鴻渡千歳は救われたい -僕のヒーローアカデミア ATONEMENT- (佐鳥五鹿)
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アカデミア編1
プロローグ ほどなくして訪れる未来


『悪夢のような光景!突如として神野区が半壊状態となってしまいました!現在オールマイト氏が元凶と思われるヴィランと交戦中です!』

 

 テレビから報道の音声が聞こえている。

 オル先生が戦ってる…相手はヴィラン連合の影のボス…だとさっき教えられた。

 

「オールマイト。彼は素晴らしい人間だよね。誰よりも強くて誰よりも輝いてる。でも、その大きすぎる輝きのせいで――」

 

 ――何これ、やば

 ――オールマイトボコられてなかった?

 ――うっわめっちゃやられてんじゃん!

 ――神野区ってどこだっけ?

 ――明日パパ会社休みかも…

 ――他のヒーローは何やってんだ!?

 

「ぐっ…うぅ…」

 

 巨大な掌を持つ脳無に上半身を包むように掴まれ、身動きが取れない私の頭の中に言葉が、感情が流れ込んでくる。

 「精神同調」。目の前のヴィラン――界世こころのその"個性"によって、この光景を見ている人達の感情を強制的に流し込まれている。

 

 ――たるんどる!!なんつって。まーでも実際あると思うわ

 ――最近敵暴れすぎじゃね?

 ――むしろヒーローがやられすぎな気ィする

 ――いやぁしかし結局今回もオールマイトが何とかするっしょ!

 

 脳無の力はとてもつもなく、私の身体は破壊され続けている。"個性"「超回復」によって自動的に復元されるけれど、治ったそばからまた壊され現状打破の糸口が掴めない。

 

 こころから私を殺そうとする意思は感じられない。私が回復できる、けれど逃げる隙がないように脳無を調整しているんだ。

 なんて、たちが悪い。

 

「強すぎる彼の存在のせいで、人々の心はこんなにも醜く歪んでしまった。

 生贄にヒーローという欺瞞に満ちた名前をつけて、全てを押し付けて、自らは何も成さず。何様のつもりなんだろうね」

 

「オル…先生…」

 

『オールマイトが…しぼんでしまっています…』

 

 テレビに映し出されたオル先生の姿が…あの姿は…。

 

 ――オールマイト…やばくない……!?

 ――そんな…嫌だ……オールマイト…!

 ――あんたが勝てなきゃあんなの誰が勝てんだよ…

 ――姿は変わってもオールマイトはオールマイトでしょ!?

 ――いつだって何とかしてくれてきてくれたじゃんか!

 ――オールマイト!頑張れ

 ――まっ負けるなァ、オールマイト!!

 ――頑張れえええ!!

 

「オールマイトが負けたら自分たちの安全が脅かされる。だから勝って。

 なんて醜いんだろう。弱者であるということを盾に無責任に他者に縋って。誰もオールマイトの心配なんてしちゃいない。オールマイトが負けた時の自分の心配しかしていない。

 ねぇ千歳ちゃん。こんな人達、守る価値があるって、本当にそう思う?」

 

 「精神同調」を介してこころの悲しみ、絶望を感じてしまう。

 この"個性"によってこころは人間を信じられなくなり、それでも信じたいという思いが消せずに。

 

「私は見たいの。人間の本当の素晴らしさを。

 信じたいの。人間という存在を、その輝きを。

 ヒーローに依存したままじゃ人間は駄目になってしまう。だから…」

 

 ――私と一緒に、このヒーロー社会を壊そうよ――

 

 私にはそれがまるで、悲鳴のように聞こえた。



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第1話 自己紹介から始めましょう

 私の名前は鴻渡千歳(こうどちとせ)

 この春めでたく雄英高校ヒーロー科に合格して、今日はその入学の日。

 

 万が一にも遅刻しないようにと早く登校しすぎたみたいでA組の教室にはまだ私一人。何もすることがないので机に突っ伏して時間が過ぎるのを待っている。

 

 私の実家は東京、流石に実家から通うのは現実的じゃないので雄英すぐ近くの部屋を借りて一人暮らしを始めた。登校にあまり時間がかからないのはすごく楽。

 家事はまだ慣れないし一人の食事は寂しくもあるけど。

 

「むっ」

 

 ぼーっとしてたら教室の扉が開き、生真面目そうな黒髪メガネの男子と目が合った。

 

「おはようございます」

 

 突っ伏したまま会釈をすると男子は几帳面に振り返って扉を閉めてから、私の前まで歩いてきた。

 

「おはよう! てっきり僕が一番かと思ったが先を越されたな」

 

 元気のいい人だな。何というかリーダータイプというか委員長タイプっぽい。

 なんとなく地元でお世話になったヒーローに似ている気もする。

 

「私立聡明中学校出身、飯田天哉だ」

 

「鴻渡千歳です。東京の鳴羽田(なるはた)中学でした」

 

 鳴羽田、その名前を出した途端に飯田くんの動きが一瞬ピタリと止まる。

 

 東京スカイエッグ崩壊事件、ポップ☆ステップ事件、そして悪夢の一夜 鳴羽田ロックダウン…爆破の"個性"を持つヴィランによる一連の事件で私の生まれ育った街は不本意な形でその名前を歴史に残すこととなってしまった。

 まだ風化するほど月日も流れておらず、あの事件がトラウマになっている人も多い。

 

「そうか…よろしく頼む、鴻渡君」

 

 気遣いの出来る誠実な人なのだろう、鳴羽田のことには触れずに手を差し出してきた飯田くんの手を取って、

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 私もその誠意に応えた。

 


 

 その後、当たり障りのない会話を飯田くんとしていると他のクラスメイトもポツポツと登校してきた。

 

 近くに座った何人かと飯田くんとしたように軽く自己紹介をしたりしていると、少し離れたところで飯田くんが何かガラの悪い人と言い争ってるのが聞こえてきた。

 

「聡明~~? 糞エリートじゃねえか、ぶっ殺し甲斐がありそだな」

「君ひどいな本当にヒーロー志望か!?」

 

 …雄英って生活態度は合否に影響しないんだろうか。

 

「うわ…おっかねぇな」

 

 隣に座っていた上鳴くんがヒソヒソと小声で私に振ってくる。

 

「そうでしょうか。無闇矢鱈な威嚇は不安があったり自信がない人がするものです。ああ見えて意外と臆病なのかもしれませんよ」

「ちょ、声」

 

 慌てた様子の上鳴くんの言葉を遮るようにガタッと大きな音を立てて立ち上がったガラの悪い人がこちらに向かってくる。

 

「聞こえてんぞ眼鏡女、誰が臆病だって?」

 

「聞かれないように話していませんから。別に意識して聞こえるように話していたわけでもありませんが」

 

 睨まれたので見つめ返す。

 

 この人…あれだな、ニュースで見たことある。確か泥みたいなヴィランに捕まってオールマイトに助けられていた。

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」

 

 大きな声じゃないのに不思議と騒がしい教室でもよく通る、そんな声に教室中の意識が扉に向く。

 

 扉の前には麗日さんと頭がもさもさした地味めの男子が居て、今の言葉はその二人に向けて言われたらしい。

 

「ここは…ヒーロー科だぞ」

 

 あ、イレさん…じゃなくてイレ"先生"か。

 麗日さん達越しに見えたあの頃と変わらない姿――いや、ちょっと老けたかな?――に思わず頬が緩む。

 

「ハイ静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね。担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 あ、やった。イレ先生が担任なんだ。

 

 何を隠そう、私が雄英に入学した理由の半分は、鳴羽田でお世話になったイレ先生が雄英の教師をしているから。どうせヒーローを目指すならイレ先生のようなヒーローになりたいと私は思っている。

 

 ちなみにもう半分は推薦もらえたから、というだけだったりする。

 

「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」

 

 そう言うとイレ先生はさっさと教室を出て行ってしまった。

 

「ちっ…邪魔が入ったな。眼鏡女、話は後だ」

 

 私からは特に話すことがないのだけど。

 返事する間もなくガラの悪い人も行ってしまう。

 

 周りの人達に「度胸あるなー」とか声をかけられながら、私も更衣室に向かった。

 


 

 グラウンドに出た私達に告げられたのは"個性"把握テストをするということ。

 

 さっきのガラ悪い人――爆豪くんと言うらしい――が爆破の"個性"を使ってボールを投げて700m超えの記録を出してみせた。

 

 そして、8種目やって総合順位が最下位の人は除籍処分になるらしい。

 理不尽だという声も上がったけど、イレ先生の言葉に一蹴される。

 

「plus Ultraさ。全力で乗り越えて、来い。さてデモンストレーションは終わり。こっからが本番だ」

 

 最初は50m走になるようで、イレ先生が移動を促す。

 確認するなら今しかないと、私は小走りにイレ先生に追いついて声をかけた。

 

「イレ先生、お久しぶりです」

 

「鴻渡か。推薦入試で見かけた時も驚いたが、まさかお前が俺の生徒になるとはな」

 

 4年半くらい前に初めてあった頃は、私もまさかこんな展開になるとは夢にも思っていなかった。そもそも当時はイレ先生が教職についてない、ヒーロー一本槍だったのもあるけど。

 

「イレ先生が居たので雄英に来たんですよ? それであの、私も"個性"をフルに使っていいのでしょうか」

 

「当然だ。むしろ手を抜くんじゃないぞ」

 

 お墨付きを得た。私の"個性"は少し特殊なので一応確認しておきたかったけど、これで心置きなく使える。

 

「おい」

 

 振り向くと爆豪くんだった。

 

「なんですか」

 

 絡まれてめんどくさいという態度を隠さずに対応する。

 

「舐められたままなのは我慢できねぇんでな。宣戦布告だ、圧倒してやるよ」

 

 私の"個性"も知らない内から凄い自信だ。

 確かにボール投げの記録は凄かったし、彼自身の応用力もあるみたいだけど。

 

「わかりました。一種目でも私に勝つことができたら認めてあげます」

 

「…あ?」

 

 想定外過ぎて呆気にとられたのか、或いは何を言われたか理解できなかったのか。固まってしまった爆豪くんを置いてさっさと移動する。

 

「あ゙あ゙ん!?」

 


 

第一種目 50m走

 

「3秒04!」

 

 飯田くんの記録が出た。

 あの"個性"はエンジン。やっぱり飯田くんはターボヒーローインゲニウムの血縁っぽいな。

 後で話してみよう。

 

 さて私の番。少しだけ緊張する。

 

『ヨーイ…START!』

 

 シグナルの瞬間、意識が加速し世界がスローモーションになる。

 私の身体は即時トップスピードに入り、レーンを駆け抜けた。

 

「0秒80!」

 

 "個性"を使わないで普通に走ると8秒くらいだったかな、流石に速い。

 

「すげーなお前!」

 

 戻ると何人かに囲まれる。

 

「まさか早さで負けるとは、僕も精進しなくてはな」

 

「なんの"個性"なの?」

 

「今のは『コックローチ』の"個性"です」

 

 答えると、コックローチがなんのことか知ってるらしい何人かが固まった。

 

「コックローチってなんだ?」

 

「平たく言えばゴキブリです」

 

「ゴッ…!」

 

 そして知らなかった人も固まった。

 

"個性"『コックローチ』

高速移動や滑空が可能だがイメージは最悪だ!

 

 速いし硬いし結構な強"個性"なんですけどね。

 

「はっ、陰気臭せぇお前にはお似合いの"個性"じゃねえか」

 

 聞いていたのか爆豪くん。

 その"個性"で他の種目をどうする気だ、と暗に言ってる気がする。

 

 まあ確かに『コックローチ』でアドバンテージを得られるのは後は長距離走くらいだけど。

 

 でもこのテストのルールは私に「有利過ぎる」んですよね。

 

第二種目 握力

 

「えいっ!」

 

 思いっきり握るとデジタルメーターが400kgを示す。

 直前に540kgを出していた男子が居たので先程みたいな騒ぎにはならない。

 

「凄いねえ、ゴキブリって握力も強いの?」

 

 騒ぎにはならないけど、測定が終わると芦戸さんに聞かれた。

 

「いえ、今のは――」

 

 答えようとして次に測定しようとしていた子の行動に目を奪われる。

 

 え、なんであの子握力測るのにお腹出してるの。あ、お腹からなんか出てきた。そういう"個性"なんだ。あれは…万力? え、え、それ使うの。握力とは一体…。

 

「あれいいんだ…」

 

 芦戸さんも呆然としてる。

 あれはそういう手もアリだと知っても、そうそう真似できないな。

 

第三種目 立ち幅跳び

 

 えーと…これはどうしたらいいんだろう。

 

「イレ先生ー、私このまま結構何処まででも行けちゃいますけどー」

 

 測定用の砂場を通り過ぎて、そのまま空中で振り返ってイレ先生に問う。

 

 記録、∞。

 

「…お前、"個性"2つ持ってるのか」

 

 髪の毛が左右で白と赤に分かれてる男子に聞かれた。この男子とはまだ自己紹介していないので名前はわからない。

 

 他の皆からもそれぞれ奇異なものを見る視線を感じる。

 

「うーん…"個性"を2つ持っているというか何というか。確かに今のは『羽』の"個性"で『コックローチ』とは別の"個性"なのですが」

 

"個性"『羽』

対象に羽を付けて飛ばすことができるぞ! だいたい500kgくらいが限度だ。

 

「私の"個性"はちょっとややこしくて。あまり長々話してるとイレ先生に睨まれそうなのでテストが終わってからでいいですか?」

 

「…ああ」

 

 よかった、納得してもらえた。

 さてどう説明したものかな。

 

第4種目 反復横跳び

 

 この種目は、峯田君がボールでぼよんぼよん跳ねてるのを見て真似することにした。

 

"個性"『移動罠』

触れた対象を特定の方向に移動させる罠パネルを設置できるぞ!

 

 中心に加速、加速の左右に加速に向かう罠を置いて、→―←と。

 

 右の罠に飛び乗る。

 

 うん、いい感…じ…? あれ、思ったより加速が。

 

「わわわわわー!!」

 

 あっという間に加速してすごい速度で左右に揺られる! 加速を踏む頻度が多すぎた!

