デジたんに自覚を促すTSウマ娘の話 (百々鞦韆)
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本編、あるいは夜明けの航路
感じるタイプのウマ娘
信号を待っていたらなんか突然衝突音とスキール音が聞こえたと思ったらなんか意識が途切れて気がついたらなんか息苦しくてなんか自分の口から出る泣き声をコントロールできなくてさらにはなんか視界が朧げで何一つ状況が掴めないのがなんかもうなんかすっごく恐ろしかったのだが、しばらくしてそのまま泣き疲れて眠ってしまった。
…というのがつい先日の僕の話だ。当時の混乱具合が非常に良く再現されている説明だ。何を言っているか分からないという方はそのままでいい。だって僕も何がどうなってるか分からなかったんだから。
さてさて、改めて簡潔に、馴染みの深い言葉で説明させてもらうと、僕の経験したこの奇天烈な出来事は『転生』なのだろう。今の僕はどうやら、産道を通り、しっかり産声を上げた健康ベイビーであるらしいからしてそう判断した。
さらにもうひとつ判断理由がある。これはなんともスピリチュアルな話になるのだが……今もひしひしと感じるのである。魂とかいうやつの存在を。
魂が、僕の胸の内側からそれはもう激しく存在を主張してくるのだ。現在進行形で行なっている数々の思考や記憶は脳によってではなく、その魂、的なものと深く結びついて保たれているのが理解できる。
というか、そうじゃないと僕は生後数日にして論理的に思考し、存在しない記憶を抱える訳分からんベイビー、ということになる。
軽く自己紹介すると、以前の僕はその辺のコンビニやらファストフード店を探したら1人はいるタイプの一般男子高校生であった。決してそういったスピリチュアルなものを感じるタイプの人ではなかった。
特技はペン回し。朝はパン派。しいて変わったところをあげるなら両親とは幼い頃に自動車事故で死別、叔父夫婦のもとで暮らしていたことくらい。はっきり思い出せる。
記憶が薄れる、というようなことは今のところ起こっていない。むしろ逆。忘れていた些細な出来事、何気ない日常の中で交わしたしょうもない会話の一語一句すら正確に思い出そうと思えば思い出せる。理由はいまいち分からないが、新品の脳に備わっているはずのない記憶を思い出せたりするのだから、おそらくは魂に刻まれている、とかそんなところだろう。
転生といえばチートと言っても過言ではない。むしろ転生=チートであると言える、多分。僕の場合「前世を正確に思い出せる」というのがチートにあたるだろうか。なるほど、たしかにとても便利だ。神様とコンタクトした覚えは無いが、これは神様から若くして亡くなった僕への贈り物かな?
とりあえず感謝しておこう。センキューゴッド…ジーザス…ブッダ…いや、古来より万物に神が宿ると信じてきた日本人として、やはり全てに感謝しておこう。センキュー八百万。センキュー、まだ目が発達してないので明暗くらいしか分からないから顔を知らない今世の両親。
と、いろいろ考えていたら眠気が……あっ、逆らえないこれ……
◆
ようやく五感が整ってきて周囲の状況がなんとなく把握できるようになった今日この頃、ママが来たわよ〜などと言ったのちすっと僕を抱いた今世の母を見てびっくり仰天。
ケモ耳生えちょる。ついでにフサフサしっぽも。
よく意識してみると僕にもついてるっぽいケモ耳&しっぽ。これは……馬のものかな?
すわ、つまりここは異世界か!?と、一瞬思ったものの、部屋の照明が蛍光灯だったり、母がバリバリ日本語を話すのでいよいよ分からなくなってきた。彼女の腕に抱かれながらいろいろ考えていると、ふと声が聞こえた。
「綺麗な青毛……あぁ、なんて可愛い。貴女ならきっと素敵な名前を頂けるわ」
____そのとき、僕に電流走る‼︎
いや、(おそらく)魂に刻まれた記憶をいろいろと結びつけて結論を導き出したので、ホントに電流走ったかは分からないけど。そんなことはどうでもいい。問題は今僕が生きている世界が何なのかが分かったことだ。
『ウマ娘』の世界だこれ。で、僕はウマ娘だ。
ウマ娘こと、ウマ娘プリティーダービー。アニメ、ゲームアプリ展開などがされた大人気作品。芝やダートの上を風の如く駆け抜けた名馬達の名と魂を受け継ぐ、ウマ耳としっぽの生えた美少女達が、史実の馬達のようにレース場を駆ける……そんな内容のものなわけだが、今僕はそのウマ娘の世界にいる可能性が非常に高い。
「立派なウマ娘に育ちますように……。いつか貴女の名前が、G1レースの掲示板の最上に載るのを見てみたいわ……」
はい、数え役満。ウマ娘て。言っちゃったよ。聞いちゃったよ。
ケモ耳&しっぽ。馬の毛色くらいにしか使わない青毛という呼称。「名前を頂く」とかいう概念。しまいにはモロ「ウマ娘」ときた。
すると、生後間もない頃から感じていた魂的なものはあれだろうか。ウマソウル。随分と高性能なソウルだなぁ。
しかし、ポックリくたばったと思ったらウマ娘でした、とな。
…さてどうしましょう、これ。
◆
自分のこと、世界のことがなんとなく分かってきた今日この頃。
どうしましょう、とは言ったものの、やりたい事は既に決まっている。
中央トレセン学園に入学する。
ウマ娘として生を受けたからには、走る。走ってレースに勝つ。
それが母さんにしてやれる最高の親孝行だろう。
だが、最大の理由がある。我ながらとんでもなく身勝手な理由だ。
推しに会いたい!!!
当たり前だろ!推しが!同じ次元に!生きてる!そして!今の僕は彼女達と同じウマ娘、すなわちトレセン学園に入学可能!
だったらやるしかないだろ!何度でも言うぞ、センキュー八百万!
「せぇゅ〜!やぉよぉ〜!」
おっと、迸るパトスを抑えきれずに声が出てしまった。
「ふふっ。あらあら、随分元気ね」
ああ、あんまり暴れると母さんに迷惑をかけてしまう。自戒自戒。にしても、メッチャクチャ顔が良いな、マイマザー。ウマ娘は皆顔立ちが整っているが、その中でも群を抜いて美しい。まあ他の娘見たことないけど。確実に家族補正かかってるけど。
あ、撫でられた……気もちぃ……やば、ねむ……
◆
時の流れは早いというが、実際その通り。僕は現在3歳である。これが普通の子供だったらそうはいかないだろう。目に付くもの全てが新しく、無限の好奇心に身を任せて、無限に思える時を冒険して過ごすのが子供というものだ。
普通の子供でない僕は、既に見慣れたものばかり(ウマ娘用受話器はちょっと気になった)なので好奇心をそそられるはずもなく、実に手のかからない子供としてすくすく成長……しているわけでもない。
体がしっかりしてきたその日から、毎日アホほど走った。それも闇雲に走るのではなく、両親の目のないところでこっそり仕入れたトレーニングの知識を応用して走っている。ちなみに、例の記憶チートは今世の記憶にもバッチリ対応、つまり完全記憶チートである。おかげでより効率的にトレーニングを行えている。ウマソウルメモリー、優秀すぎるな。
まあそんなこんなで、魂とやらのおかげか、子供の成長率の高さからか、とにかく日々技能や体力の向上が実感できるのでとても楽しい。その上走るときの風を切る感覚、地を踏みしめて加速する感覚、それら自体が快感なので、トレーニングが捗る。捗りすぎてついこないだなどは母さんに、
「もっとママに甘えていいのよ……?」
と非常に心配そうな声色で言われた。ごめんなさい。
……うん、まだ3歳の娘があまり親に甘えず、他の物事にあまり興味を示さずにひたすら走り続けるとか、たしかに心配するよ。
そんなことがあって以来は、出来るだけ両親とコミュニケーションをとることを心掛けている。父さんは仕事でいない日の方が多いので、その分母さんと沢山交流することにした。
聞けば、かつて母さんは目立った業績こそ残せなかったものの、地元のトレセンではかなり有名だったのだとか。だから、トレーニングを指導してもらうことで親子の絆を深めていこうと思う。
…初めからこうしていれば良かった。やっぱりリアルタイムで教えてくれる人がいるとさらに上達が早くなる。あと、常に美しい顔面を見ながらトレーニングできるのが最高である。いや、マジで可愛いし美しいし…やっぱりウマ娘は最高だぜ!
…そんな日々を過ごす中、ふと思った。
……僕の体は生物学的には正真正銘のウマ娘、つまり女の子だ。まだ幼いので、耳としっぽを除けば男との身体的な相違はそこまではっきりしていないが、かつて例のモノがあった場所を見るとそれを実感する。正直言って……
最オブ高である。なぜなら僕はウマ娘、約束された美少女。でも心は男子。今も僕の恋愛対象は女性である。つまり、鏡を見るだけで興奮できる。こちとら元ウマ娘オタク男子高校生なのだ。たかがTS転生くらいでは僕の欲求は止まらないぞ。オタクを無礼るなよ。
……うん、僕の将来は安泰だ。多分。きっと。めいびー。
◆
特に何か大きなイベントを経験するでもなく成長し、いつの間にやら小学校に通いはじめたのは僕です。
晴れの日も曇りの日も雨の日も雪の日も走り続けて、父さんから「走りキチ」なる渾名を頂くほどにはトレーニングに励んだ。…例の静かな先頭狂さんと話が合いそうだ。
芝もダートも走りたかったので、両親に頼み込んで色々な場所に連れていってもらい、道路も河原も、山の中でもひたすら走り回った。そのため、同年代のウマ娘と比べて遥かに高い身体能力を身につけることができた。代償として、友人がいないという現実がそこにはあるが。まあこればかりは仕方ない。精神年齢は既に成人済みのやつが小学一年生の輪の中に混ざるのは難しい。一人称が「僕」で、性格も男っぽかったのもあるかも。
特に何も考えず…いや、ぶっちゃけ僕っ娘って萌えポイント高いんじゃね?…とかは考えたが、とにかく僕は家庭でも学校でも一人称は「僕」を使っていた。母さんは「父さんの影響かしら…まあ、可愛いからなんでもいいわね…」と言っていたので遺伝なのだろう、僕っ娘好き。
友人がいないことを母さんは気にかけたが、僕はそれに対して、今も、そしてきっとこれからもトレーニングが楽しいので、無理に話の合わない友人を作るよりもひたすら走っていたい、と伝えたのだが、母さんは黙って頷いた。すごい心配かけてるな僕。どうしよ、これ。早くトレセン学園に入ってしまって、母さんを安心させてあげたい。そう思って今まで以上にトレーニングに力を入れた結果、ますます心配させてしまったけども。ほんとにどうしよ、これ。まあなんとかなるだろう、知らんけど。
◆
ウマ娘にウマれてはや十二年。ひたすら走って走って走りまくって過ごし、来年にはトレセン学園に入学できる歳になったのは僕です。
十二年ともなれば、僕にも女の子としての自覚が芽生える……こともなく、むしろ前世より人と関わらず、ひとりでものを考える時間が長かったり、推しウマ娘達に早く会いたくてフラストレーションが溜まりに溜まっていたりするので、中身は未だに男寄りである。
人間関係についても、小学校高学年ともなれば話はそこそこ通じるが、やはり親しい友人と呼べる人はおらず、今の僕のクラス内でのポジションは「なんかすごいけど良く分からん奴」である。
そんな僕を心配した先生方も、僕の走りキチエピソードをおみまいしたところ、若干顔を青くして帰っていった。オチがまだなんだけどな、夜中に熊と出会った時の話。ちなみに、完璧に記憶しているため授業を受ける意味がないので、授業中はほとんどトレーニング教本を読んで過ごしていたのだが、先生がそれを咎めることはなかった。……義務教育で放任されるとは……さすが僕。
同級生にも何人かウマ娘はいるが、名前を知らないので多分モブウマ娘なのだろう。まあ、それでも超絶可愛いのだが。
彼女達の中には、中央を志望する娘はいないようだ。皆、そのまま中学校に進学し、それから地元のトレセンに通うらしい。
中央トレセン学園は文武両道。レースの能力だけでなく、学力もかなりのレベルを要求される。そのため、中央に通っている生徒のうち、かなりの数が名門の生まれだ。前世では競馬に詳しくはなかったので細かい部分は知らないが、ゲームやアニメに登場したウマ娘達は、ほとんどが実績も血統も素晴らしい馬の名を冠していたし、モブウマ娘達もきっとほとんど名門の出だったりするんだろう。
そんな中、「中央に行きたい」と言った僕を否定せず、後押ししてくれた両親には感謝しかない。聖人かな?
◆
暖かな太陽のもと、土の中から新たな命が顔を出し始め、夕暮れ時には去りゆく冬の残り香がうっすらと感じられる今日この頃、必死に何かに祈りを捧げるウマ娘、それ僕です。
先日、遂に僕の未来を決めることになる学園への入学願書を提出した。そして、今日はその結果が分かる日だ。早く結果を知りたいという思いと、落ちていたらどうしようという不安がせめぎ合って、ただいま僕のメンタルは大変なことになっている。
「頼む……!受かっててくれぇ……!」
「大丈夫だ…。ずっと頑張ってきただろ?努力は裏切らないんだよ」
あぁ父さん。努力は裏切らない。その通り。だから、足りなかった場合は確実に悪い結果を引き寄せてくれやがるのが努力ってやつなんだ。
たしかに僕は、生まれてからほぼ全ての時間をトレーニングに費やしたといっても過言ではない。しかし、中央のウマ娘は皆、才能も努力も、トップレベルの逸物だ。あと超可愛い。
僕に才能が無く、もっと努力する必要があったのだとしたら……考えれば考えるほど不安になってきた。
「貴女なら大丈夫よ。だって、私たちの自慢の娘なんだから」
あっそうだわ。僕この女神様の娘だったわ。勝ったなこれ。いやどうだろう。トレセン学園のウマ娘も負けず劣らず女神だし、やっぱり落ちてるかも…。
「ゔああ……怖い”ぃ……」
「…大丈夫よ。安心しなさい。受かってるから」
あぁ〜、全身に母さんの声が染み渡る。これがないとやってらんねぇよ…。凄い中毒性だ…。さすが女神。
「ふむ……なるほど……これは……」
「父さん?それ何?」
僕が女神様の言葉で昇天しかけていたところ、父さんが何やら書類を見ながら唸っていたので尋ねてみる。
「ん……ふふ、見たいかい?」
すると父さんは、なにやら笑いを堪えるような感じでそれを僕に手渡した……って、これ…。
「……ごうかく、つうち…?…合格…通知…?」
「さっきから言ってるだろ。大丈夫、って」
「あ……ぁ……」
あれ、もしやさっきまでの大丈夫って、そういう意味だったの…?いや、てか……僕、入学できるってこと…?
「おめでとう、本当に…。本当に自慢の娘よ、貴女は」
「受かった…?僕、中央に…?」
というか、最初から分かっていらしたのか、この方々。それでちょいと茶目っ気を出して僕をからかったわけだ。
「……てか、いつ届いてたのさ……」
「さっきお前がトイレに行ってた間だな」
「ふふ…こういう時くらい、驚いた顔が見たくて…。ごめんなさいね…ふふっ」
発案したの母さんか。可愛いな。見た目も中身も可愛い母のもとに生まれて、中央にも受かって、僕は幸せもんだぁ……。
「うぇ……うぇへへ……」
受かったんだ。そう思うと、喜びがふつふつと湧き上がってくる。あぁ、ニヤニヤが止まらない。
「おや、そんなに顔を蕩けさせちゃって…。でも、僕もそれくらい嬉しいよ。娘が中央に通えるなんて!…じゃ、今夜はお祝いだ!」
「あら……嬉しすぎて聞こえてないみたいね」
へへへ……中央トレセン……へへへ……推しと……会える……。
◆
草木が鮮やかに彩られ始め、爽やかな春の風が感じられる今日は、学園の入学式の日である。
…そんな日に僕ごときのウマ娘生を振り返るのは面白くないな。これから始まる未来、すなわち推し達のことを考えよう。
ニュースなどを見て調べたところ、僕はゲーム、アニメに登場したウマ娘達と同世代に生まれることのできた幸せ者だということが分かっている。
つまり、会える…!会えるんだ。僕の最推しにも…会える!
僕の最推し。
それは好きなことに一生懸命で、他人を気遣うことが出来、それでいて謙虚で可愛くてカッコいいあの娘である。
僕が芝とダートの両方を走ろうと思ったのも、その娘が両方を走るオールラウンダーなウマ娘だからだ。
名を、アグネスデジタル。
世のウマ娘プレイヤー達からは「デジたん」「アグネスのヤベー方」「変態」「俺ら」なんて呼ばれていたウマ娘オタクのウマ娘である。ウマ娘を間近で見たいがために中央トレセンに入学し「ウマ娘に生まれて良かったーー!」と言ってのけるような娘である。僕かな?僕も例の大樹のうろでやる予定だよそれ。「俺ら」と呼んだウマ娘ユーザーは正しかった。
…僕の目的は、彼女に「自分が尊い存在であることを自覚させる」ことである。
ウマ娘は皆美少女であり、彼女も御多分に漏れずルックスは完璧である。
しかし彼女は生粋のウマ娘オタク。あくまで自分は一ファンであり、推される側ではなく推す側だ、というようなことを何度も言うのだ。
そんなアグネスデジタルことデジたんが最推しであった前世の僕は、そのセリフを聞いた瞬間こう思った。
「お前も尊いんだよ!!」と。
今、僕とデジたんは確かに同じ次元に存在している。つまり、言ってやれるのだ。前世からの念願であるその言葉を!
最終確認。僕の任務は、絶対にG1レースに勝利し、母さんに恩返しすること。そして、デジたんに自分が尊いことを自覚させることだ!
…よし、ブリーフィング終了。気合も十分。
そう覚悟を決めた僕は、先日父さんが買ってくれた新品の靴で床を踏み鳴らし、ドアノブに手をかけた。
「…じゃ、行ってきます」
「…行ってらっしゃい」
これからは寮生活。行ってらっしゃい。という母の声を聞くのは、もうしばらくなくなるだろう。だから、しっかり記憶に焼き付ける。
僕は振り返らずに最寄りの駅へ駆け足で向かった。
…推しのことを考えすぎて、我ながら非常に気持ち悪いニヤケ笑いが止められなかったのを見られないように。
あまりにも軽率なTS。そして名前しか出なかったアグネスのヤベーやつ(小さい方)
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トレセン•イズ•ヘブン
念願のトレセン学園。
その大きな校舎が今、僕の目の前にある。もちろん遅刻などするはずもない。むしろワクワクしすぎていつもより二時間近く早起きしてしまった。
「新入生の皆さんはこちらから入学式会場の方へ向かってくださ〜い!」
声の方をうかがえば、見たことのないウマ娘…これからは僕もここの生徒だし、先輩にあたる人だ。ふと辺りをうかがうと、どこもかしこも美少女だらけ。中には前世で見かけたようなウマ娘もいる。あぁ、夢が膨らむなぁ!最高!
先輩も同級生も皆美少女…ここはもう実質天国では?
…っと、話が逸れた。
彼女の案内に従って僕は歩き出した。
◆
桜の花びらをくぐり抜けてやってきたトレセン学園の体育館、今は入学式会場であるここには、僕を含め、各地から集ってきた新緑のウマ娘達が、皆それぞれの想いを瞳に浮かべながら、その視線をステージへと向けている。壇上に立つ、鹿毛のウマ娘へと。
「____トレセン学園は文武両道。新入生諸君が、勉学、レース共に精励恪勤の心で望み、目標に向かって勇猛邁進できるよう、心から祈っています、また____」
永遠なる皇帝、シンボリルドルフ。
ウマ娘らしく均整の取れた顔立ちながら、しかし発する威圧感は彼女こそが頂点である、とこの場の全員に告げている。誰もが背後に轟く雷を幻視してしまう。そんな雰囲気を纏っている彼女こそ、トレセン学園の生徒会長である。
…が、僕は知っている。常に凛々しく毅然とした態度ゆえに、他のウマ娘から距離を置かれていて、それを結構気にしていることを。そして、その距離を縮めようと、真面目な顔してやたらとダジャレを言うなど、どこかズレたアプローチをしていることを。
可愛いが過ぎる。前世のものも含めて事前に知識はあったわけだが、それでも実物を見た瞬間、脳内麻薬がちょっと洒落にならないくらい生成された。
「ハァ…ハァ…ッ!」
尊すぎて呼吸が乱れてきた。まさかここまでとは。
恐るべし……!トレセン学園……!
「…大丈夫か?体調が悪かったら無理せずに保健室に行くんだぞ…?」
「ッ!イエッ大丈夫デス、ちょっと興奮してただけなので…!」
「そ、そうか…。何かあったら俺たちに言えよ…?」
まずった。親切な職員さんを勘違いさせてしまった。違うんです、僕はただの限界オタクなだけなんです。
いかんいかん。まさか他のウマ娘に会う度に限界化するわけにもいかない。慣れなければ…!このオタク殺しの天国に…!
一旦落ち着こう。落ち着いて周囲をよく確認し、一新入生として相応しい行動を____
「ホウッ!?!」
待て待て待てよオイッ…!もしかして、もしかしなくても…!あの栗毛のふさふさツインテールに銀色のティアラを被ったウマ娘は…!
間違いない、ダイワスカーレットだ!
と、いうことは…ここからは見えないが、同じ空間には彼女と同学年のウマ娘……すなわち彼女のライバル的存在であるウオッカもいるわけだ。
やばい、画面越しでしか見られなかった推し達が同じ次元にいる…!慣れるとか言ったの誰だよ!?出来るわけがないっ!尊みが…尊みが…!すごい…!
「フゥ〜…ッ!フゥ〜…ッ!」
というか、また声を出してしまったせいでより場を騒がせてしまった。
我が最推しデジたんは日々この尊み天国に耐えているわけだ。すごいな、うん。実際に経験してみてよりそれを実感した。ただでさえ天元突破している好感度が更に上昇していく。
「……ッッ!」
最推しのことを考えていたら、また限界オタク特有の鳴き声を漏らすところだった。自戒、自戒しなければ…。
そんなことをやっていると、どうやら入学式の方がそろそろ終わるようだ。
放送の指示に従い、僕らは自分の教室へと向かった。
その際、スカーレットやウオッカと同クラスであることが判明し死にかけたが、なんとか声には出さずに済んだ。
◆
入学初日ということもあり、授業などはなく、学園の設備の説明などを行なったのち放課後を迎えたわけだが、その間僕への尊みの供給が止むことはなかった。
「スカーレットちゃん!そのティアラ可愛いね!どこで買ったの?」
「これはママに作ってもらったの。入学祝いだ、って言って、忙しいのにわざわざ作ってくれたのよ。だから、とっても大切なものなの」
「へぇ〜、いいお母さんね!よく似合ってるわ!」
「ふふ、ありがとう」
放課後の教室。そこで今も僕の目の前で即死級に尊い光景が繰り広げられている。いやぁ…「ママ」と言った時のスカーレットの顔が、もう…国宝だよ、あれは。
そして、そんな彼女を見てニヤリと笑うウオッカ。これは多分、優等生ぶっているのをからかっているんだろう。スカーレットは本来、プライドが高く負けず嫌いな子だからな。
あ、それに気づいたスカーレットの口元が少し歪んだ。周りの娘は気づいていないようだが、彼女の顔面を常に見ていた僕なら分かる。
…お互いが相手のことをよく知っているが故に起こるこの言葉を介さないやり取り。あぁ…なんて美しいんだ…。
しばらくそんな光景を眺めていると、担任が手を叩き、皆の目を集めてからこう言った。
「皆ー!仲良くするのもいいけど、そろそろ寮に行った方がいいよ。部屋割りだとかは寮長から説明があるから、しっかり聞くようにね」
それを聞き、スカーレット他何名かの教室に残っていた娘も動き始めた。僕もそれを追うように立ち上がる。というか、この後は件の尊い二人を追おうと思っている。
この二人、寮への道中で間違いなくケンカするだろう。しかし、お互い相手のことが本当に嫌いなわけではないので、結果実に尊い光景が生まれるのだ。
…せっかくトレセン学園に来たんだ。それを拝まないでどうする。絶対に見逃したくない。
……僕はストーカーではない。僕もただ寮に向かうだけであるからして。たまたま同じタイミングで行くだけだ、うん。
案の定一緒に歩き出した二人の後を追う僕。頭の中は既に二人のことでいっぱいである。
さて、何やら尊い空気を醸し出した二人の、微細な表情の変化や髪の毛一本一本の揺れに至るまで、全て記憶するとしよう。
そして、自室で何度も何度も反芻するのだ。あぁ、妄想が止まらない、僕は今夜果たして眠れるだろうか____
「…ぃ。ぉーい。聞いてるか?」
「わあっちょッ!?!?」
トリップしかけていた僕の目と鼻の先に、いつの間にかウオッカの顔があった。…もしやストーキングしようとしたのがバレたか?
「うおっ声でか…こっちまでビックリしたぜ。
…で、オレたちに何か用でもあったのか?」
「…へ?」
「さっきからあなた、アタシたちのことをずーっと見てたから、何か用事でもあるのかと思って声かけたのよ」
まさか気付かれるとは。やっぱりあまりの尊さにトリップしかけたのがダメだったか。
「あっ、あーっと…用事とか、全然ない!全然なくて、その、なんとなく見てただけから、僕なんかにお構いなくっ!……じゃ、そういうことで!!」
「あ、オイ、待てよ!まだ名前も聞いてないのに…」
「…アンタ、自己紹介の時寝てたわね…。あの子の名前は___」
言うやいなや、僕は寮への道を駆け出した。後ろから何やら呼び止められたが、これ以上日本語を話せる自信がないのと、CPの間に挟まるという重罪を犯したくないので、僕は足を止めずそのまま寮へと向かった。
◆
「はぁっ…っふぅー…疲れた…。主に精神的に…」
幼少期からバカみたいに走っていたため、スタミナはそこそこあると自負している。この息切れは全て、尊みの過剰摂取による精神的な原因によるものだ。何はともあれ、眼前で夕日に照らされながらそびえる大きな建物が、これから僕が住むことになる栗東寮である。
トレセン学園には栗東寮と美浦寮、この二つの寮がある。
僕が住むことになる栗東寮には、先程会ったダイワスカーレット、ウオッカの二人の他、アニメ一期の主人公スペシャルウィークやサイレンススズカ、二期の主人公トウカイテイオー、メジロマックイーンなどの面々が暮らしている。そして、我らがデジたんも栗東寮である。やったね。
寮長を勤めるのは、イタズラ好きだが面倒見がよく、ウマ娘に大モテなイケメンウマ娘、フジキセキ。ポニーちゃんって呼ばれてみたい。
寮では基本的に相部屋である。僕も誰かとルームシェアすることになるのだろうが、しばらくは興奮で寝付けない日々が続きそうである。
「……よし、行くか……?」
気合を入れて建物の中へと入ろうとしたところ、なんだか視線を感じたので立ち止まる。
「ふおぉ……!入学したばかりの初々しいウマ娘ちゃんッ…!これからの生活に夢や希望、不安が混ざった複雑な感情を抱きつつ、前へと進むその姿ッ…!そしていつか、彼女たちの中からスーパースターが誕生するかもしれない…んわーッ!何度見てもたまりませんなぁ〜ッ…!」
今の、僕か?僕はいつの間にか分身の術を習得していたのだろうか?
…冗談はさておき、その声は僕の後ろから聞こえてくる。十中八九、いや十中十であの娘の声だろう。まさかこんなところで会えるとは。
ただひとつ問題があるとすれば、僕は果たして振り向いた時に意識を保てるのか、ということである。
…しかし、せっかくのチャンスを逃すわけにもいくまい。僕はゆっくりと背後に目を向けた。
「……ッ!」
____大きなリボンに、真珠のような耳飾り。ハーフツインの桃色の髪、アクアマリンの様な美しい瞳で僕を見つめる、143cmの天使がそこにいた。
「ヒェッ…!顔面偏差値高ッ!!そしてまさかのオッドアイッ!?左がゴールドで右がブルー…オタク心に響くゥ…!!」
……ビークール。落ち着け。今気絶するわけにはいかない。たとえ最推しがなにやら僕について語り出したとしても、せめて会話は成立させねば。
…にしても、デジたん。思ったよりも小さいな…。僕が158cmだから、身長差は15cmもある。…いや、可愛すぎるだろ…。
やばい、推しが目の前にいる。顔が赤くなってきた。…しかし、何も言わないのもアレなので、頑張って言葉を口から捻り出そうとする。
「……っあ…。にゃっ…な、…に、か…?」
ほとんど息を吐くのと同じように口から漏れた音はそのようなものだった。なんだこれ。日本語かどうかも怪しいぞ。しかしこれが限界だ。むしろ推しの尊さに気圧されながらもよく頑張ってるよ、僕。
「照れてる…ッ!あっ…!ハイッ!あたしはアグネスデジタルといいまして、ただのしがないウマ娘ちゃんオタクですッ!それでですね〜…尊い貴女様の御名を、是非頂戴したく思いましてッ!聞いたらパパッといなくなりますんで、どうかッ!お聞かせくださいッ!!」
あ…やばい…おしに…なまえきかれた…。いしきが……。
「あ…ぼくは…オロールフリゲートともうし……ふぁっ」
「まさかの僕っ娘ォ!?尊みのバーゲンセールですか……って、ええ!?倒れっ…大丈夫ですか!?!?どこか悪いところでも……___…____」
◆
「ん……」
「あっ、目が覚めましたか?」
「カヒュッッ」
「ええぇっ!?まさかの気絶二回目ッ!?」
「…いえっ…だっ、大丈夫デス……なんとか」
気がついたら目の前にデジたんの顔があったので思わず昇天しかけたがなんとか持ち堪えた。
…ここは、寮のロビーか?窓から外を見ると、既に日は落ちた後、街頭の光が二つ三つほど暗闇の中に浮いている。
僕はいつの間にか隅の方にあるソファに寝かされていた。もしや、デジたんが僕をここまで運んでくれたのだろうか。…推しの手を煩わせてしまった。とりあえず感謝と謝罪をしなければと思い、彼女の方に向き直る。すると、すぐ横にもう一人いるのに気がついた。僕がそちらを向こうとすると、その人は僕の手を素早く取って、甘い声で語りかけてきた。
「やあ、ポニーちゃん。私は寮長のフジキセキ。気分はどうだい?」
「…アッ、その、はい!!最高ですッ!!」
「……」
沈黙が流れる。やっちまった。めちゃんこカッコいいお顔で、その上耳を溶かすようなイケボでポニーちゃんなんて呼んでくれたものだから、テンパって変なことを叫んでしまった。
「…ぷっ。あはは!面白いことを言うね。キミ。心配したけど、体調には問題なさそうだね」
「えぇ、っとですね…。気絶したのは、その…。なんと言いますか、ついに憧れのトレセン学園に通えるんだと思ったら…昂ったというか、興奮が止まらなかったというか…」
「つまり、入学したてで緊張して舞い上がってしまったというワケかい?…本当に面白いポニーちゃんだ」
正しくは推しに会えて舞い上がってるんですけどね。ちなみにフジキセキさん、貴女も僕が舞い上がる要因の一つなんですよ。だからそのイケメンフェイスをそれ以上近づけないでくださいしんでしまいます。
「…よかったです。何事もなく、すぐに目が覚めて…。あたしがあそこで変に声をかけちゃったから、余計に緊張しちゃいましたよね…。ウマ娘オタクを名乗っておきながらなんたる失態…!もう、何とお詫びすればよいかッ…!」
まずいデジたんの表情に少しだけ陰りが見える嘘だろ僕は君の笑顔が好きなんだ生きがいなんだそれがまさか僕が原因でそんな顔をさせてしまうなんてデジたんオタクを名乗っておきながらなんたる失態とにかくなんとかしないと!!!
「違います違います!えぇ!決してデジたん先輩が悪いわけではなくてですね…!」
「デっ!?デジたん先輩ッ!?…まって…いきなりその呼び方は…かわッ…反則……きゅぅっ」
あ、尊死した。
…いや、尊死した。じゃねぇよ僕。何してんだ。収拾がつかないぞこれ。
「おや、ポニーちゃんの次はデジタルくんか…。まあ、彼女はたびたび気絶するし、理由もわかっているから、もう慣れたものだけどね」
「そういうものですか…」
デジたんェ…。いや、てか寝顔可愛いな、この天使…。
…これ以上見ると目が焼けそうなので、フジキセキさんの方に目を逸らす。
「にしても、彼女がキミを抱えてきたときはビックリしたよ。…まさか、緊張で気絶したなんてね。
…これからは気をつけるんだよ。私が側にいればキミを支えてあげられるんだけど、生憎と私はここの寮長でね。常にキミのそばにはいられないから」
「ほぁ…カッコよ……あ、はいっ!気をつけます…」
容姿、声、言動。全てがイケメンすぎる。これは男も女も確実に惚れるよ…。
「それで…ポニーちゃん。キミの名前を教えてくれるかい?」
「あっ、はい。オロールフリゲートといいます」
オロールフリゲート。例の高性能ウマソウルに僕の名を尋ねてみたところ、そう返ってきた。そういう競走馬がいたのかどうかは分からない。超大容量メモリを有する癖して、名前の由来は不明らしい。
オロールは仏語で「曙光」、フリゲートは船の一種の名前らしい。
まあ、響きがいいので意味は正直どうでもいい。とにかく、これが僕の今世の名前だ。
容姿だが、まず髪は青毛…つまり青みがかった濃い黒髪。心の性別は男なので、他の牡馬がモデルのウマ娘のように、シンプルな金のリング型耳飾りを右耳につけている。そして目だが、左が金、右が青のオッドアイという若干中二病じみた色をしている。胸は…普通だ。見栄っ張りでも誇張でもなく、本当に大きくも小さくもない。…年とったらデカくならないかな…。正直そっちの方が良ゲフンゲフン。
「オロールフリゲート…か。たしか…この部屋だ。ほら、これを見て」
そう言ってフジキセキさんは僕の方に肩を寄せ、ポケットから取り出した寮の間取り図を広げ、その内の一箇所を指さした。顔が近い。すごい。こんなの無料で体験していいんでしょうか。さっきから心臓が早鐘を打ち続けては鳴り止む気配を見せない。
「寮のルールについては、学生手帳を確認して。分からないところがあったら、いつでも私に聞きにくるといいよ。」
「分かりました。…ちなみに同室の方はどんな方ですか?」
「…そうだね、会ってからのお楽しみ。キミと学年は違うけど、悪い人ではないから大丈夫だよ。…まぁ、多少変わったところはあるけどね。」
うーん、情報が少ないから誰か分からないな。もしかしたら、ゲームやアニメには登場しなかったウマ娘かもしれない。
「まだ慣れないことも多いだろうけど。私も寮長としてサポートするから、安心してね。…部屋までは一人で行けるかい?ごめんね、私はまだ仕事が残っているから…」
「はい…ありがとうございました!……あ」
フジキセキさんにお礼を告げ、割り当てられた部屋へと向かおうとしたところ、視界の端でピンク色の物体がモゾモゾと動いた。
「…ッハ!?こ、ここは…!?さっきまであたしがいたウマ娘ちゃん天国は…!?」
「随分楽しい夢を見ていたようだね。…ちょうどいい、デジタルくん。よければこちらのポニーちゃんをこの部屋まで送ってあげてくれないかい?」
え?なんて?
「ふぉぉぉ…!寝ても起きても天国…アッ、ハイッ!!了解いたしました!!その大役、喜んで仰せつかりますともッ!!」
「ア……その……」
デジたんが、僕を…?状況が飲み込めず、思わずポカンと間抜けな表情を浮かべてしまう。
「うん、よろしく頼むよ。それじゃあ、二人ともまたね」
僕が開いた口を塞げないでいると、フジキセキさんはすっといなくなってしまった。今この場には、僕とデジたんの二人きり。
先に言葉を発したのはデジたんの方だった。
「…さて、それでは行きましょう!あたしについて来てください!」
「あ、ええっと、その…ありがとうございます」
よく分からんけど、結果オーライ。僕は考えるのをやめた。
「いえいえ、お構いなく!ウマ娘ちゃんのためならば、例え火の中水の中でもあたしは迷わず飛び込んでいく所存でございますからッ!」
部屋まで行く間、彼女はこんな調子で身振り手振りを交えながらウマ娘への愛を語り続けた。それがなんだか小動物のようで非常に可愛かった。
…ふう。ようやく免疫がついてきた。でなければまた気絶するところだった。
「____つまり、この場合、しっぽの動きに表れるエモが……って、すみませんッ!ウマ娘ちゃんのこととなると、つい興奮してしまって…!部屋に着きましたよ、オロールフリゲートさん!」
「長いし、オロールとかで結構ですよ。デジたん…んんっ、アグネスデジタル先輩」
「ッフゥ〜ッ!?…免疫がなければ、即死だった……!ええ、でしたらあたしめもお好きな呼び方で結構ですともッ!デジたんでもヘンタイでもオタクでもなんでもOKです!」
「ッ…デジたん先輩、その…ありがとうございました。それと…」
「はい!まだ何か気になることでもありましたか?」
…よし、今こそ任務を果たすときだ。この尊い生き物に自覚を促す。それが僕の任務であり、願いだ。
「…………その……、ぅ、僕、あなたのファン、なんですっ…!!」
おい違うだろ僕。なにやってる。
「……へっ?…ぃいやいやいや!!ななな何言ってるんですか!?まだあたしデビューすらしていませんよっ!?」
「…じゃ、じゃあ今正式にファンになったといいますか!あぁ、語彙力が…と、とにかく…ファンなんです!」
いやいやいや、何日和ってんだ、僕のバカ!…いや、日和ったというよりは、語彙力が欠損したというか、尊みがオーバーフローしかけて、尊いという概念を考えた時点で意識が飛ぶ予感がしたというか…
…僕は何を言ってるんだ?
「い、言いたいことはそれだけです!ホントに!…でっ、で、では失礼します!…」
「ちょ、ちょっと____!」
僕は息も絶え絶えといった様子で、逃げるように部屋の中へと駆け込んだ。
◆
「あぁ〜…可愛い…まじ無理だこれ…」
ふぅ…ようやく落ち着いてきた。我慢していた己のリビドーを言葉にしたら、一緒に変な汗まで出てきた。
しかし、思ったよりも遥かに難易度の高い任務だな。頭の中では苦もなく「お前も尊いんだよ」くらい言えるのに…。推しを前にすると、実際はむしろ普段より言語レベルが下がることが分かった。
しかし、今日は随分と濃い1日だった。…主にデジたん関連が。
一人になったとたん、疲れがどっと襲ってくる。風呂は…明日の朝でいいかな。夜ご飯も、学園のカフェテリアのランチが美味しすぎて食べ過ぎた気がしなくもないし、今日はいいか…。とりあえず軽く荷解きしたあと、そのあとはもうベッドに入って……と、そういえば。
「ルームメイト、誰だろう……?」
そう、今、部屋には僕一人だけ。いるはずのルームメイトがいないのだ。外出中なのだろうか?しかし、部屋には電気がついている。
その時、微風が僕の頬を撫でた。
部屋の奥を見ると、窓が開いていた。
…まさかな、と思いつつ、そちらへと近寄る。
二、三歩進んだあたりで、窓の上の方からからぬっと人影が現れた。
…えぇ?どういうこと…?
「…よお、ぬか漬け食うか?」
逆さまになっているその人影は、背後で輝く月よりも美しく輝く銀の髪を靡かせ、紫の瞳を僕に向けながらそう言い放った。
「…………………………食べます」
咄嗟に返事をした僕を誰か褒めてくれ。
…間違いない。こんなにハジけたウマ娘は彼女以外にいない。なぜか窓の外でロープにぶら下がっている芦毛のウマ娘。
彼女の名は、ゴールドシップだ。
…あまりにも奇想天外な登場に、僕はしばらく目を丸くするほかなかった。
どーもお嬢さん、知ってるでしょう?
ゴールドシップでございます。
おい、ぬか漬け食わねえか?
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ノーウェア•イズ•ヘイブン
「……で、何してるんですか?」
「…故郷を、懐かしんでたんだ…」
「……ぬか漬けがあるんですか?」
「へへっ、まあな……」
どういう会話?これ。何で今ちょっと誇らしげになったの?
何で窓の外で逆さ吊りになってんの…?てか、なんでぬか漬けなんだよ…?
いや、一旦落ち着け。このままだと僕はなすすべなくゴルシちゃんワールドに取り込まれてしまう。
ゴルシちゃんことゴールドシップ。
170cmという高身長、B88、W55、H88という抜群のスタイルを誇り、美しい銀髪を腰まで伸ばしたクールな雰囲気の漂う美人である。
…少なくとも、見た目だけは。
僕の目の前にいるのは、今説明した通りの美しいウマ娘である。ただし、ぬか漬けの話をしながら窓の外でロープにぶら下がっているものとする。
このゴールドシップというウマ娘、生まれる世界を間違えたのではと思うほどのハジケッぷりを発揮し、基本的に周囲にカオスを巻き起こすヤベー奴ではあるものの、レースでは最後方に位置どってターフを掻き回し、最終局面で持ち前の豪脚とスタミナでもって一気に前を抜き去って勝利をもぎ取る、紛れもない強者である。「黙れば美人、喋れば奇人、走る姿は不沈艦」とはよく言ったものだ。
その上、場の空気を読むのが上手く頭の回転も早いので、何気ない一言で雰囲気を和ませたり、ひっそりと他人のサポートに回ったりもできる。さらに、アニメではなぜか溶接技術やデザインソフトを使いこなす描写まで存在する、ハイスペック美人である。
ただし!今は僕の目の前でぬか漬けの話をしながら、紙皿やら割箸やらの入ったビニール袋を取り出しているものとする!!
神々しい美貌や謎の器用さを全て無に帰すレベルの奇行を見せつけられている。ワケワカンナイヨー!しかし一つだけ確認しなければならないことがある。
「…この部屋に住んでるんですか?」
そう。窓からというイカれたエントリー方法ではあるが、彼女は部屋に入ってきてそのビニール袋を手に取った。とすると、なんの因果か、彼女が僕のルームメイトということなのだろう。さて、返事は____
「ほい、ガシッと」
なるほど。まずガシッと僕の胴体をホールドして……え?
「腹、減ってんだろ…?しょうがねぇな、このゴルシ様がデリシャスなゴルゴル星風ぬか漬けを食わせてやるよ!」
「…ふぇっ?」
僕を抱き抱えたまま、彼女はロープを登り屋上へと向かい始めた。
「……は、ちょおっ!?ええええ!?」
「っておい、暴れるなって!そんなにぬか漬けが楽しみなのかよ…?」
だからなんでぬか漬け…いや、そもそもルームメイトかどうか聞いただけでどうしてこうなった。なぜ屋上に行くんだ。情報量が多すぎる。
そうこうしているうちに、寮の屋上へと着いた。
僕の横には何かを顎で示しながらサムズアップするゴルシ、そしてその視線の先には……
「焼きたてだぜ!ほら、やるよ!」
糠漬け秋刀魚の乗った七輪があった。
彼女はそれを一本さっき持ってきた紙皿に移し、割箸と一緒に手渡してきた。
「あ…どうも」
香ばしい匂いが僕の鼻腔をくすぐる。
秋刀魚の熱が紙皿へと伝わり、指先を温める。
七輪からあげたばかりだから、黄金色に焼けた皮の上で、まだ脂がじゅうじゅうと音を立てて踊っている。
五感を順に刺激された僕は、五つ目の感覚…すなわち味覚を感じるために、大きく口を開けてかぶりついた。
「…うっま!」
美味い!まず最初に感じるのは、絶妙な焼き加減によって黄金色に輝く表皮の味、炭火焼き独特の香ばしい煙の風味。そしてひとたび噛めば、畳み掛けるように糠によって凝縮された身のうま味が湧き出てくる。それらが舌の上で混ざり合って、非常に奥深い味わいを____
「…いや待て、色々おかしいッ!!」
「そんなん最初からだぜ、今さらどーしたよ?」
一番おかしい張本人が言うな。
何をどうやったら入学初日の夜に寮の屋上でぬか漬け、しかもよりにもよって秋刀魚を食べるハメになるんだ。なんでそこをチョイスしたんだ。でも部屋の中で七輪使わない程度の良識はあるのね。いやでもどうやって屋上に炭と七輪持ち込んだんだ。というかどうしてこうなった。
…僕が咄嗟に「食べます」って言ったからだな。
「でも、美味いだろ?」
そう、美味いのだ。ただでさえ秋刀魚の糠漬けは美味しいのに、炭火焼き。さらに月明かりの下というロケーションも相まってより美味しさが際立つ。口へ運ぶ手が止まらない。おかげでついつい完食してしまっ____
「いやナチュラルに心読まないでくださいよ」
「顔に書いてあったんだよ。つまりオメーが分かりやすすぎるのが原因だな」
「…そんなに顔に出てましたかね…」
「おう。ハムスターと同じくらいってとこだな」
うん、いちいちツッコんでいると疲れる。隙あらばボケ続ける彼女の言葉は、聞き流すのが正解だろう。
「あー、美味しいからなんかもうどうでもいいや…」
「なかなかノリノリだなオメー。見込みあるぜ。そういえば、名前はなんつーんだ?」
そういえば、お互い自己紹介すらしていなかった。まあ、僕は一方的に名前を知ってるけど。
「オロールフリゲートといいます…先輩は?」
「先輩なんて、そんなかりんとうみてーに堅苦しいこと言うんじゃねぇよ。その敬語もだ。アタシはゴールドシップ!愛情を込めてゴルシちゃん、と呼ぶといいぜ!」
呼び捨てとタメ口許可ときた。そういえばアニメじゃスカーレットもゴルシちゃんのこと呼び捨てにしてたっけ。先輩後輩だとかをあまり気にしないのは実に彼女らしいというか…。
…そういや、学年不明だったなコイツ。一体何歳なんだろう?先輩なのは確実だと思うんだけど…やめよう、追及したら頭がおかしくなる気がする。
「じゃあ、ゴルシちゃん。…それで、やっぱり僕とゴルシちゃんは同室ってことになるの?」
「そういうことだな。…同室の証に、アタシの故郷を教えてやるよ。…ほら、おとめ座のあたりのあの星…分かるか?」
「…それが例のゴルゴル星ってやつ?」
「突然何言い出すんだオメー。秋刀魚が美味すぎてイカれちまったか?」
「…そうかも、しれない…」
気力を消費しないように、ボケを受け流す。というか、消費する気力すら残っていないほどに疲れた。秋刀魚を食べきったら、急に眠気が…
「…飯食ったらすぐ眠くなるとか、赤ちゃんかよ。…ほら、落ちねーようにしっかり掴まれ。部屋に戻るぞ」
「りょーかい…」
今日はいつもより大分早起きしたせいもあるだろう。まだ消灯時間ですらないのに、すごく…ねむい。…あ、ベッド…。
「部屋に着くなりすぐベッドインかよ…」
あ、ゴルシちゃんがなんかいって……る……。
「…制服のまま寝かせるわけにはいかねーよな…」
◆
「ん…………あ…」
目が覚めると、知らない天井だった。
…昨日は見る暇がなかった、新たな住処の天井。
もう一つのベッドを見れば、銀髪の美少女がすやすやと寝息を立てている。…こうしていれば、清楚で美しく見えるのにな。いかんせん中身がハジケリストなのがなぁ…。とりあえず、寝顔はソウルメモリに保存させてもらおう。
…昨日は朝から晩まで色々あったな。トレセン学園に入学したら、まさかのスカーレットやウオッカがクラスメイト。寮に入ろうとしたらいきなり最推しに会えた興奮で気絶。自室は安息の地かと思いきや、ルームメイトは白いの。逃げ場がないじゃないか。
そういえば昨夜はすぐに寝たせいで、いろいろとやるべきことをやってなかったな。荷解きもしてないし、風呂にも入ってない…。
そこまで思い出したところで、一つ疑問が浮かんだ。そういえば僕、昨日は制服から着替えずにそのまま寝てしまったはずだ。
「…なんで僕、パジャマ着てるの…?」
…まあ、答えは一つしかない。ゴルシちゃんが僕の寝ている間にいろいろやってくれたんだろう。ご丁寧に下着まで替わっている。
ゴルシちゃんが僕の眠りを一切妨げずに服を替えられるほどに器用なのか、それとも僕の眠りが深すぎたのか。なんとなくだが前者な気がする。
そして、僕の服が入っていたカバン…それをよく見ると、服の他に入っていた日用品だとかが、分かりやすい位置に整理整頓されている。
ゴルシちゃん、ちょっと優しすぎない…?あの破天荒さが嘘のようだ。
まあ、それら全てを含めてこそゴールドシップというウマ娘といったところか。
「…む…ふぁー……ふぅ、おはよぅさん」
と、噂をすればだ。
「おはよう。…その、ありがとう。服替えたりとかしてくれて」
「ん、どーいたしまして。…いやぁ、お前って結構攻めた下着履くん____」
「ああああ待って!ストップ!それ人から言われるの恥ずかしいから!」
油断したらこれだよ!これがゴルシちゃんクオリティ…!
「ふう…とにかく、何かお礼させてよ。今は持ち合わせがないから、後でしっかりと。…何か希望はある?」
ここまでしてもらってはもう、ありがとうの一言で済ませられるレベルを超えている。着替えに、荷解きの手伝いに…よく考えたら、ゆうべの秋刀魚も奢ってもらったものだ。ゴルシちゃんは聖人かもしれない。ハジケ部分を除けば。
とにかく、出来る限りのお礼をしたい。そのためなら6ケタ円くらい余裕で出せる。さあ、なんでも言ってくれ。
すると彼女は大して考えた素振りも見せずに口を開いた。
「じゃ、今から朝風呂行こうぜ?」
「え?」
え?
◆
「ここが寮の大浴場だ。結構広いんだぜ?…お、今は誰もいないみたいだ。やったぜ、貸し切りだ!」
え?
「脱衣所も体重計だとか、いろいろモノが置いてあるんだよ。勿論使用は自由!なんてったってここは自由の街ニューヨークだからな!」
え?
……現実逃避はやめよう。僕がこれからゴルシちゃんと風呂に入るのは確定事項だ。
朝風呂行こうぜ?と言って、僕が返事をしないうちに手を引いてここまで連れてきてくれた彼女は、既に上機嫌に鼻歌を歌いながら服に手をかけている。
って、待った待った。確かに体はウマ娘だが、それでも僕の心の性別は一応男である。そのため、このままいくと僕の精神衛生上かなり良くないことが起こる。
「……ちょっと、さすがに恥ずいな…」
思わず独りごちた言葉は、もちろんすぐそばにいる彼女の耳にも届く。
「お前の一糸纏わぬ姿なら昨日たっぷり堪能させてもらったから大丈夫だぜ!安心しな!」
相変わらずとんでもないこというなこいつ。いや、僕の裸を見られるのは別にいいとして、このままいくと僕が見てしまうことが問題なんだ。正直見たくないわけじゃないが、仮に見た場合は間違いなく逝ける自信がある。滴るお湯のディティールすら完璧に記憶してしまうので、その後も無限に逝き続けることになる。
…あ、あったわ、解決策。
◆
「お前それ、見えてんのか?」
「うん、見えてる。心眼で」
誰でもできる!風呂での尊死回避テクニック!
ゴルシちゃんより先に風呂に入ってその間取りを瞼に焼き付けて、あとは出るまで目を瞑るだけ。
ね?簡単でしょ?
「…お前ってもしかしてヤベーやつ?」
…ヤベーやつにヤベーやつって言われた。でも否定できない。
◆
「はー!さっぱりしたぜ!朝風呂ってのもいいもんだなー!」
「…お礼、ほんとにこんなんで良かったの?」
「そんなに気にすんなって。アタシがいいっつってんだからいーんだよ」
風呂上がりといえば、瓶入り牛乳を一杯グイッといきたいところだが、残念ながら寮の食堂にそのようなものはない。あるのは紙パック牛乳だけである。
風呂を浴びていると丁度いい時間になったので、僕らは真っ直ぐその食堂へ向かうことにした。
道中、本当にこれでお礼になるのか気になって聞いてみたが、返ってきたのはそのような言葉だった。
…彼女が何を考えているのかは理解できないが、喜んでくれているなら、まあ、いいか…。
ふと、気になったことがあるので聞いてみる。
「ところで、ずっと一人部屋だったの?」
「うんにゃ、ちょっと前までは相部屋だったんだけど、そいつはこの前海外に行っちまったんだ。ドバイだったかな?わかんねーけど」
「へぇー…」
そのウマ娘、もしや名前がジから始まる子かな?
「やっぱし、一人より二人の方が面白えな。お前みたいに面白いやつだともっといいな!」
…ゴルシちゃんも、やっぱり寂しいと思うことがあるのか。ほぼ初対面の僕にグイグイ絡みにくるのも、その寂しさの反動だったりするのかも。
いや、でもゴルシだし。あんまり深く考えてなさそうだな。案外その場のノリでやってそう。
◆
時計の針はまだ6時半だが、食堂には既にそれなりの数のウマ娘がいた。
ぐるりとあたりを見渡せば____
「あは〜…美味しそうにご飯を食べるウマ娘ちゃんたち…よきですなぁ…」
いた。最推し。食堂全体が見える隅っこの方でいろいろオカズにしながらご飯を食べている。
「デジたん先輩っ!!ご一緒してもよろしいでしょうか!」
「あ、マジ?いきなりそこ行っちゃう?」
「ヒョッっ?!?あ、オロールちゃんと…ゴルシさん!?どっどどうしてまたあたしなんかのところに……あッ!!いえ座っていただくのは構わないんですけども!むしろ座っていただけると嬉しいんですけども!」
「ありがとうございます!!」
デジたんの正面の席確保。勝った。
というわけで、彼女と同じテーブルに自分の朝食を置く。
大きめのロールパンが7個、ベーコンエッグが二つにポークチョップが一枚丸々。それと人参多めのサラダに野菜スープ。
ウマ娘は大量のエネルギーを必要とするので、朝でもこれくらい食わないとやってられないのだ。
…遠くの方に見える芦毛のウマ娘などは、山盛りの皿を大量に置き、テーブル一つを一人で占拠しているくらいだ。まあ、あれは特殊な例だが。
これだけ大量に食べるウマ娘だが、口の大きさは人間と変わらないので、必然的に食事の時間が長くなる。それを考慮してか、この食堂はかなり早い時間から開いているようだ。
…まあ、例の芦毛のテーブルには空っぽの皿しか残っていないようだが。そして本人はまた同じ量をおかわりしているように見える。
あれは、うん。多分消化器系だけ別の生き物なんだろう。
それにしても、だ。
「あ……あの……あたしの顔、なにかついてますか…?」
「…いえ、何もついてないですよ。……可愛いから見てるだけです」
いやあ、推しが尊い。さっきから一ミリも目が離せない。
「…アタシはもしかすると、デジタルよりヤベーやつとルームメイトになっちまったのかもしれねぇ…」
ゴルシちゃんが何やら言っているが、デジたんはヤバい部分よりも天使の部分が優っているので、差し引きで天使である。いや、むしろ天使を超えて女神まである。
「………」
「…あの、昨日のアレ…ファンがどうたらのくだり、まさかホントのホントだったんでございますか…?…えっと、あの、無言で見つめられると……うぅ…」
食事が終わるまで、僕はしっかりとデジたんを堪能させていただいた。
いやぁ、美味しいなぁ。いろいろと。
少し免疫がついたので調子に乗るオリ主
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いわゆる、皇帝の神威だとか
ガチャ実装三分後に初めて育成した際、デジたんの尊さに頭をやられた作者が見切り発車で、デジたんメインで書いておりますゆえ、設定だとかは大分適当です。覚悟の準備をしておいてくださいッ!
昼、食堂にて。
「…食べないんですか?」
「さっきからあなたがその可愛い声であたしのことを…尊っ、尊いとかなんとか言うたびに箸が震えて止まらないんですよ〜ッ!?!」
「可愛い声…ありがとうごさいます。でも先輩の方が可愛いですよ?」
次の日の昼、同じく食堂にて。
「今日はパンですか。両手で持つの、ハムスターみたいで可愛いですね」
「ううぅ……!」
さらにその次の日。
「僕などが毎日貴女のご尊顔を拝し奉り、まことに恐悦至極に存じます。」
「あ、ッあたしは崇め奉られるような存在ではありませんしむしろ崇める側ですゆえッ!!…敬語とか、あのっ、ホントに…いらないですから…!」
「…!…じゃあぶっちゃけるね。すっごい可愛いよ。デジたん。そのキラキラした宝石みたいな目とか大好きだし、推しを見てるときの表情とか仕草が小動物みたいですごく好き。それに____」
「…ハァッ!?突然のファンサァ!?……きゅぅ」
「あ…」
◆
唐突だが、今の僕は無敵だ。なぜならば免疫がついたから。
3日間、デジたんと食事を共にし、その光景を暇さえあれば脳内リピート再生することで効率的に免疫を獲得した僕は、本人に直接「大好き」と言えるほどの超越者となった。
先ほどなど、敬語不要の言質を取った瞬間に攻めに転じ、ついにはノックアウトさせて寝顔を拝むというファインプレーだ。入学の日と合わせると2キル目だな。
入学の日……あのときの僕は事あるごとに限界化していて、それはもう気持ち悪かった。
…ホンットに気持ち悪かった。思えばよくソレからこのスピードでここまで進歩したものだ。
そんなことを考えながら、僕は現在練習場に向かっている。
中央トレセン学園は超のつく名門アスリート育成校である。だから、体を動かす時間が多い。今日のように、座学は午前のみで午後がまるまるトレーニング、といった日がほとんどらしい。
トゥインクルシリーズにデビューした後は、それこそ休日は丸一日トレーニングする、なんて話もよく聞く。
トレーナーもウマ娘もハードスケジュール。それがトレセン学園であり、中央で戦う競争ウマ娘になるということなのだ。
もっともその分、潤沢な資金によって整えられた非常に豪華な設備が使えるのだが。食堂は食べ放題、ランニングマシーンやバーベルなどがあり、なぜか瓦割りまでできるトレーニングジムや広いプール、大きな図書館もあるし、その横の視聴覚室では過去のレース記録が全て閲覧できる。他にも様々な設備が広大な敷地の中に数多く存在している。
そう、ここは本当に広い。現に、さっきから数分間歩き続けているが、いまだ目的地に着かない。
時間にまだ余裕はあるが、僕は少し足を速めた。
◆
「次、600mダッシュ!これでラストよ!」
既に傾きつつある太陽に照らされながら、ダートの上を駆けるウマ娘。つまり僕。
600mという短い距離でも、手は抜けない。
記憶の中のフォームと実際の体の動きを一致させようと、脳をフル回転させる。
「……っ………!ふぅっ……」
ゴール板を駆け抜けて、速度を緩めながら思わず息を吐く。
「よーし!頑張ったわね!…すごいわね、芝とタイムがほとんど変わらないなんて…。フォームも目に見えて形になってきてるし、この調子で頑張ってね」
「はい!ありがとうございます!」
今日はダートコースで、フォームの矯正に特に力を入れてトレーニングした。
僕はもともと、歩幅を大きくして走る癖があった。俗にストライド走法と呼ばれるもので、スタミナの消費が少なく、速度を保ちやすいという利点があるのだが、いかんせん加速力に欠ける。
それに対し、今日使ったのはピッチ走法、歩幅を小さくしその分脚の回転数を上げる走り方である。ストライド走法と対象的に、スタミナの消費は多いが、加速力に優れている。さらに、強力なパワーで地面をしっかり捉えて走ることができるので、足を取られやすいダート向きの走り方でもある。
難易度は高いが、レース中に上手くこれらの走法を切り替えられれば、より速く走れるだろう。
そのためのトレーニングだ。
長年ほぼ無意識でやっていたストライド走法の方はそれなりに綺麗なフォームで走れるが、ピッチ走法の方はまだまだ荒削りな部分が目立つ。
まったく練習してこなかったわけではないのだが、それでも教官というトレーニングのプロのもとで初めて浮き彫りになってくる問題点というのが数多くあった。
ちなみに教官というのは、僕ら新入生をはじめとした、チーム未所属でデビュー前のウマ娘をまとめて指導してくれる人たちのことを指す。しかし、だからといってチーム専属トレーナーより大分腕が劣っているなどということはない。大人数を指導しながら、こうやってある程度個人に対応したメニューを組めるあたり、十分すごい人達である。
「じゃ、今日はこれで終わりよ。追加で自主練してもいいけど、オーバーワークには注意して。じゃ、また次回ね」
「ありがとうございました!さようなら!」
その教官がトレーニングの終わりを告げたので、僕はトラックの外へと歩き出した。
さて、この後はどうしよう。ジムに行って筋トレしようか、それともプールでスタミナを伸ばそうか。
そんなことを考えながら歩いていた僕の前に、誰かが立ち塞がった。
「突然すまない、オロールフリゲート。このあと少々時間はあるかな?」
…白い三日月模様の入った鹿毛の髪に、凛々しく気品のある顔。何より特徴的なのは、その凄まじい威圧感。
皇帝シンボリルドルフが、僕の目の前にいる。
「…はい、特に予定はありません」
「そうか。私はこの学園の生徒会長を務めているシンボリルドルフという。実は君と少し話したいことがあってね。すまない、本当ならもっとゆっくりした場で話したいんだが。最近は忙しくて、ようやく時間がとれたんだ」
「いえ、別に大丈夫ですよ。…それで、話したいこととはなんでしょうか?」
生徒会長がわざわざ直接会いにくるとは、一体何だろうか。別に何か悪いことをしたわけでもない。せいぜい視聴覚室の全スクリーンを使ってレース映像を多数同時上映したくらいだ。…まさか、それか?
「君は入学時のテストで、全教科満点だったらしいね?」
「…え?あ、はい…」
そういえばそう。最近は主にもっぱらデジたんをはじめとした推し達の尊いシーンを夜な夜なリピート再生するために使っている完全記憶能力だが、勿論勉強にも惜しみなく使用している。
「それだけじゃない。君は芝とダートの両方を走るつもりだとも聞いた。こんな新入生がいたら少し気になるだろう?だから来たというわけだ」
「……」
なるほど。それが来た理由か。
しかし、先ほどからずっと冷や汗が出るほどの強い威圧感を感じる。僕はもしかして試されていたりするのだろうか?
「最後の走りを見させてもらったが、とても良かったよ。先ほどから見る限り、自分の能力を過信しすぎているわけでもないようだし、このまま努力を続ければ、G1も夢ではないだろう」
「…!あ、ありがとうございます!」
おお!あのシンボリルドルフのお墨付きを貰えた!正直すごく嬉しい。なんだかモチベーションが上がってきた。この後は自主練が捗りそうだ。
「ただし、レースの世界では実力だけが勝負を決するわけではない。時には運など、自分ではどうにもできないものが必要になってくる。…今でこそ私は皇帝などと呼ばれているが、ここまでの行程は決して楽なものではなかった」
「……」
「まして、君は芝とダート、どちらも走るつもりなのだろう?だが、未だかつて両方のG1を勝利したという話は聞いたことがない。その道のりは非常に険しいぞ。
それでも夢を掌握したいという覚悟があるのなら、歳寒松柏の心で努力を続けるんだ…。時間をとってしまってすまない。これだけ伝えたかったんだ」
「…分かりました。ありがとうございます」
うーん、難しいとは思っていたけど、それほどか。しかし諦めるつもりは毛頭ない。ゲームでデジたんがやってのけたように、決して不可能なことではない。
そう思うと、より覚悟が強まった。
…さすがはシンボリルドルフ。言葉に重みがあるというか、それ自体が大きな力を秘めているようだ。
にしても、それを言うためだけにここまで足を運ぶとは。
…こういう行いが、彼女に対する周囲からの絶大な信頼や尊敬を形づくっているのだろう。
「…ふふふ。オロールフリゲート。これから君がどんどん面白いレースをクリエイトするのを期待している。君のレースを頭の中でシミュレートしてみたが、いつか実際に私と競い合ってほしいと思ったよ…」
「……」
「……」
奇妙な沈黙が流れる。
なんだろう、嫌な予感がする。何か気づくべき事に気づいていないような。
「……」
「……あの」
「では!また会える日を楽しみにしているよ」
僕が口を開きかけたところ、彼女は少々食い気味にそう言ったのちどこかへ行ってしまった。
なんとなく耳と尻尾がうなだれているように見える後ろ姿は、心なしかションボリとした雰囲気を醸し出していた。
◆
その夜、寮の部屋にて。
「あ゛あ゛あ゜ぁ゜……」
「死にかけの木星人みたいな声出してどーしたよ?変なもんでも食ったか?」
「いや…実は今日生徒会長と話したんだけどさ…」
「なんだよ?緊張して気疲れでもしちまったのか?」
「……まあそんなところだよ……はぁ…」
実際、緊張していたがために取り返しのつかないミスを犯してしまった。
僕にはアドバンテージがあった。それも大きなアドバンテージが。
前世の記憶。そこで知ったシンボリルドルフというウマ娘に関する知識。
そう、シンボリルドルフというダジャレ好きのウマ娘に関する知識を、僕は確かに持っていた。
「……クソッ…!気づけなかった……!」
「あぁなんか察したわ。すっげぇ下らねぇ理由じゃねぇか」
「思い返せば、至る所に仕込まれてたんだ…!最後の方に至っては、ダジャレを超えてもはやラッパーばりに韻を踏んでた…!」
「……あほくさ」
なぜすぐに反応できなかったんだ…!そのせいで、帰り際の彼女の後ろ姿にはそれはもう哀愁が漂っていた…!
……エアグルーヴも、こんな気持ちだったのかな。
オロールフリゲートのやる気が下がった!
◆
さて、いろいろあってオや下(オロールフリゲートのやる気が下がった)してしまった。せめてもの救いは自主練を終えた後だったことか。
とにかく、オや上のための一番手取り早い方法はもちろん、デジたんの尊みを摂取することである。
というわけで例のごとく、食堂にて。
「あ、こんにちは。オロールちゃん」
「こんにちは。…なんか、今日は落ち着いてるね」
「四日目にもなればさすがにあたしといえど慣れましたとも。それに、あなたはどうやら“こっち側”の同志みたいですし…。もはやシンパシーを感じるほどですよ」
そういって少し自慢気な顔をするデジたん。新たな表情を見せてオタクを飽きさせない…やっぱり女神じゃないか。
「…可愛い。すごく可愛い。ちょっとその可愛い表情キープして。今から多角的に記憶するから」
「…………ヒュッ…っぅぅあ顔近ッ!むむむ無理です!あたしは推される側には向いてないんです!」
そしてこの押しへの弱さ。推し、すなわちウマ娘の押しにはもっと弱い。なんとかわゆいことか。
そんなことをやっていると、いつの間にか横に座っていたゴルシちゃんが口を開いた。
「…自分で言うのもなんだがよ。アタシが霞んで見えるレベルって…相当やべーぞ。お前ら」
「うん、確かにデジたんの尊さの前には全てが霞んで見えるよね」
分かってるじゃないかゴルシちゃん。デジたんは女神で、僕の世界の頂点だからな。その尊さを理解しているとは、さすがだ。
「……これアタシがおかしいのか?」
「?確かにゴルシちゃんはいつもクレイジーだけど、どうして急に今さら?」
「……いや、やっぱなんでもねえわ」
そう言って彼女はサラダを口に運んで、顔をしかめた。ピーマンでも入ってたのかな。
「…前も言いましたけど、あたしまだデビューすらしてないんですよ?それにこんなのより、もっと他に推すべきウマ娘ちゃんはたくさんいますし…」
「僕がデジたんを推すのは魂に刻まれた宿命なんだ。デビューしてるかどうかは関係ない」
むしろデビュー前だからグッズを買ったりペンライトを振ったりできないので、その欲求のシワ寄せがデジたんに対する言動に表れている。
「…魂に……そうですか……むぅ」
僕の言葉を聞いた彼女は、俯いて唸りながら考え始める。
しかしすぐにパッと顔を上げて僕の方を向き、こう言った。
「…オロールちゃん!あなたはまだ分かってないんですよ!ウマ娘の本当の尊さというものが!!」
尊いやつがなんか言ってらあ。
「あたしなんかよりもよっぽど素晴らしいウマ娘ちゃんがいるっていうことを、このあたし自身が教えてあげますともッ!!」
急に瞳に炎を宿して語り始めるデジたん。今にも立ちあがりそうな勢いだ。
しかしやっぱり自分が尊いことを認めようとはしない。
…デビューが待ち遠しいな。ファンがもっと増えれば分かってくれるだろう。いっそ今から学園内で非公式ファンクラブでも作ってやろうか?
「…いいですか、同志オロール。あなたはまだ未熟です。よりにもよってこのデジたんを推すなど愚の骨頂ッ!!もっと視野を広くするべきです!!そのためにも、他のウマ娘ちゃんの魅力を頭からつま先まで全てあたしが語ってあげましょうッ!!…そして、あなたが新たな推しを見つけることができたなら、そのときはあたしという同志とその尊さを分かち合いましょう…。それがっ!ウマ娘ちゃんオタクというものですっ!!」
「要は推しを語り合おうってこと?」
「ハイ、そうともいいます。または推し活とも。
…とにかくっ!そうすればあなたも自分の過ちに気づけるでしょう!」
「…僕は他のウマ娘ちゃんの尊さも十二分に理解してる。推してる子だってたくさんいる。その上で!最推しがデジたんなのは変わらないってことを証明するよ…!」
なにせ、生まれ変わっても変わらないほどだ。
「あたしなんかより他の子の方が何兆倍も魅力的ですっ!例えばそこにいるゴルシさんなんかは…………あれ?」
ふとさっきまでゴルシちゃんがいたはずの場所を見ると、そこに彼女はいなかった。
代わりに「宇宙の危機を感じたので帰ります あとお前ら声デカい」と書かれた紙がぽつんと一枚。
…辺りを見ると、それなりの数の視線がこちらに集まっていた。
「……」
「……」
僕らは互いに顔を見合わせ、同時に頷き合ったあと、昼食を食べ終わるまで黙々と箸を動かした。
ダジャレ大好きお姉さんという
皇帝の設定を肯定する行程
んでこの手で暴く脳内の根底
「お前のギャグセンス、敵わぬ到底」
そんなの so fake.本音はこうね
「ぶっちゃけダジャレ考えるのちょっと疲れた」
なんかゴルシがまともに見える不思議。一体なぜなのか。コレガワカラナイ。
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ウオスカを。ステアじゃなくシェイクで。
…ないやんけなら書いたろ(IQ2000)
↓
いや素人が急に思い立ったところでプロットとか思いつかんって…←今ココ
あーあ、その辺に文才とか競馬の知識とか落ちてないかな……落ちてないかな(血眼)
「ええええぇっ!?ルドルフさんと話したんですかっ!?」
トレセン学園の廊下に、声が響き渡る。
「まあ、少しだけどね」
「いいなぁ…あたしはまだ見ただけでお話したことないんですよぉ…。……でっ!どんな方なんですかっ?見た目通り冷徹な方なのか、それともその雰囲気に反して意外と可愛いものが好き…みたいなギャップ萌えとかとかとか!!そういうのはありましたかっっ!?」
昼食を食べ終えたすぐ後。僕ら二人ともトレーニングまでまだかなり時間があったのだが、今は練習場に向かっている最中。もちろん、他のウマ娘を見るためである。
にしても、デジたんはウマ娘のこととなると本当によく口が回るな。
「…そのときのやりとりは一言一句違わず覚えてるよ、…聞かせようか?」
「何ですかそれ…?神すぎません…?ぜひっ、ぜひお願いします……って、なんでちょっと涙目なんですか?」
「…理由は、うん。聞けばわかるよ…」
◆
「はぁ〜…何ですかそれ…つまり、もっと気軽に接してほしくてそんなにダジャレを…?…尊いが過ぎるぅ…。そ、の、う、え!ダジャレに気づけず後悔するオロールちゃん…あなたも最っ高に尊いッ!はぁ〜…ぜんぶしゅき…」
分かる。ぜんぶ(ただいま悶絶中のデジたんも含めて)しゅき。
「その調子でどんどん発掘しましょうッ!尊みという…お宝をッ!」
「うん、そうだね…」
現在進行形で発掘してます。
「あぁ…トレセン学園って最高…いるだけで創作意欲が滾るぅ…」
創作意欲…そういえば、デジたんは生産する側のオタクだったな。自ら絵を描いて本を作り、当然のようにコミケに出向く。また、父親も本に関わる仕事に就いていて、そのツテで欲しい本を「正規ルート」で手に入れてるとか。
つまり彼女はかなりディープなオタクなのである。
というか、読みたいなぁ、デジたん先生の本。最推しが描く推しの本とか、神棚に祀る程度じゃ足りないレベルで尊い。よし、とりあえず新刊が出たら3冊くらい買おう。鑑賞用、保存用、祀る用だ。
「…ネタは提供する。だから新刊を出す際には真っ先に読ませてくださいお願いします」
「ンン゛ッ…あの高純度な尊みエピソードと同じようなモノがこれからも聞けると…?ハァ…あたし、死んじゃうかも…」
僕はデジたんが喜びに震える顔と例の本が見られて、彼女は創作活動がより捗る。
これぞまさにwin-winの関係だ。
そうこうしているうちに、練習場が見えてきた。今回はトラックには向かわず、観客席へと足を運ぶ。
「おお……」
改めてこうして見てみると、前世で見たウマ娘がちらほら。可愛い。もちろん見たことない子たちも可愛いが。
そして、この観客席にまで伝わってくる彼女達の熱気。
走るのも楽しいが、それを見るのも楽しい。ああ、ウマ娘という存在はどうしてこうも素晴らしいのか。
「分かりますか、オロールちゃん…?ここから見える風景には、ありとあらゆる尊さが詰まっているんです。…友人と切磋琢磨する子、孤独に己の道を征く子…時には喜び、時には悲しみ……そう、この世の全てがここにあるといっても過言ではない。ここにいる誰もが尊い輝きを放っている…!感じますかっ!?感じてますよね!この尊さをッ!!」
「うん、すっごくよく分かる」
「…では同志よ。さっきからなぜ真っ直ぐあたしを見つめているのですか?」
「僕の最推しはデジたんだからね。その瞳に映るトラックの景色を見て尊みを感じてるんだ」
「あたしみたいなウマ娘ちゃんの踏んだ石ころにも劣るようなのなんか見ちゃダメです!それだったら鏡を見たほうがウン億倍もいいですよ!今あなたが見るべきはあたしじゃなくてトラックにいるウマ娘ちゃんですッ!!…ほら!丁度今、オグリキャップさんとタマモクロスさんが併走してます!」
それはぜひ見なければ。もちろんデジたんの目を通して見よう……と思ったが手で隠されてしまったので、僕はトラックの方に向き直る。
そこにあったのは二筋の白光。
芦毛の二人が、直線でデッドヒートを繰り広げていた。現在ハナを走っているのはオグリキャップだが、その差は僅かだ。
「オグリさんは地方のカサマツトレセンから単身でやってきて、数々のレースを制したすごいウマ娘ちゃんです。ですが、そんな彼女も私生活では数々の天然発言をかまし、その上超がつくどころではないほどの大飯食らいで…毎日ぽっこりと膨らんだお腹をさすりながら、ごちそうさま、というときのその幸せそうな表情…が…っくぁぁぁぁぁッ!?思い出しただけでこの威力ッ!…そうっ!とにかく、可愛いのなんのってね!ッハァ〜…尊いッ!」
芦毛の一方、オグリキャップについてデジたんが尊死しつつ解説してくれた。
ちょうどそのとき、二人が最終コーナーを曲がり始めた。先頭は依然オグリキャップだが、すぐ後ろにタマモクロスがつけ、機会をうかがっている。
勝負は最終直線にもつれ込んだ。
「タマモクロスさんはいつも明るくて元気で、関西弁が特徴のウマ娘ちゃんです。見た目はちっちゃくて可愛らしいですが、その体躯から放たれる爆発的な末脚で数々のレースを制したすごいウマ娘ちゃんでして……って!?ぉおお?!タマモクロスさんが内ラチ側を突っ切りました!…でもオグリさんも追い縋って…この勝負ッ、熱いッ!…うおぁぁぁ!!とにかく頑張れーーーっ!!」
「…頑張れーっ!二人ともーーっ!」
同じように解説をしていたデジたんだったが、レースが佳境に入るにつれ、大声で応援し始めた。それにつられて、僕も応援を始める。
ゴール板までの距離はじわじわと縮んでゆき、しまいに二人はほぼ同時にゴールした。
非常に熱い勝負だった。二人が巻き起こした風が、この観客席まで伝わってくるような気さえした。
「…すごい」
あまりの衝撃に、思わず純粋な感嘆の声を漏らす。
ここからでは差はほとんど見えなかったが、どうやら僅差でタマモクロスが勝ったようだ。彼女がガッツポーズしながら何やらオグリに言っているのが見える。
「…『うちの勝ちやオグリィ!今度なんか奢ってもらうで!』『やるな、タマ。だが次は私が勝つ』」
「うぇっ?」
突然横からデジたん以外の声が聞こえてきたのでびっくりした。
…と思ったが、どうやら今の光景をみてデジたんがアテレコしているようだ。声も雰囲気もまるで別人のようだった。さすがデジたん。可愛いだけでなく、そんな才能まで持ち合わせているとは。
「…きっとあの二人はこんな会話をしているでしょう。元気系関西っ子と天然クール…正反対の二人ですが、心は誰よりも通じ合っている…ンンンン゛ッ!たまりません、たまりませんよ〜ッ!ウマ娘ちゃんは単体でもイイですが、やはりCP間で生まれる尊みは二倍、二乗どころか…もう、インッ!ッフィニティッ!!」
いやはやその通り。すごく分かりみが深い。デジたん自身の尊みが無限大であることを自覚していればなおのことよかったが、それは僕がおいおい教えてあげることにしよう。
「CP…いいよね…いくらでも眺めてられるもん」
「うんうん、ですよね。二人いるからこそ、絶えず変化し続けるシチュエーション…そこから続々と繰り出される破壊的な尊み…いいですよねぇ…。…オロールちゃんは、今イチ推しのCPとかありますか?」
今のイチ推しか。それはもうすぐに答えられる。なんせ同クラスにいるからな。
「僕のクラスにいるウオッカとダイワスカーレット。この二人が今キテるかな」
「むむっ…、まだあたしがチェックできていない子たちですな…しかし果てしない尊みの波動を感じますっ。ぜひ詳しく教えていただきたい!……の、ですが…どうやらそろそろあたしもトレーニングに行かなければいけない時間のようです。ですからまた明日!改めて聞かせていただきたくッ!」
「じゃあ、今日はその二人のネタを集めておくよ。トレーニング頑張ってね」
「ふぉぉぉっ!ありがとうございますッ!みぃなぎぃってきたぁぁぁぁぁぁぁ!」
僕の言葉を聞くやいなや、彼女は奇声を上げながらトラックへと駆け降りていった。
では、僕も早速行動を始めるとするか。
◆
僕のクラスのトレーニングももうすぐ始まるため、例の二人もそろそろ移動を始めているだろう。そうあたりをつけて探したところ、案の定校舎から練習場へ続く道に彼女達はいた。あいも変わらずなにか言い争っているようだ。
とりあえず近くの木の後ろに隠れて様子を見てみよう。
「だから!ラストスパートでギュゥーン!って加速してブッちぎる方がカッケーだろ!?」
「別にアタシはかっこよさなんて求めてないのよ!それに、最初から最後まで一番を譲らずに勝つ方が絶対イイわよ!」
どうやらレースの走法のことでケンカしているようだ。理由が既に可愛いな。ていうか、ウオッカさんや。なんだよその「ギュゥーン」て。カッコいいと思って言っているのだろうが、すごく可愛い。
「つーか!大体お前はいっつも……」
おや。すごい剣幕だったウオッカが突然黙り込んだ。一体どうしたのだろう。
そしてスカーレットになにか小声で言ったのち、校舎の方へ走って行ってしまった。なにか忘れ物でもしたのだろうか。
残されたスカーレットは、しばらくウオッカが走っていった方向を見つめてから、何かを確かめたように二、三度頷き、……僕のいる木の方へと向かってきた。
もしや見ているのがバレたか?と思ったが、彼女は僕のいる裏側へと回ってくることなく、そのまま木に背中を預けるだけだった。
バレてなかったぁ…。
ふぅ、と、心の中で安堵の息を吐く。
しかし、どうしてウオッカは突然彼女を置いて走っていったのだろう?
理由を考えようとした瞬間、僕の肩にぽん、と手が置かれた。
「…よしっ、捕まえた!」
振り返ってみれば、そこにはさっきいなくなったはずのウオッカがいて、僕の肩をむんずと掴んでいた。
「うわぁっ!?」
咄嗟に後ずさりしようとしたがそれもできない。なぜなら、さっきまで木に寄りかかっていたスカーレットが僕の背後にいるから。…これは、図られたな。
「くっ…なんでバレたんだ?」
「アンタがブンブン尻尾振り回してるのが見えたんだよ。…あれで隠れてるつもりだったのか?」
…無意識のうちに尻尾が感情と連動して動いていたようだ。…もしかすると、気づいていないだけでいつもそのくらい動いているかもしれない。デジたんといるときは特に。気をつけねば。
「もう言い逃れできないわよ…こないだもアタシ達のことつけてたわよね?目的を聞かせてもらおうかしら?」
普段クラスでは見られない、彼女本来のツンツンした表情でスカーレットが僕に問いかけてきた。
…この場から逃げだすのはさすがに難しそうだ。
「…君たちがあんまりにも可愛いから、後をつけてただけだよ」
というわけで、正直にストーキングしていたことを言ってみた。
「んなっ……思ってもみないことを言ったって俺は騙されねーぞ!」
とウオッカ。ただし頬には少し赤みが差している。
「…ちょっと、こっちは真面目に聞いてんのよ?」
と、さらにツンツンしだすスカーレット。
いやぁ、どちらの反応も大変趣があってすごく良……じゃなくて。
僕は正直に言ったのだが、二人には信じてもらえなかったようだ。
「…物的証拠は出せないけど、それがホントの理由なんだ」
「…じゃあ、どうしてクラスではアタシ達に話しかけたりしないのよ?」
「っ…それはー、…その、うん。やっぱり、推しは遠きにありて思うもの、というか。ある一定のラインがあるというか…」
ウオスカをはじめとした尊いCPは基本的に禁足地というか。…とにかく、そんな感じだ。
「これ以上嘘を言っても意味ねぇよ。…アンタ、ホントは何か企んでるんだろ?」
まずい。どんどん場の空気が険しくなってきた。
…かくなる上は!
「より具体的に言うと、スカーレットのことは可愛いと思ってるけど、ウオッカのことはカッコいいと思って見てたんだ。例えばウオッカのその言葉遣い、すごくワイルドな雰囲気があっていいと思う。その片目を隠したヘアスタイルとか、最高にイカしてるよ。バイクに乗ったら映えそうな見た目だよね」
「…なあスカーレット。こいつそこまで悪いやつじゃないんじゃないか?」
「…アンタ、チョロすぎない?」
よし!ウオッカは落ちた!
「チョロいってなんだよ!俺はチョロくねぇ!」
「チョロいわよ!大体この前だって____」
「二人とも、落ち着いて。…スカーレット。君が僕を疑ってかかるのは当然だけど、それでこうやって僕を問い詰めるっていうのは、自分がなんとかしなきゃ、っていう強い意志の表れだよね。そして君はクラスでは一番他人のことを気遣えて、一番責任感がある、一番の優等生だ。…その上、一番カワイイ」
「…たしかに悪いヤツではないようね」
勝った。
うん、二人が自分自身の魅力をちゃんと理解してくれてよかった。
「とにかく、そんなこんなで…遠くから二人の自然体な様子を見ていろいろ学ばせてもらおうかと思ってあとをつけたんだ」
嘘はあんまり言ってない。
「…まあ、そういうことならいいわ」
「おお…俺も貫禄が増してきたってことかな…」
二人ともまんざらでもないようだ。特にウオッカ。さっきからずっとニヤニヤしている。
「じゃ、僕はこれにて…」
「あ、どうせ同じ時間からトレーニングするんだから、一緒に来なさいよ。…何気に一番勉強ができるアンタのこと、前から気になってたし。そっちの話も聞かせてよ」
おっと、そう来たか。まあさすがに入学の日のように限界化はしないし、別に構わないか。一番いいのはCPを遠くから眺めることだが、二人はクラスメートだし、その辺のラインはうまく調節していこう。
「…それに関してはちょっとした理由があるだけなんだけどね」
予定とは少し異なったが、僕の話や他愛もない話をしつつ、三人で練習場へと向かった。
ちなみに、別に隠す気もないので記憶能力について話したところ、ウオッカが「すげぇ!…なんかカッケェーな!」と言ったのが、何というか…彼女らしいな、と思った。主な用途は尊い会話や推しの表情を記録することなんだけどね。
まあ、とにかく。その後のトレーニングでターフの上で争う二人を真横という特等席で見られたので、終わりよければ全てよしとしよう。
そのとき、ふと閃いた!
この尊みは、デジたんとの交流に生かせるかもしれない!…なんつって。
◆
その日の夜。ふと確かめなければいけないことを思い出したので、ゴルシちゃんに尋ねてみた。
「…ねえゴルシちゃん。僕の尻尾って結構動く方だったりする…?」
「…秋頃のクマくらい動いてるな」
…つまり、かなり活発に動いてる…ってこと、か?
「…マジかぁ」
マジかぁ…。今まで気づいてなかった。
なんか急に恥ずかしさが込み上がってきた。
…いつもより少し暑いベッドの中で、僕は眠りについた。
ウマ娘の尻尾専用のシャンプーとかあるみたいですけど、心配だなぁ…。
デジたん、グルシャンとかしないよね…?
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F.R.I.E.N.D.S.
何となくですが、アニメの内容にも触れて書いていこうかなーと考えていたり。
ゴルシちゃんがなんかまともに見えるのはそのせいです。それ以外に理由なんてありゃしませんよ。絶対。
食堂にて。
最近はデジたんと推しについて語らうのがルーチンと化した僕は今、先日仕入れたウオスカのネタを彼女に話している。
「ふぉぉ…上物の尊みをオカズに食べる白米のなんたる美味なことか…無理…しゅきぃ…語彙力がどんどん失われていくぅ…!」
ああ、尊みを摂取してにへらっとふやけるデジたんの口元のなんたる美しいことか。
「不良ぶっているけど中身は純情…優等生ぶっているけど本当は誰よりも負けず嫌い…そんな二人が互いに本当の自分を見せる瞬間…いいよね…!」
「ええ、ええ…ッ!まったく…!なんて良いネタを仕入れてきてくれたんですか…ッ!」
そう言って感涙にむせぶデジたん。目元でキラリと光る粒がただでさえ可愛いデジたんをさらなる高次元へと押し上げている。
守りたい、この笑顔。そのためなら僕はなんだってできる。
と、そのとき、誰かがいがみ合うような声が聞こえてきた。
「…あ、噂をすれば。二人が来たみたい」
「ッハ!?あの子たちが、その……?っ話に聞いた通りの最高に可愛い子たちじゃないですか、ヤダ〜ッ!」
「…ちょっと!何アタシのマネしてんのよ!」
「たまたまメニューが被っただけだろ?それに俺はお前と違ってヨーグルトも食べるんだ!そっちこそ、俺のマネすんなよ!」
ウオッカとスカーレット。
食べるものが被ったのが原因で言い争っているようだ。
…なんでそんな可愛い理由でケンカできるんだ、あの二人。
「ほぁぁ!?何ですか、何なんですかあれ!?あんなに言っておきながら、二人とも同じテーブルに座ってるぅ…今月の尊い大賞がもう決まりましたよコレェ…」
デジたんが僕の一番言いたいこと以外の言いたいことをほとんど言ってくれる。さすがはオタクの鑑。
「お互い、心の奥底に相手への信頼があってこそ築かれる関係性。…そしてそれを可愛い顔で眺めるデジたん…。世界って美しいよね…」
「ええ、二文目以外には完全同意です…!もう、ホントに、っあたしの目に映していいのかってくらい神聖で…ッ!くぅっ…美しい…!」
「免疫をつけておいて良かった…じゃなきゃ倒れてたかも…」
「あたしは、ダメかも、しれません…何かあったら骨は拾わなくて結構です…」
デジたんはもうそろそろ限界のようだ。
…本当に、免疫をつけておいてよかった。今の僕ならよほどの不意打ちでもない限りは耐えられる。同じ失敗はしない。むしろ僕が倒れたデジたんを運んであげたい。
「いい加減にしろよ、スカーレット!」
「っちょ、急に立ち上がったら危な……きゃあっっ!!」
「んあっ!?」
おっと、ウオッカが立ち上がったはずみにヨーグルトの器をこぼして……というより、打ち上げてしまった。器はスカーレットの頭上までくるくると宙を舞ってゆき、そして、その白くてとろみのある中身が彼女に……かかっ、て……
「ちょっと、もう…!やだ、中まで入ってる…!」
ぶふっ、という音が立て続けに二回鳴った。デジたん、僕の順に鼻の血管が破れた音である。次いで、押さえ付けられるような呻き声。
「ううゔゔ…!だめよデジたん…いくらあたしの心が汚いからって、それ以上は……ぅぅッ…!」
「大丈夫、多分僕の方が心汚いから…!」
さすがにこれはまずい。ヨーグルトまみれのスカーレット……を見て、興奮したデジたんが出した鼻血。それがデジたんの体内を巡りに巡って今、その整った鼻から垂れているものなんだと考えると、もう……!
「それは、ちょっと、…不意打ちすぎる…!」
免疫がついた、なんて…おこがましいにも程があった。デジたんの尊さが無限大であることくらいとうの昔から分かっていたはずなのに!
これだからオタクはやめられないんだよなぁ…!
…昼食は大分鉄の風味がしたが、それでもこれまでトレセン学園で食べた食事の中で一、二を争う美味しさだった。
◆
「徳、積みましょう」
食堂を出たあと、デジたんは開口一番にそう言った。
「先程、我々は大罪を犯しました。キリスト様も助走をつけて殴るほどの大罪をっ!……実際のウマ娘ちゃんに対してそういうことを考えるのはアウト!限りなくデッドに近いアウトです!…ウマ娘ちゃん同士ならまだしも、あれは………ダメですっ!」
「僕は鼻血を出すデジたんに萌えて自分も鼻血を出したんだけど、それもアウトかな?」
「え゛ぇっ…?ちょ、それは……ア、アウトっていうか……というか、なんでそんなとんでもないことを言ってるのに目が爛々と輝いてるんですかっ!?」
「そりゃあ、デジたんという光を見ているからね」
「…あたしは他のウマ娘ちゃんのような神聖な存在じゃないって何度も言ってるじゃないですか!?ダメですよ、推しちゃぁ!…とにかくっ!罪を拭うためにも、徳!積みましょう!」
デジたんは存在しているだけで徳なのに。
にしても…徳、ねぇ…。
「…徳を積むって、具体的に何をするつもりなの?」
「そりゃもう、世間様に善行の限りを尽くすに決まってるじゃないですかッ!あとは、推しのために貢いだり、推しのために貢いだり、貢いだり貢いだりとかっ!」
めちゃくちゃ貢ぎたがってるじゃないか。
でも、…見てみたいな。グッズを買って萌えるデジたん。うん、絶対可愛い。
「じゃあさ……その、次の休み…っ一緒に買い物とか、行かないっ?」
「ヒョエっ…?あたしと、ですか…?」
「うん。一緒にウマ娘グッズを見たり、ウイニングライブ鑑賞用の道具を買ったりしたいんだ。同志として!…ダメかな?」
「同志…ッ。いい響きですねぇ…!もちろん!断る理由などありません!むしろ、ぜひお願いしますともッ!」
こうして、休日にデジたんとお出かけできることが決まった。
というか、実質デートでは?これ?うん、デートだ。
デジたんとショッピングデートだ。最高すぎる。
◆
待ちに待った休日の朝。
外では小鳥達が歌い、開いた窓からは暖かな春の朝日が差している。
今日はいい日だ。
「ある詩人は云った。愛してさえいれば、それは無限を意味する、と。」
「どうした急に」
「愛だよ、ゴルシちゃん。愛。それさえあれば、限界なんて超えられる。そして、愛する資格は誰にだってある。だから僕はウマ娘を愛して、愛し続ける」
「なるほどなあ」
何人たりとも、ウマ娘を愛することを咎めることはできない。
そう。この世界は、愛に満ち満ちている。
「そして、ウマ娘を愛し、そして愛されるデジたんの存在とは、すなわち愛そのもの!」
「おっ、そうだな」
世界を包む愛そのものである彼女は、つまるところやっぱり女神なのだ。
「ところでゴルシちゃん。さっきから返事が適当じゃない?」
「おっほほ…そんなことありませんわ。ではあたくし、チームの方に顔を出すのでこれにて失礼しますわ!ご機嫌よう!」
そして、彼女はそのまま窓から飛び降りた。そんなに急いでいたのだろうか。
「…っと、僕もそろそろ行こう」
デジたんとの待ち合わせに遅れるわけにはいかない。といっても、同じ屋根の下に住んでいるので待ち合わせとは言い難いが。
しかし言葉の響きというのは大事だ。僕らはこれからデートに行くわけだから、たとえ寮の玄関で合流するだけだとしても待ち合わせ、と言った方が雰囲気が出るだろう。
準備もできたし、行くか。もちろん、ドアから。
…ああ、待ちきれない。
一刻も早く会いたい、という思いを抱きながら、僕は早足で歩き出した。たったった…と、軽い足音を寮の廊下に響かせながら。
◆
玄関に着いたが、まだ彼女の姿はなかった。
履き替えた靴で床を鳴らしながら周りを見ると、ジャージを着たウマ娘の姿がちらほらうかがえる。
今日のような休日もトレーニングに費やす彼女達の瞳には、決して消えそうにない闘志の炎が見える。
休日にトレーニングか…。僕もトレーニングは大好きなので、ぜひともやりたいとは思っているが、最近はデジたんとトレーニングの天秤が前者の方に傾きすぎているので難しいところだ。左右平行になるまで…二年くらいかかるかもしれない。
…ちっちゃいデジたんが、揺れ動く天秤の一方の上に乗ってあわあわとバランスをとろうとするイメージが浮かんできた。可愛い。
僕がくだらないことを考えている間にも、真剣な表情で靴紐を結ぶ子、「よしっ!」と、気合を声に出す子、そして他の子を眺めながらハァハァ言っている子……って、あれは。
「…お待たせしました、オロールちゃん…!もう少しこの光景を眺めていたいところですが、時間は待ってはくれませんからねっ、早速行きましょうッ!」
案の定デジたん……なのだが。
「…ッ!…う、ん…行こう…」
これはもしや犯罪では?オロールは訝しんだ。
…というのも、彼女が着ているのは私服なのだ。それも、前世で何度も見たあれ。
ピンクやライトブルーなどの明るい色を基調とし、ところどころに可愛らしい図柄や虹色の装飾、彼女らしい「UMA」の文字などがあしらわれている服で、全体的に幼い印象を強く受ける。
ところで、デジたんの身長は143cm。ちなみに小学生五年生女子の平均身長とほぼ同じだったりする。
これはやっぱり犯罪だ。オロールは確信した。
…まあ、僕がいやらしいオッサンの姿などであった場合だが。今の僕は彼女と同じウマ娘。…少なくともガワは。
だから罪には問われない。ウマ娘に生まれてよかった。
それと、僕の私服だが、下はネイビーのジーンズ、上は白の無地にライトブラウンのカーディガンといった、落ち着いた春らしさがあるものになっている。これくらいシンプルで大衆的であれば目立つことはないだろう。デジたんを引き立てるのが僕の使命であるからして、目立たないことは重要だ。
…もっとも、彼女が例の女児コーデを着ている時点でその使命は達成されたようなものだが。
「お手洗いは済ませましたか?神様に感謝のお祈りは?並べられたウマ娘ちゃんグッズの前でガタガタ感動に打ち震える心の準備はオーケーですか?ではッ、出発ですッ!」
拳を握りながらそう言うデジたん。なんだこのようぢょ。めちゃくちゃ可愛いな。
そんな内心を表すようなふわりとした足取りで、僕は彼女とともに歩き出した。
「それで…最初はどこに行くの?」
「もちろん……コンビニですッ!!」
もちろん、と言うには少し珍しい選択肢を選んできたな。
「実は今、ウマ娘ちゃんの限定コラボチョコレートが販売されているんです!これを全種類コンプしないことがあろうか?いやっ、ないッ!というわけで、最寄駅構内のコンビニへ向かいましょう!」
「全種類…って、多くない?帰りに買うのじゃダメなの?」
「そりゃそうですよ!今日は己の徳が試されますからね…。ウマ娘ちゃんグッズの入手、特にぱかプチなんかはかなり徳が必要でしょうから。先んじてチョコを買うことで徳を蓄積し、さらには昼食代の節約にも繋がって一石二鳥ッ!というわけです!」
…徳云々はいいとして。昼食代の節約?デジたんはもしかして昼にチョコを食べるつもりなのか?
「ねえ、まさか、昼ご飯をチョコで済ませようとしてる?」
「あっ!つい一人で推し活するときの感覚でものを言ってました。オロールちゃんは自分の好きなものを召し上がってください!あたしはそれを見ながらチョコを食べますので!」
…いやいやいや…!
「いやいやいやいやいやッ!!ダメ、絶対!!ご飯はちゃんと食べないと健康によくない!それに、せっかく二人で来たんだし、どこかへ食べに行こうよ!節約したいなら僕が持つ!だからチョコは帰りに買おうっ!」
僕の最推しがとんでもなく不健康な昼食をとろうとしている…!そんなことは僕の目が黒いうちはさせない!まあ黒どころか左右で色違うんですけど。
とにかく。デジたんは押しに弱い。だからこのまま押し切ってきちんとした食事を食べてもらおう。
「いっ、いえいえッ!そんな、奢ってもらうなんてとんでもないッ!…それに、あたしは、そもそも…デビューするかどうかすら迷ってるようなどうしようもないオタクですから、健康がどうとかは別に____」
「……ッ!…っレースがどうとかは関係なく、僕が今デジたんにちゃんとしたものを食べてほしい、一緒に食事をしたいって思ってるんだ!僕のためだと思って…ね?僕を幸せな気持ちにさせることで徳を積んだことにもなるし…!頼むよっ!」
「ッッ!分かりましたッ!オロールちゃんのためならば!喜んでッ!そうしましょう!あっ、もちろんお金は自分で払いますよッ!」
よし、勝った。
今回の決め手は、僕のためだと思って…のあたりかな。デジたんはウマ娘に弱いから、非常に効果的だったようだ。これからも使おう、これ。多分一生対策されることないだろうし。
…さて、そういえば、彼女はどうも聞き捨てならないことを言ってくれたな。
「…ねえ、デジたん。さっき、デビューするかどうかすら迷ってる…って言ってたよね?」
「ヘッ…?あの、…それは…てか、顔がちょっと怖くなってませんか…?」
「…まあ、今は詳しくは聞かないよ。…この後、昼食べるときにみっちり聞かせてもらうから」
「ひぁっ…あっと、その…ハイ、ワカリマシタ」
「よし。…じゃあ、そろそろ駅に行こうか。徳積みながら」
「そう…ですねっ。徳積みながら」
こうして、デジたんのアレな部分がいろいろ分かったところで、僕らの休日が始まった。
◆
駅への道中にて。
「あっ…!重そうな荷物を持ったおばあさんが…!」
「…お助けしましょうッ!」
もちろん目的地まで付き添ったので、結構な時間をとられた。
駅構内のコンビニにて。
「お釣りがちょうど百円だったけど、とりあえず募金したよ!」
「おお!なんかよく分かんないけどいい感じじゃないですか!」
駅の構内図前にて。
「あの方は…外国人でしょうか?何やら困ってるみたいですが…ってあれ?オロールちゃん?一体どこへ…」
「Hello,sir. Do you need any help? 」
この後道案内をしてあげたので、もちろん乗る電車は予定より何本も遅れた。
ホームにて。
「結構徳は積めたんじゃないかな。時間も積まれたけど」
「そうですね…って、あの人…大丈夫でしょうか?なんかフラフラしているような…」
「…疾ッ!」
「あっ、オロールちゃん!?…って!あの人、線路に飛び降り……!…かけて、オロールちゃんにキャッチされてる…」
「…んなっ、何しやがる…!離せェ…俺は助けられたくなんてなか____」
「うるさァい!そっちの事情なんて知りません!そんなことをしてる暇があったらウマ娘を応援し……じゃなくて、…僕が助けたかったから助けただけです!ただそれだけ!それじゃ、時間も押してるので僕はもう行きますから!」
…こんな具合で、人助けやらなにやらをやっていたら昼までの時間は潰れた。
◆
「…ふぅ、なんだか疲れたなぁ」
「オロールちゃん、あっちこっちに走り回ってましたもんね。」
現在の時刻は12時半ごろ。良さげな喫茶店を見つけた僕らは、そこでパスタをつついている。
「というか、今日はいろいろと濃かった。徳を積むとか以前に、あれは見過ごせない…みたいなのが多かった」
「飛び降りようとしてた人とかいましたもんねぇ…」
おばあさんの荷物を持ってあげたり、外国人に道を教えてあげたり、ダッシュで飛び降りを阻止したり…なんで僕、今日は休日のはずなのにパワーと賢さとスピードのトレーニングをしてるんだ。
「こういうのって見返りを求めるものじゃないけどさ…さすがにここまでやったら、なんか良いことがある気がするんだよね…」
「情けは人の為ならず、といいますし、きっといつか何かありますよ」
そう言ってデジたんは僕に天使のような微笑みを向けた。あっ、いい事ってこれかな。うん、あの働き分の報酬を軽く超えるものを拝めた。
「じゃ、本題に入ろっか……」
「いっ、いやー!それにしても、ここのご飯は美味しいですねっ!このにんじんなんか、とっても甘くて…」
「めちゃくちゃ話逸らそうとするじゃん。でも僕、ものを忘れることがないからね。…しっかり聞かせてもらうよ」
デビューするかどうかすら迷っている。
…前世でも似たようなセリフを聞いたことはある。
キャラストーリーなんかは、そんな考えを抱くデジたんをレースに出走させるためにトレーナーが奔走する…みたいな話だったし。
一生推す側でありたい、そう思うくらい彼女は筋金入りのウマ娘オタクで。分かってはいても、その言葉を聞いたときにどうしても我慢できなくなるくらい僕はデジたんオタクで、彼女の走る姿が見たいと思っている。
「うぅ…たしかにあたしは初め、ウマ娘ちゃんを特等席で見たい、一緒に走りたいって思ったからトレセン学園に入りました。…でも、いざ通ってみるとあっちにもこっちにも尊い子ばっかり。そういうの見てると、こんな不純な動機で入学したあたしなんかがここにいていいのか、って思うわけですよ…。それに、走らずとも、ウマ娘ちゃんを応援できさえすれば、あたしは満足ですし…」
「…」
たとえ理由がなんであれ、トレセン学園に入れる彼女の実力は確かなものだし、不純な動機といったら僕もだろう。
それと…、走ってほしい理由は、もう一つ。
「…ねえ、デジたん。僕は君のことを崇めるレベルで好きなんだけど、デジたんは僕をどう思ってるの?」
「へっ!?…えっと、それは…オロールちゃんは思わず推したくなる可愛くてカッコいいウマ娘ちゃんで…しかし、こんなこと言うのもおこがましいのですが…同じ業を背負った同志!そう、思ってます」
…彼女の口からそういうことを言われるとさすがに恥ずかしいな。だが、つまりだ。
「僕らは互いのことを好ましく思ってるわけだ。で、こうやって一緒にお出かけしたりする…こんなこと言うのもおこがましいんだけど、こういう関係ってさ…なんて言うと思う?」
「…一般的には…その、トモダチ…とか、デスカネ」
「…うん、はっきり言おう。僕らは友達だ。…よね?」
「…ッ!ええ、それは、もちろん…そういうことになりますね…」
こういうのには僕も彼女も慣れてない。だから思わず言葉が詰まる。
…最推しに、友達だ、なんて言う日がくるなんて。思ってもみなかった。
しかし、前世で彼女を推した長い月日よりも、実際に会ってからの数日間の方がはるかに楽しく、そして…憶えている。
「僕がデジたんの走っているところを見たいって思ってる。…友達って、走る理由にならないかな?」
「…走りたくないわけではありません。だから…あたし、デビューくらいはやってみます。…そうと決まれば、トレーニングにももっと気合を入れていかなきゃいけませんねっ!」
彼女の目には、今までよりも多くの輝きが灯っていた。
「やった…!それで、いつごろデビューするつもりなの?」
「うーん…まず入るチームを決めて、芝とダートをどう走るかとかも考えて…それと、体が本格化を迎えてからにする予定なので、もしかしたら来年以降になるかも…」
「おお…!楽しみに待ってるよ!」
デジたんがデビューを決意してくれたようだ。もしかするとこれはまだ見ぬデジたんのトレーナーの役目だったかもしれないが、我慢できなかったから仕方ないね、うん。
「じゃっ、じゃあ……友人らしく、来週の休みもまた一緒にお出かけしますかー…なんて…あはは〜っ…」
「ヒュッ…あ、うん…イイネ…」
心なしか、さっきよりも彼女との間が縮まった気がする。
…照れ隠しの笑いが非常に尊かったのは、言うまでもない。
◆
パスタを食べ終えた頃。
「ところで、とっ、友達が最推しっていうのはいかがなものかと思いますよっ。この際推し変を……」
「僕はデジたんが最推し。この先ずっと変わることないから。そこは絶対譲らないから」
「ッフゥ〜…!そ、そうですか…。分かりました…いえ、納得はしてませんけどねっ!」
「…可愛いなぁ」
言うまでもなく!少し顔を赤らめてムッとした彼女は非常に尊かった!
突然詩人の言葉を引用するヤベー奴が主人公の怪文書です。
自己啓発、人生を変えるだなんて銘打たれた昔の人達の言葉ばかりに気を取られて、自分の人生を歩けなくなる人間にはなりたくない。
それはそれとして哲学書とか詩集とかの名言をやたらめったら引用したらなんか頭良さそうだし日頃からどんどんやっていきたいです!
でもああいう本ってなんか難しそうだから、ネットでテキトーに名言調べてそれを言うことにしよっと!
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解釈って大事だよね
黒髪で吸血鬼なタマモクロスと茶髪巨乳でミイラなタマモクロスは引かず、とあるキャラのために石を貯めています。
ところで、タイトルの編集を忘れて投稿したバカがいるらしいです。
時刻は午後1時過ぎ。春らしくない強烈な太陽が、食事を終えた僕らを煌々と照らしている。
「まずはすぐそこのウマ娘ちゃんグッズショップへ行きましょう!そしてっ…貢ぎまくるッ!場合によっては諭吉さんとお別れすることも辞しませんよッ!」
もう一つの太陽が、わくわくした様子で僕に言う。
「…元気だねぇ」
デジたんは相変わらず眩しい。
さて、今はその店へ向かって歩いているわけだが。
…あの、ホントに。僕死ぬって。そのようぢょみたいな服着て、ようぢょみたいにはしゃがれると…とにかく、すごい。
彼女は気持ちが昂ると身振り手振りを使うから、非常に人目を引く。そのほとんどが何かほっこりするものを見るような目なので別に良いのだが。いやむしろもっとやれ。より多くの者がデジたんの尊みを享受しろ。
僕がデジたんをもっと布教する方法を考えながらしばらく歩いていると、彼女はある建物を指差し、
「見えてきました、あのお店です!あそこで数々の萌えと尊みが我々を待っていますッ!善は急げ!ということで早く行きましょうッ!」
と、言うやいなや駆け出した。遅れて僕も足を速める。それを見ていたスーツ姿のおじさんやら、ギャルっぽいお姉さんやら、皆思わずといった様子で目元を細めている。やはりデジたんの尊さは老若男女を問わないな。
自動ドアが開ききらないうちに、デジたんは店の奥へと入っていった。僕はそのあとを追って店に入る。
「ふぉぉっ…!あっちにも、こっちにも…!国宝級のお宝がごろごろありますよ…!…ふふふふん〜ふ〜ふんふん〜♪」
人間国宝…いや、ウマ娘国宝がなんか言ってら。
趣味に打ち込める場所に来られて、彼女は非常に楽しそうだ。やけに上手い鼻歌まで歌っている。
僕もせっかく来たからには何か買いたいな。しかし、肝心のデジたんグッズがそもそもまだこの世に存在しないのが非常に残念だ。
「…こちらをみながら少し残念そうな顔をしているオロールちゃん。最近あなたの考えていることが何となく分かるようになってきましてね…」
「…そう?じゃ、何考えてると思う?」
「どうせ、あたしのグッズがないのが残念、とか考えてるんでしょう!…ここにある数々の神がかったアーティファクトを見てくださいよ!これらとあたし、どっちがより素晴らしいかなんて一目瞭然でしょうっ!」
「…当てられた。あと、質問の答えはデジたん一択だね」
そういえば僕、前にもゴルシちゃんに心を読まれてる。やっぱり分かりやすい方なのだろうか。
「っ!…この店に来てもそんなことが言えるとは…。なかなか深い業を背負ってますね…」
「デジたんが可愛いことは変わらない。だからこの業は決して消えないよ」
死んでも治らないどころか、むしろ深刻化したからね。
「いえ、消してもらいますよ…!友人が間違った道に進むのは見過ごせませんからねっ…。ほら、このオペラオーさんのうまどろいどとかどうです?デフォルメされていながらも決して衰えない凛々しさと、うまどろいどらしい可愛さのマリアージュがとっても神々しいっ!最高の逸品ですよ!こっちのドトウさんのと合わせて買うのをお勧めしますっ!この二人はあたしのイチ推しCPですゆえ、ぜひ尊みを分かち合いたくっ!」
「推し変はしないけど、それは買うよ。サイズもちょうどいいし、クオリティの割に随分安いし」
このクオリティ、万くらいは取れるだろうに、まさかその半分以下の値段とは。
それに、デジたんが勧めてくれたものを買わないわけがないし。
僕はうまどろいど…どこかで聞いたような名前の二頭身フィギュアを手に取って見つめた。
オペラオーさんことテイエムオペラオー。皐月賞、有馬記念などの数々のG 1レースを制し、「世紀末覇王」の異名を持つ、最強と呼ばれるウマ娘の一角だ。かなりのナルシストだが、周りを見下さず、面倒見が良く、その自信に見合う成果を出すイケメンウマ娘である。あと何気にボクっ娘。可愛い。
ドトウさんことメイショウドトウ。オペラオーさんと同じレースに数多く出走し、ほぼ毎度僅差でオペラオーに惜敗しているウマ娘。だからといって決して弱いなんてことはない。一着でなくとも掲示板は外さない、紛れもない強者の一人である。レース外での彼女だが、ドジっ子ゆえにネガティブな性格で、そんな自分を変えたいと願い、いつも堂々としているオペラオーさんに憧れを抱いている。可愛い。
そしてそのオペラオーさんも彼女のことを大切に思っており、呼び捨てで親しげに呼ぶほどだ。
つまり何が言いたいかって?この二人、尊い。これに尽きる。
「ハァ…こっちにはブロマイド…キラキラした王子様みたいな勝負服を着ていながら、それに負けないどころか勝るほどの輝きを放つオペラオーさん…ンン゛ッ…なんと神々しい…!」
なお、ただいま悶絶中であるこのアグネスデジタルというウマ娘は、二人に勝つほどの能力を持っているスーパーウマ娘である。そして可愛い。
…いつかデジたんのグッズが発売されたら、二人のやつの横に並べてエモさに浸りたいな。うーん、夢が膨らむ。
その後も僕らはしばらく店内を物色し、そして四つの袋と一緒に店を出た。僕が一つ、デジたんが三つである。彼女はしっかり五桁円を払ったようだが、その顔は幸せで満ち満ちていた。
◆
「んなあああああッッ!?みっ、見てくださいよアレェ!?ぱかプチちゃんがっ…ガラスの向こうをびっしり埋め尽くしてますッ…!」
「ちょうど入荷したばかりなのかな。ラッキーだったね」
僕らは今、体力とやる気が上がるアレ…すなわち、クレーンゲームの前に立っている。
ぱかプチとは、主にクレーンゲームで入手できるウマ娘達のぬいぐるみのこと。端的に言えばそうなのだが、デフォルメされていながらしっかりと各ウマ娘の特徴を捉えた見た目、細部の作り込みなどが非常に凝っていて、しょっちゅう品切れになってしまうほどの人気を博しているぬいぐるみである。が、今日に限ってはたまたま入荷直後だったようで、筐体の中にはたくさんのぱかプチが転がっている。
「ああ…あまりの尊みで震えが…あたし、こんなにたくさんのぱかプチちゃんをみたのは初めてですぅッ…!」
ガラスを隔てた先にあるその尊さで、感動に打ち震えているデジたん。
「…しかし、軍資金もあとわずか。その上、手が震えて止まらない…!っくぅ!尊みを過剰に摂取した程度でこの体たらく…あたしはなんと不甲斐ないオタクなのか…!」
デジたんはぱかプチをお迎えしたいようだが、手の震えその他もろもろが原因でできないようだ。
…今の僕はツイてる、…多分。午前中はあんなに頑張ったんだもの。ここで運が回ってこないなんてこと、ないはず。ならば!
「よーし…イケる気がするっ!待っててデジたん…!この筐体を空っぽにする勢いでやってみるよ!」
「おおっ…やはり持つべきものは志を同じくした友ッ!オロールちゃん、あたしの僅かばかりの軍資金を託しますっ…!だからどうかあの子達を解放してあげてください…!」
そう言った彼女の白く綺麗な手が、僕の掌と重なり、チャリンと音を立てた。
…今彼女から託されたのはお金だけではない。ぱかプチへの想い、ひいてはウマ娘への想いが僕に託されたのだ。
最推しを笑顔にできないで、オタクを名乗れようか。
…この勝負、負けられない!
「…やった!3つ一気に…ア゛ッ!?全部落ちたっ!?」
「おいアーム?もっと頑張ってくれよアーム!まだ本気じゃないだ…うおおいっ!」
◆
「結局二つしか取れなかった…」
運なんてなかったよ、ちくしょう。
なお、奇しくも入手したぱかプチはオペラオーさんとドトウさんのものだった。運命的な何かを感じる…なんちゃって。
何はともあれ、戦果を献上しよう。
「はい、デジたん」
「……フッ」
僕がぱかプチを手渡そうとしたところ、彼女はニヒルな笑みを浮かべながらゆっくりと首を振り、それらを僕の方に押し返した。
「…いやいや、お金だって少し出してもらったし、僕はもともとデジたんにあげるつもりでやってたから…」
「同志よ。これはあなたが勝ち取った戦利品。ならばあなたが持つべきです…。あたしはもう十分拝ませてもらいましたよ…ぱかプチ以上の価値がある、オロールちゃんの楽しそうな姿をねっ!」
顎に手を当て、キメ顔のデジたん。大変オイシイ表情をありがとう。しかしここは君に折れてもらわねばならぬ。
「…僕もデジたんの笑顔が見たいんだ。だから、ほら。受け取ってよ」
「同志よ。どうすれば一番あたしを笑顔にできるか、考えてみてください。…そのぱかプチは、オロールちゃんが手に入れたもの。あなたが持つべきもの。ウマ娘ちゃんの幸せはあたしの幸せ。そしてあなたもウマ娘ちゃん。あなたの幸せがあたしにとっての幸せ、というわけです…。あッついでにお願いなんですが、ふっ…なんだ…僕と同じようなことを考えてるだけじゃないか…と納得するような感じの微笑を浮かべつつ『…わかったよ』とか言ってもらえると助かりますッッ…!」
…。
ふっ…なんだ…僕と同じようなことを考えてるだけじゃないか…。
「…わかったよ」
「ッヴォフッッ…!」
ふっ…なんだ…尊死するデジたんも可愛い…って。
「えっ!?って、ちょ…は、鼻血出てるよ…!?ほら、このティッシュ使って…!」
ぜひ拭き取らせて家宝にさせていただきたい…じゃなくて。
かなりの量だから、服に血がつかないうちに処置しないと。もちろんティッシュは適切に処分する。
「フゥ…ありがとうございます。自分でリクエストしたにも関わらずこの威力…さすがオロールちゃんですね…」
「ありがとう…実は今の、結構自信あったんだ」
ふふふ、僕はデジたんとは違って自分がそれなりにイケてる方だってことを自覚してるからな。えらい。まさか鼻血出すとは思わなかったけど。
「血、止まった?…じゃあ、ティッシュ捨てに行っ……」
「いえ、自分で捨ててきます。…オロールちゃん、さすがにそれはニッチすぎますよ…?」
食い気味でそう言ったのち、早足でゴミ箱に向かうデジたん。…いや、ニッチて。僕、別にやましいことなんてあんまり考えてないのに。
しばらくして、なにやら念入りにゴミ箱をチェックしてからこちらに歩いてくるデジたん。
「あたしは今、たしかにゴミ箱の奥にティッシュを捨てました。すっごく奥です。いいですね?」
戻ってくるなり言うことがそれか。まったく、僕を何だと思ってるんだデジたんは。
「さすがにゴミ箱までいったら諦め……あっ」
「…だから…ニッチすぎますって、それ」
いやいや、ただ単に僕はその時の思い出の品を一種のトリガーにすることで、より効率よく記憶を整理して夜な夜な萌えに浸かろうか、と考えていただけであって、決してそんなやましいことは考えてない。
「…スゥー…そろそろ帰ろっか…」
「……」
だからデジたん。無言はやめてよ。寂しいじゃないか。
「…あたしも、ウマ娘ちゃんのそういうものが欲しくないとは言いませんよ?ただ問題なのは、オロールちゃんの欲しがっているのがよりによってこのデジたんのものだってことです!ニッチどころの話じゃないですよコレェ…!」
「あ、そっち?」
結局、夕食を食べるときも、寮への帰り道でも、僕らはずっとこんな調子で性癖を語り合った。まあ、あれだ。無音声の方がよりお楽しみいただけます、みたいな絵面だったかな。
◆
「…やっぱり一番ヤバいのは尻尾の毛だと思う」
「ですよね、やっぱり尻尾が……あ、もう寮が見えてきましたね」
行きのときはあんなに長く感じた道が、今はあっという間に過ぎてしまった。
夕日に照らされ、長く伸びきった僕らの影を映す彼女の瞳には、確かな楽しさが浮かんでいた。
「なんだか、いつもの休日よりも楽しくて、1日が短く感じましたっ!やっぱり、同志がいるというのはいいものですねぇ…!」
「僕も楽しかったよ。…ほんとにあっという間だった」
…にしても、夕日を背に笑うデジたん、ちょっとエモすぎない?…しばらくは飲食しなくても生きていけるレベルでエモい。…よし、しっかり目に焼き付けよう。
「…こんなときにも夕日ではなくあたしを見つめるあたり、オロールちゃんって本当、オロールちゃんですね…」
「…?僕は僕だよ?」
何を当たり前のことを。
そも、その言い方はまるで、僕が何かヤバいやつの代名詞みたいじゃないか。オロールちゃんはただの一般ウマ娘オタクだよ?それにゴルシちゃんの方がよっぽどハジけてるヤバいヤツだ。
僕なんてそれと比べるまでもなく常識的だからな。
「…とにかく、今日は本当にありがとうございました!…あたし、今までこうやって趣味の合うお友達とお出かけとかしたことなくって…しかも初めての同志がまさかのウマ娘ちゃんでッ!もう、感激が止まらないというかッ!…このデジたん、今日という日はこの先絶対忘れません!」
「僕も同じだよ。こういうの、初めて。…しかもその相手が最高の同志で、最推しだなんて!…感謝してもし足りないくらいだよ」
「あたしは推される側じゃないですってっ!
…っと、そろそろ部屋に行きますか。…オロールちゃん、ではまた明日!」
「うん。…また、明日」
なんだか、日常の中に最推しがいるってすごいことだな。僕はなんて幸せ者なんだ。
…デジたん、友達と出かけるの初めてって言ってたな。で、実は僕も初めてだ。これってつまりお互いに初めてを相手にあげたってことだよな、うん。
日本語って素晴らしいな。一つの事実でも、捉え方次第でこんなに気持ちを高めてくれる。
今日一日を僕なりの解釈でまとめさせてもらおう。
デートして、初めてをあげて、もらった。
うん、シンプルで素敵な文章だ。
◆
夜もいよいよ深まろうかというころ。今日は夕暮れ前にご飯を食べたから、なんだかこの時間になって小腹が空いてしまった。ふと思い立って、ゴルシちゃんに聞いてみた。
「ふぅ…ゴルシちゃん。今日は屋上で美味しいもの焼いたりしないの?」
「いや…なんつーか最近はキレが悪いっつーかな…。順応能力の限界を試されてるっつーか…うん」
「はぁ…そうなんだ。実は僕、なんだかんだあれ結構好きなんだよね」
「おー、そりゃ、どうも…。ところで聞きたいんだけどよ」
「すぅ…どうしたの?」
「なんでさっきからぱかプチに顔押し付けてんだ?」
…すぅはぁ。
「すぅー…いや、実は今日いろいろあって、このぱかプチをデジたんがぎゅって触ったんだよ。ぎゅって。だから鼻からデジたん成分を摂取してる」
僕が彼女にぱかプチを渡そうとしたとき。こう、いい感じに…ぎゅむっ、と。押してくれたのだ。
「あー…そうか…頑張れよ…?」
「はぁ…ゴルシちゃん、疲れてる?…すぅ…あ、そういえば、今日はチームに顔を出すとか言ってたね」
「…まあ、色々あって疲れてはいるな」
あの不沈艦ゴルシちゃんも疲れには抗えないか。僕も今日は情報量の多い一日を過ごしたし、少し早めに寝るか。
「ふぅ…それじゃ、おやすみゴルシちゃん」
「…おう、おやすみ」
すぅはぁ。
あー。呼吸、楽しい!
時空が…歪む……!
うちのオペドトウさんは既にシニア戦線で戦ってます。そんなこともあるよね。だってウマ娘だもの。
時空が歪むといえば、楽しい時間ってあっという間に過ぎてしまいますよね。あと、締め切りなんかに追われてるときも。
何なんですかねあれ。何なんですかね(半ギレ)
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シンプル・イズ…
目が爬虫類みたいなのもすき。
…でも石は貯めたいからなぁ…。
悪魔「へへっ引いちまえよ、石なんざどうせすぐ貯まるぜ?」
天使「それはいけませんね。効率が悪い。とっととiTunesカードを買ってくればよいのです」
…よし、引くか!
いわゆる薫風、というやつだろうか。
五月らしい青々とした空気が一瞬僕を包む。
「ポオゥッッッ!!!」
その爽やかな空気を吹き飛ばしてくれたのは、キングオブオタクこと我らがデジたんである。
今日はとある理由で練習場に足を運んだのだが、デジたんは観客席に一歩踏み入った途端からずっと奇声を上げている。彼女はその凄まじい観察力を全て推し活に振り切っているので、尊い光景を見つけることに余念がない。
「見ましたかぁ今のッッ!チームメイトが口をつけているボトルを素早くとって、彼女にからかうような笑みを向けてから中のドリンクを一口……!そしてボトルを返してすぐ、何かを隠すように背後を向き…バッチリ真っ赤に染まったお顔を手で押さえてらっしゃるあのウマ娘ちゃんッッ!!…はーっ!なるほどねっ!もうこれそういうことですよねっ!何ですかそれちょっともう殺傷力高すぎてェ……あっあっあっあっ…」
「あれかな。構ってほしくてちょっかいかけたけど、やった後に恥ずかしくなって……あ、死んでる…」
相変わらずいい顔で尊死するなぁ。今日もデジたんは絶好調だ。
しかし今はそれよりも優先すべきことがある。
「ほら、しっかり見ないと。チーム選びの参考にするんでしょ?」
「ええ、ええ…そうですね…チームを選ぶにはまずそれについていろいろ知らないと…。ッハッ!?もしあたしがあのチームに加入したら、常にウマ娘ちゃんの崇高なやり取りを眺めていられる…!?いやしかし、あたしなんかがいると他の子たちが練習に集中できなくなるかも…!うぅ…でもデビューは諦めたくないっ!あたし、どうすればぁぁ〜ッ…」
トレセン学園では、ウマ娘は基本的にどこかのチームへ所属することになる。
チームには一部例外を除き、基本的に五人以上のウマ娘が所属していて、そこでは専属トレーナーによる指導を始めとした様々な恩恵をウマ娘は受けることができる。レースへの出走登録ができる、というのもその一つ。
つまりデジたんが今、デビューは諦めたくない、と言ったのは、チームに未所属のままだとレースに出られないからである。
「はぁ…どこかにあたしみたいなオタクにぴったりなチームがあったりしませんかねぇ〜…」
「デジたんならどのチームでもうまくやれそうだけど…慎重に選んで損はないからね」
戦場を選ばない変幻自在の脚質なんて、どのチームにも欲しがられる逸材だろう。しかしそれは選択肢が多すぎる、という意味でもある。デジたんはかなり迷っているようだ。
僕は…確かに一応芝もダートもイケるし、幅広い距離適性を持っていると自負はしているが、デジたんには及ばない。
それに、僕はデジたんと同じチームに入ると決めている。迷いなんてものはない。
「いずれにせよ、まだ時間はあるし。ゆっくり考えればいいよ。…悩んでる顔がものすっごく可愛いから、できればあと半年は悩んでほしいかな…ふふっ…」
「…っ!…いやっ、早めに決めます!迷いは自分を殺すことになりますからねっ!ええっ!」
「あ、そう…」
後ずさりされた。かなしい。
◆
「チーム、かあ…」
授業終わりのチャイムがなったあと、廊下に出てからふと思わず独りごちる。
先日デジたんとチームの話をしてから、常にそのことが意識の片隅にチラつく。
なんだかんだ言って、もうトレセン学園に入って一ヶ月は経つ。同学年にも、既にチームに所属している子がいる。
とはいえ、僕はデジたんのチームに入るつもりなので、別にそのことで焦ったり、悩んだりはしない。むしろワクワクしている。
気になるのは自分のことではなく、前世で見たチームのこと。
学園内ではしょっちゅうチームリギルの名を聞く。
トレセン学園最強と名高いそのチームは、いわばアニメで主人公達が属していたチームスピカのライバルポジのチームである。
一期主人公のスペシャルウィークや二期のトウカイテイオー、あとお馴染みゴルシちゃんの属するスピカは、放任主義のトレーナーのもと自由でのびのびとした気風なのに対し、リギルは合理的で厳しい指導を行うトレーナー、東条ハナのもとで統率がとれた強豪揃いのチーム。
正反対のチーム。トレーナーもまた正反対の性格なのだが、その実互いにとっての一番の理解者同士でもある…いやあ、いいよねぇ。
具体的には、一緒に飲みに行って愚痴りあったりとかするシーンがアニメで描かれているのだが、そのときのお互いへの信頼感というか…言葉には表せないエモさがあってよいのだ。
僕はウマ娘が好きだ。それはウマ娘という種族だけでなく、前世の記憶を持つ僕にしかない意味を持つ言葉だ。
つまり、トレーナーも尊いよねっ!と、僕は言いたい。
まあ、デジたんはスピカやリギルに所属しないだろうから、僕もその二つに入ることはないけど。でも生で見たいな。アニメで見た数々の尊みシーン。
…うーん、ゴルシちゃんをうまく使っていろいろ仕込めば……
「…ねえオロール。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ふふ…生スピカ…っんあっ?…スカーレット。どうしたの?」
僕に声を掛けてきたのは、チームスピカのツンデレ枠ことダイワスカーレット。その後ろにはウオッカもいる。
「アンタが今呟いてたことについて意見を聞きたいんだけど…チームについて、いろいろと…」
「チーム…って、どうしてまた僕なんかに?」
「えっと…それは…たまたまよ…」
僕が尋ねると彼女はどきまぎとし始めた。赤みが差した頬をこちらに向けつつ、指を落ち着きなく動かす様子はとっても可愛い。すき。
「っはー…スカーレットはな。どーもこの先も優等生キャラを通そうとしてるみてーで。クラスで俺以外に唯一その本性知られてて、その上無駄に良い頭を持ってるお前に、自分のチーム選びのアドバイスを貰いたいんだとよ」
「あっ、ああ…なるほどねェッ…!」
なんだこの尊い生き物。クラスでは優等生で通そうとするその可愛らしいプライドと、レースで一番になりたいという猛々しいプライド、その間で板挟みになって僕のところにやってきたわけだ。
それをウオッカに指摘され、今もみるみる顔が真っ赤に染まっていく。…始まるな、これ。尊いやつが。
「ち、ちょっとウオッカ!?急に何適当なこと言ってんのよ!」
「へっ!その反応、図星なんだろスカーレット!本音で話せるお友達が他にいないからこうやってオロールのとこまで来てんだ、違うか?」
「むぁーっ!…友達いないって?それはアンタの方でしょ!?アンタは変にカッコつけて不良ぶってるから、そもそもクラスに話せる相手がいなくてあたしに付いてきたんでしょ!」
「うぐっ…!だっ、黙れよ!このバカ!アホ!」
「そっちこそ図星じゃない!このおたんこにんじん!」
……!
キッ、キターーー!やっぱり僕、いや僕らの期待を裏切らない!この最強ケンカップル!互いにヒートアップしてにじり寄るから、今はもうまつ毛すら触れ合いそうなほどに顔が近い…!
しかもしかもだ!おたんこにんじん…!まさか生で聞けるとは…。なんなんだよ、そのおたんこにんじんって…!可愛すぎるだろ!罵倒の語彙が絶望的に足りてない、足りてないよスカーレット!
…と、感動している場合ではない。こんな往来で、しかも僕のそばで痴話喧嘩されると目立ってしょうがない。ひとまず二人を止めよう。
「落ち着いて、二人とも。…僕に用があるっていうのに、ケンカされちゃかなわないよ」
「あっ…ごめんなさい。…そうよ、本題があるっていうのに、まったくウオッカは…」
「ああっ!?そっちが先につっかかってきたんだろスカーレッ……」
「まあまあ。もうその辺にして。…で、チームについての話だよね?」
熱くなりかけているウオッカをたしなめつつ、話を軌道修正する。
二人のチーム、ねえ。
ぶっちゃけ僕が何をするでもなく、二人の入るチームはもう決まっている。アニメでは二人はスピカのメンバーとして登場した。
…常に互いを意識し合い、己のため互いのため、真剣に練習へ取り組み、あと多大な尊みを供給してくれる彼女達は、スピカにはなくてはならない存在として描かれていた。
いつ頃の出来事かは知らないが、二人は今後確実スピカに入ることになる。…『ナウイあなた チームスピカに入ればバッチグー‼︎』とかいうポスターに惹かれて。
なら、僕がとやかく言う必要もあるまい。
「…チーム選びに慎重になるのも大事だけど、最後に決めるのは自分だから、自分の直感に従えばいいと思うよ。僕が言えるのはそれだけ」
「えらくシンプルな結論ね。あたしとしては、もっとこう…性格やら脚質やらを分析した上での考察とかを期待してたんだけど…」
「…己の道を行くッ!って感じか…。なんかカッケーな、それ!」
「そういうこと。自分の道はシンプルに、自分で決めるのがベストだと思うよ」
例のバブリーなポスターに惹かれるような自らの謎センスに従えばいい。やっぱりスピカはこの二人がいないとね。
…にしても、本当に謎だ。謎センスだ。スピカは好きだが、トレーナーやこの二人のセンスだけはよく分からない。
「…まあ、ありがとう。アンタの言う通りにしてみるわ…。直感に従ってみる」
「俺もなっ!自分の手で未来を掴むッ!くぅー!クールだぜぇ!…それじゃあな、オロール!」
「うん、じゃあね」
去りゆく二人の背中を見ながら、僕は自分の中で沸き起こる感情をだんだんはっきりと感じていた。
…スピカ、見てぇ!!
よし!ゴルシちゃんのとこ行こーっと!
◆
「というわけで…やってきました部室前ー…なんてね」
隣にデジたんがいないので、僕の声は風に流されて消えていった。
彼女は今トレーニング中だから、僕はひとりスピカの部室付近で息を潜めている。
トレセン学園のチームの部室は本校舎とは別の場所にあり、チームごとに小屋が割り当てられている。
そのため僕は近くの茂みに潜んで、スピカの誰かが通りかかってくれるのを待っているというわけだ。
…スピカは現在どういう状態なのだろうか。
アニメでは、物語が始まる以前のスピカの様子が描かれていた。
トレーナーの放任主義…人によっては指導放棄とも考えられるそれのせいで、スピカのメンバーが次々に辞めていったのを僕は知っている。
そして、そんな中たったひとり、トレーナーの元を離れなかったゴルシちゃんのことも。普段はあんなにハジケてるのに、やるときはやってくれるのがゴルシちゃんクオリティだ。本当に普段のクレイジーっぷりからは想像もできないくらいイケメンになる、それがゴルシちゃん。すき。
さて、今の僕の現実には確かにスピカというチームが存在しているわけだが、一体どんなことになっているのやら。
やっぱり、チームのメンバーはゴルシちゃ____
「おおっ、いいトモだな…。っ!これはっ…!すごいっ、すごいぞこの脚っ…!ふっくらと柔らかく、それでいて素晴らしいポテンシャルを感じるっ…!芝でもダートでも関係なく走れる…とんでもない原石だっ!」
「……」
ふぅ…落ち着けよオロールちゃん。クールになるんだ。
…僕はこの人を知っている。トモを触りながらやたらと詳しく説明してくる変態なんてこの人以外いないだろう。
スピカのトレーナーだ。
「…な、なあっ!君、名前を聞かせてくれないかっ!?」
真剣な声色で僕の名を尋ねてきた。
しかしその手は未だに僕の脚をさすさすといじっている。
…どうしてくれよう。
なんだろう、見てる分には良かったけれど、こうして実際にやられると分かる。確かに後ろ蹴りを食らわせたくなる手つきだ。
アニメではたまに…いや、しょっちゅうウマ娘に蹴られていたがピンピンしていたし…やるか?
いや、ウマ娘の脚力は強すぎる…万が一を考え…ここは!
「セェイッ!!」
脚を掴まれたまま強引に後ろへ跳躍ッ!そのままトレーナーの首を足で挟み、さながら肩車のような状態へッ!
しかし勢いは殺さずに、そのまま後ろへ倒れ込み地面に両手をつけるッ!そしてそこからバク転をするように軸回転ッ!まだ彼は僕の足を掴んでいるッ!したがってスムーズにその体が宙へと舞うッ!
「食らえッ!レッグバックドロップッ!」
「ちょわぶあぁあッッ!!!」
ふっ…キマった…!
最後の方は足で彼の肩を支えたので、残ったのはせいぜい鼻血が出るほどの顔面の痛みと一回転の恐怖だけだろう。大きな怪我はないはず。
「ぬおおおお…!!」
うん、まだピンピンしてるみたいだ。
呻きながらゆっくりと起きあがってくる。…ゾンビみたいだな。
「っふう…!なるほど…!蹴りじゃないパターンは初めてだっ…」
「蹴られたことあるんだ…」
コイツ本当に人間か?怪しい。
どうも何回も蹴られているような口ぶりだ。
鼻も数秒前まで血が出ていて赤くなっていたのが、血は止まり肌色も普通になっているし、いつの間にか飴まで咥えている。やはり人間をやめないとトレーナーにはなれないのだろうか。
「あなたは吸血鬼ですか?それとも闇の一族とかですか?」
「急になんだよ!?人間だ俺は!?…チームスピカでトレーナーをやってるもんだ。で、お前さんの名前は?」
「オロールフリゲートといいます。オロールとでも呼んでくださいアメ男さん」
「じゃあオロー…待て、今アメ男さんって言ったか?」
「はい、言いましたね」
アニメでスピカのトレーナーの本名は明かされていないし、目の前の彼も名乗らなかった。僕はスピカに入る予定はないのでトレーナーとは呼べないし、かといってスピカのトレーナーと呼ぶのは長すぎる。
じゃあこの人いっつも飴咥えてるし…アメ男とかでいいんじゃないかなって。うん。
「まあ呼び方はこの際どうでもいい。…なあオロール、お前さんチームスピカに……」
「入りませんよ?」
「…そこをどうにかぁっ!!」
最後まで言いきらないうちに、彼はばっと膝をついて頭を下げた。必死の形相で頼み込んでいるところ申し訳ないが、僕はスピカには入らない。
…この人、さっきからリアクションがいちいち面白いな。
「…ごめんなさいっ!あなたの気持ちには答えられませんっ…!僕は生徒で、あなたはトレーナーっ…。こんなこと、ホントはいけないんですよっ!」
「人聞きの悪い言い方をするな!?そもそもただのチームの勧誘だから、何も問題はァゴッフアァッッ!?!」
突然彼は真横から衝撃を受け吹っ飛んだ。きりもみ回転しながら赤のラインを空中に描き、そしてドスンと落ちる。
先ほどまで彼が土下座していた場所には、今しがたドロップキックをかました芦毛のウマ娘がひとり銀の髪をたなびかせて立っている。
「おいトレーナー!お前とうとうやりやがったな!いたいけな少女に手を出すなんて…。そんなやつだとは思ってなかったのによ…!見損なったぜ…。おいアンタ、大丈…」
こちらを見て突然固まるゴルシちゃん。気のせいだろうか、どんどんその顔から血の気が引いているようにも見える。
「やあゴルシちゃん。なかなかキレのいいキックだね」
「げっ、オロール!お前だったのかよ…」
げっ、とはなんだよ。
「なんだお前ら、もう知り合いだったのか…。ならゴルシ、お前からも言ってやってくれ。コイツにはぜひともウチのチームに来てもらいたいんだ」
「…おいマジかよトレーナー?もう少し下調べとかした方がいいと思うぜ…?それにオロールは絶対ウチには来ねぇだろうよ」
その通りゴルシちゃん。伊達に同室やってないよ。僕のデジたんへの思いをしっかり分かってくれている。
「ゴルシちゃんの言う通りですよ。…かなり激しくて、いやらしい手つきだった…けど、あなたが嫌いになったわけじゃない。ただ、僕のやりたいことはスピカではできない。それだけなんです」
「おい言い方っ!ゴルシがまた蹴る構えとってるから!あれ結構痛いんだからな!?」
「…言葉をよく選べよ変態トレーナー。じゃなきゃこのゴルシちゃんキックが火を噴くぜ!」
ウマ娘の力は洒落にならないはずなのに、結構痛い、で済むのかこの男。やはりただものじゃない。
「はあ…まったく…。わかったオロール。無理強いはしない…が、その気になったら俺のところへ来てくれ。いつでも受け入れるから」
くだらないやり取りのあと、彼はポリポリと頬を掻きながら言った。…でもスピカには入らない。代わりに外側から眺めさせていただきたい。
「…その気にはならないでしょうけど、ゴルシちゃんを始めとしたウマ娘を拝むためここに来る予定ですので、よろしくお願いします」
「お、拝む…?」
「意味はそのうちわかるぜトレーナー。…オロール。そういえば言ってなかったことがある」
「…言ってなかったこと?」
ゴルシちゃんは僕の言葉にうんと頷き、神妙な顔つきでスピカの部室へと歩いてゆき…ドアを開けた。
「ウチのチーム、今アタシだけなんだわ」
「Oh…」
誰もいない部室の中から、寂しい風が僕の方へ吹いてくる。
今のスピカは、もう皆辞めてしまったあとのようだ。
…なるほど、確かにこれは土下座して頼み込みたくもなるよ。
◆
「なあ、オロール…」
夜、僕らの自室にて。
それまで僕の方を向いて黙っていたゴルシちゃんの、月明かりに照らされた唇が動き、僕の名を紡いだ。
ちなみに今のゴルシちゃんは頭のアレを取り、髪を下ろしている。それと黒タンクトップ。
「さっきも言ったけど、スピカには今アタシしかいない。…このままウマ娘が来なきゃチームは潰れちまうんだよ。だから…」
ゴルシちゃん…。
一人になっても残り続けるほどだ。本当にスピカが好きなんだな。
僕の中で彼女の聖人度がどんどんと上がっている。最近はなぜかハジケてないし、なおさら。
しかし、そんなゴルシちゃんには申し訳ないが、僕はやっぱりデジたんと同じチームに入りたい。
「…ごめん。でも、あんなにいい人がトレーナーをやってるチームだから、絶対に加入希望者は現れるよ。断言する。…ちょうどそうなりそうな子を二人知ってるし」
ウオッカとスカーレット。
今日会話した僕の勝手な想像だが、彼女たちはそろそろスピカに入ってくれることだろう。
「…そうか。ならアタシも一番先輩になるワケだ。シャキッとしねーとな!そっちの方がゴルシちゃんらしいぜ!」
「うん、やっぱりゴルシちゃんは笑顔が一番似合うよ」
…僕はスピカに二人が入ることを知っているから、危機感などは持ち合わせていない。
むしろ今考えていたのはゴルシちゃんのこと。
…なんだこの女神。
一筋の月明かりにちょっとだけ照らされた絹みたいな銀髪に、桜の花弁と見紛うほどの唇!
その上、黒のタンクトップを着ているからコントラストでよりその尊い顔面が引き立たされる!美しすぎる!
シリアスな顔をしていただけにいっそう神々しく輝いていて、僕の目はもう焼け落ちそうだ。
笑顔とはまた別の魅力が僕を狂わせる。
あー、最高!同室が神々しすぎる美貌の持ち主で最高!
ゴルシちゃんがすきです。
でも髪下ろしゴルシちゃんはもっとすきです。
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束の間の戦
「なんか主人公っぽいことがしたい」
「どうした急に」
「主人公っぽいこと…例えば何かの事件に巻き込まれたり、美少女とラブコメやったり…。いいじゃん?ロマンあるじゃん?ゴルシちゃん?」
思えば僕はTS転生者で、一度見聞きしたものを忘れない能力を持っているし、容姿の方も、まるで夜を映したような深い青毛にオッドアイのお目々で「ぼくがかんがえたさいきょうのウマ娘」みたいな厨二じみたヤツだ。…いや、最強には程遠いけど。
とにかく、トレセン学園に入学してから特に大きな事件があるわけでもなし、暇な時間に妄想にふけっていたら止まらなくなってしまった。
今、僕はすごく事件に巻き込まれたい。というより、アニメや漫画の主人公みたいにモテたい。
「あー…デジたんがヒロインポジで…いや…それとも…うん、ハーレムは特段好きではないけど、夢があるなぁ…ウマ娘ハーレム…んふふふ…」
「重症だな…。お前もウマ娘だろ、鏡でも見てりゃ良いんじゃねえか?」
「トレセンに来る前はそうしてたさ。鏡と母さんからの供給で欲を満たしてた…。けどっ!デジたんに出会ってからはそれだけじゃ到底満足できない体になってしまったんだよ…!」
「…聞いたアタシが悪かった」
…罪深い場所だよ、ここは。このゴルシちゃんだって、ただでさえ美しいのが毎朝毎晩彼女が髪を下ろして無防備な寝顔を晒すのを、僕は見てるんだ。
よく耐えてるよ、本当に。
今日は休日なのだが、デジたんは用事があると言っていたので、学園にはいない。…デジたん成分が補給できないのだ!したがって常にウマ娘の尊みを享受しなければ僕はただちに死んでしまう。オタクだからね、しょうがないね。
「今日はいろいろとほっつき歩いてみることにするよ。何かウマ娘に関する事件とかに巡り会えるかもしれないから。ゴルシちゃんも来る?」
「いや、今日はアタシも出かける。いろいろと用意するもんがあって…ホムセン行かなきゃな…」
「…ホムセン?何買うの?」
「…ふっ」
僕が質問するとゴルシちゃんは目を閉じ、少し歪んだ唇の隙間からではなく鼻から息を吐いて鳴らした。
えっ…怖っ。何が怖いって、その含みのある笑いもそうだが、ゴルシちゃんとホムセンの組み合わせが一番怖い。彼女がロクでもない企みをしているのは間違いないだろうし、それを可能にするものは確実にホムセンに売っている。
「何企んでるのかは分からないけど、僕に被害は及ばないよね…?」
「…ふっ」
「…あっ、これ及ぶやつだ」
マジかよゴルシちゃん。最近は大人しいと思ってたのに。やっぱりゴルシってるじゃないか。
「てことでアタシは早速行ってくるぜ。土産にゲキシブなサングラスを買ってきてやる!…束の間の平和を楽しめよオロール…!」
彼女は非常にワルそうな笑みを浮かべながらそう言って、部屋から出ていった。…今回はドアから。
「…用心せねば」
ゴルシちゃんから、なにがなんでもやってやるという強い意志を感じた。それにまるで、なにかフラストレーションを発散できるときの喜びが含まれたような声色だった。
僕なんか恨まれるようなことしたっけ。
…まあ、今考えても仕方ないことか。
それより、ゴルシちゃん成分の供給が途絶えたので、早く別のウマ娘を探さねば。
「いざ行かん、行きてまだ見ぬウマ娘っ!」
◆
まあ、気合いを入れたは良いものの、ここはウマ娘の聖地トレセン学園。丁寧に整備され石ころ一つ見当たらない道には、宝石以上の輝きを放つウマ娘たちの姿が探さずとも目に入る。
「あぁ…歩いてるだけで幸せ…」
爽やかにしぶきを上げる噴水の前を通り、校舎へと入る。
体を動かすのは昼食後にしようと思ったので、僕は図書室へ行くことにした。もちろん目的は本を読むため…でもあるが、主に横目でウマ娘を眺めるためだ。本の内容を紙面ごと記憶しつつ、ウマ娘達のスカートの折れ目を数えるくらい僕にとっては造作もない。うん、能力をちゃんと活用している。主人公っぽいね。
「んふふ…読書に励むウマ娘…しんとした空気の中でパラパラとページをめくる音だけが聞こえ…そしてその音と一緒に揺れる可愛いお耳…んんっ…!やばいっ、想像しただけでも尊いっ…!」
もう既に尊い光景の輪郭は出来上がっている…!ならば一刻も早く実物を見て、脳内をよりカラフルにするほかあるまい…!
僕は妄想を止めることなく歩き続け、図書室のドアの前で立ち止まった。
「やっと着いた…!レッツオープうわあッ!?」
ドアに手をかけようとしたその瞬間、ドアが音を立てて開き、中から何かが飛び出してきて勢いよく僕にぶつかった。衝撃で思わずよろめく。
白いものが視界を横切る。
ぶつかった人が着ている服の白だ。一瞬、生徒以外の人かとも思ったが、よく見ると彼女は制服の上から白い服…白衣を羽織っているようだった。
「おっと、本を落とすところだった。君、大丈夫かい?もし怪我をしたなら、この私が直々に治療を…なんならそれ以外もしてやるから安心したまえよ」
「いえ、大丈夫です…」
彼女と目が合った。
…奥底の見えない、未知の詰まったその赤い瞳に思わず吸い込まれるような感覚を覚え…吸い込まれ…いや待て。
距離が縮んでいる、物理的に。薬の臭いが鼻につくほどに彼女が顔を近づけてくる!あっこれガチ恋距離…。
「お、おおっ…!ヘテロクロミアとは珍しい…!美しい色だ…たしか金目銀目といったかな…あ!そういえば…ふむ…うん…で、あれば…」
「あ、あの…?」
彼女の名はアグネスタキオン。
タキオン…超光速の粒子の名を冠するウマ娘で、その瞳と同じような底の知れない光速の走りで他を圧倒できるほどの脚力の持ち主。
しかしトレーナーをモルモット呼ばわりし、よく人体実験しては被験者を光らせたり発光させたり輝かせたりする狂気のムァッドサイエンティストでもある。ちなみに寮の部屋はデジたんと同室。
そのアグネスタキオンは今、僕と目と鼻の先の距離でひたすらメモ帳になにかを書き込みながらうんうん唸っている。
「…よし、オロールくん。ちょっとお薬を飲んでみる気はあるかい?」
「……ふぇっ?」
今なんて言った?お薬飲めって?
話がいきなり飛躍した。
…僕の名前を知っていることに関してはまあ分かる。彼女はデジたんと同室だし、きっといろいろ聞いていたんだろう。僕の色違いの目を見て、話に出てくるウマ娘だと気づいたに違いない。
ただ、出会って数秒で実験台にしようとするのは全く理解できない。これがマッドサイエンティストというものか…。いやはや、彼女のことは前世で何度も見たが、本物は想像以上にヤバいぞ、これ。
僕が若干青ざめていると、彼女が口を開いた。
「君が不安な気持ちになるのも分かる。が、しかしねぇ。この私、アグネスタキオンは自分の作った薬に誇りを持っている。だから最初の実験台は他でもない、私自身さ。安全性は保証済なのだよ。…少なくともウマ娘に対しては、ね」
「…それ、飲んだらどうなるんですか?」
「さあ?分からない。私のときは特筆するべきことは何も起きなかったが、個体差があるかもしれないからね。
…だが、君はデジタル君のお気に入りなのだろう?彼女が君について話すときはいつも楽しそうでね。さすがに私もルームメイトの友人を傷つけるような真似はしないとも。何度も言うが、薬に害はないよ」
はぁっ…!デジたんが、僕のことを…!
その事実が僕の頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱す。デジたんが。僕について。楽しそうに…。
…いや、いかん。落ち着け…。
今考えるべきは、飲むか飲まないか。
別に飲むこと自体は構わないのだが、なんというか漠然とした不安感が…。実際、彼女の作った薬に害はないのだろう。しかし身に纏っている雰囲気が怪しすぎて不安になるのだ。
「ちなみに、実験は私とデジタル君の部屋で行うよ」
「ハイッ!飲みますッッ!!」
◆
「ウリイイィィィーーッ!!」
「…部屋に入るなりいきなり奇声を出すほどデジタル君のことが好きなのかい?」
「ハイっ!!そりゃもう!!」
キタキタキタキタキタァ!
救世主タキオン様のおかげでデジたんの寝床を拝むことができたぞ!なんだここは。まごうことなき聖域じゃないか。空気が神聖すぎて浄化されそう。
「…ふむ、今後も同じ手が使えそうだ」
「タキオンさん?今なんて言いました?」
「…いや、なんでもないさ。それよりも早く実験を始めよう」
あ、そうだった。今回ここに来たのはデジたんのベッドの残り香を嗅ぐためではなく、実験に付き合うためだ。
僕が深呼吸をしていた間に、タキオンさんは一本の蛍光色に輝く瓶を手にとっていた。
「それじゃ…僕はなにをすれば?」
「これを飲んで、しばらくベッドに横になるだけでいい。じきに効果が現れる」
彼女はそう言うと僕にベッドへ座るよう促した。
…よかった、タキオンさんのベッドで。デジたんのだった場合僕は間違いなく昇天していただろう。その点、こちらのベッドなら致命傷で済む。
「準備はできたかい?なら、早速グイッといってくれたまえ」
渡された瓶の中には、蛍光色…それも濃いピンクの液体が揺らめいている。…どうやったらこんな色になるんだ。
フタを開けた瞬間、想像していたよりも甘ったるい、ありったけの果物を砂糖漬けにしたような匂いが鼻を刺した。
…そういえばタキオンさんは甘いものが大好物で、湯量と砂糖の比率が1:1の紅茶をキメる人だったな。この薬にも甘味が大量に入っているのだろう。この人苦い薬とか飲めなさそうだし。
まあ、マズイよりは断然マシか。
意を決して、僕はそれを口へと運んだ。
「んくっ……ゔっ」
予想通りの甘い味。しかしそれは舌に優しいものではなく、一口二口飲んだだけで口の中にこびりつく甘さだった。
「市販の薬とは全然違うだろう?味にもこだわりがあってねぇ。…薬効を保ちつつこの甘さを出すのには苦労したよ…。おかげでなかなか面白い色になってしまった…ククク」
そんな理由で蛍光ピンク色の薬が生まれたのか…。この、普通のシロップ薬に沈殿するほどの砂糖をぶち込んだような味を作り出すためだけにこんな色に…?
「んっ…!…ぷはぁっ…!」
ようやく全部飲み切った。口腔が焼けるような甘さがしばらく残りそうだ。…これを好きで飲んでいるんだよな、この人…。僕らとは住んでいる世界が違うんじゃないか。
「薬とは思えないほど美味だったろう?さあ、横になるといい」
「…次は錠剤がいいです」
「んなぁっ!?何を言ってるんだね君は!?よりによってあんな苦くて喉越しの悪いものがいいだって!?」
うん、だろうな。この人はきっとあれだ。糖衣錠ですら苦いと言って吐き出すに違いない。
…味に気を取られていたが、そういえばそもそもこの薬の効果はなんなのだろうか。
「タキオンさん。これを飲むとどんな効果があるんですか?」
「ああ…このとーっても美味しい薬の効果だが…。不明だ」
「…えぇ?」
「いや…正確には分かるのだが、その程度が不明なのさ。この薬には一時的に五感や思考を研ぎ澄ます効果があるはずなのだが、私が飲んでみてもいまいち実感できなかった。だが君もそうとは限らない。…やってみなければ分からない。これが実験の醍醐味だ…ワクワクするだろう?」
「そうですか…なるほ…ど…」
…急に、眠気が。
なんだろう。薬のせい?突然、前触れもなく…。
眠い。意識が遠のく。
あたまが、ふわふわする。
「おお…眠気を誘発するのか…!私のときとはまったく異なる反応だ、面白い…!あ、寝たいなら寝るといい。実験に支障はない」
「……んぅ」
からだがぽかぽかするよう。
…きもちいいなあ、これ。
…デジたんのにおいがする。
◆
なんだか暑苦しくて、うっすらと目を開ける。
…あれ、僕は何をやってたんだっけ。
そうだ、たしかタキオンさんの薬を飲んで…。
…そこから先の記憶がない。
「…おや、やっとお目覚めかい。やはりベッドのある場所で実験するのは正解だった…」
「…僕は、どれくらい…眠ってました?」
「六時間ほどだね」
…思ったより長かった。もう夕方じゃないか。
「気分はどうだい?五感が鋭くなったり、頭がよく回るような気がしたりは?」
「いえ…特には…」
今のところそのような感覚はない。
それよりも…暑い。まだ五月だというのに、まるで砂漠にでもいるような暑さだ。
汗がじわりと滲み、自然と呼吸が荒くなる。
「ではそれ以外に何か変わったところは?」
「…あつい、です」
頭のてっぺんから爪先まで、蒸されたように火照りが止まらない。
思考は速くなったというよりもむしろ、もやがかかったようでうまく回らない。
「暑い…?おや、確かにかなり顔が赤くなっている…。どれ、熱は…」
待って。まさか。
彼女の顔がだんだんと近づくにつれ、思考のもやが晴れてくる。
「ひうっ!」
「ふむ、体温には異常なし、か…」
…おでこピタってやって熱測るやつだ!
今ので一気に目が覚めた。頭がクリアになり、視界が一瞬で広がる。
「…ひとまず、水を飲みたまえ、ほら」
「ありがとう、ございます…。……んく…っ!?」
冷たさが喉を通ったのが引き金となり、その瞬間スイッチが切り替わるように世界が変わった。
見える。既に薄暗い外の木の枝にとまっている虫がよく見える。
目の前の彼女の心臓が脈打つたび、僕の耳がその音を捉える。
「急に固まってどうしたんだい?やはり体調に変化が?」
「あ……」
においだ。
デジたん。デジたんの匂いがする。
「…デジたんデジたんデジたんっ!!ああっ…すごいっ!デジたんがデジたんで、デジたんが入ってくる…!デジたんッ!」
「…おやぁ?」
デジたんのにおい、デジたんのデジたんな指の痕や、デジたんのデジたんな髪の毛が、僕の脳に入ってくる。
「はわぁ…デジたん…!んんん…!」
「…涎が垂れてるぞ、大丈夫かい?」
デジたんデジたんデジたん…デジたんの部屋。デジたんが寝ている部屋。
「ふむ、頬の紅潮に荒い呼吸…支離滅裂な言動。紛れもない興奮状態だ。非常に興味深い…これはもしや…」
とん、とんと音がする。
遠い…これは寮の玄関の音だ…。が、間違いない。
このリズムはデジたんの足音だ。
デジたんが近づいてくる。
匂いも濃くなっていく。
階段を登り終え、こちらへと歩いてくる。
ドアまであと4m。
「デジたん…!」
あと50cm。
…今、ドアノブに手をかけた。
「ふぅ…疲れた…。あ、タキオンさん…珍しく部屋にいるんですね…って、えぇ!?オロールちゃん!?どうしてここに____」
「デジたああああああんッッ!!」
デジたんだ本物のデジたんだ今僕の腕の中にいるのはデジたんだずっとこうしたかったデジたんデジたんデジたんデジたん!!
「ファッ!?う、お、オロールちゃん!?急に抱きついてきてどうしたんですかってぴゃあああああっ!」
くいと引っ張るだけで、彼女と僕はベッドへと倒れ込む。
僕の指先がデジたんの細胞一つ一つを感じ取る。
ああ…デジたんだ。デジたんだ…!!
「タキっ、タキオンしゃん!た、助けてくださいっ!なぜかオロールちゃんが薄い本に出てくるような顔になってて…!お、押し倒してきてくれて、あの、とにかく…あたしが死んでしまいます!」
「デジたん?デジたんには僕だけを見てほしいんだけどねえデジたん?デジたん、好き。デジたんが…んふふ…!」
僕がこんなにデジたんを好きなのも全てデジたんが可愛いからであって、デジたんは可愛いんだ…!
「…実は先程、彼女に五感や思考を強化する薬を飲ませたのだが。効果はそれだけではなかったようでね。強い情動や欲求を抱くとそれらを増幅し、比例して五感や思考がさらに強化される…。まあ、ここまでなるとは思ってもみなかったがね。彼女の想いはよっぽど強いようだ」
「つまりオロールちゃんはそれだけあたしなんかを…?ウソぉ…?っ、いやいやいやっ!いっ、今は理由の説明よりもとにかく助けてくださいぃ!?あっやっぱりこのままでも…いややっぱり助け…ぐぅッ!こんなに葛藤したのは初めてです…ッ!」
デジたん…。自分が可愛いってことがまだ分からないみたいだ。ちょうどいい、今からしっかりと分からせてあげよう、それがデジたんのためだ。
ああ、デジたんデジたんデジたっ…!?
「ほっ!…っと、こんなこともあろうかと鎮静剤を持っていてよかった」
首筋になにか打たれた…!?
あれ、きゅうにからだが____
「こんなに暴れるとは…。まったく、困った子だねぇ」
「100%タキオンさんの薬のせいですよ〜ッ!?」
…デジたんのこえがする。
◆
瞼を開ければ、そこには見知った天井。
…いつの間にか僕は自分のベッドの上にいた。
首を傾けると、そこにはいつもの白いあいつ。
「アグネスどもがお前を抱えて部屋まできたもんだから驚いたぜ。なあ、何があったんだ?」
「ぼくをころして」
「いきなり何を言ってるんだお前は」
「…やらかした」
…起きがけに希死念慮に襲われる程度にはやらかしてしまった。
控えめに言って三回くらい死にたい。
僕の罪を数えよう。
ひとつ、タキオンさんのヤバい薬で興奮し、欲望のままにデジたんを押し倒した。
ひとつ、万民に知れ渡るべきデジたんの存在を独り占めしようとした。
ひとつ、暴れて彼女達の部屋をめちゃくちゃにした。
ひとつ、ここまで来るのに彼女達の手を煩わせてしまった。
記憶はしっかりと残っている。普段よりも五感が研ぎ澄まされていたので、より印象深く。
あのとき、新しいお薬を打ち込まれたから良かったものの、そうでなければ僕はもっととんでもないことをしでかしたに違いない。
あまつさえ、ベッドまで運んでもらう始末だ。
自分に呆れて涙が出てくる。
「ゴルシちゃん…介錯を頼むよ…」
「手刀で切腹を試みるなよ。…マジで何やらかした、お前?」
「まあ、かくかくしかじかでね…」
語るにつれ、どんどんと彼女の顔が引き攣っていく。
「…とまあ、こんなことが」
「…やるよ」
話を終えたとき、ゴルシちゃんは苦虫を噛み潰したような顔で、絞り出すように一言だけ言った。
そして渡されたのは色の濃いサングラス。
…本当に買ってきたのかよ。
「…ふへへ…グラサンだぁ…」
なんとなく、かけてみた。
涙でぼやけた視界に薄いベールがかかる。
…見えにくさはたいして変わらなかった。
「はあー…うぅ…」
僕はもうダメだ…しぬんだぁ…。
明日からどんな顔して会えばいいんだよ…。
タキオンはなんでもつくれる(適当)
おくすりのシーンは作者の普段の思考をそのままトレースしています。
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多分これが一番早いと思います
「すみませんでしたァァッッ!!」
朝食を食べるウマ娘達で賑わう食堂にこだまする、迫真の謝罪。出どころは僕。
「…ハッ、ハイッ…?」
それを聞いて首を傾げるデジたん。可愛い。
「昨夜は本当にすみませんでしたッ!なんとお詫びを申し上げたらよいかッ…!」
「昨夜…ああっ、よく本で見かけゲフンッ!…押し倒されたことなら別に気にしてませんし、…正直良かゲフンッ!ハイッ、気にしてませんから大丈夫ですよ!」
「…ホント?」
「ホントですともッ!」
ああ、女神は僕を赦し給うた!
ただ、赦されたとはいえこのままでは僕の気が済まないというか。
実は、先日から日頃の感謝を込めてあるものを制作しデジたんにあげようと考えていたのだ。ちょうど今そのブツは僕の手元にある。
「じゃあお詫びといってはなんだけど、この制作者僕のゴルシちゃん寝顔イラスト集を…むぐぅっ!」
突然喉がきゅっとなる。言葉の途中で、背後から誰かにヘッドロックをかけられた。…まあ、当の白いあいつだろうけど。
「なあ。今確かにお前はゴルシちゃん、と口にしたよなぁ?…その手に持ってる冊子を開け。早く」
おや、ゴルシちゃんは自分のイラストに興味があるのかー。ならばじっくり見たまえよ。ははは…。
「アタシの目がおかしくなけりゃの話だが…。ここに描いてある妙にリアルな絵は他でもない…このゴルシちゃんだよなぁ?」
「おおっ…これは紛れもなくゴルシさんの絵ッ…何というか写実的で、おみ髪の一本一本からさえも尊みが溢れ出てますッ!はぁ〜しゅき〜…」
開かれたページを見て二人がそれぞれ感想を言う。ゴルシちゃんはリアル、デジたんは写実的と表現した僕の絵の特徴だが、それには理由がある。僕は完全記憶に頼って描くのでどうしてもそうなるのだ。今回の場合、ゴルシちゃんがもともととんでもない美人なのでそれがいい方向に働いたが。
にしても、デジたんに(絵が)好きって言ってもらえた。これだけで一週間は生きていられるよ。
「んふふ…ありがとうデジたむがっ!」
「気になることが多すぎるぜ、まったく。お前…こんなもんいつ作ったんだよ?作ってどうするつもりだったんだ?あ?」
首にかけられた手がさらにきつくなる。ゴルシちゃんの顔もさらに近づく。
「一つ目の質問の答えは授業中。二つ目の答えは…まあ売るため゛っいだだだだだっ絞まる絞まるッ!冗談、冗談だよ!デジたんにプレゼントするため!ホントに、それだけ、ですっ…!」
「…その言葉、嘘じゃねえだろうな…?」
こちらをじっと見つめるゴルシちゃん。既に鼻先が触れ合いそうなほど顔が近づいている。
「…嘘じゃない、から。これ以上はヤバい、死ぬ…!死んじゃうから…!デジたんが…!」
さっきからずっと静かなデジたんだが、その理由は簡単に予想がつく。キスできそうなくらいの距離まで顔を寄せる僕らを見て、魂が飛び出しかけているに違いない。
「……尊ぃ…アッ…」
ふとデジたんの方を見れば、ちょうど魂の抜け殻が生まれるところだった。それを見たゴルシちゃんは声にならないため息を吐いて、僕の首を放した。
「…デジたんは相変わらず可愛いなあ。思わず寝顔にキスしちゃいそうに…」
「ひょあああああ!は、早まっちゃあいけませんよオロールちゃんッ!」
よし、復活した。
「…お前らってマジで、うん…アレだな。…とにかく、アタシも本気で怒ってる訳じゃねえから別にいいんだけどよ。それよりも、アタシがここに来たワケを説明する。…ちょいと見てほしいものがあんだけどよ」
本題を切り出したゴルシちゃんはポケットから一枚の紙を取り出して僕らに見せた。これは…。
「トレーナーが書いたスピカの勧誘ポスターなんだが、こいつをどう思う?」
「『ナウいあなた チームスピカに入ればバッチグー』…。なかなか、独創的…ですね?」
「…まあ、一部の刺さる人には刺さるよ」
…スピカのポスター。
これが今あるということは、一部の刺さる人たち…ウオッカとスカーレットのスピカ入りが近いかもしれない。しっかり助言もしたし、二人は確実にスピカに入ってくれるだろう。なんというか、一安心だ。
僕がアニメで見た光景を想像していると、ゴルシちゃんが口を開く。
「そう、オロールの言う通り…!こんなポスターを見てチームに入りたいと思うやつなんてほとんどいねぇに決まってる!」
ばん、とテーブルを叩き、拳を震わすゴルシちゃん。しかしすぐにもう片方の手の人差し指を立て、次の言葉を口にする。
「…だから一つ解決策を考えた。それに協力してほしいんだが、どうだ?」
「ハイッ!ウマ娘ちゃんの頼みとあらばッ!」
即答するデジたん。行動原理が単純すぎる。まあそれが可愛いんだけど。
…にしても、解決策ね。ウオッカとスカーレットはポスターに惹かれてチームに入るはずだから、おそらくは何もせずともよいはずだ。
しかしデジたんとの共同作業とかいう最っ高のご褒美がもらえるならば話は別。ゴルシちゃんの解決策とやらに喜んで手を貸そう。
「もちろん僕も協力するけど…その解決策ってのはどんなものなの?」
「…詳しくは後で説明する。昼飯食ったら即刻スピカの部室前に来い。話はそれからだ…それじゃアタシは行くぜ。授業が始まる前にいろいろと準備しなきゃならなくてよ…んじゃなー!」
言うやいなやゴルシちゃんはどこかへすっ飛んでいった。
「でも…解決策って何なんだろう…。人手が必要ってことは、肉体労働で解決するのかなぁ…人数にものをいわせてウマ娘を連れていく…とか?」
「ただの誘拐じゃないですかそれ。さすがにそんなことはしないと思いますよ」
「んー…どうだろ」
スピカはウマ娘を拉致ることに定評があるからなあ。僕らの手でゴルシちゃんが目をつけた子を攫ったりすることになるかも。
オロール!デジタル!やっておしまい!
…とか言われたりして。
◆
「あの、オロール…ちゃん?」
「ん?どしたの?」
「えっと、どうしてそんな格好をしているのか気になりまして…」
「待ち人を待つときはやっぱこれかなーと…食べる?」
「い、いえいえッ!そんな畏れ多い…」
初夏の太陽の真下、スピカの部室前に立つ二人のウマ娘。
ピンク髪の美少女はデジたんで、ゴルシちゃんから貰ったアビエーターサングラスをかけアンパンと牛乳を持っている方が僕だ。ちなみに牛乳は今時珍しい瓶のやつ。購買で見かけて思わず買ってしまった。
「ところで…ゴルシさんはまだ来てないみたいですね」
昼飯食ったら来い、と言われたので来た…まあ僕は昼飯を食いながら来てるけども、呼んだ当人はまだこの場に現れてはいない。
「…もしかすると、部室の中にいたり?」
その可能性を考えてドアをノックしようとしたとき、なにやら話し合う声が風に乗って聞こえてきた。
聞き覚えがある声…というか間違いない、この声は。
「…イカすチラシだよな、これ!」
「ええ、こればっかりは同意見だわ」
道の向こうを見ると、一部の刺さる人たち…ウオッカとスカーレットが肩を寄せ合い、例のチラシに目を落としながら歩いているのが見える。
「…ハッ!かっ、隠れましょうオロールちゃん!あの聖域は侵害してはならないタイプのやつですッ!」
「あっ、うん!」
尊みを検知したデジたんと僕は、二人の邪魔にならぬよう急いで部室脇の段ボール箱の裏に隠れる。勢いあまったのか、段ボールががたがたと音を立てたが、ギリギリバレずに済んだ。
…こうして物陰に隠れると、いよいよ張り込み刑事っぽくなってきたな。
そして、図らずも二人のチーム加入シーンが見れそうだ。…あのシーンではゴルシちゃんも映っていたから、彼女は今やはり部室の中にいるのだろう。
「ここがスピカの部室?なんか静かね」
「まあ、中に入れば誰かいるだろ!よし、行こ…」
「ちょっと待って!」
…ドアを開けようとするウオッカをスカーレットが制止する。どうしたのだろう。
「ねえ、やっぱりもうちょっと考えてから入るチームを決めない?」
「…なんでだよ?」
…なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ?
「…だってよく見るとこのチーム、人は少ないし建物はちょっとボロいしで…なんだか良さそうには思えないわ」
「でもよー、チラシはイカしてるじゃねえか。それにオロールのやつも言ってただろ。自分の直感に従えって」
…固唾を飲んで見守る僕らの前で、事態は思わぬ方向へと進んでいく。
「確かにそうね。けど、こうも言ってたわ。慎重に選ぶことも大事だ、って。だからあまり一つの部分だけを見ずに、全体を見てから判断したほうがいいと思うのよ」
「確かに…もう少し他のところを見てみるか」
…マジで?
ヤバい、ヤバいぞ。僕のアドバイスが予期せぬ結果を生み出してしまった。
…僕自身、この世界がなんなのかはよく分からない。アニメ版ウマ娘の設定を踏襲しているかと思えばそうでないところもある。
そも、僕が前世の記憶を持っている時点でこの世界がアニメやゲームと同じ歴史を辿っているとは考えにくい。だから僕は一種のパラレルワールドのようなものだろうと勝手に考えている。
もしそうなら、このあと何もしなければ二人がスピカ以外のチームに入ってしまうことがあるかもしれない。
しかしそれでは困るのだ。非常に困る。
スピカに二人が入らなければ、スピカはなくなってしまうだろうから。
そうなるとアニメのストーリーが見られなくなってしまう…だけではない。
…メンバーが自分一人だけになっても、決してトレーナーの元を離れずチームに残り続けたゴルシちゃんはどんな気持ちになるだろうか。
よって、ここは多少手荒な真似をしてでも二人にはスピカに入ってもらおう。
「あの…オロールちゃん?急に険しい顔で考えこんでどうしたんです…?」
「デジたん。近くにロープだとか人が入りそうな袋とかはないかな?」
「…?いえ、特には見当たり…って、何しようとしてるんですかぁ!?」
ちょっと二人をご案内するだけだからセーフ。
何か使えそうなもの…そうだ!段ボールの中は?
確認しようと中を見てみると、やはりいろいろ入っている。
特に目を引くのは、およそ人ほどの大きさはあろうかという白いなにか…。
「…ゴルシちゃん、何してるの?」
「…クソっ、バレた」
中にあったのはゴルシちゃんがひとつと…ロープが一本、そしてずた袋が二つ!
なぜゴルシちゃんがこんなものと一緒に隠れていたかはさておき、これであの二人を拉致…ご案内できる!
「ゴルシちゃん!ちょっと手伝って!デジたんも!」
「はぁ…。しょうがねぇ、ターゲットが変わるだけだ…うん、何も問題ねぇな…」
「…あの。これって拉致では…」
「…これもウマ娘のよりよい未来のためだよ、デジたん」
「ハイッ!ならば早くやっちゃいましょう!」
こうして三人の不審者が誕生した。
「目標、前方10m…。よし、ゴルシちゃんは先回りして二人を足止めしてほしい。僕はスカーレットをやるからデジたんはウオッカを」
「了解…アタシが喋りだしたらお前らも動け…じゃ、行ってくる」
「ええ…ご武運を…!」
ウオッカとスカーレットはもう歩き出している。
火蓋は既に切られた。場に緊張が走る。
…失敗は許されない。
間もなく、ゴルシちゃんが二人の目の前の茂みから飛び出した。
「よー!そこのお二人さん!ただ今チームスピカでは超お得なキャンペーンを実施中だ!なんと!チームに入るだけでにんじん一本が無料で贈呈されるぜ!」
…今だ!
「あー…悪いけど俺らは…むがっ!?」
よし!ナイスだデジたん!ウオッカは確保できた!
「は!?ちょっとウオッカ!?どうしたのんむっ!?」
よし!全ての目標を確保!あとは部室に連れて行くだけだ!
「ゴルシちゃん、ちょっと前の方を持ってくれる?…うん、ありがとう」
「…!?その声、もしかしてオロール!?アンタの仕業なの!?どういうことよこれ!?」
「スカーレット。…手荒な真似をしてごめんね。でもこれが一番手っ取り早いんだ。分かってほしい」
スピカの存続のためには仕方がないのだ、うん。
◆
部室まではそう離れていないのですぐに着いた。
途中、抜け出そうともがいたウオッカの蹴りがデジたんに炸裂して死にそうに…尊死しそうになるアクシデントはあったが、何はともあれ僕らの任務は無事達成された。
「…中でトレーナーが待ってる。開けるぞ」
ゴルシちゃんがドアを開けた次の瞬間、待ってましたと言わんばかりの勢いで一人の男が飛び出してきて口を開いた。
「よーし!よく来た!今日からお前らはチームスピカの…って、なんか多くないか?」
困惑するスピカのトレーナー。…まあ、当初の予定よりも大分人数が増えているだろうから、無理もない。
「ちょいと成り行きでよ。最初はそこで袋を担いでる変態どもを連れ込む予定だったが…なぜかこうなっちまった」
「ええッ!?あたしたちを狙ってたんですか!?」
「…やっぱり」
今朝ゴルシちゃんが言っていた解決策というのは、強引な手段で僕ら二人をスピカに加入させることだったようだ。…ウオッカとスカーレットをご案内していなければ、今頃袋の中身は僕らだったかも。
「おい、俺たちの知らない間に話を進めんなよ!」
「ええ!どういうことか説明してもらうわよ!」
いつの間にか袋から出ていた二人がトレーナーに詰め寄る。しかし彼は怯むことなく、…いや、あれ脚触ろうとしてない?え?この状況で?
「…いい脚だ。がっしりと強靭、それでいてしなやか。トップスピードを維持し続けられるスタミナもありそうだ…。君、名前へぶうっっ!!」
あ、蹴られた。
「いきなり何すんのよ!このヘンタイ!」
「…スカーレット。やっぱりこのチームやべぇんじゃねえか?」
しかし彼はあのスピカのトレーナー。さすがと言うべきか、すぐに起きあがって言葉を続けた。
「スカーレットね…なるほど、いい名前だ。で、そっちのカッコいい子。名前を教えてくれ」
「カッコ…!?あ、ああ…ウオッカだ…ヘヘッ、カッコいい…カッコいいか…そうか…」
さすがチョロいことに定評のあるウオッカ。もうオチそうだ。
一方でスカーレットはまだ猜疑心が残っているようで、厳しい目つきでトレーナーを見つめている。
すると、彼はなにやら態度を改めて語り出した。
「…なあ、ウオッカ、スカーレット。お前らの夢を俺に聞かせてくれ。このトレセン学園で叶えたい夢…あるだろ?」
…!なんかエモい空気が漂ってきたぞ?
「……!」
「……!」
デジたんも感づいたようだ。僕らはアイコンタクトを取り合い、ススっと部屋の隅へと移動した。
「夢…。それは、あるけど…」
口ごもるスカーレット。
「どんな大それたことでも笑ったりしないさ。だから教えてくれ」
「…一番になりたい。…具体性が無くて、子供っぽいのは分かってるわ。でも、なりたいのよ…レースでもなんでも、とにかく一番に!」
「じゃ、うちに来い。うちは学園で一番のチーム、俺は一番のトレーナーだからな。…お前の夢、俺に手伝わせてくれ」
「…っ!はい!よろしくお願いします!」
「…っ、お前が入るんだったら俺も入る!そんでいつかぜってーにダービーを獲る!それが俺の夢だ!よろしく頼むぜ、トレーナー!」
…こいつら、やっぱりチョロいな。
にしても、よかった。色々あったが二人がスピカに入ってくれて本当によかった。
ここまでの道のり…紆余曲折もいいところだったよ。まったく。
「…はぁ〜エモォ…」
「エモいねえ…」
そしてデジたんの言う通り、非常にエモいものを拝ませてもらった。今日の頑張りの対価にしてもお釣りがくるほどのエモだ。ありがたい。
僕らが感動に打ち震えていると、トレーナーとゴルシちゃんがこちらに歩み寄ってきた。
「さてと、こないだぶりだなオロール。んで、アグネスデジタル。お前とは初めましてになるな」
「えっと…?どうしてあたしの名前をご存知で…?」
「ゴルシから話を聞いてたんだ。有望なウマ娘がいるってな…うん、なるほど…実際見るとその通りだ…小さいながらも力強さを感じる脚…とんでもない逸材だな、お前は」
「ひょっ!?あ、逸材だなんて、そんな、とても…」
褒められ慣れていないので顔を赤くするデジたん。可愛い。
…じゃなくて。
ふとゴルシちゃんの方を見ると、してやったりといった笑いを浮かべていた。
…僕らを拉致ったあとにどう攻略すべきかトレーナーに伝えていたのだろう。デジたんさえオトせば僕もひっついてくる。彼女はそれを知っていたのだ。
…図られた!
「デジタル。お前のことはある程度聞いてる。だから一言だけ言わせてくれ」
待ってくれ、まさか。
「好きにしていいぞ」
「…っ!それはつまり、いくらでも推し活をしてよいと!?そういうことですかっ!?」
「ああ、お前がやりたいことをやれ」
「よろしくお願いしますッ!!」
……。
ああ、デジたんはスピカに入ったのか。そうかあ。
「…さて、オロール。お前はどうする?」
…。
返事?そんなもの決まっている。
「…これからよろしくお願いします」
こう言うしかない。
…詰め将棋のように、僕のスピカ入りが決まってしまった。
「よっしゃあ!一気に四人確保だぜ!これでチーム存続確定だ!フゥ!」
…ゴルシちゃんが嬉しそうだし、まあいいか。
アニメで見た尊い光景を特等席で拝める。そう前向きに考えよう。
いや、あの。はい。
…ダート枠空いてるしいいかなーって。
ほら、ゴルシちゃんも嬉しそうですし。
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すなわち誰もが思うこと
僕がスピカ加入の意思を表明してすぐのこと。
「…ランナーズハイって知ってるだろ?トレーナー?」
「ああ…知ってるが、それがどうした?」
「苦しい運動を長時間続けると、次第にその苦痛が多幸感や高揚感へと変化する…脳内麻薬が原因だと言われているが詳しいことは定かじゃねえ…とにかく、アタシはそいつがどんなものか…今、はっきりと、分かったんだ」
「…ゴルシ、お前大丈夫か?」
一度に四人もチーム加入者が現れたことであれほど嬉しそうだったゴルシちゃんは、しかし突然何かに怯えるように体を震わせながらランナーズハイがどうとか言い出した。
「…必死で勧誘して、やっとこさ入ってくれるヤツらが現れた。もちろん嬉しいぜ?…ただよぉ、終わってみると今までせき止められていた恐怖がドバッと溢れ出してアタシの背筋を這い回るんだ…これからどうなるのか、不安しかねぇ…!」
…彼女は何を不安がっているのだろう。
もしや、あれだろうか。以前チームから抜けていったウマ娘たちのように、僕らも抜けるかもしれないと考えているのかも。
しかしそんなことは決してないと僕は断言できる。
乗りかかった船だ。尊みの過剰摂取上等、こうなったらとことんやってやるとも。
「ゴルシちゃん。心配しなくても、僕は決してチームから離れたりは…」
「違うぞオロール。違う」
彼女は首を振り、そして僕の口に人差し指を立てて言葉を塞いだ。
僕の吐いた息がその指と、唇との間で淀むのが分かって…なんというか…。…なんか、…うん。
ちょっとエッゲフンゲフン。
「…聞きたいことがある。デジタル、お前にもだ」
「ファイッ!?なんでございましょう!?」
「…お前らよ、アタシらのことはどう思ってる?」
「そうだね。まずゴルシちゃんは女神だってことを前提に話させてもらうんだけど……」
「オーケー分かったもういい。止めろ」
「御三方を神聖たらしめている要因についてなら半日は…いえ、一週間でも語り続けられますよッ!」
「分かった。アタシはもう諦める、だから止めろ」
まったくデジたんに同意見だ。オタクというものは好きなことの話になるとなりふり構わずに語れる生き物なのだ。
と、これまで黙って見ていたスカーレットが呆れた様子で口を開いた。
「…オロール。アンタ、前々からどっかおかしいとは思ってたけどここまでとはね。それでいてなんで飛び級できそうなくらい成績が良いのよ…」
僕は別におかしくはないが、必死で否定するとなんだか本当のことのように思えるからそれはやめて、質問にだけ答えておこう。
「…前にも話したけど、ただ記憶力が良いだけ。努力の結果じゃないんだよ。…だからこそ、努力して努力して一番を目指し続けるスカーレットが僕は好きで…!」
「オーケー、分かったから。もういいわよ」
おっと、早口になってしまったがこれはオタク特有のあれだ。すまないスカーレット。
そして重ね重ねすまないスカーレット。君が休み時間に一生懸命自習をするほど勉学に励んでいるのを僕は知っている。それでも、手を抜くことはできないんだ。なぜなら僕は授業を真面目に受けていない…具体的には寝てるか絵を描いてるかのどっちかだから、結果で語らないと成績がマジにヤバい。
一度、ほどほどの点数を取ってみようと試みたこともあるが、その際全教科の先生に「君、わざと間違えてるだろ?」と言われるほど僕はそれに関して不器用なのだ。
それと飛び級はしない。君らを眺める時間が縮むことになるから。
「んん゛ぁ〜…まさか推しCPをこんなに近くで眺められるようになるなんて…ハァ〜…想像しただけで意識がぁ…!」
飛びそうになっているデジたんがあまりにも可愛いものだから寿命が縮んだ。
「えっと…俺とは会ったことないですよね?アグネスデジタル、先輩?…っスよね?」
それを見ながらウオッカが尋ねる。…こうもウマ娘が多いと、うっかり逝くかもしれない。デジたんが…あとそれを見る僕が。
「ハイ!学年的にはそうなりますが、あたしはしがない一匹のウマ娘ちゃんオタクでございまして…。ゆえにッ!そのようなかしこまった呼び方であたしを呼ぶ必要はなしッ!道端の石ころの裏側にくっついたガムを見るくらいの態度で丁度いいのですッ!どうぞ、デジタルでもデジたんでもなんとでもお呼びくださいッ!」
「…わ、分かったぜ」
…デジたんの自覚の無さには参るなあ。たった今、物凄く聞き捨てならない言葉が聞こえたんだが。
「ウオッカ。こんなに尊いデジたんをホントに石っころの裏のガムを見るような目で見たら、僕は君といえども何をするか知れたもんじゃないから気をつけてね。ふふっ」
「…分かった。分かったから、その笑い方やめてくれ、頼む。…目が笑ってねーって!怖えーよ!」
ああウオッカ。君は物分かりが良くて助かるよ。未だに現実を分かってくれないどこぞの女神様にはぜひもっと頑張って欲しいものだ。
とまあ、こんな風にわいわいがやがやとやっていた僕らの意識を集めたのは、ぱちん、と手を叩く音だった。
「…こうも打ち解けるのが早いのは良い事だ。が、詳しいことはこの後飯でも食いながら話そう。とりあえず改めて自己紹介でもしとけ。おい大先輩、仕切ってくれ」
「アタシか?…ゴールドシップだ、よろしくな」
「…え、終わり?おいゴルシ?」
場を取り仕切れと言われた彼女だが、手短に名乗りだけを済ませたのち椅子に座り、おもむろにルービックキューブを取り出していじり始めた。
「な、トレーナー…そういうのはアタシじゃなくてよ。ここにいる全員と面識のあるオロールが適任だと思うぜ?」
「え、僕?まあ、確かにゴルシちゃんと同室で、ウオッカやスカーレットと同じクラスで、デジたんとは…」
デジたんとは…なんだろう。相思相愛!?
「…んっ、ふへへへへ…」
「よしオロール。アタシの精神衛生上、この場を簡潔にまとめること、ただそれだけをやってくれると非常に助かるんだが」
おっと、少し向こう側の景色を覗いていたらうっかり二度と戻って来られなくなるところだった。
というか、こういうときに取り仕切るのは普通トレーナーだろう。何を呑気に新しい飴を咥えようとしてるんだこの人は。
「…ねえトレーナーさん、ゴルシちゃんはそう言ってますけど…」
「ん?あー、適当にやってくれ」
適当にやれと。ならば言葉通りにしよう。
「…じゃ、今日一日スピカは全部僕が取り仕切りますよ?」
「なんでもいいぞー。俺は放任主義ってやつだからな」
彼はそう言い、首を縦に振った。はっきり見えた。
…なぜ僕がやけにこう彼が頷くことに拘っているのか、他の誰も理由を知る由はないだろうけど。
いやなに、別に怒っているわけではない。ほんの少し悪戯心が沸いただけだ。
さて、では始めるか。
「といっても…今さら言うこともないけど。みんなご存知、オロールちゃんですよー。ちなみに部屋はゴルシちゃんと一緒!ぴすぴす!ハイ次、デジたんよろしく!」
「ふぇっ!?あたし!?ハイッ!アグネスデジタルですっ!あの…さっきも申しました通り、あたくしめはしがないウマ娘ちゃんオタクでして…あの!練習の邪魔にはならないようにしますので…!」
うん!可愛い!ハイ次!
「ネクストッ!スカールェットッ!」
「え?ああ…ダイワスカーレットよ。オロールと、あとそこのウオッカと同じクラス。…で、好きな食べ物とか言った方が良…」
そんなことは別に言わなくともいい。
どうせバナナだろう。ハイ次!
「ネクストッ!ウオッカァ!」
「…なんか、勢い強いなお前。俺はウオッカ。もうスカーレットが言ったけど、こいつらと同じクラスで…」
「はいオッケー!みんなよろしく!トレーナー!終わりましたよ!」
「お。思ってたより早いな」
少し話をする時間が欲しかったもので、早めに終わらせた。
非常に有意義な話だ…僕らウマ娘にとっては。
「トレーナーさん。質問いいですか?さっき、詳しいことはこの後飯でも食いながら話そう、って言いましたよね?」
「言ったが、それがどうかしたか?…ああ、別に店に行こうってんじゃない、この後何か買おうと…」
…何となく予想していた答えが返ってきたが、僕はその言葉を遮ってさらに続ける。
「トレーナーさん。さっき僕、今日一日スピカは全部僕が取り仕切る、って言いましたよね?」
「ああ、言ってた…か?」
言ったとも。記憶に関して僕は間違いを犯さないという確信がある。
そのとき、ゴルシちゃんが何かに感づいたようにニヤリと笑った。
「おい、お前まさか…」
「ああ、ゴルシちゃん。君みたいな勘のいい子は大好きだよ」
今の僕の顔はおそらく、彼女と同じように口角が吊り上がっているだろう。
「トレーナーさん、もう一ついいですか?」
「…なんだ」
「人の金で食う焼肉って最高に美味いですよね」
奢ってもらう前提で食べるものは美味い。これはほぼ全ての人に共通する認識であり、ほぼ全ての人が共通して持っている欲望という名のトッピングが作り出す味だ。
「…ハッ!いや、無理無理!ウマ娘5人分がどれだけの量になると思う!?勘弁してくれ!」
「トレーナーさん、良いニュースと悪いニュースがあります。どっちから聞きたいですか?」
「い、良いニュースから…」
「良いニュースは、今日の夕食は美味しいものが食べられること。悪いニュースは、あなたの財布の中がすっきりすることです」
口には出さないが、さらにもう一つ悪いニュースがある…僕にとっての良いニュースだが。それはここには僕の味方が多いということだ。
ゴルシちゃんは察した時点でニヤニヤしているくらいだし。
「ね、ねえオロール…それはさすがにトレーナーさんに悪いわよ…」
「そういえばスカーレット。君さっきいやらしい手つきで脚を触られてたよね」
「それもそうね、ナイスよオロール」
スカーレットは手のひらを返したし。
「人に奢ってもらうのってなんか不良っぽくてイカすよね」
「おお!言われてみればそんな気がするぜ!」
ウオッカはチョロいし。
「ウマ娘の幸せを第一に考えるなんて…僕らはいいトレーナーさんに巡り会えたね、デジたん」
「そう、ですね…?」
デジたんは可愛いし。
とにかく、ここに僕の味方しかいないことははっきりした。
「決まりですね、トレーナーさん。さっき自分で言いましたよね?僕らはウマ娘5人…対してあなたは人間1人…もうどうにもなりませんよ」
「ちょっ、ちょっと待て!俺お前になにか恨まれるようなことしたかよ!?」
「んー…脚触られましたね」
「あっ!…っく!」
いや、嫌がられている自覚はあるんかい。しかしそれでも辞めないとは、なかなか深い性を背負ってるな。
ちなみに僕は恨みがあるわけではなく、こうした方が面白そうだからやっているだけだ。
「というわけで、今日の夕食は焼肉を所望します。…まだ出会って少しですけど、あなたのことは頼りにしてるんですよ、トレーナーさん」
笑顔で彼の肩にぽんと手を置く。
僕はとても頼りにしているのだ。財布を。
「話の流れが分からなけりゃ、今のはすっごくいいセリフに聞こえたんだろうなあ…!わーったよ!しょうがねえ!お前らの入部祝いってことで盛大にやってやる!」
そうこなくては。
いやあ、スピカに入ってよかった!
