 

『京都レース場、芝2000m、若駒ステークス。今スタートしました! 各ウマ娘揃って綺麗な出だしを決めました!』

 

 ガコンと音と共に、目の前のゲートが開かれた。

 アタシはスタートダッシュを決めながら、隣のテイオーを確認する。

 

 彼女は予想した通り、逃げの作戦を取って前に進んでいる。

 うっし、作戦上手くいきそう。

 

 が、テイオーの前に二人のウマ娘が立ちはだかる。

 

『おっとこれは大胆な行動! 二番のシンクルスルーがまさかの大逃げだ!』

 

 ありゃま、これはちょっと聞いてない。

 テイオーをマークしに来た感じなのかな……? 

 

 それを受けて、テイオーがなかなか前に行けずに苦しそうだ。

 

 でもこれも、嬉しい誤算。

 三番目の位置についてくれるなら、ネイチャさんはその後ろ、四番目について様子を伺いましょうかね。

 

 ここまでは指示通り。後は、テイオーをマークしつつ直線まで足を溜める! 

 

 が、全く予想していない事が起こった。

 

『ここで、一番人気トウカイテイオー! 後ろに下がっていく! 失策、はたまた作戦か!?』

 

 テイオーが逃げるのをやめて、するすると外側から後ろに下がっていく。

 下がるのは良かった。が、下がる位置がおかしかった。

 

 テイオーがアタシの視界から消える。

 けど、場所は直ぐ分かった。

 ()()()()()()にテイオーがいるっ!?!? 

 

「っつ!」

 

 なんでっ! テイオーは逃げのはず! 

 マークしようと思ったら、マークし返された!? 

 

 分かんない。分かんないけど。

 後ろからの圧が凄くて、迂闊に動けない……! 

 

 誤算どころの騒ぎじゃない動きに、アタシの頭が混乱する。

 

 と、とにかく、今は掛からないように走れ! アタシ! 

 

 なんとか前を向いて、今の位置を把握する。

 前は、逃げが二人。アタシは多分三番目。結構差が離されちゃってるけど、レース序盤だしこれは大丈夫のはず。

 

『シンクルスルーがレースが先頭でレースを引っ張っている! これはこのまま逃げきってしまうのでしょうか!』

 

 第二コーナーを通過して、直線に入る。

 

 うぅ……やっぱり後ろのテイオーの動きが気になる。今だけ視野が360度になって欲しい。

 

 意識が後ろに行きすぎないように気を付けつつ走っていると、逃げの子が徐々に垂れて来た。

 

 ハイペースで飛ばしすぎたっぽい? うん、これは大丈夫。全然予想通りなんだけど……

 

『おっとここで、ナイスネイチャが先頭にたった! 流石に大逃げは厳しかったか!?』

 

 直線を通過して、第三コーナーに入りかかるころには逃げ二人はすっかり失速して、アタシが先頭に立ってしまった。

 

 こ、これペース配分守れてるよね? あぁ、もう! 

 

 どこに向けたか分からない文句を心の中で吐き捨てつつ、今の状況をもう一度整理する。

 

 アタシが先頭、多分後ろにまだテイオーがいる。隣にはスタミナ切れで下がって来た、逃げが二人。四人の差はほとんど無い状況。

 

 そろそろ最終コーナー。なんとか、スタミナを残してここまで来れた。これなら最後の直線で末脚を使えるはず! 

 

 ここで、彼女が動いた。

 

「いっくよー!」

 

 真後ろで、強くターフを蹴る音が聞こえる。

 テイオーがスパートをかけたんだ。私の後ろにいたテイオーが、するすると抜け出して、アタシの前に立つ。

 

 来たっ……! 今まで想定外の事態ばっかで振り回されたけど、これなら──

 

『ウマ娘達が第四コーナーを通過して最後の直線に向かいます! 現在、先頭はトウカイテイオー! 次にナイスネイチャ。既に二バ身ほどの差が離れていますが間に合うか!』

 

 ──いけるっ! 

 

 最後の直線に入った瞬間、思いっきり足に力を込めて加速した。

 

 トレーナーさんが褒めてくれた、アタシの末脚。アタシの武器。

 

『ナイスネイチャが上がって来る! トウカイテイオー譲らないか! さぁ! レースも終盤、最後の競り合いが続いて──』

 

 全速力で駆け上がり、テイオーを目指す。

 

 後で思えばだけど、この時のアタシは掛かってたと思う。気持ちが先行しちゃって、いつもよりハイペースで末脚を使ってた。

 その時は、追い付いて抜かす事だけ考えてて頭回らなかったけど。

 

 風の音が耳を貫く。息するのは辛いし、足は痛い。

 多分、今アタシが走れてるのは執念があるから。

 

 テイオーに勝てる! もっと足を回せ! 追い抜け! 

 

 今の全力を出した。全てを出し切って走った。

 たった「一瞬」、テイオーの隣に並んだ。

 

 本当に「一瞬」だった。

 

『──つ、続かない!? トウカイテイオーここでまた加速!? ナイスネイチャとの距離を広げていく!』

 

 テイオーが、また加速した。

 彼女の体が下に沈んで、跳ねる。この走りを、アタシは知っている。

 

 選抜レースの時に見た、あの走りだ。

 

「あっ……」

 

 光に、目がやられた気がした。

 レース中の高揚感が一気に覚めて、思考がクリアになっていく。

 それと同時に、足がガクッと沈んだ。自分でも分かった、スタミナ切れだ。

 

『トウカイテイオー、速い速い! 後ろをぐんぐん突き放してリードを開いていく! ナイスネイチャはここまでか!』

 

 足が前に進まない。その事実を認識するのに、そんなに時間は要らなかった。

 

 アタシが減速するのもあったけど、テイオーが加速したのもあって、更に差が開いていく。

 

 

 ──やっと伸ばした手は、まだ届かない。

 

 

『トウカイテイオーが今一着でゴールイン! 約三バ身差、二着にイルデサタン! その次にナイスネイチャがゴールしました!』

 

 結局、もう一人の子にも抜かされて、アタシは三着という結果に落ち着いてしまった。

 

~~~~~~~~

 疲労が溜まって重くなった足を引きずりながら、なんとか控室に戻る。

 いつもよりも暗く見える地下バ道は、恐ろしいくらい音が反響していた。

 

 ドアを開けて部屋に入ると、トレーナーさんが座って待っていた。

 

「お疲れ様です、ナイスネイチャさん」

 

「……うん」

 

 挨拶だけ済ませると、お互いに黙ってしまう。

 どちらも何かを伝えたい、そんな空気。

 

 沈黙を先に破ったのは、トレーナーさんの方だった。

 

「……すみません。今回は私の指示ミスです。ネイチャさんを混乱させてしまいました。」

 

「アタシも、最後焦って……掛かっちゃったぽくて……ごめんなさい」

 

「お互い様……でしょうか」

 

「ですねぇ……はい」

 

 今回のレースは想定外の事が起きすぎた。

 アタシも、トレーナーさんも。今回はテイオーとスターさんにやられたって事かな……

 

「次です……」

 

「へ?」

 

 トレーナーさんがぼそっと何かを呟いた。彼が、アタシの目を見て口を開く。

 

「今回はやられました。それは揺るがない事実です。なら、次は勝ちましょう。まだリベンジの機会はあります。それに──」

 

 トレーナーさんが少し微笑みながら、アタシを見てくる。

 はて、ネイチャさんに何かついてたりしますかね? 

 

「──ネイチャさんも、悔しそうな顔してます」

 

「……」

 

 無意識にそんな表情をしてたんだ。トレーナーさんに言われるまで、気付かなかった。

 

 目を瞑って、息を吸い込む。

 拳をぎゅっと握りしめて、アタシは今の感情を全て吐き出した。

 

「ああああああ!!! 悔しい!!! すっごい悔しい!!! だから──」

 

 アタシだって、こんな所で終わりたくない。

 

「──次は勝ちたい。トレーナーさん」

 

「えぇ、勝ちましょう。私は、ネイチャさんを全力で支えますよ」

 

~~~~~~~~

 インスタントの飲み物は、なんか粉が最後まで溶け切って無い事が多い気がする。

 今回もその例外に漏れず、ココアの粉が少しだけ底に溜まっていた。

 

 コップを回し、中に残った液体をなんとか溶かそうとして、最後の一口を流し込む。

 時間が経ってぬるくなったココアは、舌に甘みだけを残していった。

 

「そう言えば、前から思っていたのですが」

 

 夢の話をし終えて、アタシが喋り終えた直後、トレーナーさんが一つ質問をしてきた。

 

「ネイチャさんがよく言う、きらきらウマ娘、って何ですか?」

 

「あー……」

 

 きらきらウマ娘。

 別に本人が発光して輝いているとかじゃないけど、なんて言うかこう。夢に向かって走ってるウマ娘、みたいな? アタシでもなんか説明するのが難しい。

 

 でもよく他の子見てると、眩しってなるんですよねぇ。

 

「なんかテイオーみたいな……輝いてる一等星みたいな? アタシはいいとこ三等星ですよ」

 

 アタシは自分の悪い癖で、ちょっと紗に構えたような返事をしてしまう。

 そうしたら、トレーナーさんが「ふむ……」と呟いた。

 

「……ネイチャさんは一等星と三等星の違い分かりますか?」

 

「え? ……うーん、星の輝きの差かな?」

 

「その星々の明るさによる違いもありますが、実は地球からどれだけ離れているかも関わってます」

 

 確かにそりゃそうか。

 どれだけ輝いていても、離れすぎたら見えなくなる。

 

 えーっと、つまり? 

 

「三等星だって近くで見れば、一等星に負けない輝きを持っているかもしれません。それこそ、ネイチャさんみたいに」

 

「げっほ! げっほ、へぇっぐ!」

 

 また変な所から爆弾が飛んできて、いつぞやみたいに思いっきりむせてしまう。

 こ、このトレーナーさんは……

 

「その点、私は幸運ですね。ネイチャさんという星を独占出来てるんですから」

 

「トレーナーさんやい。それ、本気で言ってる?」

 

「えぇ、本気ですよ」

 

 にっこりと、いい笑顔でそう言われる。

 

 何故か、トレーナーさんはやたらアタシをからかってくる時がある。

 乙女の情緒をなんだと思ってるんですかね……? 

 

「ところで、ネイチャさん。私の夢も聞いて貰っていいですか?」

 

「トレーナーさんの? いいですよー 是非、聞かせて下さいな」

 

 トレーナーさんの夢か。なんだろう。そういえば、聞いた事が無い気がする。

 

 

「私の夢は────ネイチャさんの夢が叶う事ですよ」

 

 


 きらきら光る、綺麗な星々。

 

 上を見上げると、蒼白い星だったり、紫の星だったり。

 

 色んな色に、輝く星がいっぱい。

 

 アタシはそれを眺めて、仰いで。

 

 素敵だなぁ、なんて。

 

 そんな、ありきたりな感想を呟いて。

 

 手を伸ばす。

 

 まだその星に、手は届かないけど。

 

 届かないなら、走ればいい。

 

 走ればいつかきっと、星に辿り着くはずだから。




こんにちはちみー(挨拶)
今回から作品タグに、ナイスネイチャとメジロマックイーンを追加しました。

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14.バレンタインはコーヒーと共に

 空気、雰囲気、ムード。誰が言わなくても、肌で何となく感じ取れるものって言うのはよくある。

 今日はそれが顕著だった。

 トレセン学園全体に漂う、甘い香り。

 ウマ娘達はいつもよりも落ち着きがなく、耳や尻尾が揺れ動いたりしている。

 そんな日の放課後に、聴きなれた元気な声が部屋の外から聞こえた。

 

「ねぇ、トレーナー! ドア開けてー!」

 

 それと同時に聞こえる、ゴンゴンと自室のドアを乱暴にノックする音。

 さては、足で蹴ってるな? 普通に壊れるからやめてくれ。

 

 一旦仕事を中断。椅子から立ち上がり、ドアを開けてあげる。

 すると、目の前にはテイオーが……顔が若干隠れてるな。

 

 どこから持ってきたのか、山盛りに積みあがった小箱達をバランスよく抱えている。

 そのままゆっくりと俺の部屋の中に入ってきて、積みあがった箱を床に置いた。

 

「ふぅ…… うん、一個も落ちなかったね」

 

 箱をよく見てみると、色とりどりにラッピングされた物がいっぱいある。

 そして、どこか嗅いだことある甘い匂いが俺の部屋を包み込んだ。

 

「もしかして、これ全部チョコか……?」

 

 今日は二月十四日。世間一般的にはバレンタインデーと呼ばれる日である。

 

~~~~~~~~

 テイオーがチョコが入っている容器を、丁寧に床に広げる。

 ラッピングが凝っていたり、包装が可愛かったり、リボンがついていたりと、多種多様だ。

 

「にじゅういち……にじゅうに……個かな。なんかすっごい貰っちゃった」

 

「いつ貰ったんだ……? これ」

 

「なんか廊下歩いてたら、わらわら集まってきてさ──」

 

 テイオーに聞いたところによると、放課後になって俺の部屋に向かおうとした際に、色んなウマ娘からチョコを受け取ったらしい。最初に一個受け取った瞬間、一気に増えたのだそうだ。

 

 それで山ほどチョコを貰ったのか。

 俺はこういうイベントに疎いが、これが普通なの?

 

「応援してます! って言って貰ったチョコもあるよ。直接言われると、やっぱり嬉しいね!」

 

 テイオーが、笑顔でチョコを仕分けしながら発言した。

 

 純粋にファンとして、応援する意味で渡した子も多そうだ。

 今彼女は、無敗の三連勝。OPクラスのレースとはいえ、学園内で噂が広まるのも早いのだろう。

 やっぱりテイオーが応援されていると、俺も嬉しくなる。

 

 どこか感慨深さを感じていると、テイオーが俺に簡素にラッピングされた箱を一つ渡してきた。

 

「はい、これバレンタインのチョコ。仕事中とかに食べるといいよ」

 

「ん? あ、ありがとうな」

 

 テイオーから手渡しされたそれを確認してみると、市販されているようなクッキーだった。

 でもスーパーとかで見たこと無いし……どこかしっかりしたお店で買ったのだろう。

 

 クッキーを選んだのも、手が汚れないようにと気にしてくれたのか。テイオーはよく細かい所まで気遣ってくれる。

 

 贈り物を貰ったら返さなきゃいけないな。バレンタインだし、ホワイトデーに返すのがいいのかな。

 

「……」

 

「え、何?」

 

 何故かテイオーが、じっと訴えるような目で俺の方を見てくる。

 どうしたものかと固まっていると、彼女がどこか納得したように「はぁ」と溜息をついた。

 

「そういえばトレーナー、こういうイベントに疎かったね……」

 

「へ?」

 

「バレンタインだよ! バレンタイン! チョコ頂戴!」

 

 テイオーに言われて思い出した。

 女性同士──ウマ娘同士とかでも構わないが、バレンタインには友チョコという文化がある。

 一応俺はウマ娘。ホワイトデーとかに返すよりも、本当は今日渡した方が一般的なのかもしれない。

 

 だけど、何も準備していないんだよなぁ……

 

「えーと、ホワイトデーに返すとかじゃ駄目?」

 

「……」

 

「……駄目かぁ」

 

 無言の圧力で拒否されてしまった。

 今から買いに行くか……? でも、チョコってどこで買うんだ。スーパーとかのじゃ味気無いだろうし。

 

 少し悩んで、携帯のアプリでスケジュールをちらっと確認する。

 あー、ここ少しずらせばいけるな。時間的には余裕あるし。

 

「テイオー、今から街にいけるか?」

 

「へ? 今から? トレーニングは?」

 

「ちょっとずらす。お返し何も無いし、一緒に買いに行ってくれると助かるんだが……」

 

 何を返したらいいのか分かんないのなら、本人に直接聞いた方が早い。

 下手なものを渡すより、テイオーが欲しいものを買った方がいいだろう。

 

 俺が尋ねると、テイオーが食い気味に返事をしてきた。

 

「行くっ! ちょっと待って準備してくるから!」

 

「あ、ちょっと」

 

 物凄い勢いで、テイオーが部屋から出ていく。

 竜巻のように過ぎ去った彼女は、部屋に静寂と──

 

「……これどうするんだよ」

 

 ──持ってきたチョコを置き去りにして。

 

~~~~~~~~

「~♪」

 

 放課後の予定を変更して、トレセン学園から一番近いショッピングモールに移動する。

 隣にはご機嫌のテイオーが、とことこと歩いていた。尻尾もびゅんびゅん揺れている。

 

 あの後、準備すると言った彼女だが特に何も変わったようには見えない。

 結局制服のままだし、財布とか持ってきたのかな。

 

 時間帯というのもあってか、人も多く、トレセン学園の制服もちらほら見かける。

 がやがやと騒がしい人混みの中、俺はテイオーに尋ねた。

 

「テイオーが欲しいチョコとかあるのか? 別にチョコとかじゃなくても構わないけど」

 

「一応あるかな。なんか、エアグルーヴが言ってたお店なんだけどね。美味しいチョコとかがあるらしいよ」

 

 テイオーに先行してもらって、ショッピングモール内を歩く。はぐれないように手を繋ぐほどとかでは無いが、なるべく近くの距離を保つように気を付けながら。

 

 彼女の後ろをついて行くと、急にテイオーの動きがピタッと止まった。

 目的地に着いたのかと思ったら、目線がとあるお店の中にいっている。

 彼女の目線を確認してみると、そこには見たことのあるウマ娘が座っていた。

 

「あっ、カイチョーだ。私服じゃん! かっこいいー!」

 

 トレセン学園の制服ではなく、どこか優雅さを感じる緑のシャツにGパン。そしていつもはしていない眼鏡をかけた、カイチョーことシンボリルドルフがそこにいた。

 お店──喫茶店なのだが、コーヒー片手に読書をしている。それだけで、どこか絵になるのだから流石はシンボリルドルフ。

 

 そんなルドルフを前に、テイオーが喫茶店の入り口でうろうろしている。

 話しかけたいが、オフの彼女に突撃するのもどうかと思っているのだろうか。

 

 すると、こちらに気が付いたのかルドルフの耳がぴこんと跳ねる。

 俺達の方を見て、右手でちょいちょいと手招き。来ていいって事かな? 

 

 それを見たテイオーが、速攻で喫茶店に入っていった。行動が早すぎる。

 俺達の買い物は、いったん中断する事になりそうだ。

 

~~~~~~~~

「やぁ、久しぶりだね。スターゲイザー」

 

 喫茶店に入った俺達は、ルドルフの連れというていでテーブル席に案内された。

 彼女と向き合う形で、俺とテイオーが座る。

 

 ルドルフとこうして話すのは、彼女の言う通り大分久しぶりだ。

 前にしっかり話をしたのが、テイオーと模擬レースをセッティングした時だから……十ヶ月くらい前? まぁお互い会う機会も無かったし、こんなものか。

 

 テイオーからはずっと、ルドルフの話を聞いているけど。

 

「何か頼むかい? ここはコーヒーが有名なお店でね。私お気に入りの喫茶店なんだ」

 

 ルドルフに言われたので、メニューを見てみると多種多様なコーヒーの名前がずらーっと並んでいた。

 コーヒーってこんなに種類あるのか…… 

 

 俺はコーヒーは飲めないことはないけど、好んで飲むほどでは無いかなって感じだ。

 とは言っても、何も頼まないのもあれだし適当にコーヒー頼んでみようかな。

 

「ボク、この期間限定のはちみつパフェで!」

 

「カロリー大丈夫か……?」

 

「ト、トレーニング増やすからっ!」

 

 そのトレーニングを考えるのは俺なんですけど。チョコも貰ってたし、あれ全部食べるとなるとカロリーがとんでもない事になりそうだ。

 

()()の摂りすぎで、()()トレーニングは厳しめになりそうだな、テイオー」

 

 ……え、今なんて? ルドルフがダジャレ言ったように聞こえたんだけど。

 

 隣に座っているテイオーに目配せすると、こくりと頷かれた。

 どうやらこれが割とデフォルトらしい。

 

 なんとか注文し終えて、待つこと数分。

 店員さんがパフェとホットコーヒーを運んできてくれたので、砂糖の用意をしておく。

 ブラックは飲めないので、角砂糖二つを投入する。ミルクとかはあんまり入れない方がいいらしい。

 

 息を吹きかけてコーヒーを一口。……正直よく分かんないな。

 

 少し高めのコーヒーだったので何とか味わっていると、テイオーがパフェを頬張りながら質問をした。

 

「そう言えば、カイチョーはなんでここにいるの? いつもは生徒会室にいるよね」

 

「いや、最近働きすぎだとエアグルーヴに言われてしまってね。追い出されてしまったよ」

 

 ルドルフが苦笑いしながら答える。

 まぁ、働きづめなのは良くない。学生でここまで働いているのは、ルドルフくらいじゃないだろうか。

 

「後は……今日はバレンタインだから、かな」

 

「あー…… カイチョーのとこ凄そうだもんね」

 

 彼女たち曰く、この時期になると生徒会室がチョコで埋まるのだそう。

 シンボリルドルフにエアグルーヴ、ナリタブライアンという錚々たる生徒会メンバーは、チョコが集まるのも納得のメンツである。

 貰ったチョコを放置するわけにもいかないらしく、常温保存や冷蔵保存とかに分ける作業もするらしい。

 

 手紙とかが付いていると、一つ一つ読むらしいのだから本当に真面目だ。

 

「私が生徒会室にいたら、また雪崩れ込むかもしれない。だから、少し変装してトレセン学園から離れているんだ。簡易なものだが、しないよりマシだろう」

 

 片手に持っていたカップをゆっくり置きながら、ルドルフはそう語った。

 彼女の「ふぅ……」と吐いた息を皮切りに、しばらくの間、喫茶店特有の静かな時間に浸る。

 

 そういえば、父親がコーヒー好きだったな。よく分からない機械と共に、コーヒー豆が置かれていた気がする。

 

 少しばかり家族の事を思い出していると、カツンとガラスと金属が触れる音が響く。

 音が出た方向に耳を向けると、テイオーがパフェを完食したみたいで、暇そうにメニュー表を眺めていた。

 ルドルフがそれを見て「ふふ」と微笑みながら、口を開いた。

 

「ところで…… テイオー、最近のレース成績には目を見張るものがあるな」

 

「ふっふーん! ここまで無敗だからね! 凄いでしょ!」

 

「うむ、才気煥発……これからも期待しているよ」

 

「任せてよ! ボク達は強いからね!」

 

 ふふんと、胸を張ってテイオーが自慢する。

 

 ルドルフはずっと、テイオーの事を気にかけているんだな。

 テイオーは、ルドルフに宣戦布告したはずなのだが…… こうして見ると微笑ましい先輩と後輩にしか見えない。

 

「いつか────私に牙が届くことを楽しみにしているよ」

 

 一瞬で、雰囲気が変わった。レース前のウマ娘のような、ビリっとした空気感。

 いや、それ以上。それこそまるで、皇帝のような──

 

「あ、いや、すまないね。驚かせるつもりは無かったんだ」

 

 ルドルフが謝罪をしてふっ、と元の柔らかい状態に戻る。……ちょっと怖かった。

 

 少しバクバクしている心臓を落ち着かせながら、目線を上に向ける。すると、店内の時計が目に入った。

 確認してみると入店してから、既に一時間程度過ぎていたらしい。

 時間帯的に、そろそろお店にいかないと帰るのが遅くなってしまいそうだ。

 

「テイオー、そろそろ行こうか。遅くなってもあれだし」

 

「あ、うん。……ばいばい、カイチョー!」

 

 少し放心していたらしいテイオーの肩を、ぽんぽんと叩いて帰る準備をする。

 お会計はルドルフが「持つよ」と言ったが、流石に払わせられないのでなんとか断った。

 

 テイオーが先にレジの方に向かったので、俺が後を追おうと立ち上がると、ルドルフに呼び止められた。

 

「テイオーを、よろしく頼むよ」

 

「言われなくても」

 

~~~~~~~~

 別れ際の挨拶をルドルフと交わして、喫茶店を後にする。

 少しの時間移動すると、テイオーの言っていたお店に辿り着いた。

 

 どうやらケーキのお店らしく、ショーケースにずらりとスイーツが並んでいる。

 バレンタインフェアをやっていた為か、チョコ系のケーキが多かった。

 

 その中からテイオーに好きなケーキを一つ選んで貰い、購入。

 ショコラショートケーキを箱に包んで貰い、丁寧に持ち帰る。

 

 すっかり日が落ちた道を歩きながら、トレセン学園の寮に帰寮した俺達は、玄関で別れを告げて各々の部屋に戻った。

 チョコは俺の部屋に置きっぱなしなのだが、テイオーにお願いされたのでここで保存しておくことにする。

 

 一人しかいない部屋だし、スペースには余裕あるしな。部屋の冷蔵庫に入れるだけ入れておこうか。

 

 そう思いながら自部屋への道を歩いていると、後ろから声が聞こえた。

 

「あ、あのっ!」

 

 振り向いて確認すると、トレセン制服を着た黒毛のウマ娘がどこか緊張した様子で立っていた。

 手を後ろに組んでおり、落ち着きが無くもじもじしている。

 

 何か俺に用があるのか……? 

 

「こ、これっ! バレンタインのチョコです! お、応援してます! これからも頑張ってくださいっ!」

 

 そう言って、全力ダッシュでどこかに走り去ってしまう。

 漫画だったら、「ばびゅん」なんて効果音が付いたのだろうか。凄い逃げ足だった。

 

 状況が理解できずに、ぽかんとしてしまう。

 だが、手に残った贈り物だけが今の出来事は現実だと証明していた。

 

 部屋に戻った後、彼女に貰った物を見てみると、随分綺麗にラッピングされている。

 なるべく傷つけないように中身を出すと、また可愛らしい箱が出て来た。

 

 テーブルの上に置いて、箱の蓋を取り外してみる。

 中身は……チョコでコーティングされた、ホタテ貝のような形の焼き菓子が複数個入っていた。マドレーヌかな? これ。

 

 形が不揃いだから、多分手作りだと思うし……

 なんかこう、俺の為に作ってくれたと思うと、自然に頬が緩む。

 

 そんなマドレーヌを箱から一つ取って、口の中に入れる。

 歯を立てると、ふんわりとした食感が伝わって来る。

 その後に、周りに付いたチョコと、うっすらと感じるはちみつとレモンの風味が舌に溶けていった。

 

 ……美味しい。

 

 この絶妙な甘さは、きっと作ってくれたウマ娘の気持ちも入っているのだろう。

 

 俺はぐっと背伸びしながら、気持ちを切り替える。

 

 わざわざ応援してくれたウマ娘だっているんだ。これは、やる気を入れてトレーニングメニューを考えなくては。

 

 俺の役目は、テイオーを勝たせる事。

 

 

 きっとあの子だって、彼女の活躍を見たいだろう。

 そう考えると、どこかいつも以上にやる気が出る。

 

 

 その日は、貰ったチョコのおかげで頭が回ったのか。

 かなり作業が捗って、いつもより集中する事が出来たのであった。

 


 すっかり人の気配が無くなったとある道を、彼女は一人で歩く。

 

 人工的な光が煌煌と、その道を照らす。

 

 歩を進めていると、どこからかガサガサと聞こえる音。

 

「にゃぁ」

 

 びくりと尻尾が跳ねてしまったが、その正体は黒猫。

 首輪も付けていない為、野良猫だろうか。

 

「ふふ……君も迷子かい?」

 

 彼女の質問に、黒猫は「にゃぁ」と答える。

 暗い背景に対して、琥珀色に輝く目がじっとこちらを見つめてくる。

 

「そうか…… 私も一緒だよ」

 

 そう呟いた言葉は闇に溶けて、消える。

 

 この道は、一方通行。真っすぐ素直に進めば、迷子なんてありえない。

 

 だが、彼女は間違いなく迷子だった。

 

 前に進む事しかできない。後には振り返れない。

 これを迷子と呼ばずして、なんと呼ぶべきか。

 

 彼女が空を見上げると、綺麗な半月がくっきりと見える。

 

 その光に照らされた彼女(ルナ)は、地に影を落とす。

 

 欠け堕ちた(ルナ)は征く。

 

 月の裏は、今はもう見る事が出来ない。

 




こんにちはちみー(挨拶)

今日でスターゲイザーが生まれてから、半年経ったそうです。
時の流れは早いですね。
文章も最初よりかは、大分マシになったと思います。

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15.青空

 勝負服。

 それは、ウマ娘が着用する晴れ着とも言える服の事だ。主に、G1レースの大舞台で着用する為、勝負服を着て走るだけでも憧れの対象になっていたりする。

 また、一見走りにくそうにも見える衣装だが、ウマ娘達にとっては凄い力がみなぎるらしい。どういう原理なのだろか。

 

 俺の担当ウマ娘こと、トウカイテイオーも、G1レースに出るならば勝負服が必要になってくる。

 勝負服は基本特注で作られており、ウマ娘側がデザイナーに要望を最初に出すのが普通だ。

 

「テイオー。そろそろ、勝負服の案を提出したいんだが……」

 

「もう? ボクまだG1出走決まって無いよ? 絶対出れると思うし、勝つけどさ」

 

 いつものトレーニングが終わり、俺の部屋でごろごろしてたテイオーに声をかけた。

 最近何故か、ミーティングが終わっても結構ギリギリまで俺の部屋に居座る事が多い。

 別に何かするわけでも無く、俺のベッドに寝っ転がりながら、携帯を弄っていたりするだけなのだが。

 

 そんなテイオーは現在、レース成績が三戦三勝。

 次に控えている若葉ステークスに勝利、または二着であれば、皐月賞に出走することが出来る。

 

「確かに、まだ決まって無いけどな。すぐ作れるわけじゃないし、早めに要望出しておきたいんだよ」

 

「あー、あれ特注品だもんね」

 

 彼女がどこか納得したような声をあげる。

 

 皐月賞まではまだ二か月近くあるが、どうせなら妥協せずにしっかりとデザインを詰めたい。

 基本、一人のウマ娘に対して勝負服は一着だ。ずっとG1レースで着る事になるのだから、納得のいくものを着たいだろう。

 

「要望と言っても、簡単な物でいいぞ。例えば、かっこいい系とか可愛い系とか。色は何を使いたいとかな」

 

 デザインの案を出すと言っても、こっちは素人だ。俺も流石に、服のデザインを一からする事は出来ない。

 なので、希望を提出してデザイナー側が判断。いくつかのラフが送られてきて、それに基づいてやり取りしていくのだ。

 

 テイオーに似合いそうな勝負服か…… かっこいい系のズボンでも似合いそうな気がするが、ふりふりのスカートでも合いそうな気がする。

 

 テイオーにそう質問すると、ベッドから体を起こして俺の方に視線を向けて口を開いた。

 

「白。白のベースの勝負服がいい」

 

 即答だった。

 まるで最初から決まってたみたいな食いつきっぷりに、少し驚いてしまう。

 

「白か…… 真っ白の勝負服?」

 

「真っ白じゃなくてもいいけど…… なんかあと一色くらい欲しいよね」

 

 白に、あと何かの色か。

 テイオーに合いそうな色で…… テイオーのイメージとなると……

 

 誰もを魅了してしまうような走り。どこまでも、走り抜けて行けそうなそんな……

 

「空……雲。……青色とかどうだ?」

 

「白が雲で、青が空って事? いいじゃん!」

 

 テイオーからお褒めの言葉を貰った。

 自分で思いついた事ながら、青空とテイオーはぴったりな気がする。

 

 青空のように、どこまでも広く。

 雲のように、どこまでも自由に。

 

 そんな表現が彼女の走りに、しっくりくる気がする。

 

「取り敢えず色は決定でいいか? 後はデザインとかだが」

 

「うーん、そっちは特に無いかな…… ほら、ボクなんでも似合っちゃうし!」

 

 本当にそうだから困る。

 

 となると、色のベースだけ伝えて、複数のラフデザインからしっくり来たもので決めるか。

 

 俺はPCに今出た案をメモに書き込んで、保存しておく。明日、綺麗に纏めて提出しよう。

 

 お互いに勝負服のアイデアを出し合った後、特に何も無かったので解散となった。

 勝負服の原案を見るのが楽しみだな。

 

~~~~~~~~

 案を提出してから約一週間後。思った以上に早く、勝負服の原案が届いた。

 ファイルを見てみると、画像が複数枚並んでいるのが確認できる。

 すぐにでも見たい気持ちを抑えて、放課後になるのを待つ。

 その日の仕事はどこか手付かずで、全く集中出来なかった。

 

 それでもなんとか仕事をこなし、放課後。

 練習前にテイオーを部屋に呼んで、一緒にデザインを見る事にした。

 

「すっごい! ホントにどれもいい感じの勝負服しかないじゃん!」

 

「これでラフらしいぞ。プロって凄いな……」

 

 そこにはラフとは思えないほどの完成度を誇った、勝負服のデザインが並んでいた。

 どれも白を基調とし、青が散りばめられているのには変わりないのだが、服の形が全て異なっている。

 

 ワンピースタイプからスーツ風、更にはめちゃくちゃ露出高い物まで。

 これ水着では? 流石にこの露出高いのはやめておこう……

 

 テイオーが目を輝かせながら、PCの画面を見つめている。

 まるで、新しいおもちゃを貰った子供ようだ。

 

「このジャケットもいいよね! でもこのズボンもかっこいいし、こっちのレーススカート風のも可愛い!」

 

 いつもより数倍大きい声量で、テイオーがわいわい騒ぐ。

 PCを机に置いて一緒に見てる為、俺が座っている椅子の後ろに彼女がいるこの状況。

 かなり、耳に来る……! 

 

「テイオー……ちょっと、声量下げて……」

 

「へ? ご、ごめん……」

 

 まぁはしゃいでしまう気持ちも分かる。

 自分の為だけに作る、世界で一着しかない服なのだ。

 

 俺も俺で、着る訳ではないのに、内心かなりワクワクしていた。

 テイオーがこれらの勝負服を着て、走る姿を想像するだけで気持ちが高まる。

 

 とは言っても、本当にどれも完成度高いな……

 この中から一つ選ぶの、なかなか難しいのでは。

 

「うーん、これどれもいいんだけど…… 悩む……」

 

 それはテイオーも同じ意見みたいで、うんうん悩んでいた。

 

 そのまま一緒に画面を見つめて数十分。

 これもいいけど、こっちもいいを繰り返し、手詰まり感が出てしまった。

 

「……ねぇ、トレーナーはどれがいいと思う?」

 

「……俺?」

 

「直感でもいいからさ!」

 

 そう聞かれて、もう一度全てのデザインを見返す。

 全ての案がいい。いいのだが……本当に直感で選ぶなら……

 

「これかなぁ……」

 

「フレアスカートとTシャツ風の奴? 大分普通だと思うけど……」

 

 俺がPCに映したのは、多分この中だと一番「無難」に見える案だろう。

 白の基調の上に青がシャツとスカートに配色されており、黄色と青の雷のような線が中央に。そして、首元にピンクのスカーフが巻かれている。靴はブーツ風の形だ。

 

「なんていえばいいかな…… これが一番テイオーにしっくり来た、みたいな感じ……」

 

「なにそれ。でも、なんかいいじゃん。ボクも凄いしっくり来る気がする」

 

 本当に理由なんてあやふやなのだが、これが一番テイオーに似合うと思ったのは嘘ではない。

 目を瞑った時に、この服を着て走るテイオーが瞼の裏に浮かんだ……というのが正しいだろうか。

 

「よし! これで決まり! トレーナー、この案で行こう!」

 

「分かった。このベースで提出しとくぞ。後はもう一度綺麗になったのが届くから、それで最終調整だな」

 

「りょーかい!」

 

 テイオーがぱんと手のひらを叩いて、ご機嫌そうにPCから離れる。

 尻尾はぶんぶんと音が聞こえるほど揺れており、テンション高めだ。

 

 俺はメールを立ち上げて、感想とお礼の一文を書き、確かに送信ボタンを押した。

 

~~~~~~~~

 数日後。一度目の返信よりも早く、修正案が来た。相変わらず仕事が早い。

 

 前回と違って届いた時間が丁度練習後だった為、直ぐにテイオーと確認することが出来た。

 PCに届いたメールを開封し、ファイルの中身を確認する。

 

「うわぁ…… 凄いね、これ」

 

「あぁ…… 凄いな」

 

 お互いから感嘆の息が漏れた。

 ラフとほぼ形は変わらないのにも関わらず、確かにテイオーの勝負服が「そこ」にあった。

 

 原案より数倍綺麗で、キラキラしている。言葉が出ない。

 

「ふわぁ…… これ、ボクのなんだよね。ボクの為の勝負服なんだよね」

 

「テイオーの為の勝負服だ。これでG1レース走れるんだぞ」

 

 ウマ娘にとって一つの憧れでもある勝負服。

 それをテイオーがこれから着て走れると考えると、ここまで一緒に頑張って来たかいがあるというものだ。

 

 勝負服のデザインは装飾品も、一つ一つ丁寧にデザインされており、デザイナー側の仕事っぷりが分かる。

 手袋が左右で色が違うのか。これはこれでかっこいいな。

 

 ほぼ文句のつけようが無いと言っていいだろう。

 でも……なんか。なんだろう。

 

「なんか、足りない……?」

 

「テイオーもそう思う? だよな……」

 

 実際、100点満点なら95点はあるのだ。

 だが、なんとも言えない物足りなさが、心の中にある。

 

 妥協しないと決めた以上、この不満足感を解消したいのだが……

 何が足りないのだろう。

 

 俺がもう一回デザインを見返して、意味のない拡大縮小を繰り返す。

 テイオーが着ている姿を想像してもみたが、充分すぎるほど似合っている。

 

 やっぱり、このままでもいいのか……? 

 

「あっ、分かった」

 

 俺が頭をひねらせていると、テイオーが何か理解したかのように呟いた。

 彼女が、びしっと画面を指差す。

 

「マントだよ! カイチョーの勝負服みたいな赤いマント!」

 

「なる、ほど?」

 

 カイチョー──シンボリルドルフの勝負服は軍服のイメージに赤いマントが特徴的だ。

 その立ち姿が皇帝の異名に相応しい物だろう。

 

 だが、テイオーが赤いマントを着るとなると話は別だ。

 確かに彼女にとって、憧れの対象であるルドルフだが、勝負服までその要素を引っ張るのはどうなんだ……? 

 

 ルドルフは、超えなければいけない壁なのだから。

 

「うん、分かってる。だから、この赤いマントはセンセンフコクだよ」

 

「……」

 

「カイチョーがボクの後ろにいるんだぞ! って。カイチョーが出来なかった事、ボクたちが達成しちゃうよ! って、センセンフコク」

 

 なるほど…… 彼女が理解して、理由があるのなら、俺がとやかく言う必要も無いな。

 言われてみて思ったが、この勝負服にマントがあるとなると、しっくり来る気がする。

 

 最後のピースがかっちりハマった感覚。これなら文句なしの100点だろう。

 

「カイチョーとお揃いにしたいって、気持ちが無いわけじゃないけど……」

 

 正直だな。

 でもこれくらいが、テイオーらしくて丁度いい。

 

「ならマントを付けて欲しい、って送っておくな。多分次届くとしたら、イラストじゃなくて本物が届くと思うぞ」

 

「ホント!? 楽しみだな~」

 

 テイオーが、その場でたたんとステップを踏んだ。明らかに浮ついているのが分かる。

 

 なんか軽くダンスまで踊り始めたテイオーを横目に、俺は纏めた意見をもう一度、メールとして纏める作業に移った。

 

~~~~~~~~

 それから約一か月が経った。

 マントのデザインのやり取りや、テイオーの身体測定など、連絡を取り合う機会があったが、軽く調整するといった感じだ。

 

 そして、ようやく。

 

「トレーナー、早く開けてよ!」

 

「はいはい…… 丁寧に開けるからな」

 

 後ろにいるテイオーからの圧力を感じながら、綺麗に包装された段ボールを開ける。

 これは今朝、俺の部屋に届いたテイオーの勝負服が入った箱で、それこそ待望の物だった。

 

 それを朝彼女に連絡した所、『今すぐ行く』と学園にいるのにも関わらず突撃してきそうになったので、なんとか説得して放課後まで待ってもらった。

 

 俺も俺で早く開けたかったから、お互い様ということで……

 

 テープを剥がして、蓋を開ける。

 中にはしわも無く、ぴっちりと袋に収まった勝負服が入っていた。

 

「これがボクの勝負服…… ねぇねぇ、着てみていい?」

 

「勿論。その為の勝負服なんだから」

 

「やった!」

 

 テイオーが、ぴょんとその場で跳ねる。

 着地した後、自分の制服のリボンに手をかけて、脱ぎ始めちょっと待って。

 

「俺外に出るから…… 着替え終わったら呼んでくれ」

 

「え? 変なトレーナー」

 

 俺の良心が、なんか着替えを直で見るのは、良くないと警告してきた。

 あれでもお風呂とか一緒に入ってるし、今更か? 

 

 少しもやもやしながら、ドアを開けて逃げるように部屋から一旦出た。

 

 外で待つこと数分。

 中から「着替え終わったよ!」とテイオーの声が聞こえたので、部屋に戻る。

 

「ふっふーん! どう、トレーナー? 似合ってる?」

 

 びしっと足を伸ばして、ポーズを取っている、勝負服姿のテイオーがそこにいた。

 その場でくるりとターン。スカートがひらりと舞い、後ろ姿まではっきりと見え、赤いマントがばさりと広がる。

 

 イラストデザインに届いた通り、白がメインで青と黄色が散りばめられている。

 手袋やマントといった装飾品も、違和感なく溶け込んでおり、良く似合っていた。

 

 これを着てテイオーがレースするのか……! 

 

「うん、凄い良く似合ってる」

 

「でしょでしょ~? G1レース中はボクが一番目立っちゃうな~」

 

 彼女が少し調子乗った発言をするが、実際その通りかもしれない。

 

 青空をイメージした彼女の勝負服。

 それが青いターフの上を走るのだから、対比で綺麗にはえるだろう。

 

 今からでも彼女がG1レースを走るのが楽しみで仕方ない。

 

「ならその為にも、次の若葉ステークス。勝たなきゃな」

 

「勿論! ボクも早く、これ着てG1レース走りたいよ!」

 

 俺達にとって大事なレース──若葉ステークスは、勝負服の存在により更に気合が入ったのであった。

 

~~~~~~~~

『トウカイテイオー速すぎる! 二着に二バ身差を付けて、今ゴールイン!』

 

 その結果。

 三月中旬。皐月賞と同じ舞台で開催された「若葉ステークス」、芝、2000m、右回りは、あっさりとテイオーが勝利をもぎとって、幕を閉じた。

 

『この子に敵うウマ娘はいるのか! 皐月賞が今から楽しみです!』

 

 敵無し……なんて言うのはおこがましいかもしれないが、それくらい今のテイオーは強い。

 

 が、対策は勿論する。テイオーが出来ない事をやるのが、俺の仕事であり、役目だ。

 

 ゴールした後。ターフの上で手を振っているテイオーに対して、俺は手を振り返しながら、また一層気合を入れた。




こんにちはちみー(挨拶)

最近、一話と二話の文章表現を修正しました。
読み返してみると、面白いかもしれません。

よろしければ感想評価お気に入りお願いします。作者のモチベに繋がります。


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16.宣言

記事風のテンプレは「TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか」の作者様に許可を取って、提供して頂きました。ありがとうございます。



 そこは真っ白な場所()()()

 

 こちらの世界に来てから時々見ていた、夢。

 だが、今回はいつもと違った。

 

 白色の空間は、透き通るような綺麗な青色に。

 全く動きが無く地平線まで広がっていた世界には、雲のような半透明の物体が存在し、漂っている。

 青と白のコントラストが映える空の下、俺はそこにぷかぷかと浮かんでいた。

 

 夢の中だから、なのだろうか。

 何もしていないのに、どこか心地よく、落ち着く。

 

 前回、この夢の中にいたときは「視覚」「皮膚感覚」以外は無かったが、今回は「聴覚」も「嗅覚」も感じられ、更に喋る事も出来る。

 耳や尻尾も揺らす事が出来るため、スターゲイザーの体としてここにいるのだろう。

 夢だと分かっているのに、どこか現実じみた世界。

 

 いつもなら謎の少女──栗毛のロング髪のウマ娘が出てくるのだが……

 

「夢の中だけど、眠いな…… これ、このまま寝たらどうなるんだ?」

 

 心地よさに揺られて、目を閉じてしまってもいいかもしれない。

 

 そう思った次の瞬間────空が割れた。

 

 比喩とかでは無く、目の前に突然ひびが入り、金属がきしむような音が聞こえる。

 空いた穴からどろりと、液体とも固体とも言えない、その中間点のような物質が漏れ出す。

 空間が捻じれ、「青」と「白」の色に「黒」が混入する。

 そして、その謎のモノは先ほどまで鮮やかだった空を黒く、黒く染めあげた。

 

 突然起こった出来事に困惑していると、上のほうからどこかで聞いた事のある声が響く。

 

 

「オイテ、イカナイデッ……」

 

 

 それが聞こえた瞬間────体が落ちた。

 

 突然重力の存在を思い出したかのように、下に引っ張られる。

 右手を何か掴むために上に掲げるが、その思いは空を切るのみ。

 地面があるかも分からないのに、いつまでも。いつまでも落下していくような感覚に──

 


「──っつ!!!」

 

 目が覚めた。

 慌ててベッドから体を起こして時計を見ると、時間は朝の四時。

 まだいつもの起床時間までは時間はあるし、朝練するウマ娘にしても早い時間だ。

 

「……」

 

 春も近づき、過ごしやすい時期になったにも関わらず、俺の体は冷や汗をかいていた。

 汗を含んで肌触りが悪くなった布団を蹴り落とし、ベッドから這い出る。

 

 これはシャワー浴びたほうがいいな…… 二度寝も無理そうだし……

 

 ふらふらと自室に設置しているシャワールームに入って、パジャマを乱雑に脱ぎ捨てる。

 いつもより温度を下げた水を浴びると、意識がクリアになっていく感覚がした。

 目が覚めて汗が流れると同時に、心に残るどろりとした何とも言えない感情が湧き出る。

 

「……ごめん」

 

 誰に向けたのか。

 自分でも分からない謝罪の言葉は、水の音と共に一人きりの部屋に消えた。

 

~~~~~~~~

 四月。

 空気は暖かくなり、桜も見ごろを迎えて、トレセン学園前の景色もピンク一色に染まる。

 花びらが漂う陽気な日に、俺はトレセン学園内を散歩していた。

 

 この時期はトレセン学園も、入学式の準備とかで忙しいため、色々な人が慌ただしく動いていた。

 俺は特に急ぐ仕事もないので、こうして気分転換に散歩しているわけだが。

 寮から出て、敷地内を少し歩いていると、目の前に三女神像と呼ばれている噴水が見えた。

 

「あれから、一年か……」

 

 そういえばテイオーとここで出会って、もう一年も経過したのか。

 思い返せば毎日が濃くて、あっという間に月日が過ぎていった気がする。

 

 ここで初めて会った時、めっちゃ驚かれたな。「ええええ!?!?」なんて叫んでいたっけ。

 そこから選抜レースを見て…… テイオーの走りを初めて見た時、魅了されたけど危なさも感じた。

 その後、ルドルフと模擬レースして、テイオーに敗北を教えたな。少し大人気無かったかもしれないが、あれがあったから今の俺たちがいると思うと、ルドルフには感謝してもしきれない。

 目標を決めて、練習して、レースして、ライバルとも戦った。順調に勝ち進んで、もう次は皐月賞だ。

 

 外に出て、色々な景色を見れた。

 トレーナーになって、ようやく俺の世界は色づき始めたのかもしれない。

 

 ────そっと、過去に蓋をしたくなるくらい。ここは魅力に満ち溢れていた。

 

 ざぁっと少し強めの風が、俺の頬を撫でる。かなりの強風だったため、俺の頭に被っていた帽子が飛んでいってしまった。

 

 俺の白い髪が露わになってしまう。やばいと思い、直ぐに帽子を拾おうと後ろに振り向く。

 

「っと。あれ、トレーナーこんなところで奇遇だね」

 

 後ろから、聞きなれたいつもの声がする。

 視線を向けると、テイオーが飛んでいった俺の帽子をキャッチして、くるくると指で遊んでいた。

 

「はい、これ帽子」

 

「ありがと。……いや、返してくれない?」

 

 何故か、テイオーは素直に帽子を渡そうとしてくれない。

 手を出したら、帽子を上にひょいとあげられて持ち上げてしまった。

 あの、落ち着かないから返して欲しいんだけど……

 

「ねぇ、トレーナー。そろそろ帽子取る気ないの? 外に出るときは絶対被ってるけど」

 

「もうずっと被ってるからな。無いと逆に違和感感じるんだよ」

 

「えー、綺麗な髪なのに」

 

「……まぁ、そのうちな」

 

「! にっししー! しょうがないなぁ、返してしんぜよう!」

 

 テイオーが、持ち上げた帽子をそのまま雑に降ろして、俺の頭に被せてくる。

 ぽふんと頭に乗った帽子は、少し横にずれたがいつもの定位置に落ち着いた。

 帽子の位置を微調整しながら、テイオーを見ると、何が良かったのか。

 

 軟らかな目色で、どこか慈しむような雰囲気を纏い、静かに笑っていた。

 

 今までに見た事の無い、彼女の表情。俺は……その笑顔に見惚れてしまった。

 桜の花びらがひらひらと舞い散る道で、笑うテイオーは、まるで絵画のような美しさだ。

 

 ──あぁ、綺麗だな。

 

 ファウストだったか。「時よ止まれ、お前は美しい」という言葉がある。

 なんて、そう思ってしまうほど──

 

 その瞬間、携帯の着信音が鳴り響き、驚きのあまり俺の耳がピンと立ってしまう。

 おかげで、一気に現実に引き戻されてしまうような感覚に襲われてしまった。

 

「うわっと……誰だ。たづなさん?」

 

 ポケットから携帯を取り出し、画面を操作して電話に出た。

 ウマ娘が通話に出ると、耳に端末を当てられない関係上、スピーカーモードで対応する事になるので、基本声が外に響く事になる。

 今は近くにテイオーがいるが……聞いて大丈夫な内容か? 

 

「もしもし、スターゲイザーです。何か急ぎの連絡でしたか?」

 

「もしもし。あの、今お時間大丈夫ですか?」

 

「私は大丈夫ですが…… 近くにテイオーがいるので。離れますか?」

 

「いえいえ、テイオーさんがいるなら丁度良かったです! 一緒にお話聞いてもらえますか?」

 

 たづなさんにそう言われたので、テイオーに近くに来てもらうようにと、右手で手招きをした。

 テイオーは少し不思議そうな顔をしながら、ぴょこぴょことポニーテールを揺らして、俺の傍に近寄ってくる。

 

「もしもし。テイオーを呼びました。お話進めてもらって大丈夫ですよ」

 

「ありがとうございます! いきなり本題に入るのですが──」

 

 

 

「──皐月賞、クラシックレース最初の記者会見の日程が決まりました」

 

~~~~~~~~

 記者会見は、G1レースの前などに行われるウマ娘へのインタビューみたいなものだ。

 ファン投票で選ばれた、一番人気から五番人気までのウマ娘たちが、メディアからの取材を受け答えする、ファンたちにとって待ち望んだ事の一つだろう。

 テイオーは今回の皐月賞で一番人気に抜擢され、今世間から大注目のウマ娘になっている。

 ジュニア級のレースで無敗の四戦四勝。あまりエゴサしないため、実感が湧かなかったがかなり有名みたいだ。

 

 そんな記者会見をテイオーと一緒に受けるため、都内のホテルにトレセン学園手配の車で移動する。

 流石に、電車だと危ないからなのだろうか。

 黒色の車の後部座席に座り、テイオーと一緒に揺られていると、彼女がふと思い出したかのように質問してきた。

 

「そういえばさ。トレーナーはなんか話すの? てか、ボク何話せばいいんだろ」

 

「いや、今回は俺は話さないな。テイオーも、そんな難しい事考えなくていいぞ。質問に少し答えるくらいだからな」

 

 どちらかというと、今回は勝負服のお披露目会というものが大きい。

 しかも、クラシック級最初のG1レースの記者会見だ。

 シニア級のレースとは違い、あまり実力差を判断しにくい中での今回の人気投票。

 ファンもメディア側も、これからクラシック級に挑むウマ娘を見たいという気持ちが強いだろう。

 投票数は明かされていないが、噂によるとテイオーはかなりの票を集めたらしい。トレーナーとしても、担当ウマ娘が人気なのは嬉しい限りである。

 

 メディアも、ウマ娘側に注目してくれているのはありがたい。トレーナーは、付き添いみたいな感じだ。

 俺は、あんまり目立ちたくないからな……

 

 ──誰かに、見つかるわけでもないのに。ここまで過剰に露出を避けるのは、自分でも分からない。

 

「到着しましたよ! ここが今回の記者会見の会場です!」

 

 運転席から声が聞こえたので、窓の外を見るとそこには大きなビルが建っていた。

 ここのワンフロアを貸し切って、記者会見が行われるようだ。

 駐車場に止めてもらった車から降りて、運転手さんに控室まで案内してもらう。

 控室のドアをノックして中に入ると、そこそこの広さの間取りに、大きな鏡。そして、ゆったりとした黒いワンピースを着て、柔らかな雰囲気を纏った女性の方が、部屋の中に立っていた。

 えーっと…… どちら様だっけ……

 

「こんにちは。トウカイテイオーさんとそのトレーナーさんよね? 始めまして、今回テイオーさんのメイクを担当する安田って言います。よろしくね」

 

「こんにちは、今日は宜しくお願いします」

 

「よろしくー!」

 

 そういえばたづなさんが、メイクアップアーティストを頼んだって言っていたな。それが彼女なのか。

 化粧については、俺はあんまり詳しくないので、こうしてプロの方にしてもらえるのはとてもありがたい。

 一旦荷物を置いて、テイオーには区切られた場所にある更衣室で着替えてもらう。

 この前準備した、白を基調とした勝負服は、何度見ても彼女に似合っていた。

 

「それでは、お化粧していきますので。こちらに来てもらっていいですか?」

 

「はーい」

 

 安田さんの指示に従い、テイオーが鏡の前に設置された大きめの椅子に腰をかける。

 見たことないようなメイク道具を、黒の小さなカバンから取り出す安田さんを横目に、俺は部屋のソファに座った。

 ポケットから携帯を取り出し、アプリを立ち上げ、今回の記者会見の情報を確認する。

 

 この会場にいるのは五番人気のウマ娘までだが、それだけで実力を判断するのは危険だ。

 まだデータが少なく、ウマ娘の得意不得意がはっきりとしない中でのG1レース。

 どちらかと言うと、一番人気のテイオーがマークされるほうが、可能性としては高い。

 今回の皐月賞は、出走回避が無ければ十八人のウマ娘によるフルゲート。

 他の十七人のウマ娘から、テイオーが徹底マークを受けると考えると……正直ぞっとする。

 まぁ、そのために今まで策を講じてきたのだが……どこまで通用するか。

 

 そんな事を考えていると、テイオーの化粧が終わったのか、安田さんの声が聞こえた。

 

「はい、完成ですよ。テイオーさんは若いですし、ほんと軽めの化粧ですけどね」

 

「ねぇ、見て見てトレーナー! どう? 似合ってる?」

 

「おー…… 似合ってるぞ。流石だな」

 

「ホント!? もっと褒めてもいいぞよ~」

 

 軽めの化粧と言っていた通り、一見大きく変化してる部分は無いが、いつもと比べるとテイオーの表情がはっきりとしている気がする。

 彼女の明るさの中に少し大人っぽさを加えて、全面的にアピールする。そんな印象を与えるメイクだ。

 

 化粧一つでこんなにも違うのか……と感心して頷いていると、安田さんからとんでもない事を告げられた。

 

「それじゃあ、スターさんの化粧を始めましょうか」

 

「へ?」

 

 驚きのあまり、自分の口から少し変な声が漏れ出してしまう。

 自分の耳を疑ってしまうが、聞き間違いが無ければ今から俺の化粧するって言った? 

 

「はい、そうですよ。見たところ、何も化粧とかしてませんよね? いい機会だし、やってしまいましょう」

 

「え、いや……あの、えっと」

 

 自分に矛先が向けられるとは思っておらず、答えに詰まってしまった。

 というか今回はテイオーが主役だし、別に俺のほうはしなくていいのでは…… それに、俺がしたって意味無いと思うのだが……

 助けて欲しいという意味合いも込めて、テイオーのほうをチラ見する。

 それに気付いてくれたのか、彼女がにっこりといい笑顔で口を開いた。

 

「トレーナー、美人なんだしやってもらいなよ」

 

 逃げ場が無くなった。

 

~~~~~~~~

 さっきまでテイオーが座っていた椅子に、帽子を取って腰を降ろす。

 観念したとは言え、若干だが化粧に対して抵抗がある。

 何をされるんだ……? 

 

「はい、肩の力を抜いてくださいね。そんな怖い事しませんから」

 

 安田さんが、先ほどまでテイオーに使っていたメイク道具をもう一度机に机に広げる。

 その中からチューブを手に取って、肌色をした薬品らしきものを片方の手に絞り出した。

 

「それではまず、下地を塗っていきますね」

 

 安田さんが下地と呼んだそれが、おでこ、鼻、両頬、あごに塗られる。

 その後、下地を顔全体に、丁寧に指で広げられた。なんだか顔のマッサージをされているみたいだ。

 

「次、ファンデーションいきますねー」

 

 こんどはパフに粉らしきものをつけて、ぽんぽんと顔に馴染ませられる。

 反射的に目を瞑ってしまい感触だけが伝わるが、嫌な気持ちはしなかった。

 

「アイブロウとアイシャドウとかは軽くでいいかな…… なんか凄い綺麗ですし」

 

 安田さんが謎の単語を発した後、椅子を回転させられて、向かい合う形を取る。

 タッチペンみたいなもので眉の辺りをぐりぐりと弄られ、少しくすぐったい。

 目元も筆みたいなもので軽く触られて、何かを描かれる。

 

「最後にチークして、リップですよ」

 

 やっと大体の化粧の行程が終わったのか、チークと呼ばれたものを顔に塗られる。

 何度も顔に色々な物を塗られたが、世の中の女性はこれを毎日やっているのだろうか。お風呂でテイオーに色々と教わった時もそうだったが、やる事が多くて女性は大変だな……

 新品のリップをわざわざ開け、唇に塗ってもらって終わりになった。

 

「はい、お疲れ様です。とても似合ってますよ!」

 

 椅子を前に向けられ、自分の姿を鏡で見てみると、違和感ない程度に仕上がってるとは感じた。

 正直自分ではよく分らないが……変にはなってないだろう。プロの方がやってくれたしな。

 

 一息ついて時計を確認すると、記者会見の時間間近だった。そろそろ移動しなくては。

 

「安田さん、わざわざありがとうございました」

 

「いえいえー。インタビュー、頑張ってくださいね」

 

「頑張るのはテイオーのほうですけどね…… ほら、テイオー行くぞ。テイオー?」

 

 テイオーのほうに目を向けると、何故かぽーっと目を見開いて、感動したような表情を浮かべて固まっていた。心なしか、彼女の頬が赤い。

 ……大丈夫か? 

 

「……はっ! ト、トレーナーすっごい似合ってるじゃん! 毎日やろうよ!」

 

「いや、流石に毎日やるのは大変だから……」 

 

 今回はやってもらったが、自分から化粧する気は今の所無い。もう少し年を重ねれば、俺も化粧をするようになるのか……? 

 テイオーのお墨付きももらった所で、帽子を被り、控室から会見会場に移動するためにドアを開ける。

 

 さて……行くとしますか。

 

~~~~~~~~

 控室を後にして、ビル内の廊下を歩く。

 会場までは、そこまで離れているわけではない。距離的にはとても短いのだが、やたら視線が集まるのを感じる。……なんか落ち着かない。

 ドアの前につくと、一旦テイオーと別れて俺は後ろのドアから会場に入る。

 ウマ娘側は、司会のアナウンスと共に登壇するらしく、ここで順番待ちというわけだ。

 

 部屋の中に入ると、多くの人でごった返していた。がやがやと声が響いており、なかなかうるさく耳を絞ってしまう。

 一番前のほうにURAのロゴが背景にあるステージ、真ん中にメディアの人たち用のパイプ椅子が敷き詰められている。大きなカメラが有るのを見ると、これもテレビで放映されるのだろう。

 俺は、こぎれいに装飾された部屋の後ろにある関係者席に腰を降ろした。

 待つ事数分。司会らしき人がマイクの傍に近づき、電源のボタンを押したかと思うと、キーンというハウリング音が会場に響いた。

 

「お待たせしました! 只今より、皐月賞、出走ウマ娘記者会見を始めていきたいと思います!」

 

 司会の女性のはきはきとした声が、部屋全体に反響する。

 今まで喋っていた人たちも口を閉じ、一斉にステージのほうに目を向けたのが分かった。

 

「それでは登壇して頂きましょう! まず五番人気、イイルセブン選手! 四番人気、サクラコンゴオー選手です!」

 

 勝負服に身を包んだウマ娘が二人、入り口のほうから入場してくる。

 イイルセブンは、やはりどこか緊張しているのか、びくびくと震えながら登壇した。サクラコンゴオーのほうは……なんかめっちゃ笑ってるな。目も輝かせているし、場慣れしているのだろうか。

 ステージに上がったウマ娘たちが、カメラのフラッシュの光で照らされる。シャッター音だけでもかなりの音量だ。

 

「さて次に参りましょう! 三番人気、逃げが得意のシンクルスルー選手! 二番人気、この中で唯一のG1ウマ娘! ヒノキヤネカグラ選手です!」

 

 次に登場したのは、若駒ステークスで見たウマ娘の一人。テイオーの前で大逃げを披露した、シンクルスルーだった。彼女はテイオーに破れた後、G3とG2のレースで勝利を重ねている。またあの大逃げをされると、テイオーのペースを乱される可能性があるため、かなり怖い。

 ヒノキヤネカグラは朝日杯FSを勝利した、この中だと一人だけG1で勝利しているウマ娘だ。自信があるのか、かなり余裕を浮かべた目つきをしている。

 ホープフルステークスで勝利したメジロマックイーンが今回皐月賞に出走しないから、敵なしだと思っているのか? 

 

 ──メジロマックイーン。あのメジロ家の秘蔵っ子とまで言われており、実力も今のクラシック級ではトップクラスのウマ娘。テイオーと仲がいいという事もあり、俺が最も警戒しているウマ娘の一人なのだが……何故か皐月賞には出走しない。

 正直、彼女が出ないと聞いて、少しほっとしていた。が、それと同時に疑問も残る。

 皐月賞に出ないのはもっと別の所を見ているのか、あるいは──

 

「そして最後に登場するのはこのウマ娘! 現在四戦四勝! 一番人気、トウカイテイオー選手です!」

 

 司会の人の紹介が終わった瞬間、会場が一気にざわついた。

 俺も一旦考え事を中断し、視線を上にあげる。

 テイオーが入り口から、マントを翻しながら入場してくると、シャッター音が、先ほどまでのウマ娘の比じゃないくらい鳴り響いた。また、カメラのフラッシュの光が、彼女を白く照らす。

 流石に、あの量のフラッシュがたかれると眩しいと思うのだが、テイオーはそれを気にする様子を見せず、堂々とステージに登壇した。

 

「白を基調とした勝負服が似合っていますね。他のウマ娘の方も、ここで勝負服初披露の方が多くいます!」

 

 勝負服をまとった五人のウマ娘たちが、横一列にステージに並ぶ。その壮観な光景は、レースファンならば生で見たいだろう。かく言う俺も、かなり興奮している。

 ステージ上のテイオーは俺を見つけたのか、こちらのほうに向けてピースサインをして来た。全く緊張していないな……いつものテイオーだ。

 

「さて、これから各ウマ娘の意気込みを聞いていきましょう! G1レースに対する想いなどを、まずイイルセブン選手からお願いします!」

 

 イイルセブンの元に、係の人からマイクが渡される。

 大勢の人が見守り注目する中、皐月賞の記者会見が始まった。

 

~~~~~~~~

「────皐月賞、私が必ず勝利します。誰にも負ける気はありません」

 

「ヒノキヤネカグラ選手ありがとうございました! 続いては──」

 

 あれからつつがなく、記者会見は進み各ウマ娘が意気込みを語って言った。

 緊張の度合いは違ったが、どのウマ娘も共通しているのは「勝ちたい」という執念。

 どれだけ彼女たちが、このレースにかける想いが大きいのか分かる。

 そして、とうとう彼女の順番が回ってきた。

 

「──トウカイテイオー選手お願いします!」

 

 テイオーにマイクが手渡される。いつもの笑顔で受け取り、とんとんとマイクを叩いて音声が入っているかどうか確認している。

 彼女が目を閉じて「ふぅ……」と呟いた音がマイクにのった。

 

「皐月賞、日本ダービー、菊花賞。ボクは……いやボクたちは()()クラシック三冠を無敗で取る」

 

 会場内の時が止まった。

 テイオーが目を開いて発した言葉に、会場内がざわつく。「冗談でしょ?」と言いたげな顔を、ステージ上のウマ娘たちもしていた。

 

 それもそうだろう。

 無敗の三冠など、かの皇帝「シンボリルドルフ」しか達成出来ていない偉業だ。

 しかもそれを「まず」と言った。普通ならば、気でも狂ったのかと疑われてしまうような発言。

 だが……彼女は本気だ。

 

 テイオーがちらりとこちらのほうに目線を向けてくる。

 

 ──いいよね? 

 

 ──あぁ、大丈夫だ。

 

 俺は、首を縦に振り彼女に返事をする。

 テイオーはそれを確認できたのか、目をキッと細め、微笑んだ。

 

 その笑みは、いつもの彼女の人懐っこいものではない。

 誰かを威嚇するような、雷が奔るかのごとく、重厚感のある黒いオーラ。

 そのオーラは会場全体を包み込み、やがて音を消し去った。

 

 

 ──さぁ。

 

 

「そして……皇帝を超える、最強のウマ娘になる」

 

 

 テイオーの──いや俺たちの。

 

 

「無敵のテイオー伝説、ここからスタートだ!」

 

 

 ────新たな伝説を始めようか。

 


 

 

【皐月賞】トウカイテイオー、堂々の無敗三冠宣言!

4月×日 12:00 配信       134 

          

 

   

記者に向かって勝利宣言をする

トウカイテイオー選手

 先日行われた皐月賞の記者会見にて、トウカイテイオー選手がクラシック三冠制覇を宣言した。これで無敗の三冠を達成すると、かの皇帝「シンボリルドルフ」以来の偉業となる。

 

 今年の皐月賞のレース、トウカイテイオー選手に注目が集まる。皐月賞は4月〇日に出走。今年のクラシック級のレースからは目を離せない。

 

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こんにちはちみー(挨拶)

本当にお久しぶりの更新になってしまい、申し訳ないです。リアルが少し……

本題に入ります。
なんとこの作品のファンアートを頂きました!(5回目


【挿絵表示】


夜空にスターちゃんがかっこよく映えますね! イケメン……
イラストを描いてくださった「とりていこく」さん。本当にありがとうございました!感謝の五体投地。

さて、この作品もあともうちょっとで総評10000だそうです。
よろしければ、少し画面を下にスクロールして頂いて、評価、感想、お気に入り登録をしてくださると、とても励みになります!


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17.始動─皐月賞

 季節は春になり、どこからか暖かい風が流れ込んでくる今の時期。

 トレセン学園のウマ娘に「四月といえば?」と聞くと、十中八九「皐月賞!」と返ってくるだろう。

 クラシック級最初のG1レース。世間は走るウマ娘に夢を託し「クラシック三冠ウマ娘」が生まれるのを、今か今かと待ち望んでいるのだ。

 そんな「夢」に挑戦し──更に無敗の三冠になろうとしているウマ娘が、またここに一人。

 

「蹄鉄よし…… 勝負服よし…… ボクの準備もよし!」

 

「調子よさそうだな」

 

「もちろん! ボクにとって最初のG1レース、ワクワクしっぱなしだよ!」

 

 中山レース場の選手控室で、「無敗の三冠」の夢に挑むウマ娘がストレッチをしながら俺の話を聞いている。

 白と青を基調にし、赤いマントを携えた勝負服と共に揺れるポニーテール。

 いつも以上に元気な俺の担当ウマ娘──トウカイテイオーがそこにいた。

 

 今日は皐月賞当日。

 今までのOP戦とは違った緊張感が、肌を刺激する。それは控室に移動するまでにも感じられたのだが、彼女が気にしている様子はなかった。

 他のウマ娘とすれ違うたびに、ピリピリとしたプレッシャーを浴びせられ、俺のほうが少し疲れたんだが……

 そんなテイオーが、股を大きく開いて胸をペタンと床につけながら俺に質問してきた。

 

「……ところでトレーナー、今日の作戦ホントにこれでいいの?」

 

「ん? あぁ、作戦は昨日に伝えた通りでいいぞ」

 

「ふーん。まぁトレーナーが言うなら大丈夫だと思うけどさ」

 

 彼女がどこか納得したような返事をして頷く。その後、「よっ」と呟きながらストレッチをやめて立ち上がった。

 それもそうか。俺がテイオーに指示したことは、正直自分でも作戦とは言いにくい。

 だが、勿論意味無く指示したわけじゃない。テイオーなら、これで十分だと。信頼を寄せた上での作戦だ。

 

「じゃあ、そろそろ行くか」

 

「うん! ボクのレース、しっかり見ててよね!」

 

 部屋の時計の針に目を向けると、パドックへの入場時間に近づいている。

 俺達はドアを開けて控室を後にし、地下バ道に出た。春先だが少しひんやりとした風が吹き通り、キュッと身が引き締まる。そこにコツンと、蹄鉄が床を叩く金属音が反響した。

 

「いってらっしゃい、テイオー」

 

「いってきます! トレーナー!」

 

 テイオーの元気な声が全体に響き渡り、ピースサインを俺に向けてくる。

 いつものルーティンである「挨拶」をして、俺はテイオーを見送った。

 

~~~~~~~~

 中山レース場の収容人数は十五万人を超えると言われており、日本有数の大きさを誇る。

 その為、多くの観客が訪れても基本は席に座れないなんてことは無いが、今日は違う。

 G1レース、皐月賞が開催されるということで、辺りは人とウマ娘だらけ。いったいどこからこれほどの人が集まったんだ、と思ってしまうほどの人口密度だ。

 となると、「音」の面でもかなりの大きさを誇っている。がやがやとOP戦とは比べものにならないくらいの騒音が、四方八方から聞こえなかなかに耳が痛い。

 

 地下バ道を通って外に出た俺は、予約していた関係者席に移動していた。

 ここまで混んでいると、普通に座る場所を探すだけでも一苦労だな……

 俺はトレーナーだから会場のいい位置からレースを見れるが、普通に見に来た時の苦労は想像したくない。

 思えば、G1レースが開催されるタイミングでレース場に来たのは初めてか。肌からひしひしとその大きさを感じ取れる。

 人の間を縫いながら、なんとか予約した席に付き腰を下ろした。

 ただでさえ人混みに慣れていないのに、トレセン学園以上の規模に酔ってしまいそうだ。

 

「あら、やっといらっしゃいましたか」

 

 凛とした声が隣の席から聞こえる。

 視線を横に向けると、綺麗な葦毛のロングの髪にキリッとした目つき。高貴な雰囲気を醸し出している彼女は、まごうこと無きメジロ家の令嬢。トウカイテイオーの友達でもある、メジロマックイーンが椅子に腰を下ろしていた。

 ……両手にりんご飴を持ちながら。

 

「マックイーン……大丈夫なのか?」

 

「カロリーのことでしたら大丈夫ですわ! トレーナーさんから許可をいただきましたし!」

 

 俺はどちらかというと、威厳とかそっちが心配だな……

 真剣な表情でりんご飴を齧るマックイーンを横目に、パドックのほうに目を向ける。

 そこでは係員の人がせわしなく動きながら、ステージの準備をしていた。

 勝負服でのパドック入場を生で見るのは初めてだから、かなり楽しみだ。

 

「……ところで、私がここに呼ばれた理由をそろそろ聞かせて下さいませんか?」

 

 リンゴ飴を白い歯でがりがりと齧りながら、マックイーンが俺に問いかけてきた。

 

「質問に答える代わりに、関係者席でテイオーのレースを見ていい……と言われましたが、肝心の質問の内容を貴方から聞いていませんわ。何を企んでいますの?」

 

「いや企むとかそういうのは無くてな…… 単純に気になったことがあってな」

 

 今回、マックイーンをこの席に呼んだのは俺だ。本来であれば、特に関わりのないマックイーンはここには来れない。だが、俺の権限を活かして彼女をここに座って貰うことに成功したのだ。

 この話を持ち掛けたときに、彼女は少々疑うような顔を見せたが、関係者席ほどいい位置で生のレースも見れないと思ってくれたのか、なんとか許可を貰えた。

 

「俺が気になったのは……マックイーン。なんで皐月賞に出走しなかった?」

 

「……あぁ、そのことですの?」

 

 彼女が、少し気が抜けたような返事をする。

 メジロマックイーンは、既にG1レースであるホープフルステークスで勝利しているウマ娘である。

 実力を見れば、間違いなくクラシック級の中でトップクラス。皐月賞への出走権利はホープフルの勝利で十分のはず。

 その理由が分からず、今回交換条件の質問として持ちかけた、という訳だ。

 

「そうですわね…… メジロ家が天皇賞の連覇を狙っている。という話は聞いたことありまして?」

 

「あぁ…… マックイーンがそれを目標にしているとまでは聞いたことはあるな」

 

「なら話は早いですわね」

 

 彼女が持っていた飴を全て口の中に納め、こくりとのど元を動かす。そして、りんご飴のせいで赤くなった舌で口元を拭うと、ゆっくりと口を開いて答え始めた。

 

「……私の目標は天皇賞秋と天皇賞春の制覇で、クラシック三冠では無いですから。特に天皇賞春は距離3200mと国内G1レースで一番長いですわ。ステイヤーの私ですら長いと感じる距離」

 

「……つまり、皐月賞をスルーしたのはシニアまで見据えているからか?」

 

 マックイーンが苦笑しながら、「察しがよくて助かりますわ」と呟く。

 なるほど…… 皐月賞は距離2000m。ステイヤーとしての力を今鍛えてると考えるならば、ここでクラシックG1に挑戦するのは悪手かもしれない。

 

「正解ですわ、スターさん。自分のステイヤーの力を養うために、今は無理してG1レースに出るべきでは無いと。そういう判断をトレーナーさんといたしましたわ。それに、皐月賞に勝ってしまったら三冠を期待されてしまうでしょう?」

 

「……大した自信だな?」

 

「あら、テイオー相手でも勝ちますわよ?」

 

「うちのテイオーは強いぞ」

 

「ふふ、知ってますわ」

 

 もしメジロマックイーンが皐月賞に出ていたとしたら、俺が最も警戒したのは彼女だった。

 生粋のステイヤーと言いながら、その正体は無尽蔵のスタミナの貯蔵庫。持ち前のスタミナを活かしスパートを早める戦法を取れば、中距離も早いタイムで走り切れるだろう。実際に2000mのホープフルステークスを勝っているのが、何よりの証だ。

 

「あともう一つ…… これはあんまり他の人には伝えていないのですが」

 

 彼女が唐突に立ち上がり、柵に手をかけた。その紫色の目は、どこか遠くを見ているようで──

 

「……この世界には3200mより長いレースがあるようですわね」

 

「海外のレースでは4000mとかもあるらしいな。それがいったい……?」

 

「私が海外レースで勝利したら、メジロの名を世界に広めることが出来る。メジロの名を世界に羽ばたかせられる。……これが私の最終目標ですわ」

 

 彼女がくるりと回り、俺と向き合う形を取るとこちらの目をじっと見つめてくる。

 紫色に輝く目は純粋で──迷いが全く無かった。

 

 正直、驚いた。天皇賞連覇だけで無く、更にその先のことまで見ているのか。

 まるで長距離を走るかのように、盛大で長いスケジュールを立てているのが分かる。マックイーンがステイヤーというもあるのだろうか。

 これを支えている彼女のトレーナーも、かなりの理解があって寄り添っていると考えられる。

 

 ……テイオーは菊花賞にはマックイーンが出ると言っていた。

 今回の話を聞く限り、3000mの長距離に分類されるG1を出ない理由はないだろう。

 

 ──このままで彼女に勝てるのか? 

 何かを。何か、それまでに掴めればいいが……

 

「いや……」

 

 不安になっていっても仕方ない。

 今俺が出来ることを精一杯やって、テイオーを支えるだけだ。

 うちのテイオーは「最強」になる。絶対勝てるさ。

 

『さぁ! たいへんお待たせ致しました! 本日のメインレース皐月賞! 芝コース2000m、18人で争われます!』

 

 会場内に設置されたスピーカーから、実況の声が聞こえる。この会場に負けないくらいの、熱意の入った声だ。

 マックイーンとの話を中断し、関係者席の正面にある画面に映るパドックに目を向けた。

 

『まず一番人気を紹介しましょう! 8枠18番トウカイテイオー!!!』

 

 テイオーがパドックの入り口から、落ち着いた調子で入場してくる。ゆっくりと歩いて中央につくと、ばさりと上着を投げ捨てるパフォーマンスをし、観客に勝負服姿を披露した。

 その瞬間、会場全体からわっと歓声が上がり空気が震える。一番人気ということもあり、テイオーを応援しに来た人も会場には多いのだろう。トレーナーとしてはありがたい限りだ。

 

『ここまで無敗の四戦四勝! この皐月賞に勝利すれば、無敗の三冠伝説への切符を得る事が出来ます!』

 

「テイオーの調子は良さそうですわね……」

 

「今日の為に色々と調整してきたからな。疲労とかも残らないように」

 

「えぇ。ですが……」

 

 隣の席からぽそりと声が聞こえる。

 何かと思って見ると、どこか呆れたように彼女が目を細めて肩を落としていた。

 

「G1なのに全く緊張感が見えないの、逆に凄いと思いますわ……」

 

 そんな彼女の言葉通り、テイオーはステージの上でくるりと一回転してビシッとポーズを決めると、観客席の──俺のいるほうに手をぶんぶん振ってきた。

 ……まぁいつものテイオーだな。

 そのまま決められた時間までアピールすると、次のウマ娘の為に一旦ステージから降りる。

 その足取りは軽そうだった。

 

『次のウマ娘を紹介しましょう。次は5枠11番─』

 

 俺は一旦パドックを見るのをやめ、コースのほうに目を向ける。

 芝が青々と輝いており、馬場状態は良といったところだろうか。天気は晴れて空も青く、気温も地下バ道とは違って暖かい。まさに絶好のレース日和だろう。

 テイオーが能力を発揮するのに、十分すぎる環境だ。

 

「ところで、少し質問なのですが…… 今回、スターさんが一番注目しているウマ娘とかいらっしゃいますか?」

 

「俺が? そうだな……」

 

 テイオーと答えようとした矢先マックイーンに「勿論テイオー以外で、ですわよ」と付け加えられてしまい、少し考える。

 今回の作戦の関係上、テイオーには特にこれと言って伝えて無かったが……

 皐月賞は圧倒的にデータが少ない中でのレース。これだけの情報だけで判断するのは危険というか、ほとんど勘になってしまうところが大きい。

 それでも自分の目と得た情報、更に今行われているパドック入場を見て警戒するとしたら──

 

「……レグルスナムカかなぁ」

 

「理由をお伺いしても?」

 

「トレーナーとしての勘としか……」

 

 まぁトレーナーになって、一年とちょっとしか経って無いけどな。

 

 俺が注目したレグルスナムカは、聞いただけだと15番人気というどこかパッとしないウマ娘だ。だが、人気がそのまま実力に直結するわけではない。クラシック最初のG1レースだと尚更。

 パドックを見てみると、鹿毛のセミロングヘアに和服をモチーフにした勝負服を着たウマ娘が立っているのが見えた。集中しているのか、周りの様子を特に気にもせず、ぴりっとした雰囲気を醸し出しているのが分かる。

 

『さぁ、本バ場入場です! 誰が勝ってもおかしくない、クラシックレース最初のG1レースが幕を開けます!』

 

 パドックでのお披露目が終わり、ウマ娘達が本バ場入場のために移動し始めた。

 18人のウマ娘達が順番にゲートインしていく。テイオーは今回は8枠……右回りのため一番外枠だ。

 

『各ウマ娘ゲートイン完了。出走の準備が整いました』

 

「いよいよ……ですわね。テイオーの走り、見させていただきますわ」

 

「あぁ、期待してくれていいぞ」

 

『中山レース場、芝、2000m、G1レース皐月賞──』

 

 ゆうに10万人を超える観客がウマ娘達を見守る中で、静寂が訪れる。

 その一瞬、テイオーと目があったような気がした。

 ターフと観客席。遠く離れていても、彼女の覚悟が伝わってくる。

 

 なら俺は想いを託して、テイオーを信じるだけだ。

 

『──今スタートしました!』

 

 ガコンと聞きなれた音と共にゲートが開かれ、一斉に勝負服のウマ娘達がスタートした。

 観客席が音を思い出したかのように、歓声が一気に湧き上がる。

 

『ヒノキヤネカグラ、トウカイテイオー共に好スタートを見せています!』

 

「いいスタートですわね。今までのテイオーを考えると、逃げで先頭争い……でしょうか?」

 

「いや、今回は違うっぽいな」

 

 スタート直後のウマ娘達が、各々脚質に合わせたポジション取りを始めるのが見える。

 若駒ステークスで逃げを見せたシンクルスルーを筆頭に、四人の逃げウマ娘が先争いを始めた。が、その中にテイオーはいない。

 

『先頭争いする逃げウマ娘達から約二バ身差離れて、トウカイテイオーを中心とした五人のウマ娘達の集団が、五番手争いをしています!』

 

「あら……今回は前寄りの先行策ということですか」

 

 テイオーは実況の通り、逃げウマ娘達から離れて先行で位置取り争いをしている。

 第一コーナーを通過し、第二コーナーに向かうまでに、既にほとんどのウマ娘達がポジション取りを完了しており、大きな流れもないままレースが続く。

 逃げ、先行、差し、追い込みの集団が二バ身差程度離れて纏まっている状態だ。

 

「なるほど……テイオーは先行にしたか」

 

「なるほどって…… スターさんが指示したことですわよね?」

 

「今回のテイオーに言った作戦は『楽しく好きに走れ』だ。ポジションも全部テイオーに任せたよ」

 

「へぇ…… へ? 今なんておっしゃいました?」

 

 信じられ無いと訴えるような声が聞こえたので、マックイーンを見てみるとぽかんと小さな口を開けて固まっていた。

 そう、今回指示した作戦とも言えないというのはこれが全てだ。

 

 何も考え無しに指示したわけじゃない。

 今までテイオーのレースは、俺の作戦通りに走ってくれていた。

 つまり、一度たりとも「本来のテイオーの走り」を見せていない。

 テイオーは本来の脚質は先行…… 今まで逃げだった()()()()のウマ娘の脚質が急に変わったら? 警戒してるウマ娘が思った動きをしなかったら? 

 走ってるウマ娘達は混乱するだろう。

 ただでさえ、レースというのは頭を使う。考えれば考えるほど、走りとは違った場面でスタミナが消費されるのだ。

 だから、今回あえて俺はテイオーを好きに走らせている。まぁ……テイオーもなんとなく気付いていそうではあったけどな。

 

『さぁ、第二コーナーを通過してバックストレッチに入ります! 残り約1000m。ビフォーミーが先頭。その二バ身差後ろをシンクルスルーが追走しています!』

 

 残り1000mを経過し、テイオーは外側の五番目の位置くらいにいた。

 内側に入り込んでしまうとブロックされ、抜け出しにくくなる場合があるが外側ならその心配もない。その分少し距離も伸びてしまうが、彼女ならほぼ誤差だろう。

 

「いい位置にいますわね。前も見渡せて自分の場所も分かりやすい、私でもあの位置を真っ先に狙いますわ」

 

 マックイーンのお褒めの言葉通り、今のテイオーのいる場所は絶好のポジションだ。

 周りのウマ娘達は、先頭の逃げに引っ張られるということにはなっていなさそうだが、テイオーの予想外の動きで無駄に警戒しているのだろう。

 今この場で彼女を警戒していないのは、テイオー自身だけ。

 その結果、周囲のウマ娘たちの視線や耳がせわしなく動いている。先行と逃げのウマ娘達のペースはもうガタガタになっているはずだ。

 ……となると警戒するべきは後方のウマ娘たちになるが。

 

『第三コーナーを通過して残り600m、勝負所に差し掛かります! 後続からヒノキヤネカグラがバ群に突っ込んで上がって来る! 更にサクラコンゴオーにレグルスナムカもあがってきた!』

 

「さて……じゃあそろそろかな」

 

『おっとここでトウカイテイオーも動いた! シンクルスルーを交わして一気に先頭に立つ!」

 

 テイオーの体が少し沈んで、跳ねた。差しが仕掛けて来たタイミングで、テイオーもスパートをかけたのだ。その勢いのまま、彼女が先頭を奪い取った。

 逃げの脚質を体感したテイオーにとって、逃げが一番辛いタイミングに差しが仕掛けてきそうなタイミングはよく分っている。

 

「スターさん。指示していないはずのに、作戦通りみたいな顔をしていますわよ」

 

「テイオーならここでスパートをかける、ここのポジション取るとかなんとなく分かるからな。それも見こして好きに走らせた」

 

「……それは凄い信頼関係ですわね」

 

 テイオーの走法も脚質も、一番俺が理解しているつもりだ。

 それに合わせて作戦を立ててきたつもりだし、OP戦から布石を打ってきた。

 これが噛みあっている今なら……俺達は絶対に負けない。

 

『第四コーナーをカーブして残り400m! 横一直線にシンクルスルー、トウカイテイオー、サクラヤマトオー、レグルスナムカが並ぶ! さぁ中山の直線は短いぞ! 後ろの子達は間に合うか!?』

 

「差しのウマ娘達が上がってきましたわね…… これは、テイオーも辛そうですわ」

 

 先行策を取っていたテイオーに差しのウマ娘達が並ぶ。これだけ見ると、足をしっかり溜めれていた差し側が有利にも見えるが……

 こっちはまだ()()()を出していない。

 

 中山レース場、最後の直線の約200mには急勾配の坂が存在する。

 高低差2.4mの急坂が、スタミナ切れのウマ娘達に牙をむくのだ。しかもこの坂は、中央国内レース場の中で最高の勾配度を誇っている。

 これがスタート直後とゴール直前の二回も襲いかかってきてしまう。皐月賞は2000mといいながら、かなりのスタミナが要求されるのだ。

 ならスタミナさえあれば坂を攻略出来るのか、というとそういう訳でもない。

 一番大切なのは「坂の登り方」だ。

 いかにスタミナを使わず、早く急な坂を登り切れるか。これが中山レース場を攻略する上での鍵になる。

 このクラシック期の最初の頃に、そんな器用に走り方を切り替えられるウマ娘がいるとは考えにくい。

 

 トウカイテイオーを除いてだが。

 

『残り200m! ここでウマ娘達がラストスパートをかける! 誰が一着になるのか、まだ分かりません!』

 

 先頭集団がテイオーを含めて四人。恐らくこの集団が首位争いをすることになるだろう。

 各ウマ娘達がスパートをかけ、問題の坂に突入していく。

 

 瞬間、テイオーの体が更に深く沈み姿勢が前かがみになった。体重を足全体にかけて、その反動で加速し走り始める。

「走る」というよりも「跳ねる」と言ったほうが正しいかもしれない。彼女だけが使える奥の手。

 

「テイオー、坂に入ったのに全く速度が落ちていませんわ!?」

 

「よっし! さすがテイオー!」

 

 マックイーンがその走りを見て驚嘆の声を漏らすと同時に、俺も思わずテンションが上がった声を出してしまう。

 奥の手──「テイオーステップ」と呼んでいるそれは、歩幅が小さい「ピッチ走法」で「ストライド走法」なみの距離を稼ぐ走法だ。

 坂での走り方において、歩幅を小さくして走る「ピッチ走法」は有効である。

 普通のウマ娘がそれに気づいて実践しても、走りやすくはなるが劇的に速度があがる訳ではない。

 しかし、「テイオーステップ」は加速する。彼女本来の走り方に戻しただけなのに関わらず。

 問題点をあげるとしたら足へのダメージが大きいことと、スタミナ消費が普通の走り方より大きい点だ。

 しかし、それは前回の若駒ステークスで把握した。走り方の切り替えも、テイオーステップを使うタイミングも練習した彼女にとって、この坂は苦でもなんでも無い。

 その証拠に──

 

 

『トウカイテイオー! トウカイテイオー、堂々先頭! 追いかける子は一バ身後ろか!』

 

「これはなんというか……圧倒的ですわね……」

 

 坂であるのに関わらず減速せずに走ってきたテイオーが、足を溜めていたはずの差しのウマ娘との距離を開いていく。

 こうなったらもう誰も、この流星(テイオー)は止められない。

 走っている彼女の顔は、観客席から見てもまるで星のようにキラキラと輝いていた。

 レースが楽しくて仕方がないのが伝わってくる、俺の大好きな表情。

 

『トウカイテイオー抜かせない! トウカイテイオー強い! トウカイテイオー、今ゴールイーン!』

 

 テイオーが今ゴール版を一着で通過した。二着との差はおそらく一バ身。

 圧勝では無いが、それでも彼女の勝利は見ている人々を魅了するものだった。

 テイオーがゴールして、今年の皐月賞のレースが終わりを告げると同時に、会場全体が震えるほどの轟音が耳を貫く。ビリビリと震える空気を肌で、自分の耳で帽子越しに体感しつつ、ふぅと息をついた。

 

「良かった……」

 

 大きく息を吐き出し、彼女が無事に走り切れたことに安堵していると、テイオーが観客席にいる俺のほうを見てきた。少し離れているが、自然と目が合う。

 彼女がこくんと首を縦に振って頷くと、右手を上にビシッと掲げた。

 人差し指を突き出し、他は握る──「数字の1」を示したその手は、皐月賞が一冠目であることを意味しているのだろう。

 そのパフォーマンスは、レース場の熱に燃料を追加し燃え続ける。

 全く……テイオーらしいな。

 

「お見事……ですわね」

 

 隣の席のマックイーンが、素直にテイオーを賞賛してくれた。

 あくまで控えめに手を叩き、拍手をしてにこりと笑う。しかしその笑みは、穏やかというより───

 

「もし今回私が出走していたら、勝てるか分からない走りを見せて貰えましたわ。これは……負けていられませんわね」

 

 ───獰猛。

 彼女の中のウマ娘としての走る欲求が、レースで勝ちたいという欲求が全面的に現れた表情。

 彼女の顔を見て、思わず後ずさりしてしまいそうになるがこれをぐっと我慢して、彼女の目を睨んだ。

 

「うちのテイオーは───強いぞ」

 

「ふふ、知ってますわ。だからこそ──」

 

 俺とマックイーンが向かい合っている空間から、音が消える。

 そこの場所だけ、現実から切り離されて違う所にいるような感覚。

 

「──テイオーには私が勝ちます。菊花賞まで、負けないでくださいね?」

 

~~~~~~~~

 マックイーンに別れを告げて、テイオーを迎えに観客席から地下バ道に移動する。

 上の席の歓声がどこか遠くに聞こえ、さっきまでの熱がすぅと失われていく。

 日の光が入り口からしか差し込まず、少し薄暗いそこで彼女を待っているとカツンと蹄鉄の音が響く。

 その音に耳を向けると、2000mを走り切った結果かいた汗できらきらと輝いた今日の主役──トウカイテイオーが立っていた。

 

「ただいま! トレーナー!」

 

「おかえり。お疲れ様、テイオー」

 

「うん! まずは一冠、取って来たよ!」

 

 テイオーが俺にブイサインを向けながら、満面の笑みで顔をほころばせた。

 一冠を取るなんて簡単に言っているようにも聞こえるが、G1レースは一つ取るだけでも偉業だ。そのレースの歴史に永遠に名前が刻まれる行為を、俺達はあと最低でも二回もしなければならない。

 ダービーと菊花賞。更には他のG1レースも。あの皇帝(シンボリルドルフ)を超えるまで。

 テイオーが皐月賞を勝ってくれて嬉しい気持ちと同時に、また新たに気が引き締まる感じがする。

 

「ウイニングライブ、いつだっけ?」

 

「夜の18時から。G1レースのライブだから、人凄そうだな……」

 

「りょーかい! ボクがセンターで踊るのを楽しみにしててよね、トレーナー!」

 

 そんな他愛も無いいつも通りの会話をしながら控室に戻ろうと歩いていると、後ろのほうから声がした。

 叫び声とも取れるような声が地下バ道にこだまする。

 

「おい! トウカイテイオー!」

 

「ん? ボク?」

 

 俺達が声のしたほうに顔を向けると、鹿毛のセミロングヘアに和服をモチーフにした勝負服を着たウマ娘──レグルスナムカが立っていた。

 何のようだ……? 

 すると、彼女は駆け足で俺達に近寄り腕を組んで仁王立ちしてきた。

 身長はテイオーより低いため、俺達が見下してる形になってしまっているが。

 

「えっと……ボクたちに何か用?」

 

「そうだ。我は貴様に宣戦布告しにきた」

 

「センセンフコク?」

 

 テイオーが不思議そうに首をかしげる。

 それもそうだろう。レースで一緒に走ったとはいえ、今まで話したこともないウマ娘から突然こんなことを言われたのだ。俺も少し混乱している。

 

「我は今回五着とあんまり結果が振るわなかった…… だが日本ダービー、ダービーだ! そこで貴様に勝つ! 首洗って待っておれ!」

 

「へぇ…… だってさ、トレーナー?」

 

「あぁ、聞いてるぞ。だけど、悪いが──」

 

 先ほどマックイーンにも同じような答えを返したが、それは一切変わらない。

 だから、その宣戦布告を受け取ろう。

 

「──勝つのは俺たちだ」

 

「ボクたちは最強だもんね! そう簡単に勝ちを譲らないよ?」

 

 

 最強のウマ娘になる。それが、俺とテイオーの夢であり信念だ。

 そこは絶対に揺るがない。

 

 そうレグルスナムカに返事をすると、彼女は俺達に背を向けて走り出した。恐らく、控室に戻ったのだろう。その背中は、彼女の体格より大きく見えた。

 

「……彼女、強いな」

 

「うん…… ボクもあの子強いと思う」

 

 俺が彼女を警戒した理由は、その意思の強さにこそあるのかもしれない。

 日本ダービー、いっそう気合を入れなければ。

 

「トレーナー、これからもよろしくね?」

 

「こっちのセリフだよ。よろしくな、テイオー」

 

 シンボリルドルフに宣戦布告し追いかけているテイオーも、今や他のウマ娘にライバル視され追いかけられる存在になっている。

 その事実は俺たちがまた一歩成長できたと、実感するには十分だった。

 

 テイオーが俺の右手をぎゅっと握る。「えへへ」と笑みを浮かべたテイオーを見て、特に何も言う気にはなれず、俺たちは手を繋いだ状態で控室に戻ることにした。




こんにちはちみー(挨拶)
またお久しぶりになってしまいました。失踪はしない予定なので許して。

お知らせなのですが、この作品の総合評価が10000を超える事が出来ました!
当初の目標でもあったのでとても嬉しいですね。これもいつも読んで下さる読者様のおかげです。ありがとうございます。次の目標は15000です。頑張るぞ、えいえいむん。

あと、なんとこの作品のファンアートを頂きました!(6回目


【挿絵表示】


メイド服もえもえきゅんスターちゃん好き結婚して欲しい。
イラストを描いてくださった「おーか」さん本当にありがとうございました!もう本当にいつもお世話になっております……

少し下に画面をスクロールして感想評価お気に入りをしてくださると嬉しいです! 作者のモチベに繋がります!


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【掲示板】今年の皐月賞について語るスレ【ウマ娘】

掲示板形式です。苦手な方はご注意ください。

またスレッド風の特殊タグは「TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか」の作者様に許可を取って、提供して頂きました。ありがとうございます。

追記 作者自身が掲示板形式にうとく、レス飛ばすやり方を間違えていますが大目に見ていただけると幸いです。


うまちゃんねる   キーワードを入力       検索 

 今年の皐月賞を実況するスレ

        1000コメント      564KB

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    全部        1-100         最新50   

  ★スマホ版★    ■掲示板に戻る■     ★ULA版★  

レス数が1000を越えています。これ以上書き込みはできません

 

1:名無しのウマ尻尾 ID:JiClCboAg

今年も皐月賞が来るぞ!

 

2:名無しのウマ尻尾 ID:U69l/wUOc

皐月賞が来るとどうなる!?

 

3:名無しのウマ尻尾 ID:t4GTHRA6L

知らんのか、日本ダービーが来る

 

4:名無しのウマ尻尾 ID:7Y4Dp3QBd

マイルCSかもしれん

 

5:名無しのウマ尻尾 ID:CHWXX39fB

建て乙やで 今年の皐月賞が楽しみになってきた

 

6:名無しのウマ尻尾 ID:OvEEEMLk0

このスレが来ると生を実感する

 

7:名無しのウマ尻尾 ID:yRRXcQBmR

生を実感する兄貴、今まで何して生きてたの?

 

8:名無しのウマ尻尾 ID:aD10hgDeW

ワイもこの瞬間を待っていたんだ!になってる

 

9:名無しのウマ尻尾 ID:OZiHrcehW

今日インタビューだっけ? 勝負服見れるやん

 

10:名無しのウマ尻尾 ID:wH+h8D9qk

五番人気までだけどな

 

11:名無しのウマ尻尾 ID:0ZvkLeRfG

おまいら誰に入れた? ワイはトウカイテイオー(隙自語)

 

12:名無しのウマ尻尾 ID:7eWmOY3bu

トウカイテイオー

 

13:名無しのウマ尻尾 ID:PkQzQd/Ti

トウカイテイオー

 

14:名無しのウマ尻尾 ID:Hwe7AO9ZZ

メジロマックイーン

 

15:名無しのウマ尻尾 ID:98SV8zwd8

レグルスナムカ

 

16:名無しのウマ尻尾 ID:/eeBRR6J1

ヒノキヤネカグラ

 

17:>>14 ID:KHlNQRAjR

メジロ家の亡霊いない?

 

18:名無しのウマ尻尾 ID:8Ft6EnU42

皐月賞には出走しないだろ! いい加減にしろ! なんでかはしらん

 

19:名無しのウマ尻尾 ID:ur2wwxiRK

圧倒的テイオー人気やなぁ

 

20:名無しのウマ尻尾 ID:y9PUXXPOG

今まで無敗だし、逃げで目立つし多少はね?

 

21:名無しのウマ尻尾 ID:oYy2/K0AI

それでもワイは逃げウマ娘のシンクルスルーを推す……

 

22:名無しのウマ尻尾 ID:/FpbJQyGE

今年は無敗の三冠出るんかなぁ トウカイテイオーが今んとこ資格あるくらいか

 

23:名無しのウマ尻尾 ID:qg0nLPWsh

無理では?

 

24:名無しのウマ尻尾 ID:nK1HtRCjb

シンボリルドルフ以来出て無いんだよなぁ

 

25:名無しのウマ尻尾 ID:AIR2gESrp

ま、まだ分かんないから(震え声)

 

26:名無しのウマ尻尾 ID:dJit7yZrS

そろそろ中継始まるからテレビつけなきゃ

 

27:名無しのウマ尻尾 ID:gigiRMLPu

録画してある

 

28:名無しのウマ尻尾 ID:OiGfoHZWk

バ鹿か、リアタイと録画どっちも見るんだよ

 

29:>>28 ID:aja+hnyCz

マイブラザー……

 

30:名無しのウマ尻尾 ID:6Jfc3+y7j

その時、脳内に溢れだした存在しない記憶やめろ

 

31:名無しのウマ尻尾 ID:nbRjpwIbA

お、画面映った

 

32:名無しのウマ尻尾 ID:xAknIoKr3

いつもの会場だ どこにあるんだここ

 

33:>>32 ID:5tWSLcqyt

通報しといた

 

34:名無しのウマ尻尾 ID:RC0Q5OCmX

対応が早すぎて芝

 

35:名無しのウマ尻尾 ID:gi31PXGNn

選手入場~

 

36:名無しのウマ尻尾 ID:YWoc8BlQi

拍手でお出迎えしましょう~

 

37:名無しのウマ尻尾 ID:teb8EhMKA

運動会かな?

 

38:名無しのウマ尻尾 ID:fJwoxWGfx

イイルセブンちゃん可愛い

 

39:名無しのウマ尻尾 ID:FWwDCshEs

びくびくしてて可愛いね♡ ワイが隣についてあげようか?

 

40:名無しのウマ尻尾 ID:EcN/ipS+b

今日やべぇやつしかおらんのか

 

41:名無しのウマ尻尾 ID:duHbRY+wi

スレ民に常識人おるんか?

 

42:名無しのウマ尻尾 ID:jYGFBrEwg

それはそう

 

43:名無しのウマ尻尾 ID:awlmmL1QE

それはそう

 

44:名無しのウマ尻尾 ID:mw7RXLF+q

サクラコンゴオー、なんか笑ってね?

 

45:名無しのウマ尻尾 ID:3v81sK45K

めっちゃ笑ってる

 

46:名無しのウマ尻尾 ID:52DkBqnfw

はっはっはっ、って声が響くレベルじゃん……

 

47:名無しのウマ尻尾 ID:0D9cmCgn5

どっかでこの笑い方見覚え有るな

 

48:名無しのウマ尻尾 ID:J746vqj1u

シンクルスルーはいい体してんねぇ!

 

49:名無しのウマ尻尾 ID:ycGipHk5b

この子の勝負服好き

 

50:名無しのウマ尻尾 ID:VvGnNPxhB

サイレンススズカ並みの逃げを期待しているワイがいる

 

51:名無しのウマ尻尾 ID:1Zk8yXNHO

あれ特異点やろ……

 

52:名無しのウマ尻尾 ID:RJAFFsSjE

ヒノキヤネカグラの勝負服は見たね

 

53:名無しのウマ尻尾 ID:y5pQVJ3xJ

朝日杯勝ってるしな この中だと唯一のG1ウマ娘や

 

54:名無しのウマ尻尾 ID:QzRGKTGaT

これは期待出来る

 

55:名無しのウマ尻尾 ID:aaB4AUCRV

トウカイテイオー来たっ!

 

56:名無しのウマ尻尾 ID:17yyL/DbK

来たか

 

57:名無しのウマ尻尾 ID:7VoE2a2PA

おー! おー? 勝負服ええやん……

 

58:名無しのウマ尻尾 ID:UjHUY9bU1

なんか、こう凄いです! ここがなんていうか、はい!

 

59:名無しのウマ尻尾 ID:2SfB6TpEN

語彙力戻ってきて

 

60:名無しのウマ尻尾 ID:sPgDh5tHi

赤いマントが似合ってるな

 

61:名無しのウマ尻尾 ID:5BhSSTxRB

つかカメラのフラッシュがやばい

 

62:名無しのウマ尻尾 ID:iWyttCt4M

なかいさーん! なかいさん見てるかー! フラーッシュ!!!

 

63:名無しのウマ尻尾 ID:XVBviI72X

あえ

 

64:名無しのウマ尻尾 ID:wWCwJhkyZ

インタビュー始まった

 

65:名無しのウマ尻尾 ID:fY+qG7YIM

こんな大勢の中でインタビューされるとかウマ娘達度胸あるな……

 

~~~~~~~~

93:名無しのウマ尻尾 ID:hPZGsyKiH

トウカイテイオーのインタビュー始まった

 

94:名無しのウマ尻尾 ID:9c2E6gewj

待ってた

 

95:名無しのウマ尻尾 ID:nNlFcYryH

ん?