 

 何とか20秒耐えて、罠解除。記録116回。

 

 もうこんな使い方しない…でもヴィランに踏ませるのはありかも。

 

第5種目 ボール投げ

 

 これも『羽』の"個性"で飛ばして記録∞。

 

「…」

 

 少し考えてみる。この"個性"把握テスト、"個性"によっての有利不利が過ぎる。

 

 『透明化』の葉隠さんとか『帯電』の上鳴くんとか、身体能力に直結しない"個性"の人は記録が伸びていない。

 

 イレ先生、本当にこんなことで除籍処分にするつもりなのかな? それこそイレ先生が嫌いな不合理だと思うけど。

 

「つくづくあの入試は…合理性に欠くよ。おまえのような奴も入学出来てしまう」

 

 ん?

 

 皆がざわついていたので見てみると、さっき麗日さんと話していた地味目の男子がイレ先生に"個性"を消されたらしい。

 

「見たところ…"個性"を制御できてないんだろ? また行動不能になって誰かに救けてもらうつもりだったか?」

 

 あの男子はさっきから記録らしい記録が出ていない。身体能力に直結しない"個性"なのかと思ったけど、"個性"を使うと行動不能になる…?

 

「緑谷出久、お前の"力"じゃヒーローにはなれないよ」

 

「…」

 

 イレ先生は誰かに救けてもらう、と言ったけどそれはまだ恵まれた状況。あえて言わなかったんだろうけど本質はそうじゃない。

 

 その場に誰も味方がいなかったら? 孤立した状況で身動きが取れなくなったら結果は死、以外にない。

 

 ヒーローは人を救けるのが仕事。

 

 だけど、そのヒーローもまた人であり一つの命だと言うことを、大抵の人が見落としてしまっている。

 人を救けても自分が死んでしまっては【要救助者の救出に失敗し犠牲者を出した】ということに他ならない。

 

 ヒーローとしては、失格。

 

 もっとも、今制御できなくてもプロになるまでに教えるのが入学させた学校の責任なのでは。

 教えなくてもこなせるなら教育機関の存在意義がないわけだし。

 

 除籍の件、この緑谷くんへの叱咤。合わせて考えればこのテストで見ているのはその結果じゃなくて…。

 

 とりあえず多分必要になりそうだし、あの"個性"を使う準備はしておこう。

 

「スマ―ッシュ!」

 

 緑谷くんが二投目を投げる。ボールは凄いスピードで遠くへと飛んでいった。

 

「まだ…動けます」

 

 緑谷くんの指が腫れ上がってる。身体が壊れてしまうほどの超パワーの"個性"…といったところなのかな。

 

「どーいうことだこら、ワケを言えデクてめぇ!! んぐぇ!!」

 

 爆豪くんが緑谷くんに突っかかって行こうとして、イレ先生に捕まった。

 誰にでもあんな態度の狂犬なのかな、爆豪くんは。

 

 そんな光景を横目で見つつ、私は緑谷くんに近づいた。

 

「大丈夫ですか? 緑谷くん」

 

「えっ!? あ、う、うん大丈夫!」

 

 聞いておいてなんだけど、これを大丈夫と判断しちゃうのはダメじゃないかな。

 

「そうですか。ちょっと失礼しますね」

 

 ちょっと届かないので背伸びして、緑谷くんの頬にキスをする。

 

「んなーーーっ!」

 背後から誰かの声がした。

 

「ななな何、何で」

 緑谷くんも真っ赤になって後退った。

 

「応急処置だけですが。少しはマシかと思います」

 

「えっ。あ、ほ、本当だ…」

 

 緑谷くんの赤黒くなって腫れ上がっていた指は、色はまだそのままだけど腫れが引いている。

 

「リカバリーばあさんの"個性"か。鴻渡、勝手に助けるな」

 

「はい、ごめんなさい」

 

 イレ先生にお小言もらうだろうな、とは思ってた。

 

 緑谷くんの怪我は緑谷くん自身の判断で緑谷くん自身の"個性"を使用したもの。

 判断には責任がつきまとう。本来ならば怪我をおしてこのままテストを続けるのが筋なんだろう。

 

「でも、ある人が言ってたんです」

 

 思い出す。

 そう、あれは鳴羽田で出会った人達の…。

 

「悪党を殴るとスカッとするって」

 

「…」

 

 イレ先生が表情を変えずに私を見ている。

 

「…」

 

 緑谷くんが信じられないようなものを見る目で私を見ている。

 

「…間違えました、コレジャナイ。えーと…私、何が言いたかったんでしたっけ?」

 

「知るか。タチの悪い連中の影響受けやがって。もういいから戻れ、テストの続きだ」

 

 シッシッと追い払われたので大人しく従って緑谷くんと一緒に移動する。

 すると何人かが寄ってきた。

 

「入学初日からいきなりカップル成立かよ!」

「鴻渡君、不純異性交遊はいけない!」

「緑谷…許せん…!」

 

 冷やかしとか注意とか妬みとか色々考えることは違うらしい。

 

「ち、違うよ! 鴻渡さんは僕の指を治してくれて…」

 

 緑谷くんが皆に見えるように指を出す。

 

「それって…リカバリーガールの"個性"?」

 

 反応は目に見えてよろしくない。さっきまでの明るい雰囲気は掻き消えて、困惑が広がってる。

 

 速くて、力も強くて、空を飛んで物も飛ばす。罠みたいなトリッキーなこともして、その上に他人の治療までできる。

 皆の目には私がそんな規格外の化け物に見えているのだろう。

 

 誰だって理解できないものは怖い。それが知ってしまえばなんてことないものでも。

 

 皆の不安を払拭する為にも、"個性"の説明するのは吝かではないんだけど。

 

「先程そちらの紅白くんには言いましたが」

 

「…轟焦凍だ」

 

「轟くんには言いましたが、私の"個性"について気になるなら後で説明します。イレ先生がこちらを睨んでるので」

 

 イレ先生は既に次の種目のスタート位置に移動していた。

 遠くて表情は見えないけど「今すぐ来ないとお前ら全員除籍処分だ」と雰囲気だけで語っている。

 

「さ、行きましょう」

 

 


 

 

第6種目 持久走

走る競技は『コックローチ』の"個性"の独壇場。1位。

 

第7種目 上体起こし

背中がつく位置に上方向の『移動罠』をセット。反動がちょっときつかったけどさっきより全然マシ。1位。

 

第8種目 長座体前屈

"個性"『ゼラチナスマター』を使用で2位。蛙吹さんが舌で記録を伸ばしたので負けてしまった。

 

"個性"『ゼラチナスマター』

自分の身体がスライム状になる。物理攻撃には無敵に近いが温度変化等には弱いぞ!

 


 

「んじゃパパっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括開示する。ちなみに除籍はウソな、君らの最大限を引き出す合理的虚偽」

 

「「「はーーーー!!!!??」」」

 

「あんなのウソに決まってるじゃない…ちょっと考えればわかりますわ…」

 

 八百万さんがポツリと言った。

 確かにイレ先生自身が虚偽と言ってるんだからそう思うのが普通なんだけど。

 

 私はイレ先生をじっと見た。その視線に気付いたイレ先生は首を横に振る。

 何も言うな、か。

 

「これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから目ぇ通しとけ。緑谷、リカバリーガールのとこ行って治してもらえ」

 

 そう言ってイレ先生は緑谷くんに保健室利用書を差し出す。

 

「私、治しますよ?」

 

「いや。『治癒』の"個性"の注意点はばあさんから聞いてるだろ?」

 

「はい。体力を消費するのでやり過ぎると逆に死ぬって」

 

「そのやり過ぎにならないように治癒の利用を記録してるんだ」

 

「そういうことですね。出過ぎた真似をしました」

 

「それとな、"個性"の発動方法的にあんまり節操なく使ってると俺はともかく他の教師から問題視される可能性がある」

 

「…それは不合理ですね」

 

「全くだ。だが痛くもない腹を探られるのも面白くない。だから治癒は緊急時だけにしておいてくれ」

 

「わかりました」

 

 こればかりはイレ先生に文句を言っても仕方ない。

 

「…そろそろいいか?」

 

「轟くん」

 

 そうだった、"個性"の説明するって話だった。

 忘れてた、なんて言えない。

 

 見れば他のクラスメイトも一人として教室に戻ろうとはせずにこちらの様子を伺っている。

 

 それでは、自己紹介から始めましょう。

 

「既に半分くらいの人とは挨拶しましたが改めて。私の名前は鴻渡千歳。名字だと口田くんとややこしいので千歳と呼んでください」

 

 皆に見えるように手を掲げて、"個性"『ゼラチナスマター』を発動させた。手首から先だけゲル状に変化してグニャグニャと動かしてみせる。

 

「今日の"個性"テストで私は6つの"個性"を使いました。『コックローチ』『オランウータン』『羽』『移動罠』『治癒』そしてこの『ゼラチナスマター』です」

 

"個性"『オランウータン』

腕が長くなって腕力や握力が向上するぞ!

 

「どの"個性"も元々はそれぞれ別の人達の"個性"でした。それを私はコピー…とは厳密には違うんですけど、まあそんな感じで使わせてもらってます。私自身の"個性"の名前は『チートコード』。自分の"個性"を別の"個性"に書き換えることができます」

 

鴻渡千歳 "個性"『チートコード』

自身の"個性"を書き換えることができる。

書き換える為のコードは他人から読み取りが可能。

書き換えには2分前後必要で、書き換えに失敗するとハングアップして10分程行動不能になる。

 





現在判明してる使用可能"個性"コード
コックローチ
オランウータン

移動罠
治癒
ゼラチナスマター

超回復


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第1.5話 "個性"テストの後に

「相澤くんのウソつき!」

 

「オールマイトさん…見てたんですね…暇なんですか?」

 

「『合理的虚偽』て!! エイプリルフールは一週間前に終わってるぜ」

 

「君は去年の一年生…一クラス分全員除籍処分にしている。『見込みゼロ』と判断すれば迷わず切り捨てる、そんな男が前言撤回っ! それってさ! 君も緑谷君に可能性を感じたからだろう!?」

 

「……君も? ずいぶんと肩入れしてるんですね…? 先生としてどうなんですかそれは…」

 

「そ、そういう相澤君だって鴻渡君を特別視していなかったかい!?」

 

「まあ…そうですね。鴻渡は今後の成長如何ではありますが、オールマイトさん、あなたに続く次世代の平和の象徴と呼ばれることになるかもしれないと考えています」

 

「…相澤君にそこまで言わせるとは」

 

「それ程の"個性"なんです。後は精神的な問題が克服できるかどうか…」

 

「ああ、例の事件の…。こればかりはすぐにどうこうできる話でもないからね」

 

「いいきっかけに恵まれるといいんですが。では」

 

(行ってしまった……『チートコード』、か。『オールフォーワン』と似通った部分があるのが気になる"個性"だが)

 

「やれやれ…緑谷君。ライバルは強力だ、うかうかしていられないぞ」

 

 

 


 

鴻渡千歳(15)

Birthday:4/19

Height:146cm

好きなもの:眼鏡、海鮮料理

 

THE・裏話

・特に意識した訳じゃないのに女版デクみたいな髪型に。

・『チートコード』は初期案ではもっと色々できる設定でしたが凄くつまらないものになりそうだったので、できることを削って制約を足していった結果こんな感じに。2分縛りのせいで身内相手には強く、不意の遭遇戦のような状況だと"個性"によっては逃げるしかなかったりする難儀なものになりました。

 

 

【挿絵表示】

 

Picrewの「五百式立ち絵メーカー」をお借りして作成しました。

 


 

"個性"の元の持ち主紹介

 

『コックローチ』 GG 

とある指定敵団体に所属する女性。団による被害はヒーロー一名に対するストーカー行為ぐらいなのでほとんど放置されてる

 

『羽』 柳 詩歌(しいか)

鳴羽田中学の近所のパン屋で働くお姉さん。クリームパンが特に美味しいと評判

 

『オランウータン』 森 賢人(けんと)

『ゼラチナスマター』 須良(すら) (りん)

『移動罠』 左右田(そうだ) 上重(かみしげ)

鳴羽田中学の同級生。全員ヒーロー以外の進路に進んでおり千歳を応援している

 

『超回復』 京堂 扇奈

京都にある護国院学園に通っていた女性。千歳とは修学旅行の際に偶然出会った。現在は卒業して巫女として働いている。



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第2話 「本気でやる」っていうのは「何をしてもいい」ってことじゃない

 "個性"テストから明けて翌日、午前中は普通科と同じカリキュラム。

 

 ヒーローを一生の仕事とできる人は少ない。体力的な限界は必ず訪れるし、怪我が原因で引退することも多い。

 将来のことを考えれば勉学を疎かにするわけにはいかない。

 ヒーローは国の枠を超えて活動をする場合もあるから、特に英語は必須技能になる。

 

 ところで私は、自分が使える"個性"の中でいくつか反則みたいな"個性"があると思ってる。

 そのうちの一つ、『強化睡眠記憶』はとにかくチートコードとの相性がいい。

 

 寝る前に書き換えるだけだから他の"個性"と競合しないし、結構な数の"個性"を管理できているのもこの"個性"のおかげなところがある。

 普通に勉強していれば成績上位をキープできるのも凄く助かる。

 

 この『強化睡眠記憶』を貰ったのは私の"個性"が発現して間もない頃だった。

 元気にしてるかな…鋼くん。

 

"個性"『強化睡眠記憶』

眠りによる長期記憶への定着がほぼ100%になるぞ!

