サンノウへ至る頂きへの道のり (森林 木)
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山の王ーサンノウケイデンスー
ウマ娘
それは人間とほとんど変わりない見た目をしている存在だ。
人間と違うのは頭頂部付近にその存在を主張する細長い耳と、尾骶骨からすらりと生えている艶のある毛並みをした尻尾。そしてその容姿は誰もが美しいと評するほど優れている。
なお。【娘】という言葉通り、彼女達は女性しか存在しないのだ。
そして何より人間を遥かに上回る身体能力を持ってる。
そんな彼女達は何よりも走ることが好きであり、彼女達が走るレースが世界的に人気な一大興行となっている。
彼女達はレースで走ることこそ生きがいであるという娘も少なくなく、レースの舞台に立つことを目指す娘は日本ウマ娘トレーニングセンター学園。通称【トレセン学園】へと進学し、学生同士しのぎを削り日々レースに出る為にトレーニングに精を出している。
「さぁ残り300m!この坂を一番に登った者が勝者だ!1番サンノウケイデンス!持ち前の登坂力を活かしてぐんぐんと先頭との距離を縮めている!先頭アマノカイセイにあっという間に並んだ!いや抜いた!そのまま抜き去った!なおも加速するサンノウケイデンス!ここは本当に坂なのか!どんどん差が開いてゆく!残り200!誰も彼女に追いつけない!後続との距離がぐんぐんと広がってゆく!残り100m!圧倒的大差!頂きの景色は誰にも譲らない!サンノウケイデンス!今一着でゴール!」
一人のウマ娘がゴールを通過すると辺りから割れんばかりの歓声が鳴り響く。
それに応えるようにそのウマ娘は両手を大きく広げて空を見上げる。
後続のウマ娘達はその姿を羨望の目で、あるいは怨嗟の目で見ながらゴールを俯きながら通過していった。
「富士
今、彼女達が行っていたのは自らの身体のみで走るレースではない。競技用の自転車に乗り誰が一番にゴールラインを通過するかを競うロードレースだ。
そう、両脚で地面を踏みしめ駆けることが全てじゃない。走ることが嫌いな娘はそう多くない。だが、走る以外にも道は多くあるのだ。
格闘技の道を進む者もいれば、記者になる者もいる。そして、レースを走るウマ娘を支えるトレーナーを志す者もいる。
そして、今このレースを走っていた彼女達は自転車で走る道を選んだのである。
だが、ウマ娘は誰しもが一度は夢にみるものだ。ウマ娘レースの最高峰である中央。そこで行われるレース、トウィンクルシリーズに出走することを-------
「はぁ~気持ち良かったぁ…」
昨日行われたロードレースの事を思い出しながらレースの優勝者、サンノウケイデンスは日課のサイクリングを楽しんでいた。とはいってもレースの翌日で、全身筋肉痛になっているため、距離は5Kmほどで速度も時折ママチャリをゆっくりと追い越す程度のスピードで走っている。
長い艶のある黒鹿毛をなびかせ走る姿に時折、振り向く人もいる。レーサーパンツという露出の多い服からのびる白く長い四肢がより一層その美しさを際立たせている。
サンノウケイデンスはゆっくりと自転車を漕ぎながら今後はどのレースに出ようかと思案していた。
ウマ娘の出場するロードレース自体まだまだ少ない。競技人口は少ないからだ。その為、賞金が出るレースなんてものは滅多になく人気の無さに拍車をかける。
だがサンノウケイデンスはそれでかまわなかった。ロードレーサーとしてプロを目指す気はなく、プロスポーツにしようという熱意もない。自転車で誰よりも早くゴールを抜けるだけで満足なのだ。
(やっぱ海外の方がレースは多いのよねぇ…でも流石に日本から出るのはなぁ…)
などと考えながら川沿いの道を走っていると視界の先に横たわっている人が見えた。
病人だと判断し速度を上げて倒れている人の元まで急いだ。
近づくにつれてそれが男性であることが分かった。
男性の元に辿り着くと素早く自転車から降り自転車をゆっくりと横に倒し男性に駆け寄る。
「大丈夫ですか!?話せますか!?」
「うーん…」
男性は鼻血を出している。暑さでのぼせてしまったのだろうか。だとすれば熱中症の可能性もある。真夏の川沿いでスーツで倒れていては命に関わる危険な状態だ。
サンノウケイデンスは自転車に取り付けたポーチから冷感タオルを取り出しボトルの水を含ませギュッと絞る。そのまま男性の胸元のボタンを外そうとした所で男性が何か呟くのを耳に捉えた。
「良い…脚だったなぁ…」
「…は?」
良い脚だったとはなんだろうか。考えていても仕方ない。意識があり呂律が回っていることを確認できたサンノウケイデンスは男性に質問を投げかける。
「あの、気分は如何ですか?ご自身で立てますか?」
「ん?あぁ、大丈夫だ。ちょっと蹴られて少し意識が飛んだらしい…」
「蹴られて…?ウマ娘にですか?」
ウマ娘は基本的に人と比べると圧倒的に身体能力に優れている。力加減を間違えれば大怪我させてしまうのだ。
「いやぁ…良い脚だったもんでつい触っちゃってさ…驚かせた拍子に蹴られちまったんだよ…」
「えぇ…と…」
不審者に話しかけてしまったとサンノウケイデンスは心の底から後悔した。本当に病人だったことも考えられる状況で救護に駆けつけた判断自体は間違っていなかったと自負しているが、それでも結果として面倒な人物に関わってしまったことにやるせない気分になった。
「…そうでしたか。では、とりあえず無事なんですね?」
「あぁ、心配させたみたいですまないな」
「では、私はこれで…」
サンノウケイデンスは男性に一礼すると足早に自転車を起こし、即座にその場から立ち去ろうとする。
「あ!待ってくれ!」
「なんでしょうか?」
男性の言葉を無視して走り去ってしまえば良いものを、サンノウケイデンスは律儀に立ち止まってしまった。
「君、凄い脚だな…良いハリだ」
「…触らせませんよ」
今更言うまでもないが、ウマ娘だろうがなんだろうが、人の足を勝手に触るのは痴漢行為である。警察を呼ばれなかっただけ温情というものだろう。
「いや、確かに触りたいけど違うんだ!俺はトレセン学園でトレーナーをやってる者だ」
「トレーナーを?」
トレーナーというのはウマ娘のトレーニングメニュー制作やレースの出走登録などウマ娘が全力で走る為のサポートをする仕事だ。そしてこの近辺にあるトレセン学園は全国にあるトレセン学園の中で選りすぐりのエリートが集う中央のトレセン学園だ。そして、そのエリート達を指導するトレーナーも一流を求められる。
そしてトレーナーという職はウマ娘の命を預かると言っても過言ではない。時速60Kmも出るレースで転倒などすれば怪我程度ではすまないのだ。その為トレーナーをする為に必要なライセンスは非常に取得が難しいとされており、中でも中央のトレーナーになる為のライセンスは毎年10万人前後の受験者の中で合格するのは僅か数%ほどであると言われているほど難解であるとされている。
そして目の前にいる男性はその選りすぐりのトレーナーだと自称している。
(胡散臭い…)
とてもじゃないが信じられなかった。
栄えある中央のトレーナーがこのような痴漢男がいるのかと愕然した。いや、もしかするとたまたま中央に来ていた地方のトレーナーである可能性もある。地方のトレーナーは中央のトレーナーと比べると10倍から20倍は受かりやすいと聞く。
「ほら、中央のライセンス」
男性は胸元のバッジを指さす。間違いなく中央のライセンスであった。レースにあまり関わらないサンノウケイデンスですら見れば分かるそのバッジはまごうことなき本物であると主張していた。
「それで、中央のトレーナーさんが何の御用でしょうか」
「君、もうトレーナーはいるか?」
「…私、トレセン学園の生徒じゃありませんよ」
「えぇ!?」
驚く男性をみてこのまま帰ってしまおうかという考えを見透かしたかのように慌てて止めに入る。
「ま、待ってくれ!君のその脚なら中央でトップクラスになれる!過去に受験で失敗したかもしれないが今なら余裕で合格できるはずだ!今年度、受験してみないか!?」
男性は真っ直ぐとこちらを見て訴えかけるような視線をぶつけてきた。
「すみません。私はトレセン学園に進学する気はありません」
「…そうか」
男性は残念そうにこちらを見る。
「では、私は失礼します」
「最後に、一つ聞いて良いか?」
「…なんでしょう」
「なぜ、君は走らない?」
「私は、走ることが嫌いな訳ではありません。ですが、私はこれを使って走ることが好きなんです」
サンノウケイデンスは自転車を軽く叩きアピールする。
「自転車?」
「はい。自分の脚で走るのとは違う快感、数十キロという長い道のり。その世界に私は魅了されたんです」
「そうか…何か別に熱中しているものがあるなら良いんだ。悪かったな」
男性はそう言いサンノウケイデンスを見送り、踵を返して歩いていった。
「はぁ…疲れた…」
自宅に帰ってきたサンノウケイデンスはベッドに倒れてこんだ。疲労を抜く為のサイクリングだったのにどっと疲れてしまった。
この後でショッピングセンターに買い物に出かけるつもりだったがそんな気分でもなくなってしまった。
(今日はもう、一日家に引きこもろう…)
そう決心したサンノウケイデンスはお菓子やジュースを引っ張り出して動画配信サービスを起動し、完全に引きこもる体制に入った。
(今まで見てなかった映画を消化する良い機会か)
そうしてサンノウケイデンスは思う存分、引きこもりを満喫した。明日からはまた自転車に乗るいつもと変わらない日々になると疑いもせず、満足感で心を満たしながら目を閉じた。
後にサンノウケイデンスはその日のことを『人生の大きな分帰路』になったと語った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
オリジナルのウマ娘以外も登場させる予定です。
追記:サンノウケイデンスの容姿の描写がすっぽ抜けてました。
申し訳ございませんでした。
ついでにこちらにプロフィールを書いておきます。
サンノウケイデンス:黒鹿毛、168cm B89・W56・H90、肌は色白で日焼けすると赤くなる。
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奇妙な縁
これからも投稿ペースは遅めが続くと思いますので思い出した時に覗きにきていただければ幸いです。
誤字脱字等もご報告いただければ幸いです。
先日、
とはいえ、ショッピングモールの中にはスポーツショップやホビーショップなど、ブティックなどの服飾店以外も多く入っており、ついつい目移りしてしまう。どこから見ようか悩みながら散策していると、書店の前で不安げな顔で辺りを見渡す3、4歳くらいの幼いウマ娘がいた。迷子だろうか、今にも泣き出してしまいそうだ。
声をかけようとした所で男性が迷子のウマ娘にかけ寄っていた。一瞬父親かと考えたが、その後ろ姿に見覚えがあり慌てて2人の元に駆け寄った。
「あの、その娘の保護者ですか?
「ん?」
迷子のウマ娘の前で屈んでいた男性はこちらに振り返ると驚いたように目を見開いた。
「あぁ!あの河川敷で自転車乗ってた娘!奇遇だな!」
にこやかに笑う男性はひらひらと手を振る。そんな普通の態度でもサンノウケイデンスは警戒せざるを得なかった。サンノウケイデンスの中でこの男はウマ娘に見境なく痴漢行為を働く危険人物なのだ。
「この娘、君の妹とか?」
「いいえ、他人です」
「んじゃやっぱり迷子か…」
男性もサンノウケイデンスも辺りを見渡すが子供を探しているらしい人は見当たらない。とりあえず探せる情報を得ようと質問を投げかける。
「ねぇ、お嬢さん。どうしたの?」
「ママ…が!いなくなっっちゃったの!」
「そっかぁ、大変だ。どこまでママと一緒だったの?」
「わかんない…」
「うーん…そっか。お嬢さんのお名前は?」
「…リナ」
「リナちゃんね。お姉ちゃんたちがママを探してあげるから」
目に涙をいっぱいにため込みながら必死に言葉を紡ぐリナにサンノウケイデンスはどうしようかと考ええた。
「ここって迷子センターとかあったかしら…」
迷子センターがあったとして勝手に連れていっていいのかどうか思案していると、男性は迷子の前に膝をつくとにかりと笑った。
「ほら、涙が引っ込む魔法の薬だ。これ食べたら元気になれるぞ!」
「…ママが知らない人からモノ貰っちゃダメって言ってた」
「しっかりしてるなぁ…」
泣き止ませようとリナに飴玉を渡そうとした男性はあえなく撃沈しひきつった笑顔をしていた。
「よし!とにかくママを探すか!」
「どうするつもりですか?」
男性は大きく息を吸込み、両手を口に添えた。
「リナちゃんのママはいませんかぁ~!?」
「ひゃっ!」
急に大声を出され、サンノウケイデンスは思わず身をすくめた。リナも目を見開いて男性の方を見ている。辺りにいた人達も一斉にこちらに目を向けた。
「ほら、リナちゃんもママ呼ぼう!」
「マ、ママー!どこぉ!?」
「うーん、見えてないかもしれないな。リナちゃん、
男性は身を屈め、リナに背を向ける。リナは戸惑いながらも男性の肩に足をかけた。
「それ!」
「うわぁ!高い高い!」
男性はリナの両足をしっかりと掴み肩車をした。それが面白かったようでリナもはしゃいだ様子だ。
「よし、ママを見つけるぞ!リナちゃんのママいますか!?」
「ママ~!どこ~!?」
サンノウケイデンスは思わずその光景を呆然と見ていた。あまりに原始的な方法であったために戸惑いを覚えた。
「ほら、君も!」
「は、はい!リナちゃんのお母さまはいらっしゃいますか!?」
3人で声を出し合いリナの母親を探していると、こちらへかけ寄ってくるウマ娘がいた。
「あ!ママ!」
リナはこちらへかけ寄ってくるウマ娘に指さした。どうやら彼女は母親のようだ。
「リナ!良かった…」
リナは男性の肩から降りると一目散に母親の懐に飛び込むように抱きついた。
「すみません、ありがとうございます」
「いやいや、困った時はお互い様ですから」
「無事に再会できて良かったです」
母親にお礼を言われ、リナちゃんの迷子問題は解決した。男性ともさっさと分かれショッピングを再開しようと考えていると母親は思い出したようにカバンを探る。
「そうだ、おふたりのデートを邪魔してしまったお詫びといってはなんですが…」
母親がカバンから取り出しのはスイーツバイキングの割引券だった。
「いえいえ、そんなお詫びだなんて…」
「その…私たちはたまたま会っただけで…」
きっぱりと断ろうとする男性に対しサンノウケイデンスはカップルに見られていたことに戸惑い、返答がしどろもどろになってしまう。サンノウケイデンスは中等部3年目、男性は恐らく20代前半に見えるのだが、これほど歳の離れていてもカップル見えるのだろうか。自身が実年齢より高く見られているのかと悶々と考えているサンノウケイデンスを横に会話は進んでゆく。
「いえ、お気になさらないでください。本当は今日使うつもりだったんですけど、予定が入ってしまって…期限も今日までなので、おふたりに有効活用していただければ幸いです」
「そういうことでしたら、ありがたく頂戴します」
サンノウケイデンスが悶々としている間に男性は母親からスイーツバイキングの割引券を受け取っていた。
「お姉ちゃん、
「お、おう!もうはぐれないようにな!」
「ママとちゃんと手をつないでおいてね」
ふたりで親子を見送ると、しばしの静寂が訪れる。
「それで、行きますか?デート」
「口説いてるんですか?ごめんなさい用事があるので無理ですごめんなさい」
「待った待った、冗談だって…」
冗談を言い合う間柄ではないだろうと辟易するサンノウケイデンスに男性は苦笑いをした。
「まぁまぁ、甘いモノでも食べて落ち着こうぜ。ここで会ったのも何かの縁だし、俺が奢るからさ」
(胡散臭い勧誘みたい…)
「なんで私を誘うんですか?彼女でも呼んだらどうです?」
「彼女なんていねぇよ…いや、2人で母親探ししたんだから、報酬も2人で貰おうぜ」
ひらひらと割引券を仰ぐ男性にサンノウケイデンスは少し考え込む。男性の身元は明らかになっているし、トレセン学園からも離れていないこの場所でそう危険なことはしないだろう。そしてリナの母親の善意を無下にしてはいけないだろう。そう考え、スイーツバイキングをご馳走になることに決めた。決してスイーツバイキングの期間限定デザートに釣られたわけではない。
決して。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
現在各話3000字前後で執筆しているのですが、長かったり短く感じているのでしょうか。
2話は元々6000字を超える予定でしたが分割して投稿しようと変更したので、次話は極力早く投稿できるよう努力します。
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スカウトはお茶会にて
執筆する時間を確保できずに過ごす日々でした。
しばらくは時間がとれそうなのでペースを上げるよう努力致します。
「それで、何が目的なんですか?」
「え?」
とぼけた表情で口いっぱいにケーキを頬張る男性にサンノウケイデンスはため息をつきながらガトーショコラを口に入れる。
(あ、美味しい)