 

96:名無しのウマ尻尾 ID:I1ykasTsr

お?

 

97:名無しのウマ尻尾 ID:Wz6CvPMvT

は?

 

98:名無しのウマ尻尾 ID:jOxhZkmXj

今なんて言った?

 

99:名無しのウマ尻尾 ID:IT9bEdOg5

要約 三冠取る

 

100:名無しのウマ尻尾 ID:x3dtCcFTy

マ?????

 

101:名無しのウマ尻尾 ID:Y21ydxH7i

おいおいおいおい

 

102:名無しのウマ尻尾 ID:3xqke09/p

ほう……無敗の三冠ウマ娘ですか……

 

103:名無しのウマ尻尾 ID:6lpULINFQ

大したものですね いや実際やばいんだけど

 

104:名無しのウマ尻尾 ID:Nvh7+rOit

ヤバイわよ!

 

105:名無しのウマ尻尾 ID:cLKEq5wUq

達成したらシンボリルドルフ以来?

 

106:>>105 ID:C2W3U8lvp

そうだよ

 

107:名無しのウマ尻尾 ID:aV/UPxi3h

これは大きくでたな

 

108:名無しのウマ尻尾 ID:ZvBWygVS6

今ちょっと待って皇帝って言わなかった?

 

109:名無しのウマ尻尾 ID:IHfw9pvT2

イワナかかなかった?

 

110:名無しのウマ尻尾 ID:7twjBxBR3

シンボリルドルフに宣戦布告して草

 

111:名無しのウマ尻尾 ID:DECjSFEQa

つっよ

 

112:名無しのウマ尻尾 ID:x9Frx8ry1

実質名指しじゃん やべ

 

113:名無しのウマ尻尾 ID:i/Otc8EOv

ヤダコワイ…… ヤメテクダサイ……

 

114:名無しのウマ尻尾 ID:UfmrcpUEN

しかもこれ全国放送だぞ 個人的に言うならともかく

 

115:名無しのウマ尻尾 ID:CCwhXG5GE

トウカイテイオー……恐ろしい子!

 

116:名無しのウマ尻尾 ID:hDU1G0VIK

 

117:名無しのウマ尻尾 ID:LUJEsXfcw

あ?

 

118:>>116 ID:6G0pnvUPa

何がまずい 言ってみろ

 

119:名無しのウマ尻尾 ID:hDU1G0VIK

いや、見覚えがある顔がいて……

 

120:名無しのウマ尻尾 ID:HiIKlSc/Y

そら出走ウマ娘は見覚えあるだろうよ

 

121:名無しのウマ尻尾 ID:So4W6n5BQ

当たり前だよなぁ?

 

122:>>120 ID:hDU1G0VIK

違う 多分トレーナーの方なんだけど

 

123:名無しのウマ尻尾 ID:RYy05oWhE

トレーナー?

 

124:名無しのウマ尻尾 ID:mPYIGMIle

なんか有名なトレーナーいたっけ ヒノキヤネカグラのトレーナーがまだ有名だったかな

 

125:名無しのウマ尻尾 ID:hDU1G0VIK

なんか白髪の子…… ウマ娘のスーツ着てる子

 

126:名無しのウマ尻尾 ID:kkPyz/v0M

いたっけ?

 

127:名無しのウマ尻尾 ID:o3+kBL01P

一瞬ちら見したかもしれん

 

128:名無しのウマ尻尾 ID:A15Uvk4ZZ

その子がなんだって?

 

129:名無しのウマ尻尾 ID:hDU1G0VIK

いや、ワイ 一回現地でレース見たときにあの子見たんや

確かトウカイテイオーとシンクルスルーが出てた気がする

 

130:名無しのウマ尻尾 ID:Pod/vd/4X

つまりどっちかのトレーナーってこと?

 

131:名無しのウマ尻尾 ID:RRNrZydju

謎の白毛のウマ娘ちゃんジャン……

 

132:名無しのウマ尻尾 ID:KQQHenWuW

帽子を脱げ 耳を見せろ

 

133:名無しのウマ尻尾 ID:KcAPvGZ8S

可愛いというより美人さんだ

 

134:名無しのウマ尻尾 ID:czjhGRJiq

どっかで声出し待ってる

 

135:名無しのウマ尻尾 ID:HREn51mFR

ウマチューバ―かよ 赤スパ投げなきゃ

 

136:名無しのウマ尻尾 ID:NU/rYT+fD

あ、映像終わった

 

137:名無しのウマ尻尾 ID:P7JnkDlQW

あーあ

 

138:名無しのウマ尻尾 ID:RTFu11SLY

皐月賞本番まで待機しなきゃ

 

139:名無しのウマ尻尾 ID:8znZIoMtc

楽しみすぎて夜しか寝れない

 

140:名無しのウマ尻尾 ID:Cbwg+svg1

ぐっすりやんけ

 

 

~~~~~~~~

312:名無しのウマ尻尾 ID:zXNp80ICs

皐月賞本番きちゃ

 

313:名無しのウマ尻尾 ID:nAmluweXa

今日もいいペンキ☆

 

314:名無しのウマ尻尾 ID:vrSJqEjPK

晴れてる~

 

315:名無しのウマ尻尾 ID:6LSLzoX8E

皐月賞は中山レース場、右回り、2000m、晴れ、良馬場となっております

 

316:>>315 ID:OsTv5y4Tq

解説ニキ助かる

 

317:名無しのウマ尻尾 ID:eYFyO6YQr

教えて解説ニキ 中山レース場ってどんなとこ?

 

318:名無しのウマ尻尾 ID:6LSLzoX8E

うむ、まず坂がやばいところじゃ

ゴール前にめっちゃ急な坂がある

 

319:名無しのウマ尻尾 ID:/At4EHlwf

登りたくねぇ~

 

320:名無しのウマ尻尾 ID:6eHLyLLQn

ワイ、バ鹿だからよくわかんねぇけどよ~

ゴール前に坂あったら辛いんじゃねぇ?

 

321:名無しのウマ尻尾 ID:aW7FNvqGX

大体あってる

 

322:名無しのウマ尻尾 ID:J1Ar5kwNy

実際間違って無い

 

323:名無しのウマ尻尾 ID:VEEoOODEI

パドック入場はじまた

 

324:名無しのウマ尻尾 ID:yLN64a4qs

トウカイテイオーからやん かっこいい

 

325:名無しのウマ尻尾 ID:NM10meE65

ぴょんぴょん跳ねてる 愛嬌◎

 

326:名無しのウマ尻尾 ID:PjqLOyTZL

今ワイに手を振ってくれた…… キュン

 

327:>>326 ID:aELuSTH6Y

目を覚ませ

 

328:名無しのウマ尻尾 ID:37WbQEj0V

勝って欲しいンゴねぇ……

 

329:名無しのウマ尻尾 ID:Nyb1EfV+D

それはみんな大体思ってる

 

330:名無しのウマ尻尾 ID:Iujg86Iri

あ、ヒノキヤネカグラ来た キリっとしててかっこええな

 

~~~~~~~~

419:名無しのウマ尻尾 ID:kgv4z6ryx

ゲートイン完了した

 

420:名無しのウマ尻尾 ID:0VggbIjXM

ステンバーイステンバーイ

 

421:名無しのウマ尻尾 ID:4zTbO5S73

ゴー!シュート!

 

422:>>421 ID:HP0R1Ru2u

回すな

 

423:名無しのウマ尻尾 ID:klSJdc/Rm

お、開いてんじゃーん

 

424:名無しのウマ尻尾 ID:PoMdnO9Os

開けたんだよなぁ

 

425:名無しのウマ尻尾 ID:uWms9hLV5

最初わちゃわちゃしてて見にくい

 

426:名無しのウマ尻尾 ID:ed47DSs46

トウカイテイオーどこ?

 

427:名無しのウマ尻尾 ID:1/8SO56xx

あれ、逃げじゃないやん

 

428:名無しのウマ尻尾 ID:k11lRunR1

この位置だと先行?

 

429:名無しのウマ尻尾 ID:RjVWoBtZv

あれ、逃げウマ娘じゃないのか

 

430:名無しのウマ尻尾 ID:FYbpj6n6/

いや、今まで一個のレース除いて逃げだった

 

431:名無しのウマ尻尾 ID:iwQulKI3m

 

432:名無しのウマ尻尾 ID:UQMiCrBUW

つまり……どういう事だってばよ

 

433:名無しのウマ尻尾 ID:8d5cupQ4E

元々逃げじゃなかった か 前に出れなかった とか?

 

434:名無しのウマ尻尾 ID:6vTd+uU6l

今まで逃げとしてワイたちを騙していたのね!?

 

435:名無しのウマ尻尾 ID:0zKKRG2ZQ

もしかしたら今日だけ先行やってるだけかもしれないだろ!

 

436:名無しのウマ尻尾 ID:7EhGGPbJg

そんな脚質ってぽんぽん変えられるの?

 

437:名無しのウマ尻尾 ID:Hfi0l232x

無理だと思う

 

438:名無しのウマ尻尾 ID:H4mD0jt3o

ウマ娘ワイ 絶対無理

 

439:>>438 ID:aZ4bYaF5x

ウマ娘兄貴姉貴おるやん

 

440:>>438 ID:ZqSrqfG8w

G1ウマ娘がいるって!?

 

441:名無しのウマ尻尾 ID:H4mD0jt3o

なわけ 地方のレースを5年前に引退したウーマンや

 

442:名無しのウマ尻尾 ID:uBEoGhRh9

はえー で、やっぱり脚質変えるの難しいの?

 

443:名無しのウマ尻尾 ID:H4mD0jt3o

ムズイ 普通は無理 だって変に気になるもん 前とか後とか

やれても、先行と差しをくるくるするくらい?

 

444:名無しのウマ尻尾 ID:PhPM2lbAT

なかなかレースが動かないンゴね

 

445:名無しのウマ尻尾 ID:hbtdKzVoY

そらそうよ

 

446:名無しのウマ尻尾 ID:AXDo2r4pZ

あと残り600m

 

447:名無しのウマ尻尾 ID:xp6L9jQwv

ん?

 

448:名無しのウマ尻尾 ID:k+qNW+ZKw

お?

 

449:名無しのウマ尻尾 ID:tu7OweSfJ

動いたか

 

450:名無しのウマ尻尾 ID:HXmvpc0DO

ヒノキヤネカグラあがってきたぁ!

 

451:名無しのウマ尻尾 ID:UQNE+odWq

サクラコンゴオーとレグルスナムカも来た

 

452:名無しのウマ尻尾 ID:yQLUgGWfx

トウカイテイオーも動いとる

 

453:名無しのウマ尻尾 ID:lf46WEzBA

おー、はっや

 

454:名無しのウマ尻尾 ID:7CefnNpYZ

先頭に立ったな

 

455:名無しのウマ尻尾 ID:KRHHB7Np4

このままイケイケ

 

456:名無しのウマ尻尾 ID:zSKMufITg

横一直線に並んでない?

 

457:名無しのウマ尻尾 ID:fbV9k0hVE

4人くらいウマ娘が並んでる

 

458:名無しのウマ尻尾 ID:cqLeO1j9n

誰が勝つか分からぬ……

 

459:名無しのウマ尻尾 ID:WWk1IzZ94

差せ差せ差せ差せ!!!

 

460:名無しのウマ尻尾 ID:F50sfHMsC

例の坂が来るぞ

 

461:名無しのウマ尻尾 ID:5wCnNt0H3

坂君オッスオッス

 

462:名無しのウマ尻尾 ID:z8wbpk501

中山の直線は短いぞ!

 

463:名無しのウマ尻尾 ID:ydjTVRwMv

中山の直線は短い定期

 

464:名無しのウマ尻尾 ID:FGUy7nGnI

これ登ってるんだよね 画面越しだといまいち分からん

 

465:名無しのウマ尻尾 ID:JphQhs9vc

登ってる クッソ辛そう

 

466:名無しのウマ尻尾 ID:HdiEWzuEN

トウカイテイオーするする登ってるんですがそれは

 

467:名無しのウマ尻尾 ID:2bNp7BjN9

えぇ……

 

468:名無しのウマ尻尾 ID:6FSnZ5tjo

なんだこれはたまげたなぁ

 

469:名無しのウマ尻尾 ID:gPX9+ahHV

そのままゴールしそう(こなみ)

 

470:名無しのウマ尻尾 ID:8fcePZ/h9

ゴール、しちゃったぁ!

 

471:名無しのウマ尻尾 ID:eKJufiGli

うおおおおおおお

 

472:名無しのウマ尻尾 ID:PKTUrEv32

つっよ

 

473:名無しのウマ尻尾 ID:sH9NHr7k5

つよすぎ~

 

474:名無しのウマ尻尾 ID:6Q6KGb77c

あれ、無敗の三冠への切符ゲットしてるじゃん

 

475:名無しのウマ尻尾 ID:BeVu7Yvx0

ほんまや

 

476:名無しのウマ尻尾 ID:f7EPnNajt

なんだこのウマ娘……

 

477:名無しのウマ尻尾 ID:yMsd7p0pZ

シンボリルドルフに次いで歴史が出来ちゃうねぇ!

 

478:名無しのウマ尻尾 ID:V3oWj7M//

これは楽しみ

 

479:名無しのウマ尻尾 ID:35tdNSb+T

応援しなきゃ

 

480:名無しのウマ尻尾 ID:xWzBJxxrG

お前らレースが終わったぞ!

 

481:名無しのウマ尻尾 ID:dcf3coF+2

レースが終わるとどうなる?

 

482:名無しのウマ尻尾 ID:h/hn1IdUU

知らんのか ウイニングライブが始まる

 

483:名無しのウマ尻尾 ID:sYmrfoSAY

現地民いいなぁ

 

484:名無しのウマ尻尾 ID:5fTxgQ4lo

行きたかったなぁ 人ヤバすぎて行けんけど

 

485:名無しのウマ尻尾 ID:NlY1hNe88

抽選落ちです 許すマジ

 

486:名無しのウマ尻尾 ID:xz7FDKapj

ウィニングライブ始まるまで画面はそのままだ!

 

494:名無しのウマ尻尾 ID:3J/1Gjbde

次のダービーもこれは期待

 

 

~~~~~~~~

995:名無しのウマ尻尾 ID:O74t6oHws

あぁ、皐月賞が終わってもうた

 

996:名無しのウマ尻尾 ID:EwgmdkbPp

また来年やね

 

997:名無しのウマ尻尾 ID:n0sOMQ0UA

語りたりないので次スレ作った

 

998:名無しのウマ尻尾 ID:pF0YaY2pU

>>1000ならもう寝る

 

999:名無しのウマ尻尾 ID:RX898YNcV

>>1000ならダービーが荒れる

 

1000:名無しのウマ尻尾 ID:k3gdxtxIL

>>1000ならトウカイテイオーがダービーで一着を取る

 

1001 Over 1000 Thread

このスレッドは1000を超えました。

新しいスレッドを立ててください。




こんにちはちみ―(挨拶)
掲示板ってこれで大丈夫なのかな……と思いながら書いてました。

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【スターの日常】値段が高いスイーツはその分だけ価値がある

これはなんてことないスターの日常を書いたお話です。

追記 作品にガールズラブタグをつけました。日常回だとその要素が強くなるかもしれません。


 レースのトレーニングの中に「併走」と呼ばれている練習法がある。

 これは一人で走るのでは無く、複数人のウマ娘と一緒に走るトレーニングだ。二人以上で競り合うことによって、タイムの向上や仕掛けるタイミングなどを図れたりする。

 模擬レースとは違い練習の一種なので、併走トレーニングはテイオーと同じ実力のウマ娘──あるいは上位のウマ娘と一緒にやるのが望ましい。

 この条件はかなり難しいところだ。テイオーは皐月賞を取ったウマ娘。同じ実力のウマ娘を探そうとしてもなかなかいるものでもない。

 となると、テイオーよりも先輩のウマ娘に頼むのが一番いいのだが…… あいにく俺はそこまで交流関係が広い訳ではないため、どうしたものかと悩んでいたところ、テイオーがとあるウマ娘を連れて来てくれた。

 

「こんにちは! 今日はよろしくお願いします!」

 

「こちらこそよろしくな。スぺ」

 

「スぺちゃん、よろしくねー!」

 

「はい! テイオーさんのお役に立てるように頑張ります!」

 

 気合の入った声で返事をしたのは、黒鹿毛のセミロングの髪に白い流星。人懐っこそうな笑みを浮かべている彼女だが、これでも日本ダービーを勝利したダービーウマ娘。俺とテイオーの数少ない共通の知り合いでもあるウマ娘、スペシャルウィークが拳をぎゅっと握り、テイオーの顔を見た。

 彼女とはよく一緒に朝ごはんを食べる仲で、テイオーが併走トレーニングをお願いしたところ、快く引き受けてくれたのだ。

 

「テイオーさん、この前の皐月賞凄かったですね! おめでとうございます!」

 

「いやぁ、それほどでもあるかな? トレーナーが色々やってくれたおかげだよ」

 

「スターさん、本当にトレーナーだったんですね」

 

「まだ疑ってたのか……?」

 

「冗談ですよ! スズカさんはなんか信じて無さそうでしたけど……」

 

 他愛も無い会話をしながら、テイオーとスぺに準備体操をしてもらう。

 今回の狙いはダービーウマ娘のスぺにアドバイスを貰いながら、テイオーにG1ウマ娘の走りを経験してもらうことだ。俺の方は、スぺの走りを間近で観察する目的がある。

 この併走トレーニングは、他のウマ娘から見たらとんでもなくレアな光景だろう。お金を払ってでも混ざりたいと思っているウマ娘すらいるかもしれない。

 それほど今回の練習は貴重なのだ。色々と学ばせて貰わなくては。

 

「スぺ、東京レース場を走ってる時に何か気を付けることとかあるか?」

 

「気を付けること、ですか?」

 

「そんな難しく考えなくていいぞ。走ってて、一番辛かった場所とかあれば聞いておきたくてな」

 

 そう質問すると、スぺが顎に手を当てて首を傾け考える仕草を取った。

 東京レース場の構造は俺も色々な資料で把握しているが、それはあくまでデータ上の話だ。

 実際走った経験のあるスぺから意見を貰えたら、また違った視点から話を聞けるかもしれ──

 

「えっと、最後がなんか長いので、そこを気合でびゅんって行くといいと思います!」

 

「……そっか。ありがとうな」

 

 スぺが勢いよく「ふんす」と息を鼻から噴き出して、ドヤ顔で答えてくれた。彼女の自信満々の顔を見て、テイオーも「あはは」と苦笑いしている。

 とても彼女らしい解答で、俺も返答に困ってしまった。スぺはフィーリングで感じている面が大きそうだな…… 彼女のトレーナーはどう指導しているのだろうか。

 

 実際東京レース場は、皐月賞が行われた中山レース場よりも最後の直線が長い。中山レース場を走った経験もあるスペは、それと比べてスパートを掛けるタイミングが重要だと言いたかったのだろう。恐らく。

 まぁ、その曖昧な部分は併走トレーニング中に掴んでいくとしようか。

 

「じゃあ、ダービーと同じ2400mのコースで───っ」

 

「トレーナー? 大丈夫?」

 

「あぁ、うん。大丈夫……」

 

 俺が指示を出そうとした瞬間、視界が若干白くなり立ち眩みがしてしまった。

 ふらりと体が倒れそうになるのをなんとか立て直しつつ、今回の練習内容を二人に伝える。

 

「スぺが先行でテイオーは後ろから着いて行ってくれ。俺が手を上げて指示したら、テイオーがスぺを抜かす形だ。その時、スぺはテイオーに抜かされないようにしてくれ」

 

「りょーかい!」

 

「分かりました!」

 

 準備体操を終えた彼女達が、スタートラインに向かう。

 今回はゲートが無いため、片足だけを前に出してスタートの準備をしてもらった。いわゆるスタンディングスタートの体勢を取ったことを確認し、俺は声をあげた。

 

「……よーい、スタート!」

 

 ガッと蹄鉄で地面を蹴る音が聞こえ、その勢いのままスぺが前に出てテイオーがその後ろに入った。

 

「やっぱり速いな……」

 

 ぽつりと俺が呟く間に、あっという間に加速した二人が遠くに行ってしまう。

 上から見れるレース場とは違い、今回は俺もターフに立っている状況だ。自分も動かないと、テイオー達が視界から消えてしまうから気をつけなければ。

 ……本当は自分がウマ娘であることを活かして、一緒に走りながら指示とか出来たら良かったんだけどな。だが俺はそこまで速く走れないし、体力も無い。ウマ娘のトレーナーでありながらそれを活かせないのは、勿体無いと感じているのは内緒だ。

 ストップウオッチ片手に持ちながらスぺの走りを観察してみると、体幹がしっかりとした力強い走法なのが分かる。それでいながら「足を溜める」走りが出来ているため、最終直線の末脚が強いのも納得がいく。

 そうしていると、テイオーとスぺがぐるりとコースを一周し、最後の直線に差し掛かろうとしていた。

 俺はテイオーに指示を出すため、2400mのラスト3ハロンに差し掛かるタイミングで手をあげようと───

 

「っ!? トレーナー!?」

 

「スターさん!?」

 

 瞬間、目の前が真っ白になった。頭がガツンと殴られたような衝撃を受けたかのようにふらつき、首に力が入らなくなる。足から気が抜けるような感覚と同時に膝が折れ、地面についてしまった。

 帽子越しに聞こえるのは、二人のウマ娘の声。そして滲んだように目の中に映る、全力疾走してきたテイオーの姿だった。

 

「トレーナーしっかりして! ねぇ、トレーナー!」

 

「あっ…… ごめん、テイオーか…… ちょっと意識が飛んでた」

 

「ちょっと意識が飛ぶ勢いじゃなかったよ! 倒れそうになってたんだよ!」

 

「スターさん、大丈夫ですか!? 何か悪いもの食べたとか……」

 

 スぺじゃないんだから……と返事をする気力は今の俺には無かった。

 少し回復してなんとか立ち上がったが、それでもまだ足元がふらふらする。

 これは……ちょっと、マズいかも……

 

「ごめんね、スぺちゃん! ちょっと今日の併走終わりで!」

 

「了解です! スターさんを宜しくお願いします!」

 

「また今度ね! トレーナー、失礼するよ───っと!」

 

「へ? うわっ!?」

 

 テイオーが崩れそうになっていた膝の方に手を回し、腰に手を当ててひょいと俺を担ぐ。

 ぽふんと柔らかい感触が頭に伝わり、疑問に思って上を見上げると真剣な表情をしたテイオーの顔が見えた。

 そしてそこに追い討ちをかけるかのように、ふわりと彼女の香りが鼻腔をくすぐる。

 ん……? あれこれ、俺お姫様だっこされてる……? 

 

「舌噛まないでねっ!」

 

「うひゃぁ!」

 

 テイオーがその状態のまま地面を蹴り、走り出した。ゴォと空気を切り裂く音が聞こえ、風圧が自分の体を押し込んできて、俺と彼女の密着度があがる。

 俺を持っているはずなのによくここまで速さで走れるなぁ、とかこれがテイオーが見てる景色かぁなど。どこか他人事のように感じながら、俺はテイオーになされるがままに運ばれてしまった。

 

~~~~~~~~

「知らない天井だ……」

 

「あ! トレーナー起きた? 大丈夫?」

 

「大分回復したかな…… 悪いな」

 

 あのあとお姫様抱っこのまま保健室に運ばれた俺は、その勢いのままベッドに投げ込まれた。

 運ばれている間はあまり意識が無かったが、他の人にじろじろと見られていた気がする。変な噂になってないといいが……

 で、結局俺が倒れた原因はただの疲労らしい。保健室の先生が言うには、仕事のし過ぎだそうだ。そういえば最近ちょっと忙しくて、睡眠時間が短かったかもしれない。

 

 ベッドから体を起こし、ちらりと窓の外を見ると既に日が落ちて真っ暗になってしまっている。

 慌てて時計を確認すると、時刻は午後七時。放課後の四時くらいに練習を始めたのを考えると、約三時間も保健室で寝ていた計算になる。テイオーはその間ずっと見ていてくれたっぽいし、悪いことしたな……

 

「併走トレーニングはまた俺からスぺに頼むよ。今日はありがとうな、テイオー」

 

「もう! 無理しないでよね!」

 

「今日は早めに寝るよ。仕事は明日だな……」

 

 別にトレセン学園はブラック企業という訳ではない。休みだってしっかりあるし、基本定時退社も出来る。ただ、自分が担当しているウマ娘が活躍すると、その分仕事が増えるのが難点だ。テイオーが活躍して仕事が増えるのなら、俺としても嬉しい悲鳴ではあるが。

 働いた分だけ給料は出るので、大分お金は貰っていると思う。あんまりお金も使わないし、貯まる一方だ。

 ベッドから這い出て、靴を履いて背伸びをしてみると背筋がほぐれる感覚がした。

 

「トレーナー、部屋まで運んであげようか?」

 

「……いや、大丈夫。歩けるから」

 

 テイオーがそう提案してくれたが、そう何度も世話になるわけにはいかない。

 というか「ついてく」じゃなくて「運ぶ」と言うあたりウマ娘の力を感じてしまう。

 この歳で200kgのバーベルを持てるウマ娘からしたら、俺を運ぶなんて本当に造作も無いのだろう。

 彼女がそわそわと自分の服を弄りながら、心配そうな目で俺の方を見てくる。

 これ以上の心配をテイオーにかける訳にはいかないため、今日は部屋に戻ったらすぐに寝ようと決めたのであった。

 

~~~~~~~~

 俺が倒れてしまった次の日の朝。

 寝る前に部屋でシャワーだけを軽く浴びて自室のベッドで素直に寝た俺は、朝六時の目覚ましと共に目を覚ました。

 普段より長く寝れたおかげで、大分疲労が取れているのを感じながらパジャマからジャージに着替える。

 その後、朝ご飯を食べに行こうと自室から出て寮の一階へ。

 今日は土曜日だということもあり、いつもの平日の朝よりかは食堂のウマ娘の数が少ない気がする。

 もうちょっと惰眠を貪って、いつもより遅い時間に朝食を食べようと考える子が多いのかもしれない。

 俺も本当は今日休みだしな。けど昨日やってない仕事が残っているから、早めに終わらせなくては。

 そんなことを考えながら、一人で朝食を済ませて部屋に戻るために階段を登る。

 さて、テイオーのためにお仕事頑張りますか──

 

「あ、お帰りトレーナー。じゃなかった、お嬢様かな?」

 

 自室のドアを開けて目の前に立っていたのは俺の担当ウマ娘のトウカイテイオーだった。そこまでならまだ普通なのだが、どう見ても服装がおかしい。

 黒色の高級そうな生地を使用した、腰から足まで全て隠れる程のロングスカート。白いエプロンを纏い、邪魔にならない程度にフリフリのレースが着いており可愛らしい。ふわりとスカートが舞うそれは、一般的に「クラシカルメイド服」と呼ばれていたはずだ。

 急な情報量の多さに、頭が混乱してしまう。

 

「……部屋間違えたかな」

 

「間違えてないって! ちょっと待ってトレーナー!」

 

 まだ寝ぼけてるのかもしれないと思い、一度外に出て部屋の番号を確認するが何度見ても自分の部屋だ。

 どうやら、目の前にいるテイオーは本物らしい。いや……何故メイド服を着ているんだ……? 

 

「んーこれ? マックイーンに借りたんだ」

 

「……メジロ家のメイド服? 見るからに高級そうだもんな…… よく借りれたな」

 

「最初は少し渋ってたけど、パフェ奢る約束したら貸してくれたよ」

 

「それでいいのか」

 

 あのメジロのお嬢様。スイーツとか甘いものをぶら下げれば、何でもやってくれるんじゃないだろうか。皐月賞の時もりんご飴を食べてたし、大分庶民感のあるお嬢様だな。

 

「いや、それよりもなんでメイド服着てるんだ。コスプレ?」

 

「違うやい! 今日はトレーナーのメイドをやろうと思ってさ」

 

「ごめん……どういう?」

 

「もー、仕方ないなぁ」

 

 テイオーが肘をきゅっと曲げ腰に当てて手首を外側にし、やれやれといったポーズを取って俺に説明し始めた。

 

「最近、トレーナー仕事し過ぎ! 今日はボクがメイドになって癒してあげるからね!」

 

「いやでも、昨日の分の仕事が…… あと別にもう体調は良くなったし……」

 

 これに関しては嘘は言っていない。俺は昔から回復するスピードが早いのだ。

 一回しっかり寝れば、疲れが次の日まで残ることが無いのがほとんどで、疲れが残る時は大体睡眠時間が短い日である。

 あと何故か分からないが、風邪とかの病気にかかったことが無いので多分この体頑丈なんだと思う。

 

「ダメ。絶対ダメ」

 

「なんでそこまで……」

 

「ボクが頑張るにはトレーナーも元気じゃなきゃ。 だから今日はおやすみ!」

 

「テイオー……」

 

 彼女が訴えかけるかのように、俺の目を真っすぐ見つめてくる。その口調は俺の事を心配してゆっくり話しかけてくると共に、若干の怒りを感じ取れてしまう。

 ここまで言われてしまっては、休まないわけにはいかない。俺はふぅと息を吐いて、テイオーに返事をした。

 

「分かった、休むよ。で、メイドのテイオーは俺に何してくれるんだ?」

 

「え? えっと…… あ! 肩! 肩揉んであげるよ!」

 

「何も考えて無かったのね」

 

 取り合えず恰好から入ったのか。テイオーらしいと言えばテイオーらしいが……

 俺はとりあえずベッドに座り込み、肩をすくめる。すると、テイオーがするりと後ろに回り込み、膝立ちになって俺の肩に手をかけた。

 

「おきゃくさま~ 痛いところはありませんか~?」

 

「お嬢様なのか、お客様なのかどっちだよ」

 

「もう! 細かいよ! ……てか全然肩凝って無いね」

 

 テイオーが「座り仕事だから凝りそうだと思ったんだけどなぁ……」としょんぼり呟いた。

 言われてみれば確かに、肩を凝った記憶が無い。テイオーの反応を見るに、ウマ娘だから疲れにくいという訳では無さそうだ。やはり俺の体質なのだろうか。

 凝りが無いのを確認して、何もやることが無くなったのか。テイオーが、俺の頭に顎を乗っけて唸り始めた。「う゛~」と言いながらマッサージ器具みたいにバイブレーションし、俺の脳が揺れる。あ、ちょっとこれ気持ちいいかもしれない。

 

「……どうしよ。何かして欲しいことある?」

 

「特には思いつかないなぁ……」

 

「そっかぁ…… どうしよ」

 

 トレーニングは……今日は休筋日だからダメだな。休日は休んで欲しいし。メリハリは大事だ。

 どうしたものかと頭を物理的に揺さぶられながら考えていると、とある疑問が浮かんでくる。

 

「そういえば、テイオーは誰かと遊ばないのか? 今日は休みだろ?」

 

「今日はみんな予定があってさ。……てかトレーナー一人にすると仕事始めちゃいそうだし」

 

 これもうメイドの奉仕じゃなくて監視だろ、と言いたくなってしまったがぐっと堪える。

 見られている以上仕事するわけにもいかないし、何か趣味でもした方がいいのかもしれない。

 最近見れてなかった歴代のレースをテイオーと一緒に見るか。……あれこれレースの勉強か? いやでも俺はレース見るの好きだし、セーフな気もするけどどうだ。

 趣味が思った以上に仕事方面に偏っていたことに自分で驚いていると、頭の上から「あっ」という声が聞こえてきた。

 その声と同時に俺の耳にテイオーの息が入ってきてしまい、反射で耳がピンと立ってしまう。

 頭に乗っけるのおしまいと伝えるために、テイオーの頬を耳でペチペチ叩くと、彼女が顎をどけてベッドの上で立ち上がった。

 

「トレーナー! お出かけしよ! 最近美味しいパフェ見つけたんだ!」

 

「パフェ…… 」

 

「あれ、甘いもの苦手だっけ?」

 

「いや甘いものは好きだぞ」

 

 俺がトレーナーに……もしかしたらウマ娘になってからかもしれないが、だいぶ甘味好きになっている。頭使うからかもしれないが、糖分を体が欲してるんだよな。仕事で疲れると、ついコンビニでお菓子を買ってしまうのがあるあるになってしまった。

 何故かウマ娘には甘い物好きが多いらしい。テイオーもはちみーとかいう糖分の塊を飲んでいるし、どこぞのお嬢様もスイーツをパクパクしている。

 

「良かったぁ。 じゃあ、午後に行こ! 一時に寮の入り口に集合ね!」

 

 そう言い残して、テイオーがドタバタとメイド服のまま俺の部屋から出て行ってしまった。

 随分と慌ただしいメイドさんだったな。と、いうか──

 

「メイド服着る意味あった……?」

 

 もしかしたらメイド服を貸したマックイーンが泣き崩れているかもしれない。そんな想像をしてしまうほど。

 結果としてメイド服はテイオーがコスプレをするための衣装になってしまった。

 

 いや、可愛かったけどさ。

 

~~~~~~~~

 午後一時。

 パフェを食べるということで念のためお昼ご飯を抜いた俺は、寮の前でいつものスーツ姿でテイオーを待っていた。

 ウマ娘が食べるパフェとなると、やはり量が多いのだろうか。どう考えても一人前ではない料理を、ウマ娘はペロリと平らげてしまう。

 俺はそこまで食べれないが、もし量が多かったらテイオーのをちょっと分けてもらうだけにしようと思っていると聞きなれた声が聞こえてきた。

 

「トレーナー! お待たせー!」

 

「時間丁度だから大丈夫だぞ」

 

 手をぶんぶんと振りながら近づいて来た彼女は、先ほどのメイド服では無く私服だった。

 白いレースの入ったワンピースに薄い青色のカーディガンを纏った彼女は、いつも見る制服姿とは違い大人っぽい印象を与えてきた。青と白の対比は、テイオーにピッタリと合いとても似合っていた。

 

「さぁ、行こうか!」

 

「いちおう聞いとくんだけど、どうやって行くんだ……?」

 

 これを聞いておかないと、ウマ娘は平気で十㎞をジョギングで、とか言い出すからたまらない。

 さすがに俺がそこまで走るとなると覚悟がいるため、テイオーに恐る恐る聞いてみるとテイオーがぽかんと口を開けていた。

 

「ボクもこの服じゃ走らないよ~ 電車だよ、電車」

 

「良かった……」

 

 走らない事実にほっとしつつ、テイオーが駅に向かって歩き始めたので後ろから着いて行く。

 そのまま電車に乗って、揺られること十分程度。

 トレセンの最寄駅から六駅程度離れた場所で電車から降りて、徒歩数分。

 目的地に到着したのか、テイオーがビルの前で止まった。

 

「ここの二階だよ! パフェの専門店なんだ」

 

「専門店とかあるのか……」

 

 ビルの入り口を眺めて見ると休日だからだろうか、案内されたお店がある二階までの階段に多くの人が並んでいる。

 やはり女性の若い人が多く、きゃっきゃという話し声が聞こえてきた。

 

「ちょっと混んでるね」

 

「まぁ、一時間も待たないだろ。パフェだし」

 

「女の子はパフェでも時間かかる時はかかるよ。写真撮ったりとか」

 

「あー…… 今どきの子はそっか」

 

「トレーナー、時々アラサーみたいな発言してない?」

 

「うっ」

 

 アラサーと言われてしまい軽くショックを受けていると、彼女が列に並び始めたので俺もそれにならう。

 テイオーと話ながら待っていると、列自体は割とすぐ進み三十分程度待つだけで店内に入ることが出来た。

 店内はそこまで広くないが、おしゃれな装飾品や綺麗な壁紙が貼られている所に多くの女性客が座っている状態だった。

 俺達は従業員に案内され、テーブル席に向かい合わせで座る。正面からよく見たテイオーは少し化粧をしていたのか、いつもとは違った印象を俺に与えた。目がぱっちりと開き、口元が自然で綺麗なピンク色をしていて、とても可愛らしいと思ってしまった。

 そんな可愛らしいテイオーに若干見蕩れつつも、近くのメニュー票を開く。

 さて……どんなパフェがあるのかな──

 

「さんぜんえんっ!? たっか!?」

 

「あーうん、ここのは高いよ。その分美味しいから!」

 

 美味しそうに撮られたパフェがメニュー票で目立つ中、それに負けず劣らずの値段設定に驚きの声をあげてしまう。

 ファミレスとかのパフェでも千円程度なので、専門店とはいっても……と思っていたが、考えが甘かったようだ。

 が、その分と言っては何だがどのパフェも美味しそうに見える。

 悩んでしまって決められなさそうだったので、一ページ目にあったこの店おススメのパフェにするか。

 

「すみません、このイチゴのパフェでお願いします」

 

「じゃあ、ボクこのメロンパフェで!」

 

 注文をし終えて待つこと数十分。店員さんがパフェをテーブルに運んできてくれた。

 

「お待たせしました。こちらイチゴパフェとメロンパフェでございます」

 

「おぉ……」

 

 真っ先に目に入ったのは、パフェグラスに綺麗に盛り付けられたいっぱいのイチゴ。恐らく違う品種が使われているのか、一番上とその下に置いてあるイチゴで色合いが違っており、生クリームの白さと対比して美味しそうに見える。

 イチゴの下には赤、白、赤とソースの層が連なっており、視覚的にも食欲を駆り立てられるものになっていた。

 量はウマ娘専用とかではなく、常識的な範囲内に納められていた。逆に言えば、値段が高い理由は量では無いということが分かる。

 テイオーが注文したパフェはメロンが色々な形に切られて盛り付けられており──こういうのを「映える」というのだろうか、これも美味しそうに見えた。

 

「いただきます」

 

「いただきまーす!」

 

 一番上のイチゴをクリームと一緒に食べてみると、イチゴの酸味と一緒に甘さ控えめのクリームが溶けあって舌を刺激する。

 二口目に下のイチゴを食べてみると、先ほど食べた物より甘みが強く、別の品種を使っているということがすぐに理解出来た。

 なにこれ美味しい…… 三千円の価値はしっかりあるぞ。

 

「やっぱりここのパフェ美味しい!」

 

 目の前にいるテイオーもその美味しさにやられたのか、にこにこした笑顔でパフェを食べている。耳はぴこぴこと揺れて、とてもご機嫌そうだ。

 かく言う俺も、かなりこのパフェの魔力に夢中になっている。今まで食べていた「パフェ」の根底が覆りそう。

 二人して「美味しい」と言いながらパフェを食べすすめていると、テイオーが俺の方をじっと見てきた。

 何か思っていると、メロンとアイスがのっかったスプーンを俺の前に突き出してきた。

 

「はい、あーん」

 

「いや……自分で取れるぞ……?」

 

「あーん!」

 

 テイオーがぐいっとスプーンを俺の口元にまで当ててきて、全く譲りそうにない。

 恋人達がよくやってそうな「食べさせあいっこ」だが女の子同士、この年齢くらいの子たちだと普通なのか……? 

 かなり恥ずかしいのだが、目を輝かせながら俺を見つめてくるのでとても断りにくい。

 仕方ない、覚悟を決めるか……

 

「はむっ…… うん、こっちも美味しいぞ」

 

「でしょ~! あ、トレーナーのも頂戴!」

 

 欲しいと言われてたので、パフェを少し押してテイオーの前に置いてあげたのだが、また彼女の動きが止まった。

 あれ……もしかして俺も「あーん」しなきゃいけない流れ……? 

 テイオーの期待に満ち溢れた視線を感じてしまい、逃げ道が無くなってしまう。

 スプーンでイチゴとアイスの部分を掬い取り、彼女の口元に差し出す。

 

「はい。あ、あーん」

 

「んっ! うん、()()()()イチゴも美味しいね!」

 

 その結果、どうやら満足していただけたようでテイオーの耳と尻尾が激しく揺れている。

 恥ずかしかったが、テイオーが嬉しそうでなによりだ。

 

~~~~~~~~

 ちょっとお高めのパフェを堪能した俺達は、そのままトレセン学園に帰ることにした。

 テイオーのおかげで大分リフレッシュ出来た気がする。スイーツって凄いな。

 寮についた俺達は自分の部屋に戻り、お風呂に入る。やはりここのお風呂はデカくて足が伸ばしやすい。

 お風呂で思う存分温まって癒された俺は自室に戻り、髪や尻尾を丁寧に乾かす。

 最近は身だしなみにも最低限気を遣うようになり、ウマ娘としてみんなやってることはやっている。俺も禿げるのは嫌だ。

 パジャマも最近テイオーと一緒に選んで買い、男物に尻尾穴開けた服装からは卒業した。なるべく青っぽい地味目の物を購入したら「もっと可愛いの買えばいいのにー」と言われてしまったが、可愛い服装には慣れていないのでこれでいいとは思う。

 ベッドに座りながらドライヤーを使って頭を乾かしていると、こんな時間にも関わらず唐突に部屋のドアが開いた。

 

「トレーナー! 一緒に寝よ!」

 

「……いや何言ってるんだ」

 

「ボクが見てないところで仕事するかもしれないでしょ! 今日は一緒に寝て見張り!」

 

 さすがにもう仕事する気は全く無かったのだが…… 

 そもそも、寮内で部屋の出入りって門限過ぎても自由なんだっけ……? 

 

「もー! 細かいことはいいの! マヤノにも言ってきたし、大丈夫だって」

 

 マヤノ──マヤノトップガンか。テイオーの同室の子で、同じ時期にデビューしたと聞いている。三冠路線には全く出てこないから警戒してなかったけど、いちおうレース映像見ておくくらいは……

 

「またトレーナーがお仕事の目してる…… ほら、もう寝るよ」

 

「あ、ちょっと、テイオー」

 

 普段からトレーニングしているウマ娘に適うはずもなく、パジャマの裾を掴まれてベッドに押し倒される。

 隣にテイオーが横になり、川の字になって寝ている状況だ。というか、地味に一人用のベッドに二人寝ている状況だから狭い……

 

「はぁ…… 分かったから寝るぞ。大人しくしてろよ」

 

「分かってるって。トレーナーと一緒のベッド♪」

 

 この状態のまま向かい合う勇気はなく、テイオーから顔を背けて横になる。今テイオーには、俺の背中しか見えていないはずだ。

 今は四月の後半。日中はだんだんと暖かくなってはいるが、夜はまだ寒かったりする状況だ。

 俺とテイオーと体温が混ざり合い、すぐに布団の中が温まる。時期的にも丁度いい暖かさが体全体を包み込む。

 いつもよりふわふわする感覚と安心感を得ながら、俺はいつもより寝つきがよくすんなりと寝れたのであった。

 

「おやすみ、トレーナー」

 


 スターゲイザーがすんなりと眠りにつき、すぅすぅと規則的な寝息を立て始めてから数十分が経過したころ。

 隣で横になっていたトウカイテイオーは、今日あったことを振り返っていた。

 

 ──あれボク、何してたの? 

 

 彼女がメイド服をマックイーンから借りたのはトレーナーを心配してこそだ。

 いや、トウカイテイオーの発想が変な方向に飛躍したのは間違いないが。

 メイド服を着てトレーナーと遊べたらいいなぁくらいにしか考えて無かったが、話の流れでパフェを食べに行くことになってしまった時、彼女は真っ先にこう思った。

 

 ──あれこれデート? 

 

 トレーナーとウマ娘。なんなら同性でもあるトウカイテイオーとスターゲイザーの関係性だが、若干かかり気味であった彼女はそこまで考えが至らなかった。

 自室に帰るなり、メイド服を乱雑に脱ぎ捨て同室のマヤノトップガンに化粧を貸してもらうまで頼み込んだのだ。

 その焦りようと言ったら、メイド服を貸したメジロマックイーンがその雑な脱ぎ捨て具合に悲鳴をあげるくらい、と言ったら分かるだろうか。

 それを見たマヤノトップガンが何となく状況を察し(分かっちゃった)、器用な手先でただお出かけにいくなら絶対しないであろう化粧をトウカイテイオーに施した。

 更に、トレーナーとただパフェを食べにいくだけなら着ないであろう可愛らしいワンピースを取り出して、ウキウキで出ていったのだ。

 この時点で大分掛かり気味ではあったが、彼女はまだ止まらなかった。ノンストップガールである。

 

 ──なんで、ボク食べさせあいっこなんかしたのさ……! 

 

 スターゲイザーは、今どきの女の子同士なら普通なのか……? と勘違いしていたがその疑いは正しい。

 トウカイテイオーもここまでやる気は無かった。トレーナーに対して自分のパフェを食べさせてあげるまでは良かったのだが、それ以降は完全にテンションがおかしくなっていた。

 実はトウカイテイオーが、ここのパフェを食べにくるのは初めてではない。前回、メジロマックイーンと一緒に来た時に、スターゲイザーが頼んでいたイチゴパフェを食べていたのだ。

 なので、味は知っていたし食べる意味も薄かったのだが「トレーナーにあーんしてもらいたい」という彼女の中の悪魔のささやきにより、無言でトレーナーに「あーん」をねだってしまった。

 

 ──でも、前食べたときより美味しかった気がする……

 

 やりすぎたかもしれない。あの時のボクは何していたんだと。トウカイテイオーの気持ちはぐちゃぐちゃであった。

 今何故かトレーナーと一緒に寝ている状況に、彼女の頭が逆に冷静さを取り戻し思考を加速させる。

 トウカイテイオーが寝れずにうんうんと小さく唸っていると、スターゲイザーが「んっ」と言う声と共に寝返りをうった。

 

「ピェ……」

 

 普段は絶対に見ることの出来ない、大好きなトレーナーのあどけなく、無防備な寝顔が自分の目の前にある状況に。

 トウカイテイオーはスターゲイザーを起こさないように、そっとベッドから抜け出して自室に戻るのであった。

 その後、マヤノトップガンにからかわれたのは言うまでもない。




こんにちはちみー(挨拶)
今回はなかなか早く投稿出来たと思っています。

少し下に画面をスクロールして感想評価お気に入りをしてくださると嬉しいです! 作者のモチベに繋がります!


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18.脈動─東京優駿

 トウカイテイオーが皐月賞で勝利した。

 文字に表してしまうとたったそれだけのことだが、世間は大きく動いており、具体的に言うとテイオーへの取材依頼が凄い勢いで舞い込んだ。

 それに伴い俺の仕事も増え、一つ一つお断りのメールを出すのが大変になってきた。

 何も適当に返信しているわけでは無いのだが、大体が怪しいメディアからの取材依頼なのだ。名前も聞いたことも無い雑誌や会社からくる依頼に、俺は「これは収まらないな……?」とどこか察してしまった。

 ここまで来ると、自分一人で対応するのにも限界がある。

 なので、俺は早めに対策を打つことにした。

 

「確認ッ! 取材の件に関しては私たちも協力しよう!」

 

「こちらでも確認しました。一度対策を打ちましょう。こういうのはよくあるんですよね……」

 

「ありがとうございます、理事長にたづなさん。私だけだと限界があったので……」

 

 ペコリと俺が頭を下げた相手は、低身長でまだ幼く見えるのにも関わらず、威厳を兼ね備えた少女。その正体はトレセン学園のトップである秋川やよい理事長と、緑色のスーツと帽子で着飾り、「ふぅ……」と溜息をついている女性。理事長秘書を務めている、駿川たづなさんがそこにいた。

 最初はたづなさんに今回の件に関して連絡したのだが、「丁度いいので直接話しましょう」と返信がきて、今理事長室で話し合いをしている最中というわけだ。

 

「今回の件に関してはマニュアル……というかお決まりがありますね。いえ、この為に準備していたが正解でしょうか」

 

「準備……ですか?」

 

「はい。スターゲイザーさんも見たことあるんじゃないですか?」

 

 そう言ってたづなさんが一つの雑誌を取り出して、手渡してくる。

 その雑誌には「月間トゥインクル」と銘打っており、俺でも知っているような有名な名前だった。

 月間トゥインクル──今のご時世、多くのウマ娘特集雑誌が軒を連ねている中、一番大手と言ってもいい雑誌の一つだ。毎回色々なウマ娘に焦点が当てられており、特集でインタビュー記事などが出ていたりする。

 

「実はこの記事、こちら側(トレセン学園)が全面協力して成り立っているんです」

 

「うむ! 信頼している記事を一つでも出すことによって、ファンの需要を満たすというわけだ!」

 

 なるほど…… そういう繋がりがあったのか。

 確かにトレセン学園側がバックアップすれば、出版社側もファンが満足する記事を書けてWin-Winだろう。

 トゥインクルシリーズで活躍するウマ娘はまだ未成年。

 トレセン学園側が承認している雑誌で、ウマ娘を怪しいインタビューから保護する意味合いもありそうだ。

 

「トウカイテイオーさんがよろしければ、こちらでインタビューして頂く……というのが今回の件についての対処方法の一つですね」

 

「無論ッ! そちら側が受けたくないのであれば、そのときはまた保護する! ウマ娘第一にサポートするのが私たち、トレセン学園の仕事だからな!」

 

「ありがとうございます。今回の件は一度テイオーに相談してみます」

 

 ありがたい提案を学園側から受け取ることが出来て、ほっと一息つく。これで収まればいいが……

 俺が今後について考えていると、たづなさんが「ところで」と一言添えて話しかけて来た。

 

「スターゲイザーさん。最近困っていたりしていませんか?」

 

「いえ…… 特には無いですけど」

 

「そうですか。それは良かったです」

 

 たづなさんがにっこりと微笑みながら、静かに息を吐き出した。

 最近はテイオー関連の仕事で忙しい日々が続いているが、それ以上にテイオーが活躍してて嬉しいし、満足感を得られている。なにより──

 

「楽しいですよ。トレセン学園で働くの」

 

 そう伝えしっかりと目を見て、彼女たちと向き合う。

 秋川理事長が「良好!!」と書かれた扇子をばさりと開いて、満足そうに笑った。

 その後、また最初と同じように頭を下げてお礼をして俺は理事長室を後にする。

 寮に戻るためにトレセン学園の廊下を歩いていると、見慣れたポニーテールがゆらゆらと揺れているのが視界に入った。

 

「あれ、トレーナーだ。珍しいね、ここにいるの」

 

「んまぁ、ちょっと用事があってな」

 

 俺の担当ウマ娘──トウカイテイオーが不思議そうな顔をしながら首を傾げた。

 ここで会ったのは偶然なのだが、丁度いいし今回の件に関して聞いておくか。

 

「答えるのは後でいいんだけどさ。テイオーに対して取材の依頼が来てるんだけど──」

 

「ホント!? やるやる!」

 

 俺の言葉を全て聞く前よりも早く、テイオーが食い気味に返事をしてきた。

 まぁ、正直知ってた。目立ちたがり屋でファンサービス旺盛な彼女らしいと言える。

 ウマ娘によってはメディアを嫌って基本何もしない子もいるそうだが、テイオーはそんなことは無さそうだ。

 

「なら、インタビューそのうちやるかもしれないから覚えておいてくれ。とは言っても、特に準備することは無いけどな」

 

「りょーかい! じゃあボク授業あるからまた放課後ねー!」

 

 ばいばい! と言い残すと彼女は手を振りながら駆け足で去っていった。

 気をつけてな、とだけ返して俺も帰路に着く。元気そうな彼女を見て、気力がチャージされた気がするしまた仕事を頑張るとするか。

 

~~~~~~~~

 あれから一週間後。

 取材の準備が出来たということで、トレセン学園内のとある教室に二人で一緒に向かうことになった。テイオーは勝負服とかでは無く、いつもの制服でラフな恰好だ。

 わざわざトレセン学園でやるあたり、あくまで生徒として大事に接してくれているのが分かる。

 

「ところで……トレーナーは何か答えるの?」

 

「いや俺は一緒にいるだけだよ。テイオーが主役だな」

 

「ふーん」

 

 今回は俺──トレーナーでは無く「トウカイテイオー」のインタビューだ。

 ……というより自分の方から断った。あまり目立ちたくも無いため、取材とかも受けずにただの付き添いという形になる。

 そんな感じの理由を軽く伝えたのだが、テイオーは少し不機嫌そうな顔をして耳を垂らしていた。

 

「……どうした?」

 

「べっつにー」

 

 なんか時々テイオーの気持ちが分からないときがあるんだよな…… 直接聞くのもあれだし、こっちで考えるしかないんだけど…… 今回は分からないな。

 むすっとしたテイオーを隣に携えながら、指定された教室まで辿り着き、ドアをノックした。

 中から「どうぞ」と声が聞こえたので丁寧にドアを開けると、教室の中には机と椅子が二つずつ対面形式で置いてあり、片方に女性が座っている。

 俺たちの姿を確認すると、椅子から立ち上がり名刺を取り出した。

 

「初めまして。私、乙名史悦子と申します。取材へのご協力、感謝します。お話出来ること楽しみにしていました」

 

 ラフなスーツを上に羽織り、長い髪を一つ結びにした女性──乙名氏記者が落ち着いた様子で俺たちに自己紹介してくれた。

 この仕事には慣れているのか、かなりしっかりとした印象を与えてくる。

 

「ところで……そちらのスーツのウマ娘の方は……」

 

「あ、私はですね」

 

「ボクのトレーナー! ふっふーん!」

 

「なんでテイオーが言うんだよ」

 

 何故か胸を張って、堂々とテイオーが俺を紹介してくれた。そして何で自慢げなんだ。

 

「えっと……ウマ娘のトレーナーさんということですか?」

 

「……はい。珍しいですけど、私がテイオーのトレーナーです」

 

 乙名史さんが少し困惑したような顔をしながら、俺に質問してきた。

 スーツを着ているものの、ぱっと見テイオーと同年代に見えるウマ娘がトレーナーとは思わないだろう。不格好なコスプレかと思われても仕方ない。

 ちらりと彼女の方を見ると、ぷるぷると震え出し顔を下に向けている。

 付き添いで来たけど、これは俺がいない方がいいか? 外で待ってるとか──

 

「素晴らしいですっ!!!」

 

「ピエッ!?」

 

 突然の乙名史さんの大声に、俺とテイオーが驚いて同時に耳をピンと立ててしまう。

 いきなりどうしたんだ……? 

 

「取材前にトレーナーのことは一切書かないと条件を出されて何のことかと思いましたが…… ()()()()()()()()()()()()()()

 

「え……あ、はい」

 

 なんか若干どころか盛大に勘違いされている気もするが、そこに言及してもなんか意味ない気がすると直感で悟ったので、置いておくことにする。

 テンションが高くなった乙名史さんと、すんとしてるテイオーが椅子に座って向き合う形を取った。

 乙名史さんが机の上に置いてあった黒い機械──ボイスレコーダーらしきものを起動し、ノートを広げる。準備は整ったようで、テンションはそのままだが見るからに空気感が変わった彼女が、待ってましたとばかりに口を開いた。

 

「それではこれから、トウカイテイオーさんのインタビューを始めたいと思います!」

 

~~~~~~~~

 インタビュー開始から十分程度が経過した。

 だいぶ盛り上がっており、テイオーも特に詰まる様子も無くすらすらと答えられている。

 俺は後ろで立っていながら話を聞いており、何か問題があればサポートする気ではいたのだが……

 

「なるほどなるほど…… ルドルフさんに憧れてレースの世界に入ったというわけですね!」

 

「そうなんだ! カイチョーは凄いウマ娘だってずっと思ってるよ!」

 

 これは本当に大丈夫そうだな。

 そう判断した俺は、この場から離脱しようと思い、静かに息を吐き出す。

 音をたてないようにドアを開けてこっそりと廊下に出ると、何故か明らかに場違いな恰好をしたウマ娘が立っていた。

 トレセン学園内のはずなのだが、どこか見たことのある和服に身を包み腕を組んで仁王立ちしている。

 

「なんだ、貴様も取材を受けに来たのか」

 

 鹿毛のセミロングヘアのウマ娘──皐月賞の日にテイオーに宣戦布告してきた、レグルスナムカが俺の傍に近寄ってきた。

 

「レグルスナムカか。久しぶりだな」

 

「レグルスでいい。我にも取材の依頼が入ってな、気合を入れるために勝負服を着てきたのだ」

 

 だからきっちりと仕上げてきているのか…… ぱっと見化粧までしてるっぽいし、かなり気合入ってるな。

 そう思っていると、レグルスが俺の目をじっと見つめてきた。彼女の綺麗で澄んだ目に俺の顔が映る。

 

「なぁ……何で貴様はトレーナーをやっているんだ」

 

「俺が……? そりゃ、テイオーを」

 

「いやそっちじゃない」

 

 テイオーを支えるため、と答える前に彼女に言葉を遮られる。

 そして、告げられる質問。悪意も、だが善意も無い、ただ純粋な疑問。

 

「何で貴様は、ウマ娘なのにトレーナーをやっているんだ?」

 

「それは……」

 

「……別にそれが悪いことじゃない。過去にも前例があるらしいしな」

 

 ウマ娘でありながら、トレーナー。

 俺はウマ娘であるが、純粋なウマ娘じゃない。転生者という、不純物が組み込まれている。

 テイオーと一緒に走ってトレーニングする……なんて特殊なことが出来るわけではない。

 だから──

 

 

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 その質問には答えられない。

 何か答えようと口を開けるが、言葉が詰まって出てこない。重い空気が喉を突き抜ける。

 彼女が「悪い、忘れてくれ」と言ってくれたが、俺の頭の中ではその言葉がどこか引っ掛かって。いや──楔のように離れなくなってしまった。

 

 ~~~~~~~~

 日本ダービーは、中央でも最も由緒正しき格式高いレースである。

「東京優駿」とも呼ばれるこのレースは世界的に見ても巨大なレースであり、その規模は同じG1レース「皐月賞」よりも大きい。

 その証拠に──

 

「もう……ホントに凄い人と声ですわね…… のまれてしまいそうですわ」

 

「そうだな…… さすがダービー」

 

 耳をつんざくような轟音に、見渡す限りのヒト、ヒト、ヒト。東京レース場の収容人数が十五万人でそれが全て埋まっていると言えば、その規模が分かるだろうか。

 レース前なのにも関わらずこの音の大きさなのを考えると、レースが始まったらこれまで体験したことの無い歓声が大音量で聞けるかもしれない。

 そんな東京レース場の関係者席に、白毛と葦毛のウマ娘が二人。

 白毛の方は俺だが、葦毛の方は最早おなじみになったお嬢様ことメジロマックイーン。今回は綿あめを片手に抱え、ちまちまと口に放り込むのにいそしんでいる。

 というか。

 

「何でマックイーンが関係者席にいるんだ……?」

 

「あら、前に約束したじゃありませんの。質問に答える代わりにって」

 

「それは皐月賞の話だろ?」

 

「それ以降もダメ。なんて一言も言っていませんわ」

 

「……」

 

 このお嬢様、なかなかしたたかだな…… 別に見られてもいいけどさ。

 口元についた綿あめをぺろりと舐めとる彼女を見ると、幼さと同時に妖艶さすら感じる。

 菊花賞に向けて相当研究しているのか、ここまで少し無茶な口実を作ってまでテイオーを見ようとしている様子に本気さが伺えた。

 

 それとも、俺が見られているのか? 

 

『さぁ、お待たせいたしました! 本日のメインレース、日本ダービーの開幕です!』

 

 テイオーと作戦を確認し、パドック入場を終え、ようやくダービーのゲートインの合図のアナウンスが場内に響き渡った。

 その瞬間、東京レース場が爆発したかのように揺れる。先ほどまでとは比べ物にならないほどの声量だ。場内だけでなく外からも声援が上がっており、声の層に挟まれている感じがする。

 俺はすぅと息を吸って、ターフの方に目を向けた。

 テイオーの調子は皐月賞のとき以上で、作戦も今回はしっかり練って伝えた。彼女なら、負ける要素は無いはずだ。

 

『本バ場入場です! クラシック級七千人の中から選ばれし二十人のウマ娘が、たった一つしかない優勝の枠を賭けて争います!』

 

 日本ダービーは皐月賞より二人多い二十人立て。その中でテイオーは堂々の一番人気だ。二番人気はレグルスナムカと前走で人気が出たのか、かなり注目されている。

 そのレグルスナムカが、ゲートインしているのが関係者席側からも見えた。五枠なのでどちらかというと外枠にあたるゲートに入った彼女だったが……これは。

 

「凄いオーラですわね、彼女」

 

「マックイーンも分かるのか…… なんだあれ」

 

 マックイーンが手を口に当て、感心したかのような声を漏らした。

 皐月賞のさいにも、その集中力の高さから注目していた彼女だったが、今回はそれが数段上だ。

 目の錯覚にも思ってしまうが、白い霧──オーラのような物を身にまとい、目つきが鋭くなっている。誰がどう見ても、完全に集中しきっている状態だ。

 手強いどころじゃない、もしかしたら彼女に作戦をめちゃくちゃにされるかもしれない、といった漠然とした不安すら抱いてしまう。

 

『各ウマ娘ゲートイン完了。出走の準備が整いました』

 

 最後に大外枠である八枠トウカイテイオーがゲートイン完了し、ウマ娘たちがスタートの準備を取る。

 その瞬間。テイオーがゲートの中から俺の方を見てきて、アイコンタクトでこう伝えてきた。

 

 ──大丈夫、勝つよ。

 

「──あぁ」

 

 何度やってもこのレース前の不安は取れそうにないな……悪い癖だ。

 尻尾を一度思いっきり振り、気分を切り替えた。隣にいたマックイーンが、驚いて綿あめを落としそうになっていたがお構いなしに。

 俺の方が不安になってどうするんだ。俺たちなら絶対に勝てる。そこに予想外(レグルスナムカ)があったとしても。

 

『東京レース場、芝、2400m、G1レース日本ダービー……今スタートしました!!!』

 

 ガコンとゲートが開かれた音が、良く晴れた雲一つない青空に響き渡り、ウマ娘たちが一斉にゲートから出走した。

 

『ギンネパワーちょっと出遅れたか!? それ以外は横一直線にスタートしました! トウカイテイオーも好スタートを見せています!』

 

「相変わらずスタートが上手ですわね」

 

「スタートは特に重要だからな。かなり練習したさ。特に今回みたいな大外だとなおさら」

 

 テイオーの本来の脚質は前よりの先行。差しも出来なくは無いが、今回に限っては絶対に先行の方がいいからな…… 好スタート出来て何よりだ。

 

「なるほど…… 先行策ですものね。大外だから余計に、ですわ」

 

 マックイーンの言う通り、本来大外というのは不利だ。

 何せ距離が内側より伸びる。2400mと言いながら、それ以上の距離を走らされることになるのだ。

 だが悪いことばかりではない。上手くスタートを切る事さえできれば、好きな外側の場所にポジションを取ることが出来る。

 内側は確かに距離は短いが、抜け出しにくいという問題がある。これはポジション取りを主に、レースを制するタイプのテイオーには不向きだ。

 

『現在先頭争いがシンクルスルーを中心に、三人のウマ娘によって行われております! そこから二バ身離れて、イルデサタンを中心に先行集団を形成しています! トウカイテイオーは六、七番手か!』

 

 テイオーは大外である特権を活かして、指示した先行のポジションにすんなりと収まる。

 皐月賞と同じ、外側から全体を見渡せるいい位置だ。

 第一コーナーを通過し、第二コーナーに入るまでにそれぞれのウマ娘が、自分の脚質に着くための位置取り争いを終えていた。

 逃げ、先行、差し、追い込みがそれぞれ二バ身程度離れてまとまっている状態になる。皐月賞と違う点をあげるとするならば、逃げが三人程度と少ない点だろう。

 これはあまり逃げも競り合わず、隊列は縦に伸びそうにないな。テイオーが有利に進められそうだ。

 

「まさかとは思いますが、今回も好きに走れなんて言ってませんわよね」

 

「今回は作戦しっかり伝えたぞ…… なにせダービーだからな」

 

 別にダービーが特別なG1だからというわけではない。

 このレースが今までと一番違う状況なのは「2400m」という距離だ。

 これはテイオーが経験したレースの中で最長になる。3000mの菊花賞から見たら短いものの、未経験なことには変わりはない。

 だから、今回は一番得意な脚質とペースで勝負するように指示を出した。

 下手に脚質を変えたりすると、慣れてない環境下になり余計に疲れる。考えるだけでも、脳はスタミナを消費してしまうのだ。

 テイオーは差しでも行けるのだが、大事を取って今回は一番得意な先行にするように指示した。

 

『第二コーナーを通過して直線に入ります! ここまで大きな動きがありません、どのタイミングでウマ娘が仕掛けるのか期待です!』

 

 ここまで大きな動きも無く、第三コーナー間際の坂に差し掛かる。

 一番警戒しているレグルスナムカは、大きく四つに分かれた集団の内の三番目の内側にいた。虎視眈々と前を狙っている、といったところだろうか。

 

「あまり動きがありませんわね。全体的にスローペースですわ」

 

「緊張しているウマ娘が多いのかもな。テイオーには全く関係無いけど」

 

 一生に一度しか無い、クラシック級のレースの中でもさらに最大の規模とも言える日本ダービー。その中で感じるプレッシャーは、見ている側からでは想像出来ないものだろう。

 ウマ娘たちはメンタル面でも戦わないといけないが、テイオーはその心配が一切ない。

 ……というか、彼女はプレッシャーすらも力に変えている気がする。

 期待や想い。それを自分の走りに変換出来るウマ娘は、強い。

 

『さぁ、600mの標識を通過しました! トウカイテイオー上がってきた! レグルスナムカにサクラコンゴオーの後方集団が動く! 一番先頭のシンクルスルーは逃げ切れるか!?』

 

「……また作戦通りみたいですわね」

 

「ん……? 分かっちゃうか……?」

 

「思いっきり顔に出てましたわよ。スターさん、意外と分かりやすいですわね」

 

 マックイーンが「ふふ」と少し微笑みながら、俺に指摘してくる。そんなに顔に出していたつもりは無かったが、どうやらバレてしまっていたらしい。

 実際、テイオーが仕掛ける位置もタイミングも完璧なのだ。

 残り三ハロン時にテイオーステップを解禁して、最後の坂前でスパートをかける。

 前で助走をして、坂突っ込む形を取ったのは東京レース場の坂が、皐月賞があった中山レース場よりも高低差が低いからだ。さらに、坂を超えてからは長い直線が待っている。

 早いうちに速度をあげておけば、そのままゴールにいけるという目論見だ。

 全て俺とテイオーの予想通りにレースが運んでいる。これを見て嬉しさを隠しきれないのも、多めに見て欲しい。

 

『400mを切って坂をあがってきます! トウカイテイオーが早くも先頭争い! レグルスナムカが真ん中! その後ろイイルセブンにシンクルスルーが粘っている!』

 

 最後の直線に入った瞬間、観客席からの声援がまた大きくなった。

 東京レース場は横に広いため、各ウマ娘は詰まること無く直線を走ることが出来ている。

 テイオーは少し内側におり、いつのまにかゴールまでの距離を縮めていた。最初は大外だったのに本当にテイオーはコース取りが上手いと、自分の担当ウマ娘ながら感心してしまう。

 

 最後の直線を気持ちよく走り、耳を刺激する車の窓を開けたときのような風の音が心地よい。観客席からの歓声も聞こえてくる。あぁ、このままゴール板を駆け抜けられたらどれほどの──

 

「──ッ!?」

 

 今のは何だ……? まるで俺が走ってるみたいな、いや俺は観客席にいるはず。

 その証拠に目の前に広がる光景だって──

 

「芝の上……? ターフ?」

 

 見えた景色は正面に誰もいなくて、地面はレース場の芝の上。そして、ウマ娘が走ってる速度で景色が確実に切り替わる様子だった。

 帽子を被っているはずなのに、直接耳を撫でる風の感覚に、ごぉうと聞こえる風の音。

 そこに肌を切るような速度の圧すらも感じ取れてしまう。

 しかし視界は若干ぼやけており、音にはノイズがかかったように遠く聞こえる。

 だが、これは。いや、この光景を見て、聞いているのは。

 

 ──これで、二冠目貰ったよ! 

 

「テイオー……?」

 

 テイオーの声が聞こえた。いや、直接脳に響いたと言うべきか。

 俺もぽつりと独り言を呟いてみるが、テイオーが反応する様子はない。

 自分を動かそうとしてみるが、まるで夢の中にいるみたいに体が動かせなかった。

 空に浮かんだ雲になったような、ぷかぷかテイオーの中で漂う感じ。

 この感覚……よく見る「白い夢」の中での感覚に似ている。

 俺がテイオーになった……? いや、自分の意思とは関係無く走っているのが感じ取れるから、どちらかというとテイオーと感覚共有した……というべきか? 

 全く状況が分からない、分からないけど。

 

 テイオーが上手く走れているなら、それでいい。

 

『200mを切ってトウカイテイオー先頭! 二番手レグルスナムカが懸命に後を追っております!』

 

 実況の声すら少し遠くから聞こえる。

 2と書かれた標識を通過したので、恐らく200mを切ったのだろう。前には誰もいない。

 この視線で本当にテイオーが走っているのだとしたら。

 

 ──これで、勝ちっ! 

 

「テイオーの勝ちだ」

 

 そう思った瞬間だった。

 後ろでギシリ、と何かが歪んだ音が聞こえる。それは、絶対にレースでは出ない音だった。

 仮に蹄鉄が取れて、おもいっきり曲がったとしてもこんな音は出ないだろう。

 一番近い音をあげるとしたら……空間が軋んで悲鳴をあげる音。

 

「なんだ、今の」

 

 その音はテイオーにも聞こえたのか、体の動きがほんの一瞬鈍る。

 何が起こったのか理解出来ないが、ウマ娘の本能が「やばい」と告げたのか、テイオーはそこからさらに加速した。

 

「っあああ!!!」

 

 彼女が意味も無く叫ぶ。先頭に立っていることと後続とのリードまで考えれば、このまま行けば一着でゴール出来るはずだ。

 それなのに。

 

『トウカイテイオー速い速い! 三バ身、四バ身リード!』

 

 まるで後ろから迫る未知の何かに怯えるかのように、彼女はさらにターフを踏み込み、蹴りだした。

 ぐぅと沈んだ体が跳ねて、いつも以上の力でテイオーステップを続けている。

 この状態を表すなら「恐怖から逃げる」が一番正しいだろうか。

 俺の方に、どこから現れてるのか分からない不安すらも伝わってくる。

 

『トウカイテイオー、圧勝です! 無敗のまま二冠を達成しました! この子に適うウマ娘はいるのでしょうか! 二着にレグルスナムカが続きます──』

 

 その勢いのままテイオーが、一着でゴール板を駆け抜けた。

 その瞬間、何とも言えない高揚感が沸き上がってきた。これは、ゴールをした時のテイオーの達成感か……?

 ゆっくりと速度を緩めながら、最後の加速のせいで震える足に鞭を打ちなんとか芝の上に立つ。

 そのまま上を見上げると、綺麗な青空が広がっていた。

 雲一つない空に太陽が出てテイオーを照らし、汗をキラキラと輝かせる。

 これで目標まであと一歩になった。あとは無敗のまま菊花賞を──

 

「スターさん! スターさん! ちょっと、大丈夫ですの!?」

 

「んえっ…… はっ!?」

 

「気付きました……? 気を失っていたみたいで……心配しましたわ」

 

 自分の意思で首を横に捻って隣を見ると、そわそわと落ち着かない様子で俺を見ていたマックイーンがいた。

 どうやら自分の体に戻ってこれた……のか? なかなか変な体験をしてしまった……というか何だったんだ。

 未だに混乱する頭で正面のターフを見ると、テイオーが二本指を天に掲げている。

 皐月賞、日本ダービーで二冠目という意味だろう。観客席からは大歓声が沸き上がり、テイオーの勝利を祝福していた。

 

「テイオー、勝てて良かったですわね。 これは私もうかうかしてられませんわ」

 

「無敗での三冠、取らせてもらうぞ」

 

「望むところですわ。 ところで……」

 

 マックイーンと俺が闘志をぶつけあっていると、いきなり彼女のしゅんとテンションが下がる。

 

「本当に大丈夫ですの? 何か悪かったり痛かったり、うちの主治医なら直ぐ呼べますわ」

 

「いや、大丈夫だぞ。特に体に不調は無いし……だから電話持つのやめて?」

 

 わざわざ心配してくれてマックイーンは優しいな。

 電話を構えて今にも連絡しそうなマックイーンをなんとか止めて、俺は席から立ち上がった。変な体勢で気が飛んでいたのか、ふらりと少し立ち眩みがする。

 さて……今回の主役を迎えに行きますか。

 

~~~~~~~~

「うぇ~、疲れたよぉ」

 

「お疲れ様。お帰り、テイオー」

 

「ただいま~」

 

 地下バ道の入り口から、日の光を背にテイオーが帰ってきた。

 その姿は先ほどまでターフで走っていた凛々しい姿とは違い、だらんと疲労と満足感でとろけきった年相応な顔をしていた。

 こういうのを見ると、トウカイテイオーはまだ中学生の少女なのだと少し安心する。

 

「ところで……テイオー。レース中に変な感覚しなかったか?」

 

 そう、どうしても聞いておきたいこと。先ほど襲われた謎の状態は彼女も感じていたのかどうか。

 明らかに勘違いではない出来事だったが、こんなことは聞いた試しが無い。だからなるべく情報が欲しいのだが……

 

「変なこと? あーうん…… あれがそうなのかな……?」

 

「あれ?」

 

 俺が質問すると、テイオーが歯切れが悪そうにポツポツと答え始めた。

 

「あのさ、最後の直線で200m切ったくらいかな? そこでなんか後ろで音が聞こえたというか、それで怖くなってさ。むー、なんか上手く伝えられない」

 

「あぁ、あれか」

 

「へ? トレーナーにも聞こえたの? じゃあボクの気のせいじゃなかった?」

 

「……あっ。いや、なんでも無い」

 

「その反応何さ! ちょっとー!」

 

 俺が少し失言をしてしまい、焦ってテイオーに背を向けてしまった。

 彼女が後ろで「ねぇねぇ」とぴょこぴょことしているが、取り敢えず一度無視させて貰い、頭の中で情報を整理しようと目を瞑る。

 

 まず、感覚共有の件。これは俺だけが感じたことと考えていいだろう。証拠にテイオーは何も言ってこない。あんな特殊な状況、あれば真っ先に言ってきそうなものだ。

 次に謎の音の件。こっちはテイオーも直接感じ取っていたらしい。怖かったらしいから、あのとき感じていた恐怖は間違いない。

 いやそれでも分からない…… 「だからなんだ」と俺の理性が訴えかけてくる。

 これは他の人に聞いた方がよさそうだな…… 俺だけの知識じゃ限界があるっぽい。

 

「うん…… 取り敢えずこれは保留で……」

 

「何が保留なのさ」

 

「ちょっとな」

 

 この件に関してはテイオーにはまだ伝えない方がいいな。 テイオーは菊花賞に集中して欲しいし、レース中に変なことが起きるなんて伝えて混乱させても意味がない。

 取り合えず悩みを一度考えないようにし、俺はテイオーに背を向けるのをやめて目を開けた。

 目をきょろきょろとしている彼女の頭にぽんと手を置いて、もう一度お疲れ様と伝える。

 それでテイオーは満足したのか「えへへ」と表情を崩して笑った。

 

「さて……ウィニングライブあるぞ 準備しなきゃな」

 

「りょーかい! ボクのパフォーマンスを特等席で見ててね! トレーナー!」

 

 ──ダービーの熱は収まりそうにないまま、ウィニングライブが幕を開ける。

 

~~~~~~~~

『走れ今を! まだ終われない! 辿り着きたい、場所があるから! その先へと、進め──♪』

 

 ウィニングライブ──それはレースに参加したウマ娘たちが、応援してくれたファンに対する感謝の気持ちを伝えるためのライブパフォーマンスのことだ。

 簡単に言うと、ステージで踊りながら歌を歌う。たったそれだけのことだが、この盛り上がりはレース本番に負けず劣らずだ。

 大画面のモニターに映し出されるテイオーがセンターに立ち、「winning the soul」を熱唱している。モニターだけでなく、大きなスピーカーから流し出される大音量の音楽や、ステージ場の光の派手さは、これを楽しみにしているファンもいるというのも納得のクオリティを誇っていた。

 色とりどりのサイリウムを眺めながら、俺も勝負服とは違う衣装を着て踊るテイオーを見る。

 

『涙さえも、強く胸に抱きしめ──♪ そこから始まるストーリー……♪』

 

 プロ顔負けのテイオーのダンスは、会場を一体に包み込み支配する。

 今この世界の主役は間違いなくトウカイテイオーだ。

 

 

 だから、見たくなかった。だが、見てしまった。

 俺の中にあった確かな熱が急速に冷える感じは。

 負の感情が押し寄せてくるこの感じは。

 

『果てしなく続く、winning the soul─♪』

 

 テイオーの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 




こんにちはちみー(挨拶)
そろそろ物語も大分盛り上がってきました。これからも頑張って執筆します。

少し下に画面をスクロールして感想評価お気に入りをしてくださると嬉しいです! 作者のモチベに繋がります!


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【掲示板】今年の日本ダービーについて語るスレ【ウマ娘】

掲示板形式です。苦手な方はご注意ください。


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 今年の日本ダービーについて予想するスレ

        1000コメント      564KB

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レス数が1000を越えています。これ以上書き込みはできません

 

1:名無しのウマ尻尾 ID:kplGmSUfO

ダービーが来るぞ!

 

2:名無しのウマ尻尾 ID:6tPcAVy5B

スレ立て乙

 

3:名無しのウマ尻尾 ID:YD4Cw4v8I

おつやで

 

4:名無しのウマ尻尾 ID:Udgtn9fCj

なんかちょっと立てる早くない?

 

5:名無しのウマ尻尾 ID:GurOcsFkp

あれだわ 月間トゥインクルでダービー特集の記事が載っていたらしい

 

6:名無しのウマ尻尾 ID:PyE+AK+jI

……スレ違いでは?

 

7:名無しのウマ尻尾 ID:MdGFAarir

誤差だよ 誤差

 

8:名無しのウマ尻尾 ID:vGnC7CZ2X

実際まぁ誤差

 

9:名無しのウマ尻尾 ID:LIjtT7eTh

買って無いやつおりゅ?

 

10:名無しのウマ尻尾 ID:meh9YPJaT

>>9 おりゅが

 

11:名無しのウマ尻尾 ID:5sQpZm8f/

今すぐネットかコンビニで買ってこい

 

12:名無しのウマ尻尾 ID:cF6r9oYzy

! ここからネタバレ注意です !

 

13:名無しのウマ尻尾 ID:yU3SF7fPm

ネタバレ注意喚起兄貴助かる

 

14:名無しのウマ尻尾 ID:+BN0k+r7c

まぁでも予想するスレやし…… 

 

15:名無しのウマ尻尾 ID:n0IAeh7gX

インタビュー記事から調子をチェックするプロおるな

 

16:名無しのウマ尻尾 ID:ZOjx/ovMk

で、実際分かったの?

 

17:名無しのウマ尻尾 ID:f4CPOmDUe

>>16 全然分からん

 

18:名無しのウマ尻尾 ID:Q/r0RNUKE

やりおらないマンだったか……

 

19:名無しのウマ尻尾 ID:lVmCyeHtq

ワイ、可愛いくらいしか分からん

 

20:名無しのウマ尻尾 ID:lsTjfCVNr

ふぇぇ…… 活字が多いよぉ

 

21:名無しのウマ尻尾 ID:fMAg+Fg8F

義務教育の敗北

 

22:名無しのウマ尻尾 ID:MSBuZ5bLz

トウカイテイオーのインタビュー記事いいな 質問の答えが可愛い

 

23:名無しのウマ尻尾 ID:uJxcQJYZN

なんかこういうの見ると、ほのぼのするな

 

24:名無しのウマ尻尾 ID:HhE/nLADS

ターフの上だとバチバチだしな

 

25:名無しのウマ尻尾 ID:H+fr/k5fJ

好きな食べ物はちみー…… はちみー?

 

26:名無しのウマ尻尾 ID:P75D9feKS

はちみーってなんだよ

 

27:名無しのウマ尻尾 ID:1s3dBe2Ta

>>26 蜂蜜味の飲み物があるんだよ ちなめっちゃ甘い

 

28:名無しのウマ尻尾 ID:zCzBGkhJk

はえーサンガツ

 

29:名無しのウマ尻尾 ID:hDoU0OQ3B

七味の亜種かと思った……

 

30:名無しのウマ尻尾 ID:aRf3mmPsY

やべぇの飲んでるじゃん

 

31:名無しのウマ尻尾 ID:0jEt8kIAc

トウカイテイオーの好きな人…… トレーナーとカイチョー。

 

32:名無しのウマ尻尾 ID:9BSLknnS8

カイチョーって誰かと思ったらシンボリルドルフか。注釈載ってた。

 

33:名無しのウマ尻尾 ID:SiBFL+R01

シンボリルドルフに憧れてるのか

 

34:名無しのウマ尻尾 ID:y/fYFWIY+

全ウマ娘最強じゃん そら憧れるわ

 

35:名無しのウマ尻尾 ID:S8hYZbiuO

>>34 は? 最強はナリタブライアンだが?

 

36:名無しのウマ尻尾 ID:KAn8oHhuU

>>34 あ、おい待てい マルゼンスキーかもしれないだろ

 

37:名無しのウマ尻尾 ID:F9nSHojV/

>>34 オグリキャップゥ……

 

38:名無しのウマ尻尾 ID:ah60rmohk

最強ウマ娘談義は別スレ行こう!

 

39:名無しのウマ尻尾 ID:CA2OsLwVg

すまんやで

 

40:名無しのウマ尻尾 ID:t0G7S+Y0+

ええんやで

 

41:名無しのウマ尻尾 ID:olAcMVw9B

やさいせいかつ やさしいせかい

 

42:名無しのウマ尻尾 ID:INp1gwpDQ

で、トウカイテイオーはそのシンボリルドルフに憧れて三冠目指してるって事でおけ?

 

43:名無しのウマ尻尾 ID:Fw8FpgyCE

>>42 あってると思う

 

44:名無しのウマ尻尾 ID:aAVFffEgj

このトレーナー好きって可愛いな

 

45:名無しのウマ尻尾 ID:Xxc/UrQWC

チームなのか、専属なのか

 

46:名無しのウマ尻尾 ID:sgohZKo4s

専属って稀じゃなかった?

 

47:名無しのウマ尻尾 ID:bz7+5NP/2

稀らしい? 一応数は少ないな

 

48:名無しのウマ尻尾 ID:MdHvrq08S

トレーナー写真とか載ってないの?

 

49:名無しのウマ尻尾 ID:OtPLPxCLR

載って無いな つかトレーナーのことほぼ書かれてない

 

50:名無しのウマ尻尾 ID:9OQTEp4T+

トウカイテイオーのインタビュー記事から分かるトレーナー像

・とても優秀

以上!

 

51:名無しのウマ尻尾 ID:DP2yJRIVa

実質なんも分からんじゃん

 

52:名無しのウマ尻尾 ID:ORZZIlUD3

多分恥ずかしがりやの子なんでしょ

 

53:名無しのウマ尻尾 ID:zoy6789j1

金髪幼女のスーパー美少女ウマ娘トレーナー!?

 

54:名無しのウマ尻尾 ID:/SbyBF+Is

>>53 どうしてそうなった

 

55:名無しのウマ尻尾 ID:PAA+qEIZx

>>53 そうはならんやろ

 

56:名無しのウマ尻尾 ID:cNVYPGEPH

幼女だからお外出るのが怖いってこと!?

 

57:名無しのウマ尻尾 ID:DJFM+CJVY

あーもうめちゃくちゃだよ

 

58:名無しのウマ尻尾 ID:a8ggtlb7d

話ちょっと戻すけど、ダービーおまいらの予想誰?

 

59:名無しのウマ尻尾 ID:soUDdMZ9k

トウカイテイオー

 

60:名無しのウマ尻尾 ID:kgTFtdxR4

トウカイテイオー……ですかね

 

61:名無しのウマ尻尾 ID:sdu+tCnvW

ワイは逃げのシンクルスルーを諦めていない

 

62:名無しのウマ尻尾 ID:kv0OmdlHZ

レグルスナムカもいいぞ!

 

63:名無しのウマ尻尾 ID:KE5m7v9AT

トウカイテイオー一択 夢を見させてくれワイに

 

64:名無しのウマ尻尾 ID:8SayGVXpf

まぁここで勝てば無敗での三冠王手だもんな

 

65:名無しのウマ尻尾 ID:LFQ5yDgEr

無敗の三冠達成とか激熱やぞ シンボリルドルフ以来やし

 

66:名無しのウマ尻尾 ID:kxT8XoTJB

ダービー勝てば確変チャンスや

 

67:名無しのウマ尻尾 ID:Sq1TeCaXa

ボタンを押せ! キュインキュイン

 

68:名無しのウマ尻尾 ID:LM+83w0qs

>>67 パチンコすんな

 

69:名無しのウマ尻尾 ID:akMfrGFje

ダービーが楽しみになって来た

 

70:名無しのウマ尻尾 ID:AY/XK4Hmh

ダービー開催まで夜しか眠れない件

 


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 今年の日本ダービーを実況するスレ

        1002コメント      664KB

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レス数が1000を越えています。これ以上書き込みはできません

 

1:名無しのウマ尻尾 ID:rbxtTuPFs

うおおおおおだあああびいいいいいいい!!!!!

 

4:名無しのウマ尻尾 ID:JgQrGp+u7

ダービーですよ!起きなさい!!!!

 

6:名無しのウマ尻尾 ID:f98Y0d5gS

カンカンカンカン

 

7:名無しのウマ尻尾 ID:4x93+bxFi

今日もいいペンキ☆

 

10:名無しのウマ尻尾 ID:SFvwpm6Pi

日本ダービーは東京レース場、左回り、2400m、晴れ、良バ場となっております

 

13:名無しのウマ尻尾 ID:D+qFNsv6l

解説助かる

 

14:名無しのウマ尻尾 ID:vvveOGehb

>>10 東京レース場のきついとこ教えて解説ニキ

 

17:名無しのウマ尻尾 ID:kT8yU0l4V

坂がある

 

18:名無しのウマ尻尾 ID:Fs1vE6mJ1

どのレース場にもだいたいあるだろうよ

 

21:名無しのウマ尻尾 ID:pt8btcT6T

ゴール前の最後の直線に160mの高低差1.5mの坂があるやで

 

22:名無しのウマ尻尾 ID:wNaiJZ7Zv

1.5m…… どんくらい?

 

24:名無しのウマ尻尾 ID:a/LqKOxZa

中山が高低差2.4m

 

27:名無しのウマ尻尾 ID:JOe2bpOwf

はえー じゃあ楽なんだ

 

29:名無しのウマ尻尾 ID:TKzYCuzlY

いや、東京レース場は中山より坂の距離が長い

 

31:名無しのウマ尻尾 ID:kLBL7A7sz

なるほ

 

32:名無しのウマ尻尾 ID:NUKcwqDM4

あと、坂超えたらクソ長直線あるな

 

35:名無しのウマ尻尾 ID:DZUIu4stl

東京レース場の直線は長いぞ!って事やな?

 

37:名無しのウマ尻尾 ID:ezpg/MuA9

そうそう

 

38:名無しのウマ尻尾 ID:Ebjw+Xufr

俺、バ鹿だからわかんねぇけどよ~

ゆったりと長い坂上るのきつくね~?

 

40:名無しのウマ尻尾 ID:n/d2yx+V5

きついで

 

42:名無しのウマ尻尾 ID:PsIs28iJ6

大体あってる 前もこれしなかった?

 

43:名無しのウマ尻尾 ID:a/pSew/ru

パドック入場きちゃ

 

44:名無しのウマ尻尾 ID:lX4ZA+75j

やっぱりテイオーかっこいいなぁ

 

46:名無しのウマ尻尾 ID:6/L5W0zGN

テイオーぴょこぴょこしてる…… 尻尾も……可愛いね

 

48:名無しのウマ尻尾 ID:dgS14y7hj

尻尾見えた?

 

51:名無しのウマ尻尾 ID:0Qha3pYsR

>>46 こいつ現地民か!?

 

54:名無しのウマ尻尾 ID:1zjA5V86Z

捕まえろ!

 

55:名無しのウマ尻尾 ID:4gx1/Pcd4

実況スレなんていないで現地楽しんで?

 

57:名無しのウマ尻尾 ID:orri3pEme

>>55 ド正論で草

 

60:名無しのウマ尻尾 ID:ZQzsf+y1L

優しい

 

62:名無しのウマ尻尾 ID:Mr4X9fmkI

レグルスナムカいる 凄いピリピリしてね……?

 

65:名無しのウマ尻尾 ID:0rkqFFkCn

素人目線から見てもこれはやばい 期待してる

 

66:名無しのウマ尻尾 ID:T917P7I2O

これは期待大

 

 

~~~~~~~~

133:名無しのウマ尻尾 ID:hYdbtr2A+

ゲートイン完了!

 

135:名無しのウマ尻尾 ID:XI9Y2CW6K

入っちゃう入っちゃう

 

137:名無しのウマ尻尾 ID:molDvUpAl

気持ちよくinしてください?

 

138:名無しのウマ尻尾 ID:FGpfWS21G

入っちゃったぁ!

 

139:名無しのウマ尻尾 ID:oL39h7F2h

おい汚いぞ

 

141:名無しのウマ尻尾 ID:9BYIcfbLw

通報不可避

 

142:名無しのウマ尻尾 ID:SGQML0ymn

おにいさんゆるして

 

144:名無しのウマ尻尾 ID:rjRSft+41

ゲート開くぞ

 

145:名無しのウマ尻尾 ID:qTVgT+s/J

開いた!

 

148:名無しのウマ尻尾 ID:B9VINfL6v

おっ、開いてんじゃーん

 

151:名無しのウマ尻尾 ID:J+q6ag89m

開けたんだよなぁ

 

153:名無しのウマ尻尾 ID:gTOn1S6rK

今誰か遅れんかった?

 

156:名無しのウマ尻尾 ID:uvmdNmTAg

ギンネパワーかな 他は大分綺麗なスタート

 

157:名無しのウマ尻尾 ID:rI/TF7ePy

トウカイテイオー大外だけど大丈夫かな

 

160:名無しのウマ尻尾 ID:iD6jed5Rj

綺麗に位置取りした やっぱりうまい

 

162:名無しのウマ尻尾 ID:r6MXSvwtZ

トウカイテイオーは先行やね

 

164:名無しのウマ尻尾 ID:AzcV3vtG0

逃げじゃなかった……

 

167:名無しのウマ尻尾 ID:HpotaM+9Y

>>164 おじいちゃんそれは前回確認したでしょ

 

169:名無しのウマ尻尾 ID:8EPH++5mZ

位置取り争い終わった?

 

170:名無しのウマ尻尾 ID:GAGzolXjU

大体終わったぽい

 

171:名無しのウマ尻尾 ID:8U9wmtzEa

どっから仕掛けるかな

 

~~~~~~~~

230:名無しのウマ尻尾 ID:Vu4vtKZEd

思った以上に仕掛けないな

 

233:名無しのウマ尻尾 ID:awE7SfCjJ

お、動いた

 

234:名無しのウマ尻尾 ID:9U4dQTqzZ

トウカイテイオーきちゃぁ!

 

235:名無しのウマ尻尾 ID:/J2VMRc9R

坂前からスパート?

 

237:名無しのウマ尻尾 ID:TjTsx4bw1

そっからスパートかけるのか

 

238:名無しのウマ尻尾 ID:EP0JPJFtY

トウカイテイオーの坂の登り方やっぱ上手いな……

 

239:名無しのウマ尻尾 ID:9VZMiBhKp

レグルスナムカ突っ込んできた

 

240:名無しのウマ尻尾 ID:WkHvfiQJO

レグルスナムカはっや あれこれいける?

 

241:名無しのウマ尻尾 ID:NEhNa1PlD

うおおお差せ差せ差せ!!!!

 

242:名無しのウマ尻尾 ID:0MQSZi3ML

残り200m!

 

244:名無しのウマ尻尾 ID:mgqqoXgla

は?

 

246:名無しのウマ尻尾 ID:J/B9F+lOZ

え?

 

249:名無しのウマ尻尾 ID:dd2h6VQ+z

ん?

 

252:名無しのウマ尻尾 ID:I9Q2EvVcW

ちょっと待ってなんでトウカイテイオー加速してるの?

 

253:名無しのウマ尻尾 ID:PAT1I860K

えぇ……

 

254:名無しのウマ尻尾 ID:IfF39c+tt

あれ、全力じゃないのか

 

255:名無しのウマ尻尾 ID:IDXlVGqn7

先頭から更に先頭を譲らないスタイル

 

257:名無しのウマ尻尾 ID:sBXYIIa39

うそでしょ……

 

258:名無しのウマ尻尾 ID:gl1gEdWwv

どういうことなの

 

259:名無しのウマ尻尾 ID:YRpT98NmJ

分からん なんもわからん

 

261:名無しのウマ尻尾 ID:QmZhogjW9

あ、ゴールした

 

263:名無しのウマ尻尾 ID:ZGa2frCma

終わっちゃった……

 

264:名無しのウマ尻尾 ID:SzkY8MOWn

トウカイテイオー一位 四バ身差……?

 

265:名無しのウマ尻尾 ID:iCQAno7cV

つyyyっよ

 

267:名無しのウマ尻尾 ID:1k/Oj4bH5

つおい

 

268:名無しのウマ尻尾 ID:qTU8nD6/5

なにこれ化け物か?

 

269:名無しのウマ尻尾 ID:F2BFNVAUl

これが無敗の三冠ウマ娘ちゃんですか‥‥…?

