ワールドトランス~魔力が少ない男に転生しましたが、弱い男性は家畜扱いされるので強くなってみせます~ (タバサックス)
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異物

久しぶりの投稿です。
実験がてら色々な投稿サイトに投稿してみます。
今作のテーマは「友情」「努力」「勝利」です。
ファンタジーなのでお手柔らかにお願いします。


輪郭がぼやけた光景、焦点の合わない対象。意のままに動かない体。

これはいつもの夢であるということをティアは理解した。

 

辺りの光景を見るとゴテゴテと飾りのある何かが見えたが、それが何かはわからない。これはたぶん赤ん坊だから見えない。だが、見覚えの無い風景ばかりだ。

 

なんて思っていると男性が近づいてきた。浮遊感を覚えるが、すぐに暖かいものに包まれたような気がする。見覚えの無い男性のはずなのになぜか、感覚は据え置きなのか、と思っていると急に近くの壁が爆発する。

 

そちらを見ようとするが、男性が急に動き出した。衝撃に身を当てられ瞼が徐々に重くなっていく。

 

その瞬間ティアは目が覚めた。

彼の目に映る光景は本物であり、きちんと目に見えたものを脳で処理できる。

自部むき出しの木やボロボロの扉。これは間違いなく自分の家だ。

 

自らの身体も夢よりは大きく、黒色の短髪や大きな黒い瞳、そして五歳児にしてはやや小柄の身体と自分の特長を踏まえている。そのように身だしなみを確認していると大人の男性特有の低い声が聞こえる。

 

「ティア、おはよう。ご飯の準備をするぞ」

 

呼び出されたティアは、台所へ向かいご飯の準備を始めるのであった。食卓に並ぶのはパンと野菜がわずかに入ったスープ。その量はどれも少なく、子供のティアをもってしても、お腹いっぱいにならない程度。同居人で、そして親代わりのソロンにとってはとてもではないが足りない。

 

「ねえ、ソロン。俺のも……」

 

「ティア。俺はこれだけで十分だ。さ、早く食べなさい」

 

ティアが話すよりも早く応答する。このやり取りもすでに何回も繰り返されているが、そのすべてが断られていた。その代わりにソロンはいつものごとく、例の話を始める。

 

「いいか、ティア。今は貧しく満足のいく生活が送れないかもしれない。だが我慢すれば、白馬の王女様が訪れる。お前は気立てもよく、努力家だ。きっとティアのことを気に入ってくれるさ」

 

「はいはい、わかったよ。その王子様に会えるように頑張りますって」

 

そんなため口をつきながらご飯を食べ終え、片づけをさっさと済ます。

そして外行きの少し良い服……といっても、あまり染色されていない服であるが、を着て学校へ向かうのであった。

 

ティアが外に出ても見える光景は田園であった。たくさんの田んぼに細いあぜ道。朝早くにも拘らず、すでに農作業を始めている人も多い。そんな道をとぼとぼと歩いていると肩をたたかれた。そちらを見ると茶髪の少年二人がその場にいた。

 

「おっす、おはよう」

「おはよう~」

 

「ああ、おはよう。カタ、キタ」

 

あいさつの後三人で登校を始めた。田舎の村ということもあり、話題は基本的に外部からの訪問者などの話だ。

 

「そういえばさ、コラさんがでかい商家に婿入りしたってよ」

 

「ええ~いいな~。僕も偉い人に婿入りしたいな~」

 

「ばっかろう、男ならもっとでかい夢を目指さないか!」

 

今日の内容は誰が結婚したかという話。そういう話は毎回出てくるため、飽き飽きであったがでっかい夢とカタが言ったためティアは興味を示した。だがその興味は当てが外れる。

 

「そりゃあ、この村に来るご令嬢に迎えに来てもらうことだろ!」

 

そんなあほみたいな返事だったため、ティアはずっこけそうになった。なおキタはそんなカタに対し「おお~すごい~」と目をぱちぱちしながらほめている。その後も理想が他人に頼りっぱなしである二人の話を聞いて、いたたまれなくなったティアはつい突っ込みを入れてしまった。

 

「あのな……そもそも、婿入りとか、射止められるかじゃなくて、自分の手で強くなろうとか、自分でお嫁さんを見つけるとかないの?」

 

ティアがそのように聞くと、二人とも一瞬何を言われたのか理解できない顔をした後、本気で心配したような顔になる。

 

「おい……どうした、急に? 体調でも悪いのか?」

「無理してる~?」

 

「……ごめん。変なことを言った」

 

二人の真面目な態度に関して、自分の意見をこれ以上主張する気にもなれずそのように話を打ち切るしかなかった。このようなことをティアは親代わりのソロンにも何回も言ったことがあるが、窘められるか不謹慎だといわれて怒られるかの二択であった。

 

つい漏らしてしまった言葉に後悔を覚えながら歩いていると学校についた。そこで洗濯のやり方やら料理のやり方やらを午前中で習う。午後は畑仕事や牧畜業について実践するという学業よりも実践を重んじていた。

 

午後の授業中ティアがふと目を向けると、自分達とは明らかに装飾が異なる服を着た女性たちを遠い場所で発見した。その彼女たちがとんでもない速度で走っており、遠くからでも土煙が見えるほどであった。そのことを他の人に聞くと、

 

「ああ、あの人は魔法師様だな。村に唯一在住している女性の人で、村を魔獣から守ってくれているんだぞ。基本的に俺たちには関係ない話だがな」

 

「まあでも、たまにあの勇姿を見れるもんだからそれだけで充分だろ」

 

と先生たちで盛り上がるところにティアがサラに質問をぶつける。なぜならその方向はいつも魔獣がいるといわれている山のほうではなく、村の出口に向かって走っているからだ。そんな質問をしても先生たちは態度を崩さない。

 

「村の出口から魔獣でも現れたんじゃないか? でも、あの人たちが守ってくれるなら安心だ。俺たちはそんなこと気にしてもどうしようもないから、畑を耕すぞ」

 

ティアが夢中で作業を続けていると陽が落ち始め、空も赤くなってきた。

ようやく仕事も終わり生徒たちも帰るわけだが、そこにソロンが迎えに来る。

 

「今日もお疲れ様、ティア。それじゃあ行くぞ」

 

そういいながら、夕日が良く見える丘へと向かう。ティアが勉強という名の労働が終わるといつもその場所へと行く。丘の上には、赤い太陽が地平線へと沈む光景が輝いていた。太陽の光が地面に反射して、普段は輝くはずもない地面や家が心なしか輝いているように見える。

日常の中にある非日常としてティアはこの光景が好きだった。

 

「なあティア。お前の夢は何だ?」

 

「俺の夢……それは、ここから外に出て強くなること……かな」

 

「それはなぜだ?」

 

なぜ。そう聞かれて彼はすぐに答えられなかった。

 

彼の身に起きた現象を一言で言えば転生したといえる。ただし、細かい記憶はすべて彼の頭から消えていることを除けば。例えば家族がどうこうや、友達がいたか、そもそも転生前は何をしていたかということも覚えていない。その一方で、転生ものと呼ばれる作品を読んだことやその大まかな内容はなぜか覚えている。

 

実質、異世界人の知識をその世界の子供に注入したというのが最もしっくりくる説明と言える。現にティアもそのような認識で過ごしている。

 

それもあり物心ついた時から違和感しかなかった。この世界では価値観が異なる。なんせ、女性が戦う存在であり、男性は家族や子供を守ることが主流である。一番びっくりしたことは、男性は女性にすべて任せることが当たり前ということ。

 

その中で自分に染みついているものを押し出すと今日のように心配されるか引かれてしまう。これをソロンに相談できない。引かれるだけならまだしも、異端の子扱いされかねないから。そのため見も知らずの人たちのグループにポツンといる異物感しかティアにはない。

 

この正体不明の知識に対しティアは馬鹿になることで対処した。つまり、考えることを止めた。できる限りこの知識を用いず、この世界の常識を理解することに意識して努めた。異世界の価値観とこの世界の価値観のすり合わせである。良く発狂しなかったものだ。

 

だが、どれだけこの世界の常識を身に着けようとも、むしろ身に着けるほどに違和感が大きくなる。その結果、彼の価値観とこの世界の常識の折り合いをつけた。それが強くなるという目標である。

 

「それは……自分の手で未来を切り開くために強くなるべきだ。ソロンは「いいお嬢様が現れる」といった。だけど、俺からすると現れるかどうかわからない人を待つよりも、自分の手でお嫁さんを探した方が納得できる。だからこそ、強くなりたい」

 

幸いかどうかはともかく、この世界は安全な世界ではなく獣が多くいる世界だと聞いたティア。ならば、獣を倒せるほど強くなるというのは異世界の中では比較的まともな思考回路であり、そしてティアの持つ価値観にも沿った考え方だ。だからこそこれを全面的に出したわけだ。

 

とはいえ、師匠の当てもなく具体性のない目標にすぎない。実際、ティアもいずれ強い人に逢えたらいいなぁ……という思考しか持っていない。要するに現実逃避のために何かの目標を立てたというだけである。ソロンはそれを見抜けず感心した顔になったため、一定の効果はあっただろうが。

 

「なるほど……お前の言いたいこともわからなくはない。まるで魔法師の考え方だけどな」

 

いつもは窘めるか怒るかのソロンは、今回は神妙な顔でティアの話を聞いていた。その様子を訝しむティアへ向けて腰のポケットから種を取り出す。

 

「ティア、これはお前が朝食べた野菜の種だ。最初この村では野菜なんてものは作れなかった。だが、俺たちはここから努力を始めた。何に使う強さかは違うが、その本質は同じだ。努力して自分たちがもっと豊かな暮らしができるようにしている。だから、もう一度考えてみてくれ」

 

そんなややずれている会話をするソロン。ティアの言う「強くなりたい」というのは身体面に関連した話であり、ソロンの言う「強くなる」は自分でしっかり未来を切り開けるようになる人という意味で捉えている。厳密にいえばソロンの方がより広義であるが、ティアには通じていない。

 

彼は前世の知識はあるが、前世の記憶がない以上変な知識を持つ五歳児以上の何物でもない。要するに精神は未熟だということ。だからこそティアとソロンの会話のずれも起きてしまう。

 

この部分を説明すべきかと思ったティアだったが、急にカーンカーンと鐘が鳴り響く音がする。ソロンとともにその方向を向くと、鐘を鳴らしている人が見えた。その様子を怪訝に思い丘の上からあたりを見わたすと……四足歩行の化け物が、群れを形成して村の中に侵入していた。

 

「魔獣だ、急いで村から離れるぞ! さあ、早く」

 

――――――

 

ソロンはティアを背負ってから今の山を下り始めていた。いつもならそのように甘やかさずに歩かせるが、今回は緊急事態であり自分で走ったほうが速いとソロンは判断した。

 

「ソロン! 魔獣って……」

 

「話はあとだ! ここにいては逃げ場がなく魔獣に囲まれるかもしれん! 今はとにかく走るからつかまれ!」

 

有無を言わさぬ口調のソロンに黙るティア。

そうして彼は走ることに専念するが、ソロンの走る速度は異常に速い。なんせ、少し遠くの場所にある木を一瞬で走り抜ける。しかも、ティアを背負っているという条件である。

 

最初こそ周りの光景の移り変わりに気を取られていたティア。だが先ほど自分たちが耕していた田んぼの地域になるとその光景にくぎ付けになる。魔獣に荒らされたのか、植えた種がすべて掘り返され、必死に用意した肥料がすべて台無しになっている。ティアは思わずソロンの服を強くつかんでいた。

 

彼が何も考えないように目を下に向けた時、遠くの茂みからガサガサという音が聞こえた。その音にソロンも反応したのか走る足を緩める。その瞬間、がさっという音ともに小さい何かが目の前に現れた。そこにはカタと少し後ろに追いかけている小型の四足歩行の獣。だが子供のカタよりずっと大きい。

 

「ソロン、カタが襲われている! 助けなきゃ!」

 

「だから、助けるだけの余裕は……」

 

「じゃあ、見捨てるのか!? だったら、俺一人で助けに行く!」

 

そういうや否や、無理やり背中から降りた後に魔獣のほうへ向かうティア。だが、その瞬間にカタのほうへ向いていた魔獣が彼のほうへ振り向き、ティアへ近づきながら爪を向ける。いきなり攻撃を仕掛けられたティアはパニックなってしまった。

 

よくよく考えると、手元に武器もなくどうやって助けるつもりだったのか。まさか自分より大きな獣相手へ殴っただけで倒せるとは思えない。自分が実際に襲われて、その思考へたどり着いたティア。だが、そこに至るのに何秒も遅い。

 

避けるべきだ、と脳はわかっているだろうが全く動かないティア。せめてもの抵抗なのか、手を前に出し目をつぶっていると獣の悲鳴が聞こえてきた。恐る恐る目を開けると……目の前の獣は不透明な白い剣のようなものに突き刺されていた。

 

「くそ……こんなところで使っちまった。大丈夫か、ティア?」

 

「う、うん。ありがとう、ソロン。カタ、大丈夫?」

 

「あ、ああ」

 

「ティアの友達か……すまないが、いったんここで休憩だ」

 

 

そして、三人は石に座り休憩を始めることとなった。シンとした空気の中、カタがぽつりぽつりとこれまでの状況を話し出す。

 

「俺がキタと一緒に帰っている途中……急に鐘の音が聞こえて……急いで親と合流しようとしたら、魔獣が目の前に現れて……そこでキタが俺をかばって」

 

「……そうか、つらかったな。もう大丈夫だ。なあ、ソロン」

 

ティアがそういってソロンを見るが、彼は呼吸が粗く返答するのも精いっぱいな様相だった。何とか返答を絞り出すが、

 

「すまない……ちょっと休憩させてくれ……体力が持たない」

 

この一点張りである。先ほどティアを背負ったときには全く呼吸が乱れていなかったにもかかわらず、先ほどの光の剣を出した時には全力疾走したがごとく疲労している。まるで意味が解らなかったティアだが、ソロンの言う通り黙って待つことにする。

 

ふと、ティアは自分たちの進む道を観察していると奇妙な点が見つかった。自分たちの進路方向には、魔獣が通ったと思われる足跡が増えてきている。その足跡の向きも進路方向と逆。

これを大分呼吸が整ってきたソロンに相談すると目を丸くした。

 

「クソッ、道理で……二人とも。逃げる方向を変えるぞ」

 

急いで指示を変え、今いる交差点から右に進むと宣言した。そちらに進んでも村の出口ではなく西側。ただ山しかなく、人の交通もない。ティアがそれを指摘するが、ソロンの返答はとんでもないものだった。

 

「……これは予想だが、村の出口から魔獣が来ている可能性が高い」

 

本来、魔獣は村の北側に生息している。今回の襲撃も村の北側からやってきたものだと三人は思っていた。だからこそ彼らは村の南側を目指して走っていた。しかし実際の状況は逆で、村の南側から魔獣が来ている、とソロンは判断した。

 

そうなると出口に魔獣がいる可能性の方が高い。そして、現在戦闘がまともにできるのはソロンただ一人。お荷物の子供二人を抱えての突破は非常に難しいといわざるを得ない。よって、ソロンはあえて出口とは別の方向を指示した。そちらに逃げて避難したほうがまだ助かる可能性は高いと思われたから。

 

それに納得したティアだったが、どうしてこんな状況に……と考え始めた所にグゥゥという唸り声が聞こえたため中断した。結果的にその中段は正しかった。

 

 

その方向を見ると、村の北側から自らの身体よりもずっと大きな巨体をした四足方向の怪物が遠方にたたずんでいた。目は鋭く歯にはすでに赤く染まっている。体も黒かったが漆黒ではなく、血によるにじんだ赤を含む黒色。

 

ティアは本能で理解する。

こいつと歯向かっては死ぬと。

今回は認知してから判断が速く、それに伴い実行も速かった。

 

その場にいる誰よりも素早く体を起こし足が動かす。その方向は先ほどソロンが逃げるといっていた先。他人を慮る理性なんて、本能にはあらがえない。大分走ったと思ったときに、足が重く感じられてきた。

 

だが、筋肉が悲鳴を上げることも今は理性の一つにカウントされていた。ゆえにそれを本能で押さえつける。体内に酸素が足りなくなったのか、大きく深く呼吸をするティア。いつのまにか筋肉が軽くなったと感じてきたティアだったが、その理由も考えることなく走り続ける。

 

遅れて二人ともティアへついていく。ソロンはあっさりとティアを追い抜くが、カタは徐々に二人との距離が空いていく。遅れて走り始めた魔獣だが、その距離を詰めていく。奴は完全に狩るものとして三人を見ており、その追う足はゆったりとしたもので、焦っている様子はない。むしろ遊んでいるようとすら言える。

 

カタはすでに呼吸が荒く限界を迎えている。足がもつれ始めついに転んでしまった。その音を聞き、反射的に後ろを振り向くティア。そんなカタを見て急いで戻り彼へ手を伸ばす。それを見たカタも助かったといわんばかりに手を向けた。

 

そして、お互いの手をつかんだ瞬間……

 

ティアの身体に何かが入り込む。

その入り込んだものによって、疲れた体に浸透し力がみなぎってきた。だが、先ほどの手が離れていた。それを奇妙に思いカタのほうを見ると……

 

 

 

カタは地面に倒れうずくまっていた。

ヒューヒューと甲高い呼吸音を幾度も鳴らし、息をしようとしているが体が起きることはない。

ティアは彼の様子を見ても理解を拒んでしまう。その結果、二人とも足を止めることとなる。

 

そんなティアを見たのかソロンが急ぎ戻り、彼の身体を腕で支えながら走り始めた。後ろから追ってきた魔獣は倒れているカタに目を向けていたが、すぐにティアのほうへ向き、彼らを追い始める。

 

その姿をボッーと見ているティアだったが、今まで来た道に魔獣が数えきれないほど沸いている。その足取りはカタのほうへ向かっている。そしてティアにはカタが呼びかける声が聞こえてしまった。

 

「ソロン、とまって! カタが、俺の友達が食われている! 早く助けないと!」

 

「……ぃぃ!」

 

「ソロン!」

 

「うるさい、黙っていろ!」

 

ぜぇぜぇ言いながらもソロンはティアのことを運ぶ。何回も角を曲がり、普段入らない山道も駆使して魔獣をうまく撒く。後ろに魔獣がいなくなったことを確認したソロンはティアを地面に降ろし、自身は石に座った。

 

運ばれたティアもそれなりに疲労を覚えていたが、すぐに回復するとソロンへ近づく。彼はまだ呼吸が荒く、俯きながら必死に呼吸をして空気を補給している。失った体力が戻っていないソロンだが、今のティアにいたわる余裕がなかった。

 

「ソロン! どうして、どうしてカタを置いていった! 後ろから、大量の魔獣がやってきたのに」

 

「……そんな……こと、俺にもわかっているよ……」

 

「だったら!」

 

そこまでティアが言いかけた時、今までたまりにたまったものを爆発するがごとくソロンは強い言葉をティアにぶつける。

 

「仕方ないだろ! 俺は強くなく、ティアを助けるだけで精いっぱいだったんだ!

もしお前の言う通りに助けに入っていたら、全員殺されて食われるところだった! ティアとその友人の命が天秤にかかっているなら、俺は迷わずティアを選ぶ!」

 

ソロンの反論は子供相手に大人げないものであったが、現実と理想の衝突の末に出した結論だった。

今の自分が持つ能力ではティア以外に助ける余裕はない。たまたまティアの友人が目の前を通り、ティアが助けに入ったから成り行きで助けたが、ソロンからするとその気がなかったというのが現実。

 

そんな身勝手な、とティアは言いたくなったがすぐに口をつぐんだ。自分は何もしていないのに、人に怒ることができるほど偉い人物なのか。この場において力なきものに権利はない。後悔だけが染みつくティアだったが、後ろから獣の声が聞こえたため思考を再び中断する。

 

「ここには魔獣はいないはずなのに……畜生!」

 

ソロンが悪態をつきながら立ち上がり、複数の獣と相対する。茶色の毛をした獣はソロンを優に超える体格を持つ。先ほど追いかけられた獣と比べても遜色なく、しかも今回は消耗している。とてもではないがティアを運ぶことはできないと判断したソロンは案をひねり出す。

 

「ティア、頼みがある」

 

「え、な、何?」

 

「今の俺じゃこいつを倒せないし撒くこともできない。だから、俺が時間を稼ぐ。

その間にお前はこの道を進んだ先にある小屋から武器を取ってきてくれ」

 

ティアはこの作戦の本質を見抜いてしまった。これ以上逃げるのは厳しいから、ソロンが囮になって引き付けるものだと。嫌だ、と抵抗しようとしたティアだが口も足も動かない。そんな姿を見たソロンは怒鳴りつけるように言う。

 

「早くいけ! お前がじっとしていると生存率は下がる! お前だって戦いたいだろう! 武器さえあればお前だって戦える」

 

その言葉からティアは足を動かさざるを得なかった。

今まで自分が役に立ってこなかったこと、そして合理的な意見という二方向の攻めに彼は陥落した。そして急勾配の坂道をひたすら上っていく。

 

走ったばかりで体力は回復してなかったが、呼吸をすればするほど楽に走れると経験したティア。たとえつらくとも浅い呼吸をせずできる限り深呼吸を意識していた。

 

だがそれにも限界はある。徐々に痛みのほうが強くなる。それでもやめない。やめられない。足を止めるよりも動かしていた方が、まだ気が楽だったから。何分何秒走ったのか覚えていないとき、ようやく小屋が見え始める。しかし、目の前に何か別のものがいた。

近づくとそこには……

 

 

茶色い羽根に黒い瞳。

その黒い口に紅い跡と肉がついた、ティアと同じくらいの大きさである鳥が小屋の前で肉をむさぼっていた。




二話は十二時、三話は十五時くらいに投稿する予定です。


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無力

どうしてこんなところにも獣がいるのか、この山に魔獣はいないのかという冷静な思考よりも、こいつを倒さなければ小屋にたどり着けないという暴力的な思考にティアは染まっていた。

 

彼からすると目の前の獣は、倒すべき存在であり駆逐対象の一つ。しかし武器がないからこそ、目の前の獣も行先を邪魔するただの障害物扱いでしかなかった。そこに慎重な思考なんてものはなく、何が何でも押しのけるとしか思っていない。

 

そこらに落ちている木の棒を走りながら拾い、その鳥の獣へ殴りかかるように迫る。早く走れば走るほど、勢いがつくという考えから今出せる全速力。木の棒が届く範囲まで近づき、鳥の頭めがけて思いっきり振りかぶった。

 

生まれてこの方、何かを殴った経験も知識もないティア。しかしこの逃亡劇で散々に血や肉を見てしまった。慣れてしまったのか、あるいは逃避なのか不明だがハイテンションなティア。だからこそ、人型の生物ならまだしも目の前の鳥に殴りかかることに躊躇することはなかった。

 

 

そんな渾身ともいえる一撃に対し鳥は反応せず肉をむさぼり続けていたが、ぶつかる瞬間にガッと固いもの同士がぶつかる音がした。

鳥は暇そうに翼を持ち上げ、その一撃を抑えている。ティアが目の前の現実を偶然だと思うために、握る棒へ力を籠めさらに押し付ける。

 

だが、拮抗状態から動くことはない。そして鳥は雑に翼を振り払った。急な横の衝撃に耐えきれず、ティアの体が少しの間浮く。地面の感覚を思い出したのは背中が衝突し、意図せず空気を吐き出した時であった。

 

正直ティアも侮っていた。今までの魔獣はすべてソロンよりも大きい魔獣。だからこそ、手を出すことができないと思っていた。一方今回はティアの身体と同じくらい。ソロンよりは小さいと感覚がマヒしていたわけである。

 

つまり、力だけでいえば自分のほうが勝ると思い違いをしていた。その償いは、地面の強打で済まされただけ彼は幸運といえる。その衝撃によって今までのハイテンションが途切れ冷静になることに成功する。

 

目の前の鳥に対するティアの評価は一変した。自分が狩る側の生物ではない。相手のほうが狩る側の生物だという認識への変換。

 

相手のことを観察することを始める。あの鳥はいまだに肉を貪っていた。その光景を見て今更ながらに吐き気を催すが、今はそれよりも恐怖心のほうが勝った。

 

怖い。

あの嘴は自分の皮膚を突き破り、内臓を啄むだけの鋭さと長さを誇っている。

 

怖い。

あの羽は高さだけでいえば自分の身長と同じくらい。あれに衝突すれば、間違いなく耐え切れずに飛ばされ地面にたたきつけられる。

 

怖い。

あの爪は狩りをするためのもの。

その大きさは自身の頭と同程度。あれにつかまれたら頭が裂けるかもしれない。

 

その恐怖が自らの心をむしばみ、そして甘言が囁かれる。相手はこちらを見ていない。今なら逃げることは可能だと。

 

逃げる、どこへ? 今はこの村は襲撃されているが魔法師という村を守る存在が来るはず。

ならばかなわない敵に挑む道理はない。奴から逃げることも立派な闘争だと。

 

その甘い言葉に闘志がそがれていき、自問自答を繰り返す。どうして、なぜ。その言葉が自分の中で何度も反芻する。

その問いの中で、ある想いが自分の中によみがえる。

 

さっきは悔しい思いをしたのではないのか。力を持っていないから、救えた存在を手放したのではないのか。そして今力を持っていないから、ソロンを失おうとしているのではないか。ならば、ここで逃げるという選択肢はない。

 

加えて……ソロンも獣と戦う道を挑んだ。自分がカタを助けるときに、あの獣に対して戦いを挑んだ。さらにソロンは自分よりも大きな魔獣を複数体もの相手をしている。

それに比べれば、こちらはただ一体。ならば、倒せない道理はない。

 

 

その決意を胸に秘め、恐怖を義務感と正義で塗りつぶす。塗り残しは多々あれど、少なくとも甘言を無視できるだけの面積は誇っていた。調査結果に基づき分析を始める。

 

こちらが持っている木の枝を先ほどの衝撃で手放すことはなかった。ゆえに使える武器は先ほどと同じ。一方、先ほどの攻撃ではびくともしない。そうなるとこの木の棒ではまともに攻撃が効く部分は限られてしまう。

 

つまり……攻撃するなら目や口の中といったやわらかいところに限られる。しかし、倒す必要性はない。目標はこちらと戦闘したくないと思わせる程度にダメージを与えること。

 

なんせ、あの小屋に入って目当てのものを持ってくればここにいる意味はない。あとはこの山を下りるだけ。ならば、手痛いと思わせる一撃を畳み込むことが最終目標。

 

そこまで決めたティアは、再び構えなおす。今度は隙の多かった上段ではなく、木の棒を地面に平行になるよう後ろに構えた。当然ながらこの構えからすぐに攻撃できるわけではないが、どうすれば走りやすいかを考えたところこのような構えとなった。

 

再び鳥へと接敵する。今度は全速力ではなくある程度余力を残したうえで近づく。先ほどのこともあり、鳥はいまだにティアのほうへと向かない。

 

そしてリーチに届いたとき、剣道でいう中段へと構えなおした。だが、鳥はいまだにティアのほうへ向かない。棒のリーチに届いた瞬間、側面からその眼めがけて一突きする。眼への刺激に鳥は叫び声を挙げざるを得なかった。

 

鳥がよろけ小屋への道が一時的に空く。その隙に急ぎ小屋の中に入る。その瞬間、木の匂いと埃が舞った。夜ということで視界も暗く埃も舞っている。手探りで武器を探しているものの、全く見当たらない。どこに……と焦っていたその時、小屋の外からガンッという突つく音が鳴り響いた。

 

鳥が外から、しかも入った時の扉から攻撃をしている。あの木の棒で目玉をつつくだけで退いてくれるほど獣は甘くなく、むしろ怒っているといえる。格下から手痛い一撃をもらえば、それは怒るに決まっている。

さらに小屋内を荒らすように武器を探すのだが……

 

見当たらない。タンスの中に食品や服といった生活用品はあるが武器はない。どうしようか、と思っている最中に小屋が大きく揺れた。鳥の獣が小屋へ向けて体当たりをしている。その衝撃で小屋がきしむ音がする。

 

もう時間がないため、このなかでまだ攻撃に使えそうなおもちゃを手に取り外に出ることにした。彼が手にしたのはおもちゃの剣。それも故障したのか刃の部分がなく、柄しかないというもの。

 

当然そんなものは使えないとティアもわかっていた。わかっていたが、精神的にも物理的にも追い詰められたティアはそれ以外の手段を思いつかなかった。

加えて、この柄に触った瞬間自分の力を吸い取られる様な感覚に襲われた。

 

呼吸をしていくうちにその違和感はすぐに取れていったものの、その瞬間この柄が熱くなった……がすぐに冷めていく。この感覚にティアは賭けたのだ。

ゆっくり深呼吸をして、クールダウンを行いながら外に出るティア。

 

外を見るとなぜか鳥が少し距離を取っていた。もう無理だと思ったから逃げようとしたのか、なんて楽観的な思考をしているティア。小屋へ向いている鳥がその大きな翼を飛ぶようにはためかせる。その瞬間、小屋に突風が襲い掛かった。

 

それを腕で遮っていると、その腕にでかい注射が刺さったかのような痛みが発生した。それに叫びたくなりそうであったが、すんでのところで我慢し状況を確認する。すると後ろの小屋が崩れそうな姿が見えたため急いでその場から離れる。

 

移動しながら腕に突き刺さっていた二本の羽根を取り除く。後ろの小屋は崩壊してその中に入ることはできなくなっていた。これでティアは逃げ場を失った。目の前には、瞳から血を流しながらもこちらを鬼のような形相で睨みつけてくる鳥の獣。

 

ティアの一撃は一定の効果を上げることができたが、しかしその分攻撃が激しくなるという結果に終わった。痛みによる熱を抑えながらこれからの目標を定める。

 

極論言えば奴から逃げるだけでよい……が移動速度、進行方向から言ってこの場から逃げるのは難しい。こちらは疲労困憊の状況であり全速力を出すのは厳しい。その一方で鳥は目を傷つけられただけで、足には支障がない。素の身体能力が違うことに加え万全な体調でない以上、無理と言ってよい。

 

では戦うのか、という話になるがそれも難しい。こちらには遠距離攻撃手段がない。そうなると接近するしかないが、その隙にも羽根による遠距離攻撃をむざむざと食らう羽目になる。それだけでも相当不利。加えてこちらの攻撃がどれだけ効くかというのは未知数である。

 

今とれる手段は逃げるか戦うか。どちらにせよ未知数の要素が多く、死の危険性がある。それならばと、打って出る決意を固めるティア。そして戦闘向きの思考にシフトチェンジする。最終目標はあの鳥の獣が塞いでいる道に進むこと。

 

敵の翼は二枚。そして、先ほどの動作を見たところ翼を振り払うときにあの羽根が打たれる。つまり、二回攻撃をしのげば隙ができるはず。そのすきを狙ってこの柄でもう片方の目に攻撃を加える。

 

そのような思考をまとめたティアは、目の前の鳥の獣に対して集中する。

彼の狙いは翼の攻撃を見切ること。羽根の軌道はわからいが、直線的な動作をするということだけは予測がついていた。

 

ゆえにそれが打たれた瞬間の羽根さえ見えれば、最悪羽根が見えなくとも躱すことは理論上できる。当然ながらそんなことは子供どころか大人でもすぐにできるものではないが、今のティアにはそんな理屈を考慮できるほどの冷静さを持っていなかった。

 

羽の攻撃を警戒しながら、しかし着実に近づいていくうちに鳥の獣が羽を振り払うポーズを見た。その撃たれた方向を集中すると自分の真正面に撃たれた、ということを認識した。

ギリギリまで進み自身の身体を斜めにして避けた後に鳥へ向けて全力疾走を始める。

 

ティアからするとその羽根は認知できる速度であった。もちろん、先に発射されると知っていなければ見えないものであるが、知ってさえいれば避けることができる。しかし鳥も馬鹿ではなかった。

羽を飛ばした瞬間、全力疾走するティアの斜めへ移動し第二撃を飛ばしてきた。

 

一瞬鳥の姿を見失ったティアはその攻撃をもろに食らってしまう。幸い頭を手でふさいだために致命傷はなかったが、刺さるような痛みに声にならない悲鳴を上げた。

だがそれでも足を止めることはなかった。

 

痛みなんかに足を止める暇はない。今の自分にできることは足を進めることだけ。

徐々に距離を詰めていくティアに鳥の獣は第三撃の準備を始める。

今回はティアの視界の中にいたが、その周りをぐるぐると回っており機会をうかがっている。

 

そこまで把握しているティアだったが、今の彼にとれる選択肢は走り続けることしかない。距離は縮めているとはいえ、空を飛んでいる以上手を出せない。つまり彼にできることは逃げるだけ。

 

立ち止まったところで攻撃を避けられるとは限らない。なぜなら、ティアの後ろにも回ってくるため、ティアも後ろを振り向く必要がある。加えて、リロード……つまり、羽根攻撃の頻度は非常に速い。避けたとしてもすぐに体力切れになってしまうだけ。よって走った方がまだましと判断した。

 

