クリストファーにパンとスープを (社畜新兵)
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第一章:丘のふもとで

丘の物語
その始まり。


ときは1916年

 ある一人の男がいた、男の名はシュタイナー・ヴィッツ

階級は中尉で、決して驕らず、腐らず、堅実な男だ。非凡なる才能を持っていた。

 それは「戦いにおいて絶対に負けない」という才能だ。

正確にはどんなに劣勢に立たされても、敗北の一歩手前で勝利してしまうのだ。

敵の猛攻に対して、巧みに遅滞戦闘を展開し、敵をいたずらに消耗させ、

懐深くまで敵を誘引した後、隠していた予備兵力で敵の背後を尽かせ、

包囲した敵を一気にすりつぶす。

 その戦い方は決して派手なものではないが着実に勝利を重ねていき、

中尉でありながら、中隊を率いる実力はあった。

しかし、上層部は彼の戦い方を評価せず、

「臆病だ」「防衛はできても攻撃はできない」と酷評し、彼を冷遇した。

 そしてここは、彼のいるテントだ。

ランプ一つ、薄ぼんやりとしたどこか頼りない光で、机と椅子、そしていくつもの印がついた地図を照らしている。

そんな静寂に包まれたテントに金髪で眼鏡をかけた男が神経質そうに眉をひそめながら、一人、黙々と書類に向き合っている。

「やはり死傷者が多すぎる。武器弾薬も不足しているし、このまま戦うのは厳しいぞ」

 ぽつり、誰もいないテントで寂しくつぶやく。

やがてそんな静けさを蹴散らすように、ドタドタと騒々しい足音が聞こえてくる。

「はぁ~また来たか」

 シュタイナーはうんざりしながらも、少し嬉しそうにしながら言う。

「隊長!また私は予備部隊配属ですか!もう待機任務はうんざり!攻撃しましょう!攻撃!前進ですよ!前進!」

 栗色の短い髪をした、気の強そうな少女がシュタイナーにかみつく。かみついた少女に煩わしく思いながら、どこか楽しそうに。

「予備部隊ではない。切り札だよ!君は。それに今は皆が消耗していて、そんな余裕はない!休むのも仕事だ!ハンナ!」

少女の目をまっすぐ見ながらシュタイナーが話す。

「う~わかりました。おとなしく休みます...」

シュタイナーに気圧され、すごすごと戻っていった。

彼女の名はハンナ・ラーデンバー、シュタイナーが指揮する陸軍第27中隊の切り札「第4装甲騎兵小隊」通称「ラーデンバー小隊」の隊長である。この小隊は当時としては貴重な、陸戦型ウィッチのみで編成された小隊だ。ストライカーユニットの開発もウィッチの育成も「空が優先」だったからだ。