ゆっくりと咀嚼し、ごくんと一息に飲み込んだ男性はシニカルな笑みを浮かべる。
「そんな警戒しなくたってとって食ったりしねぇよ。ただ世間話しようってだけだ。俺をなんだと思ってるんだ…」
「見境なしにウマ娘に痴漢を働く危険な方だと」
「いや!それは…傍から見れば否定できないが…」
尻すぼみに言葉の勢いを失う男性にサンノウケイデンスは辟易した。そもそも、リナの時も声をかけたのが彼ではなかったらサンノウケイデンスはその場を去っていっただろう。まさかあれほど幼い娘の足まで触ろうとするのではないかと反射的に考え介入したのである。
「そういえば、肩車したのってまさか足を触る為に…」
「いや違う違う違う!あれはあやそうとしただけで他意はない!第一、俺が触るのはアスリートの鍛えられた脚で」
「なんで私は貴方のフェティシズムを聞かされているんですか…」
大きくわざとらしくため息をつくと男性は苦笑いした。やはりスイーツバイキングに来るべきではなかっただろうかとサンノウケイデンスは後悔しはじめていた。
「そうだ、なんやかんや名前も聞いてなかったな…君の名前は?」
「…サンノウケイデンスです。長いと思いますのでお好きにお呼びください」
「そうか、ならケイデンスって呼ばせてもらおうかな」
正直、名前を教えるのはどうかとも考えたサンノウケイデンスだったが知られて困ることもないだろうと考え男性に伝えた。
「それで、何を話すんですか?」
男性が口を開けて何か言おうとしていたが、それを遮ってしまった。男性はそれを気にすることなくサンノウケイデンスの質問に答えた。
「そうだな…ケイデンスが自転車に乗る理由とかかな、ウマ娘のロードレーサーって珍しいだろ?プロリーグも確かイタリアだけなんだっけ?なんで自転車に乗ってんのかなって、素朴な疑問だよ」
「自転車が好きだから。その説明では不足でしょうか。以前にもそうお伝えしたかと思いますが」
「いや、言い方が悪かったな。自分の脚じゃなく、自転車で走ろうと思ったきっかけってなんだ?」
「きっかけ…ですか…」
サンノウケイデンスはふと思案する。自転車に乗るようになったのは中等部に上がって間もない頃、自然学習の一環でたまたまマウンテンバイクに乗ったことが始まりだった。高速で移り変わる大自然の景色、自分の思い通り進まないじれったさ、そしてどこまでも遠くへ行けてしましそうな感覚。今まで走ったどのレースより刺激的な体験だった。
やがてロードバイクと出会い、自分の脚だけでは到底走れない距離を自分の身体を使ってレースの十倍以上の距離を走った感動は今でも忘れられない。
そしてその時に、『私の走る道はここだ』と。そう感じたのである。
その経緯をかいつまんで男性に話すと、うんうんと頷いていた。
「なるほどなぁ…それでも、走る機会はいくらでもあったろ?レースはもう走らないのか?」
「機会があれば走ります。実際、学校の授業でも走りますし」
「あれをレースって言うのはなぁ…」
レースに出る気がない、もしくはトレセン学園に入学できなかったウマ娘でも普通校には通うのだ。その普通校では人とウマ娘の共学ではあるが、身体能力の差から体育の授業は分けて行われる。その中でレースを行うこともあった。
レースを走ることを目指すウマ娘であれば、基本的にトレセン学園に入学する。その理由はコースがきちんと管理されているからだ。
対して普通校で走るのは人が走る運動場だ。一周600m程度の短い、ダートとも言えない砂利混じりのコースのため、大したスピードも出せない。レース場として考えると最悪の環境だ。
「そうだ、今度走りに来ないか?」
「は?」
突拍子もない男性の発言につい間抜けな声を出したサンノウケイデンスは恥ずかしさを紛らわせるために軽く咳払いをし、男性を睨む。
「私はトレセン学園に全く縁のない部外者なんですけど、そんなに簡単に入れるものなんですか?」
「まぁ、なんとかなるだろ」
「そんな適当な…」
仮にもウマ娘育成機関の最高峰であるトレセン学園のセキュリティが甘い訳がない。適当なことを言っているんじゃないかと男性の表情を窺うサンノウケイデンスだったが、どうやら本当にどうにかなると考えていそうだ。
「まぁ、いいです。わざわざ面倒なことしてまで走りたい訳じゃないので」
そうそっけなく言い放つとサンノウケイデンスは腕時計に視線を落とす。もうすぐスイーツバイキングも終了の時間だ。ここで立ち去ればもう二度とこの男性とは出会うことはないだろう。安堵したサンノウケイデンスは紅茶を飲み干し席を立とうとした。
「そろそろ時間ですね。では、私は先に失礼します。ご馳走になりました」
「なんだ、急ぎの用事でもあるのか?延長してもいいぞ?まだ足りないだろう」
その言葉にサンノウケイデンスは一度浮かせた腰を再び下ろすことになった。いや、誘惑に負けてはいけないとサンノウケイデンスは決意をみなぎらせた。
「レースを走らないウマ娘をどうしてそこまで相手しようとするんですか?」
「走らせたいからだよ。だからどうにか走る気にならないかなって期待しながら話してた」
真っ直ぐにこちらを捉える男性の視線にサンノウケイデンスは思わずたじろいでしまう。何故自分にここまで執着するか分からない恐怖か。はたまた裏表のない少年のような純真さを感じたからかは分からない。
「レースに出たい娘はごまんといます。それこそ、トレセン学園の中にだって」
「君の走りが見てみたいんだ。その脚がどんな走りをするか見てみたい」
「本当にそれだけですか?なら、一度走れば満足しますか?」
そう言うと、今まで話し続けていた男性が初めて黙り込んだ。目を瞑り大きく深呼吸をしたのち男性は再び口を開いた。
「最近はさ、中々ないんだよ。オグリキャップやスーパークリーク。黄金世代や、BNW…強者達が鎬を削りあうレースが…かといってシンボリルドルフやマルゼンスキーのような圧倒なスターがいるわけでもない」
確かに近年のレースは、キタサンブラックとサトノダイヤモンド以外にトゥインクルシリーズで目立った戦績を残すウマ娘はいなかった。
そのため強いウマ娘がほとんどいないレースに見応えがなく、
今までウマ娘の本格化が見られるトゥインクルシリーズが人気を博していた。ウマ娘の成長を間近で見られる点がドリームトロフィーシリーズとの大きな違いだ。
もちろんドリームトロフィーシリーズの人気がないわけではない。ドリームトロフィーシリーズは現役最強のウマ娘を決める舞台だ。つまり、レースに出る誰もが超一流のウマ娘なのだ。
同じように誰が勝つか分からないレースでもここまで人気に差が出るのは、スター性のあるウマ娘がいるかいないか。これに尽きるだろう。
「俺は今年までチームスピカのサブトレーナーとしてウマ娘を見てきた。来年からは一人前のトレーナーとして一人のウマ娘を担当するんだ」
「チームスピカって…あのスピカ!?」
チームスピカは中央トレセン学園においてチームリギルと比肩する二大巨頭と言える常勝チームだ。メンバーは少数だが、サイレンススズカやスペシャルウィーク、メジロマックイーンやトウカイテイオーなどのG1レースで華々しい功績をあげ続けているウマ娘が在籍しているチームだ。
現在はメンバーのほとんどがドリームトロフィーシリーズに出走しているトレセン学園の顔とも言える存在だ。
そんなチームをまとめる沖野トレーナーはウマ娘を見るだけで体調の変化が分かる慧眼の持ち主であり、唯一無二のカリスマ性を持った存在だ。ウマ娘もそんな彼を信頼してトレーニングに励んでいると聞く。
そして、そんなチームのサブトレーナーを務めているということはこの男性も有能な人物なのだ。にわかに信じられないが。
「あんなウマ娘達を間近に見てるんだ。嫌でも目が肥えたって訳だ」
「つまり、強いウマ娘を育てた実績が欲しいということですか?」
「いや、そういうわけではないんだよなぁ…別に強くなくたって良い。ただ、強く、速くなり続けたいって意志を感じるようなウマ娘を探してるんだよ」
例えばハルウララとかな。と続ける男性は
「でも、最近は程々に勝てば満足って娘が多いように感じてな。G1で勝ったらもう十分って感じでそれ以降一度も勝利することなく引退した娘もいた。でもレースってそんなものじゃないだろ?誰もが勝利を渇望し、人々を沸かせるモノだろ?もっと熱いレースが見たいんだよ!最近じゃ地方とレベルが変わらないんじゃないかって言われ」
「待って待って、あなたの熱意はよく伝わりました。だからもう大丈夫です」
いつまでも語り続ける男性を制するように言葉を遮るサンノウケイデンス。やはりもう帰るべきだ。そう判断するに十分な面倒さだった。
「あぁ、悪かった…つい熱くなっちまった…とりあえず、俺の名刺渡しとくから、なんかあったら連絡してくれ」
男性はポケットから名刺入れを取り出すと慣れた手付きでこちらに差し出してきた。
名刺には『日本ウマ娘トレーニングセンター学園 専属トレーナー 番 一』と書かれていた。
「…ばんいち?」
「おっと、そういえば俺の名前を言ってなかったな。こりゃ失礼」
男性は椅子から立ち上がり、親指を自分に向けにかりと笑った。
「俺は
「あぁ、番さんですか。そうですよね。普通名刺ってフルネームですよね」
「おう、間違ってもパンイチとか呼ばないでくれよ?」
「言いませんよ。学生時代いじられたんですか?」
「今でもだよ…」
被りを振り、やれやれと肩をすくめる男性に、サンノウケイデンスはもう胡散臭いとも何とも思わなくなっていた。
ただ適当に話を終わらせ帰りたいという一心であった。
「では番さん。今日はご馳走になりました。ではさようなら」
「おう、気が変わったらいつでも連絡してくれ」
手を振る男性をちらりと見ると素早く踵を返しサンノウケイデンスはその場を後にして真っ直ぐに駐輪場へと向かった。買い物に来た目的を何も果たしていなかったが、もうこの男性に関わりたくないという思いが強かった。
(服はまた来週にでも買いにいこう)
そう考えてサンノウケイデンスはショッピングモールを後にした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
まだレースを走るのは先になりそうです。
極力早くレースを走らせたいと考えておりますので、ふと思い出した際に覗いていただければ幸いです。
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町を駆ける少女
改めて読み直して明らかにおかしい点の修正や、未開の地に連行されたりと予定が大幅に遅れてしまいました。
もし、よろしければお暇な際に読んで頂ければ幸いです。
早くレースも書きたいと考えております。
サンノウケイデンスはいつもと同じように川沿いをサイクリングしていた。8月最後の週となり、夏休みもいよいよ終わりを告げる。中等部3年のサンノウケイデンスは、より一層受験勉強に集中しなければならない時期だ。だから思い残すことの無いように思う存分自転車に乗っているのだ。先週の1週間で累計1000kmの走行ツアーも今日で達成出来た。充実した日々を送り非常に満足していた。
「さて、残り1週間は何しようかなぁ…」
やり残したことがないかと思案しながら走っていると、ふと思い出した。
「あっ、服買ってなかった…」
あの
(あのショッピングモールに行ってまたばったり会うことないよね?)
そうそう出くわさないとは思うものの、会ってしまう可能性を否定できず、ショッピングモールへ行く気は失せてしまった。
「よし、商店街のお店でも見てみようかな」
サンノウケイデンスはそう決めると自宅へと自転車を走らせた。
帰宅したサンノウケイデンスはシャワーを浴びて着換えを済ませると商店街にある馴染みの古着屋へと足を運んだ。
「いらっしゃい。あら!ケイちゃんじゃない久しぶりねぇ~元気にしてる?」
「はい、お久しぶりです」
「また身長伸びたんじゃない?足も長くてモデルみたいじゃない羨ましいわぁ~!ほら、見てよ私の足!大して長くもないし、大根みたい!主人なんて、この前ハムなんて言ったのよ!失礼しちゃうわよねホント!」
「相変わらずお元気なようで安心しました…」
ぐいぐいとくる古着屋のおばさんにサンノウケイデンスはひきつった笑みで作り笑いをする。悪い人ではないのだが、グイグイくるタイプは少し苦手であった。思えば、あの男性もかなりグイグイきていたなと思い返した。
「女の子なんだし、もっといっぱい服買っていきな?うちは安物ばっかだから。まぁ、古着屋ってそういうもんだけどね」
「えぇ、これから洗濯物も乾きにくくなりますし、そうしますね…」
正直、サンノウケイデンスはサイクルジャージか制服かパジャマを着て過ごすことがほとんどで、1、2着あれば充分なのだが話が長くなりそうなので適当に流しておくことにした。
「まいど!今度はもっと買ってってね!」
「また来ます」
適当な服を見繕ってさっさと買い物を済ませ帰宅しようとしていたサンノウケイデンスは、昼食のおかずでも買って帰ろうと遠回りをして度々訪れるお惣菜屋に向かう途中、視界の端に嫌なモノを捉えてしまう。
「ふ~、何買おうかなぁ~給料日は懐があったまるなぁ~」
鼻歌まじりに商店街を練り歩くのはあの男性だ。
(なんでこう私の行く先々にいるの!?まさかストーカー?いや、でも私を探してる感じじゃないな…)
まぁ、どうせ二度と関わらないと決めたのだ、深く考えても詮無き事だとさっさとこの場を立ち去ろうと歩みを進めていると耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。
バっと後方を振り返ると、黒い覆面を被った男が到底似合わない女性モノの鞄を持って走ってきている。どうやらひったくりのようだ。
「な、なんだ!?」
男性が財布を片手に呆然としているとひったくりは素早い動きで財布をひったくり、路地裏へと逃げ込んだ。
「あぁぁぁぁ!俺の今月の給料がぁ!!待てこの野郎!!!」
男性も慌てて後を追おうとした所でゴミ箱に足を引っ掛け盛大に転んでいた。
「なにしてるんですか…私が追ってきます!」
「あっ!君は!」
男性の言葉を聞く気など更々無いと語るように素通りしてひったくりが逃げ込んだ路地裏の方へと駆けるサンノウケイデンス。
「げ!?ウマ娘!?」
「さっさと諦めて荷物と財布を返しなさい!」
「へっ!誰が大人しく返すかよ!」
ひったくりはゴミ箱を倒しながら逃げてゆく。それらを避けながらサンノウケイデンスはひったくりを追跡する。ウマ娘が人より足が速いことを踏まえても、障害物を避けながら細い路地裏を走るとなると、速度が出せず、距離が中々縮まらない。
(でも、この先は大通り…障害物もないし人も避けやすい。捕まえられる)
そう考えたサンノウケイデンスはひったくりが路地裏からどちらに曲がるかを注意深く見ながら追走する。頻繫にこちらを確認しながら走るひったくりは路地裏から右に曲がった。
「おら!よこせ!」
「うわっ!?」
聞き覚えのある悲鳴に思わず足を止めてしまう。サンノウケイデンスが路地裏から大通りに出ると、右手側には尻餅をついた初老の自転車店の店主と
「おじぃ!大丈夫!?」
「ケイちゃん!あいつケイちゃんのバイク盗ってきやがった!」
「あいつ…ふっざけんなぁ!!」
店主の言葉を聞くや否やサンノウケイデンスは全開でひったくりを再び追い始めた。自分の自転車を盗られて冷静さを失い、どう止めるかまで考えずに走り出した。
今日乗っていた自転車はクロスバイク、いわゆる街乗り用と呼ばれる彼女のスペアバイクだった。そして今ひったくりが乗っている自転車はレースなどを走る本格的なロードバイク。彼女の愛車であった。それを盗む行為は、冷静さを失わせるには十分なモノだった。
ひったくりとの鬼ごっこから約10分ほどが経過していた。ひったくりとサンノウケイデンスとの距離は2、300mほどの距離を保っていた。
「くそ!しつけぇな!ウマ娘って2、3000mでバテるんじゃねぇのかよ!漕ぎづれぇしよ!」
恨めし気にひったくりはそう吐き捨てながら必死に自転車を走らせる。確かに日本のレースは長くとも3600mを超えるレースはない。しかし、彼女たちはその距離でスタミナを使いきるよう計算して走っているだけで、速度を落とせばより長い距離を走ることは可能である。更に、慣れないロードバイクに乗っているひったくりはギアチェンジが出来ず、加速の為に低いギアで懸命にペダルを回している。この10分間の二人の平均時速は約25km。最高時速80km近くになるレースに比べて非常にスローペースで走り続けていることが、サンノウケイデンスが未だに追走できている理由の一つである。
ならば、サンノウケイデンスがひったくりに追いつくことは容易だがそう簡単ではないとひったくりを追走している最中に頭が冷え、気付いたのだ。いくらウマ娘にとって微速である時速25kmといえど、人にとってはかなりの速度である。ぶつかれば重症を負うことも考えられ、運が悪ければ死亡事故すらあり得るのだ。そんな相手を強引に止めれば重症を負わせてしまう可能性があるため、迂闊に止められないのである。何より、大事な自転車が傷付くことを恐れていた。
どうしようかと思案していると、二人の前には斜度10%の長い登り坂が差し掛かっていた。
(ここだ!)