 

270:名無しのウマ尻尾 ID:Ct7Q1jGo2

まだだけどこれ菊花賞勝ったろ

 

273:名無しのウマ尻尾 ID:mBmiY092K

レグルスナムカ二着 でも何かを感じる走りだった

 

274:名無しのウマ尻尾 ID:fng7zlN2w

>>273 わかる なんかぐわって感じがする

 

275:名無しのウマ尻尾 ID:PU5zkh3Lc

菊花賞も楽しみやなぁ

 

~~~~~~~~

970:名無しのウマ尻尾 ID:iQ3r6K/Pf

ウィニングライブ良かったぁ 綺麗なダンスやった

 

971:名無しのウマ尻尾 ID:I7xtveQqJ

大迫力!音声!ダンス!

 

972:名無しのウマ尻尾 ID:e2kVscCn/

現地で聞くと気持ちよかった

 

973:名無しのウマ尻尾 ID:SRPdU97QG

裏山~~~

 

974:名無しのウマ尻尾 ID:Ob7RRO0+d

ところであの子いた?

 

975:名無しのウマ尻尾 ID:ty6qBOp+J

>>974あの子?

 

976:名無しのウマ尻尾 ID:qgCyaPxO/

>>974誰だよ

 

977:名無しのウマ尻尾 ID:vU0F96uCg

ほら、テイオーのトレーナー

 

978:名無しのウマ尻尾 ID:yr1jZLUi3

あー……

 

979:名無しのウマ尻尾 ID:e4nquyjTb

絶対金髪幼女ウマ娘だぞ

 

980:名無しのウマ尻尾 ID:dFCh6yRZ2

また言ってる……

 

981:名無しのウマ尻尾 ID:lkqk4HY7/

輝いて見えないんでしょ

 

982:名無しのウマ尻尾 ID:o0J5z4wnk

輝きちゃん……?

 

983:名無しのウマ尻尾 ID:e46AUgPLS

なんかダサいな

 

984:名無しのウマ尻尾 ID:B3d1pdhJ0

せめてスターちゃんとか?

 

985:名無しのウマ尻尾 ID:5ZmAejnZd

>>984 ええやん

 

986:名無しのウマ尻尾 ID:rwT8/hMF0

>>984 シンプルでいい

 

987:名無しのウマ尻尾 ID:XYL4c+8wb

スターちゃんって言う金髪幼女ウマ娘がテイオーのトレーナーでおk?

 

988:名無しのウマ尻尾 ID:EHzlHX/bc

これで外に出てくれたとき全く違ったらウケる

 

989:名無しのウマ尻尾 ID:kLnTjiqvg

スターちゃん応援会

 

990:名無しのウマ尻尾 ID:81cEP4JUl

スターちゃん可愛かったです

 

991:名無しのウマ尻尾 ID:89dTxw9oE

>>990 早速幻覚見てる奴おるな

 

992:名無しのウマ尻尾 ID:kH+Qu/++N

仮置き スターちゃんという事で……

 

993:名無しのウマ尻尾 ID:qm1Ycdzhq

誰かイラスト待ってる

 

994:名無しのウマ尻尾 ID:lVJkCZURv

やば、そろそろスレが終わる

 

995:名無しのウマ尻尾 ID:j9a8jmDdM

次スレじゃ、次

 

996:名無しのウマ尻尾 ID:9Oqs0VBmV

>>1000なら寝る

 

997:名無しのウマ尻尾 ID:V/eODoE77

>>1000なら菊花賞テイオーが勝つ

 

998:名無しのウマ尻尾 ID:gZRHVMCxw

>>1000ならスターちゃんが幼女

 

999:名無しのウマ尻尾 ID:Cz1k+P68u

>>1000なら菊花賞は大荒れする

 

1000:名無しのウマ尻尾 ID:wg1kgw01

>>1000なら菊花賞は何か起こる

 

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こんにちはちみー(挨拶)
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19.分かっている者

 テイオーの左足への力のかけ方が、明らかにおかしい。

 

 それに気づいたのはライブ中の出来事だったため、すぐにテイオーのもとに駆け付けて何かするってことが出来なかった。

 本来であれば楽しんでいたはずの時間に、ずっと自責の念が漂う。

 もっと早く気づいていれば、ライブ前に止めることが出来たんじゃないか。病院に連れて行くのが遅くなってしまった結果、足の怪我が重くなってしまったら。

 いや、それよりもっと前。指導方法が最初から間違っていたとしたら……? 

 そんなことを考えながらライブを眺めていたのだが、我慢することが出来ずに俺はテイオーが歌っている最中にこっそりと抜け出し、ライブの控室に来てしまった。

 正面で彼女の歌を聞けないのは残念だが、そこは許してもらおう。それよりも足が心配だ。

 

『果てしなく続く、winning the soul─♪』

 

 バックルームにいても、彼女の綺麗で元気な歌声が聞こえてくる。

 俺はこの声が大好きだ。テイオーが感じたレースに勝った喜び、ライブの楽しさが歌声を通して伝わってくる。それは俺だけでなく観客にも伝わっていたみたいで、会場の盛り上がりは最高潮に達していた。

 

『Woh、woh、woh……♪』

 

 観客席で光り輝くサイリウムが歌声に合わせて輝き、揺れる。

 控室は一応少しだけ外の光景が見れるのだが、それでもとても綺麗な光景だった。

 ステージの上でテイオーがマイクを持ちながらステップをし、くるっとターンしてポーズを取る。

 その瞬間、東京レース場から大歓声が湧いた。耳を大きく刺激するほどの轟音は、レースのゴール時の歓声に負けず劣らずの大きさだ。

 ステージ上では曲が終わったことで、歌っていたウマ娘達が観客に対して一度お辞儀をして退場した。

 

「あれ、トレーナー? なんでこんなところにいるのさ」

 

 本日の主役──トウカイテイオーが俺に気づいたのか、スタッフに貰ったタオルを肩にかけながら俺の方に近づいてくる。

 ライブの後のためか汗をかいており、もくもくと湯気を出しそうなほど体が熱くなっているのが分かった。

 

「ごめん、テイオーちょっと見るぞ」

 

「へっ? あっ、ちょっと待って」

 

 テイオーの静止も聞かず一度しゃがみ、テイオーの左足をじっと見つめる。

 怪我していた場合触るわけにはいかないので、観察しているだけなのだが……

 

「なんかちょっと恥ずかしいんだけど……」

 

 それでも少し恥ずかしいらしく、テイオーが足を閉じてもじもじと足を擦り合わせる。

 パッと見た感じだが、外傷らしきものは見当たらない。となると……

 

「テイオー、左足痛まないか?」

 

「左足? ん……ちょっと痛む、かな? でも全然へっちゃらだよ!」

 

 テイオーがその場で大丈夫だとアピールする為か、たたんとステップを取る。

 いつも通りの軽やかなステップ。

 外部的な傷ではないとすると、疑ったのは内部的な骨の怪我。だが仮に骨が折れていたりなどしたら、こんなステップは出来ないだろう。取り敢えず骨折とかでは無さそうだが……

 

「病院いくぞ」

 

「病院!? そんな重症じゃないってば」

 

「ダメ。一番大事なのはテイオーの体だしな」

 

 俺はトレーナーではあるが、医療の面においては素人に近い。せいぜい擦り傷などを治療出来るくらいだ。

 どんなことがテイオーの体に起こっているか、流石に俺の目でも分からない。

 その為に医者がいるって言っても過言ではない。餅は餅屋だ。

 

「すみません。テイオー病院に連れて行きますので、今日は失礼します。ライブお疲れ様でした」

 

「あっ、トレーナー! 待ってよ!」

 

 その場にいたスタッフの方と先ほどまで一緒に歌っていたウマ娘の方にお礼を言い、控室を後にする。

 テイオーは一応気にしてはいるのか、なるべく左足に力をかけないような歩き方でゆっくりと出てきた。

 その後俺はトレセン学園に連絡して車を手配し、テイオーを病院に連れて行くのであった。

 

~~~~~~~~

「もー、トレーナー大げさだよー。別にボクは何ともないってば」

 

「そうは言ってもな……」

 

 病院まで車で送って貰った後、テイオーの症状をお医者さんに伝えたところ、レントゲンを取ることになった。

 今はそのレントゲン撮影が終わり、写真をお医者さんが見ている状況だ。

 

「トウカイテイオーさん」

 

「何?」

 

 お医者さんが回転式の椅子をくるりと回して俺とテイオーの方を向く。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「軽い捻挫ですね。恐らく力をかけすぎたことが原因です」

 

「良かった……」

 

「ねー言ったでしょー! 大丈夫だって!」

 

 俺がほっと安堵の息を吐くと、テイオーが俺の肩をポンポンと叩いてくる。「ほら見なよ」と言わんばかりだ。

 まぁ、でも本当に軽い捻挫で良かった。これで骨折なんかだったら目も当てられない。

 お医者さんが言っていた原因……恐らくだが、ダービーの最終直線で思いっ切り足に力をかけてたことを指しているのだろう。つまりあの急加速は、かなり無茶をしていたということになる。後で少し指摘しとくか……

 

「トウカイテイオーさん、取り合えず二、三週間は激しい運動を控えて下さい」

 

「え」

 

 そんな安堵したテイオーに、お医者さんが彼女にとって無慈悲な宣告を告げる。

 当然だ。ウマ娘にとって一番大切な部位の怪我。安静にしなくては。

 が、彼女は納得できていないようで不満の声をあげてた。

 

「えー、なんでさ! ボク走れないのやなんだけど!」

 

「悪化するからです。安静にしててください」

 

「やだやだやだやだ!!!」

 

 テイオーが聞き分け悪く、だだをこねる。前回、走るのを禁止した時以上の抵抗度合いだ。

 恐らくここまでテイオーが嫌だと言うのは、時期的な問題だろう。

 皐月賞に日本ダービーを順調に勝ち進めて、無敗の三冠ウマ娘まであと一歩の所で、走るのを禁止だ。本来であれば、一日も無駄にしたくない時期でもある。

 しかし、今ここで無理をして足を壊してしまっては元も子も無い。

 これに関しては、テイオーも分かっているはずだ。

 

「テイオー」

 

「うっ…… 分かったよ、トレーナー……」

 

「よろしい」

 

 納得してくれたのか、テイオーがしぶしぶといった感じで頷いた。

 良かった、分かってくれたみたいだ。

 

「それでは、痛み止めの注射をしときましょうか」

 

「え」

 

 お医者さんがそう言った瞬間、テイオーが固まった。

 隣に視線を向けると、彼女の顔がこの世の終わりを告げられたような表情になっている。

 え、いきなりどうした……? 

 

「ト、トレーナー。走るのは我慢できるからさ、お注射だけはどうにかならない……?」

 

 いや、まさか。これが事実だったら本当に意外というか。

 

「テイオー、注射苦手なのか……?」

 

 俺が尋ねた瞬間、彼女が静止するのをやめてびくりと震えた。

 どうやら図星だったらしく、テイオーの尻尾ががくがくと震えている。今まで見たことの無い尻尾の動きで、まるで一昔前の壊れた機械のようだ。

 そして俺の服の裾をきゅっとつかんで、上目づかいで俺の顔を見つめてくる。

 その目は潤んでおり、助けを求めているようだった。

 

「あの……お医者さん。注射は必須ですかね……?」

 

「必須……とはいいませんが、痛み止めですのでこの後打っておけば色々楽になりますね」

 

「そうですか……」

 

 つまり今少し痛い思いをして、この後楽になるか。それとも今打たずに、この後辛い思いをするか。

 このテイオーの様子を見るに、本当に注射が苦手なのだろう。そろそろ泣きそうになってるし。

 でも──

 

「お医者さん、注射お願いします」

 

「うぇー!? トレーナーの裏切りものー!」

 

 テイオーが俺を非難してくるが、今後のことを考えているからこその選択だ。

 とは言ってもこのままだとテイオーが損して可哀そうだし、何かご褒美でも準備してやるか。

 

「分かった。これ我慢出来たら、俺がなんでもしてあげるから」

 

「え?」

 

「はちみー奢るとかでもお出かけにでも付き合うよ。だから今は頑張れ──」

 

「すみません。今すぐお注射お願いします」

 

 俺がそう約束してあげた瞬間、テイオーが今までのビビりっぷりはなんだったのかキリっとした顔で、お医者さんと正面で向き合った。

 注射が刺されるであろう左足を前に突き出し、準備万端といった感じだ。

 それを見たお医者さんが早速と言った感じで、左足にアルコール消毒をし注射を突き刺した。

 

「ぴゃあああああああああ!!!!!」

 

 よく頑張ったな、テイオー。

 

~~~~~~~~

 あの熱狂した日本ダービーが終わってから、一週間が経過した。

 お医者さんから走るのを禁止されたテイオーだが、今のところ大人しく過ごしている。

 これは俺が足に負荷がかからないトレーニングを、彼女にやって貰っているのも大きいだろう。

 それでトレーニング欲を発散して貰っているのだ。勿論、いつもよりは軽めなトレーニングなのだが。

 そんな平日を過ごし、今日は日曜日で休み。

 そのためベッドの上でごろごろしようとしていたのだが、テイオーにお出かけに誘われてしまったため外出の日になった。

 朝起きてもはや私服になっているスーツを着用し、集合場所に指定された寮の前に向かう。

 いつもの革靴を履いて寮のドアを出ると、テイオーともう一人のウマ娘がそこにいた。

 オレンジ色の綺麗な髪色に、伸ばしたロングヘアとちょこんと乗った二つ縛りの髪が特徴的なウマ娘。

 俺はそのウマ娘と直接話したことは無いが、名前は知っていた。

 

「初めましてだね! スターちゃんのことはテイオーちゃんからよく聞いてるよ!」

 

 そうフレンドリーな挨拶をしてきた彼女の名前はマヤノトップガン。

 テイオーの寮の同室の子ということもあり、よく話の中で彼女の名前を聞いていたのだ。

 それに彼女はテイオーと同時期にデビューしたウマ娘で、ライバルでもある。

 テイオー曰く「何でも出来ちゃう子」らしく、彼女と同じで天才タイプのウマ娘なのだろう。

 だが、不思議と彼女がG1レースを目指しているとは聞かない。何をするか分からない爆弾、といった所だろうか。

 それに彼女は()()()()()()()()()()とテイオーに言っているらしい。わざわざ伝えるあたり少し疑問を覚えるが、天才型の手ごわいライバルが一人減るのはありがたい。

 ……まぁ、菊花賞に出れるウマ娘には天才しかいないのだが。G1レースは、全ウマ娘のほんの一握りだと言うことを忘れてはいけない。

 俺が思考にふけっていると、私服姿のテイオーが話しかけてきた。

 

「じゃあ、行こっか! 今日は都会に行くよ~」

 

「テイクオーフ! スターちゃんも今日はよろしくね!」

 

 そう言えば、今日はどこに何をしに行くか聞いてなかったな。

 マヤノトップガンが着いてくるとは聞いていたのだが、それ以外は分からない。

 多分、保護者的な立場だろう。荷物持ちもウマ娘なら重い物も持てるし、俺は二人の後ろから着いていくことにしよう。

 そう思いつつ元気な彼女達の後ろをついて行こうとすると、とあることに気付いた。

 

「あれ、テイオーが帽子なんて珍しいな」

 

「ん? あぁ、これ? 変装だよ、変装! ボク一応有名人らしいからさ」

 

「あぁ……なるほどな」

 

 テイオーの格好はラフなTシャツに動きやすそうな短パン。そして、ポニーテールを後ろから出せるようなキャップ型の帽子を被っていた。

 

「マヤが注意したんだよね。テイオーちゃん目立つから変装した方がいいよーって」

 

 帽子だけで誤魔化せるかは少し不安だが、つばがある帽子なら多少なりとも顔が隠れるし効果はあるのだろう。

 俺も帽子被ってるしなと思っていると「それに」テイオーが付け加えてきた。

 

「サングラスもあるよ! どう? かっこいい?」

 

 どこから取り出したのか黒いサングラスをすちゃっとはめたテイオーが、俺の方を決め顔で見てくる。

 親指と人差し指を突き出し、ピストルの形になった手を顎に当ててきらんと効果音が鳴りそうなポーズをとった。

 だが、正直。

 

「テイオーにはサングラスは微妙じゃないか……?」

 

「うっ…… そっか……」

 

「もう、スターちゃん! そういう時は似合ってるっていうんだよ!」

 

 なんと言えばいいのか、アンバランスというか。とにかく少しばかり似合っていない感じがする。

 感想をテイオーに聞かれたので、俺は正直に答えたのだがどうやらダメな答え方だったらしく、マヤノトップガンから文句を言われてしまった。

 テイオーがそっとサングラスを取り外して、持っていたバックにしまう。そして、パンと自分の顔を叩いて口を開いた。

 

「さぁ、出発しようか……」

 

 ごめん、テイオー。俺が悪かった。

 

~~~~~~~~

 俺は行き先が分からないため、彼女達に案内されて電車に揺られること約三十分程度。

 やって来たのは、東京都内のとある場所。トレセン学園がある場所とは違い、高い建物に人が歩道を埋め尽くすほど多い都会って感じの場所だ。

 駅から出ると、まわりには人、人、ウマ娘と色んな物が目に入り酔ってしまいそうだ。とは言っても、レース場のG1と比べたら可愛いものなので俺も少し毒されてきているかもしれない。

 

「で、最初はどこにいくんだ?」

 

「最初はねー、ここ!」

 

 テイオーが指さした場所は、先ほど出てきたばかりの駅。

 一瞬頭の中にはてなマークが浮かんだが、すぐに納得する。きっと駅内にある施設を指しているのだろう。何があるのか分からないが、俺は二人の邪魔にならないように後ろで待機しているとしますか。

 そう思っていたのだが──

 

「じゃあ、スターちゃんの私服選び始めようか!」

 

「え?」

 

「トレーナー、私服それ(スーツ)しかないでしょ? ボクたちが選んであげるよ!」

 

「いや、困って無いし。大丈夫だが」

 

 ──何故か俺の私服を選ぶ方向に話が進んでいた。

 

 二人に連れて来られたのは、正しい読み方がよく分からない名前の商業施設。

 中に入ってみると多くの女性用の服や雑貨が並んでおり、今どきの若い子が訪れそうなお店がずらりと並んでいた。

 やたらいい匂いがするショッピングモールの中を三人で歩いていたのだが、何故こうなった。

 

「それより二人の洋服買ってきたらどうだ? 俺は待ってるからさ」

 

「ダメだよ。今日はトレーナーの洋服を買いにここに来たんだから」

 

「それまたなんで……」

 

「トレーナー、この前の約束覚えてる?」

 

 約束……というと病院でした「何でもする」って奴か。

 なるほど、ここにそれを持ってくるのか。いやそれでも納得できない部分がある。

 普通なら俺の私服を選ぶとかでは無く、テイオーの私服を買うとかでは無いのか? 

 俺が訳も分からずに悩んでいると、それを見たテイオーが察したのか俺の疑問に答えた。

 

「ボクが選びたいからいいの! トレーナーは美人だから勿体ないでしょ!」

 

「……テイオーの方が可愛いと思うけどな」

 

「ぴえっ ま、まぁそれほどでもあるけどね!?」

 

「うーん、テイオーちゃんはカウンターに弱いね!」

 

 マヤノトップガンがにやにやと笑いながら、顔が赤くなっているテイオーを見つめる。

 俺のどこがカウンターだったのか分からなかったので首をかしげていると、テイオーが「こほん」とわざとらしく咳払いをし、この場を仕切りなおした。

 

「さぁ、トレーナーの服を選んで行こうか!」

 

 ぎゅっと俺の手を掴んで、お店の方に引っ張ってくる。その後ろからマヤノトップガンがついて来ていた。

 色々な服があるせいでやたらキラキラしているお店の中をテイオーに連れられて歩き、到着したのは試着室。

 

「じゃあボクたち服選んで来るから、トレーナー待っててね!」

 

「マヤたちが可愛いの選んであげるからね!」

 

「え、あの……お手柔らかに……」

 

 びゅんとそのままお店の中に消えていく二人を見守りながら、俺は試着室にぽつんと取り残されるのであった。

 俺……スカートも着たこと無いんだけど……

 

 ~~~~~~~~

 そこからの記憶は曖昧だった。

 お店の中に消えた二人が戻ってきたと思ったら、山盛りになった洋服がかごの中に積み重なっており、一体俺にどれだけの服を着せるのかとぶるりと身震いした。

 

「じゃあ始めはマヤからね。はいこれ」

 

 そう言われて渡された物を手に受けとって試着室に入り服を広げると、口から「んぐっ」という声が出た。

 え、これ着るの……? 

 

「なぁ、これ本当に着なきゃダメ……?」

 

 俺が試着室のカーテンから顔だけ出して、きゃっきゃっと話してた二人に尋ねてみたのだが、テイオーが「めっ」という顔をしてきた。

 

「トレーナー、約束したでしょ」

 

「うっ……」

 

 それを出されると俺は弱くなってしまう。だが約束は約束だ。しっかり守らなくては。

 試着室から顔をだすのをやめて、意を決してスーツを脱ぎ始める。

 しわにならないようにハンガーに服をかけて、丁寧に保管した後に渡された服を着てみる。

 あれこれなんか、短くね。これであってるの? 

 

「あの着終わったんだけど…… その……へそ見えて……」

 

「あってるよ! マヤはこういう服がスターちゃんに似合うと思ったんだよね!」

 

 どうやら服のサイズが間違ってるという訳では無く、こういう格好らしいのだが……

 やばい凄い恥ずかしい。

 

「もう、トレーナー。恥ずかしがらずに見せてよ!」

 

 テイオーが試着室のカーテンをばさりと開いて俺の姿が二人の前に露わになる。

 うぅ…… これ、こういう服装だと思っても恥ずかしい……

 

「マヤノ」

 

「何? テイオーちゃん」

 

「あとではちみー奢ってあげる」

 

「わーい、テイオーちゃんやっさし~」

 

 渡された服はホットパンツにヘソが見えるTシャツで、俺のお腹がはっきり見えてしまう。

 とにかくお腹周りがすーすーして、凄く不安になる。これで人前歩くのは無理、と俺の本能が訴えていた。

 

「はい、終わり! 次あるなら次にして……」

 

 俺がじろじろテイオー達に見られるのに耐え切れずに、しゃっと勢いよく試着室のカーテンを閉める。

 二人が外で「えー」と言っているが勘弁してほしい。俺が耐えられない。

 

「じゃあ、次ボクね! はい、トレーナー」

 

 テイオーが差し出してきた服が、カーテンの隙間から渡される。

 それを受け取って広げるとまたしても「うぐっ」という声が出た。

 絶対俺が服を買う時になっても一人では選ばないタイプの服。いや先ほどの服もそうだったのだが、こっちは更に着ない──というか俺に似合わないだろ……

 しかし約束してしまったし、渋々ながらマヤノトップガンセレクトの服を丁寧に脱いで、テイオーセレクトの服を着る。

 一応備え付けられた鏡で変な所が無いことを確認しつつ、カーテンをゆっくりと開いた。

 

「き、着たぞ」

 

 テイオーに渡されたのは淡い水色のワンピース。まるで清楚なお嬢様、それこそメジロ家のウマ娘が着そうな服を渡されてしまい、少しばかり困惑している。

 というか、地味にスカート初挑戦ということもあり足元が不安で仕方ない。ワンピースなので大分丈は長いのだが、これ以上に短いトレセン学園の制服とか絶対着れないと思ってしまう。

 不安な気持ちで二人の前に出たのだが、どうやら似合ってるらしくマヤノトップガンが両手を目の前で合わせながら誉めてくれた。

 

「スターちゃん、すっごい似合ってるよ!」

 

 そう言われても恥ずかしいものは恥ずかしいし、とにかく落ち着かない。

 赤くなってそうな顔を自分で自覚していると、テイオーが何も話していないことに気付いた。

 気になって彼女の方を向くと、どうしてかぽかんと口を開けたまま固まっている。

 

「テイオー大丈夫か……?」

 

「……はっ! 危ない……幻覚見えてたよ」

 

「本当に大丈夫か、テイオー」

 

~~~~~~~~

 その後、二人の着せ替え人形にされた俺は色々な服を着せられてしまった。

 何故かやたらふりふりが多いゴスロリっぽい衣装や、タイツスカートジャケットを組み合わせたものなどなど。人生の中で一番着替えたんじゃないかってほど、服を着てしまった。

 で、結局最後の方は自分で私服を買うことになったのだが。

 

「本当にそれで良かったの? トレーナー」

 

「これくらいのが俺に丁度いいよ…… あれはまだ早すぎる」

 

 自分で選んだのは落ち着いた紺色のパーカーに黒っぽいジーンズ。全体的に男性っぽい服装だ。

 これを選んだ時に二人からは「えー」と言われてしまったが、着てあげたら何故か納得してくれたので助かった。

 個人的にはパーカーを被れば、髪を隠せるのが気に入っている。

 ちゃっかり個人的にも服を買っていたのか、テイオーとマヤノトップガンも紙袋を携えながら俺の前を歩いていた。

 時計を見てみると、時間はちょうど昼の十二時頃。ご飯の時間帯だが、二人は何か考えているのだろうか。

 

「そろそろご飯にしよっか! マヤね~、隠れ家的な喫茶店見つけたんだ~」

 

 どうやらマヤノトップガンが案内してくれるらしく、テイオーと一緒に彼女について行く。

 服を買ったショッピングモールから歩くこと数分。やってきたのはまたとあるビルの中だった。

 先ほどの服が入っていたビルとは全く違い、お店とか何も無さそうなしんとしたビルで本当にここにあるのか心配になる。

 だが、マヤノトップガンの様子を見るに間違ってはいないようで、エスカレーターで上の階に向かっていると、唐突にお店のメニューが書かれた看板が出てきた。

 

「ここだよ! 割と有名で混んでるときは混んでるんだけど今日は空いてるみたいだね!」

 

「こんなところに喫茶店なんてあるのか……」

 

 ビルの中に違和感を感じるほどまでのおしゃれな喫茶店が存在しており、テイオーも驚いたのか「はえー」なんて声を出している。

 店員さんに人数を伝えて席に案内されると、まず真っ先に目に飛び込んできたのは色鮮やかな飲み物の写真だった。

 マヤノトップガン曰く、ここはスイーツが有名らしく今回はそれを食べに来たらしい。

 テイオーが目を輝かせながらメニュー票を見ているが、俺はそれよりも今どきの子はスイーツで昼ごはんをすませるのか……と少し驚いてしまった。

 ウマ娘なのに大丈夫なのかなとも思ったが、今日はそこまで動いていないからなのかもしれない。ウマ娘がお腹いっぱい食べようとすると、かなりの値段がかかるしな。

 俺も彼女達にならって、二つスイーツを注文することにする。彼女達もそれは同じだったのか、図らずとも全員が同じ注文になってしまった。

 店員さんに注文を伝えて、待つこと数分。運ばれてきたのは、青色のクリームソーダと銀色のお皿に乗っかった固そうなプリンの二つだ。

 

「わぁ~ ウマスタで映えそう!」

 

 マヤノトップガンとテイオーが携帯を取り出して、ぱしゃりと写真を取る。

 プリンの方はまだ普通の見た目なのだが、クリームソーダの方が少し変わっていた。

 綺麗な青色の層になったゼリーの上に丸いアイスが一つ載っている。更に、青色のジュースらしき液体が別の容器に入って運ばれている。

 これはどうやって食べるのが正解かと悩んでいると、マヤノトップガンが正解を教えてくれた。

 

「これはねー、最初に上の部分食べて、ある程度減ったらジュースを入れてストローで吸うんだよー」

 

 どうやら上のアイスの部分だけを先に食べるらしく、一口食べると自家製なのだろうか。市販のアイスとは違った味わいが口の中に広がった。

 アイスの部分を掘り進めてゼリーの層まで辿り着いた後、付属の青いジュースを流し込むとしゅわしゅわと音が鳴る。

 一風変わった飲み物を作り上げて、ストローで飲んでみるとソーダの風味とゼリーの感触が同時に味わえて更に美味しい。

 なるほど。見た目も華やかでこれは写真映えするし、美味しいから若者に人気なのが分かる。

 テイオーとマヤノトップガンの二人も、美味しそうに耳をピコピコさせながらスイーツを食べている。

 プリンの方もスプーンですくってみると、市販で売っている物とは全く違い、しっかりとした固さを持っていて食感も口の中に残るほどだった。

 昔ながらの喫茶店のプリンって感じがして、これも美味しい。何より付属のカラメルがほどよく絡んで味わい深いのがとてもいい感じだ。

 

「美味しいね、トレーナー!」

 

「あぁ、これ美味しいな」

 

 最近実は趣味としてパフェを一人で食べていたりしたのだが、こういったスイーツを探してみるのも悪く無いと思った。美味しいスイーツ巡りならテイオーとかと一緒に行けるしな。

 三人でおしゃれな喫茶店で美味しいスイーツを食べ終わり、お会計後にその場を後にする。

 時間としては午後一時頃。寮に帰るにはまだ少し早い時間になるが、またどこか行くのだろうか。

 

「次はね~映画! マヤが前から注目してたアクション映画があるんだよね!」

 

「もしかしてあの有名な映画? ボクも見たいと思ってたんだよね!」

 

 そうマヤノトップガンが言ったタイトルは俺が生まれる前に上映していた作品の数十年越しの続編タイトルで、今世間で大盛り上がりを見せている映画の名前だった。

 映画に詳しくない俺でもその名前だけは知っているような、ビックタイトルの映画だ。

 彼女曰く、別に前作を見なくても十分楽しめるらしく今回のお出かけの際に選んだという。

 その計らいに感謝しつつ、喫茶店を出て近くにあった映画館に向かいチケットを購入する。

 

「二人はポップコーンとかいる? ボク買ってくるよ?」

 

「マヤ、テイオーちゃんとポップコーン分ける感じでいいよ!」

 

「俺はいいかな。何も無しで」

 

 テイオーが「分かった」と言い俺達の希望を聞いて、飲食品が売っているコーナーの列に並んでくれた。列にはかなりの人数が並んでおり、買うまで少しだけ時間がかかるだろう。

 そうなると必然的に、マヤノトップガンと二人きりになる。個人的にはあまり話したこと無いし、何を話せばいいのか──

 

「ねぇ、スターちゃん」

 

「ん?」

 

「マヤに何か質問あるんじゃないの?」

 

 ……無いと言えば嘘になる。聞く機会が無かっただけで、個人的に疑問に思っていたこと。

 が、これに関しては誰にも伝えていないし閉まっておこうとすら思っていたのだが……

 

「なぁ、マヤノトップガン」

 

「マヤでいいよ」

 

「じゃあ、マヤ。マヤは──何でG1レースに出ないんだ?」

 

 今まで彼女はG2までのレースにしか出ていない。勝利を納めていないならともかく、マヤはG2のレースでしっかり勝っている。

 だが、不思議とG1レースに出走するという情報は聞かない。

 俺はテイオーの同期のウマ娘は基本調べていて、テイオーの話によく上がるマヤのことは他のウマ娘より調べていたのだ。

 しかし、彼女の行動がふわふわしすぎている。

 距離は中距離なのだが、彼女のラップタイムに上がりハロン、脚質があまりにも「ムラ」がありすぎたのだ。

 まるでわざと負けているかのレースまであるかのような──そんな考えまで浮かんでしまう。

 

「ん? あぁそっち?」

 

 俺が気になったことを正直に質問したのだが、マヤがまるで興味をなくしたみたいにすんとした表情になってしまった。

 彼女が「んー」と首を可愛らしく傾げながら小さな口を開いて語り始めた。

 

「そっちはね。マヤが分かってるからかな」

 

「分かってる……?」

 

「そう。マヤが話に介入しないようにするため……って感じ? だから菊花賞にも出ないんだよ」

 

 さっぱり分からない。

 話が全く通じていなさそうなのだが、何故か全て繋がっていてマヤの答えが全てである。そんな感覚に襲われる。

 正直、怖い。さっきまで活発で元気なマヤはどこに行ってしまったのか。

 周りに多くの人がいるはずなのに、俺と彼女の周りだけ音が消え空気が冷える。

 まるでここだけ別の場所のような。冷たい空気が背中をなぞった。

 手が震えて、足が恐怖でがくがくする。目の前のウマ娘に本能が、逃げろと危険だと言っていた。

 しかし、耳はマヤの方を向いていて逃れることが出来ない。

 そして──マヤノトップガンの目は黒ずみ、ハイライトが消えていた。

 

「マヤは分かってるよ。スターちゃんがトレーナーである理由も」

 

「それって……どういう」

 

「うーん、それは自分で考えて欲しいかな」

 

 その瞬間、マヤの雰囲気が元に戻りすっと先ほどまでの元気な姿に戻る。さっきまで冷えていた周りの空気も消え、がやがやと人混みの音が聞こえてきた。

 目の前の恐怖感も消えて、体の細かい震えが止まる。

 なんだったんだ……今のは。

 

「トレーナーにマヤノ、ただいまー!」

 

「あっ、テイオーちゃん帰って来たよ。スクリーンに行こっか、スターちゃん」

 

「あぁ……うん。行こうか」

 

 結局俺の疑問に答えてくれたのか、答えてくれていないのか分からないマヤの返答が俺の頭の中でずっと漂う。

 

 ──何で貴様は、ウマ娘なのにトレーナーをやっているんだ? 

 

 ──マヤは分かってるよ。スターちゃんがトレーナーである理由も。

 

 いつしか尋ねられた質問と今聞いた答えは。

 俺の「何か」に意味をもたせるものなのだろうか。

 

 ~~~~~~~~

「やっぱり、面白かったね!」

 

「ボク、前作見てないけどそれでも面白かったよ! 今度前作見てみようかな」

 

「見よ見よ! マヤもまた見たくなっちゃった!」

 

 映画の上映時間である約二時間が終わってスクリーンから退場する。

 二人は満足したいみたいで感想を言い合っているが、俺は先ほどのマヤの言葉が脳内でリフレインしてそれどころじゃなかった。

 映画にはとても失礼なのだが、集中して見る事が出来なかった。思考が落ち着いたときに、また一人で見に行こうかな……

 時計を見ると午後四時ごろ。今から電車に乗って帰れば、丁度いい時間帯に寮に着くことが出来る。

 アクション映画の感想を語りながら歩く二人の後ろに着いて行きながら、電車に乗り込みトレセン学園に帰ることになった。

 電車に揺られてトレセン学園のある駅に着いた後、寮まで一緒に歩く。

 

「今日は楽しかったね~」

 

「ボクも凄い楽しかった! トレーナーまた遊ぼうね!」

 

「……ん、あぁ。また、今度な」

 

 多少恥ずかしい思いはしたのだが、美味しいスイーツを食べれて、面白い映画も見れたし実際とても楽しかった。

 そう今日のことを振り返っていると、前を歩いていたマヤがくるりとこちらに振り返ってきた。

 

「スターちゃんもまた遊ぼうね!」

 

 にっこりと微笑んで俺を見てくる彼女の雰囲気は、映画館で感じたのとは真逆の感じだ。

 あの時の彼女は、幻覚だったのだろうか。

 するとマヤが歩みを止めて、俺の方に近づいてくる。その後、こっそりと耳打ちする様に彼女が微笑みかけてきた。

 

「答え合わせは──また今度ね♪」

 

~~~~~~~~

 あの色々あったお出かけから、一ヶ月が経った。

 テイオーの足も順調に回復し、普通のトレーニングが出来るまでになった。

 これならば、菊花賞に出るのに全く支障は無いだろう。テイオーが聞き分け良く、俺の言うことを聞いてくれたからでもある。

 そして今、俺はとある事情で理事長室に向かっていた。

 今の時期はクラシック期の夏。この一年でこの時にしか出来ないこと、夏合宿の計画について理事長と話し合う必要があるのだ。

 本来であれば学園側が用意してくれた場所で行うことができ、その場合であれば特殊な申請などは必要無いのだが……

 一人で考えごとをしながら歩みを進めていると、理事長のドアの前についたのでコンコンとノックをする。

 

「歓迎ッ! 入りたまえ!」

 

「失礼します」

 

 ノック後に部屋の中から理事長の元気な返事があったので、素直に入室した。

 そこには、俺の上司にあたる秋川理事長、駿川たづなさん。そして何故か俺と同期でトレーナーになった桐生院さんがそこにいた。

 

「スターさん、こんにちは!」

 

「桐生院さん、こんにちは。何故こちらに……?」

 

「それは私が説明しましょう」

 

 俺が疑問を浮かべていると、たづなさんが一旦待ったをかけた。

 どうやら、これに関して説明してくれるらしい。

 彼女が「こほん」と咳払いをして、ゆっくりと話し始めた。

 

「今回のスターさんの夏合宿に関しての申請ですが……結論からいいますと可能と言うことになります」

 

「本当ですか。ありがとうございます」

 

「ですが、条件がいくつかあります」

 

「条件ですか……?」

 

 そう、俺が今回テイオーのために用意した夏合宿のプランは学園側が用意してくれた場所を使わず、全く違う場所で行うことを前提とした計画だ。

 正直かなり無茶を通しているため、学園側から何も無く行かせてもらえると思っていない。

 

「まず、一つ目。桐生院トレーナーとその担当ウマ娘、ハッピーミークさんの同行です。スターさん、貴方はまだ未成年なんですから大人の方に同行してもらいます」

 

「よろしくお願いしますね!」

 

 桐生院さんがふんすと元気よく返事をした。

 ……最近少し忘れがちになってしまっていたが、俺はまだ未成年。

 大人の目も無く自由にやると言うのは、学園側としても問題があるのだろう。

 だが、これに関しては全く問題ない。むしろ、桐生院さんと意見交換出来るいい機会だ。このタイミングを逃す手は無い。

 

「そして二つ目ですが…… 他にウマ娘を二人同行していただきます」

 

「ウマ娘ですか……?」

 

「うむ! これは学園側からの要望と捉えてもらって構わない!」

 

 理事長がばさりと「要望ッ!」と書かれた扇子を広げて俺に向ける。毎回思うがその扇子はどこで用意しているのだろう。

 さて要望の件だが、これに関してはなんと答えるべきか。

 ウマ娘を二人連れていけとのことだが、これはトレーニングを見ろということなのだろうか。今はテイオーのトレーニングを見るのに集中したいため、他のウマ娘を見る余裕は正直ない。

 

「あの……ウマ娘って誰ですかね……? 私はテイオーを見るのでいっぱいだと思うので……」

 

「むっ! これに関しては我々の説明不足だったな。たづな!」

 

「はい。今回連れて行ってほしいウマ娘は、おそらくスターさんも知っていると思いますよ」

 

 俺が知っているウマ娘……? はて、と首を傾げて考えてみるが特にこの合宿に関わって来そうな知り合いのウマ娘は思いつかない。

 

「まず一人目ですが……アーティシトロンさん。覚えていますか?」

 

 その名前には聞き覚えがあった。

 アーティシトロン。テイオーのデビュー戦で競ったウマ娘。デビュー戦の戦績は、テイオーが一着。彼女は二着だった。

 俺は人の名前を覚えるのが得意なので、名前を聞いてすぐに思い出すことができたが、彼女が俺たちに着いてくる理由が分からない。

 俺の記憶が正しければ彼女は確か──引退したはず。

 

「あともう一人なのですが──」

 

 俺が思考を回していると、たづなさんが紹介を続ける。

 そして、その口から飛び出した名前は予想外の角度から飛んできた思いもよらないウマ娘だった。

 

「──タマモクロスさんです」

 




こんにちはちみー(挨拶)
リアルが忙しくてだいぶ間が空いた投稿になってしまいました。申し訳ない。
さて本題に入ります。
なんとこの作品のファンアートを頂きました!(7回目) 三枚も!

まずは一枚目。


【挿絵表示】


モノクロでのクールなスターちゃんがかっこいいですね!
{たまご」さんイラストありがとうございます!

次に二枚目。


【挿絵表示】


スク水スターちゃん来たぁ!という素晴らしいイラストです!
「からすみ」さんイラストありがとうございます!

最後に三枚目。


【挿絵表示】


テイオーに呼ばれて振り向いてるのかな?可愛いらしいスターちゃんのイラストです!
「灰夢」さんイラストありがとうございます!
スターちゃんのイラストが私を救ってくれる……本当にありがたい……
感謝で毎日拝んでます。

少し下に画面をスクロールして感想評価お気に入りをしてくださると嬉しいです! 作者のモチベに繋がります!


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20.白い稲妻

 テイオーの捻挫がすっかり治り、七月も始まって徐々に暑くなってきた頃。

 俺はテイオーにとある話を持ちかけていた。

 

「よし、今から夏合宿の説明について始めるぞ」

 

「夏合宿!」

 

 最近買ったソファに寝っ転がっていたテイオーが珍しいものでも見つけたかのように、ガバッと勢いよく顔をあげる。

 今は練習も終わり、ミーティングを開始しようと思っていた時で、テイオーもシャワーを浴びて少し眠そうな顔をしていたのだが……

 

「そっか、今年は行くんだ! 楽しみだなぁ」

 

 すっかり目が覚めたのか、キラキラした顔で俺の方を見てくる。

 実はというと去年は夏合宿に参加してなかったのだ。これにはしっかり理由があって、まだテイオーの基礎能力を鍛えたかったのが一つ。もう一つは夏合宿にいったウマ娘がいない間にトレーニング施設を借りられるからだ。

 トレセン学園はただでさえウマ娘の生徒の数が多いが、トレーニング器具は有限。夏合宿シーズンはある意味狙い目だったのだ。

 まぁ今回の夏合宿はトレセン学園主体の合宿に参加するわけでは無いが。

 

「夏……海…… トレーナーの水着……?」

 

 テイオーが妄想にふけったような顔をして独り言をぼそぼそ言い始めたが、声が小さくて何を言っているのか聞き取れない。

 だが恐らくテイオーが想像している夏合宿と、俺が計画を立てている夏合宿は大分違うはずだ。

 それを説明するためにこの時間を取ったのだが、先に紹介しなければいけないウマ娘がいる。

 

「でな、テイオー。一緒に行くウマ娘が二人いてな」

 

 そう説明しようとした矢先、テイオーが宙を見ながらぶつぶつと呟いている。あれ、大丈夫か? 

 

「はっ、ごめん! なんか暴走してた。一緒にいくウマ娘がいるんでしょ? 続けて?」

 

「あ、うん…… まず一人目がアーティシトロン。覚えているか?」

 

「えっと…… デビュー戦のとき一緒だった子……だっけ?」

 

「あってるぞ。よく覚えてたな」

 

「ボク、記憶力いいからね!」

 

 ふふーんとテイオーが手に当て、胸をはり自慢気なポーズをする。

 本当によく覚えていたなと感心していると、テイオーが俺の方を見て質問してきた。

 

「で、もう一人って? ボクの知ってるウマ娘?」

 

「間違いなく知っているとは思うが…… 予想外だと思うぞ」

 

「予想外?」

 

 そんなことを言っていると、噂をすればなんとやら。俺の部屋のドアをこんこんとノックする音が聞こえて来た。どうやらそのウマ娘が来たみたいだ。

 

「入っていいぞ」

 

「邪魔するでー」

 

 がちゃりとドアを開けながら入って来たのは、白い葦毛のウマ娘。俺より低い身長に対して、目に宿る闘志。赤青耳飾りが特徴的な彼女は言わずと知れた有名人。

 

「タマモ……クロス……さん?」

 

 いつもフレンドリーなテイオーがさんづけするほどのレジェンド。

 白い稲妻こと、タマモクロスが俺の部屋に入ってきた。

 

「いや、そこは邪魔するなら帰ってーやろがい!」

 

「へ?」

 

「え?」

 

 いきなり誰に向かって突っ込んだのか。いきなりタマモクロスさんが大声をあげ、ビシッと鋭いツッコミをかました。

 俺達が困惑してぽかんとしていると、彼女が「あぁ~」とやらかしたような顔をしてパンと両手を合わせた。

 

「すまん! ちょっといつものノリでやらかしてしもうたわ! 今のことは忘れたってや」

 

 悪いと謝ってきたタマモクロスさんが俺の部屋でうろうろと目を配り始めたので、俺が

「ソファに座っていいぞ」と手をやる。

 すると彼女が「悪いな」と言いながらソファに座ってくれたので、今俺の目の前にはテイオーとタマモクロスさんが座っている状況だ。

 クラシック二冠ウマ娘にG1三勝のレジェンドウマ娘が並んでいるこの状況は、俺も混乱してしまうほどの豪華さだった。

 

「えっと、もしかして二人目のウマ娘って」

 

「あぁ。タマモクロスさんだ」

 

「ウチのことやな。よろしゅう頼むわ。と言っても、ウチも何も分からんけどな」

 

 何も分からない……? 

 確かにまだテイオーにもタマモクロスさんも夏合宿に関しては話していないが、それよりもっと分からないことがある。

 俺が根本的に理解できなかったこと。誰からも教えてくれなかったこと。

 そう──

 

「なんでタマモクロスさんは俺達に着いてくるんだ……?」

 

「んあぁそれな。それはな──」

 

 タマモクロスさんが一度話すのをやめて、息を飲む。

 彼女がふぅと息を一度吐くと、パンと自らの膝を叩いて口を開いた。

 

「──ウチにも分からへん!!!」

 

 手を腰に当てながら、わははとタマモクロスさんが笑う。

 その瞬間、ずこっとテイオーがソファから転がり落ちそうになっていった。かくいう俺も膝から力が抜けてしまう。

 

「まぁ分からへんのはトレーナーの考えなんやけどな。ウチはトレーナーの言うことに従っただけや」

 

「トレーナー? タマモクロスさんのトレーナーって……」

 

「谷口さんか…… あの方何考えてるか分からない所あるもんな……」

 

 谷口海トレーナー──トレセン学園だといわずとしれた有名人で、タマモクロスさんだけでなく、「オグリキャップ」「イナリワン」「スーパークリーク」の永世三強のウマ娘を担当している方だ。

 俺の先輩にあたるトレーナーで、時々お世話になっているくらいの知り合いではあるのだが、今回の行動の意図は結局分からないままか……

 

「トレーナーがな、トウカイテイオーの師匠になってこいっていきなりいいだしてな。まぁ、ウチとしては引退した身やし。誰かに教えるのは全然かまへんけどな……」

 

「その理由までは分からない、と」

 

「せやせや。相変わらず何考えているか分からないトレーナーやで全く」

 

 タマモクロスさんがやれやれと手を広げてお手上げといったポーズを取る。

 結局谷口さんの考えは読めないままになってしまったが、この申し出は大変ありがたい。

 タマモクロスさんも教えることに関しては前向きな姿勢みたいだし、これは利用させてもらおう。

 

「タマモクロスさんがボクの師匠?」

 

「そうやで、師匠や。師匠って呼んでくれてええで!」

 

「師匠! よろしくねー師匠!」

 

「ふははは! なんかこれええな!」

 

 テイオーもなんか直ぐに馴染んでいるみたいだし、これは色々なこと教われそうだな。

 仲良さそうにじゃれついている二人を眺めていると、タマモクロスさんが思い出したかのように「あっ」と何かを思い出したかのように呟いた。

 

「これ言い忘れとったわ。ウチはテイオーの師匠やることになったけどな、クリークがマックイーン。オグリがネイチャの元に行ったで」

 

「ネイチャとマックイーンに!?」

 

「それは……またなんで……」

 

 テイオーが驚いた声をあげているが、俺も内心かなり驚いていた。

 ますます謎が深まるが、取り合えず分かってしまったのはネイチャもマックイーンもこの夏間違いなく成長するということだ。

 これは負けていられない。さて、そろそろ俺達の夏合宿の計画について話し始めようか。

 

「タマモクロスさんの紹介も終わったし、夏合宿について話始めるぞ。今回かなり特殊だからよく聞いていてくれ」

 

「はーい!」

 

「特殊? 普通に海行くじゃないんか? 砂浜でガーッ! ってトレーニングするんやろ?」

 

「トレセン学園の用意してくれた奴ならそうだな。だけど今回は別の場所にいく」

 

 そう、これこそがトレセン学園側にわざわざ許可を取りに行った理由。

 かなり特殊な事例になって、桐生院さんがついてくることになったわけ。

 

「今回は山にいきます」

 

「え?」

 

「あ?」

 

 二人がぽかんと口を開けたままかたまり、呆然とする。

 そりゃ、海にいくと思っていたら山にいくと話されたらこういう反応になるだろう。

 だがしっかり山にいく理由はある。無意味にこんな場所に行くわけでは無い。

 

「いくつか理由があるから説明していくぞ。テイオー、菊花賞で勝つために一番の課題はなんだ?」

 

「えっと……距離適性とスタミナ?」

 

「正解」

 

 流石テイオーというべきか、しっかり自分の菊花賞に向けての課題は把握しているみたいだ。

 菊花賞は長距離に分類される3000m。テイオーの得意距離である中距離とは外れてしまう長さだ。

 ここに立ちはだかるのはテイオーの距離適性の壁。これを突破するには、スタミナの強化が必須になってくる。

 

「山のいい点は標高が高い所だ。高地トレーニングって聞いたことあるか?」

 

「確か、空気が薄いところでトレーニングすることだっけ?」

 

「なるほどなぁ。心肺能力の強化か、しっかり考えられとるやんけ」

 

 タマモクロスさんも言っていたが、今回の大きな狙いはテイオーの心肺能力の強化だ。

 そのためには、平地に比べ体内の酸素供給量を減少させる高地に一定期間滞在してトレーニングをすることはテイオーのためにとても役に立つ。

 それこそ海でトレーニングするよりも、だ。

 他にも色々な効果があるが、分かりやすく言えば「心肺が鍛えられて、持久力がつく」ということになる。

 

「今回はトレセン学園の合宿とは関係無い場所に行く。そのための許可はもう得てきた」

 

「なるほどね! ボクのためのトレーニングかぁ…… 流石トレーナー」

 

「ちょ、ちょい待てや」

 

 タマモクロスさんが何故か待ったをかける。はて変な所なんてあっただろうか。

 

「いやまぁ理由も言っていることも分かるんやけど……テイオーはそれでええんか? いきなりトレセン学園とは違う場所にいきますーって言われて納得出来てるんか?」

 

「? ボクのためにトレーナーが考えてくれたんでしょ? だったら大丈夫だよ」

 

「自分、トレーナーのこと凄い信じてんな……」

 

 タマモクロスさんはまた呆れたように腕をだらんとさせたが、俺とテイオーはお互いの信頼で成り立っていると思っている。

 これくらい普通……だよな? 

 俺は少し疑問に感じたが、一旦それは置いておいて説明の続きを話始める。

 

「あとデカいのは、今回行く場所は涼しいということだ」

 

「あー、炎天下の中でトレーニングしたくないもん……ボク……」

 

 テイオーが熱い海辺でトレーニングを想像したのか「うぇー」と呟きながら、げんなりとした顔をする。

 夏の海でのデメリットはとにかく暑いということだ。

 熱中症とかのリスクがある浜辺でトレーニングをするよりも、涼しい場所でトレーニングをした方が長く鍛えることが出来るだろう。

 勿論、涼しい場所でも熱中症対策は必要だが。

 

「理由としてはこんな所かな。他に質問あるか?」

 

「無いかな」

 

「ウチも大丈夫や」

 

 二人からの質問も特に無いようなので、今回の目的の説明は終わる。

 その後、日程や持参物に桐生院さんとハッピーミークも同行することを伝えて、今日のミーティングは終わりとなった。

 

「夏合宿は七月の中旬からだ。頑張っていくぞ」

 

「おー!!! トレーナーに師匠よろしくね!」

 

「任せときや! まぁ大船に乗った気分でいて貰ってええで!」

 

~~~~~~~~

 時間が経つのは早いもので、あっという間に夏合宿当日になった。

 今回はトレセン学園から新幹線で目的地に向かうため、トレセン学園から車で移動後に駅に行く。

 そこまで向かう車はトレセン学園側が出してくれるらしく、ありがたく乗せてもらうことにした。

 そのために集合場所に荷物を持って集合したのだが──

 

「ト、ト、トウカイテイオーさんですよね!」

 

「え。あ、うん…… ボクがトウカイテイオーだけど……」

 

「はわわわわ。握手してもらっていいですか!?」

 

「えっ、うん。はいどうぞ」

 

「ひうっ…… ありがとうございます……」

 

 何故かアーティシトロンとテイオーが握手をしていた。

 アーティシトロンとテイオーは俺が知っている限りでは、こうやって話すのは初めてのはずだが……どうしてこうなった? 

 テイオーも困惑しているみたいで、疑問のマークを浮かべながら握手に応じている。

 

「えっと……アーティシトロンだよな?」

 

「あっ、はい。初めまして! 私がアーティシトロンです! 今回はよろしくお願いします!」

 

 ぺこりと頭を下げたのは栗毛のボリュームのある髪をサイドテールに纏めた髪型。かなり豊満な体つきをした少女こそが、今回の夏合宿に一緒についてくるアーティシトロンというウマ娘だ。

 話に聞いたところ、レースは既に引退しておりトレセン学園のサポート科に転属しているらしい。

 サポート科とは名の通りレースに出るウマ娘のサポートを勉強する所であり、規模としては小さいながらも日本一の教育が受けられる場所だ。

 ウマ娘がウマ娘をサポートする……まるで俺みたいな立場のウマ娘が集まっている。

 もし俺も違う道を辿っていたら、トレセン学園のサポート科にいたのだろうか。

 そんなことを考えていると、桐生院さんとハッピーミーク、タマモクロスさんがやってきたのでお互いに軽く自己紹介を済ませる。

 その後車に乗って駅に向かい、特にトラブルも無く新幹線に乗ることになった。

 これからは、新幹線で目的地まで約二時間揺られる。

 六席予約した席に座り、半分ずつに分かれる。俺とテイオーとアーティシトロン。桐生院さん、ハッピーミーク、タマモクロスさんの席順だ。

 俺が窓側に座りテイオーが真ん中に、アーティシトロンが通路側に座ることになった。

 移動までかなり時間があるので、俺は疑問に感じていたことをアーティシトロンに尋ねた。

 

「ごめん、答えにくかったらいいんだけど…… 今回俺達についてきた理由って何だ?」

 

「あ、それボクも気になってた」

 

「あぁ、それですか。それはですね──」

 

 彼女が俺達の方を向いて目を開けて、ゆっくりと口を開く。

 どうやら答えにくい質問では無いようだ。

 

「──私もいまいち分かって無いんですよね……」

 

 テイオーが膝からずっこけ落ちそうになり体の体制が崩れかけるが、なんとか姿勢をとどめる。

 あれ、この流れ前も見たぞ……

 

「私がサポート科で勉強していた時に理事長さんからお話があったんです。良かったらテイオーさんと一緒に夏合宿行かないかって」

 

「そうなのか……」

 

「でも私は凄く嬉しかったです! なんたってテイオーさんと一緒に合宿行けるなんて! 一人のファンとしてこんな嬉しいことは無いですよ!」

 

 彼女が「えへへ」と胸に手を当てながら本当に嬉しそうな顔でそう発言した。

 谷口さんに次いで秋川理事長もか…… 今回の夏合宿は本当に色々な思惑が絡んで複雑なことになっていそうだ。

 俺が思索にふけっていると、テイオーが楽しそうにアーティシトロンに話しかけている。

 自分のファンである彼女と直接会えて嬉しいのだろう。テイオーはファンをとても大事にしているし、これも一種のファンサービスなのかもしれない。

 本当はあと一つ質問したかったのだが、そちらはやめた。

 気にはなっているが、彼女の事を考えると絶対に口に出せない疑問。

 

 ──なんで彼女はレースから引退したんだ? 

 

 なんて、絶対聞けない。

 

~~~~~~~~~

 新幹線に乗ってから約二時間半。目的地に到着した後、免許を持っている桐生院さんが運転する車に乗って今回宿泊する施設に移動する。

 今回宿泊する施設は山の中にあるコテージで、わざわざトレセン学園側が用意してくれた場所になる。これは秋川理事長に本当に感謝しなければならない。

 コテージに到着した後に、荷物を下ろして部屋割りを決めることになった。

 二人部屋が三つなので、トレセン学園の寮みたいな部屋割りになるのだが……

 

「ボク、トレーナーと一緒の部屋ね!」

 

「わ、私は誰でも…… ただテイオーさんと一緒になるとライフが持たないので……」

 

「じゃあウチと一緒でええか? アーティシトロンゆうたか。よろしゅうな」

 

「レジェンドと同部屋…… よ、よろしくお願いいたします!」

 

「私はミークと一緒ですね!」

 

「……いつもの」

 

 特に揉めることも無くすんなり決まった部屋決め通りに部屋に入ると、中は寮と同じくらいの大きさの部屋にベッドが二つあった。

 荷物を一旦おいて、コテージのリビングに出ると桐生院さんがいたので今後の予定を話あっておく。

 明日からの練習や休みの頻度。ここ周辺の施設やトレーニング方法など、トレーナー同士の話を細かく丁寧に打ち合せする。

 桐生院さんは流石名家のトレーナーというべきか。俺が提案したトレーニングに対して「ここはこうした方がいいんじゃないんでしょうか?」と俺が見落としていたところを修正してくれる。

 個人的にとてもためになるやり取りをしていると、すっかり日が暮れてしまい今日は走れそうにない感じになってしまった。

 今日は本来走る予定は無く、体をならす目的の方が大きかったので別にいいのだがすっかり夢中になってしまった。

 

「はい、ボクの勝ち~ 師匠弱すぎない?」

 

「なんでや! ウチばっか負けすぎやろ! つかミークの表情が分かりにくすぎるっちゅーねん!」

 

「……ぶい」

 

「あははは……」

 俺達が話し合っている最中、現役ウマ娘達はお互いに仲良くなったのか。トランプを使ったゲームで盛り上がっていた。パッと見た感じ、テイオーが勝ってタマモクロスさんが負け越しているみたいだ。

 みんな仲良くなれたみたいで、ほっと安心する。やっぱりこういう時にムードメーカーであるテイオーは頼りになるな。直ぐに輪を作ってくれる。

 

「さてそろそろお風呂入って寝るか」

 

「え、もうこんな時間!? 時間過ぎるの早いね」

 

 時計を見たテイオーがびっくりしたのか、大きめの声をあげる。

 なので、今日は一度解散し明日からトレーニングすることになった。

 各自まぁまぁ大きいお風呂で入浴し、自室に戻る。

 俺がパジャマに着替えて部屋に戻ると、既にテイオーがベッドの中に入って寝る体制を整えていた。

 

「おやすみ、テイオー」

 

「おやすみー、トレーナー」

 

 今日は特に夜更かしすることも無く、すんなりと就寝に入った。特に寝床が変わったから寝れないということもなく、すんなり入眠出来たのでその点は楽だったと思う。

 

 そして次の日の朝。

 いつも俺は目覚ましを六時ごろにかけているのだが、その日は少し早めの五時半ごろに目が覚めてしまった。

 二度寝しても良かったのだが、完全に意識が覚醒してしまったのでベッドから体を起こすと、同じ部屋にいるはずのテイオーがいない。

 俺と同じで早く起きてしまったのかと思い、他の部屋の人を起こさないようにゆっくりと自室のドアを開けてリビングに出るとそこにもテイオーはいない。

 はて、どこに行ったのかと思いつつ閉め切った部屋のカーテンを開けると、窓の外にいつもの見慣れたポニーテールが揺れているのが見えた。

 そんな体操服姿で外でストレッチをしていたテイオーと目が合うと、彼女が俺の方に気付いたのか手を振ってきた。

 俺もそれに対して返事として手を振り返し、一旦自室に戻り急いで持ってきた体操服に着替えてコテージの外に出る。

 

「おはよう、テイオー」

 

「おっはよう、トレーナー! トレーナーも早く起きちゃった感じ?」

 

「あぁ、ちょっと目が覚めてな」

 

 お互いに挨拶を交わして、一度深呼吸をするとトレセン学園とは違った空気が自分の喉を突き抜けた。すぅと大きく息を吸うと中から新しい空気が循環していく気がする。

 どうしてこう山の中で深呼吸すると、心身が洗われるような感覚がするのは何故なのだろうか。

 んっと背筋を伸ばして、正面を見ると丁度日が上がって来たのか、太陽の光が照らし込んできた。

 このトレセン学園では絶対に見られない光景を見て「あぁ、夏合宿が始まるんだな」と否応なしに理解させられる。

 テイオーもそれを理解したのか目をキリっとさせながら、俺の方を向いてきた。

 

「トレーナー、一緒に少し走らない?」

 

「いいけど…… 俺遅いぞ?」

 

「いいのいいの! ボクが一緒に走りたいんだから!」

 

 ──夏合宿が始まる。

 

~~~~~~~~

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 坂路に二人のウマ娘の声がこだまする。

 揺れるポニーテールが俺の上にあげた手を合図に加速する。

 そしてそのウマ娘に抜かされないように駆け抜ける葦毛のウマ娘が一人。

 

「速くなっとるやんけぇ! だからといって抜かされる訳にはいかへんけどなぁ!」

 

 前を走っていた葦毛のウマ娘がそこから更に加速する。

 ぐっと足を沈めての前傾姿勢。彼女も本気での加速のようだ。

 そしてそのつばぜり合いの結果は──

 

「うっし、今回はウチの勝ちやな!」

 

「うぇぇ…… 師匠速いよぉ……」

 

 タマモクロスさんの勝利で終わった。

 今やっているのはいつも練習終わり付近に行う、テイオーとタマモクロスさんによるガチの併走トレーニングだ。

 走る場所や距離は毎日違っていたりするのだが、一つだけ決めている条件がある。

 それは、テイオーがタマモクロスさんの後ろからスタートするということだ。

 つまり、テイオーがハンデを少し背負っている形になる。因みにテイオーは一切タマモクロスさんに勝てていない。流石にハンデを背負って簡単に勝てるほどレジェンドは甘くない。

 

「よし今日の練習はここまで、二人ともしっかりクールダウンしてくれよな」

 

「りょうかい~」

 

「おっけやで」

 

「飲み物持ってきました! 水分補給も忘れないでくださいね!」

 

 俺が二人に声をかけると、後ろから水筒を持ってきたアーティシトロンがとことこと歩いてきた。

 彼女は主にこんな感じで裏方のサポート役に回ってくれることが多く、大変助かっている。

 コテージの掃除や炊事はもちろん、ドリンクの補給や洗濯などなど。マネージャー並に働いてくれて、かなり俺達もお世話になっている。

 彼女のおかげで俺はトレーナー業に、ウマ娘達はトレーニングに集中出来ているといっても過言ではない。

 

 こんな感じで夏合宿での生活に慣れて半月が経過した。

 夏合宿の期間は七月の中旬から約一か月。いつの間にかあっという間に半分の期間が経過してしまったが、テイオーはその間にめきめきと力を付けている。

 今日の練習でもそれはしっかりと現れており、タマモクロスさんをあと一歩のところまで追い込んでいた。

 涼しい場所で長い時間練習して、コテージでゆっくり休んで疲れを取る。これが一日の大体の流れになって来る。

 この場所にはウマ娘用のトレーニング施設があり、ウマ娘の脚力で走っていける距離にあるのはとてもありがたい。桐生院さんと俺、アーティシトロンはそこまで車で行っているのだが、帰りはみんな乗せていけるので一石二鳥といったところだ。

 

「じゃあ、帰るか。忘れ物無いよな」

 

「大丈夫やと思うで…… んにゃちょい待ち、トレーナーから電話や」

 

 帰る準備を進めていると、タマモクロスさんの携帯にトレーナーから電話がかかってきたみたいで、電話を取って対応していた。

 

「おう、トレーナーか。何や急に? おう……おう……マジで?」

 

 彼女が途端にびっくりしたような表情を取り、目を細める。

 声のトーンが一段階下がり、ひそひそ声で話しながら谷口さんと会話をしている。

 

「あーー、トレーナーがそう言うなら……ウチはええけど。了解や。切るで」

 

 タマモクロスさんがぴっと携帯の電源を落として急いで後片付けを始める。そこまで急がなくてもいいのだが、何故か彼女は動揺したかのようにせかせかと動いていた。

 

「すまない待たせたな。あとスター。ちょっと話があるんやけど、帰ってからでええか?」

 

「いいけど…… じゃあコテージに帰ってからで」

 

 彼女が「すまんな」と言いながら車の後部座席に乗り込む。

 取り合えず、本当に急な連絡とかでは無さそうだが、一体何の話なんだろうか。

 そんなことを考えながら宿泊施設に戻り、先に疲れたウマ娘達をお風呂に入れて待つこと数十分。

 お風呂に入ったウマ娘と入れ違いで俺達もシャワーを浴び、アーティシトロンが夕飯を作ってくれるのを待つ時間。

 本来であればミーティングを済ませる時間だったのだが、今日はタマモクロスさんが俺に話があるということで一旦後回しにすることになった。

 一度テイオーに俺達の部屋から退出してもらい、タマモクロスさんに中に入って貰う。

 

「入っていいぞ。話って何だ?」

 

「あーそんなかしこまらなくてええで。簡単な話……ちゅーか提案や」

 

 タマモクロスさんが俺と正面で向き合い、俺の目の中まで見てくるような視線を向けてくる。

 その真面目な目線に俺がビビって腰が引けてしまう。まるでレースに出るときのようなウマ娘の表情。それこそ画面越しにしか見たことの無かった、彼女の本気の闘志。

 

「明日、ウチとテイオー、ミークでレースせぇへんか?」

 

「最後の方にいつもしてるだろ……? あれじゃなくてか?」

 

「いや、芝の距離は2000m。ハンデなしのガチンコ勝負や」

 

「……それが谷口さんからの電話の内容か?」

 

「せや。トレーナーがこれをしてこいってな」

 

 やはり考えが読めないままの谷口さんからの提案だが、これは普通に願ったりかなったりの提案だ。

 俺もいつかテイオーの得意距離でタマモクロスさんと対決したのを見てみたいと思っていた。

 今の俺達の実力がレジェンド相手にどこまで通用するのか。それは俺もテイオーもきっと気になっているはずだ。

 

「なら──明日やろうか。ミーティングの時に話しておくよ」

 

「助かるで。さてウチも……」

 

 その瞬間、彼女の目つきが変わった。

 目つきだけじゃない、雰囲気も。まるで別人かのように。

 

「──本気、出させてもらうで」

 

~~~~~~~~

 次の日。

 練習場に移動した俺達は昨日連絡した通りに、タマモクロスさんと模擬レースをするため準備をしていた。

 テイオー達に準備体操をしっかりしてもらい、今すぐにでも走れるようにしてもらう。

 今回の条件は芝2000m右回り。ほぼ皐月賞と同じ条件の中で走って貰うことになる。

 タマモクロスさんとハッピーミークがストレッチをしている中、俺はテイオーに手招きしてこっちに来てくれと呼んだ。

 すると、それに気づいたのかテイオーが一度屈伸するのをやめてこっちの方に来てくれた。

 

「テイオー、調子はどうだ?」

 

「ばっちりだよ! 特に足が痛いってこと無いし!」

 

 テイオーがその場でぴょんぴょんと跳ねて、元気であることをアピールする。

 調子は良さそうだし、これならいつも以上の力を発揮できるだろう。

 そう判断した俺は、タマモクロスさんに勝つために彼女の力を最大限を発揮出来る作戦を伝えることにした。

 

「今回は先行策でいくぞ。タマモクロスさんは恐らく追い込み。ハッピーミークは分からないから様子見だな。とにかく、今回は人数が少ないから惑わされるな。自分のペースを信じろ」

 

「了解。スパートかけるタイミングは?」

 

「最終直線でステップを解禁してもいい。本気で行こう」

 

「分かった! じゃあ、行ってくるね!」

 

「いってらっしゃい、テイオー」

 

 いつもレース前にやる挨拶をして、俺達の気持ちを切り替える。

 テイオーが拳をぎゅっと握って、こくんと頷いた。彼女も本気で挑むモードになったようだ。

 俺達の準備が終わると、他二人の準備も終わったみたいで桐生院さんが「大丈夫です」と目配せをしてきた。

 アーティシトロンが彼女達をスタートの位置まで誘導し、俺と桐生院さんは外から彼女達を見守る。

 

「それでは……よーい、スタート!」

 

 ゲートが無いため、白線の上に足を揃えた三人がアーティシトロンの合図と共に一斉に地を蹴りだす。

 スタートとして瞬間、芝が剥がれたのが舞いごうっと音が上がる。

 最初はハッピーミークがテイオーの前に……あれは逃げだろうか。そしてテイオーが先行策、タマモクロスさんが予想通りの追い込みでレースが始まった。

 序盤はゆっくりとしたペースでレースが進んでいく。

 各々、自分のペースで進んでいるのだろう。ハッピーミークも逃げだが、大逃げというわけでもなくどちらかというと一番前に行ってしまった感じが強い。

 今回は三人しかいないレースのため、いかに自分のペースを守れるかが大事だ。基準となる子がいないのでペースを測りにくいにはあるが、競り合いが無い分スタミナの消費も無い。

 好きなポジションに位置取れた三人は、中盤──第二コーナーを回った後で少し加速し始めた。恐らくこのままいけば、スタミナが足りると考えたのだろう。ここで夏合宿でスタミナが身についたのが出て来ているみたいでなによりだ。

 

「いいですよー! ミーク!」

 

 桐生院さんがハッピーミークに対してエールを送っている。彼女を見ると、まだまだ余裕そうに走っている。まだデビューしていないウマ娘とは思えない走りで、これからの伸びしろが一人のウマ娘として楽しみになってくる。

 だがそれと同時にテイオーのライバルにもなるということだ。敵に塩を送ったという訳では無いが、彼女もまたこの夏合宿で大幅に成長している。楽しみであると同時に、テイオーのトレーナーとして気を引き締めなくては。

 レースは中盤を過ぎて第三コーナーを回った。今のところ、大きな動きも無くここまで来ている。

 ハッピーミークが先頭。そこから四バ身差でテイオー。更にそこから十バ身差ほど離れてタマモクロスさんだ。

 追い込みはいつ仕掛けるのか見ているこっちも不安になって来るが、ここでタマモクロスさんが動いた。

 

 いや、動いたというよりも雰囲気が変わった。

 バチリと、まるで静電気が体に走ったと幻覚するような感覚に襲われる。

 その瞬間、俺の体が本能的に冷や汗をかいた。

 そして、幻聴だろうか。走っているタマモクロスさんの声が俺の耳に確かに聞こえた気がした。

 

 ──さぁ、ウチとやろうや。

 

 ぐっと沈む体。闘志によって光る蒼い目。圧倒的存在感。

 前傾姿勢になり、ターフを駆け抜けるバチバチと音を鳴らすその姿はまるで──

 

 ──白い稲妻。

 

 そう表現するのが一番、正しい気がした。

 タマモクロスさんが急に加速する。十バ身差もあった間がじりじりと詰められていく。

 その姿を俺はどこかで見たことがあった。

 思い返してみると、映像の中。有馬記念、ジャパンカップ、天皇賞秋。彼女が戦ったG1の中で画面の外から見てきたタマモクロスさんの圧を今肌でひしひしと感じている。

 

「──ッツ!」

 

 その圧に反応したのかテイオーが一瞬加速する姿勢を取ったが、直ぐに元の速度に戻る。

 俺が指示した最終直線までステップを使うなというのを、理性で抑えつけたのだろう。よく我慢したと褒めるべきだ。

 そしてとうとう最終直線に入る。

 今の状況は徐々に追いつかれ始めたハッピーミークとテイオーが二バ身差。そして──テイオーとタマモクロスさんがたったの四バ身差。

 

「はぁぁぁぁ!!!」

 

 ここでテイオーの足が切り替わる。

 残り300m。テイオーステップの解禁で、今まで押さえつけていた彼女の足が動く。

 俺達の今まで積み上げてきた切り札。これで皐月賞、日本ダービー共に取ってきた。

 残り200m。

 テイオーがハッピーミークを抜かした。

 残り150m。

 ここでタマモクロスさんがテイオーに追いついた。隣に並ぶ彼女達が競り合いを始める。

 残り100m。

 タマモクロスさんが完全にテイオーを追い越した。

 残り0m。

 ──一馬身差。テイオーの負けだ。

 

~~~~~~~~

「はぁっ! はぁっ! 久しぶりすぎてきついっ、ちゅうねん!」

 

「ぜぇ…… ぜぇ……」

 

 テイオーとタマモクロスさんがゴール地点でお互いに荒い息を吐きながら、膝に手を当てて顔を下に向けている。

 遅れてゴールしたハッピーミークはそのまま桐生院さんの元に駆け寄っていった。心なしか少し震えているように見える。

 それはテイオーも同じだった。だから俺は彼女に近づいて声をかける。

 

「テイオー、大丈夫か?」

 

「あっ…… うん、大丈夫だよ」

 

 いつもだったら元気に返事をしてくるのに、今はどこか落ち込んだような返事を返してくる。

 

「負けちゃったかぁ! まぁ、でも次勝とうね! トレーナー!」

 

 そして空回りした元気さを感じられないほど、俺は鈍感では無かった。

 そんなテイオーに俺はなんとも声をかけることが出来なかった。

 

 その日の練習は時間までいくつかメニューをこなして、クールダウンして終わりになったのだが、どこかテイオーは上の空で明らかに練習に集中できていなかった。

 恐らく、今日のレースが尾を引いているのだろう。そう思って明日は休みにすることにして、コテージに帰宅した。

 コテージについて、テイオー達がお風呂に入っている時間。俺は気になったことを桐生院さんに訊ねていた。

 

「すみません、桐生院さん。先ほどのレースなんですけど……」

 

「タマモクロスさん凄かったですね! うちのミークもあそこまで強くなりたいものです!」

 

「あ、いや、俺もそう思うんですけど。そうじゃなくて」

 

「なんでしょう?」

 

「レース中にタマモクロスさんから何か見えませんでした?」

 

 あの謎のオーラとも言える白い稲妻のような光は。俺の錯覚じゃ無ければ確かにそこにあったような気がしたのだが……

 

「凄い圧だな……としか。なんか見えるって何かありました?」

 

「あっ、いえ……」

 

 桐生院さんには見えていない……? 

 自慢じゃないが、俺は自分自身の目は大分いいと思っている。だから目に映ったことは基本信じているようにしているのだが…… 

 ならば、あれは一体なんだったんだ? 

 自分で少し考えごとをしていると、お風呂上りのウマ娘達が上がって来たので交換で俺もお風呂に入る。

 その後何ごとも無く就寝したのだが、同じ部屋のテイオーは心なしか尻尾が垂れており元気がなかった。

 次の日の朝。今日は気分転換のためにオフにするということになり、桐生院さんとハッピーミーク、テイオー、アーティシトロンは山のふもとまでおりてお出かけすることになった。

 本当は俺も着いて行こうとしたのだが、タマモクロスさんに話があると言われコテージに残るはめになった。

 彼女曰く。

 

「あんた、その顔でテイオーと一緒に出かける気か?」

 

 とのこと。

 自分では意識していなかったが、そんなに俺の顔は気分が悪いとかそう見えてしまったのだろうか。

 テイオー達が出かけて家の中にいるのは俺とタマモクロスさんの二人きり。

 車の音が遠のいてしんと静まった空間の中で、彼女が口を開いた。

 

「いや、すまんかった!」

 

「へ?」

 

 唐突にタマモクロスさんがぺこりと頭を下げて謝ってきた。

 あまりにも急なことすぎて驚いてしまい、変な声がのどから出る。特に謝られることはされていないと思うのだが……

 

「ちょっと領域で本気出しすぎてしもうたわ。 ありゃテイオーもビビるわ」

 

「りょう……いき……?」

 

「なんや領域に関して何も知らんのか。しゃあない、ウチが教えたる」

 

 そう言ってタマモクロスさんがソファに腰を下ろしたので、俺も対になっている目の前のソファに座らせてもらう。これでお互いが顔を合わせる状態になった。

 

「ええか? 領域っちゅーのはな──」

 

 そうタマモクロスさんが語り始めたのは枠外のいや感覚の外のお話。

 領域──ゾーン、フローとも言われる超集中状態のこと。

 一度その領域に足を踏み入れると、感覚は研ぎ澄まされて普段とは比べものにならない程の圧倒的なパフォーマンスを発揮できるという。

 時代を創るウマ娘が必ず踏み入れる物と言われており、タマモクロスさんはある程度自分で領域をコントロールできるそうだ。

 俺が感じた圧も音も感覚も、その領域から来たものらしくウマ娘による敏感な感覚がその幻覚を見せたそうだ。

 だから人である桐生院さんには感じられなかったのか……

 一つ謎が解けて自分で納得していると、タマモクロスさんが俺の顔を指さしてきてとあることを指摘した。

 

「顔、酷いで。昨日寝れてないやろ」

 

「……」

 

 バレてしまった。

 昨日自分がよく眠れずに、頭の中で何度も何度もタマモクロスさんとテイオーのレースを再現していたのだ。

 あくまで自分の中の感覚だったのだが、何度やってもテイオーが勝てず、ずっと自分の指導方法の間違いを探していたりした。

 考えすぎて少し頭が痛くなるレベルまであったのだが、それがあっさりと見抜かれてしまった。

 

「ウチは恐らく領域のことを教えるためにここに呼ばれたんやろなって思うで。ちょっとやりすぎた感じはあるけどな」

 

 谷口さんがタマモクロスさんを師匠につけて夏合宿に同行させたのはそれが目的か……

 なら、俺が取る行動は。

 

「おっと、一つ忠告しとくで。無理に領域の入り方を練習するなんて考えへんことやな」

 

「……」

 

「まぁ、分かるで。それでも領域はそういうもんちゃう。入ろうと思って入るもんちゃうからな」

 

 タマモクロスさんに見抜かれて、そう諭されてしまった。

 しかし領域か……もしかしてあの日本ダービーの時レグルスナムカが見せたあの「音」は領域関係のものだったのかもしれないな……

 俺は説明してくれたタマモクロスさんに対して一つ関係無いことを──ふと思い出したことを質問した。

 

「なぁ……タマモクロスさんはどうしてウマ娘に生まれたんだと思う?」

 

「なんや急に。そうやな……やっぱり走るためやろ」

 

「そっか……」

 

「おっと勘違いして貰っちゃ困るで。走るって別にターフの上だけちゃうねん」

 

 彼女がキリっと目を細めて、俺の方を見やる。

 

「今は引退した身やけどな。今も走ってるって言えるで。テイオーの師匠してる時も走ってるって思ったしな」

 

 そうタマモクロスさんが「何言わすねん!」と照れた顔で言い切った。

 少し手を出して突っ込んだポーズを取った彼女は少し滑ったか? みたいにそわそわしたポーズを取っていた。

 

「そっか……」

 

「え、何や急に」

 

 そうだ。タマモクロスさんにも桐生院さんにも他のウマ娘もトレーナーも出来ないこと。

 勿論テイオーにも出来なくて、俺にしかできないこと。

 

 そして、俺がウマ娘である理由がつかめた気がした。

 

「ありがとう、タマモクロスさん。分かった気がする」

 

「そ、そうか。ならよかった」

 

 俺がすっきりした感覚で答えを導き出して、悦に浸っていると昨日寝て無かった分だろうか。一気に眠気が襲ってきた。

 

「すまん…… ちょっと寝るわ……」

 

「おう、寝てきーや。ウチはこっちでゆっくりしてるで」

 

 気遣ってアドバイスまでしてくれたタマモクロスさんに感謝の言葉を述べつつ、俺は寝ぼけ眼のまま自分の部屋のベッドに頭を乗っけたのであった。

 

~~~~~~~~

 俺が気づきを得てから数週間が経過し、とうとう夏合宿最終日になってしまう。

 最終日もやることは変わらずに、いつも通りの練習をして今日の練習は終わりになった。

 タマモクロスさんが領域を出したあの頃の事件から俺もテイオーも調子がいいみたいで、練習が前よりも捗り更にお互いに成長できたと感じている。

 桐生院さんと意見交換も出来たし、今回の夏合宿はとてもためになるものだった。

 練習を終えて帰宅し、明日帰ることになるので荷物をまとめておく。

 最終日もみんな元気そうに和気あいあいとコテージで過ごしていた。この一か月でみんな仲良くなれたようで良かった。この繋がりは、きっとこれ以降も続いていくのだろう。

 そんな最後の夜を楽しんでいると、すっかり夜になってしまい寝る時間になってしまった。

 各々、自分の部屋に戻って寝る準備を始めるように指示をした。

 俺も部屋に戻って寝る準備をしていると、テイオーに話かけられた。

 

「ねぇ……トレーナー、一緒に寝ていい?」

 

「あぁ、いいけど…… どうした急に」

 

「別にいいでしょ! ほら、最後の日だしさ」

 

 あんまり理由になっていなさそうなことを言われたが、別に俺としては構わない。

 ちょっとベッドが狭いくらいだが、それは誤差だろう。

 

「ほら、おいで」

 

「えへへ。やったぁ」

 

 テイオーが俺の脇にすっぽりと収まる。身長は俺の方が高いのでテイオーが隣に来ると、尻尾が俺の足辺りに当たる。いや、当てているのか。

 

「ねぇ、トレーナー。夏合宿どうだった?」

 

「どうだったか、か…… 領域が一番驚いたかな……」

 

「りょーいき?」

 

 そっかテイオーには領域について説明してなかったのか。

 俺は領域のことに関して、テイオーに軽くタマモクロスさんから体験したことを交えて説明した。

 あの時の俺が見たことを話していると、テイオーからもダービーの時よりも濃い恐怖感を感じたと言われる。やはりレグルスナムカの奴は領域、もしくは領域の入りかけだったのだろう。

 俺がまた一つ確信を得ていると、テイオーが上目づかいで質問をしてきた。

 

「もし、ボクが領域出せなくて…… ううん、出せてもさ。菊花賞に負けちゃったらどう思う?」

 

「テイオー……」

 

 テイオーにしては珍しく弱気な発言。今まで誰も聞いていなかったような言葉に、俺も少し驚いてしまったが考えてみれば彼女はまだ中学生。

 世間から夢を託されて走っているが、彼女も一人の少女なのだ。こう不安も言いたくなるのは分かる。

 しかし、それと同時にこうやって不安を俺にぶつけてくれる存在になっていることに嬉しさも感じた。

 俺は慎重に言葉を選んで、彼女の質問に答えた。

 

「テイオーは負けない。俺はそう思ってる」

 

「……なんで、さ」

 

「俺と一緒に走ってるから、かな。二人で走れば速さもきっと二倍になる」

 

「にっしし、なにそれ。でも、ボクたちらしいや」

 

 そして、テイオーが俺の胸に埋めてぽそりと呟いた。

 

「絶対勝とうね、トレーナー」

 

「ああ。勝とう」

 

 そっと俺がテイオーの頭を撫でると、彼女が耳を垂らしてもっと撫でて欲しいとアピールしてきた。

 俺はその仕草に従って、優しくゆっくり彼女の頭を撫でる。気持ちよかったのか、尻尾がたらんと垂れて俺と足に当たり少しくすぐったい。

 

 この光景どこかで見覚えがあると思ったら、過去。同じことがあった気がする。

 不安げに呟く静かな声に対して俺が頭を撫でる。そんなことが──

 

 ────お姉ちゃん。

 

 一瞬頭によぎった声を振り払うと、テイオーがすぅすぅと穏やかな寝息を立てて眠りについていた。

 その姿に俺がふっと優し気のある笑みを浮かべると、テイオーをもう一度撫でて俺も目を瞑った。

 おやすみ、テイオー。菊花賞、絶対勝とうな。

 




こんにちはちみー(挨拶)
次は水着回です。お楽しみに。

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【スターの日常】夏祭りはキミと一緒に

 とある夏の日。

 トレセン学園の生徒たちは長かった夏合宿も終わり、いつも通りの日常を送っている。

 まだまだ夏本番というように日がさんさんと照りつける中で、俺はとある場所に呼び出されていた。

 

「あ゛ぁ゛~。最近、ドーベルが冷たいの゛~~~!」

 

「……大丈夫ですか? 飲みすぎでは……?」

 

「飲まなきゃやってらんないわよ! 蔵内も好きなだけ呑みなさい!」

 

「あは~、もう吞んでます~。ところでこれ吞んでいいやつですか~?」

 

「呑みながら聞くなぁ!」

 

「あはは……」

 

 そこはカオスだった。

 床に転がってるのは缶、缶、缶、時々一升瓶。しかも、これが全部中身が空というのだから恐ろしい。

 アルコール臭が漂う部屋の中、俺を含めた三人のトレーナーが転がっていた。

 一人は俺だが、もう二人は年上のトレーナー。

 黒髪をポニテで纏めたお姉さんである、先輩トレーナーの清水光トレーナー。

 茶髪をゆるふわパーマにした女性、俺と同期でもある蔵内望トレーナー。

 普段はしっかりとしており、尊敬しているトレーナーたちが今はアルコールの魔力にやられていた。

 

「なんで、相談してくれないのかなぁ……。最近トレーニングにも身が入ってないみたいだし……」

 

「女の子には秘密の一つや二つあるもんですよ~。ドーベルちゃんいい子ですし、ホントにまずかったら言ってくれますって~」

 

「それはそうだけどぉ……トレーナーとしては寂しくてェ……」

 

「わぁ~泣いちゃいました~」

 

 涙腺が脆くなっているのか、さめざめと泣き始める清水さん。

 それをとんとんと背中を叩いて、彼女を後ろから慰める蔵内さん。

 最初はこんな調子では無かったのだ。

 それこそ当初の目的はトレーナーの意見交換会ということで、清水さんのトレーナー室で有意義な議論をしていた。

 夏合宿もあけてG1レースシーズンも近くなってきたからと、目的も凄い真面目な理由だ。

 その証拠にホワイトボードにはレース場の簡易的な図が描かれていたり、トレーニング方法がメモされている。

 だが途中から自分の担当ウマ娘の話になり、それらの悩み相談になっていた。

 そして──

 

「そんなこと悩んでも仕方ないですよ~! ほらお酒呑みましょ~~~!」

 

 そう言って蔵内さんが清水さんにお酒をぶち込んだ結果、今に至る。

 清水さんがさっき話していたドーベルことメジロドーベルは、彼女の担当ウマ娘でありG1レースを複数取っている名バだ。

 因みにさきほどのメジロドーベルの愚痴を話していたが、同じ内容を三回聞いていた。

 流石の俺も、素面のままどう対応していいか分からなくなってきている。

 まだ俺は未成年でお酒は呑めないしどうしたものかと悩んでいると、こんこんとドアがノックされた音が鳴った。

 

「失礼しまーす……ってアルコールくっさ!? トレーナーも伸びてるし、どういうこと!?」

 

 入って来たのは鹿毛の長い黒髪を携えた、ツリ目のウマ娘。

 左耳に緑色のリボンをつけた彼女こそが、先ほどまで話題にしていたメジロドーベル本人だ。

 どうやら何かトレーナーに用事があって訪れたみたいだが、残念な事に当の本人は潰れている。

 

「ん~? ドーベル~~~? ごめん、今はぁむりぃ……」

 

「見れば分かるわよ……。今日はどうせ休みだったし、寝てて」

 

「ごめんねぇ~~~。うぐっ」

 

 べろべろになりながらドーベルさんと会話をし終えると、清水さんの電源が切れたようにぷつんとその場で寝そべってしまう。

 あぁ……これは寝ちゃったかな……。蔵内さんも潰れてるし……。

 

「えっと……スターゲイザーさんだっけ……? アタシのトレーナーたちがごめんなさい」

 

「まぁちょっと困ってたのは確かだけど……。とりあえずどうしようかこれ」

 

「このままにするわけにもいかないし……片付けるつもりだったけど……」

 

「じゃあ俺も手伝うよ。部屋使わせて貰っていたしな」

 

「ありがとう……。スターゲイザーさん、優しいのね」

 

 そう言うと、ドーベルさんがぺこりと頭を下げてお礼をしてくれた。

 感謝されて少しむず痒くなって軽くいえいえと返事をすると、彼女が柔らかく微笑む。

 お互いに挨拶し終えると、俺たちは部屋の片付けに移った。

 床に寝そべっているトレーナーたちを仮設ベッドに移動させ、散らばった缶などを拾って分別する。

 そんな中俺はふと気になったことが出てきたので、隣で一緒に片付けしてくれているドーベルさんに訊ねた。

 

「そういえば……ドーベルさん、初対面なのに俺の名前良く知ってたね」

 

「トレーナーやマックイーンからよく聞いてるもの。それに、トレセン学園ではアナタ有名だし」

 

「あぁ……なるほど。ドーベルさんもマックイーンと同じメジロ家だもんね」

 

「よく話を聞いてるおかげで、初対面って気がしないのよね……。あと呼び方、ドーベルでいいわよ。もっと話し方もラフで」

 

「そうか? なら、助かる。俺のことも好きに、呼んでもらって構わないぞ」

 

 自分がその立場だと忘れがちだが、白毛のウマ娘ってだけで貴重なのにそれがトレーナーをやっているのはもうレア中のレアだ。トレセン学園に一年ちょっとくらい在籍しているのもあり、生徒の間では有名なのだろう。

 特にマックイーンとはテイオー関連でよく関わっているし、メジロ家に話が通っていてもおかしくない。どこまで噂されているんだろうか……。

 そんな会話をしながら二人で片付けていると、あっという間にほぼ元通りに部屋が綺麗になった。

 換気も行ったので、アルコール臭さも大分緩和されただろう。

 

「お疲れ様。わざわざありがとうな」

 

「こちらがお礼を言う側よ。スターもトレーナーで忙しいのに……」

 

「今日はもう特に予定無かったしな。あぁ、あとこれは質問なんだけど」

 

「?」

 

 ドーベルがその言葉に対して、軽く首を傾げる。

 正直顔を合わせた時から気になっていたが、清水さんから聞いたのと照らし合わせて今ようやく確証が持てた。

 清水さんは最近ドーベルが冷たいと言っていたが、これは多分。

 

「ドーベル、最近眠れていないとかない?」

 

「へ?」

 

「いや、ちょっと目元が垂れているっていうか……。体が疲れてそうっていうか……」

 

「えっ、うそっ、目にクマとか出来てる!?」

 

「いや、そこまでじゃないけど……」

 

 恐らく睡眠自体は取っているのだろう。

 だが完全に体が回復するまで休めていないせいか、どこか力が入ってないように見える。

 眠りが浅いのか睡眠時間が短くなっているのかは分からないが、どちらにせよ寝不足には変わりない。

 そのせいで、トレーナーとかに話しかけられても上の空になってしまっていたのだろう。

 だから、対応が冷たく見えてしまったと。

 

「睡眠は大事だから、ちゃんと寝たほうがいい。眠れないようだったら、相談に乗るぞ」

 

「ちっ、違うの! 最近は原稿で忙しくてっ!」

 

「原稿?」

 

「あっ」

 

 ドーベルの顔が、しまったという顔にみるみると変わっていく。

 明らかに聞かれたくない言葉を聞いてしまったという状況に、彼女が慌てだす。

 夏……原稿……そして、寝不足。何となく状況が読めてきた。

 

「もしかしてウマケ?」

 

「あぁ……バレちゃった……」

 

 俺がそう尋ねた瞬間、ドーベルが膝からがくりと崩れ落ちてしまった。

 ウマケ。夏の有明で開催される、世界最大規模ともいえる同人誌即売会のことだ。

 同人誌とは個人で制作する本みたいなもので、通称薄い本とも言われたりする。

 ウマケでは同人誌だけでなくグッズとかを自主制作したりする人もいるのだが、ドーベルの場合原稿と言っていたので、多分同人誌を出す予定なのだろう。

 

「大丈夫。誰にも言わないから」

 

「ホント……? トレーナーとかマックイーンに言わない……?」

 

「どんな本作ってるのかは分からないけど、バレるのはちょっと嫌だもんな。秘密にしておくぞ」

 

 俺は過去にネットでゲームにのめり込んでいたので、そっちの文化というのをある程度理解しているつもりだ。

 ウマケには行ったことは無いが、一人で一つの本を仕上げるのは凄いと思っている。

 それにドーベルが自分から言わないってことは、あんまり人に言う趣味ではないのだろう。

 だが、それはそれ。これはこれだ。

 

「だけど、心配かけるのはいただけないな。トレーナーとしては、寝不足とかにはなってほしくないだろうし。あとで理由はぼかしてもいいから、清水さんとかに謝っておきなよ」

 

「はい……ごめんなさい……」

 

「分ればよろしい」

 

 俺のトレーナーとしての注意に、ドーベルが素直に反省してくれたのかしゅんと耳を垂らした。

 自分で悪いと思ってるのならば大丈夫だろう。これで清水さんの問題は解決だ。

 さて……「トレセン学園のトレーナー」としての注意はこれでおしまいだ。

 ここからは、個人的な疑問点。

 

「……ところで締め切りはいつなの?」

 

「……一週間後」

 

「終わりそう?」

 

「……正直徹夜してギリギリ、かな。このままだと、入稿間に合うか怪しい」

 

「なんでそこまで放っておいたんだ……」

 

「ぐうの音も出ないわね……」

 

 個人で本を作るという以上、原稿を完成させたら印刷所にデータを渡して印刷してもらわなければいけない。

 そのため、イベント当日より前に原稿を終わらせなければいけないのだが……

 

「さ、最悪コピ本で出すから大丈夫よ! 待ってる人には申し訳ないけどね……」

 

 ドーベルの様子を見る限り、本当にスケジュールがギリギリって感じだ。

 因みにコピ本というのはただのコピー機で印刷しただけの本のことで、勿論実本と比べたらクオリティは落ちる。大量部数を刷るのも個人では難しい。

 それに彼女は、待ってる人がいると言っていた。

 ドーベルとしては本を完成させたいのだろう。

 恐らくこのままだと、ギリギリ粘って寝不足が加速するだけだ。

 なら……少しくらい手を貸してあげてもいいだろう。

 

「因みに出したい本の種類って何だ?」

 

「漫画本だけど……」

 

「なら、俺手伝おうか?」

 

「え!? いやでも、スターさん仕事とか……」

 

「あることにはあるけど、そんな量は多くないから大丈夫だ。夏休み期間だしな」

 

「なんで、アタシの趣味なんかにそこまで」

 

「趣味でも本気の顔だった。それに諦めきれてない目をしてたから、かな」

 

 最後まで諦めないという覚悟の目は、レースで走るウマ娘を手伝っている俺にとって一番効く。

 清水さんや蔵内さんにはかなりお世話になっているし、恩返しに俺がその担当ウマ娘の手伝いをしてもいいだろう。

 トレーニングなどのトレーナーとしての手伝いは出来なくても、スターゲイザーとして手を貸すことくらい許されるだろう。

 

「なら、頼みたいけど……。スター、デジタルイラスト描いたことあるの……?」

 

「無いけど、多分なんとかなると思う」

 

「えぇ……。難しいわよ……?」

 

「大丈夫でしょ、ボクのトレーナーだし」

 

 突然入ってきたのは、先ほどまではいなかった第三者の声。

 二人で声がした後ろの方へと振り返ると、そこには見慣れたポニーテールをぶら下げたウマ娘が立っていた。

 俺とドーベルより身長が低い小柄だが、一番元気がありそうな彼女こそが。

 

「あれ、テイオー。どうしたんだ?」

 

「いや、たまたま通りかかったら窓からトレーナーが見えてさ。何話してるのかなぁって」

 

 ほらあそことテイオーが指さした方向を見ると、換気のために全開にしていた窓があった。

 なるほど。外から見えたから、ぐるりと室内まで回って来たのか。

 それに、普段は一緒にいないヒトと話してたしな。

 

「テイオー、ってアナタそういえばスターの担当ウマ娘だったわね」

 

「そうだよ~。だから、トレーナーのことはボクが一番詳しい!」

 

 どうやらテイオーとドーベルは初対面では無いらしく、特に詰まることなく会話している。マックイーン繋がりで、顔を合わせていたとかだろうか。

 

「そんな太鼓判押されるなら、手伝って貰おうかな。じゃあ、早速アタシの部屋に来てもらえる? 機材とか多分前の機種あったと思うし、それ貸すわね」

 

「了解。使い方さえ分かれば、一通り出来ると思うぞ」

 

「何その自信……。変なの」

 

 ドーベルがくすりと笑った後、俺たちは三人でドーベルの部屋へと向かった。

 それが、全ての始まりであることを知らずに。

 

~~~~~~~~

 ドーベルの原稿の手伝いを始めてから約二週間後の土曜日の朝八時ごろ。

 俺はテイオーとドーベルと一緒に、真夏の有明のとある場所にいた。

 

「半年ぶりね! ここも!」

 

 テンション高めに叫んだドーベルの目の前にあるのは、大きな逆三角形が二つ浮かんでいる特徴的な建物。

 分かる人ならすぐ分かる、ウマケの会場に俺たちは来ていた。

 

「ちょっと眠い……」

 

「まぁ朝早かったもんな。ここまで電車で一時間くらいかかったし」

 

 さてなんでそんな場所に俺とテイオーが朝早くからいるのかというと、ドーベルに売り子を頼まれたからだ。

 売り子というのは、サークルの同人誌の頒布をお手伝いをするヒトのこと。

 最初は同人誌の作製を手伝うだけだと思っていたのだが、なんやかんや現地にまで来てしまった。

 

「本当にありがとうね。スターにテイオーも……」

 

「手伝うって言ったのは俺だし、最後までやるさ」

 

「まさか、あんなに早く終わるなんて思ってなくて……。なんか描き下ろし更に追加しちゃったし」

 

「ねー、言ったでしょ? トレーナーは凄いって」

 

 イラストを手伝うと言ってドーベルの部屋を訪れたその後、俺は機材の説明を軽く受けてそれを部屋に持ち帰った。

 そしてその晩からボイスチャットを繋いで作業を開始したのだが。

 

「うん、そこそれで大丈夫──いや、上手いわね? 本当に初心者なの?」

 

「ドーベルの絵柄真似しただけだぞ。こんな感じでいいか?」

 

「しかも筆が早い!? ねぇ、アタシが二人いるみたいになってる!」

 

 こんな感じで手伝っていたら、予定したより早めに終わってしまい入稿は無事に終わった。

 しかも余裕があったので追加ページまで発生し、最初より本が厚くなったおまけつき。

 これでもドーベルの睡眠時間は守れていたので、やはりアシスタントがいると作業も楽になるのだろう。

 

「いやそれはトレーナーだけなんじゃないかな……。絵柄真似できるって何……?」

 

「アタシも初見だとびっくりしたわ……」

 

 そうは言っても出来るのだから、使わない手はない。

 俺はそれをフル活用して、ドーベルのアシスタントを出来る限りで協力してあげた。

 無事に本も出せることになったし良かったと思う。

 

「にしてもヒト多いねぇ。これみんな参加者なの?」

 

「サークル参加で同人誌とかを売る人たちと、普通の一般参加者たちね。これでも三、四年前はもっと酷かったらしいわよ」

 

「今はチケット制だから徹夜組とかいないんだっけ」

 

「そうね。あの頃の方が活気は凄かったけど……色々問題はあったわ」

 

 がやがやと少し騒がしい中を道並に進んでいくと、入場場所まで辿り着いた。

 ドーベルから預かっていたサークルチケットをスタッフさんに見せると、手首に巻くリストバンドが貰えたのでそれを巻きつける。

 これで、入場手続きは完了らしい。

 

「これで、後はドーベルのサークルスペースにいくだけ? ボク、並ぶと思ってたんだけど」

 

「サークル参加側はこんなものよ。一般参加は炎天下の中並ばないといけないけどね……」

 

 ウマケは夏と冬に二回開催されるが、夏は特に大変だと聞く。

 気温が高い中長時間外で並ばないといけないため、熱中症の危険性が高い。

 サークル参加側でも、水分補給と塩分補給だけはしっかりとしないとな。

 

「さて、アタシたちの場所はここね。あと、設営の準備をするだけよ」

 

「……なんか段ボールの山があるんだけど」

 

「これ壁サーって奴か……? 人気サークルって聞いてたけど、ここまで大手だとは……」

 

 入場してからしばらく歩き、広いホールのような場所に移動してから数分後。

 彼女のサークルスペースと言われた所には、段ボールが大量に鎮座していた。

 壁サーというのは、その名の通り会場の壁際に配置されるサークルのことだ。

 通常スペースよりも大きく場所を取れるので、大量に頒布する人気サークルがここに配置されることが多い。

 

「どぼめじろう、だっけ? これだけ有名ならマックイーンとかにバレてそうだけど……」

 

「た、多分バレてないはずよ。ウマッターでは個人を特定できる発言はしてないし……」

 

 まぁまさかウマケの人気サークルの一つが、現役G1ウマ娘が運営しているとは思わないだろう。

 それに、一応そこに気を使って変装はしっかりとしている。

 テイオーも俺も帽子やサングラスをしてバレないようにしているが、ドーベルは男装までしてきた。

 直接知り合いに見られたらバレるかもしれないが、ぱっと見女性のウマ娘には見えないレベルの変装である。

 

「じゃあ、設営しましょうか。えっと、テイオーはコスプレするんだよね。なら着替える場所があるから、そこでお願い」

 

「りょーかい。ふふん、今日はボクのコスプレは本気だからね! じゃあ、行ってくるー!」

 

 手を振って一度サークルスペースから離れるテイオーを見送りながら、俺たちは設営の準備を始める。

 テーブルに布を敷いたりポスターを設置したりと作業していると、ドーベルが呟くように話しかけてきた。

 

「……本当にありがとうね。一人じゃ準備も難しかったから」

 

「いいって。さっきも言ったろ? 最後までやるって」

 

「うん……それでも、嬉しかったから」

 

「じゃあ、ファンに本を届けないとな。これだけ人気ならいっぱいヒトも来そうだし」

 

「そうね……。アタシたちの本、みんなに見せたいもの」

 

 ドーベルが嬉しそうに尻尾を振りながら、返事をする。

 わざわざ正体を隠してまで会場に参加する理由を聞いたことがあるが、理由は納得できるものだった。

 

 ──ファンのヒトに直接、本を届けたいから

 

 自分が精一杯努力して作った創作物を待ってくれる人がいる。

 それだけでも、会場に訪れる理由になるだろう。

 

「そういえば、逆に今まで準備とか売り子どうしてたんだ? これだけの量、一人じゃ無理だろ」

 

「前までは知り合いに頼んでたのよね。でも、今回から個人でサークルを出したいって独立したから、困ってたのよ」

 

「で、そこに俺たちが来たと」

 

 自分の趣味に理解があって、それを言いふらさないと信用出来るヒトなんて少ないだろう。

 偶然だが、俺たちが手伝えて良かったのかもしれない。

 

「よし、これで設営は終わり。あとは開場待ちね」

 

「お疲れ様。って、まぁここからが本番か」

 

 ドーベルが設営が完了したスペースの前に立って写真を取っている姿を眺めていると、ざわっと会場が少し揺れた。

 開場前にそんな盛り上がることがあるかと疑問に思い、その騒ぎの中心を見てみると。

 

 ──皇帝、シンボリルドルフがいた。

 

「え?」

 

「は? ん、いや、あれテイオーか?」

 

 よく見たら身長はルドルフより低いし、顔つきも大分幼い。

 しかしそれ以外を除いたら、ほぼ勝負服を着たルドルフだろう。

 俺ですら一瞬見間違えたほどクオリティが高い。

 そんなルドルフの勝負服を着たテイオーは、駆け足でこちらへと向かってきた。

 

「どうどう? 似合ってるでしょ?」

 

「本当に凄いな……。ルドルフにそっくりすぎてビビったぞ」

 

「でしょでしょ? カイチョーから勝負服借りたかいがあったね」

 

「え、それ本物なの?」

 

「うん。サイズ小さい奴が余ってるし、今は着れないからって」

 

 道理で服装に安っぽさを感じなかった訳だ。だって、実際に勝負服として使える本物なのだから。

 それにテイオー本人もルドルフにそっくりだ。髪を降ろした時に似てるなぁとは思ったが、似せればここまでになるとは。

 ……コスプレとしては最高のクオリティじゃないだろうか。

 

「これ立ってるだけで宣伝効果凄そうね……」

 

「ふふーん、期待してくれてもいいぞよ?」

 

 胸に手を当てて自慢するような仕草を取ると、ルドルフではなくテイオーって感じがする。

 それにこれなら、テイオーの正体がバレることは無さそうだし。一応テイオー、クラシック二冠ウマ娘だからな……

 トレーナーが手伝うならボクも参加する! と宣言した時はどうなるかと思ったが、これはかなり期待できそうだ。

 というか、テイオーはルドルフのコスプレをしたかっただけでは? 

 

「あ、忘れてたんだけど。ここではアタシはどぼめじろうだから。そこはよろしくね」

 

「ボクどうしよ。ルナとかって名乗っておこうかな」

 

「流星が三日月だからか? いいと思うぞ」

 

「じゃあトレーナーも、ねずみさんって呼んでおくね」

 

 身バレ防止のためペンネームを決めていると、会場からぱちぱちという拍手の音が聞こえきた。

 

『それでは夏のウマットマーケットを開始いたします』

 

 そんなアナウンスが会場に流れた瞬間、一つ全体の熱が上がった気がする。

 さて、ここからまた忙しくなりそうだ。

 