そんなティアを待ってくれるわけでもない獣。上空からティアめがけて突風が吹く。羽根の攻撃の合図だ。そんな羽根の攻撃を避けるため、ティアは大きく横に移動しながら走り続ける。そしてちょうど彼から見て斜め後方の地面に羽根が突き刺さるのであった。

 

ティアに羽根の軌道が見えるわけでも、後ろに目がついているわけでもない。ただ理屈と勘を組み合わせて動いているだけだ。まず、羽根自体はそこまで大きくない。それはティアの腕に突き刺さる程度の羽根、と言えばわかるだろう。

 

飛ばす羽根の枚数は二枚だけ。そこに加えて羽根の向きは縦に二枚である。そうなると自ずと攻撃範囲が限られてしまう。具体的には横によければそれだけで避けられてしまう。

そのため、ティアからすると突風を感じた時に横へ動けば躱せてしまうのである。

 

その避け方を何回も繰り返すティア。彼からすると、先ほどのように相対しているときは避け辛かったが、今の状態のほうが距離もあることで避けやすいと感じられた。このまま山から下りることができるかと思っている彼だが、鳥もせっかくの獲物を逃すほど悠長な生き物ではない。

 

再びティアの斜めへ移動したのちに攻撃を始める……がそれも鳥の獣のほうへ向いて走ることで回避する。これも理屈の上で導き出したもの。羽根の攻撃はティアの移動する先を計算して行っている。ならば、動きながらその計算を崩すような行動をすれば当たらずに済むということ。

 

こんな命の綱渡りみたいなことを行っているティアだったが、いつもそういうわけではない。緊急事態だからか、頭がいつもより冴えわたり回転が速くなっているにすぎない。実はここまで頭が働くのも転生前の知識によるものだ。

 

厳密にいえば、転生前の知識をフル活用しているから。今まで無意識に抑圧していたが、今生きるためにその知識を使わなくてはいけないと判断したからこそ、こんな無茶苦茶な動きができる。実際いくら頭が良いからと言って、五歳児がここまで頭を使った動きはできない。

 

例えば、最初の戦いで殺されていた。それが敵の羽の軌道がどうとか、何枚飛んでくるとか、どれだけの威力があるのかなんて分析できない。それらの発想の根源は転生前の物理法則などの知識に基づいたものである。

 

それを意識しているかいないかはともかく、順調に避けているティア。このままいけるかと楽観視した彼へ試練が訪れる。羽根を撃った後にすぐ鳥もティアのほうへ嘴を向けて突進してきた。いつもはあまり鳥の方向を見ずに避けているため、羽の軌道はわかったものの突進の軌道を読み損ねてしまった。

 

今から避けることは不可能、と判断したティアは足を止め、とっさに体を守るために手に持っていた柄を突進してくる鳥のほうへ向ける。そして訪れるべく衝撃に備えて目を塞ぐ。

すると手元に揺れるような振動が発生する。

 

 

いつまでも胴体への衝撃が来ないため恐る恐る眼を開けるティア。そこには嘴に光っている剣みたいなものが突き刺さっていた。それがどこから出ているか……を見ると、今持っている剣の柄。

なんと、剣の柄が持ち主に呼応して刃の部分が出てきたのだ。

 

鳥の獣が翼をはためかせ、突き刺さった剣を無理やりひっこいぬく。その光景をただ見ていたティアだったが、途端にがくっと疲れが体に襲い掛かる。

強い倦怠感によって、足が止まりそうになり瞼が重くなるものの深呼吸をすることで無理やり落ち着かせた。

 

ティアも何が起きたのかさっぱりだが、要するにこの剣の刀身と自分の意志は呼応するということだけはわかった。その分体にダメージが発生するが、それであっても対抗手段がようやく生まれた。鳥に注意しながら再び走り出すティア。

 

鳥も再びティアの周りを巡回しながら攻撃を始めるが、すでに見切った攻撃のためそのすべてを避ける。その中には後ろからの突進もあったが、ティアの神がかった直感から鳥がどのような軌道で攻めてくるかを一目で理解する。結果、カウンター気味に剣を見せることですぐに追撃をあきらめた。

 

そんな調子で何分も経過したか。ついに業を煮やしたのか鳥がティアの正面へ向き両翼を羽ばたかせ羽根を撃ちながらティアへ突撃してきた。

ティアの四方へ羽根が飛んでくるため、彼からすると逃げ場は正面しかない。

 

そのため、再び剣を構え鳥の突進に備えるティアだったが、鳥もさらに無理をしてくる。本来リロードが必要な羽根攻撃を、突進中に再び行い始めた。一撃目よりも速さは劣るが、そのせいで時間差攻撃のような状態となり四方が囲まれた状況に陥る。

 

厳密にいえば避けられない軌道ではないが、複数の羽根が様々な軌道に自分へ迫る。それを一つ一つ分析するのは今のティアの頭脳では不可能だった。

 

結果、突進をこの剣で受け止めるしかない。だが羽根のせいで鳥の軌道が読みづらく、かつ羽根とは違う軌道で迫ってくる。つまり、突進を受けるか羽根を受けるかの二択を迫られてしまっている。普通に考えれば突進に剣を向けた方が良いだろう。

 

だが、今回は上空から急降下するように突進している。そうなるとたとえ剣が刺さったとしても倒しきれないかもしれない。よって、剣の間合いで攻撃しても突進によって攻撃を受けてしまうと判断するティア。

 

どうする。今から、横に動いて無理やり避けるか。そうだとしても結局突進の軌道を無理やり曲げてくるだけの話。この剣で正面に迫ってくる羽根を避けようにも、その隙に突進の一撃を食らってしまう。そこまで考えたティアだったが、避ける手が全く思いつかなかった。

 

自分はここまでで終わりなのか。こんな鳥に殺されてしまうのか。

ふざけるんじゃない。俺は戦うと決めた。こんなところで死んでたまるものか。死ぬのはあの鳥一匹だ。ふと、握りしめた剣の柄を見る。

 

そして、ティアは発想を広げる。もしこの剣の刀身を伸ばせば、上の前提条件はすべてひっくり返る。単純に突進する前に剣で突き刺し、勢いを止めてしまえばよいだけだから。

この剣が刀身を出す条件はよくわからないが、少なくとも自分の力によって出てくるものだろう。

 

そこまで分かれば十分だった。ティアは剣を持ち直し、自分の力をすべて剣へ送り届けるようなイメージを行う。頼む、俺は生きたい、戦いたい。

こんなどうしようもない場面で一人こっそり死にたくない。そんな気持ちとともに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに答えてくれたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳥がティアへ後数メートルまで近づいたその時。剣が肥大化し鳥の頭へぶっ刺さっていた。

 



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ティアがちょうど鳥と戦っている最中、山を二人の女性が走りながら登っていた。一人はうら若き乙女にも、成熟した美女にも見える女性。背中まで届きそうな亜麻色の長髪を束ねず、若草色のローブ、そして眼鏡と運動向きではない衣装でありながら、この険しい山道をスキップして進んでいる。

 

もう一人はティアと同年代くらいの少女であり、半袖半ズボンという軽い装いながらも長い黒髪やキリッとした瞳は幼いながらも彼女の美しさを醸し出している。

もう片方の女性と異なり、全力疾走をしていたが彼女の息はいたって正常だった。

 

「メルク先生、まだ到着しないの?」

 

「まだみたいですね、サラ。……近づいてはいますが」

 

「もう、なんで部外者の私たちが隣町のソーク・ポリスからここまで走らされるのよ。疲れたわ」

 

愚痴をこぼしながらも、サラと呼ばれた少女は走る速度は緩めない。彼女からするとこの距離は遠出であるが、疲れるというほどのものではない。つまりただの不満を漏らしただけである。そんなサラへいなすように笑顔を見せながら、スキップを続けるメルクと呼ばれた女性。

 

「まあまあ、私についていくと言ったのですから我慢しなさい。それにこの山の中はたくさん感知の対象がありますし、練習しながら走ってみたらどうですか?」

 

「感知ってこんな少量の魔力だと難しいって……あれ?」

 

小さな少女のほうが話している途中に違和感を覚えたのか話を止める。今までうっすらと、しかし明らかに人であることを示す魔力を感知していた。てっきり、魔法師ギルドの人が戦っているのかと思っていたサラだが、その消えた魔力もあって不安を覚える。

 

「ふむ、これは少しまずいですね。ちょっと飛ばしますよ」

 

と言った瞬間、先生といわれた女性は一瞬止まりそこから急に加速した。ジェット機のような急加速を行うメルクは、ティアが息絶えながら走った坂道を一瞬で通り抜けていく。彼女が通り過ぎたしばらく後に土ほこりが舞った。その土ほこりが舞った後に遅れてサラと呼ばれた少女もその後ろに追いつく。

 

「ちょ、先生。早いわよ!」

 

「ちゃんとついていけるなら問題ないでしょう。それよりも……? 少年と獣!?」

 

メルクの目の前には、体に何本もの羽根が突き刺さりながら倒れている少年と、頭に魔法の剣らしきものが刺さっている鳥の獣。鳥の獣からはたくさんの血が流れているが、少年へ強い敵意を向けていた。

 

一方、その少年はすでに生命がこと切れそうなほどに体力も魔力も消耗しきっている。このままにしていたら貴重な男性を失ってしまうと判断したメルクは、急いで彼の元へ向かう。

そして移動しながらサラへあの鳥の獣へとどめを刺せと指示を出すのであった。

 

「忌々しい獣め……死になさい」

 

サラは飛んでいる鳥の獣を追うため大きくジャンプする。そして、剣が突き刺さっている場所を正確に狙ったかかと落としを当てるのであった。

弱り目に祟り目。耐え切れずに飛んでいた鳥の獣は地面へ墜落した。

 

追撃と言わんばかりに、サラは落下しながら濁った白い弾を鳥の獣へぶつけるのであった。白い弾はサラの半分くらいの大きさを誇る。つまり、その鳥の獣からしても十分大きいものである。それが複数個ということもあり、鳥の獣はなすすべもなく絶命した。

 

「お見事。応急処置をしましたが、この子は死にかけです。急いでここから脱出して家へ戻りますよ」

 

メルクが動けないティアを担ぎ、再び山を降り始めようとする。だがティアの流した血に反応したのか、周囲にはサラやメルクよりも大きな体格をした獣が現れた。その瞳は担いでいるティアのことを移している。そんな様子に動揺を覚えたサラは先生であるメルクの指示を仰ぐ。

 

「ちょっと、先生! これどうするのよ?」

 

「まともに戦ってはキリがないので、さっさと逃げますよ」

 

二人とも落ちるがごとく坂を下り始めた。ほとんどの獣はそのスピードに視認すらできなかった。たまに獣が道を塞ぐように現れることもあったが、その瞬間獣が木っ端みじんとなる。だが、何回続けても出現ペースが止むことがない。むしろ増えている。

 

「……ねえ、先生。確か魔獣って自分より強い相手には襲い掛からないのではなかった?」

 

「そうなんですけどね、もしかしたら今回の騒動のせいで本能が騒いでいるのかもしれません」

 

「本能ねぇ……さっきは全然襲い掛かってこなかったのに、こいつを先生が担いでから一気に襲い掛かっているけど」

 

サラと呼ばれた少女が、ティアのことを胡乱げな目で見ている。別にこの場にいる獣を全員倒すことなど二人にとって難しくなかった。むしろサラからすると倒したかった。そこに獣を恐れるような要素は一切ないからだ。そんなサラへメルクが指示を出す。

 

「後ろに怪我人がいるのですから、戦闘は控えますよ。サラ、私の手をつなぎなさい」

 

そういわれたサラはしぶしぶメルクの手をつなぐ。すると、メルクが急に空中へジャンプした後に、すぐに家の方面へ加速を始める。再びのジェット機のような加速に獣も追えずうまく撒くことに成功するのであった。こうして二人は少年、ティアを連れて逃げることに成功した。

 

――――――――――

 

音も視界もはっきりとした状態でフラッシュバックする光景をティアは見た。

上空にいる鳥の獣。おもちゃのような剣の柄。その剣の柄から刃身が伸び奴へ剣を突き刺すことに成功した瞬間。その後自分の足から力が抜けて、目の前に迫るのは地面だった。

 

立て。あの鳥の獣に手痛い一撃を与えたが、倒せたわけではない。

ここで立たなければ何の意味もない。倒すことは目標ではなく、途中目標の一つ。

なぜあの場面で全力を使い切った、と後悔を覚えるが徐々にその意識が遠ざかっていく。

 

体が冷えていくうちに再び自らの甘言が聞こえてくる。

もう頑張ったじゃないか。自分では絶対かなわない鳥の獣へしっぺ返しできた。

 

窮鼠猫を嚙むとはよく言ったものだ。これが戦うことによって得られた結末ならば……悪くないのかもしれない。そんな甘さのるつぼにはまろうとしたとき。

 

 

 

鳥が急に墜落した。その頭上には自分と同じくらいの体格をした少女が、右足を上げていた。その後空中で体勢を取り直し、手を下にしながら墜落する。

 

その手には自分の頭よりも一回り大きい何かを持っていた。それを投げ出すように鳥へ撃ちだす。その無数の白い弾は鳥の身体を消滅させる。残ったのは鳥の内部にあっただろう臓器のみ。

 

 

 

鳥の臓器をただ見下ろしている少女を見て、ティアの抱いた感想は二つ。

自分があれだけ苦労した鳥を自分と同じ子供が一撃で倒したことが悔しかった。

だけどそれ以上に……かっこよかった。

 

自分もあれだけ強くなれるだろうか……そんなことを思っていると視界がブラックアウトする。

 

 

―――――――――

再び視界が光に満ちた時は見知らぬものに囲まれていた。

目の前には見たことのない屋根。右を振り向くとこの世界では見たことのない白い壁。左にはシックな装いの棚。

 

「夢……?」

 

「あんた……起きたの?」

 

急に部屋の中から子供特有の高い声が鳴り響く。その方向へと向くと、部屋の出口から先ほどの夢で羨望と憧憬を覚えた少女が目の前にいた。

 

「え? どういうこと?」

 

「少し待ちなさい。今から先生を呼んでくるから」

 

そういってサラはすぐに扉から出て行ってしまった。この状況について全く説明をもらえなかった。

このベッドも今までの村の寝床と比べると非常に寝心地が良い。周りの家具を見ても質素ながらも充実している。

 

こんな家具は夢でしか見たことがないため、この状況はやはり夢ではないか。そんなことをティアが思っていると、途端に脇腹が強く痛み始める。まるでおなかの部分だけツイストされているような痛みに悶えていると、部屋から先ほどの子供とメルクがやってきた。

 

「失礼します」

 

そういいながらその女性はティアのおなかに手を当て始める。その瞬間、体全体からおなかへ向けて何かが動くように感じられた。そしてその何かがおなかに集まっていくにつれ、その痛みが治まった。ティアの容態を見たメルクは一息ついてから説明を始める。

 

「今のあなたは激しい運動に戦闘をしたせいで、体が限界を迎えています。ですが、暫く安静にしていれば元通りになります。しかし目を覚ましてよかったです。しばらく休憩したらどうですか?」

 

若草色のローブを着た亜麻色の髪の女性は、心配そうにしながらティアのことを慮るような口調で説明する。だがティアからすると、今欲しいのは安静ではなく情報だった。

それゆえ首を横に振りながら、今の状況を教えてほしいと伝える。

 

「……そうですか。わかりました。まず、自己紹介をしましょう。私の名前はメルクといいます。そして、あなたを連れてきた女の子の名前はサラです。まずあなたのお名前を聞かせていただきましょうか」

 

「えっと、ティアです」

 

「ふむ、ティアさん。事情を説明しましょう。貴方の村は魔獣に襲われているとギルドから連絡を受けて、偶然近くにいた私たちがあなたの村へ救援に向かいました。その際、あの鳥獣と戦った時の傷は魔法で回復しましたが一か月も寝込んでいました。現在体調はいかがですか?」

 

そういわれ、ティアは自分の身体を動かしてみる。まだ倦怠感が強く、体が重いもののあの戦闘で傷つけられたものはすべてなくなっている。そのことに関し感謝の意を示すと、彼女は表情を変えずに「いえ」と断りを入れる。

 

「魔法師として当然のことをしたまでです。

さてこれからについてですが、あなたの村は魔獣が住み着いてしまい、今すぐ戻ることはできません。そのため、ほかの村でしばらく住んでほしいと思います。もちろん、できる限り前と同じような生活のようにします」

 

「では、ソロンとかも一緒に生活できますか?」

 

「すみません、私たちがたどり着いた時にはもう……ティアさん以外助けられなくて」

 

その説明を聞いて衝撃よりも、やはりそうか、という納得のほうがティアの中で大きかった。助けるといったが、自分が途中で倒れてしまった。そんな状況下で自分よりも大きな獣三体に襲われた。

 

倒れてしまった自分が悲しんだり何かを言うのはおこがましい。それ以外に納得する手段が彼にはなかった。転生前には大事な人を自身の無力で失ったときの対処方法についてない。だからこそ、彼は頬に伝わる熱いものを感じてしまったのだ。

 

その後再び沈黙が訪れる。

メルクは沈痛そうな表情を浮かべていたが、サラと呼ばれた少女は無表情でティアのことを見ていた。そこから何かしらのメッセージをティアは感じる。

 

「……何か聞きたいことはありませんか?」

 

その言葉を皮切りにティアの思考は理由付けへと動き始めた。

今できる自己肯定の手段が理由を考慮することだった。なぜ自分だけ助かってしまったのか。なぜカタは命を落とさなければいけなかったのか。それらを遡るうちに……

 

「なぜ、村の出口から獣が襲撃したのですか?」

 

この問いにたどり着いた。なんでもよい。何かしら納得できる理由が彼にはほしかった。自分が生き残るだけの理由が。だが、原因はとてもあっさりしたものだった。

言うべきか迷っていたため、最初は口ごもっていたが後に悲痛な声で説明する。

 

「本当にごめんなさい。ある商社の管理ミスによるものです」

 

 

今回の事件の概略は実はそこまで難しいものではない。

村へ農業用の獣を連れてくる商人がいた。その商人の管理ミスによって本来暴れないはずの獣が魔獣化……暴れるようになり、その影響で他の獣も魔獣化してしまった。

 

その対応に追われ、北の山に常駐していた魔法師が村の南に向かってしまう。だが、同時期に獣の生息地である村の北側も魔獣化して村に襲い掛かった。その結果、村は守る人がいない状態で挟撃を受けてしまったというわけだ。

 

「ティアさんが寝ている間に事情聴取をしてみました。今までおとなしかった益獣が、あなたの村に近づいたとたん暴れだしたそうです。そして、周りにいた人間に襲い掛かり始めました。その場には戦闘員はいたものの、魔獣化したため対処不能だったそうです」

 

「どうして、村に連れ込んだ獣が暴れはじめましたか? それに、なぜ呼応するかのように村の北側の山に住んでいる獣も魔獣化したのですか?」

 

「すみません、現在調査中です」

 

そういわれ、黙るしかなかったティア。彼女の表情を見ても、これ以上情報を持っているように見えなかった。なにより、これまでの問答と顔を見るに誠実に答えているように彼は感じたのだ。その答えを聞いて、彼は情けなくなる。

 

結局はただの管理ミスだ。

村に来た女性のたった一つの管理ミスのせいで、俺たち力を持たない男性が多くの命を失った。なんてばからしい事件なんだ。

 

本当だったら、この人たちにわめき散らかしたい。あんたたちのせいで、俺の親は、家族は失ったんだと。それを言う資格はある……と脳の部分が言う。だが、それを言ったらすべてがおじゃんになると感覚が訴えていた。

 

そもそもの話、冷静になったティアはこの問題の本質は別のところにあると考え始めた。どうしてよく知りもしない女性に俺の命を預けるような真似をしたのかと。

 

 

世間一般的にはそれを命を預けているとは言わないだろう。本来なら、仲間同士で戦うときなどで命を預けるなどという。今回の状況はそれとはまったく異なる。

だが、結果的には命を預けたに等しい。

 

なぜなら、この女性……正確には女性たちがたった一つのミスをしたせいで、俺たちはみんな被害にあった。碌に戦う力を持っていないからやられてしまった。

もし自衛する手段があれば、ここまでやられることはなかったはずなのに。

 

それは間接的に彼女へ命を預けてしまっている。言い方を変えるなら、見知らぬ人に依存していた。女性に依存する生き方が嫌な自分が、だ。

だからこそ、彼は責めることができなかった。

 

沈黙したティアを見たメルクが申し訳なさそうに平身低頭でティアに接する。本来女性は男性にそこまでぺこぺこしない。それは長年によって培ってきた社会による常識によるものであり、それを当然のように持つサラは面白くなさそうな顔でメルクを見ている。

 

「本当にすみません。だからこそ、あなたにできる限り元通りの生活を保障したいと……」

 

「いえ、代わりに、俺に魔法を教えてください」

 

「! なぜですか? そんなに簡単に魔法を使えるようになるものではありません。言っては悪いですが、貴方の魔力は微少でとても実用できるほどではないです。また痛い目に合うぐらいでしたら、穏やかな日々を過ごした方が……」

 

ティアにとって安全を求めるのであれば、別の村に居住させてほしいと頼むことが最適。だが、あえてこのような提案をした。彼はこの一件で強い後悔を覚えたから。

 

自分にもっと強い力があれば、他人を守るだけの力があれば……そんな大層な望みでなくとも、自衛するだけの力があれば、ソロンは死ぬことはなかったのかもしれない。あくまでかもしれない、だがやり切った結果ではないため後悔しかない。

 

ティアからすると、自分にそんな余裕はなかった、という言い訳は通用しないと思っていた。その証拠は意味不明な知識の有用性だ。あの強力な鳥の獣に対しても有利に物事を運べた。ならば、強くなるためにこれを使っていればより大きな力をもたらしていたはずなのに、ということが理由だ。

 

もちろん、その仮定にはいろいろ無茶がある。まず一つ目はそもそもこの知識の中に強くなるための方法はない。どうやら平和な世界で住んでいたために、今回のような暴力沙汰はない。だが、強くなるための知識はないが、戦闘に使える能力は秘めていることはわかった。

 

二つ目は今まで異常による異物感を防ぐために封印していたはずなのに、今更使用したかったなんて馬鹿にもほどがある。だからこそ彼は吹っ切れた。異常感による恐怖よりも、自分の無力さに悩むことに比べれば何倍もマシだと。

 

以上の理由から、戦闘の才能がないという反論はティアにとって無意味だった。ないなら作る、それほどの覚悟を持っていた。

 

 

「問題ありません。もう、無力で苦しみたくないです! 魔力が少ないというのであれば他のもので補います。魔力なるものを多く持っている人以上に努力して強くなってみせます。俺も、貴方たちが見せたような神秘の力を扱いたいです。……お願いします!」

 

腰を九十度近く曲げて目の前の女性に頼み込む。

今のティアにはプライドを含めた今までのものを捨てる覚悟で行っている。

 

今回の襲撃の因果関係をほどくと、確かに商人や目の前のギルドの人が悪い。それは間違いない。

そんな人にどうして頭を下げなくてはいけないなんて思いもある。……これも、本来だったら持ち合わせていない感情だ。

 

ティアの今まで養ってきた価値観と行動ははっきり言って矛盾を起こしている。だが、それ以上に打算を見込んだ。この打算や冷静さは転生によって得られたものだろう。ただの五歳児だったら、こんなことを絶対しないのだから。その気持ちが通じたのか、メルクがため息をつきながら答えた。

 

「……はぁ、思い付きではないようですね。先生である私の言うことをすべて守ることができるのであれば、指導しましょう」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

こうして彼は進化の一歩を歩み始めた。




はい、いきなり文字数多くてごめんなさい。

次話で主人公がいきなり強くなって……という展開にはしません。きっちりと段階を踏みながら強くしていきたいと思います。よろしくお願いします。


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これから16時~18時に投稿します。よろしくお願いします。

主人公最弱タグが仕事をし始めます。


ティアが弟子入りしてから一か月が経過した。陽が上り始めた時、すでにキッチンに立っていた。慣れた手つきで包丁や火を用いて料理をし始める。出来上がったものは村では使えなかった卵や野菜をふんだんに使ったスープやトースト。

 

配膳するとタイミングよくサラ、少し遅れて先生のメルクがやってくる。サラはすでに外に出ていたようだが、メルクは寝間着姿であり視線からもまだ眠いというのが伝わる。そんな三人がテーブルを囲み食事を始めた。

 

その後食事を終えて片づけをすると、先生であるメルクが

 

「ティア、リハビリを初めて一週間となりますがそろそろ大丈夫ですか?」

 

「はい。そろそろ魔法の練習も行えると思えます」

 

さり気に……ではなく、露骨に魔法の練習をしたいとアピールしていた。なぜなら、弟子入りしてからまだ一度も魔法を習っていないからだ。

 

現に魔法とは何か、という概念的なことも習っていない。サラたちが戦ったときに見せた超人的な能力や白い弾が魔法だろう、というざっくりとした理解があるだけ。それが彼にとって相当不満だったわけである。

 

最初の三週間は仕方ないと割り切れた。なんせ、寝ている時間のほうが長かった。メルク先生曰く、「あの時会話できたことが奇跡です」というほどの重傷だったそうで、寝たり起きたりを繰り返してようやく立ち上がれるぐらいにはなった。

 

そんな病療の末立ち上がれた時は、ついに魔法を習うことができると張り切っていた。結論から言うと、そんなことは全くなかった。家の紹介や家事の役割分担の説明、およびその練習に丸ごと一週間費やした。

 

何故新参者の自分が家事を……と思ったティアだったが、その理由はすぐにわかった。なぜなら、二人とも劇的に家事が下手だったから。

 

最初こそは家事とかはメルクがやっていた。しかし、食事がそこらへんで取った果物をそのまま出すわ、まともに食器を洗わないため汚いわ、挙句の果てに臭いにおいのする服を着るなど家事とは何かを理解していなかった。

 

ちなみにサラはもっとひどいというのがメルク談。普通の料理が黒焦げの炭か生肉そのものだ。そんなもの料理とは言わない。片づけ洗濯などもってのほかで、よくそんなぐうたらで今まで生活できていたとティアに思わせたほどだがそれはともかく。

 

要は二人とも生活力皆無。二人の家事に不満しかなかったティアが家事を行う、という帰結になってしまった。おかげで生活水準は劇的に向上してこの一週間二人は満足した日々を送っていたが、彼にとってはそんなことは全く重要ではない。

 

以上の理由のせいで、家事を覚える方が忙しく魔法の勉強をするだけの時間が確保できなかったわけである。結局、この一週間は家事しかできなかったというわけだ。

 

ちなみにだが、例の剣についても没収された。

暇なときはあれの練習をして、戦闘力でも養おうというティアの目論見は破綻したわけだ。その理由は「今のあなたが使うとまた一か月近く寝込むから」とメルクは語る。

 

なんでも魔剣と言われるものらしく、自分の魔力を使って発動する剣らしい。だが、まともに魔力を使えない人が使うと、使ってはいけない魔力まで吸い取られて剣が発動するとのこと。

 

事実、ティアがあれだけ長い間寝込んだのも上の要因が原因だ。そのため、貴方が魔法をきちんと使えるようになるまで、私が預かっておくということだった。結果、訓練するものがなくなり手持ち無沙汰になった。

 

 

そういう理由もあり、この一週間苛立ちを順調に溜め続けていたティア。

早く魔法を教えろという催促を受けた彼女の表情はやれやれ、と呆れた表情へ切り替わっていた。その表情が再び苛立ちの貯金になる。

 

「私に魔法を教わるときの条件を覚えていますか? 私の言うことにきちんと従うように、と言いましたよね。今のあなたがやるべきことはその家事ですよ」

 

そういわれてうっ、と言葉を詰まらせていた。確かに一か月前にそういう約束をしたため、これについて文句を言う資格はない。

 

それでも停滞しているのが嫌だった。弱いままでいることに嫌悪感さえ覚えているティアからすると、生殺しだ。手を握りしめながら、必死にいいたいことを我慢しているとメルクが補足説明を加える。

 

「それに、家事をすることも修行の一環ですよ」

 

「え……? それはどういう理屈ですか?」

 

「簡単です。こうやって家事をしていると、体力がつくでしょう? 魔法を使うにはある程度体力が必要です。なので、今はあなたに家事をさせることで体力をつけさせています。

さ、これが終わったら食器洗いに洗濯、掃除、収穫等頑張ってください♪」

 

「……ふざけないでください! 俺を家政夫として雇うために弟子入りさせたのですか? これぐらいのことは村でもやっていました! もっとちゃんとした修行をしてください!」

 

メルクの無神経な発言と口調についに苛立ちを爆発させ怒りをぶつける。家事ごとき、自分が村にいた時もやっていた。やっていたが、あの獣に全く歯が立たなかったのだ。それは理屈が通らない。

 

もっと劇的に強くなる方法……とまではいわないものの、何をすればあの獣へ対抗できるようになるのか、より具体的には魔法について教わりたかった。それなのにこの仕打ちはあんまりだ。もっと、自分の成長を実感したいのだ。

 

 

まだ実質一週間しかたっていないのに成長したい、実感したいというのは正直短気と言わざるを得ないが、それだけ焦っているのだ。

そんなティアの様子を見てはぁ、とため息をつきながら先ほどの笑顔を消し、真剣なまなざしをティアへ向ける。

 

「体が未発達だからこそ無理な修行ではなくじっくりと体力をつけることが重要です。貴方の場合、年齢を重ねれば必ず魔法を使えるようになります。ですが、今のうちから難しいことをすれば最悪の場合一生戦えなくなります。それでもいいですか?」

 

「……ですが、あのサラさんは先生に修行をつけてもらっているじゃないですか? 俺と同じぐらいの体格にもかかわらず……だったら俺にもできるはずです!」

 

いきなり自分の名前が出てきたため、黒い瞳を細めてティアを見るサラ。自分を比較対象にするな、と言いたげな瞳だったが、そんな視線どころではなく前のめりになっていた。

 

確かに彼とサラの体格に大きな違いはない。確かにティアのほうが若干身長は小さいものの、大きな差とはいえない。その理屈にメルクはふむ、とその白い顔に手を当てる。すると、すぐに手と手を合わせて笑顔でティアを見た。

 

「そこまで言うならティア、あなたに課題を出します。今日からサラの走り込みについていきなさい」

 

そんな突拍子もない提案は、とどろく声を響き渡せた。

 

「全く、どうしてこんなことに……」

 

そうぶつぶつ言いながら、体操を行うサラ。あの後、彼女は先生であるメルクに何度も抗議をした。まず、ティアには自分の走り込みについていけるだけの体力はないと。

すると、

 

「あなたがティアに合わせなさい。魔法を使用せずに全力で走らなければいい塩梅になるはず」

 

そんなことを先生から言われて冗談ではないと思った。

彼女からすると、どうして自分の修行のレベルを下げなければいけないのか。この走り込みも修行の一環であり、他人に教えるものではない。

 

それを先生に伝え、何度も反論したが返される言葉は「これもよい修行です」だとか、「将来役に立つ」だの意味不明な言葉しか来なかった。

 

サラもメルクに師事している。だからこそ、メルクの指示には逆らえなかった。今まで無駄だった指示はなく、的確に実力を伸ばす教えばかり。だからこそサラからすると、その教えに逆らえなかったわけである。

 

目の前の少年へ視線を移すと、それに倣って体操をしている。当然ながら、彼に魔法を使っているわけでもなく、魔法が見えているわけでもない。そして、彼が保有していると思われる魔力もほとんど感じられない。

 

はっきり言って教える価値もないとサラは何度も思った。だからこそ関わり合いにならなかったが、今回お鉢が回ってきたのだから何もしないわけにもいかない。

 

ランニングコースは、丘の上にある家から森の中。メルクが他の町へ行くときに使う道を使って、坂道を降りたり登ったりするコースだ。直線距離にすると三キロメートル。とても五歳児に走らせるコースではないが、サラは毎日走っていた。

 

だが、今回はティアがいる。多少走る速度を落とさないと……と計算を立てるサラ。ため息をついた後に、とりあえず後ろを振り向き声をかけることにした。

 

 

 

「じゃあ、走るわよ。私の後ろについてきなさい」

 

その言葉がスタートとなる。少し遅れてティアがサラの方へ向くと、すでにサラは遠くへ走っていた。その距離は五メートルを超えている。つまり、あの言葉の後ですでに五メートルも走ったということだ。

 

ひとまずはその距離を詰めようと考えたティアはその足を動かし始める。最初は走り込み、ということもあってマラソンのように持久力を考慮した走り方。だが追いつくどころかむしろ距離が離れ、その姿がどんどん小さくなっている。

 

まずい。

その思いから、自身のギアを一気に上げハイギアへ切り替える。それはすなわち、今の自分の出せる全速力。この後のことを一切考えず、とりあえず追いつくことを目的としたペース配分に切り替えた。

 

しかしそこまでやっても引き離されることはないが、追いつける気配がない。つまり彼女はそれと同じくらいの速さで走っているということである。

 

そんなハイペースで走ったせいか、彼の呼吸がすぐに荒くなり、筋肉におもりがついたように足が動かなくなる。体が左右へぐらつき、まっすぐ走ることができない。こんなにペースが速ければ目の前の彼女も同じのはずだ、と思い下ではなく前を向くと……体の軸が全くぶれていなかった。

 

その姿に立ち止まってしまった。

彼女にとって、この速度は呼吸が荒くなるほどのものではなくランニングと同じ程度ということ。それを知ってしまったとき自然と足が止まってしまった。

 

これ以上頑張っても、彼女に追いつけない。そんな声が再び聞こえてきた。ここまで力の差が歴然という事実に心に負荷がかかる。だが、すぐに持ち直す。自分もあれだけ強くなりたい。ならば、あれと同じくらいの速度を出さなくてはいけない。

 

どうやって?