サンノウケイデンスはひったくりが登り坂に入り減速した瞬間を見計らい一気に加速する。登り坂で速度が落ちた所を抑え、捕まえることで被害をなくそうと考えたのだ。
「ふっ!」
「なにぃ!?」
300mほど離れていた距離を一息で詰め、ひったくりの肩を掴み強引に停止させる。必死に振り払おうとするが、ウマ娘の力にかなうはずがない。それでも強引に自転車に乗ろうとして自転車ごと倒れた。自転車が倒れたことに動揺したサンノウケイデンスはひったくりと共に倒れた自転車を呆然と見ていた。倒れた際に打った場所が悪かったのかひったくりはうめき声をあげていた。
「おーい!大丈夫か!?」
「あなたは…」
坂の上からバイクに乗って下ってきた男性はサンノウケイデンスたちの前で停車しフルフェイスのヘルメットを外してこちらにやってきた。
「番さん」
「おう、お手柄だったな」
肩をポンポンと叩く男性の手をけだるげに払いのけサンノウケイデンスは今までの疲労を吐き出すように大きくため息をつく。
「どうしてこの場所が?」
「お前が走っていった方向を聞いて、ここに来るんじゃないかと思って先回りしたんだ」
「そんな事が…?」
「ま、ほとんど勘だけどな」
「はぁ…」
頼りないが、大人が来たことの安心感や、疲れ、ひったくりを捕まえたことで完全に気を抜いていたサンノウケイデンスはひったくりが立ち上がっていることに気が付くのが遅れた。
「危ねぇ!」
「きゃ!?」
男性はとっさにサンノウケイデンスを抱えて倒れ込んだ。サンノウケイデンスの視界には、青空に銀に煌めく一閃が描かれた。
「な!?」
ひったくりは懐に忍ばせていたナイフを握りしめていた。目が血走り、息を荒げていてどう見ても興奮していて正気には見えない。
「すみません!誰かさん借ります!」
「ぐおっ!」
男性は倒れた自転車を持ち上げそのままひったくりに突っ込み押し倒した。倒れた拍子にナイフを落とし、ジタバタと暴れているひったくりだったが、押さえつける男性の力が強くびくともしない。それをサンノウケイデンスは放心しながら見ていた。いきなり刃物を向けられたことや、大事な自転車を武器として使われているなど、今までの人生で経験したことのないことが同時に起こって混乱してしまっていた。
「この!暴れるな!」
「離せ!この野郎!」
ひったくりが必死で自転車を殴りつけてずらそうと抵抗している最中でウマ娘の優れた聴力が、パキリと乾いた音を捉えた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
男性とひったくりは突然悲鳴を上げたサンノウケイデンスに驚きピタリと動きが止まった。サンノウケイデンスは先ほどまで男性が被っていたヘルメットを手にしていた。
「こ…」
「「こ?」」
「このばかぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐぉっ」
サンノウケイデンスは怨みを晴らすようにヘルメットをひったくりの頭部、顔面目がけて投げつけた。間抜けな声をあげ、ひったくりは気絶してしまった。もちろん、全力で投げた訳ではないが、それでも意識を刈り取るには十分な威力だった。
その後、駆け付けた警官によりひったくりは逮捕され盗まれたモノは全て無事に戻ってきた。サンノウケイデンスの自転車を除いて。
「あぁ…その、悪かった。あの場ではあれしか思いつかなかったんだ…」
「良いですよ。命が掛かっている場面で自転車を壊すなとは言えませんし…」
サンノウケイデンスの自転車はカーボンという素材でできているモノだ。これは鉄やアルミより軽く強度も高いという優れた素材なのだが、反面、傷や割れには弱い性質を持っている。つまり、今回見事にフレームがひび割れ、修繕不可能。廃車になることが決まった。
「はぁ…」
あの場面では仕方がなかった。武器を持った相手に丸腰では非常に危険だった。何度も自分にそう言い聞かせ表情を暗くするサンノウケイデンスに男性は申し訳なさそうに声をかけ続けていた。
「原因はあいつかもしれないが、君の大事な自転車を壊してしまったのは俺だ。せめて、弁償させてくれ」
「気にしないでください。助けてくれた相手にそんなこと言えません。改めて、助けてくださってありがとうございました」
深々と頭を下げるサンノウケイデンスに男性は居心地が悪そうに視線を動かして頭を掻く。
「なんか、気恥ずかしいな面と向かってお礼言われるの。大人として子供を守るのは当然なんだ。それこそ気にしないでくれ」
「なら、お互い様です」
「そうか、ならお互い様ってことにするか」
そう快活に笑い飛ばす男性にサンノウケイデンスは思わず笑みをこぼした。こんな子供みたいな大人がいると思うと少し愉快な気分になった。
何はともあれ、この騒動は収束した。サンノウケイデンスは今後は勉強に集中するべく外出も控えるだろう。今度こそ、彼と出会うことはないだろうと思うと少し寂しい気持ちにもなった。僅かな時間しか会っていないこの男性に情でも移ったかと内心ほくそ笑む。
(自転車が壊れた事はしょうがない。むしろ勉強に集中するために丁度良かったかもしれない。気分転換のサイクリングはスペアバイクでも問題ない)
そう自己暗示している最中に男性はおずおずと尋ねてきた。
「ちなみに、あの自転車って高いんだよな…?いくらくらいなんだ?」
「そうですね…フレームが60万、ホイールで15万、ブレーキとか、ギアとかはパーツ組み換えたりしてたから…総額は100万近くになると思います」
「ひゃ…」
男性はすっと血の気が引いて青ざめた表情で「給料が別の理由で消える所だった」と消え入りそうな声で呟いた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
投稿ペースは不定期になりますので思い出した際に読んで頂ければ嬉しいです。
誤字脱字など、ご指摘いただければ幸いです。
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~幕間~ 番 一の備忘録
本話は現在どうなっているかなどを書きなぐったような駄文で、読み飛ばしても支障のないように心掛けて執筆を続けたいと考えています。
ウマ娘を見た。それは、修学旅行の自由行動中。班員全員の行きたい場所が見事にバラバラだった。そこで、集合時間を決め、それまで各々別の場所を観光しに行った。そして見事に迷った。うっかりバスの中で寝過ごし、気が付けばだだっ広い田畑や空き地が広がっている場所に着いてしまったのだ。もちろん焦りに焦った。だが、当時はスマホなんて便利なものもなく、支給品の携帯も班のリーダーにしか持たされていない。どう帰れば良いか分からず辺りに人がいないかを見回した。そこで見つけたのが自分よりも幼い、小学校の低学年ほどのウマ娘を見つけたのだ。
ホッとしたからか、今すぐ声をかけに行けばいいものをつい見惚れてしまっていたのである。彼女が特別速いわけでも、独特な走り方をしていたわけでもないのに。ウマ娘を生で見たことは幾度となくある。クラスメイトにも何人かウマ娘がいるし、レース場に行けば最速を競い合うウマ娘達も目にすることもできる。珍しい存在ではないのだ。にも関わらず、彼女から目が離せない理由はなんだ。しばらく、何分だったか何十分だったか分からないが彼女をじっと見つめているうちに、はっと気が付いた。
ずっと一人で走っていることに。それなのに今まで見てきた誰よりも幸せそうに走ることに。
ウマ娘達は走るのが好きだ。これには勿論例外は存在するが、日本人は几帳面な人種だというレベルではなく、遺伝子的に走ることを好む種族だとまで言われている。そして、そのほとんどは最速を競い合いたい競争心から走るのが好き、誰かに勝ちたいという想いで走っているらしい。しかし、彼女は誰と競っているわけではない。自分の思うままに。移り変わる景色を楽しんで走っているように見えた。
その姿にときめいた。気が付けば口を開けっ放しに彼女が走っている姿を眺めていた。この光景が、トレーナーを志すようになったきっかけだと今になって思う。
結局、その後彼女が休憩するまで眺めており、そこでようやく本来の目的を思い出した。すぐさま彼女の所へ駆け寄りいきなり声をかけたせいか、見知らぬ人に声をかけられたからか警戒していたが、単刀直入に迷子であると伝えると、彼女は「お兄さんなのに迷子になるんですね」と笑い、年相応の可愛らしい笑顔を見せた。彼女は近くにあった民家に両親を呼びに行ってくれた。彼女が事情を話すと父親は膝を叩いて大笑いし、母親は「主人がごめんなさいね。ここ娯楽が無いからこんなことでも面白いのよ」と上品に笑みを浮かべた。
その後、自宅に招待され自家製の沢庵や人参の煮っ転がしを頂いた。野菜の美味しさに気付いたきっかけもこの時だった。美味しい食事を頂いた代わりに中央のレースはどんな様子か、東京にはどんなものがあるかを彼女に話した。両親も長いこと東京には来ていないそうで興味深げに話を聞いていた。
そうしていつの間にか一時間が経っていることに気付き、慌てていると父親は年期の入った軽トラを指差し「送ってやるよ」と言ってくれた。彼女たちとの別れを惜しみつつ軽トラに乗り込んだ。
「また、来いよ。まぁ、こんな所寄ること無いか」
父親は豪快に笑いながら軽トラを走らせ、集合場所にまで送ってくれた。「よくこんな所からうちまで来たな」とニヤニヤと笑っていた。土産にと先ほどの沢庵や、野菜を持たせて降ろして貰い、走り去る軽トラが見えなくなるまで手を振り続けた。
修学旅行は無事に終え、地元に帰ってきてからも北海道で出会ったあのウマ娘の走りが忘れられなかった。寝る前や、退屈な授業中、ふとした拍子にあの光景が蘇っていた。そして想像の中の彼女はレース場を駆け、他のウマ娘を置き去りに、周りに視線を向けることなくゴールの更にその先までも延々と楽しそうに駆け抜けていく。そんな姿を。
そして、ある時決意した。トレーナーになろうと。純粋にウマ娘が好きだった。レースで走る凛々しい彼女達の手助けをしたい。そして、もう一度彼女のようなウマ娘に会いたい。
そう考え、高校に進学後はトレーナーになるための勉強にのめり込んだ。トレーナーになる為に必要な資格であるトレーナーライセンスは中央のライセンスか地方のライセンスで合格率が桁違いである。地方トレーナーライセンスの合格率は約30%程度と、司法試験と同等か、やや低い程度と言われている。しかし、中央トレーナーライセンスは桁違いに合格率の低い資格で、合格率は常に10%以下。一桁になる年も珍しくなく、地方トレーナーライセンスを取ったからといって合格するとは限らず、合格者が出ない年もあったらしい。そのため、慢性的なトレーナー不足が問題となっている。
元々勉強は苦手だがトレーナーになるためにクラスの優等生に頭を下げ学校の勉強の要点を叩き込んで貰った。
トレーナーは専門知識だけでなく一般教養も必要になる。それはウマ娘は学生であり、基本的にトレーニングに多くの時間を取られて勉強に時間を確保することが難しい。そんな時にウマ娘にとって最も身近になるトレーナーもある程度の勉強を教えられるようにする為にも知識が必要とのことらしい。とはいえ、近年では業務量が多すぎると問題になり、教師が特別講義を開くことや、勉強に不安のある娘に向けた基礎学習センターという施設の設置により分業化されてはいるが、それでも不要になるという訳ではない為、現在でも中央トレーナーライセンス試験の一次試験には5教科、いわゆる国数英理社を2日間かけて行われている。その後に専門知識を問われる二次試験、最後に学園理事長などの役員直々に面接を行い、適性を認められてようやく合格となる。しかし、まだトレーナーを名乗れないのだ。実際にトレーナーや学園の職員の元で実習を経てようやくトレーナーバッジが与えられるのである。余談だが、トレーナーを育成する専門学校では講義の中で実習を行う為、実習は免除される。
人生の中で最も努力した期間だったが、高校3年間では地方トレーナーライセンスしかとれなかった。
それでも諦めきれずに大学へ進学後もトレーナー試験を受けようと決意した。トレーナー専門学校には行かなかった。正直悩みに悩んだ。初めは何の疑問も持たず専門学校へと進むことを考えたが、そこでふと思ったのだ。トレーナーにさえなれればいいのかと。トレーナーとして、彼女達に接するうえでその狭い世界の知識だけで接していいのかと。そう考えて情報系の大学へと進学した。彼女達のデータを分析してより良いトレーニングを作れるようになれる。今考え直すと随分安直な選択だったと自分でも思う。だが、この選択に後悔はない。情報処理だけではなく、心理学や歴史についての講義も選択して受講することが出来た。この経験が活きているかは甚だ疑問だが、無駄にはなっていないだろう。
そして、大学一年目にして遂に中央トレーナー試験に合格した。正直、大学4年間をつぎ込む心積もりだったため随分とあっけなかった。
その後はトレセン学園で備品の整備や掃除などの雑務を行いつつ時折ウマ娘と交流をしながら研修を終え、晴れて中央トレーナーライセンスを取得した。金色に輝くトレーナーバッジを理事長から受け取り、早速胸元にバッジを付けるとその輝きを誇らしく感じた。それを見ていた理事長はうんうんと満足気に頷いていた。「期待!これからの活躍に期待しているぞ!」とバッと開いた扇子には『見事!』と書かれていた。当時は随分と使用する場面が限定的だと感じた。
そうして大学3年の3月に中央トレセン学園で働くことが決まった。いわゆる内定を貰ったのだ。トレセン学園は常に人手不足であり、トレーナーライセンスさえ持っていれば、面接でよっぽど常識外れの態度を取らない限りほぼ内定が決まっているようなものだ。と面接を担当していた理事長は笑いながら話していた。面接とは名ばかりで、座談会のようにウマ娘のことを熱弁していたらその場で「合格!」という宣言と共に内定承諾書を渡された。周囲からは非常に羨ましがられたが、今まで苦労してきたのだ。就職は楽させてもらって良いだろう。
大学卒業後、晴れてトレーナーになった。とはいえ、いきなり担当ウマ娘を持つトレーナーは稀だそうだ。トレーナーは基本的に1人で数名のウマ娘を担当する。初めてウマ娘を担当するトレーナーはマンツーマンで3年間のトウィンクルシリーズを走らせ、その後徐々に担当ウマ娘を増やしてゆきチームを作ることが基本的な流れだ。しかし、何のノウハウも持っていない新人トレーナーにはやや荷が重い。そのうえ、ウマ娘達も自分の人生をかけて走るのだ。命を預ける相手と言っても過言ではないトレーナーは当然信頼できる熟練トレーナーに担当してもらいたいのだ。その為、新人トレーナーがスカウトしても断られることがほとんどであるらしい。だから基本的にはチームをまとめているベテラントレーナーの元でサブトレーナーとしてノウハウを学び、その後独立したり、チームを引き継ぐというのが一般的だ。
勿論いきなりウマ娘を担当することは考えておらず、チームのサブトレーナーとして経験を積もうと考えていた。
そして幸運なことに、中央の中でもエリートチームであるリギルと鎬を削り合っているスピカのトレーナー、沖野氏に気に入られ意気投合して沖野氏の行きつけのバーでサブトレーナーとして働いてみないかと打診され、二つ返事で了承した。「じゃあ、契約料ってことで…奢ってくれない?…やっぱダメ?」と言われ、ジョークではなく真面目な顔で「あいつらの忘年会費で本当に金が無いんだ」とギリギリ自分が飲んでいた一杯のカクテル代が払える小銭しか入っていない財布を見せてきた。大した金額ではなかった為快く了承した。沖野氏はバーを出た後も「ありがとう」「埋め合わせはする」「本当に助かりました…」と何度も頭を下げていた。ちょっと選択を誤ったかもしれないと不安になった話は今まで本人には伝えていない。後日それをリギルのトレーナーである東条氏ががみがみと説教をしていた。まるで鬼嫁に尻に敷かれる旦那のようだと思ったが口には出さなかった。
スピカでサブトレーナーとして働いていた3年間は毎日が刺激的だった。自由にウマ娘を走らせる方針や奇抜なトレーニングなど、最初の1年間は驚きの連続だった。砂浜での勉強会は正気かと疑い、ほいほいとウマ娘の脚に触りに行き蹴られて帰ってくる沖野氏を見て、狂人だと確信した。しかし、自分自身もマッサージなどでウマ娘の脚を触り、確かに良い脚のウマ娘を触りたいという欲求が沸き立つようになった。今では自分も道行くウマ娘に「脚を触らせてくれないか」と聞きまわる沖野氏と同じようなことをするようになってしまっていた。スピカに所属している奇行で学園中を騒がせているゴールドシップにも「あたしも大概ヤベーと思ってるけどよ、お前らが何の躊躇いなく脚を触りに来るアレはあたしでもヤベーと思うぞ」と真顔で言われた。
沖野氏の元でサブトレーナーを勤めて3年目になった。そこで沖野氏がスピカのメンバーと相談していた計画を話した。「来年、メンバー全員で海外に行く」
これはトレセン学園の歴史の中でも前代未聞の試みだ。だが不安は無かった。むしろこれからの自分がどうするかの方が不安だった。彼らなら海外でも、活躍してくれるだろうと確信していた。「お前はもう大丈夫だ。俺たちが海外行ってる間にウマ娘と二人三脚、一人前になっててくれよ?」と肩を叩かれた。
そして季節は夏になり、スピカも夏合宿が始まった。とはいえ、7月にメンバー全員がドリームトロフィーリーグのサマードリームトロフィーに出走する為、調整の為のごく短い合宿を経てそれぞれ好成績を収めた。その後は休養期間として海辺で思い思いの休暇を過ごしていた。そして、沖野氏からも「来年から忙しくなるんだ。今のうちに休むなり、目ぼしい娘を探すなりしておけ」と暇を出された。
8月某日、夏合宿に参加していない学園に残ったトレーナーのついていないウマ娘達を観察していた。どの娘も素質は持っている。だが、闘志が感じられない。
強くなりたい、けどどこか勝つことを諦めている。そんな娘が多いように感じる。ここ最近はキタサンブラックとサトノダイヤモンドの強さが圧倒的でその2人以外に名前を連ねる存在がいなかった。だからこそ勝つことを諦めてしまう娘が多かった。どうにか新たに新時代を切り開けるような、ウマ娘達を先導してくれるような絶対的な英雄が現れないかと。
気分転換に付近の河川敷を歩いていると、中々に仕上がったトモをしているウマ娘を見つけ、つい無意識に触ってしまっていた。まずいと思った瞬間に悲鳴と共に後ろ蹴りが飛んできて目の前が真っ暗になった。
意識を失ったのは一瞬だったようですぐに蹴り飛ばされた事に気が付いた。目を開くと艶のある長い黒鹿毛をなびかせヘルメットを被っているウマ娘が介抱しようとしてくれていた。
この邂逅は、今後の人生の運を全て使ってしまったかと思うほどの運命的な出会いだった。
誤字脱字などございましたら報告していただければ幸いです。
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感謝状、そして四度目の邂逅
もう二度と会うことのないと思っていた人物から電話がかかってきた。ケータイのディスプレイに表示されている名前は『番 一』という簡素な漢字二文字。そう、あのトレセン学園のトレーナーである。とはいえ、これは予期せぬことではなかった。昨日のひったくり事件の際、サンノウケイデンスはいくら相手がひったくりだったとはいえ、怪我をさせてしまっていた。その件に関して、警察の事情聴取の際に正当防衛ということで問題なしと判断され帰宅が認められたが、ひったくりから逆恨みで慰謝料をせびってくるケースもあるということでその場にいた、番トレーナーが、警察から何かあった際に知らせるとのことで、自身の電話番号を教えたのだった。そして、こうして電話がかかってきたことから面倒事になったと確信した。大きくため息をついたあと、ゆっくりと通話ボタンをタップする。
「はい、サンノウケイデンスです」
「おう、ケイデンス。昨日はお疲れ様」
「いいえ、そちらこそ」
「それで、昨日のことなんだが…今日予定空いてるか」
「空いてますけど、文句言ってきましたか?」
「いや、それはないんだが…」
言いよどむ番トレーナーにサンノウケイデンスは疑問符を浮かべた。ならば、電話してきた理由はなんだろうかと訝しんだ。
「その、トレセンに来てくれないか?」
「申し訳ございません用事を思い出しましたでは急ぐので失礼します」
「待て待て待ってくれ!」
この期に及んでまだ勧誘を諦めていなかったのかと辟易したサンノウケイデンスは通話終了ボタンを押そうとした。
「確かに今でもスカウトしたいけど今回は違うんだ!表彰されたんだよ!」
「表彰?」
「あぁ、昨日のひったくりは常習犯で警察も目を光らせてたらしい。それをお前と俺の二人で捕まえたことに対して警察から表彰っていうか、感謝状を送られるらしい」
「あの、テレビでお手柄高校生!みたいな…」
「そうそう、そういうやつ」
確かに時折見かけるがまさか自分が表彰されるなんて夢にも思わなかった。表彰されるというのは悪いことではない。
「でも、なんでそれでトレセンなんですか?」