「そうだハンナ!」

唐突にシュタイナーがハンナを呼び止める

「何ですか中隊長?」

「帰る前に、救護テントにいるエイミーを手伝ってやってくれ、それとあの子にちゃんと休むよう言っておいてくれ、頼むぞ!小隊長。」

 また嬉しそうにシュタイナーが話す。

「私を連絡係に使わないでくださいよ。さっきからニヤニヤしてて気持ち悪い」

「気持ち悪い?まぁとにかく頼むぞ!」

「はいはい、分かりました」

 唇を尖らせながら、ハンナは返事をする。中隊長がエイミーを気にかけるのが面白くないのだ。

「ここに入るの、嫌なのに」

 ハンナは不安そうに救護テント入っていく。中は負傷者で溢れかえっていた。ベッドなく、兵士たちは、床に敷いた毛布に横たわり、うめき声をあげている。

「エイミーどこぉ?」

 迷子になった子供が親を探すように、震えた声で、親友の名を呼ぶハンナ。

「あら、ここに来るなんて珍しい、どうしたの?ハンナ」

 奥からから小柄で髪の長い少女が柔らかな笑みを浮かべながら出てくる、後ろで束ねられた黒髪は傷んでしまっており、顔は泥や血で薄汚れている。

「中隊長が休めって。ここ怖いし、私たちのテントに戻ろうよ」

幼子が親に袖を引っ張るように、ハンナはエイミーの袖を引っ張る。

「そう、中尉殿が、分かったわ。少し休みましょう」

 エイミーはどこか悲しそうな顔を浮かべる。

「もう行ってしまうのかい」

 彼女たちのそばに横たわっていた兵士が、声をかすれさせながら言う、彼には両足がなかった。昼間の砲撃で吹き飛んでしまったのだ。

「また明日来ますよ」

 少し困った顔をして、エイミーが返事をする。

「明日には死んでるよ、俺たち」

 そう言うとその兵士は話さなくなった。

「そんなこと言わないで」

 悲痛な顔をしながら、エイミーは名残惜しそうに救護テントを後にした。

「エイミーはさあ、何であんなことやってんの?」

 自分たちのテントに戻ったハンナは、泥だらけの軍服を脱ぎながら聞く。

「あんなことって?」

 穴の開いた軍服を繕いながらエイミーは穏やかに聞き返す。

「えっと、だから」

 ハンナは、バツが悪そうにどもってしまった。

「ハンナ隊長は、軍曹殿が衛生兵の真似事なんかするべきじゃない!って言いたいんだと思いますよ!ハンナ隊長は!」

 二人がいるテントの外から声が聞こえた。

「チャーフィー...いつから居たんだ?入って来いよ」

 不機嫌そうにハンナはテントの外にいた部下の名を呼ぶ。

この子はチャーフィー・ビギンズ。白髪に銀粉をまぶしたような珍しいを髪色に、鼻の上のそばかすが愛らしい少女だ。常に好奇心旺盛で首にカメラを提げている。

「へへへ!准尉殿が中隊長とお話している時からです」

 カメラ向け、何枚か写真を撮った後、ふざけた様子でチャーフィー伍長は笑う。

「最初からじゃない!こそこそ嗅ぎまわって!まるで盗人のハイエナね!」

 ピクっとチャーフィーは反応する。ハンナが言った言葉に気に入らない単語があったのだろう、上官のハンナを睨みつけながらチャーフィーが返す。

「ハイエナ!わたしの使い魔はリンクスです!それに盗人とは心外です!真実への探究者と呼んでほしいものです!」

 一触即発、にらみ合う二人、そんな二人を見かねてエイミーは、

「二人とも」

静かに、しかしはっきりと語気を込めて言った

「「何ですか?」」

 振り返ったのは同時だった、気づいたのだろう、エイミーの静かな怒りを。

「私そろそろ寝たいんですけど」

 エイミーは笑顔のままゆっくりといった。

「またお話は明日、伺いますね」

 チャーフィーは慌ててテントを後にする。

「ごめん、エイミー」

 ハンナはしょんぼりしつつも謝る。

「大丈夫、気にしてないよ、ただチャーフィー伍長の話が嫌だっただけなの」

 そういうと、エイミーはいつもの柔らかな笑みを浮かべる。

「じゃあ寝よ。ちゃんと休んで明日に備えよう!エイミーは働きすぎだから」

「はい、おやすみなさい」

やがてテントの明かりが消え、あたりは静寂に包まれる。

聞こえるのは閃光弾のうち上がる音と、遠くで低く響く砲声だけだった。

 

 




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第二章:あの丘をとれ!

丘には砲撃陣地があり、そこから攻撃される。
そんなお話。


ハンナは夢を見ていた、かつて故郷が平和だったころ、母親の膝を枕にして昼寝をしていたころの夢だ、もう母の顔はほとんど覚えていないが、ハンナは自分を撫でるやさしい手や、

木漏れ日の暖かさは鮮明に覚えている。ゆっくりと進む、幸せな時間。

けれどそれは、唐突に鳴り響いた声で、はじけてしまった。

「起きろ!ハンナ!ハンナ准尉!」

夜が白み始めた頃、シュタイナーがハンナの枕元に立って叫ぶ。

「ん~いや~お日様が昇までねるの~」

ハンナは甘えた声で駄々をこね、シュタイナーが肩をゆすっても、シーツを頭まで深くかぶり、一向に起きようとしない。

「はぁ~仕方ない」

シュタイナーは腰に手を当てて少し考えた後、あまり気乗りしない様子で。

「お前の大好きな攻勢なんだがな」

ハンナの耳もとに手を当てひそひそという。

「攻勢!!攻勢って言った!?」

ハンナは勢いよく飛び起き、危うくシュタイナーに頭をうぶけそうになる。ハンナをよけた反動で、シュタイナーは転びそうになりながらも、早口で話し始める。

「急に起きるな、皆は外で待機しているぞ。急ぎ準備をして、司令部テントに来い。」

「え?準備?私みんなに置いてかれたの?」

ハンナは寝ぼけたまま目をぱちくりとさせながら、ハンナは周囲を見回す、周りにはシュタイナーしかおらず、ほかのウィッチは出払っているようだ。

「それと、女の子なんだからそんな恰好で寝ないの。」

シュタイナーが額に手を当てながら、ため息交じりに言う。ふと自分の恰好に目をやると、下着だけになっていた、ハンナはシュタイナーにだらしない姿を見られたのが恥ずかしくてたまらないようで、顔を真っ赤にしながらも、とっさにシーツで体を隠しながら言った。

「中隊長!私のことジロジロ見ないでくださいよ!」

「別にお前のタイラムネじゃムラムラしねぇよ!」

冗談交じりに言ってしまったが、自分の言動にデリカシーがなさ過ぎたことに気付く。 シュタイナーはバツが悪そうに、軍帽を深く被りながらテントを出て行った。

「誰がタイラムネだ、腹立つな」

ハンナは自分の胸を見た後、ムッと頬を膨らましたあと、着替えを始める。ようやく頭が巡りだし、自分達の状況を思い出したり、先ほどのシュタイナーのやり取りを思い出して、また恥ずかしくなりと、バタバタと忙しく準備を整える。

「よし!バッチリ!行こう!!」

 

 

ボサボサだった髪をとかし、戦闘服を着てテントをハンナは出る。いつの間にか差し込んだ。朝日に目を細めながら、周囲を見回すと。外には小隊の皆が装備を整えて集合していた。

ナイフを研ぐ者もいれば、銃の薬室に泥が詰まっていないか、入念にチェック者、のんきにKパンをかじる者もいたが、みな一様に顔を強張らせ、辺りには緊張の糸がピンと張っているようだった。ハンナは親友のエイミーの姿がその中にないことに気づく。