 

 昼食を挟んで午後からの授業がヒーロー基礎学。

 

「わーたーしーがー!! 普通にドアから来た!!!」

 

 担当教師はオールマイト先生。今まで主にテレビの中で見るだけだったナンバーワンヒーローの登壇に教室中がざわついた。

 

「ヒーロー基礎学! ヒーローの素地をつくる為様々な訓練を行う科目だ!! 単位数も最も多いぞ。

 早速だが今日はコレ!! 戦闘訓練!!!」

 

 テンション、高いな…。素でこれは疲れないんだろうか。

 

「そしてそいつに伴って…こちら!!!」

 

 教室の壁がゴゴゴと音を立てて迫り出してきた。収納式のロッカーになっていたらしい。

 

「入学前に送ってもらった「個性届」と「要望」に沿ってあつらえた…戦闘服!!!」

 

「おおお!!!!」

 

 再度教室がざわつく。一部は立ち上がる程だ。

 

 これでは全く盛り上がってない私の方が浮いてるんじゃないか、そう思って軽く周りを見てみると八百万さんや常闇くんのように静かに座ってる人も居て安心…いや違う、我慢してるだけだあれ…明らかにウズウズしてる。

 

「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!!」

 

「「「はーい!!!」」」

 

「はーい…」

 


 

 提出した書類を基に学校専属のサポート会社が最新鋭のコスチュームを用意してくれるシステム、被服控除。

 

 私の場合は素人の意見を出すよりプロに仕立てて貰ったほうがいいと判断して"個性"の情報だけは詳しく、後は身体のサイズだけを書いた。

 そんなわけでどんなものが出来上がっているかは私も知らない。

 

 移動してきた更衣室でスーツケースを開くと、中から紙が一枚ハラリと落ちる。

 

「!?」

 

 説明書でも入っていたんだろうか、そう思って落ちた紙を拾おうとした私の目に映ったのは、『ゴメンナサイ』という文字。

 心なし字が赤黒くて、まるで血文字のように見える。

 

 そんなまさか…と首を振って拾い上げた紙の裏面は…というかこちらが表みたいで、メーカーからの謝罪文のようだ。

 

 内容を要約すると――『やりました、やったんですよ必死に! その結果がこれなんです! 我々は、なんの成果も挙げられませんでした!』といったようなことが書かれていた。

 

 …なんか、悪いことしてしまった気がする。

 

 "個性"を持っている私自身どうしたらいいか分からないから丸投げしちゃったわけで、責める気も起きない。

 

 そういえばB組にも他人の"個性"をコピーして使う人がいるって聞いたけどその人はどうしたんだろう。今度聞きに行ってみようかな。

 

 ともかく、"個性"に合わせたコスチューム機能はないけれど、汎用性重視に全力で良いものを仕上げてくれたらしいので中身を見てみる。

 

 トップスは軍服ライクなデザインの白のリーファーコート。ボトムスはショートパンツにオーバーニーソックスの組み合わせで、いわゆる絶対領域が露出する…デザイナーのフェチズムを感じる…少なくともヒーローっぽくはないんじゃないかな、コレ。

 

 っと、じっくり品定めしている場合じゃない。早く着替えて行かなければ。

 そう思い、他の皆の様子を確認するべく目を向ける。

 

「……」

 

 やっぱり皆ちゃんとヒーローらしいコスチュームのように見える。

 まだ皆も着替え途中なので、急いで着替えれば一人だけ遅れるということはなさそうだ。

 

 …そんな考えより真っ先に思ったのは――みなさん はついく よすぎない ですか――だった。

 

 昨日はあんまり意識しなかったけどヒーロースーツって身体のラインが強調されるようなデザインが多いからかな。

 

 思わず自分の胸に手を当ててみる。申し訳程度のほのかな膨らみが私の手をわずかに押し返し、控えめな主張をした。

 

 ……人類は不平等というしがらみから逃れる術を持たない。

 

「千歳、どうかしたの?」

 

「耳郎さん……」

 

 浅緋色のシャツに黒のジャケットとズボンという衣装に着替えた耳郎さん。ブーツには何か仕掛けがあるようでサイズが大きい。

 

 そんなことよりも、そのスレンダーな体型に親近感を持ってしまうけれど。

 

「いえ……頑張りましょうね、お互い」

 

「?」

 

 怪訝な顔をされるが、いい加減本当に遅れてしまうので私も急いで着替え始めた。

 


 

「格好から入るってのも大切なことだぜ少年少女!! 自覚するのだ!!!! 今日から自分は…ヒーローなんだと!!

 さあ!! 始めようか有精卵共!! 戦闘訓練のお時間だ!!!」

 

 オールマ先生によると今日の訓練はヴィラン組とヒーロー組に分かれて2対2の屋内対人戦闘とのこと。

 ヴィラン組は「核兵器(という設定のオブジェクト)」を制限時間まで防衛するかヒーローを捕まえる、ヒーローは「核兵器」を回収するかヴィランを捕まえる。

 

「コンビ及び対戦相手はくじだ!」

 

 くじか…私の場合は相方や相手に合わせて”個性”を書き変えるのが前提になるからそこが一番重要かな。

 

「あ、鴻渡君は引かなくていいから」

 

「……はい?」

 

「鴻渡君には最初の試合が終わったらサプライズがあるから、楽しみにしているといいぞ!!」

 

 なんか、嫌な予感が…。

 


 

 最初の対戦はAチーム麗日・緑谷ペアがヒーロー、Dチーム飯田・爆豪ペアがヴィラン。

 個性テストの順位で考えれば10位20位ペア対3位4位ペアで圧倒的にAチーム不利になるけれど、Bチームはチームワークに不安があり過ぎる。

 

 時間制限がある中でターゲットを探す必要があるヒーロー側は不利だけれど、早いうちにターゲットが見つかってしまえば今度はヴィラン側が防戦を強いられる。

 何しろ「核兵器」は3m前後はありそうな大きさの上、回収はタッチするだけでOKという中々の緩い判定。

 

 「核兵器」を建物から外に運び出すのが条件だと時間制限的に難易度が跳ね上がるし仕方ないのだろうけど。

 

「サプライズってなんだろうねー」

 

 対戦について考察しつつ皆と一緒にモニタールームに移動している中、さっきのオル先生の話を振ってきたのは隣を歩いていた葉隠さんだった。

 

「どこかの組み合わせに加わってハンデマッチとかかな?」

 

「オールマイトとタイマンだったりしてな」

 

 他の皆も気になったようで口々に予想を口にする。

 他人事だと思って好き勝手言ってるな。オールマイト相手とか絶対無理だし嫌なんだけど…。

 

 モニタールームに到着すると、既にモニターには各チームの様子が映し出されていた。

 

 ヒーローチームは見取り図を見ながら作戦を立てているのだろうか。

 一方、ヴィランチームは何かを話しているようだけど相談している風ではない。

 

 そんな調子のまま、やがて対戦の開始時間となった。

 

「さぁ君たちも考えて見るんだぞ!」

 

 ヒーローチームの初手、麗日さんの『ゼログラビティ』を使用して4階の窓から侵入。周囲を警戒しながらビル内を進んでいく。

 

 対するヴィランチームの初手、

 

「いきなり奇襲!!!」

 

 爆豪くんが独り「核兵器」から離れてヒーローチームを襲撃した。

 

 いち早く察知した緑谷くんが麗日さんを庇いつつ爆豪くんの『爆破』を避けるも、緑谷くんのヒーロースーツの仮面は半分に破れてしまった。

 

「……?」

 

 アレ、本当にヒーロースーツ?

 

 雄英高校の専属サポート会社が製造したものならプロのヒーローが使用する製品と遜色ないモノのはず。耐熱・耐衝撃性のある素材で作られていて当然なのだけど。

 

 さすがにあれだけで破れるってことは普通の布のハリボテなんじゃ…。

 

 でもそれだと被服控除使わないでスーツを用意したってことで、なんのメリットもない非合理な選択だしよくわからないな。

 

「おお!!」

 

 私の明後日の思考は歓声で遮られる。緑谷くんが爆豪くんを投げ落としたようだ。

 

 爆豪くんはすぐに立ち上がってあまりダメージはないようだけど、頭に血が上っているのか激高しているのが音声のないモニター越しでもわかる。

 

 後ろ手に『爆破』を利用して再び緑谷くんに向かっていく爆豪くん。戦場から離脱する麗日さんには目もくれない。

 

 一方の緑谷くんは"個性"を使わず、攻撃を防ぎ避けながらもテープを用いて確保のチャンスを狙う。

 

 お互い決定打がないまま緑谷くんが逃走し、遭遇戦は幕を降ろした。

 

 5階のモニターに視線を移すと「核兵器」が設置された部屋の入口に潜伏していた麗日さんが、待ち構えていた飯田くんに発見されていた。

 

 二人の間合いはジリジリと詰まり、こちらも戦闘開始…と思った矢先だった。

 

「爆豪少年ストップだ、殺す気か」

 

 オールマイトのその物騒な言葉に、爆轟くんを映すモニターに視線を戻そうとした私の目が捉えた光景は、赤。

 複数のモニターにその爆炎は映り込み、同時にドオォという爆音が地下のモニタールームにまで響いた。

 

「授業だぞ、コレ!」

 

 そう、これは授業。訓練だ。

 勝っても負けても得られるものは評価でしかなく、それは当然命を賭けるに値するものではない。

 

 何をやってるんだ、爆豪くんは。

 

「緑谷少年!!」

 

 ビルの破壊による塵埃で塞がれたカメラの視界が晴れた時、そこに緑谷くんの姿を認めて一先ずは安堵する。

 

「先生、止めたほうがいいって! 爆豪あいつ相当クレイジーだぜ、殺しちまうぜ!?」

 

 切島くんも今の爆轟くんの攻撃は問題だと感じたようだ。声には出していないけど他の皆も大方同意見のようで、切島くんが言わなかったら中止を提言していただろう。

 

「いや……爆轟少年、次それ撃ったら…強制終了で君らの負けとする。屋内戦において大規模な攻撃は守るべき牙城の損壊を招く! ヒーローとしてはもちろんヴィランとしても愚策だそれは! 大幅減点だからな!」

 

 だけど判断は警告止まり。オル先生には何か考えがあるのだろうか。

 

 反則負けは流石に嫌なのか、爆豪くんは再び接近戦に切り替えて攻撃を仕掛ける。

 先程までの直線的な攻撃と変わってフェイントや体術を織り交ぜ、緑谷くんは全く対応できずに攻撃を受けてしまった。

 

「リンチだよコレ! テープを巻きつければ捕えたことになるのに!」

「ヒーローの所業に非ず…」

「緑谷もすげえって思ったけどよ…戦闘能力に於いて爆豪は間違いなくセンスの塊だぜ」

 

 戦闘の才能は確かに認めざるを得ない。確かに爆豪くんは強い。

 ……勝利のチャンスをみすみす見逃すなんてことがなければもっと良かったんだけどね。

 

 緑谷くんは爆豪くんから逃げるように壁際まで移動した。追い詰められたように見えるけど、爆豪くんに向き合い何か言い合う様は勝ちを諦めた人のそれではない。

 

 二人共に腕を振りかぶり、緑谷くんの超パワーの"個性"、爆豪くんの『爆破』の"個性"がお互いを捕え――ることはなく、『爆破』だけが緑谷くんに直撃し、超パワーは上方に向けられ天井を穿つ。

 

 こんな作戦を実行したということは建物を破壊するなという警告は爆豪くんだけに通信されていたのだろう。

 5階では麗日さんが崩れたビルの柱を振るって破壊により産まれた破片を飯田くんに向けて打ち出した。その破片に混ざって自身も突撃してそのまま「核兵器」に抱きつくことに成功した。

 

「ヒーロー…ヒーローチーム…WIIIIIN!!」

 


 

「まぁつっても…今戦のベストは飯田少年だけどな!!!」

「なな!!?」

 

 講評の時間。緑谷くんは保健室に運ばれていったので3人だけが戻ってきていた。

 

 八百万さんが先生顔負けの批評を披露し、爆豪くん緑谷くん麗日さんへの駄目出し、シチュエーションに対応したからこそ負けた飯田くんを称賛した。

 

「オル先生…質問いいですか」

 

 講評が終わったところで私は手を上げた。

 このまま授業を受けるなんて気持ちにはとてもなれなかったから。

 

「ああ! 何かな?」

 

 私は一つ息を吐き、気を落ち着けてから言葉を紡ぐ。

 

「訓練に本気で挑めない人間は本番で全力を出せない、そんな理屈はわかっています。でもこれはあくまで訓練なんです。必要以上に級友を危険に晒す爆豪くんとも、後に響きかねない怪我を厭わない緑谷くんとも、私は戦いたくありません。ヒーロー科ではこんなことが当たり前なのですか?」

 

 「本気でやる」っていうのは「何をしてもいい」ってことじゃない。

 こんなことを繰り返していたらヒーローになるどころか、卒業するまでに取り返しのつかない事になる。

 

「う…む……。爆豪少年、君はあの大爆破を緑谷少年に当てるつもりはなかった。そうだろう?」

 

「……」

 

 爆豪くんがわずかに頷いて肯定を示す。

 

「"個性"でどこまでやっていいかってのは線引きの難しい問題だ。だからこそヒーロー以外の"個性"の使用は禁じられてるし、皆も他人に向けて個性を使ったことはほとんどないだろう。その辺りの塩梅もこれから覚えていかなければいけないぞ!!」

 

 ……失念してた。個性に慣れてないのが当たり前、なんだよね。ましてや対人戦なんて。

 

「わかりました、認識を改めます。失礼しました」

 

 ヒーローにはヴィランを殺害する権限はない。

 自分の"個性"と向き合いながら、相手を殺さずに倒す方法を覚えていかなければいけない。学校が護ってくれる間に、自分の責任で"個性"を振るうことになるその時までに。

 それこそがヒーロー科に求められ……私には既に身についている感覚。

 

「それでは次の対戦の前に!! 鴻渡くん! 君には最終戦で四人相手に戦ってもらうね!!!」

「……はい?」

 

 ナニソレ。

 

「マジかよ…」

「4対1…?」

 

 あんまりなサプライズにクラスメート達もざわついている。

 

「人数のバランスが変わるから相手を確保するルールは廃止、「核兵器」の確保だけが勝敗の条件になるぞ!!」

 

 速攻で4人を無力化する勝ち筋まで塞がれた……。

 

「相澤くんに言われててね! 鴻渡少女は程々の所で手を抜くだろうからそんな余地もないくらい負荷をかけてほしいってさ!!」

 

 イレ先生、酷いです。

 

「その代わり、今からセッティングに入って他の対戦が終わるまでが準備時間になるぞ!!」

 

 通常の準備時間5分に制限時間が15分で3組分の時間、それに講評の時間とかもあるから…最長おおよそ1時間半。それだけ時間があればやりようはある、かな…?