◆
肉の匂いというのはどうしてこうも食欲をそそるんだろうか。これだけでご飯が食べられる気がする。
「ハァ…今月の貯蓄が…」
「トレーナー、元気出せって。これいるか?」
「…なんだこれ」
「知らね。ドリンクバーで適当に混ぜたらできた。多分うめーぞ」
「飲めるかぁっ!?」
ゴルシちゃんの笑顔って素敵だよなぁ。クール系美人の顔面から放たれる飄々とした笑顔。
「あぁ…俺の金が…」
このドリンクバー付き食べ放題分の金額はもちろん全てトレーナーが払うのだが、皆一切遠慮せずに食べているのが面白い。ちなみにデジたんは最初遠慮気味だったが、「ウマ娘の脚をいやらしい手つきでお触りしたヤツの金だよ」と言ったら、何の憂いもなく肉を食べ舌鼓を打っていた。
「食べ放題って最高よね!うーん、次はどれを頼もうかしら…。デザートも食べたいわ…」
「ドリンクバー行ってくる。ジンジャーエール取ってくるぜ!ジンジャーエール!」
「いえ、あたしが行ってきますッ!ジンジャーエールですね!承りましたッ!」
デジたんが優しい。さすが女神、そういうところが大好きなんだ。
あと、ウオッカは絶対にお酒っぽくてカッコいいと思ってジンジャーエールを飲もうとしている。
「あ、待ってデジたん。僕も一緒に行くよ」
歩き出した彼女を追いかけ、僕はその肩の横に並んだ。
「飲みたいものを言ってくれたら、あたしが取りに行きますよ…と言っても付いてくるんでしょうね、オロールちゃんは」
「よく分かってるねぇ」
飲み物なんかよりデジたんが欲しいと常日頃から考えてるやつだぞ、僕は。今もこうやって笑いかけてくれるデジたんの可愛さを僕だけが知っていると思うと…たまらない。
ともあれ、二人っきりになれたわけだが。
「ねえ、デジたん。このチームに入って良かったって思う?」
…うまく言葉にできないが。
僕はスピカで幸せになるデジたんというものを知らない。つまり、前世で見たことがない。
そこの差というか。今起こっていることと、僕の知っている光景との差が漠然とした不安となって襲ってきたのだ。
ウマ娘として生まれ変わり、僕はデジたんを実際に見た。そして、彼女はどこのチームでもやっていける才能を持っているとリアルに感じた。
しかし入ったのはスピカだ。僕の知らないスピカが今ここにある。
だからこそ、彼女自身の口から答えを聞きたい。
「…あたしは、迷っていました。ダートと芝も決められない、それどころか走るかどうかすら決められなかった中途半端なあたしが果たしてチームに入っていいのか、と。でもトレーナーさんの言葉を聞いたときに、その迷いは吹き飛んだんです」
「…言葉?」
「『好きにしていいぞ』ってやつです。あの時、あたしはオタ活が制限されないことを喜びました…もちろん、それも大事ですけどねッ!しかしあたしにはその言葉がもっと多くの意味を含んでいるように思えたんです…いえ、きっとそうだったのでしょう」
「それって…」
「ハイ。あたしやあなたみたいな、ダートと芝の両方を走ろうとするウマ娘も受け入れてくれる。そういう意味だったんだと思います」
いつかシンボリルドルフさんも言っていたが、芝とダートの両方で好戦績を残したウマ娘の前例はほとんどない。それでいて、芝とダートの両方を走ろうとする酔狂なウマ娘を受け入れてくれるのは、なるほど酔狂なトレーナーだけだ。
そしてデジたんはしっかりと結果を残せる能力を秘めている。あのトレーナー、やはり変態的な慧眼の持ち主である。
「…オロールちゃん、ありがとうございます」
「…へ?」
ありがとうございますと、彼女は僕の名を呼んでからそう言った。
突然の感謝に、頓狂な声が漏れてしまう。
「あなたが背中を押して、迷いは完璧に消え去ったんです!同じ走りを試みる仲間であり、同じウマ娘ちゃんオタクであり、最高の同志であるあなたがいなければッ!あたしはこのチームには入っていなかったでしょうからッ!」
「ハイ、コチラコソ…アリガトウゴザイマス」
やめてくれ、僕を殺す気か。
嬉しい、嬉しいけど恥ずかしい。そんな風に思っていてくれたのが嬉しいけど、直接言われると恥ずかしい。
顔が赤くなってる気がする。
おかしいぞ、何かおかしい。
逆だろ普通。僕がデジたんの顔を真っ赤にするのであって、断じて僕が真っ赤になるのではない。
ドリンクバーの新メニューにトマトジュースを追加しないように耐えながら、僕はしばらくそのことを考え続けた。
作者は焼肉か寿司だったら寿司派ですよろしくおねがいします
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で、味は?
和装デジたア゛ッ…(断末魔)
「トレセンの食堂ってすげーよなあ…」
ウマ娘でひしめくお昼の食堂。
僕のすぐ横に座っているウオッカがそんなことを言い出した。
「昨日食った肉もすっげー美味かったけど、こっちも負けず劣らずというか…これが無料で食えるってすげえぜ、ホント」
「トゥインクルシリーズは超人気エンターテイメント…。その中心的な存在であるアタシたちはそれだけ期待されてるってことよね…。なんだか燃えてくるわ!」
そのまた横にスカーレット。
僕のクラスメイトにしてチームメイトである彼女たちが同じテーブルで食事をしている。
それは別にいいのだが、強いて言うなら僕の左にいるデジたんがお茶碗片手に意識を失いかけているのが問題だ。
「あ…あぁ…全方位から…必殺級の尊みが…」
円形のテーブルだったのがいけなかったかも。口の端から聖水が垂れている。可愛い。
「…その、デジタルっていつもこんな感じなの?」
「うん。すっごく可愛いよね」
僕が答えると、スカーレットは黙って茶碗を顔の前に持っていき箸を動かしたので、彼女の表情は見えなくなった。
うん、スカーレットは分かっている。デジたんが可愛いのは言わずもがなということだ。
「気をつけろよスカーレット。こいつらはすっげー仲がいいんだが、理由はいわゆる類友ってやつだ。…アタシの言いたいこと、分かるな?早く慣れねぇと…死ぬぜ」
ゴルシちゃん…やっぱり君は最高だよ。分かってるじゃあないか!そう!デジたんの尊みは慣れない者が摂取すると死んでしまう。一ヶ月ほど前の僕が逝きかけたように。それほどに、可愛いのだ。
「でも確かに二人は結構似てるよなー…。その、し…趣味だったり、適性だったり…」
「僕は生まれる前からデジたんが好きだからね。こうなるべくして生まれたんだよ」
「だとしたらよ、お前この時代に生まれることができてよかったなぁ」
…ゴルシちゃんが今言ったことは常々思っている。僕が今ここにいるのは数々の奇跡が重なっているようなものだ。僕をトレセン学園に通えるウマ娘に産んでくれた両親には頭が上がらないどころか、全力で五体投地したい所存である。
「今のヤバい発言にクイックレスポンスできるくらいにならなきゃやっていけないわけ…?」
おっと、どうして引き気味なのかなスカーレット。まあ…突拍子のない話のように聞こえるかもしれないが、それだけデジたんが可愛いのは事実だからしょうがないじゃないか。
「…ホント可愛いな。食べちゃいたいくらいに…」
「…ッ!な、なな何を言ってるんですかぁ!?」
よし、復活した。
うんうん、やっぱりこっちの方がしっくりくる。僕が攻めだ。僕が褒められ慣れていないデジたんを褒め倒してその顔をペンキぶち撒けたみたいに真っ赤にするのが正しい形だ。
昨日みたいに僕が…その…とにかく、あれは違う。
「アタシは最近分かったんだ。コイツらのことを頭で理解するよりも、脊髄で反応した方が楽だってことをな」
「…どういう意味?」
「そりゃオロール、お前らが休みなしにボケたことをヌカすもんだからよ、いちいちツッコんでたらこっちの身が持たねぇってことよ」
「いやいや、僕はむしろツッコむ側でボケるのはゴルシちゃんだよ。僕らが出会ったとき、窓の外でロープにぶら下がってて、屋上で秋刀魚焼いてたのは誰だったっけ?…最近はあんまりハジけてないみたいだけど、それでもそっちがボケ側だ。絶対に」
「…何事にもバランスってあるだろ。もしアタシがソッチ側に行ったら…確実にウオッカとスカーレットがパンクするぞ」
…僕も自分が完全にまともなウマ娘だとは思ってない。ときどき限界オタクになったりするし、そもそも前世の記憶があったりだとか、やっぱり頭のどこかのネジがほんのちょっぴり外れかけているという自覚はしっかりあるのだ。
しかしそれ以外はまとも。甘い物と走ることをこよなく愛する、どこにでもいる普通のウマ娘だ。
「…ゴルシちゃんの言い方はなんだかまるで、僕が完全にイカれてる…そう言ってるように聞こえるんだけど?」
「いやそう言ってんだよ」
「アタシもそう思うわ」
「…俺も」
嘘ぉ!?
「デジたん!?デジたんは…?」
「あの、ホントに、誠に失礼ながら…同志としてッ!申させていただきますと…。割とイッちゃってると…ハイッ!でも大丈夫です!あたしもソッチ側ですので…!」
「エッ…」
いや、いやまさか。だって僕は知っている。アニメ、アプリ、いかなる時空でさえゴルシちゃんは程度こそ違えどハジケまくっていたのだ。
「…ひ、百歩譲って僕が…アレだとして、ゴルシちゃんはそれを言う資格がないくらいにコッチ側だよ!絶対!」
「…いや、自分で言うのもなんだけどよ。アタシ結構空気読む方だぜ」
待てよ。嫌だぞそんなまさか僕がスピカのハジケ枠として認識されるなんてことが…その解釈は…!
「ちっ、違あぁーーうっ!!」
◆
「というわけで僕はとても賢くてまともなウマ娘なので今からそれを証明したいと思うよ」
「何がというわけでなのか分からんし、あとお前は確かに賢いかもしれんがまともじゃないのも確かだし、第一もう日が沈んでんだぜ?明日にしろよ」
ゴルシちゃんの言う通り外は真っ暗。閉じたカーテンの外の隙間から街灯の光が一つぽつんと見える。日が落ちきった夜、しかし今日に限ってはこれからが面白いのだ。
「今じゃなきゃダメなんだゴルシちゃん。…さてと、まずは窓を開けます。そして次に外へと…」
「オイ待て、どこ行く」
するりと流れるように外へ飛び出そうとする僕の腕をゴルシちゃんが掴む。
「…どこって、トレーナーさんのところだよ?」
「…は?」
「だからトレーナーさんのとこ。ほら、早く」
「いや待て。何やるのか知らんが、なんだってアタシを巻き込むんだよ。デジタルのやつと一緒にやりゃいいだろ…」
「彼女は今晩は少しやることがあってね。具体的には…チームに加入したからインスピレーションが湧いた…って言ってた。つまり今頃はせっせと創作活動に励んでるだろうから、それを邪魔するわけにはいかないんだよ」
「…だとしてもアタシを誘う理由にはなってねぇぞ。何かアタシにメリットはあんのかよ?」
ゴルシちゃんのくせに、なぜそんなにハッキリとした行動原理を求めるんだ。自分でも何やってるか分かってない、ただ面白いことをやる…そんなタイプだろ君は。
「…何考えてるか分かったから言うけどよ。アタシがこんなに用心深いのはお前限定だぜオロール」
「…じゃあ言うけど。メリットか、そうだね…うまくやればトレーナーさんが僕らに泣きつくのを見られる」
「…詳しく聞かせろ」
よし、乗ってくれた。
◆
「…は?発信機?」
「うん、薄型のやつ」
夜道の真ん中、闇に溶け込むような黒いフード姿の人影が二つ。こんな時間だというのにどちらもサングラスをかけている。まあ僕とゴルシちゃんなのだが。
例によって僕らはロープを使って経路を確保し、寮の敷地外へと抜け出した。そして今、発信機を頼りに夜の街へと歩いている。
昨日トレーナーと部室で話したとき、僕は彼の肩に手を置いた。…そのときにベストの裏側にブツを仕込むくらい、ちょっと頑張れば誰だってできることだ。今日チェックしたところ、信号はしっかりと彼から出ていたのでバレてはいない。
「…え、何?お前発信機いつも持ち歩いてんの?」
「まあね。何かあったときにデジたんに貼り付けゲフンッ!!」
おっと、話が逸れた。
「トレーナーさんは今日、捌かなきゃいけない書類があるとか言って自主練するように言ってたでしょ?…チームに4人も一気に加入したんだ。その手続きとかの書類に違いない。つまり僕らは今日正式にスピカのメンバーになったってわけ」
「…それがどうしたってんだ?」
「ゴルシちゃんはトレーナーさんのことよく知ってるよね?…じゃあさ、考えてみてよ。崖っぷちのスピカに救いの手が四つ差し伸べられて、無事それを掴み取ることができたとき…彼がいの1番にそれを伝えたくなる人がいるでしょ?」
「…あ、リギルのおハナさんのことか?…いや待て、なんでお前そこまで知ってるんだよ」
「知ってるからだよ。…とにかく、トレーナーさんはそれを彼女に伝えようとする。もちろん大事な話だから、直接会う。男女がプライベートな話をするんだから、場所はトレセンでも家でもなく…」
「どこかのレストランや飲み屋。トレーナーの場合、行きつけのバーがあるらしい。以前そんなことを本人の口から聞いたぜ。そこでいろいろと愚痴ってるとかなんとか…それだけじゃ飽き足らずアタシにも愚痴ってきたもんだから、その過程で知ったんだけどよ」
今ので確信した。トレーナーはあのバーにいる。アニメで何度か見たあのバーだ。
そしてアニメで見たあの光景、すなわち二人のオトナなロマンスが展開されるに違いない。
「ところでゴルシちゃん。昨日の焼肉は美味しかったよね。なんたってトレーナーさんが全て払ってくれたんだから…」
財布が空になるくらいにね。
僕の言葉を聞いたゴルシちゃんはハッと気づいたように口を開き、次いでため息を吐いた。
「ハーッ…ったく…呆れるぜ…」
「ホント、呆れるよね。まあ僕はそんなトレーナーさんのことが割と好きなんだけど」
「…アタシはお前に対して呆れてんだよ」
…そんなこんなで、僕らはビル街の光の中へと飛び込んでいくのだった。
◆
「ううううぅぅ…!俺は、俺はぁ〜ッ…ほんっとにもう…嬉しくて嬉しくて…!」
「もっとシャキッとしなさいよ。それにチームに新しい子が入ったんなら、そんなに飲んでる暇はないんじゃないの?」
どん、と音が聞こえるほど強くグラスをカウンターに打ちつける男。それを呆れやらが混ざった目で見つめて、手の内の赤いカクテルをくゆりと揺らすキリッとした女性。
ビルの光を背に、二人だけの時間を彼らは過ごしている。
「みんなすごい才能を秘めてる…本当にすごいのをな…そしてまだ選抜レースに出てもいないアイツらの才能をいち早く見抜いた俺もすごいだろっ?」
「今日はいつにも増してひどいわね。あなた、一人で帰れるの?」
酔っ払っているからだろう、彼は若干呂律の回らない舌で自分の担当するウマ娘のことを語る。女性はやはり呆れたように、しかしほんのり朱色がかった頬を男に向けてそう言った。
「まったく、危なっかしいわね…」
覚めても覚め切らない酔いを患っているその心を、彼女はきゅっと手で握りながら呟いた。
「…アタシに似合うのを頼む、マスター」
「かしこまりました」
「ゴルシちゃんに似合うカクテル…難題では?」
とまあ、トレーナーとおハナさんがエモいやりとりをしているのを少し離れた席で見ている僕らである。
しかしこの格好で店に入れたのが我ながら驚きである。フードを目深に被り、夜なのにサングラスをかけた二人…ゴルシちゃんはともかく、僕は間違いなく未成年に見えるだろうに、よく入れたものだ。まあまだ10時は回っていないので法的には何ら問題はないのだが。
「んふふ…トレーナーさんも結構可愛いよねぇ…」
「…そうかぁ?」
そうだよゴルシちゃん。サングラスの隙間から覗く目のせいでカッコよさが百倍増しになっているゴルシちゃん。
ところで、ゴルシちゃんのオーダーに笑顔を崩さず、ただかしこまりましたとだけ言ってシェイカーを振っているここのマスターはすごくカッコいいと思う。
ちなみに僕はもちろんノンアルコールのカクテルを飲んでいる…サラトガクーラーというらしい。昨日ウオッカが飲みまくっていたジンジャーエールをベースとした、中辛口のノンアルコールカクテルだ。甘さ控えめのにしたのは…口から砂糖を吐きそうになるのを見越してのことである。
「お待たせ致しました、どうぞ」
「おー…んくっ…なかなかうめーな」
このゴールドシップというウマ娘、グラスを持つだけで非常に様になる。黒い服を着ているので余計にアダルティな雰囲気が強まっている。
端的に言うと、すごくえっちなので好きだ。
するとまたもやトレーナーが喋りだした。酔って声が大きいのですぐ分かる。
「あぁぁ〜!チームが存続できるんだ、新生スピカだ!それも最強に生まれ変わったスピカだぜおハナさん!やっぱり俺ってツイてるよなぁ!」
「…ここまでやってこれたのは運のおかげなんかじゃなく、あなたのもとを決して離れなかったゴールドシップのおかげでしょ」
「ああ!そう!アイツのおかげだよ!ゴルシのおかげだ!あぁ〜…ゴルシー、ありがとなぁ〜…好きだぁ…愛してる〜…」
「…ッ!ブフッ!ケホッケホッ!」
酒に飲まれたトレーナーのあまりにも唐突な告白により呼吸を乱されるゴルシちゃん。彼女が赤面するなど大変珍しいことだ。いいものを拝ませてもらった。
「いやねーよ…。いきなりすぎてビビっただけだ」
誰にでもなく言い訳するゴルシちゃん。普段は飄々としていて周りを翻弄する彼女が逆に一人の酔っ払いにより翻弄されている。可愛い…というより美しいな。一つ一つの動作が彫刻のように綺麗で、思わず浄化されそうだ。
そのとき、トレーナーたちの方で何やら動きがあった。
「飲みすぎよ、まったく。まだ早いけど、そろそろ帰ったほうがいいわよあなた…駅まで何分かかるか分かったもんじゃないわ」
「あー、待ってくれおハナさん…その前に…大事な話があるんだ…」
「えっ…?な、何よ…?」
声のトーンを落とし、真剣な表情でおハナさんに向き合うトレーナー。ゆっくりとポケットに手を入れ、そして何かを取り出した。
…おお、まさかあのシーンを直接見られるとは。
「…奢ってくんない?」
「…まっぴらごめんよ!」
立ち上がってドアの方に向かうおハナさんに手を伸ばすみっともない男は我らがトレーナーである。
その手に握られているのは逆さまになった財布。中身は落ちてこない、なぜならそもそもないから。主に僕のせいで。
「あんなのでも、トレーナーとしての腕は確かなんだよなぁ…。それ以外はマジでダメダメだけどよ…」
それはそう。なぜ金がないのに飲みに来るのか。まあおそらく彼の方からおハナさんを誘ったのだろうから、完全に奢ってもらうつもりだったのだろう。
そのおハナさんの姿はドアの向こうに消えたので、彼はいよいよ項垂れている。
「…そして僕はこの展開を読んでいたっ!んふふ…それほどまでに僕は賢くてまともなウマ娘なのだよゴルシちゃんッ!」
「いや、それはないと思うぜ」
…やかましいっ!少なくともスピカの他のメンバーと比べれば、僕は一番まともで賢い。チームの参謀役くらいはこなせる自信がある。断じてソッチ側じゃない!
…一旦落ち着こう。今はこんなことを考えている場合ではない。
「さてゴルシちゃん。日頃からお世話になっているトレーナーさん…まあ僕はチームに入って二日だけど、とにかくトレーナーさんが困ってる。助けてあげようじゃないか」
僕は彼の方へ歩みを進めつつ、サングラスとフードを外した。
「マスター、皿を洗わせてく…」
そして、ぽんとその肩に手を置く。
振り向いた顔ににっこりと微笑みかける。
「こんばんはトレーナーさん。何かお困りのようですね?」
「…オ、ロール…?」
「はい、オロールです。ちなみにゴルシちゃんもいますよ。…財布が空っぽみたいですね。スミマセンネ、僕が昨日あんなことを言ったから…」
僕は自分の財布から札を数枚覗かせながら言葉を続ける。
「単純な好奇心で聞きますけど、決して煽ってるわけではないんですけど。…どんな味なんですか?教え子に奢ってもらう酒の味って」
人の金で飲み食いすると美味しくなるからなぁ。昨日みたいに。
きっとさぞかし美味い酒だったろう!
「…アタシってやっぱりまともな方だよな…」
ああ、トレーナーさんは随分と酔っ払っている。こんなにも顔を赤くして、足元も覚束ない。
しかし本当に顔が赤いなあ。どうしてだろうなあ?
…いやあ、来て正解だった。
◆
「さっきのトレーナーの顔面白かったな。…けど、お前の恐ろしさの方が記憶に残りすぎてるわ」
「それなりに可愛いウマ娘の僕を捕まえて何を言うんだよゴルシちゃん。見てよほら、恐ろしさのカケラもないじゃんか」
「いや、普通はあんな事考えねーしよ。例え考えたとしてもそんな恐ろしいことを実行するに足る動機なんて普通ねぇだろ…」
「…いや、ほらそれは。トレーナーさんがデジたんのことをなんだかいやらしい目で見てた気がしたから…」
「気がしただけかよ」
あの後、やけに小さいトレーナーの背中を見送って、僕らは寮の敷地内へと戻ってきた。
まだ真夜中というわけでもないが、明日に響かないように早めに床につくのがいいだろう。
「さて、部屋に戻…あれ?ゴルシちゃん?ここにあったロープは?」
「ん?…見当たらねーな」
おかしい。
僕らは今寮の壁の側…自分たちの部屋の開いた窓の真下にいる。それなのに、戻るとき用に垂らしておいたロープが見当たらない。落ちたのだろうか?いや、だとしたらロープは付近にとぐろでも巻いて転がっているはずだ。もしや…
誰もいるはずのない場所、すなわち僕らの背後に気配を感じたと思ったその瞬間、その気配はこちらの肩をがしっと掴んだ。
「やあポニーちゃんたち。どうしてこんな時間に外にいるのかな…?まったく、悪い子にはお仕置きが必要だね」
「あ、フジキセキ…さん…?その、目が笑ってない…ですけど…?」
彼女が肩にロープをかけているのを見て、僕は全てを察した。
…まあ、あれだ。寮の門限は破ってはならない。この一言に尽きる。
…次はもっとうまいルートで抜け出さないと。
スピカのトレーナーは、担当ウマ娘になにかトラブルがあったときは酒に逃げたりせずに必死に解決策を考え、本当に嬉しいことが起こったときについつい飲みすぎてしまう…みたいな人だといいなぁ(適当)
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「はぁー…だりぃなチクショーッ!」
ゴルシちゃんが耐えきれないといった様子で叫ぶ。体育館の天井は高いので、声が彼女の心の内をそのまま写しとるごとく反響して何度も聞こえてくる。
「脱走したばかりかアルコールを提供する店にまで行った僕らが一週間栗東寮の掃除をするだけで済んだのは…不幸中の幸いとでも言えばいいのかな…」
「けどだるいもんはだるいぜ。学園の体育館はバカデカい上に何棟もあるからよ…下手なトレーニングよりもかったりぃ」
先日、寮の部屋まであと一歩のところで寮長ことフジキセキさんに見つかり説教を食らった僕らだが、処罰として一週間の掃除を言い渡された。
なぜ見つかったか聞いたところ「寮の門は毎晩私が見張っているからね。脱走しようなんて考えない方がいいよポニーちゃん」とのことだったので、次は屋上から行こうと思う。
…今回は初犯だったから許されたのかもしれないが、次回からはもっと厳しい処罰を食らうだろうか。
いや、この学園、というかこの世界自体が…僕の周囲の環境がたまたまそうだっただけかもしれないが、基本的に皆草食動物のようにのほほんとした気質なので大丈夫だろう。多分きっとめいびー。
「…今は廊下を掃除してるわけだけど、ウマ娘がこの場所を歩いて、いろいろなやり取りがあったんだと思うともう滾りまくりだよね…。デジたんもここを通ってるわけだからなぁ…んふふふ…」
「脳内お花畑のオロールさんよ。それならアタシの分の掃除も頼んでもいいか?」
「そんな…ゴルシちゃん、君がいなきゃ僕はもう生きていけない…。こんな体にしたのは君の方なのにどうしてそんなこと言うんだよ…」
「…なら…ほーら、アタシが今使ってたモップだ。どうだ?やる気になったろ?」
「正直言うと、この後いろいろやることもあるからゴルシちゃんにはしっかり掃除してほしいかな」
「おう、知ってた」
軽口を叩き合いながらも僕らは手を止めない。そうしないと掃除が終わらないのだ。
…僕は先程、ウマ娘がここを歩いたと思うと云々などと言ったが、こうも長く掃除をしていると、むしろなんだか焦らされている気分になっていろいろと溜まってきた。
「ねえゴルシちゃん。ちょっと頭のソレ外して、時々流し目で僕を見てくれない?」
「は?なに言ってんだお前」
クール美人に変身してくれと言ってる。
「お願いだよ。それでエクスタシーに達すれば一瞬で掃除が終わるから」
僕の言葉に、彼女は行動で返した。頭のアレを取った後、髪に手をやり…それで…こう…ファサッと…髪を、下ろして…。
「あァりがとうございまァーーすッッ!!」
あわや年齢制限がかけられるくらいの絶景を拝ませてもらったものだから、僕の疲労は全回復したどころか、体力の上限を突破しているような気がする。
すぐさまモップを握り、廊下を走り抜ける。
「…なんかもうどうでもいいわ、おもろいし」
既に10mほど離れたゴルシちゃんの呟きが僕の耳に届くことはなかった。
◆
「ふぅ…終わった…!」
思ったより時間がかかってしまった。
ゴルシちゃんの協力があったにもかかわらず、既に時刻は夕方。夏の昼の暑さは夕風に吹き飛ばされ、寮の建物を見上げる僕の頬を夕陽が照らし、滴る汗を光らせる。
「んー…!疲れたーっ…」
筋肉をほぐすように体を伸ばす。
そのまま近くの木によりかかろうとしたとき、視界の隅に長い影が映った。
「やあポニーちゃん。ここにいるってことは、もう仕事は終わったんだね。お疲れ様」
先日少しお世話になった寮長ことフジキセキさんが、西日を背に立っていた。
「…フジキセキさん。こんにちは」
「うん、こんにちは…と、今はこんにちはというよりこんばんはかな?…いや、太陽が出ている間はやっぱりこんにちはかな。今日はよく夕日が見えることだしね」
「確かに、綺麗に見えますね…」
言って、沈みゆく太陽を見る。
一仕事した後だからか、一層輝いて見える。
「…ところで、何か僕に用事でも…ふぇっ!?」
再びフジキセキさんの方に向き直ったとき、彼女はいつの間にか僕のいる木陰に踏み入るばかりでなく、目と鼻の先まで近づいていた。その優しい目に思わず魅入ってしま…ちょっと待ってこのイケメン顔が良すぎるウワァ女の子にされちゃうぅ!いやまあ、体は女の子なんだけども。
「なかなかキュートな声を出すね。それに綺麗な目だ。こんなに可愛らしいのに、こないだはあんなイケナイことをしちゃって…。美しい花にはトゲがあるってことかな。ふふふ」
彼女は僕の手を取り、ゆっくり僕の胸元へと運んだ。
するとなにやら違和感を感じる。
「これ、なん…ッ!バラの花っ!?」
一体いつ仕込まれたのか、僕の服の襟に一輪の赤いバラが咲いていた。
「アハハッ!うん、いいリアクションをありがとう。私も悪戯をしたから、キミの悪戯もこれでチャラだね」
笑いながら、彼女は言う。
…こういうところだよなぁ、彼女が後輩に好かれる理由は。
まあ確かに、僕がやった悪戯…トレーナーの財布と尊厳を空っぽにしたアレと、今のフジキセキさんの華麗なマジックはきっちり釣り合いがとれている。
「ゴールドシップと一緒だったというから、てっきり彼女に唆されたのかと思っていたら、むしろキミが彼女を連れ回す側だったとは!本当に面白い子だね」
「えと、どうも…?」
褒められているのか?いや、違う気がする。
というか、皆して僕をゴルシちゃん以上にヤバい奴として扱うのはなぜなのか。本当のゴルシちゃんを知らないのだろうか。
本当のゴルシちゃん…僕の知っているゴルシちゃんは破天荒な奇人で、でも寝顔が可愛くてかっこよくて、高身長で美人で、誰にでも分け隔てなく接したりさりげない気遣いができて…可愛くて…ふふ…。
「…ぃ、ぉーい、ポニーちゃん?ボーッとしてるね、大丈夫?私に見惚れちゃったかな?」
「んあっ!?大丈夫、大丈夫ですっ!」
ちょっとトリップしたが、もう慣れているのですぐ戻ってこれる。顔が近いが、耐えられないことはない。
今まで僕は何度もウマ娘と出会い、会話してきた。そしてその度に僕の精神は成長している。かつては推しと目を合わせるだけで限界化したり、不意打ちでトマトジュースを噴き出したりもした。
だが今、この僕の精神的な防御力はほぼ完璧に近い。デジたんといえど、この防御を崩すことは難しいだろう。
と、そのとき、玄関のドアがガチャリと開いた。
「あ、オロールちゃ…ッ!…ハァッ…!」
登場からわずか3秒ほどでぱたりと倒れたウマ娘、ドアから出てきたのはデジたんである。
確かに僕とフジキセキさんは距離は抱き合っているように見えるほど近い…手を握られていたくらいだし。例えば僕とデジたんの立場が逆だったとしたら同じ様になるだろう。
「…あー、とりあえず…運ぼう」
「そう…ですね」
◆
「ふおぉ…!抱けーっ!だ…あれ?ここは…?」
「おはようデジたん。結構早いお目覚めだね」
とんでもないことを言いながら目覚めたデジたんは、僕の腕の中でキョロキョロと辺りを見回す。
「この面子が揃うと、誰かが必ず気絶するジンクスでもあるのかな…なんてね、ふふっ」
「あ…フジキセキさ…あひゅっ」
おっと、デジたんが再び眠りに落ちそうだ。僕の腕の中で。
「デジたん?気をしっかり持って」
「…ハッ!?な、なんでしゅかこの状況っ!?あっ、あのっ!?」
「んー…可愛いなぁデジたんは…」
あわあわ、という擬音が似合う。
しきりに当惑の声を上げる様子は、見ていて大変ほっこりする。
「あの、なんであたしっ、…お姫様抱っこ的なサムスィングをされて…?」
「君が倒れたから、寮の中に運ぼうと思ったのさ。そのときに私が、デジタルくんは小さいから一人でも簡単に抱えられそうだ、と言った途端、オロールくんが素早く君を抱き抱えそして今に至る…ってとこだね」
「というわけで大人しく僕に抱かれているといい、デジたん!さっき自分でも言ってたし!」
抱けーっ…て、なかなかいいことを言う。
ちっちゃくて可愛くて、推しに弱いし押しにも弱いデジたん。文字通り抱っこしてあげただけで顔中を真っ赤にする様のなんと愛らしいことか。
「さっ、さっきのはそういう意味じゃありませんから!…あの、オロールちゃん?手が震えてますけど大丈夫ですか?」
「…ウン」
なにもおかしいことはない。僕は文字通り彼女を抱いているだけで、決して婉曲的な意味は何一つ含んでいない。しかしいざ口に出すと、やってもいない罪の意識に苛まれて手が震えてきたのである。
「…あの、顔も赤いですよ?ホントに大丈夫ですか?」
別にそういうことを想像して恥ずかしくなったわけじゃあない。断じてない。
「大丈夫かい?熱があるわけじゃ…」
「いえまったく!僕は問題ありません!」
「…なんだか読めてきましたよ。顔が真っ赤なオロールちゃん。先程フジキセキさんと互いに手を取り合って抱きしめ合いそうな勢いだったというのに、頬を少し赤らめるだけだったオロールちゃん。…認めがたいですが、あたしにこんなことをしたはいいけど自爆したといったところでしょう?」
「んんん゛ッ…!」
図星…いや違う。違いますとも。
僕とデジたんの正しい関係性とは、僕が彼女を推しまくって赤面させることだ。
「ああ、なるほど。つまりポニーちゃん、こちらの可愛い本命殿をいざ抱いてみると、その可愛さに参ってしまった…。とすると、お互いに相手のことが大好きってわけだね?」
『ッ!?違いますっ!!』
重なる声。
「あ、いや。違うってのは…僕は別にそんな理由で…いや、確かにすっごく可愛いですけど…!とにかく、違いますからっ!?」
「あたしは可愛くないですっ!?それに…しゅ、好きあ…そんなやましい感情はこれっぽっちも抱いておりませんとも!あたしたちはウマ娘オタクとしての同志ですからしてっ!ただそれだけですハイッ!」
そうとも。僕らは同志であり、同じ道を進む者。
デジたんは全てのウマ娘を推すいわゆる箱推し勢であり、僕はそんな彼女を最推しとする。
確かに友人という間柄ではあるが、こと推し活に関しては箱推しである彼女の「特別」に僕がなることなど、あってはいけない。今の彼女…あらゆるウマ娘を観察できる彼女こそが最も輝いているから。
そもそも、ソッチ系の感情を持つことがあってはいけない。…僕はその辺についてのちょっとした事情の持ち主であるからして、なおさら気を付けねば。
「…私は別に、そういう意味の話をしたとは一言も言ってないよ?」
……。
なるほど?
…フジキセキさんの表情はどちらかというと苦笑気味。ひょっとしなくても、彼女はカマをかけたわけでなく純粋に僕らが友人として互いに好き合っているか聞いてみただけなのだろう。
「っすぅー…。デジたんっ!!」
「ハイッ!!!」
「僕らは同志!それ以外の何者でもない!」
「ハイッ!!」
改めて、僕らは同志である。
それ以上でもそれ以下でもない。
「…未だにお姫様抱っこ状態でそれを言うのかい。そしてしっかり首に手をかけているのがまた面白いね…あははっ」
……。
「…よいしょっと…手、離すよ」
「あ、ハイ…」
◆
「…分かんないなぁ」
ベッドに寝転がっている僕。
開いた窓から夜空を仰ぎながら、静かな自室に声を一つ落とす。
今日のデジたんやフジキセキさんとの会話でふと思ったのが…僕はどっちなのだろうか、ということ。
前世は男の子、しかし今はウマ娘。
学園にくる以前はそれを考えることがなかったし、実際今だってそこら辺は曖昧だ。
デジたんに出会って、その曖昧な気持ちは強まった。
…だからといってなにをするでもないが。
曖昧なままでも別にいい。そう僕は思っている。僕にとってその曖昧は支障にならない。
…デジたんや皆だって、きっとこのことを知ったとして、今までの関係が変わることはないだろう。そういう人達だから。
…ただ、デジたんと僕は同志であると再確認するほんの少し前、そんなことを考えてちょっぴり不安になった自分自身に対して、僕はなんとも言えない気持ちになった。
そのとき、窓枠が勢いよく動いたので、僕の顔は月光に照らされる。
「お?もうおねむかよオロール」
「…ゴルシちゃん」
相変わらず彼女は月を背負うとよく映える。
すごく美人なのに、中身はアレなんだよなあ…。
「ゴルシちゃんは綺麗だよねー…。中身は、なんていうか…高校で一緒にバカをやる男友達を百倍濃くした感じだけど…」
「おいおい、こんな超絶美人様をとっつかまえといて男友達?何言っ…どした?そんな顔してよ」
「…いきなりすぎるんだけど、さ。…ゴルシちゃんは、僕のことをどう思ってる?」
「…。そうだな、おもしれーし、ノリははちゃめちゃに良い…んだが、いかんせん趣味嗜好が恐ろしくて、ずっと一緒だと疲れるぜ。ま、そういうとこも嫌いじゃねえけどよ」
急に変なことを聞いてしまった。ゴルシちゃんは笑って答えてくれたが。
「今、男友達ー…とか言っちゃったけど、それは?」
「今までのウマ娘生で男友達なんざいたことのないだろうお前がそれを言うのおもしれぇな。…お前がそう思ってんならそれでいーぜ?結局ゴルシちゃんは変わらずゴルシちゃんだからな」
…そうだよな。
誰がどう僕のことを思おうと、結局僕は僕だ。
ならばその自分に、もう少しだけ素直になってみるのもいいだろう。…まあ、今までも大分素直だったとは思うが。
具体的にはデジたんにいろいろとゲフンゲフン。
「そうそう、その顔。あのピンクのことを四六時中考えてそうな顔こそお前って感じだぜ」
「…ゴルシちゃんが同室でよかったって、今思ったよ」
「…そういえばさっきアタシはちょいと絶望したんだけどよ。えーっと…あったあった、コレ見てくれ」
彼女はスマホの画面を僕に見せてきた。
「…何これ?自由の女神と…ウマ娘?誰?」
「元アタシのルームメイトだ。…成績も良いしレースも強いしで、真面目な優等生って感じのやつなんだが、ときどき破天荒なことをしやがるヤツでな…。この写真は『世界各地を回って見聞を深めることにしたので、トレセンに帰るのは何年後かになる』といった文と共に送られてきた」
「おぉ…アグレッシブ…ん?つまり僕らはこれからかなりの間同室ってこと?」
「おう、そうなる」
…喜んでくれよゴルシちゃん。なんでそんな未来を憂うような顔をするんだ。
「僕がルームメイトじゃなきゃできなかったことだってあるじゃんゴルシちゃん。例えば君が今使った敷地外への脱走経路とか」
実はもう既に完成している。寮の窓の位置などを調べて、完全な死角を通れるよう木と木の間に通路を作ったりしたのだ。今日までゴルシちゃんと協力して作り上げ、夕暮れ時にやっと終わった。
だから、最も見つかってはいけない相手であるフジキセキさんが来たときに内心焦ったのは秘密である。
「さっきも言ったが、ずっと一緒だと疲れるんだよ。寝顔を描かれたアタシの気持ちを考えてくれよ?」
「さっきも言ったけど、君は綺麗なんだ。だからしょうがない」
ほら、美しいものって後世に残すべきだし。
「ホント重症だよな、お前」
「君が綺麗なのが悪い」
布団を被ってからも、僕らはしばらくだらだらとこんな話を続けたのであった。
いい感じの雰囲気な気がしなくもないですが、要は自分の欲により忠実になった変態が生まれただけですのでご安心を。
ご安心を。
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摩天楼からの幻影X
「舌を入れなきゃセーフかな…?」
「はい?」
「いや、軽めのならセーフだと思わない?」
「…ハイッ?」
いやほら、海外では挨拶のように軽いキスをする国だってあるんだから、セーフじゃないか。僕はそう思う。
「デジたんは可愛い。それは事実だ。でもそれだけじゃない。…セクシィなんだよ!君は!…デジたん。僕は、その…いろいろと溜め込むのは良くない、そう思うんだ。精神に良くない。でしょ?」
「…ハ、ハイッ?」
「そのハイッて返事は肯定の意味だと受け取るよ?」
「ハイッ…じゃなくてっ!だ、大丈夫ですか!?もしやタキオンさんにまた何か盛られたんじゃあ…」
「僕は正常だよ。…最初は見てるだけでいい、そう思っていた。でもデジたんと会って、こうして仲良くなれて、デジたんと同じ時間を過ごしたいと思った。そして今、僕は君が欲しくてたまらないんだ」
デジたんの尊さは全世界に広まるべきだと、僕は今でもそう思っている。しかし、最近、それも昨日今日の話なのだが、僕は彼女を欲してしまった。自分だけのものにしたい。生物としてごく自然的なその考え方と、以前から抱いていた、デジたんを布教したいという想いが僕の中に同居している。
それらは相殺しあうことなく、むしろシナジーを生み出し、僕の心を埋め尽くした。
彼女の方へと一歩踏み出し、羞恥と若干の興奮を含んで赤みがかった頬を撫でる。
「はぅっ…」
「僕がこうやって迫っても一歩も動かないあたり、君も満更じゃない…そういうことだよね?」
矛盾というよりは逆説か。僕だけのデジたんの尊さを知ってほしい…いや、やっぱり気持ちがぐちゃぐちゃでよく分からない。
…デジたんは可愛いしどうでもいいや!
「…あ、…オ、ロール、ちゃ…」
「…ふふ、どうしたのデジダゥッッ!!?」
突如後頭部に走る強い衝撃、ジンジンと痛みが湧いてくる。いたい。
「ったく、何やってんだよお前…お前ら」
振り向けばそこには見慣れた芦毛。withハリセン。ゴルシちゃんめ、さてはあれで僕を思いっきりぶっ叩いてくれたな。
「…いいところだったのに。どうして止めるのさ」
「アタシがいる場所でんなことやってるのがもう異常なんだよ。つかここ部室だぜ?公共の場だぜ?」
「…デジたんが可愛いから仕方ないッ!」
「だとしてもよ。せめてTPOを弁えてくれよ。既に一人、お前らのせいでやられちまってるんだ」
なるほど確かに、ゴルシちゃんの後ろでウオッカが鼻血を吹き出して倒れている。
「…彼女の尊い犠牲を無駄にしないためにも、僕はデジたんにヘブヮッッ!!」
いたい。というかなんでゴルシちゃんがツッコミみたいなことをやってるんだよ。君はボケる側だし、そもそも僕だってボケてるつもりは一切ない。マジに言ってるんだ。そしていたい。
「よそでやれよ!ったく、犬も食わねぇぜ」
「ふふ、デジたんは尊すぎるからね。どんな狂犬だって畏れ多くて食えやしヌガッッ!!」
いたい。
「いい加減にしろよ。もう生き残ってるのアタシとお前だけなんだよ」
なるほど確かに、既にダウンしたウオッカの隣でスカーレットが泡を吹いているし、デジたんは顔を真っ赤にしたまま、何やら時々呻くのみだ。
「…ッ!ンハァ…ッ!?あたしは何を…?」
あ、噂をすればデジたんが復活した。死ぬのに慣れてるからやっぱり早いな。
「…ハッ!?そうです!オロールちゃん!血迷いましたねッ!?そういう…その…アレなのは…!あたしにやっちゃあいけませんッ!やるなら他のウマ娘ちゃんに!むしろ是非そちらでお願いしますッ!」
「いいや!デジたんの頼みといえどそれは聞けないッ!僕の唇の初めては君がいい!」
「うひゃぅ…お、重いですよ!?…そっ、そういえば!例の薬のときだって、あなたはわざわざあたしに謝ってたじゃないですか!それはつまり、あなた自身がそういうことを自戒しているということッ!なのになぜ今こんなことを…!?」
「…そうだね。今だって、僕のオタクとしての部分は推しにそういうことをするのは是としない。でもデジたん…君にはホントの僕で向き合いたい、そう思っただけだよ。タキオンさんの薬を飲んだときの僕は、紛れもない僕自身。あれこそがホントの僕なんだよ?」
あの夜、デジたんにあれやこれやをやろうとしたのは、それが僕の心の奥底から湧いてくる欲望だったからだ。
「…デジたんだって、心のどこかではそういうのを期待してるんでしょ?僕はハッキリ覚えてるよ。薬の件の次の日に君が『押し倒されたことなら気にしてませんし、正直良か』まで言いかけたのを」
僕は忘れない。…そういえば最近はデジたんの表情をひたすら記憶するくらいにしか使っていないな。
「あぅ…それは…っくぅ!やっぱりダメです!あたしは見る専で結構ですゆえッ!」
そんなことを言っているが、彼女の表情は血涙が流れ出そうなほどに歪んでいる。
これはオチるのも時間の問題だろう。んふふ…。
「うおー…どっちもやべー奴だ。ハハハッ…ハァ」
◆
練習場にて。
チームに加入してから、何か特別なトレーニングをやるでもなく、むしろ普通も普通、基礎も基礎である体力づくりなどをメインにやるようトレーナーに言われている。というわけで、僕らの今日のメニューはシンプルなランニングなどだった。
当然特筆すべきことも起こっていない。軽めのランニング程度ではデジたんの本気の表情を見られないので、早く彼女と併走トレーニングをやってみたいところである。
まあ、それはそれ。どんなものにも良さというものはある。例えば…
「はあぁ…!トレーニング後のウマ娘ちゃんたちが流す美しき汗の雫…。是非ともあたしめのタオルでお拭きさせていただきたいところではありますが、それは流石に…わぷっ!?」
「んー…君だって汗をかいてるじゃないか。ほら、拭いてあげるよ」
爽やかな表情で前髪をかきあげるスカーレット…を見ているデジたんが非常に尊いので、タオルでわしゃわしゃしてみた。
もちろんタオルには然るべき処置をする。濁さずに言うと、このあと顔を埋めて深呼吸する。
「…や、やめ…!…オロールちゃん!や、やっぱりあなた絶対何かされてますってば!…タキオンさんに確認してきますッ!」
言うやいなや、デジたんはトラックの外へと走り去ってしまった。追いかけようとも思ったが、行き先が分かっているので後から合流することにしよう。
「スゥー…ハー…。薬なんて盛られてないのに…。スゥー…あぁー気持ちィ…!」
タキオンさんの薬などなくとも…よしんば盛られたとしても、それよりもデジたんの中毒性の方が高いので、薬の効果は出ないだろう。すーはー。
「怖ぇーって。何当たり前のように嗅いじゃってんだよ。つかここ練習場だぜ?アタシ以外にも人いるぜ?」
「スゥー…大丈夫だよゴルシちゃん。遠目からなら、僕はただ顔を拭いているようにしか見えない」
「お前を心配してるんじゃねえんだわ。アタシの精神衛生的にマズいんだよ」
そう言われても、この行為は僕の精神安定剤のようなものだし…。それにゴルシちゃんなら大丈夫だろう。ゴルシちゃんは何でも大丈夫なのだ。ゴルシちゃんだから。すーはー。
「こっちを見ながら無言ですーはーすんな。…お前、マジでなんかされてんじゃね?つーかむしろそうであってほしいぜ。シラフでやってるってのより、何かに憑かれてるとかの方が億倍マシだ」
「憑かれてるって…幽霊だとか、そういうものに?そんな訳…」
否定しようとして、言葉が途切れる。
…ふと思ったが、この世界に幽霊は実在するのだろうか。
僕は基本的にそういったものは信じないタチだったので、この質問にはNOと答えただろう。…過去形なのは、そもそもウマ娘がかなりオカルトチックな存在である上、何より僕がそのウマ娘として二回目の生を受けているからである。
「今のお前の状態に原因があるのかどうかは知らんが、とりあえずよ。タキオンのとこでも行って鎮静剤でもぶち込まれてこい」
「僕は正常だって。…でもまあ、デジたんに合流したいし行ってくるよ。それじゃあまた。ゴルシちゃん」
◆
時計の針は午後七時前を指す。
夏の昼というのは長いようで、しかしいざ終わってみると、なんだか一瞬で過ぎ去っていったようにも感じる。
今はちょうど黄昏時といったところか。もともとは薄暗くて人の顔がよく見えないために「誰そ彼」と尋ねるような時間帯だから、たそかれ時と呼ばれていたのだったか。
この時間帯を逢魔時と呼ぶこともある。文字通り、魔のものと逢いやすい時間帯ということらしいが。
…ゴルシちゃんが幽霊がどうとか言ったものだから、ついついこんなことを考えてしまう。
しかし、今僕は室内にいるので、相手の顔が見えないなんてことはないし、まさか学園に魔物が潜んでいるはずもないので、怯える必要などは全くない。
デジたんはタキオンさんに会いに行ったのだから、とりあえずはタキオンさんが居そうな場所を探せばよい。
というわけで、彼女のラボに来てみたのだが、それらしき気配は感じない。
「うーん…自室にいるのかも…?」
そう思って僕が踵を返した瞬間。
がたん、と、ラボの中から音がした。
「…誰かいるのかな?」
がたがた、とたぱたと、誰かが歩き回っているような音がする。
…タキオンさんが居るのかも。デジたんの気配は全く感じられないが、ただ単に彼女がまだタキオンさんに会えていないのかもしれない。
とすると、ここで待っていればデジたんはいずれ来る。とりあえずタキオンさんに挨拶して、しばらく部屋の中で待ってよいか聞いてみよう。
「失礼します、タキオ…」
ドアを開けたが、そこに予想していた人物はいなかった。
代わりに、腰まで届く青鹿毛の髪をたたえたウマ娘が一人、僕に背中を向けて座っていた。
「……」
「あ、えーっと、どうも…」
「……」
返事が返って来ない。それどころか振り向いてさえくれない。顔が見えないので、彼女が誰か分からない…なんてことはない。
こんなところにいる長い黒髪のウマ娘といったら、マンハッタンカフェくらいだろう。
「…あのー?」
マンハッタンカフェ。
その長く美しい青鹿毛の髪から「漆黒の摩天楼」と呼ばれることもある、どこか浮世離れした雰囲気のあるミステリアスなウマ娘。
他人には見えない「何か」が見え、他人には見えない「お友達」と会話をする…要は強い霊感があるのだ。
あのアグネスタキオンの研究室は、彼女が研究室を欲して生徒会に掛け合った際「問題児に個室を与えるのは危険」と生徒会が判断したために、マンハッタンカフェのグッズ置き場として使われていた空き教室の半分を研究室としたそうだ。なお当の彼女はそれ以降、アグネスタキオンの保護者兼監視役とされたらしい。
…そのマンハッタンカフェと思しきウマ娘が目の前にいるのだが、彼女は座ったまま、こちらに対して何の反応もしない。
「…寝てるのかな?」
もしやと思い、ゆっくりと彼女の前へと回り込む。
そして確信した。目にかかった長い前髪、どこか神秘的な顔立ち、上から73、54、78…彼女はマンハッタンカフェだ。間違いない。
瞼は閉じている。やはり寝ているのだろうか。
しかし、どうも腑に落ちない部分がある。
…なぜ彼女は、自分のスペースではなくタキオンさんの研究スペースで眠っているのだろう。
ましてや、背もたれもない椅子に姿勢よく座りながら眠ることなど、果たしてあるだろうか?
…まあ理由を考えても仕方ない。
この部屋は少しヒヤッとする空気が漂っている。ならば、とりあえず彼女をこのままにしておくわけにはいかない。風邪を引いてしまっては困るので、何か掛ける物を…。
「あ、タキオンさんの白衣…これでいいか」
若干薬品臭いそれを手に取って、カフェさんの方へ僕は歩み寄った。
刹那、彼女の目は大きく見開かれた。
「えっ…誰…ッ!?浮いて…ッ!?」
妖しげな魔力をもつその瞳で僕を睨んだ彼女は、一瞬で宙へと舞い上がる。さらに驚くべきことに、僕の体はピクリとも動かなくなっていた。
ふわりふわり、ゆっくりと、しかし着実に、彼女は僕に近づいてくる。
「あ…あぁ…!」
ガタガタと、僕の体が音を立てて震えだす。思わず持っていた白衣を落としてしまう。凍えるほど冷たい風が、服の隙間を通り抜けていく。
今分かった。彼女は決してマンハッタンカフェなどではない。でも、だとしたら、人を喰い殺せそうなほどの凶暴な表情でこちらに近寄ってくるこのウマ娘は一体誰だ?そもそもなぜ宙に浮いている?
「…っまさか、…幽霊、だったり?」
彼女はいよいよ、僕の胸に手を伸ばしてきた。しかし、そこに触られたという感覚が脳に伝わることはなく、ただずぶずぶと腕が沈んでいくのが見えるだけだ。
「みゃああ…?!やっぱり幽霊っ…!?」
僕のことなどお構いなしに、彼女はどんどんと僕に近づき、ついには彼女の顔だけしか見えなくなった。
それにしても、この顔は……!このウマ娘は____
◆
「…ぃ、おーい、早く起きたまえよ」
…誰かが僕の頬の辺りをぺしぺしと叩いている。
「…んぅ?」
「おや、やっとお目覚めかい眠り姫。なんだって君は私の白衣なんかを被ってこんなところで大の字になっているんだい?」
「…タキオンさん?」
いつの間にか僕は床の上にぶっ倒れていたようで、タキオンさんが先ほどからぺしぺしやっていたみたいだ。
「オ、オロールちゃん…?大丈夫ですか…?ホントにタキオンさんの薬を飲んだわけじゃないんですよね…?」
あ、デジたんもいる。可愛い。
「おいおいデジタルくん。仮にそうだとして、私が実験の経過を観察しないわけがないだろう?大体、さっきからずっと君と一緒にいたじゃないか。私にはアリバイがある」
「…では、オロールちゃんはどうしてこの部屋で倒れていたんですか?」
デジたんに尋ねられ、僕は意識を失う直前の出来事を思い返す。
…夢にしてはリアルで、しかし現実味のない奇妙な時間だった。どう説明してよいやら、自分でもよく分からないほどに奇妙な。
「うーん…なんて言えばいいのかな…」
僕が考えあぐねていると、突然後ろから声が聞こえた。
「説明は私がします…。話は既に聞いているので…」
「…え?誰…ッ!?!」
声の主は、先ほどの幽霊らしきナニカと同じような見た目をしていた。反射的に後ずさってしまったが、よく見ると身に纏う雰囲気が大分落ち着いていて、アレとは別人であることが分かる。というか、このウマ娘はもしかしなくてもマンハッタンカフェだ。
「ああ、カフェ。そういえば君が突然、研究室で何かあったようです…行きましょう…、なんて言うものだから来たのだった。ここで何が起こったか知っているのかい?」
「知っています…。お友達から聞いたので…。オロールさん…アナタに聞きたいことがあります」
「…はい、なんでしょう」
「アナタ、見える人ですね?」
見える人、というのはつまり、話の流れから考えるに…。幽霊とか、そういうことだろうなぁ…。
「…それは、多分、そうなんでしょうね…」
「…私のお友達が、どうやら少しはしゃぎすぎてしまったようです…。久々に見える人に会ったからついからかいたくなった、と言っていました…。しかしアナタが突然気絶してしまったので、とりあえず体が冷えないようにその白衣を掛けて、それから私に知らせにきたらしいです…」
なるほど、そういうことだったのか。
僕自身、そんなオカルト的な才能があるとは思ってもみなかった。…一度生まれ変わっているのが関係あったりして。
「あ、待ってください。それだと結局、どうしてオロールちゃんが気絶したのか不明のままです。…ハッ!?もしかしてオロールちゃん、実は幽霊や怪物が怖いとか、そういう萌えポイントを持ってらっしゃるッ!?」
「あー、いや、デジたん。理由は分かってるんだ」
幽霊に迫られたとき、僕が気絶した理由は実にシンプルなものだ。
「…カフェさんのお友達が、その、すごく…!」
「…すごく?」
「…その、すごく…!すごく可愛かった!!」
場が一気に静寂に包まれたが、構わず話を続ける。
「…その、すごい美少女だった。それが僕の体の中に入ってくるんだよ?唇の感触はなかったけど、実質キスみたいなものだよ?もう…迸りまくりだよね!」
沈黙がいよいよ場を支配したが、これが事実なのでしょうがない。
「…お友達の気配が少し遠くなりました」
どうして離れるんだよ。可愛いウマ娘とは仲良くしておきたい僕としては少し悲しい。
「…なかなか興味深い精神構造だ。今までに類を見ないほど面白い…!頭の中身を取り出して調べてみたいくらいだ…」
「…そ、その調子ですオロールちゃん…!あたしじゃなきゃいいんですよ、あたしじゃなきゃ…!あたしにはお友達さんが見えないのが残念ですが、それでも尊いものは尊いですからね…」
タキオンさんはサラッと恐ろしいことを言っているし、デジたんは相も変わらず後方腕組みオタク面をしようとしている。
「ところでデジたん。キス、って口に出したらしたくなってきちゃったんだけど」
「しませんッ!!」
食い気味に断られてしまった。でも、これは俗に好意の裏返しと呼ばれるやつに違いない。恥ずかしがっているだけだろう。
何はともあれ、今日は実に不思議な日だった。カフェさんのお友達…いつかまた会えるといいな。
「幽霊」で検索しようとすると、予測変換の三番目くらいに「幽霊 かわいい」って出てくる、そんな素晴らしい時代に生まれることができてよかったなぁと思いました。
カフェってどうして露出少ないのにあんなエッ(殴
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スイートガールズ
「昨日より耳の位置が4mmほど外側に傾いてる…。何かいいことでもあった?デジたん」
「おや、よく分かりましたね…ふふふ…」
朝からデジたんはご機嫌な様子だ。尻尾を振る間隔もいつもより0.3秒ほど短くなっているから間違いない。
「どんなことがあったの?」
「同志オロールよ。あなたなら分かるでしょう。薄っぺらな紙束に詰まった、無限大のロマンというやつを…ひゃふっ!?」
なにやら語り始めたデジたんだが、背後から誰かが彼女の肩に手を置いたので、可愛らしい驚きの声を上げた。
「グッモーニン変態ども。ここ座るぜ」
美しいその手の主はゴルシちゃん…後ろにはスピカの看板カップルの二人もいる。
「おはようゴルシちゃん、スカーレット、ウオッカ」
「おう、おはよう」
「おはよう二人とも…ところで、なんの話してたの?」
スカーレットがそう言った瞬間、デジたんはビクッと身を震わせた。
「エ゛ウッ…!…それは、まあ、あの…」
「デジたんがなんだか嬉しそうだったから理由を聞いてたんだ。薄っぺらな紙束がどうとかって…」
「ストォォーーーォップッ!!ドントォ!セイッ!エニィシングッ!」
突如、デジたんが僕の口元を手で塞いだ。…じんわりと汗が滲んでいる手で。
「…この味は!焦っている味だね…デジたんッ!」
「びょあああ!?ななな、何しました今!?」
まあまあ、細かいことはいいじゃないか。
それよりも、何となくだが、彼女がここまで焦っている理由を察してしまった。
「どうしたのよ?突然叫んだりして…何か恥ずかしい理由だったりするの?」
「尚更気になるぜ…俺たちにだけ教えてくれよ!誰にも言わねえからさ!」
「あ…あ、あ…」
デジたんはみるみる紅潮していく。今や髪よりも頬の赤みの方が濃い。可愛いなぁ。
「…あの…えっと、そう!本!欲しかった本を!買えたので…?」
「なんで疑問系なのよ…?」
それはきっと、デジたんとスカーレットの認識に齟齬があるからだろう。
…薄い本、と言ってもスカーレットは分からないだろうし。
「へぇー…本好きなのか?なんつーか、賢そうだな…」
「ぐはぁっ!!…純粋な視線が深々と突き刺さる…!痛い…心が…!」
今僕が助け舟を出せば、デジたんは非常に嬉しいと感じるのだろう。しかし、彼女の慌てふためく姿がもう少し見たいので黙っていよう。
「んふふ…可愛いなぁ…」
「…あの、そう思うのでしたら、助けていただけますか…?」
「可愛いなぁ…」
赤面するデジたん。
たったそれだけの事実が、僕に無限の興奮を沸き立たせてくれる。
そんなとき、ゴルシちゃんがぱんと手を鳴らした。
「とりあえず、そろそろ本題に入らせてくれ。お前ら全員に関係ある話なんだけどよ」
僕ら全員に関係がある、というとやはりスピカ関連のことだろうか。
「そういえばそうだったわね。確か、トレーニングのことだっけ?」
「ああ。トレーナーいわく、夏ももう中頃だから、季節感のあるちょっとしたイベントを用意したらしい」
季節感…夏らしいこと、というわけか。
夏といえば、海、山、祭り…しかし、ウマ娘の夏といえばやはり…
「もしかして、合宿とかやるのかっ!?」
「その通り!…だったらよかったよな。今のスピカにんなことやる金はねぇ。ただでさえあのトレーナーは万年金欠だってのに、こないだオロールに面白いくらいむしられたせいで最近はもやししか食ってないそうだぜ」
まあ、そんな気はしていた。
「残念ながら合宿じゃねえ。けど海には行けるぜ。明日はビーチの上でトレーニングだ。天気もいいし泳げるだろうな。つーわけで、明日は朝食済ませたらすぐ部室に来い」
「海…!なかなかいいじゃない…!」
「よっしゃ!泳ぎまくるぞ!」
「ふおぉ…!ウマ娘ちゃんの素肌を…!水しぶきの中、水面に反射する太陽に照らされるウマ娘ちゃんの御肌を…!そんなの無料で見てもいいんでしょうかっ…!」
ゴルシちゃんの言葉に三者三様の反応を見せる。しかし、皆楽しみなのには変わりないようだ。
なかなかやるな、トレーナー。ウマ娘のことをよく考え、こういう楽しめるトレーニングを企画するその姿勢には、素直に尊敬の念を抱く。
それはそれとして、きっとデジたんの水着姿を彼はやましい目つきで見るに違いないから、いつかその報いを受けてもらうことにしよう。
◆
「ちょっとウオッカ!もう少し詰めてよ!狭いんだから!」
「あぁ!?確かに狭いけど、それ以上にお前がデケェんだよ!色々と!」
「おいお前ら!狭いんだから騒ぐんじゃねえよ!」
よしお前ら、俺の車で行くぞ…などとほざいたトレーナー、しかし車内を見たときに、僕らウマ娘の心は一つになった。
すなわち、荷物をどかせこのダボ、である。
そこら中に積まれたよく分からないガラクタのおかげで、僕らは非常に窮屈な思いをすることとなった。シートは三列あるが、ウマ娘の隣に座ると確実に死ぬデジたんと、彼女の隣を絶対に譲りたくない僕で一列、残り三人で一列を使っている。
あーすまん、荷物どかすの忘れてた、まあ少し狭くなるが乗れるだろ、ははっ…とのたまってくれたトレーナーに当てつけるように狭い狭いと喚きたくなるのは当然である。
「まあまあ、みんな。狭いのはしょうがないよ。落ち着いて」
「…そうだな、仕方ねえ。狭いのはどうにもならねえからな」
こんなことをやっていると、運転中のトレーナーが髪をかきながら言った。
「ホントにスマン!沢山人を乗せるのが久しぶりだったもんで、つい荷物をどかすの忘れてたんだよ」
「などと言っておりますゴルシ裁判長。判決を」
「んー…じゃあジュース奢れトレーナー」
なんとも優しい判決だ。僕ならばもう少し追い詰めたくなる。
しかしゴルシちゃんがそれでいいのなら、僕もいいとしよう。
…実のところ、僕はむしろ狭くてよかったとすら思っているし。
「…確かに、狭いですからね、距離が近くなるのは分かりますよ?」
「そうだね。それがどうかした?」
「あの…だ、抱きつく必要性は…ないと、思うんですケド…」
「ハグすることで脳内に幸せを感じさせるホルモンが分泌されて、ストレス解消に繋がるそうだよ」
それと、僕にとって必須の栄養素であるデジタニウムの補給方法はデジたんを直接肌で感じることだ。摂取しないと僕は5日以内に生命活動を停止してしまうので、つまるところ、これは必要な行為なのである。
「世界で一番ストレスから程遠いであろうお前が何言ってんだよ」
「僕をまるで何も考えてないヤツみたいに言うのやめてよ。悩み事の一つや二つくらい僕にも…」
あれ?よく考えたら…いや、よく考えずとも僕はデジたんさえいればそれでOKなので、悩み事などほとんどなかった。
「言えねえのかよ。予想はしてたけどよ」
「…悩みがないっていいことだよ、ゴルシちゃん」
「頭ん中がお花畑だと幸せだな」
「…あーんデジたーん、ゴルシちゃんが僕のことをいじめるよー…デジたん?」
ふと見やれば、彼女は安らかな顔で寝入っていた。幸せの絶頂で眠りに落ち、夢で続きを見ているかのようだ。
「…なあトレーナー、あとどんくらいかかる?」
「…一時間くらいだ」
「…オッケー」
ふむ、今の話からするに、僕は少なくともあと一時間はデジたんの寝顔を拝めるわけだ。ならば存分に堪能させてもらおう。
「ふへへ…」
「…んハッ!?何か、底の知れない気配が…!」
あ、起きちゃった。残念。
◆
真夏の太陽。どこまでも広がる青。
こういう絵面を前にしたときの第一声といったら、やはりこれだろう。
「海だーーーー!」
「お前さ、そういうのは波打ち際で言うもんだろ。車から降りるなり叫ぶんじゃねえよ」
「細かいことは気にしちゃあダメだよゴルシちゃん。この海のように広ーい心を持たなきゃ」
それに、今の新鮮な気持ちを抱えているときに言っておいた方がいいだろう。どうせ、すぐには遊べないだろうから。
「おーいお前らー。一応今日やるのはトレーニングだからな。もちろん泳ぐのもいいが、ひとまずそれは後だ」
僕らに続いて車から降りながら、トレーナーが言う。
「こういうビーチの砂の上を走るのは、トレーニングに非常に効果的だ。詳しい効果はやってみればはっきりと分かる!それほどに大きい効果がある。とにかく、最初はランニングだ!早速行ってこい!」
その言葉を聞いた僕らは、はい、と揃って返事をしたのち、砂浜の方へと走り出した。
「ふぅ…泳ぐのはもう少しおあずけね。ま、効果的なトレーニングができるのなら構わないけど」
「うへー…俺は早く遊びたいぜ、せっかく海来たんだからよー。そもそも、砂の上を走って何が効果的なんだよ?」
ウオッカとスカーレットが会話をしているうちに、足元は道路から砂へと変わった。
瞬間、今までとはまるで違う踏み込みの感触が、はっきりと足の裏へ伝わってくる。
「うおっ…!あぶね、コケるとこだったぜ」
「きゃっ!ち、ちょっとウオッカ!何よ、アンタはアタシの肩に掴まってなきゃ満足に走れないわけ?」
「ウ、ウルセェ!」
早速ウオッカがよろけ、近くにいたスカーレットに寄りかかっている。少し顔が赤くなっているのが可愛い。確かに、転ぶのはカッコイイとは程遠いから、カッコイイを目指す彼女にとっては恥ずかしいことだろう。まあそれが可愛いのだが。
「おお…!普段よりも踏み込みにパワーが要りますね。これは確かにいいトレーニングです…!」
「少し走っただけでも、結構くるものがあるね…」
デジたんの言う通り、砂に足を取られるので普段より力を入れなければうまく走れない。その上不安定だから、バランス感覚も必要になってくる。不規則な砂浜をテンポよく駆け抜けるために、いつもよりも足元に注意する必要もある。
シンプルだが、効果的なトレーニングだ。なかなか楽しい。
「…せっかく海に来たんだし、何かおいしいものを食べたいわね、スイーツとか…」
「はぁ?そこは普通、あれだろ…かき氷とか焼きそばとか、そういうヤツを食うだろ」
「…むぅ、何となくスイーツが食べたくなったのよ!」
「やっぱり海とは関係ねえじゃ…うおっと!まただ…砂の上だとペースが乱れちまうぜ…」
ウオッカがまたふらついた。あまり会話に気を取られていると、このようにバランスを崩してしまう。例え怪我に繋がることがなかったとしても、体力は消耗してしまうので、ペースを保つことは重要である。
「ペースが乱れるんだったらよ、掛け声でもやってみりゃいいんじゃねえか?」
「おお、いいなそれ!じゃあ、なんて言うか決めようぜ!」
「んー…スイーツ、とかでいいだろ。丁度スイーツ狂いもいることだしよ。スイーツ!スイーツ!」
「ち、ちょっと!?それってアタシのこと言ってるんじゃないでしょうね!?」
なるほど…面白い掛け声じゃないか。
前世で聞いた掛け声だが、案外適当に決まっていたものなんだなぁ。
「スイーツ!スイーツ!」
「ちょっと!誰か質問に答え…ああもう!ス、スイーツ!スイーツ!」
しかしこの掛け声、なかなか優秀かもしれない。てんでバラバラだった皆の足並みがわずか数秒でキッチリと揃った。
こうして、ビーチで奇声を上げながらランニングする集団が誕生した。
◆
トレーニングを一通り終えると、僕らにジュースを渡しながらトレーナーは言った。
「お疲れさん。…いいぞ、行ってこい」
彼はたったそれだけ述べた。…更衣室を指差しながら。
「よっしゃあ!泳ぐぜー!」
「ちょっと待ちなさいよ!アタシが先に泳ぐのよ!」
トレーナーの言葉を聞くやいなや、二人がすっ飛んでいった。
「…じゃ、デジたん。僕らも行こう」
「…へっ?あ、ちょっ!?なぜいきなりあたしを抱えて…!ひゃっ!?」
「デジたんはどうせあれでしょ?泳ぐつもりがないからって水着を持ってこなかった。違う?」
「え、ええ…それはそうですけども…あの、お姫様抱っこ的なコレは一体なんなんでしょうか…?」
「んふふ…大丈夫だよ…」
「何がですか!?」
デジたんが水着を用意していないのは予想していた。だからこそ、こうして僕は彼女を抱えて更衣室へ向かっている。
更衣室の中に入り、僕は持ってきたカバンの中を開けた。
「はい、デジたん。どれがいい?」
「エ゛ッ…これ…水着?」
僕がカバンから取り出したのは、何種類かの水着。
いつかデジたんに着せようと思って、前々から買っていたものである。
「いえ、いいですよオロールちゃん。あたしは見てるだけで満足…」
「はい、デジたん。どれがいい?」
「…ですから、あたしはやっぱり…」
「はい、デジたん。どれがいい?」
「…では、この左端のやつを着てみようかと思います」
よし!デジたんが着てくれる!
「じゃあ僕は後ろを向いてるよ。着替え終わったら教えて」
「…別に、あたしは見られてもなんとも…まあいいですけど」
もし僕が直接いろいろと見てしまった場合、何かが抑えきれなくなる気がする。そうするとデジたんに引かれるかもしれないので、後ろを向いた。
デジたんに引かれないようにすることが目的だ。だからといって、僕は決して周辺視野と鏡を利用して彼女に悟られないよう見るなんてことはしてない。してないったらしてない。
「お、終わりました…」
「ん、了解…ッ!」
「サイズがぴったりなことについては何も言いませんよ…。サイズ把握はもはやウマ娘オタクの必須スキルみたいなところありますからね、ハイ」
「っ…!」
デジたんが選んだのは、比較的控えめなデザインの水着。布面積は比較的多めで、ほぼ洋服といってもいいだろう。
しかしへそ出しである。しかしへそ出しなのである。
…すごくエッげふんげふん。
「あの…突然固まってどうしました?オロールちゃん?」
「…あ、いや、デジたんが眩しすぎて」
「そ、そうですか…」
水着デジたん。ずっと見ていられる可愛さだ。デジたんが可愛いのは元々だけど。
「…ところでオロールちゃん。あなたは着ないんですか?」
「あ、うん。今日はずっと君を眺めようと思ってたから、君の分の水着しか持ってきてないし」
「ふふふふ…そうですよね…」
突然デジたんは笑いだした。何かが面白くてたまらない、といった笑いだ。
「あたしたちは、やっぱり似た者同士なのでしょうね…ほら、これを見てください」
彼女は自分のバッグから何かを取り出し、それを僕に見せた。
先程僕が彼女に着せたものと非常によく似た形状のものを、彼女は取り出していた。
「…デジたん、まさか…」
その水着を、僕に着ろと?
「はい、オロールちゃん。着てください…と言えば、あなたはきっといつか着てくれるでしょう。しかしそれよりももっと確実な方法があります。それは…」
僕の方へと一歩、また一歩と近づいてくるデジたんは、ついには目と鼻の先にまでやってきて、僕のジャージに手をかけた。
「あ…デジ、たん…?」
シャツに手をかけた。
待ってくれ。やっぱり逆だろう、僕と君の立場が。
…こんな時に限って、体と口が言うことを聞かない。
「じ、自分でやっておいてなんですが、けっ、結構緊張するというかなんというかッ…」
彼女の顔はりんごのように赤いが、きっと僕も、それと同じくらいには赤いのだろうか。触れ合っても、お互いの体温が分からない。
…サイズはぴったりだった。
水着デジたん実装されないかな()
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1パーセントのヒラメキ
ありませんっ!!!
ばしゃり、ばしゃり。
「ひゃんっ!?ち、ちょっとウオッカ!?何すんのよ!」
「へっ!せっかく海に来たんだから楽しまなきゃあな!それっ!俺のウォータースプラッシュだぜ!もっと喰らわせてやる!」
「何よそのヘンテコな名前!相変わらず子供っぽいわね…ぴゃっ!?」
ばしゃり。
「…もう頭にきたわ!覚悟しなさいッ!」
「うおおおっ!?て、テメースカーレットッ!やるかッ?上等だぜーっ!」
ばしゃ、ばしゃ、ばしゃ。
「…いいものだねぇ…」
「…いいものですのぅ…」
水着に着替えたのち、僕らは浜辺に座り込み海を眺めていた。
というより、水飛沫の向こうで尊みを放出しまくるウオッカとスカーレットを拝んでいる。
というより!僕はその尊い光景を眺めるデジたんからさらなる尊みを享受している。
いつもよりも多く晒された素肌に飛んできた波の欠片が、珠玉となって彼女の魅力を引き立てる。大海原を見つめるそのどこまでも透き通ったアクアマリンの瞳は、無限の青を湛えている。
…なんだ、この神々しすぎる美少女は。
「…僕は悪くない僕は悪くないデジたんが可愛いのがいけないんだ、仕方ないんだ…」
「あ、あの…どうしました…?」
そう仕方ないんだ、僕がこうやって思わず手を出してしまいそうになるのはしょうがないことなんだ!
「…っ」
「デジたん…君が尊すぎるのがいけなヘブッ!!」
いたい。この叩き方は確実にゴルシちゃんだ。だっていたいもん。
振り向けばやはりそこには水着を着てよりスタイルの良さが引き立った芦毛が立っていた。海を満喫する気マンマンのスタイルだ。シュノーケルに浮き輪、手にはビーチボールにバケツ、あと日焼け止め…それで叩いたのか、そりゃあ、いたい。すごく。
「やめろよ?衆目があるんだぜ?他人のフリしよーにもツライぜまったく。つーかよ、ピンクの方。オメーもなんとか言えよ」
「…!え、ええそうですとも、そりゃああたしだって一言二言は言おうとしたのですっハイ…。あたしはいわゆるオタクで…つまりは見る専で結構なのだと、そう思っていたのですが…!」
拳を握りしめるデジたん。
「…あの、その…これはもう、役得ッ!…なんじゃないかと思ってしまう自分がいるわけなのですよ…あはは〜…」
「ンン〜分かるよッ!そういうことだよデジたんッ!あくまでも己はオタク、その線引きをしっかりしているつもりでもね!いざこうして何度も姿を拝んでいると、溜め込んだものはいつか必ず爆発するのさッ!」
僕は、これがウマ娘という生き物としての性なのだと、これが勝利に貪欲であるウマ娘の本能がもたらす衝動なのだと思うことにした。
「そう、本能なんだよデジたん!一度抱いた願望がとことん大きくなって、やがて何としてでもその望みを叶えたくなるのが!僕らウマ娘なん…疾ッ!!」
瞬時、風切り音が僕の耳の僅か数センチ横を駆け抜ける。
…何か物体が飛んできた。ゴルシちゃんの方から。
「…!危なかった。ゴルシちゃん…君の日頃の行動の一挙手一投足からシミュレートし、その行動パターンを予期していなければ、今投げられた日焼け止めをかわすことは不可能だった…」
ゴルシちゃんは今僕に向かって日焼け止めを投げた。しかし、眉間直撃コースだったそれに僕は決して当たることはなかった。後ろでズンと何かが沈む音がしたので、本来僕に当たるはずだったそれは砂浜に突き刺さったのだろう。…結構力強く投げてるじゃん、怖い。…とにかく、そう!予測していたからこそ、座った姿勢からスマートに跳躍し、回避することができたのだ!
「…疾いっ!今のオロールちゃんの動き、視認が難しいほどに滑らかで素早かったです…!実に無駄のない動き…!完璧なタイミング予測と、砂地を蹴って瞬時に加速するその脚が為せる神技ッ!」
デジたんはいつの間にか数メートル離れたところで、腕を組みながらそんなことを言っている。なんだか楽しそうだ。
「…いや、予測できるんだったらよ、そもそもテメーが原因だってこと分かるだろ。つーかデジタル、お前もノリノリだなおい。何バトル漫画の解説役みたいなことしてんだよ」
「…いいね、デジたん。分かってるね…。バトルに解説役は付き物ッ!そういうことだよゴルシちゃん!」
「いや、バトルじゃねえから…ハァ」
後ろ髪をかきながらゴルシちゃんはやってられんといった様子でため息を吐いた。
しかし、今この場では!ノッた者こそが勝者!このバトルノリについていくことが勝利への近道…。ゆえに、ゴルシちゃんには日頃のお返しも兼ねたチョップを喰らってもらおう!
「そっちがその気じゃなくとも僕はいくよゴルシちゃぁん!喰らえーっ…ッ!?」
「…ハァ、だからバトルじゃねえって」
「なななっ!?なんと鮮やかな動き!一見隙だらけに見えるその振る舞いは、しかしあらゆる攻めに対する究極完全な防御の姿勢だったッ!まるで合気道のようにッ!オロールちゃんをいなしたッ!」
それを待ってましたとばかりに、彼女は僕のチョップしようとした腕を素早く取って、その勢いを利用して僕を元いた位置へと投げ飛ばした。バランスを保てず、思わず尻餅をついてしまう。
…もしかしてゴルシちゃん、意外とノリノリ?
「…バトルじゃあねえぜ。初めっからッ!勝ち負けが決まってるんだからなァ〜ッ!」
「…ッ!?何を言って…!?」
次の瞬間、ゴルシちゃんはさきほど持っていたビーチボールを、勢いよく僕に投擲した。…しかし、このコースでは間違っても僕にかすりもしないだろう。彼女は狙いを外したようだ。
まあもっとも、ビーチボールが当たったところで痛くもかゆくもないが。
「ふふ、残念だったねゴルシぢゃっ…ッ!?」
破裂音。至近距離。
分かったことはそれくらいだった。パァンと大きな音が僕の背後で鳴り、耳の中で何度も残響する。
脳を揺らされたような気分だ。
「…ふう、アタシの勝ちだな!」
「あ゛ッ!あだだだだ!ギブ!ギブッ!」
ゴルシちゃんめ、僕がフラついてるうちにプロレス技をかけてきた…いたいいたい関節いたい関節固まってるいったぁいッ!
「なっ、なんとッ!?投げたビーチボールが、先程地面に突き刺さった日焼け止めによって割られたッ!ウマ娘ちゃんの強靭な膂力によって投げられたボールが、ご丁寧にフタを取られた日焼け止めの先端が刺さって割れたッ!…しかし、おかしいです。いくらウマ娘の力とはいえビーチボールがああも容易く、そしてあんな大きな音を立てて割れるはずが…?」
「ヒュー、いい音だったぜ。アタシが投げたのはビーチボールじゃなく、ソレに見せかけた模様の入っただけのゴム風船だったのさ!」
…なるほど。この程度の距離、ウマ娘の力ならば空気抵抗など関係なく豪速球…豪速風船を投げられるだろう。
それにしても、なんだかんだ一番ノリノリだったのは間違いなくゴルシちゃんだな。
「ち、ちなみにゴルシちゃん…一体なんだってそんなものを用意してるの…?ァ゛ッ!?あだだだだッ!ギ、ギブ!ギブだって!」
「ん、レモン汁塗ったあとトレーナーの側に転がしとこうかと思ってた」
「な、なぜそんなことを…?」
「ふふふ…デジたん…レモンやオレンジの皮に含まれる成分はゴムを溶かすんだ…。つまりゴム風船に塗っておけば時間が経つと割れァあだだだッ!?ギブッ!アップ!ゴールドシップッ!ストォーップ!」
「しょうがねえな。ホレ」
ふう…やっと放してくれた。なにもこんなにキツく長く締めなくたっていいじゃないか。
「うし、茶番も終わったことだし、とっとと行こうぜ。まだまだ風船はあるからな」
「ん、ああ…そうだね、行こう」
せっかく海に来たのだから楽しまなければ。ノリにノッた者勝ち。トレーナーに恨みはちょっぴりしかないが、とりあえずゴルシちゃんと一緒に彼の鼓膜をぶち破りにいこう、絶対面白い。
…企む僕らの前に、影が立ち塞がった。
「おーいお前ら…何やろうとしてる?」
「げ、トレーナー…」
「げ、とはなんだゴルシ。…そこの二人、コイツが何企んでるか知ってるだろ?」
「知ってますよトレーナーさん。僕ははっきり聞きました。ゴルシちゃんはトレーナーさんの側で風船を破裂させようとしてました。まったく、なんて悪質なイタズラ…!」
まったく、ゴルシちゃんは許せんよなあ。平気でこういうことをやるからなあ彼女は。
「白々しいなオイ。さしずめお前も共犯だろ?んでそっちのデジタルは、態度からして巻き込まれただけってとこか…。そうだろデジタル?」
「あたしも共犯です、トレーナーさん!むしろあたしが発案者ですッ、ハイ!」
デジたん…!心根が優しく、基本的にウマ娘を庇いたくなるその性格ゆえに一人だけ罪を被ろうとするその姿勢は非常に尊い。しかし、面子が面子なだけに、それが逆に僕らの罪を決定づけてしまう。
「く〜ッ…ったくお前らよ、毎回聞いてる気がするが、俺になんか恨みでもあるのか?」
わりとある。デジたんの足を触ろうとした罪は一生消えることはない。
「…ま、ガキに大人がたかるわけにもいかんしな。大したお咎めはしない。強いて言やぁ、お前らにゃ追加でトレーニングでもやってもらおうかと思っている」
ふう、良かった。トレーニングならむしろ大歓迎。追加で指導を受けられるというのなら、それはもはやご褒美だ。僕の方からお願いしたいところである。
「あ、ちなみに個人メニューだからな」
「ノォォォォッ!?」
デジたんは!?デジたんと一緒にトレーニングするんじゃないの!?
思わず砂の上に倒れ込む。…なんだ、まったく。楽しみが半減した。
「デジたん、僕のことを忘れないでくれる?きっといつかまた会えるから…」
「今生の別れかよ」
デジたんと一緒にトレーニングすることの味を覚えてしまったからには、以前のように一人でトレーニングするのがとても辛いことのように感じる。
「はぁ…楽しそうだな。お前ら」
トレーナーが言う。
そりゃあ、楽しいよ。このチームは。
◆
後日、トレーニングを始める前に何やら言いたいことがあるとかで、トレーナーがスピカ全員を部室に集めた。
「よしお前ら。今日から、お前らそれぞれにやってほしいことがある。今後の成長に大きく関わってくることだ」
「成長…!いい響きじゃない、早く教えなさいよ!」
「まあ待て。それぞれと言ったろう。一人ずつ説明する」
…ふむ、なるほど。
先日言っていた個人メニューというやつか。どうやら僕とゴルシちゃんだけでなく、全員が対象のようだ。
…デジたんと一緒にできないのは非常に、すごく、それはもうとんでもなく残念だが、しかし依然として楽しみなことに変わりはない。一体何をしろと言うのだろうか。
「じゃあまずはウオッカ…それとスカーレット」
「おう、なんだ?」
「え…一人ずつじゃないの?」
「ああ、お前ら二人だ。そうじゃないと意味がない」
分かってるじゃないかトレーナー。この二人は一緒にいるべきだ。それがあるべき形だ。
「こないだ海に行ったときにいろいろ閃いたんだが…とにかく、傍目から見てお前ら二人はとても仲が良い…」
『良くないッ!』
ハモりながら言ってる時点で相性バツグンだよ。
それに、海でいろいろ閃いた、と。
やはりトレーナーになるには、日常の些細な出来事からそれはもうビックリするほど沢山のアイデアを閃けるようにならなくてはいけないのだろうか。
「…とにかく!二人は良きライバルってわけだ。俺から言うことは一つ。今後もその調子で互いを意識してトレーニングに臨め。分かったか?」
「…?お、おう…?」
「ライバルを、意識…」
なるほど、常に互いに向上心を刺激し合うことでより成長させようという気だろうか。
ライバル、いいねぇ…。何がいいって、その関係性は非常に尊みがある。
「で、次にデジタル。お前なんだが…」
「ハッ、ハイッ!何でございましょうかッ!」
「お前はいわゆる、…まあ、アレだ。だから他のウマ娘に対する観察眼やリサーチ能力には目を見張るものがある。それをもっと活かすんだ」
「…えっと、あたしは具体的に何をすれば?」
「そうだな…まずはどんどん他のヤツらに絡みにいけ。特にライバルになりそうな同年代のヤツらなんかにな。相手の体格や足のサイズ、レースの癖や性格なんかを余すところなく観察して、そこから学びとれ。…できるか?」
「ェ゛ッ…ウマ娘ちゃんに…あたしが…かっ、…絡みに…?」
デジたんの他のウマ娘に対する基本的スタンスは、完全なるオブザーバー。一線を引いて、あくまでもファンの一員として接する。しかし、彼女とてウマ娘、どちらかといえばトレーナーの言ったようにライバルとして接する方が正しいのだろうが、彼女にはそれが難しいのだ。オタクだから。すごいオタクだから。
「で、オロール。次はお前だが…」
「あ、僕ですか?何でしょう?」
「お前、自分の長所を聞かれたら何て答える?」
「…まあ、記憶力がある、と」
「そう、それだ。記憶力。そいつはレースにも活かせる。レース理論だったり、相手の情報だったりを余すところなく記憶できれば、それだけで大分有利だからな」
…既に僕は、学校に保存されている過去のレースの映像だとか、図書館のレース本だとかを完全に覚えている。
つまり、今までとやることは大して変わらないのだろうか。
「だからお前にはコイツをやる」
「何ですかこれ…?ファイル…?」
トレーナーが僕に渡したのは、数枚のプリントが入ったファイルだった。
中を覗くと、どうやらとあるウマ娘のデータが書かれているようだ。
「それはお前のライバルになりそうなウマ娘のうち一人のデータだ。プラス、俺というトレーナーの視点から見た考察だとかも書いておいた。しっかり読んでおけ」
「…トレーナーさん。一ついいですか?」
なるほど、確かにこれは非常に良い物だ。対戦相手を知ればそれだけ勝てる確率は上がる。しかし…だからこそ、彼に言いたいことがある。
「自分で言うのもなんですが、僕の記憶力ってかなりのものなんです。それこそ、コレと同じようなファイルがあと百枚あったって1日で覚えられる…だから、こんな風に一人分のデータを渡さずとも、まとめて一気に渡してくれて大丈夫ですよ?」
「お前の記憶力のことは知っている。だがあえて一人分だけ渡した。…そうだな、その理由を考えてこい。それもトレーニングってことにしよう」
「…?はい、分かりました…」
理由…?
そんなの、トレーナーがリサーチを怠っているから一人分のデータしかない、とかじゃないのか?
…しかし、それを考えるのもトレーニングの一環であると彼は言った。一体どういうことなんだろう。
何にしろ、彼は僕らのことをしっかりと見ている。きっと何か意味があるのだろう。
「なートレーナー、アタシは何やりゃいいんだ?」
「ゴルシ、お前は雑用だ。俺を含め、皆のジュースとかを買いに行くような係だ。安心しろ、金は出すから」
「…ハァ?」
…雑用て。
いやしかし、このトレーナーのやることだ。一見適当そうに見えて、しっかりとチームのメンバーのことを考えているトレーナーのやることだから、やはりきっと何か意味があるのだろう。
…アニメでトウカイテイオーが骨折した際も、似たようなことを彼はやらせていた。その目的は、他のメンバーとの交流の中で走る意味を見出してほしい、というものだった。
「…ゴルシちゃんはいつも適当だから、こうして仕事をさせることで目標意識を芽生えさせ、しっかりとした目標を持てるようにする…そういう意図があったり?」
「いや違うぞオロール。特に意味はない。どうせゴルシは好きに走らせとくのが一番いいんだ。だったらせめて俺の仕事を減らしてもらおうかと思ってな…」
「おいおい、ゴルシちゃんはそんなの勘弁だぜ」
ゴルシちゃんに関して、トレーナーは既に思いっきり匙を投げていた。
ゴルシは好きに走らせとくのが一番…確かにそうだろうが。
まあ、何はともあれ。
これからはいろいろとやることがある。
自分のトレーニングももちろん大事だが、僕にとって一番大事なのは…
「あ、あぁ…あたしが…ウマ娘ちゃんのあんなことやこんなことを…」
可愛いデジたんの力になってあげることだ。
ウマ娘と会話、ましてやその中で情報を探るなど、会ってすぐに限界化する彼女には難題だろう。
これからは常に僕が側にいて彼女のアシストをしてあげよう。うん、それがいい、それがベストだ。
個人メニューと聞くと、いよいよトレーニングが本格的に始まったような感じがする。
ふふ、楽しくなってきた。
拙者
「ゴルシ!…は、うん、好きに走れ」
「オッケー」
のときのゴルシちゃんの流し目大好き侍(ry
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まじかる☆ろじかる
とある天気のいい昼過ぎ、僕とデジたんは数枚の紙に見入っていた。
「すご…もはやストーカーレベルだよねコレ」
「…言い方はアレですが、確かにその通りですね」
トレーナーに渡された他ウマ娘の資料。そこにはありとあらゆる情報が事細かに記されていた。
距離適性に脚質に走破タイム、足のサイズや体重なんてのも記載されていた。
レースの結果を調べれば分かるデータはともかく、身体的データはどうやって知ったのかとトレーナーに聞いたところ、返ってきた答えは「目測」。
「目測でここまで細かなデータがとれるって…相当イッちゃってるよ、あのトレーナーさんは」
「ですね…あたしもウマ娘ちゃんの身体データを測れるのは3m圏内が限界です…」
「だよね…僕もミリ単位で出せるのはその位かな…」
スピカのトレーナーは何かと変わっている印象を受けるが実際その通りで、かなりのヘンタイだ。…良い意味でも、悪い意味でも。
「…この資料の子、もしやこっちの別資料の子と仲が良いんでしょうか…」
「…え?」
突然、デジたんが資料を見ながらそんなことを言い出した。
何か気付く事でもあったのだろうか。
「…あくまでもあたしの予想に過ぎないですけど、この子のレース展開はどうも消極的な印象を受けるんです。だから、気が弱い子なんじゃないかと思いまして。…で、タイム自体は別資料の子にかなり勝っているんですが、その子との併走時には必ず負けているんですよ」
「…あぁ、友達に遠慮してる…ってこと?」
「ええ、おそらく…勝てる相手に負ける理由は、この子の性格的にそう考えるのが自然だと思います…」
…なるほど。それは、僕らウマ娘をアスリートとして捉える場合、あまり良くない傾向だろう。
しかし推しとして捉える場合、こういう気の弱い子がだんだん本気で相手とぶつかり合えるようになる…みたいな類いの尊みが生まれるだろう。ぼくそういうのすき。
「…というか、よくそんなことに気付くよね」
「ええ、まあ。資料をずっと見てるうちにふと思っただけのことですが…」
……。
あ、そうか。
先日からトレーナーが僕に資料を少ししか渡さない理由はそれか。
単なる記憶として脳の片隅に留めておくのではなく、今デジたんがやったように論理的に考えてさらなる情報を得ることこそ、資料の正しい使い方だ。それを僕に理解させようとしていたのか、あの人は。
よく考えずともそれは当たり前のことである。しかし僕の場合、暗記だけで様々なシチュエーションになまじ対応できてしまうおかげで、考える頭を使うことをあまりしていなかった。…最近は本能に忠実に行動してるから尚更。
「…デジたんのおかげで重要なことに気づけた。やっぱり僕にはデジたんが必要だ」
「…ハイ、そうですか。そうですか…。なんかもうあたし慣れましたよ!これが推される側のキモチってやつですねッ!なんかもう分かってきましたよ!」
「えっ…と、それはつまり、とうとう自分が女神と呼ばれてもおかしくないほどに可愛くて可愛くて可愛いのを自覚したってこと?」
「いっ、いえ…あたしは可愛くなんかないですッ!絶対!あたしをお、おっ…推してるオロールちゃんは特別なだけであってッ!」
「特別ッ?僕が?…デジたんの特別ってこと?」
「エ゛ヴッ…!い、いや、ちっ…ち、が…!…文脈を読んでくださいッ!」
よし、声の高さ、テンポ、トーン、全て完璧に聞き取れた。僕の脳内切り抜き職人に「オロールちゃんは特別」の部分だけ切り抜いてもらってリピート再生しよう。
「ところで、僕はデジたんのことを『特別』だと思ってるよ?」
「あひゅっ…」
うん、今日も大変可愛いようで何より。
◆
データから新たな発見を得るためには、注意深く観察することももちろん大事だが、知識というのも重要になってくる。知識によって作られる新たな視点から物事を見れば、気付きを得られるだろう。
そして、ここトレセン学園において、知識は図書館にある。
日本トップクラスのウマ娘育成校だけあって、レース関連書籍の量は半端じゃない。
そんなわけで僕は今、本棚の隙間を縫って良さそうな本を探している最中である。
「にしても、いろいろ本があるなぁ…」
レースに必要な知識を求めて来たが、それ以外にも娯楽本だとか、様々な種類の本が取り揃えてあるので思わず目移りしてしまう。
僕の場合、手に取って数十秒パラパラッとやればそれでいい。既に何冊かやったので、今僕は脳内で読書をしている。
「うーむ…近代化に取り残されたジャワ原人…なかなか深い内容だな…」
脳内再生に意識を割きながら、なんとなく見つけた良さげなレース関連本を手に取ろうとする。
そんなことをやっていたものだから、僕はすぐ横にいたもう一人のウマ娘に気が付かなかった。
本に伸ばした手が、彼女の手と重なり合う。
「…………」
「……あ、えっと…」
彼女の手から顔に目を移すと、そこには不機嫌さを隠そうともしない表情を浮かべた顔があった。しかし、僕はこの顔を知っている。「前」に見たことがある。
「………あ゛?ンだよ」
エアシャカール。
なるほど、実物は思ったよりもコワイお顔だ。裏路地で出会ったら二秒で財布を渡すレベルだ。まあ、彼女のことは知っているので怖がったりはしないが。
「…もしかして、この本を借りられるんですか?」
「………」
無言の圧力。「見りゃわかるだろ」という意思が言外に伝わってくる。…何だろう、僕は別にマゾでもMでも被虐趣味でもないが、彼女のようなカッコいいウマ娘に、こう…無言で責めるような目で見られるとちょっと興ふゲフン。
「あ、えっと…すぐに済ませますので…15秒ほどで済ませるので、一瞬だけその本を見させてください!」
「………は?」
この場合、これが一番手っ取り早い。僕が本を読むのにかかる時間はあってないような長さなので、シャカールさんもすぐに借りることができる。
「…すいません。お待たせしました、どうぞ」
「………はっ?」
シャカールさんに本を手渡したが、彼女はなんだかポカンとした様子でそれを受け取った。
「じゃ、僕はこれで…」
「………はっ!?オイッ!ちょっと待て!」
僕が立ち去ろうとすると、彼女に肩を強く掴まれた。
「は、ハイ…?どうしました…?」
「…あー…その、なんだ、今お前…。…今やったのは、あれか?速読術ってやつか?」
「…ちょっと違いますけど、似たような感じ…ですかね?」
速読術とは本に記された事柄を高速で順に追って理解していくものであるが、対して僕のやっていることは、本のページを全て記憶してからゆっくりと脳内で読解する、というものだ。
「なんで疑問系なんだよ?…まあいい、いくつか聞きたいことがあるんだが、この後ヒマか?」
「ハイ、時間はありますよ」
「そうか。…オレはエアシャカール。お前は?」
「オロールフリゲートです」
「よし、じゃあオロール。さっきお前は何をやった?ロジカルに説明してくれ」
「…僕の特技は記憶でして。本のページを全て覚えただけです」
「…そうか。そりゃ…なるほど、すげぇな」
まあ、自分で言うのもなんだが、確かにこの記憶能力はすごいし便利だ。僕の強みのひとつと言える。しかし便利がゆえに頼りきってしまっているので、弱みであるとも言える。
「…それ…その記憶力は生まれつきなのか?それとも技術として習得したものか?」
「生まれつきです。なんなら生まれた当時の記憶もありますよ」
「…マジかよ。…ところで、一応聞いておくが…前にどこかで会ったことはないよな?」
「…?はい、ないと思いますけど…」
僕が出会ったウマ娘の顔を忘れるわけはない。しかし一体どうしてそれを聞くのだろう。
「さっき、お前…よくオレのカッコを見てもビビらねェでいられたな……それと、最初に言うべきだったが、オレに敬語は必要ねェ。丁寧な言葉を並べたてなくともロジカルに説明することはできるからな」
「…なら、普通に話すね」
…眉ピアスのついた無愛想な顔、半袖の下に見え隠れするタトゥー…おそらくシールだろうが、とにかく、彼女の見た目は確かに大分攻めた仕上がりになっている。
だが、僕は彼女がそのような格好をしている理由を知っている。合理的、理論派である彼女は、勝利を追求するために自分の見た目すらも利用して他人を牽制している、というだけのこと。
性格は案外優しく、お人好しである彼女のことを怖がる必要などない。
「…ビビらなかった理由はあるけど、ロジカルじゃないんだ、それ」
「…理由、だと?」
「例えば、僕には前世の記憶があって、シャカールさんのことも前世で既に知っていた…って言ったら信じられる?」
「……はぁ?」
呆けた顔をされる。突拍子のない話だから無理もないが。
「もっと言えば、先程僕の特技は記憶だと言ったけど、そのメカニズムを言葉で表現するならば、魂に刻まれる…という言い方が一番しっくりくる。前世の記憶も魂に刻まれてるってこと。信じるか信じないかは貴女次第です…なんてね」
「…そりゃ、信じ難い話だな…。ウソくせぇ。だが、タキオンのやつもウマソウルがどうとかロマンチストみてェなことを言ってたな…」
「…タキオンさんのことを知ってるなら、マンハッタンカフェさんのことも知っているのでは?」
「あ?まあ知ってるが…そういやソイツもよく分からん所を見ながらよく分からんことを言うヤツだったな。…思い出したら寒気がしてきた。あんなロジカルじゃねえもん…いや、だが…」
数字の信奉者であり、非科学的なことを信じない彼女は魂だとか幽霊だとかを信じない。
…ちなみに「ロジカルじゃねぇ」という理由でホラー作品が苦手なのだとか。ヤンキーみたいな見た目でそれは…ちょっと尊いが過ぎると思う。
「ウマ娘自体、まだまだ謎の多い種族だし、魂やら幽霊やら、そういうオカルト的な秘密が隠されていてもおかしくはない、と僕は思うよ」
「魂…ねェ。レースに勝つためにウマ娘の謎を解き明かそう、とでも考えた場合、数学だけじゃなく哲学にも片足突っ込まないとダメなのかよ…?いや、そんなハズはねぇ…」
「…それに僕、幽霊には会ったことあ」
「その話をそれ以上するな。いいか、幽霊なんてモノは存在しねェ。断じてだ。そんな非論理的存在がこの世にいてたまるかってんだよ」
「まあ確かに本来はあの世にいるべきも」
「やっ、やめろッ!!絶対にいねェ!そんなものは!ロジカルじゃねえ!」
…は?可愛いんだが?
僕は別にサドでもSでも加虐趣味でもないが、こういう気の強そうな見た目の子が声を震わせて怖がっている様子には正直興奮を覚えゲフンゲフン。
と、そのとき、僕の耳に染みつくように覚えている、彼女の足音が聞こえてきた。
「尊みの波動を検知しましたよッ!オロールちゃんッ!あたしのウマソウルが今新たなエモゥションッを求めて燃え滾ってますッ!さ、一体どんなネタがあったか教えていただ……!」
本棚の向こうから静かにドリフトをかましながら登場した我らがデジたん。図書室だからね。…ちなみに今のセリフも結構小声なのだが、聞いているとまるでそんな気がしないから不思議である。魂で叫んでるからだろうか。
「…誰だテメェ?」
「ヒュッ…オラついた風な態度のイケメソウマ娘様…!なんとクゥールな御顔ッ…!…あ、スミマセンあたくしアグネスデジタルとは申しますもののまったく覚えていただく必要はございませんしあたしは今すぐ消えるのでどうぞごゆっくり…ィ!?」
本棚と同化しようとしたデジたんを掴まえる。せっかく来たのに話をしないなんてもったいないからね。
「シャカールさん。この究極に可愛い子のことは是非デジたんって呼んであげて。…デジたん。トレーナーさんからも言われたよね?他の子ともっと話をしろって。絶好の機会じゃないか、逃げようなんてことするのはもったいないよ?」
「ゔぼぉぁぁぁぁ無理無理無理ィッ!こう…御尊顔を拝したときにキュンキュンするタイプのウマ娘様への耐性がついてないんですよッ…!」
「あ、あー…?アグネスデジタル、とか言ったか?オレはエアシャカール…って、大丈夫かよ?なんかスゲェ顔赤いし…震えてるぞ?」
「デジたんはいっつもこんな感じだから大丈夫だよ。可愛いでしょ?」
「は?かわ…?」
可愛い。絶対に。
「…なんか、対人関係に問題でもあンのか?…まあ、興味深い話も聞けたし、そんくらいの悩みなら別に聞いてやってもいいけどよ…?」
「ア゛ッ…いっ、イエッ、そんな…シャ、シャカールさんのお耳を汚すような話なわけでしてッ、ハイッ…全然聞いていただく必要は……」
「デジたんは、俗に言うウマ娘オタクってやつで…まあ僕もなんだけど、それは置いといて…とにかく、こうやってウマ娘に会うと舞い上がっちゃうことがしばしばあるんだ。どうだろう…ロジカルなアドバイスが思い付いたりしない?」
「…オレにはそーいう趣味はねェからよ、イマイチ分からねぇが…。自分の好きなもんをとことんやれてるってのは、一種の長所だ。だから焦らず自然に慣らしてきゃあいいんじゃねぇか?」
「ふひょぉぉおぉぉぉッ!何というイケメンゼリフッ!外見とは裏腹のマリアナ海溝ばりの優しさッ…はぁーしゅきぃ…!」
あ、トリップしかけてる。
「…めちゃくちゃウルセェなお前」
シャカールさんはイケメンである。デジたんが限界化するのもよーく分かる。僕も、「メス堕ちしたときに抱かれたいウマ娘ランキングTOP5」…メス堕ちの予定はないが、とにかくソレにシャカールさんが入るくらいには彼女のことを推している。
「ハァ、なんかヤベェヤツと知り合いになっちまった……。んじゃオレはもう行く……」
「あ、待ってシャカールさん。最後にもう一つ頼みたいことがあるんだけど……」
…ウマ娘の中でも指折りのイケメン顔面を持つ彼女にしか頼めないことがあるのだ。
「デジたんに顔近づけて『オレだけを見ろ』って囁いてくれません?」
「……は?」
「……何が良いですか、お嬢さん…何でもOKですぜ…」
言いながら、親指と人差し指で作った輪で、袖の下を指し示す。
「……できるンなら、そうだな……ちょっとしたスパイを頼まれてくれると嬉しい。詳しいことはまた今度話す」
スパイ、というと、やはり他のウマ娘のデータを集めろということだろうか。それならば僕に向いている仕事だ。データの収集と記憶なら任せてほしい。
「……承りました」
目と目を交わし、約束を取り付ける。ちなみに肝心のデジたん本人は今、どこかの小宇宙を旅している。
「…おいデジタル。ちょっとコッチ向け」
「…フヘッ、ヤンキー受けもなかなか…ウヒヒ…んはっ!?ハイッ!?なんでしょ……」
「他のモンは見るな。…オレだけを見ろ」
「カヒュッッ!!」
よし、オチた。
僕はオーバーヒートして倒れこむデジたんの体を両手で支えた。
「…いいのか?これで?」
「ありがとう。助かったよ。これでデジたんをお持ち帰りできる」
「お、おう…?じゃあな……」
立ち去るシャカールさんを横目で見ながら、僕は腕の中のデジたんを抱え直し、立ち上がる。
「…ッ。腕の中に…女神が…!」
何気にもう結構な回数彼女をお姫様抱っこしているのだが、何度やってもクセになる。
…もうすぐトレーニングが始まるし、このまま部室に向かってしまおう。
「な、なあ…もういいんじゃねえか?こんなロジカルじゃねぇもん見てもしょうがないって…なあ?」
ってホラー映画見ながら布団にくるまってるシャカールさんの幻覚を見ました。
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パートナーズ・イン・クライム
見たい。
「っかー!しみるぜ!夏といえばやっぱコレだよなー!」
夏もとうに半分を過ぎたが、降り注ぐ日差しはその終わりをまだまだ感じさせぬほどに強烈だ。むしろ、今日は今年で一番暑いかもしれない。
真上で輝く太陽の下で、爽やかにスキットルを呷ったのはウオッカである。
「麦茶をそんなに美味しそうに飲めるの、アンタくらいよ…」
「麦茶で何か悪いかよ。はーっ…スカーレットみてぇなお子ちゃまには分からねーか、こう暑い日に飲む麦茶の美味さってやつが…ホントはロックで一杯やりたいところだけどな」
「ロックて…普通に氷入りって言いなさいよ」
「スカーレット、お前ホンット雰囲気読めねーヤツだな」
「ハッ!何よ!背伸びしちゃって!いいわ、やってやるわよ!芝1800でいいわね!?」
「上等だ!ぜってー俺が勝つ!」
水分補給を終え、口元も拭わぬうちに駆け出していった二人。その姿を僕とデジたん、あとゴルシちゃんはゆったりと眺めていた。
「元気いーなー…アイツら。こんなクソ暑いのによ」
「ハァ…尊い…麦茶をスキットルで飲むそのこだわりっぷり…そんな渋い物を使っているのが!逆にッ!逆にヴェリィーキュートッ!」
あと、麦茶のロック。
随分と素敵な言い回しだ。非常に可愛い。
アレで一切狙ってやってるわけじゃないのがまたイイ。
「ウオッカって、可愛さとカッコよさを併せ持ってるから互いに引き立て合ってるのか何なのか…とにかく可愛いんだよねぇ。こないだ寮の冷凍庫に『ウオッカの』って書いてある丸氷用製氷皿見つけたときはマジで萌え死ぬかと思ったよ」
「ブフッ…そりゃ、確かに…麦茶のロックだな…」
「ひょっ…夜中にひとり、丸氷の入ったロックグラスに麦茶を注いで飲んでらっしゃったりするんでしょうか…それはもう…見た目がすごくエ゛ッ…!」
「麦茶、ロックで。…なんてバーで注文してるウオッカを想像しちゃった…可愛い…可愛くない?」
身長165cmで、クールな顔立ちのウオッカ。
彼女について何も知らない人が見れば、グラスの中身は文字通りウォッカに見えるかも……いや、それはなさそうだな。彼女からはなんというか、まだ成長しきっていないオーラが溢れ出している。
…だからこそ、瑞々しい魅力があって大変可愛らしく美しいのだが。
「ウオッカのやつ、なかなかおもしれー趣味してるよな。バイクも好きとか言ってたよな」
…あんまりこういう言い方はしたくないが、今の僕も部分的には「男のコ」と呼んで差し支えない。だから、俗に男のコっぽい、と言われるようなモノは嫌いではない。それこそバイクだとか。ロマンってやつだ。
彼女とそういうモノに関する話をしたことは何度かある。…というか、他の子にそういう話を持ちかけると「バイクより私の方が速い」と言われて終わりなので、必然的に僕くらいとしかそういう話をしない。いや、僕もバイクより速いけど。
とにかく、話をしていると将来乗りたいバイクがああだこうだと語ってくれるのだが、彼女はなかなかしっかりモノを調べているようで、かなり興味深い話が聞ける。
「…ウオッカさんとバイク…ッ!ソレはッ!あえて渋いものとウマ娘ちゃんを同時に射角に収めることによってッ!生み出されるッ!ギャップ!まったく新しい尊み…!たまりませんなぁ〜…」
「…まー確かにあいつ、あと三、四年したときにゃ絶対免許とってるだろーな」
トレセンは免許取得OKの学校だし、間違いない。18歳になった途端大型二輪だろうな。
「…つーか、そろそろアタシらも走るか。はやくしねぇとなまっちまうぜ」
そういえば、今はトレーニングの休憩中である。あんまり長く休みすぎるのもあれだし、ゴルシちゃんの言う通りそろそろ芝の上に戻ろう。
◆
「というわけでバーに行ってみたくないですかウオッカさん」
「…は?え?」
…構図だけ見ると、ウオッカに酒の誘いをするデジたん、といった感じだが、実際は少し違うので安心してほしい。
トレーニング中に僕が「そういえばゴルシちゃんもカクテルグラスがめちゃくちゃ似合ってたよね」と言ったところ「見たことあるんですか!?」とデジたん。僕がその経緯などを話したら「それは…ぜひとも拝まなくては!!」と彼女は息巻き、そして今に至る。
ちなみに、優等生なスカーレットが脱走に乗らなかったのはもちろんだが、スピカで一番アダルティな雰囲気を醸し出せるウマ娘ことゴルシちゃんは既にどこかへ行っていたので、今回二人は来ない。
「…いや、てか、そんなことしていいのかよ…?」
「法には触れませんよ。それに、絶対にバレない脱走経路をオロールちゃんが確保していますから、校則に違反することもありません。バレなきゃあ犯罪じゃないッ!これが真理ッ!」
まったくその通り。要はバレなければいいのだ。だから僕がときたまデジたんの部屋の窓から寝顔を拝んでいることだってバレてないので問題なし。
…デジたんは寝るときにしっかり髪をくくるタイプでして。あの、まあ、それが…非常に、良かった。言葉ではうまく表せない。
…ちなみにゴルシちゃんは髪に一切手を加えずそのまま寝るのだが、まったく傷まない上に癖すらつかないというチートヘアーの持ち主である。なんなんだあいつ。髪の神に愛されてるのか。
「なかなかイイ話でしょウオッカ。窮屈な学園生活にしばしの別れを告げて夜の街へ繰り出す。これほどクールなことってないと思うよ?」
「よし!早く行こうぜ!」
ホントすぐオチるなウオッカ。チョロいとかのレベルではないぞ、これは。
…ところで、このワルイことがカッコいいと思ってしまう思春期男子にありがちな現象だが、一説によるとこれは動物的な本能によるものらしい。他者を威嚇し、子孫を残すために集団の中で目立ちたがる。それが本能だから。
ウマ娘の場合「走りたい」という抗い難い本能も宿している。その力は思っているよりも強く僕らの行動を支配している。
しかし本能のままに行動することは現代社会においてあまり褒められた行いではない。とはいえ、それが気持ちの良いものであることに変わりはない。
ちょっとくらい羽目を外してもいいだろう。
「じゃ、バレない服に着替えたら行こうか。僕の部屋から脱出できるようになってるから」
「…あの、なぜあたしはオロールちゃんの腕の中にいるんです??」
「…ホントだ。めちゃくちゃスムーズに抱えてるもんだから一瞬気づかなかったぜ」
「スムーズだった?ありがとう。んふふ…」
「褒めてねぇよ?」
きっと脊髄で動いたので素早かったのだろう。本能について考えていたらいつの間にか体が動いていた。
「あー…なんかこう、丁度いい身長差。フィット感がある」
僕は今デジたんを後ろから抱きしめる形になっている。
…身長差、15cm。いい数字だ15cm。
「ふ、ふっ、ふー…あたしもね!もう慣れましたもんね!ほら、ね!早く行きましょう!ね!」
毎度のことながら、可愛い。
「分からん…俺は未だにお前らのことがよく分からねえぜ…」
オタクの本能なのだよ、ウオッカくん。…いや、僕の場合、デジたんに対してはオタクの枠組みを超えた本能が働いている。
とにかく、そういうものだ。
◆
お洒落な扉の前に立つ、三人の黒フード。つまり僕らのことだ。
「こんばんは。…今日は三人でお越しに?どうぞ、カウンター席にお掛けになってください」
「こんばんは、マスター」
グラスを拭いているマスターに挨拶し、ウオッカ、デジたん、僕の順で席につく。
「ここ、トレーナーさんの行きつけの店でさ。僕も金欠のトレーナーさんを煽るのによく来るんだ」
「煽るのかよ…」
「言い方を変えると、人助けをしてる。トレーナーさんの財布を救ってるわけだからね。すぐに現金で払える僕がいなきゃマスターの負担も増えるし」
「ははは…まあ確かに、私も助かりますからね。
…あの方のグラス拭きの腕も、最近なまってきたことでしょう」
うむ、ほとんど僕のおかげといっても過言ではない。
ウマ娘とトレーナーの関係性として、例えば美貌や愛嬌、それかウマ娘らしく走りで魅了してトレーナーの心を掴んだり、はたまた胃袋を掴んだりしてそのままゴールイン…なんてのがあるが、僕の場合は財布を掴んでいるのでゴールインすることは絶対にない。
というか、これは僕の願望なのだが、トレーナーさんにはおハナさんと良好な関係を築いてほしいところである。
「では、お嬢様方。ご注文をお伺いします」
マスターの優しい声が響く。
ちなみに僕はなんやかんやここに通いつめている。
「じゃ、いつもので」
よって、これで通る。
「かしこまりました。お二方はどうなさいますか?」
「二人のも僕が決めちゃっていいかな?…よし、じゃあウオッカ…あ、こっちの子の名前ね。ウオッカには…バージンメアリーを。デジたん…もう一つは僕と同じのをお願いします」
「…かしこまりました」
その一言を言い終わるやいなや、スムーズな手つきで道具を取り出すマスター。真剣でありながら優雅なその立ち振る舞いがなんとも美しい。
「お、おぉー…!カッケェ…」
「…っは!危ない、イケメン二人に挟まれて危うく逝きかけるところだった…!」
さっきから静かだと思っていたら、死んでたのかデジたん。あんまり静かすぎてまったく気づかなかった。
「お待たせいたしました。どうぞ」
そんでもって、全然お待たせされていないうちに、グラスが僕らの三つ目の前に置かれた。
「…は、早く、ないっすか?」
「ええ、今の時間帯はお客様も少ないですからね」
ウオッカが驚くのも分かる。だって、そういう次元ではないくらいの早さだった。まだ三十秒経ったかどうか。なぜその早さで三つ同時に作れたんだ。
マスター…只者じゃない。
「な、なるほど…これが…。すげー真っ赤だな」
「うん、トマトジュースが入ってるからね。
ところで今僕はすごく気分が良い。悦に入っている、とでも言おうか。
バージンメアリーとは、ブラッディメアリーというウォッカを使ったカクテルのノンアルコールバージョンである。ブラッディの名の通り、真っ赤なカクテルだ。
カクテルには、花言葉と同じような「カクテル言葉」と呼ばれるものがある。そしてこのブラッディメアリーのカクテル言葉は「私の心は燃えている」「断固として勝つ」といったもの。
ウオッカ…いや、ウオッカとスカーレットにピッタリではないか?
僕はオタクだ。こじつけが大好きで、一の現実から百の妄想をして勝手に喜び悶え死ぬタイプのオタクだ。
何が言いたいかって、それはつまり。
クッソエモくね、ということだけである。
「あたしとオロールちゃんのは…なんというかフルーティーな香りがしますね。それに、キャロットジュースも入ってるような…」
デジたんとお揃いのものを飲んでいる、という事実が、より激しく僕の心を狂わせる。あぁやばい、最ッ高に気持ちがいい。
「おや、お気づきになられましたか。そうですね。キャロットジュースを含めた様々なフルーツフレーバーを使用して、ウマ娘の方にお楽しみいただけるようにと作ったものです」
これは、先日僕がここに来てマスターと好きな食べ物についての会話を交わした際、ウマ娘的にはやっぱりにんじんが一番舌に合う、みたいなことを僕が漏らした次の瞬間、マスターがノリノリでシェイカーを振って生み出したオリジナルカクテルである。わずか数十秒にも満たない出来事であった。
やはり彼は只者じゃない。
「…もしかして今の俺、スゲーカッコいいんじゃねーか…?」
ふとウオッカが言う。
その言葉にすぐ返事をする代わりに、二つの熱烈な視線が彼女に注がれることとなった。
「あああ神々しい…!インスピレーションが無限に湧き出てくる…ッ!」
「…いいね、カウンターが似合ってる」
デジたんは今すぐ筆を執りたくて堪らないといった様子だ。
長居をするわけにもいかないので、僕らはしばらく会話に花を咲かせたのち、二十分ほどで店をあとにしたのだった。
◆
「ただいまゴルシちゃん」
「おう。おかえり」
もはや恒例となった窓からの帰宅。
今宵のゴルシちゃんも、月に輝く髪が綺麗だ。
「ゴルシちゃんはなにをしてたの?」
「まー、いろいろな。ブラブラしてちょいと面白いもん見つけたり…とかな」
「面白いもん?」
「細けえこたいいんだよ。お前の方はどうだったんだ?ウオッカとデジタルと、だろ?」
「うん。できればゴルシちゃんとも行きたかったけど」
「アタシは行きたくなったら行くぜ」
実に彼女らしい返答だ。
「是非いつか行こうじゃないか。僕としては共犯者は多い方がいいからね」
「共犯者て。まあそうだけどよ」
共有の秘密を持つこと、それは友情の距離を縮めることに繋がる。
「話は少し変わるけど、たとえ夜間に外出したとて、ウマ娘が危険な目に遭うことってなかなかないよね」
ウマ娘の身体能力というのはどうも、前世でいう馬よりも高いように思われる。だって平気で海割るヤツとかいるもん。
「まあ…ウマ娘が被害を負うことはないだろうが、逆に襲ってきた相手にやりすぎる心配はあるよな」
「確かに…」
前にテレビでウマ娘格闘技の映像をチラッと見たが、あれはすごかった。視認することすら難しいスピード、重機ばりのパワー。
それには及ばないにせよ、僕だって人間からしてみれば恐ろしいほどの力を持っている。
「…そういえばゴルシちゃん、トレーナーさんにちょくちょくプロレス技かけたり飛び蹴りかましてるけど、…大丈夫なの?」
「ああ、割と本気でやってるんだが、せいぜい鼻血止まりだ。あいつは硬すぎる」
ところで、うちのトレーナーさんの耐久力が人外じみているのは一体どういうことなのだろう。
「やっぱりトレーナーは最強、ってことかな…。だとしたら、ウマ娘がトレーナーになれば究極生物の誕生…!」
「あほくさ。早く寝ろよお前」
……真面目に考えて、結構いいかもしれないな、トレーナーになるの。
卒業後もウマ娘と触れ合える上、競走ウマ娘としての経験はきっと役に立つだろう。僕にはちょっとした特技もあるし。
トレーナーバッジを付けて、トラックを眺めている自分の姿を想像する。
…横に誰かいる。
ピンクの髪で、僕と同じ耳と尻尾がある。
…ウマ娘のトレーナーは数が少ない。それには色々理由があって、例えばそもそもトレーナー試験自体が狭き門であり、引退後にわざわざ目指す必要性がないからだとか…「人とウマ娘の絆」の力というのが結構信じられていたりだとか。
まあ、でも。
なれないわけじゃあない。
だったら、目指すのも悪くない。
デジたんは究極の生命体(トレーナー)になりそうだなあ…と、個人的に思っています。
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理解から最も遠い感情
じー……。
「……?」
じー……。
おお…!ゆっさゆさ…!
「むぅ…」
じー……。
ふむふむ。
ホントに同い年なのか思わず疑ってしまう。
涼風に揺られる栗毛のなんと嫋やかなことか。
「…何でさっきから人の体をジロジロと眺めてるわけ?」
「じー…っあ、うん。ごめん。ちょっといろいろと気になって。肉付きとか…」
サァーッと音がしそうなほどの勢いでスカーレットの顔が青ざめていく。
「あぁッ違う違う違うッ!いや、違くはないかも…やっぱ違う!断じて!これには深いわけが…!」
「ふぅーん…」
「ホントホント!いかがわしい気持ちなんてこれっぽっちも…ほとんどまったく抱いてないさ!肉付きってのはつまり…筋肉のつき方だとか、体格だとかそういう意味で言ったんだ」
やましいことなど多分きっとそれほどあまりそこまで考えてない。
…デジたんにはない艶やかな魅力が彼女にはある。多少なりとも見入ってしまうのは仕方がない。
街中でお洒落な服をショーウィンドウの向こうに見つけたとき、つい歩調を緩めてしまうようなもの。不可抗力だ。
「それならいいんだけど…でも、どうしてよ?」
「見て損はないでしょ?ウマ娘の体を観察して分析する。トレーナーさんがやるように、ね。もっと目を鍛えてこの技能をマスターすればかなり役に立つと思わない?…それに、チームメイトのことはしっかり見ておきたくて。自分では気づけないような体の異常なんかが見つかるかもしれないから」
凄まじい膂力を持つウマ娘の身体だが…実のところ、かなり脆い。
人間と変わらない体躯から繰り出される圧倒的なパワーゆえに、体には大きな負担がかかる。
十分なケアをしていても、怪我を避けることは難しい。
その上、ウマ娘という種族にはまだ未解明な部分も多く、人間には見られない特殊な病気だとかもある。予防しようのないそれらには、治療も困難かもしくは不可能であるものも多い。
異常の早期発見、早期治療ができるかどうかは、ウマ娘の選手生命を左右するのだ。
そう、僕はチームメイトの身体のことをしっかり考えているのだ。やましいことなどほんのちょっぴり、小指の爪くらいにしか考えてない。
「…アタシってそんなに怪我しそうに見える?」
「え?別にそんなことないよ。ただ単にチームメイトだから気にかけてただけ、みたいな。…どうして?」
「同じようなことを前にも言われたのよ。…ウマ娘について研究してる先輩に」
なるほど、スカーレットの知り合いのウマ娘について研究している先輩……ん?
「ねえ、それもしかして…タキオンさんのこと?」
そういえばあのムァッドサイエンティストはスカーレットのことを何かと目にかけていたのだったか。史実では親子関係にあったからな。
どうやら二人は既に出会っているようだ。アニメではOVAの「BNWの誓い」時点でまだ初対面だったはずだが、僕とデジたんがスピカに加入したのと同じく、何らかのパラレル的要素が発生したらしい。
「あら、タキオンさんのこと知ってるの?そうよ、その通り。…って、オロール。まさかあんたまでタキオンさんのことをマッドサイエンティストだのなんだのと言うんじゃないでしょうね?」
「…え?…あ、ウン、モチロン。タキオンさんは優しい人だと…思うヨ」
そうだった。タキオンさんはスカーレットを実験台にしたりしないから、彼女に優しい先輩として慕われているのだ。
「みんなタキオンさんのことをそうやって勘違いしてるのよ…。あんなに優しくて頭も良いのに。最近タキオンさんから特製のサプリを貰ったんだけど、それを飲んだ途端に一瞬で調子が良くなったのよ。…そんなすごい物も作れる人なのに、どうして皆誤解するのかしら…」
だってマッドなんだもんあの人。
そりゃあ、僕だってタキオンさんのことは嫌いじゃないし、むしろ好きだ。ウマ娘だけあって魅力的な容姿、内に秘めたる悍ましいほどの才能と狂気。オタクとしては大変刺さるものがある。
だから、薬の実験台になれと言われたとしても僕は満更でもない。あのえげつない甘味と蛍光色をどうにかしてほしいところではあるが。
結局、マッドなことに変わりはない。
「…あ、そうだ。ちょうど今日そのサプリを貰いにタキオンさんのとこに行こうと思ってたのよ。アンタも来る?」
そうだなぁ…。
デジたんも「今日は文化的で創作的な活動に集中したいので…!」と言って部屋に閉じこもっているし、暇つぶしについて行くのも悪くない。
「うん、行くよ」
◆
トレセン学園のとある空き教室。
そこの扉を開けると、中にいたのは漆黒クール系ウマ娘ことマンハッタンカフェさんであった。
「あ…こんにちは…。スカーレットさん、オロールさん…。タキオンさんなら今は図書室に行ってますが、すぐ戻ってくるそうです…」
「こんにちはカフェさん。それじゃ、ここで待ってもいいですか?」
「はい、どうぞお掛けになってください。…コーヒー、飲みますか?」
「あ、いただきます」
「…アタシも、お願いします」
僕とスカーレットは近くの椅子に腰掛け、コーヒーとタキオンさんを待つことにした。
豆の挽かれる小気味良い音と深い香りが神経を刺激する。なかなか本格的なようで、実に楽しみである。
「…あ、そういえば…。今日はいないのかな…」
「いない?誰のこと?」
「あー…それは…」
誰、というか。ナニ、というか。
今日は、例の可愛い「お友だち」の姿が見えないのである。
「……あの子なら、さっき避な……どこかへ行ってしまいました」
カフェさんが背中を向けたまま教えてくれた。今日は会えなさそうだ、残念。
「…ねえ、二人とも誰のことを話してるの?」
僕はてっきり、「お友だち」はカフェさんにつきっきりなのかと勝手に思っていたが、そんなこともないらしい。
…いつでも会える可能性がある、とポジティブに考えることにしよう。
「…ねえ、誰なのよ…?」
「…お待たせしました。砂糖とミルクはご自由にどうぞ」
僕らの目の前に芳醇な香りのするカップが二つ、コトリと置かれた。
「ありがとうございます。いただきます」
せっかくのお手製本格派コーヒーだ。まずはブラックで味わってみよう。
カップに口をつけると…何とも深みのある味わいというか、…芳香、コク、リッチな風味…僕の語彙では言語化するのは難しいが、素直にとても美味しいと思える味が、舌の上を転がった。
「美味しいです。とっても」
「ありがとうございます。…誰かと飲むコーヒーというのも悪くなさそうですね…。あの子も、私の淹れたコーヒーを飲めたならいいのに…」
どこか遠くを見るような目で、彼女は言った。
「あ…アタシも、いただきます…。って、ホントに誰なの?…ちょっと?」
コーヒーを楽しんでいると、廊下から足音が聞こえてきた。…コレはタキオンさんの足音だ。
間もなくして、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「ンカ〜フェ〜ッ!カフェよ!君にピッタリな薬品のレシピを思いついたから今すぐ実験を…っと、お客さんかい?」
「あっ!タキオンさん!こんにちは!」
「こんにちは、タキオンさん」
スカーレットのキラキラした視線を受けるタキオンさん。その顔に浮かぶのは、まるで父が我が子に向けるような優しい表情。
あー…てぇてぇ!
「やあスカーレット君…それにオロール君も。何か私に用でも?」
「はい、タキオンさん!実は例のサプリのことなんですけど…」
「あぁ!…どうだった?効果の実感は?何か走りに影響は?いろいろと感想を聞かせてくれたまえ!…それとも、何か問題でもあったのかね?」
「いえ!むしろ、アレを飲んでからすっごく調子が良くなりました!」
ちなみにこの二人、スカーレットの方が微妙に身長が高い。
…だからこそめっちゃくちゃに尊いんだよなぁまったくこんちくしょうてやんでいべらぼうめぃ!
…おっと、ついつい昂りすぎた。
「…調子が良くなった、と。フフフ…であれば、オロール君。君には改めて感謝の意を表するべきだろう」
「…え?僕ですか?」
「ああ。こないだ君が協力してくれたおかげで、サプリの完成に一気に近づけたのさ。あの実に興味深いデータのおかげでね…」
あぁ、デジたんと危うく一線を越えそうになったあの件か。
今思うと、後からいくらでも言い訳できる状況だったわけだし、いろいろとやっておけばよかった。僕ったら、実にもったいないことをしたなぁ…。
そんなことを考えていると、タキオンさんが何やら思いついた、といった風に手をポンと叩いた。
「そうだ!丁度いい、君たちに頼みがあるんだが…」
「はいっ!!なんでしょうか?」
良い返事だなスカーレット。良すぎる。
「頼みというのはね。君たちに飲んでほしいブツがあるのだよ。これなんだが…」
「嫌です。…嫌です」
即座に否定を重ねるカフェさん。
気持ちは分かる。だってタキオンさんが今取り出した怪しげな錠剤からは…果たして錠剤と呼んでいいのか分からないほど、虹色の輝きが放たれているのだから。
「すっごく綺麗な色ですね!」
ウソだろスカーレット。
「ふふ、そうだろう。…おっと?青鹿毛の方々は何かお気に召さないことでもあるのかい?」
「いや、あの…ソレ、飲んじゃいけない色な気がするんですけど…?」
「大丈夫だとも!この錠剤はそちらのダイワスカーレット君に渡すため、例のサプリのレシピを改良して作ったものなのだよ。即効性はそのまま、さらに効果を高め飲みやすくした自慢の品さ。…彼女に渡すものに不備があってはいけないから、私とモル…トレーナーくんで何度も実験を行った。したがって飲んでも問題はない」
…どうだろう。
スカーレットのために作った、というのならば、さほどヒドい目には合わないだろう。…というか、むしろ何らかのメリットがあるかも。
「…私は遠慮しておきま…」
「カ〜フェ〜…カフェ、カフェ…。いや、初めに言っておくと、悪気はなかったのだ。しかし先日、偶然にも見てしまってね?君が物欲しそうな目でコーヒー豆の通販サイトを眺めているところを…」
そう言って、いつどこから取り出したのか、彼女は手にコーヒー豆の入っているらしい小洒落た袋を持っていた。
「…本当に大丈夫なんでしょうね」
「ああ、もちろん」
カフェさんはそれを受け取ったきり何も言わなかったが、コーヒー豆の魔力に屈したことは聞かずとも分かる。
…まあ、スカーレットもいるし。さすがに今回は大丈夫だろう。
「全員、飲んでくれるね?ならば早速、グイッとやってくれたまえ」
タキオンさんはワクワクした様子で、僕らに紙コップと虹色のブツを配った。
「んくっ…前よりも飲みやすいです!すごいですタキオンさん!」
早いよスカーレット。早い。
憧れとはこうもウマ娘を盲目にするものなのか。
「ありがとう、工夫した甲斐があったというものだ。…ほら、二人もさっさと飲むといい。心配ご無用、まったく同じ種類の錠剤だとも」
…やっぱり怪しい雰囲気は拭えないが、しかしタキオンさんを信じることにしよう。
意を決して、虹色を口に入れる。
「…ん。よかった、普通の味だ」
「……ふぅ。…飲んでも異常はないようですね…。今のところは…」
カフェさんも渋々といった様子で薬を飲む。
「さて、三人とも協力に感謝するよ。…ではスカーレット君。サプリの残りだが、私の部屋にあるんだ。取りに行くから、君も一緒に来てくれ」
「ハイッ!ありがとうございます!」
部屋の外へ出る二人。
しかし数秒と立たないうちに、マッドの方がひょこりとドアから顔を出した。
「…あぁ、青鹿毛諸君。言い忘れていたが、君らには日頃の感謝の意を込めて、少々特別な水を飲んでもらったよ。なぁに、礼は要らない。半時間ほどで効果は表れる。それまでに、何か柔らかいもの…ソファなんかの上にいることをオススメしておこう」
そう言って、彼女は今度こそ去っていった。
「…くっそ、やられたッ!」
「…あの狂人、スカーレットさんの前ではすっかり猫を被ってますね…」
残されたのは、騙された憐れなウマ娘が二人。
「……あの口ぶりからするに、私たちはロクな目に遭わないようです。…毛布持ってきますね」
「…あ、どうも…」
何か柔らかいものの上にいろ…つまり意識が飛ぶ可能性大ということだ。
僕らが選べる道は、ただ気絶に備えることのみだった。
◆
「……んー?」
いつの間にか、心地よい浮遊感の中に僕はいた。
「…ふわふわする」
まるで本当に浮いているかのよう…。
と、そこで下を見た僕は、床が随分遠くにあることに気がついた。
「…ッ!?ふおお浮いてるッ!?浮いてる!」
もしかしなくても薬のせいだろうが、しかしなぜ体が浮くんだ!まるで幽霊にでもなったかのよう…って、まさか。
「…オロールさん。気がつきましたか…?」
声の方を見やれば、そこには浮遊するカフェさん。
「カフェ、さん?…あの、これってまさか…」
「…ご想像の通りでしょう。…俗に、幽体離脱、と呼ばれるものとみて間違い無いかと」
マジか。…マジかぁ。
タキオンさんの薬を飲んだだけで。ほんの少しの油断で飲んでしまった、それゆえに…
「…こんな素晴らしいシチュを体験できるなんて!最ッ高じゃないか!」
「…元気、ですね?」
「ハイッそりゃもうこんな神シチュオタクなら誰だってこうなるってもんですよヒャッホゥ!」
幽体離脱とは、つまりデジたんに対して何をしようと一切気付かれないということ。
こうしちゃいられない。すぐにデジたんの部屋に向かわなくては!それで、あんなことやこんなことだってできるわけだから…。
…僕はもしかすると、このまま天国に行ってしまうかもしれない。…いや、デジたんのいる此処こそが天国だ。
「デジたーーんッ!今行くよーッ!」
空を蹴って、僕は駆け出した。
◆
デジたんの部屋に着いたのだが、そこにあったのはデジたん(抜け殻)だった。
「…なんて可愛い顔で尊死してるんだい」
…机に突っ伏している彼女はペンを握っていて、手元にはウオッカと…描きかけで誰かは分からないがもう一人描かれている、ウマ娘モノのウ=ス異本の原稿らしきものが置いてある。
「描いてる途中で…耐えられずに…。デジたん、君は最期までペンを離さなかった…。まさに勇者だ…」
さて、勇者様の御体になにか異常がないかチェックを…。
するとそのとき、遠くから声が聞こえてきた。
…聞こえるはずのない声が。
こちらに向かってくる。
「……ぉぉおおおおお!あたしの体があるッ!ということはコレは確実に幽体離脱的なアレじゃないですかヤダーッ!…拙者、永きにわたり!壁になりとうござった…。壁になってウマ娘ちゃんを眺めたい、と…。しかし今ッ!その夢がッ!叶うッ!自分で描いた原稿が尊すぎて気絶したがためにッ!叶えられるッ!これは一刻も早くウマ娘ちゃんを拝みに行かなければ…!」
デジたんがもう一人現れた。しかも、窓の外でふわふわしている。
「うっひょ…!なぜかあたしの部屋にオロールちゃんがッ!…しかし今のあたしならばオロールちゃんに見られることはないッ!ふっへへ…拝ませてもらいやすぜ…オロールちゃんの誰にも見せない表情ってヤツを…!」
…ふふふ、すっかり調子に乗っているあまり、僕の足が床から1cmほど浮いていることに気がついていないようだ。
面白そうなので気付かないフリをしておく。
ふわりとこちらに近づいてくる彼女だが、僕から少し離れたところでなぜか止まってしまった。
「…ちょっと待った。そういえばオロールちゃんは確か、オカルト的なものが”見える”タイプのウマ娘ちゃんだったような気が…?あたしのことも見えている可能性が微レ存…?…よし、確認してみましょうか」
僕の目の前まで来て、手を振ってみたり、踊ってみたりするデジたん。
「…デジたんは可愛いなぁ」
「…ッポゥ!?…いや、コレは…マイボディを見ながら言っている可能性も…」
またまた手を振ってみたり、くるくる縦に回ったりするデジたん。
…ッ!ヤッターパンツミエゲフンゲフン。
「…尊いなぁ、デジたん」
「ン゛ッ…!…し、視線は依然マイボディの方に向いているようですし…。これはつまり、あたしのことは見えていないと考えるべきでしょうか…?」
そう言って彼女は僕の顔を覗き込む。
まさに目と鼻の先…絶好のタイミングだ。
素早く彼女の肩に手を回したところ、しっかりと掴むことができた。
「よしッ!…幽体同士なら触れるみたいだね、デジたん」
「ファッ!?…ゆう、たい…?あの、今なんて…というかあたしのことが見えて…ッ!?」
僕は彼女を抱え、そのまま宙へと浮き上がる。
「のわぁっ!?ちょ、オロールちゃん!プリーズ!プリーズ!エクスプレイィンッ!」
「ちょっといろいろあったんだよ、うん」
「ン〜アバウトですねぇ!?もっと詳しくッ!」
「タキオンさんの薬」
「アッ、理解しました」
さすがの理解力だ、デジたん。
そして相変わらずよきかな、お姫様抱っこ。
もう、なんか…収まりがいい。
「このまましばらく散歩してみない?…空中散歩。随分とロマンティックな響きだ。どうかな?」
僕としては寝ているデジたんにいろいろやる予定だったが、こうなっては話は別だ。
それに、デジたんの体をいじるよりかはよっぽど…綺麗だろう。
「ふぇ…?…ッちょ!?」
「落ち着いて。…さ、歩こう。足を出して。歩き続けて。そう、怖がらないで。…ふふ、上手だね」
「ひゃっ…!?…これは、でも。…エモい、なんて単純な言葉を使うのが憚られるほどに、不思議で、幻想のような…」
空を歩くデジたんは天使だ。
羽はない。だが今確かに、僕と彼女は空にいる。
まるで夢のようだ。
いや、もしかするとこれは本当に夢なのかも。
こんなオカルト的な出来事が、果たして現実で起こるだろうか。
まあエモいからいいや。
◆
「ん、んぅー…?」
いつの間にか、ふかふかのソファの上に僕はいた。
…浮いてない。当たり前だが。
「…おはようございます」
「あ、カフェさん…。どうも…」
横にカフェさんが座っている。
…やはり僕らはタキオンさんの薬を飲んで、少なくとも意識を失ったことは確実なのだ。
「…空中散歩は楽しかったようですね」
「…っ。…ええ、まあ」
…なるほど。
カフェさんの今の言葉、それはすなわち。
先程の奇妙な時間は僕だけが過ごしたものではない、ということだ。
そんなことを考えていると突然、部屋のドアが開かれた。
「やぁ二人とも!どうだったかね、効果は?水に溶ける無味無臭無色の薬はまさしく君らに無味無臭無色な体験を授けてくれたはずなのだが。さ、教えてくれ!」
なるほど、なるほどねぇ…。うん、なるほど!
「ッタキオンさん!…いえ、タキオン様ッ!この度は本当にッ!本ッ当にありがとうございますッ!貴女は天才だ!最高のウマ娘だ!どうぞ、これからも僕をどんどん実験台にしてください!」
「うえぇ…?ちょ、ちょっと待った。様付けはよしてくれ、なんだかむず痒い。というか、一体全体どうして君はそんな態度をとる…?カ、カフェ…。何か知ってるかい?」
「…彼女たちはそういう生き物なんだ、ということに、私は今日気付きました…」
「…ふゥむ?少し理解し難いが…。オロール君。やっぱり君は実に面白い子だよ」
…スカーレットの言う通りだった。
タキオンさんは優しくて頭も良い、まさに完璧なウマ娘だったんだ!
ハ○ルの動く城のBGMでも聴きながら読めばエモいんじゃないですかね、知らんけど(適当)
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同志の香り
そして彼に関わった全ての人に最大の感謝を。
心よりご冥福をお祈りします。
時の流れというのは早いもので、気付けば八月も残りわずか。とはいえ、まだまだ暑さは健在だが。
「其処な我が同志よ。随分と弛んだ表情をしているじゃあないですか…?」
「デジたん…。だってさあ。毎年のことだけど、こうも長く暑さが続くとうんざりしてこない…?」
サラブレッドがそうであるように、ウマ娘という種族は基本的に暑さに弱い。もちろん個人差はあるが、僕はその中でも特に暑さが苦手な方だ。
「確かにここ最近も変わらず暑いですが…!ですがですが!そろそろ気合を入れねばッ!九月十月といえば、食欲の秋スポーツの秋芸術の秋読書の秋行楽の秋…!ウマ娘ちゃん関係のイベントも盛りだくさんですよ!」
…秋がやってくる。
天高くウマ娘肥ゆる秋、というだけあって、トレセン学園の学食もきっと旬の食材を豊富に使った、文字通り垂涎ものの料理がいっぱいだろう。
暑すぎず寒すぎずな気候の中、数々のG1レースも開催される。
過ごしやすい季節だから、モノを作るのにはうってつけ。…頑張ってくれ、ウマ娘同人作家さん。読書の秋を盛り上げてくれ。
「あ、なんか急にやる気出てきた…。ビバ、秋!」
「その調子ですよ!今からエンジンをふかしておかなきゃ満喫できないってもんですからねぇ!秋のファン感謝祭を筆頭にッ!我々オタクに大サービスをしてくれちゃうトレセン学園が…しゅきぃ〜!まさに、天ッ国…!」
…デジたんは本当に自覚がないから困る。そんな可愛い顔で「しゅきぃ〜」とか言ってるのを見た僕の気持ちを考えてほしい。
「というか、ファン感謝祭かぁ…。僕らはまだデビューすらしてないし、裏方仕事かな?」
「ハイ、多分。…たまーに、ホントにごく稀ですが、先行投資的な感覚でデビュー前のウマ娘ちゃん目当てに来るファンの方もいらっしゃるようです。いずれにせよ、デジたんは裏方に徹するでござる…。ウマ娘ちゃんの魅力をもっと皆さんに知ってもらうための崇高な任務ッ、死力を尽くしてでも遂行しなければッ!」
…これは、デジたん需要を増やさねばなるまい。
数多の推し活スポットに遍在し全力で推し活に励んでいるデジたん。
…重度のウマ娘オタクにとっては「毎回自分が行く場所行く場所に必ず居る同志らしき美少女」という存在にあたる。
…おそらく、現段階でもファンはいる。
つまり、火種はある。あとは大きくするだけだ。
そして、推す側の気持ちをよく知っている彼女のことだ。自分のファンに塩対応をとるはずはない。
…ファン感謝祭までにやることやれば、デジたんに接客してもらえるのでは!?少しベタだが、メイド服とか着てほしいなぁ。
あぁ、夢が広がる!
…デジたんの魅力を伝えるために、具体的に何をするかといえば、そりゃあもちろん…読書の秋だ。
「ときに、デジたん、我が最愛の同志よ。君はいわゆる生産者なわけだけど…作ったブツはいつどこで捌くの?」
「コヒュッ…ッ!?スゥー〜…ッ。ハイ、ハイ。…えぇ、まあ、ハイ。そ、それはですねー…。即売会といいますか、イベントといいますか…そんなところで…」
「…?急に挙動不審だね。というか、そのイベントの名前が知りたいんだけど」
「ヴッ…!?し、知って、どうするんですか…?」
随分と変なことを聞く。それに、さっきからやけに焦っている。
…どうしてだろう。
「普通にそのイベントに行く。決まってるじゃん。なんだったら手伝おうかとも思ってたけど…あ、もしかしてあれ?リア友に見られるのは嫌、的な…?」
「いえいえ全然そんなことは…ッ、あの…えっと、ですね…。申し訳ございませんんんんッ!!」
なぜ謝るのか。コレガワカラナイ…いや待て、予想してみよう。
見られたくない理由があるのだろうが、それは何か。
「あ、もしかしてだけどキャラのモデルにスピカのメンバーを使っ…」
「イヤそのオロールちゃんのに関しては攻め受け両方用意してるとかそんなこと言えるわけないじゃないデスカー…ハハハッ…」
「なるほどオロ×デジ本というわけか…」
「違う違ぁう〜そうじゃ〜っない〜!?あたしなんかが尊み溢れるCPを構成できるわけがありませんし…第一ウマ娘ちゃん本に自分を描くとか…無理ですッ!おこがましい!基本的にどんなCPも全肯定するあたしですが、それだけはダメですッ!」
「ほら…夢漫画的なノリで…」
言ってはみたが、デジたんは他ウマ娘との関わりにおいてオタクとしての一線を引いているので、自らが登場する本など描くことはないだろう。…できれば描いてほしいが。
ちなみに僕は夢女子であって夢女子ではない。かつて抱いた二次元への憧憬という夢は今や現実となった。というか、ガチ恋が始まったのはデジたんをリアルで拝んでからだ。
…僕はそもそも女子か?いや、そんなことはどうでもいい。
「…確かにあたしとてウマ娘。容姿に関しては中の上くらい、それなりのものだという自覚はありますとも。しかしだからといってあたしを登場させても需要がないと思…」
「ある。あるよ、うん。すっごくある。デジたんはいい加減そろそろ正確な自己認識をするべきだ。あと需要の有無の話をしておくと、僕の需要なんかまったくない。誰も買ってくれないに決まってる」
「そんなことはありませんッ!僕っ娘需要もオッドアイ需要も常に一定数存在するんです!オロールちゃんは自分の可愛さを自覚するべきです!」
特大ブーメラン刺さってますよー。
「…それと、このアグネスデジタル、お金やちやほやされるためにウマ娘ちゃんを描くわけじゃあありません!同志たちにウマ娘ちゃんの素晴らしさをもっと知ってもらうことッ!それこそがあたしにとって大事なのですッ!デビュー前のウマ娘ちゃんにしかない尊みを描けるのは、あたしのようなトレセン学園関係者しかいないッ!ならば描かないことがあろうかッ?いや、ない!」
拳を握りしめ熱弁するデジたん。
「そういえば、オロールちゃんは…嫌じゃないんですね。本のネタにされるのは…」
「デジたんが描くんならむしろどんどん描いてほしいかな。そして可能なら君自身の手でオロ×デジ本を…」
「描きませんよ!?」
うーん、残念。
「じゃ僕が描こう。よし、今日からイラストの練習を…」
「あ、あの!あたしが…そういうCPを構成するのは…その、深刻な解釈違いというか、いろいろどうかと思うんですよ…?」
「そっか…。でも問題ないよ。君という存在はさながら古代ギリシャの彫刻のごとく!まさに、美!それを体現してるわけだ。だからデジたんオンリーでもいけるし、なんならデジ×デジでも…イイッ!」
「いくないっ!…とにかくっ、ダメです!」
「僕はね、デジたん。君のことが何よりも大好きでさ。見ていると幸せを感じるし、しばらく顔を見てないと寂しくなって死にそうになる。…こんな僕にとっての幸せは、君の神々しさを紙とインクで表すことなんだ!」
「あのー、ですね。あたしなんかを推さない方があなたのためになると思いま…」
「デジたん?そんなこと言わないでデジたん?…大体さ、こないだ僕らは霊体で触れ合ったわけだけど。これってもう行くところまで行っちゃってると思うんだけど。ABCでいうところのZだと思うんだけど」
「そのりくつはおかしいです」
おかしいかな。魂レベルの交わりはディープもディープ、最終到達点だと思うのだが。
◆
というわけで休日。僕がやってきたのはとある画材屋さんである。
とりあえず形から入るべく、なんか本格的な雰囲気のある場所に来てみた。
アナログな道具を揃えようとしている理由だが、大したことじゃない。ただ、デジタル、なんて名前のくせにアナログで創作活動に励む彼女に対する敬意。それと、デジたんの手指から時々ほんの僅かに漂うインクの香りというものが好きだからである。
にしてもこの店、実に良い雰囲気だ。
今は客足も少ないようで、淀んだ匂いが鼻に入ってくるのがまた心地いい。
「さて、と…デジたんが持ってるやつは…これかな?」
先日、彼女の机を横目で見たときに置いてあった道具をいくつか見つけた。もちろん買うに決まっている。
デジたんが使っている画材、それはもう実質デジたんである。そういうものだ。
「…ん?つまりそれを持って眠れば同衾では?」
なんだ、そういうことだったのか。
それに、同じ屋根の下で眠っていると考えれば僕はデジたんと既に同棲していると言っていいのでは…?
「んふふふ…ッあだっ!…っと、すいません」
おっと、考え事に熱中していたら人とぶつかってしまった。
「…いえ、こちらこそすみません」
ぶつかった人は女性のようで、高く澄んだ声が聞こえてきた。ふと顔を見てみる。
うわ、ものすごい美人だ。正統派美少女です、と言わんばかりの美しい黒髪に、思わず見惚れてしまいそうな不思議な魔力のあるクールな瞳、それにウマ耳…ウマ耳?
「……メジロドーベル?」
身に纏うクールでドライな雰囲気、美しい黒髪と左耳につけた耳飾り。なんだか前に見たような見た目だ。
「え?どうして私の名前を…?」
「…あッ!すいません、つい…。やっぱりメジロドーベルさんでしたか」
「はい、そうですけど…。すみません、もしかして前に会ったこと…」
「あぁ、そういうわけじゃなくて。僕もトレセン学園の生徒なんです。それでたまたま噂を聞く機会があったというか…」
もちろん、嘘である。
前世で僕がやたらと性別を変えるきっかけになった彼女のことはしっかり覚えている。…ホントに性別が変わってから会うとは、あの時は思ってもみなかったけど。
「あぁ、なるほど…。ぶつかってすみませんでした。それじゃ…」
「はい、それじゃ…って、待ってくださいよ。なんか…アッサリすぎません?」
「…はい?」
それじゃ…と言って、瞬きをする間もなく立ち去ろうとする彼女を引き留める。
「ほら、僕一応あなたの後輩ですから。せっかくですし、少しお話ししたいなぁと思いまして…いいですかね?」
「えぇ、構いませんけど…」
よっしゃあ!
叫びたくなったが、心の中に留めておく。
美少女というものはいつ見ても眼福なのだ。ウマ娘は基本的に皆が眉目秀麗だが、彼女はその中でも特に美しい。
…僕は決して、絶対に、断じて!Mではない。Mではないが、こういう人に冷たい目で罵られてみたいと思わなくもなくもなくもなくもなくもない。
「…とりあえず僕を罵ゲフン、…あー。あの、僕にはもっと砕けた言葉使いでお願いします!僕は後輩ですし、そっちのが落ち着くので!」
「…えっと、こんな感じ?」
「…アッ、ハイッ…」
…あっ、ヤバい!スゴクいいッ!激ヤバかもしれないッ!
こんなところで出会えるとは。
さすが名牝の魂を受け継ぐウマ娘、その一挙手一投足何もかもが余す所なく美しい。
「えっと…あなたの名前を聞いても?」
「あ、申し遅れました。オロールフリゲートです。オロールでもルフリでもゲーでも、お好きな呼び方でどうぞ」
「…じゃ、じゃあオロールさん。改めて、メジロドーベルよ。よろしく」
それきり、口を閉じたまま、ほんのりと頬を赤らめる彼女。
僕も黙りこくってしまったが、それは見惚れているからだ。心なしか顔も熱い。
彼女の美しさ、可愛らしさは知っていた。
しかし実際に目にすると、どうしようもなく綺麗で、手を伸ばしたくなるほどに輝いている髪や、キリッとした目が…
「…可愛い…」
「ぴっ…!?…え、かわ…?」
ああ、口に出してしまったか。
「すいません。心が叫びたがっていたもので。抑えきれませんでした」
「こころ…?ね、ねえ、今なんて言ったの?」
「心が叫びたが…」
「…その前」
「可愛い。…あの、可愛いなぁーと、つい本音が漏れたというか…あの、どうも性分でして…」
「分かった、分かったから。その…なんでもない。ただ、ただ少し気になっただけ…」
ドーベルさんはそっぽを向いてしまった。りんごのような顔色になっていたのは気のせいではないだろう。
…なるほど、なるほど。
最高じゃないか。
意図せず言ってしまった言葉が彼女の萌えポイントを引き出してくれた。
「…ドーベルさんってホント可愛いですね」
「ッ!お世辞はいいから…」
こちらを向いて返事した彼女の顔には、いろいろな感情が浮かんでいるのが見てとれた。
しかし尻尾の方が大分分かりやすい。さっきからブンブン音を立てて振れている。照れ、恥ずかしさ…そして喜びが混ざった感情が尻尾に表れている。
ドーベル、という名前がコンプレックスで、自分は可愛くもなければ女の子らしくもない、と彼女は思い込んでいる。だから卑屈になりがちな彼女だが、そこに突然投げかけられた初対面のウマ娘…すなわち僕の言葉は意外なものだったのだろう。お世辞だと思い込もうとする部分と、素直に嬉しくなる部分が彼女の中に同居しているのだ。
「…この話は、やめよっか。なんだか…妙な気持ちになる」
…妙な気持ち、ねぇ。
「そうですか。じゃあ別の話を…」
そういえば彼女に聞きたいことがある。
「ドーベルさんは今日、ここに何をしにきたんですか?」
「…もちろん、画材を買うため。…えっと。絵を描いたりするのが趣味なの」
「あぁ…。どんな感じの漫画を描くんですか?」
「そうだね…って、え…ッ!?なんでそれを知って…ッ!?…っあ!いや、なんでもない、なんでもないから!今のは忘れて!」
「忘れろと言われても。…あの、どうしたんです急に?」
「なんでもないから…!本当に」
一体何が彼女をそこまで慌てさせるのか。
…なんとなく予想はついた。
僕が今「漫画」と言ったからではなかろうか。
メジロドーベルのヒミツ。
それは、自作の少女漫画が引き出しの奥深くに眠っていること。
…そんな場所にしまうくらいだ。例のごとく、自分には似合わないと思い込んで人目につかないようにしているというわけだ。
「…ドーベルさん。今僕が漫画と言ったのは、ただ単に僕の描こうと思ってるものがソレだったのでつい口に出しちゃったんです。少女漫画…とよく似ていなくもない…部分的に似ているようなものを描くつもりでして」
「……」
「ドーベルさんもそんな感じ…ですよね?何も隠すことはないですよ、モノを作るってのは素晴らしいことなんですから」
「…アタシには、いまいち似合ってないと思ってさ。この際言うけど…こんなアタシが、…しょ、少女漫画なんかに憧れるなんて。おかしい…気がして」
そんなことないです。あるわけがない。何に憧れるかなんて、他の誰に言われるでもなく、自分が決めるものですから。
「いやいやいや、可愛いがすぎるってこれは…」
「…えっ?ちょ、え?」
「…ア゛ッ。スゥー…。あの。本音と建前が逆になってしまっただけですので!お気になさらず!…とにかく!可愛いドーベルさんに少女漫画は似合ってます!似合いまくりです!」
「…あ、うん」
「自信を持ってください!ドーベルさんには自分が可愛いっていう自覚が必要です!」
「…あの、うん。頑張る…よ」
…なんだろう。
肝心なところがダメだった気がする。決めるべきところで決められなかったような。
まあ結果オーライだ。
◆
「…何してんのお前。十二月の深夜の受験生のモノマネ?」
「いや、デジたんを全力で感じてる」
「スマン。アタシが悪いわけじゃないと思うが、アタシには理解ができねぇ」
「理解しなくていい。感じるだけでいいんだ」
とりあえず部屋に帰ったあと、すぐさま購入した物を机の上に並べてみた。デジたんの机と同じ配置に。
「僕の寝床はここだ。デジたんの側だ」
「お前がその机をデジタルだってんならアタシはもう何も言わねぇぞ。突っ伏して寝ようとしてんのにも何も言わねえ。この星の知的生命体にゃちょいとキャパオーバーだ」
僕の机には今、デジたんという概念そのものが落とし込まれている。伝わってくる気がする、デジたんが。
「アタシ寝るわ。おやすみ…。つーかお前もおやすめ。早急に。ベッドで」
「…うん、そうだね」
万一にでも風邪を引いたら困るし、しっかり布団に包まるべきだろう。
僕の机にデジたんが持っているのと同じものが置いてある、というだけで大分気持ちがいいし。
最推しはデジたんです。
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会員番号No.2
「…よう、今日もイカれてんな」
「ゴルシちゃん?なんだよその言い草は。まるで僕がいつもおかしいヤツみたいじゃないか」
僕にだって常識というものはある。イカれるのはデジたん絡みのときくらいだ。
「じゃ頭のソレはなんだよ?」
「ベレー帽」
「アタシが言いたいのはな。なんでアタシが眠りから醒めた途端にベレー帽被って得意げに足組んで座ってるお前を見なきゃならねぇんだ、ってことだよ」
「ふふ…先に起きてスタンバッた甲斐があった」
「ねぇよ」
…まあ、なんとなく買ってしまった画材を眺めているとつい考えてしまったのだ。
「…画家といえばベレー帽な気がして。なんか買っちゃった」
「バカじゃねーの」
「や、だって。雰囲気出る…じゃん?」
「出ねーよ。…つかお前、めっちゃ形から入るタイプだよな」
「そうかもしれない…」
「かも…って、お前なあ。だいぶだぜ。つーかよ、張り込みといったら牛乳とアンパンだー、とかいってホントに買ってくるのお前くらいだよ」
「むぅ…」
…スピカに入部した日のことか。
いやいやいや…。だって張り込みといったら、トレンチコート着て電柱に隠れる刑事、牛乳、あんぱんと相場が決まっている。それをリスペクトしなきゃあいけない。
「…形から入るのだって大事だよ。高い道具を買ったら気分が良くなるし、お金を無駄にしないよう練習もする。何より、そう…自己暗示。そのモノに相応しくなるため、必然的に無意識で相応しい行動をとるようになる」
「あ、いや、別に形から入るのを否定したいわけじゃなくてよ。行動力あるってのはいいと思うぜ。有り余る行動力だよまったく。…お前にはまた別の問題があるってこった。アタシから口に出すことはしねえけど」
別の問題ね。教えてくれたっていいのに。
「…そもそも、ベレー帽の場合、あくまで絵描きのイメージってだけで、絵の腕に直結してねえだろ。何に使うんだよそれ?」
「んー…。あ、外行くときウマ耳隠すのに使える」
「やっぱ絵関係ねーのかよ」
それは仕方ない。だが役立てる方法があるのならばよいのだ。結果オーライ、結果オーライ。
◆
「徳!積みましょう!」
昼食時。デジたんと同じテーブルについた僕に向かって開口一番、彼女はそう言った。
「…徳、ねぇ。日頃からそれとなく心がけてるつもりだけど」
「あたしが言いたいのはですね。身命を擲つ覚悟でウマ娘ちゃんのために働こう、ってことです!…ほら!秋のファン感謝祭ですよ!」
…そう。もうすぐなのだ。秋のファン感謝祭が。
徳を積んでファンサを大量に浴びるつもりだろうか、デジたん。
「トレセン学園の一生徒として、そしてなによりウマ娘ちゃんオタクとしてッ!模範的な行動をとるべきです!つまり、前日準備…会場設営だとかの仕事をっ、この身果てるまでやればッ!ウマ娘ちゃんたちのために働いて徳を積める!完璧ですよこれは!」
「…まあ、僕…僕らはどっちみち裏方に回ることになるだろうからね」
「聞けば、今の時期は学園が忙しく、生徒会も人…いや、ウマ娘を欲しがっているようです。バリバリ働ける助っ人をッ!というわけで、手伝いませんか?…いえッ、あなたは手伝わねばなりません!なんせ、オロールちゃんはただでさえあたしを推す、なんてギルティなことやっちゃってるんですからね。必要なものは徳ですよ、徳」
ほうほう、なるほど。デジたんを推す…愛することは罪なのだろうか。いや違うだろう。僕が彼女に抱く感情というのは、人間やウマ娘にとって最も大事な感情ではなかろうか。
「…デジたん、デジたん、デジたん。ねぇ、いいかい。始めに言うけど、僕はデジたんのことがすっごく好きなわけだ。おそらく、というか確実に君が推しに抱く気持ちよりも強いよ、僕のは。だってガチ恋勢だもん」
正直、ガチ恋勢という言葉で片付けていいものか自分でも疑問に思ってはいる。が、ここはひとまずそういうことにしておこう。
「ガチャコッッ…!!ガッ、ガチコ……。なるほど?なるほどなるほどほうほうほうそうですかそうですかえぇそんな気はしてましたよふへふふふふ…」
ヤバい。デジたんがバグった。可愛すぎる。
僕自身の言葉で、彼女がこんなにも真っ赤に染まって動転しているんだ、僕だってバグりそうだよ。
「ま、とにかく。…今の僕なら恥ずかしげもなく言える。だから言う。デジたんを愛してるんだよ、この僕は!そしてそれは断じて!ギルティじゃあない!可愛いものを可愛い、好きなものを好きと言って何が悪いんだって話だよ、ねえデジたん?分かるでしょ?」
「ッスゥー…フゥー…!ハァー…ハァーッッ…!な、なんとなく分かりましたとも、言いたいことが。あたしがウマ娘ちゃんを推すのと何ら変わらない、そう言いたいわけですよね…。そりゃ、あたしだってウマ娘ですから、ファンができたときのことを考えなかったわけじゃありませんよ」
「じゃ、僕が君を好きなことに問題はない」
「…分かりません。デビューすらまだのしがないヲタクウマ娘を推す人なんていないですよ。未だに分からないです、オロールちゃんがそこまであたしを…す、きな理由が…」
今でも、僕は瞬きすらせずにデジたんを見つめることに余念がない。「前」にもこれほど何かに執着することはなかった。
彼女を初めて見たときから僕の中にある何かのスイッチが押されて、気がついたときにはもう止めることのできない、激しい感情の奔流に身を任せていた。
「魂に刻まれてる宿命なんだよ。僕はファン第一号だ!何しろ、生まれる前からデジたんが好きだった!」
「…よりによって、どうしてあたしに…」
俯くデジたん。
…彼女がこれほどまでに自信を持てないのはどうしてか。僕にできることは何か。
デジたんに最も必要なものは、ウマ娘にとって最も大事なもの。すなわち、走ること。レースに出走することだと思う。
推す側と推される側、双方の気持ちを彼女が完璧に理解すること。そうすれば僕の想いだってきっと伝わる。
だが、それは僕がどうこうできる問題ではない。
競走ウマ娘にとって、デビューというのはそれこそウマ娘生を左右する出来事なのだ。デジたんのソレを僕が恣意的に決めるなんてことをやってはいけない。専門家であるトレーナーさんに任せるべき事柄だ。
では、やはり僕にできることは何なのか。
答えはシンプルだ。要は彼女に推される側…ファンを持つ側の気持ちを知ってもらえばいいのだ。
「デジたんが納得できる日はまだ先だろうけど、僕の気持ちはずっと変わってない。ま、そういうわけで。僕は決してギルティじゃないし、むしろ徳を積んでるまである」
「…やめておいた方がいいと思いますよ〜?デジたんはこれからもデジたんなのです。大規模グッズ展開とか、ライブで自らファンサをやるとかとかとか!そんな調子に乗った真似は未来永劫しないですからねっ!」
「うん、口ではそう言うけどね。でも君はいつか必ずやってくれるんだ。信じてるよ。…さて、と。とりあえずこの話はまたいつか。今はまず徳を積もうよ、ほら」
「あ、ハイ。そうですね。行きましょう」
デジたんと席を立つ。
秋のファン感謝祭の準備を手伝いに行くために。
…これはなかなかいいチャンスが巡ってきた。
◆
トレセン学園、生徒会室…前の廊下。
探すまでもなく、そこに彼女はいた。
「……さっきの会長の言葉…。木が前で、気構え…きがまえ…ハッ!?そういうことだったのか…っ!また気づけなかった…!」
おお、今日もエや下してる。
手にたくさんの書類を抱え、なんとも言えぬ表情で項垂れているそのウマ娘の名は、エアグルーヴ。
生徒会副会長、「女帝」の異名を持つウマ娘。
容姿端麗、博識多才、まさにパーフェクトウーマン。
美しく艶のある鹿毛のボブカット、切れ長の目に施された赤いアイシャドウが大人の色香を漂わせている。
…が、どうも今はエや下…エアグルーヴのやる気が下がった状態のようだ。独り言の内容からして、会長の「コミュニケーション」にやられたらしい。
さて、僕とデジたんは彼女に、というより生徒会に会うためにここまで来たのである。
「…オロールちゃん!お願いします!ちょっとお声をかけに行ってきてください!あたし少しの間トリップするのでっ!お願いします!」
…あの女帝様がこんなくっだらない理由で絶不調になっているのだ。萌えるよね、そりゃあ。デジたんの気持ちは分かる。
とはいえ、声をかけねば何も始まらない。
「…あのー、エアグルーヴさん?すいません、ちょっといいですかね…」
「…ん?ああ…どうした。誰だ?私に何か用か?」
「中等部一年のオロールフリゲートといいます。用件は…デジたん、ほら」
僕の横でぽわぽわしているデジたんの肩を小突く。
「ンハッ…あっ、ハイ!えっとですね、ほら。もうすぐ秋のファン感謝祭じゃないですか!その件で何か生徒会の皆様をお手伝いできればと思いまして…」
「ああ、それは助かる…と、お前、アグネスデジタルか。そういえば、去年もこんなことがあったな…。今年も手伝ってくれるのならありがたい」
おや、二人には既に接点があるようだ。しかも、秋のファン感謝祭に関することで。
「ハッ…!?ハイッ、確かにわたくしめは去年もこうしてお手伝いを申し出たアグネスデジタルという者でございますがどこにでもいる平凡なモブウマ娘の名前など女帝閣下に覚えていただく必要はございませんのでッ!」
デジたん、前にもこんなことをやっていたのだろうか。実に彼女らしいな。
「…つまり、二人とも何か手伝ってくれるわけか?ありがたいことだ。生徒会一同に代わって感謝する。この時期は人手、特にウマ娘の手はいくらあってもいいくらいだからな」
「いえ、僕らが好きでやることなので」
デジたんにとっては徳を積むため。…そして、僕にとってはデジたんに自覚をさせるため、このボランティア的行為は必要なものなのだ。
「では、早速頼まれてくれ。今私が持っているのは学園の各委員会宛の書類なのだが。急がなくてもいい、とりあえずこれを運んできてほしい。それぞれに宛先は書かれている」
「ハイッ!承りましたっ!全速力で届けてきますッ!」
「…あ、待ってよデジたん」
書類を受けとるやいなやふんすと意気込んで駆け出したデジたんの後を追う。そこまで急ぐ必要はないはずだが、かなり早足だったので、瞬きもせぬ間にエアグルーヴさんの姿は見えなくなっていた。
「では早速行きますよ!ほら、これ持ってついてきてください!」
デジたんから数枚のプリントを渡される。
「やる気まんまんだね、デジたん」
「ハイ、ウマ娘ちゃんのためとあらば、例え火の中水の中、ネパールの秘境であろうがメキシコの刑務所であろうが、どこへでも行く覚悟ですゆえっ!」
さっき僕に向かっていろいろと言ってくれたが、彼女も大概だろう。今更のことだが。
「…やっぱさ。デジたんのことを好きな人ってのは、君自身が思ってるよりも多いよ、きっと」
「…ソウデショウカネ」
「うん。だってデジたん…すごく優しいでしょ。徳を積むとか言って、やることは結局のところ素晴らしい奉仕活動。君のことをよく知らない人たちの目には聖人君子のように映る。僕やチームメイトから見ても、なぜそこまでできるのか…って、素直に尊敬の念を抱くよ。ヲタク趣味があろうと、君はめちゃくちゃ好かれてる…とまでは言わずとも、好ましく思っていない人はいない」
「オ゛ッ…フ…ッ!!あ、あの…普通に、普通に恥ずかしいですよそれは…」
彼女はなんだかんだいって学園への貢献度もそこそこ高い方だ。さっき会ったエアグルーヴさんだって、デジたんに助けられたことがあるようだし。
それと一番重要なことだが、デジたんは可愛い。
「どーしてこう、恥ずかしがるデジたんってのは可愛いんだろうなぁ…。いや、常に可愛いけど」
「アッ…な、なんか…アレでしゅねッ…こ、こっちのほうがかえっていつもッ、どどどおりで安心すすするというかッ!ハイ、あの…ハイッ!」
確かにいつも通りだ。デジたんも。
朱のさした顔に、これまた美しい碧眼が浮かんでいるものだから、つい見つめてしまう。するとデジたんは目を逸らし、血色のいい頬をこちらに向ける。
「…っ」
まったく、デジたんは最高だぜ。
時の流れを感じないほど、僕はデジたんに魅入っている。
…その止まっていた時間を動かしたのは、突如この場に現れた背の高い人影だった。
「お、ヘンタイども。何してんだこんなとこで?」
みんな大好きゴルシちゃんである。ただし、なぜか手に大量の電気工具を抱えているものとする。
「生徒会の手伝い。プリント配ってるだけだよ。…てか、ゴルシちゃんは何をしようとしてるわけ…?」
「お?これか?へへっ、こないだ手に入れたゴルシちゃん号を改造しようと思ってよー」
「…ゴルシちゃん号?なんですか、それ?」
「おう、すげーカッコいいマシンだ。アタシにピッタリなやつ」
…ゴルシちゃん号って、もしかしなくても例の電動立ち乗り二輪車だよな。それを改造…大丈夫なのだろうか。
まあ、ゴルシちゃんだしいいか。
「お前ら、ホントいっつもくっついてんな。プリントの配布なんざ二手でやりゃあ早く終わるだろ」
「…ほえっ?…ッあ、ああッ!?」
…うん。
そりゃそうだとも。
「んふふふ…ゴルシちゃん、そういうのは分かってても指摘しない方がいいんだよ。これこそがデジたんの可愛いところなんだから!」
…正直に言うと、さっきデジたんが「ついてきてください!」なんて言うもんだから、僕だってそれを指摘するべきか一瞬考えた。
ただし!本人が僕についてきてほしいのなら何も言うことはない!たとえ足が折れてもついていく!
「あっ、あのー…ですね。オロールちゃん。ここは…ぶ、分担作業といきましょうッ!ハイッ!」
「やだ。デジたんがついてきてっていってたもん」
「ガキかおめー。…いや、やっぱりこんな恐ろしいガキがいてたまるかって話だな。ま、せいぜい頑張れよ。んじゃまたなー、お二人さん」
呆れたようなため息を吐きながら、ゴルシちゃんはふらりとどこかに消えていった。
「…ふ、フゥー…。あの、あたしは別に大した意図があったのではなくッ!ただうっかりしてただけというか!そういうことですからッ!」
その発言が既に何らかの意図を含んでいるようにとれることに、彼女は気がついているだろうか。どっちにしろ、僕はそういうことだと思っておく。
…ところで、さっきゴルシちゃんは僕のことを「恐ろしい」だのとのたまってくれたが、決してそんなことはない。
ただちょっと、デビュー前の可愛いウマ娘、すなわちデジたんのファンクラブを作りたいと考えていたり、いろいろと根回ししたあとルドルフ会長に掛け合ってデジたんに例の感謝祭でファンサしてもらえるよう考えているだけだ。
とりあえずファンクラブを形だけでも作ってしまえば、結果は後からついてくるだろう。これも、デジたんが己の尊さを自覚できるようにするための行いだ。
…これから忙しくなるな。
ゴルシちゃん号の最高速度は564km/hくらいでしょう。知らんけど。
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ヲタクズ•マニューバ
ある日の朝、眠そうに目をこするゴルシちゃんに、僕はある物を押し付けた。
「ゴルシちゃん。これあげるよ」
「なんだこれ?No.5って書いてるけどよ…」
「デジたんファンクラブの会員証。入っておくといつかいいことがあるよ」
「ほお、そりゃまた。だが断る。天地がひっくり返ろうとアタシはそんなもんに入らん」
「いやいや、入っておいた方がいいよ。ファンクラブ…とは銘打たれてるけど、実際は非公式のほんわかコミュニティで、会員費だとかそういう面倒くさいのはなし。強いて言うなら、オススメのブツの情報なんかを共有して同志たちを沸かせることが会員の義務…とまではいかないけど、まあそんな感じ」
デジたんには後でNo.1の会員証を渡すつもりだ。このファンクラブの存在意義からして、彼女は入らざるを得ない。
「つか会員証て。こんな立派なプラスチックカード…どこでこしらえたんだよ?」
「…そこは、ほら。デジたんのご両親のこと知ってる?」
「いや、知らねーけど。それが?」
「デジたんのお父様は印刷会社の社長さんでね。実はこないだご挨拶に行ったんだけど…」
「お前…デジタルのことになるとフッ軽過ぎないか?」
それはそう。デジたんのためならどこへだって行けるのが僕という生き物だ。デジたん本人に尋ねず探すのにちょいと手間取ったが、愛の力でなんとかなった。愛の力で。
「まあ、そのときにちょいとお話ししてね…。二人は僕のデジたんファンクラブ計画に大賛成、すぐさまツテをたどってカード印刷をやってる知り合いの会社に連絡。それから数日後、No.3とNo.4のカードを持って嬉しそうにしてた」
費用は全て彼らが持ってくれたので、感謝してもしきれない。会ってみた印象だが…デジたんはお二方の血をよく引いてる。それは間違いなかった。
娘さんを僕にください、と言いたいところだったが、さすがに自重した。
そのかわり、娘さんは僕のです、と言っておいた。
「なんかもう一周回っておもろく思えてきたぜ。あ、でもよー。そんなんに人集まんのかよ?」
「うん、それが結構集まったんだ。少なくとも三桁人はね」
ネットのウマ娘掲示板を全力でサーチしたり、デジたんがよく行く場所で探してみたのだが、やはりデジたんのことを知っている人はそれなりにいるようだった。
「ロマンが大好きなオタクたちは皆、先行投資だなんだと言ってこぞって加入したよ」
それに、美少女が嫌いな人はいない。まして自分と同じ趣味を持っているとなれば、オタクは簡単にオチる。
「ほえー…そりゃ、デジタルは期待を裏切れないな」
「デジたんなら大丈夫。期待を裏切るどころか超えてくるのがデジたんだから」
「…なるほどな。ちなみに当の本人には言ったのか?」
「まだ言ってない。デカい交渉材料は大事に取っておくもんでしょ」
「…あんまりアタシを巻き込むなよ」
「もちろん。ちょっとだけしか巻き込まないよ」
無論、完全に巻き込まないという選択肢はない。
「…おん、そうかよ。…朝飯食いに行こうぜ」
そう言ってドアへと歩き出すゴルシちゃんの目は、どこか遠い場所を見つめていた。
…それと、どうやら僕の知らぬ間に天地はひっくり返っていたらしい。ゴルシちゃんがポケットに何やらカードをしまい込むのを見ながら、僕は彼女に続いて部屋を出た。
◆
トレセン学園、生徒会室。
今日はトレーニングを終えてすぐここにきた。
「…ふぅ、なんだろう。この妙なドキドキ感…」
普段は立ち入らない部屋に入るとき、別にやましいことはないのに変に緊張してしまうのは僕だけだろうか。
…そんなことを考えながら、ドアをノックしようと手を伸ばしたとき、向こう側からドアが勢いよく開かれた。
「…ッ!?邪魔だッ!?」
「ごぁべすっ!?」
中から飛び出してきた何者かによって、僕は思いっきり吹っ飛ばされる。かなりの勢いだったので、ぶつかった相手諸共床に寝るハメになった。
「…オイ、大丈夫か」
「あ、ハイ。大丈夫で…」
「そうか分かったそれじゃ私はこれで…っ」
飛び出してきたウマ娘の顔を見る。
鼻に絆創膏、ハンターのような特徴的な目つき。それに生徒会室から飛び出してきたところをみるに、彼女の名はナリタブライアンで間違いないだろう。
「おい、ブライアン、貴様…!このたわけが!他人にぶつかっておいて、その態度は何だ!走行中のウマ娘との衝突は命に関わるのだぞ!今回はそれほどの速度ではなかったからまだいいが、生徒会たるもの、廊下を走るなどあってはならないっ!」
間髪入れず部屋から出てきたエアグルーヴさんに捕まえられ、ばつが悪そうにしている。
「ッそれと、この忙しい時期に、よりによって生徒会副会長のお前に職務を放棄されるとな、会長は大変お困りになる。お前はそれを理解していないようだな…?」
「…チッ、分かった、分かった。悪かったな」
「謝る相手は私だけではないだろう?」
それを聞いて、僕の方に向き直るブライアンさん。うわっ、正面から見ると…何だ、このイケメンは。
「……すまなかった」
「あ、いえ、僕のほうこそ注意が足りませんでしたし…」
と、僕は生徒会に用があるから来たのだった。
「あの、それよりも、僕ちょっと生徒会の方とお話ししたいことがあって…今いいですか?」
「我々に用事が?なら中で聞かせてくれ。今は会長もいらっしゃる」
それはちょうどよかった。ぜひとも会長と話しておきたかったので助かる。
ブライアンさんを押し込むエアグルーヴさんに続いて、僕は生徒会室に入った。
「ははは。やはり彼女からは逃げられなかったろう、ブライアン。サボりもほどほどにせねば、そろそろ一発痛いのが飛んでくるぞ」
…夕日を背にしてなお一層輝いて見える、生ける伝説ことシンボリルドルフ生徒会長。いつ見ても、この人の纏う覇気は凄まじい。のだが、いかんせん僕は彼女のお茶目な一面なんかを知っているので、ギャップで脳がやられそうだ。可愛いよルナちゃん、カッコいいよルドルフ会長。
「会長…。会長はコイツに甘すぎます。サボるな、と何度言っても懲りずに、まったく…」
「まあまあ、いいじゃないか。…それで、しばらくぶりだね、オロールくん。何の用だい?」
さて、本題に入らせてもらおう。
「会長。実は、今度のファン感謝祭について、ちょっとした要望…いえ、かなり大きな要望があるんです」
「大きな要望…か。そうだね、ここ最近君らにはよく助けられている。できる限り聞き届けよう」
詳しく話す前からずいぶん嬉しいことを言ってもらえたが、実のところこれは狙い通りだ。
先日から、僕とデジたんはそれはもう身を粉にする思いで生徒会のために働いた。特にデジたんは、一切の誇張抜きで、生徒会に一番貢献した一般生徒だろう。
…もっとも、こんなことをしなくても会長は聞き届けてくれるかもしれないが。まあ今までの行いは生徒会に対する僕なりの日頃の礼でもある。
「トレセン学園には、多くの未デビューウマ娘が所属しています。特に中等部一年生はほぼ全員がデビューしていない…。だからファン感謝祭でも、基本的に裏方に回ります。ですよね?」
「ああ。彼女たちあってのファン感謝祭だ。特に君のような自発的に働いてくれる娘は非常にありがたいよ」
「お褒めに与かり光栄です。それで…僕が言うのもなんですけど、感謝祭を裏から支える彼女たちに、何かご褒美を与えるのはどうでしょう?」
「ふむ…例えば、どんな?」
この場にいる全員のウマ耳が、興味深そうにピクリと動く。いいぞ、なかなか好感触だ。
「感謝祭では多くのファンが集まります。彼らの応援はウマ娘にとって大きな力となり、それがモチベーションであるウマ娘もいる。ですので、未デビューのウマ娘でもファンと接することができる機会…例えば模擬レースとか、ミニライブとか、出店の接客…そういった機会を設ける、というのは?」
正直、僕はデジたんの走る姿や、ステージの上で輝く姿、接客するデジたんを拝みたいだけだ。
「ほう…。面白そうだね」
「…ですが、コストや人手の問題もあります。なかなか難しいのでは?」
「私が面倒くさい役をやらなくて済むなら、なんでもいい…」
反応は三者三様。だが、要望が通る可能性はある。
「人手に関して言えば、素人の意見ではありますが…イベント要項に、ファン感謝祭準備への貢献度が高い生徒は模擬レースに出走できる可能性が高くなる…的なことを書いておくのはどうでしょう。そうすればきっと人手が得られますよ」
ふと、エアグルーヴさんが手を挙げる。
「かかるコストはどうするつもりだ?お前が今提案したもの…特にミニライブなんかには多くの費用が必要になるぞ」
「それについては…すいません、考えつきませんでした。強いて言えば、カンパでなんとかならないかなーなんて…」
資金問題の良い解決策は、僕じゃ思いつけなかった。結局、そこは生徒会頼りになってしまう。
「いや、諸君。コストは大丈夫さ。…ふふふ、今年は誰かさんがとても頑張ってくれたおかげで、少しだけ浮いた資金がある。軽く計算してみたが、もっと人手が集まるのならば叢軽折軸。資金にかなりの余裕ができるだろうから、それくらいのイベントには十分事足りるだろう」
…!なるほど。誰かさんとは何者か、なんて聞かなくとも分かる。
いやあ、さすがデジたん!やはり彼女の優しさは宇宙一だ。
「ってことは、それじゃあ…!」
「ああ。やってみようじゃないか!では、早速諸々の準備を…」
「会長!ダメですっ!…それは!」
気合を入れて立ち上がる会長に、エアグルーヴさんが待ったをかける。
「…む、どういうことだエアグルーヴ?」
「会長は…その、最近働きすぎです!それくらいの仕事なら私に任せてください!どうかご自愛を…!」
「いや、エアグルーヴ。君の方こそ、少し休むべきだ。学園のために刻苦精励する姿は私も尊敬している。が、ほどほどにしたまえ。君自身のため、そして私のためにも、体を壊してほしくはない」
…仕事の取り合いが始まった。
こんなことが起きるのも、二人がひとえにトレセン学園の生徒たちのためを思って、日々生徒会業務にあたっているからだろう。
…僕はどちらも休むべきだとは思うが。だってエアグルーヴさんはクマが浮き上がってカラフルなアイシャドウを形成しているし、会長も睡眠不足のせいだろうか、…「中央を無礼るなよ」のセリフが似合いそうな目つきになっている。
「フッ、また始まった。…あれは仕事バカどもの習性のようなものだ」
「習性、ですか…」
いつの間にやら横にいたブライアンさんと言葉を交わす。
「…ああ。特にこの繁忙な時期に、ああやってちょっとした口論をやる。お互い、相手を休ませるためにな…」
理解できない、とでも言うように肩をすくめるブライアンさん。
「でも、そういうところがきっと、あの二人に対する周囲の信頼や尊敬に繋がっているんでしょうね…」
「だろうな。ハァ…まったく、見てられん」
やがて、ブライアンさんが二人の方へ歩いてゆき、最高にカッコいい言葉を言い放った。
「私がやる。…たまには仕事をしないとな。だから二人はのんびりしているといい…」
「…っブライアン、お前…いいのか?」
「ああ。今の死にそうな顔のお前らが見てられなくてな」
「…ありがとう、ブライアン。君には一言芳恩の念を常々感じているよ」
実に良いものを拝ませてもらった。まったくウマ娘というのは、すぐにてぇてぇを生み出すから最高だな。
…しかし待て、このままでは僕の提案が発端で生徒会にさらなる負担をかけることになる。最低限、生徒会に頼らなければいけない部分は別として、僕はその負担を可能な限り減らさなければいけない。
「あの!僕言い出しっぺなんで!どうぞこきつかってください!たかが一生徒である僕の要望を聞き届けていただけたからには、バ車ウマのごとく働きますのでッ!」
「フッ…元気があるな。…今日はもう遅い。明日からその元気を生かせ」
…なんだか、ムズムズするというか。
こう、イケメンウマ娘を拝んだときの感覚というのはどうにも独特なものがあって、未だに慣れないのだ。まして今のブライアンさんは、それはもう不器用な優しさが表面に現れたような表情だったものだから、もっとムズムズ…いや、キュンとする、と言えばいいか?
…分からないな。デジたんを見るときは全身がキモチよくなるのだが、それとはまた違う。何なんだろうか。
「ふふ…エアグルーヴ。ブライアンもすっかりやる気のようだ。私たちは…そうだな、足湯に行って疲れをふっ飛ばすとするか。ふふふ…」
「足湯…?はい、そうですね。疲労をこれ以上溜め込まないようにしましょう」
二人もしっかり休んでくれるようで良かった。
…しかし、足湯か。見たことも聞いたこともなかったが、会長にはそういう趣味があるのだろうか。
「…今日はありがとうございました!それでは、失礼します!」
何はともあれ。
雲一つない空を照らす夕日を眺めながら、僕は帰路についた。
◆
「るなああああぁぁぁぁーーーぁッ!!」
「どうした急に」
「ゴルシちゃん…。僕はもうダメだ。またやっちゃったんだ。前回の反省をちっとも生かせてない、最悪だ…!」
「は?」
僕ってなんてダメなウマ娘なんだ…!今考えればすぐに気付けることだったのに!
「…また会長のギャグに気づけなかったんだ。今回こそは気づきたかったんだ…!それなのに…!」
若干不自然ではあったけど、話の流れには沿っていたので反応できなかった…!
「すっげーなおい。これほどくだらねぇと思ったことはなかなかないぜ。…つかお前疲れてんじゃねーの?もう寝ろよ」
確かに、疲れのせいで気づけなかったのかも…いや、これ以上の言い訳はよそう。
「……足湯で疲れを……フットバス……!」
「寝ろよ!オメーもう寝ろ!早く寝ろ!」
…結局、今日は自分の未熟さを知る一日だった。
どうも、danger zone聴きながらマヤノとナリブを育成して勝手にエモに浸ってる一般トレーナー兼トレーナーちゃん兼トレーナーさん兼トレーナー君兼モルモット兼お兄様兼お姉様兼お兄ちゃん兼お姉ちゃん兼マスター兼たわけ兼同志兼etc.…………です。
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勝利のカタチ
タマモクロス……ッ!?!?
…ア゛ッ(ウマ娘ホーム画面右上を見やりながら)
ウマ娘の好物といえばにんじん。デジたんもその例に漏れず、にんじんを好んでいる。そして大飯食らいであるウマ娘の集うトレセン学園の食堂では、にんじんは基本的に尽きることがない。だから僕はこうして時々、にんじんを美味しそうに食むデジたん、という神秘的な光景を拝めているわけだが。
いつものように、彼女の前に腰掛ける。
「いいかい、デジたん。あの人は…”皇帝”は僕らの隙を突いてくる。油断している時に限って会心の一撃を叩き込んでくるんだ。気をつけた方がいい…」
「ハイ…?」
こちらが最も油断するタイミング、それこそ話がひと段落したときなんかは要注意だ。皇帝はその好機を逃さない。そして放たれるギャグに気づけなかった場合、待っているのはションボリルドルフだ。
…それを見ていると、可愛さと心苦しさ、気づけなかった悔しさが複雑に入り混じって頭がおかしくなりそうな、そんな気持ちになる。
「それと!これは皇帝こと会長に限らない話だけど…。生徒会は全員ものすごくイケメンだ!僕らみたいなオタクが直視すると、まず間違いなく目と心をやられる。対面してみて、それが実感として理解できた!」
「は、はぁ…?」
あの三人の色気は半端なものではない。皇帝、女帝、怪物。全員が紛れもなくアダルティな色香を纏っていた。まったく大人よりも大人らしく感じる。最近よく見かける大人がウチのトレーナーくらいなので尚更。
「…ハッ!対面するやいなや突如語り出すとかいう、あまりにも脈絡が無い動作のせいで一瞬理解が追いつきませんでしたが…!要するにオロールちゃん、生徒会の方々と会ったんですか?」
「まあね。会長と副会長方に、ちょっと用事があって」
…そういえば、トレセン学園は生徒会の権限がそれなりに強いな。自由な校風に加え、シンボリルドルフ会長の類稀なるカリスマ性や政治力がその状態を生み出しているのだろう。
「ほほう…!それは是非とも詳しく聞きたいところ…!どんなやりとりがあったのか、そのときの微細な表情の変化などをッ、お耳のてっぺんから尻尾の先までッ!詳しくッ!聞かせていただけますかッ!?」
「オッケー。それじゃまず…ン゛ムッ!?」
僕が語ろうとしたところ、背後から何者かによって開いた口の中ににんじんを一本まるごとぶち込まれた。
「…ほふひひゃん。ひひあひはひふふおは?」
「ここではリントの言葉で話せ」
「…んぐ。ゴルシちゃん、いきなり何すんのさ?」
僕の口に硬くて太いのを入れてくれた犯人はやはりゴルシちゃんである。まあ美味しかったからいいけど。
「そのにんじんもアタシへの借りにプラスしとけ。…例の件の分と一緒に早めに返して欲しいぜ、ったくよ」
「…例の件?お二人とも、何かあったんですか?」
「あぁ、その…ちょっと、いろいろあってね…」
デジたんに説明しなければならないことがどんどん増えていく。例の件というのは、ファン感謝祭に向けた僕の計画の一つなのだが、そこにゴルシちゃんが少し絡んでいるのだ。
僕が説明しようとした瞬間、またもやそれを遮るものがあった。
「おい!アレ見たかよ!?ファン感謝祭のイベント通知!もちろん俺は即エントリーしたぜ!ヘッ、もう俺の優勝は決まってるけど、お前らはどうすんだ?」
「ハッ、どうせアタシに負けるのがオチなのに、よくそんな自信満々でいられるわね?」
「あぁ!?スカーレット…!お前より俺の方が何百倍も強えってことを証明してやるよ!」
「フンッ、すぐ熱くなっちゃって…。いつまでたってもガキのまんまね、ウオッカ!」
ウチのチームのラブラブカップルが、痴話喧嘩をしながら僕らの側にやってきた。
「二人はもうエントリー済ませたんだ。…ちなみに聞くけど、デジたんは…」
「もちろんッ!うちわに書く文字なら5000通りほど考えてますッ!」
うん、そうだろうなとは思っていた。
「なんだ、デジタルは出ねーのかよ?」
「ハイ。ウマ娘ちゃんの走る姿を特等席で拝みたい気持ちはなくもないですが、少なくとも今のあたしにはやっぱりこっちの方が性に合ってるといいますか、そんな感じで…」
…やはり、今のデジたんにはまだ競走ウマ娘としての意識があまりないから、あくまでも観客としての立場でいようとしているようだ。
…さて、僕はデジたんがこういう反応をするだろうとあらかじめ予測していた。それはつまり、バッチリ対策を準備してきた、という意味である。
「…ふふふ、ね〜ぇっ、デジたん?僕は出た方が良いと思うけどなぁ〜…。僕、もしデジたんがエントリーしてくれるなら、いいものをあげようと思ってるんだけど…」
そしてここですかさず!必殺!上ァ目遣ァいッ!
…自分で言うのが若干恥ずかしくなくもないが、まあデジたんにはコレが効くだろう。僕はいつかデジたんをオトすつもりなので、その予行演習とでも考えておこう。
「ン゛ン゛ンーッン゛〜ッ!…なっ、なんですか…そっそそそんなモモモモノで釣ろうというのですか、このあたしをッ!?フ、フフッ…甘いですよオロールちゃん、いついかなる時もあたしのオタ活を阻むことのできるモノなど存在しな……」
うん。相変わらずイイ顔してくれるよ、デジたんは。
「…これなんだけどさ、どう?」
そう言って僕は彼女に一冊の本を手渡す。もちろん薄い。
「ッ!?コッ、コレはッ…ー〜ッ!この本はッ!?現在国内で公式ルートを使って入手することが不可能であるッ、あのッ!?アメリカのウマ娘イベント、UMAコンベンションでのみ限定販売されたッ!?実際に至近距離で眺めたとしか思えないほど精細に描かれた美しい芦毛の表現や、実際に体験しなければ描けないと言われるほどのリアルなストーリーがマニアの間で人気を博した傑作同人誌ッ!Tail’s tale…ッ!その全編和訳版が、今、他でもないあたしの手の中にッ…!?」
…説明しようとしたら、デジたんが全部言ってくれた。しかしとんでもなく早口だ。見るからに興奮している。可愛い。
「…さて、デジたん。ソレが欲しいのなら、やるべきことは分かってるよね?」
「なるほどなるほどなるほどそうですかそうですか…。ま、まあ確かに大分あたしの琴線に触れるモノではありましたね、ハイ、ええ大好物ですよこういうの…。…あの、ちなみになんですが、どうやって手に入れたんです?」
興味津々じゃないか。可愛い。
「実はね、なんと作者様本人から頂いたのさ。これについてはゴルシちゃんのおかげでもあるんだけどね」
「ゴルシさんが?どういうことで…ハッ、まさか作者様とお知り合いだったり…!?」
「…残念ながら、そのまさかだったんだよ。そのブツを描いたの、今は海外に行ってるアタシの元ルームメイトでよ…。『ゴルシちゃんに会えなくて寂しいからこんなもの作っちゃいました』とか言われたときのアタシの気持ちが分かるか?お前らにゃ分からねぇだろうな…。ハァ…前々からちょっとズレてるヤツだとは思ってたけどよ…、まさかここまでとは思ってもみなかったぜ…。ローマのカエサルもこんな気分だったのかもな…」
つまり、ゴルシちゃんにパイプ役をやってもらい貰い受けた、というわけである。余談だが、僕と同じ匂いのする作者様とはその後も連絡を取り合っている。
「さて、デジたん。改めて、君に質問をしよう。YESかNOかで答えられる簡単なやつだ。…エントリー、するよね?」
「…ッハイ、分かりましたとも。けどあたしなんかが出ても需要も何もへったくれもないですよ。…しかし!まあ、いいでしょう。実に公正な取引の結果、エントリーが決定したわけですから、しょうがありませんね、ハイ!」
…よし。
よし、よし、よし、よぉし!
こうなったらもう僕の勝ちだ!
