ご注文はチノくんですか? (岩ノ森)
しおりを挟む

チノくんとラビットハウス

寝る前にするような妄想をそのまま書き連ねました。それでも楽しんでいただけたら幸いです。


 「チノくーん!」

 「うわっ」

 ココアさんが抱き着いてくる。ラビットハウスのいつもの日常だ。

 「う~ん、今日も相変わらずモフモフだねぇ~。」

 「あの・・・」

 困ってしまう。友好的なのは構わないけれど一応女の人に抱き着かれるとその、いろいろと・・・

 「ココア、いい加減離してやれよ。チノが困ってるぞ。」

 見かねたリゼさんがこの場を諫めようとしてくれる。でもココアさんはまだ離そうとはしなかった。

 「えぇ~、だってチノくんすごくモフモフしてるんだよ~。リゼちゃんもモフモフしてみない?」

 「なっ、するか!」

 リゼさんが顔を真っ赤にして否定する。そりゃあ恋人でもない異性同士が抱き合うなんて普通は恥ずかしいだろう。普通は。

 「お前もそんなに抱き着くな!!チノは一応男なんだぞ!!!」

 そう、このボク”香風智乃”は立派な男なのだから。

 「リゼさん、一応は余計です。」

 

 「いいじゃん。だってチノくんは私の弟なんだし!」

 「弟じゃないです。」

 ココアさんはさらに強く抱きしめてくる。そんなに抱きしめられたら女の人特有の柔らかい部分がボクの色んな所に否が応にでもあたってしまう。ふわっとほのかに甘い匂いもする。(一応)男として、意識しないというのは無理な相談だった。

 「それにこんなにかわいいんだし!男の子も女の子も関係ないよー。」

そんなにボクは女の子のように見えるのだろうか。確かに顔立ちが女の子っぽいとはよく言われる。同級生のマヤさんとメグさんにも初見では間違われたし、悔しいけどリゼさんココアさんよりも背が低い。

 「リゼちゃんだって、最初はチノくんのこと女の子と間違えてたんでしょ?」

 「なっ」

 「あっ」

 リゼさんが顔を真っ赤にして硬直してしまう。確かにリゼさんがこのラビットハウスに来た頃にはボクのことを女の子だと思っていたようだ。リゼさんが着替えている最中、ボクが更衣室のドアを間違えて開けてもすごくあっけらかんとしていた。それどころか挨拶しようとそのまま迫ってきたのだからボクはあたふたしてしまった。その時は女の人だけど豪快な人なのかなとボクも思っていた。(実際、軍人のような言動と行動をしてたし) でもボクが男だと発覚した後は本人も恥ずかしかったのかしばらく目も合わせてくれなくなった。

 その時のリゼさん、まさに顔から火が出るという言葉のとおり真っ赤だったな。そんなことがあったことを思い出す。

 「思い出させるなぁーーーーっっ!!!!」

 リゼさんの絶叫がラビットハウス中に響く。これ、外まで響いてないよね。

 「お前も思い出すなぁ!!私の下着姿なんて!!!」

 「えっ!いや!!考えてませんよ!!!」

 リゼさんがそんなこと言うから思い出してしまった。青と水色のストライプ柄だった。胸は大きくお尻も程よい大きさで腰はくびれていてすごくスタイルが良かった・・・。

 ボクもリゼさんも顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 「むぅーっ。」

 ココアさんが顔をむくれさせている。自分だけ蚊帳の外だからだろうか。

 「私だって!チノくんと一緒にお風呂入ったもん!!!!」

 「!!?」

 「ぶっ!?」

 リゼさんが驚愕のあまりものすごい速度でこっちを見てくる。ボクも思わず吹き出してしまった。

 ココアさんがラビットハウスに住み込みに来た頃、リゼさんと同じくボクのことを女の子だと思っていたらしくボクの入っているお風呂に堂々と入ってきた。タオルで大事なところは隠れていたものの女の人らしい柔らかく綺麗な躰をしていたことは覚えている。というか目に焼き付いてしまっている。

 「それだけじゃなくて!何回か一緒にね、寝たことだってあるし!!も、もう心も体も通じあってる仲なんだよっ!!!」

 「ちょ、ちょっとココアさん!?」

 確かに一緒のベッドで何度か寝たことはある(あくまで寝ただけ)。親睦を深めようとココアさんが潜り込んできたっけ。狭いベッド、というか一人用ベッドなので寝ている間にお互いの体の色んな所が当たってしまい、ボクはロクに眠れなかった。ココアさんは多分寝ていただろうけど。

そんなことを言いながらココアさんはさらに力を入れてボクを抱きしめる。むにっと胸のあたりで音がして何かがつぶれる感触がする。

 「そうか・・・」

 リゼさんが静かな声でつぶやいた。あれ、なんだか凄みが・・・。

 「チノ・・・お前はそういう奴だったのか・・・?」

 リゼさんの目にハイライトがなかった。目を黒く染め、顔には表情がなく、身にまとっているオーラもどず黒かった。

 「たらしなのか!!!?お前は女をはべらす女たらしだったのかっ!!!??」

すごい勢いでリゼさんが迫ってくる。

 「そのたるんだ精神を鍛えなおしてやる!!!」

 「わっ!?」

 むにゅうっとボクの顔面で何かが潰れる。リゼさんはココアさんの腕の中からボクを奪い取りぎゅうっと強く抱きしめていた。リゼさんの背が高めだからボクの顔がちょうどリゼさんの胸のあたりに当たってしまう。鍛えているせいかココアさんのとは違いリゼさんのは張りがあった。

 「ううっ」

 リゼさんと密着しているせいでリゼさんの体から発せられる匂いが鼻腔を直撃する。ココアさんの文字通りココアのような柔らかい匂いとは違い、リゼさんはミントと柑橘系の匂いが混ざり合ったようなとても爽やかな匂いだった。

 「むー!チノくんは私の弟なんだよ!!!」

 リゼさんに抱きかかえられているボクにさらにココアさんが抱き着いてくる。ボクは二人の体にサンドイッチされてしまった。

 「リゼちゃんとは争いたくなかったけど、お姉ちゃんの座を奪い取るなら勝負だよ!」

 「悪いがこればかりは譲れそうにない!」

二人ともボクを強く抱きしめる。二人より背が低いせいで両方の胸がボクの頭の両側に当たり、感触の違う柔らかさを伝えてくる。胸だけではなく腿のあたりも絡み合っていてその柔らかさが二人がまぎれもなく女の子であることをまざまざと伝えてくる。さらに二人の違う種類の香りが混ざり合い鼻腔の中に入り込んでくる。

 「ううっ、二人とも、落ち着いてくだ、うぐぅ・・・」

 だんだん目の前がクラクラしてくる。ココアさんとリゼさんの女の子であることを証明する部分をいやというほど思い知らされ、ボクの脳の本能の部分が暴れまわっている。

 「リゼちゃぁーん。ん?あれっ?」

 「ココアぁー。あっ。」

 二人の柔らかく、かぐわしい香りのする体に抱きしめられたボクは。

 目をぐるぐる回し意識を失ってしまった・・・

 「チノくーん!!!大丈夫―!!!??」

 「チノー!!!しっかりしろー!!!!」

 二人がボクの体を揺さぶってくる。その度に二人の体とボクの体がフニフニと接触する。放心状態のボクは天国にいるような錯覚を覚えていた。あ、お母さんが、お母さんが花畑で手を振っている・・・。

 「ごめんくださーい。」

チリンチリンとドアの鈴の音が鳴る。どうやらお客のようだ。

 「ココアちゃーん。いまお仕事中?あら・・・」

 「先輩。ココア。バイト先で茶葉貰いすぎちゃったからおすそ分けに、えっ・・・」

入ってきたのは千夜さん、シャロさんだった。タイミング悪く、二人に抱きしめられているところを見られてしまった。

 「ち、千夜ちゃん・・・?」

 「シャ、シャロ・・・」

 ココアさん、リゼさん両者が硬直する。さっきより体温も上がったようだ。

 「せ、先輩・・・」

 この光景を見たシャロさんがわなわなと震えていた。

 「か、仮にも男の子に抱き着くなんて!!精神がたるんでますっーっっ!!!!」

 「シャ、シャロっ!!!違うんだーっ!!!!」

 シャロさんが顔を真っ赤にして指導してくる。リゼさんは必死になって弁明しているようだ。

 「うふふ、仲がいいのね。三人とも。」

 「え、えっへん。なんたってチノくんは私の弟だからね!」

 ココアさんと千夜さんはマイペースに会話を続けていた。

 

 少したって僕は放心状態から抜け出した。でも感触や匂いはまだ体の中に残っている感じがする。思わず顔が熱くなった。

 「相も変わらず騒がしいのう。」

 ティッピーの中に入っているおじいちゃんがこの喧騒を見て言った。

 「わしの目指した喫茶店とは少し違うが。これはこれでいいかもしれんのう。」

 ボクとおじいちゃんは喫茶店の様子を見渡す。4人ともまだ騒いでいた。

 「これじゃあ、うさぎも来ませんよ。」

 思わずクスッと笑みがこぼれた。

 マイペースなココアさん。おっとりした千夜さん。キリッとしたリゼさん。ふわっと綺麗なシャロさん。

 この人たちが織り成す喧騒も今はすごく心地いい音楽に思える。

 これが、”いま”のラビットハウスだ。

 

 「ところでチノよ。ちゃんと選ばねばならんぞ。」

 「はい?」

 「多重婚はこの国では無理じゃからな。」

 「ボクはそんなつもりは毛頭ありません!!!!!」

 




後の話と比べると書いたスパンが空いているのでちょっと地の文の口調が違ったりします。機会があれば直します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんとココア

 こんにちは、ラビットハウスの跡取り息子のチノです。

 今、どういう状況かというと

 「すぅ、すぅ、むにゃむにゃ・・・」

 ボクの横でココアさんが寝ています・・・・・・

 

 「ここのピースは・・・ここかな!?」

 その夜、ボクは同居人のココアさんと遊んでいました。新しく買ったジクソーパズルを一緒に組み立ててます。

 「もうこんな時間。そろそろ寝ましょう」

 「えー!もう少しで完成なのにー!」

 「ダメです。また明日寝坊しますよ」

 ココアさんは朝に弱いんです。ボクが部屋に起こしに行っても中々起きないくらい。

 「明日も学校がありますから、遅刻するのは嫌でしょう」

 「むー」

 ココアさんは一応ボクより年上のはずなのにすごく子供っぽい。お姉ちゃんと呼ぶことを要求してきますがとても姉としては見れないくらいです。

 「じゃあさ!明日の夜こそ完成させようね!」

 ずいっとココアさんが身を乗り出してきました。その瞬間、ボクの鼻に一瞬甘い香りが漂いました。

 「・・・あっ、はい。」

 「やったー!」

 やっぱりココアさんは姉として見れない。サラサラの髪、丸く大きな瞳、それなりにふくよかな胸、健康的な腿。

 思春期男子のボクにとってココアさんは魅力的な異性としてしか見れない。なんでこんなかわいい人が思春期男子と平気で同居できてるんだろう。危機感をもう少し感じた方がいいのでは・・・

 「ふふっ、明日の夜が楽しみだね!チノくん!!」

 微妙にドギマギするようなことを臆面もなく言い放ってくる。自分が一人の女性という自覚があるのでしょうか・・・

 

 ふわぁ・・・

(何か・・・いい匂いがする・・・)

ケーキみたいな焼きたてのパンみたいな、柔らかで優しい匂い。

昔嗅いだことがあるような匂い。

 もふんっ

(それに柔らかい・・・)

 フワフワのパンみたいな、モフモフしたうさぎみたいな感触。

 これも昔から馴染みがあるような・・・。

 (そしてあったかい・・・・・)

 お日様の光をたくさん浴びた布団みたいな暖かさだった。

 ああ、この感覚・・・・・

 (お母さん・・・・・・・・)

 そう思い、まどろみの中で目を開けると。

 ボクはココアさんの胸の中に埋まっていた。

 「――――――っ!!――――――――――――っっっ!!!!」

 真夜中だというのに声にならない叫びを上げてしまった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 「それで・・・何でボクの横で寝ていたんです・・・?」

 さっきの叫びでココアさんも目を覚ましました。ココアさんは正座でボクの尋問を受けています。

 「えっと、あの、えへへ・・・」

 ココアさんは顔を赤らめて歯切れの悪い返事をしている。ボクもさっきの感触やら匂いやらが忘れられず、まともにココアさんの顔を見ることができません・・・。

 「あのね、夜中にトイレに起きてね」

 ようやくココアさんが弁解し始めました。

 「トイレのついでにチノくんの寝顔を少し見ようかなーなんて思ってチノくんの部屋に入って」

 「何でボクの寝顔なんか・・・」

 「弟の可愛い寝顔は姉として見たくなるものだよ!」

 「弟じゃないです・・・」

 少し歯切れは悪いようですがいつものココアさんみたいです。

 「それでね、チノくんの寝顔をベッドの横で見てたら・・・」

 ココアさんの口調の歯切れがさらに悪くなり、もじもじし始めました。

 「寝ぼけたチノくんに・・・ベッドに引き込まれて・・・・・」

 「・・・・・え?」

 「結構強い力だったから出るに出られなくて・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「そのまま寝ちゃって、今に至ります・・・・・・・・」

 途端に顔が火みたいに熱くなって、周りがぐるぐるし始めました。

 「チノくーーーーーんっ!!しっかりしてーーーーーーっっ!!!!」

 

倒れたボクの顔を、ココアさんは優しくうちわで仰いでくれています。

 「ごめんねチノくん。大丈夫?」

 「・・・えぇ。なんとか・・・・・」

 真夜中だというのにかいがいしく他人を介抱してくれている、やっぱりココアさんはとてもやさしい人なんだなと思わせてくれます。

 ・・・・・いや、そんなことより・・・・・

 「ココアさん・・・」

 「あっ。ダメだよ、まだ寝てなきゃ」

 ボクはココアさんに向き直り正座しました。

 「すいませんでした・・・」

 「えっ?」

 今のボクは正座した状態でおでこを地面につけている。いわゆるジャパニーズ・ドゲザです。

 「そんなことしなくてもいいよ!チノくん、何も悪いことしてないでしょ!?」

 「いえ、女の子をベッドに引きこむなんて、間違いでもあってはいけないことです」

 土下座した状態でボクは弁明する。そうだ。嫁入り前の女の子を無理やりベッドに引き込んだのは事実だ。ココアさんは居候しているけど他人なんだ。下手しなくても犯罪ものだ。

 「土下座したくらいで許されることじゃないでしょうけど・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「ほかに気が済むようなことがあれば言ってください。なるべく何でもしますから」

 「・・・・・じゃあ、顔上げて」

 「・・・・・・・・」

 ボクはゆっくりと顔を上げる。少しココアさんは厳しめの顔をしていた。

 「チノくん・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 「ていっ」

 「いたっ」

 ボクの額に軽いデコピンが飛んできた。

 「チノくん、そんなに自分を安売りしちゃダメ」

 ちょっと怒った口調でココアさんは言う。

 「それに一緒に住んでるし、お互い迷惑かけあうのは当たり前でしょ?」

 口調が少し優しくなった。額の方はまだ少しジンジンしている。

 「まだ家族って言える距離感じゃないかもだけど、少しくらい迷惑かけ合えるくらいの仲だと思ってたよ」

 だから土下座の方がショックだったかな~、なんていつも通り子供みたいな話し方で言う。

 ・・・なんだろう、今は、今だけは・・・・・

 ココアさんがすごくお姉さんに見えます・・・・・

 「それよりもどうしようかなー。ちょっとビックリしちゃって目が冴えちゃった」

 いつも通りのあっけらかんとしたココアさんに戻りました。さっきまで姉に見えてたのに今はそうには見えません。

 「でも明日は学校だし、早く寝ないとだね」

 「・・・・・・・・今日は」

 「ん?」

 「今日は、少し、夜ふかししたい気分です・・・・・」

 だから一緒に夜ふかししてくれませんか、と気づいたら口に出てました。自分でも迷惑なのは分かっているんですけど。

 「ふふっ」

 でもココアさんは優しく微笑んでくれました。

 「いいよ!お姉ちゃんと一緒に夜更かししよっか!」

 ココアさんは満面の笑みで答えます。ボクも釣られて笑顔になります。

 「じゃあさっきのジグソーパズル、今夜中に完成させちゃおう!かわいい弟の頼みだもんね!」

 「弟じゃないです」

 作りかけのジグソーパズルを出しながらいつも通りのやり取りをする。

家族や友達とは違う、もちろん恋人でもない、ちょっと一言では言い表しにくい関係だけど。

気軽に迷惑を言い合える関係、そんな関係でずっといられたら、とボクは思った。

 

その翌朝、またボクのすぐ横にココアさんが寝ていて、ボクの絶叫が響き渡ったのは別の話です。

 チノくんは私にとって弟みたいなものなんだ。

 兄妹の中でも末っ子だったから、ずっと妹か弟が欲しくって。

だからラビットハウスに来てチノくんと一緒に過ごせるようになって嬉しかったんだ。何か弟ができて、憧れのお姉ちゃんになれたみたいで。

だからね、チノくんのこと男の子としては見てなかったんだと思う。

でも今は。

(チノくん、意外と力強かったんだ・・・)

今は。

(少し筋肉もあるし・・・女の子とは全然違うな・・・・・)

今はチノくんのこと、弟じゃなくて男の子として見ちゃうんだ。

ジクソーパズルをしながら、チラチラ見えるチノくんの胸板を見ながら少しいけないことを考えてしまう。

(まだ家族って言える距離感じゃないかもだけど)

もしも、もしも将来そう言える関係になれたら。そんな思いが頭を通り抜けて、私はブンブン頭を振り払った。

 「? どうかしました?ココアさん?」

 「ううん!なんでもない!!」

 そう言い放った私の顔は、火みたいに熱かった気がする。

 




ココアさん、チノちゃんが男の子だったらいずれ"男"として意識していくのかな、と妄想しながら書いた


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんとリゼ

 ここは喫茶店ラビットハウス。美味しいコーヒーが飲める隠れた名店です。

 だけど、今このラビットハウスで少し困ったことが起きています。

 それは。

 「あっ、リゼさん。おはようございます・・・」

 「あっ、ああ・・・。」

 「・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・」

 この間、新しく入ってきたバイトのリゼさんについてのことです。

 

 

 リゼさんとの出会いは突然でした。

 (さて、コーヒー豆の在庫を確認しておきましょう)

 その日、ボクはいつも通り開店前の準備をしていました。

 そしてふと、更衣室の前を通りがかると誰か人のいる気配がします。

 (おかしいですね、今はボクとおじいちゃん以外いないはずですが)

 お父さんは朝から出払っています。おじいちゃんはうさぎなので人の気配がするはずがありません。

 (も、もしかしてドロボウ!?)

 ボクはビクビクしながら更衣室の扉を開けました。

 するとそこには。

 「・・・・・えっ?」

 「あっ」

 ストライプの下着を身に付けた女の人がいました。

 

 「そうか、お前がここの喫茶店の跡取りのチノだったんだな」

 「・・・・・・・・」

 「今日からバイトとして働かせてもらうことになったリゼだ。よろしく頼む」

 気まずい。

 さっきの更衣室でリゼさんの下着姿をバッチリ見てしまった。

 胸も大きくて、女の人らしいくびれもあった。お尻は大きすぎず、腿も綺麗だった。全体的に引き締まっているけど、出るところはちゃんと出ていた。ようは凄くスタイルが良かった。

 頭の中がリゼさんの下着姿に支配されてなかなか目を合わせることができない。

 初めてのバイトさんなので印象を良くしておきたいのですが・・・

 「・・・・・・?」

 ちょっと怪訝な顔でリゼさんがボクの顔を覗き込んできます。リゼさんは仮にも男のボクに半裸を見られて平気なのでしょうか・・・。

 「・・・挨拶するときには人の目を見ろ!」

 「ひぃっ!?」

 リゼさんが突然大きな声を張り裂けました。ボクはビックリして情けない声を出してしまいます。

 「よく目線を合わせて!そして大きな声で!おはようございます!」

 「えっ、えっ」

 「私の後に繰り返せ!おはようございます!!」

 「おっ、おはようございますっ!」

 綺麗な女の人とばかり思ってましたが。

 なんとなくリゼさんの性格が分かりかけてきた気がします。

 

 リゼさんは、なんというかとても覇気がありました。

 「か、カフェラテ、カフェモカ、カプチーノ・・・」

 「声が小さい!!」

 とても力強くて、どちらが先輩か分かりませんでした。

 「サー・チノ!!メニュー暗記完了!!!」

 「早いです・・・・・」

 能力も高くて、とても頼りにはなるんですが・・・

 「チノ、この袋ここにおいておけばいいのか?」

 「あっ、はい。お願いします(あの重さの袋を一人で!?)」

 頼りがいが凄くあって、ボクより男らしいんじゃないかと思うくらいです。

 どうやらボクのお父さんの昔の友達の娘さんらしいです。ボク一人じゃ大変だからお父さん経由で紹介してくれたのでしょうか。そう考えると少しうれしくなります。

 でも、ただ、今朝目撃したリゼさんの肢体がどうしても頭から離れないのが悩みの種ですが・・・・・・。

 そして事件は起こりました。

 「リゼさん、お疲れ様です。今日はもうあがってください」

 「ああ、明日もまたよろしく頼む」

 そう言ってリゼさんが更衣室へ向かおうとした時です。

 「・・・・・?チノ、お前は着替えないのか?」

 「・・・・・えっ?」

 「いや、もう閉店の時間だろう?」

 なんだろう。あまり話がかみ合ってない気が・・・・・。

 もしや、とふと嫌な予感がよぎります。

 「あの、リゼさん・・・」

 「どうした?」

「ボクのこと、もしかして女の子だと思ってます・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え」

嫌な予感が的中しました・・・・・・・・。

「ボク、こう見えても男です・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

静けさがラビットハウス内を支配しました。

「・・・ということは・・・私は、男子に・・・・・下着姿を見られたということに・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・すいませんでした」

ラビットハウスの外まで、リゼさんの絶叫が響き渡りました。

 

 

 それ以降、ボクとリゼさんはお互い、あまり目を合わせることができなくなりました。

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 リゼさんも初日の気迫はどこへやら。頬を赤く染めて目をそらしています。

 男顔負けの気迫だと思ってましたが、やっぱり女の子なんだな、と思ったりして。

 「あ、リゼさん・・・。今日はもう閉店の時間なので・・・・・」

 「あ、ああ・・・・・。また明日からよろしくな・・・・・・・」

 リゼさんは着替えに向かいました。もちろんボクとは別で。

 「はぁ・・・・・・・・・・・・」

 思わずため息が漏れる。

 「やっぱり、仲良くできないのかな・・・・・」

 ボクは人と接するのが苦手です。だからあまり友達もできたことがありません。

 (一人じゃなくなると思ったんだけどな・・・・・)

 人数は増えたはずなのに、なぜか寂しさも増えた気がします。

 

 

 「チノ、これ」

 「えっ」

 「お、親父がプレゼントしろって」

 その次の日、リゼさんが眼帯をしたうさぎのぬいぐるみを持ってきました。

 (かわいい・・・)

 ボクはお父さんに似てかわいいものが好きなので素直にうれしかったです。

 「や、やっぱり、気に入らないか・・・?」

 「え?」

 「ち、チノは、男子だからな。私も男子にぬいぐるみはどうかと思ったんだが・・・」

 「・・・・・・いえ。そんなことないです」

 「・・・・・!!」

 「とてもかわいくて、うれしいです」

 他の男子はよく分からないけど、ボクはかわいいものもうさぎも好きなんです。

 なにより、友達からプレゼントをもらったことが、とても嬉しかったんです。

 「ありがとうございます。大切にしますね」

 ボクはリゼさんに精一杯微笑みかけました。

 「そ、そうか。喜んでくれたのなら何よりだ」

 リゼさんは顔を赤らめて、後ろを向いてしまいました。

 「男子へのプレゼント、あれでよかったんだな・・・・・」

 「え?」

 「あ、い、いいや。なんでもない!」

 何事もなかったかのようにこちらを振り向きました。

 男らしいと思っていたリゼさんだけど。

 女の子らしくかわいいところもあるんだ。

 「さあ、仕事だ。ビシビシ行くぞ!」

 「はい!」

 ここは喫茶店ラビットハウス。美味しいコーヒーが飲める隠れた名店です。

 今、ラビットハウスには、二人の店員がいます。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ボクはそれ以降、リゼさんからもらったぬいぐるみと一緒にベッドで寝ています。

 今日もぬいぐるみを連れてベッドに潜ろうとしたのですが、その瞬間気付きました。

 (あれ、このぬいぐるみ。縫い目が既製品じゃなさそう・・・?)

 そういえば、リゼさんがぬいぐるみを持ってきてくれた日、リゼさんの指に絆創膏が巻いてあった記憶があります。

 と、いうことは。

 「・・・・・・・フフッ」

 リゼさん、すごくかわいいところがあるんだ・・・!

 

 「チノ。ぬいぐるみ、大事にしてくれてるんだな」

 「はい、いつもベッドで一緒に寝てますよ」

 「そ、そうか・・・」

 顔を赤らめてる。かわいい。

 「リゼさんのお手製ですからね」

 「そ、そうだな・・・・・。えっ!?」

 あ、さらに顔が赤くなった。

 「いっ、いつ気付いてっ!!!」

 「当たってたんですね」

 顔が真っ赤で、トマトみたいです。

 「大丈夫です。リゼさん、とってもかわいいですよ」

 「ううぅ・・・そ、そんなこと言われて喜ぶと・・・・・」

 勘違いかもしれませんが、とっても嬉しそうです。

 「今日もよろしくお願いします。リゼ教官」

 「あーーーっ、もうっ!!!誰でもいいから新人入ってきてくれーーーーーっ!!!!!」

 ラビットハウスの外まで、リゼさんの声が響き渡りました。

 




男の子がいたら乙女なリゼちゃんもっと見れるのかな、見たい、で、こんな感じに


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんと千夜

 こんにちは。喫茶店ラビットハウスの跡取り息子のチノです。

 でも今日は少しいつもと違います。

 「チノくん大丈夫?着物って動きにくいかしら」

 「すみません、なんかしっくりこなくて」

 学校の授業の一環でお仕事体験です。それで甘兎庵で着物を着て働いているのですが・・・。

 「結構歩きにくい・・・あっ」

 「きゃっ」

 なれない着物で足がもつれて・・・。

 ムニュゥ

 「だ、大丈夫?チノくん?」

 「は、はい・・・。すみません・・・・・」

 千夜さんの胸元へ一直線でした・・・・・。

 そんな感じでやっています。

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 少しもやもやしています。原因は分かっています。

 別に千夜さんの胸の感触を思い出したわけではないです。ホントです。

 (柔らかかったな・・・・・)

 着物を着てさらしを巻いてるだろうに、あの柔らかさ。ココアさんはパンみたいにふかふか、リゼさんはどこか引き締まった張りがあったけど千夜さんは大福みたいに大きくもちもちして・・・・・・・。

 (何を考えてるんだボクは!!!)

 仕事中にも関わらずふしだらな考えになっている頭を頬をバシバシ叩いて矯正します。仮にもお仕事なんだから真面目にやらないと。

 でもココアさん、リゼさん、ティッピーがいない環境でのお仕事なんて初めてです。だからちょっともやもやするんでしょうか・・・。

 「チノくん。チノくん」

 千夜さんから話しかけられて後ろを振り向きます。

 「食い逃げだ!発砲許可!頭を狙え!!」

 すると千夜さんが拳銃を持って、まるでリゼさんのようなことをしていました。

 突然のことだったのでビックリしてボクは目を丸くさせて見ていました。

 「リゼちゃんのモノマネだったんだけど、緊張をほぐそうと思って・・・」

 「・・・・・・フフッ」

 千夜さん、おしとやかに見えるけど意外とお茶目さんです。

 「ありがとうございます。ボクのために普段やらないようなモノマネまで・・・」

 「いいのよ、ラビットハウスごっこはよくやってるから」

 「えっ」

 

 「ボクに近いサイズの着物なんてあったんですね」

 ボクの着物は千夜さんが職場体験になってすぐ用意してくれました。男の子のアルバイトさんを想定していたのでしょうか。

 「昔友達のために作ったんだけど、着てもらう機会がなくて・・・」

 千夜さんの友達と言ったら真っ先に思い浮かぶのは・・・。

 「シャロさん用なんですか」

 「うん・・・」

 千夜さんとシャロさんは昔からの友達です。でも学校もバイト先も違います。だから少し寂しいのかな・・・。

 あれ、ということはこれ、女の子用?通りで少しキツイ様な・・・。

 「でもラビットハウスの後継ぎさんがこうして働いてくれるんだもの。こんなに嬉しいことはないわ」

 「千夜さん・・・」

 うちのラビットハウスと甘兎庵はおじいちゃんの世代からお互い競い合ったライバル同士だったらしい。ボクも知ったのはつい最近なんですけど。

 ラビットハウスにはボクの他にココアさんやリゼさんがいます。でも甘兎庵には千夜さん以外のバイトさんはいません。

 「千夜さん」

 「ん?」

 千夜さんがボクの方を向きます。

 「こ、これから数日は、お、お兄さんに任せなさ~い」

 「えっ?」

 千夜さんは目を丸くして困惑しています。慣れないことはしない方は良かったかな・・・。

 「こ、ココアさんのモノマネ、だったんですけど・・・」

 外したっぽいです。ヤバイ。恥ずかしい。

 「・・・・・フフフッ」

 千夜さんは手を口に当てて微笑みます。

 「ありがとう、チノくん。元気出てきたわ」

 その姿はまさに大和撫子といった感じです。

 「お互い跡取りとしてお店盛り上げていきましょうね」

 「・・・!はい!」

 喫茶店経営は大変だろうけど、しのぎを削り合える友達がいるなら、長く続けられると思う。

 「ところで、ココアちゃんのマネなら私だって得意なのよ」

 「仕事そっちのけなところがすでにそれっぽいです」

 「お姉ちゃんに任せなさい!」

 千夜さんはココアさんの姉ポーズを取りました。

 「ココアさんより姉オーラが出てしまってます。美人さんだから様になっちゃってます」

 「えっ・・・!」

 千夜さんが驚いたような顔をします。そんな変なこと言ったかな?

 「そ、そうかな・・・・・」

 顔もどことなく赤くなっています。体調悪いのかな。少し心配です。

 

 

 「チノは今頃甘兎庵かぁ」

 「千夜ちゃんに影響されて」

 『今日から抹茶派です。コーヒー派に宣戦布告です』

 「こんなことになってたりして・・・!」

 「ただの中学の職業体験だろ。3日間だけだし」

 「ん~・・・。はっ、まさか!こんなことに・・・!」

 『俺はこの娘と結婚することに決めたぜ!です。ボインな大和撫子はサイコーだぜ!です』

 『甘兎庵看板夫婦!』

 『爆誕!』

 「ヴェアアアアア!!チノくん取られるーーー!!!」

 「お、落ち着け!単なる職業体験だから!!」パリンッ「あっ」

 (また皿がダメになりおったわい・・・)

 そんな様子をティッピーに入っているチノの祖父は心でため息をつきながら眺める。

 それも落として割ったのではなく左右に引っ張って引きちぎるようにして割ったのだからすごい怪力である。

 「二人とも年上なのにチノのことになるとダメになるね」

 そんな二人の様子を同じく職業体験で来ていたマヤも眺めていた。

 「じゃあ私がチノの代わりに妹になるー」

 「うんうん!マヤちゃんもとっくに私の妹だよ!」

 「いつの間に勢力を拡大したんだ」

 「リゼちゃんも入れてラビットハウス三姉妹~」

 「いえー!」

 「私も入ってるのか!?」

 そんなおなじみのやり取りをしているさなか、ココアの携帯にメールが入った。

 「あ、チノくんからメールだ」

 ココアにつられて思わず二人も画面をのぞき込む。

 『夕飯にお呼ばれしたので帰りは遅くなります』

 といった文面が画面には描かれていた。

 「よくやってるみたいだな」

 「帰ってきたら今日の話たくさん聞けるといいね」

 そんな話をしながら残りのメール内容も確認していく。

 下の方の文面には写真付きでこうあった。

 『千夜さんいわく、甘兎庵看板姉弟爆誕です』

 

 ピシッ

 

 今ラビットハウスは客もおらず静かなはずだ。そのはずなのに何かにひびが入る音が確かに聞こえた。

 (ふ、二人が昼のドラマに出てくるような女の人の目ぇしてるよ~)

 マヤは能面のような顔と光の消えた目になったココアとリゼの気迫におののいた。気のせいか周囲の空気も冷気を発しているようだ。

 「よくやってるみたいだな」

 「帰ってきたら今日の話たくさん聞けるといいね」

 さっきと話の内容は同じはずなのに、まるで殺害予告のように声に凄みがあった。

 (明日、うちの跡取りは生き延びれているのじゃろうか・・・)

 ティッピーの中にいる老人は孫の行く末とこの喫茶店の未来を憂いた。

 




4人の中で一番シチュに困った・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんとシャロ

 「ふぅ、買い出しも済んだし、あとは帰るだけですね」

 喫茶店の買い出しを終えて、ボクは帰る途中でした。

 そしてそのさなか事件は起こりました。

 ファサァ・・・

 (ん・・・?)