 


 

 こうして私は一人、最終戦のビルへと移動して準備を始めることとなった。

 

 タブレット端末を渡されたので対戦とモニタールームの様子を見ることはできるんだけど……。

 

「…寂しい」

 





現在判明してる使用可能"個性"コード
コックローチ
オランウータン

移動罠
治癒
ゼラチナスマター
強化睡眠記憶

超回復


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第2.5話 『治癒』を貰った時の話

 千歳がリカバリーガールのもとを訪ねたのは雄英高校推薦入試の日、試験が終わった後のことだった。

 

「あの、リカバリーガールさん…いえ、先生」

 

「はいはい。おや、あんたは」

 

「鴻渡千歳です。リカバリー先生にお願いがあるのですが」

 

「うん、言ってみなさい」

 

「…『治癒』の"個性"を私にも使わせてもらえませんか?」

 

「どこか怪我したのかい?」

 

「いえ、そうではなくて…」

 

「…なるほど、あんたの"個性"の話だね」

 

「はい。私自身の怪我なら『超回復』という"個性"で治せるんですが他人の怪我を治すことはできなません。ですから『治癒』を使えるようになりたいんです」

 

「あんたの『チートコード』で"個性"をコピーすると私に何か影響はあるのかい?」

 

「いえ、何もありません」

 

「なら黙ってコピーしても気付かないと。それでもお願いしてきたってことは同意がなければコピーできないのかね」

 

「いえ、コードの取得にはそのような条件はありません。

 ヴィランを除いて、私を信じて託してくれる人からだけコードを取得させてもらうことにしているんです。もしも私が勝手に取った"個性"で誰かを傷つけるようなことがあれば、その"個性"の持ち主は責任を感じてしまうかもしれませんから。

 もっとも、『治癒』は誰かを傷つけることはないと思いますが」

 

「いいや、『治癒』はそんなに万能でもないんだよ。元々人が持ってる治癒力を活性化させるだけだからね、体力を消耗させちまうんだ。大怪我を治そうとしたら逆に死んじまう」

 

「…それって、もしかして怪我がない状態で『治癒』を使ったら」

 

「賢い子だね。そう、過回復は人体にとって毒になる。『治癒』だって使いようによっては簡単に人を殺せちまう”個性”だってこと、忘れちゃいけないよ」

 

「……はい」

 

「うんうん、それじゃ持っていきな」

 

「……え? いいのですか?」

 

「イレイザー達から話は聞いていたし実は最初から渡すつもりだったさね。話して確信したよ、あんたなら悪用することはないだろさ」

 

「ありがとう、ございます。……コード・アクワイア」

 

「……? 終わったのかい?」

 

「はい。『治癒』のコード、確かに拝受いたしました」

 

「本当に何も起こらないんだね」

 

「そうらしいです。私には光り輝いたリカ先生の身体からコードの文字列が解き放たれて、そのコードが私の身体に吸い込まれる様が視えたのですが」

 

「そいつは興味深いねぇ。……一つ聞いても?」

 

「なんでしょうか」

 

「イレイザーの『抹消』をコピーしないのは何でなんだい?」

 

「……私は何にでもなれてしまいますので、近くにいる人の居場所を奪うようなことはしません。リカ先生の『治癒』は何人いてもいい”個性”なので例外なんです」

 

「それじゃ雄英に入っても生徒の”個性”をコピーしない、と」

 

「はい。どうしても必要に迫られなければ、そのつもりです」

 

「苦労する性分さね……」

 

「……それにあの人、かなり無茶するタイプじゃないですか。『抹消』なんてレアな”個性”を持っているからギリギリのところでブレーキかけてますが、私というバックアップができてしまったらきっと……長生きはできないかと」

 

「そいつはあるかもしれないねぇ」

 

「……もう、私のせいで誰かが死ぬのは見たくありませんから」

 


 

"個性"の元の持ち主紹介

 

『強化睡眠記憶』 村上 鋼

千歳の”個性”が発現して間もなく出会った少年。千歳の1歳年上。当時は自分の個性が嫌いで仕方なかったが、千歳と交流する内に友達も増えて克服した。千歳とは学区が違ったため自然と疎遠になってしまったが、お互いのことは今でもよく"覚えて"いる。



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第3話 こうして世界は終わった

 最終戦、くじで残り千歳の対戦相手となったのはEチーム青山・芦都ペア、Fチーム口田・砂藤ペアの4人だった。

 

 舞台となるビルの前までやって来た4人は、互いの個性の確認とここまでの4戦を参考――参考にならない対戦もあったが――に作戦を立てる。

 

「口田はここから鳥でビル内の探索。俺たち3人は1階からクリアリングだ」

 

「核か千歳が見つかったら合流してから総攻撃だね!」

 

 「核兵器」が抑えられたら負けとなるこのルールでは、「核兵器」の守備を放棄してヴィラン側が攻めるのはハイリスクとなる。

 今回ヴィラン役は1人。「核兵器」から離れられずにいると4人は読んだ。

 

『屋内対人戦闘訓練最終戦 開始』

 

 オールマイトからの通信で開始が宣言され、4人は予定通り行動を開始する。

 

 口田は鳥を呼んで各階の窓へと飛ばし、他の3人はビルの入口へと油断せずに歩を進めた。

 

『ヒーロー諸君』

 

 そうしてビルに入ろうとした時だった。その突然の声に3人は身構える。

 声は千歳のものだったが周囲に姿は見えない。

 

『私は悲しい。君達ならば、私の真意を理解してくれると思っていたのだがね。

 まぁいい。歴史を変えられると思い上がっているのならば、いつでもかかっておいでなさい。ハーッハッハッハッハッハ!!』

 

 三人と、少し離れていた位置にいた口田にもその声は届いており、揃って呆気に取られる。

 

「な、何だい今のは」

 

 今の声が何かの罠ではないかと辺りを探るが何も見つからない。

 つまり、今のは只のフレーバーテキスト。演出だ。

 

「ノリノリ過ぎんだろ…」

 

「今時こんな古典的なヴィランいないよねぇ」

 

「歴史を変えるって言うのは何の話かな?」

 

「――(高笑いが全然似合わない)」

 

 各々ツッコミを呟くが、4人にはある共通認識が産まれていた。

 

 曰く、千歳はアホの子なんじゃないか、と。

 

"個性"『伝言(メッサージュ)』

触れると再生される伝言を残せるぞ! それだけだ!

 

 4人共、最高峰のヒーロー科である雄英高校に入学できたのだ。自らが優秀であるという自負はある。ある、が。

 

 "個性"把握テストでは断トツの成績で総合1位を取った。

 担任からもオールマイトからも4対1で勝負になる、或いは勝てると、そう判断されている。

 

 そんな千歳相手に気後れしていなかったと言ったら嘘になる。

 

「フフフ……」

「アハッ、アハハハハ!」

 

 緊張が解けて、4人共思わず笑い出してしまう。

 

 どんなに凄くても千歳も同じ高校一年生、かなう筈ないと端から諦めていたら勝機なんてないのだと。

 

 ひとしきり笑った後、気を取り直した3人は改めてビルへと侵入するべく入口前に立った。

 それとほぼ同時に斥候の鳥が数羽、口田の元へと戻ってくる。

 

 入口の自動ドアが開く。口田は鳥から報告を受ける。

 

 ビルの中には――ドアを塞ぐようにして「核兵器」が置かれていた。

 

「……は?」

 

 目の前に勝利条件がある。再び呆気に取られるも、咄嗟の判断で芦戸がその「核兵器」に手を延ばす。

 

 「核兵器」に触れてさえしまえば勝ちなのだ。ならばどんな罠があろうともここは行くべきだ、と。

 

「――っ!」

 

 鳥からの報告を聞いた口田はそんな芦戸を止めようとするも、間に合わない。

 

 ――パンッ!

 大きな破裂音が響き、芦戸が触れた「核兵器」が消失した。

 

「芦戸っ!」

 

「あー……びっくりしたね!」

 

 焦った砂藤は芦戸の無事を確認するも、当の芦戸はケロリとした様子で笑って見せる。

 

「だ、大丈夫そうだな」

 

「ねぇ、奥…」

 

 青山は「核兵器」がなくなって開けた視界の先を指差す。

 そこには、「核兵器」があった。いや、「核兵器」しかなかった。

 ビル内を埋め尽くす核、核、核……。

 

「これ全部、さっきのと同じ…?」

 

「――!!」

 

 追いついた口田が身振り手振りで他の階も似たような状況だと説明する。

 

 4人はこれ全部を割っていかなければならないのかと辟易する。

 青山の『イビルレーザー』でまとめて壊していく手段も考えられたが、万が一この中に本物があったらターゲット破壊で負けになる。下手な手は打てなかった。

 

"個性"『どっきり☆バルーン』

外見を完璧にコピーしたバルーンを作成するぞ! 触れると大きな音を立てて破裂するけど攻撃能力なんかは全くなくてビックリするだけだ!

 

 破裂するのが分かっている巨大風船になんて誰だって触りたくはない。だが迷っている時間もないので、4人は一先ず1階の「核兵器」を壊して回ったが、結果として1階に核兵器は無く、全てが偽物であった。

 

 制限時間は残り10分、こうなると最初の『伝言』も時間稼ぎの一環だったのではないかと勘ぐってしまう。

 

 4人は再度相談して、それぞれ1フロアずつ対応することに決めた。誰か一人が千歳と遭遇してしまうことにはなるが、各階の偽物を全て確認する事を優先すると決めた。

 

 千歳の戦闘能力は4人にも、この対戦を観ている他のA組生徒にも未知数だ。

 オールマイトですらそれは断片的な情報で知るのみで、相澤に「次世代の平和の象徴になり得る」とまで言わしめたその実力の一片を見られるのをワクワクしながら待っている。

 

「おかえり、親愛なる我が友よ。…と言ってあげたいところだが、どうやら我々の同志に戻るつもりはないようだね」

 

 砂藤が進んだ5階、その最奥の部屋に千歳の姿はあった。芝居がかった台詞、大仰な手振りで砂藤を出迎える。

 

「どんな設定か全然わかんねぇよ!」

 

 千歳が立ちはだかる先に「核兵器」が1個だけ置かれているのを確認した。まず間違いなくあれが本物だと砂藤は確信する。

 

 仲間には既に通信で千歳を見つけたことを伝えた。だとすれば今やるべきことは1つ。自分が倒されても千歳が今どんな"個性"を使えるのかを確認する。

 

「うぉおお!!」

 

 "個性"『シュガードープ』を発動させ、増強したパワーで千歳へと突進した。

 躱すならそのまま「核兵器」を抑える。

 『オランウータン』でパワー勝負に来るなら望むところ。

 

 千歳は避けない。迎え撃つように構えるのを砂藤は視認し、ならばと姿勢を低くして全力で千歳を押し倒すべくタックルした。

 

「……は?」

 

 モニタールームで観戦していた面々には一連の流れが見えていたが、砂藤には何が起こったか理解できなかった。

 

 目の前で千歳が突然消え、ターゲットを失ったタックルは当然失敗して床に滑り込む。その直後に消えたと思った千歳が地に伏せる砂藤を踏み付けてその上に立った。

 

「う、うおお!」

 

 追い払おうと身体を捻って腕を振り回すと千歳はあっさり飛び退いて、立ち上がり体勢を立て直した砂藤と相対する。

 

 体重の軽い千歳に踏まれてもダメージは全くなかったが、今の不可解な現象を警戒して次の攻撃に移れない。

 

 今のはどんな"個性"なのか、千歳に攻め気が感じられないのも気にかかる。

 砂藤はジリジリと間合いを詰めながら、慎重に手を探る。

 

「…!」

 

 突然千歳がバランスを崩したように転がり、その一瞬後に光り輝くビームが千歳が居た空間を貫いた。

 

 部屋の入り口には青山、口田、芦戸の姿がありそのまま砂藤に合流する。

 

「他の階の核は全部潰したよ!」

 

「チェック、だね」

 

 4人は「核兵器」を背に守る千歳を取り囲む。

 

 千歳がどんな個性を使おうとも、この状況から「核兵器」を持った上で逃げ出すのは困難であろう。モニタールームで観戦している生徒も含め、誰もがそう思った。

 

 当然4人にも油断はあっただろう。

 しかしそれでも、千歳が後ろ手に触れた「核兵器」が消失したことに驚き、動きを止めてしまったことは責められることではない。

 

「Oups !」

 

 千歳はその隙を突いて青山をすっ転ばせ、そのまま部屋の入口へと逃れた。

 千歳の左手には何か、500mlペットボトル大の物体が握られている。

 

「あれ「核兵器」!?」

 

「どうなってんだ! 何の”個性”なんだ!?」

 

 3人は慌てて千歳を追いかけ青山も少し遅れてそれを追い、千歳はそのまま4階まで駆け下り部屋に転がり込んで身を隠す。

 

 4人は見失ってしまった千歳を探すべくまた分かれざるを得ず、そうして人数が減ったことで千歳を発見しても捕らえることができずに3階に逃げられてしまった。

 

 千歳はまたしても部屋に隠れ、ならばと4人は固まって行動した。だが4人が別の部屋に入ったのを見計らって千歳は2階へと逃れた。

 

「ハァ、ハァ…お、追い詰めたよ」

「ゼェ、ゼェ、もう、逃さないぞ」

 

 完全に息が上がってしまいながらも、今度こそ4人は千歳を追い詰めることに成功する。

 縮んでいた「核兵器」は元のサイズに戻され千歳は守るように立っている。5階であった状況に戻った形だ。

 

 この時点での4人には知る由もないが、千歳が使った"個性"は『縮小』。

 

"個性"『縮小』

物を小さくする"個性"だ! 最大で大体1/10くらいにできるぞ!

 

 この"個性"、麗日の『ゼログラビティ』と同様に個性の発動を止めたら効果も消えるタイプの"個性"なので維持したままだと体力の消耗が早い。

 

 準備時間で『どっきり☆バルーン』を大量に出したのもあって、もう千歳の体力はほとんど残っていなかった。

 

「ヒーロー諸君、私は悲しい。君達ならば私の真意を……」

「確保っ!」

 

 言葉を遮って、4人は同時に千歳と「核兵器」に向かう。

 

 芦戸によって千歳は無抵抗で床に組伏せられ、他の3人の手が「核兵器」に届く。

 

 ――パンッ

 

 そして「核兵器」が弾けて消えた。

 

「そんな…偽物…」

 

 呆然として何もなくなった空間を見つめる。

 

 では本物は何処に?

 各階は各々で分担したから誰かが見落とした?