よりよい走り方? そんなものは勉強していない。

魔法? まだ教えてもらっていない。それに使い方がわからない。

 

そこまで頭を回したティアは、ふと脆弱さに気づいた。今、自分は何を考えた? 他人に教えてもらっていないから、魔法が使えない?

それは事実だが、それに納得できるのか? 目標に手が届かない理由にしてよいのか?

 

そんな考えでは村にいた時と変わらない。自分に力がないから、友達が死んでも仕方ないのか。ソロンを一人死地に置くことも仕方ないのか。

違うだろ。

 

そんな惰弱な自分が嫌だから、頭を下げたくない相手にも下げた。プライドを殺してまで決意した。ならば、他人に教えてもらわなければ強くなれないという思考は捨てろ。自身で貪欲に追い求め、そのうえで他人に頼れ。

 

であれば、今自分がやることは何か。

 

ソロンの言葉が自分の中で反芻する。彼の強さというのは、与えられた状況下で必死に努力することを強さと呼んだ。ならば、自分もそれを実践すべきだ。

 

彼女に追いつけないと嘆くよりも、仕方ないとあきらめるよりも、可能不可能を問わず今の自分にできることを精一杯にやること。

ならばもうやることは決まっているだろう?

 

そんな決心をしたティアの行動は早かった。止まった足を再び動かし始め、前へ前へと追いすがる。そして、再び大きく深呼吸をし始める。

今空間に漂っている空気すべてを吸い込むつもりで、口を大きく広げた呼吸。

 

補給される空気の量が多すぎたのか、下を向いて咳ごもる。だが、再び同じように大きく口を開く。今度は走りながら。胸中も横腹も痛むが足が軽くなった気がする。先ほどの動作で疲労が回復したような錯覚に再び陥った。

 

事実、彼の足は先ほどまでは重りをつけたがごとくのろのろとしていた。しかし、呼吸を繰り返すことでその足は最初と軽やかに動き出す。そして、地面をしっかり蹴って前へと進み始めた。

 

不思議と彼の顔には笑顔が浮かび上がっていた。本来体力は既になく、無茶な呼吸の体勢をしながら走っている。走るのがつらいはずなのに、彼の表情にそんなそぶりは全くない。

ただ体が軽いことに、限界をこえたことに喜びを覚えていた。

 

なんだ、やればできるじゃん。

あれだけ弱かった自分も、これだけ動けるじゃないか。村にいた時よりも体の軽いティアはそのように調子に乗っていた。

 

目の前にサラの後姿が目に入ることで、余計にティアは調子に乗る。この状態のティアとサラを比べるならティアのほうが速かった。

先ほどまでは距離がどんどん広まっていくだけの徒競走だったが、ようやく勝負になった。

それに含み笑いをするティア。

 

実際のところは別に追いついたからと言ってティアが強くなったとは限らない。これで測れるのはせいぜい足の速さぐらいのもので、それが強さと結びつくわけではない。

 

そもそも、サラは本気を出していない。ティアに合わせるように走れと指示されたため、少し遅めに走っているだけである。こんな彼女に勝てたからと言って強くなったといえないのだ。

 

そんな理屈を抜きにして、ティアはどうしてもさらに追いつきたかった。

その理由は二つある。

 

一つ目は単純にサラへ嫉妬していたから。自分と同年代なのにあれだけ強いサラへ勝ちたい。少なくともこの走り込みで勝てるようになりたいという単純な感情の発露による。

 

二つ目は打算的なもので、この走り込みに勝てたら先生に魔法の修行をつけてもらえるのではないかという理由。自分よりも速いサラに勝てたら、修行をつけない理由がなくなると思ったからである。

 

そんな浅薄というには打算的であり、理論的というには穴が多い信念を持ったティアがサラめがけて走っている。そんな鬼気迫った雰囲気をまとうティアが後ろにいるためか、サラが走りながらそちらを振り向いた。

 

ティアが彼女へ獰猛な笑みを浮かべるが、サラは打って変わって驚いた表情を浮かべる。なるほど、自分が来たことに驚いた、と一人納得するティアだったが全く違う声が聞こえてきた。

 

「いったん止まりなさい! そのままだと吹っ飛ぶわよ!?」

 

しかしその声が聞いたタイミングが遅かったのか、それとも判断力が低下していたのか。彼は速度を落とせなかった。その結果、道にまで侵食している大きな木の根が足に引っかかり、とんでもない速度で宙へ浮かび、そして明後日の方向へ地面にダイビングすることとなった。

 

 

地面へダイビングした後に顔や全身から痛みが漏れる。

基本的に転ぶ時というのは速度が出ていれば出ているほど勢いが出る。今回のティアは出したことのない速度だったため、擦り傷というには相当大きな傷であった。

 

幸いにも顔に傷はなかったものの、足を強く痛めたこともあり全く動かなかった。そのため、地面を這いつくばるように大樹の下へ移動し寄りかかろうとする。

そんなティアへ背筋の凍るような鳴き声がした。

 

その方向を振り向くと子供ぐらいの小さな体格だが、犬と呼ぶには立派な牙を持った獣がティアのほうを見ていた。

 




主人公が弱すぎてイライラするかもしれませんが、魔法の訓練を積んでいない五歳児なんてこんなものだと納得していただけると幸いです。ここから徐々に強くなっていきます。

何か質問、意見、感想等あれば感想欄にてお願いします。


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適性

遅れてすみません、五話目です。
ちょっとボリューミーですが、よろしくお願いします。


そんな小さな体格をした犬がティアへ襲い掛かる。持っている体力のすべてを使って、無理やり腕を使って回避する。視界から外れたため、牙が空振り一瞬周りをキョロキョロする獣だったが、すぐに見つけた。

 

そんな光景をとらえながらも、ティアの脳内は別のところへ飛んで行った。どうしてこんなことになったのだろう、という思考。まだここに来たばかりということもあるから、周辺の地域を知らない。

 

とはいえ、村のような安全地帯だと思っていたからこそ獣なんていないと高をくくっていたわけだが、そういうわけでもなかった。

 

実際はこんな小型の獣ぐらいはどこにでもいる。それこそ村の中にでも。彼らが襲い掛かってこない理由は人になついているから、というのもあるが自分の力がかなわないからというものもある。

 

この獣も本来だったらそういうものだった。たまたまティアのことを芳しい香りのする獲物だと認識したから襲い掛かった。どうやら彼は獣に好まれる体質でもあるのかもしれない。

 

とはいえ、今の満身創痍の彼ではこの場から逃げるのも難しい。ここにきて体力の過剰消費が体に響いてきた。

 

そも、今まで走ることができた理由は彼が呼吸による興奮状態の賜物である。本来は足の疲労が溜まったせいで足を止めたのだ。しかし、あの無茶な呼吸をしたおかげか足が軽くなったティアは、体の不調を無視して走り出してしまった。

 

だが、転んだ時の痛みによって興奮状態が覚めてしまった。そして、次に覚えたのは途方もない疲労感。動くことはできるが、立ち上がることはできない。

 

もう一度呼吸をして同じような状態になろうと、急いで先ほどのような呼吸をしようとする。だが、何度やってもむせるだけでやればやるほど体内から空気が漏れていくような気さえする。

 

目の前には獣。後ろには大樹。

逃げ場を失ってしまった。

幾度も立ち上がろうとしたが、肉体疲労が激しい。

 

しまいには脇腹部分がねじれるように痛みはじめ、呼吸さえまともにできない。痛みと呼吸困難によって、頭がもうろうとしたその時。自身の身体がふわりと浮かんだ。

 

「もう、ただ走りこむだけでどうしてこんな厄介ごとが舞い込んでくるのよ!」

 

いら立ちを隠さないサラの声がティアの耳へ届く。気づけば太ももと胴体の部分が支えられた。すなわち、サラがおぶっていた。

 

身体を彼女へゆだねていると、自らの身体に異変が起きた。なんと、彼女の身体から何かが自らの身体へ入り込んできた。無形物だが、これを使えば再び足や手を動かせるもの。

 

ティアはこの感触を嫌でも体が覚えていた。頭で忘れていても、体は忘れられない。

思い出すは、友達のカタを見殺しにした時。彼へ自分は手を伸ばしてつかんだ時、同じような無形物が自らの身体へ入り込んできた。それと同じ現象が今の状態でも起きている。

 

だからこそ支えられている手を外そうとする……が思った以上に力が強く、不可能であった。むしろ、固定が外れると思ったのかよりしっかりつかまれる結果に終わる。

 

「あんた! 今運んでいるから邪魔をしないで頂戴」

 

「手を離せ……俺に触れると、あんたまで殺してしまう……」

 

「うるさい! 黙っておぶわれていなさい!」

 

そういいながら、ティアの手を自らの首元へ近づけ固定する。絶対に離す気はないようだ。このおんぶされる感覚になつかしさを覚えながら、彼は夢の世界へと旅立った。

 

 

気が付くと、ここ数日で不自然さを感じなく始めた天井が目に映る。最初見た時は見知らぬ天井だったが、人の順応速度は速い。あるいは実質一か月もこの天井を見ているからかもしれぬが。

 

体を起こそうとしても、全く動かない。どこか既視感のある状況だ、とティア自身が思ったところに横から高い声が聞こえてきた。

 

「ここは貴方の部屋です。倒れたと聞いて、ここで看病していましたが無事でよかったです」

 

「メルク先生……あれ、サラさんは?」

 

「あなたを負ぶってここまで連れてきた後、看病していましたよ。私に事情説明した後は自分の部屋に戻りましたが」

 

メルクは本を置きティアの額に手を当てる。疲労した体からすうと、冷たい手が無性に気持ちよかった。

 

「熱はないそうです。ただの魔力消耗でよかったです。しかし、事情は聞きましたがまさかサラに追いつくために魔法を使うとは……私としても予想外です」

 

「……ごめんなさい。体力もない癖に、無茶なことを言ったせいで迷惑をおかけしました」

 

「全くです。この走り込みの目標は何ですか? 走って体力をつけることです。一度もサラを追い越せなんて私は言っていません。ヤレヤレって感じです」

 

メルクがここぞといわんばかりにティアを責める。

そんな正論にシュンとして再び謝ると、メルクは少し慌てた様子で説明する。

 

「ああ、ごめんなさい、冗談です。私がいつもの癖で説明を省いたことも原因です。それにサラが貴方を置いていくような走り方をするのも予想外でした。私がきちんと指示しなかったのが悪いので、そんなに謝らなくていいですよ。

 

……ただ、今回の反省点としてマクロな目を養うよう意識してください」

 

マクロな目という聞きなれない単語を聞いたため、ティアがそれをオウム返しすると

 

「要するに、どんな目標のために今努力しているのかを明確にすることです。例えば今回のことでしたら、体力を増やすためのトレーニングです。この目的にサラは関係しませんよね?」

 

ティアを諭すような説明を始める。それについて頷きはするものの、まるで頭に疑問符を浮かべたような状態。それについて聞いてみると、

 

「先生、なぜ体力が増えると魔法が使えるようになるのですか? さっきの話からすると、体力と魔力は別物のように思いましたが」

 

「……そうでしたね、今まで魔法について勉強していなかったのですね。そうなると、早めに座学に入りますか」

 

「座学ですか?」

 

「ええ、予定よりもずいぶん早いですが魔法について教えます。そこで体力と魔力の違いを教えます。あと、体力を増やすことで魔力が増える理由についても述べます。おそらく、貴方は理由を持って取り組む方がしっかりやってくれそうですし」

 

本来であればティアに魔法を教えるのはもっと後の予定だった。具体的には魔法を教えるに値するという段階ぐらいから、座学と実践を一緒に行う予定である。しかし、ここで問題が生じたのだ。

 

彼女はマクロな目の形成を目標に指導している。きちんと目標を理解したうえで努力しなければ形にならないからだ。そのために生徒たちに考えさせて行動させる傾向にある。

 

そしてティアにも同じようなことをした結果、今回のような事態を招いた。いろいろ予想外な点もあったわけだが、一番の理由はきちんと目標を理解させていないのに修練をさせてしまったからだ。

 

そもそもの話、普通の子供であれば幼少期から走ることで魔力が増える、というのは一種の常識になっている。もちろんそれは正しい常識だが、肝心のティアにそれがない。だからこそ走ることに意味を見出せず、追い抜くという別の次元の話になってしまった。

 

きちんと魔法について理解させなければ、別のことをさせても一人で勝手に理由を見出しそして変な方向に努力を始めてしまう。その個性自体は好ましいものだが、今の段階では悪手にしかならない。

 

 

だからこそ、座学のタイミングを速めることにした。理解さえすれば目を離しているうちにも成長するだろうという意味も込めて。

後はもう一つの問題についても言及する。

 

「後、貴方の呼吸のやり方にも問題があります。ただ、これは理屈で分かっても誰かがそばにいないとわかりづらいでしょうから……。仕方ない、私が一週間に一回指導します」

 

「え!? いいのですか? やった!」

 

「ただし、教えることは魔法ではありません。呼吸法です。正しい呼吸を身につけなければ、また今回のような事態になりかねませんから」

 

魔法にとって呼吸というのは非常に重要である。なぜかというと、魔法を使うのに空気……厳密にいえばちょっと違うが、とりあえずそれが必要になるからだ。とはいえ、それは現実世界でいうスポーツでも同じ。

 

要するに呼吸が変な体勢、またはやり方では、体力を無駄に消耗し余分なコストを消費してしまう。だからこそ今のうちに強制しなければならないという判断の元である。

 

そんなことをつゆ知らず、先生からようやく直接指導を受けられることに喜びを見せていたティア。実際は受けられるというより受けなければいけないのだが、それを知る余地は今の彼になかった。

 

「っと、その前にあなたにはやってもらいたいことがあります。それが適性試験です。魔法を教える前に、貴方に適性があるのかを調べるものです。試験内容は現地で話します」

 

その言葉を聞いたとたんに彼は固まった。適性試験。

まだ大して勉強もしていないのに試験。

今の状況で受かるとは到底思えない。

 

「いつからその試験を行いますか?」

 

「あなたが治ったらすぐ行います。もちろん、治療中は勉強とかは禁止ですよ。この試験は勉強しても意味がないものですし」

 

そういってメルクは出ていった。どうしよう、どうしようと気が気でないティアだったが、徐々に頭が働かなくなり、眠りについてしまった。

 

そうして一週間後。

ついに体が全快してしまった。

試験対策をやろうにも全く本を読ませてもらえず、何も対策をしていない状態で試験へ挑むこととなる。

 

試験というのは現時点の実力を問うものである。だが、そもそもの話、この一か月強で何か成長できたかと言われると否。少なくとも目に見えて成長したものはない。

 

なんせこの一か月強の間、一か月近くは寝込んでおり残りの日数は家事を勉強したぐらいである。そんなので何を修行したのかという話だ。

ティアもそれを根拠にして反論したが全く受け付けてもらえなかった。

 

「別にあなたが成長した、成長していないは合格に関係ありません。たとえあなたがこの期間バリバリに修行したとしても、落とすときは落とします。

だからこの試験で問うのはあなたの本能についてです。本当に魔法師に向いているかのね」

 

この返答の一点張りだった。ちなみにサラへ聞いてみようと思ったティアだったが、この一週間目も合わすことがなかった。よって全くの情報なしという状態である。

 

そして集まったのは修行場。

周りは木々に囲まれているが、この広場は半径十メートル程度のの真っ新な地面しかない。ぽっかりと空いた穴のような場所である。そこに二人が対面している。

 

「では試験の説明をします。私と闘ってください。その戦闘内容、判断を採点します。ただし、ここから外に出てはいけません。具体的には、森の中へ入ることを禁じます。それ以外であれば、何をしてもかまいません。説明は以上ですが何か質問はありますか?」

 

「……え? その採点基準とか何をしたら合格か、ということも教えてくれないのですか?」

 

「そうですね、それを教えたら試験になりませんので。貴方の判断を試す試験ですから。……まあ、一つ言えば、私に攻撃するのはお勧めしませんよ」

 

「???」

 

そんな意味不明なヒントを提示するメルク。

闘うことが試験なのに、攻撃しないことがおすすめというのはどういうことだろうか。もしかしてなぞかけの試練なのか、なんて変な方向に思考がずれるティア。

 

この試験は何を問うているのか、等々考えているとメルクから試験はじめという合図が聞こえた。その瞬間、立つことができなくなり尻もちをついてしまった。

 

その理由は、目の前の人物から放たれるものが明らかに生物としての格が異なるものだったから。そして、今まで相対した中でもトップクラスの気配。

自分が何をしても絶対にかなわないと思わせるには十分な密度だった。

 

人は常々気配なるものを発している。だからこそ、視認せずとも何となく人がいるとわかる。そして、その気配というのは感情で左右される。喜びの場合はそれ相応の気配を持ち、怒りの時は周りの人にもそれが伝わる。

 

メルクはその気配を人為的に操作した。言うなれば、闘気。

目の前の敵を全力で攻撃するという感情に他ならない。それを察知した彼は、急いで立ち上がり全力で逃げ出した。

 

最近無茶ばかりやっているティアだが、生物としての本能は割と強い。でなければ、村の襲撃で強い魔獣と出会ったときにソロンやカタを置いていって一人で逃げたりはしない。理性が本能を超越したときは無茶をしでかすが、本能が訴えているときは別。

 

そんな背中を見た瞬間追いかけるメルク。ティアを追い抜いた瞬間突風が舞い、その先には再び若草色のローブがあった。逃げ場を一瞬でふさいでしまうほどの速さ。

つまり、遊びはなし。

 

追い詰められた彼が行った行動は、迫る先生の姿へ地面にある砂を蹴って土ぼこりを発生させた。先生がそれに戸惑っている隙に再び反対側へ逃げ始める。

汚い戦法であるが、割と効果があり数秒間足を止めることに成功した。

 

だが、そんな数秒はあっという間に消えた。

少し逃げたと思ったら、頭に一撃をもらい地面に衝突するティア。

もっと逃げなきゃ……なんて思っていたが、すぐに気を失ってしまった。

 

「ア、ティア! 大丈夫ですか、ティア!?」

 

そんな高い声に呼応して瞼が開いていく。若草色のローブと年齢がわからない若々しい顔が真っ先に目に入る。そこには先ほどのような敵対する相手へ向けるような禍々しい気配はなかった。

 

「あ、起きましたね。良かった。ごめんなさい、ちょっと強くやりすぎちゃったようで」

 

「えっと……負けちゃった……。先生、俺って不合格ですか!?」

 

「まあ、ちょっと待ちなさい。まだ試験中です。これからあなたに二つの質問をします。一つ目、貴方は前世の存在を信じますか?」

 

そんな訳の分からない質問をされて一瞬フリーズするティア。

なにせ試験の中なのに、いきなり宗教の勧誘のような質問をされた。文脈も意味不明であり、正直気味が悪かった。

 

あまり常識のないティアだったが、一応ソロンから教育は受けている。具体的には「変な勧誘に乗っかってはいけない」というものだ。

そして、今がその変な勧誘であった。

 

先生から徐々に距離を取っていくティア。それを見て焦ったのか、先生はいいから早く答えてください、とせかし始める。正直、ふざけるなと言いたいところだが何とか我慢して

 

「よくわからないけど、信じる人の中にはあるんじゃないですか。宗教なんてそんなものですよ」

 

中立というか、どっちつかずの返答を聞いてメルクは一瞬眉を顰めるものの、すぐにため息をついてですよねぇ、と独り言をつぶやいた。だったら聞くな、と思ったが口に出さないだけの分別はあった。短気のティアにしては頑張ったといえる。

 

「二つ目、私と闘うときにあなたはずっと逃げていましたが、その理由は何ですか?」

 

「そんなの決まっています。今の自分では絶対に勝てない存在だと思ったからです。そういう相手と戦う趣味はありません」

 

その返答を聞いて、大きく頷いた。

なにやら納得したようなそぶりなものの、ティアのほうは全く納得していない。そのため再び距離を取り始めていたが、彼女が手をパンパンと叩くといったん止まった。

 

「試験は終了です。まず、こんな質問をした理由について説明します。一つ目ですが、これはあなたが転生者か否か、のチェックでした。五歳児にしては異様な賢さが感じられるため、転生者かどうか鎌をかけてみましたが外れでした」

 

転生者、という単語を聞いてビクッとするティア。正直な話、単語の意味ぐらいしか分からない。その意味もこの世界から知ったものではなく、物心ついた時に持っていたよくわからない知識から知ったものである。そんな反応を気にせず彼女は話し続ける。

 

「あなたが転生者でしたら適性試験を終了させ教会に行ってもらうつもりでした。そこで転生者専門の教育を積んでもらう、という感じです」

 

「専門ってどういう感じですか?」

 

「私も正直噂でしか知らないですが、転生者にしかできないことをやってもらうとか、転生者限定の食事がある等ですかね。なんだか味覚が違うらしいので」

 

なんだそれ、ずるいというのが率直な感想だった。

価値観や味覚はこの世界据え置きの物のため、食事に困ったことはない。だがその知識の中にはおいしそうな食事がたくさんある。

 

言い方は悪いが、質素な食事しかしていないティアにとっては、この食べ物たちは宝物のように思えた。とはいえ、嫉妬の心は沸いてもそれだけで終わった。教会に行けば食えるかということを頭の片隅でメモするのみである。

 

ぶっちゃけ、そんなにおいしいものを食べたことのない彼からすると食に興味はあっても執着まではしない。異世界の知識があるだけの少年の価値観なんぞそんなものだ。

 

「それで二つ目についてですが、これが合格の決め手ですね。

貴方がきちんと本能で私と闘うべきではない、と理解した行動をとっていたため適性があると判断しました」

 

「……? どうして、先生から逃げたら魔法の適性があるとみなされますか?」

 

普通ならば、逃げるということは恥。

特にソロンを置いて逃げたティアからすれば、今回の行為も恥ずべき行為だった。しかし、それが逆に評価されている。

 

「その理由は単純です。魔法師になると自分よりも強い魔獣に遭遇することはしょっちゅうあります。その時に魔法師が行うことはただ一つ。その場から逃げること。魔法師が全滅すれば情報ゼロですが、生き残ればその人たちよりも強い人が討伐してくれます。

 

だから、貴方をテストしました。てっきり攻撃してくるかなーなんて思っていましたが、まさか一目散に逃げるとは思いもしなかったです。

そういう意味で、貴方には才能が有りますよ。自分の実力をしっかり理解しているという意味でね」

 

そんなフォローをされても彼の胸中はモヤモヤしていた。逃げることなど、だれだってできるだろう。それを評価されても困る……というのが現状だ。とはいえ、これから修行をつけてもらえる、それだけでも徐々に実感がわいてくる。

 

「まあ、逃げることを覚えたらあとは強くなるだけです。逃げれば少なくとも時間は生まれます。その時間内にまた強くなれば良いのですよ。では来週からビシバシ行きますから頑張りましょう」

 

「はい! ぜひともお願いします!」

 

と頭を下げてお礼を言った。こうして、ようやく適性試験が終わるのであった。

 




一応補足です。
主人公は「物心ついたときから異世界の知識と価値観を持っているだけの少年」です。そして、今までそれを抑圧した分、この異世界の知識を客観視することができています。
要するに自分が異常だとは知っているというわけですね。

よろしくお願いします。


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基礎の基礎

突っ込みを受けたため、少し捕捉します。

登場人物の行動が年齢にそぐわないといわれ、つい納得してしまいました。

なぜかを説明すると、メルクはティアとサラのことを実年齢よりも精神が成長している、と判断したからああいう態度をとっています。

ティアに関しては言動から察することはできると思いますが、サラに関しては少し後で説明しようと思います。

ちゃんと理由はありますが、文章構成の面でご迷惑をかけてすみません。


あの適性試験から一週間後。先生がいない間にも走り込みをしながら待っていたが、ようやく授業の日々がやってきた。家にある部屋に集まりながらメルクが前に立って説明を始める。

 

「今日の議題はそもそも魔法とは何かについてです。ティア、貴方はどういうものだと思いますか?」

 

「え……自分の身体を強化や、炎を出す……とか?」

 

曖昧な答えを返していた。それもそのはずで、なんせ魔法っぽいものを見たのはあの襲撃の時のみである。後は例の異世界知識から引っ張ってきたもの。

そんな答えにうんうんと頷きながら、サラのほうへ振っていく。

 

「それだけでは不十分ですね。では先ほどため息をついたサラ」

 

「はい、体外にある魔法の源を体内へ吸い込み、それを素に起こす現象です」

 

ティアと異なり、比較的具体性の高い解答をしたがその回答もメルクはうんうんと、したり顔で頷いていた。

 

「サラはよく高等教育向けの教科書を読んで勉強しましたね。ですが、せっかくなので正しい意味について説明したのちに、どういうことができるかを話します。もっと深いところまで説明しますね」

 

と笑顔のままで話し始めるメルク。その表情を見たとたんに嫌がるような顔をするサラであったが、彼女は気にせずに話し始める。

 

「まず、サラの言うとおり空気に魔法の素となる物質があります。これを魔素と言います。私たちが魔法を使うときは、この魔素が必要です。この魔素を補給する方法は主に呼吸です。口呼吸、および皮膚呼吸などですね」

 

いきなり専門用語のオンパレードであったが、要は現代世界で例えると酸素と似たようなものである。体内に酸素が不足するため呼吸を行うことと同様、体内に魔素がないから補給をしないといけないということだ。

 

そんな感じに換言しながらティアが説明をメモしていく。本来五歳児に呼吸の種類やら話しても通じないのだが、異世界知識が初めて役に立っていた。

 

「体内に取り入れられた魔素は魔臓という場所に集められます。しかし魔法に利用するためにはそれに適した形に変換する必要があります。この適した形にするのには当然仕事をしなければなりません。

 

この仕事はどこからやってくるかというと、食事などで確保できるエネルギー、総称生命エネルギーです」

 

エネルギーというのは仕事をする能力と定義される。そして、魔素を体内でも使えるような形にするにはエネルギーが必要である。もし魔素そのものが魔法として使えたら、今頃空気中に魔法が発動している。そういう理由あってのこと。

まだまだ説明は続いていく。

 

「適した形というのがポイントです。実は人それぞれによって適した形は異なります。例えば三角形が適した形の人もいれば、球状が適した形という人もいるとイメージしてください。

 

そのため、同じ魔法だったとしても性能や燃費が大きく変わるわけです。この魔法を使うための形になった魔素のことを魔子と言います」

 

その魔子というのは体内で合成するため、個々人によって形状や性質が大きく異なる。これも具体例を挙げるならDNAと似ている。人を構成する物質は似たようなもので、それを生成するものの一部はDNAだがティアやサラの顔は全く異なる。それと同じようなものだ。

 

ここまでの話が長い、というよりいきなり未知の単語が大量に出てきたため、混乱しているティアへ補足説明を加えた。

 

「要は空気に魔素、それを取り込んで魔子になると覚えてください。その魔子の集合体を魔力と言います。」

 

「あれ? それだと魔法は物質的なものですか?」

 

「ティア、良い質問です。例えば炎の魔法を使ってみます」

 

そして掌から小さな炎を出す。小指程度の大きさでユラユラと揺れているが、手を大きく横や縦に動かす、あるいは回転させてもその炎は掌の上に残り続けていた。

 

「今私の掌から魔子を放出しました。もしこれが物質でないとすれば、今の動きの途中で炎は消えるか別の場所に移るはずです。しかし、実際は物質特有の動きをした。これは魔法によって作ったものが物質であることの証明の一つです」

 

ティアはへーなんて思っているが、実は異世界知識とここが大きく異なる部分であったりする。異世界知識によると炎というのは現象だ。具体的には酸素と燃えるものと温度の三つが必要となる。

 

だが、この世界にとって炎は物質。実際に魔法によって生み出されたものが力学的条件を満たすということも実験済みである。とはいえ知識はあってもそもそも理解できていない彼からすると、それぐらいしか反応ができないわけである。

 

感心しているティアの姿を見ながら、次の話へと移っていく。次は魔力でできることについての説明である。

 

「魔力によってできることは大きく分けて二つあります。一つ目はモノを作ることができます。もう少し詳しく言うと、私たちがイメージしたものを魔法で作れます。例えば、先ほどの火も私がイメージしたから作ることができたわけです。

 

そして二つ目は私たちの身体能力を上昇させることです。この魔力が女性のほうが多いといわれているから、今では社会の中枢を女性が握っているわけです。

これも試してみましょう。少し外に出ますよ」

 

三人は修行場へと向かう。向かった先には、おあつらえ向きなメルクと同じくらいの岩があった。彼女がその岩に触るよう指示を出されたため、実際に近づき触ってみるティア。その感想はごつごつしており硬い。本物の岩であることに間違いないことを確かめる。

 

そんな大きな岩を前に先生が再び立つ。少し溜めた後、実際に岩を右拳で殴りかかった。いきなり何をすると思って目をつぶるティアだが、その直後にバンと大きな音が鳴り響いた。

恐る恐る目を開けると……目の前には粉々となった岩を背後にしている先生の姿。

 

「これが魔力の恩恵です。実はこれぐらいのことなら、サラでもできてしまいます。力だけでなく、反射や脳の活性など身体にかかわるあらゆる能力を魔力によって向上することができてしまうわけです。

 

だからこそ、魔力が少ない男性と多い女性では差ができてしまったわけです。それはさておき、教室に戻りましょうか」

 

そんな粉々の岩を見て、あんな細い体なのにすごいという感想とともに、自分もこれぐらいできるようになりたいとむしろ燃え上がっていた。言外に男には厳しいといわれているにもかかわらず。単純な男である。

 

なお、これは余談だがメルクは魔力でできることを二つに分けたが、厳密には一つである。それは身体能力上昇も結果的には魔力という物質による作用によるからだ。

 

そもそも筋肉は物質によるエネルギー補充がなくては動かない。それと同様である。実際は潜筋という表には出てこない筋肉を魔力で活性化させている。だから華奢な体格なのにあれだけの力を出せるわけだ。

 

ちなみに他の脳や反射も理屈は異なるが、やはりエネルギー物質なくして動かない。言うなれば、魔力で元からできることをさらにブーストをかけているという現象に等しい。

つまり、魔法が使えなくては素の能力に大きな差が出てしまうわけだ。

 

 

そんなことはともかく、教室に戻った三人。

今までの話を統括しつつ、何か質問がないかを聞くとティアから手が上がった。

 

「結局、魔力と体力の違いってなんですか? 後、どうして走りこむと魔力が増えるのですか?」

 

先ほど魔力という新しい概念を提示されたが、結局体力との違いが良くわからなかった。しいて言うなら体力の上位互換的存在が魔力なのか、という違いだがそれならば走りこむ必要はない。

 

ついでに言えば、先生が体力と魔力を意識的に分けている所も気になっている。短い付き合いだが、この先生はきちんと言葉の意味を分けるタイプだと思っていた。だからこそ、何か意味があるのではないかという質問だった。

 

「生命エネルギーの話は覚えていますか? 生命エネルギーもそのままの形では使えません。なので、エネルギーをそれぞれ適した形にする必要があります。その形が体力と魔力です。同じエネルギーでも扱いやすさに差があります。

 

実は千年ぐらい前に、魔力に関して非常に扱いがうまい人がいました。その人が魔力の扱い方を体系化したため技術が発達したとされています」

 

魔力にも体力にも規格というものがある。例えば魔力を生成する魔臓は基本的に体力で動くが、急に多量ほしくなった時は魔力で動かすといった感じである。その二つを両立して生き物は生活している。

 

本来ならその二つに優劣はなかった。だが魔法の使い方について体系化したため、魔力の扱い方が発展してしまった。その一方体力については研究が進んでいない。だからこそ、魔力を多く持つ女性のほうが有利なのだ。

 

「そして二つ目の質問である体力と魔力の関係ですが、この二つの素となるものは同じです。そのため、どちらか片方を鍛えればもう片方も向上するわけです」

 

「でも先生。その理屈だったら男性でも多くの魔力を扱えませんか? むしろ、男性のほうが体力を鍛える素地がある以上、有利になりませんか?」

 

どうしてこんな質問をしたのかというと、今までの話と知識から男性のほうが体力は多いと予想した。すると男性は初期能力が多いため鍛えやすいという理屈から、女性よりも魔力が鍛えられるはず。その質問にメルクは驚きながら答える。

 

「いい着眼点ですね。筋が通った意見ですが、実際は異なります。実は男性よりも女性のほうが生まれ持っている魔力も、保有できる魔力も、ついでに言えば上昇量も多いといわれています。だから女性のほうが台頭しています」

 

