蝶の羽根はアオく、儚く (扇町グロシア)
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蝶の羽根はアオく、儚く

 空を見上げて、思う。

 私は、正しいのか。

 私は、戦っているのか。

 私は、生きているのか。

 空の彼方へと手を伸ばし、願う。この手が、いつか、届くようにと。

 

 切っ掛けはなんでもない事だったように思うし、とても重要な事だったようにも思う。

 なんとなくいつも一緒の、腐れ縁の三人。きっとそのまま、大人になっても、こんな間柄でいるんじゃないか、なんてぼんやりと思っていた。

 でも、突然。私は気づいてしまった。

 私は、猪股大喜が、好き。友達としてじゃなく、人生を全て明け渡しても良い特別な存在として、好き。

 気付きたくはなかった。だってそれは、私たち三人の仲を崩すには十分すぎるから。

 私たちの矢印は、バラバラな方を向いていて。だから、いつも気安くお互いを見ることができた。

 矢印を大喜に向けてしまった私はもう、大喜を真っ直ぐに見ることができない。

 そして大喜の矢印が私以外を向いているのが見えるのが、辛い。

 大喜は、ひとつ上の先輩に夢中だ。私なんか、見えないくらいに。

 千夏先輩を好きになった大喜は、とても楽しそうで。幸せそうで。

 私は、そんな大喜が好きだ。私を決して好きになってくれない、大喜が好きだ。

 人を好きになるのが、こんなにも辛いとは思わなかった。嫌いになれれば、どんなに良いだろう。

 なれるものなら、なっている。

 バカで鈍くて視野狭窄でバカで身の程知らずで大バカな大喜を、どうしても嫌いになんかなれない。

 初めて好きになった人だから。

 私を支えてくれる人だから。

 大切な、――大切な人だから。

 

「今は自分を一番に考えて良い」

 大喜はきっと、何も考えずそう言ったんだろう。私の気持ちなんて、分かりもせず。

 それでも。もし千夏先輩を貶めて、大喜を奪えたなら。そう考えてしまう自分が嫌だ。

 その選択は、きっと地獄しか呼ばない。

 大喜の気持ちを踏みにじって。千夏先輩を泣かせて。何もかも、叩き潰して。それで私が笑える筈がない。

 それでも。

 それでも。

 もしも、その道を選ぶ覚悟を持てたなら。

 そう、思わずにはいられない。

 

 あの、人生で一番暑い夏が終わった頃。

 私から見ても分かるほど、大喜と千夏先輩の関係は変わっていた。

 先輩後輩でも無く。

 同居人でも無く。

 友人でも無く。

 二人は、特別な関係になっていた。私が入り込む隙も、無いほどに。

 大喜は毎日幸せそうで。千夏先輩も、幸せそうで。

 だから私も、幸せ。二人を見守れて、幸せ。大好きな二人が結ばれて、幸せ。

 ――そう思わなければいけないと、自分に言い聞かせ続けた。

 泣くわけにはいかなかった。泣く資格さえ、なかった。何も出来なかった、それでも大喜がいつか私を好きになってくれると思い込んでいた、そんな私には、泣く資格なんか無い。

 二人が幸せだから、それを崩さないように。私は、幸せなふりばかり上手くなっていった。

 

 そして。千夏先輩は卒業しても、猪股家を去らなかった。猪股千夏になって、正式に大喜の伴侶になったのだ。

 二人の結婚式で、初めて泣いた。声を殺して泣いた。祝福しているように、なんとか取り繕いながら泣いた。

 もう私たちが一緒にいることなんか、二度と無い。

 もう大喜が私を見てくれることなんか、二度と無い。

 何もかも、終わったのだ。

 涙だけを残して。

 

 あれからどれほど経っただろう。

 恋は何度かしたけれど、どれも上手く行くことはなかった。

 大喜以外を、心から好きになんかなれなかった。

 新体操の栄光は、いつの間にか私の手から零れ堕ちてしまった。

 天才だ選ばれし者だと持て囃された時代はすぐに終わり、気が付けば凡才として周囲に埋もれていた。

 私は所詮、その程度でしかなくて。

 次々出てくる「若い才能」に押し出され、私は静かに消えていく。

 いつか、大喜の心が千夏先輩から離れてくれたら。そう思うばかりで、ただ無為に日々を過ごしていくだけ。

 月が地球にキスをするような、有り得ない奇跡を願う自分が本当に情けない。

 私は私が思うより、弱くて。歪で。自分に嘘を吐くのが得意だった。もしどこかで、それに気付いていたなら。

 ごめんなさい、私。好きな人に、好きだと伝える勇気がなくて。

 ごめんなさい、私。辛くて辛くて、それでも誰かを頼る勇気がなくて。

 ごめんなさい、私。誰かを傷つけてでも、幸せになる勇気がなくて。

 本当に、ごめんなさい。

 こんな風に生きてしまって、ごめんなさい。

 

 何も掴めなかった、何も為し得なかった、この手を。それでも、伸ばす。

 いつか、届くように。

 いつかなんて、来ないのに。何処にも届くことなんか、ないのに。

 生きているのか死んでいるのか分からないカラッポの私は、それしか出来ないから。

 



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