~~~~~~~~

 開場から一時間後。

 ドーベルもとい、どぼめじろう先生のスペースはかなり賑わっていた。

 いやかなりと表現するには少ないか。なんかこのスペースだけ勢いが違った。

 

「いつもどぼめじろう先生応援してます! 新刊ください!」

 

「ありがとうございます! これからも頑張ります!」

 

「あの……シンボリルドルフのコスプレさん。一緒に写真取って貰ってもいいですか……?」

 

「いいぞよ~! はいチーズ!」

 

 開場した瞬間にどっと入ってきた人混みは直ぐにこのスペースに列を作り始め、瞬く間に大賑わいとなっていた。

 人気サークルと聞いていたが、この盛況は予想以上だ。

 本を買ってくれる人は勿論、テイオーのコスプレに引き寄せられたヒトもかなり多い。

 因みに俺は本をドーベルとテイオーが売っている間、後ろで待機列の整理をしていた。

 

「女のヒトも結構ウマケに来るんだなぁ……」

 

 男女比としては女性の割合が多く、ウマ娘もちらほらと見かける。

 本の内容がウマ娘の少女漫画風恋愛劇場だったので、それも当然といったところか。

 手伝っていた時も思ったが、ドーベルの描く漫画はかなりストーリーと心情描写が上手い。その主人公の気持ちが直に伝わってくる内容を見ると、ファンが多いのも頷ける。

 俺がそんなことを考えながら最後尾の管理をしていると、少しずつヒトも収まっていった。

 

「お疲れ様、ねずみさん。列は大分収まったから、列の整理はもう大丈夫かな。ありがとうね」

 

「かなりヒト多かったけど、いつもこんな感じなのか?」

 

「まさか。今日はいつもの倍は来てる感じがするわね。多分、原因はあれだと思うけど……」

 

「まぁ、あれはな……」

 

 あれと二人して指しているのは、言わずもがなルドルフのコスプレをしたトウカイテイオーだ。

 元々ファンとの交流が大好きな彼女は、求められたらそれを数倍にしてファンサをしている。

 しかもテイオー自身がルドルフファンなので、仕草やセリフも完璧に真似たりととにかくやりたい放題だ。

 ずっときゃーきゃーと言う甲高い悲鳴が収まっていない気がする。

 

「そろそろ落ち着いたし、ねずみさん会場回ってきたら? 見てるだけでも楽しいわよ」

 

「そう? ならお言葉に甘えようかな。 俺もどんな本あるのかなって気になってたし」

 

「気をつけていってきてね。ある意味ね……」

 

 ドーベルがどこか意味深な言い方をしてきたことに少し疑問を覚えつつも、俺はウマケの会場へと繰り出した。

 がやがやと騒がしい会場の中特に当ても無く彷徨っていると、色々なものが売られていて目移りしてしまう。

 漫画本に小説本、写真集にアクリルキーホルダーなどなど……

 自主制作した作品がずらりと並んでいる光景は、確かにここでしか見られないだろう。

 

「あれ、ここウマ娘ゾーンか? 色々なものがあるなぁ」

 

 所狭しと並んでいる長机の上に並んでいるものを物色していると、ふと目にとあるポスターが飛び込んできた。

 そこにはウマ娘のG1名バ集と銘打った写真集が販売されており、テイオーの写真まで置いてある。

 見本として閲覧できる本が置いてあったので、ふと気になって読ませて貰う。

 ぺらりぺらりと数ページ捲った時点で、俺はゆっくりと見本を戻した。

 

「新刊一冊下さい」

 

「ありがとうございます! こちら1500円です!」

 

 俺は財布からぴったり1500円取り出すと、そこのサークル主にお支払いして同人誌を一冊受け取った。

 そして、それをバッグに丁寧に締まって次のサークルへと──

 

「ん……? あれ、なんで買ってるんだ……?」

 

 無意識だった。多分見本を見せて貰ったところから、自然とこの本が手に収まっていた。

 今買った本はG1名バ集という名の、ファンが撮ったトウカイテイオーの写真集。

 いや、違うのだ。テイオーの写真はたくさん見ているし、URA公式が撮った写真だってある。

 だがこれはファンが撮ってくれた唯一の写真で基本世の中に出回らないものであってその希少性が──

 

「……あれ、なんでここテイオー関連の作品いっぱいあるんだ?」

 

 これは後から知ったことだが。

 ウマケには「島」という概念があり、同ジャンルの同キャラでサークルが一部の場所に纏められることがあるらしい。

 つまり俺がたまたま来てしまったここは、ウマ娘のトウカイテイオー島ということになり……。

 テイオー関連のグッズが大量に販売されており、しかもおまけにここを逃したらもう入手出来ないかもしれない商品ばかり。

 

「──っつ!」

 

 忘れてはいけないのは俺はテイオーのトレーナーではあるが、一番のファンであるということだ。

 そして、俺は元々かなりのオタク気質。

 あぁ、ドーベルが意味深に言っていた理由が今なら分かる。

 

「あれは財布に気を付けてってことか……」

 

 いつもより多く現金を持ち歩いてよかったと、今日ほど思う日はそうそう訪れないかもしれない。

 

~~~~~~~~

 色々なテイオーグッズを買いあさり、内心ほくほくだった俺は上気分で会場を回っていた。

 流石に財布の危険性も考えて出費は抑えようとしているのだが、ついつい楽しくて会場を回ってしまう。

 だが時計を見るとあれから大分時間も経っているので、ドーベルやテイオーの元へ戻った方がいいだろう。

 そう思って俺が移動していると、視界の中にどこかで見たことのある人影が入ってきた。

 あれ、なんで彼女がここにいるんだろう。

 

「姫宮さん……?」

 

「ヒョッ……!? あれ、なんで、スターさんがこんなところにっ!」

 

「あら~可愛らしいウマ娘ちゃんが~、って今トレーナーさんなんて言いました!? スターさんって言いました!?」

 

 俺の目の前でわちゃわちゃと焦り始めたのは二人。

 一人は黒髪をサイドテールにした女性で、俺の先輩でもある姫宮明トレーナー。

 普段から業務でもお世話になっている、誰よりもウマ娘に詳しいトレーナーだ。

 そしてもう一人の子は、ピンク色の髪をツーサイドアップにした小柄なウマ娘。

 

「まずいですって!? まさかここで本人と遭遇するとは、デジたん一生の不覚! かくなる上は腹を切ってお詫びするしか……!」

 

「落ち着いてデジタル! ……腹を切るなら私も一緒よ!」

 

「とれーなーしゃん……」

 

 何か物騒なことを言っているが、そんなに俺がこの場所にいるのがマズいのだろうか。

 確かにお互いに予想してない遭遇だったが、ここまで焦る理由がちょっと分からない。

 

「えっと……デジタルさんでいいのかな? 姫宮さんも落ち着いてください。別に学園でこのことをバラしたりしませんから」

 

「はい! あたしはアグネスデジタルです! じゃなくて!」

 

 元気に返事してくれた少女は、アグネスデジタルというらしい。

 見れば見るほど、姫宮さんがウマ娘になったらこんな感じなのかなと思ってしまうテンションをしている。

 それに彼女がトレーナーさんと言っていたのを考えると、姫宮さんの担当ウマ娘なのだろう。

 気が合いそうで、かなりコミュニケーションが円滑に進んでいそうだ。実際ウマケに二人で参加しているのが何よりの証拠なのだろう。

 そんな二人が一緒のサークルで作品を出しているのは、個人的にかなり気になる。

 

「すみません姫宮さん、見本誌読んでみてもいいですか?」

 

「ひょっ。いいで、いいで……どうするデジタル!?」

 

「んごご……。スターさんがわざわざ確認してくれているのに、NOとはあたし言えません! GOです!」

 

「あっ、うん……ありがとうね?」

 

「ひょっ。顔がいい……」

 

 ただ見本誌を見られるだけなのに、そんなに覚悟がいるのだろうか。

 普通に表紙のイラストも可愛らしいし、本も売れているように見える。

 肌色が多いお色気的な作品でも無いし、何をそんなに──

 

「……んっ?」

 

「……」

 

「……」

 

 ぱらぱらとページを捲っていく毎に、よく見るようなシチュエーションのラブコメ漫画が繰り広げられていた。

 その設定が普通のものだったら、だが。

 

「あのさ……これ」

 

「ふひょっ! あ、あのですね! こっ、これは」

 

 俺が今見ているページでは、小柄なウマ娘が俺くらいの身長のウマ娘を壁ドンして口説いているシーンが描かれている。

 ウマ娘とウマ娘とのラブコメ。いわゆる百合本というやつだろうか。まぁ、それはいい。

 なんで、そのウマ娘同士の関係がトレーナーと担当ウマ娘なんですか? 

 

「……」

 

「ぴえっ」

 

 ウマ娘は鹿毛と栗毛だし、別に白毛と鹿毛ではない。担当ウマ娘はポニーテールでも無い。

 だが、これはどう考えてもモデルは俺たちで。

 つまりこれは、テイオーが俺のことを甘い言葉で口説いてるってことで──

 

「……二冊下さい」

 

「ごめっんなさっ……ひょっ?」

 

「ゆるしてっ……ひょっ?」

 

 俺が無言で財布からお金を取り出していると、座っていた二人がぴくりと同時に震える。

 アグネスデジタルが慌てた様子でばんと立ち上がると、びっくりしたような顔をしていた。

 

「えっ……なんで……?」

 

「何も……言わないで欲しい……」

 

「あ゛っ゛。デジたん、イクッ」

 

「デジタルー!」

 

 そこには顔を真っ赤にした白毛のウマ娘と、口から魂を出しながら気絶したピンク髪のウマ娘がいたという。

 因みにアグネスデジタルこと、アリスデジタル先生が出した本の名前は「担当ウマ娘が王子様過ぎて困っています!」だった。

 

~~~~~~~~

 どぼめじろう先生の作品が無事に完売となり、お手伝いも大成功したウマケが無事終了したその日の夜。

 俺は自室でいけないものを見るかのように、買ってきた戦利品に目を通していた。

 別にいけないことをしてるわけでも無いのだが、なんだかテイオーの秘密を覗いているようで変な気持ちになってしまう。

 

「ごめん……テイオー」

 

「ボクがなんだって?」

 

「ひゃぁぁぁ!?」

 

 急に隣から聞こえてきた彼女の声に、俺の尻尾がぴんと立ってしまう。

 まさか近くまでいたとは思わず、読んでいた本を速攻で机に隠す。

 た、多分見られてないよな。これ見られたら、変に誤解生みそうだし……

 

「ふぅ……テイオー、急にどうした……?」

 

「ん? いや、ドーベルから貰ったからお礼を届けようかなぁって」

 

「あぁ……そういえばテイオーに預けっぱなしだったな」

 

 今回俺たちが売り子を手伝ったことに対して、お礼ということでとあるものを受け取っていた。

 遠慮しないで受け取って! とかなり強めに言われたので、断るのも失礼かと思いありがたく貰ったのだ。

 

「遊園地のチケットねぇ……」

 

「もしかして絶叫系苦手だったりするの? それ以外にも楽しいのいっぱいあるよ?」

 

「いや、遊園地行ったことないなぁって」

 

「行ったこと無いの!?」

 

 がばっと喰いつくように反応してきたテイオーにびっくりしていると、テイオーが携帯を弄り始めた。

 しばらく何かについて調べていたと思うと、お目当てのものを見つけたのか俺の方に視線を合わせてくる。

 

「ねぇ、明後日って空いてる!?」

 

「明後日? 特に予定は無いな……」

 

「ボクもその日って大丈夫だったよね!?」

 

「え、まぁ、うん。休みでも大丈夫だけど……」

 

 何故か妙に押しが強い彼女に対して、俺はたじろぐように返事をした。

 一体明後日に何があるのか分からないが、テイオーにとっては大事な日のように見える。

 

「じゃあ明後日ボクと一緒に遊園地ね! 準備しといてね! じゃあ今日はおやすみ!」

 

「あぁ、おやすみ」

 

 急ぐように言い残した後、テイオーがダッシュで俺の部屋から出ていってしまった。

 凄いテンション高めになっていたが、遊園地に何かあるのだろうか。

 少し気になった俺は、チケットに書かれていた遊園地の名前をネット検索にかけてみる。

 

「別に普通の遊園地だな……」

 

 アトラクションも特段変わったものもなく、テイオーが凄く期待していた理由はいまいち分からない。

 ただ一部気になった点を上げるとするならば、スポンサーの欄に「メジロ家」の名前があったところだろうか。

 

~~~~~~~~

 ウマケの疲れを取っていたら、あっという間に一日なんて流れるもので。

 俺たちは約束していた日に電車で一時間弱揺られて、目的地の遊園地についていた。

 

「海の匂いだー!」

 

 時間は朝の午前九時頃。

 開園と同時に突撃し、最後まで楽しむ気満々のテイオーは朝から元気いっぱいの様子だ。

 薄い青色のワンピースを着た彼女は、まだ残暑の残るこの季節にはぴったりな清涼感を出している。

 流石に俺もいつものスーツではなく、いつぞやに買った私服を引っ張りだして動きやすいズボンスタイルだ。

 

「ねぇねぇ、どこから回りたい? ボクはジェットコースター全種類行きたい!」

 

「絶叫系が好きなのか。俺は……どうなんだろ、苦手とか分からないな」

 

「きっと楽しいよ! 一緒に行こうね!」

 

 テイオーがウキウキ気分で尻尾を振っているのを隣で眺めていると、遊園地の開園の合図が聞こえてきた。まだぎりぎり夏休みだからか、かなりの人がいて混雑している。

 そんな中テイオーが手を握って来たので、ぎゅっと握り返すと彼女が満足そうな顔をした。

 そして遊園地の中に入って最初にテイオーが訪れた場所は、意外にもアトラクションとかでは無かった。

 

「まずは遊園地に来たらやっぱりこれだよね~。 トレーナーどっちがいい?」

 

「えっと……これいる?」

 

「いるよ! やっぱりその場の雰囲気って大事じゃん?」

 

 そこはグッズやおみやげなどを取り扱っている園内のショップ。

 普通なら最後に来そうな場所だが、どうやら先に買いたいものがあったらしくここに連れてこられた。

 

「まぁ、じゃあこっちで……」

 

「りょーかい! じゃあボクも同じの買うね!」

 

 そう言ってテイオーがレジに持っていったのは、遊園地特有の身に着けるグッズだ。

 遊園地のキャラクターモチーフのカチューシャなどの髪飾りなど。普段使いはしないであろう、その場限りのグッズ。

 今回俺たちが買ったのは、ウマ娘用の片耳に被せる耳カバー。

 キャラクターのロゴが一つ描かれた淡い緑色の耳カバーをテイオーから受け取ると、左耳にすっぽりと被せた。右耳には耳飾りがあって邪魔になるからな。

 

「トレーナーとお揃いだね! えへへ」

 

 テイオーも買ってきたそれを自分の左耳に被せると、にこにこ笑顔でまた手を繋ぎなおす。

 そして彼女が先導する形で、一緒に遊園地巡りを再開した。

 

「じゃあ、しゅっぱーつ!」

 

 そこからすぎる時間はもうあっという間だった。

 人はそこそこはいたが、アトラクションの待ち時間はそこまで長くなくスムーズに乗れたのも幸いしたのだろう。

 結果、アトラクションに乗ったら次のアトラクション。そしてまた次のアトラクションと回り続けたため、園内の主要アトラクションを全て回りつくしてしまったのだ。

 

「うーん! 楽しかったぁ! やっぱり水びしゃーっ! ってくるとこ最高だったよね!」

 

 時間は午後の四時頃。

 ここまで昼ご飯で休憩取ったとはいえ、ノンストップで遊びまわっていたからか結構疲れた。

 ただ、テイオーは元気いっぱいでまだ回り足りないといった様子だ。

 これがG1ウマ娘の体力か……

 因みに今俺たちは園内のフードコーナーで、座りながら飲み物とポテトをつついていた。塩味が美味しい。

 

「直ぐにアトラクション乗れたから色んなの乗れたな……。楽しかったけど、ちょっと疲れた」

 

「初めての遊園地、楽しそうでよかった~。トレーナー絶叫系苦手そうじゃ無かったし」

 

「浮遊感が初見だとびっくりしたけどな。ただこれ以上になってくると無理かも」

 

 ジェットコースター以外にフリーフォールにも乗ってみたが、落下する時の浮遊感がどうも慣れなかった。

 今回は子供でも楽しめるような緩めだったが、これ以上になるとちょっときついかもしれない。

 

「さて……これからどっかいくのか? 主要アトラクションはだいたい乗ったような気がするけど」

 

「ふっふっふっ、逆にこれからが本番だよ」

 

 テイオーが人差し指をピンと立てて振りながら、勿体ぶって口を開いた。

 そして一気にジュースを飲み干すと、行こうかと目線を合わせてきたので俺も立ち上がる。

 本番と言っていたが、何か夕方にあるイベントでもあるのだろうか。

 

「じゃあまずは着替えからだよ!」

 

「着替え……? 何に?」

 

「浴衣!」

 

 唐突に浴衣という単語が出て来て、俺は首を傾げる。

 遊園地で浴衣に着替えるという単語が上手く繋がらず考え込んでいると、それを見たテイオーが軽く説明してくれた。

 

「えっと今日限定で、夏祭りイベントで屋台が出るらしいんだよね。で、夏祭りといえば浴衣だからそのレンタルを着れるキャンペーンやってるってこと!」

 

「遊園地で夏祭りの屋台出るって気合入ってるなぁ……」

 

「それにドーベルから貰ったチケット見せれば、浴衣レンタルもタダなんだって」

 

 なるほど。だからわざわざこの日に日程を決めてここの遊園地に来たのか。

 ここまでテンション高くテイオーが説明するってことは、きっとこれを楽しみにしていたのだろう。

 そういえば夏合宿などで夏祭りには行けてなかった。いや、ある意味夏祭りには行ったがあれはノーカウント。

 

「じゃあ、俺は外で待ってるから。ゆっくり好きなの選んできな」

 

「何言ってるのさ。トレーナーも着るんだよ」

 

「えっ」

 

 ニコニコと無言の圧力でテイオーがこちらの方を見てくる。

 本能的に耳がピンと立って、なんとなくこれからの流れが分かってしまった。

 押しが強いテイオーモード。こうなった彼女は、基本動かなくなってしまうので俺が不利だ。

 

「分かったよ……」

 

「わーい! 流石トレーナー分かってるー!」

 

 それを許してしまう俺も俺だけどさ……

 あえて理由をつけるなら、俺が着替えると彼女の機嫌が凄く良くなるんだよな。そんなに俺の衣裳を見て楽しいのだろうか。

 その後少し歩いた先のレンタルスペースに行ってチケットを見せると、好きな柄の浴衣を選ばせてくれることになった。

 ニコニコ笑顔で待機しているスタッフさんの圧力もあり、ぱっと直感的に花柄の浴衣を選んで俺にあったサイズを持ってきてもらう。

 その後は流れでその浴衣を着付けを手伝ってもらい、人生で初めて浴衣を着ることになった。

 履きなれない下駄をからんころんと鳴らして外に出ると、そこには青いうろこ模様の浴衣を着た一人の美少女がいた。

 俺が一瞬見惚れていると、彼女がくるりと振り向いてにこりと微笑んだ。

 

「トレーナーこっちこっち!」

 

「おぉ……。似合ってるぞ、テイオー」

 

「ありがと! トレーナーも凄く可愛いよ! いやー、今日来たかいがあったね!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 それが目的か、とはあえて言わなかった。

 彼女に正面から素直に可愛いと褒められて、返す言葉に詰まってしまう。

 上手く言葉が出ずにテイオーから顔を逸らして、ぽつりと「ありがと」と呟いた。

 顔が熱くなってしまって俯きがちになっていると、きゅっと温かい感触が手に伝わる。

 

「じゃあ屋台にれっつごー!」

 

 彼女に手を絡めとられて一緒に夏祭りに繰り出すと、屋台特有のぼんやりとした明かりが目に飛び込んでくる。

 じゅーじゅーと料理が焼かれる音や、ソースの香ばしい匂いがふんわりと漂って食欲を刺激してきた。

 

「最初何食べる? ボク、リンゴ飴食べたい!」

 

 そう言いながら彼女がお祭り価格のリンゴ飴を二つ買ってきて、俺に手渡してくる。

 なかなか食べる機会のないリンゴ飴を味わいながら屋台を見ていると、テイオーがくいっと俺を軽く引っ張ってきた。

 

「ねぇねぇ、射的あるよ。カイチョーのぱかプチおいてある!」

 

「あれ? あのぱかプチ、テイオーは持ってなかったか?」

 

「ここでしかゲット出来ないことに価値があるの! おじさーん! 一回やらせてー!」

 

 テイオーがお金を払ってコルク銃を持つと、照準を景品に合わせて構える。

 ぱかプチは四角の箱に入っており、的面積は大きいように見えた。

 そしてかちりと引き金をひくと、ぽふんといういい音と共にコルクが発射され景品に命中したのだが──

 

「あれぇ、落ちない……。いや、あと二発あるし!」

 

 ぽふんぽふん。

 テイオーが構えて放った弾は三発無事に当たったのだが、弾かれたように全く倒れる気配はない。

 これで料金分のコルクは終了となってしまった。

 

「うーん、当たってはいるんだけどなぁ」

 

「……ちょっと貸してみ」

 

 テイオーが悔しそうな表情をしていたので、俺も少し挑戦したくなってしまった。

 料金を屋台のおじさんに渡し、銃にコルクを詰めると両手で構えて撃ち込む。

 そしてその弾は無事命中し、景品を少し後ろ側にずらすことに成功した。

 

「おぉ、少し動いた!」

 

「こういうのは中心に当ててもダメだからな。狙うは右上か左上」

 

 一回目、二回目、三回目と同じ場所に全弾命中させると、やっと景品がぱたんと倒れる。

 ルール上ではこれでクリアの為、屋台の人から景品を受け取ることが出来た。

 

「ありがと、トレーナー! これ、大事するね!」

 

「いいっていいって。じゃあ次行こうか」

 

「うん!」

 

 テイオーが大事そうに抱えた景品を片手に、俺たちはまた屋台周りを再開する。

 それからは綿あめや焼きそば、串焼きなどをテイオーがもぐもぐと美味しそうに食べていた。

 俺もお好み焼きなどを買って食べていたが、どうして屋台で買ったご飯は同じ料理なのにこうも美味しいのだろうか。

 そんなことを思いながら屋台を一周し終えると、最後にかき氷を買って空いていたベンチに座った。

 

「いやぁ食べたし楽しかった! うっ、頭キーンってする」

 

「一気に食べるから……。ゆっくり食べなよ」

 

 俺がイチゴに練乳、テイオーがブルーハワイのかき氷をちまちま摘まんでいると、彼女が口を開けた。

 無言でそれを見せられたので一瞬何のことか分からなかったが、直ぐに意図を察することが出来た。

 

「もう……欲しいならそう言えよな」

 

 小さなスプーンがついている特有のストローで俺のかき氷を掬うと、テイオーの口に入れてあげた。

 すると彼女が満足そうな顔して耳をピコピコさせ、自分のかき氷を掬ったかと思うと俺に向かって突き出してくる。

 食べさせあいっこしたかったのかと思い口を開けると、ブルーハワイの味が俺の中に広がった。

 

「いつか天然氷のかき氷とか食べたいな……」

 

「何それ? なんか違うの?」

 

「舌触りとかやっぱり違うし、何より頭がきーんってしないらしいぞ。削り方とかもあるらしいけどな」

 

「へー。じゃあ今度お店行こうね!」

 

「また次の休みにな」

 

 そんなたわいのない会話をしていると、急に夜空に轟音と光がほとばしった。

 どーんという音からぱらぱらと火花が落ちてくるような音がして、空気が揺れる。

 

「見て見てトレーナー! 花火上がった!」

 

「打ち上げ花火……初めて生で見たかも」

 

「そうなんだ……。じゃあ今日はトレーナーの初めて、いっぱい共有できたね」

 

 遊園地巡りに、浴衣を着ての夏祭り、そして花火。

 今まで見えなかった景色が、綺麗に色鮮やかに染められていく。

 隣のテイオーがすっと距離を詰めてくると、俺の手に手をそっと重ねてきた。

 

「また来年も花火見ようね」

 

「あぁ。また、な」

 

 来年なんて大分先のことなんて分からないけど。

 きっと、俺の隣にはテイオーはいるのだろう。

 そう確信に近いことを考えながら、俺と彼女は夜空に光る花火を見上げていたのであった。

 




こんにちはちみー(挨拶)
今回のお話は「スタテイの夏祭り」というSkeb依頼で書き下ろした、短編となっております。
本編に繋げても違和感ない内容に仕上がったので、IFではなくこちらに挿入させていただきました。
なんでこんなにコミケの解像度が高いかというと、実際にコミケでサークル参加したからです。
さて、今回の挿絵を描いてくださった「丹羽にわか」さん本当にありがとうございます!イラストを頂いた後に、それを描いてくださった絵師さんから依頼を頂くという珍しい状況でした。

Skebの依頼待ってます。
 https://skeb.jp/@Frappuccino0125
スターちゃんの「もし」の話とか積極的に書きますので、よろしくお願いします。

今回の話にあがってた夏コミで出した本の電子版が出ています。
実本は速攻でなくなってびっくりしました。買ってくださった方ありがとうございます。
DLサイト→ https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ01086833.html
Booth→ https://frappuccino0125.booth.pm/items/5001198

少し下に画面をスクロールして感想評価お気に入りをしてくださると嬉しいです! 作者のモチベに繋がります!


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【スターの日常】あなたの水着は太陽よりも眩しくて

 夏合宿も終わり、トレセン学園に帰ってきてから一週間が経過した。

 七月中旬から始まった夏合宿は一か月という長い期間あり、その中でテイオー達を大きく成長させたと思っている。

 そうしてトレセン学園に戻ってきた俺達だが、まだ菊花賞に向けた練習は終わらない。

 しかし、たまには休息も必要だ。なので、俺はテイオーに一週間の休みを与えたのだが……

 

「海に行きたい」

 

「海? 気を付けて行ってきなよ」

 

 俺が自室でパソコンを弄っていると、ソファに寝転がったテイオーがそう言ってきた。

 世間は八月の中旬ごろ。まだ暑さ残る時期だが、海水浴シーズンはもう終わってしまうのか。

 しかも合宿は山に行ってしまったため、海に行くこと無く終わってしまった。そこは他の海に合宿に行ったウマ娘とは違うので、テイオーに申し訳ないと思っている。

 

「違うよ! トレーナーも行くんだよ!」

 

「俺も?」

 

 唐突なテイオーからの海水浴へのお誘いに俺は困惑した返事を返してしまう。

 テイオーには友達がいっぱいいるのでそのウマ娘達といくと思っていたのだが、どうやら違うようだ。

 とは言っても、海か……海ねぇ……

 

「……ほら俺、水着ないし」

 

「買えばいいじゃん。ボクが選んであげようか?」

 

 水着がないのは本当だ。ろくに私服も無かった俺は、最近ようやくテイオーとマヤとのお出かけの時に一着買ったのみ。水着なんてあるわけが無い。

 というか、それよりも……

 

「その……恥ずかしいし……」

 

 俺がぽそりと消え入りそうな声で呟く。少し顔が赤くなったのを自覚してしまい、首を引っ込めてパソコンで顔を隠す。

 俺が水着を着る一番の問題はとにかく恥ずかしいということだ。今でも帽子を被ったり、露出の少ない服を好んでいて大衆の前で水着を着るなんて俺にはハードルが高すぎる。

 そういう意図をなんとかテイオーに伝えてみた結果、彼女が納得したように頷く。

 

「あぁ~。うん、それはダメかも」

 

「分かってくれたか…… だからテイオーは友達と行ってきて──」

 

「トレーナーの水着姿を知らない人に見せるのは良くないよね」

 

「──そうそう。ん?」

 

 今、なんかずれたことを言って無かった? 

 テイオーが何を思ったのかぶつぶつと顎に手を当てて考えごとを始める。その表情は真剣そのものだ。

 そしてソファからがばっと起き上がると、ダッシュで俺の部屋の扉に手をかけた。

 

「ちょっと待ってねトレーナー! 相談してくるから!」

 

「あ、テイオー。どこ行くんだ」

 

 恐らく俺の声が届く前にテイオーが外に出て行ってしまう。

 嵐が過ぎ去ったようにしんと静かになった部屋に、俺はぽつんと部屋に取り残されてしまった。

 一体どこに行ってしまったんだ。というか、俺の話を半分くらい聞いてなかった気が……

 そんな心配をよそに、テイオーがいなくなった部屋で俺は一人また仕事に戻るのであった。

 

 テイオーがいなくなってから三十分後。

 扉が急にバタンと大きな音を立てて開いたと思ったら、走って来たのか彼女が少し紅潮して戻ってきた。

 

「トレーナー! なんとかしてきたよ!」

 

「なんとかって何……?」

 

「マックイーンに頼んでメジロ家のプライベートビーチ借りてきた!」

 

「なっ」

 

 まさか俺が恥ずかしいっていうのを見こして、わざわざメジロ家に掛け合うまでしたのか……? 

 簡単に取れないはずなのに、よく取って来たな…… 何がそこまで彼女を駆り立てるんだ。

 プライベートビーチってことは確かに知り合いしかいないし、まだ恥ずかしさは緩和されるけど。

 

「でも水着とか……」

 

「マヤノが選んでくれるって!」

 

 マヤノトップガン。前回俺の服を色々見繕ってくれた子だから、よっぽど変なものは選ばないだろう。

 やばい……どんどん外堀が埋められていく感じがする。

 しかし、ここで一つの疑問が浮かんできてしまった。

 

「それなら、なんでテイオーが選んでくれないんだ?」

 

「うえっ。いやー、あのその、ボクが選ぶとほら……」

 

 すると、何故か歯切れの悪い答えを返してくるテイオー。

 頭にハテナマークが浮かんでよく分からないが、とにかく水着はマヤが選んでくれるらしい。

 そんな疑問を打ち払うかのように、テイオーが元気な声を出してきた。

 

「と、とにかく! 一泊二日の海水浴旅行、トレーナーもついてきてね!」

 

 かくして。

 俺とテイオーは知り合いと共に、メジロ家のプライベートビーチへ旅行しに行くことになったのであった。

 

~~~~~~~~

「じゃあ、スターちゃんの水着選んでいこうねー!」

 

「お、お手柔らかに」

 

 テイオーからの話を聞いてから次の日。

 俺はマヤと集合して、水着を買いに出かけた。

 訪れたのは前回の都内の服屋ではなく、学園近くのショッピングモールだ。

 学園帰りだろうか、トレセン制服姿のウマ娘が多く視界に映る。

 そのショッピングモールの一角にある、ウマ娘向けの水着コーナーに俺達は来ていた。

 

「まずはスターちゃんの希望聞いておこうかな〜。どんなタイプの水着がいいとかある?」

 

「そうだな……」

 

 正直女性の水着事情なんて全く知らないし、どんなタイプがあるのかよく分からないがこれだけは言える。

 

「露出が少ないやつで」

 

「うーん☆ それだと競泳水着とかになっちゃうな」

 

 別にいいのでは? と言いそうになってしまったが、マヤの謎の圧力に阻まれて言葉に詰まってしまう。

 今彼女に効果音とかをつけるとするならばゴゴゴとかが正しいだろうか。絶対にそんな水着は着せないという強い意志を感じる。

 

「もう! テイオーちゃんも期待してるんだから可愛いの選ぶからね!」

 

「はい…… てか、なんでテイオーは一緒に来なかったんだ?」

 

 前にテイオーに質問してはぐらかされた質問を、マヤにしてみる。

 彼女なら何か知ってると思ったからこその質問だったのだが、マヤが「あぁ~」とどこか遠くを見たような目で口を開いた。

 

「多分暴走しちゃうからじゃないかな……」

 

「暴走? なんでだ?」

 

「スターちゃんは知らなくていいと思うな。どうせ当日ある程度分かるよ」

 

 相変わらずマヤの答え方は色々と謎が多い。今回の答えもいまいち要領を得なかったし……

 暴走って何が暴走するっていうんだ。

 俺がまた疑問に感じていると、彼女が俺にぐいっと近づいてきて一着の水着を俺に見せてきた。

 

「どうかなこれっ! スターちゃんに似合うと思うな!」

 

「あの、勘弁してください……」

 

 持ってこられてたのは真っ白なビキニタイプの水着。いくら知り合いしかいない場面だとしてもこれを着るのはなかなかに抵抗がある。

 マヤが「えー」と言いながら不満げな顔を浮かべているが、絶対に俺が耐えられない。

 これを着るならば前勧められたへそ出しホットパンツを着る方がマシだ。

 一番露出が高いやつじゃないか……と心の中で文句を言いつつ店の中をきょろきょろと探してみると、丁度良さそうなのを見つけた。

 

「ほら、これとかなら……」

 

 俺が手に取ったのはどうやらタンキニと呼ばれるタイプの水着で、トップの部分がタンクトップ型になっているセパレートタイプの水着のことだ。

 とにかくお腹周りの露出が少なく、体の大部分が布で覆われている。

 しかも下の部分はパンツタイプになっており、下半身付近の露出もばっちり無しだ。

 

「うーん……似合ってると思うけど…… どうせならもうちょっと欲しいよ~」

 

「欲しいって何が……」

 

「可愛いさ、かなっ☆」

 

 マヤがはっきりと言い切る。その言葉に一切の迷いは無かった。

 なんで俺に対してそんなに可愛さを求めたがるんだ……水着なんて泳げればいいだろ。

 そう思っていた俺に対して彼女が溜息をついて、その後力説してきた。

 

「もう、スターちゃんは可愛いんだから! 水着はおしゃれと同じなんだよ? みんなの前で可愛くない格好晒すわけには行かないでしょ?」

 

「確かに……?」

 

 言われてみればそうなのか……? プライベートビーチとは言え、見せる人はいるわけだしそこで変な恰好晒すわけにはいかないのか。

 そう思うとスーツって凄いな。基本どこ行っても不審に思われないし。

 俺が普段着ているスーツの凄さに地味に感動していると、マヤが俺の腕をぎゅっと掴んできた。

 

「マヤが色んな水着見繕ってあげるから、そこから選ぼ? ほら、あっちに試着室あるから!」

 

「それなら頼もうかな…… あんまり露出高いのはやめてね」

 

「アイコピー! スターちゃんに似合う水着マヤが選んであげるよー!」

 

 そう宣言して、試着室に俺が連行される。

 あぁ、これは選ぶのに時間かかるな。とか、着せ替え人形にされてしまうなと思いつつ、俺はマヤの持ってきた水着に袖を通すのであった。

 

「いや、これはちょっとダメじゃない?」

 

~~~~~~~~

 水着を選んでから数日後。テイオーが指定した海水浴旅行の当日になった。

 今回はメジロ家の全面協力によって成り立っているらしく、なんとバスでプライベートビーチまでいくらしい。これにはメジロ家に感謝で頭が上がらない。

 そんな訳で集合場所に指定された駅に到着した時に、まず最初に俺はメジロマックイーンにお礼をしにいった。

 

「ありがとうな。マックイーン。テイオーがわがまま言ったみたいで」

 

「いえ、私も行きたかったので丁度良かったですわ。テイオーが誘ってくれなかったら、私が誘うくらいでしたもの」

 

「そうなのか…… ならいいけど……」

 

 俺がそう感謝の言葉を述べた後、集合場所の辺りを見渡すと見知ったウマ娘が多くいる。

 テイオーにマックイーン、ネイチャ、マヤにどこから呼んだかレグルスナムカにアーティシトロンまでいる。

 ここまで大所帯になるからバスを用意したのか……

 俺が予想外の人数に驚いていると、マックイーンが「驚くのはまだ早いですわよ」と声をかけてきた。

 

「ここにクリークさん達も来る予定ですわ。私達に教えて下さった方ですわね」

 

「本当に大人数での旅行になるのか…… 大丈夫なのか? 色々と」

 

「ある程度参加費は取らせていただきましたし。とんとんといったところですわね」

 

 確かに一応参加費は払うことになったのだが、それでもかなりメジロ家の負担が大きいように見える。

 本当にマックイーンには頭があがらない。

 また心の中でマックイーンに感謝の言葉を述べていると、彼女がふと思い出したのかとあることを言い出した。

 

「そう言えば今回の旅行、全部テイオーが企画して人まで集めたのですわよ?」

 

「テイオーが? それは随分と張り切っているな……」

 

「きっとみなさんと……いえ、スターさんと素敵な思い出を作りたかったのだと思いますわよ」

 

 もしマックイーンの言葉が本当ならば、テイオーの心使いは素直に嬉しい。

 確かに、夏合宿はどちらかというと練習などが多く遊びと言っても息抜きの休憩が多かった。思い出と言っても夏らしいことは一つもやっていない。

 だから、テイオーがこの企画を立案したというならば俺もそれにあやかって楽しむのが礼儀なのかもしれない。

 俺が考えごとをしていると、遠くの方からどこかで聞いたことのある声が聞こえた来た。

 夏合宿中に散々聞いた馴染みのある声。テイオーの師匠であるタマモクロスさんの声だ。

 それと同時に他のウマ娘の声も聞こえてくる。音のなる方に振り向いてみると、タマモクロスさん以外に三人のウマ娘。

 一人は葦毛に黄色のティアラを被った言わずと知れた超有名ウマ娘。タマモクロスさんと同時期に争い、ネイチャの師匠となったウマ娘オグリキャップ。

 二人目はそのオグリキャップの後ろについてきている、身長は少し小さめで「B」を象った髪飾りを左右につけているウマ娘。一部の界隈ではかなり有名で、俺と同じでウマ娘でありながらウマ娘をサポートする科にいるアーティシトロンの同郷のベルノライト。

 そして三人目は母親のような笑顔を浮かべているおっとりとした気性のウマ娘。長い髪を一つ縛りにしたそのウマ娘はマックイーンの師匠となったウマ娘スーパークリーク。

 なんとここに、永世三強の二人に同じ世代に活躍したレジェンドウマ娘が一人いることになる。

 レースファンからしたらこの光景をみたら卒倒ものだろう。

 その気持ちはここにいるウマ娘も同じみたいで、ネイチャが「ひょえ〜」なんて声を漏らしていた。

 

「いやぁ、メンツが豪華ですわ。ネイチャさんの居場所が無くなっちゃいますよこりゃ」

 

 その気持ちはよく分る。俺もこんなレジェンドたちと一緒にいるなんて理由が無きゃ居られないだろう。

 ……いやもしかしたらこれはいい機会なのでは? 

 彼女達に普段の練習を聞き出せばこれからのトレーニングで活かせるに違いない。

 そう思っていると、いつの間に隣にいたのか。テイオーが俺の肩をポンポンと叩いてきた。

 

「お仕事の顔になってるよ! 今はお仕事禁止だからね!」

 

「そうだよ! 今は目一杯楽しむのが大事ってマヤ思うな☆」

 

「……分かったよ」

 

 二人に注意されてしまったら仕方ない。

 それに今回はせっかくテイオーが考えてくれた旅行だ。仕事は忘れて俺も楽しむことにしよう。

 俺がそう心に決めていると、旅行に行く全員が集まったみたいでマックイーンが声をかけてきた。

 

「皆様、集まりましたわねー! それではバスに乗ってくださいまし!」

 

「だってさ! 行こっ! トレーナー」

 

 テイオーに手を引っ張られてバスに乗り込んで一緒に隣の席に座る。

 有無を言わさずにナチュラルな席決めだった。まるで俺の場所はそこでしか無いぞと言わんばかりに。

 通路を挟んで反対側にはマヤとネイチャが。俺の正面の席にはレグルスが席を取る。

 アーティシトロンはネイチャの前の席を取っていた。

 

「さぁ、出発だよ! マックイーン、マイク!」

 

「かしこまりましたわ! さぁ、最初からかっ飛ばしていきますわよ!」

 

「最初から!?」

 

「テイオーさんの生歌がこんな近くで!? こんなファンサービスいいんですか!?」

 

「むっ、なら次は我も歌おう。テイオーに遅れは取らない」

 

「マヤ、テイオーちゃんと一緒歌う~」

 

「クリーク、うちを膝に乗せようとするのやめへんか?」

 

「あらあら~。甘えてもいいんですよ!」

 

「その気遣いいらんっちゅーねん!」

 

「ベルノ、お菓子ってもう食べていいのか?」

 

「あはは……いいんじゃないかな」

 

 こうして騒がしいバスの中、俺達の旅行がスタートした。

 

~~~~~~~~

 中で快適な環境のままバスに揺られつつ数時間。

 ようやく、メジロ家の合宿場のあるプライベートビーチに着いた。

 

「海だー!」

 

「こらっテイオー。先に荷物ですわよ」

 

「分かってるって!」

 

「いやはや、テンション高いですなぁ」

 

 テイオーが夏合宿中に見れなかった海にテンションが上がっている中、俺達はバスから自分の荷物を下ろしていく。

 メジロ家の合宿所──別荘はかなり広く、この人数でも文句なく寝泊り出来るほどだった。

 改めてメジロ家の財力の大きさに感心していると、もはやこの旅行のガイド役になったマックイーンから全体に向けて声がかかった。

 

「別荘の一階に更衣室がございますわ! そこで着替えて海に集合という形に致しましょう!」

 

 全体から了解といった意味の返事が上がる。

 そうここからテイオーが待ちにまった海水浴なのだが、俺はちょっとテンションが低い。

 というか、少し気後れする。本当にこれを着るのか……

 ちょっと鬱気味に顔を下に向けると、マヤが俺の顔を覗き込んできてウインクしてきた。

 まるで「自信もって!」と言いたげに。仕方ない、俺も腹をくくるか……

 荷物を一旦別荘に下ろして、水着を荷物の中から取り出す。

 更衣室に真っ先に駆け込んだテイオー達が出ていくのを見計らってこっそり入った俺は、マヤに選んで貰った水着に着替える。

 誰もいなくなった更衣室でこっそり着替えた俺は、何の意味も無いのに静かに部屋から出る。

 そして、プライベートビーチに向かうと水着に着替えた他のウマ娘がみんな集まっていた。

 

「あっ、スターちゃん来たみたいだよ!」

 

「ホント!? トレーナーこっちだ……よ?」

 

「うぅ……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 最終的にマヤが選んだ俺の水着は、上が青と白を基調としたリボンビキニタイプ。そして下は俺が露出少なめなのが気に入った布を巻きつけているパレオタイプの水着だ。

 マヤのセレクトのため、フリルが入っておりリボンも含めてかなり可愛さを強調している水着になっているのだが、俺に似合ってるのか不安だ。

 

「凄い似合ってるよ! トレーナー!」

 

「でっしょ〜? マヤのチョイスは間違って無かったみたいだね!」

 

「なんや、ごっつかわええやん。似合ってるで」

 

 テイオーやタマモクロスさん達が物凄い勢いで褒めてくるので、慣れていない俺は顔が急速に真っ赤になっていくのを自覚してしまった。

 この顔の熱さは夏の暑さによるものだけじゃないはずだ。

 顔を下げて今すぐに隠れたくなるのを我慢してテイオーの水着を見てみると、ワンピースタイプの少し露出が少なく可愛いフリルが多いタイプの水着だった。

 勝負服と同じ白を基調とし、可愛らしく青が配置された水着は彼女によく似合っていた。

 

「……テイオーも可愛いぞ」

 

 せめてもの仕返しと自分の本音を混ぜてテイオーを褒めてみたのだが、言ってからテイオーは褒められ慣れていると思ってしまった。

 しかし、返ってきた反応は予想とは少し違うものだった。

 

「へ? あ、ありがとう……」

 

 何故かテイオーも少し顔を赤くしながらお礼を言ってくる。目がふにゃりと垂れてにやにやと頬を緩めながら照れ照れと体をくねらせている。尻尾はぶんぶんと揺れており、嬉しさを隠しきれていない。

 いつもなら「ふっふーん!」くらい言いそうなものだったからちょっと驚いてしまった。

 そして訪れる少しの静寂。ちょっと気まずい雰囲気が流れたタイミングで、テイオーが大きく口を開いた。

 

「さっ、トレーナー遊ぼ!」

 

 彼女が俺の腕をきゅっと握って、優しく引っ張って来る。

 俺はその力に抵抗せずに、みんなが待っているビーチの海の方へ向かうのであった。

 

 ~~~~~~~~

「ねぇ、トレーナーってなんか日焼け止め塗ってるの?」

 

「いや塗って無いが……」

 

 海の方に向かった俺は、浜辺で遊んでいるみんなを眺めつつビーチパラソルの下で座っていたのだが、テイオーがこっちに来てそう訊ねてきた。

 日焼け止めなんて持ってきてすらいなかったな。水着で海に入ると思ったから、付けなかったけどやっぱりいるのか? 

 

「ダメだよ! トレーナーの肌綺麗なんだから、塗らないと荒れちゃうよ?」

 

「肌ヒリヒリするのは流石にやだな…… 日焼け止め貸してもらっていいか?」

 

 俺は日焼け止めを持ってきていなかったのでテイオーに貸してほしいと言った所、テイオーがバッグの中から日焼け止めクリームを取り出した。

 すると、テイオーが日焼け止めをじっと見つめて何を思ったのかぽそりと呟いた。

 

「もしかしてチャンス……?」

 

「へ? 何が?」

 

「トレーナー! ボクが塗ってあげるよ!」

 

 顔をガバっとあげてテイオーがそう宣言してきた。

 いや、自分で塗れるぞと言いそうになったがよく考えたら前の方は塗れるが背中の方は自分では届きにくい。

 そこまで考えると、テイオーの申し出はとてもありがたい。

 俺は背中をテイオーの方に向けて座ると、彼女に頼みごとをした。

 

「じゃあ後ろお願いしてもいいか?」

 

「りょ、りょーかい! 任せて!」

 

 少し声が途切れながらテイオーが返事をしてくる。

 というか女の子はみんな日焼け止めを塗って海に入るのか。なんてそんな考えたことも無かったことに思いをはせていると──

 

「うひゃあ!」

 

 いきなり背中に冷たい感覚が走り、口から俺の声とは思えないほどの甲高い声が響いてしまう。

 恐らく、日焼け止めクリームの感触なのだろうが想像以上に驚いてしまった。

 その声は海で泳いでいた組にも聞こえたらしく、「なんやなんや」とこちらの方を見てくる視線が伺える。

 俺の顔がまた急速に赤くなっていくのを自覚してしまい、自分の体が小さくなってしまう。

 

「トレーナー今の」

 

「……忘れろ」

 

「二回目だね、こういうの」

 

 そう言えばこんなことがかなり前にあった気がする。確かテイオーと初めて一緒にお風呂に入った時だったか。今となっては懐かしい。ではなく。

 

「恥ずかしいのでやめてください……」

 

 何故か敬語になってしまうまで頭が混乱していたが、とにかく羞恥心のせいで頭がおかしくなりそうだ。

 自分からこんな声が出たのかという衝撃もあるし、みんなに聞かれたというのもある。

 それに納得してくれたのか、テイオーが気遣ってゆっくり日焼け止めクリームを背中に塗り広げてくれる。

 新しくクリームを追加する時は「また触るよー」と忠告してくれたので、さっきみたいな声を出すことは無かった。

 背中に塗り終わったら次は前や足なのだが、ここは自分でやった。流石にここまでテイオーにやらせるわけにはいかない。

 日焼け止めクリームを塗り終わると、海辺の方からマックイーンの声が聞こえた。

 

「皆様ー! スイカ割りをやりますわよ!」

 

「なぁ、タマ。スイカ割りって何だ? そのまま食べるんじゃないのか?」

 

「うせやろ…… まんまやで、木の棒とかでスイカ割ることや」

 

「その時には目隠しをしたりしますね~」

 

「オグリちゃん、そのままスイカに齧りついちゃダメだからね」

 

 オグリキャップさんが謎の天然ボケをかましている所を周りから突っ込まれている。

 にしてもスイカ割りか…… そんなのやったこと無かったな。

 マックイーンがスイカをビニール袋で包み、砂浜におく。ビニール袋で包んだのは、スイカが周りに飛び散らないようにするためだろう。

 

「それではスターさんが一番手でいいですわね?」

 

「え? 俺?」

 

「マヤはいいよ~」

 

「アタシは後方支援としゃれこみましょうかねぇ」

 

 いつの間に決まったのか。当たり前のように俺が指名されてしまい、耳がぴくりと動く。

 どうしようかときょろきょろとしていると、テイオーが「行ってきなよ」と俺の方に視線を向けてきた。

 みんなノリノリなのにここで断るのは悪いと判断した俺は、ビーチフラッグの下から立ち上がり、駆け足でマックイーンがいる方に向かう。

 

「はい、これが目隠しと棒ですわ」

 

 スイカがある方に近づくと、彼女から木の棒と目隠しを渡された。

 俺はその言葉に従って目隠しをつけて、木の棒を持つ。

 当たり前なのだが前が真っ暗で見えず、ほかのウマ娘の声だけが聞こえてくる状況だ。

 俺はこの後どうすればいいのかと固まっていると、外野からの指示が耳に入る。

 

「そのまま真っ直ぐだよ! トレーナー!」

 

「うーん、もうちょっと右ってマヤ思うな」

 

「もうちょい左ですよっと。あれこれ案外楽しいかも……」

 

「匂いでいけるぞ。しっかり嗅いでいくんだ」

 

「それが出来るのはオグリだけやで」

 

 わいわいと色々なウマ娘からの声が聞こえてきて、どれが正解かいまいち分からない。一応、言葉に従って暗闇の中をうろうろとしていると、レグルスから声がかかった。

 

「うむ、そこだな。そっから真っ直ぐ振り下ろせ」

 

 言葉通りならばどうやらここにスイカがあるらしく、俺はその前で立ち止まって木の棒を上に振り上げた。

 しかし、ここで一つの疑問点が思い浮かんでしまった。

 それはこのまま思いっきり棒を振り下ろしたらスイカはどうなってしまうのかと言うことである。

 言うまでも無く俺はウマ娘だ。ウマ娘はかなりの力があり、恐らくだが力を入れるすぎるとスイカは粉々になって食べれなくなってしまうだろう。

 いくら俺がウマ娘の中だと弱いからと言っても、力加減に気をつけなければいけない。

 ……で、どれくらいの加減で叩けばいいんだ? 

 頭の中で散々悩んだ結果、俺はなるべく力を入れずに木の棒を振り下ろした

 

 ──ぽすん。

 

 その結果、スイカは割れずに棒が衝突した悲しい音が砂浜に響いた。

 

「「「か、かわいい……」」」

 

 見ていたほぼ全員が口を揃えてそう言ってきた。

 やめてくれ……かなり恥ずかしい……

 今日だけで何回顔を赤くしなければいけないんだと思いながら、目隠しと棒をマックイーンに返す。

 すると、彼女が自分の顔に目隠しの布を巻き付けて木の棒を構えた。

 

「仕方ありませんわね! 私がお手本を見せてあげますわ!」

 

 まるで野球選手のバッドの使い方で構えた彼女がスイカから少し離れたところからスタートする。

 そして──

 

「かっとばせー!!!」

 

 指示通りに動いたマックイーンが思いっきり木の棒を叩きつけた結果。

 スイカがビニール袋の中で粉々に砕けちったのであった。

 

「ど、どうしてですの!」

 

 その瞬間、どっと笑い声がビーチを包み込んだ。

 そんな中テイオーが笑いながら、マックイーンに対して突っ込んだ。

 

「マックイーンってお嬢様というよりお笑い芸人みたいだよね」

 

「テイオー!? どう言うことですの!? ネイチャさんもそうは思いませんわよね?」

 

「いやぁ……」

 

「どうして目を逸らすんですの?」

 

 キャッキャと俺の担当ウマ娘と同期達が戯れていて俺もほっこりする。

 その後、粉々に砕け散ったスイカはスーパークリークさんがジュースにしてくれて美味しく頂いた。

 たまにはこんなレクリエーションもいいなと思うことができた時間だった。

 そんなスイカ割りを楽しんでいると、テイオーからとあるお誘いを受ける。

 

「トレーナー、泳ぎに行かない?」

 

 そう言われてふと気付いた。俺、泳いだこと無いなと。

 そうなると泳げるか少し不安だが、俺は目がいいおかげもあり他の人の動きを真似出来る特技がある。

 さっきまで他の人が泳いでる姿を多少見ていたので恐らく泳げるだろう。

 海に来て全く泳がないというのも水着で来た意味がないように思える。

 そう思った俺はテイオーに着いて行って海に足を踏み入れた。

 ひんやりとした感覚が足に伝わってきて、少し気持がいい。

 ちゃぷちゃぷという音が鳴り響きながら奥の水深が深い方へ進んでいき、いざ泳ごうとすると──

 

「うわあああああ!!! トレーナーが溺れたあああああ!!!!」

 

~~~~~~~~

「げほっ、げほっ! すまん、テイオー助かった……」

 

「だ、大丈夫? ごめん、まさか泳げないとは思って無くて……」

 

 自分も泳げない事実に驚いている。まさか溺れるほど俺が金槌だったとは……

 いや正確に言うと泳ぐのが初めてで、陸との勝手の違いに驚いてしまったというか……

 多分、もう一回やれば行ける……はず。多分。

 一応俺も自分でもいけると思い、もう一度挑戦しようとしたらテイオーとマヤに目の前を塞がれた。

 

「ダメだよ、トレーナー!」

 

「そうだよ! マヤ心配だからね!」

 

 こうして謎の過保護っぷりを発揮されてしまい、泳ぐことが出来ない。

 だがこのまま海にやられっぱなしというのも悔しいので、なんとか彼女たちを説得したところ、テイオーが手を掴んでのマヤ達の監視付きで泳ぐことを許可された。

 俺は子供か……? 

 こうしてテイオーの手を掴みながら海に入り、ぱしゃぱしゃと浅瀬でバタ足をすることになったのだが……

 

「なんかトレーナー、普通に泳げてない?」

 

「だから言ったろ。さっきはちょっとびっくりしただけだって」

 

 案の定普通に泳げた。

 良く思い返してみればトレセン学園内でテイオーで泳いでるところも見ていたし、普通にそれコピーすれば余裕だったのだ。

 テイオーとマヤもそれを見ていて安心したのか、普通に泳ぐことを許可してくれる。

 その結果、普通に一日で……というか一瞬で金槌を克服することが出来たのであった。

 俺が浜辺で泳いだり、テイオー達と戯れているとスーパークリークさんからお声がかかった。

 

「そろそろバーベキューしましょうか~」

 

「バーベキュー!」

 

 俺と違って本当の金槌なのか。浜辺でお絵描きをしていたオグリキャップさんが一瞬で反応して声のする方に近づく。

 海の浜辺でバーベキューとは。本当に夏らしいイベントを企画したな、テイオーは。

 スーパークリークさんの声に反応したウマ娘達がわらわらと準備のために集まってくる。

 

「じゃあ、ボク火起こしやるね!」

 

「私は食材を持ってきますわ」

 

「ネイチャさんは食材の準備しますかねぇ」

 

「あーマヤも!」

 

「なら我は……機材というこの準備でもするか」

 

 みんなが協力してそれぞれの仕事に取り掛かる。

 俺もテイオーと一緒に火おこしの準備をしていると、あっという間にバーベキューの準備が出来てあとは焼くだけになった。

 肉や野菜を焼いて、それをみんなで食べる。

 なんともべたなバーベキューだが、浜辺でやっていることとこのメンバーでやっているという事実が特別感を増していた。

 和気あいあいとした雰囲気の中、それぞれで楽しそうに話しながら食事をする。

 

 テイオーにマックイーン、ネイチャ、レグルス。

 このメンツで菊花賞をかけて争うのだが、今はライバル関係を忘れて友達として楽しんでいいだろう。

 俺は火が強火になってしまった影響で、少し焦げた肉を口の中に放り込みながらそんなことを思っていた。

 

~~~~~~~~

 ざざーんと波の音が夜の浜辺に響く。

 夜の海は一歩でも踏み入れたら、吸い込まれてしまいそうなほど暗く、黒い。

 バーベキューも終わり一通り海で遊んだ俺たちは、いい時間となったのでメジロ家の別荘に戻ることになった。

 その後、シャワーを浴びて寝る準備をしたウマ娘達だったが俺はその中でこっそり抜け出して、一人でプライベートビーチに座っていた。

 海の音と香りが辺りを漂い、自分の髪を海の風が撫でる。夜の海は一人孤独感を味合わせる感じが強かった。

 そこに、俺以外の声が響いた。

 

「トレーナー、どうしたのこんなところで?」

 

「いや、ちょっとな……」

 

 本当にここに来た理由は特に無い。海を眺めたいとも夜の海を泳ぎたいとも思ったわけではない。その証拠に今はジャージで外に行く時だけの姿だ。

 じゃあ、なんでこんな所にいるのかと聞かれると俺にも分からない。

 ふらふらと流れるままにいつの間にか夜の海を眺めていた。今の時間帯には人を引きつける魔力がこの海にはあるのかもしれない。

 なので俺が答えに詰まっていると、テイオーが隣に腰を下ろして座ってきた。

 

「夜の海もいいね。昼間とは違ってなんか静かな感じだよ」

 

「そうだな。静かだ」

 

「……」

 

「……」

 

 一言テイオーと会話してまた訪れる静寂。俺達の声は穏やかな波に吸われていく。

 一緒に夜の海をぼんやりと眺めていると、テイオーがその静寂を打ち破るかのように口を開いた。

 

「トレーナーは海って初めてなんだっけ?」

 

「あぁ、俺は来るの初めてだな」

 

「実はボクの家、近くに海があってさ。浜のテイオーなんて呼ばれたりしてたんだよね」

 

「へぇ……」

 

 それは初耳だ。テイオーの幼少期か…… きっと今と変わらずに元気なウマ娘だったんだろうな。

 テイオーの過去に思いをはせていると、彼女が急に立ち上がって俺の方を見下ろしてきた。

 

「ねぇ! いつかボクの家に来てよ! パパもママも歓迎してくれるからさ!」

 

「そうだな…… いつか行くよ」

 

「菊花賞終わったらでもいいよ!」

 

「じゃあ、勝利報告しなきゃな」

 

「勿論!」

 

 テイオーが胸を張ってとんと自分の胸辺りを叩く。自信満々で、負ける気はないといったところだろうか。

 俺がその気持ちで嬉しくなって自然と笑みが零れていると、いきなり人工的な光が視界の中に入ってきた。

 何事だと思って光の方に振り向くと、花火だろうか。火薬の匂いと独特な音がこちらまで漂ってきた。

 

「お二人とも~ 花火しますわよ~!」

 

 マックイーンが俺達に声をかけてくる。よく見るとみんな集合しているようで、夜の海にまた光が灯った瞬間だった。

 

「いこっ! トレーナー!」

 

 夜にも関わらずキラキラしたテイオーの笑顔が、俺の瞳に映る。

 そして彼女が差し伸べてきた手をそっと取り、俺はテイオーに引っ張られながら花火の光の方に飛び込むのであった。

 




こんにちはちみー(挨拶)
毎日水着スターちゃんのイラストに悶えています。可愛いよスターちゃん。

今回素敵な挿絵を描いてくださった「おーか」さん、ありがとうございます!

少し下に画面をスクロールして感想評価お気に入りをしてくださると嬉しいです! 作者のモチベに繋がります!


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21.白の章─菊花賞

 そこは真っ白な場所だった。

 

 視界内から入る情報が「白」しかなく、全く風景に動きがない水平線まで真っ白な空間。

 音も風も無い。例えるなら波の無い静かな海だろうか。

 そんな場所に俺はいた。

 久しぶりにこの夢を見たなと思いつつ、自分の状況を確認してみると、いつも着ているスーツの恰好だ。

 初めてこの夢を見たときは感覚しか無く、体すら動かせない状況だったのにこの変化はどういう事なのだろうか。

 疑問を覚えていると、突如として視界の真ん中にウマ娘の姿が映る。

 栗毛と言われる茶色の髪を携えて、俺より低めの身長。それであるのにも関わらず、幼さを全く感じさせずに妖艶ささえ感じる立ち姿だった。

 いつも以上にはっきりと見えた彼女が俺に近づいてきて、そっと俺の額に人差し指で触れる。

 すると彼女の口が全く動いていないのにも関わらず、頭の中に言葉が流れ込んできた。

 

『スターゲイザー……スターゲイザーよ』

 

「……なんですか?」

 

 夢の中で返事が出来た事に地味に驚いていると、謎の少女がふっと微笑んで返事をしてきた。

 

『皐月賞、東京優駿、そして菊花賞。トウカイテイオーの軌跡には期待していますよ』

 

 そう言って──正確に言うと頭の中に直接叩きこまれたような感覚なのだが、彼女はそう言い残して消えていってしまった。

 一体どういう事だったんだ……? 

 そう思いながら夢の中で手を顎に当てながら考えていると、どこか遠くからいつも聞きなれた声が聞こえる。

 

「トレーナー! トレーナー! 起きてよ~ 今日は菊花賞だよ!」

 

「あれ……テイオー……」

 

「起きた! なんかいつも時間通り起きるトレーナーが起きなかったからさ。つい」

 

 目をうっすらと開けると、トレセン学園指定のジャージを着た俺の担当ウマ娘、トウカイテイオーがベッドの側に立っていた。

 いままで俺の体をゆさゆさと揺すっていたいたのか、手を布団越しに胸辺りに当てながらの体制で俺を見下ろしてきている。

 ぼんやりとした頭で今の状況を思い出すと、確か菊花賞の出るために現地のホテルで一緒にテイオーと泊まっていたはずだ。

 つまり、俺をわざわざ起こしに来たって事は……

 

「やばっ。遅刻だったか」

 

「ううん。まだ全然余裕あるよ。ゆっくり着替えて大丈夫だからさ」

 

 時計を見てみると朝の七時ごろ。

 確かにいつも起きている六時よりも遅い起床となってしまったが、時間的にはまだ全然余裕はある。

 ホテルを出る時間にも余裕があるし、朝ジョギングする時間もまだまだある。

 どうやら致命的な寝過ごしでは無い事にほっとしつつ、俺がベッドから出るとテイオーが俺の顔を見てにっこりと笑った。

 

「じゃあ、トレーナー。約束通り一緒に走りに行こっ!」

 

「了解。ちょっと待ってな」

 

 俺は顔を洗いながら、彼女に返事をしつつ身だしなみを整える。

 そして、ジャージに袖を通しつつ走るようの靴を履き準備を終えてテイオーと一緒に外に出た。

 そう、今日は菊花賞当日。

 彼女の無敗の三冠がかかった大事な日だ。

 そんな日に彼女は──

 

「えへへ。一緒に走ると気持ちがいいね!」

 

 とても絶好調のようだ。

 

~~~~~~~~

 皐月賞は最も速いウマ娘が勝つ。

 日本ダービーは最も運がいいウマ娘が勝つ。

 菊花賞は最も強いウマ娘が勝つ。

 

 各クラシックレースにはそんなジンクスと言われるものがあり、世間でも割と信じられていたりする。

 そんなジンクスをテイオーは二つ取得しており、後一つ手にすれば誰もが疑うことの無い最強のウマ娘への「一歩」となる。

 だが菊花賞への挑戦は彼女にとって大きな壁になる。

 距離3000mという距離適性への挑戦。これは今までのG1レースの中で大きなチャレンジになる。

 しかもレースは一人で走るわけでは無く、複数人が競い合って走るものだ。

 色々な不確定な状況がある中での菊花賞なわけだが、俺達に不安は特に無い。

 対策は立てた。それにそった練習もした。相手の分析もしっかりした。

 今回、俺とテイオーに隙は無いと信じている。

 

「ねぇ、トレーナー。菊花賞始まるね」

 

「そうだな…… 緊張してるか……?」

 

 京都レース場10R、G1レース菊花賞。それに出るために俺達は京都レース場の控室にいた。

 勝負服に着替えたテイオーが、椅子に座りながら俺の話を聞いている。

 今は待ち時間の為、作戦の最終確認をしながらテイオーと会話していた。

 

「全然? ボクはワクワクしてるよ?」

 

 足を椅子から垂らして、ぶらぶらと揺らしながら俺の話をリラックスしながら聞いている。

 この大舞台で全く緊張していなそうなのは流石テイオーというべきか。

 俺は少し緊張しているが、それが彼女に移らないように実は少し気を使っている。そんな事バレたとしても彼女は気にしないとは思うが、まぁ念のためだ。

 すると、こんこんとドアのノック音がした。

 

「邪魔するでー」

 

「師匠!」

 

「なんや、緊張はしてないようやな」

 

 かちゃりとドアが空く音がして、一人のウマ娘が入って来る。

 テイオーが師匠と呼んだ人物は俺達を今までサポートしてくれた伝説のウマ娘、タマモクロスさんだ。

 トレセン学園の制服を着ている彼女が控え室にまで来てくれたという事は、わざわざここまで応援しにきてくれたという事なのだろう。とてもありがたい。

 

「緊張してたらウチが笑わせてやろうかかとおもうたけど、大丈夫そうやな」

 

「勿論! ボクのことなんだと思ってるのさ!」

 

「おうおう。それくらいの意気込みで行くてええで!」

 

 タマモクロスさんが片手の親指を突き上げて、ぐっとテイオーに突き出す。頑張ってこいと言っているのだろう。

 

「ライバルも多くて大変やと思うけどな…… テイオー、スター」

 

「うん」

 

「あぁ」

 

「まずは走るのを楽しんでいこな!」

 

 走るのを楽しむ。

 俺達がレースの事を真剣に考えすぎるとつい忘れてしまうことを、彼女はわざわざ助言してくれた。とても……ありがたい。

 その言葉で俺達の心が更に引き締まった感じがする。

 タマモクロスさんからの助言を受けて、テイオーと俺が正面を向き合ってこくりと頷く。

 

「ありがとう、師匠!」

 

「ありがとうな」

 

「なんや改まって。 ウチとアンタらの仲やんけ」

 

 わははとタマモクロスさんが褒められてまんざらでも無いような顔をする。

 その姿を見て、思わずこわばっていた心と体がほぐれたような気がした。

 本当にタマモクロスさんは空気を変えるのが得意なウマ娘で、こういう時に緊張を解してくれるのはありがたい。

 

「さて……そろそろ時間だな。行こうか、テイオー」

 

「うん! じゃあ、いこっか!」

 

「頑張ってきいや!」

 

 タマモクロスさんが俺達を見送ってくれるのを背に、ドアを開けて控室から出た。

 控室から出て、テイオーと一緒に少し通路を歩き地下バ道に移動する。

 今まで見慣れてきたと思っていた地下バ道も今日はいつもよりも広く、そして静かに感じた。

 どの場所にいるウマ娘達もどこかぴりぴりとした空気を漂わせており、皆集中しているといった感じだ。

 その空気に当てられたのか、テイオーが先ほどのリラックスした表情から一変し、キリっと真剣な表情になる。

 そして俺の一歩前にとんと歩くと、くるりと俺の方に振り向いた。

 

「いってきます、トレーナー」

 

「いってらっしゃい、テイオー」

 

 その顔はいつも以上に頼りがいがある顔で、不覚にもドキッとしてしまった。

 これなら絶対に三冠を取って帰って来てくれるという、そんな確信を抱くほどに。

 レースがある度に恒例となっていたこの挨拶も、彼女にとってスイッチを切り替えるいいきっかけになっているのかもしれない。

 挨拶をし終えると、テイオーが勝負服のマントとポニーテールを揺らしながら出口に向かって歩みを進めていった。

 さてと……俺も移動しますか。

 テイオーを見送った後、俺は一度地下バ道から離れて地上に出る。

 レース場の関係者席に向かっていると、大勢の観客が身を寄せ合うレベルで座っていた。

 多くの観客が無敗の三冠ウマ娘の誕生を待ちかねていると思うと感慨深い。

 まだレースが始まっていないのにも関わらず、大きな熱気と歓声が今の時点で伝わってくる。

 毎回圧倒されるG1の熱狂っぷりに少し酔いながら、関係者席に行き自分の席に腰を下ろした。

 あとはここでパドック入場を待つだけだが……

 

「よぉ。久しぶりだな。覚えているか?」

 

「……覚えていますよ。一応」

 

 何故か俺の隣から気さくに話しかけてくる男性が一人。

 俺と同じ黒いスーツに身を包みながら、清潔感漂う髪型をした小綺麗な三十代ぐらいのおじさん。

 俺はこの人に一度だけ会ったことがある。それは、テイオーが最初のデビュー戦の時の話。

 このおっさんは俺が当時考えた作戦を全て見抜いた上で話しかけてきた、という経歴がある。だから謎に見る目があるのは分かっていた。

 あの時は無精ひげを生やしていて、よれよれのスーツ姿だったが今日は大分ピシッとした姿だった。

 俺は人の顔を一度見たら覚えるタイプのウマ娘なので、彼の事も当然印象に残っていていたのだが、どうしてこんなところにいるんだろうか。

 俺が警戒心を含めた目でじぃーと彼の事を見つめていると、それを感じ取ったのかおっさんが俺に返事をしてくる。

 

「んまぁ、なんだ。菊花賞を見に来たって所だ。メジロ家の秘密兵器と無敗の二冠ウマ娘の対決なんて、生で見たいだろ?」

 

「んまぁそれはそうですけど……」

 

 確かにこの貴重な瞬間を生で見たいのはとても分かる。

 もし俺がトレーナーじゃなかったとしても、このレースは現地でみたいと思うだろう。

 今日は、歴史の一ページに刻まれるかもしれないの日なのだ。

 

「あっ、そうそう。そういえば自己紹介してなかったな。俺は須藤要だ。よろしくな」

 

「スターゲイザーです。宜しくお願いします」

 

 彼──須藤さんが名前を言って来てくれたので、俺も返事として名前だけを簡単に返す。

 俺達が互いに自己紹介をしていると、レース場に設置されたスピーカーから女性の大きな声が聞こえてきた。

 

『さぁ、お待たせいたしました! 京都レース場、第10R、菊花賞に出走するウマ娘のパドック入場が開始されます!』

 

 その言葉が会場内に響いた瞬間、わっと観客が盛り上がりひときわ大きな声が上がった。

 パドック入場はレース前のウマ娘が、ランウェイで自らの勝負服を披露することだ。

 勝負服の披露とパフォーマンスはファンも楽しみにしており、一つの見所になっている。

 

『まず一番人気を紹介しましょう! ここで勝てばシンボリルドルフ以来の無敗の三冠ウマ娘! ファンからの期待を一心に背負い、クラシック最強が期待されています!』

 

「お、来たぞ。お前の担当ウマ娘が」

 

『一番人気! トウカイテイオー!!!』

 

 テイオーがアナウンスと同時に入ってきて、マントをばさりと翻してポーズを取った。

 そして観客席に向けて大きく手を振り、アピールしている。先ほども思ったが程よく緊張し、リラックスしている。本当にいい状態だ。

 テイオーがサービスをした瞬間、観客席からわーっと声が上がって耳が痛くなる。だがその分テイオーが人気である証拠でもある為、とても嬉しくなってしまった。

 テイオーがランウェイから退場して、パドックの方に降りて軽く準備体操を始めた。

 それを確認したのか、実況の方が次のウマ娘を紹介し始める。

 

『お次のウマ娘を紹介しましょう! ダービー二着と惜しい戦績を残しながらもファンに押されて二番人気! レグルスナムカです!』

 

 その声と同時にレグルスナムカがステージに入場してくる。

 和服をモチーフとした勝負服に身を包みながら、きりっとした表情で堂々とステージの上に立っている。

 これは皐月賞、日本ダービーの時以上の集中力かもしれない。

 

「二番人気に押されるだけあるな。いいバ体をしている」

 

 須藤さんが彼女の姿を見て、ぽつりと冷静な分析を呟く。

 レグルスナムカが勝負服をアピールした後にパドックに降りる。

 すると準備体操をしていたテイオーに近づき、何か話をしている様子が見えた。

 彼女の事だ。きっと宣戦布告辺りをしているのだろう。

 

『次のウマ娘を紹介しましょう! あのメジロ家の秘宝。ステイヤーの能力を推されての三番人気! メジロマックイーンです!』

 

 その名前が呼ばれた瞬間、会場がまた声援に包まれた。やはりメジロ家という名前はかなり影響が大きいのだろう。

 今まで何回も関わってきた彼女だが、勝負服を見るのは今回が初めてだ。

 その姿を確認しようと、パドックが映る正面のモニターに注目しているとはっと息を吞んだ。

 黒を基調とし、メジロ家カラーと呼ばれている白、緑を配色したのを着用して入場した彼女だが、パッと見ただけで分かる。すさまじい集中力だった。

 

「これは……やばいな」

 

 須藤さんもその姿に驚いたのか、若干引いた様子で彼女の事を評価する。

 俺もレース前の彼女を生で見るのは初めてだが、ここまでのプレッシャーを感じる立ち姿とは思わなかった。

 優雅さと気品さを漂わせながら一礼をすると、パドックの方に降りる。

 しかも会場全体がメジロマックイーンのオーラに包み込まれたように、少し声援が小さくなっていたのが恐ろしい。

 一体どれだけ脅威になるのか今からでも恐ろしい。

 

『四番人気を紹介しましょう! ファンからの期待が厚く、菊花賞でもいい成績を残すことを期待されています! ナイスネイチャです!』

 

 その実況と同時に黒を基調とし、ワンポイントとして赤と緑をつけた勝負服を着たナイスネイチャがその姿を現した。

 ほどよくリラックスしているのか、手をひらひらと振りながら歩いてきている。

 表情は笑顔で、「たはー」とでも言っていそうな感じすらあった。

 だが、その表情は一瞬で一変する。

 気合を入れる為だろうか。顔を自分の手の平でパンと叩くと先ほどまでの姿は無く、しゅっと気合の入った表情に切り替わる。

 レースに向けて気合をいれたのか、その恰好のまま彼女はパドックに降りて行った。

 

『さて続きましては──』

 

 その調子のまま実況の方が次のウマ娘に紹介に移っていると、隣にいた須藤さんが俺に対して話しかけてきた。

 

「二番人気から四番人気までの子。テイオーの知り合いか? 随分と手ごわそうだな」

 

「えぇ、どの子たちも強いのは俺が良く知っています」

 

 普段から色々なところで見ているからこそ分かる。彼女達は一筋縄ではいかない。

 そして忘れてはいけないのは、俺はトレーナーとして何もノウハウが無いという事だ。

 トレーナーになってから一年程度しか経ってない俺が三冠に挑むのは少し怖いが、これはテイオーを信じるしかないだろう。

 大丈夫だ、きっと勝てる──いや、勝つ。

 俺が決意を新たにしていると、パドック入場が終わり本バ場入場の時間になっていた。

 テイオー達がぞろぞろとターフの上に移動してゲートの中に入る。

 

『さぁ京都レース場、第10R、菊花賞! 勝つのは無敗の二冠バか! それともメジロ家の意地か!? それとも伏兵か!』

 

 全ウマ娘がゲートインし、そして──

 

『スタートしました!』

 

 ガチャンという音と共にウマ娘達がスタートし、ターフを蹴る。

 とうとう菊花賞が始まった。ゲートが開いた瞬間、俺の気持も更に引き締まってきゅっとする感じがする。

 今回テイオーは十八人の中での二枠。皐月とダービーと違って慣れない内枠になってしまっているが、今回の作戦において外枠か内枠かは関係無い。

 なぜなら──

 

『おっと!? トウカイテイオー出遅れか!? 最後尾からのスタートです!』

 

 ──今回の作戦は追い込みだからだ。

 スタートした直後、テイオーが出遅れかと思われてしまったのか会場内がざわつく。

 隣にいる須藤さんなんて驚いたような顔をして、目を開いてターフを見ている。

 そう、菊花賞という舞台でわざわざ追い込みなんて作戦を取ったのはいくつか理由がある。

 まず一つ目は。

 

『他のウマ娘は出遅れ無しの綺麗なスタートです。先頭に立ったのはフジヤマケンセイ。次にシンクルスルーが続いています。メジロマックイーンは五番手。レグルスナムカが六番手です』

 

 テイオーが絶対にマークされる事を見こしていたからだ。

 その証拠にマックイーンはいつもより少し後ろに、レグルスはいつもより少し前で走っている。

 そう、いつもテイオーが走っているであろう位置に。

 予想的中といったところだろうか。思わず笑みが零れ落ちてしまいそうになる。

 

「先行のウマ娘がいつもより多い…… なるほどな、これを見こして追い込みにしたか」

 

 須藤さんの言う通り今回は若干だが、先行のウマ娘が多い。

 マークする気満々だったのかもしれないが、悪いが誰にもマークはさせない。相手のペースには最初から乗らないのが正解だ。

 追い込みにしたのはそれだけではない。

 二つ目の理由として、作戦がほぼ絶対に成功する点というのがある。

 先行にこれだけ多くのウマ娘が固まっていたら作戦を立てたとしても、邪魔されたり苛烈なポジション争いでめちゃくちゃにされてしまう事が多いだろう。

 しかし追い込みならその問題点も無い。

 無駄なリソースを脳に割かないならば、その分スタミナを温存できる。

 どこで仕掛けるか、どこでスパートするか、どこに誰がいるか…… これは追い込みの特権だ。

 だが、勿論問題点もないわけではない。

 

「テイオーは元は先行だろう? 脚質を変えたらスタミナを無駄に使わないか?」

 

 脚質変更は基本無茶とされている。何故ならがらりと走り方を変える事はその分スタミナを消費し、自分の今までのペースを捨てる事に等しいからだ。

 だがここも勿論対策済み……というか、谷口さんとタマモクロスさんに感謝しなければいけないのだが。

 そう。タマモクロスさんが来てくれたことにより、追い込みを教えてくれる人が一か月付きっ切りでいたのだ。

 しかも、彼女は天皇賞春を走っている。3200m長距離のノウハウすら持っているという事だ。

 そんな彼女とワンツーマンのトレーニングをしたテイオーは、一か月という夏合宿の間に自前の呑み込みの良さで追い込みの脚質を習得。

 何も無茶や血迷って追い込みをやっているわけではない。必ず理由があってやっているのだ。

 あともう一つに、走っているウマ娘にいつテイオーが仕掛けてくるか分からないようにするというのもある。

 これは副産物になってしまうが、走っている側からしたらたまらないだろう。

 さて……俺達のレースを始めようか。

 

『京都レース場の坂を超えてウマ娘達がホームストレッチに入っていきます! 多くの観客が迎える中、自分のペースを維持できるのかにも注目です!』

 

 十万人を超える観客の声援が、ターフの上を走っているウマ娘達に浴びせられる。

 この声援で驚いてしまい掛かってしまうウマ娘の子もいるみたいだが、テイオーは全く問題ないようだ。

 見た感じ、今回は誰も掛からずに自分のポジションに位置取れている。

 第四コーナーを通過してポジション争いが終わり、全体的にスローペースでレースが進んでいる。

 

『先頭に立っているのは一バ身差フジヤマケンセイ。二番手にシンクルスルーがあがってまいりました。メジロマックイーン、レグルスナムカは中団先行の位置。ナイスネイチャは中団やや後ろ。トウカイテイオーは未だに最後尾であります』

 

 見てみると逃げが二人、先行が大体九人、差しが七人、そして追い込みがテイオーただ一人だ。

 第一コーナーに差し掛かり第二コーナーに入ろうとしているが、未だに動きは無い。

 やはり菊花賞という長距離の状況で直ぐに仕掛けるとスタミナ的に難しいのだろう。

 結果、動きがあったのは第二コーナーを通過したあとだった。

 

『第二コーナーから向こう正面に入ります。おっとここでトウカイテイオーが少しずつ前に動き始めました! それにつられてかナイスネイチャも動き始めます!』

 

 仕掛けたのは俺の担当ウマ娘のトウカイテイオー。スパートでは無く、少しずつ前進するといった感じだ。ここから仕掛ければ俺の考えが合っていれば「必ず」間に合う。

 テイオーが動き始めた瞬間、ナイスネイチャも少し前に上がり始める。

 これはネイチャがテイオーにつられて少し掛かったのか。これは、ラッキーだと思う事にしよう。

 

「さてここからが鬼門だな。二回目の淀の坂が来るぞ」

 

 須藤さんが言っている淀の坂とは京都レース場にそびえ立つ坂の名称の事でここは全国にあるレース場の中にある坂の中でも一番キツイと言われている。

 この坂は第三コーナーと第四コーナーの途中にあるのだが、実は菊花賞のスタートはこの坂の途中からスタートするのだ。

 するとどういう事が発生するのかというと、ただでさえ高低差のある坂を二回も登らなければいけないという事が起こる。

 高低差4.3m。上り坂の距離は約370m。正直このレース場を作った人は、何を思ってこの坂を設計したのだろうかと考えるほどの急坂。

 この坂を3000mの長距離の中で登山しなければいけない。3000mと言われている菊花賞だが、走っている側からすればそれ以上のスタミナが要求されるだろう。

 その鬼門の二回目に今差し掛かろうとしている。

 

『さぁ問題の第三コーナー登りに差し掛かろうとしています! 中団がやや固まった感じになってきたか!』

 

 上り坂に突入した瞬間、ゆっくりと上がっていくウマ娘が多く見える。

 スパートというわけではないのだろうが、そろそろ仕掛けるタイミングと言う事だろう。

 かくいうテイオーも徐々に進出し、現在は追い込みから差しくらいの位置に進出している。

 この坂を登る練習も、俺達は山にいった夏合宿で散々してきた。

 テイオーステップに切り替えて、スパートをかけずに坂を登る練習。

 今まではスパートと同時にテイオーステップを使ってきたが、今回は坂を登るために一回使う。小刻みに飛ぶようなテイオーステップは坂を走る走り方に最適なのだ。

 それこそ菊花賞の坂でスパートをかけたようなウマ娘もいるが、あれは真似するのは無理に等しいので除外する。

 全くスピードを落とす事もなく、坂をするすると登っていくテイオー。

 その最中にも他のウマ娘を外側から抜かしていき、順位を着実にあげていく。

『中団からメジロマックイーン、レグルスナムカと上がってまいりました。更にサクラコンゴオー、ナイスネイチャにトウカイテイオーも上がってきた! ここから一瞬たりとも目を離せません!』

 

「トウカイテイオーが追い込みになった時は驚いたが、ここまでなると納得だな。レースをコントロールしている」

 

 隣にいた須藤さんが顎に手を当てながらこくりと頷きながらそう言った。

 追い込みの作戦をしようと俺が提案したのは夏合宿が始まる前。

 更にそこから山でのスタミナ強化に坂の登り方の練習、追い込みのペース配分。

 これらを全て駆使して走っているテイオーなら……負けは無い。

 

『下り坂に突入して中団の集団が徐々に動き始めています! おっと、ここでトウカイテイオーが更に上がってきた!』

 

 下り坂に突入した瞬間、テイオーの体がぐっと沈んでスパートの体勢に入る。

 そう。ここから下り坂を利用してのロングスパートだ。

 いつもの先行集団にいたら、ここでスパート出来る体力は残って無かっただろう。競り合いに、タイミング。全てがその場のウマ娘次第になってしまうからだ。

 だが今回は作戦が誰にも邪魔されない追い込み。

 ここからスパートかけるスタミナは十分確保しているはずだ。

 しかも今回は全体的に先行集団に固まったため、全体がスローペース。これもテイオーがいつも先行位置で走っているからこその恩恵だ。これも彼女の追い込みの作戦のメリットになっている。

 行け……テイオー。

 

『さて600mの標識を通過しました! レグルスナムカ、ナイスネイチャ共に進出! 前の逃げの集団はやや苦しいか? おっと、ここでメジロマックイーン更に動いた!』

 

 全て順調にいっていた。進出を仕掛けるタイミングも間違っていない。

 上り坂でテイオーステップを解禁。下り坂でその勢いのままのロングスパート。

 誰にも邪魔されない外側からの走り。

 全てが噛みあっていた。だが、ここで予想外の出来事が発生した。

 五番手のテイオーの一つ前の位置にいた()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺が予想していたマックイーンのペースだと、もうちょっとスパートをかけるタイミングが遅いはずだ。

 今までマックイーンのレースに普段の彼女の練習を見てる限りでも、ここからスパートをかけられるほど彼女はスタミナお化けじゃなかったはずだ。

 しかも先行の脚質で位置取り争いをしていた上に、かなり速いペースで前に前へ徐々に進出していた。

 なのに……何故ここまで。

 

「まさか」

 

「彼女、入ったか」

 

 マックイーンの姿を見ると、先ほどまでの雰囲気よりも一段階ほど深度が下がったようなオーラを出し纏っている。

 黒い勝負服に纏われる黒いオーラは曲線になり、彼女を包み込む。

 その姿はまるで、黒い弾丸。

 俺は以前この姿を間近で見たことがある。それは夏合宿、タマモクロスさんとテイオーとの対決の時にみた光景。プレッシャー。そして圧。

 間違いない、彼女──メジロマックイーンは領域に入っている。

 

「ッツ! まずい!」

 

『さぁ、残り400m! 現在トウカイテイオーが二番手にまで上がってきました! メジロマックイーンは先頭をキープ!』

 

 残り400m。

 メジロマックイーンが全てのウマ娘をかわし、一番先頭に立つ。

 テイオーは今の時点で二番手まで進出できた。だが、彼女との距離──一バ身差は縮まらない。

 それは他のウマ娘も同じでテイオーの後ろにいるレグルスナムカにナイスネイチャも彼女の事を抜かせないでいる。

 これは予想外すぎる。

 俺は「今まで」のマックイーンの影ばかりを追っていて、「今の」マックイーンを見ていなかった。俺の……責任だ。

 

「さて……彼女は入ったぞ。お前達はどうする?」

 

「……」

 

『さぁ残り200m! 最後の直線です! メジロマックイーンか!? トウカイテイオーか!?』

 

 今までの俺だったら、ここでテイオーに謝る事しか出来なかっただろう。

 テイオーばっかに頼って、彼女の才能に甘えてきたのが無いと言えば嘘になる。

 だが、今は違う。テイオーを信じるだけじゃない。

 

 ──お前がウマ娘である理由はなんだ? 

 

 その答えは簡単で一番近くに有った。

 俺が。俺だけがテイオーと一緒に走れる。

 ウマ娘のトレーナーなら、彼女と同じ目線で走る事が出来るのだ。

 それはきっと観客席にいるときだって同じだ。きっと今ならば──

 

「いけぇぇぇぇ!!! テイオー!!!」

 

 今まであげたことの無いような大声を、俺は喉から叩き出す。

 座ったままではあるが、絶対にターフで走っているテイオーに声が聞こえるように。この大勢いる観客の声にも負けないように。

 ターフで走っているのは彼女だけじゃない、俺もいるぞ、と。

 そう語りかけるように出した声は彼女に届いたのか。テイオーが一瞬ふっと微笑んだような気がした。

 そして、その直後。俺の体からがくりと力が抜けて、意識が消えてしまう。

 

 ──観客席にいた俺の記憶はここで途切れている。

 




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22.蒼の章─菊花賞

 カツ、カツ、カツ、と蹄鉄で地を叩く音が地下バ道に響く。

 さっきまでトレーナーといたときはそうでも無かったのに、離れると音が響くのが耳に入るのだから不思議だ。

 ボク──トウカイテイオーは今から無敗の三冠をかけて菊花賞を走る。

 トレーナーといってらっしゃいのルーティンをし、地下バ道を歩いてパドックに向かっているところだ。

 ボクの目の前には今から菊花賞を一緒に走るライバル達がいて、みんなぴりぴりとしている。

 その中にボクの知り合いで、最大のライバルが一人。

 

「あら、テイオー。今日は宜しくお願い致します」

 

 優雅に礼をしてきたのは、普段の言動からは想像出来ないような葦毛のお嬢様。

 そしてこの菊花賞でボクもトレーナーも一番警戒しているメジロマックイーンがボクに話しかけてきた。

 その姿は初めて間近で見る勝負服の恰好で、黒を基調とした色にメジロ家のカラーリングが入っており、マックイーンによく似合っていた。

 

「どうしたのさ。急に改まって。もしかして緊張してるの~?」

 

 ボクが少し茶化すようににやにやと笑いながらマックイーンに話しかけると、彼女がくすりと微笑んで口を開いた。

 

「まさか……と言いたいところですが、少し緊張してますわね。ですが、心地よい緊張ですわ。それは貴方も同じでしょう?」

 

「まぁね」

 

 ボクも緊張していないと言えば嘘になる。

 無敗の三冠ウマ娘。ボクの夢の一つがもう少しで叶うという直前にいるんだ。緊張していないわけがない。

 しかも、ボクのファンからの期待も大きく背負っている。

 けど……ボクが一番気にしているのはきっと。

 

「トレーナーのせいだよ」

 

「ふふ…… 私もそうですわ。トレーナーさんに菊花賞の冠を取らせてあげたい。それも大きな理由ですわね」

 

 マックイーンもそうなんだ。

 ボクも今まで支えてくれたトレーナーに無敗の三冠ウマ娘の称号をあげたい。

 何より一緒に喜びを分かち合いたい。

 ボクの緊張はそこから来てるけど、マックイーンの言う通り心地良い緊張だ。

 何より、レースが楽しみでボクはドキドキしている。きっとみんなびっくりしてくれるよ。

 にししとボクが笑っていると、マックイーンがボクの正面に立って目を見つめてきた。

 

「いいレースにしましょう。テイオー」

 

「勿論。ボクが勝つけどね!」

 

「それは私のセリフですわ」

 

 ふふと一緒に笑ってマックイーンと見つめ合っていると、地下バ道に女の人の声が響いた。

 

『さぁ、お待たせいたしました! 京都レース場、第10R、菊花賞に出走するウマ娘のパドック入場が開始されます!』

 

 実況の人の声だ。今回は人気順による入場だったから、ボクが一番最初か。

 その言葉が聞こえた瞬間、ボクたちがいる場所にまでわっと湧き上がった観客の声が聞こえる。

 皐月賞も日本ダービーもこの声援を浴びたけど、いつ聞いても嬉しい。

 みんながボクに期待しているって事だもん。こんなに嬉しい事はないよね。

 

『まず一番人気を紹介しましょう! ここで勝てばシンボリルドルフ以来の無敗の三冠ウマ娘! ファンからの期待を一心に背負い、クラシック最強が期待されています!』

 

 来た。

 ボクはその言葉と同時にパドックのステージの上に入場した。

 地下バ道の薄暗い場所から、光が差し込む外に移動すると太陽の光がボクの目に入り込んできて少し眩しい。

 これは何度やっても慣れないや。

 

『一番人気! トウカイテイオー!!!』

 

 ボクは背中の赤いマントをばさりと翻してびしっとポーズを取る。

 右足を前に突き出して左手を自分の腰に当てて、観客のみんなにアピールした。

 ポーズを取り終わったら、大きく手を振ってみんなに挨拶だ。トレーナーはモニターで見てるはずだから、カメラに向かって気持大きめに手を振る。

 すると、観客のみんなから「きゃーっ」とか「わーっ」って大きな声が上がった。

 テイオーってボクの名前を呼ぶ声なんかも聞こえる。観客席なんかを見てみると、ボクのぱかプチを持ったファンがボクの名前が書かれたうちわを振っている姿も見えた。

 凄く嬉しい。こうやってボクは色んな人に支えられて走っているんだなっていうのを実感出来ると共に期待に答えなきゃという気持ちも湧いてくる。

 ボクが時間いっぱいアピールした後、ステージから降りてパドックの方に向かう。

 そこで足を伸ばしたりしっかりと準備体操をしていると、次の出走者が紹介された。

 

『お次のウマ娘を紹介しましょう! ダービー二着と惜しい戦績を残しながらもファンに押されて二番人気! レグルスナムカです!』

 

 その声と同時にボクの友達でもあり、ライバルのレグルスが入って来る。

 和服をモチーフにした彼女の勝負服は良く似合っていて。だけどどこか威圧感を感じた。

 耳がぴくりと無意識に動く。多分これはきっとダービーで感じた謎の気迫。きっとトレーナーが言っていた「領域」みたいな感じ。

 彼女の周りの空気がピリピリとしているのが、肌で感じ取れてしまった。

 彼女がステージ場でポーズを取ると、これまた声援が上がる。

 そしてレグルスがステージ上からパドックの方に降りてくると、ボクの方に近づいて来た。

 あれ、なんのようだろう? 

 

「トウカイテイオー、貴様に今度こそ勝つ。真剣勝負しよう」

 

「へぇ…… 勿論だよ。ボクが勝つけどね」

 

 彼女が話しかけてきたと思ったら、ボクに対しての宣戦布告だった。

 皐月賞の時もされたけど、全く変わんないや。けど、勝つのはボクだけどね。

 少しの間、彼女と軽く睨みあっているとまた声援がひときわ大きくなる。

 

『次のウマ娘を紹介しましょう! あのメジロ家の秘宝。ステイヤーの能力を推されての三番人気! メジロマックイーンです!』

 

 先ほど地下バ道で挨拶していたマックイーンがステージ上に登って来る。

 先ほどまでもプレッシャーらしきものを感じていたのだが、今の雰囲気はまた違う。

 軽口を叩き合っていた彼女とは違い、凛とした表情にすさまじい集中力。

 普段の姿からは想像出来ないほどの姿に、ボクも隣にいたレグルスもはっと息を飲んでしまった。

 マックイーンが優雅にその場で一礼すると、会場全体が彼女の雰囲気に包み込まれたように声量が落ちる。

 ちょっと……マックイーン怖くない? 