 歩いているボクの顔の上に何か布のようなものが落ちてきました。

 取り上げて見てみると白い色をした、何かレースのようなものでできていました。よく見ると可愛らしいリボンも付いています。

 これって・・・

 「私のパンツ!!待ってぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 向こう側からシャロさんが凄い勢いで走ってきました・・・。

 

 

 「ホントにごめんなさい・・・」

 「い、いえ・・・・・」

 ボクは今、シャロさんの家に上がり込んでいます。何でもシャロさんが迷惑をかけたお詫びをしたいとのことです。

 それはいいんですがさっきからお互いの顔を見ることができません。

 (シャロさんって、ああいうの履くんだな・・・)

 そんな雑念を心の中で頭を振って振り払います。最近こういうの多いような・・・。

 それに緊張している理由はそれだけではありません。

 (女の子の家に上がり込むの初めてだな・・・・・)

 他の女の子の部屋に上がり込んだことがないのもドキドキを加速させていました。(ココアさんはうちに上がり込んでいる方なのでまた別) 部屋の中からハーブだけではない、いい香りが漂っているような気がします。

 「はい、できたわよ」

 「あ、ありがとうございます」

 出されたのはシャロさん特製のハーブティーです。シャロさんのバイト先でも出しているのでホントに紅茶が好きらしいです。

 「・・・! 美味しいです」

 「そう、よかった」

 お互いようやく微笑んで目を合わせることができました。ハーブの効能でしょうか。

 「このハーブ、シャロさんが自分で育てているんですよね。すごいです」

 「フフ、ありがとう。育ててみると意外と楽しいわよ」

 表情も口調もすっかり柔らかくなりました。ひとまず良かった・・・。

 でもこうしてみるとホントにシャロさんは綺麗です。お嬢様というかお姫様のような雰囲気も漂っているような気がします。

 「今度うちにも来てください。今日のお返しにごちそうしますから」

 「ありがとう、でも、私コーヒー飲めないし・・・」

 シャロさんはコーヒーで酔う体質のようです。この間もヤケコーヒーをしていた時、酔った勢いで抱き着かれて大変でした・・・。

 「それならマシュマロココアをお出しします。それなら酔わないでしょう」

 「ホントに!?それならごちそうになろうかしら」

 喜んだ顔をしてくれました。こちらとしても一人でも多くのお客さんに来てもらうとうれしいのでウィンウィンです。

 「チノくんってよく気が利くし、優しいわね。ココアが弟にしたくなるのもわかるわ」

 「そ、そうですかね・・・」

 いきなり予想外の方向から褒められて頬が熱くなる。外見にまで出てなければいいんだけど・・・。

 「・・・ボクもシャロさんみたいな姉が欲しかったです」

 「えっ」

 「頭もいいし、優しくて綺麗ですし、頑張り屋さんです。姉だったらみんなに自慢できると思います」

 「あ、ありがと・・・」

 よくおじいちゃんから人から褒められたらその人のことも褒めろ、と言われています。これで良かったのでしょうか。

 ・・・・・よく考えるとすごく恥ずかしいことを口走った気が・・・・・。

 「す、すいません!急に変なことを・・・」

 「い、いえ。こっちこそ・・・・・」

 また変な空気に逆戻りです。これ以上変なことを言わないようおいとましよう。

 と思った時でした。

 ピョンッ

 「あっ」

 「ワイルドギース!」

 シャロさんの家に同居しているうさぎさんです。お散歩から帰ってきたのでしょうか。

 「あっあっ」

 「きゃっ」

 そのワイルドギースに脚を取られてしまいました。そして足がもつれて・・・。

 ドサッ

 ボクがシャロさんを、その、いわゆる押し倒す形になってしまいました・・・。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 何分か、そのままの体勢でお互い見つめ合ってました。シャロさん、ホントに顔が綺麗だ・・・・・。

 「・・・・・あの、チノくん・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 話しかけられても、頭に入ってこないくらいには呆けてた。鼻腔にハーブの爽やかな香りと女の子特有であろう柔らかい匂いが流れんでくる。

 「手をどけてもらえると、嬉しいかな・・・・・」

 「・・・・・・。えっ・・・・・・・・・・・?」

 下の方に目をやると。

 ボクの手がシャロさんの胸にあたって、いや鷲掴みにしていた。

 「―――――――――――ッ!!」

 驚愕のあまり、跳ねのけていた。それでもまだ手に、慎ましやかながらも確かあった、柔らかい感触が残っている。

 「ご、ごめんなさい――――――――――――――ッッッ!!!」

 ボクは頭を床にこすりつけて、許しを請うた。外はすっかり暗くなっていた。

 

 

 

 「・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・」

 チノくんが帰った後、私はベッドの上でボーッとしていた。色々ありすぎたので頭を落ち着かせる時間が欲しかった。

 「今度ラビットハウスに行ったら謝ろう・・・」

 色々チノくんに迷惑をかけてしまった。向こうも気に病んでなきゃいいんだけど。

 なんでも男の子を部屋に上げるなんて初めての経験だったし。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 『ボクもシャロさんみたいな姉が欲しかったです』

 「―――――――――――――――――――ッ!!!」

 さっき言われたことを思い出して悶える。別に本気で言ったんじゃないんだろけど。

 ・・・・・押し倒されたときのチノくんの目、意外と男らしかったな・・・。男の子らしく筋肉もあったし・・・・・。

 そんな考えが頭によぎり、顔を枕で覆った。

 今夜は眠れそうにないな・・・。

 




チノくんみんなにドギマギさせられて、みんなをドギマギさせてほしい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんとお泊まり会

今回ちょっと下ネタがあります。苦手な方はご注意ください。


 「みんなー!今日は私と遊んでくれてありがとー!」

 雨の日のラビットハウス、珍しくシャロさんが遊びに来ています。

 今のハイテンションはコーヒーのせいだそうです。シャロさんはコーヒーで酔っぱらってしまうらしいです。

 「時間が空いたらいつでも来てねー」

 「いいの?行く行くー」

 いつもはおしとやかなシャロさんが今ではココアさんと同レベルになってしまっています。

 「ココアが二人になったみたいだ・・・」

 リゼさんがつぶやきました。僕と同じことを思っていたみたいです。騒がしさが二倍どころか二乗になっている気がします。

 「チノくんふわふわー」

 「えっ、わっ」

 その勢いでシャロさんに抱きしめられました。とっさのことで動揺して振り払うこともできません。

 「うふふ、もふもふー」

 「あっ、あっ・・・あの・・・・・」

 シャロさんの体からはとてもいい匂いが漂ってくる。紅茶のかぐわしい香りに交じって女の子であることを感じさせる甘い匂いが。それに慎ましやかな体型からは想像できないくらい柔らかな感触をしていた。

 「むー!シャロちゃんばっかりずるい!!私も!!!」

 「えっ、ちょ、ココアさ」

 反対方向からココアさんが抱き着いてきた。当然ボクの体はシャロさんとココアさんの体にサンドイッチされた。ボクは異なる感触の柔らかさと甘い匂いに双方から包み込まれた。脳が情報を処理しきれず、意識が遠のく。

 「仲がいいわね、三人とも」

 「お前らいい加減にしろー!!」

 千夜さんはいつも通りおっとりした様子で状況を面白がっていました。リゼさんはなぜか不機嫌な様子でした。

 

 

 ひと悶着合った後、酔っぱらったシャロさんを千夜さんが連れて帰ろうとしました。ですが道中(と言っても10mくらいしか離れていない)千夜さんが力尽きてしまい、見かねたボクはシャロさんと千夜さんに、今夜はラビットハウスに泊まってもらうことにしました。そのまま流れでリゼさんにも泊まってもらうことになり、予期せぬお泊り会が始まりました。

 「お風呂あがったぞー」

 リゼさんとココアさんがお風呂から上がったようです。ちなみにずぶぬれになった千夜さんとシャロさんには真っ先にお風呂に入ってもらいました。

 「チノくんお風呂最後で良かったの?」

 「最後の方がゆっくりできそうなので」

 それもありますが、女性の皆さんは男のボクが入ったお風呂に浸かるのは女の子として嫌でしょう。暗黙のうちに気を使っていました。でもゆっくり浸かりたいのもホントなので別に不満はありません。

 「? 何かココアの匂いしません?」

 「えっ、わ、私の匂い?」

 「いえ、飲む方のです」

 ココアさんの顔が瞬時に赤くなりました。浸かりすぎてのぼせたのでしょうか。湯冷めしないといいんですけど。

 「ああ、そっちかー。あはは」

 「何勘違いしてるんだ。ああチノ、これは入浴剤だよ」

 そういえばうちの備え付けの入浴剤にそんな香りのがあった気が・・・。二人の体からココアの甘い匂いが立ち上ってきています・・・。

 ・・・その匂いをかいでいたら体が熱くなってきた。まだお風呂にも入っていないのに。

 甘い匂いにやられる前に、早くお風呂に入って頭をすっきりさせましょう。

 でもそれらの判断が間違いだったということに、ボクはすぐ気づくことになります。

 

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ボクはお風呂場で佇んでいた。辺りには一面にココア(飲む方)の甘い匂いが立ち込めていた。

 肌寒いので湯船に早く浸かりたかった。でもどうしてもその勇気が出せなかった。

 

 ・・・・・このお風呂に、シャロさんも千夜さんも、リゼさんもココアさんも浸かったんだ・・・・・・・

 

 ふっと頭によぎった。きめ細やかな肌の、四つのふくよかですらっとした肢体が。

 もしこの湯船に浸かれば、四人の躰を肌で感じるのと同じことになるのでは。

 ココアさんのふっくらした肌、リゼさんの張りのある胸、千夜さんのふくよかな乳房、シャロさんのむっちりしたお尻を。全て。

 ボクはブンブンと頭を振って頭からその考えを追い出す。こんな状態で湯船に浸かれるわけがなかった。

 今日はシャワーだけにしよう。肌寒いけど仕方ない。そうしよう。

 自分を納得させたところでシャワーを浴びようとした。けどその瞬間、湯船に何かぷかぷか浮いているものを見つけた。

 「?」

 あれはなんだろう?髪の毛?それにしては短いような。みなさん髪は長い方だし。それによく見るとちぢれて・・・

 

 ブボッッッ!!!!!

 

 ボクは耐えきれず、鼻から血を噴出して、お風呂場一面を赤い色で染めてしまった。

 

 「へっくちっ!」

 「あれ?チノくん風邪?」

 「ええ・・・。ちょっと訳あってシャワーだけで済ませたので・・・」

 「でもその割には長風呂じゃなかったか?」

 「・・・・・すいません・・・・・・・」

 「いや、謝ることじゃないと思うぞ・・・」

 

 

 

 「とっておきの話があるの。切り裂きラビットっていう実話なんだけど」

 千夜さんの提案で、みんなが心に秘めていることを話し合うことになりました。要は怪談です。千夜さんはノリノリで、他の方々は縮こまっている様子でした。

 ボクも怖い話は苦手なのですが・・・。

 「昔ある喫茶店に一匹のうさぎがいました」

 怪談よりも気になることが・・・。

 「そのうさぎの周囲では次々と殺人事件が・・・!」

 ふわぁ~ん

 (めちゃくちゃいい匂い・・・!)

 お風呂上がりの、シャンプーや石鹼が入り混じったみなさんの香りが気になって、集中できなかった。

 「という話なの。おしまい♪」

 「絶対取り憑かれる・・・」

 「あわわ・・・」

 「・・・チノ、お前意外とこういうのに強いんだな」

 「えっ、ああ・・・。そうですね・・・」

 

 千夜さんの怪談が終わったころ、夜はすっかり更けていました。ボクたちは寝ることにしました。女性の皆さんは同じ部屋で、ボクはもちろん一人自分の部屋で。

 「ふぅ・・・・・」

 予期せぬお泊まり会でしたが、色んなことがありました。色んなことがありすぎて疲れた・・・。

 ベッドに潜り、布団を被りました。でもすぐには寝られませんでした。

 眠るために目を閉じると、いろんな考えが浮かんできます。

 (よく考えると、他人を家に泊めるなんて初めてだ・・・)

 以前のボクなら絶対に考えられないことでした。あまり他人と話したり関わったりしなかったので。

 (ココアさんが来てからだな・・・)

 ココアさんが来てから、ボクの周りは騒がしくなりました。今日だってそうです。

 ボクは静かな環境の方が好きなのですが・・・。

 (でも・・・・・)

 静かな方が好き、でも今日みたいな騒がしさもとても心地よく思えました。

 ココアさんの元気な騒がしさ、リゼさんの軍人じみた騒がしさ、千夜さんのお茶目な騒がしさ、シャロさんの慌ただしい騒がしさ。

 (できることなら・・・長く続いてほしいな・・・・・)

 そんなことを考えているとゆっくりと眠気が体を包んでいきました。

 ボクはその眠気に身を任せた。

 夢の中でも、その騒がしさを楽しめることを祈りながら。

 

 

 『チノくん』

 『えっ』

 気が付くとボクはココアさん達に囲まれていた。それだけならいつもの日常と変わらない。でも普段と違うのは。

 『な、なんで・・・そんな姿を・・・』

 ココアさんたちはが身に付けているのは、白く透き通った布一枚だけだった。それ以外は下着すら身に付けていない。布の隙間からきめ細やかな肌や膨らんだ胸が丸見えだった。

 『チノくんが喜ぶと思って』

 4人は微笑みながらボクにゆっくりと近づいてくる。薄く透き通った布一枚で。ボクはその姿を見て、羽の生えた天使を幻視してしまった。

 『みんなチノくんのこと、大好きだから』

 少し動くとみんなの大事な部分が見えそうだ。でもみんなはそれに一切構わない。

 ボクも、思わず4人の方に自然と足が向いていた。

 『今は、たくさん楽しもう?』

 ボクはこくりと頷いた。そして4人の柔らかな躰に身をゆだねた。

 

 

 「はっ」

 カーテンの隙間から朝日が、窓の向こうからは小鳥のさえずりが聞こえてきます。今は朝みたいです。寝汗をかいたらしく、体がベトベトします。

 ボクは自分の体をペタペタ触ったり、肌をつねったりしました。ちゃんと痛みを感じます。ということはここは現実です。

 ということはさっきの光景は・・・

 (ボクはなんて夢を!!!)

 恥ずかしすぎて自分で自分の顔を覆います。体も火に包まれたように暑いです。

 いくら皆さんが魅力的だからって、いくら夢だからって、罪悪感からそんな自答が止まりません。

 ・・・そういえば夢の四人は泊まってるんでした・・・・・。

 (顔合わせられるかな・・・・・)

 あまり会うことに気が進みません。現実で特に悪いことはしてないんですが・・・。

 あまりおぼつかない足取りで、ボクは皆さんに会いにリビングへと向かいました。

 

 

 「み、皆さんおはようございます・・・」

 「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 あれ、何か皆さんの様子が・・・?

 「? 皆さん、どうかしましたか?」

 「!!!ううん!!なんでもないの!!!」

 「そ、そうだ。何でもないんだ」

 ココアさんとリゼさんが、何かごまかすようにしゃべり立てます。

 「でもちょっと顔が赤いですよ」

 「ああ、これは、みんな寝苦しくて寝汗かいちゃって!」

 「そそそ、そうなのよ!ちょちょちょ、ちょっと寝つきが悪かったのかしら!!?」

 千夜さんもシャロさんも何かを弁明するように話します。話しててさらに顔が赤くなっている気が・・・。

 「何か悪い夢でも見たんですか?」

 「「「「!!!!!!!!!!!!」」」」

 「?」

 「夢なんて見てないよ!」「そうだ断じて見てない!!」「うんうん変なことなんてしてないから!!!」「怪談で寝つきが悪かっただけ!!!!」

 すごい焦った顔でまくし立ててきます。まあボクも夢のことは言えないんですが。

 でも。

 (朝から騒がしいですね・・・)

 昨日願ったことが叶ったのかな。

 

 今日も明日もこんな騒がしさが続きますように。

 




チノくんはラッキースケベな目にたくさんあってほしいという願望、というか欲望


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんと温泉プール

チノちゃんを男の子にする際に真っ先に思い付いた回です。


 「皆さん遅いですね」

 今日は仕事の汗を流すために、ココアさん達と近場の温泉プールへ来ています。

 早速水着へ着替えてプール内に入ったのですが、他の皆さんはまだ着替え中のようです。

 (大勢と一緒にプール・・・)

 大勢と一緒に出かけるなんて、ボクにとっては初めての経験です。だから言いようのない不安があります。

 (うまく話せるかな・・・)

 不安のあまり、腕の中のおじいちゃん、もといティッピーを強く抱きしめます。うさぎ特有の温かさが伝わってきて、少しですけど不安がやわらぎます。

 「チノくーん!お待たせー!」

 「あっ、皆さん」

 どうやら皆さんも着替え終わったそうです。やってきたココアさんの声のする方向を向きます。

 そして皆さんの姿を見て、思わずティッピーを落とした。

 「あれ?どうしたの、チノくん?」

 当たり前だけどみんな水着を着ていた。でもその水着のデザインが問題だった。

 水着はいわゆる、ビキニだった。胸の谷間やおへそ、腿や鼠径部まで見えている。中学生男子のボクにとってはあまりに刺激が強すぎた。

 さっきの心配事なんて頭から吹き飛んでいた。

 

 

 「ここのお湯は高血圧や関節痛に効果があるらしい」

 「ぬるま湯につかっているのもいいかも」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ボクの両側にはリゼさんと千夜さんがいる。二人は皆さんの中でもひときわ、その、胸部分が大きい。そんな二人に挟まれるといやが応でも委縮してしまう。ボクは二人の胸を視界に入れないよう精一杯だった。

 「おい毛玉、お前にぴったりだな」

 「あっちにティッピーにぴったりの桶があったわよ」

 二人ともボクの頭の上に乗っているティッピーに話しかけてくる。ということは当然、ボクの方に近づいてくるというわけで。一ミリも触れ合っていないのに二人の体の体温を感じる気がした。

 「あ、嫌がるなよ。温泉嫌いなのか?」

 「濡れるとしなしなになっちゃうの?」

 二人のかわす言葉も、脳みそがピンクに染まったボクの耳にはどうにもいかがわしい言葉に聞こえてしまう。だんだんと体が熱くなってきたけど多分温泉の効能とは関係ない気がする。

 「すいません。ボクちょっと向こう側に」

 このままだと色々とどうかしちゃいそうなので、ひとまず二人の体から離れることにした。

 (刺激が強い・・・)

 思えば皆さんとプールに来た時点で、こうなることを察するべきでした。でも今悔やんでもしょうがありません。

 (ちょっと頭冷やそ・・・)

 確か向かい側に冷水のプールがあったはずです。そこに浸かって色々クールダウンしましょう。ボクはプールの中を、半分顔を出しながら進んでいきました。

 

 パンッ

 

何かに当たる音がします。柔らかいけど、弾けそうな張りをしているモノに。

 「あっ、ごめん」

 見上げるとそこにはシャロさんが立っていた。そしてボクの目の前にはシャロさんの張りの良いお尻があった。

 慌てて目をそらすため、シャロさんとは反対方向に向きます。

 「ん~っ。気持ちいいね、チノくん!」

 その方向ではココアさんが伸びをして立っていた。腕を天に挙げて体を伸ばしているので、体の小さな隆起や胸から腰にかけてのくびれ、隆起が織り成す体の陰影などが強調されていた。

 

 

 「あれ?チノくんは?」

 「トイレに行くって小走りで走っていったぞ」

 

 (チノよ、男として生まれたなら己を律することができるようになるんじゃぞ)

 残されたうさぎの老人は孫息子の成長を願わずにはいられなかった。

 

 

 「ふぅ~」

 温泉に浸かると心まで洗われるような気がする。私は体の力を抜いて、ぷかーって浮き上がらせるようにした。そうするとより気持ちいい気がする。

 「チノくん大丈夫かな?お腹壊してないといいけど」

 チノくんはついさっき、トイレに小走りで向かってったらしい。慣れない環境で無理させちゃったかな。姉として心配だよ。

 「まあ大丈夫なんじゃないのか。男子だし」

 「心配事に男子とか女子とか関係ないよ」

 「そうだな、すまん」

 リゼちゃんが申し訳なさそうに謝る。でもしょうがないのかもしれない。私たち、男子とのかかわりがすごく少ないから、男の子がどんなものなのかがよく分からない。私の身の周りだと家族であるお兄ちゃんたちとお父さんを除けば、後はチノくんくらいだし。

 「そういえばプールに来て思ったんだけど」

 リゼちゃんがまた話しかけてきた。

 「チノってさ、意外と筋肉あるよな」

 その言葉に、一瞬頭が真っ白になる。思い返すとチノくんは結構筋肉質だ。ガチガチのマッスルさんってわけじゃないけど、必要な肉は付いてて、不必要な肉は付いてない。スマートだけど胸板とかはしっかりしていた。あどけない顔をしてるけどやっぱり男の子なんだ。

 「・・・すまん。今のは忘れてくれ」

 リゼちゃんは顔を赤らめて静かになっていた。顔を半分プールに付けて、お湯をぶくぶくさせていた。

 (触ったら固いのかな・・・)

 なんて思ってしまい、顔を水にザブンと沈める。体が熱いけど、多分温泉の効能とは関係ない気がする。

 




チノくんの地の文が敬語とタメ語が混じってますが、これは意図的に使い分けてます。普段は敬語だけど男の子の部分が出るときにはタメ語、みたいな。

拙い絵ですけど自作のイメージ漫画です→ https://www.pixiv.net/artworks/84549372 (リンクって貼っていいのかな。問題があれば消します)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんとマヤとメグ

チマメ隊にはチノちゃんがチノくんになってもノリはそのままでいてほしいという願望。でもふとした時に異性であることは感じてほしいという欲望


 「行ってきまーす!」

 「行ってきます」

 晴れ渡った朝、ボクとココアさんは学校へと登校します。途中まではココアさんと道が一緒なのでそこまでは一緒に登校しています。

 「チノくん。今日もまたセロリ残してたでしょ」

 「ココアさんもトマトジュース飲んでませんでしたよ」

 「えへへへ」

 ココアさんは調子が悪くなったらいつもこうして笑います。あまりに朗らかに笑うので思わず許してしまいそうになります。

 「でも私よりチノくんの方が好き嫌い多いよ。このままじゃ大きくなれないよ」

 「心配はいらないです。ココアさんと同じ年の頃にはボクの方が大きくなっています」

 「え~、そうかな~」

 ボクはこれでも男なので、今では女の子に背丈は負けていますが後で必ず大きくなるはずです。

 ココアさんは顔を宙に向けて何か考えています。ボクが大きくなった時のことを考えているのでしょうか。

 と思ったらココアさんの顔が赤くなりました。そんなにおかしかったんでしょうか。ちょっとムッとします。

 「で、でも、チノくん毎日ティッピー頭にのせてるよね?」

 ココアさんが気を取り直すように話を始めます。ボクはラビットハウスで働いているとき、必ずアンゴラウサギのティッピーを頭に乗せます。その方が色々と集中できて、バランスも取りやすいからです。

 「ティッピー頭に乗せてて背が伸びるのかな」

 「・・・・・・・・・・・・・ハッ!!」

 天啓を受けたようでした。

 

 

 ココアさんと別れ、ボクは自分の通学路を歩きます。

 さっき言われたことがまだ少し気になりますね・・・。男としては知り合いの女の子よりは大きくなりたいです。

 「あっ、おっはよーチノ!」

 「今日は暑いねー」

 せめて友達のマヤさんメグさんよりかは。

 

 さっきの話もあって思わずマヤさんとメグさんの背を見てしまいます。

 「どうしたの?」

 見比べてみるとマヤさんもメグさんも背丈はそんなにボクと変わりません。なんならメグさんの方はボクより少し大きいかもしれません。

 ・・・大丈夫です。女の子の方が伸びるのが早いだけなんです。男の子のボクは後から伸びるんです。絶対そうです。

 「そんなに休み中私たちに会いたかったー?」

 「照れるじゃん!」

 

 

 ボクたちが出会ったのは中学での入学式の時でした。

 「香風智乃です。夢はバリスタになることです」

 そんな挨拶をしたことを覚えています。

 あと周りが女子だらけで少し緊張してました。もともと女学園だったのを少子化により共学にしたそうです。だから男子より女子の比率が多めでした。そんな環境で友達ができるか不安でした。

 そんな状態で話しかけてきてくれたのがマヤさんメグさんでした。

 「ねぇ!私たちと冒険しない!?」

 「さっきね、宝の地図を見つけたの!」

 お二人は宝探しゲーム”シスト”に誘ってくれました。

 「な、何ですか。いきなり・・・」

 「バリスタの力が必要なんだ!」

 一人本を読んでるボクに、手を差し伸べてくれて。

 「チノが仲間に加わった!」

 「てってれー♪」

 「むりやり!?」

 ・・・どちらかというと攻略用の兵器が見つかったという感じでしたけど。

 あとボクを女の子だと思ってて同性のノリで気軽に誘ったそうです。明らかにズボンを履いてたんですが・・・。

 

 

 ボクたちは登校しながら他愛のない話をします。マヤさんが昨日お兄さんをパシリに使っただとか、メグさんのお母さんのバレエ教室でお菓子を持ってきた人がいたとか。

 その流れでふと思い出したことがありました。

 「マヤさん、メグさん。ボク、コーヒーくさいですか?」

 「いきなりどうしたの?」

 「ええちょっと」

 今朝ココアさんのうっかりで頭からコーヒーカスを被ったので、少し匂わないか気になっています。

 「かいでみてもいい?」

 「いいですよ」

 「くんくん」

 「んー」

 二人はボクの頭に顔を近づけてかいでくる。話を振ったのはボクだけど、二人の顔が近づいてきて、二人の体温や息遣いを直で感じて少しくすぐったい。顔が熱くなってきた気がする。

 「確かにほろ苦い香りが・・・」

 「でも私、コーヒーの匂い好きだよ」

 あまり気にならない程度なら良かったです。ホッとしたのはいいんですが、そろそろ二人とも遠ざかってくれないでしょうか・・・。

 「あれ・・・?」

 「この匂い・・・」

 何でしょう?やっぱり臭かったんでしょうか?

 「アレードウシテカナー」

 「ホカノオンナノニオイガスルヨー」

 「!!?」

 二人から眼の光が消えて周囲から冷たい空気が!本能で恐怖を感じ取り一瞬で鳥肌が立った。

 「なんてうそー!」

 「あははー!冗談だよー!」

 すぐにいつもの二人に戻りました。マヤさんはいつものように肩をバシバシ叩きながら話しかけてきます。でもさっきの気配、冗談では済まされない圧だった気が・・・。

 

 そんなこんなしているうちにボクたちは学校へ着きました。他の生徒たちも続々と登校してきています。

 「早く昼休みにならないかなー!」

 「マヤちゃん、まだ授業も始まってないよ」

 マヤさんとメグさんはいつものようにふわふわしたやり取りをしています。お二人はボクと出会う前から友達だったらしいので息はツーカーなんでしょう。

 「・・・あれ?メグ、ちょっと顔赤くない?」

 「えっ。そうかな」

 マヤさんが何かに気付いたようにメグさんに話しかけます。言われてみればメグさんの顔、いつもより赤いような・・・。

 「ん~、今日はいつもより暑いし、そのせいだよ」

 と言ってメグさんは下駄箱に向かおうとしていました。けどその途端、メグさんの脚がおぼつかなくなりました。

 「メグ!」

 「メグさん!」

 ボクは思わずメグさんの手を取りました。熱い。メグさんの体がボクの体温よりはるかに熱いことが感覚で分かりました。

 「大丈夫か、メグ!?」

 「えへへ、大丈夫だよ。ちょっとフラフラしただけだから」

 そう言っていますが傍から見たら明らかに調子が悪そうです。そういえば今日は朝からずっと暑かったです。熱中症にでもかかったのかもしれません。

 「教室行って休めば大丈夫。さあ早く行こー」

 気を使っているのかそのままメグさんは教室に向かおうとする。そんなメグさんをボクはすぐさま抱きかかえた。

 「ふえ?」

 「無理しちゃダメです。大事になる前に保健室で休みましょう」

 熱中症は放っておけば大変なことになる。そうなる前に無理やりにでも保健室に連れて行かないと。

 「マヤさんは先に教室へ行っておいてください。ボクはメグさんを保健室へ送ってから行くので」

 「・・・えっ、ううん。私も心配だからついてくよ」

 「そうですか。じゃあ一緒に行きましょう」

 「えーっと」

 マヤさんはお調子者に見えるけど、本当は繊細な気遣い屋さんだ。だから友達のメグさんを放って一人教室に行くなんて気が気でないんだろう。優しい人だ。

 「あのー、私、一人で歩けるよ?」

 「ダメです。調子が悪い時は無理したら余計ひどくなりますよ」

 「う・・・うん」

 メグさんが遠慮するように言う。ボクのことを気にしてくれているのかもしれない。でもボクは少し背は低いけど女の子ひとりくらいなら抱えれる力はある。こういう時にこそ男のボクがしっかりしないと。

 「でもそれ、お姫様抱っこだよね」

 「え?」

 「マ、マヤちゃん!!」

 ・・・言われてみればその通りです。でも緊急事態だからしょうがありません。メグさんの体もさらに熱くなってきたので急いで保健室へと向かいましょう。

 「・・・なんかそれ余計ひどくなりそうな気がする」

 「?何か言いました?」

 「別に」

 マヤさんが何かつぶやいた気がするけどよく聞こえませんでした。後でそのことは聞くとして、今はメグさんのことを優先しましょう。

 

 

 「メグさん、たいしたことないそうで良かったですね」

 「うん」

 メグはどうやら軽い熱中症だったらしい。軽いものだから少し休んだら良くなるって保健室の先生が言ってた。

 「あ、そういえばさ。チノ」

 「なんですか?」

 「みんなの前でお姫様抱っこなんて大胆じゃん!」

 さっきの光景をぶり返してチノを茶化す。お姫様抱っこなんて現実で初めて見たんだもん。いつものチノなら恥ずかしがってしないだろうから尚更。まあチノにしてはちょっとカッコよかったけど。

 「・・・緊急事態だからしょうがないです」

 「でもおんぶでも良かったんじゃない?」

 「無我夢中だったんです・・・・・」

 チノはいつもより更に縮こまって小声で喋る。顔もトマトみたいに真赤だ。うんうん、これでこそいつものチノだよ。

 「それならー」

 私はチノにじりじりと近寄る。チノは若干警戒していた。

 「私もおんぶして連れてけー!」

 「うわっ!!」

 私はチノの背に飛びかかるようにした。まあいつものじゃれ合いだし気にしないだろ。

 と思ってから気づいた。チノにおぶさって見る景色が意外と高いことに。

 ・・・チノは私と背丈、あんまり変わんないはずなのに。男の子だからか?なんか背中も広い気がする。よく分からないけど何か悔しい・・・。

 「・・・?マヤさん?どうかしましたか?」

 「なんでもねー!!チノはもうずっと大きくなるなー!!」

 「ええちょっと何で!?そんなに頭をおさえ込まないでください!!」

 




学校の設定に既視感を覚えるのと無理がありすぎるのは突っ込まないでいただけると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんと風邪ひきお姉ちゃん

 「チノくん見て!雪が積もりまくりだよ!!」

 昨日特に寒かったと思ったら、今朝は一面の銀世界でした。ココアさんはそんな銀世界を見て子供のようにはしゃぎまくっています。ボクより年上なのに相変わらずです。

 「雪うさぎ作るよ!」

 「先に学校行っちゃいますよ」

 早速道草を食べだしています。犬は喜びなんとかっていうけど、ココアさんも同じくらいのはしゃぎようです。

 「完成!」

 「わ。かわいいです」

 作られた雪うさぎを見て思わず声を漏らしてしまいました。ボクの可愛いもの好きはきっと父に似たんでしょう。

 「このくらいの出来で見とれるなんてまだまだ子供だね」

 どっちが。

 

 「きっと学校で雪合戦大会だよ。武者震いするなー」

 はしゃぎすぎたのかココアさんはさっきから震えています。いくら何でも楽しみすぎです。

 「あ、でも千夜ちゃんに球投げられたらって思うとぞっとするなー」

 ・・・何か変です。震えがさっきよりひどくなっています。顔もいつもより赤いし。

 もしかして・・・。

 「ココアさん、ちょっと腰低くしてください」

 「?」

 ココアさんはボクの言ったとおりに腰を低くします。ファイティングポーズを取りかけていましたがそうではないです。

 ボクは自分のおでこをココアさんのおでこにコツンと当てました。

 「!?」

 「すごい熱・・・!」

 

 

 「ココアさん、入りますよ」

思った通り、ココアさんは風邪だったようです。大事になる前に家に引き返せてよかったです。

 「リゼさんがおかゆ作ってくれましたよ。他に何か食べられるものありますか?」

 昼間はリゼさんや他の皆さんもお見舞いに来てくれました。その時は元気そうに接していたので一安心です。

 「ココアさん・・・?」

 様子がおかしい。さっきまで元気だったのに話しかけても応答がありません。

 「ハァ・・・ハァ・・・」

 「ココアさん!!」

 うなされてる!夜になって風邪がひどくなってきたんだ!顔も真赤だ。

 「ち・・・の・・・」

 「苦しいんですか!?ボクに出来ることがあれば何でも言ってください!!」

 ボクは思わず寝ているココアさんの手を取る。さっきよりも熱くなっている。ジュゥッという音が聞こえてくるくらい。

 「ち・・・・・の・・・・・」

 「ココアさん・・・!!」

 「ち・・・地中海風オマール海老の・・・・リゾットが食べたい・・・な・・・」

 「はい・・・?」

 

 「チノ、風邪薬が切れておるぞ」

 「ええっ!?」

 おじいちゃんの発言に思わず声を上げてしまいました。どうしよう。買いに行くと言っても近くのお店はもう閉まっているし、お父さんは仕事中で手が離せない。どうにかできないものかと考えれば考えるほどあせってしまう。

 「家が近い千夜にもらいに行くというのはどうじゃ」

 「おじいちゃんナイスアイディアです!!」

 おじいちゃんの提案通り、ボクは千夜さんに風邪薬を分けてもらうために家を飛び出しました。

 (たくさん降ってる・・・。朝になったら雪かきしないと)

 急がないと。滑らないよう細心の注意を払いながら小走りで雪だらけの道を行きます。

 「あっ」

 路面が凍結していたのか、足を滑らせて転んでしまいました。おでこを打って痛い。

 余計な時間を取っちゃった。その間にもしココアさんの病状が悪化したら・・・!そう思うと気が気でない。一人不安で胸がつぶれそうになる。

 「チノよ。夜道をひとりで行く気か」

 おじいちゃんの声がしました。心配で追いかけてきてくれたのでしょうか。声のする方を振り向きました。

 「あれ・・・?」

 どこにもおじいちゃん、というかティッピーの姿が見えません。おかしいな。

 ・・・・・まさか。

 「おじいちゃん!!雪と同化してどこにいるか分かりません!!」

 

 目を凝らして雪を掘り返してようやくおじいちゃんを発見できました。

 「チノ。そう不安がるでない」

 おじいちゃんが優しい口調で、でも諫めるようにボクに話しかける。

 「おなごが苦しんでる今、男のお前がしっかり構えなくてはならんぞ」

 「・・・・・!!」

 おじいちゃんの話を聞いて体に力が入る。そうだ。不安がってる場合じゃない。ココアさんのために一秒でも早く、風邪薬を持って帰らないと。

 「はい!!」

 おでこの痛みを気にする間もなく、ボクは再び夜道を駆けだした。

 

 「ココアさん。お薬貰ってきましたよ」

 千夜さんからお薬をもらってようやく帰ってきました。どうやら千夜さんも風邪をひいているシャロさんのためにお薬を買い込んでたそうです。今度お見舞いに行こう。

 「んんぅ・・・。ありがとう、チノくん・・・・・」

 見たところ呼吸はさっきより落ち着いたようです。少し寝て良くなったのでしょうか。でもその代わり、汗をびっしょりかいています。

 「うぅん・・・チノくん・・・。お願いが・・・あるんだけど・・・」

 「何ですか?ボクに出来ることならなんでもどうぞ」

 ココアさんがポーっとした表情でボクに話しかける。出来ることなら何でもしてあげたい。それで風邪が少しでも早く治るのなら。

 「汗・・・拭いてほしいんだ・・・」

 「はい!・・・・・・はい?」

 予想外のことを言われた気がする。

 

 「んぅ・・・。じゃあ脱ぐからね・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 スルッという布擦れの音が聞こえてきたと思ったら、目の前にココアさんの綺麗な背中が現れた。ブラもつけておらず、肩甲骨やくびれまでしっかりと視界に入ってしまう。

 (平常心・・・平常心・・・・・)

 ココアさんは熱で寝ぼけて正常な判断力を失っているんだ。じゃないと男のボクにこんなことは頼まないだろう。そんな状態のココアさんを変な目で見るなんて決してあってはならない。

 「じゃあ・・・・・お願いね・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・はい」

 ボクは冷水で濡らせたタオルをココアさんの背中に当てる。

 「んっ」

 「・・・・・!!」

 ココアさんが妙な声を漏らす。熱い体にいきなり冷たいタオルを当てられたからより感じてしまってるんだ。

 首をブンブン振って目の前の作業に集中する。真面目にやるんだ。ココアさんは苦しんでるんだ。

 ボクはそのまま濡れタオルをココアさんの背中に沿って動かし始めた。

 「あぁん」

 ココアさんが声を漏らすたび、ボクの心臓は飛び上がる。今まで同居してきたけど、一度も聞いたことのない声だった。

 耳からの情報だけじゃない。視覚や触覚からの情報も絶大な破壊力があった。

 汗のせいで少し室内の光を反射している肌、タオル越しに触れてもその柔らかさが分かる。少し力を入れると少しへこみ、持ち前の弾力性で元に戻る。女の子特有の吸いつくような肌をタオル一枚越しに感じていた。

 よく目を凝らすと体前方にある乳房の輪郭も見える。少し動くだけでメレンゲみたいにプルプル揺れる。大事なところが見えないのが幸い中の不幸、じゃなかった不幸中の幸いだった。

 

 そんな欲望と理性の戦いが脳内で繰り広げられているうちに背中をようやく拭き終わった。疲れた・・・。薬貰いに外に出たときより疲れた気がする・・・。

 「終わりましたよ」

 ボクはふうーと一呼吸着く。

 「うん・・・。ありがとうチノくん・・・」

 ココアさんもだいぶ症状が回復したようだ。これなら数日中によくなるでしょう。良かった。

 「・・・ん?あれ?」

 ココアさんは夢から覚めたように目をぱちくりさせている。

 「・・・・・!!!」

 バッとココアさんはボクから離れて胸元を隠す。・・・どうやらホントに夢から覚めたようです。

 「あ、あ・・・」

 「えっと・・・・・」

 何とも言えない空気が部屋を支配する。ココアさんも再び顔が赤くなってきています。ボクも風邪なんて引いてないのに体が熱くなってきた・・・。

 「ご・・・・・・・・・・・・・・・・」

 長い沈黙を破り、ココアさんが口を開いた。

 「ごめん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「いえ・・・・・こちらこそ・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 その後、しばらくして普通に話せるようになりました。まだ頭の中にあの光景はこびりついてるけど。ココアさんは再びベッドで体を休めています。

 「あれ・・・チノくん・・・。おでこのところどうしたの?」

 色々あって忘れてましたがおでこを怪我したんでした。

 (雪で滑って頭転んだなんて言ったら笑われる・・・!)