「エイミーは?」

 あたりをキョロキョロと見まわしながら何の気なしに聞くハンナ。

「救護テントに行きましたよ、負傷者の護送を手伝うようです。

それにしても、ずいぶんとおめかしに時間を掛けましたね。中隊長」

ルビーを溶かしたような、美しい赤毛の少女がハンナに毒づく。長髪を二つに束ね、深々と鉄兜を被っている。美人だが近寄りがたい雰囲気を出している。

「わかったよ、わかったから、怒らないでシェリダン曹長」

ハンナは一瞬体を強張らせ、おずおずと答える。赤毛の少女はシェリダン・メイヤー、

ラーデンバー小隊の副長で、ハンナの右腕なのだが、口から出る言葉一つ一つにトゲがある。ハンナは彼女のことが苦手だ。

「別に怒ってません。中尉がお待ちです。早く司令部テントに行きましょう」

 ハンナとはいっさい目を合わさずに、シェリダンはつかつかと歩き出す。

「行きます、行きますから、もう、何で怒ってるの?」

 シェリダンに置いて行かれそうになり慌てて走り出そうとするハンナ。だが皆に指示を出してないことに気づき、慌てて戻る。

「皆はこの場で待機ね!すぐ戻るから!!」

ハンナは足踏みをしながら早口で待機命令を出し、すぐにシェリダンの後を追った。

ハンナとシェリダンが去った瞬間、小隊皆の緊張の糸が、ぷつんと切れたようで。

皆が一斉にしゃべり始める。その多くはシェリダン曹長に対してだった。

「ようやく行ったか。鬼シェリダン」

「シッ!まだ近くにいるかもよ」

「もう大丈夫でしょ。それにしても夜明け前に、スクランブル待機とはね。」

「いきなり叩き起こされて、敵襲かと思ったよ!」

「でもあれだけ曹長にひっぱたかれて、起きない小隊長って」

「そうとう神経太いよね。大物だよ、小隊長は」

 辺りはドッと笑いに包まれる。この小隊ではハンナは皆に好かれているようで、それに対して副長のシェリダンは相当嫌われているようだ。

「第4装甲騎兵小隊、隊長!ハンナ・ラーデンバー!ただいま出頭いたしました!!」

勢いよく司令部テントに入りつつ、敬礼をしながらハンナは声高らかに言う。

「同じく副長、シェリダン・メイヤー出頭しました」

ハンナに続いてシェリダンは、ゆっくりと静かに敬礼しつつ、まっすぐと立っている。

「楽にしろ、作戦を説明する」

入ってきた二人を一瞬見た後、シュタイナーはすぐに机の上の地図に目を落とす。

司令部テントには各小隊長たちが集まっており、皆シュタイナーの作戦を待っていて、ハンナと比べれば落ち着いているが、皆一様に緊張の表情を浮かべている。

「よし!全員集まったな。今回の作戦目標はH19高地だ、ネウロイはあそこを砲撃の観測所にしている。今まで2回攻撃し2回とも撃退されたが、今度こそあの丘を取る!!」

シュタイナーは地図で赤く囲われたH19の文字をたたきながら、皆に檄を飛ばす。彼はこの丘を重要視しているようだ。

「何か策があるんですか?丘のネウロイは攻撃のたび、奴らは消耗するばかりか頑強になるばかり、連日の砲撃で、兵達の疲労もピークです。ここは陣地放棄し撤退すべきでは?」

