腐れろ夢よ。終われよ世界よ (食卓の英雄)
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FGO風マテリアル1

暇つぶしに書いてみた。
本編も書いてるよ?本当だよ?
あと、今から読むよ〜って人はこれ飛ばしてね。
「妖精王オベロン」が一話だよ

(第二スキル内容を、修正しました)
修正内容は状態異常を解除成功時毒状態を付与
→攻撃時自身に毒状態を付与に


クラス:セイバー

真名:アーディ・ヴァルマ

身長/体重:162C/???

出典:ダンまち~メモリア・フレーゼ~

地域:オラリオ

属性:混沌・善  カテゴリ:人

性別:女性

 

◆パラメータ

筋力:C++ 耐久:A+ 敏捷:B

魔力:B  幸運:D- 宝具:EX

 

◆保有スキル

 

【正義の使徒:D--】(CT7→5)

味方全体の攻撃力をアップ&防御力を大アップ(3T)&毎ターンHP回復状態を付与(3T・〜2000)+自身に毒状態を付与<強化扱い>(1T・〜500)【デメリット】&自身に毒状態を付与<強化扱い>(2T・〜200)【デメリット】

 

【神饌恩寵:C+】(CT8→6)

自身のBurstカード性能をアップ(3T)&〔強食増幅〕状態を付与(3T)「通常攻撃時にNPを獲得(〜10)&自身に毒状態を付与<強化扱い>【デメリット】(2T)+敵単体の状態異常を解除&解除成功時、自身の攻撃力をアップ(2T)」

 

【■■■■■:A】(CT7→5)

自身の攻撃力をアップ(3T)&自身の最大HPをアップ(5T・〜2000)&❲触毒❳状態を付与【デメリット】+❲大地❳のあるフィールドにおいてのみ、自身のBusterカード性能をアップ(2T)&被ダメージカットを付与(2回3T)+味方全体のスター発生率をアップ(3T)

 

※〔大地〕フィールドは自然由来の地面に面している部分で、都市、屋内、乗り物、地下、海上、海中、天空、宇宙以外のフィールドの事。

 

◆クラススキル

 

・飢餓:EX

自身のBusterカードの性能をアップ&被クリティカル発生耐性をダウン【デメリット】

・神域外の生命(怪):C

自身に毎ターンNP獲得状態を付与&弱体耐性をダウン【デメリット】

・■■■■■:A

自身に触毒付与【デメリット】

 

 

◆宝具

 

〈第1、2再臨〉

 

正義抱く希望の星(ルーンスター・アルゴノゥト)

・ランク:D

・種別:対人宝具

・レンジ:1〜40人

・最大捕捉:40人

 

 

自身の宝具威力をアップ(1T)〈OCで効果アップ〉+敵全体に〔内毒〕特攻攻撃〈自身の毒状態の数だけ威力アップ/最大10個〉+自身の最大HPをアップ(5T・〜1000)&スキルチャージを1進める

 

 

◆マテリアル

 

◆キャラクター詳細

 

ここではない遠い異世界の都市における、神の眷属にして冒険者。

汎人類史とはかけ離れた世界の理を持つが故に、彼女の目にはあらゆることが真新しく写っている。

何故数いる中で自分が選ばれたのか、未だによく分かっていないらしい。

生前の二つ名は『象神の詩(ヴィサーヤ)

 

◆絆レベル1で開放

 

真名:アーディ・ヴァルマ

身長/体重:162C/???

出典:ダンまち~メモリア・フレーゼ~

地域:オラリオ

属性:混沌・善  カテゴリ:人

性別:女性

 

「そうだよ!私が品行方正で人懐こくてシャクティお姉ちゃんの妹でサーヴァントセイバー?のアーディ・ヴァルマだよ!じゃじゃーん!」

 

◆絆レベル2で開放

 

人類史とも呼べない完全な異世界の出身者。

その世界では神が現世に降臨し、力を抑えて眷属をつくるのだ。中でも、彼女の住むオラリオには多種多様の種族や冒険者が入り交じり、混沌を為している。

 

彼女はその世界の尺度ではLv3で、上級冒険者と呼ばれていたらしい。曰く、結構すごいとのこと。

 

◆絆レベル3で開放

 

正義を抱き、正義を愛し、悪を誅せど人を憎まず。

あまりある活発さが目立つ彼女だが、かつては治安維持組織に務めていた。

人が悪を為すには何かしらの原因があると常に考えており、やむを得ない者には再起を促す優しさを持つ。

 

当時の環境では仕方の無い事だが、ただ捕まえて罰する事には幾ばくかの不満を感じており、皆が鞭として人を罰するなら、自分一人くらいは飴になった方が良いと発言している。

 

◆絆レベル4で開放

 

・飢餓:EX

一見して何の異常も持たない様に見える彼女だが、その実召喚されてから常に何かに飢えている。

「私ってこんなに大食いキャラだったっけ…?」

 

・正義の使徒:D--

都市の秩序を守護する者にして、自身が持つ正義の発露。

共に戦う者は戦意が高揚し、生きて帰ろうという希望を齎す。カリスマスキルの亜種。

彼女の場合、そのコミュ力も含まれており、おまけ効果で味方から気に入られ易くなったり、対応が少し甘くなったりする。

本来はC+の筈なのだが、何故か大幅にランクダウンしている。

 

・神饌恩寵:C+

デウス・アムブロシア

彼女が本来持ち得ないスキル。一切の詳細が不明。

恐らくは、彼女の霊核を補う為に取り込まれたと思われるもの。

 

◆絆レベル5で開放

 

『正義抱く希望の星』

ルーンスター・アルゴノゥト

ランク:D 種別:対人宝具

レンジ:1〜40人 最大捕捉:40人

 

アーディが幼い頃から好きな童話「アルゴノゥト」から名前を取った宝具。彼女自身が考える正義の行方を描いた幻想の一撃。

剣に込められた思いは消えず、必ず誰かの道を照らす明かりになると信じている。

 

また、アーディはこの宝具の名称が少し恥ずかしいらしい。

「だって…宝具になるくらい本気で童話に憧れてるなんて…いや、間違ってはないんだけど……」




続くかもしれない


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FGO風マテリアル2

この世界のオベロンバージョン。
一部原作ままである


クラス:ルーラー

真名:オベロン

身長/体重:174C/56Kg(人間時)

     :17C/6Kg(妖精時)

出典:夏の夜の夢、迷宮神聖譚、アルゴノゥト

地域:オラリオ

属性:混沌・悪  カテゴリ:星

性別:男性

 

◆パラメータ

筋力:C  耐久:C 敏捷:A+

魔力:A+ 幸運:EX 宝具:EX

 

◆保有スキル

 

【夜のとばり:EX】(7〜5)

味方全体の宝具威力をアップ(3ターン)&NPを増やす

 

 

【朝のひばり:EX】(8〜6)

味方単体のNPを増やす&「ターン終了時にNPを減らす状態(一回)」<強化扱い>を付与【デメリット】+スター獲得

 

【■■■■■■夢の終わり:EX】(7〜5)

味方単体のBuster性能をアップ(1ターン)&宝具威力アップブースト状態<宝具威力アップ状態の効果量を一時的に増大させる状態・重複不可>を付与(1ターン)&〔夢の終わり〕状態〔オベロン(■■■■■■)には無効〕「ターン終了時に強化状態を解除【デメリット】&〔永久睡眠〕状態<耐性無効・解除不能・生贄選択不能・オーダーチェンジ不能>を付与【デメリット】&ターゲット集中状態を付与(3ターン)する状態(1回)<耐性無効・解除不能>を付与【デメリット】」

 

◆クラススキル

 

・対神理:B

自身が場にいる間、味方全体の〔フォーリナー〕クラス以外に対する弱体付与成功率アップ+味方全体<控え含む>の〔神性〕の強化成功率をダウン【デメリット】

・陣地作成:E-

自身のArtsカード性能を少しアップ

・道具作成:A+

自身の弱体付与成功率をアップ

・騎乗:A

自身のQuickカード性能をアップ

・妖星:A-

自身に無敵貫通状態を付与&回避か無敵状態の敵へのクリティカル威力アップ

・夏の夜の夢:EX

自身に精神異常・呪い無効状態を付与

 

 

◆宝具

 

〈第1、2再臨〉

 

彼方にかざす夢の噺(ライ・ライム・グッドフェロー)

・種別:対人宝具

・ランク:E

・レンジ:5~40

・最大捕捉:7人

 

敵全体に〔秩序〕特攻攻撃<オーバーチャージで特攻威力アップ>&攻撃強化状態を解除&睡眠状態を付与(1ターン)&無敵状態を付与(1ターン)【デメリット】

 

◆マテリアル

 

◆キャラクター詳細

 

オラリオを中心に世界を飛び回る妖精。

妖精の滅びた現代に於いては妖精の存在自体があまりに希少で普段はそうと分からないように偽造している。

『夏の夜の夢』『迷宮神聖譚』『アルゴノゥト』等の噺に登場する彼であるが、その人物像は『夏の夜の夢』を除いた2つでは現実的でかつ楽観的でもある不思議な人物として語られている。

 

戦闘は不得手と避けているが並のレベル4程度の実力は備えている。そしてそれ以上に情報収集、戦闘支援に優れており、仲間の為に身を粉にして飛び回ってくれる働き者。

世の理不尽を無くす為に全力を尽くす僕らの頼れる妖精王。

 

◆絆Lv1で開放

身長/体重:174C・56kg(人間時)

      17C・6kg(妖精時)

出典:夏の夜の夢、迷宮神聖譚、アルゴノゥト

地域:オラリオ

属性:混沌・悪  性別:男性

 

「真名? そうだね、妖精王オベロンもいいけど、呼び方はあればあるほど都合がいい。

 冬の王子、あるいはロビン・グッドフェローとか……。え?アルベリヒ?誰だい、それ?」

 

◆絆レベル2で解放

初出は夏の夜の夢、後に迷宮神聖譚、アルゴノゥトなどの文献にも見られる妖精たちの王。

世間一般的に最も知られている『オベロン』は『夏の夜の夢』のオベロンだろう。

戯曲中において、オベロンは偉大な力を持つと描写されるものの、その人物像は身勝手で大人げない。

 

『夏の夜の夢』はライサンダーとハーミアという愛し合う男女を主役にした、一夜の騒動である。

この物語に登場するオベロンは妃であるティターニアの新しい小姓を巡って彼女と仲違いを起こし、その報復として『目覚めた時に目の前にいたものを好きになる』薬を使って小姓を自分のものにしようとした。

しかし、その薬はオベロンの従者である妖精ロビン・グッドフェローのさぼり癖から、ライサンダーとディミトリアスにもかけられてしまい……。

 

また、夏の夜の夢は作者が不明であり、内容に下界の人類が知り得ない言葉が用いられていた為、どこかの神が書いた代物だと推測されている。

 

◆絆Lv3で開放

優しい碧眼、銀の髪、白い肌をした美男子。

温和、能動的、心優しい平和主義者。

思慮深い性格の為、計画・作戦の実行には慎重を期するが、仕掛けるタイミングは決して逃さない。強気の攻撃性(見ようによっては野蛮な)をもって状況を制圧する。

 

童話の登場人物のような、完璧な光の王子。

とにかくズルい物語の主人公。

大人のスマイルをするくせに少年らしい仕草が残っていたり、少年らしい夢想家のクセに大人としての権力、実行力を持っていたりする。

 

教養はあるがそれを鼻にかけるコトはなく、

高い理想はあるが人々に強制するコトはなく、

弱者の元に付き、暴力には従わず、

妖精史上最高の光の王子だが妻をめとるコトはない。

 

「僕は幸福な状態が好きだ。虫には綺麗な水が必要なように、妖精はそうでないと生きていけないからね」

 

◆絆Lv4で開放

○陣地作成:E-

魔術師として自分の工房・陣地を作る能力。

かつては『妖精の森』の王であったが、時代とともにその領土は失われ、物語の上を放浪するだけの存在となってしまった。

その為、陣地作成スキルは最低ランクのものとなっている。逆説的に、“今では名前だけの王”であるオベロンを示すスキル。

オベロン本人はそれを秘しており、極力、陣地作成能力が低いコトを明らかにしようとしない。……のだが。

 

○道具作成:A+

道具を作る能力。妖精妃ティターニアにすら呪いをかける『三色草の露』など、心を惑わす道具に関しては最高位の職人となる。また、物語上に於いてだけではなく、実際に『神の力(アルカナム)』を解放した神にすら通用する神秘の塊。

『三色草の露』を当代の冒険者が制作する場合、最低限の基準として『魔導』『神秘』『調合』がすべてSランク以上が必要である。

 

○騎乗:A

この世界において妖精とは精霊と一部地域では同一視されており、騎乗するという逸話は確認されていないが、オベロンは妖精王であるが故に親睦を深めた動物などに乗ることがある。

ただ、オベロンは王である為、移動はあくまで優雅に自らの翅で行う。しかし、一度急を要すると知ればスズメガのブランカに乗り、あらゆる土地に駆けつけ、人々の心を先導する。

 

◆絆Lv5で開放

○夜のとばり:EX

夜の訪れとともに、自軍パーティに多大な成功体験、現実逃避による戦意向上をもたらす。また、任意で魔力を即時に増加させ、当人にとっての必殺と世界に認められた攻撃を割増する。

 

○朝のひばり:EX

朝の始まりとともに、自軍パーティに多大な精神高揚、自己評価の増大をもたらす。

いっときの強制ドーピング。対象の魔力をあげるが、それはいっときのもの。時が経つと失われるものなので、宝具の使用は計画的に……

 

○神性:-

オベロンの妃であるティターニアは様々な妖精や女神(マヴ、ディアナ、ティターン)の複合体として創作された妖精である為神性を持っているが、オベロン自身は混じりけのない『妖精の王』である為、神性は獲得していない。

 

◆絆Lv5で開放

『彼方にかざす夢の噺』

ランク:E 種別:対人宝具

レンジ:5~40 最大捕捉:7人

 

ライ・ライム・グッドフェロー。

オベロンが語る、見果てぬ楽園の数え歌。

背中の翅を大きく広げ、鱗粉をまき散らして対象の肉体(霊基)を強制的に夢の世界の精神体に変化させ、現実世界での実行力を停止させる、固有結界と似て非なる大魔術。なんだそうだ。

この夢に落ちたものは無敵になる代わりに、現実世界への干渉が不可能となる。

 

原典と同様である




実はこちらのほうが強い


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妖精王オベロン(奈落の虫ヴォーティガーン)

見切り発車。
実は2部6章終わらせてない人。
そしてこれはあくまでこの世界のオベロンです。Fate世界の本人ではありません。


 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?

 

 複雑奇怪にして魑魅魍魎の跋扈する奈落にも等しき大迷宮。これに挑まんとする勇者はいないか? ガヤガヤザワザワ、人間たちが悩んでいます。

 うーんうーんと唸っていると、俺だ私だポンポンポン。魔法のかかったお花の様に、挑むよ挑むと手が挙がる。恐れを知らぬ、百戦錬磨の猛者たち。ぐんぐん穴へと進んでいくと、怪物、宝物ゾロゾロゾロ。おおこれは凄い、ああ凄い。怪物を恐れていた彼らも、この魅力には勝てませんでした。そして貴方もさあさあ行くぞと剣を取る。

 

 未だ見ぬ冒険と富と名声を求めて、彼らは征くのだ。ダンジョンの奥底へと果てぬ夢を抱いて。その先に待ち受ける物が、きっと良いものだと愚かにも信じて。

 

 

 

 

 

 

 

――ああ、気持ち悪い…。ヒトも、モンスターも、虫も妖精も精霊も神も世界も、忌々しきこのダンジョンも…!気持ちが悪い。吐き気がする。――死ね――死ね――死ね。

 

 

 

 

  

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           Pretender

 

 

 

「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっっ!?」

 

 背後から迫る死の気配。ドシンドシンと地面を踏み鳴らし、僕へと狙いをつけた牛頭人体の怪物が追いかけてくる。

 それはLv.1の僕では絶対に敵わないモンスター。Lv.2にカテゴライズされる『ミノタウロス』が唸り声を上げる。

 間違いなく死んだ。これは終わった。もしも時が戻せるのなら、あの時もっと深くへ行こうとする僕を説得、いや、もっと前の冒険者登録をしている僕の顔を殴り飛ばしてやりたい。

 

『ヴモオォォォッ!』

「ひぃあっ!?」

 

 攻撃を飛び上がって躱すが、着地は無様としか言えない。こんな所を神様に見られたら、きっと赤面していた事だろう。しかしこの状況ではそんな反応すら勿体ない。 攻撃で止まった内に急いで角を曲がる。あわよくば地上へ通じる道があると信じて――

 

「――え」

 

 残念ながら、運は彼に味方しなかった様だ。

 彼の曲がったその先は、正方形の広いフロア。要するに、行き止まりと言うことだ。

 

(あぁ、もうダメだ。ごめんなさい神様…)

 

 ガチガチと歯を鳴らして心の中で自分に良くしてくれた影を思い浮かべる。神様は僕が死んだら悲しんでしまうのか、それとも神様らしく超然とした雰囲気でやり過ごすのだろうか。いや、あの人のいい神様の事だ。きっと悲しんでくれる筈…。いやでもそれは結局僕が死んだ後の話で…。

 

 そんな事を考えている間にも、筋骨隆々の巨影はじっくりと焦らすように近づいてくる。きっと追い詰めたことを理解しているのだろう。意地の悪い笑みを浮かべている。

 

――おじいちゃん、ダンジョンに行っても女の子との出会いは無かったよ。

 

 そんな、余裕すら見えるような考えが浮き出てきて、場違いにも苦笑する。そうして目を開けた頃には大きく腕を振り上げるミノタウロスの姿が映り込み――

 

 次の瞬間、風のような鋭い一撃が脳天を貫いた。

 

「え?」

『ヴモ?』

 

 そのあまりの早業に僕とミノタウロスは同じく間抜けな声を上げる。

 続いて分厚い筋肉、上腕、肩足腹へと風穴が空いていく。いずれも目に見えないほどの速さで行われ、さながら銀の風がミノタウロスの体を通り抜けている様だった。

 

『グボッ!?ヴゥモオオオォォォッッ!?』

 

 牛頭の断末魔が響き渡り、体中に空けられた穴から血を吹き出して崩れ落ちる。

 

「……大丈夫かい?」

 

 ミノタウロスという壁が無くなった事で、その奥に佇む人影に気が付いた。

 そこにいたのは華奢で可憐な美少女……などではない。

 童話の中から飛び出したようなメルヘンチックな王子服に見を包み、手には先の一撃を撃ち込んだであろうレイピアが握られている。

 子供というには大き過ぎ、かといって大人にしては幼い風貌の不思議な男性。

 最後に背中に大きなアゲハ蝶の羽を持つ彼は、こちらに向けて人の良さそうな笑みを浮かべていた。

 

「え、誰…。あっ、いや、助けてくれてありがとうございました!」

 

 何かと異質な姿だが、オラリオならばこんな事もあるのだろう。そう切り替えて礼を言う。すると男性は気さくに、まるで友人に話しかけるような自然体で語る。

 

「やあ、はじめましてベル・クラネル。救出が遅くなって申し訳ない。 なんて、突然言われても迷惑かな?いや迷惑だろう、君、顔に出やすいってよく言われない?」

「いや、そんな。迷惑とかじゃなくて、ただ驚いて…。あの、あなたは…?僕の事を知ってるみたいですけど」

 

 助かった。安心した。そうなると心には余裕が芽生え始め、目の前の男の詮索という選択肢を選ぶ。

 そう問われると男は待ってましたとばかりに大仰な振り付けで自らの存在感を醸し出す。

 

「よし。王としてはどうかと思うけど、従者はいないので自分から名乗っちゃおう!

――僕の名はオベロン。君の先輩にして、君を助けることをヘスティアから指示された、ヘスティア・ファミリアの団員さ。 人呼んで妖精王オベロン。どう?かっこいいだろう?」

 

 名乗られたそれはおとぎ話の登場人物。普通はからかわれていると判断するのだが、目の前の彼からは嘘をついているような雰囲気も無く、本当にそうだと理解出来た。 そして何より、先の言葉には僕と同じファミリアだという事が語られ……

 

「え、えええぇぇぇぇぇぇえっ!?」

 

 

―――…

 

 

「ま、まさか僕以外に団員がいたなんて…」

「あれ?ヘスティアが言ってなかったかい?」

「い、いえ。確かに思い返せば言っていた様な……。あの時は見栄を張っていたのかと…」

 

 僕の絞り出した様な声にうんうんとよく頷くオベロンさん。「ヘスティアらしいな〜」なんて信頼を感じさせる仕草に、ほんの少しだけ羨ましく思ってしまう。

 

「いや〜、まさか僕のいない間にヘスティアが眷属を新たに迎えているなんて知らなかった。それで戻ってきたら急に『ベルくんが心配だから見に行って欲しい』さ。まずなんの事か分からなかったね」

 

 確かに事情も分からないまま知らない人の名前を出されても困惑するに違いないだろう。改めてヘスティア様はどこか抜けているんだな、なんて感想が出てくるくらい。

 

「オベロンさんって、今までどこに居たんですか?僕は見かけたことが無いんですけど…」

 

 そう、僕がヘスティアファミリアに入ってから二週間が経過していたが、一度だってホームに帰ってくることは無かった。遠征などをしていたのなら話は違うが、それまで団員一人の零細ファミリアで行う事などありはしない。

 

「ああ、僕は別件でちょっとオラリオを出ててね。タイミングが良かったよ」

 

 それは恐らく僕を助けるのに間に合ったということで、改めて命を救われた事に感謝の気持ちを覚える。

 

「確かに僕は何とかという所で君を助けたが、僕が居なくても今のは大丈夫だったと思うよ

 

――だろう?そこのお嬢さん?」

 

 語りかけ、そう振り向いた先には、目を剥くような美少女が壁から除くような位置でこちらへと顔を向けていた。

 

 軽やかな銀鎧と大胆に露出した白磁のような肌。腰まで伸びた金糸の様にきめ細やかな長髪に、オベロンさんとは違った意味で浮世離れした幼げな美貌。

 

 ここまで条件が揃えば僕だって分かる。このオラリオでも最高峰の実力を持つ(レベル5)女性冒険者。『ロキ・ファミリア』所属の【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだ。

 

 ツカツカと感情の篭もらない瞳で歩む彼女が、僕達に一体何のようかと思わず身構えてしまう。

 しかし開口一番に謝罪の言葉が飛び出すとは思っていなかった。

 

「…ごめんなさい」

「へ?」

「うん?それはどういう?」

 

 目を伏せて語られたそれは、ミノタウロス上層進出の原因がロキ・ファミリアにあるということ。そして僕が襲われて殺されかかったということ。オベロンさんが助けたのを見かけたという事だった。

 

「……本当に、ごめんなさい」

「いっ!?いえいえっ!僕は特に何も無いですし、わざとじゃない上に謝ってくれた人なんて責められませんよ!で、ですよねオベロンさん!」

 

 あまりに申し訳なさそうにするので、かえってこちらが悪いように感じてしまう。

 

「そうだね。僕としても大事にする気はない。これといった被害もないし、君も責任を感じているようだ。よし、ここは無かったことにしようじゃないか」

 

 しっかりとレイピアを納刀し、考えるような顔で提案した。それには僕も大賛成で、きっとアイズ・ヴァレンシュタインさんも納得してくれるかと思いきや、何やら愕然とした様な表情を浮かべていた。

 あれ…、そんなに驚く程のことなのかな…?

 

「オベロン……?アルベリヒじゃなくて………?」

 

 

―――…

 

 

 あの後、再び謝罪したアイズ・ヴァレンシュタインさんはお仲間の方に呼ばれたようで去っていった。

 僕達もいい頃合いだとダンジョンから帰還し、僕の担当アドバイザーであるエイナさんへと報告を済ませたのだが……

 

「もう!何で君は私の言いつけを守らないの!ただでさえソロで潜ってるんだから、不用意に下層へ行くなんて…。普通は安全の取り過ぎでも足りないくらいなんだよ!」

「はいぃ…ご、ごめんなさい」

 

 この通り、烈火の如く怒られてしまった。確かに今回ばかりは言いつけも守らず危険性を軽視してしまった僕に非がある。まさかミノタウロスに出くわす等とは思っていなかったが、それでも5階層は初心者冒険者にとって一種の壁にも等しい階層。何かが起こってからでは遅いのだ。

 

「そちらのあなたも、ベル・クラネル氏を助けていただきありがとうございます」

「いやいや、僕は同じファミリアだから助けただけさ。何よりあんな状況で助けるな、なんて事は僕には出来そうもない」

「そうでしたか。…ん?同じファミリア?…………ベ〜ル〜くぅ〜ん?」

 

 振り返るその顔はどこまでも綺麗な笑顔で、でもそれが今は物凄く怖く感じられる。おじいちゃんが女は恐いって言ってた理由が今やっと分かった。出来れば知りたくなかったけど……。

 

「まあまあ、十分にベルは反省しているし、僕がいることも知らなかったんだ。大目に見てくれないかな」

「……はあ、本当に気をつけてね?今回は運良く助かったけど、いつもそうとは限らないんだから」

「はい、スミマセンデシタ……」

 

 すっかり意気消沈した僕を見て、二人はくすりと笑った。

 

「それと、ミノタウロスの事は災難だったね。アイズ・ヴァレンシュタイン氏曰くロキ・ファミリアの不手際らしいって事だけど、ミノタウロスがそんな風に逃げるなんて聞いたことないんだけどなぁ」

「そんな珍しい事なんですか?」

 

 本当に不思議だ、という調子からそこまでの事なのかと興味が湧いてきた。あの時の醜態や恐怖はなんのその、喉元過ぎればなんとやら、だ。

 

「珍しいなんてものじゃないよ。ダンジョンのモンスターってのは普通は戦いもせず逃げなんてしないし、逃げたとしても階層を超えるなんて稀も稀。例外としてラムトンっていう階層移動モンスターもいるけど、それは逃走じゃないし…。10階層も上がってくるなんて、ここ数十年で一度もそんな報告は無いし……」

「そ、そんなになんですか?」

 

 そのあまりの異常さにギョッと目を剥いた。それ程にギルドの情報というのは多いのだ。ただでさえ多い冒険者。毎日様々なファミリアの様々な人達が訪れる事により、あらゆる情報が届けられる為、たった一年分の資料でもとんでもない量になる。

 それでも一件すらないなんて、超希少モンスターに立て続けに出会った方が確率は高いのだという。

 

「ふむ、そういえばあのミノタウロス達は少しおかしかったね。普通じゃないっていうか…」

「あ、そ、それもそうですね!僕は普通のミノタウロスにも出会った事も無いですけど、何か変でした!」

「どこが変だったの?」

 

 そう言われると、オベロンさんと共に口を閉じる。あくまで感覚的なだけでこれとった確証は無いからだ。

 

「まあ、一応報告書には書いておくけど…あんまり考えすぎても分からない物は分からないんだから」

「それもそうだね。僕達には預かり知らない事情でミノタウロス達は階層を超えてきた。こういうのはもっと上のファミリアに任せればいいさ。僕達零細ファミリアは明日を生きる為に必死なんだから」

「ハハハ…それはまあ、なんとも…」

 

 その苦笑は僕達の生活苦を示しているようで、何だか少し情けなくなってしまった。

 

 

 迷宮都市オラリオ。

 『ダンジョン』と呼ばれる地下迷宮の上に築き上げられた巨大都市。都市、及びにダンジョンを管理する『ギルド』を中核として栄えているこの都市は、ありとあらゆる種族のヒト種が生活を営んでいる。

 さてオベロンさんもその類かと思って聞いたのだが…。

 

「いや、僕は本物の妖精だよ。君たちヒト種とは根本的に違うのさ。この羽根だって本物の羽だし。そうだな……ベルは英雄譚とかは読むかな」

「はい!結構詳しい方だと思います!」

「『アルゴノゥト』ってあるだろう?知ってる?まあ割と有名なお話だから知ってるだろう。あれに僕出てるんだよね。アルゴノゥト達が訪れた妖精の森の王様さ。……ま、今は妖精なんてこの世に残っていないから、お飾りの王様なんだけど…」

 

 驚愕。驚きの新事実。まさか本当に妖精だったとは…。神様からの後押しもあり何とか信じられたが、ずっと僕を和ませる冗談だと思っていた。

 最後の方は悲哀の表情を浮かべており、この様子ではきっともう彼の仲間はもう…。

 

「えと、そ、それで!何でオベロンさんはヘスティア・ファミリアなんかに!?」

「こらー!確かにウチは新興も新興、零細ファミリアとはいえ他ならぬ君がそれを言っちゃダメだろう!」

 

 話題を切り替えようと声を張り上げたが、それはそれで別の反感を買ってしまった。

 

 今のは僕達ヘスティア・ファミリアの主神であるヘスティア様の声だ。二つ結びにした艶やかな黒い長髪と、幼い身体に不釣り合いな大きな果実を持った神様。やっぱり零細という事は気にしているらしい。

 

「というか初耳だぞオベロンくん!君はそんな昔からこの世界に居たのかい!?」

「あれ、言ってなかったっけ。僕神々が降りる前から居るけど」

 

 むしろそこまで来たら本当に何故最近出来た振興派閥に入ったんだろう。

 

「いやー、僕もそろそろファミリアとやらに入ろうと思ったんだけどね。『お前みたいなコスプレ野郎はお断り』だの『ナヨナヨした奴はいらない』とか『貧弱そう』とかね。それで彷徨ってたらヘスティアに勧誘されてこの通りさ。…にしても酷いよね。確かに直接戦闘は苦手だけど、色々と出来るのに」

 

 やれやれと身振り手振りで示すオベロンさん。意外にも、僕と同じような方法で入団したらしい。

 

「直接戦闘は苦手って…一体どれくらいのレベルなんですか…?僕にはあのレイピアが全然見えなかったんですけど…」

 

「ん、ああそうか。普通はそう思うんだね」

「え、僕なんか変なこと言いましたか?」

 

 クツクツと、秘事をしている童子の様な顔で答える。

 

「僕は恩恵なんてものは貰ってない。必要ないのさ。これでも妖精、それなりの力は持ってるよ」

 

 世間話の様になんてことないと語られたそれは、妖精という種族の強さを表していて、僕は今日何度目になるか分からない叫びを上げた。

 

 

 

 

 

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Ruler

 

 

 

 

 さあさあさてさて、ミノタウロスの様子が可笑しかったのは何故なのかな。俺には全くわからないよ。

 

《オベロンだ!オベロンだ!大嘘つきのオベロンだ!》

 

 五月蝿いな、静かにしろよ。

 

《………》

 

 まあいいや。…にしてもまさかミノタウロスが逃げるとはね。あの薬は失敗か。

 …まあ、別にあんなものどうだっていい。

 もうそろそろで俺の悲願が叶う。この2000年…本当に永かった。狙うなら今だ。今が本格的に進めるべき刻だ。その為の布石は整えた。英雄となるべき存在も確保した。

 さあ、冒険者よ。地底迷宮を攻略するがいい。そして出来るだけ死んでくれ。世界中を飛び回ってるアイツも、冒険者と争ってくれるだろう。

 この汚物の掃き溜めみたいな世界もようやく終わる事が出来る。

 まあ、別に今すぐにって訳じゃあないけどね。




評価感想お待ちしております。
結構評価良かったら続く


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朝のひばりと共に起く

テスト期間真っ只中でかつ来週部活の試合もあるので少しの間投稿出来ないと思いますが、申し訳ありません。
※文字の削除忘れがありました。すいませんでした。(編集済み)


 さて、遅ればせながらに一同が揃ったホームの中、ステイタス更新を済ませ、ちょっとだけ豪勢な食事を終えた僕達はベッドへと潜り込んでいた。このベッドはオベロンさんが今日購入したものらしいが、物凄くふわふわで何というかすごかった。

 そして神様もすうすうと寝息を立て始めた頃、ずっと気になっていた質問を投げかけることにした。

 

「あの、オベロンさん」

「何かな?」

「妖精と精霊って何が違うんですか?」

 

 そう言うと、オベロンさんの表情がピタリと固まった。

 

(あっ…これはやってしまった)

「…どうして、そんなことを聞くんだい?」

「いえ、その、色々なお話にも妖精は出てきますけど、書いた人や地方によっては混合してたりすることがあって…その、気を悪くしたならすみません」

 

 怒らせてしまったかとビクビク怯えていると、「なんだ、そういうことか」と笑顔で返してくれた。

 

「まず、妖精と精霊では存在も何もかもが別なんだ」

「別?」

「そう、別物。簡単に言ってしまうと神の分霊…まあ分身みたいなものが精霊。惑星の分霊が妖精かな」

「ほ、星…」

 

 精霊が神様の子供や分身であるというのは知っていたが、妖精の方はまるっきり予想外だ。スケールがかなり広がった。

 