 「あー、雪ではしゃいでスノボごっこしたら転んだんだね、あぶないよ」

 「普通に転びました」

 ココアさんじゃないんですからそんなことしません。でもいつも通りのココアさんに戻ったみたいです。胸のつっかえが取れたようでした。

 「今日はありがとね。チノくん」

 ベッドからわざわざ腕を伸ばして、ボクの頭を撫でてくれます。柔らかな笑みと手から感じる暖かさで疲れも忘れたようでした。

 「もし風邪うつしちゃってたら全力で看病するからね」

 「ボクはそんなヤワじゃないです。リゼさんに鍛えられてるので」

 普段と違ってホントにお姉さんみたいなことを言ってきます。ちょっといいなと思ってしまったけど。

 「むー、何かずるい・・・」

 「えっ?」

 「何でもないっ」

 プイッとそのまま寝てしまいました。まだやっぱり熱があるんでしょう。ぶり返さないうちに部屋を出ましょう。

 でもその前に。

 「おやすみなさい」

 と言ってココアさんの頭に軽く手で触れました。

 早いうちにまた元気いっぱいのココアさんを見たいという願いを込めて。

 

 後日、ココアさんは治りましたがボクは遅めのおたふく風邪にかかったのは別の話です。

 

 

 

 「一人で家を出るのは寂しいな」

 チノくんが遅めのおたふく風邪にかかった朝、私はチノくんの看病をしたかったけど学校があったから仕方なく家を出た。帰ったらたくさん看病してあげよう。

 「あっ、この間作った雪うさぎまだある」

 私が風邪をひいた日に作った雪うさぎだ。チノくんからもかわいいと言われたお墨付きだよ。

 「しかも家族が増えてる」

 私の雪うさぎの横に小さめの雪うさぎが三匹くらいいた。チノくんったら自分でもたくさん作ったみたいだ。でもこれなら雪うさぎさんたちも寂しくないね。

 家族・・・・・。

 風邪は治ったはずなのに、体が一気に熱くなった。

 このままじゃまた熱が出ちゃいそうだから早く学校に行こう。と思って歩き出そうとしたけど。

 「・・・・・・・・・・」

 私はごそごそと雪を集めて雪うさぎを作った。ちょっと大きめの雪うさぎだ。そしてそれを小さな雪うさぎたちを挟むようにして、この間の雪うさぎの反対側に置いた。

 作り終わったし学校へ行こう。今のは別に深い意味はないし。

 ちょっとお父さんうさぎもいるだろうなーと思っただけ。

 




これでチノくん流行ったりしないかな、と厚かましくも思いながら書いてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんと小説家の憂鬱

今回いつもよりオリジナル要素が強めですのでご注意ください


 「うぇ~ん、ぐすっ」

 「ココアさん、いい加減泣き止んでください」

 「ココア、泣いてたら仕事にならないぞ」

 開幕いきなりこんな感じですけど別に大事件が起こったわけではないです。いつも通りのココアさんです。

 「え~っと、先輩。この状況は・・・?」

 「ココアちゃんが・・・!泣いてる!親友の私が何で気付かなかったの・・・!」

 「ややこしくなるから黙ってて!」

 いつも通りラビットハウスにボクを含めた5人が集まっています。5人も集まると落ち着いた静かさが売りのラビットハウスも騒がしいです。でもそれが最近楽しかったりします。

 「んっ。別に悲しいことがあったわけじゃ、ずびっ、ないよ」

 「じゃあなんで」

 「ほら、この間出た新しい小説があったろ」

 「あの話題の恋愛小説のことですか?」

 「うん・・・。それ読んだら、ぐすっ、すごく感動しちゃって・・・」

 「大げさな表現しないでよ!大事件があったのかと心配したじゃない!!」

 シャロさんは声は荒げていますが台詞の端々からココアさんを本気で心配してたというのが分かります。やっぱりすごく気が利く優しい人です。

 「その小説私も読んだわ!言葉の使い方が上手くて、新しい和菓子の名前に参考になりそうなの!」

 「千夜ちゃんも読んだんだ!自然と同じ小説を読むなんて私たちやっぱり心のうちから通じあってるよ!」

 「ココアちゃん!」

 二人はお互いの両手をガシッと掴み合います。目もキラキラさせてて、互いの友情を確かめ合ってるのが傍からでも目にとれます。

 それにしても小説からも商品のアイディアを取り入れるなんて相変わらず千夜さんは努力家です。ボクも負けていられません。

 「そりゃ有名小説なら偶然じゃなくても目に留まる可能性は高いだろ」

 「リゼさんもその小説読まれたんですか?」

 「い、いや。私はああいう恋愛とかはちょっとな・・・」

 リゼさんはどちらかというとハードボイルドなミリタリーものを嗜むようです。女の子らしいかと聞かれると分かりませんが、リゼさんらしくていいと思います。

 「はぁー。でもあの小説、ホントに感動したなー。記憶消してもう一回読みたいくらいだよー」

 「でもココアならしばらくたったら自然に忘れそうだけどな」

 「あー」

 「私そこまでボーっとはしてないよ!」

 「うふふっ」

 「もう!千夜ちゃんまで!」

 リゼさんの発言にシャロさんが同意し千夜さんがいつものように微笑みます。もう見慣れたやり取りです。

 ココアさんもようやく泣き止んだようです。ここまで泣いてるのはどうかと思いますが自分の感情にこんなにも正直なのはちょっと羨ましいです。

 綺麗なものを

 「綺麗だと感じ」

 美しい物語を

 「美しいと言える素直な心。とても素晴らしいです」

 あれ?心の声が・・・。

 この声・・・。

 「「「「「青山さん!?」」」」」

 「お邪魔してます」

 気づかぬうちに小説家の青山ブルーマウンテンさんが向かいの席に座ってました。いつの間に・・・。

 「自らの感情を素直に受け止められる心。それは生涯にわたる宝です」

 小説家だからか青山さんはよく詩人のような言い回しをします。落ち着いた雰囲気と合わさっててとても説得力があります。

 「すいません。来ていたのに気づかなくて」

 「いえ。皆さんの心からの声を楽しませていただきましたから」

 相も変わらず落ち着いた物腰と物静かな雰囲気を纏わせています。これが大人の余裕というものなのでしょうか。

 「ご注文がお決まりになったらお呼びください」

 「ああ、いえ。今日はコーヒーもですが、チノさんにお願いしたいことがあって来たんです」

 「ボクに?」

 「はい」

 なんでしょうか?青山さんにボクがしてあげられることなんて限られていると思うのですが。

 「チノさん」

 青山さんがボクの方に向き直して言いました。

 「私とお付き合いしていただけませんか?」

 その瞬間でした。世界が静止したのは。

 

 

 「ふぅー・・・・・」

 陽も登って暖かくなってきたころ、ボクは息を深く吐いて気持ちを落ち着けます。それでもまだ心はざわついています。髪や服装に乱れがないか、などと考えると気が気ではありません。

 しょうがありません。何せこんな風に女の人を待つなんて初めての経験なのですから。

 「チノさん。お待たせしました」

 「あっ、青山さん・・・。おはようございます・・・」

 「おはようございます。今日はよろしくお願いしますね」

 「え、ええ。よろしくお願いします・・・」

 さらに女の人とデートなんてのも初めての経験なのだから。

 

 『男の人と出かける体験をしてみたい?』

 『はい。皆さんが絶賛されていた小説を参考に私も恋愛ものを書こうと思ったのですが、やはり実体験がないとリアリティが出なくて』

 『で、で、何でチノくんなんですか?』

 『私が知っている男性の中で、気兼ねなく誘える人を思い返すとチノさんしか思い当たらなくて』

 『青山先生。チノくんまで取材対象にしないでください』

 『そうですね。なのでご迷惑なのでしたら断っていただいて結構です』

 『チノ、無理しなくても断ってもいいんだぞ』

 『ふふ。なんだか皆必死だわ』

 『・・・・・・・・・・・・』

 『チノさん?』

 『ボクなら別に、構いません・・・』

 『『『『えっ』』』』

 

 という経緯でデートをすることになったというわけです。でもあの時の皆さん、千夜さんの言う通りいつもより必死だったような気が・・・。

 「それではチノさん、行きましょうか」

 「あっ、あっ、はい」

 その時はつい勢いでオーケーしてしまいましたが、当日になって気恥ずかしさが噴き出してきました。

 それに青山さんの服装も、いつもより大人を感じさせるファッションでドギマギしてしまいます。その一方でどこか少女のような可愛らしさもあります。余所行き用なのでしょうか。

 「チノさん。どうでしょうか」

 「えっ。というと」

 「一応デートということで男性に見せるということを意識して服を選んできたのですが」

 「・・・・・・・・・・・」

 青山さんが服を広げて見せる。

女の人が男のボクに服の感想を求めてる。となれば言うことは一つだ。

 「・・・・・とても似合っています。かわいいです・・・・・・」

 「ありがとうございます」

 青山さんは屈託のない笑みをこちらに向ける。常套句だけど褒められると嬉しいのかな。

 ・・・今さら後悔してもしょうがありません。今日一日、しっかりエスコートしよう。

 

 「とりあえずこのお店で今日の予定を話し合う、でいいでしょうか・・・?」

 「はい。このお店、以前お茶会をしていたお店ですね」

 ここはココアさんの高校の卒業式があった日に立ち寄った喫茶店です。アフタヌーンティーセットの食べ方が分からずに、マヤさんメグさんと四苦八苦したのを覚えています。

 ・・・本当はもっとおしゃれな高級店の方が良かったのかな。でもあまり背伸びしすぎて失敗しても迷惑なので。こういったことにあまりこなれていない自分を少し呪います。

 ボクと青山さんは日当たりのいい席を選んで座ります。

 「どうぞ」

 「ありがとうございます」

 席をひいて青山さんに先に座ってもらいました。エスコートってこういうことで合ってるんですよね・・・?

 気を取り直してメニューを開きます。やはりアフタヌーンティーセットが定番でしょうか。

 「すみませんお客様。少々よろしいでしょうか」

 店員さんが話しかけてきました。

 「つかぬことをお伺いしますが、お二人は恋人同士でいらっしゃいますか?」

 「えっ」

 「はい。そうです」

 青山さんが間髪入れずに言います。そうです。今のボクたちはそういう体でした。自覚しないと。

 「ただいま、恋人の皆様に向けたキャンペーンを行っておりまして、こちらのセットを頼まれると料金が半額とさせていただいております」

 「そうなんですか。青山さん、どうでしょう」

 「そうですね。折角なのでそれで」

 「かしこまりました」

 店員さんが店の奥に下がっていきました。

今のボクの対応、恋人として間違いはなかったかな。そう考えると少し不安でした。

 「ラッキーでしたね。チノさん」

 青山さんが柔らかい笑みを向けてくれています。あまり考えすぎても逆に向こうに気を使わせてしまうでしょう。

 「はい。すごい偶然でしたね」

 ボクも笑みを返します。あれやこれや考えすぎずに自然体で行きましょう。どんな仲でもそれが正しいあり方でしょうから。

 「お待たせいたしました。セットのスムージーでございます」

 さっきの店員さんが来て飲み物を持ってきました。あれ?でも何か変ですね・・・。

 「あの、この飲み物。ストローが二つなのにコップは一つなんですが」

 「はい。こちらのスムージーは一つの飲み物をお二人で飲んでいただく形式となっております」

 つまりあれだ。恋愛漫画のテンプレでよくある、ハートのストローとかを使った恋人飲みだ。

 余りの出来事に硬直しているボクを尻目に、青山さんはいつも通りの笑みを浮かべていました。

 「チノさん。折角頼んだのですし、いただきましょう」

 「・・・・・はい」

 多分、自然体無理だ。

 

 セットのメニューを楽しんだボクと青山さんは喫茶店を後にしました。でも楽しむ余裕なんてなかったけど・・・。

 「チノさん。この後行きたい場所はありますか?」

 もうすでに一日中走り回ったような疲れを感じていたボクでしたがデートは始まったばかりです。青山さんをうんと楽しませなければなりません。

 「そうですね・・・」

 頭を捻って考えますがあまりいい案は浮かびません。日頃ボクはココアさんに連れ出されたりでもしない限り、積極的に外に出て遊ぶということはしないのでこういったことには疎いです。日頃の生活態度がこういった形で帰ってくるとは思いませんでした。

 早く案を出さないとと焦っているとボクの肌を冷たい風が吹き抜けました。秋本番になって空気が冷たくなってきています。

 その風が吹き抜けると同時にボクの頭の中にもフッと考えが通り抜けました。

 「少し寒いですし、近場の温泉プールに行くというのはどうでしょうか」

 

 そういった経緯でボクと青山さんは温泉プールにやってきました。青山さんもボクの案に快く賛成してくれました。

 「ここにはよく来てるんですか?」

 「小説のアイディアはどこに転がっているか分かりませんから」

 ここは温泉プールなので、ボクも青山さんももちろん水着です。でも青山さんの水着は競泳水着のような上下繋がったタイプでさらに羽織物をしているので露出度自体は低いです。少し安心・・・。

 「チノさん。この水着どうでしょうか」

 「えっ、ああそうですね・・・」

 露出度自体は低いんだけど健康的な腿や綺麗な肌は晒されている。さらに青山さんの大きな胸がピッチリした水着でさらに強調されているような気がする。

 「・・・青山さんの落ち着いた雰囲気に合っていてとてもいいと思います」

 あまり過激なことは言えないので結局常套句に落ち着いてしまいました。こんなことで小説のネタになるのかな。相変わらず青山さんは柔らかい笑みを浮かべていたけど。

 「じゃあ早速浸かりましょうか」

 「それならチェスのお相手を願えますか?」

 「はい、喜んで」

 そう言って青山さんは歩き始めました。と、その途端でした。

 「あっ」

 「危ない!」

 青山さんが濡れたプールサイドで足が滑って転びかけました。ボクは咄嗟に青山さんの体を押さえます。

 ドサッ

 結論から言うと青山さんは無事でした。ボクがクッションになる形で押さえたので。

 でもその拍子に青山さんのお尻がボクの腰の少し下辺りに密着するようになり、柔らかさがそこから伝わってきた。さらに胸部分を横から揉む形になり、そのみずみずしい感触を脳がしっかりと知覚していた。

 「あ、青山さん。だ、大丈夫ですか・・・?」

 「はい。チノさんがかばってくれたので」

 青山さんは相変わらずあっけらかんとした表情でボクの方を向きました。男のボクに体を触られて気にしていないのでしょうか・・・。

 「・・・すいません。青山さん」

 「? 謝罪をしなければならないのは私の方では?」

 見たところ青山さんは気にしていないようです。とりあえず青山さんに怪我がなかったことだけ喜ぼう。そうしよう。

 

 

 「ここからの夕日、小説のアイディアに詰まった時よく見に来るんです」

 その日の終わりにボクと青山さんは展望台に来ていました。夕日と街の様子が一望できる人気スポットです。

 「今日はありがとうございました」

 「いえ、こちらこそ上手くエスコートできなくて・・・」

 温泉プールの後も色んな所へ行きました。クレープ屋さんでクレープを食べたり、図書館に行って本を探してみたり、アクセサリーを探してみたり公園で一休みしたりといろいろやりました。でも思い返すと少しせわしなさ過ぎたようにも思います。これで青山さんに楽しんでもらえたのでしょうか・・・。

 「今日一日、男の人と出歩いてみて分かりました」

 青山さんが子供に本を読み聞かせるように言います。

 「恋愛とは心の所作だと」

 「心、ですか」

 「その人を大事に思う心、お互いを想い合う愛、それが体にも所作となって自然と現れるんです」

 チノさんからはその所作がにじみ出ていましたよ、と優しく言ってくれました。

 そうです。相手に楽しんでもらおうと頑張ってたのはボクだけではありませんでした。

 青山さんも、お互いが楽しみ合えるように頑張っていたはずです。

 「チノさんはいつもココアさん達のことを考えて、楽しませようと頑張られているんですね。だから今日も自然と愛に満ちた所作ができたんでしょう」

 そっか。何も特別なことをしなくてもいいんだ。

 友達を大事にする、それが色んな人同士の関係にも繋がるんだ。

 「ですから」

 展望台からの夕日でお互いの顔は綺麗な黄色に染まっていました。

 「今日はとても楽しかったです。本当にありがとうございました」

 勘違いかもしれないけど、青山さんはいつもより嬉しそうな笑顔を浮かべていた気がする。

 「こちらこそ、今日は楽しかったです」

 ボクも心からの笑顔を浮かべました。

 「そうだ。協力してくださったお礼をしなければなりませんね」

 青山さんはボクへのお礼を思案しているようでした。

 「それでしたら欲しいものがあるんですけど」

 

 「チノくん楽しかった?」

 「良かったなデートできて」

 「青山さん綺麗だもんね」

 「大人の女性だから魅力的よね」

 「な、なんだか皆さん目が死んでます・・・」

 

 

 「お邪魔します」

 「いらっしゃいませ。青山さん」

 いつも通り青山さんがコーヒーを飲みに来ました。ここでコーヒーを飲みながら小説を書くとはかどるらしいです。それを聞いてボクも嬉しくなりました。

 「メニューはお決まりですか?」

 「それではいつものをお願いできますか」

 「かしこまりました」

 いつもの、と聞いてこちらも分かるくらいには常連さんです。できるならこれからも長く来てほしいです。

 「あ。そういえば頂いた小説読ませていただきました」

 「ホントですか?どうでしたでしょうか」

 「はい。とても面白かったです。登場する人たちが生き生きとしてて、ホントにこの世界にあるような素敵な物語でした」

 相変わらず常套句のような感想です。でもきっと心は伝わっていると思います。

 「フフフ」

 「どうしました?」

 「褒め方がマスターと似てるなと思いまして」

 「そう、ですか」

 なんだかむずかゆくなって思わず頭をかいてしまいました。横目で見るとティッピーのおじいちゃんも同じような心境みたいです。

 「もしよければ、また今度お付き合いしていただけますか?」

 「はい。精一杯させていただきます」

 それではコーヒーを淹れてきますね、とボクは青山さんの席を離れました。

 ですから青山さんの呟きは聞こえませんでした。

 

 「ちいさなうさぎのマスターさん」

 

 




こういう二次創作はキャラや原作の雰囲気をちゃんと再現できてるか不安になりますね・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんと女子力

「でねー、昨日チノくんがねー」

 今日はリゼちゃん、千夜ちゃん、シャロちゃんとお茶する日なんだ。お茶のついでにみんなの赤裸々な話も聞いてるの。

 「ふふっ、ココアちゃんさっきからチノくんの話ばっかね」

 「えっ」

 自分では気づかなかったけどそんなに話してたかな・・・。

 「チノのことホントに好きなんだな」

 「まあ男女一緒に住んでるから特別な感情も抱くわよね」

 「そんなんじゃないからー!!」

 たぶん私の顔は今、真赤だと思う。でもホントにそんなんじゃないんだよ。チノくんは私の自慢の弟だからつい話したくなっちゃう、それだけだから!

 「・・・ココアちゃん、今のままの関係じゃチノくん他の女の子に取られちゃうわよ」

 「えっ」

 千夜ちゃんが怖いくらい静かな声色で言う。

 「・・・確かにチノと仲のいい女子多いよな。私も含めて」

 「優しいし気も効くし、まあ、えっと・・・顔も結構かわいいし・・・割とほっとかないんじゃないかしら」

 リゼちゃんとシャロちゃんも続くように言った。でもみんなから出てる雰囲気はいつもと全然違う。まさか・・・。

 「私の弟に手は出させないから!」

 「なっ!?別にそういう意味で言ったんじゃない!!」

 「そうよ!あくまでココアのためなんだからね!!」

 リゼちゃんとシャロちゃんが顔を真っ赤にして反論する。千夜ちゃんはいつも通り微笑んでるけど顔はいつもより赤い気がする。

 「もう!私の弟を貰うならそれ相応の実力がないと認めないからね!」

 「お前はチノの父親か」

 「というかチノくん、貰われる側なの」

 二人からツッコミが入る。でも私は本気。チノくんと付き合うならお姉ちゃんである私を認めさせるような子じゃないと。

 「ん~」

 「どうした千夜」

 千夜ちゃんが何か考えごとしてたみたい。リゼちゃんがそれを見て聞いてるけど何考えてるんだろ。

 「確かにチノくんってお嫁さん貰うイメージ湧かないわよね」

 お嫁さんを貰うチノくん。それを聞いて私たちはつい想像した。

 『昔は皆さん背が高く見えたのに、今じゃ僕の方が高いですね』

 『こんな袋も一人で持てます。少しは力持ちになったでしょう?』

 『モフモフですね。昔は僕がモフモフされる側だったのでお返しです』

 『僕と、結婚してください』

 私たちは黙り込んだ。顔も火みたいに熱い。私以外のみんなも同様みたい。

 「ま、まあ確かにチノは嫁を貰うって感じはしないな。今は」

 「どちらかって言うと婿に貰われる方かしら」

 「チノくんは婿にはあげないよ!」

 「だからお前は父親・・・いや、この場合母親なのか?」

 「ん~。婿っていうより・・・」

 千夜ちゃんが静かに口を開いた。

 「チノくんがお嫁さん?」

 「「「・・・・・確かに」」」

 チノくんは見た目が結構女の子みたいだ。私も最初であったころ女の子だと思ってたもん。他のみんなも大体は勘違いするくらいあどけない顔をしてる。

 「そういえば、チノくんお料理もお裁縫も得意だったな・・・」

 それは私がラビットハウスに来たばかりの話だ。

 

 

 「夕飯はシチューでいいですか?」

 「野菜切るの任せて!」

 「いえ、一人で事足りるので座っててください」

 トントントンコトコトコト

 (チノくん、お料理も上手なんだ)

 スッスッシャッサッ

 (・・・なんだろう。私より手際がいいような・・・)

 「お待たせしました」

 「あっ、ありがとう!いただきます!」

 「いただきます」

 モグモグ

 「!!!」

 (私が作ったのよりおいしい・・・!!)

 「?」

 

 

 「みたいなことがあったよ・・・」

 「完全に戦力外だな」

 「男やもめにうじが湧く時代でもないのね」

 父の日にチノくんのお父さんのネクタイを作った時も私より手際よく裁縫してたし、なんというか女の子として負けた気分だったよ・・・。

 「そういえば私もこんなことがあったな」

 そう言って今度はリゼちゃんが語り出した。

 

 

 「チノ、4番テーブルオーダー入ったぞ」

 「分かりました。すぐ用意します」

 ヒソヒソ ヒソヒソ

 「?」

 (お客さんが何か話してる?)

 「ねえ、あのカウンターの店員さん可愛くない?」

 「ホント!まさに美少女って感じ!」

 「!」

 (ああいう客の冷やかしは気にしちゃだめだ・・・。気にしちゃだめだ・・・。)

 「頭にうさぎ乗せてるのもキュートだよねー」

 (えっ!?チノの方!!?)

 

 

 「私は男子のチノよりも女子らしくないというのか・・・」

 ずーんという音が聞こえてくるくらいリゼちゃんは目に見えて落ち込んでいた。

 「そ、そんなことないですよ!!先輩はとても気高くてみんなの憧れなんですから!!」

 「でもチノに私の愛銃を見せたときもすごくキョトンとされたし・・・」

 「そ、それはただ単に趣味が合わなかっただけでは・・・・・」

 「じゃあシャロは私とチノの趣味、どっちが女子らしいと思う・・・?」

 「え、えっと・・・・・」

 さすがのシャロちゃんも言いよどんでる。確かにチノくんは一般的な男子像とはかけ離れた可愛いもの好きだ。大好きなうさぎが寄ってこなくて落ち込んでるのを私は何度も見たことがある。

 「そういえば私も・・・」

 今度は千夜ちゃんが語り出した。

 

 

 「うーん」

 「どうしました?千夜さん」

 「今度の新作和菓子の名前、いくつか候補があるんだけど決まらなくて・・・」

 「そうなんですか。じゃあボクにも少し手伝わせてもらえますか?」

 「ホント!?助かるわ!」

 「それで、どんなお菓子なんです?」

 「この桜餅の名前なんだけど」

 「候補のお名前は?」

 「『天を舞う紅葉と春の使者』か『茜の鎧を纏いし八重桜』の二つで迷ってるの」

 「・・・桜餅とは分かりにくそうですね」

 「あっ、じゃあチノくんが名前つけてみる?」

 「えっ、ボクがですか?」

 「うん!」

 「えっ・・・と、じゃあ・・・」

 「うんうん!」

 「モチモチピンクうさぎ・・・・・」

 (かわいい・・・!!)

 

 

 「あの時は負けたと感じたわ・・・。お菓子の名付け親として・・・」

 「女子力で負けたんじゃないの!?」

 いつも通りシャロちゃんが千夜ちゃんに突っ込む。ホントにチノくんって可愛いものが好きなんだね。

 「チノのうさぎ好きは相変わらずだな」

 「日ごろからティッピーを頭に乗せてるくらいだもんね」

 野良うさぎが多いこの街で育ったからかもしれないけど、チノくんはみんなが認めるうさぎ好きだ。チノくんのお父さんはうさぎ柄のネクタイなんかが好きらしいけど、きっとチノくんも同じなんだろうなぁ。

 「うさぎと言えば私も・・・」

 最後に話し出したのはシャロちゃんだ。

 

 

 (今日も元気にバイト中!なぜかうさぎが寄ってくるけど!!)

 「・・・・・・・・・」

 ジリッ・・・ジリッ・・・

 「チノくん・・・。5分経過したわ・・・」

 「間合いを測ってるんです・・・。不用意に近づくと逃げられます・・・・・」

 (はやくぅ~・・・)

 「えっ、えいっ」

 「突撃!?」

 ドサッ

 「! うさぎが逃げません!シャロさんと一緒だからモフモフでき・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・」

 チーン

 「シャロさーん!!」

 「タスケテ…」

 「ちょっと待っててください」

 「あ、ありが・・・・・」

 ゴロンッ

 「だれかたすけてーっ!!」

 「♪」

 

 

 「あの時のチノくんホントに幸せそうだったわ。私は死にかけてたけど・・・」

 「シャロのうさぎ嫌いも相変わらずだな・・・」

 「私たちがチラシ配ってた間にそんなことがあったんだ」

 ラビットハウスパン祭りのチラシを配ってた時にチノくんとシャロちゃんが公園に寝転んでた時があった。仲が良さそうでなんか悔しかったな・・・。

 「ん~。やっぱりチノくんの女子力は高いわね」

 「・・・もしかしたら私たちより高いんじゃないか」

 「お料理もできる。お裁縫もできる。可愛いものが好き。本人もよく可愛いって言われる・・・・・」

 指折り数えていくとホントにかわいい要素しかないよチノくん。さすが私の弟だね!さすがなんだけど・・・・・。

 「前途多難だな・・・・・」

 「うん・・・・・」

 「ええ・・・・・」

 「はい・・・・・」

 負のオーラが周りに見えるくらい、私たちは黙りこくった。

 

 

 

 「んー・・・・・」

 ココアさん達は友達付き合いで出かけています。その間ボクは何してるかというと。

 「むぅ・・・」

 家の鏡で自分の姿を確認しています。でも別にナルシストというわけではないです。

 「はぁ・・・・・」

 ボクはよく他人からかわいいって言われます。お客さんからもココアさんからもよく言われます。嫌というわけではないのですが・・・。

 「ちょっとでもいいから男らしくなりたいな・・・・・」

 男としては少し複雑です・・・・・。

 

 




女子力高い男の子っていいよね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんとお泊まり会②

 「ココアはこの連休は千夜の家なんだって?」

 リゼさんがボクに尋ねてきます。ココアさんは千夜さんの家で勉強合宿をするみたいです。ついでに甘兎庵のお仕事も手伝うそうです。

 「当分静かになるな」

 ラビットハウスの騒がしさの7割はココアさんが元凶です。ココアさんがボケてリゼさんがツッコんで、ボクにモフモフを仕掛けてきたりととても活発です。そういえば出かける前にもモフモフの蓄えと言ってボクに抱き着いてきました。あの感触にはいまだ慣れません・・・。

 「いえ・・・騒がしくなります」

 「なんだって?」

 そんなココアさんがいないのならラビットハウスは従来の静かな喫茶店になりそうですがそうはいきません。

 「今日からマヤさんとメグさんがお泊まりに来るんです」

 「やっほー!チノー!」

 「お世話になりま~す」

 そういった傍からマヤさんとメグさんが来ました。噂をすればなんとやらです。

 「ココアがいたら喜んだろうにな」

 全くです。

 

 「ラビットハウスの制服だー!」

 「ここの制服着てみたかったんだー」

 お二人がラビットハウスの制服に着替えました。お客さんにもここの制服はかわいいとよく言われます。喜んでいただけてるみたいで何よりです。

 「ハンドガンも貸してよー」

 「調子に乗るな」

 マヤさんがいつもの調子でリゼさんに話しかけます。マヤさんはリゼさんの軍人じみた行動をかっこいいと言ってました。その縁か二人はよく話しています。相性がいいのかもしれません。

 「ねえ、チノくん」

 「はい、なんでしょう」

 制服を着たメグさんがボクに話しかけてきました。

 「どうかなー」

 「?」

 「ラビットハウスの制服、似合ってるー?」

 メグさんがその場でくるんと回って全体を見せます。その動きに合わせて長スカートのすそがひらりと舞い上がりました。

 「はい。とてもよくお似合いだと思います」

 ボクは感じたことをその通りに言います。元々のメグさんののほほんとした性格もあってか柔らかい雰囲気が良く出ていると思います。

 「えへへー、ありがとー」

 メグさんは嬉しそうににへらと笑いました。言葉が間違っていないようでホッとしました。

 「むー、チノー。私はー?」

 マヤさんが頬をむくれさせて尋ねてきます。ちょっと怒ってるようにも見えます。なんだろう。ボク、気にさわるようなことでも言ってしまったのでしょうか。

 「え、ええ。マヤさんも似合ってると思います」

 「えー。同じような感想じゃーん」

 褒めたつもりなんですが余計に気を悪くさせてしまったようです。どうしたものかと悩んでいる最中。

 「じゃあさ、この三人の中で一番制服が似合ってるのは誰?」

 マヤさんがそう言った瞬間、店内に謎の緊張感が走りました。マヤさんもメグさんも、リゼさんまでボクの方を固く見つめてきます。

 「え、えっと・・・」

 時間をかければかけるほど、三人の視線は固くなっていきます。だんだんと目も細く、鋭くなっていっている気がします。ボクにかかる圧力もどんどん大きく・・・。

 「チノ」

 「誰が一番」

 「かわいいと思う?」

 ・・・うかつなことを言ったら大変なことになりそうです。

 「え、えっと、三人ともそれぞれ別の魅力があって・・・それぞれかわいいと思います・・・」

 場を荒らさないよう、なるべく柔らかい言葉を選びました。が。

 「はぁ・・・・・」

 三人はがっかりとした様子でした。というか失望って言った方がいい様子です・・・。

 「チノくん。こういう時はちゃんと選ばないとダメだと思うよ」

 「え」

 メグさんが普段からは考えられないような冷たい目線でこっちを見てきます。

 「チノ、そんな態度取り続けてたらいつか刺されるぞ」

 「あの」

 リゼさんが冷え切った口調で怖いことを言います。

 「ヘタレ」

 「みなさん?」

 マヤさんが突き放すような言葉を投げかけてきます。

 ・・・どうしよう。この空気。どうすればいいんだろう・・・。

 「あの、おじいちゃん。これは一体・・・」

 逃げ場を求めるようにティッピーに話しかけます。

 「チノよ」

 「はい」

 「甲斐性を持つんじゃぞ」

 「はい?」

 

 そんなこんなで開店時間です。マヤさんとメグさんにもお仕事を手伝ってもらっています。ココアさんも今頃は甘兎庵のお仕事を手伝っているのでしょう。

 「チノー。カプチーノのオーダー入ったぞー」

 お客さんからカプチーノのご注文がありました。そういえばココアさんはいつもカプチーノでラテアートの練習をしていました。

 「メグさん。このココアをお客様へお願いします」

 「分かったよー」

 メグさんがご注文の品をお客様のもとへ持っていきます。なんとなくメグさんはココアさんに雰囲気が似ている気がします。

 「間違ってミルクココア出しちゃった」

 メグさんがうっかりミスをしてしまったようです。そんなところもココアさんと似ています。

 「ん?今飲み物作ってるの、チノだよな?」

 あれ?