この話を聞いてティアを大きく顔を歪める。

ずるい。要するに、女性に生まれた時点で大幅に能力に差が出てしまうのだ。

その後の特訓でも差が改善されるばかりか、むしろ広まってしまう。理不尽極まりない。

 

「その魔力をより多く保有するためにはどうしたらいいでしょうか?」

 

「いい質問ですね! では魔力についてもう一度おさらいを……」

 

ティアが魔力について質問したとたんメルクの目が輝き始め、先ほどまで十分早口だったにもかかわらずより早口になる。そんな様子にげんなりしたサラがティアへ耳打ちする。

 

(馬鹿! 先生にそんなこと言ったらどんどん語っちゃうでしょ! こうなったら止まらないわよ……)

 

何を馬鹿な、と思ったティアだがサラの言うことは本当だった。一応必死にメモを取ろうとしたティアだが、話の内容が難解なことに加え専門用語のオンパレードという地獄。それを一時間も行ったため、終わった時は二人とも机に倒れていた。

 

「本当はもっと授業をしたいですが、二人ともまだ五歳なのでこれぐらいにしておきましょう。ティア、あなたは追加授業があるので残りなさい」

 

この言葉を聞いた時、二人ともようやく顔に生気が戻った。何度か夢の世界に誘われたものの、必死で文字を書いて耐えていた。

そのノートをメルクがのぞき各々コメントする。

 

「サラ、またメモを取っていないのですね。貴方の頭が良いことは知っていますが、今回話した内容は現役の高等生、大学生でも苦戦する内容です。ちゃんとメモしないと理解できませんよ」

 

「ちゃんと復習するわ! さーて、今日習ったことを実践しましょー!」

 

ノートを急いで片付け、外に出ていくサラ。まさに脱兎のごとくという言葉が似あう態度であった。それを見ているティアにもノートチェックの時間が迫っていた。

 

「どれどれ……ノートの内容が序盤に話した内容が多いですね。魔子の動力学部分や魔力の保持といったところは割かしメモを取っていますが……」

 

「ご、ごめんなさい。今の自分には理解できない内容が多くて……」

 

ティアは慢心していた。曲がりなりにも、知識だけはある。だから、難しい話をしてもちゃんと聞き取れるはずだと。そんな自信は二十分くらいで崩壊した。

 

確かに最初のほうはきちんと聞き取れたが、話が進むにつれ知識が全く役に立たなかった。異世界の知識なんてそんなものである。

怒られないかとびくびくしているティアに頭をなでながらフォローする。

 

「まあ貴方は初学者ですから仕方ありません。むしろよく頑張った方です。さて、それでは呼吸の授業に移りましょうか」

 

そういうと、修行場へ二人とも向かうのであった。

歩きながらこれからやることについて説明するメルク。

 

「さて、まずはおさらいです。あなたの呼吸における問題点は、変な呼吸体勢による体力の無駄遣いです。そのせいで余計に魔力合成にコストがかかってしまっています。

 

特にあなたの場合は保有できる魔力が非常に少ない。そのため、余分な魔素や魔力は合成できずすべて体外へ放出してしまいます。つまり呼吸しただけ損です。

さて、到着したのでやりますか。普通に呼吸してみて下さい」

 

そういわれたためティアは普通の呼吸……すなわち、口から空気を吸う。そして、再び口から吐き出す。

その様子を見たメルクは次の指示を出す。

 

「ふむ……ではおなかをさらけ出してください」

 

「は?」

 

ティアが困惑した声を挙げた。

いきなりおなかを出せというのはどういうことか、意図がつかめなかったからだ。それについて説明を求めると

 

「呼吸というのは肺で行われます。その心肺機能を鍛えるにあたり、おなかの近くにある筋肉が必要となるわけですが、今からその筋肉を私の手で刺激します。ただ、そのうえで服があっては筋肉の場所がわからないためおなか部分まで捲し上げてください」

 

異世界の言葉で換言すると、呼吸には肺がかかわっているというのは周知だが、実はその肺だけで呼吸ができるものではない。横隔膜という筋肉が肺の中の気圧を調整することで呼吸が行われる。

 

彼女の言い分として、その横隔膜という筋肉はおなか付近にあるため、その筋肉の位置がわかりやすいようにおなかを出せということだ。そこらは異世界でも同様の身体性能ということだろう。理解したがおなかを出すことに躊躇せざるを得なかった。

 

『女はみな男性を求めている。だから、むやみやたらに肌を露出するんじゃないぞ』という、今は亡きソロンに言われた言葉、あとは純粋に年上の人におなかを出すのが恥ずかしい。

 

そして現在目の前の女性におなかを出すことに躊躇しているあたり、しっかり価値観を養うことに成功していた。そんな葛藤というべきか羞恥心に気づいたメルク。あきれ顔でティアを説得する。

 

「そんなに恥ずかしがらなくても……すこし痛いことはしますが、必ずあなたの役に立つことをします。私を信用してください」

 

一応、先生は忙しいということを彼は理解している。そして、忙しい中時間を割いて修行をつけてくれる。そんな風に考えたティアは観念して自分のおなかを出す。そこにメルクの白い手があたり、異物感と冷たさでビクッとするも何とかこらえていた。

 

「ではまず吐き出してください。ただし、私が良いというまでやめてはいけません」

 

指示通りに口から吐き出し始める。いつものように吐き出した後、途端におなかが強く押される感覚を覚えた。

 

最初はおなかが凹みそうだと思う程度だったが、次第に手がめり込むほどに強くなっていき最終的には痛みさえ感じてくる。顔を歪めながら、メルクのほうへ顔を向ける。

 

「先生……痛い……」

 

「我慢です。もっと強く吐き出して!」

 

そういわれ、痛みに悶えそうになる気持ちを抑え必死に吐き出す。

いつになったら終わるのか。

内臓さえ吐き出しそうな気分に襲われたその時、ようやくその手が離れた。

 

「はい、息を鼻で吸ってください」

 

そういわれ、四つん這いになりながらも鼻で呼吸する。肺が圧迫されていたこともあってか、いつもより多くの空気を吸い込めたような気がした。

 

「これが正しい呼吸方法です。肺をより小さくすることで大量の空気を吐き出し、息を吸うときにより多くの空気を吸い込むことができる。要するにいつもの呼吸をより深めたものと思ってください。

 

今の感覚を覚えてください。とりあえず最初は補助ありで行いますが、いずれ自分一人でも行えるようになっていただきます」

 

「でも……先生。この呼吸のほうがいつもより体力を使うのでは……」

 

「いいえ、まだあなたの筋肉が成長していないからです。あとは単純にこの呼吸のほうがあなたのやり方よりも効率的だからです。この呼吸を継続的にすることで、筋肉が慣れて体力の消耗が徐々に少なくなってきます。現に立ってみてください」

 

そういわれ立ち上がるティア。未だにおなかの部分が痛いものの、腕や足は先ほどよりも軽い。魔法を使ったときの状況に似ていると感じられた。だが、あの時に比べると咳がでることもなく、胸中が痛むこともない。

 

「あの呼吸方法は肺や口内を傷める方法です。ほかの筋肉を使った方がより深く呼吸できるというわけです。他にも鍛えるべき筋肉はあるので、私がいないときにでもやっておいてください」

 

と言われ、呼吸を意識しながら体操やらヨガのやり方まで教わった。そんな中、一時間程度で終わりを迎えた。そして、その呼吸を意識して走り込みを行うようにという指示を受けた。

 

その後、準備をしてから例の走り込みのスタート場所へ向かうとサラがその場にいた。彼女は汗を流しながらも、すでにその場で走る準備をしている。

 

「……先生から、あんたを見てあげろと言われているのよ。だから、準備ができたら言いなさい」

 

そうぶっきらぼうに言い放ちながら、その場で待っていた。

正直気まずいことこの上ない。

サラについていこうとしたら足手まといになりあれだけ迷惑をかけたで気まずい。

 

だが先生から彼女の指導を受けろと言われていること、それに加えまだ彼女にお礼やらなんやら言っていないため、勇気を振り絞って頭を下げながら伝える。

 

「サラさん……その、ごめんなさい! 以前はついていけずに足を引っ張った挙句、獣に襲われたときに助けてもらって……」

 

「……その、私の方こそごめんなさい」

 

ボソッとつぶやくように謝り方。

しかし彼の耳にはしっかり届いたようで、驚いた表情で頭を挙げる。

 

「あの後こっぴどく叱られた後、この走り込みでは使えなくなったわ。あと、困っている人は助けるようにしなさいって。だから、ゆっくり走るわ……とりあえず、完走することを目標にするわよ」

 

目線を合わせず早口で説明したサラ。彼女もこの前の事件についてはそれなりに罪悪感を覚えていた。あまりティアのことを快く思ってはいないが、だからと言ってあのような意地悪をしてよいわけではないと気付いた。

 

年齢にそぐわず大人びていたサラだが、この時に限ってシュンとしていた。とはいえ、謝る態度ではないサラを気にするよりも走ることが優先のティアはそんなこと気にせず走るポーズを決めていた。



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感知

遅れてすみません。

前回から一年経過させます。走るシーンだけを面白くすることはできなかったので……。

あとこの用語を知っておいてほしいということで書いておきます。

魔素……魔法の素となるもの。空気中に漂っている。
魔子……魔素を魔法に適した形にしたもの。
魔力……魔子の集合体。エネルギーみたいなもの


走り込み開始から一年が経過した。この一年間、ティアは走り込みと魔法の座学、そして呼吸の練習を並行して行っていた。特に走り込みには力を入れていたものの最初はまともに走り切ることさえできなかった。

 

道が凸凹している、上り坂と下り坂が交互に訪れるため走りづらい、などの悪条件に加えてそもそも三キロという距離が大きな壁である。いくら魔力の補助があるとはいえ、難しいことには変わりない。

 

とはいえ、人間やればできるもの。それに加え、ティアには熱意があった。目標を理解できれば、あとは量次第。数えきれないほどの練習が功を奏したのか、初めて六か月ほどでついに足を止めることなく完走できるようになったのだ。

 

そこからの成長は目覚ましいものがあった。隙間時間を見つけては走り込みをした結果、どんどんタイムが縮んでいく。そして、始めてから一年。ようやくサラよりも早くゴールにたどり着くことに成功したのだ。

 

そんなご機嫌なティアが先生に報告に向かう。

ようやくサラに勝った、だから魔法の修行を始めてほしいと嘆願するために。

部屋で報告を聞いたメルクは感心していた。

 

「ほう、こんなに速く勝ってしまうとはさすがは男子と言ったところですかね。昔の人は三日会わざれば刮目して見よなんて言っていたそうですが、貴方を見て納得しましたよ」

 

「ふふふ、でしょ!

じゃあ、魔法の修行をつけてくれますか!?」

 

「……そうですね。見たところ、最低限の魔力は備わってきたようですし、始めましょうか」

 

修行を始める。

その一言でティアは飛び上がるほどに喜んでいた。今までの修行……というより練習も強くなるために必要なことだとはわかっていた。

 

だが、やはり直接的に強くなる方法としては迂遠。

あの走り込みを行えばいずれ岩を壊す、魔獣を倒せるかと言えば否。だからこそ、それができるようになる魔法を早く教わりたかった。

 

そんなティアを横目に見ながら、サラが報告に来る。

 

「……こいつに負けた」

 

「はいはい、サラも魔力なしでよく頑張りました。枷を外しますか?」

 

「いいえ、走りこむときはつけっぱなしにして。身体能力でも、こいつに負けたくないから」

 

彼女はティアのことをキッとにらむと、先生にそのようへ報告する。そんなサラへ大きめなバングルを用意した。それをつけると彼女はさっさと出ていくのであった。ティアがそんな姿をボッーと見ていると、外に出ると言われた為ついていく。

 

こうして修行場。ティアとメルクは呼吸の練習ということで何回もこの場所に訪れているため、すでに見慣れた光景。

 

「さて今日から魔法の練習をするわけですが、約束事が三つあります。

 

一つ目は自分の頭で考えること。そもそも魔法というのは一朝一夕で身になるものではありません。基本的なものでも一年は当たり前、場合によっては五年、十年かかるものです。

 

よって、できないからと言って凹んだり諦めたりしないこと。できない時こそ成長への手がかりです。自分のみがその解決方法を持っています。ぜひとも自分で考えることを忘れずに」

 

魔法というのは体系化してそれなりに年月が経つが、だれでも等しくできるかと言われるとそうではない。なぜならイメージという過程がどうしても入るからだ。想像力次第で、結果までの道筋は何本にもわたる。

 

例えるならスポーツや勉強に近い。この二つは、どうやれば上手くなるかという方法論は人によって異なる。魔法もそれと同じだ。結局は個々人の努力とやり方によって差が出る。

 

「二つ目は、イメージすること。

魔法はイメージが重要です。これから何を、どういう機能を持ち、どんな形状で作り上げるのか、という風にきちんとしたイメージを持たないと形になりません。

 

予習復習はもちろんのこと、空いている時間に今行っている修行の意味は何か、目的は何かをきちんと意識しなさい」

 

魔法はイメージが重要だといわれる理由はここが一番と言われている。魔法は物質であるため、理論上どんなものでも合成できるとされている。

 

しかし、世の中そんな都合の良いものではない。DNAのように個人差のある魔子合成に加え、個々人の体内環境や状況によって合成できるものは大きく変わる。

 

それが適性なるものである。人間イメージできないものは形にできない。例えば炎一つとってもきちんと炎を観察しないとイメージできないの。その力が適性と換言することもできる。

 

他にも魔力が足りないだとか様々な問題があるが、要するにしっかりと目的をもって魔法を生成しなければ使うことができないわけだ。

 

「三つ目は一つ目と矛盾しますが、困ったらとりあえず私に聞いてみること。貴方の求める解答が答えるとは限りませんし、考えた方が良いことは考えさせます。

 

ただ一人で考え込むことはやめなさい。具体的には一週間に一回報告と連絡と相談はしなさい。特にあなたを一人にすると無茶をしそうで怖いですし」

 

そんな余計なことをつぶやく。ティアはなまじ賢い分余計なことまで考えてしまい、変に目標を掲げて努力を始める可能性がある。そういった理由でこんな条件を取り付けた。

 

そんな妙な扱いに色々不満があるティアだったが前歴がある分反論する余地がない。そのためしぶしぶ頷くしかなかったわけである。

 

「では、早速行きましょう。最初は感知です。復習がてらどういう魔法か言ってみなさい」

 

「はい、『感知』とは六つの基礎魔法のうちの一つです。これはその名の通り通常捉えることができない魔力を感知することが目的です」

 

「よろしい。魔法を使うにあたり、そもそも自身の魔力を知覚できなければ魔法も何もありません。なので『操作』の前段階としてよく練習する必要があります。これがstep1の感知です。

 

しかし、これの真髄はstep2の方です。これを使うと、なんと空気中や他の人が発している魔素を感知することができます。試しにやってみましょう。私が目をつぶりますので、正面以外の方向から私へ近づいて下さい」

 

目をつぶるのを確認したのちに彼は後ろへ回った。そして斜め後方の位置まで移動してから、先生の元までゆっくり歩き始める。すると、前方からストップという声が聞こえた。

 

「今貴方は私の正面を北として、南東の位置にいます。私との距離は……五メートルぐらいですか?」

 

「!? すごい、正解です。これが感知の力ですか?」

 

ティアの場所を視認せずにあてたメルク。これこそが感知の真髄と言われるもの。一般に感知と言われるのは二つある。

 

一つ目が自身の体内にある魔力を理解すること。

つまり、どこにどれくらいの魔力があるかを感覚的につかめるようになること。これができないとそもそも意図的に魔法が使えない。

 

二つ目は自身の体外にある魔素を知覚すること。

精度にもよるがメルクのような熟練ともなると方向、位置さえもこの感知によって言い当てることができる。

 

「戦闘ではこのstep2の感知を主に使います。ただ、今のあなたが戦闘に使えるレベルまで感知の練度を上げるには時間が足りません。それに、step1のほうを理解したのちに練習すれば自ずと練度は上昇するため、今日は1のほうを行いましょう。

 

肝心のやり方ですが、正攻法でいきます。私が教えた呼吸方法を覚えていますか? その呼吸の際、行為に集中するのではなく吸い込んだものに意識を向けるように」

 

そして修行が始まった。教えてもらった呼吸については毎日練習していたため、今では無意識にできる。だが、行為ではなく吸い込むものに集中しろということで目をつぶる。余計な感覚器官の使用を控えることでより集中するためだ。

 

口いっぱいに吐き出しながら、鼻で徐々に吸い込んでいく。それが心臓へと移り、体内へと循環することをイメージした。空気の循環については例の知識にある。だが、何か体内に特別なものがある感覚は全くなかった。

 

「だめです。最初は知覚できましたが肺に入った瞬間知覚できません」

 

そもそもただ集中をしただけで感知できるならば、この一年間のどこかで感知できていたはず。しかし実際そうなっていないということは、意識の切り替え一つでできるほど甘くはない。

 

「でしょうね、普通の人はそうですよ。では今日の課題はこの呼吸で取り込む魔素の意識化です。時間をかけて意識化すればいずれできるようになります。それまでは練習あるのみです」

 

「先生、この調子でやってもうまくできそうにないのですが、何かイメージすべきものとかありますか?」

 

「そんなあなたに一言。今は考える時間です。一週間考えて何もアイデアやイメージがわかなかった場合はヒントを差し上げます。とりあえず家にある魔法書等で調べると良いでしょう。

 

後これまでもそうでしたが、私は一週間に一日しかこの家にいないので、もし聞きたいことがあるならその時を狙ってください。それじゃ」

 

その場から立ち去っていくメルク。以前食事の席で魔獣についてギルドに調査を依頼されているらしく、その魔獣がいる場所に寝泊まりしていることが多い、とメルクが話していた。

 

彼女の修行スタイルは、思想にもよるものだが忙しい立場であることも起因している。手取り足取り行うだけの時間がないのだ。

 

そしてしばらく例の呼吸法で練習する特訓を行っていたが、何度やっても効果がない。メルクは時間をかければできるようになる、とは言っていたがいつ成果が出るかわからない。

 

ティアからすると、こういう特訓は苦手であった。なぜかというと、成長が全く実感できないものだから。走り込みは徐々に走れる距離やタイムを伸ばしていたため、成長を実感できた。

 

だが、今回のものは続けても全く成長がない。だからこそ何か違う方法を調べるべきだと思ったわけである。さすが無理やり修行を取り付けただけのことはある。そんな短気なティアは本を使うという手段に出た。

 

 

彼が向かった先は図書室。図書室の部屋は狭い。おおよそ部屋に大人三人も集まると窮屈に感じるほどのスペースしかない。

 

今までも許可を取っているため、ティアは自習の一環として本を読んでいたが多くの場合低年齢の子を対象とした本である。そのため、細かい知識は書いておらず魔法というもののざっくりとした知識しか得られなかったわけだ。

 

そして、今回の課題は『感知』においてどのように自分の魔力を感知するかというもの。しかし、ネットもないこの世界において、ドンピシャの内容をすぐに見つけられるわけでもない。よってティアは自分の知っている本から片っ端から探すこととなった。

 

そこから、彼の苦難の道が始まった。

寝食と家事、そして走り込み以外の時間はすべてこの感知の勉強に時間を使った。

 

いつまでも本を読むと身体がなまるため、たまに面白そうな方法を思いついては感知の練習を行った。しかしそのすべてが空振りに終わった。

 

自分のレベルに合いそうで、該当する本はすべて読み終わった。

じゃあ次はもっと難しい本だ! ということで専門書に向かう。だが、ここからが本番の地獄だった。

 

なんせ、書いてあることが全く理解できない。

文字なんて読めればわかるだろうなんて高をくくっていたが、そんなことはなかった。

 

なぜなら、よくわからない固有名詞が多すぎるからだ。文章において、三つ以上わからない単語があると、その分を解読するのは不可能と言われる。それと同様の現象にティアは陥った。しいて読み取れた内容は

 

「魔力と魔力は相互作用を生じる」

 

この文言だけである。異世界知識の一つに相互作用についての話があったからこそ、ギリギリこれだけ読み取れたのだ。だが、これだけでは全く役に立たない。

そんな感じで、約束の一週間が経過してしまった。

 

朝食の場に三人が集まる。

今日は修行の面倒を見てもらえる日。

 

ティアはこの日に魔法の修行について報告しなければならない……のだが、全く進展がない。それゆえ、何か報告できそうなことがないかと考えていると、メルクから 責の声が飛ぶ。

 

「コラ、食事中は考え事をしない。食事は魔法師にとって重要なファクターです。生命エネルギーの源でもありますし、中には食事が趣味だという人もいます」

 

「趣味ですか?」

 

「魔法師は身体が資源です。なんせ、普通の人よりも生命エネルギーを余分に使うわけですから。食べたものが血となり肉となる。だからおいしく食べたいのですよ」

 

そんな食い意地の張っているメルクの発言を耳の横に通り抜けるように聞いているティア。だが、そこでメルクの言葉に引っかかった。『血となり肉となる』というワード。

 

魔素、魔力。魔力相互作用。

この三つのワードが点として浮かんだ。それを先ほどの『血となり肉となる』というワードで線となっていく。

 

「あ!?」

 

「? どうかしました?」

 

「ごめんなさい、でもわかりました!」

 

一人納得したティアは目の前の食べ物を急いで食べ始めた。今度は暴飲暴食に対する説教が始まったが、それよりも重要な事実をみつけた彼にとっては聞く耳持たず。

そして、食器を片付けることなく自分の部屋にこもりノートを広げて思考を広げる。

 

今まで自分は勘違いをしていた。感知は自分の体内に入った魔素を知覚することだと思っていた。確かにそれを感知できれば、体内で合成する仮定も理解できるため自然と魔力も感知できる。

 

だがその方法は非常に難しい。異世界知識でいうと酸素が好例。人は呼吸によって取り入れた酸素を知覚できない。その原理と同様に、魔素も体内に入った場合わからないものである。

 

実際はこの感知というのは魔素すべてを感知するわけではなく、魔素密度が大きい場所を感知できるだけに過ぎない。そして、人は空気よりも多くの魔素を発する。

だから知覚できるようになるという寸法だ。

 

それはともかく、今の方針では無理を感じたティア。ゆえに方針転換に移った。

魔素を感知するのではなく、それが変化した形である魔力を感知するという風に。

 

魔素と魔力は名前が似ているが全く異なるものだ。要するに体内の中で魔法の最小単位を知覚するのではなく、魔力というかなり大きめなものを感知しようということだ。

 

とはいえ、これも今の発想では困難極まる作業と言える。なぜなら、確かに大きくはなったが現状知覚できていないものに変わりない。加えて魔素を知覚しないとなると、きっかけがない。

 

実際メルクがどうして魔素を知覚するように言ったのかというのは、魔素を知覚できるようにすれば魔力のきっかけがつかみやすくなるからだ。

 

なんせ、魔素から魔子が合成されそれが塊となって魔力となる。魔素を知覚できれば順に大きいものを理解できるという考え方。

 

だが、ティアは魔力でやるべき理由を見つけたのだ。それを本で探してメモを取っていく。昼前までには先生の元へ向かうために。

 

メルクは自分の部屋で仕事をしていた……が気がそぞろであまり仕事に力が入っていなかった。

 

その原因は一年前弟子入りしたティアである。

彼に感知のやり方について説明したが、その報告、連絡、相談がまだ来ないからだ。

 

正直不安でしかない。

貴重な男性ということもあり、お願いだから無茶だけはしないでほしいという気持ちでいっぱいだった。

 

実際のところ、感知の練習をしろと入ったがあの方法でできるとは思っていない。というより、あれでできたのはサラだけだ。彼女だけが一瞬でできるようになった。どうしてできるのか、と聞いたらなんか感覚でわかったと言っている。

 

才能。

魔法師は才能が重要になる。生まれ持った魔力はもちろんだが、それに対するイメージ構想力も才能の一つだ。サラはすべてを持ち合わせている。

 

一方、ティアは魔力最底辺。正直スレイブの中でも下から数えたほうが速い。だが、あの事件によって魔法師の才能に目覚めた。だからこそ育てようと思ったが、男を弟子にとったことのないメルクは気が気でない。

 

そろそろ昼ご飯の時間、というぐらいになった時扉がバンと大きな音を立てながら開く。後ろを振り向くと、待ちに待っていた人がいた。全速力で走ってきたからか、汗だくだったものの息切れはしていない。

 

「やっと来ましたか、それでは進捗を聞きましょうか」

 

「先生、頼みごとがあります! 自分の近くで魔力を放出して体内に作用させてみてください」

 

そしてティアはいきなりかみ合わない会話を始めた。いったい何の話をしているんだ、なんてメルクは思ったために指摘するとティアが慌てたように図を見せて説明を始める。

 

「先生のおっしゃる通り、図書館で調べながら自分で考えました。そこで、魔力と魔力はお互いに影響を与え合うということが書いてありました。なので、先生の魔力に宛てられながら体内を意識すれば魔力を意識できるようになるはずです!」

 

そういいながら先生の手を取り、外へ出ようとするティア。そんな姿に苦笑しながらもついていく。自分の目には狂いはなかったと、引き摺られながら思ったメルクであった。

 

 

そして、修行場につくとでは先生お願いしますと頭を下げるティア。その眼はワクワクと期待のまなざしであった。

 

「まあ待ちなさい。貴方の考え方、その理論の構成、すべてがほとんど正解です。ただ少し甘いところがある。実はあなたの言った方法よりも、もっと良い方法があるのです。せっかくならその方法を聞きたくないですか?」

 

そんな先生の発言でさらに耳を傾けるティア。完全にメルクの掌の上である。

 

「では、お教えしましょう。確かに私が魔力を発散すれば、あなたの体内の魔力がその影響を受けます。そこらへんは私と闘ったときの恐怖もそれが原因だったりします。

ですが、その魔力を実際に他の人の体内へ流したらどうなりますか?」

 

そんなことをいきなり聞かれて答えに詰まるティア。それもそのはずで、そこまで調べきれていない。一瞬考えた後にわかりませんというと先生はその返答に頷いた。

 

「では試してみましょう。右手を出してください」

 

そういわれたティアは右手を出す。それをずっと大きいが細い右手がつかむ。すると右手からいきなり何か無形のものが送られる感触に襲われた。自身の体内の何かが、それを押し戻そうと動いている。

 

だが量が多いこと、加えて体外の侵入物による違和感によって体全体に酩酊感としびれを覚え始めていた。もう立てないと思ったその時、右手が離れた。

 

その違和感はしばらくすると消えた。代わりに先ほど流れてきたものによって、右手が埋め尽くされる様な感覚に陥った。右手を握ったり開いたりして体操していると、ようやくしびれが取れた気がする。

 

「先ほど私が手を握った時、貴方の体内から右手に向かって液体のようなものが流れてきましたね? それが魔力の正体です。

 

今貴方の体内にない魔子が流れ、それを阻もうと貴方の魔力が攻撃していました。この感覚を忘れないためにもこれから練習を欠かさず行うように」

 

そういわれて再び意識する。すると、自分の体内に先ほどのような液体が流れていることを感じ取れた。今ならはっきりわかる。これが魔力だと。

こうして、たった一週間でティアは魔力の感知に成功するのであった。

 




今回の話は専門用語が多く難しい気がしますがいかがでしょうか。

これからもこんな感じで進みますが、出来る限りのフォローはしたいと思っていますのでよろしくお願いします。


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操作

昨日は投稿できず申し訳ありません。

お詫びと言っては何ですが、今日は二話投稿します。
修行パートその2です。



翌朝。

メルクのいない修行場で、ティアは一人『感知』の練習を行っていた。昨日こそ『感知』はできたが、毎日行わないとその感覚はすぐに忘れてしまう。それに自身の魔力を操作するにあたりより鋭敏にしなければならない。

 

彼が目を閉じ、ゆっくりと呼吸を行う。すると上腹部に暖かいものを感じ取る。魔力を感知できるようになると、うまく魔素も感知できるようになった。

 

今の段階では体中に少しずつ流れている。その量を増やすことが目標だ。まずは魔臓に貯蓄している魔力を流し始めた。

 

その瞬間。腹部の筋肉に切り裂くような痛みが走った。その影響で膨張しすぎて骨が折れそうな痛みに襲われる。結果、ティアはまたもや気絶してしまった。

 

 

遡ること昨日。

魔力の感知に成功し、次の段階に進めると喜んでいるところにメルクが補足を入れる。

 

「次は『操作』をやってもらいます。先ほど体内の魔力を感知できたと思いますが、感知できた魔力を操作する……すなわち、自分の好きなように動かすことが目標です。

 

今の段階でもティアならできると思いますが、最終的な目標は自分の必要な魔力を必要なだけ、素早く集めることが目標です」

 

「? 魔力を動かすってどうやるのですか?」

 

「魔獣があなたの村に襲撃したとき、今まで出せなかった力が急に使えたような気がしませんか? その感覚を思い出してください」

 

そんなことを言われ、振り返り始めるティア。確かに何度か超常的な力を使っている。

具体的には自分が敵わないと思った魔獣から逃げるとき。例の小屋を目指す時。そして、鳥の獣と闘うときの剣。

 

その時の感覚を思い出そうとするが、一番感覚が明確なのはあの剣を使ったときだった。なぜなら、自分のエネルギーがあの剣に吸い取られるような感覚に陥ったからだ。実際のところは強制的なものだが、あれを操作と言えなくもない。

 

「思い出しましたね。本来、魔力の操作というのは一定以上の魔力を持っている人でなければできないとされています。だからこそ、学校で魔法を教えるのは十歳からなんて言われています」

 

魔力を操作……というより感知でもそうだが、魔力が少なくては感知も操作もできない。だからこそ、年齢制限がある。体力同様魔力は年齢によって自然に増える。そこまで聞いて、ティアはなるほど、と納得するが一つ疑問を感じた。

 

「あれ、それだと自分は何で持っている魔力が少ないのに操作できるのですか?」

 

ティアの魔力が少ない。他の同年代の人よりも少ないと評されるほどなのに、どうして魔法を使えるのか。

そんな疑問にややためらいながら答えるメルク。

 

「それは……命の危機にさらされたからです。魔力は基本的に補助的な役割をしますが、危険を感じた時は魔力を使うようになります。ほら、火事場の馬鹿力なんて言うでしょう? そんな感じです」

 

無理やり使わなくてはいけない、という状況に追い込まれたときは身体が勝手に判断して魔力を使うようになっている。その場の危険を逃れることが最優先だからだ。

 

ただし、この現象は無理やり行っている。なぜなら本来回すべき所にエネルギーを渡さず、そのほかの能力に使っているからだ。つまり使いすぎると死に直結する。

 

実際、あの鳥の獣と闘ったときも魔力を使いすぎて死にかけていた。メルクが応急処置をしなければ、すぐに死んでいた。

ブルリ、と震えながらメルクの説明を聞き始めるティア。

 

「話を元に戻します。その魔力を操作する感覚を思い出したら、まずは全身にあなたが貯蓄している魔力すべてを循環させることから始めましょう。魔力を貯蓄したとしても、使わなければ無意味だからです。

 

その次にある特定の部位に魔力をためる、という感じです。この二つを一分以内にできるようになれば次の段階です」

 

この修行で求められていることとして、必要な分の魔力を必要なだけ溜めることだ。余分に集めすぎても、少なすぎてもいけない。どちらも出力に影響が出てしまう。

 

加えて、魔力を操作するときにどうしてもロスが生じる。そのロスをできる限り減らすことも修行で求められるもの。ロスを減らせば減らすほど、魔力操作は速くなる。そして速くなればすぐ次の行動に移れる。感知同様奥が深い分野である。

 

「そして、その修行方法ですが……断言します。これは理屈がどうたらよりも、自分の身体で練習して慣れるほかありません。

まずは小さな魔力から始めていきましょう。では、感知してください」

 

ティアは体内の魔力を感知しようとする。先ほどとは異なり、呼吸を行いながら目をつぶり集中すると、自分の体のどこかで魔力が集められていることが感じ取れた。それについて報告すると、

 

「それが魔臓です。さすが覚えが良い。では、それをちょっとずつ循環させてください。目標は体内一周ですが、最初は腰の部分でよいです」

 

魔力を動かす感覚を思い出し、ちょっとずつ意識すると本当に魔力が動く。まるで血液を自分で操作しているような感覚にびっくりしながらも、腰の部位まで動かし始める。

 

なんだ簡単じゃないか、と思ったティアはあることに気が付いた。魔力の流れる量が少なすぎる。もっと多くの魔力を動かそうとするが、何か変なものに当たりすぐ遮られる。そのため、剣の時の感覚を思い出し魔力を多く動かすように意識したその瞬間。

 

腰から筋肉が解離するような痛みが発した。まるで全身の肉が最大限まで動かしきった後の疲労のせいで、立っていることさえ苦しい。

急激な痛みに耐えきれず、その場で絶叫しながら倒れるのであった。

 

 

そして、時は今に戻る。再び『操作』の練習をしたわけだが、結果は昨日と同様に気絶であった。

 

ちなみにあの後のフィードバックとして「魔力の管に余計なものが多いようですね」「これは結構時間がかかりますよ」だとか、最終的に「いきなり多くの魔力を操作しようとしては痛むので、ちょっとずつ行うように」という風に終わった。

 