「だから精霊はしっかりとしてるんだよ。最初っからある程度の知識や常識、理解力もあるし、神や人と同じ様に考えて自分の道というものを一人で切り開くことが出来る」

「神や人と…って妖精は違うんですか?」

「うん違う。妖精は生死に頓着しないんだよ。死んだらその瞬間に自分と同じ役割を持った、いうなればもう一人の自分が生まれる。そして妖精は良くも悪くも純粋すぎる。だから無垢な心のままでどんな事でも平気な顔でやってしまう」

「ど、どんなことも…」

 

 確かに、精霊や神を怒らせてしまった話などは、大抵の場合人間側に非があるが、妖精からのものにはこれといった理由づけがされていなかった。

 

「まあ、それを人は都合のいいように『悪戯』なんて呼んだりするけど、実際は悪いとも嫌なことだとも理解していないよ。妖精は基本、自分が楽しければそれだけで世界が完結しているんだ」

 

 なんだろう…。知れば知るほどに妖精へのファンシーなイメージが薄くなって、恐ろしげなイメージが増していく。

 

「でも、何で今は居なくなっちゃったんですか?精霊は生まれ変わりとかは無いですけど、妖精は代替わりするんですよね」

「いい質問だ、好奇心が旺盛だね。妖精には基本寿命は無い。…これは精霊も同じだね。でも、妖精は目的が無いとやがて全てを忘れて消滅してしまうんだ」

 

「しょ…消滅…」

「こうなると、もう次代が新たに生まれることもない。それが立て続けに起こった結果、今や世界に残っている妖精は僕だけ。僕は、どれだけやっても失われないことが目的だからね。大丈夫さ。もし消えるならそれはきっと僕が願いを果たした時で、その時には君はとっくに死んでる」

 

 顔に出ていたのだろう。僕をフォローするようにそう続けてくれた。「さ、そろそろ寝ないと疲れが残ってしまうよ」オベロンさんが指を鳴らすと最後に残っていた照明が消える。

 それと同時に、すぐに意識が曖昧になって微睡んでくる。

 

(あ…そういえば……オベロンといえば……ティ…ターニ……ア…)

 

 それを最後に、真っ暗な室内は静寂に包まれた。

 

 

 

―――――……

 

 

「やあやあこんにちはオラリオの諸君!今日も元気に生きているかい?」

 

 翌日、僕と共に街へと繰り出したオベロンさんは道行く人達へと挨拶を交わす。

 

「おお、オベロン!オラリオに戻ってきていたのか!」「オベロンかい!?アンタのお陰でいい林檎が出来たから見ていってくれよー!でもお金は返しておくれ!」「オベロンだ!今日も元気な予定だよー!アンタが貸した金を返してくれるならもっと元気が出るよ!」「オベロン、今度こそ私とデートをしましょう!お金もそろそろ返して欲しいわー!」「おーう!久しぶりだなオベロン、そろそろツケを返せー!」

 

 …何やら、この辺では名の知れているらしい。…いい意味でも、悪い意味でも。金だのツケだのと不安だ。おかげで隣りにいる僕にも奇異の目線が向けられる。

 

「あの、一体どれだけ…」

「ははははは…止めてくれないか!今はファミリア唯一の仲間と来ているんだ、お金の事は黙っていてね!」

 

 誤魔化しと共に鎮めるように叫ぶオベロン。しかしそれを受けた街の人達はハハハハ!と笑い飛ばす。

 

「分かってる分かってる!誰も本気で言ってないさ!」「あんたからは色々と世話になってるからね!駄賃ならもう十分さ!」「また奢ってやってもいいぞ!」「今度はそこの坊主やジャガ丸くんのとこの神様も一緒にな!」「坊主もオベロンのとこのファミリアか?ならいつかウチの店にも寄ってくれよ!」「可愛いねそこの君ー!元気でねー!」

 

 そう、何というか、予想以上に人気者らしい。その余波がこちらまで押し寄せてくる。この空気はどこか故郷の村にも似たような雰囲気で、オラリオで色々と都会の厳しさを味わった身としては、オベロンさんの人望がどれほどの物かを思い知らされた。

 

「こほん、ベル。僕は妖精王だ。つまりは普通の人じゃない。だからお金なんて普通は無くても困らない。でも街に住んでいる以上、お金は必要になってくる。だけどファミリアも門前払い。それで零細ファミリアに入ったものだから………分かってくれるだろう?」

 

 まあ、実際それは分かる。今までの生活では細かく節約していかないと明日の食事代すらも怪しかったから。酷いときは一食ジャガ丸くん一個だった事もある。

 

「おっと、すまないがここらでお別れだ。僕は表立ってダンジョンには入れないからね。他に仕事があるんだ」

「えっ、てっきり一緒に探索出来るのかと…」

「ごめんね。もう時間もあまり無いんだ」

 

 そう言うと、数ある分かれ道の一つへと消えていった。

 

「今日もソロか………」

 

 見事に期待を裏切られ、背中から哀愁を漂わせ、今日もダンジョンに向かう。

 

「あの…これ、落としましたよ?」

 

 

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 駆ける。翔ける。駈ける。

 迷宮の様に入り組んだそれを進みながらオベロンは考える。

 

(何を考えているんだあの美神…。いや、どうせまた気に入ったからとかそんな程度の理由か…!)

 

 だが、その程度の事で俺の目的がバレる訳には行かない。まだその時ではない。仮にバレるとしても、それは奴自らが気づくべきこと。みすみす晒すような真似はしない。

 

 だが、これは渡りに船と捉えることも出来る。むしろ自らがリスクを犯すことなく英雄を育てられるのだから。恐らくだがヘルメス辺りも噛んでくるだろうが、まあ誤差にもならない。

 しかし、それよりもオベロンにとっては気になる点があった。

 

(『妖精恩寵』…ね。一体誰のものだ?ムリアンか?)

 

妖精恩寵(クロスシィ・グレイス)

・早熟する

・想いを紡ぐ限り効果持続

・想いを紡ぐほどに効果向上

・条件を満たせばこのスキルは昇華される

 

 ベル・クラネルに発現したこのスキル。

 効果自体はオベロンが望んだものに限りなく近いが、スキル名と最後の効果が懸念材料だ。

 これまで、『妖精』と名のつくスキルや魔法は見ることがあったが、しかしてそれはエルフ族ゆかりのものであったり、本来の妖精とは全く別の、所謂俗称というやつだ。

 だがこのスキルは違う。ベル・クラネルはトモダチを通して見てきていたが、神と関わる事はあっても妖精とは全くの関係が無い。また、それに足るだけの何かを発現させている訳でもない。

 何よりこの場合におけるスキルとは可能性の具現。スキルが発言するに足るだけの経験と、それに応じた名になるという事が分かっている今、これは明らかに不自然なのだ。

 

「おや、ブランカ。おかえり」

 

 パタパタと羽音が近づき、思考を一度止める。

 オラリオ中を飛び回らせていた雀蛾のブランカが帰ってきたのだ。今までもこうして色々な場所に派遣し、情報収集には余念を欠かさなかった。

 

「…ふむ、なるほど、そんなことが。……へえ、そういう」

 

 どうやら怪人共も動き出すらしい。手を回しているこっちとしては勝手な行動は謹んで欲しいんだけど…。まあ、事を起こす階層によってはベルを育てる事に時間を割けるかもしれない。引き際は弁えてるだろうし、問題は無いか。

 

 それじゃあ一応ディオニュソス…いや、エニュオとか名乗ってるんだっけ。あいつらにも伝えとくか。

 あいつらは俺を『いつでも消せる便利な手駒』と思っている様だが、そっちの方が都合がいい。

 闇派閥の一体どれだけが気づいているのかな?どう足掻いたとしても決して願いは果たされない事を。どっちに転んでも、自身の破滅しか無いということを。

 

「そうだな、ブランカ。君はオラリオにいてくれ。大丈夫。君の役割はちゃんとあるさ」

 

 テルスキュラの予定も改めなければね…。

 

 

♢♢♢♢♢

 

 

 

 時は夜。街の至るところから食欲を唆る匂いが放たれた頃。

 客足の絶えない賑やかな酒場があった。

 名を『豊饒の女主人』。冒険者向けの酒場で、ベテラン冒険者から木っ端冒険者、およびに恩恵を持っていない一般人までもが足を運ぶ人気店。その人気の秘訣とはひとえに料理の質の高さと、店員たちが見目麗しい美少女たちばかりであるからだろう。

 

 だがしかし、その様な光景を目にして尚ベル・クラネルの顔は明るいとは言えなかった。

 

「まさか、神様もオベロンさんも来れないなんて…」

 

 神様はバイト関連による打ち上げが被ってしまい、オベロンさんは関わっているファミリアが苦手、との事。

 朝に知り合った街人からの評判も良く、お世話になった二人へとご馳走をと思案していたが、見事に挫かれてしまった。

 

「いや、次に他のお店とかに行くときは確り確認しないと……」

「もう!ウチの店にいるのに他のお店の事を考えるなんてベルさんって浮気性なんですね…。私は悲しいです」

「うわっ…シルさん!?」

 

 考えにふけっていたせいか、注意力が散漫になっていたらしい。気がつけばすぐ近くにシルさんの薄鈍の瞳が覗いており、情けなくも声を上げてしまう。

 

「す、すいません。確かに失礼でした」

 

 ヨヨヨ…、とわざとらしく泣き真似をする彼女と、カウンターの先にいる女将さんへと謝罪。

 

「まあ、別にいいさ。それで、酒は?」

 

 どうやら今の失言には目を瞑ってくれる様だ。酒はどうしようかと、悩み、断っておいた。飲めないことも無いけど、今回は僕ひとりだしわざわざ頼みたいとは思わない。お金も余分にかかっちゃうし。

 しかし、女将さんは僕の言葉が届いていないかのようにドンッと醸造酒(エール)を叩きつけた。

 

 聞いた意味ないじゃん…。もしかして実はさっきのは許されていなかった?代わりに金を落として行けってことなのか?

 

「楽しんでいますか?」

「いや、正直…圧倒されてます」

 

 恐らく、みんなでくれば様々なことが楽しいのだろうけど、どうにも一人では肩肘張ってしまう。

 

「ほんとに神様もオベロンさんも来れればよかったのになぁ…」

 

 あ、でもオベロンさんは店自体が駄目なのか。

 はあ、ともう一つため息。仕方ないから存分に楽しんで、これからの参考にしようか。そんな考えを抱きながら、酒場を見ていると、一人の給仕が近付いてくる。

 よくよく見れば横に突き出した笹耳。――エルフだ。薄緑の短い髪を持つ彼女は何やら硬い表情をしていた。

 

(も、もしかして僕がシルさんを拘束して職務を妨害しているように見えてる!?)

 

 聞いたことがある。確か酒の絡む場所では女性への性的な接触を酔った勢いで仕掛けたり、迷惑な絡み方をするマナーの悪い客が居るのだと。

 

 そう思いを巡らせ、即座に言い訳を考える。いや、実際はシルさんから来ているから言い訳なんて必要ないけど、それでも納得して貰えそうにないから――。

 

「そこのヒューマンの少年――」

「あっ、ハイ!いや、これは違くてですねっ!?」

 

 ああもう僕の馬鹿!結局テンパって余計に怪しまれそうな事を…!あ、でもこの店員さんも凄く綺麗で……って何考えてるんだ僕!早く誤解を解かないと…!

 

 しかし、鈴のような声音で紡がれた言葉は、僕の予想した物ではなかった。

 

「――今、オベロンと、そう言いましたか?」




オベロン(裏)が実は一番難しい。
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夜のとばりが降りる頃

昨日は私の誕生日!祝って。
原作通りのところ出来るだけさっさと済ませたいマン!


「――今、オベロンと、そう言いましたか?」

「え?」

 

 ぴくり。その長い耳が強く存在を主張し、これまでとは打って変わって戦場にも似た雰囲気を醸し出していた。

 詰問する店員からは、嘘を言うことは許さないとばかりの視線と、どう考えても酒場の一ウェイトレスが出していいものではない緊張感を帯びていた。

 

「えぇっと…はい。い、言いました」

「知っているのですね!」

 

 クワァッ!

 そんな擬音が聞こえてきそうな程に目を見開いたウェイトレスさんに体が竦み上がる。

 確かに僕はエルフ好きだと思うけど、こんなのは望んでない。

 

(ど、どうしよう…オベロンさんに恨みでも…いや、オベロンさんが何かしたのかも……)

 

 アワアワと、思考が堂々巡り。されどその間にもこちらを見る視線は止まず、一体どうしたものかと困っていると横から救いの手が差し伸べられる。

 

「もー、リュー?お客様なんだから怖がらせちゃだめでしょ?ほら、そんな怖い顔しないで、笑って笑って?」

 

 シルさんだ。リューと呼ばれた店員はハッとした顔で雰囲気を元のものに戻す。どうやら無意識にあの気迫を生み出していたらしい。

 

「も、申し訳ありません。私としたことが、つい…」

「い、いえ、大丈夫です。それで…その、オベロンさんが何か…?」

 

 伸ばしても無駄だと本題に入る。そのリューさんは、僕の声音が震えていたのに気づいたらしく、「そうではない」と慌てて否定する。

 

「この場で詳しい事はあまり言えませんが、私はかつてオベロンと名乗る方に命と、何より大切なファミリアを救われました。それ以来、直接礼を言いたいのですが…その、出会う機会がなく……。知っていると思わしきあなたに話を伺いたいと…」

 

 言葉尻がだんだんと下がり、遂には目を伏せ始めた。あんなにオラリオの街に馴染んでいたように見えるオベロンさんと、ここ数年出会った事が無いとの事。

 

「えっと、そのリューさん?が言うオベロンという方が、僕の知っている人と同じなら…」

 

 つい人と同じ数え方をしたけれど、妖精って何て数えるんだろうか。

 

「それは本当ですか!?」

「わっ、わわっ!?」

 

 ズイ、と更に顔を近づけるリューさんにたじたじだ。顔がいいというのは、目の保養と同時に毒にも成り得るんだなと思い至った瞬間である。

 

「是非、是非とも教えてはくれないでしょうか」

 

 そんなことならば別に良い、全然良いのだが…。如何せん押しが強い。シルさんは「むぅ…」なんて唸っているし、僕に救いは無いのか…!

 まさかあのプライドの高いと言われているエルフがここまで入れ込むとは…ギャップが激しい。

 

「お願いします。何故かファミリア内で私だけが直接礼を言えていないのです。義理も果たせず、仲間からもこれ以上からかわれるのはっ…!」

 

 リューさんの語りはだんだんとヒートアップしていき、とうとう僕の鼻の先まで息がかかる。ど、どうしたらいいんだこれ!?助けて、おじいちゃん!

 

『ベル………GO!キッスじゃキッス!ここまで近づいたのは最早相手が誘ったと見て間違いなし!据え膳食わぬはなんとやら、綺麗なエルフっ娘にちゅーする絶好の』

 

 ダメだ。神は死んだ。いや、神様は生きてるけども。

 

「坊主、ウチの給仕を二人も持ってくんじゃないよ!」

「え、いや、でもこれ僕悪く「男がガタガタ抜かしてんじゃ無いよ!」ハイッ!」

 

 女将さんの一喝により、本分を思い出したリューさんは「また後で」と言い残して仕事に戻る。シルさんは何故か言われないのだが、初めての店で一人寂しくご飯というのも味気ないので話に華を咲かせる彼女の存在は有り難い。

 

 想像以上に多かったパスタをつるりと完食し、またも話が飛ぶ。へぇー、ここの女将さんって元冒険者で、ファミリアから半脱退状態なんだ。そんなのありか、と思ったけど、主神の許しも得ているらしい。一体どこのファミリアなんだろう。

 

『豊饒の女主人?いや、僕は遠慮しておくよ。関わってるとこの主神が苦手だし、従業員にも……うん』

 

 ………あ。

 リューさんが会えない原因って、もしかしてここで働いているからでは…?

 思わぬところで点と点とが繋がってしまった。リューさんは今度オベロンさんを探す時は、私服の方がいいと思う。本当に。

 

 最後にジョッキ一杯の醸造酒をぐびっと飲み干し、女将さんにお金を支払おうと財布の紐を緩めると、何やら店内が騒がしい。

 人々の視線を追い、入口付近へと顔を向ける。

 見れば、どっと十数人規模の団体が入店しており、なれた様子で席へと案内されていった。

 その一団は感じる限り、全員が全員生半可な実力じゃないのが分かる。

 

「あれは…」

 

 その団体の中に、オラリオでは知らぬ者は居ない程の超有名人達が紛れ込んでいた。金髪の小人族、ドワーフの戦士、緑髪のハイエルフ等。他にも銀髪の狼人や二人のアマゾネス。山吹色の頭髪をしたエルフに、昨日出会ったアイズ・ヴァレンシュタインさん。

 

 周囲の客もその団体が【ロキ・ファミリア】である事に気がつくと、これまでとはまた別種のざわめきを広げていく。

 顔を寄せ合ってひそひそ会話をするグループや、美麗な顔に鼻の下を伸ばしたり口笛を吹かせている。

 

 山吹色のエルフはちょっと僕は知らないが、この錚々たるメンバーに入っているのだからきっと僕なんか足元にも及ばない人なのだろう。

 

「ダンジョン遠征ご苦労さん!今日は宴や!飲め飲めぇ〜っ!」

 

 黄昏を連想させる朱色の髪を持つ、糸目の神が音頭を取った。それに合わせて彼らロキ・ファミリアはジョッキ同士を打ち合わせ、あっという間に宴会さながらの賑わいを見せる。

 

「………ああ。【ロキ・ファミリア】の皆さんはウチのお得意さんなんです。彼らの主神であるロキ様に、私達のお店がいたく気に入られてしまって」

 

 呆けている僕が彼らの事を知らないと思ったのか、わざわざ補足を交えて教えてくれるが、今の僕はきっと上の空なのだろう。

 本当に、何故だか分からないのだが、昨日に会った金髪の彼女。アイズ・ヴァレンシュタインに目が釘付けになる。

 

 どうしたんだろう、昨日はこんなこと無かったのに。可笑しいな…。 無意識にというか、何か、そう。何かが胸の奥で疼いているような…。そんか不思議な気持ちが湯水のように、けれど細々と湧いて出るような…。

 

 もしかして、一目惚れ?おじいちゃんが一目惚れはいいぞ。なんて言っていたが、そういう事なのか?…いや、でも一目惚れなら何で昨日は…。

 

「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

 そんな風に考えに耽っていると、狼人の彼が声を張り上げる。あの話……というとなんだろうか。やっぱりなんだかんだあって土産話とかは好きなのだ。それがオラリオでも最高峰の探索系ファミリアのものなのだから、聞き耳を立てるのも仕方がないだろう。しょうがないったらないのだ。

 というか狼人の彼も顔がいい…。美形でありながらも、男らしく、かといっていかつ過ぎない。今までにあまり出会ったことのないタイプのイケメンだ。

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、あの時いたコスプレ野郎とウサギ野郎!」

 

―――ドキリ。この青年が言っている言葉を理解するのに、そう時間はかからなかった。

 

「ミノタウロスって、あの17階層で襲い掛かってきて、返り討ちにしたら集団で逃げていった?」

「それそれ!奇跡みたいにどんどん上がっていきやがってよ、俺たちが泡食って追いかけた奴!こっちは遠征の帰りで疲れてたってのによ〜」

 

 成程、軽く経緯は聞いたが、今の情報を整理すると、遠征帰りのロキ・ファミリアに出くわした哀れなミノタウロスは、方方に散ったお陰で逃げる事に成功した。

 何とかそれを追いかけていき、最後の一匹を5階層へと追い詰めたあと、追いかけられていた僕をオベロンさんが救い、その直後――ということらしい。

 

「それでよ、いたんだよ!探索するのに邪魔にしかならねぇようなコスプレした優男に、いかにも駆け出しですって面で呆けてたガキが!」

 

 どうにも、少し認識に齟齬があるらしい。青年は続ける。

 

「抱腹もんだったぜ!何が起こったか分かってねえ様な顔で腰を抜かしちまってよ!もう一人のやつも王子様気取り!一体いつからダンジョンはガキの遊び場になったんだ?ってな!」

 

 ムカッ。僕はまだいい。あの時点の僕は無様で、そう。ダンジョンに出会いなんかを求めて死んでいった遊び場気分の子供一人が死んだだけだ。けれど、オベロンさんはそんな僕の命を救ってくれたし、何よりあれだって妖精王としての正装という奴だ。他人にとやかく言われるものじゃない。

 

「そんで?そいつらどうしたん?助かったん?」

「アイズがいきなり駆け出してレイピアで穴ぼこにしたんだろ?」

「………」

 

 酒の話と思っている一人と、得意げに話す青年に、あの人は若干の表情を崩す。

 

「それでよ、面白くねえのがそいつら、アイズに何度も謝らせてんのな」

「何やて〜?何なんそいつら恩知らずやな〜!むしろ礼を言うべきなんはそっちやろ〜!」

 

 どうにもあの朱髪の神は本心もあるのだろうが、囃し立てる為のセリフをわざと選んでいる様で、互いに酔いも回ってきているために青年は気をよくして更に声を張り上げる。

 

「えぇ〜?」

「アイズ、ぶっちゃけどうだった?格下の奴を助けてやったのに謝罪を請求されたの?ムカついたよな?助けなければよかったかもって、思わなかったか?」

「……いや、私は…」

 

 彼は、だんだんと語気を強めてアイズさんへと絡んでいく。その様子に他のメンバーは失笑し、他のテーブルの部外者達は「マナーが悪い」だの「人として風上にも置けない」だのと好き放題に言ってくれる。

 一応、ひそひそと「原因はロキ・ファミリアにもあるので、そこまでの事か?」との声も聞こえるが、声を大にしては言えないのだろう。

 

「しっかし、まぁ、久々にあんな奴らを見ちまって、胸糞悪くなったな。とてもダンジョンに潜る気概も全く感じられねぇしよォ」

「……」

「あんなのが俺達と同じダンジョンに潜ってるなんて考えたくもねぇ。命がけで深層まで潜って苦労してんのに、上層ではふざけた野郎がのうのうと彷徨いてやがる。これでムカつかないでどうしろってんだ!お前もそう思うだろ!?」

 

――イラッ。

 

「ああいう奴らがいるせいで、俺等の品格まで下がるっていうかよ、全く勘弁して欲しいぜ」

「いい加減その煩い口を閉じろベート。ミノタウロスを逃したのは我々の失態。巻き込んでしまった上層の冒険者に謝罪することはあれ、酒の肴にし嘲笑する権利など無い。恥を知れ」

「おーおー流石はエルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねぇ馬鹿を擁護して何になるってんだ?てめぇの失敗を誤魔化す為の自己満足だろ?弱いやつはそれだけで罪だ。強者の都合に巻き込まれど、何で強者が謝る必要がある?助かっただけでも儲けもんだろうがよぉ!」

「これ、やめぇ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

 

――イライラ、イライライライラッ。

 

「アイズはどう思うよ?目の前で巫山戯てるような雑魚どもをお前は自分と同じ冒険者と思えるのかよ?」

「私は……あのミノタウロスは…」

 

――イライライライライライライライライラッ!

 

「けっ、雑魚に気遣う必要なんてねえだろぉが。………じゃあ、質問を変えるぜ?…そうだな、あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

「……ベート、君、酔ってる?」

「うるせぇ、ほら、アイズ選べよ。あのコスプレ野郎は論外として、雌のお前はどっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」

 

 ガンッ

 

「ふざけるなっ…ふざけるな馬鹿野郎っ!!!」

 

 やってしまった。ああやってしまった。悪態をつき立ち上がった僕に酒場中の視線が注がれる。だがしかしそれでも止まれない。

 シルさんが止めるのも振り切り、件のロキ・ファミリアの席へと歩を進める。

 

「そこの貴方!」

「あァ?てめぇ、あん時の…」

「僕の事はいくらでも馬鹿にして下さい!どうぞ酒の肴にでも使えばいい!でもっ、違うだろ!それは違う!オベロンさんはあなたの言う通り情けなく逃げ回った僕を助けてくれた!恩人を馬鹿にされて黙ってるようじゃとんだ恩知らずだ!」

 

 まさか当人がその場にいるとは思わなかったのか、笑っていたロキ・ファミリアの多くは気まずそうな顔で沈黙する。

 

「確かに僕は情けなくて弱虫で、貧弱だけど、強くなったからと自分より下の人を馬鹿にし、仲間をも傷つけるような人にはなりたくない!」

 

 分からない。分からないがつらつらと言葉が出てくる。それに逆らう気も起きなかったので胸中のもやを晴らすまで口から吐き出した。

 

 一瞬の空白。けれど与えた影響は大きかったようで、ロキ・ファミリアのメンバーの殆どは元の冷静さを取り戻し、素直に恥じる。そしてずっと黙していた小人族の男の人が口を開く。

 

「ア゛ァ?テメェ、いま何つった」

 

 よりも前に狼人が目の前に立ち塞がる。他のメンバーと違い、酔いが回っている様だ。

 

「だ、だから!僕はあなたみたいにはなりたくないと!」

 

 本当は怖い。僕は駆け出しのレベル1で相手は第一級冒険者。虫けらと人間ほどの力の差があるといっても過言ではないだろう。

 

「ちょっと、ベート。止めなって!悪いのはこっちだし、アンタのせいでファミリアの評判悪くなったらどうすんの!?」

「うるせぇ馬鹿ゾネス!いいか?お前みたいなガキは今出来なくても次で挽回出来ると思ってるみてぇだが、世界はそんな風に出来ちゃいねぇんだよ!そんな都合よく自分が勝てる相手だけが出てくると思うか!?守りたいその時に力が足りてる保証がどこにある!?」 

「ベート…?」

 

 顔は赤いが、それ以上に今日初めて見せる真剣な顔。思いもよらぬ反応に一同は揃って困惑の表情を浮かべる。

 そしてベル自身も、何故かは分からないが、その瞳の奥に悔恨や悲哀の感情を視た。

 

「―――っ…それでも、それでも、今ベル・クラネルがやらねなければ僕は僕を一生認められない!」

 

 今にも泣き出しそうで、けれど決して相手の目から視線は外さない。それをしたら、この人が言う弱者すらを通り過ぎた憶病者になってしまうから。

 

「………」

 

 無限にも思える時間が流れ、やがて青年は席へ戻る。

 

「チッ…ガキが…。お前は弱い。雑魚だ。それは誰がなんと言おうと変わらねぇ。お前が弱けりゃ仲間も守れねぇ、噂話一つ覆すことは出来はしねえ!」

「……っ…!」

 

 言葉を取り下げる事は出来なかった。自分がやったことがただ上位の他派閥を刺激しただけとなってしまった。何より、こんな啖呵を切っている自分が弱いままだなんて、相手からすれば失笑ものに決まっている。

 悔しさと申し訳無さに顔を歪め、拳を握りしめる。

 

「まぁ……んな雑魚だろうが、今からにでも潜れば少しはマシになるだろ」

「!」

 

 ジョッキを呷る青年から、小さくそんな言葉が漏れる。既に背を向けている為表情は伺えない。だがその台詞からは酔いというフィルターが消え去っているようにも感じられた。

 

「チッ…雑魚は雑魚らしくとっとと行っちまえ」

 

 またも、僕に向けた一言。虫でも払うかのようにしっしっ、と手を振られ、その延長線上がオラリオの中心。バベル、ひいてはダンジョンである事に気づく。

 そうと分かれば、足を止めることは無理な話だ。

 

「絶対っ…絶対強くなってやるからなぁーーっ!!」

 

 酒場からそんな声で駆け出す僕を奇異の目で追う住人達。だがそんなこと知ったことか。今僕が気にするべきは強くなる事、モンスターを如何にして倒すかだ。

 

 高揚する気分、普段よりも力が湧いているかの様な錯覚すら感じさせるそれは、神の気まぐれか、はてさて虫の奸計か。

 しかし、ベル自身にとって有り難いものであることに変わりは無いのであろう。

 

 

 

♢♢♢♢

 

 

「ベート…珍しいね」

「うるせえ、酔って出た言葉だ。忘れろ」

 

 ベル・クラネルの立ち去った店内にて、開け放たれたドアを眺めてアイズは零す。

 

「そうだよアイズ、さっきのだってあの冒険者くん怯えてたじゃん。まあ、ベートに向かってあんな風に言うのはカッコよかったけどね〜」

「ああしまった。当人がいたとは…無理矢理にでも止めさせるべきだった」

「あの子、大丈夫かしら?気概はいいだろうけど、今からダンジョンに行くにしては武器も鎧も無いし…ま、流石に一回は帰るわよね」

 

 まるでさっきの喧騒が無かったかのように静まりかえった店内。しかしてそれも数分後には盛り返すであろう。

 

「さて、彼がどこのファミリアかは分からないが、ミノタウロスの事と今回の事。謝る事が増えたね」

 

 そう言ったのは団長であるフィン。それもそうだと考え直してみれば、本来謝罪するべき相手を馬鹿にした挙げ句ダンジョンに向かわせたことになる。

 

「ベ〜ト〜?」

「違え!アイツが勝手に出てっただけだ!タイミングならいくらでもあっただろ!俺だけのせいにすんじゃねぇ!」

 

 さて一同により簀巻きにされ、されるがままに踏みつけられるベートの前に、何か紙が差し出された。

 

「あ?んだこりゃ?」

 

 顔をあげると、鈍色の髪のウェイトレスと目があった。

 

「ミア母さんからです」

 

 その内容とは、店での騒ぎを起こしたことによる罰金と、ベートだけに向けられた暫くの来店禁止状。そしてベル・クラネル分の代金であった。

 

「ふざけんなっ!何で俺だけっ」

 

 ギャーギャーと喚くが、シルはのらりくらりと躱していく。しまいには「いい薬になった」「頭を冷やせ」等という言葉が出てくるくらいだ。

 

「クッ…クソッタレーー!!」

 

 真夜中に、狂狼の咆哮が虚しく轟いた。




ベルにはあるバフがかかっています。
あと、ベルのスキル。実はこのあとの物語のヒントが地味に隠しています。


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great constancy

――夢を見る。夢を見る。遥かな過去へと想いを寄せて。

 

 

 7年前、当時闇派閥の首魁であった神エレボス主導の元、都市部全体を襲撃するという、後に『大抗争』と呼ばれる事件が起こった。

 結果、神九柱(うち三柱が邪神)が強制送還させた事で幕を閉じたが、それはオラリオに尋常ではない程の被害を与えた。

 

 そこからが、オラリオにおいて最も治安の悪く、悪の跋扈する混沌の時代。いわゆる『暗黒期』の始まりだった。そして、『大抗争』から2年後、つまり今から5年前―――

 

 

「ハア……ハァ…」

「ぐ…うぅ…」

「ゼ……ヒュー…ヒュー…」

 

 ダンジョン下層。私達は『闇派閥(イヴィルス)』の一つである【ルドラ・ファミリア】をあと一歩のところまで追い詰めた。いや、追い詰めたというのがそもそもの間違い。

 確かに【ルドラ・ファミリア】の中枢まで攻め入ったというのはあっているが、それも全て罠。それに私達【アストレア・ファミリア】はまんまと引っかかったという事になる。

 

 乗り込んだ私達に待ち受けていたのは多数の【ルドラ・ファミリア】団員。ここまでは想定内だった。しかし奴らは私達が突入すると、火炎石を至るところで起爆させた。

 突然の事と、赫い赫い閃光の後、大地が吼えているのかという程の轟音と共に、ダンジョンが崩壊した。

 

『ゲホッ…ゴホッ』

『コホッ、みんな無事!?』

『くそっ…なんて無茶苦茶な…』

 

 幸いにもその爆発では死者は出ていない。【ルドラ・ファミリア】を逃したという事と出し抜かれたという憤り、ここで止められなかったという悔しさをみな抱え、急ぎ帰ろうとした瞬間――奴は現れた。

 

『ゴアアアァァァァァアァァァァァァァァァァォァアッ…!!』

 

 高さ3M程。肉が殆ど無く、紫紺の殻に覆われた身体を持つ、未確認(新種の)モンスター。逆関節構造になっている二足二腕は細く、腰からは4M程の尾が伸びている。奇形の骨格に等しいそれは、既知のもので例えられるとするなら、恐竜の化石と評するのが最も近いだろう。

 

 突然のイレギュラーに、皆一様に身構える。

 

(これは強い……!)