 

『四番人気を紹介しましょう! ファンからの期待が厚く、菊花賞でもいい成績を残すことを期待されています! ナイスネイチャです!』

 

 マックイーンがパドックに降りた後、勝負服姿のネイチャが入ってきた。

 確かクリスマスカラーがモチーフとか自分で言ってたっけ。

 その黒を基調として赤と緑がワンポイントで入っている勝負服は彼女に良く似合っていた。手をひらひらと振りながら入場してきた彼女が正面を見ると、「たはー」って声を漏らした。

 ちょっと気になって、ネイチャの視線の方を確認してみると、「ナイスネイチャ頑張れ」なんて書かれた横断幕を下げた集団が見える。

 よく耳を澄ますと「ネイちゃーん! 頑張れー!」って声が聞こえる。

 恐らく、ネイチャの知り合い……多分商店街の人達かな。それを確認したネイチャが少し照れくさそうにしている。

 だけど、自分の顔をぱんと両手で叩くとその表情は一変した。

 いつものネイチャじゃなくてしゅっとした真剣な表情。

 この表情はボクだけじゃない。レグルスもマックイーンもネイチャも同じなんだ。

 菊花賞にかける想いはみんな重くて、熱い。

 だけど──負けていられないんだ。勝つのは、ボクたちだ。

 

 ~~~~~~~~

 実況の人たちが全ての出走ウマ娘の紹介が終わった後、ボクたちは本バ場入場ということでターフの上に移動する事になっている。

 辺りを見渡すと緑色のターフがボクを迎えてくれる。

 あぁ、この感覚だ。レース直前、一気に集中力が高まる感じ。すーっと空気が軽くなって、ボクたちのレースが出来ると確信するこの瞬間。

 すぅと息を吸い込むと、はぁと吐き出して深呼吸する。よし、いける。

 

 スタッフさんの指示に従って、ゲートインする。

 ゲートの中は結構狭くて、これを嫌がるウマ娘もいるみたいだけどボクは嫌いじゃない。

 足を完全に広げられないほどの大きさの場所で、足を出してスタートの体制を取る。

 他のウマ娘もゲートインがスムーズに完了したみたいで、会場内が静寂に包まれる。

 さぁ──

 

『さぁ京都レース場、第10R、菊花賞! 勝つのは無敗の二冠バか! それともメジロ家の意地か!? それとも伏兵か!』

 

 ──ボクたちのレースを始めようか。

 

『スタートしました!』

 

 ガチャンという音と共に目の前のゲートが開かれて、菊花賞が始まる。

 いつもならば綺麗なスタートを決めれたら先行の位置を確認していくんだけど、今日は違う。

 

『おっと!? トウカイテイオー出遅れか!? 最後尾からのスタートです!』

 

 にっしし。これにはみんな驚いているだろうなぁ。

 ボクがトレーナーと立てた作戦。菊花賞追い込み大作戦のスタートだよ! 

 ボクはスタートして一直線で向かうウマ娘達を尻目にゆっくりと自分の位置に取る。

 

 ──今回は内枠だが、追い込みなら関係無い。自分のペースを守っていけ。

 

 トレーナーの言う通りに従ってボクは最後尾に位置を取る。

 ふぅと息を入れて、少し外側のみんなが見れる位置に取るのが大事って師匠が言っていた。

 

『他のウマ娘は出遅れ無しの綺麗なスタートです。先頭に立ったのはフジヤマケンセイ。次にシンクルスルーが続いています。メジロマックイーンは五番手。レグルスナムカが六番手です』

 

 うん。なんかマックイーンにレグルスがいつもよりボクのいるところの近い場所にいるね。

 トレーナーの言った通りだ。ボクの事をマークしてくるからって。

 後ろから見ると先行の位置に多くのウマ娘がいる。恐らくボクのいつもの位置を考えての結果だろう。

 やっぱりトレーナーは凄いや。ボクの分からないところはピタって当ててくれる。

 少し辛い坂を何とかペースを守り坂を登っていく中、ボクはそんな事を考えていた。

 菊花賞が行われている京都レース場には急坂がある。

 なんか具体的な数字は忘れちゃったけど、とにかく高低差が激しい事だけは覚えている。

 しかもこの坂をスタートの時と、もう一周ぐるって回った時に登る坂。二回も登るからスタミナの管理が大切になってくるけど……

 

「ふっ……ふっ……」

 

 坂の走り方なら師匠とトレーナーにここは散々教わった。

 思い出されるのは山でやった夏合宿。ここでステップを使った登り方に下り方。そして呼吸の仕方を何回も何回も繰り返した。

 うん、思った以上に辛くない。それになにより誰にも邪魔されないことで、内枠の不利も競り合う必要も無い。思った以上に楽かも、これ。

 坂を下っていると目の前のウマ娘が、どうしたらいいのか分からなさそうにきょろきょろと尻尾を振っている。

 どうやら一番人気のボクが後ろにいる事で混乱しているようだ。これはラッキー、なのかな? 

 

『京都レース場の坂を超えてウマ娘達がホームストレッチに入っていきます! 多くの観客が迎える中、自分のペースを維持できるのかにも注目です!』

 

 坂を下り終えて、次に正面のホームストレッチ部分に入った。

 大勢の観客がいるのが横目でチラ見しただけでも分かる。

 大声援ががーっと耳に浴びせられる感じ。走って風を切り裂く音よりも、声援の方が大きい。

 

 ──まぁ、テイオーなら大丈夫だと思うけど。ここで掛からないようにな

 

 なるほどね。トレーナーが言っていたのはこういう事だったのか。

 当然だけど、ボクはこの程度じゃ掛からない。

 でも流石に他の子も同じみたいでこの声援で掛かった子は誰もいなかった。

 ん、ちょっと残念かも。

 

『先頭に立っているのは一バ身差フジヤマケンセイ。二番手にシンクルスルーがあがってまいりました。メジロマックイーン、レグルスナムカは中団先行の位置。ナイスネイチャは中団やや後ろ。トウカイテイオーは未だに最後尾であります』

 

 後ろから眺めている感じ逃げは二人くらいなのかな。先行集団が多そう。あそこから内側からいかなくて本当に正解かも。

 ネイチャは後ろから数えたほうが早いね。

 まだまだスタミナには余裕はある。そろそろトレーナーの言った仕掛け所まで行けそう。

 そのまま第二コーナ―を通過した後、スローペースだったレースにボクが歩を進める。

 

「さぁ、行こうか」

 

「ちょっ、もう!?」

 

『第二コーナーから向こう正面に入ります。おっとここでトウカイテイオーが少しずつ前に動き始めました! それにつられてかナイスネイチャも動き始めます!』

 

 ネイチャが少し驚いたような表情をして釣られてか、ボクと一緒に上がり始めた。

 差しで競り合っていたけど大丈夫なのかな。いや、今は他の人の心配をしてる場合じゃないや。

 ここでゆっくり前に行く! 

 

 ──追い込みは確かに自由に動けるのは利点や。けどな、仕掛け所を誤ると一気に崩れるで。

 

 ──テイオー、疲労と末脚を考えてここから仕掛けよう。スパートは下り坂を利用してだな。

 

 ありがとう、トレーナーに師匠。今その通りにレースが進んでるよ! 

 ゆっくりと外側から坂に差し掛かる道を蹴る。

 こっからあの坂をもう一回登るのか……ちょっとキツイけどボクならやれる! 

 

『さぁ問題の第三コーナー登りに差し掛かろうとしています! 中団がやや固まった感じになってきたか!』

 

「はぁ……はぁ……」

 

 急坂と言われるだけ会って、この登山ともいえるこの走りを攻略するのはキツイ。

 ボクはトレーナーに指示された通りに、テイオーステップを解禁して走り方を切り替える。

 この走り方はボクしかできない特別な走り方。

 普通の走り方をしていた足を、バネのように沈めさせて跳ねる。

 同じ歩幅で更に距離を稼ぐこの走り方は坂と相性がいい。そのままスピードを上げずに登り切る! 

 登っている途中でも何人かウマ娘を抜かしていた。恐らくみんなのスピードが坂のせいで落ちているのだろう。

 徐々に、徐々に。焦らずペースを崩さずにいけば、ボクが前に行けるってトレーナーの言う通りだ。

 

『中団からメジロマックイーン、レグルスナムカと上がってまいりました。更にサクラコンゴオー、ナイスネイチャにトウカイテイオーも上がってきた! ここから一瞬たりとも目を離せません!』

 

「よしっ!」

 

 ボクが一度思いっきり息を吐きだして、きゅっと足を更に沈める。

 坂を登り切った。ならここから、スパートをかける! 

 

 ──スパートをゆっくりかけるのは坂の下り坂にしよう。ロングスパートになるけどスタミナ的には間に合うと思う。

 

『下り坂に突入して中団の集団が徐々に動き始めています! おっと、ここでトウカイテイオーが更に上がってきた!』

 

 まだまだ末脚を残っている状況でボクは下り坂でロングスパートをかける。

 位置取り争いも無かった。頭もあんまり使わなかったから脳もクリアだし、視界はまだまだ広い。

 いける! 夏合宿で培った技術を駆使すれば、ここまで楽になれるんだね! 

 だけど。ここで誰も予想しなかった事が発生した。

 残り600m。

 ボクがスパートをかけて中団の前より、五番手の位置にいる時に起きた。

 

『さて600mの標識を通過しました! レグルスナムカ、ナイスネイチャ共に進出! 前の逃げの集団はやや苦しいか? おっと、ここでメジロマックイーン更に動いた!』

 

 四番手にいたマックイーンがいきなり前に飛び出していく。

 ボクが来たことで焦ったかと思ったけど、様子がおかしい、そんな感じじゃない。

 その瞬間、マックイーンの体から黒いオーラがゆらゆらと靡くのが見えた。

 そしてボクの足が一瞬だけど、そこだけ重力を増したように重くなる。

 何……このプレッシャー。

 

「くっ……!」

 

 そしてマックイーンが前にいるのに、確かにボクの頭に声が響いた感じがした。

 

 ──お先に行かせていただきますわよ。

 

「──ッツ!?」

 

 この感覚、あの時と同じだ。

 思い出されるのは夏合宿の時にやった師匠との本気のレース形式の練習。

 あの時は雷みたいな音が後ろから轟いて、びっくしたと思ったら強大な威圧感が後ろからしたっけ。

 それと同じ。ううん、それ以上の圧がボクの前にいるマックイーンから感じ取れる。

 間違いない。これ、領域って奴だ。

 

『さぁ、残り400m! 現在トウカイテイオーが二番手にまで上がってきました! メジロマックイーンは先頭をキープ!』

 

「うがっ……!」

 

 本来であればここら辺りでマックイーンと並んで、ボクとの末脚勝負を仕掛けるはずだった。

 それなのに、一バ身。たった一バ身の差が縮まらない。

 足が重い。ただでさえ前から感じるプレッシャーに汗が流れ、ずっと足にしがみつくような重みを感じる。

 まだ……! まだ距離はある……けど……! 

 なんでさ。抜かせる気がしないって思っちゃうのは。

 

『さぁ残り200m! 最後の直線です! メジロマックイーンか!? トウカイテイオーか!?』

 

 あはは。確かボク、夏合宿の時トレーナーに聞いたっけ。

 

 ──菊花賞に負けちゃったらどう思う? 

 

 なんて言ってたかなトレーナー。

 なんか、思考もぼんやりしてきて、重いや。

 その時だった。

 ボクの耳に愛しくていつも元気をくれる声が入ってきた。

 

「いけぇぇぇぇ!!! テイオー!!!」

 

 この大勢いる観客の中で絶対聞こえないはずなのに、確かに聞こえた。

 ボクのトレーナーの声が。

 心にしみて暖かい、ボクのトレーナーの声援が。

 なんだよ、いつもなら出さないような声出しちゃってさ。

 そうだ、ボクはみんなに支えられてる。

 そして何よりトレーナーの笑顔が見たい。

 

「はぁ……!」

 

 大きく息を吐いて、すぅと息を吸う。

 足はもう限界。スタミナも底をつきそう。視界は揺れてるし、なんかフラフラしてる。

 体の至る所が痛い、重い。

 

 だけどそれがどうした。

 

 ボクは誰だ。

 

 無敵のトウカイテイオー様だぞ。

 

 辛いとかキツいとかの感情は引っ込んでろ! 

 

 こんなところで諦めるのはボクじゃない!!! 

 

 

 絶対はボクたちだ。

 

 

 そう思った瞬間、すぅと目の前に光が走る。

 白く光った筋はフラフラとボクの隣に来て不思議な形を形成していった。

 真っ白な耳に真っ白な髪。そして先っぽだけ少し黒い特徴的な尻尾。

 ──そして真っ白なコートのような勝負服。

 見間違えようがない、ボクが大好きでやまない。

 

「トレー……ナー……?」

 

 瞬間、ボクの時間が止まる。

 世界はモノクロに。歓声は無音に。

 風を切り裂く感覚は無に。足の感覚も無くなる。

 残ったのは頭を回転させる思考と、やたらクリアに見える視界のみ。

 隣をチラりと見た時、トレーナーはふっと微笑んでボクの背中に回り込んで、そっと押してくれた。

 幻覚? 幻影? 

 違う、これはトレーナーだ。ボクがトレーナーの温もりを間違えるはずが無い。

 なら。あぁ、ボクの。いや、ボクたちのこれこそが。

 

 この蒼白い光と暖かさが。

 

 ボクたちの領域なんだね。

 




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23.蒼白の流星─菊花賞

 ──観客席にいた俺の記憶はここで途切れている。

 

 しかし意識が飛んでいたのは一瞬だった。

 感覚が復活してすぐに感じ取れた五感の全てに、俺は困惑した。

 目の前に映るのは観客席から見ていたターフでは無く、黒いオーラを纏ったマックイーンの姿。

 聞こえる音は声援では無く、走っている時にごぉうと風を切り裂く音。

 どく、どく、どくと鳴るテイオーの荒い心臓の鼓動。

 そして俺はふわふわと白い夢の中で浮かぶ感じになって、テイオーの蒼い世界の中にいた。

 間違いない、これは日本ダービーの最後の直線の時と一緒だ。

 テイオーと一心同体になるこの感覚。

 今なら分かる。これが俺たちの領域なんだ。

 

 ──行くよ! トレーナー! 

 

 ──あぁ、行こう! 

 

『残り200mで先頭メジロマックイーン! 外側からトウカイテイオー上がってきた! 差は半バ身か!』

 

 領域に入った瞬間、俺とテイオーの感覚はある程度共有される。

 けど、基本体を動かすのはテイオーだ。

 俺が出来るのは彼女の背中を押して上げることだけ。

 それだけでも、彼女には凄い力になっているみたいで加速する足が止まらない。

 押してあげてる側の俺にもテイオーから伝わる嬉しさや楽しさ。レースの辛さや体の重さがのし掛かってくる。

 だから、分かる。

 今、テイオーはレースを楽しんで走っていると。

 目からは白い光と蒼い光が漏れ出し、周りに纏うオーラは風のようになり、俺たちの背中を押している。

 

 ──蒼白の流星

 

 そう名付けるのがぴったりな領域。そんな感じがした。

 だが、相手も一筋縄で敵う相手じゃない。

 競り合う前の令嬢はステイヤーで最強。

 

「抜かせませんわよ!」

 

「抜かせてもらうもんね!」

 

 ──名優。

 そんな感じの名前がピッタリな気がする彼女の走りは、止まることを知らない。

 レースを全てを支配して、自分の思い通りにする名優。

 なんならまだ加速さえしてるような気がする。

 さぁ、残り150m。

 

 ──行けるか? テイオー! 

 

 ──ボクを誰だと思ってるのさっ! 

 

『残り150m地点で並んだ! メジロ家か! 無敗の三冠か! どちらが前に行く!?』

 

 残り150m。

 黒いオーラを纏ったメジロマックイーンと蒼白い風を纏ったトウカイテイオーが、並んで競り合いを始める。

 速度は互角。ならあとを決めるのは。

 

「勝つのはボクたちだぁぁぁぁぁ!!!」

 

『いや、並ばない! トウカイテイオー! トウカイテイオーここに来てメジロマックイーンを追い越した!』

 

 勝利への執念か。

 ここで先頭が入れ替わる。

 ほんの少し。ほんの少しだがテイオーがマックイーンより前に出た。

 競り合いによってテイオーの根性が刺激されたのか、テイオーステップのギアが更に一段階上がる音がした気がした。

 かちりと歯車がはまるような音。俺とテイオーの領域によって強化されたこれならいける──

 

「お待ち、なさい。先頭は、私の……場所ですわよ!」

 

『メジロマックイーンも来た! メジロマックイーンも伸びる! いったいどこまで二人の競り合いは続くのか!?』

 

 しかしそう一筋縄ではいかない。

 マックイーンが逃げる俺達を全力で追って来る。

 一バ身差が縮まったと思ったら次は半バ身差を追いかけられる展開になった。

 勝利への執念はどちらも変わらない。

 しかし、ここでもう一人の渇望者がやってくる。

 

『残り100mをきりました! トウカイテイオーか! メジロマックイーンか! ……!? いや、ここでレグルスナムカ突っ込んできたぁぁぁ!!!』

 

 大外からレグルスナムカが突っ走って来る。

 このうしろから感じるピリピリとした圧は。

 ごうとターフを蹴る大きな足音と共にやってくるのが分かるこの感じは。

 そしてピキッと空間が割れる音が聞こえる。これを聞くのはダービー以来か。

 

 ──次こそ、我が勝つ。

 

 間違いない。彼女も領域に入っている。

 隣から感じる「名優」とは違う圧は、一歩歩くのをやめると喰われてしまいそうな感覚。

 

 ──眠れる獅子の目覚め

 

 強大なオーラに飲み込まれそうに前に先にゴールしなければ、マックイーンもろとも消えて無くなりそうなほどだった。

 

 ──あと50m! 逃げ切るぞ、テイオー! 

 

『役者は揃いました! メジロ家の意地か!? 無敗の三冠の頂きか! それとも獅子の末脚か!?』

 

 ──証明してみせるよ、トレーナー。

 

 残り50m。

 もう50m? 違う、まだ50mもある。

 乗せろ! 俺達の全てを! 今までの練習の成果を! 

 

 ──ボク達(絶対)を証明するために! 

 

 ──メジロ家の栄光を証明するために! 

 

 ──我の強さを証明するために! 

 

 そして、俺達はゴール板を駆け抜ける。

 

『ゴォォォォル!!!』

 

 決着は一瞬でしかない。

 

~~~~~~~~

「んっ…… あれ……」

 

「おい、大丈夫か。意識でも飛んでたか?」

 

「須藤さん……? あれ、俺ターフの上で、テイオーと」

 

「何言ってるんだ? ほらもうゴールしたぞ」

 

 いつの間にか、俺は観客席に戻っていてテイオーを見下ろす形になっていた。

 隣には須藤さんが座っていて、少し心配そうに俺を見つめてくる。

 ターフの上にはテイオーが倒れていて、マックイーンは下をレグルスは上を向きながらはぁはぁと荒い息を吐いているのが見えた。

 ……戻ってきたってことか? 

 いや、それより結果は。順位は。

 

「順位なら今写真判定してるところだ。さて……どっちが勝ったかな?」

 

 写真判定。

 俺が……いや正確にはテイオーなのだが。彼女が走っている時は夢中だったから確認してなかったが、そこまで接戦だったのか。

 頼む……テイオーが勝っていてくれ。

 俺がきゅっと目を瞑り、無意識に手を合わせていると会場に大きな声が響き渡った。

 

『写真判定の結果が出ました! 菊花賞、優勝ウマ娘は……トウカイテイオーとメジロマックイーン同着です! 今ここに二人の菊花賞ウマ娘が誕生しました!』

 

「どう……ちゃく?」

 

「おいおい、マジか」

 

『三着に半バ身差レグルスナムカ。四着に一バ身半差ナイスネイチャになっています』

 

 同着ゴール。

 写真判定してもどちらが先にゴールしたか分からない時に出る判定の一つで、この場合二人とも同じ順位になる。

 それが一位の着順に適用されるということは……

 結果、二人の菊花賞ウマ娘が生まれたということになる。

 こんなことがあるのか……

 俺が判定に驚いていると、観客席からわっと轟音が上がった。

 二人のウマ娘を祝うかのように大歓声がテイオーとマックイーン、そして走り切ったウマ娘に浴びせられる。

そして倒れていたテイオーが立ち上がり三つの指を空に掲げる。三つ目の冠を取ったという意味なのだろう。

 その瞬間。会場全体が一つになった。

 俺もその流れに乗って、大きな拍手で彼女たちを称える。

 須藤さんも隣で手を叩いていると思うと、当然立ち上がり帰る準備を始めた。

 

「さて……俺は見つかる前に帰るかな。今日は面白いもん見れたよ、ありがとな」

 

「どういたしまして……?」

 

「あぁ。じゃあ、またどっかのレース場で会おうな」

 

 ネクタイを一度ぴしっと整えると、須藤さんが手をひらひらと振ってどこかに去っていった。

 見つかるって誰に見つかるというのだろうか。

 俺が首を傾げていると、ふともう一つの疑問が出てくる。

 

「なんであの人関係者席にいたんだ……?」

 

 その問いに答えてくれる人物は、もうそこにはいない。

 

~~~~~~~~

 須藤さんを見送った後、俺はテイオーを迎えに行くために地下バ道に向かっていた。

 相変わらず少し薄暗い場所でカツカツカツと足音が響く。

 まだ、誰も来ていないのか俺一人でそこを歩いているとさっきぶりの元気な声が聞こえてきた。

 

「トレーナーぁぁぁ!!!」

 

 飼い主を見つけた犬みたいに駆け足で尻尾をぶんぶんと振りながら、テイオーが俺の方に向かってきた。

 その顔は満面の笑みに溢れていて、見ている俺も嬉しくなってしまうほどだった。

 

「ただいまー! さっきぶりだね、トレーナー!」

 

「おかえり、テイオー。……って、さっきぶりって」

 

 お互いにいつも通りの挨拶をしていると、テイオーが少し意味深な発言をしてきた。

 さっきぶりとなると……もしかしてお互いに領域に入ったことを言っているのか。

 やはりあの中で会話出来ていたのは幻覚や幻聴じゃなくて、本当にあったことなのだろう。

 理屈は分からないが、現実味が無い出来事にふわふわしているとテイオーが俺の方を向いて口を開いた。

 

「それよりも~」

 

「ん?」

 

「無敗の三冠ウマ娘になったよ! トレーナー!」

 

 彼女がとった行動はその場で助走もつけずに、ぐっと沈んで俺に向かって抱き着くこと。

 一瞬の出来事にぐえっっと声が出そうになったが、なんとかテイオーを両手を広げて受け止める。

 すると、テイオーが俺の腰に手を回してぎゅーっと締め付けてきた。

 思いっ切りではないだろうが、そこそこの圧迫感を感じてしまう。

 だがそれ以上にとく、とく、とくと伝わるテイオーの心臓の鼓動と、走った直後だからなのか暖かい体温の方が勝ってそこまで気にならない。

 こう抱き着かれると恥ずかしい気もするが、不思議と悪い気はしない。

 俺はその体勢のまま、テイオーの頭にポンとポンと手のひらをおくと、耳元でそっとささやいた。

 

「お疲れ様テイオー。カッコよかったぞ」

 

「えへへ」

 

「あと……ありがとうな」

 

「どういたしまして! ボクもトレーナーに感謝だよ! ありがと! トレーナー!」

 

 お互いに感謝を言い合えるそんな関係。とても、暖かいと思う。

 テイオーが俺に抱き着くのに満足したのか、ぱっと俺から離れて前の方にぴょんと飛ぶ。

 

「いこっか! ウイニングライブもあるしね。そういえばセンターってどうなるんだろ」

 

「確かに……今回同着だもんな。……分からないな」

 

「マックイーンとじゃんけんでもしてくるかなぁ」

 

 そんな他愛も無い会話をしながら控室に戻る時間が不思議と心地よく感じた。

 俺の靴とテイオーの蹄鉄が地下バ道を蹴る音がシンクロして響き渡る。

 だが、その音が突然消えた。

 かつりと俺の音だけしか聞こえなくなり、驚いて隣を見てみるとテイオーの姿が見当たらない。

 

「テイオー?」

 

 もしかして後ろで止まっているのかと思い、振り返ってみるとそこに彼女の姿はいない。

 それどころか地下バ道の入口が無くなっており、戻ってきていた他のウマ娘の姿すらも見えない。

 

「どこだ……ここ」

 

 一本道で迷子? 

 まるで森を歩いていたら霧が深くて迷い込んでしまったような状況に困惑していると、突如目の前から誰かが歩いてくる音が聞こえた。

 怪しすぎたあまり自分の体を少し下げて逃げれるように構えていると、歩いてきた人物の顔が見えた。

 そして、その人物は俺が今まで何度も見てきていた人物……いやウマ娘だった。

 

「こちらで会うのは初めてですね。スターゲイザーよ」

 

 茶色の髪──栗毛と言われる毛を抱えて、地につくほどの長い髪を持っている。

 身長は俺より小さいが、その大きさに似つかわしくない威圧感を放っている彼女は、名前は分からないがよく俺の夢に出てくる例の少女だった。

 なんで今眠っていないのにここに。いやそれよりもここはどこなのだろうか。

 そんな疑問がいくつも脳を駆け巡り質問しようとしたが、彼女がそれよりも先に口を開いた。

 

「まずはお疲れ様でした、スターゲイザー」

 

「へ?」

 

「そしてありがとうございます。貴方を見ていて正解でしたよ」

 

 そういって彼女が妖艶に微笑んだ。

 その声は直接脳に響く感じでは無く、耳から入ってきておりしっかりと会話出来ているようだ。

 いつもとは違う状況に更に困惑していると、彼女が俺に近寄ってきてふわりと宙に浮いた。

 数センチほど地面から足が離れて、俺の頭にぽんと手をおきなでなでと頭を撫で始める。

 

「これからもまた期待していますよ。ここは気に入りましたからね」

 

 そう意味深な発言を残すと、すーっと彼女の姿が消える。

 一体どういうことなのだろうか。全く意味が分からない。

 一方的な押し付けに頭を抱えていると、白かった霧が徐々に晴れて元の世界に戻っていく感覚がした。

 

「トレーナー! ねぇちょっとトレーナー! 大丈夫!」

 

「んえっ…… あ、うん。大丈夫だ」

 

「急に立ち止まったからびっくりしたよもう!」

 

 声がした方に目を向けると、隣には心配そうな顔をしたテイオーが立っていた。

 どうやら戻って来ていたみたいで、周りの音も徐々に戻ってきている。

 心配させないようにテイオーの頭にポンと手を置くと、控室に向けて止まっていた足を動かし始めた。

 テイオーも後ろからゆっくりとついてくる。

 その歩みを揃えた時、また俺は今の現実を嚙み締めるのであった。

 

~~~~~~~~

 ウイニングライブはセンターに一人、サイドに二人というのが基本的な立ち位置だ。

 しかし同着が出たときはどうすればいいのか。それは俺もよく分っていない。

 テイオーが打ち合わせに行った後に、俺はライブを見るためにステージ近くに移動したためその内容は聞いていない。

 さて、この場合はどうなるのか……

 時間はあっという間にすぎるもので、大人しく待っているとライブの開始の時刻になってしまっていた。

 その瞬間ウイニングライブが行われるステージ上の電気がぱっと消えて、始まりの合図を告げる。

 前奏が会場内に流れ始めた途端、あれだけ盛り上がってざわざわとしていた会場内がしんと静まり返った。

 そして、端の方からレグルスナムカとナイスネイチャが入場してくる。

 しっかりとステージ衣装になっており、ライブの準備万端といったところだ。

 二人が入場した後、中央口からはいってくるウマ娘の影が二人。

 それは今回の主役の菊花賞ウマ娘。トウカイテイオーとメジロマックイーンが二人揃ってステージの上に立つ。

 

『光の速さで駆け抜ける衝動は──♪』

 

 そして始まった、クラシック三冠路線のウィニングライブソングこと「winning the soul」は今までに無いほどの盛り上がりを見せた。

 まさかのテイオーとマックイーンの同時センター。

 そして皐月賞、日本ダービーでも歌っていた曲なのだが、いつも以上の歓声とサイリウムが会場で揺れる光。

 そして観客全体が一体となるような雰囲気に俺は感動しながら、ライブを見ていた。

 俺が持っていたサイリウムを振りながら会場と一体となっていると、右肩がとんとんと叩かれた感覚がした。

 気になって振り向いていると、そこにはトレセン学園生徒会長にしてテイオーの越すべき相手──シンボリルドルフが立っていた。

 

「やぁ、スター。やっと会えたよ」

 

「ルドルフ……何か用か?」

 

「いやね、ちょっと話しておきたくて」

 

 ふふとルドルフが笑って、俺の方を向く。

 一通り微笑んだ後、彼女がきゅっと目を細めた。

 

「こちら側へようこそ。スターゲイザー、歓迎するよ」

 

「こちら側って……」

 

「まぁ深く考えなくていい。簡単に言うと時代を創ったということさ」

 

 今回の無敗の三冠ウマ娘になったということだろうか。いや、それはテイオーだし……

 俺が答えに悩んでいると、ルドルフが同じ目線で目に俺を映す。

 

「あと、おめでとう。嬉しいよ、テイオーが優勝して」

 

「どうも。良かったらテイオーにも直接言ってやってくれ」

 

「そうだね。これが終わったら言っておくさ」

 

「きっと凄い甘えてくるぞ」

 

「あはは。私は思った以上にテイオーが好きだからな。きっと甘やかしすぎてしまいそうだ」

 

 ルドルフとそんな会話をしていると、ウィニングライブもサビに差し掛かり会場の盛り上がりも最高潮になっていた。

 テイオーとマックイーンがセンターで楽しそうに生き生きと踊っている姿を見ると俺達も嬉しくなる。

 

『走れ今を、まだ終われない♪ 辿り着きたい、場所があるから♪ その先へと、進め──♪』

 

 レースを応援してくれたファンに対して感謝の意味合いを込めて行われるウィニングライブは、俺達に楽しさと嬉しさ。そして彼女たちなりの感謝の気持ちが伝わってくる。

 

「あぁ、一つ聞いておきたいのだが」

 

「なんだ?」

 

「あー、そのトレ……須藤という男を見かけなかったか?」

 

 ルドルフが俺に対してとある質問をぽそり呟きながらしてくる。

 その声は消え入りそうで、ライブの音で詳しくは聞き取れなかったが、どうやら須藤という男性を探しているそう。

 俺はその男性を知っているも何も、観客席で隣にいたから良く知っている。

 とはいえルドルフが何故彼を? 

 

「見かけたけど…… 今はもういないと思うぞ。帰るって言っていたからな」

 

「そうか…… 情報提供感謝する。なら今はこのライブを楽しもうか」

 

『果てしなく続く♪ winning the soul──♪』

 

 テイオーとマックイーンが重なった声がこの京都レース場を包み込む。

 空気が揺れて震えるほどの熱狂に、俺は今までの道のりを思い出す。

 

 初めてテイオーにあった時。

 

 レースに向けてトレーニングをした日々。

 

 公式戦で勝利を飾った時。

 

 皐月賞、日本ダービー、そして菊花賞を勝った時。

 

 彼女と二人三脚で歩んできた日々がまるで最近あった出来事のように感じる。

 俺達はようやくここまで一緒にこれたんだな……と感慨深い。

 無敗の三冠ウマ娘。

 この称号を手にした俺達は今からどこへ向かうのだろうか。

 だが、先行きの見えない未来は不思議と不安は無くワクワクだけがそこにはあった。

 さぁ、次はテイオーとどうやって「最強」を目指そうか。

 その心地よさに揺られながら、俺は菊花賞のウィニングライブを聞いていくのあった。

 そして曲のクライマックスになりテイオーたちが歌い切ると、テイオーの「あー」という声が入ってきた。

 

「みんな今日はありがとうー! ボクが無敗の三冠ウマ娘になれたのはみんなのおかげだよ!」

 

「私も菊花賞ウマ娘になれたのは皆さまの応援ありきの事ですわ。本当に感謝しています」

 

 テイオーとマックイーンがお互いに礼を言い合う。そしてぺこりと頭を下げると、テイオーがまた言葉をマイクに乗せた。

 

「ま! 今日はホントはボクが勝ってたんだけどね~ カメラではとらえきれなかったみたい!」

 

「違いますわ! 私の勝ちです。 私が一歩先でしたわ!」

 

「何を!」

 

 ギャーギャー言い始める二人組に、俺を含めた会場の空気がほっこりする。

 その後、ひとしきり言い合いが終わったのか二人がぜーぜーという音が聞こえた来た。

 そして、彼女たちがびしっと宣言をする。

 

「「決着は、有マ記念で!」」

 

 かくして。トウカイテイオーとメジロマックイーンの決着は年末の有マ記念で行うことになった。

 俺もその言葉を聞いてまた新たに気が引き締る思いをしたのであった。

 

~~~~~~~~

 菊花賞が終わり、また忙しい日々が戻ってきた。

 俺はテイオーに対するインタビューの処理や、新しいトレーニングや目標レースを決めるために少し遅くまで仕事をしていた。

 時間が深夜の十二時を回ろうとしていたが、俺の仕事は終わらない。

 辛いかと聞かれるとそういうことはあまりなく、それよりもテイオーに対してのモチベーションがぐぐんとあがりあまり疲れを感じていないほどだ。

 とはいえ、無意識に疲労は溜まる。

 俺は一旦PCから手を離して、ぐっと自分の腰を伸ばす。

 かちかちと時計が回る音だけが俺の自室に響く。

 今頃テイオーはしっかり眠ったかな。明日テイオーとミーティングして今後の目標について話し合わなければ──

 すると、()()()()()()とドアのノックが三回なった。

 何だ……こんな夜中に一体誰が……

 

 いや待て。今ドアのノックが「三回」鳴らなかったか? 

 まさか。いやそんなはずはない、あの癖は俺の……

 こんな所にいる訳が……

 

 恐る恐るドアに近づきかちゃりとゆっくりとドアを開けるとそこには一人のウマ娘が制服姿で立っていた。

 黒髪の──いわゆる青鹿毛と呼ばれる長髪をゆったりと流し、頭に白いアホ毛がちょこんと生えている。

 すらっとしたプロポーションに、真っ黒に染まった尻尾。

 見間違えようが無い。見間違えるわけがない。

 だって彼女は。

 

「久しぶりですね……姉さん」

 

 俺の妹──マンハッタンカフェが黒い髪をふわりと揺らしながら、俺の目の前に立っているのを見て。

 俺は心臓がきゅっと締まるのを自覚したのであった。

 




こんにちはちみー(挨拶)
これにてテイオーの菊花賞編は終了……ではなく、別視点からのお話がもう少しだけ続きます。
お楽しみください。

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【掲示板】今年の菊花賞について語るスレ【ウマ娘】

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 今年の菊花賞を実況するスレ

        1000コメント      563KB

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1:名無しのウマ尻尾 ID:TPNznG2Rk

今年も菊花賞が来るぞ!

 

4:名無しのウマ尻尾 ID:PTWj+uTlM

スレ立て乙やで

 

5:名無しのウマ尻尾 ID:6TRMiIKoF

今年の菊花賞は熱すぎる

 

7:名無しのウマ尻尾 ID:UPAwNd68T

これは大盛り上がり間違いなし

 

9:名無しのウマ尻尾 ID:L51Dw/3uo

ニュースでも連日放送しまくりだもんな

 

12:名無しのウマ尻尾 ID:f6KpOyKkY

これには出走ウマ娘全部覚える勢い

 

15:名無しのウマ尻尾 ID:QXrhOskUS

今日のために休み取ってしまった

 

18:名無しのウマ尻尾 ID:E9Gbl+D/l

ワイもやで

 

21:名無しのウマ尻尾 ID:D80D6r9Ad

>>15 あれ今日休日……

 

22:名無しのウマ尻尾 ID:duwStO0Do

>>21 マジレス警察だ!

 

24:名無しのウマ尻尾 ID:DMNXKIfeM

ミッ!

 

26:名無しのウマ尻尾 ID:AIP6aBJqx

さてみんなはどのウマ娘が一着予想? ワイは勿論トウカイテイオー

 

28:名無しのウマ尻尾 ID:Fzr2xA1C9

メジロマックイーン

 

31:名無しのウマ尻尾 ID:tDfbB7+lP

トウカイテイオー

 

32:名無しのウマ尻尾 ID:iAenhwRP5

レグルスナムカ

 

35:名無しのウマ尻尾 ID:0mYpCK0rm

メジロでしょ

 

37:名無しのウマ尻尾 ID:uF0yrP8PL

サクラコンゴオー……

 

39:名無しのウマ尻尾 ID:wpHocMwKc

割と分かれてるけどやっぱテイオーが多いな……

 

42:名無しのウマ尻尾 ID:TD4AnAVCj

そら一番人気ですしおすし

 

44:名無しのウマ尻尾 ID:j4ki3Pqzd

最近メジロ箱推しになってしまったのでメジロマックイーン応援してる

 

45:名無しのウマ尻尾 ID:TBvm1PJQM

>>44 メジロいいよね 分かるよ

 

48:名無しのウマ尻尾 ID:6Edsp6v3Y

今までの情報だとテとマが先行だから競り合いが注目されるな

 

49:名無しのウマ尻尾 ID:4VUULCuJE

競り合いってめっちゃ疲れそう

 

52:名無しのウマ尻尾 ID:EvAg2OwGk

場所争いやしなぁ 大変そう

 

55:名無しのウマ尻尾 ID:KbbDOOTkf

菊花賞長いしな

 

57:名無しのウマ尻尾 ID:QPnVhPGz4

3000m! 3キロ! 長スギィ!

 

59:名無しのウマ尻尾 ID:ynCPeFlVy

こんなん走らされたらブルッちゃうよ(成人男性感)

 

60:名無しのウマ尻尾 ID:lY6KT6QcY

ウマ娘ってやっぱりやべぇわ

 

62:名無しのウマ尻尾 ID:w8Z+UzowT

あと今回は淀の坂あるしな

 

65:名無しのウマ尻尾 ID:mG1wh5Jhw

>>62 なんやそれ

 

68:名無しのウマ尻尾 ID:cPE3D/A/b

淀の坂知らないマンか!?

 

69:名無しのウマ尻尾 ID:7lfGxiCIb

それくらい自分で調べろよ

因みに京都レース場にある高低差4.3mもあるくっそ高い坂の事や 参考にしてくれよな

 

71:名無しのウマ尻尾 ID:XI/4LXNnQ

>>69 ツンデレ兄貴……

 

73:名無しのウマ尻尾 ID:vdLH/Yqfu

可愛い

 

74:名無しのウマ尻尾 ID:Qzw9Vivjf

カワイイ

 

75:名無しのウマ尻尾 ID:FVcRjck6E

かわいい

 

76:名無しのウマ尻尾 ID:hEbQ5KhGM

まぁやばい坂があるくらいの感覚でええで

 

79:名無しのウマ尻尾 ID:o/BHN7N1R

ワイがウマ娘だったとしても登りたくねぇなぁそれ

 

~~~~~~~~

100:名無しのウマ尻尾 ID:tWStyWHsZ

パドック入場が始まるぞっ

 

101:名無しのウマ尻尾 ID:zfZDOwQo6

ワクワクしてきた

 

102:名無しのウマ尻尾 ID:1wyrTT4Nz

トウカイテイオーきた!

 

105:名無しのウマ尻尾 ID:guKGed829

きゃー!

 

107:名無しのウマ尻尾 ID:nGnx6XezR

なんか実況の人やたら気合入ってない?

 

109:名無しのウマ尻尾 ID:OYQy0OvKk

そらそうよ

 

111:名無しのウマ尻尾 ID:NwhuP40y5

ここで勝てば無敗の三冠ってすげぇな……

 

114:名無しのウマ尻尾 ID:pziSQMxCr

これ勝ったら誰以来?

 

116:名無しのウマ尻尾 ID:GgS8hhxZZ

>>114 シンボリルドルフ

 

119:名無しのウマ尻尾 ID:8JzUpKGnd

最強バじゃん

 

121:名無しのウマ尻尾 ID:YTDL1rDsZ

トウカイテイオーも最強バになってほしいな……

 

122:名無しのウマ尻尾 ID:ikezpwLyG

次レグルスナムカ

 

123:名無しのウマ尻尾 ID:/G54IZdqZ

いい集中力ですね

 

124:名無しのウマ尻尾 ID:b8asoGGaE

目ん玉ギラギラしてる

 

125:名無しのウマ尻尾 ID:ANqmLQiKT

やだ……目が怖いわよ

 

128:名無しのウマ尻尾 ID:r1TtVryNS

なんかステージ降りたら、トウカイテイオーと話してない?

 

129:名無しのウマ尻尾 ID:HC0wHXbJc

あら~

 

131:名無しのウマ尻尾 ID:GUrAk3mwJ

そんな空気じゃないんですがそれは

 

132:名無しのウマ尻尾 ID:H4X5IihCG

メジロマックイーンきちゃ

 

134:名無しのウマ尻尾 ID:NzTc4E2NC

うおっ

 

137:名無しのウマ尻尾 ID:jSrlN4F1G

ワッ……!

 

138:名無しのウマ尻尾 ID:AqFye3cor

凄い気迫

 

139:名無しのウマ尻尾 ID:nURzY7wj+

これはもしかしてもしかするかもしれませんよ?

 

142:名無しのウマ尻尾 ID:DBdRRxge2

見た中で一番強そう

 

143:名無しのウマ尻尾 ID:fQxK0Zr26

メジロ家パワー……

 

146:名無しのウマ尻尾 ID:TCzfWx2E6

ナイスネイチャ来た

 

147:名無しのウマ尻尾 ID:RYnG7Vata

可愛い

 

149:名無しのウマ尻尾 ID:C+Cym+/FY

手のひら振ってくれてる

 

151:名無しのウマ尻尾 ID:VWgDq6Yy5

うおっ急にきりっとした

 

152:名無しのウマ尻尾 ID:Qd6Jnio1B

ちょっとびっくりした

 

154:名無しのウマ尻尾 ID:31+SQha9N

でももふもふかわいいな

 

157:名無しのウマ尻尾 ID:iZFSvj+Vy

パドック見てるけど何も分からん ウマ娘かわいい

 

159:名無しのウマ尻尾 ID:nMSsi8V+Z

>>157 大丈夫や、ワイも分からん

 

162:名無しのウマ尻尾 ID:8KogedYw/

プロはなにを見て判断しているのだろう

 

163:名無しのウマ尻尾 ID:9YrfrPXlr

そらプロはプロやしなぁ

 

164:名無しのウマ尻尾 ID:QGV9xh0qU

素人ワイらは応援するだけで精一杯や

~~~~~~~~

250:名無しのウマ尻尾 ID:EcYJTavgt

さぁゲートイン完了です

 

251:名無しのウマ尻尾 ID:L8FE9tfQM

出走準備が整いました

 

252:名無しのウマ尻尾 ID:hQ7fUCciI

スタートです!

 

254:名無しのウマ尻尾 ID:GqzfhAm1v

出遅れ無しかな

 

256:名無しのウマ尻尾 ID:2H3OvhoCC

ん?

 

257:名無しのウマ尻尾 ID:Y7WO/mQH0

は?

 

258:名無しのウマ尻尾 ID:xs4Hwg4i8

え?

 

259:名無しのウマ尻尾 ID:7EHuNrd4c

テイオー出遅れしてるやんけ!!!

 

261:名無しのウマ尻尾 ID:u+6pBFj24

え? まさかの追い込み?

 

262:名無しのウマ尻尾 ID:p2TWpZuAR

そんなことある?

 

265:名無しのウマ尻尾 ID:3li8L/ukN

分からん なんも分からん

 

266:名無しのウマ尻尾 ID:v2ljjN4sL

先行がいきなり追い込みになるのか……

 

269:名無しのウマ尻尾 ID:pMRPuKydC

これで勝ったら意味分からんな

 

270:名無しのウマ尻尾 ID:qrEdnRf3N

メジロマックイーンは先行か

 

271:名無しのウマ尻尾 ID:2tyZTaDqt

レグルスナムカも先行やな

 

274:名無しのウマ尻尾 ID:xy16FGfxG

正面スタンドはいりまーす

 

275:名無しのウマ尻尾 ID:S6UbPn9iE

うおっ、凄い歓声

 

278:名無しのウマ尻尾 ID:0GH9ucjtg

現地行きたかった……

 

281:名無しのウマ尻尾 ID:ban7RIOYE

クジ運無いといけないから仕方ないね

 

284:名無しのウマ尻尾 ID:UdQLOXZZb

天井を設置しろ

 

285:名無しのウマ尻尾 ID:mNgOKB1oD

>>284 ソシャゲか?

 

286:名無しのウマ尻尾 ID:SNuuVY/4b

逃げ2人くらい…… 先行多くね?

 

287:名無しのウマ尻尾 ID:4dIXTiISW

もしかして、先行を避けるためわざとテイオー遅れたって……コト!?

 

288:名無しのウマ尻尾 ID:OknfxCl2R

まじ?

 

290:名無しのウマ尻尾 ID:M5nWFzR5b

指示したトレーナーやばすぎだろw

 

291:名無しのウマ尻尾 ID:1A4jICjTz

スターちゃんすげぇな

 

292:名無しのウマ尻尾 ID:0z1b0HrVW

>>291 スターちゃん?

 

294:名無しのウマ尻尾 ID:673Ffwem7

スレ民のテイオーのトレーナーの名前 なお仮称

 

295:名無しのウマ尻尾 ID:6Jf6cYHYz

妄想かい

 

298:名無しのウマ尻尾 ID:AjW+KGqQK

スターちゃんはロリっ子白髪美少女ウマ娘トレーナーなんだぞ!

 

301:名無しのウマ尻尾 ID:OkajKCks5

属性多すぎな

 

302:名無しのウマ尻尾 ID:BMTg5Pxgg

それはそれとして これがマジだったらトレーナーもトウカイテイオーもよくやるわ

 

303:名無しのウマ尻尾 ID:75vBJ1hA9

第二コーナー通過しまーす

 

305:名無しのウマ尻尾 ID:Ko4vUjNd9

トウカイテイオー動いたな

 

308:名無しのウマ尻尾 ID:55GqIfc3q

ちょっとナイスネイチャも動いた?

 

311:名無しのウマ尻尾 ID:nPRm21Z1v

仕掛け所さん!?

 

313:名無しのウマ尻尾 ID:5j6Zreseq

坂が来るぞ

 

314:名無しのウマ尻尾 ID:6lcozCfXA

二回目の坂きつそう

 

316:名無しのウマ尻尾 ID:1JnX5KRCU

なんでスタート地点は坂にあるんですか?

 

317:名無しのウマ尻尾 ID:JgmgKwpMs

知らん 設計者に聞いてくれ

 

318:名無しのウマ尻尾 ID:r5RhXGvoe

このレース場作ったやつバカだろ……

 

321:名無しのウマ尻尾 ID:i+jfCWtgL

設計者「ここに坂置いたら面白いやろなぁ」

 

322:名無しのウマ尻尾 ID:16v+NWyAH

うーん、ぐうちく

 

324:名無しのウマ尻尾 ID:lI8HYSJ1l

坂登ってるウマ娘きつそう

 

327:名無しのウマ尻尾 ID:VOpKTnGls

スピード落ちてるもんな

 

330:名無しのウマ尻尾 ID:4Ap1uEZtf

なんかトウカイテイオー加速してね?

 

333:名無しのウマ尻尾 ID:FOCR/r9+d

抜かしてるな……

 

336:名無しのウマ尻尾 ID:/n5DWwbZ6

違う! これはトウカイテイオーが加速したんじゃない!

他のウマ娘のスピードが遅くなっているのだ!

 

339:名無しのウマ尻尾 ID:DU73Rulsb

そうなのか……

 

341:名無しのウマ尻尾 ID:kZpJjgPMT

下り坂はいりまーす

 

342:名無しのウマ尻尾 ID:iQTwUiX5Q

普通にトウカイテイオー加速して草

 

345:名無しのウマ尻尾 ID:SaS3RZg+O

えぇ……

 

348:名無しのウマ尻尾 ID:HaYn2E89B

ロングスパートか

 

349:名無しのウマ尻尾 ID:l+396NxFA

うっそん

 

352:名無しのウマ尻尾 ID:AKwfgY7GS

お、メジロマックイーンも加速した。

 

353:名無しのウマ尻尾 ID:1KVaj0cAz

ロングスパートすぎない?

 

355:名無しのウマ尻尾 ID:NxWCLgzJL

なんだこれ

 

356:名無しのウマ尻尾 ID:RVxYP+C8O

スタミナ自信ウ(マ)ーマンしかおらんのかこの菊花賞は

 

359:名無しのウマ尻尾 ID:GQLxg9I5M

>>356 誰が少し上手いこといえと

 

362:名無しのウマ尻尾 ID:5w6cw/TLV

さぁ面白くなってまいりました!

 

363:名無しのウマ尻尾 ID:qY7ERkpRU

残り400m!

 

364:名無しのウマ尻尾 ID:zVMuxfDuM

メジロマックイーン先頭!

 

367:名無しのウマ尻尾 ID:4wCl2MFiT

トウカイテイオー二番目か レグルスナムカがその後ろやな

 

368:名無しのウマ尻尾 ID:Zy5SxLSfX

行け行け頑張れ

 

371:名無しのウマ尻尾 ID:7R/DQScyH

これはトウカイテイオーきついか?

 

374:名無しのウマ尻尾 ID:XeSQ3xgZ4

ロングスパートしてたしなぁ

 

377:名無しのウマ尻尾 ID:DNgFFyZog

ま、まだ200mあるし

 

379:名無しのウマ尻尾 ID:SMCXrldg6

お?

 

382:名無しのウマ尻尾 ID:hMVLCQBQA

ん?

 

383:名無しのウマ尻尾 ID:SZSo2tv3y

は?

 

384:名無しのウマ尻尾 ID:8IGRX5gs9

トウカイテイオー加速www

 

387:名無しのウマ尻尾 ID:XXXmGauDN

えぇ……

 

388:名無しのウマ尻尾 ID:IL9UA+HGW

なんだこのウマ娘!?

 

390:名無しのウマ尻尾 ID:OXJDNftXY

並んだ並んだ並んだ

 

391:名無しのウマ尻尾 ID:zWa9AvVIt

抜かせ!差せ!

 

392:名無しのウマ尻尾 ID:Cyr53xzYG

いけいけいけ!

 

395:名無しのウマ尻尾 ID:FQi+iiOPY

追 い 越 し た

 

398:名無しのウマ尻尾 ID:sUljtzRXV

やばいこの菊花賞

 

401:名無しのウマ尻尾 ID:5KO9ML6TL

アッツイ!

 

404:名無しのウマ尻尾 ID:nw1rOzxS7

これは決まりか?

 

405:名無しのウマ尻尾 ID:ijMTReptZ

【速報】メジロマックイーンさん、再加速する

 

407:名無しのウマ尻尾 ID:B4Myp0vuW

なんだこれ

 

410:名無しのウマ尻尾 ID:rffsqBUZ6

 

412:名無しのウマ尻尾 ID:YVrCbe5mm

あーもうめちゃくちゃだよ

 

414:名無しのウマ尻尾 ID:KY7vvm9w6

なんで伸びるんですか?

 

416:名無しのウマ尻尾 ID:AIwJsDY6J

意地……ですかね

 

419:名無しのウマ尻尾 ID:/WFoNxDLk

お?

 

421:名無しのウマ尻尾 ID:7cz1Wg4dF

レグルスナムカ来ちゃぁ!

 

423:名無しのウマ尻尾 ID:5THzrb7Gc

凄い末脚で来てる

 

426:名無しのウマ尻尾 ID:e5dCl+ZXS

三つ巴やんけ

 

427:名無しのウマ尻尾 ID:8gulowGrM

あと50m!!!

 

429:名無しのウマ尻尾 ID:wEIdyyLV4

頑張れ!

 

431:名無しのウマ尻尾 ID:c3nthhj6R

いけっ!いけっ!

 

434:名無しのウマ尻尾 ID:rafmiqRWX

ゴーーーーール!!!!!

 

437:名無しのウマ尻尾 ID:jwr7p7r7H

誰!?

 

438:名無しのウマ尻尾 ID:1BxlrH+S4

どっちが勝った!?

 

440:名無しのウマ尻尾 ID:WIXZdW8r4

これ写真や

 

441:名無しのウマ尻尾 ID:dAh3EARXH

三着はレグルスナムカ……?

 

442:名無しのウマ尻尾 ID:t+9bcKjEJ

多分 あとは一着二着

 

445:名無しのウマ尻尾 ID:SCkCpsURF

メジロマックイーンかトウカイテイオーか

 

446:名無しのウマ尻尾 ID:1XmFYGmt+

頼む…… トウカイテイオー

 

449:名無しのウマ尻尾 ID:Jp+MT2DR4

メジロマックイーンもお忘れなく!

 

450:名無しのウマ尻尾 ID:QqhR+97Fz

長くね?

 

453:名無しのウマ尻尾 ID:ulnKSTZ+S

すみませんスレ民ですけど~ まーだ時間かかりそうですかね

 

456:名無しのウマ尻尾 ID:7G6MJRDeM

何やってんだあいつら……

 

458:名無しのウマ尻尾 ID:3OJ8bqnaL

出た

 

460:名無しのウマ尻尾 ID:Ofvsr7SPZ

はい

 

462:名無しのウマ尻尾 ID:AhktNpvAZ

同着!?

 

463:名無しのウマ尻尾 ID:Hxlm6veQ6

どうちゃく!?!?!?

 

466:名無しのウマ尻尾 ID:q9Zp8R9qR

???????

 

468:名無しのウマ尻尾 ID:1n8BCekI7

KUSA

 

471:名無しのウマ尻尾 ID:49pxKg+Fn

そんなことあるんだ

 

473:名無しのウマ尻尾 ID:cpm4zkkGF

普通は無いんだよなぁ

 

474:名無しのウマ尻尾 ID:pFJPEA8Af

つまり菊花賞ウマ娘は今年二人?

 

475:名無しのウマ尻尾 ID:O1dZ73SgK

>>474 そうなる

 

477:名無しのウマ尻尾 ID:6oSoQVykX

すげぇ

 

480:名無しのウマ尻尾 ID:lx7cy+/U8

歴史を目撃してしまった……

 

483:名無しのウマ尻尾 ID:Dh8DtQgwl

無敗の三冠ウマ娘も誕生したし

 

486:名無しのウマ尻尾 ID:e+gSyz/em

ホンマやん

 

487:名無しのウマ尻尾 ID:ZwaIlH173

やべぇよやべぇよ

 

488:名無しのウマ尻尾 ID:hLhc0NIYJ

これには神様もにっこり

 

490:名無しのウマ尻尾 ID:M4I7QpCYi

こんなんすげぇ

 

493:名無しのウマ尻尾 ID:TutDcyrrk

いい時代に生まれたわ……

 

~~~~~~~~

990:名無しのウマ尻尾 ID:sVP/e2BDu

ウィニングライブもよかったな……

 

991:名無しのウマ尻尾 ID:l3y4NKz+2

Wセンターとは恐れいった

 

992:名無しのウマ尻尾 ID:pePU/x5af

永久保存版

 

995:名無しのウマ尻尾 ID:k2lFxDSX3

後で見返さなきゃ

 

996:名無しのウマ尻尾 ID:6jhgzo2cd

まだまだ終わりそうにねぇ! 次スレイクゾ!

 

999:名無しのウマ尻尾 ID:jWEDZwL2A

こんなん一晩中語れるわ

 

1000:名無しのウマ尻尾 ID:p4RBuxwE4

これからの歴史の動きに注目だな!

 

 

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皇帝はかく語りき

「いけっ……テイオー」

 

 ぽつりと呟いた声が屋内にある観客席内で響き渡る。

 場所は京都レース場のとある関係者席──トレセン学園のお偉いさん方が座る場所に彼女達はいた。

 頭の上に三日月の流星を携えた彼女こそがトレセン学園生徒会長シンボリルドルフだ。

 更にそこに同じ生徒会のメンバーであるエアグルーヴとナリタブライアンも座っていた。

 彼女達はトレセン学園のある府中からはるばるこの京都レース場にまで訪れたのだ。

 勿論目的は視察──というのもあるが、応援も彼女達の目的の一つだった。

 なによりよく生徒会室を訪れては、元気を届けてくれるトウカイテイオーの三冠が掛かっているレースでもある。

 生徒会メンバーが応援するのも納得の事だろう。

 

「ふむ……テイオーの奴、領域に入ったのか。これは喰いがいがある」

 

「ブライアン! 貴様は言い方に気を付けろ!」

 

 ナリタブライアンが自分では無意識の内に言ったことに、エアグルーヴから注意を受ける。

 ナリタブライアンは常に飢えているというのもあり、強者を見つけるとすぐに飛びついてしまうところがあるのだ。

 それを理解していない生徒会メンバーでは無かったが、言い方を注意するくらいはエアグルーヴの役目でもあるだろう。

 

「はは。ブライアン、やっとテイオーのことを認めたかい?」

 

「ふん…… やっと喰いごたえがあるところまで成長した。それだけだ」

 

「全く…… 君は素直じゃないな」

 

 顔を少しぷいっと向けながらナリタブライアンがそう発言する。

 シンボリルドルフがその発言に苦笑しつつターフを見下ろすと、トウカイテイオーが三本の指を天高く掲げているのが見えた。

 三冠を取ったというポーズであることを認識したシンボリルドルフは、思わず笑みがこぼれる。

 

「さて……菊花賞ウマ娘二人の誕生か。これは忙しくなるぞエアグルーヴ、ブライアン」

 

「えぇ、会長。私達もいっそう気合をいれなければ」

 

 そう新たに彼女達が気合いを入れていると、ナリタブライアンがシンボリルドルフにぽそりと一言呟いた。

 

「ルドルフ…… お前はそれでいいのか」

 

「どういうことだい? ブライアン」

 

 これに関しては本当にブライアンの言っている意味をシンボリルドルフは理解できなかった。

 呆れたように言葉を放ったナリタブライアンに彼女が首を傾げていると、エアグルーヴの耳が警戒心からかぴくりと動く。

 それ以上言葉を紡ぐなとエアグルーヴがナリタブライアンに視線を送るが、それでも彼女は止まらなかった。

 

「トウカイテイオーは無敗の三冠を取ったぞ。前までの貴様だったら微笑んでいなかった。もっと獰猛な笑みを浮かべていたはずだ」

 

「ブライアン! 貴様!」

 

「今のお前には闘志が無い。まるで空虚なレースを走っているみたいだ」

 

「はは……手痛い忠告だな。ブライアン」

 

 シンボリルドルフがそっと顔を下に伏せながらナリタブライアンから目線を逸らす。

 目線を逸らした先には、トウカイテイオーとメジロマックイーンを称える歓声が上がっていた。

 そのキラキラとした光景に目をシンボリルドルフが細めていると、ナリタブライアンがかつかつと力強い足音を出しながら、彼女に近づいて来た。

 すると、ナリタブライアンがシンボリルドルフの胸倉をぐいっと掴むと目線を無理やりこっちに向けた。

 

「こっちを見ろ! シンボリルドルフ! 貴様の目は死んでいるのか!」

 

「なっ、ブライアン。何をしている!」

 

 エアグルーヴが驚いて取っ組み合った彼女達に近づこうとするが、シンボリルドルフが手だけでエアグルーヴに対して待てと合図を送る。

 そしてそのままの体勢でナリタブライアンに向き合った。

 

「誰が……死んでるってブライアン?」

 

 きっと目を光らせて彼女はナリタブライアンの事を睨むが、はっと口から溜息を漏らされる。

 そしてナリタブライアンが胸元を掴む力を強めると、彼女に対して強い言葉を投げかけた。

 

「今の貴様は死んでいる! 腐ったような目をして、帰るかも分からないトレーナーを待っている! それでいいのか!?」

 

「ブライアン……」

 

 実際、シンボリルドルフは常に死んだような目をしていた。

 トレーナー。

 その言葉を出された瞬間に、彼女の目が揺れ動き悲しい目になる。

 そしてその目は観客席に向けられて、彼女の目が明るい光に押しつぶされ──

 

「トレー……ナー……君?」

 

「会長!?」

 

 瞬間。

 ナリタブライアンが掴んでいた手を思いっきり叩くと、シンボリルドルフの浮いていた体が宙から落下する。

 そして、そのまま屋内の関係者席のドアを思いっきり開けると、彼女は外に飛び出していった。

 

「くそっ……」

 

「やりすぎだ! 貴様!」

 

「うるさいぞ…… こうでもしないと奴は立ち直れん……」

 

「それは…… そうかもしないが……」

 

 ナリタブライアンは出ていったシンボリルドルフを追いかけずに、その場で胡坐をかいて座り込んでしまった。

 無敗の三冠バ。現役最強と言われたシンボリルドルフは今はもういないのだと、ナリタブライアンは悲しい目でシンボリルドルフが辿った道を眺めた。

 エアグルーヴもそれに関しては思う事があったのか。彼女は強い言葉を言えずに、ナリタブライアンを見ていたのであった。

 

~~~~~~~~

「はぁ…… はぁ……」

 

 シンボリルドルフが走って向かったのは屋外の観客席のとある場所。

 彼女は上でナリタブライアンに胸ぐらを掴まれていた時に、見えたのだ。自分のトレーナーが。

 彼女のトレーナーは別に死んだわけではない。

 とある日、ぽつんと彼女をトレセン学園に残して消えたのだ。

 ──いつか帰るから、とだけ手紙を残して。

 その日からシンボリルドルフはおかしくなり始めた……いや一つのねじが取れたように動かなくなったのだ。

 トレーニングは他のトレーナーが見てくれることになったのだが、最低限こなして最高の結果を残して終わる。まるで機械のように最低限を最高率でこなすだけ。

 代わりに生徒会の仕事で生徒会室に籠る事が多くなった。それは、自分の穴を埋めるかのようだった。

 そこに現れたのがトウカイテイオーだ。

 自慢の明るさでちょこちょこと飛び回る姿はシンボリルドルフに元気を与えた。

 そして、トウカイテイオーはシンボリルドルフの闘志にも火をつけた。

 トウカイテイオーの「センセンフコク」に対してしっかりと返事をした彼女は、確かにいつも以上にトレーニングをするようになった。

 だが、彼女の目はずっと──死んだままだった。

 

「どこだ…… トレーナー君」

 

 ──ちらっとしか見えなかったが、私が見間違えるわけがない。あれは、トレーナー君だった。

 

 一瞬だけ確認したのは、屋外の観客席。彼女はそこで座っている帽子を被っていても

 白毛が目立つスターゲイザーと、自分のトレーナーが一緒にいたのを確認した。

 だがこの大勢の中、下に降りて人探しなどウマ娘の能力をいかしても無茶に近い。

 それはシンボリルドルフ自身も理解はしていたが、体が勝手に動いてしまったのだから仕方のない事だったのだ。

 そして結局、シンボリルドルフのトレーナーは観客の大歓声と人混みの中に消えてなくなった。

 

~~~~~~~~

 その夜──具体的に言うと、菊花賞のウィニングライブの時。

 シンボリルドルフは後ろからでも目立つスターゲイザーを探してライブの席をうろうろとしていた。

 スターゲイザーを探す理由はただ一つ。自分のトレーナーを探すためなのだが、それを最初から話すのも失礼だろうと考えた彼女は、スターゲイザーを見つけるととんとんと肩を叩いて口を開いた。

 

「やぁ、スター。やっと会えたよ」

 

「ルドルフ……何か用か?」

 

「いやね、ちょっと話しておきたくて」

 

 ふふと柔和な笑みをうかべるように彼女に話しかけ、なるべく警戒心を与えないようにする。

 そして、目を細めるとこう発言した。

 

「こちら側へようこそ。スターゲイザー、歓迎するよ」

 

「こちら側って……」

 

「まぁ深く考えなくていい。簡単に言うと時代を創ったということさ」

 

 領域に入ったウマ娘は時代を創る──と言われている。そのことを話した彼女だったが、スターゲイザー自身はあまり自覚をしていないようだ。

 そう、シンボリルドルフは見抜いていた。

 スターゲイザー自身も領域に入り、テイオーと一緒に走っていたことに。

 例え今走っていなかったとしても、皇帝と呼ばれていた目は健在だった。

 シンボリルドルフ自身気付いたのはたまたまに近かったため、他に見抜いている人なんて少なそうだがと感じていた。

 

 ──それこそ私のトレーナー君くらいか……

 

 それを踏まえての言葉だったのだが、スターゲイザーは「はて?」と首を傾げたような仕草を取る。

 それを見てもう一度目を見ると、スターゲイザーに対して彼女はお礼とも取れる発言をした。

 

「あと、おめでとう。嬉しいよ、テイオーが優勝して」

 

「どうも。良かったらテイオーにも直接言ってやってくれ」

 

「そうだね。これが終わったら言っておくさ」

 

「きっと凄い甘えてくるぞ」

 

「あはは。私は思った以上にテイオーが好きだからな。きっと甘やかしすぎてしまいそうだ」

 

 これに関しては彼女の本音だ。

 トウカイテイオーが好きでなんやかんやえこひいきして甘やかしてしまうことは、彼女自身自覚していた。

 だがそれが彼女は心地よく、シンボリルドルフとして尊敬されているのが分かった以上。無下にするわけにもいかない。

 トウカイテイオーとメジロマックイーンたちがステージ上で踊っているのを見て、彼女は走っていた者から感じ取れる喜びや感謝の気持ちを受け取っていた。

 その時にふとシンボリルドルフは思う。

 

 ──はて、私がウィニングライブをした時はどうだったかな。

 

 と。

 その気持の根幹にもあたる原因──本題をシンボリルドルフはスターゲイザーに尋ねた。

 

「あぁ、一つ聞いておきたいのだが」

 

「なんだ?」

 

「あー、そのトレ……須藤という男を見かけなかったか?」

 

 自分のトレーナーの行方を消え入りそうな声で呟く。

 その姿は縮こまり、皇帝とはほど遠い姿で一介の少女に過ぎなかった。

 が、そこまでスターゲイザーは気付かず自分の見かけた情報を素直に話す。

 

「見かけたけど…… 今はもういないと思うぞ。帰るって言っていたからな」

 

「そうか…… 情報提供感謝する。なら今はこのライブを楽しもうか」

 

 現実は無情である。そうシンボリルドルフは感じた。

 彼女自身思った以上にショックを受けていることに驚きつつ、もう半分耳に入っていなかったウィニングライブを聞いていると、トウカイテイオーが「あー」とマイクに声を乗せているのが聞こえてきた。

 

「みんな今日はありがとうー! ボクが無敗の三冠ウマ娘になれたのはみんなのおかげだよ!」

 

「私も菊花賞ウマ娘になれたのは皆さまの応援ありきの事ですわ。本当に感謝しています」

 

「ま! 今日はホントはボクが勝ってたんだけどね~ カメラではとらえきれなかったみたい!」

 

「違いますわ! 私の勝ちです。 私が一歩先でしたわ!」

 

「何を!」

 

 ギャーギャーと可愛く言い合う声が会場内に響き渡る。

 それを見たシンボリルドルフはまるで太陽を見るかのように目を細めてこう思った。

 

 ──眩しいな。

 トウカイテイオーもメジロマックイーンもレグルスナムカもナイスネイチャも、そして隣にいるスターゲイザーも。みな「今」を生きている。

 それに比べて私はどうだ。

 私は「過去」に囚われている。

 このままだといけないのは分かっている。だが、これ以上に何もすることが出来ないのだ。

 

 と。

 静かに息を吐きつつ、ステージ上を見ると彼女達の言い合いが終わりマイクに向かってとある宣言をした。

 

「「決着は、有マ記念で!」」

 

 そうトウカイテイオーとメジロマックイーンが言うと、会場内が更に盛り上がって期待の声があがる。

 スターゲイザーも気が引き締まった顔で次に向けて進もうとしている顔をしていた。

 その場でただ一人後ろを見ていたのは──シンボリルドルフ、ただ一人だったのかもしれない。

 




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師の集い

「うっしゃ見たかオグリ! クリーク!」

 

 菊花賞が行われた京都レース場に響き渡る、小さな体から発せられた元気な声。

 その葦毛の少女は嬉しそうにぴょんぴょんとその場で跳ねる勢いでガッツポーズをしていた。

 今声を上げた少女はトレセン学園に所属しているウマ娘のタマモクロスというウマ娘。

 そして彼女の隣にいるウマ娘も同じくトレセン学園に所属しているウマ娘で、タマモクロスの親友でありライバル。オグリキャップとスーパークリークだ。

 その三人のウマ娘がどうしてこの京都レース場にいるかというと、ただ菊花賞を見に来たというだけでなく、それぞれの弟子の応援をしにきたのである。

 そう、タマモクロスにはトウカイテイオーが。オグリキャップにはナイスネイチャが。スーパークリークにはメジロマックイーンが。

 それぞれが師匠と弟子の関係になっており、夏ごろからお互いに能力を高めあっていた。

 そのため優勝したトウカイテイオーを見て、その師匠であるタマモクロスが喜んでいたということになる。

 

「あらあら~ マックちゃんも勝ちましたよ~ 私も嬉しいです」

 

「ネイチャは……惜しかった」

 

 そういって微笑みながらマックイーンの勝利を喜んだスーパークリークとは対象に少し悔しそうに言葉を吐くオグリキャップ。

 教える側としてオグリも感じることがあるんやなと思ったタマモクロスは、話題を少し逸らすために自分の中で気になっていたことをスーパークリークに訊ねた。

 

「つか……クリーク。マックイーンに領域についてなんて教えたんや? あの入り方普通じゃなかったで」

 

「そのことですか。簡単ですよ~? 領域に入れるまで練習しました~ それだけです~」

 

「なっ、なんて無茶しおる…… 魔王かいな……」

 

「だってマックちゃん、基礎は完璧でしたもん。だったら後は私が領域に入るまでお手伝いするだけでした」

 

 因みにここでスーパークリークのいう「お手伝い」というのは、彼女が領域を出してメジロマックイーンをひたすらに追い詰めるということだったのだが、スーパークリークはそのことに関しては内緒にしていた。

 実際そのスパルタ特訓のおかげでスムーズに領域に入ることができたメジロマックイーンはあそこまでトウカイテイオーを追い詰めたのだが……

 これに関して言ったら、タマモクロスとオグリキャップは間違いなくドン引きするだろう。

 にこにこと柔和な笑みを浮かべていたスーパークリークは、次はこちらの番と言わんばかりにタマモクロスに対して質問をした。

 

「それを言ったらタマちゃんだって。テイオーちゃんの領域は……普通じゃありませんでした」

 

「そうだぞ、タマ。あんな領域見たことなかった」

 

 スーパークリークもオグリキャップも領域に入って時代を創ったウマ娘の一人。

 トウカイテイオーが見せた領域に関してはどこか不思議な違和感を感じていたのは、自明の理だ。

 まるで領域を出したウマ娘が二人いたみたいな重なりを見せたテイオーの領域に対して、彼女たちは一体なんだとタマモクロスに対して訊ねたが、返ってきた答えは意外なセリフだった。

 

「ウチが聞きたいわ!!!」

 

 わー、わーー、わーーー

 と、まるでその場でエコーするかのように言葉を投げつけたタマモクロスの顔には、怒りと疑問のマークが浮かんでいた。

 その発言を聞いたスーパークリークとオグリキャップが「えぇ……」という顔をする。それもそうだろう。一番知っていそうな人物が匙を投げたのだから。

 

「なんやねんあの領域! そもそもウチは領域の存在しか教えてへんで!? それやのに…… 何も分からん!」

 

「そ、そうだったんですね」

 

 ぎゃーぎゃーとタマモクロスが耳をぴこぴこと揺らしながら跳ねているのを見て、落ち着いてと言うスーパークリーク。

 それを見てのほほんとしてるオグリキャップと、なかなかに騒がしい光景がその場で展開されていた。

 瞬間、そこに投じられる一つの声がその喧騒を止めた。

 

「はぁい☆  みんな変わらないね」

 

 そう挨拶してきたのは金髪の髪にニコニコの笑顔を携えたウマ娘。

 明らかに日本のウマ娘ではない外国バなのだが、日本語を流暢に喋る姿は全く外国バであることを感じさせなかった。

 そのウマ娘の名は──

 

「オベイやないか。なんやアンタも菊花賞を見にきとったんか」

 

「ちょっと気になってね」

 

 オベイユアマスター。

 ジャパンカップ優勝バの一人で、全ての情報をコントロールし騙すことにたけたエンターテイナーだ。

 タマモクロスとオグリキャップとはジャパンカップを争った仲で、タマモクロスは彼女の素の顔をしっている。

 そんな彼女が何故ここにとスーパークリークが首を傾げていると、それに気付いたオベイユアマスターがそんな彼女に対して言葉をかけた。

 

「可愛い弟子の為さ。テイオーを見に来たんだけど……正解だったね☆」

 

 そう言ってターフの上で歓声を受けているトウカイテイオーに目線を向けるオベイユアマスター。その目を細めてじっくりと観察するようにトウカイテイオーを眺めていた。

 その時、ふとタマモクロスは引っかかる事が出てきた。

 

「弟子って……アンタも師匠やっとるんかいな」

 

「わぁお☆ 貴方達も? 私もちょっと弟子をもっているんだよね。 まっ、可愛い子さ。ここには来てないけどね」

 

 そう思い出すようにしみじみとオベイユアマスターが発言する。

 それを見たタマモクロスがにやっと笑って、とある提案を彼女に持ちかけた。

 

「せや! なら戦争といこか? うちの弟子とあんたの弟子どっちが強いか…… ジャパンカップとかで勝負出来るかもしれへんやろ?」

 

「あら~ ならうちのマックちゃんも負けませんよ~」

 

「むっ。ならネイチャも負けないぞ」

 

「あはは! いいねぇ。けど……」

 

 その直後、オベイユアマスターが顔に手を当てて仮面を一度剥ぎ取った。

 その顔はにやりとほくそ笑んでいてこちらがぞくっとするような表情だった。

 

「凱旋門賞とか…… どうかな?」

 

~~~~~~~~

「スターちゃんにテイオーちゃん、やっと分かったのかな」

 

 菊花賞の京都レース場の大分人混みが少ない場所で彼女は一人ぼやいていた。

 オレンジの髪を可愛く二つに縛りぴょこぴょことしている彼女はマヤノトップガン。

 菊花賞に出れたはずなのに出なかった彼女は、観客席でトウカイテイオー達のレースを見ていた。

 その理由はただ一つ。

 

「うん☆ よく見えたね」

 

 観察。それだけである。

 彼女が椅子に座りながら足をぶらぶらとさせていると、トウカイテイオーとマックイーンがターフの上で歓声を受けているのを見てにっこりと笑顔を浮かべると、よっと椅子から立ち上がり、ふらふらと地下バ道に向かい始めた。

 

「スターちゃんも自分の存在理由も分かったみたいだし、マヤもそろそろ参戦しよっかなぁ」

 

 そう意味深な発言を呟きながら彼女は歩き始める。

 人混みを避けて、するすると人の間を縫う姿はまるで彼女がそこに存在しないようだった。

 

「……んっ。 あーでもそっか。そろそろ彼女が来るんだもんね。じゃあマヤはもうちょっと待とうかな」

 

 一体誰と会話しているのか。

 見えない誰かとお話しているかのように独り言を呟く、マヤノトップガンの目はハイライトが消えて黒い闇を映し出していた。

 

「頑張ってね。スターちゃん。マヤはどこからか見てるよ」

 

 そう絶対にスターゲイザーに届かない声援を呟きながら、彼女は京都レース場の人混みの中に消えていなくなった。

 




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淡く光れ私の恋心

 私は特に目立った特徴も無いけど、普通じゃないウマ娘だと思う。

 トレセン学園に入学した時には競走バを目指していたはずなのに、今はサポート科に編入してウマ娘のサポートをすることを勉強している。

 そんなちょっとおかしな私──アーティシトロンはとある日、秋川理事長からとあるお話を受けた。

 

「提案っ! アーティシトロンよ! トウカイテイオーの夏合宿に参加してくれないかっ!」

 

「へ? 私、がですか?」

 

 突然の提案に驚いていると、理事長がにっこりと笑って私にぽんと何かを渡してくれる。

 受け取ったものを見るとそれは何か書かれている書類だった。

 見ると参加するかしないかの選択権が軽く書かれた紙で、恐らくこれを提出して夏合宿に行くか行かないかを決めるのだろう。

 私がまさかこんなことに誘われるとは思って無くてどうしようかなと迷っていると、理事長が私に対して魅力的な提案をしてくれた。

 

「トウカイテイオーと一か月間お泊り出来るぞ!」

 

「行きます。行かせてください」

 

 あぁ、悲しいオタクのさがだった。

 心の中で他のテイオーさんのファンにごめんなさいと謝罪しながらも、うきうきしている自分も否定できない複雑な心境の中。

 私はテイオーさんの夏合宿に付いていくことになったのであった。

 

~~~~~~~~

 そんな夢のような夏合宿が始まってから約半月後。事件が起こった。

 テイオーさんとハッピーミークさん、そしてレジェンドウマ娘であるタマモクロスさんの模擬レースが行われた際。テイオーさんがタマモクロスさんに負けて、落ち込んでいる時があったのだ。

 それに気付いた桐生院トレーナーは、一旦休みましょうと提案してくれて山のふもとの施設に気分転換しにいくことになった。

 桐生院トレーナーの車の運転で着いたのはとあるショッピングモール。

 その施設を桐生院トレーナー、ハッピーミークさん、テイオーさん、私で散策していたのだが終始テイオーさんはどこか元気が無かった。

 大丈夫ですか? と私が訊ねても、ボクは元気だよ! と空回りした返事ばかりが来るだけでどう見ても無理しているのが分かる。

 だから私は……とある賭けに出ることにした。

 

 きっとこれは私にしか出来ないことだから。

 

 これを思いついたときには、理事長にわざわざ呼ばれた理由も分かった気がした。

 それを実行する為に私は桐生院トレーナーとハッピーミークさんにお話しして、一旦私とテイオーさんの二人きりにしてもらう。

 これを話した時は少し心配そうな顔を彼女たちからされたが、大丈夫です! と答えて納得してもらった。

 そして二人になったところで、テイオーさんと一緒にベンチに座る。

 蜂蜜ドリンクをちゅーちゅーと可愛らしく飲むテイオーさんを横目に、私はゆっくりと口を開いた。

 

「テイオーさん、顔色悪いですよ。私に理由、話してください」

 

「いや、ボクは大丈夫だって……」

 

「話してください?」

 

「ぴえ」

 

 少し無理やりだったが、テイオーさんから話を聞くことに成功した。……いや少しじゃないかも。

 私どんな顔しちゃってたかな。

 すると、テイオーさんがぽつりぽつりと、ゆっくりだが落ち込んでいた理由を話し始めてくれた。

 

「ボクさ、師匠とのレースの時。あっ、これ無理だって思っちゃったんだよね」

 

「……そうだったんですか」

 

「凄い圧が見えてさ。無敗の三冠ウマ娘を目指しているはずなのに心が悲鳴をあげちゃったっていうかさ。変だよね、こんなの」

 

 タマモクロスさんから感じた凄い圧というのは、実はというと私も感じていた。

 あの時は私はゴール地点で立っていたけど、そこからでもまるで深い海の中にいるような圧力を感じた。

 走っていない私でこれだ。実際に走っていたテイオーさんとハッピーミークさんの精神面の疲弊は想像に難くないだろう。

 それにテイオーさんはまだ中学二年生の少女。私は高校一年生だけど……そんな大人に成り切れない。

 そりゃあ、テイオーさんだって辛い時だってあるだろう。

 でも弱音を吐かずに今まで自前の明るさでカバーしてきたんだ。

 

 なんだ、私と同じなんだね。

 

「……テイオーさん。実は私も走れないって思ったときあるんですよ」

 

「シトロンも? いつ?」

 

「テイオーさんと一緒に走った時ですかね」

 

 そう、私は一度デビュー戦の時にテイオーさんの光にやられて二度と走れなくなった。

 あの走ってる時は本当に辛くて、足が砕けちった感覚さえした。

 でも私はこれっぽちも恨んだりなんてしていない。

 けどテイオーさんは気にしていたみたいで私に対して申し訳なさそうな顔をしてきた。

 

「あっ…… ごめん」

 

「謝らないでください! 実は感謝してるんですよ!」

 

「感謝……?」

 

 これに関しては私の本音だ。

 だってこれで私の新しい道を見つけられたんだから。

 そんな意味を込めて私は一つ、テイオーさんに対して質問した。

 

「テイオーさん、レースに負けたウマ娘ってなんて思ってると思いますか?」

 

「え……? 悔しくて、次は勝つぞ! とかかな?」

 

 力強くてとてもテイオーさんらしい解答。確かにそういうウマ娘も多いだろう。

 だけど、確実に私のようなウマ娘もいて。

 

「そうですね。そう思ってるウマ娘も多いと思います。けど私はそうはなりませんでした」

 

「どういうこと?」

 

「私はテイオーさんのファンになったんです! 負けちゃいましたけどね」

 

 テイオーさんが小首を傾げてハテナマークを浮かべているような顔をする。

 それはそうだろう。テイオーさんが想像していないような解答をしたのだから。

 だから、私は理由を説明する為にテイオーさんと正面を向いて優しく手を握った。

 

「私はテイオーさんの走りを間近で見て光を見たんです! 前を見てる貴方を好きになったんです!」

 

「そう……なんだ」

 

「だからテイオーさんはしゃきってしててください! 私たちはテイオーさんに憧れているんです!」

 

「ボクに……?」

 

 テイオーさんが少し弱気な目をしてすっと下を向く。

 その表情は年相応のもので、誰かにすがるような目をしていた。

 だから、私はテイオーさんに優しく語りかける。

 

「でも辛くなったらすぐに言ってください。テイオーさんは一人じゃないんです。スターゲイザートレーナーに私達もいます。決して一人で無理しちゃいけませんよ?」

 

「そうだね……」

 

「はい!」

 

 私は出来る限り全力の笑みでテイオーさんににっこりと顔を見せる。

 するとテイオーさんは私の顔に安心してくれたのか、自然な笑みをそっと浮かべてくれた。

 

「そっか…… ボクは一人じゃないんだもんね。うん、なんか元気出たよ、ありがとう!」

 

「どういたしまして!」

 

 良かった。テイオーさんが安心してくれたのかいつものテンションに戻ってくれた。

 それと同時にぱっと手を放そうとすると、きゅっとテイオーさんに手を握り返された。

 何だろうと思って、私が顔をあげるとテイオーさんがイタズラに成功したような可愛らしい顔を浮かべてきた。

 

「あのさっ。もう一つ相談があるんだけど、いいかな」

 

「はい……! なんでもどうぞ!」

 

「実はトレーナーお帰りって言ってくれなくて…… あの、いつもはいってらっしゃいって言ってくれた時はいつもいってくれるんだけど……」

 

 話を聞くと、とても可愛らしい悩みだった。

 それと同時に私の心がきゅっと痛む。なんだろう……この痛み。

 まぁ、いっか。

 

「きっとテイオーさんを心配しすぎたんですよ。ほら真っ先に駆け付けたじゃないですか」

 

「そうかな…… そうかも?」

 

「そうですよ。そんなに気になるならトレーナーさんに直接聞いちゃいましょう!」

 

「直接?」

 

「はい! そうですね……ベッドに直接潜り込んじゃうとか」

 

「ぴえっ!?」

 

 そんな他愛もないガールズトークをして私たちの話は進んでいった。

 

 きっと私の役目は──テイオーさんを誰にも出来ない場所から応援してあげる事だから。

 


 

 アーティシトロン

 

 Artefact(アーティファクト)Citrine(シトリン)

 

 その意味は「作られた誕生石」

 

 シトリンの石言葉は──甘い思い出。

 




こんにちはちみー(挨拶)
これにて菊花賞編のお話しは全ておしまいになっています。
ここまで読んでくださった方ありがとうございました。
次回からまた新章開幕ですので、お待ちください。

さてここから少しお知らせなのですが、本日9/20はスターゲイザーの誕生日となっています。良かったら祝ってあげてください!!!

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第四章 テイオークラシック級 カフェジュニア級
24.Keep in mind


「久しぶりですね……姉さん」

 

 深夜0時ごろ。俺がまだ自室で仕事をしていた時に彼女は来た。

 すらっとしたプロポーションに、真っ黒に染まった青鹿毛と呼ばれる長髪に尻尾。

 頭にちょこんと生えた白いアホ毛。まるで俺の尻尾の黒い毛先と対比しているみたいだ。

 見間違えようが無い。見間違えるわけが無い。

 俺の妹──マンハッタンカフェが扉の前に制服姿で佇んでいた。

 カフェの顔は、その長い前髪に隠れて表情が良く見えない。

 その瞬間俺の心臓がきゅっと締まる感覚がして、息がしにくくなる。

 どうしてここに彼女が。どうしてここが分かったのか。

 

 どうして俺の元に来たのか。

 

 そんな疑問が、一気に頭の中を埋め尽くしてぐちゃぐちゃになる。

 そして絞り出した声が口からなんとか出てくる。

 

「カ……フェ……」

 

 あぁ、なんとみっともないのだろうか。

 どうにかして息をするかのように吐き出した声はカフェに届いたのか。ふっとカフェが微笑みながら俺の方を見てくる。

 彼女の同じ琥珀色の目に、鏡のように反転した俺の顔が写っている。

 カフェの目に映る顔は、くしゃっとしながら目は細まり、口元は苦しそうで嚙み締めたような表情をしていた。

 

「……明日」

 

「あ……した?」

 

「明日、私の選抜レースがあるので……来てくださいね……」

 

 それだけを言い残しカフェがぱたんと扉を閉める。

 一人だけになった部屋にはまた静寂が訪れて、しんと静まり返る。

 深夜の静かな時間に一滴の衝動を置いて、俺の妹は消えていった。

 

「っつ、はぁ!」

 

 今まで息の仕方を忘れていたみたいだ。

 すぅと大きく深呼吸をして、バクバク言っている心臓をどうにか落ち着かせようとする。

 だが、重くなった空気はあまり元に戻らず心臓の鼓動音は収まりそうにない。

 数秒。いや数十分だろうか。

 その場で固まっていた俺の動きがなんとか再開される。

 

「なんでカフェがここに……」

 

 俺の妹がトレセン学園に来るなんて全く考えたこと無かった。

 いや仮にカフェが競走バを目指してトレセン学園に来たとしても、なんで俺の部屋が分かって今ここに来たんだ。

 

 ──選抜レース

 

 そして、わざわざなんで俺のことを誘ったのか。

 

 ──お姉ちゃん。

 

 彼女の声を最後に聞いたのは大体一年くらい前だろうか。その頃のトーンとは全く別物の、かなり低い声で今日は話しかけられた。

 俺はカフェのことを実家に置いて行った。これは紛れもない事実だ。

 だとしたら──カフェは俺の事を恨んでいるのではないのか……? 

 結局結論は全く出ず、思考がぐちゃぐちゃになった俺はベッドにそのまま倒れ込む。

 パソコンの電源すら落とさずに、現実から目を背けるようにそっと目を瞑って俺は眠りについた。

 

~~~~~~~~

 夢を見た。

 

 真っ白な世界に一匹の黒猫と俺がいる。

 その猫は座って、こちらをじっと見つめていた。

 そして、俺は何故かその猫を追いかけないといけないような気持ちになってしまい、捕まえようと猫の方を確認する。

 そっと手を伸ばしながら追いかけようと歩みを進めようとすると、猫が立ち上がり逃げようとしているのが見えた。

 

「あっ、待って」

 

 俺が駆け足で黒猫を追いかけていると、がしゃんと不自然な音が足元からした。

 右足を踏み出した瞬間、がらがらと音を立ててその場を歩いていた床が崩れ落ちる。

 

「なっ」

 

 瞬間俺は前方向に倒れて、ふわりと宙に落下する。

 目線を上に持ち上げると追いかけていた黒猫が、見下ろす形で俺の事を見てきていた。

 その目は俺の事を憐れんで見ているようで。

 そんな猫に見られながら俺は崩れ落ちる世界の中で落下していった──

 

「……夢か」

 

 死んだようにベッドに倒れこんでいた俺が目を覚まし、なんとか体を起こすと体が汗でびっちょりと濡れてしまっていた。

 眠りが浅かったのか、頭がまるでエナドリを飲んで徹夜したときのように重くて痛い。

 ふらふらとなんとか部屋に備え付けのシャワールームまで歩く。そして服を適当に脱ぎ捨てた後、少し温度を下げたお湯で頭を流す。

 すると、ある程度さっきよりましになった頭の思考回路が浮かんでくるような気がした。

 そっとシャワールームから出てジャージに袖を通して、身だしなみを整えようと鏡を見ると──

 

「酷い顔してるな……」

 

 目はどんよりと垂れており、見る人が見たら病人だと勘違いされるかもしれない。

 それでも動かないわけにはいかない。

 そう思った俺はぐっと背筋を伸ばすと、朝ご飯を食べるために自室のドアを開けると寮の一階へと降りる。

 すれ違ったウマ娘が不安そうな顔で俺の事を見てくるが、軽く会釈して大丈夫だよとだけ返す。

 一階に辿り着いた後、食堂で今日のメニューの中からパンを選んで席に座る。

 細々とパンを小さい口で摘みながら食べていると、俺の頭の上から元気な声が響いた。

 

「スターさん、おはようございます!」

 

 一旦パンを食べる手をやめて上を見ると、そこにはよく朝ご飯を一緒に食べているスペシャルウィークが大盛りのご飯を盛って立っていた。

 キンキンとした透き通るような声が俺の耳に伝わってくる。

 これに関しては俺が悪いのだが、頭の中でスぺの声が響いて頭が痛くなってきてしまった。

 

「ごめん……ちょっと声落として……」

 

「うるさかったですか? ごめんなさい…… というかスターさん、顔色悪く無いですか?」

 

 やはり誰から見ても心配される顔をしているのか、スぺにまでも直接心配されてしまう。

 明らかに悪夢みたいな夢を見て、睡眠が全く出来なかった事が原因なのだが、これに関してはどうしようも無かった。

 そう俺が謝りながら言うと、気を使ったスぺが正面に座ってゆっくりとご飯を食べ始める。

 そんな感じで二人で静かに食事をしていると、またまた俺の知っている声が聞こえてきた。

 

「トレーナー、スぺちゃん。おはよー。って二人ともなんか静かだね」

 

 彼女のトレードマークであるポニーテールをゆらゆらと揺らしながら、俺の担当ウマ娘であるトウカイテイオーがトレーに朝御飯を置きながらこちらの方に近寄ってきた。

 テイオーもいつもの調子が無いことに直ぐに気が付いたのか、声量を落としながら挨拶してくる。

 

「本当に大丈夫ですか? 保健室に行った方が……」

 

「寝不足なだけだよ。あとちょっとな……」

 

「今日は寝てなよ。理事長にはボクが連絡しとくからさ」

 

「……分かった」

 

 二人からわざわざこんなに心配されてる以上、その好意を受け取らないのは失礼だろう。

 テイオーはわざわざ連絡してくれるらしいし、今日は寝て……あ、いや今日はカフェの選抜レースがあるのか……

 どうしたものかと少し悩んでると、テイオーがこちらの方を覗き込んできた。

 

「トレーナー?」

 

 テイオーが本気で俺のことを心配しているような目で見てくる。その目はゆらゆらとしていて、俺の顔が水面に映るように揺れていた。

 

「大丈夫。今日は大人しく寝てるよ。ありがとな、テイオー」

 

 心の中でごめんと謝りながら、そっと目を伏せる。

 テイオーが顔にハテナマークを浮かべているかのように首を捻ったが、それも一瞬で席に座ってご飯を食べ始めた。

 ゆっくりと静寂がその場に訪れる。

 その日の朝は気を使ってくれたのか、俺達は静かに朝食を食べ終えた。

 食欲があまり無かったが、何とか食べ終えてごちそうさまとだけしっかり言って箸を置く。

 トレーを指定場所に戻した後、テイオーとスペと別れて俺は自室に戻った。

 ドアを開けてそのままベッドに倒れ込む。

 パジャマにも着替えずジャージのままだが、着替えるのすら面倒だった。

 選抜レースは基本的に放課後に開催される為、始まる時間に目覚ましをかけて眠りにつこうとするが、全く眠れそうにない。

 眠くないわけではないのだが、体が眠るのを拒否しているような感じだった。

 仕方ないので、目だけを閉じて思考にふけることにする。

 

 ──なんでカフェがトレセン学園に来たのか。

 

 これが一番の疑問だ。

 そもそも俺がトレセン学園にいる事を知っているのは父さんしかいない。

 つまり父さんが誰も言っていなければ、俺のいる場所がバレる事は無い……はず。

 しかも今まで俺はメディア露出をとことん避けてきた。

 外に出るときは帽子まで被って白毛を隠しているし……

 ダメだ。直接本人に聞いて見ないと分からない。とは言っても、直接聞けるわけもない。

 ……手詰まり感が凄いな。というか、考えても仕方ない事のような気がする。

 カフェがトレセン学園に来てしまった事実は変わらないのだし、考えるべきは今後の対応だ。

 その為に今日の選抜レースを見に行くと…… 結局また元の結論に戻ってしまった。

 はぁと溜息をつくと、ぴろんと音が部屋に鳴り響く。

 ごろんと寝返りをうって音の出所を確認してみると、自分の携帯が鳴っていたので手に取って通知を確認してみる。

 するとたづなさんから『トウカイテイオーさんから連絡をいただきました。今日は休んで下さい』とメールが入っていた。

 俺はテイオーが連絡してくれたことに感謝してテイオーに『ありがとう』と連絡をしつつ、一人でも出来そうな自主トレも伝えておく。

 よし、これで後は選抜レースを見に行くだけ……

 やる事を済ませると思った以上に体の方が限界だったのか、思考しているうちに瞼が重くなりそのまま俺は眠りについた。

 

~~~~~~~~

 ぴぴぴと目覚まし時計の音が鳴った。

 俺はそれと同時に飛び起きて、携帯のボタンをタッチしアラーム音を止める。

 眠りは少し浅かったが、さっきより体調は大分マシになった。顔色も朝よりは良くなっているだろう。

 んっと言いながら背伸びをして、そのままだった体操服からいつものスーツ姿に着替える。

 スーツをしっかりと整えつつ、少しぼさぼさだった髪を整えつつ尻尾も毛先を櫛で整えた。

 この櫛はテイオーに買っておいた方がいいと言われたもので、それ以来毎日起床したら尻尾はこれで綺麗にしている。

 準備が終わったら帽子を被り、部屋をこっそりと出て選抜レースがあるトラックの方へと向かう。

 今日は本来であれば休むと言っているのに、こうして外に出ているのだからなんか悪いことをしているみたいだ。

 なるべく誰にも見つからないことを祈りながら、会場に向かうと既に多くのトレーナーとウマ娘がターフの上に集まっていた。

 よく考えなくても俺はテイオーの専属トレーナーだから、選抜レースでウマ娘をスカウトするという行為をする必要がない。

 だから、選抜レースを見に来るのはテイオーの時以来なのだが……思った以上にかなり盛り上がっている。

 よくレースが見えそうな場所をきょろきょろと探していると、他のウマ娘が喋っている声が耳に入ってきた。

 

「知ってる? 今日は転入生がレースするらしいよ?」

 

「今の時に転入するなんて珍しいね~ だから噂になってるのかな」

 

 噂の転入生とは恐らくカフェのことだろうか。

 確かにこの時期に転入するのは珍しい。というか、カフェはわざわざ転入までしてトレセン学園に来たのか。ここまでくると何かの執念を感じてしまう。

 俺がターフの上を見ると、直ぐに俺の妹であるマンハッタンカフェの姿を見つけることが出来た。

 長い黒髪をたなびかせながらしっかりと準備体操をしている姿を見て、少しどきっとしてしまう。

 実は妹の走りを見るのは今回が初めてだ。

 子供の頃一緒に公園とかを走った記憶がある事はあるのだが、レースとして見たことは無い。

 仮に学校とかでレースを走っていたとしても、俺は途中から引きこもっていたしな…… 見る機会すら無かった。

 そう考えるとこうやって妹のレースを見るのは楽しみだ。

 走り方は逃げなのか、差しなのか。仕掛けるタイミングは? 適正距離は? 

 昔であればこんな事は気にしなかったのだが、今は自分がトレーナーという立場のさがなのだろう。

 少しワクワクしながらレースが始まるのを待っていると、選抜レースの会場に実況の声が鳴り響いた。

 

『お待たせいたしました。秋の選抜レース、今から開催いたします』

 

 秋の選抜レースと言っているのは、このトレセン学園には年に四回選抜レースがあるからだ。このレースの中でトレーナーはウマ娘をスカウトし、デビュー戦に向けてトレーニングを積むことになる。

 一応逆スカウトというのもあるみたいだが、これは稀だ。

 だがそれよりも俺とテイオーの関係の方が珍しいだろう。なんて言ったって、お互いトレセンに来る前から契約を結んでいた事になるのだから。

 そんな過去のことに思いを馳せていると、ターフの上のウマ娘がゲートの中に入っていく姿が見えた。

 

『さぁ、各ウマ娘ゲートイン完了しました』

 

 カフェを含めて八人のウマ娘がゲートインして、出走体勢を取る。

 今回は右回り2000m。カフェは八枠で大外枠だ。

 どんよりとした曇り空の中、そのレースはスタートした。

 

『今、スタートしました!』

 

 ガコンとゲートが開かれて、一斉にウマ娘達が走り出した。

 勢いよくスタートしたウマ娘──逃げのウマ娘が二人。先行が三人、差しが三人のレースになっている。

 カフェを探してみると、後ろから二人目の所にいた。この位置だったら差しの脚質だろう。

 そして2000mのレースを選んだと言う事は、適正距離は中距離以降か。

 レースは大きな動きもなく、ゆっくりとスローペースになって集団が進んでいく。

 集団の中が動いたのは第四コーナー終了後、最終直線に入った時だった。

 その瞬間、カフェの体がぐっと沈み、跳ねる。

 あの走り方、どこかで見たことが。いや、見たことあるなんてレベルではない。

 

「テイオーの走り方じゃないか……」

 

 テイオーの走り方、テイオーステップ。しかし、これは彼女特有の柔軟性が無いと出来ない走りで再現は不可能だ。

 だが、カフェは歪ながらそれを再現しようとしている。

 体をばねのようにしなやかに曲げて、跳ねて飛ぶ。

 今まで散々テイオーの走りを見てきたからこそ分かったが……これをカフェの柔軟性でやるにはあまりにも無理がある。

 俺が見た感じだと、カフェがやるならもっと……スタミナを活かした走りが出来そうな気が……

 俺がそんなことを考えながらレースを見ていると、いつの間にかカフェが一着でゴールをしていた。

 しまった。考え事をしていたらレースが終わってしまっていた。

 とにかく気になった事はカフェが、何故か分からないがテイオーの走り方を無理やり真似しているという事だ。

 足を見てみると一発で無理してやっていたのが分かる。その証拠に足ががくがくになって、立っているのが精一杯であることが伺えた。

 だが、一着になったことは事実だ。

 俺が凄いと思っていると、他のトレーナーもそう思っていたのかカフェの元にわらわらと人が集まっているのが分かる。

 耳をすませていると、トレーナーがカフェに対してスカウトを熱心に受けている声が聞こえてきた。

 

「君! 一緒に三冠ウマ娘を目指さないか!?」

 

 なんて、そんな声まで聞こえてきた。

 だいぶカフェが人気で、彼女の元から人混みがなかなか散らない。

 俺が近くに行けず遠くから彼女の姿を見ていると、深夜にカフェから言われたことを思い出した。

 

 ──明日、私の選抜レースがあるので……来てくださいね……

 

 なんで俺のことを選抜レースに呼んだのか。

 テイオーの走りを見せたかった? いや、もし仮にそうだとしてもその理由が分からない。

 それとも自分自身の人気を俺に見せたかった? 

「今の私はこんなにも凄いんですよ」と自慢したかった……? 

 ダメだ。全く分からない。

 だが確実に一つ言えることがある。

 

「これ、俺いらないだろ」

 

 そっと目を閉じてきらきらとしている姿から目を逸らしつつ、帽子を深く被った俺はその場から静かに消えた。

 

~~~~~~~~

 俺がレース場から離れてひっそりと寮に向けて歩いていると、トレーニング中のウマ娘と何人かとすれ違う。

 その中にいつも見慣れているポニーテールが一人。

 

「あれっ、トレーナーじゃん。なんでこんなところにいるのさ」

 

 俺の担当ウマ娘であるトウカイテイオーが、体操服の姿で走っている姿を視界に取られてしまった。

 やばい…… 今日は休むって言ったのに、外に出るのを見られてしまった。

 

「えーっと…… そうだ、はちみー奢ってるあげるから」

 

「ねぇ、トレーナー?」

 

 流石に誤魔化せなかった。

 しかもテイオーがじーっとジト目で俺の事を見てきていた。

 一緒にいた時間が長いから分かる。これはかなり怒っているテイオーだ。

 

「はちみーは貰う。けど理由は説明してね」

 

 はちみーは貰うのか…… そこはちゃっかりしてるのな。

 俺がはぁと溜息をついて、はちみーが売っている公園に向けて移動するとテイオーが後ろからついてくる。

 一緒に歩いていると、テイオーが隣でじーっと顔を見てくる。

 一応体調を心配してくれているのか、ゆっくり歩いてくれているテイオーはまるで散歩中の犬みたいだ。

 公園に着くと直ぐにはちみードリンクを買ってテイオーに渡してあげる。カスタマイズはいつもの固め濃いめ多めだ。俺は今ここまで甘いもの飲んだら大変なことになりそうなので遠慮しておく。

 テイオーが近くのベンチに座っていたので、買って来たはちみーを渡すとご機嫌そうな顔で受け取ってちゅーちゅーと吸い始める。

 相変わらずカロリーの塊を彼女がしばらく飲んでいると、テイオーが隣に座った俺の顔を覗き込んで質問してきた。

 

「で、説明してくれるんだよね」

 

 テイオーがトーンを一個落として怒った顔で俺に言ってくる。

 やはりはちみーだけじゃ機嫌を取れなかったか……

 

「えーと…… 選抜レースを見に行っててな……」

 

「そういえば今日だっけ。 ……ん?」

 

 テイオーが何かに気づいたような声をあげる。

 その瞬間、さーっと血の気が引いた顔をして悲鳴のような声をあげた。

 

「ま、まさか。ボク以外の担当ウマ娘を……!」

 

「い、いや違うって」

 

「うわーん! トレーナーが浮気するー!」

 

「ちょっと待って言い方」

 

 テイオーがうるうるとしながら今にも泣きそうな顔で俺に縋りついてくる。

 はちみーをベンチの上に一旦置いて、テイオーが俺にぎゅっと抱きついてきた。

 流石に説明したりなかった俺は、テイオーの頭に手を置いてなでなでと撫でてあげる。

 

「そんなことするわけないだろ…… 俺はテイオー一筋だから」

 

「ホント……? ホントにホント?」

 

「本当だから」

 

 ぽんぽんと背中も叩いてあげると、テイオーが安心したのか「えへへ」と笑みを浮かべながら安心したような様子を見せる。

 すると、テイオーが一旦抱き着くのをやめて俺の事を見てくる。

 

「で、なんで体調悪いのに選抜レースを見に行ったの? しっかりとした理由が無いと怒るよ?」

 

「うっ……」

 

 俺が一番聞かれたくない所を聞かれてしまい、言葉に詰まってしまう。

 ここを説明するには俺の家族の事情、それに妹に黙って出て来てしまった事まで言わないといけない。

 どうしようかと目をテイオーから逸らしていると、テイオーが「どうしたの?」と言いたいばかりに首を傾げる。

 その目は透き通っていて、俺のことを一切疑っていない顔だった。

 ……話すか。俺はこうやって自分の中で話を閉じ込めてしまう癖があるかもしれないのは、前から自覚していた。

 だから自分のことは、他の人にあまり話したことがない。ここで俺の過去を少しテイオーに話すのは、いい機会なのかもしれない。

 

「……内緒にしてくれるか?」

 

「勿論! トレーナーが内緒にしてっていうなら内緒にするよ!」

 

 テイオーがとんと胸を叩きながら信頼してと言ってきた。

 俺はその言葉を信じて、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「実は今日の選抜レースに妹が出走していてな……」

 

「妹!? トレーナー、お姉ちゃんだったの!?」

 

「あぁ…… その妹が突然トレセン学園に来て……」

 

「ちょっと待って情報量が多くて処理しきれない」

 

 びっくりした顔を浮かべて、頭を抱えながらテイオーがうんうんと唸っている。

 しまった、流石に色々とすっ飛ばして話し過ぎた。

 俺は一から順を追って説明する為に、一旦過去まで遡って解説することにする。

 具体的には俺がテイオーと出会う前。

 トレーナーを目指す経緯から妹との関係までゆっくりと順序通りに説明する。

 まず、トレーナーになるために妹を置いて来てしまったこと。

 そして、突然妹がトレセン学園に現れたこと。

 だが、母親にネグレクトされていたことや引きこもってしまっていたことは言わなかった。これは……わざわざ話すことでもないだろう。

 その話を聞きながらテイオーは目をまん丸に開いて、驚きながら聞いていた。

 それも当然だろう。今まで話したこと無かった事実がぽんぽんと俺の口から出てくるのだから。

 そして、全てを話し終えて最初にテイオーの口から発せられた言葉は無慈悲な宣告だった。

 

「それはトレーナーが悪いと思う」

 

「……」

 

 あまりにも正論。

 

「だって、妹さん置いてきちゃったんでしょ!? きっとトレーナーに会いたくて来たんだよ!」

 

「そうなのかな……」

 

「そうに決まってるって!」

 

 テイオーが絶対に合っているという確信を持って力説してくる。

 そこまで言うならそうなのか……? と思ってしまうほどのパワーだ。

 だが、一つだけ。一つだけ心配な点がある。

 

「カフェは俺のこと恨んでるんじゃないか……?」

 

「へ? なんで?」

 

「だって……置いてきちゃったんだぞ。 恨んで来たんじゃないかって……」

 

「無いよ」

 

 テイオーははっきりとそう断定した。

 俺を見つめるその目は真っすぐと俺の方を見ていて──綺麗な目だった。

 

「だって、嫌いな人にわざわざ会いに来ないでしょ? 好きだから来たんだよ」

 

「たし……かに?」

 

「そりゃ多少怒ってるかもしれないけどさ。でも恨んだりなんかしてないよ。ボクが保障してあげる」

 

 そうテイオーが言い切ると、俺もそんな感じがしてきた。

 もしも……本当にカフェが俺に会いに来ているとすれば、今までの行動にもある程度理解が出来る。

 選抜レースでテイオーステップを披露したのも、もしかして俺に見て欲しいがために真似したんじゃないかとそう思える。

 それで俺に褒めて欲しかった……は考えすぎだろうか。

 だとしたら──

 

「俺が会場離れたの間違いだった……?」

 

「間違いだね」

 

「マジか……」

 

 あそこで直ぐに駆け寄っていればまた直ぐに話を聞けたかもしれないのに。

 自分で勝手な判断をしてしまうのは、やはり俺の悪い癖なのかもしれない。

 と、なると今すぐに戻った方がいいのか。

 

「もう戻っても選抜レースは全部終わってると思うよ……」

 

「遅かったか……」

 

 俺が心の中で反省していると、もう遅いとテイオーに言われてしまう。

 ならば、俺がカフェに会いに行って謝るしかないのだが。

 

「どうしよう、テイオー。俺どんな顔して会えばいいのか分からない」

 

「えぇ……」

 

 実は物理的には会おうと思えばいくらでも会えるのだ。

 俺はトレーナーという立場だから、生徒の情報をある程度閲覧できる。

 カフェがトレセン学園生徒という立場である以上、どのクラスに所属しているくらいだったら直ぐに分かる。

 だが、一年以上会っていなかった。ましてや、ひとりぼっちにさせてしまった妹に対してどうやって接すればいいのかが分からない。

 ここは、俺の対人性能の問題かもしれないのだが……

 

「しょうがないなぁ…… ボクがとっておきの仲直りの仕方を教えてしんぜよう」

 

「本当か……?」

 

「信じてくれていいよ!」

 

 そう言ってテイオーが俺の方に近寄り、ごにょごにょとその作戦を耳打ちしてくれた。

 テイオーのこだわりなのか、俺の帽子をわざわざ脱がして直接生耳に話す。

 彼女の息が耳に吹きかかってどこかくすぐったいなか、伝えられた言葉は俺の耳を疑わせるには十分だった。

 

「……マジ?」

 

「マジ」

 

 でもテイオーの言う通りでやらないと……というかこれは正解なのか? 

 テイオーの方に「大丈夫?」という意味合いを込めて視線を向けると、テイオーが指をぐっと突き出してきた。どうやら、信じろということらしい。

 かくして。

 俺はテイオーに言われた作戦を、近日中に実行する事になったのであった。

 

~~~~~~~~

 テイオーにカフェの事を相談した次の日の朝。

 その晩、俺はぐっすりと眠れて脳内を一旦スッキリとさせることが出来た。

 が、他にも考えなければいけないことが残っている。

 まず、カフェをどうやって呼び出すかが問題だ。こんな話、他の人がいるところでするわけにはいかない。

 そうなると俺の部屋で話すのが一番良いのだが……

 

「カフェが前みたいに来てくれるのが一番助かるけど、そうもいかないか」

 

 どう反応をされるか分からないが、一旦彼女のクラスに行って直接会おう。

 それか寮の部屋を調べた後に、寮長に連絡を取って呼んでもらうでもいいかもしれない。

 そう思って俺がPCを起動しようと机の前に座ろうとすると、ぴぴぴと電話の着信音がなる。

 こんな朝早く誰だろうと思い、携帯を持って電話に出ると通話口から不協和音が聞こえてきた。

 

「繧? =縲√せ繧ソ繝シ繧イ繧、繧カ繝シ」

 

「ん? 電波が悪いんですかね?」

 

「繧ォ繝輔ぉ縺ョ騾」邨。蜈医? 蜈・繧後※縺翫>縺溘? ょセ後? 鬆シ繧薙□縺槭?」

 

 そう謎の音だけ聞こえた後、ぷーぷーと電話が着られる音がする。

 何だったんだ……

 疑問に思って携帯の画面をもう一度見てみると、何故か連絡先を保存しているアプリに通知のマークが出ている。

 薄気味悪くなり、恐る恐る連絡先を確認してみると──

 

「マンハッタンカフェ…… カフェの連絡先……? なんで……」

 

 そこには何故かカフェの電話番号にメールのアドレスが登録してあった。

 自分で登録した覚えも無ければ、カフェに教えて貰った覚えも全くない。

 実家にいたときは俺は携帯すら持ってなかったんだ。まるで無から生えて来たみたいな……

 だが、表示されている連絡先はその事実を証明している。

 俺はその連絡先を見て、何を思ってしまったのか。

 

『今晩、もう一度俺の部屋に来てほしい』

 

 とだけ文を書いて、メールを送信する。

 まるで何かの魔力に寄せられたみたいに、その連絡先を使ってしまった。

 でも、俺の勘は大丈夫だとだけ言っていたのだから意味が分からない。

 送ってからたった数分後。携帯を持ったまま立っていた俺の前に、送ったメールの返信が届いた。

 

『分かりました。伺いますね』

 

 そう簡単に書かれた返信が一通。

 このメールが送れたということはきっとカフェに届いたという事なのだろう。

 謎の電話の結果。俺はカフェと連絡を取れて、今晩彼女と話す機会を得る事に成功したのであった。

 だが、本当にあの電話は一体何だったんだ……? 