「いや、お前と話してたのと別の警官がな、俺がトレーナーだからってんでお前のことをトレセンの生徒だと勘違いして連絡したらしくてな。しかもたまたま理事長が対応したらしくてな…警官はお前のことベタ褒めしてたらしいぞ」
「警察なんだからもっとちゃんとしてよ…」
「それで、そんな話を聞かされたうちの理事長は興味津々!だけどうちの学園にはそんな生徒はいないってんで、昨日根掘り葉掘り聞かれてなぁ…私からも賞を送る!とか言って、今日の午後には警察合同授賞式の開催を敢行しようとしている…」
「なにそれ怖い」
思わず思った言葉がそのまま口に出てしまった。凄まじい行動力だ。学園の生徒でもないにも関わらず、これほど迅速に決定し行動に移してしまうあたり常人とはかけ離れた思考をしているのであろう。学園理事長は伊達ではないということか。しかしサンノウケイデンスはその能力の高さに、関心より先に恐怖を覚えた。
「まぁ、分かりました。そちらに伺います」
「ありがたい…うちの理事長けっこう無茶苦茶する人でな…予定を空ける為に何をしでかすか分からないから本当に助かる」
「はぁ…」
確かに、中央トレセン学園理事長といえば変わり者であるという話をしばしば耳にする。
曰く、突然レース整備を全自動で行う巨大マシンをポケットマネーでポンと購入した。
曰く、突然学園内に人参畑を増設した。
曰く、レース場に敷く芝を育てる広大な畑を用意した。
等々、嘘か誠か分からないような噂話ばかりを聞く。
「それにしても、今回は随分とすんなり受け入れてくれたな。てっきり日程が急すぎるとか言って断られると思った」
「いや、昨日の今日で急すぎるとは思いますけど…一応、あなたは私をかばってくれた命の恩人ですからね。そもそも私たちの表彰ですし、参加しないのは失礼でしょう」
「その…命の恩人うんぬんはお互い様ってことにしたんだからあんま言うな…こそばゆいから。というか、俺も警察から表彰されるってことか…」
「そうなるでしょうね」
「なんか信じらんねぇわ…昨日のが夢だったんじゃないかと思うくらいふわふわした感覚だわ」
「なら現実だった証拠として私の自転車お持ちになりますか?」
「悪かったって。本当に」
「冗談ですよ。では、何時に伺えばよろしいでしょうか」
「あぁ、3時に校門の前に来てくれるか?」
「分かりました。では3時前には伺います」
「おう、くれぐれも気を付けて来いよ」
番トレーナーとの通話を切ると壁掛け時計の時刻を確認する。10時30分。時間までは後3時間半の猶予があることを確認し、ベッドに倒れ込む。
(冗談とか言うような関係じゃないのに、なんであんな事言っちゃったんだろう)
先ほどの通話を思い返し、何故あのようなことを口走ってしまったのかとちょっとした自己嫌悪に陥った。たった3回会っただけの変態不審者に大して、ひったくりの一件だけで信頼してしまったのだろうか。
確かに困っている人を見過ごせない人情や、いざという時の瞬発力はあり、自分の身を危険に晒して人を守る度胸も持ち合わせている。そう考えるとウマ娘の足を突然触る悪癖さえなければ至極真っ当な人間というように思えた。裏を返せば、その一点が全ての長所をかき消してしまっている非常に残念な人である。
(本当、それさえ無ければ普通に信用したのに)
そんな詮無きことを考えつつサンノウケイデンスはクローゼットの中から久しぶりに制服を引っ張り出してきた。表彰に着ていく礼服などは持ち合わせていない為、制服で良いだろう。夏休みを迎えて以来一度も袖を通していなかった。というよりも二学期を迎える前に着ることはないと思っていた。
「特にシワもないし、平気かな」
念のために軽くブラシをして再びクローゼットに収納する。トレセン学園までは30分もあれば到着できる。3時もとい15時に着く為に14時20分くらいに出れば良いだろう。それまでに雑多なことを済ませつつ、準備を進めた。
14時47分。予定よりやや早くトレセン学園に到着した。番トレーナーからは校門の前で待っているように伝えてられているのでそのまま待つことにした。
「あれ?どうかしたの?」
スマホで自転車のニューモデルを眺めていると、ジャージ姿の活発そうな短髪の鹿毛のウマ娘に話しかけられた。
「番トレーナーに呼ばれまして。ここでお待ちしています」
「へぇ~、どのトレーナーだろう…覚えてないなぁ…今日はここの見学?」
「いえ、昨日番トレーナーにお世話になったことがありまして、その件で参りました」
「そうなんだ。なんかあったら私に言ってね!あ、アタシはソロエルティ。よろしくね!」
「サンノウケイデンスです。よろしくお願いいたします」
「ロエル、その娘誰?」
けだるげに手をひらひらと振りながらジャージを着た栗毛のウマ娘がこちらへ歩いてくる。
「あっ!コロン!」
「どうも、デオンドコロンでーす」
「初めまして。サンノウケイデンスです」
「その制服、ナカサンの?」
「はい、そうです」
「うわ、その服ねーさんが着てたわー懐かしー」
ナカサンとはサンノウケイデンスの通っている府中中央中学校の略であり、『中』が3つ入っていることが由来である。
「それで、来年トレセン目指して勉強中?」
「なんか、バントレーナー?に呼び出されたんだって」
「バン…?なんか聞いたことあるような…」
「おーい、待たせたな」
校舎の方から番トレーナーが走ってくる。以前着ていたスーツとは違うかっちりとした黒いスーツに身を包んでいた。
「あっ、番さん」
「離れて!!」
「え?」
「な、なんだよ?」
デオンドコロンはバっとサンノウケイデンスの前に出てきて番トレーナーの前に立ちふさがった。耳も絞っており、完全に敵対体制だ。突然のことにサンノウケイデンスもソロエルティも呆然としていた。
「デオンドコロンさん?」
「サンノウケイデンスちゃん?だったよね?どういう経緯でこいつと関わり合いになったか知らないけど絶対に近づいちゃダメな変態野郎だから。トレセン中のウマ娘の足を触りまくる痴漢野郎だから。絶対関わっちゃダメ」
「あぁーー!!妖怪足舐めの正体って言われてる人かぁ!!」
「俺のことどんな風に伝わってんだよ!?」
「要注意人物扱いなんですか貴方は…」
普段どのように接しているのかと深くため息を吐き、頭痛までしてきそうな事態に帰りたくなったサンノウケイデンスだったがぐっとこらえた。
「なに?トレセンだけじゃ飽き足らず、外の中等部の娘にまで手出したん?そろそろ出るとこ出とく?」
「誤解だ!?俺はケイデンスの足を触ったりしていない!」
「ふーん、未遂ってわけね。んで?弱み掴んでここに連れ出して?自分の権力が届く範囲でじっくり事に及ぼうって訳?サイテー」
「ちげぇよ!想像力たくましいな!?」
「ねぇ、コロン?足舐めさん、そんなに危ない人なの?」
「いきなりウマ娘の足を舐るように触ってきて、トレーナーの権力を濫用して塀の中に入ることを回避している真っ黒なグレーゾーンを渡り歩く知能犯。ロエルも近づくな」
「おいおい、デオンドコロン…それ沖野さんと間違えてないか?俺は
「ウチはいきなり触られた挙句『本格化する前にこのしなやかさ…化けるかもしれないな…』とか背筋が凍るようなおぞましいセクハラ受けたんだけど?」
「あぁ…やったかもしれん…すまん」
「そう思うならトレーナー辞めたら?風紀の為にも」
怒涛の勢いで番トレーナーを罵倒するデオンドコロンにサンノウケイデンスは呆気にとられてしまっていた。隣に立っているソロエルティもぽかーんと口を開けて様子を伺っている。
「あの、番トレーナーってもしかして悪い意味で有名なんですか?」
「えっ?うーん…そんなことないと思うけど…アタシも覚えてないし…ただコロンは学園にきた時に…なんとかってトレーナーにスカウトされて、それを受けたんだけどセクハラが酷かったらしくてさ、色々証拠集めて理事長に直談判しに行ったんだって。で、そのトレーナーはトレセンから追い出されたんだって。だからかな?多分セクハラっぽい事する人に敏感になってるのかも」
「なるほど…」
トレーナーライセンスを得る為には面接もパスする必要があるらしいが、中にはそのような人間も通ってしまうのだろう。たかだか数回会っただけでその人物の全てが分かる訳ではないのだから。デオンドコロンは災難だっただろう。しかし、番トレーナーはウマ娘を性的に見ているのではなく、ボディビルダーの筋肉に触ってみたいという欲求に類似するもののように感じている。危険性は少ないだろう。とはいえ、やっていることは同じである為、擁護する気はさらさら無いが。
「番トレーナー?サンノウケイデンスさんはいらっしゃいましたか?」
「あ、たづなさん」
校舎の方から現れたのは緑の帽子に緑のジャケット、緑のスカートと、タイツ以外全身緑色の女性がこちらにやってくる。
「あっ!たづなさん!おはようございます!」
「たづなさん。この人、遂にトレセンの外でやらかしましたよ。さっさと追い出しましょ」
「番トレーナー?」
「いやいやいや!誤解ですって!」
「もう、沖野トレーナーといい貴方といい…トレーナーとしては素晴らしいんですからそういった行動は控えてくださいね…」
「いやぁ、面目ない…」
「もう、的確なアドバイスをくれるって報告なかったら処分モノですからね?」
(アドバイスがあったら処分されないの…?)
「あ、申し訳ございません。貴女がサンノウケイデンスさんですね?本日はようこそおいでくださいました。わたしは理事長秘書の駿川 たづなと申します。」
自己紹介を簡潔に述べると、たづなはお手本のようなお辞儀をした。その挙動一つ一つに気品を感じる。流石は理事長を支える秘書だ。主人に仕える執事のようなイメージが頭をよぎった。
「うちの番トレーナーが何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「いいえ、特には…」
「もしなにかあれば遠慮せずに私にお申し付けくださいね」
「はい、その際はよろしくお願いします」
「では、こちらへどうぞ」
「はい。ソロエルティさん、デオンドコロンさん。ご心配ありがとうございました。それでは失礼します」
「うん!よく分からないけど行ってらっしゃーい!」
「そいつになんかされたらすぐ言いな?腕の二、三本もってくから」
「腕は二本しかねぇよ!」
ソロエルティとデオンドコロンにに見送られながら、サンノウケイデンス達はたづなの後を着いていった。
「てか、結局サンノウケイデンスちゃんはなんで来たん?」
「え?知らない!」
「心配だわ…たづなさんがいるとはいえ、あいつ絡みとなると…やっぱ触れないように両腕いっとくべきだったか?」
「うーん、お世話になったとかなんとか言ってたからコロンが心配するようなことは無いんじゃないかなぁ?」
「お世話になった?警察のお世話になったってことじゃねそれ?」
「コロンって想像力豊かだよね」
誤字脱字などご指摘いただければ幸いです。
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仰天!破天荒理事長 秋川 やよい
作中で統一されていない部分が残っているかもしれませんが、呼び方を決定次第修正いたします。のでご了承ください。
サンノウケイデンス達がたづなに連れられてきた場所は一際重厚な扉の前だった。『理事長室』と達筆な文字で書かれた木製の札が一層存在感を引き立てている。
「お待たせしました。こちらが理事長室になります」
「流石トレセン学園の理事長室…立派ですね…」
「理事長本人はもっと生徒に気軽に入って欲しいと思っているようですけどね。一度テーマパークのように改造すると言い出した時もありましたねぇ、止めるのが大変でした」
「えぇ…」
むしろそんな煌びやかな理事長室になってしまっては余計入りづらいだろう。こんな突飛な話をしていても隣にいる番トレーナーは驚いた様子はない。普段からこういった奇抜な行動をしているのだろうか。
たづなはコンコンと扉をノックした。
「理事長、番トレーナーとサンノウケイデンスさんをお連れしました」
「許可!入ってくれたまえ!」
やや幼げな声を聞くとたづなは扉を開け、「どうぞ」と短くサンノウケイデンス達を中に入ることを促す。
「失礼します」
「歓迎!よく着てくれた!私がこの学園の理事長の秋川 やよいだ!よろしく頼む!」
立派な椅子に座っているのは子供にしか見えない明るい栗毛の長髪に帽子を被った少女といっていいのだろうか。彼女がこの学園の理事長だ。テレビなどで目にする機会は多い人物だが、実際に見てみると想像よりずっと小さく感じた。そして帽子の上の猫は見れば見るほど精工で目を奪われる。
「この度はお招きいただきありがとうございます。サンノウケイデンスです。本日はよろしくお願い致します」
「うむ!今回はお手柄だったそうじゃないか。番トレーナーもな!」
「いやぁ、俺はなんというか、あの時は必死で…」
「謙虚!遠慮することはない!君はトレセン学園のトレーナーとして誇るべきことをしたのだ!もっと胸を張って良いのだぞ?」
「あ、ありがとうございます」
「さぁ、その時の武勇伝を直接聞かせてくれ!」
「理事長、会見室に警察の方々をお待たせしているのでその話は後ほど…」
「失念!そうであった!すまない諸君、無理を行って今日ここでやってもらうことになったので時間に余裕がないのだったな。すぐに向かおう」
「にゃあ」
「うわ!?」
(生きてる!?)
「疑問!どうしたのだ?」
「あ、いえ…その猫ちゃん随分と大人しいので作り物かと思っていたもので…」
「うむ!私の頭の上が落ち着くようでな。ほとんど頭の上にいるな」
「す、凄いですね…」
秋川理事長に連れられてサンノウケイデンス達は会見室へと通された。会見室まであるとは流石トレセン学園だ。会見室に入ると警察官が三名ほど座って待機していた。その内の一人は私の事情聴取を担当していた警官だ。サンノウケイデンスの視線に気が付くと軽く会釈をしてきた。
「理事長、お待ちしておりました」
「感謝!忙しい中こちらの都合に合わせてもらってすまない」
「いいえ、ウマ娘の未来を担うトレセン学園の理事長の方がご多忙でしょうから。それで、こちらの方々が今回のひったくりを?」
「うむ、我がトレセン学園のトレーナーの番トレーナーと、サンノウケイデンス君だ」
「お二人が…この度はご協力、誠に感謝しています」
「こちらこそ、このような場でお褒め頂けて光栄です」
「では、こちらに」
警察官に案内されるままにサンノウケイデンスと番トレーナーは壇上の上に立った。正面を向くとずらっと並んだカメラがこちらを向いていた。
「え?」
「な、なんだこりゃ…」
番トレーナーもこの状況が理解できていないようで混乱していた。というより、騙されたというような表情で理事長を見ていた。
「あの、普段感謝状を送る際にもこれほどのカメラマンが?」
「いいえ、来るとしても地元の新聞記者が来るくらいですねぇ。今日は十人近くいますね。流石に緊張してしまいます」
警官は、はにかみながら笑みを浮かべた。警官からしても予定外のことらしい。となるとやはり秋川理事長によるものだろう。
「注目!記者諸君!我が学園が誇るトレーナーの雄姿をしかと収めてくれ!」
理事長の号令と共にパシャパシャとシャッターがきられる音が鳴り響いた。
「では、サンノウケイデンス殿、番 一殿。この度はひったくり犯逮捕のご協力。誠にありがとうございました。警視庁を代表して私から、感謝状を送らせて頂きます」
サンノウケイデンスと番トレーナーはそれぞれ一礼して感謝状を受け取った。受け取る瞬間シャッター音が部屋中に響き渡った。
「では、次に私から個人的に諸君らを表彰したいと思う!たづな、賞状を持ってきてくれ」
「はい、こちらに」
秋川理事長はたづなから賞状を受け取ると満面の笑みでこちらに賞状を差し出す。
「表彰!サンノウケイデンス君、君はひったくりの現場を見るや否や迷うことなく追いかけていった勇敢なウマ娘だ!我々もその勇敢さや判断力を見習わねばならない!それを気付かせてくれたことに敬意を表しここに表彰する!」
「ありがとうございます」
サンノウケイデンスは賞状を受け取ると一歩下がり、代わりに番トレーナーが一歩前に出る。
「表彰!番 一殿、君は身を挺して凶刃からサンノウケイデンスを守った!まさしくトレーナーの鏡だ!私も鼻が高い!その勇気と姿勢に敬意を表しここに表彰する」
「あ、ありがとうございます」
やや照れくさそうに頭を下げ賞状を受け取る番トレーナーの頭を撫でている秋川理事長は満足気に笑っていた。その瞬間も逃すまいと、シャッター音は合奏していた。
「改めてこの度のご協力、ありがとうございました。もし今後同様のことがあった際には決して無理せずに我々を頼ってください」
「はい、これからもよろしくお願いします」
「では、私たちはこれで失礼します」
柔和な笑みを浮かべ会釈した警官達は早々に会見室を後にした。彼らからは本来の業務にいち早く戻ろうという生真面目さを感じた。頭が下がる思いだ。カメラマン達も続々と退室していった。
その中でポツンと一人残っている女性がいた。そして、サンノウケイデンスはその女性に見覚えがあった。
「す…」
「す?」
「素晴らしいですぅ!」
記憶が正しければ、彼女の名前は乙名史 悦子だったはずだ。実際に会ったことはない。しかし、ウマ娘へのインタビュー番組にほとんど出てくる名物記者である。そして、奇声を上げウマ娘やトレーナーに鬼気迫る質問責めをして興奮することや、毎度のごとく強制退場させられることで有名なのである。何故、出禁にならないのかは、URA役員の隠し子説や、政治界に繋がりがある権力者。実は財閥のご令嬢など様々な憶測がネットを騒がせている人物だ。
「サンノウケイデンスさん!ひったくりをどのように捕まえたのですか!?」
「えぇっと…盗んだ自転車で逃走したひったくり犯を追いかけて捕まえた…という端的なものでよろしいでしょうか?」
「なるほど!ひったくりを見るや否や正義の心が貴女を突き動かし、千里もの道を相手が諦めるまで追い続けたと!!」
「いえ、千里も走っていませんし走れません…」
インタビュー番組で分かっていたことだが、乙名史記者はウマ娘やトレーナーの発言を過剰に誇張して受け取る感性を持っているらしい。それにしても千里は過剰であるとサンノウケイデンスにはある種の恐怖と、日常で意思疎通がとれているのかという疑問が頭によぎった。
果たして自転車でも約3930㎞も走り続けられるウマ娘はいるのだろうか。サンノウケイデンスですら、1000㎞を一週間かけて休み休み走ってギリギリだったのだ。
「番トレーナー!貴方は警察が来るまでひったくりを拘束し続けていたそうですが、どういった経緯でそのような状況に!?」
「えぇ?えーと…ケイデンスが先にひったくりを捕まえてて、その後に俺が到着した時にひったくりがケイデンスの背後からナイフかなんかで襲い掛かってきて…それを必死でかばって…ええっとそれで近くにあっ」
「素晴らしい!!」
「たぁ!?まだ喋ってるんですけど…」
「襲い来る暴漢から身を投げ出してサンノウケイデンスを守り、傷だらけになりながら警察が駆け付けるまで彼女を守りきったと!!あぁ!!なんて素晴らしい!!正にヒーロー!!トレーナーの鏡!!少女漫画の主人公のような男性の理想像!!これは私の威信に賭けて日本中に…いえ、世界中に広めなくては!!」
「そ、そんなドラマチックなことは起きてませんよ…俺ピンピンしてるでしょ…」
もはや乙名史記者の耳には何も聞こえていない、自分だけの世界に入っている様子だった。名の通り、悦に入っていた。
「乙名史さん、お二人とも困っていますし、昨日の今日の出来事で疲れていますから…今日の所はこの辺りで…」
見かねたたづなが助け舟を出し、乙名史記者を退室するよう促した。
「では、私は先ほどの警察の方々から詳細を聞き、それから犯行現場の商店街の方へ聞き込み取材へ行ってまいります!」
乙名史記者は先ほどの警官を追いかけようと凄まじい勢いで部屋を飛び出していった。まるで嵐のような人だ。
「褒美!此度の諸君らの働きに私個人からなにか送ろうと思う!」
「理事長?そんなの聞いていませんよ?」
「うむ!今言ったからな!」
「もぉ…」
はっはっはと豪快に笑う理事長にたづなは深く深くため息を吐いていた。
「番トレーナーは何が良い?」
「え?いやぁ…何と言われても…」
「焦る必要はない!ゆっくり考えておいてくれ!」
「あ、はい」
理事長の強引さに押されて番トレーナーは押し切られるように褒美を受け取る約束を取り付けられた。
「サンノウケイデンス君、此度の事件で愛車を失ってしまったそうだな?」
「は、はい…」
「その悲しみ、筆舌に尽くしがたいものだろう。察するにあまりある!だから代わりといってはなんだが、私が自転車を用意した!」
「え?昨日の今日で?」
「迅速!レース用の自転車だと聞いてな。知り合いに余ったパーツで作った自転車を融通して貰ったのだ!」
理事長は物陰に隠していた自転車をこちらに引いてきた。身長に対して自転車が大きくふらふらしながら引いていて心配になった。しかし、なにやら自転車に違和感を感じた。
「どうだ!?この自転車もなかなかかっこいいだろう?いずれは君の自転車を同じものを用意したいと思っているが、現状はこれで勘弁してほしい!」
「いえ、そんな…元々身体が大きくなって調整しなくちゃいけないと思っていましたので…」