この世界の医療でも、ティアが持つ異世界の知識でも魔力が通る管を改善する方法は練習以外ないと結論付けている。ひたすら使用することで徐々に通りが良くなっていくため、訓練あるのみ。理屈よりも慣れが重要だというのはそういう面を考慮してのものだ。

 

そして今は、その衝突によって体にエネルギーが漏れたため気絶していた。そんなティアの額に軽く衝撃が与えられる。それによって目が覚めたティアの目には、不機嫌そうなサラがいた。

 

「そろそろ昼ご飯の時間よ。魔法の練習はいいけど、家事を忘れないで頂戴」

 

「ご、ごめんなさい。今すぐやり……いたたたたた!」

 

立ち上がろうとすると腹部が痛み始めた。立っているだけでお腹の筋肉が伸ばされるわけだが、今の筋肉痛のティアにとってはそれだけで十分に痛い。そんな姿を見たサラは呆れながら彼の腹部に服越しに手を付ける。

 

「あんた、懲りずに操作の練習をして魔力欠乏症に陥ったのね。全く……」

 

すると、彼女から魔力が流れてくる。下手に他者の魔力が入っては、自身の魔力と反応してしまうのではと危惧したティア。ところが、その予想に反して腹部の痛みが徐々に治まっていく。

 

「今のは……?」

 

「一番簡単な形である魔子をあんたの身体に入れたの。これなら拒絶反応は起きにくいから。痛みはどう?」

 

「だいぶ良くなりました。ありがとうございます!」

 

先ほどまでは立っただけでも激痛が走っていたが、今では多少違和感を覚える程度に収まった。料理のためとはいえ、治療してくれたことに頭を下げお礼を言うティア。そんな彼にフンと鼻を鳴らすサラであった。

 

ちなみにその後は食事のためよ、なんて言われた。魔法師でなくとも、魔法を使う人は食にがめつい。

 

食卓をサラと二人きり、しかも無言で取り囲む。

メルクがいる日の場合はサラも口を開くことはあるが、ティアしかいないときは決まって黙っている。

 

すでに一年以上も一緒にこんな生活を送っているため、彼も慣れている。だが、なんとなく話しながら食べることが好きだったため適当な話題を振ることにした。

 

「そういえば、この食材ってどこから調達しているのか知っていますか?」

 

「……先生がこの丘の下に降りて町に行った時、食材を調達するそうよ。だからここでは取れない卵とかパンとかあるんじゃない」

 

この丘では食材は取れない。いや実際は食材になれそうなものはあるが、この食卓に並んでいない。ではどこからというとメルクが調達している。

 

「町……どんな感じだろう。やっぱり人が多いのかな」

 

そんなことをつぶやく。異世界知識で都市や町の風景を何となく知っているが、やはり自分の目で見たわけではないため縁遠い。

一回ぐらい町に行きたいなーなんて思っていると

 

「あんた、そんな町のことを気にする余裕はあるの? 操作はどうなったの?」

 

なんてサラから話しかけられた。話の内容も、話しかけられたこと自体もびっくりして少しどもりながら回答する。するとフン、と鼻を鳴らすサラ。

 

「魔法って基本的に感覚なのよ。習ったことをうまく体で再現できるかできないか。できない人はずっとできない。アンタが一度できたというなら、いずれできるんじゃないの?」

 

そう言い捨てながら、食後の挨拶をしてその場から去る。

ポカーンとしていたが、彼女の言葉を嚙み締めるうちになんとなく理解できた。

もしかして、励まされているのではないかと。

 

もっといえば、一度もサラへ操作の練習をしているとは言っていない。メルクが言ったのかもしれないが、どちらにせよ覚えている。

それだけでも驚いた。

 

その後も食後の片づけを行いながら、これから魔法をもっと頑張ろうという気持ちがあふれるティアであった。

 

 

それから再び教科書や専門書に手を出すティアだったが、それなりに時間をかけて出した結論は一つ。

慣れる以外に道はない。

 

なんせ、操作に関する記述が少ない。

難しそうなワードはあっても、結局はこの魔力管を使うことで活性化するということに違いはない。

 

一応感知同様イメージで省略できないか、なんて思った。

修行することはいいが、省略できるところは省略したいという主義のティア。

 

魔法はイメージだ。こういった地味な努力や感覚の意識なども必要だが、完成したモデルがあるなら、それを想像することで過程を飛ばせる。だからこそ、魔法は創造力の世界といわれる。

 

そんなティアが、ある身近なものを思いついた。それは血管と血液をモデルにしたものである。そのスタートが心臓で、ゴールも心臓とすると、魔法と似ているといえば似ている。

魔法の場合は魔臓だが、どちらにせよ循環していることには変わりない。

 

ならば、血管をイメージすれば魔力操作もできるのではないかと考えた。

要するに、魔力を血液と見立てて循環させるということだ。

なるほど、一見問題なさそうなイメージだが、その結果は

 

「ぎゃあ!」

 

気絶に終わっていた。

そもそもティアの血管イメージ理論には矛盾というか、突っ込みどころがある。

 

それは魔力管には障害があること、そして細すぎて一度に多くの魔力を回せない、という問題の解決にはつながらないという点だ。もちろん血管にもそういうところはあるだろうが、魔力管と比べればすんなり通れる。

 

要するに、イメージと現実のものが食い違ってしまっている。それを直せるようなイメージを作れるならまだしも、ティアには思いつかなかった。

 

結局、メルクが提示したやり方で行うことにしたというわけだ。異世界知識がなんにでも役に立つわけではないことを実感した。

 

ちなみにこれについて相談したところ、「効率は良いがティアの身体に多大な負担がかかるから禁止」とのお達しが出た。

 

それも当然だ、自然に広げるのではなく無理やり広げようとしているのがこの血液モデルである。そんなことをやっていては、いずれ魔力管がはじけるか身体が動かなくなるかの二択。

 

ティアも反発したが、「痛い目に自分から遭いたいのか」とか「修行するのはいいけど、他の人に迷惑かけない方法でやりなさい」などの心に訴える説得にあえなくやられた。自分が心配かけているということは自覚していたから強く言えないのである。

 

こうして、地道な練習と気絶を繰り返すことでようやく魔臓から肩ぐらいまでの魔力操作に半年、そして肩から足や手などに半年かかったわけだ。

前途多難だった。

 

「よしよし、第一段階はクリアですね。この一年間、よく頑張りました。では、次は魔力を素早く循環させることですね。その次は魔力を一部に溜めること。この二つも練習あるのみです」

 

メルクがティアの報告を笑顔で受けていた。そして、次の課題を出す。この二つの課題も最初の課題同様、練習あるのみという言葉を添えて。

 

ティアからすれば冗談ではなかった。こんな練習を合計二年もやっていられるかという感じだ。短気な彼からすればせっかく効率よくできる方法があるのに、自分の身体のせいでうまくできない。

 

そこに苛立ちを持ちながらも、地道に練習を始めるティア。自分の魔力を少しずつ早くすればするほど、方向の制御がうまくいかずぶつかってしまう。耐えられない痛みになる前に休憩をはさむことにした。

 

休憩中に考えていることは修行のこと。根が真面目ともいうべきか、それとも修行以外に生きがいを感じていないことに悲しむべきか。

 

修行のことから始まり、最終的には速く強くなりたいということで血液モデルに思考が循環した。諦めが悪い男である。だが、ここで魔力につながる思考を始めた。

 

なぜ血液は血管にぶつからないのか。

そもそも血管にぶつからないという考え方がおかしい。なぜなら、血液は液体だから。

 

じゃあ、なぜ魔力はぶつかるのか?

固体だから?

ならば、液体にして循環させれば速く回せるのでは?

 

そのようにアイデアを発展させたティアはすぐさま立ち上がり魔力操作に移る。今まで魔力を固体としての塊だと思っていたが、液体とみなせばすぐに循環できないかという思いつき。

 

そんな諦めきれない気持ちによって生まれたアイデアは……

うまくいった。

目標の一分で体内循環することを成功したのだ。

 

これは余談だが、血液の体内を循環する速度は一周五十秒~六十秒。偶然だが、メルクが目標に掲げた数字とこのイメージがうまく釣り合っていた。

 

すぐさまメルクの元に向かい二つ目の課題終了の報告をする。最初の報告からわずか数時間で次の報告に来たティアに驚きの表情を隠せなかった。

 

「ああ……なるほど。魔力を液体とみなす、ですか。良く知っていましたね。では次に魔力を保持することですね」

 

「ふっふっふ……実は、すでにイメージがあります。先生、ついてきてください!」

 

自信満々の笑みを浮かべながら先生の手を引っ張っていくティア。これがうまくいけばこの修行は終わりということで焦っていた。そして修行場にたどり着くと、目の前で実演を始める。

 

一瞬足の魔力がほとんどなくなったが、すぐにそこへ大量の魔力が集まり始める。加えて、その魔力が放出するような気配もなく貯蓄し続けている。さらに、足以外にあった魔力がどんどん減っている。

 

「これは……理想的な魔力配分ですね。どうやっているのですか?」

 

「腫れをイメージしました! 腫れは患部に血液が異常にたまることで発生します。ということは、魔力をためる際にも同じようなものが使えると思ったからです」

 

これが血液モデルの恩恵その二である。例の知識では腫れというのは患部が損傷したとき、体外の細菌や傷を防ぐ目的のため血液が一時的に集まる。それを魔力に応用しようと考えた。

 

ただ、これだけでは感覚が不足している。なぜなら、集めるためのイメージはできても、集まった状態のイメージができていないからだ。そこまでやらないと、集めたとしても放出してしまう。

 

そこでティアは考えた。

魔力欠乏の時は魔力を集めようとしているはずだと。つまり、魔力欠乏状態のイメージが集める感覚に該当すると。そんなこんなで成功したという塩梅である。

 

自分から痛みを想像するという、とんでも発想を聞いたメルクは呆れていろいろ言いたくなったわけだが、うまくいったためため息をつくことで妥協するしかなかった。

 

 

うまくいったことにはしゃぐティアだったが、徐々に違和感を覚え始める。集まりすぎなのだ。よくよく考えると、実はこれがぶっつけ本番だった。そのせいで集まった魔力の処理の仕方がわからない。

 

「ティア、急いでそれを筋肉に使いなさい! そして上へ飛び上がりなさい!」

 

「使うといっても、どうやって!?」

 

「昔あなたが無理やりな呼吸で走ったことがあるでしょう! その時のことを思い出して! 筋肉に魔力を渡すイメージで!」

 

割と無茶なことを言っているが、その指示を理解したティア。要するに、魔法で身体能力を高めていたのだから、それと似たようなことを行えばよいと。今まで身体に苦労ばかりかけた結果、経験はいろいろ豊富なティアだった。

 

そして高く飛び上がったのだが……その高さが尋常ではない。なんと、今まで見上げても天井が見えてこなかった大樹を遥かに超えた。

当然ながらそんな高さで落ちたら体がその衝撃に耐えきれず死ぬ。

 

実は体を魔力で防御すれば防げるが、今のティアにそんなことができるはずもない。ティアもメルクもその事実は理解していた。

 

そのため、例の空中歩行を始める。ただし、全力で行っているためその速度がとんでもない。一瞬で落下しているティアへ追いつき彼をお姫様抱っこの要領でキャッチした。

その後再び同じ要領で下へと降りていく。

 

地面に下りて、一息つきながらメルクは彼に声をかけるのであった。

 

「ふぅ……まさかあなたがあそこまで高く飛ぶとは予想外でした。体は大丈夫ですか?」

 

「す、すごく痛いです……しばらく歩けないかも」

 

「筋肉が魔力に耐えられなかったのでしょう。ついでに言えば魔力欠乏症ですね。どちらも休めば回復します。それよりも怪我がなくてよかった。治り次第、次の課題をお知らせします」

 

かくも操作の修行が終了した。やった!とガッツポーズしようとするが、その前に。

お姫様抱っこで、ティアの部屋にあるベッドへ運ぼうとするメルクに一声かける。

 

「せ、先生。魔子を注いで直してくれませんか?」

 

「……仕方ないですね。じっとしていてください」

 

全く締まらなかった。




次回は修業とは毛色の異なる話を投稿します。
私としても、修行パートが長く続いても面白く書ける自信がありませんので。


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卒業試験

本日二話目です。
修行パートに近いですが、修行よりも戦闘シーンも出てきます。


「それでは卒業試験の課題を提示します。私を倒してください」

 

ティアが弟子入りしてから二年。修行場に集められ卒業試験なんて言われた二人は驚愕していた。ただ、卒業って何ぞやというティアが質問すると

 

「私が教えるのは基礎魔法と言われる六つの魔法のみです。貴方たちがより強くなりたいなら、アバトワールという魔獣対抗組織に入るのが一番の近道です。

 

ただその組織に所属するには私の推薦が必要になるということなので、その推薦が欲しければ私を倒してみろという感じです。だから卒業ってわけです」

 

事情を説明するものの、また新しいワードが出てくる。一応それについてティアが聞いてみたところ、今度社会見学に連れて行くから楽しみにと言われる。

 

よくわからないが、魔獣に対して個人ではなく組織で戦っている。そのため、そこにぜひとも入るために先生を倒す必要があるのだろう。

そんな理解をティアがしたがおおむね正解である。

 

ティアが納得していると、サラが珍しく手を挙げ不満を垂れる。素の先生のままでは逆立ちしたってかないっこないと。

その指摘に対し

 

「もちろんハンデはつけます。私の所有魔力や使う魔法については、Eランク認定の試験官程度に抑えます。その状態で私に勝ってください」

 

魔法師Eランクというのは、先ほどの組織に所属するために最低限必要な実力のことを指す。具体的には、ティアがこれまで勉強してきた基礎魔法を実用レベルまで使えれば認定が下りる。

 

ただ、ティアは六つある基礎魔法のうち二つしか習得していない。そのため質問しようとするが、その前にサラが先生へ勝負を挑んでしまった。

 

 

「じゃあ先生、私から!」

 

そういって意気揚々と前に出て準備を始めるサラ。ティアは自分の感じた疑問をいったん抑え、彼女の戦闘に目を向けることにした。

 

なんせ、彼女の戦闘を見たことがない。自分が苦戦した魔獣を圧倒的なパワーで瞬殺したところは見たことあるものの、きちんとした戦いはこれが初めてだ。

 

加えて出会ったときはわからなかったが、今見るととんでもない魔力が彼女から放出している。一体彼女がどうやって戦うのか。

そんな中、メルクが声をかける。

 

「先手は譲りましょう。ただし、攻撃を仕掛けてからは待ちません。後は戦闘に入る前からレベル2以上の状態に入ることを禁じます。もし露骨な時間稼ぎが見られた場合はペナルティとして、私も制限を破りますからそのつもりで」

 

レベルというのは、使う魔力の量を表す。実は魔法師たちはいきなり自分の魔力を全開にして戦うことができない。例えるなら、アスリートがストレッチなしにいきなり最高のパフォーマンスをできないのと同じ理由。

 

そのため、徐々に体を慣らすという意味で弱い出力から使わなければならない。そのため出力をレベルで表している。

 

この世界の魔法はおおよそ使用する魔力に比例して弱い強いが決まる。よって、どんな人でも最弱の出力であるレベル1からしか使えない。

 

もちろん、人によってはレベル1でも他の人のレベル2程度の魔力を扱える場合もある。そこらへんは体力によっても決まる。だからこそ、彼女は走り込みを行っていた。

 

と、教科書に書いてあった事項を思い出すティア。まあ彼からすると、そもそも所持魔力が少なすぎてレベル2へ移行できないため、今のところ関係ない話だが。

 

「わかったわ。それじゃあ、行くわよ!」

 

戦闘が始ると姿を消した。メルクは相変わらず同じ場所にいるため、そちらを見ているとサラがいきなり現れ、蹴りをしていた。受け止めたメルクも彼女を振り払い移動を始める。サラのほうは見えないほどではないが、集中していないと見失うほどの速さ。

 

肉弾戦が中心。サラが後ろや横を取って拳による一撃を入れようとしても、まるで目が複数あるがごとく手や足で防がれる。メルクが防御した後に、膝や肘でカウンターをしてもすべて避けられる。

 

この光景を見た彼は圧巻の一言であった。これが魔法師の戦い。しかもレベル1。

武術的なことはよくわからないが、少なくともこの動きは魔力なしではできないだろう。

加えてもっと高い出力が存在する。その事実だけで圧倒されるに充分であった。

 

 

戦況が動き出したのは数分後。

どの方向からどれだけ速く攻撃しても、すべて防がれてしまうことに気づいたサラ。ゆえに距離を取る。

 

そして掌に魔法弾を複数作り、メルクへ一気に撃つ。魔法弾といっても、サラの上半身ほどの大きさ。メルクからすると膝ぐらいまでの大きさだが、同時に複数方向の攻撃。

 

かなりの大きさであるため、下手をすれば殺傷能力があるものを複数メルクへ向かったということで、ティアは目をつぶってしまった。そしてバァンという衝突音が聞こえてくる。

 

恐る恐る目を開けると、煙がモクモク上がりながらも無傷で立っていた。服装も表情も先ほどと一切変わりなく、まるで彼女だけが何もなかったかのようである。

 

そんな彼女が再び動き出し、疲労していたサラの後ろへ回り首元に一撃。防御が遅れたサラはその一撃に耐えきれず、倒れてしまった。

 

一瞬で勝負が決まった。

サラが弱いからではない。現に今のやり取りの相手が自分だとしたら、最初の格闘部分はまだしも、魔法弾で確実に仕留められていた。

 

それほど圧倒的な実力を持つサラが、為すすべもなく負けた。この事実がティアへ重くのしかかった。

 

「講評については、彼女が起きてからやりましょう。ティア、今の戦いを目で追えましたか?」

 

「いえ、あまり……サラさんの動きについては特に」

 

「それは運動神経の問題ですね。それらは目の部分の筋肉によって鍛えられます。なので、今日から『操作』や『強化』で練習すると良いでしょう。さて、ティアも挑戦しますか?」

 

メルクが軽く微笑みながらティアへ問いかける。先ほどの戦いがあったにもかかわらず、全く疲労している様子が見えない。

 

それに、彼女が今の位置から動いたのはサラへ攻撃を仕掛けるときのみ。

要するに余裕なのだ。

そのためか、逆にティアに冷静さを取り戻すことに成功した。

 

「本来、基礎魔法は六つあるはずですが自分が先生から教わったのは『感知』と『操作』だけですが、問題ないのですか?」

 

「確かに六つとも習得しなければなりません。ただし習得だけではなく、きちんと戦闘にも使えるほどのレベルに達する必要があります。

 

基礎魔法の習得だけでも何年もかかりますが、さらに実戦レベルまで高めようと思うとそれに付け加えて数年かかります。貴方もそれはいやでしょう?」

 

見透かされたようなセリフに震えてしまうティアだったが、とりあえず間違ってはいないため頷く。彼としても速く魔獣と闘えるようになりたかったからだ。

 

「最低限『感知』と『操作』と『強化』があれば魔法を使った戦闘はできます。他の三つに関しては戦闘しながら必要性を実感したうえで習得してください。もう三つともどんな魔法かは知っていますね?」

 

それを聞かれたティアはこくんと頷く。基礎魔法は上に挙げた三つのほかに『閲覧』『隠蔽』『発散』の三つがある。この三つについてはすでに理屈や目的も知っている。やり方も教科書には書いてあった。

 

「よろしい。ならば、戦闘練習を積んでどういう場面に必要なのかというのを体感していきましょう。そして、積極的に使うようになればいずれ実戦レベルまでたどり着けます」

 

「あれ先生、強化は?」

 

「すでに『強化』はできていますよ。これは魔力からエネルギーを引き出す魔法です。実際この前の大ジャンプも無自覚でしたが強化の一つですよ。すでにあの時点でそれなりのエネルギーを引き出せたので、手順を省略しました」

 

厳密にいえば強化はすでに実戦レベルに達しているといえる。なんせ、魔獣と戦ったときも本来出せない力を何度も出しているのだから。とはいえ、まだまだ粗が多く練習する必要はあるのだが。

 

「それでティア。どうします? 戦闘しますか? それとも今日は控えますか?」

 

「えっと……」

 

そんなティアだったが、割と悩んでいた。

なんせ自分よりも明らかに強いサラがあっさりとやられてしまっている。必要とあらば困難なことにも挑むが、無謀なことをやるつもりはない。

 

戦闘を挑んだ方が良いことはわかるが、今のままではあっさりやられてしまうだろう。ならば、少なくとも自信がつくまで待つべきではないか。

なんて悩んでいるティアを見て、ため息をつきながらメルクは説明を始める。

 

「当初の予定では、貴方に卒業試験をやらせるつもりはなかったです」

 

「え、どうして……?」

 

「そりゃあ、未熟な人に戦闘させたってトラウマを植え付けるだけですから」

 

戦闘と言っているが、実際のところは訓練でも命を落としかねない。力加減を誤ったら、あたり場所が悪かったら、なんて要因はいくらでもある。

 

「ですが、貴方の才能を感じてその予定よりもずっと早めました。本来なら、十歳から学校に通ってもらう予定でした。そこまでに魔法を使える体質にまで成長させればいいかな、なんて感じです」

 

この世界にも魔法を使うための学校はある。魔法を体系化しているのだから、それを教える組織も当然存在する。メルクの予定はティアが魔法を使える程度に成長させることだった。しかしその予定は大きく外れた。なぜならば

 

「貴方の才能と熱意と努力が私の想像以上だった。そのせいで、本来数年かかる走り込みや操作をたった一年で完了させた。感知に至っては、才能ある人でも一年以上かかる修練をたった一週間で習得した。

 

はっきり言って、快挙です。だからこそ、貴方にもっと難しいことに挑戦させたいと思いました。ティアなら、ボロボロになろうとも試行錯誤の上に達成させてしまうだろうと。そんな思いを込めて、あえてサラと同じ課題をあなたに提示しました」

 

ティアがどうしてここまでうまく魔法を習得できたのか。異世界知識、才能、それももちろんある。だが、何よりも一番強いのは熱意だった。その熱意は他の人を巻き込んだ。少なくとも、その努力する姿は他人を惹きつけるのに十分だった。

 

そして、そこまで期待されてはティアも戦わないわけにはいかない。

今まで自分に才能があるのか疑問を感じていた。魔法を習得しても、強くなった実感が全くないからだ。それに上には上がいる。

 

サラだ。彼女は異次元に習得が早かった。

なんせ、基礎魔法を習ったその日に習得している。そんな存在しか比較対象がなくては自分の才能を疑いたくなるのも当然だ。

 

だが、憧れていた先生にあそこまで言われてやらないのは実力云々の問題ではなく、人として廃る。期待されているなら、しっかり応えなければならない。

だからこそ、先生に申し出る。

 

「先生、やっぱり戦闘訓練のほうお願いします!」

 

立ち直ったティアの姿ににっこり微笑みながら、若草色のローブのまま構える。そして、彼女が合図を出す。

 

「よろしい。それではかかってきなさい」

 

 

ティアは先ほどの戦闘と自分の能力を分析することにした。察するに、今の先生は自分よりも早く動ける。それはサラよりも遅い自分が見ても明らか。

普通にやってはサラと同様一撃で沈められるだろう。そう、普通にやれば。

 

ティアは自分の足に魔力をため始める。そのすきにもメルクの一挙一動を観察し、どの方向から攻撃すれば意をつけるか思考を動かす。

そして、ジャンプの時と同程度に魔力がたまった時。

 

彼は前方に飛び出すように蹴る瞬間、魔力を強化に用いた。

前回の『強化』では上方向に飛び上がったわけだが、今回は前へ動くために使った。これを使うことで相手の虚をつく速さを出せる……とティアは思いついたわけである。

 

確かにメルクも少し驚いた表情を浮かべていた。だが、すぐ後に手をまっすぐ伸ばしてきた。そして、ティアの頭をつかむ。ティアの勢いもあり、メルクは多少後退するが無傷。つかまれた頭を解放するためその手をつかもうとするが、それよりも早く手を右へ強く振った。

 

そのせいで彼は体勢を崩し転んでしまった。再び距離を取るためにまずは立とうとするが異変に気付く。なんと、足が痛くて動けない。頑張って手だけで立ち上がろうとしたが、腕も疲労しているためか、自分の身体を支えることができなくなった。

 

「……ここまでにしましょう」

 

「ま、まだ戦えます!」

 

「立つこともできないのに、どうやって戦うのですか? 発想は良いですし、うまくいけば私を倒すこともできると思いますが、まずはあなたの思い通りに動かせるよう魔力調整の練習と筋肉を鍛えるところからやりましょうか」

 

こうして初戦はサラが惨敗、ティアが一撃も攻撃を当てることなく終わってしまった。挙句の果てに対戦相手の先生に介抱させられたわけである。あれだけのことを言われたのに、こんな無様な終わり方。

 

悔しくて仕方なかった。




え、修行したのに弱すぎるって?
たった二年しか修行してない子供なんてこんなものですよ。

次回は普通に一日一話に戻します。


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挫折

ごめんなさい。
本来一話にまとめる内容をまとめきれず二話に分解することにしました。

ノリで書いている要素がある分矛盾がないかドキドキしていますがよろしくお願いします。


打倒先生という目標が提示されてから一年が経過して、二人は八歳となった。日課として『感知』『操作』『強化』そして下積みとして毎日走り込みと筋トレと動体視力を鍛えるためのトレーニングを積むティア。

 

その結果ある程度の進歩は見られたのだ。具体的には感知は他人の存在をうっすらと感知できるようになり、操作で胸元の魔力を手元に二、三秒で運搬できるようになり、強化では自分で調整できるようになった。

だが、それ以上に攻撃が単調になっていった。

 

サラはともかくとして、ティアの戦闘センスは有体に言ってひどかった。なんせ、殴る蹴るしか攻撃手段にない。奇抜な動きで攪乱することはあるが、結局同じ攻撃手段なので対処は楽なのだ。

 

一応これでもセンス自体は磨かれている。なんせ、最初のほうは先生を本気で殴ることに抵抗を覚えていた。むしろ今まで教えてくれた先生を何の躊躇もなく殴れる方が異常だが、戦闘というのは良くも悪くも異常性が求められる。

 

そのため、ティアが本気で殴っても全くダメージを食らわない、ということを経験させたわけである。それはそれで彼に挫折を味あわせたわけだが、そのせいもあって単調的な動きしかしなくなった。

 

「魔力を一点に集中させることを極点と言いますが、あなたの攻撃はすべてそれです。当てる気満々すぎて簡単に読めます。もうちょっとどうにかしないと戦闘には使えませんよ」

 

というメルクの突っ込みが何度も来た。

ちなみにこれはサラも同じだ。彼女の場合は魔力の伸びがとんでもない。そのため、魔法弾を大量に作り弾幕攻撃を仕掛けていた。

 

が、結局本質的にはティアの脳筋行為と同じ。格下相手ならそれで十分だが、試験官相手にそんなシンプルな戦法が通じるはずもない。強いことは間違いないが、脳死で勝てるわけではないという理屈である。

 

おかげさまで二人とも順調に連敗記録を重ねていった。特にティアはすでに百回以上も負けている。それでもなお単調な動きが治らない。しかも自覚無し。

 

これは困った、なんて思ったメルクにある天啓が下った。だったら、強い人たちの戦闘を見せればよいじゃないかと。ついでに社会見学させれば効率よいじゃないかと。

 

「というわけで、来週二人には将来目指しているアバトワールへ社会見学に行きますよー」

 

こうして波乱ばかりの社会見学が幕を開けてしまったのだ。

 

「絶対にやってはいけないことを説明します。まずは二人に共通することですが、町の中では絶対に魔法を使ってはいけません。要するに暴れまわるような真似をするなということです。後は騒ぎを起こさないことに加えて……」

 

注意事項を垂れ流しながらうんうんと頷いている二人。こんな社会一般常識のことを町に向かいながら説明していたが、あまり聞いている様子はない。

 

確かにこの世界の常識についてティアは疎い。だからこそこのような説明を行うべきとは思っている。思っていても退屈で仕方なかった。この程度のことは転生知識で判断がつく。そんな退屈な説明を右から左へ聞いていると、一つ奇妙なことが聞こえた。

 

「後はこのフードを絶対に外さないこと。特にティアが外すと大騒ぎになります。人から外すように指示されたときは私が対応するので、繰り返しになりますが絶対外さないでください」

 

なんでだろう、という感想が湧いたもののあまり深く考えずに頷くことにした。もう聞き飽きていたからこれ以上深堀したくなかったというのが一番の理由である。

そんな不真面目少年ティアを含む一行は、ようやく町の門へとたどり着いた。

 

 

門からは割とスムーズに物事が進んだ。

三人の前に門番が現れ身元証明を行ったのだが、メルクが前に出て一言二言喋ると一瞬で終わり、すぐに中に入ることに成功した。

 

彼女曰く、「先に話を通していたからすぐにうまくいった」である。思い付きでありながら、なんだかんだいって話を通していたメルク。そして、二人に大きいバングルみたいなものを渡す。

 

「これは魔力を抑制するものです。これをつけることで魔力に制限がかかり破壊力のある魔法の使用ができなくなります。そうでもしなければ、町の人は安全に住めませんからね。きちんと他の人にも見えるように手首につけるように」

 

サラにも以前似たようなものをつけていたが、それの亜種だそう。これをつけることで、殺傷力のある魔法を使えなくしているそう。

 

 

三人がバングルをつけながら門を進むと視界が開ける。

そこには人よりも高い建物が数多く存在しており、中央には整備された大きな道があった。

 

そして見渡すばかりの女性。というか男性を全く見かけない。

その年齢もずいぶん偏っており、ティアと同年代ぐらいの少女はそれなりにいるが、メルクよりも年上の女性はほとんどいない。大人の女性は全員若く、十代か二十代しかいない。

 

メルクとサラはスタスタと冒険者ギルドへ歩くが、ティアはキョロキョロ見渡していた。若い女性ばかりで正直自分が場違いではないか、なんて思ったからである。どうして若い女性ばかりなのかなんて聞くと、

 

「どうして……? ああ、ティアは老人とかも見たことあるのですね。そうですね……人は若い方が身体能力や判断能力が優れているからですかね?」

 

そんな答えにならない返答だった。実際のところは肌や筋肉などがいつまでも全盛期のまま保たれるという、女性待望の魔法を町民全員が使っているからである。

 

人間は若い時のほうが確実にできることが多い。壮年になった方が思慮深くなるとは言われるが、それは経験の話であって身体能力とは違う。

要するに人は戻れるなら戻りたいと思う生き物である。

 

そんな原理不明の魔法に想いを馳せていると、いつのまにか今回の主目的である建物へたどり着いていた。ここらの建物の中でも一番大きく目立つ建物であるが、メルクがお構いなしに入りサラもすぐ後ろについていったため、それに続く。

 

中は人が多い……が、やはり女性だらけである。唯一違うのはちらほらと男性がいるところ。その光景を見て、ようやく窮屈な気分から解放された、なんて思ったティアだったが二人がどんどん先に進むためそれについていく。

 

その先には男性の職員が一人いて、お辞儀の後に二人へ笑顔を向けた。そして一言二言交わすとメルクが出ていく。それに困惑するティアだったが、隣のサラが着席したためそれに続いて着席した。

 

そして前に立った男性がフレンドリーな感じで話を進める。八歳の子供を諭すような喋り方である。

 

「二人は対魔獣組織について興味があると聞いたので、それについて話すね。この世界には魔獣がたくさんいる。どこから生まれてくるのかわからない。そいつらから人を守る、あるいは調べるためにアバトワールという団体があるんだ。

 

アバトワールでは対魔獣に特化した団体だ。武器のサポートはもちろん、難しい魔法の訓練もできる。あとは強い人たちがたくさんいる。そんな人たちが切磋琢磨しているよ。後は……ここに入ることでお金とかも手に入るよ」

 

そこまでの説明を受けて、ようやくティアは先生の説明に納得がいった。この魔獣討伐組織に所属することが自分の能力を結果的に高められる。さらにお金も手に入る。

 

なんせ、いつまでもメルクのお世話になるつもりはなかった。別に今の生活が嫌だ、というわけではないが、自立できるならそれに越したこともない。

あくまで自分の身分はお邪魔しているだけ、という意識があるからなおさらである。

 

「そんな団体だけど、残念ながら誰もが入れるわけじゃない。魔法師ギルドのEランク認定が必要になる。これは魔法師ギルドが運営している初等学校を卒業するか、Eランク相当の実力が認められる必要がある」

 

魔法師にはE~Aのランク分けがされている。このランクについては要するに魔法が上手い順にランク付けしたものである。そのうちEが最も低い。

そのEランクの基準は基礎魔法をすべて実戦的に使えるようになること。

 

ここら辺はメルクが提示した条件と同じだ。

だからこそ、卒業試験なんてものを出したわけである。

 

「もし学校に入らずEランク認定がほしい場合、エリートコース認定試験というものに挑戦する必要がある。多分君たちが狙っているのがこれだね。

 

このコースに合格すると魔法師ランクのE相当の力があるとみなされ、すぐにアバトワールに所属できる。このコースは君たちが目指していると聞いたよ」

 