今夜はデジたんの応援グッズでも作りまくろうか…。
「…ところでッ!オロールちゃん、あなたはエントリーするんですかッ?」
「へ?僕?いや、別にする意味もないし…」
確かに、この企画を生徒会に持ち込んだのは僕だが、しかしそれはデジたんのファンを増やそうという目的のもと動いたのであって、自分が表舞台に立とうと思ってやったわけじゃあない。
「あら、しないの?…別にそこに大した意味を求めなくていいじゃないの、というか出たらどう?アンタ以外のスピカメンバーが出るんだから」
「え、いやあ、僕は応援する側に回ろうかと…」
デジたんにエントリーを頼んでおいて自分が出ないのは虫が良すぎるって?やかましい、僕はデジたんを推し、愛するのみだ。
「…おいデジタル、ちょっとこっちこい、耳貸せよ」
「ゴルシさん?何ですか…。ウ゛ォウオ゛ッ…イケボASMRゥ…ッ!」
ゴルシちゃんがデジたんにこそこそと囁いている。一体何を話しているのか。
しばらくしないうちに、デジたんが顔を赤らめながらひとつ頷き、おもむろに僕の方へ向かってきた。
それから、何やら僕に上目遣いを…
「…アノ、オロールチャン。アナタもエントリーしてくれたら、デジたん、トッテモッ!ウレ、シイ、ナー…なんて…あは、は…」
「よし!一緒に頑張ろうねデジたんっ!」
◆
夕暮れ時。エントランスホールに置かれた小箱に、書類が二枚投函される。
「えと、これでエントリーできた…ってことでいいんですよね?」
「うん。未デビューウマ娘の模擬レース…勝者はライブでセンターに立てる、ってわけだね。それと、今年は未デビューウマ娘が店頭で売り子をしながら自分を”売る”…要は宣伝だね。それを積極的にやっていい、てことらしいよ」
私がやる、などと言ってのけたブライアンさんだが、実際彼女の仕事ぶりは素晴らしかった。手伝いに行ったときに何度も会ってその度に思ったのだが、クールな顔立ちに彼女が元々持っている一匹狼的な雰囲気も相まって、まさにデキる女、といった感じだった。とまあそんなブライアンさんのおかげで、今や多くのウマ娘がこのイベントを楽しみにしている。
「なんだかんだいって、ファン感謝祭ももうすぐだね。で、僕らは模擬レースに出るわけだけど…」
「…はい。他のウマ娘ちゃんたちと、一着を争ってターフを駆ける。一着という、たった一つの椅子に座るために。…なんでしょうね。でもやっぱり、いざとなると。それが思っていたより楽しみ、というか」
「…デジたん」
やっぱり、君もそうだよな。
結局、僕らは走ることが好きで好きでたまらない。
そして、一度燃え上がった闘争心を消す術もない。
「…オロールちゃん」
「…うん、デジたん」
「はい。あたし、例えあなたと同じレースに出場することになっても…いえ、そうなったら尚更ッ!全力で取り組む所存でございますのでッ!」
…。
デジたんのこんな顔は初めて見た、かもしれない。
これは、この目は。
紛れもない、勝ちを狙う目だ。
「デジたん。僕も…まあ、実をいうとさ。こうなった場合、僕は手を抜くだとか、そういうことはしたくない、っていうか。だから、できればエントリーせずに済めば…いや、やっぱなんでもない。お互い、頑張ろうね」
「ハイ。…それで、その。あ、ありがとうございますっ!」
「…ほえ?」
いきなり僕に深く頭を下げるデジたん。当然心当たりはないので、僕は唖然としながら、深くお辞儀したせいでほんの数ミリ露わになっている彼女のうなじをひっそりと楽しむことしかできなかった。
「…あたしも、やっぱりできれば観客側でいたい、といいますか!あくまで一般オタクとしての一線を極力超えないようにしたいといいますか!そういう思いがあったわけですよ。でも…!」
彼女に手を握られる。そこからじんわりと熱が伝わってくる。
…このパターンは珍しい、いつもは僕の方からアプローチしているというのに。今日はデジたんの方から来るとは。
「オロールちゃん。あなたがいたから、あたしはエントリーせざるをえなくなりました。そしてそのおかげで、あたしの中で一つ、整理できなかった気持ちが整理できたんです。…そして、あなたがいるから!多分、頑張ろうと思えるんです、あたしは」
「…っ」
デジたんはずっと僕から目を逸らさない。そして、僕もまた彼女から目が離せなかった。
…にしても、こういうセリフを言われるのはさすがに照れる。いや、誰でもそうだと思う。
「あたしは、一匹のオタクとして、また競走ウマ娘として。っそれ以上に!あなたの…友人として、それにふさわしい走りをしたいと思います!」
「…あ、う、うん。あの…さ。こう、どうして君は、そんなエモ恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく口から出せるわけ?」
聞かされるこっちでさえ顔がなんだか熱いのに、デジたんの顔色はまるで変わらない。
「…あの、なんというか。こういうのって、やっぱり言葉にして相手様に伝えるべきかな、と思いまして!それに、あたしは昔から性格や趣味がこんな感じだったので、小学校では共通の趣味を持つ親しい友人と言える人はおらず…。ですので、あたしの初めてのオロールちゃんにはしっかり言うべきかなー…と」
「…う゛ぅ゛っ…うあああ゛…」
「うえぇ!?なんで突然泣いてるんですっ!?」
「デジた゛ん゛がい゛い子ずき゛てつ゛らい…!」
「ちょちょちょっと!?はなっ、鼻水が…!あの、せめてもう少し人目のないところに…!」
ありがとうデジたん。ありがとう。
君のおかげで僕は今日も生きられる。
しばらくして、デジたんと共に人気のない廊下に着く頃には、さすがに僕も落ち着きを取り戻していた。
「…ところでデジたん。さっきはなかなかイイことを言ってたよね。…で、これは僕の個人的な考えなのかもしれないんだけど、僕らみたいな年頃のおにゃのこが繰り広げるエモ展開ってのは、最後には結局お互い抱きしめ合ったりして終わると思うんだよ」
前言撤回。デジたんに関してでいえば、僕は常々落ち着きなどない。
「ハイッ?抱きし…ッ!?いえ、なるほどなるほどそうですか、しかし待ってくださいあたし心の準備が…!」
「…うん、いつまでも待つよ」
にしても、デジたんはやっぱり照れ顔が似合う。
…その夜、僕はとっても幸せな気持ちで寝た。
クリスマスにこんなん書いてる時点でいろいろと察してもらえると助かります。
デジたんはきっと幼いころ、サンタさんにオタグッズをお願いしたんだ…。ウマ娘見て涎垂らすロリデジの破壊力よ…
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晴れ舞台の始まり
フゥン…なるほど、なるほどねぇ。そういうこともありますわな、そりゃあ。
スゥー…
人の運とは不可思議なモノですね。
どうも時間の流れというのは早いように感じる。僕ももう年かな、なんて。
あれ、待てよ?冷静に考えてみろ、しっかりと記憶に残っている前世の分も含めると、僕の実質的な精神年齢は今…。
…いや、この話はやめよう。
時間の感覚というものは、何か新鮮な経験があるときはそれが強く印象に残るので時間が長く感じ、そうでなければ逆。年をとると新しい経験はどんどん少なくなるから時間が早く感じる。という説を聞いたことがある。
つまり、見たもの全てが記憶に残る僕の場合も、それと同じ理屈で時間が早く感じる…ということにしておこう!うん!
そんなわけで、いつの間にか迎えた感謝祭の朝。
「とうとう来たんだ!この日がッ!デジたんがステージ上の真ん中でライブするこの日がッ…!」
「…まだそうと決まったわけじゃねえだろ?ターフの上で戦うライバルはたくさんいるんだぜ?」
「いや、デジたんなら大丈夫だよ。…デジたんがレースするところを直接見たわけじゃないけど、でも必ず入着する。僕はそう信じてるよ」
デジたんは可愛い。しかしそれ以前に、彼女は名馬アグネスデジタルの魂を受け継ぐウマ娘なのだ。走りには妥協しない旨のことを前に話していたから、今日、彼女は本気で勝ちを獲りに来る。僕のような
「ま、そんならスピカで表彰台を独占しちまえよ。歴史にちょっとした名を刻めるぜ、第一回未デビューウマ娘カップの栄えある王者たちはチームスピカ、ってよ!…部員増えっかもな」
「…僕、けっこう頑張んないとダメじゃん。でも、ウオッカやスカーレットとは別のレースで良かったよ。あの二人、同年代の中ではかなり体が出来上がってる方だから、相手取るのは厳しいし」
参加希望者がかなり多い上、芝ウマ娘もダートウマ娘もエントリーしたので、確か四つほどレースが開催される予定だったはず。ウオッカやスカーレットが走るレース、それに僕とデジたんが走るレースはいずれも芝1600、18人立て。全て終了後にライブが行われるのだが、ステージに立てるのはそれぞれで五位以内に入着したもののみ。センターに立つのは各レースの勝者。
…一体、誰になることやら。
「あー、そういやお前ライブ踊れんのかよ?よく考えたらウチのトレーナー、ダンスの練習なんかやってねえじゃねえか」
「…あ、そういえばそうだね。でも大丈夫だよ」
レース後のライブ。
アニメじゃスピカメンバーは全員ズタズタのボロボロだったな。まあこれは主にトレーナーさんがその練習を全くもってしていなかったのが悪いのだが。
しかし僕は問題ない。振り付けは一度見ればすぐ覚えられるので、問題なく踊れる。デジたんに関して言えば、彼女はライブを最前列で何度も観ているし、時には夜更かししてまでライブ映像を観るくらいだから踊れるだろう。
…あ、ウオッカとスカーレット。
…大丈夫だろうか?
「…ねぇゴルシちゃん、ウオッカとスカーレットは踊れるかな?僕はあの二人の走りなら入着は確実だと思う。だからこそ、踊れるかどうかは死活問題だよ」
「まあ…ノリでいけんじゃねーの?今からどうにかしようったって、どうにもできねえだろうし」
「うん、そうなんだよねぇ。今からじゃ…」
僕らの出番は午前中なのだ。午後は基本的に先輩方の出し物なんかがあるので。
…しまったな。完全にそのことを考えていなかった。
「ダンスが出来なかったら…。まあ、僕ら未デビューだし、初々しさがあっていい、みたいなウケ方するかもね。だけど、あの二人はそんなウケ方を望んでないだろうからなぁ…」
「だからそーいうときゃノリよ、ノリ。冗談抜きでこれしかねぇぜ」
「やっぱりそうか。うーん、二人はもともと天賦の才を持ってるわけだし。振り付けだけ軽くレクチャーして、あとは頑張ってもらうしかないか…」
結局のところ、これは全てトレーナーさんが悪い。
…トレーナーさんの金で焼肉には行ったし、次は寿司かな。彼にはせいぜい震えて眠ってもらおう。
◆
今日はやることが多い。ウオッカとスカーレットにダンスの件で話しておきたいし、第一次デジたん推しまくり計画の最終段階の準備もある。
とまあそんな感じで、考え事をしながらドアを開く。
「あ、オロール。やっときたわね。…さっきチラッと見たのだけど、けっこうな人が来てるみたいよ」
「スカーレット。…確かに大量の人が来てる。まだ見ぬ天才が眠っているかも、なんて期待をしてる人も多いだろうし、テレビに映らない、つまり今日ここでしか観られないイベントだからってのも少なからずあるだろうね」
今はレースの始まる少し前。こちらから出向くまでもなく、ウオッカとスカーレットの方から僕に話しかけてきた。
「そういえば、二人とも。デジたんを見なかった?」
僕が開けたドアの先は更衣室。G1レースではないため勝負服を着るわけじゃないが、制服で走るわけでもない。そのため、デジたんも含め皆こうして体操着に着替えている…はずなのだが。
「あー、そういやさっき、お前が来る前のことなんだけどよ。俺が着替えてるときにちょうどアイツとぶつかってさ。んで、大丈夫かーって聞く前にビュンとトイレに向かっちまった」
「トイレに?珍しいな、デジたんがこの時間にトイレなんて。今まで午前中にトイレに行くのは7時39分から54分の間だけだったのに…」
「…あー、なんかアイツ思いっきり自分の鼻押さえててよ。俺は鼻血でも出たのかと思って聞こうとしたんだけど、動きが速すぎて聞けなかったぜ。まあでも、そんな勢いよくぶつかってねぇし、そもそもぶつかった箇所はアイツの顔と俺の胸あたりだったから鼻血は出ねぇと思うけど…」
「あー、なるほどね。うん。理解した」
デジたん…。いや、分かるよその気持ち。僕だって至近距離でソレを拝んだら似たようなことになる自信がある。つっぺじゃ防ぎきれないよね。
「まぁ、とりあえずそれは一旦置いといて。君ら二人にちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何よ?アタシとウオッカに?」
「うん。単刀直入に言うと、君らライブで踊れる?」
「おど…え?」
あっと、言葉で聞かずとも顔が物語っている。やはり二人はライブの練習など全くもってやっていない。
「ウチのトレーナーさん、僕らにライブのダンスについては何も教えてくれなかったでしょ?でも今回、もし掲示板に入った場合、ステージの上に立って踊る必要がある」
「…俺は、うん!なんとかなるぜ!最高にクールなのをぶちかましてやる!」
「ま、まあアタシも?そのくらいわけはないわよ。教官から基礎くらいは教わってるし、なんとか…」
「ならないと思うよ。…それで、歌詞や振り付けくらいなら僕でも教えられるから、二人にはなんとかして今覚えてもらう。…大丈夫?」
「…そりゃ、まったく初めてってわけじゃないから。多分」
そうして突如始まるダンスレッスン。イン更衣室。
「今回ライブでやるのは『GIRLS' LEGEND U』知ってるでしょ?」
「まあ、さすがにな」
『GIRLS' LEGEND U』とは。
ウマ娘ファンならほぼ全員知っている曲。アプリを開いた際に流れるあの曲、始まりの曲である。
アプリをやっていた頃にはウマ娘がこの曲をライブで踊っている映像を見たことがなかったので、初めてダンスを見た時にはちょっと感動したものだ。
「まあ振り付け自体はさほど難しいもんじゃない。ただ、これはたいていのライブ楽曲に当てはまることなんだけど、振り付けが数種類あるんだ。センターウマ娘、つまり一着のウマ娘用。そのサイド、三位以内とかに入着したウマ娘用。あとはバックダンサー用…みたいな」
「なら、教えるのは一つだけで十分だぜオロール」
「ええ、アタシたちにはそれで十分」
文字通り、不敵な笑みを浮かべる二人。彼女たちの言わんとすることがなんとなく分かる。
「なるほど、ね…。でも、君ら同じレースだよね。だから必ずどっちかが負…」
「ぜってー勝つ!」
…ウオッカ。
「うっさい!勝つのはアタシよ」
と、こちらはスカーレット。
まあ、こうなる気は薄らしていた。
「そうよ!負けた方は恥をかく!それで十分じゃない?アタシがウオッカに負けるはずないんだから!」
「言ってろスカーレット!ライブでボーッと立ち尽くしても俺は助けてやらねーぞ!?」
…彼女たちは、自分の勝ちを微塵も疑っていない。今までずっと共に修練してきた因縁のライバルにさえも必ず勝つつもりでいる。
こういうところは見習うべきだろうか。
僕は正直、今回のレースでデジたんに必ず勝とうなどとは思っていないし、なんなら勝てない方がいい、なんて考えを抱いてしまったりもする。自分の一位よりもデジたんの一位の方がずっと嬉しいような気がする。しかし、彼女には全力で立ち向かうことこそが礼儀だとも思っている。そもそも、中途半端な僕には自分の勝利を信じる資格がないのでは、とまで思ってしまう。
だから僕はデジたんに、芝レースへのエントリーを勧めた。僕はどちらかというとダートの方が得意だったから。
「おい、さっさと教えてくれオロール。俺はコイツより先に覚えてとっととパドック行ってくるからよ」
「ハァ?アンタがアタシに何一つ敵わないことを証明してあげるわよ。覚えの良さも!…そして走りもね!」
…にしても、さすが人の目に触れる初めてのレースなだけあって、二人はいつになくヒートアップしている。尊みが。
まあどっちみち時間もあまりないし、ここは二人の望み通りにしよう。
はてさて、結果はどうなることやら。
◆
いよいよレース開始直前…といっても、ウオッカとスカーレットが出走する方のレースだが。僕らが走るのはこの次なので、今は観客席から二人の対決を見届けることができる。デジたんも観戦するだろうから探してみると、群衆をかき分けるまでもなく、最前列で尻尾を振っている彼女が見つかった。
「…デジたん」
「あ、オロールちゃん!ほら早く早く早く!もう始まっちゃいますよ!フヒヒ…レース後に発生するであろうウオスカ尊すぎ案件を見逃す手はありませんからねぇッ!」
双眼鏡まで用意して、備えはバッチリ、といった様子のデジたん。
「…あの、双眼鏡を覗いている間はバレないとか思ってるようですから言いますけど。全然そんなことないですからね?」
「イヤー、アハハー。ウン、分かってるヨ」
別に今のデジたんの発言とは何の関連性もないが、僕は彼女の腰に伸ばしていた手を引っ込める。くそ、せっかくのオキシトシン分泌チャンスが。
こんなことをやっていると、会場が急に静まり出した。
「あ、…皆ゲートインしたみたい」
ふむ、今回スカーレットは二枠三番、ウオッカは同じく四番のようだ。トレセン学園のコースはシンプルな環状コースであることに加え、本日最初のレースだから芝がキレイだ。内側であればあるほど有利にレースを運べる。
『各ウマ娘、ゲートインが完了しました』
この場の空気が一気に固まったような静けさが訪れる。観客席はスカーレットの言うようにたくさんの人で溢れかえっていたが、それでも、僕の耳は確かにゲートの中にいるウマ娘たちの息遣いを捉えたように思う。
緊迫した空気が場を包み込む。
誰もが今か今かとゲートが開くのを待ち構え、そしてついにその時はやってくる。
『さあ、ゲートが開きました!各ウマ娘、一斉に好スタートを切りますっ!』
その瞬間、世界が変わる。走り出した彼女たちの魂の叫び、とでも言おうか。公式戦ではないにしろ、皆本気だ。そこに込められたウマ娘たちのレースへの想いによって、会場は刹那の間に熱気で覆い尽くされる。
レースが始まった途端、前に飛び出たのはやはりスカーレット。
『早速先頭に立ったのはッ!むむッ、あれは三番ダイワスカーレット!…ふむふむ。彼女はクラス内ではよく皆に頼りにされているそうで、まさに私と同じ!ザ•優等生というわけですッ!そして、レースに集中している今の彼女の目は、ただ勝利のみを映しています!』
なんだ今の実況。軽く選手紹介が入ってたぞ。
もしかして、未デビューウマ娘の宣伝のため、生徒会が計らってくれたのだろうか。
スカーレットに続けて、後続のウマ娘たちも実況による紹介が行われた。…というか、実況者はもしかしなくてもサクラバクシンオーでは?ちょくちょく「ちょわッ!?」とか言ってるし。
『中団グループの先頭に立つのはッ!四番ウオッカ!学園内ではよくスキットルに麦茶を入れて飲む姿が目撃されています!』
この紹介は誰が考えているんだ?バクシンオーさんのアドリブか?…いや、そんなことはないだろう。とにかく、ウオッカには聞こえていないようだが、会場の一部では何やら僕にとって親近感の湧く鳴き声が上がっている。具体的には「かわえぇーーェ‼︎」とか。本人に言ったら面白いことになるぞ。
『ちょわッ!?四番ウオッカが一気に先行集団を抜き去りましたッ!そのまま一位との差を縮めていきますッ!素晴らしいバクシンッぷりですね!』
今回のレースはマイル戦だ。一度開いた差を埋めるために使える距離は短い。ウオッカが半分を過ぎたあたりで仕掛けたのもこれが理由か。
…いや、それ以上に、彼女はスカーレットしか見ていないのだ。同年代のウマ娘の中でも肉体が早くに仕上がってきているあの二人は、既にワンランク上にいる、とでも言うべきか。肉体の差は徐々に縮まるだろうが、しかしそれ以前にあの二人は天才だ。だから今、二人が競い合おうとすると、結果的に周りを置き去りにする。
『いよいよ勝負は最終直線にッ!先頭は依然三番ダイワスカーレット、しかしィッ!そこに四番ウオッカが追いすがるッ!双方全く譲る気はありませんッ!』
「ヒョー〜ッ!こ、こ、これはッ!予想以上にエモいですよッ!?宿命のライバル対決ってヤツじゃないですかコレェッ!?ファッ…興奮しすぎて…息が…ッ!」
おそらくはこの会場にいる誰もが、二人の対決が決着する瞬間を目の当たりにしたいと思ったことだろう。まさにデッドヒート、残り1ハロンの所まで差し掛かったが、勝負の行方は誰にも分からない。
「二人とも〜!頑張れーっ!負けたら色々と恥ずかしいことになるよー?」
「ッステージの上で立ち尽くしたり転がったりするお二人もなかなか良…ああダメよデジたん、そんなことを考えるなんてぇ!?…お二人とも、頑張ってくださぁぁいッ!!」
僕の言葉が届いたかは知らないが、彼女たちの足は緩まる様子を見せず、むしろ今までにないほどのスピードでゴールまで向かっている。
『並んだ、並びましたッ!?先頭二人、双方全く譲る気はありませんッ!このままゴールに……ッ!!』
そして、二人並んだままゴール板を駆け抜けた。
『…え、えーと!一着…一着は…?ちょわっ!?失礼いたしましたっ、三着は七番、四着は五番…あっ!写真判定ですか!なるほど!お任せくださいっ!この私が会場の皆様にキッチリお伝えしますのでッ!…皆さんっ!ただいま写真判定を行っております!少々お待ちくださいッ!』
「…うわ、すご。デジたん、どっちのが速かったか見えた?」
「いえ、何も分かりませんでした。…それにしてもすごかったですねぇ!お二人の気迫!観客席まで伝わってきましたよ…!エモい、とにかくエモい…!抑えきれないっ、このクソデカ感情ッ!尊…ッ」
すぐ横で美少女が涙を流している場合、僕はどうすればいいだろうか。無論、涙を拭うために抱きしめるのみである。感極まったあまり零れた涙だとしても、そこは関係ない。要は抱けばいい。
「ホヮッッ!?あ、危ない、油断も隙もないですね…!何するつもりですかっ、こんなに人目があるんですよ!?」
「…っ。やるねぇ、デジたん。…やっぱり君に勝つのは難しいみたいだ」
人混みの中だったのでいけると思ったが、彼女は小さな体躯を活かしてするりと器用に僕の腕を躱してみせた。
「オロール、恐ろしい子…!にしても、今日はいつにも増して積極的ですね」
「……あはは、ほら。レース前にデジタニウムを補給しておこうと思って」
「ハグじゃなきゃ摂取できないんですかソレは…?」
デジタニウムは肌に直接デジたんが触れることで摂取可能な必須栄養素だ。一部の生き物はこれが欠如すると数日以内に死ぬことで有名である。
『っと!今結果が出ました!一着は…ど、同着!三番ダイワスカーレット、四番ウオッカ!』
…まさか同着とは。
にわかに会場がざわつきだす。そりゃそうだ、同着なんて滅多にないことだから。
「あの二人、伝説でしょ。栄えある第一回未デビューウマ娘を制したのはなんと因縁の二人。漫画や小説みたいな話だね」
「…言葉が、見つかりませんね」
…これ、ライブはどうなるんだろ?二人ともうまく踊りきることができるか、それとも恥ずかしい思いをするかってところかな?
「…っと、僕らの出番もそろそろか」
「ええ、あと十何分かでパドックに行かなければなりません。さあ、行きましょう」
そう言って、彼女は僕の方に手を差し出す。
「…!へぇー、デジたん。そういうとこだよ、そういうところが好きなんだよ僕は」
「…っほら、人混みの中だと迷いやすいですし!」
「いやぁ、僕は何と言われようと都合の良い解釈をするよ。そういうことだと思っておく!」
僕がデジたんの手を握ると、彼女は握り返す。
…周囲の声が耳に入ってくる。僕らの方に向く視線のいくつかから漏れた声は実に面白いものだ。具体的には「尊い…」とか「かわゆす…天使かよ」とか。
ほら見ろ、やっぱり皆デジたんのことが好きだ。
やはりデジたんの魅力には誰も抗えない。
いろんな意味で、彼女には敵わないよな。
「あの、人混みは抜けましたし、そろそろ…?」
…もう少しだけ、手は握ったままで。
ようやく走る素振り見せたぞコイツら(他人事)
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あまりにも眩しく
「んふふふ…。君がパドックでどんな表情をするか楽しみだよ。生憎と僕も舞台裏で控える必要があるから今すぐには拝めないけどね。ふふへへ…」
「あの…?どうしてこう、今からあたしがパドックに出るタイミングで不穏なことを言うんです?」
僕の今日の目的はあくまで、デジたんにちやほやされまくってもらい、美少女としての自覚を多少なりとも感じてもらうこと。ついでに顔真っ赤なデジたんに接客でもしてもらえれば御の字だ。
そのために僕は生徒会に企画を持ち込み、本人に内緒でファンクラブまで作った。
「…デジたんを推してる人ってのがどれだけいるか、君はこれから身をもって知ることになる」
「は、はぁ…?何か嫌な予感が…」
デビュー前のウマ娘であるデジたんのファンクラブに入る物好きは、そのほとんどが重度のオタクだ。彼らの行動力を舐めてはいけない。今日はパドックの最前列に、優秀なカメラマンを含めた何人かに陣取ってもらっている。ここまでくればあとは言わなくても分かるだろう。そこにはデジたんが顔を赤らめるという結果だけが残る。
「じゃ、じゃあ行ってきますッ…!」
「うん、行ってらっしゃい。んふふ…」
とてとてと舞台の方へ歩いていったデジたん。僕はカーテンの隙間から彼女の様子を窺う。
G1レースの場合、パドックでは勝負服のお披露目なんかも行われるが、今回は体操服で走るので、やることは軽い挨拶くらいだ。
しかし、だからといってデジたんにそれくらいで済ませるわけはない。様子を見る限り、彼女は速やかに挨拶を終えようとしているが、僕の同志達がそうはさせない。
「デジたーーーん!かわいいよーーー!」
「いっつも俺らが向かう場所に先回りして推し活してるデジたんのことは!同じオタクとして尊敬してる上!ッめちゃくちゃ推せるぜェ!」
「デジタルさぁん!ちょっとでいいのでこっち!カメラ!見てください!最高の笑顔をお願いしたいところですが、私としては照れ顔でもオッケーですよ!あっ…!その表情、ステキですッ、素晴らしいですっ!」
…すごいな、予想以上だ。ここまで声が届くとは。
カーテンの向こうでデジたんがあたふたしているのが雰囲気で分かる。そうそう、こういうのが見たかったんだよ僕は。
覗き見していると、彼女が逃げるように舞台裏へ戻ってきた。
「…んなっ、な、な、何ですかアレェ!?うちわにデジたんって書いてあったんですが、ちょっと!?あなたの仕業ですよね、絶対に!」
「いやあ良かった。実に良かった。やはり同志というものはいい!君だってそう思うでしょ?」
「あ、まさか、いやっ、でも…っ!そんな信じ難い事が果たして存在していいのだろうかっ…!?あたしが、推され…て…?」
「デジたん。これが現実だよ。君は自分が思ってるより何倍も尊い。そういうことなんだ」
「ア…ア…アァッ…」
彼女はほんのかすかな呻き声を漏らしながら立ちすくんでしまった。モノクロ写真のような色合いの、魂が抜けきった顔だ。
「それじゃ、僕はパドックに行ってくるよ。その間君は自己の客体化をしてみるといい」
清々しい気分のまま、僕はカーテンをめくって観客の前に姿をさらした。
「オローーール!かわいいよーーー!」
「最推しは一人に絞れねェ!つまりよ、お前のことも推してるからな!我らが同志!」
「視線下さぁい!もっとお目目ぱっちりで!…あ、そうですそんな感じで!す…す…素晴らしいですっ!」
オイちょっと待て。オイ。
驚きのあまり目が点になった。なぜ僕にこんな声援が飛んでくるんだ。確かに、僕だってウマ娘の端くれ、けっこう可愛いという自覚はちゃんとある。デジたんとは違って。
…ところで、彼らは皆ファンクラブの人間だ。そうなると一つ疑問点が生ずる。
僕はあくまで一会員として、デジたんを推そうと説いただけだ。名前も顔も隠していた。ではなぜこんな状況に?
「…げっ」
…僕の目に映っているのは真実か?なぜ応援うちわに僕の名前が書いてある?…いや、これは真実ではない。僕は夢を見てるんだ。
なぜなら、そのうちわを持っているのは。
「ねえ、オロール。私に秘密でずいぶんと面白そうなことしてるじゃないの?」
僕の母さんだからだ。
「スゥー、ハァー…。オーケイッ!ビークール、アンド、ステイクール…!」
落ち着け、落ち着いて考えるんだ。まず、なぜ彼女はうちわを持っている?なぜファンクラブメンバーと親しげに会話している?
「びっくりした?ふふふ。昔の知り合いに、まだデビューもしてないウチの娘にファンクラブができた、って言われたものだから……」
「あ、うん。分かった。分かったからもう何も言わないで、お願いだから」
母さんもウマ娘だから、観客席まで距離があるが問題なく会話ができる。やっぱりウマ娘ってしゅごい…じゃなくて。
…こうやって現実逃避したくなるのも仕方がないだろう。母さんがデジたんのご両親と知り合いだったとは。僕は二人と対面しているので、そこからファンクラブと僕の繋がりが母さんにバレるのは自然なことだ。で、母さんは自分の娘を自慢したくなったのか、とにかく僕のことを喋っちゃったわけだ。
「…っ!」
「あら、もう行っちゃうの?レース頑張ってね!」
僕は逃げるように舞台裏へ戻った。
「オロールちゃん。見てましたよ、あなたの母君とのやりとり。随分顔が赤いですねぇ?どうしたんです?ふふっ…」
散々な目にあったぞ、まったく。
…いや、デジたんの小悪魔メスガキ的煽り顔を拝めたのでむしろ良かったか。それどころか最高かも。
◆
…始まる。
『各ウマ娘、ゲートインが完了しました!』
…クールにいこう、まずは深呼吸だ。
出来る限りクールに状況を分析しろ。
僕のスタート位置は二枠三番、デジたんは同じく四番。…さっきも見た番号だな。
1600m、コーナー二つ。芝状態良、依然内枠有利。
どうしようか。幼少期からの継続的なトレーニングのおかげで、スタミナに関してはかなり自信がある。この距離ならとっとと先陣を切って逃げてしまうのが一番勝ちに近い。
だがしかし!それをやってしまうと僕の右隣でハァハァやってる天使を満足に拝めない。彼女はどう走る?このレースはシンプルなマイル戦だ、リスクが少ない先行で来るか。ならば僕は彼女の後ろについてみようか。
…ダメだ、確かにデジたんの走りを特等席で見たい気持ちはある。しかし、彼女と本気で競い合ってみたい気持ちも同じくらい強い。予想外のことではあるが、母さんも見に来てる。だったら今ある力を出し切ってやる。
何より、こうしてゲートに入ると、とてつもなくワクワクしてくる!…早く走りたくてたまらない!
っと、そろそろ気を引き締めなければ。
エンジンは既にふかした。脚に力を溜め、全感覚神経をフルに稼働させる。
…今だ!
『さあ、今ゲートが開きました!各ウマ娘、勢いよく飛び出していきますッ!』
勝負事というのは、まず己を知るところから始まる。
自分の手札をしっかり理解しておかなければ勝つのは難しい。
改めて、今の僕の力を確認しておこう。
僕が他のウマ娘に対してアドバンテージを得られる点は主に三つある。
一つ目は踏み込みの強さ。
昔森の中やら山の中やらを走り回ったおかげで、脚の力はかなりある方だと自負している。母さんは短距離やマイルを主戦場としていたらしいので、遺伝的才能もあるかも。
まずはそれでトップスピードにより近づく。地面を蹴る、蹴る、蹴って蹴って蹴りまくる。加速が終われば、次はすかさず歩幅を広げ、勢いを維持したまま体力を温存する。
『早くも先頭に立ったのは三番オロールフリゲートッ!成績優秀、学年一位常連だそうですが、栗東寮長のフジキセキさんいわく、けっこう問題児とのこと!模範生である私を見習ってほしいですねっ!とはいえ、なかなかのバクシン具合ッ!』
何言ってるんだよ、ちょっと大体の授業で寝たり脱走を繰り返したり屋上で火を使ったりデジたんにつきまとったりしてるだけなのに。問題児とは心外だ。
『…最初のコーナー、順位は変わりませんッ!』
僕の二つ目の長所。それは幼少期からひたすらにトレーニングして身に付けたスタミナ。
スパルタなトレーニングを課せばスタミナは誰でも得られる、と誰かが言っていた。そのため、遺伝的にはスプリンターやマイラー向きであろう僕でも、幼少期から肺を鍛えたおかげで、長距離でもある程度戦える。
『先行組が直線に差し掛かりますッ!ブレない走りッ!オロールフリゲート!ペースを掴んでいるようですッ!』
三つ目は記憶力。
とはいっても、レースでこの力をフルに活かしきるには少し工夫が必要だ。ただ対戦相手の情報を頭に叩き込んだりするだけではない。
それに加えて、ちょっとした策を考えた。
まず、このレースに最も適した「理想のフォーム」を自分の中で定義した。今回の場合、スタートダッシュではデジたんの動きを参考にさせてもらった。彼女のダートでも通用するほど力強く素早い踏み込みは、とても加速に役立つ。
勢いに乗ったあとのフォームは、僕の体に癖として染み付いているストライド走法。そこにゴルシちゃんの脚の運び方を参考に改良を加えたものだ。ただしピッチはあまり落としていないので、このままいけば1600m丁度くらいにバテが始まるだろうが、ゴールまで持てばそれでいい。
そして、レース中否が応でもリアルタイムで記憶される自分の動きを、映画のフィルムのように1フレームずつハッキリ認識する。
それから、筋肉の動作のわずかなムラを逐一修正することに脳のリソース全てを割く。
こうすることで確実に、ミリ単位の乱れなく常に良いフォームで走ることができ、体力の消費を抑えられる。もっとも、脳の方がとてつもなく疲れるが。
記憶能力が脳ではなくウマソウルに宿っているからこそ出来る、僕だけの秘策だ。これを上手く使えば非常に大きなアドバンテージになる。
『レースも半分を過ぎたといったところでしょうか、未だ先頭は変わらずッ!二番手につけているのは四番アグネスデジタルッ!』
…待てよ、なんだって?
デジたんが、後ろに?
『ちなみに、彼女は感謝祭準備における最大の功労者といっても過言ではありませんっ!その働きぶりは、あのシンボリルドルフ会長も褒めていらっしゃったとかっ!なかなかやりますねッ!』
彼女がもうそこまで来ているのか?
気づけなかった。さすが稀代のウマ娘オタク、気配を消すことには長けているわけだ。
いや、待て。それだけじゃない!
気配というのは決してスピリチュアルなものではない。周囲の音や空気の流れなどの感覚を統合し、漠然と何者かがいることを感じとる能力が生き物には備わっている。
その気配の消し方を論理的に考えてみろ。レース中に僕が視野外のウマ娘を感知する方法といったら聴覚しかない。要するに、彼女が気配を消すには僕の耳に探知されなければいいわけだ。
『四番アグネスデジタル、ピッタリとオロールフリゲートの背後についていますッ!先頭集団はこの二人、早くも最終コーナー!レース展開はかなりハイペースッ!』
…ッピッタリ背後に!
つまり、デジたんが今とっている行動は…おそらくこのレースにおける最適解だ。
スリップストリーム。
デジたんは僕を盾にして空気抵抗を逃れている。
なるほど、僕よりも小柄な彼女ならその恩恵を十分受けられる。その上、風切り音を出さずに済む。
「…っやられた」
思わず口から声が漏れる。
そうこうしている間に、もう最終コーナーだ。
内ラチを掠めながら、ちらりと横目で後ろを見る。
「…ッ!?まさか、そんな…ッ!?」
そこにいたのはやはりデジたん。振り返って確認するまで存在を疑うレベルの気配の薄さ。今、その理由が完璧に分かってしまった。
デジたんは僕の視線に気づいたようで、ニヤリと微笑んだ。
その脚をよく見ると、僕とまったく同じ動きをしていた。歩幅、踏み込みの強さ、タイミング、なにもかもが。
…まずった。まったく、道理で足音がしないわけだ!僕と完全にシンクロしているのだから!そしてその目的は間違いなく、スタミナの温存!デジたんは僕に一切気づかれることなく、スタミナを保ったまま走ることをやってのけたッ!二位の位置をキープしていながら、彼女はきっと出走者の誰よりもスタミナに余裕があるはずだ。
…自分の走りに集中しようとしたのが仇になった。
『勝負は最終直線にもつれ込みました!先頭では熾烈な一位争いが繰り広げられていますッ!アグネスデジタル、余裕を残したまま追い上げ体勢!が、しかしッ!粘りますッ!オロールフリゲート粘るッ!どっちだ!?分からない、勝負は最後の瞬間までどうなるか分かりませんッ!』
「…っく、デジたん…ッ!何だよ、僕の真似なんかしてくれちゃって、さぁ…ッ!」
「…ッこっちの!セリフですよ!あなたのスタートを見た瞬間、察しましたッ…!」
残りわずか数十m、コンマ数秒の世界で、僕とデジたんは並び立った。その瞬間、世界が二人だけのものになったような錯覚が僕らを襲う。
残り10m。
あと少し、もう少しだけ前に出られたらいいのに、それが出来ない。もどかしさのあまり思いっきり叫びたくなるが、呼吸のリズムを崩してしまうとすぐに脚が動かなくなりそうだ。
残り5m。
めまぐるしく動く景色、至る所から聞こえてくる音の中、必要な情報だけを捉え他は全てシャットアウトする。
すると、太陽でさえも霞んでしまうような真白の中、そこに彼女はいた。
残り1m。
…ああ、これはダメだ。
デジたんとやりあうの、楽しすぎてクセになる。
『ゴ、ゴールッ!一着は…ど、どっちです?あの、私見えなかったのですが…。あ、ハイ!写真判定を行いますので少々お待ちくださいッ!』
…走り終えた瞬間、体が酸素を欲しだす。
特に脳へ酸素が十分行き届いていないのか、何か見えちゃいけないものが見えている気がする。具体的にはデジたんが17人いるように見える。落ち着け、まずは深呼吸。
『…現在判定中ですッ!もうしばらくお待ちくださいッ!』
…入着順のことで会場がどよめいている。
どちらが一着かだって?そんなもの、当事者である僕には分かりきっていることだ。
「はぁッ、はぁッ…!ッデジたん!一着おめでとう!」
「はぁ、はぁっ…!ほっ、へ…?あれ?いや、あたしはてっきりオロールちゃんが一位だと…」
「…何言ってんの。絶対デジたんの方が速かったよ…!」
今に分かる。先ほどのレースに引き続き、また写真判定を行うとのことだが、結果はデジたんの勝利で間違いない。確かにほとんど差はなかったが、まさか二連続で同着になるわけはないだろうし。
『…ちょわっ!?は、えぇ…?め、珍しいこともあるものですね…。あ、ただいま結果が出ましたッ!一着は…同着!三番オロールフリゲート、四番アグネスデジタルッ!』
…なんて?
『ぜ、前代未聞ッ!まさか同日のレースでこんなことが起きるとは…!ここにいる皆さんはツイてますねッ!』
…は、え?
いやいや、そんなバカな話があってたまるか。
ウオッカとスカーレットも同着、そして僕らも同着。
「はぁッ、はぁッ…!コ、コレ…スピカに忖度の疑いかけられてもおかしくないよね?」
「は、はい…。とんでもないことが起こってますよ…」
とんでもないことが起こってる、というよりは僕らが起こしてしまったわけだが。
…重賞レースではないし、判定はそれなりに甘いのだろうけど。どちらにせよ滅多に起こることではない。
だけど、まあ、そうか。
デジたんと僕が同着、ね。
アプリでは名前すら登場しなかったモブ以下ウマ娘の僕が優駿アグネスデジタルに肉薄し、ついには同着というわけだ。
…正直、僕自身も驚いている。
「…次はダートでやろうよ。そしたら僕が圧勝するかも」
「いえ。コースが何であれ、次は絶対にあたしが勝ちますから!」
よし、決めた。
もう日和ったりしない。僕はたとえ相手がデジたんであれ…いや、相手がデジたんのときこそ、迷いなく勝利を目指す。彼女とやりあう時に味わったとてつもない快感に抗う術を僕は知らない。
…いや、冗談抜きでキモチ良かった。レース中に拝んだデジたんの横顔は、チンケな言葉じゃ表せないくらい僕の魂を揺さぶった。
「…ねえ、デジたん」
「はい、何ですか?」
「僕はさ。君のことが大好きだ。大好きだからこそ、レースでは絶対に負けない」
「…ええ、あたしもです」
「てことはデジたんやっぱり僕のこと好きじゃん!相思相愛なら何も問題ないね、うん!じゃ早速…」
「あー〜ッ!?違います違いますそういう意味じゃなくてッ!?いや全くそうではないわけじゃないんですけどもッ!?その、なんといいますか…!とにかく!あたしだってオロールちゃんに負けるつもりはないですから!そういうことが言いたかったんですっ!」
…なんにせよ、デジたんは可愛い。
さて、レースの次はウイニングライブだ。
デジたんにファンサしてもらいたいところではあるが、今回は僕もファンサをする側だ。…不本意だが、僕用の応援うちわを作ってきた阿呆たちに一応ファンサをしてやらねばなるまい。デジたんにやれと言っている以上、自分も同じ土俵に立ってものを言わねば。
…まあ、すぐに全員デジたん一筋になるだろうし、問題はないか。
コイツら走った!(ク○ラが立った並感)
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ヴァルゴ•スクワッド
「…マジで?お前ら、マジかよ?そいつぁさすがにキモすぎだろ…あ、良い意味で」
「しょうがないじゃん。僕とデジたん、それにウオッカとスカーレット。ここにいる皆、全力で走った結果がこれなんだからさ」
僕もデジたんも、無事にレースを走り終えることができた。とはいえ、僕はもうライブステージに立つ気力もあるかどうか怪しいところだ。ウマ娘として生きてきて早十三年とちょっと、こんなに疲れたのは初めてかもしれない。
「俺はまだ納得してねーよ。絶対に俺のが速かった!」
「は?アタシがアンタに負けたとでもいうの?ありえないわっ!速かったのはアタシ!」
ひとまずスピカの皆が待つ観客席へと戻り、残りのレースを観戦する。ダート戦が二回行われ…もちろん一着は一人だけだった。
「あ、そろそろ控え室に行きますか。このあとはすぐライブです。…ハッ!いつもは観客席という場所から、一枚の層で隔てられるように眺めていたウマ娘ちゃんたちが…!今日は超超超至近距離でダイレクトウォッチングできるッ!?ふおおぉぉっ!!」
「…ねえ、ところでウイニングライブは一体どうなるのかしら?確か全レースの掲示板ウマ娘が踊るって聞いたけど」
ふと、スカーレットが疑問を口にする。
「あ、たしかにそうだね。…過去のライブ映像なら何度か見たことはあるけど、同着のは見てないや。それに僕、同着だった場合の振り付けなんてのは知らないな」
「まあ、滅多にあることじゃねえし…ライブが始まる前に誰かが何かしら教えてくれるだろ。多分」
G1レースでも同着になった事例はある、という話自体は聞いたことがあるが、その資料映像は残念ながらまだ見たことがない。
五人で首をひねっていると、見覚えのある姿がこちらに向かってきた。
「おーい!お前ら!お疲れさん!…ったくよ!揃いも揃って、どんだけ面白いことしてくれやがるんだ!」
いい笑顔で走り寄ってきたのは我らがトレピッピ。またの名をトレーナーさん。
「トレーナーさん。ちょうど聞きたいことがあったんです。…このあとのライブで、僕らはどう動けばいいんですか?」
「おう、俺もそのことで来たんだ。…んで、結論から言うと、お前ら四人とも普通にセンターの振り付けを踊ることになる」
ふむ。なんとなく予想はしていたが、やはりそんなところか。続いてデジたんが口を開く。
「あの、配置に何か特殊な変更点などはあるんでしょうか?」
「ああ。詳しくは今から説明する。まず配置についてだが、スマホの画面を見てくれ。…ここだ。こんな感じに、一着のウマ娘六人が並ぶ」
見てみると、単に横一列に並ぶだけのようだ。ステージに向かって左側、下手の方からウオッカ、スカーレット、僕、デジたん、ダート戦の勝者二人、といった順番だ。シンプルでいい。
「曲は変わらない。ただちょっとステージが狭くなるだけだ。まあ、頑張れよ!」
「……ほっ」
「……ふぅ」
誰がどう見ても分かるほど、一気に安心した様子のウオッカとスカーレット。たしかに、もし曲や振り付けが丸々変わってしまった場合、彼女たちは間違いなくライブで恥をかくだろう。そりゃあ安心もする。
「おうトレーナー。命拾いしたな。もし曲やら振り付けやらが変わってたらお前今ごろ生きてねーぞ?」
「…ん?どういう意味だよ、ゴルシ?」
「…アンタがトレーニングメニューにダンスを組み込まないから、こっちは危うくライブで踊れないとこだったのよ。幸いオロールに振り付けを教えてもらったからなんとかなったけど。そりゃ、自主練をしてなかったアタシたちにも責任はあるわ。けどアンタがトレーナーである以上、主な責任はアンタにあるはずよね?」
「お…おお…。あぁ、いや、うん。そうだな…」
いい歳した大人が中学生に言い負かされてやんの。まあ彼も思い当たることはたくさんあるだろうから、その反応も当然である。
「いやぁ…ははっ、その、だな。歌やダンスを教えたいのはやまやまなんだが、…実は俺、ちょっと苦手なもんでよ…」
「そこをなんとかしてこそのトレーナーじゃね?」
「う゛っ…」
ゴルシちゃんのかいしんのいちげき!トレーナーのライフはもうゼロだ!
「…いや、しかしどうしようか…あ、スカーレット。お前さっき、オロールに振り付けを教わったとか言ったな?」
「ええ、そうよ」
「なら、オロール。お前がチームの皆にダンスを教えて……」
「断固拒否します」
「即答かよ!?」
僕がそのポジションについてしまうのはよろしくない。
理由は単純。そうなってしまうと、トウカイテイオーがスピカに加入しなくなる可能性があるから。
「ただし!拒否したからには代替案を提示させていただきますっ!トレーナーさん、単純に誰かパフォーマンスの得意なウマ娘をスカウトすればいいんですよ!ウマ娘の才能を見抜くのはあなたの得意分野でしょう?」
「…ふっ。ま、まあ確かに、俺の目はそれなりに鋭い方ではある」
おだてられて照れるオッサンは需要が少ないぞ。僕は割と嫌いではないけど。
「ええ、そうですよ。…それに、ねえデジたん。君だって新メンバーは大歓迎でしょ?」
「…って、それが意味するのは…つまりッ!?新たなる尊みの誕生ッ!それを毎日拝めるとなればッ!ええ、ええ!文句ひとつありません、むしろ神!GOD!」
「というわけですトレーナーさん。手間は少しかかりますが、今回のライブはそれと関係なく凌げるので、別に急ぎの件というわけでもないです。いいでしょう?」
「…ああ、そうだな。オハナさんには負けていられないからな。チームの戦力強化も兼ねてそうするよ」
これでテイオーがスピカにスカウトされるだろうか。まだ確定したわけじゃないし、今度それとなく聞いてみよう。
「っと、いつの間にか話が逸れてたな。とにかく、まずは目の前のライブだ。…お前ら、頑張れよ!」
そう言って立ち去ろうとするトレーナーさんの肩を、僕はわりかし強めに引っ張った。
「あだだだだだッ!?」
「ちょっと待ってくださいトレーナーさん。まだお話ししたいことが残ってました」
「何っ…聞く、聞くから!離してくれえっ…!」
「トレーナーさん。ウナギの旬は本来秋から冬にかけてだそうで。養殖ウナギは夏の土用の丑の日によく出回りますが、天然ウナギが一番美味しいのはちょうど今ごろだそうですよ」
「おおー、ウナギか。いいよなぁ、アタシは蒲焼きも白焼きも好きだぜ。ほどよいカロリー、豊富な栄養素、美容にも効果アリ。うん、考えただけで垂涎必須だな」
さすがゴルシちゃん、こういうときにノリがいい。
「…お、おい?ウナギ…?突然何を…」
「ねえ。ところで皆、ウナギは食べれる?」
「俺はケッコー好きだぜ。…フッ、酒に合う食い物ってのは基本的に何でも美味いもんだ」
「アンタ飲んだことないでしょ、まったく…。ちなみに、アタシも嫌いじゃないわよ」
白焼きをワサビ醤油でいただきながら、ポン酒っぽくただの水をグイッと呷るウオッカを想像してしまった。割と似合って…いや、どうだろう。
「デジたんは?」
「あたしは…まあ、どちらかといえば好きですケド」
よし、これで全員分の確認はとれた。
「てことでトレーナーさん。よろしくお願いしますね」
「…はッ!?おッ、お前まさかまた俺に…ッ!?」
「ええ。とはいえ、天然ウナギというのは近年数を減らしていますし、味の当たり外れも大きいです。それに、必要エネルギーの多い種族、すなわちウマ娘である僕的には、脂がこってり乗った養殖モノの方が好ましいですので。そこは安心してくださいね!」
「…オイ待てッ!?俺なんかお前に恨み買われるようなことしたかよォッ!?」
「いえ。せっかくレースに出場したチームメンバー全員が一着になったわけですから、それ相応のお祝いが必要だと思いまして。あとライブの練習サボってた分と、遠くない未来にあなたに痴漢されるであろう将来有望なウマ娘の分も含めてます」
「…わーった、わーったよ!店とっといてやる!晩までにしっかり腹空かせとけよ?」
なんだかんだ言っても、結局は漢気を見せてくれるのがうちのトレーナーさんである。僕は彼のそういうところが好きだ。
「はぁ…後で金下ろしに行かねえとな」
…さて、そろそろステージに行くか。
◆
打てばカンと澄んだ音が響きそうな秋の空の下。人の多さにそぐわない奇妙な静寂さえもが、その瞬間を今か今かと待ちわびている、そんな雰囲気が漂っている。
「wow wow wow wow…♪」
沸き立つ会場。その中で、自分の心臓の音がやけにはっきりと聞こえた。
「やっとみんな会えたね〜〜…♪」
ライブが、始まる。
…今までにない経験だ。こんなに大勢の前で歌って踊るなんて。心臓の高鳴りは止む様子を見せない。一体何がそれをもたらしているのだ?原因は僕の中で渦巻く感情…緊張、不安。…いや、興奮?
そうだ、僕の心は未だかつてないほどに、興奮の坩堝と化している。今、はっきりと分かった。
理由は明白。答えは僕の視線の先にある。
「Don’t stop! No,don’t stop ’til finish!」
…いや、これじゃない。まだだ。
「wo oh oh〜…♪」
…………。
可愛えええええぇぇ!!!
「たかたったっ 全力走りたい〜♪芝と 砂と キミの 追い切りメニュー〜…♪」
…デジたん、デジたん、デジたん!
最高すぎる!なんなんだよ、一体どこまで僕を狂わせたら気が済むんだよ!ああああああああ!!
…おっと、少々限界化が過ぎたようだ。まあ心の中で済ませたし、咎める者はいないので問題はなし。
「wo oh oh〜…♪」
僕がデジたんの何に対して限界化したかといえば、そりゃあ彼女の美声に対してだ。決まっている。
…それも、メインの歌詞じゃなく、合いの手。
ウォーオーオオーみたいなとことか、そのへん。
…まずい、尊みで語彙力が飛んでいく。
ライブに観客として通い詰めた彼女の合いの手は、それはもう洗練された宝石のような声だ。会場にいる人々が一体となって楽しめる合いの手。場数を踏んだ彼女のソレは、今会場に鳴り響く音のどれよりもひときわ輝いて聞こえる。それにもともとデジたんは歌が上手いし、特に歌詞表記にてカッコの中に括られるような部分に関しては、彼女の右に出るものはいないだろう。
「たかたったっ 全力上がりタイム♪ゆずれない夢の途中〜…♪」
もちろん僕だってただデジたんを眺めているだけじゃない。声を張り、見栄えのいい動きができるよう努力しながら、そしてあわよくば、デジたんがズッコケたりして、僕がそれを支えに飛び出すとかいう展開が起こったりしないかと期待しながらライブに臨んでいる。
「始めよう ここから最高 story〜…♪」
ライブを完璧にこなしてこその一流。
そう言われるほど、競走ウマ娘にとってウイニングライブとは大きな意味を持つ。
この世界に馬券などという概念は存在しない。であれば、ファンがわざわざレース場まで足を運ぶ理由は、僕らウマ娘の走りとウイニングライブに魅了されているからに他ならない。
デジたんはそのことを誰よりも理解している。おそらくは最もファンに寄り添えるウマ娘だ。そんな彼女のパフォーマンスには、彼女自身がウマ娘ファンであるからこそ理解できる、ファンの、ファンによる、ファンのためのファンサが組み込まれている。さらには、彼女のウマ娘に対するひたむきな感情や真摯な想いに基づいた、…神々しさとしか表現できない眩しさが、ステージを豊かに彩っている。
「キーミーとー…♪走り競いゴール目指しっ♪遥か響け届けmusic♪」
歌とは、想いを乗せる場所である。
「ずっと ずっと ずっと ずっと 想い♪夢がきっと 叶うなら♪」
僕にだって伝えたい想いはある。
「あの日キミに感じた〜っ♪何かを信じて〜…♪」
歌っているだけで、僕の想いが空気に溶けていく。
「春も夏も秋も冬も超え♪願い焦がれ走れ〜…♪」
「Ah♪勝利へ〜ーっ♪」
家族、友人、ライバル、トレーナーさん、ファン、そういった僕ら競走ウマ娘を支えてくれる人たちへの想いが込められた歌なのだろう。
なのだけども。
僕のアイデンティティとも言える、どうしようもなく大きくなり続ける想いが。
僕にとって最も大切な想いが、この歌に表れているとさえ感じる。
「Don’t stop! No,don’t stop ’til finish!」
…伝えたい相手は、まだ僕の隣に。
◆
「…まって。まじでやばい。しぬかもしれない」
「お、どうした。この世の終わりみてえな顔になってんぞ」
場所は変わって府中某所のウナギ屋、スピカ全員が揃ったその場所で、僕は深刻な危機を迎えていた。
「おい、どうしたってんだよオロール。レースは一着、お前のおかげでライブもめちゃくちゃ上手くいった。運転しないで済むなら今すぐ一杯やりたいくらいだぜ、俺は。それなのに、一体どうしてそんな重い顔するんだ」
「ふ…ふへ、ふへへへ…」
「あ、トレーナー。コイツもうダメだ。完全にイッちまった」
あぁ、もうそろそろ夢と現実の区別がつかなくなってきた。とりあえずデジたんが美味しいことは分かる。それは確かだ。
「…ホントにどうしたのよ。ライブが終わったあとから少し疲れた様子だったけど、いよいよヤバくなってきたわね」
「…お、思ってたよりも…。ちゅかれたんだ。すごく。あ、デジたん…。デジたぁん…!」
「うひゃおぅわっ!?ちょっ!?ちょちょちょ、急に抱きつかないでぇ…!?」
うん、やはりデジたんと山椒の相性はバツグン…。
いや待て、僕は一体何を考えてる。
「ハッ!…危ない、デジタニウムを摂取しなければ向こうに旅立つところだった…!」
「お、ようやくいつものイカれ方に戻ったか」
「ゴルシちゃん、それだと僕がいつもイカれてるみたいになるじゃないか。僕がおかしくなるのはデジたん絡みのときだけ…いや、結局いつものことか」
「せやな」
…なんだか返事が適当だな、ゴルシちゃん。
「まあ、その。レースとライブって…思ったより疲れるんだねー、というわけでして。ハイ」
「…にしたって、そんなになるほどか?俺らもお前と同じくレースとライブをやったけど、まだピンピンしてるぜ。へへっ、お前もしかしてトレーニングサボってたんじゃねーの?」
…うーん、言われてみるとそうだ。
なぜ僕だけがこれほどの疲労と眠気に襲われているのか。他の皆とほとんど同じ運動量だったはずなのに。
「もしかして、変な頭の使い方したからかなぁ…?」
「…どういうことです?」
僕の一言に疑問を抱くデジたん。ちなみにまだ僕は彼女を抱いたままである。
「なんていうのかな、上手く説明はできないけど、レース中の思考方法に問題があったんだと思う。まあ、原因は察しがついたし、対策もできそうだから。大丈夫だよ」
あくまでも想像だが、それなりに辻褄が合う仮説が立った。
僕はレース中、作戦の立案やコースやライバルの状況把握などを、脳ではなくウマソウルで実行した。そして、脳の全領域を身体の制御に使った、とでも言えばいいか。なにしろ感覚的な話なのでうまい言い方が思いつかない。
とにかく、そのようにして生物的に不自然な活動を強いられた僕の脳に疲労が蓄積し、今に至った可能性がある。さっきから頭も少し痛いし。
「…大丈夫ですか?無理はしないでくださいね?」
ああ可愛い、何この子。天使?
…あ、頭痛が和らいだ。
…そういえば、ライブ中はまったく疲れを感じなかった。きっとデジたんのエモい歌とダンスのおかげだろう。そして今も、彼女の優しさに触れた瞬間、一気に気分が良くなった。
…あれ?つまりデジたんは万能薬では?
「ハァ…!最高…ッ!デジたんはそのうち癌にも効くようになる…!愛してるよ…!」
「…あ、あの!そろそろ…離していただけると…。その、照れくさいといいますか…」
いやいや、その照れ顔が出た以上、ここで離してしまうのは実にもったいないというものだ。
「…トレーナー殿や。アタシが思うに、ピンクの方はオープンなオタクだから、まだ行動が分かりやすい。しかしよ、黒い方は見た目通りのダークホース、何をするか分からねえ。だからアタシはもう考えるのをやめたよ…。お、ここのウナギ美味えなぁ…」
「美味いだろ。ちょっとしたツテがあってな。だからこうやって当日予約で六人入れたんだ。少しゃ俺のこと褒めてもいいんだぜ?」
「いよっ、さすがトレーナー、日本一!」
うーん、しかしデジたんの効果が凄まじい。体の不調が治るどころか、むしろどんどんエネルギーが溜まっていくようだ。このままずっと寝るまで抱きしめていたい…。
あ、そうだ。もういっそ今度部屋にお邪魔してしまえばいいんだ。デジたんのルームメイトのタキオンさんは、そういうところに関しては寛容だろう。むしろ実験体が増えた、なんて言って喜ぶかも。
…なぜ僕は今までこの発想に至らなかったんだ。よし、早速聞いてみよう。
「…ねえデジたん。今晩君のベッドにお邪魔したいんだけどさ」
「ふぇえっ!?なっ、なななな何をッ!?そういうのはNGですよ!?風紀の乱れが激しすぎますッ!?」
「…ん、何が?僕はただ純粋に、君の部屋で一緒に寝たいとだけ言ったんだけど。風紀の乱れっていうのは…?」
「あ、いやッ!それはですねぇ…!ちょっと、知識の偏りといいますか…」
「ふうん…。なるほどねぇ…。そっか、それで結局どうなの?僕がお邪魔するのはOK?」
「えっ、あっ、ハイ。えと、構いませんよ…タキオンさんにはあたしから話しておきますので」
よっしゃあ!キタコレ!
僕の勝ちだ、もう何も怖くない!
「…あ、ちなみに。僕はデジたんさえOKならいつでもそういうコトができるよ」
「…ノットOKでお願いしますよ!?」
おや、断られたか。しかしこの程度で僕は立ち止まらない。今までも、これからも。
もう疲労なんてものは吹き飛んだ。全てデジたんのおかげといっても過言ではない。このあとを楽しみにさせてもらおう。
…今日は最高の日だな、本当に。
ウナギは最近食べておいしかったので書きましたのよ(IQ2)
デジたんセラピーは不治の病にも効果があります。なので皆さんはデジたんをすこりましょう。
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ながいながい夜
「ほお、ほお…。ふぅン…なるほどねぇ。つまり君らは今夜同衾を…」
「ストォォォッップッ!!タキオンさぁん!?言葉を選んでくださぁいッ!?」
「おや?何かいけなかったかい?私はただ、仲睦まじい二人が共に同じ寝床につくことを端的に表せる言葉といえばこれだろうと思っただけなのだが…」
すまなかったねぇ、と言いつつ、どう見てもそんなことをカケラも考えていない顔で肩をすくめるタキオンさん。
「…いいですか、再三言っておきますが、今から始まるのは別になんてことない、ただ同好の士として親睦を深めるだけのイベントです。それ以外の何物でもありません」
寮に戻ってくるまでに、彼女は同じ話を6回した。何がそんなに心配なのだろう、僕には全くワカラン。
「ちなみに私も今夜ここで寝る。ラボで寝ても構わないとは言ったのだが、デジタル君の方から部屋に残るよう、先程電話した際に頼まれてね。それはそれで面白そうだからいいのだけれども」
「ふふふ、タキオンさんがいれば、あなただって妙な真似はしないでしょう?」
ちょっと勝ち誇った顔をするんじゃあない。可愛すぎるから。
「僕が妙な考えを抱いていると決めつけるのはやめてくれよ。確かに日頃の行いからするとアレだし、実際に考えてはいるんだけど、君にそうズバッと言われるとさすがに…」
「考えてるじゃないですかぁ!?しかもよくそんな堂々と言えますねッ!?…やっぱりタキオンさんに居てもらって正解でした!」
…件のウマ娘タキオンさんだが、さっきからずっと不穏なニヤニヤを浮かべている。彼女の考えは読めないが、少なくともデジたんの思惑通りに事が運ばれることはない。確実に。
「君たちは本当に仲が良い。実に興味深い、この際行くとこまで行ってもらっても構わない…いや、というかイってくれ。ヒトとウマ娘の深い絆についてはこれまでも何度か研究テーマにしてきたが、ウマ娘同士の絆というのはなかなか調べる機会がなかった。それもここまでズブズブなものは滅多に見ないからねぇ、ククク。うん、そうだ。私特製のオクスリも使いたかったら使っていい。いや使いたまえ!そして是非その効果を私に見せてくれ!」
おおっと、デジたんの思惑どころか僕の想像すら軽々と飛び越えてとんでもないことを言い出した。そして、タキオンさんは研究のこととなると非常に饒舌になる。リロード不要の機関銃の如く単語を連発してきたが、内容が随分とマッドな気がするのは気のせいだろうか?
「はッ…!?早口でスゴく恐ろしいことをおっしゃってませんでしたか!?で、ですから、今夜はそういうことをする予定じゃありませんって!?」
ほう、デジたん。その言い方は、今夜以外ならば受け入れる用意ができている、ともとれる言い方じゃないか?
うん、そういうことにしておこう。今度、一度放った言葉は簡単には取り消せないということを彼女に教えてあげるとするか。
「ところでデジたん。今のタキオンさんの話からするに、この部屋の勢力図を簡潔にまとめると…。まあ、二対一になると思うんだ」
「…ファッ!?」
そう。何はともあれ、なぜかタキオンさんがソッチ方面の展開に積極的なのだ。つまりこの場にデジたんの味方はいない。
「ククク、デジタル君。君もさっき電話口で言ってたろう、今宵の夕餉はウナギだったそうじゃないか。食べると精力がつく、なんて俗説もある。…まあ主に男性に関しての話だし、オロール君の場合はそれとは特に関係なさそうだが」
ちなみに僕の場合、未だに健在である心の中のブツが熱くみなぎっている。
「さあ観念しろデジたん!安心しなよ、年齢制限に引っかかるような行いはしないから!」
タキオンさんもいることだし、さすがにラインを越えることはしない。が、とりあえずデジタニウムは存分に摂取させていただこう。
「あ…あの…とりあえず、お、お手柔らかにぃ…?」
「…か゜はッ!?」
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
なんだこの生き物は、可愛いの権化か?肺の中の空気が全て外に押し出され、代わりに尊みを思いっきりぶち込まれた。
ベッドに腰掛け、赤い頬を僕に向ける彼女。少し混乱している様子だが、それ以上にこっちが混乱している。
「ひ、ひとまずっ!まだ夜も長いですし!オタクとしての禊を済ませてしまいましょうッ!」
「え…、あ、ああ。んふふふ…まさかデジたんの方からその気になってくれるとは…!うん、どうせなら一緒にお風呂…」
「ちちち違いますからッ!?そういう意味じゃありませんよ!?」
なんだ、禊と言うから僕はてっきり文字通り身を清めるのかと思ったのだが、違うのか。そして、こんな月の綺麗な夜にそのようなことを言うのは、すなわち裏の意味を仄めかしているのだと思ったが、違うのか。
「…あなたも、常日頃からウマ娘ちゃんのために己が身全てを捧げる覚悟で暮らしているでしょう。ならば、その捧げる身を清めない、などということはあってはならないのです!」
「つまり、デジたんは僕の身体が欲しいってこと?…ふ、ふふ…君がそんなに積極的だとは思ってなかったよ。でも、それが君の望みなら僕は何も言わないよ、むしろ喜んで受け入れ…」
「ハイ、ハイッ!あたしの言い方が悪かったですッ!すみませんでしたッ!単刀直入に言いますとッ!その、レッツ•お部屋•DE•推し活、的な…」
「…………」
……。
「…な、なんですか、その目は。そんな視線をあたしに向けたって何の意味もありませんからね!」
…めちゃくちゃ期待してた。
普段僕から仕掛けてもいまいち受け流されてしまうものだから、先程デジたんが意味深なことを言った時には、ようやく僕の想いが届いたのか、と思ってすごくドキドキした。
このまま永遠に見つめていても色褪せることのない美しさを持つ彼女に、僕は一歩、また一歩と近づいていく。
ガチ恋距離までノンストップ。それから、ほんのり温かいデジたんの頬に手をかける。
「デジたん。分かってると思うけど、僕は君が欲しい。欲しいのは君の全てだ。その身体、心、何もかもが僕のものになったらいいのにっていつも考えてる。…だからこそ、ムリヤリ君を襲ったりするより、君自身が僕を望んでくれる状況を作り出したい。つまり、君の心から手に入れたい」
重要なのはデジたんの意志、ということだ。
「ハ、ハイ…?」
「だからさっき君が思わせぶりなセリフを言った時、僕は…僕は、それはもうものすっごく興奮したわけだよ。誘いをOKされるどころか、君の方から来たんだと思ったから」
「あ、えと…」
「だけどそれは僕の早とちりだった。…ま、だからといって何かするわけじゃない。ただ、今の話を改めて伝えておきたかったんだよね」
「ゅぅっ…!」
手のひらがジンジンと熱くなってくる。
あっすごいコレ。生きててよかった。
…パトスが抑えきれない、このまま触っていると確実に何か新しい世界が見えてくる。
「…ふむ、私はすっかり蚊帳の外だね。まあいい、実に面白いものが見れた。相変わらず君らが何を考えているのかが全く分からないよ」
「あ、タキオンさんもどうです?ほら、デジたんのほっぺた。とっても柔らかいですよ」
この感触は人をダメにする。魔性の頬だ。
「おお…少し興味は湧くが、これ以上やると彼女が昇天してしまうだろうからね、遠慮しておくよ」
デジたんの方に向き直れば、そこには物言わぬギリシャ彫刻と見紛うほどの美しさの権化。
…キレイな顔してるな。
ウソみたいだろ、死んでるんだぜ、それで。
…しかし、ホントにキレイだ。
「…ッハぁ!?あたしの身に何かしら尊厳の危機が迫っているような気が…!」
例のごとく素早い復活。ところで、尊厳の危機とは一体何のことだろうか。
「ととと、とにかく!今するべきことはオタクムーブメント!せっかくですので、あたしのコレクションを我が同志に自慢させていただきたいわけです!」
「コレクション、ね。ちなみに僕は君の私物なら何であろうと見ただけで興奮できるよ」
「それはよかったですネ!で、早速見せたいものが…あるぇ?どこにしまったんだ過去のあたしよ…!あ、少々お待ちくださいっ!すぐ見つかるので!」
そう言って彼女は机の引き出しやら何かの箱やらを漁り始め、揺れる尻尾をこちらに向ける。
…ん?ちょっと待て。
今、なんだか軽々とあしらわれたような…。
僕はこれまで何度もデジたんに愛を伝えてきたが、毎回何かしらのリアクションが返ってきたはずだ。
「けっこうパンチの効いたセリフを吐いたつもりだけど、反応が薄いな…」
僕が考え込む素振りを十分に見せぬうちに、横からズイッとタキオンさんがやってきて、視界を埋め尽くした。
「ふむ。私なりの推測だがね。彼女はきっと今まで以上に君に心を開いているのだと思う。軽口を叩き合う仲…の亜種、といったところか。オロール君の愛の告白を受け流せる程度には、彼女は君のことを信頼しているのだよ」
「…なるほど、もしそうなら、それ自体は喜ばしいことだ。けれど…!同時にデジたんの照れ顔を拝む難易度が上昇してしまった…!」
タキオンさんと学術的な話を展開していると、ピンクのしっぽがピンと伸び、それからデジたんは溢れるような笑顔で振り返ってきた。
「ありました!これこれ、これですよっ!」
「それは…髪飾り?」
見たところ、彼女が今つけているものとあまり変わらないデザインだ。
「…はい、この髪飾りはいわばあたしのルーツとも言える物。ウマ娘ちゃんへの愛をより確固たるものにした物なのです」
「…お、もしや回想入るパターン?」
「あれからもう十年ほど経つのでしょうか…。今でも鮮明に覚えています。当時、既にオタクとしての片鱗を見せていたあたしは、街を歩く度に通りゆくウマ娘のお姉様方に目を奪われていました。するとある時、そんなあたしの視線に気づいたのか、一人のウマ娘様があたしに声をかけました。しかし幼いデジたんは、彼女の美しい漆黒の髪に心奪われ、返事も出来ずにそのお御髪に魅入っていました」
…なるほど、デジたんらしいな。
「すると、その方に勘違いさせてしまったようで。もしかして、これが気になるの?と言って、つけていた髪飾りを指差しました。あたしがウンともスンとも言えずに、ただ呆然と眺めていると…!それから起こったのは、実に、実に神秘的な出来事でした。…ゆっくりと解かれた彼女の髪は宙に舞い、それからより一層その艶やかな輝きを強めました。髪飾りを受け取ったあたしはなんとか感謝の言葉を捻り出しました。すると彼女はただ笑って、あたしの頭を一撫でしてから街の人混みに紛れていったのです…」
「…何そのなんか伏線みたいな出来事。めちゃくちゃエモいじゃん、もはやデジたんが主人公だよ」
絶対後でもう一回登場するヤツだよその髪飾り。まあ真面目に考えると、ここは漫画やアニメの世界じゃないし、そんな偶然は起こり得ないだろうが。
「伏線…なかなか言えてますね。まあ、そんな感じで。その出来事はあたしのウマ娘ちゃんへの愛をより強め、今でも忘れられない思い出となったのです」
その髪飾りを今も保管しているあたりが、僕が彼女を愛する理由だ。美しい見た目、健脚だけでなく、そういった心の面など、全てが僕を魅了してやまない。
「…あ、そういえばあたし、今までオロールちゃんの昔の話はあまり聞いたことがありませんでしたね。…よければ、聞かせてもらいたいのですが。いえ、聞かせるのです!あたしも話しましたし!」
「…ま、いいけど。面白い話は…けっこうあるかも。あれ、そういえば僕、まともな幼少期を送ってない…?」
学校での出来事より、山で野生動物に出くわしたときの話の方が断然にストックが多い気がする。というか確実にそうだ。
「なかなか楽しそうな話じゃないか。…欲を言えば、私特製のおクスリを使ってほしかったのだがね。君らには必要なさそうだ」
タキオンさんがそんなことを言う。
「必要になったら言いますよ。まだまだ夜は続きますし、もしかしたら…」
「絶対にやめてくださいッ!?」
うん、やっぱりいいリアクションだ。
…長い夜だな。
◆
「…つまり、思いっきり熊に蹴りをぶち込んで事なきを得たと…?」
「うん。カポエイラを学んでいなければ即死だった…」
ウマ娘に備わった強い脚を生かせる武術の動きはいくつか体得している。この体は割と無茶な動きも問題なくこなせるものだから、厨二心をくすぐられて、ついいろいろと覚えてしまったのだ。
「キノコ狩りに来た山ではしゃいだところ、よりによって母親の熊に衝突、穏便に済ませられないと判断してからの行動がまさかのアゴ蹴りとは…。当時はまだせいぜい六、七歳だろう?どういう思考回路だ?君はひょっとしてとんでもないバトルジャンキーなのかい?」
「なんかイケる気がしたんです。だってほら、ときどき熊に勝つ人間のニュースを聞くじゃないですか」
ウマ娘に人間が勝てるわけがない、でお馴染みの種族ニンゲンさんでさえもクマさんをボコせるのなら。ウマ娘である僕は余裕の勝利を収められる。なんてことを当時は考えていた。
「ご両親は心配するでしょう?幼い子供が一人で山に入るなんて…」
「宙に放り投げた金属バットを蹴りで真っ二つにしたら、ある程度の自由行動は許されたんだよね」
「…………」
「…とにかく、熊と格闘して生還した、なんてのはほとんどがマグレだ。強靭な肉体を持つウマ娘であっても、野生で鍛え上げられたかの猛獣に立ち向かうのは愚行だよ」
「…本当に、よかったです。オロールちゃんが生きていてくれて」
ああ、デジたんの言葉が心に突き刺さる。こんな天使を、僕の死ごときで曇らせるなんてことは絶対に許されない。強くならねば…!
「…確かに今思えば、大分危なかった」
タキオンさんの言う通り、マグレだった。
「次は眉間を素早く叩く。より効率よく脳に衝撃を与えて、スマートに倒したいな」
マグレではなく確実に仕留められるよう、より一層トレーニングに力を入れて肉体を強化しよう。
「いや、逃げましょうよ!?」
「…ふむ、確かに機動性では我々ウマ娘に分がある。ならばそれを活かさない手はないというわけか…それはそれで興味深い対処法だ」
「タキオンさん!?なんでちょっとノリノリなんですかッ!?」
ウマ娘と生まれたからには、誰しも一生の内一度は夢見る「地上最強のウマ娘」。
タキオンさんもまた、その夢に焦がれる一人なのだ。
「…てか、もうこんな時間か」
「あ、ホントですね。…そろそろ寝ますか」
「ちなみに私は寝付きがいい。二人で楽しんでも気にしないから安心したまえ」
「文字通り寝るだけですよッ!?」
時計の針は日付が変わる頃を指している。
コンディション:夜更かし気味を獲得しないためにも、そろそろ布団に入るべきだろう。
「さ、おいでデジたん」
「なぜあたしよりも早くあたしのベッドに…?えっと、とりあえず…お邪魔しまぁす…?」
可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。
…おっと、思考が支配されるところだった。
ちなみに彼女は今、眠るために髪を纏めた状態である。それがまたいつもと違う可愛さを引き出している。他のウマ娘を推しまくることに定評のあるデジたん、自分の見た目には無頓着かと思いきや、実際はゴルシちゃんの方がよっぽど適当である。…それなのにあの美しさ、どーなってんだよ例の不沈艦。
「…………」
「…あの、なぜ無言で抱きしめて…」
「んー…別に構わないでしょ?」
「……。暑くないです?」
「…暑かったら服を脱いでもいいかな?」
「心地よいですね。人肌の温もりというのは。丁度いいというか、なんというか」
僕は今幸せの絶頂にいる。
いつも寝る前には小一時間ほどデジたんの記憶を反芻しているが、今夜はダイレクトで感じることができるのだから。
「…うわぁ、ヤバ…好きだぁ、これ…」
デジたん…抱き枕として優秀すぎる。温もり、感触、サイズ感…そしてなんといってもその愛らしさ。最高だ。
「…あたしも、好きですよ」
「…え?今なんて?」
「ッなんでもありません!ほら、早く寝ましょう!」
「デジたん?ねえデジたん?今はっきり言ったよね?好きだって。僕は難聴系でもなんでもないから聞き逃さないよ?むしろデジたんの声なら10km先からでも聞けるからね」
「あっ、えっと、その!つまり、人と一緒に寝ることについて感想を述べただけです!いやあ、温もりを感じられるって素敵ですよね!!」
「…んふふ、ま、そういうことにしておくよ」
…前言撤回だ。
今こそ、僕は幸せの絶頂にいる。
文字通り抱いて寝ます。
やはり健全な絡みはいいものですね。
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需要と供給
ペル○ナなんてやってないであります。
スイマセンデシタ
「うわっ!さっむぅ……」
すぐそこまで来ている冬の兆しが、トレーニング中の僕らの間を風となって通り抜ける。思わず、といった様子で身震いするスカーレット。
「確かに冷え込んできたな。つまりよ、これからのトレンドは鍋だ、鍋!っし、てことでトレーナー!伊勢エビ一丁頼むわ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ、走って体暖めてこい!」
「へいへい、んじゃその間にエビよろしく」
そう言って走り去っていくゴルシちゃんはいつもの様子だ。発言に多少の季節感はあるが。
しかし、僕の想像よりもまともなボケ、というか。あまりぶっ飛んだボケをしないな。やはりアニメ版ゴルシちゃんだからだろうか。
「っしゃあ!どんな日でも俺はフルスロットルだ!ボサッとしてると置いてくぜスカーレット!」
「元気いいわね、アンタ。バカだから寒かろうが関係ないわけ?」
「は?ちげぇよ、お前より根性があるだけだ!」
「根性だけじゃアタシには勝てないわよ?」
「っテメー、上等だ!行くぞオラァ!」
例によって二人で競い合い始めた。にしてもなかなかにすごい熱気だな、ウオッカは。体が暖まりそうな名前をしているだけある。いや、関係ないか?
「ふぅ、もう冬も近いですねぇ〜…」
季節は十月も半ば、吹きつける木枯らしが容赦なく肌を刺してくるが、僕の場合デジたんのおかげで常に心が燃えているのでさほど問題ではない…いや、やっぱ寒いもんは寒い。
「っし、てことでデジたん。カモン」
「む、あたしを暖房代わりにするつもりですか。しかしこのデジたん、わざわざこの天気を見越して重ね着をしてきた身!溜め込んだ熱、簡単には明け渡せませ…むぎゃっ!」
「おー、やっぱあったかい」
これはいい。一家にひとつ…いや、僕んちにひとつ欲しいな、デジたん。どんどん温度が上昇するという夢のような機能付き。そして可愛い。
「二人とも!イチャイチャし終わったらさっさと走ってこいよ?」
「イ゛ッ…!?」
しかしこの暖房、さっきから際限なく温度が上がるな。そろそろ火でもつきそうだ。
「…はっ!?はし、走りましょうかッ!」
デジたんはするりと器用に僕の腕から抜け出し、そのまま脚を動かし始めた。ああ、行かないでおくれよ、このままでは僕の身と心は冷え切ってしまう。
「よし。じゃ、行こっか」
まあデジたんと走れば何も問題ないのでOK。
「ハイ。…あっ!あれ、ウオッカさんとスカーレットさん…!ちょちょちょ!?ちょっとぉ!?とんでもなく尊いことやってまっせッ!?」
「ん?ああ…何あれ、ハイスピードおしくらまんじゅう?」
僕らより少し前にスタートした二人は、なぜか体を密着させながら激しいレースを繰り広げている。押しては引いて、押されては押し返し。いつものことだが、あれは友人の距離感じゃあないと思う。
「何度も似たようなことをやってるからか、さすがの安定感だね。あれで普通に速いの、すごいな…」
「いやぁ〜、眼福ですなぁ。まあ、空気も冷たくなってきましたし、誰かにくっつきたい気持ちは少し分かりま…むぎゃっ!」
「…!いいこと言うねぇ〜ッ、デジたんッ!」
すかさず抱きついた僕を咎められる者はいないだろう。
デジたんとの触れ合いによって得られるのは、オキシトシンやドーパミンなんて目じゃないほどの多幸感だ。脳を超えて魂に効くタイプのヤツ。
「もう…危ないですよ、こんなにくっつくと」
「そう言う割に、足並みはまったく乱れてないよ。さすがデジたんだ」
「あなたのクセならもう覚えましたとも。合わせることくらい朝飯前、というものです!」
なるほど、道理で変態と呼ばれるわけだ。得意気にピンと立つ耳の可愛らしさと同様に、彼女の走力はトップクラスのもの。
…僕だって、実は今もそんな彼女から真面目にいろいろと学び取ろうとしているのだ。抱きついたのはその一環。高度な計算によって導き出された最適解の行動である。ホントに。
「ウーン…至福のひと時…」
別に自分の快楽のためだけに行動しているとか、そんなことは決してない。ないったらない。
「セリフだけ聞けば、コタツの中でのんびりミカンを食む光景が浮かんできますねぇ。実際はけっこうな速さでターフの上を走っているわけですが」
「走るのが好きなんだよ。君と走るのはことさら。ウマ娘だからね、しょうがないね」
至福のひと時だ。何も間違っちゃいない。
「普通のウマ娘はせいぜい前半部分しか理解できないですよ。ましてあたしと走るのが好きなんて、そんな人世界中どこを探しても……あ゛っ。でも割と居るんですよねぇ、物好きの方。例の謎コミュニティ……」
「おや。もしやとうとう自分が世界一可愛い自覚が芽生えたのかなあ、デジたん?」
「いえ、断じてそれはないです。あ、いや、あくまであたしもウマ娘。最低限の…可愛さくらいは、あるのでしょうけど」
「うんうん、そうやって少しずつ自分を知っていこう。いいかい、デジたん。オタクはオタクに弱いんだ。…つまり、オタクとしての親近感がそのままクソデカ感情になって溢れ出すのさ」
「……くっ!悔しいことにめっちゃ分かる!あたしだって何度ウマッターでそういう系のイラストにウマいねしたか自分でも分からないですよ!」
顔を真っ赤にしながら、思考の渦にどっぷり嵌ってしまったデジたん。しかし器用なことに、脚のペースはまったく乱れていない。
「君も供給する側だってことだ!さ、大人しく需要を満たしてくれよ」
「ブーメラン刺さってますよ!あたしに言うくらいなんですから、あなたはさぞや素晴らしい方法でファンを満足させられるんですよね?」
「いやいや。僕はとっくの昔に自分がそれなりに可愛い生き物だってことを知ってる。その上でだよ、デジたん。君の方が需要があるってことを言いたいんだ、僕は!ファンどうこうはともかく、ブーメランは刺さってないね」
「…キリがなさそうですね。では、それは一旦置いといてですよ。仮に、仮にですよ?ファンの皆様を満足させる必要性が出たとして、あたしなんかが具体的に何をすれば?」
「うーん……」
こういうことに関してはデジたんの方が詳しいだろうが、いかんせん彼女の性格を鑑みるに、自ら顔真っ赤ロードに突き進むようなマネはしないだろう。だから、僕がデジたんにされて嬉しいことを考えてみようか。
…ダメだ、どうしても思考がどんどんアブナイ方に寄っていってしまう。心を落ち着けるんだ。自分をウマッターの海に漂うしがない限オタだと思え。
「……あ、そうだ。ねえデジたん、例えばなんだけど。……配信活動とか、どうかな?」
なんとなく思いついただけだが。しかし、
「は、ハイシン……?背信…はっ!?配信ッ!?」
「や、ほら。デジたんに向いてそうだし」
「で、でも!需要が……ないと思われ……?」
僕はおもむろに瞼を閉じ、そのまま首を振った。当たり前の事実を彼女に認識させるため、すなわち大きな需要があるという事実を。デジたんには今一度、はっきりと理解してもらわねばならない。
「……分かりましたよ!ええ、ええ!やってやりますよ!どんとこいっ!」
ちょっとヤケになってないか。まあ、思ったよりやる気があるようでよかった。
「しかし、やるからにはもちろん、オロールちゃんにはいろいろと協力してもらいますからっ!」
「うん。そりゃあ、ね。僕が言い出しっぺだし、そもそも君の頼みを断ったりしないし」
「こうなったらとことんやりますよ!必要なものを調達したらすぐやってやりますッ!オロールちゃんも準備しておいてくださいねっ!」
息巻くデジたん。ちなみに、今も僕らはターフの上を流しているところだが、途中からそれを忘れるほどの勢いで語っていたな、デジたん。
「さて、いろいろ買わなきゃですね!PCは今あるのでいいから、あとは……」
……けっこうノリノリ?
◆
数日後の夜、自室にて。
「……なんでこの部屋でやんだよ?」
「ゴルシちゃんも一応ファンクラブの会員でしょ?だからさ、いいかなって」
「……」
ゴルシちゃんにすごい目で睨まれた。
デジたんの部屋でもよかったのだが、機材を置いておくスペースがなかったのでこちらでやることにした。
「ま、面白そうだし別にいいけどよ。何か嫌な予感すんだよなー…。んじゃ、とりまアタシはどっか行ってくるわ」
例のごとく、ゴルシちゃんは窓から飛び出していった。
「えと、もう始めちゃいますよ?」
「あ、うん。やっちゃって」
デジたんが意外とノリノリだったので、僕は全力でサポートに回った。
とりあえず、例のコミュニティで告知を出して煽ってみたり。無論反応は上々だった。
「……そこそこコメントありますね」
「お、ホントだ。もう三ケタ人はいるね。やっぱデジたんの配信となると皆惹かれるもんだよ」
コメント欄を見てみると、やはり集っていた我らが頼もしき同志たち。
「『供給たすかる』『感謝祭で一目惚れしたんよな』『でた!いっつもライブ会場で最前列にいるレジェンドオタクウマ娘だ!』……いいねえ。もっとデジたんの可愛さ理解してけ〜?」
「っ!……ハイ!始めます!」
デジたんが配信を始めようとしたので、僕は画角から外れ……られなかった。デジたんが素早く僕の手をとり、ムリヤリ引き寄せた!
「え、ちょっ?何するつもり……」
「よし、これでOKかな?あ、えっと。こんばんはー、これ映ってますかねー?」
画面が動いた。なになに…?『きちゃ』『映ってるよ』『出だしからかわええなあ』…しっかり配信が始まっているようだ。
「えっと。デ、デジたん?」
少々混乱気味の僕に、デジたんは囁く。
「配信の内容はあたしに任せる、と言いましたよね?これがデジたん流の配信です!他のウマ娘ちゃんの良さを語らずして何がオタクか!とりあえず、このままカメラに収まっていてくださいね?」
「う、うん……」
次いで彼女はカメラに笑顔で語りかける。
「ハイ!わざわざこの配信を見に来てくださってる方なら知ってると思いますが…。このアグネスデジタル、それはもうすっごくウマ娘ちゃんが大好きで大好きでッ…!というわけでね、配信でいろいろ情報や推しポイントなんかを語っていきたいと思ってますよ〜。せっかくですので配信タグなんかも決めたいところですが、それはおいおいやってゆきます!そんなわけで早速っ!記念すべき初回配信で語らせていただくのは!こちら、オロールちゃんことオロールフリゲートちゃんです、ハイッ!」
「あぁ〜…そういう流れ?」
『情報たすかる』『お前もウマ娘やろがい』『デビュー前だけどこの娘は目をつけておくべき逸材』『隣の娘もしかしなくても我らが同志オロールか』『お手手繋いでるの尊いなオイ』
…コメント欄が流れていく。
「さ、何か喋ってください!」
「え?あ、うん。オッケー…」
完全にデジたんのペースに持ち込まれてしまった。とりあえず、何か言っておくか。
「あー、まあ、知ってる人もいるんだろうけど。ご紹介に預かりましたオロールことオロールフリゲートです。僕のことはオロールでもルフリでもゲーでも、お好きなように呼んでください」
こんなところだろうか。コメントは…『ゲー』『ゲーやな』『ゲネキちっす』『タイピングしやすさ重視たすかる』…ふむ、そこそこ好評のようだ。
「いやいや、ゲーはダメです!響きがアレですし、可愛さが足りません。オロールちゃんも言わないように!将来、非公式wikiの名前欄に『ゲー』ってルビ振られたら大変ですよ!」
「
「待ってくださいッ!?なんか今…なんとも言えないんですが、何か不穏な発音だったような気がするんですけど!?」
デジたんは何を言っているのだろう、よく分からないな。
「とにかく!今日はひとしきりオロールちゃんを語っていきますよ!まず見た目!ハイカワイイ!尊い!もうね、美しすぎますよね!お目々の色が左右で違うのはポイント高いですよッ!」
「なになに、『わかりみ深い』『性癖刺さったわ』『僕っ娘の時点でつよい』…。ありがたいこと言ってくれるね」
にしても、それなりの人数が見に来ている。そしてどうも大半がヤベーオタクらしく、明らかに上級者と思われるコメントが散見される。いったい何なんだよ『質問です。尻尾用シャンプーは何を使ってますか?(´﹃ `)』って。それ聞いてどうするつもりだよ、涎垂らすなよ怖いから。
「見た目の次は性格!……ヘンタイですね、間違いなく!しかしそれが良いッ!同じ業を背負っている者同士、感じるものもありますしね!」
「ヘンタイて。否定できないけど」
ふむふむ、『それはそう』『真理』『逆にそれ以外何があるのか』……いや。だってデジたんが可愛いんだから、仕方ない。僕は悪くないだろう。
「あたしの口からでは全てを語ることは到底不可能です。ですので、オロールちゃん!ここは一丁皆さんに知らしめてやってください!あなた自身の尊さというヤツをッ!」
「デジたん?僕はさ、デジたんのこと、それこそをファンの人に知ってほしいんだ。だから配信に於いて僕は脇役だ、断じて!」
「内容は任せてくれるって言ったじゃないですか!それに、相手の尊さを布教したいのはあたしも同じです!」
PCの画面はせわしなく動き続ける。『なんやこれ』『どっちもかわいいからよし』……やかましい、デジたんだけ見てろ。
他には……『新手の百合か?』『変則バカップルやんけ』……おお、いいこと言うじゃないか。この際、僕の欲望をありのまま曝け出してやろうか。炎上なんかの心配がまったくないうちに公認としてしまおう。うん、それがいい。
深く息を吸い、それからデジたんに向き直る。
「なら、聞いてよデジたん。何度も言ってるけど、僕は生まれた時からずっと君のことが大好きだ。もちろんそういう意味で。それで、君の全てを手中に収めたあと、世界中に言ってやりたいんだ。僕のデジたんはこんなに可愛いんだぞ、と。正直今だって心の奥じゃいろんな妄想を……」
「ストォォップッ!?公共の電波に乗せないでくださいよそんな事ォッ!?あと、あと!あの、……っ!あたしが、恥ずかしいんでしゅけど……!」
はい僕の勝ち。可愛い。可愛いわ。
同志たちの言葉も見てみよう。……『つよい(確信)』『ここで告るとか強すぎん?』『顔真っ赤で芝』『やはりこの二人、そうだったか……(後方腕組みry』……うむ、大方予想通り。ここにいるウマ娘ファンはほぼ全員オタク趣味とロマンの虜になってトチ狂っているヤツらだろうから、肯定的な意見が多くて助かる。
「デジたん、愛してるよ」
「……ふしゅぅ」
おっと、デジたんの魂が抜けた。
最近はこういうことを言っても大きなリアクションがなく、本人も耐性が付いた、などと豪語していたのだけれど。配信、という多くの人目がある場だったためか、耐えられなかったようだ。
「デジたん、マジ天使。君らもそう思うよね?」
『展開についていけんかった』『こいつガチの変態か?』『可愛ければ全て良し』……。何人か修練の必要なヤツがいるようだ。どんな状況下でもデジたんが可愛いことを忘れてはいけない。
「デジたんがトリップしてしまった……。まあ、いい時間だしそろそろ切り上げようかな?」
コメント欄が加速する。
「『これはもっと見たい』『次回もやってくれ』か。ありがたいね。まあ続くと思うよ。デジたん、きっとめちゃくちゃ推し語りしたいだろうから」
例のファンクラブは一応、推しの情報の共有に使えるウマ娘好きのためのコミュニティ、という面もあるし。デジたんがウキウキしていたのも、推しを語り尽くすという狙いがあったからなのだろう。
「そんじゃ、おつ。これにて配信終了〜」
『おつ』『次回も楽しみ』といったコメントが視界に次々と映る。流れゆくそれらを眺めながら、僕は配信を終了させた。元々デジたんの配信だが、当の彼女がなかなか目覚める様子を見せないので構わないだろう。
「……すぅ」
「って、デジたん。もしや寝てる?」
ここ数日、デジたんはそれなりにはしゃいでいた。だからといっていきなり倒れるほどではないが、それでも一度意識を失ってしまうと体を揺すってもなかなか目覚めない程度には疲れていたのだろう。
すやすやと可愛い寝息を立てて眠っているデジたんだが、ここは僕の部屋。従って彼女が寝ているのは僕のベッドだ。
「……よし」
となれば僕が取る行動は一つ。一片の迷いもなく、僕は自分の携帯電話を手に取った。
「……あ、もしもし。ゴルシちゃん?悪いんだけど、帰り際にデジたんの部屋に窓からダイナミックエントリーしてくれない?タキオンさんなら開けてくれるだろうから。それでさ、デジたんの着替えとかいろいろ取ってきて欲しいんだけど。え?ああ、そう。そっか。それじゃ僕らの部屋の窓に鍵を……あ、やってくれる?ありがとう。いつかお礼するよ」
うむ、完璧。ゴルシちゃんは頼りになるな。
ともあれ、今夜は良い夜になりそうだ。神々しい寝顔を眺めながら、僕はほくそ笑んだ。
アニメ版ゴルシちゃんはただのイケメン定期。
頼りになりますよね。
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最カワのふたり
あれ、足が透けて…?
「…………?」
「ふふっ」
眠り姫がようやくお目覚めだ。
「…………!?」
「ふふふっ」
可愛いなぁ。
「…………っ!?!?」
「んふふっ……!」
ホンット、可愛いよなぁ!
「オイ、頼むからなんか喋れって。いつまでも無言で交信すんな、見てるアタシが怖ぇーんだよ」
「ふふ、以心伝心ってやつだよゴルシちゃん。僕ら、お互いのことは手にとるように分かってるから。そうだよね、デジたん?」
「はひゃっ!?えっ、と〜…?それは、まあ…?」
実際、このトレセン学園で一番僕のことを理解してくれているのはデジたんだ。逆は言うまでもなし。
「っ!てゆーかっ!あのっ、あたしぃ…昨日、着替えましたっけ?」
「ああ、うん。さすがに制服のまま寝かせるワケにもいかないからさ」
「っててて、てことはッ!?みっみ見、見ら、おっ、おおオロールちゃんにぃ……!?」
「オイ、落ち着けって、ったくよ。うるせーなあ。別に見られたって構わんだろ、ダチならよ」
少なくとも、ただの友人なら構わないだろうな。
「デジたん。大丈夫、特にそういう箇所には、経験者のゴルシちゃんによるプロの技がお見舞いされてるから」
「ああ、それなら……とはなりませんけどね!というかプロの技ってなんですかぁ!?」
そりゃあ、ゴルシちゃんの研ぎ澄まされた器用さによってなされる、相手に一切勘付かれることなく自在に着せ替えをする謎テクだ。いったいどこで覚えたんだか。
「ま、大丈夫。ゴルシちゃんの技は盗んだ。次からは僕が、君の眠りを一切妨げることなくミッションを遂行しよう」
「えっ?あの、結局あたしのメンタルに甚大な被害が及ぶような気が……?」
「さて、デジたん。ぐっすり寝られたようで何よりだ。おかげでたくさん時間がある」
「ああ、確かにそうみたいですけど……」
「そ、こ、で!このまま風呂に行ってもいいんだけど、どうせなら軽くその辺を流してかない?気持ちの良い汗をかいてからシャワーを浴びるの。どう?」
「ええ、それはもちろん構いませんが……。ちなみに、断ったらどうなるんです?」
「その場合、僕は、デジたんは走る気力がないほど疲れが残っていると考え、至急君を風呂まで運んだのちに、全身をくまなく丁寧に洗浄する」
「さっ!早くジャージを着てください!清々しい朝の空気が我々を待っています!行きますよーっ!」
いつの間にかドアの前に立つデジたん。なんと素早い、僕でなければ見逃していた。
デジたんの長所は山ほどあるけど、切り替えが早い、というのもそのうちの一つだ。
「……お前ら、元気あるな」
「え?うん。そりゃ、まあ……」
やっとの思いで漏れ出たようなその言葉は、ゴルシちゃん本人が放ったのかどうか疑わしいほどに疲労を含んでいた。
「つい数時間前のことだ、忘れたとは言わせねぇよ。アタシが足元も覚束ない暗闇の中、寮の壁を這い回るハメになったのは誰のせいだ、え?」
「……ごめん、ホント。今度なんか奢るよ」
「おう誠意が足りねえな。オロール、今度の休み暇だろ?ならちょっとアタシに付き合え。いろいろお話ししてえワケだ、こっちは。ま、今日のところはそっちのピンクとお楽しみやっとけ。つーか今のうちに幸せな気分を味わっとけ」
これはつまり、だ。
ゴルシ、キレた‼︎ ってとこか。
正直、心当たりがないわけでもない、というか心当たりしかない。ただ、言い訳があるとすれば、ゴルシちゃんが万能過ぎるのがいけないと思う。満ち溢れる万能感、やるときはやる女、ウマ娘界のトリックスター。そんなゴルシちゃんだからこそ、僕はしばしば多少無茶な頼みをしてしまうわけで、さらにはゴルシちゃんがそれを難なくやってのけてしまうからこそいけない。……と、思う。
「……あのー、ちなみになんですけど、オロールちゃん。ゴルシさんに何したんです?」
「うーん。まあ、その。いろいろ」
ゴルシちゃんの眼差しが刺さる。
「……とりあえず、行きますか」
◆
「ふっ……っ!ふふっ、朝は肌寒いですけど、走っていると体が暖まって丁度いいですね」
「うん、分かる」
キモチイイキモチイイキモチイイキモチイイキモチイイィぃぉおっと、危ない。逝きかけた。
ウマ娘として、走ることは本能であり、それはとても気持ちのいいことだ。僕の場合は、プラスでデジたんラブが本能に刻まれている。よって彼女とトレーニングなんかをやるときにはついついこうなってしまうのだ。まあ、抑えるより爆発させた方が精神的に良い気がするので問題はないだろう、多分。何事もそうだ、ストレスしかり、本能しかり、抑えつけすぎるのは良くない。多分!
「あ、ところで。ゴルシさん、なんだか怒ってるみたいでしたけど」
「ん、あー……。どうなんだろ。それもあるだろうし、さらに言うと、この機会に僕に借りを返させようとしてる気がする」
薄ら寒い季節の夜、一人で屋外に放置されそうになったとなりゃあさすがのゴルシちゃんも怒るだろう。しかしあれはほんの軽いジョークだ、信じてほしい。
「借りを?というと?」
「借り、っていうか。ゴルシちゃんは細かいことを気にしないタイプだけど、さすがに僕もいろいろ頼みすぎちゃったから。となると、僕はゴルシちゃんのために何かする、それがスジってもん。……なんだかんだかなり世話になってるからさ」
「確かに、側から見てもゴルシさんはいろいろとすごいですよね。スピカの最古参ですし、頼りがいがあって、それでいて時折場の空気を和らげてくれたり。そんなゴルシさんのこと、無論推しておりますッ!がッ!それとは別に、チームメイトとして尊敬していますよ、あたしっ!」
めちゃくちゃ高評価だな。
うん、でも確かにそうだ。今のところゴルシちゃんはただのイケメン。なぜなら、ボケる回数よりも姉御的ムーブの方が圧倒的に多いので。一番強烈なボケは初対面のときのアレだ。それ以降……というか、僕の知ってるゴルシちゃんは、むしろツッコミに回ってすらいるような気がするぞ。
「……人って色んな面があるなぁ」
「突然なんですかオロールちゃん。哲学にでも目覚めましたか?あと、我々はヒトではなくウマ娘ですよ」
「あぁ、いや、なんとなく。人ってのはつまり、その。誰かと関係を築きながら生きる、主体?っていうか。そういう意味で言ったんだ」
「……誰かと支え合って生きていく、という意味では、確かにヒトもウマ娘も、他の生き物だって同じなのかもしれませんね」
なぜか話が壮大になってしまった。デジたんが何やら言ったが、彼女の言葉は全て真理だ。よって、この話はこれ以上続かない。
「うん、話戻そ。僕が言いたいのはさ、ゴルシちゃんに限らず、皆いろんな面があるってこと。ゴルシちゃんに関して言えば、パッと見クール系美女だけど実際は破天荒……かと思えばただのイケメンだったり」
「オロールちゃんもそうですよね。とっても可愛いのに中身がこんなにヤバいなんて、誰も思いませんよ!」
デジたんは満面の笑みだ。輝く笑顔だ。そこからシンプルにヤバい、と言われるのは、正直けっこう来るものがある。もちろん良い意味で。興奮するね、こういうの。
「というか、ゴルシさんってそんなに破天荒なんですか?あたし、そういう場面をあまり見たことないような……」
「初対面から数分後、僕は寮の屋上でゴルシちゃんとサンマを食べてた。……今思えば、アレがボケのピークだったかも」
あれは本当の破天荒だ。俗の意味でもそうだし、何よりあんなことをしようとするウマ娘なんてゴルシちゃん以外には存在し得ないだろう。
「っ!イ、イイですねソレっ!美しすぎる見た目から繰り出されるとんでもない奇行ッ!そのギャップがたまりません!是非とも拝みたいところですが、半年も一緒に過ごしてきて未だにそれほどの行いを見たことがないのはどうしてでしょう……?」
そういえば、このアグネスデジタルというウマ娘、確かゴルシちゃんにすら恐れられているウマ娘だ。主に何されるか分からないという理由で。
薄々感じてはいたが、僕もゴルシちゃんのブラックリストに入ってるんだろうな。しかし、ボケないゴルシちゃんはあんなにまともなのか。
「なんにせよ、可愛ければ全て良し!ゴルシちゃんは可愛いし綺麗だ。それだけでいい!」
そういうものだ。ゴルシちゃんはゴルシちゃんだから可愛いのだ。
「真理ですねっ!ふふっ……あ、もうこんな時間です。そろそろ戻りますか」
「そうだね。……これからもっと楽しい時間になるかもね?」
「ッ!?あの、なんか寒気がしてきたんですけど……」
もう冬も近いからね、しょうがないね。
さて、汗を流すとしようか。
◆
「ふふへふへへへ……はっ、はははは……!」
「何ですかその笑い方ッ!?風呂場だと響いて余計に恐ろしさが増してますよ!しかもすごく欲に塗れたような顔になってますけど!?」
「ふへへ……あ、ごめん。つい」
「つい、じゃないですよ。あたしのこと、おっ、襲わないでくださいね〜……なんて、あははー……」
「……ッ!デジたん。背中流そうか?」
「一転して菩薩の様な表情。すごい。悟りでも開いたんですか?」
「僕、浄化されたような気分だよ。君の神々しさがそうさせたんだ。ありがとう、デジたん。ありがとう」
「……そ、それじゃあ、お願いします」
「うん、任せてくれ。完璧にやってみせるよ」
「わひゃっ!ちょ、くっ、くすぐったいです……!」
「これは失礼。悪気はないんだ。ただ、君がココ弱いって知らなかった」
「はっ、はぅ!かっ、肩は、そのっ!?」
「ふふっ。でも、さすがに凝ってないようだね。よかったよ」
「っ!ひゃあうっ!?そっ、そこはっ!?」
「背中、綺麗だ。華奢で、しなやか……。それでいて、何よりも大きく見えるような。どんなものでも背負えて、何にでもなれそうな美しさがある」
「あッ、そっ、そこ、そこだけはっ!?」
「デジたん。どうせだからさ。……ココも僕に任せてくれる?いいよね?」
「ッ、そっ、それは!?らっ、らめぇ……!」
「永遠に魅入ってしまいそうだ。……尻尾」
「あっ、あぁ……とっても優しい洗い方……」
「大丈夫、そのまま。今は、僕に委ねてくれ」
「……はい、分かりましたっ……」
◆
「すみませんでしたァァ!!」
「あのっ、あたしもっ!ごめんなさいぃぃ!!」
夢のような時間も早々に終わりを告げ、休む間も無く僕らは地面に頭をつくハメになった。
「まったく、イケナイポニーちゃんたちだ。そこまで謝らなくてもいいけど、気をつけてよ?誰が見ても確実に誤解されるよ」
昨晩、寮長業務で風呂に入る時間がなかったらしいフジキセキさん。朝風呂に来た彼女が見たものは、まあ……お察しの通り。
「私でさえ、ウマ娘しか入れないはずの寮でいったい何が……と一瞬考えた。仲がいいのは大変いいことだ。けど、悪ノリもホドホドにね」
ひとまず、ただの悪ノリという説明で納得してもらえたようで助かった。
「それじゃ私はもう行くよ。君らも遅刻しないでね」
フジキセキさんはそう言い残し、颯爽と去っていった。いなくなったのを見計らい、僕は横にいる美少女に向き直る。すると、彼女は僕より先に口を開いた。
「オロールちゃん。冷静に考えてみれば、我々はかなりとんでもないことをしていたのでは?」
「デジたんだってノリノリだったじゃないか。ただ背中流しただけだってのに、ずいぶんイイ声を出してた」
「そっちこそイイ声だったじゃないですか。人をいともたやすく洗脳できそうな、安らぎと幸せで満ち足りたような声ッ!なんですかあれ!悟り開いて天使にでもなったんですか?」
「悟り開いたら仏……いや、そんなことより!天使は君の方だよ!なんであんなに可愛いんだよ、もうっ!」
「ハイそうですか、あたしは可愛いですか!でもそれよりあなたの方が可愛いですっ!絶対!」
「いや、君のが可愛い!」
「いえ、オロールちゃんの方が!」
「デジたん!」
「オロールちゃん!」
「デジたんッ!!」
「オロールちゃんッ!!」
「……っ。オーケー分かった、一旦ストップ。このままだとキリがない」
このままでは延々と互いの名を呼ぶことになりそうだ。デジたんが最も可愛いという事実は揺らがないのだから、やるだけムダなことだ。
呼吸を整えると、デジたんは口を開いた。
「あの、なんと言いますか。落ち着いて考えてみると。さっき、お風呂で、あたしは。いえ、あなたも。今の今まで、少々舞い上がりすぎていたのでは?」
「あー……。確かに、そうかもね。僕はもともとデジたんへの好感度は限界突破してたから、さらにもう一段階ステージが上がった結果、自分でもよく分からない境地に達してた気がする」
「あたし、振り返ってみるとめーっちゃ恥ずかしいことしてました……!」
今までも何度か風呂場で会うことはあったが、いずれも周りに他のウマ娘がいた。そのため、裸の付き合いは今回が初めてだ。
「なんにせよ。絆が深まったような気がするのは僕だけかな?」
「絆、ですか。もちろんあたしもですけど。オロールちゃん、なんか終わりよければ全て良し、的な感じで締めようとしてません?」
「え゛っ、いや、そんなことは……」
「まあ構いませんけどね。なっ、なんでしたら!これからも時々こうして一緒にお風呂とか……なーんて」
「君から言ってくれるとは。最高だ、そうしよう」
「あの、今のはほんの冗談……」
デジたんを見つめる。瞬きもせず、ただひたすらに見つめる。その気になれば僕は永遠にこうしていられる。
「っ分かりました、分かりましたよ!これからもよろしくお願いします、ね?」
薄い紅の差した頬がふにゃりと歪む。
「うん、よろしく」
◆
「あの、ところで。お風呂のときの天使ボイスでASMRとかやってくれませんかね?生添い寝ASMR……アレっ、すなわちただの添い寝では?っ、とにかく、どうですかね?」
「……ふぅ」
「ちょっ!?静かに鼻血垂らさないでくださいっ!?うおお死ぬな同志っ!?魂が抜けて……!」
おっと、危ない。魂が飛んでいくところだった。
しかし飛んでいったとて、行き場などここ以外にあり得ないだろう。
なぜなら、ここが天国なので。
これからも健全なお話を皆様にお届けします。
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ゴールド・アイデンティティ
真面目なゴルシちゃんは超珍しい。前までの僕ならそう考えていたことだろう。しかし実際はどうだ、僕のルームメイトであり良き友である彼女は真面目も真面目、チームのことをよく考え、誰かの心が弱っていたなら手を差し伸べる、ただのイケメン。今も目の前にいる彼女の口元はきゅっと結ばれ、それによって空気は自然と引き締まっている。
やがて、彼女はゆっくりと僕に語りかけた。
「ずっと思ってたことなんだが、改めて聞く。オロール、お前ってもしかしなくても……アレだよな」
「アレ?」
「あー、なんつーかよ。例のピンクのこと、明らかにただのダチだとは思ってないよな。そうだろ?」
「あぁ、なるほど。そりゃあそうだよ、デジたんのことを考えるだけで、僕の心に煩悩の化身がそびえ立って……」
「分かったもう十分だから一回黙れ。ったく、お前はそういうヤツだったな、真面目に聞いて損したぜ。とにかく、それだけはっきりさせておきたくてよ」
ところで僕は自分のことをスピカのネタ枠であると自覚している。というか消去法的にそうなる。ゴルシちゃんがあまりボケないがゆえ。
「というか、今更だね。僕は隠しちゃあいないし、ゴルシちゃんも気づいてたでしょ?」
「聞くの怖ぇだろうが。いや、言葉通りの意味でよ。お前がデジタルのこと見る目が完全にイッちまってるんだ、触れちゃいけねぇナニカだってこと、赤子でも分かるぜ」
「実を言うと、ゴルシちゃんのことも大大大好きだよ。僕がもう少し浮ついたヤツだったら、間違いなく股かけてた」
「衝撃の事実ッ……ってわけでもねぇけど。何度も告白まがいのこと言われてるし。それにどうせお前はアイツ一筋だろ?アタシの安眠が妨げられることはない」
言い方はアレだが、僕は可愛ければなんでもいい。可愛いものが好きなのだ。だからデジたんのことを愛してはいるが、ゴルシちゃんに対してそういった感情を抱いていないかといえば嘘になる。今はデジたんへの愛で塗り潰されたが、それこそ前までは自分の容姿に対してすら思うところがあった。ウマ娘として生きて、最初にお世話になったのが鏡である僕をナメるなよ。
「うん。デジたんはやっぱり特別。一緒にお風呂入った時、それが実感として分かった。あの時、僕の頭の中はデジたん一色になって、他全てがノイズのように思えた」
「ホントお前、よくそんなことスラスラ言えるよな。まったく頼もしいやつだぜ」
「えへへ、ありがと」
「皮肉だっちゅうの。つーかよ、そろそろ本題話すわ」
本題、というとあれか。忘れるはずもない、今日は一日ゴルシちゃんに付き合うのだ。
「いいか、今日のお前はアタシの荷物持ちな。んで昼はもちろんお前の奢りな。何食おうかなー。ぶっちゃけどこでもいいんだよな、人の金で食う飯はなんだって美味いし」
「なるほど、そんなことなら全然構わない。2トントラックくらいまでなら持つよ。それに昼は、そうだな……予算コレくらい」
言いながら、具体的な金額は口にせずあえてハンドサインで示す。なおその行為に大した意味はない。
「うおっ……マジ?太っ腹だなおい、さすがはアタシのルームメイトだ!」
「マジマジ。これでも僕、君に対する数々の所業には自分自身少し反省してるんだよ。そのお詫びみたいな?まあ、それを含めるとまだまだ足りないかもしれないけどね」
「いや、十分だぜ。そういやアタシ、お前と会ってからちょっと変わったことがあってな。誰かにテキトーなちょっかいをかけようと思ったとき、ふと頭によぎるんだよ。アタシがお前にされたあんなことやこんなことが。そういうときにゃあ、必ず体がブルっと震えちまうんだ」
うーむ、どうも僕はゴルシちゃんに染み込ませてしまったらしい。被害者的感情というやつを。
「だから最近は相手選んでんだわ。例えばトレーナーだろ、あとはトレーナー、他にはトレーナーとかとかとか。いやー、アイツの反応が毎回面白くってよ、それだけはいつまでも飽きねえぜ!」
そしてやはり最大の被害者はトレーナー。僕もなんとなく彼のことはそういうものだと思っている。なんなんだろうね、いや、彼に感謝、尊敬の念を抱いているのは間違いないし、すごい人なのは分かっているのだけれど。とりあえず合掌。
「ま、今日は僕をこき使っちゃってくれても別にいい。何でも言ってよ、ゴルシちゃん」
「持つべきは頼れるルームメイトだな、ありがたく思っとくぜ。っし、ひとまず話は街に繰り出してからだ、早速行くぞオラ!」
拳を突き出し、そのままドアを開けて出て行くゴルシちゃん。僕も遅れぬよう早足で後を追う。
……にしても、ゴルシちゃんって私服がステキだよな。自分の可愛さ、美しさを理解している。赤をあんな完璧に着こなせるあたり、彼女がかなりの美人であることを物語っている。
と、そんなことを考えている間にも進み続けるゴルシちゃんに追いつこうと、僕は足を早めた。
◆
「ねえゴルシちゃん。これさ。買ったはいいけど何に使うつもり?」
「おう、もうすぐ冬だからな。必要だろ」
「うーん、そうかな……?」
少なくとも僕には見つけることができないのだ。冬とビリヤードの関連性というものを。
「にしてもさ。いくらケースに入っているとはいえ、さすがに四本もキューを背負ってるとなると、周りの目がこっちに向いてる気がする」
「そりゃ、美人だからな。お前もアタシも」
「絶対違……いや、そういうことにしとく」
僕はいったい何をしているのだろう。ゴルシちゃんのことは理解していたと思っていたが、それは勘違いだったようだ。
「でな、オッチャンに頼んどいたヤツなんだよ、その特製キュー。4Dホログラム機能とかついてる一本物だぜ、すげーだろ?んで、こないだやっと完成したって連絡が来てよ。どうしても今日取りに来たかったが、他に買いたいもんもあったしよ。お前がいて助かったわ」
誰だよオッチャン。めちゃすごい人な気がするぞ。
「あとは……エクストリーム詰将棋用のシュノーケルも欲しいよな。昼食いに行く前にどっか見てこようぜ」
「僕、久々に君が何を言ってるのか分からないよ」
なんだろう、逆に安心すら感じる。ゴールドシップの名に恥じぬ奇想天外っぷり。デジたんならこの気持ちを分かってくれるだろうか。
「ああ、デジたんも呼べばよかった。こんなにはっちゃけたゴルシちゃんはかなり珍しい。率直に言うと可愛い。今からでも呼べないかな……?」
「おい待てお前それはやめろマジで待って、待ってください、お願いですから。……いいか、オロール。アタシはな、お前のことはそれなりに信用してるんだ、もう長いこと一緒にやってきたわけだからな。お前のことは十分理解してる、デジタルに狂気の愛を注ぐ変態だってことをな」
ボケから一気に常識人ポジへと転じたゴルシちゃん。その美しい尻尾はすっかりへなってしまって、耳もぺたんと塞ぎ込んでしまった。彼女は本気で恐れているようだ。どれくらいか具体的に表現すると、高身長良スタイルの彼女が僕よりも小さく見えるほどに縮こまっている。なんなら、庇護欲すら掻き立てられる。
「逆に言えば、お前がデジタル以外のウマ娘に手を出す可能性は限りなく低い。だが同時に、アタシはデジタルのこともそれなりに知ってる。別に嫌いなワケじゃねえよ。ただアイツが問題なのは、マジで何されるか分からんことだ。なんだかんだ長い付き合いだ。理解しているからこそ、リスクは減らしたいんだよ」
「リスクて。まあ、言わんとすることは分かるけど」
デジたんの強烈な個性は、ゴルシちゃんのテンポをいとも容易く打ち崩すほどのポテンシャルを秘めている。ゴルシちゃんにとっていわば天敵のような存在なのだろう。
さて、ゴルシちゃんに面と向かって言われてはしょうがない。今日は休日だし、デジたんもきっと高尚な創作活動に励んでいることだろう。最近は配信活動も始めたわけだし。であれば、無理に呼ぶ必要もない。
「にしてもさ。なんか、安心する。こう、ボケてるときもそうだし、ツッコミに回ってるときもあるな、安心感。ゴルシちゃんという存在自体に安心を抱けるのかな?」
「いきなり何言ってんだよ。……つか、マジでお前といると崩壊するわ、アタシのアイデンティティ的なサムシングが。頭のコレを取って学園ほっつき回ってたら誰もゴールドシップだと気づいてくれなかったあの日以来の感覚だぜ……」
「ゴルシちゃんはゴルシちゃん。それ以上でもそれ以下でも、それ以外の何者でもない」
「どっかで聞いたようなセリフだな。けど、まあ、真理だ。いついかなる時も、アタシはアタシだ。お前がいつだってオロールなのと同じようにな」
うむ。結局、深く考える必要はない。というかゴルシちゃんについて考察しようとすると確実に脳が爆発すると思う。
「っし!そんじゃあまだまだ店見て回るぞ!」
すっかり元気になった、いや、元気になりすぎではなかろうか。
ともかく、今日も変わらずゴルシっているようでよかった。
ちなみに「ゴルシる」は動詞だ。同志諸君ならば、意味は考えずとも分かるだろう。
◆
「ゴルシちゃん、さすがに荷物が多すぎると思うんだ」
「あ?気のせいじゃね?」
断じて気のせいではない。このウマ娘生において、徒歩でコタツを運ぶ日が来るとは考えてもみなかった。
「なぜにコタツ。それも二つ。これは普通、車で運ぶやつ。違うかい?ゴルシちゃん?」
「仕方ねーだろ。アタシは永遠の17歳だから車動かせねぇし、トレーナーの車ん中はガラクタまみれだしよ、あれ以上積めねぇんだわ」
「軽トラでもレンタルすればいいじゃないか。今度こそ周りの視線が刺さって痛いんだよ!」
そういえば、昼は結局贅沢などせず、庶民の味方ラーメンで済ませた。といっても、僕ら二人とも店で一番高いメニューを食べたし、とりあえず気分をアゲたかったのでチャーシュー盛り盛り、ニンニクも躊躇いなくぶっかけた。少し食べすぎたかも。そのせいか、今になってチクチクとした視線に晒されると、思わずリバースしそうだ。もっと軽めのにしておけばよかったか。
「耐えろオロール。恨むならMT車運転できないとかほざいたトレーナーを恨め。今どきレンタル軽トラなんてオートマも多いってのに、あのバカときたらその一点張りだったもんでよ、アタシも説得すんのが面倒くさくなったんだわ。あとお前バランス感覚すげーな。よくコタツ二つにその他もろもろ抱えて転ばないでやんの」
「ああ、僕もビックリだよ。自分の体幹がここまで優れているとは思ってなかった」
こんな形で知ることになったのが悔やまれる。
その時、ふと閃いた!
このアイディアはトレーニングに活かせるかもしれない……なーんて。
トレーナー、絶対許さん。
「……そうだ。この際、帰ったらトレーナーさんを脅ゲフンゲフン、説得しよう。車片付けろーって。人も物も乗せられないんだもん、スピカもメンバーが増えて久しいし、さすがに片付けするべきでしょ」
そのせいで僕がわざわざ休日にトレーニングじみたことをやるハメに。いや、それ自体は構わない、むしろ大歓迎なのだが、いかんせん周囲から生温かい目で見られるのがキツいのだ。
「ぅ、視線が……コンディション下がるぅ……」
「学園まではすぐそこだ!多分!それまで耐えろよ!……つかお前、変な目で見られるの慣れてるだろ。むしろ自分からそういう目で見られにいってるじゃねえかよ」
「っ、それとは話が別!デジたん関連で僕が変態だなんだと言われることは構わない、なんなら一種の勲章だとすら思える!けど、それ以外で変な目で見られるのは勘弁なんだよ!」
「何言ってんだ、意味分からん」
そういうものだから仕方ないのだ。
しかし、このコタツ、思ったよりもいいトレーニングになるぞ。丁度いい負荷が……いや、これを学園まで運ぶのはさすがにキツイ。ゴルシちゃんはああ言ったが、一駅以上の距離はあるわけでして。肉体的にもそうだが、精神的にキツイ。
だが2トントラックくらいなら持つなどと見栄を張ってしまった手前、この程度のことでへこたれているヒマはない。
そんな僕のもとへ、思わぬ人物が声をかけてきた。
「あー、なンつーか、その。少し持ってやろうか?」
ほんの少し照れくさそうに、髪をかきながら僕にそう言ってきたのは、ロジカル先輩ことエアシャカールさん。
「こんにちは、シャカールさん。えっと、ありがたい申し出なんだけど……」
別に運ぶのが不可能なわけじゃないし、見栄を張った以上最後までやりたい、なんて下らない意地が僕にはあるのだ。気持ちだけ受け取らせていただこう。
「遠慮はいらねッ……!?げっ、ゴルシ……!」
シャカールさんの溢れ出る優しさをひしひしと感じていると、彼女はゴルシちゃんの姿を見て突然のけぞった。なんならはっきり「げっ」て言っちゃったよ。
「ようシャカール。お前ヒマなのかよ?いいぜ、面白そうだからコイツの荷物持ってやってくれ」
「そういやァ、お前らルームメイトか。ッたく、調子狂うぜ……。ほらよ、貸せ」
「あ、えっと。ありがとう」
結局、シャカールさんがスマートにコタツを持ってくれた。意味のない意地だったな。
……親切を受けた身である僕が言うのも悪いが、コタツを背負うシャカールさん、なかなかにシュールだ。
にしてもこの二人、なかなか素敵な関係性だな。
勝利のロジックを突き詰めるガチガチ理系のシャカールさんにとって、常に予測不能で変幻自在のゴルシちゃんという存在は相性が悪いはずだ。今だって仲が良さそうには見えなかったが、そこには切っても切れない糸のようなものがあった。互いを好きあっているわけではないが、決して消えない強固な絆。嗚呼、よきかな。
「シャカールさんは何しにここへ?一人?」
「あー、ツレがいる。実を言うとお前らを見かけた瞬間に手伝おうとか言いだしたのもソイツなんだが……。は?オイ待て、どこ行った?」
キョロキョロとあたりを見回すシャカールさん。普段のクールさのカケラもない姿で、やけに慌てている。
そして、その理由もすぐに分かった。
「ごめんね、シャカール。ついお店に目を奪われてしまって……。あ、待って、そっちのキミ。私にも持たせて!」
どことなく、なんて言葉が生ぬるいほどに底の知れない気品を漂わせるウマ娘が、突如僕らの前に現れた。
「あーっと。とりあえず。コイツの名前はファインモーションだ。ちょっと変わってるが、悪いヤツじゃあねェ……」
「む、シャカール!私は変わってなんかいないよ。トレセン学園では普通のウマ娘。今日だって、その……らぁめん?食べたんだから!」
ファインモーション。
やばい、殿下だ。大丈夫だろうか、僕やゴルシちゃん、不敬罪で首が飛んだりしないだろうか。
とまあ冗談はさておき、僕が彼女について知っていることはだいたい二つ。
ひとつ、ファインモーションはさる王室の御令嬢である。
ひとつ、殿下はラーメンがお好きである。
ラーメンが好き……そのはずだが、今目の前にいる彼女はどうもラーメンに不慣れな様子だ。
「ああ、自己紹介も済ませずにごめん。改めて、私はファインモーション!トレセン学園所属のウマ娘で、好きな食べ物は……らぁめん!ねえ、お二人のお名前を教えてくださる?」
らぁめんが好きなのかぁ。もしかして、今決めた?
「僕はオロールフリゲート。同じくトレセン所属、ちなみに栗東寮。オロールでもールフでも、゛ーでも好きなように呼んで。こっちの可愛い娘は僕のルームメイトで、ゴルシちゃんことゴールドシップ」
「なあちょい待ちオロール。今のどうやって発音したんだよ?ほら、最後の……ウェ゛、ェ゛ーみたいなやつ」
「じゃあオロールちゃん、ゴルシちゃん、よろしくね!私、キミたちと話したいことがあったの!」
「おいオロール?マジで教えてくれ、気になって夜も眠れなくなるヤツだから。どうやって発音した?」
殿下に跪いてみたい、なんて衝動が一瞬胸をよぎったが、彼女はそういった身分の差に関係ないコミュニケーションを求めている様子なので、最初からタメでいってみた。
「実はね、キミたちを見たのはこれが初めてじゃないんだよ。さっきらぁめん屋さんに入っていくのが見えて。そして、私は閃いたの!あのらぁめんなる食物を提供する店こそ、一般現代ウマ娘のトレンドなのだと!」
「オロールさんよ。よく考えたら途中の……オ、オゥールフみたいなやつもどうやったんだよ?会話遮るようで悪いんだがマジで気になるんだ、なんか怖いし」
もしや、殿下はまだラーメンをよくご存知でないのか。
「今日はシャカールと二人でお出かけに来ていたのだけど、お昼をどうしようか迷っていたときにキミたちを見かけた。それで、キミたちを見習ってらぁめんを食べてみたの。そしたら……!」
と、ここでシャカールさんが口を開く。
「コイツな、最初の一口でラーメンにどハマりしちまったンだよ。んでその後はラーメン屋を二軒ハシゴ。やめとけよ、とは言ったんだがな。めちゃくちゃ楽しそうにしやがるからあンま強く言えねぇしよ……」
「シャカールも食べておけばよかったのに。ラーメンは最初の店で一杯だけ、あとはサイドメニューだけなんて……そう、もったいないよ!」
「カロリーだとかを考えると一杯がギリなンだよ。それに、ラーメンなンざいつでも食えるじゃねェか。つかお嬢様がもったいない言うな」
思わぬタイミングで上モノの尊みを頂けた。これは配信のネタに使えそうだが、殿下の情報を公共の電波に乗せるのは果たしてよいことだろうか。
いや、やめておいた方がいいな。今気づいたのだが、夕暮れ時にもかかわらずグラサンをかけたイケメン黒スーツウマ娘が物陰からこちらを見ている。おそらく殿下のSPなのだろう、逆光で見えにくい位置に陣取り、殿下のお楽しみタイムを決して邪魔しないよう存在を極限まで薄めている。風景の微細な変化に強い僕や、どんなウマ娘の気配も感知するデジたんのような猛者でなければ気づけないだろう。その上、僕と一瞬目が合っただけで素早く姿を消してしまった。……なんか、ちょっとカッコいいな。
「オイ、ゴルシ。こんなモノ素手で運ばせようとすんのはお前だろ、どうせ。まあ、ファインもいるし今日だけは手伝ってやる。で、どこまで運ぶんだよ?」
「ああ、スピカの部室に置こうと思ってよ。寒くなってきたから、トレーナーへのサプライズで身も心も暖まってもらおうって算段だ。なぁ、名案だろ?」
「いいね、最高にホットな計画だよゴルシちゃん」
「案の定、このまま学園まで歩きか。チッ……メンドクセェのに手ェ貸しちまったぜ」
「いいじゃないシャカール。それに、なんだかこの人たち楽しそう!学園まで、しばらくお話ししましょう?」
ああ、殿下にそうおっしゃっていただけて、嬉しゅうございます……とか言ってみたい。そんなしょうもない欲が、僕の内で生まれた。
「ファインだったっけ?お前、ケッコー面白そうなヤツだな!いいぜ、アタシがいろいろ教えてやるよ!」
「本当?それなら、私、らーめんのことをもっと知りたいの!」
「ジャパニーズメーンのソウルフードだぜ?この地で暮らす以上、アレを食わない手はない!安心しな、アタシがレクチャーしてやる。至高のラーメン道ってヤツをな……!」
ゴルシちゃんはブレないなぁ。
あ、そうか。いっつも何をしでかすか予測不能なほどブレブレなのがゴルシちゃんだった。だからこそ、いつだってゴルシちゃんはゴルシちゃんなのだ。そんな彼女のこと、僕は大好きだ。
……いや、浮気じゃない、これはいわゆるMAXレベルの友情だ、それ以上でもそれ以下でもない。
個人的にシャカファイは最推しカプのひとつです。
あの、もう、とにかく、とうとい(語彙力0)
ファインとゴルシ、なんとなく似てますよね。だからこの二人を絡ませてみたかったり。(スピードトレーニングが行えなくなった!パワートレーニングが行えry
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冬の悪魔
見渡す限り一面に広がる、緑豊かな大草原。
景色を眺めるうちに、やがて自分と世界の境目がだんだんと溶けていくような感覚に陥る。
気づけば、綿雲漂う青空と、風にそよぐ緑との境界線を目指して、僕の身体は勝手に走り出していた。空気を切る感覚が心地よい。このままどこまでも行けそうだ。今日はすこぶる調子よく動く四本の脚で、思いきり地面を蹴って……待て、四本?
どうもおかしい。僕は馬ではなく、ウマ娘だ。脚は二本のはず。
では、なぜかいつもより視界が広い僕の目を下に向けると見える、艶やかな毛が生えた棒状のモノは一体……?
「んはぁっ!?」
「おぉ、すっげ。映画とかでよくある目が覚めた瞬間に勢いよく体起こすヤツ、アタシ実際に初めて見たぜ」
「あ……ここ、部室か」
よかった、夢か。
ある意味とても恐ろしい夢を見た。僕の見た目が美少女でなくなっているのも問題だが、何より夢の中で僕自身がホースボディを”しっくりくる”と考えていたことが何より恐ろしい。現実でないことは確かなはずだが、僕の心臓はバクバクと鳴り響いている。
「つーかお前、すっげー楽しそうな夢見てたみてーだけどよ、コタツで寝たら風邪ひくぜ?」
「う゛っ。けど、そうは言っても、抗えないものは抗えないんだよ。デジたんもそう思うでしょ?」
「……むにゃぁ……うふ、ひひ、たっとい……」
うん、寝言が尊い。
じゃなくて。デジたんも抗えなかったか。
「おぉい、こっちもかよ。……待て、よく見りゃ全員ダウンしてるじゃねえか。ずいぶん気持ちよさそうに寝てんなぁ、オイ」
ウオッカとスカーレットに関しては、経緯がまったく不明だが、対面に座りながら少し身を乗り出し、両手を恋人繋ぎにした状態で寝息を立てている。
「なんだよこの空間、可愛いが過ぎる。っていうかさ、ホント危ないよ。コタツ。途轍もない魔力を秘めてる」
先日、財布を眺めながら虚無の表情を浮かべるトレーナーさんを横目に、ゴルシちゃんの手によって部室に設置されたこの冬の悪魔は、実に良い効果を発揮した。
北陸だとかの町ではもう雪がウンm積もったとか、そんな季節だ。大した暖房設備もないウチの部室では、コタツこそが最も快適な空間である。トレーニングがある日もない日も、自室の布団と同じかそれ以上に快適なこの場所に、気づけば皆入り浸っていた。
「あぁー、つかアタシも眠ぃ。わり、オロール、後で起こしてくれ」
「コタツで寝ると風邪ひくよ、ゴルシちゃん」
「いーんだよ、バカと天才は風邪ひかねぇからな。大丈夫、アタシ天才だから。んじゃおやすみぃ」
ゴルシちゃんはコタツの中へ潜り込んでしまった。というかよく入れたな、170cmをどうやってそこにしまい込んだんだ?まあ、ゴルシちゃんだし別にいいか。
……というか、生き残っているのは僕だけか。
どんな楽しい夢を見ているのだろうか、時々危ない笑い声をあげながらすやすやと寝入っているデジたん。しかし、あまり長くここで寝ていてはそれこそ風邪をひいてしまう恐れもあるから、起こしてあげるべきだろう。僕だってもう少しこのままでいてほしいが、しょうがない。あと数秒間「コタツで触れ合う足と足」シチュを楽しんでから彼女を起こそう。
「さて、どう起こしたものか。とりあえず、耳?いや、待て、いっそ思いっきり……」
デジたんの側に寄りつつそう呟く。
「聞こえてますよオロールちゃん。今起きました。あの、耳は……ダメです」
すると、ちょうど今起きた様子のデジたんが、コタツに顔を伏せたまま僕に言う。
「おはよう。それじゃ挨拶がわりにそのお耳触ってみたいんだけど、いいよね?」
「……」
デジたんは当の耳をパタンと後ろに絞って、僕に向き直った。さらにはジト目。それがなんとも愛らしい。
「……よっしじゃあ遠慮なく」
素早く耳に手を伸ばしてみたが、デジたんはひょいと頭を後ろに下げて
僕の手をかわした。
「あなたに対して行動で意思を示せると思ったあたしがバカでした。大事なことは言葉で伝える……うんうん、当たり前のことでしたね」
「その通りだ、デジたん。ねえ、だったら君のホントの気持ちを聞かせてよ。僕流のイヤーマッサージを受けてみたい気、あるんだよね?」
「……くっ!ええ、そうですとも。認めます!オロールちゃんに触られること自体は吝かではありません!けどもしもそうなったときには、あたし、確実にダメにされちゃう自信がありますッ!ですから……わひゃぁっ!?」
ああ、もう。じれったいな。どうしてそう思わせぶりなことを言うんだよ。こんな可愛い生き物、誰もほっとくわけがないだろう。だからこそ僕が手に入れるのだ。背中側からしっかりホールドして、デジタニウムを効率的に摂取する。
「っ!?あっあっあぁ……あ、コレ、意外とイイ?コタツでカバーしきれない上半身がオロールちゃんの温もりで心地よく……」
「……ン耳モフぅッ!!」
「あああいいいあああっ!?」
お耳をマッサージさせていただいたところ、予想以上の反応が返ってきた。心拍数や耳の筋肉の動きから察するに、嫌がっているわけではなさそうだ。というか確実にその逆、表現的に危ないレベルで気持ちよくなっちゃってる。ずいぶんと血色のよい頬だ。それに先程からデジたんにはバイブレーション機能が実装されたようで、テンポよく小刻みに震えている。
「このままトロけてくれちゃってもいいよ。僕は欲深いからね、君が僕無しでは生きられない体になってくれると、とても嬉しいんだ」
ウマ娘になって分かったことだが、耳というのは非常にデリケートな部位で、ウマ娘のソレは特に敏感だ。触るとどうなるかは……まあ、想像はつくだろう。
「いやぁ、あははー……正直、あたしの生きがいはウマ娘ちゃんを推すことでして。もちろん、オロールちゃんもその対象ですから、ある意味既にそうなってるかもしれませんねぇ〜……なんて」
「嬉しいこと言ってくれるね。けど、僕が欲しいのは、僕だけのデジたんだ」
「くっ、手ごわい……!」
いや、何を攻略しようとしているんだ。
「あ、もしかして攻守交代がお望み?それならダメだ。僕が攻め、絶対に」
デジたんが積極的になっているような気がする。それは構わないが、一種のプライドとでもいうべきか、攻守に関しては譲れないな。そもそも僕にソッチ側は似合わない。多分。
「そういえば、あたしっていつも受け身でしたね。
……ならばッ!発想の転換ッ!オロールちゃんの役目、今回はあたしが貰い受けましょうッ!」
「ちょっ、えっ?何を……ひゃっ!?」
あまりにも唐突で脳の処理が追いつかない、なんて感覚を今以上に強く感じたことはない。とにかく、ひとつだけ確かなことがある。どうやら僕は押し倒されたらしい。
「…………」
「…………?」
流れる奇妙な沈黙。僕は混乱よりも興奮の方が勝っているから、なんとなく状況が掴めてきた。どうやらデジたんはさっきの僕以上に混乱しているらしく、今にも煙を吹き出しそうなほど真っ赤になっている。
「あ、あっ、あのっ!?コ、コレ、どっ、どうすればいいですかネ……?」
「いや知らないよ。てか、ほら。こうなったからには僕のこと煮るなり抱くなり好きにしてくれ。この際抵抗しないことにした」
攻守云々などと考えていた先程の僕、あれは僕じゃない。過去の己は己に非ず。何事も経験。
つまるところ、デジたんに押し倒されるのも悪くない、というかむしろ進んで押し倒されたい。そう思っただけだ。
「……なんか、ごめんなさい」
「デジたん?ねえ、デジたん?そこで止まっちゃダメだ、もっと、ほら!積極的に!かもん!来ないなら僕の方から行くッ!」
「ひょっ……!?おぅわぁぁぁぁぁあ!?」
うん、僕が上でデジたんが下、やっぱりこっちの方が好みだ。それに、こうするのが一番はっちゃけられる。
「おうお前ら。水差すようで悪いけどな、他所でやってくれよ。というか他人がいる空間でそーゆー事する勇気すげぇな。もはや畏敬の念すら抱くぜ」
……ゴルシちゃんが、さすがに見かねる、といった表情の顔をコタツからにゅっと出してきた。
「いいとこだったのに。というか、僕にそれを言う?ネットの海の真ん中で愛を叫んだ僕にそれを?何を言われようと、僕は場所時を問わずデジたんを求める」
「いや怖ぇーよ。つかアタシの近くで甘々領域を展開すんな。なんつーの?なんか、とにかくいろいろ気が散ってしょーがねぇんだよ」
「しょうがないのはこっちだよ。なんやかんやゴルシちゃんと一緒にいることが多いから必然的にそうなるんだ」
僕が最も共に過ごす時間が長いウマ娘は誰かと言えば、睡眠時間を含める場合確実にゴルシちゃんだ。特に何もない日は基本的に四六時中デジたんにくっついてはいるが、同時にゴルシちゃんがいる場合も多い。
「これはもしや……運命では?僕とデジたんとは運命で繋がってる、それは確かなことだ。ゴルシちゃんがそうでない、なんて確証はどこにもないし、もしやホントに……」
「運命じゃなくて悪縁だろうぜ。もし前世があるなら、きっとそん時も妙な間柄だったんだろうな」
実を言うと、僕もゴルシちゃんに同感だ。二人の間にはなんとも言えぬ奇妙な間、とでも言うしかない、僕がこれまでに経験してきたどんな関係性とも異なるものがある。
「とりあえず、ソイツ大丈夫か?まあいつものことだから大丈夫だろうけどよ、相変わらずイイ寝顔だな」
やけにデジたんが静かだと思ったら、そうか。例のごとく逝ってたわけだ。
さっきの上下のくだりで大分限界が近づいていたようだったし、むしろデジたんがあそこで一瞬でも耐えたこと自体が驚きだ。
「……ふぁっ!?あたしは、何を……?」
「さすがの復帰能力。目が覚めたばかりだけど、さっきの続きをする気はないかな?」
「ちょ〜っとデジたんボディが持たないので、遠慮しておきます……」
おや、残念。せっかく耳に仕掛けてオトす方法をマスターしたのに。
「お前ら仲良すぎな。……そういや、アイツらも似たようなもんか?ほら、まだそこで寝てるヤツら、ウオッカとスカーレット。手まで繋いでんだぜ?」
「……おっと?ふ、ふふふっ!ゴルシさん、なかなかイイ目の付け所ですねぇっ!そうですよ!ケンカップルなんて言葉が生ぬるいほどの尊さッ!堪りませんッ!ホント、ウオスカ、しゅき……!」
「あぁ、うん、ごめん。ごめんな。アタシそこまで堕ちるつもりなくてな。けど、アタシの言い方もちょっとアレだったもんな、ごめんな」
なんだろう、とても距離を感じる。ゴルシちゃんと、僕プラスデジたんインマイアームズとの間の心の距離。
「ちなみに、ゴルシちゃんはなんであの二人が恋人繋ぎしてるのか、その経緯とか分かる?」
「あぁ、すげーシュールだった。やれどっちの手が冷たいだのどうのとやってるウチに手ぇ繋いでよ。『こぅするとケッコゥぁったかぃヮネ……』とかスカーレットが言ったかと思えば二人とも寝ちまってた」
ゴルシちゃんの適当なモノマネ付きの解説によると、やはり二人はそういう関係とみて間違いないだろう。……いや、そういう冗談を抜きにしても、距離感が尊すぎるのだ。結局のところ、これをカップルと呼ばずしてなんと呼ぶ?残ってる呼び方といったらアベックくらいだ。
と、ここでゴルシちゃんが何やら考え込みだし、そして何かに気づいたように口を開いた。
「ハッ!?アタシだけそういう相手がいねぇ!?やっべ、このままじゃスピカの恥晒しだッ!?」
「スピカってそんなシステムだったのか。まさかの強制カップリング……?」
「なんて画期的なシステムッ!手当たり次第にカッポゥウマ娘ちゃんを勧誘すれば世界が救われますよ!」
スピカって素晴らしい。とりあえず最近見かけたシャカファイを勧誘してみようか……なーんて。
「っていうか、ゴルシちゃんのお相手と言ったら……誰だろう。あ、トレーナーさんとかは?」
「不純異性交遊どころじゃねぇぞオイ。第一、アイツはイジリがいあるけど、なんか可愛くねーし。ゴルシちゃん、もーちっと可愛げのあるヤツがいいぜ」
そもそもなぜアスリートの僕らが恋愛強制なのか、トレーナーさんは可愛いだろ、とかそんなツッコミは野暮だ。
……トレーナーさんは可愛いか?可愛いよりかはカッコいい?そうでもないか、いや、よく考えると普段の姿もやっぱりちょっと可愛い……うーん、どうだろう。
「ゴルシさんって、もしかして……もしかしてっ、需要を満たしてくださる神っ!?」
「さすがにお前らみたいにはならん。ただふと思ってよ、今のスピカにはマイラーが二人、ダートもイケるヤツが二匹、けど長距離は今んとこアタシだけじゃん?」
確かに。もっと言うと、スピカに短距離ウマ娘はいない。だが、どうも人間をやめているフシがあるウチのトレーナーさんの腕ならば、適性も脚質もまったく異なるウマ娘たちをステージのセンターに立たせることなど容易いだろう。それに、彼がスカウトするウマ娘はとてつもない才能を秘めている。ここにいる彼女らのように。もちろん、僕だって負けないように、日々トレーニングを怠っていない。
「大丈夫だよゴルシちゃん。僕、頑張れば7000mくらいまでは走れるから。デジたんも多分イケる。だから共に歩もうじゃないか!」
期待を込めた目でデジたんを見つめると、彼女は慌てだした。
「えっちょ、はぁ!?ムリムリムリッ!ムリですよぉ!7000?3600ですらムリ……」
「デジたんならできるさ、だってデジたんだもん」
「超絶イミフ理論っ!?」
イミフ?断じてそんなことはない。
僕にとってのデジたんは、とても言葉では表しきれない存在だ。同志で、最推しで、チームメイトで、必須栄養素で、最愛の……とにかく、全部ひっくるめて表せる言葉がひとつだけある。
それが、デジたん。
つまり、デジたんに不可能などない!
「デジたんならできる。デジたんだからね」
「なぜに二回っ!?」
「……お前らなら案外できそうなのが怖ぇ。ともかくよ、アタシ考えたんだ。そろそろ新メンバー加入の時期じゃねえか、ってな」
「……ほほう?」
なるほど。それはイイ話だ。チームにとっても、そして僕にとっても。
ゴルシちゃんの言い方から考えるに、勧誘ターゲットはステイヤーといったところか。僕が近くで見たことがないタイプのウマ娘だ。であれば、その技を観察して盗ませていただこう。確実に新たな発見があるはずだ。
「そ、こ、で、だ。スピカの流儀を思い出せお前ら。今までまともな手段で加入したヤツがいるか?いねーよなぁ?てことで今回も例のアレを使おうと思ってる」
ああ、
しかし誘拐したとて、ムリヤリ加入させるわけにもいかない。当人に加入の意志がなかった場合、僕らは土下座して頼みこむくらいしかできない。
……いや、待てよ。
「ねえゴルシちゃん。ターゲットは決まってるの?」
「ああ、目星はつけてる。アタシの知り合いなんだけど、すっげー将来有望なヤツだ。名前は……やっぱいいや、教えねぇ。まあそん時のお楽しみってこった」
いや、名前を聞く必要はない。それが誰なのか分かった。……多分。
メジロマックイーン。
ターフの名優。彼女がスピカに加入する日は近い。
……と言いたいところだが果たしてどうなるやら。
今はクリスマスを待ち望む声でいっぱいの十二月中ごろ。彼女がスピカに加入するのはもっと先のはず。
「話の流れからして、その方はステイヤーでしょうか?むっふふふ……!長き戦いに挑むため、極限まで絞られ引き締まった無駄のない肉体っ!嗚呼、良き哉……」
「あー、どうだか。引き締まってんのかは分からんけど、まあ面白いヤツだぜ」
ほなマックイーンやないか。
だったら全力で誘拐してやろう。
……確証がないのだ。マックイーンがスピカに入るという確証が。運命なんで言葉をよく使う僕だが、運命がすなわち「原作の強制力」でないことは知っている。だからこそ、僕の手で確実にマックイーンをスピカにぶち込む。
「……よし、ゴルシちゃん。決行はいつだい?」
「お、やけに気合入ってんなオイ。とりあえず、次の休みでいいだろ」
となると、一週間弱の準備期間がある。
今、作戦……のようなものを思いついた。
「ねぇ、デジたん。甘いものは好きだよね?」
「それは、ハイ……って、いきなりどうしたんです?」
「いや、なんとなく聞いてみただけ」
まあ、そういうことだ。
首を洗って……あとちゃんとトレーニングと自己管理を欠かさずに待ってろよ、マックイーン。
デジたんはかわいいから長距離適性S!!!
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リメンバー•パフェタワー
…………。
……イ゛ャ゛ォ゛ヴッ゛ッ!!!
冬にしては暖かい、そんなとある朝。
「うぅむ……んー……?」
「どうしたよ、朝っぱらから小難しい顔して。飯くらい笑って食えよ」
「……あ、ごめん。ちょっと考え事してて」
「へぇ、すっげえ。お前って悩めたんだ」
「僕だって年頃のウマ娘だ、悩むこともある」
ゴルシちゃんは僕のことを何だと思ってるんだ?
それにこの悩み……というより考え事は、ゴルシちゃんにも関係があることだ。
「つかお前、飯それでいいのかよ。もっと腹に溜まるもん食えばいいじゃねーか」
「や、ほら、甘いもの食べた方が頭回るし」
「どう考えても摂りすぎだろ。逆に頭悪くなるぜ?そこのデジタルくらいで十分なんだよ」
それは知っている。ただ、僕の朝食がデザート類で埋め尽くされているのは、目的があってのことだ。食堂の豊富なデザートメニューの味を全て覚えるという目的が。また、デジたんの朝食がまさしく一汁三菜、味の薄いものが多く、古き良き慎ましさの中に美を感じるようなメニューになっているのも、僕のせいだ。
「オロールちゃん、最近やたらとあたしに餌付けしようとしてきますよね。手作りのスイーツを毎日提げてこられると、口の中が甘ったるくて……それに、それに!たっ、体重計に乗るのが恐ろしくなってきて……!」
「いやぁ、ごめんね。でもさ、しょうがないんだよ。だってさぁ!僕お手製のスイーツをああも美味そうに食べてるのを見ちゃったら、もう……!もうっ!」
考えてもみてほしい。僕が作ったのだから、それは実質僕だ。そういうことにしておこう。とにかく、それをデジたんが食べる、となれば実質そういうコトゲフンゲフンゲッフンッ!
それと、デジたんには安心していただきたい。
なぜなら、デジたんの体重その他身体データ、日々の食生活や行動パターンを元に許容できる栄養素を算出することなど、僕にとってはたやすいからだ。
「けど、君のおかげでかなり上達した。そんじょそこらのお店に出しても恥ずかしくない程度には、料理の腕がついたと思う」
デジたんに食べてもらえる、彼女に美味しいと微笑んでもらえる。僕がキッチンで狂喜乱舞することになったのは言うまでもない。デジたんが三ツ星料理を食べたいと望むのなら、僕が応えよう。
「なんだ、料理の練習してたのか?……今このタイミングでそんなことやるってこたぁ、お前もしかしてアイツの……いや、マックイーンのこと調べたか?」
「まあそんなとこ。ターゲットに最も効果的なのは間違いないでしょ?」
「いや、そうだけどよ。何で知ってんだ、どんなリサーチ能力だよ、ったく」
もともと知っているからだ。別にそう言っても構わないが、言う必要はない。
「あの、そのマックイーンさん?という方はどんなウマ娘ちゃんでしょうか?」
「お前は知らねーのな。んじゃ軽く説明してやる。名前はメジロマックイーン、芦毛で貧に……ステイヤーらしい機能美がある体形で、お嬢様っぽいオーラが漂ってるだけの変人。んで、アタシとちょっとした繋がりがある」
「ちょっとした繋がり……?」
「気にすんな。とにかく、アタシはマックイーンをよく知ってる。泣き落としすりゃチームに入ってくれそうなヤツだから、そうしようかとも思ってたが、もっと効果的な手段が使えるみてーだからな。だから、トドメはオロールに任せる」
「おっけー、任された」
「えっと、つまり、甘いもので釣るんですか……?」
「おう!拉致ってブチ込むだけだ!楽勝だな!」
まあ、何とかなるだろう。マックイーンだし。
◆
数時間後、学園のとある並木道にて。
「こちらG、ターゲットを確認。WとSは即座に進路を塞げ」
「こちらO。ひとつ問題がある、G。僕らそもそも無線機も何も持ってないから君の声がWとSに届いてない」
「……WとSがポジションについた。O、A、行け」
「言いたいだけだよね。でも気持ちは分かる」
マックイーンには気の毒だが、さっさと済ませてしまおう。既に彼女の眼前には謎のウマ娘二人が立って道を塞いでいる。ちなみに、今回はグラサンとマスクからランクアップし、何気に防寒も兼ねたバラクラバで顔を隠しているので、絶対に誰かは分かるまい。
「……あの。私に何か用でも?」
突然道を塞がれたのだから、当惑するのは仕方がないことだ。だが、その隙をプロは見逃さない。
「……フンッ!」
「あっ!?えぇっ、ちょっ!?何しますのっ!?」
WとSが息の合った動きでマックイーンの脚を抱える。混乱をさらに深める彼女の腕を僕とデジた……Aが掴みとる。
「ウオッカ!スカーレット!オロール!デジタル!やっておしまいっ!」
「っ!?その声は、ゴールドシッ……ひゃあっ!?」
そしてゴルシちゃんがちょいと手を加えてやれば、あっという間に袋詰めのマックイーンが完成だ。
「私ちょっと何が何だか……何なんですの貴女たちっ!?何してるんですのっ!?貴女たち、ちょっと!?」
ウマ娘が五人もいれば、えっさほいさとやるまでもなくスムーズに運ぶことができる。絵面は率直に言ってかなりヤバいかもしれないが、まあトレセン学園じゃこれくらいの事件がしょっちゅう起こってるから問題ない。こないだ僕がキッチンにいたときに、背後で爆発音が鳴り響き、何かと思い振り向いてみればそこには「原因不明のエラーが発生しました……」などと言いながらションボリするサイボーグみたいなウマ娘がいたりもした。
「いやこれもう拉致ですわ!ちょっ、離して、どなたか、助けっ……」
こうして、僕らはわずか数分の間に、またしても何も知らないメジロマックイーンさんを拉致することに成功したのだった。
◆
華麗な誘拐劇ののち、部室に戻ってから後ろ手に縛られ、呆然と口を開けるマックイーン。そんな彼女が、かろうじてひと言をこぼした。
「……あの、ここどこですの?」
「ここがどこか、アタシが誰であるかをお前が知る必要はない。そのことを理解してもらおう。いいな?分かったらイエッサーゴルシ様と言え」
「貴女が誰かなんてとっくに知ってますわ、ゴールドシップ。というかマスクを取ってから言うセリフではないと思いますの。あと貴女の後ろに”チームスピカ”と書かれた貼り紙がありますわね。……それよりも、他の方々はどなたで?随分と手荒な真似をしてくれたようですが?」
おお、怖い怖い。真に貴い人の持つ、相手を有無を言わせずに従わせるような、気品と冷酷さ漂う眼差しだ。まあ僕はマックイーンのことを知っているので、脳に伝達される情報は「可愛い」のみなのだが。
「初めまして。僕らは、まあお察しの通り、スピカってチーム所属のウマ娘。僕はオロールフリゲート。ーでも゛でも好きなように呼んで」
「選択肢が絶望的すぎませんこと?何ですの、゛って。情報があまりにも少なすぎますわ。……オロールさんと呼ばせていただきます」
「え、ちょ、あの。マックイーン?マックちゃん?ちょ、マックちゃんもソッチ側かよ……?ウソだろ……?」
さて、自己紹介を終えたからには、すぐさま例のブツの準備に取り掛かることとしよう。といっても既に作ってあるので、あとは持ってくるだけだが。
「あっ、ハイ、アグネスデジタルと申します!しかしあたくしめのことなど路端の石程度に思っていただいて構いませんのでっ!どうぞ、゛でも ’’ でもお好きにお呼びくださいっ!」
「絶望的な選択肢を提示するのが流行りなのですか?゛と ’’ で微妙にニュアンスが違うのも紛らわしいですわね」
「なあなあマックちゃん、お前それやめろって。そのツッコんでると見せかけて高威力のボケかますのやめろって、収拾つかねぇから」
うんうん、仲が良いようで何より。
では、その絆をさらに深めるアイテムをご覧に入れよう。僕は鼻の奥をつつくような香ばしさのソレを、テーブルの上にそっと置いた。古臭いドラマに出てくる、取り調べ室の刑事が浮かべる、犯人が思わず自供してしまうくらいの寄り添うような優しさを含む笑み、それを意識しつつ。
「嬢ちゃん、これ食うかい?」
「……は?カツ、丼……?ですの?」
「あぁ、マックイーンの分は別にあるよ。コレは、えっと、そうだな……。ゴルシちゃん、どうぞ召し上がれ」
「え、アタシ?いやつーかよ、なんでそんなもんがあるんだよ?お前が作ったのか?」
「いやぁ、初めはそんなつもりなかったんだけどね。料理を練習してるうちにだんだん興が乗ったというか。いろいろ作ってみたくなっちゃって」
少し自慢させてもらうが、僕というウマ娘はそこそこ良いスペックをしているのである。レシピ本を流し読みすれば、そこに載っている料理は全て作れるし、例えば調理中にレシピを再確認する必要もないので、自分で言うのもなんだが手際が良い。できる、ということはイコールで楽しさに繋がる。
……というのは、実は建前のようなものだ。
正直に言うと、デジたんが喜ぶ顔を想像しただけで、いつの間にか僕の手は勝手に動いていた。改めて言うが、彼女が三ツ星レストランの料理を望むなら僕が応えよう。彼女が宇宙に行きたいと言うのなら僕が応えてみせよう。それくらいはできる。
「どれ、一口……。うわっ、普通にうめぇ……。でもアタシ今腹減ってねぇからな。ウオッカ、やるよ。食ってみたらけっこううめぇぞ」
ゴルシちゃんには好評のようだ。ところで、同じ箸を使ってしまうと大変なことになるのだから気をつけてほしい。主にデジたんがヤバい。思いっきり涎が垂れている。まあ気持ちは分かるが。確かにこれは美味しい、いろいろと。
「え、俺?ま、まあ、とりあえず一口……っ!ホントだ、うめぇ!ふむ、カツのサクサク加減からして、卵は別で……いや、出汁の染み込み方もかなり……って、ああ!?違う、違うからな!別に俺料理とか、くっくく詳しくねぇから!?適当言ってみただけだ!」
ずいぶんと詳しい解説をしてくれた。そういえば、このギュルルンギュルルンとか鳴くウマ娘は料理が得意だったな。しかし、なんかカッコ悪い気がするから隠しているのだったか。しかし今、一番知られたくないであろう相手の目の前で自爆してしまったわけだ。
「へぇー……アンタってもしかしてけっこう料理できるの?」
早速聞かれたか。だが、スカーレットの目は純粋な興味と感心の念で満たされている。聞かれた本人は気づいていないようで、こちらは真っ赤な顔に浮かんだ目をグルグル回しているが。
「スッ、スカーレット、お前!ち、違うって言ってるだろ!大体、俺はもっとワイルドで……ッ!そう、料理なんてのは、焼くだけで十分だっ!そう、直火焼き!ああ、えっと、炭で焼くときはあまり近火にならないようにして、それから……」
「ちょっと、ウオッカ?大丈夫?アタシはただ、料理ができるなんて、なんだか少しカッコいい、って言おうと思ったんだけど……」
「コゲに気をつけさえすれば、脂が落ちる分ヘルシーで健康に……え?い、今、なんて言った?」
「だから、料理できるなんてちょっとカッコいいわねって……」
「そ、そうかな……?」
「そうよ、アンタは十分カッコ……あっ!?か、勘違いしないでよ!?あ、あくまでもちょっと!ちょっとアンタを見直しただけであって!ライバルとしてっ!ほんの少し認めてあげなくもなくもなくもないってことよ!?」
「は、ちょっ、お、お前っ、顔真っ赤にしながらんなコト言うなよっ!?たっ、ただ、その……ありがとよ」
「……〜ッ!な、何よっ!真面目な顔しちゃって……っ!」
おい、おいおい、おいおいおいおい。
死人が出るぞ、それ以上はよしてくれ。というかもう出てる、死人。
あぁ、デジたん。君はもう其方に行ってしまったのか。気持ちは分かるよ。だから僕も、今から君の元へ向かおうか。
「あの〜……?私を放っておかないでくださいまし?人を拐っておきながら、当人をそっちのけで茶番に勤しむのはどうかと思いますわ」
おおっと、そうだった。今日の目的はマックイーンの勧誘だった。忘れるところだった……なんてね。既に用意はバッチリだ。
「ほい、マックイーン。これ君の分」
「なっ!?なななんでっ、なんですのソレッ!?」
僕が持ってきたのは、天を貫くほど高くそびえ立つパフェ。まさに甘味という名の天国への道そのもの。季節限定パフェを全て網羅した、春らしさのあるベリー類から始まってメロンなんかを通り、メがマに変わって最後はしっとりチョコレート。減量中のアスリートの天敵であるこのパフェタワーは、まさにソッチ方面が少々気になるこのマックイーンというウマ娘を、別の意味でも天国に連れていってくれるだろう。
「ご覧のとおりだよ、マックイーン。もし君がウチに来てくれるなら、コレを……」
「はい!これからよろしくお願いいたしますわ!」
決断が早い。僕でなきゃ見逃しちゃう早さだ。
「お!じゃ今日からお前も家族だマックイーン。ようこそっ、スピカファミリーへっ!」
「なんですのそれ。というかやめてください。貴女にそれを言われるとなんだか寒気が……」
「ヘイヘーイッ!固いこと言うなってマックちゃーん!マイブラザーッ!もっと気楽に接してくれていいんだぜ?」
「ブラザーではなくシスターでしょう、まったく。それに私、これでもかなり気を抜いているつもりなのですが……」
僕はよく、ゴルシちゃんのことを”美しい”と評するが、しかしどうだ、今の彼女は。マックイーンにかまっている彼女の、ハジケるような笑顔は。
……なんだ、あの可愛い生き物。
「つ、つまり、ゴルマク……?」
さすがだデジたん。一瞬で真理に辿り着くとは。そんな君が、やっぱり一番好きだ。
なにはともあれ、メジロマックイーンがスピカに無事加入した。
……かなりチョロいんだな。
「あ、そういえば。このタワー、けっこうな値段がしそうですが、そのお金はいったいどこから?」
「勧誘の必要経費だよ、デジたん」
「あっ……」
◆
「こんばんは、タキオンさん。ちょっとデジたん借りていきますね」
「おや、そうかい。楽しんできたまえよ。そうだ、クスリは必要かい?」
「いえ、大丈夫です。それじゃ、また」
デジたんの部屋の扉から顔を出し、タキオンさんと軽く言葉を交わしたのち、呆気にとられてポカンとしているデジたんを抱き上げる。
「……あのー?オロールちゃん?どういうことです?今日は動画配信の予定もありませんし、わざわざあなたの部屋に行く必要は……」
「僕が嫌いなの?デジたん?」
「い、いえっ!そういうわけじゃありません。ただ、いつも配信の日には結局流れで一緒に寝てるじゃないですか、なのにどうしてわざわざ……」
「別にいいじゃないか。そういう日もあるさ」
彼女を抱くのももう慣れた。スイスイと通路を進み、さほど時間も経たぬうちに僕の部屋のドアまで辿り着いた。
「お、帰ってきたか。何やろうがアタシは見て見ぬふりすっけどよ、あんまりうるさくしないでくれよ?」
「何もやましいことはありませんよゴルシさんっ!?」
「別にやましいこととはひと言も言ってねぇよ。それとも、心当たりあんのか?」
「残念ながらないんだ。ホントに。ただ、僕は別に構わないと思ってるんだけどね。ほら、ゴルシちゃんが昼間に言ってたでしょ?チームスピカは家族。なら僕とデジたんも家族ってことになる!」
まったくゴルシちゃんは素晴らしいことを言ってくれたよ。つまり僕とデジたんは正式に婚姻関係にあるのだ。
「は、はぁ、そうですか……。ちなみに続柄は?」
「配偶者」
「でしょうね!!」
「さあっ!さあ、さあ!マイハニー!デジたん、一緒に夢を見ようじゃないか!」
そうだとも。僕とデジたんが家族であるのなら、寝床を共にするのは当然のこと。そう思うと居ても立っても居られなくなったので、先ほどデジたんの部屋にお邪魔させてもらった。
「よし、それじゃアタシのことはいないものだと思え。いいな?」
「……ふふっ、二人っきりだね、デジたん」
「適応が早ぁいッ!?」
なんて可愛いんだろう。ああ、一家に一台デジたんがあれば世界が平和になるのに。
「あぁー……ヤッバイ、超フィット感」
「あの、あたしは抱き枕ではないのですが……」
「なんだよ君だってウマ娘抱き枕カバー何十種類も持ってるじゃないかそんなものより僕を見てくれよ僕を抱いてくれよ」
「ハイハイハイハイハイ分かりましたッ!ですからその……目!ドロッとした目をっ!やめてくださいっ!急にしっとりしないでっ!」
やっぱりデジたんは僕の腕の中にいるべきだ。
すごくキモチいい。うん、明日もやろう。
あの、何がすごいってまず私服。デジたんといったら143cmのちっちゃくてカッコかわいい存在だったのがもう一気に大人びちゃって……いったい何人の脳を破壊するつもりなんだ。それでいてウマ娘愛も忘れず、さりげなく推しカラーに染めたアクセなんかつけちゃって、しまいには「尻尾編み込み」とかいう概念を持ち込んでくる、まさにオタクの鑑。
新サポカ、最高では?
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アイ•ウィッシュ•ユー
さて、それでは更新頻度が雑すぎた結果生まれたクリスマス怪文書をお楽しみいただければ幸いです。
もはやスピカメンバーの定位置と化しつつある、部室に置かれた例のアーティファクト。自然とウマ娘が集まるそこでは、話のタネが絶えることはない。
「なーんか学園が妙にザワついてっから、なんでか気になってたんだが、そうか。もうダイハードの季節か」
「つまり、もうクリスマスイブって言いたいんだね、ゴルシちゃん」
「ふひっ……クリスマスといえば、そうっ!年に一度、この日にしか拝めないアルティメット尊みがそこら中にッ!特別な日を、特別な相手と過ごしたい……。イケナイ事だって分かってる。それでも心にウソはつけない。今日だけはアナタと……!っくぅ〜ッ!最高っ!甘酸っぱぁぁぁぁいっ!」
“それ”は無論君自身にも当てはまるんだろうね、デジたん。億が一そうでなかったとしても、僕が君を連れ去って二人っきりの時間を創る。
「つか、こないだマックちゃんが入った日から、ウオッカが変に気合入っててよ。あいつ最近料理に凝り出したみてーだ。こりゃあ、クリスマスは飯に期待できそうじゃね?」
「僕、最近食堂行ってないんだよ。だってさ、このコタツでぬくぬくしてると、美味しそうな匂いと一緒にウオッカがやってきて、それで……うん。天才はいる、悔しいけど」
人の心を掴むのに、こんがらがった言葉はいらない。ただ、美味い飯と美少女があればそれで十分だ。
「あの……ちょーっとイケメンすぎやしませんかね、ウオッカさん。根がイイ人ですし、最近はあの背伸びしてる感じ……ああ、もちろんそれも性癖に刺さるんですけどね?とにかく、そういうのが前面に押し出されることがなくって。代わりに持ち前の優しさがどんどん発揮されて。少年の心を忘れぬ良きパパへの道を着々と歩んでますよ、ウオッカさん」
まったくその通りなのである。彼女、どうも今までとはベクトルの違うカッコよさを意識しているらしい。つまり、不良を気取ってオトナぶるのではなく、いわば「デキるオトナ」が、彼女の中でカッコいいものとして位置づけられたのだ。
まあ
とはいえ、まったく不良を気取らなくなったわけでもない。今までと同じく、見栄っ張りでヤンチャな部分もある。
要は少年の心を忘れぬ良きパパである。
「でもよ、アイツこないだ街に出た時、ショーケースの中のフリフリしたお姫様みたいな服をじっと見つめてたんだ。しばらくしたら、顔真っ赤にしながら自分に何か言い聞かせるみてーに首振って、結局その店に入ったりはしなかったんだけどよ」
「ハイ来たッ!もうどのパターンでもオイシイやつッ!……いつかは俺もあんな服……いや、お姫様なんて柄じゃねえな。健気に王子様を待ち続けるお姫様ってか?まったく冗談じゃ……って、なんで王子がアイツの顔なんだよッ!?ってパターンか、あるいはッ!!」
ここでデジたんがいきなりコタツから立ち上がり、華麗にターンを決めた。くるくる数回転したのち、僕のことを、何処ぞの帽子と髪が一体化してそうな高校生みたいなポーズで指差した。
「……可愛い服。けど俺には似合わねーな。そうだ、アイツにプレゼントでもしたら喜ぶ……って、何考えてんだよ俺ッ!?ってパターン!!どう思いますッ!?オロールちゃんっ!」
「うーん、そうだな。……へえ、随分とフリフリした服だな。こういう服着るヤツってのは何考えてんだろ。……例えば、つ、付き合ってる相手がいて、ソイツに見せたいから……とかか?ま、俺には関係ねぇ話……はぁっ!?なんでアイツの顔が思い浮かんで……ッ!?とか、どうかな?」
「あーーー!ヤバい!!ヤバいコレ!無限の可能性を感じるッ!もうホンット供給が途絶えることがなくて……トレセン学園に入ってよ゛がっだぁ゛ぁぁッ!!」
まったく同感である。需要と供給が釣り合うどころか供給過多なのが、トレセン学園、というよりスピカ、というよりデジたんの良い所だと思う。まあ、あくまでも僕の知るスピカの話だが。いやはや、まさかデジたん共々スピカに加入するなんて、入学当初は夢にも思わなかった。
「……お前らほどじゃねえけど。確かにアレは、なんつーか、ヤベぇなって。アタシも思うぜ。なんか、こう、見てると心が暖まる」
「ゴルシちゃんもどうだい?コッチ側から眺める景色は最高だよ。まさに天国って感じ」
「遠慮しとく。つかそれ、お前らが地獄にいるからコッチ側が天国だって認識できてんじゃねーの?」
「ふっ、コッチにはデジたんがいる。よって天国だ」
「ヲタの狂気を煮詰めてその澱みを凝縮したようなヤツがいるんだから間違いなく天国ではねぇよ。つかお前も似たようなモンな。んで、しょっちゅうシナジーするからコッチ側にも狂気が侵食してきてる」
「シナジー……!それだけ僕とデジたんの相性がいいってことだよね!君にそう言ってもらえるなんて嬉しいよ!」
「ハイアタシが悪かったです。すいませんでした。だからもうこの話はやめにしよう。な?」
それは残念、これから二人の愛を確かめ合うターンだったのに。
その時、部室のドアが開いた。どうやら件のウオッカが来たようだ。手にビニール袋を提げている。
「よお!アイス買ってきたから皆で食おーぜ!」
コイツ……!なんて罪深いことを……!
ウオッカは知っている!ぬくぬくのコタツの中であえて冷たいアイスを食すときの、クセになる背徳感を!
「自主練の時、スカーレットが最後まで外で走ってたろ?寒いのにご苦労だよな。で、加入の手続きなんかがあったトレーナーアンドマックイーンと会って、そっからなし崩し的に今日の晩飯の買い出し行ってんだと。今メッセ来た」
ウオッカが言う。とすると、今日の夕食は少し豪華になりそうだ。にしてもスカーレットとマックイーンか、なかなか面白い組み合わせだ。
「おおっ!クリスマスの前夜祭ってとこか?敬虔なキリスト教信者さんにゃ申し訳ねえが、ジャパンのウマ娘としてバッチリはしゃいどかねぇとな!」
「古来より、クリスマスは家族と過ごす日とされてきた。でも、敬虔なキリスト教信者さんには申し訳ないけど、僕はジャパンのウマ娘だからさ。どうだいデジたん、一緒に聖なる夜を過ごすってのは……」
「ホーリーナイトですよね?りっしんべんの方ではないですよね?」
「ああ、デジたん!僕はね、君が望むのなら何だって受け入れるつもりなんだ。愛に形はない。だから、君がプラトニックな関係を望むのなら僕は喜んでそうする!」
「付き合ってる前提でものを言うのやめてくださいよっ!?部室だからまだいいものの……」
「残念ながら手遅れだよデジたん。僕が前に君への愛を電波に乗せたの、忘れたかい?ほら、そのあとのネット民の反応見る?」
「えっと……?『はよ結婚しろ』『やはり百合!百合は全てを解決する……!』『法改正班頼んだ』……いやいやいやいや、ちょ、えぇ……?」
ありがたいことに、例の頭が沸いてる物好きクラブの会員たちは皆、僕を後押ししてくれる。誰も僕を止められない。僕の愛は必中だが、ソレが必中たる所以はデジたんに逃げ場が残されていないから、である。
「ハァー……なーんでウチのチームは全員、こう、なんつーか、アレなんだろーな……」
「いいんだよ、百合の花は美しい。美しければ、それでいいんだ。というかゴルシちゃん、君だってその片鱗はあると思うけど」
「あ?マックちゃんのことかよ?……いや、アイツはなんか、アレだ。あえて例えるなら、じいちゃん家の畳みてーな……そういう、安心感?それしか感じねぇんだよ」
ホントにその感想が出るのか。しかし、僕はマックイーンに対してそういった印象を抱くことがなかったので、やはりその奇妙な縁は二人の間だけにあるものなのだろう。
「……つまり、ジジマゴ?」
あながち間違ってないデジたん、というか正解だ。
「ジジ、ねぇ。いや、イイ線いってるぜデジタル。アイツ、いいとこのお嬢様だってのに、おしるこ添えて縁側に置いといても違和感ねぇもん。マジでじーちゃんだよ」
ゴルシちゃんにそう言われて、脳内でその図を描いてみると、なるほど実にピッタリだ。違和感?あぁ、いい奴だったよ……。
「……ふと思ったのですが、そんなお嬢様とちょっとした繋がりのあるゴルシさんっていったい何者……」
「おっと、当のウマ娘がおいでなすったみてぇだ。アタシがさっき言ったことは秘密にしてくれよな?」
確かに、耳を澄まさずとも、三人分の足音がこちらに近づいているのが分かる。しばらくしないうちにドアノブが勢いよく回り、次の瞬間僕の前を一陣の風が走り抜けた。
「ゴ〜ルドシップ?バッチリ聞こえてましたよ?誰がジジイですって……?」
「ひっ……!?い、言ってねぇ!アタシそこまでは言ってねえぞ!?あ゛ぃただだだだだだ!!」
嗚呼、此の世は無常なり。ゴルシちゃんは哀れにもバックブリーカーの餌食となってしまった。
「あぁ゛ああぁっ……かひゅ゛……」
合掌。やはりメジロのお嬢様……いや、お嬢には勝てなんだ。
「……デジタルさん、とかおっしゃいましたね?」
「ヒィェッ!?ハッ、ハイなんでございましょうかあの先程の非礼はお詫び申し上げますのでどうかあっしの指だけでご勘弁いただきたくぅ……!」
おや、デジたんがウマ娘に対して愛以外の感情を抱くとは。だが無理もない、あの確実に二桁人はヤってそうな眼光に射抜かれてしまっては、生物としての原始的本能、すなわち恐怖が呼び起こされるのは当然のことだろうから。
「指……?ああ、いえ。貴女をゴールドシップと同じ目に合わせようなどとは思っておりませんわ。ただ、先程零していた言葉について、誤解されてしまわぬよう、ほんの少しご説明させていただきたくて」
「ほえっ……?」
ターフの名優の名はダテじゃない、今この瞬間、僕はそれをハッキリと認識した。だって、ほら。瞬きする間に、ヤのつく自営業の人みたいな目つきから、貴い人のソレへと変貌しているのだ。その表情にはシンプルな優しさが感じられる。未だにゴルシちゃんの背骨をへし折っているのに、だ。
「先程、貴女は私たちの関係性について疑問を抱かれていたようですので。始めに言っておきますと、特に深い血の繋がりなどはございませんのよ。ただ……」
それにしても、純粋な恐怖に支配されるデジたん、か。非常に珍しいデジたんが拝めたな。マックイーンには感謝しておこう。
「た、ただ……?」
「貴女の言う通り、とでもいいますか。私とこのゴールドシップとの間に、何か浅からぬ妙な因縁のようなものがあると、私自身それを実感しているのです。このハジけたウマ娘を見ていると……少し癪ですが、それこそ、年の離れた子……孫をかまっているような気分になるのは確かなのです」
「つまり……ジジマゴ?」
勇者アグネスデジタルの名はダテじゃなかった。この場面、このタイミングでその言葉を放ってしまったのは、果たして彼女に宿る勇気がそうさせたのか、それともただの染みついたヲタク根性によるものか。
「ぐぎごぉッ……!ま゛っ、マッグイ゛ーンッ!てんめぇ……!オ゛ラぁぁ゛あッ!」
「あっ!?ゴールドシップ……っ!?」
おおっと、ここでゴールドシップ、奇跡の復活!生と死の狭間から帰ってきた彼女が魅せた。膝を180度折り曲げて、華麗にヘッドシザースを決めてくれた。
「……茶番もいいが、ほどほどにな?怪我しないようにやれよ、お前ら?気が済んだらこっち来い、もう火ぃつけるからよ」
低い声がする方を見やれば、そこにあるのはまさしく冬の至宝、鍋。身も心も暖まる香りが、鼻腔を通って脳に届く。
マックイーンと一緒に帰ってきていたトレーナーさんが、セッティングをしてくれていた。
「コタツで鍋、ね。いいわねぇ、これぞ冬って感じで」
「クリスマスらしさはあんまねーけど。ま、美味いからいっか」
渦の外の二人は、楽しそうに鍋をつついている。僕もデジたんを抱きかかえ、彼女らと鍋を囲う。
「お、来たか。ほい、箸」
「ん、ありがと」
ウオッカに割り箸を手渡されたところで、デジたんがぼやく。
「ナチュラルにあたしが抱っこされたことには、やっぱりもう誰もツッコんでくれないのでしょうか……?」
「いつものことでしょ。逆にツッコむ方がおかしいわよ」
「あぁっ、想像よりも外堀が埋められてるぅ……」
それはそうだ。僕とデジたんの関係について口を挟むヤツは誰一人として存在できない。なぜならば、僕がソイツらを潰すから。そもそも、デビュー前のウマ娘の関係性にわざわざ目をつけるようなヲタクは、大概どこか狂っているので問題ない。
「ヒトはヒト同士で、ウマ娘はウマ娘同士で恋愛すべきだ。それが世の摂理だ。だから、デジたん。埋められる外堀なんて、そもそも初めからないんだよ」
「うぐっ、それは確かに……。で、でも!ウマ娘ちゃんとトレーナーさんとの間で生まれる絆は未知のパワーを生み出すと聞きます!だからこそッ!あたしはウマ×トレ♀を推させていただくッ!」
この場の解決にはなっていない。が、しかし、それは非常に面白い概念だ。
「君は天才だよデジたん!ウマ×トレ♀のディープな愛ッ!ソレが尊くないわけがない!」
そんな素敵なことを思いつくのはこの可愛い頭か?よし、撫でてあげよう。目一杯撫でてやる。ふわふわした耳の感触も楽しめるので一石二鳥だ。
「ったく、随分とうるさいチームになっちまったな。あっちじゃプロレス大会、こっちじゃねじ曲がった恋バナときた」
「ねえトレーナー、そこんとこ実際どうなのよ?つまり、ウマ娘とトレーナーが深い仲になってそのままゴールイン……ってのは。多いの?」
「あぁ、多いかどうかは分からん。でも、それなりにあるぞ、そういうこと。で、二人のプロから指導を受けた二世が中央にやってきてG1をかっさらう、なんてこともあるぞ」
ふむ、思い浮かぶところで言うとミホノブルボンだろう。彼女の父親はトレーナーで、クラシック三冠達成は家族の悲願でもあるのだったか。
「ところでデジたん、興味深く聞き入ってるみたいだけど、鍋も食べなよ。ほら、あーん」
「…………」
「あーん、して?お願い」
「……っくぅッ!あ、あー……むぐっ」
「どう?美味しい?」
「……おいひいれふ」
そりゃよかった。
「まあ、様子を見る限りじゃあ、お前らが俺に惚れちまうようなことはなさそうだな。トレーナーとウマ娘がそういう関係になるのは悪いことじゃねえ、と俺は思ってる。だが世間サマはそうもいかん。結ばれるためには、数々の理不尽な批判をものともしない強さが必要だ。まあ、どっちにしてもお前らなら問題ないだろうがな!さすが俺の教え子だ!」
「トレーナーさんはそもそもヒト娘が放っとかなさそうですけどね。中央のトレーナーなんて高給取りで、その上イケメン……」
ウチのトレーナーさんはひっじょーにイイ男である。顔、声、スタイルは申し分なし、性格だって優しい。未デビューウマ娘を何人も抱えてはいるが、十分高給取りの部類に入る。ではその金の行先はというと、僕ら担当ウマ娘のトレーニング費用だ。おかげで彼は、羽振りの良さとは程遠い、日々の食費と飲み代をなんとか財布から切り出す生活を送っている。これがイイ男でないわけがなかろう。
「お、おい?なんだって急に俺を褒めるっ!?えっ怖っ!怖いんだが!?」
「……いや、本心ですよ。まあ100%僕の日頃の行いのせいでしょうけども」
ゴルシちゃんなら分かってくれるだろうが、なぜか彼にはちょっかいをかけたくなるのだ。だが、師として、そして一人の人間として彼のことは尊敬しているし、恋心とはもちろん違うが、僕は彼のことが好きである。
その時、ふと思い出した様子で彼が口を開いた。
「ああ、そうだ。言っておきたいことがある。お前らのデビュー時期の話なんだが……」
「マジかっ!?早く教えてくれっ、トレーナー!俺はいつ走れるんだ!?」
「落ち着け。今説明する。……結論から言うと、来年にはもうレースに出られる。全員な。特にウオッカとスカーレットは体の成熟が早いから、その分早めに出た方が良いだろう。ただ……」
ふむ、名前が出ていないのは僕とデジたんとマックイーン、それにゴルシちゃん……はゴルシちゃんだからともかくとして、僕らに何かあるのだろうか。
「残りのヤツらはもう少し待っても問題はない。もちろん、今のままでも十分大舞台で立ち回れる。ただ、俺としては仕上がった状態でレースに出てほしいし、誰を応援すればいいかハッキリするから、デビューの時期を多少見送りたいところではある。ま、お前ら次第だ」
……どうしよう。
これは僕とデジたんそれぞれの問題ではない。デジたんのデビューの時期は僕にも影響する。つまり、デジたんがデビューするのならば僕もデビューする、逆も然りだ。
「……私は、待たせていただきます。自分の中でまだ完成しきっていない部分を、思う存分に鍛え上げてからレースに臨みたい。トレーナーさんには先日お伝えしましたが、私の目標は『天皇賞・春』ただそれのみですわ。そのためにはいかなる努力も惜しまず、然るべき時に、己が持てる全てを懸けて挑むつもりです。だからこそ、私は来るべき時を待ちたいのですわ」
いつのまにかゴルシちゃんとの決着をつけていたマックイーンは、その優雅な立ち居振る舞いの中に宿る、煮えたぎるような決意を言葉に乗せた。
「了解だ。マックイーンはデビュー見送り、と。それで、他はどうする?」
「なあトレーナー、アタシは……」
「ゴルシ、お前も来年だ。お前なら、うん……なんか勝てるだろう、多分。まあその、頑張ってくれ」
うん。ゴルシちゃんならなんとかなる。それ以上は何も言えない。
さて、これで残っているのは僕とデジたんのみ、つまるところデジたんの決断に全てが委ねられている。
「……あたしはッ!レースで、走りたいですっ!そのっ、もう耐えられないというかっ。非公式ではありますが、既にレースには出走しているわけでっ!あの時の感覚を、早くもう一度味わいたいんですッ!」
「よし、分かった。それじゃ残るは……」
「あ、僕もデビューでお願いしますトレーナーさん」
「お、おう。なんかお前だけあっさりしてるな。いいのか?他の二人みたいに、こう、アツイ想いとか語らなくても……」
「僕はそれでも構いませんよ?ただそうなってしまうと、必然的にデジたんへの愛を数時間語ることになるので……」
「よしっ!これにてこの話は終了だ!詳しいことはその時期になったらまた話す!今はとにかく食って飲んで騒げ!お前ら!」
おっと、強引に流された。
まあいい、僕だってTPOを弁える場合もある。
デジたんへの愛は、ベッドの上で二人きりの時、彼女の耳元で囁くことにする。
◆
「はぁー好き。好き、好き、好き、好き……」
「唐突な告白ASMRッ!?ふぁっ、ちょ、やめっ!?耳っ、耳が溶けるっ!?」
やめない。抱きしめたとき、丁度いい位置にデジたんの耳が来るのだから仕方がない。
「僕はこんなにデジたんを愛してるのに、君は今まで面と向かって僕にそういう言葉をくれることはなかったよね。君の口から聞きたい言葉ナンバーワンなんだけどなぁ」
「……古代の哲学者は云いました。『恋されて恋するのは恋愛ではなく友愛である』と」
「そんな昔の人の言葉なんか考えないで。僕だけを見て。その時の君自身の気持ちを聞かせてよ」
「……っ!なっ、なんだか眠くなってきましたー!あー、眠い!眠いですよーっ!おやすみなさいっ!」
ふーん、ほー、へぇー。そうか。なるほどね。
……おやすみ、デジたん。
拙者、デジたんが突然イケボで哲学者の名言を引用するやつ大好き侍で候。
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お前も「家族」だ
来たな、「鋼の意志」の時代が……!
「あ、デジたん。お帰りー。いやぁ、それにしても大晦日や正月のテレビってなんかこう、つまらなく感じちゃうんだよねぇ」
「ああ、ちょっと分かる気が……って、ファッ!?なんでオロールちゃんがここにいるんですか?」
「年末年始は家族で過ごすものだよ、デジたん。僕と君は家族だ、何もおかしいところなんてない」
「トゥデェイッ!イズッ!ニューイヤーズイブッ!ンなのにッ、ホワィッ!?どうしてオロールちゃんがマイハウスにっ!?」
家族だから、と説明したのだが。
「お義父さんからは『うちの娘と仲良くしてやってくれ』とさっき言われた。君がどこかに出かけている間、いろいろお話しさせてもらった。相変わらず素敵なご両親だね」
僕らはお互いに良い両親に恵まれていると思う。大晦日だから恋人の家に行ってくる、と伝えたら「それじゃ今年の初詣はそちらのご家族とご一緒させてもらいましょう」なんて言っちゃうのがマイマザーだ。
「お義父さっ……いや、それはともかくっ!えっと、そのっ!……ああぁっ!言いたいことが多すぎて頭がまとまらないぃ……」
「トレセン学園のウマ娘には、デビュー前に思い人を家族に紹介するという伝統芸がありまして。明日は僕の家族と一緒に初詣に行くことになってるから。ぜひ僕の着物姿を見て恋に落ちてくれたまえ!」
「はっ?ちょっ、待っ……ほぇえええ?」
「何さほぇえええって。正直になろうよ、デジたん。君だって楽しみなんでしょ?お義母さんから聞いたけど、君も着物着るんだって?最高じゃないかっ!着物デートっ!」
「お゛義母゛っ……いやっ、というか、デッ!?デデデ、デート!?着物デートですかそうですかそうですかふむふむなるほどなるほど……いやどういうことですか?」
「そういうことです」
「はぁ、なるほど、左様で……」
デジたんは理解を放棄した。それはつまり、僕とのデートに異存がない、という解釈でいいだろうか。いいよな、うん。
と、現在僕が居るのはデジたんの実家のリビングルームである。それはつまり、彼女のご両親が日常を送る空間なわけで。
「はい、ご飯できたわよ。大晦日といえば年越し蕎麦。ささ、オロールちゃんも遠慮せずに食べて」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
お義母さんの言葉からは、たったひと言、ふた言の中にも人柄の良さを感じる。デジたんはこんな素敵な人の娘なのだ、それはそれは美しいのも当然というものだ。
「なんか、恥ずかしいっ……!」
そう言ってデジたんは顔を手で覆ってしまった。尻尾がせわしなく揺れているのがまた可愛い。
そして、これまた優しい笑みを浮かべているのが彼女の父、つまりお義父さんである。
「娘からいろいろ聞いているよ。お互い、すっかり骨抜きにされてしまってるみたいだね」
「ハイ、ですので娘さんは僕が貰い受けようかと」
「ははっ、君よく正直すぎるって言われない?まあそれはともかく、こんな風に娘が照れるのは珍しい。この娘はなかなかメンタルが強くてねぇ。私が印刷業をやってるのは知ってるだろ?だから時々……そう、趣味の本の印刷を頼まれるんだ。それで『中はできるだけ見ないでね!』なんて言われるんだけど、やっぱり見ないわけにもいかないだろう?」
「ちょっと待って!お父さんッ!?なんの話しようとしてるのぉッ!?」
「それで、こないだも印刷を頼まれたから内容を見てみたんだ。そこに描いてあったのが、まあ。いわゆる、オロ×デジってヤツだと思われるんだけど……」
「どぅわああああああああああっ!?いやあああああああああああッ!?ヤメロォ!死にたくないッ!死にたくなぁぁあ゛ぁぁぁあいッ!」
ほほう、実に興味深い情報だ。
つまり、デジたんは日頃僕のアプローチをかわしたりしているけども、実際は僕のことが大好きってわけだ。そうに違いない。
あと敬語が取れたデジたんが可愛いやばいしぬ。尊すぎる。魂が浄化される。
「……それはつまり、合意とみてよろしいかな、デジたん。僕とそういうことしたいって!君自身!そう思ってるわけだ!ねえお義父さんッ!見た感じ、どんな内容でしたかッ!」
「うーん、そうだね。そこまでキツい描写はなかったけど……ああ、そういえば即売会は今日だっけ?それで出かけてたのか。どうだった、売れ行きの方は?」
「やめてええ゛ぇええ゛ーーッ!平然と聞かないでよぉぉぉぉおッ!?」
「よぉしデジたんッ!それが君の望みかい?あいわかったッ!そうだなぁ、やっぱり最初はキス、か、ら……えっと、デジたん?大丈夫?」
サンゴの白化現象というものがある。あれはサンゴと共生し、光合成でエネルギーを供給している褐虫藻という藻が、何らかの原因でサンゴから抜けてしまった状態なのだが、まあ詳しいことはともかく。今のデジたんはソレにそっくりである。何か大切なモノを失って、真っ白になっている。
「この広い宇宙に比べたら、あたしは所詮ちっぽけな生き物……。この胸に宿る虚しさもちっぽけなモノ。ふふっ、そう考えたら、ダメージもそこまで……あぁあ゛ぁあぁぁ゛あっ!!恥ずかしいッ!死ぬッ!恥ずか死ぬッ!」
「大丈夫だよデジたん。生配信中に告白したって生きていけるんだから。それに、君にはいつも僕がついてる」
「違う、違うんですよホンット、あの、絵描きの端くれとして、作品にリアルさを求めてただけで、それで一番身近なサンプルを使ってみたというかっ!ぁぁあぁ゛あうぅ゛うっ!なっ、なんか、あれっ、おかしいなっ?目から水が……ぁっ」
「ああ、涙が溢れてる。大丈夫だよデジたん。もうさ、こうなったからには僕と……」
「ハイ、ソウデスネ。イイトオモイマス」
「えっと、デジたん?」
「ハイ、ソウデスネ、イイトオモイマス」
デジたんの羞恥心がオーバーフローしてしまった。
「ねぇデジたん」
「ハイ、ソウデスネ。イイトオモイマス」
「ロッテルダム」
「ハイ、ソウデスネ。イイトオモイマス」
「クーベルタン」
「ハイ、ソウデスネ。イイトオモイマス」
「結婚しよ?」
「ハイ、ソウデ……ほあああああぁッ!?!」
ああ、残念。そしてお帰りデジたん。それにしても今日はよく叫ぶな。やっぱり実家だと気を抜いているんだろうか。
「ハァ……可愛い」
「っ!?何!?何ですかっ、その……目!目がすごく怖いっ!というか、ああ、家族の前だとどう接していいか分からないっ……!」
「僕だって家族だよ。何が問題なの?」
血は繋がっていないけど。
大人になっても、皺が増えても、デジたんはずっと可愛い。だからずっと一緒にいたい。
……けど、ひとつ気になることがある。
「デジたんってさ、学園じゃ誰に対しても丁寧で優しくてさ。一応後輩の僕に対してもそうだよね。ねぇ、どうして?」
「っそれは、その、染みついた性分といいますか。それとやっぱり、尊み溢れるウマ娘ちゃんにあたしみたいなのがあんまり馴れ馴れしく接しちゃうのは、なんか……」
「じー……」
「あ゛っ!また目で語ろうとしてますね!?あの、それっ、普通に怖いっ!怖いですからっ!」
食らえデジたん、最近習得した目力トークを。目は口ほどに物を言う。僕の想いは言葉にせずとも伝わるだろう。
「な、なんというか。今更タメ口で話すのも恥ずかしい……かも」
「え、なんて?最後がよく聞こえなかった」
もちろんバッチリ聞こえている。僕がデジたんの声を聞き逃すはずがないから。
「……あーもー!なんでお父さんもお母さんもずっとニヤニヤしてるのぉっ!?」
ご両親が非常に良い笑顔でこちらを見ている。僕にはあの笑顔の意味が分かる。まあ、つまり、デジたんのヲタク気質は遺伝だったのだろう。
「はぅぅぅ……」
「ねーえ、デジたん。デジたんってば」
「っ……な、え、あっ。どっ、どうしたの?オロールちゃ〜〜…ぁあムリッ!やっぱりまだ心の準備がッ!」
「そうやってズルズル引き延ばすから余計に恥ずかしくなるんだよ。ていうか、そんな風にされるとなんだか心の距離があるみたいで……僕、ちょっと悲しくなるかも」
ほら!見るんだデジたん!この放っておいたら確実にマズい方向に突き進んでしまいそうな美少女ウマ娘の姿を!斜め下に視線を向け、どこか諦めの窺える表情をした僕をっ!
「もーおー!わかった!わかったから!あたしも、そのっ!えと、頑張る!ハイッ!この話はこれで終わり!」
デジたんはウマ娘に弱い。
そして僕はウマ娘だ。
つまり、この手に限る。
「……んふふふふふっ」
「笑い方が怖いッ!?」
おおっと、変な声が漏れてしまった。嬉しさのあまり。しょうがないね。
さて、得てして大晦日や正月の夜というのは長いものだ。
つまり、物語はまだ始まったばかりだ。
◆
「あのぉ、なぜおフトゥンがひとつだけ……?」
「ああ、お義母さんの素敵な御計らいさ。デジたん。初日の出が、僕らの新しい門出を祝福してくれるようにって」
「あーね、なるほどね!そうね!うん!」
デジたんの全てが神がかっているのは当然として、いわゆる一般的な彼女の長所として認識されるべきところがある。要は彼女は切り替えが早い、ということなのだが、最近はどうも切り替えが早いというよりヤケになっている印象が強い。
「オロールちゃん、やっぱりあたし、似合わない……よ。その、キャラ的に!限界ヲタは限界ヲタらしく慎ましくしているべきというか〜……」
「デジたぁんッ!今のままの君でいてくれッ!僕の中で『心を許した相手には敬語なしで嬉々としてヲタトークするデジたん』概念が超絶旋風を巻き起こしてるんだ!あの、もうッ!今後数ヶ月はそれだけでいい……!ご飯食べなくていい!ふひひはははッ!」
「目が怖いッ!」
そんなことない。ただちょっと血走っていて焦点が合っていない自覚はあるが、特に問題はない。
「それで、どうする?まだ寝るには早いけど。僕としては、君が望むなら今夜は寝かせないぜ的な展開もオッケーなんだけど……」
「いやいやいや。あの、確かにあたしそういう本読んだり描いたりしたことあるけど!自分がどうこうってのは……違うッ!」
違うッ!の力の篭りようがすごい。ちょっと残念だけど、そういうところが彼女の魅力だ。
「じゃ、さ。ほっぺとかは……?」
「えっと……?そっ、その!それなら……」
え、ホントに?