青い瞳をした若い男が口を開く、歳は26、シュタイナーはより少し若く、整った顔をしており、背が高くすらりとしている。彼はクルツ・ハウザー少尉、中隊の副官であり、

シュタイナーの右腕である。性格は明るいが冷静沈着、兵達からよく慕われている。

「策はある、部隊を二分して、一方が陽動、もう片方が側面から攻撃を行う」

 シュタイナーは確かな自信を手にしているようで、及び腰なクルツの前に拳を突き出し、

指で1と2を作りながら言った。

「はい!はい!はい!側面攻撃はラーデンバー小隊がやります!やらせてください!!」

 ハンナは興奮した様子で手を挙げる。攻撃と聞いて彼女がジッとしているはずがない。

横にいるシェリダンは腕組みをしながら冷ややかな目線を向ける。またかと言いたそうだ。

「もちろん、ウィッチ隊には攻撃を担当してもらう。そのための切り札なのだからな」

 ハンナの興奮にこたえるように、シュタイナーは満足げに頷く。

「待ってください、陽動の部隊はたったの2個小隊ですよ!奴らに擦りつぶされます」

 クルツはすがるように叫んだ。それに対してシュタイナーは少し驚いた顔をする。

「ウィッチ隊を援護に回してください!消耗した我々では耐えきれません」

 続けざまにクルツをシュタイナーに詰め寄る。彼はこれ以上仲間を失いたくないのだ。

「私の分隊と、エイミー伍長の隊を割きましょう。構いませんか?ハンナ准尉」

 沈黙を貫いていたシェリダンがゆっくりと口を開く。

「小隊の半数じゃない!ダメ!エイミーはともかくシェリダンは抜けちゃだめだよ!」

 驚いたハンナは目を丸くしつつ、手を口の前でバタバタと振って答える。

「あら、半数じゃ無理ですか。ハンナ隊長でも無理なんですかぁ、私は半数でも成功すると思うんですけどねぇ」

 シェリダンは口に手を当てわざとらしく驚いたふりをする。

「それとも准尉は自分の小隊が大事なのですか?ウィッチがいない本隊は全滅ですよ?」

 顎に人差し指を当てながら、またわざとらしく首をかしげるシェリダン。

「分かった、やる!やるよ!半数でも出来ますぅ!!」

 やけになったハンナが喚き散らすように答える。

「決まりだな、ハンナの隊は丘の制圧。シェリダンとエイミーの隊は本隊の援護だ。」

 深くため息をついた後、シュタイナーは皆の様子を見た後、作戦をまとめた。

「感謝します。シェリダン曹長。ハンナ准尉もよく決断してくれました」

 クルツは少し疲れたように笑いながら、二人に礼を言う。

「私はただ、最適解を選んだだけです」

 少し恥ずかしそうに俯きながら、シェリダンは髪の先を指でいじる。

「今日はシェリダンに乗せられてあげる」

 面白くなさそうに唇をとがらせながら、ハンナはシェリダンと共にテントを後にする。

「またいじけたか。クルツ、作戦の詳細を決めよう。もう少し残ってくれ」

 何度目かのため息を吐いた後、シュタイナーは指揮官の顔になる。

「勿論です。私に案があります。陽動部隊をさらに二分するのはどうでしょう」

 戦術を説明し始めるクルツ。その顔には生気が戻り、勝利への野心が宿っていた。

「二分した部隊で交互に攻撃すれば、数的不利を補えるな。よし!それで行くぞ!!」

 そこには苦悩する指揮官の姿も、疲れ切った将校の姿もなかった。薄暗い暗闇に包まれたテントで、二人は狐を追い回す狩人のように不敵な笑みを浮かべていた。

「それで、何であんたが隣にいるの?チャーフィー」

 ハンナは心底うっとうしそうに、チャーフィーのほうを見る。

「ほかの分隊長は本隊の援護ですからね。それに私の固有魔法は奇襲の役立ちますよ」

 いつものように悪戯っぽく笑うチャーフィーは、ハンナの隣で嬉しそうにしている。

二人が率いるウィッチ2分隊は、攻撃目標の丘な頂を敵に捕捉されないよう、慎重に登っていく。彼女たちの歩く道は、獣道のような有様だったが、その足取りは力強い。

「なんだっけ?あんたの固有魔法?」

 ハンナは興味なく口を開く。

「迷彩です!!皆が周囲の光景に溶け込んで、見つかりにくくなるんです!!」

 チャーフィーは声を抑えつつ、けれども必死にハンナに訴える。

「へっ、地味な固有魔法だな」

 ハンナはまた興味がなさそうに鼻で笑う。

「なっ、私たちが敵に捕捉されてないのは、私の魔法のおかげなんですよ!たぶん」

 ハンナの態度に絶句した後、必死に食い下がるチャーフィー。

「ふーん、うちのウィッチってさぁ、固有魔法が地味だよね。シェリダンは煙幕でしょ、エイミーは治癒魔法、あんたは迷彩でしょ。やっぱり優秀なのは空を飛んでるのかね」

 ハンナは指折りをしながら退屈そうにしゃべる。

「確かに、あなたの固有魔法に比べれば、私たちの固有魔法は地味かもしれません」

 チャーフィーは唇をへの字にまげて答える。

「あたしの魔法は最強だからね!地味じゃないし。銃を持たなくても..」

「ピ――――――!!!!」

 ハンナが得意げに話す中、シュタイナーのホイッスルの、甲高い音が響き渡る。攻撃開始の合図だ。

「急ぎましょう、小隊長」

 チャーフィーはその表情を硬くし、はっきりという。

「小隊各位!駆け足!急ぐよ!見つからないよう慎重にね」

 ハンナは素早く振り向きつつ、あとの続くウィッチたちに短く命令を告げる。皆の表情が硬くなり、その足取りに緊張が走る。丘への攻撃が、始まろうとしていた。

 時間は少し巻き戻る。シュタイナー率いる本隊は深く掘った塹壕に息をひそめ、誰もが丘の敵陣を見上げていた。

「コーヒーを沸かしてくれ。我々が朝食をとっていると奴らに教える」

近くの新兵にシュタイナーは短く命令する。新兵は命令の意味が分からないようで。

「何でコーヒーなんて沸かすのです?攻撃前に飲みたいのですか?」

「コーヒーを沸かすと奴らが攻撃してくる。そこを待ち伏せるのだ。早く手を動かせ!」

 命令を聞き返され、シュタイナーは思わず怒鳴る。新兵は慌てて走り出した。

「あまりピリピリしないでください。兵たちが浮足だちます」

 殺気立っているシュタイナーをクルツがたしなめる。立ち上がるコーヒーの煙が一瞬辺りを包み込む。熟練兵達は一様に表情を硬くし、塹壕に深く身をひそめた。

 突如、シューと長い音が鳴り、陣地の奥が爆炎に包まれる。砲撃が始まったのだ。

「アハトゥンク!アハトゥンク!試射が始まった。効力射が来るぞ!塹壕に入れ!」

 数秒後、砲撃が容赦なく降り注ぐ。砲弾が炸裂し、あらゆる物をえぐり取る。建てられていたテントは吹き飛ばされ、空が黒煙に覆われる。砲撃を前に出来ることは塹壕に深く身をかがめながら、神に祈ることしかない。やがて砲撃が止み、視界が晴れる。

「ようやく止んだか、ウィッチ隊がシールドを張らなければ危なかったな。被害報告!」

 体中に付いた土を振り払いながら慎重に身を起こし、シュタイナーは辺りを見回す。

「新兵がやられました。逃げ遅れたんです。それ以外には被害なし!まだ戦えますよ」

 下士官のホブス軍曹が短く報告する。コーヒーを沸かした新兵は運が無かった。最初の一発が逃げ遅れた彼の体を引き裂いたのだ。塹壕にいた本隊が無傷だったのは、ウィッチ隊が塹壕に傘をさすようにシールドを張り、皆を砲撃から守っていたおかげだ。

「各位警戒を怠るな!すぐに連中が攻めてくるぞ!」

 クルツが素早く檄を飛ばす。ネウロイが、山津波のような勢いで丘を素早く降りてくる。その姿は蜘蛛によく似ていた。高さは人間の腰ぐらい。体の形はひし形で、そこから鋭い足が生えている。シュピネと呼ばれている。人に飛びつき、鋭い足でがっしりと体に纏わり付くと、杭のような物を打ち込んで串刺しにする、達に悪いネウロイだ。