 いや、千歳を追って全ての階を全員で回ったが「核兵器」はなかった。

 

「残念ながらもう手遅れだ。書の魔獣は誰にも止められないのだよ。終焉の炎がこの旧世界を屠り、全ての歴史を呑み込むまで」

 

 動くに動けずにいた4人へと千歳は告げる。

 

「聴こえないのかい? 我々を新世界へと導くあの音が…」

 

『タイムアップ! ヴィランチームWIIIIN!!』

 

 タイミングぴったりにビープ音が響きオールマイトの声が時間切れを知らせたのだった。

 

 こうしてヒーロー達は敗れ、カルト教団により発射された核は世界を灼いた。

 カルト教団が信仰していた書の魔獣とは一体なんだったのか。

 歴史の闇に葬られた世界で、真相を知る者は亡し。

 

 ……勿論、千歳の脳内ストーリーの話である。

 

 

「はいお疲れ様!!」

 

 うん、本当に疲れた…。もうへとへと。

 

 4人と一緒にビルを出ると既にモニタールームで観戦していた皆が待っていた。

 その中に緑谷くんはいない。まだ戻ってきていないようだ。

 

「早速講評といこうか! まずはヒーローチームの4人、どうだった!?」

 

「いやどうもこうもよ…途中は結構いい戦いしてたと思ってたんだけど」

 

「終わってみたら全然輝けてなかったネ、僕ら」

 

 砂藤くんの言葉を青山くんが繋ぐ。

 

「結局「核兵器」は何処にあったんだ?」

 

 質問者は切島くん。外に出る時に回収したから先にモニタールームから移動した皆には回答が見られなかったらしい。

 

「ビルの入り口扉の上ですよ。出っ張りがあってそこに横にして置いてありました」

 

「――…」

 

 続いて口田くんが…何か言ったらしい。全然聞こえないけど。

 

「そう、口田少年の言う通りだ!」

 

 マイトイヤーは地獄耳。

 

「ビル内に大量に置かれたバルーンを壊して回る内に「核兵器」のサイズが3mくらいだってのが染み込んじまったな! つまりバルーンは二重の罠だった訳だ!!」

 

 縮めた「核兵器」をただ隠していたなら何かの拍子に気付いて見つけていた可能性はあった。その場合入り口に置いてあるのだから私に確保の阻止ができるわけもなくそれでゲームオーバー。

 

 それを許さないのが『縮小』と『どっきり☆バルーン』の組み合わせによる認識阻害、ということ。

 

「コレ無理ー! 勝ち目なかったってー!」

 

 ムキー! となっているのは芦戸さん。

 

「…いいえ、それは違いますわ」

 

 八百万さんは気付いたらしい。1戦目の講評での発言も的確だったし、才女って感じがする。

 

「千歳さんは……ヒントを出していたのだと思います。わざわざ4人が集まるのを待ってから目の前で偽物の「核兵器」を小さくしました。あの時点で千歳さんの近くにあったのが偽物かもしれないと発想できていれば本物の「核兵器」もまた、小さくされて隠されているかもしれないと発想できるということですわ」

 

「それは僕も気付いていた。もっとも外野で見ていたから言えることで、あの場に立っていたら気付くことができた自信はないが…」

 

「ヒントって言うなら最後に下へ下へと降りて行ったのもそうだろうな」

 

「それな、わざわざ本物の「核兵器」に近づいてったんだもんな」

 

「……そしてこの2つの鍵を開始時に暗示していた。”君達ならば、私の真意を理解してくれる”、つまりはそういうことだろう」

 

「あー! それで2階でも同じことを繰り返したんだね」

 

「言われた時点で1階に向かっていたらギリギリ間に合ってたかもしれないわね」

 

 飯田くん、轟くん、上鳴くん、常闇くん、葉隠さん、蛙吹さん。皆は口々に答え合わせをしていく。

 

 この戦略は戦闘訓練と呼ぶには相応しくないものだったかもしれないけれど、こちらの勝利条件がタイムアップしかなかったから仕方ない。

 それでもできる限り対等に戦うために私はヒントを散りばめた。

 

「第二戦で轟も半端ねぇって思ったけど別方向にレベルが違うわ」

 

 自信無くすぜ、峰田くんがそう零すのをマイトイヤーは聞き逃さない。

 

「それは仕方ないな! なんたって鴻渡少女は経験値が違う!!」

 

 ……え? あの、ちょっと、オル先生?

 

「5年間もヴィジランテとしてヴィランと戦ってきたんだからね!!」

 

 止める間も無く言い切られてしまった。

 明かされてしまった真実に皆がざわついている。

 

「あの、オル先生? ヴィジランテのことは"絶対に"、"誰にも"、"何があっても"、口外するなってイレ先生にきつく言われていたのですが…」

 

 ヴィジランテ。然るべきヒーローライセンスを持たず、勝手にヒーロー活動を行う人達のことだ。

 

「……まずかった?」

 

 オル先生は”善意の私人”に対して寛容なんだろう。

 

 だけど法的には殆ど真っ黒のグレーゾーン。そんなことを雄英高校入学直前まで続けてきたのだから、私の身体は叩けば埃が出るどころの話ではない。遵法精神に欠けヒーローの適正なしと断じられても何も言えない。

 

「……はぁ。イレ先生への言い訳はお願いしますね?」

 

 今更誤魔化しようもない。じゃあもう開き直るしかない。

 

 私は前に歩み出て、オル先生の隣に立ちまだざわついている皆と向かい合う。

 

「もう隠し事をしても仕方ないのでお教えします。私は小学5年の春より鳴羽田のヴィジランテとして活動してきました。何度もヴィランと対峙してきましたし何度か死ぬような目にも合ってます。ですので皆さんが私と比べてどうこうと思う必要はありません。

 皆さんに強要できる立場にはありませんが、どうかこの秘密を共有してもらえると嬉しいです」

 





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第3.5話 千歳はエンデヴァーが嫌い

 戦闘訓練の授業が終わりホームルームの後、クラスでは今日の感想戦をするのだと何人かが集まっている。

 

切島

「爆豪、お前も来いよ!」

 

芦戸

「意見交換しよ!」

 

 そんな流れを無視してさっさと鞄を持って教室の扉に向かう爆豪くん。

 止めようとする声がかけられたが爆豪くんは行ってしまった。

 

上鳴

「何だよ、あいつ」

 

蛙吹

「そんなに負けたのが悔しかったのかしら」

 

 私はそんな爆豪くんを追って席を立つ。引き止めるつもりはないけど話したいことがあったから。

 

葉隠

「千歳も帰っちゃうの?」

 

鴻渡

「いえ、すぐ戻ります」

 

 言い残して教室を出る。

 

 少し離れた場所に爆豪くんの後ろ姿を見つけたので追いかける。追いついた時には下駄箱で靴を取り出そうとしていた。

 

鴻渡

「爆豪くん」

 

爆豪

「……んだよ、俺を笑いに来たのか?」

 

鴻渡

「笑いに、ですか? 確かに昨日は大見得切った挙げ句に私に何一つ勝てなかったし、今日も緑谷くん相手にムキになった結果負けた、いいとこ無しのとんだ道化ですが」

 

爆豪

「喧嘩売ってんのか」

 

鴻渡

「……すみません。別に爆豪くんのこと嘲笑したり見下したりするつもりはないんです。昔から言葉選びのセンスが壊滅的だと言われてるんですが中々直せなくて。それであの、話したいことがあるのですが」

 

爆豪

「話す気なんてねぇよ」

 

鴻渡

「そんな、ひどい」

 

爆豪

「問答無用で話し続けるつもりじゃねぇか」

 

鴻渡

「爆豪くん、もしヴィランに操られて爆破テロをさせられた一般市民がいたらどうしますか?」

 

爆豪

「……ヘドロの時のこと言ってんのか」

 

鴻渡

「ヘドロ……? あぁ、爆豪くんの話じゃありませんよ。私の地元で起こったポップ☆ステップ事件と呼ばれている事件の話です。

ポップ☆ステップと名乗ってご当地アイドル活動をしていた人が、脳に寄生する蜂に操られて自分の意思とは関係なく街を破壊してしまったんです」

 

爆豪

「……」

 

鴻渡

「彼女の対処に多くのヒーローが集まりました。そのヒーローチームのリーダーとなったのはエンデヴァーだったんです。

エンデヴァーはポップ☆ステップを救うべき一般市民ではなく凶悪ヴィランと断じました。

そして、彼女を助けようと独自に動いていたヴィジランテのザ・クロウラー諸共ポップ☆ステップを焼き殺そうとしたんです」

 

爆豪

「ヴィジランテってことはお前の…」

 

鴻渡

「……はい。ザ・クロウラーもポップ☆ステップも私の大切な仲間でした。

私はその時エンデヴァーに寄生蜂は駆除できる事を伝えポップ☆ステップを助けてほしいと訴えましたが、一顧だにもされませんでした。

幸いザ・クロウラーはポップ☆ステップを連れて離脱に成功し、寄生蜂は駆除されてポップ☆ステップは病院に収容されました。

私はエンデヴァーをヒーローだと認めていません。あの時あの場に居てくれたのがオル先生やイレ先生だったなら、きっとザ・クロウラーと協力してポップ☆ステップを救ってくれたはずです」

 

爆豪

「……なんでそれを俺に話すんだ」

 

鴻渡

「爆豪くんが……エンデヴァーに重なって見えるからです」

 

爆豪

「……」

 

鴻渡

「強さに固執して人として大事なものを見失わないでください。エンデヴァーのようなヒーローにはならないでください。私が言いたかったのはそれだけです」

 

爆豪

「……俺は――」

 

緑谷

「かっちゃん!!! ……と千歳さん!?」

 

鴻渡

「おや、緑谷くん」

 

爆豪

「チッ……次から次へと」

 

緑谷

「あ、あの、かっちゃんにどうしても言わなきゃいけないことがあって」

 

鴻渡

「私の話は終わりましたのでどうぞ」

 

緑谷

「いや、その、他の人には聞かれたくない話で…」

 

鴻渡

「なるほど、では私は教室に戻り――」

 

爆豪

「……構わねぇだろ、こいつにも聞かせてやれよ」

 

緑谷

「でも、えっと…」

 

爆豪

「こいつも周りの連中に弱み握られてる状況で他人の秘密を暴露したりしねぇよ」

 

緑谷

「弱み…?」

 

鴻渡

「後で説明します」

 

緑谷

「…わかった。僕のは人から授かった"個性"なんだ。誰からかは絶対に言えない。おまけにまだろくに扱えもしなくて……全然モノに出来てない状態の"借り物"で……。だから使わずかっちゃんに勝とうとした。けど結局勝てなくてソレに頼った。僕はまだまだで…だから――いつかちゃんと自分のモノにして"僕の力"でかっちゃんを超えるよ」

 

爆豪

「……今日俺はてめぇに負けた」

 

緑谷

「……え?」

 

爆豪

「氷の奴見て、敵わねえんじゃって思った。ポニーテールの奴の言うことに納得しちまった」

 

鴻渡

「緑谷くんは見ていないと思いますが、轟くんはビル全体を凍結させて瞬殺しました。八百万さんは一戦目の講評を的確にしていました」

 

爆豪

「そこの眼鏡女についてはもう意味分かんねぇ。底が全然見えねえ」

 

緑谷

「そんなに凄かったの…?」

 

鴻渡

「録画をオル先生からもらったので教室で見られますよ」

 

爆豪

「だから、こっからだ。俺はここから、ここで一番になってやる。デクには2度と負けねえ。眼鏡女にもすぐに追いついてやる」

 

緑谷

「かっちゃん……」

 

鴻渡

「爆豪くん……その眼鏡女って呼び方どうにかなりませんか」

 

緑谷

「今その反応!?」

 

爆豪

「ハッ! やっぱ意味わかんねぇわこいつ」

 

オールマイト

「いたー! 爆 豪 少年!!」

 

鴻渡

「あ、オル先生」

 

オールマイト

「言っとくけど…! 自尊心ってのは大事なもんだ!! 君は間違いなくプロになれる能力を持っている!! 君はまだまだこれから…あれ、緑谷少年に鴻渡少女?」

 

爆豪

「離してくれよオールマイト。言われなくても俺はあんたをも超えるヒーローになる」

 

オールマイト

「あ…うん……」

 

爆豪

「じゃあなデク、鴻渡」

 

オールマイト

「もう立ち直ってた…教師って難しい」

 

鴻渡

「……緑谷くんの"個性"ってオル先生のですか?」

 

緑谷

「え!!? いや、そんなまさか、そそそそそんなわけないじゃないじゃない」

 

オールマイト

「緑谷少年! 喋ってしまったのかい!!?」

 

鴻渡

「緑谷くんも私と同じで他人の"個性"を使うタイプの"個性"だったんですね」

 

緑谷・オールマイト

「……え!?」

 

鴻渡

「慣れない"個性"だったからあんな怪我をしてしまったと、腑に落ちました」

 

緑谷

「えーあー…じ、実はそうなんだ! でもオールマイトの"個性"使ってるなんてズルいと思われるかもしれないから内緒でお願いします!」

 

鴻渡

「ええ、誰にも言いませんよ。それじゃあ教室に戻りましょうか」

 

オールマイト

「すまない、緑谷少年に少し話があるから先に一人で戻っていてくれるかい」

 

鴻渡

「わかりました。緑谷くん、皆教室で待っているので早く来てくださいね」

 

緑谷

「あ、うん。すぐ行くよ」

 

鴻渡

「それではオル先生、失礼します」

 


 

"個性"の元の持ち主紹介

 

『伝言(メッサージュ)』 音堺(おとさかい) 浪漫(ろまん)

鳴羽田幼稚園の先生。千歳が通っていた頃から今も現役。戦闘訓練での千歳の言動はこの人の影響。「そこにロマンはあるのかしら」が口癖。

 

『どっきり☆バルーン』 ジャック=似里(にさと)

『縮小』 洲藻粳(すもうる) 来兎(らいと)

東鳴羽田ホッパーズカフェの常連客。昔は二人でつるんで悪戯をしては騒動を起こす悪ガキとして有名だった……らしい。




デクもかっちゃんも原作に比べてワンテンポ落ち着くタイミングがあったのでだいぶ冷静になってます


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第4話 リーダーを決めるのは誰か

 雄英高校生活3日目。

 昨日の夕刊でオル先生が雄英の教師に就任したことが報道されたらしく、登校すると校門前には大勢のマスコミが集まっていた。

 

「オールマイトの授業は如何でしたか!」

 