「いいのかいデジたん?僕は遠慮しないよ?ねぇ、もしかしたら、唇が滑っちゃうかも……」
返答は言葉ではなく、彼女の眼差しだった。彼女のアクアマリン色の瞳は静かに波立っていて、それが僕を受け入れる準備をとうに済ませている何よりの証明だった。
◆
「……このまま、あと時計の針が二、三回回るまで時間を潰す?僕は構わないけどね」
「……別のことしようよ」
彼女はそう言ってパソコンに手を伸ばす。
「んー?なに、動画でも見る?」
「いや、あたしたちが配信する!ふひっ、大晦日オロデジ生配信……!」
「……大丈夫?正気失いかけてない?」
おそらく要因の99%を占めている僕だが、さすがに少し心配だ。ついさっき心を共にした数分間から、明らかに彼女は動揺している。
「今ッ!お正月テンションに侵されている今しかッ!できないこともあるッ!オロールちゃん、明日の朝我に返って赤面するあたしのことは、いくらでも笑っていいから……!」
えっ何それめっちゃ見たい。
「よしデジたん。配信の準備は整ったかい?普段とは少し違う状況だからトラブルには気をつけてね」
「大丈夫だよ。もう慣れてるから。ウマッターでの告知も済ませた!」
配信の待機所には、既に数百人が集まっている。大晦日、それもあと数十分で年明けだというのにご苦労なことだ。
「ライブ開始5秒前ー!4、3、2、1……!」
あとデジたんのテンションがヤバい。
「大丈夫ですか〜?映ってますかねコレ……お、大丈夫みたいですね。ハイ、突発的に思いついたので配信です。もうすぐ年越しですよ皆さん、年越し蕎麦食べましたか?」
『突然始まるパーリーナイト』『一緒に年越せるの普通に嬉しい』『年越しもやしラーメン食ったよ……』ふむふむ、予告もなしの配信に集まるようなヤツらは、やはりイカれたメンバーばかりのようだ。
「僕も側にいるよー。蕎麦だけに……うっわつまんな、何言ってんだ僕」
『同じ布団で寝ている二人が俺を狂わせる』『匂わせどころの話じゃねぇぞオイ』……確かに、僕らは今、掛け布団の中からこんにちは状態で配信している。我ながらすごくえっちだと思う。
「と言っても、急に配信始めちゃったので、十分に語れることはあんまり……あ、こないだの有馬記念見ました?見ましたよねもちろん?もう終始大っ興奮で……!」
「『エアグルとマベちんのウイニングライブの温度差で芝生えた』ね。分かる。確かにあの二人、真逆の性格だからなぁ……。っていうかリスナー、聞いてくれよ。このデジたんって子が急に配信しだした理由なんだけどさ。絶対に照れ隠しだと思うんだよね。だってさっき僕がキ……」
「ねえオロールちゃん。そのことは二人だけの秘密にしたいんだけど……?」
は?誰?デジたん?
ちょっと小悪魔すぎやしませんか?
僕が若干動揺している間にも、コメント欄がざわついている。『キ……え、何?まさか?』『二人の距離感縮まった?』『カップルチャンネルなのか推し活チャンネルなのかはっきりしてほしい。まあ可愛ければ何でもいいけど』……ふむ、デジたんはこの世の真理であるからして、このチャンネルは全ての叡智が集まるチャンネルだ。見るだけで世界を理解できる。
「こほん、まあとにかく。年越しまでダラダラおしゃべりするだけですので!」
「……それじゃデジたん。いつもは直近のレースについて語ったりしてるけど、たまには僕らのことでも話してみない?多分、いや確実に、デジたん需要はめちゃくちゃあるから」
今のデジたんなら、自分の可愛さを分かってくれる気がする。ただ、僕が耐え切れずにオチる可能性もある。まあやってみなければ分からない。
「それ、すっごくいいアイデアだよオロールちゃん!ふふっ、あたし今正月テンションですから、何聞かれても答えちゃいますよ〜ッ!」
大丈夫だろうか。さすがに危険な情報を口にしようとしたら僕が全力でフォローしよう。
「『二人は付き合ってるの?』……ふむ、そうですねぇ……」
オイオイ。初手から随分と飛ばしていくなぁ。ホントに大丈夫だろうか、まるでデジたんがデジたんじゃないみたいだ。
「ぶっちゃけよく分からないです!あえて言うなら、親友以上恋人未満……?みたいな!」
「ふぐぉ゛ッ……!おほぉ゛っ……!」
僕の心にクリィンヒットッ!危うく脳髄が鼻から漏れそうになるくらいの衝撃だった。デジたんの口から親友以上恋人未満なんて言葉が飛び出すとは。
「『ぶっちゃけそういう目で見れる?』……うーん、難しい質問が……。まああたし、自他共に認めるウマ娘ヲタではありますけども、オロールちゃんはまた別の存在といいますか……。でも、イエスかノーかで言えば、イエス……?」
「あっ゛はぁ゛ッ!!ぅうぅィエ゛アッ!」
ヤバい。なんか濡れた。脳溶けたかも。
「『後ろすごいことなってるで』『変態が変態してる』……オロールちゃん、なんかビクビクしてますね。あ、いつもと立場が逆転してる感じで面白いかも!よし、リスナーの皆!どんどん質問送ってきてッ!」
待って。しんどい。ムリ。しぬ。
「『この際愛してるゲームでもしてしまえ』……ほほお?それはアレですか。お互いに『愛してる』って言って先に照れた方が負けになる……。ふふ、いいでしょう。今宵のあたしは無敵ですからね!さあ、オロールちゃん!愛してますよっ!いっぱい愛してます!」
「はっ?えっと……愛して……ァ゛ッ」
なんだろう。目の前が白く霞んで見える。
「オロールちゃん?オロールちゃーん?……あの、相手が気絶してしまった場合勝敗はどうなるんでしょうか?あ、あたしの勝ち?」
薄れゆく意識の中、デジたんの声だけがはっきり聞こえる。僕のシナプスはすっかり焼き切れてしまった。
デジたんと出会ってからは毎日が幸せだった。
けど、ああ。
今、僕はもっとも幸せだ。
スピカの変態度合いってどんなもんでしょうね。
ウチの≒デジたん>>>>>沖野T>>>>>
>マックイーン>ゴルシ>>>越えられない壁>>>…
…>>ススズ>>>ウオスカテイスペ
くらいかなぁ?
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ウマ娘の伝統芸
着物。
KIMONO、それはジャパンのトラディッショナルな衣服。字面からも分かるように、元々は着る物全般を指す言葉であったが、幕末以降日常生活で一般的に洋服が着られるようになってからは、いわゆる和服を表す語としての意味合いが強くなった。
「あっ、あぁ……!」
着物。
現代では、日常的に着る服というよりも、むしろお祭りや祝い事などの際に着る、いわば非日常的な服としての意味合いが強い。特別な日のために仕立てられることの多い着物には、往々にして並々ならぬ想いが宿っているものである。
「あ、あ、ああぁ……!」
着物。
それは着る者の優美さを引き立たせ、ひとつひとつの所作さえも魅惑的な雰囲気を醸す。
「……ありがとう、ありがとうっ……!」
ことデジたんにおいては、元々ある無限の可愛さに着物の魔力が重なるため、無限×無限……何を言っているのかよく分からないだろうが、少なくとも僕の口から自然と飛び出したのが彼女への感謝、彼女を生み出してくれた世界への感謝であったことは確かである。
「綺麗だよ、デジたん……!」
デジたんが自らのファッションを推しカラーに染めているのを、僕は度々見たことがある。何かしらのウマ娘イベントに赴く際、彼女は極限まで自分の存在を薄め、代わりに推しへの愛を爆発させる。すごいのは、まったく違和感を感じさせないこと。
ファッションには、人によって似合うもの、似合わないものがある。それは当然のこと。しかしデジたんはオールラウンダー。推しのためならば、似合う服を着るのではなく、服に似合う自分になる。しかし、決して服に着られるのではなく、彼女自身が千変万化する。
つまり僕が言いたいのは、彼女はどんな服でも着こなしてしまうということだ。
今だってそう。
厳かに佇む大自然の風流の意匠が取り入れられた、慎ましさの中に美しさを見出せる薄紅色の着物と、彼女が浮かべるどこか儚げで神秘的な表情が、巨大なシナジーを生み出している。
曖昧に揺らぐ口元と、慈母神のように優しい目つき。どこか悟りを開いたようにも見えるその表情。僕は琴線に触れられたどころか、心臓を握られたような感覚に陥った。
「……デジたん?」
そういえば、今朝からずっと彼女はこんな調子だ。いつも朝からエネルギッシュで、全力で推し活に臨むのがアグネスデジタルというウマ娘のはずなのだが。
「……人が、多いですね。これも初詣の醍醐味といったところでしょうか。ふふっ」
「デジたん?」
いや誰?
いわゆるヲタクという人種とは180度真逆の、どちらかというと清楚系鎌倉武士さんに近い雰囲気を纏っている。あのデジたんが。
「ああ、ごめんなさい、オロールちゃん。昨夜貴女に言われたとおり、あまり畏まった態度をとらないよう心がけてはいるのだけれど」
「デジたん……?」
確かに敬語は取れた。しかし、なんというか、果てしのない高貴さを彼女から感じる。最近スピカに加入したメジロのお嬢と同じくらい、いやそれ以上に。
そういえば、強い精神的ショックは、時として人格の分裂を招いてしまうことがあるそうだ。もしかすると、新たな扉を開いてしまったばかりに、彼女は一夜にして新たな人格「清楚デジたん」を獲得してしまったのかもしれない。
「ああ、それにしても、なんて……なんて美しいんだ!」
何にせよ、彼女の神秘性が僕を魅了してやまない。僕の体はだんだんと引き寄せられていき、気づけば鼻先が触れ合いそうになっていた。
「ふふっ、もう、オロールちゃんたら。人前だから今はダメ……ね?」
妖しく微笑む彼女。しかし、僕はここで退くわけにはいかない。
「デジたん。今の君はとても綺麗だ。けどホントにそれでいいのかい?僕の大好きなデジたん。本当の君は、もう戻ってこないのかい?」
「本当の、あたし……?……はっ!そうだ!あたしは永遠のウマ娘ヲタク!あたしが推さねば誰が推すッ!ウマ娘ちゃんの輝きの目撃者となるべくトレセン学園に入学したこの身果てるまでッ!推して推して推しまくるッ!デジたん、復活ッ!」
落差がひどい。しかしこれでこそデジたんだ。
「お帰りデジたん。いやまあ君が旅立った原因はほとんど僕なんだけども」
「あたし、変な夢を見た……。夢の中で暗闇を歩いていると、光が見えて……。そこから綺麗な声が聞こえてきて『何処に行くの』って聞いてきた……。あたしは『ウマ娘ちゃん天国へ』って言った……。だって、ウマ娘ちゃんは可愛いし、見てるだけで癒されるから……。そしたら、その声は『貴女が決めなさい』って……。『アグネスデジタル。行き先を決めるのは、貴女だ』って……。『オロールちゃんのところへ行く』って答えたら、目が覚めた……。とてもさびしい夢だったよ」
「デジたん……。君ってば、これから初詣ってときに、呑気して夢なんか見ないでよ!」
まあ、いいか。戻ってきたし。
その時、ふと懐かしい匂いを僕の鼻が捉えた。
「ッ!この匂い……!もしや、母さん……?」
「えっちょ待っ、え?匂い?」
デジたんと茶番をしていたら、いつの間にか僕の母さんが近くに来ていたようだ。
「あ、いた。向こうで手を振ってる」
「ええっと……。ああ、あのお美しい方が……?」
デジたんに同意。我が母ながら、非常に見目麗しい。着物もよく似合っていて、成熟した大人の魅力を醸し出している。やっぱりウマ娘って最高だな。
「明けましておめでとう。着物、よく似合ってるわね」
「明けましておめでとう、母さん。で、早速なんだけど紹介したい人が……」
「あら、本当に可愛い。話は聞いてるわよ、デジたんちゃん」
「デジたん……ちゃん……?たん、ちゃん……なんかしっくり来ないよ、母さん」
「確かにそうね。だとすると、デジちゃん……?いや、デジタルちゃん……うん、これがいいかも。デジタルちゃんって呼んでもいいかしら?」
「へっ?あ、はい……?って!?いやいやいやッ!?待ってくださいッ!?あッ!?あ、あのっ、オロールちゃんにはいつもお世話になっております、アグネスデジタルと申します、ハイッ、どうぞお好きに呼んでいただければッ!オロールちゃんのお母様ッ!」
「随分真面目な子ね。お義母さんって呼んでいいのよ?」
「お、いいねそれ。やっぱり母さんは天才だよ」
「まさかの双方親公認ッ!?」
「あら、ウマ娘の原動力って心なのよ。恋する心があれば誰にも負けないわ」
「こッ!?コココッ、コッコ……!?」
デジたんは鶏になってしまったが、実際母さんの言う通りだと思う。愛するデジたんのためならば僕は自分の限界を超えられる。真面目な話、ウマ娘の生物的特性なのかもしれない。オカルトチックな部分も多い種族だから十分ありえる話だ。
「お父さん、今日も仕事なのよ。家族揃って新年を迎えたかったけど残念」
「そっか。じゃその分母さんに甘えることにする。いや、待てよ……僕は欲張りだから、デジたん。君も母さんに甘えムーブしてほしい。甘々デジたん概念の供給が欲しい」
「あら素敵。二人とも私の大切な娘よ、好きなだけ甘えなさい?」
「オロールちゃんの奇行は、もしや、血……?」
「え、なんて?よく聞こえなかったよデジたん」
「あ゛っ、いや、なんでもございません……」
「ふぅん……?」
「な、なんでもないったら!」
もちろん僕が聞き逃すはずはない。少しからかってみただけだ。しかし、母さんは変人ではあるが僕ほどではない。したがって僕のデジたんへの想いは、時空を超えて受け継がれた僕だけのアイデンティティだ。
「それで、デジタルちゃんのご両親はどちらに……?」
「ああ、今御手洗いに……と、丁度戻ってきたみたい。ほら、あそこ」
人混みの向こうから、仲睦まじそうな夫婦がこちらに微笑んでいる。しかし、僕の母さんも着物が映えるが、お義母さんの方もたいへん素晴らしい。成熟した魅力というのは、やはり心にじわりと染みてくる”味”がある。ふと思ったのだが、この世界の少年少女は、幼少期からあれほどの美人を、テレビや街中などの様々な場所で見かけるわけだ。性癖歪むぞ絶対。
「明けましておめでとうございます。いやあ、ウチの娘がいつもお世話になっております……」
お義父さんは、礼節のある佇まいながらも朗らかな笑みを浮かべ、僕の母さんに挨拶した。
「おめでとうございます。ええ、お世話になっているのはこちらの方ですよ」
「……どうも、二人はお互いに並々ならぬ感情を抱いているようですから。デジタルは、昔からああいう
突如、うまく言葉にできないが、何かシリアスな雰囲気に場が包まれたので、僕は思わず口元を真一文字に結んだ。
「オロールは、昔から変わった娘で。何か、うまくは言えないけれど、この世界に馴染めていないような……そんな娘だったんです、昔は。友達も作らず、ただ走ることにだけは熱中していて、本人は楽しそうでしたけど。やっぱり親として心配で。けど、デジタルちゃんと出会ってからは、何もかもが変わったみたい。電話口で声を聞くだけでしたけど、はっきり分かったんです。娘は今とても幸せなんだ、って。そこが初めから自分の居場所だと決まっていたみたいに」
分かってはいたが、僕は両親にとても心配をかけていた。二人には申し訳ないのだが、僕が真に生きることを始めたのは、間違いなくデジたんと出会った瞬間からなのだ。あの瞬間から、僕の世界には色がついた。
しかし、僕の母は間違いなく彼女だけだ。
母さんが僕の幸せを願ってくれているのは、何となく分かってはいたけれど。改めて言葉にされると、何か、胸に熱い雫を垂らされて、じんわりと、体の隅々まで広がっていくような心地がする。
自分でも制御できない、人によっては「気持ち悪い」と感じさえするような想いを抱いていることは理解している。しかし今、僕は母さんの心で満たされた。不安な気持ちが全て塗りつぶされた。
「ああ、ごめんなさいね、こんな話しちゃって。せっかくのお正月だから、子どもたちは楽しんできなさい。ほら、参拝でも行ってみたら?」
「……うん、そうするよ、母さん。デジたんも、一緒に行こ」
「あ、うん……」
デジたんの一歩先を歩きながら、僕は振り返らずに拝殿の方へと歩みを進めた。
「オロールちゃん、まずは手水場。身を清めなきゃ。ヲタは罪深い生き物だから、念入りに清めなきゃ……!」
「あぁ、うん、そうだね」
デジたんに言われ、手水場に向かう。
柄杓を取る前に、心を清らかにしておくのがよいのだったか。今の僕には少し難しいかもしれない。そんなことを考えながら、ひとまず柄杓を取る。
両手を清め、次に口を清めようと左手に水を汲む。冷んやりとした水が心地よくて、ふと口だけでなく目の下を拭ってしまった。ああ、作法的によろしくないな、と心の中で独りごちる。
だが、心は落ち着いた。僕は同じタイミングで柄杓を置いたデジたんに向き直ってみる。
「どうしたの?じっと見て……」
「いや。神秘的だなーって思ってさ」
「神秘って……神社でそんなこと人に言ったら怒られるんじゃない?」
「デジたんはもうとっくの間に神様だから。参道の真ん中通っても許される」
「ふふっ、もう、オロールちゃんったら……」
手水場を後にした僕らは、拝殿に向かった。もちろん、道の端を歩いて。だが、これだと参拝者は畏れ多くて参道自体を歩けなくなってしまうのではないだろうか。
「二礼二拍手一礼、だったっけ?」
「そそ。神様へのお祈りごとは慎ましやかにね」
デジたんと賽銭箱に五円玉を入れる。硬貨の音が重なって、なんとなく彼女と微笑み合う。
鈴の音は僕らを祓い清めてくれるらしいが、僕は鈴を鳴らすデジたんの美しい手が頭から離れなかった。
ああ、神様が僕をこの世界に生まれ変わらせてくれたのなら、僕は有り余るほどの感謝を伝えたい。デジたんと出会わせてくれてありがとう。
そんな僕の願いはひとつだけだ。
神様お願いしますこれ以上は何も望みませんのでデジたんと一生共に過ごしたいデジたんが幸せに暮らせるようにしてほしいデジたんがずっと可愛いままでいてほしいデジたんが皆に愛される存在であってほしいけどやっぱりデジたんの全てがほしいデジたんを愛したいというか着物クッソ可愛いんだけど何あれヤバいって全人類悩殺されちゃうホント好き好き愛してるっていうか普段からそれはもうめちゃ可愛いんだけどああそうだ僕なんかの願望よりもデジたんの願いを叶えてあげてほしいデジたんの幸せは僕の幸せだからまあでも強いて言えばデジたんと色んなシチュエーションで恋をしたい例えば○ックスしないと出られない部屋とかに閉じ込められてみたりしたいってこんなこと初詣で願う内容じゃないなうんとりあえずデジたんがいてくれればそれでいいデジたんが存在してくれるだけでいい。
一礼。
後ろが詰まらないよう、スッと拝殿を立ち去る。
「あたし、オロールちゃんのこと考えちゃった。願い事もそんな感じだったり……」
「他人に話すと叶いにくいんじゃなかったっけ?」
「オロールちゃんは他人って気がしないから」
あーもう何この子、好き。
「……そういえば、神社ってやたらと身を清める機会が多いけど。僕の愛って清い?純愛かなぁ?」
「定義上はギリギリ、純愛……?って、あたしが言うのなんか恥ずかしい……」
定義が曖昧な言葉だが、僕のデジたんへのアプローチは全てが愛で構成されている。まあ確かに、デジたんに対し何らかの私的な欲求を抱くことがないわけではない。
けどデジたんが純愛って言ってんだから純愛なんだよ。デジたん•イズ•ファースト。
要は彼女を愛している。
ただそれだけだ。
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束の間の大合戦
なんといってもウマ娘の4コマ漫画的日常を覗いているような感じがたまらねェ……あれもう「プロ」の創った公式薄い本だとおもいます(語彙力)
あ、今回薬物()描写がありますのでご注意を。
「つまり、すこればすこるほど強くなる?」
「あくまでもその可能性が高い、というだけの話さ。我々ウマ娘はまだ未解明なことが多い種族。あるいはウマムスコンドリアの性質なのかもしれないが、そもそも存在自体が憶測の域を出ない。それと同様に、まだ観測されていない未知の物質、それこそ“絆”をトリガーとして活性化するような微生物、もしくはホルモンなんかがあるかもしれないっ!そ、こ、で、だ!話の早い君なら分かってくれるだろう?見たまえ、ここに先日私が製作した薬品がある……うわっ眩し。自分で作っておいてなんだが、どうしてこんな色になったんだろう。はははっ」
「部屋の電気より明るくないですかソレ。とにかく、その蛍光レインボーカラーの液体を飲めばいいんですね?」
ある冬の日の昼下がり。栗東寮の一室、というかデジたんとタキオンさんの部屋にて、僕はタキオンさんの話に聞き入っていた。
ウマ娘に関するとある俗説、母さんの言葉を借りて言うと「恋が原動力」的なアレについてのことだ。正月にふとそのことを考えてから、それがどうも気になって、学園に戻ってきてすぐさまタキオンさんを訪ねてみたところ、彼女は狂気の笑みを浮かべたのち研究室に数日閉じこもった。そして今に至る。
「あ、あの、タキオンしゃん……?大丈夫なヤツですかソレ、何かこう、またオロールちゃんが暴走したりは……」
ふと、さっきからタキオンさんのことを不安そうな目で見つめているデジたんが口を開いた。
「心配はいらないよデジタル君。確かに効果は前回とほぼ同じさ。被験者の強い情動や欲求に基づき、秘められた肉体の力を引き出す。ただし、私もさすがに反省したよ。前回とは効果の強さを変えている」
「ほっ……効果が弱まってるなら、前のようにひどいことにはならないで済みそうですね」
「え?何言ってるんだい、逆だよ逆。むしろ効果を倍増させた。おかげで被験者は眠気を感じたりすることもなく、すぐさま効果を実感できる」
「ホワィッ!?」
前回、というと、タキオンさんと初めて出会った日のことだ。あの時僕は盛られた薬によって正気を失い、デジたんに襲いかかった。当時の僕は彼女を脅かしてしまったことを悔やんだが、今現在の僕は違う。合法的にデジたんを襲えるんならそれでいいし、そもそもデジたんだって満更でもない感じだし。行くところまで行ってやる。
「ふふふっ、それじゃオロール君。ぐいっとやっちゃってくれたまえ、ほら、ぐいっと!」
「タキオンさん、なんだかテンションがおかしいような……。ひょっとして徹夜しました?」
「ああ、どうだろう……。確かにここ四日くらいは寝てないような……まあそんなこと今はどうでもいい!早く飲んでくれ!」
ワクワクを隠しきれていないタキオンさんから、この部屋で一番明るい液体の入った試験管を受け取る。
「はい、いただきまーす……ん゛ぉッ!」
甘っ!相変わらず死ぬほど甘い。
……と思ったら次は酸味、いや塩味、苦味、とにかく目まぐるしく味が変わっていく。見た目通りの混沌とした味わいだ。正直言うと吐きそう。きっと今の僕の顔は面白いくらいに歪んでいるだろう。
「オロールちゃん?あの、顔がすごいことになってるけど……これってホントに大丈夫なんですかタキオンさん!?というかあたしここに居たらまずいんじゃ……あ、いや、オロールちゃんに襲われるんならそれはそれで……」
辛い、なんだこれ。辛いを通り越して痛い。
喉が、いや、体が焼けそうだ!内臓が燃えている、体の至る所が熱い!
「あぁ、デジタル君はこの部屋に居てくれ。情動のターゲットがいなければ薬の効果が十二分に発揮されない」
僕の内の炎はやがて耳先から尻尾の先までを燃やし尽くした。次の瞬間、視界は非常にクリアになり、デジたんやタキオンさんの鼓動音が激しく鼓膜を穿った。
「……キモチイイ」
圧倒的全能感。しかし、それだけ。
デジたんを愛しているのはいつものこととして、とくに精神に異常を感じたりはしない。むしろ、不安や恐怖が消えて冷静になっていると言えるくらいだ。
「……ふむ、それでは少しテストをしてみよう。オロール君、33550336×8128は?」
「272697131008」
「おおッ!では87539319を二つの立方数の和で表すと?」
「167の3乗と436の3乗?あ、228と423、それに255と414も同様ですね」
「素晴らしいッ!」
思考が分裂している気がする。いつものようにデジたんは可愛いなぁなどと考えていたら、僕の口が勝手にタキオンさんの質問に答えた。本音を言うとちょっと怖い。
「オ、オロールちゃん?大丈夫……ッ!?ちょっ、さりげなく目がギンギラギンに輝いてるんですケドッ!?虹色になってるケドッ!?」
「あっはっは、本当だ。まるでどこぞの無敵な配管工みたいだよ。しかし意識はあるようだね。ふむ、興味深い反応だ……」
「あ、タキオンさん。僕、こうして今も普通に会話ができる状態ですけど、どうしてですか?前回より効力が強いんですよね?」
「ふゥむ……あくまでも仮説だが、君の精神が増幅された情動に耐えられているのではないだろうか。側から見ても、オロール君の抱くデジタル君への好意は常軌を逸しているようだしねぇ。まあ、シンプルにまとめると、無限×無限は変わらず無限である、ということだ」
ふむ、なるほど。
僕の愛は無限大、ゆえに納得!超納得!
「そ、それなら、安心……?」
「どうだろうねぇ。要は常人にしこたまおクスリを注入したとしても、普段のオロール君の狂気には追いつけないわけだから、うん。まったく安心できないねぇ、あははっ」
ああ、さっきからデジたんの微粒子が僕の体内に入ってくるのをひしひしと感じる。最ッ高にキモチがいい!タキオンさんの話を聞く限りでは、このクスリは僕にとってだけ都合の良いクスリみたいだ。僕自身どうしてこんなことになっているのかまったく分からないが、それもウマ娘の神秘、ウマ娘の魅力ということにしておこう。
こんなに感覚が研ぎ澄まされて、かつてないほどに身体をコントロールできて、それでいて心はどこまでも澄み渡っている。そういえば、デジたんと競い合ったレースでも、こんな感覚を味わった。
コンマ数秒の間の、二人きりの世界。
「あっ……
「うえぇっ、ちょっ、なにその漢字にカタカナ英語でフリガナついてそうなカッコいいワード!?」
「分かったよデジたん。やっぱり愛だったんだ」
「……ほえっ?」
答えはずっと僕の中にあった。
愛だ!愛だけが僕を解き放ってくれる!
「
「タキオンさん?あの、どうしてそんなにノリノリで解説キャラを演じておられるのですか……?」
「
つまるところ固有スキルでは?僕は訝しんだ。
では、今の僕は、さながら固有スキル発動中のフィーバー状態ということか。
「そ、そのぉ……
「いやそれは知らない。というか何なんだろうねソレ、怖っ」
「ふっ、ふふふふふ……!分かる、僕には分かる……!僕の、魂が!愛を叫んでるんだ!」
デジたんに抱く様々な感情が、愛、という一点のみに集約され、ベクトルが揃ったことで、何か巨大な力が僕の内側から湧いてくる。
「まあいい。とりあえずデータを取りたいから、軽くコースを走ってもらうよ」
「タキオンさんッ!?あの、今日は珍しく雪が降ってるんですよ!?それも、トレーニングが中止になるくらい積もってますし……!もしオロールちゃんが風邪ひいちゃったら……」
「あ、いや、大丈夫だよデジたん。むしろ、さっきから体が熱くってかなわない。はやく発散したくてたまらないんだ」
「ほう……?ちょっと確かめさせてくれ」
僕の言葉を聞いたタキオンさんは、どこからともなく検温計を取り出した。
「ふむ……うわぁ。見たまえよ二人とも。43度。皮膚温でさえこれだ、深部体温がどうなっているのか……考えただけでも笑いが止まらない!」
「ああああああっ!?だっだだだ、大丈夫!?オロールちゃん!?どこか痛いとか、頭がクラクラするとかないっ!?」
デジたんが慌てた様子で僕に詰め寄ってきた。心配してくれるのは嬉しいが、ご覧のとおり体調に問題はない。なんならいつもより調子が良い。むしろ、あたふたし過ぎて耳から湯気が出そうになっているデジたんの方が心配である。
「あ、なんか、意識したら急に火照ってきたかもしれない。……もう我慢できない!行こうデジたん!」
「どこへっ!?え?オロールちゃん?どうして窓を開けて……?あッ、びゃああああぁッ!?ちょっ、何をうおおおおッ!?」
「タキオンさーん!先にトラック行ってますね!」
もはや恒例となったデジたんキャリー。羽毛のように軽い彼女と共に、僕は飛んだ。文字通り。8mくらい。
「のおああああああああぁッ!?」
「ヒャーァオ!アイ、キャン、フラァイッ!!」
◆
「オロールちゃん、温かいよ」
「どうも。そりゃまあ、そうだろうね」
「温かいけど、そもそもどうしてあたしたち、こんなところにいるのかな」
「僕が衝動的に君を抱えて真っ白な絨毯の上にダイビングしたからだね」
「うん。だからあたしは上着も着ないままここにいて、それでオロールちゃんが『おいで、あっためてあげる』って言ったんだよね」
「何が言いたいんだい、僕の腕の中にいるお姫様」
「ここまでしますかネェ、普通」
「うん、計画通……ああ、いや、仕方なかった。ちょっと自分を制御できなくて。ハハッ」
どっちにしろ僕はいつも普通じゃない。
それに、氷点下一歩手前ともなれば、十二分に防寒をしていたって、おしくらまんじゅうをやってみたくもなるものだ。
「タキオンさん、上着持ってきてくれるかなぁ……」
「どうだか。あの人も大概変人の部類に入るから、もしかすると興奮のあまり持ってくるのを忘れるかもしれない。その場合、僕がずっと君を離さないから安心して」
「安心とは……?あ、タキオンさんが来たみたい。手に何か持って……あ、上着!ほっ……良かった!良かったァーッ!」
デジたんの目線の先には、こちらに向かって歩いてくる人影があった。白衣を着ているせいで、薄ら積もった雪に紛れて見えにくい……はずなのだが、なぜかその人影はケミカルブルーに発光しているので、すぐに見つけられた。
「やあ。デジタル君、上着を持ってきてやったよ。私の気遣いに感謝したまえ」
「タキオンしゃぁんッ!ありがとうございますッ!」
素早い動きで僕の腕から脱出するデジたん。
「なんだよ、そんなに僕に抱かれるのが嫌?」
「あっいやそのこれはちがくて!えっとぉ!ちょっとこれ以上は耐えられない……というか、まあ、尊みの過剰摂取になるというか……」
「あぁ、なるほど。……ところでタキオンさん。なんでそんな見るだけで不安になる光を纏ってるんですか?」
「ああ、これはね。先日作った薬品の効果さ。その辺をうろついていた手頃な人間で実験したところ、太陽のように眩しく発光し、穴という穴から煙を吹き出しながら『内臓が燃えるように熱い、死にたくない』と言っていた。だが、ウマ娘である私の薬剤耐性ならば、むしろ恩恵を受けられると思ってね。飲んでみるとこの通り、カイロいらずさ!君らも使ってみるかい?」
「遠慮しときます」
名も知らぬトレーナーさんに合掌。
「さあっ!そんなことよりも!だよ!とりあえずコースを一周してきてくれ!一刻も早くデータを取りたくてたまらないんだ!」
「分かりました。ダートでいいですか?」
「ああ。好きに走ってくれたまえ」
雪は未だしんしんと降り続け、止む気配を見せない。一歩進むたびに、足元からキュッと小気味良い音がする。深呼吸をすると、肺に刺すような空気が流れ込んでくるが、オーバーヒートを防ぐためにはこのくらいがちょうどいい。
……ところで、てっきりこんな日に走るウマ娘は僕くらいだろうと思っていたのだが、コースに積もった雪には足跡が浮かんでいる。頭のおかしい先駆者がいたようだ。
「オ、オロールちゃんの体に当たった雪が、瞬時に湯気に……!なんかオーラみたいになってる!?」
体内のギアを一段階上げると、いよいよ熱くなってきた。ここまでくると、僕の身体に排気管が備わっていないのが不思議でならない。
「準備はいいかい?それでは計測を始めよう。よーい……スタートッ!」
タキオンさんの言葉を頭で理解するより先に、勢いよく脚が飛び出した。
スタートは好調だ。薄ら積もった雪は、かえって僕の足取りを確かなものとしてくれる。何より、タキオン印の脱法ドラッ……おクスリのおかげで、今の僕は超強化状態だ。もしかすると、今までで最もクオリティの高い走りが出せるかもしれない。
「……スゥ」
空冷システム、順調に稼働中。なんてね。
こんなことを考えている間にも、体中を巡る酸素の動きが把握できる。
キックキックトントン、なんて生優しい音じゃなく、ドーン、ドーンと、一歩踏みしめるたびに爆発が起こっている。
「…………!」
そして、その時は訪れた。
固有スキ……
雪景色から、真っ白な世界へ。
前回と違い、僕はその世界に数十秒以上留まることができた。そして理解した。
そこにあったのは、白一色の世界ではない。数えきれないほどの星が、様々な輝きを放っていたのだ。
ありとあらゆる色のまばゆい星の輝きが混ざり合っている。その中に、ひときわ輝くものがあった。僕は自然とその光に近づこうとするが、あと一歩のところでその星は逃げ出した。
けど、僕はその光が
「……ぉーい、オロール君!ストップ!ストーップ!もう検証は十分だよ!」
ダメだ、あと一歩なんだ、あと一歩近づければ……!
「オロールちゃーん!もう止まって大丈夫だよ!」
「ンンンオッケーィッ!!!止まるッ!!!」
瞬間、脚のベクトルを180度転換し、全力でブレーキングする。
「ほわっ!?まさかのスライドブレーキッ!?」
「ほう、どこかで見たことがあるような動きだね。確か、赤いバイクに乗った少年がやっていたような……」
激しい運動後の直後にいきなり止まるのは、心臓や筋肉に大きな負担をかけるためよろしくない。のだが、僕は今デジたんを目で見て、声を聞き、匂いを感じ、心で愛でている。よって肉体が最高潮の興奮状態、つまり全力疾走時と同じ状態に保たれているため問題はない。これもウマ娘の神秘だ、多分。
「か、完全に強キャラだ……!土煙と湯気の中から出てくる感じがもう、強キャラだ……!」
「ホント?じゃあデジたん、僕に惚れた?」
「……っ」
「あっはっはっはっは!すごいじゃないか、加湿器いらずだよ!……コホン、とりあえず、かなり良いデータが得られた。君の協力に感謝するよ」
「いえ、こちらこそお礼を言いたいです。なんというか、新しい感覚が掴めました」
僕の体験したアレが果たして
「それじゃあ私は早速、得たデータをもとに新たな研究へ取り掛かろうと思う。……あ、最後にひとつだけ。実はこのおクスリにはちょっとした欠点があってね」
「……は?マジですか?」
てっきり、自我を保てなくなる可能性があるだけかと思っていたのだが。そして、僕はそれを克服したはずなのだが。まさか、他にも?
「前回の反省をもとに効果を倍増させた結果、服用すると効果時間中は常人離れした能力を発揮できる。しかし効果が切れると、あり得ないほどの疲労が襲ってくる。具体的には、そうだな。瀕死になると言っても差し支えはない」
「……ゑ?」
「ははっ、先に伝えておくべきだったかもねぇ。いや、しかし!どんなものにも欠点はある!だからこそ美しいのさ!欠点がなければ美しさも存在し得ない!というわけだから。それじゃデジタル君。念のため彼女の側にいてやってくれたまえ。いつもそうしてるだろう?それじゃあ、私はこれで!」
「えっあっちょ、タキオンしゃぁーんッ!?」
……なんだ?
つまり、ぼくは、これから、すごく疲れて……?
ねむい。
いや、ここで寝るのはマズ……イ……。
ああ、でも。
デジたんもいるし、いっかぁ……。
「あ゛ッ!?オロールちゃぁぁぁあんッ!?ちょ、目を閉じないでッ!?こんなところで寝たら死んじゃうから!?」
あったかいなあ。
こころ、あったまるなぁ。
「……デジ……たん、あり、が、と……」
「うぉお゛おお゛ッ!?逝くなあぁーぁッ!?」
ウマ娘の体温って人間よりも高そうですよね。
湯気を出すデジたん……ア゛ッッッッ!!
作者は数学の最低点数が4点、さらには理系に対し常々八つ当たりしている救いようのないバカなので、タキオンのおクスリの描写がクッッッッッソ適当になっておりますがご容赦ください。
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「お前ってさぁ……やっぱ、生き物ではあるんだよな。一応」
僕が朝食のパンを口にしようとした途端、ゴルシちゃんがいきなり口にした言葉だ。とても失礼なことを言われた気がする。
「何だよその言い方。まるで僕が生き物でないことが前提になってるみたいな……」
「ま、普段のお前を見てると何か生命に対する激しい冒涜を感じざるを得ないっつーか。それでも、やっぱし生き物なんだよなぁ。一応」
一応ですか、さいですか。いや一応て。
「ねぇデジたん?君なら僕のことよーく知ってるでしょ?僕は紛れもなく生きてて、ここにいる。そうだよね?」
「へっ!?あ、うん、それは……オロールちゃんは、その、可愛くて、尊くて、えーっと、触れるとあったかくて……」
「なあなあ、お前ら。どこまでいった?年末年始はお楽しみだったっつーことかよ?どこまでいく気だよ?二人ともまだ中学生だよなぁ?」
「愛にッ!年齢など関係ないッ!大人になっても、シワが増えても、生まれ変わって赤ちゃんになっても!クマムシに転生してクリプトビオシス状態になったとしても!僕はッ!愛をやめないッ!」
「うるっせぇなおい。で、結局いくとこまでいったってことでいいんだな?」
「そう解釈してもらって構わないよ」
デジたんが異論を唱えないということはつまりそういうことだ。
「っと、話が脱線した。アタシが言いたいのはつまり、お前にも体力の限界ってあったんだなっつーことだよ。生き物の範疇には収まってたわけだ。一応」
「そりゃもちろん。まあ、愛は無限大だけどね」
「やかましいわ。……いや、さすがに驚いたぜ。デジタルが気ィ失ったお前を抱えて部屋に飛び込んできたんだからな。それだけならまだしも、口から蛍光レインボーカラーの涎が垂れてたもんだからよ。アタシは感じたぜ、原始的な本能から来る、いわゆる底の知れない恐怖ってやつを」
「えっ?涎?レインボー?ちょっと待ってなにそれ初耳なんだけど僕の涎そんなエッグいことになってたの?」
「ああ、ついでに言うと、白目むいてめっちゃくちゃ痙攣してた。尻尾なんかもうやばかったぜ。うまく使えば掃除が一瞬で終わるレベル」
「…………」
それはもはや化学薬品どうこうではなく、黒魔術かなにかの域じゃないのか。まったくタキオンさんはとんでもないものを作ってくれたらしい。
「……あの後、タキオンさんに聞いてみたんだけど。『おクスリが最後まで正常に作用した証だ。ちなみに私も飲んでみたが、気がつくと研究資料の端っこが虹色に輝いていたのが面白かった』って。……だから、その。安心?」
うわぁ、やっぱり頭おかしいよあの人。
それとデジたんの声真似が上手すぎる。どのくらいかって、そりゃあ著作権に引っかかるくらい。
「なんにせよ、もう大丈夫なんだよな?しっかし、まさか一日中寝たきりになるとはよ。トレーナーにお前の様子をありのまま伝えた時はすごかったぜ。驚きと心配と呆れが混ざったみてーな顔してたぜ、ホント」
「そりゃ残念、見たかったなぁ。……とりあえず、今日は昨日の分もトレーニングしなきゃ!」
「おう、頑張れ。ついでにひとつ聞いていいか。お前ってよ……そんな飯食う方だっけ?」
ゴルシちゃんが指差す先にあるのは、ロールパンが十個に、にんじん五本、シーザーサラダにベーコンエッグ、にんじんハンバーグ、にんじんハンバーグ、にんじんハンバーグ、ミネストローネ……あれ、多いな?まるでどこぞのお米さんみたいだ。
「心の赴くまま取った結果こうなった。ほら、昨日は何も食べてないわけだし……」
「いや、そのレベルじゃねぇだろこの量」
「オロールちゃん。タキオンさんは『体によくないとは重々承知していたのだがね。それでも、角砂糖をそのまま食べることがやめられなかった』って。つまり、そういうことかと思われ……」
なるほど。
なんて物を作ってるんだよあの人は。
「……あ、まだ食べ足りないかも」
「ウッソだろお前」
◆
「んなバカなッ!?腹が……出てねぇっ!?」
「何の話さ、ゴルシちゃん」
「や、だってよ、お前すげー食べてたじゃん。朝も昼も、オグリの3分の1くらいは食ってたぜ。それなのに、胃袋が膨れた様子もねぇ……お前ホントに生き物か?」
「当たり前じゃないか。ほら、あれだよ……代謝が良いんだ。多分」
とはいえ、実はまだ食べ足りない。時間がなかったので食事を終えざるを得なかった。何か、生命活動に必要な栄養素が著しく不足している気がする。実際問題、デジタニウムでも賄いきれない。くそ、精進せねば。
「まさか、お前まだ食べ足りないのか?さすがにヤバいんじゃないか、もうすぐトレーニングだってのに」
「ふふっ……さっきランチを食べ終えたあとも腹の虫が治らなくてね。炭酸でゴリ押ししたり、いっそ開き直って罪深い料理を作って食べたりしてみたんだけど、結局ダメだった」
「罪深い料理て。参考までに聞くが、いったいどんなブツを……?」
「スライスチーズとかピザソースとかマヨネーズとか、その他とにかくカロリー過多ってる調味料を手当たり次第ブチ込んだ容器をレンチンして……飲んだ」
「紛うことなき罪人じゃねーかお前。つかそれを料理って呼ぶな、冒涜だぞ」
けど、すっごく美味しかったなぁ……。なぜかは分からないが、長年の夢が叶ったような高揚感があった。あの背徳感の味は最高のトッピングだ、忘れられない。二度とやるつもりはないが、あの味は皆が人生で一度は経験してみるべきだと思う。
「タキオンの薬が原因なんだよな?ならよ、アイツを問い詰めれば……」
「そのタキオンさんも、こればっかりはどうしようもないみたいだよ。それに、あの人は今頃角砂糖を貪りながら研究室に閉じこもってる。会いに行ったら間違いなく死よりも恐ろしい結末を迎えることになる」
「この学園でまともなのはアタシだけかよ!?」
ゴルシちゃんがまともかどうかよりもウン百倍切羽詰まった問題がある。それは僕の腹の虫だ。デジタニウムと一緒に摂取することでより栄養の吸収効率が上がるのだが、肝心のデジたんはまだ部室に来ていない。
その時、部室のドアが開き、室内に光が差した。
「話は聞いたぜっ、同志ッ!!」
「その声はッ……デジたんッ!」
「YES I AM!」
後光を一身に纏ったその姿が、僕には救世主のように思えてならなかった。
「ようデジタル。その手に持ってるのはなんだよ?何か買ったのか?」
「あ、これですか?……ふふふ、これは凝縮されし大地の恵みッ!すなわち、はちみー!オロールちゃんが全然食べ足りない様子だったので、さっき買ってきました!もちろん、硬め濃いめ多めです!」
「……ッ!」
「おいコイツ泣いてるぞ。こりゃ重症だな」
今の僕には、デジたんが何物よりも輝いて見える。溢れ出すこの気持ちを伝えるのに、言葉では不十分だ。
「うぅっ……!うあぁぁぁぁあっ!」
涙を拭わず、デジたんに抱きついたことで、僕の心は満たされた。
「のわぁっ!?ちょっ、そんなに限界だったの!?えっと、とりあえず、ハイ。はちみーをどうぞ……」
「ありがとう……」
彼女の腕の中でストローを咥える。次の瞬間、ずちゅるるる、と、悍ましい音が部屋中に鳴り響いた。
「お前、いろいろ啜りすぎだろ。もーちっとキレイに飲んでくれ。そんなんじゃファンつかねぇぞ」
ずぢゅるるる、ぢゅっ、ぐすん。
「あぁ……ごめん。でもファンについては心配いらないよ。だって、あれだよね?君の言うファンってのは、雑食性の性癖モンスターのことを言ってるんだよね?」
「お前は何を言っているんだ」
デジたんの配信のコメント欄は魔境だった。デジたんの配信は、末期のヲタクがさらなる推し情報を求めて集う場所なのだが、忘れてはいけないのは、僕らもウマ娘であるということ。僕とデジたんに向けられる一部の目は、隙間の隙間から這い出てきたような性癖のオンパレード。配信時間中ずっとヒザ裏を見せてくれとせびる紳士などまだ優しい方だ。
「ぷっはー……。すごいねコレ、モロ原液だよ。でも、おかげで助かった。ありがとうデジたん」
「いやぁ、それほどでも……んむっ!?」
幸せは皆で分かち合おう。美味しいものは皆で食べるともっと美味しい。まあ、つまり、抑えきれない衝動に身を任せてみた。やったことといえば、ただのおすそ分けである。俗に口移し、キスともいう。
「なあなあ、ゴルシちゃんも同じ部屋にいるんだぜ?さっきからずーっと、いるんだぜ……?」
蜂蜜のようにどろりとした心を、彼女に流し込む。流し込み続ける。しかし、火山から湧き出る甘い溶岩は、一向に止まる様子を見せない。
「……あ!トレーナー!やっと来やがったな!丁度いい、早くアイツらをどうにかしてくれ!頭がどうにかなりそうなんだよ!」
デジたんが目を閉じたのは、恥ずかしいから?それとも、僕だけを感じていたいから?ちなみに、僕の目はもともとデジたんしか映らないので、彼女の表情はしっかりと記憶に残せる。
「え、何?ムリ?オイオイ、大の大人がムリって言うこたねぇだろ、つかトレーナーなんだろ?担当ウマ娘であるアタシの悩みくらいはちゃちゃっと解決してくれ!……ッ!オイお前、まさか……そっか、お前も男だもんな。まあ、その気持ちは分からんでもな……いやねぇよ!分かってたまるか!早く!どうにかしてくれ!」
結局のところ、最終的に僕を支配するのは、溺れるような快感である。今でこそなんとか考える頭を保ってはいるが、おそらくあと数秒もすれば僕の脳内は快感で埋めつくされてキモチイイキモチイイキモチイイキモチイイキモチイイ。
「オイお前ら、仲が良いのは良いことだそれは否定しねぇだがなぁTPOを弁えろって話だOK?OK!?分かるよなぁ!?アタシの言ってること!?」
「しょうがないにゃあ……」
「しょうがなくねぇ。お前がおかしいんだぞ?」
しょうがない。デジたんが帰……還ってくるまでは、僕も自重しよう。
そして、いつのまにか室内にいたトレーナーさんが、赤らんだ頬を誤魔化すように咳払いをした。
「ゴホン……済んだか?今日のトレーニングの話をしたいんだが……って、まだ三人来てないのか」
ウオスカとマックイーンがまだ来ていない。あとデジたんもまだ還ってきてない。
「すぐ来んじゃね?噂をすればなんとやらって言うしよー」
「……ハァッ!?ま、まだ口の中が甘い……」
なるほどゴルシちゃんの言う通り。デジたんは帰還し、三人分の足音が外から聞こえてきた。さほど間を置かずドアが開く。
「よう!あれ?オロール何飲んでんの?」
「あら、それ、はちみー?そういえば、学校の前によく販売車が停まってるけど、まだ飲んだことないのよねアタシ……」
「こ゛っ……ご機嫌、ようっ」
ドアの向こうにいたのはやはり件の三人、皆一様に僕の持つはちみーへと視線を向けた。のだが、マックイーンの様子がおかしい。
「……んん?オイオイ、メジロマックイーンさんよぉ……もしかして、太った?」
「ッ!?ぐっ……こっ、この……ッ!こ、根拠のないことを!はっ倒しますわよ!?」
「めーっちゃ動揺しちゃってるじゃねーか。もうそれが根拠だよ」
マックイーンの顔はすっかり真っ赤だ。しかし実際見てみると、確かにモチモチ度が若干増している。
「うーん……ウエストが5mmくらい増えた?それくらいならトレーニングでなんとかなりそうだけど……」
「オロールちゃぁんッ!?真実を伝えるのは残酷すぎるよ……!」
「見たところ、1kg弱増ってとこか?まあ、体重を完璧に管理することは難しい。ましてやマックイーンの場合、体質も相まって尚更だ。しかし、だからこそアスリートとしての自覚を持って、より一層己を戒めなきゃあ……」
「あああぁもうっ!?やっぱりこうなると思ってましたのよ!あなた方にはデリカシーというものが存在しないのですかッ!?」
怒られちゃった。いや、しかし、トレーナーさんの言う通りだと僕は思う。マックイーンはこの残酷な真実を受け止める必要がある。
「はぁ……なんなんですの。特にゴールドシップ、貴女さっきから随分と失礼な態度ですわね?私が悩む姿はそんなに滑稽ですか?」
「や、なんつーか……。可哀想だなって。ほら、そんだけスイーツを食べても栄養がいっぺんたりとも胸に行かないなんてよォゴッファッッ!?」
「どれだけ私をバカにすれば気が済むのですかッ!?命が惜しかったらとっとと黙りやがれですわ!」
おそらく、人間がまともに食らったら確実に首が吹っ飛ぶ威力のラリアットを、マックイーンは平然とゴルシちゃんにぶっ放した。なるほど、これがメジロのお嬢様か。上品だなぁ。
「あの技カッケェな。後で教えてもらお……」
「ウオッカ、多分ムリよ。あの技はきっと本能で繰り出してるから」
本能として戦闘技能が備わっているのか?さすがメジロのお嬢様……いや、お嬢。
と、トレーナーさんがいきなりポンと手を叩く。
「そうだっ!いいことを思いついた!」
「いきなりなんです?随分と自信満々ですね」
トレーナーさんのくせに。
「他人事みたいな顔してるが、お前にも協力してもらうぞオロール。いや、お前やデジタルがいるからこそ実現可能なアイデアだ!」
「へっ?あたしですかっ?」
「ああ!お前らの対ウマ娘観察眼を見込んでの提案だ!チームメイトの微細なコンディションの変化にも目ざとく気づくお前らにしかできない役目がある!今日よりオロールフリゲート、アグネスデジタルの二名を、チームスピカ健康大臣に任命する!」
「なんですかそのビミョーに胡散臭い役職名。もっとマシなのなかったんですか?」
「お、おう……結構イイ名前だと思ったんだが……そ、そんなはっきり言わなくてもいいだろ……?」
あんまり効果のない健康食品を「今ならお値段なんと驚きの〜……」とか言って紹介する人みたいだ。健康大臣。
「トッ、トレーナーさん!それで、あたしは何をすれば……!」
「うぇえ?デジたん、もしかして乗り気?」
「当たり前だよ!ウマ娘ちゃんの健康をこの手で守れるなんて!断る理由が見つからないっ!」
デジたんがそこまで言うのなら、僕も承諾せざるを得ない。
「つっても、仰々しく言ってみただけで、とくに何かやってくれ〜ってわけじゃない。今みたいに、チームメイトの不調に気づいたら俺に報告してくれ。あと、俺が思うに、オロール。お前アレだろ?チームメイトのここ数日の身体データくらいは頭に入ってるんだろ?」
「そりゃ、まあ。特にデジたんのデータなら、何もかも把握してますけど……」
体重、体脂肪率はおろか、心拍数その他もろもろ、とにかくデジたんのことなら大抵は把握済みだ。
「俺だって、担当ウマ娘のことなら誰にも負けない自信はある。だがな……人間一人の力じゃ、限界もある。そこで、お前ら変態の力を存分に振るってほしい。頼めるか?」
「お任せくださいッ!ウマ娘ちゃんのためならば、このデジたん、心身尽き果てるまで働く所存でございますのでッ!」
「デジたん?そういうこと言わない。君だってウマ娘なんだからさ。というかもし君が自分のことをぞんざいに扱うんなら、僕は君を監禁して一生安全な場所に匿うことも辞さない所存だから」
「ヒェッ!?あ……は、ハイ……」
最近は自分の尊さを自覚しつつあると思っていたが、どうやらまだまだのようだ。
デジたんがヲタ活をしているときの姿は、僕から見ればそれはそれは美しく尊いものだ。僕がそれを止める権利はないし、止めるつもりもない。しかし、そのせいで彼女が体調を崩してしまうなんてことがあれば、黙ってはいられない。
「じゃあ、よろしく頼むぜ、健康大臣」
「ハイッ!謹んで承りますッ!」
「まあ、分かりました。そのネーミングセンスさえどうにかしてくれたら、文句なかったんですけどね」
「なんだよ、そんなに嫌か?じゃあ逆に、お前らはどんなアイデアがある?」
うーむ、いきなり言われると難しい。未だに寝技勝負を繰り広げているゴルシちゃんとマックイーンを尻目に、四人のウマ娘が首をかしげる。
「じゃあ、ヘルスキーパーとかどうよ?なんかカッケーじゃん!」
「ウオッカ。それもうあるから。そういう仕事あるから。却下よ却下」
「うぐっ……そんなら、治癒士とか……」
「ハァ?ダッサ、何よそれ、ガキじゃあるまいし」
「ガッ……テメェ、そんなに言うなら、自分はさぞかしいいアイデアがあるんだろーなァ?」
「えっ、アタシ?そりゃ、もちろん……えーっと、こんなのどうかしら?ヘルス……ケアラー……」
ウオッカのと比べても遜色ないな。
「あの、やっぱり健康大臣のままでもいいのでは……?」
「うん、デジたんの言う通りだ……」
非常にシンプルかつ、程よいユーモア。何より他の選択肢がそこそこ絶望的。
「決まりだな、健康大臣」
決まってしまった、健康大臣。
ふと、芦毛二人の方を見やると、ちょうどお嬢がゴルシちゃんに文字通り一泡吹かせているところだった。
「ハァッ……ハァッ……!フゥ……それで、皆様、なんの話をしておりましたの?」
「あぁ、マックイーン。その、なんだ……。とりあえず、今日から食事メニューは俺の方で厳しく管理しようかと思ってる。そちら、健康大臣のオロールとデジタルだ。二人の協力のもと、理想的な体重をキープできるよう頑張っていこうな。スイーツの量も……場合によっては調整する」
瞬間、まるで幽霊にでも取り憑かれたかのように、マックイーンの顔はどんどんと青褪めていった。
「あ、あ……あんまりですわぁぁぁあ!」
「ちょっ、マ゛ッ……クイーン!叩くな、叩くな!痛ってぇ!」
命綱を切られたような悲壮な叫びが、部屋中にこだまする。そして、その身を感情に任せ、トレーナーさんの胸元をドンドンと叩き始めるマックイーン。ポカポカ、なんて生易しい音ではない。
「……もしかして、トレーナーが一番健康的だったりするのかな?」
「あり得る……ウマ娘ちゃんの強烈な打撃を受けて立っていられるなんて……もしや、鋼鉄の筋肉の持ち主?」
かくして、妙な役職を任されたはいいが、それよりもトレーナーさんのマッスルがいかほどか、気になる僕らなのであった。
沖野Tは強い(確信)
銃弾だって弾けるはず(確信)
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譲れないヤツら
二月の半ば、旧い暦ではもう春に当たるが、まだまだ空気は冷たい。
というか気温の話などどうでもいい。ここ部室にはコタツが備え付けられているし、トレーニングの際も走っていれば身体が温まるので、我らスピカに死角はない。重要なのは、二月ももう半ばであることだ。28の半分だ。つまりそういうことだ。
「オロールちゃん、どうしたの?今日はトレーニングもお休みなのに、部室に呼び出すなんて」
デジたんに渡したいものがあったからだ。
ちなみにスピカの部室には鍵がない。いや、鍵自体は付いているのだが、普通に壊れている。まあそれはともかく。
「デジたんデジたんデジたん。今日は2月14日なわけだけど。もちろん、何の日か分かるよね?」
「ハッ、なるほど……?ふ、ふっふっふっ……ウマ娘ちゃんヲタを舐めてもらっちゃあ困る!あたしが覚えていないとでも……?」
「そうっ!今日は……!」
この星に存在する生きとし生けるもの、愛し愛されるものたちにとって、ほんのちょっぴり特別な日!
「バレンタインデー!」
「バレンタインステークス観戦……ほえっ?」
ちょっと待て。そんな純真無垢な顔で「ほえっ?」とか言うんじゃない。死人が出るぞ。主に僕。
「……聖人ウァレンティヌス殿に敬意を払い、僕は今日という日を愛のために捧げる。それで?デジたん。君は他の娘に目移りかい?」
よく考えなくても僕はいつも愛に生きている気がするが、まあそれはともかく。
「あ、あっはは……ちょっとした冗談だよ?ホントに、あの、だからその湿度120%の目はやめていただけると……」
「大丈夫。僕も冗談だよ。とりあえずデジたんには……愛を。ありったけのヤツをお見舞いしようと思ってるんだけど、受け取ってくれるよね?ね?」
日本のバレンタインにおける定番プレゼント、チョコレート。もちろん僕は手作りのものを用意した。
「あの、実はさっきから気になってたことがあって。何かおおよそ食べ物とは思えない大きさのプレゼントボックスがオロールちゃんの背後にあるけど、それって……」
「あ、やっぱ気になるよね。じゃ早速だけど、デジたん。これを受け取ってほしい。もちろん本命だよ?」
約1.5mほどもある箱だが、ウマ娘の力なら楽々持てる。僕特製の本命チョコを、感激で言葉も出ない様子のデジたんに渡す。
「ア……アァ……。い、いや!?何この大きさ!?こんなのウェディングケーキでしか見たことな……ッ」
いつも可愛いデジたんだが、恥じらいの表情は特にステキだ。自爆して羞恥心が限界に達した顔など、もう堪らない。
「えと……あり、がとう……」
「あーんもう大好き。恥じらいながらもお礼を言ってくれるとこホント好き。ちなみに箱の中身は小分けされたチョコやクッキーだから保存も利くよ。一個一個に僕手書きの愛のメッセージが書いてあるから、食べるときは常々それを意識してほしい。というか、僕以外のことを考えないで食べてほしい!」
「愛が想像の数万倍重いッ!?」
僕の愛は無限だ。たかが数万足そうが引こうが掛けようが割ろうが、それは決して変わらない。誰が僕を止める?いや、誰も止められない。
そうやってデジたんを愛でていると、ふと彼女が何か言いたそうにしている。僕が見つめ返すと、彼女はバッグから何かを取り出した。
「あの、アァあたしからも、その……。あって。その、バレンタイン!ハイッ、どうぞッ!」
「よっしゃああああああああああッ!」
うお、自分でも予想以上に野太い声が出た。
「よっ!しゃあぁああああああああ゛ッ!」
思わずもう一回叫んでしまった。
だって、仕方ないだろう。彼女が取り出したのは、明らかに手作りだと分かる、ハート型の箱に入れられたチョコだったのだから!すごいな、ハート型のチョコって本当に存在するのか。いや、もちろん僕も例の巨大箱に何十個か入れておいたが。
「家宝にする」
「腐るよ?」
「愛を込めて食べる」
「いや、込めたのはあたしのほ……ッスゥー。今のは忘れてくださいお願いします」
それはできない相談だ。デジたんの声は声紋レベルで覚えているので。というか、もしやデジたんは自分の可愛さをすでに自覚してらっしゃる?……うん、それはないだろうな。デジたんに限ってそんなことはない。だがしかし、今のはもはや狙っているとしか思えない尊さだった。
彼女の故意犯さながらの言動に僕が悶えていると、部室のドアが開いた。
「よっ、変態ども。こんな日に部室にいるとはご苦労なこった。つーかちょうどよかったな、トレーナーが昼飯奢ってくれるってよ」
「バッ、ゴルシ!お前……!」
「お前がエクストリームじゃんけんで負けたんだからしゃーねーだろ。潔く負けを認めろよ」
二人の間に何があったかは知らないが、とりあえずトレーナーさんが鼻血を出しているのは、おそらくエクストリームじゃんけんが原因だろう。しかし超人トレーナーさんの顔に傷をつけるとは、ゴルシちゃんも随分とハジけたらしいな。
「ちくしょう……あ、おい健康大臣。手当してくれないか、俺の鼻……普通に痛いんだ」
「え、あの、そのうち治るのでは……?」
デジたんが割とドライなことを言った。確かに、この人ならすぐに治るだろうから正論ではあるのだが。
「いやあ、可愛い愛馬に手当してもらえれば治りが早く……」
「死ねよオラッ!」
「ヘブゥンッッ!?」
宙を舞うトレーナー。突き出されたままの僕の脚。自分でもよく分からないうちに行動していたが、状況を見るに、僕がトレーナーさんの顔面にスピンキックを食らわせたことは確からしい。
「目にも止まらぬ速さの蹴り……あたしでなきゃ見逃してたね」
「お、おぉ……オロール、お前すげぇな。……いや違ぇ、トレーナーがすげぇんだ。なんで今ので生きてんだよ」
部室の壁に叩きつけられてなお虫のようにピクピクしているトレーナーさん。……申し訳ない。ついカッとなってしまった。だが、デジたんにそういう目を向けていいのは僕だけなのだ。そこは譲れない。
「クッソ、痛ぇ……!蹴り、今日、2回、目……」
「ごめんなさいトレーナーさん。ついつい脊髄反射で蹴っちゃいました」
「お、おう……活きがいい、ようで、何より……」
「手当は必要なさそうですね」
「あ、あぁ……あの、さっきの、あれ。軽い冗談、の、つもりだったから、……安心、しろ」
「あ、僕昼麺類がいいです」
「……お、う、……焼きそば、買ってやる」
やったあ。
「そういや、今日は……レース場、に、行こうと思ってるんだ。おハナさんとこの娘が出るから、少し様子を見たくてな。お前らも来るか?」
「今日開催されるバレンタインステークスに出場するチームリギルのウマ娘……。サイレンススズカさんですね!前年の秋天ではエアグルーヴさんと競り合い、続く香港では敗れてしまったものの、やはりいちウマ娘ちゃんヲタとしてその走りにロマンを感じざるを得ないというかッ!」
「解説ありがとうなデジタル。そう、そのサイレンススズカを見に行こうと思ってな。……おハナさんのリギルは、今んとこトレセン内で最強の名を欲しいままにしている。スズカもリギルの名に見合う実力は持ってるんだが、どうも少し心配でな……」
「ああ分かります分かります!自分語らせてもらってもいいですかね!?ハイ、リギルは多くのG1ウマ娘を輩出していますが、傾向として、定石をとことん突き詰めた『勝つレース』が得意なウマ娘ちゃんが多いみたいで!でも、スズカさんのレースを見ると、いわば一般的なレース論とはかけ離れた『大逃げ』……他のウマ娘ちゃんを置き去りにして自分だけのレースをする、ある意味で理想的な戦法に近い走りが向いているんじゃないかと!あたし思ってまして!アッすいませんつい興奮しちゃって……!ヲタクの性と言いますか……!」
その気持ち、分かるよ。
ヲタクの習性だ。僕もデジたんのことならば一生語っていられる自信がある。
「……トレーナー、アタシ先車行ってら」
ゴルシちゃんはクールに去っていった。
しかし、そうか。
サイレンススズカか。
「……トレーナーさん。今のデジたんの話、かなりイイトコ突いてましたよね?」
「そうだな。ホント、ウマ娘のことをよく見てるらしい。トレーナーに向いてるぞ」
「あたしがトレーナーですか……」
「デジたんがトレーナーになるなら僕はサブトレーナーになる。何が何でも君から離れるものか」
「おいおい、そう簡単に言うけどなぁ。トレーナーになるってのは狭き門なんだぞ?某大学に入学するよりも中央トレーナーに採用される方が難しいってレベルだ。……フッ、つまり、俺もけっこうスゴいワケ!」
「トレーナーさんでもトレーナーになれるんなら楽勝そうですね」
「ヒドイッ!?俺だってめちゃくちゃ頑張ったんだぞ!?」
彼が血の滲むような努力をしてきたことは分かっているつもりだ。しかし、仮にデジたんがトレーナーになるのだとしよう。実のところ、デジたんの成績は良い方だ。中学生にして哲学者の言葉を多々引用する教養の深さ。日々の奇行も成績優秀者であるため見逃されているフシがあるほどだ。何よりデジたんは完璧な存在なのでトレーナーになれないわけがない。
ちなみに、僕だって学業は順調である。中学生をやるのは2回目だ。だから未だスカーレットに学年一位の座を譲ったことはない。僕もけっこうスゴいのだ。これはただの自慢だ。
「とりあえず、ゴルシも行っちまったし……俺たちも行くか」
トレーナーさんの言葉を聞いて、僕は立ち上がる。
サイレンススズカを一目見るために。
◆
「あ、そうだゴルシちゃん。チョコあげる」
「お、マジ?センキュ……ってハート型かよ」
「そりゃ、僕の本命はデジたんさ。けど、だからといってゴルシちゃんを愛しちゃあダメなのかい?」
「もう何でもいいわ。チョコ美味そうだし」
大勢の観客でひしめく東京レース場。
パドックは興奮の坩堝と化していた。
「あ、トレーナーさんにも義理チョコありますよ。義理ですよ義理。義理義理」
「義理を強調するなよ……って、これ、ハート型……をくり抜いたあとの周りの部分か?」
「虚ろな愛ってことか……深ぇな。なかなかやるじゃねーのオロール」
「ありがとうゴルシちゃん。頑張って作った甲斐があった」
資源の有効活用ってやつだ。エコだなぁ僕。
「まあもらえるだけ喜ぶべきか……。そういやウオッカも今朝手作りのチョコをくれたが、スカーレットは麦チョコ一粒。マックイーンはいつのまにかバレンタイン限定スイーツ食べ歩きの旅に行っちまったし、ゴルシは……お前ホンット遠慮がねぇのな。まさかあんな笑顔で蹴られるとは思ってもみなかった」
「あの、トレーナーさん。あたしのチョコいります?ウマ娘ちゃんに献上する用と同じ、ただの市販品ですけど……」
「担当ウマ娘から貰えるものはなんだってありがたい。ドロップキック以外ならの話だが」
ドロップキックて。トレーナーさんが生存していることがつくづく不思議でならない。今日も既に二発ウマ娘の蹴りを食らったというのに、彼は平然としている。
「……っと、そろそろ来るか」
トレーナーさんの言葉に、不思議と身が引き締まる気がした。
『注目の1番人気!12番、サイレンススズカ!』
サイレンススズカ。
ウマ娘アニメ一期における、もう一人の主人公。
先頭を譲らない、異次元の逃亡者。
『良い仕上がりですね。期待以上の走りを見せてくれそうです』
「スズカのヤツ、もう本格化したみたいだな。今までとは体付きが違う。ありゃあ、とんでもないウマ娘だ……」
「そうみたいですね。胸部装甲は残念ながら強化されなかったようですが」
おっと、つい口走ってしまった。
……待て、今サイレンススズカがこちらを睨んだような気がする。ウソでしょ?パドックからは10m以上離れている上、観客の歓声で隣にいる人の声すら満足に聞こえないほどなのに。
「……さて、ちょっと行ってくるわ」
「お?どこ行くんだよトレーナー?」
「地下バ道。スズカとは知らない仲じゃないし、ひとつ声でもかけてやろうかと思ってな。んじゃ、後でな〜」
ひらひらと手を振りながら、トレーナーさんは人混みをかき分けて行ってしまった。
パドックでは、当のウマ娘が舞台裏へと戻っていくところだった。
「秋天より200m短い今回のレース……本格化を迎え体力が成長したサイレンススズカさんが自分のレースを貫き通せるのならば勝機は十分……いや、圧倒的なレースになる可能性もある」
「どうしたの急に」
とはいえ、このレースの結果が僕の知る通りのものならば、サイレンススズカは間違いなく勝利する。
なんと言っても、アニメ一期の主人公であるスペシャルウィークが、サイレンススズカに憧れるきっかけとなったレースなのだから。
……サイレンススズカ。
この名を聞いたときから、僕の心はずっとざわついていた。
骨折、というものは、競争ウマ娘にとって致命的なケガだ。治療に時間がかかる上、後遺症などが発生する場合もあるのだ。骨折によって引退を余儀なくされたウマ娘は大勢いる。
そもそも、レース中のウマ娘の速度は70km近くまで達する。仮に何らかの要因で転倒した場合、それだけで命に関わる。
サイレンススズカの骨折は、確かに悲劇だ。しかし、一年間のリハビリを経て、
悲劇。そして奇跡。
それが人々の心を揺さぶった。
……僕はどうすべきだろうか。
なーんて。何も悩む必要はない。
僕はデジたんの笑顔が好きだ。ずっと笑顔でいてほしい。だから、ウマ娘ちゃんたちが悲劇に見舞われぬよう、いつまでも夢を追い続けられるよう、デジたんと共にサポートするだけだ。
僕は欲深い。自分の欲望には忠実なんだ。
「……あ゛」
「どうしたのオロールちゃん」
「あぁ、いや、何でもないよ……」
ふと思ったのだが、この後トレーナーさんはスペシャルウィークと初遭遇するわけだ。そして、ふくらはぎをお触りして、思いっきり顔面を蹴り飛ばされる。
率直に言って、大丈夫だろうか?
さすがのトレーナーさんもウマ娘の蹴りを1日3発食らうのはキツいのではないだろうか。
……いや、大丈夫だろう。まったくもって。
沖野Tのまぶたの圧力でダイヤモンド作れるぜって言われたらギリ信じます。
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スピカ式勧誘メソッド
いや〜映画っていいものです(ry
そんなわけで、アニメの内容はちょっとうろ覚えですが許してつかぁさい。また見直してきます。
「聞けぇお前ら!」
部室に入って開口一番、威勢よくそう言うトレーナーさん。
「あ?んだよいきなり……って、後ろ誰だ?」
「ああ、紹介しよう!今日付けでこのスピカに加入する、新メンバーのサイレンススズカだッ!」
「新メンバー……って、ええぇっ!?だって、スズカさんはチームリギルの……!」
デジたんの驚きようも分かる。普通ならば、当代最強のリギルから、スピカとかいう組対のマーク対象になってそうなヤベェチームに移籍するウマ娘などまずいない。
「おい、見損なったぜ、トレーナー。とうとう一線を越えやがったな……!いったいどんな手を使った……!」
「違ぇよ!?これには深ーいワケがあんの!とりあえず、スズカ。自己紹介よろしく!」
「……サイレンススズカです。よろしくお願いします」
クールで儚げな雰囲気を纏った声。
必要最低限の情報だけを口にする彼女は、何も知らない人からすればさぞかしミステリアスに見えることだろう。
しかしその実態はただの天然。走ることしか考えていない。そりゃあ、ウマ娘は皆走るのが好きだ。だが彼女のソレは度を越えている。
「それじゃあ、あの、トレーナーさん。少し走ってきてもいいですか……?」
「スズカ?流石に展開が早いぞ?大分掛かってるな。まだ入ったばかりだし、手続きやら何やら、それに俺もいろいろと話したいことがある。だから今すぐ走るのはムリだ。……ゴメンな?」
ほれ見ろ。
耳がシュンってなっちゃった。
「ふーん……なんとなく読めたぜトレーナー。おハナさんと仲良くやってるみてぇじゃねーの」
「言い方ァ!そんな生々しい関係じゃねーから!」
「トレ×トレ……。ウマ娘ちゃんが介入する余地はないように思えるが、しかし中央のトレーナーともなればプライベートに担当ウマ娘との関係が絡んでくるのもまた事実。つまり、トレ×トレでしか得られないウマ娘ちゃん成分もまた存在する……!?コレ、けっこうアリでは……?」
デジたんが新境地に達した。
だが、その気持ちは分かる。今回の例で言うと、うちのトレーナーさんはおハナさんからサイレンススズカを託されたわけだが、彼らの何とも言い難い距離感や信頼の間で揺れ動くウマ娘の想いが、尊くないわけがない。
「んで、スズカさんよぉ。なんでリギルからわざわざウチに移ってきたわけ?」
「えっと、走りたかったから……?」
「あー、つまりだ。おハナさんとこって、ほら、ケッコー厳しいだろ?けどよ、このサイレンススズカの真の力を引き出すには、自由主義なトレーナーこと俺がいるスピカの方が良いんじゃないか……って話をおハナさんとしたワケ」
「ほーん……」
ゴルシちゃんは部屋に居るウマ娘たちを一回り眺めたあと、納得した表情で口を開いた。
「つまりクセの強いヤツら担当のスピカに、例のごとくお鉢が回ってきたわけだ」
「おまっ、ゴルシ……スズカは良い娘だぞ。お淑やかで落ち着きがあって、どこぞの鼻にカラシ詰めてくる芦毛とは大違いだ」
「いや、ありゃあ……ちょっとした冗談だろ」
ゴルシちゃんは一応良識を持っている。そのため、生命に危険が及ぶようなイタズラはしない。それはつまり、トレーナーさんは鼻にカラシを詰め込まれても問題ないということを示している。彼は本当に地球人なのか?僕は恐ろしくなってきた。
「というか、もう一つ話したいことがあるんだ!」
トレーナーさんが続けて言う。
「今日、リギルの選抜レースがあるのを知ってるか?学園最強のチームに入りたがるウマ娘は多い。だからレースへの注目も大きい。他のトレーナーもリギルのおこぼれを狙って見にくるほどだ。磨けば光る才能を持ってるウマ娘が山ほど集まるからな」
ふむ、なんとなく話が見えてきたぞ。
「……そ、こ、で、だ!」
トレーナーさんが一枚の紙を取り出した。
そこには、僕の予想通り、スペシャルウィークについての情報が書かれていた。
「今回のターゲットはコイツだ。名前はスペシャルウィーク。つい先日、北海道よりこの中央トレセンに転入してきたウマ娘。なかなか光るものを持ってるヤツだ。だが逆に言えば、磨かなければ光らない。今日のリギルの選抜レースに出走するらしい。もし一着になっておハナさんとこに行くんなら、それはそれで構わない。が、惜しくも選抜されなかった場合……手段は問わない、やれ」
「ラジャ。っし、いつもの手でいくぞ」
「了解だよゴルシちゃん。サングラスとマスクを用意しておこう」
「……犯罪紛いのことに小慣れすぎでは?」
そこは気にするなデジたん。
ディス•イズ•スピカだ。
「ところでさ。コレって拉致だよな」
「違うわよウオッカ。ただの勧誘よ」
「被害者からすると拉致以外の何物でもありませんでしてよ」
「……そういや、俺らも元々拉致られてスピカに入ったよなぁ」
「そういえばそうね。……メンバーの半分が拉致られてチームに加入したって、冷静に考えるとスゴいわね」
さあ!今日も元気に勧誘しよう!
◆
「トレセン学園のコースにはこれといったクセがなく、そのため日頃の努力に基づいた基礎能力がモノを言う。それを才能のみで走り抜けられるのなら、そのウマ娘は稀代の天才だと言わざるを得ない」
「どうしたの急に」
選抜レースの結果は、怪鳥エルコンドルパサーが一着。原作との相違はなかった。ターフを眺めながら、僕らはちょっとしたヲタ談義に花を咲かせていた。
「あのスペシャルウィークさんという方、中央に来て日も浅いのに、猛者揃いのリギル選抜レースで二着とは……。トレーナーさんが目をつけるのも納得だよ」
「バレンタインステークスの時から目をつけてたらしいし。……というか、ウララちゃんが可愛いんだけど」
「えっと、ウララちゃんはどこに……ッスゥゥーッ!何アレ、尊っ……!」
丁度レースが終わり、今はウララちゃんが「疲れたぁー!」をやってるところだ。なんだろう、彼女を見ていると心が安らぐ。
レースに負けても嫌な顔を一切せず、ひたむきに笑顔を届けてくれる彼女に魅了された人が多いのも頷ける。確かに、走る才能はないかもしれない。しかし競馬と違って賭けの発生しない競走ウマ娘の界隈では、オーディエンスを楽しませることこそが、競走ウマ娘にとっての最も重要な項目だ。だから、その愛嬌でもって多くのファンを獲得できるウララちゃんの魅力は、ある意味でとんでもない才能だ。
中央を
「そういえば、デジたんとウララちゃんってけっこう似てる」
「確かに、背格好や髪色はあたしとほとんど同じだね」
ウララちゃんは……ロリだ。誰がなんと言おうとロリだと僕は思う。そして低身長、ピンク髪、明朗快活……デジたんとの共通点はかなり多い。
「デジたんはロリだった……?」
そして僕はロリコンだったのか?
「ロリちゃうッ!?!」
うーん、難問だ。
精神面で言えば、確かにロリではないかもしれない。だが、デジたんはどう考えてもロリとしか思えないような私服を持っている。それがまた似合うのだから、やはりロリなのだろうか。
「冷静に考えてみてよ。こんなに心の薄汚れたロリはいないよ!いや、あたしだって、常々ヲタクの自分を誇れるように生きてるけど、それはロリとはまた違った……」
「そっか。デジたんはデジたんだった。ロリ、美少女、ヲタク、天才、その他諸々の萌えポイントを包括した究極の存在!」
「あ、あぁー……せめてロリ扱いはご勘弁を」
結論、デジたんは可愛い。
「さて、と。あとはやることをやるだけだ」
「ああ、えっと……確か、ルート確保と万一の場合のカバーだったっけ?」
実行犯は体格の良いゴルシとウオスカ。今回僕らに与えられた役割は、人目の少ないルート確保。
……まあ、ぶっちゃけ必要ないのだが、クライムアクション的雰囲気にすっかり飲まれてテンションの上がったウオッカたっての希望である。
「スペシャルウィーク……今回はSと呼称しよう。Sが我々の動向に感づいた場合、僕がSの逃走を阻止する。具体的にはこのにんじんクッキーを使っておびき寄せる」
「さすがに
「いや、イケる。病みつきの味だもん」
スペなら引っかかる。
「おっ、これ美味っ」
「ア、自分で食べちゃった……」
そりゃあ、元々自分のおやつとして買ったんだから食べてもいいだろう。うむ、やはりにんじんフレーバーは美味い。
「デジたんも、はい、どぉぞ」
「あの、オロールちゃん。もしかして、そこからしかクッキーが取れない系だったり……?」
「うん」
デジたんの頬に赤みが差す。言わずもがな、「そこ」とは僕の口元を指している。
「……ええいままよッ!」
「わ、ちょ、デジたン゛ッ……!?」
瞬間、心重ねて……。
おおっと、危うく逝きかけた。まさか、デジたんの方から僕の唇を奪いに来るなんて。
「んー……美味し」
「っ……ぷはっ!?そッ、それは、ク、クッキーのことを言ってるんだよね?そうだよねっ!?」
「ふふ。いやぁ、ありがたいね。残念だけど、引いてダメなら押してみろ理論は僕には通用しないよ、デジたん」
本当に甘くて美味しい。ついつい食べ過ぎてしまいそうな風味だ。舌の根元から先まで、純粋な幸福に包まれたような気分になる。僕の自制心は限界を迎える寸前だ。
「アァ゛ア〜……恥ずか死……」
「おーい、デジたーん。大丈夫?もしかして一口じゃ足りなかったのかなぁ?ン?」
うむ。今日もトレセン学園は平和です。
◆
傾きつつある陽の中、ふと物憂げなため息をつくウマ娘……の周囲をひっそりと取り囲んでいる不審者が5人。言わずもがなスピカの面々である。
「あー、こちらO。周囲の安全を確認。実行するなら今だ。オーバー」
『こちらG。安全確認、了解。ただいまよりターゲットに接触する、オーバー』
「こちらO。作戦の成功を祈る。ところで、G。ターゲットがスピカの看板の前で立ち止まってるけど、あれ何?ダートに埋めるぞ、ってヤツ。あんなのいつ撮ったの?オーバー」
『ああアレな。お前らが正月を楽しんでる間、アタシたちは学園に居たんだが。ある日ふざけてウオッカとスカーレットにパイルドライバーしたらよ、トレーナーが「これをポスターに使おう!」とかトチ狂ったこと言い出したんだ。んでもれなくアタシも自らダートにダイビングしたってワケ。アウト』
前回の反省を活かしたのかなんなのか知らないが、今回はしっかりと連絡手段が用意された。ゴルシちゃんが持ってきたのは、映画なんかでよく見るタイプのインカム。ウマ耳用もちゃんとあるんだなぁ、と謎の感動を覚える僕の横で「スパイみてぇ!」とはしゃぐウオッカが、見ていてとても可愛かった。
「しかし便利だなぁ、デジたんのウマ娘センサー」
「ふっふっふっ……!半径200m以内のウマ娘ちゃんなら何人でも検知可能!このデジたんに死角はないッ!」
やはり匂いで検知しているのだろうか。とにかく、ウマ娘絡みのことならば、彼女の右に出るものはいないだろう。そう強く実感した。
ちなみに僕はデジたんがどこにいようと検知可能だ。ブラジルだろうが外宇宙だろうがパラレル世界だろうが、デジたんの気配は見逃さない。
「おっと、いつのまにかゴルシちゃんがターゲットの目の前に」
「あ、ホントだ。うわぁ、ズタ袋を被せるのも、あんなに手際よく……」
あわれ、スペちゃんはサングラスとマスクをした変なヤツらに攫われてしまった。どうせ部室で挨拶をするので、僕らもゴルシちゃんのもとへ行く。
「ゴルシちゃーん、お疲れ」
「おう。……フッ、お前らがいてくれなきゃあこの作戦の成功はあり得なかった。……だってお前らがいなきゃわざわざインカムを買った意味がなくなっちまうからな」
と、ここで袋がモゾモゾと動いた。
「ちょっとーッ!?誰か、誰かいるんですかっ!?あっ、あの!助けてください!なぜか私、誘拐されちゃったんですけどー!?」
「オイオイ、こりゃ誘拐じゃなくて拉致だぜ。いいか、騙したり誘惑したりして連れ去るのが誘拐、有無を言わさず強引に連れ去るのが拉致だ。覚えとけよスペシャルウィーク」
「へぇー、なるほど……って!?ちょっ、結局私攫われたままじゃないですか!?というかどうして私の名前を知ってるんですか!?何するつもりなんですかぁ!?ハッ、まさか、身代金目当てッ!?ヒィッ……!?都会怖いッ!」
「違ぇから。とにかく大人しくしとけ!……なあオロール、お前なんかコイツ黙らせるモン持ってねぇの?」
「あー、っと。そうだ、スペシャルウィークさん。にんじんクッキーありますけど、食べます?もちろん食べますよね?袋の中に入れとくので、どーぞ召し上がってください」
「えっ、クッキー!?いいんですか!?嬉しいです、ありがとうございます!今日はいっぱい走ったからお腹が空いてたんですよ〜……」
ズタ袋にクッキーを適当に放り込んだところ、彼女はそれっきりジタバタともがくのをやめた。それを見たスカーレットは呆れた様子だ。
「えぇ……ウソでしょ?フツー犯人からもらった食べ物を無警戒に口にする?」
「ハッ、確かに……!?くっ、でも美味しい……!手が止められない……!」
なんだろう、とても心配になってくる。こんなに食べ物に弱いのだから、もし毒でも盛られたら大変だ。まあ、彼女は耐毒性能が高いウマ娘の中でもとりわけ毒に強そうだが。
「やっぱよぉ、スピカってクセ強いヤツらの受け皿みてぇなモンだよなぁ……」
「常識人ポジみたいな口きいちゃって。ゴルシちゃんだってやるときはしっかりやるヤバいヤツじゃん」
「おう、それは否定しねえわ」
「ア゛ッ……クッキー、全部食べちゃった……」
◆
「ようこそ、チームスピカへ!!!」
「うえぇっ!?ちょ、ここどこで……あっ!?こないだの痴漢の人!?」
スピカ部室にて。袋から出された直後に爆弾発言をかますスペちゃん。
「は……痴漢……?」
トレーナーさんに注がれる冷ややかな視線。まあ実際痴漢の常習犯であるからしてしょうがない。
「フンッッ!!」
「ああぁ゛痛い痛い痛いッ、待て待て!誤解だ!スカーレット!」
トレーナーさんは真っ青な顔で弁解を試みる。だが、いかなる理由であろうとも、ウマ娘のふくらはぎを舐めるように触りまくるのはいかがなものかと思う。
「ハァッ、ハァッ……!よし、まずは説明させてくれ。俺は痴漢じゃなくてトレーナーだ」
「えっ……?トレーナーさん?」
「ああ。このチームスピカのトレーナーをやってる。んで、スペシャルウィーク。今日からお前もスピカだ」
「へっ……?っ!?いやいやいや、私!?ムリですよ!?だって……」
慌てふためく彼女の目は、ハッとしてとある一箇所を見つめたまま動かなくなった。
「スッ、スズカさん!?えっ!?でも、どうして……。だってスズカさんのチームは……」
サイレンススズカとスペシャルウィーク。
一期主人公様方が揃いなすった、といったところか。
「スズカはリギル所属だ、って言いたいんだろ?実はな、コイツは今日付けでこのチームスピカに移籍したんだ」
「リギルはスズカさんの強さを分かってないのよ。その点、ウチのトレーナーはさすがよね。……どうしようもない変態だけど」
「なあ、俺何かやったか?当たり強くない?」
まあトレーナーさんだし。仕方ない。
「スズカさんが、スピカに……」
「ああ。どうする?お前、憧れなんだろ?」
彼女は一瞬目を閉じ、しかしすぐにトレーナーさんの方を見据えて口を開いた。
「……私、スピカに入ります!」
「よく言った!改めて、ようこそスピカへ!」
サイレンススズカ、スペシャルウィークの加入。
僕の知るスピカが完成しつつある。
「なあ、お前……夢はあるか?」
「夢、ですか?……それは。っ、私、日本一のウマ娘になりたいんですッ!」
「ほう……日本い」
「ひょぉぉ〜ーッ!?なんですかそのチョー絶にアツい夢ッ!もう最ッ高!ムリッ……!あぁっ、良きみ、尊みがッ……!」
「おーいデジたん。気持ちは分かるけど抑えて。今トレーナーさんが珍しくイイこと言おうとしてるから」
「ア゛ッ……すっ、すみません……」
ちょっぴり顔を赤らめて僕の隣に引っ込むデジたん。可愛い。
「えー、あー、コホン。とにかくだ。スペ。見ての通り、本気で夢追ってるヤツを笑うヤツなんてここにはいない。何を言われようと、お前はずっと前を向いて走れ。それが夢を目指すってもんだろ?」
「っ……!ハイッ!よろしくお願いしますッ!」
おお、トレーナーさんがカッコいい。さすが、やる時はやる男。
ふと、横から鈴のような声が鳴る。
「う〜ん……!尊いィ〜……!やっぱり良きだよねぇ〜、夢を追うウマ娘ちゃん!まさに王道の尊み!一所懸命に取り組む姿、やっぱり、何かこう、心にグッとくるものがあるというか……」
「おや、僕だっていつもデジたん一筋、ずっと君に首ったけだよ。つまり一所懸命ってヤツ。どう?惚れ直した?」
「ア、いや、それは、まあ、えっと……」
ああ、この声、この顔、この反応。そういうところが僕をずっと魅了してやまないのだというのに。
「おーい、そこの変態二人。現実に戻ってこい。今どー見ても新メンバー歓迎ムードだろ。イチャついてんなって」
「なんだよ、ゴルシちゃん。仕方ないだろ。デジたんが可愛いんだから!」
例え空から槍が降ってきてもデジたんの可愛さは揺るがない。いついかなる状況でも尊みに溢れている彼女に愛を伝えることを、いったい誰が止められるだろうか?
「……ま、こんな感じでクセの強いヤツら揃いのチームだがな。なぁに、うまくやっていけるさ、スペもスズカも」
「は、はぁ……」
「……個性的なチームってことですね!」
トレーナーさんがいい感じにまとめてくれやがった。
何はともあれ、新メンバー二人が加入。やはり、アニメ一期の内容が想起される。
多少の不安がないわけではないが、まあ大丈夫だろう。今日も地球は回っているし、デジたんは可愛いのだから。
トレーナーがアツい眼差しになるシーン、率直に言って大大大好きです。彼には全人類が惚れる。
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姉妹にラブソングを
チーム一同の揃った部室で、トレーナーさんは軽い調子で口を開いた。
「スペ。お前来週デビュー戦な」
「……へ?」
サラリと言ってのけるトレーナーさん。まだ何が起こっているのかよく理解していない様子のスペちゃん。
「……ええええぇえッ!?」
「日本一のウマ娘になるとなりゃあ、クラシックレースへの出走は必須だ。アレには年齢制限があるから、一度チャンスを逃すとそこでオシマイなんだよ。第一戦の皐月賞は4月だ。デビューは早い方がいい」
「は、はひっ!」
はるばる北海道からやってきて、数日と経たずにデビューか。なかなかのスケジュールだ。
「……アタシ、皐月賞が許せねぇぜ。なんで皐月なのに4月にやるんだよ?それなら卯月賞だろ、どー考えても」
「ああ、分かるよ。4月がかわいそうだよね」
「だよなぁ!?」
「ま、まあまあ、歴史あるレースですし……」
「やっぱり皐月賞だよゴルシちゃん。デジたんが言うんだから間違いない」
「チクショウ裏切り者め!」
デジたんの言葉に間違いはない。彼女が「豚は空を飛ぶ」と言ったら、飛ぶのだ。
「ところでトレーナー。アタシたちのデビューはいつなのよ?」
スカーレットが疑問を呈す。確かに、僕もそれは気になる。
「ああ、お前らのデビューも追って説明する。ま、近いうちにデビューさせてやる。そうなったら今まで以上にビシバシトレーニングだ!」
「ええ!分かってるわ!上等よ!」
「っしゃあ!俺の勇姿を日本中に見せつけてやるぜ!」
「ウマ娘ちゃんの勝負服、ウマ娘ちゃんの美しいおみ足、ウマ娘ちゃんの頬を伝う汗、ウマ娘ちゃんの決死の表情……!はぁ、じゅるりら……」
僕の脳内では、デジたんのセリフにある「ウマ娘ちゃん」の部分が「デジたん」に置換されている。はぁ、じゅるりら。
ところで、彼女はウマ娘の決死の表情がお望みのようだ。ただ、残念ながら僕はそんな顔を作れそうにない。おそらくデジたんとのレース中にゾーンでキマってハイになると、間違いなく僕の顔は快楽と歓喜、激しい渇望によって歪められる。
ふと、トレーナーさんの視線がこちらに向けられていることに気づいた。
「で、だな……。お前ら、どうしよっか」
「なんですかそれ。まるで僕らに何か問題があるような言い方を……」
「あぁ違う違う……まあ問題があることには変わりないが、とにかく。ウチのチームでは、今んとこお前らだけがダートへの出走希望者なんだ。どうローテを組むべきか……。悩ましい。フッ、担当ウマ娘のことをひたすらに考えなきゃいけないってのは……。幸せな悩みだぜ、ったく」
不意に、トレーナーさんはノスタルジックな表情を浮かべ、視線をどこへともなく流した。
「オイ、スカしてんじゃねーよ、イイ歳のオッサンが。飴咥えながらんなことやっても似合わねーぜ」
キツイ言葉とは裏腹に、どことなく安心した表情のゴルシちゃん。
「はっ、おまっ、こりゃお前らの……ったく」
なんとも言えぬグレーがかった雰囲気が立ち込める。悪い意味でなく、むしろ昔を懐かしむような。トレーナーさんの過去について知っているのは、この場においてはおそらくゴルシちゃんだけだ。だからだろうか、あのゴルシちゃんがものすごくイケメンに見える。あのゴルシちゃんが。
「スゥーー……ハァーッ。スゥー、ハァーッ!」
「えっ……と、大丈夫ですか?デジタルさん?あの、どうしていきなり深呼吸をされて……?」
「アッ、ご心配なくッ!ただ単に尊みを摂取してるだけですので……。ゴルシさんの醸すアダルティなエモの波動を……!スゥーー……」
「じゃ僕はそれを吸えばイイわけだ。うん。デジたんの体内で吸収、そして濾過され生まれた上質なデジタニウムを……」
そしてデジタニウムは僕の体内で莫大なエネルギーを生み出す。うむ、これこそが再生可能エネルギーの完成系だ。
「あ、え、っと、えぇ……?」
「あー、混乱するのも分かりますよ先輩。でもこれがスピカっす。慣れてください」
「アタシたちも最初は引いたけど、二人ともレースの腕は確かなのよね。それに、話してみると悪いヤツじゃないし」
「私もさすがに慣れましたわ。確かに性癖が終わっていますが、なかなか多彩な才能を秘めている方々ですのよ」
「オイ、マックイーン。仮にもメジロのお嬢様が性癖終わってるとか言うなよ」
「他に形容しようがないと判断したまでですの。しょうがありませんわ」
当惑するスペちゃんを尻目にスピカワールドを展開し続ける僕たち。そして一層深まるマックイーンお嬢様じゃなくてお嬢じゃね疑惑。
「ふふっ……なんだか賑やかで面白いチームですね」
「お、おぉ……スズカ、お前もしかして割とすぐ馴染むタイプか?」
サイレンススズカは“コッチ側”だ。
というかスペちゃんもそうだろう。スピカにまともなヤツはいない。
というかトレセン学園の面々は全体的にキャラが濃いので、まともなヤツを探す方が難しいだろう。ニシノフラワーなど、数少ない良心だ。
……待てよ、この中だとゴルシちゃんがなんやかんやいって一番まともでは?彼女はいわば、狂人のフリをする常識人のフリをする狂人なわけだし。
「……なーんかアタシのこと変な目で見てね?」
「うん?あぁ、気のせいだよゴルシちゃん」
◆
僕はデジたん一筋である、という事実は、無論本人にも伝わっているし、ネットの海にもデジタルタトゥーとして刻まれている。しかし一応言っておくと、僕はウマ娘という種族自体が人並み以上に好きなことに変わりはない。
「ほあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ……!ア゛ァー!爆発しそうッ!しゅごいっ!尊みッ!」
「うん。確かにあれは破壊力高いよ」
よって、デジたんの燃費には到底及ばないが、僕もウマ娘の発する尊みを糧とすることができる。
デビューが近づくにつれ、スピカの気風も多少引き締まった。トレーニングメニューもハードになった。だからこそ、疲れを持ち越さないための息抜きは非常に重要である。そして僕の疲れを完全に消滅させる方法がひとつ。すなわち、今日はデジたんとのデートだ。
「ッハー、ハァー、ハァー!ヤバいよぉ……!顔面偏差値が高すぎるよぉ……!イケメソすぎて目が焼けるッ!三叉神経焼き尽くされちゃう〜ッ!」
デートといっても、別にレジャースポットを訪れたりするわけではない。僕はデジたんの側に居られればそれでいいし、彼女もウマ娘を追っかけていればそれでいい。そんな僕にとっての休日とは、例えば限定グッズが販売される日などはトレセンで鍛えた脚をフル稼働させてグッズの入手に奔走するが、そうでない日はまったりとデジたんのウマ娘ウォッチングに付き合うことが主だ。
そして今、ふと通りがかった商店街にて、僕らは見てしまった。トレセン学園生徒会所属ウマ娘、ナリタブライアン。彼女の姉であるバナナ先輩ことビワハヤヒデ、二人の尊いシーンを!
店外に置かれた箱入りのバナナに目を惹かれ歩調を緩めるバナナ先輩の手を、少し呆れた顔で引っ張るブライアンさん。こういったウマ娘の日常の一片を切り取った風景は、僕がこの世界に生きていなければ拝めなかっただろう。いやはやありがたい。
「ハァ〜……しゃ、
「ッ。ごめんデジたん。今、デジたんのガワがマンホールに変わった場面を想像して、一瞬その姿のデジたんにも愛を注げるか逡巡した僕がいたんだ。許してほしい。君への愛は永遠なのに迷うなんて」
「え、要はそれ、あたしがマンホールになっても変わらず愛せるってこと?……すごく、ヘンタイだね。ニッチもいいとこだよ」
「まあ、それは自覚してるよ。……多分だけど、そこに『デジたん』という概念さえあれば、僕は愛せる。虚無をも」
「虚無」
虚無ですとも。
愛に生きる僕は、デジたんを生み出したこの世界に感謝したことが何度もある。しかしふと考えたのが、もしかすると世界が始まる前からデジたんは可愛かったのでは、ということだ。
「ハッ、というか今御二方が一瞬こちらを向いたような……ダメダメダメ!デジたんはマンホールなのだから!ウマ娘ちゃんとは基本不干渉!」
「既にマンホールだったのか。でも大丈夫、僕は君のことが好きだよ」
「……アレェ?アレレ?はれぇっ!?御二方がこちらに歩いてきているような気が……!?」
……CPの間に挟まるのは重罪である。ただ、推しと推しの間に挟まれることには夢があるし、僕自身が欲深いヲタクという立場であるが故、その夢を一概に否定することもできない。また、能動的にそういった行為を行うことは万死に値するが、もしそれが受動的だった場合。まあ、推しが実際に同じ次元、同じ土地で生きているような状況下でしか起こり得ない事態だが。それは仕方がないのではなかろうか。プラス、デジたんは日頃から推しのために献身をしているし。
何が言いたいって、チミ、ちょっとくらい推しに挟まれてこいよと。別にちょっとくらい許されるぞと。そういう話だ。
「こんにちは。君たちはトレセン学園のウマ娘……だろう?アグネスデジタル、それにオロールフリゲート」
「はい。バ……ビワハヤヒデさんですね?ブライアンさんも。姉妹でお出かけですか?」
「ああ、そんなところだ。さて、よろしく頼むよ。君たち二人、特にデジタル君には前年から世話になっている、と生徒会から聞いた。日頃から生徒のために尽くしてくれている、と。今日はたまたま君たちを見かけたのだが、この妹が見て見ぬふりを決め込んでいたものでね。代わって礼をさせていただく」
「はひゅっ……!しょっ、しししょんなぁ……ァヮヮヮヮバッッ!!めめめ滅相もございませんンン……!」
デジたんはすっかり舞い上がっている、というよりも壊れかけている。その様子を見ていたブライアンさんは、おもむろに髪を掻きつつ口を開く。
「気は済んだか、姉貴。私は先に行っ……」
「あ、ハヤヒデさん。よかったらですけど、一緒に街をぶらつきませんか?人数が多いと楽しいし、それに、僕もデジたんもお二人のファンなんです」
「ふむ。いい考えだな。私たちはもう用事を済ませたから、この後どう暇を潰そうかと考えていたところだ」
「本気か、姉貴……?」
僕の一存でこの状況に銘打たせてもらうと、つまるところこれはダブルデートと呼んで差し支えない。人が多いほうが楽しい、というのは、ゴルシちゃんから見て学んだ、場をカオスにするテクニックだ。中央トレセンの輩は全員キャラが濃いので、掻き集めるだけでカオスが増しおもしれーことになる。
「えっあっえっ、あっ、オロールちゃん……?」
慌てふためくデジたんの耳元でそっと囁く。
「……二人っきりの時間も好きだけど、たまにはこういう日もいいでしょ?いわば新たな刺激的体験だよ。もちろん、君の最推しを僕以外にさせる気はないけど」
「ひゅっ、はふぅ……」
◆
さあ始まりました、第n回「推しの赤面フェイスを拝もう大会」!場所はトレセン近くの商店街にあるカフェからお送りしております。
最初のチャレンジャー、ビワハヤヒデ!そして彼女の推しは実の妹、ナリタブライアン!
「それで、その時のブライアンが……ふふっ、今思い出しても可愛いものだ」
「なっ、あぅっ、姉貴ィッ!?」
「はっ?えっ?あたし、今、何を……どこに……?ココ、天国、デスカ……?」
ブライアンさんの名誉のため、あまり詳しいエピソードは今後想起しないように心がけよう。ただ、彼女がそれらを暴露された際に見せた赤面顔は、申し訳ないがしっかりと目に焼き付けさせていただく。デジたんだってそうするはずだ。
「デジたんも、実は去年のファン感謝祭で、かくかくしかじかと……」
「わちょぉっ!?オロールちゃんっ!?」
「ほう……。良き友人なのだな」
バナナ先輩にも分かっていただきたい、デジたんの可愛さ。
……まあ、何をしているかというと、僕とデジたんがいつもしていること、すなわち推し語りである。
なお、当の推しは真横にいる。そして彼女たちはあまり誉められ慣れていない、というか。つまり、僕とバナナ先輩が行なっているのは、推し語りと同時に推しの反応を楽しみ愛でる行為!
「…………」
「…………」
無言で交わされるアイコンタクト。互いに双眸を見据え、シンパシーをフルタイムで感じ続ける。間違いない。彼女はシスコンだ。
「ハッ、そうだッ!ここはいっそあたしのターンに持ち込んでしまえば……大丈夫よデジたん、推し語りなんて口が腐るほどやってきたでしょう?……今、やらねば。今語らねば、あたしの羞恥心がオーバーフローしてしまう……!」
「おや、本気かいデジたん?いいよ、好きなだけ僕とのエピソードを暴露してくれ。ただし僕はダメージを受けない、一切ね」
「ぐぬぬ……!そ、それじゃあ!えー、あー……アレ、エピソードが、無い?」
気付くのが遅かったねデジたん。そう、デジたんの知る僕のエピソードには、大概デジたん自身が関わっている。つまり、語った時点でデジたんも負傷する。そして、ことデジたんに関しては無敵の僕にダメージは決して入らない。
「……なら、私が話してやる。実は、姉貴はバナナを5秒で食う。というか稀に丸呑みする」
なんというか、実にイメージ通りのエピソードだ。
だが、当の彼女にとっては恥ずかしいものだったらしい。
「んなっ……!?だ、第一、私は別にバナナが大好物なわけではない!味、サイズ、栄養摂取効率、それらを論理的に考慮した結果、最も私に適した食料がバナナだっただけだ!」
さすがのバナナ先輩も、慌てるあまり、いまいち弁明になっていない言葉を並べ立てる。
「なあ姉貴、じゃあなぜアンタはバナナを食べて太り気味に……?」
「それ以上は本当に良くないぞブライアンッ!?わ、私だって間違えることくらいある!というか体重の話を持ち出すのはあまりよろしくないなぁッ!?お姉ちゃん悲しいッ!」
「姉貴は姉貴だ。だから二度とお姉ちゃんなどと口にするな」
「モ゜ッ」
案の定デジたんは逝った。
「ブライアン……昔はあんなに小さくて可愛かったのに」
「人は変わる。そして、私はいずれ姉貴を追い越してやるさ。……なあ?アンタだって楽しみだろう?」
「……!フッ、いずれターフの上で相見えよう」
不意に撃たれたエモの波動を、デジたんはまともに食らってしまった。椅子に座ったままビクビクしている。実に器用だ。
「おっと、もうこんな時間か。そろそろ店を出ておこうか。楽しい時間を過ごさせてもらった。二人とも、感謝する。君たちのおかげで、妹の珍しい顔が見れた」
「こちらこそ。お二人の話が聞けて良かったです」
「……ほぁっ!?ア、あのっ!ホント感謝してもしきれないというかッ!推しの過去エピとか、ありがたしゅぎる……ッ!」
そうか、デジたんもありがたみを感じるか。つまりうぃんうぃんというヤツだ。多分。
「……そういえば、お前らはもうすぐデビューだと言っていたな」
「はい。一応、今シーズンから」
「……しっかり走れよ」
「はい、ありがとうござ」
「フォォォァァあありがとうございまァスッ!!はぁあ推しからの激励ッ!嬉しいがすぎる……!あぁ、デジたんのトモが燃えているッ!」
うるさ可愛いなぁ。けど、デジたんの覚悟は伝わってきた。レース場で走り抜く覚悟が。それを感じただけで、僕の心は弾みだしている。
店外で姉妹と別れたのち、僕らは改めて二人きりとなった。
「……もうすぐデビューなのに、やってることは案外いつもと変わらないね」
「いいことじゃんか。平常心は大事だ。それよりも僕は今、君のご両親に頼み込んで養子縁組してもらおうかとすら考えてる」
「ホワィッ?」
「ほら、君も見たろ。姉妹の愛の形だよ。まあ、僕の愛にとっては法律上の関係性なんてどうでもいいんだけど」
「やはりヘンタイだったか……」
分かりきったことを。
「……ところでさ。僕は嬉しいよ。デジたん」
「えっと、どうして?」
「君がブライアンさんに激励されたとき、本当に嬉しそうだった。声量たっぷりのヲタクシャウトを見せてくれたね。なんたって、推しに励まされたんだから」
「そ、そうだけど……どうしてそれが嬉しいに繋がるの?あたしの思考レベルだとオロールちゃんが嫉妬するところまでしか読めないというか……」
「嫉妬?ふふふふふ……!違うよ、デジたん。僕は嬉しい。いいかい、例えば僕が君にエールを送ったとしよう。すると、君は僕にしか聞こえない声で密かに感謝してくれる。僕にだけしか分からないように」
僕は聖人君子でないから、人並み以上の独占欲が満たされたときに、思わず小躍りしてしまいそうなほど心が沸き立つのだ。
「やはり高次元のヘンタイだったか……」
「褒め言葉だね」
デジたんの魅力を世界中に知ってほしい。ただし、僕だけのデジたんでいてほしい。この二つは同時に成り立つ感情だ。
現に、人の行き交う夕暮れ時の商店街で、僕とデジたんは二人きりなのだから。
モンジューの許可をとってきたサイゲ、控えめに言って頭おかしい(褒め言葉)
ちなみに、このお話ではアニメ準拠でブロワイエさんに来ていただこうかと思っております。やっぱウマ娘界の範馬刃牙はイイよなァ……。
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半角の貴公子
「……あ」
ある日のこと。というより、スペちゃんのデビュー戦前日、僕はふと気付きを得た。
「オロールちゃん、どうしたの?」
「や、今ちょっと考えたことがあってさ。デジたん、君はどう思う?でっかいどーな北海道から遥々やってきたばかり、トレセンの存在しない地元から来たばかりのスペちゃんが、果たしてウイニングライブをまともにこなせるのか……」
デジたんが可愛いものだから、完全に考えていなかった。
「ハッ、確かに!じゃあ、少しお声がけして……」
「待った!デジたん、ちょっと待ってほしい」
デジたんを制止する間、僕は脳内でとある映像を再生していた。
それは他ならぬ例の棒立ちウイニングライブ。田舎っ娘なスペちゃんがキュートに歌って踊れるわけもなく、心を無にして立ち尽くした、あの光景。
「……いや、何でもない、ごめん。僕、闇のヲタクになりかけてる。正直言うと、今の一瞬、ウイニングライブで大コケするウマ娘を拝みたい。そう思っちゃったんだ」
「断固、NOッ!いや、もしウマ娘ちゃんがライブに失敗しちゃったなら、それはそれですこれるけど!!ウイニングライブは神聖なものッ!それを意図的に汚すなんて……!下衆の極みッ!」
「おぅ……辛口。ありがとうデジたん。なんか滾ってきたよ」
辛口デジたん?いいじゃないか。大好きだ。地雷を踏まれたデジたん、最高だ。まあ、踏み抜いたのは僕だ。僕の脚が「只」に、こう……触れた。もちろんその爆発を至近距離でまともに喰らうわけだが、しかしデジたんの地雷など、僕にとっては足ツボマッサージに等しい。
「コホン、とにかく!スペさんはあたしの推しであり、チームメイトッ!仲間の危機を放っておくのはヲタク……というか人として失格ッ!」
「さすが、勇者デジたんだ。僕も反省しとこう。……とりあえず、スペちゃん先輩に会いに行こうか」
「うん!レッツゴ……ほぇ?勇者?」
キョトンとした顔が世界一可愛い。勇者。
……一応言っておくと、僕は性格がよろしくないから、案外簡単に闇堕ちする。僕の思考の根底にあるのは、正義感だとかじゃなく、快楽だ。……言い方がえっちいな、まあそれはともかく。
要は、僕を闇堕ちさせたかったらデジたんをダシにすればいい。ただし、平常の僕はデジたんを絶対に守護るガーディアンエンジェルと化しているので、攻略するのは至難の業だろうが。
「オロールちゃんが言うのなら!あたしは勇者、アグネスデジタル!とりあえずウマ娘ちゃんを推しまくるぞいッ!まずはスペさんを推して参るッ!」
ほら可愛い。
守護りたくなるよ、そりゃあ。
◆
「ウイ、にんぐ……?あ、あー!?アレですか!?あの、歌ったり、踊ったりするヤツ……!それを私が……!?」
「ま、競争ウマ娘は皆やるもんですし」
案の定、スペちゃんにはウイニングライブのウの字くらいしかなかった。まあ棒立ちするくらいだし。
というか、もしデジたん、ついでの僕がいなければ、トレーナーさんを含めたスピカのメンバーは揃いも揃ってウイニングライブをこなせないのだ。
……まあ、これはあくまで個人的な予想だが、ゴルシちゃんだけは別だろう。彼女はきっと完璧にライブをこなせる。こなせるのだが、ゴルシちゃん劇場のパワーが上回り、その結果まともなライブにならないのだろう。
「そこでッ!誠に僭越ながら、この私、アグネスデジタルから、ウイニングライブの基本的心得をお伝えしたくッ!どうかご安心ください!こういうの慣れてますので!1日で全てを伝授いたしましょうッ!」
「す、全てですか……?どうしよう、そんなの覚えられる気がしません……」
「スペちゃん先輩。イイですか。もしもウイニングライブに真摯に向き合わない場合、この中央トレセンに居る資格はないんですよォ!」
さすがに誇張しているが。だが、まあ、ライブを疎かにしてしまえば、会長さんがダジャレを言わなくなるだろう。これだけでライブの重要さがいかほどが分かるというものだ。
「はっ、はいっ!お願いしますッ!!」
「ハイ、お願いされましたッ!このデジたん、ウマ娘ちゃんの頼み事は必ずや聞き届けます!ウマ娘ちゃんに頼まれたのならば、脚の三本や四本くらいは差し出せますのでッ!」
「なんて覚悟だ。さすがだねぇ、デジたん。じゃ僕も……うん、デジたんに頼まれたなら、国を征服できる気がする」
「えぇ……ホントにできそうなのが怖いよ」
デジタニウムがあれば案外なんとかなりそうだ。それを鑑みるに、スペちゃんもウイニングライブをマスターできるはず。今やスピカの一員である彼女には、スペスズの加護があるのだから。推しパワーは偉大だ。憧れのスズカさんと同じチームなのだから、彼女には頑張ってもらおう。
「じゃ、とりあえずダンススタジオに行こうか?」
◆
「ハイ。ここでファンサです。さ、どぞどぞ」
「ふぁん、さ……?」
「愛想を振りまくんです!それはもうビュンッビュンにッ!いいですか、ヲタクという生き物はですねェ!例えば推しの子が一瞬こっちを見たとか、そういう些細なことで三日は飯が食えるんですよ!!だからファンサは大事なんですッ!!」
「私が、皆のご飯に……!?」
違う違う、そうじゃない。
「……分かりましたッ!頑張りますッ!」
頑張れるのか。じゃあもうそれでいいや。
「それにしても、教えるのが上手だね。さすが万能ヲタク娘」
「えへへ、それほどでも……ある。ウマ娘ちゃんのライブ映像なら瞼の裏に焼き付けてるから、振り付けの細かいディテールも脳内再生超余裕!いやはや、ヲタクですからッ!」
さっき、彼女はお手本にいくつか踊ってみせたのだが、その実力は並々ならぬものだった。さすが、勇者を地で行くウマ娘。
さて、そのデジたんは、改まった様子で口を開いた。
「……とはいえ。これからもずっとダンスをお教えすることはできません」
「えぇっ!?じゃ、じゃあ私どうすれば……!」
「えっと、ですね。確かにあたし、ウイニングライブには一家言あるつもりですケド。所詮は他のウマ娘ちゃんの真似事に過ぎませんから。だからしっかりと表現技法を学ぶ際はあたし以外の人に……」
「デジたんデジたんデジたん。ねぇ、自覚してくれよ。君の表現力は凄まじい。歌なんか、聴くだけで病気が治るに違いないんだ」
「ッ!?はひっ、あ、ありがとう……」
デジたんは歌が上手い。声が可愛い。端的に言うとこれらに尽きる。そんな彼女のことを礼讃する言葉などいくらでも浮かんでくるが、考え出すとキリがないのでやめておく。
「それに、デジたん。進んで教えることは君にとってもメリットがあるんじゃないかな。ほら、将来トレーナーにでもなってウマ娘とキャッキャウフフするための予行演習だと思えばいい」
ただしイチャイチャは僕限定。
「う、あ、えーっ……と。とにかく!なんやかんや言っても、いろんな方のダンスを見るのは大切です!あっ、ほら、丁度向こうで踊ってるウマ娘ちゃんなんか、すごく……」
誤魔化すように彼女が指差した先にいるウマ娘は、なるほど確かに活き活きと踊っていた。おそらくは非常に身体が柔らかいのだろう、軽やかにステップを踏むたびにしなる脚が、まさにそのウマ娘が只者でない証となっている。
ん?というか、あの娘は……。
「あ、コッチに向かってきてますよ。もしかして、私たちが見てたの気づかれちゃいましたかね……」
うむ、間違いない。
正面から見た顔は、まさしく僕の予想通りだった。
「ねぇねぇ、さっきからボクのことじっと見てたけど、何か用事でもあるの?」
トウカイテイオー。
アニメ二期主人公様のお出ましだ。
「ア゛ッ、いえその用事というわけではなくてですね、ハイッ。ただ、貴女のダンスが非常に参考になるといいますか、それで眺めていただけですのでっ、どうぞお気になさらずッ!」
「ボクのダンスが?……フフッ、分かってるね!このトウカイテイオー様の華麗なステップのすごさ!」
俗にテイオーステップと呼ばれる独特の足運びを可能とする彼女の筋肉は、確かにすごい。流麗に動く脚の柔軟性は、一目で見てとれるほどだ。
ところで。
そんなことよりも、重大な問題がある。
「……キャラ若干被ったな」
「え?……あぁ、ボクッ娘?」
クソ、深刻な問題だ。今からでも俺ッ娘に転換しようか。いや、既にウオッカがいる。となれば解決策は限られてくる。
「テイオー……って呼んでいいかな。君、もうちょっと半角カタカナで喋ってくれない?」
「……は?」
テイオーの「は?」が出た。別に冷ややかな目で見られているわけじゃない。何が何だか全く分からないからそういう声が出ただけだろう。
「キャラの差別化を図るんだ。僕と君の一人称が同じだから。……だからこその半角カタカナだよ」
「ドユコト?」
「そうそれッ!もーちょっと半角っぽく!」
「ごめん、ちょっとよく分かんないや」
「あの、オロールちゃん。そこまでする必要はないと思うよ?だって、ほら、オロールちゃんの“僕”と、テイオーさんの“ボク”は、若干ニュアンスが違うし」
言われてみると、そうかもしれない。
「確かに。あまり気にしなくていいか」
「エェ……?ド、ドユコト?」
「わ、私もよく分かりません……」
テイオーは言わずもがな、スペちゃんもまだまだ甘いな。スピカ節の効いた会話に理解が追いつかないらしい。
「ま、とにかく。今の会話を完璧に理解したかったら、゛とかーって発音ができるくらいにならなきゃあいけない」
「えっ……?今の声、ナンデスカ……?」
「んー。スピカ特有のアレ、かな」
「えええぇ……?わ、私、もしかしてとんでもないチームに入ってしまったんじゃ……」
とは言うものの、スペちゃんや。君もコッチ側なんだぞ。
その時、今まで流れに追いつけていなかったテイオーが、ハッとしたように声を上げた。
「スピカ?もしかして、キミたちスピカのウマ娘なの?」
「ん、そだよ。未来の学園最強チーム所属。君も加入するかい?」
「どうしようかなぁ……。実は、スピカのトレーナーさんには度々声をかけられてるんだ。けどあの人、時々ボクの脚を好き勝手触ってくるんだよね……」
「スピカに入れば遠慮なく蹴り飛ばせるよ。大丈夫、あの人半分人間やめてるから。ウマ娘4、5人に蹴られてもピンピンしてるくらいだから。どう?」
決めあぐねている様子のテイオー。
ここは僕とデジたんがスピカに居る世界線だが、それでもテイオーがいなければスピカは完成しない。
「んー、考えとく」
「……了解。気が向いたらいつでも大歓迎だよ」
まさか加入しない、なんてことはないだろう。
いや、仮にそうなったら常套手段に出るだけなのでまったく問題ないが。
「しかし、見れば見るほどに……。なんと高貴なおみ脚……。繊細かつ強靭、トレーナーさんが思わず触ってしまうのも頷けるというもの……じゅるり」
「うひゃあっ!?な、なんでボクの脚見て涎垂らしてんのさ!?」
「デジたんの涎……?いいじゃないか、えっちで」
「何なのさ、もうっ!?ワケ分かんないよーっ!」
うわぁ、出た!名言が出たぞ!
……何だろう。何もしていないのに達成感がある。
「……っていうか!私の特訓はどうなったんですか!?」
「え?ああ、うーん……。よし、丁度いいからテイオー様にお願いしよう。実は、かくかくしかじかで……」
「えっと、ホントにかくかくしかじかって文字通り言われても、ボクにはまったく伝わらないんだけど」
「えーっ。デジたんには伝わるのに」
僕とデジたんとは、言葉というツールを介さずして意志を伝達し合える。ニュアンスだったり、ボディランゲージだったり。だが他の者には伝わらないらしい。つまるところ、やはり僕とデジたんとの間には特別なモノがあると見て間違いはない。
「んふ、んふふふふ……」
「怖い怖い怖い!コワイヨ!どーして急に笑いだすの!?」
「あ、失敬。ちょいと妄想が滾ったもので」
稀によくあることだ。
「で、だよ。要はこのスペちゃん先輩にダンスを教えてあげてほしい。明日のウイニングライブで大コケしないように」
「ふーん……分かった。別にいいよ。ヒマだし。にしても、転入早々にデビューなんて、さすがだね、スペちゃん」
「あはは……私もびっくりしましたよ!トレーナーさんがいきなりデビューだーなんて言い出すから……」
そういえば、この二人は面識があるのだったか。スペちゃんが転入したときに学園の案内を任されていたのはテイオーだったっけ。
「じゃあ早速だけど、どんな感じか一回踊ってみてよ!」
「あ、はい。……こ、こんな感じですか?」
ステップを踏み出すスペちゃん。拙さは残るが、一応は問題ないレベルだ。きっとテイオーにかかればすぐに仕上がるだろう。よしんばこのままでも初々しさがあって可愛いので問題ない。
「ヘェー……随分自信があるんだね」
「えっ?いやいや、まだ私練習始めてからちょっとで、自信なんてとても……」
「あ、そういうことじゃなくて。スペちゃんが踊ってるの、Make debut!のセンター振り付けでしょ?デビュー戦から一着を飾る気満々じゃん!」
「そっ、そうなんですかっ!?でも、だって、さっきお二人が、『これさえ覚えておけばどうにかなる』って言ってたから……」
「ハイッ!どうにかなりますッ!一着を取ればいいだけの話ですからッ!」
「デジたんの言う通り。勝てばいいワケですよ」
デビュー戦?勝てばよかろうなのだァ。
「スペさん。日本一のウマ娘になるんですよね?だったらあたしたちは全力で応援しますッ!……いやっ、それだけじゃ足りねェッ!限界を超えて支え続けるッ!それがウマ娘ヲタの務めですのでッ!」
さすがデジたん、いいことを言う。
「スピカの躍進劇はこれから始まるんです。スペちゃん先輩が勝つに決まってるじゃないですか」
「……分かりました!皆のためにも、私頑張ります!」
彼女の眼差しにこもる熱が僕らに照りつける。アツい、実にアツい。だがそれがいい。
「チームメイトを信じる、か……」
ひとり、神妙な顔つきで呟くテイオー。
「チームってそういうものでしょ。少なくともスピカはそうだよ。どんな結果になったとしても、仲間を信じていれば後悔はしない。違う?」
「…………」
努力は裏切らないかもしれないが、運は常に味方してくれない。そういう世界だ。だからこそ、共に歩める同志が必要なんだ。
あとは愛だ、愛。とりあえず誰かを推して好きになっておくといい。不安や焦りは全て甘い魔法で塗りつぶされる。
……それにしても。
あー好き。可愛いよ、ホントに。アツくなったデジたんはカッコよくて頼もしくて、それでいて可愛いんだから。もうチートだ。
「っと、アツいことを考えたら体が火照ってきた。ねえ、溜め込み過ぎるのも良くないって言うし……」
「オロールちゃん、空気読もうよ。今はムリだよ」
「どうしてすぐソッチに話がシフトするのさ!?もう……ホントにおかしなチームだね」
スピカがおかしいのは認める。だがその言い方だと、ゴルシちゃんが怒るだろう。一括りにしないでくれ、と。
「……あー、とりあえず。スペちゃん。一応センター以外の振り付けも練習しようよ。最低限のマナーとして」
「えぇっ!?せっかく覚えるのが楽になったと思ってたのにぃ〜ッ……!」
先ほどの熱は何処へやら、すっかり涙目になってしまった。まあテイオーの意見には完全に同意せざるを得ない。ウイニングライブを疎かにすることは競走ウマ娘界隈にたいしての冒涜だから。と言いつつ、僕は彼女が一着を取る以外の場合を考慮していなかったけど。
「まずはリズムを体で感じることが大切だよ。そうするとだんだん不自然さがなくなって……」
早速指導モードに入ったテイオー。彼女の雰囲気からして、教鞭を振うこと自体が少し背伸びしている印象を受けるが、教えている内容は一流そのものだ。
それと、なんとなくだが。
テイオーはスピカに必ず入ってくれることが分かった。
ハイ、はちみーでつよくなれる娘です。
作者は「近くのファミリー○ート」と検索すると数百キロ離れた地点が表示される魔境に住んでるのではちみーをなめなめできませんでした。
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ユー•アー•マイ•ドリーム
「というわけで新メンバー加入だ。ようこそ、トウカイテイオー!」
「皆、よろしく!」
「…………」
…………。
ああ、テイオーか。うん。うん?
「ちょっとトレーナー、いきなり全員を部室に呼び出してそんなこと言われても状況が掴めないんだけど。説明しなさいよ」
「説明も何も、加入希望者を受け入れただけだ。オーケー?」
「オーケーじゃないわよ。トレーナー。ウチに入りたがる物好きがいるとは思えないわ。いったいどんな手を使って……」
「や、ホントに向こうから来てくれたの!ああ、もちろん俺も度々アプローチはかけてたんだけどな?いつも適当にあしらわれてて……だが最近ついに加入してくれたんだ!」
「スピカがとっても面白そうなチームだったから。ボク、初めは何となく憧れのカイチョーがいるリギルに入りたいなー……なんて思ってたけど、やっぱりコッチの方が楽しくなりそうだし!てことでよろしくっ!気軽にテイオーって呼んで!」
テイオーが、なかまになった!
うん、そうだ。本来……というか、アニメの世界であれば、彼女はスピカにウイニングライブを指導するためにやってきて、そのまま加入するのだが。しかし僕の前にいるトウカイテイオーは違う。
「と、これで頭数はリギルになんとか追いついたってとこだ。だがお前らにとって一番大事なのはもちろん人数なんかじゃない。……分かるよな?隣を見た時に誰がいる?何を感じる?それがなきゃあレースには勝てない。要はだな。仲間との繋がりを忘れるんじゃねえぞ?」
激しく同意だ。ウマ娘という生命体にとって、どうやら絆というものはかなり重要らしい。逞しい身体、折れない心、それらと同じか、もしくは上回るほどの比重を占めているのではないか、と個人的に考えている。
「ハァ、何よ、トレーナー。クサいセリフなんか言っちゃって……って、ちょっとウオッカ、何でこっち見るのよ」
「は?違ぇよ、別にお前を見たわけじゃねー……つーかスカーレットだって俺の方見てんだろ。だから俺がお前のこと見てたのに気づ……いや違ぇっ!アレだ!難癖つけんなよスカーレットッ!」
この二人はホントに面白いな。ガソリンに火をつけたみたく、一瞬にしてアツアツな展開になるんだから。ああ、砂糖の焦げた匂いがする。
「ひょぉ〜〜〜!尊いわぁ〜〜……!これでどんぶり五杯はイケるぅ……」
「っと、あんまり余所見しないでくれデジたん。君と一番繋がってるのは僕だよ?」
なんだかイケそうな雰囲気だったので彼女の顎に触れる。そして、本来見るべきモノを見つめさせる。
「はぅっ……」
ウオスカがムードを作ったんだ、僕は悪くない。とりあえず勝手に対抗意識を燃やしてみよう。どうだ、僕だってなかなかに良いシーンを作れるだろう?
実際、いわゆる絆パワー、ラブパワーというものは偉大で、なんとも言えぬ全能感をもたらしてくれるものなのだ。
「オイオイ、やってんなぁ、相変わらず性懲りもなく……。ったくよぉ、せめて限度ってものが……」
限度?どういう意味だろうか、ゴルシちゃん。僕の無限大の愛に限度などあるはずがなかろう。
「いや待てよオイ待てって。チクショウアタシの目がイカれちまったか?さっきからスズカがスペの頭を撫でてる上テイオーとマックちゃんの間にただならぬ空気を感じるんだがよォ……?」
百合の種が撒かれたらしい。
「うん、スピカのミーム汚染を招いたのは僕だ、それは謝罪しよう。けどゴルシちゃん、堕ちるところまで堕ちれば案外楽なんだよ。君もコッチ来なよ」
「ぜってーヤダ。アリクイと同じ釜の飯を食う方が千倍マシだぜ」
ホースの暗黒面は素晴らしいぞ。
「あー……。まぁ、悪いヤツらじゃあないぜ。テイオーもすぐ馴染めるだろう……。が、それはひとまず置いといてだな。俺は今猛烈に言いたいことがあるッ!」
声を張り上げ、皆の視線を一身に浴びながらトレーナーさんは続けざまに言う。
「ウイニングライブはしっかりやろうぜ!?」
……そりゃ、まあ。
うん。
そうなんだよなぁ。
まあ、つまり。
ダメだった。
スペちゃんワンナイトダンシング計画。
「あぅぅ……すびま゛せん……。私が、不甲斐ないばっかりにぃ……スピカの評判が悪くなったら皆さんにもご迷惑が……!」
レースはさすがの一着。ウイニングライブも出だしは良かった。
しかし一夜漬けは無謀だったか、あわれスペちゃん大転倒。もともと一着で感極まっていたのとそこに加わる羞恥心がマリアージュを引き起こし、それからはまるでチワワみたいに震えながら踊っていた。
「あー、スペ、そんなに気にするな。いいんだ、別に。初めてであれだけできてりゃあ、俺は花丸をあげるさ。なぜか観客にも大好評だったしな」
ちなみに、それにはちょっとした理由がある。ライブの時、最前列を確保していたのが誰かというと、無論チームメイトである僕たち。そしてその他の観客がいくらか……。そう、その他の観客がミソなのだ。実を言うと、最前列にいたのはほとんどが性癖の狂った愉快ななかまたち、つまりはデビュー前のデジたんを推してるような
「まだまだ改善点は山ほどあるが、スペ。誰もお前を責めない。お前ならすぐにライブをこなせるようになる」
「……はいっ、ありがとうございます!」
まあ、中央トレセンに来るだけあってか、普段からIQの低い絡みを繰り広げるウオスカでさえも、ライブの振り付けなどは軽々と覚えてしまった。そう、彼女らもデビューを迎えたのだが、ウイニングライブは特に何の問題もなくこなしていた。スペちゃんもその例には漏れず、すぐに踊れるようになるだろう。地の才がズバ抜けている連中が揃っているのだ、スピカには。
「そして……。問題は別にある」
一気に真顔になるトレーナーさん。
「……俺が言いたいのはなァ」
空気が変わる。
トレーナーさんのオーラが変化し、僕はまるで呼吸にトゲが混じったような感覚に襲われた。
「ライブでブレイクダンスすんなよバカ野郎ッ!」
張り詰めた空気が爆ぜた。
「ゴルシィッ!おまっ、お前さぁ……!」
「はぁ?いーだろ別に。フロアも沸いたしよ」
ゴルシちゃんはすごかった。
もちろんレースでは一着。そしてウイニングライブにて。ここからが問題だ。
彼女があらかじめ音響に何か仕込んでいたのか、ライブの途中で曲が変わり、クラブチックな音楽が響き渡ったのだ。もちろん会場は困惑。観客の時間は止まった。しかし、そのブレイクは会場にいた全員のボルテージを臨界まで高め、ゴルシちゃんがステージ上で華麗にクルクル回り出したことによって熱狂へと変化した。
いやはや。とにかく、すごかったのは確かだ。
「だー!もういい!とにかく、これからはウイニングライブのトレーニングにもっと力を入れることにした!幸い、このトウカイテイオーはその道のスペシャリストだ。コイツがいれば、仲間内で切磋琢磨し合うのも容易になるだろう。言いたいことは以上!一旦解散!好きに走ってこい!んでとりあえずゴルシ!お前残れ!」
「ハァッ!?なんでだよ!?っざけんな!」
さーて、今日もトレーニングしますか。
◆
「テイマク?いや、マクテイ……?」
「お嬢様キャラは名前が後ろに来やすい……。ただ、マックイーンの場合、アレをお嬢様と呼んでいいものか……。あと個人的に普段快活な子が顔真っ赤にして攻められてる構図大好きなんだよね」
たとえば、普段口数の多いヲタク娘が攻めに攻められ、息も絶え絶えになる様子は、見ていてゾクゾクする。
「ほう、なるほど……!いや、というか、初めからこのようなちっぽけな尺度で測れる関係性じゃないのかもしれない……!ン、ン、ンンン〜!尊みフルマックス……!」
相変わらずブーメランが刺さっているな。
僕らは現在トラックをひたすら走っている。おおよそ2列縦隊の形だ。前の方を走っているテイマクの間には、何者も立ち入るべきでない空気が漂っている。そのおかげか、先ほどの僕のお嬢疑惑発言が彼女の耳に届かなかったのは幸いだ。
ちなみに、先頭民族さんだけは数十m突出していて、スペちゃんが追いつこうと必死に頑張っている。尊い。
「ハァ……アンタたち、よくそんな平気でおしゃべりできるわね?疲れないの?……あと舌噛むわよ?」
「ヲタクは普段から早口だから舌の扱いには慣れてるんだよ」
プラス、トレセンに来てから、僕の舌使いには磨きがかかった。
「まあ確かに、僕はスタミナにはそれなりに自信があるからともかくとして、距離適性で言えばスカーレットよりデジたんの方がヘロヘロになってもおかしくないんだよねぇ……」
「ハイッ!正直既にかなりキテますけど、ウマ娘ちゃんの前で弱音は吐けませんからねェッ!」
つよい。
「つか、マックイーンがどーしたって?テイマク?マクテイ?なんかの暗号かよ?」
「ウオッカ。アンタにはまだ早いわ。……というか一生かかっても理解するべきじゃないかもしれないわね」
「あ、もしかしてスカーレットは知ってるの?」
「や、えっと……。ほら、オロールも同じクラスなら分かるでしょ。アンタらと似たような趣味の子だってそれなりにいるんだから、話が何度も何度も耳に入ってきたら嫌でも分かるわよ」
そういえば、僕は休み時間にクラスメイトと会話することがあまりない……、というかほぼない。授業の合間にやることといえば、デジたんのもとへ直行するか、窓の外をぼんやり眺めながら妄想に耽るか、どちらかだ。
しかし、クラスメイトにもそれなりのヲタクがいるらしい。ならいっそ学園にいる全員をデジたんのファンにしてしまおうか。
「え、何だよ。フツーに気になる。教えてくれないんだったらよー。なあ、ヒントくれよ?」
「ハァ?……分かったわ。どうなっても知らないわよ。そうね、その法則でいくと……例えば、オロデジとか、あとはスペスズってとこかしら?合ってる?」
「そうだね、あとはウオスカがあれば……って、そんなコワイ目で睨まないでよスカーレット。悪かったって」
スカーレットはお気に召さないらしい。スピカにおける僕のイチオシタッグなのだが。
「デジ、スペ……ああ、んだよ、名前略してんのか。でもなんで2人分続けて呼ぶんだ?オロデジ……はなんとなく分かる。スペスズも、言われてみると確かに。っなんかちょっと、は、恥ずいな、コレ……」
おっと危ない。ウオスカの真実に辿り着く寸前だった。もし彼女がそれを知ってしまった場合、間違いなく鼻血を撒き散らして倒れるに決まっている。
「ウオッカってホント、普段カッコつけてる割にそういう話はウブよねぇ〜……。多分アンタだけよ。キスシーンで鼻血出してる中学生は」
「はぁっ!?だって、アレは、その……!だっ、ダメだろあーゆーのは!唇と唇が、こう……くっつふぶぎゃっ!?!」
「ちょ、ウオッカッ!?どうしたのよ!?」
ああ、あんまり慌てるものだから舌を噛んでしまったようだ。そういえば、僕らは今ランニングの最中だったな。その割にはスカーレットもよく喋っていたが。
「ぐぅおああぁ……!
「はぁっ、もう……!血は出てないのね、よかったわ。痛むんなら一旦休んで……」
「ああーー……!いや、大丈夫だぜ?全ッ然痛くねぇから!ホント!マジ!」
「ほわぁぁぁぁ何ですかそれぇ!?ちょ、尊みがすぎるってぇ……!普段あんなにつっけんどんなのに、こういうときは誰よりも早く気遣うとか、もう、ヤッバ……!エモで死んじゃうぅ……!」
うーん、激しく同意だ。これぞウオッカ、これぞスカーレット。彼女たちのケンカップルがあまりにも素敵なものだから、学園の名物と化しているのも頷ける。
「てか、ぶっちゃけ2人はお互いのことどう思ってるの?こっちの見立てじゃあ間違いなく親友以上の関係だと思ってるんだけど……」
「は?何よ、いきなり……。でも、まあそうね。親友とはちょっと違うかも。かといって、別にコイツのことが嫌いなワケじゃなくて……」
「嫌いっつーか、ライバル?真面目な話、俺はスカーレットのことは認めてるぜ。ある程度だけど」
「アンタ、こういう時は冷静になるのね。大人ぶっちゃって……」
「お前みてーにすぐ熱くなるヤツとは違ぇーの。俺はもう一歩先の場所にいるんだよ!」
「へぇ〜……。重ねて言うけど、キスシーンで顔真っ赤にするのが大人、ねぇ?」
「あ゛ー!?だって、だってよぉ!ありゃ、ダメだろ!?つーか、そういう系のデリカシーがしっかりしてるヤツこそ大人だ!変にソッチの話題出す方がガキだぜ!?」
ウオッカの言い分がまったく分からないこともないが、彼女の目指す大人というのは、ソッチの話題になってもクールな態度を崩さない人だろう。
「つまり、お二人の関係は……。ライバル以上恋人以下ってことですね!!」
天才か!デジたん!
一番的確な言い方を見つけてくれた。恋人「以下」がミソだ。「未満」じゃあない。
「ちょっと、よしてよね、デジタル。恋人、なんてワードを出したらウオッカがまた舌を噛むわよ」
「……スイーツ!スイーツ!スイーツ!スイーツ!」
「あっ、誤魔化し始めたわ」
時に沈黙は雄弁なり。そうやって誤魔化すと、かえってそれが事実であると認めているのとなんら変わりない。
「っ今誰かスイーツとおっしゃいました!?」
ああ、スイーツの狂信者まで振り向いてしまった。
「スイーツ!スイーツ!スイーツ!スイーツ!」
「何それ、かけ声?なんか面白い!ボクもやるー!スイーツ!スイーツ!」
「結局うまい具合にあやふやになったわね……。スイーツ!スイーツ!」
こうして、奇声をあげながら走るウマ娘の集団が完成した。
……トレーナーさんの言う、仲間同士の信頼、というヤツに関しては、スピカは間違いなく世界一だ。チームの一員である僕は自信を持ってそう言える。
僕とデジたんの関係性?そりゃあもちろん恋人以上だ。たったそれだけ。なぜならば愛が無限大なので、友達以上恋人未満、のように終点を設ける必要がないから。
◆
その日の夜、いつもの調子でデジたんの部屋へと赴いた僕だが、彼女の様子が少しおかしかった。なんというか、自室にいるのにあまりリラックスしていないというか。
「やあデジたん。どしたの?どっか体調悪い?」
声をかけると、彼女は固まっていた表情を綻ばせて微笑んでくれる。
「こんばんは、オロールちゃん。窓から来るのは相変わらずだね。えっと、体調は悪くないんだケド……」
含みのある言葉だ。何かあったのだろうか。2人っきりである今のうちに……タキオンさんが緑色の煙を吹き出しながら気絶しているので実質2人っきりである今のうちに、僕に話してほしいものである。
「あたしたちも、もうすぐデビューでしょ?定番の悩みかもだけど、うまくいくかなって考えちゃって」
「デジたんなら何をやっても大丈夫だよ」
布団に潜り込みながら、彼女の話を聞く。
「うん。なぜかは知らないけど、デビュー前のあたしにもファンの人たちがついてくれてる。それは分かってる。けど、あたしもヲタクだから、やっぱり競走ウマ娘ちゃんに何が求められてるかとか、そういうのも分かってる。ウマ娘ちゃんと走るのは楽しみだけど、その……。ファンサ的なコトもしっかりしなきゃ、応援してくれる人に失礼だし?あびゃあ、荷が重いぞい……」
競走ウマ娘の魅力として、やはり第一にあるのは走りだ。要はメインコンテンツであると言える。
そして、レースに金銭の絡まないこの世界では、ウイニングライブは非常に大きな意味を持つ。推しが歌って踊る姿を見られるウイニングライブの方に重きを置いているファンも珍しくない。中央トレセンともなれば、選手全員にウマドルとしての一側面があると言っていい。
「でも実際、適当にやっても許されるんじゃないかなって……。ゴルシちゃんのヤツも結局会場は大熱狂だったし?」
この世界、もしかするとウマ娘の草食動物系のほほん遺伝子が浸透しすぎて、寛容な人間が多いのかもしれない。
とはいえ、そこに甘えてライブを疎かにするのは違うだろうから。僕が言いたいのは、気負う必要はあまりないということだ。
しばらくして、僕の目を見つめていた彼女の口元が綻ぶ。
「ふふ、ホントのことを言うと、今のあたしは全然緊張してないよ」
「へぇ……?」
「今日トレーナーさんも言ってたけど、信じられる誰かがそばにいるだけで走る気力が湧いてくるんだね。オロールちゃんの顔見たら、不安とか、吹き飛んだ」
「……ッ!」
嬉しいことを言ってくれる。なんだか腰元のあたりが落ち着かない。少々埃も舞ってしまったようだ。
「CPにあたしが組み込まれるのは解釈違いだけど、でも……オロールちゃんの場合、性癖とか諸々が終わってるせいで他に相手がいないし……?」
「あ、ちょっと毒舌。すき」
言ってみれば、僕は本来世界に存在し得なかったはずのウマ娘だ。前世で自分の名と同じ競走馬の噂を聞いたことはない。僕が無知である可能性もあるにはある。しかしスピカ関連の出来事など、僕とデジたんを起点に起こった「歪み」……というよりは、新たな未来?そういったものが非常に多い。
「……ホント、僕には、君しかいないよ」
自分は世界の異分子だ、なんて卑下するつもりは毛頭ない。生の実感はこの上なく感じているし、いつかレース場の電光掲示板に僕の名を刻みつけてやる予定だってある。
しかしそれも、たとえどんなウマ娘であれ必ず愛してくれるアグネスデジタルというウマ娘のおかげと言っても過言ではない。彼女のおかげで僕の夢が叶う。彼女こそ僕の夢だ。
「うん、僕には君が全てだ」
「はあぁ突然のイケメンセリフ!?顔面もイケメンすぎてつらい……!」
同じ布団に入っておきながらまだそれを言うか。ヲタク魂逞しいな、まったく。
最終的に何が言いたいって、可愛いなこの生き物。女神ごとき屁でもないレベルで可愛い。宇宙はデジたんから始まった。今の僕はデジたんによって形成された。
眠ってしまうのがもったいないが、しかし眠らなければ明日のトレーニングに響く。何より、おはよう、という気持ちを伝えられないのがなぁ。
ああ、今夜も悩ましい。
ドロワットのイケメンセイちゃん&フジ先輩でふと思い出したけど、ウマ娘って実質ほとんどTSみたいなモノですよね。ふーん、だっちじゃん。
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ロイヤルビター・スタイル
作者がこのお話でゴルシちゃんにぬか漬けを作らせたとき、そのボイスを知らなかったんです。期せずしてサイゲとネタが被ってたんです。まあ、だからどうしたって話ですけども()
「……て」
「う、うぅ……んぅ?」
「……きてよ。起きないと。朝ご飯食べられなくなっちゃうよ?」
フッと優しい息が鼻にかかるのを感じて、第一に僕が目にしたのは、美しい碧色だった。
「……ハッ!?瑞々しさと美味しさ満点、春のデジたん盛り合わせセットはどこにッ!?」
「ふぁっ!?怖っ!?怖いッ!?あたし美味しく戴かれちゃってるっ!?」
あの病みつきの味が……まさか、夢?
「とりあえず安心してデジたん。僕は断じて君を丸呑みなんかしてない。ただ、デジたんin卒業式コスバージョンとか、デジたんin入園式コスバージョンとか……いろいろ美味しかった。思わず噛みついちゃったよ」
「安心できませんなぁ……?」
逆に考えるんだ、夢の中で僕が欲望を発散させたことが安心に繋がる、と。もしも悪夢でも見ようものなら、僕は今この瞬間に現実のデジたんを喰おうとする。だって美味しそうなのだから。
まあなんにせよ、春らしい装いのデジたんは可愛い。現実でもいろいろと拝みたいところだが、しっかりと楽しませてもらった。
彼女には春が似合う。
やはりその桜色の髪だろうか。暖かみが結晶と化したようなその目だろうか。目まぐるしく移りゆく春の眺めの中では、誰にでも変わらず分け隔てなく接する彼女の優しさ、彼女の在り様というものは、一際輝いて見える。
「……アレェ?あたし、当たり前のようにオロールちゃんを起こしてるけど、コレってかなりとんでもないコトでは……?」
不意に呟くデジたん。確かにそうだ。そもそも毎度のように窓伝いでアグネス部屋を訪れる僕は、寮の規則に泥を塗るどころか、シュールストレミング缶を投げつけているようなものだし。寝床を同じくしたのち、大概は僕が本能レベルでデジたんを求めるせいで、朝起きる頃には素晴らしい寝相が完成している。よって、必然的に起こし方も素晴らしいものになる。おはよう、と吐息を感じる幸せは何にも変え難い。
「とにかく、食堂に行こう?」
「……食べたい」
「あたしの方を見て言う理由を述べてほしいな」
変な意味はない。僕が言いたいことは、この世の摂理であって、わざわざ説明するほどのことではない。ハングリーになると何かを喰いたくなるのは当然のことだろう。
「フッ……フッハハハハ……!相変わらず君たちは面白いねェ?」
「タキオンさん、おはようございます。……っていうか、大丈夫ですか?あの、耳からなんか垂れてますけど……?」
忘れてはいけないことだが、この部屋にはタキオンさんがいる。いつものことなのでもう慣れたが、彼女が自分の体で実験を繰り返すせいで、常夜灯を点ける必要のないエコなライフスタイルが完成されている。ここ最近はずっとどこかしらの開口部から蛍光グリーンの液体を流している。ただし、今日のは蛍光感が弱い。……そのせいで余計に生々しさが増して少し気持ち悪いな。
「あぁ、この耳のヤツかい。まあ気にしないでくれ……」
彼女の声には露骨な疲労が表れている。実験に行き詰まっているのだろうか。現に、タキオンさんは覚束ない足取りでベッドから降りたあと、机の上にあったナニカを取り出して、それを口に入れ……て待て、あれ砂糖の塊じゃないか?
「タ、タキオンしゃん?あの、何故砂糖の塊を召し上がってらっしゃるので……?」
「ん、あ、うん?あぁ、角砂糖をね……。なぜだろうね。そこに甘味があったものだから、つい……」
ありゃ、相当に参ってる。普段のタキオンさんなら砂糖をそのままキメるようなことはしない。せいぜい紅茶にブチ込むくらいだろう。
「あ、あぁ……アレが、アレが来る!私の口の中に、入ってくるッ……!ああああぁ……!」
「タッ、タキオンしゃぁん!?」
砂糖を嚥下するタキオンさん……なかなかにレアな日本語だな。とにかく、タキオンさんが角砂糖を飲み込んだかと思えば、いきなり発狂ロール。なんらかの超常存在的幻覚が見えてしまっているのだろうか。アレ、とはなんぞや。
「ああぁあ゛ぁーー……!ハッ!す、すまない。私としたことが、この程度のことで取り乱すとは……。ハァ、自分のことを情けなく思う日が来るとは。モルモット君は平気だったのに……。いったいなぜだ?」
「何ですかちょっと。またヤバいおクスリがらみの話ですか」
「その通りだよ。ただ、今回のにはかなりの欠陥があってねぇ……」
ふむ。彼女の目のクマの原因は、クスリがなかなか完成しないことからきているのだろうか。
「……不味いのだよ。本当に。不味い。センブリ茶ににがりを溶かし込んだような味だ。正直言うと、私は青汁さえもこの世の飲み物ではない、という考えの持ち主だったが……。とことん自分の甘さを思い知らされたよ。……砂糖だけに」
「タキオンさん。あなた疲れてますよ」
疲れすぎて会長の因子を継承してしまっている。
「ち、ちなみに、どんな薬品なんです?その緑色の液体は……」
「お、おぉ……!興味があるのかいデジタル君!よし、ならば説明してあげよう!コレはねぇ……。端的に言えば、究極のエナジードリンクだ!」
「エナジー……?」
死にかけのタキオンさんが、デジたんの一言で復活した。まあ、見るからに研究に手こずっているようなので、その苦労の成果を聞かれると嬉しいのだろう。
「コップ一杯飲むだけで、2週間分の疲れが吹き飛ぶ超強力効能!日々己の肉体を鍛え抜く競走ウマ娘にとっては、まさに喉から手が出るほど欲しい逸品さ!……ただし味は死ぬほど不味い。ハァ、私としたことが。いつものように味にはこだわりたかったが、こればっかりはどうにもならなかった」
悲壮感漂う顔で述べるタキオンさん。よほどひどい味らしい。
「ところで、どうして耳から薬品が漏れてるんです?」
「ハハッ、実験じゃよくあることさ」
「なるほど。そういうものですか」
よくあることらしい。事情を知らない人が見たら失神しそうな光景だが、よくあることらしい。まあ、学園内でたまにすれ違う全身発光人間よりかはいくらかマシだな。
「というか君たち、このおクスリに興味はあるだろう?あるに違いない!ならば私の実験にも当然協力してもらえるね?うん、よろしく頼む。何と言ったって、あまりの苦さに、ブラックコーヒーが得意なカフェでさえも砂糖を口に掻き込んだほどでねぇ……。ここ数日の私は本当によく頑張ったと思うよ」
「え、ちょ、僕ら一言もオッケーとは言ってないんですけど!?」
「ハハッ。デジタル君はどうせ私が上目遣いでもすれば絶対に協力してくれる。そして君もついてくるのだから、結局のところ私に協力しないなどという選択肢はないだろう?いやぁ、もうこの苦味ともおさらばだと思うと、気力が湧いてくるよ……!他人で実験する瞬間が一番生を実感するねぇ!」
タキオンさんの実験は、一応最低限の安全は保証されている。しかし、言い換えてみれば要するに、命に関わる危険はない、というだけであって。今回の場合、その点だけを見れば、もはや拷問と何も変わらないと言っても過言ではない。
タキオンさんの舌は相当に甘々だから、僕はこの超効能エナドリを軽く見ていた。所詮は砂糖ジャンキーの基準だから、そこまで苦くはないはずだ、と。
しかしカフェさんがやられたなら話は別だ。これは紛れもなくヤバい。劇薬だ。
「……デジたん。断れるかい?」
「あたしは……。ウマ娘ちゃんのためならば、なんでもする。たとえ火の中水の中でも関係ねぇッ!それがヲタクの礼儀ッ!オロールちゃん……。覚悟はいい?あたしはできてる」
ちくしょうこんな時に勇者モードだ!
「じゃ、早速で悪いのだけれど、効果をより実感するために……。死ぬほど走ってきてくれたまえ」
「……しぬほど?」
「ふむ、そうだねぇ。今は朝だから……。日が暮れるまでノンストップだ!」
◆
「ハァッ、ハァッ……!調子乗って都外に来てしまった……!」
「ア、ア、ア、ア……。オ、ロール、ちゃ……。あたしの、ほねは、ひろって、ね……!」
「デジたぁぁんッ!?」
◆
「やぁ、こんばんは……。っと、どうしたんだい、その格好は」
「ハァ、ハァッ……!デジたんはっ……、旅の、途中でッ……!」
デジたんは……。彼女は、箱根からの帰り道で尽き果てた。
「ふむ……?つまり君は、彼女をそうやって抱きかかえたまま帰ってきたのかい?いや、確かに死ぬほど疲れろとは言ったが、ホントにやるとは……。やはり君たちは面白い」
確かに肉体は死ぬほど疲れている。しかし、僕の心はいまだに生のエネルギーで満ち溢れている。
体力を消耗すると逆に多幸感を感じる、という現象は、ランナーズハイの名でよく知られている。僕もその例に漏れず、60km走ったあたりで頭がホワホワしてきたのだが、同時にデジたんが完全にトンでしまった。そこからデジたんを抱いて走ったわけだが、アレは……。キモチ良すぎて死ぬかと思った。
「フフフフフ、さぞや疲れたろう?ん?それなら早速!グイッと飲んでくれたまえ!」
「随分楽しそうですね」
「当然だとも!実験というのはそれだけ私を魅了してやまない!自分の身体を使うのも、正確なデータの収集という点で見ればなかなか悪くはない……。だが今回の場合は違う。あんな苦いものは二度と飲みたくない!だからこそ、他人で実験できるのが面白くてしょうがないのさ」
「……」
彼女は紛れもなくマッドサイエンティストだ。目に光が灯っていない。
……いや、待て、落ち着け。別に死ぬわけじゃない。ただ苦いだけだ。
「いやぁ楽しみだ。不公平のないように言っておくが、本当に不味いのだよ。あのカフェでさえ、飲んだ直後に角砂糖を2、3個口に放り込み、それから私の頬をビンタした。ちなみにその日の夜は一晩中私の耳の中で何かが呻く声が聞こえてきたので眠れなかったよ。ハハッ」
待て。ただ苦いだけか?ホントに?死ぬのでは?
「……ファッ!?目覚めたら突然目の前にタキオンさんがっ!?」
「おはようデジタル君。よし、これで役者は揃った。さあ、疲れが残ってるうちに飲んでくれ!」
「えっあっハイ。あの、何が起こったので……?あたし、さっきまで路肩を走っていたような……?」
「簡単に説明すると。デジたん、君は道半ばで僕にもたれかかってきた。だから僕は、まあ、いわゆるお姫様抱っこをしてみた。……安心した表情で、君は寝息をたて始めた」
「ハッ、つまりオロールちゃんがあたしをここまで運んで……?た、体力お化け……?あっ、えっと、ひとまず、ありがとう……」
お構いなく。おかげで僕は自分の限界を越えられたと思う。
「挨拶は済んだかい?早く飲んでくれたまえよ。私はさっきからずっとウズウズしてるんだ」
「飲みますよ、飲みます。ただ、ちょっと覚悟が必要というか……。あ、ちなみになんですけど。コレの材料ってなんです……?」
「おやぁ、そこが気になるかい?じゃ説明してあげるとも。原材料は実に健康的!ケールをはじめとした各種青野菜、ローヤルゼリー、私特製の薬液など、自然由来のものをふんだんに使っている!……ただし味はよろしくない、非常に。なんとかして改善を試みたが、効果との両立が厳しく、断念した」
タキオンさん特製薬液のあたりが非常に不安だ。今回のものはケミカルな光を放っていないだけまだマシだ。おそらくタキオン印の薬品の含有量が少ないからだろう。何を言おうと、結局は凄まじく不味いだけなのだから。問題はない、はず。
「……せーので飲もう。いけるかい?デジたん?」
「ええ……!逝くときは一緒です!せーのッ!」
おまじない程度に息を止め、緑色の液体を口に流し込む。
「オ゛ッ……」
デジたんから、おおよそ生物が出していい音ではない声が漏れた。
「カハッ」
あ、僕からも。
……なんだこれ?地獄の責め苦か?
舌がおかしい。何か、食事という行為自体に嫌悪感を抱いてしまうレベルで不味い。タキオンさんは「センブリ茶ににがりを溶かした味」と形容したが、それはおそらく彼女特製の謎薬品である程度苦味を中和した場合の話なのだろう。コレは、テレビの罰ゲームにでも使おうものならお茶の間からクレームが殺到するであろうレベルで不味い。
「ククククク……、苦いだろう?そうだろう?クックック、ハハハハッ、アァーハッハハハハッ……!だが安心したまえ。じきに効果が現れて、君たちの体は走る前よりも軽くなるのだから!」
こんな……。こんなものを飲んでまで、果たして体力回復を行う必要はあるのだろうか?確かに肉体は回復するだろう。しかし、毎度これを飲むとなると、精神はズタボロになるに違いない。
「待って、コレ、マジで、無理だ……!タッ、タキオンさん!お願いが!砂糖でも塩でも片栗粉でもお酢でもデスソースでも何でもいい!とにかく、苦味以外の何かを……!」
「しょうがないねぇ。それじゃこの角砂糖を……。あっ!?そんなッ……!使いすぎたせいで一個しか残っていないッ!」
ああ。
この世界は、残酷だ。
「フッ、ンフフフ……!そうですか、そうですか……。じゃあ仕方がないよね?デジたん?」
だが、しかし。
この残酷な世界は、美しい。
「ハッ、オロールちゃん、何を……ぐもっ!?」
「口の中が苦くて苦くてしょうがない。君もだろ?デジたん?」
「だからって、何もいきなり砂糖を口に突っ込まなくても……んんんんんッ!?」
「ん、可愛い……。はむっ」
「んむんんんんんん!?」
ふふ、これが最適解だ。
たった一つの砂糖を分け合う方法。少し甘ったるいだろうが、今の僕たちにはちょうどいい。
「んっ……。ぷはっ。いいね、最高だ」
「あばばばばわわわわわ……!まさかお口を齧ってくるとは……!あ、もう苦味とか気にならなくなった……」
そうだろう?やって正解だった。
「へ、へぇ〜。ふゥン、なるほどねぇ。なかなか賢い方法だね」
「でしょう?僕とデジたんとの間にある信頼によってこその方法ですよ。ふふん」
「なぜちょっと得意気に……?」
コミュニケーションにおいて、適切な距離感、というものがある。日頃からほとんどの人が感じているだろうが、他人との間には普通ある程度の隙間というか、緩衝材が必要だ。そうでなければ、意見や感情が良い悪いを問わずダイレクトに伝わってしまうので、コミュニケーションに支障が出る。
「ハァ……。美味しかったなぁ」
「怖い怖い怖い!?あたし食べられるっ!?」
ただし、僕とデジたんの場合、2人の間に壁などは存在しない。そんなものがあっては、隅から隅まで味わえなくなってしまう。この至宝を。
「ふむ、ふむ。君ら、随分と元気そうだねぇ?」
「えっ?あ、確かに……。もう疲れがほとんどとれてます。すごいですねコレ。効果も味も……」
「うぅむ、やはり課題は味だねぇ。さすがに苦すぎる。カフェが匙を投げるほどとは……。少なくとも彼女が飲める程度でなければ、商品化は難しいか……」
「ええ、苦すぎますよ……って。今なんて?商品化?」
この舌破壊飲料を商品化するだって?
「ああ。実は、実験している最中に部屋が吹き飛ん……コホン。とにかく、ひょんなことからたづなさんとお話しする機会があってねぇ。その際に彼女がたまたま目をつけたのさ。『ひょっとすると、生徒の体力回復に活用できるかもしれません』なんて言われてねぇ。だから今回は材料も倫理的なものを多く使用しているのだよ。うまくいけば、いずれは学園のショップに並ぶ予定だ」
倫理的なものを多く使用、という日本語がいまいち分からない。いつもは違うのか。というか、タキオン印のおクスリが公共の場に置かれてよいものだろうか。この人、いつかこっそり変な成分を混ぜて「大規模実験だ!」とか言い出しそうだから怖いんだよなぁ。
「ソレ、もはや一種の推しグッズでは……?あっ、しかも手作りッ!?ッ、購買意欲がムンムン湧いてきましたッ!タキオンしゃん!商品名はなんでしょうか!」
「そうだねぇ。実はまだ考えてないんだ。君たち、何かいいアイデアはないかい?」
「えっあっハイっ!そうですねー……。とにかく、苦かったです。シンプルに、ビター、とかはどうでしょう?」
「僕はあんまり味覚えてないなぁ。デジたんに噛みついた時の舌のままだ」
「平気な顔してとんでもないこと言ったねオロールちゃん」
ただの事実だ。春のデジたんは旬だから、堪能させてもらった。
「
「うわぁ、すごい雑。いいんですかそれで」
「なら君たちがもっと良い案を出したまえよ?」
「いやぁ良い名前だ!特にロイヤルのあたりが……!なんだか気品を感じますよ。さすがですタキオンさん!」
最高のネーミングセンスだ!
ロイヤルビタージュース。実際、やけにしっくりくる響きだ。
それにしても、この劇薬がショップに陳列されるとは。大丈夫だろうか。もちろんこの試作品よりも味は改善されるだろうが、それにしても不味いことに変わりはないだろう。口内とメンタルのケアを兼ねて、甘々な絶品スイーツを隣に置いておくくらいはしてほしいものである。
「あー……。にしても、ヤバい。さっきから気力が有り余ってる。さっきよりも長い距離を走れそうだ」
「ククク、どうかね?素晴らしい効果だろう?まあ、再び走るのはオススメしないよ。疲労を感じていないだけで、体組織はかなり消耗している状態なのだから。適当に屋内で暇を潰しておくといい。ストレッチくらいならできるだろう?私は今晩実験室に篭るつもりだから、どうぞお好きに。では、また会おう」
何かを察したようにスッと消えるタキオンさん。
……今回のおクスリは、舌を犠牲に体力をみなぎらせてくれた。このままでは満足に眠れないほどだ。
「デジたん。君も分かるよね?こう、胸の内側から何か熱いものがずっとこみ上げてくる感覚がするんだ。熱を放出しないとどうにかなってしまう気がする」
「えっちょどうしてそんなに手をワキワキさせながらじわじわ近づいてく……あー!?なるほど!?あ、あたしだってただじゃやられないからね!?く、来るなら来ぉい!?」
子猫のようなファイティングポーズをとるデジたん。そのような申し訳程度の構えなどでは、もちろん僕を阻めない。
「み゛ゃあああぁっ!?」
「よぉし捕まえた!ふふ、今夜はすこし情熱的になる。そっちのが君もちょうどいいよね?」
「ふぁ、ふぁいぃっ……!せ、せめて、眠れる程度にお願いシマス……!」
おっと。それは厳しいかもしれない。
トラック持ち上げたり、海割ったり、5トンタイヤ引いたりできるあたり
ウマ娘>>>>>馬>>人間
だと思うんですよね。それに蹴られても平気なトレーナーはやはり人間じゃなk
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ユメジョシメイカー
サイゲに日本一のヲタクが潜んでいる可能性が高い……!
ある日のこと。
春の始まりらしい柔らかな風を感じる、特に変わったことのない日。そのはずだった。
朝食を食べ終え、デジたんと廊下を歩いていると、ふと彼女が大口を開けて欠伸をした。
「ふあぁ〜〜……!……ねむっ!とてもねむい!」
「大丈夫デジたん?てか、目の下にクマが……。うん、やっぱり毎晩僕が側にいないとダメなんじゃないかな。何、創作に励んで夜更かしでもした?」
「あはは、これは、その。なかなか新刊のネタが浮かばず、つい考え込んでしまって……」
寝不足はお肌によろしくないというのに。
普段はしっかりものの彼女だが、こと推しが関わってくると、歯止めが効かなくなってしまう。だから僕がつきっきりにならないといけないんだ。絶対にそうだ。
フラフラと、足取りも不安定なものだから、いつもなら敏感にウマ娘の気配を察知する彼女が、通行人とぶつかってしまった。
「あっあぁっ……!すみませんッ!本当に申し訳ございませんっ!あたくしの不注意で……!お怪我ございませんか!?大丈夫ですか!?」
ぶつかった方を一目見ると、ポケットに手を突っ込み、ガラの悪そうな目つきをしたウマ娘がそこにいた。
まあ、誰というわけでもなく。ウマ娘よろしく眉目秀麗ではあるが、僕の記憶にはない見た目の、いわゆるモブウマ娘。
「あ?……ナニ、お前。ぶつかっといてそんだけ?先輩への礼儀が足りてないんじゃないのぉ?」
いや、デジたんの反応はむしろ過剰なレベルだと思う。
と、それはともかく。このウマ娘、見た目に違わぬヤンチャな子らしい。そして「高校生から見ると中学生がちっちゃく見える現象」のせいだろうか、僕らをナメくさった態度。そして、仮にも精神年齢でいえば彼女よりは上の僕……。上、だよな。うん。自分で言ってなぜか一瞬不安になった。その僕からすると、典型的な不良少女である彼女には、逆に背伸びをしている雰囲気が窺えるので、正直嫌いじゃあない。独特の香ばしさがある。ちょいワルウマ娘だ。
「はひっ!どうぞ、なんなりとお申し付けくださいッ!何かご不満な点がありましたら、どうぞバンバン言っちゃってくださ……」
その瞬間、ちょいワル娘はデジたんの耳元に口を近づける。オイ!それは僕の特権だぞ!?
「ねぇ、アンタさァ。そんなんで済むと思ってるわけ?ちょっと後で校舎裏に……」
「オイコラァッ!デジたんを誑かすなァッ!?」
ちくしょう、コイツ!デジたんが可愛いからって、校舎裏に呼び出してあんなことやこんなことをするつもりに違いない!いくらウマ娘とはいえ許せないッ!デジたんにあんなことやこんなことをしていいのは僕だけなのに!
「オイテメェ、いまデジたんに何した?可愛い可愛いデジたんのことを口説こうとしたよなァ?」
「ハッ?いや、違ッ、私はただ、コイツからちょっくら小遣いを貰おうと……」
「……ンだと?オイ、オイ。いいか、よく聞けよ。デジたんは僕のモノなんだ。人のモノとっちゃダメだって、小学校で教えてもらったよなァ!?ン?聞いてんなら返事ィ!」
「ハッ、ハイッ……!」
どうやら彼女の目的がデジたん本人ではないらしいことは、血の昇った頭でもなんとか分かる。しかし、それは言うなれば、このちょいワル娘はデジたんの魅力を理解していないということだ。
「あ、あの、なんか、ゴメンナサイ……!」
冷静になりつつある目でちょいワル娘ちゃんを見ると、先ほどとは打って変わって、兎のようにガタガタ震えて僕らに謝っている。
「スゥー……ハァー〜ッ!よし、一旦落ち着いた。すいませんねぇ、いきなり怒鳴っちゃいまして。けど、今の僕悪くないですよね?センパイ?ねぇ?違いますか?」
深呼吸したからか、口先がやけに滑らかだ。
「ハッ、ハイ。あの、私がチョーシ乗ってました……」
「イイ返事じゃないですかぁセンパイ!そうだ、ぶつかった縁ですから、この際デジたんについてたーっぷり知っていってくださいよ!この子とっても可愛いんですからァ!ねぇデジたん!君は可愛いもんねぇ?」
「ハッ、えっあっ、えっ?ちょ、オロールちゃん?なぜいきなりそんなテンションに……?」
今となっては、表面上はある程度冷静だ。しかし、依然として僕の心の奥底では苛立ちや怒りが渦巻いている。結果はどうであれ、ちょいワルちゃんが恐喝をした事実は変わらないのだから。単にそのどうしようもない怒りを発散したいので、布教をするまでのこと。
「よく聞いてくださいね、センパイ。この子、アグネスデジタルっていうんですけど……。まず見て!この可愛らしい姿!もうどこをとっても可愛い!究極の芸術!その上性格も優しいッ!そして賢いッ!いいですか、この子がいなきゃあここ数年のファン感謝祭や文化祭は存在し得なかったんですよ?デジたんは常に他のウマ娘のことを考えられる子なんです。だから、学園行事の際は進んでボランティアに取り組み、ウマ娘皆が楽しめるように心身を削ってるんですよォ!デジたんは!」
「へ、へえぇー〜……」
「分かったら感謝ァ!ありがとうって言えェ!」
「ハッ、ハイッ!いつもありがとうございますデジタルさんッ!」
うむ、パーフェクト。
「もっとデジたんのことを推したくなったでしょう?なったという体で話しますけど。まずはファンクラブに入ってください。次に彼女のような模範的なウマ娘ヲタクを目指してください。それだけで生きるのが楽しくなりますから」
「は、はぁ……」
「返事が小さァいッ!」
「ハイィッ!?」
「いやいやいや!?オロールちゃん!?やりすぎだよ!?」
やりすぎ?断じて違うね。多感な時期の迷えるウマ娘に、ヲタク道という最高の行先を見せてあげただけだ。
推しがいると心が豊かになる。脳科学的なメリットが非常に多い。幸福ホルモンを手っ取り早く生成するには、推し活をするのが良いだろう。僕などは、デジたんを愛して愛して愛し続けた結果、魂レベルで幸福を感じているくらいだ。
「……その、いろいろと、ごめんなさいッ。あの、もう二度とアナタたちの前には現れないから……!」
「ああああちょっと待ってくださいよぉ!?あたし全然気にしてませんからぁ!?むしろヤンキー系ウマ娘ちゃん万歳って感じで……!」
「ひっ……!ううぅ、もう私このヤンキースタイルもやめる!もともとシリウス先輩に憧れて始めただけなの!だからホントは全然ヤンキーとかじゃないんスッ!さっきの耳元で囁くやつも、シリウス先輩の受け売りなんスッ!むしろ私が先輩に囁かれたいっ!あとタバコ吸うのとかも怖いからココア味のシガレット型お菓子舐めてるんス!ごめんなさぁい!」
そう半泣きで述べる彼女。というかヲタの素質は十分あるように思える。そのシリウス先輩とやらが耳元で囁くのを聞きたいという欲求は、まさしくヲタクそのものだ。
デジたんはというと、何やら考え込んでいたようだが、口を開いてこのようなことを言った。
「もしや、シリウスさんの所へ赴けば、ウマ娘ちゃんのてぇてぇが大量に拝める……?あ、ていうか次の新刊のネタそれでイケるかも……」
「なるほど?ああ、一応聞くけどさ。まさかデジたんもシリウスさんに口説かれたいとか思ってないよね?」
「……ノープロッ!思っておりませんとも!」
ならよし。
デジたんが変な汗をかいているように見えるが、多分僕のせいじゃない。
「じゃ、ちょいワルちゃん。シリウスさんとこまで案内してほしいんですけど……」
「ちょいワルちゃっ……!?あ、あの、一応私、グランシャマールって名前があるんスよぉ……」
「あ、そりゃ失礼。じゃ改めて、ちょいワルセンパイ。シリウスさんに会いたいんですけど……」
「いや名前……あっもういいっス。ホントごめんなさいぃっ!」
なぜ僕を怖がる?
手は出していないのに。うーん、不思議だ。
◆
「シリウス先輩、普段はこの辺で私たち後輩の走りを見てくれてるんです。今日はまだ来てないみたいスけど。……あ、私もう帰っていいですかね?ていうか帰りますね。それじゃ……」
心優しきモブウマ娘ちゃんの案内でたどり着いたのは、レース場のとある一角。自主練に励むウマ娘がまばらに見受けられる。
「……僕も一応ヲタクの端くれやってるわけで。最推しはもちろんデジたんなんだけど、それでも他のウマ娘に魅力を感じないかと言ったら嘘になる」
「……つまり、何が言いたいの?」
「ストレッチしてるウマ娘ってエッ……!ゴホンッ!可愛いなぁって。あっ、そうだ。ちょっとデジたんストレッチしてくれよ。できれば足裏とか脇腹とかをチラ見せしつつ」
「注文が多いっ!?」
筋肉を引き伸ばして、ちょっとキツそうな顔であればなおいい。別にわざわざセクシーアピールなどをする必要はない。ヲタクは勝手に悶える生き物だ?
「ていうか、トレーニングの時にいつも見てるじゃん。あたしのストレッチなんて」
「ハッ!そうだ、僕はなんて幸せなんだ……!」
なんとも嬉しいことに、僕の所属するチームには魅力的な娘がたくさんいるのだ。デジたん以外にも、ゴルシちゃんなんかのトレーニング姿には大変そそられる。
「……シリウスさん、今日は来られないのでしょーかねぇ。あたしとしては、次のネタはイケイケ系×ほわほわ系で攻めたいところなんだけど……。参考資料がないと滾らないってもんやでぇ、ほんまに……」
「なぜに関西弁?あ、ていうかさ。この際僕がイケウマ娘を演じてしまえば……」
「それはダメ。オロールちゃんの一番カッコいいとこなんて一般公開するにはもったいないよ。あと、いつもあたしに攻めてくるから、受け側としても次の一手を読めるようになってきちゃって、アイデアが湧きにくいというか……」
「なんッ……!だとッ……!?」
地味にショックなことを言われた。いや、彼女が前半部分で口にしたことに関しては非常に嬉しい。僕だけしか知らないデジたんがいると同時に、デジたんしか知らない僕がいるのだ。これ以上に喜ばしいことはなかなかない。
問題は後半部分だ。要するに、マンネリ。僕との絡みじゃ創作意欲がいまいち湧かないらしい。僕の場合、脳内デジたんフォルダを毎秒更新していながら未だに飽きる気配がないので、その問題を失念していた。不味いぞ、これは。
ただし解決方法は分かっている。彼女の意識を変えるのではなく、僕がより魅力的にならなければいけない。デジたんを僕好みに魔改造してしまうのは、僕のある意味身勝手な信念が許さない。
「そっか、そっか、ふぅ……。なるほどね。メイクの勉強でもしようか。あとは、なんだろう。声とか?もっとイイ声目指してトレーニングしてみようかなあ」
「あっいやいや!?そんな気にしないでよ!?今のは、そうっ、えっと!あたしの問題だから!ッスゥー……。ヤバいよ、しっかりしなきゃデジたん!オロールちゃんから着想得たネタ描きすぎて、作品の方がマンネリ化してきちゃってるんだよぉ……!それでも筆が止まりそうにないのが、もはや恐ろしい……」
ほーう?そうなのか?
イイことを聞いてしまった。今夜はずっと今のセリフをリピートしてトリップできそうだ。
「ねぇデジたん。ちなみになんだけどさ。今の僕って、どうかな?イケてる?えっと、客観的に見て」
「うーん……。あたし的には百億点満点なんだけど。心を鬼にして辛口な意見を言うとね。言動がイカれてるかなぁって思う。すごく。あと個人的な願望もこの際だから言うけど!オロールちゃんがヘアアレンジしてるとことか見てみたいなぁ!見たいなぁ〜!あと、人に可愛さを自覚しろって言うくらいなら、自分の身だしなみも究極にカッコよくて可愛いやつにするべきだと思うなぁ!折角超絶神りまくりな素材を持ってるんだから、活用しなきゃ!あたくしデジたんの、率直な意見でございますっ!」
「……ソ、ソッカ。ナルホドネ。ウン、そっかぁ」
今日はなんだか情緒を掻き回される。不意打ちでそんなことを言われてしまうと、お恥ずかしながら、頬が熱を持ってしまう。別に、照れてなどいない。多少不意打ちを喰らっただけだ。驚いているのだ、僕は。
「分かったよ……。じゃ僕はもう、アレだ。千年に1人の美少女を目指すことにする」
デジたんは多元宇宙に1人の美少女なので、僕と競合することはない。
「もし、もしもオロールちゃんがあたしの選んだ服とか着てくれたら、発狂する自信があるよあたし。余裕で爆発しちゃう。うへへへへ……」
「あの、散々アプローチかけといてなんだけどさ。あんまり僕に入れ込みすぎないでね?日常生活にあまり支障が出ない程度に……」
僕の恋慕の情は日に日に強くなり、留まるところを知らない。デビルズ・マーブルもびっくりな奇跡的バランスで、日常生活を常識の範囲内で送ることができてはいるものの、少しふらついただけでアウトだ。社会的に死ぬ。
いや、もう死んでるか。今の僕は社会的ゾンビみたいなものかもしれない。
……そして、今のデジたんの様子は。なんだか既視感があるというか。僕が己を客観視したときとよく似ているというか。
とにかく、闇のヲタクに染まるなよ、デジたん。
「大体!これ、ほとんどオロールちゃんが悪いよ。あたしをこんなにしておいて!」
「ごめん!反論できない!」
うん、僕が悪い。それを受け入れてくれたデジたんにも落ち度はあるんじゃないか、と、ささやかながら反論させてもらおうか。そうも思ったが、深く考えずとも九分九厘僕が悪い。
「……分かったよ!デジたん!僕、これから努力するよ!マンネリ化を止めるために!君を僕なしじゃ生きていけない体にするのは確定事項だから。そこはよろしく。ね?」
トレセン入学当初の目的は概ね達成したと言っても過言ではない。彼女は以前よりも態度に自信が現れ、僕への依存度も少しずつ増えている。
「ふふふ、上等!あたしはもう前のあたしじゃないよ?ヲタクは……進化する。最近のデジたんはいわばニューデジたん!風林火山の精神を覚えたこのニューデジたんに、死角はあんまりない!」
可愛いなぁ!小さい子が背伸びをしているみたいで。
もうロリってことでいいか。実際、ロリの要素がないとは言えないだろう。彼女には少なからずロリの因子が内在されている。
自信満々な姿も尊いが、僕としてはやはり彼女の赤面をこれからも拝みたいところだ。友愛のキス程度じゃもう揺さぶりが効かない。さらなる手をアップデートし続けなければ。
そんなことを考えていると。
突如、背の高い人影が現れた。
「見ないツラだな。お前ら。……フッ、その割に声は随分とデカいみたいだが」
デジたんと会話しているうちに頭の片隅に追いやってしまっていたが、彼女こそが件のウマ娘、シリウスシンボリだ。
そして、その言葉通り、僕たちの話し声はそれなりに響いていたらしく、先ほどから何人かのウマ娘がこちらに視線を向けていた。
「お前ら、どうも問題児ってツラでもないな。だが、のうのうと暮らしてる優等生って雰囲気でもねぇ。……へぇ、なかなか面白い目をしてやが」
「あわわわわばばばーー〜ッ!近くで拝むと!しゅごいっ!溢れ出る尊みグレートオーラで目が焼けそうッ!」
「シリウスさんっ!僕を弟子にしてくださいッ!」
「……ほう?」
一瞬の沈黙。
僕は思った。丁度よくイケウマ娘に出会えるのだから、いっそ彼女からいろいろと学ばせてもらおうと。キザな立ち居振る舞いが似合うような見た目、メンタリティ、それらをマスターしてやるのだ。
「……ハッ!どうやら私の想像よりも面白いヤツららしい!なんだって?弟子入り?随分と酔狂なことを考えるもんだな」
「ふむふむ。想定外の出来事があっても余裕を保てばいいわけだ。理解はしているけど、実践は難しいな……」
「なんだよ?何ブツブツ言ってる?」
常に余裕を持つこと。紳士たるもの、爆風を背に受けても振り返らずに落ち着いて歩くことが重要だろう。いついかなるときも落ち着く。難しいな、僕などは今日も怒りで感情を乱してしまった。
あとはアレだ。「ハッ、おもしれーヤツ」なんて平然と言ってのけるウマ娘になっておきたいところだ。
「……私のことをそれなりに知ってるらしいな?名が知れてるのはいい事だ。まあ、それはこの際どうでもいい。なぁ、よく聞けよ。ここはな、世間じゃロクデナシなんて呼ばれる連中のシマなんだよ。お前らは違うだろう?除け者の匂いがしねぇ。テストでいい点をとって、ボランティアにも励む。模範生として生徒会長サマに褒められたことだってあるはずだ。……私が何を言いたいか、賢いお前らなら分かるよな?」
「はひゅっ……!鋭い眼光ッ、イケメンすぎる……!アッじゃなくてえっとその!ハイ!分かっておりますとも!遠巻きに眺めさせていただくだけなのでご心配なく!あたしたちのことは雑草とでも思っていただければ!」
「そんなデカい声で喋らなくても聞こえるよ。ったく……。大体、よく他のヤツらに目ぇ付けられてなかったな?」
シリウスさんいわく、この辺りには素行の良くない生徒が溜まっているらしい。確かに、ウマ娘が皆どことなく仄暗い眼をしている。しかし、僕らに対する態度は、余所者を排斥するようなものではなく。むしろ、若干関わりを避けているような……?
疑問の答えは、シリウスさんではなく、こちらに駆け寄ってきた取り巻きらしきモブウマ娘ちゃんが出してくれた。
「先輩、お疲れ様っス……。あの、この2人、けっこう前から居たんスけど。なんか、会話の内容が生理的に恐ろしくて。あの、アタシらビビっちゃって……。別に練習の邪魔をするわけでもないんで、放置してたっつーか……」
「ほ、ほう……?」
再び一瞬の沈黙。
「ハイ!そういう趣味ですから!」
歯切れよくわだかまった空気を吹き飛ばすデジたん。
「まあ……。どうやら。住む世界が違うらしいな。本当に。ともかく、私は私で忙しいんだ。弟子入りなんてバカなことを言ってないで、自分らの家に帰れよ?早めにな?」
「はい。もう学びたいことは学べたので、弟子を卒業させていただきます。今までお世話になりました!」
「ほ、ほーう……?達者でな……?」
シリウスさんの態度、姿勢、声、その他諸々は既に覚えた。トレースするくらいならもう容易いことだ。
そして、シリウスさんのキャパシティを越える一言を最後に放つことができた。もはや僕の勝利と言っても過言ではない。いや過言か。そもそも何と勝負しているんだ僕は。
◆
しばらく歩き、トラックを出たあたりで、僕はいよいよイケウマ娘への第一歩を踏み出した。
「ア、アーアーアー!ンン゛ッ!」
「オロールちゃん、何してるの?」
「ん?……チューニングだよ」
つま先まで意識を張り巡らせ、最も美しい体重移動を心がける。そして、デジたんの顎に優しく触れる。
「ひょっ……!?」
「……よしッ、コレだ!どうかなデジたん。胸キュンした?」
一言一句、発声に気を付け、喉を慎重に操る。
「ア、まって。ちょ、ほんと。まってよ……。心臓がドキドキして……!」
「……可愛い」
「ぴゃっ!?」
衆目、特に教師陣の目がいつあるとも限らないので、今回は頬へのキス。
思ったよりも効くな。デジたんが骨の髄までヲタクなのもあるだろうが、僕もけっこうイケてるかもしれない。
いや待て。もっと自信を持て。彼女に見合うウマ娘とは、自分の限界点を定めるヤワなウマ娘などでは決してない。
世界最強。そのくらいは軽く獲ってやる心意気でいこう。大丈夫だ、デジたんがいる。僕は自分自身とデジたんを信じるだけだ。
「アノ〜……長くないデスカネ」
「ん、もう少しこのままで……」
デジタニウムが枯渇しないよう、しっかりと補給をしておかなければ。
シリウスシンボリ様の声優様が推し様なのですが、サポカ様を持っていないために声を聞く機会が少ないッ!キャラもよく分からないッ!サポカが欲しいッ!
猛省ッ!時には限度を超えた課金も必要なりッ!
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にんじんなき戦い
「諸君、よく集ってくれた」
「……どうしたのさ。君らしくもない、真剣な目つきだ。ゴルシちゃん」
あとよく集ってくれたとか言ってるけども、そもそも例のごとく部室にいた僕とデジたんに、ドアを開けるなり開口一番そう言われても困る。
「諸君らにしか頼めない事がある。我らスピカの威厳にも関わる話だ」
「威厳なんてあってないようなものじゃないか。いや、あったっけ?ネタチームとしての威厳……」
「おいチョーシ合わせろよ、せめて。つーかよ、石ころ程度はあったスピカの威信をゼロにしたのは多分、いや確実にお前だぜ?」
「なんだよちょっとデジタルタトゥーを皮膚が見えなくなるレベルで彫っただけじゃないか」
デビューしてないのにもう僕のコラ画像が出回っているものだから、いっそゾクゾクと妙な気持ちすら感じる。
「だー!とにかくよぉ!アタシが言いたいのは!お前らだって気づいてんだろ?今現在、スピカにはある危機が迫ってんだ……!」
「危機、ですって?ゴルシさん、まさか……」
「ああ、そうだ……!」
そんな、だが、アレは。
くそっ、運命はやはり変えられないのか!?
「……スペが太り気味だ。あとついでにマックちゃんも」
「危機ですね!すごく!危機です!」
「スペちゃんは最近レースに勝ってなんだか調子付いてきたみたいで、食堂でオグリさん並みに食べてたからまあ分かるよ。当然の結果。でもマックイーンはどうして……?」
「アタシが街連れ回したら勝手に膨れた」
「ああ、まあ、納得したよ」
チームメイトの体重は目視かつミリグラム単位で測定できる自信のある僕とデジたんだ。変化には気づいていた。
「いやよォ、パクパクしすぎてメジロモッチリーンになったマックイーンも面白いが、やっぱ競走ウマ娘的にはマズイだろ?あの放任トレーナーもちょっとさすがに問題視してるみたいだからよ。アタシが言いてーのは、お前ら何かしらの解決策パパっと思いつくだろってことよ。ほら、パパッと片付けちゃおーぜ?」
「パパッと今思いついたのが、僕が80年代のアメリカ映画を履修して、フリゲート鬼軍曹としてスピカに君臨するって方法なんだけど」
「二人のメンタル崩壊しそうだから却下で」
デジたんからも評価される僕の演技力を活かすわけにはいかないらしい。
「ウマ娘ちゃんの健康はあたしが守りますッ!というわけでオロールちゃん!なんかダイエットに向いてそうな食べ物とか作って!」
「つまり作業は全部僕負担ってこと?いや、全然構わないんだけどね」
「あたしは……。少々辛いですが、ここはひとつ心を鬼にして『教官』になろうかと。ウマ娘ちゃんの筋肉や骨格ならば、誰よりもじーっくり舐め回すように拝んできてますから!あと最近なんとなく買っちゃったトレーナー向けスポーツ科学本があるので!なんとかしてみせましょう!」
「おーすげぇな。お前ホントに中学生?」
デジたんは世界一だからそれくらいできてもおかしくはないのである。
「そういえば僕、一応スピカメンバーの健康を一任されてるんだった。よし、仕事しちゃうぞぉ」
「いいぜ。張り切ってマックちゃんを救ってやってくれ。アイツもう数え切れないリバウンドで精神が摩耗してんだ。あとスペはおそらく自分の悲惨な現状に気付いてねぇ。精神面はともかく、肉体面はマックイーンよりひでぇんだわ」
「よし、とりあえず低カロリーなパクパク用のおやつを作っておこう。マックイーンはそれでどうにかなるはず。スペちゃんは、そうだね。残酷かもだけど、気付かせてあげるしか……」
「なんとかなるだろ。っし、じゃ早速作戦開始だ!各自持ち場に移れーッ!」
◆
「あら、ゴールドシップ。奇遇ですわね、こんな所で出会うなんて。……とぼける意味はありませんね。何の用です?」
「オイオイ、んな警戒すんなってマックちゃんよぉ。つか、別に学園の中で会うくらいフツーだろ?」
「貴女から、何か裏でコソコソと企てている匂いがしますのよ」
「なっ!?マックイーン、アタシのことを信用してねぇのかよッ!?あのとき腐海の木の下で交わした義兄弟の約束はどーしちまった!?」
「勝手にエピソード捏造しないでくださいまし」
「ハァ……。マックイーンもこの様じゃなぁ。今やプクプクに膨れちまってすっかりモッチリーンだしよ……」
「覚悟の準備はできてやがりますのゴールドシップ!?」
「うおぉい落ち着けッ!?ほら、練乳でもやるからさ、一旦クールになろーぜ……?」
「ふん、そんなもので私が絆されるとでも……。なんですのコレ、既に開封済みじゃありませんこと。できれば満タンのものが良かったのですが……」
噴水広場近くの通路でマックイーンとコンタクトしたゴルシちゃん。近くの草むらから実況させていただきますは、わたくしオロールでございまする。なんてね。隣にはハァハァしてるピンク髪。
そんなことはひとまず置いといて。ときに、狂人同士のやり取りというものは、非常に理解し難いものである。基本的にツッコミ気質の人間がいるとボケに回りだすゴルシちゃんは、言わずもがな変人。しかし、直で練乳を飲もうとするマックイーンはもしかするとそれ以上だ。彼女の目は既に正気でない。体重増加のストレスはこうもウマ娘を歪ませるのか。ひどい悪循環だ。
「ハァ、ハァ、糖分、糖分、糖分……!ンッ……ンン゛ッ!!?ゲッホ!ゲホッ!?」
「あらら、相当勢いよくいっちまったな」
「ゲッホッ!!なっ、何ですのコレッ!すごくっ、臭ッ……ハッ」
「企みの匂いには気付けたらしいが、それが具体的に何なのかは分からなかったみてぇだな。この外見だけ練乳パックのにんにくチューブは今ッ!マックイーン!お前の口内と胃を蹂躙するぜッ!」
「ハァ……ッ!?にんっ……!?わ、私はなんてことを!?このままじゃマズイですわ!メジロ的に!」
「落ち着けよマックイーン。つかフツー練乳渡されても飲もうとしねぇんだわ。な?そっからだよ、分かるか?」
どれだけ正気を失っているのだろう、と思ったが、考えてみるとスペちゃんの場合は容器ごと食いそうだ。飢えたオグリ先輩ならば餌付けした人の手くらいガブリとやりそうだな。
「あぁ、いけません、いけませんわ……。メジロの令嬢たるもの、このような奇行に走ることなど断じてあってはいけませんのに!間違いなくゴールドシップの影響を受けていますわ……!」
「うん、それはねぇな。ともかくよ、一応気休め程度に口臭ケア用品ならあるからよ、そう気ぃ落とすなって」
「うぐぅっ……!」
これはよろしくない。お茶の間での放送を憚られるような御令嬢など、果たしてこの世に存在するものなのだろうか?
「しっかし、ひっでぇなあ。マックイーン。そんなお前を見かねてよ、アタシらで対策チームを作ったぜ!マックイーンモッチリーンストッピング部隊だ!これでもう安心だな!カモン2人とも!」
「呼ばれて飛び出る僕ッ!食事監修のオロールちゃんでござるッ!」
「出まして来ましたあたしことデジたんッ!今回はマックイーンさんのダイエット用トレーニングの監督を僭越ながら務めさせていただきますので!」
バァーン!と効果音が鳴りそうな調子で、草むらから飛び出す僕たち。
「というわけで早速言いたいことがある。マックイーン、気の毒だけど、今後しばらく君の食事は質素なものになるし、トレーニングもキツく感じるはず。でも安心して!君は1人じゃないから!」
「……どういうことですの?」
「まー端的に言うとアレだ。スペもお前と同じメニューをこなす必要がある」
ちなみに、マックイーンの場合、あくまでも常識の範囲内での食べ過ぎ、つまりは質量保存の法則に従った食べ過ぎである。わざわざこんな例え方をした理由は言うまでもなく、スペちゃんが明らかに先人たちが突き止めたこの世の摂理を思いっきり無視した大食いを行っているということだ。
「マックイーン。早速なんだけど、君にひとつやってもらうことがある。残酷かもしれないけど、仕方のないことなんだ」
「はい?なんですの……!?ッ!?そっ、その見るからに不味そうな緑色の液体はッ!?ちょっ、なんですのそれ!?まさか飲ませるつもりですか!?ヒッ……!嫌ッ、嫌ですわぁぁ〜〜ーーッ!?」
少し声が大きいので口を塞ぐ。無論、例のアレで。
「やめてくださいましァブッ……」
「マックイーンさん……。安らかに。さて、気絶したので回収しましょうか」
適応が早いな、デジたん。
「なぁオロールさんよぉ、ソレ何?見るからに毒々しい色してっけど」
「これ?ロイヤルビタージュース。飲む?」
「いやぁ、まだ死にたくねぇな、アタシ」
◆
「ねぇゴルシちゃん」
「あぁ、どしたよ?」
「どうして世のおじいちゃんおばあちゃんってのは、孫の胃袋を無限大だと思い込んでるんだろうね?」
「あんまりにも可愛いもんだから、やっぱついつい食べさせたくなるんだろーな。老後は寂しさが生まれやすいから余計かもな。ま、そんな感じでアタシもついついマックちゃんに餌付けしちまったんだわ。けどなんか違和感あんだよなぁ、ひょっとすると逆だったかもしれねェ……?あ、いや、何でもないわ」
「要は可愛がりたい相手には何か食べさせたくなるわけだ。じゃあ、いまスズカさんがひたすらスペちゃんの口元に食べ物を運んでるのも説明がつくね。スペちゃん先輩、いったい何kg食べてるんだ……?」
なぜ彼女らの側に、にんじんがいっぱいに入った大きな紙袋が十個ほど置かれているんだ?ひょっとしてアレがおやつなのか?昼食の時、軽く二万キロカロリーは摂取していたはずなのに。いや、さすがにアレがおやつなわけない、よな?