このような高価なものをおいそれと受け取る訳にはいかないと遠慮しようとして、自転車をよく見る。そして、その違和感に気付いた。
「これ…この自転車、走れませんね…」
「なぬ!?」
自転車には、いくつか種類がある。主婦が使うようなママチャリ、舗装されていない道を走る為のマウンテンバイク、サンノウケイデンスが乗っている舗装路を走る為のロードバイク。そして、目の前にあるこの自転車は…
「これ、競輪用の自転車ですね」
「うむ?それは君が乗っていた自転車とは違うものなのか?」
確かに見た目は少し似ているがかなり違う。この自転車は変速機どころか変速ギアもない。この自転車は走る機能以外を全てそぎ落とした自転車なのだ。そして何より、ブレーキが搭載されていないのだ。つまり…
「えぇ、この自転車は道、というかブレーキが付いていないので一般道は走れないんですよ」
「驚愕!そのような自転車があるのか!」
「はい、この自転車では基本的にレース場でしか走れません」
「愕然!知らなかった…」
「理事長、こういうことがあるから事前に相談してくださいって何度も言ってるでしょう?」
「猛省…すまん…」
その後、理事長は「何か用意する」と言い、たづなと共にサンノウケイデンスを見送った。
「番トレーナー、外までサンノウケイデンスさんを送ってあげてください」
「えぇ、勿論」
サンノウケイデンスは先導する番トレーナーについていき、再び校門へと向かった。
誤字脱字などご報告いただければ幸いです。
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模擬レースは突然に
ソロエルティ:鹿毛、155cm B83・W56・H88、肌はうす黒
デオンドコロン:栗毛、162cm B75・W53・H83、肌は色白
サンノウケイデンス達は会見室から退室し、校門まで向かっていた。校門にはちらほらとトレセン学園の生徒がまばらにいる中で、二人のウマ娘がこちらに気が付き駆け寄ってきた。先ほどサンノウケイデンスを気にかけてくれたソロエルティとデオンドコロンだ。
「サンノウケイデンスちゃん!お帰り!」
「サンノウケイデンスちゃん、大丈夫だった?なんもされてない?たづなさんの目を盗んでセクハラされなかった?やよいちゃんにはちゃんとチクった?」
「あ、はい。特になにもされませんでした。大丈夫です」
「よかったぁ…」
「やっぱ心配しすぎだよコロン」
「いや、心配しとくに越したことないから。こいつには」
「そうかな」
「そうなの」
キッと鋭い視線を向けるデオンドコロンに番トレーナーは苦笑いを浮かべる。
「それで、結局なんだったの?さっきお巡りさんとかカメラマンさんとかずらずら出ていったけど…」
「あっ」
「どうしたのコロン?」
「セクハラトレーナーの謝罪会見か!」
「だから違うっての!」
「実は二人でひったくりを捕まえまして、それで警察の方から感謝状を頂きました」
「えぇ!つまりドロボーさん捕まえたってこと!?すっごーい!」
「へぇ、やるじゃん。ん?二人で?」
「はい、逃げたひったくりを捕まえたのは私で、それを取り押さえてくれたのが番さんです」
「…それホント?」
「あ、あぁ…そんな疑うとこあったか?」
途端に怪訝な表情になるデオンドコロンに周囲の三人は疑問符を浮かべた。特にソロエルティは呆けた表情をしていた。
「理解できない…ウマ娘が人間に勝てるわけないのに、なんでサンノウケイデンスちゃんじゃなくてあんたが取り押さえてんの?」
「それは、まぁ、成行きだな。結局そのあとケイデンスがひったくり気絶させてたし」
「じゃあ、あんた何もしてなくね?」
「全くもってその通りだ。だから表彰なんてなぁ…」
「いえ、番さんは逆上してナイフを振りかざしていたひったくりから私をかばってくれたんですよ。そのおかげで誰も怪我することなく、事態を治めることができたんです」
「ふーん、なるほど。人間としての誇りはあったんだ。ちょっとだけ見直した。マイナス10からマイナス9になるくらいには」
「手厳しいな…」
「ふわぁ…漫画みたいだねぇ」
「えぇ、信じられない事って起きるんですね」
「そういえば、コロンが読んでた漫画に似たような話があったよね?確か純情ドラマチッ」
「ロエル、今いいからその話」
デオンドコロンは頬を赤らめながら素早い動きでソロエルティの口を塞いだ。恐らく少女漫画だろうが隠すようなものだろうか。
「ねぇねぇねぇ、そのひったくり速かった?」
「いや、ウマ娘より速いってないっしょ」
「途中で自転車をひったくりまして、それを追いかけてました」
「自転車?そんな速かったの?」
「捕まえるだけなら数十秒あれば捕まえられたんですけど、無理矢理捕まえて、転倒させてしまうと相手を死亡させてしまう可能性もあったので…」
「あぁ、なるほどね…」
「というか、盗まれた自転車がこいつの自転車だったんだよ。壊したたくなかったんだろ?」
「ま、まぁ…どちらかといえばそちらの方が大きかったです」
「結局、壊れちまったしな。というか、俺がひったくり押さえつける時に壊しちまったんだけどな…」
「あぁ…それは残念だったね…」
「あんた、そんくらい買ってやんなよ。可哀想じゃん」
「いえ、恩人ですから。命には代えられませんし」
「仮にもトレーナーなんだから高給取りでしょ?」
「いや、トレーナーつってもまだ一人の担当もついてないからな。そこらの会社より良いくらいだぞ?」
「保険も無事におりそうですし、100万円もするものですから」
「は?ひゃく?」
「すっごーい!なにそれ!?全部金ぴかの自転車とか!?」
「いやなにその成金みたいな自転車…そんな趣味悪いチャリ誰も乗らないでしょ…」
「えぇ、レース用の自転車というものがありまして、安いものでも10万以上はしますね」
「いやぁ、なんでも高いものは高いんだなぁ…」
そのような雑談をしばらく続けていた。二人は今高等部一年であることや、二人ともマイラーで現在はジュニア級で活躍していること、今のうちにスタミナを伸ばしてトリプルティアラを狙っていることなど色々と話してくれた。それらを聞くことに徹底していると二人とも満足気になっていた。
「いやぁ、サンノウケイデンスちゃんホント良い娘だわ。あ、ウチらの名前長いっしょ?ウチはコロンで良いよ」
「アタシもロエルで良いよ!」
「ありがとうございます。私もお好きに呼んでください」
「んーケイデンスちゃん…普段なんて呼ばれてんの?」
「親しい人だとケイって呼ばれることが多いですね」
「じゃあケイちゃんだ!よろしくね!ケイちゃん!」
「はい、よろしくお願いします。ロエル先輩」
「コロン!先輩だって!先輩!」
「騒ぎすぎ…ケイちゃん困るからやめとき。よろしくね、ケイちゃん。困ったことあったらいつでも相談乗るから。すぐ連絡して。とくにセクハラ絡みは」
「はい、頼りにさせてもらいます。コロン先輩」
「おっふ…ウチら下の娘とあんま関わりないから呼ばれることなんて滅多にないけど…いいじゃん、先輩…いい響き」
「コロン、なんか気持ち悪かったよ?」
「うっせ」
デオンドコロン照れくさそうにソロエルティの頭を軽くはたいた。
「ねぇ、ケイちゃんってこれからトレセン学園に来る予定でしょ?」
「ウチらが先輩として、色々教えたげよっか?」
「え?いえ、私は…」
「なに?受からないとか思ってる?大丈夫大丈夫、ウチらは中等部から入ってるから受験の基準とか色々違うだろうけど、万年赤点スレスレのロエルでもなんとか留年してないから」
「ひっどーい!コロンだって勉強できるわけじゃないじゃん!」
「ウチは常に平均以上とってますから」
「むぅ~」
「えぇっと…私、トレセンを受験するつもりはなくて…」
「「えぇ!?」」
あまりの驚きにデオンドコロンも目を見開いており、ソロエルティも目が点になっていた。ある意味当然の反応である。走ることが好きなウマ娘は例え望みが薄くとも、大多数は受験だけはするのだから。
「なんでなんでなんで!?」
「ケイちゃん、もう本格化はきてるんだよね?そのタッパあるならけっこう上位にいけると思うよ?」
「私、自転車で走る方が好きで…」
「えぇ~!もったいないなぁ…」
「んー…走ることを諦めたって訳じゃなくて、自分で違う道進もうとしてる娘を無理矢理引き込むのもなぁ…」
無理矢理引き込もうと画策した人物がすぐ近くにいることをサンノウケイデンスはあえて言わなかった。
「なぁ、せっかくだし、走っていったらどうだ?」
「あれ?セクハラへっぽこトレーナー。まだいたんだ」
「お前、そろそろ普通に呼んでくれないか?」
突飛な発言をしながら頭を掻きながら番トレーナーは苦笑いをしている。
「前に言ってたよな?走るのも好きだって。機会があれば走っても良いって」
「確かに言いましたけど、今全力で走るような格好してませんよ。第一汚したくありませんし」
「ここをどこだと思ってるんだよ。トレセン学園だぞ?予備の体操服もシューズもある。走れる環境はこれ以上なく整ってる」
「へぇ、いいこと言うじゃん」
「ナイスアイディア!アタシ、ケイちゃんと走りたい!」
「えっと…」
「それとな、お前が昨日見せてくれた走り。ひったくりを捕まえる直前しか見られなかったが、あの脚は並じゃない。その走りを見せてくれないか?」
「へぇ、仮にもスピカのサブトレがそう言うってことはガチじゃん?」
「それ聞いたらますます走りたくなっちゃった!ねぇ!走ろうよケイちゃん!」
「わ、分かりました…」
期待に満ちたデオンドコロンと、キラキラとしたソロエルティの視線にサンノウケイデンスは耐え切れず了承した。
「よっし!」
「それじゃあ、距離はどうするか…ケイデンスは正直、昨日の追走劇を見る限り完全にステイヤー。対してお前らはマイラー…どうすっかな…」
「間とって中距離?」
「それ、ウチら走れる?」
「でも、アタシ達どうせオークスで2400m走るんだよ?良い練習になるじゃん!」
「ま、それもそうか」
「つっても、いきなり800mも伸ばすのは危険もある…なら、秋華賞の2000mでどうだ?」
「OK!」
「いいんじゃね」
「…私も問題ありません」
こうして流されるままに、模擬レースに参加することになったサンノウケイデンスは大きくため息を吐き意気揚々とトレセン内のコースに向かう三人にとぼとぼと着いてゆく。
(やっぱり、この人と関わるとロクなことがない…私にとっての疫病神なんじゃ…)
とはいえ、サンノウケイデンスは走ること自体は好きである。デビューしたトレセンの生徒と走れる滅多にない機会だとプラスに考えた。
誤字脱字などご報告いただければ幸いです。
UA 1000超え
お気に入り10件
現状オリキャラばかりなうえにレースすらしていない作品を読んで頂き本当に感謝しております。レース描写は慣れていませんが楽しんで頂けるよう努めてまいります。
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這いよる混沌 黄金の浮沈艦
本当にオリキャラばかり出して申し訳ございませんでした。
予定では次回にはレースを走らせることが出来る想定です。
デオンドコロンの部室の更衣室を借りてトレセン学園指定の体操服に着替えている。シューズもピッタリのサイズだ。
「流石トレセン学園…こんなピッタリのものがあるなんて…」
「私たちもシューズをダメにしちゃったりとか、ジャージにお茶溢しちゃったときにお世話になってるよ!」
「いや、気ぃつけなってそれは」
たははと笑うソロエルティの頭をデオンドコロンはぐりぐりと撫でる。傍から見れば姉妹のようだ。
「ケイちゃん、着替え終わった?」
「あ、はい!」
「へぇ、似合うじゃん」
「そうですか?」
サンノウケイデンスはトレセン学園指定の体操服に身を包んだ。ズボンかブルマを選ぶのだが、先ほどズボンの入っていた箱にソロエルティが水筒の水を溢してしまい、やむなくブルマを履いている。その下にスパッツを履いているがどうにも落ち着かない。
「うん!似合うよ!やっぱ入ろうよトレセン!」
「ロエル、とりまその話はいいじゃん。ガチで走るんだからさ。ウチらの方が先輩だからって中距離じゃ負けるかもよ」
「おっと、そうだった…まだ走ってるケイちゃん見てないのに気が早かったよね!」
「いや、集中力乱すなって話してんだけど…」
「ロエルさん、コロンさん」
「ん?どしたケイちゃん」
「私、レースとあれば自転車に乗っていようが、自分の脚で走ろうが、勝ちにいきますよ」
サンノウケイデンスはことレース、こと競争とあれば負ける気はない。真っ直ぐに二人を見据える。決して負けないという意志を込めて。サンノウケイデンスは負けず嫌いであった。
「わぁ、すっごいビリビリしてんね!」
「ウチらの同期でこんなプレッシャー感じんのロエルくらいなんだけど。ガチじゃん」
にやりと牙を見せるように笑うソロエルティと、すっと目を細めて獲物を見定めるかのようなデオンドコロンにゾクゾクとした高揚感を感じた。まるでロードレースのスタートを今か今かと待ちわびている時のようにサンノウケイデンスは獰猛に笑みを浮かべた。
三人でコースまで歩いて来る途中に走り出す枠番を相談していた。その様子を先に準備をする為にコースにいた番トレーナーがこちらに手を振っていた。
「よし、ケイちゃん。ウチら外側行こうか?」
「いいえ、公平にじゃんけんで勝った順で内枠にしましょう」
「うん!賛成!内枠とりたいもん!」
「アタシはいっちばん観客に見えるようにいっちばん外側走るぜ」
「いや、だからケイちゃんがじゃんけんって…」
誰の声でもないその声に違和感を覚え三人揃って声のした背後を振り返ると、真っ赤な勝負服を身にまとった長身のウマ娘が仁王立ちしていた。
「ゴールドシップ…先輩!?」
「ぴすぴーす!もう、先輩なんて堅苦しいの嫌だぞ☆ゴルシちゃんって読んでね(はぁと)」
「かっこ閉じるまで言葉で言う人初めて見たー!」
「黄金の浮沈艦…ドリームトロフィーの生ける伝説…ですね」
音もなく現れたのはサンノウケイデンスを超える長身で葦毛の、美しいウマ娘だった。彼女はゴールドシップ。チームスピカの一員で黄金の浮沈艦の異名を持つウマ娘だ。現在もドリームトロフィーリーグで活躍しているいわばレジェンドと呼ばれる大物である。実物を目にすると、美形揃いのウマ娘から見てもその美しさに目を奪われてしまう。誰もが羨む理想像なプロポーションにクールな顔立ち。パリコレに出ているモデルすら嫉妬しそうだ。
「おい!ゴルシ!お前まだ夏合宿中だろ!?なんでここにいる!?」
絶叫に近い大声でゴールドシップを問い詰める番トレーナーにゴールドシップは飄々とした態度をしていた。
「そりゃ聞くのは野暮ってもんだぜ番ちゃん。アタシに黙って面白そうな事しようとしやがって!知らなかったか?ゴルシちゃんレーダーからは逃げられないんだぜ?」
ゴールドシップはレースの戦歴もさることながら、その奇行で有名なウマ娘である。度々レース後にトレーナーにラリアットをしに行く様子や、サングラスをかけレースに登場したり、ウイニングライブで創作ダンスをしたりと訳が分からないことをしている。しかし、ファンサービスはよく、子供たちに一番人気人気のあるウマ娘とも言われている。その姿から
『黙れば美人、喋ると奇人、走る姿は浮沈艦』
という格言のようなモノがネットで生まれ、あっという間にお茶の間にも浸透していった。
「あ?沖野さん?え?ゴルシなら今目の前ですけど…なに?マルゼンスキーのドライブに行ったきり帰ってこなかった?え?マルゼンスキーだけが今帰ってきた?もう色々起こりすぎでしょ…はい、とにかく今目の前で元気にはしゃいでますよ…えぇ、無事みたいですよ。というか、なんで勝負服…」
沖野トレーナーから電話がきたらしい番トレーナーがちらりとゴールドシップを方を見るとこれでもかと胸を張りふんぞり返っていた。
「決まってんだろ?レッドでホットなチリペッパーを爆発させる為の正装だぜ?アタシはこれからあっつ~いヒトトキを体験しなくちゃいけないんだ。邪魔すんなよ?」
「いや、お前今休養中だろ!?勝手に走んな!マックイーン!はいなかった…エアグルーヴを呼んでくれぇ!」
「リギルの連中も全員もれなく海でバカンス中だぜ?」
「そうだよ!そりゃそうだよな!」
「鬼の副会長もいないし、今日からトレセンはゴルシちゃんの天下だぜ!」
ケーケッケとまるで悪役のように高笑いするゴールドシップを見て番トレーナーはうなだれてしまう。それをすぐ近くで見ているサンノウケイデンス達は混乱していた。
「あの!ゴルシちゃん!どうして夏合宿中にトレセンに戻ってきたんですか?」
「ちょっ、おま、ロエル!」
「ほーう?お前、見どころあんなぁ?なんて名前だ?」
いや、ソロエルティは混乱などしていなかった。むしろ興味津々といった様子で先ほどゴールドシップに言われた通りに『ゴルシちゃん』と呼んでいた。
「はい!ソロエルティです!よろしくお願いします!」
「おっし!今日からお前は名誉ゴルゴル星人ゼロゼロセブンだ!」
「やったぁ!やったぁ?」
「なんなん?この会話…ウチ全然わかんないんだけど…ケイちゃん分かる?」
「いいえ、私もまるで理解できません…」
結局、ゴールドシップとソロエルティの二人の常人には理解できない会話を二人が満足するまで番トレーナーは頭を抱えて見守っていた。そしてサンノウケイデンスとデオンドコロンは自分達には解決できないと諦め、しばらく二人で談笑していた。
「それで、結局何しに来たんだゴルシ?」
「いやん?そんなに見つめちゃいやん♡えっち♡」
「お前そんなんで恥じらうようなタマじゃねぇだろ…乙女か」
「あ?」
「いだだだだだだだだだだ!?わ、悪かった!やめ、離してくれぇ!」
ゴールドシップは素早い動きで番トレーナーの腕を取りアームロックをかけた。あまりに洗練されたその動きに思わずその場の全員が見とれていた。
「ったくよぉ…番ちゃんが合宿に置き去りにされてゴルシちゃんに会えない寂しさで毎晩枕を濡らしてんのを可哀想だと思って顔見せに着てやったのによ…失礼しちゃうぜ」
わざとらしくほほを膨らませぷいっとそっぽを向く。美人がやると絵になるモノで、モデル雑誌を切り取ったような美人が不意に見せるいじらしさ、可愛らしさを感じる。美人は得だというのは本当だなとサンノウケイデンスは感じた。
「そんで帰ってきたらルーキー囲って選抜レースやろうとしてんじゃねぇか!つまり、番ちゃんの彼女候補ってこったろ!?こんな面白い事黙って見てる訳にいかねぇだろ!」
「違うんだが…黙って見ててほしかったなぁ…」
「あの、先輩、この変態の彼女候補ってのだけは勘弁していただけませんか?」
「確かに変態だけどよぉ、悪い奴じゃねぇぞ?しかもコンディション管理が上手いんだぜ?あと麻雀がそこそこつえー」
「いや、ウチもうトレーナーついてデビューしてるんで、間に合ってます」
「アタシももうデビューしてます!」
「ほーん?じゃあ、その黒髪ロングの姉ちゃんか?」
「いえ、私はそもそもトレセンの生徒じゃないんです」
「この娘、今ナカサンの生徒なんですよ」
「え?番ちゃん、お前マジかよ…遂にトレセンの外でやっちまったのか…」
ゴールドシップは番トレーナーを憐れむような目で見ていた。
「待て!お前がそんな反応すんのかよ!」
「トレーナーはたまたまスペとかトレセンの奴だったから助かってたのによぉ…留置所に入っても、マグロカツ丼くらいは差し入れてやるよ…」
柔和な笑みを浮かべ肩を叩くゴールドシップに番トレーナーは深くため息を吐いた。
「おい番ちゃん。ケータイ貸せ」
番トレーナーの持っていたスマートフォンをひったくるとゴールドシップは手慣れた様子で電話をかけた。
「おーす、トレーナー。私ゴルシちゃん。今トレセンにいるの。おーい、もしもし?アタシ今から番ちゃん主催のビッグレースに出るから。止めるんじゃねぇぞ…そんじゃ」
要件は伝えたとばかりにスマートフォンを番トレーナーに投げ渡すゴールドシップはこちらに振り返りニカっと笑った。
「つー訳で、このゴルシちゃんが飛び入り参加してやるからよろしくな!」
ゴールドシップの破天荒ぶりはパフォーマンスではなく根っからのモノなのだなと。サンノウケイデンスは目の前の事実を受け入れきれず、どこか達観した感想を抱いた。
誤字脱字などご報告いただければ幸いです。
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模擬レース トレセン学園 芝 2000m 良 晴
勢いで書ききってしまったので後々修正するかもしれません。
そしてお待たせし致しました。10話にして拙いレースシーンをお送りいたします。
かくして乱入者ゴールドシップを交えた4人での出走となったトレセン学園模擬レース。
芝 2000m 良バ場 天候は晴れ。風もほぼ無風でレースをするには絶好の条件が揃っていた。
「おーし、全員準備は良いな?よし、良いな抜錨!出港じゃーい!」
「待て待て!ゴルシ、沖野さんからは好きにしろって言われたけど、無茶すんじゃねぇぞ!」
「了解!564光年差つけてくるぜ!」
意気揚々とスタート地点に向かうゴールドシップに番トレーナーは頭を抱えた。
番トレーナーがスタートの合図をすると同時に全員が綺麗に横一線に並んだ。いや、一人足りなかった。
(ゴールドシップさんは…?)