このコース認定試験というのは、十歳未満の子供を対象にしている。十歳以上の子供は全員学校に通うことになっているからだ。そして一度学校に通うと、すぐ卒業できない。いろいろカリキュラムがあるため、それらを満たす必要があるからだ。

 

つまり、手っ取り早くアバトワールに所属したいのならエリートコース認定試験に入る必要がある。実際は所属しても新入社員扱いのため、すぐに仕事をさせてもらえるわけではないが、少なくとも強者には出会える。それだけでもメリットは大きい。

 

その後もエリートコース認定試験について話が続いたわけだが、その中で重要な話があった。それはこの認定試験も誰もが受けられるわけではないこと。理由は単純でアバトワールにも人的リソースに限りがあるからだ。

 

そのため、同じくアバトワールに所属している人……それもBランク以上という組織の中でもエリートと言われる人から推薦をもらう必要がある。

その推薦をもらった人たちが受験するのがエリートコースだ。

 

つまり、受験者だけでもエリートばかりである。

それも当然で、十歳未満の子供に十五歳の子供と同じ課題に取り組ませるわけだ。推薦をクリアしたということはそれだけでも相当の実力を持つ。

 

だからこそメルクも厳しく指導しているわけだ。

自分の名を使って推薦する以上、推薦された人がしょぼくては名が廃る。高ランクの人ほど、他人に指導する機会が増えることもあるため尚更だ。

 

その後もエリートコース認定試験について話が続くが、この話を聞くにつれ二人の心はまとまっていった。絶対メルクを倒せて見せると。

 

 

説明が終わると、その男性職員はティアに話しかけた。

この後で特別に話したいことがあるから待っていてくれ、と言うことで教室に待機する。サラが怪訝そうな顔をしていたが退出すると再び授業が始まった。

 

「ティア君は確か男性しかいない村の出身だとメルクさんから聞いているけど、間違いないかな?」

 

「!? ……はい、そうです」

 

「教えてくれてありがとう。じゃあ、この世界の男性事情について教えよう」

 

そうして二人の個別授業が始まった。本来なら、男性がどんな立ち位置にいるかというのは情操教育……というより性教育の時間ですぐ習うことだ。幼い子供に刷り込んだ方が理解させやすいからだ。

 

だがティアの場合はその教育の機会を失ってしまった。厳密にいえば教育自体は途中までされたが、ティアがその価値観を拒んだせいで身についていない。

どちらにせよ今回話してほしいと頼まれたわけである。

 

「まず、この世界は男性よりも女性のほうが多い。そして、男性は魔力が少ない。この二点はいいかな?」

 

それは知っているとティアはこくんと頷く。

どちらも座学のほうで習った。その理由は千年以上前の魔獣戦争が原因ということまで。

 

何でも、まだ魔法が使えなかった時代に魔法が使える獣が現れたそうな。そんな獣を倒すため当時強かったとされる男性が投入されたが、ことごとくやられてしまった結果男女比が崩れてしまったと聞いている。

 

「その影響で子孫を残すことにも問題が出てきたんだ。男性のほうが少ないから、産める子供の数はどうしても限られてしまうことだよ」

 

それは初耳だったといわんばかりに顔を歪めた。

ただ、言われてみると当たり前の話だ。子孫を作るには男と女のつがいが一組以上必要である。ならば、男性の数のほうが少なければ産める人数は少なくなる。

 

そこまで考えたところで一つの疑問点が浮かぶ。

男性側が少なくとも、多くのつがいを作ってしまえば問題ないんじゃないか。

つまり、一人の男性が複数の女性とペアになれば子孫の問題は解決できるのではないか。

 

それについて質問したところ、良く思いついたね、と言わんばかりのひきつった笑みを男性職員が見せる。子供のくせにそんな発想ができることに驚いていたからだ。

 

「確かにそうだけど、それができるのはごくごく一部なんだ。具体的にはノーブルと呼ばれる男性だけだ。他には約一年に一回しかそういうことができない人はコモナー、そして一生に数回しかできない人をスレイブと呼んでいる。

 

どうしてこんなランク付けがあるかというと魔力だ。子供を残すのに魔力が必要になるからだ」

 

子供を残す、と言葉を濁したが要は生殖行為において男性側は魔力を必要とする。しかし、男性は魔力が少ない人が多い。この二つが何を意味するか。

 

つまり、魔力が少ないスレイブは数回行為を行っただけで死ぬ人が出てしまうということだ。そして世の中その人が男性の半分を占める。そんな状況下で放置しては治安が保てるはずもない。

 

だからこそ、男性を保護するような状況に動いた。男性だけの村、というのができたのもそれが理由だ。結婚さえままならないのもそれが原因だ。

 

そして男性職員はつらそうに顔を歪めたが、すぐにきりっとした顔にしてティアに説明する。これは自分が言わなければならないとでも思ったのだろうか。

 

「そんな世の中だからこそ言っておきたいことがある。君の魔力はどれだけ見積もってもスレイブレベルだ。ティア君がこれからどれだけ頑張っても、Eランクが限界だろう。

 

キツイことを言うが、魔法師ギルドが君をエリートコースに合格させることはないと考えた方がいい。……悪いが僕が伝えたいことは以上だ」

 

その一言はティアの心を揺るがすには十分だった。ティアはロビーで待つよう言われたこともあり、そちらへ移動するしかなかった。




Q&A
Q:魔力を使わず生殖行為はできないの?
A:できるけど魔力が極端に少ない子供が生まれる可能性が高く、この世界では意味をなさない。

Q:なんで男性の村にもっと強い魔法師を用意しなかったの?
A:純粋にもっと強い魔法師は魔獣調査等のほかの任務を行っているから。あと、もっと大きな村を守っていたりしている。弱い魔獣しかいないところなんてこんなもの。


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再定義

長くなった……申し訳ないです。


歩きながらもずっと先ほどの話がフラッシュバックする。

 

男性は二十歳になると、全員が生殖行為を行う必要がある。なぜなら、一番体力と魔力のピークとなるのがその年齢だからだ。

そして、その対象は男性全員。

 

つまり、魔力が少ないスレイブレベルの多くの人はここで人生から脱落する。それを拒否することもできない。なぜなら、男性のほうが数は少ないから。

 

そして、それは自分も例外ではない。そして自分の魔力の成長具合についてもうすうす感じている。明らかに他の人よりも少なすぎると。

つまり……自分は二十歳になったら社会制度によって死ぬということ。

 

 

もし自分が馬鹿ならあの男性職員の言ったことをふざけるな、と言って奮起できた。そんな事情なんか知らぬ。俺は魔力が少なくとも強くなって見せる、と言えた。

 

あるいは、こんな社会制度なんてくそくらえとか言っていたかもしれない。俺が壊してやる、ぐらいのことは言っていただろう。

 

だが、中途半端に賢いせいで事情が理解できるのだ。そして、効率が良いということも。もしスレイブの男性が生殖行為をしなければ、人類は減少待ったなし。なんせ男性の半分ほどを占めるのだ。

 

そんな事情もあるから、村では女性が絶対だという思考とカッコいい女性に目を付けられることが良いことだという価値観が植え付けられた。

こんなことを知りたくなかったのだが。

 

じゃあ諦めるのか。残念ながら、そこまで賢くもなければ自己犠牲精神にあふれているわけでもない。

生きたいに決まっている。誰が好き好んで死にたいというのか。

 

そうなると最初の問いに戻る。

もしアバトワールに所属できれば、魔力を増やすことができるかもしれない。

あるいは結果次第では特例がもらえるかもしれない。

 

だが、自分の魔力ではどんなに頑張ってもEランクが限界。そんな魔力では生殖に耐えるだけの魔力を保有できず、特例も認められるはずもない。

どうすればよいのか。

 

いっそのこと、どっちかに偏っていれば、なんて思ってしまった。そうすればこの問いに関して、すぐ答えが出た。賢いことは諸刃の剣だ。

自分を傷つけることも賢いからこそできることだ。

 

そんな意味があるのかないのかわからないせめぎあい。それを心の中で行いながら歩いていくと、壁にぶつかった。壁にしては柔らかい感触。

 

新しい材質なのか、なんて見当違いの方向に考えを発展させると壁から声が聞こえてきた。中々甲高く、そして大きな声。

 

「聞こえているのかしら!? あなた!?」

 

そんな響き渡るような声にようやくティアは意識を現世に取り戻した。目の前に見えるは三人の少女。尻もちをついていることもあるが、自分よりも大きく見えてしまった。

 

「人様にぶつかっておいて、何の謝罪もないのかしら?」

 

「そうですよ! 本当でしたら罰が出てもおかしくないのだからね!」

 

「~~~~~!」

 

真ん中の女性が何か言うと、その周りにいる二人の女性がワーワーと付け足すようなことを言う。正直面倒くさい、なんて思っていたがぶつかったのはこちら。

そこは謝るのが筋だろうと思ったため、その場で立ち頭を下げて謝罪する。

 

「ぶつかってしまってごめんなさい」

 

その様子に溜飲が下がったのか、すぐ三人はその場から立ち去ろうとする。だが、ふとティアのことをじろじろ見始めていた。何か不審なものを見るような目。

 

なんだか薄気味悪くなり、その場から立ち去ろうとしたティア。

だが、その瞬間右手の手首がつかまれる。その方向を振り向くと

 

「ねえ、あなた。フードを被ったままって失礼じゃない?」

 

「そうよ、ちゃんとフードを取って謝ったら?」

 

「そうだそうだ!」

 

なまじ正論を言われて黙ってしまうティア。確かにフードをつけたまま謝るというのは非礼だ。そのため本来はそれを取るべきだろう。

 

だが、メルクとの約束がある。

このフードを取ってはいけないと。

その理由を最初はわからなかったが、今ではわかる。

 

下手に男性だとばれては絶対に面倒ごとになるからだ。何かわかりやすい権力や後ろ盾の有る男性ならあまり問題にはならない。

だが、ティアはそんなものを持っていない。

 

なんせ、目の前の子供がメルクの名前を知っているか疑問である。ついでに言えば、彼女たちの衣装や喋り方から察するにおそらく身分が高い人の子供。そういう状況下でメルクが後ろ盾になるとは考えにくい。

 

そこまでティアは考えたわけではないが、少なくともこの状況を打開するには自分でどうにかするしかないと考えた。そのため、誠心誠意頭を下げる。

 

「すみません、このフードだけはどうしても外せないのです。ぶつかったことは謝ります。だからどうか」

 

……しかし、人というのは隠されれば隠されるほど気になるわけだ。

つまりフードの中身が気になってしょうがない。そのため、真ん中にいた少女は他二人に銘じてティアの手を抑える。

 

それに必死に抵抗するが、バングルのせいで力が出ない。周りの子は明らかにバングルをつけていない。そのせいで全く身動きが取れなかった。そんな暴れるティアの元へ少女が近づき、フードを外してしまった。

 

「……!? あなた、男性だったのね!」

 

そんな驚きの表情を浮かべる三人。

見られた、と思って必死に顔を隠そうと腕のほうへうずめようとする。

しかし真ん中の少女がティアの頬をつかみ、正面へと戻した。

 

「……ふーん、あなた、結構かわいい顔をしているのね。決めたわ、私、こいつを連れて帰るわ」

 

いきなり何を言っているんだこいつ、と思考がショートする。

連れて帰るって、そんなペットじゃあるまいしできるわけないと。しかし、二人ははい、と返事をしてティアを引っ張り始めた。

 

「最近もっと男の子が欲しいところだったから収穫ね。たっぷり可愛がってあげるわ」

 

「イア様! 私たちにも触らせてくださいね」

 

「そうですよー!」

 

最初は冗談だと思っていたティアだったが、彼女たちの言動がそれを裏切っている。もっと抵抗しようと暴れまわるが、魔力なしではできることが限られていた。

そのためずるずると引き摺られるティアだったが、そんなときに横から声がかかった。

 

 

「待ちなさい! そいつは私の仲間よ。そいつを置いていきなさい」

 

サラが急いで彼女たちの前に現れた。

その白い額には大粒の汗があり、黒い瞳は三人の少女たちをにらんでいる。真ん中の少女が高笑いしながら、サラへ相対する。

 

「あらあら、レディ・サラ。何か御用かしら? 先に私たちが見つけたので、お茶会にも招待しようと思っていたのですが」

 

「ふざけないで。あんたがつかんでいるそいつは私の仲間なの。だから、さっさと手を放せって言っている。それに嫌がっているでしょ」

 

そう振られたため、ティアは必至でうなずいていた。

いくらなんでもこんな形で誘拐されるのは嫌、ということもあり首を大きくふっている。

そんな姿にため息をつくイアと呼ばれた少女。

 

「はぁ……伯爵令嬢ともあろう方が、こんなみすぼらしい男性を仲間だなんて……お家に傷がつきますわよ?」

 

「うるさい、ミス・ソークがそういう行為を目の前にする方がむしろ傷はつくと思うけど?」

 

にらみ合う二人。そんな二人の元へギャラリーが集まってきた。

子供たちの争いということで大人たちは黙ってみていたが、捕まっている少年の姿を見て動揺した雰囲気が広がっていった。

 

そんなときに動きがあった。

ティアだ。

 

彼が右手をつかんでいる少女を全力で蹴った。

当然ある程度は魔法で強化しているため、あまり痛みはないがその衝撃で右手を離してしまう。

 

そして空いた右手を使い、左手をつかんでいる少女に向けて全力で腕を殴った。すでに先生との訓練のおかげで、女性であっても全力で殴れるように指導されている。それに、あれだけ怖い目に合えば殴ることに躊躇もしなくなる。

 

そのおかげで両手が空いたティアは急いでサラの元へ走った。一拍遅れて気づいたイアはそれを追いかけるように走る。周りの観客は全員そんな光景を黙ってみていた。

 

サラに追いつくと、彼女も走り始める。

急いでこの場から逃げるためだ。ここはソーク領の魔法師ギルド。問題を起こしたとなれば、確実に悪者にされかねない。権力とはそういうものだ。

 

そんな二人を追い始める取り巻き二人とイア。

だが、追われる側と追う側で決定的な差があった。それが魔法を使用できるか否か。

そのせいで多少距離を開けても一瞬で追いつかれる。

 

後ろを見て、ティアがこのままだと捕まるなんて思ったとき。

取り巻き二人が何かにぶつかった。

違う、二人の前に何かができている。その事実に足を止める五人。

 

「騒がしいぞ、お前ら」

 

そんな低く響き渡るような声が聞こえてきた。

 

 

そこに現れたのは一言で言えば黒づくめの男だ。

黒いコートに黒い帽子、黒いズボンに黒い靴。目元は黒髪で隠されているが、髪の間から強い視線を発する。そんな男性が三人の前に現れた。

 

「何ですの、貴方!? 私が誰かと知っての狼藉で?」

 

「お前が誰だかは知らんが、騒がしかったからやめさせた。それが何か?」

 

「はっ、なら教えて差し上げますわ。ここソーク・ポリス領の領主が娘、イア・ソークですわ。さ、今なら無礼を詫びる時間を差し上げましょう」

 

そんなことを言う彼女。

だが黒づくめの男は全く動じず、それがなんだといわんばかりの態度だった。

というか実際に言った。

 

「あ、あんた……侮辱罪にしてやりましょうか!?」

 

「イ、イア様! この人はまずいです! この人は西部Aランク一位のオーニクスさんです。速く謝って逃げましょう」

 

おつきの少女がイアに耳打ちする。彼の正体をようやく知った彼女は真っ青な顔になり彼へ頭を下げようとするが、それを手で辞めさせる。

まるで犬を追い払うかのような動作だ。

 

「そんなもの要らんから、こいつらに謝ってさっさと失せろ」

 

「はい、すみませんでしたー!」

 

そして三人はトンずらしていった。ため息をつきながらも、目の前の男性がティアたちの方を向く。そういえば、自分たちも騒がしくした元凶だ。というか原因だ。なんて思ったティアは急いで頭を下げて謝罪する。

 

そんな頭を下げたティアに手を置き、ゆっくりと撫でる。

先ほどの雰囲気とは全く異なり、硬かった印象が多少和らいでいる。

 

「災難だったな、二人とも。とりあえず君はフードを被ると良い」

 

「……ふぅ、やっと仕事が、あ」

 

そんなところに用事を終わらせたメルクが現れた。

アバトワールのロビーはようやく静まった。

 

 

四人はあるVIPルームに集まっていた。

ティアの身に起きたこれまでの災難を説明させるためである。

ようやく落ち着いたティアはぽつりぽつりと話し始める。

 

「怖い思いをさせてしまって済まない。本当ならこんなことになる前に助けるべきだったが、発見が遅れてしまって申し訳ない」

 

二人の大人がティアへ大きく頭を下げて謝罪する。正直な話、居心地が悪くて仕方ないティアだった。なんせ、片方は自分を助けてくれたヒーローであり、もう片方は教えを乞うている存在。だから事情を話してほしいというと、メルクが簡潔に話し始めた。

 

アバトワールも経営面が楽ではなく、貴族から援助を受けているらしい。そういう影響もあって、そのお得意様の子供に対して強く言えないそうだ。今回、他の人が助けられなかった理由はそこにある。

 

ティアとしてもそれを強く責めることはできなかった。

なんせ、似たような経験がある以上ほかの人を責めてはブーメランになるからだ。とはいえ、そんなシュンとした態度を取られるとメルクとしても申し訳ない気持ちになる。

 

「お詫びと言っては何ですが、今回のランク戦をこのVIPルームで見てほしいと思っています」

 

魔法師にはE~Aのランクがある。E、D、Cの場合はテストでも得られる認定だが、それ以上になると違う形式になる。より具体的には格上と闘って資格を示さないといけない。それがランク戦だ。

 

そして、今日がそのランク戦の日。一般にも公開され、アバトワールという組織の実力を一般の人にも公開する日なのだ。会場に一般人も多く座っており、一種の大会のような感じになっている。

 

オーニクスが二人にあいさつをすると、部屋から出て行く。それに疑問を持ったティアが質問すると、メルクは

 

「オーニクスさんは、Aランクパーティの中で1位の方です。つまり、魔法師ギルドにおいて最強の戦力の一人ですよ」

 

その説明に再びティアは大声で叫ぶのであった。

何で男性なのに一位なのか、とかどうやって一位にとか聞きたいことが多くあったティアだったが、戦闘が始まるということで座らされた。

 

 

フィールドには四人の女性と黒づくめの男性……つまりオーニクスがいる。しかし、四人の女性のほうは全員フィールドのバラバラな位置にいた。どうしてバラバラの位置なのか、ということについてメルクに聞くと

 

「それは……難しいから合格したら教えてあげます。とりあえず、戦いを見ていなさい」

 

しばらくフィールドを見ていると、すぐに動きが発生した。オーニクスがまだ見えていないはずの敵めがけて進撃を始めた。その女性については彼に気づいていない。

そして、あっという間に百メートルも離れた女性へ近づくと剣を一閃。

 

女性の身体を横に切り裂いた。

その瞬間、血が出てくる、と思って目をつぶろうとする。しかし、先生から目を開けていなさいと言われたため薄目を開ける。

 

すると、その女性の断面図は肉体ではなく何か人形のようなものだった。そして、切れた瞬間に女性がフィールドから消えた。

 

「このフィールドは、現実世界と違う空間になっています。各々自分を模した人形のようなものを魔法で作ったのちに、そのフィールド内で戦うといえばわかりやすいですかね」

 

だからこそ女性が切れても血が出てくることなく、その場から消えるというだけで済む。異世界知識でVRみたいなもの、という感じで納得することにした。こういう時は便利である。

 

女性は一人切られたが、そのおかげかほかの女性は集まることができた。

これでオーニクスは三対一を強いられる状況となってしまう。だが、彼はそれを知っているのか知らないのか不明だが、再び女性たちの元へ突撃する。

 

そうしてたどり着くは広場。ここが決戦の場。

女性のうち二人が掌から魔法弾を用意する。そして、戦いが始まった。

 

オーニクスが動き出すと、女性三人も一斉に動き出す。魔法弾を用意した女性たちは後ろへ下がり、剣を持った女性は位置取りを調整しているかのように見えた。

 

そして後ろ二人の魔法弾が撃ちだされる。その数も、速さも、サラの物よりもずっと高性能。しかし身体を傾けることで避け、従容と、しかし素早く剣の女性に近づく。

 

その中で一人しか魔法弾を撃たず、もう一人は別の場所へ移動を始めた。その姿が隠れてしまい、観客席から見えない。

それにかまわず、彼はその人へたどり着いた。袈裟切りの凶刃が彼女へ襲い掛かる。

 

とっさに彼女は自身の剣を当てながら真横へ動く。真っ向から勝負せず横向きにそらしたおかげで何とか当たらずに済んだが、まだ攻撃は終わっていない。

 

だがその瞬間、彼は後ろへ後退を始める。なぜなら、後ろからの弾丸が迫ってきたから。

こうして再び距離を空けることに成功した女性たち。

 

今度は女性たちが仕掛ける。

魔法弾を撃ちながら剣の女性が彼へ攻撃する。

その魔法弾の数は先ほどよりも少ない。

 

それを適当に避けながら、目の前に迫る女性の剣を受ける。何回もつばぜり合いが生じたのちに、オーニクスが急にしゃがんだ。

その瞬間、彼がいたところへ曲がりながら魔法弾が迫っていた。

 

しかし、それを予期していたのか剣の女性は剣を下に振り下ろしている。

タイミングの有った連携攻撃。

それを避けるため、無理やり後ろへ下がる。

 

だが、後ろに下がった瞬間ジャンプする。

下がった場所に向けて魔法弾が発射されており、その対処が間に合わなかったからだ。

 

そして浮いてしまったオーニクスへ向けて、四方八方の魔法弾が彼に迫る。いつの間にか消えていたもう一人が現れ、彼めがけて魔法弾を撃っていた。そして彼女がいない場からも魔法弾が炸裂している。

 

逃げ場も動きようもない。ガードしようにも、全方向に魔法弾を防ぐだけの何かを用意するのは難しい。格上相手にあそこまで計算した動きと、全員で協力してあれほどの弾幕を用意したことに感嘆の念を漏らしたその時。

 

剣を持ちながら回転を始めた。何をやっているんだ、と思ったその瞬間。彼から嵐が誕生した。そして、彼の持つ剣が光始め方々へと飛んでいく。

 

回転はその場に滞在したが、何よりも恐ろしいのはその嵐からやってくる刃。弾丸はおろか周りにいた女性たちも巻き込み、そして切り刻んでしまった。

 

回転を終わると、彼の半径十数メートルはただの野原が誕生していた。

こうしてランク戦は終了した。

 

 

「今のがランク戦です。いやー惜しかったですね。作戦通り彼を空中に浮かせ、そこに魔法弾で仕留めるという形は良かったですが、最後は力業で持っていかれました」

 

メルクが二人に講評を話しているが、ティアからするとそんなことどうでもよかった。

男性であるオーニクスが、あんなに爽快な倒し方をしたことに興奮していた。サラはしっかりメモを取っていたが、興奮し続けているティアへコメントを添える。

 

「彼ですが……ほかの魔法師の方と比べると、魔力は多い方ではありません」

 

「え、ではどうしてあんな大技を打てたの?」

 

「溜め、ですね。レベルをためていたというのもあるでしょうし、魔法構成に時間をかけていたためあまり魔法を使っていなかったと思いますよ。きちんと節約すれば、ああいう大技も打てますからね」

 

魔法を撃つにも構成する時間とそれ相応の魔力が必要となる。彼の場合、戦いながらその魔力をしっかりと使い大技を撃ったというわけだ。

 

 

そんなティアの姿を見届けてある程度元気になった、とメルクは思ったのかテーブルをはさんで話始めることにした。話は例のセンシティブな話である。

 

再び暗い表情になるティアに対し、メルクはサラを立ち上がらせ彼へ向かわせた。するとサラがティアの目の前に近づき彼の頬をつかむ。

 

「あんた、生意気なのよ!

アバトワールに所属してもEランクにしかなれないとか、に十歳までしか生きられないとか言っているけど、そんな先のことを気にする余裕があるわけ?」

 

「へ?」

 

「今あたしたちがやることは何? 先生を倒すことでしょう? あんたの悩みは全部強くなれば解決する。だから、そんな不確定な先のことを悩むくらいなら、今この時について悩みなさい!」

 

そんな怒り口調で説教したのちに頬から手を放し、再び席に座った。状況の整理が追い付かないティアにメルクが説明を加える。

 

「ティアが暗い表情をしたことについて、すごーく心配していたのですよ。だからさらに代弁させました。彼女の言う通り、先のことについて悩むぐらいなら私を倒すことについて悩んだらどうです?」

 

そんな励ましに対して、答えなきゃ……と思うティアだったが、連想されるは不合格という言葉であった。それについて口に出てしまった彼にメルクは予想外のことを告げる。

 

「ああ、アバトワールは貴方を所属させないという話ですが嘘ですよ」

 

「は?」

 

「正しくは『私がティアのことをEランク程度しか伸びしろがない』と判断したら、たとえ試験が合格でも推薦させるつもりはないということです」

 

それはどう違うんだ、なんて思うティアだったが約一年前の言葉が思い浮かぶ。そもそも、自分を受験させるつもりはなかったと。

それはもしかして―――

 

「ようやく気付きましたか。私は貴方が将来それ以上の実力を持つと思っているため、指導しているのです。私は情だけで人を指導することはありません。ちゃんと魔法師ギルドに益があると思っているから、貴方を教えているのですよ」

 

メルクは割と現実的な側面を持つ。最初にティアを拾ったのは情だが、彼に魔法を教えているのは情だけではない。

きちんと利をもたらすからという理由だ。

 

「確かに今のまま進んでも貴方の魔力はEランクが精々ですが……アバトワールに入ったことで魔力が急激に伸びたという人もいます。あのオーニクスさんもそうですよ。

 

あなたがもういいです、というなら止めはしませんが、まだ諦めないというなら目指したらどうですか?」

 

……そこまで言われて、今まで自分は何をあほなことに悩んでいたのだろうか、なんて思ってしまった。

あれだけ回り道をして、結局戻ったのは先生を倒すこと。

 

悩んだ時間が無駄、と言われればそれまで。

だが、今回のことで多くのことを学べた。そのうえで……強くなりたいと思えた。それだけでも、収穫物だ。

 

そんな自然体のまま二人にお礼を言うことができた。

メルクはここまで言わせたのだから、強くならないと承知しないと笑顔で言っていた。割と本気そうで怖い。

 

サラはいつも通りふんと鼻を鳴らすだけだった。何かお礼をしたい、というが彼女はそれを固辞した。

 

「別に……イアの借りを返しただけだし」

 

「え?」

 

「何でもないわよ。それよりも早く帰りましょう」

 

そういって外に出ようとするサラ。だが、もう一つ彼女に言いたいことがあった。それは・……

 

「ねえ、サラさん。俺とペアを組みませんか!?」




前回と今回の話ってどうでしょうかね。
筆者的にはいろいろおいしい話ですし、魔法を使った戦闘についても描写したかったため面白かったのですが、読者的にはちょっと回りくどいかもしれません。

キャラ的にぶれていないかなーなんて不安でしたが、割とセンシティブなところもあるのでまあ大丈夫でしょう。

今までの強くなりたいの理由と変わりました。やっぱ二章でもよかったかも。

次回からは修行編に戻ります。
そしてようやく友情タグが仕事を……(ライバルタグの方が良いかも)


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タッグ

遅くなりました。

本日の話で主人公がようやく活躍し始めます。


アバトワールに社会見学に行った日から翌日。

二人はペアで先生に挑むことになった。

 

きっかけは帰りの道。そこでも、ティアはタッグを組まないかとサラへ提案していたのだ。そもそも課題は一人ずつやるものだからペアを組めないと、彼女が猛反発したところ。

 

ティアはそもそも一人ずつ先生に挑まなければいけない、なんて言われてないと反論した。確かに言ってはいないが、ただの屁理屈である。だが、そんな屁理屈が通ってしまった。

なぜなら、メルクは面白がったから。

 

そうなると、サラとしても組まない理由がなくなる。ティアが弱いからというのは理由にならない。なぜならサラも手も足も出ずに負けている。要するに説得力がないわけだ。

 

そうしてごり押しされた結果、組むことになってしまった。そして今先生の元に二人立っているという感じである。

 

ちなみに休日でもないのにメルクが家にいる。それは休日出勤みたいなのを昨日行ったためである。本来なら休んでもよいはずだが、二人の戦闘を見たいということで修練場に立っていた。中々の弟子思いであった。

 

 

そして初めてのペアでの戦闘が始まった。

まずはティアが前進を始める。試験を始めてから一年経っているため、出力の調整ができるようになっていた。あまり直線的にならないように、カーブを描きながら近づく。

 

ティアのいない方向から魔法弾を撃ちだすサラ。狙いはもちろんメルク。

いつも通り魔法弾をはじくものの、ティアのほうを見ていない。彼にとってチャンスであった。

 

魔法弾のおかげでメルクが隙をさらしている。具体的には、ティアへの注意がおろそかになっている。そして間合いに入っても、魔法弾の対処のため別の方向を向いている。そんな先生へ拳を振りかぶるわけだが。

 

拳が胴体へクリーンヒットしようとするとき……メルクが急に動いた。正確には、ティアをメルクとサラの間になるように動く。射程上に人がいることで攻撃できなくなったサラは舌打ちした。

 

一方ティアも攻撃を外したわけだが、すぐ姿勢を戻してメルクへ相対する。そして再度踏み込みながら右腕で仕掛ける。先ほどと異なり前傾姿勢ではなく、構えているような姿勢。

 

いつもと動きが違う、何か違うことをやってくるのではないか、なんて予想するメルクだが、その想像は当たる。そのティアの拳が思った以上に早かった。そのため、避けることにシフトする。

 

避けられたティアだが、表情を変えることなく次の動作に移る。体重を乗せていないためか、腕をすぐに戻し左腕で攻撃を始める。こちらもいつも以上に腕を振る速度が速く、避け辛いと感じたメルクは胴体をひねることで回避した。

 

この避け辛い拳はティアの新技である。

今までは自分の腕に魔力を注ぎ込み、全力で殴りかかるという脳筋スタイルだったが、昨日の戦闘を見て彼は戦闘スタイルを変えた。

 

似ている作戦を上げるならヒット&アウェイスタイルと言える。

厳密には逃げてはいないため意味は異なるが、一撃を軽くする代わりに隙を少なくするため似てはいる。

 

何故そんなことができるのか、という原理は難しくない。

攻撃するときに腕を振る。その時にジェット機のように殴る方向と逆方向に魔力を発射している。戻す時も同じ。

 

その分直線的な攻撃にはなるが、もともと直線的な攻撃だったため大した問題ではない。実際、ティアの攻撃は非常にキビキビとしたものになった。

 

そこに加えて、後ろからサラが何発か魔法弾を放っている。今までのまっすぐ進む魔法弾……通称ストレートではティアがいて邪魔、ということで曲射の魔法弾を撃っていた。こちらはスレイダーと言われており、弾道が撃ったのちに曲がるという性質を持つ。

 

あまり使ったことがない……というよりこちらも新技。加えて距離や状況も悪いことから、スレイダーの命中率は悪い。明後日の方向や地面にヒットすることが多かった。とはいえ、少なくともメルクの牽制や逃げ道を塞ぐことに成功している。

 

複数の攻撃に気を使うのは難しい。それが今のメルクの状態ならなおさらだ。片方だけならどうとでも対処できるが、こうして併せて攻撃されると辛いものがある。しかし、現状から抜け出すこともできずひたすら避けに回るしかなかった。

 

そして戦局が動く。

ティアの攻撃が右肩にあたった。魔力もあまり込めておらず、体重もかけていないためダメージはないに等しいが、体勢を崩すことに成功する。

 

その結果、メルクの胴体ががら空きになった。ここがチャンスと言わんばかりに大技を仕掛ける。魔力を最大限込めた右脚で横蹴り。ガードしようにも、右腕が身体の後ろ側にあり間に合わない。

 

そしてノーガードの胴へ入る直前。

ガンという音がした。そちらを見ると、胴体のすぐ近くに小さな白いものが浮かんでいる。それに右脚が当たっていた。

 

まただ、またこの白い壁だ、とティアは辟易したくなる。隙を作ったとしても、この白い壁に封じられてしまう。しかもどこにでも出てくるというおまけつき。

足だろうと胴体だろうと肩だろうと関係ない。

 

そのせいで今まで攻撃が一回も通じず、倒される。

そして、今回もそう。右脚を上げたせいで大きな隙が生じたティアの額にデコピンをした。

単なるデコピンと侮るなかれ。キチンと魔力は込められている。

 

あの攻撃の反動より魔力切れで防御できない。体を後退させることで何とか衝撃を落とそうとするものの、きちんと距離を詰められることでしっかりダメージを食らってしまった。

 

 

そんなあっさりやられたティアを見て苛立つサラ。勝手に一人で飛び出し、こちらの支援ができないような動きをされて、そして倒されてしまった。ざまあないと言いたくなる。

 

実際のところはティアが悪いというより、メルクの動き方が絶妙にうまかったことが原因だ。サラが動けばメルクも動き、必ずティアを挟むようにしていた。

 