 「チノ!さっきからミルクココアしか作ってないじゃないか!!」

 リゼさんの声で我に返ります。いつの間にこんなに・・・。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 その途端、ヒュッと寒気が走った気がします。ミスをしたから怒られるのは当然ですが、それとは違う怒りのような・・・。

 「何?そんなにココアがいいの?」

 「・・・マヤさん?」

 「ココアちゃん、かわいいもんね」

 「・・・・・メグさん?」

 「ココアシックになるくらい、ココアのこと考えてるんだな」

 「・・・・・・・リゼさん?」

 三人方がジトーッとした目でボクの方を見てきます・・・。なんだろう、今日はさっきからこんなことばかりな気が・・・・・。

 

 「・・・カプチーノ、まだかかりそうだな・・・・・」

 お客さんは4人の修羅場を見てそう直感した。

 

 「今日は楽しかったねー」

 「まだまだ夜はこれからだよ!」

 色々あった一日も終わり、夜になりました。でもお二人はまだまだ元気がありまっているようです。

 「何して遊ぶー?」

 「クロスワードやりましょう」

 「心理テストはー?」

 「えー!もっとハジけろよー!」

 マヤさんが不満そうに言ってきます。確かに大勢で遊ぶとなるとどちらも盛り上がりには欠けます。でもボクの部屋で遊べるものと言えばチェスくらいしか・・・。

 「あっ、じゃあDVD見ない?」

 メグさんから意外な提案がありました。

 「DVDですか?」

 「何!?アニメ!?」

 「ううん。こういうの」

 そう言ってメグさんが取り出したのは怖い絵が描かれたホラー映画のDVDでした。普段のメグさんからはこういうのを見るイメージは出てこないのでボクら二人ともビックリしてしまいました。

 「いいじゃん!面白そう!!」

 マヤさんが興味津々に身を乗り出してきます。ボクはホラー映画は苦手なのですが、お二人が見たがってそうなのでボクも従うことにしました。

 

 部屋の電気を消してDVDの電源を点けます。こうした方が臨場感が出るとのマヤさんのアイディアです。そうして映画が始まりました。不穏な音楽からの怪しげな画面が映し出されました。

 「雰囲気あるー!」

 マヤさんは楽しそうです。マヤさんは日ごろからとても明るいので、こういった恐怖までものにできるのでしょう。羨ましい・・・。

 そうして映画を楽しもうとした時でした。

 ギュウッ

 「!?」

 片腕に何か柔らかいものが絡みついてきました。ふと横を見るとメグさんが僕の腕に身を預けるようにしがみついています。

 「メ、メグさん・・・?」

 「えへへ、ホラー映画はこうやって見るものなんだって」

 「あの・・・・・」

 そうは言ってもそうしがみつかれると女の子特有の色んな部分が嫌がおうにでも当たるというわけで。特にメグさんは最近色々大きくなってきてるらしく、凹凸の感触がしっかりと分かった。

 「あーなるほど。じゃあ私も」

 「えっ」

 そう言い終わらないうちにマヤさんも反対側から抱き着いてきた。メグさん並みの大きさはしていないけど、やっぱり女の子なのかしっかり柔らかい。

 「チノー。こわいー」

 「えへへー」

 「あっ、あっ、あの・・・・・」

 映画は進み怖いシーンが映し出される。それに応じて二人はさらに強く抱き着いてくる。薄手のパジャマ越しに、皮膚の暖かさと肌の柔らかさがしっかりと感じられた。

 怖いシーンが続くはずなのに、恐怖なんて一つも感じなかった。というか感じる余裕がなかった。

 「ココアの言う通り、チノってモフモフだなー」

 「ココアちゃんが抱き着く気持ちも分かるよー」

 二人は抱き着きながらそんなことを言ってくる。二人とも映画を楽しむというよりボクをからかって楽しんでません!?

 このままじゃいずれどうかしちゃいそうだ。そうなる前に振りほどこうとしたその時。

 「オオウ。オーウ。アアーン」

 「「「!!!?」」」

 映画の中で女の人と男の人が映し出された。二人とも服は着ていなかった。何をしていたかはボクの口からは言えない。

 こういうのはホラー映画の定番と聞いたことがある。でもこういう状況でこんなの映し出されるなんて・・・。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 二人も予想外だったらしく、さっきまでの騒ぎようとは打って変わって押し黙ってしまった。暗くて顔は見えないけど、たぶん真赤になってると思う。

 部屋の中に妙な雰囲気が流れる。そんな雰囲気と映画のシーンに飲まれ、頭が真っ白になった。そんな時。

 トゥルルン トゥルルン

 ボクのスマホの電源が鳴った。ココアさんからだ。

 「・・・あっ。すいません。ボクちょっと出ます」

ボクはその音で我に返って部屋から出て行った。

 

 『マヤちゃんとメグちゃん来てるのー!?私も一緒に遊びたかったなぁ』

 電話の向こうでココアさんが泣いてます。本気で泣くほどのことなのでしょうか・・・。

 「・・・でもココアさんと暮らし慣れてなかったら、緊張してしまってあの二人を家に呼ぶこともなかったかもしれません」

 『・・・!そっかぁ!』

 その言葉でココアさんは泣き止んだようです。実際にココアさんの明るさで色んな人の心が開いています。多分、ボクもその一人です。

 『帰ったら、たくさん遊ぼうね!』

 「・・・はい」

 いつもの明るい元気なココアさんの声。聞くだけで安心できる。

 明日すぐ帰ってくるのに、ボクはココアさんの帰りを心待ちにしていた。

 「おいチノー!まだかー!?」

 「早く映画の続き見よー」

 お二人が呼ぶ声が聞こえます。・・・そういえば今の状況を忘れていた。

 『映画見てたんだー』

 「えっ、はい」

 『何の映画?』

 「えっ、えっと」

 「早くー。怖いから男のチノがいないとー」

 「抱き着かないと落ち着いて見れないよー」

 『・・・・・チノくん?』

 「あっ!!け、携帯の充電切れそうなので切りますね!!じゃあっ!!!」

 反射的に思わず携帯の電源を切ってしまった。切れた携帯からはそんなはずないのに冷気が発せられているようだった・・・。

 

 そして次の日の夜。

 「あの・・・ココアさん・・・・・」

 「こわいなー。チノくんがいないとこわくてみれないなー」

 ボクはココアさんに抱き着かれてホラー映画を見ていました。

 例によって恐怖”は”感じませんでした・・・。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

酔っ払いチノくん

 私ココア!今日は同居人のチノくんと一緒にスーパーに晩御飯の買い物に来てるの。

「今日の晩御飯何にしようか?」

 「特に要望はないので自由でいいです」

 相変わらずさらっと流されちゃった。チノくんいつもこんな感じでクールなんだ。

 (それにしても・・・)

 私たち一緒に暮らしてだいぶ経つのにまだ距離があるような・・・。なんでだろう・・・。

 (話し方かな・・・?)

 チノくんは私に対して、というか誰に対しても敬語だ。同級生のマヤちゃんメグちゃんにも敬語だし。とても丁寧でいいと思うけど。

 「私たち一緒に住んでるし、敬語じゃなくてもいいんだよ?」

 「ココアさんは誰に対してもタメ口ですね」

 

 「私のモットーは出会って3秒で友達だからね!」

 「ポジティブで羨ましいです」

 そんなに難しい事じゃないと思うけどな。自分らしく人と話せば仲良くなれることの方が多いよ。

 「ボクは周りがお客さんや年上の人ばかりだったので、癖が直らなくて」

 チノ君は昔からラビットハウスの手伝いをしてたみたい。だから同年代の子たちとちょっと疎遠だったのかな。姉としてはたくさんの友達と仲良くしてもらいたいけど・・・。

 「じゃあ練習してみようよ。ちょうどいいところにあの二人が」

 向こう側から千夜ちゃん、シャロちゃんが歩いてきた。口調から変えていけば自然と雰囲気も柔らかくなるかもしれないし。

 「あっ、チノくん」

 「こんにちは。ココアと一緒に買い物?」

 「・・・え、えぇと・・・・・」

 二人のことを呼び捨てで呼ぼうとしてるみたいだけど苦戦してるみたい。長く染みついた癖だからそう簡単には変えられないよね。

 あれ。でもこれが成功したら千夜ちゃんシャロちゃんだけタメ口で呼ぶことに・・・。

 『ココアさん、おはようございます。ああ、千夜、シャロ、おはよう』

 

 「チノくんはタメ口使っちゃダメーーーーー!!!」

 「どっちなんですか!?」

 

 

 今日ボクはココアさんと一緒に夕食の買い出しに行きました。そこで千夜さんとシャロさんにばったり会って、紆余曲折を経てみんな一緒にカレーパーティーをすることになりました。

 早速シャロさんの家に行ってカレー作り開始です。

 「じゃあボクは野菜を斬りますね」

 みんなで分担してカレーを作り始めました。

 「チノくん手際いいわね」

 「最近は男の子でも料理する子は多いっていうけど、ホントだったのね」

 千夜さんシャロさんの両方から褒められて、少し委縮してしまいます。二人に挟まれてるせいか少し甘い匂いも漂ってる気も・・・。

 「普段やり慣れてますので」

 やっぱり他人に対してどうしても固い言葉になってしまう。ココアさんじゃないけど他人に対してもう少しフランクに出れるようにしたい。

 「じゃあ炒めるのは私がやるわ」

 「あ、ありがとうございます。シャ・・・」

 「?」

 「シャ・・・ロ・・・」

 「!?」

 「・・・・・さん」

 結局いつもの敬語に戻ってしまった。

 「また無理しちゃって」

 「自然体でいいのよ」

 千夜さんシャロさんが優しく慰めてくれます。まだ当分フランクに接するのは無理そうです。

 「ま、まあでもたまにはタメ口で接してきても・・・いいんじゃないかしら」

 「えっ、はい」

 シャロさんの顔が少し赤かったです。5人も部屋に集まってるから熱いのでしょうか。

 

 

 「これ、親父が貰ったものだけど甘いの苦手だからみんなに分けろって」

 そう言ってリゼさんは高そうなチョコレートを差し出してきました。甘いもの好きなココアさんはしっぽを振るように喜んでいます。

 「それでは一ついただきます」

 そう言っチョコレートを一つ口に入れました。普段食べるチョコレートと違って少し苦味とスパイシーさが強いです。なんだかお酒みたいな匂いもします。

 ・・・あれ?なんだか目の前がボーっと・・・・・。

 

 

 「なんかシャロちゃんの学校に行った夢を見たよ~」

 「私の学校そういうイメージ?」

 高級チョコレートを食べたせいで気持ちがふわふわしちゃってるよ~。なんだか大人になった気持ち。

 「ブランデー入りだったのね」

 「洋酒入りのお菓子で酔うなんて・・・!」

 「カフェインで酔う奴がいたような・・・・・」

 そういえばチノくんもこのチョコ食べたんだっけ。大丈夫かな。

 「チノくんは?」

 「チノならそこでじっとしてるけど・・・」

 そういえばさっきからずっと押し黙っている。悪酔いしてなきゃいいけど。

 「チノくん?」

 私は恐る恐る話しかけてみる。なんだか雰囲気が違うような・・・。

 「ん?」

 チノくんが顔を上げて返答する。その顔は真っ赤だった。

 「何?ココア?」

 その瞬間、私の酔いは吹き飛んだ。

 

 チノくんはのっそりと立ち上がって私の方に近づいてくる。そして顔をお互いの息遣いが分かるくらい近づけてきた。

 「ど、どうしたの・・・?チノくん・・・・・?」

 「いや・・・」

 チノくんは私に微笑みかける。今まで同居してきたけどこんな表情見たことない。

 「今日もかわいいなって・・・」

 体に電撃が走ったようだった。心臓がバクバクしてて、呼吸も上手くできない感じがする。

 「照れてるの・・・?」

 チノくんは屈託のない目で私を見つめてくる。目線だけで溶けちゃいそうになる。

 「かわいい」

 もうこれ以上目を合わせられないよ!!恥ずかしい!!!

 「あ、千夜だ」

 チノくんは千夜ちゃんを見てすり寄っていった。

 「あ、あの、チノくん?」

 さすがの千夜ちゃんも困惑してるみたいだ

 「千夜の体、柔らかい・・・」

 「あ、あの」

 「好き」

 千夜ちゃんは顔を真っ赤にして目をグルグルさせていた。紅白まんじゅうの赤い方みたいになっていた。

 「お、おいチノやめろ。千夜やココアが困惑してるぞ」

 「うん・・・ごめんリゼ」

 「えっ」

 リゼちゃんのことも呼び捨てで呼んでる。流石のリゼちゃんも困惑してるみたい。

 「いつもごめんね。僕が頼りないせいで」

 「い、いや。そんなことは・・・」

チノくんは体をポスッとリゼちゃんの体に預けて見上げるようにしていた。

 「いつもありがとね」

 顔を赤らめた状態でニカッと笑ってリゼちゃんにお礼を言っていた。

 間を置かずリゼちゃんは、全身の力が抜けたようにヘナヘナと座り込んだ。顔も真赤で目もグルグルしていた。

 「ちょ、ちょっとチノくん!リゼ先輩から離れてー!!」

 それを見たシャロちゃんがムキになったみたいにチノくんをリゼちゃんから引きはがした。

 「きゃっ」

 その勢いでシャロちゃんもチノくんも一緒に床に倒れ込んだ。まるでチノくんがシャロちゃんを押し倒したみたいに。

 「スンスン」

 「んっ」

 チノくんは鼻をスンスン鳴らしている。シャロちゃんはその息遣いが首周りに当たってくすぐったくしてるみたい。

 「シャロ・・・いい匂い・・・・・」

 「あぅぅ・・・やめてぇ・・・嗅がないでぇ・・・・・」

 5分もたたないうちに私たち4人はチノくんに骨抜きにさせられていた。まるで夢でも見てるみたいに。

 「ココア・・・・・」

 「ひゃっ!!ひゃいっ!!!!!」

 急にチノくんに話しかけられて心臓が飛びあがった。体も火みたいに熱い。心臓も口から飛び出そうなくらいバグバグしている。

 「今の僕の方が、好き?」

 「え・・・」

 チノくん・・・。もしかしてさっき私が言ったこと気にして・・・・・。

 だから・・・。だから酔っぱらってこういうことを・・・・・。

 「ごめんね!チノくん!!!」

 私は感極まってチノくんに抱き着いた。その勢いでチノくんの後頭部が壁にぶつかる。

 「・・・・・?・・・・・・・・!?」

 「ごめんねチノくん!いつものチノくんが大好きだから!!」

 「・・・・・・・・・・・・・!!!!!」

 私はチノくんをぎゅうと抱きしめる。相変わらずお人形さんみたいにモフモフだった。

 「あ、あの。べ、別に酔ってないです」

 「チノくん?」

 元に戻ったんだ・・・。きっと愛の力だね!

 「い、今までのは・・・全部・・・演技で・・・・・」

 さっきまでの勢いが消えたみたい。今にも消えちゃいそうな声だった。

 「ぜ、全部・・・本気じゃ・・・・・なくて・・・・・・・」

 「え、本気じゃなかったの」

 「え」

 自分でもビックリするくらい冷たい声が出た。

 「遊びだったの」

 「好きって言ったのに?」

 「私の匂い嗅いだのに?」

 「他の女にもこういうことしてるのか?」

 「いや、あの」

 カレーがぐつぐつ言っていたけど誰も気にする人はいなかった。

 

 

 

 カレーパーティーから帰って、宿題やら何やらしてたらもう寝る時間です。

 「ふぅー」

 もう絶対ブランデー入りのチョコは食べません。絶対です。

 「ん?」

 ふとココアさんの部屋を見るとココアさんが机に伏して寝ていました。ココアさんは寝坊助さんです。こうしていることも珍しくありません。

 「ココアさん。こんなところで寝ていたら風邪ひいちゃいますよ」

 ゆさゆさ揺さぶっても起きる様子がありません。

 「しょうがないココアさんです」

 僕はココアさんを抱っこしてベッドに寝かせました。誰にも見られていないので多分大丈夫です。

 「じゃあおやすみなさい」

 その時になってふと、今日のことが思い出されました。

 『私たち一緒に住んでるし、敬語じゃなくてもいいんだよ?』

 敬語じゃなくていい・・・。仲がいいから・・・。タメ口・・・。

 ボクはあたりを見渡して一応誰もいないことを確認しました。

 「おやすみ。ココア」

 耳元でそっと囁くように言って、ボクはその場を離れました。

 もう少しかかるかもしれないけど、でもいつか気軽に名前を呼び合える仲になりたいな。

 

 

 部屋が暗がりだったので、その時チノはココアの顔が真っ赤になっていることに気付かなかった。

 

 




チノくんを酔っぱらわせるか、お姉ちゃんズを酔っぱらわせるか迷いました。
お姉ちゃんズが酔っ払ったバージョンも書きたい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リゼと執事チノくん

 今日は捻挫でバイトをお休みしているリゼさんのお見舞いに来ました。お嬢様学校に通っているだけあってお家もすごい豪邸です。

 「メイドさんがいたりして」

 「入り口でお出迎えされたらどうしましょう」

 そうココアさんと話しながら入り口を見てみると。

 サングラスをかけた屈強そうな男の人がいました。

 「私が囮になるから先に行って!」

 「えっ」

 ちなみに見た目と違ってすごく紳士的でした。

 

 「軽い捻挫だから心配しなくても良かったのに」

 「いいんだよ。リゼちゃんちにも来て見たかったから」

 思っていたより軽そうで良かったです。でも念のためバイトはもう少し休んでもらった方がいいでしょう。

 「お茶をお持ちしました」

 そうこう話しているとシャロさんと千夜さんが入ってきました。二人とも古き良きメイドの姿をしています。

 「ついに天職を見つけたみたいなの」

 「おバカーっ!罪滅ぼしよ!」

 どうやらシャロさんはリゼさんのケガを自分の責任だと思っているそうです。リゼさんは気にしていないようですが。

 「そ、それより折角来たんだし、遊んでいかないか?」

 リゼさんからお誘いを受けました。思えばリゼさんから遊びに誘われるなんてこれが初めてかもしれません。

 「ケガに響くといけないしそろそろ帰るよ」

 「えっ」

 「私たちも仕事があるので」

 「えっ!」

 ココアさんとシャロさんは遠慮気味です。ボクもリゼさんにはケガの治療に専念してもらいたいのでそろそろおいとましようとおもいます。

 と思っていたら。

 「動くな」

 なぜかリゼさんから銃を向けられました。

 「おっ、落ち着いて!」

 ココアさんがうろたえて後ろに後ずさります。すると。

 

 ガシャンッ

 

 見るからに高そうな望遠鏡が壊れてしまいました。

 「ヴェアアッ!!ラビットハウスを担保に入れて弁償を!!」

 「うちを巻き込まないでください!!」

 

 

 壊した分は働いて返すことになりました。リゼさんは安物だから気にしなくていいと言ってくれましたが。ボク以外みんなメイドの恰好をしています。

 「年季の入った格好だね」

 「古くからお仕えしてきた女性たちの魂を感じるわ」

 メイド服と言えばフルール・ド・ラパンが思い浮かびますが、あれとは違って正統派のロングスカートのメイド姿です。いかがわしくはないのですが皆さん気品あふれる姿なので別の意味で目のやりどころに困ります。

 「チノくんは着ないの?」

 「ボク男ですよ」

 よく女顔と言われますが一応ボクは男です。一般的に男の人が着るものではないとは思います。

 「でも似合うと思うよ」

 男としては割とショックな評価です。千夜さんとシャロさんもコクコク頷いています。仮に着るとしても執事服だと思うのですが・・・。

 「そういえば執事服もあったぞ」

 「えっ」

 

 

 リゼさんの鶴の一声で執事服を着ることになってしまいました。

 「ど、どうでしょう・・・」

 「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 みんな押し黙っています。そんなに変でしょうか・・・。

 「えーと、なんだ。すごく・・・似合ってる」

 「う、うん。いつものチノくんじゃないみたい」

 「馬子にも衣装、あっ、いや違うわね」

 「な、なんだろう、本物の執事さんみたい」

 みんな顔を赤くしながら必死に褒めてくれます。そこまでおかしいのでしょうか。

 服のせいか居心地の悪さのせいか、なんだか窮屈です・・・。

 

 

 今日はみんながお見舞いに来てくれて嬉しかった。普段うちに友達を連れてくる機会なんてないからな。

 でもみんな働いてて私は部屋で一人の状態だ。

 「はぁ・・・」

 寂しいな。

 チノのティッピーを抱いてゴロンとベッドに横になる。あったかいけどそれだけ寂しさも増す気がする。

 「私だけこのカチューシャも付けてないし」

 いや、私だけじゃないな。チノも執事姿だから付けていない。

 ・・・・・チノの執事姿、意外と似合ってたな。

 普段はあどけない顔で華奢な感じだから様になっていたのがビックリした。あれなら恰好を整えれば学校の女子にもモテるだろう。というかラビットハウスに来るお客の中にもチノの隠れファンが何人かいるらしい。

 「・・・・・・・」

 そんなことを考えていたらなぜかさらに寂しくなってきた。いや、寂しいとはまた違ったモヤモヤした感じだ。

 もともとラビットハウスのバイトは私だけだった。だからチノと私の二人きりで働いていた時期があった。

軟弱なチノを私が引っ張っていってたな。寂しそうだったから自作のプレゼントを上げたこともあったっけ。男子にぬいぐるみなんて喜んでもらえるか不安だったけど、チノがかわいいもの好きだったから良かった。思えば男子にプレゼントしたのなんてあれが初めてだな。

 今はココアがチノの家に居候している。それ以降チノの周りにどんどん人が増えて行った。賑やかですごく楽しい。楽しいけど。

 「ダメだな。こんなこと考えちゃ」

 チノだけじゃなくてみんな大切な友達だ。一人贔屓にするなんて一番ダメな行為だ。

 「肝心な時の大胆さは大切じゃぞ」

 「!?」

 誰もいないはずなのにチノの腹話術の声が!?いつも通り年の割にはしゃがれすぎてる感じの声が、どこからともなく響いた。幻聴を聞くほど寂しいんだろうか・・・。

 「肝心な時の大胆さか・・・」

 

 

 リゼさんに頼まれてコーヒーを淹れました。今、リゼさんの部屋に持っていく最中です。

 「失礼します。コーヒーをお持ちしました」

 ノックをしてリゼさんの部屋に入る。リゼさんはまだ休んでいる様子でした。

 「ああ、ありがとう。チノ」

 「ではボクはこれで」

 そう言ってリゼさんの部屋から去ろうとした時でした。

 「待て」

 リゼさんから呼び止められました。

 「なんでしょう?」

 ボクに何か用があるのでしょうか。でもなんだか様子が変です。

 「えーっと、えーっと・・・」

 リゼさんは難しい顔をして唸っています。何か悩みがあるのでしょうか。

 「ち、チノ!」

 「は、はい!」

 いきなり名指しされて焦ってしまいました。

 「私と七並べをしろ」

 「・・・はい?」

 

 

 なんでこんなことになってるのでしょう・・・。

 「リゼさん、スペードのQ止めないでください」

 「な、何で分かった!?」

 「二人しかいないので・・・」

 「そ、そうだった・・・」

 なんで二人きりで七並べをしてるのでしょう・・・?

 「とりあえず終わりましたね」

 二人でやっていたのですぐ終わりました。仕事に戻らないと。

 「待て」

 「な、なんでしょう・・・」

 「えーっと・・・そうだ!肩をもんでくれ!」

 「・・・別にいいですけど」

 どうもリゼさんの様子がおかしい。普段ならこんな命令みたいなことしないのに。

 肩を揉みながら疑問に思う。というかどこも凝っている様子がないんだけど。

 「そ、それじゃあ仕事に戻りますね」

 「ま、待て」

 「今度はなんですか・・・?」

 リゼさんは更に難しい顔をして考え込んでいた。用があるのかないのかどっちなんでしょう・・・。

 「えーっと・・・・・」

 「あの・・・リゼさん・・・?」

 「なあチノ・・・」

 「はい・・・」

 「執事ってどんなこと頼めばいいんだ?」

 「えっ?」

 

 

 「すまない・・・。せっかく執事がいるから何か頼もうと思って・・・」

 「な、なるほど・・・」

 そういう理由だったらしい。でもそんなこと思うタイプだっただろうか、リゼさんって?

 「長い間呼び止めてすまなかったな。みんなの所に戻ってくれ」

 「あっ、はい」

 言われた通りココアさんの所に戻ろうとした時でした。

 「ん?」

 ベッドのそばのうさぎの人形が目に入りました。ボクが前にリゼさんに貰ったものと同じものです。

 「自分の分も作ってたんですね」

 「あ、ああ。まあな」

 まだココアさんもおらず、ボクが寂しがってた頃に貰ったものでした。初めて友達から貰ったプレゼントだったのでとても嬉しかったです。

 「まだ持っててくれてるのか?」

 リゼさんが質問をしてきました。

 「当然です。リゼさんのお手製ですから」

 多分これからも大事にすると思う。大事な友達からの贈り物だから。

 「そうか」

 リゼさんは嬉しそうに微笑んでました。

 ひょっとするとリゼさんも寂しかったのかもしれません。

 「大事に扱ってもらえてワイルドギースも喜んでるよ」

 「その名前は可愛くないです」

 「なんだと?」

 二人でしばらくにらみ合います。

 「・・・プッ」

 「フフッ・・・」

 なんだかおかしくなって二人して笑い合いました。

 「また、機会があれば執事をさせてもらえませんか?」

 リゼさんの表情がとっても嬉しそうになりました。

 「ああ!よろしく頼む!」

 つられてボクも嬉しくなりました。リゼさんはいつまでも、ボクの初めてのお仕事仲間です。

 

 「ここではリゼさんはリゼお嬢様ですね」

 「えっ」

 「あっ、ごめんなさい。変なことを」

 「いや、いいんだ。それよりもう一度言ってくれ」

 「えっ」

 

 

 

 今日はみんながお見舞いに来てくれた。普段友達を呼ぶことなんてないから嬉しかったな。

 「リゼお嬢様・・・か」

 今日は初めての執事もできた。うさぎみたいに小さな執事だけど。

 男子にものを頼むなんてしたことなかったからお互いぎこちなかったな。

 でも、悪い気持ちじゃなかった。

 「フフフ」

 ベッドに寝転びながらワイルドギースを抱きしめる。いつもは寂しさを紛らわすためにやるけど、今日は違う感じがする。チノもワイルドギースを抱いてるのかな。

 「たまには、いいよな」

 一人だけ贔屓するのも。

 

 




男勝りお姉さんとショタは相性がいい

レレレさんよりメーカーでチノくん作っていただきました。本当にありがとうございます

【挿絵表示】


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんとクリスマス

ギリ遅刻でしたがメリクリです


 クリスマスシーズン到来です。どのお店も売り方に力が入っています。

 でも今年のうちの営業はつつましやかになりそうです。なぜならココアさんはバイトの掛け持ち、リゼさんは演劇の代役でバイトに来れそうにないからです。

 「お店くらいボク一人で頑張れますし・・・」

 「声が震えておるぞ」

 

 

 雨が降りそうなので傘を持ってココアさんのバイトのお迎えに行く道中、シャロさんと千夜さんに会いました。

 「リゼちゃんのモノマネだったんだけど」

 「全然似てないのよーっ!」

 クリスマスでも相変わらず仲が良さそうでほほえましいです。

 「お店を一人で回すって大変じゃない?」

 「父もいるので大丈夫ですよ」

 二人とも心配してくれて嬉しいです。でもお店の跡取りとして頑張り時なので気を強く行きたいです。

 「一人で無理は禁物よ?って私もリゼちゃんに言われたことなんだけど」

 「先輩ならこんな感じね。頼りたいなら遠慮なく支援要請しろ!!」

 「さっきの真似事の対抗だわ!」

 二人とも楽しそうです。このマーケットの雰囲気がそうさせるんでしょうか。

 ・・・そういえば夏服を作った時に黄色と緑の布を見つけて、その分の制服を作ったことを思い出しました。お二人が着てくれたら似合いそうです。

 頭にそんな考えがよぎりましたがすぐ振り払います。二人ともクリスマスは稼ぎ時で忙しいでしょう。頼りきってはいけません。自分のお店は自分の力で何とかしなくては。

 

 

 またしばらく行くと今度はリゼさんとマヤさんとメグさんに会いました。マヤさんとメグさんはリゼさんにワッフルのおねだりをしていました。でも心なしかリゼさんは嬉しそうでした。

 せっかくなので奢ってもらうことになりました。

 「おいしー!」

 「私もリゼさんみたいな高校生になるんだー」

 「確かに頼りになります」

 リゼさんはいつも毅然としていてお仕事でもボクとココアさんを引っ張ってくれています。性別は違うけどボクもリゼさんみたいな頼りがいのある高校生になりたいです。

 「財布ぅぅぅ、忘れた・・・」

 思った矢先に頼りないです。

 「たまには私を頼ってくれてもいいんだよ?」

 「たかっといて調子いいな!」

 3人とも楽しそうです。やっぱりクリスマスという特別な雰囲気が浮かれさせるのでしょう。

 「チノも頼ってくれていいんだよ?」

 「リゼさんみたいにはいかないけどねー」

 マヤさんメグさんが浮かれ気味でお姉さんぶってきます。

 「「お姉ちゃんに任せなさーい」」

 「だんだんココアさんに似てきましたね」

 ホントにココアさんの影響力はすさまじいです。

 

 

 「なんだか迷った気がします・・・」

 「今年は出店が多いのう」

 360度どこを見ても出店だらけです。これだとココアさんのバイト先を見つけるのも一苦労です。

 一先ず少し休むことにしました。そうして落ち着いてみると音楽が聞こえてきます。

 「・・・オルゴールの音?」

 その音楽の出所をたどって行ってみると、ココアさんが焼き栗を打っていました。どうやらお店は繁盛しているみたいです。

 「・・・・・・・・・・」

 ココアさん、お客さんととても楽しそうにしています。ココアさんはどんな人とも楽しくなれる人みたいです。いつも一緒にいるせいかうっかり忘れていました。

 ・・・ちょっと、羨ましいです。

 

 

 「焼き栗やさんのバイトだったんですね」

 「サンタさんの恰好が評判いいんだよー」

 冷え込んできた夕暮れ時の道をボクとココアさんは辿ります。

 「前にサンタさんに憧れているって言ってましたから。ある意味夢が叶ったのかもですね」

 「えへへ、そんなにサンタさんに見えたかな」

 ココアさんがいつも通り朗らかに笑います。夢がかなって嬉しいのでしょうか。

 「でもね、最近また夢が増えたんだ」

 「どんな夢なんですか?」

 「んー」

 ココアさんは口に手を当てて顔を上げます。はぐらかすつもりなんでしょうか。

 「あっ、何か降って来た」

 「ごまかさないでくだ・・・傘どこかに置いてきてる!!」

 うっかりしてました。これじゃあ何のための迎えなのか・・・。

 「でもこれ・・・雪だよ!」

 鼻にふんわりと冷たいものが当たります。今年はホワイトクリスマスみたいです。

 「傘がないから踊りながら帰れるね!」

 「恥ずかしいです!栗が落ちます!!」

 ココアさんはボクの手を取ってグルグルと回ります。ココアさんはどんな状況でも明るく振舞えちゃう人なんです。

 「ところで夢が増えたってどんな夢なんですか?」

 「ん?内緒だよ!」

 そんなことだろうと思いました。

 

 

 「ころんだー」

 「とばっちりです」

 そんなこんなしているうちにそろそろ家へと付きます。でも家へと続く道に行列ができています。

 「この行列なんでしょう」

 「繁盛しているお店なんだね」

 そう言って行列をたどって行くと。

 「うちだ」

 行列の基はラビットハウスでした。

 「ありえない!!!」

 「自虐だよ!?」

 

 

 うちではお父さんの他に、リゼさんのお父さんも働いていました。どうやら青山さんの担当さんの凛さんが取材してくれた記事の雑誌が発売されたようで、その影響で話題となりお客さんが殺到したみたいです。クリスマスの時期と重なってすごい人だかりです。

 「嬉しいですが、今月いっぱい忙しくなりそうですね」

 「大丈夫!私バリバリ動けるよ!」

 ココアさんは元気にふるまってくれています。ですが顔色には明らかに疲労の色が見えています。

 「大丈夫ですよ。ココアさんは休んでてください」

 「何で!?私いらない子!!?」

 ガーンと効果音が鳴りそうなリアクションをしています。

 「バイトを掛け持ちして疲れているでしょう?そんな状態で働いたら体に毒ですよ」

 「で、でも」

 「従業員の健康を考えるのも、跡取りとしての役目です。安心して休んで下さい」

 そう言って説き伏せます。正直ボク一人だと大変でしょうけど、ココアさんの体の方が大切です。

 「・・・・・分かった。無理しないで、大変だったら呼んでね」

 「無理してるのはココアさんですよ」

 これからもたくさん助けられるから、今はボクが助けてあげたい。

 

 

 「制服のまま寝てしまいましたね」

 「昼間から働いてたからのう」

 ココアさんはすっかり熟睡しています。とても幸せそうな寝顔です。

 思えばボクはたくさんの人たちに助けられています。今の今までずっと助けられっぱなしです。

 この気持ちを返せるよう人になりたい・・・。

 いや、返せる人になるんだ。

 「お父さん。ちょっとお願いが」

 

 

 クリスマス当日到来です。街も華やかで、ラビットハウスのお客の入りもすごいです。

 「シャロちゃんお願い!」

 「3番テーブルのオーダーね」

 「ラビットハウスにようこそ!」

 「ご予約のお客様こちらになります!」

 今日はココアさん、リゼさんだけでなく、千夜さんとシャロさん、マヤさんとメグさんまで手伝いに来てくれています。皆さん自分のお店や受験勉強で忙しいだろうに、結局また助けてもらっています。

 「フルール流ハーブティー花の滝よー!」

 忙しさとコーヒーの香りで酔ったシャロさんが過剰なサービスを始めています。

 「負けてられない!封じられしコラボ、コーヒーあんみついかがですか!」

 千夜さんも負けじと対抗しています。幼馴染コンビネーションというヤツでしょうか。

 「甘兎庵とフルールに乗っ取られとる!止めるのじゃチノ!!」

 「今なら3Dラテアートサービス中です」

 「聖夜が悪夢じゃあああ!!」

 おじいちゃんちょっと静かに。

 「マヤさんとメグさんもありがとうございます。今の時期誘っても大変かなと思っていたので」

 「それはチノもでしょー」

 「高校生になったら正式にバイト始められるし、先に制服作ってもらうのもいいかなーって」

 「・・・ありがとうございます!」

 ボクの周りは優しい人たちばかりです。やっぱりボクはたくさんの人に助けてもらってます。

 でもみんなここにいるけど一人足りません。

 ふとそんなことを考えるとボクの肩にポンと優しく手が置かれました。

 「信じて待ちましょう」

 「千夜さん」

 「きっと間に合うわ」

 「シャロさん」

 「これだけ妹たちがいるんだからな」

 「リゼさん」

 そうです。あんなサンタさんみたいな人がこんな楽しいクリスマス見逃すはずがありません。すぐにでも飛んでくるでしょう。

 「サンタさんだよー!!」

 言ってる傍からサンタさんが来ました。

 

 「じゃーん!正体はココアでしたー!」

 「知ってます」 

 

 

 「作りかけの黄色と緑の制服完成させてたなんて」

 「サプライズだったでしょ」

 「リゼさんもマヤさんとメグさんの制服を作ってたなんて」

 「裁縫は苦手じゃないしな」

 こうして皆さんの制服がそろうなんて。夢みたいです。

 「チノー!惚けてんなよー!」

 「まだお客さんいっぱいだよー」

 そうでした。まだお仕事の最中でした。

 今日のために頑張ってきたことがあるんでした。

 「じゃあボクからも。サプライズってわけじゃあないですけど」

 「えー。なになにー?」

 「じゃあお父さん、お願いします」

 お父さんはこくりと頷いて準備を始めました。

 ボクはお父さんと一緒に壇上へ立ちました。そしてボクもサックスを持ち準備をします。

 「クリスマスの特別演奏会です。みなさん楽しんでいってください」

 そう言ってお父さんと一緒にジャズを演奏し始めました。この日のために少しずつ練習してきたんです。

 正直、付け焼き刃なので上手くできているか分かりません。ワンテンポ遅れているかもしれない、音がずれているかもしれないなどと思うと、本当に自分の演奏がそう聞こえてきます。でも途中でやめるわけにはいきません。ボクは構わず演奏を続けます。