悪夢のような光景とは裏腹に、彼女らは目一杯の笑い声を響かせ、学園に青春の音色を奏でている。噴水広場のベンチというロケーションも相まって、その姿は絵に描いたような美しさだ。スペちゃんのお腹以外は。
そういえば、マックイーン入りのズタ袋はその辺を歩いていたテイオーに預けたので問題はない。
「くぅっ……!デジたんっ、心を鬼にするのよッ……!いっぱい食べる君が好き、だけどチームメイトとしてアレ以上の暴食は止めなければいけないっ!迷いは……!断ち切るべし!」
マックイーンの場合、本心では彼女も体重の増加を食い止めたがっていたから、まだ心が痛まない。しかしスペちゃんは違う。アレは体重だとか栄養バランスだとか、なーんも考えてない顔だ。美味しければそれでいいと思っている。
ゴルシちゃんは僕らに目配せしたのち、素早く二人の前に飛び出していった。
「ピピーッ!ウマ娘警察だっ!スペシャルウィーク!お前に暴飲暴食罪の嫌疑がかかってる!ネタは上がってんだ、大人しくついて来い!」
「待って!スペちゃんは悪くないんです!悪いのは……私!スペちゃんの笑った顔が見たくて、ついついいっぱい食べさせてしまった私のせいなんですっ!」
「……残念だが同情はできねぇな。走りに支障がでる以上は。なぁスズカ、お前だって悲しいだろ?スペが全力を発揮できなくなるってのはよ」
「ううっ……!で、でも!スペちゃんがまだ食べたがってるんですよ!」
スペちゃんの腹が満たされる時は果たしてやってくるだろうか?「もう食べられないよ〜」なんて、寝言くらいでしか言わないのに。
「もぐ、もぐ……。大丈夫れふよ!わらひ、全然太ってませんから!」
法に触れるレベルのウソをつくのはよくない。
「あー、スペ。とりあえず聞くけどよ。お前最近体重計乗ったか?」
「いえ。最後に乗ったのは、確か弥生賞の前だったような……」
「よぉし、分かった。おい変態ども!こっち来て、目測で十分だからよ、コイツに真実を伝えてやってくれ」
日々のデジたん観察で磨いた身体測定スキルを活用する時が来た。
「了解です……。あ、あの、スペさん。非常に、聞き難いこととは存じておりますが、そのぉ〜……。増えてます、体重。約5kgほど」
「そ、そんなに……?嘘でしょ、スペちゃん……?」
「残念ながら嘘じゃないよ、スズカさん。スペちゃん先輩はもう……。むしろなぜ5kg増加で済んだのか聞きたいくらい。10トントラックを動かせそうなエネルギー量の食べ物を口に入れて、どうしてちょっとお腹がぷにぷにする程度で済んでるんだ……?」
ウマ娘の神秘。タキオンさんがいつか解明してくれることを願っておこう。
「つーわけでスペ。とりあえず最初にケジメをつけるぞ。お前が今まで摂取してきたカロリーにさよならを告げる第一歩だ。ほら、コレ飲め」
「ゴ、ゴルシ、さん?それ何です?とてもイヤな予感がするんですけど……」
「ロイヤルビタージュースっていうらしい。アタシも詳しくは知らんから、ソッチの変態に聞いてみろ」
「ふふ、説明しようスペちゃん先輩!この緑色したえげつない液体は、さる天才化学者の手によって発明された、究極の栄養ドリンクッ!数日分の疲れがいとも容易く吹き飛ぶ上、よく分からないケミカル成分がそれなりに入っているからトレーニングの効率が超アップするスグレモノ!どうだい、飲みたくなったでしょう?」
「で、味は?どうなんですか?」
「……特徴のある風味!よりよく味わうために、コレを飲んだ後はしばらく何も食べないことを推奨ッ!というか多分食べようと思っても食べられ……いや、何でもないよ」
グイ、グイとコップをスペちゃんに近づけてみれば、じわじわと離れていく。顔がだんだんと歪み始め、その色もまるでロイヤルビタージュースのように真っ青だ。
「もう面倒くさい!そりゃっ、南無三ッ!」
「なあオロール。それ多分自分から飲みにいく奴が覚悟決めた時に言うセリフであって、人に強制して飲ませようとする奴は言わないと思うぜ」
「ひえええぇっ!?コップを近づけないで〜ッ!?イヤですッ!?その飲み物なんか怖ムブボボボボ……!」
よし、2キル!
◆
「……おぉ、随分と引き締まってんなオイ。見違えたぜ二人とも」
「ふ、ふ、ふ、ふ……。この世は苦しみ、この世は苦味。苦味からは逃れられないのですわ……。甘味とは元来人智の及ばぬもの、安易に手を出してその味を知ってしまえば、苦しみはさらに私たちを覆い尽くすのですわ……」
「スズカさん……。私、頑張りましたよね?もう、いいですよね?耐えて耐えて、耐え続けても終わらないんです。スズカさんみたいに、大逃げしていいですよね?」
あー、うん。
ダイエット成功!
「あ、あたし、お二人のトレーニングをここ数日見ていて、それで、あぁうぅっ……!非道な行いに手を染めてしまった感覚がして、あたしはウマ娘ちゃんが大好きなのに、どうしてっ……!」
「デジたん待って。落ち着いて。君は正しいことをやったんだ。結果的に二人の肉体的コンディションはベストな状態になったし、一度辛い思いをした分、リバウンドの危険も少ない。他でもない君が!二人のウマ娘を救ったんだよ!」
「そ、そうなの……?」
彼女はきっとトレーナーに向いている。実は、トレーニングを監督している際、彼女はなんとまったくこういった葛藤をしなかったのだ。まあトレーニングが終わるとすぐに悶絶していたが。
担当ウマ娘の前では常に凛とした姿を見せ、不安を感じさせないようにするその素晴らしい心意気は、僕の胸にもドンと衝撃を与えた。
「……確かに、デジタルさんには助けられましたわ。トレーナーさんとはまた違った視点を持っていて、たとえば併走中にしか分からないようなことをうまくトレーニングに落とし込んでくれましたもの。その手腕は誇るべきだと思いますわよ?」
「はいっ!それに、いっつも褒めてくれるから、辛いけど頑張ろうって思えたんです!なんだかお母ちゃんみたいな安心感がありました!」
「ひょわわわわっ!?しょしょ、しょ、そんな、畏れ多い……!ウ、ウマ娘ちゃんのために尽くすのは当然の義務ですからッ!感謝の意は非常にありがたいのですが、この拙き身には余り余って仕方がありませんよぉ〜……!」
「素直に褒められときなよデジたん。君がやったのは、そう誰でも簡単にこなせるようなことじゃない。並外れたウマ娘の愛と知識があって初めて成立することなんだよ。僕なんか、ただ料理を作っただけだ。こっちは訓練すれば大抵の人はできる」
多少のセンスは要求されるが、基礎的な事項をしっかり押さえ、レシピ通りに作ることは簡単だろう。
「貴女も誇ってよい仕事ぶりですわよ。私たちに合わせたメニューをご用意してくださって、その点はとても尊敬しています。ただし……。あの悪夢のような飲み物だけは、いまだに、あ、あぁ……ッ!苦味がっ、口に!中に!いやあああぁ〜ーッ!」
まさかPTSDを発症してしまうとは。ロイヤルビタージュースのあの味については、タキオンさんにさらなる改良を要請せねばなるまい。
「ありゃ?そういやオロール、お前もなんやかんや言って『体力回復には結局コレがベストだよね〜』とか言って飲んでたよな。マックイーンを見てると、なんでお前が平気なのか謎なんだけどよぉ……?」
「コツは『無』になることだよ。それでも意識は一瞬飛ぶけど、慣れればどうってことない。むしろ吹っ切れて、合法的にブッ飛べる!と思って楽しむのがオススメかな」
「うげぇ……アタシは一生遠慮してーな」
アレは正直言って、生き物が摂取するのに適していない。しかし含まれる成分はトレーニングに効果的なのもまた事実。
ウチのトレーナーさんならどうするだろう。あの人はなんだかんだ優しいので、使うとしても本当の本当に最後の手段だろうな。僕の場合、実は自分が舐めた辛酸を他の誰かに味わってほしかった気持ちも少しだけある。
と、そんなことを考えていると、部室の外から足音が。少し重めで歩幅の広い足音は、きっとトレーナーさんだろう。
「よぉ。見たところ、全員なかなか体が仕上がってるな」
「トレーナーさんの職業がトレーナーじゃなかったら確実にアウトな発言ですね」
「確かにそうだけどよ、俺は褒めてるつもりなの!なぁオロール、特にお前だよ。もともと体重管理なんかもしっかりしてたが、最近はかなりいい仕上がりじゃないか。オーラが見えそうだ」
オーラ。僕から立ち昇るであろうオーラは、おそらく愛のオーラに違いない。
「つーわけでオロール。お前来週デビューな」
「はい、分かりま……え?」
「オロールちゃん、頑張って!」
「デジタル、お前も近いうちデビューだ」
「ハイッ、分かりま……え?」
えっ?
「えぇ……?」
ゑ?
約20話に一回しかレースしないウマ娘の二次創作はココでしか見れない!
デビュー時期とかなんかもう考えるのがめんどくさくなっちゃったので、適当です!!!!(曇りなき眼)
ウマ娘時空の神秘、ということで、ゆる〜く書いておりますゆえ、お目溢しいただければ幸いです。
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賊の誇りとドレスコード
ウマ娘世界にもトムクルーズが存在しているのかと思うとなんだか嬉しくなってきますね(?)
「ゑ?」
「だぁーかぁーらぁー、お前もうデビュー戦明日だぜ?いつまで現実受け入れられてねぇんだよ?」
え?
だって、あれじゃないか。デビューって。
ウマ娘が、レースに初めて出るアレだろ?
「あぁ僕ウマ娘だった」
「当たり前だろ」
いや、しかし、ねぇ?
僕は決して緊張しているわけじゃない。本当だ。ただちょっと唐突すぎたものだから、ここ数日の間放心状態だっただけであって。決して緊張してない。緊張とか、ありえない。
「お前めっちゃ震えてんな。緊張するなんてらしくねぇ」
「いやいやいやいやこれは緊張じゃないんだよゴゴゴルシちゃん。何と言うかな、ついにあの大舞台でデジたんとやり合えるって思うとさっきから脳みそ掻き回されるような気分でさぁ……!んふふふふふ……」
「ああ緊張はしてねぇな、うん。もっと重症だわ」
正直に言うと、不安がないわけではない。
ただし、僕はレースに負ける予定はない。勝ち続けてG1戦線を駆け抜けるのだ。デジたんの勝負服姿を拝むために。
……勝負服?
「そうだ、勝負服!」
「お?いきなりどした?」
「いやぁ、さ。ウマ娘が一番輝くのって、やっぱり勝負服を着てる時だと思うんだよ」
限られた強者のみが着用を許される、この世にまたとない、自分だけの衣装。中央トレセンに通う生徒は、それを着ることを常々夢に見ている。
そんな勝負服だが、デザインに関しては、着用するウマ娘の希望が反映される。思い入れのある色や、強い決意や意志が現れた装飾など、かなり細部までこだわりを入れられる。
そういうこともあって、勝負服というのはたとえどんなに袖が長かろうと、厚着であろうと薄着であろうと、ウマ娘はそれを着るだけで不思議と力が湧くらしい。
「あぁ?勝負服がどーしたって?」
「……いいデザイン何か思いつかない?ゴルシちゃん」
「アタシに言われても困るぜ」
緊張……ではなく興奮のせいでまともに働かない頭を冷やすには、デビュー戦以外のことを考えるのが良いだろう。さて、今から何かアイデアを思いつくだろうか。
うむ、これは難しい。原案が頭の中で浮かんでは消え、また浮かんでは消え、確実な形を成さない。どうも、自分が着て走るのにふさわしい衣装がなかなか分からない。
「つか、G1に出るのは確定事項ってことかよ?」
「そりゃあね。並のウマ娘ごときに、僕が止められてたまるか」
数日前に決まった覚悟を口にするだけで、自然と眼に力が入った。眼窩の奥で何か熱いものがちりつく。
「……っ。なるほどなぁ。つか勝負服のことならデジタルにでも聞けよ。アイツ絵心あるし。あとお前アレだろ?どうせアイツにもっと好かれるようなデザインにしたいんだろ?勝負服着てるウマ娘が一番輝いてるんだもんな?」
「すごいね、的確すぎるよ。君もだいぶ染まってきたんじゃない?」
「そりゃ御免被るぜ。ま、この天才ゴルシちゃんにかかれば他人の心を読むなど容易いものよのぅ」
彼女の言う通り、デジたんに直接聞くのが手っ取り早い。デビュー戦前夜である今現在、デジたんに会うことはすなわち僕の精神を安定させることに繋がる。
「よーし行ってこよ」
僕がベッドから跳ね上がり、窓を開けて外へと飛び出すまで、その間わずか2秒。
「おー、脱走慣れしてんな。よし、今夜はもう戻らなくていいぞー」
「ごめんねゴルシちゃん。寂しくさせちゃう」
「早く行けよ!アタシは今から最高の夜を過ごすんだよ!」
◆
僕にもやはりメンタルというものがあって、人並みに起伏する。デビュー戦を控えた今、月明かりと街灯程度じゃこの漠然たる不安は消し飛ばない。
ただ、とある一室のカーテンの隙間から漏れ出る光は、それらよりもずっと素早くかつ強烈に、僕の目に眩しさを感じさせる。
「ハァやばい……。逆に興奮してきた。精神安定を求めてやってきたのに」
例によって限ヲタと化した僕の呟きは、どうやらその部屋の内側に届いたようだ。
カーテンが少し開き、そこから伸びた手が窓を開ける。
「おやぁ、君、性懲りも無く毎度窓から来るんだねぇ。……静かに入りたまえ、すると面白いものが見れる」
「あ、タキオンさん、こんばんは。……面白いものって?」
「ク、ククク……。まあ入りたまえよ。そのまま気配を消して、静かにね」
何をそんなに面白がっているのか、笑いの絶えないタキオンさん。言われたとおり足音を立てぬよう部屋に踏み入る。すると聞こえてきたのが、何かを激しく紙の上で滑らす音。次いで目に入ったのは、おびただしい数のウマ娘応援グッズ。
……僕の名前が描かれている。
「……デジたーん?」
「フゥ、フゥッ……!気合いでどうにかッ……!フルカラー誌と応援グッズの同時制作はさすがに無謀だったか……?いや、そんなことはないッ!あと少しッ!明日はオロールちゃんのデビュー戦、徹夜などあってはならぬゥ……!」
何をやっとるねん、君は。
「ク、ククク、ハハハ……!非常に興味深いだろう?なぜ彼女は左手で応援うちわを作り、右手で精巧な漫画を描けるのか。いったいどういう脳構造をしているのだろうねぇ」
既にかなりの数のうちわ、そしてムダに巨大なのぼり旗、その他諸々、おそらく僕の名前が書かれた物品が置かれているが、彼女はそれでも作る手を止めない。まさかスピカメンバー全員分を作っているのか?
プラス、もう一方の手は目にも止まらぬ速さで薄い本を描いている。しかもカラー。
単刀直入に言おう。
頭がおかしい。
「ッシャァァー〜ーーッ!終わったァー〜ーーッ!ふおおおおお!……おっと、大声を出すと他のウマ娘ちゃんの迷惑にぃ……」
完成するのかよ。
だが、なんだろう。とても感動した。
顔が濡れている。雨は降っていないのに。
「うぅっ、デジたん、お疲れっ……!がんばったね、とっても偉いよ!!」
「ハァ、ハァ……。えへへ、ありがとうオロー……ゥルウオロールちゅわんっ!?」
ちゅわん。
「僕は嬉しいよ。君の想いがひしひし伝わってくる!んふふふふふ!明日は絶対ぶっちぎるからっ!ふふふ……!」
「はっ、えっ、ア゛ッ!ちょ、一旦あっち向いてて!すぐ片付けるから!」
そう言って原稿らしきものが置かれている机の上を必死に片付けるデジたん。ふむ、沈黙は時に雄弁なり。彼女がどうしてあんなに顔を赤らめているのか、そんなの僕でなくたって分かるだろう。
「あぁ、君。さっき私がわざわざ君のために窓を開けてあげたのだよ?まあその代わりといってはなんだが、ここにひとつ面白い薬品があってねぇ。一杯試してみてくれないかい?」
「ドーピング検査に引っかかると困るので断固拒否します」
「はぁ、そうかい。確かに万が一があっては困るか」
うん、飲まなくて正解そうだ。
「ハァッ、片付けたぁ。これでひとまずあたしの恥ずか死は避けられる……はず」
「お疲れデジたん。オロデジ?デジオロ?」
「いやぁ、さすがにプライドを打ち捨ててるあたしでも、自分を攻めにする勇気は……ハッ!?」
うむ。マヌケは見つかったようだな。
「ちょっ、あああ!?嘘でしょオロールちゃん!?」
「クックック、シブいねェ、オロール君」
ああも簡単に自爆するとは。大変可愛らしいが、ひょっとするとデジたんはかなりお疲れなのかもしれない。労ってあげねば。具体的には、そうだな。肌と肌とで触れ合って、オキシトシンに溺れようか。
「ハメられた……!ん、ふぁー〜あ……」
「ありゃま、欠伸までしちゃって。今日は早めに寝た方がいいね。僕も明日に備えてそうしようと思ってたんだ。ほらおいでよ」
「どうしてあたしより先にあたしの布団に……。まあ、今さらかぁ」
デジたんの寝床が僕の寝床であることくらい、トレセン学園じゃあ常識だ。ゴルシちゃんももちろん知ってる。
布団の中に二人っきり。部屋の照明が消え、常夜灯のオレンジ色で暖かな光だけが残る。
……いや、常夜灯じゃない。
「なんでそんなオシャレな光を発してるんです?タキオンさん」
「仕方ないのだよ。君たちが実験に協力してくれない様子だったから、自分で薬液を試したらこうなった。目に優しい光だねぇ、ハハハ。なんだか眠くなってきた。ふむ、安眠効果はバッチリだ。これならすぐにでも……。夢の、中だ。うん、私はもう、寝、る……」
布団を被ってしまったので、完全に間接照明と化したタキオンさん。なんだか良い雰囲気だ。
ふと思ったが、僕に飲ませようとしたのは安眠効果のある薬だったのか。もしかすると、彼女なりに明日デビュー戦を迎える僕を応援してくれるつもりだったのかもしれない。……いや、あのマッドウマ娘に限ってそんなことはないな。絶対自分の作品を早くテストしたかっただけに違いない。どっちにしろ光るのはご勘弁。
「んー……。あったかい」
「あたし、抱き枕の気持ちが分かったかも」
「ふふ。何度も言うけど、サイズ感がちょうどいいんだ、君。僕にピッタリ」
こうしていると落ち着く。だが、やる気も湧いてくる。きっと触れ合っているせいだ。手放したくなくて、心が昂るのだ。明日は万全のコンディションで勝負してやる。
「……あ、そうだ。ひとつだけ話したい事があったんだ」
「話したい事?なになに?」
「明日のデビュー戦は体操服で走るわけだけど。ウマ娘たるもの、いつかは勝負服を着たいでしょ?僕は疾い。そして強い。だから絶対に勝負服を着るよ。……ま、デザインとかなんも考えてないけど」
「随分と自信満々だね。けどあたしも信じてるよ。負けるはずないって」
ここまで自分の勝ちを確信していると、逆に負けフラグが立っている気がしないでもない。だが、フラグなんて所詮はただの運命だ。そんなもの簡単にへし折ってやれる。
「で、寝る前に少しだけ聞いておきたくてさ。僕の勝負服だけど、君はどんなのがいい?ひと言くれるだけでいいんだ。何か、君の要素が欲しくてさ」
「おおぅ……。責任重大。でも、そうだなぁ。やっぱりオロールちゃんにはカワイイを押し出した衣装より、カッコいい衣装が似合うと思う」
「よし……。目指すはシリウスさんだ。僕はイケメン路線で売り出す。実際はただの限ヲタなことは、物好きな一部のウマ娘ファンしか知らない、はず。まだギリギリ間に合うよね」
「うーん……。見た目と中身のギャップが話題になる未来しか見えないなぁあたし」
そんなぁ。
いや、しかし、僕は可愛いしカッコいいのだ。言動が完全にナルシストではあるが、デジたんと未だ出会わぬ幼少期の時分、鏡に大変お世話になった僕が言うのだから間違いはない。
クールな見た目とは裏腹に中身がただの純情乙女であるウオッカでさえも、世間ではイケメンウマ娘として話題になっている。
要するに、ファンは見た目に騙されやすい。だから、少し化粧っ気を出すだけで、僕は天才ナンパ師にだってなれるはず。いや、トークの才能をもう少し磨くべきか。
「何にせよ、僕の勝負服は最高にクールなやつで決まり。僕に似合うカッコいい色といったら……黒?」
「最高に厨なカラーリングだね。でも青毛だし、メインカラーは黒がいいのかな。あたしの勝負服は白メインだから、対になってて……ア゛ッ、やっぱり何でもない!」
僕の髪色は青毛、要は薄ら青みがかった濃い黒。デジたんにばかり目がいくので、自分の容姿を忘れがちだが、目の色はターボ師匠と同じくオッドアイ。右が青で左が金。レア度高いな。もうこれだけでカッコいい気がする。ふふふ、世の中学二年生の性癖をぶっ壊してさしあげよう。
「ところで、最後。何て言おうとしたのかなぁ?んー?そういえば君はもう勝負服のデザイン考えてるんだっけ?あれだよね、白ベースに青やら黄色やら赤やらのフリフリが付いてる、めちゃくちゃロリっぽいやつ」
「ロリちゃうッ!?え、というかなんであたしの勝負服のことを知って……?まだ誰にも言ってないはずなのに……」
「知ってるから知ってるんだ。細かいことはいいじゃないか。それよりも、対になるってそういうことか。僕のを黒ベースにすれば、白黒になって、互いに互いを引き立たせる色合いになる。つまり僕が一番輝けるのは君の隣にいるとき、逆もまた然りってわけだ」
なんとも粋なことだ。二人揃っていなきゃどちらも魅力を最大限まで引き出せない。こんなに気持ちのいいことが他にあるか。
「……まあ確かに?オロールちゃんがいたら、あたしだってレコードタイムくらいは狙っちゃえるカモ……なんて」
「そんなものかい?僕は世界記録狙うけど」
「じゃあ、あたしは車より速く走る」
「新幹線」
「飛行機」
「ロケット」
「……ザ•ライトニィング」
「やるねぇデジたん。じゃ僕は……宇宙の膨張速度を超える。でもって次元の一つや二つ、超えてやるから」
思えば、僕はそうやって生まれた。何の因果か、他所の世界からここまで流れ着いた魂が、今や最推しと同じ布団にくるまっている。
この世界においては、もしかすると僕の存在は異常かもしれない。いや、確実にそうだろう。きっと僕がレースに出走することで、本来の競馬史とのズレが発生する。
だがそれでいい!本来勝つはずだったウマ娘にとって、僕の存在は紛れもなく侵略者だろう。絶対的な運命を覆す。これしきのこと、スズカさんだってやってのけたろう。だったら上等だ。スピカメンバーたるもの、運命ごときに遅れをとってどうする。レースに……この世に「絶対」などないことを証明してやる。
さて、この侵略を何に例えよう。ああ、さながら国取りの賊か。大砲をわんさか積んだ
そうだ。海賊をやってやろう。
「ふ、ふふ、ふふふ……。どーしよ、寝る前に楽しくなってきちゃったよ」
勝負服はそれでいこう。黒を基調とした海賊装束。青と金色の洒落た装飾をあしらおう。
強気にフリントロックでも構えてみようか。
肌の露出は抑えめで良いだろう。僕が目指すのはイケウマ娘だ。見た目に落ち着きがなければ。
「えっちょっ、なんで目が光ってるの?セルフでタキオンさんと似たようなことしないでよぉ!?」
僕は賊だ。飽きるまで大砲をぶっ放して、大地をまっさらにしてやる。水平線の向こうからやってくる
「……イメージがはっきり湧いてきた。うん、勝ちフラグ立ったなぁ」
「せっかくいい感じに強キャラ感出てたのに、今の一言で台無しだよ」
「そう?アレだよ、ほら……。いっつもお気楽に過ごしてるけど、いざってときは目つきが変わるタイプの一番強いキャラ、的な?」
体が震えてきた。だが、今までの震えとは違う。いわゆる武者震いだ。心臓が火を噴いている。
「なんだか暑苦しくなってきた……」
「あぁゴメンゴメンゴメン!?つい気持ちが燃えてきちゃって、それで……!待って、僕から離れないで!?僕の勝利の女神は君なんだ、いなくなられちゃ困る!」
「……勝利の女神?あたしが?」
ふと悪戯な笑みを浮かべるデジたん。
そして、ゆっくりとその唇を僕の頬へと寄せる。
「これで絶対に負けられなくなっちゃったね?オロールちゃん?」
「……してやったり、みたいな顔だねデジたん。実際その通りだ僕は今激しく混乱していると同時に幸福の絶頂を迎えてるあぁヤバい普通に尊すぎて昇天しそうだあああぁっ!」
その瞬間、僕の意識は瞬く間に虹色の渦巻く混沌へと沈み込んだ。
まあ、なんだ。
快適に眠れそうではある。
明日はきっと万全の状態でレースに臨めるだろう。
小説(怪文書)作ることの何が楽しいって、そりゃあ自分の性癖をぶち込めることですよ。その結果約20話に一回しか走らないウマ娘が生まれたわけですが()
次回は走るんじゃないスかね、多分。
性癖を詰め込んだ結果無事にイカれたうちのオリ主の容姿については、作者が画伯なため視覚的にお伝えすることはできませんが、まあその辺は皆様方のご想像にお任せします(適当)
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砂汚れひとつなく
突然ですがここでクイズ!
僕は今どこにいるでしょう?
「ひょわあああああーー!おおおおお!かーわーいーいー!カッーッコいーいーッ!オロールちゃぁあーァ〜ンッ!」
正解は〜!ででん!
東京レース場のパドックでした!
「ああぁついに来ちゃった、はぅんっ……。デジたんが尊い、尊い、尊いよぉ……!僕のことすっごい応援してくれてる。よぉし僕頑張っちゃうぞ!んふひっ、ひひふふふふふ……!」
『4枠4番、オロールフリゲートです。……少し緊張気味なのでしょうか。なんだか落ち着きがありませんね』
『メイクデビューですから、やはりそういった所もあるでしょう。しかし彼女たちの中から未来の英雄が生まれるかもしれません!ここにいる皆様は新たなドラマの幕開けに立ち会っているのです!』
緊張じゃない、興奮してるんだ。
ほら見てみろ、僕の顔を。明らかにニヤついているだろう。
それと、残念ながらここにいるウマ娘からヒーローは生まれない。
最高にクールなウマ娘が一人、勝利を掻っ攫っていくだけだ。
「おい変態!このレースに負けたらアタシにラーメン奢りだかんな!」
「何の因果性があってそうなるのさ!……あ、待てよ。ゴルシちゃん!逆に僕が勝ったら、君がラーメンを奢ってよ!」
おっと。
黄金船が何かほざいてきたものだからつい言い返してしまったが、パドックでこういうことをするのはあまりよろしくないな。とりあえず何もなかったかのようにファンサしておこう。
えー、どうしよう。ウィンク。
「ありがとうございまァーーすッ!」
「キタァァァ!!ゲネキの公式戦初ファンサが俺のもとにキタァァ!」
果たして喜ぶべきだろうか。
パドックを最前列で見学している者のほとんどは、いわゆる重度のウマ娘ヲタクである。つまるところ、日々トレセンでの出来事やら、マイナーなウマ娘を語ったりだとか、そういった情報をSNSや動画サイトで発信している界隈人である僕とデジたんのことも知っている可能性が高い。大抵はもれなくデジたんファンクラブ会員だ。
そして、そもそも重度のヲタクは、たとえ知らないウマ娘にファンサされたとしても限界化する習性がある。
「あ、これよかったら使います?」
「ありがとうございますアネキッ!」
オイなにやってんだよ、デジたん。
ヲタク同士でシンパシーを感じあっているんじゃあない。なぜ僕応援グッズを配布してるんだ。というかどれだけ持ってきてるんだ。
はぁ、これだからヲタクは。
大体、何なのだ、あのデジたんファンクラブとやらは。デジたんだけでなく僕も推してきやがる。未デビューウマ娘2人を推すなど狂気の沙汰だ。いったい誰がそんなことを始めたんだ。
あ、僕か。
『オロールフリゲート、本レースの1番人気です』
『デビューしたてとは思えないほどの仕上がりですねぇ。かなり期待できます。ただ、前述の通り、若干緊張しているような様子が伺えます。うまく自分のペースに持ち込めると良いのですが』
だから緊張してない。
確かに、デジたんの姿を見たあたりから体の震えは止まらないが、これは興奮しているだけだ。見ろ、僕の顔を。涎まで垂れているぞ。尻尾などもはや扇風機と化している。
そんなこんなで、程よく時間が過ぎた。
ちゃっかりヲタクどもに焼きそばを売り付けてガッポリ儲けている様子のゴルシちゃんを尻目に、僕はパドックを去った。
◆
地下バ道。
背筋がゾクゾクするほど冷たい空気の中を、僕はひとり歩く。姿は見えないが、足音がまばらに聞こえるので、どうやら今日の競争相手……獲物たちも、何人かここにいるらしい。
今日のレースを軽くおさらいしておこう。
まずは天気だが、本日も快晴ナリ。つまり良バ場。
舞台は東京レース場、ダート1600m。
スタート後しばらくは芝を走る、ちょっぴり変わったコース。外枠の方が芝の上を長く走れるので有利……らしいが、そんなことはどうだっていい。
芝でも砂でも僕が一番疾い。
最初に下りがあるから、全体的にペースは上がるだろう。メイクデビューならなおさらかもしれない。
が、そんなことはどうだっていい。僕が一番疾い。
出走人数は10人。うら若きウマ娘が勢揃いだ。
マイル戦であるため、基本的には先行有利。メイクデビュー前なのも相まって、まだまだ切れ味不足のウマ娘も多いだろうから、その傾向は強まるはず。
が、そんなことはどうだっていい。僕が一番疾い。
左回りのコーナーがひとつ。ただ、最終直線の距離が長いので、おそらく展開が動くのはそこだろう。
が、そんなことはどうだっていい。僕が一番疾い。
今日は僕の理想通りにレースを運ぶ。
全てのウマ娘にとって、理想の走りとは、すなわち大逃げである。要するに、ただ走るだけで勝手に他のウマ娘を置き去りにできるほどの身体能力があればよいのだ。しかし現実はそう甘くない。例えば、3000mを全速力で走ろうとすると並大抵のウマ娘はバテてしまう。だからこそ、スタミナを抑えて走る差し、追い込みウマ娘が存在するのだ。
皆が求めてやまないのは、圧倒的な実力。
スピード、スタミナ、パワー、どれをとってもずば抜けているせいで、否応なしに大逃げせざるを得ない。そういう意味で、理想の走りなのだ。
……おや、光が見えてきた。
「……そろそろか」
地下バ道はもうすぐ終着点だ。
同時に、僕の勝利が近づいてくる。
さて、受け売りではあるが、こんな言葉がある。
スタミナは努力で補える、と。
差しや追い込みをする目的は様々だが、スタミナ消費を抑える、という目的はどのウマ娘にも共通している。しかし、そのスタミナは鍛錬すれば誰だって身につく。そう僕は考えている。そして僕はスタミナを身につけている。
「……先頭は譲れない。いや、譲ってあげようにもあげられないか」
僕は強いから。
ふふ、デジたんが応援してくれたおかげで、自己肯定感が爆上がりだ。
さあ、抜錨だ。
錨の上げ方はゴルシちゃんに教わった、なんてね。
そう、今までに体験したこと全てが僕の味方だ。
全て覚えている。僕は見たもの全てを魂に焼き付けている。
もうすぐ皆の目にも焼き付けてやろう。
◆
『暖かな春の日差しを受ける東京レース場。本日のバ場状態は良好。いよいよレースが始まります』
「……来ちゃった」
ついにこの時が。
そういえば、ひとつだけ残念なことがある。
「……デジたんと走りたいなぁ」
このレースにはデジたんがいない。
走るのは好きだが、やっぱりつまらない。
……じゃ、とっとと終わらせよう。
『各ウマ娘ゲートイン。出走の準備が整いました』
横を見れば、真剣な顔つきのウマ娘が幾人も。
僕はどんな顔に見えるだろう。
きっと美しい顔に違いない。僕の眼はこの世で最も美しいものしか映していないのだから。
…………。
『さあゲートが開きました!スタートです!』
僕の視線はただ一点、最愛の人にのみ向けられていた。そのおかげだろうか、気がつけば足を踏み出していて、スタートからコンマ数秒後には、僕の体は他のウマ娘より2歩先を行っていた。
「こりゃあ、もう僕の勝ちかもな」
「……ッ!!」
試しにひと言煽ってみると、僕の右横にいたウマ娘は歯を食いしばってペースを上げた。
……ありがたい。
『4番、序盤からかなりのハイスピード。続けざまに5番、その後ろ、各ウマ娘まだ横一列、ここからレースがどう動くのか!』
『一番人気、4番オロールフリゲート。マイルとはいえ、このペースは少々掛かっているかもしれません。とはいえまだレースは始まったばかり。見どころはこれからです』
僕がハイペースに見えるか?
そうか。では僕がずっと言いたかったセリフを言わせてもらおう。
「……これは全力疾走じゃない。ランニングだ」
後続との差は縮まらない。
だが、余力はまだまだ残っている。
自分の筋肉、肺機能、その他身体的機能の限界点は全て記憶している。日々更新され続けるそれらは、当然レースにおいて重要な役割を果たしてくれる。
今の僕のスタミナがあれば、このペースをあと2000mは確実に維持できる!
『あっという間に飛び出して、4番!さらに後続との差を広げていきます!速い、速い!2バ身……いや、3バ身差!』
集団から抜け出し、そのまま内ラチを削りとる勢いでコースを取る。最初のコーナーまではあと300mといったところか。このままインベタで走り抜けよう。どうせ誰も文句は言わない。距離が開いているので、僕の蹴り飛ばした砂は誰にもかからない。
『現在先頭は4番、少し離れて7番、並んで8番、その後ろ6番。さあ、かなり早い展開でレースが進んでいます』
全体がハイペースになれば、その時点で体力のないウマ娘は脱落する。僕自身、己の勝利を微塵も疑っていないが、より勝率が上がるに越したことはない。
『先頭がコーナーに入った!なおスピードが落ちない!これは……!ひょっとすると、デビュー戦で大逃げか!差がぐんぐん開く!だがスタミナは持つかッ!?』
大逃げ。そう呼ばれるのも悪くない。
必然的な大逃げ。それが競走ウマ娘の理想。
僕の脚質はというと、少しカッコつけて言わせてもらえば、自在。当然だ、デジたんが自在なのだ。僕がそれに追いつけないでどうする。
とはいえ、やはり先頭は気持ちがいい。スズカさんレベルの先頭民族になったつもりはないが、やはりウマ娘の本能だろうか。逃げるのもなかなか面白い。
「ふ、ふふふ……!あはははははッ!」
左回りのコーナーに差し掛かって吸い込んだ息が、どうしようもなく弾んだ笑い声へと変化する。
歩幅は広く、しかしピッチは誰よりも早く。
それでいて、常に最短距離をキープし続ける。
自分のフォームを常に最適解へとアップデートし続けるのはなかなかに疲れる。今の僕なら2000mは持つと思っていたが、どうやらかなりギリギリだ。負けはしないだろうが、もしかするとラストでバテて、少々みっともないフィナーレを飾ってしまう可能性がある。
『先頭、コーナーを半分通過!早い!独走状態だ!このまま逃げ切るかッ!しかしこの先にはスパイラルカーブ、後続の追い上げがどうなるか、レースの行方はまだ分かりませんッ!』
僕の後ろにつけているのは確か外枠の子だったか。その子がこの先で一気に仕掛ける可能性もある。
スパイラルカーブ、すなわち後半になるにつれ角度がキツくなるカーブ。今のところ内側を走っている僕が外に膨らむことを見越して、アウトからインに割り込んで直線距離を稼ぐ。それが、僕の先頭を終わらせるひとつの可能性だ。
……いや、違うな。
何をやっても、僕の先頭は変わらないぞ。
「ッらああアあァアアッ!」
絶対にスピードを落とすな!そのまま最短距離を通れ。無茶な曲がり方だが、成功すれば最速だ。
何より、見栄えがいい。
カッコいいことは大事だ。最近ソッチ路線を考えつつある僕にとって、ロマンというものは大変不可欠なのだ。
『現在各ウマ娘はコーナーに差し掛かりました!ッ先頭集団に動き!現在2番手は7番、脚がぐんぐん伸びてゆく!ゴールまではあと700mほど!その勢いを最後まで活かし切れるかッ!?』
コーナーの終わりが見えてきた。
後続は焦っているのかも。やはり早めに勝負を仕掛けてきた。とはいえ、このままミスなくいけば僕の勝ちだ。それだけの差は稼いでいる。
その瞬間、何か電流が僕の脳内に走った。
ゴール付近……。見つけた。デジたんだ。ゴルシちゃんとトレーナーさんもそこに居る。
デジたんが見ている。
「んふ、ふ、ふふふふふふ……ッ!」
視界が白に埋め尽くされる。
しかしただ一点、白よりも白く輝くものが、僕の見つめる先、その遠くに見える。あれを目指せばいいんだな。
もはや他はどうでもいい、このままデジたんに早く褒めてもらわねば……。
「ッあ゛っ!?痛つッ……!?」
理解が追いつかなかった。
左手に鋭い痛み。その刺激によって、視界の白が一瞬薄れる。
何が起こったのか。刹那の間になんとか理解を進める。その結果、痛みの原因は非常に単純なものだと分かった。
「はぁ、イン攻めすぎちゃった……」
常に内ラチスレスレを走っていたために、デジたんへと意識を集中させた際、ほんの少しだけ左に寄ってしまったのだろう。コーナーが終わる直前だったのに、周囲をよく確認しないままスパートをかけてしまった。
幸いにも手の甲を掠めただけだったので、大きな怪我には至っていない。速度にも影響はない。
しかしミスはミスだ。気を付けねば。
……心が渦巻き始める。
ああ。
ダメだ、我慢できない!
「ッフヒッ、ハハハハッ!っあああああーーッ!」
楽しくて楽しくて仕方がない!
デジたんを感じたおかげで、ギアがさらに一段階上がった。心なしかスタミナも回復した気がする。
『4番ッ!依然先頭のまま!とんでもない走力ッ!後続の追随を許さず、最短ラインを華麗に描き出しましたッ!勢いはスタートダッシュから衰えず……!いや、さらに加速ッ!』
絶対勝った!僕の勝ちだ!
だって、デジたんが見てくれているから!
ああ、楽しい。何が楽しいって、先ほどのミスが僕の未熟さを教えてくれたことが何より楽しい。
つまり、まだまだ伸び代があるのだ。僕には。今でさえこんなにも気持ちいいのに、さらにその先があると知れたのだ。それがどれだけ楽しいか、言葉では言い表せない!
『4番ッ!4番ですッ!先頭は4番、オロールフリゲート!今ッ!大差をつけて……ッ!』
気付けば、ゴールは目の前。
通過する瞬間に横目で見えたゴール板の鏡には、ギラギラと輝くウマ娘の笑顔が映っていた。
『一着は4番、オロールフリゲート!大差でゴールインッ!圧倒的な走りを見せてくれましたッ!』
勝った。勝ったぞ。
「ハァッ、ハァッ……!デジたーーん!?ねえ見た!?今の見た!?ねぇ僕すごくない!?バーって走ってギュイーンと曲がって……!勝った!」
たった今全力で走り抜いたばかりだが、脚がピョンピョンと弾む。デジたんを見るだけでも、ロイヤルビタージュース5杯分くらいの効果がありそうだ。
「よくやったなァオロール!いい走りだっ……」
「トレーナーさんは黙れェッ!?走り終えて最初に聞きたいのはデジたんの声なんですよ僕はァッ!!」
大体、ハナからデジたんに話しかけてただろうが。まったく、空気の読めない男だなぁ。
「イヤイヤイヤもうホンットすごい走りでッ!言いたいこと沢山あるけど!とりあえず、お疲れ、オロールちゃん!」
今の僕がもっとも嬉しいと感じる、労いの言葉。
それを放った彼女の眼に、様々な感情が浮かぶのが見てとれる。
祝福、歓喜、高揚、興奮……。
闘志。
「……ありがと、デジたん」
◆
「響けファンファーレ♪」
「届けゴールまで♪」
ああ。
ウイニングライブを踊るのが、こんなにも誇らしいものだなんて。
「輝く未来を♪」
そして。
相変わらず最前列ではっちゃけている我らがデジたん。尊いがすぎる。意識を失わず、爽やかな笑顔を保っていられる僕を誰か褒めてくれ。
「
デジたんだって分かっているはずだ。
ここまで来たら、もはや僕と君とは絶対に離れられない。未来を拝むには、2人必要なのだ。
今日のレースにはデジたんがいなかった。
その事実は、かえって僕を強くしてくれたと思う。
まあ、つまり。
……とりあえず早くデジたんに会いたかったので、最短距離を選んで走ったわけで。
「あばばばばばばばはッ!可愛ッ、ファァァぁぁぁぁッーー!可ーー愛ーーいーーッ!」
……くそう。
なんだって、デジたんだけ1人で勝手に限界化してるんだ。こっちは舞台上だから必死に我慢しているのに。なんで毎秒毎秒そんなに可愛い仕草をするんだ。
ああ!もういいや!
「うえええっ!?オロールちゃんが突然バク宙をッ!?ナンデ!?」
もはや放送できないレベルまでドロドロに溶けきってしまった僕の顔を隠すには、目まぐるしく動き回ってカメラに捉えられないようにするしかない!横で踊っている2位と3位の子の目がすっかり丸くなっているが、まあなんとか受け入れてくれ。これが僕だ。
トレーナーさんが頭を抱えている。
……一応、振り付けがハッキリ指定されている箇所は可能な限り踊っている。ただし重力の方向が異なっているが。ただ今はヘッドスピンで観客とカメラを翻弄中だ。
仕方ないだろう!
デジたんが可愛すぎるんだ!
ああ、宇宙一可愛い……。それは確かだ。
だが、しかし。
レース後に彼女が僕に向けた目。
宝石のような輝きの奥で、今まで眠っていたのがようやく目覚めたかのような、静かに燃える炎。
彼女の本能。
……たまらない。
デジたんとのレースが楽しみだ。
ヘッドスピンしながら、僕はしみじみと考えた。
おデジ不在時
「ファッ!?デジたんおらんやんけ!?ほなとっとと走って会いに行かな!」→爆走
おデジ出走時
「ファッ!?デジたんおるやんけ!?キタコレッ!さあ゛、う゛ちとや゛ろや゛ぁ!」→爆走
ゲネキはチート系に進化する予定はありません。
今のところ、この変態をもってしてもルドルフやらオペラオーなどの英傑には一歩、いや数歩届かないので。
安心してください。
もっと変態になれます。
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拉麺珍奇譚
マジで楽しいです。オススメ。(ウマ娘二次創作の前書きとは思えない内容)
「なあ、オロール。俺に言わなきゃならんことがあるだろ?たった一つのシンプルな言葉だ。分かるよな?ご、から始まるやつだ」
「ふぇえ〜……?」
「だーかーらー!お前っ、ライブゥ!なぁ!?」
うーん、そう言われてもわからない。いったいなんのことだろうなー。
あっ違う。僕は仮にもイケウマ娘を目指す身、こういう時は華麗にしらばっくれるべきだ。
ああ!と、爽やかに口に出しつつ手をポンと叩いてみる。
「……フッ。そういうことですか、トレーナーさん。僕の流麗な足捌きに見惚れてしまった、と。そう言いたいのですね?」
「よぉし分かった、オイデジタル。お前あれ持ってこい。あのムダに綺麗で神がかったカメラワークのライブ写真。ウマ娘雑誌に載ってたやつ。それがありゃあ、コイツも自分が何やらかしたか言い逃れできんだろう」
「了解ですトレーナーさん!いやはや、それにしても、分かってらっしゃいますね!実はあの雑誌の記者、ウマ娘特集を手掛けてるだけあって大のウマ娘ファンの方だそうで。なんとデビュー以前からオロールちゃんを推していた歴戦のカメラマンさんなんですよ!」
「んなこたぁ聞いてねー!?つかお前ら、ええっ?何で俺の知らないところで着々とファンが増えてるんだよ……?」
へえ、ウマ娘雑誌の記者ねぇ。
トレセン学園に入ってから、取材に来るマスコミを何度か見かけたことがある。しかし、その数回だけで、実を言うと僕は記者に対する負のバイアスを抱くこととなった。
なんたってアイツら、我らが愛すべきウマ娘に失礼な物言いをすることが多いものだから。
「ハイ!持ってきましたよー!」
とはいえ、この『月刊トゥインクル』の記者は非常に好感が持てる。文章だけでもウマ娘への愛が伝わってくる。実際に対面したことはないが、ヲタク談義などしてみれば、さぞかし楽しいだろう。
乙名史悦子……。我らが同志。
ぜひ一度会ってみたいものだ。
「ああ、ありがとさん。……んで、ホラ。ココ見ろ。この写真!お前がステージ上で空中きりもみ3回転してるときの写真!」
「ハァ、見てます。それがどうかしましたか?」
「いやおかしいだろ!?なんで『Make debut!』歌っててこんな振り付けになるんだよ!?」
「だってー!デジたんが可愛いんです!」
「まともな文脈で喋っていただけるかなぁ!?俺、一応お前のトレーナーだから!会話は論理的にやろうぜ!?」
「なんで今のが理解できないんですかッ!?いいですか、耳の穴かっぽじってよーく聞いてください。まず、デジたんは可愛いです。ライブ中に僕を応援してくれたデジたんは、もはやビッグバンを越えてます。次に、それを見た僕は、興奮のあまり、とても公共の場で見せられない顔になります。だから!それを隠すためにブレイクダンスを踊ってカメラが捉えきれないほどのスピードで動いたんです!」
「なぁゴルシ、論理ってなんだっけ」
「いやそこでアタシに聞くかぁ?……つっても、一応、アレだな。コイツの日々の態度を鑑みた場合、コイツの言ってることはまったく筋が通ってないわけでもないよな。認めがたいけどよ」
この世の共通言語を知っているだろうか。
ひとつは数学、ひとつは論理。そしてそれらよりも重要なのがデジたんだ。それをこのトレーナーときたら、デジたんよりもワンランク低い共通言語である論理で会話を成り立たせようとしている。まったく。せいぜい精進してほしいものだ。
「だがまあ、踊れないよかマシか……?いやそんなことないな。曲がりなりにもこれからお前は競走ウマ娘として、ウイニングライブでファンに恩返しする必要がある。ファンの心をしっかり掴めるようなライブを心がけてだな……」
「あの、それでしたら。激しい動きで僕のライブ用衣装のスカートがスレスレのラインまで捲り上がるので、ファンには大ウケでしたよ。興味深いことに男女問わずバイブスが上がってたみたいです。いやぁ、ファンの皆さんも随分と食指が所構わず動き回ってるご様子で……」
曲の中盤あたりで、なんとかデジたんを拝んだことによる蕩け顔から回復することができた。その際に、シリウスさんやブライアンさんといったイケウマ娘たちの表情を可能な限りトレースしたおかげだろうか。歓声には甲高いものも多く混じっていた。
「……あー。なんか、もういいか。お前が一番楽しくやれる方法でやればいい。それでファンが喜ぶんだからな。ったく、ウチのメンバーの中でもとびきりクセが強いヤツだなぁ……」
「褒め言葉として受け取っておきます」
クセが強くてなんぼだと、最近は特にそう思っている。カッコよくて可愛い自分を目指そうと思っていたら、自然と自分のことが大好きになってしまった。無論デジたんが一番だが。
自己肯定感が高いと、その分幸福ホルモンなんかが分泌され、結果加速度的に自己肯定感が増してさらにカッコよくなる、なんて話も聞く。オペラオーさんがカッコいいのだって、おおかたそんな理由だろう。なお根拠はまったくない。
しいて根拠のようなものをあげるならば。
デジたんに毎日可愛い尊いマイ女神、と囁き続けてはや一年が経とうとしている今日この頃。僕の主観では、彼女の美しさは日々増していっている。
「あ、そーいやお前、左手怪我したとか言ってたろ?もう治ったのかよ?」
「心配ありがと、ゴルシちゃん。怪我ってほどでもない。勢いよく振り抜いた手がラチに掠って少し擦れただけ。唾でもつけとけば治るって感じ。だからデジたんに舐めてもらったら2秒で治った」
「……は?」
民間療法は偉大なり。
良い子はマネしないように。
「いや、あの、誤解です!?舐めたというよりは、背後からおもむろに近づいてきて口を塞がれたんですっ!」
「とにかくッ!今の僕は健康体!レースの疲れはそれなりに取れてきたし、何より勝てて気分がいい。ってことで、代謝が良くてお腹が空いてる。ゴルシちゃん、パドックの約束、ちゃんと覚えてるよね?僕が勝ったらラーメン奢ってくれるって」
「しゃーねーなぁ。けどラーメン一杯な。チャーハンとか頼むんなら自腹だかんな!」
「あ、じゃああたしも行きます!オロールちゃん、遠慮しないで他にもいろいろ食べて!というか貢がせてっ!」
ヲタク特有の「金出すぞオラ」とかいう脅迫だ。
「いいの?ありがとう。じゃあ君がデビューしたときには、最高級のレストランを予約しておく」
先日のデビュー戦で受け取った賞金は、中学生である僕にはちょっとした大金だ。一度くらい豪遊したところで、生活に支障は出ない。
メイクデビューでこれなのだから、G1レースの賞金などはさぞとんでもない額になるだろう。生々しい話だが、我らが生徒会長殿の懐には、一生暮らしていけるだけのお金が貯まっているに違いない。
ふと思ったが、賞金のうち、僕の手取りだけでこんなに貰えるのなら、多くのウマ娘を抱えるトレーナーという職業は、それはもう大金持ちのはず。スピカのトレーナーさんはいつも貧乏だが、いったいなぜなのだろう。
「ウチにもデビュー済みのウマ娘が増えてきたなぁ!よぉし、お前らなら絶対にG1を獲れる!誰かが最初にG1獲ったら、そんときは全員俺の奢りでたらふく美味いもんを食ってもらおう!」
ああ、そうだった。この人、お金が入るとすぐに景気良く浪費するタイプだった。
◆
「なんか、たまらないね。レースの後にカロリーお化けの料理を食べるってのは」
食券機のボタンを押し、しみじみと呟く。
「あ?お前なに言ってんだ、ラーメンは飲み物だぜ?」
脂っぽく、ニンニクの香味が満ちた空気。だがこれがいい。ラーメンは庶民の流儀だ。それでいて、老若男女を問わずあらゆる人を惹きつける力がある。
そう、たとえ一国の王女殿下でさえも、その魅力には抗えないのだ。
「ん?あそこにいるの、シャカールさんとファインさんじゃない?」
店内で箸を片手に眼を輝かせている、高貴さ漂うウマ娘。その横でぶっきらぼうに麺を啜っているオラついたウマ娘。シャカファイで間違いないだろう。
「おー、マジじゃん。よっしゃ、突撃してやろーぜ」
「あっちょっ、ゴルシさんっ!お二人の間に挟まるのは重罪で……!」
デジたんの制止むなしく、既にゴルシちゃんは移動していた。速い。なんて爆発的な脚。
「なあなあ、シャカールちゃんよォ。お前の食ってるラーメンにラー油ぶち込んでいーい?」
「……は?ふざけンじゃねえぞ。ゴルシ、てめぇ。なンの用だよ?」
「ちょっと2人とも!神聖なるラーメンの前で喧嘩は御法度だよ?まずは落ち着いて深呼吸して、ラーメン啜って」
あーあ、シャカールさんがなまじこの面子で最も常識人だから、ゴルシちゃんがボケに回ってしまった。あと姫、どんだけラーメンジャンキーなんだよ。
「つか、なんかおもろいな。こんな商店街の一角にあるお財布に優しいラーメン屋で麺啜ってんのが、仮にも一国の王ぞ」
「ゴルシちゃんっ!?額にレーザーサイトが!?」
「ッス〜……。アタシ、喋りすぎたか?」
青ざめた顔にポツンと浮かぶ赤い点は、数秒後にようやく消え去った。ふと窓の外を見ると、グラサンとスーツを着こなしたクールなウマ娘が、ネコの肉球があしらわれたレーザーポインターを持ってサムズアップしていた。
いやなにしとんねん。
「あぁ、あたしはどうすればっ!願わくば壁になってこの光景をずっと眺めていたいぃ……!」
「いや、デジたん。普通にこっち来てラーメン食べようよ。まさか君、水だけで乗り切るわけにもいかないでしょ。それにどうせ、シャカファイは何があろうと不滅だよ」
運命、という言葉をあまり好んで使う僕じゃないが、やはり切っても切り離せない関係というものは存在する。僕とデジたん、ウオスカ、テイマク、そしてシャカファイだ。
「あ?シャカファイ……?なァんか寒気のする言葉だな。どうにも不穏な法則性がありそうだ」
「シャカ、シャカール……。ファイン、あっ?そういうことだね、分かった!こういうのを日本語でなんて言うんだっけ……。そうそう、ニコイチ!」
「テメッ……!どこでンな言葉覚えてきやがンだよ!?」
「私、君以外にも友達はいるよ?ふふっ、妬いたりしないでね?シャカファイの片割れさん♪」
殿下はお茶目だなぁ。それと、てっきり僕は、殿下の交友関係についてはSPさんが厳重に管理しているものと思っていたが、どうやら色々と緩いらしい。
「……な、なあシャカールちゃんよォ。さっきは本当にごめんな。アタシが言えたことじゃねーかもしんねえけどよ、困ったことがあったらいつでも相談乗るぜ……?」
「俺としちゃア、テメーが急に優しくなったこの現状が1番困るけどな。ホント急だな。ったく、どーして俺の周りには論理のカケラもねェ連中ばっか集まンだよ」
このラーメン殿下もなかなかな性格だからなぁ。
ちょっとしたライフハックを紹介しよう。ゴルシちゃんの態度を見れば、場の狂気度が分かる。その数値はゴルシちゃんのハジケ度と反比例しているのだ。
「まあとりあえず、注文しよっか」
シャカファイが尊く、僕がデジたんを愛することが不変の真理であるのと同様に、ここはラーメン屋である。
常日頃から甘ったるい口の中を丁度いい塩梅にする、というわけでもないが、僕は先ほど買った塩ラーメンの食券を店員さんに手渡した。
◆
「……なぁ、マジで気ぃつけろよシャカール。あのデジタルとオロールとかいうヤツらはな、同級生ですら平気で妄想の材料にするんだ。いいか、こりゃ貴重な経験者からの言葉だからな」
「お、おう……?」
「正直に言う。アタシももう染まってきちまってるのかもしれねェ。さっきのお前とファインのやりとりを見てるとな、なんか、胸のあたりがむず痒くなってくるっつーか……。あったまるんだよ!アタシでさえこれなんだぜ?……あとは言わなくても分かるよな?」
「おーい、バッチリ聞こえてるよゴルシちゃん。というか、なんだよ、別にいいじゃないか。妄想に耽ったって。何も害を与えるわけじゃないし」
「マジで言ってんのかよ?なんか、嫌だろ。自分が他人の頭ん中で好き勝手扱われてるってのは。例えば、ソイツがいちファンだったら、まあ仕方ないと思うけどよ。顔見知りがそんなんだったらなんかアレだろ」
「そうかなぁ。僕はむしろ興奮する」
「お前に何言ってもムダだったか。ハァ……。あ、胡椒取ってくれ。ん、センキュ」
トレセン学園に通う僕の知り合いは、やはりトレセンの関係者がほとんどだ。つまり美少女ばかり。もしも、その彼女らが各々の脳内で僕に関してあれやこれやと妄想しているのだとしたら、実にたまらんシチュエーションじゃないか。同時に、僕が記憶に残るウマ娘であるということを意味しているわけだし。
まあなんと言っても、デジたんが僕の妄想をしてくれていたのなら、僕は発狂する自信がある。
「あたしは、もしウマ娘ちゃんがあたしの妄想をしている〜なんてことになったら……。自刃します」
「えぇー……。覚悟決まってるねぇ。どうして?」
「だって、ウマ娘ちゃんの貴重な思考リソースがあたしに割かれるなんてことあっちゃいけないでしょ?……あ、オロールちゃんは別。というか何を言ってもあたしのことしか考えてないし」
「なぁ分かるだろ?コイツらマジでイカれてんの。目ぇつけられてご愁傷だぜ、シャカール」
「……テメーが言うな」
「そう硬くなんなって。今やお前の味方はアタシ1人だとも言える」
「コッチ見ンな。俺は味方なんていらねェ」
「え、そうなの、シャカール?私のことはどう思ってるの?私たち、ニコイチでしょ?」
「だー!やかましい!いちいち言わせんなッ!」
おアツいな。本当にアツい。そんなに温度を上げてどうする。こちとら、ただでさえデジたんが麺をフーフー冷まして食べる様子に喜び悶えて体温が上昇しているのに。
「……ふぅ、ごちそうさま。私たちの方が先に居たから、早く食べ終わっちゃった。ねぇシャカール、実は私、もう一軒行きたいラーメン屋さんがあるんだけど」
ヒェッ。ファインさんの目がなると巻みたいになってる。
「ハァッ!?マジかよっ!ラーメン1杯ならまだしも、2杯分のカロリーを摂取する予定はねェぞ!なァ、また来週とかで……」
「ダメ、かな……?」
「……チッ、仕方ねェなァ」
うむ、尊い。尊いのだが、同時に恐怖を感じた。ラーメンにはああもウマ娘を狂わせる力があるのか、それともファインモーションというウマ娘にもともと素質があったのか。
「ふっひょおぉ〜ー!今の聞きました!?ラーメン1杯ならまだしも〜って、つまりシャカールさんはラーメンを必ず食べる前提でカロリーを計算してたってことですよねェッ!?シャカファイの運命は既に定められてた……ってコト!?」
「お前よくそんな細けーことで興奮できるな」
ゴルシちゃんはそう言うが、実際、その事実ひとつだけで想像が膨らみまくるのは確かだ。
例えば、ラーメンの誘いが来ることを見越して食事の量を調節していたのに、一向に誘われない。思い切って自分から誘ったところ、案の定ファインさんにからかわれる……。そんなシャカールさんは実在する、はずだ。
「つーか、随分美味そうに食ってるけどよ。大丈夫なのか?デジタル。お前来週デビューだろ?」
「……ほえっ?」
「え?」
「ん?」
「ほゑっ?」
「なぁんだよ、変態のお前が忘れてたってのか?ハッ、んなわけねーよな?お前の大好きなウマ娘チャンと一緒に走れるってのに、なぁ?」
「ゴルシちゃん!ダメだ、尊みを摂取したばかりで許容量スレスレな今のデジたんに、待ち焦がれてるメイクデビューの話なんかしたら……!」
「マ゜」
「あぁ遅かった」
どうか安らかに。
「ありゃまあ、完全に白目剥いちゃってさ……。けどデジたん、僕がいないレースだってのに、よくそんなに興奮できるね。僕以外のウマ娘に限界化したことに悲しむべきか、それとも、僕と共に出走することになったときのリアクションを想像して楽しむべきか」
「……カヒュッ、ハイッ、復活!デジたん復活!そしてただちに言いたいことがッ!たった今あたしが妄想したのはメイクデビュー戦ではなく、オロールちゃんとのレースや、スピカの皆さんとのトレーニング風景ですので!ご心配なくッ!」
「むしろ心配だわ。まだレースで出会うことになる未知のウマ娘に興奮してますって言ってくれた方がマシだったぜ。まだアタシらでイケんのかよ。ガムだったらもう溶けてるレベルだろ」
「つまり!僕たちの愛は永遠なのさっ!ゴルシちゃん!エターナル・ラヴッ」
「やかましい!」
何にせよ、メイクデビューときたら、その愛の一切合切を燃やして祝ってやろう。実際、デジたんは心身を削ってまで僕のことを応援してくれた。となれば僕は、当日レース場を訪れる予定の人全ての家を回ってデジたんを布教することも辞さない。
まあ、その覚悟があるだけで、実際には物理法則的な限界に阻まれてしまうが。だからこそ、この現代社会における、物理的に最速の伝達手段、すなわちインターネットだとかをフルに活用すればいい。幸いにも、このウマ娘住まう美しき世界には、イカれた
待ってろデジたん、数の暴力で褒め倒して推し倒して、2人っきりのときに押し倒してやるから。
ゴルシウィーク、去年は東方仗助スタイル、今年はDIO様スタイルだったので、来年はジョセフスタイルで来ると予想。ゴルシーン!
ジュエル564個はありがたいですねぇ。神じゃないかゴルシちゃん。ゴールシンカムイ。
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勇者と呼ばれた変態
あとラーメンは塩こそ正義。
カチャッ(戦の火蓋が切られる音)
ある日の東京レース場。
「……考えてみると、それこそG1を獲るようなウマ娘って、大概クセが強いのばっかだよね」
「どうした急に」
「ルドルフさんはダジャレお化け、マルゼンさんはバブル期の遺物、タキオンさんはマッドサイエンティスト、そして君、ゴルシちゃんはハジケリスト」
「お前とデジタルも、実力はあるが変態だしな。マックちゃんも、寝言で『かっとばせー』とか言うヤツだし」
「僕、思うんだ。クセの強さとレースの強さは相関関係にあるんじゃないかって。だからさ、むしろクセの強い部分を曝け出すのが正解なんじゃないかな……。って話を昨日デジたんとしてたんだけど」
「パドックに出てくるやいなや頬を紅潮させて涎を垂らす変態ウマ娘が生まれたの、ひょっとしてお前のせいか?」
どうだろう。デジたんならどっちにしろそうなっていた可能性が高い。
「あとお前、なんで目から煙出てんの?」
「デジたんの輝きを見てたら網膜が焼けた」
「物理で?」
ああ、至福、至福!
待ちに待ったデジたんのメイクデビュー。その瞬間に自分が立ち会えるなんて、言葉が足りなくなるほど脳がクソデカ感情に支配される。あぁ、僕も今日のレースに出たい。そうは言っても出走はできない。だからこの気持ちを応援にぶつけるのだ。
『1番人気、4枠4番、アグネスデジタル。かなりの仕上がりです。期待が高まりますね』
「うお゛オぉオ゛ォォ゛お゛おぁ゛ああ゛ぁッ!デジだあ゛ぁーーぁ゛ーーァ゛んっ!!!愛し゛て゛る゛ぞぉ゛ーーッ!!」
……今のは僕じゃないぞ。
僕の声はあんなに野太くないし、可愛い。
そう。
今のは僕ではない、一般ヲタクだ。
「デジたぁあんッ!可愛いよ!愛してるッ!」
こっちは僕。
うーん、さっきの同志の声に比べると迫力が足りない。愛の重さじゃ負ける気がしないが、声量においては同志の方が上だろう。やはりいろいろと振り切ってしまったおじさんは強い。心の中で敬意を表する。
『アグネスデジタル、パドックの上でも落ち着きがあります。精神面でも安定していますね、良い走りを見せてくれるでしょう』
デジたんの様子が面白いことになっている。
ついにデビューできた、ウマ娘ちゃんを特等席で拝めるぞ、という嬉しい気持ちと、観客席から湧き起こるデジたんコールへの困惑がせめぎ合った結果、スンッとしちゃった。スンッ。
スンッとなったデジたんの表情は、傍から見れば勇者そのもの。これから魔王との闘いに挑むぞと言わんばかりに引き締まった表情。
「……なあオロール、もしかしてアイツら集めたのお前か?」
アイツらとは、言うまでもなく観客席に湧いている我らが同志たちである。
「デジたんがデビューするんだよ?そんなの、本来であれば人類総出で推すのが当然ってもんでしょ。けどさすがにレース場に全人類は収まらないから、とりあえず数千人なんとか集めた」
「その人数が同じ法被着て発狂してるの恐怖でしかないんだが」
「ああ大丈夫。デジたんを推すついでに君の焼きそばもできれば買うように言っといたから」
「何が大丈夫なんだよ?え?」
「ほら、早く焼きそば売り捌かないと、長蛇の列になっちゃうよ。がんばってゴルシちゃん」
「は、えっ、おまっ!?マジじゃねえか!?なんか法被の集団がコッチ来てんなぁ!?チキショー、全員の腹を満たす分の焼きそばはねぇ……!だが、なけりゃ作ればいいッ!うおおおおおッ!」
ゴルシちゃんはそのまま勝ち目の薄そうな戦いに身を投じていった。ふと思ったが、彼女の実力からして、焼きそばなど売らなくとも十分な稼ぎはあるはず。となると、やはりギャグ的な意味で焼きそばを売っていることになるが、このような状況になっても諦めず客に対応するあたり、彼女のギャグへの情熱が見て取れる。そういうところ、好きだなぁ。
さて、勇者アグネスデジタルはというと、その立ち居振る舞いがあまりにも凛々しくなってしまったがゆえに、黄色い歓声が上がり始めた。
かくいう僕もメス堕ちしそうだ。
「あ、あぁっ……!ふつくしいっ……!デジたぁーんっ、カッコ可愛いよおおおぉっ!あっヤバい、涎が……」
デジたんが僕を恍惚とさせる。それに、美味しそうだなぁ、なんて思いがふっと浮かんでくる。いや、別にいやらしい意味ではなく。まあそういう意味がないと言ったら嘘になるが。
とにかく、彼女の鍛え上げられた肉体を見ていると、走りたくてしょうがなくなる。早く一緒にレースがしたい。
「ハァ、ハァッ……!うぅ、愛しい……!」
だんだんと顔に血が上ってきた。そのうち体内の熱が漏れ出して、口から蒸気を吹いてしまいそうだ。ただ、そうなってしまうと絵面がいよいよマズいことになるので、なんとか耐える。
そうこうしているうちに、デジたんがパドックの裏手へと引っ込んでしまった。僕がまた新たなデジタルタトゥー……文字通りデジたんに由来する黒歴史、それを刻むことにはならずに済んだ。
今頃彼女は地下バ道を通っているだろうか?
では、僕はそろそろ他のスピカメンバーに合流するとしよう。きっとすぐ近くにいるはずだ。
……界隈における僕とデジたんの認知度がある程度高いからだろうか。
訓練された
◆
『各ウマ娘、位置につきました。レースの準備が整ったようです』
「ハァ〜〜……。あんなんえっちすぎるでしょ」
「なあ、仮にもしお前が、ゲートの中でキョロキョロハァハァしてるピンク髪の変態に劣情を覚えてるんだったら、今すぐアタシから2mほど離れてくれると助かるんだが」
「あれ、ゴルシちゃん。早いねぇ。焼きそばはもう売り切れ?」
「ストックしてた材料分もスペの腹ん中。けど客層がアレだから、大概のヤツはスペが美味そうに焼きそば食う様子を見ながら霞を食って満足してたな。それで、アタシから離れてくれるか?」
「離れない。確かに僕はデジたんを見て興奮している。けどそれだけじゃないんだ。周辺視野に映る景色……、他のウマ娘や、レース場全体の空気感、そういうの全部ひっくるめた上で興奮してる」
「よく分からんがアタシの予想より重症だった。ほらアッチ行け、トレーナーにでも構ってもらえよ」
「おまっ、ゴルシおまっ、とんだ爆弾を……!」
「教え子を爆弾呼ばわりってどうなんですかねェ?今ので僕の心は傷つきました。どうしてくれるんですか」
「爆弾は爆発するまでに猶予があるけど、アンタの場合は常に触るだけで危険だからタチ悪いわね」
スカーレットにシンプル悪口を言われたような気がするが、どちらかというと悪口ではなく正論な気がするので何も言い返せない。
スピカのメンバーは全員このレース場に来ている。ウオスカ、テイマク、スペスズの波動を直に感じながらデジたんのレースを鑑賞できるとは、実に贅沢だ。
そして。
始まりは唐突に、しかしこの上なくはっきりとやってきた。
『たった今ゲートが開きました!各ウマ娘一斉にスタート!』
会場が一瞬静まり返り、ガコン、とゲートの開く音が聞こえてくる。瞬間、再び観客席はどっと湧きだした。
今日のレースについて軽くおさらいしておこう。
舞台は東京、ダート1600m。先日僕が走ったのと同じコースだ。何か運命的なものを感じる。9人立てで、枠順も一緒だったし。
レースの展開がどうなるか。
そんなの決まっている。デジたんが勝つ。
いわゆる史実において、アグネスデジタルは確かに伝説の馬であったが、それでも最強と言い切ってしまうことは難しい。彼は数多くのレースを制覇したが、敗北も経験している。
だが、
僕ははっきりと断言できる。アグネスデジタルというウマ娘こそ最強だと。
運命とかいうチャチなお約束をぶち壊すのはウマ娘のお家芸だし、なんたって僕の信じるデジたんが最強でないわけがない。
あとは、そう。
最強で最愛のウマ娘がゴール板を駆け抜ける瞬間の表情を、特等席で拝みたいのだ、僕は。
あぁ、想像しただけでたまらないな。
「うわッ!?急にビクビクすんなよ!?」
「ん、ふひっ……!あっ、ごめんゴルシちゃん」
公共の場ではマナーモード。
だが、いかんせんバイブの振動が大きすぎた。
『芝からダートに入ります。各ウマ娘、着実にペースを維持しています。これは良いレースが期待できますね』
スタートから時間が経ち、次第にレースが展開されてゆく。ウマ娘の集団がまばらに形成され、脚質の違いが露わになる。
デジたんは中団の後ろあたりについて、チャンスを窺っている様子。……といえば聞こえはいいか。実際のところ、主な目的はウマ娘のケツを追っかけることだろう。観客席からでも変質者一歩手前の表情になっているのが見て取れる。
「デジタルはああいう走りが向いてる。アイツの加速力ならおそらく勝てるだろう。……そういや、こないだおハナさんがこんなことを言ってた。『アグネスデジタルの才能には目を見張るものがある。東京のダートなら逃げを打てば勝てる可能性が高い。しかし肉体的なピークを迎えていない以上、体力が持たず抜かれて負けることもあり得る』だとよ。どう思う?デジタルの専門家さん」
「へぇ……、なんというか、おハナさんらしい。まあ僕あんまりあの人と話したことないですけど。けど、おハナさんは大事なことをひとつ忘れてるみたいですね」
その瞬間、デジたんの目が妖しく燃え始めた。
……会場の全員がそう錯覚するほどの気迫が、彼女から放たれている。
「ウマ娘の原動力といったら、アレでしょう。心。約1年間、スピカと僕にどっぷり浸かったデジたんの心なんて、そりゃあアツアツになってるに決まってます」
デジたんがウマ娘の走る姿を拝みたいと思っている以上、逃げはなしだ。彼女の能力を考えると、確かに先頭をキープし続けるのが1番リスクが少ない。
だが、この場合、ロマンがない。
デジたんがやりたい走りをやる。
ただそれだけだ。
レースは中盤、仕掛けるには幾分か早い。
つまり、デジたんの眼に宿る炎は、いわば火種だ。まだ燻っているだけ。
それでいて、観客席にも熱が届く。
『1番人気、4番アグネスデジタル。現在6番手です。現在、各ウマ娘コーナーに差し掛かりました。ここからどうレースが動くか!』
やはり最初の芝が効いている。全体的にペースが早い。先頭の子が少々掛かり気味なのも、ハイペースに拍車をかけている。デジたんはといえば、相変わらずハァハァしているものの、ペース自体は堅実。一般の人は「あんなに興奮して大丈夫なのか」と思うだろうが、僕やスピカのメンバーからしてみれば、アレはかなり抑えているほうだ。
「そろそろコーナーも終盤だ。勝負の決め手はそこになる。最終直線への立ち上がりをいかに行うか。ま、デジタルなら持ち前の観察力で最高のコース取りをやってのけるだろうな」
腕を組んで解説役ヅラをしているトレーナーさん。彼の言葉通り、デジたんはラストスパートに向けて脚の回転を上げているところだった。
小回りの効く小柄な体躯。目にも止まらぬ速度で動く、ピッチ走法の脚。しかし、このレースに参加しているどのウマ娘よりも、彼女の踏み込みは力強かった。
『アグネスデジタル!驚異の追い上げ!先行集団を追い抜いて、現在2番手……っ!先頭も抜いた!先頭は4番アグネスデジタルです!レースは最終局面ッ!ここから勝ち上がるのは誰だ!?』
もうウマ娘は十分堪能できたのだろうか。後方のウマ娘へ砂をかけることのないよう、刹那の間に差をつけるデジたん。コーナー終わりで外側に膨らんだ他ウマ娘の隙をつき、内ラチへと抉り込んだ。メイクデビュー戦とは思えないほどの痛快な追い抜きだった。
残り約500m。先頭に立ってなお、デジたんの勢いは衰えることなく、むしろ加速に加速を重ね、さらに後続との差を開いてゆく。
「……オイオイ、俺はあんな走り教えてねぇぞ?」
「お、どした?トレーナー」
「アイツ、ほら……。ヤバいぜ。脚の回転数もまだ上がってるってのに、歩幅もさっきより広くなってる」
「なんか、あの走り。ウオッカに似てるわね。ウオッカの動きをちょっとだけ早くした感じ」
「え、俺?マジで?」
いち早くそこに気づくことは、すなわち日頃からウオッカのフォームを観察し意識していることを示すのに他ならない。大変尊いが、まあそれは一旦置いておこう。
「ああ、それだ、スカーレット。アイツの本来の走りはピッチ走法だ。だからメイクデビューもダートを選んだ。それなのに、レース中にストライドを広くとってフォームを切り替えるなんて……。芝もダートも走る、とか言ってたが、その宣言は伊達じゃないな」
「変態じゃねえか」
ゴルシちゃん。
それ、褒め言葉なんだよなぁ。
デジたんは変態だ。全ての意味において。
その桁外れの観察眼を全力でヲタ活に注いでおいて、しっかりレースに活かす。純粋な努力で得た肉体という下地に、ヲタ活で身につけた高精度モノマネのスキルを重ね合わせると何が生まれるか?答えは簡単、変態だ。
今のデジたんの眼に宿っているのは闘志。ああ、普段は限界ヲタクというクセ強な一面が顕在化しているので釣り合いがとれているが、こうなってしまってはマズい。ただの完璧ウマ娘じゃないか。
……と思ったが。
どうやら、彼女の炎はまだ燃えきっていないらしい。デジたんはまだ輝ける。そのために何が必要か、僕には分かっている。
では皆さん!大きく息を吸い込んでー!
すぅーっ!ハイッ!
「テ゛シ゛たぁーーーぁんッ!!可ー愛ーいーッ!ホント、大好きッ!愛してるーーーッ!」
「うるせぇ!叫ぶなら叫ぶって言え!」
今度は僕も野太い声が出た。僕の愛を完全に表現するのにはまだ声量が足りないが。
もっとも。どんなに小声でも、彼女には届く。
『アグネスデジタル!強い、強い!完全に抜け出した!もはや砂をかける相手もいませんっ!その差8バ身以上ッ!まさに圧勝ムード!』
まるで〆切直前の同人作家かの如きスピードで駆けるデジたん。
いや、ウマ娘を追いかけて生き急ぐ彼女は、常に〆切直前の同人作家のようなものか。納得の疾さだ。
僕の愛の叫びがしっかり届いたようで、時速70kmはあろうかというスピードで走り、風を受けているにもかかわらず、尻尾がブンブンと揺れている。
ちょっぴりだらしなく顔が歪んでいるが、それがいい。僕はそういうデジたんが好きなんだ。彼女の炎が最高に輝くのは、ヲタクとして生きているときだ。
そしてついに。
『アグネスデジタル、今一着でゴール!圧倒的な走りでレースを制しました!まさに彼女のレースでした!』
勝った、勝ったぞ!
「よっ……ッ!しゃあああああー〜ッ!」
「だからうるせぇ!気持ちは分かるが落ち着け!」
落ち着いていられるものか。
この結果は確信していたが、しかし実際にその瞬間が訪れると興奮が冷め止まない。
「……アイツが俺の走りを真似できるんなら、俺だってアイツの走り方を……。けど、あの回転数はキチぃか……。いや、使い所さえうまくやれば、なんか必殺技みてーな感じでカッコよく……」
「何ブツブツ言ってんのよウオッカ。あと一応言うけど、やめてよね、アンタまで“アッチ側”に行くの。収拾つかなくなるから」
デジたんがやってのけたあのコピー技能だが、相当に難易度が高い。トレーナーさんの手によって最適化された自分のフォームを崩すことはかえって速度の低下に繋がる可能性が高い。
スピカには天才が揃っているので不可能ではないかもしれない。ただ、ゴルシちゃんやウオスカあたりは体格に問題がある。スペちゃんは根性気質だから、そういう小細工はあまり効果的でないだろう。スズカさんは多分そんな難しいことを考えて走れない。マックイーンの場合、走る距離がかなり違うから、デジたん流フォームの良さを活かしきれない。テイオーなどはいけるかもしれないが、脚が持つか不安だし。
やはりあれはデジたんの十八番だ。
……まあ、僕なら、いけるか。
他人の動きをトレースするのは得意だし、なんなら声やら雰囲気やらと動き以外もいける。
デジたんがやるんだから僕もやる。
「……ライブ、大丈夫だろうな。まさかアイツまでやらかすなんてことはないよな?既にスピカのデビューライブには変な噂が立ってるんだ、頼むぜデジタル!」
あ、ライブ。
僕死ぬかもしれない。
◆
「ト゜ゥン」
「あっ!?おまっ、オイ!?倒れんなってオイ!?泡吹いてんじゃねーかッ!?マイケルジャクソンのライブじゃねーんだぞ!?」
ああ、意識、意識が。
ダメだダメだダメだ、しっかりと眼に焼き付けなければ!ああ、でも、うぅ!こんなのって、こんな、だって!あああああっ!
「輝く未来を♪君と見たいから〜♪」
「僕もぉ……」
「お前……。死ぬのか?いや待てよオイ、目ぇだけバッチリ開いてんな。血眼じゃねえか。意識あるか?」
尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い尊い。
「……意識ねぇなコレ」
サイゲ様、ちょっと……いったいどこまでやれば気が済むんだ?
新キャラ実装、新アニメ制作、新キャラ実装、トムクルーズ、他企業コラボ……。
あっ脳がジュッ(肉塊が溶ける音)
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無敵の領域へ
トムクルーズもケニーロギンスもこよなく愛してるので、正直トムクルーズ来日から始まる今回の怒涛の公式供給は確実にヲタクどもの息の根を止めにハ゛イ゛ッッッ!ヴェイ゛ッッッ!
……あの歌ってみた動画、今の高校生世代なんかは元ネタ分からない人の方が多いわけじゃないですか。86年の映画が元ネタとか。
とりあえず自分の需要満たせればオッケーと思ってそうなウマ娘制作陣マジ愛してるぅ!
「今思い返しても不思議な気分だ。あの時、僕は確かに意識を失っていた。それなのに、デジたんの輝きだけははっきりと脳裏に刻まれてる」
「あぁ、アイツのライブの時な。結局お前は瞬きすらせずに気絶してたけどよ、アレマジでなんなんだよ?」
「……無我」
「んな大層なもんじゃねぇだろ絶対」
そうか?デジたんの眩しさに照らされた以上、悟りくらいなら簡単に開けそうなものだが。それに僕は世界の真理を知ってる。デジたん、イズ、可愛い。コレだ。
「まあ、再三実感したよ。デジたんがいれば、僕は大抵の限界を超えられる。今回の場合、僕は意識と無意識の概念すら超越したんだ。……閃いた!この技、レースに活かせるんじゃないかな?」
「え?……あ、オイ待てよ、話が飛びすぎて何言ってるか分からなかったぜ。で、なんだって?お前の変態性がどうレースに活きるんだ?」
「無意識のうちに自分の身体を完璧にコントロールすれば、思考リソースを他に割けて、より洗練された走りができるじゃん?つまり、レース中ずっとトリップすれば……」
「アタシが見たところ、お前とデジタルはその境地に半ば達しかけてるか、もう達してる気がするぜ。つーかレース以外でもキマってるし」
確かに。ゴルシちゃんが言うように、僕はレース中に時折視界が真っ白になる。その瞬間は本当に心地が良くて、息苦しさなども感じない。リミッターが引き上がる感覚があるので、いわゆる固有スキルのようなものだと思っている。固有スキルでガンギマリするウマ娘ってなんだよ。僕だよ。もはやそんな自分が好きだ。
「ハイになるんだよ!デジたんがこの世界に存在する限りっ!デジたんがいてくれれば、たとえロンシャンの芝だって空港の動く床みたいなもんだよ!」
「世界ナメすぎじゃね?……いや、待てよ。そういやアイツもドバイで勝ってたな……。でもってアイツもなかなかの変態だ。つーことは、変態は世界に通用すんのか……?あっ、やべぇ、考えてたら吐き気が」
「ちょ、どしたのゴルシちゃん。胃袋に穴空いたような顔してるけど」
「いやなに、認めたくない真実に気づいちまった可能性があるだけだぜごふ゛っ」
ゴルシちゃんが胃潰瘍系キャラになってしまうなんて、そんなことがあっていいだろうか。完全に世界の終わりじゃないか。
「ゴルシちゃんゴルシちゃん、そういう時こそ、無我ッ!何も考えずにっ!感じるんだっ!ほら、こんな風にッ!」
サルでも分かる、おクスリいらずのトリップ方法をご紹介しよう。
まずはデジたんのことを考えます。終わりです。
……ホントにそれで終わりだ。それで十分だ。この際、できるだけ強く印象に残っている思い出のことを考えるとよい。僕の場合は、やはり先日のレースだろう。
「お、おいオロールお前、なんで急に小刻みに痙攣し出すんだよ?」
忘れようにも忘れられない、あの1600m。
僕もデジたんも走ったあの場所の風景が、僕の頭の中で緻密に再現されている。
……おっと、レースへの欲が出てしまって、ついついシミュレーションを始めてしまった。デジたんと僕があそこでレースするシミュレーションだ。
「おい聞いてんのかよ?」
先手は僕が取る。デジたんは僕の後ろ姿を眺めつつ、スタミナを温存するだろう。コーナーでは抜かされない。一度走った場所だ、もはや誰も走れずに芝がキレイなままになっているほどのインベタ、そのさらにインをキープし続けることくらい、僕には楽勝。だがデジたんだってそれについてくるはず。
「……なんか、目ぇ光ってね?」
やはり仕掛け所はコーナー終わりから。僕も彼女を見習って広いストライドのまま脚の回転数を上げてみるが、デジたんはその小さい体躯のどこにそんなパワーを秘めているのか、僕のスパートなどお構いなしに追い上げてくる。差は次第に縮まってゆき、ついにゴール板へともつれ込んで……。
途端に、僕を多幸感が包み込む。レースを走り切った疲れの幻覚が体にのしかかると同時に、日々の甘い思い出全てが想起される。血液が蜂蜜に置き換わったようだ。
アっ……!気持ちいいいいッ!
「お前なんで目ぇ光んの?怖っ」
「……ふひっ。とうとうできた!僕はもはや自分のリミッターを完全にコントロールできる領域まで達したッ!」
「えっちょ怖い怖い怖い。やめろよ、身体改造はタキオンの薬飲んだときだけにしとけって!自力でそーゆーのできちゃうとか、マジで怖いわ!」
「えぇっ!?いいじゃん、ほらっ!なんか強そう!なんか主人公っぽいじゃん!」
「お前アレだぞ。日頃の行い的に間違いなく敵の幹部あたりになるぞ。しかも変態タイプの。拷問とか趣味で、最期は笑いながら死ぬヤツな」
ゴルシちゃんは僕のことをなんだと思ってるんだ。
「美しいとは思わない?僕の目。これはデジたんを愛する気持ちが天元突破してる証だよ!ふふふ、新たに習得したこの技をデジたんに見せてこようっと!」
「マジでよぉ。お前は何を目指してるんだ?」
「デジたんッ!!」
◆
麗らかなデジたんの声を聞いていると、春の陽気でさえも生温く感じる。
たとえそれがドン引きボイスであっても。
「え、ちょ、えっ……?とうとう……?」
「とうとうとはなんだよ、君。いや確かにとうとう行く所まで行っちゃった感は自分でも感じてるけど!どうかなコレっ!?コレで君との併走が百倍楽しくなるっ!脳みそ焼け焦げるくらいに白熱したレースができるよっ!」
チームスピカ、いつもの練習風景。
トラックに集ういつものメンバー。ただし1人だけなにかおかしい。目がギンギラギンに光っている上、体から薄ら蒸気が噴き出している。
「というか。あたしがその状態のオロールちゃんと張り合える前提で話進んでない?」
「デジたんならイケる。それにさ、君も入ればいいんだよ、
「えぇ……?如何にして……?」
「簡単簡単!自分の気持ちが1番昂る情景を思い浮かべるんだ、それだけで何かスイッチが入ったような感覚がする」
この
でもって僕の場合、発動条件が「デジたんへの愛を叫ぶ」とかそんな感じなので、レース以外でも簡単に発動できてしまうという深刻なバグが起こっている。まあ発動が容易なのは便利だし、むしろ有効活用したいところ。
「あたしが1番昂る瞬間……。うーん、心身一如の勢いで昂った経験といえば、やっぱり〆切間近にフルカラー特殊PPを手がけたあの日……」
その瞬間、デジたんからオーラが立ち上る。
「あっ」
「え?デジたん?
「
そうか、なるほど。
つまるところ変態は最強ってわけだ。
「ちょっと、誰かツッコミなさいよアレ。もはや存在自体がオカルトよあの2人。あとウオッカ、そのキラキラした目でアイツらを見つめるのをやめなさいよッ!」
「えー……?でもよ、あのよく分かんねーオーラとか、それ自体はカッコよくね?なんかイカすぜ!俺ももしかしたら左腕に隠された力が眠ってたりとか……!」
分かる、分かるよウオッカ。こういうのにくすぐられるんだよな、琴線を。だって僕らは今まさに厨二時代なのだから。
ウオッカはもちろん、テイマクもその例に漏れず少し興味がある様子だし、ゴルシちゃんも
「……よく分からないけど、昂る?それをすればいいのよね。じゃあ私走ってくるわ」
なぜこうも期待を裏切らないんだ、スズカさんは。
「スズカさん、いっちゃった……。じゃあ私も、そのぞーんとやらを習得すれば!今度の皐月賞にも勝てるかもっ!昂れば?いいんですよねッ!」
「オイオイスペ、速くなりたいのはいいが、この変態どもに染まるなよ?実はアタシ、さっきとうとう胃をやっちまった気がするんだ。これ以上のボケはキツいぜ」
漂う哀愁。実質スピカのリーダー的ポジションを務めるウマ娘の背中は、大きい見た目に反してやけに物哀しく見えた。それに、芦毛ではなく白毛に見えてきたぞ。
「ふぅ……。
そろそろやめたいなぁ、と考えていたら、案外簡単に
「つかお前普通に喋れって。ったく気色悪ぃ」
「なんだよ
「やめろよマジで。ん?つかソレどーやって喋ってんだよ!?よく考えたら意味分かんねえって!?」
「ゴールドシップさん。このお二方にしか分からない世界というものもきっとあると思いますのよ。特に゛ーさんは、私たちの理解が及ばないことを時々なされますし」
「ッ!?マックイーン、お前もか……ッ!」
ゴールドシップ、ここに散る。
というかマックイーンがとどめを刺した。
「えぇ、嘘……。唯一の良心がいなくなるなんて。どうやって収拾つけたらいいのよコレ」
「スカーレット的には、ゴルシちゃんは唯一のツッコミって認識なんだね」
ハジケリストの名は伊達だったか。いや、ゴルシちゃんは確かにハジケリストだ。ただ、根本ではやっぱり優しくて常識人だから、今回の哀しい事件が起きてしまった。ゴルシちゃんよ、安らかに。
「いや、唯一じゃないわよ。スピカは確かにボケに走るウマ娘ばっかりだけど、アタシは違うわ」
「スカーレット、お前それマジで言ってんのかよ?俺からしちゃお前だってボケだぜ?」
「お二方とも、どうやら己を客観視する必要があるのではなくて?このチームスピカにおいて、いわゆるツッコミと呼ばれるべき存在は間違いなく私……」
「ちょっと待ってよマックイーン!まさかキミ、自分がボケたことないとでも思ってるの?ボク知ってるんだから!君がどこかの野球チームのユニフォームを着て、大声で応援歌歌ってはしゃいでたの……」
「どこかの野球チームではありませんッ!ビクトリーズですッ!」
ケンカするほど仲がいい、という言葉は、スピカによく当てはまる。こうした小競り合いはそれなりに起こるのだが、日も暮れぬうちに仲良く併走しているのがオチ。それを人はケンカップルなどと呼ぶ。デジたんも垂涎する光景がしょっちゅう見られるのが、トレセン学園の良いところだ。
「生きてて良かったァ……」
と、このように。涎以外にも何か垂れてきそうな顔をしているデジたんである。
「……ゴルシちゃん、起きてくれ。君の胃を苛め抜いた僕が言うのもなんだけど、やっぱり君が必要なんだ。スピカを纏められるのは君だけだ、頼むよ」
「……お前、オロール、マジで。慰謝料請求してぇレベルだぜコッチは」
復活のG。
「今度10円チョコ買ったげるよ」
「やっすいなオイ」
「大事なのは気持ちだよ」
愛だけで食ってはいけないし、お金だけでは心を満たせないから、お金も愛も大切なものだ。というのは一般的な話であって、僕の場合は愛を貪りまくってもパトスが溢れて止まらないタイプのウマ娘なので、愛さえあれば問題ないのである。
愛してやまないデジたんを見つめながらそんなことを思っていると、スピカのボケ筆頭候補であるスズカさんがトラックを一周して戻ってきた。
「それで、結局のところ、誰がツッコミで誰がボケなのでしょうか……?」
全員揃ったところで、デジたんが疑問を口にする。
「お前、そりゃあ聞くのは野暮だぜ。まあ認め難いが、スピカのツッコミは……」
「アタシよね」
「俺だな」
「私ですわ」
「ボクだね」
「へっ?えっと……私?」
「私、よね……。さすがに」
統一感のないチームだなぁ。
「どう考えてもアタシだろうがっ!?」
ゴルシちゃん、渾身の叫び。皆の視線が一気に彼女に注がれ、次いで僕とデジたんにも視線が向く。
各々顔を見合わせる中、「確かにゴルシの言う通りだ」ということを、誰が口にするでもなく全員が理解した。
「確かに、あの2人を捌けるのは……」
「ゴールドシップだけですわね……」
統一感のあるチームだなぁ。
「こんな纏まり方でいいのかよスピカ」
「まあキツキツな雰囲気よかいいんじゃないかなぁ。てことでキャプテンゴルシ!我らに指示をっ!」
「お?いいのかよ、そーゆーことして。アタシは容赦しねぇぞ?ほんじゃまずはあの太陽に向かって走れェッ!スペは今度皐月賞だろ?尚更気張れ!変態2人には最近煮湯を飲まされてばっかりだからお前らだけ死ぬ気で走らせたるわ!!行くぞオラァ!」
ちなみに、ゴルシちゃんは脚質が追い込み型なので、啖呵だけ切っておいて先陣は切らずに最後尾である。
「逆にありがたい命令だよゴルシちゃん!んふっ、よぉしデジたん!一緒にブッ飛ぼう!」
ギアを上げるのももう慣れたものだ。デジたんの方を見るだけで、僕の世界は一瞬で2人きりの真っ白になる。
「ウワァオロールちゃんが急激な加速をぉっ!?あ、あたしはどうすれば……あっ、
デジたんはさきほど
「オイオイ、マジかよアイツら。また目ぇ光ってんぞ。クセになってんじゃねーのか?一回向こうにイッちまったらもう帰ってこれねぇんだな、脱臼みてぇ」
「例えが最悪だけど適切ね、ゴルシ」
僕の耳には必要最低限の情報しか入ってこない。すなわち、デジたんの足音、心臓のリズム、風を切る音など。
……最高に楽しいが、疲れるんだよなぁ、コレ。
何度かやっているうちに耐性がついてくれることを祈っておこうか。
ん?……待てよ?ということは、疲れてしまうのだから、合法的にデジたんに甘えられるじゃないか!いや、僕がデジたんに甘えるのは普段からだからともかく、彼女が僕を必要とせざるを得ない状況を作り出せる!やったぁ!
「あああオロールちゃんがさらに加速したッ!?」
トップガンにちなんだ名を付けた馬が希代の名馬となって、後世に美少女キャラ化し、そのキャラがなぜかトップガン新作の宣伝大使に選ばれ、しまいにはトムクルーズが来日……。
お人柄は詳しく存じ上げませんが、馬主さん、さぞかし嬉しいんじゃないでしょうか。とてつもないドラマですよね。
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勇者に捧ぐ愛を
デジたんすき
「いやぁ、惜しかったなぁスペ!皐月賞に備えて体重管理もバッチリだったってのに、1着を逃しちまった。トレーニング不足、とは言わないさ。身体を壊さないギリギリのラインを俺は攻めた。セイウンスカイの戦略が恐ろしいほど綿密に練られてたってのも敗因だ。でもな、レースは一回で終わりじゃあない……。だろ?」
「は、はいっ!次走のダービーは必ず勝ちます!日本一のウマ娘になるって、私約束しましたからっ!」
先日行われた皐月賞、スピカからはご存じ我らが総大将のスペちゃんが出走。しかし、言うなれば史実通りというやつか。彼女は惜しくも3着。大舞台での敗北の悔しさを噛み締める結果となった。
……しかし、最近のスペちゃんはなんだか身体が引き締まってるなぁ。彼女の皐月賞における敗因の一つには、体重の増加もあった、という噂を前世で耳にしたことがあるのだが。
やはりロイヤルビタージュースのトラウマが効いているのか。この頃は生物の範疇を超えた暴飲暴食もしていないようだし。トレーニングが過酷になった分、筋肉がしっかり仕上がっているのだろう。
「デジたんすき……」
トレーナーさんには頑張ってもらわねば。残念な部分もたくさんあるが、今となっては彼以外が僕らのトレーナーを務めるなど考えられない。スペちゃんはこのままいけば日本総大将にだってなれる。僕やデジたんのG1街道の舗装も、トレーナーさん以外には務まらない。
「あああ、デジたん……!」
「オイ変態!今そういう場面じゃねーだろ!?空気読めよ!?」
「ぴっ!?どっ、どうしたのさゴルシちゃん!?なんでいきなり僕のこと怒鳴るんだよ……?」
「なんでってお前、分かるだろ……!?」
まったく分からない。
僕にしては珍しく、しみじみとスピカの有り様について考えていたというのに。ゴルシちゃん、とうとう疲労のあまり幻聴でも始まったのか?
「いや、今のはアンタが悪いわよ」
「良かったぁ。スカーレットも聞こえてたか。あんまりにも脈絡がないこと言ってるもんだから、てっきり俺だけ聞こえてたのかと思ったぜー……」
ウオスカまで!いったい何の話だ?
「オロールちゃん、その、えっと。ヲタクたるもの、TPOは弁えてもろて……!」
「ちょ、デジたん?さっきから君ら何の話を……」
ドッキリか何かか?
「お前なぁ!?さっきからずっとデジタルに寒気のするセリフ言いまくってたろーが!?」
「はっ?いや、何を言って……?」
僕はさっきから一度だって口を開いていない。もしかすると、僕の愛が暴走して勝手に口を動かしたのかもしれないが、最近はこれでも自分の感情を制御できているのだ。その可能性は低い。
「マジかよコイツ、やっぱ無意識か……?つっても、今までは一応空気読んでる時もあったし、何か原因があるかもしれねぇ。なぁデジタル、思い当たるフシとかねぇか?」
「えっ?あ、そうですよね、やっぱり何かあたしに関連することで、オロールちゃんが限界化するようなもの……。あっ!そういえば、明日……!」
「なんだよ、明日がどうかし……」
「好きいぃぃぃーー〜ーーぃぃぃッ!」
「うるせぇなぁ!?」
ああ?なんだ、今、何、が、起こって……?
そうか、僕は、叫んでるんだ。なぜ?
なぜって、そりゃあ……。デジたんが。
あ、今ので、脳が震えてる。
思考が、まとまらない。
だが、明日、明日は!
「あたし、明日が誕生日でした!?」
「愛してる……」
「お?死んだか?」
いきてる。
なるほど、ぼくが、ぼうそうするのも、なっとく。
「ふへへへへ、デジデジデジデジデジたん……」
「死んでねぇコイツ。ゴキブリみてぇだな」
くそう、ひどいいわれようだ。
……だんだんと、理性が、戻ってきたぞ。
明日はデジたんを世界一幸せにしなければ。
そもそも、僕がデジたんの誕生日を忘れるはずがない。実を言うと数週間前からそのことしか頭になかったし、準備だってしてきた。
そういえばここ数日、あり得ないはずのことだが、時折記憶が途切れる瞬間があった。わずか数秒にも満たない時間だが、僕の意識が完全に飛んでいたと考えると納得できる。デジたんの誕生日が近づくにつれ、僕の精神は確実におかしくなっていたのだ。
どうやら、僕の愛は肉体の内に留め置くことができなくなってきたらしい。僕は自分を制御できなかった。
だがそれでいい!だってキモチイイから!
「んふふふひひひ……!あああ待っててねデジたん!明日は君をずっと笑顔にする、永遠に続いてほしいと願ってしまうような日にするからぁっははははは……!」
「地べたに這いつくばったままそんなセリフを吐くんじゃねぇ!もはやホラーじゃねぇか!」
今の僕の姿を見た人は十中八九、何か良くないものに取り憑かれているのだとしか思えないだろう。
だが仕方ないのだ。
さっきから身体が痙攣してうまく立てない。
生まれたての子鹿のよう……ウマ娘だけど。
「はぅっ」
「ビクビクすんじゃねぇッ!」
◆
5月15日。
小鳥のさえずり。窓から差す陽光。
一般に、良い天気、と呼ばれる空模様。僕としてはデジたんさえいればよいので、土砂降りでも構わなかったが、お出かけ日和となったことは素直に喜んでおく。
「おはよ、デジたん」
特別な日。
その始まりに彼女が目にするべきものは、僕以外にあり得ない。
「……窓の鍵は閉まっていたはずでは?」
「いやぁ、誕生日といえばサプライズかなぁと思ってさ。とりあえず最近ピッキングスキルを習得したんだよね」
「Oh……クライムアクション……」
不安定な足場、夜の時間帯、音を立ててはいけない、などの不利な条件が重なっていたが、デジたんのところに行くためだと考えていたら簡単だった。
「君、今日はたっぷり付き合ってもらうから」
「……いつものことでは?」
「確かに。いや、でも!特別な日だからといって、ホテルでディナーなんか食べたって、君は嬉しくなるかい?まあ、仮にも他人に奢ってもらったりすれば、君は素直に喜んでくれるんだろうけど。どちらかというとむしろ、食事代でいくらグッズが買えるか考えてしまう。そういうウマ娘のはずだ」
「お、おお、よく分かってらっしゃる……!」
「結局のところ、誕生日だからといって、何か風変わりなことをするより、ウマ娘グッズに溺れる方が楽しいよね?てなわけで、ちょっと待ってて。僕、今から行くところがあるんだ」
「ほわっ、いきなりっ!?まだ目が覚めてから数分しか経ってないのに……!?というかどこへっ!?」
「もうすぐ、競走ウマ娘業界で最も重要なイベント、つまり日本ダービーがやってくる。5月は他にも各種G1が開催されるから、物販界隈も盛り上がってる。まあ、僕なんかよりもヲタクライフを満喫してる君なら分かってるだろうけど、『限定』の文字が付いてるブツを逃す手はない。そうでしょ?」
「同志ッ!其は当然ですともッ!とはいえ、それとオロールちゃんの行き先に何の関係が?」
「……いや、まあ。グッズに関する、ちょっとした“取引”をね」
古来より、人類が文明を発展させるにあたって、他者との交流は不可欠であった。現在では主に金銭によってやりとりされる物品の数々。昔はそれ自体をやりとりしていた。いわゆる、物々交換。
大層な語り口だが、要するに、
集まったグッズの総数、約軽トラ1台分。
……まあ、うん。デジたんをデビュー前から推しているような愛すべきバカたちは、それはもう歴戦のヲタクたちだ。僕としては対等な条件で取引したかったのだが、彼らの推し活対象には僕も入ってしまっているため、結果として向こうの“厚意”に甘える形になってしまった。
そのお返しをするには、やっぱり僕とデジたんが走りまくって勝つしかない。
中央で戦うようなウマ娘は皆、何かの想いを背負って走っているが、僕らは何というモノを背負ってしまったんだ。いろんな意味で重たすぎる。
「じゃ、ちょっと待っててね」
「アッハイ……。何か、察しがついてきちゃったかもしれない……」
ああ、デジたん、待ってくれ。
ドン引きするにはまだ早いから。
◆
「やあ、デジたん。お待たせ。ちょっとドアを開けてくれるかな」
「アッハイ。今開け……あの、オロールちゃん。ひとつ聞きたいことがあるんだけど。もしかして、さっきオロールちゃんが軽トラの荷台から大量の袋を運び出してたのは、あたしの幻覚じゃなかったってこと?」
「ふふっ……
この量の荷物を運ぶのは、さすがにウマ娘の僕でも疲れた。もっとも、デジたんのためにやったことなので、疲れなどすぐに吹き飛んだが。
「さ、ほら。このグッズの山に飛び込むといい。最ッ高に気持ちいいはずだよ」
「こ、こんな量……!っていうか、いくらかかったの!?まさかオロールちゃん、あたしの誕生日のために全財産はたいたりしてないよねっ!?」
「ふふふっ……」
「何の笑いっ!?まっ、まさか……!」
「んふふふふ……!」
トレーナーさんがよく金欠になる理由が実感として理解できた。とだけ言っておこう。
「な、なんてことを……!こんな朝っぱらから驚かされる羽目になるとは……」
「こうすれば、一日中幸せな気分でいられるでしょ?ねぇデジたん。さっきからニヤニヤが隠しきれないデジたん!」
「はっ!?そうだ、あまりにもインパクトが強くて忘れてたけど、これってとんでもないお宝じゃないデスカヤダーッ!?スケジュール的に入手を断念せざるを得なかったお宝がこんなにも……ッ!ふへぇっ……!」
頬を蕩けさせ、僕が集めたブツに見入るデジたん。その顔が見られるのなら、僕がオケラになるくらい安いもんだ。
そういえば、ふと気になったことが。
「……ところでデジたん。どうしてタキオンさんはベッドの上に座ったまま微動だにしないのかな?」
「え?あぁ……昨日の夜『約24時間鋼のような肉体になる薬品』を飲んでからずっとあの調子で……。心配だけど、あたしはどうにもできなくて……」
ああ、暗くて気づけなかったが、昨晩からずっとあの調子なのか。
空気読んでくれよ、タキオンさん。
いや、僕は他人のこと言えないか。事によっては仕方ないときだってある、というわけだ。
「まあタキオンさんならほっといても大丈夫か。もし万が一のことがあってもすぐに次のタキオンさんが来そうだし。それじゃあデジたん!せっかく天気も良いし、どこかへ出かけようよ!……あ、それとも、グッズを物色する?僕はどっちでも構わないよ?」
「お出かけに1票!……せっかくだし、あたしとオロールちゃんだけで思い出を作りたい、かも。きっとあたし、天気が悪くても同じこと言ってたよ」
「……っ」
急に頭が真っ白になった。
きっとデジたんの表情を見てしまったせいだろう。そんなふうに悪戯っぽく笑うなんて。
彼女はもう、自覚しているのかも。
やっと脳が追いついたときの思考は、雨に濡れたデジたんも美しいんだろうな、というものだった。
◆
「デジたんはさっき、思い出作り、なんて言ってたけど。僕、わざわざそんなことする必要はないと思うんだ。大事な人と過ごす一分一秒、全部忘れられるはずないってのに。まぁ、僕に限った話かもしれないけど」
「オロールちゃんの、公共の場でもしっかり惚気たセリフを言えるところ、すごいと思ってるよ。ちょっと恥ずかしいけど」
「え?いいじゃないか、だってここ喫茶店だよ?それもチェーン店じゃない、オムライスの美味しいレトロなお店だ。なら情に溺れたセリフ吐いたって構わないでしょ?むしろロマンチックさが醸し出されてるとも言える」
昼食にそのオムライスをつつきながら、僕は雰囲気に浸たされた言葉を放つ。
「オロールちゃん、意識すればカッコいい見た目だし、そういうセリフが結構似合うと思う。けども問題はそこじゃないんですわぁ……!オロールちゃんの側に置かれまくったぱかプチの数々ッ!もうロマンチックとかそういう次元じゃあなァいッ!」
「なんだよ!確かにぱかプチを取ろうとしたのは僕だけど、君だって途中からノリノリでクレーンゲームに没頭するもんだから歯止めが効かなかったんじゃないか!」
あやうく筐体をすっからかんにするところだった。店員さんの冷たい視線がなければ、僕らはそれを実行していただろう。
「……まあ、思い出には、なったけどね」
「デジたんが喜んでくれるなら、よかったよ。あ、そういえば前にも似たようなことが……」
「そうだっけ?」
新たな英雄たちが生まれ続ける競走ウマ娘の世界。その性質上、ぱかプチの中身もしょっちゅうリニューアルされる。僕やデジたんはその度に必死こいてクレーンゲームに勤しむので、もはや達人の域だ。稀に興奮しすぎて手が震えるデジたんと違って、僕はどんな状態であっても確率機をワンコインで攻略可能だ。
だから店員さんに白い目で見られる。
「特別な日に特別な思い出を作るのって、とっても楽しい。けどそれを思い出すのってもっと楽しいんだ。ねぇデジたん、いつかこうやって2人でカフェやバーなんかに入り浸って、のんびり昔の思い出を語り合えるようになる時が来るまで、一緒にいてくれるよね?」
「……っ、これまた、恥ずかしい問いを……」
「いいよ、口に出さなくても。そうやって頬を赤らめて横を向いてる君がすごく好きなんだ!……ふふっ、ウマ娘って素晴らしい生き物だね。いくら態度を取り繕っても、尻尾を見れば大体の気持ちが分かるんだから」
激しく動いていたデジたんの尻尾が、ほんの少し落ち着いた。誤魔化すようにオムライスを掻き込むデジたん。
「あ、そうそう。デジたん、今日はあんまり食べすぎないようにね。夜までに胃袋を空っぽにしてもらわなきゃ」
「……なるほど?何か読めてきちゃった。そうだよね、オロールちゃん、自分の手料理をあたしに食べさせるだけで興奮してるもんね」
「うん、まあね。ネタバレしちゃうと、実は昨日からいろいろと仕込みを始めてたんだ。けど作ってる途中でバイブスが抑えられなくって。つい作りすぎちゃったんだ」
「スペさんに頼めばよいのでは?」
「……僕がマジで興奮したらどうなるか、君も知ってるだろ?」
「あっ」
察しがいいなぁ、デジたんは。
さて、僕は今朝、誕生日といえばサプライズ、なんてことを言っていた。その理屈でいくと、僕が料理を作りすぎたことは、彼女に言うべきでないかもしれない。
だが問題ない。サプライズは続行だ。
僕が興奮のあまりどれだけやらかしたか、誰も想像がつかないだろう。
端的に言おう。
やっちまったぜ!
◆
「あばばばば……。何ですかコレェッ……!巨大な『HAPPY BIRTHDAY』の垂れ幕が……!思いっきり『アグネスデジタル』って書いてあるぅぅっ!?というか、どうして皆様方が勢揃いなんですかぁ!?」
「アタシは何かオロールに呼ばれたから来たけどよー。なんだよコレ?デジタルの誕生日パーティーか?にしたって、こりゃあちと……やりすぎだろ?」
「他のメンバーの誕生日は、こんな大々的に祝わなかったわよね。それがどうしてこう……。ここ部室よね?飾りが多すぎて壁が見えないんだけど……」
「あー……。俺目が痛くなってきた。ピンクの飾り多すぎるだろ!どんだけデジタルのこと好きなんだよアイツ!」
「美味しいものがあると聞いて来ましたわッ!」
「美味しいものがあるってホントですかッ!?」
「マックイーン……。キミ、ホントにお嬢様?」
「今日も元気があって素敵ね、スペちゃん」
「なぁお前ら。アイツから何か聞かされたりしてねぇのか?ったく、トレーナーにも何やるつもりか伝えてねぇってのがまた怖ぇ」
ふふ、やってるやってる。
その日の夜。僕はスピカメンバーとトレーナーさんを部室に招集した。1人で飾りつけしまくったおかげで原型を留めていない部室に。
おかげで呼ばれた者たちは絶賛困惑中である。
「つぅか、オロールはどこだよ?何かロクでもねぇこと考えて隠れてるんじゃねーだろーな?……お、見ろよデジタル、『本日の主役』タスキあるぜ。ほら付けとけ」
「えっあっえっ、ハイッ……」
「アタシたちのこと呼んでおいて、まさか遅刻するはずはないでしょうし……。そういえば、夕食は全員分ある、とか言ってたわね。確かに、鉄板焼きとか鍋ができそうな食材が置いてあるわ」
僕が何をしているのか皆も気になっているようだ。
そういうわけなので、そろそろ姿を現すとするか。
「ハァッーーーッピバースディッ!デジたんッ!」
愛するデジたんがこの世に生まれてきてくれたことに、最高の感謝と祝福を。僕は想いを込めて叫ぶ。それと同時にドアを蹴り開ける。
蹴り開けなければならない理由があるッ!
「お、やっと来たかオロールゥエエ!?お前、何持ってきたんだよ!?」
「大きな箱ね……。2mくらいはあるかしら」
僕が台車を使ってまで運んできたのは、人の背丈以上はあろうかと思われる巨大な箱。昨日から準備していた、今日の目玉だ。
「スンスン、なんだか甘い香りがしますわね……」
「マックちゃん、お前、さっきからお嬢様らしからぬ行動ばっかするじゃねぇか。とうとう没落したかぁ?」
「そんなわけないでしょう!私がメジロ家の誇るべき血を受けていることは変わりありませんッ!それに、甘い香りが漂っているのも事実ですわ!」
箱の中身が気になるだろう?
まあ、誕生日に甘い香りときたら、お決まりのアレしかないだろう。
箱を部屋の中央に移動させ、僕はその覆いを勢いよく取り払った。
「……オイオイ、マジかよ。そこまでやるかよ?」
「コ、コレって……!」
鎮座する、巨大なバースデーケーキ。
「えへへ、作りすぎちゃって」
「オイお前バカ野郎お前オイ。デジタルを見ろよ。お前の愛が重すぎて完全に真っ白に燃え尽きちまってんぞ」
どうやら現実を受け止め切れていないらしい。
「デジたぁん?ほら、見てくれよ。僕頑張ったんだよ?……あはっ、こうやって何層にも積み重なってるケーキ、よく見たらウェディングケーキみたいだね。そうだ!将来の予行演習ってことで、早速2人で入刀を……!」
「おはようございまァーすッ!!」
おっと残念、目覚めてしまった。
「ス、スゴいわねアンタ……。こんなものまで作っちゃうなんて。何なのよ、このカロリーのラスボスみたいなブツは」
「おっとスカーレット。安心してくれ。このケーキは体重が気になるマックちゃんを始めとしたダイエット中のウマ娘にも優しいケーキなんだッ!なんと、おからで作られたヘルシーなケーキの層、いわばおからレイヤーが用意されているッ!」
「は?」
マックイーンから人を殺せそうな目で睨まれたが、まあそれはともかく。昨日の僕は確かに興奮しすぎていたが、それでもスピカ全員で楽しめるパーティーにしたいという意志は残っていた。大きなレースを控えているスペちゃんのためにも、配慮は欠かせない。
「さらにッ!体重が気になるマックちゃん、そして故郷北海道から遠く離れたこの地で頑張っているスペちゃんのためにっ!今日用意したお肉はヘルスィーなラム肉ッ!」
「おっ?ジンギスカンパーリィか!?」
「
こだわり抜いたこのパーティー。僕の財布は羽毛のように軽い。きっと1週間後の僕は、どの自販機の下に小銭が落ちやすいか詳しくなってる。
「うっ……!ううぅ……ッ!」
ふと僕の女神を見ると、なんと大粒の涙を溢している。いったいどうしたというのだろう。
「デジたん?どうしたの?」
「うっ……ッ!ヒンッ……!ヒンッ……!オロールちゃんが、あまりにも眩しくて、目が焼けそうッ!ハァ〜ーっ……!オロデジ、尊っ……!」
「ウワァ゛ァ゛ッ!?コイツとうとう自分で言い出したぞォォォッ!?クソォッ!?こんな変態がいる場所にいられるかァッ!?アタシは自分の部屋に戻らせてもらうぜッ!?肉とケーキ食った後にッ!」
そうか。
そうかぁ。なるほどね。そうくるかぁ。
「しゅき……っ!」
「うわぁ、悲惨すぎるわね。まだパーティーが始まってすらいないのに、もう2人死んじゃったわ」
ああ。
今日はデジたんを世界一幸せにしようって。
そう思ってたのに。
どうやら、世界一幸せなのは僕かも知れない。
……いや、2人ともかな。
デジたんが幸せだから、僕も幸せなんだ。
サ(体が崩れ落ちる音)
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排熱機構故障中!
書きたい。(願望)
書けニャイ……(現実)
書きたい。(鋼の意志)
「しゅきぃ……」
「へぇ、最近の日本語って主語いらねぇんだな。いやマジだぜコレ。だってアタシの脳内で主語が完璧に補完されたからな」
「あ、分かる?可愛いよねぇデジたん。誕生日パーティーの後、部屋に戻ったら、なんとタキオンさんも誕プレ用意してくれててさ!思ったよりもいろんな人に祝われるもんだから、デジたんったらすっかり尊死しちゃったんだよ」
昨日は最高の1日だった。デジたんの誕生日に直接祝えることがどれだけ嬉しいか。しかし、できることなら僕もデジたんと同日に生まれたかったなぁ。誕生日が一緒とか、それもう結婚してるだろ。
「なるほどなぁ。その結果、練習中にも関わらず、唐突にその時の記憶を思い出してぶっ倒れるウマ娘が完成したわけか」
ゴルシちゃんの視線の先には、それはもう幸せと鼻血に満ち溢れた顔で倒れている美少女の姿が。
「いや、アレはタキオンさんの誕プレのせいだよ。『推し事をより楽しめるようになるおクスリ』を飲んでからずっとあの調子なんだよね」
飲んでから約1日の間、『好き』の感情が高まりやすくなるクスリらしい。そんなものをデジたんに飲ませないわけにはいかない。僕はそう思った。結果、1分に1回尊死する生物が完成した。
その旨をゴルシちゃんに話してみたところ、彼女は相当に顔を引き攣らせた。
「お前……。えげつねぇな。つーか!アグネスはどっちも変態かよ!?今んところ登場人物が全員イカれてるぞオイ!?終わってんな、アグネス部屋も、スピカも」
「それはどうかな?僕がどんな奇行をかまそうとも、『スピカ所属のウマ娘なんですぅ』と言えば、トレセンの生徒なら全員が何か察する。要するにスピカってのはそーゆーチームなわけだよ!その中で唯一まともなゴルシちゃんは、逆に異常なんじゃないかな?」
「なっ……!だっ、でもよぉ!スピカの悪名を広めたのは、他でもねぇこのアタシだぜっ!?とりあえず誰彼構わずイタズラしたし、シャカールにだってケンカ売った!面白くなけりゃあ意味なし!それがゴルシ様の生き様にしてポリシーっつーもんだ!アタシがいなきゃあ今のスピカはっ……!いや待て、なんの話してんだコレ」
「要はゴルシちゃんがおかしいってこと」
「息するように嘘吐きやがって。もっと相対的な話をしようぜ。アタシとお前、2人だけの話だ」
「まあまあ、デジたんでも眺めて落ち着いて……」
「アレ見て落ち着けるかよフツー……」
僕は落ち着ける。うーん、というより、肉体的には心臓が激しく脈打ったり呼吸が荒くなったりするので、落ち着いているとは言えないかもしれない。しかしこれはもっと深い部分の話だ。デジたんを見ていると、なんというか、洗われる。魂が。
はぁ、好き。もう全てが可愛い。どうして世界にはデジたんがたくさんいないんだ。デジたんがいれば平和になるのに。
「あっあっあっあっあっ……!」
「オイお前。やったなぁ?オイ?飲んだろ?タキオンのクスリ飲んだろ?」
「当然じゃないか!そもそもデジたんが摂取したクスリ自体、もともと僕が咥えてたものなんだから!ははっ、思い出したら脳汁が止まらなくなってきた……!ふーっ、ふーっ……!」
「あー、うん。お前、ここで倒れんのはよしてくれよな。運ぶのだりぃから」
◆
石化から回復したタキオンさんが媚薬に限りなく近い何かを誕生日プレゼントとしてデジたんにあげた。こんな摩訶不思議な文章が成り立ってしまうのだから、まったくトレセン学園は恐ろしい。
ちなみに、あくまでも僕が使用したところ媚薬のような効果が得られただけであって、断じてそれそのものではない。『好き』の気持ちを増幅させる、という効果である以上、その対象がなんであれ効果が発揮される。スズカさんに使えば、彼女は多分1日中走り続けるし、ウオッカにでも使えば、多分スカーレットに甘え始める。
「ウマ娘として……ッ!脚が震えて立てない、なんてこと、あっちゃいけないはずなんだっ!なのに、ねぇ、どうして僕は立てないんだろう……」
「ふ、ふふふ……。戦友よ、我が同志よ。それはきっと、あたしたちがウマ娘であるのと同様に、決して消えない咎を背負っているからだよ……!」
それが運命なら、それに従うぜ。
「茶番やってねーで早く立てよ。そんなんじゃ自然界で生きてけねーぞ?」
「無茶言わないでくれゴルシちゃん。コレ、真面目にやってるんだよ。それでいて立てないんだァッ……。アッ、アッ!!」
脳がオーバーヒート寸前だ。僕の頭はどうにか理性を保つために、身体の操作を放棄してまで情報を処理しようと頑張っているらしい。おかげで脚が震えて止まらない。
それにしてもゴルシちゃん、いつもと変わらぬキレキレのツッコミだなぁ。好き。好きすぎる。
「はああああゴルシさんが美しすぎるぅぉぉっ!身長170cm、そんでもって超絶美麗グッドルッキンスタイルッ……!性格もお茶目で優しいとか冗談抜きに女神様!こんな方と同じチームに所属できる幸せぇぇ……!」
「ねぇ、ゴルシちゃあん……!君ってさぁ、カワイイ〜って言われたことあんまりないでしょ?うん、どちらかというとビューティな魅力を多く含んでるよねェ君は。ズルいなあぁ!ゴルシちゃんってばこんなにも可愛いのに、それを上回るほどのカッコよさも持ち合わせてるなんて!」
「お、おう……。なぁ、聞けよ。他人に褒められるってのは気分がいいが、お前らの場合そこはかとなく不安を感じるから、できればよしてほしい。そうだな、それこそいつもみてぇに2人で延々とよろしくやってりゃいいじゃねえか!」
「ああ、僕らもそうしたいんだけどね。生憎とできない事情がある」
デジたんも、理由ははっきり分かっているはずだ。
「ふふふ……!ゴルシさん、貴女はどう思いますか?理性のタガを自ら外すことで、大変な快楽を得られる……。そうは思いませんか?しかし、決してそんなことをしてはいけないのです。なぜならば、さすがに犯罪史に名前を刻むことは勘弁願いたいですからねッ!」
「ハァ、ハァッ……!今の話で重要なのはね!僕もデジたんも、お互いへの好意を意識した瞬間に否応なく理性がぶっ飛ぶから抑えてるってことだよ!
……あああッ!口に出したら体がムズムズしてきた!うぅっ、好きすぎて辛いッ!」
唐突に、自分の時間がどんどん巻き戻されていく。デジたんと出会ったあの日まで。
ああ、僕もあの時は限界化がひどかったなぁ。なんだか当時の感覚を再体験しているような気分になってきたぞ。
……まだまだ時間は戻り続ける。
別に前世の記憶を辿り始めたわけじゃない。あんな伏線もクソもないような人生を辿ったところで意味はないし。
僕が見ているものは。細胞に刻まれでもしていた記憶なのだろうか。なんだかよく分からないが、僕の脳裏に映る光景は、なぜか恐竜の闊歩する時代の光景であった。
「はぁぁぁ……!もう、世界が、バラ色にぃぃぃ!しゅきしゅきしゅきぃぃいぃッ!ウマ娘ちゃん、LOVE、フォーエバーッ!」
「……ねぇデジたん。僕って魚類だっけ?あ、違うか。でも、なんだろう。だんどんと自分が原始的な生物になっていくような気分というか。だんだんと『好き』という感情の余計な部分が削ぎ落とされて、原始的な欲求に回帰していく気分というか」
「お前らは何を言っているんだ」
うわー、すごい。地球ってそうやってできたのか。
「……お、オイ。お前はまだ比較的まともだから言うぜ、デジタル。なんかオロールのヤツやばくねぇか?だんだん目がイッちゃってるぜ?」
「ほえっ?あ、ホントだ、オロールちゃん……?」
「ああっ……!あ〜っ!」
幾千もの時を越え、この尊い星は形作られたのだなぁ。僕がこうして息をするたび、この星と繋がっていることが分かる。星が生まれる前の宇宙の記憶が蘇る。光と闇、いくつもの神秘。急激に僕の魂に刻まれていく!
「川西能勢口、絹延橋、滝山、鶯の森……」
「なぁヤバいって!?なんか唱え出したぞ!?アタシ怖ぇよ!突然暴れ出したりしねぇだろーなぁ!?オイ誰かばんえいウマ娘呼んで……、あっダメだ、多分発狂してるコイツの方が力強ぇから普通に大事故になる」
ときわ台、妙見口。
見える見える見える見えるぞ。今や世界の真理は僕の間近に迫っている!さあ、始まりの光よ、僕を迎え入れてくれ!
……そうか、そういうことだったのか。
「……デジたん」
「ファッ!?なんでございましょうッ!?あっッ、というかその顔良すぎる……。悲壮感があるわけでもないのにどことなく仄暗くて、メリーバッドエンドを迎えたときのヒロインみたいな表情で、こう、見ているとゾクゾク感がぁぁぁ……ッ!」
「……デジたんだったんだ。世界の始まりはッ!」
「ひょええええっ!ウマ娘ちゃん好きぃぃ!もっ、もうムリ、爆発しゅりゅっ……!」
「ダメだコイツら、早くなんとかしないと」
デジたんは可愛い。可愛いは尊いだからビッグバンが起こる。世界の誕生って案外単純だな。
「落ち着けお前ら!?スピカから逮捕者が出るハメにはしたくねぇぞアタシ!」
「……ハッ!ごめんゴルシちゃん。頭が冷静になってきたよ。危うく放送規制がかかるところだった」
「……ッムホァ!?ふぅ、危ないところでした。体中の穴という穴から漏れてはいけないものが漏れ出るところでした」
僕とデジたんの血液やら何やらが漏れ出して、学園の芝が重バ場になってしまうところだった。
「これはまずい。普段は自分で嵌め直せる理性の枷がガバガバになって、一度トリップしたら戻れなくなる。……でも、気持ちいいなぁコレ、ホントに。っそうだ!ゴルシちゃんも試してみない?」
「ぜッ………………ッてーヤダ!!」
「おお、溜めたねぇ。けどごめんねゴルシちゃん。君がこのクスリを飲むのは決定事項だ。僕が今そう決めた。なぜかって、タキオンさんから頼まれてるんだよ、使用感のレポートを。被験体が多ければ多いほど彼女も嬉しいだろうから。ごめんねぇゴルシちゃん!」
「バッカ野郎お前アタシは逃げるぞお前」
「ちょっ!待つんだゴルシちゃん!」
「チッ、放せコラ!どう考えてもロクな目に合わねぇんだ、逃げるに決まってんだろ!」
走り去ろうとする彼女の尻尾をなんとか掴む。しかし相手はあのゴルシちゃんだ、いつ文字通りトカゲの尻尾切りをしでかすかも分からないトリックスターが相手なのだ。
「デジたんっ!この芦毛を引っ捕えるんだッ!」
「えっあっえっ!?し、しかし……」
「ここでゴルシちゃんを押さえれば、タキオンさんは喜ぶだろうねぇ。ゴルシちゃんは察しがいいからいつも実験体にされずに済んでるんだ、クスリを飲ませればさぞかし喜ばれる。それに、見たいだろ?感情がコントロールできなくなった珍しいゴルシちゃんの姿を!」
「……くっ!ご、ごめんなさぁい!ゴルシさん!」
デジたん、堕ちたな。
さてと。いくら2人に体格差があるとはいえ、後ろから抱きつかれては簡単に動けまい。あとはじっくり料理するだけだ。
「さ、あーん……。あーん!あーんしろよぉ!」
「ふんぎぎぎぎぎッ……!ガッ、ゴ、テメッ、やめやめやめんんんんんッ!ンンア゛ッ……」
◆
「フ、フフ、ルービックキューブってよ、ただ揃えるだけじゃねぇんだ。こうしてこうしてこうすれば……。ほら、市松模様になるんだ。面白いよな」
「ゴ、ゴルシちゃん……」
「他にも、ここをこうすれば……。よっと、完成。見ろよ、キューブの中にキューブがあるみてぇで面白いだろ?シンプルゆえに奥が深い、遊びがいがあって最高だな」
くそ、ゴルシちゃんがただのルービックキューブ廃人になった。そして、パズルに勤しむ彼女の手指が美しく見えてしょうがない僕もそうとう重症だ。
「ちなみにルービックキューブってのは、どんな形でも20手以内で解けることが知られてるんだぜ。数学者様による研究の賜物だな。ところで古代ギリシアじゃあ、数学の問題を解くと魂が洗われる、なんて言われてたらしいな。アタシも少しその気持ちが分かってきたぜ……」
「ゴルシちゃんはもうダメだ。さっきからずっと澄んだ目でパズルを解いてる。世俗から離れて自分の世界に没頭することが好きなんだ、きっと。それにしても美しい瞳だなぁ」
「神秘性が増してカッコよさに磨きがかかってるぅ!しゅきぃっ!」
風に揺らぐ芝の上、慈母の如き優しい瞳を湛える、白銀色のウマ娘。実に神秘的だ。ゴルシちゃんを知らない人が見たら、きっと女神が地上に舞い降りたのだと錯覚するだろう。
「ゴルシちゃんがこうなるんなら……。他のスピカメンバーで試したら面白いのでは?」
「はっ!?そっ、それは、しかし己の欲望のためにウマ娘ちゃんに狼藉を働くようなことは断じてッ……!いやっ、タ、タキオンさんのためですし、何より、禁欲は時として体に毒ですしおすし……!」
いつもは礼節を弁えたヲタクであるデジたんが、少々危ない思考をしている。そのまま理性をかなぐり捨てて僕のことを襲ってくれでもしたら最高なのだが、それとこれとはまた別の話のようだ。
と、丁度よく誰かがこちらにやってきた。
「あら、皆様お揃いで……って、何をやっておりますの?ゴールドシップの様子が何やらおかしいようですが」
「あぁ、マックイーン。ちょっとした事情があって。まあそれはともかく。このクスリ飲んでみてよ。タキオンさん謹製『ニビョウデヤセール』!これひとつで何でもカロリー0になる最高の代物さ!」
「ゆ、夢のようなクスリですわね。しかしそんなオイシイ話がそうそうあるわけ……」
「あれ、飲まないの?なんだ、こないだデジたんの誕生日に作ったケーキの残りを食べてもらおうかと思ってたんだけど……」
「モノは試しですわッ!!ゴクリッ……」
◆
「フシューッ、フシューッ……!」
「とりあえずスピカのエンゲル係数が1000%を越えないようにマックイーンは拘束したけど、どうしようコレ」
ロープくらいじゃ、いつ千切られるか。
「完全に野生を解放したウマ娘ちゃんっ……!まったくの未知ジャンル……!けど愛おしいっ!しゅきっ!」
マックイーンに試したのは失敗だった。結果は見えていたのに。都合よくウオスカあたりが来てくれたりしないだろうか。
「よぉお前ら、さっきそこでゴルシを見かけたんだけど、なんか様子が変でよー、いったいどうした……ってオイ、こっちもやべぇじゃねぇか!?」
「またアンタたちが何かやらかし……っ!ちょっと、どうして1人縛られてるのよ!?」
都合よくウオスカだ。
「丁度いいから喰らえェッ!」
「むぐっ……!?ちょっ、いきなり口の中にぅっ」
「おまっ!?……っ、急に何してんぐぅっ」
◆
「ス、スカーレット……。そ、その、俺、今度ちょっと料理の練習しようかと思ってて。ちょいと味見役をやってほしいんだよ。いや、別にお前じゃなきゃいけねーとかじゃねえけど!一番手頃に頼めるから頼んでるだけだからな!?」
「アンタ今一番って言った!?そうよ!よく分かってるじゃない!いつだってアタシが一番!」
あはは、尊いなぁ。
尊いかコレ?うーん、ウマ娘だから尊い。以上!
「それにしても皆、ピュアすぎないか……?ウオッカなんか完全に古典的ツンデレ乙女と化してるじゃないか。ツンデレはスカーレットだろ、普通……。いや違う、そういう話じゃない。あぁ、頭が混乱してきた」
僕は何を言おうとしていたんだっけ。
ああ、そうだ、スピカのメンバーが揃いも揃ってピュアだってことを言いたかったんだ。
ウオッカはツンデレ、スカーレットはアホの子、マックイーンは野生化したし、ゴルシちゃんは悟りを開きかけてる。デジたんはウマ娘への愛がもともとカンストしていたために、クスリのせいで何かのタガが外れてしまった結果、グイグイ攻めるタイプのヲタクになった。
そんな中、僕1人だけ色欲の大罪を背負ってる。
しかし中学生といえば、普通はそういう話に興味が湧いてくるお年頃だろう。僕がおかしいんじゃなくて皆がおかしいのだ。
「むふんほぉーっ!ウマ娘ちゃん同士の絡みは最高ですなぁ!ンン〜、愛するウマ娘ちゃんの展開する尊み空間の空気を吸えちゃうの、トレセン学園に入ってよかったぁ!」
「君だってウマ娘じゃんか。そして僕もウマ娘だ。ならばそこに尊みが生まれるのは自明の理だと思うんだけど」
ああ、まずい。デジたんのことを少しでも考えただけで理性が吹っ飛んで、思わず誘いの言葉が口から出てしまった。
「その通りっ!それでは早速失礼して……」
ん?ん?
ちょっと待て、気がついたらデジたんが僕に抱きついていた。いつもは僕から仕掛けるのに。
……タキオンさん、とんでもないものを作ったな。まさかこんなスムーズに事が運ぶとは。
「はぁぁぁ、ウマ娘ちゃん、それもオロールちゃんの匂いがこんなにも間近にッ」
「随分積極的だね。たまにはこういうデジたんも悪くないかも。あっ、ヤバい、コレ。クセになりそ……」
タキオンさんに毎日処方してもらいたい。
……いや、ドーピング検査で引っかかるな。
くそう、うまい話ってなかなかないなぁ。
……週1くらいなら大丈夫かな?
トレセン学園でdanger zoneを流せば毎日レコードタイムが更新されるのでは(名案)
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功徳積まずして同志に非ず
ようやく先日「史実改変」タグを追加しました。
ぬるりと。
どうして最初から追加しなかったのか()
「徳……、徳積まなきゃ」
「おう積め積め。手始めにアタシをいたわれ」
「おっけぃ。ゴルシちゃんのためなら何でもしちゃうよ。もう肩とか揉んじゃう。ほぅら、ほらほら、どう?気持ちいい?」
「んー、もーちっと強く」
「くっ、こんなんじゃまだ徳が足りない……!」
「オロールちゃん……!そうだよね、思えば最近のあたしたち、徳を積み忘れてたよね。それは非常によろしくないッ!とりあえずどぼめじろう先生の新刊を3冊買ってグッズ買って財布を空にしなきゃ……!」
「徳を早く積まないと。今までの僕の行動は、もし警察が目の前で見ていたら間違いなく執行猶予なしの有罪判決を食らうレベルでヤバかった気がする。それを帳消しにできるくらいの徳を……!」
「自覚があるようで結構。アタシらが通報しなかったことを感謝しろよな?」
「そうだね……。けれど今になって更生なんかできない。どうして愛を表現することが犯罪になるのか。自分の気持ちを伝えることを法が許さないのなら、僕は法なんていらない。どんなレッテルを貼られても構わない」
「だからこそ、積もう……!徳を!まずは社会奉仕!ウマ娘ちゃんの住まうこの世界に、尽くすッ!そいでもって貢ぎまくるで候ッ!経済回しちゃいましょう!」
「おー。頼むからパクられんなよな。ボランティア活動なんかをやってる間に惚気でもしてみろ、間違いなく公共の秩序を乱してるぜ」
「クソッ……!法律め……!」
なんだか生き辛さを感じる。学生とはいえ社会の一員である以上、法の遵守は大切なのだろうが、自分の感情を抑圧しなければならないのはイヤだ。
「法律は頑張ってる。つーか100:0でお前が悪いと思うぜ」
「そうかなぁ。大体、美少女がイチャついたところで目の保養にしかならないんだから、見逃してくれたっていいのに」
「お前その自信はどっから湧いてくるんだよ。いくら顔が良かろうと中身がコレじゃあな。美少女とは言い難いんじゃねーの?」
「チッチッ、まだまだだねぇゴルシちゃん。僕というウマ娘の魅力を分かってない。まず第一に顔が良い。ほら、瞳なんかケッコー綺麗でしょ?第二に、多才!デジたんのために習得した数々の技術は、もうどれもが人に自慢できるレベルまで達してる。最近は特殊メイクの技術を身に付けた!第三に、ボクっ娘!もう可愛いよね!うん!最初こそ無意識のうちに使ってた一人称だけど、よく考えたら一部の人の性癖にどハマりする強属性だよ!どう?魅力たっぷり!」
つまり僕は可愛い上にカッコいい。デジたんの次くらいに可愛いんじゃないだろうか。知らんけど。
ちなみに、こないだエゴサをしてみたところ、何人か夢女子の製造に成功していたことが分かった。しかしデジたん以外の女の子をオトしてもなぁ。いや、ファンが増えるのはもちろん嬉しいが。
「んで?その可愛いお前はこれから社会奉仕するんだろ?今までに犯した罪を帳消しにしようってんなら一生かかるんじゃね?」
「さっきはそう言ったけど。実際のところ、こちらにはデジたんという最強の免罪符がある。デジたんを拝むだけで魂が洗われるから、カルマは0の状態になる。僕が徳を積む理由は、あくまでもカルマをプラスにするためだよ」
「たった今お前自身がのたまったカルト思想のせいでカルマがまた強まってる気がするんだが」
「それなりの正論でツッコミを入れないでよ!あぁ、もう面倒くさい!こうなったらゴルシちゃん!君も社会奉仕に参加しろ!君だってトレセン学園にまあまあな迷惑をかけたことあるだろ!」
「んなっ!?そ、それほどでもねーよ!?せいぜい使われてない小屋を勝手にゴルシちゃん号のガレージに改造したくらいだ!」
「……考えてみると、ゴルシさんがまともキャラに見えるスピカって、とんでもないチームですねぇ」
「お前が言うなよ!?」
残念ながら、ゴルシちゃんは所詮狂人の皮を被った常識人なのである。
真似っ子の偽物は本物には勝てない。そうだろ?
◆
「社会奉仕とは言いましたけども」
休日、とあるイベント会場に集まったウマ娘たち。
「あたしにとっての社会とは、すなわちウマ娘ちゃんに関する部分が主であるわけです」
「だからアタシが同人誌即売会のスタッフをやるハメになってるわけだ。ビックリしたぜ、てっきり地域のゴミ拾いくらいで済むと思ってたからよ」
「まあまあ、お小遣いももらえますし。奉仕ではないですけど、そのお金をウマ娘ちゃんに貢げば、より大きな徳が積めますから!」
「アタシはそういうのしねぇから。多分今後しばらくラーメンのチャーシューが増えるだけだ」
今回参加するのは、とある小規模な即売会の準備だ。いつの間にか3人分の枠が確保されていたのだ、デジたんの謎人脈によって。
「こういうイベントにはあたしも馴染みがあります。それに、主催者様が父上のお知り合いだったりする時も……。曲がりなりにもあたしはウマ娘!こう見えてパワーだってありますから、現場では重宝されるんです!ならばご期待に応えねばッ!」
「ほお、なるほどなぁ……。で、さっきからずっと気になってたんだけどよ。オロールはまだかよ?てっきりデジタルと一緒に来ると思ってたぜ。アイツが遅れてくるなんて考えにくいんだが……」
ゴルシちゃんがそう言うものだから、僕は物陰からおもむろに姿を現した。実のところ、さっきから僕はずっと隠れて2人の会話を聞いていた。まあ、ちょっとしたイタズラである。
「ふふふ……!やあ、可愛らしいポニーちゃんたち。これからお出かけなんだろう?僕も同行する」
「花京い……いや誰だお前?」
「あ、オロールちゃん。ちょっと遅かったけど、どうしたの?」
おっと。さすがにデジたんは気づくか。
「んんん?お前、もしかしてオロールかよ?つか、仮にそうだとして、なんでそんな格好してんだ?」
ゴルシちゃんの問いに、僕はサングラスを指でクイっと持ち上げながら答える。
「フッ……!デビューしたおかげで僕の顔もそれなりに知れてきたから、姿形を変えなきゃ、ね」
「いや、多分まだまだ無名だぜ」
「……とにかく!印象に残りやすい目を隠しておこうと思ってサングラスをかけた!ついでに服も存在感薄めのやつをチョイス!パーフェクトカモフラージュ!」
さらに帽子を被っている上、尻尾も服の中に隠しているので、ウマ娘であることも気づかれない。そう、僕は完璧な変装をしてきたのだ!
「……まあ、変装自体はなかなかうまくいってんじゃねーか。知り合いでも一目で気づけなかったわけだしよ。変装する意味はいまいち分からんけどな」
「だー!いいじゃん!単にやってみたかったの!」
今後の練習だ!
「しかし、お耳と尻尾を隠してしまったのは少しざんね……。いや、待った。隠されていることにより生まれる美もまた存在する?さながらミロのヴィーナスのように、観測できないからこそ、想像力によって生まれる秘匿の美がッ!?」
「大げさすぎるだろ。別に美は感じねぇって。ムダに変装がうまいから完全に一般人に溶け込めそうだしよ」
「ああ、2人ともありがたいことを言ってくれるね。美しさも変装の腕も褒められて嬉しいったらありゃしない。ちなみにこのサングラス、人間用なんだけど……」
言いつつ、こめかみのあたり、人間でいう耳がある位置の髪をかき上げる。
「お、おー?ヒト耳付きじゃねーか!どうなってんだよそれ?付け耳かよ?」
「いや、それだとチープになるから。特殊メイク」
「どうしてそういうところに気合を入れちゃうの、オロールちゃん……」
何事にも全力で取り組むのが僕のモットーだ。今決めた。
「変装の腕を磨いておいて損はないと思うんだよね。例えば、もし将来デジたんがメチャクチャ有名になって、マスコミに追われたとする。そこに特殊メイクを使ってデジたんに変装した僕が現れ、マスコミを惹きつけてデジたんのプライバシーを守る」
「クッソ限定的なシチュだなオイ。ぜってーそんな未来訪れねぇだろ。第一、お前とデジタルじゃ身長が違うから誤魔化し効かねぇだろ」
「そんなもの気合でどうにかなるよ」
「ああなるだろうな!お前の場合与太話だと笑い飛ばすことができねぇから怖ぇ」
最近、ゴルシちゃんが僕のことをまるで名状しがたい冒涜的な生命体を見るような目つきで見てくる。どうしてそういうことをするんだろう。
「……ハァ、何も働いてねぇのに疲れたぜ。とりあえずよ、チャッチャと終わらせて帰ろうぜー?」
「ハイ!そうですね、そろそろ担当者さんからお話を聞いて仕事に移りましょう。……いいですか、ゴルシさん。我々はこれから金銀財宝などよりはるかに価値のある
「ま、物好きが高じて自分で本まで出しちゃうヤツらなわけだろ?そこは素直にすげーと思ってるぜ。身近な例がアレすぎて答えにくい質問だったがな」
「アハハ……。オロールちゃんは、ヲタクというより、もっと何か別のカテゴリに属しているといいますか」
「デジタル、お前のことも含めて言ってんだぜ?」
「エッッ……!ふひっ、いやぁ〜ーっ!あたしめなど、まだまだ精進途中のウマ娘ちゃんヲタですから、そのように褒めていただけると、なんというか照れ臭くなっちゃいますねぇ……!」
「褒めてねぇ」
日本語は難しい。ゴルシちゃんは意図していなかったらしいが、僕の耳にも褒め言葉に聞こえた。
「ゴルシちゃんもそろそろコッチ側に浸ってもいいんじゃないかな。気持ちいいよ、すごく」
「イヤだ、アタシはゴールドシップとしての生を全うしたい。もしも『堕ち』ちまったら、アタシはゴルシちゃんじゃなくなっちまうんだ」
「いったい君はこの界隈のことを何だと思ってるんだ」
「イヤイヤ、別に界隈全体の話はしてねぇ。いいか?仮にアタシが沼にズブリとハマったとしよう。すると当然沼の底から手が伸びてくる。他でもないお前らの手だ。それが問題なんだよ。アタシの近くにお前らがいる限り、沼に引き込まれるどころかそのまま地中深くまで引き摺られて、地熱で溶かされるに決まってんだよ」
「なるほど。うん、その認識は正しい。けれど僕は決して手を引っ込めたりしないよ。今日のお仕事で君の心境が変化してくれることを願っておこうかな、ふふっ」
さて、そろそろ動き始めるか。
デジたんが人差し指をピンと伸ばして言う。
「それでは!……出動しましょうっ!」
◆
「よーし、頑張っちゃうぞ!」
「そうですねぇ……ッ!?って、ああっ!?荷物をたくさん抱えたスタッフさんが転びそうにってオロールちゃぁん!?速ぁッ!?」
ふう、なんとか支えてあげられた。
10mで0.6秒か……。まだ練習の余地アリだな。
◆
「ああっ!?高価そうかつ重そうな機材が倒れそうにってオロールちゃん速ぁっ!?ちょっ、あたしも……!」
うーん、なかなか重そうだったから身構えたが、いつもトレーニングに使ってるダンプのタイヤよりはさすがに軽いな。小指で持ってみよう。
◆
「フゥー!いい汗かいたぜ!てっきり知的生命体としての矜持を捨ててるようなヤツらが集まる場所かと思ったが、皆イイヤツだったな!」
「はい。特にスタッフの指揮をとっている方々は、いわば歴戦の戦士たち……。長年のヲタクライフを経て、真の善に寄った人格を形成している尊き先輩方なのです。まあ、完全に本能の赴くまま行動しているのはオロールちゃんくらいですからねぇ」
「確かに。デジタルからは時々知性を感じるがコイツは違ぇもんな。知性がいくらあろうと狂気が上回る」
「いやぁ、そんなに褒めなくても……」
「褒めてねーって」
それにしても、ゴルシちゃんにとって僕は狂気に満ちた存在らしい。実際は違う。僕の心を満たしているのは全て愛であるから、つまるところゴルシちゃんが勘違いしているのだ。彼女は愛を知らないのかもしれない、かわいそうに。
「……君も、いつか誰かを愛せる日が来るよ」
「は?」
ゴルシちゃんは素敵な子だから、きっと。
「まあそれはともかく。無事に労働の対価を得たんだ、このまま経済を回しに行こうじゃないか。ゴルシちゃん、この際君もグッズを買いなよ。気持ちよくなれるよ」
「ぜってーやだ。アタシは、まあ……そうだな。この金は土星旅行の資金にでもとっておくぜ」
「ステキですね!あたしは、そうですねぇ……。いつものようにグッズを買うのも一つの手ですが、今回はあえてウマ娘ちゃん用撮影機材のアップグレードに資金を投じるというのもなかなか……」
「オイ、せっかくボケたんだからツッコめよ。……いや今のはアタシが悪かったな。悪い、やっぱお前らといるとキレが落ちるんだ」
「君養殖だもんね。ホントはアレでしょ?お淑やかで礼儀正しい性格だったりするんでしょ?」
「……好きに解釈してくれ。アタシは所詮この程度のウマ娘だったんだ……!」
「あああ!待って!ゴルシちゃんは十分ハジけてるよ!曲者揃いのスピカでもキャラを確立してるし、君はよくやってるよ!あっそうだ!いっそ今度のレースのウイニングライブで一緒にやらかそう!例えば、僕が音響をジャックするから、君はゴルシラップをかませばいい。他にもいろいろやりようはある!君の悪名を世界に轟かせよう!」
ゴルシちゃんは確かにハジケキャラで通っているが、実際の彼女は意外とまともだし、相手によってはむしろツッコミ役に回ることだってある、そんなウマ娘なのだ。だからこそ、世界に通用する抗いがたい魅力を秘めている。最近、デジたんに次いでゴルシちゃんのことが好きになってきたので、いよいよ僕も見境がなくなってきたなと思う。いや、元々こんなんだったか。まあどうでもいい。
「……へっ、そうだな。まさかお前に思い出させられるとは。四六時中面白さを求めんのがゴールドシップ様のやり方だ!計画変更ッ!この金を元手に資金を増やして、そしてゴルシちゃん旋風を世界中に巻き起こすぜ!」
「その調子だよ!そのまま凱旋門賞も勢いで獲ってきちゃえ!」
「おうよ!ゴルシ様の進撃は止まらねぇからな!」
「……割と真面目に獲ってきてほしい。君がロンシャンの芝を走って、どんな感触だったか僕らに教えてくれ。僕らが走る時に君の経験を活かすから」
「えー……。目がマジじゃねえか。つか、お前ら2人とも走るつもりかよ?海外の、それも最高クラスのレース。色々キチぃだろ、距離適性とかもあるしよ。デジタルはどう思ってるんだ?」
「ふぇっ!?そ、それはもちろん、世界の名だたるウマ娘ちゃんが集まるレースに参加したくないわけがありませんよ!しかし、ゴルシさんの言う通り、アウェーの環境で、中長距離を走るのは難易度がルナティック……」
「んふふ。ウマ娘って、案外愛があればなんでもできるんだよ。君が本当にウマ娘好きなら、ドバイであれアメリカであれフランスであれ、どこへだって行けるはずさ」
「あっ確かにそうだね。死ぬ気でトレーニングすればいいだけ!なるほど、イージーゲーム!」
「いや納得すんのが早ぇよ。あと普通は死ぬ気で練習することをイージーとは言わねぇ。……いや、普通じゃなかったな。なら別にいいか」
普通なんざつまらない。ゴルシちゃんもそう思っているからハジけるのだろうし。僕の場合、デジたんを愛する上で必然的に普通じゃいられないだけだ。
「夢のような話だけど、現実として、僕もデジたんもゴルシちゃんも、スピカのウマ娘は全員挑戦権を持ってる。スペちゃんは日本一を目指してるけど、もっと上だって目指していい。まったく最高じゃないか、競走ウマ娘って」
「あたしにも、挑戦権が……。もしも、あたしがG1レースに出走させていただいた暁には、恐れ多いことですが、グッズ化などされてしまうんでしょうか。自分が推される側に回るのは不思議な気分ですけど……。嫌ではありません。むしろ、そうなることで喜んでくれる同志がいるのなら、走る理由がまた1つ増えたことになります。ヲタクとして徳を積むことも大事ですが、競走ウマ娘として戦績を残すこともまた、徳を積むことと言えるのではないでしょうかっ!?」
「……いいこと言うねぇ。君がそんなことを言うもんだから、走りたくなってきた。もう日も暮れそうだけど、寮の門限までは少し走れるね」
「ここからトレセン学園まで、そう遠くない距離だし。推し活で鍛えたこの脚で……勝つるッ!」
走るだけで徳を積めちゃうなんて素敵な世界だ。そう思うと走ってない時間がもったいなく感じてきたぞ。
「……お前らホンット元気なのな。しゃーねーからアタシも付き合うぜ」
そう言いつつも、口角はしっかり上を向いているゴルシちゃんが好きだ。
「あ、つーかよ。オロール。お前テンション上がったら
「ひゃっほい!ブッ飛ぼうよデジたん!」
「ちょ、速ぁ!?ま、待ってっ……。いや違う!本番のレースでウマ娘ちゃんの正面からお顔を拝む方法はたった一つ!デジたんとしたことが、『甘え』がありましたね……!うおおおおおおおッ!」
「……話聞いてねぇなコレ。まあいっか」
「文芸」の定義が作者の中では曖昧なのですが、少なくとも当小説は断じて文芸ではない()。
これをアートの範疇に含むのはオラが許さんぞ。
それはもう芸術界どころか世界への冒涜だ。
「読むだけで首筋が浮き足立つ文字の羅列」だと思って読んでいただければ幸いです。
書いている途中に(アレッ中学生なのにバイトしてんぞぉ?)という考えがふとよぎりましたが、多分気のせいでしょう。デジたんは優しいのでいつも街の人たちのお手伝いをしてくれるのです。可愛いですね。
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尊みこそ我が真理
やっぱりサイゲは頭がおかしいや(究極の賛辞)
とある日の東京レース場。
空気はすっかり静まり返っているが、決して人がいないわけではなく、むしろ、会場には溢れかえるほどの観客がいる。
『判定の結果……!ダービーを制したのはッ!2人!エルコンドルパサーとスペシャルウィークだ!』
「ありゃあ、同着ですか……。惜しかったですね、てっきり僕はぶっちぎりで1着を獲れるかと思ってました」
「おまっ……。随分な言い様だな?日本ダービーだぞっ?あの!ダービーウマ娘がウチから出るなんて、とんでもない快挙だぜ!オイ!よっしゃあ!やってくれやがった!」
「……くうっ!ずるいですよトレーナーさん!僕は我慢してたんです!この瞬間に立ち会えたことが嬉しくてたまらないから発狂したいのをなんとか抑えてたのに!あなたがそうやって感情のままに叫ぶんなら僕だって!あああ好きぃいいいい!」
日本最高峰のレースであれ、運命の奇妙ないたずらは起こるらしい。東京優駿、通称日本ダービー。ウマ娘たちの夢が詰まったこのレースの結果は、スペシャルウィークとエルコンドルパサーが同着。
走り終えた途端、糸が切れたように倒れ込んだスペちゃんを見て、頭で考えるより先に飛び出して彼女の体を支えたスズカさん。身内の勝利を心から祝うスピカのメンバー。ゴルシちゃんでさえ、すっかり笑みを浮かべている。
そしていつも通り涎を垂らすデジたん。
うーん、全てが尊い。
「本当に……。トレーナーをやっていて、これほどまでに胸が熱くなる瞬間に立ち会えたことを誇りに思うぜ」
「なぁにクールぶっちゃってるんですか。僕には分かりますよトレーナーさん。この後豪勢な祝杯をあげて、またいつものごとく金欠になるんですよね?それでおハナさんに泣きつくまでがセット。ダメな大人ですねぇ、トレーナーさんのカラカラの財布はもはや風物詩……」
「おいおい、物悲しい口調で語られるとなんか傷つくって。財布事情はあれだが、俺はメリハリのついた立派な大人なの。おハナさんとのアレは、いわゆるトレーナー間の円滑な交流の深め合いだ。……そういや、今回並んだ相手、エルコンドルパサーは、おハナさんとこの子だったな。ったく、やっこさんクールぶって、そのくせに誰よりもアツいウマ娘を育てるなんてよ」
「おや?噂をすれば。おハナさん、こっちに来てますよ。大人のコミュニケーションのお時間ですね」
「茶化すなって!……少し話してくる。お前らは、先にスペのところに行ってやってくれ。そんじゃ」
おハナさんと目が合うと、トレーナーさんはすぐにどこか不敵な笑みを浮かべ歩いていった。
「スペさんがダービーウマ娘……?つまりあたしはこれからダービーウマ娘しゃまとトレーニングを……?そっそそそそんな、そのような身に余る光栄をおおッ!?」
「デジたん、落ち着こう。それにスピカからダービーウマ娘がもう何人か出る予定だから。なんだったら君も狙ってみればいい、ダービー」
「いやいやいや、一介のヲタクがそのような神の舞台に足を踏み入れるなど……!あ、そういえばあたしウマ娘でしたっけ」
「合法的にレース中のウマ娘を拝める立場にあるのが僕らだ。むしろ、ダービーだけじゃ飽き足らない。君の脚なら世界を目指せるんだ」
「世界……!海外の名だたるウマ娘ちゃんが最も輝く瞬間をこの目で、特等席から拝みたいっ……!ハァ、ハァ、そう思うと1日26時間はトレーニングがしたいっ!」
分かる、その気持ちはすごく分かる。
僕だって、デジたんが最強になる世界線には興味があるし、最強の彼女とレースをした先にある景色がどんなものか、気になってしょうがない。
「なんかかえって興奮してね?お前ら。今はとりあえずスペのヤツを目一杯褒めてやろうぜ!マジでやりやがった!最高にアツい走りだったよな!」
「確かに。スペちゃん、日本一に着々と近づいてるね」
それが運命であるかのように。
ダービーでの同着。それは正史でもありifでもある。
希代の名馬スペシャルウィーク。
誰かの「もしも」が、この世界で形となっている。
「オロールちゃん?涎垂れてるし、なんだかいつにも増して頬が紅潮してるけど……。大丈夫?」
「ん?ああ、大丈夫。ヲタクの
「確かに、性だねぇ。えへへ」
僕はどうしようもないデジたんヲタクだから。
彼女がどう世界を変えていくのか、見届けたい。
僕は運命論者ではないが、少なくとも運命そのもの、もしくは似た何かの存在を薄ら感じている。いわば原作の流れ、すなわちこの後に起こる出来事は、サイレンススズカの挫折と復活、その間のスペシャルウィークの葛藤。
だが、名馬の魂の因子を継承する生き物であるウマ娘らしからぬ僕自身の存在が、運命などというチャチなものを否定する。しかし、僕を導いたのはデジたんだ。つまり彼女こそが未来を創る。
「おーいスペ!お前、最高だったぜ!最高にアツい走りだった!」
「流石っすスペ先輩ッ!」
運命の存在を否定する僕に言わせてもらうと、今回のスペちゃんが積んだトレーニングの成果として、彼女だけのダービートロフィーを拝めるかとも思っていた。
まあ、何にせよ、ダービー制覇は紛れもない偉業であり、それを成し遂げたスペちゃんは日本一といって差し支えないことは真理である。
「……スペちゃん。がんばったわね」
「っはい、スズカさんっ!」
そしてスペスズは尊い。
これがホントの真理だ。ヤバい鼻血出そう。
◆
まだ誰も来ていない静かな部室は、インテレクチュアルな活動を行うのに向いている。最近クールな雰囲気を作りたくて衝動的にポチったコーヒーメーカーで淹れた魅惑の液体を優雅に口へ流し込み、本を読む。
多分、オシャレだ。
「お?何読んでんだよオロール。お前最近よく読書に精を出してるみてぇだな。知的キャラにシフトチェンジか?」
「いや。僕の理想はクールにデジたんをオトすことだ。まあ、今んとこクールさはまだ足りないかもだけど」
「その路線は一生ムリだと思うぜ。デビュー戦でもウイニングライブでもはっちゃけすぎたせいで、お前の本性はそれなりに知れ渡ってる。ま、顔がイイからどうとでもなりそうではあるけどな」
「褒めてくれて嬉しいよ。……というか、クールキャラと知的キャラは両立が可能だよね。なら、限界ヲタクかつ知的かつクールなキャラは、クール成分と知的成分がシナジーを起こして限界ヲタク成分をひた隠し、結果大きなイメージとして知的クールのみが残るんじゃないかな」
「いやムリだな。無限って数は引き算でどうにかなるもんじゃねぇぞ」
ダメかぁ。愛の重さが無限大なのも考えものだな。
「で、結局何読んでんだ?」
「コレ?『組織学で解剖するウマ娘の進化史』」
「うぇっ、小難しい本だな。専門書じゃねーの?お前もまだガキのくせによく読むぜ。内容分かってんのか?」
「以前タキオンさんの部屋にお邪魔したとき、彼女、カフェさんの霊障のせいで実験材料が焼失して泣きじゃくってたんだよね。その後FXで有り金溶かしたみたいな顔で放心状態になってたから、その隙に蔵書を拝借して読ませてもらってさぁ。つまり、事前知識もバッチリってわけ」
「なあ、次からツッコミどころが多いセリフを吐くときは分割して言ってくれよな?」
自らツッコミキャラをやろうとするとは。
意識高いな、ゴルシちゃん。
「で、そんな本読んで何がしたいんだ?ただの知識欲ってわけじゃねーだろ?」
「察しがいいね。まあ何というか……。ねぇ君、トレーナー試験の倍率知ってるかい?都内の某有名大学なんかよりも断然難しいって話だ。僕の将来の夢は、ずっとデジたんについていくことだけど、彼女がトレーナー志望に前向きな姿勢を見せるんなら、僕もトレーナー試験に受からなくちゃならない。今のうちから勉強しておいて損はない」
「大層な夢だな。……けどそれだけじゃねぇだろ。お前、もっと何かハッキリとした目標があって、知識を欲しがってる。アタシにはそう見えるぜ」
ゴルシちゃんの赤紫の瞳が、まるで僕の心を透かすようにじっとこちらを捉える。そうだ、彼女は普段こそおちゃらけた態度だが、その実、頭の回転はとんでもなく速く、勘もいい。
「ゴルシちゃんもなかなか強いよね。別に隠してるわけじゃないから言うよ。僕は確かに一つの確信に基づいて行動してる」
本の内容を頭に叩き込み終わったので、ページをパタンと閉じつつ、ゴルシちゃんを見据える。
「で、その確信ってのはなんだよ?」
「信じる必要はないけど、まあ聞くだけ聞いといてよ。近い将来、スピカのメンバーに、選手生命を脅かすレベルの事故が発生する」
脚はウマ娘の命である。
しかしその命を失いかけるハメになるウマ娘は、実のところスピカに何人もいる。
「……は?何言ってんだよ」
「事実、スピカは天才の巣窟だ。僕は……まあ、ともかく、デジたんも、ウオッカもスカーレットも、もちろん君もね。だけど生まれ持った天才的な資質のみでは勝てない。トレーナーさんの指導によって、自身の能力を最大限引き出せたヤツだけが勝てる」
「いきなり何の話だよ?」
「けど、おそらくはそれ故に起こってしまう問題がある。生まれ持った素質、最高のトレーニング、そして背負った想いの数々。全ての条件が揃ったとき、ウマ娘の走りは限界を超え……。同時に肉体をも蝕む」
身体が走りについていけなくなるのだ。
そんなことがあるかとも思われるが、実際に限界を超える
「トレーニング中であれば、寸前で気づいて、運が悪ければ軽い怪我をする程度かもしれない。けどレース中ともなれば、ゴール板を駆け抜けるまでは何が何でも走ることをやめたがらないのが僕らウマ娘だ」
「スピカのメンバーなら容易く限界に近づける。そしていつしか取り返しのつかないことが起きる可能性が高い。そういうことか?」
「うん。だから対策が必要なんだ。ただ、例えばシンプルに身体の耐久性を上げるとして、筋肉や骨密度の増強などの既存アプローチではやはり厳しい。というのも、ウマ娘が限界を超えられるメカニズムすらまだ科学には分からない部分が多すぎるから」
「じゃ、なんだよ?未だ解明されていない方法を使うってのか?仮にそんなものがあったとして、当てはあんのかよ?」
「もちろん!この本はその第一歩。組織学、つまりは細胞レベルで物事を考えたとき、ウマ娘と人間にはある大きな相違点がある」
そっとひと息入れる。
そして、改めてゴルシちゃんの目に問いかける。
「ねぇ、ウマムスコンドリアって知ってる?」
「聞いたことはある。……さっきからムツかしー話ばっかだな。ちょいと頭を休めようぜ。あとデジタルを呼べよ。アイツ変態の癖に賢いから、お前の話に付いていけるだろ」
「そうだね。……デジたーーんッ!」
「なんつー呼び方だよ!頭悪っ!」
しかしこれが一番確実だ。
ウマ娘に呼ばれたとあれば、たとえ火の中水の中、いついかなるときも駆けつけてくれる我らが同志。それがデジたんである。
案の定、僕が叫んでから2秒と経たずに部室のドアが開いた。
「お呼びでしょうかッ!!」
「うん、呼んだ。相変わらず可愛いねぇ」
「御託はいい。今回ばっかしはな。チームメイトのためにやるべきことがあるんなら、スピカの総統であるアタシも黙っちゃいられねぇよ。ひとまず茶でも飲んで、もっかい話を聞かせろ、オロール」
「ほえっ?もしやシリアスですか?」
「いや、多分シリアルになる」
◆
「ほほう、なるほど……。あたしもウマ娘ちゃんに関する学術記事などを読んだことはあるけど、確かにその点が詳しく解き明かされたことはないもんねぇ」
3人分のカップに注がれた液体は、どれも半分ほど。休憩は十分だ。
「お前ら、ホントそういうことには妙に詳しいのな。情熱を向ける方向、ちょっと間違ってね?」
「自分の情熱は自分だけのものじゃないか。僕はむしろ、趣味嗜好に全力を懸けるデジたんに惚れてるんだ」
「あ、惚気おっ始めよーってんならやめろよ。とっとと本題を話そうぜ」
「分かったよ、そうだね」
途中参加のデジたんは、事情をすぐに飲み込んだ。さすがだ、宇宙一の天才で美少女なだけはある。
「僕が論じたいのは、ウマムスコンドリアの正体だとか、そういうんじゃない。ウマムスコンドリアが何によって活性化され、どんな影響をウマ娘に及ぼすか。そこなんだ」
「ウマムスコンドリアは、一般にはウマ娘の骨格筋にのみ存在する特殊な微生物として認知されてるよね。けど存在は未だ定かでない。不思議だよねぇ」
「僕は存在を信じてる。ウマ娘の起源には謎が多い。けどウマムスコンドリアの存在によって矛盾なく説明ができる箇所も多々ある」
「せっかちなようで悪いが、ソイツがアタシらに差し迫った問題の解決の糸口になるのかよ?そこが気になるぜ」
「ウマムスコンドリアによってどうウマ娘が誕生するのか。僕らってつくづくよく分からない生き物だ。もしかすると決して科学では説明しきれないのかも。なんたって、アグネスデジタルも、ゴールドシップも、皆異世界の英雄の名前を貰ってるわけだからね」
オロールフリゲートはなんなのだろうか。
おっと、今考えてもしょうがない。
「……ああ、そうだ。自然としっくりくるんだ、アタシの名前。考えてみりゃ妙な話だよな」
僕はその異世界を知っている。四足歩行の英雄が存在する世界には馴染みがある。
「科学者様たちには笑われるかもだけど。僕は信じてるんだ。ウマムスコンドリアという一つの因子と、異世界からやってきた英雄のウマソウルが感応することで、僕らのように、ただの人間とは隔絶した力を持つ生き物が生まれるんじゃないかって」
その感応こそ、科学からは最もかけ離れた神秘的な事象なのだ。
「生まれた時点で……。いや、誕生が確約されるもっと前から、僕らウマ娘は既にウマソウルという“想い”に触れている。ウマムスコンドリアは想いに反応してるんじゃないかな」
「想い、ねぇ……」
「デジたん。思い出して。君や僕が
「オロールちゃんの言う通りだよ。あたしがハッキリと自分の認知が変わったことを自覚した瞬間、同時にヲタクとしての生を最大限実感してた。ウマ娘ちゃんが最も輝く瞬間を特等席から拝むことを求めてた」
想いによって、ウマ娘は確かに進化する。
トレーナーとウマ娘の間には絆の力が存在し、それがウマ娘をより強くするというが、その俗説は間違っていないのだろう。
他人の想いか、己の想いか。あるいは両方か。
きっと、全ての想いの力は、限界を超えるキーなのだ。
「つまり、ウマムスコンドリアのせいで、アタシらの肉体がぶっ壊されるってわけか?寄生虫みたいなヤツだってのに、宿主の命はお構いなしかよ?」
「そうじゃないと僕は思う。ウマムスコンドリアは、ある意味宿主に忠実だ。想いを忠実に反映しようとするんだ」
このレースに勝てるならどうなってもいい。
アスリートとして、そういった想いを抱くウマ娘は少なからずいる。ウマムスコンドリアはそれを忠実に現実化しようとするのかも。
限界を超えてまで。
「だからさ。こう想えばいいんだよ。あくまでも一例だけど、ただ『勝ちたい』じゃなくて。『五体満足で勝ちたい』って。そう願うんだ」
「ウマムスコンドリアはそれを忠実に反映する……。すると、肉体が壊れる前にブレーキをかけるか、もしくは肉体のさらなる補強を行うか……。そんなところか?」
「そう!であればいいなーって……」
結局のところ、これは一学生の考えた机上の空論に過ぎない。実際にそれを示すデータは何一つない。ただの希望的観測だ。この話を聞いて、実際に信じるようなヤツは余程のバカか、ロマンチストだろう。
「最っ高じゃないデスカヤダー!つまりつまり、あたしが推し活への想いを爆発させまくれば、もっと沢山のレースで沢山のウマ娘ちゃんと出会えるってコト……ッ!?」
だが、スピカは全員バカのロマンチストで構成された集団だ。レースに出走するだけで興奮するのは僕とデジたんのみではないし、高みを目指し続けるために、肉体の損傷などを断じて起こさないよう、想いを込め努める者もいる。
ただ、彼女らも、自分の身体がどうなってもいいと思っているわけではないはず。にも関わらず、怪我をしてしまう子が存在するのは、やはり
回数をこなせば、肉体はその都度強化され続けるのではないかと思う。
つまるところ、僕みたいに普段から
「
「そうだったら最っ高でしょ?」
「ああ!ったく、もっと頭使って考えんのかとも思ったが、解決策ってのは楽勝じゃねえか!」
解決策とも呼べないような策ではあるが。
すなわち、スピカのメンバーが全員
うむ、厨二病は世界を救うな。
「とりあえず皆さんと走ってみましょう。何か新たに掴める感覚があるかも!」
「デジタル、最近お前すぐに走ろうとするな。段々脳筋と化してねぇか?」
「G1ウマ娘ちゃんと同じ舞台に立つためには、トレーニングを欠かさぬことは必須ですから!それでは先にトラックに行っております!」
そういうと、彼女は元気よく駆け出していった。
「……じゅるり」
「お前いきなり涎垂らすなって。急にIQ下げんなよ、さっきまであんなに賢そうだったのに」
「はあ、デジたん、好きすぎる……!限界突破とか想いの力とか、ヲタク心をくすぐるんだよ、ホントに!更に、デジたんこそがその体現者なんだ!好きにならないわけがないよねぇ!?ああ、愛してるッ!尊みメガマックスッ!!」
「うわっ!?急に発狂すんな!?」
作者の性癖が全開になってしまいました。
だが私は謝らない()
怪文書制作に需要は必要ないのでね()
ウマ娘の考察は人それぞれで色んな説があって飽きないですよねえ。
まあとにかく。性癖を全開にした結果何やらスピカに魔改造の風が吹いてしまったような気がしなくもないのですが。
性癖なのでヨシ!
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夏めく心に身を任せ
ウェディング姿ー……。
ぱふぁ
「なーなーなーなななーななー!なーつーだぁぜぇなーななー!」
「あぁっ、ゴルシちゃんが暑さでイカれちゃった。ちょっと、トレーナーさん!どうしてこんなに暑いんですか!」
「俺に言われても困るって。そりゃあ、夏だからだろ。とはいえ梅雨入り前にこれだと気が滅入るのも確かだな」
ウマ娘になってから、暑さへの耐性が弱くなった気がする。メディア露出が多くなる立場上、身嗜みにも一応気を配って生活しているが、こうも暑いと何もかもやる気がなくなって、やることなすこと全てが杜撰になってゆく。モデル業で活躍しているウマ娘……アレはすごい。同じ生き物とは思えない。
ただし走るのだけは楽しい。運動すると体温が上がって余計に辛くなるだろう、と思っているヤツはまだまだ甘い。身体を動かせばその分キモチよくなれるので暑さなどどうでもよくなるし、汗をかいて涼しくなれるのでとってもお得なのだ!
「しっかし、ホントに暑いねぇ、デジたん。何か涼めるアイデアはないかい?」
「まずはあたしにベッタリひっつくのをやめたらどうかな?少しは涼しくなると思うけど……?」
「僕と君とで最小単位を構成してるんだから、そんなことできっこないよ。もっと現実的な方法があるはずだよ」
「夏の暑さにやられたのはゴールドシップだけではなかったようですわ」
「マックイーン……。ボクが見る限りじゃ、あの2人はいつもあんな感じだよ」
暑さにやられたゴルシちゃんの代わりに、今日はテイマクがツッコミをやってくれるらしい。
「ふと思ったんだけど、マックイーンってなんだか見た目が涼しいよね。芦毛の髪にクールな顔立ち。そこにいるだけで風通しがよくなってる気がしてきた」
「何をおっしゃってますの?……それはつまり、清楚で落ち着きがあるという意味で、私を褒めてくださったということですか?」
と、ここでゴルシちゃんの目に生気が戻った。
「マック、ヘイ、マックちゃん。セイソってのはなんだ?よく分かんねーなあ。一人でカラオケに行って野球の応援歌を熱唱するヤツが清楚だとは思えねーし……」
「ゴールドシップ?金属と木材、お好きな方を選んでいただけます?貴女が最期に見る物でしてよ。よーく考えてくださる?」
「マックイーン?」
「ホームランをその身で体験してみませんこと?」
ウマ娘が全力を出せば、ゴルシちゃんの頭部をホームラン打球にすることは実際にできてしまうのだから怖い。非常に怖い。あー!マックイーンはとても清楚だなぁ!
「まあまあ、マックイーン。そんなに怒っても仕方ないよ。かえって暑苦しくなっちゃうってば」
「テイオー、私怒ってなどいませんわ。羽虫を追い払うとき、貴女は怒りを覚えますの?違うでしょう?今さらゴールドシップに1発かますくらいでわざわざ感情は揺さぶられませんわ」
「えーっ!マックイーン!アタシはこんなにもお前のこと好きだってのに!お前はアタシに対してなんの感情も抱かねぇのか?そりゃあねーぜ!今までのことは全部遊びだったってのかよ!?」
「ちょっと!やめてくださいまし、その言い方!貴女、私の何になったつもりですの!?」
めちゃくちゃ感情抱いちゃってるって。
マックイーンはあんな大口を叩いておいて、ゴルシちゃんの一挙一動に大層感情を揺さぶられている。
「テイマクか、ゴルマクか。それが問題だ」
「哲学的な問いだねデジたん。けど、僕の意見はこうだ。どっちもいいじゃないか。その二項は同時に存在し得る。愛さえあればいい。そして、僕らがCP論争に対して寛容になることもまた愛だよ」
……。
マクイクの線もあるな。
「確かに……!し、しかし、脳内で同時に2つのシチュを妄想してしまうと、尊みがギガトン級すぎて心臓爆発しちゃうっ!」
デジたんの環境適応能力には目を見張るものがある。いかなるジャンル、いかなるキャラ、いかなるCPであれ受け入れることができる彼女。だがいかんせん心臓と脳の耐久値がマイナスを切っているからすぐに昇天する。それが問題だ。
「オイオイ、そいつの頭を早く冷やせ。ただでさえ暑いのにストーブを点けるなんざアホすぎるぜ」
「珍しく貴女と同意見ですわ。デジタルさんの熱気がここまで伝わってきます。はぁ……。あまり優雅ではございませんが、いっそ水を浴びてさっぱりしたい気分ですわね」
「……それだッ!」
そうだ!夏といえば水着……水!海!プール!
トレセン学園の設備は実に潤沢だったではないか!
「トレーナーさんっ!いいかげんこの暑さには僕ら全員が参ってますし、デジたんには至急クールダウンが必要です。そこでっ!水泳トレーニングを提案しますっ!」
「今からかよ?そいつはちと厳しいな……。ここ最近ずっと春の陽気どころじゃない暑さだったからな、他のチームも同じことを考えてる。今日はさすがに場所を取れない」
「……ペッ」
「あっおい!?今のなんだよ!?お前今俺に何か吐き捨てたなぁ!?」
けっ、使えないトレーナーだ。
「くっそ、教え子にここまでコケにされるトレーナー、俺以外にいねぇぞ……?」
「なんなんだろーな。一応中央のトレーナーだから、マジメな話すげー頭良い上にスポーツへの造詣も深いはずなのによ。……オメー、あれだ。日頃の態度だな」
そうだそうだ。
「はーっ、ったく。それじゃあ明日はタイヤ引きでもやるか。あーあ、せっかくプールの場所取っておいてやったのによ……」
「トレーナーさんマジ神!最高!僕が今まで頑張ってこられたのは10割がデジたんのおかげで2割がトレーナーさんのおかげです!いよっ、世界一っ!」
「ご機嫌とってるつもりか?2割て……」
「オメー、マジかよっ!?オロールの基準に従って、デジタルを10としたときの2といやぁ、オメー……!愛の熱量をエネルギーに換算したら、軽く200年分の世界の電力を賄えるレベルだぜ!?」
「オロールさんをタービンに繋げば世界が平和になるのでは?」
ゴルシちゃんの例えは実に的確だなぁ。
もしも感情のエネルギーを利用しエントロピーの増加を食い止めようと図る地球外生命体が僕の前に現れたら、ソイツは多分キャパオーバーで死ぬ。
「……まぁ、せっかく許可取ったからには、明日はプールを使う。足が攣らないよう、しっかりケアしとけよ」
「やったー!トレーナーさん最高っ!」
◆
「ハァ、ハァ、スク水美少女ォ……!」
「もしもしポリスメン?」
「ハァッ、ハァ、ァ……?あっ!?ちょ、通報するのが早いってゴルシちゃん!まだ何もしてないよ!」
「犯罪者は皆そう言うんだ。悲劇が起こる前に行動しなきゃ、何も変わんねぇだろ」
僕だってけっこうな美少女なのに、犯罪者呼ばわりとは随分失礼だ。美少女であることがどんな免罪符よりも強力であることは言うまでもないだろう。
「このプールの水でお味噌汁を作りたいなぁ……」
今のセリフだって、発言者がデジたんであるというだけで一切の問題はなくなる。
ちなみに僕もそれは考えた。ウマ娘たちの汗と涙が溶けた聖水を美味しく頂けたなら、それはどんなに幸せなことだろう、と。
「いくらお前らがウマ娘好きだからって、プールの水はさすがに飲めねぇだろ。メイクデビューも済ませてるってのに、病気にでもなったらどうすんだよ」
「え?でも、ウマ娘ちゃんが泳いだ水ですよ?」
「だからよぉ、皮脂の汚れとか、細菌とか、いろいろあるだろ。除菌剤が撒かれてるとはいえ、100%安全じゃねぇ。アタシらウマ娘は人間のそれよりも強力な免疫機能を持ってはいるが、わざわざリスク犯す必要はねぇだろ」
「すっごく真剣だね、ゴルシちゃん」
「お前らがマジでやりそうだから本気で心配してるんだよ!あー!アタシ優しいなぁ!?なぁ!?」
目がマジだ。
だが僕もデジたんも、やるといったらやるぞ。
それはそれとして、あまりにも惨めなゴルシちゃんの姿を見ていると、今までの僕の行動を鑑みたときに、そこはかとない罪悪感を感じる。
「……なんか、ごめんね」
「なぁ〜にがごめんだよ!?今さらァ!?クッソ!暑さのせいで頭がカッとなっちまう!」
「……ホント、ごめんね」
「だーっ!こうなりゃ泳ぐしかねぇ!おいスペ!ビート板10枚持ってこい!」
日々の心労が限界に達したとき、人間であろうとウマ娘であろうとおかしくなってしまうのだなぁ。
いや。ゴルシちゃんの場合、ゴルシちゃん劇場の幕を開け、己の世界に閉じこもることで自分を守っているとも考えられるな。
だがオロール劇場の幕を下ろす気はさらさらないので、彼女にはこれからも頑張っていただきたい。
「……水着、またキツくなってきたかも。はぁ、子どものころは身体が成長するたびに嬉しかったのに。今となってはあまりだわ。服のサイズをいちいち気にしなくちゃならないのって面倒よねぇ」
「スカーレット。お前、それやめろよ。わざわざ、こう、胸のあたりを触って確認する動作っつーか、その。目のやり場に困るっつーか、さぁ?」
「何よウオッカ。アンタは別に構わないでしょ?例の変態2人ならまだしも、ウマ娘は恋愛対象外のアンタが気にする必要なんてないんだから」
「そりゃあ、そうだけど……」
90。
これが何を意味する数字か、同志諸君はとうに理解していることだろう。
「スカーレット、すごいなぁ……。ホントに中等部?すっごくイイ身体してるよねぇ」
「やっぱお前気ぃつけろよな!?コイツら変態が舌舐めずりするような行動は慎んだほうが身のためだと俺は思うっ!」
「ちょっと誤解してるよウオッカ。僕はたんに自分の趣味嗜好のみに基づいて発言したわけじゃない。君も競走ウマ娘なら分かるでしょ?スカーレットの身体を見てよ。この歳にして既にかなり仕上がった肉体、魅惑の曲線ラインの下に隠された恐るべき筋肉!ウマ娘として一種の究極形に限りなく近い身体だよ!あとついでにセクスィー!最高だ!」
「最後の一文がなければアタシも素直に喜べたわ」
普段は優等生の皮を被っている彼女だが、実際の走りを見ていると、優等生とはかけ離れたものだ。パワフルかつエレガント、原動力は1着への執念。最高にアツいウマ娘だ。
その肉体美を顕著にしてくれるのが、スク水。
我らがスク水。あゝスク水。優美なるスク水。
もちろんスカーレットだけじゃない。ウオッカは普段のアホの子ムーブからは考えられないほどにスタイリッシュかつスマートな肉体を有しているし、ゴルシちゃんはシンプルにスタイルがいい。まさに黄金の身体。
「ウマ娘ってみんなイイ身体してるよねぇ」
「あたしの全身をくまなく見つめながら言われると、さすがに気恥ずかしいといいますか……」
デジたんの美しさを表すには、僕の思考能力だけでは到底表現できないので、省略させていただこう。言わずもがな、である。
「心の中で情欲を抱いた時点で既に……何とやら。昔の偉い人もそう言ってた。聖書にも書いてある。本来は欲の乱れを律する言葉として一般に知られてるけど、僕はあえてこの言葉をポジティブに捉えようと思う。要は、愛する人を見た時点で、生物として至上の喜びを得られるわけだろ?最高すぎない?」
「それ、完全にストーカー予備軍の発想ね」
「スカーレットさん。確かにオロールちゃんがあたしを見る目つきは法律の抜け穴を突くような目つきですが、それはあたしとオロールちゃんの間に信頼関係が築かれているからなのです。ウマ娘ちゃんヲタクとして、我々はウマ娘ちゃんを不快な気持ちにさせるわけにはいかない!イエスウマ娘ちゃんノータッチ!周辺視野フル活用!ヲタクという立場にあるかぎり、ソッチ系の目線をウマ娘ちゃんに送るなど言語道断っ!……ですが、個人の心の有り様については、他の誰も干渉できない、してはならない領域です。昔の人の言葉通り、欲を律することも大切ですが、純粋愛としてのリビドーを抑えることは不可能ですゆえ、それとうまく付き合っていかねばならないのです。我々、決してストーカーなどにはなりませんので、ご安心をっ」
「……あれ?ストーカー予備軍であることは否定してないじゃない」
「そうだよ?僕ら立派な予備軍だよ?」
「自覚アリかよっ!?タチわる……。いや、むしろ自覚してる分、踏みとどまろうとする意志があるから良いのか?」
「その通り。最もドス黒い『悪』とは、自分が『悪』だと気づいていない『悪』だよ!」
僕とデジたんは、公衆の面前ではいくらか自重している、はず。
「踏みとどまっているようには思えませんけど」
「……気のせいだよマックイーン。それか錯覚」
「キミ、もしかしなくても、自分を悪だと自覚していない最もドス黒い悪じゃないかな」
テイオーの視線が刺さる。正直、いい意味でガキっぽさを孕んだ雰囲気を纏う彼女に軽蔑されるような目で見られるのはなかなか興奮す……ゲフン。
「というか!だったらなにさ!?公衆の面前でデジたんに抱きついたり髪の毛吸ったりしちゃあダメって言うの!?」
「いやダメだろ。常識的に考えて」
「えーっ!?でっ、でも、ウマッターを見てみなよ!全員猫吸ってるじゃん!猫吸いが合法ならデジたん吸いだって合法だ!猫吸いがウマッターという不特定多数の目につく場所で堂々と行われているのなら、デジたんを吸ったって問題はないっ!」
「……哀れな人ね」
どうして誰ひとりとして僕の意見に賛同してくれないんだ!その冷たい視線はなんだ!?
「お前ってホント救いようがねーなぁ!!」
「あっ、くそぉ、ゴルシちゃんめ!25m泳いだ先の安全圏から狙撃しやがって!」
卑怯な。
「……ねぇ、デジタル。アンタ、そっちの変態よりはまだ常識があるし、社会性あるわよね。それに、前にこんなこと言ってたじゃない。自らがヲタクの社会的地位を貶めることのないよう、行動には気を遣っております、とかなんとか。オロールとの惚気ってどうなのかしら」
「……ッスゥ〜、はぁ〜、えっと!えっとですね!確かに、社会のルールを遵守することは人としてのマナー。ヲタクであればなおさら気を配る必要があります。更にあたしたちはトレセン学園の生徒ですから、あたしたちの行動は学園の品位にも関わります。……But!ウマ娘ちゃんの仲睦まじい姿を見て不快になる人はいないッ!はずッ!あたしのような一介のヲタクがウマ娘として扱われるのは若干解釈違いですが、オロールちゃんと一緒にいる場合に限りッ!アグネスデジタルの名はウマ娘としてのアグネスデジタルを表す記号になるのですっ!」
「そうそう!ウマ娘同士の絡みはもれなく目の保養になるんだって!さらにさらに、デジたんは究極の美少女だし、僕ももれなく美少女!よってオロデジはそのうちガンにも効く!」
「いよっ!変態っ!!」
ゴルシちゃんのヤツめ。水に浮かせたビート板の上に立ちながらこっちを煽ってきた。
……どうなってるんだ?アレ。
「……そこまでいくと、何かこう、一周回って畏敬の念すら湧いてくるような気がしますわ。いっそのこと、そういう路線で売り出せば、もしかすると数多くのファンを獲得できるのではありませんこと?」
「はっ!百合営業っ!?」
「……ゆり、って、あの匂いがキツい花だろ?俺は嫌いじゃないけど。で、百合営業って何だ?」
「ウオッカさん……。申し訳ありませんが、あなたにはまだ早いでしょう。その純粋な御心を大切になさってください」
営業、とは言ったが、僕は絶賛ガチ恋中なので、厳密には営業とは呼べない。ファンサとしての意味を強めるためにそう言ったが、ぶっちゃけデジたんへのクソデカ感情を隠すのは面倒くさいので、完全に僕得、というヤツである。
「僕アレやりたいな。2人で向かい合って手を組んで、唇が触れるか触れないかくらいの距離になるアレ。写真撮ってもらって月刊トゥインクルの一面を飾りたいね」
「アッ……。その構図しゅき……。はっ、か、かといって、あたしもやってみたいなーとか、そういうわけじゃないデスヨ!?」
「……ホントに?正直に答えてみて」
予行演習は大切だ。そんなわけで、僕はデジたんの手をおもむろに握って、目と目を合わせたまま顔を近づけた。
「ひゅっ」
おっと。さすがに不意打ちすぎたか。潔さすら感じる断末魔を一瞬だけ上げて、彼女は後ろに倒れ込む。
って、そっちはプールが……!
「ゴポボボポポオロルチャブブブブ……」
「
「プールが鼻血で赤く染まっていく……」
「殺人現場みたいで趣味悪いわね」
うわぁ!大変だ!
このままだとデジたんが溺れてしまう!
すぐに救出して、念のため人工呼吸をしなければ!
「
ゴルシちゃんだと?いつの間に!
このウマ娘、水の下からツッコミを入れてきた。
「……ぷはっ!?」
「あっ、おはようデジたん!大丈夫?息してる?してないよね?やっぱり人工呼吸とかしたほうがいいよね?」
「いえ、さすがに空気のやり取りはご勘弁を……」
なぁんだ、残念。
許容範囲は軽めのキスってところか。
デジたんを合法的に吸えると思ったのになぁ。
ウチの変なウマ娘とテイオーの口調が似ているので使いにくいのですわー!
お文章書くのってクッソ難しいですわね!
自分の妄想を圧倒的表現力で顕在化してくれる方を月給5円で雇いたいですわー!
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唄に託せば
まあそれはそれとして(罪の意識0)。
個人的な好みの話なのですが、短編小説が好きなんですよね。短いからこそ沢山の情報がムダなく隙間なく、されど窮屈にならないよう綺麗に並べられている感じが好きなんです。
……人は自分にないものを求め好くといいます。
つまりこの怪文書読んでる時間はムダだよ!
電気給湯器式のシャワーの蛇口を捻ってから適温になるまで待ってるあの時間と同じくらいムダだよ!
コレで人生楽しめちゃう酔狂なヤツだけ見ろよな!
「鬱憤が溜まっています。どうもゴールドシップです。最近胃薬のありがたみを知りました。ゴールドシップです。芦毛です」
「声のトーンが低いね。大丈夫?」
「アタクシ、とってもストレスが溜まっていることを実感しております。……こないだ、ニンジン食べても、味、しなくてさ。アレ。おかしいな。そう思ってもうひと口食べたら、やっぱり味しなくてさ」
「絶不調じゃないか!?」
「最近寝不足気味で疲れてたってのもあるかもしれねー。けどアタシ怒っていいと思うぜ。だってよ、夜な夜なデジたんとの理想のシチュがうんたらかんたら……と隣でブツブツ呟く声が聞こえてくるんだからな」
「ごめんなさい。妄想が捗りすぎて声に出ちゃったんです。謝罪致します。しかし反省はしません。僕の大いなる愛の発露なのだから、何ら後悔はない」
「あっぶね、今殺すって言いそうになった」
「言ってる言ってる、言っちゃってる」
うぅむ、ゴルシちゃんに殺されてみるのもまた一興。最期に見る顔が美少女とはなかなか風流だ。しかし僕が死ぬときはデジたんと一緒なので、僕は死なない。なぜならデジたんという存在は永遠だから。
「まあともかくよ。アタシのストレスどうこうを抜きにしても、たまにはこうパーっと溜まってるもんを出す機会が必要じゃねーかって思うわけよ」
「確かにねぇ。僕も定期的にデジたんに想いを叫ばないとビッグバンを起こしちゃう体質だから、その気持ち分かるよ」
「おう日本語喋れや」
「デジたんすき!ゴルシちゃんもすき!」
「うーん、まあ及第点。感情がよりシンプルに表れていて読解しやすいから、ギリ日本語だな」
「やったー!ゴルシちゃんすし!」
「すしか。そっか。寿司食いてえなあ」
「……オッケー、僕が悪かった。これ以上会話のIQを下げるといよいよマズいことになりそうだ」
「そうだなぁ。アタシは寿司ネタの中だと暗黒星人握りが好きだぁ」
「そっか。僕は鰤かな」
「ところでよ、どうしてフグの肝握りって流行んねぇんだろーな」
「毒だからね、しょうがないと思うよ」
「……な?オロール、分かるか?疲れるだろ、こういうことやってると」
「なんかゴメン」
しかしデジたんへの愛は止められないものであり、それによって僕の論理思考能力がマイナスになってしまうので、やはり会話をシームレスに成り立たせることはこの上なく至難の技だ。
「疲労回復もアスリートの務め!疲労に関して一家言ある上、たった今から意識の高い系ウマ娘になったゴルシ様が、スピカには休息が必要であると提言するぜ!」
「疲労回復?走ればいいじゃん」
「は?走るから脚に疲れが溜まるんだろーが」
「でも、走ると気持ちいいから、疲れが取れるよ?」
スズカさんなら深く深く頷いてくれるだろう。
「アタシは一般的な話をしてんだよ。つまり、鬱憤晴らしにちょうどいいものとくりゃあ、やっぱカラオケじゃね?って思うわけだ」
「なるほど……!つまり、ウイニングライブのトレーニングってことだ!いいね、それ!俄然やる気が湧いてきた!」
「お前がそれでいいならいいけどよ。常にトレーニングをやっていたいウマ娘ってのもなかなか珍しい……。あ、スズカはずっと走ってたいとか言ってたか。あとデジタルもウマ娘を眺められるならいいと思ってるフシあるな。なんなんだよお前ら、なんなんだよスピカ」
うーん。
ジャンルを問わない選りすぐりの変態の溜まり場?
◆
「デジたんは歌が上手い。そして僕はデジたんが好きだ。では僕がデジたんの歌を間近で聞いた場合どうなると思う?」
「おう。後始末は任せろ。鳥葬でいいか?」
「随分マニアックな葬儀だ。僕の希望としては、遺灰でダイヤモンドを作ってほしいかな」
それをデジたんに一生持っていてほしい。
いや、彼女より先に死ぬつもりはないが。もしもそうなるとしたらって話だ。
「あの、ちょ、えっ?激重感情を平然と吐露していくスタイル……?」
「ああ、デジたん。君への愛、そして君を育んでくれた世界への感謝を音に乗せて、歌います。初っ端からテンション上げていこうよ皆ァ!世界はそれをオォーッ!愛と呼ぶんだぜェーーーッ!」
最初はやはりテンションをあげねば。
サンボマスターの名曲、世界はそれを愛と呼ぶんだぜ。
愛と平和を唄うシンプルなテーマ。
曲調も一見シンプルだが、その実かなり技巧的で、人の心を容易く掴むギターが魅力のひとつである。
って、なぜ僕は解説をしてるんだ。
まあいっか。
「うわぁっ!?いい歌が始まりそうなのに前口上が鳥肌モノだったせいで素直にアガれないっ!?」
気持ちのこもった歌って、やっぱり胸に響くわけですよ。だからこう、叫びたいんですわ、僕の愛を!
「世界じゃそれを♪愛と呼ぶんだぜ♪」
「フゥーッ!普通に上手いなチクショウ!前口上キショかったクセに!」
◆
「お、アタシ入れたヤツか。んじゃちょっくらマイクよこせ。ゴルシ様が最強だってことを教えてやるよ!」
「お、言うねぇ。ちなみに何歌うの?」
「スキャットマン」
「Oh……Crazy……」
「曲のクセ強っ!?デジたんも思わず日本語を忘れちゃってるよ!?」
音楽界の鬼才、スキャットマン・ジョン。
その代表曲と言えるのが、ゴルシちゃんが歌おうとしている、自らの名と音楽スタイルを冠した楽曲、スキャットマンである。
スキャットとは、シャバダバ、ドゥビドゥビ、など、主にジャズで使われることの多い、いわゆるデタラメで即興の発声のことである。ジョンは言葉が詰まったり何度も繰り返してしまう吃音症という病を患っていたものの、それを逆手に取り、意味を持たない発声であるスキャットを早口で歌うという芸当を曲に組み込むことで独特な世界観を演出した、屈指のミュージシャンである。
僕はなぜ解説をしたんだ?
まあそれはともかく。ゴルシちゃんの歌を聴いてみた感想だが、やはりこの黄金船はよく分からない才能をやたらと持っているなぁ、というものであった。
◆
「じゃ、次俺だな。やっぱ歌うならカッケー曲っしょ」
「アンタらしくていいんじゃない?で、何歌うつもりなのかしら?」
「いくぜ……!VOLT-AGEッ」
「アンタ字面で選んだわね。でなきゃそんなふうに必殺技っぽく言わないもの」
「ちっ、ちげーし!」
ああ、こりゃ図星だ。
だが、まあ。彼女の歌は聴いていて心地がいい。
「心繋ぐのは♪そのheartbeat♪」
VOLT-AGEは、日本のロックバンドSuchmosの楽曲である。彼らの歌う曲は、ロック、R&B、ジャズ、ヒップホップなどの様々なジャンルから影響を受けたメロディや、日本の都会の夜、としか形容できないような独特のダークかつ洒落た雰囲気が特徴で、近年の日本の音楽シーンに大きく影響を与えたバンドであると言っても過言ではない。
だから僕はなぜ解説をしてるんだ?