 ヒーロー科の生徒は片っ端から声をかけられているようだ。私も例に漏れずマイクを向けられたので――

 

「聞いてくださいよ、オル先生とイレ先生で共謀して私にだけ他の生徒の4倍きついことさせたんですよ? 酷いと思いませんか? 思いますよね? いやわかるんですけどね、期待してくれてるっていうのは。でもそれとこれとは話が別というか、あまり特別扱いされるのもフギャッ!」

 

 突然の脳天への衝撃に目の前に星が飛ぶ。頭を抑えながら振り向くとイレ先生が拳骨を作っていた。

 

「イレ先生、酷いです…」

 

「余計なことを喋るな。あんたらも、オールマイトは今日非番です。授業の妨げになるんでお引き取りください」

 

 イレ先生に首根っこを掴まれ、引き摺られて雄英の敷地に入る。

 

 一連の流れで呆気に取られていたマスコミの皆さんはようやくハッとして、オールマイトコールを再開した。

 その中の一人、若い女性のキャスターが雄英高校のゲートに近づいてセンサーが反応してしまったことで分厚い鉄筋の壁がゲートを閉ざした。

 

 これはまたすごい設備なことで……遅刻した人、閉め出されたな。

 


 

 朝のホームルーム。昨日の戦闘訓練について爆豪くんと緑谷くんはお小言を貰い、そして学級委員を決めるようにとイレ先生が告げた。

 

「学校っぽいの来たーー!!!」

 

 全員が手を上げて口々に自分がやりたいとアピールする。

 

 プロヒーロー、その中でも上位のトップヒーロー達はそれぞれに事務所を持つ。そうなるとサイドキックや事務担当の職員といった多くの人を雇うこととなり、それらを纏め上げる能力が求められる。

 その能力を鍛えるのに学級委員というのはいい訓練の場になるのは間違いないだろう。

 

 そして私は勿論――やる気はない。

 

 私が目指すのは教員になる前のイレ先生のような、事務所もサイドキックもなく身一つで成り立つスタンドアローンのアンダーグラウンドヒーロー。

 ナンバーワンヒーローを志す皆とは目標地点が違う。

 

 ……しかし皆好き勝手言ってて話がまとまる気配がないな。

 

「静粛にしたまえ!! "多"をけん引する責任重大な仕事だぞ…! 「やりたい者」がやれるモノではないだろう!! 周囲からの信頼あってこそ務まる聖務…民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのなら…これは投票で決めるべき議案!!!」

 

 そう、こういう時にこういう事を言える人がやるべきだよね。

 

 自分も委員長になりたいという気持ちが抑えられないんだろう、真っ直ぐに手を挙げながらも投票により決めることを提案した飯田くんは立派だと思う。

 

「それに、皆も分かっているのではないか!? このクラスで誰が最もリーダーにふさわしいのかを! 俺は鴻渡くんを推薦する!!!」

 

 皆の視線が私に向けられる。

 

「あ〜…」

 

 まぁ正直こんな展開もあるかもしれないとは思っていた。

 

 この2日間で皆お互いの実力はそれなりに理解した。

 私も伊達にヒーロー活動の真似事を5年間も続けて来たわけではない。少なくとも現時点で、本気で戦って負けることはないと断言できる。

 それがイコール信頼となるかは別問題だけど、それでもクラスメート達は飯田くんの推薦に同意している様子だ。

 

 仕方ないので私は席を立ち、教壇へと上がった。

 

「ごめんなさい辞退します」

 

 そして開口一番、頭を下げて謝る。

 教室はざわついたけど私は気にせずに続けた。

 

「私は自分が人の上に立つタイプではないと自認しています。相談役が丁度いいポジションですね。ですが折角推薦してもらいましたので、異論がなければこの場は仕切らせてもらおうと思います」

 

 一度言葉を止める。異議は――ないようだ。

 

「では、飯田くんの提案通り投票で決めましょう。ただし、自分への投票は禁止にします。そうしないと当落が数人の票で決まってしまって民主主義とは言い難いものになりますので」

 

 それに、こっちの方が面白いし。

 

「不正がないかは一応確認させてもらいますが、誰か誰に投票したかは墓場まで持っていきますのでご心配なく」

 

 いや重いわ、と私の冗談にツッコミが入って、教室の雰囲気が少し和やかになった。

 

 では投票の結果をまとめますか。

 

 青山優雅→緑谷出久

 芦戸三奈→緑谷出久

 蛙吹梅雨→八百万百

 飯田天哉→緑谷出久

 麗日お茶子→緑谷出久

 尾白猿夫→轟焦凍

 上鳴電気→緑谷出久

 切島鋭児郎→緑谷出久

 口田甲司→飯田天哉

 鴻渡千歳→飯田天哉

 砂藤力道→緑谷出久

 障子目蔵→轟焦凍

 耳郎響香→八百万百

 瀬呂範太→緑谷出久

 常闇踏陰→八百万百

 轟焦凍→八百万百

 葉隠透→轟焦凍

 爆豪勝己→八百万百

 緑谷出久→飯田天哉

 峰田実→緑谷出久

 八百万百→飯田天哉

 

 緑谷くん9票、八百万さん5票、飯田くん4票、轟くん3票。

 随分偏った。緑谷くんが強くては残りは団子。4人以外に票が入らなかったのも面白い。

 

 得票が少なさそうな人に投票すれば自分が当選する可能性が上がる…なんて考えた人はいなくて皆素直に投票したようだ。

 

「僕9票ーーー!!!?」

 

「なんでデクが、こんなに…!!」

 

「4票…負けてはしまったが俺を選んでくれた人が居たことがただただ嬉しい!!」

 

 得票順に委員長が緑谷くん、副委員長が八百万さんとなる。

 選ばれた2人が教壇に上がって並んだ。

 

「千歳さんが辞退していなかったら私は…悔しい…」

 

「ママママジでマジでか…!!」

 

 それぞれに思うところはあるだろう。ならば、私は最後に言葉を贈ろう。

 

「それでは私は引っ込みます…がその前に。

 この投票は2日間という短い時間で分かりやすく目立つ機会があったかどうかが多くのウェイトを占める性質が強いものです。選ばれなかったからと言って落胆する必要はありません。本当の評価は来年、これから一年間何をどう学んでいくかにかかっています。

 選ばれなかった人は来年こそ選ばれるように、選ばれた緑谷くんと八百万さんは選ばれたことを間違いではなかったと証明し来年また選ばれるように。共に成長していきましょう。

 きっとイレ先生も草葉の陰からそう期待してくれていると思います。以上、ご清聴ありがとうございだだだだ、イレ先生、痛い、痛いです」

 

 いつの間にか背後に立っていたイレ先生から後頭部にアイアンクロー。

 

「途中までまともなこと言ってるかと思って聞いていたら、勝手に殺すな」

 

 手を離されて、さっさと席に戻れとあしらわれる。

 

 ちょっとしたお茶目なのに…。

 口を尖らせながら渋々着席する。

 

「じゃあこのままヒーロー基礎学始めるぞ。まず、体力テストと戦闘訓練の結果からこちらでチームを分けさせてもらった。ヒーロー基礎学は基本的にこのチームで動いてもらう」

 

A 青山優雅 上鳴電気 八百万百

 

B 芦戸三奈 口田甲司 轟焦凍

 

C 蛙吹梅雨 障子目蔵 瀬呂範太

 

D 飯田天哉 常闇踏陰 葉隠透

 

E 麗日お茶子 緑谷出久 峰田実

 

F 尾白猿夫 鴻渡千歳 砂藤力道

 

G 切島鋭児郎 耳郎響香 爆豪勝己

 

 立体画像にチーム分けが表示され、この授業中はチーム毎に固まって座るように指示されて席を移動する。

 

 どのチームも戦力的にはある程度バランスが取れているように見えるけど、Fチームは尾白くん(近接物理)、砂藤くん(近接物理)、私(オールラウンダー)と結構偏ってるな。

 

 ヒーロー基礎学は座学と実技の両方がある授業。どちらの場合も次回までにレポートの提出が求められ、それもチーム毎に評価されるとのこと。提出忘れ等も連帯責任らしい。

 

「他の授業では臨時チームアップが主となるが、基礎学ではもっと深いレベルの連携を学んでもらう。今日の課題は互いの”個性”について、自己の認識とチームメンバーから見た印象で意見交換してその結果をまとめてもらう」

 

 なるほど、最初の課題としては適切な題材だな。

 

「改めてよろしく。俺の”個性”は見ての通りなんだけど」

 

「よろしくお願いします。尻尾が生えてますね」

 

「よろしくな。力強そうだよなその尻尾」

 

 戦闘訓練では轟くん相手だったから尾白くんには全く活躍の場がなかったけど、体力テストの立ち幅跳びや反復横とびでは尻尾を駆使して上位の成績を残していた。

 

 ”個性”を活用できない種目でも平均以上をマークしていたから本人の基礎体力が高いのだろう。

 

「戦闘スタイルは武術なんですよね」

 

 ヒーロースーツも道着デザインだったし。

 

「うん。まぁ、『尻尾』は派手なことができる”個性”じゃないから、なら身体を鍛えるしかないって思ってね」

 

 有り体に言って地味としか表現できない”個性”。この”個性”で雄英に入学できていることから彼自身の優秀さが伺える。

 

「”個性”禁止ルールで戦ったら多分クラスで一番強いと思いますよ、尾白くんは」

 

「そ、そうかな。ありがとう」

 

 限定された状況かもしれないけれど、私達の担任は”個性”を消せるイレ先生。イレ先生を相手にしなければいけない授業がこの先ある可能性は高い。

 その時が来たら頼りにさせてもらおう。

 

 しかしやっぱり良くも悪くも語ることが少ない”個性”。私達は次の砂藤くんの”個性”に話を移すことにした。

 

「俺の”個性”は『シュガードープ』。角砂糖3つ分の糖分で3分間パワーが5倍になるんだ」

 

「倍加だと元々の身体能力が重要になるな」

 

 5倍、それも制限付きの”個性”なんだ。うーん……。

 

「消費量上げて1分間15倍とか出来ますか?」

 

「え? いやどうだろう…考えたことなかったな」

 

 やっぱり、このままだとまずいってことに気付いてなさそう。

 ストレートに伝えたほうがよさそうだ。

 

「砂藤くん、結構ピンチだと思うんですけど自覚してますか?」

 

「…どういうこと?」

 

 尾白くんも気付いていなかったようだ。

 だけど私には予測できる。このままでは――

 

「緑谷くんと……個性がだだかぶりしてるんですよ」

 

 ろくに活躍の場もなく、目立つこともなく、その他大勢という立場に回ってしまう可能性が高いということを。

 

 緑谷くんと砂藤くんと同じパワー増強型の”個性”を使う。

 だけど同じとは言っても緑谷くんのはオル先生の”個性”なんだ。今はまだ緑谷くんはその力を扱いきれてないけれど戦闘訓練を見た感じでは素質はあるみたいだし、コントロールさえ身に着けてしまえばいずれはオル先生の域に達することができるということになる。

 

「ぐっ……そうなんだよな。あの超パワーにはちょっと追いつけそうにない」

 

「確かに…ここまで同じタイプの個性だと比較されちゃうしちょっと厳しいかもな」

 

「正直”個性”で対抗するのは難しいと思います。ですので緑谷くんにできない得意分野を確立していくことをオススメします。何ができるかは一緒に考えましょう。

 後は、そうですね。糖分を切らすことがないようサプリのようなものを常備した方がいいですね。私が傍にいる時なら糖分のお裾分けはできるんですが」

 

 その為だけに”個性”を書き換えるのはさすがに非効率的だけれども。

 

 てのひらを机の上に出して私は”個性”を使用する。ピンクと白の、パッと見かまぼこのような和菓子が出現した。

 

「……なんだそれ」

 

「すあまです」

 

 すあまは関東以北じゃないとあんまり知られてないらしい、豆知識。

 

「いやそれもそうなんだけど…”個性”なのか?」

 

「はい。和菓子を出す”個性”です」

 

"個性"『てのひら和菓子』

自分のカロリーを消費しててのひらの上に和菓子を作り出すことができるぞ! 味は本人の料理の腕次第だ!

 

「気になってたけどいくつ”個性”が使えるんだ?」

 

「んー、途中で数えるのやめちゃいましたが、数えるのが面倒になるくらいにはありますよ? あむっ……うん、美味しい」

 

 すあまを齧ると口の中に優しい甘みが広がる。

 この”個性”をくれた人は「あまり役に立たない」、「くだらない能力」と言っていたけど、どこでも和菓子が楽しめるなら十分いい”個性”だと思う。

 

「普段使いしているのは『羽』と『コックローチ』の事が多いですかね。…もぐもぐ。後は状況によって痛っ!?」

 

 不意に側頭部に衝撃を受けた。ぶつかってきたのは未開封のウォーターONゼリーのパックで、バウンドして机の上に落下した。

 

「授業中に堂々と何を食っている」

 

 イレ先生がそのウォーターONゼリーを回収したので、つまりこれはイレ先生に投げつけられたのだと理解する。

 

「うぅ…イレ先生、私にだけ愛の鞭がキツくないですか」

 

「お前以外にふざけ倒してる奴がいないだけだ。ちょっと自重しろ」

 

 そんな…私からノリの良さを取ったら一体何が残ると言うんですか。

 もう一回ウォーターONゼリーが飛んできそうなので口には出さない。

 

「…なんつうか凄えな」

 

「第一印象だと真面目でおとなしいタイプかと思ってたんだけど全然違った」

 

 散々な評価だ。私はいつだって真面目に楽しく過ごそうと努力しているだけなのに。

 

「……コホン、話を戻しましょう。私の”個性”の話でしたね」

 

「あぁ…とんでもない強”個性”だよな」

 

 『チートコード』は確かに強い。けれど同時に弱点もはっきりしている。

 その辺りの話もしておいた方がいいみたい。

 

「言う程万能な個性ってわけでもないんですよ? 色々な個性使えるのは強みですけど、これを有効に使おうとするなら相手の手の内を理解する必要があります。ですが切り替えに2分程かかるので戦闘中に切り替えるのは現実的じゃありません」

 

 体力テストの時は待ち時間にいくらでも切り替えができた。戦闘訓練では書き換えても残るタイプの”個性”である『どっきり☆バルーン』と『伝言』をたっぷりの準備時間に使っただけ。