 

 後で聞けば、存在を知覚した瞬間から全員の脳裏にそう印象付けられた様だ。しかし、それすら過小評価に過ぎなかったらしい。

 恐ろしい速度で駆ける影。レベル4である自分達ですら、ろくに対応できないほどのもの。接近された他の仲間は何が起こったかすら分からないままに沈んでいった。

 一閃。腕と脚の6本の指から鉤爪が唸りを上げる。その破爪は、鋭く、分厚く、歪で、紫紺に輝き、団員の装備や肉体を紙切れの様に切り裂いてゆく。

 バタリバタリと仲間が倒れ伏す。あの傷だ。今すぐに治療したとしても持つかどうか。エリクサーを飲ませてようやくといった様子で、それを取りに帰る時間も、そんな余裕もない。

 

 今まともに立っているのはアリーゼ、輝夜、ライラ、そしてこの私だけだ。けれど立っているといっても体はボロボロで、この姿を見て無事だと判断する人はまず居ないだろう。

 

 そんな私達とは対象的に、仲間の血で濡れた破爪を見せつけるように嗤うモンスター。

 ……このままでは、みんな死んでしまう。せめて、私が囮に…。

 

「輝夜っ!ライラ!――リオンを逃がすよっ!」

「――なっ!?」

「…っ分かった!」

「オッケー!死ぬんじゃねぇぞ!」

 

 アリーゼが言い放つと、まるで示し合わせていたかのようにモンスターへと立ちはだかる。全員が私より遥かに酷い傷を負い、ライラに至っては私よりもレベルが低い。貶める訳ではないが、この中で比較的マシな私こそが残るべきだろう。いや、残ると言わず、全員で、無事に――。

 

『ガルロオオォォォォォォォォオオオォォォッッッ!!』

「いくよ!」

「ああっ」

「応!」

 

 彼女達は、かけがえのない仲間達は、私に見捨てろと言い放つ。そんな事できるものか。私も行ったほうが良いに決まっている。そうだ、何か手はあるはずだ。

 存在を忘れていた武器を再び手に取り決死の力で握る。

 

「…私もっ」

「いいから!逃げてリオン!あなたしかいないの!」

「ああ、却って足手まといだ。そんな心で何が出来る!」

「行ってろって馬鹿、後で帰るから。ひょっとしたらレベルアップ出来るかもしれねえな」

 

 駄目だ。全員の目には生きて帰るという気力が無い。浮かんでいるのは、正に死ぬ気の炎を灯した瞳孔。

 

 一瞬の静寂、後に空気が爆ぜた。

 まず駆け出したのはアリーゼ。瀕死の体に鞭を打ち精彩を欠いた動きで剣を振るう。続けて輝夜とライラが迫る。

 しかし、しかし見えてしまう。このレベル4の瞳にははっきりと捉えてしまった。

 アリーゼの剣が振られるよりも速く、背後の二人が間に合うより速く、紫紺の風がその頭へ吸い込まれていくのを。

 

 駄目だ。――死んでしまう。

 駄目だ。――生きて帰ろう。

 駄目だ。――助けなければ。

 駄目だ。――駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目――!

 

 

 切なる願いを聞き届ける機械仕掛けの神は居ない。そうだろう、何故なら神は墜りているのだから。そうだろう、神すら予測し得ないのだから。そうだろう、そもそも機械仕掛けの神なんてものは都合のいい噺にしかあり得ないのだから。

 

 もしだ、もし仮に、そんなにも都合のいい願いを叶える存在(モノ)がいるとするのなら、それは決して神などと呼べる代物ではない。

 悪魔の囁き?

 妖精の気まぐれ?

 星の胎動?

 

 否。否。否。

―――虫が、蠢いた。

 

 

「まったく、何でこんなことになってるんだい!」

 

『「「「「!?」」」」』

 

 聞き覚えのない声が響き渡る。同時、彼我の間、その僅かな隙間に猛烈な勢いで木槍が通過する。

 

 それは魔法によるものか、ダンジョンに深々と突き刺さると影の様に霧散した。

 

 一体何者か。この層に来れるパーティーを逐一把握している訳ではないが、それでも今このタイミングは不味い。いや、ひょっとしたら『闇派閥』の可能性もある。

 どちらにしても、まずい。仮にただの冒険者だとしても知らないと言う事はレベル4以上ということはない。この正体不明のモンスターにみすみすと殺されてしまうだろう。そして『闇派閥』ならば私達は退路を塞がれた形になる。実力が未知数な以上無闇に寄るのは自殺行為。けれどこのモンスター相手ではその時間ですら死神の歩みとなるだろう。

 

『グラロロロオオォォォオオォォォォォォォォォォォォォォォァッッ!!!!??』

 

 目の前のモンスターが困惑の咆哮を上げた。いや、モンスター、それも骨顔ではまったく判別出来ないが、初めて聞く捕食者として以外の声。

 生きている者全てに向けられていた筈の視線はいつの間にかその男だけに向いている。

 

「貴方っ、何者なの!?」

 

 当然、モンスターへの注意を払いながらもこの純白の王子服――まるでお伽噺のような――を着た乱入者へ問う。敵か、味方か。

「んー、そうだね。通り名はいくつかあるけど、名前としてはオベロン、そう。オベロンさ。勿論、君たちが考えている【闇派閥】の一員なんかではないさ。…それより、その傷で動くのも厳しいだろう?そこのエルフの彼女。君は【疾風】だね?この場にいる全員に回復魔法を掛けてあげてほしい。ジャガーノートは僕がなんとかするさ」

「な…」

 

 まるでこのモンスターを知っているかのような口調、問いただしたい事はあったが、そんな余裕はない。

 

「あ…」

 

 緊張の糸が解けたのか、アリーゼが膝を着く。後を追うように、輝夜とライラも足を折る。

 

『……グガァッ!』

 

 沈黙を貫いていたジャガーノートと呼ばれたそれは、戦意の落ちた彼女達へと牙を剥く。それはまるであの男から逃げるような所作で、殺戮装置にも思えたそれが今や一端の獣の様だ。 

 

「悪いね!手出し禁止だ!」

 

 パチン、指を鳴らしジャガーノートの進路を取り囲むように木槍が突き出す。

 詠唱を唱えずにかの事象を引き起こしている…!いよいよもって正体が分からない。あの様な魔法があるのなら、魔法使いなら、冒険者なら注目しない筈が無い。

 

「そら、こっちだ!フェアリーダスト!ちょっと、そこの!早く仲間達を治してあげて!万能薬(エリクサー)なら置いてるし、魔力に関しても大丈夫だろう!?」

 

 思わず魅入っていた事に気づく。そして意識を切り替えた途端、自らの身体の異常に気づく。

 

(――精神力が満ちている…?)

 

 ここに来るまでにもかなりの魔力を消費した筈なのだが、体感にして五割程回復している。男の言葉どおり、これなら何の問題も無い。

 

「【今は遠き森の歌。懐かしき生命の調べ。汝を求めし者に、どうか癒しの慈悲を】

――【ノア・ヒール】」

 

 詠唱を紡ぐ。思い描くは深緑の天蓋、仄かな燐光を灯しながら命を満たす魔法が放たれる。

 最も傷の多いアリーゼを暖かな緑のベールが包み込み、ゆっくりと、しかし着実に癒やしてゆく。

 同じように、まだ意識の残っている二人も万能薬と魔法で何とか持ち直した。

 

「リオンっ、私達よりもみんなにっ」

「ッ…アリーゼ…!ですが…」

 

 朦朧として見えていなかったのだろうか。あの傷の上に追撃、更に放置されてきたのだ。正直、生きているとは考えられない。

 

「おい!全員息があるぞ!傷はヤベェが無事だ!」

「なっ…!?」

 

 信じられない。といった様子で目を見開くリュー。どういうことだと駆け寄れば、危ない所ではあるがみな規則的な呼吸を繰り返していた。

 安堵と困惑が入り混じり、くしゃっ、と顔を歪ませる。

 

「…よ、良かった…!本当にっ…良かった…!」

 

 居並ぶ顔はどれも重症の者とは思えず、安らかに眠っている。何かの魔法か、彼女達の肉体は防御魔法の様なもので保護されており、それ以上の傷にならずに止まっていた。

 

「いてて…。対処法が分かってるとはいえ厄介な…。流石はこのダンジョンの免疫機構といった所かな」

「!」

 

 純白のコートを土煙に汚し、やや大袈裟な仕草でこちらへ近寄ってくる。しかして例のモンスターは未だに健在。崩れ去ることもなくただその場に佇んでいる。

 

「いやぁ、君たちが無事で良かった!重傷者は多いけど、死者はいないようだね!」

「待て、それ以上近づくな。助けてもらった恩義は兎も角、お前が真に味方と判断出来かねん。あのモンスターについても、知っている事を話してもらうぞ」

「ありゃ、困ったな…」

 

 私達を代表してか、輝夜が刀を突きつける。それはそうだ。あまりにもタイミングが良すぎる。更には私達ですら知り得ないあのモンスターについてよく知っているような口振り、関係性を疑うなと言う方が無理な話だ。

 しばし考え込むような仕草をした男は人当たりのいい笑みで応えた。

 

「確かに信じられないかもしれないけど、僕個人としては君達の味方のつもりだ。もし敵ならあのまま無視した方がいいし、ポーション類なんかは分けない。まあ、証拠を出せと言われてもないのだけれど…うーん、信頼じゃ駄目かい?」

「初対面で信頼もクソもあるか!?」

 

 名案!とばかりに出した結論は先の超然とした姿からは想像がつかず、緊張感が抜けてくる。

 

「ああ、そうそう。あのモンスターは『ジャガーノート』。このダンジョンの破壊者なんて呼ばれてる奴さ。このダンジョンは傷をつけても修復するだろう?しかし一度に大きく、そうだね…階層の二割くらいかな?を破壊した時にダンジョンが自己の修復より外敵の排除を優先する為の免疫、それがコイツさ」

 

 指で指されたジャガーノートは、その姿勢から動かず、まるで良く出来た剥製の様にも見える。

 

「お、おい、こいつはなんで消えないんだ?死んだんじゃ無いのかよ?その免疫ってのは普通のモンスターみたいになくならないのかよ?」

「いや、普通に生きてるけど」

「何でだよ!?」

 

 その叫びとともに、武器へ手を伸ばす、いつでも対処は可能だ。

 

「ジャガーノートは今眠っているのさ。どんなものであれ夢は見る。それが満たされたものか空虚に等しいものかは分からないけれどね」

「…何故殺さない?」

「いや、これでいいのさ」

 

 何がいいというのだろうか。眠っているというのならいつかは覚める。夢というものはそういうものだ。ならば今この隙に最大の攻撃を叩き込むべきではないか。――そう考え、ボロボロと崩れ落ちる骨塊に目を剥く。

 

「これは、一体…」

「奴ら、『ジャガーノート』は免疫として急遽ダンジョンに生み出された存在である故か、魔石を持たないモンスターだ。その代わり、全身が魔石に近い物質で覆われてるけどね。最大の弱点として、活動時間があるんだ。下層である程その時間は伸びていくけど、とりあえず倒すことよりも時間を稼いだほうがいいって事だね」

「そんな事が…、いや、何故ギルドですら預かり知らない事を知っている!?」

 

 より一層警戒レベルが上がる。男はなんとも答えにくそうに眉をひそめ、首を傾げる。時折「あー、これ言っても良かったっけ?」なども聞こえてくる。

 

「うん。まあ、何というか。僕はウラノスと私的な交友関係を築いている者でね。こういった対処も最近は担当しているのさ。地上に帰ったらギルドに問い合わせるといい。『巡礼の鐘を鳴らす救世主は何処』…こう言えばきっと会える筈さ。それじゃ、これ以上ここにいても疑われそうだ。身の潔白を表明するためにもここで僕は失礼するよ。それではね【アストレア・ファミリア】諸君――!」

 

 そう言い残すと、軽快な身のこなしで上層へ続く道へと翔ける。すぐにその姿は見えなくなったが、それを追いかけるよりも、今は眠っている仲間達の護衛が重要だ。

 

「一体何だったんだあれは…?」

「さあ?でも助けてくれた事には違いねぇよな」

「そうね!アストレア様にも伝えないと!」

「いや、それはどうなんだ?全滅の危機とか聞きたくないんじゃねえの?」

 

 ふと、足の力が抜ける。安心したのか、精神疲労に近い症状になってしまっている。だが、しかし。危機は去った。死神の足音は今や遥か。明日からも、その先にも仲間がいる。ただそれだけの事に深い喜色を抑えきれず、つー、と頬に涙が伝う。

 

「うぇっ!?ちょ、泣いてる!?どこか痛かったの!?」

「いや、そういうんじゃないだろ」

「はあ、全く、この馬鹿はいつまで経っても……」

 

 仲間たちの呆れるような顔を尻目に、私の意識は暗転した。

 

 

―――…

 

 

 

「……ュー…!…リ……!リュー!」

「は、はいっ。何でしょうか。………シル?」

「どうしたの?仕事中に寝るなんて珍しい。昨日はちゃんと眠れたの?」

 

 自身を呼ぶ声に応え、顔を上げる。その先には見慣れた鈍色の顔。……不覚だ。どうやら私は職務中にも関わらず眠ってしまっていたらしい。

 すわ時間かと問うシルに、断りの言葉を入れる。

 

「いえ、睡眠時間は十分に確保している筈ですが…」

「ならいいんだけど、お母さんに見つかっても知らないよ?」

「…それは、勘弁したい」

 

 正直、あの人には頭が上がらない。第一、あのオラリオでも最高峰の実力を持つ第一級冒険者がこんな所で酒場を開いているなんて誰が予想出来るだろうか。……いや、それは私も同じ事か。

 

 あの後、程なくして【闇派閥】の掃討は幕を閉じ、今のこの平和なオラリオの礎となった。その後、私達の主神であるアストレア様とギルドの主神ウラノスの意向により、私達【アストレア・ファミリア】は大手を振っての活動はしていない。

 勿論、ファミリアとしての活動を止めた訳ではないが、数ヶ月に一度集まってダンジョンに潜る程度だろう。

 暗黒期には私達もいろいろと恨みを買った覚えもあり、ほとぼりが冷めるまでは…。との事だった。当然、その間のお金も自分達で稼ぐ必要があり、今の私のように変装して職務にあたっているのだ。

 

 さて、そんな夢を見たのも束の間、すぐに客の群れがワラワラと店内を満たし、夜の街を活気に満ちさせる。

 私はこの時間が少し好きだ。かつてのオラリオでは夜は悪の暗躍する恐怖の象徴でしかなかったが、今や酒を飲み交わし一般人すら酒に心を震わせる場を提供出来るのだ。かつての行動が報われるようで、気分がいい。

 

 それが態度に出ていたのか、アーニャ達にすら笑われる。

 しかし、それでいいのだ。オラリオは、そんな下らないことで笑い会える場所なのだと、そう示している気がしたから。

 

 

「―――お客様、一名入りましたー!」

 

 

 しまった。またもや考えこんでしまった。さあ、早く仕事に戻らねば。ミア母さんのゲンコツはごめんだ。

 

 ニコリ。ぎこちなく造った笑みを浮かべる。

 

 ……………。

 

 アーニャ、クロエ。あなたたちとは後でしっかり話し合う必要があるようですね。




マッチポンプって知ってる?
世の中の悪いこと全部オベロンのせいよ!
一応書いておくと、神が降りる前からダンジョンはあるじゃろ?そんでオベロンはダンジョンにある事情で関わっているじゃろ?
色々試すじゃろ?初代ジャガーノートが産まれるじゃろ?
大体こんな感じ


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水曜日にも怪物は哭く

急いで書いたから最後ペースがおかしいかも…


「はあぁっ!」

 

 裂帛の気合と共に銀色のナイフを振るう。的確に急所を裂いたナイフにより断末魔の悲鳴を上げることもなく塵へと還った。しかしそれを見届ける暇もなく、次のモンスターが立ちはだかる。

 

『アギャッ!?』

 

 体ごと下に滑りこませ、通り過ぎ様に魔石を穿つ。ただそれだけでヤモリの様な『ダンジョン・リザード』は息絶える。

 走り寄るゴブリンとコボルドを逆手に持つナイフで一刀両断し、次々と死体の山を生み出していく。しかし、そんな光景を作り出しても、僕の心は全く満たされず、むしろ渇いていた。

 

(…足りない)

 

 かつての僕ならばこの数相手に立ち回りを可能とした時点で自らの成長を実感し、歓喜に打ち震えていた事だろう。

 しかし、足りない。この程度ではミノタウロスと出会ったら殺されてしまうし、あれだけの啖呵もでまかせだ。

 強くなる。そう誓ったからには雑魚を相手にしていてもダメだ。当然、数でカバーする事も可能だが、僕ではどれだけかかるか、いや、きっとどれだけかかってもあの人たちの足元にも及ばないだろう事は自明の理。

 幼子の様にただ漠然と理解しているのは強い相手と戦うという事だけ。きっとエイナさんには理解されないだろうし、叱られること間違いなし。だがやるしかない。

 

 意外にも、疲労や傷は少ない。ここまでに現れたモンスターは全て相手にしているが、まるで案山子でも相手にしているかの様だった。いつもなら焦っているのだろう。けれど今は気分が高揚して収まりそうもない。

 大丈夫、今までにもソロでモンスターと戦ってきたのだ。もっとステータスが低く身のこなしも不十分な頃にだってこのくらいは乗り越えてきた。ならば、もっと深く潜ってもいいのでは無いだろうか。

 

 次の階層へ足を踏み出し、ふと、エイナさんの「冒険者は冒険をしてはいけない」という言葉を思い出す。僕の中に残った理性が止めろと囁きかけるが、構っていられない。

 確かに普通に生きるぶんにはそれで十分なのだろう。しかし強く、それも第一級冒険者レベルを目指すならば普通では足りない。

 

(ごめんなさいエイナさん――)

 

 そう心中でプリプリと怒る彼女に謝罪の言葉を投げかけ、第6階層の土を踏んだ。

 

 僕以外に人の気配の感じられない迷宮を歩く。時折襲い来るモンスターを殺し、どこか濁ったような思考で奥へ奥へと走り寄る。

 うすぼんやりと光る外壁は見慣れた薄青色から淡い緑に変化し、けれどそれを気に掛ける事はない。

 これまでより強化されたゴブリンの胴体を引き裂き、悶絶しているそれを背後へ蹴り飛ばす。置いていったゴブリンが消滅する音を聞き流し、ある道へと差し掛かった。

 

 それは細い一本道と、それから繋がる広場。その中央へと歩を進めると、次の瞬間――ビキリ。異音が鳴り響く。

 

「―――」

 

 続けてビキリ、ビキリと迷宮の壁がヒビ割れ、中からは十字の頭部に真円状の単眼を持つ影が現れる。それも()()

 6階層出現モンスター、『ウォーシャドウ』。新米殺しとも呼ばれるそれはこちらを確認したと見るや、ナイフのように鋭く尖った三つ指を用いて攻撃を仕掛けてくる。

 

「――っ!」

 

 一つを躱したら、すぐに次の影が隙間を縫うようにして三方から襲い来る。そのいずれをとっても5層までとは一線を画しており、対応も難しくなってくる。

 けど、この程度で音を上げて溜まるか。ミノタウロスの方が怖かった。オベロンさんの方が疾かった。ロキ・ファミリアの狼人の方が、ずっとずっと圧があった。

 それに比べれば、こいつらなんて吹けば飛ぶ紙のような軽さしか感じられない!

 

「うり、ぃぃやあぁぁぁっ!」

 

 最後に仕掛けた三匹目、その刺突に合わせて全体重を乗せたカウンターで魔石を突き穿つ。掠れたような声を上げるそれが消える前に、背後へ迫るウォーシャドウの盾として扱う。

 

「でぁっ」

 

 突き刺さった死体ごと壁へ蹴り、眼前に迫る指刃を一重で回避し、伸び切った腕を切り飛ばす。一瞬止まったそれの足を強く踏みつけにしアッパーカットの要領で胸から頭部にかけてを切断。続けて復帰した一匹にナイフを投擲。

 当然防がれる。しかし上げた腕を下げた直後に迫る黒刃には気が付かなかったようだ。

 僕が投げたのは『ウォーシャドウの指刃』、今倒したヤツが落としたドロップアイテム。軽く刺さった指刃を追い打ちの蹴撃で完全に魔石を破壊した。

 

「はっ、は…」

 

 口から漏れる息が浅く乱れている。あれを相手取ったというのに疲労は存外少ない。何より今の立ち回りだ。その場に合わせた戦い方をしたが、中々どうして有効だ。その証拠として僕は今の戦いで傷らしい傷は負っていない。

 

 …これは、いけるんじゃないか?

 

 つい、僕にそんな考えが沸沸と湧き上がる。

 第6階層ですら一蹴する力。今なら、今ならやれる気がするんだ。もっと…もっと奥へ…。

 

 

 

―――…

 

 

 

「うやあぁぁぁぁあぁあっ!」

『ギシャァアッッ!』

 

 強く振り下ろしたその刃はしかして堅牢な甲殻に阻まれる。

 四本の脚に二本の細い腕、大きな眼は暗闇の中に映える赤白に光っている。全身が赤い堅殻に覆われた、一見して蟻を連想させる。

 ダンジョン製のモンスターなだけに、普通の蟻とは異なり僕と同じくらいに巨大なのだ。

『キラーアント』。

 7階層になって初めて姿を現すモンスター。冒険者の間ではさっき相手にした『ウォーシャドウ』と並んで新米殺しと呼ばれているらしい。

 当然、そう言われるからには相応の理由がある。それは頑丈な甲殻と、より上層のモンスターとは比べ物にならない程の攻撃力。その外皮は僕の短刀が弾かれた様に鎧のように硬く、半端な攻撃では傷を与えることさえままならない。

 腕先には湾曲した形の鋭い鉤爪。命を刈り取る形をしているそれは見る者に不気味な怖気を感じさせ、虫ならではの無機質な挙動と合わさって冒険者の恐怖心を煽る。

 

(危っ…!)

 

 振るわれた鉤爪を飛び上がって避ける。甲殻に阻まれた事で一瞬回避が遅れてしまい、ズボンの端が破かれる。

 今も僕がなりかけた様に、防御を攻め崩せない間にその鉤爪で致命傷をもらう。これがキラーアントにやられる常套句だ。更には仲間を呼び寄せる事もあるらしい。確かにこれまでとあまりに勝手の異なるモンスターに、慣れ始めたと感じた冒険者たちは餌食になってしまう。

 

『ギギッ』

 

 キチキチキチ、キラーアントが口をもごもごと動かし歯を鳴らす。まるで仕損じた事に苛ついているかのように、僕を睨みつける。

 長期戦に持ち込むのは愚策。今の僕のステータスと装備では絶対に不利。狙うは僅かな甲殻の隙間のみ。失敗は許されない。

 ふー、火照った体を冷却するために少し息をつき、瞬間、僕から駆け出した。

 

「――はっ!」

 

 遅れて左腕を振るうキラーアント。宙に弧を描く四本の鉤爪が右から迫り――膝を折り上体を剃る。駆けた勢いはそのままに地を滑り、虚空を斬ったキラーアントは動かない。否、動けない。

 直下、頸の関節の隙間にサブウェポンの短刀を突き入れてグキリと頸を折る。その拍子に割れた甲殻の中、柔らかい肉をナイフで取り除く。

 

『ギシャアァァァァァ………!』

 

 沈黙、のち消滅。今のキラーアントが最後の一匹だ。あたりに散らばる魔石やドロップアイテムを確認し、奥より出づる増援に舌打ち。

 今度現れたのは小型種の『ニードルラビット』と『パープルモス』。その小さな体を活かして戦うモンスターだが、生憎と僕との相性は悪いようだ。

 跳躍するニードルラビットへカウンターとして短刀の一撃。か細い悲鳴を上げるそれを尻目に、二匹が左右から挟み撃ちで躍りかかる。分が悪いと見て大きく退がる。そして標的を見失った二匹を纏めて塵へ還す。

 最後に空を悠々と回遊するパープルモスに砕いたダンジョンの破片による飛礫を食らわせる。四匹のうち、二匹が羽を撃ち抜かれて落下していくのを眺め、ダンジョンの壁を掴んで上へと駆け上る。登れた限界ギリギリの位置に強く短刀を突き刺す。

 

 片手でそれにぶら下がり、体全体を使ってぶらぶらと、ターザンの様に揺らす。短刀の柄が異音を発するが、最もエネルギーの溜まった頃に壁を蹴り飛ばして加速する。

 そのままに離れた位置のパープルモスにウォーシャドウの指刃をスローイング。見事魔石の位置を刺し貫いた事を見、近い位置のパープルモスへ掴みかかる。

 如何に空を飛ぶといえど、小柄で低級モンスターのパープルモスがこれを耐えるのは酷と言わざるを得ない。

 

「うぅぅぅぁぁあっ!」

 

 落下時、パープルモスを下敷きに衝撃を殺して着地。

 

「ぜえ……ぜぇ、ふーっ…」

 

 息が上がってきた。着ている服は汗と汚れまみれで客観的に見て汚らしい。ここまで来ると流石に無傷とは言わず、細かな傷や服に染み込んだ血が痛々しい。

 ふらふらと定まらない足にムチをうち、魔石を回収する。ロクなリュックなど持ってきてはいないが、拾うに越したことはない。半ば無意識に行った作業も、ガタが来ている短刀や新たな装備、つまり強さに繋がるために欠かさない。

 

 ああ、今は何時だろうか。神様は心配しているのかな。かなり時間が経った気もするけど、外はどうなっているんだろう。

 

 一度気を抜くとぽつりぽつりとそんな思いが湧き出てきてしょうがない。ふらりふらりと幽鬼のように歩く僕。その顔はきっと酷いことになっているだろう。流石に疲れた。…ああ、そういえば寝ないで潜っているんだった。

 

 次の階層へ続くと思われる道を発見する。なだらかな坂になっている入り口へと歩き――――目の前に何かが翳される。

 

「おっと、坊主、そこから先は止めときな」

「………?…っ!?」

 

 気づかなかった、気づかなかった!そこまで意識が朦朧としていたのか、ここまで接近されてるのは駄目だろう!

 そう顔を上げると、その何かとは木の杖である事が分かった。そして、その持ち主は男性で、短刀を構える僕へと自然体で話しかける。

 

「こっから下――つまり10階層からは大型のモンスターやダンジョンギミック、怪物の宴(モンスターパーティー)と難所が詰まってる。お前さんが上級冒険者だってんなら話は別だが、そうじゃあねぇだろ?防具一つつけちゃいねえし、その短刀だってそれ以上の酷使は控えたほうがいい」

 

 曇りに曇った思考でそれを飲み込む。直ぐには理解出来なかったが、取り敢えず、これ以上は絶対にダメって事か。

 折角わざわざ何の義理もない僕を止めてくれたのだ。せめて顔を覚えて、お礼を……。

 

「ぁ…りが…ざぃ……ます」

 

 あれ、瞼がだんだん重たく……。

 

 

 

♢♢♢♢

 

 

 

 男は、か細く礼を言った白髪の少年を赤い眼差しで見下ろし、やれやれとばかりに首を振った。

 

「はぁ、ようやく限界が来たって事か。どうみても無茶なダンジョンアタックだ。むしろここまで来れたのが奇跡か」

 

 倒れた少年の状態を確認し、疲労以外にも「毒」の状態異常になっている事を理解する。そしてそれが罹ってから既に二時間以上が経過している事も。

 

「へえ?中々根性あるじゃねえか」

 

 形のいい眉を歪め、愉快そうに笑う男は、指で何かを切ると、たちまちベルに刻まれた傷は癒え、毒で苦しそうな表情は緩和された。

 

「気に入った、面白いもんを見せてもらった礼だ。地上まで送ってやるよ」

 

 そう言うと、男はベルを背中に背負い、上層へ向けて歩き出した。

 

 

 

♢♢♢♢

 

 

「ベルくーん!どこにいるんだーい!?」

 

 ヘスティアは今、オラリオの街並みを駆けていた。

 その理由は昨夜まで遡る。

 バイトの飲み会から帰ってきたヘスティアだったが、夕食に出かけるといったベルが帰ってこなかったのだ。それだけならば、夜遊びでもしてるのかと頬を膨らませていたが、流石にベルの人柄から考えにくく、更には夜通しで回っても、それらしき話は聞かなかった。

 結局、徹夜で駆け回っても見つからず、焦燥感は募るばかりだ。一度はホームへと戻ったが、朝の五時を回った頃に、再び街へと駆り出した。

 普段どおりならば、人に迷惑をかけることを選ばず、むしろ率先して謝りに来そうな彼が、ここまで何の連絡も無いと来ると、いよいよもって何か事件に巻き込まれたとしか考えられない。

 今度は住民にも声掛けをし、それとなく探して欲しいと頼み込み、捜査の網を広げていく。

 

 しかし、ヘスティアの必死の捜索も虚しく、ベルの姿は疎か、有力な情報の欠片もない。八方塞がりだった。

 

「くそう……一体どこにいるんだよぅ……」

 

 ぐずぐずと泣き出しそうになりながらも、昨日から続けて三回目の捜索へと出かけようとし、協会の前に立つ影に気がついた。

 

 それは、深くフードを被った人間の男の様で、魔法使いなのか身の丈ほどもある杖――それも相当に上質なもの――を携えている。

 そして何より、その人物が抱えているのは自分が現在最も求めている白髪頭の少年であった。

 

「あーーーっ!!」

 

 思わずといった様子で、大きな声を張り上げるヘスティア。それで男も気づいたのか、ヘスティアの元に向かう。

 

「ベ、ベル君じゃないか!?ど、何処に!?いや、こ、こいつだな?こいつがベル君をー!?」

「どうどう、落ち着け女神サマ。オレはこいつをダンジョンで拾って連れてきてやっただけさ」

「むぅ……嘘は、無いみたいだね」

 

 最初の大声からか、ベルはゆっくりと目を覚まし、ここが自分のホームである協会の前だと処理し、ヘスティアと、自らがおぶられているという事を認識する。

 

「わっわっわっ、ど、どういう状況…?」

 

 自分はダンジョンに居たはずで、最後の記憶はこの男の人と話して……それ以上からが何も思い浮かばない。おぶっているという事は、もしかして、あの階層から運んできてくれたのだろうか。

 

「ん?おう起きたか。そんじゃ、後はあんたらの問題だ。オレはおさらばするぜ」

「え、あの」

「じゃあなっ!」

 

 降ろされたかと思うと、本当に魔法使いかと疑うほどの速さで去っていってしまった。

 礼を言う暇もなく言ってしまった為、恩だけを積み重ねていく形となってしまった事に若干の罪悪感を覚えたが、それよりも先に解決すべき問題が現れた。

 

 ニコニコと微笑を浮かべた神様は、けれど目だけは笑っておらず、背後にメラメラと燃える漆黒の炎を幻視する。

 

「……ベ〜ル〜く〜ん?ボクに何か言うこと、あるよね?」

「す、すみませんでしたぁぁぁぁっ―――!」

 

 神様を怒らせるのは出来るだけ避けようと、再認識した僕であった。




ベルくんがいけると思った原因は夜のとばりEXが原因です


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何ということだ。魅惑の土地は既に耕されてしまった後らしい

オベロンむず……
周回しながら書くのキツ……


 ベル・クラネル

 Lv1

 力 :H120→E401

 耐久:I42→G249

 器用:H139→E453

 敏捷:G225→D507

 魔力:I0→I0

《魔法》

【】

《スキル》

妖精恩寵(クロスシィ・グレイス)

・早熟する

・想いを紡ぐ限り効果持続

・想いを紡ぐほどに効果向上

・条件を満たせばこのスキルは昇華される 

 

「―――嘘だろ…?」

 

 ヘスティアは愕然とした表情で手の動きを止めた。

 眼下にあるかわいい眷属の背中、そこに秩序だって書き込まれた聖火と炉の紋章(エンブレム)に、古代書の一部分でも彷彿とさせる【神聖文字(ヒエログリフ)】の羅列――【ステイタス】。

 眷属に与えられし成長過程を数値化するそれを彼女は戦慄の眼差しで見つめていた。

 あの朝帰りを通り越して昼帰りした事件から一日が経った。

 極度の疲労により、その日一日を使って睡眠に費やし、早い時間帯に起きた二人は現在、取り敢えずという事で【ステイタス】の更新を行っている。

 

 因みにオベロンはというと、昨日オラリオ中に足を伸ばして苦心したというのに、いつの間にかホームで眠っており、更にはそれを自分だけ教えて貰わなかったと不貞寝している。訴訟も辞さない覚悟らしい。

 

 ヘスティアは最近慣れてきたその作業を行い…それがいつもと異なりだしたのはベルの背に浮かび上がってくる【ステイタス】が信じがたい様相を描いていたからにほかない。

 

――あまりに早すぎる。

 

 実直な感想といえばただそれ一つだ。ヘスティアが『神の恩恵』を刻んでいるのはベルただ一人で、彼女自身伝聞で聞いた程度の知識しか持たず、より踏み込んだ内容こそ知らないものの、これは異様だとはっきり分かる。

 

(何だこれ…魔力は当然として、耐久以外のアビリティは3ランクも上がっている…)

 

 熟練度など10以上もぽんぽん上がるのは最初のうちだけ。すぐに頭打ちに陥りやすい、と親交のある神に愚痴をこぼされたことがある。

 その通り、もし仮に全ての冒険者がベルと同じペースで熟練度が上がっているのなら、オラリオにLv1で燻る冒険者の数はまず居なくなるだろう。そう評する程には、早い。

 

(こんな飛躍を迎えた原因は……やっぱり《スキル》か…!)