まあそれはともかく。ウオッカというウマ娘は、その厨二じみた態度とは裏腹にかなり可愛らしい声をしているのだが、彼女は上手に声色を変えて、クールな曲を華麗に歌ってみせた。
端的に言おう。そういうの大好きだ。
◆
「これは……。アタシが入れたやつかしら」
「ハナミズキ、か。なんか、捻りがねーな」
「まったくゴルシちゃんったら、何かこう捻りを入れないと気が済まないのかな?」
「アタシに捻りは必要ないわよ。正々堂々とカラオケでも1着になってやるんだから!」
「あぁ、そっか。だから歌いやすい曲持ってきたってわけだ。なあスカーレット、それ逆にセコいんじゃね?」
「そんなつまらない理由で選んでないわよ!歌いたいから歌うの!」
言わずと知れた名曲、ハナミズキ。
平成に最も歌われた曲。平和を願って創られたこの歌は、今や誰も予想しなかったほどに人の心を揺り動かし、原始の時代から続く人の心の共鳴を促進したのである。
……なぜ、解説を。僕は、どうして。
まあいいか。
ふむ、なるほどスカーレットの歌声は実に透き通っていて美しかった。点数も高得点、今のところ暫定1位だ。
◆
「おいスペ。さっきから全然歌わずにひたすら食いもんを頬張ってるからよ。アタシがお前用の曲入れといたから。歌えよホラ」
「ふぇっ!?そ、そんなぁ!まだパフェが10個残ってるのに……!」
「ちなみに何入れたの、ゴルシちゃん?」
「襟裳岬」
「北海道出身だからって北海道の歌を歌わせるってのはどうなのかなぁ?しかも昔の歌謡曲じゃないか!安直すぎる、とかそういうレベルの話ですらない!スペちゃんが歌えるかも分からないのに……」
「歌えますよ!」
「あ、歌えちゃうんだ……」
北海道の岬として、いの一番に名を挙げられることもある、日高南の岬が襟裳岬である。その名を冠した歌では、襟裳岬に春が訪れた時分の景色を唄っており、いつまでも変わることのない、北海道の原風景を「襟裳岬の春は何もない」と表している。
ちなみにこの歌は競馬とも関わりがある。
エリモジョージ、という馬を知っている人はそれなりにいるだろう。襟裳の名を背負い、数奇な運命を辿ったその馬が、1番にゴール板を走り抜けた際に生まれた名実況がある。この歌にちなんで「何もないえりもに春を告げた!」とは、なるほどよく言ったものである。
ん?また解説してしまった。
「スペちゃん、すごいわ……!」
スズカさんェ……。
とりあえず褒めて伸ばす方針なのかな。
「あー……なるほど。皆ハメを外すからツッコミが追いつかないんだ。それで君はいっそボケ側に回ってしまおうと考えたわけだね、ゴルシちゃん」
「おっ?もう1スキャットいっとくか?それとも次は華麗なゴルシちゃんラップがお望みか?ゴルシちゃん、エミネムとか入れちゃうぞ!」
「どうして君はそういうよく分からない才能を持ってるんだ……」
◆
「で、デジたんが……!いつの間にか逝ってる」
「まあ要するに、めちゃラブウマ娘ちゃんのライブを超至近距離で拝んでるようなもんだろ?アタシでもこの結果は予想できたぜ」
「どうやって蘇生しよう……。あっ、そうだ!テイオー!ちょっとライブ用の曲歌ってくれない?いや、とにかく、何かコールをしやすい曲がいいな」
「コールがしやすい曲……?うーん、恋はダービー、とか?」
「そんな感じ!とにかく、お願い!」
勘の悪い人でも分かるだろう。デジたんはこれにて蘇る。
「恋は〜♪ダ〜ビ〜♪」
「ハイッ!ハイッ!」
「む゛っ……胸が〜♪ドキドキ〜♪」
「T!E!I!O!テイオーさん!ひぃっ、最高でしゅッ!」
……うん。
「ヨシ!」
「ヨシ!じゃないが?」
ヨシ!
◆
「あっあっあっあっあっ!ゴボッ」
「オイマズイぞ。デジタルがマイクを手に取った瞬間1人死んだ。口から血を吐いてやがる」
「きっ……!ガハッ、気にしないでくれ。ちょっと過呼吸が過ぎて気道でカマイタチが暴れただけだから」
「お前は何を言ってるんだ?」
「逝ってるんだよ……。ゴフッ」
「えっ、と……。大丈夫ですか?」
「君もヲタクならよくあることだろう。心臓が止まるのに比べれば全く問題ない。さあ、僕が完全に向こうに逝ってしまう前に君の歌を聴かせてくれ」
「は、はぁ……。それでは、不肖アグネスデジタル!マイクを握らせていただきます!」
はぁデジたん、デジたんだ。すごいなぁ。
デジたんが。デジたんだ!
「うまぴょい伝説っ!」
「よっしゃああああああ!」
キタァァァァ!
言わずと知れたあたおか電波ソング!
ちなみに今のは最大級の褒め言葉だ。電波ソングを作れと言われて作れる作曲者はそうそういない。そう、うまぴょい伝説は本物の天才によって創られた曲なのだ。
「いちについて……♪よーい、どんっ♪」
「ウオオオオオオオオッ!」
「うまだっち♪」
「いや、コールうるせぇな。今際の際だってのに無理すんなよ。いややっぱ無理しろ。んでそのまま大人しく寝とけ」
溢れ出るリビドーは止められない!
これで声を上げずにいられるものか!
「風を切って大地蹴って君の中に光灯す♪」
「ドォォォーァキッ!ドキ!ドキ!ドキ!ドキ!ドキ!ドキ!ドキッ!」
『オレの愛馬がッ!』
「そこでハモるなよッ!?!?」
◆
「ゴルシちゃん゛ッ……。のど飴とかない……?」
「うわっ、声キッショ。死にかけの猫みたいな声だな」
「調子に゛乗って゛叫びすぎた゛……」
「オ゛ロールちゃ゛ん、大丈夫……?」
「おい、お前も負けじとヒドイぜ、デジタル」
結局、デジたんと僕は互いにコールをし続けた結果、見事に喉を使い切ってしまった。治るかどうかの不安すら感じる。
ああ、ちなみに1番得点が高かったのはデジたんだった。なんだよあの美声、本当に万能ヲタク娘の称号が似合う。
「ゴールドシップ。結局のところ、貴女、ライブの練習などという名目で皆を連れ出しておりましたが、その練習で2人燃え尽きてしまった件についてはどうすればよいのでしょうか?」
「ほっとけ。そいつらは命を沢山持ってるからいくら死んでも再生するナマモノなんだ」
「まあ、でもこれで……。どこまで声を張れば喉が枯れるか完全に分かった。この経験はライブに活かせる」
「ウマ娘ちゃんが最後に辿り着く、もっとも神聖な場所……。それがライブステージなのです。あたしたちがそこで最高のライブを披露できなかったら、ライブステージ、ひいてはウマ娘ちゃん界隈全てに泥を塗ってしまうことになるッ!そのためにも、この感覚は忘れませんッ……!」
「努力の方向が間違ってるようで間違ってないようで、やっぱり間違ってるんだよなぁお前ら……」
「褒め言葉として受け取るよ……!」
まだまだ僕の競走ウマ娘生活は始まったばかりだ。
学びは大切にせねば。
……それと、喉も。
キ ャ ラ ソ ン 歌 え よ
テイオーしか歌ってないじゃないか!
……は?
デジたんのキャラソンがないんだから、しょうがないじゃあないですか。
カラオケの話でも書きたいなーと、思うわけです。
しかし、ウマ娘たちはどんな曲を歌うのだろうか、などと考えているうちに、ね……。
ウチのが変な電波を受信し始めまして……()
電波といえば、電波ソングのうまぴょい伝説。
作曲者様の他楽曲も名曲揃いですので、まだ聴いていない方はぜひとも聴いてください。聴け(面倒くさいヲタクムーブ)
『heavens divide』オススメです。
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華麗なるウマ娘
頭の中だとめっちゃ壮大なストーリーが展開されてるのに……!とまあ、よくある話です。これに関しては共感してくださる方も多いのではなかろうか、と思う今日この頃。
「僕の勝ち」
「何が?何の話?なあ、つい数秒前までグースカ寝息を立てて、たった今目覚まし時計をぶん殴ったとこなんだよアタシは。会話に脈絡がないどころか、会話すらしてねぇの。分かる?」
「寝起きなのに随分と口が回るね。すごいや」
「おうセンキュ。多分性能の良い目覚まし時計のおかげだろうな。ちょっと耐久力のテストもしたいからよ、いっぺん全力で殴ってみてもいいか?」
「世界で2番目に美しい目覚まし時計になんてことをするんだ。もっと丁重に扱ってくれ」
無論、世界一美しい目覚ましとはデジたんである。朝目を開いた時にデジたんの吐息がかかるあの瞬間は、無形文化遺産に登録すべきだと思う。
「とりあえず、僕の勝ちだ。もう競走ウマ娘界では2番目に最強と言っても過言ではない」
「おう、おめっとさん。で、何がだよ?もうアタシ帰っていいか……ってここアタシの部屋かクソッ」
「さあ、分かったら僕の勝ちを認めるんだ」
「さっきからよお、アタシ、なんとか歩み寄ろうと努力してるんだぜ?それをお前、何も無下にするこたねーだろ」
「ごめんごめん。いや、別に長い話でもないよ。僕の勝ちだと言える理由を話してあげよう……。っと、ちなみに聞くけど、ゴルシちゃんの予想はどんな感じ?つまり、僕がこうやって勝ち誇ってる理由に見当はついてない?」
「ついに自力でアグネスデジタルのゲノム解読に成功したとかじゃねーの?」
「違うよ。でもそれってすごく良いアイデアだね。今度やってみようかな……」
「お前そういうの得意そうだもんな」
「うーん、タキオンさんやシャカールさんに協力を要請すればなんとか……」
「前代未聞のウマ娘ゲノム完全解読を成し遂げられそうなメンツが普通に学生やってるの、この世のバグだよなぁ」
うむ、その通り。少なくともタキオンさんは今すぐ国から何かしらの賞を授与されるべきだと思う。それと手錠も必要かもしれないが。
「って、僕が勝利宣言した理由はそうじゃなくて。もう言っちゃうけどさ。……来たんだよ、遂にッ!」
「お、何がだよ?」
ターフに遍くウマ娘の憧れ。
競走ウマ娘たるもの、例外なくソレを渇望する。
いわば、プロとアマの境目。
僕たちにとって、至高にして最大のアイデンティティとなり得るものである。
「僕の勝負服が、完成したんだよっ!」
勝負服。
G1レースに出場するウマ娘のみが身に纏える、世界に一つだけの特別な衣装である。
◆
「年末は大きなレースがたくさんあるでしょ?要はそれまでに僕の名を世間に轟かせればいいわけ。すると、勝負服を着てレースに出走できて、その姿をデジたんに見せつけることができる」
「なんか、イヤだぜ……。こんなヤツが日本トップクラスのレースに出場しちまうってのは」
「他人のこと言える身かい?君は。こないだのレース後のライブでステージにDJブースを設置したのはどこの誰だっけ?」
「アタシんなことやったっけか……。あぁ、やってたわ。アレか。まあライブじゃよくあることだろ」
「いやはや、君の存在ってありがたいよ。ほら、ゴルシちゃんがネタに走るときって大概派手じゃん?僕が暴走するときって……。ほら、根底にジメッジメでドロッドロのねちっこくてグチョグチョした激重感情があるから、派手さには欠けるんだよ」
「んなことねーと思うけどなぁ。まあ目的の違いかもな。アタシは、ほら、全員の目を引いてからフラッシュバンを投げたいタイプだからよ」
僕の愛の形が世間様にお見せできるようなものじゃないことくらいはさすがに分かっている。分かっているけどやめられないだけで。
いや、やっぱり、元来ウマ娘の愛は尊いものであるから、それを受け入れられないヤツがいるとするならば、ソイツが悪い。僕は悪くない。
「とにかく!今、僕はとってもワクワクしてるんだ!今僕の目の前にある段ボール箱の中に、ありとあらゆる希望と可能性が詰まってるんだ!」
興奮が抑えきれなかったもので、まだ空がオレンジのベールに覆われているにもかかわらず、ゴルシちゃんを巻き込んで部室に一番乗りしてしまった。
その部室に無造作に置かれた段ボール。先日、トレーナーさんから勝負服が届いたとの旨の連絡を受けてから、ずっと待ち望んでいた。
「スゥー……!スゥー……!スゥー……」
「吸いすぎじゃね?少しはハァーっとやれよ」
「スゥー……!スッ……!」
よし、興奮を声に乗せて地平線までブッ飛ばす準備はオーケーだ。
「スゥー……ッ!いざッ、開封ッ」
「あ、ちょい待ちな。察したわ。待てよ、マジで。アタシが耳栓付けるまで待……」
「うわああああああああああああああああああああああぁぁぃゃぃゃぁーぃーゃーッ!!!」
「ああああああああ!?うるっせぇぇ!?」
「ごめぇぇぇん!!!」
「……すぞ」
「……なんて?」
「ブッ殺すぞお前マジで」
「おっ、おぉ……。ゴルシちゃんからシャカールさんばりの気迫を感じる」
この目は本気だ。本気書いてマジと読む。
「っていうか!見てくれよ、コレ!すごいすごいすごいっ!ホントに勝負服だ……!」
「ほー。パッと見、まあまあイカすじゃねーか。色合いとか」
「見てなよ、僕がこれを着るだけで君の眼球は焼けちゃうはずさ」
「お前を注視したところで目が腐りこそすれ、焼けるこたねーわ。間違いなく。つーかデジタル呼べよ。アイツならちゃんと目を焼かれてくれるはずだぜ」
「フッ……。僕はキチンと計算してるのさ!さっきの叫び声がデジたんに届く確率100%!そして彼女がここへ来るまで約3分!その間に全力で着替えを済ませ、デジたんを迎え撃つ!」
「気の毒と言うべきか、それとも幸せ者だと言ってやるべきか。つまり、ドアを開けた途端にアイツは昇天する運命にあるわけだろ?」
「僕のカッコ可愛い姿を直で拝めるなんて最高じゃないか。あ、僕の勝負服姿を最初に見せる相手はデジたんがいいから、ゴルシちゃんはしばらく目瞑っててくれる?」
「すげーワガママ。まー別に良いけどよ。アタシは風の流れで空間把握する練習しとくわ」
そう言って彼女は自分の目を潰し、代わりに額から生えた角で空気の流れを把握……したりとかは全然なく、妙なデザインのアイマスクをどこからともなく取り出して付けた。なんだそのデザイン。黒地に白文字で「たからじぇんぬ」と書いてある。なぜか明朝体だ。どうでもいいけど気になるなぁ。
「ハッ……。覗いちゃダメだからね。エッチなこととか考えないでよ?」
「いっつも風呂場で見てんだろーが」
「いや、ほら……。こういうシチュでのみ観測可能な美しさというものがあるでしょ」
「知らねーって。はやく着替えろよ!」
◆
勝負服。
それはウマ娘の象徴であり、個性。
だから、ウマ娘の持つ魅力を最大限引き出せるものでなければならない。
聞き慣れた足音。
ふむ、予想より少し早かったな。
その歩みは止まらぬまま、勢いよくドアが開かれた。
「オッ、ッ!?オ゛ッ……」
「ちょ、逝くのが早いって」
……まあ、仕方ないかぁ!
僕、ちょっとカッコよすぎるもんね!
「コヒューッ、コヒューッ……!」
「デジたん、大丈夫、落ち着こう。まずは深呼吸して。それが済んだならば、瞠目せよ!僕の晴れ姿をッ!」
「あー、オロール?もうアタシも目ぇ開けていいだろ?」
「ああっ!そして拝むんだ!崇め奉るんだ!最高にクールな僕の姿をッ!」
僕は美しいッ!と、まるでオペラオーさんのようなことを言うが、前提として僕は眉目秀麗の種族であって、その上最高に似合う服を着ているから、デジたんが血飛沫の中に沈んでいったのも仕方がないというものだ。
「いと、尊きかな……」
「ありがとう。あぁ、ホントに嬉しい。僕ってこの瞬間のために競走ウマ娘になったのかもしれない」
「はぁ〜っ、尊みスタンピードに押し潰されそう……!だって、だって……!」
「あぁ、分かるよ、君の気持ちが。僕自身、自分に対してこんな感情を抱いたのは久しぶりだ。今の僕なら自分と結婚できる」
もちろん、僕が一番に結婚したいのはデジたんだが。しかし、自分のクローンを第二夫人にしちゃってもいいくらいだ。うん、とりあえずクローン技術と同性婚と複婚が認められる国を探そうかな。ところで、ゴルシちゃんの顔はいつの間にか青ざめている。
「あ、あー、その。アタシ帰っていいか?」
「え?ダメ。君には僕をもっと讃美する義務がある」
「……」
まったく、この服は素晴らしい出来だ。
まず、全体的に、黒を基調としたカラーリング。僕の青毛の髪によく映え、デジたんの白と対になる、まさに僕が求めていた色だ。外套は、何というのだろうか、ジュストコール、あるいはアドミラルコート、とにかく海賊の着るような、アレだ。アレ。艶やかな黒に、袖口やポケットのボタンなど、ところどころに僕の瞳と同じ金や青の装飾が施されている。
インナーも同じく黒い。カフェさんとデザインが若干被ってしまわないか、なんて心配をした時もあったが、どうやらそんなことはなさそうだ。あちらはまさしく夜の闇を想起させる意匠だが、僕の勝負服は、何というか、荒々しい青の海にポツンと佇み、そのまま周囲を飲み込んでしまいそうな黒だ。さながら皆既日食のように、一瞬で辺りを黒く染めてしまえそうなほど。
そうそう、帽子もこれまた素晴らしい。海賊といえば三角帽子、そんなわけで僕も被っているのだが、こちらもよく映える金と青の羽飾りがいい味を出している。落ち着きと絢爛の中庸を保つそのフォルムは、そこだけ見ていると、むしろ高貴な印象すら感じるほど。
さらに、これは僕もあまり予想していなかったことなのだが、もうひとつ面白いデザインがある。
「それにしても……。ちょっとコレ、あたし、年齢制限の必要性を感じました。オロールちゃん、それはさすがにえっちすぎるというか……」
「確かにえっちだ。うん、自分でも興奮するもん。つまりね、僕は結構気に入ってるんだよ。この絶対領域……!」
絶対領域ッ!
それは全人類のロマンッ!緻密な黄金比を伴いこの世に顕現する、聖なる領域ッ!
僕の下衣は黒のレザーショートパンツである。
そして、ニーハイブーツ。
やるな、製作者。僕の曖昧なイメージをこうも素晴らしい形で現実化してくれるとは。感謝の念がいくらあってもたりない。
絶対領域とは、衣服によって隠された素肌がほんの少しだけ顔を見せる、その刹那の美しさ!
僕は、その体現者だ!
カラーリングは派手でないものの、この絶対領域や伏に施された装飾、洒落た帽子などが、この上ない獰猛性を孕んでいる。まさしく僕の理想だ。
「最ッ高だ……!G1レースに出走するウマ娘たちが皆、あんな重たくて動きにくそうな服を着てるのが不思議だったけどさ。今なら分かる。ホントに、力が湧いてくるんだ。僕が僕である証のようなものが、この服に宿ってるような感じだよ」
「なるほどつまりオロールちゃんがオロールちゃんでオロオロオロオロオロ」
「君、もしかしてなんか吐いてる?」
デジたんの吐瀉物なら、僕は、正直言って余裕で性癖の射程内に収まっている。
「うん、吐いた……。たましい」
「たましいを」
うむ、よくある話だなぁ。
「つか、海賊か。なんかアタシと若干ネタ被ってないか?」
「ゴルシちゃんのは、どちらかというと海軍とか、そっち系じゃない。僕を追い詰める側の勢力だろ」
デジたんの魅力を際立たせられるようなデザインに拘り続けた結果、図らずもゴルシちゃんとの関連性まで浮上してきた。なんとも言えない運命的なものを感じる。
「あ、ヤバい……。これ、ずっと着てられる」
服の通気性や伸縮性など、無論アスリート用の衣装であるからして、一般の服よりも断然に優れていることは間違いない。しかし、やはり見た目に重きを置く以上、若干の息苦しさだったり、そういうものがないわけではない。
しかし、それを差し置いても、有り余るほどに心が熱くなる。気合、根性、そういった曖昧な概念が、この衣装に身を包んでいる時は、ハッキリと理解できる気がする。
「分かりみ……。あたしも、こないだ試着をしてみたんだけど、着るだけでウマ娘ちゃんラブが止まらなくなってきちゃって……」
「は?ちょっと待って?君、もう勝負服持ってるわけ?」
「へっ?あ、ハイ、それは、まあ……」
「なんで教えてくれなかったの!?僕、君の勝負服姿を生で拝めたら死んでもいいと思ってるくらい待ち望んでたのに……!」
「い、いや、その。そこまで気が回らなかったというか。あたしの勝負服姿とか、どこ需要……?って考えが先行しちゃって、それで!スペさんみたいにG1への出場まで急拵えで準備をしたわけでもないですし、別に、いいかなーと……」
「僕という世界規模の需要……。いや、銀河規模、多元的世界なんて目じゃないほどの需要を、君はほったらかしに……!デジたんだから全部許せちゃうし、そういう君もまた可愛いから全くもってオッケーなんだけども!でも!君の勝負服姿を見たいって気持ちはまだ燃え尽きてないし、むしろその熱はだんだん高まってきてるんだけどなー……?」
「あ、えっとぉ……。あたしは何を……?」
「勝負服、着よ?」
「えっ、あの、今着」
「着よ?」
「ハイ」
◆
「オッ……オ゛ッ」
「あぁ1人死んだ。アレ、なんかデジャヴ感じるな」
「どうしてなのでしょうか。あたし、他のウマ娘ちゃんたちの印象が潰れないよう、かつあたし自身のヲタ的感情を詰め込みまして。とにかくそういう想いをコンセプトに勝負服のデザインを考えたんですけど。やっぱり刺さる人にはとことん刺さってしまうのでしょうかね。特にオロールちゃんのような変わり者には……」
「お前も罪だよなぁ。正味、アタシから見ても、ソイツはなかなかにいいデザインだぜ。あと、なんつーかな。お前身長低いから、そうキラキラフリフリした飾りが付いてると、余計に幼さが増してるっつーか、でもっていつもハァハァやってるから、どうにも犯罪臭がするっつーか……」
「え゛っ」
「自覚しろ、って。こればっかりはこの変態に同意見かもしれねぇな」
「ゴッ、ゴルシさんっ!?あの、あなた多分オロールちゃんに毒されてますよ!?モノの見方が歪んできてますッ!?」
……。
何やら、僕がトンでいる間に話が進んでいる。
ふむ、なるほどな。
「……ゴルシちゃんは実に穿った見方をしているよ。まったく、デジたんは世界一可愛いんだから、一挙一動に気を遣わなきゃ、僕みたいに脳を破壊されるヲタクを大量生産するハメになるよ?」
「しょっ、しょんなぁ……」
何べんも同じ話を僕はしているし、彼女もその度に聞いているだろうに。本気でショックを受けた、と言わんばかりに肩を落とすデジたん。
「何にせよデジたんが可愛い。最高だ。今ならオーストラリアを2時間で横断できそうだ。勝負服から力がむんむん湧いてくる。勝負服ってこんなに素晴らしい効能を持ってるんだな」
デジたんの勝負服と僕のがシナジーを起こし、効果は倍増である。
「コレ、普段のトレーニングも勝負服でやらないと、いざってときに肉体がぶっ壊れるかもしれない……」
つまり、勝負服によって倍増された力が肉体を蝕むかも、ということ。
「さすがにねーだろ。……と言えないのが、お前の怖ぇとこなんだよな。別に学園内で着る分には、重大な不都合があるわけでもないし。時々着て走るってのも面白そうだな」
「ゴルシちゃんもそう思う?じゃ早速トラックに行こう!デジたん!」
「ファッ!?いや、ちょ、それはなんだか恥ずかしいといいますか、その……」
「恥なんてヲタライフには不要だよデジたん!いや、真に幸福なウマ娘生を送る上で、恥じらいの感情を適時オンオフすることは必須だ!さあ!ほら!勝負服でキマろうよ!」
「仮にもウマ娘の誇りをそんな汚ねぇ言葉と一緒に使ってやるなよ」
「キマるものはキマるだろ!」
「オメーだけだかんな!?」
むぅ。よく分からないな。
もしかして、テレビなんかで見るG1ウマ娘は、レース中にトリップしないタイプなんだろうか。
珍しいなぁ。普通は気持ち良すぎてハイになること必至だというのに。
現に僕は既に視界が虹色に染まってきている。
まったく、勝負服というものは素晴らしいな。
うーん、厨二。
いや、この文章力では、作者の脳内に存在する確かな美少女のイメージを伝えることはなかなか難しいものです。
しかし、もう少し普遍的な概念に近づければ、少しは分かっていただけるでしょうか。
要は、ウマ娘たちがごく稀に見せる、野生的な芯の強さといいますか。そういうのっていいですよねぇ……。
ちなみに作者が一段と推しているウマ娘は、ナリブとマヤノです(手慣れた隙自語)。2人の勝負服には、そういう概念がかなり表れてますから。
好きだァ……
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マリンブルーの瞳に溺れて
四六時中やってますよ、んなもん(適当)
「夏だねぇ……」
「夏ですねぇ……」
「夏やなぁ」
「ゴルシちゃんって関西人だったの?」
「まあ、どっちかっつーと?」
「どういう意味、それ……」
「何か分かんねーけど、関西っちゃ関西だな」
せやかてゴルシちゃん。
君の出身地はゴルゴル星だったはずだが。
なぜ関西の因子を継承している?前世の電波でも受信したのか?
「とにかく、夏とくりゃあ、アレだな。うん。海」
「デジたんの水着!?」
「早えって、反応が。落ち着けよ、アタシまだ海ってワードしか出してねーぞ」
「最近は水泳トレーニングの回数も増えてますけど、基本は学校指定の水着、いわゆるスク水ですからねぇ。もちろんソレも大変垂涎ものであることに変わりはありませんが……。でゅふふふ……」
「デジたんのヘソ……」
「部位を指定されると、気持ち悪さが増すよな。いや、カンストしてっから大して変化はねーけどよ」
ヘソって素敵だよなぁ。
こうして自分で息をしている間は絶対に使わない器官なのに、こうも人を魅了できる。もしかすると、かつてそこにあった生命の胎動に魅せられているのかも。なんて考えてしまうほどには、僕はヘソが好きだ。
あぁ、デジたんの、という枕詞がつくが。
勘違いする人はいないだろうが、僕はデジたんの全てが好きなのであって、その気になればデジたんの解剖学的嗅ぎタバコ入れについてだって5時間語れるのだから。
「海、いいなぁ。海開きもやって来たことだし、今年も行きたいよね。トレーナーさんを脅……お願いして、海トレーニングをやろう」
「オロール?今なんつった?脅す〜……とは言ってねぇよな、アタシの気のせいだ、だからその仄暗い目はやめろ。ちゃんとハイライト灯せって。脅迫の予行演習をアタシでやるんじゃねぇ」
「わかってくれて嬉しいよ。僕は今までそんな過激な手段を取ったことがないからねぇ」
「エェ……」
僕はトレーナーさんを脅したことなんてないなぁ。
大体、彼と僕の立場は、いわば教師と生徒。脅そうなんて考えない。僕はどこにでもいる普通のウマ娘(デジたん基準)だから、脅し用の武器などももちろん持っていない。
……まあ、必要ないから、というのもあるが。
人間とウマ娘、どちらが強いかなんて一目瞭然。
軽く拳を握り、脚に力を込めれば、大抵の人間は脅せゲフンゲフン。
「ん?つーか、トレーナーに車回してもらってもよぉ、全員乗れるか?」
「そりゃあ乗れ……いや、どうだろ」
ウマ娘のアニメを見た記憶を辿って、車で移動するシーンを思い浮かべて、無論乗車可能である……と一瞬考えた。しかし、僕とデジたんがスピカに加入している謎世界線では、どうなるか。
「まあちょい詰めればいけるか。もしキツかったら、グランドゴルシちゃん号も出せば何とかなるわな」
「そうだね、詰めれば……って、えぇっ!?何ソレ!?グランドゴルシちゃん号って何!?君、まさか車持ってるの?」
「どうだろーな?だが、グランドゴルシちゃん号の定員は約50人だぜ」
「分からん……。まさか軍用の輸送ヘリ?」
ゴルシちゃんならワンチャンあるな。
「まあ、海行くくらいならネオゴルシちゃん号で事足りるかもな」
「ネオ……?」
「ネオゴルシちゃん号はまだ構想段階なんだけどな。具体案としては、まずオロール、お前が搭乗者を肩車する。んで、搭乗者はデジタルをひっかけた竿を持つ。んで、あとはもう、デジたんを追っかけ続ける変態の動力で、ばーっと……」
つまりは、四足歩行の方の馬を、にんじん付きの竿で操るような、よく見るアレか。そしてこの世界に馬はいないので、もしかするとそのアイデアはゴルシちゃんが初出であるかもしれない。
「なかなか素晴らしいアイデアだ。僕のトレーニングにもなるし、乗る人を目的地まで送り届けられる」
「あのぅ、あたしの人権が保障されてない気がするんですけど……」
「気のせいだよ。それに、もし君が搭乗者にぞんざいに扱われようものなら、僕がソイツを死ぬより惨めな目に遭わせるから」
「すぐそうやって暴力に訴えるの、やっぱ手慣れてんだろ。お前が裏社会とのパイプ持ってても、アタシは驚かねーわ」
「いやいや、僕はむしろそういう輩を見かけたら、1発蹴っ飛ばして更生させるタイプのウマ娘だよ」
デジたんが生きるこの世を、犯罪の存在しない美しい世界に。
新世界の神を崇め、その名のもとに世直しを。ちなみに神とは言うまでもなくデジたんだ。
「過激な思想の波動を感じる……」
「気のせいだよ。それより、皆にこの話を言いに行こう。成長期のうら若き女子学生たちには、服のサイズを変える機会も多いわけだし、早めにね。それと、トレーナーさんがガソリン代を払えるかどうかも気になるところだし……」
「また金欠かよアイツ。何に使ってんだ、マジ」
彼の財布から羽ばたいていった価値のある紙切れの行方だが、おおむね僕たちウマ娘のために使われていることは予想がつく。
しかし、トレーナーという職業のお賃金は相当なもの。とすると、僕らが普段何気なく使っている器具や、湯水のようにとは言わないまでも、毎度のように飲んでいるプロテインだとかは、やはり超高級品だったりするのだろうか?
「うん、数年間鍛えてきたこの身体を試すときだ。とりあえず離岸流とバトってみようかな」
「おう、まあちょうどいい負荷じゃね」
「本来であれば止めるべきなのでしょうが、どうして、こう、危機感がまったく感じられない……」
まあ離岸流とバトるくらいみんなやってる。
ウマ娘なら常識ってヤツだ。
◆
「トレーナー?もしかして、車変えたのかよ?」
「ああ。スピカも想像以上の大所帯になったからな。こんなこともあろうかと、貯金出血大サービス。めでたくミニバンからミニが外れたってわけだ」
バン、とは、元は隊商を意味するキャラバンの短縮形で、今ではもっぱら貨物運搬車をそう呼ぶ。昔の隊商じゃあ、荷物を運ぶのはラクダなどの耐久力がある動物で、ウマ娘はもっぱら先導役だったとか。まあ、いるだけでも抑止力になる存在だ。さぞや頼もしかったろう。
それはともかく。
トレーナーさんの新車は、いわゆる国産バン。すると車種は限られてくるが、まあ、見てくれは完全に街中でよく見かける商用車だ。
「大丈夫かよトレーナー?金欠になって土しか食えない、とかじゃねーよな?」
「おまっ、俺をなんだと思ってるんだ……。今までで1番ひどくて、せいぜい野草だ」
「美味しかったです?」
「目をキラキラさせて聞くなって。悪意が透けて見えちゃってるぞ」
「悪意なんてないですよ。今度野草を摘んできてあげましょうか。トリカブトとかイヌサフランとか」
「毒草!お前やっぱり俺のことバカにしてないか?」
バカになどしていない。
野草はなかなか美味いものだ。
それに例えば、幼いデジたんが花の蜜の香りに心を馳せる絵面を想像してみろ。トぶぞ。
「とにかく、さあほら、乗った乗った!もたもたしてると、遊べる時間も減ってくぞ!」
トレーナーさんが急かし、スピカの面々は車内に足を踏み入れた。
「おぉ、10人くらいなら乗れちまうな。つかトレーナー、この車黒塗りにして窓もフルスモークにしちまおうぜ。んでアタシたちはグラサンとマスクで顔隠してよ……」
「いいね。勧誘が捗る」
「現状、スピカの加入手段が『拐われる』しかないというのも、なかなかおかしな話ですわね」
拐う……?何の話だ?
「頼むから、一線を越えるなよ……?俺は教え子がお縄についたなんて話聞きたかねぇぞ」
「大丈夫ですよ。何かあったらマックイーンにでも揉み消してもらえばいいし」
「メジロ家は反社会組織じゃありませんのよ?」
「そうだったのか。僕は普段の君の振る舞いを見て、てっきり裏社会と付き合いがあるのかと……」
「何をおっしゃって?私がいつそのような素振りを……、そのような、素振り……。おかしいですわ、自分でも心当たりが」
「アタシの目を割り箸で刺した時は、正直ビビったぜ。ちょっとからかっただけなのに、本気で抉りにきてたからな、あの手つきは」
思えばこのマックイーンというウマ娘、ゴルシちゃんの謎耐久力をいいことに暴虐の限りを尽くしているような気がしないでもない。プロレス技など日常茶飯事だ。
「まあ安心しろ。トータルの犯罪歴で言えば多分そっちの変態のが上だ」
「ほっ、よかったですわ……」
「いやいやいやなんで安心してるのよ、皆。そもそもの話が済んでないわよ。まずその変態をどうにかするのが公序良俗的にやるべきことじゃない。いや、どうにかできないのはアタシだって分かってるけど」
「あー、要するに、安心しちゃダメって言いたいのか?でもよ、スカーレット。抗えないものを認めることも時には大事だぜ……」
「どうしたのよ、ウオッカがそんな弱腰なんて。何かあったの?」
「俺はさぁ……。誰よりもカッコいいウマ娘になりたいんだ。そのために、いつかダービーにだって出る。けどな?別に言われて悪い気はしねぇんだけど、その。かわ、可愛……。とかなんとかずっと言われてると、なんつーかムズムズするっつーか!とにかく!この世で1番恐ろしいのは悪意のない邪悪だってことを思い知ったぜ」
スピカ随一のピュアガールを可愛いと呼ばずして何と呼ぶのか、僕には分からない。
「涙は海がかき消してくれるさ、ウオッカ。さあ、今はそんなこと考えずに、楽しもう」
「主にお前のせいだからな!?そっと肩を支えるんじゃねーよオロール!?」
解せぬ。
◆
「ウニダーっ!」
「お?マジで?どこ?」
「……いや、なんでもないや。このネタが通じるわけなかった」
それに、実際にテイオーに会ってみたが、案外大人びた部分もある。間違ってもアプリ版のように私服が女児みたいなウマ娘ではない、と思う。アニメ版の貫禄だろうか。
「海だーっ!」
「あー、なるほどな。なんだよ。今更ダジャレなんか言わなくても、お前は常にフルスロットルでボケてんだろーが。エアグルーヴのやる気を下げるだけだからやめとけ」
「あ、そっちのネタは通じるんだ……」
謎は深まるばかり。
ふと、砂を踏む音が背後から聞こえる。
振り向くと天使がいた。
「お、おぉ……!眼福、眼福……!」
「どう思うゴルシちゃん。自分のことを棚に上げる人ってのは」
「つまり、デジタルの水着姿も眼福ってわけか?知らねーよ、勝手にやってろ」
美しい。
彼女はファッションモデルなどではないから、無論立ち振る舞いについて何か特別な意識をしているわけではない。わけではないのに、どうしてか美しい。そこにいるだけで。水着という露出の多い格好をしているのに、淑やかさすら感じる。
「よしっ、とりあえず僕はデジたんを見て魂が壊れそうだ。しばらく耐えるから、その後で離岸流を探しに行こう」
「ツッコミどころが多い!」
はぁ、尊い尊い尊い尊い尊い。
「ダメだ、もう僕を砂に埋めてくれ。しばらく大地に還りでもしないと落ち着けない気がする」
「あー、もうアレだ。この際全部ぶち撒けろ。せっかく海来てんだしよ、もうはっちゃけとけ。ただしアタシの近くじゃないところで」
「……言ったね?なら気遣い無用だ!僕は今日リミッターを外すッ!」
「ファッ!?ちょっ、ゴルシさぁん!?なんてことを!?オロールちゃんの目の色が変わってますよ!?アッこれ
自分でもどこまで行こうか決めていなかったが、ひとまず僕はデジたんと共に走ってみた。
人がまばらな砂浜で、デジたんの瞳のように青い海に膝を沈めつつ、ようやく足を止める。
「ハハハッ……。あぁ、直で肌に触れるくらいじゃ今更動じないつもりだったけど。水着の魔力のせいかな。さっきから心臓がはち切れそうだ」
「多分それ、
「いやいや、そんなことないよ。最近僕は週5で
「そんなに強い心臓なのに、あたしを見るだけでそんなに……?」
「ふふっ。ホント、存在自体が奇跡だよね。こんなにも僕の心臓を鳴らすなんて、君が僕の生死を左右してると言っても過言じゃないくらいだ」
「せ、責任重大……」
責任、という言葉だけで表せるほど、僕の愛は軽くないぞ。
「ふぅー、頭冷やそうかな、さすがに。このままじゃ神経が焼けそうだ。ねぇ、君も泳ぐよね?」
「あっ、うん。せっかくの海だしね」
僕とデジたんはそのまま身体を水に沈め、大きく深呼吸をした。
……同時に、ある考えが思い浮かんだ。
「やっぱり頭を冷やすのは後にしよっかな。今、すごい試したいことを思いついた」
「なに?」
「それはね……」
わざとらしく溜める。
次に口を開いた時には、僕の顔は自然とどこか自慢気な笑顔になっていた。
まあ、いいアイデアを思いついてしまったのだ。仕方あるまい。
「海上を走ったらいいトレーニングになるんじゃないかな!?」
「確かに!」
ノータイムで返ってきたデジたんの答えは、彼女も典型的なヲタクらしくロマンチストの癖があること、主に僕のせいで思考が若干脳筋と化していることを証明していた。
「よし行こうっ!今なら多分15m!練習すればもっと走れるはずだっ!」
僕の目は、おそらくまだ妖しい輝きを放っている。
「いっそのこと、水上に直立するくらいは習得したいですなぁ……!」
デジたんも、もしかしたら僕に当てられているのかも。
だが、悪くない。
無意識のうちに、意中の人の行動を真似してしまう、という話はよく聞くし、これもその類だろう。そういうことにしておくと僕は嬉しくなるから、つまりそういうことだ。
青い海の中でもハッキリと分かるほどの碧い瞳が、僕を先ほどから捉えている。
「よし、じゃ、皆のところまで競走でもしようか」
「フッ、負けませんとも!」
水飛沫の中、笑い合う2人のウマ娘。そう聞くと随分幻想的な風景に思えるが、やっていることはガチムチバトル漫画に出てくるような海上走行である。
いや、むしろそれこそ文字通り幻想的かもしれない。
デジたんも普通に海の上を走っているけど、可愛いしなんでもいいや。
深夜テンションで書いてるせいで毎回よう分からんことになってるなぁ……(他人事のような語り口)
ウマ娘、人間にとっての毒草も割とムシャれる可能性アリ。
例えば、テングダケは毒キノコですが、その毒成分はとんでもない旨味を秘めてるのだとか。
ウマ娘、耐毒性能にものをいわせて美味いものをたらふく食ってきた説を提唱します(適当)
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魔窟に咲く二輪の花
その2秒後に「現実の競馬見てるともっとヤベーのがわんさかいるし問題ないか」と思うのです。
──次の伝説を見よ()
「ん、んん……?んにゅ……」
「おっと、起こしちゃったか。ごめんね」
「なん……?なにぃ……?」
「あぁ、寝てていいよ。こんな時間に起きるのは、寮でも僕くらいだし」
時刻はまだ太陽も眠る夜明け前。真夏とはいえ、まだ暑さを感じぬ時間である。
「おやすみのキスはいるかい?なぁんて、ね」
「う、うぅ……。おやす……み……」
そう、今は夏。ウマ娘は暑さに弱い。それは僕も、目の前の可愛らしいウマ娘も例外ではない。日頃から疲れが溜まってしまうので、最近は彼女も寝起きがよろしくない。プラス、僕が暑さにやられて暴走に拍車がかかることもままあるので、余計に疲労が溜まるらしい。
そんな人を狂わせる暑さの中、僕はとある場所へ赴く。
ある種の試練と言っても過言ではない。なぜなら、そこはまさに灼熱地獄……。
いや、灼熱天国と形容するべきか。
「さて、と。始発まではあと数時間あるな」
朝イチで行かねばならない。そこは戦場なのだ。先手を取ったもののみが勝利を手にできる。
「ぐぅ……。もう……むり、すいません……」
ああ、寝言か。びっくりした、またもや彼女の眠りを妨げてしまうわけにはいかないから。しかし本当に寝顔が美しいな。わずかに差す夜明け前の光がほんのり髪に反射して、薄紫の絹糸のように滑らかな輝きを放っている。女神か?
おっと。ウマ娘の尊さに平伏するのはもう少しあとに取っておこう。きっと会場にはまだ見ぬウマ娘がわんさかいるはずだ。僕の最推しはデジたんだが、それは他のウマ娘を推してはいけない理由にならない。推さねば無作法というものよ。
「うん、行くか」
いざ!日本最大級の同人誌即売会、コミケへ!
弾む腰をひょいっと上げて、僕は昨日のうちから準備を済ませておいた荷物を持ち、素早く窓を開けた。
お金よし。会場マップよし。携帯食料よし。タオルに水に涼しい服装、熱中症対策よし。デジたんを愛する心よし。その他諸々の準備は何度も確認したので、問題はない。
それでは、始発に間に合うように駅を目指して……。
なんてこと、ウマ娘の僕がするわけないだろう。
電車より僕の方が速いんだから。
会場まで突っ走るためにわざわざ早起きしたんだ。
「それじゃ、行ってくるよ。ゴルシちゃん」
「うん……?おはよう、ございます……」
寝ぼけているせいか、やけに高貴かつ清楚なオーラが漂っているゴルシちゃん。言われなきゃ誰だか分からないレベルだ、まったく。
そんな彼女を尻目に、僕は窓枠に足をかける。
「っひょー!イーグルダーイヴ!」
こんな静かな朝だが、妙にテンションが上がる。
景気良く前宙を決めてからの三点着地。
寮門をこっそり抜けた先に、ピンク髪のウマ娘がひとり、歴戦の風格漂う立ち姿で待ち構えていた。
「……」
言葉は必要なかった。
デジたんは僕を一瞥し、そのまま脚を動かし始めた。
ところで、目的地まではそれなりの距離があるのに、普通に走って向かうことに何の疑問も抱かないデジたんは、既にだいぶ脳をやられているのだと思う。
「ア゛ッ尊っ」
「エェ……。ちょ、早いよ、オロールちゃん。せめて会場についてから逝こうよ」
「だって、だって……!」
デジたんの服装を見てみろ。誰だってこうなる。
「可愛いなぁ……。その格好」
「そうかなぁ……。あたし的にはむしろ『地味だね』と言われたいのですが……。イベントには数多のコスプレイヤー様などが参加されますから、おめかしはそういった方々に任せます。あたしたち一介のヲタクが出しゃばるなどナンセンス!朝から列に並び、地面に腰を下ろすわけですから、ハーフ、ショートパンツもNG。すると必然的にこういう格好に……」
白Tに地味な暗めのレギンス。
むしろ、デジたん自身の尊さが際立つので、かえって目立つのでは?なんて考えを抱く。
「ていうか、オロールちゃんも同じような服だし……」
ハイ、僕も同レベルの発想をしてましたとさ。
オシャレポイントといえば、ゴルシちゃんの身代わりとして連れてきたサングラスくらいである。
「しかし、そうか、コスプレか……。いいね、ウマ娘のコスプレイヤーさんなんか見た日には目が焼けそうだブフォッ」
「うんうん、分か……って、ちょぉ!?前触れもなく鼻血流さないでよぉ!?」
「ご、ごめん。デジたんがコスプレしてる絵面想像しちゃってア゛ッ」
「あぁ、逝っちゃった……。目的地までに何回逝くことになるんだろう……」
◆
「アレェ?おかしいですよ。目立たぬように地味な格好をしてきたというのに、なぜか周囲の視線が此方に向いているような……」
「まぁ……。目を血走らせたオッサンの中に美少女が2人混じってたら、仕方ないんじゃないかな」
時刻はようやく日の出ごろ。紫だちたる雲の……。とは、昔の人もよく言ったものだ。もっとも今は春ではなく真夏だが。
「ああああ……。ま、まさか、このデジたんが、あろうことか
「いや、多分、君が可愛すぎるのが悪い。なんだってそんな地味な服を着てるのに、顔や髪はしっかりおめかししてるのさ。元々の素材が良すぎるから、むしろ純粋な美すら感じる。余計に目立つよ」
「嘘ぉっ!?で、でもでも、これからお会いするのは名だたる同人誌作家様方で、すなわち神様でありまして。そんな方々の御目にあたしのようなナマモノを映してしまわれては、まさしくお目汚しと言う他なく。せめて軽いおめかしくらいはしなきゃなあと……」
「君にはいささか欠点がある。いや、もちろんそれも可愛いから僕は全然構わないんだけど。とにかく!デジたんは自己評価がヘタっぴだ!どーやったらそんなに自分を卑下できるんだよ!?宇宙一可愛いくせに!」
こうして大声を出すことで、かえって注目を浴びてしまうが構わない。大体、こんな朝っぱらから地べたに座ってお宝を手に入れようなどと考える輩はまず間違いなく訓練済みのへヴィーヲタクだ。彼らのとるリアクションといえば、ほら。うんうん、デジたんは可愛い、その通りだ、と言わんばかりに後方腕組み古参面をして頷くヤツらがほとんど。
「僕はね。てっきり君もそろそろ適切なメタ認知ができるものだとばかり思ってた。でも違った。君はやっぱりアグネスデジタルの尊さを十二分に理解できていない。僕にとって君がどれだけ愛しい存在か、それについては分かっているらしいけど。やっぱり世間からの目にはまだまだ疎いんだ」
……おっと、まずった。僕っ娘が性癖らしい同志たちが何人か逝った。まあ仕方ないか、デジたんに次いで僕だって可愛いわけだし?
「……あたしが可愛くない、と言えば嘘になるってことは、なんとなく分かる、けど。でも、今までだってこういうときにはしっかりおめかししてたんだよ?特にサイン会とか握手会とか、神々の皆様の御手に触れる機会があろうものなら、事前に全力で手を清めておくし!オシャレだって、例えば尻尾を編んでみたりとか、髪型にこだわったりとか!それだけやっても、別に周囲からの視線を感じたりは……」
「推測なんだけど。君、もしかすると、単に周りが見えてなかったんじゃないの?作家さんやウマ娘ちゃんに夢中になるあまり」
「そんなことは……。ないことも、ない……」
否定ができない限界ヲタク娘デジたんを一生推そう。僕は改めてそう誓ったし、周囲の同志達とも、何かシンパシーを感じた。
しかし、好きなものにまっしぐらの状態では、周りの視線に気づけないのか。
その時、ふと閃いた!
八方睨み、鋭い眼光、etc.……無効化!
独占力のヒントレベルが99上がった!
「ほーら、ファンサの時間だよー」
「なぜ動物に餌を与えるかのごとき言い方を……?いや、ファンサだーって飛びつかないよあたし。そもそもこの場合あたしがファンサする側なわけだよね」
「やかましい!さっさと投げキッスのひとつや百個してやりなさい!」
「しないよ?」
「じゃあ投げなくていいから、僕にキスを……」
「しないってば!?
くっそぉ。
◆
「ひひっ、ひひひひひ……!」
「でゅふっ、でゅふふふふ……!」
いくら限界ヲタクとはいえ、限度がある。文字通り、限界があるはずなのだ。その一線を超えてしまっては、もはやただの化け物である。つまり僕たちのことである。
「いやぁ、並んだ甲斐があった!」
「ホント、もう、あっ、ああっ、やばっ、オーラが、オーラが強すぎて血液沸騰しゅりゅっ!神絵師様の手を拝ませていただけるなんてッ!ひょわぁぁぁぁぁ!」
このマーケットには必勝法がある。
すなわち、分担作業。
本気で勝利を狙うのならば、二人で同じ列に並ぶなど、言語道断の行いである。……魅力的な提案ではあるが。こう、狭苦しい中、互いに体を寄せ合ったりなんかして……。
とまあ、それはともかく。
互いに途中で別れ、無事全てのターゲットを回収することができた。人混みの中、隙間を縫うように動き回ったものだから、何かスキルが身についた気さえする。やれ、あっちへ行ってはこっちへ行って、そこかしこを歩き回り、なんやかんやで憧れの作家さんの姿を拝めたデジたんは満足そうだ。
「無事に目当ての財宝を入手できた。それに、芦毛スキーセンパイの分も……」
「……あぁ!確かゴルシさんのお知り合いの方でしたっけ?海外で活躍されているウマ娘の方だとか」
「そうそう。ゴルシちゃんの恋人。知らんけど。とにかく、その人が日本じゃ手に入らないブツを時々融通してくれるから、お返しをね」
今はドバイ、いやフランスだったか。やり取りしているとマジメな性格のように思えるが、そのくせ某芦毛への愛が重いし、心も居場所も掴み所のない人だ。
なんでオメーら勝手に親交深めてんだよ!?という某芦毛グッドルッキンスタイルウマ娘の絶望と困惑のカクテルシャウトが聞こえてきそうであるが、まあそれはそれとして。
「このクソ暑い中、僕たちは頑張ったよ。でもまだまだ足りない。そうだよね?」
「もちろん……。気温よりもあたしのリビドーの方が熱く煮えたぎってやがりますからねぇ!」
そう、暑いから。
しょうがないのだ。デジたんの目がギラギラと血走っており、もはやまともな知性を感じられない状態になっているのは、仕方のないことなのだ。
「ところで、デジたん。君も一応、クリエーターなわけでしょ?だから、やっぱり界隈の人ともコネがあったりとかする……?」
「ええ、いやいや。あたしごときが八百万の神々と同列に扱われるなんて、畏れ多くて肺が破けちゃうよ」
そうか……?
明らかにリスペクトの念を宿した目でデジたんを見ている人が数多くいるものだから、てっきりすごく有名なものかと。
「でも、以前にお話しさせていただいた作家様のブースに長蛇の列ができてるのを見ると、やっぱり嬉しくなっちゃうよね」
そう言って彼女が目を向けた先には、さながら今をときめく大人気アーティスト、とでも呼ぶべき作家さんが、デジたんの視線に気づいた途端に深くお辞儀をしていたり。
「……君、やっぱおかしいって!?明らかにその身に受けるリスペクトと自己認知が釣り合ってないもん!どれだけ自分を下げれば気が済むんだい!?」
「ふぇっ!?でっ、でもっ、ほんのちょっとお話ししたり、お手伝いさせていただいただけですし!?リスペクト、とか、そういった感情を向けられるには至らないかと……」
「いやいやいやいや……!」
何をやってるんだよ、デジたん。忘れがちだが、僕たちはまだ義務教育を終えていない身分なんだぞ。それが、一介の大人より遥かに多くの尊敬を集めているとは。
さすがすぎる。
「そういや、君ってもともと知名度あったもんね、デビュー前から……。それも、僕がいろいろ焚き付けてネットでライブ配信とかする前から。同志たちが推し活へと赴く場所に必ず先にいることで有名だったみたいだし」
「そ、そんなに?」
「そりゃもう。配信やったあとにネット掲示板を覗いたら『なんか見たことあると思ったらグッズ買いに行くとき必ず見かける限界ヲタクウマ娘先輩じゃんちーっす』とか、そういうコメントが多々……。君がデビューしてからは、尚更。なぜか全国規模でそういう反応が返ってきてる」
「え、えっ、あっ、でも。グッズを買いに行くためとはいえ、さすがにあたしも沖縄とか離島とかには行ったことないよ……?」
もはや、その発言からは、それ以外の全ての地域に出向いているという意味しか取れない。
カノープスのナイスネイチャが府中の商店街を味方に付けた地域密着型ウマ娘だとするならば、デジたんはきっと
「謙虚さは美徳になり得るけど、必ずしもそうなるわけじゃない。君の場合、何か変な虫がついたら困るし!ホントに、もう少しだけでいいから。もっと自分の可愛さを自覚してくれよ。……変な虫そのものがのたまっちゃって、なんだか申し訳ないけど」
「オロールちゃんは変な虫じゃないよ。それに、あたしの方も一緒にいたいと思ってるから、こうして今ここにいるんだよ!」
「だーっ!そういうとこ!マジで!気をつけてよ!ハァ〜っ、もうっ!可愛い!でも!冗談抜きに気をつけてよ!僕が君を一年中、13ヶ月、1日に28時間護衛するのを前提としても、万に一つ、那由多に一つがあったら困る。いくらウマ娘の僕でも、ジョンウィ○ク2のポスターばりに銃を向けられたりでもしたら、さすがに無傷じゃ済まない」
「あたしを含めて、ウマ娘が2人なら、なんとか無傷で済むのでは……」
「アルェ???君ってそんなに脳筋だっけ」
自覚はあるらしい。上位生物としての自覚だが。
「まぁ、銃は冗談だとしても。暴力に訴えるハラスメントより、かえってセクシュアルな迷惑行為の方が声を上げにくいっていう実例も多い。君のその究極の美を体現した流線形のお尻が変質者にでも狙われたらと思うと……!」
「今のオロールちゃんも訴えようと思えば訴えられるよね」
「僕はいいの!というか、むしろ、未然に被害を防止するために、あらかじめ僕が君の痴漢されそうな部位に手をあてがっておくってのはどうかな!?」
「うん、ダメかなぁ……」
そんな。考え得る限り最良の選択だぞ。
デジたんの安全と僕の心を同時に満たせるのだから。
「あたしの身の危険は逆に高まってると思う……」
「ナチュラルに心読まないでもろて……。あぁいやもっと読んで。君と僕とは一心同体なんだと思うと興奮してきたから」
はぁ。可愛い。食べてしまいたい。
「まぁ、オロールちゃんになら、食べられるのも吝かではない、カモ……」
マ?
じゃあ、あんなことやこんなことも?
……ッ!?うわぁっ、心臓がバグる!?
やばい、興奮が止まらないッ!
落ち着け、落ち着かねば!
「禅。それは悟り。全てにおいて心の動揺と完全に隔絶された境地。欲望のない世界。禅、禅、禅……!」
「あの……。なんかすみませんでした。だからそのまま瞑想するのはヤメテッ!?」
「ッハァ!?危なかった。自分を律しなきゃ帰ってこれなくなるところだった」
「ヲタクの性ですなぁ……。って、こんなところで油を売ってる場合じゃないよ!早くウマ娘界隈の全サークルを制覇しなきゃ……!」
そうだった、今は祭りの最中。
デジたんと関わりを持つ作家さんたちがそうしたように、僕も敬意を持たねばならない。彼らへと。そして、デジたんへの愛と敬意。ヲタク文化そのものへの敬意。あとデジたんへの愛。デジたんへの愛も忘れてはいけない。
「行きましょう!早く!」
いつの間にか1、2歩前に進んでいた彼女が伸ばした手を、僕はいつの間にか掴んでいた。
コミケに行ったこともない上同人誌のどの字も知らんやつが書いちゃあいけないエピソードだったような気が……
うるせェ!書く!()
まあそれを言ってしまうとこの小説全編に同じ質問をせねばならないのでね、仕方ないね!
ユルシテ…ユルシテ…
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スワンプマンの手招き
「クリエーターとして、やるべきことは、情報の発信……。というわけで〜……。いきましょうか」
「どこへ?」
「決まってるじゃないですか同志よ!目指すはっ、そう!即売会っ!」
「こないだ日本最大の即売会に行ったばかりだよ。で、最終的にヘトヘトになって帰ってきた。それで帰りは仕方なく電車を使ったろ。何時間も戦場を渡り歩いて、スピードもスタミナもパワーも根性も賢さも全部鍛えられたばかりなのに」
「そもさん!鍛え上げられたその力を発揮する場所はっ?」
「せっぱ。そりゃ、もちろん……」
「答えは決まってます!次の、その次の!そのまた次の即売会!あたしは止まらないのでッ!オロールちゃんも、止まるんじゃねぇぞ……!」
「レースだよ、デジたん。レースで力出そうよ」
トレセンに通っている以上、レースに全力を注がねばならない。のだが、デジたんは趣味とレースを両立させるのがうまいから、そういう生き方ができるのかもしれない。
「……何でニヤニヤしてるの?ゴルシちゃん」
「いや、なぁ。スピカのクソボケモンスターことオロールがツッコミに回らざるを得ない状況があるなんてよ。恐ろしすぎて一周回って笑えてくるんだわ」
大分前から、達観したような目がデフォルトの表情に設定されているゴルシちゃんは、その笑いを誤魔化すように朝食のにんじんパンを口にかき込んだ。
「一旦落ち着こう、デジたん。君は多分、まだあの戦場の熱気に当てられてるんだ」
「えぇ、その通りですとも!だがそれでいい!まだこの熱気に浸っていたいっ!」
ただでさえここ最近は蒸し暑くて嫌になるのに、デジたんがトレセンの平均気温を引き上げるから、余計に暑苦しい。これはデジたんの放つ熱気なんだと思うと、僕もアツくなるし。もう脳みそは地獄蒸し状態だ。日頃から魂の発する欲求と情動で生命を繋いでいる僕でなければ死んでいるだろう。
「なぁ、マジで暑苦しいぜお前。さすがに頭冷やせよな」
「君が趣味に全力を注ぐ姿は見ていて心地いいけど、うん、暑い、文字通り。まったくゴルシちゃんに同感だ。一旦クールダウンしないと」
「いやぁぁ〜!今しかできないことをあたしはやるんだぁ!手始めにトレセンで同人誌イベントを開催しましょうかっ!えぇ!あたしはやると言ったらやるウマ娘ですから!」
「マズいデジたんが暴走してる!」
「……だが、まぁ、普段からこんなもんと言やぁこんなもんだな。そう思うと、アレ?あんまし事態は深刻じゃねー感じがする」
「いやいやいや!だって、ほら!見てよ!デジたんの目!完全にキマっちゃってるよ!それに体から蒸気が噴き出てる!それだのに、普段からあんな感じなわけ……!わけ……。ん?言われてみれば、いつも通りな気も……」
「だろ?だからよ、別にほっといてもいいんじゃね?」
どう見てもいつも通りの様子であるデジたんは、数秒間何かを思案し、それからおもむろに駆け出した。
「よぉし!プランは大体こんな感じで……!生徒会長様に特攻してイベント企画を通すっ!うおおおお!」
「ダメださすがに止めないとマズいッ!」
まったく。今日の君は本当にじゃじゃウマ娘だな。
◆
「ああああああああああああああ!」
ああああああああ!
「あああ!あーー!あーー!」
あああああ!
……。
ふーぅ。スッとしたぜ。
どうしようもなく叫びたいとき、この大樹のウロはなかなか便利だ。どんな思いでも受け止めてくれる。
例えば、デジたんに会えなくなった僕の思いとか。
「クソッ、ゴールドシップの野郎めェ……!」
落ち着けなくなったデジたんをどうにかしようと、僕たちはしばらくいろいろ試みた。そうしたら、あの芦毛の120億強盗犯は、あろうことか!
「何が『デジタルのやつ、お前が側にいるときだけテンション爆発してるみてぇだぞ。たまには距離を取ってみりゃいいじゃねーか』だよあのボンクラ……!」
なまじ反論ができないので、余計に苦しい。だが、僕とデジたんが離れ離れになることを是とするのだけはいただけない。
「フシューッ……!フシューッ!」
荒い呼吸は、蒸気となって僕の目にも映る。
視界が歪む。もはや慣れすら感じる感覚だ。
僕は完全にキマってる。
「あんにゃろう……!次に会ったら尻尾引っこ抜いて筆にして書道パフォーマンスしてやる!それからあのヘッドギアの耳当て部分をピロシキ製に改造してやる!それから寝る前にひたすら愛の言葉を耳元で囁いてやるからなァ……!」
首、とくにうなじのあたりを洗って待っとけよ。添い寝しながらたっぷり吸ってやるからなぁ、あの黄金船野郎めが。
「くっそぉ、かえって暑い……!」
何が問題かって、根本的な原因がおそらく精神面にあるから、いくら冷房の効いた部屋で涼もうが、決して暑さが収まらないことだ。
心の放熱をしなければいけない。
でも、どうやろうか。
とりあえず、あえてガンギマリ度を上昇させ、オーバーフローさせることで逆に冷静になれる気がするので、限界までデジたん成分を補給したいところだが、残念ながらそれは難しい。なぜなら彼女は今、ゴルシちゃんのもとで電気工事士資格の勉強に励んでいる。理由は分からない。
とにかく、ゴルシちゃんが厄介だ。僕が一度デジたんを拐おうと思って近づいたところ、エグゾーストゴルシちゃん号とかいう、さながらミニガンのような形状をした魔改造水鉄砲のようなものをぶっ放された。その水もただの水ではなく、パクチーの粉末が大量に混ぜ込んであるらしく、それはもう僕の鼻をひんまげた。しまいにはパクチーそのものを投げつけてきやがった。味は嫌いじゃないが、あの臭いが鼻にずっと残るのは勘弁だ。
今日は朝から調子がイマイチかも。
スピカのボケ筆頭といえば僕だったはずなのに、今朝はデジたん、今はゴルシちゃんにその座を奪われている。
取り戻さなければ。いや、むしろ不名誉な称号を手放せたから良いのか?
ああ、もう。頭が回らない。
「なんとかしなきゃ……」
とやかくいっても、全身が火照ってしょうがない。
なんだかエ○同人みたいなセリフだが、原因が主としてデジたんにあるので、あながち間違ってない。
ん?同人……。同人誌……。
「そうだ!学校で同人誌イベントをやろう!」
なんて名案なんだ!作業に勤しめば冷静になれるし、なにより面白い!デジたんも喜んでくれる!
「よっし!とりあえず生徒会に特攻するぞーッ!」
◆
「うおおおおおぉ、ッ!?おわぁっ!?いだっ!?」
「きゃっ!?」
ウマ娘が走行中に他人とぶつかるなんて。
曲がり角から始まる運命の出会い……。
などと茶化していられない。いささか危険すぎる。そういう理性はまだ僕にも残っていたらしく、一応徐行をしていたので、見たところ衝突相手に怪我はないらしい。
まあたとえぶつかったところで、この学園内で出会うのは、そもそも頑丈なウマ娘、その膂力から放たれる破滅的キックを顔面に喰らっても平気なトレーナー、パルクールがめちゃくちゃうまいトレーナー、覆面の調達や回線ジャックなど、犯罪スレスレの行為を平然とやってのけるトレーナー、絶対カタギじゃないくせに誓って殺しはやってませんとか言いそうなトレーナー、常に発光してるモルモットレーナー、短距離のスペシャリストことタイキシャトルの全力疾走になぜか追いつける事務員さんくらいなので、実は大して問題ないのである。
「すみません!大丈夫ですか!?」
とはいえ、皆不死身ではない。怪我も病気もする。はず。うちのトレーナーなどは頑丈すぎるので、そもそも赤い血が流れているかどうか疑わしい、
まあ、特にウマ娘はアスリートであるがゆえにデリケートな存在だ。万が一にも僕のせいで怪我などされてしまったらマズい。デジたんに合わせる顔もない。これじゃヲタを名乗れないな、猛省せねば。
「え、えぇ、大丈夫……。って、あなたは……」
「あ、ドーベルさんじゃないですか!いや、すみません、ホント。ちょっとばかし心が急いでまして」
そして、僕が出会ったのは、クール系ツンデレでお馴染みのメジロドーベルさんであった。いやぁ、相変わらずお美しい。ウチのメジロとは大違いだ。
「いえ、大丈夫よ。アタシも注意が足りなかった。ごめんなさい」
互いに無事であると見るやいなや、どこかへ行ってしまおうとするドーベルさん。
「あぁ、ちょっと待って!せっかくなのでお話ししたいことがありまして。ちょっとだけでいいんです、時間あります?」
「え?えぇ、構わないわよ。でも、あなたこそ、急ぎの用があるようだったけど……」
「急いでるというか。ちょっと気持ちが昂っていたというか。いずれにせよ緊急性はないので。今はドーベルさんとお話しがしたいんです。その話ってのが、他でもない、いわゆる同人誌とか、推し活とか、そういうテーマに関するものなんですけども……」
「ンン゛ッッッ!?!?」
ガーン。と音が聞こえてきそうなほどの、見事なショッキングフェイス。さながら彼女が好む少女漫画のような。
「……ハッ!?あっ、えっ、っと!その!ごめんなさい、くしゃみを我慢したの。本当よ。何もやましいことなんかないから」
「そうですか。まあそういうこともありますよね。とにかく、話したいことが!」
「な、なにかな?」
「僕、思うんです。このトレセン学園で本の販売会をやったら面白いんじゃないかと!どう思います!?」
「どう、って。それだけ聞いても、まだ何とも。け、けど、そうね。確かに、トレセン学園は生徒も多いし、古今東西のお宝が集まる可能性を鑑みれば、なかなか魅力的な企画かも……。あっ!?い、今のは独り言!できれば聞かなかったことに……!」
「ですよねぇ!いやぁ、さすがドーベルさんだ、何もかも分かってらっしゃる!学園内のヲタウマ娘ちゃんたちが気軽に創作の成果を発表できるような場を設けられたらどんなに素敵なことか!もちろんソッチ系以外の文学作品も取り扱えるようにして……。そうだ、各々が本を持ち寄って開くバザーなんかも並行して開催できたら最高じゃないか!」
「素晴らしいアイデアだと思う。けど、どうしてアタシにその話を……」
「決まってるじゃないですか。あなたが『同志』だから。それだけですよ」
「どッッッ!?!?」
何を今更赤面することがあろうか。自分の趣味くらい大っぴらにしたって何も困ることはない。それに、彼女の密かな趣味は、実のところ一定数の人が勘づいている。
学園内で甘酸っぱいやりとりを見かけるたびに、メモ帳に何やら書き留め、乙女の微笑みを浮かべる彼女を、僕は飽きるほど見てきた。もちろん、僕以外にも、少なくともメジロ家の者達は分かっているだろう。
アイデア帳をスマホで作ればいいのに。手段がアナログだから、なまじ目を引く。
「同志!そうよね!このトレセン学園でトゥインクルシリーズに挑む同志よね!」
「いや、
「
「そこまで言ってないですよ」
彼女の発言が、同志であることを証明しているような気がする。
「とにかく、僕、生徒会に掛け合って企画通すんで。それから少し手伝っていただきたいんです。あなただって、このイベントには少なからず魅力を感じているでしょう?ドーベルさんは優しい人ですし。お願いする立場でこんなことを言うのもなんですが、ぜひ手を貸していただきたいんです」
「それくらいなら、構わないけど……」
「ドーベルさんのブースも作りましょうか!?メジロのご令嬢直筆の作品ともなれば飛ぶように売れること間違いなしですよ!」
「……えっと。アタシが時々絵や漫画を描いてることは、できれば秘密にしてほしい、かも」
「そうですか。でも、いつかドーベルさんの作品を皆が読んで、いろんな感動が生まれる、そういう時が来るといいですね。だって、せっかくドーベルさんの心の景色を絵や言葉として現実に表したんです。伝達ツールの形をなしている以上、他の誰かに知ってもらうことこそが大切なんじゃないでしょうか」
「タンスの中にしまっておくだけじゃダメってこと?」
「もちろん、最終的に決めるのはドーベルさんですけど。先に言っておくと、僕は人並みに自己中なヲタクなので、手の届く範囲にオイシそうな創作品があると味見したくてたまらないんですよ。ドーベルさんがあと一歩踏み出すだけで救われる命だってあるんです」
「……考えてみる」
「はい、考えてください。なんたって、後戻りできませんからね」
世界よ、刮目せよ。
こうして人は沼に落ちていくのだ。
◆
「たのもー!」
「ん……?あぁ、久しぶりだね、オロールフリゲート。元気が有り余っているらしいが、生徒会の門戸を叩くときはもう少し静かにお願いできるかな?」
「あ、スミマセン」
「うむ。反躬自省の心意気は大切だ。いや、しかし、ふふふ。こうして堂々とした態度のまま生徒会室を訪れる娘はなかなかいないから、私も少し和ませてもらったよ」
というわけで、久々にやってきた生徒会室。
会長様が快く出迎えてくれた。
「せっかく来たのだから、ゆっくりしていくといい。今日は生徒会も少々暇を持て余していてね。エアグルーヴなど、てんとう虫を眺めに花壇へ出向いたほどだ。というわけで、よければお茶でも飲むかい?」
「はい、いただきます」
見たところ、この場にいるのは会長、それと……。
あ、奥の方でブライアンさんがあくびをしている。ありゃあ相当に退屈しているらしい。
会長自らお茶の準備をするのだが、なんともいえない覇者のオーラとミスマッチで、少し面白い。
彼女は手を止めぬままに、世間話のようなものを始めた。
「成績優秀、将来有望、まさしく理想の道を征く者だね、君は。私はどうすべきだろう。時折報告される奇行に関しては大目に見るべきか」
「あー……。そうしていただけると助かります」
「他人に迷惑はかけないように。それで問題はない。……っと、お茶ができたよ。アイスティーではないから、少し暑苦しいだろうか。最近は暑くてかなわない。まったく夏サマサマというものだ」
「……?そうですね」
「……ふ、ふふっ。そうだったね。いや、うん。ほとんどの子は私に話しかけられると萎縮震慄してしまうんだ。だから私は、いわゆるアイスブレイクのために、ちょっとしたギャグを言うことにしているのだが……。君には必要なさそうだ」
会長殿はそういう人だったな。つまり、これから例のクソ寒ダジャレが飛んでくるところだったのか。危なかった。ギャグセンが壊滅的でも、頭が良すぎるせいで、なまじそれなりに良い仕上がりのギャグだから、注意しないと気づけないのだ。
ションボリルドルフを阻止できてよかった。
「さて。それで、今日はどんな用かな?」
「えっと。実は、生徒会の皆様にお願いが……」
かくかくしかじか、僕は企画について話した。
「ふむ。面白い発想だね。それに賛同者も多いらしい。アグネスデジタルはともかく、あのメジロ家のご令嬢も一枚噛んでいるなんて。ああ、実を言うと、我々の間でも似たような話がこないだ出てね。いわゆる古本市などをやってはどうか、というアイデアを出してくれた子がいたんだ。図書委員のゼンノロブロイというウマ娘が企画を話してくれて……」
ふむ、なるほど。
彼女は、コッチ側だろうか?
いや、なんだっていい、そうでなければ引きずり込めばいいのだから。
「彼女は落ち着きがある上に、能力も高い。無論、オロール君の実力も目を見張るものがある。前途洋々の君たちならば、快刀乱麻の活躍も期待できよう。イベントの詳細はこれから相談していこうじゃないか」
「……っ!ありがとうございます!」
なんやかんやで、イベントの開催が決まってしまいそうである。
「ブライアン!少し頼めるかな……」
「そいつらに手を貸してやれ、とでも言うつもりならば、私は断るぞ。面倒くさい。暑いし」
「ああ、そうだね。近頃は暑い。それに我々は日々運動するわけだから、余計に汗を流す。ということは、我々は塩分やミネラルを十二分に補給する必要がある」
「……なんの話だ」
「ブライアン。ミネラルの補給には、やはり野菜を食べるのがいいだろう。だがここ最近の君ときたら、随分と肉ばかり食べている。心配だよ、私は。だからビワハヤヒデと相談しようと思うのだが……」
「分かった!やるよ。生徒会としての義務くらいは果たす……」
クールでワイルド。そして妹属性。
欲張りすぎじゃないか?
と、ブライアンさんが僕を睨む。
「あ、えと。よろしくお願いします」
「ハァ……。なんだか前にもこんなことが……」
そういえば、以前も彼女の協力のもとでイベントを企画したことがあったな。
彼女はやっぱり僕をじっと睨んでいる。
「おい、オロール。この後は暇か?」
「え?まあ、それなりに……」
「そうか。では、ひとつ賭けをしないか?」
「賭け、というと?」
「簡単だ。お前と私がレースをする。もしお前が勝てば、私はプライベートの時間を割いてそのイベントとやらの手伝いをしよう。ジュースの差し入れもしてやる。私が勝った場合、今後私は最低限の義務のみを遂行し、あとはサボる」
「ブライアン……」
会長が呆れた視線を送る。
「このくらいは構わんだろう。サボると言っても、まったく手を貸さないとは言っていない。ちょっとしたお遊びだ。最近は暑いだろう。だから“乾き”を癒したい」
「……ほどほどにな」
「やりたいです!G1ウマ娘とレースができるなんて貴重な機会だ、こちらからお願いしたいくらいですよ」
「ほぉ?乗り気とは。面白い」
「ただ、ですよ。かたや数々のG1を勝ち進んできた歴戦のウマ娘、かたやデビューホヤホヤの中等部。ハンデ欲しいんですけど……」
「いいだろう。お前は私よりも先の位置からスタートする。怪我に繋がらない程度であれば、いかなる妨害行為も許可する。こんなところでどうだ?」
「文句なしです!あのブライアンさんとレースができるなんて……!素敵だ!」
ちなみに、いわずもがな、誰もが理解しているだろうが、改めて宣言しておく。
僕は本気で勝つ。
必勝法を思いついた。
いかんせん姑息すぎるが、まあブライアンさんがジュースを奢ってくれるらしいので、今回はレースに正々堂々勝つことよりも、勝利そのものを重要視しようと思う。
こうして、僕たちはトラックに歩みを進めた。
あ、ありのまま、最近起こったことを話すぜ……
『俺は ロイヤルビタージュースを飲んでいたと思ったら、回復薬グレートだった』
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一匹狼と群れの答え
「というわけで、ブライアンさんとレースするんだよね、これから」
「ほぉ?そいつぁまた……。勝てんのか?」
「うん。ハンデもらったし。あとはとりあえず、盤外でやることやってからレースするつもり」
「……」
「なんだよゴルシちゃん、その目は」
「アタシは間違ってた。デジタルの暴走を止めたところで、お前が暴走するだけだった。デジタルはまだ良識があるが、お前はまったくない。お前とデジタル、2人合わせて最凶だが、分割したところで被害が半減するわけでもないってことを、完全に失念してたぜ」
うんざりするほど言ってきたが、僕の愛は無限で、無限を2で割るなんてできっこない。
「とりあえず、ゴルシちゃん。パクチーとか持ってない?セロリとかゴーヤでもいい」
ブライアンさんには申し訳ないが、開始前に体力を削がせてもらうぞ。
「……っ!!」
「あっ!?ゴルシちゃんッ!なんでいきなり逃げるのさ!?ちょ待てよ!?」
「決まってるだろッ!アタシには……ッ!救わなきゃならねぇヤツがいるんだ!この先起こる悲劇を知ってんのに、何もしねぇなんて!んなダセェことできるかよ!」
「裏切り者ーーッ!」
「ハナから味方じゃねーし!バーカ!バーカ!」
ゴルシちゃんの健脚に追いつくのは決して容易いことではない。まして僕は体力を温存する必要があるので、彼女を追いかけることはできない。
くそ、戦術がひとつ潰れた。
いや、なにもそこまでして勝つ必要のないレースではある。確かに三冠ウマ娘に勝てば大変な名誉だが、結局のところ公式戦でなければ意味がない。当のブライアンさんにとっても、単に暇を潰すだけの意味しかない。
だがなんでもアリだと言われたらやりたくなる。
僕はそういう生き物だ。
◆
「ゴールドシップのヤツが言っていたが、お前……。よほど卑怯な手を使おうとしていたらしいな?」
「いやいやブライアンさん。そこの嘘吐きの言うことを信じるんですか?あのゴルシちゃんですよ?常に人を騙くらかすことばかり考えてる、悪逆非道のウマ娘ですよ」
「だからこそ、だ。あの普段から意味のないウソばかりつく女が、ついさっきは見たことのないほど真剣な眼差しで私のところへやってきた。それだけで信用に値する」
「ぐぅ……」
「ほらな?正義は勝つんだよ。いやぁ、正しい行いをするっつーのは気分がいいな!つかお前、レースを汚すとか、ウマ娘としてダメだろ。デジタルにも愛想尽かされんぞ?」
「レ、レース前に、ブライアンさんの体調を気遣って野菜を食べさせてあげようとしただけだし!それに、正々堂々やろうって最初に言わなかったブライアンさんにも責任はある!」
「道徳0じゃねーか」
ゴルシちゃんめ。裏切りの罪は重いぞ。彼女を悪逆非道と呼ばずして、他に何と呼ぶ?
「フッ。まぁいいさ。たとえお前がどんな手段を使おうとも、お前が全力を出し切るのならそれでいい。互いの本気がぶつかり合う瞬間が一番滾る」
「言質とりましたからね?」
ゴルシちゃんから野菜をパクってブライアンさんの口元にそぉい!する作戦は失敗に終わったものの、僕にはまだ策がある!
そのキーパーソンがお出ましだ。
「おーい!ブライアン!お前がオロール君とレースをすると聞いたが……」
「げっ、姉貴!?」
「げっ、とはなんだ!げ、とは。大体、毎日顔を合わせているだろうに、なぜ今更私を見て驚く」
「いや、その、タイミングが悪いというか。姉貴とコイツが一緒にいると何かと面倒くさいというか」
「どういう意味だ?」
ビワハヤヒデさんが現れた。
ちなみに、彼女と僕にはとある共通点がある。
それは、「推しの可愛いところを拝みたい」という意識のもと、自然と同盟関係を結んでいるということだ。
バナナと妹が大好きな彼女のために、実は先ほどある提案をしていたのだ、僕は。
◆
時間は少し遡る。
「あ、ビワハヤヒデさん!こんにちは!」
「ん?やぁ、久しぶりだな、オロール君。私に何か用でも?」
「えぇ、実は……」
レースの直前頃である。
あいも変わらずかくかくしかじかと、僕はビワハヤヒデさんに、ブライアンさんとレースをすることになった旨を話した。
「ほぅ、ほぅ、なるほど、妹とレースを……。だが、大丈夫か?君の先輩として、そして日々ブライアンの側で彼女の実力を見ている者として、少々厳しい意見を言わせてもらう。今の君は彼女に勝つのには力不足だ。君くらいなら、まともなレースはできるだろうが、それでも勝利には至らない。あいつもそれを分かっているから、あえてハンデを自ら提示したのだろう」
「自分の実力は自分がよく知っています。だから断言できる。僕の勝ち筋は、ごくわずかで、か細くて、すぐにちぎれてしまうけど、確かに存在している。僕はそれを正々堂々と掴み取りたい」
「……ふっ。やはり君は面白い。私の見立て通りには事が運ばないかもしれないな」
そう、正々堂々。
正々堂々と狡い手段を用いるのだ。
「ところでハヤヒデさん。さっき会長から聞いたんですけど、ブライアンさんは相変わらず野菜が嫌いらしいじゃないですか」
「ん?あぁ、うん!そうなんだ!まったく、妹ときたら、肉の方が喰いごたえがある、とか、野菜は苦いから体に悪い、といった感じで、私の言うことを聞かないんだ!困ったものだよ」
「ですよね、僕も心配で。食事が偏って体調を崩されでもしたら悲しいですし」
「ああ。私もどうにか野菜を食べさせようと、カレーをとことん煮込んで野菜の原形を残さないようにしてみたり、ヒシアマ君と協力して新たなレシピを模索したり、いろいろ試しているのだが、どうもな。それどころか、最近は野菜を食べさせようとしすぎたせいか、冷たい目を向けられるようになってな。ハァ……」
「えぇ、えぇ、大変ですよね。でもご安心をッ!さっきタキオンさんに何か良い方法はないか尋ねてみたところ、コレを授かりました!」
ばばん!と僕が取り出したのは、とても綺麗なエメラルド色の輝きを放つ液体。
「なんだ、それは?」
「『ロイヤルビタージュース•弍型』だそうです!」
「ふむ?それは一体どういった……?」
「最近購買に並んでいるロイヤルビタージュースのことはご存じですよね?この弐型は、タキオンさん曰く『ロイヤルビタージュースの効能を改善し、1週間野菜をまったく食べずとも問題ないほどの栄養素を詰め込んだ。ただし、味はさらにひどくなったし、46%の確率で愛が重めのツンデレになる。……か、勘違いするなよ!別に君のために作ったわけじゃないんだからな!』だそうです!」
薬を僕に手渡したあと、「モルモット君にはどの睡眠薬がいいかな。薬漬けにしたせいでどれもいまいち効きが悪いからなぁ……」とかなんとか呟いていたタキオンさん。相変わらず便利な人だなぁ。二次創作する人に好まれるタイプだな。
「おおっ!?そんな素晴らしいモノが……!?ツンデレは!?ツンデレの効果時間は!?」
「1時間だそうです!」
「なんと素晴らしい!あとでタキオン君に感謝を述べに行かねば!」
「あはは。というわけでコレはハヤヒデさんにあげますので、どうか有効活用を」
「よし早く行こうッ!」
◆
そして今に至る。
「あ、姉貴?その手に持っている嫌な色の液体はなんだ。宇宙生物の体液みたいな色をしているが。オイ。なあ姉貴。姉貴、なにか言ってくれ姉貴。姉貴?姉貴!ちょっ、待っ」
「ブライアン。これはお前のためなんだ。分かってくれるな。偶には姉孝行をしてくれたっていいだろう?」
「んぐっ!?んーっ!んー!?んーんー!?」
三冠ウマ娘の貫禄はどこへやら。しかしハヤヒデさんもだいぶ手荒だ。さながらゾンビ映画の黒幕が、自分の家族を実験台にしてプロトタイプのクリーチャーを生み出すがごとき絵面だ。いかんせんジュースがエグい色をしているので、尚更。
「んっ、ぐっ!?っぷ、ァッ!?ハァッ、ハァッ、ハッ……」
「さあブライアン!お姉ちゃんの胸に飛び込んでこーい!」
「……何言ってんだ、姉貴。気色悪い。いきなり変なものを飲ませやがって、何のつもりだ?」
「ブ、ブライアーン?」
「これからレースなんだ。気が散る、あっちへ行ってくれ。ただでさえ口の中が苦いせいで調子が出ないというのに……」
「ブライアーン……」
ハヤヒデさんの頭の大きさが一気に縮んだ。あれは相当ダメージを受けている。
あ、違う。ショックで後ずさりしただけか。
ところで、うーむ、46%は引けたのだろうか?
「くっ、またやってしまった!どうして私はいつもキツい態度をとってしまうんだ!だが、姉ちゃんが側にいると胸の辺りがざわつくせいで、レースに集中できない……。それに、さっきの妙な飲み物も、つい吐き出してしまいそうになったが、せっかく姉ちゃんがくれたものだし、美味しく飲めるようにならねば……!」
まあ46%とか、実質100%みたいなとこあるし。
ブライアンさんの独り言は、僕の脳を破壊するのには十分すぎた。
それにしても恐るべきはタキオンさんの能力!
明らかに化学でどうにかできる範疇を超えていることを、いとも容易くやってのける!
「ゴルシちゃん。コイツはマズそうだ。もうレースの勝敗なんかどうでもいい。とりあえず僕は尊みで狂い悶え死にそうだとだけ言っておく。デジたんがこの場にいたら0.02秒ともたず逝ってるだろうね。いや、もしかすると今もうすでに尊みの波動をキャッチして昇天済みかも」
「もう知らん。これでなんかあったら全部お前のせいだぜマジで」
「ふっ、僕やデジたんは自らの意思でやってるわけじゃない。尊みが、自ずとそうさせるんだ。最初こそ、僕はどうにか搦手を使って勝ってやろうと思ってた。けどそれ以前に、魂に刻むべき光景がそこにあると思った。だからやっぱり、僕はブライアンさんを愛が重めのツンデレに改造したんだ。僕らは皆尊みの奴隷なんだよ……」
いやはやありがたい。
ブライアンさんを弱体化させつつ、僕は尊い成分を摂取しパワーアップできる。
「くっ、口の中が苦いっ……!ダメだな、こんな体たらくじゃ。私は"喰う”側のウマ娘だ、これしきのことっ!そして、姉貴が見ている前で恥を晒すわけにはいかん!」
「ブライアーン……!?」
なんだ?彼女の目の色が変わったぞ?
「あっ、あれはまさかッ!?ウマ娘ちゃんたちが、心の底から走りへの渇望を抱いた時にのみ現れる……!
「あ、デジたん。居たんだ。いつの間に」
ウマ娘あるところにデジたんアリ。
彼女は、尊みのためならばたとえ火の中水の中でも飛び込んでいく性質だから、行動範囲が広い。複数人いるんじゃないかと疑うレベルだ。
「し、しかし、ブライアンさんが
「ブライアン!お前の目、虹彩が派手な輝きを放っているがどうかしたのか?なんだかよく分からないが強そうだぞ!」
「姉貴!よしてくれ!気が散る!」
「ブライアーン……」
ハヤヒデさんの頭が縮む。
だが、すぐにかぶりを振って持ち直す。どうやら気づいたらしい、ブライアンさんはもうすでに
「ハッ!わかりましたッ!」
「何が?急に解説キャラになったねデジたん」
「ブライアンさんの強さ……。それはいつも、群れの中から頭ひとつ抜きん出ているがために生まれる強さ!一匹狼の至上哲学ッ!しかし今の彼女は、さらに別の力をも身につけているんですッ!」
「ほう。というと?」
「それすなわち姉妹愛!ウマ娘ちゃんの姉妹なんて、なんやかんやで普段から好き合ってるに違いないんですから、その感情が爆発したとなれば、当然!レースの原動力としてはこの上ないモノになるっ!」
つまり、だ。
今のブライアンさんは、普段よりむしろ強化された状態ということか?
「くっ、まだ始まってすらいないのに、ブライアンさんの気迫に押し潰されそうだ!っデジたん!どうにかしてくれ!具体的には、そう、僕に愛してるって囁き続けてくれるかなぁ!?」
「……ちょっと、それは、その、恥ずか死の危険があるので!」
「耳元だよ?僕以外には聞こえないし」
それに今更言うのもなぁ、とも思った。
僕は無論のこと、デジたんだって奇行に走ることは多々あるし、周囲からの視線はお察しだ。
「……うぅ」
さてさて、それでは。
僕の肌艶が増した理由については、語るまでもないので、ひとまずレースに臨むことにしよう。
◆
「アタシのガラじゃねぇかもしれんけどな。時々考えるんだよ。アタシたちって、一体どこから来て、どこへ行くんだろうとか。そーゆー答えの出ねぇことを考える時間、あるだろ?」
「確かに、暇な時、哲学的な思考に耽ることってありますよね。あたしの場合、すぐに推しのことで頭が一杯になっちゃいますけど……。でゅふふ……」
「で、思うんだわ。特にお前らを見てると思うんだわ。ウマ娘って、マジでバグってる生き物だよな」
「あたし、言うほどバグってます?確かに日々のヲタライフのおかげで、思考能力に多少問題が生じていることは自負しておりますが、いわゆる競走ウマ娘としては、まだまだ発展中ですし……」
「いいか?普通はな。
「で、でも、アレ、意外とコツを掴めば簡単なんですよ?その、ちょっと感情を爆発させるだけですし……」
「前提がおかしいぜ?普通はな、感情爆発〜!とか、んな簡単に出来るもんじゃねぇんだわ」
「で、でも……」
「分かってるぜ、デジタル。お前の言いたいことは。要するに、オロールやブライアンのヤツがスタートラインで謎の圧を発してるくらいだから、
外野が何か言っているな。
ゴルシちゃんには悪いが、レースに集中するため、話は半分くらいしか聞いていない。
ただしデジたんの声は絶対に拾い逃さないので、結果として会話の内容は分かっている。うんうん、デジたんの言う通りだ。ゴルシちゃんもそろそろ週5で
「合図は姉ちゃ……姉貴がやってくれる。覚悟はいいか?このレース、悪いが貰うぞ。後輩とはいえ容赦はしない。お前は、私の渇きを満たしてくれるな?」
「カッコつけていられんのも今のうちですよ、ブライアンさん。マイル戦なら僕にも勝ち筋があります」
トレセン学園、芝、1600m。
これといって特徴がないからこそ、基礎的なスキル、応用力がものをいう、実力の差をしっかりと測れる練習用のコースだ。
この距離ならハナから飛ばしてもスタミナが持つ。
とはいえ、三冠ウマ娘にフィジカルのみで勝てるとは思えない。だからまずは先頭を取って、それからブライアンを前に出させないよう、意地悪に走ってやる。
「準備はいいか、2人とも?それでは、いくぞ……!よーい、ドンッ!と私が言ったら走るんだぞ?よーい、ドン!だからな?」
「姉貴。今はそういう時間じゃないぞ」
「ブライアーン……」
ハヤヒデさんの頭は感情に呼応しているらしい。
先ほどからサイズの変化が著しい。
あ、違う。後ずさりしてるだけだ。
「は?なんだ、あれ。姉ちゃん……。可愛すぎか?レースも強い上に茶目っ気もあるとか、無敵か?さすが私の姉だ」
やぁ、ブライアンさん!こっち来る?
沼底からの景色は気持ちいいですよ?
「コホン。とりあえず、うん。今度こそ始めさせてもらう。用意はいいか?」
「ああ。頼む姉貴」
「オッケーです!」
何はともあれ。
この際、120%のコンディションの三冠ウマ娘と競い合えることを、目一杯楽しもう。
どうせなら勝ちたい。というか、勝つ。
僕のコンディションはデジたんのおかげで1000%だ。
「よーい……!」
風が吹き止む。
心の中でスイッチを切り替えると、世界は白く染まって、必要な情報以外は消え去った。
「初めッ!」
今だっ……?うん?待てよ?
「姉貴、だからそれを止めろ」
「フッ……。よーいドンでスタートだからな。騙されないとは。2人ともさすがだ」
風は普通に吹いていた。
なぁんだ、吹き止んだように感じたのは気のせいか。
「さて、それでは、よーい……!」
風が吹き止む。
心の中でスイッチを切り替えると、世界は白く染まって、必要な情報以外は消え去った。
「ドンッ!」
今度こそッ!
負けてたまるか!ブライアンさんが愛重系になっていようが関係ない!僕の愛は無限大だ!
小説更新して やくめでしょ
なぁんでウマ娘二次創作なのにレースしないんだろうなぁ
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無冠の可能性
レースとか分からんて(ウマ娘二次創作者にあるまじき言動)
一回頑張って書いた文章を放牧したら繁殖して勝手に文章生まれませんかね。
「ッラァ!!」
「どわっ!?ちょっ、速、速いッ……!」
ダメだダメだダメだ!
基本スタイルが差しのブライアンさんにスピードで負けたら、この後がキツすぎやしないか。
はぁ。そうだった。
世の中には、悔しいが天才がいる。
ブライアンさんが逃げをやらないと誰が決めた?そもそも僕だって、芝とダートのどちらでもG1を獲ってやろう、なんて酔狂なことを考えるウマ娘だ。
あまりにも速い。弾丸のようなスタートダッシュ。僕は完全に遅れをとった。
「もう、ムリだ……」
不可能じゃないか。こんなの。
「ダメだ、ムリだ……!」
脚の感覚がなくなっていく。
「ムリだ、我慢できない……!」
こんなの興奮するなって方が不可能だよなぁ!?
脳内麻薬のおかげで、ひとりでに動いている脚。雲の上を走っているような心地だ。
「ちくしょう待ってろよ!?レース終わったらありったけのパクチーとコリアンダー口ん中にぶち込んでやりますから!!」
「同じじゃないか!!クソッ私は逃げるぞ!」
「差しますよぉ!?僕はァ!」
シャドーロールを外せば、かのナリタブライアンは臆病なウマ娘だ。怪物を怪物たらしめていたのは、影に囚われないための翼。そのはずだった。
だが今は違う。
彼女はもはや、影を恐れない。それどころか受け入れるほどの器量を身につけた。群れの答えを知った。要するに、彼女の内では、己が姉に抱く愛情に対して、驚くほど正直になっているのだ。タキオンさんのふざけた薬のおかげである。
ウマ娘の成長物語などありふれているし、それでいてどれも心を揺さぶる。脚を止めずに進み続ける彼女たちの姿に、人は変わらず魅了されるのだ。
「だったら僕も!何度でも進まなきゃな!」
芝、ダート、海外。どこへでも赴いて戦い勝ち進んだアグネスデジタルのように。
手始めに、このレースで自分の力を出し切る。
「なぁデジタル。お前パクチー好きか?」
「はい?まぁ、嫌いではないですけど……」
「おー。んじゃちょっと貰ってくれよ。知り合いのオッチャンがパクチー余らせてんだ」
「えぇ、どういう状況……?」
「あとギョウジャニンニクとかも余ってるんだけどよ。いる?」
「独特すぎません?その方」
「いや、それはアタシが取ってきた」
「え?んっ、んん〜〜?」
こんな時でも、僕の耳はデジたんの声を聞き逃さない。
で、何の話をしているんだ。僕のレースを見てくれよ。
「ふむ、やはりブライアンの方に天秤は傾くか。今のところは。距離は縮まっているが、あのペースでは到底……」
と、会長。
学園の生徒のうち、もっともウマ娘たちの可能性を信じるべき立場にある貴女が何を言っている。デスクワークで目がなまったんじゃないか?
「あの、畏れながら、会長様。オロールちゃんは、ここでただ負けるような子じゃないですから。先輩方がお創りになられた数々の神話と同等か、それ以上の物語がいくつも生まれるに違いありませんしっ!このレースだって、結果は最後まで分かりませんよ?」
「……すまない。君の言う通りかもしれないね。確かに、鍛えた量はうちの副会長の方が大分優っているだろう。しかし、ウマ娘にとって最も大事なもの、すなわち唯一無二の想い……。オロール君のそれは、ブライアンに追い縋るどころか、さらなる高みにあると言える。ましてや、友人の想いまで背負っているのなら、彼女は輿馬風馳を体現するだろう。学園内の模擬レースであれ、竜騰虎闘を拝めることをありがたく思う限りだ」
会長殿にそう言われては、このレース、手を抜こうものなら万死に値する。まあデジたんが見ている時点で僕は全力に全力を重ね走るんだけど。
そう、いつだって僕を見ているのはデジたんだ。
会長にああも言ってのけ、それから我が身のことのように不敵な笑みを浮かべるデジたん。口の端から涎が垂れていなければとてもカッコよかった。ただし、涎が垂れているので可愛い。
「……そのまんま風除けになっててくださいね」
出遅れも悪いことばかりではない。
メタ的な話をすれば、ブライアンさんのスキルは追い抜きでしか発動しないのでこのままいけば……。とはならないだろうな。現実はそこまで都合が良くない。こちとらそれを知ってるから妨害してるんだ。
とにかく、なんとか持ち直して、ブライアンさんの背後につけた。
「ああ。構わん。それをやれば、お前は私の渇きを癒せるか?」
「そりゃもう。渇きを潤しまくってお肌プルンプルンにしてやりますよ!ついでに野菜もたくさん食べてもっとお肌ツヤツヤにっ!」
「ニ、ニンジンなら食べているッ!それで十分だろうッ!?」
ブライアンさんのペースがほんのわずかに落ちる。
小数点以下の数字でペースが変化した。それでも僕にとっては大きな勝利への糸口だ。
「おいアイツクソだぞ。まだ精神攻撃を諦めてねぇ。マジで性根腐ってんじゃねーの?」
「オロールちゃん、ついにデバフスキルをも習得するとは!さすがですねぇ!」
「デバフって言えば許されるわけじゃねぇと思う」
魅惑のささやきがあるのなら、恐怖のささやきがあってもいいだろう。ふと思ったが、魅惑のささやきって何なんだ?贈賄交渉?
「つーか、割と観客来てんな。まあそらそうか、ナリタブライアンが模擬レースするとなりゃあ、観にくるわな。ところでカイチョーさん。パクチー食う?」
「生のパクチーを束で出されては少々困ったなぁ。まあそれはそれとして。ふふ、案外オロール君目当ての子もいるようだよ?」
本当に?
「あっ、あの子は!自制を一切せずにグッズを買い込み、人の背丈ほどに積まれたそれらを驚異的なバランス感覚で持ち帰る我らが
「誰だよ」
「ハッ、あっちには必殺収集人、そっちには韋駄天サイリウムさんまでッ!」
「誰?何?物騒な異名だなオイ?怖っ」
「趣味仲間の皆様がこぞって応援しにきてくださるなんて、オロールちゃんも幸せものですねぇ〜」
ヲタクのウマ娘が僕とデジたん以外にいない、なんてことはあり得ない。彼女たち学園の同志と有意義なやりとりをした経験は何度かある。つまり洗脳ゲフンゲフン。いかにデジたんが偉大な存在であるかを語ったりしたわけだ。以来同志と良き関係を築いている。
「彼女たちのように、レースを直接的に享受し、盛り上げてくれる観客はありがたい存在だ。学園の生徒にそのような子がいるのは嬉しい限りだな。観客席が歓喜の声で溢れ……。うん?観客、かん、かん……。ふむ」
……。
っと、今はレース中だ!
一時たりとも油断はできない!
「ついて来るか。ならばッ!」
「ッ!?」
相変わらずブライアンさんにぴったりつけていた僕だが、コーナーに差し掛かった途端に戦況は一変した。インコースを強引に攻めるのが僕のやり方だが、ブライアンさんが道を塞いでいて進めない。
至極当たり前のことだが、レースはタイムトライアルではない。相手のやりたいことを潰しつつ、マイペースを崩さない。そのスキルは、実戦経験の豊富なブライアンさんの方が上手だ。
プラス、トレセンの芝は整備が行き通っているから非常に綺麗だ。皆がこぞって走るインベタでさえも。だからこそ容易に最短ルートを選べる。まさしく掟破りの地元走り……。なんちゃって。
「ハッ、何が“渇き”ですか!しっかりジメジメしてるじゃあないですか!」
彼女はこの後のスパートに向けて息を取っておきたいらしい。僕が数度追い抜かそうとつついてみると、コースと速度を調整して追い抜かせまいとしてくる。ブライアンさんの逃げは、タイムトライアルに持ち込むスズカさんやマルゼンさんのとは違う。強いて言うなら、近いのはスカイさんだろうか。レースの展開を前からコントロールしようという算段である。
「だったら、こうだ!」
「ッ、行かせんッ!」
再び外側から追い抜きを試みる。今度ばかりは絶対に前へ出るという気概をブライアンさんに浴びせるように、ピッチを上げる。
ただし本命は別にある!
「邪魔ァ!」
速度が上がれば、それだけインに張り付くのは難しくなる。ましてこちらの様子を常に伺うブライアンさんは、やはり詰めが甘かった!一瞬だが、隙は生まれたぞ!
草原を優雅に駆ける馬ではなく、それを追う側。
狩猟を生業とする肉食獣の如く、全身のバネをいっぺんに縮める。
「ッチ、抜かせん……!?何をっ!?」
「何って、ココを空けた方が悪いでしょう!」
バネに力を溜め、身体を縮めてムリヤリ内ラチを擦りにいく。頭はブライアンさんの腰あたりの高さだ。走るというより、前に倒れ続けるような格好になった。
「アイツ先輩にすげー口利くなぁ。邪魔ァ!言ってたぞ」
「ふふふっ。それくらい噛み付いてくる子の方が、私としては迎え撃つ甲斐があるというものさ」
「会長さん。それ多分アレだぜ。活発でコミュ力も高い有望な人材だ!つって現場に寄越されたのがただのDQNだった、みてーなヤツ。普段のアイツは単なる変態だから、そこんとこ気をつけろよ」
皆のいる位置からはだいぶ離れたのでもう声は聞こえないのだが、何だろう。何か僕に対する侮辱を感じた気がする。
「お前っ、そんな隙間を……ッ!」
ようやく、ようやくだ。
ブライアンさんの肘が僕の頭上を掠めていった。
ちなみに、彼女と僕の身長は大差ない。つまり、僕は自分でも驚くほどに深い姿勢でインを抉っていた。
「いける、いけるッ……!ッ、抜けたッ!」
縮めたバネを伸ばせば、当然、弾性力が発生する。
元の長さに戻るはずのそれを、僕は、むしろ引き伸ばしてやる。
インコースをものにしたあとは、ずっとスパートだ。コーナーはようやく終わりに差し掛かろうかというところだが、それでもいい。
伸び切ったバネは二度と戻らない。僕だって、今最高速度で突っ走れば、もう誰にも止められない。
「ああああああッ!デジたーんッ!」
ゴールすればデジたんにいっぱい労ってもらえる!ああ早く会いたい髪に顔埋めてクンクンしたい抱きしめたいいっぱいしゅき。
「おいすげぇな。ここまで声届いてるぜ。で、デジタルさんよぉ、呼ばれてんぞ。ゴールで待っといてやれよ」
「そうですね。若干恐怖を感じますが、まあいつものことですし、もう、何でもいいや……」
ゴールすればデジたん!デジたん!
つまりゴールはデジたん?ということはこのレースはデジたんだった?
あ、そっか。そもそも世界がデジたんだった。
「ふむ、最終直線に先にやってきたのはオロール君か。いやはや、素晴らしいね。麟子鳳雛の勢いは衰えることがなさそうだ。だが……。ブライアンは負けない。そうだろう?ハヤヒデ君?」
「ぶーちゃんなら勝てるッ!頑張れ、ぶーちゃんっ!」
「ぶーちゃんッ!?そんな可愛い御名前で呼んでらっしゃるんですかぁ!?やばっ、あっ、シチュが脳内で爆発して、脳漿漏れそう……」
その瞬間まで、僕とデジたんだけの世界があった。
だが、僕は感じ取った。三冠ウマ娘の執念を。
ぶーちゃんが、来る。
「うっわ、マジかよぶーちゃん。急に耳と尻尾が揺れ出したぜ。アレ、嬉しいのかな」
ぶーちゃんの睨眼が僕を射抜く。そして眼光は次第に強まっていく。
くそっ、タキオンさんの薬のせいで、普段の彼女ならば顔を青ざめさせるような呼名すら平然と受け入れる。それどころか、姉との親愛を感じたのか何なのか、急激に速度が上がっていく。あまりの気迫に思わず振り返った。彼女の口元はニマニマと綻んでいた。
ゴールまで、あと100mを切った。
1/3バ身ほどあった差は、今やその面影すら残っていない。完全に横につけられた。
このペースでは負ける。
差が埋まったということは、ブライア……ぶーちゃんの方が速いということなのだから。認め難いが。
「がああああーッ!?」
自分でも驚くほど汚い吠え声だった。
あと数m。限界を越える、なんてのはウマ娘の御家芸だ!僕はまだ終わってない!
最後の一歩。
少しでも前へ!そう思って、倒れ込むようにゴール板代わりのヒシアマさんパネルの前を通り抜けた。
◆
「うわあああああああああっ!!?」
今のは僕じゃないぞ。ぶーちゃんの叫び声だ。
「あっ、あね、姉貴。とりあえず一発殴らせてもらえるか」
「ぶーちゃーん……?」
「その呼び方をやめろォ!安心しろ後遺症の残らない程度に後頭部を殴って記憶を消すだけだ」
「怖いぞ、ぶーちゃん」
「クソオオォォォ!!」
クスリが切れたらしい。
かわいそうに。これからずっと今日の黒歴史に苛まれるのだと思うと、にんじんが美味しくてたまらないな。
クールで寡黙な娘が赤面するだけで、飯は美味い。
「……ハァ。ここにいる全員を殴るわけにもいかないか。まあいい、私はあのカスマッドサイエンティストをシメてくる。ついでに忘却薬でも貰えれば御の字だな」
ぶーちゃんは早足でトラックを後にした。
「ぶーちゃ……ブライアン!待ってくれ、私の記憶を消そうとしないでくれ!お前がレース直後に呟いた『姉ちゃん……。その、応援、ありがと』は一生の宝物だ!なあ、頼むから!」
ビワハヤヒデさんが追いかけていった。
「にしてもよー、惜しかったなぁお前。あと半バ身で三冠ウマ娘に勝ってたぜ」
「……そんなに差、ついてたかぁ」
「そんなにって、お前、むしろ今の段階でそこまで張り合えるのがおかしいぜ?そもそもお前まだ中等部だろ」
「でも、デジたんならもっと鮮やかに、美しく!勝利を収めてるはずなんだ!」
「ちゃんと目が見えてるかどうか疑うレベルの過大評価ァッ!?」
1日30時間デジたんのことを考えている僕のシミュレーションの精度はほぼ完璧に近い。デジたんなら勝っていた、間違いない。
「それにしても、今日のブライアンはどこか様子がおかしいと思ったら、そうか、タキオン君のせいか……。妙な実験に人を巻き込むのも、博学才穎であるがゆえかな。今年に入ってまだ半年を過ぎたばかりだというのに、12件のボヤ騒ぎのうち全てに彼女が関わっていたよ」
と会長。
「ぶっちゃけよぉ。この変態と知り合っちまった、ってのも、タキオンがハジけてる原因の一端だと思うぜ。基本的に他人を実験台としか思ってない狂人と、愛するデジたんのためには何でもやる変態、二人の相性がよすぎたんだ」
「……否定ができない。振り返ってみると、僕と関わったウマ娘は、大抵ハジケ度が増すか、ツッコミで過労になるかの二択っぽいんだよね。そういうジンクスでもあるのかな」
「ああ間違いねぇ。あの秀才ビワハヤヒデと怪物ナリタブライアンの姉妹がただのシスコンになってたしな」
ぶーちゃんの恥じらいの表情は見ものだった。
「ハァ……。そもそも、なんで僕たちレースしてたんだっけ」
ああそうだ。もともと暇を持て余していたブライアンさんの提案によるものだった。
「うっわ、やば。急に、脚が、パンパンになってきたような。あぁ、疲れがドッとくる……!」
「あっ、と。大丈夫……?」
「大丈夫。よしデジたん、今から君の胸元に向かって倒れ込むからしっかり受け止めてほしい。すると僕の疲労は立ちどころに治る予定だから」
「は、はぁ、別にいいけど、例えば思いっきり息を吸ったりとかはやめ」
「スゥ〜〜〜……!」
「ひゃわぉああっ!?」
あー、肺が潤う。
「はぁ、悔しい。ホントに悔しいな。ダートだったら勝ってたよ、マジで」
「そういやお前、ダートの方が好き〜とか言ってんのに、ここんとこずっと芝ばっか走ってんな」
「うん、本質的にはどこでもいいんだ。デジたんが見てくれてるなら、僕は深海でレースしろって言われても快諾する」
「水圧ェ……」
僕の愛圧の方が大きいために、そんなものは意味をなさない。
「あ、これ、すっごくおちつく、な。このまま寝ちゃいたい、なぁ……」
……。
「あっ、コイツ人の胸借りたまま寝やがった。んでデジタル、お前も満更でもないって顔だな」
「ふひっ、し、正直申しますと、ウマ娘ちゃんの御肌を自ら進んで提供してくれるなら、ありがたく享受すべきだという結論に至りまして……」
「おう。アタシ、ちょっとコーヒー買ってくるわ。口ん中が甘くてやってらんねぇ」
某ゲームのおかげで更新ペースに支障が出ておりますが、まあそんなもんです(?)
操竜したときはちゃんと「俺の愛バが!」ってチャットしてるので許してください()
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死をも除ける病
「頼む、もうこれ以上あの緑色の毒薬を見たくない。野菜不足で寿命が縮もうが構わん。もう二度とあれを飲ませないでくれ。然らずんば……死を」
「命と天秤にかけるほど不味いんですか、ブライアンさん。せっかくタキオンさんが『ロイヤルビタージュース・参型』の開発に成功したのに」
「また随分物騒な名前だな」
「彼女曰く『更なる改良を加え、効能が上がったのみならず、愛が重めのツンデレになる確率も1%以下になった!ただし、2%の確率で表皮が緑色に発光するが、まあハズレを引くことはないだろう。ところでさっき指についたプロトタイプの薬品汚れがなかなか取れない。それどころか手全体に広がっているなぁ、エイリアンのようで愛嬌のない緑色だ、まったく困ったものだ、ははっ。モルモットくんに舐め取ってもらおうかねぇ……』だそうです!」
光合成できたりします?と聞いたところ、キョトンとされた。タキオンさんにとってトレーナーさんとは?と聞いたところ、見たこともないほどに顔を赤らめ、それからモゴモゴと口を動かした、とだけ言っておこう。あとは想像で補うべきだ。
「確かに私はターフの上でしのぎを削ることを好むし、レースは戦の場だと考えている。しかし死の危険と隣り合わせの学園生活は普通に嫌なんだが」
「死にはしませんよ。まぁ、ひどい場合は死にたくなるんでしょうけど。それにしても、まったく可愛かったですよ先輩、こないだはお姉ちゃんにびったりでしたもんね」
「……」
「ゴメンナサイ」
可愛いの権化だった。いくらまともな状態ではなかったといえ、ブライアンを知っている者なら満場一致で「誰?」と感想を抱くに違いないほどに。
ところで国会は早急にタキオンさんの行動を制限する法を立法すべきだと思う。まあ僕が焚き付けている場合が多いが。
ん?ということは国家権力によって規制されるべきは僕の存在……。いやいや、舐めないでほしい。デジたんをこよなく愛する僕が、国ごときに負けるわけないだろう。
「はぁ、何でもいい。せっかくわざわざ手間暇かけて骨折り遠路はるばる労力を惜しまず手伝いに来てやってるんだ。作業を進めるぞ」
さて、現在僕たちが何をしているかと問われれば、宴の準備だ、と答えよう。
要するにファン感謝祭の設営である。
トレセン学園秋のブックマーケット、と銘打たれた即売会を開催するにあたり、立案者である僕やデジたん、そして生徒会側の協力者であるブライアンさんその他の面々と共に、仕事に精を出している。
「ったく、なぜ私がこんなことを……」
「会長さんに言われたからでしょう。もっと他人を思いやろう、って」
「あれは私を体よく働かせる口実だろう。やはり納得できんな」
会長殿曰く「ブライアン、君は他人に配慮するべき場面で些か不適切な行動をとることがある。いやなに、貶しているわけではないよ。ただ君は元来優しい子だ。ほら、こないだのツンデレ事変で……ブフッ!すまない、失笑だった。とにかく、君の愛情は皆分かっているのだから、もっと行動で示していこうじゃないか」とのことだった。
「会長さんが言ってたじゃないですか。『アグネスデジタルは他のウマ娘たちのことを思いやり尊重できる、素晴らしい子だ。他に優しく己に厳しい。彼女の持つ篤実温厚の心を、私は尊敬している』って。あの皇帝様がそう評するデジたんはやっぱり最高存在なんです。この際デジたん沼にハマりましょ。心が浄化されて思いやりを学べますよ」
「そのデジたん沼とやらにハマったあげく、姑息でいやらしい搦め手を平然と使うウマ娘を私は知っている」
誰だその罪深いヤツは。きっとゴルシちゃんに違いない。
「何にせよデジたんは可愛いんです!今だって、ほら、きっとブライアンさんに『デジたん』呼びされたせいで、完全に逝っちゃってます。可愛いなぁ」
「……それだけで?」
「そういう生き物なんです。何を隠そう、この僕だって入学当初はフジキセキ寮長様の顔面に視神経を灼かれた身です」
「……何なんだ、お前ら」
「デジたんは最高のウマ娘にして誉れある同志。そして僕は、そんな彼女の
ああ、そうそう、同志といえば。
「薄い本に詰まったロマンを味わって日々を生き繋ぐ人種は僕たちだけじゃない。ね?ロブロイさん」
「えっ、あっ、あのぅ、私、そちらの方面には少々疎くて……」
ゼンノロブロイ。
地味。メガネっ娘。しかし見た目で侮るなかれ。こう見えて化け物みたいな戦績を残した名馬のウマソウルをしっかり受け継いでいる。あとデカイ。どこがとは言わないが。スズカさんやマックちゃんあたりにちょっと分けてやるといい。
「そうですかそうですかハハッいつでも待ってますからねぇ」
素質はある、と僕は思っている。古今東西の本を読破し、近代文学、SF、ラノベ、とにかく例外なく書物を好む彼女は、間違いなくこの界隈にハマる。ただ強引に引き摺り込むのはよろしくない。ドントタッチイエスウマ娘ちゃんの精神に基づこう。
あっ、と。ただしデジたんは別。彼女はいかなる手段をつかってでも愛でなければならない。
「んほあっ!?何か、今、頭蓋を何か尊みのようなもので殴られた感触が……」
「クリティカルヒットだったね。さすが三冠ウマ娘と言わざるを得ないイイ当たりだったよ」
「そうですか、なるほど。ありがとうございますブライアン様」
「……なぜ、感謝する」
「あっなんといいますか。あたしめは常にウマ娘ちゃんに対し全身全霊を捧げ命も惜しまぬ気持ちでして、本来であればお話しさせていただけること自体が控えめに言って心臓爆発案件で、それがあたしの凡なる名を呼んでくださった日にはもう……!Bomb A Headッ!YEAHッ!」
熱い魂の叫びが飛び出した。だが共感できる。毎日デジたんを眺めている僕の目と、彼女の粒子を感じる鼻腔、肺、会うたびに煮えたぎる血液と血管、あと心臓。そろそろメンテが必要な時期である。
まあデジたんと触れ合うと僕の身体は健康になるので問題はないが。
「意味が、分からん……」
当のブライアンさんは唖然とするあまり、咥えていた謎の葉っぱを落とした。
「アッ、あのぅ、いくらで買い取れますかねコレ」
「は?」
「あっいえ、何でもございません。ただ落としたものをもう一度咥えるわけにもいきませんし、よろしければこちらで引き取らせていただきたいなぁと……」
「知らん、何なんだ、本当に。勝手に持ってけ……。いや持っていくな、待て待て待て!何か嫌な気分だ!何か、そう、極めて重大な精神的不調に繋がりそうな予感がする」
「そうともデジたん。さすがによくない。僕というものを差し置いて。キスしたいなら言ってくれよ」
「キッ!?キキッ、キッ!?それって、あのっ!?お、お二人はもしかしてそういう関係で……?」
混沌が場を支配する。
「ッ止めろォ!!もう止めるぞこの話はッ!!」
刹那、ブライアンさんの一括により場は静まった。さすがは生徒会副会長にして最強の一角。放たれるオーラは尋常でなく、まさしく鶴の一声である。
「……ブライアンさんってちっちゃい頃お姉ちゃんとキスしたことあります?」
「なんだお前はっ倒すぞ」
「ゴメンナサイ」
聞きたかったんだ、なんとなく。
「ウマ娘同士で、キス……。そういうシーンのある本は何度か読んだけど、でも、現実ではどうしてこんなにドキドキするのでしょうか……。胸が火照ってくるような、そんな感覚が」
おや……!?ゼンノロブロイの ようすが……?
「アッ、あの、ロブロイさん!お聞きしたいのですがっ!攻めの反対はっ?」
「えっ、と。受け……?」
おやおやおや?おやぁ?
「っこれは……!いや待ちなさいっ!早まっちゃダメよ、デジたん!囲碁将棋界では攻めに対して受けの語を使うことがあるっ!ここは様子見を……!」
「あ、あの、どうされたんですか?」
「ロブロイさんっ!!」
「はいぃ!?」
「あ、あの、ネッ、ネコの対義語は……?」
「うぉいデジたぁんっ!?アウトォッ!?ダメだよそれは!?僕でもそこまではしないよ!?」
「えっと、タ」
「ゼンノロブロイィィィィッ!?ロブロイさぁん!?あんたなんで知ってるんだ!?」
くそっ、デジたんが暴走した!
数少ない僕がツッコミに回る機会だ!
「ああ、ロブロイさん……!ようこそ、
「はっ、はい……?なんだかよく分かりませんけど、不思議と悪い心地はしませんね……」
あーあ、
◆
「ですからこれは公式が最大手でして、まごうことなき真の愛があるんですコレ!すごくないですか?」
「CP解釈に対しての答えが存在している。にも関わらず、多方面に渡る関係性が他の解釈を潰すことなく、無数の作品全てが矛盾を含有しないものとなっている。奥深い世界ですね……!」
やばい。やばいぞ。
「さすがロブロイさん!鋭い!それで、こちらはですね、当該の関係性を軸に据えつつ、王道から少し逸れたストーリーをボリュームたっぷりで描ききった神作なんでしゅっ!愛しているのに……!そんなもどかしい気持ちが心をノンストップでくすぐり続けて、もうっ、あぁっ……!」
「ほう、ほう……!登場人物の葛藤に起伏をもたせ、読み手を没頭させる。その上で度肝を抜かれるラスト!奥深いどころじゃない、終わりの見えないほどにのめり込めそうな……!この界隈が沼、と形容されるのも頷けます。とことん引き摺り込まれてしまいたい、抗い難い魅力がありますね!」
「ですよねッ!?」
これはやばい。
どっちが喋ってるか分からん。
「変態が増えた、のか……?」
「ブライアンさん。確かに僕とデジたんはその言葉に当てはまるタイプです。しかしロブロイさんをそうと決めつけるのは早計ですよ。彼女はまだ
とはいえ、見ていると到底そうは思えないのも事実。もしかして僕よりも界隈人だったりしないか。造詣が深すぎる。
それにしても、二人とも楽しそうだなぁ。
デジたんは仲間が増え、ロブロイさんは本好きと語り合える。うぃんうぃん、というヤツだ。
「ハッ!?デジたんの良き理解者としての僕の立場が危ういのではっ!?」
記憶力には相当の自負がある僕。しかし本の虫……。いや、活字の海を休むことなく泳ぎ続ける、いわば本の魚と言うべきほどの情報収集力を誇るロブロイさんに、ヲタク知識で勝てるかどうか。今はまだしも、来年頃にはどうなっているやら。
「オロールちゃん。狂ったようにあたしに執着している貴女なのに、あたしを信頼していないのですか?このデジたん、断じて浮気性ではございませんとも。あたしにとってのオロールちゃんが何か、それは分かってますよね?」
「デジたん……!つまり恋び」
「そうは言ってないですけども!とっ、とにかく、まあ、ハイ、えっと、えっと……!ロブロイさんはおっしゃいました!底まで堕ちていきたい、と!深淵を覗いたのならば、すなわち相応の覚悟があるということ!」
「そ、そんなに厳しい世界なんですか……?」
「あっ、いえいえ。解釈を押し付けるようで申し訳ないのですが、あたしとしてはロブロイさんには文学少女としての奥ゆかしい魅力を保ったままでいてほしいので、そこまでディープな場所には連れ込みませんけど。覗きたいとおっしゃるのなら、その一端をお見せすることも吝かではありません!」
デジたんの声には歴戦の重みがある。あれは深淵を知っているどころか、深淵の住人だ。僕もだけど。
「ロブロイさんのヲタク道を切り拓くためならッ!オロールちゃんがあたしに何をしようが受け入れるつもりですよ!」
……?
ん。
んん?
ん〜……。うん。うん?
ぎゅるるん!ぎゅるるーん!
「ッハァ〜最高だよ君は!そうかそうか。でもさ、それって結局ただのかこつけだろ?君の本心はむしろ、僕と触れ合いたいって気持ちでいっぱいなんだよね?言えばいいさ、いつだって。僕は拒まない。君もね」
「アッ?あたし、調子乗っちゃった……?」
「そうかもね。よくないよ、それに乗っちゃあ。君はむしろ乗られる側の素質がある」
「ふぇっ……」
赤面するデジたんは可愛い。真理である。
「これが、総受け……!?」
「ふぁっ、あっ、学びが早いですねロブロイさんっ!それで、できれば助けていただきたい!いえ、何でも受け入れるとは言いましたが、何でも受け入れるとは言ってない!とにかく、オロールちゃんがパブリックスペースでも容赦なくスキンシップを試みることを失念していたあたしの責任ではありますが、この状況は一人でどうにもならないというかあっあっあっあーっ!?」
うーん、役得役得。大変美味だ。
喰ってないぞ。ちょっと抱きしめただけだ。
……少なくともロブロイさんに見えないよう配慮はしたとも。
「……私、帰っていいか?」
完全に置き去りのブライアンさんなのであった。
「ごめんなさい。もう少し残ってもらえますか?作業がまだあるので」
「……了解」
かの猛きウマ娘も、新たな扉を
「デジタルさん。興味深いお話をありがとうございます。ですが、そろそろ休憩も終わりにしましょう。副会長さんもいらっしゃっているので、作業は手早く終わらせてしまいませんか?」
圧があった。覇気があった。
彼女の好む英雄譚の、英雄のような。
「急にカッコよっ、ハッ、しゅき……」
デジたんがまた倒れ……てない!?
いや、意識は飛んでいる。白目を剥いて涎を垂らしながら意識を保つヤツなんてこの世にいない。
それだのに、なぜか彼女は立ち続けるどころか、そのまま作業を開始した。
英雄の力による奇跡だろうか。
「ふふっ、何だか、新しい世界を知ったことで、ほんの少しですけど、自分に自信が持てたかもしれません!さあ、仕事を片付けてしまいましょう?」
「ラジャ、ボス」
「ボス……?」
新たな世界を知った彼女。
あるいは、以前から読みこんでいた英雄譚に対し、ヲタク的視点、ある種のメタ的な解釈を知った結果、より英雄への理解度が増したのだろうか。
うーん、考えても仕方ない。
「あ、ちょっと手を貸していただきたいのですが」
「ラジャ、ボス!」
「ボス……?」
僕はボスについていくことにした。
図書室で騒ぐちょい悪ウマ娘ちゃんを鬼も泣いて逃げ出すような目で睨み黙らせるロブロイの姉御はいる(確信)
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博徒流浪漫砲
コレクトオトモ強すぎるて……ゾルデ○ック家か?
……ハッ違うんです決して一狩り行きすぎて睡眠時間が削れてるとかそんなことはなくてですね
晩夏の風が頬を撫ぜる。
屋上で寛いでいるときなんか、特に。
「なー、なー、なーなー、なー」
「……っ」
「なー、かー、やー、まー」
「……なんだよさっきから。ウルセェなゴルシ」
「ナカヤマ、今日はノリ悪いじゃねーの。なんか遊ぼーぜぇ。ヒマだしよ」
「大いに賛成。だがゴルシ、とりあえず一旦私の半径1m以内から離れてくれるか?」
「そりゃまた情のない……。って、あぁ、うん。なるほどな。納得したわ、ゴメンなナカヤマ」
希代のギャンブラー、ナカヤマフェスタ。
の肩に手を回すゴルシちゃん。ここからしか摂取できない栄養がある。愛さずにはいられないな。
確かナカヤマさんの同室はシリウスさんだったか。こうして見ると彼女も最高のイケメンだ。2人のイケメンが同じ部屋で毎晩寝ている、というのは、ひょっとして年齢制限をかけられるべき案件ではないだろうか?
「アッ、アッ、ンンッ……!」
「あーあ、一足遅いよゴルシちゃん。デジたんが壊れちゃった。ただでさえ君、スキンシップに抵抗がないから、絵面が美味しいんだよ。分かる?」
「分からん。分かりたくもねぇ」
デジたんは永く短い旅に出た。合掌。
「暇だー……。あ、いいこと思いついた!なぁお前ら、ちょっと賭けをしようぜ!」
「なにさ、薮からスティックに」
「ほう、賭けか」
「カッ、ケホッ……!」
一人だけ断末魔だったが、まあともかく。
「学生の余暇といやぁ、コレだろ!」
ゴルシちゃんが取り出したのはトランプ……。ではなくUNO……。でもなく、麻雀卓。
「全自動だぜ」
「いいねぇ。アツい勝負になりそうだ」
「……って!どこで手に入れたのさ、コレ」
「アタシもよく分からん。サトノのご令嬢の前で全自動卓欲しいな〜つってボヤいてたら次の日届いた」
この学園にはヤバいやつしかいないのか……?
あ、僕が言っちゃダメだなコレ。
「そもそも、麻雀に興じること自体、学生の休み時間っぽくないんじゃないの……?」
「んなことねーだろ。そいつぁちと古典的な考え方だな。麻雀は立派なインテリジェントスポーツだぜ?相手の手の内を読んだり、緻密に確率論を練ったり、考えることがたくさんある。こんなに頭を使うんだから、むしろ学生こそやるべきだろ」
「なるほど……」
確かに、ある種の論理思考能力が問われるゲームであることは間違いない。そして、運次第で全てが変わることだってある。思考トレーニングと面白さの両方を兼ねたゲームと言えるかもしれない。トランプも思考力は必要だが、カードが52枚なので麻雀ほど考える必要がない。僕は大天才なので、それしきの枚数はすぐに暗記できる。
麻雀は
「……ん?待てよ?もしかしてゴルシちゃん、トランプだと自分が勝てる確率低いから麻雀を選んだね?」
「お前みてーな勘のいいガキはキライだぜ」
「もっと言うと、イカサマしやすいからだね?」
「活きのいい牡蠣はフライだよな」
「はぁ?どう考えても生だよ。ウマ娘は滅多なことじゃ食中毒にならないんだから、生に限る」
夏場に危険物を喰らう快感はウマ娘の特権だ。
とはいえウマ娘とて無敵ではない。人間よりリスクは少ないが、油断は禁物である。真のブラックホール胃袋を持っているのはオグリさんくらいだ。彼女なら多分フグの内臓も食べるだろう。
「さっさとやろうぜ。実を言うと私はお前ら2人に前から興味があったんだ。どこにでも現れる万能の監視者、それと近頃台頭してきたダークホース。最高にカオスじゃねーの。……さて、何を賭ける?」
獰猛に笑うナカヤマさん。
「決まってんだろ!最下位は購買のにんじんゼリー全員分奢りな!」
何……だと……?
素晴らしい。大変素晴らしい。どのくらい素晴らしいか分からない人のために説明すると、デジたんがウマ娘以外で「じゅるりら」する数少ない代物の一つだ。
「あ、でもさ。こんなことしてるの生徒会に見つかったらマズいんじゃないの?」
「安心しな。こんな辺鄙な場所にわざわざ見回りにくるヤツはいねぇ。ただし、ブライアンがサボりに来たときにゃ、もう1人の副会長が追っかけてくるから注意だな。まあ今日は問題ないだろう。暇を持て余したバクシンオーが来るかもしれんが、アイツはオツムが弱いから大丈夫だ」
と、さすが歴戦のナカヤマフェスタである。
「アイツは自己言及のパラドックスをクリアできないからな」
「……どういうことです?」
「簡単だぜ。まず、どうしても聞きたいことがある、と勿体ぶって言う。するとアイツは『ハイ!この私が責任を持ってお答えしましょう!』と自ら足元に地雷を置く。でもって、私は嘘しかつかない。本当のことは何一つ言わない。するとこの発言は矛盾している。私はたった今真実を語ってしまった。もし今の発言が嘘なら、私は普段真実しか言わないことになる。さて、この矛盾をどうすればいい?と聞く」
なんだかバカみたいな話になってきた。
「バクシンオーは、真実しか言わない、を地で行くタイプだから、責任を持って答えると言った手前、しばらくこの問いについて考え続けてフリーズするんだ。面倒な時に出くわしたらコレで対処できる」
語り口を引き継いだ歴戦の悪戯戦士ゴルシちゃんは得意気である。
というか対処方法がアホすぎる。サクラバクシンオー、ロボットかお前は。
あ、ブルボンさんも同じ方法でフリーズさせられるかも。
「ああ、ちなみに聞くぜ。オロールフリゲート」
「あ、オロールでいいですよ」
「雰囲気出してんだよ。なぁ、オロールフリゲート。お前は今の質問にどう答える?お前はこの矛盾に答えを出せるか?」
そんなことであれば、僕は考えるまでもなく答えられる。
「数字や記号でシンプルにまとめようにもなかなか答えが出ない問いが存在すること、それ自体が問いでしょう?全ての事象を数式で表すのは不可能だ、少なくとも今は。僕の答えは決まってます。だからこそこの世界は面白い。これに尽きる。ふふっ、ナカヤマさんがギャンブラーなのもよーく分かりますよ。僕も似たようなタイプですし」
ウマソウルなんて不確定さの塊みたいなモノを飽きるほど使い込んでおり、その上気合でゴリ押すのが趣味の僕である。
確かにこの世はある一定の法則に従って動いているが、必ず隙がある。ナカヤマさんが好むギャンブルも、一定のルールのもと数学的に限りなく正しい道のりを辿っても、最後はカオスによって盤面が揺れ動く、素晴らしい性質を持っている。
「フッ、お前とは気が合いそうだ。面白くなってきやがった!早速やろうじゃねぇか」
「望むところッ!」
ナカヤマさんの目には龍が宿っていた。
「えー……お前らちゃんとシリアスするじゃん。すっげーな、ゴルシちゃん見惚れちまったよ」
「そう言いつつちゃんとボケてくれるゴルシちゃんのこと、僕は好きだよ。でもさ、とりあえずその透明な牌と革手袋と採血器具は一旦……採血器具!?しまってくれよ早く!?」
「チッ、つまんねーな……」
◆
「あの、あたし、ドンジャラくらいしかやったことないんですけど……」
「マジかよ。麻雀はギムキョーだぜ」
「大丈夫!僕が手取り足取り尻尾取り教えてあげる」
なにせ僕は暇なときにとりあえずムダな知識を覚えるウマ娘である。般若心経や讃美歌を唄えるし、なんならハカとかケチャもいける。その流れで麻雀についてもあらかた予習済みだ。
「お前は教える側に立てる腕前なのかよ?へっ!勝負はこのゴルシ様が貰う!終わってから泣いて教えを乞うなら、酌量の余地は残しといてやんぜ」
「あんまりナメないでほしいな?」
麻雀はもちろん、将棋やオセロで勝ってイキリたいがために、僕は数々の戦術を習得した。チェスや囲碁、果てはバックギャモンまで、そこらの囲碁将棋部よりは強い自信がある。全てはこの時のため。
「というわけでルールとか教えたげる。君は要領がいいから、すぐにゴルシちゃんをぶちのめせるよ」
「は、はぁ。ところでなぜ二人羽織を?」
「デジたんと僕が一心同体になれば最高効率を実現できるからね!」
「あっハイ」
そんなこんなで、うまうまぱかぱかとルールを説明すること数分。
麻雀は136枚の牌から手牌を14枚取って役を作り、アガリ……勝利を目指すわけだが、その役の形や点数を覚えるのは一苦労だ。何せたくさんある。
しかしデジたんはすぐに理解したようで、僕はその天性のセンスに脱帽するばかりであった。
「っし、始めるか!」
僕の正面にいるゴルシちゃんが言う。左手にはナカヤマさん、そして右手側には我らがデジたん。
「さて、んじゃ早速サイコロを……」
「待てよゴルシ。それはバレるに決まってるだろ。順番も全自動で決めてくれるはずの全自動卓だってのに、わざわざ手動でサイコロ振るたぁなんだ。こだわりが強い、ってわけじゃねえな?間違いなく仕込んでんだろ」
「チッ」
あの芦毛、油断も隙もあったもんじゃない。
ナカヤマさんは鋭い眼を持っているようだ。
「きちぃな、ちくしょう。まあやるか。あ、そうそう!とりあえず持ち点は25000な!」
デジたんが初心者だったので、今回の対戦は一般的なルールに基づいている。
「あ、あたしが親ですか。それでは……」
手元の牌を一瞥するデジたん。
しばらくうーんと首を傾げる。
「お、デジタル?どうかしたかよ?」
「分からないことでもあった?それなら僕がもう一度手取り足取り、つま先から舌の先まで教えてあげるけど……」
「あ、いえ、その……」
ここが、こうで……と、首を傾げたまま牌を入れ替えるデジたん。
それからやはり何度か唸ったのちに、彼女はおそるおそるといった様子で手牌に指をかけた。
「えっとぉ、アガリ、ました……?」
「は?」
「お?」
「ん?」
なんて?
「あ、コレ、アガリ、でいいんですよね……?」
パタン、と、少々情けない音を立てて倒された牌。
「えっ、マジ?つーことは、あれか?」
「天和……。マジかよ。やるじゃねーか」
最も得点の高い役満、そのひとつに数えられる役だ。
麻雀は本来、最初にランダムで牌が配られたのち、山から新たに牌を取っては捨て、取っては捨てを繰り返し、アガれる形を作るゲームである。
今起こったことは説明するまでもないだろう。
最初の手牌でアガッた。それだけだ。
だが確率が凄まじく低い現象である。ポーカーでいうロイヤルストレートフラッシュ!某狩ゲーで言うところの報酬枠が全部宝玉!宝くじが当たった帰りの足で億馬券を当てるようなもの!
って。おい、待て、待て待て待て。
彼女が倒した牌をよーく見てみろ。
「コレ、アガリですよね?なんだか漢字ばかりでやたらゴツい見た目ですけど……」
「大三元!?いや、待て、
全部役満じゃねーかオイ!
「デジタル、お前……。死ぬぞ?」
「うわぁああぁデジたぁん!?死ぬなぁぁあ!?よぉし僕が守護るぞお前バカ野郎かかってこいよ死神コラァ!?ボクのデジたんに手ぇだしたら地獄までぶっ飛ばしてやるからなーっ!?」
大三元。
出したら死ぬ、とまでは言わずとも、腹を下す。
字一色。
死ぬわけではないが、電車で痴漢に間違われる。
四暗刻。
死にはしないが、両手両足を捻挫するだろう。
天和。
出したら死ぬ。
「あぁ、そんな、デジたんが、デジたんがぁ……!うわあああああん!?」
「おいナカヤマぁ!?早くしねぇと死人が出るぞぉ!?お祓いできる場所調べろぉ!?」
「へっ、まさか生死に関わる事件が起こるとは、これだからギャンブルってやつは面白い!」
どうしよう、フクキタルさんあたりに頼むべきか。いや、あの人は胡散臭すぎるからダメだな、もっとちゃんとした人……!
「あの、皆さんどうされたんです?そんなに慌てて」
「デジタル!お前、今日の晩は部屋から一歩も出るなよ?誰かが入ってこようとしても、絶対にドアや窓を開けたらダメだかんな!オロールみたいにお前のことが好きなわけじゃねぇが……。身内から死人は出したくねぇ」
「えっ」
「デジたん。大丈夫、僕がついてるから。何があってもついていくから」
こんなことで最愛の人を失いたくはない。
「すまねぇデジタル!アタシが麻雀やろうなんて言い出したばっかりに……!」
「えっ」
「僕、とりあえずなんとかできそうな人を呼んでくる!」
「ああ頼むオロール!お前に懸かってるぜ……!」
◆
「それで……。そんなくだらないことで私を呼び出したんですか……?」
「くだらないとは何ですかカフェさん!デジたんが死神に取り憑かれてるんですよぉ!?」
「バカなんですか……?貴女が強引に私を連れ出した私のコーヒータイムがお釈迦になってるんです……。それなのに、バカですよね?」
「あっ、えっ、カフェさーん……?」
口の悪いカフェさんからしか摂取できない栄養を見つけてしまった。それはそれとして、むしろ彼女こそが死神と言わんばかりの剣幕である。
「なんなんですか、もう……。私帰りま……。え?何ですか?はぁ……。なるほど……?」
携帯電話を取り出したかと思えば、誰かと通話を始めるカフェさん。
「何ブツブツ独り言喋ってんだよ?」
「君こそ何言ってるんだよゴルシちゃん。明らかに電話してるだろ、今話し中なんだから静かに……」
「電話なんて持ってねーぞ?」
「え?」
おかしいな、カフェさんの手元には確かにブラックカラーのスマホがあるのだが。
「これ、視えるんですか……。やっぱり貴女“持ってる”方なんですね……」
「妙な言い回しですけど、ひょっとして……」
「これ、お友達から渡された電話なんです……。やむをえず私のそばを離れていても連絡できるように、と……」
なんだその謎技術。ゴーストフォンってわけか。
「あぁ、なるほど。けど残念だなぁ、せっかくならお友達さんに会いたかったのに」
デジたん一筋である僕だが、他のウマ娘ちゃんのことも大好きである。カフェさんのお友達は、この世のものではない。しかし、一応前世の記憶が残っている僕と相性がいいのかなんなのか、とにかく僕はその姿を視認することができるのだ。
幽霊って、いいよなぁ。僕の言いたいことが分かるだろうか。要するに、決してその肉体には触れられないものの、「重なる」ことができるのだ。カフェさんのお友達の手が僕の身体に入ってきたときの、あの妙にゾクゾクする感覚をもう一度味わいたい。
「あの、多分貴女がいるから離れているんだと……」
「え?どうしてですか?」
「自覚ないなら……。いいです……」
僕がいるから、と。はて。
きっと照れ屋さんなんだな、お友達は。
「それで、私のお友達が教えてくれたんですが……。デジタルさん、貴女相当ヤバいそうです」
「えっ」
「ジョン•マクレーンくらいヤバいらしいです……」
「えっなんですかぁ……?誰ぇ……?」
「うわあああデジたんがぁぁぁあ!?」
「めっちゃヤベェじゃねぇか!?」
「フッ、
「えっ、だから誰……」
クソッ、一体どうすればいいんだ!
「カフェさん!なんとかできないんですか!?」
「いえ、残念ながら……。私にできるのは、あるべき場所にあるべきものを戻すことだけです……。今のデジタルさんは、いわば死ぬほど運の悪い状態……。私は運を操るなんてことはできませんよ……。タキオンさんの変な薬、あるいは神様でもないかぎり、運を変えることはできないでしょう……」
神様の野郎が僕たちを見捨てやがった!ハナから期待はしてないけど。まったく不便なことに、野郎にしかできない仕事があるらしい。タキオンさんなら幸運をもたらす薬くらい作れそうだが、調合するのに時間がかかりそうなので彼女を頼ることは難しいだろう。
「なぁ、ちょっと思いついたんだが……」
「ナカヤマさん!何かいいアイデアが!?」
「本当に単なる思いつきだが。死ぬほど運が悪いなら、逆に小さな不運にたくさん見舞われればいいんじゃないか。小銭落とすとか、それこそ麻雀で負けるとか」
「なるほどッ、その手があった!」
「ああ、だからもう一回、いや、何度だって麻雀をやろう。まあ勝敗のつくゲームならなんでもいいんだがな」
「カフェの話が本当なら、デジタルは確実に負けるってことか?なんかつまんねーな。いや、何もしなかったらジョンマクレーン状態になるわけだから、そんなこと気にしてられねーけどよ」
「ああ。だがそれがどうした。天佑は諦めないヤツのもとにやってくる。私は、ありとあらゆる事象に『絶対』など存在しないと思っている。アグネスデジタル、お前はどう思う?私の見立てじゃ、お前は不運に屈するようなウマ娘じゃないはずだ。たとえツイていようがなかろうが、お前は勝ちを求めつづける。信念は貫くタイプだろ?」
「えぅっ……。あ、あのぅ、誠に、慙愧の至りではごさいますが、あたくし、いまいちノリについていけてないというか……」
「勝負に乗るか?乗らないか?今ここで決めろ」
「っ!ハイ、ハイ!や、やります!」
◆
「あ、ロンです」
「お?まだ東二局だぜ?もう不運は消えたか?」
「はぁ、あの、コレ……。なんだかヤバい気が……」
「どわぁ九蓮宝燈だぁぁぁ!しかも純正だぁ!?」
「デジたぁぁぁぁぁん!?」
「おいおいマジかよ。不運とやらも随分仕事が溜まってんじゃねぇの。アグネスデジタル。お前、このままだと不運にメチャクチャにされちまうぜ」
「はぁ!?デジたんをめちゃくちゃにしていいのは僕だけだッ!?」
待てよ、いっそ不運とやらに蹂躙される前にデジたんを完全に僕のものにしてしまえばいいのでは?
そうだ始めっからそうすればよかったのになんで気づかなかったんだちくしょう僕のバカ!
「あ、オロール、ちゃん……?目が怖いんだけど。あ、あははっ、あたしこの後の展開が分かってまいりました。もはや恒例ですしねぇ……」
「なぁデジタル。もしかしてよぉ。とんでもない不運ってのはソイツのことなんじゃねぇの?ある意味悪の化身だろ、オロールって」
「どうでしょう。こうなってしまっては、むしろ今まで焦らされていた分の時間こそが不運だったのかもしれません」
「ふふふふふ嬉しいこと言ってくれるねえデジたん。ゾクゾクするなぁ」
「おいナカヤマ。向こうでタイマンしようぜ。アタシ不運の正体分かったわ」
「ほう?なんだよ、そりゃ」
「蜂蜜で溺れる方がマシってくらいの惚気を見なきゃならねぇことだ。だが幸いなことに、アタシたちはトレーニングで鍛えた健脚、それと生まれつき瞼っつーもんを持ってる。つーわけで逃げるぞー!」
「まあ待てよ。目ぇ閉じんなって。なかなか面白そうじゃねえか。なあゴルシ、ありゃどっちが上に乗ると思う?参加費ははちみー濃いめ硬め多めだ」
「低俗すぎて賭ける気にもならんわ!つーか、こういう時はオロールが主導権握るって決まってるんだぜ」
「ほう?なら私はデジタルに賭ける」
外野が何か言っているな。しかし僕は目の前の幸福の権化を貪りたい衝動で一杯なのである。
む?今日のデジたん、どこにも隙がない。
「あの、あたし、ふと思ったんだよねぇ。いっそ最高の幸せに浸れば、不運なんてものは押しつぶせるんじゃないかなぁ〜……って」
「えっと、デジたん?なんだか掛かり気味みたいだけど大丈……わっ!?」
ふむふむ、そうか、そうか、そうきたかぁ。
どこまでも堕ちていけそうなほど深い碧色の瞳。僕より背が低いはずの彼女が、その瞳で僕を見下ろしている。
よし、享受しよう!
「……」
「空いた口が塞がらんってとこか?私の勝ちだゴルシ。はちみー買ってこい」
「ハァ、あれ地味に高ぇんだよなぁ……」
新シナリオはTSクライマックスの逆を行く感じでしょうか?ウィニングライブにフォーカスするのなら、私のようなURAで温泉行きまくる人種と相性が良さそうで嬉しいばかりですああああ(限界化)
ゴルシがやりそう、って理由で麻雀を出したはいいがそもそも麻雀をよく知らないというガバをやらかしていくゥ!
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祭典前夜
近頃はAIの進歩が著しいですね
──AIに文章力で負けそうな人間のことを
あなたはどう思いますか
いやぁ、まあ、ね?いいじゃないか、と。
カップ麺は美味いし、冷凍ピザも美味い。
ただ、たまには味が濃くて具の少ない味噌汁に冷や飯をぶち込んで食ったっていいじゃないかと。時代が進んでも人間がモノを書く理由ってそこですよ。
(ぶっちゃけAIに書いてもらうのが一番楽(殴)
だから誤字脱字は許されまぁす!(壮大な言い訳)
「お前ら、愛知行ったら何食いたい?」
「うーん、味噌カツとか?名古屋じゃ何にでも味噌をかける、なんて揶揄されることもありますが、僕はそのスタイル嫌いじゃないですね。で?急になんですトレーナーさん」
「いや、お前らもうすぐ愛知行くからな」
「……は?」
「苦労したんだぜ?ベストの成績を残すためにも、お前ら2人を同じレースに出してやりたかったんだが、いかんせん枠を取るのが難しくてなあ。だが、やっと何とかなった。これにてようやく出陣だ!」
あぁ、そういえば僕は競走ウマ娘だった。
「っ!?って、もしかして!デジたんと一緒に走れるんですか!?」
「ああ」
「っしゃーい☆っしゃいしゃーいっ☆」
「引くレベルの喜びようだな。まあ知ってたけど」
しゃい!しゃい!
デジたんと走るためならば全てを投げ打つ覚悟の僕である。この気持ちは誰にも分かるまい。然るべき理由による激しい動悸と息切れ。肺と心臓がもう一つずつ欲しいくらいだ。
「俺から言うことはふたつ。絶対にぶっちぎってこい。お前ら二人でワンツーフィニッシュ。いや、同着か?とにかく、勝てるレースは確実に勝って、経験をモノにしろ。それと怪我だけはするな!レース後にはすぐファン感謝祭も控えてる。無事之名馬、これが最優先だ」
無事之名馬。耳にタコができるほど聞いているが、もっと聞いておきたい言葉だ。この世界の真理とも言えるその言葉を、僕は大事にしている。
スピカメンバーの脚には気を遣わなければならない。特にテイオーやスズカさんには。
ウチのトレーナーさんはたいへん優秀で、僕らの微細な体調の変化をも見逃さないが、やはり漏れはある。何より「いつ、どこを怪我するか」の視点を持っているのは僕だけだ。僕にできることは限られているが、それでも精一杯やっていくつもりだ。
「お互い、頑張ろうね!」
……ふぅ。
あああああ!しゅきいいいいいい!
こんな可愛い子が古今東西のレース場を制覇する偉業を成し遂げるんだよ?世界って素晴らしい。
「んっ!トッ、トレーナーさん。ティッシュありませんかね」
「ああ?ほれ、使え。どうしたんだよ」
「いや、ちょっといろんな場所が濡れそうで。あ、えっちぃ意味じゃないですよ?目とか鼻とか、感動のあまり少々見苦しいことになりそうでして……。ジュルッ、あっ、やばっ、あっ、あっ」
「ホントに感動してるか?見たことないなぁ、感極まって涎垂らすやつ」
そういうウマ娘がいてもいいだろう。世の中には興奮すると脳汁が出る陸軍中尉だっている。涎くらいは普通だ。
「ひっでぇ。レース中にお前のケツ追っかけるウマ娘が不憫でならねぇな。その調子じゃあ間違いなく……。うぇー、ばっちぃ」
「なんだよゴルシちゃん、さすがに僕もそこまでは……」
「言い淀むなって!怖っ!怖ぇーよ!」
◆
「実際のところ、モノクロでしか表現できない魅力はあるんです!」
「ほうほう!」
さて。
ロブロイ殿とデジたんには共通項が存在する。言ってしまえば二人ともヲタクではあるのだが、なにせ敬語口調だったりちんまこくて可愛かったり、そのくせone of the最強のウマ娘である。
「色味がないからこそ、読者は想像力を働かせる……。その上、視覚から得られる情報が少ない分、ダイレクトな感情移入への足がかりが生まれる!単調に見えてその実、変幻自在な存在なんですよねっ!」
「布教してわずか数日でその境地に至るとは……!ロブロイ殿、流石の御点前ッ!」
興奮すると喋りが止まらなくなるあたり、似てるなぁ。僕は二人の声を聞いているからいいが、文字に起こすとどっちがどっちか分からなくなりそうだ。僕は問題ないけど、一応注釈を入れておこう。僕は問題ないのだが、何となく。
「なぁアタシ帰っていいか?」
「だめ」
「おう……」
数日学園を空けることになるので、その前に感謝祭の準備をあらかた済ませておくことにした。野生のゴルシちゃんも捕まえたので、作業効率は良好。
「つーか、妙なメンツだな……。変態二人は神出鬼没として、ロブロイはなんでいるんだ?」
「いち本の虫として、この波には乗っておこうと思いまして。感謝祭で行われる古本市……、いや、ブックバザー?うーん……?」
ロブロイ殿が答える。
「即売会ですね」
穿った訂正をするデジたんである。
「即売会!よい響きですね!まだまだ私にとって未知の本が遍く界隈ですから。ふふ、忙しくなりそうです」
染まりきってしまったロブロイ殿は止まらない。
「は?つーことはよぉ……。オイお前ら。道徳心ってものがねーのかよ!?ロブロイはまだ中等部だぜ!?それをお前、重い業を背負わせやがって……!」
「ゴルシちゃん。僕らも中等部だよ」
「おあぁ、そうだな、うん。すっかり忘れてたぜ、あまりにも中等部らしくねぇから」
美少女JCを捕まえておきながらなんたる狼藉。デジたんなど、まさに中等部の魅力を体現した存在だろうに。
「んで?ロブロイは分かった。それよりメジロドーベル……。こりゃまた。なんでコイツらなんかと一緒にいるんだ?」
「ッッ!?!?」
「いや、そんな『なぜバレた!』みたいな目で見られても。フツーおんなじ部屋にいたら気づくだろ」
我らがどぼめじろう先生は、なぜか影を薄く保とうと努めていた。
「いっ、いや、その、アタシも巻き込まれただけなのよ!だから何一つやましいことはないんだからね!?誤解しないこと!」
「なんだコイツ」
「あぁゴルシちゃん。ご存知のとおりドーベルさんは繊細な方なんだ。その上多趣味でね。こうして顔を覗かせているのも、その趣味の一環で……」
「わあああ!?ストップ!ストップ!?」
「あ、すみません。つい興が乗って。でもドーベルさん、貴女の
「あー、なるほどな。なんか察したわ。やっぱメジロ家っておもしれーや」
ムダに察しがよく、案外空気の読めるゴルシちゃんはこのリアクションである。というかどぼめじろう先生の作品は感謝祭にて一般公開される予定なのでウダウダ言ってもどうにもならないのだ。腹を括ろう、ドーベルさん。
「別にそんな恥ずかしがることでもねーと思うけどなぁ。節度を守ってれば、だけど」
「なぜ僕を見るんだい」
「いよっ、変態!お前はもっと羞恥心を学ぶべきだと思うぜ!」
「愛の衝動の発露を恥ずかしがる理由はどこにもない!」
「なんだコイツ」
自分で絵や小説を書きました、というとき、知り合いに見せるのはなんだか恥ずかしい……というような羞恥心。それが不要だとは言えない。創作品を世に出す際の心的ストッパーとして重大な役割を果たすから。それにより様々なリスクを避けることができる。
とはいえそのまま引き出しに封印するのはもったいない。身近に神絵師がいるのに、どうしてその才を放っておけよう。ナメてんのか、金出すぞコラ。
「確かに、そういうイベントに興味がないわけじゃないわ。けど、勝手が分からないし……」
「いいんです!それで!今回の即売会は、学業やレースで何かと多忙なため趣味に時間を割けずにいるウマ娘ちゃんたちのためといっても過言ではありません!何一つ分からなくても大丈夫ですから!」
デジたんの熱弁である。
「でも、アタシが描いた絵なんか見ても、皆はきっと喜んでくれないわ。それに、今までずっとそんな素振りを見せなかったアタシが、急に絵を描き出すのもなんだか……」
「ここだけの話、マックちゃんはお前の趣味に気づいてるっぽいぜ?」
「ッッ!?!?」
「つーかメジロ家は全員知ってると思う。一つ屋根の下暮らしてるんじゃあ、バレるのも当然だろーし」
「ッッッッ!?!?!?!?」
「そんなショック受けなくてもいいだろ……。でもよ、ウケは悪くねぇからな?」
「えっ……?」
「マックちゃん曰く、『どうして他人に見せたがらないのか不思議で仕方ありませんわ。繊細かつ力強いタッチ、さながらプロのようでしたのよ』だぜ。知ってるやつは基本ベタ褒めだな。あとはライアン、アルダン、それから……」
「もういい!分かった、分かったから!!」
どぼめじろう先生は器用すぎる。何せ彼女、ピアノもプロレベルである。僕はスライドホイッスルくらいしかできないので素直に尊敬する。
「そういやぁ、オロールもなんか描いてたよな」
「ああ、僕もデジたんを見習って絵を描くことにしてるんだ。ゴルシちゃんの寝顔はムダに美しいから、スケッチの練習の題材には困らないよ」
「週5くらいの頻度で寝つきが悪い理由はそれか。ときどき妙に悪寒がするんだよなぁ」
「週5?おかしいな、僕は週3で君の寝顔を見てるんだけど」
「あれじゃないですか。あたしの部屋に凸してくる時に窓を開けるから、それで空気が入れ替わって……」
「物理的に風を吹かせてんのかよ」
はてさて、気をつけねばまともな会話ができなくなる。僕の日々の過ごし方をトークテーマにしてしまうのはよくないな。
「あ、ところで。ロブロイさんはそういった創作活動にご興味はおありで……?」
「私はなにぶん本を読むばかりでしたので、絵をしっかり描けるかどうか……。あ、でも、小説なら書けるかもしれません。もちろん、本職の方には到底及ばないでしょうが……」
「ッ!小説ッ!いいじゃないですか二次小説ッ!確かに漫画やイラストよりも数字の伸びが良くないのは事実ですよ、コンテンツの消費時間が長いですし、文字の羅列に忌避感を抱く人もいますから。で、す、がっ!小説独自の魅力もまた確かに存在するんですッ!ロブロイさんが先程おっしゃっていましたが、モノクロによって喚起される想像力!小説の場合、想像力によって作られる魅力の比重はかなり大きいですからね!一度刺さればとことん奥まで捩じ込まれるのがもうたまんないっていうか……!ふああおおおおっ……!」
デジたん、魂の叫び。
「なんだコイツ」
「きっといつか読んだ神小説を思い出したんじゃないかな。文字のみの情報から自分で組み立てた風景はなかなか色褪せないからね」
忘れがちだが、僕は記憶力には自信がある。
もっぱらバグパイプの吹き方を覚えたりガルワーリー語を習得したりなど、生活の役に立たないことばかりにそのスキルを使っているが。
とはいえ、普段から僕は記憶を大切にしている。
こうして過ぎていく何気ない日々の記憶。その度に僕自身が感じ、考えたことを、ある種の叙述として記憶する。感情の微細な揺らぎも僕は忘れたことはないが、文章で記憶することで、その思い出は味わい深いものになるのだ。
要するに、思い出の中でじっとしていられないほどに尊い我らがデジたんの可愛さをさらに倍増させるための小技である。
「もうさ、この際ゴルシちゃんも参加してみない?」
「ぜっっってーやだ!」
「えぇっ、どうして?どうせ君のことだから、絵が下手とか文章が書けないとか、そんなことはないでしょ。むしろめちゃくちゃ上手いに決まってる」
「腕の良し悪しで参加の意思まで図ろうとするなよ。なんつーか、お前らのペースに持ち込まれそうでイヤなんだよ。あとアタシは図工の時間に粘土でロダンのレプリカ作ったことならあるぜ」
「君人生何周目……?とにかくさ、何事もチャレンジ!意外とハマるかもよ?」
「やーだ!アタシは感謝祭で小遣い稼ぐって決めてるんだ!マックちゃんと一緒に焼きそば屋やりてーんだよ!」
「っ……!なるほど、それなら仕方ない」
世の中には挟まってはいけない隙間が存在する。
「ゴルマク……。ふつくしい……」
まったくデジたんの言う通り。やはりゴルマク!ゴルマクは全てを解決する!
「ゴルマク?ああ、なるほどな?お前らマジで……。っ、どうする?考えろゴールドシップ。面倒ごとに巻き込まれるか?それともこのままマックちゃんに絡んでアイツらにそういう目で見られ続けるか?どっちがいいんだ……っ!?」
「何ぶつくさ独り言喋ってるんだいゴルシちゃん。言っておくけど、こちとら数多の尊みを見てきた身だ。仮に君がゴルマクの道を突き進むのなら!『海に沈みゆく太陽を見ながら肩を寄せ合い、少し濡れた水着の裾と煌めく肌が触れ合うゴルマク』くらいはしてもらわないと!テイマクとマクイクに勝つ覚悟はあるんだろうね!?」
「テイマクとマクイク……?ああテイオーとイクノか。つーかなんだよ勝つって!?そこで勝敗ジャッジする意味はあんのかよ!?」
「カップリングに勝敗はつけるべきじゃないし、つけたくない。でも仮に僕がゴルシちゃんを……、君の言う面倒ごとに巻き込んだとき、純度の高いテイマクが拝める、となったら……。まあそういうことだよ」
「ちっきしょう!大体なんでアタシをいちいち巻き込みたがるんだよ!アタシのこと好きかよ!?」
「うん」
「なんだお前」
「Oh……」
あ、やばい。デジたんが嫉妬しちゃう!
自惚れではない、と思う。相思相愛だし。
「ああ待ってデジたん。早とちりするにしても早すぎる。ハッキリ言おう、僕はゴルシちゃんのことが大好きだ。でも分かるでしょ。この好きの用法は、言ってみればヲタクが呼吸するのと同じペースで頻発する方の“好き”なんだよ。ガチ恋じゃないよ。アンダスタン?」
「あっ、早とちりとかはしてませんヨ。ただ、今のやりとりを見ててネタが思いついたというか、何気ない会話から告白するシチュって良くないですかっていう話をしたくなってるんです、あたし」
「やめろやめろ、これ以上カオスにするな。アタシを休ませてくれ」
「告白シーン……。恋愛小説においても一番の山場ですから、一番作り込みが必要な箇所ですよね。現実世界においても、プロポーズは二人の関係性の重要な節目となりますから、相応のシチュエーションで……というのが自然ではあります。しかし、それをあえて会話の流れの中で行うことにより生まれるエフェクトは非常に大きい……」
「ロブロイ?意外とノリいいんだなお前」
「……そうよね。確かに。会話の流れで告白する理由として、恥じらいや照れによるものだったり、いろいろあるけれど、何より必要なのは互いへの信頼だとアタシは思うの。逆に考えれば、その告白方法自体が、今まで築かれてきた二人の信頼を示すものに他ならない……」
「ドーベル、良かったなぁ、羞恥心を克服できて」
ドーベルさん、いいことを言うなぁ。その通り、ゴルシちゃんとはかれこれ一年近く寝食を共にした仲である。僕は、今さら崩れることのない信頼の証明をしただけなのだ。可愛くて、スタイルよくて、美しくて、カッコよくて、アーク溶接もできるウマ娘、大好き。
「君は素晴らしいね、ゴルシちゃん。もう存在自体が周りにインスピレーションを与えてる」
「勝手に妄想してるだけじゃねーかお前ら。そこにアタシの名前を出すなよ」
「ゴルシさん。ありがとうございます。おかげさまで、私も今回の即売会に出品してみたい気持ちになりました」
「礼を言われる筋合いはないんだよなぁ……。つかロブロイ、別にアタシは人のやることに口出しはしねぇけどよ、仮に、ほら、そーゆーのをやるとして、アタシをネタにすんのはやめてくれよ?」
「ごめんなさい」
「オイなんで謝っ……」
「ごめんなさい」
「な、なあ……」
「ゴルシさん」
「はい」
出た、ロブロイさんの覇気。
反骨精神旺盛のゴルシちゃんも、さすがに相手が悪かったようだ。
「さて、お話もひと段落しましたし、仕事を片付けてしまいましょう。ふふっ、ゴルシさんも結局付き合ってくれたおかげで、すぐに終わりそうです。本当にありがとうございます」
「うっす、姉御……」
「姉御?」
「あら、なんでもございませんわ、ロブロイさん」
「どうして急に敬語に……?」
「いえ、同学の士である貴女に敬意を表したまでですわよ」
敬語、っていうか、お嬢様だな。
しかしロブロイ殿の覇気、あれは無意識なのか。
ポテンシャルがすごい。
さて、姉御が言うのだからお喋りは終わりだ。
切り替えていこう。もうすぐレースも控えているし、メリハリは大事にしないと。
……レースか。
「んふふふふ……」
「あら、久々に聞きましたわね、その笑い方。相変わらず気味が悪いですわ」
んふふ。
胸が昂るばかりである。
更新ペースがどんどん遅れていく……。
実はこれ、私は悪くなくて。
全部CAPC○Mのせいなんですよね……許せない
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曇天舞台
こんな時期にアプデなんかしちゃあ……
あっ(堕落の音)
あ、うん、ほら、皆さんこの時期は忙しいですし、あんまり急いで更新せずとも……
「うぅっ、ぐっ、うっ、うっ……!」
「なんでいきなり泣くんだよ、怖ぇーな」
「くっ、うぅっ……!ごめっ、でも、仕方なっ……!」
「どしたよ。デジタルにフラれたか?」
「違う!!これ!!この小説!!」
「否定強っ!で、小説?ああスマホで読んでたのか」
「これはなんと!我らがロブロイ様が作者なんだ!」
「アイツが?気になるな、主に悪い意味で」
「そんなことない!何か不備はないかって試読を頼まれたんだけど、あまりの出来栄えの良さに過去一感動しちゃったよ!」
トレセン学園の生徒をやっている同志たちには、いくつかアドバンテージがある。供給者側に回ったときに、日常生活全てをネタにできるからだ。その上描写も緻密にできる。
それを同じくトレセン学園の生徒である僕が読むとどうなるか。もれなく共感度が高まって逝ける。
「ほら、君も読んでみてよ」
「おう……。なるほど、恋愛小説か。まあなかなか面白そうではあるな。不安だけど」
「簡単にあらすじを説明すると。良家の出身で何一つ不自由なく暮らし、美人で頭も良い、才色兼備を地で行く芦毛のウマ娘がトレセンに入学。頭が良すぎるせいで周囲と距離を感じ、あえておちゃらけた性格を演じることでなあなあな学園生活を送る。そうしてトレーナーと出会い、始めこそ適度な人間関係を保とうとふざけたキャラを作るんだけど、だんだんおふざけの目的が照れ隠しになっていって……!と、こっからは自分で読んでね」
「なぁんかなぁ?いや、自意識過剰かもしれないんだけどな?なんだろうなぁ?」
「その子の名前はシルバーチャリオッ……」
「オイ!?確信犯じゃねーか!?ゴールドシップの対義語は確かにシルバーチャリオッ……とにかく!ぜってーモチーフアタシだろ!そして名前長ぇよ!9文字くらいに収めろよ!」
「ゴルシちゃん……。今まで苦労したんだね。でも、君はもう一人じゃないから」
「あっ違うぜ?確かにアタシモチーフではあるんだろうけど、だいぶロブロイの憶測が混じってるからな?アタシが良家の出身とか……いや、マジねーから。あと、アタシがいつもふざけてる理由は寂しいからとか、そんなんじゃねーからな?あとアタシトレーナーに恋とかするタイプじゃねーし。あっそうだ!ゴルマクがあるだろ!アタシマックちゃん一筋だぜ!」
「君からそんなセリフを聞くとは思わなかった」
こちら側に毒されすぎて妙なことを口走っている。とはいえゴルマクは至高、彼女が自覚を持っているのならば僥倖、そのまま方々に尊みをばら撒いちゃってくれ。
「つかお前大丈夫かよ……」
「当たり前じゃないか。なぜ聞くんだよ」
「いや、だって……」
ゴルシちゃんが時計を見る。
「もうレース30分前だぜ?」
◆
『1番人気、オロールフリゲート。若干不調のようです。レースではしっかり気持ちを保ちつつ、期待に応えられるかといったところです』
実況席が勝手なことを言っているな。
まあ、分かるだろ。僕の瞳に映る喜怒哀楽の混沌が。
「アイツ、ブチギレてね……?」
ゴルシちゃんには届いたらしい、僕の気持ち。
なんで僕が1番人気なんだよ?え?おかしいだろ?
デジたんだ、デジたんこそが1番人気にふさわしいんだ。
『何か不服そうな表情で、少々落ち着きがないようです。やはりG3のような大舞台ですと、緊張してしまう子も多いですからね。そのあたり、自分のメンタルを調整しつつ立ち回れるかがキーになってくるでしょう』
キレているだけで、僕は冷静だ。一応は。やる気だって十分。今朝はトレーナーさんが山のように大きいパフェを買ってくれたので、やる気UP中である。スイーツに舌鼓を打つデジたんも拝めたので、もはや悟りの境地に達していると言っていい。じゃあキレるな、という野暮なツッコミはなしだ。
なぜだろうな。
デジたんは2番人気である。
今のところ僕たちは目立った成績を残しているわけでもないし、観客からしてみれば判断材料が少ない。主に外見などから判断されることが多いのだろう。背は僕の方が高い。並んでみると、デジたんは見るからに華奢な印象を受ける。
……ああ、あとはあれか。
デジたんを初めて見た人は思うだろう。「なんだ、この落ち着きのないウマ娘は」と。そして僕を見て思うだろう。「じっと一点を見つめ、波風ひとつ立てずに構えている。落ち着きがあるのだなぁ」と。違う、そうじゃない。
デジたんはウマ娘ちゃんを拝もうと必死にキョロキョロしているだけだし、あれで一応対戦相手の観察にもなっている。対して僕は一点を見つめる。デジたんだけを見ている。
『しかし身体は十二分に引き締まっています。デビュー戦のように盤石の走りを期待したいですね』
ま、いいか。
走ったら気持ち良くなる。
◆
「ふっひひデジたんデジたんこれって運命なんじゃないかなあ枠番が隣だなんてこんな素敵なことってあるかなぁ」
「……前見ないと、ゲート出遅れるよ?」
「そんなに鈍くないよ。それに出遅れたって追い込みやるだけだし。君の尻尾追っかけるの、すっごく楽しいんだから」
「なんですかソレ……」
生え揃った芝の上で戦に備えるウマ娘たち。
もれなくストレッチ中であったデジたんに抱きつき、そのまま彼女のゲートに入ろうとしたら、軽く注意されるとかそういう次元をすっ飛ばし、5人がかりで羽交締めにされ、自分のレーンに戻された。鍛えてるウマ娘相手には確かにそれくらいの人数が必要かもしれないが、それよりも、握手会の悪質ファンみたいな扱いをされてしまったな。
「レース中に抱きついたりしないでよ?」
左から相変わらず可愛い声が聞こえてくるので、僕のやる気はもうカンストしている。
「おや、そりゃよくないねデジたん。そもそも君の存在が僕のモチベになってる。……それに、君も競走ウマ娘なら、僕より速く走って逃げときゃ済む話なんだよ?ま、逃さないけど」
「セリフ主がオロールちゃんじゃなかったら、『君を逃さない』って最高にエモくてアツいセリフなんですけどねぇ、いかんせん動機が変態的すぎるというか、うーん……」
「ちょ、せっかくいい感じにまとまりかけたのに」
イケメンおろーる君モードでキメ顔をしながら言ったつもりなんだけど。どうも通じてなかったらしい。
『全ウマ娘、位置につきました』
……っと。始まる。
中京、ダートの1900m。左回り。
14人立て。デジたんは5枠10番、僕は6枠11番。
スタートはちょいとキツめの登りがある。とはいえG3を走るウマ娘なら、これくらいは軽々と乗り越えるだろう。だが僕はたかがG3で足踏みしていられないのだ。こんな坂じゃ足りない、僕は登れるところまでとことん登る。デジたんだって、いずれ世界まで食指を動かしてウマ娘ちゃんを拝みたいだろうし。
他の子には申し訳ないが、彼女らは僕の眼中にない。正しくは「眼中に入れない」というところか。
文字通り坂で足踏みはしない。最初の直線が長いコースだ、開始すぐにいい位置をとってから逃げを打つのが比較的安牌。とはいえ皆同じことを考えているはずだ。最初から熾烈な争いが始まるだろう。
だったらそれよりも早く、ゲートの開く音が止まないうちに、皆が息を入れているうちに、とことん先に行かせてもらう。
最後にまくるより安定するはずだ。
『ゲートが開きました!各ウマ娘一斉にスタート!』
さあ、始まった!
『飛び出した!10番アグネスデジタル!』
そっか。やっぱり脚の回転速度じゃデジたんに負けちゃうのか。それにしても逃げを打つとは。やはり万能の勇者なだけはあるな。
「ねーえ、デジたん?そんなに急いだら風が痛いでしょ。僕を風よけにしてくれても構わないんだけどな」
「……ごめんなさい。この位置がベストアングルなんですよ、ウマ娘ちゃんたちの御顔を拝むための」
「へえ……」
前しか見てないくせに。
それにしても、もう慣れたものだ。
いわゆる
デジたんと二人っきりで、飽和した白い光の中を走っているような気分だ。
『追走、11番、オロールフリゲート!アグネスデジタル、食い下がるッ!先頭争いはこの二人!』
お互い外側からスタートしたが、一つ目のコーナーでインに入れるだろう。今のところ、デジたんのすぐ後ろにつけることはできたが、さてさてここからどうしようか。
この先のカーブは比較的平坦で、純粋なステータスの差が出る場面だ。僕とデジたんの実力は拮抗していると言っていい。ここで抜かすのは難しそうだ。いろいろと仕掛けるのもいいが、慣れないことをするとかえって差が広がりかねないので、アクションは起こさない。
ダートでの踏み込みは僕の方が得意だけど、あいにく今日は良馬場で、地面をしっかり捉えられない。土が湿っていれば、僕の方が多少は有利だったはず。
『先頭二人がコーナーに入りました!』
何度か、スタミナが持つ程度にペースを上げて追い抜かそうとしたけど、進路を完璧に塞がれる。横に大きく振ってみたり、フェイントをかけても、完璧に対応される。驚くべきことに、彼女はこちらを一切見ていない。つまり、気配を読むだけでこれだけの立ち回りをやってのけている。
「さすがだ……!付け入る隙もない!ずいぶんとまあ余裕そうだね!?」
「ッ、くっ!そっちこそ!あたし、かなり頑張ってるんだから!」
もう少しちょっかいをかけておこうかな。
これでデジたんが疲れてくれればいいのだが。
『先頭がコーナーを抜けたっ!現在一位は引き続きアグネスデジタル、二位オロールフリゲート。3番手、そこから大きく離され……』
直線だ。
だが、追い抜きはもう少し待とう。
スピードが十分乗ってからは、僕の方に若干のアドバンテージがある。単純にストライドの幅が広いのだ。
「早く横顔を見せてくれ!君の最高の表情、今しか見れないからね……ッ!」
直線でデジたんに並ぶ!それから下りで抜かそう!それがいい!
下り坂でフォームを保つのは一苦労だ。もちろん、デジたんならその程度のことは簡単にできる。しかし、僕は下りでも変わらず強く踏み込みを入れられる。抜かすならそこだ。
「さあ!さあ!楽しくなってきたっ!」
「あんまりはしゃぐと、レースが終わったあとに疲れます……よっ!」
「今のも対応してくるんだ、さすがだね」
着々と距離は縮まっている。そんな中仕掛けたフェイントにも、彼女は惑わされない。そして、先ほどまでは完全に前だけを見ていたデジたんが、ほんの少しだがこちらの様子を気にし始めた。
『先頭、最終コーナーに差し掛かりますっ!少し離れて中団、バ群が詰まってきましたっ!』
……ふむ、僕も後ろを気にするべきか?
さすがに重賞なだけある。後方のウマ娘たちは、スタートの先行争いでペースを乱すことなく、着実に差を詰めてきている。
僕の相手はデジたんだけじゃない。当たり前だが。
この先、もっと強いウマ娘と走ることもあるだろう。だからこそ、僕はこんなところでバ群に飲まれて終わるウマ娘じゃないことを再三証明してやろう!
「ねえっ、そこ空けてくれよ、デジたんッ!」
「……っ!」
「え、ちょ、なんか返事してよ、寂しいじゃん」
「イヤムリだよこんな状況でお喋りできるわけ……!」
ちなみに、時速70kmを超えてなお悠長に喋っていられる理由は、ひとえに僕たちがヲタクだからである。普段から推しについて語りまくってるおかげで舌の回転がとんでもなく早いし、ネタ探しに四六時中聞き耳を立てているから風の音がうるさくても聞き逃さない。そういう生き物なんだ、僕たちは。
まあいい。とにかく、このコーナーで前に出る!
そうだな、とりあえず。
デジたんの真似でもしてみようかな?
まずは彼女の動きを観察する。脚の運び方、接地時間、腕の振り具合など、それら全てを
「ッ!?オロールちゃん、どこにっ……!?」
「っし!!」
完璧に調子を合わせ、瞬間、僕はデジたんの
ところで、彼女はその類稀な妄想力を常日頃から活用しているので、モノマネがうまい。だから僕は、デジたんの戦術、動き、それら全てを真似させてもらったというわけだ。
目論見通り、デジたんは一瞬僕を見失った。
このままインで抜かして……!
「っ!コッチッ!」
だが、デジたんが内ラチ側を塞ぐ。
「……なるほど、読まれてたか」
僕はしょっちゅうイン攻めを使うから、見失ったらまずはそこを塞ぐのは良い判断だ。
まあ、そうくるだろうと思っていた。
「……今日はコッチの気分かな、ふふっ」
「あっ!?外からッ、くっ……!?」
よしっ、なんとか前に出られた!
『先頭激しい攻防!現在一番手はオロールフリゲートっ!すぐ後ろにアグネスデジタルっ!今日の決着はこのまま二人の競り合いかっ!?』
だが、欲を言えばやはり内から攻めたかった。
これがデジたん相手でなければ、インにこだわる必要はなかった。しかし彼女は強敵、ほんの少しの差で負けるかもしれない。最終直線で前に居られるのはデカいけど、ここからいくらでも勝負は動く。
ここからはまた登り坂!デジたんの方がピッチが上だから、僕の勝ち筋は初めから前に出て足止めを仕掛ける他なかった。
「……ようやく風よけになってくれたね?」
「ッ、何さ、今になって僕の存在がありがたくなってきた?」
「オロールちゃんのおかげで最終直線分のスタミナを確保できた、ならこのままあたしは進むだけっ!」
やばいなぁ、デジたんがイケメンすぎて、見惚れてしまう。おかげで元気が湧いてきた!まだだ、ラストスパートはまだ始まってすらいない!
頭の中でスイッチの切り替わる音がした。
「ッシャオラオラオラオラァァァッ!!」
しゃあ!かかってこいや!やったるでぇ!
浪速のど根性見せたるわ!浪速行ったことないけど!
『レースはいよいよ最終局面!先頭は変わらず!後続も追いすがりますが、依然として差は縮まりませんッ!』
トータルの走行距離はデジたんの方が短い!体力には自信があるが、デジたんと競り合いながらスタミナを取っておけるほどの余裕はない。つまりこの直線、死ぬ気で挑まなければ!
「デジたんデジたんデジたんデジたんッ!!」
「怖っ!?怖あああああ!?」
負けない!うおおおお!とか言っておけばカッコよかったかもしれないが、まあボルテージが最高潮なのだ、仕方ない。
「デジたああああああんッ!」
「怖ああああああッ!」
くっ、やはりイン側からそのまま登られたッ!
デジたんは小柄だし、気配を消すのなら僕よりもうまいかもしれない。いずれにせよ、あとは二人の意地と根性で勝負が決まる!
「デジッ、たんッ、ラヴッ!うおおお!!」
「オロールちゃん!?オロールちゃあああん!?」
負けて……たまるか!
ゴールまで30m、20、10……!
『今っ、ゴール板を駆け抜けましたッ!?1着はどちらでしょう!?』
駆け抜けた瞬間、僕は真っ先にデジたんを見た。
すると目が合った。思わず頬が緩んでしまったが、それは彼女も同じらしい。
レースの後にこうして二人で同じ気持ちを噛み締められて、本当に嬉しい。
『判定の結果……!一位は……!』
さて、どうなっているやら。
『アグネスデジタル!!』
◆
「ぶっちゃけさ、僕はこの上なく嬉しい。センターで踊るデジたんが見れるんだからね」
「オロールちゃんもステージに立つんだからね?」
「分かってるよ、でもどうせなら、特等席から君を推したい」
ウイニングライブは最高のものになるだろう。
なんたってデジたんが先頭だ。これが面白くないはずはない。
……だけど。
余るほどの嬉しさと同時に、どうしようもない悔しさが、さっきから僕の胸をひどくドンドンと叩く。
「……悔しいなぁ、勝てなかった、勝てなかったよ」
「オロールちゃん……」
「……最ッ高だね。まだまだデジたんは強くなる。そして僕も強くなる。このまま世界級のレースまでノンストップでやり合いたいよ」
胸を叩くような悔しさは、むしろ心地の良いドラムのように感じる。これでこそウマ娘だ!今、僕は生きている!
自分はダートが得意だ、とか言っておいてこのザマだ。
最高に気持ちがいい。まだまだ僕もデジたんも速くなれるんだ。
「ねぇデジたん」
「はい?」
「ありがとね」
「……いえ、こちらこそ」
「ねぇデジたん。また、やろうね?」
「もちろん。なんでしたら、次はもっと大舞台で……」
大舞台、ねぇ。
それこそ、いつか雨天の天皇賞秋を走るデジたんの顔を、特等席で眺めたいものだ。
レース名すら明らかにならないウマ娘二次創作の鑑
現実との線引きを丁寧に行うことで独自の世界観を演出してるんです
別に面倒くさいとかそんなことはなくてですね
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ウマが如く
目ん玉取れるまで見つめたいよ()
ウマ娘が最高の舞台で歌って踊る新シナリオ、デジたんはきっと涎が止まらなくなってるんでしょうね。
お前もステージに立つんだよ!!!
「というわけで発信機の位置情報は僕のスマホから確認できる」
「……は?」
「え?ゴルシちゃん、話聞いてた?」
「いやいや待て待て待て。『面白いものが見れるから来い』ってお前に呼び出されて、百抹の不安を感じながら来てみたってのに、いきなりそんなこと言われても分からねーぜ。で、なぜかナカヤマもいるしよ」
「よぉゴルシ。コイツと私はちょいと賭けをやってるとこなんだ」
「は?」
レース遠征から帰還してすぐのことである。事前に感謝祭の準備もあらかた済ませてしまったし、端的に言えばヒマだったので、なんやかんやでナカヤマさんと賭けをすることになった。
「なあマジでなにしてんのお前ら。発信機ってなんの話だよ?また犯罪紛いのことをしてるんじゃ……」
「そんなことない!至極真っ当な理由、正当な捜査のための使用だよ」
「へぇ?」
「ねえ、黒沼トレーナーって人……。ブルボンさんとかのトレーナーさん。分かる?」
「ああ、あの人か。知ってるぜ」
「そう、僕はその人にGPSトラッカーを付けた」
「なんで???」
「いや、面白そうだったから……」
「意味分からんわ!つーかお前、中京から帰ってきたばっかだろ!もっとこう、レースの反省とか、デジタルとライバル関係を認め合うとか、シリアスな事をしろよ!」
「君に言われたくないなぁ!?シリアス展開にギャグを割り込ませるのは君の専門分野だろ!あとデジたんとはライバルじゃなくて互いに愛を誓い合った……」
「だーうるせぇ!アタシは、あれだ。シリアスにギャグを差し込むときも、空気は読んでる。ちょいと場が張り詰めたときなんかにフザケてよ、雰囲気を和ませつつ、イイ話風にまとめるっつーのかな。そんな感じだ……。って何言わせてんだよ」
「君、ホント優しいよねぇ。って、話が逸れすぎた。今回、当の黒沼トレーナーにGPSを仕掛けた理由、それは……」
「焦らすな、早よ言え」
「ズバリッ!『カタギかな?ヤーさんかな?スリル満点ドキドキ判定会!』を開催するからさっ!」
「何を言ってるんだお前は」
一応説明しておくが、カタギとは堅気、要するに裏社会と関わりのない一般人のことである。いわゆる頬に傷のある人間と対比する際に主に使われる言葉だ。
「簡単に説明すると、黒沼トレーナーが普段どんなことをしてるのか、関わりの薄い僕らはもちろん知らないでしょ?だから今日、彼の日常に密着して、カタギかどうか確かめるんだ!」
「いやカタギだからあの人。大体、中央のトレーナーになるくらいなんだ、頭も良いし、経歴もキレイに決まってんだろ」
「本当にそうかな?ゴルシ。私はソッチのスジのヤツらと卓囲んだことだってある。私は詳しいんだ、だから分かる。あの人は間違いなくカタギじゃねぇ……!」
「お前多分漫画の読みすぎだ。もうカ○ジとかドン○ツとか読むなよ」
「ふっ、最近はガキの頃に読んでたア○ギを読み返してるんだ。やっぱ面白ぇな」
「すげー幼少期だなオイ。もう根っこから博徒かよ」
ナカヤマさんのギャンブラー気質は異常なほどだ。マックイーンにスイーツを渡したり、デジたんに尊みを供給するのと同じ要領で彼女に賭けを持ち掛ければ、とりあえず何でもやってくれる。
「あ、この際ゴルシちゃんも一つ賭けてよ。例のごとく景品はにんじんゼリーさ。さあ張った張った!黒沼さんがカタギかそうじゃないか!ちなみに僕はもちろん彼には裏の顔があると思ってる」
「どっちも同じ方に賭けんじゃねーよ!賭けになってねーぞ!そしたらアタシ、カタギだって方に賭けるわ!」
「へっ、逃げたな、ゴルシ。こういうのは派手な方狙ってこそだろうが。その点、お前のルームメイトはおもしれーヤツじゃねーの。度胸がある。コイツを独り占めするなんてずるいぜ。これからもツラ貸してもらうからよ、妬くんじゃねーぞ?」
「えっ、はっ、ナカヤマ……!?お前っ、マジ……!ありがとう、ありがとうナカヤマ!ホンット、ありがとうな……!」
「お、おう……?思ってたのと違うリアクションだな」
「このクソ変態がアタシの側にいる時間が短くなることほど嬉しいことはねぇ。ナカヤマぁ、アタシお前のこと好きだわ」
お?ゴルナカかぁ?
というか、こんなところで不用意に尊みの波動を出したら……。
「……ぁぁぁぁあああっ!ウマ娘ちゃんのプレシャスなシチュが拝めると聞いてきましたッ!」
「やあデジたん。黒沼さんってカタギだと思う?」
「……はい?」
◆
「今んとこ、普通だな。いつもみたいに担当ウマ娘のトレーニングしてるみたいだ。ひぇー、相変わらず厳しいなあの人」
「そうだね……。で、なんで君がここにいるんだいウオッカ」
「え?いや、たまたま通りすがったら、なんか面白そーなことやってたからよ。それに、ぶっちゃけ気になるじゃん。あの人、なんかただならぬ雰囲気纏ってるし、なんかカッケーし……」
というわけで、デジたん、オロール、ゴルシちゃん、ウオッカ、ナカヤマさんの上記五名は、現在黒沼氏の素性調査の任に就いている。
「見たとこ、まだ普通のトレーナーさんって感じだね。さすがに見える場所に墨は彫ってないみたいだし……」
「お前はマジであの人をなんだと思ってんだよ。背中に龍だの般若だの拵えてるわきゃねーだろ」
「いやあ、まだ分からない。実際そのスジじゃあ『府中の龍』とか呼ばれてるかもしれないよ?」
「なわけねーだろ!でも、なんだ、その、ヤケにしっくりくる通り名だな……」
「そういえば、あたし、聞いたことがあります。かつて界隈では知らぬものがいないと言われるほどに名を馳せた『マスターマインド』というラッパーのことを!話に聞いたその容姿と、黒沼トレーナーさんの容姿、なんだか似ているような……」
「ラッパー!?ったく、どんどん話がデカくなってくな。でも、確かに黒沼サンってなんつーか謎の多い人だよな。スパルタ気質のトレーナーだってこと以外、アタシら何も知らねーしよ……」
「なあゴルシ?やっぱりあの人はただもんじゃねぇ。仮に今はカタギだったとしても、間違いなく裏の世界には関わってるはずだぜ」
ちなみに、僕とナカヤマさんとウオッカ、そしてデジたんがスジモン派。ゴルシちゃんがカタギ派である。
「すっげー……!やっぱり引き締まった身体だな!人間だってのに、そこらのウマ娘より強そうだぞ!」
「僕には見える……!あの服を一枚捲れば、きっとそこら中に銃創やドスの痕が残ってるんだ!」
「んなわけねーだろ、さすがに」
「こればっかりは私もゴルシに賛成だ。あの人が傷を負うはずがないからな」
「あ、確かにそっか」
「納得すんなよ」
あの人、なんだかドスで刺されても銃で撃たれても、牛丼なんかを食べるだけで治りそうな雰囲気がある。
「しかしスパルタってのは本当だね。もう何本坂路走ってるのかな、あの娘。黒沼トレーナー、眉一つ動かさずにえげつないメニューのトレーニング指示してるよ」
「で、受けた方も眉一つ動かさずに脚動かしてる。ありゃサイボーグだな……。つかアイツ、ブルボンじゃねーか」
「ほえー、あれが……。なるほど噂通り、スパルタと坂路の申し子ってわけだ」
ミホノブルボンといえば、サイボーグのあだ名の通り、どんな辛いトレーニングも機械の様にこなしてしまうことで知られている。とはいえ、実は雷が鳴ったら尻尾を取られるという迷信を信じており、いまだに雷が大の苦手であるとか、部屋の留守番をうさぎちゃん人形に任せているとか、可愛い一面も持ち合わせているのでこれまた隙がない。好きだなぁ。
「僕には分かる……。彼女は一見無愛想だけど実際は人肌を求めてるんだ。お堅い口調も、幼少期からあのスパルタを仕込まれたものだから人付き合いが少なかったんだろう……」
「ふーん……?そういや、お前はどうなんだよ?」
「え?何、どういう意味?ゴルシちゃん」
「お前もアレと似たようなもんじゃねーか。話に聞く限りじゃ、ガキん頃はずっと野山を走り回って、しまいには熊蹴り飛ばしたとか言ってなかったか?」
「熊……?」
スピカメンバーではないナカヤマさんは訝しむ。
まあ、うん。そうだな。
小学校に通っていた頃は、なまじ僕の精神が幼くなかったので同級生と話が合わず、結果的にひたすら走っていた。
つまり、僕も他人のこと言えないじゃん?
「ほら、僕の場合、人付き合いのやり方は覚えてたし。熊蹴ったのは、まあ、ウマ娘だし……。とにかく!今はデジたんがいるから!正直言うと、今まで友人なんて片手で数えられるくらいしかいなかった僕が、トレセン入ってデジたんに会ったらどうなると思う?こんな可愛い上に性格も良い子、惚れるしかないじゃん?」
僕が生まれる前から彼女を知っていて推していたことを抜きにしても、間違いなく惚れる。
「オロールちゃん……」
「ヤッベェんだよなあコイツ、ホント。何がヤベーって、デジタルのヤツ、満更でもないのが一番ヤベー」
「んー?頬を赤らめちゃってどしたの?可愛いね」
と言うと、デジたんは少しあたふたしだした。
「エッア゛ッ!?コホンッ……!とっ、とにかく!今の話を聞くと、オロールちゃんとブルボンさん、なんだかウマが合いそうですね?」
「まあ……。確かに、僕はトレーニングや走ることは好きだからね。スズカさんほどじゃないけど」
「スズカとお前はベクトルが違うだけだろ。日も昇らねぇうちから都外行こうとするヤツと坂路何十本も走ってるヤツ。本質的に違いはねぇ」
「いや、僕が朝練するときはちゃんと朝食に間に合うようにしてるし……」
デジたんが絡まなきゃ、僕はわりかしマトモなんだぞ。
そういえば、スズカさんとブルボンさんはなぜかアイドルユニットを結成したりするよな。逃げ切りシスターズだったか。
ゴルシちゃんに何か言い返してやろうと考えていると、こちらに近づいてくる足音がひとつ。
「……何か御用でしょうか」
「あっ……?あ、ブルボンさん!すみませんね、視線が気になっちゃいますかね?それなら僕らすぐ退散するんで……」
「本日のトレーニングメニューは終了しました。マスターから疲労回復に努めるように言われていますので、問題はありません。それよりも、貴女方は私に何か用件があったのでは?それとも、マスターに何か用がおありですか?」
「いや、用というか……」
若干言い淀む。だが、すぐに僕はちょっとした思いつきを試すことにした。
「ねえブルボンさん。黒沼トレーナーさんってカタギだと思います?」
「ステータスを取得……不明な感情です。これは、好奇心?」
◆
「トレーナー業務が終わった途端に街に繰り出したわ……。それもこんな繁華街に。どこへ行くつもりなのかしら?」
「この辺治安良くないからね……。これで裏社会の人間説がちょっとアガッてきたんじゃない?ていうかなんでいるのさスカーレット」
「たまたま通りすがったらアンタらが集まってたから気になったのよ。ヤケにコソコソしてるし、ナカヤマ先輩やブルボン先輩もいるじゃない」
随分と大所帯になってしまった。ウオスカ、僕、デジたん、ゴルシちゃん。ナカヤマさんとブルボンさんもいる。
「……マスターは最近、何か私に隠していることがあるようです。以前情報の取得を試み質問を行いましたが、いなされてしまいました」
「へぇ。ちなみに、彼の隠し事について、ブルボンさんはどんな予想をしてるんですか?」
「はい。マスターはおそらく……!ガン◯ムに乗っています!」
「おいやめろってお前マジでさぁ!?ボケがこれ以上増えたら収拾つかねーんだって!」
「ガン◯ム……?根拠はなんです?」
「ありません。ただ、そうだったらいいな、と私が思っただけです」
「ブルボン……?お前そんなボケたキャラだったの?」
「コミュニケーションにおいて、『冗談』は、親睦を深めるための手段として用いられることがあると記憶しています」
「お、おう……。お前意外とキレあんな」
ガン◯ムねぇ。あの人はどっちかというとトランスフ◯ーマーって感じだ。
「あのぅ、皆さん……。あたしたち、相当マズいことしてるんじゃないですか?学生だけで繁華街に行って、その上寮の門限も守らず……」
「大丈夫だよデジたん。変装してるし」
「その変装が目立ってるじゃん!ゴルシさん、何なんですこのチョイス!グラサンとマスクでどうにかなるわけないじゃないですか!日も暮れてるのにグラサンしてるウマ娘集団、怪しすぎます!」
「ウマ娘集団ってだけで目立つんだ。顔隠しときゃなんとかなるって。多分な」
「エェー……適当……」
学園にバレたらタダでは済まないが、これくらいの危ない橋は何度も渡っているので大丈夫だ。多分。
生徒会長様は優しいのでなんとかなる。多分。
「あっ、黒沼さんが建物に入ったわよ!看板を見る限り、あそこはバーのようね」
ふと見ると、ウチのトレーナーさんの馴染みの店であった。あそこはトレーナー御用達の店だったりするのだろうか。
「仕事終わりはお気に入りの店で一杯、ってヤツかな。オシャレだなぁ」
「ックゥー!なんつーか、『漢』って感じだな!」
「よし、ちょっと中見に行ってくる」
「あ、オロール。アタシも連れてけ」
「え?どうして?大人数で押しかけるわけにはいかないし、僕一人で十分だよ」
「あぁ、一応賭けだしよ。公平な視点が必要だろ?」
「公平な視点?どういうこと?」
「お前ら全員、黒沼さんがカタギじゃないって方に賭けてんだろーが!アタシ以外全員!ないとは思うが、一応不正防止のために、カタギ派のアタシもついてく」
そうそう。なぜかブルボンさんも「マスターには裏の顔がある気がします」とか言って、スジモン派だった。スカーレットはウオッカと同じ方には賭けないだろうと思っていたが、全然そんなことはなかった。黒沼さんを何だと思っているんだ。いや、僕もだけど。
◆
『
『こちらウオッ……HQ。対象の様子は?』
『席についたが、酒を頼んでない。ひょっとすると誰かを待ってるのかもしれねぇな』
『了解、引き続き警戒を。HQ、アウト』
ゴルシちゃんが言った通り、黒沼さんは誰かを待っているらしい。時計を気にしたりしている。
しかし、彼の風貌といい、オーラといい、やはりカタギの人には見えない。なぜそんな胸元の開いたシャツを着る?僕らも他人のことは言えないが、なぜ夜なのにグラサンをする?