「クルツ、埋めておいた地雷は?」

 双眼鏡で眼前のネウロイの群れを捉えつつ、シュタイナーは短く確認する。

「あのあたりに砲撃は落ちていません。仕掛けがうまく動いてくれればいいのですが」

 塹壕少しだけ顔を出し、クルツは50m先の地雷原を確認する。砲撃は陣地奥のテントに集中しており。シュタイナーたちのいる陣地や地雷原にはあまり落ちていないようだ。

プチン!とワイヤーが切られる音がする。突如、地面が大きくえぐれ、轟音が鳴り響き、

ネウロイの群れが跡形もなく消し飛んだ。これがクルツの「仕掛け」だ。地面に埋めた砲弾にワイヤーを括り付けた、単純な代物だが、ネウロイにはこれがよく効いた。

「よし!連中、足を止めたぞ。機銃掃射!薙ぎ払え!奴らに腹いっぱいぶち込め!」

 シュタイナーの号令と共に、マキシム重機関銃がダ!ダ!ダ!ダ!ダ!と規則正しい銃声を上げ、ネウロイの群れを絵筆で塗りつぶすように、丁寧に!丁寧に掃射していく。

「撃ち方やめ!クルツ、敵に動きは?」

 短く命令を下した後、シュタイナーはクルツに確認する。

「今のところ動きはありません。作戦の第一段階は成功しましたね」

 クルツは双眼鏡を覗きながら、息絶えたネウロイの群れを一瞥し、丘の上を確認する。

「よし、諸君!少しだけ休め!すぐに反撃を開始する!」

 シュタイナーは愛銃のウェブリーリボルバーの撃鉄を起こし、叫ぶ。

「また攻撃か、どうせ負ける。もう疲れた」

 一人の新兵が塹壕に座り込んでぼやく。

「疲れたのか新兵?おれもだ。だが今度は負けないさ。中隊長に付いていけばな!」

 ホブス軍曹は少年のような笑顔を浮かべ、新兵の肩をたたく。二つある小隊のうち、 ホブスが率いる第2小隊は補充兵ばかりだ。ホブスの言葉で第2小隊の新兵たちは少しだけ元気を取り戻す。それを見てクルツは、自分も気の利いた事を言おうと口を開く。

「しょっ!諸君!もうすぐ我々は反撃に出る。えっと」

言葉に詰まるクルツを見かね、シェリダンがライフルをいじりながら遮るように言う。「慣れないことはしないことですよ。クルツ少尉」

「え?あっうんそうだね!みんな頑張ろう!」

「プッ!頑張ろうって、もう少し気の利いた事言ってください!少尉どの」

「いや、クルツらしくていいじゃないか!頑張ろうぜ!第1小隊!」

 クルツの「間抜けな演説で」小隊の緊張の糸が切れたのか、隊員たちが一斉に吹き出し笑う。彼が率いている小隊は、長く戦場に身を置いた、熟練兵で構成されている。ゆえに若い将校である、クルツのことを自分たちの息子ように可愛がっているのだ。

「小休止は終わりだ!気を引き締めてくれ」

 ことの一部始終を見守っていたシュタイナーが口を開く

「ウィッチ隊を各小隊に付ける。シェリダンの隊は第1小隊、クルツを助けてやってくれ。エイミーの隊は私とホブスの第2小隊だ。新兵のおもりだが、よろしく頼む」

「忘れないでほしい!我々の目的は陽動だ。丘の確保はハンナたちに任せる」

 シュタイナーは静かにしかし全員が聞き漏らさないよう、はっきりと簡潔に命令する。

命令を聞いた兵士たちは、素早く正確に動き始める。特に第1小隊は早かった。

「陣形を組むぞ!シェリダン曹長、ウィッチを横に配置してくれ。なるべく等間隔に」

「横に?昨日と同じクサビ形じゃないのか?」

シェリダンはクルツの奇妙な命令に訝しんだ。

「部隊を扇方に展開する。これで銃撃にしばらくは耐えれるはずだ」

「なるほど、横に並べ!両手がぶつからないように、間隔を開けろ!」

ようやく命令の意図を理解したシェリダンは素早く分隊員を動かす。

「よし!前列はウィッチの後に2人付け!残りは後列だ!」

 そうシェリダンが言うと、ものの数秒でウィッチ隊7人の後ろに、前列14人後列6人の扇形の陣形が出来上がる。

「シュタイナー中隊長!第1小隊準備完了です!いつでもいけます」

「おっ速いな!すまんが少し待ってくれ、こちらはもう少しかかる」

「ヤーボール、では我々は丘の上を警戒しておきます。構いませんね?」

「あぁ助かるよ、おいそこ!横に広がるな!クサビ形だ!何度言ったらわかる。」

第2小隊が遅れて歪なクサビ形の陣形を完成させる。

「よし!クルツ準備完了だ。敵の様子は?」

「奴さん、こちらに気づいたみたいですよ!すぐに攻撃開始を!」

「そうか!では初めよう」

「ピーッ!!Los!!我々に勝利を!」

 シュタイナーの笛を合図に2つの小隊が前進を始める。シュタイナーの第1小隊が先行する形で、第二小隊が斜め後ろから追従する。丘の中腹に差し掛かろうという所で、ポン!ポン!ポン!と軽い音が3回少し遠くから聞こえた。それを聞いたシュタイナーが叫ぶ。

「迫撃砲だ!!防御態勢!急げ!」

 それを聞いてエイミーのウィッチ隊は素早くシールドを張った。そして小隊をすっぽりと収める、大きなシールドのドームができる。

「この中から出ないで!」

 エイミーは身を乗り出そうとしている新兵を見てシールド張りながら叫んだ。

「第2小隊ウィッチの後ろに並べ!」

 最前列のシェリダン達は、横長のシールドを張り、それを繋げて壁を作る。クルツ達はウィッチ達の後ろに前倣え、の形でまっすぐに並ぶ。

「頼むぞ、シェリダン。あんたは俺達の女神様だ。」

シェリダンの右肩をクルツが左手でつかんで、耳のもとでそっと言った。

「バカ。」

 シェリダンは一瞬、顔を赤らめた後、すぐに集中し元の顔に戻る。周りは二人にやり取りに気付いていない。皆が落ちてくる砲弾に恐怖していたからだ。

ボンッと音が鳴り、土が巻き上げられる。兵士たちは砲撃が止むまで、身をかがめて待つしかない。その時間を永遠に感じながら、神に祈る。当たらないでくれ、早く終わってくれと。