 

 ベルには知らせていない《スキル》。オベロンの口添えにより、嘘をつけない実直な性格のベルには知らせない方がいいと言われ、隠してきていたが、やはり正解だったらしい。

 自分よりオラリオ歴が長く、かなりの時間を外界で過ごした、神にも匹敵する経験を持つ彼が今までに類を見ない『レアスキル』と判断したそれ。

 恐らくはオベロンが鍵となったと思われる――ダンジョンで救われたと言った事からそう睨んでいる――スキル。

 

 一瞬、その【ステイタス】をありのまま伝えるかと迷ったが、苦悩の果てに、ベルの強くなりたいという意見を組んだ。

 正直な所、心配が無いわけではないが、そこも含めて信頼しているのだ。いざとなれば、頼れる団員(人間ではないが)もいる。

 ベルの背中を押してやりたいと、ヘスティアはそう思った。

 

「ベル君、今日は口頭で【ステイタス】の内容を伝えてもいいかな?」

「あ、はい。僕は構いませんけど…」

 

 見上げるベルの瞳を見つめ、告げた。その飛躍ともいえる成長速度を。無論、【妖精恩寵(クロスシィ・グレイス)】というスキルの存在は伏せて。

 

 語られる【ステイタス】に驚いた顔をするベルを視界に入れながら、ヘスティアは出来る事に務める。

 

「…とまあ、熟練度が凄い勢いで伸びてるわけ。何か心当たりとかはあるかい?」

「い、一応……一昨日は9階層まで行ったんですけど……」

「きゅっ!? あ、あほーっ!防具もつけないまま到達階層を増やしてるんじゃない!9って、君確か昨日5階層で死にかけたんだろぉ!?」

「ご、ごめんなさい!?」

 

 ぴょん、とベルの背中から降りたヘスティアは一方的にまくし立てた。ベルは服を着ることも許されないまま、極東でいう正座の姿勢でしゅんと小さくなる。

 話し合いの後、ベルとヘスティアは互いに誓った。眷属は神様を悲しませない事を、主神は子の成長を望むことを。

 

「ふう…それじゃあ、ボクは何日か留守にするよ。……友人の開くパーティーがあってね。行く気はなかったんだけど、やっぱり久しぶりに顔を出そうかと思ってね」

「だったら遠慮なく行ってください。友達は大切ですもんね」

 

 そう了承し、ヘスティアは少し悪いと思いながらもクローゼットを漁る。オベロンの購入したベッドで手狭になりつつあるが、その分収納や管理が行き届いている為、存外小綺麗に纏まっている。

 物色した衣服で一番マシな物を詰め、部屋の外へと向かった。

 ドアに手をかけたところでもう一度ベルの方を向く。

 

「ベル君、もしかして、今日もダンジョンにいくのかい?」

「そのつもりですけど……やっぱり駄目ですかね?」

 

 約束をした手前、流石に自重すべきかと準備の手を止める。

 その気まずそうな顔には一笑して紡ぐ。

 

「ううん、いいよ。約束を守ってくれるなら、ね?怪我は残ってないようだけど、油断しちゃダメだよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 そう言って外出する神様を見届け、僕はまずヴァリスを確認する。今日はダンジョンへ行くよりも前に行かなければならない場所が二つあるのだ。

 

 

 

♢♢♢♢

 

 

「ふう…まさかバベルで装備を買えるなんて思ってなかったけど、いい買い物したな」

 

 ホームから出た僕はまず『豊饒の女主人』へと赴き、払っていなかった食事代を返金した。…まさかあの狼人の青年が払っているとは知らなかったけれど。……いつか返そう。そんな機会あるかなぁ?とは思うけど。…まあ、頭の片隅に置いておくことにしよう。

 次に訪れたのは武具屋。最初は適当に探そうかとも思ったけど、ベテラン冒険者であったリューさんから、バベルに【ヘファイストス・ファミリア】のテナントが建っていると聞き、そこならば低いレベルに合わせた装備も揃っていると太鼓判を頂いた。

 行ってみると、確かにヘファイストスのロゴこそ入っていないものの品揃えも品質も良いものだと感じられた。無印良品というのだろうか?

 まあ、ともかくそこで僕は『ヴェルフ・クロッゾ』氏作である新しい防具『兎鎧(ピョン吉)』に、予備を含めて当初より少しだけ質のいい短刀を購入できた。僕の顔はホクホクだ。懐は寂しくなってしまったけど、必要経費だからしょうがない。

 この資金は一昨日僕が拾っていた魔石とドロップアイテムによるもの。より深い層の代物だからか、いつもより収入は多く、更には僕の回収していたのが希少種である『ブルー・パピリオ』のドロップアイテムだったのだから驚きだ。おかげでいい値がつき、今回の装備を妥協せずに済んだ。

 

「おかえり〜ベル君」

 

 一度持ち物を整理しようかとホームに戻ると、オベロンさんがテーブルでメロンを食べていた。

 

「あ、起きたんですねオベロンさん。ところでそのメロンは?」

「少し遅れたけどおはよう。ふふっ…君はこのメロンの品種を知っているかい?」

 

 これ見よがしに掲げたメロンはとても瑞々しく、色艶や肉厚さも良いものの様に見える。……僕にはそのような審美眼はないので素人目の判断に過ぎない。

 品種といわれても、そもそもオラリオに来るまでに品種というものすら知らなかった田舎出身だ。当然、メロンなんていう高価な果物を買うはずもないからどんな品種があるのかすらも理解していないのが現状だ。

 

 僕が頭上に疑問符を浮かべるのを満足そうに眺めたオベロンさんは新しいお皿に切り分けながら答えを言う。

 

「これは【デメテル・ファミリア】が栽培に成功した『オベロン』という品種さ」

「!それって…」

「そう、僕の名前だね!実は僕、【デメテル・ファミリア】ともちょっとした縁があるんだ。それでメロンを作るって言うから、僕も協力してたら予想以上に興に乗っちゃって……。開発改良にかなりの資金を費やしたほどだよ」

 

 知らなかった。まさかウチ…というよりオベロンさんがそんな有名な所に関わっているなんて。

 

「って!もしかしてファミリアの資金とあの借金の量は…!」

「あ、しまった!いや、これは違うんだ、その………半分あげるから許して!」

 

 思わず、といった枕詞が似合う表情で必死に弁明するオベロン。差し出されたメロンはこれまでに見たことがないほどに美味しそうだ。とても食べてみたかったが、唾を啜り堪える。

 

「い、いえ。それは神様へのお土産として」

「でも彼女暫くは帰ってこないんだろう?もう切っちゃったし、ベル君が食べなよ」

「でも…」

「大丈夫、優先契約は協力者特権で確保してるから、今度はみんなで食べよう。今回はそうだね……一昨日頑張った君へのご褒美、なんてどうだろう?」

 

 口ぶりから、初めからそれが目的らしい事が分かった。食べようとしない僕に、遠慮がちに「駄目かい?」と悲しそうに問う。

 もう、そんなことを言われたら断れないじゃないですか。

 

 

「おっ…美味しっ…!な、なんですかコレ!?こんな美味しい果物なんて食べた事ないですよ僕!?」

 

 じゅくり、と豆腐の様にスプーンが滑らかに入る。しかしただ柔らかいと言う訳ではなく、ぎっしりと身が詰まっており、まるで黄金を乗せているかのようなずっしりとした重量感。

 口に含めば見た目に違わず溢れ出す果汁。果実酒とは比べ物にならない程濃厚で、それでいて重くない。むしろ次へ次へと口に運ぶ手を止められない。

 メロンを半分渡された筈だが、いつの間にかそれは消え失せていた。

 

「本当に美味しかった…。これとんでもなく高くても絶対買うって人いますよ」

「ははは、それはそうだろう。僕ですら唸るような物に仕上げたからね。因みにこれ一玉で8万ヴァリス。三日前の初競りだとどこかの富豪が二玉で300万も出したと聞くし、かなりいいんじゃないだろうか」

「さっ…!?」

 

 今なんて?さんびゃくまん…300万ヴァリス!?

 嘘でしょ、果物にそんな値段がつくとは思ってなかった。そして300万の衝撃で薄れてしまったが、8万というのも相当に高価である。

 一般的な冒険者の5人パーティーで、一日中ダンジョンにもぐって稼げる平均が2万5000だという。分ければ5000。単純計算で16日分の給料である。実際は生活費や探索費などがかかる為、もっと必要だろう。

 因みに今の僕の装備は合計しても3万に届かない。

 しかし、驚愕する気持ちと同時に、あの味ならば納得だという感想も抱いていた。食事や嗜好品に莫大な額を使う人の気持ちがちょっとだけ分かった気がする。 

 

「……あ!そうだ、僕ダンジョンに行くんだった…」

 

 あまりのおいしさに頭から抜け落ちていた。危ない危ない。持っていたお金と不必要な物をしまいこみ、新調した武具を早速装備する。

 僕の見立て……というか直感どおり、その鎧は最初から僕のものであったかのように体に馴染み、動きに支障は無い。

 

「それじゃあいってきます」

 

 首だけを回して呼びかけるが返事はない。

 それはそうだろう。中に誰もいないのだから。これにはベルも首を傾げる。はて、ここに居たはずのオベロンさんはどこへ行ったのか。

 少し隠れられそうな場所を見たが、影も形もない。最終的に(妖精だしそんな事もあるか)と納得させた。

 

「よし、今日は取り敢えず8階層まで行こうかな」

 

 一昨日、止められた場所の一つ上。しかしあの時とは違いしっかりとした準備も、上昇した【ステイタス】もある。

 ちゃんとパープル・モス対策に解毒薬を【ミアハ・ファミリア】から買ってある。

 

 思わぬ寄り道で遅れた時間を取り戻す様に走る、走る、走る。

 道中、仲良くなった人たちからの激励も貰い、ウキウキとドキドキの入り混じった心で大穴へと爆進していった。

 

「いっくぞ―――!」

 

 

 

 

 

♢♢♢♢

 

 

 今から少しだけ前の時間。

 ダンジョン内のある階層、ある場所にて。

 

「やあ、久しぶりだね」

 

 オベロンはそこに座り俯いている人影へと声をかける。

 それで気がついたのか、その人影が顔を上げる。目元までを覆い隠すフーデットローブを身にまとい、口元に巻かれたマフラーは僅かな露出すら許していない。その姿は控えめに行って不審者そのものであり、この格好では精々が身長しか予測出来ないであろう。

 その影はパタパタとオベロンの元まで進み、どこか嬉しそうに見える。

 

「………!」

「来るのが遅れてごめんね。寂しかったかい?」

「………!?」

 

 影は何も答えない。ただ、ぶんぶんと首を横に振って、蠢く虫達を指した。

 

「ああ、この子達がいるから…。…ごめんね、僕としてもこんな所に置いておくのは忍びない」

「………」

 

 またも、否定。オベロンは悲しそうに語る。

 

「…君はそういう人だったね。まあ、もう少しだよ。もう少しで地上に帰ることも出来るんだ。僕も、君みたいな子がいるのは耐えられないからね。もう一年もかからないと思う。…後ちょっとの辛抱だよ。それにこっちに来れる頻度も増やせそうだ」

 

 ピクリ、今の言葉のどれに反応したのか、嬉しそうに口角を上げる。

 

「ああ、ああ、大丈夫。きっと大丈夫さ。よく頑張ったね」

「………っ…!」

「布石も揃ってきてる。本当にすまないんだけどあと少しだけ力を貸してくれるかな?」

「………!」

「ありがとう。……何?…ははっ、そうかい。それは、嬉しいな」

 

 和やかに交わされる会合も終わりの時間はやって来て、おみやげを置いて立ち上がる。

 

「それじゃあ、僕は行くよ。また少しだけ寂しくしてしまうけど…また近い内に来るよ」

 

 オベロンが立ち去ると、再び元の通りの静寂が訪れ、ピタリと口を閉ざした影は最初の位置に戻って蹲る。

 

 ぐすり、ぐすりと、暗い暗いダンジョンの中に、啜り泣く声が静かに響き渡った。




実はタイトルにネタバレがあったりなかったりテキトーにつけてたりします


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嫉妬と殺し合う者

You Tubeに卑猥認定されたアーチャー来ました!
モレーちゃんはシテ塔に埋めてもいいらしいですね。
アンケートは本日18:00に投票終了です。
……イベント、してました。はい。スマホ投稿なので、書きながら周回とか出来ないんですよね。はい。

・追記
この話は前話から少し時間が飛びます。理由として、怪物祭ではベルがシルバーバックを普通に倒してしまうので…。つまり見所さんが皆無なんですよね。オベロン関わってませんし。


 暗い部屋だった。

 光源は壁にかけられた小型の魔石灯一つのみしかなく、隅には影が溜まっている。石の香りも匂う陰湿な室内を彩るのは金属とともに加工された水晶の品々。壁や天井から伸びるそれは仄かな光を反射して時折蒼く輝いていた。

 蝋燭の火のような微弱な光に照らされるのは、赤い絨毯、木編みのかご、小棚に、粗末な作りの寝台だ。

 

 その壁に明かりに照らされた虚像が浮かび上がる。

 影の正体は女。男ならだれしもが飛びつきたくなるほどの美しい曲線を描く体。張りのある大きな双丘は劣情をかき立て、くびれた腰となだらかな臀部も含め、男の理想を詰め込んだ様な肢体を持つ女だった。

 

 女の側にはもう一つの影が伏しており、引き締まった体の屈強な男だった。周囲には男の物と思われる衣服と装備が転がり、同じく裸を晒している女と見て、褥を共にしている様にも見えよう。

 

 しかしこれはそのような男女の甘い話ではない。

 男の首にはくっきりと女の細い五指の跡が残されており、座りのない頭部から、完全に折られている事が確認出来る。男の状態からしても、碌な抵抗が出来なかったのは明らかだ。

 燃えるような赤い頭髪を持つ女は、たった今縊り殺した男の死体にも目もくれず部屋の隅へ向かう。

 

 そこにぽつりと安置してあるのはこの男の荷物(バックパック)。無遠慮にこじ開け、しばらく中を漁っていると……女の手は止まった。

 

「……ない」

 

 忌々しそうにそう呟いた後、ちッと大きな舌打ちを放つ。

 強く歯を噛み締め、ギロリと男の亡骸を睨みつける。女は湧き上がる苛立ちを抑えもせず、乱暴に死体へと歩み寄っていく。

 もう一度強く鋭い視線を男に送り、そして――

 

――グシャッ。

 

 男の頭部が柘榴の様に弾け、鮮血と脳髄を撒き散らし、部屋を真っ赤に染め上げた。

 

 女は癇癪を起こした様に立ち上がると、もうこの場に用はないと歩を踏み出す。その拍子に男の遺品である黒いフルフェイスの兜が床に転がる。

 その先に、いつの間にか新たな人影が現れていた。

 

「いやぁ、派手にやったね。君らしくない」

 

 女は突然現れたそれに警戒の色を示すも、すぐに正体を把握。しかし嫌悪と苛立ちまでを抑える気はないらしい。

 

「……貴様か」

「待った待った!僕はちょっと手伝いをしようかなと思ってるだけで」

「何…?」

「君は宝玉を回収しにきたそうだけど、この様子じゃやっぱり失敗してる様だ。そりゃそうさ。大事な代物を一人に預けるのも馬鹿らしい。勿論、一強者が厳重に警備をするってのもあるけど………。まあ、この程度(レベル4)じゃあね」

 

 中々本題に入らない男に苛立ちを強める女。並の者ならば泡を吹いて卒倒しても可笑しくないそれを飄々と受け流す。

 

「そうだね。うん。本題に移ろう。今現在僕は宝玉の位置と所有している人物も把握してるさ」

「ならばそれをさっさと…!」

「まあ待って。続きがある」

「チッ…早く言え」

「冒険者の中、ロキ・ファミリア所属、レイピア使いの金髪の女剣士。彼女は『アリア』だ」

「―――ッ!?」

 

 女の目が今初めて驚愕に剥かれ、怒号と共に真偽を問おうと掴みかかるが、外が騒がしくなってくる。

 

「……っ!…仕方ない。今はお前の思惑に乗ってやろう」

「はは、そうしてくれると有り難い」

 

 男を放すと、再びローブを被り直した女は急いで出口へと向かい、猛スピードで駆け出した。

 残された男は服の皺を手で伸ばし、男を一瞥する。

 感情を灯さないその瞳は無言で死体の側に立つ。除くように屈み込み、変貌。

 左腕が異形の様相を見せ、一貫。深く突き刺さった腕を引き抜くと、赤黒い何かが抜き取られた。

 

「まぁ、お土産程度にはなるかな」

 

 つまらなそうに呟き、今度こそ男の姿は消え去る。最早彼らがいたという痕跡すら残ってはいない。

 ただ、頭部を潰され心臓の無い死骸と、血で鮮やかに彩られた部屋が残されただけだった。

 

 

 

 

♢♢♢♢

 

 

 

 

 今年の怪物祭から二日。

 モンスターが逃げ出し、都市の東方面が阿鼻叫喚の騒ぎになったというのに、街は既に元の雰囲気を取り戻しつつある。

 それは勿論冒険者たちも同じ事。

 今日も今日とて冒険者たちの足が途絶える事はなく、それに応じてギルドの手も休まらない。

 

 纏めてしまえば、冒険者関係は概ね普段どおりと言う事だ。

 それは当然、都市最大規模の派閥【ロキ・ファミリア】とて同じ事。

 

 先日のフィリア祭で壊れたアイズの武器の為だ。第一級冒険者が扱う武器ともなると下手な家よりも高価になる。それ程の額を効率よく稼ぐとなると、やはりより深い層での冒険しかないだろう。

 よって、仲間を集っての個人的な迷宮探索(ダンジョン・アタック)。メンバーは団長のフィン。副団長でハイエルフのリヴェリア、ヒリュテ姉妹にアイズ。最後にレフィーヤだ。

 レフィーヤ以外は全てLv5以上という豪華なパーティーとなっている。そのレフィーヤも、魔法攻撃力ならばレベル以上のポテンシャルを持っているので、一概に格下とも言えない。

 

 18階層、『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』とも呼ばれる安全階層(セーフティポイント)。一行はより深くもぐる為にここ、リヴィラの街に立ち寄っていた。

 

 水晶は美しく輝き、幻想的な空気を醸し出しているのに対して、街は冒険者たちの粗暴な野次や喧騒に塗れ、その様な静謐さとは無縁の騒々しさに溢れかえっていた。 

 

 というのが、普段の様子なのだが……いついかなる時もえてして事件というものは起きる。

 リヴィラの街にて、殺人事件が発生。頭部を潰され胸に穴が空いた無惨な死骸となった被害者はオラリオでも有数の上位派閥【ガネーシャ・ファミリア】の団員。名はハシャーナ・ドルリア。レベル4の第二級冒険者だった。

 そこからの判断は早い。街の元締めであるボールスやフィン達の呼びかけが行われ、今やリヴィラの街は容疑者を確保し、逃さないための檻と化す。

 

 そんな折、アイズはこの場から離れていく犬人の少女を捉える。その顔は恐怖と焦燥に満ちており、ひっそりと逃げ去るさまはいかにもといった様子。

 

「――行こう、レフィーヤ」

「は、はいっ」

 

 その不審の身を放置する選択肢はない。

 声をかけ、急いで少女を追いかける二人。―――後から追い来る影には、未だ気づいていないらしい。

 

 

―――…

 

 天井の中央に生える無数の白水晶が発光を止め、共に周囲の青水晶が光量を抑える。今までが真昼のように明るかった景色は鳴りを潜め、僅かな青い燐光を纏う暗闇に覆われようとしていた。

 

 結果として、少しのチェイスの後にアイズとレフィーヤは件の少女を捕まえた。彼女達の勘は見事的中し、ルルネ・ルーイと名乗った少女が事件の鍵となるアイテムを所有していた。

 胎児のような不気味な依頼品を預かり、フィン達の元に戻ろうとした途端、街から長大な影が姿を現す。

 

「あ…あれは…」

「な、なんだよこれ」

 

 白と青の水晶の煌めきを放つ街並みが、モンスターの群れに蹂躪されていく。モンスターはあの時の食人花。最早数えることが億劫になる程の数が一斉に攻め入っていた。

 街の壁もにゅるにゅると登る食人花にはなんの効果も成さず、黄緑色の壁がもぞもぞと蠢いている。

 

「街が、モンスターに襲われてる」

 

 普段から感情の希薄な顔に険がつく。

 冷静に見ると、都市内の冒険者はうまく連携して手際よく応戦しており、時折突出した銀のきらめきはきっとティオナ達だろう。

 

 努めて冷静に思考し、広場へと戻る事にした。激戦地ではあるが、間違いなくそこが最も安全に違いない。レベル6が二人に、レベル5が二人。冒険者の数も多い。これが突破される様な場所であれば、そもそも殆どの冒険者は死に絶えている。

 

「わ、私達も合流…っ!?」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 しかしそうは問屋が卸さない。彼女達を阻むように食人花が進撃。大木が蛇の様に蠢く。濁流さながらの勢いで迫る緑色の体。

 大口を開け、進行方向の全てを噛み砕かんという食人花は、飛び出したアイズにより止められる。

 気がつけば他の食人花も迫りつつあり、レフィーヤは撤退を余儀なくされる。

 

「はっ!…行って、レフィーヤ」

 

 アイズを残していくのは悔しいが、この食人花のモンスター達の能力値はLv3クラス。更には魔力に反応して襲いかかる生態のせいで、純粋な魔導師型のレフィーヤがこの場にいたところで、詠唱の開始と同時に、生け簀に投げられた餌の如く貪られてしまうであろう事は想像に難くない。

 勿論、その方がアイズの負担は重くなってしまう。残されたのは、アイズでは運べない重要参考品を一刻も早く届け、支援の可能な街中での戦闘である。

 

「はっ…はっ…!」

 

 悔しさに顔を歪ませ、ルルネを連れて走る。入り組んだ水晶に二人分の足音が響き、薄明るい燐光が仄かに彼女達の顔を照らす。

 

「なっ!何だ!?爆発!?」

「あれは…リヴェリア様の!」

 

 大爆轟が立ち上る。蒼然とした闇に包まれてたリヴィラの街の上空が真赤に染まり、夥しいほどの火花が降りしきる。

 直後、冒険者たちの歓声も上がり、自らの師が多くのモンスターを撃破したことを悟る。

 

 街が、空が燃えるように緋色に染まる中、自分たちの視線の先、水晶の路の中央に一つの影を発見した。

 手足の先から胸元までを厚い黒鎧に包まれた、男性冒険者。首にはボロ布の様な襟巻きをし、頭には兜を被っている。

 

「とっ、止まってくださいっ!?」

 

 その冒険者に、レフィーヤは薄ら寒いものを覚えた。咄嗟に杖を翳し、注意を促すものの、黒鎧の冒険者は一切の反応もせずにゆらりと近づく。

 瞬間、姿がブレたかと思えば喉元を掴み取り、軽々と持ち上げる。相手に対する思慮など欠片もない乱雑なそれは、刻一刻と息の根を止めにかかる。

 

 レフィーヤは藻掻くが、まるで地面奥深くにまで根を張った大樹を引いているかと錯覚させる程だ。レフィーヤの抵抗は首を絞める力を緩める事は出来ず、相手の気を害し、より一層の力で握りつぶそうと食い込んでいく。

 

 正気を取り戻したルルネが飛びかかるも、反対の腕で薙ぎ払われ、鞠の様に吹き飛んだ。

 

「あ…か、ひゅっ…」

 

 喉から吃音が漏れ、視界が明滅する。宙を掻いていた腕は抵抗する力を失い、真下にだらりと垂れ下がる。

 

――銀色の風は未だ来ない。

 

 悲痛に拡げられた眦からは涙が伝い、何かを訴えようとする口は泡を吹き始めていた。キツく締め上げられた首にはくっきりとと五指の跡が刻みつけられ、彼女の赤いスカートにじわりと染みを滲ませる。

 

 もう終わりかと、(ハシャーナ)にそうした様に、レフィーヤの首を粉砕する。

 

「させない」

「――――!?貴様っ、何もがっ!??」

 

 突然隣に現れた存在、自らの腕を掴んでいるそれに目を剥き、瞬間、右腕に走る激痛。

 

(馬鹿なっ…!)

 

 ゴキリと、握り潰される腕。誰がどう見ても折れていると判断できるそれは痛々しく腫れ上がり、まるで新たな関節が増えたよう。

 

 今まで保っていた余裕をかなぐり捨て、咄嗟に跳ぶ冒険者。否、今の行動により顔の生皮は剥がれ落ち、本来の端麗な顔立ちと赤い頭髪があらわになる。

 女――怪人レヴィスは灰ローブの下手人を睨みつける。しかし、当の灰ローブはこちらの事など眼中にないかのようにレフィーヤの状態を確認する。

 

「ごっ…!げほっげほっ!はっ…はっ…!」

 

 何度もえずく様にしてレフィーヤは意識を取り戻す。気分としては最悪だが、助かった。涙で歪んだ視界の中、灰ローブの人物を見る。その姿はこれでもかというほどに隠されており、目元まではフードで覆われ、青いマフラーで口元も隠され、僅かに露出している鼻先も覆面で伺えない。

 その人物は倒れたルルネへと近づき、へたり込むレフィーヤの側へと下ろす。

 

「あ、あのっ…あなたは一体…」

「………」

 

 ローブの人物は答えない。ただ無言で首を振るのみだ。

 そこに、猛烈な勢いと共に躍りかかるレヴィス。最早邪魔な黒鎧は脱ぎ捨て、自らの最高速を保ち、渾身の力を込めた一刀を振り下ろす。

 

「危ないっ!」

 

 レフィーヤは咄嗟に警告する。しかしその声が届いた時には既に肉薄しており―――

 

「…何…だと……!?」

「………」

 

 レヴィスに出せる現状最大の一撃。対する相手は防御姿勢を取るまでもなく、ただそのままに刀身を掴みとっていた。それだけで勢いは殺されたのである。

 いち早く驚愕から立ち直ったレヴィスは剣を抜こうとするが、全力で引いても微動だにしないそれはさながら大地の様な力強さを想起させる。

 

「くそッ…グアッ!?」

 

 引き抜けない事を悟り、手を離した時にはもう遅い。裏拳が眼前に迫り、いくつもの水晶塊を割りながら真横に吹き飛ばされていった。

 

(…強い)

 

 近接戦闘に明るくないレフィーヤにも理解できた。今の赤い髪の女は最低でもレベル5以上のポテンシャルはあった。恐らく件の事件の犯人である事は疑いようもない。

                                         

 あれほどの力の差、恐らく最低でもレベル6以上。しかし、自分の知っている実力者の誰とも一致しない。

 …ならば、この人物はナニモノか。

 

 そこまで至り、次の瞬間にズタズタにされた緑黄色の触手と、金髪の剣士が舞い降りる。

 

「レフィーヤ!」 

「ア、アイズさん!」

 

 文字通り飛び込んできたアイズに、レフィーヤは破顔する。安堵したのも束の間、ローブの人物への弁護を図ろうとし、その人物が消えている事に気付いた。

 

「これは、一体…?」

「殺人鬼が出ました!多分、ハシャーナさんを殺した人です!」

 

 アイズは瞠目する。何故封鎖してある筈の街から逃れる冒険者がいたのかと、第一級冒険者にレフィーヤは無事なのかと。

 それを問おうとすると、瀕死だったはずの食人花が吠えた。

 道と水晶ごと三人を捕食しようと進撃し、アイズは魔法(エアリアル)を使用。二人を抱えて回避する。ここで迎撃したとして勢いまでは殺せず、気絶しているルルネに被害が及んでしまうからだ。

 

 しかし、それが良くなかった。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

 既に死に体だった食人花が絶叫を上げる。

 吹き飛ばされた先が悪かったのか、長駆の一部に刻印の様に取り付くのは依頼物の胎児。食人花と同化するようなそれはやがて変化が始まった。

 

 その異様な光景に言葉を失う。

 肉が隆起し、変化していく食人花は悶え苦しみながら地面に躯体を叩きつける。神秘の筺であるダンジョンにおいても、常軌を逸している。

 戦慄の眼差しで見つめる最中、胎児が寄生した箇所から何か、人の身体のような物が盛り上がる。それはさながら羽化する蝶々の様で、体皮を突き破り現れる。

 

『―――――オオォッ!!?』

 

 食人花、いや、食人花であったそれは絶叫を上げ二人へと襲いかかる――。

 

 

 

―――…

 

 

 阿鼻叫喚の渦の中、紅く染まった空を影は空を翔ける。天井に生える水晶を足場に、一歩ごとに踏み砕きながら地上を俯瞰する。

 

 探すは赤髪の怪人。自らの手で吹き飛ばしたそれはしかして、致命傷を与える事は出来なかったであろう。殴り飛ばした手に伝わった感触から、咄嗟に自らの攻撃に身を任せて離脱したのだろう。

 水晶や森林、入り組んだ地形のせいで見失ったが、まだこの階層にいると、そう予測しているが為の行動だった。

 影の狙いは女の持つ異形の宝玉。オベロンより知らされているのはまだ早いという事。

 曰く、今の段階であれの正体が衆目に晒されると、却って都市全体を危険に晒すらしい。かといって、アレを相手に渡す道理もない。こちらで処分するつもりだ。しかし、みすみすと逃してしまった。焦りを訴える心を抑え込み、あらゆる方位を隈なく見つめる。

 

 早急に見つけないと…。

 

『―――――オオォッ!!?』

 

「っ!」

 

 絶叫が上がり、見つめたのは先程までいた地点。変貌しつつある食人花のその姿。

 あの様相から勝手に判断していたけど、()()()()()()()()()()()()()()()()――!

 

 急いで進路を転換し、郡晶街路(クラスターストリート)を目指す。

 

「―――ぐっっ!?」

 

 一直線に現場へと飛び出した影は、結果として阻まれる事となる。

 地上から放たれた五つの火炎弾は的確にローブの人物を捉え、視界を奪うと共に自らの身体を吹き飛ばし、地面へと叩き落とす。

 

(魔法!?何処の、誰が!?)

 

 落ちたのは湿地帯の一角、濁った水を全身に被り、僅かに顔を顰める。

 バシャリ、水の跳ねる音。咄嗟に振り返ると青いローブの男が立っている。

 

「………何者?」

「あん…?そうだな……。グリム。賢人グリムとでも呼んでくれ。んで、お前の名前は?」

「…………」

 

 男は軽薄そうに笑うが、纏う空気は紛れもなく戦士、それも弩級のものだ。自らを補足し、的確に撃ち落とした技量、その風格、いずれも侮っていいものではない。

 今初めて、その影は剣を抜いた。手に握られるのは深層モンスターのドロップアイテムを削り、大聖樹を柄に用いた魔法石の嵌め込まれた一品。見るものが見れば荒削りながらも一種の武器として完成したそれに目を巻くことだろう。

 抜き身の直剣を油断なく目の前の男に向け、戦闘態勢をとる。

 

「へえ…やる気かい?―――オレは割と手強いぜ?」

 

 混沌と策謀渦めく18階層にて、知れず、新たな戦いの狼煙が上がる。

 

「―――いくぜ!」

「―――あああぁあっ!」

 

―――2つの影が、交差した。




高評価、感想待ってます(血涙乞食並感)。
してくれたら謎の染みがついたあるエルフのパ○ツ差しあげるので…


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閑話 ロビン・グッドフェロー

ええと、
つまらない話ですが、出来ました。
ラン子ってバイザー霊衣あったんですね…。
ンンン、拙僧は何も知りませぬ。ええ、ええ。
虫妖精?達の強さが知りたい…。出したい。
意外と書くのに時間かかった
(2021/10/25 16:33修正しました)


 ――ふと、目が冷めた。

 うすぼんやりと、かすむ視界で瞼を開ける。

 …耳鳴りが酷い。体が持ち上がらない。視界は赤くて、何だか狭い。あれ、私は何をしてたんだっけ。

 

 世界がごろりと倒れている。みんな壁に立っている。友達も、見知らぬ黒服も、見覚えのある女も。

 張り詰めた空気の中でみんなが叫んでいるのが分かる。まだ耳は聞こえない。

 女が嗤っている。何でか分からないけど、不快になった。ぴくりとも動かない体に違和感を覚える。

 

『アーディ!アーディ!』

 

 リオンの声。何だかすごく悲しそうな声で、みんなも悲痛な顔だ。

 

 どうしてそんな顔をしているの?