ちらりと後方を確認すると「やべ」という声と共に走りだすゴールドシップの姿が確認できた。何があったのかとこの時は考えていたが後から聞いてみれば、番トレーナーに向かって投げキッスをしていたらスタートしてしまったという。ただそれだけのしょうもない理由であった。
レース開始から200m通過。先頭はソロエルティ。その後ろにピッタリと張り付いているのはデオンドコロン。そこから更に2バ身ほど後方にサンノウケイデンスは位置どっていた。ゴールドシップはその更に5バ身ほど後方の最後方だ。最初の出遅れからたった200mでこの位置まであがってくるゴールドシップにサンノウケイデンスは畏れを押し込めるように生唾を飲み込む。ゴール前以外の定位置が最後方である追込みの脚質。先頭までもが既に彼女の豪脚の射程圏内である。スパートまでひたすらに脚を貯める黄金の浮沈艦のプレッシャーを背に受けるだけでペースが乱れそうだ。だが、サンノウケイデンスの武器はスタミナだ。ロードレースに比べれば、2000mという距離はごく一瞬である。何時間も走るうちの2分程度である。これだけは、この場の誰にも劣らないという自信があった。
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(さて、200m通過。ソロエルティは相変わらず典型的な逃げ、デオンドコロンは逃げを徹底的にマークする先行、サンノウケイデンスは差しウマか…自転車のレースしてるだけあってペースが崩れないな…で、ゴルシはいつも通りの追込み。正直、いきなり大逃げとかやり始めたらどうしようかと思った…)
番トレーナーは双眼鏡とストップウォッチを片手にゴール地点でレースを見守っていた。
(それにしても、綺麗に各脚質が揃ったなぁ…)
わずか4人のレースであるにも関わらず、大きな4つの脚質分けのウマ娘が揃うというのは、偶然という一言で片付けられない現象に、番トレーナーはわずかに感動を覚えた。
(400m通過。まだ大きな動きもないな。まぁ4人で、まして全員バラバラの脚質じゃポジション争いしようもないよな)
そして、レースが動き出したのは600mを通過した辺りから、サンノウケイデンスが徐々に加速して前との差を詰め始めた。そしてそれを後方で息をひそめていたゴールドシップが目をつけた。
(ゴルシの奴…ケイデンスを徹底マークしているな…ロクにレース走ったことないデビュー前のウマ娘にやるか?えげつないなあれ…)
ゴールドシップはドリームトロフィーリーグでも上位で鎬を削る一流のウマ娘だ。トゥインクルシリーズを駆け抜けた実績は伊達ではない。いわば走りのプロのマンマークである。その足音がじわじわと、確実に自分に迫ってくるのだ。一度もレースに出場していないサンノウケイデンスが感じるプレッシャーははかり知れない。そして700mを通過する直前に差し掛かった瞬間。ゴールドシップの錨がサンノウケイデンスを捕らえた。
「おっしゃあ!」
ゴールドシップは一息でサンノウケイデンスの隣に並び、やや右側後方に位置取りべったりとくっつくように並走する。インコースから外側に出て本加速しようとしていたサンノウケイデンスはゴールドシップと前を走っているデオンドコロンのたった二人で蓋をされてしまったのである。
(おいおい、性格悪いなあいつ…多分思いついたからやったくらいなんだろうが…やられた方はたまんねぇな…)
番トレーナーはこの局面をサンノウケイデンスがどう乗り切るか期待しながらレースを見守った。
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(ほんっと呆れるくらい頭が切れるわね…流石はゴールドシップさん。コロンさんはただインコース走ってるってだけで私をブロックしてるなんてまるで意識してない…そして、多分この人は分かってる。私のスパートが脅威でないことを)
やや右後方を走るゴールドシップは時折振り返るサンノウケイデンスに、にやりと牙を見せるように意地の悪い笑み見せた。まるで、「前の二人抜かしたいんだろ?行けよ、アタシもいるけどな」と言いげな挑戦的な挑発。何故これほど徹底的にマークされているのか分からないが、600m地点からの加速だけで、サンノウケイデンスの弱点がゴールドシップに気付かれた。そしてこのマークをどう振り切るか。それが問題だ。
(このまま残り600m…いや、スパート体制に入る最終コーナー前までこのままのポジションをキープされたらもう勝ち目は無い…)
サンノウケイデンスの思い描く勝ち筋は残り800mまでに先頭に立ち、そのままスパートで加速し続けるロングスパートだった。しかし、ゴールドシップが隣を走っていることによりそれが難しくなった。しかも、隣を走っているだけで走路妨害ではなく、こちらが強引に前に出ようとすれば斜行になりかねないという嫌がらせとしか思えないポジショニングだ。多少減速した所でそれに合わせて減速され、最終直接になれば全員まとめて撫できるという。爆発的な末脚があるからこそ可能な変幻自在の作戦だ。
「おう、もう残り1200m切ったぜ?どうすんだ?」
後方からゴールドシップの声が聞こえる。やはり、サンノウケイデンスに加速力がないこと、トップスピードにもっていく為に距離が必要であることが分かっているのだ。ならば、強引にでも外にでなければならない。
「ふっ!」
サンノウケイデンスはブレーキをかけ急激に減速した。脚も使い、最後尾になってしまう策だが、スパートをかける為にはこの方法しかなかった。急ブレーキをかけるサンノウケイデンスに流石のゴールドシップも反応しきれず、サンノウケイデンスの前へと躍り出た。その隙を見逃さず再び外側へと進路を変え再加速をするサンノウケイデンスに「やるじゃねぇか!」とゴールドシップは一瞬だけ振り向きそう吠えると先団目掛けて一気に加速していった。それに置いていかれまいとゴールドシップの背を追いかけるがその差は広がるばかりだ。更にブレーキしたことによりデオンドコロンとの差も5バ身ほどに広がってしまった。サンノウケイデンスにできる事は無茶した脚に鞭打って最高速度まで素早く加速してゴールドシップに追い付くこと。少なくともソロエルティを捉えなければ勝負にならない。
「ギア、下げないと…」
そう呟きサンノウケイデンスは態勢を低くし、脚の回転を早める。短い歩幅で走るいわゆるピッチ走法だ。
(先輩もケイちゃんもアガって来た!)
後方の足音を聞き咄嗟にペースを上げるデオンドコロン。しかし、ソロエルティとの差は縮らない。ソロエルティは後方の確認などしていなかったが、無意識にペースを上げていた。背後に感じる異様なプレッシャーからか、表情は少し険しく掛かり気味のようだ。
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(残り1000m、折り返し地点だ。もうデオンドコロンとゴルシが並んでいる。見たところ1バ身先にいるソロエルティは既にいっぱいいっぱいだ。多分、残り100m付近で失速するだろう。慣れない中距離のレースに、ゴールドシップのプレッシャーもあって完全にペース配分を間違えてるマイルならギリギリスパートで垂れなかっただろうが…)
残り1000mを通過した所で、もう勝者は決まったと番トレーナーは判断した。
(デオンドコロンはスタミナはなんとか保っているがそれでもゴルシに離されないように走ってるから思い通りのペース配分になってないだろう。スタミナ勝負じゃあいつに勝てない。スパートで突き放されるだろうな)
そして番トレーナーは最後尾についたサンノウケイデンスを見つめる。
(ケイデンスは早めに加速してロングスパートをかけようとして失敗。それでもあのブロックを振り切ったのは大したものだ。あのピッチ走も、回転数は見事なものだ。だが、平坦を走るにはパワーが足りない。スタミナの消費も激しいあの走り方じゃ、自慢のスタミナが底をつくだろう)
そう考えていた矢先、サンノウケイデンスはより深く前のめりに、前傾姿勢となり更に脚の回転数を上げた。
(嘘だろ!?まだ回るのかあの脚!というか、残り900m…950m手前か?あの位置からスパート?そんなもん、デビューもしてないウマ娘がやるようなもんじゃない!)
明らかに無茶な走り方だ。止めるべきだと考えたが、けしかけた自分に止める権利があるのか、このレースを中止して良いのかと呵責を起こした。いや、思えばサンノウケイデンスが強引な減速をした時点で注意するべきだったか。あのようなブレーキのかけ方、脚に負担が掛からない訳がない。そんなものを吞気に感心している場合ではなかった。そんな自分に腹が立った。しかし、止めようと思ったときには既に遅かった。数秒、それはレースにおいて大きな差を生む。もう全員が最終直線に差し掛かっていた。このタイミングではむしろ減速を求める方が脚に負担をかける。もう、このレースの行く末を見守る他なかった。
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残り800mに差し掛かりデオンドコロンの背中をようやく捉えることができた。しかし、その1バ身先にソロエルティが。更に2バ身先にはゴールドシップがいる。ハナを奪われたソロエルティは焦ったのか必死にスピードを上げていた。既にスパート前ほどの速度に達している。そして、デオンドコロンはその二人と競り合うことをやめ、やや後方に位置どった。最終直線で全力でスパートする為に脚を貯める策をとった。そして、サンノウケイデンスは既にスパートをかけ始めていた。最高速度に達するのは恐らく残り650m前後であろう。正直、もうゴールドシップを追い抜ける未来が見えなかった。彼女の方が先行している状況、加速力、スパート距離。サンノウケイデンスはこれらに対応できる策が無い。単純な力量差。これを覆すのは並大抵の策では通用しない。それでも、足搔かなければ勝機などない。
「はぁあああああ!!」
サンノウケイデンスは心の中で自転車のギアをイメージする。そして一気に2枚ギアを重くした。残り700m、想定より早くトップスピードに辿り着いた。デオンドコロンに並んだ。ソロエルティは1/2バ身先。ゴールドシップは既に4バ身先にいる。恐らくまだ脚を残している。しかしもう間もなく最終コーナーだ。トップスピードに乗った今はただゴールまで駆け抜ける。それ以外にもはや考えることはない。気力と根性と地力の勝負だ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「負けるかよ…!先輩でも!後輩でも!」
ソロエルティもデオンドコロンも気力を振り絞って、とうに枯れているスタミナを出し切ってスパートをかける。遥か前方で悠々と走るゴールドシップに縋りつこうと懸命に脚を前へ前へと押し出す。サンノウケイデンスが必死に差を詰めていたが、コーナーでその差を詰めることが出来なかった。残り200m。残すは直線勝負だ。
「おーい!置いてくぞぉ!」
「冗談キツイっすよ…先輩!」
「既に…置いて…けぼり…!」
ゴールドシップは3バ身先行して、ソロエルティは意地で1バ身先。デオンドコロンとサンノウケイデンスはほぼ横並び。アタマ差ほどサンノウケイデンスが後ろか。じわじわと差は詰められているがソロエルティもまだ垂れていない。このまま粘られると最下位もありうる。
「おらおら!追いついてみろぉ!」
ゴールドシップは更に加速してゆく。たった100mで2バ身ほど離された。その表情はなお余裕の表情だった。隣を見ると、ソロエルティとデオンドコロンの表情がこわばった。それでもすぐさまゴールドシップに追い付くことに集中しなおした。残りは僅か100m。
先頭はゴールドシップ。その後ろ5バ身差でソロエルティ。そこから更に1バ身後ろでデオンドコロンとサンノウケイデンスが競り合っていた。
「はぁ…はぁ…」
ソロエルティがスタミナの限界を迎え垂れてきた。デオンドコロンもスピードが落ちてきている。残り50m。サンノウケイデンスはその隙に二人に並んだ。そしてその約3秒半後にゴールドシップがゴールラインを駆け抜けた。それから約1秒後。ソロエルティ、デオンドコロン、サンノウケイデンスが横一列でゴールした。
誤字脱字などご報告いただければ幸いです。
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不完全燃焼少女
この作品の1話は丁度5ヶ月前ですね。遅筆で申し訳ございません。
今回も校閲時間をあまりとっていないため修正が多いかもしれません。
誤字脱字などご報告いただければ幸いです。
ゴール後、ゴールドシップはくるくるとその場で回り、不可思議なポーズをとっていた。ソロエルティとデオンドコロンはゴールした直後失速し、脚が止まると同時にその場に倒れ込んだ。息も絶え絶えで指先一つすら動かすことすら辛そうな様子だ。
「はぁっ、はぁっ…!」
「ふぅっ、ふぅっ…!」
二人ともまだ話すことすらままならない状態だ。それ横目にサンノウケイデンス深く深呼吸をし、息を入れた。心拍数はまだ上がったままだが少しずつ落ち着かせてゆく。
「おい!大丈夫か!?」
番トレーナーは慌てた様子でこちらに駆け寄りコースの中に入ってきた。そしてバっとその場にしゃがみ込んでサンノウケイデンスの脚に触れた。落ち着いてきた心拍数もドクリと上がる。
「…は?」
あまりに唐突な出来事にサンノウケイデンスは念入りに脚を触る番トレーナーを呆然と眺めていた。
「脚の故障は…消耗も激しくないし、関節も異常な熱は持ってない…というか、息の入りはや」
「とりゃー!」
「ぐえっ!」
いつの間にか助走をつけていたゴールドシップのドロップキックが番トレーナーに炸裂し、視界から番トレーナーが消えたところで正気に戻った。
「おいコラ!たづなちゃんでも庇えない事しでかしてんじゃねぇ!お嬢ちゃん!この変態は正義の味方ゴルシちゃんが成敗しとくから早く逃げろ!」
「おい…遂にケイちゃんに手…出したな…?ずっと狙ってたんだ…ウチらが…レースで疲れて…動けないとこ狙って…!」
ふらふらと立ち上がり番トレーナーに詰め寄るデオンドコロンに、番トレーナーは慌てて立ち上がり首を降った。
「いってて…いや違ぇって!ケイデンス!お前あんなスパートをかけて大丈夫なのか!?」
「は?えぇ、大丈夫ですけど…」
「触った感じは異常はなかったが、痛みや違和感は!?」
「ありませんけど」
「そうか…良かった…」
心底安堵した表情でサンノウケイデンスの肩を掴む番トレーナーに、どこから持ち出したのか金色の鎖。いや、錨を振り回していた。非常に、にこやかに。
「いっぺん沈むか?インド洋に」
「待て待て待て!落ち着け!」
「オホーツク海の方がいいか?」
「この…!肩なら、良いってもんじゃない…!ダートに埋める…!」
「おっし、可決!東京24区に埋めてやる!」
「だぁぁぁぁ!やめろぉ!」
じりじりとゴールドシップとデオンドコロンに詰め寄られる番トレーナーは、音もなく現れたたづなによって救助されこっぴどく叱られていた。
「もう、理事長にコースの使用許可貰ったと聞いて校舎から見ていましたよ?いきなり脚を触るなんて…貴方はもう少しデリカシーとか、女心とか…そういう所を学んでください!」
「いや…本当にすみません…」
「たづなさん、この人多分そんなレベルじゃないっす。もう常識から教えてやってください」
「サンノウケイデンスさん。この度はわが校の職員が大変な失礼をしてしまい申し訳ございませんでした」
「いいえ、気にしていませんから。一応、心配してのことだったみたいですし」
深々と頭を下げるたづなに、こちらが申し訳ないという思いになった。番トレーナーのせいで苦労が絶えないのかと思うと余計に心苦しくなった。ところで、校舎からここまで番トレーナーのセクハラを見てから駆けつけたようだが、逆算すると到着まで1分とかかっていないのはどういうことだろうか。校舎からコースまでの直通路があるのだろうか。
「番さん、私の心配をするより先にたづなさんの心配を考えてください。くれぐれも」
「いや、あんな走りしたら脚の心配するだろ?正直、もう一度確認したいくらいだ」
「サンノウケイデンスさん。番トレーナーの触診を受ける必要はありませんが、彼はこれでも優秀なトレーナーです。一応、保健室で診て貰ってはいかがでしょうか?」
そう言われるサンノウケイデンスだったが、脚になんの異常も感じていなかった。確かにブレーキをかけた際に多少脚を使ったが怪我をするほどの衝撃はかけていない。五体満足である。
「いいえ、大丈夫です。むしろもう一回走りたいくらいです」
「「な!?」」
「ケイちゃん…まだ走れるの?」
「…マジ?ケイちゃん?」
たづなも番トレーナーも驚きの表情を隠すことなく目を見開いていた。ようやく息を整えられたソロエルティも、やっとのことで立ち上がったデオンドコロンも同様に驚いている。ただ一人ゴールドシップだけはニヤニヤしていた。
「さっきのレース。私は最下位でした。でも、思い通りに走れなかった。レースでこれだけスタミナを余らせてゴールしてしまったことが悔しいんです」
「ケイちゃんが最下位…?そういえば、さっきのレースの着順は?」
「いやぁ…写真判定なんてないからな…3人同着に見えたが…」
「えー!分かんないの!?」
「アタシの見立てでは5バ身差でコロ助、そっからハナハナでロエルとケイだったぜ?」
「ゴルシ、お前なんでそんな精密に分かるんだ?」
「先輩、コロ助ってウチの事ですか…?できればコロンって呼んでもらえると…」
「う~コロンの勝ちかぁ…」
「やっぱり、私が最下位なんですね」
困惑するデオンドコロンに耳をへにゃりと力なく垂らすソロエルティに対し、サンノウケイデンスはメラメラと対抗心を燃やしていた。今すぐにリベンジを果たしたいと。負けっぱなしでは納得できないと。無意識に目付きが鋭くなっていた。
「まだ、走り足りません…」
「ケイちゃん…流石にちょっと…」
「ケイちゃん、ちょい勘弁だわ…マジ無理だわ…」
「おっし!第二レースやろうぜ!5640mでどうだ?」
「かまいません」
「「うぇ!?」」
「待て待て待て!そんなレースねぇだろ!ゴルシ!ケイデンスを煽るな!」
げんなりとしていたソロエルティとデオンドコロンはゴールドシップの無茶苦茶な提案に驚き尻尾をビンと立てながら目を見開いた。それを尻目に番トレーナーは慌ててゴールドシップを静止させようとする。
「ま、リベンジマッチはまた今度な。ちょいとマックちゃんの秘蔵のクッキーを秘密裏に回収する仕事が残ってんだ。じゃあな!」
「ちょ!待て!あれマックイーンが合宿の間減量成功したら食べる大事にしてるやつだから!機嫌とるの大変なんだよ!」
そう言い残すと颯爽とどこかへと駆けてゆくゴールドシップを一同が呆然と眺めていたが、ハっとしたたづなが慌てて追いかけていった。
「速い!?」
たづなはじりじりとゴールドシップとの距離を詰めていたが、二人ともあっという間に曲がり角に消えてしまった。
「さっきのレースより速い…手加減されていたとはいえ、あそこまで…それにたづなさんのあれは…」
「すっごいよね!噂ではマルゼンスキーさんやシンボリルドルフさんより速いって聞いたよ」