 お客さんもココアさん達も静かにボクたちの演奏を聞いています。

 この音楽はお客さんとココアさん達に送る音楽です。

 いつもみなさんに助けてもらっている気持ちを少しでも返したい。そんな思いを込めながら奏でる音楽です。

 そう考えていると音楽はいつの間にか終わっていました。ただ無我夢中でした。

 上手く演奏できたかな。そんな不安が胸を占めます。

 

 一瞬の静寂がお店を支配した後。

 お店の中が拍手で包まれました。

 「すげーやチノ!」

 「サックス弾けるなんてかっこいいよー!」

 「この日のために練習してたのね」

 「きっと毎日頑張ってたのね」

 「ココア、私たちサプライズ負けしたみたいだな、って泣いてる!?」

 「うぇーんっ、ぐすっ、すごくがんばったんだねチノくん!」

 

 どうやら演奏会は成功したみたいです。ホッとしたら眠くなってきました。

 「大丈夫チノくん!?」

 「ごめんなさい、最近あんまり寝てなくて」

 「徹夜して練習頑張ってたんだな」

 「あとは私たちに任せて、ゆっくり休んで」

 「でも皆さんもお疲れなのに、そんな・・・」

 「人に頼れるときは頼った方がいいわ」

 「そうだぞー。演奏会で十分すぎるほど働いたんだからな」

 「あとは私たちが頑張るからー」

 結局皆さんに助けられてしまいました。この分もまた返さなくちゃいけませんね。

 「いえ、せっかくのクリスマス。もっと皆さんと一緒に働きたいです。だからもう少し頑張らせてください」

 これはお返しじゃあないです。ボクのわがままです。

 「・・・・・わかった。でも無理しないでお姉ちゃんたちに言うんだよ?」

 「はい」

 ココアさんはもうとっくに、十分すぎるほどサンタさんです。

 

 

 

 「タカヒロよ。サキのやつは想像しておったじゃろうか」

 「ん?」

 「作りかけの制服が完成することを。新しい二色の制服が作られることを」

 「・・・・・」

 「これはあやつが夢見ていた以上の光景じゃ」

 「・・・・・・ふっ」

 

 「ところでチノのやつ、だんだんとお前に似てきたんじゃあないか?」

 「女たらしのところは親父に似ていると思うが」

 「なんじゃと?」

 

 

 

 ラビットハウスでのパーティーも終わり夜も更けたころ、ボクはココアさんの部屋に忍び込んでいました。別にいかがわしいことをするつもりはないです。

 (起きたらびっくりするでしょう)

 こっそりココアさんの枕元にプレゼントを置くつもりです。去年の仕返しです。

 そう思った矢先。

 

 ピピピピピピピピッ

 

 「目覚ましが!」

 「サンタの時間だ!!」

 「こういう時だけすぐ起きる!!!」

 

 

 「やっぱりボクにも仕掛けようとしていたんですね」

 「おあいこだね」

 サプライズじゃあココアさんには叶わないかもしれません。

 「開けてみて」

 ボクはココアさんのプレゼントを開けます。中には手作りと思われる時計が出てきました。

 「ずっと一緒にいるからね。普段使えるものがいいかなって」

 「!!」

 ココアさんの発言にドキッとしてしまいました。多分自覚はしていないでしょうけど・・・。

 「ボクのプレゼントが普通に感じてしまいます・・・」

 多分、ココアさんには一生かなわないんだろうな。

 

 翌朝、ココアさんのプレゼントの時計がけたたましく鳴り響きました。

 『おっはよー朝だよ!お姉ちゃんと一緒にレッツダンス♪』

 「このうるさいの止め方教えてください!!」

 

 

 

 「時計、喜んでくれて良かったなー」

 チノくんとのプレゼント交換を終えて、ベッドの中にくるまりながら独り言をつぶやいた。

 今日のチノくん、カッコよかったなぁ。まさかジャズを練習してたなんて、お姉ちゃんサプライズ負けしちゃった。

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 チノくんのお母さんはジャズの演奏に合わせて歌を歌っていたらしい。

 私もいつか歌えるようになるのかな。

 「夢、叶うといいな」

 私のプレゼントに込めた思い、届いてるといいな。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんとモカ

 「お姉さん、遅いですね・・・」

 「複雑な街だから迷ってるのかも!探してくる!」

 今日はココアさんのお姉さんがやってくる日です。ココアさんもこの日のために色々と準備をしてきました。

 けれども待てども待てども、なかなかお姉さんはやってきません。しびれを切らしたココアさんはそのお姉さんを探しに行きました。

 「最初は道に迷いまくっていたのに、たくましくなったな」

 「ココアさん、お姉さんの来る日を楽しみにしてましたから」

 ボクには兄弟がいないので、そんなココアさんの様子が少し羨ましく思えたりします。

 

 ピロリン♪

 

 「ん、メール?」

 リゼさんのスマホにメールが届いたようです。

 『かわいいうさぎ見つけた!』

 「姉はどうした!!」

 さっきの発言は撤回する必要があるかもしれません。

 

 

 カランカラン

 「いらっしゃいま・・・せ」

 そんなココアさんと入れ違いでサングラスにマスクという明らかに怪しい出で立ちの人が入ってきました。

 「ご注文は・・・」

 「じゃあ、ココア特製厚切りトーストで」

 ココアさんの手作りパンを注文しました。どんな格好でもお客さんはお客さんなのでいつもと変わらず応対はします。

 「あの風貌・・・スパイか運び屋か・・・?」

 「他の発想はないんですか?」

 

 

 「このパン!モチモチが足りない!!」

 注文のパンを食べたお客さんが突然叫び出しました。

 「やっぱり運び屋か!!」

 リゼさんが警戒して銃を向けます。ボクも思わず警戒モードになってしまいます。お店はボクが守らないと。

 「この小麦粉で本当のパンの味を教えてあげる」

 「「誰!?」」

 そのお客さんは顔を隠していたマスクとサングラスをバッと取り払いました。

 「私です!!!」

 「「本当に誰!!?」」

 

 

 「そっかぁ。ココアは私を探して入れ違いになっちゃったか。相変わらずそそっかしいなぁ」

 危ない人だと思ったお客さんはココアさんのお姉さんでした。

 「改めまして、ココアの姉の保登モカです。よろしくね」

 顔立ちはココアさんに似ていますが髪が長く、背も高いので大人の女の人と言う印象が強いです。あとどことは言いませんが一部体型も違います。

 ・・・ココアさんが大人になったらこうなるのかな。

 「あなたがここのマスターの息子さんのチノくんね。ココアがお世話になってます」

 「あっ、いいえ。こちらこそ」

 雰囲気や礼儀もすごく大人っぽいです。ココアさんのお姉さんと言うのでもうちょっと活発な人だと思ってました。

 「チノくん。中学生でお仕事なんてすごいねー」

 「・・・っ!いいえ。喫茶店の跡取りとして当然です」

 頭を優しく撫でられて委縮してしまいます。とても柔らかく暖かい手で優しく撫でられました。こういうことを言うのは何ですがまるで母親のような安らぎがあります。

 「フフフッ」

 「?」

 あれ。この感じ・・・。普段いつも誰かさんから感じる気配が・・・・・。

 「チノくん、ホントにモフモフなんだねー」

 「えっ。あのっ」

 「ギューッ。それにあったかーい」

 ボクはモカさんに捕まり、まるでココアさんがいつもしてくるかのようにモフモフされました。このモフモフ癖と男子に対する警戒のなさ、間違いなく姉妹です。

 「あっ、あの・・・。モカさん・・・・・」

 「この感じ。弟たちよりココアを思い出すなー」

 ボクは何とか抜け出そうとしましたが、モカさんがきつく抱きしめてくるのでなかなか抜け出せません。

 それに。

 

 モニュンッ

 

 ひときわ大きな胸が体に押し当てられて抜け出そうという気がどんどんとろけていく。焼きたてのパンのように暖かくふかふかで、どこからか良い香りも漂ってきて脳がクラクラしてくる。こんなこと考えちゃいけないと分かってるはずなのに、考えないようにすればするほど五感が鋭敏になり、よりモカさんを感じてしまう。

 それにしてもこの大きさ。ボクの身の回りにいるどんな女の人より大きい気がする・・・。ココアさんどころか、下手すればリゼさんよりも・・・・・。

 「チノ、何か失礼なこと考えてないか?」

 「・・・・・・・・・考えてないです。」

 「こっちを見て言え」

 リゼさんの後ろに炎が燃えてる気がしたのでボクはそれ以上考えるのをやめました。

 

 

 「探す必要なかったじゃない」

 「馴染みすぎて三姉妹みたいね」

 私たちはココアと一緒にお姉さんを探していた。でもラビットハウスを覗いてみるともうとっくにお姉さんは到着していて、すっかりお店に馴染んでた。

 「ココア?さっきから黙ってるけどどうした・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ((血の涙流しそうになってるーーーーーー!!!))

 こんなココア、見たことなかった。

 

 

 カランカラン

 「おうココア、おかえ・・・り・・・・・」

 「こ、ココアさん・・・・・・?」

 「ココアー!久しぶりーー!!お姉ちゃんだよーーー!!!」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「ココア?」

 「チノくんが・・・・・」

 「えっ?」

 「チノくんが私のお義兄ちゃんになるなんてダメーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 「「何の話(ですか)!!?」」

 

 

 

 色々とゴタゴタしましたが何とか姉妹二人が会えてよかったです。ココアさんもなんだかんだで嬉しそうです。

 「ココアー」

 「ダメだよ!しっかり者の姉で通ってるんだから!!」

 そうでしょうか?

 「実は一つ報告が。私、数日間ここに泊めさせてもらうことになってるんです!!」

 「ホント!?」

 えっ!?何も聞いてないのですが!?

 モカさんはみんなの反応をうかがって楽しんでます。人をびっくりさせることは好きなのでしょうか。ココアさんと血のつながりを感じます。

 

 血のつながり・・・。姉妹・・・。兄妹・・・・・。

 

 

 モカさんが止まった日の夜。大はしゃぎしてたココアさんとモカさんですがあっという間に寝てしまいました。

 「寝坊助さんなところもそっくりですね」

 ボクは二人が風邪をひかないようにそっと毛布を二人にかけました。幸せそうな顔をして寝ています。

 寝顔を見るとますます二人はそっくりです。やはり姉妹だからか、顔や性格など色んな所が似通うのでしょう。ボクには兄弟姉妹がいないので分かりませんが。

 「・・・・・・・・・・・・・」

 『お姉ちゃんに任せなさい!』『お姉ちゃんに任せなさい♪』

 「口癖までそっくりでしたね」

 姉オーラは全然違いました。けれども他人を暖かい気持ちにさせるところは全く同じでした。

 ボクが本当に弟だったら・・・。そんなことを一瞬考えましたがやめました。

 とりあえずは、今のままでいいです。

 「おやすみなさい。二人とも」

 ボクは二人を起こさないように、ゆっくりと部屋を出ました。

 

 

 「・・・・・。いい弟を持ったみたいだね♪」

 

 




区切りもいいしちょっと長くなりそうなので二部構成にします。

追記:当初モカに弟がいないというような台詞を言わせていましたが、確認したところモカは一番上の長女でした。本当に申し訳ありませんでした。今後は本編確認をさらに強化し設定ミスがないように致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんとモカ②

後編です。


 昨日からお姉ちゃんがラビットハウスに泊まりに来てるんだ!よーし、早起きして朝食作って、お姉ちゃんとチノくんに頼れる姉としての威厳を見せるんだから!

 ガチャッ

 「おはようございます」

 「おそようだぞ」

 お姉ちゃんとチノくんが。一緒に早起きして。一緒に朝ごはん作ってた。

 傍から見たらそれはまるで。

 「うわああああああああああんっっっ!!!」

 「なにごとっ!?」

 「このままじゃ私・・・チノくんの義妹(いもうと)になっちゃうよ・・・」

 「まだ寝ぼけてます」

 

 

 ココアさんとモカさんが対抗してパンを作りすぎてしまったので、皆さんを呼んでピクニックをすることになりました。

 「それじゃあパン大食い大会はじめるよー!」

 「爽やかな雰囲気が台無しだ!」

 ココアさんはいつでも相変わらずです。今朝様子が少しおかしかったけど、どうやら立ち直ったようで良かったです。

 「ただし、この中に一つマスタード入りスコーンが!」

 ブボッッ!!

 「チノーーー!!!」「チノくーーーん!!!」

 見事に当たりました。スコーンのほんのり甘い生地でマスタードの酸味と辛味がより強調されています・・・。

 「ごめんねチノくん!大丈夫!?これで口拭いて?」

 「あぁ・・・ありがとうございます・・・・・」

 さすがにモカさんも罪悪感を覚えたのか自分のハンカチを差し出してくれました。

 「ごめんね。ちょっとはしゃぎすぎたね・・・」

 「いえ、そんなことは・・・」

 モカさんは単純に誰かをビックリさせることが好きなんでしょう。そこに悪気はないんだと思います。近くに似たような人がいるので多少は分かります。

 「でも、兄妹のやり取りっぽくて少し面白かったです」

 「・・・! そっか!!」

 モカさんに笑顔が戻りました。お姉ちゃん扱いすると機嫌が戻るのも誰かさんそっくりです。でもいたずらが面白かったのも本心だったりします。

 

 

 

 「・・・ココア。これは危機的状況じゃあないのか・・・?」

 「すっかりお株が奪われて・・・・・」

 「ココア・・・そんなにしょげないで・・・。ひぃっ!また昨日みたいな目に!!」

 「チノクンガオニイチャンニナッチャウチノクンガオニイチャンニナッチャウチノクンガオニイチャンニナッチャウチノクンガオニイチャンニナッチャウチノクンガ………………」

 

 

 「ボート乗り場があるわ」

 「そういえばボートって乗ったことないです」

 「くじ引きで3組に分かれて岸まで競争ってのはどう?」

 「よしっ!!今度こそお姉ちゃんには負けないよ!!!」

 くじ引きの結果 チノはモカとペアとなった。

 「うわああああんっっっ!!!負けたぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

 「まだ始まってないよ!?」

 

 

 「体全体を使って漕ぐのがコツなんですね」

 「そうそう♪ その調子♪」

 モカさんと一緒にボートに乗り込むことになりました。優しくボートの漕ぎ方を教えてくれます。まるで本当に弟と接するみたいに。

 「ねえ。チノくん」

 「はい。何でしょう?」

 「ココアってこっちでどうかな? チノくんからもココアの様子を聞きたくて」

 ボクにココアさんの様子を伺ってきました。一緒に住んでる友達から、確かな評価を聞きたいのでしょう。

 「そうですね・・・」

 いつものココアさん・・・。急に言われるとパッと出てきません

いつも一緒にいるから良い所も悪い所も自然に受け止めるようになってるな。

 「モカさんが見た通りです。いつも元気いっぱいでたまに少しそそっかしいです」

 「そっかぁ。家にいる時と変わらないなぁ」

 「あとよくボクの前でお姉ちゃんぶります」

 「あはは。私の影響受けちゃってるんだ」

 ココアさんは四兄妹の末っ子なので、上のお兄さんたちやモカさんから色んな影響を受けるそうです。でも見るからにモカさんの影響を一番受けていると思います。

 「昔から私のマネが大好きで。可愛かったなぁ」

 「本当に仲のいいご姉妹なんですね」

 「チノくんも、ココアと仲のいい姉弟に見えるよ」

 「えっ」

 そうでしょうか。血がつながってるわけじゃないのに姉弟に見えるのかな。でもそう言ってもらえると少し嬉しいような気もします。

 「・・・。ありがとうございます」

 「はは。ホントにうちの弟になっちゃう?」

 「いや・・・それは・・・」

 ちょっと魅力的な相談だけど、ラビットハウスを放っておくわけにはいかないし・・・。

 「なーんて。冗談だよ♪」

 「本当にサプライズが好きなんですね・・・」

 見れば見るほど細かい仕草がココアさんと似ています。今見せてる朗らかな笑顔なんかもココアさんそっくりです。

 「・・・あ。でも。弟になる可能性はゼロじゃないか・・・」

 「・・・何の話ですか?」

 「チノくんっ!」

 「はははっ、はいっ!」

 モカさんがズイッという効果音が響くくらいの勢いで迫ってきました。顔が少し凄みを帯びてる気も・・・。

 「ココアのこと、かわいいと思う?」

 「えっ」

 

 

 「お姉ちゃん・・・。チノくんにあんなに近づいて・・・・・」

 「気をしっかり持つのよココア!姉に勝る妹になるのよ!!」

 

 

 「マスタァー・・・。もしかしたらうちのパン屋とラビットハウス、合併するかもしれませぇん・・・・・」

 「まだチノには選択の余地があるからね」

 「だんだんチノの将来が重くなっていくのう」

 

 

 

 「もう帰ってしまうんですね」

 「またフラッと遊びに来るからー」

 あっという間に数日経ち、モカさんが帰る日がやってきてしまいました。ピクニックやモカさんのためのサプライズパーティーなどをやりましたが、たった数日のうちにモカさんは元からこの街に住んで、昔からみんなと一緒にいたかのような馴染みっぷりを見せていました。

 ココアさんの馴染みっぷりもお姉さん譲りだったようです。

 「元気でねー」

 「ココアもたまには帰ってきなさい!」

 モカさんも分かれるのが寂しそうです。最初はココアさんがモカさんにベッタリかと思っていましたが、どうやらモカさんの方もココアさんにベッタリなそうです。

 「でもチノくんが寂しがるから」

 「ボクを引き合いに出さないでください!」

 ココアさんが数日居なくなったってそこまで寂しくはないはずです。多少ココアを淹れる回数は多くなりそうですが大丈夫なはずです。

 「ほんとは私が寂しいの!」

 「お姉さんの前でやめて下さい!」

 ココアさんがギューッと抱きしめてきます。普通に恥ずかしいうえにモカさんの前ですし、周りに人も多いのでいつもの倍恥ずかしいです。

 「んー。じゃあやっぱり本当にうちの弟になっちゃおうか?」

 「「えっ」」

 「そしたらココアもチノくんとずっと一緒にいられるぞー?」

 先日も言っていた冗談ですが、なぜか今回は本気のように思えます・・・。

 ・・・でもココアさんもいつまでもラビットハウスにいるわけじゃあないんだ。

 高校を卒業したら、モカさんのいる実家に帰っちゃうんだろうな・・・。

 「・・・・・。ダメッ」

 「ココアさん・・・?」

 ココアさんがボクを抱きしめる力が強くなる。しょっちゅう抱きしめられてるけど、今回はいつもとは違う感じがした。

 「チノくんは私の・・・! 私だけの弟だから!!」

 「弟じゃないです・・・」

 それ、さっきのお姉さんの提案と何が違うのでしょうか。よくは分かりませんでした。

 でも。

 そう言われて悪い感じはしませんでした。

 「・・・あっ。ごめん。お姉ちゃん・・・」

 「ううん。いいんだよ」

 モカさんが優しい笑みでココアさんを撫でます。お姉さんと言うより、娘の成長を喜ぶ母親のようにも見えました。

 「チノくん」

 「はい」

 「ココアを、これからもよろしくね」

 「・・・はい。任せてください」

 モカさんに直々に頼まれました。

 まだ当分は一緒にいるでしょう。その間は少しでもボクがモカさんの代わりになります。

 「ココアもがんばってね♪ ライバルは多そうだぞー♪」

 「・・・!もうっ!お姉ちゃんっ!!」

 「?」

 よく分からないやり取りです。姉妹にしか通じないものがあるのでしょう。

 

 「じゃあ、またね」

 そう言ってモカさんは帰っていきました。ココアさんの姉という地位に恥じない、パワフルな人でした。

 「お姉ちゃんは去った後も妹の心を奪っていくよー・・・」

 ココアさんは打ちのめされているようでした。何かで兄に勝てる弟など存在しない、なんていう言葉がありましたが、姉妹でも同じかもしれません。

 「モカさん、素敵な人でしたね」

 「何て言ったって私のお姉ちゃんだからね」

 ココアさんの良い所をさらに成長させたような人でした。まだまだうちに居てもらいたかったという気持ちが湧いてきます。

 「・・・・・チノくん」

 「はい?」

 「チノくんは、私なんかよりお姉ちゃんが来る方が良かった?」

 「えっ」

 突然弱気なことを言い出しました。いつものココアさんらしくないです・・・。

 「お姉ちゃんには敵わないからなぁ。私よりいろんなこと上手にできちゃうし」

 「・・・・・・・」

 なんだろう・・・。なぜか嫌な気分になってきた。

 「ボクは・・・」

 「チノくん?」

 「ボクは、ココアさんがこの街に来て良かったと思ってます!」

 「・・・・・!」

 「モカさんは素敵な方でしたけど!ココアさんだって・・・!・・・だから大丈夫です!!」

 全然うまく言えない。ボクがもっとしっかりしてれば、ちゃんと慰めの言葉を言えたかもしれないのに。自分がちょっと恨めしいです・・・。

 「・・・えへへ。ありがとう!チノくん!!」

 「・・・ココアさん」

 「私!お姉ちゃんに負けないくらいのお姉ちゃんになるよ!!」

 どうやら元のココアさんに戻ったようです。やっぱりココアさんにはいつも明るくいてほしいです。

 「だからこれからもよろしくね!チノくん!」

 「はい。よろしくお願いします」

 どうやら、ココアさんとはまだまだ長い付き合いになりそうです。 

 

 「えへへー。じゃあ立派なお姉ちゃんになるためにモフモフを特訓だー!」

 「それお姉さん関係ないですよね!?人前でやめてください!!」

 

 

 ココアは昔から私の真似が大好きでした。

 だからチノくんを可愛がるのも、私みたいな姉になりたいからだと思ってました。

 でも。

 「チノくんが寂しがるからー」

 「ボクを引き合いに出さないでください!」

 あのココアの目の光りよう。

 「チノくんは、私だけの・・・弟だから!」

 あの目の輝き方。明らかに家族に向けるものじゃないんだ。

 もう私の真似じゃないんだね。

 私の知らないところで、私とは違う大人になってるんだ。

 姉としてはちょっと寂しいけど、それ以上に成長が嬉しいな。

 「やっぱり、いつか弟が増えるかもしれないな」

 妹の明るい未来を夢見ながら、私は夕焼けの電車に揺られていた。

 

 

 

 「うぇ~ん、おかあさ~ん。ココアが遠くに巣立っちゃうよぉ~」

 「あらあら。娘の結婚式で泣く両親みたいになってるわよ?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラパンとイナバと謎の仮面

タイトルがオーズみたいですが関係ないです。
あと今回オリジナル設定が強いのでご注意ください。


 「怪盗ラパン!参上!!」

 「大泥棒イナバ!推参!!」

 今日も元気にバイト中!!私、シャロこと怪盗ラパンと幼馴染の千夜扮するイナバで元気にお店の宣伝!!

 「わーいラパンだー!!」

 「イナバだーもなかちょうだーい!」

 「今日も人気は上々ね」

 「子供たちも喜んでるようで良かったわ」

 アニメ怪盗ラパンのキャラのコスプレをしながら宣伝することで注目も浴びれるし子供たちも喜ばせることもできる。まさに一石二鳥ね。

 「ラパンー」「決めポーズしてー」

 「ええ、いいわよ」

 「イナバー」「かわいいー!」「きょうの和菓子はなにー?」「髪さらさらだー」

 「ほらほらみんな、押さないで順番に。君たちの宝物盗んじゃうわよー?」

 「ええー」「やだー」「ならぶー」

 

 「・・・・・・・・・・・・・」

 

 「どうしたのシャロちゃ・・・じゃなかったラパン?」

 「イナバー!!人気を盗むなー!!!」

 「リアルライバルとして対抗してる!!」

 

 「ぜーはー・・・ぜーはー・・・だ、大丈夫?シャロちゃん・・・?」

 「はぁ・・・はぁ・・・あ、あんたの方がひどそうに見えるけど・・・」

 シャロちゃんも私も体力的に限界みたい。私は元来体力がないし、シャロちゃんは今日でバイト3つ目だから精魂使い果たしかけてる。

 「と、取り合えず逃げましょう・・・」

 「子供たちが追いかけてくるもんね・・・」

 今私たちはイベントの一環で子供たちと追いかけっこをしている。楽しいけれど子供たちの体力が無尽蔵すぎて反対にどんどんこっちの体力が削られる。こんな形でアニメの中の怪盗たちの気持ちを理解するなんて思っても見なかったわ。

 早速息を整えて逃げようとした私たちだけど・・・。

 「あっ」「きゃっ」「わっ」

 前方をよく見てなかったせいで走って来た誰かとぶつかっちゃった。怪我をさせてなければいいのだけど。

 「ご、ごめんなさい」「大丈夫ですか?」

 「い、いえ。こちらこそ・・・」

 そう言って立ち上がった男性は。

 白いタキシードに仮面を付けていた。

 「・・・・・ラパンとイナバ?」

 

 「ご、ごめんなさいっ!営業の邪魔しちゃいましたか!?」

 「い、いいえ。そんなことは・・・」

 見慣れない格好だけど、どこかのお店の宣伝キャラかしら。それとも青山さんが作ったラパンの新キャラかしら。

 「お互い営業大変ですね」

 「え、ええ。結構体力いりますねこれ」

 どうやら男の人らしく低い声で応答してくれる。でもなぜかしら・・・。なんとなく聞き覚えが・・・。

 「あの、失礼なんですけどどこかでお会いしました?」

 「!!」

 「ちょっと千夜!初対面でナンパみたいなこと言わないの!!」

 「えっ、いやっ!私そんなつもりじゃ!!」

 男の人を逆にナンパしてしまったような形になって私は思わず顔が熱くなる。そんな風に見えたかしら・・・。恥ずかしい・・・。

 「ご、ごめんなさい・・・」

 「い、いいえ・・・。それより急いでたんじゃ・・・」

 「あっ、そうだった」

 「子供たちと追いかけっこしてるんです」

 「それにしてはハードそうですね」

 「ああそれは・・・」

 そんなこんな言ってる間に向こう側から子供たちが来た。

 最前列をリゼちゃんが先導して。

 「そーれ!怪盗どもを捕まえろー!!」

 「高校生がノリノリで最前線にいるので・・・」

 「ふふっ、でもリゼちゃんらしいわ」

 「童心を忘れてない素敵な高校生ですね」

 

 「ほら、早く逃げ。ああ疲れてめまいが・・・」

 「私も・・・もう限界・・・」

 「だ、大丈夫ですか!?二人とも!?」

 タキシードの男性は地面にへたり込んだ私たち二人を心配するように近寄る。あれ、何だろう。千夜の言ったように声に聞き覚えが・・・。

 「・・・あとはボクに任せてください」

 耳元で囁くように励まされ一瞬心臓が飛びあがる。近くで聞くと一層無理やり作ったような低い声に感じた。

 

 「待て!ここから先は私が相手だ!」

 「む!誰だ!?」

 リゼ先輩とタキシードの男性が対峙する。

 「我の名は・・・」

 タキシードの男性はちょっと考え込むような仕草をしてから大声で名乗った。

 「我の名は、タキシードバリスタ・キアロ!!」

 「タキシードバリスタ・キアロ!?」

 何それ!?アリなの!?

 「この街のうさぎとコーヒーを陰から守りし者だ!!」

 どういう設定!!?

 

 

 話はちょっと前にさかのぼります。

 「よーし、あとはこのマントをかけて・・・」

 「あの・・・」

 「出来上がりー!ラビットハウスのイメージキャラー!」

 「やったー!!」

 「チノくんカッコイイよー」

 ボクはココアさん達の手によって白タキシードにマントに帽子という怪しげな出で立ちにさせられていました。

 どうやらシャロさんのラパンと千夜さんのイナバを見て、ラビットハウスでもイメージキャラを作りたくなったようです。

 ココアさんとマヤさんメグさんはそんなボクの恰好を見て手をたたいて褒めてきます。でもやってる本人からすると気恥ずかしさしかありません・・・。

 「それでコーヒーを淹れればお客さんのハートも鷲掴みだよー!」

 「白タキシードが汚れちゃいますよ」

 どうやらこのタキシードはココアさんが学校の演劇部から借りてきたものだそうです。汚して返しては演劇部の方に迷惑でしょう。

 「大丈夫だよ。それもう使わないから好きにしていいって言われたヤツだから」

 (おさがり)

 

 「恰好は決まったし、名前も決めないとね」

 「カッコいい名前がいいよー!エターナル・フォース・エスプレッソとか!」

 「白ピョンピョンとかどうー?」

 「もう恥ずかしいんで脱ぎたいんですが・・・」

 恥ずかしい格好にさらに恥ずかしい名前が付けたされてはたまりません。でも間違いなく目立つのでお店の宣伝にはなるでしょう・・・。そう思うと中々脱ぎづらいです。

 「でも白いタキシードにコーヒー染みは目立つかもねー」

 「じゃあコーヒー淹れられないじゃん」

 「うーん、じゃあその姿でチラシ配るのはどう!?子供たちに人気になりそうだよ!」

 「恥ずかしすぎて死んじゃいますよ!!」

 こんな姿で人前に出るなんて、想像するだけで羞恥心で死にそうです・・・。

 「そう言うと思って、はいこれ」

 「アイマスク・・・?」

 ココアさんは装飾が施された白いアイマスクを差し出しました。確かにこれなら顔は隠れるでしょう。

 「チノくん、顔を隠してなら恥ずかしくないかなって思って」

 確かに高校の文化祭の時も、ティッピーの被り物を被った状態でならいつもの倍宣伝ができました。顔を隠すと気恥ずかしさが消える体質のようです。

 「それでも恥ずかしいなら無理しなくていいよ?」

 「ココアさん・・・」

 ココアさんが気を遣うように聞いてきます。ココアさんは面白半分じゃなく、お店を盛り上げたい一心で提案してくれたのでしょう。自分のお店じゃないのに。こんなに真剣になってくれて。

 「それに私もタキシード着てみたいの!」

 「ココアさん・・・」

 前言撤回する必要があるかもしれません。

 「私も着てみたいなー」

 「私も!男装っていうのやってみたい!」

 「うんうん!じゃあ三人でタキシード三姉妹だよー!」

 「「いえー!!」」

 「・・・・・フフッ」

 そんな三人の様子を見て、思わず笑みがこぼれてしまう。さっきまでの気恥ずかしさや緊張もどこかへ行ってしまったみたいだ。

 「分かりました。じゃあこの姿で宣伝行ってきます」

 「チノくん・・・」

 「せっかくお店が盛り上がりかもしれませんから、ね?」

 前はこんなこと恥ずかしくて出来なかっただろうに。ココアさんやみんなと暮らし始めてボクも変わり始めたみたいだ。

 「じゃあ行ってきます。お店の方、お願いしますね」

 そう言ってボクはラビットハウスをその姿で出ました。

 

 

 そんなこんなで宣伝に出たのは良かったのですが・・・。

 (やっぱり恥ずかしい・・・!)

 街ゆく人からジロジロ見られます。こんな目立つ格好してたら当たり前ですが。

改めてシャロさんと千夜さんのすごさが分かります。

(やっぱりボクじゃダメなのかな・・・)

そう気分が沈みかけていた時でした。

ドンッ

 「あっ」「きゃっ」「わっ」

 ラパンとイナバにぶつかったのは。

 

 

 「ご、ごめんなさいっ!営業の邪魔しちゃいましたか!?」

 「い、いいえ。そんなことは・・・」

 咄嗟に自分なりに低い声を作る。まだ恥ずかしさが残ってるのであまり大勢の人に正体を気づかれたくはありません。

 「お互い営業大変ですね」

 「え、ええ。結構体力いりますねこれ」

 どうやら二人とも気づいてないようです。とりあえずは良かった・・・。

「あの、失礼なんですけどどこかでお会いしました?」

 「!!」

 ビックリして思わず全身が飛びあがってしまう。流石に背格好でバレたでしょうか・・・。

 「ちょっと千夜!初対面でナンパみたいなこと言わないの!!」

 「えっ、いやっ!私そんなつもりじゃ!!ご、ごめんなさい・・・」

 「い、いいえ・・・。それより急いでたんじゃ・・・」

 「あっ、そうだった」

 「子供たちと追いかけっこしてるんです」

 そう話している間に向こうから子供たちが走って来た。

 先頭をリゼさんが先導して。

 「童心を忘れてない素敵な高校生ですね」

 

 「ほら、早く逃げ。ああ疲れてめまいが・・・」

 「私も・・・もう限界・・・」

 「だ、大丈夫ですか!?二人とも!?」

 二人とも疲れのせいかへたり込んでしまいました。心配になって思わず駆け寄ります。

 ・・・このまま二人がすぐ捕まったら千夜さんとシャロさんの努力と子供たちの楽しみが・・・。

 なんとかしなきゃ。

 「・・・あとはボクに任せてください」

 疲れている二人をかばう様にして、ボクは子供たちとリゼさんの前に立ちふさがります。

 「待て!ここから先は私が相手だ!」

 「む!誰だ!?」

 リゼさんが宿敵を目の前にしたような台詞を言います。こちらも名乗り返さないと。

 「我の名は・・・」

 あれ、そういえばこのキャラの名前を決めてませんでした。どうしよう・・・。

 マヤさんのエターナルなんとかを名乗りましょうか。いいや、ちょっとカッコつけすぎです。

 じゃあメグさんの白ピョンピョンを・・・。今度は可愛すぎです。

 うーんっと・・・。タキシードのバリスタって名乗るのは・・・。あまりにも安直すぎです。

 色々考えている間にふっと思い出しました。カプチーノの種類の名前のひとつを。

 「我の名は、タキシードバリスタ・キアロ!!」

 「タキシードバリスタ・キアロ!?」

 「この街のうさぎとコーヒーを陰から守りし者だ!!」

 咄嗟に名乗りましたが、この設定は自分でもどうかと思います。

 

 

 「お前も怪盗の仲間か!」

 リゼさんがノリノリで決め台詞を言ってくれます。この人が演劇部の助っ人に選ばれていた理由がだんだん分かってきました。

 「いいや、そういうわけじゃあない。ただ美しい花が目の前でしおれるのを見たくないだけだ」

 (恥ずかしい―――――――――――っっっ!!!)