 

 予想に反して、私の口は動かず、ただヒューヒューと空気を切る音しか出てこない。

 何故かと考えを巡らせて、右腕の感覚が無かった。喉は燃えるように灼灼と熱く、右の眼は開かない。視界の端に溜まっている液体は私の身を浸していてとても鉄臭い。

 

 ……ああ、そうだった。私、闇派閥の拠点制圧に来てて……。女の子が…私は説得しようとして……そっかぁ。

 ……どんな状況なんだろう。みんな、大丈夫かな。迷惑かけちゃったよね。

 

『アーディが!アーディがまだあそこにいる!』

『…………ッ』

 

 お姉ちゃんも、リオンも、そんな悲しい顔しないで。……なんて、言えたらいいんだけど。ごめんね。勝手な事して。ごめんね。そんな悲しい気持ちにさせて。

 

『…………………っ!アリーゼ、行けぇ!脱出する!』

 

 お姉ちゃんがリオンを連れて行く。そう、それでいい。よくわからないけど、ここにいるのは危ない。私なんて気にしないで、みんなは生きて。

 視界は常に横向きで、まぶた位しか動かせないけど、どうか、無事で――。

 

 直後、大轟音が大気に轟き、崩落した建物の壁や天井が降り注ぐ。きっとみんなは逃げ切っただろう。みんななら安心だ。もう悔いはない。

 

 

 

――そんなの、嘘だ。

 

 

 

(…しにたくない)

 

 清々しくみんなを見送ったつもりだった。けれど、たった一人でこんな状況なせいで、弱気な私が顔を出す。そうなると、もう決壊した堤防の如く、ぼろぼろと私が零れ落ちていく。

 

(死にたくないっ…死にたくない死にたくない死にたくないっ…!……もっと、やりたいことがあった!……『暗黒期』だってまだ解決してない!もっとリオンと話したい!お姉ちゃんと一緒に居たい……!)

 

 開かれたままの瞳から涙が零れ落ちる。ぽろり、ぽろり。視界がぼやけ、拭おうとしても、体は微動だにしない。

 

―――届かない。届かない。その手も、言葉も。

―――残せない。残せない。私が抱いた正義も。

 

 瓦礫はどんどん積み上がり、私の場所以外で無事な所は無いみたい。ああ、もうおしまいか。生きたいと渇望する心は諦観を受け入れ、もうどうにもならない。

 

―――少し、瞼が重い。眠くなって来ちゃった。

 

 少女はそっと瞳を閉じる。瞼に押し出され、最後の涙の一滴が頬を伝う。

 

―――温かい(冷たい)温かい(寂しい)温かい(苦しい)

 

 

「―――助、けて……」

「ああ、了解した」

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 ちゅんちゅんちゅん。

 雲雀の気持ちのいいさえずり。

 朝日が燦々と煌めき、新緑の若葉が朝露を滴らせる。

 

 部屋の主――アーディは寝台の中で毛布に包まっている。ようやく春が訪れた始めたという時期な為、朝の寒さは中々厳しいものがある。……第一級冒険者なのに。

 

「アーディ、アーディ!起きなさい!発起人が寝坊してどうするんだ」

「う…う〜ん。おはよぉ…お姉ちゃん……」

「だからその呼び方は…まあ、今はいい」

 

 再三に及ぶ呼びかけにより、ゆっくりと目を開くと、ぐっと伸びをした。それだけで彼女の活発そうな瞳は輝きを取り戻し……窓から差し込む光に気がついた。

 

「お、お姉ちゃん今何時!?」

 

 先の寝ぼけ眼などどこへやら、飛び起きたアーディの顔は青ざめており、バタバタと支度を済ませる姿は実にそそっかしい。

 

「大丈夫、まだ予定の時刻まではある」

「え、…よ、よかったぁ〜」

 

 安堵の息。ほっと顔を弛緩させ、自らの寝台にもう一度倒れ込む。そんな妹を慈しむような、呆れるような目つきで眺めれば、こちらに顔を向けて輝く貌。いい意味で色気を感じさせないそれへと注意を促し、シャクティは室内を後にする。

 

 残されたのアーディはというと、早速寝間着からダンジョン用の荷物を漁り、バックパックへと詰め込んでいく。

 

「いつもの装備もあるよね、ポーション、携帯食料、野宿用のキットに……………うん!オッケー!」

 

 その大きく膨らんだバックパックを持ち上げ、少し駆け足気味に食堂へと向かう。

 

「みんなおはよー!」

「お、アーディさん!!おはようございますっ!」

「おはようございますアーディさん」

「その装備は?これからダンジョンへ?」

「うん。今日は久しぶりにリオン達といくからね」

 

 途中、すれ違う団員達とも円滑に言葉を交わし、食堂で軽い朝食を摂る。ガネーシャの激励?を受け取ると、あっという間に時は過ぎる。

 ホームの仕事を副団長のイルタと、他幹部に一任して向かう先はダンジョン上層。

 

 5階層のあるルームにその一団は居た。その二人組は体全体を覆い隠す様なフーデッドローブに身を包み、各々獲物は身の丈ほどの木刀と、優美な直剣。

 冒険者であるためこの様なローブを纏う者は見ることもあるが、やはり不審者然とした印象は拭えないだろう。しかし、アーディはその人影を確認すると姉を置いて走り出す。

 どうやら、相手もこちらを認識したらしい。

 

「リオンー!」

「アーディ!」

 

 勢いよく追突し、そのままもつれ込む。その衝撃でフードは剥がれ、彼女の本来の金髪が迷宮の光を浴びて輝く。

 『疾風』リュー・リオン。【アストレア・ファミリア】所属のLv5冒険者だ。

 彼女は飛び込んできたアーディに目を丸くし、少しして飛び退る。

 

「な、何をするのですか!」

「あはは、変わんないね。リオンは」

「え、ええ。そちらこそ変わりないようで。あなたの活躍は私達の耳にも届いています」

「えー、そう?」

 

 7年前の『大抗争』から時を経て、二人の関係は最早家族といっても過言では無いほどに親密になっていた。

 

「うーん、仲良きことは美しきかな、毎回思うけどリオンがあれだけ心を許してるのって私達以外ではアーディちゃんくらいなのよね。同じファミリアとしては触れ合った時間の差があるのに同じくらいってちょっとアレかな〜とか思うんだけど、シャクティはどう思う?」

「何故私に振った…」

 

 二人が再開を喜ぶ様を傍目で眺めるのは、両ファミリアの団長同士。燃えるような赤い髪を持つ、活発そうな女冒険者はアリーゼ・ローヴェル。同じく【アストレア・ファミリア】でこちらもLv5の第一級。しかし、自由奔放なアリーゼと少々真面目なきらいのあるシャクティとでは相性が悪いらしい。

 

 ダンジョンの内部を集合場所にし、姿を隠す真似をした理由とは、ずばり衆目を避けるためである。

 【アストレア・ファミリア】は5年前から活動休止……という事に表向きではなっているからだ。あくまで表向きにはと言う事で、一部のギルド職員やオラリオでも屈指の上位ファミリアの幹部クラスには知れ渡っている。

 

 さて、今回の目当ては単純な迷宮探索という訳ではなく、ギルドのクエストも兼ねている。

 

「『大樹の迷宮で見たこともないモンスターと遭遇した』ねえ」

「ああ、我々【ガネーシャ・ファミリア】の団員からも報告が上がっている。元々の目的地とも被っているからついでにこなしてしまおうと思ってな。頻繁には潜れないお前達には付き合わせてしまうようで悪いが……」

「いいのいいの!新種のモンスターなんて私がぶった斬っちゃうから!むしろ新しい発見がありそうで俄然わくわくしてきたわ!」

「アリーゼ…それはどうかと。…まあ、この面子で負けろ、というのも中層では難しいですが」

 

 リューの言葉も尤もだ。『大樹の迷宮』は中層でも屈指の難度を誇り、様々な状態異常に気をつけなければいけないが、それでも適正Lvは2上位。Lv5の冒険者が四人もいれば、過剰に過ぎる。

 

「それじゃ、行こっか!」

「ア、アーディ…。その、手を離して頂きたい…」

「あ!ちょっと、私がその役やるわ!そこ変わって!」

「………はあ、まったく、先が思いやられる」

 

 呆れと諦観を多分に含めたため息は誰にも拾われることはなく、ただ虚しく迷宮に消えていったのだった。

 

 

 

―――…

 

 

「いやぁ〜、まさか妖精があんな所にいるなんて!私がらにもなく興奮しちゃったよ〜っ!」

「柄にもって、あなたいつもあんな感じよね?」

「むっ…私だって真面目な時はちゃんとするよ」

「だといいのだけど」

「もー、信用ないなぁ」

 

 ダンジョン探索から帰ると、すっかり夜のとばりが降りていた後だった。

 今回の迷宮探索は交流と軽い依頼の達成の為、日帰りとなっている。勿論、到達階層も相応になっており、特にこれといった怪我や異常はない。

 依頼のあった、『大樹の迷宮』では、件のモンスターは見つかった。大きな芋虫型と、蝶の羽根が生え、緑の肌の小柄な人型。

 しかし、そのいずれもこちらに危害を加える事はなく、手を引かれて奥まで進むと、隠し通路に繋がっており、その木々に囲まれた空間ではそのモンスター達が集まって楽しそうに騒いでいた。その真ん中に、アーディにとっては恩人であるオベロンを捉えて質問する。

 

 曰く、生き残りの妖精をこの空間に避難させていたらしく、ここならば安全との事だ。隠し部屋は妖精の力により害意のある者は通さず、絶対安全を誇るのだという。

 そのとんでもない力にみなは驚愕し、アーディは妖精と出会えた事でテンションがMAXとなった。彼らは心優しく、人間の客と言う事でよくしてもらった。出される食事はどれも美味で、全てダンジョンのこの空間内でしか取れない希少な食材らしい。お土産にとそれぞれ頂戴し、ひとしきり遊んで帰った。

 

 そんな楽しい記憶に頬を緩ませ、夜でも喧騒の絶えない街並みをじっと眺める。

 視線の先では、酒場での楽しそうな笑い声が響き、道の端には眠っている子供をおんぶする父親の姿が見える。冒険者達は此度の探索の成果に、疲れた顔ながらも明るい。

 神様が集まって歩き、妊婦と老婆がのんびりと寛いでいる。家々からは光と談笑が漏れ、活気にあふれている。

 

「……平和だね」

「ああ、これもみなの尽力あってのみだな」

「お姉ちゃんもその主力の一端なんだよ?」

「それはお前もだろう。【アストレア・ファミリア】らと協力しあの『静寂』撃破にも立ち会っているのだから」

「うーん……でもあれ私いる必要あったかなって感じだし、撃破っていうとちょっと違う気もするけど…」

 

 少し顔を顰め、頬を描く。余所見していると、ドンと、足に小さな衝撃が伝わった。

 見れば、小さな少女がぶつかったらしく、手に掴んでいるソフトクリームは無残にも膝にくっついていた。

 

「あっ……ご、ごめんなさい…」

「むっ、娘が申し訳ありません冒険者様!すぐにお代を…」

 

 小柄なアーディとはいえ、少女からしてみればかなりの威圧感を齎す。怯える少女と、冒険者に迷惑をかけてしまった事に必死に謝罪する母親。もしも冒険者がこれに怒り、手を上げる様な事があれば、どう抗うことも出来ないことを知っているからこその態度。

 それに僅かな寂しさを浮かべるも、今にも泣きそうな少女の目に視線を合わせる。

 怒られると思った少女は咄嗟に目を瞑った。アーディはその手を取り、ヴァリスを握らせてニコリと笑った。

 

「ごめんね?おねえちゃんの膝がアイス食べちゃった。これでお母さんと一緒に食べてね」

 

 それを理解した少女はポカンと呆け、母親と共に謝礼を言いながら元の道に戻っていく。

 それを最後まで笑顔で見送った後、グウゥ〜と気の抜ける音が鳴る。

 

「えへへ。なんかお腹すいちゃった」

「……昼もいの一番に食べていただろうに」

「何だろ、成長期かな?」

「もう終わっただろ」

 

 お腹が空いている事を意識すると、途端に漂う匂いに惹かれてしまう。ふらふらふらふらと導かれた先にあったのは一軒のジャガ丸くんの屋台。バイトらしき低身長に見合わぬモノを持つ神が次々と揚げては並べていく。

 

「まだやってますか?」

「ん?ああ、全然大丈夫だよ。君達は冒険者かい?ダンジョン探索ご苦労さま」

「ありがとう女神様。まけてくれたりはしない?」

「ははは、ジャガ丸くんをまけてくれなんて頼む冒険者は初めて見たよ」

 

 そんな他愛のない言葉を交わし、手慣れたように二人分のジャガ丸くんを頼む。

 

「毎度あり!また来ておくれよ」

「はーい!」

 

 人当たりのいい笑顔を浮かべる彼女に送り出され、揚げたてのジャガ丸くんをシャクティへ渡す。シャクティはやれやれとでもいうかのように首を竦め、ジャガ丸くんへと齧り付く。

 

「…確かにうまいが、何味だこれは」

「新発売の『ジャガ丸くん〜初恋のほろ苦レモン味〜』だよ。お姉ちゃんにぴったりだね」

「私の初恋を勝手に苦酸っぱくするな!…いや、そもそも私にそんなものは無い!」

「行き遅れ?」

「ぐっ…」

 

 人目も憚らず、道の中央でじゃれる二人。酔っ払った人々がそれを眺めて酒を呑む。アーディは呟いた。

 

「……平和だね。お姉ちゃん」

「…さっきも聞いたぞ」

「うん。でも何回でも言いたい。ここはみんな笑顔で、みんな安心しきってる。夜中でもこんなに活気がある」

「……そうだな」

「……平和だね」

「何回言う気だお前は…」

「ううん、ごめん。でも、何だか嬉しくて」

 

 満面の笑みを浮かべるアーディと対照的に、呆れ顔のシャクティは苦笑し、ふと、アーディの髪を手ですいた。

 

「わ、何?」

「……いや、何でもない」

「えー、何々?何なの?教えてよー?」

「ええいうるさい!それよりも、もうホームにつくぞ?そのジャガ丸くんはさっさと食べきってしまえ」

 

 顔を赤らめる姉に顔を輝かせ、神々のいうだる絡みをするアーディを手で払う。そんな様子すらも幸せそうに噛み締めたアーディは、「はーい」と間延びした返事でジャガ丸くんを口に含む。

 

(あれ……?)

「?どうしたアーディ」

 

 

「―――味がしない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――視界が暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ…!はっ…はっ…うっ!は、あぁぁっ……!」

 

 意識が覚醒する。

 春の微睡みの様な幸福はこれで終わり。視界全体に広がるのは今までと同じ薄暗い石壁。無機質に変化のないそれは恒久の伽藍の堂。その只中に一人蹲っている。彼女は涙を流し、腹を抱える。

 

「ゔっ…おえっ、げぇ…お”ええええっっ…!ごっ、おぷぇっ…!ゔっ…ああぁぁぁぁっ、がひゅっ…ゲホッ…ゴホッ!」

 

 屈み込み、嘔吐。びちゃびちゃと吐瀉物が床を濡らす。水音が耳朶打つ。胃液以外に吐き出されたものはなく、腹には何も入っていなかったらしい。

 

「ぜえ…ぜっ……はあっ…!」

 

 端についた胃酸を手で拭い、あらゆる感情を押し込めたようなくぐもった声をあげる。

 

「うっ…うう…、ぐすっ、ひぐっ……ゔあ゙あ゙あ゙ああ゙ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッッ……!」

 

 夢だった!夢だった…!アレも、全部夢だった…!嫌だ。嫌だ。また、()()夢だったっ…!

 幸せないつか、あり得ざる夢想の悪夢。あの温かさに折れていたくなる。こんな辛い現実なんて直視したくない。ずっと、ずっと眠っていたい。

 ……いっその事、あの時あのまま死んでいればこんなことにはならなかったのかも知れない。……いや、それは私に尽くしてくれるオベロンに対する裏切りだ。あのヒトに助けを願ったのは私自身だ。知っている。時折申し訳無さそうに、悲痛な顔つきで悩んでいることだって。あのヒトには何度も助けられている。色々と便宜を図ってくれていることも知っている。

 でも、それでも、夢の様な未来があったかもしれないと想うだけで自分が酷く歪な存在に思えてくる。

 

……これを考えるのも一体何回目なんだろう。

 

 分からない、分からなくなってきた。でも、大丈夫。耐えるのには慣れてる。がんばって、押し込めて、笑顔を貼り付けていればいい。彼に余計な心労を増やさないためにも、私は笑う。大丈夫、もう少しの辛抱だと言っていた。

 ここを耐えれば、みんなにも会える。こんなローブなんかかなぐり捨てて、リオンや、アリーゼ、お姉ちゃんに【ガネーシャ・ファミリア】のみんなと再会出来るんだ。

 お姉ちゃん――あと少し、あと少しだけ、私に耐え忍ぶ力をください。

 

「会いたいなぁ……」

 

 アーディの暗雲の様な心境とは裏腹に、お腹がくうくうなりました。




は〜い!愚かな人類のみなさ〜ん、月の上級AIにして、人類滅ぼしちゃうタイプの小悪魔系後輩、BBちゃんですよ〜!
え、なんでいるのかって、ラスボス繋がりじゃないんですかね。私も詳しい事知りませんし、前書きにもガバガバ陰陽師いましたよね?
それじゃあ私から…ってちょ、ちょっと、何するんですか!…え?よくも騙したなって?
はい?何の事でしょう?私、騙したつもりはないんですけど。
いえ、だってこれ、あなた達が望んだ事ですよね?
そんなコトBBちゃんに言われても……。

だって、最下位はシャクティさんでしたよね?でも、シャクティさんって意外と愉悦展開には陥らないんですよねえ。
絶望的な相手にボコボコにされても全く折れないし、昔からの仲間が人殺しとかブラックリストに乗ってても、割と平気そうなんですよね。そりゃあ、人間ですからそれなりの悲しみとかはあるでしょうが、その程度じゃあ駄目だって事は確定的に明らかですもんね。

だ、け、どぉ〜?私、見つけちゃいました!
彼女、『アストレア・レコード』で妹が死んだ事には気にしてますし、泣いてますよね〜!これに、ビビッと来ちゃいました!
なら、この方が心に来ますよね?
キャハッ☆BBちゃんってば天才〜♡
あれ、どうしたんですか?何でそんな顔してるんですかぁ〜?
こんなルートが嫌なら……そうですね、シャクティさんが一位だったらこんな事にはなってないんですけどねぇ…。
まあ、もうムリなんですけど。まさしく後の祭りってやつですね、センパイ?

あ、高評価、感想待ってま〜す♡


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腫れた唇。憧憬と笑み

難産だった…。
あまりに遅いので、興味を失われた方もいらっしゃるでしょう。どうもすみませんでした。
ところで、前話のことですが…警告はしっかり前書きでしている筈なのですがねぇ…


「サポーター、かい?それはまた何で?」

「その、こんなことを言うのは失礼かもしれないんですけど……」

 

 時刻は夜、ベル・クラネルはオベロンに自らの雇ったサポーターに関しての相談をしていた。

 

「えっと、その子は犬人(シアンスロープ)の女の子なんですけど、何かを抱えているような気がするんです。距離感があるっていうか、自分以外を拒絶するような、いや……冒険者を嫌う、憎んでるっていうのかな…?こう…言葉では説明できないんですけど、とにかくそう視えるんです」

 

 何とか自らの脳から語彙を抽出し、言葉に押し込めて訴える。きっと、オベロンならば様々な観点から見てくれるだろうとの願望込みでだ。

 

「そうかい。…今から僕は君の求めるキレイな回答は出来ないかもしれない。でも、心して聞いてくれ」

「……」

 

 心なしかいつもより険の深い顔でゆっくりと言葉を紡ぐ。ベルはそう言われるであろう事は理解していた。僅かに顔を伏せてぎゅっと拳を握る。

 

「はっきり言って、その子とは直ちに契約を切るべきだ」

「…そうですか」

「ああ、聞いたところ、何か裏があるというのは分かっているんだろう?それに、先日ナイフを失くしたのだって、盗難として考えれば、別れた時間や状況から真っ先に容疑者としてあげられるだろう。容姿に関しては相当な変装技術や魔法なんかで説明もつく。変装だとしたら、流石に背丈は簡単に変えられないだろうから大分絞れるしね。その子の話だって、どれほど信じられたものか…。それに【ソーマ・ファミリア】所属ときた。騙されてポイならいい方で、下手したら何か危険な目に遭わされるかもしれない。まだ言い足りないけど、そういう事だ」

「………っ」

 

 分かっていた。分かっていたとも。彼女の視線には所謂、そういう感情が向けられていたし、ナイフだって物欲しそうに見ていた。

 自分一人なら何かの間違いと見過ごしていただろうが、こうまで並べられるとやはりそういう事だろう。

 それでも、彼女は何かに苦しんでいる様にも見えた。自分に見せている明るい顔でなく、時折覗く全てに諦観したような態度。あれがきっと彼女の素なんだろう。

 

「ただし!」

「え」

「もし君がそれを悟っても本当にまだ続けたい、関わりたいと願うなら、僕は止めないよ」

「オベロンさん…」

 

 お茶目にウィンクをして続ける。

 

「君は俗に言うお人好しって奴だ。時には疎ましく思われてしまうかも知れないが、その性質は紛れもなく善の方向にある筈さ。結局、君が模索し、君自身が選ぶことが重要なんだよ。事情を聞くのも、待つのも。それを知ってどう接するかも君が決めるんだ。騙されたって構うものか、何故なら分かって尚もついていったのだから。君がやるんだ。他ならない君が掴むんだ。君が目指すべき場所は何処だい?」

「お、オベロンさん…!」

 

 最後にピタッと左胸に指を指される。僕の心に聞け、という事らしい。……僕の心の声。誰も干渉できない潜在意識。脳裏に浮かんだあの顔に、僕はどうしたいと願ったのか。……そんなの決まってる。

 

「…僕は!あの子の、リリの助けになりたい!何であんな顔をしているのかも、本当に盗んだのかも全部知りたい!それで、僕に助けられるものなら力になりたい!向こうの事情なんか関係ない!これは僕がやりたい事だから!」

「…うん。いい顔だ。やはり君はそっちの方があってるね。君は割と馬鹿なんだから、一人で悩むよりも、誰かに聞くといい」

 

 一度吐き出してしまったら先程までうじうじと悩んでいたのがバカらしくなってくる。…というか、今さりげなく馬鹿って…。

 

「それで何があっても一つの経験、大人になる為に必要な事の一つ。よっぽどの事にはならないだろうさ。なんたって相手は【ソーマ・ファミリア】なんだから。どっちにしたって君は損をしないのさ!騙されたら必要経費!助けになったのなら誇ればいい!少々厚かましいくらいが丁度いい。なんたって、妖精王のお墨付きだからね!」

「はい!…ところで今馬鹿って」

「いやぁ、解決して何より!これは何か良いことが起こるかも知れないねえ!?それじゃ、僕はちょっと友人に会う予定があるからさらば!」

「あ、ちょ」

 

 僕よりも大きな背丈で駆け出すものだから狭い部屋の圧迫感がより増し、そこらに置いてあった神様の私物が散らばってゆく。

 一人残された僕は何をするでもなく出ていった先を眺め、ため息を一つ。良いことどころか、幸せが逃げていってしまいそうだ。

 

 

―――…

 

 

 

「魔法が、発現した」

「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 あれから数日、肝心のリリの抱えるものは未だ話してくれない。けれど先日、僕の方には新たな風が吹き込んできた。

 そう、魔法の発現だ。魔法というものにかなりの憧れを抱いていた僕は狂喜狂乱し、神様とオベロンさんを困らせてしまったけれど…。とにかく、僕だけの魔法が、必殺の一撃が出来上がったのだ。

 夜中、神様に内緒でやった試し撃ち。体を縮め(これにはとても驚いた)ポーチに入って着いてきてもらったオベロンさん曰く、詠唱がいらない魔法なんてものは見たことが無いらしく、本職の魔法使いからすれば反則と言われてもしょうがないらしい。ただ、威力が控えめという一言を頂いたが、そこは数や速攻性でカバー可能だ。むしろ基本ソロで戦う僕にはこっちの方が都合がいい。

 途中、アイズ・ヴァレンシュタインさんやリヴェリア・リヨス・アールヴさんとも出くわしたが、魔法を扱う際の注意や、精神疲労(マインドダウン)なんてものを教えて頂いた。……やはり、無闇矢鱈に撃っていた僕は子供っぽかったとのこと。穴があったら入りたい…!

 オベロンさんは一度体感しておいた方がいいとわざと言わなかったらしい。……覚えといてくださいよ…?

 

 そして今日、知りたくなかった新事実が発覚した。してしまった。

 

「……こ、これっ、魔導書じゃないか!?」

「ぐ、ぐりもあっ?」

 

 耳にしたことのない単語を聞き返すが、神様の顔は相当に青ざめており、冷や汗をかいている様から嫌な予感が沸々と湧き上がる。

 

「簡単に言ってしまうと、魔法の強制発現書ってやつだね」

 

 その本を抱え、だんまりと黙する彼女に変わってオベロンさんが続ける。

 聞いたことはない、けれどその内容ははっきりと理解出来る。

 神様は本の内容をパラパラと流して見て、ようやく固い口を開く。

 

「『発展アビリティ』なんて言っても…ああ、知ってる?そうかい、ならいい…いや、よくはないんだけどさ。とにかく、『魔導』と『神秘』っていう希少なアビリティを両方併せ持ち、かつそれをかなりの高みにまで鍛えた者だけにしか作成できない、そんな超貴重な魔道具なんだよ」

 

 二種類の発展アビリティ…つまりは最低でも二度のランクアップ、即ちLv3以上でかつこの二つを持っている人物の著作。世界的に見てもかなりの貴重品であることは想像に難くない。

 壊れたような薄笑いを浮かべて石化する。

 

――これ、誰かの落とし物だ。

 

 場所は『豊饒の女主人』。冒険者は多数訪れるし、【ロキ・ファミリア】の様な所まで集まる酒場。……ともなると、魔導書が何故あったかという疑問は氷解し、代わりにとんでもないことをやらかしたという実感が出てくる。

 

「ね、値段は…」

「残念ながら、一回だけの使い切りで、【ヘファイストス・ファミリア】の第一級装備と同等かそれ以上。大手ファミリアでもおいそれと手は出せない値段さ」

 

 僕はそんな貴重品をネコババした挙げ句、そんな高価な代物を台無しにしてしまった事になる。

 

「す、直ぐに謝らないと……!」

 

 嫌な汗がぶわっと吹き出し、急いで事情を説明しに行こうと魔導書を掴み……ヘスティアが離さない。

 何かの間違いかともう一度引っ張ると、血管が浮き出るほどの力で抵抗する。その細腕のどこにそんな力があるのやら、慈母の如き微笑みを浮かべながら全力で抱え込む姿は初見では何が起こっているか分からないだろう。もちろん僕も分からない。

 

「あの、神様?手を離してください…?」

「いいかい?君は本の持ち主に偶然会った。そして本を読む前に持ち主に直接返した。だから本は手元にない、間違っても使用済みの魔導書なんて最初から無かった……そういうことにするんだ」

「黒っ!?黒いですよ神様!?」

 

 何言ってるんですか本当に!?

 

「いや、それは良くないと思うよ」

 

 …!そうだ!まだオベロンさんがいた!オベロンさんなら神様よりも客観的に物事を考えられる筈で…

 

「それじゃあ本来の持ち主が聞いてきた時にバレる。だから、この本を手に帰路に着いたベルくんは、それを魔導書だと見抜いた良からぬ輩に盗まれてしまった。慌てて追うが、相手はLv1のベルくんではとても太刀打ち出来ず、魔導書だなんて気づかなかったし、ローブで姿もよく分からなかった。……こっちならベルくんの罪がかなり軽くなる。相手も納得してくれる筈だ」

「それだ!」

 

 それだ!じゃないですよ!?本当に何やってるんですか二人して!?クソッ、オベロンさんまで加勢してきた!

 

「ベルくん、世界は君が思ってる程きれいじゃないんだっ……!」

「そうだそうだ!神や妖精なんかより気まぐれなんだぞ!?」

「変に名言っぽく言わないでくださいよ!?どのみち他の神様連れてこられたらバレるんですってば!」

 

 結局、力が緩んだ一瞬の隙をついて引き剥がす。

 二人は惜しそうな顔こそするものの、奪い取ろうとはしない。どうやら、好きにしろという事らしい。

 いや、オベロンさん、さり気なく引っ張らないで…。

 

 

 そうして、【ヘスティア・ファミリア】の魔導書騒動は終わりを告げた。結局、素直に持っていったら女将さんに叱責され、罪の意識は消え去ったのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 金色の旋風が迷宮を駆ける。時折聞き込みに止まることはあれど、その素早さは翳りを見せない。

 アイズは今、先日のレベルアップで更に増した敏捷性を以てダンジョン上層を駆け回っていた。理由はエイナと名乗るギルド職員の依頼を受理したからである。

 昨夜にも、『黄昏の館(ホーム)』に客人として訪れていた彼女は、あの白髪のヒューマンの担当アドバイザーだという。どうか助けてほしいとの依頼をアイズは受諾した。

 その程度の事ならば、今日一日特に用事もないのでと引き受た。何より、自分としてもあの白髪の少年にはどこか不思議な印象の冒険者。

 

 初めて会った時はどこか懐かしい雰囲気の彼の側にいた、何処にでもいる低級冒険者。かと思えば、翌日には絶対に敵わないベートさん相手に震えながらも啖呵をきる威勢を見せた。

 それが単なる強がりではなく、覚悟と実績を伴っていた物でもあった。一昨日の夜、ダンジョンからの帰りに見かけた彼は、最初とは見違えるほどにアビリティが成長していた。

 ただ一つの能力値だけを常に鍛え続けたとしても、この短期間でそこまでの領域に到れるかといえば、首は横に振らざるを得ない。それが、恐らくはほぼ全アビリティだ。それに、魔法も発現していた。超短文詠唱のレアマジック。

 

 あれだ。あの輝きは何というのだろう。もやもやする様な、ぽかぽかするような…。でも、強くあろうとする意志が見えた。昔の、ただ強くなるためだけに生き、人形の様に無機質な私とは違う。体ばかりが強くなり、心が脆い私とは違う。弱くとも、誰かの為に怒れる人だった。

 

 …どうしてそうあれるのかを、私は知りたい。

 

「白髪のヒューマン?……そういえば、少し前に見た気がする。確か、サポーターと一緒に8階層の方に…」

 

 Lv6の走力をふんだんに使い、あっという間に階層を走破するアイズ。しかし、先の目撃例であった8階層にも、その先の9階層にも白髪の影はない。

 

(まさか――10階層?)

 

 必死に捜索を続けてきたアイズの胸に初めて疑問が生じる。

 確かに強くなっていたのは確信した。驚くべき成長速度と絶え間ない努力が見え、一時は納得していた。

 しかし、これは余りに速すぎる。レベルアップの世界最速記録持ち、それもファミリアのサポートも手厚かったアイズですら、半年はかかった道のりだ。それをいくら努力しているとはいえ、半月で?いくらなんでもありえないと理性が訴えるも、心の奥底では幼いアイズがすごいすごいと讃える。

 

 入り交ざる困惑と興味により思考を働かせ、頭を降る。今はそんなことよりも捜索する方が優先される。

 

 やがて、階層間を繋ぐ階段を下り終え、10階層に到着する。最初の広間を飛び出すと、その先に立ち込めるのは白い霧だった。

 視界を妨げるこの霧はダンジョン上層における『迷宮の陥穽(ダンジョン・ギミック)』の一つと言っていい。充満する白霧は方向感覚や視界を奪い、モンスターの察知を鈍らせ、下位冒険者を苦しめる。人の探索が難しくなった環境に、アイズは鍛えられた聴覚を最大限に活用し、件の人物の痕跡を辿る。

 

「――っ!」

 

 聞こえた。モンスターの雄叫びと、激しい戦闘音、そして人の咆哮が。

 荒くれ者の野太い声ではなく、聞き覚えのある高い声音だ。理解したと同時、アイズは転身した。道中のモンスターは一呼吸に斬り捨て、音の出処である広間へと出た。

 ひろびろとした空間には枯れ木がまだらに立し、中央付近では複数の影が入り乱れて暴れている。

 

 インプやオークなどの多様なモンスターは何かに引き寄せられるように集い、その度に血飛沫を上げていく。

 

「こうして、こうだ!――【ファイアボルト】!!」

 

 次の瞬間、裂帛の気合と共に魔法が放たれ、炎雷が霧の海を切り裂いた。見開かれた金の眼に写ったのは、多数のモンスターを相手に一歩も引かない、どころか攻め立ててすらいる白髪の少年の姿だ。

 

 ――間違いない!