 

~~~~~~~~

 その夜。俺は仕事を終えたにも関わらず、スーツ姿でとある人を待っていた。

 しっかりとした服装に髪も尻尾も全て整えて、今からどこかの式典に参加するのでは? と思われるほどだ。

 俺が椅子に座って彼女を待っていると、こんこんこんと三回ドアのノック音が部屋に響く。一旦立ち上がり、ドアを開けて待ち人を部屋に迎え入れた。

 

「姉さん……こんばんは」

 

「こんばんはだな……カフェ」

 

 待ち人──俺の妹、マンハッタンカフェが制服姿で俺の部屋にゆっくりと入ってきた。

 俺は少しぎくしゃくしながら、彼女を案内して部屋のソファに座ってもらう。

 そして、俺は座ったカフェと正面で向き合うと、すーっと深呼吸をし口をゆっくりと開いて言葉を紡いだ。

 

「ごめん、カフェ」

 

 俺が出した答えはストレートな謝罪。謝りながらカフェに対して頭を深く下げる。

 結局、俺がしたかった事はカフェに対して謝りたかったのだ。

 謝った後、頭をあげてまた俺は話を続けた。

 

「一人にして……黙って家から出ちゃって本当にごめん」

 

 俺が謝ると何故かカフェが驚いたような顔をして、口を小さくぽかんと開けていた。

 すると、彼女が俺の方を違うと言いたげな顔で見てきた。

 そしてカフェが目を潤ませながら、俺の言葉に被せてくる。

 

「姉さんが……家を出ていったのは、私が悪いって……思ってて……」

 

「……そんなことないから。俺が悪いんだ」

 

 何故かカフェ側が罪悪感を感じていたみたいで、俺はそれをすぐに訂正する。

 俺の部屋の中に深夜の静寂がしんと訪れる。

 お互いに黙ってしまって、どちらから切り出せばいいのか分からない。そんな空気感の中、ひぐっひぐっという声が耳に響く。

 

「お姉ちゃんが、突然いなくなって…… 寂しくて、一人で……」

 

「ごめん、本当にごめん」

 

 泣き出しそうになってしまったカフェを見た瞬間、俺は彼女を正面からぎゅっと抱きしめる。

 カフェの心臓の鼓動と俺の鼓動が重なるくらい強く、そして優しく。体温を伝え合うために抱きしめ続けていると、カフェの涙腺がだんだんと緩み始めてきた。

 

「あのひからずっと……さがしつづけてて…… でもみつかんなくて……」

 

「ごめん」

 

「わたしのこと……きらいになっちゃったんじゃないかって……」

 

「そんなことない。大好きだよ、カフェ」

 

 これは俺の本心だ。実の妹を嫌いになるなんてことあるもんか。

 俺が正直な心を伝えると、カフェの嗚咽が大きくなる。

 そして、「うわぁぁぁぁ」と彼女から聞いたことが無いような声を出して泣き始めた。

 涙が、俺の頬をつたってくる。

 俺は泣いているカフェの背中をぽんぽんと叩きながら、抱きしめ続けたのであった。

 

 ずっと。ずっと。

 


『ハッピーエンドに繋がる道へ』

 

 むかしむかしあるところに二匹の子猫がいました。

 

 二匹の猫は姉妹で、お姉さんは真っ白な毛を。妹は真っ黒な毛をしていました。

 

 姉妹の仲は大変よく、いつも一緒にいました。

 

 しかしとある日、白毛の猫は姿を消してしまいます。

 

 黒毛の猫は姉を探し続けました。

 

「お姉ちゃん……どこ?」

 

 その返事が返ってくることはなく、黒毛の猫は独りぼっちになってしまいました。

 

 そんな二人の仲が分かたれた一年後のとある日。

 

 妹は姉の姿を偶然見つけます。

 

「お姉ちゃん」

 

 そう話しかけようとした姉の姿は、どこか今までの姿と違くて。

 

 妹は話しかけることが出来ませんでした。

 

 だけど、黒猫は諦めません。

 

 自分を変えてまでしてその子は姉の元にまでいきました。

 

 そうして、黒猫と白猫はようやく再会します。

 

 そこで聞いた答えは、お互いの勘違いで。

 

「大好きだよ」

 

 そう聞いた白猫は黒猫に抱き着きます。

 

 こうして出会えた二人は、きっと一緒にいるのでしょう。

 

 いつまでも。いつまでも。

 




こんにちはちみー(挨拶)
次はカフェ視点です。お楽しみに。

本題に入る前に一つだけ連絡があります。
私事なのですが、今年の冬コミに参加することになりまして。その原稿で、こちらへの投稿が遅れると思います。申し訳ないです。

さて本題です。
なんとこの作品のファンアートをいただきました!(8回目)


【挿絵表示】


さわやかなスターちゃんが淡い色彩で描かれて素敵です。
イラストを描いてくださった「おーか」さんありがとうございました!

少し下に画面をスクロールして感想評価お気に入りをしてくださると嬉しいです! 作者のモチベに繋がります!


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Memory

 私には一つ上のお姉ちゃんがいる。

 優しくて、温かくて、そして一緒にいると安心するお姉ちゃん。

 だけどお姉ちゃんはちょっと変わっていた──いや、おかしかったのは家族の方だったのかもしれないけど。

 私──マンハッタンカフェの髪色は青鹿毛、世間一般的に黒髪と言われる種類のウマ娘なのだが彼女は違った。

 ショートカットのヘアに真っ白な髪色で、先っぽだけ黒いけど他は真っ白な尻尾。白毛と言われるそれはウマ娘の中でも珍しい種類のものだった。

 私はその髪が好きだったし、別に物珍しくも思って無かったけど私の母さんは違った。

 それは私が物心が着いた頃にまず最初に認識したこと。単純だけど、家族では絶対あってはならないこと。

 お姉ちゃんが母さんに嫌われているということだ。

 幼少期の頃にはネグレクトなんて言葉は知らなかったけど、明らかに母さんが彼女を避けているのが分かった。

 けど、私はお姉ちゃんが大好きで。

 母さんはそんないい顔はしなかったけど、よくお姉ちゃんに甘えに行っていた。

 家の二階のとある部屋を三回ノックすると、お姉ちゃんがいつものすんとした顔で受け入れてくれる。

 私は彼女のいる部屋でよく一緒にゲームをしたり、勉強を教えて貰っていたりした。たまに一緒に寝たりなんかも。

 お姉ちゃんは凄い頭が良くて、小学校の宿題なんかなんも見ずに解いちゃうし中学生になってもそれは変わらなかった。

 一度、なんでそんな頭がいいの? と聞いた時に、お姉ちゃんが何とも言えない表情で答えにくそうにしていたことを覚えている。

 そして、その頭の良さを含めても凄い大人っぽかった。

 具体的に言うならば、父さんや母さんと同じくらい……聡明で賢いという言葉がとても似合っていた。

 そんなお姉ちゃんが中学校に上がる前、私はとある質問をしたことがある。

 

「お姉ちゃんは……ママと仲直りしないの?」

 

 今考えればとても愚かな質問だったと思う。その頃の私は小学五年生。

 お姉ちゃんと母さんとの関係を少し誤解していたのだ。

 そんな質問に対して、お姉ちゃんは少し微笑んで答えてくれた。

 

「母さんは……まだ子供なんだよ」

 

 まるで自分が年上であるかのように言ったその言葉は、私の記憶に強く残ることになる。

 その後、ぽんぽんと私の頭を撫でて「カフェは優しいなぁ」って言ってくれた。

 なんか誤魔化された気もするけど、その場の会話はそこで終わって別の話題に移った。

 そして、次の日。お姉ちゃんが中学生になるころ。

 お姉ちゃんは家から出なくなった。

 そしてあっという間にお姉ちゃんが家から出ずに不登校になって約二年が経過した。

 私も中学生になり、特に何も目指していなかったから近所の共学の中学校に通う事になった。

 この時期のウマ娘は、ウマ娘同士のレースをするための教育機関である「トレセン学園」に憧れを持って通う子もいるみたいだが、私はそんな欲は特に無かったので普通にしていたのだ。

 走るのは嫌いじゃない。けど、好きかと言われると別にそうでも無い。

 学校の授業であるウマ娘同士のリレー対決はいつも私が一着だったけど、だからと言って特に何も感じる事は無かった。

 しかも、トレセン学園に通うとなると家から離れないといけない──お姉ちゃんと会えないということになるのが多分耐えられない。

 そんなお姉ちゃんとの関係性は……別に特に変化することは無かった。勿論、家族間での関係も。

 ちょっと私が大人になって、お姉ちゃんに甘えにくくなったことくらい。

 でも寂しくなった日に部屋に訪れれば、いつでもお姉ちゃんがいて出迎えてくれるこんな生活も悪く無いなって感じてた。

 そんな生活を続けていたある日、お姉ちゃんの様子がおかしくなった。

 お姉ちゃんが勉強をし始めたのだ。しかも、ネットで教材を取り寄せて自ら勉強している。

 今までお姉ちゃんの勉強している姿を見たことが無かった私はびっくりした。

 なんの勉強をしてるかまでは教えてくれなかったけど、凄い真剣そうな顔で勉強していたことは覚えている。

 けれど、何で勉強しているのかは教えてくれた。

 

「夢が出来たんだ」

 

 夢。

 一体それがどんな夢なのか私には見当もつかなかったけど、いつも以上にお姉ちゃんの目がキラキラしていてそれ以上聞くのは野暮だなと思ってしまう。

 お姉ちゃんが勉強している姿を見ると、私自身も頑張ろうと思えたので中学校の成績は常にトップだった。

 成績上位を取れば母さんに父さん、おばあちゃんが褒めてくれるので凄い嬉しくなったけど、同時にもやもやもした。

 けど、そこでお姉ちゃんを見てあげてなんて言葉は言えなかった。

 家庭内で長年根付いてきた環境への慣れは恐ろしいもので、今の歪な家庭環境が当たり前だと思ってしまっている自分がいたのは否定しきれない。

 だからあの日が来てしまったのだろう。

 私とお姉ちゃんが──マンハッタンカフェとスターゲイザーが離れ離れになってしまう日が。

 

~~~~~~~~

 その日はなんか変な日だと直感ながら感じてしまう日だった。

 いつも通りの朝に、いつも通りの昼。習慣的にはおかしなことはやっていないはずなのに、心の中がもやもやしてしまう。

 だから、今日は何となくだけど駆け足で学校から家に帰った。

 私は部活とかやっていないし、帰宅部なのでさっさと家に帰ることが出来たのは幸いだ。

 今すぐにでも姉の部屋をノックしようと思ったが──やめた。

 分からない。けど、直感で後にしようと思ってしまったのだ。

 どうせお姉ちゃんは逃げないし…… 存分に夜に甘えに行くことにした。

 そして、その日の夜。

 いつもの部屋のドアを三回ノックして、お姉ちゃんの所へ向かう。

 今日はパジャマの恰好で枕も持っており、一緒に寝る準備万端だ。

 

「……入っていいぞ」

 

 

「こんばんは……お姉ちゃん」

 

 ドアを開けて中に入ると、女の子の部屋にしては殺風景な部屋に白い髪のウマ娘が一人いた。

 私を出迎えてくれた愛しのお姉ちゃんに全力でおねだりをしてみる。

 彼女はおねだりの押しに弱い事は今までの経験で分かっていた。

 

「今日、一緒に寝てもいいですか……?」

 

 最近少し会って無かったので少し無理なおねだりだったかもしれない。

 そう口を開いて上目遣いでお姉ちゃんにおねだりしてみると、彼女は少し困ったような表情を浮かべた。

 

「……俺と会うと母親がうるさいぞ? カフェも中学生なんだから一人で……」

 

 ──寝たら? と言われる前に、私は更に目をうるうるとさせておねだりの強さをあげる。

 

「ダメ……ですか?」

 

 そう言うと、お姉ちゃんはしょうがないなという顔をしてベッドの上に寝転がる。

 そして、ベッドの空いているスペースをぽんぽんと手で叩いた。

 

「ほら、おいで」

 

 そんな魅惑の囁きに抗えるはずがない。

 私は嬉しくなって、お姉ちゃんの隣に潜り込む。

 ついでに腰の方まで手を回してぎゅーっと抱き着くと、その温もりを全身で享受した。

 あぁ……あったかい。落ち着くにおいもする。ここが私の理想郷……

 

「おやすみ」

 

「おやすみなさい、お姉ちゃん……」

 

 ゆっくりとその温かさを肌で感じながら目を閉じながら呟いた言葉は、これから起こる事への本音だったのだろう。

 

「ずっと一緒にいてね……」

 

 お姉ちゃんと一緒に寝た日は例外無く、ぐっすり眠れる。

 それが仇となってしまった。

 早朝。深い眠りについていた私が目を覚ますと、隣に寝ているはずのお姉ちゃんがいなかった。

 その時点では全く焦ることは無かった。

 時計を見ると朝の七時。お姉ちゃんは朝食でも食べている頃だろうか。

 そんな事を考えながらのそのそとベッドから這い出て、一階のリビングへと向かう。

 ふわぁとあくびをしながら階段を降りてリビングに辿り着くが、そこに姉の姿は見当たらない。

 どこへいってしまったのだろうか。まぁ、でも彼女は家から出ることは無い。そう安心しながら寝ぼけ眼を擦る。

 お姉ちゃんが見つからない状態で三十分が経過した。

 こんな状況になったら流石に私でも異変に気付く。

 私はそわそわとしながら家の中を探し回った。所詮そこまで広くない一軒家。全室を探し回っても十分と掛からない。

 だが、お姉ちゃんはどこにもいなかった。母さん、父さん、おばあちゃんはいつも通りに生活をしている。

 まるで、お姉ちゃんがいる穴がぽっかりと空いたような感覚。

 私は急いで、たまたま一番最初に会ったおばあちゃんに訊ねる事にした。

 

「おばあちゃん……お姉ちゃんがどこにいったか知りませんか……?」

 

「あぁ……スターかい。スターはね、夢を叶えにいったよ」

 

 私は即座にその意味を理解することが出来なかった。

 だが、先に体の方が動く。パジャマのまま着替えずに、焦って家から飛び出した。

 乱暴に玄関のドアを開けて、外へ。そこには勿論お姉ちゃんの姿は見当たらない。

 私はそこから走り出した。

 行く先も無く、どこへ向かうのか自分でも分からずに足に力を入れて地面を蹴る。

 自分でも何でそんなことをしたのか分からない。

 だけど、今は。今すぐにでも走り出さないとお姉ちゃんが離れていってしまう気がして。

 コンクリート舗装された地面を、ウマ娘の走力で全力疾走する。

 蹄鉄なんてついていない普通の靴は、振動が直に伝わってきて痛い。足の爪が割れそうだ。

 そこからどれくらい走っただろうか。

 いつの間にか、ぽつりぽつりと雨が空から降ってきた。

 それと同時に私の体力も限界になり、ぺたりと地面に手をついて倒れ込む。

 ざぁ、ざぁ。

 私の長い黒髪を水が滴り落ちた。

 びしょびしょになった髪を垂らしながら、私はその瞬間確信する。

 ──お姉ちゃんはここにはもういない、と。

 

~~~~~~~~

 雨に塗られて家になんとか家に帰った私を出迎えたのは、体温の低下による熱だった。

 かなりの高熱を出した私は、両親に心配をかけながらベッドに倒れ込んでしまった。

 その時の記憶はあまりないけれど、ずっと高熱を出してうなされていたそうだ。

 学校を休んで治療に専念した結果、熱は一日で引いて次の日には平熱まで戻っていた。

 熱がひいた私がベッドで目を開けた瞬間、外の世界は変わってしまっていた。

 

「貴方は……誰ですか?」

 

 ふわふわと目の前に浮かぶ白い靄みたいな物体。一瞬幻覚かと思ったが、何度見てもその光景は変わらない。

 手を伸ばしそれに触ろうとすると、すかっと空を切って掴めなかった。

 だが、確かにその場に何かがいる。これだけは確信できてしまった。

 私が疑問のマークを浮かべていると、その白い靄が形をなしていき──ウマ娘の形に変化した。

 ウマ娘の耳と尻尾。だが、表情まで伺えない。ウマ娘の白いシルエットになった彼女は、私に対して自己紹介してきた。

 

 ──私は、貴方のオトモダチですよ。

 

 訳が分からない。でも、なんとなくだけどこの子が嘘を言っているようにも敵意があるようにも思えなかった。

 だから私は訊ねる。

 

「貴方は……何者なんですか?」

 

 そう聞くと白い靄は困ったような顔をして──いや私がそう思っただけだが──ぽつり答えた。

 

 ──分かりやすく言うならば幽霊……ですかね。

 

 そう答えた幽霊の子は私に衝撃を与えてきた。どうやら私は高熱にうなされて目がおかしくなってしまったらしい。

 正直現実味の無い事に頭を抱えていると、彼女が私に対して語り掛けてくる。

 

 ──私はずっと貴方を見守っていましたよ。それに……今なら色んなモノが見えるんじゃないですか? 

 

 その言葉を聞いて、私がベッドから立ち上がり自室の窓から外を眺めてみると、これまたとんでも無い光景が目に飛び込んできた。

 いつもと変わらないはずの外の光景に、ふよふよと浮いている白い靄みたいなものが見える。

 そう、まるで隣にいる幽霊みたいな物体が数個いた。

 やはり幻覚みたいなものではないらしく、現実にあることらしい。

 私は眉間に手を寄せてはぁと溜息をつく。

 

「……で、貴方は私に何かするんですか?」

 

 ──いや、何もしませんよ? 言ったじゃないですか。私は貴方のオトモダチだって。

 

 どうやら本当に敵意はないらしい。

 私はそんな普通の人ならば混乱してしまう状況だったのに何故か凄い達観していて、すぅとその状況を受け入れた。

 私は見えてしまったのは仕方ないと思いながら、カーテンをゆっくりと閉めるとリビングに向かって歩き出した。

 すると、オトモダチと自称した子がふよふよと私に着いてくる。

 ……着いてくるんですか。

 まるで私に憑りついているみたいな。背後霊みたいな存在になったオトモダチは、私の同居人になってしまったらしい。

 そんな同居人と一緒にリビングに降りると、珍しくおばあちゃんもおらず私一人しかいない。

 静寂な空気が漂う中、私がその場を見渡しているとふと喉が渇いたことに気付く。

 水でも飲むかと思ってリビングの近くにあるキッチンにコップを取りに行こうとすると、父さんが良く飲んでいるインスタントのコーヒーが置いてあった。

 私はそれを見て何を思ったか、やかんに水を入れて沸かし、コップにコーヒーの粉を入れてお湯を注ぐ。

 素早く作ったブラックコーヒーを背伸びして飲んでみた感想は──とても、苦かった。

 

~~~~~~~~

 そのオトモダチが憑りついてから私の生活がいつもと少し変わった。

 変わった点は幽霊が見えるようになって、会話みたいなものが出来るようになったという点。

 しっかりとしたコミュニケーションはオトモダチ以外できなかったけど、相手の幽霊が何を伝えたいのかは何となく理解できた。

 そんな幽霊さんが見えるようになってから、私の日常は少し賑やかになった。

 学校の登校時やいる間、休日のお出かけになってからも少し見えるモノが増えて日常が少し楽める。少しだけどお姉ちゃんがいなくなった隙間を埋められた気がした。

 ……まぁほんの少し、だけど。

 もう一つの変化は、コーヒーが好きになったという点だ。

 最初はインスタントで飲んでいたけれど、そのうち豆から焙煎しだすようになって凝るようになってしまった。

 相変わらずブラックコーヒーは苦いままだけど、その中にある味わいが癖になってしまう。

 そんな一風変わった生活が始まったわけだが、やはりお姉ちゃんがいない生活というのは慣れない。

 家族は一切、姉がいなくなったことに触れないしまるで最初から四人家族だったかのような振る舞いだ。

 母さんはともかく、父さんまでだんまりを決め込んでしまっている。

 とにかく寂しい。お姉ちゃんがいないことでこんなに堪えるとは思っても無かった。

 私は思った以上にシスコンだったのかもしれない。

 そして、お姉ちゃんがいなくなって早一年が経過してしまった。

 その間の私と言ったらとにかく虚無だった。

 確かに趣味は増えたのだが、心に大きな穴が空いたかのように鬱状態が続いてしまう。

 学校でも家でも。どこにいても寂しくて。ふと気がゆるんだら泣き出してしまいそうな気がした。

 お姉ちゃんがどこにいるかの手がかりは全くないと言っていい。もう二度とお姉ちゃんに会えないのかと諦めかけていたある日の事。

 私はテレビの画面に映った一瞬にかすかな手がかりを見つける。

 

『無敵のテイオー伝説ここからスタートだ!』

 

 時期は春頃。ウマ娘のレースの祭典の一つ。G1レース皐月賞が近くなってきたころ、それは突然として映った。

 私はあんまりレースに興味はないため、ニュースとして流れた皐月賞の有力バのインタビュー映像をぼけっと見ていただけなのだが、最後に一瞬。ほんの少しだけ。

 ウマ娘ではなく、その関係者らしきものが映った。

 そして、その中にひっそりと。

 真っ白な白毛に先っぽだけが黒い特徴的な尻尾を持ったウマ娘。

 見間違えるわけがない。見間違えるはずもない。

 そう私のお姉ちゃんである、スターゲイザーがその集団の中にいたのだ。

 最初はそれを見たとき驚きと混乱が先走った。

 あまりの動揺っぷりに飲んでいたコーヒーをカップごと落としてしまい、オトモダチに心配されたくらいだ。

 だが次に湧き出てきた感情は嬉しさだけだった。

 お姉ちゃん! と叫びそうになったくらいには嬉しかった。まぁ、自重はしたけれど。

 そんな一瞬だけ映ったお姉ちゃんだが、いくつか疑問が湧き出てくる。

 まず何故あの席に……? ということだ。

 お姉ちゃんの格好はスーツ姿、しかも関係者席にいた。

 なんの関係者なのだろうか。トレセン学園? それともあの会場の? 

 ダメだ。まだ手がかりが少なすぎる。何か……何か。私が見落としている事は……

 

「あっ……」

 

 その時ふと思い出した。

 私が一つチェックしていなかった所。灯台下暗しというべきか。

 そう、お姉ちゃんの自室を私は一度も調べたことが無かった。

 何故か無意識のうちに彼女の部屋に入るのを避けていたのだ。

 それに気づいた私はテレビを消すのも忘れて大急ぎで階段を登り、お姉ちゃんの部屋へ。

 ドアの前に立つと、前からの習慣でドアを三回ノック。

 当然中から返事なんて返ってこないので、自分でゆっくりとドアを開けるとそこにはあの日から時が止まってしまった殺風景な部屋が存在していた。

 ごめんなさいとどこに向けたか分からない謝罪をした後、お姉ちゃんの部屋を物色し始める。

 ぱっと見た感じ本当に綺麗に片付けられていて、特に物が転がっている様子は無い。

 本棚も存在しなく、机の上もライトが置いてあるだけ。

 年頃の女性の部屋だったら、もっと色々な物が置くスペースがあっても良さそうなのにそれすらも存在しない。

 私はそんなお姉ちゃんの部屋を一通り見渡した後、机の近くに有った引き出しを開ける。

 一段目、何も無し。二段目も何も入ってない。

 祈る気持ちで最後の三段目を開けてみると、一冊のノートが入っていた。

 ほこりも被っていない綺麗なノートを開くとそこにはいくつかの単語と意味が赤ペンなどが使われて綺麗に纏められていた。

 恐らくお姉ちゃんの勉強ノートだろうと判断した私はぺらぺらとめくって見たのだが、よく分からない単語が多い。

 仕方ないので一枚一枚丁寧に見てみると、ウマ娘の心理状態や運動機能などの単語が多く纏められていることに気付く。

 ……なんとなく分かったかもしれない。

 トレセン学園の関係者。そしてウマ娘に関係ある単語がまとめられたノート。

 ここから導き出される答えは……恐らく……

 

「トレーナーさん……?」

 

 調べればもっと職業はあるかもしれないけど、私の頭の中に浮かんだのはその単語だった。

 そして、私はそれを信じてしまった。

 こうなると更に確信が欲しい。

 だから、普通ならばやらない行動に出てしまった。

 私はそのノートを大事に持つと、両親が寝ている部屋に移動する。

 そして寝室に置いてある机や棚、引き出しを片っ端から開けてトレセン学園に関係してあるものを探し始めた。

 こんなの自分の家族間とはいえ、あんまり褒められた行動なんかではない。

 だけどその時の私は少しでも手がかりを探すために必死だった。

 だから──

 

「何やってるんだ」

 

「……っつ」

 

 後ろから来た父さんの姿にも気付くことが出来なかった。

 ……まずい。

 両親の部屋を漁っていたところを現行犯で見られてしまった。こんなの怒られるに決まっている。

 私がちょっと絶望に染まった顔をしていると、父さんが私の左手に持っているノートに目線を向けた。

 

「それは?」

 

「これは……お姉ちゃんので…… その……」

 

「……」

 

 私が答えにくそうにおどおどとしていると、父さんがふっと微笑んでゆっくりと口を開いた。

 

「スターを探してるのか」

 

「……はい」

 

「……分かった」

 

 そう言うと、父さんはいまいる部屋にある棚を一つ開けて何かの紙を取り出した。

 そして、私に近づくとその紙を片手で差し出してきた。

 私は紙を受け取り、それに目を通すと予想していないことが書かれていた。

 

「トレセン学園の編入試験……?」

 

「それならば母さんも上手く説得出来るだろう。あとはカフェ次第だ」

 

「それって……」

 

 お姉ちゃんがいるところを教えてくれた……? 

 でも、なんでと疑問に思っていると父さんがその場で私が出した書類を片付け始めた。

 その隣で私はぽけっと放心してしまった。

 けれど、本当にお姉ちゃんがトレセン学園にいるならばやることは決まった。

 でもその前に言わなければいけないことがある。

 

「ありがとうございます……父さん」

 

 私がぺこりと頭を下げてお礼を言うと、いつもはなかなか笑わない父親がにっこりと笑った。

 そして特に返事も返さないまま、その場から立ち去る。

 私は父親から貰った紙とお姉ちゃんのノートをぎゅっと抱きしめて、決意を新たにするのだった。

 

~~~~~~~~

 お姉ちゃんに会うためにトレセン学園に編入する。

 その目標を達成するためにまずは母親の説得なのだが……これは全く苦労しなかった。

 むしろ私がトレセン学園に行きたいなんて伝えたら感極まった顔をされた。

 嬉しそうな顔で「カフェも走りたいと思ってくれたのね」なんて言ってくれたけど、私はそんなことよりお姉ちゃんに会いたい気持ちの方が強かったから、そこは黙って置いた。

 母さんの説得が終わったら次は編入試験対策である。

 編入試験はすぐあるわけじゃなくて、季節の変わり目毎にある。

 私が今回受けるのは菊花賞の時期のちょっと前。秋ごろの編入試験だ。

 試験内容は筆記試験に面接……そして一番重要な実技試験。

 筆記試験と面接に関してはある程度大丈夫だと思うけど、実技試験に関しては練習しなくてはいけない。

 なんせ普通の学校から、トレセン学園に行かなければならないのだ。

 並大抵の走りじゃ受かることは出来ないだろう。

 とは言っても、私の練習方法としてはただ単純に走るくらいしか思いつかない。

 どうしたものかと悩んでいると、隣にいたオトモダチが私にとある提案をしてきた。

 

 ──私が練習相手になってあげましょう。

 

 私はそもそもオトモダチは走れるのかなんて思ったりしたけど……その心配は杞憂だった。

 近所にあるウマ娘用の簡易トラックの上を直線で走って競走してみたけど……全く追い付け無かった。

 速い。とにかく速い。絶対に追い付け無いと感じてしまうほどの速さが、そのオトモダチには会った。

 ただ幽霊だから浮いてるだとか、ずるしてるんじゃないかとか思う人もいるだろうが、違う。

 彼女は走っている。間違いなく。私はそう感じた。

 彼女に追い付こうと私は必死に追いかけた──今考えれば、これが練習だったのかもしれない。

 更にオトモダチは観察眼も持っているようで、私の走りについてアドバイスなんてものもしてくれた。

 

 ──カフェは長距離向けの走りですね。スタミナを鍛えるといいですよ。

 

 そんなことを言われたので、私は長く走る練習なんかもした。

 オトモダチは幽霊だからか分からないけど、何故か夜になると元気になるのでよく夜に走ったりした。

 あまり深夜には走らないようにしてるけど、それでも我慢できずにこっそりと家を抜け出して走ってしまったこともある。私の悪い癖に一つ変なものが追加されてしまった。

 何より夜に走ると気持ちがいいのだ。星空に涼しい風が吹いて、走っていて爽やかな気分になる。

 星空を見上げると、何となくお姉ちゃんを思い出してしんみりしてしまう時もあったけど、それもなんとなく心地良かった。

 練習というより一つ趣味が増える走りをしていた結果、私の走りは大分速くなった。

 学校の同級生のウマ娘同士で走っても大差で一着取れることは当たり前で、完走してもあんまり息切れしなくなった。

 ……それでもオトモダチは最後まで抜かすことが出来なかったけど。

 オトモダチは私の目標になることも自然なことと言えるだろう。いつかその背を追い越したい。そう思った。

 それをオトモダチに伝えると、嬉しそうに返事をしてきた。

 

 ──トレセン学園に入ったらレースで抜かせるといいですね。

 

 確かに、私とオトモダチは「レース」はしたことは無い。

 私がもしG1レース走るようになっても、彼女の背中を追いかけるんだろうなってそんなことを薄っすら思った。

 そしてとうとう、試験本番の日が来た。

 私は母親同伴でトレセン学園へ行き、学校で別れた後に緑の服を着た人に案内されて会場の方へ向かった。

 何故かオトモダチが、変な視線を緑の人に向けていたけど何だったのだろうか。

 最初は筆記試験。これは別に難しく無かったので頑張って解いて終わり。

 普通に手ごたえもあって、恐らく大丈夫だろうという感触だった。

 次に実技試験という事で3ハロン──600m直線を走るテストを行った。

 そこでも何故かオトモダチがウキウキしながら、私の隣に並んで走り始めた時は少しびっくりした。

 それでもなんとか走りきってゴールした時、先生らしき人が驚いたような顔をしていたけれど、タイムが良かったのだろうか。

 それでもオトモダチは抜かせなかったけど。普通に悔しい。

 最後の面接……は正直あんまり覚えていない。

 なんかしっかりと受け答えしてた記憶はあったけど、終始お姉ちゃんの事で頭いっぱいでフワフワしていた。

 トレセン学園になぜ通うのですか? って質問に対して「お姉ちゃんに会うためです」と無意識に答えてしまっていたらどうしようか。

 面接が終わった後は、母さんと合流して家に帰る。その日は程よい疲労感でぐっすりと眠れた。

 試験が終わってから一週後。

 今回の合否判定は郵便で届くらしく、私はドキドキとしながら郵便物を待ちわびた。

 母さんがトレセン学園と書かれた郵便物を持ってきたとき、私は食い気味でそれを奪い取ってしまった。

 封を開けて中を見てみると、結果は合格ということでなんとトレセン学園に編入することが出来た。

 通知を見た瞬間、心の中でガッツポーズを取ってしまうほど嬉しくて変な声が漏れ出てしまったかもしれない。

 母さんも父さんもおばあちゃんも祝福してくれて、私は笑顔になった。オトモダチもおめでとうなんて言ってくれた。

 合格したらやることは決まっている。トレセン学園に行く準備だ。

 私はお姉ちゃんにようやく会えるという喜びを噛みしめながら、浮かれた気分でトレセン学園に編入する期間を過ごした。

 合格の通知が来てから数週間後。

 今日は私の準備も整ってトレセン学園に移動する日だ。

 

~~~~~~~~

「忘れ物は……無いですね」

 

 私は部屋の中を見渡してぽつりと独り言を呟く。

 すっかり殺風景な部屋になってしまった自室を見渡しながら、私はきゅっと手荷物のチャックを閉める。

 重い荷物は先に引っ越し業者がトレセン学園に持って行ってくれたので、今日の持ち物は最低限だ。

 お家を出る際に母さんとおばあちゃんに挨拶をする。母さんは「レース、見に行くからね」と。おばあちゃんからは「頑張ってきてね」と応援されてレースも頑張ろうと思えた。

 荷物を持って父さんの車に乗せて貰い、駅の近くまで送ってもらう。

 降りる際に父さんから「任せた」と言われてしまったので、私は「任せて」と返事してしまった。

 恐らくこれはお姉ちゃんの事だろう。私としてもお姉ちゃんに会えるのならば、願ったり叶ったりだ。

 お別れの挨拶をしたところで電車に乗り込んで、トレセン学園に向かうこと約二時間。

 私はトレセン学園の近くの駅に着くと、そのまま真っすぐ案内された寮の方へ。

 寮に辿り着くと、そこで褐色の元気そうなウマ娘に話しかけられた。

 話を聞くとそこの寮長のヒシアマゾンという方らしく、彼女に案内されて自室に案内してもらった。

 寮は二人一部屋らしく、共同生活を送ることになるらしい。今同室の方は不在らしいので、後で挨拶しなければ。

 私は届いた荷物を開き、自分のスペースを整理する。

 ヒシアマゾンさんに色々と寮のルールを教えて貰うついでに、私の荷物整理まで手伝って貰ってしまった。とても優しい寮長さんらしくて、安心することが出来た。

 その日は帰ってきた同室の子に挨拶して、早めに就寝することにする。

 慣れない環境であんまりぐっすりとは眠ることが出来なかったので、寝れるまでオトモダチと会話していた。

 ……同室の子に変な子だと思われたかもしれない。

 トレセン学園に来た次の日。

 クラスの子に転入生と紹介されて、自己紹介したら直ぐに情報収集だ。

 次々にクラスの子に話しかけられるので、その中でさりげなく質問する。

 ──白いウマ娘のトレーナーを知りませんか? と。

 最初の時はどうせ直ぐには見つからないだろうと思っていたのだが、クラスの子が口を揃えて「あぁ、あのトレーナーね」と言ってくれた。

 聞くところによると、最近クラシック三冠バになったトウカイテイオーのトレーナーらしくトレセン学園内では目立つこともあって有名人らしい。

 私ですらトウカイテイオーが無敗の三冠バが誕生したと大ニュースになっていたのを見ていたが、まさかそのトレーナーだったとは。

 これならば案外早く見つかりそうとニヤニヤしていると、あっという間にその日が過ぎていった。

 一応放課後に少しトレセン学園を探索してみたのだが、かなり広く迷子になりかけた。

 そんな状況でお姉ちゃんを探すことも出来ずに今日の捜索はここまでかと諦めかけていたときに、転機が訪れた。

 私が溜息をつきながら部屋に帰って来ると、オトモダチがひっそりと佇んでいた。

 そういえばトレセン学園散策中一緒にいなかったなと思っていると、彼女が衝撃的なことを言ってきた。

 

 ──スターゲイザーの部屋を見つけましたよ。

 

 その時は私も唖然としていただろう。

 いつの間にお姉ちゃんの居場所を見つけたのか。というかどうやって見つけたのか。

 だが、そんなことは今はどうでもいい。

 居場所を見つけた。なら、今するべきことは。

 

「お姉ちゃんに会いに行ける……」

 

 その日の夜。

 私は寮の自室をこっそりと抜け出して、隣の寮へ。

 本来であれば深夜に抜け出すなんて寮長さんにも怒られてしまいそうだが、今晩だけは許してもらおう。

 私がいる美浦寮からお姉ちゃんがいるらしい栗東寮へ。

 地味に鍵がかかっていたのだが、オトモダチがさっくりと開けてくれた。この力はもう二度と使わないようにオトモダチに言っておこう。今はありがたいが。

 こっそりと侵入し、階段を音を立てないように駆け上がりお姉ちゃんがいるらしい部屋へ。

 あぁ、ついにここまで来た。

 さて、なんて言って会おうか。

 お姉ちゃんと叫んで抱き着くのもいいだろうか。

 いや、ここは姉さんと言って成長した証を見せるべきか。

 それとも、無言でキスでもすべき? 

 私が内心どきどきしながらドアをいつも通り三回ノックして、中から返事がするのを待つ。

 すると、かちゃりと音がしてゆっくりとドアが開いた。

 中からドアを開けて出てきたのは白い髪に先が黒い以外は白い尻尾。何度も見てきて、そして恋焦がれた私のお姉ちゃんであるスターゲイザーが立っていた。

 だが、その表情はどこかおびえていて。嬉しみよりも恐怖が混じっているようで。

 私の登場に心が締め付けられているようで。

 私──マンハッタンカフェのテンションが急降下する。

 そうですか…… お姉ちゃんは……私との再会は嬉しくないんですね……

 それを自覚した瞬間、私の心が悲鳴を上げた。

 そして絞り出した言葉が。

 

「久しぶりですね……姉さん……」

 

 これが私とお姉ちゃん。マンハッタンカフェとスターゲイザーの最大のすれ違いの始まりとなる。




こんにちはちみー(挨拶)
お久しぶりです。少しリアルが落ち着いたのでなんとか投稿に辿り着きました。
冬コミは絶賛原稿中でございます。
次からはスターゲイザー視点に戻ります。

少し下に画面をスクロールして感想評価お気に入りをしてくださると嬉しいです! 作者のモチベに繋がります!


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25.New Encounter

 カフェが俺に抱きついて、大体三十分が経過した。

 ぐすっ……ぐすっ……と嗚咽が少しずつ収まり、すぅと部屋の空気が落ち着いていく。

 俺はその間ずっとカフェの頭を撫でながら、彼女をぎゅっと抱きしめていた。

 体温が同じになるくらい近い距離で抱きついていた俺とカフェは、匂いも混ざってしまいそうだ。

 そして、彼女の涙が収まった頃には時計は深夜を指しており日付が変わってしまっていた。

 

「……カフェ、大丈夫か?」

 

「……はい。恥ずかしいところ見せちゃいました……」

 

 カフェが俺を上目遣いで見てくる。その顔は、恥ずかしさからかほんのり赤く染まっていた。

 涙を流し続けていたせいか彼女の目尻は腫れ上がっており、琥珀色の目が残った涙で輝いている。

 久しぶりに抱きしめたカフェの体は、思った以上に細かった。

 俺はそんなカフェを抱きしめるのをやめて、一旦離れる。

 カフェが名残惜しそうな顔で俺を見てくるが、このままだとお互いに動けないので仕方ない。

 

「もうこんな時間か…… 寮の門限は過ぎちゃってるな」

 

 いや、寮が違うとはいえ部屋の中にいるからこれは大丈夫なのか……? 

 テイオーが、部屋でお泊まり会とかやったりするよなんて言ってた記憶はあるが…… 何か手続きとかいるのだろうか。

 そんなことを考えていると、カフェが俺の心配していることが分かったのか、すっととある物を取り出した。

 

「寮長さんには、今日は別の部屋に泊まると言ってあるので大丈夫です……」

 

 カフェが服のポケットから取り出したのは、外泊届のサインだった。どうやら他の部屋に泊まるときにも手続きはいるらしい。

 

「なので……今日は一緒に寝ましょう、姉さん」

 

「え」

 

 確かにこの部屋にはベッドは一つしか無いし、寝るとしたら一緒に寝るしか無い。

 最近肌寒くなってきたし、俺が床か椅子で寝るわけにもいかないだろう。というか彼女がそれを許さない気がする。

 俺が返事に困っていると、カフェがくいっと袖を掴んできた。

 

「駄目……ですか?」

 

 あぁ、前もこんなことがあった気がする。

 そして、こんな状況になったら俺が言える言葉はただ一つだ。

 

「……ほら、おいで」

 

 俺は先にベッドに寝転がると端に詰めてスペースを確保し、ぽんぽんとベッドを叩いた。

 するとカフェが嬉しそうに俺の隣に潜り込んできて、もぞもぞと体制を整える。

 二人で寝るには少し窮屈なシングルベッドで、俺とカフェは眠りについた。

 

「おやすみ、カフェ」

 

「おやすみなさい……姉さん」

 

~~~~~~~~

 夢を見た。

 俺が白い猫になっていて、黒い猫が目の前にいる状態で。

 夢の中なので特に自分が猫になっているとか不思議に思わず、目の前の黒猫をじっと視界に納める。

 すると、黒猫が俺の側に近寄ってきてすりすりと体を合わせてきた。

 そして、俺の目の前でころんと寝転んですぅすぅと寝息を立て始める。

 俺はそれを見て優しく微笑んでいると、遠くに何かがいるのに気付いた。

 じっと目を凝らして見てみると、一匹の白い犬がこっちを悲しそうな目で見ている。

 悲しみ……というより嫉妬に近い視線を感じていると、その白い犬が大きく口を開いた。

 

「トレーナー!」

 

「……んあっ」

 

 夢から覚めると、隣には穏やかな寝息を立てながら寝ている俺の妹であるマンハッタンカフェがいた。

 その寝顔は幸せそうで、しっかりと熟睡できているように見える。

 それを見て微笑ましい気持ちになりながら、時計を確認してみると午前の九時。

 目覚ましをかけていないとはいえ、いつもよりぐっすりと寝てしまったと思っているとこんこんとドアのノック音が聞こえてきた。

 

「トレーナー! 開けるよー!? 大丈夫ー!?」

 

 朝から元気な声が部屋の外から聞こえる。

 なんだテイオーかと思いながら、ベッドの上で体を起こしたまま返事をする。

 

「あー、開けていいぞ」

 

「……! トレーナー、おはよ……う?」

 

 ドアを開けて入ってきたのは、見慣れたポニーテールを揺らしているウマ娘。

 俺の担当ウマ娘──トウカイテイオーが、朝から元気に俺の部屋に入って来た。

 そして──

 

「え…… 誰? そのウマ娘……?」

 

「……あ」

 

 隣ですやすやと寝ていたカフェを見て、テイオーが唖然とした顔をする。

 そういえば、テイオーにカフェの説明してなかった。

 となると……この場面は俺が知らないウマ娘と一緒にベッドで寝ているということになるのか……? 

 とはいえ、しっかり説明すればテイオーだって分かってくれるはずだろう。

 そう思って、俺はテイオーに話しかけようとしたのだが。

 

「……おはようございます」

 

 その瞬間にカフェの目が覚めたみたいで、むくりと体を持ち上げる。

 そしてテイオーを一瞥すると、そのまま俺を抱き抱えて二度寝しようとしたのかベッドに倒れようとする。

 

「あ、ちょっと、トレーナー! 説明してよ!」

 

「ちょっ、カフェ。離してって」

 

「……」

 

 そんな騒がしい朝が、トウカイテイオーとマンハッタンカフェの初邂逅だった。

 

 ~~~~~~~~

「で! 誰その子! なんで一緒に寝てたの!?」

 

 その後。俺がカフェをなんとかベッドから引きずり出し、ソファに座らせる。

 俺はカフェの隣に座って、目の前で仁王立ちするテイオーの視線を受けていた。

 俺がどこから説明しようかと悩んでいると、カフェが先に口を開いた。

 

「トウカイテイオーさん……ですよね?」

 

「ボクのこと知ってるの?」

 

「えぇ…… よくニュースでやってましたから……」

 

 なるほど。確かにテイオーは最近三冠ウマ娘になったということもあり、話題性としては引っ張りだこだろう。

 カフェがテイオーのことを知っていたとしても、何もおかしなことはない。

 それで気を少し良くしたのか、ちょっと威圧していたテイオーも一旦仁王立ちをやめる。

 テイオーが胸を張っていると同時に、カフェが胸の前で手を合わせ自己紹介し始めた。

 

「はじめまして…… スターゲイザーの妹、マンハッタンカフェと言います…… よろしくお願いしますね……」

 

「あー! そっか君が……」

 

 テイオーがどこか納得したような口ぶりで頷く。

 そう、テイオーにはカフェのことを既に相談していたのだ。その時に「とっておきの仲直り」を教えて貰ったのだ。

 そのおかげでカフェと仲直り出来たのだから、テイオーには感謝してもしきれない。

 

「良かったぁ。ボクのアドバイス上手くいったんだね」

 

「助かったよ、テイオー。ありがとう」

 

 そう、テイオーから受け取ったアドバイスというのは「しっかり言葉にする」と言うもの。

 当たり前のようだが、確かに言われないと気をつけることが出来ない。

 ……俺が今までカフェに言葉を伝えてこなかったのも悪かった。それもテイオーに見抜かれていたのだ。

 あと最後に抱きしめるといいよ、とも言われた。いる? とも思ったのだが、多分効果はあったので必要だったのだろう。

 俺がテイオーに対して感謝を伝えていると、カフェがむっとした顔で俺を見てきた。

 

「じゃあ、知ってると思うけど…… ボクはトウカイテイオー! よろしくね、トレーナーの妹さん!」

 

 何故か「妹」の部分を強調された気がしたが、まぁ気のせいだろう。

 そしてテイオーはむふーっと胸を張ると、誇らしげにカフェに対して話し始めた。

 

「まぁ最近転校してきたらしいし、分からないことがあったらボクに聞いてくれていいぞよ~」

 

「では一つ……質問いいですか? テイオーさん」

 

「ん? なになに?」

 

 カフェが質問あるらしく、テイオーの方を見るとすぅと息を吸い込んで──爆弾を投げ込んだ。

 

「姉さんが……私のトレーナーさんでいいですよね……?」

 

「え」

 

「ん?」

 

 そして、するりとカフェの尻尾を俺の尻尾に絡ませてきゅっと結び付けてくる。

 器用だなぁなんて思っていると、テイオーの顔が驚いたような顔をして口を開いた。

 

「な、何言ってるのさ! トレーナーはボクの専属だよ! 妹さんでもあげないからね!」

 

「いえ…… テイオーさんと一緒にでいいので…… ダメ、でしょうか」

 

「むむむ……でも…… って、あー! なんで尻尾ハグなんてしてるのさ! ボクだってしたこと無いのに!」

 

 テイオーが俺とカフェの尻尾の部分に対して指を指しながら絶叫する。

 そこには先ほどより器用に絡められた俺とカフェの尻尾があって、指摘された瞬間更にきゅっと強く締まった。

 これ尻尾ハグっていうのか…… 自然にされたけど、もしかしてこれって何か特別な行為だったりするのか……? 

 俺がそんなことを考えていると、テイオーがうーっと俺とカフェの方を睨んできた。

 睨む……というよりかは目に嫉妬の炎が宿ってる感じだ。

 

「ふ、ふーんだ 別にいいもんね! ボクとトレーナーは目には見えないかた~い絆で結ばれてるもんね!」

 

「むっ……」

 

 いつからマウント合戦が始まったのか。

 テイオーが俺との絆を何故かカフェに自慢している。

 そんなことしなくても、俺とテイオーとの間の絆は一番分かってるつもりだけどな。

 

「ほら、カフェもテイオーも一旦落ち着けって」

 

「むぅ」

 

「はい……」

 

 テイオーとカフェが頬を膨らませながら、一旦喋るのをやめる

 お互いに睨みあって、まるで威嚇し合っているみたいだ。

 なんでこんなことに……

 俺はそんな状況を見てこほんと一回咳払いし、一旦話題を戻す事にした。

 

「……で、カフェは俺に担当して欲しいってことだけど。本当にそれでいいのか?」

 

「はい…… やはり姉さんが一番信用出来るので……」

 

「でも、トレーナー。ボクの専属じゃなかった? 他のウマ娘担当出来るの?」

 

「規約上は問題ないはずだぞ。 専属って言っても、勝手に宣言してるみたいなもんだからな」

 

 別に書類上に専属トレーナーとして提出するわけではなく、こちらが宣言してる形に近い。つまり暗黙の了解というわけだ。

 なので扱いとしては、普通のトレーナーと全く変わらない。

 そして、トレーナーはチームとして複数のウマ娘を担当に見ることが出来る。

 というか、専属トレーナーよりはチームトレーナーの方が多いまであるのだ。

 

「だから、カフェとテイオーさえよければ俺が担当しても構わない。けど……」

 

 しかし、気になる事が二つある。

 まず一つ目としては──

 

「カフェ、選抜レースで色んなトレーナーからスカウト受けて無かったか?」

 

「あぁ…… あれは全て断ってきました…… 私のトレーナーさんは姉さんだけですので……」

 

 ……覚悟というか判断が早いというか。

 まぁそれならば一つ目の問題は解決ということになるのか……

 となると、二つ目の問題。

 というか、こっちが本命まであるし俺としても不安なことでもあるのだが。

 

「……テイオー、どうする? 俺としてはカフェを担当するのは構わないけど……」

 

「んーー……」

 

 テイオーが腕を組みながら首を傾けて悩み始める仕草を取った。

 ウマ娘でチームを組む場合、何かと問題があったりする。

 ウマ娘が積極的にチーム勧誘する所もあるが、今まで俺とテイオーは専属の関係だった。

 テイオーが「嫌だ」と言うならば、また俺も考えなければいけない。

 カフェには本当に申し訳ないのだが、俺はテイオーのことも大事なのだ。

 

「……いいよ」

 

「本当にいいのか?」

 

「うん。だってトレーナーの妹さんでしょ? 事情ある程度知ってるし、それならって」

 

 ……良かった。

 俺はほっと息を吐くと、安心してソファに深く腰を降ろす。

 俺もテイオーとカフェには仲良くして欲しかったし、喧嘩されたりするのは避けたかったしな……

 俺は不安が全て解消されて安心してると、テイオーがむっと口を尖らして俺に対して忠告してきた。

 

「ただし! ボクと妹さん。両方大事にすること! どっちしか見ないなんて嫌だからね!」

 

「勿論。両方担当するからには大事にするよ」

 

 これは当たり前のように聞こえるが、テイオーとカフェにとってはとても大事なことだろう。

 チームを組む……つまり複数人担当するということは、今まで以上に俺の負担が増えるという事だ。

 だが、それを言い訳にして片方しか見ないなんてことは許されない。

 テイオーを見るだけでもかなり頑張っていたのだが、これは今まで以上に気合を入れないといけないな……

 俺が覚悟を新たにしていると、それを見抜いたのかカフェがそっと俺の膝に手を置いてくる。

 

「ですが無理はしないでくださいね……姉さん」

 

「そうだよ! トレーナーが倒れたら意味ないんだからね!」

 

「あぁ。気を付けるよ」

 

 しっかり二人のお願いを受けて、俺は気を付けないとなと心にしっかりと留めておく。

 すると、カフェがテイオーに手を差し出して握手を求めた。

 

「それでは……よろしくお願いしますね。テイオーさん」

 

「よろしくね! えっとカフェ、先輩?」

 

「ふふ…… カフェ、でいいですよ……」

 

「りょーかい! よろしくね、カフェ!」

 

 ぎゅっとお互いがお互いの右手を握って握手をする。

 俺はその様子を見て胸を撫でおろしていると、テイオーがカフェに対して質問を投げかけた。

 

「そういえばさ。カフェは何を目標に走るの? ボクは最強のウマ娘になることだけど……」

 

「確かに、カフェは何のために走るんだ?」

 

 ウマ娘にとって「何のために走るのか」というのはとても大事だ。

 目標があるか無いかによってウマ娘の走りというのは、とても変わってくる。

 テイオーだって今までルドルフを超える最強のウマ娘になるというのがあったからこそ、三冠ウマ娘になることが出来た。

 俺もそれを分かっていたからこそ一緒に走ることが出来たし、ここでカフェの目標をはっきりしておくのはとても重要だ。

 俺がその意味を込めてカフェに訊ねると、彼女が俺の方を見てすぅと息を吸って答えた。

 

「オトモダチに追い付きたい…… それが、私の目標です……」

 

「へ? オトモダチ?」

 

「オトモダチ……? 誰かライバルがいるってことか?」

 

 俺とテイオーが疑問に思っていると、カフェがおどおどして落ち着きを無くし始めた。

 

「いえ…… 人では無くてですね…… あの……」

 

「人じゃない? まさか、幽霊とか?」

 

 テイオーがどこか冗談のように、おちゃらけた調子で口を開く。

 俺も人じゃないオトモダチとかとなると、動物とか? なんて思っていたがまさかそんなことは無いだろう。

 俺がカフェにどうなんだ? と視線を送ってみると、彼女が少し驚いたような顔でテイオーの方を見ていた。

 

「よく分かりましたね…… まぁ幽霊みたいなものです」

 

「え」

 

「……ん?」

 

 俺とテイオーの動きが止まる。

 それも当然だろう。カフェの口から飛び出したのは、普通じゃ信じられ無いことなのだから。

 幽霊──俺は一度も見たことも感じたこともないが、まさか本当にいるのか……? 

 それともカフェがちょっとおかしくなったか……? 

 俺が少し心配して彼女の顔を見るが、カフェの顔は真剣そのもので冗談を言ってるようには見えなかった。

 

「えっと…… 説明すると少し長くなるんですけど……」

 

 そう言って話始めたカフェの話を要約すると、昔熱を出した時に幽霊が見えるようになったと。

 その時から「オトモダチ」と呼ばれる幽霊と常に一緒にいると。

 更に「オトモダチ」からトレセン学園に入るために、一緒に走ってトレーニングしてきたと。

 そして──「オトモダチ」には一度たりとも追いつけたことが無いということ。

 

「ほら、今もいますよ…… オトモダチ」

 

「えっ、どこどこ!? ボクなんも見えないんだけど!?」

 

「俺も何も……」

 

 やはりいると言われても、見えないものは見えない。

 カフェが指を指した方向には俺がいつも使っている椅子とPCが置いてあるだけで、いつもと変わらない光景があるだけだった。

 

「と、とにかく! カフェにはボクたちには見えない幽霊が見えるってことだよね?」

 

「やはり見えませんか…… 姉さんならもしかしたらと思ったのですが……」

 

 そういえば俺は、幽霊とか信じて来なかったな。特に霊感とか無いし、当然っちゃ当然なのだが……

 しかし──

 

「カフェがいるって言うならいるんだろうな」

 

「えっ……?」

 

「ボクも信じるよ! だって嘘なんてついていなさそうだし!」

 

 そう。今までカフェは冗談でこのことを話しているようには見えなかった。

 真剣に自分にあったことを語っているようで──これを嘘だなんて思えるだろうか。

 むしろ、オトモダチのおかげでカフェがトレセン学園に入れたなら感謝したいくらいだ。

 

「で、カフェはそのオトモダチに追いつきたいってことだよな」

 

「はい…… ですが、いいんですか……?」

 

「ん? 何がだ?」

 

 カフェが不安そうに俺の方を見てきながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「いえ、その…… 私の目標はテイオーさんと比べたら、曖昧で……」

 

「目標はヒトそれぞれだからいいんだよ。それだって立派な目標だ」

 

 別にカフェの言っていることは誰かに勝ちたいということに近い。

 テイオーだってルドルフに勝ちたいという目標が込められているわけだし、カフェのだってなんらおかしい事はない。

 ライバルに勝ちたいから走る。立派な目標じゃないか。

 

「なら、ローテーションとかトレーニングメニューとかどうするか…… 見えない相手と併走トレーニングとか出来るのか……?」

 

「またトレーナーが仕事の顔になってる…… まっ、ボクもそのオトモダチと走ってみたいけどね」

 

「姉さん…… テイオーさん……」

 

 俺がオトモダチという未知の相手にどうするかと悩んでいると、カフェがすーっと俺の側に近寄って来る。

 どうしたのかなと思い隣に座っているカフェを見ようとした瞬間、頬に柔らかい感触が落ちる。

 

「え゛っ゛」

 

 テイオーが変な声を上げたなぁと思った瞬間、俺もその場の状況を理解する。

 そう。カフェに頬にキスされた──それを理解するのはちょっと時間が経った後だった。

 

「ありがとうございます……姉さん、こんな話を信じてくれて」

 

 俺とカフェの顔が正面を向きあい、同じ琥珀色の目にお互いの姿が映る。

 そして、カフェがにっこりと今日一番の笑顔を咲かせた。

 

「大好きですよ、姉さん」

 

~~~~~~~~~

 カフェにほっぺにキスされた後。

 何故か固まって動かなくなったテイオーを、とんとんと肩を叩いて再起動させる。

 そしてふらふらと動き始めたテイオーが「あっ」と呟くと俺に向かって話し始めた。

 

「そういえばさっきたづなさんが呼んでたよ。 後で電話して欲しいって」

 

 そういえばそれを伝えるために部屋に来たんだよね〜とテイオーが言うと、んっと彼女が背伸びをして部屋の外に出て行こうとした。

 

「じゃあ、また夕方ね! ばいばーい!」

 

 そう言い残して、テイオーが部屋から出ていく。

 そして残ったカフェを見ると、何やら携帯を取り出してメールをチェックしているみたいだった。

 

「あの……私は生徒会室に呼ばれたので…… ちょっと行ってきますね」

 

「分かった。案内しなくて大丈夫か?」

 

「大丈夫ですよ…… 最悪オトモダチに聞きますので……」

 

 オトモダチってそこまで把握しているのかなんて思っていると、カフェがソファから立ち上がってドアに手をかけた。

 

「ではまた後で…… また連絡しますね……」

 

「了解。気をつけてな」

 

 カフェが小さく手を振って部屋から出て行くと、先ほどまで賑やかだった俺の部屋がしんと静まり返る。

 そこに一人残った俺は、くいっと背伸びをするとぽそりと言葉を呟いてやる気を入れた。

 

「よし……頑張るか」

 

 そう言葉通りに思いながら、電話を取るとたづなさんに電話をかけた。

 

「お疲れ様です、スターゲイザーなんですけども──」

 

 たづなさんと連絡のやり取りをしてから数十分後。

 俺はたづなさんにありがとうございましたと挨拶して、通話のボタンを切る。

 

「そっか…… もうそんな時期か……」

 

 たづなさんから伺ったのはトレセン学園の文化祭ともいえる、「聖蹄祭」の開催の連絡だった。

 これは秋に開催されるファン感謝祭で、クラス単位やチーム単位で色々な催し物が行われる。

 その催し物に、テイオーは参加するのかという質問が今来たのだ。

 参加すると言っても催し物を出す方の側での話で、トレセン学園としては今話題の三冠ウマ娘に出し物をしてもらいたいのだろう。

 俺としてもファンに感謝するのは必要だと思っているし、テイオーには是非何かやってもらいたいが…… 何をするのがいいのだろうか。

 なので俺が過去の学園祭の出し物を調べるためネットを立ち上げようとしたのだが、ぴろんと携帯の電子音が鳴る。

 確認しようと思って携帯を手に取ると、マンハッタンカフェと表記されていたので直ぐに画面を確認した。

 するとそこには一緒に来てほしい場所があると書かれていたので、俺は今からいくよと返信をして俺は椅子から立ち上がった。

 そして帽子を手に取って頭に被ると、急ぎ足で部屋を出る。

 集合場所に指定されていた食堂の方に寮から移動して辿り着くと、カフェが先に椅子に座っていてコーヒーを飲んでいた。

 ふわりとコーヒーのいい香りがカフェから漂ってくる。

 そんなコーヒーとの組み合わせが様になっている彼女に、俺は後ろから話しかけた。

 

「カフェ、来たぞ」

 

「すみません、わざわざ……」

 

「仕事もキリよかったし大丈夫。で、来てほしい場所って?」

 

「それなんですけど……」

 

 カフェがカップをこつんとテーブルの上にゆっくりと降ろすと、ほぅとコーヒーの香りを吐き出しながら話始めた。

 

「実は先ほど生徒会室に行って、生徒会長に会って来たのですが……」

 

「ルドルフに? 直接呼ぶなんて珍しいな」

 

「はい…… そこで少し変なことを言われたんです……」

 

「変なこと?」

 

 はいとカフェが返事してコーヒーを一口を飲むと、こくりと喉を鳴らした。

 

「とある人の監視をして欲しいと頼まれまして……」

 

「監視?」

 

 それはまた変なお願い事だな……

 監視って問題児とかなのか……? それだったらなんでカフェに頼んだんだろうか。

 

「それで……ここに行ってほしいと言われまして…… 嫌だったら勿論断っていいと言われましたが……」

 

 カフェがルドルフに渡されたのか、場所が書かれたメモ帳を広げる。

 そこに書かれていた場所は、トレセン学園でも端にある空き教室の番号だった。

 

「あれ……ここ空き教室じゃなかったっけ」

 

「詳しいですね…… 私は行ったこと無いので、案内してくれませんか?」

 

「いいぞ。……てかそれだけで俺を呼んだのか?」

 

 ふと思ってしまったことをカフェに尋ねると、彼女が恥ずかしそうにもじもじと腕を捩りながら答えた。

 

「だって……一人で行くの怖いじゃ無いですか……」

 

 その可愛らしい仕草に。

 俺は思わず胸がきゅんとして、彼女の頭を撫でそうになってしまった。

 そんな頼られてしまっては、意地でも頑張らないとなと思ってしまう。

 とは言っても道案内だ。別に変な事は起こったりしないだろう。

 そんなことを思いつつ、俺とカフェは食堂の椅子から立ち上がり目的地に向かうことにした。

 がやがやと喧騒が残る食堂を後にし、俺たちはトレセン学園の教室がある方へ移動する。

 指定された教室はかなりトレセン学園の中でも端っこにあり、普通の人ならば滅多に来ない場所だ。

 二人で向かっていると、そのうちウマ娘の数も少なくなり静かになっていく。

 こつん、こつんと二人分の足音が響く中、俺たちは指定された教室に辿り着いた。

 

「開けますね……」

 

 カフェがこんこんとドアをノックする。しかし、中から返事は返ってくる事はない。

 カフェが小首を傾げてもう一度ノックしてみるが、やはり特に反応が返ってくることは無かった。

 

「留守でしょうか……」

 

「先に入って待ってるか? 鍵は特にかかってないっぽいし」

 

 俺がドアに手をかけて、ガラリと入り口を開けると──ぼふんと中から煙が出てきた。

 

「!? げほっ、げほっ」

 

「姉さん!? 大丈夫ですか!?」

 

 白いもくもくとした煙が教室の奥から発生している。

 一瞬火事か何かと警戒度を高めたが、思った以上に早く白い煙が晴れていく。

 しかも煙も何か燃えたみたいな匂いは全くせず、どちらかというか水蒸気に近い感じだった。

 そして、一人のウマ娘らしきシルエットが煙の発生源の中心に見える。

 

「あぁ…… また失敗か…… まぁ、いい。これは急ぎではないからね」

 

 白い白衣を着て、怪し気な薬品が入ったビーカーを右手で揺らしているウマ娘。

 ショートカットの栗毛を携えて、しかめっつらをしている。

 そんな怪し気な雰囲気を纏った彼女が、俺たちの存在に気づいたのかドアの方を向いた。まだ煙の収まらず視界が悪い中、彼女が口を開いた。

 

「んん? なんだい、君たちは?」

 

「いえ……あの…… あなたが例の人ですか……?」

 

「例の…… あぁ、生徒会が言っていた監視員という奴か」

 

 彼女はビーカーをことんと机に置いて、煙の発生源から悠々と挨拶をし始めた。

 

「初めましてだねぇ! 私はアグネスタキオン! ウマ娘の可能性の果てを追い求めるしがない研究者さ!」

 

 そう言って深々とおじぎをすると、俺の後ろに隠れていたカフェに向かって話しかけた。

 

「よろしくねぇ、マンハッタンカフェ君」

 

「……っつ。なんで私の名前を……」

 

「そりゃあ、私が君を指名したからさ」

 

 くっくっくっと怪しい笑みを浮かべて、タキオンと名乗ったウマ娘が椅子に座る。

 そして実験台になっていた机ではなく、普段使いしているような机と椅子を指さした。

 

「まぁ、座りたまえ。お茶くらいは用意しよう」

 

 そう案内されたんで、ようやく煙が晴れて見えやすくなった部屋を歩いて椅子に座る。

 あたりを見渡すと、まるで理科室のような実験器具が多く置かれており混雑としていた。

 見た事ない器具まで置かれており、空き教室にしては随分と物が置かれていた。

 お茶を出すと言ったアグネスタキオンは、実験台の上でビーカーでお湯を沸かしていた。

 ……まさか、それでお茶を出すつもりなのか。

 ふと隣を見ると、カフェが隣でビクビクとしながら座っている。

 これは俺がついてきて正解だったな。

 俺がカフェを安心させるように頭をぽんと撫でると、ほっと彼女が息を吐く。

 少しリラックスしたように見えるカフェを隣に、アグネスタキオンが紅茶の香りがする液体が入ったカップを持ってきた。

 よかった、ビーカーで出してくるわけじゃなかった……

 

「はい、紅茶だ。変なものは入ってないから安心したまえ」

 

「変なものが入ってる時もあるんですか……?」

 

 カフェがジト目でアグネスタキオンを見ると、彼女が手を広げて「どうかな」と呟いた。

 ちょっと怖いが、出されたものを飲まないのも失礼かと思い一口カップに口をつける。

 ……うん、普通の紅茶だ。

 

「多分、大丈夫だぞ。カフェ」

 

「いえ……タキオンさんには申し訳ないのですが私、紅茶が苦手でして……」

 

「そうなのか。すまないな。アグネスタキオン」

 

「タキオンでいいさ。まぁ、誰にだって好き嫌いはあるからねぇ…… 因みに、私はコーヒーが苦手だ」

 

 そう言いながら、タキオンがぼちゃぼちゃと無造作に角砂糖を紅茶の中に入れた。

 一個や二個じゃなくて、大量の砂糖を入れているのを見てカフェが舌を出しそうになりながらうぇーという顔をしている。

 あれだけ入れたら紅茶の味が無くなるんじゃないか……? と思ったが、タキオンは美味しそうに紅茶を飲んでいる。

 

「さて……早めに本題に入るとしようか。私が監視役にカフェ君を指名した理由だが……」

 

「はぁ」

 

「君、何か見えざるものが見えるんじゃないか?」

 

「……っつ!?」

 

 カフェがタキオンに対して驚いたような顔を見せる。

 俺も正直驚いた。このことを知っているのは俺とテイオーだけのはずだ。

 しかも、これに関してはさっきカフェから話してもらったばっかり。

 テイオーが言いふらすとは思えないし、一体どこからその情報を仕入れたんだ……? 

 

「あっははは! いやぁ、その反応を見るに本当だったらしいね! カマをかけたかいがあったよ! 実に興味深いねぇ」

 

「カマ……」

 

「実はだね──」

 

 そこからタキオンが話し始めたのは、カフェが俺の部屋に来る前の夜の話だった。

 どうやらタキオンはカフェが俺の寮に入る瞬間を目撃していたらしい。そこで不思議なものを見たんだとか。

 

「……私が言えた口ではありませんが、何で外にいたのですか?」

 

「いやねぇ、実験をしていたら遅くなってしまってねぇ。寮に入れて貰おうと行ったら見事に閉まっていたわけさ」

 

 タキオンがまるで笑いごとのように、その日の夜の事を話す。

 笑って話しているが、普通寮に帰らないって問題じゃないのか……? 

 いや、そこまで含めて「問題児」なのか。

 

「そこでねぇ…… 面白いものを見つけてしまったのだよ。 なんと! そこには鍵を持ってないのに寮のドアを開けるカフェ君の姿が!」

 

「カフェ……?」

 

「いえ……その……」

 

「そこで、カフェ君がうわ言のように誰かと喋っている様子を見てねぇ…… まるで見えないものと話しているようだった」

 

 ……なるほど。そこでカフェが幽霊──オトモダチと話しているんじゃないかとカマをかけたわけか。

 確かにそれは納得がいかないわけではないが……

 そこでなんでカフェを監視役に選んだんだ……? 

 

「私の研究テーマはウマ娘の可能性だ。そこでだね、カフェ君のような全く異なる視点から世界を、ウマ娘を見る人物に声をかけて見たのだが…… どうやら大当たりのようだ」

 

 くっくっくっと怪しい笑みを浮かべてタキオンが語る。

 こうして聞くと、タキオンはなかなかアグレッシブな……研究者もとい問題児の様だ。

 確かに、生徒会が監視を付けたくなるのも分かってしまうくらいに。

 

「さて、カフェ君。私の監視をするなら君しかいないが…… どうだい?」

 

 タキオンが腕と足を組みながら、カフェに訊ねる。

 そして、カフェがゆっくりと口を開いてその問いに答えた。

 

「嫌です……」

 

「え──っ!!!」

 

 まぁ当然っちゃ当然か。

 だって一切こっち側にメリットがない。それは断るに決まっているだろう。俺でも断る。

 

「そ、そうだ! この教室の空きスペースを使ってもいい! なんでも置けたりするぞ!」

 

「別にそれは自分の部屋に置けばいいんじゃないか……?」

 

 必死に留めてこようとするタキオンに俺がツッコミを入れていると、カフェの耳がぴくりと反応した。

 

「いまなんでもって……」

 

「ん? あぁ! 別におっきな物でも構わない! ベッドとかも置けるぞ!」

 

 そうタキオンがスペースの広さをアピールすると、カフェが少し首を傾けて悩み始めた。

 ……ん? 何かそんな悩むポイントあったか? 

 そう俺が疑問に感じていたら、カフェが──折れた。

 

「分かりました…… この教室の半分、貸してくれたらやりましょう……」

 

「カフェ……?」

 

 俺がなんでカフェがそんなことをするのか分からないので、隣に座っている彼女を眺める。

 すると、カフェが俺に対してこっそりと耳打ちしてきた。

 

「その……趣味のコーヒーグッズが部屋に置けなくて…… ちょっと置き場に困っていたんです……」

 

「そっか……」

 

「あと……」

 

 そう言いかけてカフェが俺の耳から口を離す。

 そしてニコニコと笑っているタキオンを正面に見ると、ふっと破顔させて口を開いた。

 

「私のオトモダチが……姉さんたちにも見えたら嬉しいじゃないですか…… タキオンさんは研究者。もしかしたら、そういうことも可能かもしれません……」

 

「ふぅん? 任せたまえよ。 未知の研究、こんなに心が躍る事はない!」

 

 そうカフェとタキオンが向き合って、視線を交わす。

 どうやら彼女たちの間で契約は成立したらしい。

 ならば、俺はあとは見守るだけだ。カフェのオトモダチ、俺も見てみたいしな。

 

「それとスターゲイザー君」

 

「ん? 俺?」

 

 そう思っていると、カフェから興味を向けたのかタキオンが俺に向かって話しかけてきた。

 

「私はね、君もとても興味深い」

 

「……別に俺、特に変なことはないぞ」

 

 特筆するならこの白い髪くらいだが…… まぁこれは個性だしなぁ。

 

「違うさ。君みたいな全く走らないウマ娘は実に珍しいんだよ。ウマ娘はみんな走りに囚われている。それなのに君は…… 不思議じゃないかい?」

 

「……」

 

 それに関しては俺には前世がある「転生者」というのがあるからだが……

 

 いや。俺がウマ娘に転生したら走りたいと思うのが普通だったのか……? ウマ娘の本能に俺は何故引っ張られない……? 

 

「その通り、君は珍しいウマ娘なのさ。だから、君も実験対象だよ私のね」

 

 そう語り終えるとタキオンはばっと椅子から立ち上がり、ばさりと白衣を広げて宣言した。

 

「さぁ──実験を始めようか!」

 

 これがスターゲイザーとマンハッタンカフェとアグネスタキオンの、初邂逅であった。

 




こんにちはちみー(挨拶)
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
コミケが開催されてドタバタしていましたが、無事新刊を出せてほっとしております。
そんな新刊なのですがR18作品なので、気になる方は私のTwitterを覗いて見て下さい。現在DL版を販売しています。

Twitter→@Frappuccino0125

どうか今年もスターゲイザーをよろしくお願いします。


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【スターの日常】聖蹄祭とお着替え人形と化したスターちゃん

 菊花賞も終わり、自分の妹との問題も一旦落ち着いた頃。

 最近はカフェのトレーニングのことばっかり考えながら仕事している。

 そんな俺がいつもの通り仕事をしている時にその連絡は来た。

 ぶるりと携帯が震えた音と振動が、テーブルをつたって俺に知らせてくる。

 

「……ん? なんだろう」

 

 一旦パソコンを弄る手を止めて携帯のメッセージアプリを確認すると、そこにはシンボリルドルフの文字が。

 ルドルフから連絡が来るなんて珍しいなんて思いながら、内容を確認してみると「聖蹄祭の件で話があるから、テイオーと一緒に生徒会室に来て欲しい」とのことだった。

 そういえばつい最近たづなさんに出しものとか考えて欲しいって言われてたな……そのことだろうか。

 頭の片隅でそんなことを考えながら、携帯を操作してテイオーに連絡を取る。

 時間的にはすでに放課後だったため、テイオーには俺の部屋じゃなくて生徒会室で待ち合わせすることを伝えつつ、椅子から立ち上がった。

 凝った体をほぐそうとんっと背伸びをすると、俺はゆっくりと自室のドアから外に出ていく。

 学校が終わったため少しずつウマ娘が帰ってきている寮を後にして、トレセン学園へと向かう。

 なんとなく駆け足で向かっていると、多くのウマ娘とすれ違った。

 そのまま生徒会室に辿り着くと、扉の前にはいつも見慣れたポニーテールがゆらゆらと揺れているのが見える。

 

「お待たせ、テイオー」

 

「ううん、ボクも今来たとこ」

 

 そう言って俺の方を見た担当ウマ娘のトウカイテイオーは、ぴょんと一歩踏み込んで隣に立ってきた。

 そして少し首を傾げると、俺に質問をしてくる。

 

「ボクたち何で呼ばれたのかな。トレーナー知ってる?」

 

「なんか聖蹄祭に関してのことらしいぞ。詳しいことは中に入ってからかな」

 

 こんこんと生徒会室の無駄に立派なドアをノックすると、中から「どうぞ」と声が聞こえた。

 がちゃりとドアを開けて中に入ると、そこにはこのトレセン学園の生徒会長であるシンボリルドルフが椅子に座りながら何かの作業をしていた。

 俺たちが入って来ると、ぴくりと耳を揺らして作業の手を止めて顔を上げる。

 

「やぁ、スターにテイオー。待っていたよ」

 

「カイチョー! ボクが来たよー!」

 

 ルドルフに会えたからか、テンション高めの声でテイオーが返事をした。

 ぶんぶんと尻尾が揺れており、テイオーがどれだけ彼女が好きなのかが分かる。

 そんなテイオーを見てふっと微笑みながら、手を机の上に乗せて俺たちに再度向き合った。

 

「さて単刀直入、話をしようか。聖蹄祭の出し物の件については二人とも知っているね?」

 

「勿論! えっとカイチョーは、去年喫茶店やってたんだっけ?」

 

 聖蹄祭は別名ファン感謝祭と呼ばれており、一般人の方がトレセン学園に入れる数少ない機会の一つだ。

 出し物とはその中で行われるレクリエーションみたいなもので、ウマ娘とファンとの交流を図るものになっている。

 普段はターフの上で走っているウマ娘が、ファンと近い距離で接する。ファンとしてはこれほど嬉しいものはない。

 そんな出し物についてはたづなさんから事前に説明を受けていた。

 テイオーは今や世間を騒がせている無敗の三冠ウマ娘。トレセン学園としても、是非この聖蹄祭で彼女に何かやってほしいのだろう。

 だが最近忙しくてそのことがすっかり頭から抜けていたなと思っていると、ルドルフがそのことを知っていたかのように話を続けた。

 

「うむ、それがかなり好評でね。是非今年も継続してやってくれとお願いがあった。そこでだ」

 

「うんうん」

 

「スターにテイオー、私達の喫茶店を手伝ってはくれないか?」

 

「いいよ!」

 

 ルドルフからのお誘いに細かい話を聞かずに、テイオーが速攻で了承してしまう。

 俺は去年の聖蹄祭に行ったわけではないのだが、資料の記憶を呼び起こすと確かかなり賑わっていたらしい。

 それもそのはず。この喫茶店はルドルフを中心にエアグルーヴやフジキセキなど、G1を取った有名なウマ娘が名を連ねていたらしい。

 そりゃこれだけ豪華なウマ娘が集まってくれたら、ファンとしては卒倒ものだろう。

 そんな喫茶店にテイオーも出て欲しい……というのは俺としてもありがたい申し出だった。

 これでテイオーが何か出し物をするという問題も解決するし、テイオーもルドルフと一緒に入れて大喜びだろう。

 しかし、ルドルフにテイオーが喫茶店をやるのか……。これは集客率が凄いことになりそうだなと思っていると、ルドルフの言ったことが何か引っ掛かる。

 

「なんで、俺も誘われてるんだ……?」

 

「ん……? あぁ、単純に今回のコンセプトにスターが合っていると思ったからさ」

 

「コンセプト?」

 

 喫茶店にコンセプトとは。何か出す料理とかにこだわるのだろうか。

 でも、俺は普通の一般トレーナーの一人。

 G1ウマ娘とは釣り合いが取れるとは到底思えないのだが……

 

「今回のコンセプトはずばり……執事喫茶だ」

 

「おぉ~!」

 

 テイオーが目をキラキラとさせながらルドルフのいう事に喰いつく。

 コンセプトってそっち方向なのかと心の中で思いつつ、俺は話の続きを聞いた。

 いわく執事服を着てファンをお出迎えし、来てくれた人とコミュニケーションを測るのだそうだ。

 飲み物や食べ物を提供はするが、あくまでそれはおまけで本体はファンとの交流。

 今の時代、メイド喫茶とかもあるしそれと同系統の奴だろう。

 とそこまで、情報を整理したがそれでも俺が誘われる理由がいまいちピンとこない。

 俺が頭を捻っていると、ルドルフがくすりと笑って俺に対して口を開いた。

 

「普段からスーツを着ているから執事服も似合うと思ってね? どうだろうか」

 

「トレーナーの執事服!? 見たい見たい!」

 

 そうルドルフが提案してくると、テイオーがきらきらした目で俺のことを見てくる。

 そんな適当な理由で俺が喫茶店に出てもいいのだろうか。

 いや、ダメでしょ。明らかにバランスが取れていない。

 俺が自分で無理だと結論づけていると、ルドルフがそれを察したのか別の案を出してきた。

 

「無理にとは言わないが……。 よければ裏方として手伝ってくれないだろうか? 人手が欲しくてね」

 

「あー、それなら。大丈夫かな」

 

 あくまで表に立って接客するのはテイオーやルドルフで、俺が裏方として働くならば個人的には問題ない。

 聖蹄祭の日には特にやることもないため、こうやってテイオーの手伝いをするのならばトレーナーとして働いているということになり予定も埋まる。

 俺はあまり表に出ることは好まないが、こうやって裏方としてテイオーのファンに陰ながら感謝するのは大事だ。

 そう思った俺は、ルドルフに対してオッケーと返事をした。

 

「助かるよ。人手は多いに越したことは無いからね」

 

「ちぇー、トレーナーの執事服見たかったのになぁ」

 

 テイオーが不満気にぷんぷんと言った様子で文句を言うが、別に俺のを見たって得はあんまり無いだろうに。

 俺が残念だったなという意味を込めてテイオーに視線を送ると、ルドルフがにやりと口を開いて衝撃的なことを発言してきた。

 

「あぁ、裏方も執事服は着るよ。残念だったね、スター」

 

「え」

 

「ホント!?」

 

 机にばんと手が付く勢いで、テイオーが前のめりになる。

 そして彼女が上目づかいで、俺のことをジーッと見てきた。

 

「ねぇ、トレーナー。お願い!」

 

 うっ。そんな曇りない眼で見つめられると、俺が強く出れないじゃないか……

 助けを求めるようにルドルフに視線を送ると「諦めたまえ」とそっと目を閉じられた。

 テイオーにこれだけ期待されてるし……まぁ、執事服だったらまだ恥ずかしくは無いからいいかな……

 かくして。俺は聖蹄祭で、執事喫茶の裏方として働くことになったのであった。

 

~~~~~~~~

 それから約一週間後。

 学園内の空気もどこかそわそわとしだしていたが、無事に準備も終わって聖蹄祭当日になった。

 トレセン学園は知っての通り、かなり広い。

 そこにまるで夏祭りのように出店や簡易的なお店が、ところせましと設置されている。

 トレセン学園の校舎内にも展示物が設置されているらしく、外も中も出し物でいっぱいだ。

 そして聖蹄祭当日の朝、俺たちはルドルフたちが出す喫茶店の後ろに集合していた。

 そこにはルドルフのほかに、寮長であるフジキセキ、ヒシアマゾン。生徒会メンバーであるエアグルーヴ、ナリタブライアン。更には三冠ウマ娘が一人、ミスターシービー。スーパーカーことマルゼンスキーまでいた。

 ここに集まったメンツはレジェンドのウマ娘ばかりであり、俺の肩身が自然と狭くなるように感じる。

 というかよくこれだけのウマ娘を集めることが出来たな……と心の中で戦慄しつつ、俺はすーっとテイオーの後ろに隠れた。

 

「? どうしたの?」

 

「いや……ちょっとメンツが豪華でな……」

 

「ボクのトレーナーなんだからもっと胸張ってもいいんだよ?」

 

「そうですよ……三冠ウマ娘のトレーナー……。かなり凄いことですよ……?」

 

 そう俺の隣で言ってきたのは、黒く長い髪を携えたウマ娘。

 まだデビューはしていないが、俺の担当ウマ娘で俺の妹。マンハッタンカフェが励ましてくれた。

 なぜここにカフェがいるかというと、俺が喫茶店を手伝うことを彼女に伝えた結果「私もやります」と立候補してくれたので、こうして手伝いに来てもらったというわけだ。

 ルドルフにはしっかり連絡して増員の報告はした。すると彼女は手伝ってくれるならとても助かるよと言ってくれたので、ありがたくカフェにも協力を仰ぐことにしたのだ。

 俺が少しおどおどして二人からシャキッとしろと言われると、ルドルフが息払いをしてゆっくりと話始めた。

 

「みんな、今日は集まってくれてありがとう。聖蹄祭はファン感謝祭とも呼ばれている。今まで私たちが支えて貰った恩を、ファンの皆様に返していこう」

 

 ルドルフが真面目な話をして最初の挨拶をすると、全員の気が引き締まった気がする。

 その後エアグルーヴさんが着替えの指示をしてくれたので、俺たちは更衣室に移動して用意してくれた執事服に着替え始めた。

 渡された服を手に取ってみて分かったのだが、明らかに安物の生地とかではなく材質がかなりしっかりとしている。

 お嬢様ウマ娘が多いトレセン学園だ。執事とかいるウマ娘の誰かから借りたのかなと思いながら、袖を通すとぴったりと自分にフィットした。

 いつも着ているスーツと見た目的にはほぼ一緒なのだが、ちょっと雰囲気が変わる気がするのは何故なのだろう。

 丁寧に服を着ていって、最後に白い手袋をきゅっと嵌めたら準備は完了だ。

 だがちょっと不安だったので、テイオーとカフェに確認してもらおうと声をかけた。

 

「大丈夫か? 変なところとか無いかな」

 

 その場でくるりと一回転して、執事服をたなびかせる。

 すると、それを見たカフェがにこりと微笑んで俺に感想を言ってくれた。

 

「えぇ……とても似合ってますよ。流石ですね……」

 

 そう褒めてくれたカフェも着替えが終わっており、執事服をその身に纏っている。

 それを見た俺の率直な感想だが、かなりかっこいいと思ってしまった。

 カフェの儚げな雰囲気にマッチしており、すぅと消えてしまいそうな微笑みをしている。

 これは自分の妹ながら、かなりイケメンに仕上がってしまったのではないだろうか。

 

「カフェもかっこいいぞ。凄い似合ってる」

 

 俺がそう褒めると、嬉しそうに耳を立てて俺の方に近寄って来る。尻尾もゆらりと左右に揺れており、かなり上機嫌のようだ。

 そのまま俺がカフェの頭にぽんと手を置いて撫でると、彼女は目を細めて抵抗せずに享受した。

 その後一旦カフェの頭を撫でるのをやめて辺りを見渡すと、他のウマ娘も着替えが終わったのか自分の持ち場に移動しようとしている。

 俺も裏方として働くために喫茶店へ移動しようとすると、ぽつんと一人座っているウマ娘が視界に入った。

 どうしたのかと思ってしっかりと見ると、そこには執事服を着たテイオーがぽけっと俺の方を見ながら椅子に座っている。

 容姿端麗ということも相まって執事服が良く似合っているなと思っていると、テイオーがぴくりと動いた。

 

「ト、トレーナー。すっごい似合ってるよ! かっこいいね!」

 

「そうか? なら良かった。テイオーも似合っているぞ」

 

「ふぇ……。あ、ありがと……」

 

 俺が素直に思ったことをテイオーに伝えると、何故か彼女の頬が少し赤くなってそっと俯く。

 あれ。テイオーはこういう褒め言葉には強いと思っていたけど……照れる彼女の姿を見るのは珍しいな。

 テイオーが座ったまま足をもじもじとしていたので、俺はぽんと彼女の頭に手を置いて囁く。

 

「ほら、ファンが待ってるから行こうか」

 

「ふぁ、ふぁい……」

 

 テイオーが気の抜けた返事をすると、ゆっくりと立ち上がってふらふらと喫茶店の方へ向かっていった。

 俺もついて行こうかと思ってカフェの方を見ると、呆れたような目でじーっと見つめてくる。

 

「今のは姉さんが悪いですよ……」

 

「え? 俺なんかダメなことした……?」

 

「はぁ……。罪なウマ娘ですね……」

 

 そう言い残してカフェは、先に出口の方へ向かっていってしまう。

 俺はなにかしたかなと自分の行動を振り返りながら、喫茶店へ向かうことにした。

 

~~~~~~~~

『これより聖蹄祭、開催致します!』

 

 そんな女性の声がスピーカーを通して学園内に響き渡る。

 午前十時。聖蹄祭開始の合図が宣言された。

 ぱちぱちと拍手の音が辺りから聞こえてくる。

 俺とカフェは裏方の仕事ということで、お客さんに出す飲み物やお菓子の準備をしていた。

 そこに最初は表に出ないフジキセキさんとヒシアマゾンさんが、一緒に手伝ってくれている。

 この執事喫茶はローテ制になっており、ファンと対応するウマ娘、裏方として働くウマ娘、休憩するウマ娘と分かれていた。

 最初はテイオー、ルドルフ、シービーさん、ブライアンさんが接客役らしい。

 三冠ウマ娘勢揃いでお出迎えしてくれるこの喫茶店なんて、この聖蹄祭でしか見られないだろう。

 そうしていると、最初のお客様が来たのかルドルフの声が聞こえた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

 そう言った直後、女性の悲鳴のような声が上がる。

 俺が予想した通り、ファンの一人がやられてしまったようだ。まぁ、気持ちは分かる。

 俺もトレセン学園のトレーナーになって感覚が鈍ってきているが、本来であれば手を伸ばしても近づけないスターウマ娘が目の前で対応してくれるのだ。

 ファンにとってこれ以上の喜びはないだろう。

 因みに聖蹄祭は一般人が入場するにはチケットが必要であり、人数制限がかかっているとのこと。

 この世界のウマ娘人気を考えたら、無制限に人をいれたら大変なことになってしまうのは目に見えているので妥当と言った所か。

 がやがやと接客スペースに人が集まって来る音が聞こえ始める。

 それからは注文に合わせて、飲み物をカップに注いだりお盆にお菓子を乗っけたりしていた。

 食べ物や飲み物は基本最初から用意してあったものをお盆に置くだけなので、そこまで労力はかからない。

 だが、唯一めちゃくちゃこだわっているメニューがあった。

 それが、カフェのお手製コーヒーである。

 一体どこから持ってきたのか分からないミルで、ごりごりと豆からコーヒーを淹れている。

 聞いたところによるとコーヒー豆も持参したらしい。

 

「カフェってコーヒー淹れるの趣味だったんだっけ?」

 

「はい……機材とかも全部自分で揃えました……。正直寮の部屋に置けないくらいだったので……タキオンさんの部屋を貸して貰えて助かりましたね……」

 

 カフェがコーヒー好きだということは少し前に耳にしていたのだが、ここまで本格的な機材を揃えてやっているとは思わなかった。

 いわゆるガチ勢というやつなのだろう。

 

「私がいる間……コーヒーを好きに淹れていいとルドルフさんから許可を貰いました……。お客さんに飲ませるコーヒー……せっかくなら美味しいものをお出ししたいです……」

 

 カフェの献身的な気遣いで淹れてくれたコーヒーを味見させてもらったが、市販のコーヒーよりもかなり味わい深くコクというのを感じることが出来た。

 コーヒーでここまで「美味しい」と感じたのは初めてかもしれない。

 そんなコーヒーの良い匂いが充満している室内で、俺たちは特に詰まることも無く順調に作業を進めていた。

 

「すまない、スター! これそっちに持って行ってくれないか?」

 

「了解です」

 

 ヒシアマゾンさんが準備したお盆を俺はバックスペースから指示された場所へ運んでいく。

 裏で準備した食べ物を一旦中間地点にある机に置いて、外から接客役が取りに来て提供する。

 そのため、俺の姿が外に出ることはない。だが彼女たちが接客している様子は、仕切られたカーテンからちらちらと見ることが出来た。

 

「はーい! 今からじゃんけんしてボクに勝てたら、一緒に写真取ってあげる!」

 

 テイオーが喫茶店の中で一段高いところに立って、右手を上に上げているのが見える。

 どうやらじゃんけん大会みたいなのをやって、写真を撮る人を決めているらしい。

 こうやって写真を撮る人を決めるのは、恐らく全員が撮れるとなったら大変なことになるからだろう。

 ウマ娘とのツーショットなんて、一人一人対応していったらかなりの時間がかかる。

 給仕姿のウマ娘を写真に納めるのは自由らしいが、客側から接触するのは基本禁止だ。

 いくら治安がいいこの世界といえど、何をされるか分からないというのが全てだろう。

 だからこうしてミニゲームで楽しみながら、抽選を行っている。

 こうして始まったテイオーのじゃんけん大会は最後の一人になるまで続いて、勝った女の子の携帯を使って一緒にツーショットを撮っていた。

 かなり近づいての三冠ウマ娘とのツーショット。これは少女にとっても宝物になるんじゃないだろうか。

 そんな外の様子をカーテンの隙間から眺めていたら、カフェに裏側に呼び出されたので急いで戻る。

 テイオーはいつも通りの調子に戻っていたし、これは安心かな。

 こうして聖蹄祭の執事喫茶は順調に進んでいたのだが、ここで一つ小さなトラブルが発生した。

 

「ごめん! なんかお客さんが携帯を忘れちゃったみたいでさー! これ、後ろで預かってくれる?」

 

 そう言って裏側に入って来たのは、携帯を手に持ったテイオーだった。

 どうやら忘れ物が出たらしく、それを後ろで保管して欲しいとのこと。

 フジキセキさんが「取りに来るかもしれないしね」と言って、一旦預かってそれでも来なかったら学園祭の運営に届けようと提案してくる。

 俺がその落とし物をちらっと見ると、どこかで見覚えがあるストラップが付いた携帯だった。

 

「あ、その携帯」

 

「知ってるのかい?」

 

 知ってるも何も、先ほどテイオーとツーショットしていた女の子が使っていた携帯だ。

 少し特徴的な人参のストラップをしていたから直ぐに分かった。

 それをフジキセキさんに説明すると、ふむと頷いてテイオーに訊ねる。

 

「彼女が出ていった時間は覚えているかい?」

 

「さっき出ていったばっかりだと思うよ。まぁ、気付くんじゃないかな」

 

「じゃあ、俺が届けましょうか?」

 

 先ほど出ていったばかりならそこまで遠くに行って無いだろう。

 幸いなことに、ここへ来るには一方通行の道を通らなければいけない。

 混むことを前提にして、人数を整理しやすいよう道が設定されている。

 ならば、見つけるのもたやすい。

 そう思って俺が手を挙げてみたのだが、フジキセキさんは少し渋った顔をした。

 

「……顔は覚えているのかい?」

 

「大丈夫です。一回見たので」

 

 俺は一回見たら基本顔は忘れない。

 なんならテイオーと一瞬だけだが一緒にいた人だったため、服装まで全部覚えている。

 これなら人違いすることはないだろう。

 

「まるでルドルフみたいだね……。なら、任せようかな。頼んだよ」

 

「頼まれました。じゃあ、テイオー、カフェ。ちょっと行ってくるな」

 

「トレーナー、気を付けてねー!」

 

「はい、ほんとにお気をつけて……」

 

 何か含みのある言い方をしてきたカフェを背に、俺は落とし物を届けに出口に向かった。

 執事喫茶の裏側の出口からこっそりと出て、正面の入口へと移動する。

 そこには多くのトレセン学園生徒だけでなく、私服の一般人やウマ娘も多くいた。

 この人数の多さと熱気は、G1レースがある時のレース場を彷彿とさせる。

 さて、外に出たからには俺のやるべきことをしなければ。

 なんとか人混みを縫って、お目当ての人を探そうと辺りを見渡す。

 記憶を思い出しながらきょろきょろと視線を回していると、意外とあっさりと探し人を見つけることが出来た。

 俺はその少女に近づくと、とんとんと肩を叩いて話しかける。

 

「すみません、先ほど喫茶店で携帯落としませんでしたか? 届けに来たんですけど……」

 

「あ、ありがとうご……ひょっ!?」

 

 くるりと体を回して振り返ってきた少女と目が合った瞬間、彼女の体の動きが固まった。

 なんかぽかんと口を開けて、俺の顔をじっと見つめている。

 ……なんか、顔についていたかな。

 

「か、かっこいい……」

 

「え」

 

「あ、あの! すみません、一生応援します! これから! それでは、失礼しますー!」

 

 携帯をぽんと手渡しすると、彼女が突然動き出してどこかへ走り去っていってしまった。

 顔を真っ赤にしてその場から逃げるかのように行ってしまった彼女に、何が起こったか分からずぽかんとしていると周りの人からの視線を感じる。

 ひそひそという話し声が聞こえてきたと思うと、その場にいたとある少女が俺に対して話しかけてきた。

 

「す、すみません……。 トレセン学園の生徒さん、ですよね……?」

 

「いや、俺は」

 

「あの! どこのチームに所属しているとかあるのでしょうか! デビュー戦とかは!」

 

 話も聞かずに、興奮気味に俺に質問してくる。

 どうやら俺がトレセン学園の生徒だと勘違いしてしまっているらしい。

 俺はトレーナーで、競争ウマ娘じゃないよと説明したいが……ここでそれを言ったら逆効果か……? 

 俺が何もできずにあわあわとしていると、周りから「かっこいい~」とか「髪、綺麗~」、「執事服似合ってる~」等の声が聞こえてくる。

 間違いなく俺のことを指しているのだろうが、不特定多数の人に褒められるという未知の経験に頭がパンクしそうになっていた。

 た、たすけてテイオー……

 

「あー! トレ……んぐっ! スターこんなところにいた!」

 

 そこに見える一筋の光。

 帰りが遅いことを心配してくれたのか、テイオーが俺を探し出してくれた。

 助かった……このまま、連れて帰ってくれ……

 そう期待してほっと息を吐いたのだが、ここで忘れてはいけないのはテイオーの知名度である。

 三冠ウマ娘が執事服姿でファンの前に出て来たのだ。しかもお店の外に。

 するとどうなるか──

 その瞬間、ざわざわと辺りが湧き上がって色んな人が集まってきた。

 え、これどうするの。大丈夫? 

 俺がテイオーにちらっと視線を向けると「任せて」と言わんばかりに、彼女がぱちんとウインクして返してきた。

 そしてテイオーがすぅと息を吸うと、周りに集まった人に聞こえるように声を出した。

 

「彼女はボクの大事なウマ娘。会いたい人は……もしかしたら執事喫茶に来れば会えるかもね♪」

 

 そのままぐいっと俺と腕を組むと、人混みの中に突っ込んでいく。

 俺はテイオーに引っ張られるままに、喫茶店がある方向へと歩みを進める。

 ぐいぐいとかなり強い力に抵抗しないままにしていると、俺たちはいつの間にか喫茶店の裏側の方へ戻ってきていた。

 

「助かった……テイオー、ありがとう……」

 

「あ、の、さぁ?」

 

「へ」

 

 テイオーが怒り半分嬉しさ半分といった謎の配分がされた表情で、俺のことを睨みつけてくる。

 かなり長い間彼女と付き合ってきたと思っていたが、こんな表情を見たのは初めてだ。

 そんなテイオーが俺に対して少し語尾を荒げて説教してくる。

 

「トレーナーはさぁ! その恰好で外に出たら、他の人を魅了しちゃうでしょ! もっと自分がイケメンだって自覚持ってよね! もう!」

 

「え、あ、あぁ。なんか、ごめん」

 

 テイオーが早口でまくしたてて来たセリフに、俺はなんとなく謝ることしか出来ない。

 なんかちょっと理不尽なことで怒られてないかと思っていると、後ろの出口からカフェが姿を現した。

 そして、ちらりと俺たちを一瞥すると──

 

「全く……罪なウマ娘たちですね……」

 

 そう小声で呟いて、そっとこめかみを押さえるのであった。

 

 ~~~~~~~~

 執事喫茶で働き始めて数時間後。時間としては午後の一時頃。

 俺とテイオーとカフェは休憩ということで、執事服から着替えて普段の格好に戻っている最中だった。

 

「やっとお祭り回れるね! ねぇ、トレーナーにカフェ。どこにいく?」

 

 テンション高めにテイオーが、俺たちのことを誘ってくる。

 どうやら俺たちと一緒にお祭りを回ることは確定しているらしい。

 まぁ、この後も特に用事は無いから大丈夫だけどさ。

 

「取り敢えずご飯にするか……? お腹空いたでしょ」

 

 聖蹄祭は俺たちのように喫茶店を経営する者もいれば、屋台をやったり、展示会をしたりするウマ娘もいる。

 屋台は多く出ているので、何か食べようとするならばそこに行けば困らないだろう。

 俺がそこに行こうかとやんわり提案してみると、二人も乗り気になってくれたのかこくりと頷く。

 じゃあ、みんなで行くか──

 

「待ってください……姉さん」

 

 歩き始めようとした瞬間、カフェにぐっと右手を掴まれて妨害される。

 いきなりどうした……? 