 




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第三章:あの丘の上に

丘の上で繰り広げられる攻防!
その序章。


「見つけた!敵の砲撃陣地」

 丘の横、林の陰からハンナが敵陣を、見つけた。

「迫撃砲5!野砲が3!トーチカに鉄条網。なかなかえぐいですねぇ」

 チャーフィーが持っているカメラを覗きながら言った。

「私の分隊は重トーチカ潰す!チャーフィー達は野砲と迫撃砲をお願い」

 ハンナは敵陣を指さし、出来るだけ声を落として喋る。

「あら、先陣を切ってくれるのですか?助かりますけど」

 双眼鏡を覗いたまま、チャーフィーはわざとらしく聞き返した。

「皆いい?ありったけの手榴弾をトーチカに投げ込むの」

 チャーフィーを無視してハンナは分隊員に指示を始める。

「うちの分隊の手榴弾も使ってください。私たちは後から行きますから」

 チャーフィーは無視されたことが気に入らないのか、つまらなそうに言った。

「ん?ありがと。じゃあ私が鉄条網を破壊するから、みんな後に続いてね」

 生返事をした後、ハンナは大まかな作戦を決めた。

「決まりですね、ハンナ分隊が突っ込んで、チャーフィー分隊が援護、いいですね」

 チャーフィーが作戦をしつこく確認する。彼女は慎重な性格なのだ。

「そう、私たちが鉄条網を破壊するからチャーフィーは援護ね」

「合図を決めておきましょうか?」

「いや私が突っ込むから。あとは適当に合わせて!」

 ハンナはそういうと、放たれた矢のように飛び出す。余りに急だったので、皆が呆然とする。

「もう!無茶苦茶だ!援護射撃!とにかく!ネウロイの気を引くよ!ハンナが死んじゃう!」

 チャーフィー達が焦りながら、ネウロイの重トーチカに向かって撃ち始める。釣られて皆、援護を始める。

「まずは鉄条網と地雷原!私の魔法ならいける!」

 ハンナは両手にシールドを出し、二つの小さな盾を作ると、盾から5つの刃は生える。

「まずは鉄条網」

 ハンナは短くつぶやくと、シールドが電動ノコギリのように回転を始め、鉄条網を切り裂く。

「あとは地雷、どこに埋まってんのか、わかんないや。まぁ掘り返せばいいか」

 次に2つのシールドを1つにまとめ、今度はいくつもの鎖をはやし、地面に置く。

「よし!回って!」

 シールドが高速で回り、土がほじくり返され、すぐにボンッと音がする。地雷が炸裂したのだ。

辺りを丁寧に「掃除」したあと、ハンナは満足そうな顔をして、シェリダン達のほうを向いた。

「もう来て良いよ!シェリダン!」

「頼むから!前を見て隊長!トーチカがまだですから!」

 シェリダンが青ざめ顔をして叫ぶ。

「ここ!死角になっているから!大丈夫!進路作ったから来て!トーチカを潰すよ!」

 幸いなことに、砲撃はなかった。その砲口はシュタイナー達の陽動部隊に向けられていたからだ。

 




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第四章:丘での勝利

今は耐えるのだ!
必ず私たちは勝利する!!!!


「止んだか、被害報告!」

 砲撃が止み、シュタイナーはゆっくりと頭を上げた後、振り向きながら言った。

「ぐぁぁぁぁ!足が!俺の足が!」

 シュタイナーの10m後方で叫び声が聞こえた。新兵がのたうち回っている。右足には砲弾の破片が刺さっていた。彼は砲撃のさなか、丘の下へ逃げようとしたのだ。

「ジッとして!止血するから!叫ばないの!!男の子でしょ」

 エイミーが素早く駆け寄り治癒魔法をかけ始める。破片の一つが右太ももの動脈に突き刺さており、かなり危険な状態だ。

「クソ!一人やられた!シェリダン!煙幕を頼む」

「Ja!煙幕弾!投射します!」

 シェリダンが両腕をまっすぐ前に突き出すと、そこから小さな球が10個ほど打ち出された。球はすぐに煙幕を発生させ、目の前に「煙の遮蔽物」が出来上がる。

「クルツ!そちらに被害は!」

 シュタイナーは斜め後ろにいるクルツたちの方を向き叫ぶ。

「こちらは被害ありません!攻撃を続けますか?中隊長!」

 自分の隊を見回していたクルツがすぐに気づき、シュタイナーに判断を仰ぐ。

「どうするか。負傷者は1人、重傷だがまだいけるか?」

 シュタイナーは一人でブツブツと呟く。

「よし!攻撃を続ける!そこのお前!負傷者を担いでエイミーと一緒に丘を下れ!エイミー!丘を下って塹壕の中に!ここよりは安全だ!そこで治療を続けてくれ」

 シュタイナーは矢継ぎ早に、次々と的確な命令を下す。

「Ja!塹壕で負傷者の治療をします!」

 エイミーは復唱し、駆けつけた兵士に細かい指示を出した後、丘を下る。

「諸君!ここが正念場だ!1秒でも多く耐え忍ぶ!」

 シュタイナーは後ろの新兵に檄を飛ばす。しかし兵士たちの顔は不安げだ。

「この音を聞け!ハンナの別動隊が奇襲を始めた!勝てるぞ!この丘は取れる!」

 遠くで轟音が聞こえる。

 ハンナは叫ぶ!!