 そう確信すると同時、少年の無双ぶりにアイズで以てしても舌を巻く。体さばきは我流なのか、見たことのない動きや連携が絡み、一挙手一投足においてもモンスターを薙いでゆく。例の超短文詠唱の魔法はカバーと距離の離れた獲物に的確に放ち、それを複雑な動きの中で完成させている。

 

 正直に言って、このレベル帯ではあり得ない程の動きを見せていた。低級冒険者は【ステイタス】は勿論、それ以上に動きが拙い者が多い。いわば、身体能力によるゴリ押しをする者が多いのだ。……これが、オラリオの冒険者の内半分がLv1で止まっている原因だ。上手く動けないから、自分より僅かでも強いと途端に敵わなくなる。自分より弱い敵としか戦わないから、能力値が上がらない。

 

 …しかし、この少年はどうだろう。

 恐ろしいほどのスピードで成長し、その短期間で上がった身体能力をここまで使いこなしている。10階層に到達出来る『アビリティ』を持っていたとしても、ソロで、かつあそこまでに集まったモンスター相手に立ち回れるLv1がどれほどいるのだろうか。

 

「はあああああああああああああぁぁ―――っっ!!」

 

 驚愕に打ち震える間にも、少年の攻撃は止まらない。オークの攻撃に合わせて大きく離れると、Lv1とは思えない走力で駆け回り、もう一度魔法を放つ。直線上に放たれていたはずの魔法は枝分かれし、一度に多数のモンスターを塵へ帰す。

 

 何故か、と疑問を呈し、視界の端にきらりと光が反射する。

 

(――糸?)

 

 そう、今の走破で導線を引き、再度の魔法で拡散させる事に成功したのだ。

 確か、魔法は二日前に発現したばかりの筈。応用がかなり早い上、攻撃魔法に何でもないただの道具を合わせる発想など思いつかなかった。私の【エアリアル】は付与魔法(エンチャント)である為、最初からいくつかの物に応用出来たが、それでも武具程度。純正の魔法使いならば考えすらしないだろう。

 

「……すごい」

 

 思わず、といった様子で称賛が漏れる。あの少年はどれほど努力したのだろう。どのような気持ちで戦っているのだろう。疑問は堰を切ったように湧いて出る。

 しかし、呆けているのも束の間、ハッとすべき事を思い出したアイズは愛剣を振るいモンスターを蹴散らしてゆく。

 何やら、この少年は急いでいる様子。それも、このモンスターすら放って置きたいほどにある道へと固執している。必死な表情は身の危険を危ぶむものでなく、あの時と同じ誰かの為の輝きを伴っている。ならば、やる事は一つだろう。

 

「シッ――」

『グギャアッ!?』

 

 彼の周囲に集る怪物を嵐を感じさせる剣戟で肉塊へと変え、道を切り開く。予想外の援軍に、振り返った少年は驚きに目を大きく見開いた。

 

「ア――アイズ・ヴァレンシュタインさん!?」

「……行って。何か、あるんでしょ?」

「な、何でそれを」

「そんな目をしてたから?」

 

「え…」

「……ここは私がやるから。行って」

「あ、ありがとうございます!」

 

 少年は告げると、速やかに件の穴へと走り込む。そんな彼を背後から狙わんとする不届き者を両断し、そこを境界としてただの一歩も通さない。

 事情は分からないが、助けになれただろう。そう安堵し、背後から声が届いた。

 

「ありがとうございました――また後で!」

「―――!……うん、また後で」

 

 ――人形にも喩えられる幼き美貌に、柔らかな弧を描いていた事には、終ぞ気が付かなかったのである。




リリ編はカット!悪いけど、これから先を進めるためにもここに時間をかけていられないんだよね。
許して…。許して…。許し亭許して…。
この作品がちょっとでも面白い、いいなと思ったら、感想、高評価よろしく!(You ○uber風味)


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それはもう、虐めなのでは?

今回ちょっと短いかも

〈2021/11/04 17:24追記〉

最後の方を整えました。投稿した当時は頭が働かず、おかしな感じになっていたので


「オッタル。あの子、また強くなったわ」

「重畳、ですか」

「ええ」

 

 薄暗い室内、都市のすべてを見渡せるかという高台に位置する摩天楼施設(バベル)最上階。魔石灯の明かりが蝋燭のように仄かに揺れる中、フレイヤは静かに口端を吊り上げた。

 あまりに美しすぎる女神の言に答えるは、筋骨隆々の武人。オッタルと呼ばれた猪人(ボアズ)の彼は、敬愛する主神の意を組み、ただそこにあり続ける。

 

「見違えたわ。【ステイタス】は勿論だけれど、それ以上に魂の輝きが洗練されたわ。魔法という切っ掛けを一つ手に入れただけなのに……。かつては見えた淀みも、いつの間にかあの子の心を燃やす燃料になっているようだし。…どうしてかしら?」

 

 若い白ワインを月夜に照らし、乱反射する光が水面にきらめく。かと思えば、淡く瑞々しい桃色の唇をグラスにつけた。

 そのワインには深みや味わいといったものは感じられないが、フレイヤはそれがいいとでも言うかのように愛おしく眺めている。

 

「…恐らくは、人間として、男として目指すべき場所を確定させたのでしょう。ならばこそ、何かに執着する事を無駄だと断じたのかと。…確固たる信念を持った相手は油断なりません」

「あら、そう?まああなたが言うのならそうなのでしょうね…」

 

 玉体が宙に晒される。ワイングラスをテーブルに置き、静かに瞳を都市へ向ける。

 

「ただね、オッタル。一つだけ解せないことがあるの」

「…解せないこと、とは?」

 

 珍しく表情を歪ませたフレイヤ。常より微笑と余裕を絶やさない主神に、武人は何かを感じ取る。

 

「何ていうのかしら…予知じゃなくて、虫の知らせ…とも違うわね。予感……。そう、予感。嫌な予感がするのよ。順調に育つあの子はいいの。でも、何かそれが恐ろしいものを起こしているんじゃないかって、ふふっ。神らしくは無いわね」

「…フレイヤ様」

 

 そう告げるフレイヤは、自分でも分からないと不思議そうに首を傾げる。

 

「貴女が何に懸念を抱いているのか、矮小なこの身には分かりかねますが、もしその様な事が起こった場合、我々は貴女の為にこの身を尽くすと。貴女の不安を取り除くと、そう誓いましょう」

 

 フレイヤからすれば軽い小噺程度のつもりだったのだが、生真面目に答えた眷属にくつくつと笑う。

 

「ええ、ええ。いいわね。貴方の事がよりいっそう愛おしく思えて来たわ。でもねオッタル。そこは我々、ではない方がいいわよ。特に女性に言う場合にはね?」

 

 そう投げかけると、オッタルは巌の様な顔を朱に染め、恥ずかしそうに耳を伏せる。

 

「そうね、でも、いいかもしれないわ。私の不安を取り除いて頂戴?その為にも、今回は貴方に任せるわ」

「はっ」

 

 オラリオから立ち昇る光は地を照らし、星空が夜暗を彩る。地を這う人々はそれを見上げ、風流を感じた。けれど、銀月は見えず。

 どうやら今日は新月の様だ。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 日も出ない程の早朝、都市の外壁上にて、金属音が鳴り響く。

 金の髪を靡かせ、苛烈な打突を幾度も繰り返す。相対する白兎はこれまた器用に手足を滑り込ませ、軽減を繰り返す。

 連携が途切れ、ここが好機と前に飛び出す。姿勢は低く、下からの突上げを狙っているらしい。

 

 しかしそう上手くはいかない。即座に薙ぎ払うように脚撃が繰り出される。これを躱すのは不可能と判断し、前のめっていた体を引き戻し、両手を重ねて受ける。同時、石畳を蹴り飛ばして背後に飛ぶ。

 

「があっ!?」

 

 しかし、それでも相手は第一級、加減されているとはいえその威力は黙して然るべきだ。

 威力は軽減されたが、その分だけ遠くに飛ばされる。ベルは受け身を取ることも許されず、石壁に叩きつけられた。

 

「うっ……痛てててて…」

「ごめんね…大丈夫?」

 

 背中を擦るベルに、アイズ心配の意を投げかける。

 先の模擬戦は動きも良く、咄嗟の判断も出来ていた。しかし、予想よりも上手かった為に、アイズも手加減をほんの一瞬だけ止めてしまった。

 勿論、当てる前に威力は殺したが、今までよりも重い一撃であった事は確かだろう。

 

「さっきのはすごく良かったよ。攻守が両立出来てたし、冷静に場を見極めてた。……同レベル帯なら、もう負けることは無いんじゃないかな」

 

 破格とも言える評価。しかし、それも贔屓目に見ているわけではない。アイズは当初、軽い指導を行う予定だったのだが、ベルたっての申し込みで実戦形式となった。

 当然、双方共に動き回るし、容赦のない攻撃が交わされる。どれもがベルにとっては致命の一撃足りえ、あらゆる全てにおいてベルよりも遥かに格上。気絶したら即叩き起す。その様なイジメにも近しい稽古を何度となく繰り返してきたのだ。

 

 その結果。ベルのあらゆる技能は大幅に向上し、気絶するまでの時間が伸び、そしてとうとう、今の一戦では最後まで意識を保っていた。

 修行開始から既に二日経過しているが、あまりの適応力にアイズは舌を巻いていた。何故ならば、模擬戦はLv2を相手している感覚で行っていたが、回を追うごとに欠点が修正されていくのだ。これで退屈しろと言う方が酷だろう。

 彼女は彼女なりに楽しんでいたのだ。

 

「一旦、休む?」

 

 流石に堪えただろうとジャガ丸くん片手に呼びかけると、ベルは慌てて飛び起きた。

 

「まっ、まだまだ!ご指導よろしくおねがいします!」

「…うん、分かった」

 

 更なる意欲を見せる少年に、用意したジャガ丸くんをしょんぼりさせながらしまい込むとアイズは笑顔で剣をとった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 再度開かれた模擬戦。先の疲労が色濃く残っているだろうに、ベルはそのポテンシャルを遺憾無く発揮していた。これも訓練の成果であり、ペース配分が上手くいっている証拠だ。 

 ぶつかり合い火花を散らす戦いを、影から眺めている者がいた。

 

「そこっ、あっ!そう、そうやって…そこで腕!違っ、そこは駄目っ………ああやっぱり!」

 

 山吹色の髪とエルフ特有の尖った耳が特徴的な彼女。名をレフィーヤ・ウィリディスという。

 アイズと同じく【ロキ・ファミリア】所属の彼女が何故この様な野次馬染みた真似をしているかというと、二日前まで遡る。

 

「アイズさん…こんな朝早くから、どこへ……?」

 

 偶然ホームから抜け出すように出ていったアイズの姿を捉えたレフィーヤは、その不審な素振りと合わせ、すわ迷宮探索に向かうつもりだろうか、と慌てて後を追跡する。

 

 しかし、アイズの姿を途中で見失い、何かしら知っているだろうヒューマンの少年にも振り切られ、気分はすっかり沈んでいた。

 長時間の全力疾走にLv3の体力も底をつきかけ、ダラダラと汗を流しながら彷徨っていた。今はこの肌寒い冷気が心地良い。

 

 やがて、レフィーヤの耳は寒空に強烈な打撃音が響いている事を捉えた。

 

(何の音…?こんな早くにこんな場所で…?)

 

 余りに重いものだから、不審に思い恐る恐る除くと、そこには壁に叩きつけられる白兎の姿が。

 

(ア、アイズさん…何を…??)

 

 対する人物は記憶に新しい。数週間前にベートさんが罵倒してしまっていた少年だ。私自身、不謹慎とは思っていたものの、特にこれといった悪感情は抱いていなかった。……本人がそこにいるとも知らずに。

 少年自ら名乗り出た時には、他複数の団員と共に恥じ入ったものだ。

 その後の啖呵も無謀と言えば無謀。蛮勇と言われればそれまで。出来もしない約束を一方的に結んだ挙げ句、自殺に近い迷宮探索にまで駆け出していた。けれど自分に足りない何かとはそれなのだと、そう感じたのだ。

 

 しかし、それとこれとは話が別。憧れのアイズさんに鍛えてもらうなんて羨ま…もとい別派閥なのに図々しい。

 そう思い怒りと嫉妬を滲ませていたが、倒れ込むベルに容赦なく追撃を加えていくアイズの姿を見て思考が停止する。

 

(ん?)

 

「そこで蹲るのは駄目、攻撃してくださいって言ってる様なもの。もう少し離れるか、次につなげる行動をとって」

「あぐっ、はがっ!?はっ、はい!」

 

 既にボロボロの少年が答える時間すらも許さず、この会話の合間にも痛烈な打撃音が体から発せられる。

 正直、傍から見ていたらただの暴行現場だと言われた方が納得出来る。傷ついた体に鞭をうち、果敢に攻めかかるベルにもまるで情の欠片も無いような連撃を繰り返す。よくみれば、急所にもいくつかの当たっている。

 そしてベルもなまじ根性がある為、起き上がる度に動きの精彩を欠き重い一撃を食らう。

 

 それは後衛とはいえLv3のレフィーヤから見ても絶対に巻き込まれたく無い暴嵐の乱打であり、自分だったらあそこまで起き上がる真似はしない。絶対、途中でリタイアしている。

 

(どうしてそこまで…)

 

 ただの努力としては異常極まりない程に苛め抜くそれに、真っ当な疑問を持つレフィーヤ。こんな訓練をしていれば、いつか死んでも可笑しくない。そう感じさせる程の迫力に恐々とし、はたと思い至る。

 あの時、ベートさんに啖呵を切ったとき、何と言っていたか。

 確か、『絶対強くなってやる』と言っていなかったか。

 そう、少年はあの宣言に妥協を許さず、ベートさんに認めさせる程に強くなろうとしているのだ。

 何という信念、何という素直さ。

 

 そうと分かれば、羨望の感情は消え失せた。アイズに構ってもらっているという嫉妬こそ普通に残っているが、あまりのフルボッコ加減に同情が強まったらしい。

 

 そして暫く眺めていると、少年の動きが変わった事に気付く。先の指摘を活かし、更には即座に応用してみせた。

 しかし、それでも壁は高い。今度はカウンターをまともに受け、再度蹲る。続く追撃、流れは先程と同じ。しかし、今度は脳天に振りかぶられたそれを手甲で受け流す事に成功してみせた。

 

(すごい…)

 

 率直に言えば、魅入っていたのだろう。リンチよりも酷い過酷なものであるが、諦めずに何度も立ち上がり、反省を即座に活かす。そんな青臭い努力は、彼女の瞳には好ましく写っていた。

 

 それからというもの、妙に気になってしまい、連日ここに通ってしまっているのだ。

 

「ああもう、そこは踏み込みを軽くして受け止めた方が響かずに済んだものを……」

「いや、でもあの体であそこまで動けたことを褒めるべきだ。それ以上を求めるのは酷と思うけど」

 

 痛烈な一撃により気絶したベルを尻目に、傍観者達は今の一戦の感想と改善点を語り合っていく。

 

「それは分かってますけど、やっぱりこう、あそこまでいったならもうちょっと粘って欲しかった気も…。流石にアイズさんの攻撃を受けきれとは言いませんけど、もうちょっとやりようはあった筈です」

「ああ確かに、今回は上手くいってたから油断したんじゃないかな?そうだね、そこの観点から見ればあそこは一回フェイントを掛ければ良かったかもね」

「それは駄目じゃないですか?アイズさんは多分引っ掛からないどころか、むしろ前に詰めてきますよ?」

「いや、その後、防いだ後さ。確かに態勢は崩したけど、あの時点で右に動こうとすれば、きっと無茶な逃げ方を叱る為に右脚を出しただろう。そこに一撃いれる事が…」

「…成程、下手に仕切り直すより接近した利点を使って速攻を仕掛けることも…」

「おっと、ベルくんが起きた。次はどう出る?」

「うーん…多分、今度は低姿勢からの突上げ…に見せかけた体術じゃあ…」

「しっ…声が大きい。僕達が見ているのは秘密なんだから、もうちょっと抑えてくれ」

「あっ、すいません、不注意でした…」

 

 さあ次はどうでるかと頭を働かせ……はたと、気付く。自分は仲間を連れてきていただろうか?否、一人だった筈だ。

 ならばこの声は一体…?恐る恐る振り向くと、これまた怪訝そうな顔をした、子供の様な、大人の様な容貌の男性と顔を見合わせる。

 当然、知るはずもない。

 

「「誰だい(ですか)君(あなた)っっ!!?」」

 

 正直遅すぎる気がしなくもないが、二人は瞬時に背後へと飛び退った。オベロンとレフィーヤは声を張り上げ、一体何者なのかと口を開こうとし―――

 

「オ…オベロンさん…?」

 

 横から声が差し込んだ。

 

「何で、レフィーヤが…?」

 

「「あ」」

 

 騒いだせいであっさりと発見され、すごすごと、格好のつかない登場を果たした二人であった。




予想よりもこれに文字を使ってしまった…。
ミノくんは強化しないとアカンよね…。
これを面白いと思ったなら高評価、感想お待ちしております。


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妖精王の施し

オイオイ、ビーストが狩られてるのかよ。傑作だな。


「ぜああぁぁぁぁぁ―――っ!」

「……脇が甘い」

「わざとっ、ですっ!」

「んっ…!」

 

 またも、早朝に剣戟が響き渡る。二刀のナイフを巧みに扱い、ブラフやフェイントを織り交ぜながら攻めたてるベル。対するアイズはその場から一歩も動かず、ただ淡々と襲い来る斬撃を防いでいた。

 両腕を大きく振り切ったベルに出来た隙をつき、的確な刺突を叩き込もうとするが、それは狙いを絞る為に見せたもの。見事誘い込まれたアイズは思わず瞠目した。その間にも、双翼の一撃が迫る。右から迫りくる短刀をひらりと躱し、紫紺の軌跡を描くそれを左腕で防ぐ。

 

 ベルは渾身の一撃を容易く防がれ、ちょっとだけ自信を喪失しそうになる。そして瞬きする間も無く、腹に鋭い蹴脚が浴びせられる。

 

「ゔっ…!?」

 

 鳩尾に突き刺さった強烈無比な一撃に、嗚咽を漏らしかけるが、ベルは崩れない。どころか、それを見越していたかのように左手の短刀をアイズの顔目掛けて投擲。

 

 最後の悪足掻きかと、顔を傾けて避けるアイズは、横腹へと一直線に突きこまれる黒刃を見た―――。

 

 

「はい終わり。流石にこれ以上は看過できないな、僕は」

「アイズさん大丈夫ですか!?」

 

 勝負は決まった。白髪の少年は痣と傷だらけで倒れ伏すが、一方の少女は全く堪えた様子は無い。どちらが勝ったかなど、誰がどう見ても明らかだが、両者の表情はまるで正反対だった。

 

「まだ…負けてないです」

 

 アイズは終わりの号令をかけた存在――オベロンへと頬を膨らませて抗議するが、まるで意に介さない。

 

「いーや。最初からルールは決めてただろう?アイズはベルくんの戦闘不能で勝利、ベルくんはまともな一撃を加えたら勝利。今の一手、君は防御出来なかった。もしも同レベル帯…一つ上でも、露出した左脇腹――心臓を穿かれていたよ。今回はベルくんの勝ちだ」

「………」

 

 やはり負けず嫌いなのか、ムッとした顔は崩さないものの、自身もそうだと感じていた。

 

「ア、アイズさん…その、お怪我は…?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 レフィーヤが心配するのはアイズの柔肌。

 今のアイズが身につけている装備には、側面は防具はおろか、衣服も着用されておらず、いかにも軽戦士といった雰囲気を醸し出している。

 

 その様な構造になっているので、いくらLvが1とはいえ、その最高峰にまで至っている冒険者による渾身の一撃は心配になるものだ。

 しかし、いざみてみれば傷一つない白磁の肌が除くのみであった。

 

「君は…」

 

 オベロンに抱えられ、ゼイゼイと息を整えるベルを眺める。

 アイズは確かに見た。猛烈な勢いで迫る刺突が当たるその直前、皮膚に当たるその前に押し留められたことを。

 

 手加減されたのか。力の差は歴然だというのに。たとえ当たったとして、如何程の傷になろうか。ともすれば安価なポーション一つで傷跡も残らない程の傷が関の山だろう。

 もしかすると、そこが強さに繋がっているのだろうか。私には無い、格上の敵対者にも見せる優しさ。うん、聞いてみよう。

 

「…ねえ、……ベル、くん」

「………???は、はいっ!?なんで名前を!?」

「………嫌だった?」

 

 勇気を込めて呼びかけられたそれにベルは驚きふためく。

 アイズからすれば、なんだかんだで親交のある少年へいつまでも『君』呼ばわりでは格好がつかないのと、踏み込んだ質問をする心の現れである。因みにこの呼び方になった原因は、アイズの知る中ではベルと最も親しいオベロンに倣ったものである。

 

 その反応にそれほど嫌だったのかと静かに一人ショックを受ける。

 

「あっいやっ、嫌だとかそういうのじゃなくて、何で急に言ってきたのかな、と…」

「……仲良くなりたいから?」

「何で疑問形なんですか…?」

 

 やっぱり天然だ…とどこか遠い目で見つめるベルに対し、喉元に置いていた言葉を投げかける。

 

「ベル…くんは、どうして強いの?」

「うぇっ?」

 

 高嶺の花、目指すべき境地の一つにそう問われて、意味の分からない言語を返すベル。質問の意図が分からなかった様だ。

 

「え、ええっと…僕は、まだ全然強くないですよ。出来ない事だらけで、いろんな方にも迷惑をかけちゃってますし…」

「……違う」

 

 実際、Lv1ではどれだけ強かろうと、ただそれだけで大多数の中に埋もれてしまう。しかし、アイズはそんな事を聞きたいのではない。強くある精神性に触れているのだ。

 

「さっき、私に当てないようにしたよね。防御出来てないって分かったから?……手加減、したの?」

 

 バレてたんだ…とバツが悪そうに黙り込むベル。アイズの追求は止まらない。

 

「君にはそんなに余裕はなかった様に見えるし、当たってもレベルの差がある。…どうして?」

「あ…そのぉ…わ、笑わないでくださいね?」

「うん」

 

 しどろもどろと恥ずかしそうに指を合わせ、上目遣いに口を開く。

 

「その、女の子だから…ですかね」

 

「女の子だから……?」

「か、格上の冒険者相手に、そんな事を……?」

「嘘だろ。本気で言ってる。……でも成程、ベルくんらしい」

 

 語られたそれに三者三様の反応を見せる。

 困惑、呆れ、納得の三つの視線に晒され、カッと赤面するベル。それに耐えられないというようにペラペラと聞かれていない事まで語りだす。

 

「だ、だって、おじいちゃんには女の子には優しくしろって言われてるし、アイズさんの肌ってすごく綺麗じゃないですか!も、もし結婚とかする時に、ウェディングドレスも似合いそうなのに、傷なんてつけられませんよっ!?」

 

 兎のように円な深紅の瞳はぐるぐると回転し、プシューと、煙を上げてショートする。

 

「ア、アイズさんの花嫁姿……」

 

 レフィーヤも吊られ、二人して頬を赤らめて身をよじりだす。結局、肝心な強さの秘訣もよく分からなかったアイズはこてんと頭を倒したのだった。

 

「ハハハハ、やっぱり君は面白いね」

「ちょっ、笑わないって言ったじゃないですか!?」

「君が言っただけで、僕は誓ってないからノーカンノーカン!細かいこと気にしすぎるとモテないぞ?」

「ズルいですよそれぇ…」

 

 そんな風に戯れる二人の関係を羨ましいと思い、ティオナ達との関係を思い出す。

 

(そっか…私もこんな風に見えてるんだ)

 

 分かっていたつもりであったが、やはり嬉しく思う。当たり前のように触れていたそれが、何よりかけがえの無いものだと、今更ながらに強く、強く心に染み込んだのだ。

 

「…レフィーヤの方は、どう?」

 

 ふわふわとした暖かい気持ちに顔を緩め、同じく修行の身であるレフィーヤの成果を尋ねる。

 その一言で我に返ったレフィーヤは、恥ずかしげに目を伏せる。どうやら並行詠唱の練習は上手くいっていないらしい。

 

 何故この場で並行詠唱を鍛えているのか、それには三つ理由がある。

 まず一つに、ベルを鍛えてもらっているお礼だ。親交が深いファミリアであっても、この様な機会はほぼない。借りばかりを作るのも悪い…というより面子がたたないので、交換条件の様なもの…ということにさせて貰っている。無論、後付けだ。

 

「いやいや、レフィーヤの筋はいい方だよ。こんな場所で出来る訓練にしてはね」

「そう…、ですか」

 

 並行詠唱の訓練を一体どこで行っているのか。

 元々、並行詠唱とは魔法に必要な魔力を編みながら戦闘に意識を向ける高等技術であり、固定砲台である魔法使いが移動砲台に進化する要の技だ。これが行えるというだけで魔法使いの中では相当な上位に君臨している事は間違いなく、当然、彼女の師たるリヴェリア・リヨス・アールヴ(都市最高の魔法詠唱者)も習得している。

 

 しかし、高等技術と呼ばれるのには理由がある。

 それは単に難しいというのもあるのだが、練習の機会に恵まれないという事でもある。

 

 まず、この世界の魔法についておさらいしてみよう。

 魔法とは、下界の種族が持つ可能性の欠片。必殺の一撃にして絶世の神秘。その種類は個人差が激しく、魔法の詠唱、効果は千差万別である。共通点とすれば、基本的に強力な魔法というものは決まって詠唱時間が長く、込められる魔力も多大なものになるという事。

 

 故にこそ、詠唱に時間をかける魔法使いだが、ここで先の並行詠唱が出てくる。

 当然、棒立ちになっている魔法詠唱者は狙われれば魔法の維持が出来ず、込められた魔力は霧散し、ただ疲労を増すばかりとなってしまう。

 そしてこの際、並行詠唱が出来れば維持することが可能なのだが、これというもの、相当危険な橋を渡っている。

 

 魔力を込め、一種の形として形成する事は非常に集中力が必要で、僅かでも詠唱を噛んでしまったりすると、内の魔力の抑えが効かなくなり、暴発してしまう。

 戦闘を継続しようものなら込められた魔力分の魔力暴発が起こり、最悪、死に至る可能性も少なからずある。

 

 つまり、自発的な練習というのは余りにも厳しく、命の危険が伴っている。それに拍車をかけるのが絶対数の少なさだ。

 個人的に習得するのは想像を絶する――下手をすればレベルの昇華よりも難しいまである。

 その点、同派閥にそれを行えるだけの技量と、それに比した師がいる事はレフィーヤにとっては僥倖と言うべきだろう。

 

 脱線してしまったが、並行詠唱というのは、総じて危険が伴うものである。よって、普通は周囲に危険が及ばないよう迷宮内、あるいは相応のスペースが必要なものだ。間違っても都市の一角で行うことではない。

 その筈なのだが…。ここでとある人物と共同開発した魔道具が役に立った。

 

 その名も『魔復珠(マナリピーター)』。詠唱により指向性を得た魔法を無駄撃ちさせずに魔力に還元する魔道具である。これにより、実質的な魔力消費を無しに並行練習の詠唱を可能としていた。

 

「まあ、もうそろそろ時間だ。ここらで解散ということでどうだろう?」

「はい、まあこのあともあるので…」

「ほら、ベルくん起きろ。挨拶は欠かさずにね」

「あ、はい。今日も貴重な時間を使って頂きありがとうございました!」

「…ううん、こっちこそ。君との訓練も楽しいし、学ぶこともあるから。……バイバイ、ベル……くん」

「あの、言いにくいなら普通に呼び捨てでいいですよ…?」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「ん、この感じ…何か嫌な予感がするな」

 

 日が昇り、仕事に奔走する町民の姿がちらほらと見える中、オベロンは呟いた。何気ない虫の知らせ。けれど誰より何よりそれを信じている彼は相棒の名を呼んだ。

 

「ブランカ。ひょっとしてフレイヤ・ファミリアに動きがあったのかい?」

 

 ふわふわの体を肩に載せ、オベロンは進む。

 

「うん、うん、成程。オッタルが動いたか…。本来、こういう振り幅が大きい賭けは避けるべきなんだけど…」

 

 脳裏に浮かぶは白兎。尋常ではない速さで成長する幼き英雄の姿。

 

「いや、ここはベルを信じよう。酷だけど…今の彼のままでは後に訪れるものに対して余りに無力だ。それに、まだ時間はあるさ」

 

 五日…いや四日あればいいほうか…。そう心中に止め、古ぼけた木製のドアを開いた。

 それは石造りの粗末な建物で、景観はお世辞にも綺麗とは言えないが寂寥とした気配はない。

 ここは、かつての『大抗争』で親を失ってしまった子供たちの孤児院だ。

 

「やあみんな、僕を待っていたかい?冬の王子、騒がしきオベロンが来たよ!」

「オベロンだ!」「わあー!」「おーい皆ー、オベロンが来たよー!」「今日はどんなお話しをきかせてくれるの?」「ブランカちゃんもいっしょだ!」「今日こそ槍を作ってくれよー」「お空へ連れてってー!」

「わ、わわ。はは、そんなに一変に話しかけられると流石の僕も聞き取れないな。そうだ、みんなにおやつを持ってきたんだ。ちゃんと分けて食べるといい」

 

 そういい、手に持った袋からいくつものメロンを取り出した。それだけで子どもたちの注意は移り変わり、さっと厨房に持っていってしまう。

 うんうんと満足気味に眺めるオベロンに一人の影が近づく。

 

「オベロン様…いつもありがとうございます。それと、子どもたちが失礼を…」

「いや、構わないよ。いつの世だって子供達の笑顔というものは輝いているからね」

「ですが、あなた様は妖精王であらせられて…」

「ううん、いいんだ。もう、僕は王と呼ばれる程でもない。……名前だけの王なんだから。それに、僕は幸福な状態が好きなんだ。虫には綺麗な水が必要なように、妖精はそうでないと生きていけないからね」

 

 すべてを包み込むような慈しみを表に出して、微笑むオベロン。彼等の義母は溢れんばかりの感謝を口にし、オベロンが感謝されているとブランカは喜んだ。

 

「本当に、なんて愛おしい(悍ましい)





オベロン…なんて良いやつなんだ!
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凶狼の斧

久しぶりの更新だー!