 首を後ろに向けてカフェと目を合わせると、彼女がジト目で俺を見つめてくる。

 

「姉さんはさっきのことを忘れたんですか……? その恰好で歩いたらまた大変なことになりますよ……?」

 

「スーツでもか? でもこれしか服無いぞ」

 

「木を隠すなら森の中……。 ウマ娘を隠すなら……トレセン学園の中です」

 

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、テイオーがとあるものをバッグから取り出す。

 そして、それを俺の前にばっと広げて見せてきた。

 いや、それって──

 

「トレセン制服では……?」

 

「そうだよ。トレーナーにはこれに着替えて貰うからね」

 

 恐らく俺の部屋のクローゼットに段ボールのまま封印していた制服が、突然俺の目の前に現れる。

 いや、おかしいでしょ。

 別にお祭りを回るのに、そんなの必要無い……よな? 

 

「これを着ていれば……テイオーさんと一緒にいても違和感はないでしょう……。きっと、ただの友人に見えるはずです……」

 

「お願い! ボクを助けると思ってさ!」

 

 テイオーが上目遣いで、俺におねだりする様に見つめてくる。

 カフェもカフェでうるうると、俺に目線を送って来た。

 そんな二人のお願い攻撃に結局折れてしまった俺は、ぽつりと彼女たちに呟く。

 

「分かった……。今日だけだぞ……」

 

 そう言うと二人は「いえーい」と言いながらハイタッチを交わす。

 もしかしてテイオーとカフェ、グルだった……? 

 だが承諾してしまったのは仕方ない。

 俺はテイオーから制服をしぶしぶ受け取ると、スーツを脱ぎ始めてもう一度着替え始める。

 まさか制服をこんなところで着る羽目になるとは思っても無かった。

 俺は着たことの無い制服になんとか袖を通すと、きゅっとリボンを結んだ。

 

「これでいいか……?」

 

「完璧」

 

「最高です……」

 

 二人から食い気味のお墨付きを貰ってしまった。

 前に水着とか着てある程度女の子の格好に慣れたと思っていたのだが、まだ全然経験値が足りていないようで羞恥心が大きくなる。

 スカートで過ごすのは未知の領域で、とにかく足元が不安になってしまう。

 俺がもじもじと足を閉じていると、テイオーが右手をカフェが左手を掴んでくいっと引っ張ってきた。

 

「いこっ! トレーナー!」

 

「いきましょう……姉さん」

 

 そんな二人の嬉しそうな顔を見ていると、俺が制服を着た意味もあったのかもしれないと思える。

 今日は聖蹄祭、お祭りだ。

 お祭りの魔力に俺も当てられて、テンションが上がってしまった。

 そういうことにしておこう。

 それにもし──俺がトレセンに入学していたら、こんな光景も日常だったのかもしれない。

 たまには年相応になっても、バチは当たらない……よな? 

 俺は転生者やトレーナーという立場を一度置いて、二人と聖蹄祭を楽しむことにした。

 

~~~~~~~~

 テイオーとカフェに挟まれながら、人混みの中を三人で歩く。

 最初に向かったのは、屋外に出てる屋台があるスペースだ。

 まるで夏祭りのように焼きそばやお好み焼きの屋台が並ぶ中を歩いていると、いい匂いが漂ってきて食欲を刺激される。

 何を食べようかなと思いながら辺りを見渡していると、俺の耳に聞きなれた声が入ってきた。

 

「おっ! スターにテイオーやん!」

 

「あれ、師匠じゃん。お店出してたんだ」

 

 テイオーが師匠と言ったのは、かのレジェンドウマ娘。長い葦毛にちょこんと右耳に耳飾りを乗せた少女。身長は低めだが、そこに宿る闘志は大きい。俺たちがいつもお世話になっているタマモクロスさんが、制服の上にエプロンをつけてたこ焼きを焼いていた。

 隣を見ると、タマモクロスさんの他にも同じチームのイナリワンさんとクリークさんが一緒に料理をしていた。

 屋台の奥の方では彼女達のトレーナーであり俺の先輩の谷口さんが座っていて、俺に手を振ってきた。

 手を振り替えて返事をすると、その隣にぽっこりとお腹を膨らませたウマ娘が転がっている。

 なんだ……あれ。

 

「あぁ、あれは気にせんでええで。さっきまで食ってただけのウマ娘や」

 

「む。それは違うぞタマ。私もしっかりたこ焼きを作っていた」

 

「それ以上に食ってちゃ意味ないっちゅーねん! 減る量の方が多かったわ!」

 

 タマモクロスさんの鋭いツッコミがオグリキャップさんに対して飛ぶ。その隣でクリークさんが苦笑いしていた。

 そんなタマモクロスさんは俺たちの方を見ると、驚いたような顔をして目を少し見開いた。

 

「スター、制服着てるやん……。実は生徒やったんか……?」

 

「いやこれはちょっと……紛れるために?」

 

「まぁなんにせよ似合ってるで。可愛いやんけ」

 

「……どうも」

 

 やはり他人に褒められるのはむずがゆく、気の利いた返事が出来ない。

 俺が無意識にタマモクロスさんから目線を逸らしてしまうと、隣でテイオーとカフェがニコニコの笑顔で立っていた。まるで自分が褒められたかのように。

 気分が良くなっているテイオーは、そのままの勢いでタマモクロスさんに対して注文をしていた。

 

「師匠ー! たこ焼き三つちょうだい!」

 

「おーきにな! 今日はウチが奢ったるから持ってき!」

 

「ホント!? わーい、ありがと!」

 

 くるりと生地をひっくり返して、たこ焼きをプラスチックの容器にスムーズに乗っける。

 そしてそれをイナリワンさんに手渡すと、彼女がソースとマヨネーズをかけて俺たちに手渡してくれた。

 出来立てで熱いたこ焼きは、持つのも一苦労だ。

 

「ありがとうな、タマモクロスさん」

 

「ええて。ウチとあんたとの仲やろ?」

 

「ありがとうございます……姉さんと仲良くしてくださって」

 

「ええって、ええって! ……姉さん? え、スター。お前、姉やったんか!?」

 

「ん、まぁ一応な」

 

「はー、マジかー……。なんか今日一番驚いたわ」

 

 そんな驚いているタマモクロスさんにお礼を言って、俺たちはたこ焼きを持ちながら座れる場所を探してまた移動を始める。

 少し歩くと飲食スペースがあったので、座ってアツアツのたこ焼きを食べるとお腹も結構膨れた。

 ウマ娘用なのか、かなり量があり一個一個にボリュームがある。俺にとってはこれだけでも十分すぎるほどだった。

 食べ終わって休憩していると、隣でテイオーが携帯を操作し始める。

 何をしてるのかなと思っていると、彼女が俺に画面を見せてきた。

 

「トレーナー、次ここに行ってみない?」

 

「メジロ喫茶? なにここ……」

 

「名前が安直すぎませんか……?」

 

「なんかマックイーンがいるらしいよ。気になってさ」

 

 どうやらテイオーが見ていたのはトレセン学園のホームページらしく、そこには今日やっている聖蹄祭のパンフレットが乗っていた。

 名前の通りのメジロ家のウマ娘が働いている喫茶店らしく、俺たちがやっていたものと似ているのだろう。

 俺たちはテイオーに提案されたところに行くため、一旦休憩所から離れて学園の校舎内に入る。

 がやがやと騒がしい廊下を三人で歩いていくと、一つ抜けて騒がしいスペースがあった。

 

「あれかな! メジロ喫茶! 結構な列になってるねー」

 

「凄い悲鳴が上がってるような……。なんだあれ……」

 

 きゃーという甲高い声が聞こえてくる教室に近づいて、列になっている場所に俺たちは並ぶ。

 列で待機し始めて少し待っていると、数十分くらいで前に進んで教室の入り口に辿り着くことが出来た。

 

「あら、テイオーにスターさん。いらっしゃいませ。メジロ喫茶へようこそ」

 

 そう言って優雅にお辞儀をしてきたのは、俺とテイオーの共通の知り合いのウマ娘。

 綺麗な葦毛の髪をたなびかせながら、クラシカルタイプのメイド服を着た綺麗な少女は菊花賞ウマ娘のメジロマックイーンだ。

 恐らくメジロ家のメイド服を借りたのだろうか。上品で綺麗なメイド服を着ている彼女は、可愛らしさに加えて美しさを兼ね備えていた。

 

「ご案内しますわ。こちらへどうぞ」

 

 教室の中に入るといくつかのテーブルが設置されており、そこにお菓子や飲み物が提供されている。

 特に紅茶のいい香りが漂ってきていて、これだけでいい茶葉が使われているのが分かった。

 そんな綺麗な喫茶店の装飾に改造された教室をマックイーンに案内されて、指定された席に座る。

 彼女にメニューを渡されてそれを確認してみると、割と多くの種類のお菓子や飲み物があった。

 

「ボク、この紅茶とおまかせお茶菓子で!」

 

「じゃあ、俺も同じにするかな」

 

「私は……コーヒーで……」

 

「かしこまりましたわ。少々お待ちください」

 

 そう言うとマックイーンが裏側へ移動して、商品を取りに行く。

 辺りを見渡してみると、マックイーンの他にもメイド服を着たウマ娘が接客している。

 メジロライアンにメジロアルダンだろうか。重賞レースを制した有名なメジロ家のウマ娘とこうして触れ合えるのだから、ファンとしてはたまらないだろう。

 座って頼んだものが来るのを待っていると、メニューを眺めていたテイオーが「あっ」と声を出しながら俺にとあるものを見せてきた。

 

「見て見て! メイド服着て記念撮影出来るんだって!」

 

「へー、こんなのあるのか。テイオー、着たいのか?」

 

「いやボク前着たしなぁ……」

 

「そういえばそんなことあったな……」

 

 思い出すのはダービー前に俺が無茶をして倒れた時のこと。

 その時にテイオーがメイド服を着て、俺にご奉仕しようとしてくれたのだ。

 そんなこともあったなぁと思い出に浸っていると、テイオーがにやりと笑って俺の方を見てくる。

 

「ねぇ、トレーナー。着てみない?」

 

「え」

 

「姉さんのメイド服……!」

 

 カフェがその言葉を聞くと、凄い勢いで食いついてくる。

 執事服を着てトレセン制服まで着たのに、これ以上着るとか今日だけでどれだけ着替えるんだ。そろそろ自分のスーツが恋しい……

 俺がやめてという視線を彼女たちに送ってみるが、二人はすっかり乗り気のようできらきらとした視線を送って来る。

 俺がその視線に耐え切れず横に目を逸らしていると、お盆に紅茶とお茶菓子を乗せたマックイーンが隣に立っていた。

 俺が彼女に対して助けを求めようとすると、先に彼女がにこりと笑って口を開く。

 

「裏に撮影スペースがありますわ。そこならば他の人に見られることはありませんわよ」

 

 何故かマックイーンまで退路を塞いできた。

 じーっと見つめてくる彼女たちの攻撃に、俺は結局ぽっきりと折れてしまった。

 

「ちょっとだけだからな……」

 

 なんか俺、あまりにも押しに弱くないか? 

 いやでも考えて欲しい。自分の担当ウマ娘と妹に上目づかいでお願いされたら、それに応えちゃうのも仕方ないと思う。

 てかもうここまで着替えてるんだから、あんまり変わらない気がしてきた……

 

「ところでスターさん。制服似合ってますわよ」

 

 今自分が揺らいでいる時に、そうやって褒めてくるのはちょっと効くからやめてほしい。

 

~~~~~~~~

「可愛い! トレーナー、可愛いよ!」

 

「……似合ってますよ、姉さん」

 

「え、姉さん? スターさん、お姉さんでしたの?」

 

 メジロ喫茶で出された紅茶とお茶菓子を堪能した後、俺はテイオー達に連れられて裏側のスペースに連れてこられていた。

 簡易な撮影スペースに置いてあった更衣室でメイド服に着替えた俺は、三人の前に姿を現す。

 クラシカルタイプのメイド服なので露出は控えめになっており、着てしまえば割とそこまで気にならなかった。

 これならさっきの制服の方が足元が不安になるな。あれなんか、徐々に毒されている気がする。

 

「トレーナー! お帰りなさいませお嬢様って言って!」

 

「調子に乗るな」

 

「あう」

 

 テンションが上がって変な事を口走ったテイオーを軽くチョップして黙らせる。

 流石にそこまでサービスするのはまた別のお話だ。

 

「記念撮影だけしてしまいますわね。そこに立って下さいまし」

 

 そうマックイーンに指示されると、テイオーとカフェが俺を挟み混むように移動してきた。

 両脇をきゅっと二人に固定されて身動きが取れない中、かしゃりとシャッター音が響き渡る。

 

「はい、綺麗に取れましたわ」

 

「テイオーさん……あとで私の携帯にも送ってくださいね……」

 

「勿論! マックイーンありがとねー!」

 

 わいわいと騒いでいる三人を横目に、俺はふぅと溜息を付く。

 なんか今日は色々あったな……

 執事服着て騒ぎになったり、制服着て色々な人に褒められたり。そして、現在進行形でメイド服を着たりと。

 なんかばたばたと騒がしい聖蹄祭だったけど……こんな日もたまには悪く無いかな。

 そんなことを思いながら、俺たちの聖蹄祭の時間はゆっくりと過ぎ去っていくのであった。

 

~~~~~~~~

 聖蹄祭当日の夜。

 俺は片づけを手伝った後、自室に帰ってベッドに倒れ込んでいた。

 

「ちょっと疲れたな……」

 

 メジロ喫茶を訪れた後もネイチャが出していた出店に行ったり、タキオンが出していた謎の実験スペースに行ったりと聖蹄祭を隅々まで回っていた。

 楽しかったが二人に色々と振り回された結果、いつもより疲労が溜まっている。だが心地よい疲労なので、俺も満足しているのだろう。

 ベッドで少しゴロゴロしていると、こんこんとドアのノック音が聞こえた。

 こんな時間に誰かなと思いつつベッドから立ち上がってドアを開けると、そこには寮長であるフジキセキさんが段ボールを抱えて立っていた。

 

「やぁ、夜にすまないね。君にお届け物だよ」

 

「はぁ、ありがとうございます」

 

 そう言ってそこそこのサイズの段ボールを彼女から手渡しされる。

 持った感じはそこまで重い感じはせず、この大きさにしては軽いくらいだ。

 俺に荷物を渡したことを確認したフジキセキさんは、おやすみと言って去っていってしまった。

 受け取った段ボールを一回床に置いて、外見を確認してみる。

 差出人どころか宛先まで書かれていないところをみると、俺が知らないうちにネットとかで何か頼んだという訳ではなさそうだ。

 段ボールの中を確認するために開けてみると、そこには何かの服が綺麗に梱包されて入っていた。

 なるほど。この大きさで軽かったのは、入っているのが服だったからか。

 とはいえ、俺自身服を頼んだ記憶が全くない。なんだろうこれ……

 俺が疑問に思っていると、中には服の他に封筒が入っているのが見える。

 封筒を取り出して開けてみると、そこには一枚の手紙が入っていた。

 

「差出人……テイオーとカフェ……?」

 

 二つに折りたたまれた手紙を開いてみると、差出人の欄にテイオーとカフェの文字があった。

 俺の疑問が深まる中、手紙を読んでいくとそこには──

 

『トレーナー! 誕生日おめでとう! 遅れちゃったけどプレゼントだよ!』

 

『姉さん、遅くなりましたが誕生日おめでとうございます。私たちからのプレゼントです。受け取ってください』

 

 そう二人の手書きの文章が、手紙の中に収まっている。

 それを見て俺はようやく思い出した。

 

「あー、俺誕生日だったか……」

 

 俺の誕生日は九月二十日。菊花賞が十月末。聖蹄祭が十一月に行われるため、それに向けて仕事をしていたためか自分でもすっかり忘れていた。

 テイオーに俺の誕生日なんか伝えたかなと思ったが、きっとカフェが教えたのだろう。

 忘れていた誕生日を今になって祝ってくれるとは思わなくて、自分のテンションも少し上がる。

 そうなるとこれは俺への誕生日プレゼントということになるが、一体どんな服を買ってくれたのだろうか。

 俺は綺麗に折りたたまれた服を段ボールから取り出して、梱包を開ける。

 広げてみると、上も下も更には靴まで入っていた。

 上はテイオーの勝負服のような模様が散りばめられているコートがベルトできゅっと纏められていて、下のズボンは少し短めのショートパンツみたいになっている。

 ロングブーツに靴下もついており、一式のセットになっていた。

 

「なんか凄い良い生地使われてないか……? てかこれ、絶対私服とかじゃない……」

 

 私服とかに使う布地ではなく、全体的に高級感が漂っているこの謎の服。どちらかというと、何か式典とかに参加する時の正装みたいだ。

 俺は一度服を眺めるのをやめて手紙を読み進めてみると、最後の方にとんでもないことが書かれていた。

 

『最後になるけど、これトレーナー専用の勝負服だから! 大事にしてね!』

 

 そっか、勝負服か。だからこんなに重厚感があるのか……

 

「いや、おかしいでしょ」

 

 ここで忘れてはいけないのは、俺はトレーナーであるという事である。

 年齢的にはトレセン学園に通っていてもおかしくない年齢ではあるのだが、実際はウマ娘を指導する側。

 走ってレースに出るわけでも、ましてやG1レースに出走するわけでもない。

 

「でもまぁ……」

 

 きっと二人は俺のことを考えて送ってくれたのだろう。

 そう思うと、なんだかこの勝負服に愛着が湧いてくる。

 全く知らされていなかったのでサプライズとなったこの勝負服は、俺にとってとても嬉しい誕生日プレゼントだ。

 正直綺麗に保管しておきたい気持ちもあるが、やはり自分だけの勝負服を着てみたい気持ちもある。

 今日色々と着替えをさせられていたので、感覚が鈍っていたのかもしれない。

 俺は丁寧に取り出した勝負服を着るために、一旦スーツを脱いでそれに袖を通した。

 

「おぉ……」

 

 鏡で自分の姿を確認してみると、方向性としては可愛い系とかではなくカッコよさを押し出したスタイルとなっており、俺の好みに合う感じになっていた。

 ふりふりとしたスカートを履かされるよりも、こっちの方がしっくり来て少しテンションも上がる。

 しかもサイズもぴったりと合っていてとても動きやすく、今ならば走れそうな気がするくらいだ。

 勝負服に不思議な力があると言われてしまったら、今ならば信じてしまうかもしれない。

 耳と尻尾も自然に動いてしまい、自分が思っている以上に喜んでいるのが分かってしまった。

 そしてそのままの勢いで俺はビシッと上に三本の指を掲げると、足を突き出してポーズを取った。

 

「テイオーの真似……。な、なんかやってみると恥ずかしいな」

 

 自分でもテンションが上がってしまって変な行動を取ってしまい恥ずかしくなっていると、俺の後ろの方から声が聞こえてきた。

 

「あれ、続けないの?」

 

「えっ」

 

 その声を聞いた瞬間、体が固まる。

 ぎぎぎとなんとか首を回して視線を後ろに向けると、そこにはいつも見慣れたポニーテールを揺らしたウマ娘──トウカイテイオーが立っていた。

 

「なんで、テイオーがここに……?」

 

「いやー、ノックしてるのに返事が無くてさ。ドアが開いていたから入ってみたら、トレーナーがポーズ取ってたんだよね」

 

「うぅ……」

 

 担当ウマ娘に自分の恥ずかしい所を見られたおかげで、かーっと顔が赤くなる感覚がする。

 今だけはテイオーの前から消えていなくなりたい気分だ。

 俺がその場でうずくまってぷるぷると震えていると、テイオーがぽんと肩を優しく叩いてくる。

 

「かっこよかったよトレーナー。それに、プレゼント喜んでくれたみたいで嬉しいな」

 

「今はそっとしておいて……」

 

 結局その日の夜はテイオーが帰るまで、彼女が隣に立って凄くいい笑顔でにこにこしていたのであった。

 今日の教訓。部屋の戸締りはしっかり確認しよう。

 




こんにちはちみー(挨拶)
前回から投稿が遅れてすみませんでした。明日も投稿するので許してください。
あと現在、水面下でひそかにとある計画が進行中です。お待ちください。

少し下に画面をスクロールして感想評価お気に入りをしてくださると嬉しいです! 作者のモチベに繋がります!


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【掲示板】安価で聖蹄祭回ってみた結果【ウマ娘】

1:通りすがりのヒト娘

安価で聖蹄祭回るンゴ

 

2:名無しのウマ尻尾

面白そうなことやってるやんけ

 

3:名無しのウマ尻尾

ワイも混ぜて

 

4:名無しのウマ尻尾

イッチの状況kwsk

 

5:通りすがりのヒト娘

すまん ちょっと詳しく書いてくで

ワイ 女子高校生

姉が風邪になったから、妹のワイに泣きながらチケットを渡してきた

けどウマ娘エアプ、ワイ なんも分からんからこうして安価立てた

 

6:名無しのウマ尻尾

あっねはウマ娘好きなのか?

 

7:通りすがりのヒト娘

>>6 大好き なんか部屋はグッズで埋め尽くされてる

だからチケット当選してたときに発狂してた

 

8:名無しのウマ尻尾

それで風邪ひいたんか……

 

9:名無しのウマ尻尾

あっね泣いてそう

 

10:名無しのウマ尻尾

号泣やろなぁ……

 

11:通りすがりのヒト娘

妹、ワイ あっねから絶対行けと言われてチケットを貰う

行けばファンになるって言われたけど、どないしよ

 

12:名無しのウマ尻尾

ふーん、イッチはウマ娘初心者ってわけか……

 

13:名無しのウマ尻尾

沼に落とさなきゃ(使命感)

 

14:通りすがりのヒト娘

じゃあ早速安価やるで 聖蹄祭のパンフレットは公式HPにあるのでよろしくぅ!

最初に行く場所 >>17

 

15:名無しのウマ尻尾

お好み焼き

 

16:名無しのウマ尻尾

占いの館

 

17:名無しのウマ尻尾

執事喫茶

 

18:通りすがりのヒト娘

執事喫茶 了解 今から向かう

 

19:名無しのウマ尻尾

あっ(察し)

 

20:名無しのウマ尻尾

初手執事喫茶は草

 

21:名無しのウマ尻尾

あそこならエアプでも分かるウマ娘多いやろ……

 

22:通りすがりのヒト娘

ねぇ、ついたっぽいけど列がヤバイ 

一応聖蹄祭開始直後なんだけど

 

23:名無しのウマ尻尾

でしょうね

 

24:名無しのウマ尻尾

ちなイッチは知ってるウマ娘とかおる?

 

25:通りすがりのヒト娘

>>24 今クッソ話題になってるトウカイテイオーって子とシンボリルドルフ、ミスターシービー、ナリタブライアンって子なら知ってる

姉がそのウマ娘のファンだから死ぬほど話聞いた

 

26:名無しのウマ尻尾

あっね、三冠ウマ娘のファンなのか…… いい趣味してんねぇ!

 

27:名無しのウマ尻尾

イッチが向かってる場所、その三冠ウマ娘がやってる喫茶店やで

 

28:通りすがりのヒト娘

はえー だからこんな混んでるのか……

 

29:名無しのウマ尻尾

裏山 ワイもチケット当選してたら行ってたわ

 

30:名無しのウマ尻尾

集客率やばそう

 

31:通りすがりのヒト娘

無事入れた 中には執事服を着たワイが知ってる三冠ウマ娘が全員います

なんだこのイケメンたち……

 

32:名無しのウマ尻尾

今三冠ウマ娘が接客してるのか やばすぎ~~~

 

33:名無しのウマ尻尾

ウマ娘がみんな美形やし…… それで執事服は禁止でしょ

 

34:名無しのウマ尻尾

聖蹄祭にルールは無用だろ

 

35:名無しのウマ尻尾

写真が見てぇ~~~ イッチ写真撮れへんの?

 

36:通りすがりのヒト娘

>>35 節度を守って写真オッケーらしい アップロードも大丈夫だって

ほれ【image9546】

 

37:名無しのウマ尻尾

うっ

 

38:名無しのウマ尻尾

うおっ…… なんだこの天国……

 

39:名無しのウマ尻尾

これが生で見れてるイッチがウマ娘ファンじゃないってマ?

さっさと沼に浸かって豪華さを実感して、どうぞ

 

40:通りすがりのヒト娘

注文したものが届いたので食べてみてる

なんかコーヒーがくそ美味いんだけどナニコレ

クッキーとかはなんか高級な感じがする……

 

41:名無しのウマ尻尾

いい豆使ってるとか?

 

42:名無しのウマ尻尾

マニアがいるんでしょ

 

43:名無しのウマ尻尾

クッキーとかまで美味しいのか 

お値段高そう

 

44:通りすがりのヒト娘

>>43 お値段的にはそこまで割高じゃなかった

なんかじゃんけん大会始まった 勝ったらツーショット取れるらしい

 

45:名無しのウマ尻尾

三冠ウマ娘とのツーショット!?

 

46:名無しのウマ尻尾

これ撮れたら宝物やろ

 

47:名無しのウマ尻尾

ファンの熱気が凄そう

 

48:通りすがりのヒト娘

報告 ワイ、じゃんけんに勝つ

ツーショット撮れた

 

49:名無しのウマ尻尾

>>48 は?

 

50:名無しのウマ尻尾

>>48 ずるやろ

 

51:名無しのウマ尻尾

イッチ運良すぎる……

 

52:名無しのウマ尻尾

写真あげろー! 誰と撮ったんやー!

 

53:通りすがりのヒト娘

【image1047】

自分の顔は隠した この子イケメンやなぁ……

 

54:名無しのウマ尻尾

トウカイテイオーやんけぇ!

 

55:名無しのウマ尻尾

ズルでしょ そこ変われ

 

56:名無しのウマ尻尾

前世で何をした! 言え!

 

57:名無しのウマ尻尾

世界救った? ワイも今から世界救うわ

 

58:通りすがりのヒト娘

握手までして貰えた あったかいナリ……

いい子だなぁ…… この子応援しよ

 

59:名無しのウマ尻尾

イッチ中身おっさんか?

 

60:名無しのウマ尻尾

反応がちょろすぎる

 

61:名無しのウマ尻尾

こうしてファンが生まれるのか……

 

62:名無しのウマ尻尾

なんて罪なウマ娘、トウカイテイオー……

 

63:名無しのウマ尻尾

こんな至近距離でトウカイテイオーに会ったら誰だってこうなるのでは?

 

64:名無しのウマ尻尾

そいやイッチの反応が無いな 気絶した?

 

65:通りすがりのヒト娘

すまん 今ヤバいことがあった 聞いてくれ

 

66:名無しのウマ尻尾

kwsk

 

67:名無しのウマ尻尾

聖蹄祭で事件か!? kwsk

 

68: 通りすがりのヒト娘

ワイ、喫茶店に携帯を忘れてしまったんや

で、その携帯を届けてくれた執事服のウマ娘があまりにもかっこよすぎて惚れた

 

69:名無しのウマ尻尾

携帯忘れたからレス遅かったんか

 

70:名無しのウマ尻尾

イケメンウマ娘……誰?

 

71:通りすがりのヒト娘

>>70 今だかつて自分がウマ娘オタクじゃないことを恨んだことはない 誰か分からんかった

 

72:名無しのウマ尻尾

特徴は? 見た目とか

 

73:名無しのウマ尻尾

あの喫茶店にいるんだったら重賞くらい勝ってるんじゃない?

 

74:通りすがりのヒト娘

>>72 髪の真っ白のショートカットの子だった 少し儚げな感じ

 

75:名無しのウマ尻尾

白毛……?

 

76:名無しのウマ尻尾

葦毛じゃなくて、白毛か……?

 

77:名無しのウマ尻尾

白毛だったらハッピーミークって子がいるで 【image2374】 こんな子

 

78:通りすがりのヒト娘

>>77 この子じゃない けど髪は白毛で間違いない

 

79:名無しのウマ尻尾

うーん…… こうなるとデビュー戦前とかじゃない?

 

80:名無しのウマ尻尾

お手伝いでいたとか?

 

81:名無しのウマ尻尾

ありそう 他になんか情報無いの?

 

82:通りすがりのヒト娘

トウカイテイオーさんが迎えに来てたけど……

ずっと応援しますって告白してすぐ逃げちゃった……

 

83:名無しのウマ尻尾

 

84:名無しのウマ尻尾

応援テロだ……

 

85:名無しのウマ尻尾

イッチにとっての一目惚れやったんやなぁ……

 

86:通りすがりのヒト娘

一目惚れだったわ…… 正直あの子にだったら何されてもいい

 

87:名無しのウマ尻尾

だったら名前くらい聞いてこい

 

88:名無しのウマ尻尾

ようこそ、ウマ娘沼へ…… 

 

89:通りすがりのヒト娘

あっ、そろそろ安価再開します 

 

90:名無しのウマ尻尾

そういえばそうだった……

 

91:名無しのウマ尻尾

忘れてた イッチの反応面白くて見てたわ……

 

92:通りすがりのヒト娘

次行く場所 >>97

 

93:名無しのウマ尻尾

もう一回執事喫茶行って来い

 

94:名無しのウマ尻尾

お化け屋敷

 

95:名無しのウマ尻尾

タマモクロスのお好み焼き

 

96:名無しのウマ尻尾

かき氷屋

 

97:名無しのウマ尻尾

トレセン学園のターフ

 

98:通りすがりのヒト娘

ターフ……? なんかやってるの?

 

99:名無しのウマ尻尾

>>98 ウマ娘たちが走ってたりするゾ

間近で走るのを見れるの貴重だし丁度いい

 

100:名無しのウマ尻尾

今の時間だったらサイレンススズカが走ってるんじゃない?

あの子いつでも走ってそうだが

 

~~~~~~~~

200:通りすがりのヒト娘

いやー回った回った! 楽しかった……

 

201:名無しのウマ尻尾

イッチお疲れやで 楽しそうで何よりだったぞ

 

202:名無しのウマ尻尾

ウマ娘沼に堕ちろ! 堕ちたな……

 

203:通りすがりのヒト娘

堕ちちゃった…… 取り敢えずあの白毛のウマ娘がどこのレースに出るかチェックしなきゃ……

 

204:名無しのウマ尻尾

イッチの初恋の相手見つかるとええな

 

205:名無しのウマ尻尾

白毛のイケメン系ってだけで絞れそうな気もするけどなぁ やっぱり未デビューなのかね

 

206:通りすがりのヒト娘

とにかく今日はありがとナス! 安価でここまで面白くなるとは思わなかった

 

207:名無しのウマ尻尾

イッチの新鮮な反応見れて楽しかったやで

 

208:名無しのウマ尻尾

また機会があったらやってくれよな~ 頼むよ~

 




こんにちはちみー(挨拶)
安価ってこんなのでいいのかな。

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26.Premonition

 聖蹄祭の片付けも終わり、トレセン学園の空気も少しずつ元に戻ってきた十一月の中頃。

 俺はテイオーとカフェを俺の部屋に呼んで、これからのことについて話し合おうとしていた。

 

「……というわけで、これから二人のレースについて考えていこうと思います」

 

「りょーかい!」

 

 テイオーが二人掛けのソファに座りながら元気よく返事をする。

 このソファは俺の部屋でミーティングをする時に座る場所が無いと不便だと思って買ったものなのだが、カフェも担当をすることになったため今考えると良い買い物をした。

 カフェとテイオーが隣り合って座っている前で、俺はホワイトボードを置き彼女達と向き合う。

 

「最初はテイオーからだな。これからのG1だと主にジャパンカップと有マ記念がある」

 

「ジャパンカップ……今年は確かスペちゃんが出走するって言ってたっけ」

 

 スペが出走すると言われているジャパンカップは日本のG1レースの中では特殊な部類に入り、海外のウマ娘が日本に来て出走するレースだ。

 そのためかなり敷居も高くなっており、今から調整するのはかなりキツイ。

 そもそも菊花賞に出る時点でジャパンカップは回避する予定ではあったのだが。

 

「だからテイオーは有マ記念に向けて調整していくぞ」

 

「ボクが有マ……なんか凄いところまで来ちゃったね……。まぁ、当然だけどさ!」

 

 有マ記念は十二月末に行われるG1レースの一つだが、これも少し特殊なレースに入る。

 それはファンの投票によって、出走するウマ娘が決まるというものだ。

 そのため中央トゥインクルシリーズの一年を締めくくるG1レースと呼ばれており、とてもファンから期待が寄せられている。

 投票で決まるため現時点ではまだ出走出来るかは分からないのだが、テイオーの成績で呼ばれないということは無いだろう。

 なんたって──無敗の三冠ウマ娘なんだから。

 だが、気をつけなければいけないことが一つ。

 

「有マはシニア級のウマ娘と当たることになる。今までのレースとは訳が違うぞ」

 

 そう。今までレースは基本的にクラシック級のレースということもあり、シニア級のウマ娘とレースする事は無かった。

 だが有マ記念はシニア級の強いウマ娘が参入してくる。

 つまりどうなるかというと──

 

「昨年のクラシック級G1ウマ娘が参戦してくるってことですね……」

 

「あぁ。カフェの言う通り、俺たちよりレース経験が豊富なウマ娘と走ることになる。気を引き締めていかないとな」

 

「勿論! スぺちゃんとかと走れるのかぁ。ちょっと楽しみかも」

 

 テイオーがソファで足をぱたぱたと動かしながら、楽しそうにそう返事をした。

 やはり、彼女の走ることに対してのモチベーションは目を見張るものがある。

 有マ記念に対しての緊張は全くしていないなら、このままトレーニングを続けてよさそうだ。

 

「さて、テイオーはこんなところにして……。次はカフェのレースかな」

 

 カフェ──最近俺の担当になった大事な妹だが、彼女の目標は少し曖昧なものになっていた。

 

「オトモダチは何か言ってる? 何か目標のレースとか聞けるのかな」

 

「いえ……特には……。私が走りたいように走ればいいと……」

 

 オトモダチ──カフェだけが見えている幽霊みたいなもので、彼女の目標はこれに依存しているところがある。

 オトモダチをレースで追い越す。これが現時点でのカフェの目標になっており、テイオーと違って特に出たいレースとかがあるわけではない。

 そうなるとカフェのレースについては悩ましいところだがそれに関しては、俺はある程度考えていた。

 

「なら、カフェの得意距離を極める方向で行こう。その途中で出たいレースがあったらその都度考えればいい」

 

「はい……分かりました……」

 

「デビュー戦に関してだけど、出来るなら今年にしたいかな。既に本格化も来てるし」

 

 カフェの普段の練習を見ている限りでは、かなり体幹がしっかりとしており本格化も既に来ている。

 そうなるとこの美味しい時期を逃す手は無い。

 走り方もテイオーの時みたいに直す必要も無く、デビュー戦に出ても勝てる実力は揃っている。

 これに関しては俺の指導というよりも、オトモダチの指導によるものだろう。

 ちょっと俺の出番が取られた感じがしてもやっとするが、カフェが強くなるに越したことはない。

 

「あとはカフェが本来の走りさえ出来れば、何も問題無く勝てると思う。あれはもうダメだからな」

 

「……分かってますよ。あれは、ちょっと黒歴史なんですから……」

 

 あれと言うのは、カフェが選抜レースで見せてたテイオーステップのことだ。

 テイオーステップは本来テイオーの体の柔らかさがあって初めて成立するものなのだが、カフェは歪ながらそれを再現していた。

 が、それをやって彼女に負担が掛からない訳が無く。

 カフェと初めてトレーニングをした時に、それは一瞬で見抜くことが出来た。

 

「カフェ、一旦止まって」

 

「はい……? ひゃっ、姉さん!?」

 

 テイオーとカフェに軽く流しで走って貰っていた時に、俺は速攻でカフェを呼び止めて直ぐに足の検査をした。

 その結果分かったのだがカフェの足の筋肉には既にかなりの負担が掛かっており、軽く炎症を起こしそうになっていたのだ。

 テイオーステップなんて一朝一夕で身につくものでは無く、これを再現するためにある程度の練習が必要なはず。

 その過程でカフェの筋肉に負担が掛かり、こうなったと考えるのは自然なことだった。

 だから彼女に直ぐにテイオーステップの禁止を言い渡し、なんで再現なんてしようと思ったんだと聞いてみたところ──

 

「その……姉さんに振り向いてもらおうと……」

 

 ──そんな、可愛らしい答えが返ってきた。

 どうやら選抜レースでテイオーステップを俺に見せて、ちょっと自慢みたいなことをしようとしていたらしい。

 それを聞いたときに、俺ははぁと溜息をついてカフェに対して軽く注意をした。

 

「全く……自分の体を大事にしてくれよ? 妹としても担当としても、カフェは大事なウマ娘なんだから」

 

 そうカフェに言うと彼女は嬉しそうに「はい」と返事をしてくれたので、もうこんな事はないだろう。

 俺が少し昔を振り返っていると、テイオーはソファに座って苦笑しながら自分の足をとんと叩いた。

 

「まぁ、トレーナーは過保護だからね。ボクもそれに救われたんだけどさ」

 

 彼女は少し目を細めながら、耳をぴこぴこと動かして俺の方を見てきた。

 昔、テイオーの足も一歩間違えば壊れていたかもしれないガラスの足だった。

 それを許さなかった俺がテイオーに走法の改善を提案して、今に至っている。

 その結果テイオーは足を壊すことも無くこうして三冠ウマ娘になれているのだから、あの時の俺の選択は間違っていなかったのだと信じたい。

 だって、ウマ娘の足が壊れている所なんて誰も見たくないだろ。

 そう思いながら俺はとんとホワイトボードを叩くと、一旦逸れた話を元に戻した。

 

「……まぁ、カフェは走りを見た感じ長距離に向いてると思う。だから、目指すは最強のステイヤーだな」

 

「ステイヤー……」

 

「マックイーンみたいな感じかぁ。ボクは長距離あんまし得意じゃないから少し羨ましいな」

 

 カフェの本来の走りは長距離向けの走りで、地をすーっと凪ぐように足を動かしている。

 これはスタミナを温存しつつ速度を乗せる走りで、ストライド走法と呼ばれる走りだ。

 これ自体は何も問題無いのだが、この走りには一つ弱点が存在している。

 それは最高速度に乗るまでが、ピッチ走法と比べて遅いということ。

 だが一度最高速度に乗ってしまえば、それ以降はスタミナがある限り速度を落とすことなく走り続けられる。

 そのため短い距離よりも、長い距離の方がペースを確保しやすいのだ。

 

「だからカフェはスタミナを鍛えつつ、スパートをかける位置の練習だな」

 

「なるほど……頑張ります……」

 

 カフェがこくりと頷いて、俺に返事をする。

 こうしてテイオーとカフェに目標を話しつつ、これから頑張ることを確認してその日は解散となったのであった。

 

~~~~~~~~~

 そんな話をしてから数週間後の十二月中旬ごろ。

 俺たちは東京レース場にある選手控室に二人で座っていた。

 何をしに来たかは言うまでもない。

 そう、マンハッタンカフェのデビュー戦である。

 彼女を担当してから約二か月くらいしか経っていないが、しっかりとしたコンディションに仕上がっていると思う。これならば誰にも負けないだろう。

 

「緊張してるか?」

 

「いえ……姉さんがいるので、大丈夫です……」

 

 デビュー戦のためトレセン学園の体操服を着て「五番」と書かれたゼッケンを付けた彼女は、目を閉じて瞑想をしている。

 特に気分が上がったりもしていないみたいで、デビュー戦に対して集中出来ているみたいだ。

 これならばいつもの力を発揮できることだろう。

 そして、俺は一つ気になっていたことを彼女に訊ねた。

 

「ところで、オトモダチは?」

 

「先にターフに立っていました……。待っている、と」

 

 オトモダチは相変わらずカフェしか認識できていない。

 彼女曰く、最近トレーニングの時は端で見守っていることが多くなったらしい。俺にカフェの指導を譲ってくれたとかなのだろうか。

 そんなことを二人で話していると、いつの間にかカフェのデビュー戦の時間が近づいてきていた。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 俺は椅子から立ち上がると、カフェに対して視線を向けて目配せをする。

 それを見た彼女がそっと目を開いて、ゆっくりと足を伸ばした。

 ここからは一旦カフェと離れて、彼女のパドック入場を観客席から見守ることになるのだが──

 

「あっ、カフェ。ルーティンって知ってるか?」

 

「ルーティン……ですか? スポーツ選手とかがやる、あの」

 

「あぁ、それで合ってる」

 

 ルーティンとはあることをする前にやる決まった動作のことであり、スポーツ選手とかが集中力を高めるためにやっていたりする。

 これはウマ娘たちの間でも行われていると、一時期話題になっていたりもした。

 そして俺とテイオーの間にもレースの時に行っている、とあるルーティンがある。

 それこそが、レース前と後の挨拶だ。

 

「挨拶……ですか?」

 

「そんな難しいことじゃない。ただ二人の間で挨拶を交わすだけだな」

 

「なるほど……」

 

 カフェが顎に手を当てて、そっと考える仕草を取る。

 そして、耳をぴくりと動かして俺を見ながらにこりと微笑んだ。

 

「えぇ……とてもいいことだと思います……」

 

「なら……。いってらっしゃい、カフェ」

 

「いってきますね、姉さん」

 

 そう返事したカフェの尻尾は左右にゆらゆらと揺れており、とても嬉しそうだった。

 そのまま彼女と地下バ道まで歩き、そこで一度お別れをする。

 そこまで俺の隣を歩いていたカフェは、とてもご機嫌そうな笑顔のままレースに向かっていったのであった。

 俺はそれを見送った後、一緒に来ていたテイオーが席を取ってくれる場所に移動するために彼女に連絡をする。

 メッセージアプリを立ち上げて彼女に場所を聞くと「関係者席にいるからね」と直ぐ返信が来た。

 俺は携帯の電源を切ると、地下バ道を移動して観客席に向かう。

 静かで薄暗くこつんこつんと音が響くような所から外に出ると、晴れた空からの光がかっと全身に当たった。冬のレース場のためか、風が当たる分地下バ道よりも寒く感じる。

 俺は用意していたマフラーを、持ってきていたカバンから取り出して首に巻く。ついでに被っていた帽子も意味があるかは分からないが、より深く被った。

 俺は寒がりなので、正直冬はあんまり好きじゃない。そんないつもより重装備でもこもこになった俺は、テイオーの元に向かう。

 今日は大きな重賞レースも無いため少し物静かな観客席を移動していると、直ぐにテイオーを見つけることが出来た。

 

「トレーナー! こっちこっち!」

 

 俺を見つけたのか、立ち上がってぶんぶんとテイオーが手を振って来たので隣に座る。

 視線を横に向けると、眼鏡と帽子を被って変装したテイオーが目に映った。

 ある意味目立つ格好をしているが、ここで変装をしていないと更に余計に目立ってしまうので仕方ない。

 三冠ウマ娘が何もせずにレース場をうろついていたら、周りに人だかりが出来てしまうのなんて目に見えている。

 珍しくポニーテールではなく髪を降ろしているその姿は、いつもよりちょっと大人びていた。

 

「カフェはどうだった? 緊張とかしてる?」

 

「いや、大丈夫そうだったぞ。初レースなのに大したもんだ」

 

「やっぱりトレーナーがいると安心するのかなぁ。もしかしてリラックス効果ある香りでも出してる?」

 

「ヒトを香水みたいに言うな」

 

 テイオーが俺に顔を近づけて、くんくんと匂いを嗅いでくる。

 そんな熱心に嗅がれると、俺が臭ってないか心配になってくるのでやめてほしい。

 俺が体を反ってテイオーからの攻撃を避けていると、レース場にアナウンスの声が流れてきた。

 

『お待たせいたしました! これよりトゥインクルシリーズ、デビュー戦を開始いたします!』

 

「おっ、始まるみたいだぞ」

 

 実況の声がレース場に響き渡ると、ぱちぱちと拍手をしている音が聞こえてくる。

 最初にあるパドック入場を見るために、俺は正面にある大きな画面に目を向けた。

 

『さて一番人気を紹介しましょう。一番人気は──』

 

「そういえばカフェは一番人気は取れなかったね」

 

「まぁ、デビュー戦での人気なんて誤差だ。テイオーの場合ちょっと特殊だったけど」

 

「ふふん、ボクは天才だからね!」

 

 テイオーが自慢するかのように、手を腰に当てて胸を張る。

 だが実際彼女は、デビュー戦で異常なまでに注目されていた。

 その中で逃げという本来の脚質ではないものを俺に指示されながらも、見事に勝ちきってみせている。

 ……そうか、あのデビュー戦も大分昔になってしまったのか。

 随分と大きく遠い所まで来てしまったなと、感慨深く思っているとテイオーが不思議そうな顔をして俺を覗き込んできた。

 

「トレーナー?」

 

 きょとんとしているその顔は、世間で話題になっている三冠ウマ娘の顔とは思えないほど幼げな顔だ。

 それを見た俺はふっと口を緩ませると、テイオーの頭に手を乗っけて撫で始める。

 

「わっ、どうしたのさ」

 

 理由を聞かれると困ってしまうが、あえて理由をつけるとしたら。

 ──ちょっとした、優越感かな。

 

『さて次のウマ娘を紹介しましょう! 五番人気、九番マンハッタンカフェです!』

 

 そんなことをしているとスピーカーから聞こえてきたのは、カフェがパドックに入場してくることを知らせるアナウンスだった。

 画面にパッと映る彼女の姿はほどよく気が引き締まっており、今から行われるレースに対して意識が向いており完璧に見える。

 そのまま何事も無くパドックでのウマ娘紹介が終わり、そのまま彼女たちがターフへ移動していった。

 そして、出走ウマ娘たちが特に暴れることも無くすんなりとゲートに収まる。

 カフェの今回は枠版は九枠中の五枠のため、位置としては真ん中くらいになっていた。

 

『東京レース場、芝、左回り2000mのデビュー戦──今スタートしました!』

 

 がこんとゲートが開かれる心地よい音が、観客席にいる俺の耳まで届く。

 その瞬間、九人のウマ娘が特に出遅れることも無く順調にターフを蹴り始めた。

 最初の直線は位置取り争いのためか、各ウマ娘が少しずつばらけながら走り始める。

 パッと見た感じ、今回は逃げが二人と先行四人、差しが三人といったところだろうか。

 そしてカフェのいる位置は──

 

「カフェは差し、かな? ボクみたいになんか脚質を変えるとかあるの?」

 

「いや、カフェには予定だとずっと差しの位置を走って貰う」

 

 テイオーこそ特殊で最初に逃げを行ったり、先行や差し。菊花賞に至っては追い込みで走るなど、脚質がばらけていたが本来であれば脚質は変化しない。

 そんなころころと脚質を変えることが出来てしまったテイオーが天才過ぎたのだ。

 

「差しかぁ。スパートは自分のタイミングでかけやすいよね」

 

 テイオーが言ってる通り、差しは後ろから他のウマ娘が動くタイミングを見やすいだけでなく、自分のペースでスパートをかけられるのだ。

 先行は前も後ろもウマ娘で囲まれるためポジション取りが難しく、場合によっては抜け出すタイミングが合わないこともある。

 カフェはストライド走法のため、必ずどこかでスパートをかけて速度を乗せないといけない。

 なので、カフェには差しで走って貰う事にした。

 

『さぁ、ウマ娘たちが第二コーナーに差し掛かりました! レースは未だに大きな展開はありません!』

 

「あと、差しにしたのはもう一つ理由がある。というか、カフェは絶対に差しになるんだよ」

 

「へ? どういうこと?」

 

 これに関してはカフェが特殊すぎる。

 他のトレーナーが聞いても絶対に理解されない、カフェにしか出来ない走り。

 

「あー……。テイオー、今回のレース何人出走してる?」

 

「九人でしょ? 急にどうしたの?」

 

「いや十人だ。オトモダチも含めてな」

 

「え、それも含めるの?」

 

 カフェが言うには、今回のレースにはオトモダチが走っているらしい。

 俺はコミュニケーションが取れないが、カフェを介しての軽い意思疎通は取れた。

 その中で分かったのが「カフェの出るレースには全て出走する」ということ。

 カフェの目標はオトモダチを追い越すこと。

 俺はオトモダチの走り方を見れることはないが、彼女曰く私よりはるか先を行く走りと言っている。

 そうなると必然的に、カフェは延々とオトモダチの背中を見ることになるのだ。

 だから、彼女の脚質は差しで固定されてしまう。

 だがそれも彼女のストライド走法に合っているので、特に問題はない。

 

『さぁ、最終コーナーに突入しました! ウマ娘たちが最後の直線に差し掛かっていきます!』

 

 テイオーと会話しながらレースを見ていると、最後の直線にカフェたちが突入している様子が見えた。

 カフェは自慢のスタミナを活かして早めのスパートを掛けて、最後の直線に突入している。

 位置的には既に前から二番目。

 先頭の逃げの脚質の子が最後まで逃げようと頑張っているが、明らかにスタミナが間に合っていない。

 そのウマ娘の隣をすぅとカフェが抜かして、彼女が先頭に立つ。

 残り100m地点。そこで彼女は先頭に立ち、そのまま──

 

『ゴール! マンハッタンカフェが一バ身差をつけて、今ゴールインしました! 二着は──』

 

「やった! カフェが勝ったよ!」

 

 テイオーが椅子からぴょんと勢いよく立ち上がり、喜びを表現する。

 俺も嬉しくてぱちぱちと彼女に向けて拍手を送った。

 だが、ターフを見るとカフェの様子が少しおかしかった。

 テイオーみたいに勝利を喜ぶわけでもなく、膝に手を当てながらじっと一定方向を見つめている。

 カフェの視線の先にはぱっとみ誰も映っておらず、虚空のみが存在していた。

 それを見て俺はふとしたことに気付いてしまう。

 

「ちょっと、問題かもな……」

 

 カフェの走りは全てのリソースが基本的にオトモダチに向けられている。

 そのためか、一切他のウマ娘に視線が向けられていない。

 一緒に走っているウマ娘に対して何も思わないのは、いつか何かを起こしそうな気もしてしまう。

 だがこれはまだ一つで、大きな問題点がもう一つ存在している。

 それは──

 

「カフェ、勝ててないじゃん……」

 

 先ほどのカフェの様子を見るに、彼女はオトモダチを抜かすことは出来ていないように見える。

 するとどうなるか。

 簡単に今のレース結果を言うと、一着がオトモダチで二着がカフェだ。

 だが勿論普通の人にオトモダチなんて見えるわけがない。

 この大きな「ズレ」が彼女にどれだけの負担を与えるのか。

 一着になれたら嬉しい。誰かに勝てて嬉しい。

 そういうウマ娘として当たり前の感情が生まれてくるまでに、カフェにとってオトモダチが大きな壁になってしまいそうで。

 ウマ娘は感情が、人よりも大きく作用しやすい。

 そんな事実が俺の中に重くのしかかる。

 色々と不安になることが多い中、観客の拍手は全てカフェに向けられていたのであった。

 

~~~~~~~~

 カフェを迎えにいくために、俺は一度テイオーと別れて地下バ道へと向かう。

 かつりかつりと足音が反響する中をゆっくりと歩いていると、目の前から黒髪を揺らしながら俺の担当ウマ娘が歩いてきた。

 

「おかえり、カフェ」

 

「あっ……ただいまです、姉さん」

 

 俺の顔を見るとぱぁと顔が明るくなって、とことこと近づいてきた。

 冬の気温が低い中でのレース。高くなったウマ娘の体温は、カフェの体からもくもくと白い煙を巻き上げている。

 はぁとカフェが息を吐くと、少し視界が白くなった。

 

「お疲れ様。初めてのレースどうだった?」

 

「一着にはなれましたが……オトモダチを抜かせていないので、少し悔しいですね……」

 

 やはりオトモダチを抜かすことが出来なかったことを気にしているようなカフェの姿に、少し胸が締め付けられる感覚がする。

 俺はそんな彼女に対して、どう声をかけるか悩みながらそれでも口を開こうと──

 

「あの、姉さん……。一ついいですか?」

 

「……なんだ?」

 

「その、オトモダチなんですけど……」

 

 そう言うと、カフェがそっと誰もいない方向に指を向ける。

 俺は指さされた方に目を向けると──瞬間的にぞっとした。

 何度も言ってるように、俺にはオトモダチが見えない。

 だが、今は違った。

 ウマ娘のような形をした靄が、目の前に形作っている。

 誰もいないはずの空間の虚無を、嫌でも認識できてしまう。

 はたして、そこにあるのは。

 

『ふは、ふはははは!!! あっはははは!』

 

「あなたは──誰ですか?」

 


 十二月末に行われる、トゥインクルシリーズの締めくくりとも言われるG1レース。

 そこは投票で選ばれしウマ娘たちが、身を削り競い合う大舞台。

 名立たるG1バ。重賞ウマ娘。そして、三冠ウマ娘まで。

 ターフをウマ娘が。ファンの夢が走る。

 中山レース場。芝、2500m。天候、曇。バ場状態、良。

 

 それは、残酷だった。

 

 それは、突然だった。

 

 それは、事実だった。

 

 壊れて堕ちるは、無敗神話。

 

 有マ記念。

 

 トウカイテイオー。

 

 着順──六着。

 

 その星は、どこを仰ぎ見る。

 




こんにちはちみー(挨拶)
今回の話からギアを上げていきます。次回をお楽しみに。

さてちょっとしたお知らせです。
今回Skebの依頼で、本編では絶対見れないスターちゃんを書き下ろしました。

https://syosetu.org/novel/310188/

よろしければこちらの方も読んでくださると嬉しいです。
またSkeb依頼も絶賛受け付けていますので、スターちゃんの「もし」が見たい方いらっしゃいましたら依頼してくださるとありがたいです。夏コミの印刷代の励みになります。

https://skeb.jp/@Frappuccino0125

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27.失墜

 シャボン玉飛んだ。

 屋根まで飛んだ。

 屋根まで飛んで。

 こわれて消えた。


 足が重い。

 泥沼の中を鉛が付いた靴で走っている。そんな感じ。

 ぐいっと一生懸命足を持ち上げても、前に全く進んだ気がしない。

 いや、前には進んでいる。

 現在進行形で走っている最中だから、進んでない方がおかしいのだが。

 空は真っ赤に染まり、今にも落ちてきそうな月が輝いている。

 ぎりぎりと何かが金切り声を上げているような音が四方八方から聞こえてきて、鼓膜ががりがりと削れて落ちていった。

 今、ボクのいる場所はどこだ。

 蒼球が反射しているのは、前のウマ娘から数えて二番目あたり。

 ウマ娘って言ったけど、目の前には真っ黒に塗り潰されたシルエットしか存在しない。

 影。それが一番正しいか。

 考える暇なんて無い。無駄なことを考えるなと、脳に蓋をされている。

 レースは最終コーナーに差し掛かり、目の前の景色があっという間に流れていった。

 ボクが加速している? それとも、周りが進んでいるだけ? 

 答えは肌を撫でた風で分かった。後者、ボクが減速してる。

 黒い塊が前へ。前へと。

 本能的な危機から、ボクは前に進もうと大地を蹴る。

 だがそれを許さないとばかりに、ボクを掴むものがいた。

 掴んできたのは手か。足か。それとも、もっと別の場所か。

 このままだと後ろに押し込まれて、封されてしまう。

 誰か。

 謝るから。助けて。

 トレーナー。いないの。どこにいるの。

 あれ、ボクなんで走ってるんだっけ。

 いや確か、今はレース中で、有マ記念で。

 違う。有マは終わって、ボクは負けたはず。

 そう、負けた。

 無敗が消えて、砕けて、壊れて。

 散った流星の光の欠片は、二度と集まることは無かった──

 

「──っつ!?」

 

 がしゃんと崩れたような音を幻聴した瞬間、ボクは現実へ戻ってきた。

 はぁはぁと細かく息を吐くと、ぐっと布団を握りしめる。

 ──夢か。そう認識するまでに、それほどの時間はかからなかった。

 夢で良かった。あんな悪夢、二度と見たくもない。

 時計を確認をすると、深夜の三時。真っ暗な部屋の中で、同室のマヤノの寝息が小さく聞こえてくる。

 レースの夢だった。ボクが、めちゃくちゃになるまで焦って負ける夢。

 

「あは、あはは……」

 

 そうだ。夢のはずなんだ。

 ぼふんと枕に頭を叩きつけて、ぎゅっと耳を絞る。

 夢からは逃げても、現実からは逃げられない。

 現実は覚めることは無いから、夢に入るしかない。

 ふざけるなという言葉を飲み込んで、せめてもの抵抗でただ目を瞑る。

 

 ──誰のせいで負けたの? 

 

「ボクのせいだ」

 

 ──誰が自分を想ってくれる人に酷い言葉をかけたの? 

 

「ボクだ」

 

 ──じゃあ、それに向き合うしかないね。

 

「それは……分かってるけどっ!」

 

 夢うつつ。

 一体誰と会話していたのか。それとも、自分が出した声だったのか。

 じんわりと眼から入る情報が遮断されていくのが分かる。

 ただの涙で塞がれているだけだろうけど、今はこれで。

 ボクが背負った業は、逃がしてはくれない。

 

 ──全部、ボクのせいだ。

 


 何も夢を見なかった。

 ただ時間も遅いから寝ようと思って寝て、起きただけ。

 虚無に近い感覚を浴びながら、体をなんとかベッドから起こす。

 気持ち悪いほどの健康体で、全く疲れも残ってない。

 昨日あれだけ動きがあったというのに、ここまで身体には全く響かないのもなんだか気持ち悪い。

 はぁと息を吐くと、自分に対して嫌悪感が湧いてきてしまう。

 このまま横になって無の時間を過ごした気分にもなるが、俺にはやるべきことはある。

 布団を捲りベッドから出ると、ぐいっと体を伸ばす。

 カーテンを開くと、綺麗な朝日が部屋に入り込んでくる。

 今日はどうやら天気もいいらしく、絶好のお出かけ日和らしい。見ただけで分かってしまう。

 今年のレースの締めくくりである有マ記念が開催されて、二十四時間も経過していない。

 せめて、トレーナーらしくあれ。

 昨日は自分が自分じゃなかった気がする。

 だったら、せめて自分を「役」にはめて今日を過ごそう。

 そうしないと、今にも泣きだしてしまいそうだから。

 かちり。

 うん、大丈夫。トウカイテイオーのトレーナー──スターゲイザーに戻れた気がする。

 

「まぁ、流石に反省会しないとマズいよな……」

 

 世間は年末に差し掛かり、お休みムードが流れ始めていた。

 俺たちトレセン学園のトレーナーも休みはしっかりあるし、有休だって存在している。

 だから今日を休みにしようと思えば、実は今からでも出来る。

 だが有マ記念のあの結果を見て、休む気にはとてもなれない。

 

「次はテイオーを絶対勝たせなきゃな……」

 

 その為にも、今は出来る事をやらなければ。

 俺はさっさとスーツ姿に着替えると、いつも通りに椅子に座ってパソコンを立ち上げる。

 朝ごはんは……いっか。お昼の時に一緒に食べよう。

 眠気覚ましにコーヒーだけ入れると、電源がついたパソコンを操作してとある映像を立ち上げる。

 画面にウマ娘がゲートに収まった姿が映り、誰もが固唾を呑んでその瞬間を見守っていたワンシーン。

 俺はコーヒーを口に含むと、再生ボタンをマウスでかちりとクリックした。

 

「にがっ」

 

 カフェが淹れてくれたコーヒーは、そんな強い苦みはないんだけどなぁ……。

 俺は椅子に深く腰掛けると、画面を見ながら昨日を思い出し始めた。

 

~~~~~~~~

 少し空に雲がかかってはいるが、曇天とまでは言えない微妙な天気。それが今日という日を表すのに、ぴったりな言葉だと思った。

 ちょっぴりお出かけを躊躇ってしまうような日でも、この日だけは別。

 場所は中山レース場。

 十二月の末。今日はウマ娘たちのレースの中でも集大成とも言えるレース。有マ記念が開催される日だ。

 俺の担当にして無敗のクラシック三冠ウマ娘もこのレースに出走するためにここにいる。

 勝負服を着てパドックに出るまでの待機室に、本日の主役はいた。

 

「テイオー、調子はどうだ?」

 

「ばっちり! 今ならフルスロットルで走れそうだよ!」

 

 俺が訊ねた質問に対して、いつも以上に元気な声で返事をするウマ娘が一人。

 青と白を主として青空をイメージした勝負服を着た彼女こそが、トウカイテイオー。

 現役ウマ娘で最強と名高く、その名に恥じずにこのレースでは一番人気を勝ち取っていた。

 

「そろそろパドック入場だが……その前に、最後の作戦を確認しておこうか」

 

「えーっと、今日は素直に先行策。でいいんだっけ?」

 

「中山レース場は基本先行有利だからな。しかも、今回は枠にも恵まれた」

 

 今回のトウカイテイオーは五枠九番。これはゲートが真ん中の位置で、有マにおいて有利な枠と言われている。

 また、有マ記念は先行がかなり有利だ。その理由はテイオーにも話したが──

 

「コーナーを六回も回る時にロスが少なくて、息も入れやすい。だっけ?」

 

「正解。特に今回警戒しているウマ娘の中で、テイオーと脚質が被るとしたらマックイーンくらいだ。あとの有力バは主に差しウマだな……」

 

「けどボクが差しでやりあったら……」

 

「多分、抜かれる。ただでさえシニア級のウマ娘の末脚だ。なら、それを持ち込ませない」

 

「勝負は第四コーナーからの直線……。先行で内のポジションから、先に出る!」

 

「完璧。他のウマ娘の土俵に上がる必要は無い。最初からこっちはこっちで好きにさせてもらった方がいいからな」

 

 足をぐっと伸ばしながら百点の解答をしてくれたテイオーに、ぱちぱちと拍手を送りたくなる。

 今日のレースは、今までやってきたレースとは一味も二味も違う。

 クラシック級だけじゃない。シニア級のウマ娘──それもG1クラスのウマ娘たちが混ざり合っている。

 これはテイオーにとっては初めての経験だ。正直実際に走ってみないと、どこまで実力が通用するかどうか未知数なところはある。

 だからといって負けるつもりは毛頭ないし、俺はテイオーが勝てると思っている。

 後は、どこまでレースが思った通りに向かうかどうか……だが。

 

「ん? そろそろパドック入場かな? 地下バ道いこっか!」

 

「もうそんな時間か。準備しておいた方がいいな」

 

 部屋の中にある時計を見てみると思ったより時間が経っており、パドック入場までもう数分というところだった。

 俺が目線を向けると、テイオーがばねのようにぴょんとその場から立ち上がる。

 そして、二人で控室から出て地下バ道の方へと向かう。

 冬ということもあり、日が差さないこの空間はいつも以上に冷えており白い息が上へと昇った。

 

「テイオーなら絶対勝てる。シニア級相手でも緊張せずに行こう」

 

「勿論! ボクを誰だと思ってるのさ」

 

「最強のウマ娘、だろ? いってらっしゃい、テイオー」

 

「いってきます! トレーナー!」

 

 たたんと蹄鉄が床を叩く音が響き、光が差し込んでいる出口の方へとテイオーが駆け足で去っていく。

 その後ろ姿は、いつものレースで見るトウカイテイオーの背中だ。

 レース前のルーティンも済ませて安心した俺は、その場できびすを返すとゆっくりと歩き始める。

 

「結構寒いな……。風が吹いてないだけましか」

 

 地下バ道から外へ出て自分の席へと向かっていると、まだレースが始まってもいないというのにかなりの熱気で包まれていた。

 中山レース場は皐月賞でも訪れたが、それ以上の盛り上がりなのが一目見ただけで分かる。

 人と声の密度が高い空間の合間をなんとか縫って予約していた関係者席へ到着すると、手をひらひらと振っている一人のウマ娘の姿が目に入った。

 

「こっちです……姉さん」

 

 俺のことを姉さんと呼んできたのは、黒髪の長髪を携えたウマ娘。

 彼女が俺の担当ウマ娘であり血の繋がった唯一の妹──マンハッタンカフェだ。

 俺が軽く手を上げて隣に座ると、彼女は嬉しそうに真っ黒な尻尾を揺らした。

 こうやって一緒に大舞台であるG1を現地で見るのは初めてなので、カフェもテンションが高いのだろう。

 しかも関係者席は他の席と違って見渡しも良く、普通では取れない完全な特等席だ。

 

「こうやってレースを見にくるのは初めてですが……多いですね……」

 

「中に入れる人は決まってるけど、今日はレース場の外にまで人がいるからな……。ここまで人がいるのは珍しいぞ」

 

「いえ、『あっち』の方たちが……。うようよといるので……」

 

「あっ、そっち……?」

 

 カフェが急にあっちとか言い出したのは別におかしくなったわけではなく、これが彼女にとって平常運転だ。

 俺には全く見えないが、彼女がいると言うのならばそこにいるのだろう。

 幽霊も有マ記念を見に来るのか……それとも何か未練がある、とかだろうか。

 

「悪意がある子では無いですよ……。どちらかというと、お祭り気分で集まった方たちと言った所でしょうか……」

 

「有マってウマ娘のレースの祭典だからかな……」

 

「あぁ……だからウマ娘の方たちが多いんですかね……。賑やかでいいと思いますよ……」

 

 そんな色々なヒトが集まっているこの場所に、あるアナウンスが響き渡ってきた。

 それはこの祭りを始める一つの合図。

 

『たいへんお待たせいたしました!!! 本日のメインレース、有マ記念! 年末のレースの総括! 名立たるウマ娘が十六名揃って、私たちの夢を乗せて中山レース場を走ります!』

 

 その瞬間、今までバラバラだった熱の方向が一瞬で定まった気がした。

 勿論それが向けられるのは、今からウマ娘たちが入場してくるパドック。

 魔法のように放たれたその言葉は会場に一拍の「静」を届けた後、ボルテージを上げた「動」を届けてきた。

 カフェがびくりと耳を震わせて驚いているが、現地に何回も訪れていた俺にとってはそこまででも無かった。

 それでも、やっぱり今日は異常な気もするけど。

 関係者席から良く見える目の前のモニターに表示されたのは、パドックの入り口。

 ここから、今日出走するウマ娘たちが入場してくるのだ。

 

『まずは一番人気を紹介しましょう! このレースの主役といっても過言ではありません! 現在無敗のクラシック三冠ウマ娘!!!』

 

 最初に出てくるのはやはり彼女。

 俺にとっては見慣れた勝負服を纏い、赤いマントを翻した姿はまるで帝王。

 

『一番人気、トウカイテイオーです!!!』

 

 テイオーがパドックに出た瞬間、空気が一気に膨張する。

 耳を澄ましてみると、彼女に対して応援するような声が聞こえてきた。

 俺だったら慌ててしまいそうな環境でも、競走ウマ娘トウカイテイオーはいつも通りだ。

 堂々と入場してある程度のファンサービスをしていると、アナウンスは次のウマ娘の紹介へ移っていった。

 

『それでは次のウマ娘の紹介です! 二番人気! 日本総大将とも名高い、ダービーウマ娘! スペシャルウィークです!』

 

 日本総大将。

 そう言われて入って来たのは、俺とも少し関わりのあるウマ娘スペシャルウィークだったのだが──

 

「凄い仕上がりだな……」

 

「気迫がびりびりと伝わってきます……」

 

 いつも学園では見せる彼女とは全く違う雰囲気を醸し出しており、思わず後ずさりしてしまいそうだ。

 それもそのはず。

 彼女──スペシャルウィークは「日本ダービー」「天皇賞・春」「天皇賞・秋」「ジャパンカップ」を制した、化け物だ。更に他のG1レースでも掲示板入りに加えてG2でも一着という成績を収めている。

 付いた通り名が──日本総大将。

 この有マ記念を取れば、秋シニア三冠ウマ娘と凄まじい成績を収めることとなる。

 実際のレース場で生で見るのは初めてだが、これは一筋縄ではいかないという確信を持ててしまう。

 一筋? 二筋、三筋使ってもキツイのでは──

 

『さぁ次は三番人気! 末脚のキレの良さならば誰よりもか! グラスワンダー!』

 

 三番人気と呼ばれて、おしとやかにお辞儀して入って来たのは栗毛のウマ娘。

 他のウマ娘が闘争心を纏っているとしたら、彼女はそれに蓋をしている。だが、それがどうしても漏れ出して青い炎を生み出してるようにも見える。

 底が、知れない。

 主な戦績は「朝日杯FS」に「宝塚記念」、そして昨年の「有マ記念」の覇者。つまり、彼女はクラシック級の時点で既に「有マ記念」を制している。

 この時点で、「テイオーの無敗か」「スペシャルウィークの秋シニア三冠か」「有マ記念連覇か」という、情報量の洪水なわけだがまだこれだけでは終わらない。

 

『G1ウマ娘はこれだけでは終わりません! 菊花賞で世界レコードを出し、四番人気! セイウンスカイ!』

 

 手をひらひらと振りながら飄々とつかみどころの無い表情を見せてきたのは、菊の花の耳飾りをつけた葦毛のウマ娘。

 青空のトリックスターと呼ばれる彼女は「皐月賞」「菊花賞」を制した、二冠ウマ娘だ。

 ここ最近成績が振るわなかったからか四番人気に落ち着いているが、彼女は3000m世界レコード持ち。

 何をしてくるのか分からないという点では、出走してくるウマ娘のなかでは断トツだ。

 

『五番人気は彼女! メジロ家の至宝の実力は今日も発揮されるのか!? メジロマックイーンです!』

 

 威風堂々。

 そんな言葉が一番相応しいオーラを身にまとい、高貴の殻の中に熱を込めている彼女は俺が一番この中で良く知っているウマ娘だ。

 テイオーと菊花賞で激闘を繰り広げ同着一着を取った彼女は、ステイヤーとして今名をとどろかせている。

 正直何か一つでも嚙み合わなかったら、菊花賞はマックイーンのものだっただろう。そう確信するほどの実力。

 そして、忘れられないテイオーとマックイーンの約束。

 

 ──決着は有マ記念で! 

 

 ライバル。

 テイオーとマックイーンには、この関係が一番しっくりくるであろう。

 

『さてお次のウマ娘を紹介しましょう! 六番人気、ナイスネイチャ──』

 

 さて。

 これで今警戒すべきウマ娘が、全て出そろった感じがする。

 今出走しているウマ娘全てが、名立たる名バ。

 そして、テイオーが超えていかなければいけない敵。

 

「そうはならないんだけどな──」

 

 普通ならばそう思ってしまうが、俺はトレーナーだ。

 戦うべき相手は、彼女たちのトレーナーも含まれる。

 相手はどこまで俺たちを見抜いている? 相手の脚質は? どこから勝ちを狙いに行く? 

 十六名のウマ娘に、それぞれトレーナーがいる。

 G1ウマ娘というのは、G1を取らせるトレーナーがいるということを忘れてはならない。

 テイオー「が」超える、ではない。テイオー「と」超える、だ。

 全力は尽くした。俺の持てる限りの手札を揃えて、切った。

 だから、もう後は──レースの女神様に祈るしかない。

 

『天気は曇! バ場状態が良の中山レース場! トゥインクルシリーズの祭典、有マ記念! 各ウマ娘、順調にゲートインしていきます!』

 

 パドック入場を終えたウマ娘たちが、ターフに移動して行く。

 特に問題なくゲートインを終えると会場全体が静寂に包まれ、数秒空気が止まった。

 

『今、スタートしました!!!』

 

 ガチャンという音とともに、十六名のウマ娘が一斉にゲートから飛びだす。

 大きな出遅れも無くターフを蹴った彼女たちは、最初は各々が取りたいポジションに走り始めた。

 

『各ウマ娘、出遅れも無く綺麗なスタートです! 先頭に立ったのはセイウンスカイ。次にシンクルスルーが続いております』

 

 中山レース場で開催される有マ記念は、スタートしてから直ぐにコーナーがある。

 場所としては第三コーナー。約90m先に直ぐにカーブがあり、第三から第四、第一、第二、第三、第四からゴールという合計六回もコーナーを回らないといけない。

 当然コーナーを回る時には、どうしても外に膨らんでロスが出てしまう。

 物理的に距離が少ないのは当然内側。だが、内側にウマ娘が多すぎると抜け出すのに苦労してしまう。

 そうなると、中団先行が一番走る距離的にも有利になるのだ。

 今回テイオーの枠は真ん中のため、ポジションもすんなりと取れる。

 彼女の得意な先行。そして有利なポジションに、テイオーのコーナー技術。

 ここまでの要素を考えても、負ける要素が無さそうにも見えるが──

 

「思った以上に先行バが多い……」

 

「本当ですね……。先行が有利だからでしょうか……」

 

『さぁ、ウマ娘第四コーナーを通過して直線へと入ります! セイウンスカイ先頭は変わらず! 注目のトウカイテイオーとメジロマックイーンは現在五番手当たり! グラスワンダーとスペシャルウィークは、それより後ろに続いています!』

 

 ポジション争いが終わりミドルペースで流れているレースを見てみると、まず逃げウマ娘が二人。そして、先行が八人、差しが五人、追い込みが一人といったところか。

 有マは先行が有利だから、先行バが多いのはある程度予想していた。

 だが、何故ここまで違和感を感じるんだ……? 

 

「なんか……様子がおかしい」

 

「今のところ普通のレースに見えますけど……。ペースもそこまで早くないですよね……?」

 

「ペースはまだ普通くらいだ……。だけどそこじゃない。どこか」

 

 テイオーが前から五番目の中団、マックイーンがその半バ身程度後ろ。

 そうなるとテイオーの前に、先行バが二人いるわけだが……

 違和感を感じ、走っているウマ娘たちを見つめる。

 

『各ウマ娘第一コーナーを突入して、第二コーナーへと向かいます! 大きな動きも無く、各自ポジションを保っている形です!』

 

 第一コーナーに突入したテイオーが、曲がる瞬間に少し外側へと膨らむ。

 綺麗なコーナー回りを見ていると、前を走っていたウマ娘がそれと同時にテイオーに体を寄せてきた。

 まるで進行方向を防ぐような──

 

「なっ……まさか」

 

「……どうしました?」

 

「……やられた。俺のミスだ。あのテイオーの前のいる二人のウマ娘……共通点がある」

 

「普通のウマ娘じゃないんですか……?」

 

「……あれはまだクラシック級のウマ娘だ。しかも、テイオーが出たレースにいた子」

 

 つまり今までテイオーとマックイーンのレースを、間近で見てきたウマ娘ということ。

 強いウマ娘を警戒するのは当たり前だが、恐らく彼女たちは先行で走るテイオーとマックイーンを塞ぎに来た。

 有マ記念が先行有利というのも幸いしたのだろう。

 眼に刻まれた「強いウマ娘」を、本能で警戒してしまっている。

 テイオーの前を塞ぐ。テイオーより先に前に出る。

 それならスパートが同時だった時は、こっちの勝ち。

 他のシニア級のウマ娘なんて知らない──というより警戒なんかしてられない。

 そんな考えだろうか。

 

「彼女たち、前は差しで走っていた。末脚得意な子がそれを捨ててまで、テイオーの前を取りに来ているんだ」

 

「でもそれ、自分のペースが乱れませんか……? 先行と差しって全く違いますし……もし走れたとしても、末脚が残るかどうか……」

 

 カフェが言っていることは尤もだ。

 仮に先行のままで差しと同じスパートが出来たら、レースなんて苦労しない。

 だが、それに賭けるしか無かったとしたら。

 

「そこまでしないと勝てないと判断したから……だと思う。今回の有マ記念、レベルが全体的に高すぎる」

 

 無敗の三冠バ、トウカイテイオー。菊花賞バ、メジロマックイーン。

 他にもスペシャルウィーク、グラスワンダー、セイウンスカイ。

 G1は取ってないとしても、ナイスネイチャにレグルスナムカ。

 豪華だ。豪華すぎる。

 それで弱気になってしまったのか、当日になって怖気付いたのか。

 保守的に動いたウマ娘たちの視界が狭くなって、テイオーとマックイーンしか見れていない。

 

『さぁレースは中盤! 第二コーナーを通過して、また直線に入ります! まだ動かない! まだ動きません!』

 

 だが、それが効いた。

 テイオーの近くには、ただでさえ警戒しているマックイーンが走っている。

 外にいくにしても内にいくにしても、自分の前を塞ごうとしてくるウマ娘がいるレースなんて集中できない。

 こんなの……最初に言っておけば、テイオーだって気にせずにすんだ。

 マックイーンの後ろに付いていれば、少なくとも他のウマ娘たちの警戒先を変えられた。

 おまけにスタミナの怪物である彼女を、多少なりとも削れる。

 

「……可能性の一つとしてはあった。気がつかなかった俺が悪すぎる……」

 

「……あの、姉さん」

 

「どうかした……?」

 

「全体的にウマ娘、落ちてきていません……?」

 

「えっ……」

 

『第三コーナーを通過し、第四コーナーへ! 400mの看板を通過してレースも終盤! グラスワンダーにスペシャルウィーク上がってきた! メジロマックイーンもそれに合わせて動いてくる!』

 

 落ちる。

 それが指しているのは、スタミナを消耗して抜かされているという状況。

 何故。いつの間に、そこまで体力を削られる事態が──

 

「セイウンスカイ……逃げ。持ってかれた……?」

 

 後から分かったことだが、これはスパート以前の問題。

 青空のトリックスターは、有マ記念の一つの布石を打った。

 逃げウマ娘である彼女は第三コーナーあたりからロングスパートを仕掛けて、レースのペースを引き上げたのだ。

 菊花賞で逃げ切った自分を信じて、消耗戦に持ち込む。

 自分の同期である、スペとグラスワンダーの末脚を使わせない。あるいは使っても届かない場所へと逃げる。

 レースの支配者は自分だと言わんばかりに。

 

「テイオーっ……!」

 

 それはテイオーも例外ではなく、いつも以上に体力を削られているだろう。

 彼女は決してステイヤーではない。

 2500mという距離以上に走らされているだろう彼女は──

 

『中山の最後の直線に入った! トウカイテイオーも上がって来て現在二番手! だが、後ろからウマ娘たちが迫ってきている!』

 

 テイオーがラストスパートを仕掛けるために、前へと駆け上がる。

 いつの間にか前のウマ娘はいなくなった。スタミナが無くなって、後ろに落ちたのか。

 ならセイウンスカイをかわして、前に立ってゴールするだけ。

 前方一バ身程度。まだ、射程圏内。

 奇しくも、菊花賞の時と同じ状況か。

 そっと目を閉じて、彼女に想いを託す。

 テイオーの走りを後押しするように、理屈じゃなくて感覚で。

 ぐっと意識の境界線を踏み込んで、駆けるように。

 俺たちは、一緒にいるってことを。

 

 ──これっ、無理っ。

 

 菊花賞の時にあった、テイオーと一心同体になった時の再現。

 感覚と想いの共有。

 超集中状態──領域、ゾーン。

 普段よりパフォーマンスを発揮できるはずのそれは、今は全く意味をなさなかった。

 俺に流れ込んできたのは疑問。そして、諦めに近い感情。

 何故自分のスタミナが、これだけ削られて辛いのかという疑問。

 

『ここでメジロマックイーンがトウカイテイオーをかわして前に出たっ!!!』

 

 セイウンスカイは抜かせない。

 マックイーンには抜かされた。

 

『メジロマックイーン、先頭に立った──いや凄まじい末脚で外からスペシャルウィークとグラスワンダーが迫って来ている! 勝負はこの三人か!?』

 

 スペとグラスワンダーが凄まじい勢いで、俺たちを置いて行った。

 

「──っつ!」

 

「姉さん……!? 大丈夫ですか……!?」

 

 ばちんと弾かれるような音が幻聴して、俺は元の場所に戻ってきてしまう。

 マックイーンに抜かされた瞬間に、がちりと歯車は外れた。

 いつも楽しそうに走っているのに、辛そうに走るテイオーを見て。

 誰が、彼女をこうした? 誰が、彼女に勝てるレースをさせなかった? 

 

『ゴォォォォォル!!!』

 

 ──全部俺のせいだろ。

 

『一着ハナ差でグラスワンダー! 二着スペシャルウィーク! そこからクビ差で三着メジロマックイーン! この激闘を制したのは、グラスワンダーだ!!!』

 

~~~~~~~~

 会場から大歓声が鳴り止まない中、俺は観客席から離れて地下バ道の方へと向かっていた。

 外からの音が内側には届かないように、その場所は静かで冷たい。

 こつんこつんと音が反響する場所で白い息を吐きながら立っていると、彼女は戻ってきた。

 

「テイオー」

 

「トレー、ナー?」

 

 死んだような、深い蒼の眼だった。

 出走前にあれだけ元気だった、あのテイオーはどこへいってしまったのか。

 俺がテイオーと出会ってから見たことも無いような表情は、現実を受け止められないでいた。

 

「ボク、負けちゃった」

 

「……そうだな」

 

「掲示板にも入れなかった。いつもの走りが出来なかった。ボク……勝つって言ったのに」

 

 淡々と事実を話しているテイオーに、なんて声をかけたらいいのか分からなかった。

 だが、何か話しかけないとダメな気がして。

 咄嗟に紡がれた言葉は──最悪の一言だった。

 

「まだ、終わったわけじゃない。次のレースだってある」

 

「でも無敗は消えた。有マだってやり直せない」

 

「ルドルフだって無敗じゃない。なら、これから──」

 

「今はボクの話をしてるんでしょ!!!」

 

 絶叫。

 がんと全体に広がるように、テイオーの声が響き渡る。

 それは恐らく、過去一で悲しい声だったと思う。

 彼女にがつんと頭を殴られた気がして、俺はその場で立ち尽くしてしまった。

 

「うあっ……とれっなっ、ちがっ。ボクは」

 

「ごめん……テイオー……」

 

 今、ルドルフは関係無いだろ。

 負けてショックになっている担当に、話しかける言葉としては本当に最悪の言葉だった。

 本当に。本当に。

 

「俺が全部悪かった……。次は負けないように頑張るから、許してくれ」

 

「──っつ! あはは、ははっ」

 

 ぐしゃりと崩れたような顔をした彼女は、何かを理解したような目をして虚空を見つめる。

 そしてかくんとその場に両膝をついて地面を見つめたかと思うと、ぽつりとたった一言呟いた。

 

「さいあくっ……」

 

 それが今の状況なのか。それともレースのことなのか。

 

 ──俺のことを言っているのか。

 

 その意味を問いただすには、空気も。テイオーと俺の状況も全く噛み合って無かった。

 

~~~~~~~~

 うつらうつらと船をこぐように、パソコンの画面が揺れている。

 これが眠りから目覚めて、自分が揺れていることに気付くのには数分の時間を要した。

 今までこんな仕事中に眠くなるなんてことは無かったのに、何故か今だけは異様に眠かった。

 有マのレースの映像がループ再生状態になって、延々と同じ実況を繰り返している。

 俺は再生ボタンを押して一度映像を止めると、ゆっくりと目を閉じた。

 あれからテイオーとは一切話していない。

 一緒にいたことにはいたのだが、荷物を持ってトレセン学園に帰って来るまでお互いに終始無言だった。

 最後のライブも見ずに、レース場から直帰。

 ウイニングライブは三着の掲示板入りした子達が対象だったため、彼女は出る必要が無かったのだ。それもテイオーにとって初めての経験だろう。

 このまま何もかも忘れて眠りにつきたい気分だが、それを許さない自分がいる。

 

「はぁ……」

 

 どうにも出来ずに溜息をついてしまっていると、こんこんこんとドアのノックが三回鳴った。

 俺の部屋にこうやって訪ねてくる人なんて一人しかいない。

 

「……入っていいぞ」

 

「失礼します……。大丈夫では無さそうですね……姉さん」

 

 俺の妹であるマンハッタンカフェが、ジャージ姿で部屋の中に入ってきた。

 ゆっくりと俺の方に向かって歩いてくると、そっと座っている俺の頬に触れてくる。

 

「昨日寝ました……?」

 

「寝たよ……。一応」

 

 快眠では無かったけど。

 そう答えると、カフェが俺の手をきゅっと両手で包み込んできた。

 

「姉さん……今時間ありますか?」

 

「時間……はあるけど」

 

「ならちょうど良かったです……」

 

 時刻はいつの間にか午後の一時。

 何も予定が無かった俺に対して彼女が提案したことは、全く予想も出来ないことだった。

 

「一緒に走りましょう……姉さん。本気で」

 




こんにちはちみー(挨拶)
本当に久しぶりです。なぜこんなに本編が遅れたかを語る前に、先に頂いたファンアートを一気に紹介していきたいと思います!


【挿絵表示】


まずは一枚目! スターちゃんの勝負服です! トレーナーなのに何故かプレゼントされた勝負服をイラスト化して頂きました!


【挿絵表示】


二枚目! 少しけだるそうなスターちゃんです! 多分ちょっと眠気があった時に彼氏に話しかけられたんでしょう(妄想)


【挿絵表示】


三枚目! Twitterで「スターちゃんに膝枕して欲しい」と呟いたら下さったイラストです! こんなの直ぐに膝に直行しますわよ。


【挿絵表示】


四枚目! こちらも膝枕スターちゃんです! 私もよしよしして欲しいです……


【挿絵表示】


五枚目! 執事服スターちゃんです! 聖蹄祭で執事服で対応してくれて、例の彼女は幸せだったでしょう。


【挿絵表示】


六枚目! 看病してくれるスターちゃんです! 私自身がコロ助でダウンしていた時に下さったイラストです! 直ぐに治しました。


【挿絵表示】


七枚目! ウェディングスターちゃんです! これ見た瞬間、私は蒸発しました。作者として涙を流しながら見送るからな……(幻覚)


【挿絵表示】


八枚目! スタカフェデートです! こちらのイラストはIFで出した、「もしもカフェが姉でスターちゃんが妹」だったらのお話のFAです。セミロングなのがとてもポイント高いですね……。


【挿絵表示】


九枚目! スターテイ家族です。スタテイ家族です??? これはTwitterで「スターちゃんとテイオーの間に子供が出来たら」と言っていたら生まれてしまった子供たちです。娘が「ポーラスター」ちゃん。息子が「星宮スグル」君です。スターちゃんがママやってますよこれありえる未来ですからね!


【挿絵表示】


十枚目! うまぴょいキススターちゃんです! うまぴょいからは逃げられません。俺の愛バが!!!

さて駆け足でしたが、頂いたファンアートを紹介しました!
一、ニ枚目のイラストを下さった「おーか」さん。
三枚目のイラストを下さった「丹羽にわか」さん。
四枚目以降のイラストを下さった「踏文二三」さん。
本当にありがとうございました!!! 生きる活力と続きを書く気力が本当に湧いてきます!

さて、次に「IF」の宣伝です。

https://syosetu.org/novel/310188/2.html
テイオーがスターちゃんをガンガンアタックして落としに行くお話。

https://syosetu.org/novel/310188/3.html
もしもスターちゃんの妹が「アグネスタキオン」だったらのお話。

https://syosetu.org/novel/310188/4.html
スターちゃんとテイオーがハロウィンを楽しむお話。

https://syosetu.org/novel/310188/5.html
もしもマンハッタンカフェが姉で、スターちゃんが妹だったのお話。

どのお話も一風変わった面白さが籠ってますので、是非見てみて下さい!

さて最後の自分のお話。
これだけ本編が遅れたのには理由がありまして。
なんと8月12日(土)開催のコミックマーケット102にて、同人誌を出すことになりました!

作品タイトルは「コーヒーブレイクはTSとともに」
ウマ娘にTSしてしまったトレーナーとマンハッタンカフェによる、カフェオレのように甘いラブコメ作品になっております!
なんと作品文字数64000! 良い作品が仕上がりましたので、是非夏コミに来る方は「東キ14b」を訪れて下さると嬉しいです!
Twitterの方でも告知しますので、是非フォローお願いします!
多分電子版でも出すぞ!

https://twitter.com/Frappuccino0125?s=20

さて、長々と後書き失礼しました。
今年四月から新社会人になって、荒波に揉まれている作者を温かい目で見守って下さると幸いです。
それでは。

少し下に画面をスクロールして感想評価お気に入りをしてくださると嬉しいです! 作者のモチベに繋がります!

(最初の「シャボン玉飛んだ」は著作権失効してますが、一応楽曲コードが合ったので貼っておきます)


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28.ユメヲカケル

「一緒に走りましょう……姉さん。全力で」

 

 そう言って真剣な目で、俺のことを見つめてくるカフェ。

 全く混じりけの無い純粋な琥珀色の瞳に、俺はすぅと吸い込まれそうになる。

 自分が言葉を出せずに固まってしまっていると、彼女はそっと手を離して俺から離れた。

 そしてくるりと一回転して背中を見せてくると、ドアノブに手をかけながらゆっくりと話しかけてくる。

 

「三十分後……走りやすい格好でいつものターフで待ってます……。姉さんも準備して来てください……」

 

「……一応理由を聞いてもいいか?」

 

「姉さんもウマ娘だから……でしょうか」

 

 そう言い残すと、カフェは静かにドアを開けて部屋の外へと出ていってしまう。

 それは俺にいかないという選択肢を出させないように、わざと言葉数を少なくしたかのようだった。

 元からカフェに誘われた以上いかないなんてことは無いのだが、それにしても──

 

「走りを見て欲しいじゃなくて、一緒に走る……か」

 

 確かに俺はウマ娘だ。ただ単語の前に「一応」と付けるほどスペックが低いことは、自分でもよく分かっている。

 そんな状態の俺と走っても結果なんて、火を見るよりも明らかだろう。

 だが、それに対して深く考える時間すらも無い。

 俺は椅子から立ち上がりクローゼットからトレセン学園のジャージを取り出すと、スーツから素早く着替える。

 そして奥の方から、少し大きめのサイズのとある箱を取り出した。

 

「まさかこれを使うことになるとは……」

 

 箱を開けると中には、トレセン学園にトレーナーとして来た時に貰った蹄鉄付きのシューズ。

 それを丁寧に箱から取り出すと、駆け足で自分の部屋から出る。

 寮の外に出るときに靴を履いてみると、サイズはぴったりで違和感は一切感じない。

 ……なんでサイズぴったりなのを送れたのかはあんまり考えないでおこう。

 はぁと白い息を吐きながら「いつもの」と言われている、俺たちがよく練習で使っているターフへと駆け足で向かう。

 年末のこの時期だからか、ターフには誰もおらずほぼ貸切状態。

 そんながらんとした場所に、黒い長髪をたなびかせた一人のウマ娘が立っていた。

 

「来ましたね……。走れる格好で来てくれて嬉しいです……」

 

「そりゃ言われたしな……。で、本当に走るのか?」

 

「勿論です……。そのために呼んだのですから……」

 

 カフェはそう言うとすぐにストレッチを始めたので、俺もそれに倣う。

 デスクワークで動かして無かった体をしっかりと伸ばし、怪我しないように体を暖めるように動かした。

 テイオーみたいには体を伸ばせないが、それでも自分なりに丁寧に準備体操を行う。

 するとカフェがとんとんと足で地面を叩き、こちら側に視線を向けてきた。

 

「スタートはここから……。距離は2000mです……」

 

「2000mって……。走り切れるかな……」

 

「手は抜かないで下さいね……。それだと何の意味もないので……」

 

「……分かった。全力でやる」

 

 全力で走るのなんていつぶりだろうか。

 昔は走ることさえ嫌いだったのに、今はそれを支える仕事をしている。

 ウマ娘でありながら、全くウマ娘らしくない自分。

 それは今でも変わっていないが──

 

「それでは姉さん……」

 

 大きく息を吸って、吐く。

 冷たい空気が肺の中いっぱいに広がり、すぅと頭が冷えて意識がクリアになっていくさなか──合図は切られた。

 

「スタートです……!」

 

「……っつ!」

 

 ──走りに関しては、今ならば昔とは違ったことが感じられるかもしれない。

 そんな思いを抱きつつ、俺はカフェと同時に地面を思いっきり蹴った。

 

~~~~~~~~

「……ふぅ」

 

「ぜぇ……ぜぇ……。むりっ……だろっ……。そりゃっ……」

 

 芝、2000m。

 突発的に始まった姉妹二人だけのレースは、言うまでも無く俺の惨敗で終わった。

 バ身差で例えると大差。もはや最後の方はカフェの独走になっていたのだが、彼女が一切手を緩めることは無かった。

 カフェと並んで走れたのは、ほんの最初の方だけ。最後はゴールしたカフェが、俺のことを眺めていたレベル。

 走りで体温が上がって暑くなった体が、冬の寒さによってクールダウンしていく。

 呼吸が落ち着いてきたころには、頭の思考もいつも通りに戻っていた。

 

「約2分弱かな……。二人……まぁ最後の方は一人だったかもしれないけど、かなり速くなったな……」

 

「ありがとうございま……待って下さい。ストップウォッチも無いのに、どうやって時間測ったんですか……?」

 

「頭の中で大体。流石に細かいところは数えられないけど」

 

「……走りながらですか?」

 

「……これくらい出来ない?」

 

「……普通出来ませんよ。そんなの……」

 

 カフェがとんでもないものを見るような視線を、俺に向けてくる。

 全力で走っていても頭はある程度までは回ったため、時間を数えるとかの単純作業は出来てしまったのだが……。ちょっとおかしいらしい。

 俺が首を傾げていると、上を見上げたカフェが空に向かってはぁと息を吐く。

 立ち上がったその白い煙が消えた後、彼女は俺に対して語り掛けるようにあることを訊ねてきた。

 

「それで……どうでしたか? レースをしている時の気持ちは……」

 

「気持ち……?」

 

「走りの技術とかではなく、思い……。自分の心の部分です……」

 

「……」

 

「難しく考えなくていいんです……。レース中にふと思ったこと……何かありませんでした……?」

 

 レース。

 あそこまで差が付けられ勝負になっていたかは怪しいが、今のはれっきとしたレースだった。

 カフェが「全力を出して」と念押ししてきたのもこのためだろう。

 レース中に手を抜いて走るウマ娘なんていない。だから、俺も全力で走った。

 初めて自分の全部を出しきったレース中に、俺が思ったこと。

 それは──自分が想像していたのとは違う、相反する感情だった。

 

「なんか変な感想かもしれないけどさ……」

 

「はい……」

 

「正直……怖かった」

 

 これが俺の走っている時に、一番最初に出た思いだった。

 一人。全力で走っているのに、カフェに置いて行かれるのは想像以上に堪えた。

 前に進んでいるはずなのに、後ろに引っ張られるような感覚がする。

 レース中にこんな感情が出てくるなんて想像もしてなかった。

 あぁ、それはきっと──

 

「テイオーも同じだったんだな……」

 

 テイオーは本当に楽しそうに走る。

 トレーニング中でも、レースの中でもそれは変わらない。

 ウマ娘であることを全力で生きている、俺とは真反対の彼女。

 だけど、それがもしも。

 言って無いだけで、最初からずっと感じていたのだとしたら。

 

「……レース中は一人です。最初から最後まで」

 

「そう……だな」

 

「ですが、それでも私は走れます……。それは姉さん、貴方がいるからですよ……」

 

「俺、が?」

 

 こくりとカフェが頷き軽く微笑んだかと思うと、そっと手のひらを俺の頬に当ててきた。

 暑くなっている顔に、ひんやりとした彼女の肌の温度が伝わってくる。

 そしてそのまま彼女は、俺を引き寄せるときゅっと腰に手を回して抱き着いてきた。

 

「レースは残酷です……。ですが、それと同時に楽しい場所でもあります……」

 

 皐月賞にダービー、そして菊花賞。

 ずっと間近で見て来たけど、彼女はずっと楽しそうだった。

 それは俺がこの目で見て来たから。この目に、嘘は吐けない。

 

「ターフの上では一人かもしれません……。ですがそれまで歩んできた道が、私を一人にしません……」

 

 彼女と出会ってから最初から今まで、ずっと俺がトレーニングを指導してきた。

 トウカイテイオーは、決して一人じゃない。

 

「それに……心で深く繋がってますよ。私たちは……」

 

 彼女のその言葉は不思議なほど、俺の中にすとんと落ち着いた。

 菊花賞で見たあの景色は、一緒に走れたあの瞬間は。

 ──テイオーと俺は同じ想いを、未来を描いてた。

 だから、有マのあの時は入れなかった。お互いに、どこか諦めてしまっていた自分がいたから。

 

「……姉さん、さっき私が速くなったって言いましたよね。それと比べて、テイオーさんとどちらが速いですか?」

 

「……ごめん、これは譲れない。テイオーの方が、速い」

 

「ふふ……安心しました。まだ姉さんは揺らいでなんかいません……」

 

 俺の中で、絶対はテイオーだ。

 ウマ娘の中で一番速いと思ってるし、誰にも負けないと思ってる。

 これはいつまでも変わらない、俺の信頼と想い。

 

「ウマ娘は一人じゃ走れません……。テイオーさんの中には、姉さんがいることを忘れないであげてください……」

 

「カフェ……」

 

「なら今姉さんが出来ること、分かりますよね?」

 

「あぁ……よく分かった。ありがとう」

 

 カフェとレースをして、やっと目が覚めた気がする。

 何が最悪だ。

 そんなことで、逃げようとしていた自分が情けない。

 

 ──俺は絶対テイオーの夢を諦めずに支える。だからテイオー、俺と一緒に走ってくれないか? 

 

 ──勿論! トレーナーも、ボクに置いていかれないようにしてね? 