「学園の七不思議って言われてるんよ。前まではウマ娘並みに速い事務員がいるってレベルでタイキシャトル先輩がたづなさんに追いつかれたって噂話が流行ってからもう人前でウマ娘並みの速度で速さで走ってるたづなさんを見かけるようになったんよ」
「ミホノブルボンさんはサイボーグじゃないかって言ってたよ!」
「あーなんか色々な説あるわ。アグネスタキオンさんの薬説とか、人体実験説とか…」
「正直、一回触ってみたいんだよなぁ…あの脚」
「うわ、遂に女なら見境なしにセクハラする底辺野郎に成り下がったのかよ。ウチが見直した感動を返せ。マイナス50くらいになったわ」
「いやいやいや!鍛えられたウマ娘の脚だけだっての!」
「たづなさん尻尾ないけど?」
「うーん…ウマ娘以外に触りたいと思ったことないんだけどなぁ…」
結局、レースはサンノウケイデンスの完敗で幕を閉じ、ゴールドシップが場をかき回すだけかき回して去ってしまったことにより、ぐだぐだしたままお開きとなった。
誤字脱字などご報告いただければ幸いです。
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レースを振り返り
某ウマ娘怪文書ステークスにて投稿したモノをテンションが上がって追加して書いてしまいました。
何番煎じかも分からなくネタですが
もし、お時間がある際にお読みいただければ幸いです。
https://syosetu.org/novel/282328/
「ほら、ケイデンス。落ち着いてきたか?シャワー浴びてこいよ?」
「流石、一流の変態はセクハラを忘れないね?もう、いっぺんムショ行け。二度とシャバに出てくんな」
「どうしてそうなる…」
「そもそも、落ち着いてますし…」
ゴールドシップとたづなの退場後、取り残された面々はレースについて語り合っていた。
「いやぁ、ゴールドシップ先輩もだったけどケイちゃんの追込みもめっちゃ怖かったわ…しかも後ろで競り合ってたんでしょ?気にしてる余裕なかったけど」
「アタシ全然気付かなかったよ!ゴルシちゃんとバチバチやってたんだ!」
「いや、アンタはもっと後ろ気にしなよ。いつもの事だけどさ…先頭走ってんだから。先輩に並ばれて掛かったろ?」
「うう…」
「まぁ、ウチも正直抜かれた時どうすればいいか迷いまくってたわ。経験不足か頭の差か…」
「判断が遅い!」
「どうした急に」
「やっぱり、お二人とも速いですね。流石はジュニア級で活躍されているウマ娘です」
「いやぁ…それほどでも?」
「ウチらデビュー戦は勝ったけど、それ以降はレース出てないし…大したこと無いって」
照れくさそうにはにかむデオンドコロンに、頬を赤らめまんざらでもない様子のソロエルティは二人してバシバシとサンノウケイデンスの背中を叩く。
「やはり、私には自転車の方があってるみたいですね…」
そうサンノウケイデンスが呟くとビシッと背中を叩いていた二人が凍り付いたかのように固まってしまった。
「いいや!ケイデンス!あの脚に常識外れのスタミナ!間違いなくトップを目指せる才能を持ってる!今のレース、ワクワクした!感動した!!」
「そ、そうだよ!アタシもゴール前では抜かれたと思ったもん!」
「いや、ホント。ケイちゃんと競り合ったからこそタイム縮んだし!」
「コロン、2000のタイムなんていつ測ったの?」
「ちょい、言うなそれ」
各々が番トレーナーの讃美に乗っかるようにサンノウケイデンスをフォローしようとする。そもそも、悔しさはあるが落ち込んでいたわけではないのだが。
「お気遣いありがとうございます。悔しいですけど、やっぱり実力が違いますよ。デビューもしてないウマ娘ですから当たり前ですよ。久しぶりに全力で走れて楽しかったです。ありがとうございました」
「あぁ…えっと、うん!こちらこそ楽しかったよ!」
「いや、ホントに楽しかった。正直、ゴールドシップ先輩いなかったら様子見しながら走ろっかなーって思ってたけど絶対できなかったわ」
「いや、お前全力出してないだろ?」
「は?」
どうにか空気を和ませようと努めていた二人が再び固まった。番トレーナーの発言に対しドスの効いた響くような声を発したサンノウケイデンスに驚いていた。
「番さん。確かに私はスタミナも脚も残したままゴールしてしまいました。しかし、あの状況、あの場で下せる最善の選択…振り返ればより良い選択はあったかもしれません。しかしコンマ数秒を競うあの場で思いついた選択肢の中で間違いなく最も勝率の高い選択をして全力で駆け抜けました」
言い方を間違えてしまったといった様子で番トレーナーの表情も険しくなっていたが、冷静さを欠いたサンノウケイデンスは構わず話を続ける。
「それに対して全力じゃない?私は仮にもアスリートです。そのような発言は侮辱にあたります」
「すまないケイデンス。言葉を間違えた。俺が言いたかったのはお前の適正距離はもっと長い距離なんじゃないかってことを言いたかったんだ」
「適正距離…」
ウマ娘には適正というものがあり、育ってきた環境や遺伝など様々な要因で変化するモノで基本的に芝やダートなどのバ場の適正と、走れる距離の適正で区分される。
本格化を迎えた後に適正が変わることはほとんどない。並外れたトレーニングによって矯正することは可能だが、わざわざ苦行を行い適正距離を変えずとも、自分に適した距離を走る方が遥かに楽に記録を出せる。サンノウケイデンスが知る限り、この適正距離を克服したウマ娘はミホノブルボンだけである。
「あのレース、あと50mあれば間違いなくお前は2着だった。あと500mあれば、手加減していたとはいえあのゴルシに並んでた。お前は既にステイヤーとして恐ろしいほどに完成しているんだ」
「…レースに“もし”は無意味ですよ」
「そ、そりゃあそうなんだが…」
「ねぇ、ケイちゃん!お風呂行こうよ!」
「え?ロエルさん?」
この空気に耐えられなくなったのかソロエルティが唐突な提案をする。
「さっきシャワー浴びるとか言ってたじゃん?折角ならお風呂行こうよ!この時間なら多分誰も使ってないしさ!ね、行こうよ!」
「えっと、ロエル?ケイちゃん困惑してるから。多分ロエルが言いたいのは風呂入ったらなんか色々すっきりするんじゃね?ってことを言いたいんだと思う」
「あーっと…すまんケイデンス。俺も興奮して何言おうとしたか分からなくなってきた。ちょっとまとめる間風呂行ってきてくれ」
「いや、シャワーはお借りしたいと思っていましたけど…何を話す気ですか?」
「ケイちゃんケイちゃん、興奮した危ない変態から早く離れよ。はい、大浴場はこちらです。欲情した変態は回れ右」
「よし!行こう行こう!」
「あ。あの…」
またも流されるままに大浴場へと連れていかれるサンノウケイデンス。訴えるように番トレーナーを見やると、軽く手を振り本当に回れ右して踵を返してどこかへ立ち去ろうとしている。それを恨めし気に睨んでいるとくるっと振り返った。
「校門の前で待ってる!」
そう言い残すと再び踵を返してどこかへ立ち去ってしまった。もう解散では駄目だろうか。
誤字脱字などご報告いただければ幸いです。
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レース後の 火照る身体を 鎮める湯
気長にお待ちいただければ幸いです。
「うわぁ…広い」
「そうでしょ?ウマ娘がまとめて帰ってきても大丈夫なように広くしてんだって!」
「ウチも最初見た時はビビったわ。銭湯かよって」
サンノウケイデンスはソロエルティとデオンドコロンに連れられトレセン学園の大浴場に来ていた。デオンドコロンのいう通り銭湯のようだ。それも、一般的な銭湯の男湯女湯合わせたような広さだ。
「さ!早く入ろう!」
素早く服を脱ぎ捨ててスパンッと引き戸を開け意気揚々と浴場へ入っていくソロエルティに「待ちなって」と言いながら慌てて服を脱ぎそれについていくデオンドコロン。サンノウケイデンスもそれに続くように脱いだ服を畳んでから浴場へと入った。
「ほれ、ちゃんと身体洗ってから入り」
「えー?バーってお湯浴びてあったまってから洗ってもいいじゃーん」
「ウチらドロドロなんだからちゃんと洗いなって」
いの一番に湯船に直行しようとするソロエルティを捕まえ、わしわしと頭を洗っているデオンドコロンの姿はまるで姉妹のようだ。
「お、きたきたケイちゃん…おぉ…」
「コロン?」
ソロエルティの頭を洗う手を止めまじまじとこちらを見つめるデオンドコロンの視線が恥ずかしくなりサンノウケイデンスは身をよじらせる。ソロエルティは泡で目が開けられておらずサンノウケイデンスが来た以外の状況は分かっていない。
「いやぁ…発育、凄いな…」
「でっかいね!」
「いくら女同士とはいえ恥ずかしいんですけど…」
シャワーで泡を流したソロエルティと、デオンドコロンの中年男性のセクハラのような発言をされつつ、その視線はサンノウケイデンスの胸部へと注がれている。サンノウケイデンスは両腕で抱きかかえるように胸部を隠した。
「いやぁ、ごめんごめんウチより大分ご立派なモノをお持ちだったからつい」
「コロンはもう育たないもんね!」
「は?ロエルおまなんつった?ちょっと表出るか?それともそのチチくれるんか?」
「ちょ、怒んないでよぉ!」
「その…個性ですので、そう悲観することはないかと…」
「はっ、大は小を兼ねるんですよお嬢さん方…大きくて損なことないっしょ?」
「そんなことないよ!走ってると揺れるんだよこれ!」
「ゔっ」
自分の胸を押し上げるように持つソロエルティにデオンドコロンは自身の胸を抑えてうずくまった。
「それに、ケイちゃんくらい大きいと重いよね?」
「え?えぇと…」
ソロエルティに同意を求められたが、ここで首を縦に振るとデオンドコロンに更なる精神的苦痛を与えてしまいかねない。サンノウケイデンスは必死に胸が大きいことのデメリットを考えた。
「私くらいのサイズだと可愛い下着が中々見つからなかったりしますし、一概には大きい方がいいとは言えないのではないでしょうか?」
「はぁぁぁぁ言ってみてぇ…メイショウドドウさんみたいなチチ引っさげて言ってみてぇ…」
「ドドウさんの凄いよね!あれレース中痛くないのかな?」
目に見えて落ち込むデオンドコロンにどう言葉を投げかけたらいいか、胸にコンプレックスを抱いたことのないサンノウケイデンスには分からなかった。何かトラウマになるような事があったのだろうか。
「ブラがないとか、ウチらアスリートはみんな色気のないスポブラだっての」
「それにしても、ケイちゃんの脚すっごいね!どうなってんの?」
「どうなってるって…自転車やってると大腿筋というか太股周りが発達しやすいんですよ」
「へぇ~触ってみて良い?」
「えぇ、どうぞ」
「うわ、なんかすげぇ…ガチガチかと思ったけど押し返される…ぷるぷるしてる感じなのに弾力っていうか…」
「すっごい!角煮みたい!」
「か、角煮…」
「ロエル、その言い方はマジで謝れ」
「え!?ごめん!えーと…ナスみたい!」
「食べ物で例えんな!」
「はぁ~生き返る~」
「おっさんくさいわ。溺れんなよロエル」
「溺れないよ!子供扱いしないでよ!」
「いや、寝落ちして沈んだことあったろ。急に静かになったと思ったら風呂の底で寝てたぞ。マジこっちの心臓が止まるかと思ったわ赤ちゃんかお前」
「そうだっけ?」
広々とした浴槽を三人だけで使っているという優越感と開放感を感じつつ肩までしっかりと湯に浸かり吐息をこぼすサンノウケイデンス。思えば久しぶりに大浴場へ来たなと思い返していた。
「ふぅ…」
「色っぽいねぇケイちゃん。テレビの温泉リポーターみたいじゃん。やっぱプロポーションか?胸か?」
「なんかエロいね!」
「同性でもそれは恥ずかしいんですけど…」
「ロエル、お前もうちょっと言葉選べし。発音する前に一旦思いとどまれ」
じっくりと湯船を堪能し、十分に身体を温めた一同は湯冷めしないうちに脱衣所で着替えていた。
「ケイちゃんの黒いレースのブラ可愛いね!」
「うわ、おっとなぁ~」
「いや、選べるほど無かっただけで…」
「んなエロエロな下着付けてたんだぁ~」
「ちょっと!自分でロエルさんにそういうこと言うなって言ってたじゃないですか!」
「いや、だってこれは言い逃れできないって…」
「えぇ…」
「よし!着替え終わり!」
「待ち、ロエル。まだ髪びしょびしょじゃん。こっちこい、ちゃんと乾かすから」
「コロンってお母さんみたい」
「おい、老けてるって言いたいんか?ウチ同い年だぞ。花も恥じらう乙女だぞ」
「乙女?」
「ん?疑問に思うトコあったか?怒らんから言ってみ?」
「ゼッタイもう怒ってんじゃん!」
軽口を叩きながらソロエルティの髪を乾かすデオンドコロンを横目にサンノウケイデンスも念入りに自分の髪をブラッシングしていた。
「おし、出来上がり」
「アタシ髪短いから勝手に乾くのに…」
「いや、水遊びしたゴールデンレトリバーくらい濡れてたら乾かねぇから。てかなんでそれで服濡れてないんよ…」
全員が着替え終わるとソロエルティとデオンドコロンがサンノウケイデンスを校門まで送ってくれるというので素直に応じた。
「ケイちゃん、安心して。ウチがあの変態から守護るから」
「あ、はい」
最後に番トレーナーが待っているのがよほど不安らしいデオンドコロンと共に校門へと足を進めた。
誤字脱字などご報告いただければ幸いです。
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私の見たい景色は
社会の荒波に揉まれ、ようやく少しゆとりが持てたので、
遅筆ではありますが、少しずつ執筆活動を再開しようと思っておりますので、気が向いた際に閲覧頂ければ幸いです。
内容もうろ覚えの箇所などございますので、
矛盾などが生じた際にその都度修正致します。
おかしいと感じた際にはご指摘いただけると幸いです。
「おう、お疲れ様。さっぱりしたか?」
着替えを済ませてソロエルティとデオンドコロンと共に校門へ向かうと、番トレーナーは先ほど言い残した通り校門でサンノウケイデンスを待っていたようだ。
「えぇ、いい湯でした」
「湯上りの女の子を見たくて待ち伏せとかいよいよ通報するか?」
「なんでそうなるんだよ…さっき待ってるって言ったろ?」
「待ってると言い残していましたが、まだ何かお話することがあるんですか?」
「あぁ、今日の感想を聞きたかったんだ」
「感想?」
「楽しかったか?」
「…楽しかったですよ。レジェンドとも言えるゴールドシップさんとも走れるなんて貴重な経験も出来ました。流れで走ることになったとはいえ、感謝しています」
「勝ちたくないか?」
「…それは、勝負事ですから。勝ちたいのは当たり前です。たかが体育の授業でも、ロード…自転車のレースでも。勝ちを望むのは自然な事だと思います」
サンノウケイデンスからすれば、常に勝ちたいと望むことは当たり前のことである。何を当たり前の事を聞くのだろうと怪訝な顔をするサンノウケイデンスに対し、番トレーナーは嬉しそうにはにかんだ。
「まぁ、アスリートってのはそういうもんだ。常に勝気で常に次の勝利を見据えてる」
「何を仰りたいんですか?」
「また走りたくないか?」
「…」
「うわぁ…凄いストレートな勧誘」
「バチバチに煽るじゃん」
正直、楽しかった。また勝負したい。また走りたい。そう思った。しかし、自転車を捨ててまで走りたいかと問われれば即答は出来なかった。かといって、自転車に乗り続けるとも、言い切れなかった。
今まで、本気で走って負けたことなど無かったから。
「ケイデンス?」
番トレーナーは黙り込んでしまったサンノウケイデンスを気遣うように声をかける。
「正直、自分の脚で走る楽しさを…改めて知ったような気がします」
「そうか」
番トレーナーは柔らかな笑みを浮かべた。
「でも、私は自転車を捨てきれません」
「捨てる必要はないさ」
「いいえ、中途半端では勝てません。そうでしょう?」
「それは…」
「自転車のレースは、要らなモノを極限まで削って戦います。車体も、ペダリングのロスも、
飲み終えたボトルも捨てながら走ります。それでも勝利に届かないことがある。勝負の世界というのは、そういうものでしょう?」
「確かに、極限まで余分なモノをそぎ落としていくような走りをするウマ娘も少なくない。
だがその反面、全てを背負って走るウマ娘だっている。期待も、責務も、誇りも…
確かに、俺はケイデンスの走りを見たい。でも、お前の好きなモノを奪いたい訳じゃない。好きなモノはお前を構成する大事な一部だ。捨てなくて良いんだ」
「捨てなくて…良い…」
番トレーナーの言葉に戸惑いを隠せなかった。サンノウケイデンス自身、自転車を選択した時点で、もうトレセン学園に行く選択肢を自然に消してしまっていた。走る事が嫌いになった訳ではなかった。ただ、どちらかしか出来ないと思い込んでいた。自転車を選んだから、トウィンクルシリーズに挑む選択肢を切り捨てていた。
「…すみません、少し整理する時間をください。では、今日はありがとうございました」
「あ、ケイちゃん…」
「あー、その…ウチら無理強いするつもりは無いから」
「ケイデンス」
一礼した後、踵を返したケイデンスを番トレーナーは呼び止めた。
「色々言ったけどさ、自分から選択肢を狭めすぎてるような気がしてさ。だから、選択肢はお前が思ってるより柔軟に変えたり出来るって事を伝えたかったんだ。それに、捨てても拾える時は拾えるからな。難しく考えすぎないでくれ」
「いや、余計考えさせるだろその言い方は。頭がピンクだと思考能力低下すんの?」
「え?脳みそってピンクじゃない?」
「そういう事じゃねーよ、てか知らんし」
「その…失礼します…」
軽く振り向き会釈をして、再びサンノウケイデンスは帰路へと向かった。整理していた頭の中が、今のやり取りで真っ白になってしまった。帰ったら改めて考えようと気を取り直した。
先ほどより、少しすっきりした頭で予定を決めた。
「あんたのせいで気まずい感じの別れになったじゃん、どうしてくれるん?」
「俺のせいなのか、あれ?」
「あん?他に誰がいるっての?」
「コロンじゃない?」
「え?ウチ?」
誤字脱字などご報告いただければ幸いです。
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ロードレースの世界へご案内
驚きと喜びを隠せません。
未熟な文ではございますが、これからも邁進してまいりますので、
よろしくお願い致します。
帰宅したサンノウケイデンスは制服を脱ぎ捨て、そのままベッドへと倒れ込んだ。
(疲れた…ここ最近、というか…あの人に会ってから毎日がせわしない気がする)
ようやく落ち着ける環境になったところで、先ほどの話を振り返る。自転車を辞めなくても、走る道はある。その選択肢がある事を告げられた。
そもそも、中等部に上がる時に何故トレセン学園を目指さなかったのか。それは本格化を迎えておらず、身体がまだ未熟であったからだ。だから普通校に通っていたのだ。つまり、本格化を迎えていれば、トレセン学園を受験しただろう。
そうだ、当時はまだ走りたかったはずだ。期待していたはずだ。
だが自転車と出会って、ロードレースの楽しさを知った時から、いつの間にかその選択肢が抜け落ちていた。
(私は今、どうしたいんだろう)
自問に対しいつまでも答えを出せずにいると、ケータイの着信音が思考を中断させた。
(また、あの人…?)