 翌日、普段と同じように訓練をしていたベル達だったが、昼食のためとアイズがジャガ丸くんを買いに行ったことで、その屋台でバイトしていた彼の主神、ヘスティアにバレてしまった。

 神様はこの訓練には反対らしく、オベロンさんにも何故止めなかったのかと掴みかかったけど、オベロンさんは僕に必要なことだからと、僕の意思を尊重していると言ってくれた。

 二人共方向性は違えど、僕のことを思っての言葉だと知り恥ずかしいような、嬉しいような気分になったのは顔に出ていなかっただろうか。

 

 その後、何故か神様まで着いてきて(曰く、自身の眷属が何をしているか神として確かめる義務があるとのこと)、昼を丸々通した訓練となった。流石に神様にみっともない姿は見せられないと気を引き締めた甲斐もあってか、かなり実になったと思う。

 

「あれ、もう夕暮れか。時間が経つのは早いものだね」

「わ、もうそんな時間なんですか…」

「かなり熱中してたみたいだからねぇ。それにしてもまさかベルくんがここまで強くなってるなんて。………悔しいけど、この訓練はしっかりベルくんのためになってるって事だ。ほんとに悔しいけどね」

 

 悔しいけど、という部分を強調する彼女にオベロンは苦笑い、ベルやアイズは気づいた様子すらない。ここが鈍感と言われる所以だろう。

 

「それじゃあ、次の模擬戦で最後だね」

「はい、アイズさん!」

 

 カチャリ。鞘付きのサーベルを油断なく構えるアイズさんは、とても訓練とは思えない覇気を醸し出しているが、これは本気ではない。比較して弱すぎる僕が彼女の闘気の大きさを勘違いしているだけなのだ。

 蟻からすれば人間も巨大なモンスターも、等しく自らでは推し量れないほど強大な存在に映る。それと同じことなのだ。

 

 ただし、訓練だと甘く見れば痛い目を見るのは僕だ。何より、手を抜くつもりはない。

 

「じゃあ、いくよ」

「はあぁァァァッッ――!」

 

 今再び、黄昏の空の元剣閃が交され――

 

「オイオイ、着けて来てみりゃあこいつは何の冗談だ?」

 

 ――る事は無かった。

 

 唐突に放たれた怒気の籠もった低い声。当然僕達四人の中の誰かではない。驚愕を顕にしながら振り返るとやはりと言うべきか、一月近く前にも見慣れた人物が立っていた。

 

 灰色の髪を持つ冒険者。種族は狼人、肉体は至高。装備品はかつて見たものからすれば幾分かグレードダウンしている様に見えるがそれでも僕達の気が遠くなる価値を誇っている。

 荒々しい覇気を纏う彼は入墨を歪ませながらこちらを強く睨みつけている。

 

「ベート…さん」

 

 美しい金眼を大きく見開きながら、悪戯がバレた子供のようなバツの悪い声音で呟いた。

 

 彼はベート・ローガ。【凶狼(ヴァナルガンド)】の二つ名を有する、アイズさん達と同じ【ロキ・ファミリア】所属の第一級(Lv5)冒険者だ。

 

 ふと脳裏を掠める苦い記憶。豊饒の女主人での一幕は頭に血が登った末の発露。後悔はしていないがだからといって当人と顔を合わせるのはかなり気まずい。

 そして、今のこの状況はそれに拍車をかけている。特に親交もない他ファミリアの、更に実力差が離れすぎている冒険者に訓練をつけてもらっている……これがどういった事かは僕でも容易に分かる。

 見れば、アイズさんやレフィーヤさんの顔は青ざめている。オベロンさんは……ちょっと目を細めているけどどんな様相かは把握できない。

 

「アイズ、お前も分かってるよな?他派閥の雑魚なんかに時間を割きやがって。ファミリアに知れたら不味いことぐれぇ承知してる筈だろぉが」

「っ…!?それは…」

「知らなかった、なんて言い訳はなしだ。んな莫迦がここまで強くなれるはずもねえ」

 

 彼の気迫に圧され、アイズさんはしどろもどろと意味のない言葉を反芻させている。

 

「まっ…待ってください!それは僕が…!」

「煩せぇ。テメェは黙ってろ!ウチの派閥の問題だ!」

 

 と、聞く耳を持たない。

 黙りこくる僕達に更に額の皺を深め、語気を荒げる。そして怒涛の展開に呆気に取られている神様を一睨み。

 

「そこのチビ神!」

「チッ…チビだって!?ちょっと、君初対面の神に向かって口が悪くないかい!?これでも超越存在(デウスデア)なんだぜ!?」

「そう主張する神にロクな奴いねぇだろぉが。テメェがこいつらの主神だってんなら話が早え。金輪際こいつらと関わるのをやめろ」

「……!」

 

 分かってた事だ。全面的に彼が正しい。悪いのは厚かましくもアイズさんに甘えていた僕。本当なら断らなければいけない申し出を、成長の機会などと誘惑に負けるやわな精神力。……アイズさんは都市最上位のファミリアの幹部、僕と違ってその双肩に掛かる責任は僕なんかよりも遥かに重い。

 

「……っ」

「…待って、待ってください、ベートさん」

「あ?」

「この訓練には私も同意してます。……ううん、私は、この訓練が楽しいんです」

 

 予想だにしない言葉に僕の呼吸が一瞬止まる。対する彼も意外そうに顔を顰める。ここまで感情が籠もった声音は初めてだ。

 

「だから…お願いします、ベートさん。遠征の前日までの2日でいいんです。あと少しだけ、許してください」

 

 そう言って頭を下げるアイズさん。………何をやってるんだ僕は。僕が弱いから招いたことだろう。今日だって、リリが抜けたってだけで一日中突き合わせてしまったんだ。

 

「あのっ…、本当に厚かましいとは分かってます!でもっ、でもあと2日だけ待ってはくれないでしょうか!神様にも誓います!ファミリア間の諍いになるような事は聞かないし、絶対に詮索もしません!」

 

 そう言って頭を下げる。隣から息を呑む音が聞こえたが、それはお互い様だ。神様も観念したように僕達に味方する。

 

「………バカか、お前。テメェんとこの神に誓ったってグルだったら意味がねえ。詮索以前に戦闘訓練からでも盗める情報はいくらてもある。そしてアイズ、遠征三日前、しなきゃなんねえ事があんのはハッキリ理解してんだろうが」

 

 最後の一文にハッとアイズさんを見る。目を僅かながら伏せての沈黙。神様がいる手前だから、肯定も否定もしないのだろう。それが何より雄弁に物語っていた。

 

「ほらな。いい加減にしねえとロキに言いつけんぞ。んなどうでもいい雑魚に構ってるなんざ無駄なんだよ」

「君っ…!いい加減に………ん?」

 

 ベートさんが投げかけた言葉に神様がカッと立ち上がったかと思うと、すぐにきょとんとした気の抜けた声を上げた。何かが引っかかったのだろうか。恐る恐るというような顔つきでベートさんと僕達を再度見つめた後、二の句を告げる。

 

「君、今の全部嘘だよね」

 

 どういうこと?と首を傾げた神様に、僕は思わずえっ…という息を漏らした。かなり本気そうで理由も最もなものであったあの反応が嘘だなんて…。

 肝心のベートさんはきまりが悪そうな顔だ。直後に神様の追求が入るかと思われた矢先、思わぬ救いの手が差し伸べられた。

 

「まあまあ、いいじゃないかヘスティア。わざわざ口に出すと反感を買うことだってある。

――ベート・ローガ。君が言いたいのはそれだけじゃないだろう?確かにこの時間が無駄ならば君はそれをやるつもりでいる。でも、順番が違うだろう?」

「オベロンさん…それって?」

「チッ、何だテメェ。神でもあるまいし」

「ステイタスの詮索は無しだと言った君が言うのかい?」

 

 再度舌打ち。しかしベートさんから溢れ出るようにも感じられる気迫はより重厚に折り重なっていく。

 

「つまるところ、この時間に見合う価値を見せろと言っているのさ。ベルくんを試してるのさ。本当に強くなったのか、彼女の時間を使うに相応しいのか、ね」

「えっ…?」

 

 それって、つまり――

 

「――あァそうだ兎野郎、テメェが奪った時間程度の成果は見せてくれるンだろうなァ!」

「…闘えって、ことですか」

「それ以外ねぇだろ。何だ?わざわざ第一級冒険者を呼び出しておいて遊び呆けてたとは言わねぇよな」

 

 ギロッと有無を言わさぬ眼力を込めて睨みつけるベートさん。当たり前だ。本当に必要な休憩以外は全て死力を尽くした訓練だったんだ。アイズさんのためにも、それだけは許されない。

 

「…ベルくん、僕はこれを呑むべきだと思っているよ。君の全力をぶつけてやるんだ。いわば、卒業試験みたいなものだね。どちらにしても、やってしまったものは変えられない。遅かれ早かれの違いさ。君がこの困難を乗り越えられるのなら、この訓練に価値はあった。ただ討ち倒されるだけなら…キツい言い方をするけど、その程度の器だったってことさ。

……だが君は知っているだろう?君がどれほど頑張って、どれほど凄い人から鍛えられ、どれほど渇望しているのか。僕は君を信じているよ。彼の期待なんて気にならないくらい存分にやってしまえばいい!何も周りに気遣うことはない。彼との戦闘だけに気を使ってればいい。そうすれば、今の君なら大丈夫だ」

「よ、よーし、今ここでベルくんの頑張りを見届けないで何が親だ!ボクも応援するから絶対勝つんだぞー!」

 

「オベロンさん…神さま…。ありがとうございます」

 

 ちらと、視線を横にずらせばアイズさんが不安げな様子でこちらを見つめている。それは後ろめたさ故か、僕の肉体へか。

 口を出そうとする彼女を大丈夫だと目で制し、一歩歩み出る。

 覚悟を決めた僕の顔に、狼人たる彼は獰猛な笑みを溢す。それと同時に肩に伸し掛かる重圧は強まっていく。

 

 僕が二刀の短剣を構えると、対する彼は手をズボンのポケットの中に戻す。それを手加減ととるか、見くびっているととるか。少なくとも僕が指摘出来る領域に居るモノではない。

 何てことない自然体。ベート・ローガは依然手を隠したまま、それを初めて崩した。よく視なければ認識できない程度の前傾姿勢。だが何かが変わったとハッキリ分かる。

 

「俺は雑魚を甚振って悦に浸るなんて趣味はねぇ。だからよ―――

 

―――死ぬんじゃねぇぞっっ!」

 

 一陣の暴風が夕焼けに吹いた。

 

 地面を強く踏みしめた凶狼が一瞬の間にも満たない加速を繰り出した。砂埃だけが舞い散り、影すらも寄せ付けない俊足の脚撃。凡そレベル1で捉えられる速度ではない。いや、むしろ今までこれほどの速度で動く物体を見たことがない。

 正に最速、地を駆ける躍動。アイズさんとは別種の轟風に身体を晒されながら、僕の思考は不思議と澄んでいた。

 

 今ここに、あるだけの僕を刻む。

 疵の様に、時の様に、それは偏に最優を。

 

 大きく息を吐く。思考が冴え渡り肉体を活性化させ、戦闘様に最適化(チューニング)する。手加減は考えない。阿呆か?僕がされるガワだ。使えるものは全て使う。血脈を沸かせ、僅かな未来を並列予測し行動に移す筋肉を躍動させろ。

 

 既に撃鉄は下ろされた。目前に迫るは瞬撃。極限まで注視してようやく残像が見える斧は僕の首を刈り取ろうと空気を薙いでいる。

 

 ――未だ。――未だ。――未だ。――未だ。

 

 肉薄して尚、動かない。動けない。

 ベート・ローガの放つ一撃は風より速く。最早視界はそれ以外が映ることはない。

 

 ――ソレが見えた者は、終わりを覚悟した。見えざるものは、突然の強風に顔を伏せている。

 

 誰もが各々の反応を返す中、一人だけなぞっていた。何を?と問われればしばし悩んだ末に一言零すだろう。「軌道を」と。

 

「っっっづぁっ!!」

「ッ!?」

「嘘…!?」

 

 紙一重。神一重。

 何をしたという訳ではない。ベルは折ったのだ。足を、膝を、腰を、首を。

 全神経を集中して行われた回避行動。額の皮を削がれながらも同時に行われた動作によって健在。

 遅れて蹴撃に追いついた風が髪を撫でる。

 

「テメェ……!」

 

 ベートは震撼していた。いくら全力ではないとはいえこのオラリオの半数以上が避けられない一撃を避けたことにではない。それも十分に異端であるが、彼がその最中に聞いた異音。

 金属が擦れる、オラリオに住む者ならば聞かない日はない日常音。問題はその発生源だ。

 ベルの回避に、外したという異常事態に驚愕したその瞬間の音だ。

 自らの着用しているメタルブーツは普段使用している武装からニつ以上もグレードが落ちる品だ。

 それでもレベル1では到底手の届かない武具。その踵にはほんの僅かな傷がある。果たしてそれは傷と言っていいのだろうか。そう疑ってしまうほどに小さく細い線。ともすれば使用に伴って自然と出来た傷にも見える程に取るに足らないもの。

 

 大半の者が気に求めない傷跡に、ベートは意識を向けたのだ。視界の先には崩れた体勢を辛うじて取り戻そうとする白兎の姿。

 手に握る短刀は振り抜かれている。

 

(コイツ―――

 

―――()()()()()()()()()()()()()……!)

 

 もう一度見れば、その赤い紅い瞳には隠しきれない闘志と興奮が現れている。

 

「…面白えッ…!」

 

 重要なのは、ベルが今の一撃をやり過ごしたということだ。

 

 この(闘い)はまだ紡がれている(終わっていない)




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撃脚矯捷なること狼牙の如し

バトルパート。今回他の人が空気です。
筆者のカルデアって、妖精国のサーヴァントってほぼいるんすよね。
村正お爺ちゃんいるし、バー・ヴァンシー1体引く間にバーゲスト3体とモルガン2体出るし。その後のPUもおりゅジーヌ出来るしパーシヴァル重ねたし……。
でもね、ウチのカルデアにオベロンはいないんだ……。6章の主人公、キャストリアもいない。
躍動トリオは藤丸だけ。

だからね。この物語には主人公はいないんだ。


 ――バベル最上階。

 銀糸の輝きを放つ美神は夕焼けに照らされる町並みを見下していた。どこか情熱を孕んだ、無垢な村娘のようにも見える表情はなるほど、数多の神々がうつつを抜かすのも仕方がないであろう。

 

「あら?あの魂は…そう、そういうことなのね」

 

 彼女が眼窩に収めるはある市壁の一角。稀に清掃の手こそ入れど、人の気配のない場所は、幾多もの日常の中、ここ数日においては僅かな喧騒を取り戻していた。

 立ち込める確かな戦いの気配。緊迫する彼はこれ以上ないほどに純白で、闘志により一層と輝きを増している。

 

「いい、いいわ。これならもしかしたら……。そうなると、オッタルには悪いことをしたかしら?」

 

 くすり、妖艶に微笑む彼女は銀の瞳に喜びを携え、少し先の未来に想いを馳せた。

 

(きっかけが私ではないのが残念だけれど、これもまた下界の醍醐味ということなのかしら?)

 

 ……少しだけ、あの()()()()()には妬いちゃいそう。でもいいわ。執着するなんて私らしく無いもの。あの子は私に輝きを魅せてくれる。今はそれで満足しておきましょう?

 

「フフ…楽しみだわ」

 

 空のワイングラスを宙空に掲げ、空気に乾杯。それだけを終わらせると、結果が分かっているとでも言うかのように、背後へと歩み始めた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 銀の軌跡が一瞬煌めいたかと思えば、その豪脚から荒れ狂う暴力の奔流が空を刈り、その都度自らの肌を掠め、呼吸が乱れてゆく。しかしそんなことを相手が許すはずもなく、連撃はより苛烈に、より複雑奇怪に暴れまわる。

 

「オラオラどうしたッ!?」

「くっ……!」

 

 ―――鋭い。強い。速い。重い。純粋に地力が違いすぎるっ…!

 

 ベルは荒れ狂う嵐を躱し、いなし、時に肌の表層を削り取られながら辛うじてという状態で何とか凌いでいる。

 だが、あまりに激しすぎる攻撃には一方的に攻め立てられ、避けるのが精一杯、否、それですら十分ではなく皮膚や鎧に少なくない傷をつけて動き続けている。

 目にも留まらぬ連続攻撃、その全てが必殺。ベル・クラネルが未だ立っているのは如何なる運によるものか。直撃こそ避けているもののこの極限状態ではその体力も、判断力も、全てが怒濤の勢いで磨り減ってゆく。

 距離を離そうとすればそれより速く間を詰められる。攻撃に移るその前に防御不能の一撃が繰り出される。カウンターを合わせようにも、双脚からなる打撃がその僅かなチャンスを埋めてしまう。

 

(何も…出来ないっ……!)

 

 文字通り、ベル・クラネルは完封されていた。何かを為そうとすることは阻まれ、それを考えることすら許されないほどの強撃。これはマズい。非常にマズい。

 あまりに強い。あまりに遠い。分かっていた事だが、己と相手では虫ケラと恐竜ほどに実力が離れてしまっている。これで本気ではないのだから冒険者というのは恐ろしい。

 神速の閃脚が鼻先をかすめ、風圧に煽られて視界が狭まる。

 

(まずっ――)

「食らえ」

 

 目前に迫る靴底。自身の体の中央を狙う一撃を視認する暇も無く、ベルの肉体はゴムで出来た鞠のように容易く吹き飛ばされた。

 

「ベルくんっ!?」

「あっ…!」

 

 傍観者の二人、ヘスティアとレフィーヤが悲痛な声を上げる。今の一撃は確実にベルの芯を捉えており、破損した防具とピクピクと痙攣して泡を吹く姿は悲惨の一言だろう。

 

 決着はついた。白目を剥くベルは到底戦える状態にない。流石に相手が悪かった。誰もがそう思った瞬間のこと。

 

「いや、まだだ。ベルくんはまだ諦めてない」

 

 オベロンが溢した一言に何を馬鹿な、と内心に表し驚愕。

 

 

「――――ぷはぁっ!!!??がはっ、ごほっ……!?」

 

 

 恐るべきことに、あの状況からベルは復活したのだ。

 

「何で…」

 

 今までの度重なる過酷な鍛錬の賜物か、気絶からの復帰が習慣レベルで体に染み付いていたのだ。他にも、瞬間的に体を丸め防御態勢を取っていた事が幸いだろう。実戦では一度耐えたとしてもその後が不利になる姿勢だったが、圧倒的強者であるという客観的事実から追い打ちが無かった事が今の復帰の時間を稼いだのだ。

 

「まだ…やれますよ」

 

 息も絶え絶え、衣服も襤褸になりかけ、尚も闘志を燃やす姿は、どこまでも真っ直ぐだ。

 

「雑魚が、一丁前に吠えやがるっ…!」

 

 語られる侮蔑の言葉、されどその視線に悪感情はなく、目の前に立ち上がる戦士を迎え討たんとしていた。

 先手を譲られたベルは大きく息を吸い込み、猛々しく叫び、片の腕を砲身の様にベートへと向ける。

 

 その行動に疑問を呈する者はいない。遠距離武器を持たない冒険者が何かを掲げる仕草をする場合、それは大抵が必殺の一撃だと決まっている。

 

 【魔法】。人の理を超えた超常現象にして想いの力。自身を上回る決死の攻撃だ。それを予感したレフィーヤは焦った。こんな市壁の上で魔法などを放ったら、何が起きるか溜まったものではないと。下手をすれば、市壁を破壊し、無駄な破壊活動を為してしまうかもしれないと。

 慌ててアイズの方を向き直るが、当の本人は目を僅かに見開くのみで声は上げない。 

 そうしている間にも、状況は進んでいく。ベートは撃たれたところで耐える自信があり、撃って見せろと挑発する。

 

 そしてようやく、ベルは右腕だけに意識を集中し、左手で砲身を固定する。そして紡がれるのは魔法の始動(キー)である()()

 

「【穿ち抜け、希望の(イカヅチ)】【ファイアボルト】!!」

 

 炎雷が迸った。それは空に走る回路。導火線を辿るが如く雷の性質を持った炎が相手へと迫る。激しい光を伴いながらベートへと直撃。もうもうと煙が立ち込め、命中したのであろう痕跡は伺える。だが無傷。皮膚の一枚を焦がす事も出来ず、その威力に凶狼は溜息を吐く。

 

 この程度か。たったこれっぽっちが必殺だと勘違いしているのか。そんな厳しい冷ややかな視線がベルに向けられ、苦い顔を隠さない。

 そして威力こそ物足りなかったものの、その完成度にはレフィーヤは声を荒らげていた。

 

「短文詠唱っ…、いや、レベル1であれほどまで…!?」

 

 率直に言って、驚嘆していた。普通、レベル1の魔法職は詠唱に手一杯でダメージを負った状態では魔力の維持が困難でよく魔力暴走をしてしまうものだ。だというのにこれは魔法の出来こそ並程度だが、短文詠唱にしては効果が高く、それでいて本来の近接職としての動きが並外れているときた。

 もし自分と同レベル帯であれほど動け、魔法も安定して放つ事が可能な人物がいたら自分は勝てるのだろうか。

 

 そう胸中で密かな戦慄を覚えているレフィーヤを尻目に、一同は全く違う意味で驚愕、というより困惑していた。

 

「な、何でベルくんは要りもしない詠唱を…?」

「…分からない」

 

 今の一撃が再戦のゴング代わりになったのか、ベルは気を引き締めて走り出した。姿勢は低く、鋭く。一本の槍と化したベルは現状最高値である『敏捷』を最大限に引き出した。

 レベル1とは思えない加速。けれど相手とて敏捷型。同系統ならばより洗練されている方に分があるのは分かりきっている。

 その吶喊を迎え撃つように繰り出した足は予想に反して空を切る。

 

「!」

「…っ!ぜやあぁぁぁっ!」

 

 より深く身体を倒し、まるで地を這う虫のようになりながらも避けることに成功する。頭スレスレを通り抜ける暴風に恐怖を覚えど、それを打ち消すように雄々しく叫び、一撃。

 

「チッ…!」

「ハァ…ッ、ハァッ!……止め、ましたね…!」

 

 全力の斬撃は何も纏っていない腕で止められている。だがしかし、防御させたという事実は大きい。素手と短刀の鍔迫り合い。ギシギシと音を立てているのは短刀。そもそものスペックが違う。

 

「【穿ち抜け、希望の…」

「調子にのんじゃねえッ!」

 

 再びの詠唱、けれど今度は鍔迫り合いごと弾かれる。ベルは肩で息をして、たたらを踏みながら持ち直す。

 飛びかかる追撃をもつれながら回避し、けれど姿勢が悪かったのか、二転三転と土煙を立てて転倒する。

 

「ぐうっ…!【穿ち抜け、」

「させると思ってンのかっ!!」

 

 石畳ごと削り飛ばすように振るわれた斧のような一撃が掠る。ほんの僅かに触れただけで激痛を伴い意識が飛びそうになる。だが、あと四手。まだ倒れる時じゃないだろ…!

 

「〜〜〜〜〜〜あぁっ!」

 

 最初に戻ったかの様な連撃の嵐。今の体では持つ時間も極僅か。それでも耐える。耐える。耐える。

 時にカウンターを仕掛け、皮を削がれながらも腕でいなし、兎に角がむしゃらに、力の限り駆け回る。

 

(息が苦しい…!燃えるように肺が熱い。さっきまで興奮して気づかなかったけど、やっぱりあの一撃が重い。体の傷もそろそろ誤魔化しが効かなくなってきてる…!もっと、もっと速くしないと…!)

 

 真正面では敵わないから、ベートを軸に円を描くように強襲を繰り返すが、どれも足の一振りで大幅に吹き飛ばされる。

 

「あぐぁっ!?」

 

 そして、とうとうその時が訪れた。

 ベルの体に限界が来たのだ。制御を失った体が神速の一撃を避けられるはずもなく、それはベルの腹に深く突き刺さった。制御下から短刀が離れ、カランカランと石畳に落ちる。

 

「ごぼっ」

 

 ベルの口から血が溢れ出す。その量は並の怪我の比ではなく、すぐに血溜まりが生成された。

 

「そんな…」

「ベルくん…!」

「ベル!」

 

 膝をついたベルの体が倒れ込み、血の池に伏す―――

 

 

 ―――かに思われた。

 

「ン゛ッ゛ッ゛ッ゛!!」

 

 ゴン!と鈍く嫌な音が轟いた。

 何事かと目を向ければベルが膝をついたまま額を地に叩きつけた音だ。どうやら今ので無理やり意識を保っているらしい。血溜まりのせいで伺えないが、確実に額は割れている。血まみれの皮膚の上からでもわかる負傷。その傷口を直視してしまったヘスティアとレフィーヤは真っ青になった。傷や生死をより多く見てきたアイズですら、あまり気持ちの良いものとはいえない。

 

「ガアアァァッッ……!!」

 

 それでも尚立ち上がろうと渾身の力を込めるベルに、ベートは呆れたように吐き捨てた。

 

「チッ、…テメーいくら何でもしぶと過ぎるだろうが。いい加減くたばっとけ」

 

 それはベートなりの優しさだったのかもしれない。弱者を気遣った言葉。強者は弱者を守るものと考え、弱者が下手な相手に挑み死ぬのを見ていられないと思ったが故の優しさ。

 ベルの諦めない姿勢は存分に共感できる。何故なら彼にもまた弱者であった時期があり、最も大事なものが守れなかった。

 だからこそ、問う。

 

「オマエは何でここまでしやがる」

 

 彼は言った。たとえ諦めたところで、誰が死ぬわけでもない。殺されるわけでもない。今までが可笑しかった。それが当たり前の日常に戻るだけなのだと。

 

「そんなの、ゼエ…決まってる」

 

 既に息をするのですらとてつもない苦痛が生じる身でありながら、声を大にして答えた。

 

「ただ諦めるだけなのは、簡単なんだ…!ましてや、それが自分にとって不利益な事なら。諦めて、逃げて、ただ簡単な方に流されて…。でも、そんなことを続けてたらいつか絶対に必要な時に諦める!僕はそんな人間にはなりたくないんだ…!」

 

 うつらうつらと、焦点のあっていない瞳を開閉させる。それは何処までが正気で言ったことか。果たしてそれはベル以外には分からない。

 この言葉も、冷静にとればマナー違反の指導を受けておいて尚求めるなど、何を言っているのかと冷笑する者が現れるのだろう。

 

 だが、この無茶苦茶な癇癪にも聞こえる答えに狼人にとっては正解だったらしい。納得したように顔を歪めた。

 

「だが、それも雑魚じゃ届かねえ」

「ごほっ…分がっでいまず。だから、これが最後でず」

 

 震える足で立ち上がり、残ったナイフを必死に構える。あれほど熾烈な攻撃に晒されていた体は血だらけで、最早死に体とも言える。それでもベルは姿勢を崩さない。戦う姿勢だけは最初と変わらず、強い信念を込めた瞳に光が宿っていた。

 

 




バトルパートむずかしすぎる。ごいりょくなさすぎてしぬ。

感想、高評価をくれると滅茶苦茶喜んで次話を投稿する頻度が高くなります。高くなります(大事な事だから2回言った)


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決着――灰狼羨望――

何かベートさんの株が本来下がるべきタイミングで爆上がりしてるからみんなベートさんが好きになってる。
ほい
手加減ベートさん>ヒュアキントス>レベル2上位勢>ベルくん>レベル2初心者


「あ゛あ゛あああああああぁぁぁぁァァァァァァァ――――――ッッ!!」

「…チッ」

 

 ベルの取った最後の手段。それは何の工夫も無い突撃。確かに速い。レベル1の域を明らかに逸脱した加速力。満身創痍の今でこれなのだから、万全の状態ではどれほどの速度だったのだろう。

 ――だが、舌打ち。彼の体を見れば仕方のない事だが、最早立ち上がれるだけで奇跡。動けるのはあり得ない。しかしそれでも、我武者羅に勝利を掴もうとしていた少年を見ていた彼にとっては残念な結末と言わざるをえない。

 

「ふっ…!でぇやらぁッ!」

 

 一撃で意識を刈り取るよう構えたベートに対し、向かって走るベルは何もないところで足を大きく振り抜いた。何を、と疑問を口にする間もなく飛来する赤い何か。

 

「っクソが!」

 

 咄嗟に顔を反らして回避。けれどそれは空中ても不定形に形を変え鼻頭に飛沫が舞う。

 それは血液だった。今までに垂れ流してきた己が血を掬い上げて目潰しをしようとしたのだ。

 しかしそれも既の回避で台無しだ。策が瓦解した。打つ手はない。それでもまだ――!

 

「ぜやあぁぁぁぁっっ!」

 

 やぶれかぶれの投擲。死力を尽くしたそれは恐るべき速度、恐るべき精度。寸分違わず目を狙っている。見事なことこの上ない。が、相手はその程度の浅知恵が痛痒する相手ではない。冷めた目で投げられたナイフの軌道を目で追い、焦る様子もなく易易と避けられた。

 

「甘ぇんだよ」

 

 背後で鳴る音。ベルの手には武器が無い。それでも突撃をやめないのは何故か―――。

 

「【ファイアボルト】ォォッッッ!!」

「っ!?」

 

 意表をついて飛び出した炎雷。遥かな速攻性の魔法は流石のベートといえどこの距離では避けられず、稲光と豪炎が絶えず襲いかかる。

 

「【ファイアボルト】!【ファイアボルト】!【ファイアボルト】ッ!【ファイアボルト】ッッ【ファイアボルト】ッッッ【ファイアボルト】ッッッッ【ファイアボルト】オォォォッッ!!!」

 

「―――な」

「な、成程。そういうわけか。詠唱をあえて言うことで…」

「発射のタイミングと連射性を誤認させる…!」

「さっきのしつこい詠唱と妨害による中断は、この不意打ちの為か…!」

 

 見事なブラフ。成功した作戦の一つを評価する中でわなわなと震える姿が一つ。

 

「何ですか、アレ。む――無詠唱!?」

 

 他の誰より、その存在を知らなかったが故に叫ぶ。その驚倒は奇しくもベートの抱えるものと同様だった。

 眼前の行動に時を止める中、連続して放たれる稲妻形の炎。

 

 連射された魔法は派手な音と効果を伴っており、眩い閃光が絶えず放たれる。

 未だかつて見たことがない、存在すら知らなかったその『魔法』。詠唱の無視。『速攻魔法』。弾ける火の粉と撃鉄の下ろされた速射砲。

 ――出鱈目だ!?

 純粋な魔導士であるレフィーヤはそう叫び散らしたくなったが、この戦いを邪魔する程無粋ではない。必死に喉を抑えて飛び出しかけた言葉を呑み込んでいく。

 

「で、でも武器もないのに何で…」

「…分からない」

 

 そう、少年は魔法を放ちながらも止まる気配はかけらも見せていない。魔法で攻撃したいのなら離れればいいものを、何故だか素手で加速する。それは自殺行為のように思えて仕方がないのだ。

 

「な、なあ、オベロンくん。大丈夫なのかいアレ。まさかヤケになっているんじゃあ…」

「いや、ヘスティア。今いいところなんだ。……しっかりと目に焼き付けてやってくれ。君の眷属(子供)の、大一番を」

 

 

 

 

 何だコイツは。

 ベートは胸中に吐き捨てた言葉を認めたくないかのように頭を振る。武器を捨て、驚かされたが威力不足の魔法を撃ち続ける姿はヤケになっているのかと落胆したが、それでも諦めず向かってくるのは……。

 

(まァ、直接殴りにくるか)

 

 その目論見は読んでいる。だが、繰り出される全ての可能性が己を傷つける可能性は万に一つもないと結論は出ている。

 無知故の傲慢でなく、強さ故の事実。それを何より分かっているのは目の前のガキの筈だ。 

 

(テメーは俺に傷一つ与えられねぇ)

 

 だが止まらないのは何故だ。素手のテメーに何が出来る。唯一ナイフは異様に硬かったが、それも手放している。迫る稲妻が視界を遮るが、走り寄るベルの気配と匂いは充満している。

 先程の血の目潰しといい、この視覚に煩い魔法といい。自分の目を塞ごうとする行動が目立つ。いいだろう。それは成功している。如何に第一級冒険者といえど透視が出切るわけではない。

 

(バカが…!)

 

 だが、視界だけに頼っている者がこれほどまで強くなれるのか。否、否、否。視界が塞がるだけで戦えなくなるのはそれこそ雑魚の代表例。鍛えられた五感を、研ぎ澄まされた感覚を用いての継続戦闘は必至だ。

 そして自分の種族は狼人。獣人の種族特徴として鋭い五感と身体能力が挙げられる。基本的に基となる動物の秀でた能力を持っていることがあり、狼であるからには当然、嗅覚と聴覚に関してはファミリア内でも比肩する者はいない。

 

 当然、ベルの位置は見事に把握されていた。荒れ狂う魔法の中でも聞こえる足音。血まみれの獲物がすぐそこに。

 ダッ――。

 大きく一歩踏み出した。距離は2Mもない。これで決めてかかるつもりなのだろう。

 今までの行動は悪くない。根性もある。だが、ツメが甘かったな。

 個人の感想としてはその限りだ。弱いくせによくやった方だが、結局は苦しみを長引かせただけだ。所詮、一矢報いることすら出来ない。

 炎雷の内から飛び出した影を嗅覚で捉え、無感動に一撃。これでコイツも終わるだろう。稲妻の壁ごと空間を切り裂き、()()()()()()()

 

「あぁ?」

 

 蹴撃が空を切り、己が蹴り抜いた先に人の影はない。あるのは脱ぎ捨てられたアンダーウェアのみ。

 肝心のベルの姿は?

 

「う、おおおぉぉぉぉぉっっッ!!」

 

 ――居た。下だ。

 上着を囮とし、足を振り抜かせた。だが、何故、何故今まで捕捉していたものを間違えた?

 もう一度確かめ、今更ながらに気付く。

 

(この野郎…血は最初っから(嗅覚)狙いか…!血の匂いを鼻につけることで距離感を乱し、絶え間ない魔法は音と煙幕、それでも足りないと囮を二重三重にっ……!)