魔法師同士の戦いの場合、こういう場面にならないよう魔法弾を撃つ人……トリガーが上手く位置取りをする必要がある。だが、いきなりそんな高等技術ができるはずもない。それゆえ、サラはティアのことを責めているのであった。

 

サラは向かってくる先生めがけて直線的に進む魔法弾……所謂ストレートを放つ。しかし、そのストレートをすべてはじかれていた。残念ながら、これも日常的な風景だ。

 

いつも魔法弾が全く効かない。胴体に当たったとしても、そのすべてが弾かれている。意味不明としか言えなかった。実際のところは魔法によって、彼女のストレートをはじいているがどんな魔法か不明なので同じである。

 

そしてきっちり距離を詰めて攻撃姿勢に入るメルク。

こうなったらヤケだといわんばかりに至近距離で大量のストレートを用意し、先生にぶつけた。密度、火力申し分ない魔法弾。

 

しかし、メルクにはやはり傷一つ付けられていなかった。さらに接近したせいで逃げ場がない。そんな詰みともいえる状況の中、第三者の手が入った。

 

 

ティアだ。

彼がメルクへ走りながら拳をあげて殴りかかってくる。そんな予想外の乱入に驚き、二人の動きが一瞬止まる。

 

だが、すぐにメルクは動き出しながら分析を始める。

彼の位置が近く魔法を構成する暇もない。とはいえ、今の彼は魔力もなく構成もできていない。つまりただの生身と同じ。ならばカウンターを決めればよい、と判断した。

 

そしてティアの殴り掛かる右拳に合わせて右手を広げて出すメルク。自身が魔法を使っている以上何の問題もないと思ったその瞬間。ティアから魔力が生まれた。そして、それがすぐに右拳に集まっている所まで。

 

まずい、と急いで魔力を右手に回そうとするが遅かった。右手から強い衝撃が加わり、大きな痛みが右手に生じる。予想外の衝撃に顔を歪めた。

 

 

この試験を初めて一年以上経ち、初めてメルクへ一撃を与えたのはティアだった。

 

 

痛みに顔を歪めながら笑顔をつい浮かべるメルクに二人が襲い掛かる。

後方からはティアが再び攻撃を仕掛けてくる。前方はサラが立ち直ったのか、再びストレートの用意をしている。先ほどと逆の立場だ。挟まれている。

 

だが、彼女は全く慌てず右手と左手をティアとサラへそれぞれ向けはじめる。

そして彼女へ接近したときにその手から衝撃が発生した。

 

その結果弾は消えるどころかサラまで届いて少し飛んだ。ましてやティアは衝撃に巻き込まれ、十メートル以上も吹っ飛んでしまう。そしてサラのほうへ再び近づいて彼女へ攻撃を加えて気絶させる。

 

最後はあっけなかったが、試験が終了してしまった。

二人が初めてタッグを組んだ試験だったが、連敗記録を重ねるだけであった。

 

 

二人を起こした後に恒例の講評を始める。

これはメルクが二人の戦いがどうだったか、を述べて改善点や良かった点をほめるという会である。

 

例えば『ティアの攻撃は極点だらけで、動きが単調』と指摘されたのもこの講評によるものである。いつもはメルクがスラスラと説明を始めるが、今回のことについて少し悩んでいた。

 

「うーん……とりあえず、連携部分から説明しましょうか。二人とも初のタッグでしたが、結構息が合っていました。戦い方はおおむね今回の通りで間違っていないので、あとは連携を組む際の動き方についてですね」

 

そんな評価が下る。

実際のところ、ティアが前に出て、サラが後ろで魔法弾を撃つというスタイル自体は間違っていない。問題になったのはもっと難しい部分である。

 

「まずティアのほうはもうちょっとサラの位置を気にすることから始めましょう。私がちょくちょく動いていたにもかかわらず、何の疑問も持たずに追随しているのは少しまずいです」

 

本来なら、魔法弾を撃つトリガーが上手く位置取りをするべきだといわれている。なぜなら、実際に近接戦闘をしている人であるクローザーはそれを気にするだけのリソースがないから。距離がある分余裕があるトリガーが気にすべきということである。

 

ただ、それを考慮してもメルクの誘導に乗っかりすぎたところはある。そのせいでサラが魔法弾をうまく打てるような位置取りができず、何もできない時間が生じてしまった。これでは連携を組む意味が薄まってしまう。

 

その後はサラの機転というか新技のスレイダーで補助をしていたが、もし覚えていなければ何もできずにティアはやられてしまっていた。

それを指摘されシュンとしているティアへこの言葉で締めくくった。

 

「まあ、初めてなので仕方ないです。次からはサラとよく相談してどういう位置で戦うかを決めるか、あるいは上級者向けですが感知でお互いの位置を確認して動くといいでしょう。最初にも言いましたが、動きは悪くなかったです」

 

そんな励ましをしてティアへの指摘を終えた。

自分の言いたいことを言ってくれた、と思い溜飲を下しているサラへ鋭い目が向けられた。

 

「次にサラ。今回は打ち合わせや経験不足もあるなか、よく頑張りました。特に援護のスレイダーは見事で、私をその場から逃がさないようにする動きは見事です。ただ、もっとティアのために大きく動けばなお良かったです」

 

「……誰がこいつのためですって!?」

 

ティアのため、という言葉に憤慨するサラ。

それもそのはず。彼女からすると、いつもならきちんと打てる場所にティアがいる。まあイライラするわけだ。加えて言うと、サラのイメージした連携と実際の結果が異なっていた。

 

サラの考えていた連携はティアがメルクの動きを止め、サラの魔法弾で仕留めるという形だった。なぜこういう形かというと、昨日の戦い方がそういうものだったという点、そして彼女のプライドであった。

 

しかし、実際のところはティアが自由に動いたため、自分はまともに打てなかった。そのせいでイライラしたことに加え、まるで援護する役という扱いに爆発した。そんな様子にむしろメルクは驚いている。

 

「え、今の魔法弾では私に傷一つ付けられない以上、ティアの援護に徹したと思っていたのですが……。もしかして違いますかね」

 

「違うに決まっているでしょ! こいつなんかいなくたって先生を倒してみせるわ!」

 

そう大声をあげてサラはその場から走り去っていった。開始早々タッグ解消の危機である。

自分一人で先生をいつか倒せる、なんて思っているサラからすると、こんなペアや扱いはまっぴらごめんというわけだ。

 

そんな彼女をボケっと見るティアに肩をすくめるメルク。

ヤレヤレと言いたそうである。

 

「彼女は焦っているのですよ、ティアの成長に。昔は決定的な差があったにもかかわらず、今となってはティアに越されたなんて思っています」

 

「え? まだ勝てる実感が湧きませんが……」

 

「でしょうね。多分今勝負したら、勝率二割ぐらいだと思います。それはともかく、私に一撃入れたことに『越された』なんて思っているのではないかなーって思っています」

 

そういわれて、ああなるほどと納得するとともに複雑な気分になるティア。勝率二割程度ということはほぼ惨敗するということだ。そんなことを言われてうれしくなるかという話である。

 

「まあ、貴方のことはなんだかんだ言ってライバルと認めていると思いますよ。そうでなければ、昨日のようなことは言わないでしょうし。それに、今はサラにとって成長するチャンスなのです。ああは言っていますが、ぜひこれからも継続してタッグを組んでくれませんか?」

 

どうして試験官のメルクがタッグを組んでほしいと頼むかよくわからないティア。とはいえ、ティアからしても自分一人ではまだ先生に勝てるビジョンが見えてこないため、もちろんということで返事をすると、彼女はほっとしたような顔をした。

 

「ありがとうございます。サラって同年代と一緒に協力して何かを達成したことがなくて、不安だったのですが……あなたがいてくれて助かりました。さて、サラの件はともかくとして、講評に入りましょうか」

 

という言葉を持って、二人の雰囲気は少し変わった。例えるなら先ほどの空気は師匠と弟子だったが、今は試験官と受験生の関係である。違いはあまりないが、今のほうがピリッとした空気だ。

 

「率直な感想を言えば、すごく良かったです。わざわざ休日に連れ出した甲斐がありました。あの素早く拳を繰り出してすぐに引っ込める技、何か名前でも付けていますか?」

 

「え、名前ですか?」

 

いきなり名前と言われて口ごもるティア。

そんな中二病みたいなことを考えろと言われても、すぐ思いつくほど訓練されているわけではない。

 

「名前を付けた方が魔法のイメージがしっかりするので、つけた方がいいですよ。それはともかく、あの新技のおかげであなたに隙がなくなりましたし、隙を作ることにも成功しましたね」

 

「ありがとうございます。昨日の戦いを見せてもらったら、ぱっと思いつきました。手から魔法を撃ちだすことができるなら、これもできるかなーって。」

 

なんて戸惑いながらも笑って答える。やはりどんな人でも自分の考えたアイデアが上手くいった時はうれしいものである。

 

割と簡単そうに言っているが、昨日の戦いでは手から魔法を出すところはあったが腕や肘から魔法を出すところはない。しかし、今日のティアはそれに近いことを行ったのだ。なぜそれが思いついたかというのはティアだからとしか言えない。

 

その発想力について少し感心するメルクだったが、今回の戦闘で最も疑問に感じたところを質問する。

 

「そういえば魔力が切れたはずなのに、再び立ち上がった時はどうして魔力を持っていたのですか?」

 

本来、魔力が切れたら回復には個人差はあるものの一日はかかるといわれている。つまり、魔力回復量は保有できる魔力に比例する。だが、ティアの場合は一瞬で魔力が回復した。そんな常識離れの結果について、聞いたわけだが聞いた本人が一番困惑していた。

 

「えっと……すみません、よくわからないですが、先生に教えてもらった呼吸をすると、なんだか身体から力が湧いてきたので、出来そうだと思ってやったらできちゃったって感じです」

 

なんて返答である。正直に言えばティアにもわかっていなかった。だからこんな曖昧な返答になるわけだが。そしてメルクのほうも正直原因がわからない。そのため、

 

「まあ、あまり使いすぎると魔臓に負担がかかるでしょうから一日二三回程度に収めておきなさい。

 

とりあえず本日についてまとめると、連携については今度からサラと相談して位置を決めておくこと。あの新技はよくできているのでこれから隙を作るときはしっかり打っていくように」

 

なんて感じにまとめるのであった。

 

 

ちなみにあの新技についてはメルクがノリノリで考えてくれた。

クイックブロウである。魔法師はやはり想像力豊かである。




ここから、ようやく主人公の努力が実を結び始めます。

後三話なのでお楽しみに。


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ライバル

課題戦闘があった日から翌日の朝。

ティアとサラは相対するかのように修練場に立っていた。

二人とも構えており、戦闘する直前である。

 

どうしてこうなったのか、については数時間前にさかのぼる。

朝起きていつも通りランニングと呼吸、そして基礎魔法の訓練をした後朝食を準備した。そしてサラと二人で食べ終わった後、彼女は宣言したのだ。

 

「あんたとペアを組むのはやめる」

 

それを聞いたティアの最初の感想は、まじか……である。確かに昨日の戦いはサラにとってはあまり好ましくなかっただろうが、まだ最初に過ぎない。

だからこれからもっと作戦を練っていけば、なんと思っていた矢先にこれである。

 

残念ながらサラは昨日のことについてそれなりに引っ張っていた。なぜかというと、あれでは自分がティアに頼らなければ課題をクリアできないではないか、というプライドである。

 

実際のところ、弾を打つ人であるトリガーが敵に致命傷を与えるという作戦も多い。クローザーは基本的に考えることが多い。敵の動きを観察すること、その位置取り、回避、操作、強化など挙げればキリがない。

 

適切な配分で敵の攻撃を避けるだけでも精一杯だろう。そこに致命傷を与えるという役割を与えてはパンクするわけだ。

そのため、エースはトリガーに……というケースもある。

 

だが、サラも自分がこれをするには問題があるとは気づいていた。それは火力不足。

年齢を重ねれば魔法弾の威力は増える、と思っていたにもかかわらずあまり伸びていない。

 

しかし、その原因がわからない。

だからこそ彼女はいらいらしていた。そんな中、ティアの成長を見せつけられたわけだ。

爆発しても仕方ないというわけだ。

 

とまあ、そんな裏事情を知らないティアは頑張って説得しようとしていた。それが逆に火に油を注ぐ行為だと知らず。こうしてもつれにもつれた結果。

 

「わかったわよ、じゃあ戦って決めましょう! 私とアンタが戦って、勝った方の言うことを聞く。それでいいかしら?」

 

「いいでしょう、約束を忘れないでくださいね!」

 

なんて言って盛り上がったわけである。そして話は今に戻り、修練場。

二人して相対しているわけだ。

 

ぶっちゃけ、勝率二割の敵に挑もうとするティアもティアである。先生に一撃入れられたこと、そして褒められたことに調子に乗っていたのだろうか。お互いに欠点を認識しながら、感情的に動いた結果戦闘になるあたり本質的に似ていた。

 

「あんたがスタートって言ったら戦闘開始よ。先手は譲ってあげるわ。

これに懲りたら、私に共闘を持ち掛けないでね」

 

「……自分に先手を譲ったこと、後悔させます」

 

と言いながら、二人は距離を取る。

一応今までの課題から、距離をある程度取ったうえで戦闘を始めている。その慣例に従ったわけだ。

 

スタート、という前に彼女の分析を始めるティア。

サラの最大の武器は中距離からの魔法弾。近接もできるだろうが、あまり戦闘で使っていないことから得意とは言えないと推測できる。

 

一つ一つの魔法弾の火力は低いが、最も脅威なのはその密度。水滴石穿という言葉がある通り、威力が低かろうとも同じ場所に力をかければ防御を打ち破ることができる。

サラの魔法弾は物量作戦なのだ。

 

メルクもその脅威を理解しており、出来る限り別の場所に当たることで効果をなくしている。だが、あれは技術があるからできることで自分にはできないと考えている。

 

そうなると、彼女に対して有効な戦法は限られる。

すなわち、出来る限りかく乱しながら近づいて攻撃するということ。

なるほど、結局いつも通りである。

 

そんな感じで作戦を決めたティアはイメージトレーニングを始めながら構える。

そして、スタート……と叫んだ瞬間。足に魔力を集中させて強化に使う。すると、サラの意識よりも早く移動することに成功した。

 

メルクとの初期の戦闘時に使っていた、極点集中による高速移動である。今の段階では魔力をすべて使わずとも高速移動ができるため、非常に使い勝手が良かった。

 

ティアがこれだけ早く動けることに予想外のサラ。最近の戦闘ではこの高速移動は使っていなかっただけになおさらである。

 

大分遅れてティアへ意識を向けた後、急いで魔法弾を撃ちだすが速度も出ておらず大きさも小さいため体をひねるだけで躱すことに成功した。先生との近接戦闘の経験が如実に表れている。

 

結果、まともに魔法弾を撃たせず距離を詰めることに成功したティア。彼にとっての間合いにまで近づかれたサラはまずいと思うものの、これ以上動いては攻撃を決められる。

つまり、サラにとって不利な位置で戦わざるを得なくなった。

 

二人とも動きが止まり、一瞬にらみ合い状態となる。だが、すぐにティアが動き出す。例のクイックブロウでサラの肩を狙う。メルク相手にはダメージはほとんどなかったが、サラ相手の場合は話が違う。

 

きちんと魔法で防御していたメルクに比べ、サラの場合はそれどころではない。今は目の前の敵に対抗するために魔法弾を作らなければならない。防御しながらその作業をするのは彼女にはできなかった。そのため回避するしかない。

 

これは魔法の構成という現象に時間がかかるからである。身体が勝手に作ってくれるのは魔力までである。魔法をつくには魔力を使って自分でその現象をイメージしなければならない。

 

一度に二つのものをイメージするのは難しい。少なくとも今のサラにはそんな器用な真似はできない。そのため回避するしかないのだ。

腕や肩に何度も攻撃があたり、痛みに悶えるサラ。

 

だが、そんなサラにも反撃の機会がやってきた。ようやく魔法の構成ができたのだ。

そしてクイックブロウの動作中を狙って胴体へ魔法弾を撃ち始める。

 

それに反応しきれず、魔法弾に直撃するティア。

急いで魔力を体の表面に回しガードしたため軽傷で済んだ。

だが、食らったときの衝撃でサラとの距離が離れてしまった。

 

これはティアのミスだ。

本来なら敵の攻撃を避けることもクローザーの仕事だ。それにもかかわらず、引き際をわきまえず攻撃した結果被弾した。

 

今回は防御がギリギリ間に合ったためダメージは少ない。とはいえ、せっかくの攻撃チャンスを手放してしまったことに変わりない。

 

そこからはサラのターンが始まった。

正面から魔法弾が迫る。防御するには厳しい弾密度。これ以上後ろに下がるわけにもいかないティアは扇状によけるしかない。

 

だが、サラはティアの動きを理解していた。ティアが逃げた先めがけて魔法弾を撃ってくる。仕方なく足に魔力を使って大きく回避するものの、魔力を使ったときまで想定して魔法弾を撃つサラ。

 

これは先ほどの接近の時に、ティアの速度に慣れてしまったが故。サラも一度引っかかったものに二度引っかかるほど間抜けではない。それゆえ、ティアはひたすらサラの周りをぐるぐる回って逃げるしかなかった。

 

 

そんな硬直状態が続く。

ティアはこの状況に徐々に焦りを覚えてきた。このまま続けても自分に勝ち目はないと。

 

なぜなら、保有している魔力はサラのほうが圧倒的に上だから。自分も避けるためだけに魔力を使ってしまっている以上、いつか動けなくなってしまう。

 

いくら急速回復できるとは言え、それは無尽蔵ではない。自分の魔臓を無理やり動かして魔力を作っているに等しい。つまり、限界がある。

 

その回復量とサラの魔力、どちらの方が上かわからない。それに加えて自分の集中力が持つかわからない以上、逃げ回るのは愚策。

 

かといって、円周上に逃げるのではなく横に逃げるのも考え物だ。なぜなら、横に逃げれば逃げるほどサラと距離が空いてしまうから。空中へ飛んで逃げるのも論外。

そうなると、とれる手段がほとんどない。

 

色々考えたが、これ以上魔力が少なくなる前に決断に動いた。

逃げ回るのを止め、サラのほうへ向く。そして彼女のほうへ走り始める。

 

当然目の前には大量の魔法弾。その魔法弾に対抗するため腕に魔力を集中させる。そして、その魔法弾に対して殴りかかった。

瞬間、風が吹き荒れた。

 

その衝撃にサラはティアの姿を見失ってしまった。

急いで感知や閲覧等でティアの姿を探すものの、全く引っかからない。かといって、周囲は土煙のせいで全く見えない。

 

倒れたのかしら……なんて思いながら、キョロキョロと探すサラ。そんな彼女に、ティアが襲い掛かる。横から現れ彼女の胴体へ渾身の右ストレートを決めた。

 

当然、全力の魔力を込めている。不意打ちの攻撃に対応できなかったサラは煙の中吹っ飛んでいき、修練場外にある大樹に当たることで止まった。

場外でもあり、気絶もしている。

 

ティアの勝利で終わった。

 

その後すぐにサラは目を覚ました。すぐ横にいるティアが心配する声をかけたが全く反応なし。直後、彼女が大声で叫び始めた。

 

「なんで! どうして! 私が負けるのよ!

魔力も、勉強量も、距離も、あんたよりずっと多い……なのに、どうして勝てないのよ!

どうしたら、もっと強くなれるのよ……」

 

彼女にとって初めての挫折だった。

自分よりもあれだけ弱かったティアに、本気で戦って負けた。

今まで怠けていたわけではないのにもかかわらず。

 

途中までの展開は良かった。

ティアを追い詰め、このまま押し切れるかと思った。にも拘らず、彼の極点攻撃と魔法弾が相殺してしまった。おかしいだろう。

 

なぜ自分よりも圧倒的に魔力の少ない人間が、自分よりも火力を出せるのか。

そんな叫びにティアは言いづらそうにしゃべり始めた。

 

「その……サラさん。貴方の魔法弾の威力って、自分が最初見た時からあんまり大きく変わっていないような気がします」

 

その一言を聞いて彼女は急に黙ってしまう。

威力が変わっていない? なぜ、どうして? 魔力が増えれば増えるほど威力が高まるはずなのに。悩み始めたサラにティアが質問する。

 

「ちょっと質問ですけど……サラさんって魔法弾をどうやって構成していますか?」

 

「どうやってって……そんなもの意識して……」

 

「こういうことを言うのもなんですが、もしかして意識していないと魔法弾の威力が変わらないとかってありませんか?」

 

ティアの発言にサラは目をびっくりさせる。

無意識で魔法弾を構成しているから、魔法弾の威力が変わらない。

 

言われてみれば……なんて彼女は納得する。

魔法というのはイメージだ。ダメージを与えたい、というイメージがあればあるほどより攻撃力が増す。

 

しかし、サラの場合は天才だった。というか天才すぎた。

なんせ、碌なイメージを持たずともすぐに魔法を再現できてしまう。それが罠だった。

そこに気づいたサラはティアへ近づき揺さぶりながら聞く。

 

「教えて頂戴! どうしたら、もっと威力のある魔法弾が作れるの!?」

 

「た、例えば、先端をとがらせるとか針のような細いものにするとか……あと速度をもっと上げてみるとか……」

 

大した異世界知識ではないが、より火力の出そうな形状を適当に列挙するティアだったが、当の本人は目を白黒にしながらイメージに入る。

 

しばらく自分の世界に入り込んでいたサラだったが、しばらくすると目をかッと開いた。

そして、ティアへ頭を下げてお願いした。今までの態度と異なり、彼を見る目は一人のライバルとして見る目であった。

 

「ティア、もう一回私と勝負して頂戴! もしかしたら、コツがつかめたかも!」

 

その剣幕に驚きながらもティアは頷き再戦を受け入れた。そして再び戦いが始まる。

スタート、と彼が宣言した瞬間。

目に見えたのは空だった。

 

なんと、彼が動き始める前に弾を撃ちだしている。

その弾が今のティアには全く見えなかった。鬼に金棒どころの騒ぎではなかった。

 

夜空が輝く時間になったころ。二人は修行場で横たわっていた。修行場は荒れに荒れており、見るも無残な姿である。

 

なお、あの後の戦績は十戦一勝八敗一分け。もちろん、ティアが二勝の方である。最初のほうはひどく、ちょっと動いただけでティアが射抜かれて試合終了となった。

 

最後の方で速度に慣れたのと、意地を見せて引き分けまで持ち込んだティアをほめた方が良いだろう。初めて魔力という理不尽を感じた。そんなティアへサラが立ち上がり、手を伸ばす。

 

「貴方に借りができたわね。ありがとう。お礼と言ったら何だけど……何か私にできることがあれば何でもするわ」

 

「……もしよろしければ、自分とペアを組んでいただけないでしょうか?」

 

「なんでそんな丁重な態度なのよ……。それに関しては私の負けだから当然従うし、私としてもティアと組みたくなったところよ。もっと他にないの? 聞きたいこととか」

 

先ほどの件があってから、サラは異様に丁寧な態度になった。今までもつっけんどんながらやさしいところはあったが、今となっては別人のような態度だ。

 

そんなことに驚きながらも、ティアは聞きたいことを考える。魔法弾の構成など、技術面で聞きたいことはあるものの……それ以上に気になる内容があった。ゆえにティアは彼女にぶつける。

 

「答えられないことでしたら構いませんが……サラさんってなぜこの場でこのような生活をしているのですか?」

 

そんな予想外の質問に動きを止めざるを得なかった。あまり面白くない話であるが、先ほど何でもと言った以上、答えないわけにもいかない。それになぜかティアには話したい、なんて思った。

 

この感情の正体はよくわからないが、おそらくこの感情に従った方が良いだろうという直感が彼女を動かした。

 

「……そうね。きちんと理解してもらうには最初から話さないといけないわ。長くなるけど聞いてもらえるかしら?」

 

 

★★★

彼女は物心つくのが早かった。普通の子供であればおおよそ三歳ぐらいから記憶があるといわれ、喋り方も単語ではなく文章になる。しかし、サラはそんなレベルではなかった。

 

なんと彼女の場合赤ん坊のころの記憶を持つ。さらに一年半程度で舌足らずとはいえ、きちんとした文章をしゃべり始めた。

異常としか言えない。

 

生まれた時から知識のあるティアでさえ、物心がついたのは三歳。そして、その持って生まれた知識を咀嚼しそれを自分の心情へ昇華したのは四歳の時だ。

 

そんなサラだったが、彼女の父親や母親はすぐに受け入れた。むしろ彼女を歓迎した。なぜなら、この世界では彼女のような子供は天才だとみなされるから。

 

この世には魂というものがあると信じられている。生まれてきた子供に魂が宿ることで思考や意識といった人間に欠かせないものを持つ、という価値観だ。ゆえに肉体はあくまで魂の補助に過ぎない。

 

その魂の出どころは神である。神が魂を改変させ、あるいは作り上げる。それを子供に注入することで命が生まれる。その魂がきちんと身体になじむまで、言語や思考といった能力は統制される。

 

それがうまくかみ合うまでの年数は平均して三年。

だからこそ、三歳まではうまく話せず記憶も定着しないとされている。

以上がこの世界の死生観である。

 

だが、稀にその魂がすぐに定着するケースもある。それがサラだ。彼女の場合、生まれたと同時に定着してしまった。まるで神が彼女の身体専用の魂を作ったがごとく。だからこそ、彼女のことを天才だと祭り上げるに至ったというわけである。

 

加えて言えば、魂も成長……というより適した形へ変形しようとする。そして幼いころのほうがより適した形へしやすいというわけである。魂の成長と精神の成長はつながっているため、彼女は早熟であった。

 

 

そんな彼女にも弱点があった。それは生まれつきあまり魔力が多くないことだ。これは魂の早期定着においてよく見られるケースである。本来魂と魔力を貯蔵、生成する器官である魔臓とは直接的な接点はないといわれているが、なぜかそういう傾向にあった。

 

とはいえ、魔法についての育成は年齢を重ねないと行えないため彼女の両親……オザン家のものはサラを好きなようにさせていた。特に本を読むことや双子の弟と遊ぶことが好きで、教育を終えたらすぐに弟の元へ向かうほどだった。

 

だがそんな彼女の幸せはあっという間に崩壊した。

彼女が二歳の時、彼女の家に魔獣が襲撃したのだ。人を丸呑みできるほどの大きさの魔獣が数えきれないほど襲い掛かってきた。

 

そんな魔獣を見てサラも逃げ出した先には父親であるトトを発見した。トトと一緒にすぐ地下通路から逃げ出すこととなる。ようやく屋敷から抜け出せたときにトトへ聞く。弟と母親はどこか。

 

「カナが今闘っている所だから、ここで待っていよう」

 

一瞬逡巡したその言葉をサラは信じるしかなかった。自分で戦いたいと思えるほどに彼女に力も勇気もなかった。だが、その決断を彼女は一生の傷として残ることとなる。

 

翌朝。

屋敷はボロボロであったが、魔獣はすでにその場にいない。そこにトトと母親のカナが現れた。だがその表情は暗い。

そこで彼女は察してしまった……が、あえて聞いてしまった。

 

「すまない、私の力不足だ。……ライは魔獣たちに連れて行かれた」

 

ああ、やっぱりなんて気持ちが強かった。

どうしてあの時に私は助けようとしなかった。自分だけ逃げてしまった。

 

弟はまだ物心もついてない。逃げることはおろか、現状の把握さえできないだろう。そんな弟を支えるべきなのが姉ではないのか。

 

なのに、どうして逃げてしまったのか。どうして私に力がなかったのか。

 

 

その事件以来、オザン家は別のところに移り住むこととなった。以前と比べて非常に小さな家で部屋も数えるほどしかない。違う場所に住んでも悔しさは全く消えない。だからこそ、彼女は決断した。

 

母親が帰ってきた時に「私を強くしてほしい」とサラは頼み込むことにした。ダメだとカナは言うものの、他の男性が現れカナを遮る。そして、男性がサラへ優しく声をかける。例え痛い思いをしてでも、強くなりたいか。

 

是非もなかった。

 

 

彼女が注射を打ってから数日。彼女の家にカナと一緒にある女性が訪れた。その女性がサラを一瞥した後、カナがその女性へ頼み込んだ。

 

「メルク、頼みがある。サラを住み込みで鍛え上げてほしい」

 

「……カナ、貴方はこの子に何をしましたか?」

 

「サラが強くなれるようなことだ。制限を解放するようなものを」

 

その一言でメルクはカナをぶん殴る。カナの胸ぐらをつかみ、唾がかかるほどの近さで怒鳴る。サラにはその言葉が理解できなかった。できなかったが、自分の母親が殴られているのを見て黙っていられなかったサラは二人の間に割り込み、頭を下げた。

 

「どうか、自分を強くしてください」

 

その言葉を聞いて、メルクは納得するしかなかった。自分の友人とその娘は切羽詰まっている。大事な息女を他人に預けるほどには。

 

そして、この状況を改善するには自分しかいないと納得するまで時間がかからなかった。

こうしてカナを預かったメルクは彼女を鍛えることにしたのだ。

 

★★★

「とまあこんな感じよ。どう、面白くなかったでしょう? それからティアと会うまではソーク・ポリスとかで一緒に仕事とかしていたわ」

 

あっけらかんと笑いながら言う彼女だったが、ティアは絶句せざるを得なかった。ただの興味本位で聞いてよいことではない。それについて謝ろうとするが、彼女は手で遮った。

 

「私が話したいと思ったから話しただけ。気にしないで。ところで、これがあれば先生を倒せると思う?」

 

なんて質問する。

唐突な話題の切り替えに一瞬戸惑ったが、とりあえず思ったことを伝えるティア。

 

「……いや、たぶんできないと思います。ただ、今日のことでとっかかりはできたと思っています」

 

「なるほど、ということはティアに何か考え方があるってわけね」

 

「ええ、まあ……ただ、もう何回か試さないとわからないので」

 

口ごもりながら話すティア。先生相手にごり押しは通用しない。

色々対策を立てねば……なんて考えながらしゃべっているためであった。そんなティアへ

 

「はっきりしないわねぇ……まあいいわ。とりあえず作戦会議よ。言っては悪いけど、貴方もまだまだ弱い。基礎魔法をしっかり習得しなければクローザーは務まらないわよ。ティアにはそれを詰め込んでもらうわ」

 

そういいながら彼女は立ち上がり、一人で家に戻る。夜空を一人見ながらボッーとしていると、すでに遠くへ移動したサラから声がかかる。

 

「いい忘れたけどー! これからは呼び捨てでいいわー!」

 

そんな声に返事しながら、ティアは一人夜空を見るのであった。

こんな夜も悪くない、なんて思いながら。




さーてと。
そろそろ最終回ですね。筆者は結構ワクワクしています。
読者の方にもそれが提供できれば幸いでございます。


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作戦会議

伏線回収回でした。


数日後。

ティアとサラは二人で修練場に立っていた。その向かい側にはメルクがいる。

二人がタッグを本格的に組んで初めての試験の日であった。

 

「タッグを組むことになりましたか、良かったです。それでは試験を開始しましょうか」

 

なんて合図を出すメルク。

するとサラはその場で立ち止まり、ティアはゆっくりと円を描くように動き始める。

 

ティアがちょうど反対側にたどり着いたところで止まる。位置としてはティアとサラに挟まれた感じである。その動きにメルクはなるほどと感心した。

 

前回の課題が位置取りについてだったが、それをきちんと守ろうとしている。確かにティアが反対側にいればサラは好きなように魔法弾を撃て、ティアも好きなように攻撃できる。

 

非常に合理的かつ理想的な位置取りを二人は行った。

いきなり攻撃を仕掛けなかったことから、おそらく二人は前もって相談している。前回の反省をしっかり踏まえたうえでの行動に笑みがこぼれた。

 

実際の戦いの場でも挟撃できるのは理想とされているし、それを狙った戦法もある。なんせ防御側の手が足りなくなることに加え、一度に複数の情報を処理することは難しいからだ。

 

それだけに本当の戦闘では中々この状態をとれない。というより試験の場だからこそ、メルクは手を出さず見守っていた。もしこれが戦場や大会などであったら、悠長に待たず一人ずつ攻撃している。

 

しかし、ここから妙な行動を始める。なぜかサラだけが魔法弾を撃ち始めた。ティアは動いていない。密度は低めの威力は普通の魔法弾。それを怪訝に思いながら、普通に手で避ける。別に今まで通りの行動である。

 

それが終わると次はティアが接近する。次はサラの動きが止まる。近づいてから彼は例のクイックブロウで攻撃するが、いつにもまして攻撃が浅く感じられる。

 

たまに隙を狙って大きい攻撃を仕掛けてくることがあるが、それをいつも通り白い壁を使って防ぐことにする。その後隙に関しても、クイックブロウと同じ要領でほとんどなくしていた。

 

ある程度ティアが攻撃すると、彼も後ろに下がる。そしてタイミングを合わせて二人同時に仕掛けてきた。二人の息も完璧。ティアが殴りかかるころにサラの魔法弾が到着するようになっている。

 

個人的な心情で言えば、先ほどの奇妙な動きに関してはともかく、これだけ立派な連携ができるのであれば合格をあげたいところだ。現に何も対処しなければそのまま自分は倒されてしまう。