ちなみに今のゴルシちゃんもカタギに見えない。変装のためにグラサンをかけている上、バーの雰囲気に調和した黒ジャケットのおかげで、完全にマフィアである。
「……オイ、誰か来たみたいだぜ。黒沼さんの待ち人かもな」
ドアの開く音。次いで入ってきたのは、仕事帰りといった様子のロマンスグレーな男性。ふむ、ヤのつく人ではなさそうだ。
するとやはり、黒沼さんの隣にその人物は座った。
「アタリっぽいな」
聞き逃さぬよう、ウマ耳を澄ませる。
彼らは挨拶を交わし、それから二人とも酒を頼んだ。
……どこかで見たような気がするぞ、あの人。記憶を掘り返してみよう。
「あっ!」
「何だよ急に!オイ、静かにしろ……!」
「ご、ごめん。でも分かったんだ!あの人が誰か」
「ほう?」
「……お医者さんだよ。ウマ娘専門の」
アニメ2期でちょこっと登場した、主治医じゃない方のお医者さんだ。テイオーにお注射をかました人である。「折れてます」の人だ。
「でもどうして黒沼さんと……」
「とりあえず、話を聞こうぜ」
誰なのか分かったところで、改めて聞き耳を立てる。
「……ブルボンは、もう大丈夫か」
「ええ、幸いにも軽いソエです。その調子でしたら問題ありませんよ。ただあの子は骨が丈夫じゃありませんから、今後も気をつけませんと」
「……そうか」
何やらブルボンさんのことを話しているらしい。
「……スパルタ式は確かに結果を残せます。ですが、リスクもある。黒沼さん、あなたには重い責任がのしかかりますよ」
「ああ。分かってる、無事之名馬だろう。だが三冠制覇はアイツの夢なんだ。そのためなら俺は、鬼にだってなる」
「……あなたのウマ娘を想う気持ちはとっくに伝わってますよ。だから、これ以上私がとやかく言うわけにもいきませんね」
「フッ、そうか」
ふむふむ、なるほど。
一旦話を整理しよう。
ブルボンさんが言っていた黒沼さんの隠し事とは、十中八九この医者との会合だろう。しかして動機は担当ウマ娘への熱い想い。ケガのケアについて、専門職に相談していたということなのだろう。
めちゃくちゃいい人じゃないか。
なんだろう、軽い気持ちで賭けとかやってた自分が恥ずかしくなってくる。
黒沼さんのスパルタトレーニングは、見る人によっては時代遅れのように思えるだろう。
ちょっぴり古臭くて、不器用。
だがそれがいい。
「イイハナシダナァ」
「おい終わらそうとすんじゃねえ。これで分かったろ、あの人は絶対にカタギだ。賭けはアタシの勝ちでいいな?」
「ん?ああ、いいよ別に。もうそんなことどうでもよくなっちゃった。僕は今、何か大切なものを知ることができたような気がする……」
精神は肉体を超越する、とは、他ならぬ黒沼さんの言葉である。気持ちさえあれば不可能はない、というぶっ飛んだ理論だが、僕はそういうのが大好物だ。
「ああやって、競走ウマ娘のことを本気で応援してくれるような人たちのためにも、僕たちは走るんだ……」
「あー、えっと。とりあえずアタシの勝ちだかんな?にんじんゼリーちゃんとおごれよ?」
「想いの力……。きっと一番大切なことだ」
「話聞けよ。あ、にんじんプリンもプラスでいいか?」
「うんうん、なんだっていいよ……。僕は今感動して機嫌がいいからね、なんだっていいさ」
「やりぃ、得した」
僕は今黒沼さんの因子を継承するのに忙しいのだ。目先の物欲に駆られるゴルシちゃんと違って、僕は自己の研鑽に余念を欠かさない。
「……なぁオロール、なんか、視線を感じねーか?」
「ん?」
「いや、具体的に言うと、黒沼さんがこっち見てるよーな気がすんだよ」
「え?ああ、ホントだ……」
って、待て。
この状況、大変マズイのでは?
「オイお前ら、少し聞きたいことがあるんだが?」
終わった。ケジメつけなきゃ。
さようなら僕の小指。
「筋肉の付き方が普通のウマ娘とまったく違う上、どうにも若いように見える……。まさか、トレセンの生徒か?」
「え?イヤー、アハハー、若いように見えますぅ?ありがとうございますぅ!それに、私実は筋トレが趣味でぇ、スタイルには気を使ってるんですよぉ!トレセン学園の生徒さんと間違われるだなんて、お世辞でも嬉しいわぁ、アハハー!」
「む、すまない。勘違いだったか。どうも気を張りすぎていたようだ」
よかった、黒沼さんが誤魔化しに弱くて。
僕の小指は守られた。
ふと思いましたが、うちの子、TS要素めっちゃ薄いですね。まあ設定ガバガバのまま書いてるからそうなるのも必然というか()
最近はTS関連の需要を満たそうと自分用にオリ小説を書いてデュフデュフしてるので、また更新が遅くなってます()
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天高く、ヲタクどもの肥ゆる秋
こんなのが 汎用衣装で いいんですか
(字あまり)(辞世の句)
「手前、若輩者ですゆえ、仁義前後間違いましたる節は堪忍願います。手前、トレセン学園はスピカに身を置き、走りの稼業昨今の未熟者でございます。姓名の儀、声高に発しまするは……と言いたいところでござんすが、お姐えさんと同じくして、手前は一介のウマ娘。つまるところ名一つで世を渡る身でござんす。では改めまして、名を声高に発します、オロールフリゲートというものでござんす」
「スッ、スピカさんだぁ……!」
「おいお前、ライスを怖がらせてどうする。黒沼さんの因子継承しすぎだろーが絶対!……いや待て黒沼さんもそんな古臭ぇスジモンの挨拶はしねぇ!」
「ごめん……。今の僕にできる最大限のリスペクトはなんだろうって考えたとき、なぜかコレが1番に頭に浮かんだんだ」
ライスシャワー。
いわゆる天使である。デジたんガチ恋勢としてでなく、一介のウマ娘好きとして語らせてもらうが、ライスは本当に可愛い。お兄さまって呼ばれてみたいな。僕、後輩だしウマ娘だけど。
「あの……?ライスに何か御用ですか……?」
「ああハイ、そりゃもちろん。何と言いますか、今日のブックマーケットには古今東西よりどりみどりの本が集まってるわけでして。僕は参加してくださった方全員に心底礼をしたいと思ってるんです」
「コーフンしすぎて話が見えなくなってるぜ、変態。ちゃんとビシッと決めろよ」
興奮必至。なぜならば今日は待ちに待ったファン感謝祭である。そして、かねてより計画、準備をしてきたトレセンブックマーケットは無事に開催された!参加者もまあまあいる。僕と同じような種族の子たちや、目の前のライスさんのような純粋無垢なクリエイターまで、よりどりみどりだ。
さて、とりあえず、未来の大人気作家様に出会ったときにするべきことをしよう。
「ライスさん、サインもらえます?」
「えっ?サインって、あのサインですか……?」
「あー、わりぃなライス。コイツ変態でよ。ウマ娘の匂いがするモンならなんでも手に入れたがる性分なんだ。とりあえずサイン書いときゃ大人しくなるから。パパッと書いちゃってくれ。あ、三つくらい書いとくと後で楽になるぜ」
「えっと、三人分のサインを書けば、いいんだよね……?でも、ライスのサインなんて貰っても、何もいいことなんかないのに……」
「変態だって言ったろ。理屈は通じん。諦めろ」
いかにも。
ところで、僕とデジたんの分でサインが二つ入用なのは分かるが、もう一つは誰の分だ?
「サイン三つ……。って、まさかゴルシちゃんも貰おうとしてる?」
「へへっ、未来の大人気絵本作家にして、最強のウマ娘のサインとくりゃあ、プレミアどころの話じゃねぇよな!何十年か経ったら方々に自慢してやるぜ!」
「さっきの君の言葉と照らし合わせると、ゴルシちゃんももれなく変態にカテゴライズされるけど」
「うっせ!とりあえず、ライス。絵本3冊くれよ。で、そこにサインしてくれねぇか?」
淀の刺客ライスシャワーは絵本作家である。優しく繊細で儚げな絵柄には、全ての人が心癒されるだろう。
彼女は小柄であり言動もどことなく幼いので、高等部らしからぬ印象を受けるが、かのミホノブルボンやメジロマックイーンに白星を収める名ステイヤーである。よりによって三冠阻止や三連覇阻止をやってのけたために、世間では度々バッシングを受けることになる。
当然僕は悪質アンチ断固許すまじの精神であるので、前もってウマ娘アンチを全員東京湾に沈めようかと思う。……なんちゃって。
「ゴルシちゃん……。今の君の目の光りようったら。完全にヲタクのそれだったよ」
「一緒にすんな。アタシは純粋にダチを応援してやりたくて言ってんだ。それにコイツを見てると、なんつーか、世話焼きたくなるっつーか」
「優しいねぇ。でも分かるよ。ライスさんってなんだか放っておけない感じするよね。一応僕の方が後輩なのに、なぜか庇護欲が湧いてくる……」
「だろぉ?可愛いし、性格もいいし。どこぞの変態とは大違いだぜ」
「うっさい。てか、ほら、君が褒め殺しするせいでライスさんが真っ赤だよ。お赤飯になっちゃった。美味しそう」
今の美味しそう、は、いわゆる語彙力を失ったヲタクが発する意味不明言語だとか、言葉の綾だとか、そういう類のものである。デジたん一筋の僕が浮気などするはずないので、やましい意味はない。
「ふえぇ……!?食べないでください!」
「ねぇ今の聞いたかいゴルシちゃん!ふえぇって言った!ふえぇっ!実在したんだ、ふえぇロリっ子……!」
「いやライスはロリじゃねぇだろ。お前より歳上だぜ?」
「は?ゴルシちゃん、君……。何言ってんの?」
「いやだって、ロリってのはつまり、幼女……ってことだろ?ライスは明らかに」
「違うねッ!!君はロリの真髄を何も分かっちゃあいない!」
ロリとは!断じて年齢とかいう文明によって作られた概念じゃあない。もっと奥底の部分、生命の深部にある、アプリオリなものだ。
「ここから先は……。僕の口で語るには役者不足だ。あとはよろしく頼むよ、デジたん」
「ええ、任されました。あたくし、僭越ながらゴルシさんに説明させていただきます」
「うおっ!?お前どっから湧いてきた!?」
「尊みあるところにデジたんあり、ですよ!ちなみにあたしは先程までブツを捌いていました。思ったよりも完売が早かったですね。特にゴルマク本の伸びがよかったです。さすがゴルシさん!」
「嬉しくねェ……」
今回、デジたんは出品者側である。
つまり彼女はアリスデジタル先生というわけだ。
界隈で名の知れたヲタクである彼女の描くトレセン学園は、その解像度の高さでもって、他の同人誌とは一線を画す出来栄えだ。売上はどぼめじろう先生と一二を争う。
ちなみに、僕もデジたんの創作活動にいくらか手を貸した。とはいえ、本当にアシスタント程度の仕事だが。
ただ、明らかに僕とデジたんをモデルにした登場人物たちの髪を塗ったり、色をつけたりする作業は、何というか、えもいわれぬ背徳感があった。
「ロリとは……!全てなんです」
「は?」
「いいですかゴルシさん。ロリを世間一般でいう幼女と定義するならば、貴女だって元々はロリだったんですよ?当然ですよね?」
「なんか長くなりそうだな」
「幼いものは等しく慈しむべき存在であり、尊いものです。そして、ウマ娘ちゃんは皆ロリから始まったんです。であれば全てのウマ娘はロリの因子を持っている!ロリという祝福を一生受け続けるのがウマ娘という種族なのです!」
「お、おう」
「ある哲学者は言いました。幼子は無垢、忘却、そしてひとつの新しいはじまりである、と。精神の極致とは幼児の精神!すなわちロリ!あたしたちがちっちゃいウマ娘ちゃんを愛し、はたまた母性溢れるウマ娘ちゃんにバブみを感じるとき!まさしく進化の歯車を回しているということなんです!」
「おう何言ってんだ?目が怖いから一旦止まれ」
「結論!ライスさんがロリかどうか?そんな問いは成立しません!ライスさんにロリっぽさを感じたオロールちゃんの心、それが唯一の真理ですから!ロリは皆の心の中にあり!」
「あ、これライスの本。サイン入りだぜ。お前の分」
「エッ……!フォワ゛ッ」
デジたんが熱弁している間に、ライスさんはサインを書き終えていた。
ふむ、自身の大きな耳になぞらえたのだろうか。ライスシャワーの名だけでなく、うさぎのイラストがついている。可愛い。
「よし昇天したか。やっと静かになった」
デジたん……。立ったまま気絶している。
まあ、気持ちは分かる。
「あわわ……!?気絶しちゃった!?もしかして、ライスのせい……?」
多分そう。部分的にそう。
「大丈夫だ。コイツは特殊な生き物だから。むしろお前のおかげで静かになったから助かるぜ」
「ライスさんのおかげでデジたんの寝顔が拝めました。ありがとうございます。貴女はこんなに簡単に他人を幸せにできるウマ娘なんだから、もっと自信を持ってください」
「ライス……。ライスが、誰かを幸せに……?」
「ええ。貴女の一挙手一投足で、幸福は生まれます」
「……!」
「おい勘弁しろよ。こんなくだらねぇことでエモシーンみたいな雰囲気醸すな」
ライスシャワーは祝福の名前。
幸福を降らせる祝福の名を持つウマ娘。
世界にまたひとつ、新たな幸せが生まれた。
「前後のやりとり抜きにしてここだけ切り抜きたいな。そしたらちったぁ感動できるかもしれん」
「……ねぇゴルシちゃん」
「ん?どしたよ」
「やっぱり今日の君、ちょっと同志の匂いがする」
「は?お前、薮からスティックにどうしたよ」
「考えてみれば、ファン感謝祭の日だってのに、焼きそばを捌いたり、妙な出店をやったりせず、僕と一緒にブックマーケットに来てるのがおかしい。さっきからヲタク用語にしっかりとついていけてるみたいだし。もしかして君、実はその趣味に目覚めて……」
「言われてみれば。なんでアタシはこんなとこに……?いつの間にか足を運んでたぜ。もしかして、自分でも気づかねぇうちに、堕ちちまったのか……?嘘だッ、嘘だァァァァァ!」
◆
ゴルシちゃんが「ちくしょうマックちゃんと焼きそば売り捌いてやるー!」と言いながら絶望に打ちひしがれて走り去った後。
僕とデジたんは分担作業で戦利品を回収するため、しばしの間別れている。
「あ、どぼめじろう先生。お疲れ様です」
「どぼっ!?」
ブックマーケットを練り歩いていると、なぜかパーカーのフードを被りマスクをつけ、さらに尻尾の隠れるブカブカパンツを履いたどぼめじろう先生ことメジロドーベルさんに出会った。
「ドーベルさんの新刊、買いましたよ!いやぁ相変わらず素晴らしいお手並で。購入希望者が殺到してましたよ」
「ッ!?ちょっと、静かにしてよお願いだから!」
「あっ、すみません」
やはりまだ公衆の場で作家としての身分を明かすことに抵抗があるらしい。本人の心の準備がまだである以上、僕はとやかく言うべきではない。しかし既にほとんどの知り合いが察しているのだから、趣味を隠す意味も少ないのだが。
というか、カミングアウトが恥ずかしい理由のひとつに「どぼめじろう」なんていうふざけたペンネームを採用してしまったことが挙げられると思う。よりによってソレかよ、もっと可愛い名前あっただろ。なんでそんなオッサンエ◯同人作家みたいな名前にしちゃったんだよ。
「そういえば、新刊の売り場で売り子をやってたの、ドーベルさんのトレーナーさんでしたね。やっぱり、趣味を公開する気はないんですか?」
「仕方ないでしょ!外部のイベントならコスプレイヤーですって言えば通るけど、学園内のイベントじゃリスクが上がるのよ。それに、トレーナーが手伝ってくれるって言うから、手伝ってもらっただけで……」
「わざわざ変装までして。確かに、一見するとウマ娘とは思えませんね。外部の客かと思いましたよ」
「っ!そうよ、変装してるのよアタシは!なのにどうして貴女は気づいたの……?」
「匂いですかね」
「えっ……?」
「匂いです。あとは、歩き方ですね。まったく、ドーベルさんったら。変装するなら仕草もしっかり変えないと、知り合いにバレちゃいますよ?」
「普通はバレないはずなのよ……」
そんなことはない。デジたんだってこの程度の変装は見破るだろう。彼女のウマ娘識別能力はペンタゴンの生体認証技術にも引けを取らない。
「ハァ、もう。声をかけてくれたのは嬉しいけど、アタシ、これから行くところがあるの。ターゲットが品切れになる前に行かなくちゃ。それじゃ……」
と、ドーベルさんが立ち去ろうとしたそのとき、聞き覚えのある足音が近寄ってきた。
「あ、オロールさん!こんにちは!」
「ッ!ウッス、ロブロイの姉御!」
我らがロブロイの姉御である。
メガネっ娘で、僕よりも身長は低い姉御。だからと言って、一見してただの地味系かと思うなかれ。彼女は姉御だ、間違いなく。
「姉御呼びはやめてください。私、そういうのには慣れていませんし、周りに誤解されてしまうと困るので……」
「ウッス」
「その『ウッス』っていう返事も気になります」
「はい、ロブロイさん」
とまあこの通り、僕はロブロイの姉御に逆らえない。なぜならば、思わず従いたくなるようなボスの風格が滲み出ているからである。逆らったら間違いなくケジメをとらされる。最近は最強のカタギこと黒沼さんの因子を継承したから、強い相手というのがどんなヤツなのか
「あっ、そうだ!オロールさん、ドーベルさん。皆さんにはお世話になりました。ですので、こちらを受け取っていただきたいんです!」
「これは……本?」
「はい!今日出品している私の小説です!拙い物語ですが、お読みいただき、感想をお聞かせ願えればと!」
これから手に入れようと思っていたところなので、ありがたい。姉御の優しさが身に染みる。
「本当にいいの?ありがとう!ちょうど買おうと思ってたから、嬉しいわ。それで、えっと!実はアタシも、渡したいものがあるんだけど……」
「そういえばドーベルさんも出品されてましたよね!私、買いましたよ!」
「ヴッ!?!?ど、どうして皆アタシの本に食いつくのがそんなに早いのよ……!渡そうと思ったら、もう手に入れてたなんて。それなら、ロブロイさんにもきちんと代金を……」
「いえ、私は結構です。小説と言っても短編ですので、枚数も少ないですし、凝ったオプションもつけていませんから」
「そんな、悪いわよ。それに値段の問題じゃないわ」
「気持ちの問題、という意味でも、私は皆さんに恩返しがしたいんです!自作の小説を読んでいただくことが恩返しになるか分かりませんが……。受け取ってください!」
ヲタク特有の金を払うぞ脅迫をしたいところだが、姉御相手じゃ分が悪い。まあロブロイの姉御の厚意だ。ありがたく受け取ろう。
「そういえばドーベルさん、随分気合い入った本作ってますね。そのおかげか大人気でしたよ。アリスデジタル先生の本とどぼめじろう先生は、今回のブックマーケットの目玉と言っても過言じゃない」
二人のブースには長蛇の列が出来上がっている。
「そ、そうなの?」
疑問を抱くドーベルさん。彼女は自覚がないらしい。
「ドーベルさんもデジたんも、他の出品者とは気合の入りようが違ったんですよ。トレセン学園内で行われる比較的小規模な即売会だというのに、新刊フルカラー特殊加工PPは当たり前、表紙は箔押し。何してるんですかホント」
そういえば、ライスさんも絵本を出品していたが、アレも大概気合いが入っている。普通の同人誌とは紙の種類からして違うので、コストも高くなるはずだ。
だが値段は安かった。つまり、儲けは出ていない。
さすがはライスさん。他人のためを想う心が強い。
しかしその上を行くどぼめじろう先生であった。
「……ホント、何してるのかしらアタシ」
ドーベルさんは自分の異常性に気がついたらしい。いやはや、まったく彼女も侮れない。
「あ、そうだドーベルさん!ひとつお願いしたいことがあるんですけど!」
ここで僕はとあることを思いついた。
「え?何かしら?」
「サインください!!」
「サイン?って、あのサイン?」
「そのサインです!買う時に貰いたかったんですけど、何せ売り場にドーベルさんがいなかったものですから。書いていただけます?」
「ええ、それくらいなら構わないけど」
彼女も未来の伝説的同人作家である。貰えるうちにサインを貰っておこう。
「あ、そうだ!皆さん。せっかくなので、お互いにサインを書いてみませんか?」
すると、ロブロイの姉御が提案する。
「えっと?つまり、僕も書けってこと?今回僕は出品してませんけど。デジたんの手伝いをしたくらいで……」
「はい!サイン、書いてほしいんです!実は先程、デジタルさんとお会いしまして。その時に聞いたのですが、デジタルさん曰く、今回の新刊はオロールちゃんと一緒に作ったから、実質二人の作品のようなものだ、と言っておられましたよ!」
「デジたん……!」
そんなことを思ってくれていたなんて。やばい、情緒が壊れる。感情の渋滞のせいで胸が張り裂けそうだ。
「サイン、ねぇ。なんだか有名人になった気分」
「ドーベルさんはもう十分有名人じゃないですか?レースでも結構活躍されてますし。今後サインを書く機会も増えるかもしれませんよ」
「そうかしら。けど仮にそうだとして、トレセン学園に通って重賞レースに出場した以上、貴女もそうなる可能性が高いわよ」
「ふふん、言われなくても分かってますよ。僕はいつか世界を獲る予定ですからね。サインの練習はバッチリですよ!」
長年に渡って考え続けてきたサインを解き放つ時が今!来た!
◆
流麗な筆記体で書かれた「Zenno Rob Roy」の字。
これは、まあカッコいい。
しかし、少女漫画家らしさを感じさせるような星やハートが散りばめられた「どぼめじろう」の文字は、僕の腹筋に多大なダメージを与えた。
「オロールさんのサイン……。名前の横に描かれているのは、もしかしなくてもデジタルさんですか?」
「その通り!」
漫画家がよくやるだろう。自分のキャラをサインの横に描くアレだ。このサインならオリジナリティがある上に、デジたんは僕のモノだと周知できる。
これが三日三晩寝て考えた僕のサインだ!
「いや、どうなのよソレ。サインっていうのは本人証明になるものなんだから、他人のイラストを描くのは良くないんじゃないの?」
ドーベルさんにまともな指摘をされた。
うーん、さすがにこのサインを続けるのはムリがあるか。
「確かにそうだけど、ホラ、今回の場合は、その本が僕とデジたんの合作みたいなものだから!」
サインを書いたのは、二人の持っていたアリスデジタル先生の新刊である。ロブロイの姉御が持っていたものには、しっかりと先生のサインも書かれていた。その神々しさたるや。
……おや、デジたんへの愛を心の中で叫んでいたら、本人がやってきたようだ。
「あ、どうもどうも先生方、勢揃いで。ほえ?その手に持ってらっしゃるのは……!?あたしの新刊?」
生ける伝説、アリスデジタル先生。
「やあ、デジたん。コレどう思う?」
「なんですかコレ、もしかしてオロールちゃんの直筆サイン……って横に描いてあるのあたしじゃないですか!オロールちゃんのサインなんだから、もっとこう、オロールちゃんっぽいものを……!」
「僕っぽいものねぇ。でも考えてみてよ。確かに僕のアイデンティティを表す記号はいくらか思いつくさ。でも一番僕らしいものといったら、やっぱり君との関わりだ、そうだろ?」
「……なるほど?」
「というわけで、これから僕がサインを書く機会があったら、君の顔を描いてもいいかな」
「やめて。さすがに恥ずかしいから」
「あ、じゃあこれから君がサイン書く機会があったら僕のイラスト描いてくれて構わないからさ。これぞWIN-WINの関係……」
「やめてください」
「やめます」
どぼめじろう先生は公式が言ってないだけで公式設定(適当)
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運命からの逃亡
作者は真面目な話を書くとタヒぬ病に侵されているので、シリアスはシリアルになります
「聞いたかよオロール。スズカのやつ、海外視野に入れてんだって。ま、アイツは世界でも通用するわな。スピカにもグローバル化の時代が来たぜ!」
「……そうなんだ」
「お?なんか元気ねーな。お前らしくねぇ」
「そうかな?いや、別になんでもないさ。いつも通りだよ。……いつも通り、やることやるだけ」
「……そうか。まあ、あんま気張んなよ」
天高くウマ娘肥ゆる秋。ファン感謝祭を満喫したスピカは、これから残酷な運命を迎える。
……可能性が、ある。
「だが、あんまり沈まれるのも困るぜオロール。チームメイトがG1に出走すんだ。秋天、アタシらがスズカを後押ししなきゃならねえ。お前、誰かを応援すんのは得意だろ?」
「その通り。スズカさんには何としても一番にゴール板を駆け抜けてもらわなくちゃいけないんだ」
何事もなく、無事に。
◆
コンテンツとしての「ウマ娘プリティーダービー」を知っている者ならば、シーズン1の第7話、といえば何が起こるか分かるだろう。
「スズカさん、今日は本当に調子が良さそうです!前走の宝塚ではグラスちゃんやエルちゃんに影も踏ませず逃げ切りましたし!昨晩も、気分が高まって左回りでトリプルアクセルしてたんですよ!」
スペちゃんの言う通り、今のサイレンススズカは一味、二味違う。秋天の芝2000mはただでさえスズカさんの独壇場といっても過言ではない。さらにリギルからスピカに鞍替えしてからは得意の逃げスキルを存分に伸ばし、異次元の逃亡者の名を欲しいままにしている。
事実、今日のレースは枠が全て埋まっていないのだ。他のウマ娘たちは皆、勝てないレースに挑みたくないから。
観客席でレースの開始を待つ僕たち。
屈託のない笑顔を浮かべるスペちゃんを尻目に、僕は額に流れた汗を手で拭う。
一抹の不安がよぎる。
「……トレーナーさん。スズカさんは、大丈夫でしょうか」
「オロール。仲間を信じてやらねぇでどうする!アイツなら絶対に一位を獲ってくれる!」
それが心配なんだ。
「チームメイトとして、僕は皆のメディカルチェックを行えるように、それなりに勉強したよ。非常に不服だけどトレーナーさんに頭下げて教えを乞うてみたりもしたし」
「俺に頭下げんのそんなに嫌だったの……?」
屈辱であった。
「とにかく、トレーナーさんや、なぜかトレセン学園に時々現れるメジロの主治医さんから医学的な見地を学ばせてもらった僕から言いますけどね。スズカさんの身体は危険な状態です」
「ッ!?オロール、テメェ!?」
ゴルシちゃんの声がやけに響く。
だが、僕はどうしても言わなければならなかった。
スズカさんの才能をフルに活かすためには、まず骨から鍛える必要があった。彼女の溢れ出る力を受け止められる強靭な肉体の軸が必要だった。
僕はスズカさんのサポートをずっと行ってきた。おかげで、確かに彼女の骨や筋肉は、
しかし、骨を強くするといっても、ウマ娘にとって生命線であるスネをビール瓶で叩くわけにもいかない。だから具体的な方法といえば、トレーニングメニューの若干の見直し、あとは精々食事メニューによるものくらいだ。確かにいくらか骨は強くなった。だがスズカさんの走りを受け止めるには全く足りない。強くなったとはいえ、雀の涙ほど。
「あんなに天性の走りの才能を持ってるのに、ウマ娘という生物の限界が、それを邪魔してるんだ……!」
「……テメェ、スズカがこれから走るってときに、んなこと言うのがチームメイトかよ?話が今更すぎんだよ!お前も競走ウマ娘なら分かんだろ!もう引けねぇトコまで来てんだ、だったらチームメイトのアタシらがやるべきことがあんだろーが!?」
何をやってるんだ僕は。ゴルシちゃんの顔をまともに見ることができなくなってしまった。
僕を悩ませたのは、何よりスズカさんの熱意だった。
単純な話で、彼女は自分の限界が伸びたことを感じとる度、その限界に易々と追い縋ったのだ。
僕が何もしなければ、サイレンススズカというウマ娘は選手生命に関わる大怪我をしただろう。
だが僕が介入し、チームメイトらの基礎体力の強化を図ったことで、彼女がより己の肉体を苛めてしまうようなことにはならなかっただろうか?
彼女は
つまり……。
いや、考えたくもない。
ああ、参った。
悩むという行為自体、僕らしくないのになぁ。
自分が何の仕事もできなかったことを悔やむにしても、もう遅いだろうか。そんなことを考えていると、不意に暖かい声がかけられる。
「ねえ、オロールちゃん」
「え、っ?」
「スズカさんは走るよ。そして、走ってるウマ娘ちゃんは、世界の何よりも輝いてる」
「そう。……そうだけど、デジたん」
「だったら応援してあげなくちゃ!何してるのオロールちゃん!?こんなときに沈んでる暇ないでしょ!?ウマ娘ちゃんが、ましてやチームメイトの!最ッ高にかっこよくて可愛い瞬間が訪れるのに!」
「……君はいつでも健気なようで、何よりも強い。だから惚れてるのに。これ以上惚れ直したら熱苦しくなっちゃう」
「応援しよ、ね?一人でも多くの応援で、勝負の盤面は変わるんだから!」
デジたんはそうやって僕に笑いかけた。
あーあ、やめだ、やめ。どうせ僕なんかただの変態なんだから、一丁前に悩むなんて柄じゃないや。
僕がスズカさんに秋天を完走してもらいたいと思った理由は、彼女を含めたスピカのチームメイトたち、僕自身、そして何よりも、デジたんの笑顔を守るためだ。
だからスズカさんは絶対に走り切る。
理由が根拠になる。
デジたんの笑顔は絶対に守るのだから、スズカさんは絶対に勝つ。ハナから医学的根拠なんて必要なかった。
「……なんか久々にマジメなこと考えたらお腹空いてきたな」
「ヘッ、ようやくいつもの調子に戻ったなオロール。売れ残りの焼きそばならあるけど、食うか?」
「優しいねぇ君は。そんじゃ早速いただきまー……」
「あ、気ぃつけろよ?実は焼きそばはほとんどスペに食われちまったからさ。ソイツは麺をハリガネムシで代用した非売品なんだ」
「オ゛ッ」
あたまが まっしろに なった。
……。
「マジか。軽くお灸据えてやろうと思って冗談言ったら気絶しちまった。まあいいかオロールだし」
◆
「……ふぁっ!?」
「あ、いいタイミングで起きたねオロールちゃん。ちょうどレースが始まるところだよ」
どうして気絶した僕を起こしてくれなかったのか聞こうと思ったが、僕の頭がデジたんの膝の上に乗っていたので、オロールフリゲートは考えるのをやめた。
「……また寝ていいかな」
「いや起きろよ変態。応援してやれ。おおそうだ、念送るぞ、念。スズカが勝てるように念送ってやるんだ」
「何言ってんだいゴルシちゃん」
頭を起こしてスピカメンバー一同に目を向けると、全員手を構えて何かブツブツ唱えている。
「勝て〜勝て〜勝て〜……」
僕の目がおかしいのだろうか?彼女たちの手から妖しい黒紫のオーラが出ている。
いや、アレ邪念じゃないか?
「念!ねねねーんッ!!」
デジたんはデジたんで楽しそうに念を送っている。ただし、手から出ているのはまるで太陽みたいに輝くオーラだ。さすがデジたん。
いや、なんでオーラが見えてるんだ僕は。
「デジたんがノリノリだ……。僕も乗るしかないのか、このビッグウェーブに!」
こうなったら僕も送るぞぉ、念!
「臨兵闘者皆陣烈在前……」
「お前だけ本格的な念を送るな」
「でも見てよゴルシちゃん!僕が本格的に勝利祈願をやったら、なんか勝てそうなオーラが出てきた!」
一番ドス黒いオーラが僕の手から!
「何言ってんだお前。オーラて」
「君が念だのなんだの言い出したんだろ」
「いやまあ、そうだけどよ……。おっ!もう選手が全員準備できたみてーだぜ!」
念の話は結局うやむやになったな。
幻覚じゃないと思う。実に謎である。
『各ウマ娘、ゲートに入りました!圧倒的人気、異次元の逃亡者サイレンススズカは1枠1番!どのようなレースになるのでしょうか!』
そういえば、ひとつ分かったことがある。
十余年、ウマ娘として生きてきてなお、僕はまだまだ未熟だ。もしかすると一生未熟のままなのかもしれない。
『多くの期待を背負ったウマ娘たちが鎬を削る舞台、天皇賞秋!今──』
ウマ娘は、夢を背負った分だけ強くなれる。
僕はてっきり、自分がとっくの間にそれを知っていると思っていたが、どうも十分に理解していなかったらしい。
『──スタートです!』
期待という追い風を背に受けたウマ娘は誰にも止められない。
運命ですら、決して追いつけない。
「けっぱれーッ!スズカさーーんっ!」
スペちゃんは相変わらず内地に馴染めてないみたいだべ。けれどその応援には、なまら心打たれるものがある。
「スズカさん、まっこと速いぜよ……!」
「お前は高知出身じゃねーだろ。方言に対抗するな」
『期待に応え早速抜け出したサイレンススズカ!速いっ、サイレンススズカ速い!後続との差がぐんぐん開きます!』
「ほんまに速いのぅ。ワシ感心してもうたわぁ」
「可愛げのない関西弁だなオイ。タマモを見習え、ったく。……まあでも、すっかり元気そうじゃねえか」
「これこそ本来の僕って感じ?いやぁ、さっきのはちょっと、自分でも呆れたよ。僕らしくなかった」
まったく僕らしくなかった。デジたんの狂信者である僕が、仲間一人、そして僕自身を信じられないなんて。
天皇賞秋。
なぜだか、このレース名を耳にするだけで、胸がざわつく。僕は必ず秋天の舞台に立つ必要がある。そこでデジたんと走らなければならない。なぜかそんな気がするのだ。まるで魔物のようなその観念が、僕の心を不安定にさせていた。
僕の中にいつからか巣食っていた魔物。
ソイツはきっと、本能ってヤツだろう。
競走馬アグネスデジタルの勇者伝説、彼の爪痕を世に深く刻みつけたレースが、他ならぬ秋天なのだ。絶対覇王テイエムオペラオーに引導を渡したレース。
僕の目の前の彼女も、伝説を残すのだろう。
「は、はははっ……!マジかよ、すげー!モニター見てみろよ!スズカのやつ、速すぎて、後続のやつらがカメラに収まってねぇ!」
「スズカさん……!スズカさーん!スズカさーん!」
あのスペちゃんでさえ語彙力がぶっ壊れる圧倒的スピード!今年のスピカのエースはサイレンススズカで決まりだ!
「……応援だって、全力出さなきゃな。スピカの名が折れちまうぜ!そのぷにぷにの腹から声出せよー!マックちゃん!」
最初はいいこと言ってたのに。一言余計だなぁ。
「ゴールドシップ……?」
「スッ、スズカー!いけー!飛ばせー!」
「……ハァ。もう。今日くらいは水に流しますわ。スズカさんの顔に免じて」
そうそう、腹から声を出すんだ。スペちゃんなんかすごいぞ。腹から声を出しすぎておへそが制服からはみ出ている。決して焼きそばを食べすぎただけとか、そんなんじゃないはず。
「スズカさん!頑張って!」
「スズカさん!」
「スズカさんッ!!」
「スズカさん!最高しゅぎますぅ……!」
いよいよ大ケヤキを通る。
運命の分岐点……。と言うのは、少し違うか。
今走っているスズカさんは、夢と期待に囲まれた、分岐点のない一本道を駆け抜けているのだから。
「スズカぁーーっ!行けぇーーっ!!」
『先頭サイレンススズカ、大ケヤキを越え第4コーナー!レースはいよいよ終盤に差し掛かります!』
スズカさんの勢いは衰えない。
まあそうだよな。よく考えたら、秋天前夜に興奮してトリプルアクセルするようなウマ娘が怪我なんかするはずないか。
観客席は沸いているだろうかと見てみると、皆一様に口をあんぐりと開けている。あそこまで完璧で理想的な走りを見せられちゃあ、誰だってそうなる。
『ここでサイレンススズカがスパートに入る!?っまさに、逃げて差す!誰にも真似できない走りっ!』
まだ、加速するのか。
瞬間、スタンドは大歓声に包まれた。
「うおおおおおおおっ!行けぇぇーーええっ!」
トレーナーさんのなりふり構わぬ叫び声は、数多の歓声を貫き、スズカさんに届いただろう。彼女はもはやウマ娘の限界を知らない。
チームリギルの面々も来ているようだ。おハナさんが目を見開いてターフを凝視している。その気迫溢れる表情が、普段の彼女のクールな印象とあまりに食い違っていたので驚いた。
「スズカ……!」
今日のトレーナーさんは、いつもの間抜けヅラと違ってシリアスな顔をしている。
そういえば、スズカさんは海外遠征に行くんだったか。つまりこの秋天が国内最後のレースというわけだ。なるほど、このレースは競争ウマ娘キャリアの、ひとつの節目である、と。
『サイレンススズカ!後続をまったく寄せ付けることなく駆け抜ける……!ゴール!一着はサイレンススズカ!栄光の日曜日!秋の盾を手中に収めたのは、一着サイレンススズカーっ!』
11月1日。天皇賞秋。
1枠1番、サイレンススズカ。絶対的な1番人気で始まったレース。スタートダッシュからゴールインまで、他の追随を一切許さなかった走り。
序盤数ハロンは悉く10秒ほど、その後もほとんどのハロンタイムを11秒台で埋め尽くした。
異次元の逃亡者の勢いはラストスパートでも衰えることなく、二位と1秒以上の差をつけ勝利。
歴史に刻まれるレースだった。
◆
「……ね、デジたん」
「?どうしたの?」
「やっぱり僕、我慢できないなぁ……。んふふふふふふひひひひ」
「コズミック的恐怖を感じるんですケド」
「ああ、いや、ごめん。昂りすぎた。僕は何というか、もっと純粋な気持ちで話がしたいんだ」
あのレースを見てしまったら、もともと忍耐力に欠ける僕が我慢できるわけがない。
「来年の秋天は……。僕らで歴史を創ろう」
「歴史を、創る……?」
デジたんにそう告げた僕は、他のスピカメンバーらを見回した。ウオッカ、スカーレット、テイオー、マックイーン、スペちゃん、ゴルシちゃん。
「そう!歴史を創るんだ!今のは皆に言った。……ウオッカ、君だっていつまでもギュルルンギュルルンやってる場合じゃないよ」
「え?俺?ってオイ!やめろぉ!な、なんつーか、ギュルルンを他人に言われると急に恥ずかしくなってきた!」
「恥ずかしい?ならもっと回転数上げるんだよ!ギュルギュル鳴ってるうちは低回転域だ!もっと、ヴィィイ゛ン゛ッって感じで行こう!」
「お、おう……?」
こうなりゃ全員巻き込んでやる!
「スカーレットはもちろんウオッカについていくもんね」
「何よ、急に何なのよアンタ」
ウオッカとダイワスカーレットは秋天でやり合っている。結果はウオッカのレコード勝ち。つまり、スカーレットはこのレースに浅からぬ因縁がある。
「マックイーン、スズカさんのレース、どうだった?君はメジロの名に恥じないウマ娘になるため、春の盾を狙ってるんでしょ?じゃあ、どうだい、いっそ春秋天皇賞制覇をやるってのは」
「貴女、一体何を考えて……!」
メジロマックイーンというウマ娘にとって、秋天は良い意味でも悪い意味でも特別な意味を持つレースだ。
一位入着後、進路妨害による降着。
絶好のスタート、されど焦りの念が先行しすぎたコース取りによる、後続の妨害。
ウマ娘でも描かれたそのレースは、僕の生きる世界では起こり得ない。
なぜかって?マックイーンより僕の方がスタートが速いからだ。速くしてみせる。
「テイオーも乗るでしょ、この話。……君の憧れの生徒会長、シンボリルドルフといえば、勝利よりたった三度の敗北を語りたくなるウマ娘〜なんて言われてる。秋天もその一つだ。先輩の背中に追いつくどころか先を征くってのは、楽しいだろうね」
「……ボク、何だか読めてきちゃった」
さすが、やっぱりテイオーは天才だなぁ、悔しいけど。
競走馬トウカイテイオーの勝ち鞍に秋天はない。だからこそ面白い。誰も見たことのない歴史が生まれるぞ。
それに僕はテイマクと一度やり合いたかったんだ。
「スペちゃん先輩は、まあ言うまでもないよね」
「……あの、オロールさん、何の話ですか?」
この子ったら天然すぎて話についてこれてなかった。皆が場に飲まれてくれたおかげで、それっぽい雰囲気が出来上がっていたたけだ。僕はただ「歴史を創る」としか言っていなかったんだった。
「来年の秋天は、僕らで枠を埋めてやろうって話ですよ!スズカさんの背中に、僕も惚れました。だから、スズカさんが拓いてくれた道のその先を、スピカ全員で創りたいんですよ!」
「……えっ、ええええええ!?」
いいリアクションしてくれるなぁスペちゃん。なんというか、
「おうオロール。アタシを最後に取っておくなんて、もったいねーなぁ。美味いもんは先に食っとかねーと、誰かに取られるぜ?」
「美味いもん、ねぇ。自信過剰じゃないの?ゴルシちゃん」
「んなことねーよ。なんたってこのスピカのリーダーはアタシ!……という風潮はあるだろ、少なくとも」
「確かに」
散々ネタキャラ扱いされる120億の迷馬ゴールドシップ。だが、イジられる理由は彼がハチャメチャに強いからである。
それはウマ娘の彼女も同じ。何を考えているのか分からない上に、史上最強レベルのまくり脚。ワープにしか見えない追い込みは、おそらく彼女が何らかのバグ技を使っているからだろう。むしろそうであってほしいと思うほどに、後半の追い上げが凄まじいウマ娘だ。
まさに文字通りのダークホース。彼女なくして日本のウマ娘史、スピカの歴史は語れなくなるだろう。
「オロールちゃんが唐突に熱いキャラに……!これはこれで尊いですなぁ……!」
そして、彼女は外せない。
呑気に推し事やってるこのアグネスデジタルというウマ娘。
僕の信じる最強のウマ娘である。可愛い、速い、イコール最強。もう語彙力が溶ける。あーヤバい。好きすぎる。めちゃくちゃ美味しそうだ。食べちゃいたい。美味すぎる。ウマすぎてウマになったわよ。ってもともとウマやんけ!なんつって!やかましいわコラ!
……おっと、すっかり頭がのぼせてる。
『お待たせいたしました!ただいまより、天皇賞秋、ウイニングライブを開催いたします!』
まあ、ともかく。ここはライブ会場だ。
スズカさんの歌声、しっかり聴かないと。
『選ばれしこの道を♪ひたすらに駆け抜けて♪頂点に立つ!そう決めたの!力の限り!先へ!』
いやぁ、ウマ娘ってのはいいもんですねぇ〜。
あんなに可愛い子たちが、今は世界中の誰よりもカッコよく輝いている!
『情熱に鳴り響く♪高鳴りというファンファーレ♪抱きしめたら♪解き放とう♪目指す場所があるから!』
そして、僕もまたウマ娘だということ。この事実は、血液が沸騰したような感覚を僕にもたらしてくれる。
『選ばれしこの道を♪ひたすらに駆け抜けて♪頂点に立つ♪立ってみせる!NEXT FRONTIER……♪見つめて!力の限り!先へ!』
海外という未知の戦場を見据えるスズカさんの背中を、デジたんやスピカの仲間たちと追いかけ、その先の歴史を創る。そんな決意を固めるのに、今日という日はあまりにふさわしすぎた。
初見だとクール美少女にしか見えないのに作中随一の狂人(特にアプリ版)なスズカさんは令和でも指折りの沼キャラ
ハマると抜け出せません……
ストーリーの流れがなんか雑ですね(他人事)
まあデジたんが可愛いからOK(適当)
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黄金の系譜
草案をストックしたり、プロットをしっかり考えておけば、更新が容易になるということに。
まあめんどくさいのでこれからも適当にリアルタイムで更新するんですけどね(IQ2)
「よう、この辺りに『歴史を……創ろう!』と堂々と啖呵を切った次の日ににんじん賭博してる救いようのないバカがいるって聞いたんだが」
「へぇ、そんなヤツがいるのかい?そいつはトレセン学園の生徒の風上にも置けない……ご無礼。ツモりました」
「お前だよ!!」
「うわっ!見て見てゴルシちゃん!裏ドラノッた!」
「なんだお前!?数え役満出してんじゃねーよ!!」
よし、にんじんゲット!今日のネタは
「おいナカヤマさんよ、コイツにチョーシ乗らせたら面倒なことになるぜ?分かってんのか?」
賭けの相手はもちろんナカヤマさん。
彼女なしじゃこの世の賭け全てがつまらない、そう言って差し支えは無いくらい、根っからのギャンブラーで勝負好き。
学園の屋上で、今日も
「おうゴルシ。アンタんとこの借りてるぜ。恥ずかしい話だが、今んとこ私は負け続きでね。どうだ?アンタも混ざらないか?」
「ハッ、なるほどなぁナカヤマ。読めたぜ」
「ん?」
「お前アレだろ。イカサマを全部見抜かれて、その後はツキが向かないってトコだろ」
「正解。ま、ツキも実力のうちだ。まあ、後から挽回するさ。それに、元手のにんじんからマイナス10本までは勝ちの範疇だからな」
カスのギャンブラーみたいな理論じゃないか。
「ナカヤマは実質戦力外か。ならアタシの勝ち筋もありそうだな。っしゃあ、やってやるぜ!」
ゴルシちゃんのヤツ。にんじんを賭けて戦う僕のことを救いようのない何とやらと言ってくれたが、結局同じ穴のムジナじゃないか。そういうとこが好きなんだけどね。
「……つーか、アンタ、今日は随分静かじゃねーか?」
ゴルシちゃんが呟く。
ああ、そうそう。ナカヤマさんと僕は別に二人麻雀をしていたわけじゃない。メンツはもう一人いる。
僕とナカヤマさんは向かい合っているので、ゴルシちゃんがそのもう一人のウマ娘の対面に座る形になった。
そして、そのもう一人ウマ娘とは誰か?おそらく、ゴルシちゃんとも縁が深い相手だ。
「……なあ、リョテイさんよ?」
「……黙れよ。ニャン公が起きちまうだろ」
卓を囲んでいた相手は他ならぬ、我らがステイゴホンゴホン。キンイロリョテイ先輩である。
ただし、膝の上にネコちゃんが鎮座している。
度胸があるなぁネコちゃん。しばらく動く気配はないし、制服に涎の痕までつけている。
「……ネコ?プッ、なんか面白い絵面だな。他人にしょっちゅう噛み付くアンタが、ネコの前では骨抜きになるなんて」
「いいじゃねーか、ニャン公はよ。誰にも靡かず媚びず、迷惑かけても気にする様子もねェ。コイツもふてぶてしく他人の膝に居座りやがる。そのくせ、テメェと同じで愛嬌があるし」
「テメェって……アタシか?ゴルシちゃんのプリチーさに気づくとはっ、やるじゃねーかリョテイ!」
「誰がんなこと言った?テメェっつーのは私のことだよ。ゴールドシップとかいうどこぞのウマ娘よりも、このニャン公の方が、世界一可愛いリョテイ様と同じくらい可愛いだろ」
ゴルシちゃんの知り合いなだけあって、なかなかキャラが濃い。まあ確かに、彼女の顔はやはりウマ娘らしく眉目秀麗。目立った特徴はないものの、底の知れない自信満々な表情で構えている。
「それじゃ、一人増えたし、仕切り直すか」
「負けが続いてるナカヤマさんがそれ言うの、ズルいですよ」
負け続きのナカヤマさんが勝負を仕切り直そうとするが、当然僕は勝ち分を失いたくないので抗議する。
「確かにな。ギャンブルじゃ勝者がルールを決めるのが筋だ。それならそれで、私は生死を賭けたスリルを楽しませてもらおう……!」
ナカヤマさんは勝負師。勝つか負けるかのスリルを追い求めているので、結果がどうであれ決して後悔しないタイプだ。ある意味黄金の精神を持っている。
まあ、にんじんで借金したところで生死には関わらないし、日が変わる前に全て胃袋に収まるので、貸し借り0になる。よってスリルもへったくれもないのだが。
新たに加わったゴルシちゃんも、どこからともなくにんじんを取り出し、勝負が始まった。
◆
キンイロリョテイ。
僕は彼女のことをあまり知らない。
「あ、おい待てニャン公……。ハァ、どっか行っちまった。ったく、萎えるわ」
ネコに逃げられてやる気を無くしたかと思いきや、着実に点を稼ぎ二位の座をキープしたり。
「あ?おい、せっかくいい手でアガれそうだったのに何してくれてんだよゴルシ。テメェの尻尾ケツの穴に突っ込んで奥歯ガタガタいわせんぞ」
「怖ぇな!?」
ネコに好かれておきながら、凶暴性がMAXだったり。
「なー、麻雀飽きた。別のことやろうぜ」
飽き性だったり。
「それなら、こんなのはどうだ。なぜか今学園の上空を飛んでいる鷹を手懐けたヤツが勝ち、ってのは」
ナカヤマさんが意味の分からない勝負を始めたり。
ちなみに
「おい!メンコやろーぜ!メンコ!」
そして、ゴルシちゃんが謎にメンコを押してきたり。
現代っ子の僕はメンコで遊ぶ機会が少なかった。しかし、いざやってみると、ウマ娘の膂力でメンコが宙を飛び交うわ、叩きつけたときの音が大きすぎて発砲音か何かと勘違いされるわ、噂を聞きつけたバクシン系学級委員長がやってきて、にんじん賭博を咎められるわ、適当に誤魔化したらなぜか納得して帰っていくわで、なかなか面白かった。
「あっ、さっきのニャン公が戻ってきた!よっしゃ、それなら誰があのニャン公を一番屈服させられるか、勝負だ!」
やっぱりネコには優しい。
当のニャン公は、猫じゃらしを振り回すリョテイさんの横をふてぶてしく通り過ぎてまたどこかへ行ってしまったけど。
「まあ、リョテイさん。元気出して……」
「あ?テメェに言われるまでもねぇよ。あんのニャン公め、このリョテイ様にも媚びねぇとは……!やるじゃねぇか……!」
彼女の背丈は僕と同じくらいか、それよりも小さく見える。しかし放つ気迫はトレセン随一と言っていい。自分が一番強いと信じて疑わない態度の表れだろう。
こうして話してみて分かったことがある。彼女は確かにタチの悪い性格だが、悪人じゃない。ゴルシちゃんやタキオンさんと同じで、退学にならない程度のイタズラをする、ヤンチャなウマ娘の一人だ。
「いつぞやの宝塚じゃあウチのスズカに負け、こないだの秋天でもスズカに負け……。その上今度はネコにも負けたな、リョテイさんよ」
「なんだとゴルシ。ありゃあお前んとこのチョーシ乗ってるガキに華持たせてやっただけだ。レース中に影を踏んでやったが、あのスズカとかいうやつ、こっちを見向きもしねぇ。先頭しか見えてねぇバカだな、ありゃあ」
うん、口は悪いがあながち間違ってない。
先頭狂のスズカさんには後ろを振り返る習性はない。あの人は自分一人の世界に浸るタイプだ。最近は「先頭の景色」に僕たちスピカの仲間が映るようになったらしいが、いずれにせよ彼女のレースは相変わらず一人タイムアタックだし。
「スズカみたいな手合いはどうせ、仲間のために走ることが楽しくて嬉しいと思ってるタイプだ。そうだろ?私はそういうヤツとは相容れないなァ」
まあ、短い付き合いだが、リョテイさんは清々しいまでに自分勝手なウマ娘だと分かる。
「レースに勝ちたいってのは、どんだけ綺麗事言おうが、結局は自分勝手な欲望だろ。なのにURAや理事会の連中と来たら、ことあるごとに、ウマ娘とトレーナーの絆が〜とか言ってやがる。マジでふざけてるぜ。自分のために走ってんのに、賞金はトレーナーの懐にも入るしよ。あーあ、萎えるぜ」
彼女の論に付け加えさせてもらうと、レースに勝つということは、敗者を生み出すということ。他人が不利益を被る時点で、いくら綺麗事で取り繕おうとも、レースで勝利するということは、その結果だけを見れば自分勝手なものだ。
「……ま、アタシも綺麗事だけ言ってる連中が好きかと聞かれれば、そうじゃねえけどよ。案外、その『絆』ってヤツもバカにできねぇんだぜ?」
ゴルシちゃんはニヤリと笑う。
「ほう?」
「そこのオロールってヤツが何よりの証人だ。まあコイツの場合は絆っていうよりも……執着?偏愛?」
純粋な愛情だよ。
まあ、確かに。僕という存在自体、ほとんどがデジたんへの好き好き大好きクソデカ感情で構成されているようなものだし。絆の力というか愛の力というか、その辺のスペシャリストのようなものと言っても過言ではない、はず。
「あー、えっと。リョテイさん。それなら、僕の推し活エピソードとか……聞きます?」
推し活とはいうものの。
僕のデジたんライフを前世から遡って、LikeからFave、そんでもってLoveに変わるまでの過程は正直どうでもいいだろう。僕がデジたんへのLoveを原動力として何をやらかしてきたかを語らねばなるまい。
というわけで、いろいろ話した。
初対面で二人とも昇天して介抱され、それが原因で昇天する……そんなくだりを何回やったかとか、デジたんファンクラブを作って会員数を6桁にした話や、デジたんにいいところを見せるためひたすらトレーニングに励み、往復100kmがコンビニ感覚の距離ガバ勢になった話などなど。
「……バカだな。お前。私が知らないタイプのバカだ」
「リョテイさん、アンタの言ってることは正しい。このオロールというウマ娘、なかなか面白いヤツだろう?私も気に入っているんだ」
ウマ娘が走るのは誰が為か。
「応援してくれる人のため」とか言ってるウマ娘と、「結局自分のため」と言うウマ娘。互いの言い分は水掛け論となる。
まあ、僕やデジたんのようにその道を極めた変態の場合、何かを愛する行為自体が自分を満たしてくれるので、問題はない。
僕のデジたんに対する気持ちは、無償の愛だ。
「綺麗事言ってるだけの俗物かと思ったが、そうじゃねぇらしいな、オロールちゃん?数々のG1レースでシルコレとして名を馳せたセンパイから、ありがたーいお言葉を授けてやんよ」
「ええ、お願いします」
「この世には100種類のウマ娘がいる」
多いな。
「実際はこの世界に存在しない絆やら夢やら、見栄えのいい適当なものを信じて走ってるバカと、途中で挫折するバカ」
ふむ、僕はどっちでもないな。
何せ僕の信じる夢はこの世界の外からお取り寄せしたものだ。生まれ変わっても性根が変わらない僕の心は、そう簡単には折れない。
「……ちなみに、残りの98種類は?」
「あ?二進法を知ってる奴と知らねー奴」
なんなんだ、このウマ。
「でもってよぉ、オロールちゃんよぉ?私はこう見えて超のつく
「……ここは、ちょっとカッコつけてマジメな解答をすべきですかね」
イケメンフェイスで詰め寄ってくださったところ悪いが、僕らのような人種は、推しを見るだけで比喩なしの白飯が食えるし、なんなら霞で腹を満たせるので、
まあ、マジメに答えてやるか。
「……もうね、よくぞ聞いてくださいましたって感じですよ。この際だからデジたんについて僕の語り得る全てを語りたいところなんですけど、そうすると数週間はかかるのでやめておきます。とにかく、僕はデジたんのことが好きすぎて、彼女なしじゃ生きていけないんですよ!もはや一心同体レベル!思うに、本当の絆ってヤツには、他人と自分の境界線なんか必要ないと思うんです」
時々愛が重すぎるなどと言われることがあるし、僕も自覚はしている。ただ考えてもみてほしい。そも、絆という言葉はもともと、動物などが逃げない為に繋いでおく綱のことを指す語だ。近頃はもっぱらいい意味で使われるけど、別に愛が重かろうが、それが分かちがたい結びつきならば、絆だと言えるだろう。
「あーあ、私にはどーにも分からんな。聞いて損した」
「……これ以上ウダウダ言っても、お互いに納得できる着地点はなさそうですね。だったらいっそのことウマ娘らしく、走りで決着つけましょうよ」
「
ゴルシちゃんのツッコミが冴えている。
だがそういうものだ。やはり肉体言語は全てを解決する。文明社会の始まりは炎でも棒切れでも音楽でもなく肉体言語だった。
「は?オイオイ、つまんねぇなぁ?そんなん私が勝つに決まってんだろーが。やっぱバカだなテメェ」
「……いつやります?」
「いつでも構わねぇよ。だがまあ、テメェの言う絆ってヤツで本気出せんなら、私もそれなりに気合い入れて走ってやんよ。だから、そうだなァ、実入りのいいレースで決着つけようじゃねぇか。私は稼げるレースの方がやる気出んだよ」
なんとも現金なお人。そのスタンス嫌いじゃない。
「お前ら二人とも結局ただのアホなのに何シリアスしてんだよ。もっとこう、あるだろ。アホに相応しい所業が。レースで決着つけよう……なんてカッコつけてないで。例えば、どっちの方が勢いよく鼻から牛乳吹き出せるか勝負とか、そういうのやれよ」
「僕とリョテイさんのことをなんだと思ってるんだい君は」
僕はこう見えて頭が良いんだぞ。一度見たものは基本的に忘れないし、最近は演算能力も高まってきた。
日々更新されるデジたんの身長や体重などの身体データ、それをもとにした最適なトレーニングや食事の考案……といったことを趣味でやっていたら、いつの間にか頭の回転が速くなった気がする。
いわばデジたん算とでも言おうか。パチンカスがパチンコ算で1500÷4を瞬時に求めるようなものだ。数式にデジたんの要素を感じ取ることで、効率的な計算が可能になる。僕はノーベル賞ものの発見をしてしまった。
ちなみに。
パチンコ算で1500÷4を求めた時の答えは、0だ。
なぜならパチを打つと何もかも0円になるから。
そしてデジたん算の答えは全て無限大になる。
なぜならデジたんの可愛さが無限大だから。
うーんこれは量子コンピュータ顔負けの演算能力。
「……鼻で牛乳飲むってことか。そりゃキツイな」
そして、僕が思うに、リョテイさんもなかなかに頭のキレるウマ娘だ。ゴルシちゃんと同じタイプ。
キンイロリョテイ。頭はキレるし走りの才能もあるが、だからこそ今の地位に甘んじているのだろう。
彼女の最優先事項は「自分がやりたいか、やりたくないか」であって、人間関係によって生じる義務などを悉く無視して生きているのだ。
シルコレをやっているのも、全力で走ると疲れるとか、二位でもそれなりに稼げるとか、その辺の理由が絡んでいるはず。
そのスタンス、嫌いじゃない。むしろ大好きだ。
「さて……。大分時間も経っちゃったし、今日はお開きですかね」
「あ?オイ待てよ。まだ用事が済んでねぇだろ」
リョテイさんに呼び止められる。
「え?」
「……にんじん!」
「にんじん……?ああ、賭けの」
「そうだ。分配するぞ」
リョテイさんは麻雀も二位だったな。
で、最下位がナカヤマさん。
「……フッ。フフフフッ!ま、まあ、マイナス10本までは勝ちの範疇だからな」
ナカヤマさん……。
ゴルシと絡むときだけIQが2になるナカヤマフェスタが好きすぎてすき焼きになったわよ(事後報告)
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魔窟に咲き誇る花々
伏線とか、そんな高尚なものは大してありませんけど、毎度読んでくださってありがとうございます。
「……なあ」
「どしたのゴルシちゃん。なんか疲れてる?」
「まあな。……なあ。聞くけどよ。なんでアタシこんなとこにいんだ?」
「僕が誘ったからだね」
「ああ確かに
「僕がお願いしたからだね」
「ああ
「うん。君は快く引き受けてくれた」
「ああ
んふふ。今日は冷え込むなぁ。
「……ホントバカな生き物の集まりだな。こんなクソ寒い中よくやるな。ったく、夏だったらよぉ、夏だったら何でも協力してやんのによぉ」
「ゴルシちゃん。実は、夏の方がキツイんだよ」
ウマ娘は耐寒性には優れているが、暑さにはあまり強くないので尚更だ。
「クッソ、やっぱオロールにトランプで挑むのは愚行だったぜ……」
「まあね。たかが52枚の絵柄なんてすぐに覚えられる。それで、勝負に負けたゴルシちゃんに、こうして売り子の仕事を頼んでるわけだよ」
大晦日が近づくと、普通のウマ娘は有馬記念なんかを思い浮かべることだろう。もちろん僕やデジたんは普通じゃないので、こうして有明に来ているのだ。
「ゴルシさんに来てもらえて、ホントに助かってます!……それにしても、ゴルシさんも“こちら側”だったとは!」
デジたんもよう喜んどる。
「いや違ぇし!ついこないだ脅されたんだよ!」
ゴルシちゃんが快く
今回の僕たちは出品者側なのだ。
僕はいわずもがなオロデジをモデルに描いた。
デジたんは……。学園のほとんどのCPを網羅したんじゃないかってくらい内容の濃くて分厚いやつ。分厚い薄い本。
そう、それで。〆切直前のデジたんの目を見たかい?血眼なんてモノじゃない。あれは何というんだろう、こう、魂から。デジたんソウルから、いろいろと漏れちゃいけないモノが漏れてる感じだった。
寿命を削ってるんじゃないかと思えたのでさすがに8徹は止めさせたが、それでも彼女は自分の限界スレスレでチキンレースをやっていたんだ。タキオンさんの薬でドーピングもキメていた。
ただでさえトレセン学園の生徒は忙しい。G1で戦うウマ娘は輪をかけてそうだ。で、少ないプライベートタイムを全てこだわり抜いた新刊に注ぎ込むのがデジたん流のヲタライフ。
彼女のお父上が印刷業をやっているので、きっとお願いすれば多少の融通も効くだろうが、こと作家と印刷所の関係はフェアでなければならない、と、彼女は言って譲らなかった。まったく、そういうところが好きなんだ僕は。
「ふふふっ、ゴルシさん!ヲタ趣味は恥ずかしがるものではないんですよ?ずっと前から沼にハマってたんですよね?なにせ冬コミの申し込みは基本8月。少なくともその頃には既にゴルシさんは同志だったと……」
「いや違う。つーかオイ、今なんて言った?申し込み期間が夏までだって?」
……あ、マズい。
「オイオロール。まさかお前、アタシの名前勝手に使ったんじゃねーだろーな」
「いや決して君の個人情報を調べ尽くしたり筆跡をコピーしたりとかしてないよ。神に誓う」
「ほう?ならデジタルに誓ってみろ」
「……ゴルシちゃん。どうやら僕は君の口を塞がなきゃいけないらしい」
バレたからには仕方ない。
ゴルシちゃんには、東京湾の底でお魚ウォッチング体験をしてもらおう。
「そんじゃあ、アタシの蹴り喰らってみるか?」
「……スミマセンデシタ」
ゴルシちゃんの蹴りはさすがに死ねる。
僕は黒沼さんやスピカのトレーナーさんとは違って頑丈じゃないんだ。
「まあこれもひとつの経験だと思って。僕らに誘われなきゃ、こんなとこ来ないでしょ君」
「別に経験しなくていいんだわ」
「やかましい!とにかくゴルシちゃんはそこで清楚な微笑みを浮かべてればいいんだ!君、ガワは美人なんだから、客寄せに丁度いい!」
ムダに美人だし。ムダに背も高くて目立つし。
「お前なぁ……。アタシが言うのもなんだが、もっとこう、マジメに生きるってことができねぇのかよ。親が泣くぜ」
「両親は僕の理解者だよ。なにせデジたんとの親密な交流を認めてくれたんだから。それに僕がレースを走る理由として、両親に掲示板の一番上に載った僕の名前を見てほしい、ってのがある。どうだい、結構マジメに生きてるだろ?」
「……人間やウマ娘ってのは、誰でも二面性を持ってるんだな。一部分だけ切り取れば、完全に親孝行な娘じゃねえか」
ホントにそうなんだよなぁ。
僕の親孝行レベルはなかなかのものだ。なにせ僕は幼少期から鮮明な自我を持っているので、まだロクに首の据わっていなかった時期に経験した赤ちゃんプレ……ゴホン。両親の献身的な世話のありがたさを身に染みて知っている。
他にも、母さんにはいろいろ
「そういえば、以前オロールちゃんが実家にいつの間にかいた時にお会いした、オロールちゃんの御母上様。まるで美の権化のような方でしたねぇ……。オロールちゃんが超絶可愛いのも頷けます。御母上様はもう引退されてますが普通に推せる、いや、推す義務すら感じる……!」
「もしかして両親公認なのか?コイツら……」
世界が僕たちを祝福しているゥ!
「ま、いいや。とりあえず僕ら会場を回ってくるから、君は留守番お願いね」
「は?」
「頼むよーゴルシちゃん。初めっからそのために呼んでるんだよ」
「なんでアタシが……」
「こないだ僕の口車に乗ってゴルシちゃん号を賭けの担保にしたからでしょ。売り子やってくれればそれをチャラにするって言ってるんだよ」
「ぐっ……」
ゴルシちゃんを焚きつけるコツは、勝負を行う際には複数人、それもナカヤマさんやリョテイさんなど、バカみたいにレートを上げまくる人種をメンツに加えることだ。それだけで、場の空気がぎゅっ••••!と引き締まるっ•••••••!まさにっ•••••••!歯車的賭博の小宇宙‼︎
とまあこんな感じで、なぜかオールインをぶちかましたくなる空気が生まれるのだ。
「クソッ。誰かのせいにしたいが自分の顔しか思い浮かばねぇ」
やり場のない怒りに苛まれるゴルシちゃんを尻目に僕とデジたんはお宝の眠る大海原へ繰り出した。
◆
「今日はおめかししてるんだね、デジたん」
「もちろん!尊敬すべき大先輩様方に会うのに失礼があってはいけませんゆえ!それに……、一応、あたしの本を買ってくださるファンの方もいらっしゃってるわけですから、それ相応の恰好をしないと……」
やっぱりデジたんはマジメだなぁ。
僕は君のそういうところが……。
「すき」
「オロールちゃん。多分、脳と口の接続がうまくいってないと思う」
そりゃあデジたんを見てるとそうなる。
自慢じゃないが、今の僕のIQはサボテンと同じレベルだという自信がある。本当に自慢じゃない。
今日のデジたんは本当に美しいなぁ。
彼女が街へ出かけるときの私服といえば、専ら例の女児服なのだが、今日のように推しの作家さんに挨拶するときにはかなり洒落た恰好をする。
デジたんは元々がちっちゃくて愛らしいのだけれど、今日の彼女は幼い印象をまるで感じさせない。スマートカジュアルというのはちょっと違うかな。でもとにかくそんな感じ。尻尾なんかも編み込んじゃって、非常にオトナな魅力を感じる。
ほんとそういうところが……。
「すき」
「オロールちゃん。言語チャンネル切り替えて」
「მიყვარხარ」
「違う違う、そうじゃない」
「ちゃんとツッコミしてくれるデジたんが好きだ」
「……からかってる?」
「うん!!!」
今日イチで元気な声が出た。
「はぁ。それより、急がなくっちゃ。コミケは限定物が多いから、取り逃しちゃうと一生……百生後悔することになりかねないし」
「大丈夫だよデジたん。今回は僕、いろいろと手を回しておいたんだ」
「というと?」
つまり。僕は今日、こうしておめかししたデジたんをとことん愛でたいがために、わざわざゴルシちゃんを呼んで店番をさせてるんだ。
当然、他にもいろいろやっている。
具体的に言ってしまうと、あらかじめ目ぼしい作品を取り置きしてもらえるよう、各作家様方に頼み込んだのだ。
言わずもがな、かなり苦労した。まず取り置きをお願いできるくらいには作家さんと親交を深めたかったから、方々へ恩を売りに東奔西走。
デジたんの8徹にストップをかけた時、確か僕は13徹だったはず。それで身体がぶっ壊れなかったのは、ひとえに愛の力ゆえ……。まあ、タキオン印の蛍光色エナドリのおかげなんだけど。
化学の発展とロイヤルビタージュース:モデルΔの開発に関与しつつ、デジたんのために働ける。まったく素敵だ。
とにかくそのおかげで、僕はこうしてデジたんを享受できる。日本最大の同人誌イベントでワクワクを抑えきれず、あちらこちらへ視線を向けるトレセン中等部アグネスデジタル。あまりにも美しい光景だ。これに匹敵するものを他に知ってる人はいるかな?
「実は、目ぼしい作品を取り置きしてもらってる。だから、のんびり行こう?」
「有能っ、すぎ……っ!感謝感謝っ!」
ああ可愛い食べたいな。
……っと危ない。謎にテンポが良くなって気分がノッちゃうとこだった。このままだと公衆の面前で犯罪者の汚名を着るところだった。
「にしても、今日のデジたんホントに可愛いなぁ。そりゃ、今更服がどうなったって可愛いことには変わりないけど。でも、そういう特別感のある装いだと、やっぱり可愛さが倍増してるんだよねぇ」
「もう、やめてよぉ。ちょっと照れくさいな。それに、オロールちゃんも、今日はオシャレしてるじゃん。フッ、単刀直入に言うと、性癖にドストライクすぎて心臓ぶっ飛びそうなんですよねぇ……!」
「えっ、そうかな……?んふっ、ふへへへ……」
自分で言うのもなんだけど、笑い方汚っ!
で、僕の服だけど。
初めはデジたんを引き立てるような服にしようと思った。けど、僕だってメディア露出の機会が増えてきた。
で、僕がデジたんと同じ土俵で張り続けるためには、レースの実力はもちろん、世間からの印象やファン数も同じくらいすごくならなきゃいけない。今のデジたんは、僕がわざわざ引き立てなくったって十分愛される存在だ。
じゃあ僕もそれなりに頑張らなきゃいけない。
人間もウマ娘も、いつだって少年ハートを忘れない方が面白い。僕はそういう思想なんで、一応、世間には少年心をくすぐり弄ぶカッコいいイケメンキャラを定着させたいなぁ、とは思っている。最近はデジたんへの愛が重い変態イケメンキャラが定着してきているらしいので、狙いは達成している、はず。
とにかく、一応僕もウマ娘で、顔で食っていけるくらいには美人で可愛くてカッコいいわけで。
となると、多少攻めたファッションでも、大概は受け入れられる。
「……ま、僕のはオシャレってのもあるけど、実用性も兼ねてみたんだよ。ほら、雨雪に降られたとき、戦利品をガードできるでしょ?ポンチョだと」
それはもう、漫画やアニメでしか見たことないような可愛いポンチョを着てやったよ。魔法使いのコスプレに使うような、黒地にいくつか飾りのついたヤツだ。普段着にするのはなかなか勇気がいるけど。
だが実際のところ、ウマ娘の顔面偏差値はヘタなアニメキャラよりも高いので、割とイケちゃうのだ。
やろうと思えばなんだって着こなしてやる。ポンチョだって、クリント•イーストウッドが着てたメキシカンポンチョにしたって良かったくらいなんだ。
「ふと思ったんだけど。オロールちゃんにコスプレしてほしいな。もちろん、ありのままのウマ娘なオロールちゃんが一番推せるんだけど、ヲタクとしては色んなオロールちゃんを堪能したいというか……」
「じゃあ、デジたんのコスしよっかな」
「ヤメテ」
「あははっ、冗談……。いやどうしよう。例えばさ、デジたんの私服あるじゃん。あの女児服」
「女児服って。アレはあたしの好きとこだわりを詰め込んだ最強の戦闘服だよ!」
「つまり女児服でしょ?それをさ、僕が着るとするじゃん。なんか新たな扉が開けそうだ。今度やってみない?」
「えっと、服伸びちゃうから……」
残念。まあ、その試みは新しい概念を発掘できそうだ。別の形で似たようなことができないか、今度試してみようかな。
けど、コスプレか。
なかなか楽しそうだよなぁ。ま、一応重賞レースで勝ってる僕は、むしろコスプレされる側になりそうなんだけど。
そんなことを考えながら会場を歩いていたら、ふと目につくブースがあった。
「あ、ドーベルさ……どぼめじろう先生のブースだ。先生にも取り置きお願いしてたし、デジたん、行こ……」
そこまで言って、僕の口から次に漏れたのは驚愕の吐息だった。
そこには、僕たちの足を止めさせるに足る、興味深いものがあった。
「……まさか、先生自ら売り子をするとは」
我らが同志、メジロドーベルことどぼめじろう先生が、普通に売り子をやっていた。
勝負服着ながら。
「ナ、ナンノコトカシラ。アタシ、メジロドーベルさんのコスプレしてるのヨー」
「逆転の発想……!ですね!」
「ナッ!?いや、アタシはホントにコスプレイヤーよ、デジタルさ……コホン!見知らぬウマ娘さん」
「わざわざ言い直すの、むしろ確定演出ですよね」
「……ぐぅっ!」
僕はこの時、本当にぐぅの音しか出なくなった人というのを初めて見た。
「……ほらっ!取り置きしておいたわよ!早く持っていって!お代は不要よ!あんまり貴女たちと一緒にいるとマズイから……!」
おや。どうもデジたんの様子が変だ。
ああ分かった。どうやら「お代は不要」という言葉に引っかかったらしい。
「……ドーベルさん。先輩である貴女に、敢えて同志として言わせていただきます。創作品とは、作者の努力の結晶。だからこそ、常に敬意が払われるべきなんです。その価値を歪めるようなマネ、あたしにはできません。お代はお払いいたします。というか払わせてくださいお願いします」
要約。金払うぞコラァボケが。
「……分かったわ。それなら500円を」
「ハイありがとうございますありがとうございますありがとうございますッ!!」
デジたんは財布から5000円札をポンと取り出した。
で、置いたんだ。
「あ、ちょっと待って、今お釣りを……」
「さあオロールちゃん!次のブースへ行きましょう!まだ見ぬ神作があたしを待っているぅ!!」
あ、デジたんったら。僕と手を繋いできた。
いや待ってよデジたん?ねぇ、ちょっと?
思いっきり創作品の価値歪めてるけど?
◆
デジたんに手を引かれるというシチュの魅力に抗えなかった僕は、そのまま彼女に連れられて会場を歩いた。
まあ、ドーベルさんもデジたんもトレセン学園の生徒。今後も会う機会は山ほどあるから大丈夫かな。二人ともいい性格をしてるし、禍根は残らないだろう。
「……あ、ゴルシちゃん」
会場を駆け回って、あらかたの戦利品を回収し終えた僕たち。
再び僕らのブースを通る際、店番の彼女に挨拶をしようと声をかけた。その時の彼女は、目に見えて分かるほど疲れていたけど。
「……オロールと、デジタルか。よぉ、
「うん!ありがとねゴルシちゃん。ホントに君がいなきゃ今日のデートはうまくいなかった」
「おう、よかったな……。なあ、アタシの話、聞くよな?なあ聞くだろ?聞けよなァ?」
「どしたのさ。もしや怒ってる?」
「YES!YES!YES!YES!」
相当疲れてるな。テンションがバグってる。
「最初のうちは、なーんかやけにアタシんとこに客どもが集まるなぁと思ったのさ。でよ?そん時アタシは過不足出ない程度にテキトーな気持ちで売り子をやってたわけだ。すると客の一人が聞いてきたんだよ。もしかしてゴールドシップさんですか?って」
ふむふむ。
「アタシ、反射的に返事しちまってよ。次の瞬間、あーやっちまった、って思ったぜ……。ゴルシちゃんのコスプレイヤーですーとか、言い訳する暇もなく、アタシが本人だって噂がそれなりに広まっちまって」
そういえばゴルシちゃん、ベロ出しながら菊花賞獲るくらいには強くて悪名高いウマ娘だもんな。
「それでもよ。足掻きとして、アタシんとこに来るヤツには、アタシが本を描いたわけじゃねえ、あくまで売り子の仕事だけ仕方なくやってるんだとは説明したんだわ。けど何人かは、デュフデュフ興奮冷めやまぬって感じで、多分アタシが"そっち側”の住人だと勘違いしたまま帰ってったな」
「……ドンマイ!」
「じゃかあしいわ!!」
にしても、ゴルシちゃんでさえそんなヘマをやらかすくらいだ。その点ドーベルさんが勝負服を着たのはさすがの発想だな。木を隠すならなんとやら、ではないけど、あれほどあからさまだと逆に本人とは思われないよな。どぼめじろうってなんかエ○作家みたいな名前だし。まさか清楚系ウマ娘がエ○作家の正体だとは誰も思うまい。いや、無論、エ○作家じゃないけど。
「いっそゴルシちゃんも作家デビューしようよ!」
「……いやだ」
「ふーん?若干間があったけど?やっぱり気になるんじゃないの?」
「描かねーよ!大体なぁ。ゴルマクなんて需要ねぇだろ。最近だったらスズカとかその辺を……」
「おかしいなぁゴルシちゃん?僕、一度も
「だれかアタシをころしてくれ」
綺麗に自爆したなぁ。
うーん。
合掌。
作者はクソガキなのでコミケの解像度が0.02dpiなのです。
まあこの小説自体適当の権化みたいなところあるんで問題ないんですけどね。
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雨天のプレリュード
いや、読者の皆様の中に南米在住の方がいないとも限らないので、逆立ちして寝ます。嘘です。
言語とは元来、他人との対話を可能にするためのツールである。でも、僕はこうして自分の記憶を心の中で叙述し、言語化しておいて、それを他人に話したことはない。
じゃあ何のために思い出を言語化しているんだと。
まあ言ってみれば、僕の対話相手は自分自身である、というだけの話である。
僕の生きてきた道というのは、映画や本のようなものとして、未来の僕が認識できるようになってるわけだよ。
「はーっはっはっ!君もボクの輝きに魅了されてしまったようだね?声も出ない様子じゃないか!」
その点、「お芝居の合間に人生やってる」で有名なオペラオーさんと僕には、共通する部分があると言えるんじゃないか。知らんけど。
テイエムオペラオー。
言わずと知れた世紀末覇王。もう、ヤバい。すごくすごい。何がすごいって、一年間無敗。
「はーっはっはっはっはっはっはっ!」
声量がすごい。うるさい。
性格もすごい。超ナルシスト。もう、すごい。
「やぁ、あー、どうも。良いお日柄で……」
「なにもそう畏まらなくてもいいさ!君がどんな態度を取ろうと、ボクの美しさに変わりはないのだからッ!」
「……」
非常に眩しいな。
実際に会ってみると、彼女の輝きというのは言葉で表せるようなものじゃない。僕はデジたんのことを「輝いている」なんて表現することがあるけど、それと同じか、もっとだ。
見ていてこんなに気持ちのいいナルシストが他にいるか?普通、ナルシ野郎ってのは見ていて不快になるものだけれど、オペラオーさんの場合はむしろ心地いいくらいだ。
なにしろ、自己肯定感の塊みたいな人だ。彼女は自分を褒めるとき、他人を貶すことをしない。むしろ「ボクが美しくて最強なのは当然で、そのボクと張り合える君も最高だよ!」というスタンスなわけで。
「ハーッハッハっ!」
こっちまで自己肯定感が上がる。うるさいけど。
「はーっはっはっ……。あー、ところで。デジタル君は大丈夫なのかい?ボクの輝きに魅了されたとはいえ、なんだか魂が出ているような……」
「あ、そのうち生き返るから大丈夫」
「そうなのかい?そういうものか……」
そういうものなんだなぁ。しみじみ。
実は、こうしてオペラオーさんと話している理由は、僕とデジたんが廊下の角を歩いている時に、オペラオーさんとデジたんがコツンとぶつかってしまったからである。
推しを間近で見たデジたんはそのまま昇天した。
「ハーッ、ハッ……。え?コレ、ホントに大丈夫かい?ボクの曇りなき眼には、デジタル君の手足が透けていくように映っているんだけど……」
「ふむふむ。きっとあれだ。オペラオーさんの尊さを不意打ちで喰らったデジたんは、『尊い』という概念と一体化して、そのまま形而上の存在になろうとして……。いや待てコレ割とマズイのでは?」
さすがに起きてほしかったんで、試しに頬に口づけをしてみたけれど、効果がなかった。
「……保健室行くかぁ」
トレセンの保健室はすごいぞぉ。
基本的にどんな体調不良も治してくれるし、なんだったら、別に
◆
「アレ?ここはっ?あたしのウマ娘ちゃん天国は?」
「おはよう。ウマ娘ちゃん天国は知らないけど、オロールちゃん天国ならあるよ?」
「あ、オロールちゃ……!?オ゛ワ゛ァーーッ!?オップェラウォーさぁ゛ん!?」
オップェラウォー?
それはともかく、無事にこの世へ帰還できたようでよかった。保健室でどうにもならなかったら、カフェさんのお友達に頼んで連れ戻してもらおうかと思っていた。
「オペラオーさん、わざわざ付き添ってくれてありがとう」
「構わないよ!元はと言えばボクの不注意から始まってしまった物語なのだからね。少し急いでいたものだから、角から現れた君を躱しきれずにぶつかってしまった。すまなかったね」
「はっ!?ああああ!?推しの視界に入ってしまったどころか衝突してしまうなんて……!もはやあたしはヲタク……いや、生物の風上にも置けない存在……!介錯をお願い致す、オロール殿……!」
「何言ってんのさ。僕がいるのに楽な道選ぼうなんて思わないでよデジたん。死んだら殺すから」
「くっ……!しかし、どうお詫びすればっ?」
ヲタクというより武士の思考なんだよなぁ。
ヲタク=21世紀のSAMURAIということか?
「なぜそんなに焦るのかな?デジタル君。何も問題はないよ。なぜなら君はボクの『ファン』なのだから!」
「ほえぇ?」
ほえぇってなんだ、ほえぇって。
「ボクあってこそのファン!ファンあってこそのボクッ……!君がファンであるおかげで、ボクは今日も世界一美しいッ!それだけで十分さ!」
なんだぁ?テメェ……。イケメンかぁ?
でも残念だったなぁ!デジたんは僕に惚れてるからオペラオーさんには靡かないんだよぉ!
「オペラオーさん……!しゅきぃ……!」
デジたーん?
「ケフッ」
おや、僕の口から何か出てきた……。
これは、血?
Wow!Is this blood?
「オロールちゃぁぁん!?早く保健室に……!あっ!ここ保健室だぁ!」
◆
「ありがとうオペラオーさん。わざわざ介抱してもらっちゃって」
「構わないよ!元はと言えばボクが美しすぎるせいで始まった物語だからね!」
病人が増えた。なお病気は不治の病である模様。
ヲタクの性と
不服なのは、僕がデジたんの隣のベッドに寝かされたこと。保健室にキングサイズのベッドを置くよう生徒会に言ってやろうっと。
「オペラオーさん……。あたしたちのことを看てくれたのはものすごくありがたいんですけど、大丈夫でしょうか?かなりお時間を取らせてしまったと思うんですけど……」
「ああ、問題ないさ!実を言うと、ボクもこうして時間を潰せたのはありがたいくらいだよ。いや、決して、こないだのテストで赤点を取ったから補習を受けることになって、アヤベさんにしっかり勉強しているか監視されていたところをうまく抜け出してきたとか、全然そんなことはないんだがね!それで急いで逃げていたから君とぶつかってしまったなんてことは決してないのさ!はーっはっは!」
はーっはっは、じゃないが。
ちなみに、僕はオペラオーさんのことをかなり高く買っているんだ、なにせ彼女は外見も中身もイケメンだし、レースだって強い。そして勉強に関してはアホの子キャラ。属性てんこ盛りだな。
いや、何もオペラオーさんがバカだと言ってる訳じゃない。むしろ彼女の地頭の良さは天才の領域に達していると言っていい。ことオペラに関しては、ヘタな専門家よりも知識があるんじゃないだろうか。とにかく、そういった頭の回転の速さも、彼女の強さの秘訣なのだろうから。
「それじゃあ。どうせだったら、ここで暇つぶしでもしようか?今廊下に出ちゃあまずいんでしょ?オペラオーさん?」
「うん、こういうときのアヤベさんは異様に勘が鋭いからね……。さすがに保健室に押し入るようなことはしないだろうけど、一歩でも外に出たら、ボクの名は
アヤベさんことアドマイヤベガ。
覇王様とは腐れ縁のウマ娘だな。
学園内で何度か見かけることはあったけど、常にアンニュイな雰囲気を纏っていて、触れ難い感じだったので、話したことはない。
ベガの名の通り、彼女はスターゲイザーだ。オペラオーさんは一等星。僕もいつか星のような輝きを手にしたら、アヤベさんを口説いてみようか。なんちゃって。
「実は以前から、ボクは君とゆっくり話してみたかったんだよ。デジタル君」
「……んんんん!?」
おいおい、デジたんがまたトビそうだ。
リスキルするのが覇王のやり方なのか?
「君のその類稀なる観察力、他人の魅力を引き出す力。ボクの目に留まるほどのスキルを持つ君とは、とても有意義な話ができそうだからね」
「えっ?ええああぁ、うう……!」
語彙を失ったデジたんは可愛いなぁ。
デジたんは、やっぱり恥ずかしがる顔が似合う。
とはいえ、このままでは会話もままならない。さすがに僕も助け舟を出してやることにした。
オペラオーさんに。
「ねぇオペラオーさん。見ての通り、デジたんってけっこう恥ずかしがり屋なんだ。というより、自己肯定感が高くないって感じ?で、オペラオーさんの覇王的メンタルを学べば、多少は改善されると思うんだよね」
「ふむ……。覇王の道を征くのはボクだけで十分さ。だけどね。デジタル君には、運命的な何かを感じるんだ」
「え?えぇっ!?いやいやいや、あたし如きがそんな、運命だなんて、おこがましいにも程がありますよ!?オペデジのラインは断固ナシッ!オペドトないしはオペアヤこそ真理ッ!」
「運命さ!ボクがそう感じたのだから!ボクが
ジークフリート。ゲルマン神話の英雄だったか。
竜殺しの英雄、言い換えれば勇者ということになる。
……比較的メジャーなものから引用してくれて助かった。オペラに関しては博学な彼女は、平気でマイナーな引用を使うことがある。それを理解できないってのは、ルドルフ会長のダジャレに反応できなかったときみたいな悔しさがあるからなぁ。
「あうぅ……!なぜこんなことにっ……!?」
当惑するデジたん。
なぜこんなことになったかって?
運命って言葉は、僕はあまり好きじゃないんだけど。
まあ、ウマソウルの導きってやつだろうか。
二人の間には浅からぬ因縁がある。
世紀末覇王テイエムオペラオー号が世間を圧巻した当時。決まりきったレースなどつまらない、と形容されることもあった世紀末の競馬史を塗り替えたのは、他ならぬアグネスデジタル号だったのだから。
次の秋天。
本来であれば、オペラオーさんにデジたんが引導を渡すためのレースだったんだ。
スズカさんが秋天を無事に走り切ったことで、スペちゃんが秋天に固執する理由はなくなった。であれば、次の秋天に絡むスピカの物語は、他ならぬデジたんの物語なんだと思う。
それと僕。
最近、退屈してたんだ。
いつか世界最高峰のレースに出て、掲示板に名前を刻む、そんな夢、ウマ娘なら誰だって持ってるだろう。そこまでの道のりが近いか遠いかにかかわらず。もちろん、僕もだ。
夢の達成には、トレーニングの積み重ねが必要不可欠。それ以外に道はないのだが、やっぱり同じことの繰り返しは退屈だろう。デジたんが横にいるとはいえ、毎日ほんの少しずつしか前に進めないのだから、退屈というか、マンネリというか。
それで僕は、私生活の方を充実させてきたんだ。デジたんを愛でたり、ゴルシちゃんとバカやったり、ウオスカの痴話喧嘩を眺めたり。
もちろん楽しいよ?そうやって毎日を過ごすのは本当に楽しいんだ。だから、そういう日常の思い出は、僕の心の中にしっかり刻まれている。
しかし、だ。
ブライアンさんみたいなことを言うけど、僕の中にあるウマ娘の魂が、血湧き肉躍るレースを求めてるんだ。
やり合いたいウマ娘が山ほどいる。
とにかく、僕は面白いレースがしたいんだ。
秋天の舞台は、まさにうってつけなんだ。
「それでは、早速聞かせてくれ、デジタル君。君はボクのライバルになる気はあるかい?」
「……えっ?」
「リヴァル、と言うべきかな。フッ、覇王の物語は、それを打ち倒さんとする者がいて初めて面白くなるものさ。ボクは張り合いのある相手が欲しい。ドトウのような、ね。見たところ君は大きな力を秘めている。勇者の素質があるよ!ボクといい勝負ができそうだ!」
「そんな、あたしは……」
「謙遜しないでくれたまえ、ボクのためにも。ボクが見込んだ相手だ。当然君は、最強最高のボクと同じくらい最高のウマ娘のはずさ!デジタル君!」
オペラオーさんはよーく分かってらっしゃる。
デジたんの強さ、そして魅力を。
彼女にはぜひデジたん検定準1級を進呈したいところだ。
「……自分の気持ちに嘘はつきたくありませんので、言います。ファンの一人として、オペラオーさんには何度もお世話になりました。ですから、一人のウマ娘として、オペラオーさんと向き合えるのなら、ぜひそうさせていただきます」
「はーっはっはっ!いいね、素晴らしい!己の思いをしっかり言えるじゃないか!君は恥ずかしがり屋と聞いたけど、ボクからアドバイスする必要はなさそうだ!」
「オペラオーさんも、あたしの洞察力がうんたら〜っておっしゃってましたけど、いざお話ししてみると、なんだか心の内を見透かされていたような気分でしたよ」
こうして、デジたんは自身の決意を表明した。
次、僕の番だ。
「……ねぇ、オペラオーさん。デジたんは確かに勇者だ。じゃ、僕は何だと思う?」
「うん?そうだね……。君はなかなか掴み所のない人だ。アヤベさんのようにミステリアスな空気を纏っているわけではないけど、いまいち底の見えない……。ハーゲン、とはいくまいね」
「……いや、案外それでハマるかも」
ハーゲン。
英雄ジークフリートを背後からの不意打ちで殺した犯人、簡単な言葉で言えば「悪役」なんだけど、「悪役」ゆえの宿命か、そのキャラ像は伝承によってまちまちだ。人間、悪行を犯すときには何かと理由をつけたがる生き物だから、そうなるんだ。
僕はデジたんを背後から刺したりはしないけど。
お互いに腹を刺し違えて、お互い傷の舐め合いをしないと生きていけない身体になってもいいと思っている。つまり、究極に依存し合ったライバル関係を築きたいのだ。
「とにかく、デジたんがオペラオーさんとやり合うんなら僕も混ぜてほしいな。僕とデジたんはライバルなわけだし?」
「……!おっと、もしかしてボクが間に挟まるのは野暮だったかな。デジタル君にはボクのライバルになってほしかったのだが」
「いや、別にそれは構わない。ただ、その場合、オペラオーさんは僕の恋敵になるんだよね」
「こっ……!?へっ、あぁ?」
どうした、何をそんなに赤面してるんだ覇王様。
恋をテーマにしたオペラなんて掃いて捨てるほどあるだろうに、どうして驚いているのか。
「オペラオーさんって元々デジたんの最推しだし、中も外もイケメンだし?万が一いや億が一の確率でデジたんの気持ちが揺らぐんじゃないかって思うんだ。まあ最終的には僕に惚れ直すだろうから大して問題はないけど……」
ただ、やっぱりオペラオーさんって魅力的な人なんだ。出会って少ししか経ってないけど、僕自身が彼女に惚れている。いや、邪な意味じゃなく、純粋に心惹かれる、という意味で。
デジたんはヲタクのくせにピュアっピュアな心の持ち主だから、きっと僕以上にオペラオーさんに惚れ込んでるに違いないんだ。今まではヲタクと推しの境界線で踏みとどまってたけど、さっき啖呵を切った時、デジたんはオペラオーさんに一人の競走ウマ娘として関わることになってしまった。
「す、すみませんオペラオーさん……。オロールちゃん、あたしのことになると急にIQが下がるんですよ」
「そ、そうか……」
もしデジたんが僕以外に惚れたりしたら、僕は精神を病むだろうな、うん。執着が強くなりすぎて、今まで一週間に一回だけだったのが、毎日デジたんのスマホをチェックしたりするかもしれない。
「デジたんは今後、打倒テイエムオペラオー朝の功労者になるはずだよ。だけどそれだけで終わってもらっちゃ僕が困るからね。そこからまだまだ頑張ってくれよ。知ってる?勇者ってのはなかなか休みが取れない職業なんだよ?」
「はーっはっはっは!随分と面白そうな話をするね!でも、ボクも主役を譲る気はさらさらないよ!」
「譲らなくて結構!主役の座は奪い取りますからね!……デジたんが!」
「あたしぃ!?」
「はーっはっはっは!それならボクは役者が揃うまで玉座で待つよ!世紀末覇王はそうやすやすと倒れないから、安心したまえ!」
相変わらず自己肯定感が高いなぁオペラオーさんは。永遠に栄華を極める王朝といったところか。テイエムオペラオー朝の終焉はまったく見えないな。
「はーっはっは!はーっはっはっは!」
そんでもってうるさいなぁ。学園中に響き渡りそうな声だ。
……ん?ということは……。
その時、保健室のドアがガチャリと開いた。
やってきたのは……。
「はーっはっ、はっ……?あっ、アヤベさん……?どうしたんだい、もしかして怒っているのかい?それならボクの美しい姿を見て心を落ち着かせて……」
噂のウマ娘、アヤベさんだ。
「相変わらずうるさい声ね、廊下にいても聞こえたわよ。というか貴女、いい加減にして……。こっちはただでさえ貴女の面倒を見るなんてこと、やりたくないのに……。寮長やら貴女のルームメイトやらにお願いされたから、仕方なくやってるだけなんだからね。次逃げたら尻尾の毛全部抜くわよ」
「アヤベさん!?痛い!ボクの美しい尻尾がちぎれてしまうっ!?アヤベさんっ、ちょっ、もう少しこう、手心というか……!アヤベさぁぁん……!?」
そして、オペラオーさんを連れて去っていった。
「オペラオー朝、終焉……」
盛者必衰、この世は無常なり。
◆
オペラオーさんは星になったのだ。
お正月らしくてめでたいなぁ。
今日も今日とて、ある意味いつも通りのやり取りをしていたから雰囲気はなかったけど、一応今は年明けなんだよね。
「ねぇ、デジたん」
「はい?」
「新年を迎えたってのに、僕らなんの進展もなかったじゃんか」
「進展……って。新年を迎えたことと何の関係が?」
「君からキスしてくれたのは、去年の今頃だろ。今年はどんなことしてくれるのかなぁって」
「元日にあたしの実家に入り浸った上、普通にあたしの布団で寝ただけじゃ満足できないと?」
「うん!」
同じ布団で寝るだけなら、学園でいつもやってるし。
「いやダメだよ。何もしないから。というかここ保健室だよ。体調悪い子だって来るんだから、うるさくしちゃいけないし」
「……」
「そんな目であたしを見るなァ!」
捨てられた小動物みたいな目で見つめてもダメだった。
しばらく見つめていると、彼女はおもむろに人差し指を立て、それを自らの唇に持っていってから、こう言った。
「保健室では、しーっ……ね?」
ひゃっほい!血ぃ吐いてよかったぁ!
こんな素敵なデジたんを隣で見られたんだから、もうそれだけで白飯を500杯は食える。
しーっ、をやったあと、デジたんはその人差し指をゆっくりと僕の方に近づけた。
僕の唇に。
「コヒュッ」
「あっ、オロールちゃんがまたもや倒れた……!?早く保健室にっ……。あっここ保健室だぁ!」
言わずもがな、当小説は時系列の概念がありません。
スペちゃんが日本総大将になる頃には、オペラオーさんは覇王の道を極めています。
また作者には競馬知識のけの字もないので、ぜひ頭を空っぽにして読んでいただけると幸いです。
なんならウマ娘知識もボロボロですわぁーッ!
誤字修正と設定の齟齬修正には感謝の念しかありませんのでしてよォーーーッ!
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こんなくだらないきっかけで
僕、ボク、ぼく
俺、オレ、おれ
同じ意味、同じ音なのに、文字にしたときだけ印象が違うってめちゃくちゃ面白いですよね。
何が言いたいかっておれっ娘なのに透明感ハンパないケイエスミラクルが性癖すぎて死にそアッ
「タキオンさん」
「んん?どうしたんだい?」
「舌がちぎれそうなんですけど」
「あっはははは!カフェと同じことを言ってるね!さすがはロイヤルビタージュース・エクシード!効能を追求しすぎた結果なんかヤバめの毒性が発生し、耐毒性能の高いウマ娘しか飲めなくなった、究極の栄養ドリンク!確かに味は相当ひどいからねぇ!」
「栄養……?」
栄養の概念がこわれる。なんかヤバいらしい。
「っていうか、聞いてないんですけどその話。え?毒性あるの?嘘でしょ?タキオンさん、あんたまさか、他人に劇薬飲ませたんですか!?」
「あっ……。いや、大丈夫だろう?確かに説明が不十分だった私にも若干の落ち度はあるのかもしれないが、結果的に何も問題はないわけだし」
「そういう問題じゃないと思います」
年も明け、心機一転の風が吹く今日この頃。
デジたんも高等部になるのかぁ、なんて感慨に浸る暇はあんまりない。
僕はなかなか忙しい日々を送っているのだ。
G1戦線を駆け抜けるんだ、生半可なトレーニングじゃいけないからね。
そうなってくると、体力回復の手段は必須だろう。往々にして僕はデジたんを吸入……いわば喫デジたんをやったりして、自らのHPを回復してきた。
トレーニングは苛烈さを増していく一方。
というより自分から負荷を求めにいってしまう。
だからいよいよ喫デジたんだけじゃ足りなくなってきたんだ。残念なことに。
トレーナーさんは「いや、普通に休めばいいだろ。つか休め。トレーナーが言ってるんだから休め」と言っていたが、トレーニング中毒と化した僕にそんなことを言っても無意味である。
クソッ、肝心なところで肉体のしがらみに囚われる自分が情けないっ!
「僕だってこうしてタキオンさんに頼ってるんだから、毒も栄養も食らって血肉に変える覚悟はありますよ?でも、説明もなしじゃあ心臓に悪いですって……」
「ふふっ。今回のドリンクには心臓の作用を強め、血行を改善し疲労回復を早める効果があるからね。何も問題はない。安心してくれたまえ」
「むしろ恐怖が増しましたけど?」
「いやいや、大丈夫だとも!経過は良好だ!カフェのときの失敗をうまく活かせたようだ。我ながら自分の力が恐ろしい!」
「カフェさんに何してんですかタキオンさん」
「いやぁ、
「えぇ……」
ちなみに、タキオンさんの頬には湿布が貼ってあった。
わりとガッツリいかれたんだなぁ。正直言うと、因果がオホーしてるので、可哀想とかそういう気持ちが微塵も湧いてこない。
「失敗とは言うけれど、私は単に成功しない方法を発見しただけだからね!それに、今回私は、今までとは異なったアプローチを試みたのさ!その最たる例が……。おや、ちょうど来たらしい。ほら。彼女だよ」
「え?」
タキオンさんのラボのドアが開いた。
わざわざここに来る物好きはなかなかいないので、僕の知っている人じゃないかと思って見てみたら……。案の定だった。
「シャカールくぅん!いいところに来た!君と共同開発した例のブツを試しているところだったんだ!」
シャカファイのシャカの方。
ガラの悪い見た目とは裏腹に、ロジックの天才である。タキオンさんのケミカルトークについていける数少ないウマ娘。なるほど、変態理系組の共同開発となれば、とんでもないブツができあがるのも納得だ。
「言うなれば、シャカタキ・スペシャル……!」
あたまのわるい単語が口を突いて出てきた。これもまた性なり、とまあ、脊髄でものを考えてしまっている。
「おいおい。何を言ってるんだい。そこはタキシャカだろう?」
タキオンさんもあたまがわるくなってる。
「何の話してんだお前ら。つか、その妙な暗号じみた言葉を口にすンじゃねェ。悪寒がすンだよ、なんでかは分からねェけど」
シャカールさんのこのたじろぎよう。
やっぱり名前が
「にしても、タキオンさんがそういうこと言うの、なんか面白いですね」
「私のルームメイト兼君の恋人はなかなか興味深い趣味を持っているからねぇ。私はいわゆるホームズ的思考のウマ娘で、興味がないことには無頓着なのだが。しかしデジタル君の趣味は、私の科学的アプローチとはまた別の、芸術的、叙述的アプローチによって、ウマ娘という生命の神秘に迫ろうとしているように見えて仕方がないのさ」
要約。ウマ娘って叡智やんけ……。
とまあそういう話である。
「とにかく、シャカール君との協力で、今回のブツは特殊な仕上がりになった。具体的には、彼女の割り出した、数学的に限りなく正しい理論では、やはり真の正解には辿り着けないという結論に至り、ロジックの冒涜に走ってみたのだよ」
「……えっと、どういうことです?」
「ロジカルクソ喰らえ!ロマン上等!コンタミ大歓迎!今回君に飲んでもらったのは他でもない、とりあえずなんだか面白そうなものを試験管に詰め込んだ結果偶発的に生まれたブツに、最低限の安全を保証するため少々手を加えただけなのさ」
仮にもシャカールさんに手を貸してもらっておいて、ロジカルから遠ざかるのはタキオンさんらしいと言っていいのか何なのか。
タキオンさんは一見理系を装ってはいるが、本質はアーティストと言って差し支えない。神秘を肯定し、追い求めている。そもそも人体が光る薬を作る時点で、もはや魔法使いの業なのだから。
シャカールさんはある意味それと対称的で、全てを論理で説明したがる。ラプラスの悪魔にでもなるつもりか、と思うほど。そんなロジカル大好きシャカールさんは、タキオンさんのあたおか発言を聞いてから、苦虫を噛み潰した汚ねぇオッサン百人と連続でディープキスしたみたいな顔になっている。
まあ、タキオンさんを止めるためだけの法整備はこの国、いや世界の急務である。
というかそんなもんを僕より先に飲まされたカフェさんが不憫でならない。今度珍しいコーヒー豆でも差し入れてあげよう。
「ところでタキオンさん」
「ん?」
「めっちゃ身体がアツいんですけど。あの、僕言ったじゃないですか。例のロイヤルビタージュースの延長線上にある栄養ドリンクが欲しいって。つまり疲労回復の効果だけが欲しかったんですよ」
「えーっ。そんなこと今言われてもなぁ……。別に構わないだろう。オロール君はいつも精力MAXだし、今更増強されたところで変わりないだろう?」
やっぱりそういう効果があったか!
まあそんなことだろうとは思ったよ!
「変わりありますからね!?むしろ普段から僕は理性を保ってること自体が奇跡みたいな生き方してるんですよぉ!?自分で言うのもなんですけど、僕の理性ってのは、ちょっとでも欲望にブーストかけられたら一瞬で月までブッ飛ぶんですよ!早くっ、僕が僕であるうちに、なんとかしてくださいよォーッ!?」
と、ここでシャカールさんがようやく口を開いた。
「あー、安心しろって言っていいのか。一応、なんとか歯止めが効くように数値の指定はしてるからよ……。まァ、天災に巻き込まれたと思おうぜ。お互いに」
「シャカールさん……」
優しさを感じる。
タキオンさんという天災の被害者としての共感。
ロジカルを使った天災の予測や対策はできても、阻止することは叶わない。世知辛いなぁ。
「それでは私はデジタル君を呼んでくるよ。君の有り余るリビドーを受け止められるのは彼女しかいないだろうからねぇ」
「えっちょっ」
なるほど、とことん肉体を苛め抜いた僕に待っていたのは、自制心、つまり精神のトレーニングか。
やってやろうじゃねぇかよこの野郎!
絶対に耐え抜いて……!
……うーん自制心なんてやっぱりいらねぇ!
我慢は身に毒!
欲望に余すことなく身を任せてやるぞぉ!
全部タキオンさんのせいだもん!
◆
「あれっ?……おかしいなぁ」
「えっと、オロール、ちゃん……?」
「デジたんを見てるのに、何も邪な気持ちが湧いてこないぞ……?」
シャカールさんが調整したとはいえ、僕の予想では、デジたんに抱きつくくらいしないと気が済まない、そう思っていた。
「えぇ?いや、襲われないに越したことはないんだけど、オロールちゃん……?どこかおかしいんじゃないの?保健室行った方が……」
「いや、ホントさ。なんだろう、もはや見てるだけで満足できるというか……」
「……悟りの境地?」
あり得る。
「もう、あたしが押し倒されないことに逆に不安を感じてきちゃったよ。本当に大丈夫?」
欲望がオーバーフローした結果
「あ、待って。なんか『対話』できそう」
「何と!?」
「何か……。うん。何だろう。何かすごいのと」
「何!?なんなの!?」
次の瞬間、時間が止まったように視界が固まる。
気づけば僕は、暗闇の中にいた。
◆
これは、あれかな。
うん、やっぱりウマ娘たるもの、三女神様とやらの恩恵に与っておくべきなのかな。
『因子継承ガチャ始まったか……?』
おや、言葉を口に出そうとしてもできない。
そのかわり、音が直接頭の中に響くような感覚がした。それほどまでにここが非現実的な空間であることが分かる。
『デジたんの因子!うへへへへ……!』
因子継承ってぶっちゃけ、行くとこまで行っちゃった後の神秘的行為と同義だよな。だってお互いの中身が混ざり合うんだろ?つまりそういうことじゃん。そういうことにしておこうよ。そっちのがアツいじゃん?
『さぁカモンっ!因子っ!』
受け入れる準備は万端だ!
僕もあれやりたいんだ!お前ら付き合っとるんかと見紛うほどに濃密にお手々繋いで因子ちゅっちゅしたいんだ!
『……Hey?因子?』
声が出ない分、一切揺らぎのない静寂が、余計に虚しさを引き立てる。
あれぇ?恥ずかしがってるのかなぁ?
因子ちゃーん?
しばらく待ってみる。
体感10分は待ったかな。
いや、もっと経ったな。30分くらい?
……小一時間は経った。
うん、3時間も待って何もないんじゃ、さすがの僕も精神が摩耗してくるぞ。
どうやらここには時間の概念がないらしいな。この調子じゃいつまでも僕は現実に帰れないんじゃないか。
因子継承ではないとすれば、この空間は一体?
考えろ、何か手がかりがあるはずだ。
……そういえば。
僕より先にタキオンさんのクスリを飲んだカフェさんは、「一つの身体に二人」入っているようであったと。タキオンさんは確かにそう言った。
で、そのあとタキオンさんに摩天楼珈琲拳を喰らわせたんだっけか。
カフェさんが他人をブン殴るなんてよほどのことだし、おそらく「お友達」の意思が介在しているに違いない。カフェさんと共にある、もう一つのウマソウルが、覚醒していたんだ。
つまり、だ。クスリの効能は、疲労回復、精力増強に加え「ウマソウルの覚醒」ではないのか?
『それじゃあ……!カモンっ、ウマソウル!』
ウマソウル、ウマソウルって、よく言うけど。実際ひどく曖昧な概念なんだよな。実際その存在を感じられる機会は少ない。感じようと思えば「コレかな?」というものはあるんだけど、曖昧なことに変わりはない。
ああ、例えばG1の勝負服。あれにはウマソウルの力が働いている。機能性もへったくれもない飾りだらけの服を着た時が一番速く走れるのがウマ娘という生き物だ。世界中の物理学者の悩みのタネである。
そんなぼやけた存在であるウマソウルと果たして対話ができるのだろうか。そう思うと期待が膨らんでくる。
『……なんだコレ』
カモンっ!ウマソウル!と威勢よく叫んだ数秒後、僕の眼前に砂粒のように小さな光が現れる。
手を伸ばすと掴み取れた。
顔に近づけてよく見てみる。
僕が、紛れもなく精神的に幼かった頃。つまりウマ娘として生を受ける前のこと。
地面に落ちていた、ダイヤモンドの欠片のような光る石。拾った当時は本当に珍しいものだと思ってワクワクしてた。今となっては、それが石英だとかの、砂に混じっている一般的な鉱物だと分かるけど、当時は見つける度にテンションが上がったんだ。
そういう輝きを、今僕が手に取った小さな光が放っていた。
『……キレイだな』
しばらく、儚さすら感じるその光に魅入っていた。
それから、なんとなしに上を見た。
『ッ!?』
先ほどまで真っ暗だった空間に、一面の星空が広がっていた。その星々は、今まさに僕の方へと降ってくるところだった。
この光は一体何なのか。
そんなこと、考えなくたって分かる。
ウマソウルだ。僕の。
『……もっとこう、太陽みたいにデッカいもんかと思ってたんだけどな』
ウマソウルは基本的に各ウマ娘に一つだ。
心象風景もそれに準じたものになると思っていたんだけど。
仮にウマソウルをいくつも受け継ぐウマ娘がいたとしよう。基本的にウマソウルは、ウマ娘の身体面や性格面、脚質や適正距離などなど、全ての特質に影響を与える。複数のウマソウルを受け継ぐなんてことしたら、芝もダートも距離も関係なく走る上に、とんでもなく気性難のウマ娘が出来上がるんじゃないのか?
……ん?
『芝もダートもわりかし走れて?性格はお世辞にも落ち着いてるとは言い難い……。ん?んん?』
どっかで見たことあるなぁ、そういうウマ娘。
誰だったかな?
僕じゃね?
瞬間、まるで脳を焼き切ってしまいそうなほどに膨大な、いわば記憶の奔流が、僕に流れ込んできた。
『……なるほど、そういうこと』
僕、
◆
結論から申し上げると、僕は確かに複数のウマソウルを受け継いでいる。
では、なぜそんな不安定な存在が、日々バカをやって平気な顔して暮らしているのか。
『……くっだらない。けど、そういうの大好きだ』
簡単に言えば、僕がデジたんガチ推し勢だから。
僕のウマソウル……。その正体は、別に名馬の魂でもなんでもない、モブウマ娘ですらない。
そもそも競走馬として一切の名を刻めなかった、たくさんの馬たち。
……砂粒みたいな星屑なのに、重すぎる。
期待に応えられなかった多くの魂は、当てもなく漂っていた。きっと寂しかったんだろう。「愛してくれよ」と、さっき星屑に触れた時、そんな叫びがたくさん聞こえてきた。
宇宙に浮かぶ惑星は、皆、塵から始まった。ほんの少し大きな塵に、周りが吸い寄せられて、だんだんデカくなった。
始まりは偶然にすぎなかった。
ただのつまらない人間だった僕の魂に、多くの馬たちの想いがくっついて、気づいたらリボーン。
愛してもらうため、集まった魂は貪欲に多くのものを求め、得たものを手放したがらなかった。だから僕は何事も決して忘れないんだろう。多くのウマソウルが集まったんで、メモリ容量はかなりのものだ。
ウィーズリー家の隠れ穴ばりに不安定な魂の集合体が安定した理由は、全ての魂に「ウマ娘」というコンテンツへの指向性があったからである。
同じ向きのベクトルを合成すれば、大きくなる。そんな当然の論理に従って、ウマ娘ワールドに流れ着いた魂。デジたん推しだった僕と「愛してくれ」と叫んでいた馬たちの魂は親和性バッチリだった。
だってそうだろ?
デジたんはウマ娘を心の底から愛してくれるから。
◆
「オロールちゃん?ねえ?オロールちゃん?」
「ふぁ……あ、あ、ぁ、ぁ、ぁ?」
おや、いつの間にかデジたんが目の前に。
今度こそ因子継承できるかな。
「っ、オロールちゃん?……泣いてる?」
「え……?」
目元に手を持っていくと、なるほど確かにしょっぱい汗が流れている。
「いや、デジタル君。確かに泣いてはいるね。だが、涙腺から分泌された体液を垂れ流している、と言った方がいいかもしれない。顔中の穴という穴からいろいろ漏れている関係上、ね」
ちょっと待て、今の僕どんな顔してるんだよ。
「いやぁなかなか興味深い反応だったよ!まさか直立したまま硬直したのち、痙攣しつつ体液を垂れ流し始めるなんて」
僕がエモい心象空間でエモいことやってたってのに、現実じゃあだいぶきったねぇことになっていたらしい。
ていうか
「で、どうだい?新作RBジュースの感想は?」
「略さないでくださいよ。ヤバいクスリっぽさが増してます。……まあ、飲んでよかったな、とは思いましたね」
「ほう?どういう意味かな?」
「何と言いますか。無意識の領域を拡張できたような感覚?みたいなものがありまして。眠っていた力を引き出せるみたいなんです」
「ほう。そういえばカフェも言っていた。お友達との距離が縮まった気がすると。なるほど、ロジックをかなぐり捨てた結果、ロジックで説明できない事が起こったらしい」
「認めねェェッ!オレは認めねェぞ……!」
論理信奉者のシャカールさんにとってはかなり面白くない結果だろうな。僕は最高に楽しかったけど。
「このブツ、たくさん飲んだらもっと強くなれるのでは?」
「ほほう?ではもっと私のモルモット役をやってくれるのかい?……と言いたいところだが、無理だ。残念ながら」
「え?どうして?」
「最初に言ったろう。適当なものをぶち込んだせいで、毒性があるんだよ、このドリンク。ウマ娘なら多少飲んでも問題はないが、毒が分解されきる前に再び飲んでしまうと、どうなるか……。私にも分からないんだ、ククッ。とにかく、命に関わりそうなので、さすがに私も実験は一人一杯までと決めた」
「大丈夫ですかソレ?バレたらマズいんじゃないですか?」
「その通り!だから……訴えないでくれたまえよ。私のラボに不躾な輩が入ってくるのはいささか問題がある。本当によくないんだ。麻取とか呼ばれるかもしれないし……」
「麻取?」
最後の方は本気でお願いするような声だった。このマッドサイエンティストは本当にいつもやらかしまくってくれるよな。
「それにしても……。オロールちゃん、顔つきがなんか変わったような気がする」
「ホント?もしかして一段とイケメンになってる?」
「ううん。けど、何と言ったものか……。いろいろ背負い込んでるように見える、的な?」
「そうかな。ま、競走ウマ娘としてはいいことじゃない?背負ってるもののデカさで強さが決まるわけだし」
僕の走る理由は3つだ。
家族や友人など、応援してくれる人のため。
デジたんに似合うウマ娘になるため。
デジたんに惚れてもらうため。
……共に歩み『オロールフリゲート』を形作ってきた、名もなき仲間のため。
あれ、一個多いな?まあいっか。
「……ったく、何なンだよ。勝手に手伝いをやらされるし、頭のおかしいヤツらの頭のおかしい実験に付き合わされるし……。散々だぜ」
「すみませんねぇシャカールさん。でも、おかげで分かりましたよ。ウマ娘ってのはロジックでどうこうできる存在じゃないってことが。ロジックなんて所詮そんなもんです」
「ハ?今なんつったよテメェ。煽ってんのか?」
「はいっ!」
「正直に言うんじゃねーよ!もっとムカつくわ!ウッゼェなぁ!?つか今オレを煽ってなんの得があンだよ?これ以上ロジックを冒涜するようじゃあ、口だけじゃ済ませねェぞ?」
「煽ったらレース勝負に乗ってくれるかなぁと思って……?」
「は?」
「僕ですね、最近至る所でケンカふっかけるのにハマってまして。レース勝負がしたいからなんですけど」
「つまり、他人を煽ってヘイト溜めて、レース勝負する理由を方々で作ってるわけか?ハッ、バカかよ。……だが上等だ。バカだが、なかなか面白そうなことしてやがる。いいぜ、オレのロジックが正しいことを証明してやンよ」
よーし釣れた釣れた。
ついでにタキオンさんも釣っとくか。
「タキオンさんもやります?」
「え?私かい?いやまあ、別に構わないけど……。私のことは煽らないのかい?」
「え、うーん。まあいいかなって。タキオンさん、実質トレセンの便利屋みたいなとこありますし、頼み事言ったら聞いてくれるかなーって想いまして……」
「私のことを便利屋扱いしないでくれたまえよ。……とまあ、こんな感じでキレた、という
「あ、それでお願いします」
よーし、釣れた釣れた。
釣れたという体でいこう。
「雑すぎませんかタキオンさん」
「おやデジタル君。君は何を言ってるんだい。見たまえ私の瞳を。レースへの熱い想いで燃えているだろう。便利屋扱いされた恨みを晴らすために、私は走るのだよ!」
「えぇ……。タキオンさんがそれでいいなら、あたしは何も言いませんけど……」
「フッ、所詮は便利屋!ラボに籠って実験するしか能のない貴女じゃ僕には勝てませんよー!」
「ふぅン?この私アグネスタキオンが、何のために実験しているのか知らないのかい?そう!全てはウマ娘の可能性の先を知るため!私が走れば、生半可なウマ娘じゃ影も踏めないのだよー!」
「清々しいほどに棒読みの啖呵……!」
うおー!すっげーアツい勝負になるぞぉ!
「あンだけ因縁つけてきたのに、オレのこと放ったらかしにしやがった……」
うーん元馬の設定とか考えるのめんどくさいよなぁ
競馬知識もないし……どないしよか
せや!全部ぶち込んだろ!
→怪文書完成!
このくらいやっとけばどんなガバ設定でも文句言えないですよね。だって根底からガバなんだから(IQ2)
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破天荒の極み
いや。でも、ねぇ?
こ こ ま で
脳 を 破 壊 す る か
リ○リコォォォァァァ!!!
書きたいなぁ……。
実際設定にゆとりがあるから二次創作しやすいですよねアレ
あー好きすぎる(語彙喪失)書く()
書いた(事後報告)
いやあー!14話楽しみだな!
……ん?
え?もう最終回放送されてる……?
パリィ(幻想が壊れる音)
「なあ」
「ん?どしたのゴルシちゃん」
「タキオン、退学だってよ」
「……」
「いやなんかリアクションしろよお前」
「えー。でもさぁ。でしょうね〜って感想しか思いつかないから……」
「そりゃアタシも同感だけどよ。ああいや、退学はさすがに冗談だぜ?でもかなり危なかったらしい」
「あの人は競走ウマ娘としての能力を十二分に備えているし、心意気もある。時々劇薬を振る舞ってくるだけだからね」
確かにいろいろと不安だけど、死にはしないから大丈夫だ。
「そういや、スズカのやつ、最近じゃ海外でもかなり名が売れてるらしいぞ。ったく、すげぇよなぁ、ウチのトレーナーみたいな怠けモンの指導でも世界行けちゃうんだから」
「放任主義って言ってやりなよ。あの人のやり方を職務放棄と受け取る人もいるだろうけど、僕としちゃ、努力と才能に蓋をしない最高のやり方だと思うね」
人それぞれ。うーん、便利な言葉だ。
僕はスピカのやり方が好き。ただそれだけ。
「お前のは努力じゃねぇ、狂気だ」
「どっちも似たようなもんだよ」
才能も努力も、何かを極めた者は、狂人として指を指される。当たり前だよね。デジたんはウマ娘ちゃん狂いだし、マックイーンはスイーツ狂い。
「スピカにいる以上、皆狂ってるよ。ゴルシちゃん。君だって……」
「ああ確かに狂ってるかもな。いいかよく聞けよ?アタシの自然体はボケ側なんだよ。しかしよ、お前といるとボケが霞む上にツッコミしねぇと収拾つかなくなるんだわ。アタシがツッコミやるって相当狂ってるぞ」
意外と向いてたよな、ツッコミ。
ゴルシちゃん、ボケもツッコミもギャグもシリアスもできるし、溶接とかもできるし、ホントに便利。
「……お前のルームメイトやって長いけどよ。やっぱ納得いかねー」
「何が?」
「話は変わってねぇぞ。ボケとツッコミの件だ。アタシがこう、いわゆる常識人として見られるのが不服っつーかよ」
「ゴルシちゃんったら。そりゃ君が常識を踏まえた上でボケるからダメなんだよ、ふふっ」
「意外な展開とか衝撃のどんでん返しってのは、王道を知ってこそできるもんだろ?」
「その思考だよ。ある意味その思考こそ、王道を征くって感じじゃん。意外性を持たせるための王道、っていうの?」
「そう言ってしまえばそうだな」
「まあどんな道を行こうと沈まないのが、不沈艦ゴールドシップって感じで、僕ぁ好きだね」
「えっ何だお前急に。告白か?」
「いや違うよ。ただ、なんとなく最近、自分でも結構シリアスできてるなぁって感じててさ。ソッチ路線でイケメンキャラを作っていこうかと思って」
「ムリだろ」
「……そんなすぐ否定することある?」
「ある。お前は!一生!変態からジョブチェンジできねぇんだよ。分かるだろ?そういうもんだ」
「……そうかぁ」
もはや僕は変態でありつづけることに責任を持つべき次元に来ているのでは。
「つか今夜はデジタルのとこ行かないのな。行けばいいのによぉ」
「ああ、今日はアリスデジタル先生の日だから。しかもオロデジ。行ってもいいんだけど、その場合デジたんのSAN値が直葬コースだからさぁ」
「……今の言語を理解できる自分に驚いてるわ」
染まってますなぁ、ゴルシちゃん。
「それに、ゴルシちゃんから妬かれないようにしなきゃならないし?」
「あ?」
「アッ冗談です、ハイ。だからさ、ゴルシちゃん……?尻尾から手を離してほしい。千切らないで」
「反省の色アリだな。しゃあねえ、釈放だ」
まったく。尻尾を触るときは優しくしてくれよな。もっとこう、デジたんみたいに慈しむような手つきで撫でてほしい。
「……にしても、寒くなってきたぜ。日中は春っぽい空気だったのに、夜になるとちょっとばかし冷え込んできたよな」
「確かに。薄めの上着買っといて良かった」
「……なあオロール」
「ん?」
「なんでアタシら外にいるんだ?」
「なんでだろうねぇ」
回想シーン入りまーす。
◆
ぽわぽわぽわ……。
あ、今のは回想に入る時の効果音。
今日のトレーニングが終わった少し後のこと。
「ヤッベェ……!ゴルシちゃん終了のお知らせだぁっ……!?」
「どしたんゴルシちゃん?話聞こか?」
「お?ああお前かオロール。実はよ、ゴルシちゃん号にちょっとした故障が見つかってよ。パーツ取り寄せようと思ったんだが、数週間かかるらしい。アタシ、どうやって登校すればいいんだよぉ……?」
「なんだってッ!?そんな大変な事件が……!?」
僕はノリノリでゴルシちゃん号事件に首を突っ込んだのだった。
で、しばらくして。
「だったらいっそ近くのジャンク屋行って、面白そうなパーツで改造しちゃえばいいんじゃないかな」
「なるほど、その手があったか」
ノリノリでゴルシちゃん号の改修を始めて。
「ふぅ……!終わったー!」
「結構時間かかったな。今何時だ?」
最終的にゴルシちゃん号にドリフト機能とジャンプ機能が追加されたあたりで、僕らは気づいた。
「おう、門限過ぎてるじゃねーか」
「ホントだ。外出届なんか出してないし……。どうする?」
「……とりま、時間潰すか!」
で、何も考えずに街へ出かけたんだよなぁ。
◆
ひとまず変装用の服を買ったあとは、カラオケなんかで時間を潰した。
ゴルシちゃんのラップは至高だ。魂のフロウがいまだに耳にこびりついている。
ダーツ勝負では引き分けだった。
カウントアップで1440の同点。
思ったより汗をかいちゃったんで、銭湯に行った。学園にバレたらマズい状況で生まれたままの姿になるのはなかなかスリルがあって面白かった。
それから、ラーメンを食ってシメた。
厨房にアイルランドの王女殿がいた気がしたけど多分気のせいだろう。
◆
はい回想終わり。
とまあ、帰り道でひたすら駄弁ってはみたけど、寮の門限が26時になるわけでもなく、相変わらずお月様の下でボーッと立ってるウマ娘が二人。
「おい、日付け変わってんじゃねーか」
「え?……オゥマイガッ」
「とりあえず寮の前まで来たけどよ……」
どうする?と首を傾げるゴルシちゃん。
その時、僕の頭上に白熱電球が灯る。
「あ、いいこと思いついた。灯台モトクラシーだよゴルシちゃん!」
「は?」
「寮の窓から見える場所にいたらバレちゃうだろ?だから、逆に近づいてしまえばいい。窓の下とか、屋上とか。……屋上がベストかな?」
「……なるほど?つまり、寮の屋上で夜を越して、起きたら素知らぬ顔で朝練帰りを装えば!」
「そうだよゴルシちゃん!屋上なら誰も見てないから適当に暖を取れるし、僕ら昨日のトレーニングから寮に帰ってないからジャージも持ってる!いけるよ!」
悔しいかお前ら。天才はいる。僕とか。
◆
「ねえゴルシちゃん」
「よく考えなくても、隙を見て寮の鍵をピッキングするとか、知り合いの部屋から入るとか、いろいろ方法はあったよね」
「おう」
「わざわざ鉤縄を屋上に引っ掛けて登ったりする必要はなかったんだよね」
「そうだな」
「なんで僕ら屋上で夜を越そうとしてるんだろ」
「なんでだろうな」
「ねえゴルシちゃん」
「あ?」
「僕ら何してんだろ」
「……牡蠣焼いてる」
「うん。そうだ。でもなんで寮の屋上で?ていうかどこで手に入れたんだよその牡蠣」
「昨日源さんから貰った……」
「いや源さん誰ェ!?」
「めっちゃいい人の漁師……」
「てかどこに仕舞ってたのさそれ」
「そこの冷蔵庫」
「屋上に冷蔵庫……?盗電?」
「寮から電気引いてるから大丈夫だろ」
「なるほど?」
これぞ脳を使わない生活。
何も考えずに過ごした結果、寮の屋上で七輪パーリィをすることになった。なんでやろなぁ。
「……君と初めて会った時も、こんなふうに屋上で七輪パーリィしてたっけ」
あれは僕が入学したての頃。なんの縁か僕のルームメイトになったゴルシちゃんと一緒に、なぜか屋上でご馳走をいただいた。
「いやオイ待てお前。何ちょっと思い出浸ってんだよ。全然エモくねーよ。あの日からアタシの悪夢は始まってんだよ」
「……でも、君と出会えて、僕の人生は面白くなったよ」
アプリ版ウマ娘じゃあ、「アタシと出会えて、アンタの人生面白くなっただろ?」なんてセリフでお馴染みのゴルシちゃんは、自分でそう言うだけあって、一緒にいて一番楽しいウマ娘だ。
「いやアタシは全然面白くねーんだわ。これまでのアタシの苦労を勝手にいい話風に纏めんじゃねーよはっ倒すぞオメー」
「えー?空気読んでよそこは。せっかく僕がいい感じの雰囲気出してたのに……牡蠣うまっ!」
「話の腰を自分で折るなよ!」
「ごめん……牡蠣うまっ」
「そんなに食いたきゃ食わせてやろうか」
「え?あーん、とかしてくれるの?」
「顔中の穴という穴から牡蠣のエキス流し込んでやるよ」
「やめてよ、そんなエロ同人みたいなこと」
「お前牡蠣のエキスを鼻やら耳やらからぶち込まれることにエロティシズムを感じてんの?」
「うん」
「はっきり言うな」
ちなみに、ゴルシちゃんは無駄に牡蠣を剥くのが上手いので、旨味たっぷりのエキスを余すことなく味わえたんだよね。ホント、ムダに器用だよな。
ところで、顔を何らかの液体で濡らされるという状況自体がリビドーを掻き立てると思う。普通はそうだよね?そんなことない?ホントに?
いや、こればっかりは僕が正常だ。
「……あ、牡蠣全部食べちゃった」
「……さすがに寝るか」
「そーだね」
現在25時、これ以上は確実に朝練に響く。
いやマジで何してんだ僕。何してんだ。
突然、ゴルシちゃんが何やらテントを設営し始めた。
「えっなにそれ」
「こんなこともあろうかと用意しておいた。ソロキャン用のテント」
「ソロ?」
「おう。アタシ一人分のスペースしかねえわ」
「僕は?どうやって寝れば?」
「……その辺とか」
カッチカチのコンクリートを指差すな。オイ。
「ここは公平にじゃんけんといこうじゃないかゴルシちゃん」
「ヤダよ。つかコレ最初からアタシのだし」
「チッ……」
「舌打ちすんな!図々しさの極みかよ!」
ゴルシちゃんには何してもいいという風潮。
そしてやっぱり僕の寝床は冷たい地面か。
ウマ娘は頑丈だけど、繊細な生き物なんだぞ。ゴルシちゃんにはもっと気を遣ってほしい。
「……ウマ娘といえど、お前は繊細な生き物じゃねえし、コンクリートで十分だろアホ」
「僕の心勝手に読まないでくれるかな」
そして心の声と勝手に会話しないでくれ。
「お前は顔が分かりやすいからな。つかよぉ、アタシへの無茶振りを露骨に顔に出すなよ」
「気を遣え、って言いたいだけだよ。それが無茶振り?」
「ああ。お前に気を遣う日が来るとしたら、地球が珪素生物に乗っ取られた時くらいだな」
「冗談キツイって。大体、コンクリートじゃ寝られないに決まってるじゃんか。よし、そんなら意地でもそのテントを使ってやる」
「は?おい何考えてッ!?おまっ、おいコッチくんな!暑苦し……くはないけど!なんかイヤだ!」
「そう照れなさんな」
「照れてねーし!?……マジで!」
またまたぁ。
そう言いつつ頬を紅潮させ……てないな、うん。
そういうことを意識している雰囲気が一切当然本当まったくこれっぽっちも感じられない。
なんだろうな、ゴルシちゃんって。
小学生の頃よく遊んでくれた近所のお姉さんに性癖を破壊され、大人になってから出会う……。というシチュエーションでも、別に恋心とか抱かず普通に遊ぶ、みたいな感じ?
気まずい空気を感じさせない天才だ。
かといって、たとえ恋心を抱いたとして、勇気を出して彼女に告白したとしよう。僕の見立てだけど、その場合おそらくオーケーしてくれるんだよ。
ホント、人付き合いのプロというのかな。
一緒にいて楽しい、という概念に完璧に一致するんだよね。
「……さてはまた変なこと考えてるなオメー」
「コンクリで寝ろとか言っといて、いざボクが寝床に潜り込んだら何もしてこない君の優しさに感服してるだけだよ」
「
「つっけんどんなこと言うけど、ホントは僕のこと好きでしょ。一度でいいから君が本気で赤面する瞬間を拝みたいもんだなぁ。拝むまでは死ねない」
「おっすげーな不老不死じゃん」
「今度ナカヤマさんあたりと『ゴルシちゃんの可愛いところたくさん言えた方が勝ちゲーム』とかやってみようかな。審判員はゴルシちゃんで」
「ゲームが終わんねぇから判定不可能だな!しかも片方不老不死だから、アタシを永遠に褒め称えることしかできない哀しい生物になるじゃねーか」
クソッ強いなこの女。デジたんと違って。
「……おやすみー」
くだらないこと考えてたら眠くなった。
眠いし、寝るか。寝るということはつまり、僕は眠たいということである。
「は?おい嘘だろお前。このタイミングで寝るか?」
「マジで寝たな?……寝付きはいいんだよなぁコイツ」
◆
「おはよう」
「……顔近ぇよ」
「目覚めのキスする?」
「……アタシの唇、どんな味だろうな?」
「さあね。まあ僕はデジたん以外にそういうことしないけど」
「おう知ってた」
「……朝日が眩しい。でも君の方がもっと眩しいよゴルシちゃん」
「お前の顔面も涎垂れてるとこがテカッてて眩しいぜ」
「……ティッシュある?」
「ほれ」
ゴルシちゃんといるとこれっぽっちもそういう雰囲気にならない。ま、気楽でいいんだけどさ。
「よし、フジキセキさんにバレないうちに部屋に戻って……」
「あー、それなんだけどよ。さっきアタシが起きた時に、こんなもんがテントの側に置いてあったんだ」
そう言って何か走り書きされたメモ用紙を見せてくるゴルシちゃん。
「なになに……?『悪いことをするポニーちゃんにはお仕置きが必要だよね?あとで寮長室へ来るように』。なっ、なんでバレたんだよ……?」
「どうやらいっつも悪戯してたせいでマークされてたみてーだな。うん、まあ、こういう日もある」
僕らに残された道はただ運命を受け入れるのみか。それが運命ならそれに従うぜ。
「……ゴルシちゃん」
「あ?」
「もはや僕らに戦う理由はなくなった」
「元々戦ってねーよ。急に茶番始めてアタシを巻き込むな」
「最後は、個人的な決着をつけよう」
「別に大した因縁とかねーだろ。アタシはお前にちょっと恨みあるけど。こないだジュース買うのに貸した120円返せよ」
「シッ、黙って。今から最終話の前フリするの」
「は?何言ってんだオメー。あと120円のこと思い出したらなんかモヤモヤしてきた。早く返せ」
「後で返すって。とにかく今は前フリだよ、前フリ。やっぱこう、物語にはお約束ってヤツがあるでしょ?で、約束事ってのは二人っきりの時にするのが一番じゃん?今ここには僕とゴルシちゃんしかいない。だから僕は君に約束してほしいの」
「えー、メンドくせぇ」
「聞く前にそういうこと言わないでよ!そして、別に何か特別なことしてほしいわけじゃないし。ただケンカ売りたいだけだって」
「そのケンカ、マイナス120円で買うぜ」
「シリアス味が足りない!」
「オメーがマジメにやろうとしてるから、アタシがボケてバランス取ってやってるんだぜ?」
「なるほど?」
うん、バランスは大事だもんな。
やっぱりゴルシちゃんって便利だなぁ。人付き合いにおけるポジショニングがうますぎる。バランサーとして一家に一人欲しい……いや、そうでもないか。いたらいたで困るけど、いなかったらそれはそれで寂しい的な。
とりあえず、僕は財布から150円を取り出した。10円玉がなかったので。
「ほら。お釣りはとっといていいよ」
「30円じゃウマ棒二本しか買えねーよ。返す」
そういや最近10円から12円に値上げしてたな、ウマ棒。
ってそんなことはどうでもいいんだ。
「じゃ、心して聞いてくれるかな?ま、ケンカ売ると言っても、僕はいつか必ずG1で君とやり合いたい、って意志を表明するだけなんだけど」
「まー気が向いたらなー」
「それでいい。君らしくてイイよ」
「なあ。お前最近ケンカ売りの妖怪と化してるけどよ。なんでそんなクサイことしてんだ?妙に生き急いでるっていうか」
「いいかいゴルシちゃん。物語っていうのは山登りみたいなものさ。小説然り映画然り漫画然り、一見一本道かと思うけど、頂上に向かってただ登るだけじゃない。傾斜がキツくなったり、時には下り坂もある」
「いや突然何の話だよ」
「特に下り坂、これが重要なんだよ。登りは体力下りは技術。物語を進めるだけなら誰だってできる。だけど、カタルシスを引き起こせるほどの『下り』をうまく表現するには技術が必要なの」
「ほう?で、何が言いたい」
「僕の物語は、そもそも徒歩で山を登ってない。山頂に向かって上空三万フィートからHALO降下してるから、起伏とか、そういう概念がないんだよ。常にデジたん一直線。だからさぁ、どうにか面白いことをしたいなーと思って考えたんだ。その結果名案が生まれた。ケンカを売りまくればいいや、と」
「アホかオメー」
「うん」
「はっきり言うなよ」
自分でも何を言ってるか分からない。
ただ、はっきり言えるだけ。
「……とりあえず、寮長サマんとこ行くか」
「そうだね……。早めに怒られといたほうが楽だ」
雑だなぁ。
ま、こういうのが気楽でいいんだけど。
リコリ○に脳を破壊されたので文章が書けなくなっています。なのでゴルシちゃんを頼みにして脊髄で書きました。
あれ?デジたん要素どこだ……?
まあええか(適当)
それにしてもリコ○コの脳破壊力がエグい
もし今デジたんに新衣装とか実装されたら
ただでさえ脳破壊済みなのに脊髄までやられたら
さすがに死
えっハロウィン衣装?
キョンデジ?
えっ袖タキオンとお揃?
脇出しスタイル!?
スヤァ……???
ほうほうパンダさんワッペンとな。
其方グッズ作成の手腕も達人であるか。
え?おデジさん?貴女コス勢でもあらせられましたの?
はーなるほどね?
すき
サイゲさんこれだけフォーカスされると死人が出ますって
すき
あっあっあっ
ミ゜(なにかがこわれるおと)
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夜明け前が一番明るい
まあ、そういうわけで。
リコ◯コ見ました?
面白いですよね。アレ。
(完全にハマって周回したあげく、オマージュ元の映画も確認しまくった結果、更新に遅れが出たことをお詫びいたしません。ぼくは悪くない。リ◯リコが面白いのが悪い)
「ふええぇっ……。オッ、オペラオーさんが大変なことに!」
「アレ、止めた方が良かったですかね……」
やあ皆、僕だ。
今日はトレセン学園のイカれた仲間たちを紹介していくぜ!
まずはこいつ!
「オペラオーさんが文字通り虹色に光ってますぅ……!」
メイショウドトウ。
デカアァァァァい説明不要ッ!
……というのは半分冗談で、彼女はオペラオーさんと共にG1の掲示板をワンツーフィニッシュで独占した、割とヤベーウマ娘である。本人は気弱なドジっ子なのだけれど、実力はトップクラス。
店で食事をするとき、間違えて激辛料理を注文してしまう、というドジを何度も踏んだ結果激辛料理をものともしない耐性を身につけた、とか、親が転勤族だから語学が堪能、とか、所々にハイスペの片鱗が見え隠れしている。ドジだけど。
「……あの人、一体いくら他人に迷惑をかければ気が済むんでしょう。懲りない場合は確実に私の手で殺してしまうべきでしょうか」
「カフェさん、そんなキャラでしたっけ……?」
こっちはホントに説明不要。カフェさんである。
二人の、恋人……というか、まあ、いわゆる親しい相手、つまりはタキオンさんやオペラオーさんが、また何かやらかしたらしい。
で、当の二人だが。
「最高だよオペラオーくぅん!もっと君の本気を見せてくれたまえっ!」
「はーっはっはっ!ボクにかかればこれしきのことは朝飯前っ!」
なんかはしゃいでる。
「……タキオンさんが新薬を開発したとき、私は難を逃れるために練習場に来ていました。なのに、しばらくして彼女がなぜかオペラオーさんと意気投合しながら練習場にやってきて、あとは見ての通りです」
「説明ありがとうございますカフェさん」
トレーニングしようと思ってトラックに来てみたら、明らかに生物として超えてはいけない一線を越えた光り方をしてるオペラオーさんがいたんで、事情を聞くとこの通り。まったく恐ろしいな、あのマッドサイエンティストは。
「オペラオーさんが眩しいですぅ!」
「……恐ろしいことに、どうやら本人は、それが薬の副作用だと気づいていないらしいです。普段から自分が光ってるとでも思っているんでしょうか」
「カフェさん、なんか言葉に毒がありますけど。もしかして疲れてます?」
「……別に。ただ、私が趣味で集めているグッズに薬品臭がこびりついただけですから。苛立ちなどはまったく感じていません……。あの人には何を言ってもムダだということを再三認識しただけですから……」
「やっぱりカフェさんは疲れてると思います」
「……そうですか。……今度、タキオンさんを散歩にでも誘ってみましょうか。それで『振り向いてはいけない小道』にでも連れ込んで、証拠を残さずに……」
「疲れのあまり完全犯罪しようとしちゃってますよ。とりあえず落ち着きましょうカフェさん」
何もそんな、平和な街に潜む殺人鬼を葬るようなやり方をしなくたって、タキオンさんは1%くらいの確率で話し合いで解決できるんだから。
「オペラオーさんが、ホントに太陽みたいになっちゃってますぅ……!」
あんなに毒々しく光ってるナニカを太陽と形容するなんてことあるぅ?何か名状し難い宇宙的恐怖の餌食になったヒトのなれ果てみたいな見た目だけど。
「今度は何を作ったんだタキオンさん」
「……飲んだら気分が良くなる、とか言ってました。多分麻取に通報すれば一発で検挙できます」
「あぁー?なるほど?」
なぁんだ、いつものバイオテロか。
タキオンさん、存在自体がCBRNEテロみたいな人だからなぁ。
「……どうすれば、あの人は傍迷惑な実験をやめてくれますかね」
「一回、完膚無きまでボコってみるとか」
「それは名案ですね」
「野蛮すぎますよぉ〜〜〜!?」
カフェさんが初期設定を思い出しつつある。
まさしく血に飢えた猟犬の眼。
と、カフェさんのポケットがヴーヴーと震え出した。
「あ、電話……。はい、はい……。ええ、そうですね。……手伝ってくれるんですか?助かります……」
数秒で会話を終え、カフェさんは電話を切った。
「誰からです?トレーナーさんとか?」
「いえ、『お友だち』から……。タキオンさんをブン殴るときに力を貸してくれるそうです」
随分
でもあの子、わりとヤンチャっぽいから、ちょっと納得。
「なるほど?……ていうか、なんで直接言いに来ないんですか」
「人ならざる者と身体が重なることにすら興奮を覚える常軌を逸した変態がいるからではないでしょうか……」
「僕のことですか?」
「はい」
カフェさんのお友だちとは仲良くしたいんだよなぁ。
だって、「お友だち」に触ると、透けるんだよ。なんかもう、めっちゃ楽しいし興奮するじゃん。皆そう思ってるはずだろ!
「お、お友だち……?」
何も知らないドトウさんが目をぐるぐるさせている。あ、コレがデフォか。まあいいや、困惑していることに変わりはない。
「ドトウさんは知らないんですね。実はカフェさん、地元じゃ有名なストリートレースチームの
「出鱈目を言わないでください。というか、つくにしても、もう少しマシな嘘があるでしょう……」
「……?」
あんまり適当なこと言いすぎたせいで、ドトウさんが完全に置いてけぼりになってる。困惑しながら首を傾げるドトウさん、すっごく可愛いな。癒し系の頂点と言っても過言ではない。
ところで、ふと気になったことが。
「そういえば、こんなに尊み溢れる空間なのに、デジたんがいない……」
いつもだったら匂いを嗅ぎつけてどこからともなく現れるはずなのに。オペドトはデジたんの最推しのひとつだし、いないなんてこたぁないと思うんだけど……。
ん?
「……ねぇカフェさん。あの、トラックの向こうの方、見えます?なんかピンクと赤の物体が転がってるような気がするんですよ」
「……トレセンのジャージと、貴女のご友人の髪によく似ていますね」
「デジたん確定だぁ!?いつの間にか逝ってたんだ!?存在が希薄になってるせいで気付くのが遅れたぁっ!?くそっ、悔しいッ!」
◆
「確かにそこにいたんです。オペラオーさんとタキオンさん、まるで天使みたいに笑って……」
「デジたん。あのマッドサイエンティストの狂気を孕んだ笑みと、ケミカルに発光したナルシストの笑みを、天使と捉えていいものなのかな」
デジたん、無事回収。からの蘇生。
「そういやぁ、デジたんの笑みも天使のような笑みだーって言ってる人を前にネットで見かけたけどさ。天使ごときじゃ並び立てない可愛さだよ」
「あたしを推してくれる人って、もしかして結構いるの……?ちょっとむず痒いんだけど」
「デジたんにはイカれたファンクラブがついてるのを忘れたかい?アレ、いまやかなりの規模。大半が重度のウマ娘ヲタクで、その上『俺だけがデジたんの尊さを知っている』と思い込んだヤベーヤツばっかだから、推し活に余念がないよ!」
ちなみにその中でもデジたんのホントの可愛さを知っているのは僕だけである。デジたんは僕のもの。
「……あの、ちょっといいですか」
デジたんを愛でまくるターンが始まろうとしていたが、カフェさんに話かけられる。
「カフェさん?何か?」
「……
うーん。
アレ、というのが何を指しているのかは分かる。ただ、答えることはできない。なぜなら僕もカフェさんと同じ疑問を抱いているから。
「オペラオーさんっ!なんかよく分かんねースけど、カッケーっす!」
「はーっはっはっ!そうとも!今のボクは宇宙一輝いている!太陽が嫉妬してしまわないか心配だよ!」
通りすがりのウオッカがオペラオーさんを持ち上げまくったせいで、さっきから光りっぱなしだし。
「さすがタキオンさんです!すごい!」
「フフフっ、褒めても紅茶しか出ないよスカーレット君」
通りすがりのスカーレットがタキオンさんを全肯定したおかげで、すごく得意気だし。
アレ、というのは結局、この惨状のことである。
理解できるが納得はできない。
何がマズイって、本来なら周囲が歯止めをかけるべきなのに、
ちなみにドトウさんはオペラオーさんに連れられて被験体二号にされた。めっちゃ光ってる。
「……なぁ。アタシがトイレから帰ってきたら練習場が地獄絵図になってんのやめてくんね?」
「僕に言われても」
「なんだ、オメーが唆したわけじゃねーのかよ」
「僕のことをトラブルメーカーとしか見ておられない?」
「うん」
なんだと?解せ……るけど。
ところでゴルシちゃんよ。君はこの場を収められるか。世界でも指折りのツッコミ強者としての腕前を見せてくれ。
「じゃ、アタシ帰るわ」
「ホワイ?」
「いや……。誰だって地獄は嫌だろ」
「待ちなよゴルシちゃん。抜け駆けはよくないなぁ。犍陀多は決して天国には行けないんだぞぉ……?」
「は?いや、アタシはアレだぜ。垂れた糸の端っこ手に巻き付けて命綱代わりにしつつ、自分だけ助かることにしてんだ」
「えぇーっ、性格悪っ」
「オメーに言われたかねーよ!?」
「何でもいいから、逃げないでね」
「何でだよ。大体、オメーもこっから逃げればいいだろ。そこのピンク頭と一緒に」
デジたんが尊みを前にして逃げるわけないだろう?
僕もおまけでついていく。
「まさかのタキオペッ……!?そんなっ、そんなことが果たしてあっていいものなのかっ……!?」
なかなか相性はいい。
タキオンさんにオペラオーさん、二人とも周りの目を引くタイプのウマ娘で、騒音製造機である。
というかこれはタキオペなのか?ウオスカ?タキスカ?
うーん、分からん!
なんか、うるさい!ってことは分かる。
「つーかよぉ、アタシさっきからマックちゃんのこと探してんだけど。見なかった?」
「え?……見てないなぁ」
「なんだよー。こないだマックちゃんが球場で熱烈なコールしてる瞬間を隠し撮りしたから、からかってやろうと思ったんだけどなぁ……」
「なんで更にカオスを巻き起こすんだ、君が」
「これ以上アタシが何したってカオスはカオスのまま変わらんだろ」
「確かに」
狂った世界にただ一人の常人はむしろ狂人である。みたいなアレか?うーん、違うか。まあ何でもいいや。
「噂をすれば。向こうから来てるのはマックちゃんじゃないの?」
「おお。メジロのネタ枠のお出ましだ!」
メジロは全員ネタ枠だぞ。
……いや、話したことないけど、パーマーさんとかライアンさんあたりは真面目そうだな。
彼女らを差し置いてメジロの名をネタとして世に知らしめたマックイーンやどぼめじろう先生の罪は重い。
「……ゴールドシップ。あなた今、何か失礼なことおっしゃってませんでした?」
「気のせいだろ」
ネタ枠とか、全然そんなこと言ってない。
アレだ。妬ましいほどにお上品だって言ってた。
「ところで、さっきのあなたの話、聞こえておりましたわよ。からかってやるとかなんとか……」
「……地獄耳すぎねぇ?」
「覚悟はよろしくて?」
「うおぉい!?なんでだよ!?野球関係でキレてんだったら、せめてバットとか持ってこいよ!なんでポケットから普通にペンチ出してんだよ!?何するつもりだよそれで!マックちゃんよぉ!?」
◆
ゴルシちゃんとマックちゃんもトラックで追いかけっこを始めたんで、いよいよ収拾がつかない。
「トレーニングしに来ただけなのに、カオスすぎてトラックに近寄れない」
「さっきのオペラオーさんなんか、輝きすぎて完全にスタングレネードと化してたもんね。尊みが溢れすぎて失明するところだった……。近距離で見ていたウオッカさんとスカーレットさんは無事でしょうか」
「血眼で見ていたデジたんが鼻血を出すだけで済んでるから、ウオスカも大丈夫だとは思うけど……」
デジたんはおそらく光エネルギーの衝撃を鼻へ受け流したんだろうな。
「すみません……。スピカの皆さんといると、いろいろと勘違いされそうなので、私はこれで……」
「カフェさーん?何言ってるんです?スピカは素晴らしいチームですよ!勘違いって、別にスピカは変人の集まりとか、そんなんじゃないんですから。スピカ〜よいとこ〜、一度はおいで〜!」
「……訂正します。変人の皆様といると、私も誤解されるので、離れます」
「変人!?誰ですかソレ?」
「主に貴女と……。あと、そこでいきなり地面にうずくまって荒い呼吸をし始めたデジタルさんのことです」
デジたんったら、すーはーすーはーって、呼吸音ASMRしてくれてる……。
「……いやいやいや!デジたん?何してんの?」
「アッハイ、どうも。えへへへ……。練習場に来るたびに思うんですけど、普段からこの場所を何人ものウマ娘ちゃんたちが走ってるじゃないですか。そう思うと、できるだけこの辺り一帯の地面の微粒子を鼻に詰め込んでおきたくなりますよね?」
「……まあ、分かるけど」
「分かるんですね……」
確かに僕もデジたんといる時にはできるだけ息をたくさん吸うようにしている。
匂いのメカニズムって、要するに、モノの分子が鼻腔に入ったとき、受容体がそれをキャッチし、匂いとして認識するわけだ。
つまり、うんこの臭いがするときは、うんこの一部分が鼻に入ってくるって話だ。
……まあ待て皆の衆。そう悲観するんじゃあない。
デジたんの匂いがする、ということはつまり。
デジたんの一部を体内に取り込んでいる、ということになるんだよ?
「すーはー、すーはー。うん、なるほど。確かにウマ娘の匂いがする。嗅ぎたくなるのも頷ける」
「だよね同志っ!」
「……気持ちが悪い」
「ガチトーンやめてくださいよカフェさん!?」
まあ我々の界隈ではご褒美ですけどね!
ところで、ウマ娘の匂いってなんやねん、と嗅いだことない人は思うかもしれないが。
僕も正直、本能で嗅ぎつけているもんだから、うまく説明はできない。ただ、何か心地が良いとか、漠然とした幸福感で心が満たされる感じ。デジたんの髪に顔を埋めたときなんか特にそうなる。
「……私、図書館にでも行ってきます。タキオンさんのこともお任せします」
何してんだよオロール!こういうことしてるからカフェさんに引かれるんだよ!ぶっちゃけ、クールな瞳で呆れられるのはキモチいいんだけどね。
それはともかく!
「カフェさん!ちょっと待って!」
「……何か?」
「……暇なら、もう少しだけ付き合ってもらえません?」
◆
「ほう!なるほど!それは名案だね!私もオペラオー君に試した薬の効果を比較によって具体的に明らかにしたいと思っていたところだ!」
「こんな暮れ方に模擬レースって、何考えてんのよ。しかも唐突すぎるわね。まあ、タキオンさんがやりたいみたいだから私もやるけど……」
まあ、なんだ。
もともとトレーニングしたかった僕と、明らかに体力が有り余ってそうなオペラオーさんにドトウさん、デジたん。やるせない怒りを背負ったカフェさんとマックちゃん。憧れの先輩と一度は勝負したいであろうウオスカ。野生のゴルシ。
皆、なんだかんだ言って走りたい気分だろうし。
「ふあぁ〜っ!?私、光ってますぅ〜っ!?」
今更それを気にする?
というかドトウさんが虹色に光っている絵面、とてつもなく面白いな。
「はーっはっはっ!いい輝きっぷりだねドトウ!君はやはりボクのライバルに相応しい!」
「光り方でライバル判定すんのかよ」
カオスだなぁ。
「というか、さっきから見ていたのなら最初に声をかけてくれてもよかっただろうに、カフェ〜?」
「は?」
「……どうしたんだい?今日は珍しくおこなのかい?おこカフェなのかい?」
「なんですかその喋り方。私はただあなたに精算してほしいだけですよ。罪を」
「倒置法で身に覚えのないことを指摘しないでくれたまえ。私が何をした?」
「……」
カフェさん、無言の圧。
「あー?そういえば、実験の際にちょっとばかしガスが流出して、部屋が煙まみれになったようなならなかったような……」
「……なってます。そのせいで私のグッズが燻蒸されて、妙な臭いを醸しています。実験に失敗した、と聞いて、一瞬でもタキオンさんのことを心配した自分がバカらしくなりましたね」
「だが私は謝らない!」
「潰します」
「……すまなかったねぇカフェ。だからその、断定形で犯罪予告するのはやめてくれたまえよ」
華麗なる手のひら返し。
潰します、はさすがに怖いな。
「ところでタキオンさん。今回の薬、ドーピング効果とかあるんですか?」
「もちろん!とはいえ、肉体を直接強化しているわけではないよ。気持ちを上向かせる、いわばエナドリのようなものさ。とはいえ、オペラオー君に飲ませても、元々自己肯定感がマックスだったのでさほど効果は実感できなかった。ドトウ君の場合、もともと三秒に一回ドジを踏んでいたのが、気分が高まり集中力が増した結果、五秒に一回になった」
超強化されてるじゃないかドトウさん。
まあいい。別にこのレースでは勝敗はさほど重要ではない。
勝敗を決めるんだったら、もっとしっかりメンツを揃える。スペちゃんやテイオーやシャカールさん、あとはリョテイさんあたりか。
勝ち負け決めるんなら、僕がやり合いたい、と思ったウマ娘全員と、本気で鎬を削り合わなきゃならないからね。
だから、このレースはただの遊びみたいなもの。
「オロールさんよぉ、最近やけに血の気多くね?妙に生き急いでるよな」
「僕のウマ娘ライフの大事な節目はしっかりシリアスして決めたろうかと思ってて。こう、思わせぶりな行動をしておけば、自ずとシリアスさが出るかなぁと」
「それ言っちゃったせいでシリアスさゼロになったけどな」
「確かに」
ま、とにかく。
こないだタキオンさんのヤクをキメてハイになった時に、自分が何をすればいいか気付いたんだ。
デジたんの「最強」を証明できる相手とレースすること。それをしなきゃあ、ウマ娘として生まれた意味がない。
僕の生きる道の、大切な節目だ。
「……変なメンツだな。まーいいや。勝ったヤツは負けたヤツにジュース奢りの漢気方式でいこうぜ」
「イイねそれ」
やっべー!勝ちたいなあ!
すごく勝ちたいなー!
◆
オペラオーさんから貰ったにんじんジュースが、走った後の五臓六腑に染み渡る。
うっひょー!負けたー!悔しいなぁー!
……ホントに悔しいよ。
レースといっても、ほとんどお遊びだったから、別にアツい実況が付くほどの展開じゃなかった。
尺の都合で省略されたとかそんなんじゃないぞ。
……何を考えてるんだ僕は?
とにかく、世紀末覇王の貫禄を見せつけられた。その後にドトウさんが続き、タキオンさんは三着。賢くて速いとか、チートだろ。次いでカフェさんが四着。
で、次はデジたん。やっぱり芝じゃ僕の勝ち筋が薄れるんだよなぁ。
僕は六着。うーん、なんというか、巨大な才能の偉大さというものを感じてる。僕が必死こいて木端の才能を積み上げ続けて辿り着いた境地に、彼女らはわずかの努力で到達できる。
あ、僕の後ろには、お互いにムキになって爆速スタートダッシュをかまし、後半バテたウオスカがついてきてた。
そのさらに後ろがテキトーに流してた野生のゴルシちゃん。プラス、ゴルシ絶対許さないウーマンと化したマックちゃん。ゴルシちゃんをレース直後にしばき倒すためにピッタリマークしてた。この二人はネタ枠だから順位はさほど関係ない。
「はあぁっ、キモッチいい……!」
面白いレースだった。
特にゴルシちゃんが親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙なしに見られなかった。
「走っただけで年齢制限かかるタイプの興奮状態になるんじゃねーよ」
「しょーがないじゃんか……!レースしただけでキモチいいってのに。考えなくても分かるだろ、このメンツがとんでもないことくらい。余計に興奮するよね。皆の走り方のクセも少し分かってきた……!次は絶対負けらんない……!」
手を伸ばせば彼女らに届く。
それがどんなに嬉しいことか。
安心してくれ、伸ばす手は無数にある。
夜明けはもうすぐだ。
脊髄でしかものを書けなくなってるます。
グッダグダですけども、一応、この先の道筋はなんとなく目処が立っておりますので、もう少しお付き合いください。
ところで
靴下決闘しようとするタキオペは尊い
タキオペ、アリだと思います(適当)
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誰もが主役であり、脇役である
脊髄で書いていると言ったな。
あれは嘘だ。
脳であれ脊髄であれ、中枢神経で書いてたら絶対もっとまともな話になっている、ということに気がつきました。
更新が遅れ気味なのは許してください。
複数小説を同時に進行させるの、想像の二万倍難しかった()
某彼岸花系アニメに触発されて衝動的に書いちゃった自分を痛くない程度に殴りたい気分です。
「はちみーにも致死量はあると思う」
「……?」
「いや、スペちゃん先輩。とぼけないで?飲み過ぎですからね?リッター単位で飲むもんじゃないんですよ?」
「……!」
「ダメだこれ。早くなんとかしないと……!」
スズカさんが海外行った途端にネタキャラと化しやがったスペちゃん。今日も今日とて胃袋の限界に挑戦している。
「ふふふ、オロールさん。私は大丈夫ですよ!なぜならっ、はちみーは美味しいので!」
「は?」
あまりの暴論に、素で「は?」と言っちゃった。
まったく、呆れるなぁ。そうやって論理をすっ飛ばして会話すると、話が伝わらないんだよ?僕は知ってるんだ。なぜなら自分がよくやるから。
というか、はちみーって値段が高いんだぞ?
中身がほぼ蜂蜜だから、硬め濃いめ多めのオプションを付けると四桁になる。それをリッター単位で……。
「うっ、はっ、はんっ、んんんっ、おあぁ……!」
そういうことするから、トレーナーさんが聞いたことない声で喘いじゃってるじゃないか。
ま、調子に乗って「お前らなんか飲みたいもんあるかー?なんでもいいぞー?」とか言ったのが悪い。
それを録音した上に拡大解釈し、高級キャロットジュースをせしめた僕は悪くない。
「トレーナーがおかしくなっちゃった……」
他人事みたいな目ではちみーを啜るテイオーが一番ヤバいやつかもしれない。
「ま、確かに、トレーナーさんの財布が羽毛のように軽くなった原因の一端、ホント、数ナノメートルくらいは、僕にあるのかもしれない。けど、はちみー頼んだのはテイオーとスペちゃん先輩だけだからね?」
デジたんを見習え。
運動後だからしっかりスポーツドリンクを飲んでる。
発端は、なんてことない、トレーニングを終えたゴルシちゃんのとある一言だった。
「あちー、喉乾いたぜー!」とまあ、至極普通の発言である。なぜなら今は夏。トレーナーさんは、愛すべき担当バのために、きちんと熱中症対策をする必要があった。
屋外トレーニングで火照ったウマ娘たちの体を冷ますために水分補給は必須。それから、前述の調子乗りまくり発言である。乙。
「今日こそ飲み屋のツケ払おうと思ってたのに……」
「僕が出しましょうか〜?」
「……教え子に奢られる気分、お前、どんなもんか分かるか?」
「分かってますし、煽る意図を含んだ上で言ってるんですよ!」
「わァ……ぁ……」
泣いちゃった。
いや、うん。再三確認するけど、決してトレーナーさんのことが嫌いなわけじゃない。むしろ大好きだ。彼が金欠の理由って、常日頃から僕たちのことを考えるあまり、トレーニング用品なんかに自腹を突っ込みまくるからだ。利他的な行動の結果金欠になってるんだよ。イケメンだよなぁ。
でもからかうと面白いんだよなぁ……。
「大の大人が泣いている様ほど滑稽なものはないなぁ」
「オロール、お前倫理どっかに落としてるぞ」
ゴルシちゃんが言う。
「分かった、言い直す。トレーナーさんが泣いている様ほど面白いものはないなぁ」
「おう。それでヨシ」
「いいのかよぉ!?」
当のトレーナーさんの渾身の叫びは、残念ながら、聴力の優れるウマ娘の耳をもってしても皆の心には響かなかったらしい。
「あ、の、なあ!お前ら!というか、主にオロール!確かに、レースに勝ちまくって良い成績を残しまくってるのはお前ら自身だ。だけども、俺だってけっこう頑張ってんだぜ?トレーニングメニュー組んだりとか、レースの出走登録とか……。大変なんだからな?」
「トレーナーさんの筆跡やハンコ等の個人データはコピー済みなので、出走登録くらいなら僕一人でできますね。あと、トレーニングメニューはデジたんでも組めますし」
「フゥ……ゥ……ゥ……」
泣いちゃった。
「メンタルクソ雑魚じゃねぇかトレーナー。もう帰って寝ろよ」
「ゴルシ……。大人はな、ただ寝るだけじゃない、もっといい疲労回復法を知ってるんだよ」
「また飲みに行くのかよ?つっても、金ねーじゃん。さすがのマスターも苦笑いしながら『今をときめくスピカのトレーナーさんにも、何か事情があるのでしょう』とか言いながら苦笑いしてたぜ」
「そうだよ、だから今日払おうと思って……。って、なんでお前がマスターと親しげに話してんだ?」
「マスター、めっちゃイイ人だもん」
ゴルシちゃんはトレーナーさんと同じく常連客である。世界一カッコよくノンアルを飲める女、それがゴルシちゃんだ。
こないだはバーの一角を間借りして、サックスソロライブを開いていたよ。
ウマ娘随一と言っていい圧倒的なスタミナの基盤となる規格外の肺活量から繰り出される重厚かつ繊細なサウンド、その器用さが光る熟達した演奏スキル、黙ってれば超絶美人なビジュアル、謎に高いファッションセンスが織りなすバーの雰囲気に調和した身なり、全ての要素が美しかった。
ホント、ムダに美しかった。
「……今日のトレーニングはこれにて終了だ。俺は飲んで帰って寝る。お前らも早寝しろよ。特にゴルシ、夜間の外出は禁止だぞ、禁止!大体、週刊誌あたりにネタ抜かれたらどうすんだ?」
「アタシ、頭の
「……確かにそうだな」
納得するんかい。
◆
「はちみーを水道水か何かと勘違いしてる?」
「……?」
「首を傾げる前に、君が今週飲んだはちみーを数えてみてよ。テイオー」
「……15杯だね」
「今日は何曜日だっけ?」
「……木曜日だね」
「おかしくない?」
「……キミのような勘のいいウマ娘は嫌いだよ」
トレーナーさんが泣いちゃってから数日後、あいも変わらずはちみーづくしのテイオーである。
学園近くにやってくるはちみーの移動販売車は、トレセンのウマ娘たちにとって都合が良い。事実、トレーニング終わりのはちみーは多くのウマ娘たちのささやかな楽しみとなっているらしい。
ただし、テイオーなんかは確実に中毒者だ。
一日三本は飲んでるじゃないか。朝昼晩飲んでるのか?
ていうか、出費が万超えてるじゃん!
「ボクよりもスペちゃんの方がすごいよ。ハチミツマシマシアマメマシチョモランマを常飲してるんだから」
「何、その頭が痛くなりそうな名前……」
ラーメン屋かっての。
「いくらなんでも、一週間に出費が万を超えるってどうなのさ。ねぇデジたん、君もそう思うでしょ?」
「ヘッ……?アッ、ハイ!そ〜デスネ!」
む、何やら挙動不審。
「……今週だけでグッズに六万円溶かしたとか、口が裂けても言えないッ!」
なるほど、じゃあ聞かなかったことにしよう。
「あっ、噂をすればスペちゃん先輩が来たみたいだ……。ってなんだアレ?バケモノかな?」
彼女が胸に何かを抱えながら歩いてくる。
そう、抱えているんだ。
普通、飲み物ってのは手に持つもんだよね。抱えるって何さ。おかしいでしょ。
そのサイズとくりゃ、デカいったらありゃしない。チョモランマよりデカい。
スペちゃんがもう謎の貫禄を纏っている。
未来から来た筋肉モリモリマッチョマンのサイボーグが暴れ回る例の映画のテーマ曲がよく似合う。
夕日を背に、デデンデンデデンと歩いてくる。
「ふぅーっ!やっと買えました!いつも遅い時間にしか買いに行けないからなかなか手に入れられなかったのが、遂に!」
「スペちゃん先輩。ソレ……何?」
人の胴体ほどあろうかという太さの容器に、見るだけでズッシリとした重さが伝わってくる濃厚なはちみーの揺らめく様。もう致死量じゃないか?
「これですか?フッフッフッ……。これははちみーの屋台に通い続けたものしか買えない伝説の裏メニュー!はちみー、ハチミツマシマシアマメマシマシオリュンポスですッ!」
「オリュンポス」
IQの低そうな名前だな。
深夜テンションのアホが考えたような名前。
しかし一番アホなのはその量。
裏返ったァッッ!とかやってる人じゃなきゃ飲めないレベルのアレだ。
「ごくっ、ごくっ、ごくっ……!」
一気飲みするもんじゃないだろソレ。
致死量だって。蜂蜜がどうとかソレ以前に、水分が致死量だって。
「……ぷはっ!美味しい〜っ!」
生物としての領域を超越した所業をやってのけながらも、しっかり可愛いのがまた恐ろしい。
とんでもない大食いってのが実に主人公らしい、と言えばそうなのかな。
たとえ量がイカれていようと、美味しそうにモノを食べる様子は見ていて気分がいいし。
「……何を飲み食いしても可愛く見えるのはスペちゃん先輩の才能だよねぇ。実際、これくらい食事量がブッ飛んでる方が、キャラとしては魅力的だ」
「流行りの漫画は得てして大食いキャラが主人公を張ることが多いですからね。熱血ハートを分かりやすく明示できるため、多くのクリエイターに愛用される属性ッ!古来よりジャパンのポップカルチャーとは切っても切り離せない属性、それが大食い!」
解説助かる、デジたん。
「……ハッ!?もしかして、わ、私、大食いキャラって認識されてるんですか!?」
「当たり前じゃないですか」
毎日ボテ腹晒しておきながら、よく赤面できるな。スペちゃんが大食いかどうか、百人に聞けば千人が「はい」と答えるだろうに。
「そんなぁ……」
大食いキャラ認定されたくないと本気で思ってるんだったら、今すぐにそのはちみーガブ飲みをやめろ。ごきゅっ、ごきゅっ、て音がハッキリ聞こえる勢いで飲むんじゃない。
「フッフッフッ……。甘いねスペちゃん。はちみーのように甘い。真のハチミストは、そんな風に一気飲みしないんだよ?ストローでゆっくり、着実に、甘味を舌で味わうんだよ!」
「ハチミスト」
知らない単語だ。
「スペちゃん先輩、そんなにがぶ飲みしていいの?最近のスピカはかなりいろんなレースに出走してるから、体重管理をサボる暇なんてないと思うけど……」
「……いっぱいトレーニングをすれば、その分エネルギーを使うので!大丈夫です!」
甘いモノを食べると頭の回転が良くなる、ってよく言うじゃん。
多分、スペちゃんはグルコースを摂取しすぎて、逆にオーバーフローしてるんだ。甘味の摂りすぎでエネルギー源がカンストして0に戻った。
「……今んとこ、二人ともレース前にはコンディション整えてしっかり全力出してるから、僕は何も言わない。けどもしはちみーの摂りすぎで太り気味になったら、チームのメディック役をやらせてもらってる僕が、心を鬼にして対処しようと思う」
「だ、大丈夫ですよ!……多分!」
「オッケーデジたん。一週間前と今のスペちゃん先輩の体重の差を教えて」
「……言っちゃっていいんですかねコレ」
「スペちゃん先輩。現実を受け止める覚悟は?」
「……ふぅー!」
息を吸っても吐いても体重は変わらないぞ。
さあ、己の罪を数えろ。
「2キロ増加してますね。御身体に触れさせていただければ小数点単位で測れますが。あのぅ、どうしますか……?」
「けっ、けけけ、けっ、こけっ、結構です……」
日本総大将がこんなんで大丈夫なのか。
「フッフッフッ!スペちゃんたら、だらしないなぁー!ハチミストとしてはまだまだだね!ボクを見習って……」
「あの、テイオーさんも。増えてます……」
「ピッ!?!?」
皇帝の後継ぎがこんなんで大丈夫なのか。
◆
しばらく経ったとある日のこと。
「あっ!?オロールちゃん、そっ、それは……!」
「んー?デジたんも飲んでみる?……ていうか飲んでくれないかな。僕一人じゃこの量は厳しい」
僕が買ったのはハチミツマシマシアマメマシチョモランマだけど、これでも普通のウマ娘にはキツい量だ。
「おそらくこれは『主人公』にしか飲むことが許されていない、聖なるはちみーなんだ……!頼むよデジたん、君の力を見せてくれっ!」
テイオー、スペちゃん、……あとはオグリさんあたりか。チョモランマに挑めるのは選ばれし者なのだ。
「あたし主人公じゃないけど……。まあ、もったいないし」
「間接キス」
「ちょおっ!?やめてよ!?意識しないようにしてたのに!?」
僕も意識してなかった。
まあ、自然と口から言葉が出たよね。
デジたんはちっちゃいんで、クソデカコップを抱えるとサイズ感が浮き彫りになって可愛さが増す。これはいい発見をした。
「お、おぅ……?なー……んー?えぇ?なっ、んんっ!何ですかコレ?甘すぎません?」
「だよねぇ?いや、美味しいんだけどさ。ずっと飲んでると甘ったるくてしょうがないよね。チョモランマでこうなるんだから、スペちゃん先輩って相当舌がイカれてるんだね……」
格の違いを見せつけられた気分だ。
「と、こ、ろ、で。君ぃ、さっきなんて言った?」
「え?……何ですかコレ?甘すぎません?」
「その前」
「ちょおっ!?やめてよ!?意識しないようにしてたのに!?」
「もーちっと前」
「えーっと、何だっけ……。あ、そうだ。確か『あたし主人公じゃないけど……』」
「それだよ、それ!聞き捨てならないなぁ!」
デジたん、実はかなりの主人公属性持ちである。
何せ、「勇者」とまで呼ばれた、G1六冠万能脚質のウマソウルを受け継いでいる。
さらに、他人を思いやれる性格で、いつも人助け……ウマ娘助けになることをやってる。
「……デジたんとはもう二年以上一緒にいる。だから、君が自分を卑下する癖があるのは知ってる。前は自己肯定感が低いからそうしてたじゃん。最近はそうじゃなくて、ただ単に、他人と話す時に謙ってるだけってことも知ってる。君は優しいから、そうするんだよね」
「……あ、えっ、と。オロール、ちゃん?ちょ、近い近い近い!シリアスな雰囲気にそぐわないくらい近い!」
デジたんの視細胞をカウントできそうなくらいに近寄ってるけど、これくらいやれば、僕が今からする話が彼女の記憶に深く刻まれるだろうと思ったのだ。
「この夏が終わったら、当たり前だけど、次は秋だ」
「……」
「何があるか知ってるでしょ?」
僕にとって、自分の生きた道の集大成となるイベント。
デジたんにとっては、輪廻すら超える因縁に決着をつけるための戦い。
「秋天の前に、君に話しときたいことがある」
「……」
「こういうさぁ、なんでもないような日じゃないと、話す気が湧かないんだ。だからさ、その。……聞いてほしい。僕が普段はこういうことするガラじゃないの知ってるでしょ?」
デジたんはこういう時、決まって笑みを浮かべて受け入れてくれる。それが何より嬉しいんだ。
「……今まで、別に隠してたわけじゃないんだけど。デジたん、僕は──」
はちみーって何なんですかね。
はちみーは蜂蜜?
いや、モロ蜂蜜はさすがにカロリー過多ってますもんね。
つまりはちみーははちみーであってはちみつではないということか!!
……分からん!(IQ2)
あ、なんかシリアスみたいになってるけど全然そんなことないんで安心してください(ネタバレ)
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重星
いや別にそんな、ねぇ……?
あの〜、なんとかさんぽ?とか……?
まあ?……うん?
なんとか、ゆる……?とか……?
ウマ娘成分を摂取するだけして、アウトプットしてなかったとかそんなことは全然ないんですよ?
「──デジたんが好きなんだよ」
「知ってます」
「……アッハイ」
今日もいい天気だな。
平和だな、今日も。
「……じゃなくて!」
「いきなりどしたのオロールちゃん?そんなに改まってまで、何か言うことが……?」
「……この話前にもした気がするけど、まあいいや。僕が今聞きたいのは、今!デジたんがどう思ってるかだよ。デジたんは僕のこと好き?」
「え?はい、好きですケド」
「イイねっ!すごくイイッ!何がイイって、言い淀まないとこがイイ!最高だ!……じゃ、デジたん。君は自分自身のことは好き?」
「……まあ、一応、ヲタクとして?恥ずかしくない生き方はしてると思う」
「それだよ!ずっと側で君を見てきた僕が未だに気になってるのは!相変わらず自己肯定感が低いんだよデジたんは!まあ、そういうところも可愛いんだけどね!?」
このウマ娘、自分が推される側だということ自体は理解している。しかーしっ!「まあ?あたしより何倍も尊いウマ娘ちゃんがわんさかいますしぃ?皆さんもぜひその子たちを推していただければ……」みたいな態度は未だに変わっていない!
「てかデジたん、君、あれだろ。服とか髪とか尻尾とか、けっこうオシャレしてるじゃんか。自分の魅力の引き出し方を知ってるくせに、自己肯定感が低いって……。どういう心理状況?」
「だ、だってぇ!推しウマ娘ちゃんに見苦しい姿を晒すわけにはいかないし!」
「んんんっ!性格良すぎる!好き!」
デジたんは最強のウマ娘か?
僕としては一億回イエスと言っても足りないくらいにその命題を肯定したいのだが、客観的に考えてみよう。
まぁ、簡単には頷けまい。
例えば、スピカの仲間たち。悔しいけど、彼女らは天才だ。
テイオーの柔軟な身体、マックちゃんの耐久力、スカーレットの執念深さ、ウオッカのクレバーな差し、スズカさんの異次元逃亡、スペちゃんの王道を征く走り、ゴルシちゃんの不沈の豪脚……。
しかし、天才と違って、完璧なウマ娘というのはなかなかいない。
実際、スピカにいるウマ娘なんか、体重管理ができないヤツらにバカップル、先頭狂にハジケリスト。一癖も二癖もあるとかそういうレベルじゃないヤツらだ。
「……君もウマ娘なんだから、感じてるだろ?デジたん。レースがしたいって欲求がとめどなく溢れてくるのを」
「……そう、だね。ウマ娘ちゃんの御尊顔はやっぱり
デジたんの何が強いって?
そりゃあ、変態というのは得てして強キャラであるものだと相場が決まっている。
世界一の変態と言っても過言ではないデジたんは、当然最強のウマ娘なのである。
「君が最高のウマ娘だってことを、僕が証明してあげよう。……次のレースでね」
◆
G1レースって、思ったよりも疲れるもんなんだよね。
レース中はいい。ライブもなんとか踊れる。
ただ後日が辛い。もちろんG1に限った話ではないけど、疲れがどっと襲ってくるんだ。
勝負服のブースト効果がかなりデカい。どういう仕組みかは依然として不明だけど、着るだけで物理法則をほんのちょっと無視できる。
もちろん、これは全て経験談。
……なんかね、うん。勝てちゃった。G1。
デジたんとは一緒に走ってないけど。
他のウマ娘たちと鎬を削りあって、やっとこさ。
無論、勝てたのには理由がある。
G1レースを走れるウマ娘ってのは、ウマ娘たちの中でもほんの一部、そのさらに上澄みを掠め取ってから遠心分離したごくごく一部のウマ娘だけ。
僕はかなり恵まれたウマ娘だ。
様々な偶然や必然が重なり合って、重賞の世界で走れたんだ。
まず、精神状態が良かった。
好きこそもののなんとやらとはよく言ったもの。僕は三度の飯よりトレーニングが好きだ。そしてトレーニングよりデジたんが好き。一番好きなのはデジたんとトレーニングすること。
推しは健康にいいぞ。三十まで潔白なら魔法使いになれるという俗説があるが、推し活を極めれば宇宙の真理と一体化できる。
あぁ、要因はもう一つ。肝心なのはこっちだ。
僕のウマソウルは、端的に言ってキショい。いい意味で。
いい意味で、と言えば悪口であっても全て許されるらしいので使ってみた。しかし、実際キショいんだからしょうがないだろう。僕のウマソウルを表現する言葉のうち、もっともシンプルかつ語感の良い言葉がそれなのだ。
普通のウマ娘は、一人に一つのウマソウル。
……僕は、うん。数十、いや数百は下らない。
小さく、それでいて力強い、夜空で砂粒のように浮かぶ星みたいな、そういうウマソウルの集合体。
タキオンさんの薬でハイになった結果それが判明した、という事実が悔やまれるほどに幻想的な話だ。
人格……いや、ウマ格?は、一つだけ。
皆一様に愛されることを願った魂だ。だから、必ず愛してくれるデジたんという存在への指向性によって、ユニオンが生まれた。
ウマ娘の「デジたん」を知っている存在、すなわち、しがないヲタク野郎の記憶を道標として、この世界に辿り着いた。
古代の哲学者の言葉を引用し、デジたんは云った。「愛というものは、愛されることによりも、むしろ愛することに存する」と。
僕がデジたんラブな理由はこれだよ。
愛を求めるなら、まず誰かを愛することから始めればいい。他者愛と自己愛は不可分、コレ大事。テストに出るよ。
そう、だから、つまり……。
デジたんには、もっと自分を好きになってくれなきゃいけないんだ。だってそうじゃん?誰かを好きになるには、まず自分を好きになってもらわなきゃ。
「鏡よ鏡……。世界で一番美しいデジたんは誰?」
「アレぇ?あたしの名前って固有名詞じゃなかったんだぁ……。って、からかわないでよ、オロールちゃん!」
「まぁ待ちなよ。ほら、ごらん。鏡……というかスマホの内カメには誰が映ってる?世界一性格が良くて美しくて可愛い最高の美少女が映ってるだろ?ほら!」
「映ってませんケド」
まぁた言ってら。
必ずや
自分の美しさ、可愛らしさを。
「大体、今のあたし、砂まみれだよ?ダートコースで練習してきたばかりなんだから……」
秋風を薄ら感じるこの頃。
「ウマ娘にとって一番の化粧は汗と涙、泥と砂だよ?僕は特に泥が好きだ。雨の日のレースなんか、最高じゃんか。服どころか顔まで泥まみれになりながら、歯を見せて笑う子……はたまた、泥まみれの手で涙を拭えずに空を仰ぎ見る子。全員超尊い」
「それはそう。分かりみが深い。でもあたしの場合、練習で普通に汚くなっちゃっただけだし……」
「……今のデジたん、最高に可愛い。いやもちろん、いつも可愛いんだけどさ。そんで、レース中の君はもっと可愛い。走ってる最中に鏡を見せてやりたいくらい。あぁ、勝負服に鏡を取り付ければよかった!」
フクキタルさんが背中によく分からん猫を背負って走れるんだから、僕も背中に鏡を取り付けて走れるんじゃないか。
……あ、それじゃダメか。デジたんが一位でゴールする瞬間の顔が映らない。
「……ねえデジたん。次の休み暇?」
「うん。予定空いてる」
「じゃ、どこかに出かけよっか。……あてもなく、ただブラブラしたいなーって思ってるんだけど、それでいい?」
「オフコースッ!オロールちゃんと一緒なら、たとえ火の中水の中でもついていきますとも!」
ありがたいことを言ってくれる。
……ついていくのは僕なんだけどな。
ずっと前、君が生まれる前からそうだった。
いや、隣に並び立ったのなら、どちらが先に行くかなんてどうでもいいか。互いに限界を超えて走って走って、なるようになったらそれでいい。
◆
「やぁ、ごめん。待った?」
「ううん、あたしも今きたところ……。うおおっ、まさかこのやり取りを本当にする日が来るとはッ!」
「実際やってみると意外と面白いもんだねぇ。……っと、わざわざ駅で合流ってことにしちゃってごめん。ちょっと寄りたいところがあったんだ」
「ほほう?あたしと一緒に行かない、というところを見るに……。何か裏がありそうですねぇ?」
「その通り。……まあ、何のためにそんなことしたかってのは、後のお楽しみ。期待して待っててよ。とりあえず、どっかへ歩こう」
デジたんは相変わらず例の女児服。ウマ娘だからそういう心配は少ないとはいえ、彼女をしばらく一人にしてしまったのは申し訳ない。
まぁ、デジたんの身に何かあれば僕は世界中どこにいても駆け付けるので、問題はないが。
「お昼まで二時間くらいあるし、そうだなぁ、荷物が増えない場所?例えば美術館とか水族館とか……」
「そうですねぇ、グッズショップ巡りは帰り間際に……。あ、それか、円盤を入手するのは?それなら嵩張らないし、ウマ娘ちゃんの尊みも感じられるッ!」
「結局推し活かぁ。ふふっ、君らしいね」
そういうわけで、今夏シーズンのライブ映像を入手。用が済んだあとは、近場のカフェで昼飯を食べつつ、ウイニングライブで使われる新規曲の確認なんかをした。デジたんは早速コールを覚えようと、ココアを片手に小さな声で歌っていたのが可愛かった。
あとは、何をしてたんだろう。
あてもなく人混みを掻き分けて歩いていた。迷子にならないように、という名目で腕をしっかりホールドさせていただけたのは僥倖。
いろんな店を冷やかしてしまったけど。しかし言わずもがな、デジたんといる時間が楽しいので、ただ歩くだけでも楽しい。
◆
そんなこんなで、一体いつの間にやら、太陽は赤く染まり始め、秋風吹く公園のベンチに腰掛けていた僕らを照らした。
なんべんでも言うけど、デジたんの桃色の髪に、夕日はよく似合う。太陽と彼女の境界線が曖昧に見える気がして、僕は唾を飲み込まずにはいられなかった。
「……このまま、一晩付き合ってよ」
やらしい意味じゃないぞ。
限りなくやらしさを感じるかもしれないが、そんなことはない。
「え、でも外泊届は……」
「君の分も出しといた。今日は初めからそのつもりだったし。てか、さすがに無断外出を常習しすぎちゃって、そろそろマジメに怒られそうなんだよね」
マジメに、とは、アスリートとしての経歴に傷がつく可能性がある、という意味である。
「……君が一番綺麗なこの時間に、渡しておきたいモノがあるんだ」
「っ、えっ……?」
プロポーズじゃないぞ。
限りなく近いニュアンスを感じるかもしれないが、そもそもプロポーズならもう何度も済ませている。
「絶対に似合うから、買ってみた。……今日は君の誕生日でもなければクリスマスでもないけど、そういう日にプレゼントを贈る関係って、なんだか素敵じゃないかと思って」
「……開けていい?」
「もちろん。むしろ早く開けちゃってくれ」
飾り気の少ない包装がデジたんの儚げな指で剥がされると、中にはシンプルな黄色のリボンが入っていた。髪に使うのには長すぎるそれは、ウマ娘専用のリボンである。つまり、尻尾用。
「……可愛い、デスネ?」
「君に似合うだろ?」
「……」
ちょっぴり困ったような顔。
しかし、口角は上がったままだ。
「……ありがとう、オロールちゃん」
「うん。どーいたしまして」
デジたんは推しのイベントに赴く際には必ずオシャレをする。小綺麗な服を着て、髪を丁寧に整え、尻尾を編み込む。
「……一人じゃ結べないね、コレ」
「そう。それならよかった」
「……そうだね」
夕日が沈みきって、ポツポツと街灯やビルの窓から漏れる光が目立ち始める。
「……そのロリ服で夜の街に繰り出すのは絵面が変かな」
「ロリッ!?違うよ!?これはあたしの推しへの想いを全て詰め込んだヲタクの正装だよ!」
「ウマ娘とはいえロリは危険だ、いろいろと。いっそ新しい服買っちゃう?僕が払うから、そうしよう。それからどっか遊びに行こう」
「……服のお金はあたしが出すよ、自分のだし。ロリじゃないけど服は買う。断じてロリじゃないけど」
ロリなんだよなぁ。
◆
「あの、オロールちゃん」
「ん?どしたの?」
「知ってた?試着室って、一人用なんだよ?」
「……一心同体!」
「ちょっ!?狭いんだから抱き付かないでッ!?うおわわわわっ、あっ、あぶっ!?」
服を着替え、カジュアルとフォーマルを両立させたような雰囲気を纏った結果、デジたんはロリから脱法ロリに進化した!
……ロリやんけ!
◆
「やった!新曲だけど、カラオケにしっかり入ってるみたい!……ならば見せてあげましょうッ!あたしのコール力を!」
「いや歌唱力見せてよデジたん。君一人で歌うんだからさ」
◆
「あれ?あそこにいるのはゴルシさんでは?」
「ホントだ。……マジか。ゴルシちゃんのヤツ、クラブっぽいとこに入ってった」
「まっ、まさかっ、オトナの夜遊びを……?」
「追ってみようッ!」
しかしデジたんは目がいいな。
ゴルシちゃんの服装は、秋だというのにヘソだしルック、バギーパンツ、いつものヘッドギアの代わりに帽子。全て黒で統一し、アダルティな魅力を醸している。ファンが見てもなかなか本人だと気付けないレベルで雰囲気が違う。
「よし、とりあえずクラブの中には入った。ゴルシちゃんを探そう」
風営法に引っかかりそうな見た目をしているロリがいるおかげで入り口では止められた。拳をポキポキ鳴らしながら「知り合いを探してるんです」とスタッフさんに聞いたら入れてくれたけどね。優しい。
……もちろん、入場料は払ったよ?
「……オロールちゃん。なんか、DJブースにそれらしき人影が見えるんだけど」
「あ、ホントだ。……なんか持ってる。楽器かな?長い笛みたいなヤツ」
暗くてよく見えないが、あの美人オーラは間違いなくゴルシちゃんだ。手に持っている楽器は一体なんだろう、と考えていたら、彼女はおもむろに演奏を始めた。
「……ディジュリドゥだアレ!?」
「ディジュリドゥ!?オーストラリア先住民の民族楽器のディジュリドゥですか!?」
ディジュリドゥだ。木製の管楽器で、腹に響くような低い音を奏でるディジュリドゥだ。
……おいアイツ民族楽器でクラブミュージック演奏してるぞ。
肺活量すごすぎないか?さすが不沈艦。
「……なんか、盛り上がってない?」
「フロア熱狂してるねぇ?ゴルシちゃん、民族楽器でフロア湧かせてるの?ヤバすぎない?」
相変わらずゴルシちゃんがイカれてることが分かったところで、長居する理由のない僕らは足早に夜の世界を立ち去った。
◆
「いつか、どこかの海に行って沈む夕日を眺めたい。グリーンフラッシュってやつを見たいな。緑色に輝く太陽と水平線の混ざり合った様は、きっと君の瞳みたいで綺麗だろうね」
「……普通逆じゃない?その、あたしの目を引き合いに出すんだったら、普通は夕日のほうが比喩として用いられると思う。夕日のように綺麗な瞳だね、とかなら分かるけど……ってあたしに何言わせてるんですかぁ!?」
僕何もしてないのに。自爆じゃんか。
「どんな芸術もどんな景色も、君の美しさには勝てないんだからしょうがないじゃん?……世界一美しい君の瞳に、乾杯」
「カッコつけてるけど、飲んでるのノンアルだよ、オロールちゃん」
ぐっ。
お酒飲めないんだからしょうがないじゃないか。
気分で酔えばいいんだよ、気分大事。
トレーナーさん行きつけの例の店。
彼は、自分しか知らない秘密の場所、というような感覚で通っているのかもしれないが、あいにくスピカメンバーにもここの常連がいる。
僕とゴルシちゃんはいわずもがな、ウオッカはこの店で世界一カッコよく麦茶を飲む技を身につけた。
スピカに限った話をしないのなら、リョテイさんやギムレットさんもこの店を気に入ってるとか聞いたことがある。
「風営法にケンカ売るわけにもいかないし、長居はできないけど。それまではゆっくり話そうよ。……君のことを」
「ほぇっ?あたしのこと?」
「そう。我らが推しのデジたんについて語ろう」
「自分で自分推すのムズすぎませんか?」
「僕はできるよ?だって僕、どうあがいてもウマ娘だから、ガワは絶対に美少女じゃん?その上イケメンなんだよ?推すしかなくない?」
「すみません。よく分かりません」
アシスタントAIと化すデジたん。
……バーらしい、少し高めの椅子に腰掛けている彼女の尻尾が、ゆーらゆらと揺れる様に、目が釘付けになる。
「……ね、さっきのリボン、つけてあげるよ」
「……じ、じゃあ、お願い、しま、す?」
ウマ娘にとって、尻尾というのがどういう存在か、知らない僕ではない。
ふわふわで、触ると気持ちいい。
デジたんは尻尾のケアを欠かさないタイプだから、このふわふわに一瞬で虜になってしまう。アヤベさんの気持ちが少し分かる。
店は貸し切り状態。
マスターはデキる男なので、僕のちょっとした暴走を黙って見てくれている。
「デジたんはさ、僕のこと好きでしょ?」
「……うん」
「なら、もっと直接言ってくれよ。好きって」
あ、ヤバい。かなりヘヴィーな感情がノンストップで湧いてくる。
「……オロールちゃんの“好き”と、あたしの“好き"って、同じなのかな」
「同じだよ、デジたん」
推しへの愛であり、友愛であり、恋愛でもあり、そのどれでもない。そういうわけの分からない感情なら、僕も知ってる。
「今ある言葉で括る必要はないんじゃないかな。それでいいじゃん?こうやって君の尻尾を触っても、君は何ともしないだろ?むしろ気持ちよさそうにしてる」
「……次はあたしがオロールちゃんの尻尾を手入れするね」
「お、それは嬉しい」
「ふふふ……!不肖デジたん、傍観者の精神を貫いてはおりますが、マッサージは得意なんですよねぇ!タキオンさんからも好評でした!」
「クソッ!よりにもよってあのマッドサイエンティストに先を越された!」
「あっあっあっ、ゴメンナサイ!何度も頼まれたので、断るわけにもいかず……!」
「いや、別に怒ってないよ。マッサージが得意って言うくらいなら今まで何度もこなしてきたわけでしょ?僕がデジたんのヴァージンマッサージを経験できないのは分かってるとも。うん」
すごいな、デジたんは。やっぱり多才すぎる。こんなに小さな指なのに。それとも、小さいからこそ他の者が届かぬ隙間にも入り込めるのかな。
「っと、ほら。できたよ」
「おぉー、可愛い……。あっ、もちろんリボンの話ですよ?」
「そうだね、可愛いねデジたん」
デジたんはもともとターコイズのリボンを持ってる。イベントの時にはそれで尻尾を編み込みにしてた。
今彼女が身に付けているのは、黄色。
僕の眼の色はメアリー・スーもびっくりの厨二仕様、青と黄色のオッドアイだから、リボンもそれに倣ってみた。
黄色はピンクが映える色だしね。
デジたんが一番輝けるのは、無論、走っている時。
僕と同じレースに出ている時。
彼女の魅力を引き出すのが一番得意なのは僕だ。こうして自惚れて文句は言われないくらいの時間を、デジたんと一緒に過ごしてきた。
「デジたん、僕、君のことがホントに好──」
「うぇーいマスター!トンコリ弾くから場所貸してくれよー!」
は?