 

 その瞬間を決して逃さないようにベルは跳んだ。

 

「ッッ!」

 

 そしてベートの腹へ向けて抱き込むようにして突撃。片足にかかる負荷は尋常ではない。だが、それでも迷宮探索で培った驚異のバランス力を以ってベルの勢いを完全に抑え込み…

 

 バキッ。

 

 金属質の物質が割れ、ベートの体はベルに押されて倒れ込む。

 音の出所はベートの鉄靴。カウンターで出来た傷、幾度も打ち付けられた脚撃。そして魔法の乱打。重なる疲労によりメタルブーツは欠けた。その破損はごく小さいものだったが、それは抵抗しようとする体を地へ落とす程度の力はあったらしい。

 

 

 

「やった…!」

「ベートさんを倒した…」

「でも、もう何も……」

 

 レベル1の冒険者が、圧倒的に格上の背に土をつける光景を直視する。今までの奮闘が報われたかのようなその構図。けれど決着は未だ。

 一瞬の拮抗もなくベルの体は吹き飛ばされ、ベートは起き上がってしまうだろう。

 

「ぜぇっやああぁぁぁっっ!!!」

 

 大きく腕を振りかぶる。両腕を合わせてのアームハンマー。けれどそれは時間稼ぎにもならない。無謀な判断に皆が苦虫を噛み潰したように顰める……が、違う。

 その手には夕焼けを浴びて紫紺の輝きを帯びたナイフが握られていた。

 

「あれは!?」

「まだ武器が残ってた…?」

 

 ロキ・ファミリアの二人が溢した疑問を、ヘスティアは真っ先に否定した。

 

「いや、そんな訳がない!あれは特注品のナイフで世界に一本しかない!あの輝きは、あれは間違いなく、本物(神のナイフ)だ!」

「成程、糸か!」

「オベロンさん?」

「いや失礼。だが上手い!詠唱のハッタリ、血を使った嗅覚阻害、他の感覚を狙ったのもいい。気づかなければ感覚は封じられ、気づけば乱されている鼻を頼りにするのを分かっていた…!投げた武器もがむしゃらの特攻に疑問を抱かせない為か!それでいて慢心しないで安全策をとっている。初見殺しをここまで積み重ねるとは……!正直、期待以上だ!」

 

 オベロンの頬が熱を持ち、興奮した様子で語る。皆が成程と理解し、決着を見届けようと唾を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソがっ……!」

 

 ぽたり、ぽたり。

 紅い雫が流れ落ちる。

 出処は己の腕だった。裂帛の気合いと共に振り下ろされたナイフは、割り込んで入った腕の皮を貫き、肉にまで刃の先端がめり込んでいた。

 めり込んだとは言ってもほんの数ミリ。けれどその数ミリが、まともな負傷であることに間違いない。

 

「【ファイアボ「寝とけ」あっ!?」

 

 そしてその傷口に向かって魔法を放とうとする白兎、血塗れ兎に手刀を浴びせ、戦いは集結した。

 倒れ伏すベル。今度こそ意識を失ったのだ。それが分かるや行動は速かった。この眺めていた彼女らは今にも死にかけているベルの容態を確認し、その体に治癒魔法やポーションをかけている。

 その光景を尻目に、ベートは腕につけられた小さな痕を眺めた。

 

(いくら俺の動きが手加減してたとはいえ、身体の強さはレベル以下には出来ねぇ。となるとこいつはレベル5の肉体を殺せる素養がありやがる)

 

 更に加えて、傷口に魔法を撃とうとしてやがった。流石にあれを続けて喰らえばかなりの威力になったことは間違いない。

 

「チッ、合格だ。そのガキに伝えとけ」

 

 やることはやった。これ以上ここに居座る必要もない。ベートは土を払いのけると、市壁から一飛び。拠点(ホーム)、黄昏の館のある方向へと歩いていった。

 ベルが自力で起き上がれる様子も無かったので、これで本日の訓練はおしまい。

 

 結果として、ベルは勝った。僅かな傷だが、認めるに足る強さを証明してみせたのだった。

 その後の展開として、重傷を負い昏倒していたベルに対して万能薬(エリクサー)を使おうかという話がアイズから出たが、これ以上借りをつくるのはお互いの為に良くないとオベロンが断り、拠点へと引き返した。

 

 ベルが目覚めたのは、それから二日後の昼だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「クソッ、らしくねえ…」

 

 ベートに取ってみれば、ベルは取るに足らない虫だった。己より遅く、脆く、技術もなければ力もない。遥かな格下、必死で考えたのであろう作戦は全て初見殺し。二度と同じ手は通用しない。けれど、諦めなかった。それがベートの計算違いだ。大抵の雑魚はどれだけ威勢良く突っかかってきても、少し手を出せば直ぐにへこへこと低頭する。

 その根性が気に食わなく、また同時に仕方がないと諦めていた。だがベルは違った。レベル1でありながらあの蛮勇。一歩間違えれば容易く死にかねないほどの無茶を平気でやってのけた。

 

「今帰った」

「ベ、ベートさんお帰りなさい!」

 

 仲間であるはずの男から刺さる畏怖の念。弱者を悪し様に言うベートに、絶対に敵わない自ファミリアの幹部に、自らか標的にならないようにと怯えて接する。

 

「チッ」

 

 あの門番の男のレベルは2。ベル・クラネルより場数を踏み、ベル・クラネルよりも上質なサポートを受け、ベル・クラネルよりも仲間に恵まれ、ベル・クラネルよりも恵まれた立場を持っている。

 それほどまでに環境の違いがありながら、この体たらくだ。きっとこの男はベル・クラネルの足元にも及ばない。精神的な部分はもちろん、戦闘面でも負けるイメージが微塵も湧かない。

 強者と強者の嘲笑に抗い、弱者の咆哮を上げる存在。それと比べればファミリアの一部の奴らが酷く情けなくみえて仕方がない。吠えることも出来ないのなら、何で冒険者になったんだ。

 

 …………あの時、俺が諦めずに、ベル・クラネルと同じように、我武者羅に突き進んでいれば…せめて、あいつだけでも……。

 

(……馬鹿が。今更後悔したって遅え。今の俺の感情は、今の俺だけの物だ)

 

 そんな忸怩たる思いを振り払い、廊下を進んでいると主神が前から現れる。

 

「おー、ベートお帰り!どや、今から遠征前の景気づけに秘蔵のソーマでも…」

「煩え、それは自分が飲みてぇだけだろ」

 

 手に持つ酒瓶に呆れ気味に視線を落とす。思えば歩いてきた方向は食料庫であり、自室のコレクションとは別に持ってきた代物だろうと辺りをつけた。

 

「あら、バレた?ってベート怪我しとるやん。どしたんそれ。今日はダンジョン行ってないんやろ?」

 

 神の前では嘘はつけない。少し答えに詰まったベートが何とか搾り出した言葉は一言。

 

「……ケンカだ」

「ふーーーん……へぇー。ほーう」

「ンだその顔は…うぜぇ」

「またまたー…ってホントかい。ま、ええわ。そんくらいの怪我なら低級ポーションでええやろ。取ってきてやろか?」

「いや、いらねぇ」

 

 それだけを告げると、足早に訓練場に向かっていった。その傷を与えた者を称えるように、堂々と曝け出しながら。




実はベートさんには隠された悲しい過去が……。
感想、高評価をお待ちしております!


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怪しい影の噂

今回の前半は説明回。

特訓後のベルのステイタス

 Lv1
 力 :SS1114→SSS1392
 耐久:SSS1333→SSS1463
 器用:SSS1251→SSS1392
 敏捷:SSS1410→SSS1500
 魔力:A880→S1086
《魔法》
【ファイアボルト】
・速攻魔法
《スキル》
【妖精恩寵クロスシィ・グレイス】
・早熟する
・想いを紡ぐ限り効果持続
・想いを紡ぐほどに効果向上
・条件を満たせばこのスキルは昇華される



 ベル・クラネル

 Lv2

 力 :I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

幸運:I

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

《スキル》

 

 

「ほら、これが今の君のステイタスだよ」

「すいません。神様も疲れているのに…」

「いやいや!僕は君がこうして起きてくれただけで満足だよ!……まあ、起きて最初の一言が『ステイタスを更新してくださいっ!』だったのはちょっと驚いたけどね…。もっと休んでいいんだよ?」

 

 ベルが気絶してから約二日。その昼時にベルの意識は回復した。あの壮絶な負傷から二日で回復したのはベルの耐久力か、それとも仲間たちの必死の献身あってが故か。 

 

「それにしてもランクアップかあ……。早いねぇ……」

 

 どこか焦点の定まっていない目で天を仰ぎ見るヘスティア。まあ天には同類()しかいないのだが。

 

「まあまあ、それだけ君の見る目があったって事どうだろう」

「オベロンくん…」

 

 ゆっくりと台所から姿を現すオベロン。その手にはお粥のようなもの(キュケオーン)があり、二日間眠っていたベルはその香りにキュルルルと可愛らしい腹の音を奏でたのだった。

 

「何から何まで本当にすいません…!」

「はは、いいよいいよ。それよりも、二人共ランクアップ初心者だろう?ここは先達として色々とレクチャーしてあげよう」

「は、はい!お願いします!」

 

 久しぶりのご飯を口に運びながら、何故か隣に座る神様と共に聞く姿勢に入る。

 

「まず、ランクアップといえば器自体の昇華が主な効果だね。スキルや魔法とか、色々と要因を除けばレベル差というのは絶対的なものなんだ。例えば、恩恵を貰う前に鍛えに鍛えた人間と、まっったく何もしなかった人がいるとしよう。それが恩恵を受けて、全くおんなじ道筋を辿って同じアビリティになった。そしてこの何もしなかった方が先にランクアップしたとしよう。さてベル、どっちが勝つと思う?」

「えっと、普通なら、先に鍛えてた人の方が強いと思うんですけど……その言い方だと違うんですよね」

「そう。そうなんだよ。だから基本的に自分より上のレベルに歯向かう冒険者はいないし、皆貪欲にレベルを上げたがるんだ」

 

 オベロンさんはどこか複雑そうな顔で指揮をとる。なるほど、文字通りレベルが違うのか。と内心で納得する。

 自分より格上の冒険者には山程出会ってきたけど、その指標までは実はよく分からなかったのだ。こんなことをエイナさんに言ったら今度こそ丸一日勉強タイムになってしまう。

 そこでふと、ある疑問が頭を掠めた。

 

「あれ、でもそれならそのレベルの時のアビリティって意味ないんじゃないんですか?だって、レベル1の時にステイタスで勝ってても、先にランクアップされたら全部ひっくり返されちゃうんじゃ……」

 

 神様に渡された写しに目を落とし、全てのステイタスが0になった事を指して言う。それなら自分をただ鍛えるより、レベルアップに最低限必要なくらいに鍛えて、レベルアップ出来そうな所に連れ出してもらえれば、それこそ大手派閥なら強い冒険者を輩出できる。

 

「いい着眼点だ。そう、ランクアップは基本の自力は非常に増すんだ。だが、注目してほしいのは増す、という部分だね。君のステイタスは全て0になっているからそう思うかもしれないけど、実は前のレベルの時のステイタスはそのまま引き継がれるんだ。これはもっと先のレベルになっても同じ事。だから戦力に余裕のある派閥なんかはランクアップ可能になってもそのまま鍛える…なんてのもあるよ」

 

 な、成程……。ただただランクアップをすれば追いつけると思っていたけど、実際はもっと目に見えない力が関係してるのか…。

 

「はいはい、それじゃあ次。といってもこれが最後なんだけど、『発展アビリティ』の発現だ」

 

 発展アビリティ。それは既存の『基本アビリティ』に加えて発現する能力だ。

 発現するタイミングは【ランクアップ】時。レベルが上がるたびに【ステイタス】に追加される可能性がある特殊な能力の事だ。あくまで可能性がある、というだけでそれに足る経験を積んでいなかったら追加されない事もあるらしい。

 

「僕のは『幸運』ですよね。『耐異常』と『狩人』は知ってましたけど、これってどんな効果なんでしょうか?」

「さあ?」

「さあっ?て君…」

 

 僕は神様やオベロンさんの助言、見たことがないというレアアビリティらしいこれを選択したが、結局の所効果は分からないらしい。……やっぱり、直接戦闘に関わる方がよかったかな…?

 

「ま、まあ冒険者に必要なのは幸運だからね。クエストでも依頼品は運頼みのドロップアイテムや希少種が多いからね。他にも……ほら、生き残る運とか…かな?」

「せめてちゃんとフォローしてくださいよぉ…」

 

 それと同時、お粥のようなものも食べ終わり、寝たきりだった事による身体のだるさも軽くなってきた。

 

「そうそうベルくん。ランクアップしたのはギルドに報告しなきゃいけないんだけど……今から行くかい?僕もついていってあげようか?」

「そう……ですね。早めがいいと思いますし、今から行ってきます。神様も、出来れば一緒が嬉しいです」

「!おお、ベルくんが積極的に…!よし!さあさあ今すぐ行こうじゃないか!!」

 

 何故か興奮した面持ちで僕を引っ張って行く神様。オベロンさんに視線で助けを求めたが、にっこりと笑ってスルーされた。くそぅ!

 

「…行ってきます!」

「ああ、いってらっしゃい」

 

 ヤケクソになって投げかけた言葉にも、彼は優しく返すだけだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ベル様ー?いらっしゃいますか?」

「おや、君はベルのサポーターの…」

「…こんにちは、オベロン様」

 

 ベル達が出てからほどなくして、小柄な狼人(ウェアウルフ)の少女がホームを訪れていた。

 この少女はベルによって救われ、その成り行きからファミリアに隠れてベルのサポーターとして活動している。そして狼人というのも、元ファミリアの仲間にバレないように魔法で姿を変えているだけだったりする。

 

「ベルなら少し前に覚醒してギルドに行ったよ。聞いて驚かないでくれよ?なんとランクアップしたんだ」

「ランクアップですか!?い、いえ。確かにベル様はレベル1にしては強すぎると思っていましたが……そうですか」

 

 驚嘆と同時、ほっと安堵した様子で胸を撫で下ろすリリルカ。やはり心配だったのだろう。

 

「ところで君、時間は大丈夫なのかい?確か居候しているところでの仕事があったと聞いているけど」

「あ、それは大丈夫です。今はベル様の介抱のためにと時間を作ってもらいましたから」

「それはすまない。貴重な時間を取らせてしまったのにね」

「いえ、オベロン様が謝ることではありません。それに、ベル様が起きたというのなら喜ばしい限りです。更にはランクアップもしたとなれば。宴会にはぜひリリも呼んでください」

 

 そう言って、もと来た道を引き返そうとするリリをオベロンは引き止めた。

 

「まあまあ、折角来てくれたんだ。ここは一つ、お茶でもどうかな。……ここだけの話、【ソーマ・ファミリア】の動向がキナ臭い。君にも注意を呼びかけたくてね」

「っっ…それは!……分かりました。では、お言葉に甘えます」

 

 早速とばかりに席を用意し、最近買い直したばかりのティーカップに紅茶を注ぐ。たちまち温かい湯気が昇り、紅茶独特の風味豊かな香りが地下室内に立ち込める。

 狼人の種族特性である鋭敏な嗅覚で以ってそれを嗅ぎつけると、僅かにだが顔を歪めた。

 

「おっと、紅茶は苦手だった?」

「……いえ、嫌いではないです。ただ、あまりその様な機会がなかったもので…」

 

 顔を伏せ告げる。その雰囲気に何かを感じ取ったのか、オベロンは黙って着席する。

 

「それで、【ソーマ・ファミリア】のことなんだけど、彼らの行動指針が変わり始めているのは知っているかな?」

「いえ……。それが、どうしたのですか?」

「君も知っての通り、あのファミリアは実権を団長のザニスが握っている」

 

 ザニス・ルストラ…。【ソーマ・ファミリア】をあんな肥溜めにし、弱者を甚振り甘い汁を吸う男。あの下卑た笑みを思い浮かべるだけで当時の記憶が、汚い冒険者の所業がありありと思い浮かんでくる。刷り込まれてしまった恐怖をなんとか抑え込み、何てことない風に受け流す。

 

「彼等、といってもザニスとその取り巻きだけしか知らない事だけど……闇派閥(イヴィルス)と繋がっている可能性がある」

「なっ…!?」

「落ち着いて、まだ可能性だ。最近、モンスターをどこかへ売りさばこうとする意思を見せ、そのブローカーもいると話していた。ああ、どこで聞いたのか、とかは詮索しないでね。それで探ってみたら…当たり。似たような動きを見せていたのは【イケロス・ファミリア】だ」

 

「【イケロス・ファミリア】…?」

 

 聞き覚えのない派閥名に首を傾げる。いや、実際には聞いたことはある。だが活動記録はなく、注目するほどのものではないと思っていた。

 

「今の若い人たちはあまり知らないか。【イケロス・ファミリア】はかつて探索系ファミリアとして名を馳せていてね。なんとレベル5の団長とレベル4の構成員がいる。過去には深層にだって乗り出したこともある、名実共に一級のファミリアさ。でも最近は拠点も蛻の殻だし、活動記録もない。ギルドも疑っている所のが現状だよ。……ただ、ギルドの定めている等級はBだけど……多分、いや確実にA相当はあるだろう。そして一番肝心な部分。この【イケロス・ファミリア】はまず間違いなく闇派閥と懇意になっている」

「な、何で…!?」

 

 思いもよらない大物の影がちらつき始め、その驚異に驚き戸惑うことしか出来ない。

 そしてもし、リリが【ソーマ・ファミリア】所属というせいで、ベル様にその被害がいったらと思うと……。

 見る見るうちに青ざめるリリにこれはマズいと思ったのか、あくまで予想だと重ねて述べる。

 

「すまない。怖がらせすぎてしまった。安心してとは言えないが、ザニスの独断だということは分かっているし、まだ事に移してはいない。それに…これは幸いと言っていいのかは分からないけど、多分【イケロス・ファミリア】は【ソーマ・ファミリア】なんてどうでもいいと思ってる。行方をくらましている君や、ベルが巻き込まれる。なんてことはまず無いよ」

 

 そうは言うが、可能性があるだけでも警戒に値する。そして、どうしてこの男はこれほどまで知っているのだろう。今の台詞から、ギルドですら把握していない情報の筈。ましてや闇派閥と関わる極悪ファミリアの現状を知っているのも、そしてそれを何故リリに言うのかすら分からない。

 まさか、この男は闇派閥の――

 

「いいや、それはないよ」

「っ!?な、なんで」

 

 にべもなく否定される。顔を上げ目と目が合う。その瞳の輝きは不思議な魔力を放っており、さながら神達のような超越存在か何かと勘繰る。

 

「いやいや、今の君の顔を見たら誰だって分かるさ。ともかく、僕は闇派閥じゃないよ。神にも誓える。なんならヘスティアの前で言ってもいい。君に言った理由は僕なりの親切心ってやつだよ。……まあ、余計に疑わせてしまっただけに終わってしまったけど」

 

 どこか憂いを帯び、淋しげに伏せてしまった目に、リリでは計り知れないほどの歴史を感じた気がした。

 

「とにかく、頭の片隅にでも置いてくれれば嬉しいよ。あの二人は甘過ぎるきらいがある。あ、いや、悪いとは言ってないけどね。現実は物語みたいに都合のいいことばかりじゃない。今の所、君がそのストッパーになれるだろうからね。そういう理由(ワケ)だよ。僕はやることが多すぎて中々ベルに同行してあげられないから、ベルは君に任せたよ」

「は、はい。分かりました」

「うん。良い返事だ。僕は経験だけは一丁前だと自負しているからね。君のような清濁併せ呑む人がお人好しには必要なのさ。それに、どうしようもないくらいに困ったら、ベルも言ったようにこのホームにくるといい。これでもコネは結構持ってるのさ!」

 

 ヘスティア様と同じく、隠しきれない優しさを滲ませて微笑むオベロン様。どこかあどけないような笑みを、大人の雰囲気を身に纏う不思議なヒト。

 

(リリの杞憂……でしたね。ベル様のお仲間を疑うなんて、少し疑心暗鬼になりすぎていたようです。だって、あれほどまでベル様たちのことを気にかけているのですから)

「では、失礼しましたオベロン様。お紅茶、美味しかったです。ベル様にはリリが祝っていたとお伝え下さい」

「ああ、さようならリリルカ。また来るといい」

 

 手を振ってリリを見送り、その姿が完全に見えなくなったところでオベロンは溜息をついた。その顔はただひたすらに無。何の関心も興味も抱いていないそれであった。

 

「いやあ、まさか鼻のいい狼人の姿とは思わなかった。そうと知ってたら無臭のを用意してやったのに」

 

 

 

 

 

 

 まあ、あんなのどうでもいいからね。

 

 




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ヒトを繋ぐもの

なんか最近調子よくね?


 冒険者、カヌゥは立ち尽くしていた。

 

「カ、カヌゥ!?たすっ、助け――ぁ!!」

 

 眼前にて仲間だったモノが爆散し、紅い紅い鮮血の大輪を咲かせる。

 

『グゥウウウウウッッ……!』

「ひぃ、ひぃあっ」

 

 また一人、仲間が迷宮の染みと化す。全身を真紅の体液で彩った二M強のモンスターが、手に持つ上等な大剣を地に叩きつけながら咆哮する。

 

『ヴモォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!』

 

 ビリビリと、魂にすら染み入る恐怖の砲声。爆音が如き大音声にカヌゥは危うく尻もちをつきかける。

 肉質的巨軀。圧倒的覇気。身体の総てが生命を破壊するための造形が目の前の獲物を蹂躙しようと今一度脈動する。

 丸太を束ねた様な太さ、ゴムの様な弾力を兼ね備えた筋肉は一瞬にして最大まで膨らみ―――解放。

 

「クソックソックソックソックソッたれ!!何だってこんな所にミノタウロスがいるんだよッッ!!!?」

「馬鹿カヌゥッ話してる暇ギャッ!?」

「あ、ああ、ああぁぁぁぁぁっっっ!!」

 

 バチュンッ。

 また一人、潰れた果実になる。

 それは恐ろしいほどの速さで振るわれ、骨肉を一切の障害としていない事が嫌でも理解出来てしまう。ミンチどころか血袋に成り果てた仲間の姿を双眸に焼き付ける。

 自分達とは違って、呼気を荒らげすらいないミノタウロスからは愉悦も快感も感じられず、ただそこにあるのは冷徹な殺意。粗暴で頭が弱いと言われるミノタウロスとは思えない感情を宿しているそれは、決死の覚悟で逃げるカヌゥの姿を視界に収め―――肩に大剣を置いた。

 

 それは遥か古代より、人間が己より強大な怪物を打倒する為に生み出したものの一つ。『剣術』と呼ばれるものに酷似していた。

 ありとあらゆる液体を喚き散らしながら走り去る有象無象。それは己を高める土台にすらならない弱者。だが、目の前を彷徨かれたからには殺さない理由がない。

 

 腰を低く、左肩を前に倒し、左右に持つ大剣で十字を創る。右の剣は肩の上、左は背に回す。長く呼気を吐き、開眼と同時、怪物は跳んだ。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁぁあ―――あ?」

 

 体をねじり、居合に近い動きで左を繰り出し、開かれた空間に渾身の一撃。それは冒険者達の纏う防具など紙切れのように斬り捨て、一瞬にして肉体を幾重にも分割してゆく。

 その豪快にして痛烈な剣技は誰もが怖気を覚えるほどであり、それでいてある種の『武』を心胆に感じさせるほどに研ぎ澄まされたものだった。

 

『グモォォォオォォォオォォッッッッ!!!』

 

 自らの勝利に雄叫びを上げ、背後の猛者へと振り返る。

 

「予想以上に育ったか」

 

 そう静かに告げ惨状を確かめるのは都市最強派閥(フレイヤ・ファミリア)の団長にして、至高の領域に佇む人間(人外)。名をオッタル。

 

「よもや【イシュタル・ファミリア】の刺客まで殺し得るとはな」

 

 そう、辺りに散らばるのは何もカヌゥ達下級冒険者の死骸だけではない。

 迷宮に籠もるオッタルに向け、フレイヤの失脚を目標に駆り出された【イシュタル・ファミリア】の戦闘娼婦(バーベラ)。山と襲いかかるそれらをオッタルは軽くあしらっていたが、今は無惨な死体と化したカヌゥ達により解放されたミノタウロスは真っ先にオッタルに纏わりつく戦闘娼婦に向かっていき、突然の乱入に対処できなかった団員がそのまま肉塊へと変貌した。

 それ以降はとどのつまり簡単な事。蹂躙だ。たかがミノタウロスと侮った団員から真っ先に血飛沫をあげ、油断していない団員をも圧倒的な膂力と怪物の持たない筈の剣技において武具ごと両断された。

 その惨状に失敗を悟った団員は撤退。逃げる戦闘娼婦を追わずにミノタウロスはカヌゥ達を殺しにかかったのだ。

 

 このミノタウロスは、あまりに強すぎる。オッタルの予想すら超える規格外の成長を遂げた彼は、オッタルへ襲いかかる様子も、怯える様子もなくただ一瞥し、ズシンズシンと二刀を携えて去っていった。

 

「ベル・クラネル。この試練はそう甘くないぞ」

 

 誰に言うでもなく、()()()()()()()()()ミノタウロスが視界から消えたことを確認すると、ゆっくりと迷宮内を闊歩し始めたのだった。

 

 これは余談だが、この度ミノタウロスが殺害した冒険者はレベル1が4名、レベル2が14名。そしてレベル3が3名の都合21名であった。

 

―――おお、怖い怖い。何て恐ろしい怪物なんだろう。流石は都市最強に育てられ、挙げ句に魔石を貪欲に求めた強化種なだけはある。でも安心して?怪物はえてして英雄に倒される。そういう物語(ストーリー)だって、とっくに決まっているんだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「おっと」

 

 パリン、と。

 オベロンが弄っていたポーション瓶が砕け、ヘスティアの手に持ったティーカップの取手が割れる。

 

「熱っ!?あっ、あちちちちちっっっ!?」

「だ、大丈夫ですか神様!?」

 

 当然、本体ごと熱々の紅茶がヘスティアの体に被り、一張羅の謎の服を茶に濡らしながら石畳を転げ回る。

 慌てたベルにポーションをかけられ、だんだんと痛みが引いてきたところで惨状を見る。

 下界に降りて以降、初めて自分の給料で買った素朴ながらも思い出深い――まだほんの数ヶ月程度しか経っていないが――白いティーカップの破片がバラバラになって散らばっていた。

 それはオベロンの落として流れてしまったポーションと触れ合い――炸裂。

 

「いいぃっ!?」

「うぎゃー!?僕達のホームがぁー!?」

 

 予想だにしない爆発にベルは驚愕し、ヘスティアはその被害に実感の籠もった悲鳴を上げた。

 

「嘘だろ、ほんっっとにすまない!まさか紅茶と混ざると爆発するなんて……。僕の確認不足だ。ほんとに申し訳ない……!」

 

 流石のオベロンもこれは把握しておらず、全面的に悪いと反省の意を示している。しかしヘスティアも鬼ではない。むしろ、偶然による事故だというのだから、許さないで何が神だと、若干の強がりを滲ませながら気丈に振る舞う。

 

「それより、二人共怪我はないかい?」

「僕は大丈夫さ。むしろ一番心配なのは神の力を封印しているヘスティアなんだけど……その様子なら大丈夫かな?」

「ぼ、僕はお二人よりも離れていたので……その、神様……。服を……」

「服?」

 

 オベロンがどこか哀れなモノを見る目で返答し、赤い顔のベルはヘスティアへと照準を合わせまいと努力するが、チラチラとこまめに目線を移してしまっている。

 

 先程までは必死で考える暇もなかったが、こうして冷静になってみれば、体に張り付くような白い布地は紅茶とポーションで濡れに濡れ、ただでさえ強調されている幼くも妖艶な肉体をくっきりと浮かび上がらせていた。

 

「へぇ〜ん?ふう〜ん?………………ベルくんのエッチ」

「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?ごめんなさあぁぁぁぁあい!」

「あっ、ベル!?…ヘスティア、君は全くベルのこととなると子供みたいな……ああそっか、神って種族はこんなもんだった」

 

 やれやれと、手のかかる子供を見る保護者のように首をすくめると、ヘスティアは当然抗議する。

 

「あんなちゃらんぽらんでいい加減に生きてる奴らなんかとは比べないでくれないかな!いくらオベロンくんとはいえ」

「え。でも君最初の頃は随分とヘファイストスにおんぶにだっこで自堕落に過ごした結果がこれなんじゃなかったっけ?」

「うぐっ!君、ちょくちょく気にしてることを言うよね…」

 

 軽く清掃だけ終わらせると、いじけるヘスティアを尻目にオベロンは地上へ続く階段へと足をかけた。それを怪訝に思ったヘスティアは眉をひそめる。

 

「オベロンくん?」

「……何かこう、嫌な予感がするんだ。ヘスティアもそうだろう?」

「…君も、かい?」

 

 無言の首肯。

 

「ああ、僕達に出来ることは忠告くらいさ。でも無いよりかはマシなはずだ」

「…分かった。ベルくんによろしく。絶対に帰ってきてくれってね」

「承知したとも」

 

 足をかけ秘密の地下室から体を出し、ベルの行き先へと思いを馳せたところで、意外なことにその姿は直ぐに見つかった。

 もう既に何も入れられていない古い本棚の側。そこに背を丸めて座り込んでいた。

 何やらとても集中しているのか、背後に迫ったオベロンにすら気づいていない。

 

「ベル」

「っ!?…って、オベロンさん?」

 

 慌てて立ち上がるベルは手に何か紙片の様なものを握っており、不意に背後の本棚へと頭をぶつけた。

 

「いたっ」

「ああもうそんなに慌てるから。君は日常生活だとちょっと抜けてるな。……ところで、僕はてっきりもう外に出たものだと思ってたけど、何だってまだこんなところに?戻る機会を伺っていた訳じゃあないだろう?」

 

 そう告げると、先程の失態を思い出したのか顔を赤らめ「ちっ、違います!」と訴え、その原因の品を差し出した。

 

「この本棚と壁の隙間に、こんなものがあったんです」

「これは……!」

 

 それはとある魔石写真機(カメラ)によって切り取られた何気ない街の一枚。

 場所はこの寂れた教会の前で、道行く人も写り込み、いつもの活気溢れるオラリオ、といった様子だ。

 教会は今より苔も少なく、荒れてはいない。その写真の古さと相まって随分と前のものらしい。

 それだけであれば、たまたまこの所有者が忘れてしまっただけだと推測することも出来るが、ベルはある一組の人間を指さした。

 赤ん坊を抱える女性と、その隣に立つもう一人の女性の写真。

 優しげに微笑む白髪の女性はとても幸せそうに笑い、並ぶ黒いドレスの女も僅かに口角を緩めていた。

 白と灰という髪色の違いはあれど、二人の顔立ちはとても良く似通っている。恐らくは姉妹なのだろう。

 

 写真機はこの二人を中心に捉えており、何も知らない人が見れば何てことない家族写真だと、疑問にすら思わないだろうそれは、しかしてベルにとってはなぜだか無視できない代物だった。

 

「ここに写ってるこの人達が、何だか懐かしく思えてきて……。変、ですよね。会ったこともないのに」

「……そうか。やっぱり……」

 

 はっきりと、哀愁を漂わせて呟き、それにベルが反応する暇も与ずにオベロンは続けた。

 

「…実はね、僕は君に会うのはあのときが初めてじゃないんだ」

「それって…?」

「僕は君がもっと幼い頃、それこそ物心つく前から君のことを知っている。もっとも、オラリオに来るだなんて予想はしていなかったけど。……うん、はっきり言うよ。彼女達は君の家族だ」

 

 家族。

 その言葉を耳にした途端に寂寥とも困惑ともとれない顔に変わる。だがしかし、それでいて成程と納得する心境に、何よりも本人が驚いていた。

 

「僕の…家族」

「この赤ん坊……昔のキミを抱えているのが、実の母親であるメーテリア。そしてこっちの方はアルフィア。メーテリアの姉でキミにとっては伯母にあたる人物だ」

 

 もう一度、何度でも。穴が空くほどに熱心に見つめ続けるベルは、どんな感情を抱いているのか、反芻するように名前を呟いている。

 

「これが、僕のお母さん」

 

 ベル・クラネルは、母親というものを知らなかった。田舎の村では偶に面倒を見てくれる知り合いこそいるが、母親というには遠かった。

 ベルにとっては未知の存在。それでいて幼き頃よりの羨望の一つ。

 

「僕にもっ…お母さんがいたんだ……!」

 

 くしゃくしゃに。くしゃくしゃに。どれほど待ち焦がれたものだろう。かつては祖父に聞き、悲しい顔をさせてしまってからは話題に出さなかったそれ。密かに憧れていた関係があったのだと、大切に大切にその写真に想いを馳せた。

 

「この廃教会はね、メーテリアの好きな場所だったんだ。…まさか、時を経てキミが来るなんてね」

 

 涙声を滲ませながら、けれど泣き顔を見せまいと堪えるベルは固い決意を宿した瞳を向けていた。

 

「やっぱり僕、ヘスティア・ファミリアで良かったです」

 

 言葉はそれだけ。されど、それが何重もの意味を込めていたのかは、容易に察することができた。

 

「……そろそろ良い時間だ。リリルカを待たせているんじゃないかな?」

「あっ、そ、そうでした!これ、どうしたらいいんでしょう!?」

 

 おろおろと、保管場所に困る写真を手に持ち狼狽える。

 

「良かったら、僕が預かってもいいかな?何、悪いようにはしない。キレイに写真立てにでも収めてみせるさ」

「ありがとうございます!じゃ、じゃあ僕行かないと」

 

 まさに脱兎の勢いで外に駆け出そうとするベルを送り出し、言葉を投げかける。

 

「ヘスティアからの伝言だ!『絶対に帰ってきてくれ』だってさ。勿論僕も同じ気持ちだ。レベル2になって初の探索、十分以上に注意してくれ!」

「はいっ!ありがとうございました!」

 

 今まで以上の速度で大通りを駆け出し、人混みに消える背中を追うと、オベロンは静かに引き下がった。

 

―――手に持つ写真の裏に渡る黒い染み。ベルはただの汚れだと思っているそれが、血液が凝固したモノであることを、オベロン以外は未だ知らない。




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ちなみに、No.1になれなかった蘭丸星人ととある長可星人の義兄妹がこのすば世界に不時着(誤字ではない)をする話って需要あります?


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