 

ただ、これは試験だ。二人に魔法師Eランクを認定するだけでなく、その後も活躍することが期待されている。その期待に将来応えなくては意味がないのだ。だからこそエリートコースなんて言われる。

 

そんなことを思ったメルクは二人の方向へ手を向ける。そして発散の準備を行う。

何か対処をしてくるか、なんて二人を見ているが特にその気配は感じられない。しいて言うなら、ティアが防御する体勢に入っていることぐらい。

 

しかし、これからの動作に差しさわりはないと判断した。そのため両手から衝撃波なるものを発生させる。それに対処できず、吹き飛ばされてしまうティアと弾を消されたサラ。ティアのほうは吹っ飛んだもののダメージは少ない。サラも距離があったためノーダメージ。

 

これに関しては二人とも対処していなかったか、なんてメルクは思いながらティアのほうを見る。現に彼はすぐに立ち上がった。だが、今日の中で最も困惑するようなことを彼は宣言した。

 

「今回は二人とも不合格でいいです。ありがとうございました」

 

なんて頭を下げたわけだ。今までは倒れるまで諦めないティア。それがあまりダメージを受けていないにも拘らず、試験終了してほしいという。

驚かない方が無理である。何かほかに原因があるのではないかと彼女は考えを広げた結果、

 

「え!? 打ち所が悪かったですか!? ごめんなさい、大丈夫ですか?」

 

そんな心配をするわけだ。

外から見て損傷が少なくとも、本人にダメージが大きいなんて症例はいくらでもある。そんな心配をされたティアが今度は驚く番であった。

 

そんな光景に呆れた目を向けるサラ。二人の間に入り、自らも説明する。

 

「先生、間違いじゃないわ。今日は不合格でいいわよ、確かめたいことを確かめたし」

 

サラがそういうとティアの手を引っ張り家へ向かった。

意味が解らないまま試験が終わったことに、悩みながらも家に戻ることにした。

 

 

どうしてこんな戦闘をしたのかというのは、数日前の作戦によるものだ。

ティアとサラは部屋内で会議をしていた。題材は先生をどうやって倒すか。

単純明快な目標だが、しかし実際のところは障害があった。

 

「とりあえず、先生の防御を打ち破る必要がある……のだけど、問題はそれをどうやるか」

 

この議論の要点はそこである。今まで攻撃しているにもかかわらず、ほとんどの攻撃は避けられている。当たったのはたった一度。それも完全な不意打ちだ。

そんな問いに対してサラが答える。

 

「基本的に魔法同士の対決はその魔法にかけられた魔力によって決まるわ。厳密にいえば魔法に使ったときに有効となっているエネルギーだけど。だから、私がもっと魔力をためれば……」

 

要するに、使った魔力が多い方が勝つ。だからこそ、魔力が多い人が有利である。

ならば彼女よりも多い魔力をぶつければ勝てる、なんてサラは思っていた。魔力ゴリラである。

 

「……あれ? でもそれっておかしくないですか?」

 

しかしサラの説明にティアは疑問を抱く。

もし純粋に魔力だけで勝敗が決まるなら、なぜ自分の時だけ白い壁を出すのか。普通にサラと同様に対処してよいはずだ。

 

そんな話をするとサラは驚いた後に一人考えに入り、そして本を調べ始める。

いったい何をしているんだ、なんてティアが思ったその時。いきなり紙を用意して書き始めた。

 

「これを見なさい。先生の防御というのは二つの方法があるの。一つ目が魔力を体の膜に使うことで、防御する手法。これを魔装というの。てっきり先生はこれだけしか使っていない、なんて思っていたけど……違っていたわ。

 

二つ目は貴方の攻撃を防ぐときに出てくる白い壁。これを障壁という魔法よ。より狭いけど、防御力は魔装より上。先生はこの二種の防御する魔法を使っているわ」

 

「それはわかったけど、どうして使い分けているの?」

 

そう質問すると、サラは黙ってしまった。彼女は魔法のことは知っていたがその特性までは知り尽くしていない。勉強が不十分だが、そもそもこの話は高等学校向きの話であるため仕方ないといえる。

 

黙ってしまったサラを見て慌てるティア。

調べてくれてありがとう、なぜ使い分けているのか一緒に考えようと言うことで部屋の雰囲気を回復させようとする。この数年間で成長したものだ。

 

とっかかりのために、まず二人は魔装と障壁を使っている場面を挙げることにした。魔装はサラの魔法弾に対処するときに使っている。しかし、障壁は一回も使っていない。

ティアの攻撃も同様。障壁しか使っていない。

 

そこからティアは推理した。

これはただの偶然と考えるには不自然だと。なぜなら、メルクはお茶目なところもあるが、戦闘に対しては合理的な人間だ。つまり、無駄なことをするはずがない。

 

そうなると、サラの攻撃には魔装を使わなければいけない理由がある。

一方、自分の攻撃には障壁を使わないといけない理由がある。

そして状況から推理するに……

 

「……ひょっとしてサラの魔法弾を防ぐには障壁が使えないとか?」

 

「へ? どういうこと?」

 

「言葉通りの意味。サラの魔法弾は数が多く、障壁では数が足りなくなるから……かな?」

 

今のティアに与えられた情報で推理したものは非常に単純だ。

なぜ障壁を使わないか。単純に防げないから。

 

その理由は魔法弾の数が多く、障壁の数が間に合わないから。

あるいは障壁が小さすぎて、魔法弾を防ぐには不適だから。

 

「じゃあ、貴方の攻撃の時に魔装を使わない理由は?」

 

「それも同じく防げないから? 俺の攻撃は先生の魔装を突き破るだけの魔力があるから……とか?」

 

なんて疑問形で言うティア。

彼からしても、完全に思いつきの理論。しかし、この理論を反論するだけの材料は二人ともなかった。

 

「……認めたくないけど、貴方の言う通りだと考えましょう。

先生は魔装と障壁を使い分けている。魔装は広い範囲を守るけど、その分防御力は低い。一方障壁は狭い範囲しか守れないけど、防御力は高い」

 

「うん、それに自分たちの攻撃と先生の防御手段は相性がある。サラの魔法弾は先生の障壁に強く、魔装に弱い。一方俺の攻撃は障壁に弱いが、魔装には強い」

 

そのように二人は結論を出すのであった。こうしてパズルのピースの一つが埋まった。

残るピースは七つ。

 

 

こうしてある程度の推理ができたわけだが、実際に確かめるわけにもいかない。戦闘に関して、先生はストイックなところがある。いくら修業とは言え、自分の弱点をさらけ出すようなタイプではない。

 

それに彼女も二人の動きを見て徐々に対策をしている。

大人げないと言ってしまえばそれまでだが、その分能力を抑えている。要するに先生も成長しているのだ。

 

そのため戦闘をしては先生に情報を渡してしまうことになる。理想的な話をするなら戦わずして情報を得たいわけだ。そのためには推理が必要となる。

そういった理由に基づき、二人は次の疑問について話し始めた。

 

「次の疑問だけど……先生って二方面から同時に攻撃されたとき手から魔力を発散させていた」

 

「ええ、そうね。そのせいで攻撃を兼ねた防御になったわ。それがどうかしたの?」

 

思い出すは前回の戦闘。

ティアがゾンビのごとく生き返って、攻撃を仕掛けた。その時にサラも攻撃しようと思って魔法弾を発射したときのことだ。

 

それに対抗するべく、彼女は魔力を放出することで二つの方角へ同時に攻撃した。その結果、二人の攻撃を打ち消しつつダメージを与えることに成功したというわけだ。さすが先生とサラは感嘆を覚えていたわけだが、ティアはそこを突っついた。

 

どうしてあのタイミングでそれを行ったのか。

言い換えれば、どうして最初からあれをしなかったのか。

そんなことを質問され、答えに詰まったサラは微妙な答えを返す。

 

「……おそらく、手加減なんじゃないの? 最初からそれをやっていては、すぐ倒せてしまうから」

 

「あの先生がそんな手心を加えるように思えないけどなぁ……ただ、ありえなくもないかな?」

 

なんて感想になるティア。手心を加えてくれるなんて疑わしいが、確かに最初は本当にひどかった。そこで二人をズタボロにしてはやる気をなくしてしまうかもしれないと先生は考えた。だからやらなかった、ということに一定の説得力があった。

 

それ以外の理由も考えたわけだが、思いつかない。というより、どれも説得力に欠ける。まだ一回しか撃っていない技について考察しろというのはなかなか難しい。

ただ、ティアの直感の部分が訴える。

 

あの発散は理由あって撃ったものであり、それは戦闘上の理由に他ならないと。

そのため、サラと相談したのだ。先生の弱点を見るには必要な作業だとお願いしたら、彼女は引き受けた。

 

 

そして時は今に戻り、試験終了の日。

二人は作戦と結果を見直していた。あのへんな戦闘方法や舐めプともいえるような行動はすべて実験のためである。

 

「やっぱりそうだ! 先生はあの発散を二人同時に攻撃したときにしか使っていない」

 

実験結果はティアの想像通りだった。個人で攻撃したときはあの発散を使っていない。しかし、同時に二方面から攻撃されたときだけそれを使う。

 

つまり、先生が手心を加えたから説は否定された。代わりに何か戦闘上の理由があっての物だろう。それについてもティアはすでに仮説を立てていた。

 

「おそらくだけど、先生は同時に障壁と魔装を使うことはできない。だから発散で紛らわすしかなかった」

 

一見ティアの仮説は突飛なものに思えるかもしれないが、実は理にかなっている。なぜなら、

魔法の常識として、複数の魔法を同時に扱うことは非常に難しいといわれているから。

 

例えるなら、ハンバーグを食べることを想像しながら寿司を食べることを想像しろと言われたらどうなるか。ハンバーグを食べながら寿司を食べる姿を想像するだろう。

だが、魔法的にはそれでは全く別の魔法になってしまう。

 

つまり、二つのものを別々に考えることはできない。魔法はイメージが重要である以上、基本的に一つしか使えないのである。だから、障壁と魔装は一つずつしか使えない。

 

余談だが、基礎魔法は例外だ。マスターするまで使いこなせば一度に複数使えるようになる。例えるなら目で見ながら音が聞こえるような状態になれるということだ。それだけ基礎魔法というのは魔法にとって基礎的だからこそ、このような名前がついている。

 

閑話休題。

 

こうして、パズルのピースがまた一つ埋まった。

残る空きピースの数は六つ。

 

 

翌日。

二人は修練場に立っていた。

サラがティアに足りないものを教えるからということだった。

 

そこでサラが前に出て、ティアに基礎魔法の練度を聞いてくる。

この基礎魔法が試験でも使えなければ、作戦も何もあったものではない。だが彼の返答は好ましくなかった。

 

「えっと……とりあえずできるかなーって感じ……です」

 

この試験が始まって一年が経過するが、発散はともかくとして閲覧と隠蔽に関してはあまり芳しくなかった。どれも理論も知っており、使おうと思えば使える。

だが、実践レベルとは動きながらでも使えるという意味。

 

「意識を向けなければ」とか「とりあえずできる」では実践レベルとは言えない。そんなティアに呆れるサラ。

 

とはいえ、指導しないわけにはいかない。ティアが最も手っ取り早く実力を伸ばすには基礎魔法を習得することだから。ペアの実力を高めてあげることも自分の仕事であると思っていた。

 

「私、こんな奴に負けたのね……まあいいわ。聞くけど、閲覧って戦闘でどうして役に立つと思う?」

 

「それは……やっぱり、相手の魔力が見えるから……とか?」

 

ティアの返答は間違ってはいないが、あくまで教科書的な答えに過ぎない。確かに閲覧の効果は魔力を視ることだ。だがどう戦闘に役立つのかについて全く説明していない。まあ理解できていないからこそ、こんな中途半端な状態なわけだが。

 

そんなティアにため息をつきながら閲覧について説明を始めるサラ。

 

「動かなくてもいいから、私に対して閲覧を使ってみなさい。そして気づいたことがあれば私に言いなさい」

 

そうして彼女はその場で魔法の構成を始めることにした。あえてティアにもわかりやすいように工夫し、サラに右手と左手に魔法を構成する。するとティアが手を挙げる。

 

「……もしかして、右手と左手で魔法を使おうとしている?」

 

「ビンゴ、その通りよ。貴方が閲覧を使うだけで、敵がどの腕から何の攻撃をしようかなんとなくわかるわけ。熟練ともなると、その人がどんな魔法を構成しているかもわかる。

つまり、相手の攻撃を予知することができる。これが閲覧の真価よ」

 

実際のところ魔力は人によって違うため、魔法も人によって異なる。そのため、あくまで形で予想するしかないわけだが、それでもこれから攻撃するという予備動作がわかるだけでも効果は高い。

 

言うなれば、魔法を鍛えれば武道の極致に近いものを得ることができるわけだ。魔法がいかに便利なものかわかってしまう。ちなみにメルクもティア相手に閲覧を使っていた。そのため、攻撃をほとんど避けることができるというわけだ。

 

「ただ、そんな便利すぎる閲覧に対して対抗策が生まれた。それが隠蔽よ。継続しながら閲覧を使っていなさい」

 

彼女がそういうや否や、自分の魔力を隠し始める。すると先ほどまで見えていた魔法が全く見えなくなった。

 

「今、貴方の目には私の魔法が見えないはず。それはなぜかというと、身体に魔力を通さないようにする膜を張ったから。これをすることで、敵に自分の行動を気取られないようにするわけ」

 

隠蔽は、漏れている魔力を抑えるような膜を張ることだといわれている。この結果、感知も防ぐことができる。相手に気取られないよう、隠蔽をかけながら戦うことは必須だといわれている。

 

ちなみにティアがメルクやサラの攻撃を読めなかった理由は、隠蔽がへたくそというか、ほとんどしていなかったからである。割と致命傷である。

 

「ただ、隠蔽にもデメリットはある。もっと強く閲覧を使ってみなさい」

 

そう指示されティアはより多くの魔力を使って閲覧を行う。すると視覚が強化され、徐々に

サラの魔法がどうなっているかわかるようになってきた。これに不思議だと思っていると、

 

「感知は誤魔化せるけど、強い閲覧を使われると防げないわ。後は隠蔽しながら攻撃は無理。だって魔力を放出せずに攻撃なんてできないもの。身体強化でも魔力を放出するぐらいだから」

 

一見万能な隠蔽だが、デメリットとしてそもそも攻撃できないというのが痛い。

魔法を使えば確実に体外へ魔力を放出するため、隠蔽してもばれてしまう。そのため攻撃の直前まで隠蔽するというスタイルが普通である。

 

「というわけで、貴方には九歳までを目標として戦闘しながらでもこれらができるようになってもらうわ! 対戦相手は私がなってあげるわ」

 

ということで、ティアはこれから初心に戻ることとなったわけである。

ちなみにサラは何をするのか、と聞くと

 

「私? 私はこれから魔法弾の練習よ。主に構成の練習と先生へ確実に隙を作るための戦法ね。貴方との戦闘中に磨いていくわ」

 

「……わかった。ただ、サラの方でも高火力の技を作ってほしい。俺一人だと火力が足りない可能性があるから」

 

彼自身も自分一人では決定打に賭けると気付いていた。だからこそ、彼女に一声かけたわけである。その意見に賛成したのか、コクリと頷いた。

 

こうして一気に四つものピースを埋め始めた二人。

残るピースは二つ。




何か微妙に引きのある終わり方ですが、次回が一章最終回です。


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最終試験

今日で最終話。
再び伏線回収の回です。


あれから一年が経過した。

二人とも九歳だが、そろそろ十歳が近づいている。

つまり、学校に通わないといけない時期だ。

 

学校に通った場合、もう一度基礎魔法からやり直すこととなる。一応飛び級もあるが、最低一年はかかる。長い遠回りとなってしまうのだ。

そしてメルクから二人に声をかける。

 

今日を最後に試験終了すると。

例の戦いからも二人は消極的な戦いばかりを続けていた。それは理由あってのものだが、少なくとも彼女からすると戦意を失ったようにしか見えなかったわけで。

 

要するに今日本気を出せ、さもなくば強制的に学校に行かせるということだ。とはいえ、残されたピースをすべて埋めた(……)二人からすると、まったくもって問題なかった。そのため、堂々と胸を張って修練場で先生を迎え撃とうとしている。

 

「先生、今日は勝たせてもらいます」

 

そして、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

まずはいつも通りティアがメルクの後ろに回るところから始まる。二人が攻撃するまでメルクは攻撃できないルールは相変わらず。

それゆえ、ティアは準備しながら理想の位置まで動けるわけだ。

 

回った後、サラがメルクの方向へ無数の魔法弾を用意した。そして流星のごとく、魔法弾がメルクへ襲い掛かる。同時にティアも襲い掛かってくる。ここまではいつもの形。だが、サラの魔法弾を見ると異変に気付く。

 

その速度が異常に速い。今までのものの倍以上は速い。直線的な動きに関して変化はないが、いつもよりずっと弾の伸びが良いため、紙一重で攻撃を避けるメルク。

 

そして、その後ろでティアが構えていることもわかった。同時に襲い掛からず、自分の隙

を狙っているのだろうとまで。とはいえ、避けながらでも隙を作らないことは可能。むしろ、避けるだけなら基礎魔法は使わずともできる。

 

 なぜなら、魔力には無意識による身体能力向上があるから。それに直線的な軌道を描く以上、最初に閲覧を使えば簡単に避けられる。

そのリソースを感知に使うことで、ティアの様子をうかがうことに成功した。

 

しかし、そんな余裕も一気に崩される。

彼女の弾の軌道がおかしい。なんと、最初はまっすぐ動いていた弾が曲がり始める。そのせいで感知を切って閲覧と強化を連続して使わざるを得なくなる。

 

 だが、このタイミングでもティアはしかけてこない。

メルクが避けた魔法弾を避ける程度のことはしているが、いまだに彼女の後ろで待機している。そのせいで徐々にティアのことを意識から抜けていく。

 

 そして、硬直状態はすぐに終わる。きっかけはメルクだった。

魔法弾を避けているメルクだったが徐々に魔法弾の密度が高くなっている。そのせいで避ける場所がない。

 

 まるで弾幕のような弾密度。さらに弾によってはスレイダーも混ざっており、こちらを的確に狙っている。いやらしいことに魔法弾を扇状になるように撃っていることで、横に逃げようが上に逃げようが魔法弾が命中してしまう。

 

 詰み。

これ以上避けることはできないと判断したメルクは魔装を用いて、目の前の魔法弾を処理することに決めた。

 

 だが、この瞬間ティアが動き始めた。

メルクが右手を使って防いでいるとき、彼が動き出し……そして隠蔽を解いて魔力を込めた右拳を振りかぶった。

 

 いくら先生と言えども、二方面からの攻撃に対処することは不可能。特に、すでに魔装を使っている場合には。今から衝撃波を使おうにも、ティアの位置がわからない。

 

それに衝撃波を使うには溜めが必要となる。今から溜めていては魔法弾の餌食となるわけだ。そのため、メルクは急いで左手を使って胴体を守ろうとしていたが、彼が狙ったのはその左手だった。左手にティアの一撃がさく裂した。

 

 そして攻撃を終えるとすぐ後ろに下がる。弾幕も一通り終わったのか、一旦止む。ダメージを確認しようと彼女は左手を動かそうとするが、魔力を練ることができなくなっていた。

これはただ殴っただけではない。変化系の攻撃を盛り込んできたからだ。

 

 変化系。定義は相手にすでに構成した魔力を送ることで、相手にその部位では魔法を使えなくさせるというものだ。魔力というのは個々人によって形が違う以上、体内にほかの人の魔力が侵入するとそれを追い出そうとする。そのせいで一時的に魔法が使えなくなる。

 

 これは一撃の火力を出せない人が用いる手段であるが、Cランク以上で用いられる戦術だ。厳密にいえばクローザーよりもトリガーのほうが使用頻度は多いものの、アバトワールでも戦術として用いられていることに変わりない。

 

そんな強力な魔法だが、原理自体は簡単だ。相手の魔装を貫き、体の中に自身の魔法を注入すればそれだけで発動する。言ってしまえば、感知の修行方法にも使われる。だからティアは魔装を打ち破るだけの魔力を籠め、メルクの左手に殴りかかったわけだ。

 

そうして、左手を動かそうとするがあまり動かないことを確認したメルク。おそらくこの戦闘中では使えないだろう、なんて考えるとサラが再び魔法を構成している。再び同じ作戦を取ろうとしているのだ。

 

正直な話、隙の無い作戦だと感心していた。発散を使えば二人の攻撃は同時に防げる。ただ、あれは魔力消費が多くずっと使うことはできない。だから要所でしか使えないのだが、そのデメリットをしっかり理解したうえで作戦を立ててきている。

 

加えてティアの隠蔽もこの作戦の要だろう。もし隠蔽せずに突っ込んできたら、さすがに気付く。そして今まで通り避けられた。だが、直前まで隠していたことによりしっかりと狙った一撃になったわけだ。

 

とはいえ、このまま黙ってやられるのも先生の名が廃る。どうせやるなら、二人の底力が見てみたいものだ。そういう理由もあって、彼女も手札の一枚を切り始める。メルクの顔はすでに試験官ではなく、戦闘を求めるジャンキーとしての顔であった。

 

異変に気付いたのはティア。

閲覧でメルクを見ていると、彼女が右手を使ってこちらを見ている。サラの方ではなく、自分の方。

 

それに悪寒がしたティアは急いでその場から移動を始める。結果的にその直感は正しかった。彼女の右手から大量の魔法弾が襲い掛かったからだ。急いでサラが魔法弾を撃ち始めるが、ティアの位置がずれたことでメルクも余裕でかわせるようになった。

 

そして右手を再びサラのほうへ向ける。そこには大量の魔法弾。さらには弾幕ともいえる量をすでに彼女へ向けていた。魔法弾と魔法弾が衝突することで大量の光と煙が生じる。最初は拮抗していたが、徐々にサラのほうが押し切られ始める。

 

一度は逃げてしまったティア。だが再び隠蔽を使いながらメルクへ近づく。煙や光のせいで見えないものの、どこにいるかは感知で分かる。そのため、たびたび切り替えながら近づいて、彼女へ必殺のブローを決めようとする。

 

だが。

彼の目の前には何度も辛酸をなめられた白い壁があった。

それを見た瞬間、ティアは急いでサラの元へ向かう。

 

「サラ、作戦Bだ!」

 

「了解!」

 

という返事が聞こえた瞬間、ティアはサラの元へ向かい始めた。これが一年前埋められなかったピースの一つだ。

 

もし、先生が弱点に気づいて魔装と障壁を一度に使える、あるいは攻撃しながら障壁を使えるようになったらどのように対処すべきか。そのための作戦を立てるべきではないか。

 

そんな意見をサラからもらったティアは、その時の作戦を考えたわけだ。先生の学習速度、および適応力は非常に高い。そうでなければすでに合格をもらえているはずだからだ。そういった理由で二人は対策を練ったわけである。

 

そして二人が合流すると、ティアがなけなしの魔力を使ってティアとサラを囲むような障壁を張り始める。魔装と障壁は高等技術だが、九歳の子供が使えない理由はない。原理自体は基礎魔法で説明できる以上、二人に使える魔法である。

 

ただ、サラが使うならばともかくティアが使うには問題がある。それは魔力が少ない人が広範囲に障壁を使う場合、防御力にも継続時間も圧倒的に劣るという点だ。

 

そもそも障壁は狭い範囲に高い防御力の壁を生み出すことがメリットだ。そのメリットをぶち壊すような真似をしたところで、魔装の劣化版にしかならない。特にティアの場合は十秒程度しか持たない。

 

だが、作戦Bにおいてはその十秒がターニングポイントとなりえる。というより、この過程を踏まないと先生を倒す準備が整わない。ゆえに自分が壁となっていた。

 

そして、彼の人生の中でもトップクラスに長い十秒が経過した。壁が壊され、ティアは魔力切れを起こして地面に倒れる。だがサラの準備のほうは整った。

 

ティアが必死に稼いだ十秒で彼女は魔法の構築を行っていた。魔法を使うには魔力の構成が必要となるわけだが、その間はほかの魔法を使うのは難しい。だからティアが必要になったのだ。

 

この時間を使って、彼女は自身の魔力のすべてを使って二つの種類の魔法を構成した。そして今その一つ目の魔法を放つ。

 

一つ目はフルバースト。

弾幕を意図的に作り、それをすべて敵へ放つという力技。今までは弾幕を作るには弾の時間差を利用することで無理やり作ってきたわけだが、今回は最初から弾幕を作っていた。

 

 要するにただの魔法弾の集合だが、その威力は先ほどの物よりもはるかに高い。彼女がこの一年間で磨いた先端を尖らせた、らせん状に回転する魔法弾。その分一発に時間がかかるのが難点だが、それを十秒でできる限り作ったわけだ。

 

 それをメルクのほうへ撃ちだす。先ほどよりも大きな爆音と光が場を散らす。何度もそれがあったおかげで二人の視界はふさがってしまったものの、どこにいるかはわかってしまう。

 

 そのまま衝突が続くが、すぐにサラに軍配が上がる。どんどん衝突がメルクのほうへと動き始めているからだ。それもそのはずで、サラは両手でそれを作っているのに対し、メルクは片手。

 

 威力は手の数で決まることはないが、放出できる魔法弾の数はやはり手が多い方が有利。そのため、サラのほうが強力だということだった。

 

 このまま押し切れる、とサラが思ったその時。

自身の手が魔法弾で打ち抜かれていた。その結果、魔法弾が途切れてしまう。そして彼女はメルクの魔法弾の餌食となった。

 

 魔法弾と言っても、銃弾と異なり貫かれても血が流れるわけではない。それに魔法を使える人は一応体表に魔法の膜がある。その膜が打ち破られるとダメージが入るという感じである。

 

 そのため、魔力を大量消費したサラはその場でうずくまるしかなかった。そんな彼女へ近づく足音。土煙の中現れたのはメルクだった。

 

「二人ともよく考えられていました。まさかティアが時間稼ぎをするとは思わなかったですし、貴方の魔法弾の威力も驚異的でした。ただ、詰めが甘いですね」

 

「詰め……?」

 

「ええ、別に魔法弾というのは打ち合いになってもほかの魔法弾を撃ってはいけないわけではありません。それにあなたにできることが私にできないとでも?」

 

メルクがやったことは単純だ。あの打ち合いの中スレイダーを作り彼女の視界外からそれを撃った。魔法弾の衝突に夢中になっていたサラはそれに気づかずやられた。それだけだ。

 

彼女が使うスレイダーもメルクが使えないはずがない。なんせ、サラの魔法弾の造詣についてはメルクが仕込んだ。言ってしまえば押し切られるのもメルクのふりに近い。

 

やられちゃったなぁ、なんて思っているサラだがつい笑いが漏れた。なんせ、ここまでは作戦通りだから。そんな笑っているサラを見てメルクは不審に思う。

 

「残念だけど……先生。詰めが甘いのは先生譲りだわ」

 

「は? 何を言って……」

 

 その瞬間。メルクは右手首をつかまれた。そしてその瞬間、右手首とつかまれた手が固定されたように思える。いったい誰だ、とその方向を向くとティアがいた。そして、体の魔力がティアの手へ無理やり放出されるように思えた。

 

「ようやく捕まえました……!」

 

 なぜティアがここにいる、と必死に思考を働かせる。彼は魔力切れで倒れたはず……とそこまで思ったとき、彼の魔力回復速度を思い出した。ティアは一回ぐらいなら魔力切れになっても、すぐ回復して戦いに復帰できる。

 

 だが、それならどうして感知にも閲覧にも引っかからなかった。サラへ近づくとき、周りには土煙が舞っており、その二つがなくては位置がわからなかった。だが、魔力を持っている限りそのどちらかには引っかかるはず。

 

「それは単純な話ですよ……先生の元へ近づくまで、魔力を回復しないようにしていたからです!」

 

ティアは倒れてから、極力呼吸を抑え隠蔽を使っていた。その下手な呼吸法のせいでほとんど魔力の回復をしていなかったわけだ。そして隠蔽によって彼はその姿を隠した。

 

 ここにきて、彼の魔力が少ないという特性が活きた。もしサラが似たようなことをしようとしたら、いくら隠蔽が上手くともメルクの閲覧によってばれてしまう。閲覧は相手の魔力を視る方法のため、魔力が多ければ多いほど閲覧しやすい。

 

 しかしティアは保有魔力が少なく、しかも倒れた直後。つまり、ほとんど魔力が残っていない状態だ。その状態になるとまず魔法師は動けないものだが、ティアからすると根性で動けてしまう。

 

 さらに魔力が少ないせいで、閲覧にほとんど引っかからない。引っかかったとしても、周りの土煙と魔法弾の残滓である魔力や魔素でごまかしがきく範囲だった。この特性を使ったのが作戦Bなのだ。

 

 ティアにつかまれた右手から徐々に魔力が奪われることに、久しぶりに焦りを覚えるメルク。魔力吸引。本来これは特殊なものではなく、汎用的な性質である。

 

 実際は他人の魔力を摂取したら体の調子が悪くなるだけ。そのため、基本的にこの現象は怒らない。だが、自身の持つ魔力が極端に少なくなった時は例外である。

 

 なぜなら、自分の身体を救うためとされている。具体的には相手の魔力を無理やり分解してエネルギーにしてしまう。これが既に構成されている魔法ならばできない。なぜなら魔法は物質的に大きいから。しかし、少量の魔力なら可能である。

 

 実際は手で触れている部分に魔力が大量に使われ、その一部がティアの魔力になっているわけだ。どちらにせよ、魔力が一気になくなっていることに関して変わりない。これが最後のピースであった。

 

そんなメルクへダメ押しとばかりに攻撃を始めるサラ。もう一種の魔法の準備を始めた。その魔法はティアに言われた火力重視の魔法。魔法弾という形ではなく、魔法という形で作り出すことにしたわけだ。

 

その魔法は白い稲妻であった。その稲妻は高速とまではいわないがとんでもない速さでメルクへ近づく。その分エネルギーも多く、ティアがいつも使っている魔法よりもずっと高い威力だ。

 

最初から撃ちたかっただろうに、ここまで時間をかけねばレベルも上がらないこと、さらには魔法構成にも時間がかかる。そのため、ここまで耐久をしていたというわけだ。

 

迫りくる魔法に対して焦ったメルク。近くのティアを蹴り飛ばしてでも……なんて思ったが、彼の身体は地面に固定されている。手と地面に魔力を使って固定している。これを取っ払うのは難しくないが、しかし時間が足りない。

 

そんな逡巡をしている最中でも魔法は迫っている。ここから何をしても間に合わない。そんなことを悟ったメルクはふと笑いを漏らした。そして彼女は爆発に身を包まれる。

 

 

今度こそ決まった、とサラは思った。回避できないタイミングに大技を撃つ。なるほど鉄板だ。二人の作戦は基本的にその点に特化している。すなわち、片方がメルクに対し足や手を止めることでその隙を狙う。

 

そしてその作戦のまま手ごたえを感じていたわけだ。

だが煙が晴れるとそこには無傷の先生がその場にいた。おまけにティアに障壁を張っているというおまけつき。

 

 加えてメルクからとんでもない気配を感じられる。圧倒的格上を目の前にしているという本能が感知からわかる。今この人と闘っても勝てないという理性が働いた。それでもサラは目の前の相手に対し構える。

 

 たとえかなわなくても戦うことに意味があると如く。そんなサラの構えに対し苦笑するメルク。

 

「そんな身構えなくてよいですよ。試験終了ですから」

 

 

サラが魔力で注入することでティアを起こす。そして目覚めたティアにその場に座るように説明したメルク。こうして評価が始まった。

 

「まずは悪いところから。二人の作戦は面白いですが、穴がありますよ。ティアがあの大きい魔法に巻き込まれたら、どうするつもりだったのですか?」

 

 そういわれて二人とも黙る。この作戦の立案はティアだった。だが出来上がったのがここ最近である。そのためぶっつけ本番すぎて穴に気づかなかったわけだ。やばい、なんて顔をしているティアへ注意した後に。

 

「とはいえ、あれで私が追い詰められたわけですからあまり文句は言えないわけですが。二人とも合格ですよ」

 

その一言で場の雰囲気が凍った。というより何で、と言いたげな雰囲気と瞳が二人から放たれる。

 

「単純な話ですよ。私がルール違反したからです。あのままだと私が殺されていたので、一時的に能力を開放して防いでしまいました。命の危機を覚えたのは久しぶりですよ」

 

 そんなあっけらかんというメルクだったが、二人は凍り付いたままである。殺しかけていたという事実。そして詰みの状況からあっさりと抜け出すことに成功したメルク。もはや何から突っ込めばいいかわからない。

 

「二人の実力なら、同じ受験者の中でもまず負けないでしょう。特にティアは強くなりましたね」

 

 なんて、言われた。

ようやく何かを成し遂げた。

そのことに大きな雄たけびを上げるティアだった。




これでようやく一章終わりです。
基礎的な部分を叩き込みつつ、主人公の魔力の無さを武器にするという終わり方にしました。

これ以降についてですがまだ考え中です。一応活動報告にでも書いておきます。


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