 

 テイオーと交わした約束。

 一緒に走るって言ったのに、テイオーを一人にしてどうするんだよ。

 いつまでも「観測者」気取りはやめろ。

 

 ──俺も「星」側だろうが。

 

「テイオーに会って来る」

 

「何をしに、ですか……?」

 

「夢を話しに、かな」

 

「……良かったです。いつも通り……いえ、前よりいい目をしてます……」

 

 もう二度と、テイオーを置いて行かない。

 先に行っても、絶対に追い付く。

 すれ違いは、もう嫌だから。

 

~~~~~~~~

 妹とレースをして吹っ切れてから、俺はぐっと背筋を伸ばして空を見上げていた。

 透き通るような冬の空が、はっきりと開いた自分の目に映る。

 心に風が通り清々しい気持ちになって呼吸をすると、俺はベンチに置いていた携帯を手に取った。

 直ぐにテイオーの部屋に突撃したいのはやまやまだが、流石に確認は取らないといけない。

 俺は画面を操作してアプリを開くと、テイオーに電話をかけた。

 プルル、プルルとコール音がスピーカーから聞こえてくるが、出る様子はない。

 今までの経験からすると、出れるときはもう飛びつくような勢いで出てくるのだが……

 

「寝てるんですかね……」

 

「休みって言ってももう午後の三時くらいだぞ? テイオーなら起きてそうなんだけどな……」

 

 彼女は休みでも基本的に早寝早起きしているので、休みでもこの時間なら起きているはず。

 携帯を持たずにどこか外に外出している可能性や、まだ寝ているという可能性もあるにはある。

 電話の応答が無かったら、メッセージを送れば彼女は確認はするだろう。

 しかし、今は状況が少し違う。

 

「なんか、不安だ……」

 

 有マ記念が終わってからトレセン学園に帰るまで、お互いに一切口を利かなかった。

 そのせいでテイオーの心のことは、何も把握出来ていない状態。

 怪我などが無いかはその場でしっかりと確認したが、その時すらも終始無言だった。

 ずっと俯いて俺と目を合わせないようにしていた彼女だが、寮で別れる際に一瞬だけ顔を覗けた記憶がある。

 確か、あの時のテイオーの表情は──

 

「──どこか消えてしまいそうな」

 

 本気で過去の自分をぶん殴りたくなってくる。

 何であの時咄嗟に動かずに、彼女を一人にしたんだ。

 一番つらいのは、テイオーだったはずなのに。

 このままだと何か取り返しの付かないことが起きそうな、嫌な予感がする。

 個人的に勘に頼るというのはあまり好きでは無いのだが、今だけは直感を信じたい。

 なら、少し強引に持てる人脈を使ってでもテイオーの安否を確認するべきか。

 

「なら、テイオーの寮の同室に……確かマヤだよな。連絡先はあるから、聞けば教えてくれるはず……」

 

「……あの、姉さん」

 

 俺がマヤの連絡先を携帯の画面に表示し電話をかけるボタンを押そうとした直後、カフェが小さな声を上げてとある方向を指さす。

 その方向に視線を向けると、オレンジ色のロングヘアにちょこんと乗った二つ縛りが特徴のウマ娘が俺たちの方に向かってきていた。

 しかもかなりの猛スピードで走っており、どこか急いでいるようにも見える。

 

「あれ、マヤノさんですよね……?」

 

「だな……。丁度良かったけど、なんでここに……?」

 

 運動に適した服装ではなくラフな部屋着を着ており、ターフに走りに来たわけでは無さそうだ。

 そんなマヤは俺の前に辿り着くと急ブレーキをかけて、航空機のようにぴたりと止まる。

 そしてがばっと顔を上げると、はぁはぁと荒い息を吐きながら俺の腰をがしっと掴んできた。

 突然の出来事にびっくりしていると、それ以上の速度で彼女が口を開いた。

 

「ねぇ、スターちゃん! テイオーちゃん知らない!?」

 

「テイオー……? 逆にこっちが知りたいくらいなんだけど……何かあったのか?」

 

「テイオーちゃんが部屋にいないの! マヤが外から帰ってきたらいなくて! 心配で!」

 

「ちょっと落ち着いて。詳しく聞くから」

 

 焦って喋りたいことだけを伝えようとしてきているマヤを落ち着かせようと、彼女の手に触ってきゅっと握った。

 カフェも彼女の背中に手を当てると、なだめるように優しく撫でている。

 それで少し安心したのか、マヤがぽつぽつと説明を始めてくれた。

 

「朝から様子が変だったの……。いつものテイオーちゃんじゃないって思ってはいたんだけど……」

 

「で、部屋から少し離れたらテイオーがいなくなっていたと」

 

「うん……。携帯もお財布も部屋に置きっぱなしで……」

 

「道理で繋がらないわけですね……。そうなるとどこに行ったかですが……」

 

 こんな状態のテイオーが、一人でどこかへ? 

 嫌な予感が直ぐに的中してしまって震えそうになるが、そんなことをしている暇はない。

 俺は更に詳しい状況を聞こうと、マヤに対して質問をした。

 

「テイオーがいなくなったのはどれくらい前だ?」

 

「えっと……三十分前くらいだと思う……」

 

「ならそんな遠くにまでは行ってないはずだ……。今なら、まだ間に合うっ……!」

 

 俺はトレセン学園周辺の地図を頭の中で思い描き、彼女が辿りそうなルートをシミュレートする。

 時間と走る速度、そしてテイオーが行きそうな場所を計算に入れて頭をフル回転させた。

 いくつか候補は出てきたが、俺の勘が当たっていれば多分「あそこ」にいるはず。

 

「ごめん、カフェにマヤ。頼みたいことがある」

 

「テイオーさんの捜索ですよね……? 私に出来ることなら……なんでも」

 

「うん! マヤも協力するよ! テイオーちゃんを一人になんかできないもん!」

 

「ありがとう……。なら、カフェはたづなさんに話してきて欲しい。マヤは学園の中を探してくれると助かる」

 

「アイコピー! スターちゃんは……?」

 

「一つ……テイオーが行きそうな場所に心当たりがある。俺はそっちに向かうよ」

 

「了解です……! こっちは任せて、姉さんは行ってください……!」

 

「あぁ、行ってくる」

 

 カフェとマヤにやって欲しいことを話し終えると、俺は足を地面に踏みつけて思いっきり蹴る。

 あぁ、偶然だが走りやすい格好で良かった。これなら、自分の全力でテイオーの元へ行ける。

 ターフを駆け抜けて、トレセン学園の外へ。

 ウマ娘用に区切られた道を走り、前を向いてとある場所へと向かう。

 そこまで走っていないはずなのに、慣れないことをしているせいか心臓が苦しい。

 風を切る音が耳に裂き、コンクリートを蹄鉄で叩く音が鳴り響く。

 そこにぽつぽつと、空の上から大粒の水滴が叩き落とされてきた。

 

「雨だけどっ……関係ないっ……」

 

 あっという間に頭どころか全身がずぶ濡れになってしまうほど、雨の勢いが強まっていく。

 ざぁざぁと浴びる冬の冷水に体が凍えそうになるか、それを無視して走る。

 走って。走って。

 雨を切り分けて目的地へと辿り着いたころには、俺のスタミナは熔けてしまっていた。

 今から別の場所に、このまま行くのは無理かもしれない。

 だから、頼む。ここに、いてくれ──

 

「とれーなぁ……?」

 

 雨の音に消えてしまうくらい、弱弱しい声が聞こえてきた。

 こんな声を聞きたくはなかったが、俺の耳がこれは彼女の声だと訴えかけてくる。

 トレードマークのポニーテールをほどき、髪の先から水が滴り落ちているウマ娘。

 いつもの彼女の雰囲気では無いが、直ぐに分かる。

 

「テイオー……」

 

 担当ウマ娘──トウカイテイオーが目に光が無い状態で、首だけを曲げて俺の方を見てきた。

 体を動かす気力もないのか、さび付いた金属のようにゆっくりと顔だけを向けてくる。

 そして、小さな声で俺に問いかけてきた。

 

「なんでここが分かったの……?」

 

「なんとなく、テイオーならここに来るだろうなって」

 

「ははっ……。ボクのことはなんでも分かっちゃうんだね。凄いや」

 

 テイオーが感情が籠ってなさそうなセリフをぽつりと呟くと、俺から視線を離すとまた動かなくなってしまった。

 そして二人しかいない公園の中を、雨が地面に叩きつけれらる音だけが包み込む。

 今俺たちがいる場所は、テイオーとよく来ていた公園。

 はちみーを一緒に飲んだり、遊んだり、最初の夢を誓った場所でもある。

 

「早く帰ろう……テイオー。こんな場所にいると風邪引くぞ」

 

 俺が話しかけても、テイオーはそこにいないかのように全く返事をすることは無い。

 こうなったら更に近づくしかないと思った俺は、彼女の方へと一歩踏み出そうと──

 

「──来ないでっ!」

 

 その瞬間、他の音に負けないくらいに大きなテイオーの声が響き渡る。

 震えるように絞り出されたそれは、まるで有マの後の叫びに似ていた。

 あの時は止まってしまった。逃げてしまった。考えないようにしてしまった。

 だけど──今は違う。

 俺はそのまま確かに前に進むと、テイオーの元に向かっていった。

 一歩一歩と濡れた地面を踏みしめていくと、彼女が俺の方を見ずに前へと進んで逃げようとする。

 だが俺はそれを逃がさないように、テイオーに一気に近づくとがしっと肩を掴んだ。

 

「俺の目を見ろっ! テイオー!」

 

「──っつ!」

 

 そう言うと、テイオーはぴたりとその場で止まってくれた。

 そしてしばらく静止したかと思うと、小刻みに震えながら地面を見ながら話し始めた。

 

「ボク、もう無敗じゃないよ?」

 

「知ってる」

 

「ボク、もう走れないかも──」

 

「それは、違う」

 

 テイオーとはずっと一緒にいた。

 トレセン学園に来た時から、デビュー戦を重ねてG1レースを走る時もずっと最前線で見てきた。関わってきた。

 だからこそ分かる。

 その言葉は。その言葉だけは、絶対に違う。

 

「トウカイテイオーは何て言ってる!?」

 

「うあっ……」

 

「走れないかもじゃない! トウカイテイオーが、本当に走りたいかどうかだ!」

 

 俺がそう強く訴えかけると、テイオーは勢いよくくるりと振り向いてくる。

 やっと正面から見せてくれた彼女の顔は、ぐしゃぐしゃになっていてもう限界寸前だった。

 雨に隠れているが、間違いなく泣いている。彼女からしたら隠したいだろうに、自分の目がいいせいで直ぐに分かってしまう。

 瞳に涙を溜めながら、彼女は大きな声で吐き出した。

 

「走りた゛い! 負けて、嫌な気持ちになっても゛! ボクがボクを許せなくても! まだ、走りたい゛!!!」

 

「分かってる……。テイオーは走るのが好きで楽しいんだもんな」

 

「まだ、ボク走っていいの……? レースに出てもいいの……?」

 

「当たり前だ。テイオーが走りたいなら、それでいいんだよ」

 

「また負けちゃうかもしれないよ……? ボクが折れちゃうかもしれないんだよ……?」

 

「それでも絶対に俺はテイオーを離さない。だから──これからも一緒に走ってくれないか?」

 

 Eclipse first, the rest nowhere. 唯一抜きん出て並ぶ者なし。

 トレセン学園の校訓としても有名なこの言葉だが、俺は少し違うと思っている。

 並ぶ者なんていない? 絶対にそんなことは無い。

 だって、テイオーの隣には俺がいるんだから。一人になんか、させない。

 

「うあっ……。あっう……あっ、あああああああ!!!」

 

 俺の告白に、テイオーはその場で立ち尽くしたまま大号泣し始めてしまった。

 彼女なら他の人に見せないであろう泣き姿を、俺には見せてくれている。

 俺はテイオーの背中に手を回してぎゅっと強く抱きしめると、頭を優しく撫でた。

 冬の雨の中で本当は凍えるほど寒いはずなのに、ここだけ少し暖かいような気がする。

 俺は強くテイオーを抱いたまま、聞こえるような声量で話そうとゆっくりと口を開いた。

 

「なぁ……最強ってなんだろうな……」

 

「……」

 

「どこまで行ったら、ルドルフを超えたってことになるんだろうな」

 

「……正直、ボクも分かんない」

 

「いいんだよ、それで」

 

 G1レースで一着取れたから最強なのか? ルドルフの戦績を超えたら最強なのか? 

 レコードを塗り替えたら? 芝もダートも走れたら? 短距離も長距離も走れたら? 

 そんなの分かんない。分かるわけがない。

 だけど、これだけははっきりしている。

 

「最後まで諦めなかったウマ娘は最強なんじゃないかって、俺は思う」

 

「……うん」

 

「それに……まだテイオーは負けてないだろ?」

 

「へっ……? でもボクは、有マで」

 

「俺たちの心は負けてない。まだ走るなら、いくらでもチャンスはある」

 

 ──三冠ウマ娘だけじゃなくて、たくさんG1で勝って、カイチョーを超えて、一番速くて強いウマ娘になりたい! 

 

 テイオーの夢の中にある、一番速くて強いウマ娘。

 ある意味、これは既に叶っているのかもしれない。だって、俺が彼女のことをそう思っているのだから。

 だけど、まだテイオーがその先に行くというのなら。

 まだ、走りたいと言うのならば。

 

「無敵のテイオー伝説は、まだ終わってない。そうだろ?」

 

 俺は、彼女の夢を諦めずに支え続けるだけだ。

 その伝説を終わらせないためにも、語り継ぐためにも。

 ずっとテイオーの隣で、走り続ける。

 それが彼女のトレーナーになる時に、俺がした約束だから。

 

「それに、止まっても一緒に背負っていけるからさ」

 

「分かち合えるってこと……?」

 

「あぁ。テイオーが失敗したら俺も背負うし、俺がもし失敗したら──」

 

「──ボクも背負う」

 

 あの時俺たちに足りなかったのは、失敗を認めて次に進むこと。

 敗北は次の勝利へのステップなんて、俺が一番分かっていたはずなのに当事者になったら考えられなくなってしまっていた。

 だから、二度は間違えない。

 

「そっか……。そうだよね」

 

 下を向いていたテイオーの顔が、ゆっくりとだが空へと上がっていく。

 ぽつりぽつりと踏みしめた歩きは、きっともう止まる事はない。

 

「ボクは一人じゃないんだ。ずっとボクたちだったから」

 

 その声はもう弱気なテイオーじゃなくて、いつものテイオーに戻っていた。

 

「いつの間にかボクの夢は、ボクだけの夢じゃなくなっていたんだね」

 

 ととんとその場で飛ぶようにステップを踏んだ彼女は、くるりと一回転して俺の瞳を見つめてくる。

 

「トレーナーの夢も、ファンの夢も、全部背負って──みんなに夢を見せてあげる」

 

 その顔にはもう、すっかり笑顔が咲き誇っていた。

 

「最強ってきっと誰もが夢を託したくなるから。そんなウマ娘に、ボクはなる!」

 

「なれるさ。絶対に、テイオーは最強に」

 

「ボクだけじゃないよ? トレーナーもみんなの夢を背負うんだからね!」

 

「勿論。一緒に行けるさ」

 

 じゃあ、行こうか。まだ終わらない、伝説のその先へ。

 

「無敵のテイオー伝説は、まだ終わらないぞー!」

 

 雨は止んで、澄み渡った蒼空は光り輝いていた。

 キミと夢をかけるよ。何回だって、その先へ。

 




こんにちはちみー(挨拶)
今回の話、地味に書くの大変でした。
ですが、絶対に避けては通れない道だったので作者も頑張りました。

さて話題は変わりますが、皆様夏コミC102お疲れ様でした!
私もサークルとして参加しましたが、色んな方々が本を買いに来てくださりとても嬉しかったです!
そんな夏コミで出した本「コーヒーブレイクはTSとともに」は現在電子版で販売中です!
TS好きにはおススメした作品となっておりますので、よろしければこの機会に手に取って貰えると嬉しいです!

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【追記】
実本予約始まりました!下のリンクからどうぞ!

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次の更新は頑張ってなるはやで出したいと思います。

少し下に画面をスクロールして感想評価お気に入りをしてくださると嬉しいです! 作者のモチベに繋がります!


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29.また、ここから

 十二月三十日。年末も年末。

 世の中はゆっくりと休みのムードになり、年が切り替わる準備をし始めるころ。

 時計が午後一時を指すくらいの時間に、俺を含めた三人のウマ娘は車に乗ってとある場所へと向かっていた。

 

「初めて送迎車に乗りましたが……座席ふっかふかなんですね……」

 

「凄いでしょ。ボクも最初に乗った時にびっくりしたなぁ」

 

 初めて乗る高級車に驚いているのが、黒く長い髪を垂らしたウマ娘──マンハッタンカフェ。

 少し落ち着いた様子で座っているポニーテールのウマ娘──トウカイテイオー。

 そして俺は、そんなウマ娘たちに挟まれて後部座席の真ん中に座っていた。

 

「……トレーナー、緊張してるの? 大丈夫?」

 

「そうか……? そんなことないと思うんだけどな……」

 

「いえ、いつもより目に落ち着きがありません……。私でも分かってしまいますよ……?」

 

 そう一番付き合いの長い担当ウマ娘と血の繋がった妹に言われてしまい、俺も自分のことなのに否定が出来なくなってしまう。

 この緊張は恐らく、テイオーやカフェがレースに出るといった時とは全く違うものなのだろう。

 これは無意識のうちに湧き出るような感情に近くて。気づいたら飲まれそうな──

 

「大丈夫。ボクはいつでも隣にいるよ」

 

「安心してください……私も一緒にいます……」

 

 そっと右手をテイオーが、左手をカフェが包んできて彼女たちの体温が伝わって来る。

 両手がぽかぽかと温まったかと思うと、次の瞬間俺の体を柔らかい感触が包み込んだ。

 

「そんなトレーナーにはこうだー! うりうりー!」

 

「あっ、ちょっとズルいです……。私も……」

 

 ぎゅっと両側から、二人のウマ娘が抱き着いてきた。

 テイオーとカフェが普段より近い距離でぴったりとくっついてきて、すりすりと顔を擦りつけてくる。

 大きな座席でわちゃわちゃと絡み合っていると、車のブレーキ音が聞こえてスピードが収まった。

 どうやら今回の目的の場所に到着してしまったようだ。

 さて、俺も覚悟を決めなければ。

 

「じゃあ、行こうか。ありがとな、テイオー、カフェ」

 

 お礼に彼女たちの頭に手を乗せて優しく撫でると、二人とも目を細めて嬉しそうな顔をする。

 いつまでもこうしてゆっくりとしていたいが、そういう訳にもいかない。

 今日はURA主催の、年度ウマ娘授賞式の日。

 そして──俺がとある覚悟を決めた日でもある。

 

~~~~~~~~

 車から降りた俺たちはスタッフさんに従って、地下駐車場から入口へと入った。

 ここはいつかの皐月賞の記者会見でも使われた都内のビルで、ここの一つのフロアを貸切って今回の授賞式は行われる。

 

「最優秀ウマ娘って、他の一般の方は知らないんですよね……?」

 

「基本的に関係者だけだな。一つの一大イベントだから、URA側も盛り上げたいんだろう」

 

 最優秀ウマ娘。

 それは一年を通して最も活躍したウマ娘に、トゥインクルシリーズを運営しているURAから授与される称号。

 最優秀ジュニアウマ娘、最優秀クラシックウマ娘、最優秀シニアウマ娘。

 そして、URA賞。

 各世代から一人ずつ、そしてトゥインクルシリーズを走っているウマ娘から一人選ばれるこれは、その年を象徴するものとして大変名誉なことになっている。

 そしてそんな賞に、我らがトウカイテイオーが選ばれた。

 話題性、戦績。どこを取っても今年のレースの主役というのが、主な受賞理由らしい。

 そんな主役を含めた俺たちは、ビルの控室で会場にいくための準備をしていた。

 

「こんなドレスまで着て会場に行くのかぁ。ちょっと慣れないね」

 

 そう言ってくるりとその場で一回転したのは、綺麗な青いドレスに身を包んだテイオー。

 かなりスカートのフリル部分が長く、お嬢様がどこかのパーティーに出かけるような服装だ。

 それに加えていつものポニーテールを降ろし、軽く彼女の顔の良さを強調するための化粧までしているのだから美人という言葉がぴったりな少女になっている。

 

「凄い似合ってるぞ。お嬢様って感じだな」

 

「ギャップ萌えってやつでしょうか……。凄い美人さんですよ……」

 

「えへへ。似合ってるなら良かったぁ」

 

 テイオーがふにゃぁと顔を綻ばせて喜ぶ様子を見ると、いつもの彼女という感じがする。

 前回の記者会見時には勝負服を着ていたが、今回は授賞式。

 主役が一番目立つように、ウマ娘はドレスとのURAからの指定だ。

 他の賞が決まっているウマ娘たちも、恐らくドレス姿でこの会場にいるのだろう。

 因みにカフェは付き添いなので、トレセン学園の制服でこの場にいる。

 だが「とある人」の好意で、彼女にも軽く化粧は施してもらった。

 

「いやまさかあの時化粧した子が、こんなに立派になってるんですよ。この仕事をやってて良かったって、私思ってます」

 

 そうにこりと大人の笑顔で言ってくれたのは、メイクアップアーティストの安田さん。

 皐月賞の頃に彼女に化粧をしてもらった過去があったが、今回も何かの縁でこうして関わって貰っている。

 安田さんと初めて出会ったあの頃は、まだテイオーが三冠になる前。あれからかなりの時間が経過したが、本当にあっという間だった気がする。時の流れというのは早いものだ。

 

「ところで、スターさんは今回お化粧どうします? 相変わらずお綺麗な顔なので、するとしても軽くだと思いますけど……」

 

「……今回もして貰ってもいいですか? 私も人前に出るので」

 

「姉さんが自分から化粧するのは珍しいですね……。てっきりこういうの苦手かなと思ったんですけど……」

 

「前回ちょっと渋ってたもんね。ボクはいい事だと思うよ!」

 

 テイオーが何故かぐっと親指を立ててグッジョブと向けてきて、いい笑顔をしてきた。

 安田さんもなんかニコニコしてるし、なんだか恥ずかしい。

 正直に言うと俺もまだ少し抵抗はあるが、今日は絶対に見た目を整えなければいけない理由がある。

 

「そういえば、今日は帽子とかも被ってませんね……。もしかして、そういうことですか……?」

 

「多分、カフェの思ってる通りだと思う」

 

「……無理はしないでくださいね」

 

 カフェが俺が考えていることが分かったのか、心配するような声で呟いてくる。

 そう。俺が人前に出るときなどは、深めの帽子を被ったりしてこの目立つ白毛を隠してきた。だが今回はそれらは一切なく、素の自分のままでこの場に来ている。

 テイオーはその意味が分からなかったらしく軽く首を傾げていたが、これに関しては俺の問題だ。

 カフェはギリギリ当事者だから理解していたが、テイオーにこれを悟らせてはいけない。

 そのリスクを含めて、俺の覚悟なのだから。

 

「それでは化粧していきます。楽にしていてくださいね」

 

 俺は大きな鏡の前に置いてある椅子に座ると、化粧をしてくれる安田さんに顔を預ける。

 前回と同じように下地から始まり、ファンデーション、アイブロウ、アイシャドウ、チーク、リップと手際よくやってくれた。

 目を開けると、大きな鏡の中にはいつもより綺麗になった俺の顔が映っていた。

 俺の年齢にあうような、自然な化粧をしてくれた安田さんには感謝しかない。

 

「はい、お疲れ様でした。とても似合ってますよ」

 

「ありがとうございます。毎回助かってます」

 

「いえいえ! これが私の仕事ですので!」

 

 俺が頭を下げてお礼を言うと、安田さんが遠慮するかのように手を振ってくれる。

 時計を確認してみると授与式まであと30分くらいの時間になっており、そろそろ会場に移動する時間になっていた。

 

「さて、そろそろ移動するか……ってなんで二人とも変な方向に向いてるんだ……?」

 

「いえ……あの、思った以上に火力が高くて……」

 

「なんか前より綺麗になってるし……」

 

 何故か頬を少し赤くしながら俺から視線を逸らしているテイオーとカフェの肩をぽんぽんと叩くと、俺はドアをゆっくりと開ける。

 控室を後にして会場に向かうための廊下を三人で歩くと、多くの視線をちらちらと感じてしまう。

 だが注目されるのは、大分慣れた。前より、確実に成長している。

 綺麗な廊下を歩いて会場に入るためのドアをスタッフさんに開けて貰うと、そこは多くの関係者が集まっていた。

 

「じゃあ、ボクは行ってくるね! しっかり見てて!」

 

 全く緊張とは無縁そうなテイオーが、元気そうに会場に設置されたステージの方へと向かっていく。

 すると照明の光が落ちていき、がやがやと少し騒がしかった会場内の声が収まる。

 そして薄暗くなった会場に、司会役の女性の落ち着いた声がマイクに乗って響いてきた。

 

「皆様、お待たせしました。これより、今年の最優秀ウマ娘の授与式を始めます」

 

 天井に吊るされていた照明と後ろに設置されていたメディア用のカメラの照明が、パッとステージを照らす。

 そこには今年のトゥインクルシリーズを代表する四人のウマ娘が、綺麗なドレス姿で立っていた。

 

「まずは最優秀ジュニアウマ娘からの紹介です。ホープフルステークスを制し、早くも来年のクラシックが期待されているウマ娘。アグネスタキオンです!」

 

 ぱちぱちと会場内で拍手が起こり、黄色のドレスを着たタキオンが軽くお辞儀をした。

 彼女は有マの後に行われたG1レースのホープフルステークスを、二バ身差という圧倒的な強さを見せつけ勝利している。

 カフェの友人ということで注目していたが、ここまでの実力者だとは思ってはいなかった。

 

「タキオンさん……実は大分前から期待されていたみたいです……。今年ようやくデビューして、その実力を見せつけてかなり話題になってました……」

 

「前って、デビュー前か? テイオーみたいな感じかな……」

 

 テイオーは一度選抜レースを走っただけで、かなり話題になっていた。

 それと同じようにデビュー戦の前に話題になるとしたら、そこで強烈な走りをするしかないのだが……

 俺の記憶の中で、タキオンが選抜レースに出たという話は聞いた事がない。

 

「タキオンさん、選抜レースは入学当時……三年前にしていたみたいです……。ですが、そこから一切走らずトレーナーも付けない……。それを含めて問題児だったみたいです……」

 

「となると、最近ようやくトレーナーが付いたってことか。カフェと同じ時期にデビューして、そのままホープフル……。そりゃ話題にもなる」

 

 世間から見ると、急に現れて劇的な結果を残したウマ娘として認識されているのだろう。

 だが何故選抜レースに出た後に、そこから急に走るのをやめたのか。

 彼女は俺と初めて会った時に、ウマ娘の可能性を研究していると言っていた。

 その時は競争バではないのかと思っていたが、実際はしっかりとトゥインクルシリーズを走っている。

 何かタキオンを変える出来事があったと考えられるが、一番ぱっと思い付くのはトレーナー関連だろうか。

 

「タキオンのトレーナーさん……凄くいい人でしたよ……。真面目そうで、タキオンさんをよく見てくれてます……」

 

「そっか、例の研究室にいるんだもんな。カフェはもう知ってるか」

 

「はい……。よく料理をしたり洗濯したり……タキオンさんの身の回りの世話をしてますね……」

 

「それ本当にトレーナーなのか……? 家政婦とかじゃなくて?」

 

「トレーナーですよ……。あとよく光ってます……」

 

「……どういうこと?」

 

 一応顔だけは情報としては知っているが、彼の人となりまでは知らない。

 今度研究室に行って挨拶するか……。カフェ専用のスペースも気になるし。

 タキオンのトレーナーへの謎が深まってきたところで、会場は次のウマ娘の紹介に移っていた。

 

「お次に紹介するのは、最優秀シニアウマ娘。天皇賞春、天皇賞秋、ジャパンカップを制した日本総大将。スペシャルウィークです!」

 

 そう言われて会場のライトがぱっと当たったのは、赤いドレスを着たウマ娘。

 俺たちの知り合いでもあり有マでもぶつかった彼女は、スペシャルウィーク。

 スぺは黄金世代と呼ばれる強いウマ娘が多くいる世代で走っており、彼女の他にもG1ウマ娘が多くいるが今回はスぺが選ばれたようだ。

 これからシニア級に入るテイオーと戦わなければいけないと思うと、身が引き締まる。

 

「それでは最優秀クラシックウマ娘とURA賞を同時に発表いたします!」

 

 その瞬間、会場の空気が一瞬で変わった。

 それだけ大きなURA賞の発表を同時に行うということで、メディアたちは歴史を捉えようと集中する。

 

「最優秀クラシックウマ娘に菊花賞ウマ娘、メジロマックイーン! そしてURA賞に無敗の三冠ウマ娘、トウカイテイオーが選ばれました!」

 

 照明が二人のウマ娘を照らし、主役たちを目立たせた。

 紫のドレスを着たマックイーンと青いドレスを着たテイオーが、威風堂々といった様子でステージに立っている。

 今年の世間を盛り上げ常に話題の中心にいた彼女たちが、この賞を受賞するのは誰もが疑う余地も無かった。

 特にテイオーなんて、今年のトゥインクルシリーズの主人公と言っても過言ではないだろう。

 菊花賞直後なんて、類を見ないほどの盛り上がりようだった。

 

「本当に凄いところまで来ちゃったなぁ……。一年前の俺に話したら驚かれそうだ」

 

「……でも、姉さんはテイオーさんが三冠を取ると思ってたんですよね? なら、これは必然だったんじゃないですか……?」

 

「そう……かもな。ここまで話題になるとは思わなかったけど」

 

 テイオーと初めて出会った時から今日のこの日まで、まるで綺麗な星のように輝いている思い出だ。

 辛いときもあった。すれ違いもあった。

 でもこうして光り輝いている一等星は、全ての要素が集まって出来た結晶だ。

 どれも──無駄じゃなかった。

 

「さて、それでは受賞したウマ娘たちからそれぞれ一言ずつ頂きましょう。それではアグネスタキオンさん、お願いします」

 

 賞の発表がされると、次はそれぞれのウマ娘から一言貰う場面に移る。

 まずはタキオンが軽く今後の展開を語り、三冠路線に進むと発表した。

 こういうメディアの前に出るのは苦手なのだろうか。台本を用意してそれを読んでいるような感じがする。

 次にコメントしたスぺはこういうインタビューになれているのか、すらすらとお礼を述べている。

 場数を踏んでいるということもあるだろう。いつもの元気な彼女とは違った一面を見ていると、とある一言で会場がまた揺れた。

 

「──私たち、黄金世代は海外レースに挑戦していきたいと思います」

 

 日本のトゥインクルシリーズを飛び出して、海外レースへの挑戦。

 正直俺もその言葉を聞いて、急に耳がぴんと立つほどびっくりした。

 海外レースは日本で行うレースより、基本的に挑戦難易度が高い。

 これは当たり前の話なのだが、移動に言語の壁、慣れない生活環境。

 そして、日本とは全く違うバ場にレース展開。

 かなりリスクのある挑戦という認識もあり、この発言には驚いた。

 

「……海外か。日本に留まらずに、世界進出するのは自信があるからか」

 

 ──それとも、夢を追いかけてか。

 

 詳しくはまだ分からないが、頑張って欲しいと思う。

 日本のウマ娘たちが海外でも活躍しているのを見ると、俺も素直に嬉しくなる。

 スぺがぺこりと頭を下げると少し会場も落ち着いて、次のウマ娘にバトンタッチされた。

 

「私、メジロマックイーンがこのような名誉ある賞を受賞でき、ありがたく存じますわ」

 

 落ち着いたようで透き通るような凛とした声が、マイクに乗せて会場内に響き渡る。

 俺も良く知っているメジロマックイーンが、いつも以上に清楚な空気を纏いステージ上に立つ。

 そしてゆっくりと口を開くと、丁寧に言葉を紡ぎ始めた。

 

「私の今後の目標は、天皇賞・春。メジロ家として、この名誉ある盾を取れるように、メジロ家の一人としてこれからも一層励んでいく予定ですわ」

 

 そこまで発言したかと思うと、ほんの少しだがマックイーンの目線がちらりとテイオーの方へと向いた。

 そんな刹那の間を挟んで、彼女は話を続ける。

 

「そして……悔しい思いをした有マ記念にも、また挑戦していく予定ですわ。これからも応援のほど、よろしくお願いいたします」

 

 そう閉じてぺこりと優雅にお礼をしたマックイーンに、ぱちぱちと会場内から拍手が鳴り響く。

 彼女が明らかに含めて言った「有マ記念」という言葉。そして、視線。

 

 ──決着は、有マ記念で! 

 

 有マ記念は、マックイーンが三着。テイオーは六着。

 菊花賞の時にしたあの誓いが、未だに心の奥底でくすぶっているのだろう。

 先ほどのマックイーンは、堕ちたテイオーを上まで掬いあげるかのような感情が籠っているように感じた。

 心配してくれてありがとうな、マックイーン。だけど、その峠はもう超えた。

 もし俺がいなかったら、テイオーを救っていたのは彼女だったかもしれない。

 そんな想いを抱きつつ、俺はテイオーに対して視線を向ける。

 丁度マイクが渡された彼女と目線が合うと、そっと一瞬目を瞑った。

 

「今回の賞は、ボク一人だけじゃ取れなかった。トレーナーにファンに……みんながボクに夢見てくれたから取れた賞だと思ってます」

 

 いつもより落ち着いた調子でテイオーが、一つ一つ丁寧に話していく。

 そしてぱっと目を開けると正面を向いて、力強く確かに一歩前に進んだ。

 

「誰もが夢を託して、最強を駆けるようなウマ娘にボクたちはなる」

 

 ちらりと先ほどのお返しとばかりに、一瞬だけ彼女がマックイーンを覗き込む。

 そして、人差し指を一本立ててカメラに突き立てた。

 

「──無敵のトウカイテイオー伝説はまだ終わってない」

 

 いつぞやにもやった、最強宣言。

 だがあの時とは違う。

 あの時よりも確かに強くなった。あの時と違って敗北を経験した。

 

「これからもボクたちから目を離さないでくれると、嬉しいな」

 

 そうテイオーが締めくくると、会場が一瞬の静寂に支配される。

 そして、時が戻ったかのように、大きな拍手が会場全体を包み込んだ。

 テイオーもふぅと落ち着いた様に息を吐き出して、顔を緩ませる。

 流石のテイオーも少し緊張していたようで、無事に言えてほっとしているようだった。

 

「ウマ娘の皆様、ありがとうございました。これより記念品の贈呈に移ります」

 

 次に始まったのは記念品の贈呈ということで、賞を受賞したウマ娘たちへ盾が渡されていく。

 それが終わると司会者の方が、ここからが本番とばかりに少しテンション高めで口を開いた。

 

「それでは、今回輝かしい戦績を収めたスペシャルウィークさん、メジロマックイーンさん、トウカイテイオーさんに対し、URAから新たな勝負服が贈呈されます!」

 

「えっ」

 

 司会者の口から急に聞いていなかった情報が出て来てしまい、俺は思わず声が漏れ出てしまう。

 俺が知っていたのは、今回の賞を受賞するウマ娘のみ。勝負服の件までは全く知らなかった。

 それは登壇していたウマ娘も同じだったのか、声は出さなくともそれぞれ驚いたような表情をしている。

 恐らくURA側がサプライズとして用意したのだろうが……これはテイオーも嬉しいだろうな。

 

「──スペシャルウィークさんには緋色を中心とした、日本総大将をイメージした勝負服を」

 

「──メジロマックイーンさんには白を基調とした、空に羽ばたけるような勝負服を」

 

「──トウカイテイオーさんには赤く燃え上がるような、不死鳥のような勝負服を」

 

 スぺは今までの活発なイメージから威厳さへと。

 マックイーンは今までの黒い勝負服から白へと。

 テイオーは蒼と白の勝負服から、赫へと。

 彼女たちが今まで着ていた勝負服とは全くイメージが異なる、新しい装い。

 だがそれも問題無く纏ってしまうのだろうという確信が、俺の心の中にあった。

 

~~~~~~~~

 その後、授与式は一時間と少しで特に大きな問題も無く終了した。

 ライブ中継なども終了してカメラなどを片付けているメディアを眺めていると、テイオーがステージ上からとててとテンポよく駆け寄ってきた。

 

「ただいまー! ボクのことしっかり見てた?」

 

「しっかり見てたぞ。かっこよかったな」

 

「えへへ」

 

 そう言って嬉しそうに顔を綻ばせたので、頭に手を乗せて撫でてあげる。

 尻尾を揺らしながら耳をぱたぱたする様子は、先ほどのきりっとした様子とは少し違って年相応の姿を見せていた。

 

「まさか新しい勝負服を貰えるなんて思ってなかったよ。今から着るの楽しみだなぁ」

 

「今それの件について連絡が来てな。これが終わった後、勝負服に着替えての撮影会があるらしいんだけど、参加は──」

 

「するよ! 勿論!」

 

「だよな。じゃあ、授賞式の直後に大変かもだけどよろしくな」

 

「りょーかい!」

 

 テイオーが新しい勝負服を纏うのが待ちきれないといった様子で、その場でぴょんぴょんと跳ねそうになる。

 流石にドレスで激しい動きをするのもまずいので軽く目線で注意してから、一緒に一度会場から出て最初の控室へと向かう。

 そして勝負服に着替えるためにドアを開けて中にテイオーが入ろうとした瞬間、俺はその前で歩くのを止めた。

 

「じゃあ、俺は今から別の場所で用事があるから。カフェ、さっき俺が伝えた場所にテイオーを案内してくれないか?」

 

「分かりました……。お気を付けて……」

 

「あれ? トレーナーも一緒に来ないの?」

 

「大事な用事でな、これは外せないんだ」

 

「えーっ……。せっかくトレーナーに見せたかったのに……」

 

 テイオーがしゅんと耳を垂らして、テンションが下がった表情を見せる。

 俺もテイオーのカッコイイ姿を見たいのはやまやまだが、これに関しては仕方ない。

 

「まぁ、後でしっかり見せてくれ。今は撮影会楽しんできな」

 

「むー……。じゃあトレーナーの予定が終わったら、特等席で見せてあげるからね! 楽しみにしててよ!」

 

「楽しみにしてるぞ。あとで、いっぱいカッコイイ姿見せてくれ」

 

 彼女も納得してくれたのかこくりと頷いたのを見てから、俺は一度二人とお別れする。

 さて、ここからが俺にとっての本番。

 テイオーもみんなの前で覚悟を見せたんだ。俺も覚悟を決めなければ。

 

「ふぅ……」

 

 頭では分かっていても体の方が追い付いていないのか、心臓がばくばくとなっている。

 ぐっと顔を上に持ち上げながら綺麗な廊下を歩いていると、とある一室に辿り着いた。

 俺が部屋のドアをこんこんとノックすると、中から「どうぞ」という声が聞こえてくる。

 

「失礼します」

 

「どうぞ……。って、スターゲイザーさん。お久しぶりですね」

 

「こんにちは、乙名史さん。ご無沙汰してます」

 

 部屋の中に入ると一人座れるだけの大きめの椅子が五つと、いくつかのカメラが設置されている。

 そしてその一つの椅子に座っていたのが、白いスーツに長い髪を二つに分けた女性。

 日本ダービーの時にインタビューしてもらった時以来の再会となる彼女、乙名史記者はにこりと微笑んで返事をしてくれた。

 

「そこにおかけください。前と違ってカメラとかありますが、あまり緊張せずにいきましょう」

 

 彼女が手を向けた先にあった椅子に座ると、ふわりと柔らかい感触が背中に伝わった。

 大分いい椅子のようで、ふかふかで座り心地が良い。

 そんな椅子に座って数分待っていると、部屋の中にドアのノック音が響いた。

 その後に入って来たのは、スーツを着た人たち。軽く挨拶をすると、俺の隣の椅子に座る。

 今入ってきた人を含めて、合計四人。

 アグネスタキオン。スペシャルウィーク。メジロマックイーン。そして、トウカイテイオー。

 

 ──そのトレーナーたちが、今ここに集まった。

 

「それでは、これからURA賞授賞式の特別インタビューを行います。トレーナーさんたち、よろしくお願いいたします」

 

 俺が覚悟してしたきたこと、それは。

 

 ──世間への顔だしである。

 

~~~~~~~~

「さて、メジロマックイーンのトレーナーさん。ありがとうございました!」

 

 そう言って、乙名氏さんがメジロマックイーンのトレーナー──北野さんに対してメモを取るのを終える。

 今行っているのは、URA賞を受賞したウマ娘のトレーナーたちのへのインタビューだ。

 本来G1レースを勝利したウマ娘ならば、そのトレーナーも注目される。

 無敗の三冠を取ったテイオーのトレーナーともなれば、メディアなどに大きく取り上げられる……はずだった。

 だがそれをトレセン学園側の協力で、情報などを止めてくれていたのだ。

 

「それでは……最後にトウカイテイオーのトレーナーのスターゲイザーさん。今日はインタビュー、よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

 じゃあ何故今更出て来たのか。

 正直外に出るのが怖かったというのが一番大きい。

 俺が初めて触れたトレセン学園という狭い範囲のコミュニティは、優しくていいヒトしかいなかった。

 だが、世間というのはそうもいかない。色んな人の目に当たるというのは……それだけ批判されるのは想像に難くない。

 それが一番嫌だった。一度は実の親に否定された存在を、これ以上消したくなかった。

 

「今回スターゲイザーさんは初の公式インタビューということで……。今回のとは少し話が外れてしまいますが、何かトレーナーを目指していた理由はあるんですか?」

 

「そうですね。私がトレーナーを目指し始めたのは、とあるきっかけからでした。とある人からの勧めで見たレースが──」

 

 世間というのは直ぐに流れが変わる。

 一時期話題の中心にいたテイオーだって、今回の有マ記念で少しがっかりしてしまった人が沢山いるだろう。

 その目線を彼女だけに、背負わせるわけにはいかない。

 

「今までこのようなインタビューを受けることは無かったのですが、今回顔出しに踏み切ったのは何かきっかけがあるのでしょうか」

 

「私は見ての通り、珍しいウマ娘のトレーナーです。下手なタイミングで露出するとテイオーに負担が掛かってしまうと思い、今までは避けていました。ですが今回URA賞という名誉ある称号をテイオーが頂き、ファンの皆様へ感謝を真摯な気持ちで伝えたいと思い、今回インタビューを受けることにしました」

 

 競争バとしてテイオーは俺以上に目立つ立場にいるのに、ここで隠れてしまうのは逃げだと思った。

 ファンからの暖かい声援も。一部はあるであろう批判も。

 そして、みんなの夢も。

 一緒に二人で背負うと、約束した。

 だから、俺も覚悟を決める。

 

「──それでは、最後にファンの皆様に何か一言お願いします」

 

「今回の賞をテイオーが受賞できたのは、ファンの応援のおかげでもあります。ここまでテイオーが走れてきたのは、決して私だけの力だけではありません」

 

 だから、もう二度と。どこにいてもテイオーを一人にしない。

 

「これからテイオーは更に飛翔すると思います。これからも、テイオーの応援をよろしくお願いいたします」

 

 そう締めくくって、俺の初めてのインタビューは大きな問題も無く終了した。

 これで、俺もテイオーの隣に立てただろうか。

 帽子もとって、ありのままの自分を出したつもりだ。あとは──願うだけである。

 

~~~~~~~~

 最優秀ウマ娘授賞式が行われた、次の日の夕方。

 今年も残すところ数時間となり、一年の早さを実感するころ。

 そんな時間の中、俺を含めた三人のウマ娘が俺の部屋でゆっくりとしていた。

 他の二人は言うまでも無く、テイオーとカフェ。

 テイオーに関しては実家に帰るのかなとも思っていたが、どうやら今年はこっちで過ごすようだ。

 

「姉さん、テイオーさん……。お蕎麦貰ってきましたよ……」

 

「ありがとう、カフェ。そこに置いてくれ」

 

「わーい! お蕎麦だぁ!」

 

 年末と言えばの年越しそばをみんなで食べつつのんびりとしていると、話題は昨日のURA授賞式の方へと移っていった。

 

「そういえばあのインタビューっていつ外にでるの? あれ生放送ってわけじゃないよね?」

 

「あれは雑誌に掲載される予定。確か年明けの一週間後くらいに出るって言ってたかな」

 

「良かったぁ。生放送だったら、ボク見れてなかったもん」

 

「最初の顔出しだし、雑誌の記事くらいが丁度いいだろ。写真をいくつか取られるのは慣れなかったが……」

 

「ボクとしてはやっとって感じだけどね~。トレーナーをもっとみんなに自慢してもいい日が来るなんてさ!」

 

 正直顔出しインタビューだけでも緊張したのに、ライブ生放送なんてしたら耐えられないかもしれない。

 デビュー戦なのだからある程度は多めに見積もってくれ……。G1レース級はまた今度な……。

 蕎麦を啜りつつ将来あるかもしれないことを考えていると、ふと決めなければいけないことを思い出した。

 

「そうだ。今丁度いい機会だから話したいんだけど」

 

「んー? なに?」

 

「チーム名に関してなんだけど」

 

「チーム名!?」

 

 テイオーが蕎麦を食べる箸をやめ、こちらの話に直ぐに食いついてきた。

 思った以上に反応が早くてびっくりしたのか、カフェがぴんと耳を立てている。

 

「チーム名……。そういえばまだ決めてなかったんでしたっけ……」

 

「別に必須ってわけじゃないんだけどな。決めてもいいんじゃないんですかって、たづなさんに提案された感じ」

 

「いいね決めようよ! なんかかっこいい名前にしたい!」

 

 トレセン学園では、トレーナーが担当ウマ娘を複数持っている時チームを組む流れがある。

 というよりも、専属よりもチームの方がトレセン学園は多いのだ。トレーナーとウマ娘の比率が、圧倒的にウマ娘に偏っているのは仕方のないことなのだが。

 今までテイオーの専属をしていた俺だったが、カフェも担当することになり一応複数ウマ娘を持ったことになる。

 妹ってことで実感は少し薄かったが、トレセン学園から見れば俺たちは立派なチームと言える。

 

「テイオー、そんなチーム名決めたかったのか? やたらテンション高いけど」

 

「だってトレーナーが運営するチームだよ!? 分かってないなぁ……」

 

 やれやれ分かってないなぁとオーバーリアクションで、指をちっちっちと振る。

 そこまで大事だと思って無かった俺は首を傾げていると、テイオーが嬉しそうに語り始めた。

 

「チームの歴史がここから始まるってことでしょ? 伝説の三冠ウマ娘がいるチームの伝説なんて、ワクワクするにきまってるでしょ!」

 

「自分で伝説って言うんですね……」

 

「うるさいやい! だって、トレーナーのチームだったら絶対いつまでも語り継がれるでしょ? ウマ娘の歴史に刻まれるって! ボクがチームの一着だし!」

 

 むふーっと音が聞こえるくらい大きく胸を張ったテイオーを見ていると、なんだか本当に凄いことに思えてくる。

 歴史に語り告がれる為の第一歩か……。

 

「あっでもトレーナーがチーム作ったら、入りたいウマ娘増えちゃうかも。うーん……」

 

「大丈夫。チーム作っても担当増やす気は無いぞ。手が回らなくなるのは嫌だからな」

 

「そっかぁ。なら良かった、かも」

 

 テイオーが落ち着いたところで、チームの名前について考えるか。

 トレセン学園のチーム名は基本的に、星の名前から取ることが多い。

 スピカだったり、シリウス、リギルなど……。

 それに倣うなら、実は一ついい星を見つけてある。

 

「で、チーム名なんだけど提案してもいいか?」

 

「なになに?」

 

「デネボラ。星言葉だと、信念を貫き通す精神って意味があるな」

 

「デネボラ……」

 

「いいんじゃないでしょうか……。私は賛成です……」

 

「うん……すごくいいと思う。信念、か」

 

 そうテイオーが呟くと、とんと立ちあがってぴんと人差し指を掲げた。

 

「チーム、デネボラここに誕生だ!」

 

 こうして今。トレセン学園に新たに輝く星が、また一つ生まれたのであった。

 




こんにちはちみー(挨拶)
ちょっとスランプに陥ってました。色々と頑張って書いた気がする……。
なんかガバがあったら言ってください。なんかありそう。
これで本編第四章は終わりまして、次から五章に移っていきます。
シニア期に突入したテイオー。クラシックに入るカフェ。更に動く展開に、これからにご期待ください。
あと、分かりにくいかもしれませんが実はこの話数の前に二話分最新話が入っています。是非見てみて下さい。
https://syosetu.org/novel/268791/2.html
https://syosetu.org/novel/268791/34.html

さて、ファンアート紹介のコーナに入ります。


【挿絵表示】


まずは一枚目。指でハートマーク作ってくれるスターちゃんで。可愛い……。


【挿絵表示】


二枚目。スターちゃん走者サイド勝負服のイラストです。まだ見ぬ強敵って感じでかっこいい……!


【挿絵表示】


三枚目。水着スターちゃんです。水着カフェが実装されたということで、姉にもデコだししてもらいました。似合ってるねぇ!


【挿絵表示】


四枚目。スターちゃん誕生日の日と、推しであるケイエスミラクルの誕生日が被ったのでそちらのお祝いイラストです! え?ミラクルは引けたのかって?はは(天井)

一、ニ枚目のイラストを下さった「おーか」さん。
三、四枚目のイラストを下さった「踏文二三」さん。
本当にありがとうございます!感謝でモチベがいっぱいです!

次にIFの宣伝です。

https://syosetu.org/novel/310188/6.html
もし、スターちゃんとテイオーが結婚した世界線のお話。

さて、ここまで読んで下さりありがとうございました。また次のお話で会いましょう。

少し下に画面をスクロールして感想評価お気に入りをしてくださると嬉しいです! 作者のモチベに繋がります!


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【掲示板】今年の有マ記念について語るスレ&トウカイテイオーのトレーナー顔出し確認スレ【ウマ娘】

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【実況】今年の有マ記念を実況するスレ

        1000コメント      550KB

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レス数が1000を越えています。これ以上書き込みはできません

 

1:名無しのウマ尻尾

有マが来るのでスレ立てたぞ

 

3:名無しのウマ尻尾

スレ立て乙

 

4:名無しのウマ尻尾

 

5:名無しのウマ尻尾

もう一年も終わりかぁ……

 

7:名無しのウマ尻尾

レースで感じる一年の終わり

 

8:名無しのウマ尻尾

あーねんまつ

 

10:名無しのウマ尻尾

さて、有マは誰が勝つのだろうか

 

11:名無しのウマ尻尾

速過ぎるウマ娘を紹介するぜぇ!

まずは一番人気! 無敗の三冠ウマ娘、トウカイテイオー!

二番人気! 日本総大将! G1驚異の四勝、スペシャルウィーク!

三番人気! 末脚勝負なら誰にも負けない! 不退転、グラスワンダー!

四番人気! 菊花賞世界レコード持ち! 青空のトリックスター、セイウンスカイ!

五番人気! 長距離のスタミナお化け! メジロ家の至宝、メジロマックイーン!

 

12:名無しのウマ尻尾

>11 うおっすげ…… (戦績が)太すぎるだろ……

 

14:名無しのウマ尻尾

メンツの豪華さがヤバすぎる

 

15:名無しのウマ尻尾

この豪華さを超えること今後あるのか……?

 

17:名無しのウマ尻尾

おっ、有マ記念のパドック入場はじまた

 

18:名無しのウマ尻尾

みんな顔つきがいいなぁ 

 

20:名無しのウマ尻尾

現地行きたかった…… 現地行きたかった……

 

21:名無しのウマ尻尾

有マ記念、入場者多すぎること見こしてチケット制になっちゃった……

 

22:名無しのウマ尻尾

ヤッ! ヤッ!

 

24:名無しのウマ尻尾

>22 もしかして……チケット、外れたの?

 

26:名無しのウマ尻尾

>24 ウン……

 

27:名無しのウマ尻尾

>26 泣いちゃった!

 

29:名無しのウマ尻尾

可哀想

 

30:名無しのウマ尻尾

倍率えぐいからね 仕方ないね

 

31:名無しのウマ尻尾

おまいら、そろそろゲートインやぞ

 

32:名無しのウマ尻尾

親の声より聴いたファンファーレ

 

34:名無しのウマ尻尾

もっと親のファンファーレ聞け

 

35:名無しのウマ尻尾

>34 親のファンファーレってなんだよ

 

37:名無しのウマ尻尾

ゲートイン完了!

 

38:名無しのウマ尻尾

さぁ運命の瞬間……

 

39:名無しのウマ尻尾

開いた!

 

41:名無しのウマ尻尾

出遅れ無し?

 

42:名無しのウマ尻尾

いい感じのスタート切ったな

 

44:名無しのウマ尻尾

先頭はいつものセイウンスカイか 逃げウマは映えるねぇ~

 

46:名無しのウマ尻尾

>44 光の速度で走ったことはあるか~~い?

 

48:名無しのウマ尻尾

>46 有マが一瞬で終わるわ

 

50:名無しのウマ尻尾

怖いねぇ~

 

52:名無しのウマ尻尾

先行バがなんか多い?

 

54:名無しのウマ尻尾

有マは基本的に先行有利だからな

 

56:名無しのウマ尻尾

そういえばなんでなん? それ

 

57:名無しのウマ尻尾

>56 はー、これだからエアプは 有マはコーナーが多くて、中団に位置しやすい先行が有利なんだよ 覚えて帰れ

 

58:名無しのウマ尻尾

優しい博識ニキ感謝

 

60:名無しのウマ尻尾

なんかテイオーの進路防がれてる……?

 

62:名無しのウマ尻尾

進路防がれてるように見える……だけじゃないな、これ

 

63:名無しのウマ尻尾

これはテイオー前に出にくいやろなぁ……

 

64:名無しのウマ尻尾

ん? なんかウマ娘全体的に落ちてね……?

 

66:名無しのウマ尻尾

あれ? なんでや

 

68:名無しのウマ尻尾

スタミナを……持ってかれた……!

 

69:名無しのウマ尻尾

真理の扉、開いちゃったね

 

70:名無しのウマ尻尾

あれ、これ先行不利?

 

71:名無しのウマ尻尾

>70 たった今先行不利になった

 

72:名無しのウマ尻尾

ころころ戦況が変わる…… これだからレースは面白いッ!

 

74:名無しのウマ尻尾

外からスペシャルウィーク!

 

75:名無しのウマ尻尾

更にグラスワンダー!

 

77:名無しのウマ尻尾

差しウマ同士の末脚勝負や!

 

79:名無しのウマ尻尾

どっちや!? どっち!?

 

81:名無しのウマ尻尾

ゴォォォォォォル!

 

83:名無しのウマ尻尾

結果はっぴょおおおおおおお!!!

 

85:名無しのウマ尻尾

ハナ差グラスワンダー!

 

86:名無しのウマ尻尾

うおおおおおお!!!

 

88:名無しのウマ尻尾

アッツイ! アッツイシ!

 

89:名無しのウマ尻尾

マックイーンも二着とクビ差!

 

90:名無しのウマ尻尾

あれ、トウカイテイオーは?

 

91:名無しのウマ尻尾

六着……?

 

93:名無しのウマ尻尾

こマ?

 

95:名無しのウマ尻尾

マ……

 

96:名無しのウマ尻尾

見返したけどかなりマークされてたし、あれ抜け出すのきついぞ……

 

98:名無しのウマ尻尾

レースに絶対は無いしな……

 

100:名無しのウマ尻尾

シンボリルドルフだって負けるんだし、トウカイテイオーも負けるときあるよ

 

101:名無しのウマ尻尾

逆に今まで無敗なのが凄い

 

102:名無しのウマ尻尾

みんな民度が高いな……

 

103:名無しのウマ尻尾

そら(一生懸命走ってる子に対して文句言うのは違うし)そうよ

 

105:名無しのウマ尻尾

ぐう聖

 

107:名無しのウマ尻尾

トウカイテイオーは次走に期待やな

 

108:名無しのウマ尻尾

グラスワンダーの末脚がしゅごかった……

 

110:名無しのウマ尻尾

あれは鬼気迫る何かを感じる

 

111:名無しのウマ尻尾

ウィニングライブ来るまで大人しくしてるかぁ

 

113:名無しのウマ尻尾

この結果見て今年の最優秀ウマ娘決まるのかねぇ

 

115:名無しのウマ尻尾

十二月三十日の生放送はぜってぇ見てくれよな!

 

116:名無しのウマ尻尾

>115 宣伝ニキ助かる

 

~~~~~~~~

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スターちゃんをワイらで確認行くスレ

        1000コメント      550KB

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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1:名無しのウマ尻尾

幻想(ユメ)じゃねぇよな……!

 

2:名無しのウマ尻尾

待っていた…貴方をずっと待っていた!!!

 

4:名無しのウマ尻尾

……真実(マジ)!? スターちゃんが……!!?

 

5:名無しのウマ尻尾

有難(アザ)っス……俺、雑誌買います

 

7:名無しのウマ尻尾

すぐ帰国(コンビニ行ってく)る……ッ!!

 

9:名無しのウマ尻尾

おいこれなんのスレだよ

 

11:名無しのウマ尻尾

そらスターちゃんのスレだろ

 

13:名無しのウマ尻尾

>9説明しよう! スターちゃんとは、スレの妄想によって生み出されたトウカイテイオーのトレーナーである!

全く情報が無いため勝手に設定が盛られまくっている金髪碧眼美少女ロリウマ娘トレーナーのことだ!

 

15:名無しのウマ尻尾

何か前より属性盛られてない?

 

16:名無しのウマ尻尾

で、とうとうトウカイテイオーのトレーナーが雑誌にて顔出しということでみんな待機していたのだ

 

17:名無しのウマ尻尾

待機(23時59分)

 

19:名無しのウマ尻尾

電子版で待機シャトル組多すぎだろ……

 

21:名無しのウマ尻尾

これでトウカイテイオーのトレーナーがムキムキのイケメントレーナーだったらどうするんだよ……

 

23:名無しのウマ尻尾

>21 なんだぁ……てめぇ……

 

24:名無しのウマ尻尾

>23 読者、切れた!

 

26:名無しのウマ尻尾

あっ、解禁された

 

27:名無しのウマ尻尾

うおおお!DL!DL!DL!

 

29:名無しのウマ尻尾

例の記事まで急げ急げ

 

31:名無しのウマ尻尾

ん?

 

32:名無しのウマ尻尾

ん?

 

34:名無しのウマ尻尾

ん?

 

36:名無しのウマ尻尾

ちょっと待て待て待て

 

37:名無しのウマ尻尾

トウカイテイオーのトレーナー、「ウマ娘」じゃねぇか!!!

 

38:名無しのウマ尻尾

スターゲイザー……スターゲイザー!?

 

39:名無しのウマ尻尾

スターちゃんじゃん!?

 

40:名無しのウマ尻尾

え、これスレ民の妄想じゃなかったん???

 

42:名無しのウマ尻尾

スレ:金髪碧眼美少女ロリウマ娘トレーナー スターちゃん

現実:白髪琥珀目美少女ウマ娘トレーナー スターゲイザーちゃん

 

44:名無しのウマ尻尾

もうこれニアピンだろ……

 

45:名無しのウマ尻尾

ワイ、この子の推しになるわ

 

46:名無しのウマ尻尾

この子はいつ走る? 私も同行しよう

 

47:名無しのウマ尻尾

>46 無理強院

 

49:名無しのウマ尻尾

あ~ 記事読んだけど、今まで顔出さなかったの変に話題になるのを避けるためか……

 

51:名無しのウマ尻尾

なるへそ

 

53:名無しのウマ尻尾

そりゃ、今ここまででくっそ話題爆発してるもん 予想できるかこんなもんっ……!

 

54:名無しのウマ尻尾

>53 ノーカンッ! ノーカンッ!

 

56:名無しのウマ尻尾

はて、ワイこの子どっかで見た気が

 

57:名無しのウマ尻尾

>56知っているのか

 

58:名無しのウマ尻尾

なんかウマッターでチラって見た気が…… 

 

60:通りすがりのヒト娘

ふぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

 

61:名無しのウマ尻尾

あれ、白毛ウマ娘狂い姉貴じゃん おっすおっす

 

63:名無しのウマ尻尾

誰?

 

64:名無しのウマ尻尾

>63 ウマ娘スレで自分の推し探してる有名なネキ 最近イラストで白毛のイケメンウマ娘描いて情報求めてた

 

65:名無しのウマ尻尾

>65 あっ、ウマッターで有名なキミかぁ! なんで神絵師がここにいるんですかねぇ……

 

67:通りすがりのヒト娘

この子! この子!!! いや、この子だからこのスレ来たんだけど!!!

 

69:名無しのウマ尻尾

えっ

 

71:名無しのウマ尻尾

流れ変わったな

 

72:通りすがりのヒト娘

間違いない! このスターゲイザーってウマ娘が、ワイが一目惚れしたウマ娘ちゃんや!!!

 

74:名無しのウマ尻尾

ふぁっ!?!?

 

75:名無しのウマ尻尾

なんだこの奇跡の伏線回収!?

 

76:名無しのウマ尻尾

そんなことある?

 

78:名無しのウマ尻尾

>76 なっとるやろがい!

 

80:通りすがりのヒト娘

あれから毎日デビュー戦とか覗いてたけど、まさかトレーナーとは……

この李白の目をもってしても見抜けなかった

 

82:名無しのウマ尻尾

取り敢えずおめ? これで推せるじゃん

 

83:通りすがりのウマ娘

公式様からの供給だぞ ありがたく受け取れ

 

84:通りすがりのヒト娘

マジ感謝…… じゃあ安価>91の衣装着た白毛ちゃんのファンアート描く

 

86:名無しのウマ尻尾

新鮮な安価じゃあ! スク水

 

87:名無しのウマ尻尾

メイド

 

89:名無しのウマ尻尾

ゴスロリ

 

91:名無しのウマ尻尾

>チャイナ服

 

92:通りすがりのヒト娘

>91 了解 数時間後ウマッターで会おう

 

93:名無しのウマ尻尾

まさかこんなことになるとは……

 

94:名無しのウマ尻尾

そいやスターちゃんっていくつなんやろ

 

96:名無しのウマ尻尾

年齢はだけは非公開やな ウマ娘だけど若く見える

 

98:名無しのウマ尻尾

まだ学生説

 

100:名無しのウマ尻尾

学生でトレーナーって何があったんですかね…… トレーナー試験この年で受かったら化け物や

 

102:名無しのウマ尻尾

トレーナー試験! そういうのもあるのか……!

 

103:名無しのウマ尻尾

少なくとも、ワイらが出来ることは迷惑かけずにスターちゃんを応援することやな

 

104:名無しのウマ尻尾

写真以外のスターちゃん見てぇな…… SNSやってくれねぇかな

 

106:名無しのウマ尻尾

いつかウマチューブに出てくれ~~~

 

108:名無しのウマ尻尾

トレセン公式さん、もっとスターちゃんの供給ください何でもしますから!

 




こんにちはちみー(挨拶)
何故か感想欄で人気の高い、白毛狂いネキは無事狂えました。めでたしめでたし。

少し下に画面をスクロールして感想評価お気に入りをしてくださると嬉しいです! 作者のモチベに繋がります!


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紅の彗星

 夜空に光る綺麗な星々。

 

 素敵だなぁ。綺麗だなぁ、なんて呟きながらも。

 

 自分もその星に辿り着きたくて、ずっと走り続けていた。

 

 だけど。

 

 だけど、その星は流星のようで。

 

 アタシが、辿り着く前に。

 

 また一つ遠くなっていく。

 

~~~~~~~~

 走れ。走れと、アタシの脳が叫んでいた。

 

『残り200mで先頭メジロマックイーン! 外側からトウカイテイオー上がってきた! 差は半バ身か!』

 

 京都レース場、第10R。3000m。G1レース──菊花賞。

 やっと夢見たG1レース。死ぬ気で枠を勝ち取って、必死にトレーニングして挑んだレースだったのに。

 

『残り150m地点で並んだ! メジロ家か! 無敗の三冠か! どちらが前に行く!?』

 

「っつぅぅぅ!!!」

 

 3000mの残り150mだ。距離だけ見れば、あっという間のはずなのにその先が遠い。

 目の前を走るのは蒼白の流星と、黒い名優。

 アタシになんか目もくれず、ただ自分たちの世界に入っているウマ娘が二人。

 

「勝つのはボクたちだぁぁぁぁぁ!!!」

 

『いや、並ばない! トウカイテイオー! トウカイテイオーここに来てメジロマックイーンを追い越した!』

 

 あぁ、くそくらえなんて、すっごい汚い言葉を吐きたくなってしまう。

 勝利への執念なら、アタシだって負けてない。

 けれどこの空いた距離は、自力の差か。それとも──才能か。

 

「お待ち、なさい。先頭は、私の……場所ですわよ!」

 

『メジロマックイーンも来た! メジロマックイーンも伸びる! いったいどこまで二人の競り合いは続くのか!?』

 

 あの領域に辿り着けないアタシが、やれることなんて限られている。

 多分一着は無理。だけど御馴染み三着~なんて、おちゃらけたくも、今はない! 

 全力で足を回せ。あの領域に一歩でも近づけるように死ぬ気で足を回していけ! 

 

「んあぁあああ!!!」

 

『残り100mをきりました! トウカイテイオーか! メジロマックイーンか! ……!? いや、ここでレグルスナムカ突っ込んできたぁぁぁ!!!』

 

 嫌だ。嫌だと、諦めたくないアタシの心が悲鳴を上げる。

 まだ終わりたくないと、必死に必死に食らいつくが、時間の針は止まってくれない。

 

『役者は揃いました! メジロ家の意地か!? 無敗の三冠の頂か! それとも獅子の末脚か!?』

 

 その役者のアタシはいない。

 決着は、一瞬だ。

 

 ~~~~~~~~

 ふわふわ、もふもふ。

 そんな暖かい感触に包まれながら、起き上がったアタシは両目を擦った。

 ここどこだっけ……? 

 ぽけっとした頭で、壁についた時計の針を見ると長針は「12」を。短針は「6」を指していた。

 うぇーっと、外は暗いし18時かな……。よく寝た……よく寝た!? 

 

「うぇぇぇ!? アタシ、寝ちゃってた!?」

 

「おはようございます、ネイチャさん。よく眠れましたか?」

 

「おかげさまで~。じゃなくて!」

 

 寝ぼけていた頭を振り払って、なんとかアタシの今の状況を把握しようとする。

 ナイスネイチャ、中等部二年生! 有馬記念も終わった年末にトレーナー室に来たけど、暖かくてうとうとしたらそのままこたつでつい……

 

「穴があったら入りたい……」

 

「まだ寝てても大丈夫ですよ?」

 

「いやいや……年越しは起きて過ごすのがネイチャさん流ですよっ……と」

 

 アタシにそう言って話しかけてきたのは、どこか掴みどころのないアタシのトレーナーさん。

 今日はお仕事もお休みだからか。スーツではなく私服でメガネもかけている。

 いつもはしっかりしているトレーナーさんが、オフだとこんな緩くなるのかぁなんて思ったり思わなかったり。

 

「年越しそば貰ってきましたよ。一緒に食べましょうか」

 

「うにゃ~。やっぱり年末はみかんにこたつにお蕎麦ですわ~」

 

 ごろごろと喉を鳴らしながら、トレーナーさんが持ってきてくれたお蕎麦を食べるために体を起こした。

 よっこいせなんておばあちゃんみたいな声を出して起き上がったアタシは、箸を手に取ってお蕎麦を啜る。

 今日は年の瀬の12月31日。あと数時間で年が変わるというこの夜に、アタシはトレーナーさんと一緒にこうしてゆっくりと過ごしていた。

 

「にしても良かったんですか? 実家とかには帰らなくても」

 

「いいのいいの。両親にはこの前挨拶してきたしね。それともネイチャさんとは一緒に年末を過ごせないと言うのかぁ~?」

 

「いいえ? 私は年の瀬もネイチャさんと一緒にいられて嬉しいですよ?」

 

「んぐっ! も、もぉ~! トレーナーさんったら~!」

 

 さらっとそんなアタシが照れるようなことを簡単に言ってきて、喉に啜っていた蕎麦が入って咳き込みそうになってしまう。

 アタシの専属トレーナーになってくれてから、もう二年経とうとしてるのにこれには全く慣れない。

 そっかぁ……もう二年かぁ……

 

「今年も、もう終わりですなぁ……」

 

「クラシック級もあっという間に過ぎていきましたね。今年はどうでしたか?」

 

「うーん……まぁ、悔しかった思い出もあるけど……。でもアタシ的には満足、かな」

 

「そうですか……。それは良かったです」

 

「終わりよければ全てよしってね。さて──」

 

 そう言ってアタシは両肘を机に置くと、手を組んでその上に顎を乗せた。

 そしてそっとトレーナーに目線を向けると、アタシは語り始める。

 年末にぴったりな、きっと必要なお話。

 

「アタシたちの明日を語るために、今までの話をしましょうか」

 

 ~~~~~~~~

『トウカイテイオー! トウカイテイオー、堂々先頭! 追いかける子は一バ身後ろか!』

 

 春。四月という新たなスタートを切る季節に、アタシはトレーナーさんと一緒に中山レース場に足を運んでいた。

 この時期にこのレース場を訪れる理由なんて一つしかない。

 そう、皐月賞への出走……だったら良かったんだけどね……

 

『トウカイテイオー抜かせない! トウカイテイオー強い! トウカイテイオー、今ゴールイーン!』

 

 実際のところ、アタシは皐月賞に出走できていない。

 テイオーと走った若駒ステークスがあった三月が少し過ぎてから、アタシは骨膜炎を発症して走ることさえ出来なくなっていた。

 誰が悪いという訳でもない。本当に不運な事故のような産物。

 不治の病って訳では全然ないし、休んでリハビリすればまた走れるようになるんだけど……

 

「はぁ……」

 

「ネイチャさん……?」

 

 その頃のアタシはとにかく不貞腐れていた。

 若駒ステークスでテイオーに勝ちたいと思ってから、OPのレースにすら出走できずに不完全な毎日。

 だからかな。ぽつりとネガティブなことを呟きがちだった。ステータスで表すのならば、不調ってところだろか。

 

「いやね……。もし、アタシが皐月賞出られてたらって妄想しちゃって」

 

「……」

 

「これ見てたら、テイオーには勝てないんだろうなぁって」

 

「……そんなことないですよ」

 

「いやそもそも皐月賞の出走枠確保できてないか! あれからずっと勝ててないし、病気が無かったとしても──」

 

「──ネイチャさん」

 

 心底冷え切った声だった。

 いつもは優しくて柔らかい人なりのトレーナーさんからは想像も出来ないような声。

 そんな冷えた雰囲気に、アタシの体はびくりと震えてしまう。

 耳もきゅっと絞ってしまい、いつ怒られるのか不安になってトレーナーさんの顔を見ることが出来ない。

 何も言えない空気が続いていると、トレーナーさんがゆっくりと口を開いて話始めた。

 

「ネイチャさん、明日から私が許可するまでトレーニング禁止です」

 

「えっ。嘘だよね……? アタシ、もうちょっとで足も完治して走れるように」

 

「ダメです。絶対に許しません」

 

 そう断言されてしまい、アタシは何も言い返すことが出来ない。

 これ以上話してもダメだと感じてしまったアタシがレースが終わったターフを見ると、そこには一本指を天に掲げるテイオーの姿が。

 いいなぁ。キラキラウマ娘だなぁなんて思ってアタシは、重い溜息をついてしまう。

 せっかく皐月賞に来たというのに、アタシたち二人はテイオーのウィニングライブを見ることもなく固まった雰囲気で帰ることになってしまったのだった。

 

~~~~~~~~

 それから本当に練習させてもらえないまま、約一か月が経過した。

 ウマ娘は走らないと死ぬ生き物だ。いや、噓。それは言い過ぎかもしれない。

 しかし一か月間もトレーニングも出来ず生殺しのような期間を味わっていたアタシは、ずっと体がソワソワしていた。

 

「んにゃ~~~」

 

 骨膜炎はほぼ完治して、足に痛みは感じない。

 今すぐにでもターフを駆けたい衝動にかられながら、アタシはずっとトレーナーさんからの指示を待っていた。

 溜息をつきながらトレーナー室でレースの本を読んでいると、こんこんとドアのノック音が部屋に響いた。

 

「はいよ~」

 

 だらりとソファで脱力していながらアタシがそう返事をすると、がらりと勢いよく扉が開く。

 音がした方向へとそっと目を向けると、そこには葦毛のウマ娘がぴんと背筋を伸ばして立っていた。

 ぴょんと伸びたアホ毛に、ひし形のティアラ。トレセン学園生徒なら──いや、一般人でも絶対に知ってるであろうウマ娘。ウマ娘を一人あげてと言われたら、真っ先に名前があがるであろう彼女は──

 

「オ、オグリキャップさん!?」

 

「む、君がナイスネイチャか。オグリキャップだ、よろしく頼む」

 

「あ、ご丁寧に……。じゃなくて! なんでここにキラキラスターウマ娘が……」

 

 あまりの衝撃にソファから転がり落ちそうになるのを堪えて、なんとか姿勢を元に戻す。

 オグリキャップ。あの永世三強の一人にして、G1タイトルを複数保持したスターホース。

 笠松という地方から中央に実力で殴りこんで結果を残したというシンデレラストーリーは、ドラマにもなるほど有名な話だ。

 そんな主人公のオグリキャップさんが、何でアタシのようなモブを知っているのかが分からない。

 同じトレセン学園の生徒だけど、話したことも関わりを持った記憶も一切ない。

 アタシの頭の中が疑問で埋め尽くされていると、後ろから一番関わっていそうな人がそっと顔を出した。

 

「驚きましたか? ネイチャさん」

 

「トレーナさん、これは一体どういうことなのかね?」

 

「驚いてくれたようで何よりです。さて、ネイチャさん移動の準備をしてください」

 

「へ? 今からどこかに行くの?」

 

「何言ってるんですか。今日が何の日か忘れてしまいましたか?」

 

「今日……? あっ」

 

 そこまで言われてやっと思い出した。

 トレセン学園生ならば絶対に見逃せない一大イベント。

 オグリキャップさんの急な登場もあってか、すっかり頭からすっぽ抜けてた。

 

「今日は日本ダービーです。東京レース場に行きますよ」

 

 こうして。アタシとトレーナさんと何故かオグリキャップさんまで。

 あのテイオーが出走する日本ダービーを見にいくため、三人で移動することになった。

 府中トレセン学園と東京レース場はそこまで離れていない。トレーナーさんが運転してくれている車の後部座席に座って揺られながら、アタシたちは東京レース場へと向かっていた。

 

「ところで……本当にどうしてオグリキャップさんがここに……?」

 

「あぁ、それは──」

 

「それは、私から説明しよう」

 

 トレーナーさんが何か言いかけたところに、オグリキャップさんが割って入って来る。

 そしてアタシの目をじっと見つめると、ゆっくりと口を開いて話始めた。

 

「それはな……私がナイスネイチャ、君の師匠になることになったからだ」

 

「ふぇ? 師匠?」

 

 師匠。師匠……。ってことはアタシがオグリキャップさんの弟子? 

 あはは。無い無い。スーパースターアイドルウマ娘のオグリキャップさんが、なんでこのナイスネイチャさんの師匠になるのかって話ですよ。

 

「どういうことなのトレーナーさん……」

 

「私が先生に頼みました。今のネイチャさんに必要だと思いまして」

 

「先生……?」

 

「私のトレーナーのことだな。君のトレーナーは、私のサブトレーナーだったんだ」

 

「へぇ~。へぇ!?」

 

 オグリキャップさんのトレーナーというと、アタシでも知ってるくらいのあのトレーナー!? 

 ってか、サブトレーナーって何!? アタシ聞いてない! 

 

「そりゃ言ってませんからね。わざわざ伝えるほどでもないかと思いまして」

 

「いやあのオグリキャップさんのトレーナーって、他にタマモクロスさん、イナリワンさん、スーパークリークさんを担当している伝説のトレーナーだよね!? それのサブトレーナーって……」

 

「まぁ過去のことです。まさか、このコネが生きる時が来るとは思いませんでしたが」

 

 ここに来てトレーナーさんの新事実に、体の震えが止まらない。

 というか、なんでそんな凄いことをアタシに伝えてなかったのだろうか。

 

「私、先生が苦手なんですよ。色々とアレで」

 

「アレ?」

 

「ま、まぁ。私のトレーナーは色々と何考えてるか分からないこともあるが、悪い人ではない。むしろ、とってもいい人だ」

 

 はて……どういうこっちゃ。

 オグリキャップさんの話を聞く限り、先生とやらは悪い人ではなさそう。

 だけど、トレーナーさんは先生が苦手……。うーん、気になりますなぁ。

 

「そのことはまた機会があったら話しましょう。それより着きますよ、ダービーの東京レース場です」

 

「おぉ……」

 

「わぁ……」

 

 窓の外を見てみると、圧倒的なヒトの数で東京レース場が近づいてきたということが分かる。

 レース場に入ってない外でこれだ。入場したら、一体どれだけ賑わっているのだろうか。

 その光景を見ながら、アタシたちは関係者専用の駐車場に車を止めて徒歩で東京レース場へと向かう。

 耳を思わず絞ってしまいそうな大音声がそこかしこから響き渡り、今までに経験したことの無いくらい音で脳が揺れる。

 東京レース場は十五万人収容可能と聞いたが、もしかしたら今はそれ以上のヒトがいるんじゃないだろうか。

 そんな人混みの中でトレーナーさんを見失わないようになんとか後ろをついていくと、前が開けた観客席の最前列に出ることが出来た。

 目の前には青いターフが広がっており、次のレースである日本ダービーを待ちわびているように見える。

 

「いやぁ……凄いですなぁ……」

 

「無敗の三冠がかかってるテイオーさんのレースの二冠目ですからね。流石にこの人数は、アイネスフウジンさんのダービーを思い出すくらいですが……」

 

 トレーナーさん、アタシ、オグリキャップさんと横一列になってレースを見られるように並ぶ。

 そうやって少し待っていると、大歓声の中に一つのアナウンスが流れてきた。

 

『さぁ、お待たせいたしました! 本日のメインレース、日本ダービーの開幕です!』

 

「むっ、始まるぞ」

 

 そのアナウンスと同時に、何度も聞いて夢見たG1のファンファーレが鳴り響く。

 ターフに設置されたゲートに目線を向けると、青と白を基調とした勝負服を着たテイオーが立っていた。

 

『本バ場入場です! クラシック級七千人の中から選ばれし二十人のウマ娘が、たった一つしかない優勝の枠を賭けて争います!』

 

 中央のトレセン学園は凄まじい倍率を誇っている。

 まずトレセン学園に入学する壁。デビュー戦を勝つ壁、OP、重賞レースを勝つ壁、そして、G1レースを勝つ壁。

 こんなアタシでもデビュー戦に勝っているので、実は上澄みにいるんだと他の子から言われたこともある。

 でもそれなら。アタシの目標はどこまで遠いところにいるの? 

 

『各ウマ娘ゲートイン完了。出走の準備が整いました』

 

 G1レースの熱狂が一瞬でしんと落ち着き、会場が静まり返った。

 全員が同じ個所に集中するかのような空気に包まれた瞬間、レースの火ぶたは切られる。

 

『東京レース場、芝、2400m、G1レース日本ダービー……今スタートしました!!!』

 

 幾重もの積み重ねを瞬間にかける競技が、今始まる。

 

 ~~~~~~~~

『トウカイテイオー、圧勝です! 無敗のまま二冠を達成しました! この子に敵うウマ娘はいるのでしょうか!』

 

「終わっちゃったね……」

 

 予想できたというか、なんというか。日本ダービーは特に大きな出来事が起こる事も無く、順当にテイオーの一着で幕を閉じた。

 当たり前というかのようにG1をもぎとっていく彼女を見て、アタシはどこか遠い目をしてしまう。

 だけどそんな現実を突き付けられても、心の中でくすぶる気持ちがあった。

 

「ダービー出たかったなぁ……」

 

 出ても結果は変わらないかもしれない。テイオーに勝てるなんて、一ミリも思ってない。

 だけど、人生で一度の舞台に出走してみたかった。

 

「ナイスネイチャ、私がダービーに出られてないことは知っているか?」

 

「……まぁ、はい。クラシック登録が出来てなくてって話ですよね。でも、オグリさんだったらダービーだって──」

 

「それはわからない。レースに絶対は無いからな」

 

 オグリキャップさんが今までになく真剣な表情をしながら、ターフを見て口を開く。

 それはいつしか出られなかったダービーを見ているようで、どこか悲しそうだった。

 

「悔しかった。仕方のないことでも、君のようにもしを想像してしまうことはあった」

 

「オグリキャップさん……」

 

「だから沢山走った。その途中で夢を託してくれる人と出会った。競えるライバルと出会った」

 

 オグリキャップ。トゥインクルシリーズの戦績は三十二戦二十二勝。

 重賞レース十二勝、G1レースは四勝。

 怪物とまで評された永世三強の一人は、アタシを正面から見つめて問いただしてきた。

 

「君が走る理由はなんだ? ナイスネイチャ」

 

「アタシは……」

 

 最初は適当だった。重賞レースに勝てればいいかなぁなんて思ってた。

 けど、星を見た。

 一等星の輝きを放つ彼女に、アタシは不相応に憧れた。

 届きたかった。掴みたかった。

 けど、皐月賞を見て、ダービーを見て。

 

「走りたい……。走りたいよ、アタシ。走って勝って、テイオーに勝ちたい」

 

「そうか……」

 

「トレーナーさんが信じてくれた、アタシを証明したい……!」

 

 トレーナーさんが言ってくれた。

 三等星でも近くで見れば、一等星に負けない輝きを持っているかもしれないって。

 アタシだって、星の一つなんだって。

 

「なら、自分を下げないほうがいい。後ろを見てる暇なんて無いぞ」

 

「そうですよ、ネイチャさん。私に見せてください、貴方の輝きを」

 

 なんかここに来てやっと目が覚めた気がする。

 きっとこの期間は、走れない自分を見つめるためだったんだ。

 ウマ娘として走れない自分を、落ち着いて見直すために。

 

「絶対に勝つ! トレーナーさん、オグリキャップさんどうかアタシに指導お願いします!」

 

「あぁ、勿論だ!」

 

「びしばし行きますよ。ここから、菊花賞に向けてトレーニングです」

 

 皐月賞は、星の輝きに折れかけて。

 日本ダービーは、星になりたいと誓った。

 菊花賞は──アタシもただの傍観者でいる気はない。

 

~~~~~~~~

 それからアタシはオグリキャップさんと一緒にトレーニングをすることになった。

 アタシが菊花賞に出るためには、かなり色々と無茶をこなさないといけない。

 簡単に要約するなら、勝ったことの無い重賞のレースを最低でも二連勝する必要があった。

 菊花賞は十一月。

 そこに向けてのトレーニングは今まで以上に過酷を極めた。

 特にオグリキャップさんとの併走トレーニングなんて地獄だった。トゥインクルシリーズを引退しても怪物の力は健在で、アタシは置いて行かれないようにするだけで精一杯。

 しかしそのかいもあって、アタシは今まで以上に実力をつけられた。

 七月、中京レース場。OP、なでしこ賞。二着。

 七月、小倉レース場。OP、不知火特別。一着。

 八月、小倉レース場。OP、はづき賞、一着。

 八月、小倉レース場。G3、小倉記念、一着。

 十月、京都レース場。G2、京都新聞杯、一着。

 ヒトが変わったんじゃないかってくらいの、連勝を重ねたアタシは満を持して菊花賞へと挑んだ。

 だけど。

 

「負けちゃった……か」

 

 結果は御覧の通り。

 あのメンバーで四着なら、確かに頑張った方なのかもしれない。

 掲示板に入っただけで偉いなんて、今までのアタシなら言ってた。

 だけど──

 

「あーもう悔しい! 負けたくなかった!」

 

 菊花賞後の控室。

 舞台の役者にすら上がれなかったアタシは、いつも以上なら絶対にやらないくらい大きな声で叫んでいた。

 今ある全部をぶつけたはずなのに、まだまだ実力が足りないことを押し付けられたようで。

 アタシが何とも言えない気持ちをぐるぐるとさせていると、こんこんとドアがノックされた音が聞こえた。

 

「お疲れ様です、ネイチャさん」

 

「トレーナーさん……それにオグリキャップさんまで……」

 

 そっと気を使うように入って来た二人は、アタシに何かを話しかけるように口を動かしてそれを止める。

 アタシが本気で菊花賞に挑んでいたことは、二人もよく知っているんだと思う。

 だからここでアタシが悔しそうに足踏みしていたら、前には進めない。

 もう菊花賞は終わってしまったけど、トゥインクルシリーズ自体が終わってしまったわけじゃないんだ。

 アタシはぱんと顔を両手で挟む様に叩くと、前を向いてトレーナーさんに話しかけた。

 

「有マ記念……。トレーナーさん。アタシ、有マ記念に出たい」

 

「……ですが。いえ、出られないことはありませんが……」

 

「分かってる。有マ記念はシニア級だし、もっと強いウマ娘だっている。だけど──出たい」

 

「……分かりました。ネイチャさんが望むなら、それを叶えるのが私の仕事です」

 

「私もネイチャが勝てるように協力するぞ! 知ってるか? 私はこれでも有マ記念で勝ったことがあるから、アドバイス出来ると思うぞ!」

 

「あはは、知ってますよっ。よしっ……!」

 

 あっさりしすぎ? そうかも。

 でも実際に悔しいし、泣きたい気持ちだってある。

 けどこんなところで立ち止まってる暇があるんだったら、もっとトレーニングしたい。

 名実ともに最強になったテイオーに勝つために、ここで足踏みしてる暇なんてないって思えたから。

 思い返せばアタシは菊花賞に今までの全てをぶつけられたから、こうして引きずらなかったんだと思う。

 だからその後にあった有マ記念は、アタシの奥に深いしこりを残していったんだ。

 

~~~~~~~~

 有マ記念はなんか嫌な天気の日だった。

 雨は降らないけど、なんかどんよりと濃い雲が空にかかっている。そんな空。

 それを吹き飛ばすような声援の中、パドックを歩いて気合を入れる。

 アタシはみんなの応援もあってか六番人気。

 因みにテイオーはシニア級のウマ娘がいるのに、一番人気を誇っていた。流石無敗の三冠ウマ娘といったところかな。

 けど、アタシも簡単に負けてあげるつもりは無かった。

 まぁ、結果はうん……語るまでも無く一着は無理だったけど。

 でも四着だった。このメンバーでこの順位は、確実にアタシも成長してると思えたんだ。

 

「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」

 

 しかしそれを素直に享受することは出来なかった。

 理由は分かってる。目の前にいる彼女が、あまりにも辛そうな顔をしていたから。

 

「うあっ……。あっ……あははっ……」

 

 トウカイテイオー──六着。

 レースに出たら常勝無敗の最強の三冠ウマ娘が、有マ記念で掲示板に入ることすら出来ていなかった。

 ゴール板をくぐり抜けたアタシの後にゴールしたテイオーは、目を大きく見開いて絶望した表情をしながら呼吸をしていた。

 いつもの余裕が消え失せて、口から荒い息を吐きながらうっすらと目尻も上がっている。

 もう自分がどうしたらいいのか分からなくて、笑うしかないみたいなそんな顔。

 勝った。確かにテイオーには勝った。

 なのに──なんで嬉しくもなんともないの? 

 それからはどうやってターフを去ったのか、あんまり記憶がない。

 そんなとぼとぼと一人で地下バ道を歩いていたアタシに、声をかけてくる少女がいた.

 

「おい」

 

「……」

 

「おい! ナイスネイチャ!」

 

「ふぇっ! アタシ!?」

 

 しんと静まり返った地下バ道に響き渡るのは、透き通った快活な声。

 鹿毛のセミロングヘアに和服をモチーフにした勝負服を着た、小柄な彼女の名前はレグルスナムカ。菊花賞で三着を取った、主人公のキラキラウマ娘ちゃん。

 さっきまで一緒に有マ記念を走っていた子なんだけど……そういえばあんまり話したことは無かった気がするな。

 

「むっ、すまないな。急に」

 

「びっくりしたじゃんも~。何かアタシに用事があるの?」

 

 レグルスは小柄の体の上に乗った耳をぴょこぴょこと震わせながら、アタシの目をじっと見つめる。

 そして尻尾を大きく揺らすと、まるでアタシの中の「何か」に話しかけるようにゆっくりと口を開いた。

 

「ナイスネイチャ、貴様はテイオーに勝ちたいんだよな?」

 

「ま、まぁ。今回で勝っちゃった~かも、だけど」

 

「納得してないんじゃないか?」

 

「……」

 

 レグルスはアタシが思っていたことをピンポイントで言ってきて、何とも言えなくなってしまう。

 確かにレースに絶対なんて無いし、テイオーだって負けることだってあるかもしれないけど。

 なんか、今日のテイオーは全力を出せてない気がした。最後の方なんか苦しそうに走って、彼女らしくない。

 今日のテイオーについて考えていると、レグルスがふっと微笑んでアタシの肩を叩いてきた。

 

「今日お前に言いたかったのは、託すためだ」

 

「託す……?」

 

「我も、テイオーの奴に勝ちたかったのだがな。宣戦布告までした」

 

「アンタも……そうなんだ」

 

「だが、それも一旦今日で終わりだ」

 

 一旦……? どういうことなのだろうか。

 アタシが分からなくて首を傾げていると、レグルスがまだ誰にも言って無いだろう衝撃的なことを言ってきた。

 

「我はもう国内レースにでない。次の舞台は海外だ」

 

「へ? それって……」

 

「逃げたわけじゃない。奴なら絶対にくるレースが、一つある。それに向けて我は準備するというわけだ」

 

 適性が海外芝向けということもあるがなと彼女は付け足す。

 テイオーが絶対に来るレース……。

 もしかしてそれって、凱──

 

「おっと、そこまでだ。だから──」

 

 レグルはそっとくるりと体を反対方向に向けると、とんと一歩を踏み出して尻尾を揺らした。

 

「国内にいる間、テイオーを頼むぞ。腑抜けたまま来られてもつまらん」

 

 その後ろ姿は──アタシより先を見据えているようでちょっと羨ましかった。

 そんな彼女にアタシは、そっと声をかける。

 

「そっち……控室と逆方向ですよ?」

 

「うぇっ?」

 

~~~~~~~~

「……ネイチャさん? ネイチャさん、ネイチャさん!」

 

「……ふあっ?」

 

 有マ記念が終わった次の日。

 昨日の反省をということで、早速アタシとトレーナーさんは二人でトレーナー室で昨日のレースを見ながら話し合いをしていた。

 特に眠いとかそういうわけでもないのに、アタシはほうけていたみたいでトレーナーさんから心配されてしまう。

 自分的には集中していたつもりだったけど、トレーナーさんから見たら焦点すらあってなかったみたいで。

 

「ネイチャさん、今日はお休みしましょう」

 

「えっ、でも。まだアタシ」

 

「ダメです。やりたいなら明日しましょう。それまでしっかり体調を整えておくように」

 

「……はい」

 

 アタシ以上にアタシの体のことを知っているトレーナーさんがそう言うのだったら、本当にダメなのだろう。

 そう言われてしまっては、自分も引き下がるしかない。

 アタシは座っていたソファから立ち上がり、んっと体を伸ばすとトレーナー室から自室に戻ることにする。

 体調不良ではないこの胸に抱える「もやもや」をどうしたものかと悩んでいると、こつんと軽く体がぶつかったような感触がした。

 

「あっ、すみません。前向いてなくて……」

 

 考え事をしていたせいで誰かにぶつかってしまったアタシは、咄嗟に頭を下げて謝る。

 おそるおそるゆっくりと視線を上に持っていくと、可愛らしくぷんぷんと頬を膨らませた栗毛のウマ娘が立っていた。

 

「も~、ネイチャちゃん! しっかり前見てよね!」

 

「って、マヤノか。ごめんごめん、ちょっと考え事しててさ」

 

 耳をぴこぴことさせながら、アタシにぷんすか言ってきている少女の名前はマヤノトップガン。

 アタシの同期で、本当に仲が良くて気の置けない友人。

 同期……っていう割には、出るレース被らないけど。あれ? マヤノってレース出てるんだっけ? 

 うんうんと唸っていると、マヤノがにこりと微笑みながらアタシにぐっと顔を近づけてきた。

 あまりにも唐突な出来事だったのでアタシもびっくりして身動きが取れない中、彼女はゆっくりと口を開く。

 

「ねぇ、ネイチャちゃん! テイオーちゃん見なかった?」

 

「へ? いや、見てないけど……」

 

「だよね。うん、分かってたよ」

 

 まるで頭の中を直接覗くみたいなじっと見つめてくる深い色の瞳に、アタシは思わず後ずさりしてしまう。

 そんなお構いなくマヤノはアタシにじっと近づいてきて、妖しい笑みを浮かべてきた。

 

「ねぇ、ネイチャちゃんはテイオーちゃんのこと好き?」

 

「ふぇっ? す、好きって……。ま、まぁ友達として、ライバルとしては好きかな? うん」

 

「素直じゃないね~」

 

「で、でナニさ! 急にそんなこと聞いて」

 

 マヤノが言ってくる言葉と、纏っている空気が全然ちぐはぐで何とも言えない違和感に襲われる。

 話してる子はマヤノだけど、まるで中身が違うかのような。なんだか……怖い。

 

「テイオーちゃん、どっか行っちゃったよ?」

 

「どっかって、どういうこと……?」

 

「朝からいなくなりそうだから。このままだと、本当にフェードアウトしちゃうかもね?」

 

「はぁ!?」

 

 急にそんなことを言われてしまい、アタシは驚いたような声を出してしまう。

 あんまりにも衝撃的な内容過ぎて脳が一瞬理解を拒んだけど、じわじわと何かが染み込んでくる。

 テイオーが行方不明ってことでしょ!? そんな。

 

「テイオーはどこにいるの!?」

 

「さぁ? 何となく分かるけど、マヤが教えたらフェアじゃないかなぁ~」

 

「もう! 訳の分かんないこと言って!」

 

「ほらほら~。テイオーちゃんがレース走れなくなっちゃうかもよ? 探した方がいいんじゃない? ネイチャちゃんなら見つけられるかもね」

 

「あぁ、もう!」

 

 マヤノがわけわかんないこと言い始めるのは、今に始まった事じゃないけど。

 けど今言ってることはなんとなく分かる。

 絶対これをこのままにしておいたら、後悔するし取り返しの付かないことになる気がする……! 

 

「アタシ、テイオーを探してくる!」

 

「いってらっしゃ~い。マヤはスターちゃんに教えてくるからね~」

 

「そうして!」

 

 マヤがひらひらと手を振ってくるのを視界の端っこに収めながら、アタシは廊下を思いっきり蹴りだす。

 さっき思ってたもやもやは逆にすっきりして、テイオーに対しての想いが募り始めてくる。

 分かった気がする。

 アタシはテイオーが好きなんだ。

 本当に最前線のファンで、一番に憧れて。

 だから、有マで順位では勝った時にスッキリしなかった。

 

「テイオーは、一番強くて圧倒的じゃないとダメなの……!」

 

 厄介ファン? そうかもしれない。

 だけど、アタシが勝ちたいテイオーは最強で、ずっと一番で、あの背中すらも見えない姿が理想だから。

 それに勝たないと本当に「勝った」って言えない。言いたくない。

 

「勝ちにげなんて許さないから……ねっ!」

 

 それからアタシは色々なところを走り回った。

 トレセン学園で聞き込みをしながら探したけど、どこにもいなさそうだったから捜索範囲を外にまで拡大。

 必死で探し回っていたせいか途中で雨が降っていたことも気付かずに、外を駆け抜けたせいで髪はびしょ濡れ。

 いつももふもふにセットしているツインテールは、水分のせいでべちゃっと垂れてきてしまっている。

 雨が止んで、すっかり雲が無くなった頃。

 アタシはやっと同じようにびしょ濡れになったテイオーを見つけることが出来た。

 その隣には白いウマ娘で彼女のトレーナーである、スターさんの姿もあった。

 テイオーの顔はもうすっかり蒼空のように澄み渡っていて、一切の曇りもない。

 

「テイオー!」

 

「ネイチャ? うぇ、なんでそんなびしょ濡れなの!?」

 

「テイオーもでしょ……。今日はアンタに言いたいことあって探してたんだから!」

 

 アタシはすぅと大きく息を吸うと、テイオーとスターさんにびしっと指を突き出して宣言した。

 

「いつかテイオーに勝つから! それまでアタシ以外に負けないでよね!」

 

「……!」

 

 それを受けたテイオーとスターさんはぽかんとした顔を浮かべたかと思うと、二人で顔を見合わせる。

 そしてテイオーがにやりと笑みを浮かべたかと思うと、アタシに対して宣戦布告を返してくれた。

 

「いいよ。いつでもかかってきなよ。ボクたちに勝てるならさ」

 

「あぁ、俺たちは負けないからな」

 

 あぁ、これを待ってた。

 絶対に勝てないって思えちゃうような、最強の一等星。

 だからこそ、超えたい。勝ちたい。負けたくない。

 

 ──死ぬ気で、超えてみせる。

 

~~~~~~~~

「今年も色々ありましたな~」

 

「本当ですね。去年よりあっという間な気がします」

 

 こたつでぬくぬくと温まりながら、トレーナーさんとお話しているともういつの間にか年が変わろうとしていた。

 テイオーにはああやって宣言しちゃったけど、なんかあの時は変なテンションになっていた気がする。

 言いたかったことはあれでいいけど、もっと言い方があったんじゃないかって思ってしまう。

 んにゃ~と口をもごもごとしていると、トレーナーさんがアタシに優しい口調で話しかけてきた。

 

「ところで……ネイチャさんはどこでテイオーさんと戦いたいですか?」

 

「え? うーん……やっぱり、中距離で国内のG1レース……?」

 

「その条件に当てはまる、ぴったりのレースがありますよ」

 

「ほうほう、それは?」

 

 アタシが目をきらんと輝かせて訊ねると、トレーナーさんは息を吐きながらゆっくりと答えてくれた。

 

「──宝塚記念。ファン投票で決まる、特別なG1レースです。そこでテイオーさんに勝てたら……」

 

「夢が、叶う」

 

「そういうことです」

 

 宝塚記念。

 2200mのテイオーの得意な中距離で、ファン投票で決まる上位のウマ娘が出てくるG1レース。

 そこで最強のテイオーに勝てたら、さぞかし。

 

「うっし……! 次の目標は宝塚! アタシのG1初勝利はそこで、取る!」

 

 アタシの中に闘志がぼっと宿った気がする。

 紅色に燃え上がるその炎は、決して消えることは無いだろう。

 

~~~~~~~~

 夜空に光る綺麗な星々。

 

 蒼い星。白い星。みんな、色んなキラキラ一番星。

 

 その星に辿り着きたくて、必死に走っていた紅の三等星は。

 

 今、燃えるような紅の彗星に。

 

 一歩、歩みを進めていた。

 




こんにちはちみー(挨拶)
そしてあけましておめでとうございます。いつの間にかもう二月になってました。
更新スピードが亀みたいに遅いですが、失踪だけはしないように頑張ります。
これで、テイオー有マ編までは終了です。一旦話を整理する為、次の投稿はまた遅れるかもしれません。テイオーシニア級編、カフェクラシック級編をお待ちください。


さて今年の目標のお話なのですが、2024年の夏コミに「スターちゃん」で出たいと思っています。
上手くことが進めば、書き下ろしのスターちゃんの本が出るはずです。
更には、アクリルキーホルダーまで……?
よければXをフォローして続報をお待ちください。

https://twitter.com/Frappuccino0125?s=20

次の支援イラストの紹介です。


【挿絵表示】


まず一枚目。チャイナ服スターちゃんです。謎の白毛ウマ娘狂い姉貴さん!?


【挿絵表示】


二枚目。振袖スターちゃん。はっぴにゅーいやー!


【挿絵表示】


三枚目。ロリ小学生スターちゃん。こんな時代もあった事実。


【挿絵表示】


四枚目。聖蹄祭執事服スターちゃん。これはガチ恋勢が出現してまう。

一~三枚目のイラストを下さった「踏文二三」さん。
四枚目のイラストを下さった「はるきK」さん。
本当にありがとうございます!感謝でモチベがいっぱいです!

お次にIFの宣伝です。

https://syosetu.org/novel/310188/7.html
スターちゃんがテイオーよりも早めにトレセン学園に入って、先輩たちに命いっぱい甘やかしされる話。


https://syosetu.org/novel/310188/8.html
スターちゃんが姉でテイオーが妹の姉妹だったらのお話。

長々と後書き失礼しました。
また次のお話でお会いしましょう。
私はいつの間に巫女服テイオーと猫カフェが実装されて涙を流しながらガチャを回してます。

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