おい、おいおい。
何しに来たんだよおい。
「お、なんだお前ら。お前らも弾くか?トンコリ」
「トンコリ?樺太や日本北部などに居住していたアイヌの民族楽器のトンコリ?」
「おうソレだ。聞かせてやるぜアタシのグルーヴ」
「なぁんでこのタイミングで乱入するんだよゴルシちゃん!せっかくいいムードだったのに!」
「ほーお?さしずめいつものようにプロポーズってとこか。んで、アタシが来たおかげでオシャカになった、と。ヘッ、その傷心、アタシが癒してやるぜ……。トンコリで」
「トンコリだろうがボンゴレだろうがなんでもいいよぉ!?」
ゴルシちゃんはさっきからなんで民族楽器ばっか持ち歩いてんだ。
「えと、大丈夫だよオロールちゃん。さっき何を言おうとしてたか、大体分かるし。気持ちは伝わってる、から」
「スカパラパルビルリバンドゥリルラバンルベロベロベロレロベロベロレロベロドゥリャロベンダンダンデビュドドッ!アィームァスキャッマーンッ!」
「うるさいなぁ!?」
まあ、うん。
デジたんが最強であることを証明するには、ゴルシちゃんの存在は必須だ。
ゴルシちゃんにしかできない走り。その不沈艦と一戦交えて初めて辿り着ける境地がある。
さっきからムダに美声でピーパッパッバダッポしてるヤツのせいでムードなんかあったもんじゃないが。てか、トンコリで弾き語る曲じゃねぇだろ。
……何はともあれ。
もうすぐ、秋天。
僕はきっと、その日のために生まれてきたんだ。
「
「黙れッ!……いややっぱ歌ってくれ!なんかクセになってきた!」
尻尾ハグ?
え?
えっちすぎん????
サイゲさん???
ありがとう ありがとうありがとう ありがとう
(辞世の句(字余り))
……ウマ娘にとっての尻尾という存在がどういうものなのか、まさか公式から答えが示されるとは。
ァッ(尊死
……そういえばデジたん、トレーナーに普通に尻尾の毛あげようとしてましたよね。
チョンリマッ(尊死
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雨舞台の始まり
うるせぇよ
黙れよ
書き溜めなんかねぇよ
オーバーウ↑ォ○チこそ正義
ストックなんかねぇよ
正しいのは俺
訳:更新遅れて申し訳ありません
決してオーバーウォ○チやったりとか、HUNTER×HUNT○R読んだりとか、リコ○コのスピンオフ見たりとか、ゆるキ○ン△見たりとか、そんな理由でサボったりなんかしてないです。多分。
……HUNTER×HUNT○R一気読みはさすがに時間かかるっすね()
勝負服とはッ!
その名の通り、ウマ娘たちがここぞという勝負、すなわちG1レースでのみ着ることを許された衣装であるぅッ!
原理は不明だが、これを着るとウマ娘は120%の力を発揮できるのであるッ!
そしてッ!
僕はデジたんを拝むだけで全宇宙の原子を集めた数でも足りないくらいの倍率で力を発揮できる!
勝負服を着込み、ターフの上に立つと、一体何が始まるか分かるか?
第三次大戦……ではなく、最高のレースが始まる。
「あっ……あっあっあっあっ」
「きっしょいなお前。よく十万人以上の観衆の前でエクスタシーできるなオイ」
「ふぅーっ、ふぅー……!危ない、もう少しで語尾にハートがつくとこだった♡我慢できた♡」
「手遅れだぜ」
おおっと危ない。えっちなのはよくない。
「よし。……ビークール、アンドステイクールだ。一旦落ち着こう♤」
「それはそれでなんかダメな気がするんだが」
おおっと危ない。キャラブレはよくない。
とりあえず、薄っぺらな嘘でもいいから平静を取り繕わなければ。
なんたって今は一世一代の大舞台。
そう、秋天である。
「ダートが得意なお前が、芝のG1に出走するなんてな。デジタルもそうだけどよー、ホント変態だな」
「変態は芝とダート、両方の性質を併せ持つ♧」
「お前マジでどうしたよ?」
「……ごめん。ちょっと興奮が冷め止まなくてキャラがおかしくなってる」
変態は変態でも、どこぞの戦闘狂ピエロとはベクトルが違うのだ、僕は。
……いや、どうだろう。
ハッキリと自分の気持ちを言葉にしてみようか。
僕は今、楽しい。このレースに集った猛者たちと競えるのが楽しみでたまらない。ゾクゾクが止まらない!
『各ウマ娘、ゲート前に集まりました。今年のレースで名を轟かせたウマ娘たちが一堂に会するこの秋天皇賞、今まさにその幕が切って落とされようとしています!一体どんなレースになるのでしょうか、一秒たりとも目が離せません!』
そうとも。僕はやってのけた。
僕はやってやったよ。デジたんもやった。
僕たちは走ったんだ。
どの世界の歴史にも存在しなかった僕は、レースに勝利することで存在証明を……。いや、そう呼ぶことすら生温い。心の底から走りたくてしょうがなくて、逆に自分が誰かも分からなくなるくらいの勢いであらゆるレースに挑み、今日ここに立つ権利を勝ち取ってやった。
デジたんもだ。彼女はアグネスデジタルであってアグネスデジタルではない。
スピカでの研鑽、そして僕との絆は、確かに彼女の力となった。
芝とダート、どちらも「かなりの高水準」などではない。「最強」だ。
つまり、彼女はウマソウルすら超えたのだ。
『注目の一番人気はやはりこのウマ娘!5枠6番、テイエムオペラオー!世紀末覇王伝説の新たな1ページが生まれるか!?二番人気、2枠2番メイショウドトウは食らいつけるのか!』
今日集まった観客はしっかり目を凝らしておくべきだね。
「最強」が集うこのレースを生で拝めるのは、一生に一度の幸運と言って差し支えないだろう。
……「最強」を自称するのは流石にイタい、と思ってるヤツ、ちょっとこっち来い。
そう、そこのキミだ、キミ。
僕より最強に変態な自信あんのか?
はい論破。
……まぁ、そういうことである。
「つーか、マジ今日のメンツ狂ってんなぁ。性格にかなり難のあるヤツらと、それに振り回されるヤツらが全員集合。まぁ、スピカほぼ全員出走ってのが一番ヤバいけどな」
海外で大活躍中のスズカさん以外のスピカ。それとオペドト、タキカフェ。エアシャカール。それから、なんだかんだいって一番のダークホース、キンイロリョテイ。
……リョテイさんには、僕から喧嘩を売ったわけじゃないからな。逆に、彼女から売られたようなもんだ。
彼女には戦う理由がある。
つまり、ポテンシャルの塊が本気を出すってこと。
怖いね。
もちろん、他のウマ娘も怖い。
オペラオーさんなんかその筆頭。
純粋な実力だけ見れば、世紀末のG1を総ナメしたウマソウルがチート性能すぎるのだ。
「はーっはっは!ボクこそ最強ッ!」
うん、それはそう。
……今の僕やデジたんなら、条件次第ではいい勝負ができそうだし、場合によっては勝てるかもしれない。しかし総合的な能力では負けている。体調、策謀、そして運。全てが絡み合って初めて勝てるかもしれない相手。
「オっ、オペラオーさん〜……!き、今日こそ……!」
それにサラッと追い縋るドトウの姉御も、なかなかブッ飛んでる。
「オペラオーがいなきゃ勝ってた」なんて言うのは、さすがにいろんな人に失礼すぎるから言わないけどさ。彼女は強い。強すぎる。僕は必ず苦戦する。
「ったく、今日はさすがに全員ハジケてるせいで、オーラがハンパじゃねー。威圧感ヤベーっての。これじゃあ観客は浮き足立っちまうんじゃねーのか?てことでゴルシちゃん、動きます」
ゴルシちゃんは脚にディーゼルエンジンを搭載しているかの如く、凄まじい捲りでレースをぶち壊してくる。
何の前触れもなく、観客席の前でマイコージャクソンのライブでの登場シーンを再現するようなウマ娘だが、強い。
「……負けねー」
「こっちだってアンタなんかには負けないわよ?」
「言ってろ、勝つのはこの俺だ。……ま、精々頑張ろうぜ。俺もお前も、お互いにな」
「言われなくても分かってるわよ」
『一番人気こそ逃してしまいましたが、今日もこの二人のライバル対決は見逃せません。今も二人は何やら言葉を交わしているようです。レースではライバル、しかし仲はかなり良いとのこと。そんなわけで、かなり仲睦まじい様子が見受けられますね』
「はっ、はぁー!?ちげーし!?別にコイツとは仲良くなんか……!とにかく、そういう言葉じゃ表せねー関係じゃねーんだよ!?クソッとりあえず離れろお前ッ!」
「アンタから近づいて来たんでしょーが!!」
ウオスカも言わずもがな。片やダービーを制した女傑、片や掲示板入り率120%の先頭狂。
「こないだの練習じゃボクが勝ったよねー!今日もマックイーンには負けないよ?」
「あら、テイオー?その前の練習では私が勝ちましたわよ?」
「確かに、正直に言うと、今日の勝負はどうなるか分かんない。キミもかなりトレーニングしてたもんね。特に減量には気合が入って……」
「ぶっ潰してさしあげますわ」
「……ゴメン、マックイーン」
テイオーは全身バネウマ娘かつ主人公補正がかかってる。
マックちゃんは胃袋がデカい。
「……あなたのトレーナーさん、すごい勢いで応援してますね」
「おや、カフェ。よくあの観衆の中からモルモットレーナー君を見つけたね」
「光ってますから」
「ふぅン、なるほど。確かに」
タキオンさんは頭がおかしいし、それに振り回されるカフェさんはただただかわいそう。とはいえ、本当に強いのは狂人だ。なぜならブレーキがないから。それに、カフェさんも血に飢えた猟犬の因子を継承しているのでなかなか恐ろしい。
「……クソッ!この前ファインに言われた『データキャラはかませ犬らしいから気を付けてね』とかいう一言が頭から離れねぇッ!いいだろ別にッ!データキャラでもッ!つーかキャラってなンだキャラって!オレは別にキャラ付けでデータ取ってるわけじゃねーかンな!?」
誰にツッコミを入れているのか分からないシャカールさんは、データキャラなのでかませ……とかそんなことは全然ない。アナーキーかつロジカル、実際にレースをするとなったらリアルに危機感を覚える相手だ。非の打ち所がないロジックで、詰将棋のようなレースを展開してくる。
ま、僕は将棋盤をひっくり返すタイプだから、彼女とはいい勝負ができそうだな。
ああ、そうとも。
僕は楽しいさ。
なんたって、今日は雨だからね。
◆
荒れるなぁ。
天気も、レースも。
この世界丸ごと荒れてんだよ。主に僕のせいで。
だってそうだろ?
本来、競馬史にもウマ娘史にも存在しなかった僕が、方々にケンカを売りまくったおかげで、よく分からんメンツが揃ったレースが始まろうとしている。
「ねーえデジたーん、デジデジたーん、おデジー。……尻尾吸わせてー?」
「……十万人の前で?」
「うん」
「恥ずかしいよね?あたしもオロールちゃんも恥ずかしいよね?あの、あたしの自己肯定感云々の話以前に、生命体として最低限度の矜持すらズタボロになるレベルだよね」
「そーだね。うん。ゴメンネ、冗談だよ」
「ホントー……?」
ホントさ。
あ、僕が尻尾吸引しようとしてたことがホントって意味だよ。いやぁ、あんまり大舞台なもんだから興奮が治らなくってね。
「どーよ、デジたん。僕の勝負服。実際、君とG1の舞台でまみえるのは初めてだったよね」
「すこ」
「そっかそっか。語彙力逝っちゃうくらいか。君の反応が可愛すぎて僕も逝くぞ、どうしてくれるんだ」
やっぱりイイよな、勝負服。
ほら、いつだったかにデザインを考えたヤツさ。
ターフのドレスコード。
しかし、僕みたいな歴史の爪弾き者なんかがパーティに参加するには、やっぱり賊として侵入するしかないわけでね。
オペドト劇場のスペシャル公演?タキカフェのマッド実験?ウオスカの熱血ライバル勝負?テイマクの主人公補正?スペちゃんの大食いショー?リョテイさんの伏せカード?ゴルシちゃんのハジケリスト狂走曲?
そんなもの、全部ぶっ壊れるよ。このレースで。
僕は歴史の改竄者なのだから。
……うん、やめようこのキャラ。さすがにイタいな、カッコつけすぎてダサい。
ま、語り口がムダに荘厳で厨二臭いだけで、言いたいことは全て網羅している。要は、僕が自分のことをある種の賊と認識していることが重要だ。
すなわち、この海賊チックな勝負服が、僕の心身共に馴染むこと。着ていれば最高のコンディションで走れること。それが大事だ。
「……ねぇデジたん。それ、良くないよ」
「え?」
「いや、その。ウマ娘ってさぁ、濡れると映えるよねっていう話」
「……一応、勝負服だし、その辺の対策は抜かりないケド」
「いや、そういう意味じゃなくて。汗、涙、雨、とにかくなんでも、濡れるウマ娘っていいよね……っていう」
「あ、それは分かりみ」
「だろー?てことで、どーよ、僕。水も滴るいいウマ娘!勝負服のカラーが黒ベースだから、なかなか空模様にマッチしてキマるでしょ。装飾の金属パーツも、テカリ具合が増していい感じ!」
今の僕、相当にカッコいいぞ。ファンが増えるな。そして、増えたファンはもれなく全員デジたん送りにしてやる。
「これからレースだよ?見た目なんか気にしてられなくなるよ?」
「でも君、あれだろ。ウマ娘ちゃんが汗水泥水まみれになるの好きだろ」
「無論大好物です」
「なら安心しなよ。今日の僕は今までで一番の走りをやってやる。泥まみれになっても、本気で勝ちを狙いに行く」
デジたんを最も輝かせるには、やはり僕が彼女の敵役をやらなきゃダメだ。
正々堂々卑怯な手も使いまくって戦う。
万全の態勢で走る。
「んふふふふふ……!こんなこともあろうかと、重バ場特化のシューズもチューンしておいたんだ!今の僕に死角はないッ!」
「いや、お前あれじゃん。チーム全員分のシューズ用意してただろ。蹄鉄も。珍しいことに親切だったからビックリしたぜ。そのおかげで、今日のレース、アタシも地面にしっかり蹴りかませそうだからいいけどよ」
……うん。
だって、だって、しょうがないじゃん?
でも、皆が絶好調の状態で戦いたいじゃん?
一般に、ウマ娘は全てのバ場に対応できるようにトレーニングする。しかし、やはりベストの走りを追求する際には良バ場を想定する。
僕はトレーナーさんの放任主義をいいことに、雨天時の走りを磨いた。もちろん、皆も巻き込んで。
「とにかくっ!良馬場よりタイムが落ちてしまうのは否めないが、それも最小限にまで抑えられてるはず!てか、正直なところ、雨の悪影響を極限まで削いだ君らと走りたいんだよ僕は!ダートが得意な僕は、こういう時にしか芝で強くなれないんだからさ。……頼むよ、ゴルシちゃん。競争相手を潰す気で走ってもらって構わない。僕はそうする」
「わざわざ口に出してんのはお前だけだ。ここにいるヤツ全員、自分が勝つ気マンマンだろーが。……アタシ含め」
「君が本気になるとは。珍しい」
「だって勝たねーと地球滅ぶし」
「あー、なるほど?」
まーたいつもの狂言か。ゴルシちゃんらしい。
雨雲の向こうに光る円盤が見えた気がするが、まあ気のせいだろうし。
ま、彼女には勝たせないさ。
仮に地球が滅びかけたら、その原因を根本からどうにかする仕事は全部ゴルシちゃんにやってもらおーっと。
『各ウマ娘、ゲートイン!秋の盾の栄光を手にするのは誰か!今まさに、戦いの火蓋が切られようとしていますっ!』
◆
「スターティングゲートってそわそわするよね。自分で蹴り飛ばすシステムにならないかなぁ」
「アタシのセリフパクんなよ」
「ごめんちゃい」
「おーう、謝罪ならオメーがレースに負けてから聞くぜ」
「えー?じゃ今のうちにたくさん謝っといてあげるよ。君が僕の謝罪を聞ける最後のチャンスだからね」
ごめんね、強くって……。
いや、ホント。これくらいの気持ちでいなきゃ、レースを楽しめないから。
「ふゥむ。なあカフェー。私はこのレースのために、先月くらいからモルモットくんにひたすら活力剤を飲ませてトレーニングの効率を上げていたんだが、これってドーピングになるのだろうか」
「……他人なら、セーフでしょうね。嘆かわしいことに」
ほぅら聞いたか今の。
G1ってのはアレくらい頭がおかしくないと走れないんだぞ?
「ふふふっ。テイオー聞いてくださいまし。私ったら、おかしいですわ。今からレースが始まるというのに、身体が重いですの。もちろんいい意味で。貴女方の気迫が、全身にのしかかってきているのですわ。……こうしてお互いに気圧される、ということは、それだけ皆の心も熱く燃えている、ということなのでしょうね。その重圧、しっかりと受け止め……」
「マックイーン、それ多分、さっき『一発入魂ですわーッ!』とか言いながら食べてたパフェが胃に溜まってるせいじゃない?」
「南極までぶっ飛ばしますわよ?メジロの拳で」
メジロの名をそんなとこで使うな。
「ゴメン、マックイーン。あ、でもボクはマックイーンより速いから逃げ切れるね」
あーあ、全員本気って感じかな?
「お母ちゃん、見ててや……!」
スペちゃんもよう気合い入っとる。
顔つきがいつもと違う……いや、そうでもないな。相変わらずモチモチスペスペしてる。
けど、目が違う。
あれが日本総大将の目か。なるほど。
……強いな。
「……なぁ、アンタ。随分不貞腐れてンなァ?これからレースだっつーのに」
「あ?テメーが言うなよボケ、陰キャ。さっきからジロジロ見やがって」
っと、シャカールさんとリョテイさんか。
あの二人喧嘩っ早いからなぁ。大丈夫か?
「オレは現場のデータを集めてるだけだ。少しでも多くな。集めれば集めるほど勝率が上がる。数学じゃねぇ、算数の問題だ」
「……似たモン同士みてーだな、私ら。勝ちに行くんなら、お好きにどーぞ。だが私も個人的に走る理由があんだよ。容赦はしねぇよ、データキャラくん?」
「……あの、話の腰折ってすまねェんだけどさ。オレそんなにデータキャラ感あるか?自分で言うのもなンだが、割とオラついた見た目だし、データキャラには見えねぇと思うンだがよ」
「……あー、なんかなぁ。オーラが滲み出てんだわ。隠しきれてねぇんだよ。なんつーか、論理を重んじるあまり周囲の無茶に振り回されてる感がある、的な?」
「はぁ……」
めっちゃ仲良くなってる。
レースの途中で共同戦線とか張りそうな勢いだぞ。
「負けた方が二週間部屋の家事っていうのはどう?」
「おー、いいぜスカーレット。今日から部屋に帰ったら靴下脱いで置きっぱなしにしてやるかんな?」
ウオスカか。何やら賭けをしているよう。
しかしウオッカ、やることがショボいな。もともと育ちの良さが隠しきれないから、思いつく中で最大の『ワルイ事』を言ってみた結果あれなんだろうな。
多分、靴下脱いで置きっぱなしにするときも、ちゃんと纏められてんだろうな。
「はーっはっはっ!ドトウ、常に貪欲に求めたまえ!観客席から見た時には、主役の座は一つさ!」
「今日こそ、勝ちますぅ〜……!」
誰もが主役だ。
だが、このレースを制するのは一人だけ。
「なぁオロール。やっぱスターティングゲートってそわそわするよな?蹴り飛ばしたくね?」
「僕のセリフパクんないでよ」
「初出アタシだかんなオメー」
思えば、スピカがこれまでやってこれたのはゴルシちゃんのおかげだ。僕を始めとしたとびきりの問題児を抱えつつ、今や学園で一二を争うチームになった。
それは彼女がなんやかんやチームのリーダー的立場として皆を引っ張ってくれたからだろう。
『各ウマ娘、準備が整いました!』
っと、そろそろ始まるな。
「……なんか、観客席に恐ろしいものが見えるんですけど、アレ。さすがにあたしの幻覚ですよね?」
「デジたんって描かれたハッピ着た連中が熱烈にコールしてるアレのことを言ってるなら、現実だね」
相変わらず同志に大人気のデジたんである。
そして、僕がこれから競う相手である。
7枠10番、アグネスデジタル。
デジたん、と読んだ方がいいな。
「……君は観客席に向かって走るんだろ?」
「……うん」
正に恵みの雨。
僕たちは馬ではなく、ウマ娘。
レースでのコース取り争いは、競馬のそれよりも激しい戦が繰り広げられる。
よって、外枠不利。それが基本。
しかし、今日のこの雨!インコースは荒れに荒れまくってグチャグチャだ。
そう、恵みの雨である。外枠のデジたんこそが勝つ、そんな未来がぐんぐん近づいて来る。
あくまで、可能性の話だけど。
レースに絶対はないからね。
「僕はこのレースに全て懸けるつもりだから。そこんとこよろしくね、デジたん」
「あたしはいつも全力だよ?ウマ娘ちゃんの御尊顔を拝むためなら、たとえ雨でもめげずに走るっ!それがヲタクッ!」
「ふふっ。雨になって喜んでるくせによく言う」
「……負けないから、あたし」
おいでませ、勇者様。
さあさあ、いよいよ始まるぞ。
ついこないだスキャットマンを熱唱しまくっていたとは思えないほどにシリアスな展開になってきたが、このヒリつき具合、最高に心地いい!
『さぁ、たった今、ゲート解放ッ!盾の栄光を手にするのは誰かッ!運命の扉が今!開かれましたッ!』
更新の遅れが遅れすぎているのが遅れていて良くないと思います。
一応、完結の目処は立ちまくってるので、エタりませんので、ご安心を。
完結後は月一くらいで更新されるネタ帳みたいになるかも?ならないことがあろうか、いや、なる(反語)
ところで私はゼパイルさん推しです()
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アグネスデジタル
あ、今回のレース描写ですが、枠番等に深い意味はありません。おデジの史実秋天要素は薄味です。サワークリームオニオンくらいあっさり薄味です。まあ、それなりに旨味があります。知らんけど。
不定期更新は毎度の如く。
これもう実質定期更新では?作者は訝しんだ。
……書いてて思ったんですが、これ実況の人めっさ早口やなぁ、と。書きたいこと書いたら超バクシン早口になってしまった。へへっ(適当)
さて、どう攻めよう。
『いきなり前へ躍り出た!一枠一番ダイワスカーレット!テイエムオペラオーが後に続きます』
スカーレットもなかなか勢いがいいな。
……生涯連対を外さなかった馬のウマソウルを受け継いでいようとも、このレースじゃそうはいくまい。いや、そうはさせてくれない。運が悪かったなスカーレット。
申し訳ないが、逃げウマには勝ち目が薄いレースなんだよ。雨でぬかるんでいる地面は、体力を奪い、ペース配分を狂わせる。スカーレットレベルのウマ娘ならそれでも実力はさして落ちないだろうが、このレースではほんの少しの差が勝敗を分ける。
もちろん、僕も他人のことを言っていられない。
僕の踏み込みはダートでも通用するくらい重い。だから、雨はむしろありがたいのは確かだ。スタミナだって並のウマ娘の倍はある。
それでも、やはり泥は辛い。余力の配分をよく考え、ここぞというタイミングでスパートをかけなければ負ける。
僕は外枠。デジたんも外枠。
……先行はムリだな。差しでいくしかない。
『さあ、強豪揃いのレース、前を引っ張るのはダイワスカーレット、続いてテイエムオペラオー、メイショウドトウ、内からキンイロリョテイ……。中団固まっている!今年の秋天はスローペースだ!内にウオッカ、後ろエアシャカール、オロールフリゲート、外にアグネスデジタル!ゴールドシップは最後方!』
「……やめてくれよ。僕がデジたんの次に怖いのは君なんだよ、ゴルシちゃん」
「お?んだよ、何ビビってんだ?」
「……
「……さあな」
適当にはぐらかしたあげく、ベロ出してきやがった。ハジケリストめ、そーゆーのがいっちゃん怖いんだよ。
……今んとこ団子だな。
こっから追い抜くにはどうするか。
これはレースだ。大局的に考えろ。
今のうちにコースの把握をしよう。
東京、芝2000m、左回り。
いくつかの坂。長めの最終直線。
……うん、うん。そうだよな。
内ラチ攻め。
僕の脚と相性がいいのはこの走りだ。唯一の勝ち目だ。この結果が覆るとしたら、よほどおかしなことが起こったときだけ。
全員が「最強」のレース。
定石を寸分の狂いなく遂行し、その上で新たな道を開拓する。ダブスタじみたことを言うようだが、レースってのはそういうもんだ。
『コーナーを曲がり、下り坂っ!エアシャカール前に出ます!……アグネスタキオン、マンハッタンカフェ、並んだッ!』
「……ここで勝負するかい?シャカール君」
「ひとついいこと教えてやンよマッド野郎。雨でぬかるンでる以上、ラストの坂でスパートかけんのはキツい。……だからテメェらをここでブッ潰してやンだよッ!二度と追い抜かせねぇようになァ!」
だが、そうは問屋が卸さない。
……デジたん、今だけ手伝ってくれるよね?
『外、いや内からオロールフリゲート上がってくる!大外アグネスデジタル!エアシャカール、挟まれて抜け出せません!』
外枠からあえての斜行で内ラチに食い込む。
コーナーに合わせてアウト・インで飛び込むことで、直線的な軌道を描く。バランス制御に割く負担を減らし、他のウマ娘よりも速いスピードを維持できる。
……とは言ってみたものの、ぶっちゃけフィーリングだ。なんか上手くいったからヨシ!
多少のロスはあるが、後続にプレッシャーをかけられたこととフェアトレードだ。
「っクソがッ!」
前にタキカフェ、横に僕たち。
シャカールさんの逃げ道は後ろだけ。
よし、ひとまず防いだ。だがこれで安心はできない。
レースはマルバツゲームみたいに単純な論理で成り立っているわけでは決してない。オセロ、将棋、囲碁……もしかするとそれ以上のロジックが必要になる。
シャカールさんはその辺を誰よりも理解しているから、この先も食らいついてくるだろう。
それに、僕の敵は他にもいる。
今狙うべきは前のタキカフェか……?
いや、違うな。
その前にいるヤツら。
主人公補正付きのテイマクとスペちゃんをどうにかしなければ。彼女たちのペースを乱しにいくぞ。
「待ちたまえよ。私を放っておくのかい?」
「ッ!」
……前言撤回。
やはりマッドサイエンティストは手強い。
アグネスタキオン。
一見すると天才肌の気まぐれ化学者、と思われるが、彼女の本質は「努力の狂人」である。
ウマ娘の可能性を限界まで、いや限界を超えて追い求めるあまりに、狂気にどっぷり浸かってしまったのだ。つまりボクと同類。
「どいてくれますかね、タキオンさん」
「断る。ウマ娘の真理を知るのはこの私だ」
あれ?これレースだよな?別に命懸けの戦いとかしてないよな?タキオンさんのセリフがあまりにも悪役すぎたので一瞬戸惑った。
「私は本気さ!このレースでは確実に素晴らしい検証結果が得られる!ウマ娘の可能性を自らの足で追い求めるため、私はいかなる手段も辞さない!実際、ドーピングした!」
「えっ」
「モルモット君を!」
なぁんだ安心……とはならないんだよな。
モルモットさんが不憫でならない。今度エナドリとか差し入れてあげようか。あ、ダメか。余計にドーピングされちゃう。
「……私、怒ってるんですよ。タキオンさん。アナタがこのレースに勝つためだとか言って妙な実験をしたせいで、ここ最近部屋がずっと異臭を放っているせいで」
おっと危ない。
気を抜くと思わぬ一撃を喰らうところだ。
幽霊のように、死角からいつの間にか致命傷を負わせてくる。それがカフェさんの走り。それでいて、猟犬のようにしぶとい。
手強いんだよなぁ、全員。
……だが、タイミングが良かったな。
『さあここから上り坂!先頭依然ダイワスカーレット!その後ろメイショウドトウ、テイエムオペラオー、キンイロリョテイ!さあ、中団に動きが!4番手5番手のトウカイテイオー、メジロマックイーンをスペシャルウィーク捉えたっ!先頭集団へ躍り出ますっ!』
前の方は楽しそうだな。
僕もそっちに行くぞ!
『オロールフリゲートここで上がってくる!その外アグネスタキオン、マンハッタンカフェ……』
坂道でブロッキングするのはさぞや辛かろう。
ましてや、泥。
スローペースのレース。スタミナはお互い十二分にあるが、ここでムダな消費をするわけにもいかないだろう。
タキカフェはひとまずクリア。
……さぁ、勝負はこっからだ。
『残り半分を切りましたっ!テイエムオペラオー、まだ脚を溜めています!その側メイショウドトウ、外からキンイロリョテイ……』
スピカのメンバーもなかなか頑張っているが、いまいちオペラオーさんを抜ききれない。
接戦……、いや、接戦を演出させられている?
僕たちは既にオペラオー劇場のハコの中で踊らされているのかも。普段はアホの子のくせして、こういう時にはスマートにキメてくるのはさすがの世紀末覇王か。
日本刀ではなく、鋸でじわじわと、しかし着実にこちらの体力を削ぎ落としてくるタイプ。
けど、負けらんないだろ、スピカ?
『大ケヤキを越えて第四コーナー!さぁここでメジロマックイーンが前に出た!中団から抜け出し一気に先頭へ!順位変わって先頭ダイワスカーレット、続いてテイエムオペラオー、メジロマックイーン、メイショウドトウ……!内からオロールフリゲート、ぐんぐん伸びる!』
スタミナに定評のあるステイヤーことモッチリーン……あぁ違う。マックイーンが早めのスパート。ラスト数ハロンにて襲いくる坂と直線、そこまでに有利なポジションを抑えるため、彼女なりのやり方で勝負を挑んだんだ。
で、僕はアレだ。さっきからひたすらインベタのさらにインを攻めてるおかげで目立つんだよ。
内側の芝は荒れやすい。なぜなら皆がそこを走りたがるから。ではどうすればいい?
答えは簡単。手がラチに掠るくらい内側、内側すぎて誰も走らないような場所を攻めればいいのである!
時速70kmで転倒するリスクを考えれば、G1走者といえども慎重になるもんだ。僕はバカなのでその限りではない。
「よっす皆、元気?」
「……ワリ、俺集中してぇから話す暇ない」
「……ボクも、ウオッカと同じ、かなッ!」
つれないなぁ。
ウオッカとテイオーはまだいいが、スペちゃんなんかは完全に
僕のほんの少し前にいるスピカメンバーは、ダービーを征した女傑、主人公補正持ちかつ奇跡に愛された天才、胃袋がデカいウマ娘。いずれも果てしなく強い相手。
だが、今日。この舞台、この天気。
今だけは僕が一歩前へ飛び出せる。
レースってのはある意味ジャンケンみたいなもんで、実力で差がつくのはもちろんだが、同時にコースや相手との相性も勝ちに関わってくる。
良バ場が得意、かつ乱戦が得意なオペラオーさんに対し、濡れた芝を得意とし、かつ大外で一歩引いた立ち回りをするデジたんは有利なのだ。
オペラオーさんはパー。デジたんはチョキ。
テイオーは身体のバネがえげつないが、力強さに欠ける。雨で荒れた芝ではその短所が脚を引っ張る。
ウオッカは爆発的な末脚の持ち主ではあるが、持続性がない。濡れた上り坂で粘れるか否かが彼女にとっての勝負の分かれ目だ。
スペちゃんは主人公やってるとき以外は完全にネタキャラなので、とりあえずこのレースは大丈夫。実際、彼女は凱旋門ウマ娘にすら勝てるポテンシャルの持ち主だが、普段はただのエンゲル係数引き上げ要員であるからして。今も
ところで、僕はいついかなる時もグーで顔面を殴りにいくタイプだ。とりあえず方々にケンカを吹っかけておく。で、それぞれとやり合うときにいちいち手札を変えてられないから、全員纏めてグーでブッ飛ばす。
今日だってそう。
外枠からインコースへ割り込む中で、他のウマ娘のペースを乱してやった。イキリ散らかし海賊ムーブはどんな相手にも刺さるのでオススメである。
『残り600m!ダイワスカーレットが先頭を降ります!メジロマックイーンとテイエムオペラオー、オペラオーややリード!』
さあ、コースを覚えろ。魂に焼き付けるんだ。
跳ねる泥の粒一つ一つすらも記憶し、最適なルートを割り出す。それが僕のレース。
『……ここでゴールドシップ!?恐ろしい末脚ッ!まさに不沈艦!後方からグングン順位を上げるっ!』
来たか!
「日頃の恨みだ変態どもがぁーッ!」
怖い怖い。怖い。声ががなってる。
錨で後頭部をガツンと殴られた感覚。
ここにきてゴルシちゃん。やはりあのウマ娘、恐ろしい。
『ここでキンイロリョテイ内に食い込むっ!コーナー終わって最終直線、現在先頭テイエムオペラオー、メイショウドトウ。キンイロリョテイは内に控える!』
……まさか、僕狙いか?
黄金の血統が僕の前と横に!
虎視眈々という言葉があるが、真の強者はタイミングなど関係ない。いついかなる時も相手を仕留められるのだ。
事実、僕が挟まれたことに気づいた瞬間には、もう二人の攻撃を受け止めるしかない段階であった。
「ぜってー勝たせねーかんなオロール!オメーの敗因はたった一つ!オメーはゴルシちゃんに火をつけた!」
前はリョテイさんに塞がれ、右ではゴルシちゃんがドトウさんにプレッシャーをかけてインに寄せ、僕を潰そうとしている。ガタイがいいから抜け出すスキが少ない。
ま、可能性がゼロじゃないだけマシだ。
早いとこケリをつけて、デジたんとの勝負に──
「──ぁぐッ!?」
「……余所見してっと潰すぞ?掲示板入りしなきゃ実入りが悪いんだ。負けてくれ、私のために」
キンイロリョテイだ。
なんてこった、
泥をかけられたんだ。で、目に入った。
「……んっ、ふっ、ふ、ふふひッ!」
最高じゃないか!
あらゆる感覚器官から余計な情報が取り除かれる。
感じるのはデジたんだけ。他は真っ白な世界。
「……ジャマ」
「……ほぇ?」
「ジャマだっつってんだよ!」
「ふええぇごめんなさいごめんなさい!?」
何がどうなってるか分からないが、何がどうなってるのかは分かる、
アレだ、つまり、走れば勝てる。
『先頭テイエムオペラオー!外からゴールドシップ、その内メイショウドトウ!オロールフリゲート、内で固められ……抜け出したッ!?怒涛の展開ッ!先頭争いはテイエムオペラオー、キンイロリョテイ、メイショウドトウ、オロールフリゲート、メジロマックイーン、ゴールドシップ……!しかし後ろとの差は開かない!』
そりゃそうだろ。
全員、生物としての限界を根性で乗り越えられるようなウマ娘たちだ。
『さぁここでウオッカがスパート!だが一歩も譲らないアグネスタキオン、マンハッタンカフェ、エアシャカール……!スペシャルウィーク、トウカイテイオーも粘る!ダイワスカーレット、二の矢で巻き返したいところッ!』
まだだろ?なぁ、いるんだろ?
『大外アグネスデジタルッ!?アグネスデジタルの追い込み!大外からっ、大外から上がってくるアグネスデジタル!』
◆
この時の感覚は、おそらくもう二度と味わえないんだろう。
前には覇王テイエムオペラオー。
漆黒のレーサー、キンイロリョテイ。
怒涛の力、メイショウドトウ。
横には不沈艦ゴルシちゃん。
それから、光速粒子アグネスタキオン、摩天楼の刺客マンハッタンカフェ、データの信奉者エアシャカール。奇跡の天才トウカイテイオー、ターフの名優メジロマックイーン、緋色の風ダイワスカーレット、強酒の天女ウオッカ、日本総大将スペシャルウィーク……。
……皆ずるいなぁ。
なんかめっちゃカッコいい異名つけられてんじゃん?厨二心をくすぐられる。僕もそういうの欲しい。
『大外アグネスデジタルッ!アグネスデジタル追い込んでくる!外から差して捉えるかアグネスデジタル!いや内からオロールフリゲートも上がってくる!!先頭は……!?誰だッ!?』
勇者。
いいよなぁ。勇者。勇者、勇者……。
可愛くてカッコよくてその上速いとか、ズルすぎんだろ。
視界は相変わらず泥塗れだが、僕は今この瞬間以上に美しい世界を目にしたことはなかったし、これからも見る機会は訪れないだろう。
不思議と静かだった。
デジたんの足音、筋繊維が悲鳴をあげる音、心臓が必死に動く音が、耳ではなく心に響く。
彼女とは言葉を交わせないくらい離れているが、たかが空気の震えに頼るようなコミュニケーション方法は、僕たちには必要なかった。
デジたんは僕に伝えた。
これがアグネスデジタルの走りだ、と。
最終直線では、皆、勝負の決め手が何であるかを理解していた。
それは、気迫。
魂がうるさく叫んでるヤツほど前に進める。
僕は知ってしまった。
デジたんの心が、どれだけうるさいのかを。
推し、推し、推し、推し、推し、推し、推し、推し、推し、推し、推し、尊い、尊い、尊い、ウマ娘ちゃんすき、すし、すこ、すこすこのすこ、ウマ娘ちゃんの尊みマリアナ海溝チャレンジャー海淵コラ半島超深度掘削坑、オロールちゃんすこ……オロールちゃんすこ!?
え?すこられてる?
僕もすこだよ?すこすぎるおかげで健やかに生きていられる。
……僕は発狂したね。
というのも、僕の心臓がいよいよ歯止めが効かなくなって、肋骨を突き破って飛び出るかと思うくらいだった。実際少し飛び出たんじゃないか。
脚ではなく、心臓。
心が僕を前へと突き動かした。
不思議と静かだった。
僕の足音、筋繊維が
とめどなく溢れる
デジたんは僕を愛してくれた。
推しとして。同志として。友人として。
それから、大切な──。
◆
ふと、空を見上げる。
雨だ。
一粒一粒の水滴が、夜明けの星のよう。
「……ねぇ、オロールちゃん」
「ん、ぅ……?」
「どう?あたしの走り」
「……好き」
レース結果なんて、もうどうでもよかった。
どうでもよくはないんだけど。
でも、さ。
今、僕は満たされている。
『今年の天皇賞秋はまさに大波乱のレースでした!たった今順位が確定しました!……一着は──』
これまでのあらすじ
なんやかんやあってウマ娘オロールフリゲートに転生した主人公は、最推しであるアグネスデジタルを実際に目にし、心を奪われる。
しかしデジたんに夢中になっていたオロールは背後から近付いてくるゴルシに殴られ、気づけばエジプト行きの飛行機に乗っていた!
その後パイロットが突然死したために墜落しかけたものの、謎のジジイがなんとか不時着させ、最終的にはタイの犯罪都市へと流れ着いたオロールとゴルシ。
立ち寄ったバーでメイド服着た化け物の機銃掃射を喰らい、息も絶え絶え逃げこんだ先で、流暢に喋るAIを搭載したトランザムを発見する。
なんやかんやあって、ヤケにハンサムでプレイボーイなスパイと一緒に悪の秘密結社の基地をぶっ壊したところ、イギリスの諜報機関からスカウトされる二人。
英国の飯が口に合わない、という理由でスカウトを断ったところ、二人はなんと1400万ドルの懸賞金を掛けられてしまう!
世界を敵に回した
オロールとゴルシの行く末は……
次回、感動の最終回────!
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最終話でタイトル回収するタイプのウマ娘
これも作者が練りに練った緻密なプロットがあって初めて成せる業(殴
青梗菜って美味しいですよね。
まあだからどうしたって話なんですけど。
あ、ほんとに何もないです。ただ青梗菜が美味いってだけの話です、ハイ
桜舞う道。
春風に揺蕩う尻尾。
トレセン学園の春には、決まって新しい風が吹く。それは未来の英雄を祝福する風である。
学園に勤めるトレーナーたちは、こぞって目を光らせる。ダイアモンドの原石を自分の手で磨くため、新入生たちを観察するのである。
まあ、結局一番の原石を手に入れるのはいつも決まったトレーナーなんだけど。
かつて、世界を震撼させたウマ娘がいた。
芝、ダート、海外。
全てのレースを制覇し、まごう事なき「最強」として、歴史に名を刻んだウマ娘がいた。
そのウマ娘は、誰よりもウマ娘を愛していた。
俗に言う「ヲタク」の度をはるかに越した「変態」として、いろんな意味で世界を震撼させた。
多くのファンは、彼女のことを「同志」として呼び親しんだ。彼女自身もまたそう呼ばれることを喜んだ。そうして彼女は愛された。
さて、ウマ娘を愛してやまないものがつく職業といえば?
そう、トレーナー業だ。
彼女はかつて生徒としての日々を過ごした中央トレセンの土を再び踏んだ。トレーナーとして。
彼女は誰よりも優秀なトレーナーだった。
ウマ娘がトレーナーになる事例は珍しいが、まったくいないわけではない。
……現に、今期は彼女の他にもう一人、ウマ娘のトレーナーがいる。
「あ、いた。ランチタイムに練習場にいるなんて。探してたんだよ?一緒にお昼食べようと思って」
「……や、ちょっとトレーニングしてる子たちが見たくてね。君んとこの子、なかなか見込みあるね。芝もダートも走れるタイプかぁ」
「……うん。昔の自分みたいだったから、教えがいがあるよ」
もう一人のウマ娘のトレーナーは、彼女を愛していた。
二人で、どんな苦難も乗り越えた。
彼女たちは、きっと幸せだろう。
左手の薬指の煌めきは、何よりも雄弁だった。
◆
「という夢を見たんだ」
「きっしょ死ね」
「ひどくない?」
「近年稀に見るレベルでクソみたいなストーリーだったな。アタシが昨日見た夢のがよっぽど有意義だぜ」
「ほーう、そこまで言うなら教えてもらおうか」
「えっとなー、確かウチのトレーナーの実家に銀河帝国軍が来てなぁ……」
「やっぱ聞かなくていいや」
「はぁ?お前、そっちから教えてもらおうとか言ってきたんなら最後まで責任持てよ。スペのヤツが身を挺して地球を救う感動のフィナーレが待ってるってのによぉ」
「世界救うのスペちゃん先輩なんだ。……あれ、そういえば本人はどこに行ったの?」
「
懲りずにまたパフェを食べたんだろうな。
彼女の食欲は止められない。ジャパンCの直前には、タキオンさんの手を借りてまで体重を落としたくらいだ。
「スペのヤツ、脚は早ぇーのに胃袋がデカすぎるのがなぁ。まーなんだかんだでジャパンCじゃ海外のウマ娘相手に勝ってたしよ、飯さえ食い過ぎなきゃ強いのに」
「そうだねぇ。ま、そのおかげで、世間じゃ今でもスピカ最強が誰なのか議論で決着ついてないっぽいから面白いけど」
「あぁ……。秋天、ヤバかったもんなぁ」
◆
『──アグネスデジタルが一着!アグネスデジタルですッ!秋の盾の栄光を手にしたのはッ!アグネスデジタルッ!』
……。
『二着にオロールフリゲート!三着テイエムオペラオー……』
……。
『おっと十四着スペシャルウィーク、お腹を抑えて倒れ込んだーッ!?大丈夫か!?』
……。
……?
「おなか……すきましたっ……!」
……???
『……えー、雨打ち付ける東京レース場、芝2000m!アグネスデジタルが納得の強さを見せつけましたッ!』
……意外とあっけないもんだね。
僕はこの日をずっと楽しみにしてたんだけど。
……勝てなかったかぁ。
ま、僕もかなり頑張ったよな。なにせ、雨とはいえ世紀末覇王の一歩先を行けたんだ。
ハナ差だ。僕とデジたんの距離は。
ほんの僅かな差。
たった数センチの差が、彼女の強さを証明した。
「……」
一応、本気で勝ちを獲りに行ったんだけどなぁ。
負けちゃった。
「……っ!」
……スゴク、イイ。
「最っ高だよッ、デジたんッ!」
「はひっ!?」
ああ、やっぱりデジたんなんだ!僕が一生をかけて、いや何度生まれ変わっても愛すべき人はデジたんなんだ!好き!大好き!泥を踏み抜いてボロボロになった蹄鉄のよく似合う君が好き。すっかり泥塗れになった脚で立つ君が好き。すっかり雨と泥で汚れてしまった勝負服が映える君が好き。状況を飲み込めずに口をポカンと開けている君が好き。髪にも泥が付いてるけどそんな君が好きだ!
「あーデジたん尊い……アッ逝く」
『あっ、オロールフリゲート転倒ッ!?故障発生か!?だっ、大丈夫でしょうか!?』
……。
『……えっ?あ、はい?あぁ、アレで普段通り……。普段通り?あの、なんかビクビク脈打ってますけど……。アッ問題ない、わかりました、ハイ……。えーっと、大丈夫だそうです!』
ハッ。
ふぅ、危なかった。もう少しで昇天するところだったぞ。
「……マジか、よりによって変態二人が先頭かよ」
「変態が強いのは世界の常識だよ?」
「そうらしいなぁ」
「……デジたん、やってくれたねぇ」
「まあなぁ。誰も予測できんだろこんな結果」
あ、と言って、ゴルシちゃんは自分の発言を訂正した。
「いや、一人予測してたな。つーか確信してたな、あのピンク色した変態が勝つって信じて疑わねーやついたわ。なぁ?」
こちらに視線を向けてくる。
「……いや、いなかったよ」
「は?」
「僕は本気で勝ちを疑ってなかった。……もちろん、自分の勝ちをね。そのつもりで走ってたんだよ。……いや、今思えば、そういう
「あぁ?てことは、アレか?無意識のうちにデジタルが一着になる想像をしてたってことか?」
「そうかもしれない。いや、そうだ。そうなんだけど、そうじゃないんだよ」
「間髪入れずに矛盾すんなよ。つか今走った直後で息上がりかけてんだわ。お前もだろ?手短に話せって。ぐだぐだ喋ってたら肺がイカれちまうぞ」
僕は矛盾してない。ただ、この情動を言語で表そうとすると、まるで自家撞着に陥っているかのように錯覚される。
いや、説明するのは面倒くさいし、そう捉えられても構わない。とにかくこれだけは言える。
僕が自分を信じてたことだけは、確かだ。
「デジたんを信じる自分を信じたってだけさ。それに、僕が本気を出すためには、デジたんのために走るのが一番だろ?僕はデジたんを信じて自分の本気を出した。彼女はそれに応えてくれた。これってさ、とても綺麗だと思うんだよ。ドラマチックじゃないか?」
「いやそんなことはねぇ……ようである、いやねぇわ。登場人物が変態っていう前提がある時点で既に詰んでるわ」
「そうかい?ていうかさ、変態っていう言葉自体、どこまでいっても主観的な定義しかないんだから、別にいいじゃん」
「いやお前らはアレだぞ、神とか仏でも変態って認めるレベルだぞ。閻魔大王に出禁喰らうレベルだぞ」
「……」
否定できない僕がいた。
「……ま、いいや。アタシトレーナーにドロップキックしてくるわ。変態同士で馴れ合ってろよー。んじゃまた後でな」
これはアレだ。
僕がデジたんといいムードの中話せるように、っていうゴルシちゃんの気遣いだ。多分。
いや違うな、アイツただトレーナー蹴りたいだけだ。
「……ねぇ、デジたん」
「うん。どうしたの?」
言いたいことはいろいろあるさ。
自分の中にあったもの……。それも、一種の束縛じみたもの、というか?無意識のうちに自分で自分を縛っていたようなものが解けた気持ちなんだ。
僕は今生まれ変わったんじゃないか。
そう思う。
今までの自分に、何か問題があったわけではない。ちょっと説明しにくいんだけどさ。ソシャゲとかでもよくあるだろ。進化させたら絶対強くなるわけじゃない、ってヤツ。
無意識のうちにデジたんの温もりを求めて飢えていた過去の僕と、ひとまずお腹いっぱいになった今の僕。
なかなかいいもんじゃないか、どっちも。
それを踏まえて。
今僕が彼女に言うべき言葉は、コレしかない。
「……脇舐めていい?」
「ダメに決まってるじゃないですかヤダーッ!」
◆
冬の朝は嫌いじゃない。
古くは平安の世に遡ってみても、冬の早朝は趣あるものとされているわけだし、良いものなんだろう。
ま、僕が好きな理由は、暖を取るため合法的にデジたんとくっつけるからなんだけど。
「おはようデジたん」
「……なんで目が光ってるの?」
「レースの夢見ちゃったから、つい
最近はいい夢ばかり見るな。
「ホント、それどういう仕組み……」
僕にもわからん。
この際、ケミカルやらロジカルやらで説明しようと考えるのはよしておけ。
「やあ!おはよう二人とも!そして相変わらずキミの身体は不思議だねぇ!目が光るとは!あははっ!なんて非現実的な話なんだ!」
こんなことを言っているアグネスタキオンというウマ娘は、全身を光らせる薬をしょっちゅう開発しては人に飲ませてくる狂人なのである。世界は所詮そんなものさ。
「よし、じゃデジたん、行こっか」
「……どこへ?」
「自主練」
「休みの日に?こんな朝早くから?あとヲタクの年末年始は忙しいんだよ?一応父上のとこに依頼するけど、家族とはいえ公私はしっかりつけないといろんな人に迷惑かかっちゃうし……」
何の話か理解できた。
だが僕は引き下がらない。
「こないだスペちゃんがジャパンカップで勝ったし、その前は君が秋天で勝った。他の皆もかなり快進撃を続けてるし、スピカは今景気がいいんだよ。……で、トレーナーさん言ってたじゃん。次の休みはお寿司だーって」
確かにトレーナーさんは、ウマ娘のために自分の財布をひっくり返せる人だ。ただそれはそれとしてお金が手に入ると調子に乗るタイプなので、今回みたいな浪費は後々響くぞ。まあ面白いから遠慮なく腹十二分目まで食べるけど。
「ああ、確かに今日……。えっと、それがどうトレーニングと繋がるの?」
「空腹は最高の?」
「スパイス……」
「その通り。じゃあ、トレーニングするとお腹が……?」
「空く……。いや、そうだけど。でも今日休みだよ。ウマ娘の年末年始は忙しいんだから、休みの日はしっかり休まないと……」
「ああ……」
そうだったな。
「海外行くんだもんね、君」
「うん。しかも割ともうすぐだから。スケジュールに乱れがあるといろいろ問題が……」
「フラッシュさんみたいなこと言うじゃん。まーまー、いいじゃーん。一日くらい適当に過ごしたってさ。その程度の疲労ならタキオンさんがなんとかしてくれる……。なんとかできますよね?」
「ウン、できるねぇ」
「ほら」
「できるんですか……」
「ふゥン、もちろん。この『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロングロイヤルビタージュース』があるからねぇ」
おいその名前はアウトだ。
「あの、タキオンさん……。その名前はさすがに……。消されますよ?」
「ん?どういう意味かな──」
と、誰かがドアをノックした。
「おや、こんな時間に誰か来たようだ。ちょっと出てくるよ」
「あ、ちょタキオンさん、それ出ちゃいけないヤツだと思い──」
瞬間、タキオンさんはドアの向こうに消えていった。まるで吸い込まれるかのように。
「……おや?カフェ、君か。こんな時間に何の用……?は?何て?お化けが私に用事ぃ?ハハッ、君が冗談を言うなんて珍し──エッ冗談じゃない?……は?生き霊?別世界の念?カーフェー、いったい君は何を言って……。空知先生の生き霊が金銭を要求しているだって?いや誰だいそれは──」
……?
「あ、デジたん。とりあえず練習場行こ──」
「いや行かないよ」
「えーっ?」
「行きませんよ?」
「……わーったよ。んじゃさ、そのかわり、アレだ。デート」
「わかった」
「あ、いいんだ。いやデートといっても適当に遊びに行こうって話だよ。なんなら二人っきりでなくてもいいくらい。……今の僕の発言、色恋沙汰に向いてないヤツの発言だったな」
「どのみちオロールちゃんは恋愛とか絶対ムリでしょ。あたしが生きてる限りは」
「まぁ恋愛以上のクソデカ感情のような何かが僕の情緒の大半を占めてるからね。そりゃ色っぽい話はありえない。週刊誌もお手上げレベル」
いつも通り、くだらない会話だな。
これが好きなんだけどさ。
◆
「……あ」
「……んだお前、あ、とは何だよ。私に何か用でもあんのか」
「いや、咄嗟に言葉が出ただけですよ。リョテイさん、なんかいっつも近寄り難い雰囲気纏ってるから、いきなり対面するとついそういう声出ちゃうんです」
寮から出ようとしたところでたまたま遭遇。
「ほぉーん……。ま、いいわ。つーかお前らさ、今度バトろうぜ。負けたヤツラーメン奢りで」
「ダートでいいですか?」
「あ?誰がレースっつったよ。ポンチーカンする楽しいゲームの方に決まってんだろ」
リョテイさんは、あの日のレースで僕を苦しめた。
まあ勝てたけど。
……もしタイマンだったら。あるいは敗北の苦汁を舐めていたのは僕だったかもしれない。
……いや。
もし雨が降っていなかったら。
もし東京レース場じゃなかったら。
もしスタートがあとコンマ1秒遅れていたら。
もし、蹄鉄が0.1ミリ歪んでいたら。
もしスペちゃんがダイエットしていたら。
もしテイオーがはちみーをキメていたら。
もしモッチリーンがホヤを食べていたら。
条件次第で、誰が勝つかなんて簡単に変わる。
残酷だが、運だって必要だ。
……それでも。
それでも、僕の最強はデジたんなんだ。
◆
リョテイさんがラーメンがどうとか言っていたんで、つい食べたくなって。
昼を抜いて夕食のお寿司でトレーナーさんをマグロ漁船行きにしてもよかったけど、さすがにかわいそうだしね。
てなわけで、冬だったら何でも協力してくれることで定評のあるラーメン屋に入ると、そこにはお姫様がいた。ガチの。
「ねえシャカール。どうして止めるの」
「お前なァ。仮にも一国の……。とにかく、年頃のウマ娘が食っていいニンニクの量じゃねぇンだよ。つーか生物学的にもアウトだ!ウマ娘といえど体内細菌絶滅して死ぬぞ」
「……?」
「可愛く首傾げてンじゃねえよ。こちとら見てンだよ。お前なァ、店員さんかわいそうだろ。“ニンニクマシマシマシマシマシマシマシマシで!"とかワケのわからねェこと言われたあげく、ニンニクトッピングしてる最中ずっと狂気の笑みでガン見される人の気持ち考えたことあるか?なァ?」
「……あ、シャカールも食べる?ニンニクスペシャル・ザ・ストマックブレイカー」
「いや名前変わってんじゃねーか!?つか何だよ、そのおぞましいラーメン!怖ェなオイ!?」
面白そうなので隣に座る。
「あ、どもシャカールさん。ファインさん。元気してます?」
「……チッ。メンドくさいのが増えた」
「ちょっとシャカールさーん?私のこと、メンドくさいと思ってるの?」
「……あー、少なくとも、さっきのラーメンのくだりはちょいメンドかった。そういうのやめてくンねーか。本気で心配しなきゃならねェからオレの胃が持たねェ。物理的にも精神的にも」
ストマックブレイカーは一つで十分というわけだ。
ていうか、今ナチュラルに尊み放出したな。こりゃデジたんがもれなくトンじゃうんじゃ……。
「アッ、もう手遅れだった」
卓上調味料に囲まれて静かに眠るデジたんであった。
「……こんなヤツに負けたのかオレは」
「理詰めじゃデジたんみたいなタイプには勝てませんよ。何せデータより速く走るのが得意なんで」
「……じゃ、レース中にデータ取ればいいわけか?オレのロジックとはちとそり合い悪ィけど……。ハァ。やるだけやるか」
レースを支配する数式……「三女神の方程式」とでも呼ぼうか。
とでも呼んでみたけども。
そんなものは存在しない。
ウマ娘のレースの結果に作用するものは、周囲の環境だけではない。別世界の魂すら関係してくる。
レースは抽象化できるものじゃない。どこまでも個人にフォーカスし、己の想いを具象化して初めて勝てるものなんだと、僕は考えている。
ロジックだけじゃ勝てないように、心意気だけあっても勝つことができないのがまた難しいんだけど。
「……あ、そーだ。今度お前らオレとレースしてくれよ。データ取りてェんだ」
「デジたんは意識がないですけど、多分オッケーですよ。……最近、よくそういうお誘い受けるんですよね。やっぱり秋天の印象が強いのかなぁ」
「ファンは増えてンじゃねェか。……そいつ、個性的すぎて、一回クセになったらやめられねェタイプだろうからなァ」
「さすが、デジたん」
◆
休日に他のトレセン生徒と出会うのは珍しいことではないけど、オペラオーさんとドトウさんとばったり遭遇したのには少し驚いた。
「はーっはっはっ!」
「あ、ども。お二人は今日何してるんです?」
「はーっはっはっ!……はっ、ははは……!?ハ、オ゛ホン゛ッンン゛!」
「……大丈夫ですか?」
「はわわわわわ、ごごごめんなさいごめんなさいオペラオーさんん〜!私が注文を間違えたばかりに超激辛スパイシーバーガーを食べる事になってしまって〜……!」
近くのファストフード店の看板を見ると、どうやら期間限定らしい、明らかに舌がひりつきそうな色合いのバーガーの写真が載っていた。
「ゲホッ、はぁ、はーっ、ははぁ……。かまわないさドトウ、なかなか刺激的な味わいだったが、それもまた一興というもの」
性格が良すぎるナルシスト。
「あっ、ああ、あのっ!良かったら、お茶っ、いります……?あっ、あたし口つけてないので、どうぞ!」
「ありがとう。だが気持ちだけもらっておくよデジタル君。ドトウが平気なんだ、ボクだって……。ヴィレムッ、ファっ、ファンン……ン゛!ゴッホ!」
大丈夫かオペラオーさん。
このタイミングで出くわすんだから、てっきり僕はアレかと。なんかエモい感じのストーリーが展開されるのかと思ってたんだが。今のところただただオペラオーさんがかわいそうなだけなんだが。
「……いえ、あのっ!ゆ、友人として!オペラオーさんが困っているのは見過ごせませんので!」
……ほぉ?
「……そうか。友の心遣いを断る方が野暮だったね。すまない、いただくよ」
あ、よかった。ちゃんとそこそこエモかった。
そうだよデジたん。君だってトレセンの生徒なんだから、他のウマ娘との間に壁を作って傍観者になる必要はないんだよ。
◆
なんやかんやで、何をするでもなく適当に時間を潰していると、気がつけば夕方。
夕食は目一杯食べよう。
トレーナーさんがまた調子に乗ってスピカ寿司祭を開催するのだ。ちょっとお高い回転寿司。大丈夫かトレーナーさんの財布は。
「……それでは!スピカ一同!スペのジャパンカップ優勝、それとデジタルの秋天!あとは……あー、とにかく最近、お前ら全員頑張ってるだろ?飲んで食ってさらに英気を養うぞ!」
「キャーッ!トレーナーさん、ステキー!」
「いきなりどうしたオロール。何が目的だ」
「やだなぁトレーナーさんたら。本心ですよ」
ちなみにホントだよ。
彼がスピカにかけたお金はいくらなんだろう。生々しい話だけどさ、僕はその辺素直に尊敬してる。ありとあらゆる行動がウマ娘のためなんだもんあの人。生活費全部経費で落とせるレベル。
「これウメーぞー。マックちゃんも食ってみ?」
「なんですのコレ」
「ホヤ」
「あら、本当ですわ。美味しいですわね。テイオーもいかがです?ホヤあそばせ」
「……ボクはいいかな」
ホヤあそばせが出た。
最終話にしてようやく。
……ん?僕は何を言ってる?まあいいか。
今後の予定はなにもなし。
……というのは言葉の綾だけれど。
まぁ、簡潔にまとめると、アニメ一期のストーリーが終わった。僕の知ってるところや知らないところでちゃんと主人公ムーブをしていたスペちゃんは、しっかり日本総大将の看板を背負った。
デジたんが秋天を制する、という事柄が途中で起こっているのは、ウマ娘の世界では割とよくある時空の歪み的なサムシングである。
……これから何をしようか。
ま、いつもみたいにデジたんやゴルシちゃんと遊んだり、ナカヤマさんからにんじん巻き上げたりするか。
あ、デジたんには一回でもいいからリベンジしなくちゃ。次はダートでやろうか。それなら絶対勝てるはず。
いよいよ春天に本腰を入れたマックイーンとそのライバルであるテイオーの物語も、見守っておくべきだろう。二人の脚はけっこう繊細だし。
何にせよ、一つの念願が叶ったくらいじゃ、僕は満足できない。満足な豚より不満足なヲタク!
「マグロのがメジャーじゃないの?」
「サーモンの方が人気だぜ。それに子供にも愛されてるだろ。あとバリエーションも多い」
「確かに、炙りチーズとかあるわよね。でもそれって、ぶっちゃけ寿司じゃないわよね」
「いや寿司だろ!ひねくれた年寄りみたいなこと言うんだなお前」
スカーレットの言いたいこともちょっとわからんでもない。まあ炙りはいいとして、玉子やら肉巻きやらは寿司なのかどうか、個人的に気になっている僕である。玉子を〆に食べるのが通とかほざく輩もいるが、好きに食わせろよと僕は思う。
「何よ、喧嘩なら買うわよ?ウオッカ。……これ食べたあとで」
「上等!……食ったら覚悟しとけよな」
相変わらず仲良いなぁあの二人は。
「……あっと、そういや、これが一番大事だ。デジタルの海外遠征の成功を願おう!デジタル、スケジュールやカロリー調整はお前の相棒と一緒に考えたから問題ない。今日はしっかり食って、香港に備えておくんだぞ!」
トレーナーさんが言う。
……そっか。しばらく、会えないか。
「どうしたのオロールちゃん。……今、泣いて?」
「……君としばらく会えないって思うと、胸が張り裂けそうで」
「いやそんなになることある?だって、すぐ日本帰ってくるよ?アポロ11号もビックリするくらい早く帰ってくるよ?」
「たった数日でも僕は狂うよ。というか既に狂ってるよ。デジたんデジたんデジたんが遠くに行っちゃうなんて耐えられないからさぁ、ねぇ?デジたん?自覚ある?僕を狂わせるその愛らしさ。誰よりも可愛いってこと、自覚してる?」
「……してるよ。ていうか、今したから。とりあえず落ち着いて────」
「悔いはない。君のいない世界に意味はないから早く僕を楽にしてくれ」
「いやだから数日だけだって」
その数日がどれほど長いか。
「……つかお前も行けばいいんじゃね」
「あ」
確かに。
……。
行くか。
「次回っ!新章、海外編────」
「何のナレーションだよそれ。怖っ」
「……すまんオロール。飛行機予約取れてないから、行けないぞ」
トレーナーさんがほざく。やっぱ全然尊敬できない。こういう時に役に立たないなこの飴男が。
「ちっくしょう!!泳いで行ってやる!!」
よし、明日プール行って練習しよう。
「……おいトレーナー。コイツ本気で泳ぐ気だぞ」
当たり前だ。
「おいさすがにやめろよオロール。密入国しようとすんな。スピカから国際犯罪者出たらヤベェだろ」
デジたんのためなら、たとえ火の中水の中どこであってもついていくっ!それが僕だ!
……うん、密入国はさすがにやめとこう。
だが香港へは必ず行ってやるぞ!
デジたんが世界にも通じる瞬間。その走りを世界に刻みつける瞬間を、僕の記憶に焼き付けるため!
「……んふふふふ」
ありがとうゴルシちゃん。根本的なことに気づかせてくれて。会えないなら会いに行けばいいのだ。
「あ、コイツ行く気だ。……アタシ戦犯やらかしたな」
「いや、さすがにしないとは思いますけど。でも万が一オロールちゃんが会いに来てくれたら、それはそれで、嬉しい、かな……」
ああ、今日も最高にデジたんが可愛い!
プァーブァップァッ ブァッ プァッ パラリラー
次回──
スピカどうでしょう海外編
デッ デッデッ デデデデッデー
始まるんじゃないすかね?(他人事)
一応一本筋の通ってるのか通ってないのかわからんストーリーはここで終わりでございますけども
まぁ、拙作を読んでいただいて、ほんの一欠片でも面白いと思ってくれたら
最高評価とブクマとここすきと当小説の宣伝だけしてもらっていいですか(承認欲求モンスター)
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ミス・スピカとまたしても何も知らないゴールドシップ
何故ってそりゃお前自身だろうがよ
最終話と言ったな?
あれは嘘だ ア アララァ ア アァ!
承認欲求モンスターは止まるところを知らないんだぜ?分かってんだろ?ペイス……
「……なぁ」
「おい、オロール」
「なあおい、変態」
「……ゴルシちゃん?」
う、なんだか頭がぼんやりする。
ここはどこだ?今まで僕は何を……。
「おい、起きろよ。そろそろ着くらしいぞ」
「……ねぇゴルシちゃん。ここどこ?」
「は?どこって、そりゃお前……」
「上海行きフェリーだよ」
……?
◆
それは数日前のことだった。
「やっぱりデジたんのレースは生で見たい」
「おう。だから勝手に香港でもどこでも行っちまえばいいだろ」
香港カップまであと二週間を切った頃。
デジたんが行ってしまった後、僕は寂しくなった。
チーム全員で海外に飛ぶのはさすがにコストがかかるし、何よりスケジュール調整が難しい……ということで、デジたんとトレーナーさんだけが飛行機に乗っていってしまった。あのクソ飴野郎、デジたんを独り占めしやがって。
悔しい。
ので、行く。
「うーん……。できればコストは低くしたい。クリスマスとか新年とかにド派手なことやりたいから、お金はあまり使えないんだよ」
「つっても、香港まで行くんなら飛行機しかねぇだろ。学生にはちっと贅沢だけどよ、お前もけっこうレースで勝ってるし、海外行くんなら財布軽くする覚悟はしなきゃあ……」
「……ほんとに飛行機しかないの?」
「は?」
ちょっと調べてみよう。
船とかないかな?「日本 中国 フェリー」……あ、あるじゃん。
ふむふむ、雑魚寝部屋ならけっこう安いな。
「……よし、行こうかゴルシちゃん」
「は?」
◆
「しかし、ほんとビックリしたぜ。まさかその場で渡航が決定するとは思わなかったし、アタシが道連れにされるとも思わなかった。……何考えてんだお前マジで」
「何考えてんだ僕、あー失敗した……。せめてもうワンランク上の部屋にしときゃもう少し眠れたかな……」
「全部お前自身のせいだかんなオイ」
二泊三日の船旅。睡眠に妥協するべきではなかったかもしれない。
……いや、安いんだ、こっちの方が。
お金、大事。スゴク。
「……暇だねぇ」
「船ん中だからスマホも使えねーしな。……いや、つーかアタシはまた納得してねぇぞ。お前にムリヤリ連れてこられたんだからな?近場ならまだしも海外だぞ?頭おかしいだろお前」
「……暇つぶしに小説でも書くか。もしかするとノーベル文学賞もののヤツが書けるかもしれない」
「文学界だけじゃなくてありとあらゆるものを舐め腐ってる発言だな今の」
「『銀河が誕生したのは何年も前』……」
「書き出しからしてクソだな。つか『何年も前』ってなんだよ。ヤな表現。絶妙にかゆいところに手が届かない感じだわ。もっと前だろ銀河。何億何十億と前だろ」
「えー、『銀河が誕生したのは何年も前』……。ダメだ、こっから書けない」
「当たり前だろ。そもそも何書こうとしてんだよ」
「デジオロ香港編の話」
「なんで銀河出てくんだよ!?」
そりゃあ、デジたんの可愛さを語るにはまず宇宙の起源から説明する必要があるからなぁ……。
「……『昔は四足歩行だった』」
「は?」
「あ、やっぱ今のなし。ちょっと世界の根幹に関わる重大な禁忌を犯すところだった」
ウマ娘の魂の起源を知る術は、この世界にはない。
あまり深入りしてはいけない領域である。
「……飽きた。ねーねーゴルシちゃーん、一発ギャグやってー」
「しばくぞ」
「芝だけに?」
「……寒気してきた」
「船酔いじゃない?」
「オメーのせいだわ」
失礼だな。
「……ねぇゴルシちゃん」
「おん?どしたよ」
「……あのさ」
「何だよ、もったいぶるなよ」
「上陸後のプラン一切考えてないんだよね」
◆
「おまっ、おっ……!んああああっ!!」
「ビックリするから急に大声出さないでよ。それも公衆の面前で」
ここはフェリー乗り場だぞ。
それに、一応変装しているとはいえ、仮にもG1優勝経験のあるウマ娘が街中で目立つわけにはいかない。
「……どーすんだよ!?ただでさえノープランだってのに、財布もほとんど空じゃねぇか!?金自体は持ってんだから財布に入れとけよ!?」
「金があったら使わずにはいられないのがカルマってヤツだよ。それを防ぐには予め持ってこない……。パーフェクトな対処法でしょ」
「しばくぞ」
「芝だけに?」
「オメーをダートに埋めようか本気で迷ってる」
「ダートだけに……」
「何ともかかってねぇから。……よし分かった。とりあえずアタシはカード持ってきたから、当面はこれで……。いやキツくね?現在地上海だろ?こっから香港ってどんくらいかかるんだ?」
「えーと……。寝台特急で丸一日」
「ああああああーーっ!!」
何も考えてなかった。
まあ、たかが1600kmくらいだ。走ればなんとかなる、はず。
「……で?上海と香港結ぶ寝台特急とかはあんのかよ?確か香港って特別行政区だったろ?」
そう。中国内の他都市に行くにも出入国審査が必要なのだ。
つまりどういうことかって、香港行くのに上海を経由するヤツはよほどのマヌケだってこと。
「鉄道自体はあるみたい」
「ハァ……。フェリーでロクに寝れてないってのに、また寝床が揺れんのかよ……」
「乗らないよ?」
「は?」
「いやだから。鉄道なんか使わないよ?」
「いやっ、でも、他にどうやって……」
「……」
「お前、まさか。おい嘘だろ?」
はるか昔、東アジアの草原には巨大帝国があった。
世界最強と謳われた騎馬軍団……ではなくウマ娘軍団が、モンゴル高原のみならず大陸各地を駆け抜け、地続きの最大版図を築き上げた、という歴史は、この世界で一般的に知られている。
まあ要するに、昔のウマ娘ちゃんでも大陸横断できたんだから、1600kmちょいの距離くらいなんとかなるだろ、っていう……。
「んふふふ、走ろっか……」
「しばくぞ」
「芝だけにってちょちょちょっ、待っ……!」
「フンテレーッ!」
うわああモンゴル相撲の技かけてきたよこのハジケリスト!?
「にゃあああーーッ!?んぁがっ、オ゛ッ、オオ゛……!」
ただでさえ力の強いウマ娘、それもムダに格闘技能があるゴルシちゃんの膂力でもって地面に投げつけられたもんで、まったくたまったもんじゃない。
「一瞬呼吸止まったよ。はぁー、死ぬかと思った……」
「殺す気で投げたのに生きてやがる……。ゴキブリみたいにしぶといな」
「当たり前さ。ヲタクは推しの供給以外で死ねない生き物だから。なんだったら不意の推し成分にも耐えられるように残機も用意しておくのが、一流のヲタクなんだよ」
「ゴキブリよりタチ悪かった」
ひどい言われよう。
「で、結局どうすんだよ?アタシは絶対走らねぇけど。つか走れねぇよこの距離は」
「……うーん。ヒッチハイク?」
◆
「ダメだ……!全然乗せてくれない!」
「当たり前だろバカかお前。行き先『香港』にしてどーすんだよ。明らかにヤベェやつだろ。誰も乗せねぇよそんなやつ」
「じゃーどうすりゃいいのさ」
「香港への道中にある街を目的地にしときゃいいんじゃねーか?」
「なるほど、小刻みに行く感じね。やってみよう」
こんなこともあろうかと、僕は中国語を履修している。北京語やら広東語やらもバッチリだし、なんならモンゴル語もカバーした。さらにはカルムイク語やブリヤート語のスキルも習得。さすが僕。
「……言語学習を完璧にしてくる暇があったら金持ってこいよアホ」
「我否阿呆」
「バリバリ日本語じゃねーか」
「多分伝達可能。国際交流超容易」
「言語の壁ナメくさりすぎだろ」
「うるさいなぁ。大体ねぇ、コミュニケーションってのはフィーリングでどうにかなるもんなんだよ?君と僕の仲なら言葉なんていらない。でしょ?」
「アタシはお前の言動に何一つ納得してねぇぞ」
またまたぁ。
「……とりあえずフリーWi-Fi拾ってくるわ。で、地図調べて、ルート決めるぞ」
「さっすがゴルシちゃん。こういうとき頼りになるなぁ」
「お前のせいでこうなってんだよ、はっ倒すぞ。はっ倒してから悲鳴を上げられないよう喉潰して、眼球にバッテリー液注ぐぞ」
「具体的すぎて怖い」
◆
それからしばらくして、目的地を決めた。
最終的に「深圳」という街まで行く。陸路で香港を目指すなら、この街から検問所を通っていくのがいいだろうということになった。
で、今日のはひとまず「黄山」という所へ向かう。
有名な景勝地だ。
幾千万もの時を経て大自然が織りなした、この世のものとは思えぬ霊峰。
神秘的な峰々が視界を埋め尽くす光景はさぞや圧巻だろう。写真撮ってデジたんに見せてやろーっと。
で、目的地をそこに変えたら、なんとかヒッチハイク成功。
優しいトラック運転手さんに拾ってもらった。
仮にこの人が優しくない運ちゃんだったとしても、僕の戦闘能力は武装した成人男性10人に匹敵するので問題ない。すごいだろ。
「……何とか目的地には行けそうだな。危うく異国の地でこのまま死ぬんじゃねぇかと思ったぜ」
「大丈夫だよ、僕がいる」
「だから不安なんだよ」
なんでだよ。
「それにしても、運転手さん、ホント助かりました!
歳はアラフォーってとこか。ベテランっぽい風格の漂う運ちゃんは、僕がお礼を言うとニカッと笑い、こう返してくれた。
「
うん。とても良い人だ。
中国語ってのは、発音がなかなかクセモノで。
音の高さで意味が変わるんだってさ。
世界トップクラスで習得が難しい言語と言われているのも頷ける。ま、僕は楽々覚えたけどね。
……ウソ。実際、苦戦した。
僕の言語学習能力は他人よりもかなり高いと自負しているのだけど。
文法や文字は分かっても、発音がまだ少し拙いんだ。
「……日本、ウマムスメさん、でスカ?」
「え?日本語分かるんですか?」
「少し。話しマス。私、勉強しまス、日本語。ウマムスメ、ついて、話ス……。日本人のトモダチと」
うん。超絶ド級に良い人だ。
なるほどね。ウマ娘ファンの友人がいるのか。
それも日本の。
彼は同志のようだ。
「日本、ウマムスメ、カワイイです、ネ。私好キ。ファンクラブ入っていまス」
「へえ……。誰のファンクラブですか?」
「アグネスデジタル」
「……?」
「アグネスデジタルさん、知ってまス?すごくカワイイ!だけど、ハヤイ!とても、小さイのニ!私、ロリコンじゃない、ですが、好キでス。アグネスデジタル」
……。
「ねぇ、財布出して」
「は?」
「……彼に全部払うんだ」
「一文無しでどうやって香港まで行くんだよ」
「努力!」
未来!
「おいオロール、テメェふざけんな。……いやお前なら多分行けるんだろうな。だがなぁ、アタシの心の健康を考慮しろよ。ゴルシちゃん保護法に抵触してんぞ」
「ワーッ!?オロール!?知っていルー、私!知っている、ますヨ!
「……アタシのこと知ってんのか」
そういやぁ、変装してんだった。
デジたんのファンなら、僕やゴルシちゃんのことも知ってるはずだもんな。なんたって、ファンクラブ作ったの僕だし。
「デジタルさんと、オロールさん、尊い。私は、尊い思いまス。天皇賞秋見ましタ」
ほほう!分かってるじゃあないか!
「……よりによってコイツらが国境越えて知名度あるのかよ」
「よりによってとはなんだゴルシちゃん」
「私、オロデジ推しだけド、友人、オロゴル推しネ。蓼食う虫も好キ好キ」
「なんでその言葉をピンポイントで知ってんだ」
「でも、本当は、どっちも尊いネ。私と友人、本当はどっちも好キ。会えて嬉しいでス」
……ファンの言葉を聞くのって、こんなに嬉しいんだ。
もちろん、僕のファンはそれなりの数がいる。僕が培養したデジたんヲタクどもは半ば必然的に僕をも推してしまうので。
彼ら彼女らの声を聞くのは、主にネット上。
街に繰り出すときは大概ちょっとばかし変装するし。
だからこうして直接話すのが面白い。
なにより、日本在住でなくても僕を知ってくれているのが本当に嬉しい。国際交流超容易。
「……あの、良かったら、写真撮ります?」
自意識過剰かな?
いや、そんなことはない。僕はイケメン高スペックウマ娘だ。鋼の意志でもってこの自己認知を貫き通させていただこう。
「嬉しい!ありがトウ!」
そんなわけで、僕とゴルシちゃんとリーさんで写真を撮った。あ、リーさんてのは彼の名前。
あとでデジたんに見せてやろーっと。
◆
「本当にありがとうございました!これからもデジたんのこと応援してくださいね?」
「もちろん!私、ずっとファン!」
早すぎるリーさんとの別れ。
たった数時間の仲だけど、貴方は僕の同志。ソウルメイトだ。
国籍は違えど、胸に秘めたるは同じ想い。
僕たちの心は同じ空の下で繋がっている。
「……おい、いい感じの雰囲気出して誤魔化してんじゃねぇぞ。今回はたまたま優しいヤツが乗せてくれたから良かったけどよ。そもそもお前が計画性皆無だったことによって生まれた問題は何一つ解決してねぇんだわ」
「でも、ヒッチハイクしなきゃリーさんと巡り会うことはできなかった。そうでしょ?」
「お前めっちゃリーさん好きじゃん。いやマジでよぉ、めちゃ会話弾んでたよな。出会って数分で母国語も違うのに、かれこれ数年付き合いのあるアタシよりも話弾んでたよな」
「同志ですから」
心で繋がっているのだ。
「……ま、いいわ。とりあえず、今日の宿見つけようぜ。日も暮れちまったし。異国の地で夜うろちょろするわけにもいかねぇ」
「……ほら、ご覧よ。夜空が綺麗だね」
「曇ってるからそうでもねぇぞ?」
「いいじゃないか。それもまた趣があって」
「……おいお前まさか」
「ここをキャンプ地とする!!!」
愛麗數碼尊尊尊。
超絶尊尊怒髪天。
滅茶苦茶可愛好。
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とってもたのしい責任転嫁
いやぁ、怪文書更新はあくまで趣味の一環とはいえ、一応ネットに放逐しているからには多少リソースを多めに割きたいところではあるので、アニメやゲームを受動的に楽しむのはほどほどに……
え?デススト2?
FF16?
アーマードコア6?
え?
え?
うん。
エタります(エタるとは言っていない)
「時刻は現在午前五時を回ったところでございます。……ねぇ、もうね、僕は言ったじゃないかゴルシちゃん。この時期に野宿はねぇ……。死ぬよ?」
「そうだな。ウマ娘といえど、冬の夜に野宿なんかすりゃ命の保証はないわな。……言ったよな?アタシが、言ったよな?お前はそれでも野宿強行したもんな?そんなに凍死したいかコラ。ならテメェの顔面に液体窒素ぶっかけてやろうか?」
「えぇ、まあゴルシちゃんも随分とピリピリしてますけども!なんとか僕らは、あと一週間くらいでここから香港に行かなければならない!というわけでね!」
「誰に話してんだお前」
「雰囲気作りだよ。せっかくの海外旅行なんだからさぁ?楽しくいこうぜベイベー!」
「……スゥー。落ち着けアタシ。ここでコイツを殺しても何の意味もない」
「放送コードにひっかかること言わないでよ」
と、いうわけで。
昨夜は比較的暖かかったみたいで、ノリと勢いで夜を越すことができた。まあ、僕たちの顔面はお世辞にも可愛いとは言えないレベルまで崩壊してしまっているが、今日も旅は続く。
まずはこの辺りでちょいと観光……。できるだけお金は使わないようにしつつ、ね。
だけど皆へのお土産は必要な出費だ。
いろいろ見繕っていこう。
「よし、今日はとりあえず観光だっ!おーっ!」
「……おー」
「もっとテンション上げようよ?……えっと、僕らが今いる場所『黄山』では、世界有数の名峰が連なる幻想的な風景を拝めるらしい」
「観光サイトコピペした?」
「……『黄山を見ずして、山を見たといふなかれ』なんて言葉もあるらしい」
「ほぉー。そんなすげー場所なんか。んでお前、やっぱ観光サイトコピペしたろ」
「気のせいだよ」
何はともあれ、張り切って行こう!
心の中のキタちゃんからエールを貰いつつ、僕は野宿で棒のように固まった脚を動かした。
◆
「わぁ……!すごい、綺麗だ……!」
「お前でも素直に感動するレベルか。……確かにすげー。こんな場所が地球上にあるんだな」
「誰が見たって魂に刻まれるよ、この景色は……。昔の詩人がこぞって詩作に励んだのも納得だ」
黄山は古くより人々の心を掴んでいたのだとか。
李白だとかの名だたる詩人や画家がインスピレーションを受けたらしい。
悠々たる山々。
銀化粧を被るその姿は、水晶のように輝いている。
仙境。
現実から離脱したような奇妙な感覚が僕を襲う。
「……うわ、昇天しそうになった」
「それ多分あれだな。お前ら変態は逝き慣れてるから、多分ちょっとした拍子で魂が抜けんだ」
「なるほど。逆説的に考えれば、これほど素晴らしく幻想的な風景を見たとて、完全に昇天するわけではないってことは……。デジたんが地球一、いや宇宙一素晴らしい存在だって事実を証明してるんじゃないか」
「すまん何言ってるか分からん。地球の言葉で喋ってくれ」
「素敵な場所だからデジたんにお土産買ってこう」
「おう」
「お金貸して」
「十日で五割な」
「暴利反対!」
「手の爪と足の爪どっちがいい?」
「僕のような無礼者に貸し与えていただけること、まっこと幸甚の至りでございます」
「この先金を払わなくちゃならない場面じゃ、基本アタシが払うことになる。分かるな?お前は金持ってないわけだから。……香港にたどり着くには、アタシの機嫌を保つことが重要だぞ」
「脅してるのかい?……でも、仮に君がへそ曲げて日本帰ったとしても、僕はヒッチハイクと徒歩で香港目指すから」
「割と余裕で達成できそうなのやめろよ」
「あまり僕をペロペロ舐めるなよ」
「舐めねぇよ。シュールストレミングと永遠の愛を誓う方が120億倍マシだわ」
「ボリビアの山道よりも険しそうな道のりの恋路だね」
世界一臭い缶詰。実際に臭いを嗅いでみた感想としては……うん。まあ、人間の好奇心の素晴らしさを思い知ったね。アレを作ったのは間違いなく人間だ、ウマ娘じゃない。ウマ娘は美味しいものしか食べない気質なので。
いつだったか、ゴルシちゃんがイタズラの一環でソイツをトレーナー室でぶちまけたことがあった。
世界一臭いと銘打たれたソイツがどんなものか多少の興味があったんで、僕はその場にいた。
もちろん、その臭さの程度こそ知らねど、イタズラに関する備えは万全にしておく性質のゴルシちゃんと僕は、ガスマスクを用意していた。
……だが、悲劇は起こった。
まあ、詳しく語る必要はない。
ちなみに味は悪くなかった。ニシンの旨味がなかなか良い。夏場に生ゴミを一月放置したような臭いを気にしなければ、の話だが。
「……なんかお腹減ってきたなぁ」
「確かにもうちょいで昼時だな。朝も早かったし。……つーかお前、もしかしてシュールストレミングで食欲刺激されたのか?」
「うん」
「強すぎだろ」
「正確に言えば、いつぞやのトレーナー室激臭事件の時、ガスマスクがあまり効果なくて、涙目で缶詰を処理してたゴルシちゃんの姿を思い出して食欲をそそられた」
「キショいぞ」
「あまりにも素晴らしい涙目顔だったから、その後僕は全力でスケッチしてデジたんに渡した」
「何してんだオイ」
日本に帰ったら、冬コミ。
おそらくアリスデジタル先生は僕のスケッチを有効活用してくれるだろう。
なんたって、あのゴルシちゃんの……顔だけ見れば、まさに恋路に迷う乙女のような表情。激レア表情だ。
「それじゃあ街に戻ってランチを食べよう。せっかくだから黄山のご当地料理!昨日は忙しくて食いそびれた上に野宿だったから、胃袋が吠えてる」
「勝手に食うもん決めてんじゃねーよ、金出すのアタシだかんな?……まあいいけど。ご当地料理か。どんなんなんだろーな。アタシも聞いたことねーから楽しみだぜ」
博識のゴルシちゃんでも知らないことがあるんだな。
かくいう僕も、何となく観光サイトのレストラン紹介ページは見ていない。そっちのがワクワクするから。
「中華料理っつーと、いろいろ種類あるんだろ?聞いたことあんのは四川料理だとか北京料理だとか、その辺だ。多すぎだよな。さすが中国四千年……。いやもっとあるな。こと食いもんに関して言えば、一万年はあるんじゃね?知らんけど」
「歴史があるのは確かだよ。世界三大料理の一つだし。期待が膨らむよ。これで超クセのある発酵食品とか出てきたら面白いね」
「内陸だしあるかもな。……って、フラグ建てんなよ」
「あははっ、ゴメン」
まあ、シュールストレミングよりヒドイ臭いの食べ物がないと知っている僕は、どんなものでも美味しくいただける自信がある。
とはいえ、観光地の飯でゲテモノ引く確率は低いだろうし、大丈夫だろう。
◆
「……クッサ」
何だこれ、クサいぞ。
クセェ。
「
「なるほど?てことは美味いんだね?臭いけど」
「知らね。……お前先食え」
「毒味を押し付けたね君。まあ食べるけど」
ぶっちゃけシュールストレミングを経験すれば大概の臭いは気にならなくなる。それに、鼻が慣れてくるとむしろいい香りのように思えてくる。
いざ実食。
……臭鱖魚、といったか。
どうやら、鱖魚という中国の淡水域に生息する魚をうまいこと発酵させた料理らしい。
ふむ。
元々は魚を保存するために発酵させたんだろうが、テクノロジーの発展した昨今においても発酵させる意味とはなんぞや、と問うた時、その理由をすぐに答えられることには違いない。
つまり、発酵食品ならではの旨味がある。
そして味が濃い。だが決して悪いことではない。米が進む。
「どんな感じだ?」
「めちゃイケる。そもそもこの魚が美味いし、そこに発酵の旨味が加わるわけだから、不味いわけがない」
「素直に食レポしてくれてあんがとよ。そんじゃアタシも……」
発酵ってすごいんだなぁ。
現象自体は腐敗と何ら変わらないのに、こうも食文化の根幹を支えているとは。
世界のどこを探しても発酵食品が見つかるんだから、そのすごさが身に沁みて分かるってやつだ。
「
「G○ogleと仲良いなお前」
「中華料理は八大菜系といって、大まかに八つの区分があるらしい。安徽料理はその内の一つで、黄山などこの近辺の地域で生まれた料理らしいよ」
「ほぉー。つーことはアレか、四川やら北京やらも、その八大菜系に含まれてるってことか?」
「ざっくり言えばね。ただこの国はバカでかいから、本気で区分しようとなると時間がいくらあっても足りなくなるっぽい」
「……まー何でもいいわ。わりかし美味いし」
しかもこの料理、魚の骨が処理済みだから、とても食べやすい。会話が節目を迎えてから、僕たちはひたすら箸を動かしていた。
◆
「……なぁなぁオロールさんよ」
「なんすか」
「アタシなぁ、日本帰ったら大富豪になるかもしれん」
「……思ったよりいい値段したねあのご飯」
「おう。つーかお前めっちゃ食ったよな。五人分くらいは食ってたよな」
「……スペちゃんの食事量に比べりゃ可愛いもんじゃないか!」
「ま、アタシは構わないんだぜ。お前が日本に帰ってからウマ耳揃えてきっちりアタシに返してくれりゃ済む話だからな」
「くっ……!」
……うん、お金持ってこなくて正解だったかもしれない。
端的に言って、G1で好成績を獲り続ける僕の口座は、女子中学生であるにもかかわらず、家と車を余裕で買えるレベル。
もちろん、将来の生活withデジたんのためにも、浪費はしないよう心掛けている。
だけど、あったら使いたくなるのが性ってヤツ。
クリスマスとお正月には大が二桁吹っ飛ぶこと間違いなし。
それだのに今ここでお金をばら撒くわけにはいかないのであるッ!
「ねえねえゴルシちゃん!黄山って毛筆と硯で有名なんだって!買っとこうよ!」
「しょーがねぇーなぁ?せっかくだし、お高いヤツ買っとこうぜ!」
「うん!!!」
「ゴルシちゃんゴルシちゃん!黄山って、お茶が有名なんだって!中国十大名茶の一つらしいよ!よく分からないけどすごそうだ!」
「おう買うか。ついでに茶器も買っとくか」
「うん!!!」
「ゴルシちゃんゴルシちゃん!アレお土産に良さそうじゃない?えっと、スピカの皆と、父さん母さん、あと義父さん義母さん……」
「すげぇな、同音語なのにお前が何を言わんとしてるか手に取るように分かったぜ。よぉし、とりあえずたくさん買っとくか」
◆
「おかしい。僕はローコストで香港行きを計画していたはずなのに、一番浪費するルートを歩んでる気がする」
「気のせいだろ」
「気のせいかぁ」
ゴルシちゃんが言うならそうだな。
「気のせいだぞオロール。お前はすげー節約してると思う。でもなオロール。さすがに移動手段とホテルは必要経費だから、今日は素直に電車とか使って……」
「イヤだ。移動に関して僕は妥協しないぞ。絶対ヒッチハイクか徒歩だ。公共交通機関をどうしても使いたいのなら、行き先をサイコロで決める場合にのみそれを許可する」
「地獄じゃねぇか。世界中をアタシの涙で埋め尽くす気かオメーはよぉ」
「さあ選べ!」
「せっかくだからアタシは第三の選択肢を選ぶぜ」
「ほう、というと?」
「お前を半殺しにしたのち一人で帰国する」
「それが君の選択か。来いよゴルシちゃん……。決着をつけようじゃないか」
「おう、やるか。どうしたホラ、お前が来いよ」
「……君ガタイいいね」
「たりめーだろ。身長いくらあると思ってんだ」
くっ。僕も世界各地の格闘技を学んでいるとはいえ、相手はゴルシちゃん。おそらく僕と同じかそれ以上の技術を有している。その上体格でも負けてるんじゃあ勝ち目はない。
あ、そうだ!
この手があった!
というか、初めからそうしておけばよかったんだ!
「……しょうがない。分かった。ヒッチハイクはしないことにするよ」
「おうそうしろ。さすがに移動は計画的に──」
「
「──誰に電話した?」
「まあまあ、ね?落ち着きなさいよゴルシちゃん。僕はねぇ、そりゃもう、君の言う通りでさぁ。ヒッチハイクはよろしくない、と思ったわけだ」
「おいお前」
「そうとも!僕ぁねぇ、ヒッチハイクみたいに計画性が皆無な旅路ってもんはなかなか厳しいってこた分かってんの。だからねぇゴルシちゃん、君の望み通りに僕はやったよ」
「……」
「正直ね、怖いよ?僕は君が怖い。なんやかんやで、僕の友人として君とは一番長い付き合いだ。君が怒ったらどれだけ恐ろしいか僕は知ってる」
「おう。返答次第では怒る」
「だーかーら、落ち着きなってゴルシちゃん。全部君の望み通りコトは運んでるさ。僕はこの旅でヒッチハイクは金輪際やらない。……ヒッチハイクってのは、道路でプレートやら親指やらを掲げて通りすがりに拾ってもらうあの行為のことを言うわけだろ?」
「……おいお前まさか」
「判断したのは……君だぞぉ。僕はねぇ、君の言う通りにしたつもりだよぉ!財布握られてる今の僕は君の犬だよ!犬!」
「おいクソ犬!ちょっとスマホ見せろ!」
「ほい」
「……あー、なるほどなぁ???」
通話履歴の、最上部。
最新の通話相手の所に「リーさん」と書いてある。
「さあゴルシ様!あなたの犬は今、ご覧の通りしっかりと香港までのアシを確保いたしました!」
もちろん作者は海外未経験なので、描写は全てGo○gle先生に教えてもらいながら書きました()
完全ネタパートなので、スクロールしても画面からネタが消えないようにしていきたいですね(とてもすごいプロ意識)
それにしても……。
最近、更新ペースのヤツ、見かけないなぁ……。
心配だし、様子を見に行くか。
おーい、更新ペース?いるかー?
あれ?鍵が、開いてる……?
……入るぞー?
うわっ!?おっ、おい、大丈夫かっ?
……あ、あぁ?なるほどな?
ったく、ふざけやがって。
……なあ、十分驚いたよ。分かった、俺の負けだ。だからもうそんな冗談はよせって──
──ウソ、だろ……?
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お茶のおかわりがほしいウマ娘
……それだけ人生経験豊富だから、ネットの片隅の怪文書を読んでおられるのですか?
デビル◯ンの映画視聴の百倍は無益な時間を過ごしてるんですよ?
「心優しい同志がいるってのはありがたいね、ゴルシちゃん」
あ、同志って言うのはよした方がいいかな?中国語で「同志」というと、オモシロい意味になってしまうので。
「ああ、そうだな。おかげで香港にはなんとか行けそうだし、リーさんには感謝してるぜ」
「……ゴルシちゃん、怒ってる?」
「どうしてアタシが怒るんだよ?」
「いや、だって……」
だって、ねぇ?
「ケツがズタボロじゃないか」
「言うなよ、実感するじゃねえか」
「……ごめん」
道がね、もうアレなんだよ。
これでもかというくらい、ズブズブ。
うんち。
おっと申し訳ない。オゲレツな言葉が。
リーさん曰く、これが普通らしい。
彼は仕事でもプライベートでも根っからのドライバーで、大陸各地の道を走ってきたらしい。デジたんを推し始めたのも、泥臭く走るその姿に共感を覚えたからなのだとか。
……しっかし、素晴らしい道だ。
シュールストレミングに恋するゴルシちゃんの恋路と同じくらい険しい。
「……ブフッ」
「どうした?」
「いや、思い出し笑い」
「……?」
……シュールストレミングをトレーナー室で開封した結果、何の罪もないトレーナーさんが一番ひどい目に遭ってたのを思い出した。何せ一週間以上臭ったからなぁ。
「……なぁ、真面目な話、もっとマシな移動手段あっただろ?一旦上海に戻っても、別に良かったろ?なあ?」
「直通列車、ありまスね」
「だよなぁ?」
ゴルシちゃんのぼやきに答えたのは、リーさんだった。
「この国は、広いので、観光したい人、飛行機とか列車、使いまス。車使うの、バカだけネ」
「リーさんもそう思うよなぁ?」
「だったらワタシはバカでいいネ」
「リーさん?」
やはり同好の士は期待を裏切らない。
「そうだよゴルシちゃん。ヲタクはバカな生き物だ。でもそれを誇りに生きている。バカなヤツこそ幸せなのさ。もの◯け姫でも言ってたろ、『バカには勝てん』って」
「……分かったぞ。バカは風邪ひかねえってことだ!オメーはアレだ、ケツの痛みに気付いてすらいねーんだ!」
「ケツが痛いとか言うなよ!実感してきちゃうだろ!」
「話題振ったのはオメーだバカ!」
「バカって言う方がバカなんだよー!やったろうかゴルシちゃん、リーさん入れればこっちが数的有利だぞ」
「リーさんを巻き込むなよ。ただでさえ休日投げ打ってアタシら拾ってくれたんだし」
リーさんは、デジたんのレースを見るために仕事を休んでいた。元々はきちんとした移動手段を使う予定だったが、ゴルシちゃんがヒッチハイクは嫌だとゴネたので、こうして迎えにきてくれた。フッ軽すぎないか?
「……そうだね。うん。ていうか、ここから香港までは相当遠い。気力は温存しておこう」
余裕があれば観光。それが本目的ではないことを忘れずに、体力管理に気を配っていこう。
◆
「うわーっ!見て見て!めっちゃ古そうな建物たくさんある!」
「文化財でそこまではしゃげるのすげぇな。精神年齢低いくせに、感性は中高年だな」
「……今のすごい刺さる」
あれ?待って?
今の僕と前世の僕は完全な同一人物ってわけじゃないけど、仮に同じものとして精神年齢をカウントしたら……。
うわああああああ!!
◆
「ケツが痛い!」
◆
「ケツ痛ぇなクソ!」
◆
「オケツ!」
◆
「……えー、現在、時刻は午後十時でございます。まあ、何とか長い道のりを乗り越えて、香港まであと一歩というところまで来ましたけども」
「ローカル番組みてぇなノリで苦痛を紛らわせようとするんじゃねーよ。向き合え。全部お前のせいなんだから」
「ゴルシちゃんカンカン、ケツの肉パンパン」
「黙れ」
「うっす」
……どこかでエアグルーヴさんのやる気が下がる音が聞こえた気がした。
「……とりあえず、リーさんの友人がやってる宿に泊まれるのはイイな。久々にちゃんとした寝床に入れる」
とりあえず食事は済ませた。
しっかし、飯は本当に美味かった。
国が変わると味付けもこんなに変わるのか、といった感じ。つまり、日本で食べる中華料理と、本場の料理じゃあ、かなり違うってこと。
食べ慣れてない味だけど、美味い。
……真面目に理由を考察してみようか。
中国は古来より、あらゆる文化が流通し沈着する土地だった。各地の食材や調理法が集うわけだから、料理が洗練されるのは当然のこと。
それと、これは僕の個人的な考察なんだけど、ウマ娘の存在も関わってると思う。
この国は土地が広いから、移動や伝達のために、ウマ娘はとても重宝されたはず。
そして、僕たちウマ娘という生き物は、飯の美味さによってヒッジョーに分かりやすくコンディションが変わる。やる気UPスイーツやらにんじんハンバーグやら、とりあえずウマ娘は美味いものを食えば実力を発揮できる。
長い歴史の中で、料理人たちはウマ娘のやる気を絶好調にしてやろうと試行錯誤したに違いない。
その結果、例えるならサイモンとガーファンクルのデュエットみてぇな、味の調和っつーんですか、とにかく、甘味塩味酸味苦味旨味辛味が奏でるハーモニーが、今日も僕らの舌を楽しませてくれている。
「うむ、先人は偉大なり……」
「急にどうした」
「ちょっといろいろ考えててね。食文化というものに対して、改めて感動したよ」
「ほーん」
「マジメに感動してるんだよ。現に君も気に入ってたじゃない。かなりの量を食べてたよね」
「まあな。だってよぉ、……海辺の土地らしいっつーのか?サッパリ風味の料理だったから、食べやすかった」
「分かる。海鮮はセコいよね。際限がなくなる」
「……なあ」
「ん?」
「これから寝るって時に飯の話はやめよう」
「……オッケー」
飯自爆テロ。
誰も幸せになれない行為をするのはよそう。
さて。
今現在、僕たちはリーさんの案内のもと、民宿に到着したところ。
モダンな外装の内に見え隠れする、年月を偲ばせる建物が、これまた粋な感じ。
「私の友人、言いました。二人部屋、一つの空きがありまス。安い値段で泊まれまス」
「あ、それじゃ貴方が……」
「私は、大丈夫でス。泊まる場所あります。友人にムリ言ってしまったケド」
「それなら良かった。……すみませんね、いろいろお世話になっちゃって」
ま、僕のせいである。これは認めざるを得ない。
ほとんど手ぶらでこの国を訪れたわけだから。
今回の旅で、海外渡航はその場のノリと勢いで決行するものではないと学んだ。
「友人、ウマ娘大好きです。ゴルシ推し」
「……アタシかよ!?」
何……だと……ッ!?
ゴルシちゃん推し!?
そんなヤツがこの世界にいるのか!?
……いや、まあ、そりゃいるだろうけど。
芦毛スキーさんとか……。
まあそれはともかく。このゴルシとかいうウマ娘は、何気にファンが多い。
可愛い、速い、ライブうまい、の三拍子が揃ったウマ娘は須く人気になる。
可愛い、は、美しい、に置換可能。
ライブがうまい、というのも、例えば音響をジャックしてタフに赴き、けったるいムードをかき消したりしたとて、場が盛り上がれば人気が出る。
「泊めてもらうからにはしっかりファンサだゴルシちゃん。全力でカワイコぶるんだ」
「友人、イカれたウマ娘好き!」
「……なんか、そう言われると、ふざける気が湧かないな」
「君ぃ、そういうとこだよ。ハジケキャラやるならしっかり筋通さなきゃ」
「いや。仮にアタシ一人だったとしたら、あるいはハジケたかもしれねぇ。だがオロール、お前がいるなら話は別なんだよ」
「どうして?」
「オメー、そういうとこだぞ。時々、自分のイカれ具合を考慮せずに物事を考えるよな」
「確かに僕はちょっと変わったウマ娘さ。しかし何も、世界一の狂人ってわけじゃあないんだから」
「銀河一の狂人だもんな。……要は、お前のせいでアタシのキャラ霞むんだよ」
「もっと自信持ちなよゴルシちゃん。今や天然ブランドの価値は『天然』ただその一点のみになりつつある。養殖モノの方がコスパも味も良くなってきてる時代なんだから」
もちろん、天然モノにしかない美味さというのもある。デジたんなどが良い例。
……彼女は決して養殖などではない。デジたんとは、この世に生まれてくださったことすら畏れ多いほどの、珠玉の存在。ビッグバンの原因がデジたんの尊みだという話は科学者の間じゃ有名だ。
「何にせよ、ファンサだよファンサ。アイドルの義務だよ。……いや、というよりかは、助けてくれた人へ当然の恩返しだよ。そっちこそ義務だ」
「……しゃーねぇなぁ」
◆
「クルッと回ってワオ!一着のポーズッ!」
ウマ娘、ウマ娘、ヒト、ヒト。
頬の紅潮、無言サムズアップ、無言サムズアップ、無言サムズアップ。
ゴルシ推しな宿の大将は、ゴニョゴニョと何か呟いた。中国語にまだ慣れない僕は、何とか聞き取ることができた。
「なんて?」
「宿代はいただきました、的な?……なるほど?大将、太っ腹だ!そんでもってナイスだゴルシちゃん!」
ヲタクはとりあえず金を払いたがる生き物。
どうやら国境を越えてもそれは同じだったようで。
そして、推しのファンサには大いなる価値がある。
少なくとも一泊分くらいの価値はあったわけだ。
「お、おう。……なんか、試合に勝って勝負に負けた気がする」
「何言ってんだよ、大勝利だ!チェンさんは推しを拝めて、僕たちはタダで泊まれる!皆幸せじゃんか!」
「チェンさんていうのか、その人は。つーかいつの間に名前教えてもらってんだよ。仲良くなんの早ぇな」
「ヲタクを舐めるんじゃない。刹那にして深層意識下で絆を結べる生き物だぞ」
「怖ぇわ。そのうち別次元の仲間とも交信しそう」
「してる人もいるらしいよ?ファル子さん推しの同志から話を聞いたことがあるんだけど、ファル子ファンの数はトータル三兆人いるとかいないとか」
「怖っ!?もし引退ライブとかしたら宇宙崩壊するんじゃねーの?」
「するだろうね」
まあ?デジたん推しの僕だって、宇宙くらい滅ぼせるけどね?
僕が本気で愛を叫べば世界はぶっ壊れる。つまり、今現在時空が崩壊していないのは僕の気まぐれ。
「明日はいよいよ香港。とりあえずデジたんのいるホテルにサプライズで突撃して、ついでにトレーナーさんの財布からいくらか掻っ払って資金を……」
「オイサラッと犯罪予告すんな。せめて
「それもそうだね。……とりあえず、チェンさんに恩返しもできたし、今日は寝よう。てか疲れた!ケツ痛い!眠い!ヤバい!」
ウマ娘のケツはダイヤより価値があるんだ。大事にしなくちゃ。
ちなみにリーさんは慣れているなら問題ないのだとか。
……彼の肉体をよく観察してみると、なかなか引き締まっている。カンフースターばりの筋肉だ。おそらく数年の修行ごときでは身につけられないくらいの。強すぎない?
「……なあ、ベッドひとつしかないぜ?」
「そりゃ君、当たり前だろう。ツイン?バカ言うな。シングル?とんでもない。ダブルだよ!ダブル!」
◆
「時刻は現在午前7時でございます。天気はそこそこ晴れ。肌寒さはあまり感じません。このあたりは南国と言っても差し支えはない気候じゃあなかろうかといったところ」
逆に言えば、暖房設備が充実しているわけではないので、内も外もあまり変わらない。
「なあ、なんか身体がだるいんだが」
「え?不思議だねぇ」
「オメーが芸術的寝相を披露したからなんだわ」
「……ほにゅっ?」
「キッショいトボケ方すんな。喉の骨潰した後気道に呼吸穴開けて、苦痛長引かせるぞ」
「具体的すぎて怖い」
ラングレーの拷問マニュアルとか読んでそう。
「ま、アタシ犯罪歴は欲しくねぇからそんなことやらねーけど。さて、っし、忘れもん……あるわけねーわな。ほぼ手ぶらだもんな」
「イグザクトリー。やはり旅は手ぶらに限る」
「調子乗んな」
「うっす」
現在僕の頸動脈はゴルシちゃんに握られている。
香港目前とはいえ、美味しいお昼ご飯のために、彼女のご機嫌をとることが何より大切なのだ。
「いよいよ香港……!僕はずっとこの時を待っていたんだ!」
「良かったじゃねーか、ようやくデジタルに会えるな」
「うん!……いや、まあ、それが一番嬉しいのは確かなんだけど。実は、僕にはもう一つ目的がある」
「あぁ?んだよ?オメーと二人っきりだとアタシが割を食うから、ささっと合流してーんだが」
「その目的はデジたんに会ってからでも実行可能だから、安心してくれ。ゴルシちゃん、僕はね……」
香港といえば、アレしかない。
「ぼかぁ茶ビンのフタをずらしたいんだ」
「そのローカル番組のパチモンみたいな喋り方をやめろぉ!文字に起こしたらフォント変わるタイプの喋り方をやめろぉ!」
9部キターーーー!!!
今日の運勢
茶ビンのフタをずらすと吉。
テーブルを指で二回トントンと叩くと吉。
フランスから来る旅行者はやかましいのでブン殴っておくと吉。
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ランブータンと抜け毛と焼きそば〜辛子マヨを添えて〜
今はどうでし○うとSOUL’d ○UTと攻殻機○隊とチェンソー○ンとリコ○コと、その他もろもろに……
後者二つのように最近の流行りであれば友人に話が通じるのですが、20年も前のコンテンツとなると、もう、ね……
ちなみにどうでし○うとSOUL’d OUTと攻殻機○隊は義務教育なので怪文書読む暇があったら履修してください。
「ふふ……これはお茶のおかわりを欲しいのサインだよ。香港では茶ビンのふたをずらしておくとおかわりを持ってきてくれるんだ」
「……」
「また人にお茶を茶碗にそそいでもらったときは人さし指でトントンと二回テーブルをたたく。これが『ありがとう』のサインさ」
由来は定かではないが、ティーパーティー、すなわち社交の場において、給仕さんに口頭で礼の意を伝えると会話が途切れてしまうから、とか、口に食べ物が入っている時に喋るわけにはいかないから、とか。いろいろな説がある。
「ちょっと日本語が聞こえたもんで、失礼する。私も日本から来た旅行者なんだが、少し頼みたいことが……」
「ああ、どうされました……って、んん?」
うぅん、どこかで聞いたことある声な気が。
「……あ?」
「……リョテイの姉御ッ!?」
「あ?……って、お前らかよ!確かに見覚えのある後ろ姿だとは思ったが」
すみフラ(すみません、わたしはフランスからきた旅行者なのですが……の略)ではなく、すみニホ。してその正体はなんともまあ、こんな偶然があるとは。我らがゴルシちゃんですら恐れるキンイロリョテイの姉御であったとさ。
「リョテイさん、どうして香港に?」
「は?レース出るからに決まってんだろ」
「レース……ああ!香港ヴァーズ!」
香港カップと同日に開催されるレースに事実上の日本代表として出場するのが、他でもないリョテイさん。まあ元ネタ的に納得の展開ではある。
「お前らの方がどーしてこんなトコにいんだよ。今日のレース予定表を見たがお前らの名前はどこにもなかった」
「アグネスデジタル、って名前ならあったでしょう?つまりそういうことですよ」
「ああ……」
リョテイさんは僕やゴルシちゃん同様
「ところで、頼みたいことって?」
「ああ……」
偶然の出会いではあるが、もともとは彼女が日本語を耳にしたことでコンタクトをとってきたのだから。
「金貸してくれ」
「……?」
「全部スッた」
「……あっ」
詳しく聞くのはやめておこう。
まあ、うん。お気の毒に。
「わざわざ僕から借りなくても、レースに出るために来てるんだから、トレーナーさんが同行してるんでしょう?」
こういうときは大人に頼ろう。
「おい仮に貸すとしても金出すのアタシだぞ」
「博打負けましたーって素直に言えるわけねーだろうが。黙って賭けたんだよこちとら。財布落としたって言い訳すると大事になるしよ」
「……」
しょうがない。
「よしゴルシちゃん。恵んでおやりなさい」
「おっ前らなぁ……!!」
おっ、ヤバいぞ。ピキってる、ピキってる。
「アタシが金出さなくったって、別に香港滞在に支障はないだろ?最低限の必要経費はトレーナーなんかが負担するだろうし。ただ、土産買ったり、美味いもん食べ歩きしたりができないだけだからな」
「んだよ、シケてんな。私に貸せば二十倍になって返ってくるのに」
かつてここまで信用できない言葉があっただろうか、いや、ない。ギャンブラーの「倍にして返す」が実行されるのは、水槽に腕時計のパーツを浮かべてかき混ぜ、完成品を組み立てるくらいの確率である。
「あーあ、なぁーんつーのかなぁ……。今なぁ、急激にムカついてきた。金ねーし。お前らの顔見たら秋天思い出した」
「負けてましたもんねぇ」
「ま、賞金は稼げたから別にいいさ。実際、私みたいに走るヤツが最後に得をする。分かるか?つまり私の賞金額は、日本ウマ娘界でも指折り……両手両足の指を折ったくらいだろうが、まあ、そんじょそこらのG1ウマ娘よかぁ、美味い飯が食える」
地道にシルコレに励んだ結果、彼女の出走レース数はかなりのもので、それでいて脚がぶっ壊れたりもしないのだから、まったくすごいよなぁ。その点は素直に尊敬している。
「今の私は確かに金欠だ。渡航にあたっては、現地で増やす分を考慮して必要最低限額の現金を持ち込んだが、それが失敗だったなぁ。思ったより負け越した」
「……おいアホだぞコイツ」
「あ゛?」
「いや、なんも言ってないっス!」
確かにアホだ。
見ず知らずの土地に行くってのに、宵越しの銭を持たないヤツがいるか普通。いないだろ。僕以外。
「いいこと思いついた!行く店行く店で前借りすりゃいいんだわ」
「……え?」
「ヴァーズで勝ちゃあ、ヒサンでも釣りが帰ってくる」
「……いや、さすがにやめましょうって。ウマ娘とはいえ、いやウマ娘だからこそ、トラブルに巻き込まれたらマズイですよ」
競走ウマ娘の身体はダイヤよりも価値がある。
……まあこの場合、トラブった相手がリョテイさんのサマーソルトを喰らって昇天する可能性があるので、心配しているのはむしろそっちだ。
「しゃーねー。やっぱ金貸してくれよゴル──」
「あーもう鬱陶しい帰れやこの金欠野郎!」
◆
「平和だな。今日もな」
「僕はさっきのを忘れないぞゴルシちゃん」
ゴルシちゃんはガンギマリだった。
おそらく長時間の旅路が疲労を蓄積させたのだろう。一晩寝たくらいじゃ治らない、そんな疲労。さすがのリョテイさんも何かを察して「……なんかすまん」と言っておとなしく帰った。
「ピース!セイ、ピース!」
「ゴリ押そうとしないでくれ」
揺るがぬVサイン。
ちなみに手のひらは内側に向いていた。
「何はともあれ、香港についた以上、アタシは一刻も早く帰りたいんだが」
例の格闘家みたいな名前の親切な二人とは宿を出立する際に一旦お別れした。レース当日に会うことを誓い、僕はデジたんへの道を歩んでいる。
「まあまあ。ここまでくればあとは楽さ。今までの旅路がおかしかっただけで、本来はこうしてお茶を啜り、夜はホテルでゆったり寛ぐのが正しい海外旅行のあり方だからね」
「ホントだよ。なんで格闘家みたいな名前の地元民と数十時間ケツを虐めるハメになったんだ」
「でも、悪くなかったでしょ」
「まあ、わりとオモロい道のりではあった──」
だよなぁ。
「──とでも言うと思ったか耳引きちぎるぞテメー。始皇帝もドン引くレベルのクレイジージャーニーだっただろ?あ?」
「そ、そんなに怒らなくても……」
「まだキレ足りねぇくらいだわ!普通に列車乗ればいいものを、どうしてわざわざヒッチハイクなんかで……!?おかげでケツがランブータンだよ!」
「すいませんでした」
「ごめんで済んだらアタシの拳はいらねぇんだよなあ」
「待ってそれは冗談抜きに意識トぶから待って」
「分かった」
ほっ……。
「んじゃ蹴るわ」
「んんん?」
「っしゃー、いくぜー!ウェーイウェーイ、とりゃいっ──」
「ちょっと待ってストップ、ストップゴルシちゃちゃぐちギグばボボばあブッ」
「──ヘヘッ、どーよ?」
「ぃっ、あ、ぁ、ぁっ……!殺す気か君は!」
「たりめーよ」
「僕に武術の心得がなければ死んでたぞ」
「アタシも犯罪者にはなりたかねーからな。……お前なら死なねーって信じてたよ」
「くっそ、セリフの後半だけ切り抜いたらめちゃくちゃいいシーンなのに……!」
相変わらずひどいなこの芦毛。
「……とりあえず、デジたんの居場所は分かってる。ホテルの名前が分かってるからね」
デジたんから「ホテル着きますたー!」とメッセージが送られてきたので、そこから自然な流れでホテル名を聞いておいた。サプライズだからな、悟られてはいけない。欲が暴走しかけて危ない場面もあったが、まあ僕がそうなるのはいつものことなのでデジたんは気にしていない様子。
「文無し大陸紀行もついにフィナーレ!あとやることといえば、デジたんに道中で買ったチャイナドレスを着せるだけ!」
「オメーいつの間にそんなもの……」
「
デジたんは真のヲタクゆえ、コスプレも得意分野である。自分で衣装を制作できるのだから、すごいよな。
「あとリーさんたちへのお礼の品も用意しておかなくちゃ。何がいいかな」
「知らんわ。デジタルの脱いだ靴下とかでいいんじゃね」
「ゴルシちゃん……。さすがにキモイよそれは」
「なんでアタシが言ったらそうなんだよ!?いつものオメーらのことを考慮した上での発言だったんだけどぉ!?」
靴下は、よくない。そういうのはダメ。
あとデジたんにそういうこと言うな。あの子変なところでピュアだから、テンション上がってファンサで尻尾の毛とか渡そうとするぞ。
「お世話になった人たちに直筆サインを渡すのはもちろんのこと、それだけじゃ足りないくらい恩を受けたよね」
「そうだな。ま、ウマ娘の恩返しとくりゃあ、やるこた決まってんだろ」
「そうだね。……デジたんは絶対勝つ。それがファンにとって一番嬉しいことだ」
レースでカッコいいとこを見せてくれ。それからライブで可愛いところを見せてくれ。そのあとはホテルで僕だけにホントの君を見せてくれ……って字面がヤバいな。声に出すのはやめておこう。自戒。
「デジたん推しのリーさんはそれでいいとして、宿の大将、チェンさんの推しは他でもないゴルシちゃんだ」
「あー、そうだったな。どうする?まさかアタシがライブに乱入してゴールドシップのバッキバキのトラック響かせるわけにもいかねぇし」
「なかなか面白いけど……。デジたんのライブだからなぁ、ぶち壊すわけにはいかない」
あまり手間暇がかからず、それでいてゴルシちゃんらしさを感じられる、そんなファンサ。
「……もうこの際、焼きそばでも振る舞えば?」
「適当だなオイ」
「いや、考えてみなよ。推しの手作り飯食えるんだよ?普通の人間なら心臓が胸骨を突き破ってフライトゥザムーンまっしぐらだよ?」
「そうなのか?」
「うん。君、よくレース場で焼きそば売り捌いてるだろ?知ってるかい、アレめちゃくちゃ好評なんだよ」
「ほう」
「そりゃそうさ。明らかに市販品ではない焼きそば、つまり推しウマ娘が料理したという事実が一目見て分かる。プラス、売り子も本人がやるから、実質握手代のおまけに焼きそばがついてくる、と考えてもローコストハイリターンな体験ができる。まあ人気の要因ナンバーワンは味なんだけどね」
「味かよ。まあ確かにこだわってるけどよ。てっきりヲタクの超理論かましてくるのかと」
「君普通に料理上手いよね。あの焼きそば美味いんだよ。甘辛ソースとマヨが
「おうよ!」
今までもゴルシちゃんのことを褒めちぎったことは幾度かあったが、今回が一番イイ笑顔を浮かべてくれた気がする。焼きそばへの情熱が思ったよりも凄まじいな。
「ちなみに、デジタルの手作り飯とアタシの焼きそばだったらどっちが──」
「デジたんに決まってるだろバカか君は」
「おっそうだな」
「あぁ待って待って!勘違いしないでほしいけど、決して君の焼きそばのクオリティを貶めるわけじゃない。比較対象にデジたんを出してしまったら、僕の選択肢はあってないようなものじゃないか。仮に、ミシュラン五つ星のレストランと君の焼きそば、どっちが良いかって尋ねられたら、僕は迷わず焼きそばを選ぶ」
「そんな気に入ってんのかよ?さすがアタシ」
「一生デジたんの抜け毛食べて暮らすか、君の焼きそば食べて暮らすかだったら、数分迷ってからデジたんの抜け毛を選ぶ」
「マジかよオメー!メチャクチャ好きじゃんゴルシちゃん特製焼きそば!」
なんたって、僕が数分迷うんだからな。並大抵の料理なら、もはや質問される前からデジたんの抜け毛食いますって答えてるレベルだ。
「香港カップ当日、恩人のお二方の背後からスッと現れ、クールな笑みを浮かべながら焼きそばを振る舞う。これでオトせないヤツはいないと思うな」
「髪に芋けんぴついてるのと同じくらいカオスな状況だな。……まあ他に面白いアイデアもねーしそれでいくわ」
「よし!それじゃ、行こうか。……待っててねデジたん、僕はいつだって君のもとに向かうよ」
「キッショ」
◆
「やぁ、デジたん」
『オロールちゃん!どうしたの?何か用事?』
「いや、別に。ただ声が聞きたくて」
『ちょっ、やめてよそんな付き合いたてのカッポゥみたいな……』
「そうだね。僕らの付き合いって長いもんね」
『いや違っ……えと、じゃあ、用事とかはないってことだよね。なるほどだいたい分かった』
「元気そうでよかったよ。香港は楽しんでる?」
『それはもちろん!ホテルはリラックスできるし、ご飯も美味しいし、何よりいろんなウマ娘ちゃんがあっちにもこっちにも……んんっ、タマラン!』
「楽しそうだね。僕のこと恋しくなってない?」
『……まあ、少しは。海外遠征なんて初めてだし、普段とは違うことが多くて、最初は落ち着かなかったけど。でも今は大丈夫!レースでウマ娘ちゃんの御尊顔を拝見するためにも、メンタルは整えておかねばッ!』
「いい心がけ。メンタルケアの手伝いしよっか?僕、こういうの得意だよ。カウンセリング対象は君限定だけど」
『ほんと?……あ、でも、今から移動だから、そろそろ切らなきゃ』
「ありゃ。それは残念。君は今芝の上かい?」
『うん。現地のコースにもだいぶ慣れてきたよ。あたしの得意な走りでいけると思う』
「得意な走り……。って言ったって、デジたん、全部の走法得意じゃん。レースの勝ち方が毎回変態的だよね、君は」
『ブーメラン刺さってるよオロールちゃん』
「自覚してる。つまるところ変態が最強なんだよねぇ!んじゃ、頑張ってねデジたん!」
『ありがとう!それじゃ、またね!』
「うん、頑張ってね〜……。ところで、
『ポーレイ?』
「お茶の一種。香港じゃあ飲茶店で出されるんだってさ。他にもいろいろな種類のお茶があるの。なかなか面白そうだし、一緒に行ってみようよ」
『あははっ、それじゃオロールちゃんが香港まで来なきゃ……。ちょっと待って?え?そんな、まさか、ねぇ?まさか、そんなことは……ない、ヨネ?』
「また会えるのが楽しみだよ。それじゃ!」
『あっちょっ、待っ──』
「……さて、もうそろそろ来るっぽい」
電話をかけ終わってからは、ホテルのラウンジで寛ぐことにした。ウマ娘たるもの、優雅かつ妖艶に。待ち人を待つ姿すらも、美しく。
なんというか、ラウンジの雰囲気が良さげなもんで。
ついカッコつけたくなってるんだよね。
「お前マジでさぁ……。お前さぁ、マジ、アレだな」
「ん?」
「他人を振り回すことにかけちゃあアタシ以上のプロだぜ、オメーは」
「フッ……お褒めいただきありがとう」
「ムカつくなぁ」
二週間以上間を空けてしまい申し訳ありませんッッ
更新が遅れ気味なのはアレですアレ(適当)
人生で一番優等生のフリをこかなきゃいけない時期なんです
ああ忙しい……防具の錬成もしなきゃいけないし、ぼざ◯も見なきゃいけないし、年末年始セールで買い込んだゲームやんなきゃいけないし……
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おみまい
まあ〜、ね?
活動報告動かさないのはアレです決してめんどくさいとかではなくアレです。
私は「エタりません」と宣言している、ただそれだけです。デジたん推しに二言はないのでね。
ひとまず二月の終わり頃までは日々の合間を縫って時たま更新する感じになります。ペースは相変わらず亀以下。ま、皆さんも年度末は忙しいでしょうから、こんな怪文書読んでる暇ないでしょ?(適当)
「ふふ……これはお茶のおかわりが欲しいのサ──」
「さっき聞いたからもういいぞソレ」
「なんだよキミィ、急に割り込んできやがって。デジたんに言ってるんだよ僕は」
「……???」
「メチャクチャ困惑してるぞコイツ。まあそりゃそうなるだろうけど。日本にいるとばかり思ってたウマ娘が目の前で茶ぁ啜ってんだからな」
「アッアッアッ」
「デジタルが壊れた。もともと壊れてるけど」
「デジたん成分が五臓六腑に沁みるッ。好きだぁ、好き。すこ。あー、すき。んんんああああ!」
「お、どっちもイカレたか。……もともとイカれてるヤツがさらにイカれたら一周回ってマトモになったりしねーかなぁ」
赤血球に含まれるヘモグロビンは、体内にて酸素、二酸化炭素の循環を担う重要な物質である。そう学校で教わったと思うがあれは嘘だ。いや、まあ嘘ではないんだけどさ。
いいかい?生物に必要なのはデジたんだ。
デジたん成分が体内を循環することによってのみ、僕は今日も生きられるのだ。
「ふぅ〜、スッとしたぜェ……。というわけでデジたん、僕たちも現地で応援できるよ。ちょっとしたサプライズ。驚いたかい?」
「いや、あの……。シンプルに驚いてますハイ。え?なんで?どういう、えっ、ちょ、ほんとにナンデ……?」
「香港に来るまでいろいろあったんだぁ。話して聞かせたげるよ」
「えっあの、ちょ、ナンデスカその旅の思い出語る感じの雰囲気?普通に日本から飛行機で来ただけだよね?そうだって言ってよオロールちゃん?」
「回想入りまーす!ポワポワポゥワッ……」
◆
「ここをキャンプ地とする!」
「さあゴルシ様!あなたの犬は今、ご覧の通りしっかりと香港までのアシを確保いたしました!」
「ぼかぁ茶ビンのフタをずらしたいんだ」
はい!回想終わり!
◆
「というわけで、数日かけて大陸を渡り歩いてきたんだ」
「……なるほど?」
まあ?旅行にはトラブルが付き物だし?
まあ?ちょっと要所要所で間違えて1000キロ以上の道のりを地に足つけたまま辿ってきただけだし?
「頭おかしくないですか?」
「僕もそう思う」
「奇遇だな、アタシもそう思ってるぞ」
過去の僕は僕じゃないから、僕に責任はない!
やーいやーい、バーカ!上海から香港まで文無しで行こうとするヤツがこの世にいるとはなぁ!どんだけバカなんだよ、オロールとかいうウマ娘!
「なあ変態。お前一体全体どうしたらそんな『僕は悪くない』みたいな顔できるんだよ」
「『僕は悪くない』『だって』『僕は悪くないんだから』」
「いやお前が悪いぞ?カギ括弧つけても責任の所在は変わんねえから」
「なんだよぅ!途中から楽しんでたじゃあないかゴルシちゃんだって!」
「そうでもしなきゃやってられんし」
「それは、そう」
あ、ヤバい。反撃が終わってしまった。
ま、終わりよければ全てよしというヤツである。
この数日間、楽しかったのは事実。ケツは痛いが面白かった。
苦楽を共にする仲間は大切だが、「楽」を共にできる仲間は殊更に大切なのだ。
「でも、なんだかんだ、いろいろ貴重な経験ができたよね。良い景色も見れたし、良い飯を食えたし、良い人たちとも出会えた。おかげで僕はフォントを変えて喋る方法を身につけられた」
「それ意識的に変えてたん?」
「うん」
コツは、ちょっとローカル番組っぽい雰囲気で喋ることである。
「デジたんも、かなり仕上がってるね」
「ウマ娘ちゃんたちに失礼があってはいけないし!それに、今回ばかりは、世界に誇るジャパンのヲタク文化をあたしが背負う意気込みで挑ませていただくっ!」
「おー。気合い入ってんなぁ」
常時覚醒状態ってとこか。
「海外でも見せつけてくれよ、君のレース。僕も側で応援するから」
「うん!せっかくの香港カップ、ウマ娘ちゃんのベストアングルを逃す手があるでしょうか?いや、ないッ!」
デジたんはウマ娘ちゃんの最も輝くお顔を見たいがために一位を目指し走っている変態なのである。そして僕はそんな彼女の蕩ける顔を見たいがために走っているのだが、これがなかなか難しい。勇者を追い抜かすのは至難の業だ。
ま、今回は観客席から拝ませてもらう。
デジたんは、僕のための走りもしてくれる。
彼女を本気にできるのは僕だけだと自負している。
無論、隣に並んで競り合う時が互いに最も力を解放していると断言できるのだが、観客席から声を届けるだけでもデジたんを本気にさせてあげたい。
全力で応援し、デジたんの全力を引き出す。
チームメイトとして、友人として。
言葉にはできない僕の想いも、全て乗せて応援する。
「ところで、レースはいつ開催されるんだ?」
「明日ですね」
「ほぉ〜……。え?」
◆
「ということで、寝ようかデジたん」
「そうだね……。え?」
「ん?いや、さすがに寝た方がいいでしょ?そりゃ、ホテルでの夜の過ごし方といえば、映画を観たりとか、いろいろあるけどさ。明日レースなんだし、体力つけなきゃ」
「うん、それは分かってる。気になるのは、あたしのベッドにオロールちゃんがなぜか潜り込んでることと、そもそもホテルの部屋になぜかオロールちゃんがいること」
「よくあることじゃないか」
「確かにそうだけど!いやそれ自体がそもそもおかしいことなんだけど!でもでもでもちょーっと待ってください!?ほわい?ココ、日本じゃないんですよぉ!?」
「それのどこがおかしいか僕には理解できない。なぜなら、僕が僕であるから!はいLED照明終了!良い夢見てね!」
部屋は真っ暗。もれなく夜更かしが始まってしまうので常夜灯もナシだ。たとえ一寸先が見えずとも、僕はデジたんから発せられる尊みのエコーロケーションによって空間を把握できるので問題はない。
「な、なんか、なんというか……!」
「何が?」
「いや、その、オロールちゃんに会えたのは嬉しいんだけど、なんかぁ、なんか……」
「なになに。モヤッとする感じ?」
「あたし、てっきりチームの皆様にもしばらく会えないものとばかり思ってたし……。なんと言うか、そういう心構えだったから……」
「ラーメン食べようと思って店に行ったら定休日だったけど、ラーメンの口になってるから諦めがつかないみたいな感覚?」
「うーん?」
気持ちは分かる。
「でも、実際僕が来ちゃったわけだから。それに僕がいた方が君も気軽に
「どうやってルビを振ってるのか気になるけど、まあいいか……。オロールちゃん、てっきり来れないと思ってたから、むしろ感情が倍増してる的な」
「なるほど。じゃサプライズは大正解だったわけだ」
「うん。驚きが大きすぎてアレだったけど、エモ感情も今までで一番、いや二番くらいにはビッグになってる」
「ふぅむ、ならこれからも君がレースに出るときは積極的に何かしらのサプライズを用意しようか」
「あ、それはそれでシンプルに心臓の危険が危ないので大丈夫です」
サプラーイズ、ってことで、何らかの手段でもって実況席をジャックするとか。さすがにダメか。
「ところで、ゴルシさんはどこに?」
「トレーナーさんの隣じゃないかな」
「……えぇ?」
◆
「おはようゴルシちゃん。よく眠れたかい?」
「……おう。オロール、お前随分肌艶いいな」
「そりゃどうも。君は……。何があったのか気になるくらいには疲労が目に見えてるけど、大丈夫?」
「何があったかはお前が一番理解してんだろはっ倒すぞ。超超長距離移動で追い詰められた身体が、たかが一睡や二睡した程度で治るわけねえんだよなあ?」
芦毛というより白髪である。
さて、彼女の隣には我らがスピカのトレーナーさんがいらっしゃるのだが、なんというか、猫のように虚無を見つめている。
「トレーナーさん、どうしたんです?せっかく僕らがサプライズで来ちゃってるんですから、もっとリアクションしてくださいよ」
「……オロール。お前、ゴルシに何したんだ?」
「え?」
「昨日、フロントでお前らが泊まる諸々の手続きを終えた後、俺はしばらく外にいた」
昨日の出来事をあらかた説明するとこうだ。
まず、僕らはデジたんのいるホテルにて待機。
ラウンジで暇を潰しつつ、トレーナーさんとデジたんが帰ってきたところを捕まえる。
この時点で僕はトレーナーさんに、宿泊者増員に伴う手続きだとかをしてくださいな、と目で伝えた。彼は黙って頷いた。
で、その後ちょっと遊びに行って、ホテルに帰ったあとはすぐに部屋へ行った。
「俺がホテル着く前に、お前らが先に帰ってたみたいだな。で、俺が部屋の前に行くと、芦毛のウマ娘が一人死んでた」
ゴルシちゃんとは昨日、部屋前の通路で話したっきりだ。僕がデジたんからこっそり部屋のカギをスり、前もって布団に潜っていたように、彼女もカギを持っているものだと思っていた。
「ゴルシはドアにもたれて燃え尽きてたんだよ。とりあえず息してることを確認して部屋に入れたら、すぐベッドにダイブした」
完全に疲労末期の症状じゃないか。
「寝息立てるまで二秒もかかってなかったな。いや待てよと。なんでホテルの同室に男女が、しかもトレーナーとウマ娘が泊まるんだよ、と。いろいろな考えが俺の脳内を巡り……。コイツの寝顔を見てからはそれらが全て吹き飛んだ」
「ほう。なにゆえに」
「シンプルに心配せざるを得ない顔だった」
「くわしく」
「あー、例えば、道でおばあさんが転んだとする。普通はそれを見たら、大丈夫かどうか、心配するだろ?そういうのって、後で金をせしめようとかの下心があるわけじゃない、純粋な心配だろ?」
「つまり、昨日のゴルシちゃんが……」
「ああ。顔だけは良い教え子の寝顔だが、邪な心はもちろん、妙な気まずさとか、そういうのすらない。シンプルにめっちゃ心配したよ俺。なんだったら、人間ってこんなに純粋に他人のことを思えるんだなぁって感動すらしてる」
ゴルシちゃんの視線は、気付かぬうちに僕の胸を貫いていた。
「なんかごめんねゴルシちゃん」
「……ああ、うん」
「あの、僕が言うのもなんだけど、ホントに大丈夫?」
「アタシはなぁ、いいか、オメーに対する人生訓として言っとくぞ……。小さい……お前、脳ミソの小さいウマ娘だからなぁ、言ってやる。いいか、上海から香港に陸路で行こうとか、もう二度と考えるなよ」
「そうだね。次は香港から上海にするよ」
「……」
「冗談だって、さすがに!あ、いや、でも待てよ。今度はオーストラリアを陸路で横断するってのはどう?」
ヨーロッパとかでもいい。あるいはアジア諸国を巡ってみたりだとか。とにかく、アテがなくても意外となんとかなることが分かったので。今度はデジたんと一緒に。
「アタシは絶対ヤだ。変態二人で行け」
おそらくだが、なんやかんやでゴルシちゃんはこの先僕によるアホアホ旅行プランに付き合わされるハメになるのだろうな。根拠はないけど確信している。
「そろそろ会場に向かった方がいい。で、お前ら二人が来るとは思ってもみなかったが、仕方ない。とりあえず送ってやるから、出かける準備を……」
「もうできてます」
「お、おう、早いな……」
「あ、あと、デジたんとは一緒に行きたいところだけど、それができないんですよね」
「ん?どうしてだ?」
「ちょっと買い物をしなくちゃ……」
◆
「さあゴルシちゃん。やるぞ」
「何をだよ」
「言ったじゃないか。焼きそば作るんだよ」
「ああ?あ、そういやそうだったな。そんな話を確かにしてた」
「忘れるなよぅ。この地で僕たちを助けてくれた恩人へのお礼だよ?気合い入れなきゃ」
ゴルシちゃんといえば焼きそば、という方程式がある。郷に従って言うならば
「ま、食材選びは僕に任せてくれよ。しばらくこっちの飯を食べて、この国の人たちはどんな味が好きなのか、バッチリ把握したと言っても過言……。まあ過言なんだけど、それなりに分かってきてるから」
「……もう、こうなりゃあ、やってやるよ。アタシの腕前見せつけてやっからなぁ」
「うんうん。ゴルシ流パッションをぶちかましちゃってくれよ!」
「焼きそば作って、レース終わったら、アタシは日本に飛ぶんだぁ……。なあ知ってるだろ?そもそもアタシはなぁ、半ばムリヤリ連れてこられたんだよなぁ」
「うんうん……うん?」
「やるぞぉアタシは。
彼女はおもむろに、中華らしいとでもいうべき、明らかに「痛み」を誘発するタイプのエゲツない色した香辛料を大量に手に取った。
「恩人二人に振る舞う分は、そりゃあ手間暇かけて作ってやるとも。だがなぁ?味付けってのはなぁ、皿ごとに変えれるんだよ……」
「ゴ、ゴルシちゃん?」
「なあオロールさんよぉ、知ってるだろお?コッチ来てから財布役やったアタシの頼み、聞かないわけはないだろぉ?」
「ゴ、ゴルシ、ちゃん……?」
「どんどんおみまいするぞぉアタシは。おいオロール、焼きそば食わねぇか?」
もともとこの黒歴史文書は「秋天のおデジ可愛いかっこいい^〜」とおもったアホが書き始めたものなので、当の秋天以降は完全100%まるきり私の気分次第で執筆します。
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炎の料理人と地上最強のヲタク
お待たせ!待った?
約 一カ月 の 間 僕は
ひたすら 勉強 してたん です
嘘ですごめんなさい
いや半分ほんとですよ 知らんけど
モチベが下降気味だっただけでしてね。
あ、Twitter始めましたのでよければフォローしてやってください。
「
「おう。リョテイのアネゴのレースも見てくか。でもって例の二人に
「
「お、あぶねぇあぶねぇ。自分でつくっておいてなんだが、これ兵器だよな。非致死性の」
「……」
「そんな目で見るなよ。お前が悪いんだぞ」
「……」
「いやだからやめろって時間のムダだろ。今、アタシ、なんの罪悪感も抱いてねーし。むしろ金星までブッ飛ぶくらいスッキリしてるぞ」
「……」
「デジタルならお前の目を見てすっかりオトされる、というかウマ娘に見つめられると興奮するから、これ以上の
「……」
「大体、そのデジタルだって、『話を聞く限りだと、さすがのあたしもオロールちゃんは一回くらい報いを受けるべきな気がしてきました』とか言ってたしな」
「グッ……」
会場に着いてから少しだけ話す時間があったのだが、この扱いだよ。ったくひどいな。
デジたんがそんなことを言うとは思わなかったが、まあぶっちゃけ僕以外正論しか喋ってないので何も言い返せなかった。他でもないデジたんの言うことなら、一回くらいは甘んじて罰を受けてやる気になった。いいかよく覚えとけ、一回だ。一回だけなら食らってやってもいいと!僕はそう言った!
うん、僕が決めることではない。
しかし、しかしだよ。ウマ娘というのは、リンゴより赤いものは食べられない生き物なのだ。何が楽しくて見るからに火傷しそうな量の唐辛子やらなんやらを食わなくちゃあいけない?
「よく復讐は何も生まないっていうじゃん。まあ確かに生産性はないけど、やるかやらないかで言ったら、やっとく方がスッキリするだろ。だからアタシはお前の口と喉と胃を破壊したんだ」
「復讐が生むのは新たな復讐だぞ……!」
「急に流暢になったな。まあいいやそぉい!」
「ッ!?
クソッこのクソ!クソが僕の口の中にクソ辛いクソを詰め込みやがっでクッソ辛いというか痛い!痛いああああ痛い!
ムダに器用な手捌きで箸を動かし僕の口をロックオン、そのままぶち込みやがった!
許すまじ、ゴルシ!
「あそぉいもう一丁!っしゃい!」
「ぐっ、このッ、飲み込まなければどうということはんんんんんん!?んん!んんんん!?」
「公衆の面前でゲロってみろよ!アタシがお前を会場から叩きだすぞ!ひゃーっはぁ!いい気味だぁ!」
「はっ、はっ、はっはっはっはははははぁ……」
「美味いだろ?お前辛いの好きだもんなぁ。好きだろ?アタシが決めた、今決めたそぉい!」
「やめろ゛ンッ、アィ、アンッ、マ゛ンッ!?」
「お前ケッコーリアクション上手いな。食わせがいがある。ほーれゴルシちゃんの手料理だぞー。食え食えオラ。ゴルシちゃんが食べさせてやってるんだぞぉい!」
「アベッ、ンジャア゛ッ、ズゥッ!?」
おおお落ち着け。口の中は焦土だが頭はクールだ。
よく言うよね、手の冷たい人は心が暖かいって。いや何の話だよおい落ち着けって僕。
……ふぅ。
まあいくら辛いとはいえ、さすがに死ぬほどではない。つまり、致死量の辛味成分を摂取してるわけじゃない。……そうだよね、ゴルシちゃん?
「……デスソースってたった30本で致死量らしいぜ」
ゴルシちゃん?
「まあアタシも海外でムショぶち込まれたくはないからお前に死なれちゃ困るんだぜぇい!」
「エ゛ンッ、ドゲェッ、ム゛ンッ!」
「大丈夫だろ。ウマ娘だし」
「うっ、グッ……!キサマァーッ!一体いくつの辛味をこの焼きそばを作るのにぶち込んだ!?」
「お前は塩や胡椒の粒をいちいち数えて使うのか?」
「ゴルシィーッ……!」
何が腹立つって、口ん中にぶち込まれたその刹那の間だけは、実に風味豊かなスパイスの味わいが感じられること。つまり、辛くなきゃあ、とんでもない美味さってこと。
「お、そろそろヴァーズ始まるみたいだぞ」
「ハァ……?あぁ、うん。その前に、なにかこう、お口をケアしてくれるものを……」
「ここに、最高にイカすマンゴーラッシーがある。だけどコイツはアタシんだ。絶対やんねーよお前には」
「うわああああああん!!」
◆
「キンイロリョテイはいわゆる気性難のウマ娘で、安定性に欠ける。その身に秘められたポテンシャルを果たしてアウェイで活かし切れるかがポイントだね」
「いい解説だ変態。さすがウマ娘を四六時中見てるだけはある」
「デジたんには遠く及ばないよ……」
デジたんはウマ娘を六六時中見てる。
「ほら、始まった。このレース、最高にイカしてる」
「日本のウマ娘はリョテイ一人だけか」
「贔屓実況ができていいじゃない」
「はっ、確かに」
これぞ海外戦の醍醐味。
「よぉしゴルシちゃん、賭けよう。リョテイさんが差し切るかどうか」
「お、いいぜ。アタシは勝ちに100万」
「……君もこの僕のことがよく分かってるじゃないか」
「たりめーだろ。今までアタシが何回テメーのおかげでクソみたいな目に遭ってると思ってんだオロール。オメーは基本勝ちにしか賭けないタイプだ」
「勝ちウマとロマンは乗ってなんぼだからねぇ。というか賭けが成立してないじゃん。何してくれてんだよ」
ビッグレースに関しては、僕はある程度の記憶があるので、勝敗の賭けには負ける気がしない。しかし時には前世からの因縁を断ち切るウマ娘もいるわけで。
僕自身それをやったことがあるし、ウチのチームにも一人自分を乗り越えた
会場が沸き立つ。
「はてさてどうなる?ところでゴルシちゃん、勝敗じゃなく、勝ち方で賭けてみるのはどう?」
「あ?んなもんラストで外からドラマチック差し切りで決まりだろーが」
「だから賭けを成立させろよ!なんなんだよもー!僕の予想をパクるな!思考読むな!」
「お前の思考つーか、
「チッ……。黄金の血統め……」
僕は、レースの展開を秒単位で知っている。
なぜなら、デジたんがどれだけ強いかを証明する際に、前走のリョテイさんのドラマチックフィニッシュは良い例えかつ比較対象になるからだ。
ウマ娘の強さを他のウマ娘と比較するのは少し、いやかなり
口の中をズタズタにされた恨みを晴らしてやりたかったが、さすがはゴールドの一族、思考が似ているせいでなかなか隙がない。
「ま、のんびり見てようぜ。あ、そういやーよ、余ってる香辛料あるけどオメー食う?」
「今すぐ君をぶち殺してやりたいね」
「んな怒んなって。余ってる部分つっても空の容器だけだぜ?」
「尚更意味分かんなくなったよ!?」
「 ……食うよなぁ?」
「ゑっ」
◆
キンイロリョテイ。
走る。
外側から差す。
先頭の逃げ馬に圧をかける。
ゴールスレスレで追い抜く。
勝った。
すごいね。
◆
「消化不可能な物質はそのまま糞便となって排出されます」
「まさか食うとは思わなかったぜ。アタシも半分冗談だったんだが」
「君の妙に上から目線な態度がやっぱり僕は気に食わなくってさ。いっそガラス瓶をキメてしまえば何も言えなくなるんじゃないかと思った」
「おう。何も言えんわ。リョテイのヤツがいつの間にか勝ってるしすげー会場バチクソ盛り上がってるけどむしろこっちの方が気になるぜ」
ウマ娘の身体って丈夫。
改めて実感した。
「ねぇ、ガラス入りのウ○コってどんなウ○コだと思う?キラキラしてるのかな。ウ○コなのに」
「知らねーよ!……お前なら消化できるんじゃね?」
「あまり不可能を口にするな。僕が可能にしちゃうだろ」
「カッコつけてんのかお前。シンプルに怖いが?」
不可能を可能にするウマ娘、オロール。
その気になれば空だって走れる。
……今、ふざけて考えてみたけど。
イケるんじゃないか?
ファル子さんだって海を割れるんだ。
同じダートウマ娘の僕が空気ごときを蹴れずに、果たしてダートウマ娘を名乗って良いものか?いや、それはない。
文字通りマッハで蹴れば一回くらいは空中ジャンプが……。
「あ、歯茎にガラスの破片が」
「なんで平然としてんだよ」
「これからデジたんのレースが見れるってのに、痛みなんか感じてる暇ないだろ」
最高のお祭りだぞ?
◆
「デェェェェェェェェイ゛ャァァッ!」
「お前、デジたーんって叫ぼうとして薩摩隼人になってるぞ」
「チェストォォォォォ!」
「あ、ハナから薩摩隼人だったのか。なんだよ」
「ふう、昂りすぎた。一旦チェストウマ娘して心を落ち着かせなければ」
「チェストウマ娘って何?」
「デジたぁぁぁぁぁんんッ!!」
「唐突に叫ぶな。あと猿叫よりデジタルのこと呼ぶときのが声でかいのなんなんだよ」
あ、パドックで赤くなってるぞ。
可愛いな。僕の声聞こえたのかな。
「……!『ちょっと!恥ずかしいですってば!』って言ってる!」
「こっからパドックまで数十メートルはあるぞ?読唇術か?それとも普通に聞き取ったのか?多分後者だろうな」
「僕がデジたんの声を聞き逃すとでも?」
ウマ娘なめんな。その気になればブラジルのウマ娘さん聞こえますかーってやってマジで聞こえるんだぞ。知らんけど。
「ところでアイツはなんで恥ずかしがってんだ。お前の声がデカいとはいえ、会場の騒がしさにはなかなか敵わんだろ。……あ、そういうことか」
「以心伝心ッ!僕がデジたんの声を聞く時、彼女もまた……ということさ」
「ほぉ……ところで、会場が沸いてる理由、分かるだろ?」
「リョテイさんの差し、だろ?知ってるさ」
◆
スタートラインはヒリついてるな。
そりゃ、そうか。
あれほどまでにイカした勝ち方されちゃあ、競走ウマ娘としての
「……まあ、アタシは別に
「リョテイさんのロマン勝ちは確かに最高さ。だけど、今日のメインレースがそれかと聞かれたら、口を噤むのがウマ娘ファンのマナー。ただし僕はハッキリ断言するけど、今日の見どころはデジたんだからね?いいかい、デジたんなんだ」
「お前がそう言うと説得力違うな。デジタルのことに関しては未来予知すらやってのける変態の言うことだからな」
「デジたんはねぇ、賢いんだ。絵も描けて歌も上手くて、あと料理も美味い。寝顔可愛い。で、寝てる時の吐息が愛らしくて愛らしくて、そりゃもうホントに興奮するんだ……」
「キモイぞ」
「あっと、ごめん。要は、デジたんのクレバーな走りが見れるに違いないってこと。一番強いウマ娘の走り方がなんなのか、彼女が証明してくれる」
リョテイさんの荒削りかつ豪胆な勝ち方に人は目を奪われるのだろうが、僕はデジたんフリークなわけで。
「っと、始まったか」
「デジッたぁーんッ!」
香港にいるのだから、日本語の実況は聞こえてこない。
僕がレースを実況するか。
「さあアグネスデジタル快調なスタート!今日も勝負服がバッチリ決まってるゥゥ!可愛いよー!可愛い!……あ、中団についたアグネスデジタルッ!可愛い!」
「実況するならしろ。発狂するなら他所に行け」
「アグネスデジタル!第一コーナーを抜けて依然中団!五番手に陣取り様子を伺っている!あっ、おいデジたん!今横のウマ娘ちゃん見て興奮したな!?僕以外で興奮したな!?それはそれでNTRの亜種みたいな感じで興奮しなくもないけど、あとでたっぷり可愛がってやるからな!」
「……あいつ顔赤くなった。もしかして聞こえてんのか?こいつの声が」
「……あっ!『オロールちゃんの声が……気のせいだよね?』って言ってる!気のせいじゃないぞー!君の心に直接語りかけてるんだっ!」
「お前の場合マジでテレパシーしてそう」
応援してるからね!観客席に向かって走るんだデジたん!
「……アイツ急に加速したな。お前なんか電波送った?」
「うん」
やはりウマ娘は素晴らしい。
実際問題、心の中で応援したらマジで早くなるんじゃないかという突拍子もない説を否定しきれないほどには、ウマ娘だとかウマムスコンドリアだとかの性質は解明されていないのである。
「さあアグネスデジタル!着実に追い上げていく!いよいよ最終コーナーだ!強い!計算し尽くされたレース展開ッ!先頭まで数バ身差、その差は近いようで遠いぞ!」
彼女は僕やオペラオーさんに勝ってるわけだから。
ありゃ、まぐれなんかじゃないってこと、しっかり世界に見せつけてやるんだ!
「レースも大詰め、アグネスデジタル先頭に躍り出たッ!後続との差半バ身っ!いけるっ、いけるぞーッ!デジたぁぁぁぁんッ!」
「……強いなぁマジで。変態のくせに」
変態だから強いんだぞ。
理論上、レースにおける最強の走りは、他の追随を許さぬ大逃げだ。最初から最後まで先頭、ゴール板を一番に駆け抜ける。シンプルだが、そういうものだ。スズカさんやマルゼンスキーの姉御などはそう。能力値のケタが違う。
しかし、他の大多数のウマ娘はそうではない。
レースである以上、全員が先頭を走るなど不可能なので、ウマ娘はあらゆる策を講じて立ち向かう。
そうなって初めて、逃げ馬は他に邪魔されたり、スタミナが持たなかったりするわけで。なかなかリスキーな立ち回りなのである。
デジたんの場合、その小さな体躯や足運びのクセなどもあって、先頭を取るよりかは差し向きである。
最後にゴールを駆け抜けたヤツが勝ちなのだから、差しウマは最終直線の短距離で決め手を打つことになる。
「最初っから計算し尽くされたライン取り。ウマ娘ちゃんのケツと顔面を拝みつつ、脚を極限まで温存して隙のある外側から先頭に躍り出る!デジたんらしい走りだッ」
「あの半バ身は詰まらないぞ〜……?ほら見ろ、もうゴール手前だ」
たかが半バ身、されど半バ身。
きっとデジたんの頭の中じゃ、ウマ娘ちゃんの顔面を近くで拝めることの幸福感で脳内麻薬が分泌されまくってセルフドーピングかましてるに違いない。僕のことも見てくれよな。ゴール側で待ってるからさ。
「今っ、ゴールッ!さすがアグネスデジタルっ、いやデジたん!おデジ!あー好き!強い!速い!好き!強い!好き!」
ウイニングライブが楽しみだ。
「ねえゴルシちゃん」
「ん?」
「ウイニングライブでさ、香港への道中買ったチャイナドレスにデジたんを着替えさせる演出とか、どう?」
「やれるもんならやりゃいいじゃねーか」
「まあ、さすがに厳しいか……」
ヲタクというのは妄想を呟く生き物だ。
「しかし、差しウマ娘の一種の理想系だよ。アレは。あの走りは。隙がない。一種のテンプレート的な普遍性がある。あらゆる状況に対応可能。それでいて難しい。実際あの走りをしようと思ったら、デジたん並みの臨機応変さが必要になるからね」
中団に留まる時間が長い先行差しは、イレギュラーへの対応力が問われる。神経を一番張り巡らせるポジションだ。
「リョテイさんの勝ち方とはベクトルが違う。向こうは追い風に乗りに乗りまくった最高にロマンのある勝ちだけど。デジたんは、例えコースが違おうとも他のウマ娘が誰であろうとも、あの勝ち方ができるから」
さすがだ。
デジたんは器用だ。頭もいい。
日頃から要領がいいからな、彼女。
ハイスペックウマ娘、デジたん。
「強いですネ」
「ウン。アグネスデジタル、良いウマ娘」
「うわお前らどっから湧いて出た」
あ、例の格闘家みたいな名前の現地ファンのお二人だ。
「あ、ゴルシさん、炒麺ありがとうござまス。アレ、良いネと、皆褒めていましタ」
「お、おう……」
昼頃に一度出会ってからしばらく見ていなかったが、どうもゴルシちゃんお手製焼きそばは万国共通で人気らしい。
「あ、そうそう。『ゴールドシップ焼きそばファンクラブ』の香港支部が結成されましタよ」
「ゴールドシップ焼きそばファンクラブ?……いや、あの、百歩譲ってアタシのファンクラブとかなら分かるけど、焼きそば?あぁ?」
「はい、焼きそばでス。ゴルシさんが時々レース会場で販売する焼きそばを、メッチャメッチャ推すファンクラブでス」
コンテンツが分かれるほどに優秀なゴルシちゃん焼きそば。でも、マジで美味いからなぁ……。
「あ、だめだ。一応チームメイトの勝ちくらいは祝ってやらねーとアレなのに、アタシ特製焼きそばに全部持っていかれた……」
「シェフゴールドシップだからねぇ君は」
「いやな呼び名だ」
似合うけどな。シェフゴルシ。
素体がムダにいいから割烹着着たってなんてこたぁない。
「……ねぇゴルシちゃん、ところでなんだけど。本気でデジたんの衣装チャイナドレスにしたくない?」
「いやアタシは別にどうでもいいし……。アイツのガチファンでもねーし」
「ほう?僕に喧嘩を売っているのかい?デジたんのファンになれば身長伸びて脚早くなって彼女もできるようになって都内85階建てタワマン住んでス○カとPASM○に20万はいるってのに。ファンクラブにも顔出しなよ」
「ファンクラブとかあったなそういえば」
僕が作ったデジたんファンクラブ。
デジたんチャイナドレス部門とかあってもいいかも。
「あー、急にデジたんのチャイナドレスが見たいぞー。あー、もう好きすぎる。一生デジたん推せる……」
「……」
「おい待てなんかやな予感するぞぉ?おいお前まさかフォント変え──」
「ぼかぁ一生デジたんを推すよ」
活動報告を出すだけ出して満足してしまった()
決してエタりません。ただし投稿タイミングはマジのマジで作者の気分次第となっております。ご了承ください。今はワイルドハーツが忙しいんです(IQ2)
リコリコも新作アニメーション来るから書かなきゃ……
あぁ、幸せだぁ……ファッ(魂が解脱する音)
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永遠の邪念ゼロ
「というわけでライブを乗っ取ってデジたんにチャイナドレスを着せます」
「……犯罪では?」
「フッ、こんなこともあろうかと」
僕はスマホを取り出し、「彼」に電話をかける。
「……デジたん、イズ?」
電話口の彼が答える。
『GOD』
「……よし」
僕は電話を切る。
「……」
「……」
「いや何だ今の」
「にこっ」
「にこって口で言うやつがあるか。誤魔化せねーぞ、笑ったくらいじゃ誤魔化せねーぞオイ。誰?今の?え?なぁ、アタシが知らないだけで、もしもし〜って挨拶はもう廃れたのか?」
「うん。今は、デジたんイズGOD!が主流だね」
「おう。で、誰じゃ今のは」
「ウイニングライブの演出家」
「ほう演出家ァ……ぁあ?演出家ァッ!?」
「うん。許可取った」
「ちょっと何言ってるか分かんない」
「じゃ、行こうか」
「え?」
「行こうか」
◆
「というわけで許可
「アタシはひょっとすると悪魔を見ているのかもしれない。目的のためならどんな手も使う悪魔を」
「なぁに。少し彼に
「日本語もしくは広東語でおけ。あー、タミル語までならギリおけ」
「அவள் எவ்வளவு அழகாக இருக்கிறாள் என்று நான் அந்த மனிதரிடம் சொன்னேன்」
「さらに意味が分からなくなった」
まあちょっとした技術である。
人間の精神ごとき、僕にかかれば改造は容易だ。
ウマ娘はありのままの心が美しいので改造はしない。
「さて、ライブ開始まであと1時間もない。急いで取りかかろう。まず衣装!勝負服や汎用ライブ衣装もいいが、せっかく海外に来たんだ!ご当地感、欲しいんだよ!ビバ!ご当地文化!」
「なるほど?それで、あー、チャイナドレス着るのか……。あ、でも知ってるか?アレの歴史って結構浅……」
「可愛ければなんだっていいんだよ」
「お、おう」
「曲や振り付けを大幅に変えてしまうのはよくないから、照明なんかを大規模に改造してしまおう。デジたんの桃色の髪がよく映えるカラーの照明を使うんだ。もちろん、他の子たちのビジュアルや雰囲気も念入りに見た上で演出を考えている。どうだいゴルシちゃん。これが突貫工事のメリットさ」
まあ、もともとプロが創り上げたライブ演出だ。
今さら僕にできることは案外少ないのだが、こう見えて僕は天才である。デジたんが絡んだとき限定で。
そんな僕がディティールを整えることによって、より美麗で盛り上がるライブを作り上げられるに違いないのだ。断言する。
「いや、どっちにしろ他人の仕事奪うのはよくないんじゃないか」
「こんなことあろうかと、スタッフたちにはウキウキわくわくバカンスチケットをプレゼントしている。むしろ、僕が関わらないとライブは回らない状態なのさ」
「ちょっと何言ってるか分かんない」
「いいから黙って持ち場につけェ!ゴルシちゃん!いや、ゴールドシップ!君も今から急遽ライブスタッフだァ!」
「……は?」
「まずは本番前の最終チェック!今日のライブでは、曲に若干アレンジを加えて歌ってもらいたいんだ。レースに出走してたウマ娘ちゃんたちに仔細を伝えにいこう」
「あ、今?マジ?嘘だろ?」
「香港カップに出るようなウマ娘が今さらその程度で怖気付くわけないだろ、イケる」
「ああ、せっかく頑張って走ったってのによ、かわいそうに、こんなやつの手のひらの上で踊らされるのか……」
「ウマ娘ちゃん、というかデジたんを手のひらの上で踊らせるなど畏れ多い。いいかい、僕は彼女たちの足場だ。泥まみれの靴に踏まれるダンスステージが、今の僕さ」
ウマ娘は泥まみれになってこそだよなぁ。
「とにもかくにも、新規曲でライブするのはさすがにヤバすぎることくらい分かってるから、アレンジだけに留めておく。リアルタイムでの楽曲アレンジ……。つまりはそういうことさ」
「どういうことだってばよ」
「君の仕事を教えよう。いいかい、君は……DJだ」
「……は?」
◆
『それではただいまより、ウイニングライブを開催しますッ!』
沸き立つ会場。
「……は?」
『おいおい、は?じゃないよゴルシちゃん。DJの君が会場を盛り上げてくれなきゃあ。最高のライブにするのが僕たちの仕事だろ?』
「……は?」
『会場の皆様ァーッ!どうぞ今夜はよしなによしなに!今宵を最高の夜に仕立て上げてみせましょう!皆様がさらにウマ娘を大好きになってもらえるよう、ライブMCを務めさせていただきまぁすッ!僕!まあ名乗る名もないしがないオタクだ!あっこら僕の方を見るなステージを見ろォ!』
「……は?」
『は?ばっかり言ってないでそれっぽい曲かけるんだよゴルシちゃん!君ならできると思ってDJに任命したんだ!』
さて、翻訳の都合上テキストには日本語が表示されているが、もちろん僕はしっかり現地の言葉で話しているので安心していただきたい。
……ん?何の話をしてたんだ僕は。
まあいいか。
デジたんがこちらを見ている。ぱっちりお目々にあんぐりお口、なんて可愛いんだあの生き物食べてしまいたい好きラブ愛してる。
『じゃ早速始めようぜ会場の皆!晴れ舞台に立ってるウマ娘ちゃんも、まあノリでアゲてくれッ!ぶっちゃけ僕はチャイナドレスで踊るウマ娘が見たかっただけでそれ以外はオマケだ!だから手っ取り早くC’mon DJ Goo!Show me how your feel!』
「それだけの動機でこんなに世の中を引っ掻き回していいのか?」
DJ Gooは呆れ顔を浮かべがらも、美しい芦毛を靡かせターンテーブルを華麗に操る。ゴルシちゃんはムダに洗練されたムダのないムダな才能を多く持ち合わせているので、当然DJなど朝飯前。
まったく、それだけ多くのスキルを持っているなら、もっと世のため人のために活かせばいいのに、なぜそうしないのか。理解に苦しむ。
◆
スリットは世界を救う。
とだけ言っておこう。
◆
「というわけでライブも滞りなく終わったので、関係各所に心の中で謝罪を済ませたのでデジたんを愛でようと思う」
「雷だって光ってから音が聞こえるまで若干待ってくれるんだぜ?展開が急すぎないか?」
「結果的に会場の熱気は過去一だったし、いいじゃないか細かい話はその辺にポイ」
「あぁ、まあ、そりゃ、そうだが。……というか、スタッフその他裏方さん、あまりにも理解を超越した出来事が突如襲来したせいで、怒るとか取り乱すとかより先に、思考が止まってたよな」
「我ながら情報量が多すぎたと思ってるよ?でも仕方ないと思うんだ。この世界の言語じゃデジたんの尊さを表現できない」
「絶妙に話がズレてるいつも通りのお前で安心したぜ。アタシが言いたいのは、海外遠征中のチームメイトを勝手に追いかけ、ライブ演出家を洗脳してウマ娘たちに好きな衣装を着せてDJを呼ぶ、という一連の流れの情報量をどうにかしろって話だ。rar形式で圧縮しろ」
「デジたんかわいい」
「不可逆圧縮すんなはっ倒すぞ」
「ちなみにデジたんファンクラブの会員は『デジたん』という語彙のみで、イントネーション等々を微調整して意思疎通できるよ」
「怖っ……」
ちなみに本当の話だ。
まあ基本的にデジたんの素晴らしさに
「つか、どう事態に収拾つけるんだよ。菓子折り程度じゃ済まねぇだろ。いっそ開き直ってゴルゴル星の土地権利書とか、関係各所に渡しとくか?」
「デジたんファンクラブ会員証を渡しといたから問題ないよ」
「おおお……。まあオメーが言うんだから問題ないんだろーな、うん」
「とはいえデジたんファンクラブはクリーンで公正な組織なので、僕がやらかしたことの後始末とそれとはまた別の話だよ」
「えぇ……」
まあ、どっちにしろ問題はない。
僕はそういうの得意なんだ。つまり、後始末が。
「いやぁ満足、満足、大満足!香港まで足を運んだ甲斐があったよ!全てデジたんを布教するためだ!この世をデジたんで満たすまで僕は自らを省みない」
「反省しろこの迷惑ウマ娘が」
「イヤだね!僕は自分の歩んだ道に後悔などない!従って反省もまた、ない!」
「ダメなタイプのポジティブ野郎だコイツ。他人にかける迷惑の規模のデカさに気づいていながら省みねぇんだよな。しかも後に有耶無耶にするテクを心得てて、タチが悪い」
◆
夜、ホテルの一室にて。
あ、ホテルってのはちゃんとした文字通りのホテルで、変な意味はないからね。安心してくれよ。僕はデジたんの第一のファンにして友人以上の関係を築いていると自負してはいるが、ラインは越えないからな。そもそも、同じ部屋で眠ることなんざ、寮でもやってる。
「オロールちゃん?この部屋、ダブルだよ?急遽泊まる人数の変更したせいで、ツインベッドの部屋が空いてなかったから仕方ないとはいえ……」
「おおっと僕の脳内モノローグを読みおったなこの天才ウマ娘め。可愛いなぁ君は相変わらず可愛いなぁ。いいじゃないかダブルベッド。控えめに言って最高だ」
「変なことは……。いや、考えるわけがないですねヨネ同志。同志ゆえに分かりますよ、このシチュがどれだけ垂涎モノなのかということくらい、あたしにも理解できますよ。ただしッ!ラインは、越えないッ!そうだよね、オロールちゃん?」
「もちろんさぁ!」
「返事が怪しい……。いや、まあ、そんなこと絶対しないっていうのは分かってるんだけど……。こう、ヲタクとしては、どうしても、『ホテル』の三文字から既に並々ならぬオーラを感じてしまうというか」
「えっちぃ?」
「そうだけどっ!そうじゃないっ!」
「ふぅん?」
ヲタクの言うえっちぃ、という概念を哲学的に解釈してみると、シンプルなエロティシズムに帰結するわけでもなく、実のところソレは色々な感情の交錯の果てに導かれた概念なのだ。
正確に言うと、えっちぃはえっちぃだ。
その言葉は確かにえっちぃことを意味する。
しかし解釈とは如何様にも広がるものだ。
えっちぃ、を単なるエロティシズムとして解釈するのはあまりにももったいない。
とどのつまり、現代において用いられる「えっちぃ」という語彙には、ヲタク文化の影響が多大に含まれているため、意味の含有量が豊富なのだ。
視覚的な美しさだけでなく、単なる物理的なものの根源にある、生命のエネルギーとしてのリビドーすらも包括的に表現可能なのが「えっちぃ」というワードなのだ嘘です。全部嘘。
「あぁ〜デジたんかわいいすき」
「またいつもの語彙力低下が始まった……」
えっちぃとはデジたんのことだ。
昔のえらい人たちが自分で自分の思慮深さを体験しキモチよくなるために開発したリビドーとかアガペーとかそういうゴチャゴチャした概念とは一切関係なくシンプルに見ていて心が安らぐ存在、それがデジたん。
この世の全てはデジたんに帰結する。
ちなみにここまでの思考に要した時間は0.2秒。
「あ、そうだ。デジたん。マッサージしたげよっか?」
「えっ……………………………お願い、しようかなぁ」
「間。なんだいその間。迷うな。迷えば、敗れるぞ」
えっちぃくはないぞ、僕のマッサージは。
言っておくが「ガチ」だ。
スピカの皆の身体を労り、最高のコンディションを保つため、僕は責任を持って習得したのだ。マッサージ技術を。
「はい、じゃうつ伏せになって。服は脱がなくて結構。僕を喜ばせたかったら脱いでもいい」
「アッハイ」
彼女はパジャマのボタンに手をかけたが、脱がずにうつ伏せになった。
「ふふ、それじゃあまずは身体をほぐしてあげる。血行を促進して、君の筋肉の緊張をほどいてあげるからね。ゆったり、僕に、身を委ねてみて……」
「えっと、耳元で囁くのはマッサージの一環なの……?」
「囁き声にはリラックス効果があるんだ。研究でも証明されてる。愛を込めたウィスパーボイスに酔いしれてくれよ」
「怖いからやめてください」
「アッハイ」
「えと、それじゃあ、その……お、お、おおお願いしますっ?」
「僕に任せろっ!」
なめるなよ。
こう見えてしっかり勉強したんだぞ。
「ウマ娘は脚を酷使するから、しっかりケアしないと、ね。筋肉の奥深くから揉みほぐして、パーフェクトな快楽をお届けするよ」
「……おおおおおおおおあ゛っ」
デジたんがよく分からない声を漏らす。
「いい声だ。そうだろ?喘ぐ暇なんかないだろ?これが僕の本気だ。邪念ゼロだからなこちとら。君をひたすらにケアする」
「たっ、確かにっ、これはっ、すごっ……!むりやりエッッな声を出そうとしても出来ないくらいにシンプルなリラクゼーションがあたしを襲うっ……!」
「まだまだぁっ!筋繊維を一本一本縫い直すような心意気で僕はマッサージしてるんだ。ぶっちゃけ最初はちょっとエッッな雰囲気を期待したけど今となっちゃそんなことはどうでもいい!もう君の身体しか頭にない!」
君の身体(を癒して快適な睡眠をもたらすこと)しか頭にない!
「そういえば……。トレーナーさんもマッサージできるよね。ウマ娘ちゃんを教える立場ともなれば、そういう知識も必要なんだよね……」
「うん。あの飴オヤジも一応世間一般ではエリートの部類に入るから、かなりハイスペだ。マッサージも僕と同じくらいには上手い」
「自惚れてるわけじゃないのが分かりますよぉ……。オロールちゃんがマッサージ技術を習得した目的を鑑みるに、相当な熟練度であることは容易に予想できますからねぇ」
「やっぱり君、トレーナー向いてると思うよ。洞察力が高い。とにかく、トレーナーになるならマッサージを覚えておくべきだね。うん、それで今度僕の身体もぐちゃぐちゃにほぐしてくれよ」
「言い方がきもちわるぅぅぅう゛っゔぁ゛っ」
「発言には気をつけるんだデジたん。僕次第で君を一切のエロティシズムと関係ないシンプルなリラクゼーションによってもたらされる快楽に突き堕とすことが可能なんだぞ」
「堕っ、堕とされるッ……!?シンプルなリラクゼーション効果があたしを襲ってくるっ!待っ、ちょ、眠気が……」
「ンおやすみィっ……」
渾身のネットリボイスだ。
喰らってくれ、デジたん。
「スヤァ」
「よし、僕の勝ち」
ノリノリになりすぎて、最後には何と戦っているのか自分でもよく分からなかったが、とにもかくにも、隣の部屋にいたゴルシちゃんが翌朝白い目で見てきたことは確かな事実である。
うまゆる!見てると、僕の「何も考えず脊髄で書く」スタイルは間違ってなかったんだと安心します(?)
ウマ娘世界は実際かなり現実が垣間見えることが多い印象ですが、うまゆる時空しかり、まあぶっちゃけ何も考えず書くスタイルも許容されてると思うんです(適当)
適当じゃダメだな()
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ありえたかもしれない、もう一つの世界線
番外: HENTAIと傾奇者は紙一重
零課さんの「ハジケリスト世代だろ!」とのコラボになります
https://syosetu.org/novel/262555/
ストーリーの前後は脳内補完してください
とくに繋がりのない独立話となっております
要は頭のおかしいウマ娘は何匹いてもいいよねっていう話です
狂気の種類は問わない
勝ちへの執念だろうが、仲間への信頼だろうが、HENTAIであろうが、トンチキ歌舞伎者だろうが
ウマ娘は狂ってこそ意味がある(暴論)
そんなことはないですね、うん
久々の更新で喋りすぎましたわ()
相変わらず私事で申し訳ないのですが
小中高と美術が大っ嫌いだった私が
なぜか今さらイラストの練習を始めたので
物語を書く時間ががが……
長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。
◆ありえたかもしれない、もう一つの歴史
「……?なんか、妙な気分だ」
何気ない朝。しかし妙な気分だ。
ものすごーく妙な気分だ。
周りを見回しても、何か変わったことがあるわけでもない。でも、
「ん?なんだ、お前。起きるの早グブフォッ」
掛け布団を蹴飛ばし、ついでにゴルシちゃんも蹴っ飛ばすが、その漠然とした異物感は消えなかった。
「なんで蹴った?」
「いや、まだ夢を見ているような気分で……。確認のために」
「自分でやれよバカ。ほっぺ抓れよ。お前、ほんっとバカ。……ったく、今日はライブの練習なんだから、もーちょっと寝てたいんだよアタシぁ」
「君はそこで怠惰を貪っているといい。僕は朝練行ってくる」
まあ、僕がウマ娘で、デジたんのことを考えながら走ると脳汁が噴出することに変化が生じたわけではないので。
問題なし!
と、まあ。
僕はスタコラと外の空気を吸いに窓から飛び出したので、ゴルシちゃんが何か呟いたのを聞き取ることはできなかった。
「……いや待てよアイツ誰だ?」
◆
昼下がり。
僕はいつもの如くトレーニングに励んでいた。
……だが違和感は拭えない。
今日はデジたんセンサーが不調だ。
普段通り朝一番でアグネス部屋の窓を確認したが、いなかった。デジたんは僕が来るのを知ってるから、早くから朝練に行ったりはしないのに。その後も、学園内で彼女とは会えず。
違和感はそれか?いや、
ダンス練習室に来てみたが、やはり何かが違う。
「おー、お前もダンス練習か。なぁ、聞いてくれよ。今度のライブでケチャやろうと思うんだが、どうだ?ケチャ」
「……あー、ゴルシちゃんや。もっとしっかり日本語喋ってくれると嬉しいんだけど」
「よしツッコミいただき、いいノリだ。……ってんなこたどーでもいい。今日の議題は『いかにしてウイニングライブを改造するか』だ。ぶっちゃけな、最近のウイニングライブには面白みが足りないと思うんだよ」
「なるほど。それでケチャを……。バリ島の呪術儀式をやろう、と、そういう発想に至ったわけか。最高だ」
「だろぉ?」
「いいじゃないかゴルシちゃん。パーフェクトだ。寝起き2秒の僕にいきなりその話を持ちかけてきたこと以外は」
「トレーニング中にイルカよろしく右脳だけ眠らせてるお前がおかしいんだよなぁ……。何モンだよマジで」
「半分は起きてるから大丈夫。それで?パーフェクトなゴルシちゃんの計画ってのは、どんなもんなんだい?」
「パーフェクトだなんて、生ぬるいぜその表現はッ!スーパーウルトラブリリアントギガンティック!ゴッドカリスマラブリープリティーエンシェントなゴルシちゃんの、最強最悪ドメスティックオルタネイティヴバンドデシネなライブ計画!聞きたいだろ?」
「五文字でまとめてくれるかい」
「ナシゴレン」
「オーケー完全に理解した」
つまり僕はケチャすればいいんだな。
「ん、今から電話するからちょっと黙れお前」
「電話?唐突だね。誰に?」
「もう一人、協力者雇おうと思ってよ」
「ほぉー。君の人脈は恐ろしいからなぁ。そのうち別次元から誰かを連れてきそうでビクビクしてるよ僕は」
「電話すっから黙っとけ、息もするなよ」
「了解ッ!スゥゥ……」
コール音が鳴り始めた。
暇だ。
ヘモグロビンと戯れるか。
やあ君たち、最近調子はどう?いやはや、ムリさせてごめんね。でもゴルシちゃんが息止めろって言うもんだから、仕方ないんだ。あー?なるほどね?そっかそっか。うんうん、なるほど、それは彼氏が悪いね。
「出ねーわ」
え?そろそろ苦しい?
おいおい甘ったれるな僕のヘモグロビン。デジたんのためだと思えば二年は息止められるだろ?頑張れって。
あー、あーね?うん、分かるよ。デジたんの血液摂取したいよな。分かる分かる。でも、一応僕は健康体だから、輸血されることは万に一つもあり得ない。自らケガして血を貰う手もあるが、デジたんと一緒に走れる時間が減るので論外だ。残念だったな、ヘモグロビン。
「……!」
「酸欠で頭イカれてます、みたいな顔してるな。まあ元々イカれてるから大丈夫だと思うぜ?てかお前なんで息止めてんだ?」
「さぁ?なんでだろう。よく分かんないや」
「まあいいわ。とりあえずよぉ、アタシの方から電話して繋がることは滅多にないんだよな、アイツ。LANEなら……」
スマホをジャグリングしながら文字を打つゴルシちゃん。
その文字入力方法はレボリューションすぎる。
はてさて、回転するスマホからコール音が。
もちろん、ブッ壊れたわけではなかろう。
ゴルシちゃんのコントロール力を舐めてはいけない。
「よーぅ、ケイジか?……ああ、うん。そうそう、ライブをはっちゃけたヤツにしてやろーかと思ってよ。おう、んじゃ頼むわ、またなー」
「ケイジ?誰?」
「知らねーの?マジ?驚いたな、あのキャラなら日本中誰もが知ってそうなモンだが……」
「……?」
ウマ娘の名前、か?
ケイジ、ってのは。誰なんだ?
◆
学園には多くのウマ娘が通っているために、僕やデジたんでもない限り、全員を把握することは難しい。
つまり、僕とデジたんは生徒全員把握済み……。
の、はずなのだが。
「お好み焼きって、要するにマヨとソースが美味いのであって、それ本体の味は大したことないんじゃないか?いや、しかし……」
「おぅ!来てやったぜ!」
ゴルシちゃんが謎の独り言を諳んじる中。
彼女はドデカくバァーンと顕現した。
電話を寄越してから数秒後のことである。
うん、マジで数秒後。
ゴルシちゃんが「おう、んじゃ頼むわー」って言ってから1分もしないうちに、なんか来た。
そのウマ娘、デカい。とにかくデカい。
ゴルシちゃんがチビに見えるレベルでデカい。
アメリカ西海岸のビーチに居たとしても目印にされるレベルでデカい。2メートルをゆうに超える身長。デジたんが解脱してしまいそうなくらいに美しいプロポーゥションッ。
しかし、その服飾を見るに、かなり頭のブッ飛んだウマ娘であろうことは容易に想像できる。要するに彼女、
その佇まい、黒天に走る紅の流星、星空の髪を束ねるは、向かうは敵なし紅白しめ縄。
天下一の傾奇者とはまさにこのこと。ただ一歩踏みしめるだけでも、いよぉ〜っ、ぽん、と鳴物を打ち鳴らすかの如き歩調。
……何者だ?
心の声でも読まれたか、傾奇者は僕に手を差し伸べる。
「そっちのチビっ子は初めて見る顔だな?アタシはケイジだ。よろしくなァ」
「傾くために生まれてきたような名前だね。僕オロール。よろしく」
握手を求められる。
……デカいので僕からすりゃハイタッチだ。
向こうはロータッチ。
ハイ&ロータッチ。そういうバンドありそう。
っとそれはともかく。
もしかして、だが。
僕、別次元に干渉してないか?コレ?
なんだか朝から違和感があったんだ。
ほんの些細な違和感だ。ティッシュの枚数が一枚だけ違うとか、朝ごはんのニンジンが一本多いとか、そのくらいの。
だが、彼女……ケイジさんを見て確信した。
僕は彼女を知らない。
それはつまり、前世ですら見たことがないウマ娘。デジたん最推しとはいえ、ウマ娘そのものをこよなく愛する僕がまったく知らないとなると、モブウマ娘か……。
だが、ちょっと非情な話をしてしまうと、やはりネームドウマ娘というのはウマソウルに見合ったそれ相応のオーラを纏っているので、モブ娘ちゃんとネームドを間違えることはそうそうない。だから弱い、という話ではなく、モブウマ娘ちゃんが伏兵の如くゴール板を一番に突っ切ることもあるし、ブリッジコンプちゃんなんかはネームドに遜色ないオーラを放っているが……。
彼女には並々ならぬオーラがある。
こちらを威圧するような、皇帝の貫禄。
このヒリついた感触は、ひょっとすると彼女が皇帝の一族であるかもしれない、ということを意味している。
とすると、選択肢はただ一つ……。
それにしても。
「……デッカぁ」
2メートルはさすがにデカい。
「っと悪ぃ。ビビらせちまったかねぇ?アタシぁ見ての通り、ちとガタイがイイもんでな」
「ビビる?僕を舐めないでくれよ?こちとら財布を持たずに海外旅行した身だぞ。そっちのハジケリストと一緒にね」
「なるほどなァ。そりゃ期待できそうだ。ところでお前、ライブDJとかできるタイプ?」
「ウイニングライブでラップかましたことならあるよ」
「最高だ!ゴルシのヤツが面白そうな話持ってきたから来てみたが、コイツぁいい!」
ハジケリストことゴルシちゃんが繋ぐ新たな絆。
たまにはイイことするじゃないか、ゴルシちゃんも。
「じゃあ逆に考えて、マヨとソースを海洋プラスチックゴミにかけて食ったら美味いのか……?環境問題解決イケるか……?」
で、本人はいまだに独り言。
マジで何言ってんだろう。
今日はゴルシちゃんが珍しくハジけている。
いや、本来彼女はハジケリストゆえ、これが普通なのだが。
うーん、なぜ今日に限って。
「おいゴルシ。なんでこんな面白そうなウマ娘、紹介してくれなかったんだよ?」
「いや、今朝初めて会ったし」
「ゑっ?」
……?
え?
「ビビったぜ。朝起きたらアタシの横でコイツが最初からそこにいたかのようにフツーに寝てたんだよな。んで突然蹴り飛ばしてきた。その時アタシの直感が囁いたんだ、『コイツ、さてはデキるウマ娘だな』と」
「えっちょっと待ってゴルシちゃ……?ゴルシさん?ゴールドシップさん?で、いいんだ、よ、ね……?キミは」
「おう。天下のゴルシちゃんたぁアタシのことだ」
「んでそっちの……。ケイジさんは?」
「アタシ?アタシぁ……。はぁ、何も知らんぞ?だがまぁ、奇怪なこともあったもんだ。まるでお前、別世界から迷い込んだみてぇじゃねぇか」
そんなコラボ企画みたいな……。
……何言ってんだ僕。
今の僕が別次元から来た存在だからか知らないが、今日はやたらとメタ的なシーンが多い。
「アタシはこう見えてそれなりに器用だから、何か困ったことがあったら言ってくれ。アーク溶接の資格とか持ってるぞ?」
うぅむ、ハイスペック。
まだ出会って数分だが、このケイジさんからは「制御可能なハジケ」を感じる。つまり、僕やデジたんのように、抑えようにも抑えきれない狂気が結果的にハジケを生み出しているタイプのウマ娘と違い、彼女は自らを律してハジけている!
競馬には人の夢が託される。そして、「ウマ娘」という概念は、さらなる夢の託し方を人々に教え授けた。すなわち、「IF」「ORIGINAL 」のストーリー。
ケイジさんも、そんな人の夢を託されたウマ娘なのだろう。ソレ
まったく素晴ら……けしからん。
オタクは軽率にメアリー・スーも裸足で逃げ出す理想のキャラを生み出しがちだ。
おおよそ現実味のないオッドアイの瞳を有し、大した理由もないのに各種の特殊技能を持っていたり、努力という行為に一切の抵抗がなかったり、例えば完全記憶だとかの特異な能力を宿していたりして、そのくせストーリーでいまいち能力を活用し切れず一部設定が腐っているキャラなど論外だ。
「ぐぼぁっ」
「どうして急に吐血するんだよ」
「あ、申し訳ないッ……。いや、何か、脳内で手の込んだスーサイドをかましてしまったというか」
「はっ、ハッハッハ!やっぱりお前、見どころがあるな!そういうの嫌いじゃないぜ」
気に入られたようだ。
やはり、惹かれ合うのだろうか。
変わった生まれ、という意味で、僕たちは似たもの同士だからな。
「で?ウイニングライブを改造するって話、聞いてきたんだが。プランは?」
すっかり乗り気だな、このデカウマ娘。
というか、待てよ。
「僕を受け入れるの早すぎないか?」
「……まぁ、悪いヤツじゃなさそーだし」
「アタシもそう思うね。お前さん、なかなかセンスがいい」
マジかよ。
僕のいた世界のゴルシちゃんなぞ、僕のことをこの世で一番悪辣非道なウマ娘だと言ってきかないというのに。
「……しっかし、なんでまたこんなことになったんだ?ゴルシ、なんか心当たりあるか?」
「そういや昨日の夜、三女神様の像にさつま揚げ塗り込みながら『ケチャ』歌ったな。それかもしれん」
何やってんだよマジで。
……いや待て。
ケチャ、か。
呪術儀式。
え?それで?僕ケチャで召喚された?もしかして。
「なぁゴルシ、ケチャって混声合唱だろ?お前一人でどうやったんだよ?」
「ルーパー使った」
こっちのゴルシちゃんはそんなことで異界への門を開いちゃったわけか?冗談で言ってみたが、まさかホントに別次元から僕を呼ぶだなんて……。まあいいか。
「てことでケチャやろうぜケチャ」
「がってん承知!じゃゴルシ、お前プニャンロットな」
「お前が決めんなよ。まず全員意見聞いてからだ」
お分かりいただけるだろうが、どうやらこのウマ娘どもは、おそらく現代日本で生きているうちは確実に使わないであろうケチャの歌い方についてバッチリマスターしているらしい。いきなりパート分けの段階に入った。普通のウマ娘はついていけないんだよ、その会話に。
「僕はチャクリマがやりたい」
だが僕は普通じゃない。
ちなみに、プニャンロットもチャクリマも、れっきとしたケチャの歌い方である。
どうやら僕の次元移動とケチャには何か関連がありそうだし、ここでイモ引くわけにはいかないんだ。
「なるほど。とりあえず、やるなら本格的にやりたいからメンバー集めないとな……」
「なぁゴルシ。ケチャやって笑い取れるか?」
「あぁ……。確かに、シュールすぎるか」
「だろ?せっかくならよ、もーちと、こう、万人受けするようなヤツをやろうぜ!」
このウマ娘、デキる。
単純にライブをブチ壊すだけではない。
観客を楽しませる、という本来のライブのあり方を、この上なく理解している。ひょっとすると、ウマ娘の誰よりも。
それはそれとして、ケチャれないのは困る。
僕はケチャの謎を解き明かす必要がある。
「それなら……。コントはこないだやったし……。とりあえず漫才でもするべ?アタシがボケやるからお前ツッコミな」
くっ。この上なく「正気」のウマ娘が多い場だと、ゴルシちゃんにペースを持っていかれる。なんか負けた気分だ。悔しい。
「そいつぁいただけんなぁ。今回はアタシがボケをやりたい気分だ」
「んだよケイジぃ、オメーよ、ムダにデカいから、ツッコミ入れるのにもいちいち苦労すんだよ」
確かに、なんでやねんと胸を引っ叩こうにも、デカいからなぁ。手が届くか怪しいし、あと、
「つぅか、そのライブってぇのは、今度アタシとお前の二人が出る予定のレースのライブってことだよな?」
「まぁそーなる。オロールはステージに上がれねーが、しゃーねーな」
「じゃ僕が機材系を担当するよ」
「助かるぜ。頼むわ」
今更だが、どうして遥々次元を跨いできた僕がいきなりウイニングライブで漫才の手伝いする羽目になってるんだ?
◆
今さらだが、元いた次元じゃあ、僕はどういう扱いになっているんだろう。失踪?それとも時間が都合よく止まってたりして?
ま、何でもいい。問題はそこじゃない。
「デジたん……」
デジタニウムが足りない。
デジタミンもだいぶ危うい。
さらにはデジタノールもカラっカラである。
こっちのデジたんとはまだ話していない。
一応、姿を遠目で見た際に匂いは覚えたのだが、接触はしていない。
……冷静に考えると、別次元に迷い込んだ時点で、普通ならばめっちゃめちゃ慌てるべきなのだろう。
しかし僕は常に冷静ではないので、「デジたんがいればなんとかなる」と確信している。デジたんとの繋がりは宇宙を跨いでも消えることはない。そして、この宇宙にデジたんがいるのなら、それすなわち安寧の証である。
◆
レース描写はスキップだ。
皆、しばらくはRTTTでお腹いっぱいだろう。
……僕は何を言ってるんだ?
ケイジさんを筆頭に、今日はなんだか別の次元の情報が勝手に頭になだれ込んでくる。
とにかくウイニングライブだ。
……歌描写もスキップだ。
皆あの天才的振り付けに脳を焦がされただろう。
今日の僕はいつも以上に狂っている。軽率に
ま、とにかく、ライブは遂行する。
ネタもやる。
両方やらなくっちゃあならないってのが、変態ウマ娘のつらいところだな。覚悟はいいか?僕はできてる。
「……歌が終わった段階で出囃子を流す。次にイイ感じにクールなBGMをかける。と、まあ、あの二人はそれしか言わなかったが、裏方をやるこっちの身にもなってくれ」
出囃子はよくある「ェシギャーギャーギャーギャーギャーァン!」だ。その後はフリーBGMで頑張ってもらう。
『どもー!どもどもどもー!』
よく響く声だな、二人とも。
『パーフェクト・ウーマンズです!』
なんだそのコンビ名は。そんでもって、随分名乗り慣れてるなぁ。もしやこっちのゴルシちゃんは、ライブのたびに毎回こんなことやってるのか?
『突然なんだが、アタシ最近、とある趣味にハマっててよ』
『ほぅ?そりゃあまた、どんな』
結局、ゴルシちゃんがボケだ。
ケイジさんの高身長による位置エネルギーをフル活用したツッコミが光るだろう。
『マラソンの給水所にヨモギ大福を──』
まぁ、いつもの僕とゴルシちゃんのやりとりを書き起こしたような漫才である。文は崩れていないのに意味が通ってない、そういうアレだ。
「……あ」
見つけた。
観客席の後方。
山盛りの、しかし周囲の邪魔にならない程度の応援グッズを背負い込んで、天にも昇りそうな笑顔を浮かべる桃色髪のウマ娘が。
なかなか、楽しそうだ。
……競技ウマ娘を「歌って踊れて走れるアイドル」と捉える見方も、あるにはある。だが本質はそうじゃないのかもしれない。
歌が苦手でもいい。踊りが苦手でもいい。
それこそ、漫才が苦手でもいい。
固定観念に縛られず得意なことをやればいい。
得意じゃなくてもいい。
楽しい事なら、何でもいいんだ。
やる側も、観る側も楽しめるエンタテイメント。
そんなものは理想に過ぎない。
だが、その理想が僕の目の前に顕現している。
だって見てみろ。デジたんがあんなに笑っているのを、僕はいつぶりに見ただろうか。お正月にお泊まりしに行って、一緒に年末特番を見た時以来じゃないかってくらいの笑いっぷりだ。
「……ぐっ、僕の負けだぜゴルシちゃん」
デジたんを真に幸せの絶頂へと押し上げるためには、まず全てのウマ娘を幸せにしなければならない。僕の場合、目的地がデジたんであるから、打算的に全ウマ娘の幸福を願ってしまう側面がある。
だが、今ステージに立つ二人のウマ娘は……。
ゴルシちゃんはともかく、ケイジさんは間違いなく、損得の感情なしに利他的な行動を取れるウマ娘だ。
僕が「狭く底なし」の愛を持つとしたら、あの人は「広く深く」の愛を持っている。あ、深さについては譲れないね。僕のデジたんへの感情は控えめにいっても多元宇宙一なので。
短いようで長い旅路の果て。僕はゆっくりと目を閉じて、デジたんや仲間たちに想いを馳せた。
……ふぅ。
えー、あー。
あの、まだ僕帰れないの?
こう、今、いい感じのモノローグ入れただろ?
大切なこと学びましたー感、出したろ?
んで目を開けたら元の世界に戻ってるはずだろ?
そういうのがお決まりじゃないか、普通。
『──テロリストのくせに、つぶあんじゃなくて小倉あんにするこだわりを持つなよ!』
なんで目を開けたらこの世の終わりみたいな漫才が繰り広げられてるんだ?
ただオチに迷ってるだけか?
……とにかく。
今の所手がかりはケチャしかない。
この際、僕一人でケチャってみようか。
幸い僕は
確かゴルシちゃんは「三女神の像にさつま揚げを塗り込みながらケチャった」んだったな。何も別に、パンを尻にはさみ、右手の指を鼻の穴に入れて、左手でボクシングをしながら「いのちをだいじに」と叫ぶ、なんて無理難題を要求されているわけでもない。今夜早速やってみるか。
◆
「スゥゥ……シィリリィ……プン……プン……シィリリィ……プン……プン……ッチャーッ!!ケチャッケチャッケチャーケチャーァケチャーッ!!!」
次の瞬間、僕の視界は暗転した。
◆確かにそこにあった歴史
「……?なんか、清々しい気分だ」
「おはようございます同志……。もはや恒例だけど、気がついたらベッドに潜り込まれているあたしは蒸し暑い気分だったがぁ……?」
「リスポン地点がデジたんの隣とは粋だなぁ。今日も世界に感謝しておこう」
……今度のライブは落語でもやってみるか。
競馬知識に裏付けされた作品の魅力を私がぶち壊してやいないかと心配で夜しか眠れませんでした。
と思いましたがweb小説なんざ専門知識を蹂躙してなんぼじゃないか、と思い直し事なきを得ました。
あとウマ娘二次創作のコラボだー
ってお誘いいただいて
まったくレースしないってことあるぅぅ?
零課さん、ありがとうございました!
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