 子供たち(とリゼさん)の夢を壊したくないと思って役になり切りますが、あまりにも恥ずかしい設定です。顔が真っ赤になっているのを悟られなければいいのですが・・・。

 「何だと!キザな台詞を吐く悪党め!覚悟しろ!!」

 全然気にしてないようです。というかどの子供たちよりリゼさんが一番楽しんでいるみたいです。

 千夜さんとシャロさんの二人もまだ疲れているみたいだし、ボクが時間を稼がないと。

「まあ待て。まずボクの素敵なショーを見ていってくれ」

ボクはキザな台詞を言って杖を取り出しました。よくココアさんが手品で使う杖です。

 「なんだそれは!?武器か!?望むところだ!!」

 リゼさんは警戒して銃を構えます。子供たちの教育に悪いんじゃないかなと思わないでもないです。

 「キアロのマジックショーの始まりだ!」

 まずは杖から花を出してあげましょう。と思った途端。

 

 ズドッ

 

 「がはっ」

 杖が逆方向に伸びてボクのお腹に激突しました・・・。

 「だ、大丈夫か・・・?」

 「あ、ありがとうございます・・・」

 流石のリゼさんも心配している様子です。これじゃあココアさんのことを笑えません。

 「「「あははははは」」」

 でも子供たちは喜んでいるようです。良かった。

 「あれ、ラパンとイナバは?」

 ボクがそんなこんなしている間に二人は無事隠れることができたようです。

 「しまった!ミスディレクション・・・。陽動作戦だったか!!」

 良い方向に解釈してくれて助かります。

 

 

 「ふぅー。あの人が気をひいてくれたおかげで助かったわ・・・」

 「子供たちも喜んでるみたいだしね」

 急に出てきたキアロって人、クールな人と最初は思ったけどどうやらお茶目な人見たい。なんだかココアちゃんを思い出すわ。

 それにしても・・・。

 「ねえシャロちゃん、あの人、チノくんに似てない?」

 「ええ?確かに背格好はそれっぽいけど・・・」

 よくよく見ると目の形や水色の髪がチノくんのようにも見える。声は低めだけどなんだかわざと作っているような声だったし。

 「でもチノくんだったらあんなこと恥ずかしくて出来ないんじゃないかしら」

 「それも・・・そうだけど・・・」

 チノくんは恥ずかしがり屋で控えめな性格だからあまりああいうことをするイメージが湧かない。でも私だって顔を隠して大泥棒イナバになり切れたんだし、絶対ないとは言い切れないかも。

 「ふははは!これはほんの小手調べだ!これからこの街のエスプレッソのごとき闇を、カプチーノのような白い光で染めてくれるー!!」

 「本物だったらあんなこと言わないと思う」

 「すごい男の子って感じのキャラね」

 やっぱり人違いかも。

 

 

 役になり切ってキザな台詞を言い続けたせいでだんだん羞恥心がなくなってきました。薪をガンガンにくべた蒸気機関車のような気分です。

 「キアロの本物の魔術を見よ!!」

 「な、何をするつもりだ!!」

 「カフェラテ・カフェモカ・カプチーノ!!」

 呪文を唱えてボクは両手のひらから飴玉を出しました。ボクのお母さんとココアさんが得意とする手品です。成功してよかったです。

 「子供たちよ!受け取れー!」

 「飴玉だー!」「魔法だー!」

 子供たちも喜んでいます。魔法使いになりたいと言っていたココアさんの気持ちが少しわかるような気がします。

 「おのれキアロめ!心まで盗まれそうだ!」

 一番楽しんでいるのはリゼさんのような気もしますが。

 

 「リゼ先輩惑わされちゃダメですー!!」

 

 「今何かきこえたよー?」

 「気のせいです」

 シャロさんの大声が響き渡りました。バレないようになんとかはぐらかします。

 「あっ、うさぎが集まってきたよー」

 飴玉の甘い匂いを嗅ぎつけたのか、どこからともなくたくさんのうさぎが集まってきました。

 「この街中のうさぎの心は我が手中にあるのだ!」

 うさぎを見てより高揚感が増しました。まるで夢みたいです。

 

 

 一方私は。

 「うさぎが・・・。悪夢だわ・・・」「シャロちゃんしっかりして!生きて!!」

 大量のうさぎに囲まれてグロッキーだった。

 

 

 「なんて数のうさぎだ・・・。これじゃあ身動きが取れない!」

 リゼさん、ノリノリですね。

 「足の踏み場もない・・・あっ」

 「! 危ないっ!」

 リゼさんがうさぎに脚を取られたのを見て、ボクは駆けだしていました。もちろんうさぎは踏まないようにしながら。

 

 ファサッ

 

 「あっ・・・」

 「大丈夫・・・ですか?」

 なんとかリゼさんが倒れる前に支えることができました。どうやら怪我はないようです。

 「何で・・・私を助けた・・・?」

 「・・・言ったでしょう。目の前で美しい花がしおれるのは見たくないと」

 ノリに乗っているのはボクも同じみたいです。普段なら絶対こんなことは言わないでしょう。

 「コラーッ!!キアローッ!!リゼしぇんぱいの心を盗むなーーーっっっ!!!!!」

 「ラパンだー」

 耐えかねたのかシャロさんが出てきてしまいました。

 

 

 「どうやらマジックショーの時間は終わりのようだ」

 キアロことタキシードの男性はそう言って去って行こうとする。やっぱりこれだけキザな男の子、チノくんじゃあないと思う。

 「フライヤーフェイド!!」

 キアロは大量のチラシをまき散らしてその場から姿を消した。

 チラシを拾ってみてみるとそこに書いてあったのは。

 「ラビットハウスの宣伝!?」

 「ということはやっぱりあの人って」

 到底信じられないけど、まさか・・・。

 「タキシードバリスタ・キアロ・・・。いったい何者なんだ・・・」

 「リゼ先輩チラシ見ましょう?」

 

 

 

 「宣伝してたならそう言えよ・・・」

 「すいません・・・。言う隙がなくて・・・」

 リゼさんが顔を真っ赤にして恥ずかしがっています。ボクも同じくらい恥ずかしいです・・・。

 「でもチノくんカッコ良かったわよ」

 「あんなカッコいい役もできたのね」

 「やめてください・・・。どうかしてたんです・・・」

 テンションが上がりに上がって先のことを考えていませんでした・・・。完全に黒歴史です・・・。

 「キアロは今日限りで引退です・・・」

 「それは勿体ないです」

 あれ?今の声は・・・。

 「せっかくインスピレーションが湧いたのに」

 「「「「青山さん!?」」」」

 なんだろう・・・。すごくイヤな予感が・・・。

 

 

 

 「ねえみんな!青山さんの新作読んだー?」

 「タキシードバリスタ・キアロでしょ?」

 「これチノくんがモデルなんだねー」

 「うさぎになったバリスタと世界観を共有してるらしいわ」

 「怪盗ラパンとも今度コラボするって」

 「おい!このツインテールの刑事って私のことか!?」

 「うぅ・・・」

 たった一度のテンションで、どうしてこんなことに・・・。

 「チノくん!これでもっとラビットハウスの宣伝ができるね!今度キアロフェアやろうよ!」

 「勘弁してくださーーーい!!」

 ラビットハウスの外までボクの悲鳴が響き渡りました。

 

 

 ちなみに、小説「タキシードバリスタ・キアロ」は女性人気の高いベストセラー小説になったそうです。

 

 




今回チノくんの着けている仮面はハロウィン回のサキさんの仮面と同じものです。

イナバ回の千夜ちゃん表情豊かでかわいいですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんとバレンタイン

ちょっとバレンタインには早いですが、アイディアが湧きたてのうちに。


 いつの間にか新年が明け、ボクもすっかり受験生となっていました。三年前はあんなに遠く感じた受験が今では近くにあります。時がたつのは早いものです。

 そんなボクは高校受験のための勉強をしているのですが。

 「チノくん。今からキッチンを絶対覗いちゃいけないよ」

 「・・・・・。バレンタインの準備ですか」

 無邪気な姉たちはすっかりバレンタインムードのようです。

 「チョコ作ったらしっかり後片付けしてくださいね」

 「冷めててつまらない!」

 

 

 「勉強中の糖分の摂取はとてもいいことなんだよ」

 「チョコにはポリフェノールがたっぷり含まれているの。脳を活性化させる効果があるのよ」

 「げ、原料のカカオはリラックス効果もあるし体にいいことづくめ・・・。毎日差し入れしたいくらいな・・・の」

 どさーっ

 「大事な時に体調崩さないようにね!」

 「崩れながらアピールされても」

 そんなに上に乗ってるからです。シャロさんがもう限界だったようです。

 

 「そういえばリゼちゃん。さっきからずっと黙ってるけどどうかしたの?」

 言われてみると確かに、こういう時真っ先に激励を飛ばしてくれそうなリゼさんが黙りこくっています。どうしたのでしょうか。

 「だだだ、男子にチョコを渡す、なんて・・・」

 顔を真っ赤にしてプルプル震えていました。生まれたてのうさぎのようです。

 「か、勘違いするなよ!バレンタインとは本来親愛なる人に感謝を伝える日なんだからな!!あくまで感謝なんだからな!!!」

 「リゼ先輩ツンデレです!!」

 不器用さが空廻って今時珍しいツンデレになっています。

 「私もお姉ちゃんに教えてもらった!」

 「じゃあタカヒロさんたちにも渡さないとね」

 「ティッピーにもね」

 どうやらお父さんたちにもチョコを渡してくれるようです。うちの父たちにも親愛さを感じてくれている事実に少し嬉しくなります。

 「あーもう。作戦会議なら外でお願いします」

 「はーい。楽しみにしててね!」

 そう言いながらボクはぎゅうぎゅうにたむろっているココアさん達を部屋から押し出しました。

 「まったく」

 こっちは受験というのに騒々しいですね。

 「困ったお姉ちゃんたちです」

 でも本当はすごく嬉しかったりします。

 

 「リゼ先輩!!ああいうことは言わないでおこうってみんなで話したじゃないですか!!」

 「す、すまない・・・。男子にチョコを送るという事実に耐えられなくなって・・・」

 「でもどうしよう・・・。男の子にチョコを送るってすごく緊張する・・・」

 「だだだだ大丈夫だよよよわわわ私たちはおおお姉ちゃんなんだから!!」

 「「「ココア(ちゃん)が一番大丈夫に見えない!!!」」」

 

 

 「言っとくけどチノだけじゃなくてチマメ隊全員にあげるんだからな」

 「分かってるってー」

 そう。今回はバレンタインという名目で、チノくんたちに受験を頑張ってもらうための励ましに手作りチョコレートをプレゼントするの。受験勉強ってとっても大変だから良い息抜きになってくれるといいなあ。

 「でもチノくんの、同じ味付けで大丈夫かしら」

 「女子と男子じゃあ味覚が違うって言うし」

 「いや、チノなら大丈夫だろう」

 私もそう思う。チノくんはコーヒーもミルクと砂糖入れないと飲めないくらいには甘いもの好きだから。あまり大人なチョコレートを嗜むようには見えなかった。

 「チノくんはむしろウサギ型のチョコくらいじゃないと喜ばないよ」

 「だろうな」

 「あー・・・」

 「確かに・・・」

 

 「へっくしっ!風邪かな・・・」

 

 

 「チマメ隊の受験合格は私たちのチョコにかかっている!みんなあきらめるなー!!」

 「「「おー!!」」」

 それから、多くのチョコが生まれ、消えた。

 友情、裏切り、葛藤、様々な感情とともに・・・。

 だが彼女たちは止まらない!大切な人たちの笑顔を見るために!!

 

 「でもキッチンは壊さないでね・・・」

 「そっとしておこう。親父」

 

 

 

 「「「「ダメだー・・・・・」」」」

 色んなアレンジ加えてみたけど、チノくん達の息抜きになるようなチョコができないよ・・・。

 「餡子とチョコの調和がこんなに難しいなんて・・・」

 「いつもの紅茶ならもっとハーブを扱えるのに・・・」

 「チョコに合うパンすら作れないなんて・・・。お姉ちゃん失格だよ・・・」

 「お前ら変なアレンジやめろ・・・。味見役の気持ちにもなれ、うっぷ・・・」

 このままじゃあチョコが出来上がる前に受験が終わっちゃう・・・。

 お姉ちゃんとして少しでもチノくん達の力になれればと思ったんだけどな・・・。

 

 ガチャッ

 

 「あの・・・」

 「チノくん!来ちゃったの!?」

 下の階で騒がしくしすぎちゃったかな。上で集中して勉強してただろうに。

 「あれ、チノくんそれ・・・」

 「皆さんの息抜きにとホットチョコレート作ってみました。チョコは体にいいんですよね」

 「チノくん・・・」

 勉強で忙しいのに、私たちのためにわざわざ作ってくれるなんて。

 「良かったらどうぞ」

 「あ、ありがとう」

 「男子からチョコレート貰うなんて、なんだか逆だな」

 「これ、ホワイトデーには3倍にして返すべきかしら」

 「えっ、いや!別にそういうつもりじゃ・・・!」

 チノくんが顔を真っ赤にして否定する。別にそこまで否定しなくてもいいんじゃないかな・・・。

 「バレンタインは・・・。親愛な人たちへの感謝の日ですし・・・」

 「チノくん・・・」

 「でも・・・。やっぱり男がチョコを渡すなんて変でしたかね・・・」

 「・・・・・! ううん!そんなことないよ!!」

 誰かを大切に想う気持ちに、男の子も女の子も関係ないよ!

 「ありがとうチノくん!すごく元気出てきた!!」

 「本当に立場が逆ですね」

 「えへへ」

 「チノ、待ってろ!最強の息抜きになるチョコを楽しみにしていろ!!」

 「・・・はい!」

 チノくんのチョコレートを飲んでみんな元気が出てきたみたい。

 私たちからもこれ以上の元気をチノくん達に与えてみせるんだから!

 

 

 ココアさん達は再びキッチンにこもってチョコレートを作り始めました。

 「親愛な人たちに感謝・・・」

 男として女子たちからチョコレートを貰えるのはとても嬉しいです。でもそれ以上に、たくさんの人たちに大切に想われているということが何より嬉しかったです。

 ボク達のために、あんなに頑張ってくれて。

 「ボクも頑張らなくちゃ」

 あの努力に必ず答えてあげたい。

 そう思うと俄然やる気が出てきました。

 

 

 今日はバレンタイン当日です。みんなで集まって息抜きにたくさんのチョコを食べています。

 「美味しー!」「ココアちゃん、みんな、ありがとー!」

 マヤさんもメグさんも一心不乱にチョコを詰め込んでいます。

 「いい食べっぷりですなー。応援の気持ちたくさん込めたからねー!」

 「うんっ・・・!」「がんばる・・・!」

 マヤさんメグさんもチョコの中のココアさん達の想いを感じ取ったようです。これならまた勉強のやる気も出るでしょう。

 「あっそうだ。チノに渡したいものがあったんだ」

 「えっ?ボクに?」

 「はいこれ。バレンタインのチョコレート!」

 そう言ってマヤさんメグさんはボクにラッピングした手作りのチョコレートを差し出してきました。

 「二人とも、勉強で忙しかったんじゃ・・・」

 「だ、だって今日はバレンタインだし・・・」

 「違う高校行くチノくんにも頑張ってほしかったからー」

 メグさんはいつものように朗らかな笑顔で、マヤさんは顔を赤くして目を背けながら渡してきました。

 「ありがとうございます・・・!」

 ボクは今、たくさんの人たちに支えられてる。

 それだけでどんなことでも頑張れそうだ。

 「じゃあボクも今からホットチョコレート作りますね。バレンタインのプレゼントです」

 「ええ!それじゃあバレンタインの意味ないじゃん!」

 「マヤちゃん本命だったのー?」

 「ち、ちげーし!」

 「えっへん。チノくんのホットチョコレートは凄いんだよ」

 「飲むだけでやる気が満ち溢れてくるのよね」

 「結局みんなお互いでチョコレート渡しあっちゃったわね」

 「まあいいんじゃないか?良い息抜きにはなっただろうし」

 受験シーズンにしてはちょっと騒がしいけどこれでいいです。

 今日はバレンタイン。お互いがお互いに感謝を伝え合う日ですから。

 

 

  「チノくん」

 「はい?どうしました?」

 ボクはその夜、ココアさんに呼び止められました。なんだか顔を赤くしてもじもじしている様子です。

 「あ、あの。これっ」

 「?」

 差し出されたものを見てみるとそれは、包装紙にまかれラッピングされたチョコレートでした。

 「バレンタインのチョコなら皆さんから受け取ったはずですけど・・・」

 今日の昼に、ココアさん達が苦心して作り上げた応援用のチョコレートをチマメ隊全員で美味しくいただきました。渡し忘れがあったのでしょうか。

 「え、えっと、違くてね・・・」

 「?」

 「それとは、別のやつの・・・」

 話しているうちに段々とココアさんの声がか細くなっていっています。顔もどんどん赤く・・・。

 「ごめん・・・。チョコ、食べ飽きてるかもしれないけど・・・」

 いつもの元気なココアさんとは全然違います。なんだろうか、しおしおになった花束見たいです。

 「・・・そんなことないです」

 「えっ」

 「心を込めて作ってくださったものですから。どんなに貰っても嬉しいです」

 ココアさんはいつもボクの心の支えになってくれている。

 むしろこっちからもっと感謝の想いを伝えたいくらいです。

 「ありがとうございます。ココアさん」

 「・・・!! うん!こちらこそありがとう!!」

 ココアさんの顔に笑顔が戻りました。この笑顔にいつも助けられています。

 チョコレート、大事に食べないとな。

 

 

 「ち、チノっ。これっ」

 「昨日渡しそびれたやつがあるから・・・」

 「おおお落ち着いてねななな何も特別な意味があるわけじゃなななくてね」

 その翌日、リゼさん達からも別にチョコレートを貰いました。

 嬉しいのですが体中が甘ったるくなりそうです・・・。

 

 




書いてて思ったんですがごちうさって意外とキャラの口調や性格の再現が難しいです。すごいバランスで構成された作品なんですね。

あとウサギにチョコって毒じゃなかろうか…

追記 2/20:文章の内容の一部を変更させていただきました。急な変更で申し訳ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノくんと卒業

 『ねえ!私たちと冒険しない!?』

 『さっき宝の地図を見つけたの!』

 あの出会いから三年。

 『チノが仲間に加わった!』

 『テッテレー♪』

 『むりやり!?』

 ついに・・・。

 「卒業式終わったー」

 「長いようで短かったですね」

 「というわけで、チマメ隊解散!!」

 「「えっ!?」」

 別れの季節がやってきました。

 

 

 「うそうそ!冗談だよ!!みんな感傷モードだったから二人にも泣いてもらいたかっただけ」

 「逆効果です」

 卒業式でもいつも通りのマヤさんですが、きっとボクとメグさん二人がしんみりしすぎないよう気を回してくれたのでしょう。やっぱり優しい人です。

 「大丈夫だよ。チマメ隊は永遠・・・。この絆は誰にも引き裂けないんだから」

 「メグさん・・・」

 メグさんも相変わらずぽわぽわしています。でもこのぽわぽわさに大変な時でも和まされてきました。これからも変わらないでほしいです。

 「あ、あの!」

 「香風先輩!!」

 「ん?」

 後ろから誰かに呼び止められて振り向くと、そこには下級生の後輩たちがいました。ちょっとモジモジしているようですがどうしたのでしょうか。

 「「制服の第2ボタンください!!!」」

 「えっ」

 卒業式の恒例行事とは聞いていましたが、まさかボクの所にも来るとは思っても見ませんでした。卒業式という雰囲気がそうさせるのでしょうか。

 「わっ、わたしも!!」「私も欲しいです!!」「お願いします!!」

 「え、え~っと」

 いつの間にか続々と後輩の女子たちが集まってきていました。当たり前ですが第2ボタンには限りがあるのでみんなにはあげられません。困ったな・・・。

 「ま、マヤさん、メグさん。ちょっと助けていただきたいのですが・・・」

 ボクはすがりつくようにマヤさんとメグさんに助けを求めます。ですが。

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 「あ、あの・・・・・」

 「さあ、かえって旅行の準備しなきゃ」

 「私もやらないと」

 「そんなあっさり!!?」

 二人とも信じられないくらい冷たい目で一瞥してきて、我関せずと去っていきました・・・。

 

 

 「ちょ、ちょっと待ってください二人とも!!」

 「ぷーん」

 「つーん」

 チノが後輩たちを振り払ったのか、私たちを追いかけてきた。でも気に入らないから無視してる。

 「そのままたくさんの女の子たちに囲まれてれば良かったのに」

 「チノくん、モテモテだったね」

 「さっきまでの友情はどこに!?」

 いつも通りチノはあわあわしてる。メグも気に入らないのか、いつもより態度が冷たい。

 なんでチノなんかの第2ボタンなんか欲しがるんだよ。見た目も女の子みたいだし、たまにしか男らしくないのに。そう考えると余計ムカムカしてきた。

 「それより何か用?」

 「クラスのみんなとのお別れも終わったし、大体は済んだよね?」

 「あ、あのっ」

 そう言ってチノは何かの紙切れを持ち出してきた。

 「今からシストしませんか!?最初の日みたいに!」

 「えっ」「・・・」

 チノが持ってるのは宝探しゲーム「シスト」の地図みたい。そういえばチノと最初に出会った日には私たち二人がチノをシストに誘ったっけ。覚えててくれたんだ。

 「さっきの子たちの相手しなくていいの~?」

 「かわいい子たちがたくさんいたじゃ~ん」

 私もメグもちょっと意地悪するように言う。チノは男の子だし、たくさんの女子にモテた方が嬉しいだろうし。

 「いえ、二人との今の時間を大切にしたいですから」

 「っ・・・・・」「・・・・・」

 なんだよ・・・。チノのくせに・・・。

 ちょっとカッコいいこと言っちゃってさ・・・。

 「しょうがないな~チノは~。いきなりだな~も~」

 「無理やりだな~も~」

 「二人には言われたくないです」

 ようやっといつものチマメ隊の雰囲気に戻った。全く、しょうがないチノだよ。

 でもいつもと違うのは。

 顔が火みたいに熱いってこと。

 「・・・・・・・・」

 横を見るとそれはメグも同じみたい。顔は何とかなんでもない感出してるけど、耳が真っ赤だ。

 でも、照れくさい以上に嬉しさが勝ってたのも本当なんだ。

 

 

 「この抜け穴、目的地までの近道になるよ」

 「一年生の時にも通ったね」

 そう言ってマヤさんが指さしたのはレンガの壁に空いた小さな穴でした。あの頃はみんなすんなり通れてしまいました。ボクも男なのに、女の子の二人と同じように通れてしまい少しショックだった思い出があります・・・。

 「ココアだけ通れなかったよなー」

 「一人残って追っ手を食い止めてくれてたよねー」

 あの頃はココアさんも混じってシストをやっていました。ボク達より年が上なのに、自然と混じって遊べるなんてある意味凄い人だと思いました。

 「それより前は葉っぱでふさがれてて通れなかったよね」

 ボクがまだ中学に入学したころの話です。あの頃は知らない環境と知らない人だらけで先行きが不安でした。だから性別の垣根を越えて友達になってくれた二人には感謝しかありません。

 「チノがバリスタの力で壁を吹き飛ばしてくれたんだよなー」

 「ねー」

 「記憶がねつ造されてます」

 

 「狭いけど通れたよー」

 壁の向こうからマヤさんが喋りかけてきてます。成長して体が大きくなったと思っていましたが、どうやらまだ成長の余地があるようです。

 「私も通れたけど胸が苦しくて通りにくかったよー。マヤちゃん何で通れたの?」

 「メグはここに置いていこう」

 「なんでー!?」

 どうやらちゃんと成長しているようです。確かに制服とか見ても少し膨らんできてたような・・・。

 「チノ、通ってきたらちょっとどつくからな」

 「な、何も言ってませんよ」

 思考が見透かされたようでビクッとしました。気を取り直してボクも通ろうとします。

 「あれ?」

 「どうしたのチノくん?」

 通ろうとはしました。頑張って通ろうとするのですが。

 「きつくて通れない・・・」

 

 「どうしよう!チノくんだけ置いてかれちゃうよ!」

 「チノには残って追っ手を食い止めてもらうしか・・・」

 やっぱり男子と女子では成長の仕方に差異があったようです。ちゃんと成長してることを実感できて少し嬉しくなりました。

 でもどうしたものでしょう。ここを通らなければ宝にはたどり着けません。でも無理をしても通れそうにはありません。

 少し考えて上を見上げます。乗り越えるにはちょっと高めの壁です。

 「・・・・・・・・」

 考えが浮かびましたがどう考えても危ないです。でも、それ以外に方法は見当たりません。

 「二人とも」

 「どうしたの?」

 「やっぱ戻るかー?」

 「ちょっと壁から離れててもらえますか?」

 そう呼びかけて向こうの壁から二人を遠ざけます。もし事故でも起きたら危ないからです。

 「ふぅー」

 息を吐いてリラックスして、手足をほぐします。

 「はっ」

 そして勢いを付けて、レンガの壁を登りました。

 割とデコボコしてたので、多少の足掛かりはあります。でもやはり力がないと登れないくらいには高いです。

 「はっ、と」

怪我をしないよう注意しながら壁を登り切り、周囲に何もないか確認してから壁から飛び降りました。

「お待たせしました」

「「・・・・・・・・・・・・・・」」

「・・・? 二人とも、どうかしましたか?」

 マヤさんもメグさんも、呆けたかのようにこちらを見ていました。鳩が豆鉄砲を食らったというか、目が点になってるといった感じです。

 「あっ、壁登れるなんてビックリしちゃって」

 「・・・ちょっとは成長してるじゃん」

 何でかはよく分かりませんが、二人とも心なしか顔が赤かったです。もう季節は春真っ盛りなので、ちょっと暑いのかもしれません。

 

 

 「発見!」

 「簡単でしたね」

 「私たち、シストのプロだからね」

 とうとう宝を見つけました。横長の高級そうな宝箱です。

 「珍しいねー」

 「レアアイテムの予感」

 ボク達はドキドキしながら宝箱を開けました。そこに入っていたのは・・・。

 「卒業証書だー!」

 「高校生組の手作りかよ!」

 「やられました」

 どうやらココアさん達に先取りされてしまっていたようです。ボク達も成長してココアさん達に追いついたかと思っていましたが、どうやらまだまだ追いつけないようです。

 「こんなサプライズができる高校生になりたいな」

 「二人は高校に行っても同じクラスになりそうですね」

 二人は小さなころからずっと一緒な幼馴染らしいです。これからもその縁は続いていくのでしょう。

 「「その可能性は低いよね?」」

 「現実的!」

 思っていたよりリアリストでした。もうすぐ高校生だからでしょうか。

 「昔からクラス一緒だったし」

 「倦怠感あるね」

 「「そろそろ離れる時が来た」」

 「ドライすぎます」

 どんどん年を取って大人になっていきますが、変わらないでいてほしいものもあります。

 

 「千夜ちゃん!クラスが離れても心は一緒だよ!!」

 「ココアちゃん!離れていても絆を見せつけてやりましょうね!!」

 「千夜ちゃん!!」

「ココアちゃん!!」

 

「あっちは逆にアツいです」

たまたまココアさん達の卒業(クラスが変わるだけだけど)の様子を見てしまいました。

大きくなってもココアさん達くらい子供の心を持ち続けたいです。

・・・いや、あれ程までじゃなくていいかな。

 

 

 「色んな卒業の形があるんですね」

 「高校生活も楽しみ!」

 これで本当に中学も卒業です。シストをやり終わったら急に終わりを実感してきました。

 「チノ、私たち無しで大丈夫かー?」

 「大丈夫です。もう高校生なんですから」

 「別の高校行っても遊ぼうね」

 「メグさん・・・ありがとうございます」

 二人はリゼさんが通うお嬢様学校へ行きます。だからもちろんボクとは別々の高校になります。

 「遊べるといいな・・・」

 「マヤさん・・・?」

 急にマヤさんがしおらしくなりました。まさにシュンとしているといった感じです。

 「ほら、私たち男子と女子だし。やっぱ高校生になったら彼氏彼女でもない限りあんまり男女同士で遊ばないんじゃないかなって」

 「マヤちゃん・・・」

 マヤさんに連れられてメグさんもシュンとし始めました。

 高校生になったらさらに大人に近づきます。そうしたら男女の関係も今より変化するでしょう。

 ボクたちの関係も例外じゃないのかもしれません。

 「いえ、大丈夫です」

 「えっ」「チノくん・・・?」

 「男女とかそういうの関係なしに、大切な友達である二人との今の時間を大切にしたいんです」

 大人になっても変わらない物があると思う。例えわがままでもそれはいつまでも大切にしたい。

 「だから、高校生になっても遊んでくれますか?」

 「・・・しょーがないなー!」

 「私たちズッ友だからね!」

 二人に笑顔が戻りました。どんなに大人になってもこの笑顔が見られるといいな。

 「ところでチノー。高校生になったら男子の友達も作りなよー」

 「えっ」

 「女の子ばかりと遊んでたら学校で噂されちゃうよー」

 「いますから!一応!男子の友達も!!」

 卒業式だというのにいつも通りのチマメ隊です。

 「あれ、メグ泣いてる?」

 「ココアちゃんたち見たらもらい泣きしちゃって。マヤちゃんこそ」

 「こっ、これはあくびしただけっ」

 「ぷぷっ」

 「チノは何笑ってんの」

 「最初ドライだったのに、差がおかしくて」

 「やっぱり泣いてるじゃん」

 春は別れの季節と言います。でもそれ以上に、友情を深め合える季節です。

 「ねぇ、あれやりたい!卒業式に帽子投げるやつ!」

 「あれは特殊な学校だけな気が」

 「まぁいいじゃん」

 「じゃあ行くよー」

「せーのっ」

「「「おめでとう!わたし(ボク)たち!!」」」

春のそよ風と桜並木に、青い帽子が宙を舞いました。

 

 

 

「ねえメグ」

「なに?マヤちゃん?」

「高校生になったら負けないからな」

「私だって」

「ふふん」

「でもその前にココアちゃん倒さないとね」

「いきなり大ボスじゃん・・・」

 

 




そろそろ旅行編を書いていきたいと思っています。
旅行編からのチノちゃんの成長物語が好きなので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行編① チノくんと旅立ち

 新年早々に、千夜さんがガレッド・レ・ロワを作ってきてくれました。当たりのパイの中には指輪が入ってて、見事当てた人には王さまとしてみんなに一つ命令できる権利が与えられるのです。

 「私が当たったらみんなを妹にするんだ~」

 「暴君が誕生しないことを祈る」

 「こういうのって意外と無欲な人が当たるよねー」

 

 ガリッ

 

 「あはっへひまいまひは・・・(あたってしまいました)」

 「チノ!?おめでとー!」

 「すごい音したけど大丈夫!?」

 色んな意味で見事に当たりました・・・。嬉しいのですが骨身に染みわたります・・・。

 

 「さあ王よ!」「我々にご命令を!!」

 「いっ、いきなり全員に・・・!?」

 指輪が当たってしまったので王となってしまいました。でもどうしましょう。みんなに命令したいことなんてすぐには思い浮かびません。

 「チノー、変な命令しちゃダメだぞー?」

 「マヤちゃん、変な命令って何?」

 「えっ、いや・・・そりゃあ・・・」

 「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 マヤさんが変なことを言ったので変な空気になってしまいました。ボクだって皆さんに変なことをさせるつもりはありません。きっと・・・多分・・・・・。

 「じ、じゃあチノが考えてる間、一回解散しよう」

 「チノくんの命令なら安心だわ」

 「気楽にねー」

 どうやら皆さんからは信頼されているようです。日頃の行いが悪くないものと証明されたようで良かったです。

 「・・・とりあえず歩きながら考えましょう」

 「王なら民の声に耳を傾けるのもいいかもしれんのう」

 

 

 

 「それでは、王の命令を発動します」

 「「「「「「ゴクリ」」」」」」

 肌寒い冬の日、ボクたちの周りだけ空気が張り詰めました。

 「リゼさんが大学に受かったお祝いと、チマメ隊の卒業祝いとして」

 

 

 「皆さんと外の世界に行ってみたい。これがボクの命令です」

 

 

 「あれ?お姉ちゃんになってほしいんじゃないの!?」

 「それは提案!命令じゃない!」

 「そうなんですか!?」

 

 「もちろん賛成!」

 「命令は考え直しね!」

 「えぇっ!?」

 

 「でもまずは目の前の受験だね」

 「一緒に頑張ろうな!チノ!」

 「・・・はい」

 

 というわけで命令は考え直しとなってしまいました。どうやら王としてはまだ未熟だったようです。

 「チノくんがあんな命令を下すなんてね」

 「・・・ココアさんの変な影響のせいかもしれませんね」

 「え゛っ」

 ココアさんがショックを受けたかのような顔をしています。でも別に否定的な意味で言ったわけではありません。

 「正直まだ実感が湧かないし、新しいセカイを知るのはちょっとだけこわいです」

 ボクは生まれてからこの木組みの街以外の街へ行ったことがありません。前にキャンプで遠出したときさえも遠くの世界に行くようでドキドキしていました。

 「・・・でも」

 「でも?」

 「それ以上に、みなさんといろんな景色を見たいと思ったんです」

 「・・・そっかぁ!」

 ちょっと前まではそんな考えには至らなかったでしょう。

 ボクがこんな考えになった原因は、横のアグレッシブな自称”姉”のせいです。

 「今のみなさんとは今の思い出しか作れないですから」

 「チノくん・・・」

 「それに外の世界を知ったら、故郷がもっと好きになる・・・。そうですよね」

 「・・・うん!そうだよ!!」

 ココアさんはふるさとを遠く離れてこの街に来ています。ココアさんしか持っていない行動力です。

それに、ふるさとと今住んでいるこの街を同じくらい大切にしてくれています。

そんなココアさんに、ちょっとでも近づきたかったのかもしれません。 

 「私と考えが似ちゃったのかな。さすが私の弟!!」

 「弟じゃないです」

 この街を出たら、ボクも少し変わるのかな。

 怖さとドキドキに包まれながら、ボクはココアさんといつも通りのやり取りをしていた。

 

 

 

 とうとう受験と合格発表、それに卒業式も終わりいよいよ旅行の日がやってきました。時間なんてたくさんあると思ってましたが、過ぎれば短いものだということが実感できました。

 そんな貴重な時間なのですが。

 「手品道具なんて何に使うんです!?」

 「やだーっ!必要なの!チノくんだってクロスワードなんて見ないでしょー!?」

 「見ます!ココアさんにはわからないです!!」

 兄弟げんか、と言ってしまっていいのかわかりませんが、とにかくくだらないことで喧嘩していました。

 「タカヒロさーん!チノくんがーっ!!」

 「お父さん!ココアさんが!!」

 「両方置いていきなさい」

 

 

 「おじいちゃんも一緒に行きましょう!面白い喫茶店とかいっぱいあるんです!」

 ボクはいつも通りティッピーのおじいちゃんを頭に乗せようとしました。

 「わしは行かんよ」

 「えっ」

 「これはチノ達の旅じゃ」

 ちょっと突き放すような、それでも優しいような口調でした。

 「色んなものを見て、たくさんの事に触れておいで」

 そうか。

 これはボクの初めての旅なんだ。

 自分の旅路は自分で切り開かないと。

 「男と言うものは、いつか旅に出るものじゃからの」

 「同行者、ほとんど女の子ですが」

 

 

 「駅はあっちのが近いのに遠回りですよ?」

 「しばらく街とお別れだから目に焼き付けるの!」

 「少し行って帰ったところで何も変わらないのに・・・」

 一週間とちょっと遠出するだけなのに大げさです。でもココアさんらしい、優しい感性です。

 「そんな事ない!少しずつ変化はあるんだよ!あの新しくオープンするお店みたいに」

 そう言ってココアさんは改装中のお店を指さしました。よく見ると喫茶店らしいです。

 「これ以上ライバル店が増えるなんて!!」

 「旅行前にネガティブにさせちゃった!!」

 

 

 「でも少し寂しいですね。これからどんどん環境が変わっていって」

 ココアさんの言う通り少しずつ変化はあります。ボクの大切なものまでいつかは変わるのかもしれません。

 「自分も自分でなくなってしまうような・・・」

 「悲しむことはないよ!チノくん!!」

 その声を聞いたとたん、ネガティブな気分に晴れ間が差し込みました。

 「細胞は日々入れ替わってる!一日として同じ自分はいないんだよ!」

 ココアさんは変わることも楽しんでいます。周りも、自分さえも。

 ココアさんのようになれば、何がどんなに変わっても大丈夫。そう思える。

 「私だって出会ったころから随分変わったでしょ!」

 「・・・全然。ある意味安心しました」

 どれだけ時代が流れても、ココアさんはいつでもココアさんなんだろうな。

 

 

 ようやく駅に着いたらもう列車は発射寸前でした。

 「みんなもう乗ってるって!」

 『まもなく発車します。ご乗車の方は・・・』

 「はぁ・・・はぁ・・・。もう・・・ボク・・・おいて・・・」

 「諦めないでー!手を伸ばして!」

 そう言われボクは咄嗟に手を伸ばす。

 その手を暖かい手が包み込んでくれた。

 

 『扉が閉まります』

 

 「ふたりとも!間に合ってよかったー!」

 「ご迷惑をおかけしました・・・」

 「チノくんが街を離れるのが寂しくなっちゃって」

 「それはココアさんでしょ!」

 そもそもココアさんが街にお別れを言わなければ余裕で間に合ったはずです。全く、しょうがないココアさんです。

 「えへへ。でもこれで新しい一歩を踏み出したね」

 無我夢中で列車に乗りましたが、これで本当に街とはしばらくお別れです。そして新しい世界へ本当に行ってしまいます。

 「新たな大地へレッツゴー!」

 「・・・・・・・・・・・・」

 景色がどんどん変わっていきます。街がどんどん離れていきます。

 

 (・・・いってきます)

 

いってきます・・・!