 

 これが遭遇戦になんかなったりするとその時の”個性”でどうにかするしかなくなる。その場を離れて2分も消費したら救える命も救えなくなるかもしれない。

 例えば今この場で襲われたら『てのひら和菓子』でどうにかするしかない。どうにもできる気がしない。

 

「そういえば切り替えってどんな風にしてるんだ?」

 

「えーとですね、こう、頭の中におっきなモニターがあって、使いたい個性のコードが表示されているんです。そのモニターを見てる私の手元にはキーボードみたいな端末があって、その端末で表示されてるコードを間違えないように入力していく、そんな感じです」

 

 このコードは毎回値が違うので元々のコードと状態値が混ぜられて変換されているのかもしれない。

 

「なんかゲッソリする仕組みだな…」

 

 さすがにこの”個性”との付き合いも長いので私はもう慣れているけど他の人から見たらそうなるだろうな…。

 

「コードを入れてる間は変更前の個性を使えますし動けますけど、まぁ歩きスマホみたいな感じになりますね」

 

 その他、異形型のような常時発動タイプの”個性”は『チートコード』では発動型に変換されて使用しても外見の変化はほとんどないことだったり、コードを取得するには『チートコード』で自身を無個性に設定しておく必要があること、無個性はブランクコードなので書き換えはノータイムで行えること等、色々と『チートコード』についての説明をしていたらそれだけで授業時間が終わってしまった。

 


 

 お昼休み。F班で親睦を深めようと誘い合わせ、途中で一緒になった葉隠さんと瀬呂くんも連れ立って食堂 ランチラッシュのメシ処に私達は来ていた。

 

「でも千歳、本当によかったの? 学級委員」

 

 美味しい鯖の味噌煮に幸せを感じていたら話題が今朝の学級委員決めに移る。

 

「俺ならぜってー辞退しないけどな」

 

「千歳はもう十分リーダーとしてやっていけそうだから必要ないんじゃないか?」

 

「あーそれはありそうだ」

 

 ……あの時はかっこよさげな事言って誤魔化したけど、本音を言うなら辞退したのは面倒くさかったからだ。

 できるのにやりたくないことの理由は、大抵が突き詰めれば最終的に面倒くさいに帰結する。面倒くさいってのはそんな大した理由なんだよ?

 

 ウウー! という警報音が突如鳴り響く。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください』

 

 食堂内が騒然となる。多くの生徒が我先にと食堂から出ようと出入り口へと殺到していた。

 

「校舎内に誰か侵入してきたってことだよ!」

 

 先輩だろうか、誰かの大声でセキュリティ3の意味を知る。

 ヒーローもヒーロー候補も大勢いる雄英高校に侵入するとは豪気なのか阿呆なのか。

 

「ヤバくねぇか!?」

 

「私達も逃げよう!」

 

「んー…」

 

 席を立とうとしない私に対して両隣で焦って言う瀬呂くんと葉隠さんだけど、ここは動かないほうがいいと思う。私は二人の手を引いて着席させる。

 

「千歳!!」

 

「落ち着いてください。わざわざ雄英に侵入して真っ先に食堂を狙う理由がありません」

 

 お味噌汁を飲みながら考える。

 

 今朝見た頑強なゲートが突破されたのだろうか。並大抵の個性では突破できなさそうだったけど。或いは空から? 空挺降下とか?

 そもそも雄英高校を狙う理由がわからない。ヴィランが名を挙げるため…とか? ハイリスク・ローリターンが過ぎる。

 

「万が一ここにヴィランが来るようでしたら私が皆を守ります。……ただまだ個性を書き換え中ですのでもう少し待ってください」

 

 ……いや、まずい。生徒の混乱が想像を超えている。あれじゃあ逃げる生徒が将棋倒しになって最悪死人が出かねない。

 どうにかしないと、何か手は……ん? あれは。

 

「皆さん…大丈ー夫! ただのマスコミです! 何もパニックになることはありません大丈ー夫!!」

 

 誰かが跳び上がったと思ったら空中を出口に向かって飛んで、そのまま壁に貼り付いた。

 あれは飯田くんだ。

 

「ここは雄英!! 最高峰の人間にふさわしい行動をとりましょう!!」

 

 ……やっぱり凄いな、飯田くんは。私にも出来ないことをあっさりやってのける。

 紛うことなきリーダーの素質を持っている証拠だ。

 

「マスコミかー! 驚かせてくれてもう!!」

 

「千歳の言う通り様子見してて正解だったな……千歳?」

 

 そして一方私は失敗した。変なタイミングで気を抜いてしまった。

 

「……すみません。安心して書き換えを途中を止めてしまってハングアップしました、助けてください」

 

 こうして10分間動けなくなった私は、情けなくも砂藤くんに教室まで運んでもらうこととなったのだった。

 


 

 この騒動がきっかけとなって緑谷君は学級委員長を飯田くんに譲り、A組の委員長は飯田くん、副委員長八百万さんとなった。

 

 これはそんな、平和な学生生活の1ページ。

 裏で悪意の胎動が始まっていたことなんて、この時の私達は知る由もなかった。

 





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第4.5話 雄英に行ってみよう

 神奈川県横浜市神野区にある雑居ビルの一室に看板を掲げていないバーがある。バーカウンターがあって棚には酒瓶が並ぶ、コレと言って特色のない如何にもと言ったバーである。

 カウンターの向こうに立つバーテンダーの顔や手が黒い靄のようなものに覆われているのも、超人社会となったこの日本では特筆するようなものではないだろう。

 

 このバーが普通のバーとは違う点、それは一般の客に対しての営業をしていないことに尽きる。

 

「見たかコレ? 教師だってさ。なぁどうなると思う? 平和の象徴が……ヴィランに殺されたら」

 

 カウンターチェアに腰掛けた男が目的の記事だけを読み終えた夕刊をカウンターの上に放る。

 

 男の風貌は一言で言うならば異様。腕や首、そして顔を覆うように無数の手首が男を掴む。

 奇抜なヒーロースーツのデザインは多数あるが、それらと比べても明らかに異彩を放ち男が正常な精神状態ではない事を示唆しているようだった。

 

 男の名は死柄木弔。現時点では公式な犯罪歴はなく警察にもヴィランとして認識されていない。

 だがそれはまだ行動を起こしていないということに過ぎず、明確な目標を定めてしまえば史上最悪と呼ばれるに至る程の悪意をその身に秘めていた。

 

「オールマイトを標的としますか。成功すれば華やかしいデビュー戦となりますが、難度は初心者向けではありませんね」

 

 バーテンダーの男、黒霧はグラスを磨きながら死柄木の言葉に応えた。

 

 黒霧は死柄木の部下でありお目付け役でもある。真の主人は死柄木が先生と呼ぶ存在であり、先生の指示により死柄木の下に付いている。

 無謀と思える作戦には苦言を呈するのも彼の役割である。

 

「先生からは好きにやってみろって言われてるんでしょ? 別にいいじゃない、いざとなっても黒霧っちがいれば捕まったりはしないだろうし」

 

 バーカウンターに座って頬杖をついた女性が黒霧とは反対に死柄木の意見を肯定する。

 

 死柄木や黒霧と違ってその外見は街中を歩いていてもおかしくない普通のものだ。店内のメンバーからすると彼女だけ浮いているとも言える。

 

 空になったグラスで氷をカララと鳴らし、同じものを、と黒霧に注文した。

 

「それで、何か案はあるの?」

 

 女性は黒霧から新しいグラスを受け取り、舐めるようにして一口だけ含む。

 

「それを考えるのが黒霧とこころの仕事だろ…」

 

『(≧▽≦)丸投げ!』

 

 その回答を予想していたのか、こころと呼ばれた女性――界世(かいせ)こころは肩をすくめた。

 

 実際に黒霧も界世もメインは頭脳労働であり、参謀役としてここにいる。今後も死柄木が目標や方針を定め、それを実現させる為のプラン作りを2人が担当する流れになるだろう。

 

「それでしたら狙いは通勤時ですね。雄英高校に攻め込むのはリスクしかありません」

 

 現状の死柄木達の戦力は死柄木、黒霧、界世の3人に加えて先生から供与されている改造人間脳無が1体。

 

 黒霧の"個性"『ワープゲート』はゲート内に物体が入った状態で閉じることでその物体を引きちぎることができる。自身の体内に血液等が溢れてしまうので黒霧は嫌うが、強力な攻撃手段である。

 しかし、逆に言えばそれ以外に攻撃手段はない。相手の攻撃を逆手に取るカウンター狙いが黒霧の基本的な戦い方となる。多数相手には向かない。

 

 死柄木の"個性"『崩壊』は五指が触れた対象を崩すことができるが、その力は然程強くはない。一瞬触れただけではその部分を崩すだけで致命傷とはなり難く、同じく多数相手には向かない。

 

 そして界世の"個性"『精神同調』。色々と応用の効く"個性"だが攻撃能力は皆無に等しいとは本人談。

 彼女には専用のミニ脳無が与えられているので自己防衛くらいは問題ないが、プロヒーロー相手の戦力にはカウントできない。

 

 こんなメンバーでどうすればいいのかと嘆きたくなるところだが、そうならないのは脳無がいるからだ。

 他のヒーローの邪魔が入らない状況ならばオールマイトを殺す手段は既にある。

 

「いや…ナンバーワンヒーロー様には生徒の前で死んでもらおう…。ついでに生徒も何人か犠牲になってもらえば上出来だ。その方が盛り上がるだろ…?」

 

 しかしリーダーの鶴の一声により場所が雄英高校に限定されてしまった。どうしたものかと黒霧は思案する。

 

 一方の界世は死柄木の言葉に何やら楽しそうに笑っていた。

 

「うんうん、そうだよね。人生は短いんだしテンション上がらないことに時間を割いてる暇なんてないよ」

 

『٩(ˊ ᗜˋ*)و レッツハッピーエンジョイ!』

 

「……」

 

「界世こころ…あなたも案を出してください」

 

 黒霧は作戦を考えているように見えない界世に少々呆れる。

 

 界世も先生の指示でこの場にいるのだが先生の配下というわけではない。先生と界世は利害一致による同盟関係にある。目的が果たされた時点で同盟は破棄される契約だ。

 

 なればこそ、明確な目標がありながらもどこか真面目に取り組む様子のない界世の調子に黒霧は違和感を覚えていた。

 

「無理無理、今ある情報だけじゃいい案なんて出ないって。だ、か、ら、さ、行ってみようよ雄英高校」

 


 

 翌朝、雄英高校の前には多くのマスコミが集まり生徒へのインタビューを行っていた。

 死柄木、黒霧、界世の3人は少し離れた位置にあるビルの屋上からその様子を観察している。

 

「無駄にバカでかいな……」

 

 敷地内の施設に移動するのにバスを用いていることからも分かる通り、雄英高校は小さい市程度の敷地面積を誇る。

 

 校舎から離れた位置にある施設を用いる授業ならば時間の猶予は十分にあるか、と黒霧はこの間にも考え続けていた。

 

 3人はしばらく観察を続け、登校時間が終わる頃にキャスターが雄英高校のゲートに近づいたことで門が閉ざされる様を目撃した。

 

「わーお、お金かけてるね。ま、こっちには黒霧っちがいるし関係ないんだけど」

 

 閉ざされたゲートを前に、マスコミ達はこれからどうするかそれぞれ話し合っているようだ。このままでは次に動きがあるのは下校時間、それまで待っている程暇ではないのだろう。

 嘘か真かはわからないが小汚い教師がオールマイトは非番と言っていたし、今日は撮れ高がなさそうだから撤退が正解という流れになっている。

 

 そんなマスコミ達の思考を界世は『精神同調』で読み取り死柄木と黒霧に共有していた。

 

「んー、弔君はあのゲート壊せる?」

 

 界世が出した案はゲートを破壊してマスコミを校内に侵入させ、混乱の隙に職員室に侵入してオールマイトのスケジュールを入手するというもの。

 マスコミにまともな倫理観があって思い通りに動かない場合も考えられたが、いざとなれば『精神同調』で扇動すればいい。

 

 雄英高校の施設情報を併せて手に入れることを黒霧が提案し、そして作戦は実行に移された。

 死柄木はゲートを破壊して敷地外で待機し、黒霧と界世は狙い通りに情報を入手することに成功した。雄英側はこの侵入騒動の真相に気付くことはなく、それを知るのは後日、死柄木達が再度雄英を襲撃する時の事となるのだった。

 


 

「来週の水曜…ですね。1年A組の災害救助訓練を校舎から大分離れた位置でやるようです。オールマイト以外にイレイザーヘッドと13号の2人のヒーローがいるようですが」

 

 帰ってきた神野のバーで3人は雄英高校から得た情報を精査する。内容を照らし合わせ、直近のカリキュラムから決行日は決定した。

 

 13号は"個性"こそ強力なものの活動のメインは災害救助。戦闘は不得意なのでそれほど注意する必要はない。

 一方のイレイザーヘッドは戦闘専門のヒーロー、戦力を割く必要がある。脳無をイレイザーヘッドに先に当てた方がいいかもしれない。

 

 生徒の相手は適当なヴィランを使う。こういう時の為に招集できるヴィランのストックは作ってある。数合わせの使い捨て戦力だが、生徒相手ならそれで十分だということになった。

 

「♪ふんふふーん」

 

 細かい内容を詰めながら、界世は上機嫌にタブレットを眺めていた。画面には1年A組の生徒の個人情報が動画で映されている。

 

 それは職員室の鍵付きキャビネット内に収められていたファイルの1つ。黒霧に頼んで取り出してもらい、動画を撮りながらページを捲って全ページを記録した。ファイルはちゃんと戻したのでこれも雄英側が気付くことはないだろう。

 

「楽しそうですね、界世こころ」

 

「うん、たのしーよ。黒霧っちと弔君も後で見ときなよ。必要になるかもしれないし」

 

 一時停止を繰り返しながら生徒の情報を眺めていた界世だったが、ある生徒のページで動画を止めた。

 鴻渡千歳、その名前の書かれたページが他の生徒に比べて明らかに情報が少ない。”個性”情報すら書かれていない。

 

「いらないだろ…生徒なんか、どうでもいい…」

 

『( ≖ᴗ≖)可愛い子もいるよ?』

 