「カサパノス!投げ込んで!爆薬も!ありったけ!」

 ハンナの号令で導火線が付いた爆薬と弾頭が大きな手榴弾が投げ込まれる。棒つき手榴弾に爆薬を括り付けた代物だ。

「頭を下げろ!爆発するぞ!耳塞いで口開けろ!」

 シェリダンが気を乗り出していたウィッチの頭を無理やり抑えた。そう後すぐに、ゴォォン!と重たい音が響く。トーチカは大きくえぐられ、ぽっかりと穴が開いている。どうやら中の弾薬に誘爆したようだ。

「よし!制圧したね!ここから侵入するよ!」

「隊長!死にかけの奴が何匹かいます!」

「結構多いね、テル!火炎放射で焼いといて!」

 ハンナがガスマスクをした少女にそう言うと、早々とトーチカを後にした。

「はい!お任せを!」

 彼女はテル・ミト上等兵だ、固有魔法は「火炎放射」で、指先から炎を出すことができた。ネウロイを焼くことを史上の喜びとしている。まもなくして、子ヤギを絞め殺したような、断末魔が聞こえる。死にかけのシュピネが焼かれているのだ。

「よし!奇襲成功!じゃ段取り通り、野砲陣地よろしくチャーフィー!」

「Ja!ケン、テグ、いつものように静にいくぞ。」

 チャーフィーは短く返事をすると、固有魔法を全開で発動する。そして3人はその場から姿を消した。次の瞬間、野砲陣地が次々に爆発していった。隠し持っていたカサパノスを、山のように積まれていた弾薬に仕掛けたのだ。

「すごい!」

 ハンナは3人の華麗な活躍に、一瞬、目を奪われる。

「ハンナ隊長。トーチカの掃除が終わりました。」

 いつの間にかハンナのそばにいたテル上等兵がそっと言った。

「そう、じゃあ、あっちも全部、掃除しようか」

 ハンナは5m先の機関銃陣地を指さして言う。

「ヤーッ!掃除は大好きです!」

 テルは嬉しそうに復唱し、「掃除」の続きをする。

「ネス?大丈夫?出来る?」

 ハンナは隣で怯えていた、小柄な少女の顔を覗き込む。暗めの茶髪で髪と同じ色の瞳をしている。名はネス・フリング二等兵。戦場で常に怯えており、今もハンナの左腕に無意識にしがみついている。

「だっ!大丈夫です!出来ます!攻撃します!」

 ネスはハンナの腕を放し、まっすぐハンナを見返した。やる気になったようだ。

「いいねぇ!じゃあ、一緒に攻撃しよう!せーの!」

 またハンナが勢いよく飛び出し、そばにいたシュピネを3匹片づけた。

「あ!隊長。行っちゃった。いいのかなぁ。エイッ!」

 ネスが両手を突き出すと、地面に魔法陣が現れ、刺がいくつも付いた巨大な球体がそこから現れる。その球体は中世の騎士が使っていた。モーニングスターによく似ていた。やがて「球体」がひとりでに動き回る。「球体」はどこまでも転がり、ネウロイを次々となぎ倒していく。

「いいよ、いい調子だよ!パンジャン!ああっ!こっち来ないで!」

 このパンジャンという球体は、ネスにまっすぐ向かっていったかと思うと、彼女の足元にいたシュピネを潰した。

「ありがとう、パンジャン」

 驚いて尻餅をついたネスが呆然としながら言う、それを聞くとパンジャンはまた回りだす。ネスはこの固有魔法をあまり使わない。パンジャンはだれにも止められないからだ。

 




感想を宜しくお願いします。


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煙のカーテンの向こう側

煙幕の向こう側で繰り広げられる地獄です。


「何が起こっているんだ?状況が分からないな」

 シュタイナーは未だに「煙の遮蔽物」の前にいて、向こう側の様子がわからない。聞こえてくるのはハンナたちの声と、暴れて立てるけたたましい轟音と、ネウロイの悲鳴だ。

「クリストファーに探らせてみては?」

 シュタイナーのすぐそばに立っていた、クルツが言った。

「そうだな。クリストファー!いるか?」

「カッー」

 いつの間にかシュタイナーの左腕にカラスが留まっていた。そのカラスには足が三本あり。黒い羽根に、白い小さな羽が混じり、まだらのような毛色をしていた。

「向こう側の様子を探ってきてくれないか?」

 シュタイナーはクリストファーの喉を人差し指で優しくなでながら言う。

「クワッ!クワッ!」

 それを聞いたクリストファーは羽を大きく広げ、2回鳴いて見せた。

「ご機嫌だな。そらいけ!」

 シュタイナーは左手を勢いよく振り上げると、クリストファーが飛び立つ。やがてクリストファーは黒い弾丸のように、煙に突っ込んで、向こう側へと消えた。

「シュタイナー隊長。そろそろ煙幕の硬化時間が切れます。」

シェリダンが自分の持ち場からシュタイナーに言った。

「分かった!」

「お!クリストファーが戻ってきたな!お帰り!向こう側の様子はどうだった?」

 煙の中からクリストファーが出てきて、大きく羽を広げ滑空した後、シュタイナーの左腕にとまる。

「向こう側の様子はどうだった?クリストファー」

 シュタイナーがそう言うと、クリストファーは右の羽をゴソゴソと、口ばしでいじり始める。そして黄色く塗られた一枚の羽を咥えた。

「Gelbか。なるほど、ありがと!戻っていいぞ」

 それを聞くと、左腕にとまっていたクリストファーが小首をかしげ、すぅっと消える。彼はシュタイナーの使い魔なのだ。

「クリストファーが黄色ってことは」

そばにいたクルツが喋る。

「安全だけど注意してね、だな」

 シュタイナーは薄れていく煙向こう側に目を凝らす。

「何をやっているんだ?あいつら?」

 シュタイナーはあきれ果てた様子で言った。見えてきたのは、楽しそうにネウロイの残骸を切り刻むハンナ、塹壕に「炎の川」を作り遊ぶテル。「パンジャン」に追い回されるネス。まさに「混沌」とした光景だった。