 

 




ここからしばらく旅行編となります。
でももし時系列前のエピソードを思いついたら挿入投稿するかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行編② チノくんとエスコート

現在アニメ化してる以降の範囲の話が結構好きで個人的に楽しく書けてます。
もしこの作品を読んで興味を持ってくださった方がいれば是非原作をどうぞ。おすすめです。


 こんにちは。ラビットハウス跡取り息子のチノです。

 ボクは今、卒業旅行を兼ねてココアさんやみなさんと街に旅行に来ています。

 そのはずだったのですが。

 「ココアさんが起きなくて降りそびれたー!」

 「ごめんねチノくん!巻き込んでごめんね!!」

 早速トラブルに見舞われています・・・。

 

 

 「景色がどんどん変わってきます」

 「チノくんは外に夢中だねー」

 列車にもギリギリ間に合い、後は街に着くまで待つのみとなりました。ココアさん特製のサンドイッチをほおばりながら外を眺めています。

 「列車は物心つく前に乗ったきりなので・・・」

 「全部が新鮮なんだねー」

 思えばボクはココアさんが来てから初めての経験が多いです。それだけ自分の世界に閉じこもりきりだったのかもしれません。

 ココアさんのせいで壁がどんどん壊れていってます。

 「・・・もっとみんなでいろんな景色が見れたら」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「家族っぽいかな・・・」

 「・・・・・ぐぅ~」

 「寝てるし!!」

 けっこういい話をしてたと思うのですが。

 リゼさんがチマメ隊と自分は卒業したてで何物にも縛られない自由人と言っていましたが、ココアさんも負けず劣らず自由人です。

 「ちょっとココアさん。寄りかからないでください」

 重力に任せてココアさんの頭がボクの方に傾いてきます。肩にコツンとココアさんの小さな頭が当たりそうです。

 

 ふわりっ

 

 いつも使ってるシャンプーの匂いだろうか。ボクの鼻腔にココアさんの髪の香りが漂った。

 シャンプーなら同じのを使っているはずなのに、全く嗅いだことのない甘い香りだった。

 「・・・・・・・・・」

 瞑想して雑念を振り払います。同居人のココアさんに変な感情を抱いてはいけません。

 「サンドイッチ、早起きして作ったって言ってたっけ」

 ここだけ聞くと姉っぽいです。

旅の最中は共同生活、家族も同然。

だから自分がお姉ちゃんであとは全員妹と弟、と自分で言っていました。

 「リゼさんの言う通り、保護者が必要ですね」

 こんな目の離せない姉がいてたまるもんですか。いつも通りなのでボクは慣れ切っていますが。

 「みんなのために、頑張ってくれたんですね」

 ボクは寝ているココアさんを起こさないように、サラサラした髪を優しく撫でました。

 

 すや すや

 『わぁーお』

 『仲良しさんだー』

 『チノくんが枕にされてる・・・』

 『起こさないようにね』

 『私たちもちょっと寝るかー』

 『家族と言うより、新婚ね』

 『ほほえまー』

 『公然の面前でいちゃつくなよ・・・』

 『じゃあ私たちもイチャつこー』

 『リゼパパー』

 『誰がパパだ!』

 『リゼ先輩静かに』

 

 

 『まもなく到着します。お乗り換えの方は・・・』

 

 

 そういうわけで寝過ごして降りそびれです。春の陽気と電車の揺れとココアさんのコンボは強烈でした。

 「・・・で、どうするつもりですか。おねえちゃん」

 「お・・・お姉ちゃんにまかせんしゃ~い・・・」

 顔を真っ白にして震えながら姉ぶります。さすがのココアさんも堪えているようです。

 「とんだお姉ちゃんがいたものです」

 「今お姉ちゃんって言われても嬉しくなーい!!」

 そう言っている間に列車は無情にも次の駅へと向かいます。

 

 

 ------------------------------

目的の駅で降りそびれたので次の駅で降りることにしました。

 「ごめんねチノくん~」

 「・・・もういいですよ」

 「ぷんぷんしないで~」

 「してないです」

 男児たるもの、人の小さな失敗をいつまでも引っ張るな。そうおじいちゃんに何度も言われました。それに、都会の駅のあまりの景観に圧倒され怒りも忘れてしました。

 「見てください!天井がドームになってますよ!」

 「あはは。見てる見てる」

 こういう景観も木組みの街ではお目にかかれません。降り過ごしたのも悪い事ばかりではないようです。

 「喫茶店もあるよ!ここで次の電車が来るまでお茶しない?」

 「都会の喫茶店は意識と敷居が低いのでマヤさんが警戒しろと・・・」

 「ここまで来といて!?」

 男児なのに情けない話です。

 

 

 リゼさん曰く、トラム(路面電車)を乗り継げば目的のホテルまで行けるそうです。思っていたより近いようで安心しました。

 そういうわけでトラムに乗って、みなさんより一足早く冒険することになりました。

 「ちょっと混んできたね」

 「お互い見失わないようにしないと・・・」

 昼時なので利用者が多いのでしょうか。人の多さも都会ならではです。

 「どこから来たんですか?」

 「木組みの街から」

 ボクを忘れて知らない人と盛り上がっています。フットワークの軽さには感心しますが都会には怖い人も多いと聞きます。少しは警戒心を持ってほしいです。

 そう思っていると。

 ズイッ

 「!」

 ココアさんの近くに男の人が入ってきました。女性が多い木組みの街と違って、都会なので男女比は半々くらいでしょう。珍しくはありません。

 ・・・別に怪しい人と決まったわけではありません。考えすぎでしょう。

 でも。

 「・・・ココアさん」

 「ん?」

 「ちょっとすいません」

 ボクはココアさんの体を他の人たちから遮れるような位置に移動しました。

 別に深い意味はありません。念のためです。

 「・・・ありがと。チノくん」

 「いえ、別に・・・」

 あまり気を利かせすぎてもココアさんを束縛することになります。周りの人にも悪感情を与えるかもしれません。

 でも、一応”男”として勝手に体が動いてしまいました。

 「景色じゃなくてココアさんから目が離せないなんて」

 「あはは」

 でもココアさんはなんとなく嬉しそうでした。

 

 

 「ここから歩いてしばらく行くんだって」

 「ボクから離れないでくださいね」

 「私お姉ちゃんなのに!」

 トラムを降りて人がたくさんいる道を歩きます。さすがは都会、通行人もひしめきあっています。

 ブゥーンッ ブゥーンッ

 (車も多いですね)

 すぐ横に大きな道路があります。都会だけあって色んな車がブンブン走っています。

 そんな様子を見ているとあることに気が付きました。

 「あっ」

 「どうしたの?」

 「ココアさんこっちに」

 よく考えるとココアさんが道路側で歩いていました。確率は低いでしょうけどまさかということもあります。

 「チノくん」

 「はい」

 「ありがとう」

 お礼を言われる事でもないです。男性として当然のマナーです。とおじいちゃんが言っていました。

 「私お姉ちゃんなのに、さっきからチノくんに護られてばっかりだねー」

 「そんなこと・・・。すいません。ボクも早めに気付けばよかったんですけど・・・」

 慣れている男性ならこういうことは早めに自然にできるのでしょう。自分の未熟と経験のなさが恨めしいです。

 「そんなことないよ」

 ココアさんはいつも通り褒めてきてくれます。

 「チノくん、ちょっとカッコイイよ」

 「・・・ありがとうございます」

 顔が熱い。

 普段弟扱いされているので急にそういうことを言われると照れてしまう。

 (もっと、自然に・・・)

 この旅を通して、少しでも成長したいな。

 

 しばらく行くと駅にもあったおしゃれな喫茶店が見えてきました。

 「喉も乾いたしここでテイクアウトを。でもチノくんが怖いなら別のお店で・・・」

 「・・・いえ、行きましょう」

 「チノくん・・・!?」

 いつまでも怖がってはいられません。

 少しでも成長する。そう決めたのですから自分の足で歩かないと。

 「よし!お姉ちゃんも付き合うよ!」

 「ココアさん・・・!」

 「お姉ちゃんと一緒に、都会の喫茶店デビューしよ!」

 「・・・はい!」

 でも今は横に一緒に歩いてくれる人がいます。

 早く独り立ちしないとなと思う反面、まだこのままがいいと甘える自分がいるのも事実です。

 

 「いらっしゃいませ!カップルのお客様でいらっしゃいますね!?」

 「「えっ」」

 「それでしたらこちらのカップル割がお得となっております!」

 「・・・じゃあそれで」

 「チノくん!?」

 

 「ありがとうございましたー!」

 思わずカップル割というのを使ってしまいました・・・。ちゃんと男として見られていて少し嬉しいのですが・・・。

 「すいません、ココアさん・・・」

 ココアさんには嫌な思いをさせてしまったかもしれません。そういう関係じゃないのに勘違いされたら気分も悪いでしょう。

 「ううん、いいよ。安く済んだんだし」

 「すいません」

 「謝らないで。私たち、今は家族同然でしょ?」

 ココアさんはいつも失敗でも優しく包み込んでくれます。

 ココアさんと本当の家族になれる人って、この世で一番幸せだろうな。

 「別に勘違いされても嬉しかったというか・・・」

 「?」

 「あっ、ううん!なんでもない!」

 小さなゴニョゴニョ声と都会の喧騒で良く聞こえませんでした。

 でも、ボクと同じことを思っててくれたらな、なんて都合のいいことを考えてしまいます。

 

 

 「この商店街を抜けたらホテルに近づくはず!」

 「人が多いです・・・」

 都会の商店街だけあって、尋常じゃない数の人が行き交っています。気を抜いたら押し流されそうです。

 「どんどん行くよ!」

 ココアさんは持ち前の行動力でずいずい先に進みます。一切物怖じはありません。

 「まってくださ・・・」

 どんどんココアさんが離れていく。

 「まって」

 このまま遠くへ行ってしまうような。

 

 

 「ココア!」

 

 

 「チノくん・・・」

 「・・・・・?」

 「意外と大胆だね・・・」

 「!! す、すみません!!」

 咄嗟に掴んだのはココアさんのスカートの裾でした・・・。これじゃ下手しなくても痴漢でしょう。なんてことを・・・。

 おまけにココアさんを咄嗟に呼び捨てで呼んでしまいました。さっきから失礼なことしかしていません・・・。

 「チノくん、そんなにしょげないで」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・」

 

 スッ

 

 ボクが沈んでいると、手のひらを急に温かいものが包みました。

 「ココアさん・・・?」

 「最初からこうすればよかったんだ」

 気づくとココアさんがボクの手を握っていました。温かく、優しい感触の手でした。

 「でも、そういう仲でもないのに手を繋ぐなんて・・・」

 女性同士ならともかく、ココアさんとボクは一応異性同士です。異性同士で手を繋ぐ人なんて、大体は恋人や実の姉弟くらいでしょう。でもボクとココアさんはそういう中ではありません。

 「大丈夫だよ。私とチノくんなんだから」

 ココアさんは優しい表情をボクに向けてくれます。

 その姿は、弟を手に取る姉のようでした。

 「それとも、イヤだったかな・・・?」

 そう言うとココアさんは少し不安げな表情を浮かべます。いつも一緒なのに、あまり見たことのない珍しい表情でした。

 「今日はいっぱい不安にさせちゃって、ごめんね」

 「・・・・・」

 不安なのはボクだけじゃない。

 ココアさんだって不安だったはずだ。

 なのにボクは守られてばかりだ。

 「大丈夫です」

 そう言ってボクはココアさんの手を改めて握り返しました。

 「!」

 「なんだか急に、周りがキラキラしてるのに気づく余裕が出てきました」

 ココアさんの手をギュウと握る。ココアさんの体温を感じる。

 ココアさんもそれに応えるように握り返してくる。

 「目的地はこっちですよ」

 「あはは、私の方が引っ張られてる」

 ボクはココアさんの手を引いて、導くように先を歩きました。

 

 「でも新鮮な体験ばかりだね。遠回りになっても悪い事ばかりじゃないって思えるよね」

 「最初から降りそびれなければもっと良かったですが」

 「ばっさり!!」

 

 

 「今日からここが私たちの家かー」

 「どう見てもホラーハウスです」

 目的のホテルのロイヤルキャッツに着きました。とても年季の入った建物で、おどろおどろしい雰囲気を醸し出しています。先ほど道を尋ねられた気品のあるご姉妹からも無事を祈られました・・・。

 「リゼさん達は無事でしょうか・・・」

 そう言ってボクは恐る恐る扉を開けました。

 

 そこには。

 

 

 「「「「「おかえりなさーい!!」」」」」

 

 

 「「働いてるー!?」」

 

 いつも通り、従業員をしている皆さんがいました。

 

 「手持ち無沙汰だったからつい・・・」

 「姿勢がなっていません」

 「何で指導されてるんだ!?」

 支配人のようなキリっとした妙齢の女性がリゼさんを指導しています。

 「私達がいない間に何が?」

 どうやら皆さん、体に染みついている働き癖が出てしまったようです。

 「お待ちしておりました。そちらのお客様は恋人同士でいらっしゃいますね」

 「「えっ?」」

 「目が悪くても分かりますよ。仲がおよろしいことで」

 受付のおばあさんに言われて、未だにお互い手を繋ぎ合っていることに気付きました。よく見ると指と指を絡め合っています・・・。

 「違います!私がお姉ちゃんです!」

 「ボクの方がお兄ちゃんです」

 「どっちも違うだろ!!」

 お互い今の状況を誤魔化し合います。ココアさんは顔が真っ赤でした。ボクも顔が熱いです・・・。

 

 とうとう新しい世界に着いてしました。

 今日から皆さんと共同生活が始まります。

 

 




旅行編は青春ジュブナイルものとしてもかなり好きです。
あとエルちゃん、ナツメちゃん、ごめんね・・・。多分後で出番あるから・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行編③ チノくんとシェアルーム

 ボクは今、ココアさん達と都会へ旅行に来ています。青山さん紹介のホテル”ロイヤル・キャッツ”にてしばらく皆さんと共同生活です。

 それはいいのですが、今現在かなり困ったことが起きています。

 それは。

 「・・・・・・」

 スヤスヤ スースー むにゃむにゃ・・・

 「あの、3人とも・・・起きてください・・・いや、起きたら起きたらで困る・・・」

 ボクの周りにメグさん、リゼさん、シャロさんが寝ていることです・・・。

 

 

 

 「どうにかならないものでしょうか・・・?」

 「うーむ、部屋はこれだけしかないからなー・・・」

 「でも・・・・・」

 ボクとココアさんは遅れてホテルに着きました。その間にリゼさんたちがあらかじめクジで部屋割り(日替わりでシャッフル)を決めてくれていたようです。

 それはありがたいのですが・・・。

 「年頃の男女が一緒の部屋なのはさすがに・・・」

 「私もそうは思うんだが・・・・・」

 大半の部屋が二人部屋となっているので、ボクは女性陣の誰かと相部屋になるほかないという問題を抱えていました・・・。一人部屋もあるにはあるのですが高級スイートルームなのでボク一人が独占するわけにもいきません。

 「私、チノくんと一緒でも構わないよー?」

 「もっと構ってください・・・」

 部屋割りの結果、今日はメグさんと一緒の部屋となっていました。メグさんは同性の友達と一緒に泊まるかのようなワクワク感を抱いているようです。仮にも男のボクに警戒心と言うものはないのでしょうか・・・。

 「大丈夫だよ」

 「そうそう。チノくんなら変なことしないだろうし」

 「そういう問題じゃ・・・」

 メグさんと同時にココアさんも同意してきます。

 「私、チノくんと一緒に住んでるけど全然嫌なことされたことないから」

 「まあチノくんだしね」

 「天地がひっくり返ってもないわね」

 女性陣からは信頼されているようです。むしろ、その信頼と期待が重いです・・・。

 「というか、しないよな?」

 「え?」

 「変 な こ と 、しないよな?」

 マヤさんが機械のような抑揚のない音声で問いかけてきます。

 「もちろんです」

 香風智乃、齢15にしてたくさんの殺気を感じ取りました

 神に誓って断言する他ありませんでした・・・。

 

 

 「じゃあチノくん、今日はよろしくね」

 「は、はい・・・。ふつつかものですが、よろしくお願いします・・・」

 というわけでメグさんと共同部屋になりました。普段ココアさんで慣れてるはずなのに、妙な緊張感があります・・・。

 それだけココアさんを実の家族のように思っていたのでしょうか・・・。

 「ねえ見てチノくん!猫がいるよー!」

 「あっ、ホントだ!」

 よく見ると部屋のベッドに黒い猫がいました。口の周りだけ白く、なんだか甘兎庵のあんこみたいです。

 「なっ、なでてもOKでしょうか・・・?」

 「がんばれチノくん!」

 おそるおそる撫でようとします。毎回、街のうさぎを撫でようとしても逃げられることが多いので少し緊張しています。

 「にゃー」

 「「!?」」

 撫でようとした瞬間、黒猫が鳴きました。思っていたよりも人間のような声だったのでビクッとしてしまいました。

 というかこの声、聞き覚えが・・・。

 「ココアさん・・・。何してるんですか・・・」

 「えへへ」

 物陰からココアさんが出てきました。今日のクジでは一人部屋となっていたと思うのですが。

 「一人部屋、寂しくて来ちゃった」

 「全く・・・」

 「ココアちゃんらしいねー」

 ココアさんは枕を抱えてモジモジしていました。いいかげん高校3年生でしょうに、相変わらずボクより子供っぽいです。

 

 「チノくんのせいだからね」

 「はい?」

 「チノくんと一緒に暮らしすぎて、独りじゃ耐えられない体になっちゃったの」

 「人聞きの悪い!」

 「チノくん、罪な男なんだね」

 「違います!」

 「メグちゃんも気を付けてね。チノくんはうさぎみたいに人の心を奪ってくるから」

 「大丈夫ー。3年間一緒だったからもう慣れたよー」

 「あることないことを!というかココアさんには言われたくないです!!」

 

 

 その後、ボクたち3人は部屋で一緒に遊んでいました。

 「もうこんな時間。そろそろシャワーを浴びた方がいいですね」

 「誰から先に入る?」

 「メグさんお先にどうぞ」

 「じゃあお言葉に甘えるね」

 そう言ってメグさんは先に入っていきました。こういう時はレディファーストと聞いているのでボクもそれに従います。

 「次はチノくん入っていいからね」

 「ココアさんは自分の部屋のシャワーを使えばいいですよね」

 「冷たい!!」

 一人部屋なのでゆっくり入れるはずです。というか、今日の部屋割りではココアさんはスイートルームとなっていたのでここの部屋よりも豪勢なシャワーを使えるはずです。

 「でも、チノくんもあんまり遠慮しなくていいんだよ?」

 「遠慮、ですか?」

 「うん、いつも他のみんなのこと優先してるから。もっと自分を出していいんだよ?」

 そんなつもりはありませんでした。昔からお客さん相手が多いので自然とそうなっていたのでしょうか。

 「私と暮らしてるときも、居候の私より気使ってる感じがするし。自分のやりたいこと、みんなに言ってもいいと思うな」

 周りが女の子ばかりだから気を使っちゃうのかもしれないけど、とココアさんは付け加えます。

 自分のやりたいこと・・・。

 皆さん将来自分のやりたいことを見つけています。その夢のために、自分から動いています。

 ボクの夢はラビットハウスを継いでバリスタになることです。年を重ねれば自然とそうなれるものと思っていました。

 そうだと思っていて、今まであまり自分の足で歩こうとしていなかったかもしれません。

 「そうですね・・・」

 ボクと反対に、自分の足で歩いている人が目の前にいる。

 その人とせめて並び立ちたい。そう思いました。

 「ココアさん、ボクは・・・」

 そう言いかけたときでした。

 

 シャアアアアアァァァ

 

 「「・・・・・・・・・・・」」

 部屋の奥からシャワーの水音が流れてきます。

 今、入っているのは一番シャワーを浴びに行ったメグさんです。

 つまり今メグさんは。

 「チノくん」

 「はっ、はいっ」

 「やりたいことも節度を持ってやらなきゃダメだよ?」

 ボクは首をぶんぶん縦に振って肯定します。ついでに自分の頭の中の妄想を振り払うかのように。

 部屋の中に水音とともに、妙な雰囲気が流れていました・・・。

 

 

 ガラッ

 

 「「?」」

 「うわあああん!ここのシャワー室水しか出ないよー!」

 「「!?」」

 メグさんが泣きながら、タオル一枚だけ羽織ってこちらに向かってきました。

 「チノくん見ちゃダメー!!!」

 ムギュウッ

 「ムグッ」

 ココアさんがその光景を遮るよう、ボクの顔を抱きかかえてきました。ボクの顔全体を、柔らかい感触が襲いました・・・。

 

 

 そんなこんなでもう寝る時間です。ある意味、最大の山場がやってきました。

 「じゃあ、ボクはソファで寝ますので」

 「えー、何で?」

 「いや、何でって・・・」

 理由は言うに及ばずです。付き合ってもない男女が、それも中学卒業したての男女が隣り合って寝るなんて、健全な友人関係としてダメでしょう。

 「こっちの方がきっとあったかいよ?」

 おいでおいで、と言うように手招きしてきます。何で皆さん、ボクに対してここまで警戒心がないのでしょう。いや、警戒されても困るんですけど。

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 今、メグさんは寝間着なのでかなりの薄着です。かなりゆるゆるなので首元の鎖骨などいろいろと見えています。

 それにしても、最近服がきつくなってきたと言っていたけど本当に成長してるんだ。角度によっては服の中の凹凸が見えそうな・・・。

 「――――――ッ!! 大丈夫です!!おやすみなさい!!」

 「えっ?チノくん?」

 そのままボクはソファの掛け布団にくるまりました。でも目が冴えていて、すぐには眠れそうにはありませんでした・・・。

 

 

 「う~ん・・・」

 その夜、ボクは催して目が覚めました。暗い夜中なのでかなり寝ぼけ眼です。

 「トイレ・・・・・」

 お手洗いに行き生理現象を解決します。スッキリしたボクは布団に戻ることにしました。

 「ふぅ~・・・。ムニャ・・・」

 ボフッという音とともに布団にダイブしました。

 あれ、なんだろう・・・。いつもより布団がフカフカしているような・・・。

 そんな疑問が浮かびましたが、フカフカの布団の魔力に包み込まれすぐに夢の世界へと落ちていきました・・・。

 

 「えっ、ふぇぇ~!?ち、チノくんっ!?」

 「すぅ・・・すぅ・・・」

 「寝ぼけてこっちに来ちゃったんだ・・・」

 「すぅ・・・んぅ・・・」

 (・・・こうして見るとホントに女の子みたいな顔だなぁ)

 「すぅ、むにゃ・・・」

 (でも、意外と男の子らしくがっしりしてる気も・・・)

 「―――――――ッ!!ねよっ!」

 「すぅ・・・・・」

 

 

 

 「突撃準備OK。メグちゃん&チノくんの部屋からですね」

 「楽しんでるな」

 今は朝の5時。起きるには早すぎるけど、寂しんぼなリゼ先輩が早く起きちゃってそのままみんなを起こしに行くことにした。全く、もう大学生なのに意外と子供っぽいリゼ先輩だわ。

 「朝だぞー!」

 「勢い良すぎです!」

 先輩は躊躇なくメグちゃんチノくんのいる部屋を開ける。まだ心地よい眠りの中にいるだろうに。

 そう思って部屋の中を見て見ると。

 「くぅ・・・」

 「すや・・・すや・・・」

 

 「「一緒のベッドで寝てるーーーっっっ!!!???」」

 

 一体昨日の言葉は何だったの!!?

 

 

 「おいチノ起きろ!!うら若き男女が一緒に寝るなんてダメだってお前が言ったんだろ!?」

 流石の先輩も動揺している。そういう私も動揺して震えている。だってまさかあのチノくんが・・・。同級生の女の子と一緒に・・・。

 「んぅ・・・ココアさんしつこいです・・・」

 ガッ

 「ぐえっ」

 「リゼせんぱーい!?」

 チノくんが寝ぼけ心地でそのままリゼ先輩の首に組みかかる。ああっ、リゼ先輩とあんなに密着して・・・!

 「寝ぼけるなー!!!」

 「応戦しちゃった!!」

 そんなチノくんをリゼ先輩が勢いよく振り払う。チノくん、無事かしら・・・。

 「うるひゃ~い」

 ドスッ

 「ふぐぅっ」

 「メグちゃん!?」

 半分眠っている状態のメグちゃんがリゼ先輩の脳天に裏拳をお見舞いした。

 「さっきからなんて波状攻撃だ・・・」

 「長旅の疲れが出ちゃったんでしょうか」

 ソファの方にも掛け布団があるということは、たぶん最初はチノくんがソファで寝てたのね。それで夜中寝ぼけてメグちゃんのいるベッドの方に行っちゃったと。

 「でも健全な男女関係を維持するために、このままにしておくわけには・・・」

 「! シャロ危ない!」

 「へっ?」

 寝ぼけたチノくんの腕が私の方に向かってきたと思うと。

 「ティッピーが二匹・・・」

 「うごぉ!?」

 私はメグちゃんとともにチノくんに抱きすくめられていた。

 (私とメグちゃんの髪をうさぎと思ってる!?)

 そのままチノくんにモフモフされる。

 「ここはモフモフ天国ですか~・・・?」

 「もふもふ~・・・むにゃ・・・」

 けっこう力が強くて、私はチノくんになされるがままだった。割とがっしりしてる胸板の感触と、女の子のそれとは違うかぐわしい体の香りも、抱かれている私はダイレクトに感じることになる。

 「ひ、ひのふんっ、おひへ~・・・」

 「おいチノ起きろっ!!シャロを離せおい!!」

 こうして、朝から私たちは健全な男女でくんずほぐれつすることになった・・・。

 

 

 

 ボクは今、原っぱの草原で大の字になって寝っ転がっていた。生暖かい春の風が肌を撫で、草原の少しこそばゆい感触が心地いい。

 そんなボクの周りに3羽のうさぎが集まって来た。いつもボクの方から近づいても逃げられるので珍しいことだ。

 もふもふっ もふっ

 顔や体にうさぎが触れ、そのモフモフした感触を直接伝えてくる。とても気持ちいい。

 

ここはモフモフ天国ですか・・・?

 

 夢なら、まだ覚めないでほしい・・・。

 

 そう思いながらまどろみの中、目を開けると。

 「!!?」

 ボクの周りにメグさん、シャロさん、リゼさんが纏わりついて寝ていた。

 

 

 「なっ、なっ、何でっ・・・?」

 どうしてこうなったか、全く見当がつかない。メグさんだけならともかく、なぜシャロさんとリゼさんまで・・・!?

 「すやすや・・・」「むぅ・・・」「うぅん・・・」

 ボクの右側にメグさんが寝ていた。その反対の左にシャロさん。そしてボクの体の上にリゼさんが。

 全員体に密着していて、その体の至るところの柔らかさをいやというほど伝えてきていた。右側のメグさんがボクの腕に胸部の柔らかさを、左側のシャロさんがその腿のむっちり感を、上に乗っているリゼさんがその大きな胸をはじめとする体全身の感触をといった具合に。

 おまけに全員パジャマで緩い服装なので色んな所が無防備だった。ちょっと頑張って覗き込めばその服の中が見えそうだ。

 「みっ、皆さん起きてくださいっ、いや、起きたら起きたらで困る・・・」

 全員のその体に拘束され、抜け出そうにも身動きが取れない。このまま皆さんが起きたら大変なことになる・・・。その前に何とかしなくては・・・。

 そう思い四苦八苦していると。

 

 ガチャッ

 

 「みんなー起きてー!!もうっ妹たちは寝坊助だな・・・」

 

 考え得る中で最悪の展開となってしまいました・・・。

 

 

 

 「「「何か言うことは?」」」

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 ボクは腕を組んで仁王立ちしているココアさん千夜さんマヤさんに地面に頭をこすりつけて許しを請うていました。表情は笑顔ですが、怒り顔をした仏像のような果てしない威圧感を纏っていました・・・。

 「み、みんな、それくらいにしといてやれ・・・」

 「そ、そうよ。黙って入った私たちも悪いんだし・・・」

 「一人だけソファなんてかわいそうだし」

 被害者の三人方は優しくも弁護をしてくれていました。真っ先に怒っても不思議ではないでしょうに、優しい人たちです。

 「チノくんなら安心だって期待してたんだけど」

 「変なことしないって約束したよな?」

 「やりたいことも節度を持って、ってお姉ちゃん言ったよね?」

 「ごめんなさいぃ・・・」

 打ち首前の下手人ってこんな気持ちだったのでしょうか・・・。せめて自らで切腹する許しをいただきたいです・・・。

 「はぁ・・・。もう、メグたちがいいなら別にいいよ」

 「えっ」

 「まあチノくんのことだし、不可抗力よね」

 「そうですけど・・・」

 威圧感がシュンと消えました。ありがたいのですが逆にそこまであっさり許しても良いものでしょうか・・・?