 界世がニヤニヤしながら画面に映った顔写真を示すと死柄木は顔を背ける。

 

「……どうでも、いい」

 

「私が見て必要だと判断した情報を死柄木弔に伝えます」

 

 黒霧が割って入ると「つまんないのー」と界世は口を尖らすがポーズだけだ。

 

 雄英襲撃の段取りは整った。後は当日までに細部を詰めて、あらゆるイレギュラーケースを想定する。

 全てはオールマイトを殺害し、新しき混沌の象徴となる死柄木弔の存在を世間に知らしめる為に。

 

「それとこころ…お前、一々思念を飛ばすのをやめろ…」

 

『(´・ω・`)そんなー』




界世こころ(29)
Birthday:9/8
Height:165cm
好きなもの:グレープフルーツジュース

【挿絵表示】

Picrewの「五百式立ち絵メーカー」をお借りして作成しました。


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第5話 auxと検証

 雄英高校入学から初の週末を目前とした金曜日の朝。

 

 念願の雄英に入学が叶い気力は充実しているが慣れない新生活に疲労がないわけがない。ヒーロー科の戦闘訓練を交えた授業はその疲労をより濃いものにしている。

 1年の生徒の大半がそんな感じで、初の週末を目前にしてどこか気分がふわふわとしている様子が伺えた。

 

 1年B組 物間寧人もその例に漏れず、それ故に下駄箱に入っていた見覚えのない封筒を無意識に警戒せず取り出してしまったのも仕方のないことだろう。

 

 今は登校時間。当然周りにはクラスメートが同様に登校してきており、"物間様へ"と書かれたその封筒を目撃されてしまう。

 

「ま、まさかそれは…伝説のラブレター!?」

 

 声を上げたのは泡瀬洋雪。

 

 A組同様にB組も初日は体力テストを行ったが、担任の方針の違いによりB組は最初に全員自己紹介をしている。

 その場で物間は最初だからと取り繕うこともなかったので、他のB組生徒からは悪い意味で一目置かれることになった。

 

 そんな物間に、どんな物好きが。

 

 その場にいた数名は封筒を持ったままの物間を取り押さえそのまま教室に連行することとした。

 

 ただでさえ他人の色恋沙汰への関心が高くなる年頃だ。その行動を咎めようとする者はこの場にはいなかった。

 

 そうして教室に連れてこられた物間は衆人環視の中、封筒を開ける羽目になる。

 拳藤ら数名はさすがに苦言を呈したが、結局はその流れを変えるには至らなかった。

 

 観念した物間は封筒の中身を取り出して、そこに書かれた文に目を通す。周りの面々もそれを覗き込んだ。

 

 本日の放課後、体育館Bで待つ。

 ヒーローコスチューム着用のこと。

 使用許可は申請済み。

 

 鴻渡千歳

 

 あ、果し状だコレ。

 B組一同は察した。

 


 

「"個性"にはそれ自体の能力以外に予備効果が付随する場合が稀にある。これをauxiliary(オグジリアリ)、通称aux(オークス)と呼ぶ」

 

 本日最後の授業はイレ先生のヒーロー基礎学。

 

「内容は様々でプラスに働くモノもあればマイナスのモノもある。毒にも薬にもならない場合も多い。例えば――」

 

 イレ先生の髪が逆立って捕縛布が浮かび上がる。10秒くらいその状態を維持してから元の状態に戻った。

 

「俺が『消去』を発動してる間、極めて狭い範囲に微弱な反重力が発生する。役には立たないし"個性"の発動をヴィランに悟られる、マイナス効果だ」

 

 確かに、ある程度強くてよく観察するヴィラン相手だとこんなわかりやすい合図は論外だろうな。イレ先生ドライアイだから『抹消』の連続使用は厳しくてインターバルが必要になるし。

 

 ……。

 

「イレ先生」

 

 手を挙げて発言の許可を求めてみる。

 

「……なんだ鴻渡」

 

「捕縛布だけなら戦闘中だったらバレにくいと思うので頭を坊主にしてしまえばいいのでは」

 

 今みたいに髪もっさりよりその方が清潔感も出るし。一石二鳥じゃないかな。

 

「……このようにauxの把握は戦局を大きく左右する要素と成り得る」

 

 が、イレ先生これをスルー。

 

「前回の”個性”と同じ様にauxについてチーム内で意見交換して結果をまとめるように」

 

 auxか…。そういえばキャプ*1も、『飛行』の”個性”はエアロダイナミックフィールドの効果が強いからアメリカで上位ヒーローになれたって言ってたな。

 

「ってもなぁ…俺別に何もないぞ」

 

「俺も心当たりはないな」

 

「私も特には…困りましたね。他のチームの例で考えてみましょうか」

 

 砂藤くんも尾白くんも『個性』がシンプルだからかauxらしいものは思い当たらないらしい。

 かく言う私もauxに当てはまるようなものは…何かあるかな?

 

「芦戸とか常闇は見た目からわかりやすいよな。あれはプラスもマイナスもないauxってことになるのか?」

 

「どうでしょうか。常闇くんは多分何もないですが、芦戸さんは酸に対して耐性があると思います。それがあの肌の色として出ているんじゃないでしょうか」

 

「自分の個性で傷つかないようにってことなら爆豪も爆発耐性があるよな。外見には現れてないけど」

 

 イレ先生は個性発動時のエフェクト。芦戸さんに常闇くん、口田くんにも見られる外見的特徴。キャプのような実はそっちが”個性”の本体なんじゃないかという効果。

 auxはそれらを便宜上まとめて呼称しているに過ぎないのがややこしい。

 

「しかしそうなると自分を守れてない緑谷は勿体ないな。あのパワーで反動が無ければそれこそオールマイト並だってのに」

 

 まぁ実際オールマイトの"個性"だからね。使いこなせるようになったらすぐにでも上位ヒーロー入り間違いなし。

 

「それを言ったら青山もそうだよ。あんな反動のある"個性"で雄英に入るって相当努力したんだろうな。……そういえば、千歳は反動大丈夫なのか?」

 

 確かに青山くんのあの反動は…って私?

 

「そっか、あれだけ色んな"個性"使ってるんだから当然合わない"個性"もあるよな」

 

「え? ……言われてみると、個性が合わなかったって事はありませんね」

 

 気にしたこともなかった。

 確かに自分の"個性"が合わないって人、それによって苦しんでいる人がいるということは知っている。私の知り合いにはそういう人はいなかったから知識としてでしかないけれど。

 

「興味深い話だな」

 

 話に入ってきたのはいつの間にか話を聞いていたらしいイレ先生。

 

「試しに青山の『ネビルレーザー』を使ってみたら検証になるか?」

 

「イレ先生……特殊性癖が悪いとは言いませんがうら若き乙女がトイレに駆け込む、或いは最悪そのまま、なんて姿を見たいというのはちょっと」

 

 青山くんは男子だからまだ、まぁよくはないんだろうけど……普通の女子なら絶対そんな姿見られたくないだろうし、いくら私でも多少抵抗がある。

 

「推測が正しければそんなことにはならないだろ」

 

 いやまあそうなんですが。

 

 イレ先生の推測、多分私も同じ可能性を考えている。その前提で考えるなら思い当たる節もある。

 でもそれが当たっているなら、私の『チートコード』は本当に反則みたいな"個性"ということに。

 

「それと私、基本的にヒーローやヒーローを目指している人からはコードを取得しないことにしてて」

 

「取っても使わなければ取ってないのと同じだろ」

 

 わぁ暴論。これは逃してくれそうもないな…。

 

「コード・アクワイア」

 

 検証以外で使わないことを条件として青山くんにお願いして、あっさり許可を貰えたので私は『ネビルレーザー』のコードを取得した。

 

 流石に教室で検証するわけにもいかないので外に移動することとなり、見に来ても教室に残ってもいいとイレ先生が言うと誰も教室に残らず外に出た。

 

 もしも推測が外れていたら私は明日から笑い者に…はならないだろうけど扱いは変わってしまいそうだ。

 

「ハァ…じゃあ撃ちます」

 

 青山くんの『ネビルレーザー』は結構威力がある。初めてで加減がわからない私が下手に使えば校舎に穴を空けたりするかもしれないので、取り敢えず斜め上空に向けて撃つことにする。

 

 服をめくっておへそを露出させると視界の端で緑谷くんが顔を真っ赤にして顔を背けるのが見えた。

 

「ん……」

 

 感じたことのない奇妙な感覚。レーザーの"個性"は使ったことのタイプだからだろうか。

 お腹がほんのり暖かく感じて、そして光が解き放たれた。

 

「え……」

 

 狭い発射口から解放されたビームは幅約10m程に広がり、爆音と衝撃波を撒き散らしながら蒼空へと飲み込まれて行った。

 

 不安定な体制で撃った私は反動で地面に強か背中を打ち付け、後に残った木々の揺れや異変を察知した鳥が飛び立って行くのを痛みを堪えながら眺める羽目となる。

 

 幸い一番の懸念点だった反動はなく私の社会的な死は回避され、そして私は自分のauxを確信した。

 

 どんな"個性"でもそれを扱うのに適した身体になる"個性適応体質"。それが私のauxだ。

 


 

 何故見ず知らずの相手と雌雄を決さないといけないのか。

 

 ヒーロースーツを身に纏い体育館Bへと向かう物間の足取りは重く、さながら死刑場へと進む受刑者のようだ。

 

『推薦入試の時に見たよ。背は小森より小さかったかな、癖っ毛で眼鏡の子。実技試験で凄く目立ってからよく覚えてるよ』

 

 証言1 取蔭切奈談。実技試験の障害物3kmマラソンをとんでもない速度で駆け抜けて首位独走だったらしい。

 

『体力テストの結果はA組の1名を除外すればB組の方が平均は上だ。その1名、鴻渡千歳のことは考慮しなくていい』

 

 証言2 ブラドキング談。A組に対して対抗意識の強い担任がこんな限定勝負をしないといけない時点でその異常性は察すことができる。

 

『A組では1対4で勝った生徒がいたんだけど、誰かチャレンジしてみるかい!?』

 

 証言3 オールマイト談。B組に先んじたA組の戦闘訓練での話らしい。名前は言っていなかったけどまず間違いなく鴻渡千歳のことだろう。

 

 その他複数の証言から鴻渡千歳の"個性"が他人の"個性"をコピーして使うと知り、物間と"個性"が被ってるから目をつけられたのではないか、という話になった。

 

 呼び出しなんて無視してしまいたかったが、こんな何考えてるかわからない相手を放置する方が怖いのでそうもいかなかった。

 

「……」

 

 体育館Bについてしまった。物間は意を決し、深呼吸をしてからその扉を開いた。

 

 入口の正面、体育館のほぼ中央にその姿はあった。

 背が低くて癖っ毛、眼鏡。事前に聞いていた特徴に一致している。

 

 物間はゴクリと唾を飲み込み、彼女に近づいた。

 

「物間くん、ですね? 鴻渡千歳です。急な呼び出しに応じていただきありがとうございます」

 

 少なくともいきなり襲われることはなさそうだ。少し安心して物間も返事をする。

 

「物間寧人だ。それで僕に何の……何?」

 

 千歳は観察するように彼の周りをぐるっと回り、物間はその突然の行動に困惑するしかない。

 

「どうしてタキシードなんですか? 結婚相手が殺されたりしたのでしょうか」

 

「何を言ってるんだ? 『コピー』の個性なんだから奇をてらう必要がないってだけさ」

 

 ふむふむ、と何か考えてるらしい千歳に対して物間は困惑する。もしかして、果し状だと思ったあれは本当にただの呼び出しだったのだろうか。

 

「その腰の時計は何に使うんですか?」

 

「これは『コピー』の……ってなんで敵にそんなこと教えないといけないんだ!」

 

 流されてベラベラと喋ってしまいそうになったがそれを飲み込んだ物間は千歳に食ってかかる。だが千歳は不思議そうに小首を傾げるだけだ。

 

「敵って、物間くんはヴィランなんですか?」

 

「ハァ!?」

 

「違うんですね。ライバルということならそれは敵ではありませんよ。私達の敵はあくまでヴィランですから」

 

 ぐっ、と物間は言葉に詰まる。

 

 ずっとヒーロー向きの"個性"ではないと言われ続け、物間は他人を敵視する癖がついてしまった。

 目の前のこの少女も自分と同じタイプの"個性"なら同じように言われてきたのではないのか。

 なんでこんなに考え方が違うのか。

 

「それで、今日来てもらったのは一緒に"個性"の検証ができればと思ったからなのですが。似たタイプの"個性"と聞きしましたので」

 

 他人と協力することに躊躇がない。圧倒的に実力差があるはずの相手とでも、だ。

 

「……わかったよ、降参だ。互いに利益があるようだし協力しよう」

 

 千歳が「降参?」とまたしても首を傾げていたが、物間は少し笑みを返しただけでそれについては答えなかった。

 


 

 2人は互いの"個性"についての説明を行い、『コピー』と『チートコード』の比較を行った。

 

 千歳はこの2つは似てるようで全然違う"個性"だと結論付ける。

 

 『チートコード』戦闘開始前に手札が決まる。手札はいくらでも増やせるし、よく知った"個性"で戦うことができるけど状況の変化には対応しにくい。

 

 『コピー』は戦闘中に手札を変えることが可能だけどその場に知り合いがいつもいるとは限らず、知らない"個性"を急いで理解して使いこなす瞬発力が重要になる。

 

 そして、検証の中で1つ気になる事象が発生した。

 『チートコード』をコピーしようとしても書き換えた"個性"しか使えない。どうやっても『チートコード』自体を『コピー』で物間が使うことができなかったのだ。

 

「それ、本当に"個性"なのかい?」

 

 物間に言われたけれど千歳自身にだってそれはわからない。わからないので気にしないことにした。

 

 こうして物間と千歳は知り合い、後のA組とB組の交流へと繋ぐ一歩となるのだった。

*1
キャプテン・セレブリティ




後書き
風邪で2週も空いてしまいました。

千歳のauxについて補足。
ネビルレーザーの威力に関しては、青山は個性が合ってなくて補助具なしでは使えない→威力も本来より落ちてると解釈してます。それでも威力はある設定みたいなのでちゃんと合ってる人が使ったら千歳が撃ったようなネビルレーザーになると想像しています。
個性適応と個性の成長は別なのでビームソードとかは今の千歳じゃできません。


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