「状況を説明します」

 チャーフィーがシュタイナーのそばに駆け寄り言った。

「いや、いい!あらかた察しが付く」

 シュタイナーは眉間にしわを作りながら、答える。

「Piiiiiiiiii!!!アハテゥンク!お前らいいがげんにしろ!!!」

 シュタイナーが笛を吹き、誰よりも大きな声で叫んだ。それを聞いて皆が固まり、一斉にシュタイナーを見る。

「ハンナ!ここに来て、状況を説明しろ!」

 シュタイナーに呼ばれハンナが驚いてビクッと体を反応させた後、シュタイナーのもとへ、すごすごと来て話し始める。

「えーと、丘を制圧しました!やりましたよ!中隊長!!」

 ハンナは悪びれる様子もなく、胸を張って言った。

「これが制圧か?ふざけるな!ただネウロイを玩具に遊んでいるだけじゃないか!」

 シュタイナーはハンナに怒鳴り散らす、ハンナはすっかり意気消沈する。

「すぐに部隊をまとめて付近を警戒しろ!ネウロイの増援がくるぞ!」

 続けざまにシュタイナーは、ハンナに怒鳴りながら命令する。

「やJa!ラーデンバー小隊!丘の周りを警戒します!」

 ハンナはぎこちなく敬礼をした後、忙しく駆け出していく。

「あんなに怒らなくても、良かったんじゃないですか?」

 後ろで見ていたクルツがシュタイナーに話す。

「あいつらの悪い癖だ。敵で遊ぶ、ちゃんと叱ってやらないとな」

 シュタイナーは額に手を当ててため息をつき答える。

「あなたは彼女達の「Fata」ですね。そこで休んでください。あとはお任せを」

 クルツはいつものように柔らかな笑みを浮かべるとすぐに駆けていく。

「いい部隊だな、失いたくないな、誰一人として」

シュタイナーはそばにあった、何かの残骸に腰かけ、ぽつりと言った。誰もその言葉を聞いてはいない。ハンナはウィッチ隊を率いて周囲の警戒を行い、エイミーは負傷者を丘に運び、周りの兵士たちと救護所を設置しようとしている。クルツは残りの手の空いている者に細かな指示を与えている。

皆それぞれが手を動かしていた。自分たちのやるべきことを理解して。

シュタイナー達は丘を取り、勝利したのだ。

 




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第五章:たこつぼの中で

つかの間の平和の物語


「暇!ひ~ま!もう警戒任務も飽きたよ~敵来ないの?」

ハンナは退屈そうに、頭の後ろに腕を組み、たこつぼの中から空を見上げる。

「じっとしていられないんですか?空ではなく前線を見てください。ハンナ隊長」

横で双眼鏡を覗いていたシェリダンが、あきれた様子で答えた。

「そうは言ってもねぇ~そうだシェリダン副長」

 ハンナは寝そべったまま、シェリダンの方に顔を向ける。

「なんですか?ハンナ隊長?」

 シェリダンは持っていた双眼鏡をしまいながら、答える。

「シェリダンさ~クルツ少尉のこと、どう思う?」

 ハンナはニヤニヤと意地悪に笑いながら話し始める。

「何ですか?藪から棒に、優秀な士官だと思いますよ。私は」

 シェリダンは少しも表情を変えずに答えると、また前線に視線を戻す。

「え~それだけ?もっとあるでしょ!かっこいいし、鼻筋も通ってるし、カッコいいし」

 ハンナは指を折りながら、わざとらしくクルツの容姿について語り始める。

「クルツはあなたが思ってるような男じゃないです!それに今は警戒任務に集中してください!」

 ハンナの煽りに思わず感情をこめて、シェリダンは怒る。

「もぅ、また怒った。分かったよ、この話はこれでおしまい」

 ハンナはシェリダンに面食らいつつ、ばつが悪そうに頬をかきながら言った。

「あ!クリスファーだ!!クリストファー!降りてきなよ!」

 ハンナが、真上を旋回しながら止まり木を探していた、カラスに気づく。

「ア~カァ~」

 クリストファーはマダラに模様の翼を大きく広げ、空気をつかみながら降下すると、真っすぐに伸ばされたハンナの腕にとまった。

「よしよし。お帰りクリストファー。敵の様子は?」

 ハンナは左腕にとまった三本足のカラスに話しかける。カラスのクリストファーは、また毛づくろいをはじめ、今度は青い羽根を咥えてハンナの前に突き出す。

「ブラウね、ありがと!ん?足に巻いてあるのは伝言?あっ」

 ハンナが礼を言うと、早々にクリストファーは司令部テントに向かって飛んで行った。

「敵に動きはなさそうですね。暫くは平和です」

 シェリダンは安心し少しだけ顔を緩める。

「うん、でも足に付いた、銀色のカプセルが気になるな」

 ハンナは顎に手を当てて珍しく難しい顔をする。

「ハンナ隊長がそんな顔をするなんて、明日は槍が降りますよ」

 シェリダンが少し驚いた様子で言った。

「え?最近のネウロイってやり使うの?」

「物の例えですよ、まぁ降ってほしくないですけどね、やり」

 狭いたこつぼの中で、二人は楽しそうに話している。つかの間の平和を噛みしめるように。

 

 




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