恐る恐るディスプレイを覗くと『アマノカイセイ』と表示されていた。思わずほっと胸を撫でおろす。
「はい、サンノウケイデンスです」
「ケイデンスさん、お久しぶりです。アマノカイセイです」
アマノカイセイ、彼女は先日のロードレースで2着だった選手で、ロードレースで何度もゴールを競い合ったライバルだ。平坦道のスペシャリストであるスプリンターを自称しているものの、山も登れるオールラウンダーの素質もある。自転車に乗っている時以外は、物腰柔らかな清楚なご令嬢といった表現が適切なウマ娘である。実際にお嬢様らしい。
「アマノさん、急に連絡なんてどうしたんですか?」
「以前、もう一度貴女とレースをしたいとお話したこと、覚えておいででしょうか?」
「はい、今週末ですよね?」
「えぇ、そのコースについてお伝えしようとご連絡させて致しました。コース場を貸し切りました」
「す、凄いですね…」
(態々、私と走る為に貸切まで…)
アマノカイセイの行動力に驚き慄く。スケールの違いを思い知らされた。
「日程自体は1日空けてるので、大丈夫です」
「ありがとうございます」
「いいえ、こちらのセリフですよ。コースまで用意して貰って」
「他ならぬ、貴女と走る機会ですもの。逃す訳には参りません」
「なら、それに答える走りをしなくちゃいけませんね」
「是非とも、お相手お願いいたします」
そうして、詳細な場所や時間を聞いて電話を切ろうとした時、サンノウケイデンスは重要なことを忘れていたことに気が付いた。
「あっ…」
「ケイデンスさん?」
「その…アマノさん…私のバイク…廃車になってしまっていて…」
「大丈夫なのですか!?」
アマノカイセイは声色を変えサンノウケイデンスを心配した。自転車が廃車になるような事態は落車や派手な事故などのケースを真っ先にイメージしてしまうものだ。今回のように、武器として使われました。なんてことはまず無い。
「お怪我は!?レースも、日を改めて…」
「いいえ!落車とかじゃなくて…その…トラブルというか…とにかく、私自身は怪我一つないので!自転車を用意すれば大丈夫です!」
「良かった…しかし、愛車が廃車なんて…お気持ちお察しします…」
「まぁ、フレームが小さかったので、変え時と考えます」
「しかし、自転車を選ぶにも吟味する時間が必要ですよね…でしたら、今回はお貸ししましょうか?」
「い、良いんですか?」
「はい、ケイデンスさんの乗っていたバイクに寄せて組んだバイクがございますので」
「な、なんでそんなモノを?」
「貴女を分析して、勝つ為です」
「そ、そこまでする?というか、役に立つんですか?」
「乗ってみたりしたのですが、やはり乗ってくれる人がいないとダメでした」
「そうですよね」
「けど、自転車の癖を知るいい機会にはなりました。決して無駄ではありませんでした」
「そ、そうですか…」
ロードバイクというものは決して安くない。それをポンと購入するあたり、流石お嬢様だなともはや感心さえしてしまう。自分の感覚とはかけ離れていることを認識させられる。
「すみません、ではお借りします」
「はい、もちろん…では、当日は宜しくお願い致します」
電話を切ろうと思った時ふと、サンノウケイデンスにある考えが浮かぶ。
「アマノさん、観客連れて来ても良いですか?」
「えぇ、構いませんが…」
「ちよっとロードレースを見てほしい人…いや、補給の手伝いをお願いしようと思ってまして」
「そうですか、ケイデンスさんのお知り合いであれば歓迎致します」
「ありがとうございます」
「では、楽しみにしています」
「はい、お互い楽しみましょう」
アマノカイセイとの通話を切ると、すぐさまサンノウケイデンスは電話を掛けた。
「はい、番でーす。どうした、ケイデンス?」
そう、サンノウケイデンスを悩みに悩ませている人物。番トレーナーに電話をかけたのである。
「番さん、今週末何かご予定はございますか?」
「え?何?デート?」
「すみません、何でもありませんでした失礼します」
「冗談だって…それで?何があるんだ?」
「私の友人とレースをするんですけど見に来ていただけませんか?」
「レースって…自転車の?」
「はい」
「うーん…別に良いけど、分かんないねぇぞ?ルールとか色々」
「真っ先にゴールしたら勝ち。これさえ分かれば大丈夫です」
「お、おう…でも何で俺なんだ?」
「私を自転車から降ろしたがっているじゃないですか」
「いや、降りろとは言ってないって」
「だから私が魅了されている世界を、あなたに見て欲しい」
(私を散々振り回して悩ませてる責任、多少は取ってもらわないと)
自分自身では、いくら時間をかけてもどうすべきか答えが出なかった。だから変化を求めた。選択するきっかけを作りたかったのだ。
「分かった。行くよ」
「よろしいんですか?誘っておいてなんですが、些か急な予定なので」
「んな事言ったら、俺なんか明日トレセンに来てくれって言ったんだぞ?こんくらい大丈夫だ」
「確かにそうでしたね。ありがとうございます」
その後、集合時間と場所を決め通話を終了する。
「それじゃ、よろしくな」
「はい、よろしくお願いいたします」
通話を切ると、ケータイをベッドへと放り自分もベッドへ倒れ込む。
(あーあ、誘っちゃった。態々自分から会う機会作るなんて、変になっちゃったかな私…)
もうなるようにしかならない。そう腹を決め、アマノカイセイとのレースに向け準備をする。とりあえず、気晴らしに少し走りに行こう。
レースへの高揚感と、選択肢が増えてしまった戸惑いを胸に当日を待つ。
誤字脱字などご報告いただければ幸いです。
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天は快晴也ーアマノカイセイー
次回は年末開催の予定ですね。
過酷な環境が予想されるので常々体調を管理し、
お体ご自愛下さい。
更新ペースが遅くなり申し訳ございません。
今後の展開がまだぶれてしまっているため、今しばらくお待ちください。
夏休み最後の週末、天気は雲一つない快晴。予報によれば、最高気温は35℃になるらしい。現在午前6時前、日差しが出てきたがまだなんとか涼しい時間帯だ。
「ふぁーあ…おはようさん」
「おはようございます」
集合場所にぼさぼさの髪を掻き、大きなあくびをしながらやってきたのは番トレーナーだ。まだ眠そうな目をしている。
「それで、お前の友達が迎えに来てくれるんだよな?」
「えぇ、アマノカイセイさんという方です」
「聞いた事あるような気がするな…気のせいか?」
「さぁ…お嬢様らしいので、財閥のパーティに出席されてたりする可能性はありますけど」
「いや、じゃあ気のせいだ。マックイーンのところにも出たことねぇ」
雑談をしていると、目の前に黒塗りの高級車が停車した。随分と車体が長い。これは俗に言うリムジンというものだろうか。
「え?リムジン…?」
「確かに、お嬢様だな…」
サンノウケイデンス達が呆然としていると、車窓が開かれ朗らかに手を振るウマ娘がいた。
「ケイデンスさん、お待たせ致しました」
青みがかった葦毛を三つ編みにし、白いワンピースをまとった姿はまさにお嬢様だ。絵画のような美しさに思わず目を奪われる。
「どうぞ、ご乗車ください」
初老の男性がドアを開け、こちらを招く。先ほどまで運転席にいたというのに、いったい何時降りたのだろうか。男性の案内に従い、サンノウケイデンス達はリムジンに乗り込んだ。いつの間にか再び運転席に座っていた男性が短く「出発します」と言い、リムジンは緩やかに発進した。
「あ、お邪魔します…」
「まぁ!貴方がケイデンスさんの仰っていた方ですね。お初にお目にかかります。アマノ家、アマノカイセイと申します。以後お見知りおきを」
「ど、どうも、番と申します。本日はお招きいただきありがとうございます」
「どうか緊張なさらないで、砕けた口調でかまいませんよ。
「いや、それは流石に…でも、ご厚意に甘えて遠慮なく喋らせてもらおうかな」
「アマノさん、今日はありがとうございます。バイクまで用意して貰って…」
「ケイデンスさんも、敬語が話辛いのであれば崩して頂いて結構ですよ。以前から申し上げようと思っていたのですが、中々タイミングが掴めなくて」
「ありがとう、なら私にも遠慮しないで」
「私はこれが自然体でして…」
「無理強いはしないよ。お互い好きに話そう」
「お心遣い感謝致します」
その後、運転手は執事であること。車内の設備についてなど雑談をして到着まで時間を潰していた。
「それにしても、ケイデンスさんも隅に置けませんね」
「え?」
「まさか、ボーイフレンドをお連れになるとは思っておりませんでした」
「本当にやめて」
「え?」
「やめて」
「あ、はい」
ショッピングモールでの件といい、この
「でしたら、お二方はどのようなご関係なのでしょうか?」
「どのような…」
そう問われると、私達の関係はなんだろうかとサンノウケイデンスは思い悩む。友人でもなければ、親戚でもない。恋愛関係なんてもってのほかだ。
「そうだな…町内の平和を守った仲間…か?」
「分かりづらくありません?」
「なら、新聞に載った名コンビってのはどうだ?」
「そうだった…あれ、新聞記事になったんですよね…」
「なんなら、月刊トゥインクルにも載るってよ。乙名史さんが滅茶苦茶張り切ってたからな」
「ウソでしょ…」
ひったくり犯を捕まえた事件について既に新聞に掲載されていることは知っていたが、まさか主に現役で活躍しているウマ娘を特集する月刊トゥインクルにまで載ってしまうとは予想だにしなかった。いくら乙名史記者でも、他紙のコラムに掲載する程度と考えていたのだが彼女の手腕を甘く見ていたようだ。
「まぁ!新聞に?どのようなご活躍をされたのですか?」
「ケイデンスとひったくりを捕まえたんだよ」
「それは素晴らしいご活躍ですね。後ほど調べて記事をスクラップしなくては」
「なんか、恥ずかしいんだけど…」
「恥じることはありません。むしろ誇ってください」
「自分の事を褒めてる記事ってだけで気恥ずかしいのに、それを友達に見られるって余計恥ずかしいんだけど」
「貴女がロードレースで優勝した時のインタビュー記事もきちんと保管しておりますよ」
「ウソ!?私、なんて言ったっけ…変な事言ってないよね!?」
「ふふ…勇ましかったですよ」
「不安になるけど、見る勇気も無い…」
その後、サンノウケイデンスと番トレーナーのエピソードを根掘り葉掘り聞こうとするアマノカイセイを窘めつつ、今日のレースについての話を切り替えコースやルールなどについての確認を行った。
「わたくし、しばらくロードレースから離れる予定なんです」
唐突にそう切り出したアマノカイセイの発言に思わず言葉が詰まる。
「来年からトレセン学園に入学して、アマノカイセイを世に知らしめてみせます」
「トレセンに…」
「だから、自転車はしばらくお休みです。だから貴女と競いたかった。これで最後…というつもりもありませんけれど」
柔らかにはにかむアマノカイセイを見て、サンノウケイデンスは顔を僅かに俯けた。
アマノカイセイは、自転車ではなくトレセン学園に進む道を選んだ。つまり、この先彼女と競う機会はそうそう訪れないということだ。
(私は、ライバルがいなくても自転車に乗り続けるの…?)
正直、ロードレースで彼女の他にライバルと呼べる存在はいない。話を聞くと、基本的にターフを走る方が好きだという選手がほとんどであった。
「それなら、俺と会うこともあるかもな」
「まぁ、トレセン学園の関係者なのですか?」
「この人、信じられないかもしれないけど、中央トレーナーなの」
「なんとまぁ!でしたら入学した暁には是非ともスカウトにいらしてください。絶対にスカウトしたくなる走りをご覧に入れます」
「あぁ、楽しみにしてる。とはいえ、スプリンターっぽい脚だな…スピカにはスプリンターいなかったからなぁ」
「スピカと関わりがあるのですか?」
「一応、サブトレーナーだ」
「まぁ…!そのような御仁とお会い出来た事、誠に嬉しく思います」
「大げさだ。まだ担当持ったこともない青二才の若造だよ」
恐らく、サンノウケイデンスも最初の出会いがあれでなければ番トレーナーを心から尊敬したであろう。
ショッピングモールでも、商店街でも。河川敷でさえ出会っていなければ良好な関係になれたであろうに。ファーストコンタクトのせいで、サンノウケイデンスは番トレーナーに対し変態であるというレッテルを剝がせずにいる。いや、事実なのだから剝がす必要も無いだろうか。
「だとすると、ケイデンスさんもトレセンを受験なさるのですね」
「いや、私は…」
つい最近までトレセンに進学することなど更々考えていなかったサンノウケイデンスは言葉に詰まる。
番トレーナーと出会う以前は。トレセンでのレースをする前であればトレセンには行かないと即答したであろう。だが今は自分もトレセン学園に進む道があると、道を示された。番トレーナーに教えられたのだ。
「今、トレセンに来て欲しくてアタック中」
「まぁ…なんて熱烈なプロポーズ」
「ちょっ!?」
「いや、そういう訳じゃなくてだな…トレセンに来ることハナから考えてないみたいだったからこんな楽しい世界もあるぞってプレゼンしただけだよ。実際決めるのはケイデンスだ」
「あら、『俺のところに来い』という口説き文句ではありませんの?」
「んなこと言うかよ…」
気恥ずかしそうに言い捨てる番トレーナーを横目に、サンノウケイデンスは心の中で毒づいていた。
(思えば、見知らぬ中学生に声掛けてウチに来ないかとか…コロン先輩があそこまで警戒するのは当たり前の事に思えてきた…人として尊敬できる点はあれど、恋人とか絶対無理だ)
「タイプじゃありませんごめんなさい。他をあたってください」
「お前な…だから告白とかそういう事じゃねぇっての…」
「でしたら、ケイデンスの理想の男性像はどのようなモノなのでしょうか?」
普段恋愛話をしないサンノウケイデンスはそんなモノを考えたこともなかった。だが強いて言うのであれば、付き合いが楽な事だろうか
「募集するなら、お金持ちのイケメン彼氏かなぁ」
「なるほど、眉目秀麗で資金力のある方…と」
空耳だろうか、どこかで悲鳴が聞こえたような気がした。
雑談を交えている間に、今回ロードレースをするコースが見えてきた。
「さぁ、ケイデンスさん。私の全力を…覚悟をぶつけさせて頂きます」
「えぇ、私も全身全霊でペダルを回す。絶対にゴールは譲らない」
レース場に到着すると、サンノウケイデンスとアマノカイセイがお互い言葉を交わさずレースの準備に取り掛かった。
誤字脱字などご報告いただければ幸いです。
アマノカイセイ:葦毛、161cm B85・W55・H92、肌は透明感のある白
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