 「ダメッ、お姉ちゃんは許さないよ!」

 「ココアさん・・・」

 ココアさんはまだ許してくれそうにないそうです。でもそれはそうでしょう。男が女性をベッドに引き込むなんて、間違ってもあってはいけないことですから・・・。

 「おいココア、いい加減許してやれよ。わざとじゃないだからさ」

 「私たち、もう気にしてないし」

 「むー!」

 フグみたいにむくれています。どうしよう、このままずっと許してくれなかったら・・・。

 「チノくんちょっと」

 「・・・はい?」

 千夜さんが何か話があるようです。ボクは千夜さんの話に耳を貸します。

 「あのね、ごにょごにょ・・・」

 「・・・えっ!?」

 耳打ちでとあるアイディアを貰いました。でも実行するにはちょっと・・・。

 「み、みなさんの前で、そんなこと言うんですか・・・!?」

 「チノくんの口から言わないと多分おさまらないと思うわ」

 そう言われたら・・・。みなさんの前で言うには恥ずかしいですが、こうなった原因はボクにもあります。

 もう覚悟を決めよう・・・。

 「あの、ココアさん・・・」

 「何!?ちょっとやそっとじゃ許してあげないんだからね!」

 まさに怒髪冠を衝く、と言った感じです。ここまで怒ったココアさんを見たことがありません。

 ボクは意を決して、ココアさんの手を握る。昨日ホテルまで来た時のように指を絡めて。

 「チノくん・・・?」

 「ごめんなさい。同居人があんなことしたら気持ち悪くてしょうがないですよね」

 ボクはココアさんの瞳から目線をそらさない。目が光をキラキラ反射していてとても綺麗だった。

 「でも、みなさんと一緒に旅行しようと思ったのも、他の人と一緒の部屋に泊まれたのもココアさんのおかげなんです」

 みなさんの前でこんなことを伝えるなんて公開告白みたいで恥ずかしい。体を流れる血が沸騰しそうになる。

 「ココアさんが他人のボクに、本当の家族みたいに接してくれたから」

 これが千夜さんからの提案です。でも自分でも常日頃から本当に思っていることです。

 これで許してほしいなんて思うなんて浅ましいでしょう。でも、伝えなきゃいけないことです。

 「ココアちゃん、この旅は家族も同然なのよね?」

 「千夜ちゃん・・・」

 「家族だったらお互い迷惑もかけ合うだろ?」

 「一緒に暮らすと、お互いのダメなところだって見えるわよ。でもそれでも、一緒に暮らしたいと思うのが家族でしょ?」

 「私も兄貴とたまに喧嘩するけどさ、いつの間にか忘れたみたいに仲直りしちゃうんだ」

 「えーっと、えーっと、家族なら、いつまでも喧嘩しぱなっしじゃダメだと思う!」

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 みなさんが助け舟を出してくれます。いいえ、これがみなさんの本心なのでしょう。

 ココアさんをただの友人としてだけじゃなく、本当の家族のように思ってるから。

 「そんなココアさんとずっと仲違いしたままなんて嫌なんです」

 そして、ボクも同じくらいそう思っています。

 「ココアさんは、ボクの大切な人だから」

 まるで告白みたいだ。恥ずかしい台詞を吐いて体がカッカッと熱い。

 でも、不思議と悪い気はしなかった。

 「・・・もうっ、ホントにしょうがないチノくんだなぁ」

 「ココアさん・・・」

 ココアさんの表情がいつも通りに戻りました。

 「私も強情張ってごめんね」

 「いいえ、そんなこと。当然のことですから」

 いつもの調子に戻りホッとしました。

 でも、こういう喧嘩も本当の家族ならよくするのでしょうか。こんなこと思うのは何ですが、少しだけ嬉しかったり。

 「全く、手のかかる弟たちだよ。やっぱりお姉ちゃんがいないとダメだね」

 「弟じゃないです」

 「姉にしては目が離せなさすぎるわ」

 「保護者が必要だな」

 「口をそろえてヒドイ!!」

 静かなホテルだというのに騒がしくなってしまいました。

 でもいいです。

 これが短い間だけの家族です。

 

 

 

 「千夜ちゃん、ありがとね」

 「何を?」

 「だって、チノくんにアドバイスしてくれたの千夜ちゃんでしょ?」

 「私が提案したのは『ココアさんはボクの大切な人だから』のところだけよ」

 「えっ」

 「あとは全部チノくんのオリジナル。チノくんの本心よ♪」

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 「ココアちゃん、本当にチノくんに大切に思われてるのね。ちょっと妬いちゃう」

 「・・・ち、チノくんは、わ、私の弟だからね!」

 「はいはい♪ わかってるわ♪」

 

 




ココアちゃんって劇中で全然怒らないですよね。だからあまり違和感がないといいんですが・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行編④ チノくんと喫茶巡り

お久しぶりになってしまいました。ちょっと構想練るのに時間かかりました。


 「みんなー、今日の予定はもう決めてる?」

 都会に来た翌日の朝、皆さんと一緒に朝食をとりながら今日の予定について話し合っていました。

 「シャロさんとクラッシックバレエ見に行くよ!」

 「ね」

 「レンタル自転車で街を走ろうかと」

 「同じく~」

 皆さん都会をエンジョイする気満々らしいです。木組みの街ではできない様々なことを少しでも多く体験して帰りたいのでしょう。

 かく言うボクもその一人ですが。

 「チノくんと千夜ちゃんは?」

 ココアさんに聞かれてボクは街の様々なお店が乗っている雑誌を取り出しました。

 「その付箋を貼ったところに行きたいのね」

 気になったようで千夜さんが尋ねてきます。一通り読んで気になったところにはあらかじめ付箋を貼っておきました。

 「これ全部喫茶店です」

 「そんなに巡るの!?」

 ちょっと多すぎたかもしれませんが。

 

 「私と同じだわー!」

 「千夜さん・・・!」

 千夜さんも同じく付箋を大量に貼った雑誌を取り出してきました。どうやらボクと考えは同じだったようです。

 「喫茶店の跡継ぎとして勉強は大事だものね!」

 「はいっ」

 千夜さんとは祖父母の代が作った喫茶店の跡取りになるという同じ将来の夢を持っています。前にお互い立派な看板娘と息子になろうと誓い合った仲です。だから目的が一緒になるのもある意味必然かもしれません。

 正直一人で回るのに少し不安を覚えていました。だから今少しホッとしている自分がいます。

 「いいなー。一緒に行きたい!」

 「ココアさん自転車乗りたいってさっき言ってましたよね」

 「う゛っ」

 ココアさんが持ち前の姉ぶりを発揮してきましたが今日は行き先が違います。まったく、しょうがないココアさんです。

 「ボク達“カフェ友”の間に入るのはまだ早いですよ」

 「今結成したばっかなのに!!」

 

 

 「千夜ちゃん千夜ちゃん」

 「ん?なあにココアちゃん?」

 チノくんと一緒に喫茶店巡りをしようと準備してたらココアちゃんに呼び止められたわ。どうかしたのかしら。

 「今日はチノくんをよろしくね。私付いていけないから」

 「・・・うんっ。任せといてっ♪」

 ココアちゃんったら、チノくんのことが心配なのね。血は繋がってないけど本物の弟みたいに思ってるのね。

 「お姉ちゃんに任せなさーい」

 「ああっ、なんだかお姉ちゃんポジションがとられる予感!」

 違った、どうやらココアちゃんがチノくんを見てる目には姉として以外の視線もあるみたい。

 「大丈夫、親友のココアちゃんの大切なチノくんを取ったりはしないわ」

 「う、うん・・・ありがとう、千夜ちゃん」

 「というか大丈夫かしら!?今になって考えると男の子と一緒に出掛けるなんて初めてで・・・!!」

 「落ち着いて千夜ちゃん!喫茶店の跡継ぎとしての強さをしっかり持って!!」

 

 

 

 「千夜さんいつもの髪飾りつけたんですね」

 出かけるときになって気づきましたが、千夜さんが普段身に着けている白い花の髪飾りを付けています。

 「気合も入るし、安心感もあるから・・・」

 「いつもの感じって大事ですよね」

 そう話す千夜さんは少し声色が張っています千夜さんも初めての都会ということで緊張してるのでしょうか。

 「都会の人から見て浮いてないといいけど」

 「・・・・・・・・・・・・・」

 なんというかあまり自信がないように見えます。千夜さんと付き合っていると、たまに自分に自信が持ててないような部分を感じ取ることがあります。

 「そんなことないですよ」

 「え・・・?」

 ボクにも似たような部分があるので少し分かります。でも落ち込むたびに騒がしい自称姉に励まされて、いつの間にかすっかりそんな気持ちを忘れてしまうんです。

 「千夜さんらしくて素敵です。とても綺麗に見えます」

 「・・・・・フフッ。ありがとうチノくん」

 ちょっとでも成長して、そんな姉みたいになりたい。

 それも旅に出た目的です。

 「? 千夜さん顔が真っ赤ですけど大丈夫ですか?」

 「えっ!!?いやっ、あのっ、は、春が近づいてきてだんだんあったかくなってきてるから!!!」

 

 「チノくんの格好もよそ行きって感じがして素敵よ」

 「ありがとうございます。でもボクも安心感が欲しいので」

 「?」

 「これをお供にしようかと」

 あっ しゅ く さ れ た ティ ッ ピー 

 「ティッピー!!!」

 「ぬいぐるみです。リゼさんがボクが寂しがると思って作ったらしくて」

 「ホッ」

 

 

 「震えてますが寒いんですか?」

 「武者震いよ」

 チノくんに言われて気が付く。いつの間にか震えてたみたい。

 「ずっとあの街で暮らしていたから、都会の喫茶店は楽しみだけど緊張するわ」

 思わず弱気な言葉を吐いてしまう。ダメね、私。今日はココアちゃんからチノくんを任されたのに。

 スッ

 「えっ」

 「ボクもですよ。でもこうすれば安心ですね」

 そう言ってほほ笑むチノくんは。

 私の手を握っていた。

 「えっ!ち、チノくん!?」

 「あっ、ごめんなさい。嫌でしたでしょうか?」

 「そ、そういうわけじゃないんだけど・・・」

 男の子に急に手を握られてビックリした。お父さん以外の男の人に手を握られるなんてこれが初めてかもしれない。

 (チノくんの手のひら・・・ちゃんと男の子ね・・・・・)

 女の子みたいと思ってたけど意外と手はがっしりしてて大きい。でも嫌って感じじゃなくて安心するような・・・。

 「さあ行きましょうか」

 「・・・ええ」

 そんな私たち二人の後ろでは。

 「わだじもおぉぉぉ」「行くぞココア」

ココアちゃんが物欲しそうに手を伸ばしてリゼちゃんに止められてた。

 (ごめん!!ココアちゃん!!)

 なんか親友の宝物を盗ったみたいな気分・・・。

 

 

 

 そんなわけで千夜さんと一緒に雑誌に載っている有名な老舗カフェに来ました。まるで宮殿のような景観に、初めて見るコーヒーやかわいいケーキがたくさんあります。

 さっそく席に着き、アインシュペンナーというコーヒーを注文してみます。

 「アインシュペンナー来ました」

 「写真撮るわね」

 そう言って千夜さんが写真を撮ろうとします。すると初老の店員さんが笑顔で自然と写真に映り込んできました。堅い雰囲気の喫茶店とばかり思っていましたが意外とお茶目です。

 「煌びやかで居心地の良い店内!目を引く美味しそうなケーキ!!ユーモアに溢れたサービス心!!!なんて恐ろしい!!!!!」

 「それ恐怖するところですか!?」

 千夜さんが(半ば勝手に)打ちのめされています。でもそれだけ他の店の良いところを見ようとしている結果なのでしょう。

 「・・・千夜さん」

 「なに?」

 「あーんしてください」

 「えっ、こ、こう?」

 「はいっ」

 

 パムッ

 

 ボクはフォークで取ったケーキを千夜さんの口の中に押し込みました。

 「んっ!チノくん!?」

 「突然ごめんなさい。シャロさんが、千夜さんが自分の店と比べて凹むことがあったら喝を入れてくれと・・・」

 「シャロちゃんったら」

 そう言いつつも千夜さんは嬉しそうです。千夜さんとシャロさんは長年付き合ってきた幼馴染のようなのでお互いのことは自分のことのように分かるのでしょう。少し羨ましいです。

 「ボク・・・甘兎庵にしかない雰囲気が楽しくて大好きです」

 励ましになってるのでしょうか。でもこれが自分のホントの気持ちです。

 「ほっほんと!?」

 「クセになる奇怪さです」

 「褒められてるの!?」

 「今日の千夜さん年下みたいです」

 

 「甘兎庵・・・大好き・・・」

 「どうかしましたか?千夜さん?」

 「合併も考えたほうがいいかな・・・」

 「?」

 

 

 

 「さっきはありがとう。チノくん」

 「いいえ、お礼ならシャロさんに言ってください」

 先の喫茶店から出て、次の喫茶店に向かう最中です。次は前にもココアさんと入ったブライトバニーです。

 「あっ、そうだ。千夜さん」

 「ん?」

 とても大事なことを思い出しました。

 「ブライトバニーにはカップル割というのがあるんですけど、どうします?」

 「えっ。か、か、カップル?」

 「はい。安くはなるんですけど、イヤだったら。千夜さんの判断にお任せします」

 確かに安くはなりますがそういう関係でもない男性とカップルになるのは嫌でしょうから。事前に一応聞いておきます。

 「か、カップル・・・!男の子と・・・・・!!」

 千夜さんは顔を真っ赤にして目もグルグルさせて慌てています。いきなり伝えないほうがよかったでしょうか。

 「ち、チノくんは大丈夫なの!?」

 「え、ええ。前にココアさんと使ったので」

 「えっ」

 ボクに関しては体験があるので特に問題はないです。そういう関係と勘違いされてもビックリするだけで特に悪感情も抱かないので。

 「そうなんだ・・・」

 「千夜さん・・・?」

 ちょっと憂いたような雰囲気が千夜さんから漂いました。

 「ううん、やめておくわ。そういうのは本当に好きな人と使ったほうがいいもの」

 「そう・・・ですか。わかりました」

 千夜さん、少し様子が変ですが大丈夫でしょうか。ボクの言葉で傷つかせてしまったのではないかと心配になります。

 「気を使ってくれてありがとう。チノくん」

 「・・・いえ」

 その千夜さんの笑顔が少し寂し気に見えたのは気のせいでしょうか。 

 

 

 

 「メニュー名が呪文だわ!えっとえっと・・・」

 「任せてください。クリーミー・ヘブンズナッツ☆パッション・アイスカプチーノ・ナッツマシマシ・トール一丁!!」

 「チノくんが呪文唱えてる!!」

 

 「私のほうが年上なのにエスコートされちゃった」

 「成長の証が見せれてうれしいです」

 老舗の喫茶店からブライトバニーに着きました。難しいメニュー名を問題なく言えてホッとしています。

 「向かい側にも喫茶店があるけど、お客さんの取り合いにならないのかしら」

 確かに向かいにも喫茶店があります。ブライトバニーとは違って古風な歴史を感じる喫茶店です。

 「向かいのカフェが心配です!行ってみましょう!!」

 「エスコートが激しいわ~」

 ボクは慌てるあまり、千夜さんの手をずるずると引っ張ってました。

 

 

 「「このまったり感が落ち着く~」」

 思わずため息が出てしまうような落ち着いた雰囲気です。ハイカラなブライトバニーとは正反対のテイストです。

 「来てみてわかったわ。それぞれの良さがあるからお客さんの取り合いにならないのね」

 「なるほど」

 道を歩いている人や、学校の同級生、友達や同居人など一人として同じ人はいません。十人十色、みんな特徴が違います。それは喫茶店にも言えるのかもしれません。それぞれ違うみんながそれぞれ違う喫茶店を好むのでしょう。

 「・・・でもうちの隣にブライトバニーが来たらダメかも・・・・・」

 「急にネガティブ!」

 でもそれは及第点に達している喫茶店だから言えることでしょう。うちのコーヒーは、というかボクの淹れるコーヒーは及第点に達しているのでしょうか・・・。都会のコーヒーを飲んでて自信がなくなってきました・・・。

 「チノくん・・・」

 「・・・・・・・」

 「甘兎チョープッ」

 「たっ」

 千夜さんが急に弱めのチョップをかましてきました。いきなりなのでビックリしてしまいました。

 「さっきのお返し♪」

 「千夜さん・・・」

 「ラビットハウスのコーヒーは特別だわ。しばらく飲めないのが寂しくなっちゃうくらい」

 さっきとは逆に、千夜さんがボクを励ましてくれます。でも気休めではなく本心から言っていると確信できます。

 「特に、チノくんが淹れるコーヒーが大好きなの」

 それを聞いた途端、胸の奥からたくさんの嬉しさがこみ上げてきました。

 「ほんとですか!?」

 「ほんとよ」

 「ほんとのほんと!!?」

 「一気に年下らしくなったわね」

 もうすぐ高校生なのに、まるで子供みたいにはしゃいでいました。

 

 

 

 「ありがとうございます。千夜さん」

 「いいのよ、さっきのお返し」

 流石に行きたかったお店は全部回れなかったので帰路についています。今度皆さんを誘って行きましょう。

 「それにココアちゃんからも頼まれてたから」

 「ココアさんが?」

 「ええ、自分が付いていけないから私にチノくんのことをね♪」

 「ココアさん・・・」

 とても気恥ずかしいけれど嬉しくなる。そんなに心配してくれてたんだ・・・。

 「チノくん」

 「はい」

 「今日はココアちゃんの代わりになれたかしら?」

 千夜さんが尋ねてくる。親友のココアさんの頼みを遂行できたか気になるのでしょう。

 ボクの答えは決まっていました。

 「・・・いいえ」

 「えっ」

 「ココアさんの代わりじゃなくて、一緒に頑張り合う未来の喫茶店の跡取りとして頼りになりました」

 「チノくん・・・・・」

 甘兎庵、千夜さんとは競い合うだけじゃなくて、お互いの良いところを切磋琢磨し合う関係でい続けたい。

 今日の喫茶店巡りを経てさらにそう思いました。

 「だから、これからもよろしくお願いします」

 「・・・っ。えぇ!」

 前に約束したときみたいに、固い指切りをかわしました。

 

 

 

 「あれ、この広間何でしょう?」

 ホテルに帰ってきたボク達ですが、そこでずっと使われていない雰囲気の大広間を見つけました。

 なんだか見たこと・・・というか馴染み深いような・・・。

 「! ここって元々」

 「喫茶店!?」

 

 「そうですとも。夜はレストラン、昼はカフェでした」

 「やっぱり!」

 「昔は従業員も多かったのですが、今は古くなり自然と人も離れていきまして・・・」

 「・・・あのっ、ここでコーヒーを淹れさせてもらってもいいでしょうか・・・!?」

 「チノくん・・・!」

 「自由に使って良いと朝伝えましたでしょう」

 「初耳ですが!?」

 

 

 テーブルには千夜さんの他に受付のおばあさん、キリっとした目をした支配人が座っています。これから都会の全くの他人にボクのコーヒーを飲んでもらうと思うと、なんだか凄いプレッシャーです。

 「お、お待たせしました・・・」

 ボクはコーヒーをテーブルの上に置きます。決してカチャカチャ音が鳴らないよう丁寧に。

 そのコーヒーを支配人の女性が一口含みました。

 その後、ギロッと鋭い目つきで僕のほうを睨みます。

 「淹れ方は誰かに習われたのですか?」

 「そっ祖父です!」

 あまりにも鋭い目つきで縮みあがってしまいました。やはり田舎の小さな喫茶店のコーヒーでは力不足でしょうか・・・。

 「素晴らしいおじいさまに教わったのですね」

 「・・・・・え」

 一瞬その一言を受け入れるのに時間がかかりました。

 ボクのコーヒー。おじいちゃんからの味。認められた・・・。

 「ち、ち、千夜さんが励ましてくれたから淹れられたので・・・次は千夜さんがお茶を・・・」

「こんな風に照れてるチノくん初めて♪」

あたふたしている様子を千夜さんにも見られています・・・。恥ずかしい・・・。

 「一足先に帰ってきたよー!コーヒーの匂いがすると思ったらお茶会してる!?」

 そんな状況を吹き飛ばすように騒がしい姉が帰ってきました。

 「何ここラビットハウスみたい!私もカフェ友に入れて!!」

 「許可します」

 「支配人!?」

 ココアさん、ずっとボクと千夜さんのカフェ友の間に入りたくてうずうずしてたのでしょう。

 「あーっ。ティッピー連れてきたの内緒にしてたね~?」

 そう言ってココアさんはティッピーのぬいぐるみをモフモフし始めました。

 「それ、ぬいぐるみ・・・」

 「気づくまで黙ってましょう」

 「・・・フフッ」

 そう千夜さんと約束しました。今日はそういう日です。

 

 

 「千夜ちゃん」

 お茶会が終わった後、ココアちゃんに呼び止められた。今日のチノくんの様子を聞きたいみたい。

 「チノくん、大丈夫だった?お姉ちゃんがいないからって寂しがってなかった?」

 「大丈夫よ。むしろ私がエスコートされちゃった」

 「・・・そうなんだ!よかった!」

 ココアちゃん、とっても嬉しそう。弟同然のチノくんの成長が自分のことみたいにうれしいのね。

 「私、ココアちゃんが羨ましいわ」

 「? どうして?」

 「だって、チノくんみたいに素敵な子といつも一緒だから」

 ちょっとらしくない不満を親友にぶつけちゃってる。本当はこんなことしちゃいけないのに。

 でも、このまま大切な二人が遠いどこかに行っちゃうような。

 そんな気が少ししてしまったから。

 「大丈夫だよ!私もチノくんも、これからも千夜ちゃんと一緒だから!」

 「ココアちゃん」

 「私と親友として、チノくんとはカフェ友として、これからもよろしくね!」

 「・・・ええ!」

 どうやら取り越し苦労だったみたい。

 これから大人になって離れても、結局この二人は戻ってきてくれる。

 根拠はないけどそんな気がした。

 

 

 

 「チノくんのエスコート、大丈夫だった?」

 「ええ、ちょっと激しすぎてお腹タプタプにされちゃったけど」

 「・・・・・そうなんだ」

 「ココアちゃん・・・?」

 「ちょっと待っててね。チノくんとお話ししてくるから」

 「え、ええ・・・」

 (チノくん、ごめん・・・)

 

 




チノちゃんと千夜ちゃんの絡みって思ったより少なくてビックリしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行編⑤ チノくんとスパ

 「うーんっ、よく寝た・・・」

 朝起きて凝った筋肉をほぐすように伸びをする

 外は雲が程度よくある青空で、白と青のコントラストが綺麗だ。

 まだ冬から春になり立てということで、空気は刺すような冷たさが残っているけど、それが逆に心地いい。肺の中が洗われるようだ。

隠れた名ホテルでのさわやかな朝だ。

 「今日も楽しい日になりそうですね」

 ボクは限りあるこのホテルでの生活の、今日という未来に思いをはせていた。

 

 

 「ギィアアアアアアアアアアアッ!!」

 「っ!?な、なに・・・!?」

 そんな風に気取ってるとシャワー室から悲鳴が聞こえました。日頃からよく聞いた声です。

 「バスルームから水しか出ないよぉぉぉっっ!!!」

 「わ゛――――――――――――っっっ!!!!!」

 ココアさんがボクの方に向かって、タオル一枚は負っただけの半裸で走ってきました。

 今日も騒がしい日になりそうです・・・・・。

 

 

 

 シャワー室から水しか出ないということで、冷えた体を温めるためにスパに来ました。

 それはいいのですがボクにはひとつ心配事があります。

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 スパに入るということは当然水着です。もちろんボクも海パン一丁の水着姿です。

 つまりどういうことかというと。

 「チノくんおまたせー!」

 (うわー・・・)

 ボク以外の皆さんも、つまり女性陣全員水着ということです。

 しかも全員肌の露出が多いビキニでした・・・。

 どこに目をやればいいか分かりません・・・・・。

 

 「チノくんどうかなー?」

 「ど、どうとは・・・?」

 「どうせ一度しか着ないし周りは知らない人だらけだから、みんな普段着ないような水着にしてみたんだ」

 あまり直視しないように薄目で見てみると、確かに色合いや装飾の具合がいつもの皆さんのイメージと違うような気がした。一度しかない旅行、後悔しないように自分を出し切っているのでしょうか。

 シャロさんは緑のフリルが着いたビキニを着ていました。反対に千夜さんは普段と違う活発そうなオレンジ色のラインの入ったビキニを着ています。どちらもイメージと真反対の色を着ているので新鮮みがありました。

 「ち、ちょっとチノくん、見すぎよ・・・」

 「そういうものだとしても、ちょっと照れちゃうわ・・・」

 「あっ、す、すいません・・・・・」

 二人に言われて思わず目をそらす。申し訳なさやら気恥ずかしさやらでまともに見れないけど、もう少し見ていたいという邪な感情も湧き出てるのが実感できた。

 「二人とも意外性なさすぎ!もっと私くらい思い切って見ようよ!」

 そう言ったココアさんのほうを見ると、ココアさんは全身黒のパレオ型のビキニを着ていた。普段ココアさんと暮らしていても黒やパレオというイメージが全然なかったので正直驚いています。

 「ど、どうかなチノくん。変じゃないかな?」

 「え、ええ。とてもよく似合ってると思います・・・」

 「あ、ありがと・・・・・」

 ボクとココアさん、どちらも気恥ずかしさで目をそらしてしまう。もうこの状況は目の毒としか言いようがない。

 「チノくん、私はどうかなー」

 「め、メグさん・・・」

 「思い切ってビキニ着てみたんだけどー」

 そう言ったメグさんは確かに上下別れたビキニを着ていた。トップにフリフリがついている可愛らしいビキニだった。あとやっぱり、どことは言わないけど成長している。

 「どうかなー?」

 「え、えっと・・・。す、すごく素敵だと思います・・・・・」

 「えへへ、ありがとー」

 ドギマギしすぎて常套句しか出てこない。でもこんな状況でうろたえるな、なんて女性経験の少ないボクには無理な相談だった。

 「リゼちゃんも出てきなよー!せっかくそんな水着選んだんだから!」

 「い、いや!こんな姿、男子のチノに見せるわけには!!」

 「もう、観念しなよー」

 「ああっ!」

 そうココアさんに引っ張り出されたリゼさんは。

 全然イメージと違うフリフリのビキニを着ていた。

 「っ!!」

 「あ、あまり見るな・・・。どうせ変だと思ってるだろ・・・・・」

 確かにリゼさんがこんなフリルのたくさん付いたビキニを着るなんて思いもよらなかった。髪もいつもと違うまとめ方で、一瞬リゼさんだと分からなかったくらいだ。

 「い、いえ・・・、そんな・・・・・。いつもと違う感じがして、その・・・素敵です」

 「ぶ、不器用なお世辞を使うなよ・・・・・」

 リゼさんが顔を真っ赤にして否定する。でも確かに恥ずかしいけど、大部分は本音だった。それはそれとしてボクも顔が真っ赤で火みたいに熱い。

 どこに視界を向けても皆さんの煽情的な体がある。体中が男の本能でムズムズしていた。頭がどうかしちゃいそうだった。何やら周囲にピンク色の雰囲気が漂っている気がする・・・。

 「チノくん、この中じゃ誰がいいかな?」

 「え?」

 「誰が一番水着が似合ってるか採点してほしいなーなんて」

 ココアさんの発言がきっかけで、周囲の空気が一気に緊張感に包まれた。どうしよう。誰か一人を選んだら大変なことになると同時に、ボクの性癖が知れ渡ってしまう気が・・・・・。

 「「「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」」」

 「うぅ・・・っ」

 皆さんがビキニ姿のままズイズイ迫ってくる。視界の逃げ道がなかった。

 

 だれかたすけて。

 

 「ごめん遅れたー!」

 「あっ」

 そう言って登場したのはマヤさんだった。例によってマヤさんもビキニ姿だった。けど。

 「マヤちゃん遅いよー」

 「だって着たいビキニなかったし!結局私だけいつも通りじゃん!!」

 確かにマヤさんだけビキニの雰囲気がおとなしかった。フリルが付いててかわいいけど、色合いなんかもおとなしい。でもそれが今のボクには逆に安心できました。

 

 それに、皆さんの中で一部分も一番おとなしいし・・・・・。

 

 「皆さん」

 「ん?」

 「マヤさんが優勝で・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 ドゴォッ

 

 「ぐえへぇっ」

 「マヤちゃんがチノくんをはり倒した!!!」

 

 

 

 「くっそー、チノのやつー」

 「マヤちゃん、優勝できて良かったねー」

 「全然よくねーよ!!」

 チノのやつ、私が一番体が貧相だからってバカにしやがってー。まだイライラが収まらないから、上がったらコーヒー牛乳奢らせてやる。

 「あっ、あの」

 「ん?」

 そう言って見るからに気品がありそうな、金髪の女の子が私たちに話しかけてきた。

 「私たち、どこかで会ったことあるよね」

 (メグがナンパされてる!)

 そのロングの金髪女子はメグにそう言って話しかけている。これはあれだ。都会でよくあるっていうかわいい子見つけてナンパして、その後なんやかんやするやつだ!

 そうだ。ここは都会。危険がいっぱいあるところなんだ。

 私がメグを守らないと!

 「何なの!?保護者の許可を得てくださーい!!」

 「マヤちゃんが私の何なの!?」

 

 

 「ナツメちゃん・・・。私、完全に不審者だ・・・」

 「エル、こっちに任せて」

 もう一人、ショートの金髪の女の子が出てきて話し合ってる。どうやら二人は双子みたい。

 「えっと、バレエの前の席で見かけて、電車の中でもすれ違った気が・・・。あれ、これナンパ?」

 何かコミュニケーションを取りたいのかブツブツ言ってる。でもそんなことより。

 (あれ私が着たかったビキニじゃん!)

 その子は私が目をつけていたかわいいビキニを着ていた。

 「メグをナンパしただけでなく私のプライドまで傷つけたなー!!」

 「マヤちゃん何言ってるの!?」

 「じゃあ私たちと勝負する!?サウナで決着つけようか!!」

 「ナツメちゃん何言ってるの!?」

 

 

 というわけで今サウナにみんなでいる。でも勝負はいいんだけど。

 「うー・・・」

 「ふえぇ・・・」

 「これは・・・」

 「暑い・・・」

 予想以上に暑いんだな・・・。サウナって・・・・・。

 「何・・・?もう降参する・・・・・?」

 「まだまだ・・・・・」

 頭がボーッとするけど、せっかくの勝負に負けるわけにはいかない。ショートの娘も同じ気持ちらしい。顔を真っ赤にして我慢してる。

 「なんかごめんねー・・・」

 「こっちこそ。お互い大変だね・・・」

 ロングの娘とメグが意気投合してる・・・。何か似通ってるところがあるのかな・・・。

 「あなたたち、この街の人じゃなさそうだけど。どこから来たの?」

 暇を持て余したのかショートが話しかけてきた。

 「木組みの街から、卒業旅行で」

 「そっか。楽しそうだね・・・」

 ショートはちょっと物憂げな表情をする。何か悪いところに刺さったっぽい。

 「みんなで卒業旅行なんて・・・憧れるな・・・・・」

 「ナツメちゃん・・・・・」

 ロングも心配してるのか物憂げな顔をする。気品あるっぽい双子だし、いろいろ大変なのかな。

 「まあ何があったのかは聞かねーけどさ」

 「え・・・?」

 「今、お前らとサウナ勝負してるの結構楽しいよ」

 「・・・・・・」

 「うん!私も楽しい!だから元気出して!」

 メグも私につられて双子を励ます。でもただの励ましじゃないぞ。ホントに楽しいからこう言ってるんだ。

 「ふ、二人ともありがと!ほら、ナツメちゃんも!」

 「あ、ありがと・・・」

 ちょっと雰囲気緩んだみたいで良かった。このままじゃ居心地悪いもん。

 「ほらほらー、そんな顔してちゃ勝負は私の勝ちだなー」

 「なっ、励ましは嬉しいけどそれはそれとして負ける気はないから!」

 「いつもこんな感じ?」

 「そうなんだ。そっちも?」

 「うん。でもそれがまた楽しいんだー」

 「分かるなー」

 サウナ勝負のはずだったのにみんなで意気投合し始めた。でもいいんだ。

 住む場所が違う人とも仲良くなれる。

 都会に旅行に来て良かったな。

 

 「そういえばさっき小柄な男の子いたよね?」

 「ん?チノのこと?」

 「あれ、どっちかの彼氏?」

 「「ぶぼっ!!!」」

 あまりにビックリして、私もメグも思い切り熱い空気を吸い込んでせき込んだ・・・。

 

 

 

 一方、チノとココアたち。

 「チェックメイト」「負けたー」

 「チノくん、チェス勝負してるよ」

 プールサイドで大人の女の人たちとチェス勝負している黒髪の女の子がいました。ボクと同じくらいなのに、大人相手に勝つなんてすごいです。

 「はい!次の対戦相手に立候補します!」

 「ココアさん!?」

 「チノくんが!」

 「えーっ!?」

 

 「よ、よろしくお願いします・・・」

 ボクがそう言うと女の子はコクリと頭を下げました。どうやら無口な性格みたいです。ボクも人のことは言えませんが。

 そんなこんなでチェスが開始しました。

 (強い・・・)

 打ってみて分かりますがこの娘、とっても強いです。今まで打ってきた誰よりも。

 でもとてもワクワクしてました。手ごたえもあったし、同年代の子でこんなにチェスが打てる子とやるなんて初めての経験でしたから。

 「君、いくつなの?かわいいね。お姉さんとかいる?」

 「勝負中にナンパしないでください」

 ココアさんは相変わらずでした。

 

 「ココアちゃーん」

 「千夜ちゃん!泳げるようになったんだね!」

 千夜さんに呼ばれて、ココアさんは千夜さんの方へ行ってしまいました。

 「・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・」

 二人残されたボクと女の子は黙々とチェスを打っています。

 何か話したほうがいいのでしょうか・・・。

 「さっきの・・・」

 「はい?」

 「君のお姉さん?」

 「えっ、いいえ。違いますけど・・・」

 日頃から一緒に住んでてよく姉ぶってくるけど、血縁の関係はありません。でもよく勘違いはされます。そんなに実の家族に見えるのでしょうか。少しうれしいです。

 「じゃあ彼女?」

 「ぶっ!?」

 思わぬ方向からのブローで思わず吹き出してしまった。

 「ちっ、違います!そんな関係じゃ・・・」

 「そっか・・・」

 焦って否定してしまいました。初対面の子に失礼だったでしょうか・・・。

 「・・・ごめん」

 「えっ」

 「変なこと聞いちゃって・・・・・」

 女の子が申し訳なさそうな表情をしています。そんなに気にすることないのに。真面目で丁寧な子なんですね。

 「いいえ、そんなこと。こちらこそごめんなさい。それに」

 「それに?」

 「大切な人だってことは間違っていませんから」

 「・・・そっか」

 女の子の表情が少し明るくなりました。ボクも一安心です。

 ・・・・・・・大切な人。

 ココアさんは恋人ではない、でもただの同居人というのも違う・・・。

 ボクはココアさんをどう思ってるんだろう・・・・・。

 

 「チェックメイト」

 「あっ」

 ボーッとしているうちに詰みにはまっていました・・・。

 

 

 「ま、まだです!ここから挽回を・・・」

 「無理だと思う」

 「え」

 「君、さっきから周りの女の人の胸とかお尻ばかり見てるから」

 「えっ!?」

 

 

 

 「負けたーっ!!」

 「マヤちゃんメグちゃん、どうしたの?」

 しばらく目を離したうちにマヤちゃんメグちゃんが顔をゆでダコみたいに真っ赤にしていた。どうしたのかな。

 「サウナ勝負で我慢が続かなかった―!」

 「あの子たちとちゃんと話せなかったしねー」

 「よしよし、お姉ちゃんが慰めてあげるよ」

 一期一会の旅の出会いにはしゃいじゃったんだね。これも旅の醍醐味だよ。

 あ、そういえば女の子とチェス勝負してたチノくんはどうしたかな。

 「まっ、負け・・・ました・・・・・」

 頭を抱えて震えていた。どうやら惨敗だったみたい。

 「同年代の子に初めて・・・・・」

 「お姉ちゃんが慰めて・・・」

 「今は優しくしないで!」

 

 

 「珍しいねー。チノくんがチェスで負けるなんてー」

 「え、ええ。相手の子も物凄く強かったので」

 「そんなこと言って。周りの女の人の水着姿に気を取られてたからなんじゃないのー?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 ドスッ

 

 「ぐへぇっ」

 「またマヤちゃんがチノくんをはり倒した!!」

 

 

 

 「ここに来て勝負ばかりしちゃったね」

 「きっかけは全部ココアでしょ」

 ちょっとあわただしい旅だけど、予定外も旅の醍醐味だと私は思う。

 「じゃあここからはのんびりタイム~♪」

 「都会の夜は長いものね」

 千夜ちゃんとプールサイドでゆったりしてると、突然プールが光り始めて音楽まで流れ始めた。さすが都会のプールだね。

 「綺麗ですね」

 「何かワクワクしてきた!」

 「都会すごい!」

 三人の弟と妹は子供みたいに目をキラキラさせてる。まあまだ子供なんだけどね。

 そういう私もワクワクが止まらなかった。

 「よーしっ、レッツ☆ダーンス!」

 「のんびりするんじゃなかったのかよ!」

 予定外こそ旅の醍醐味だよ。

 

 

 

 「はぁ・・・悔しい・・・」

 「エル?」

 「うまく話しかけられなかった・・・。友達になれたかもしれないのに・・・」

 「仲良くなってもどうせすぐお別れだし、寂しいだけだよ」

 「ナツメちゃん・・・」

 「でもこの旅行に来て初めて熱くなった」

 「私は別の意味でゆでダコになったよ」

 

 「ところであの男の子。どっちの恋人でもないみたいだけど、じゃあ何なんだろうね」

 「きっとどっちとも付き合ってるんだよ!本で読んだ!!」

 「その本捨てた方がよくない?」

 

 

 

 「はぁ・・・」

 一人の少女がため息をついている。どうやら猫たちと戯れているようだ。

 「うまく・・・話せなかったな・・・・・」

 先ほどまでチノとチェス勝負をしていた少女のようだ。先ほどの勝負に思いをはせているらしい。

 「・・・・・・・・・」

 その少女は暗くなりかけの夕焼けの空を見上げる。

 「また・・・勝負したいな・・・・・」

 

 

 「・・・・・・・・」

 「チノくん、どうしたの?さっきから空を見上げて」

 「あっ、いいえ。さっきの子のこと考えてて」

 「さっきの子?」

 「ええ、名前も聞けませんでしたけど、チェスが楽しかったもので」

 「・・・・・・」

 「また勝負したいな・・・」

 「・・・できるよ!世界は繋がってるんだから!」

 

 




スパ回のココアさんの水着、よく見ると腰に穴が開いてるんですよね。
エロですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行編⑥ チノくんと一人旅

 「都会で働くビジネスウーマン!優雅に接客するウエイターさん!広場の巨大パンダの中の人!みんなかっこいー!!将来の夢が増えちゃうな―!!」

 「また増えてる」

今日はラビットハウス組で喫茶店巡りです。相変わらずココアさんは都会の人々の様子を見てはしゃいでいます。全く、しょうがないココアさんです。

 「ココアの将来かー」

 「パンは焼いてそうです」

 「モカお姉ちゃんみたいになれるかな」

 「「・・・・・・・・・・・・・・・」」

 「何で黙るの!?」

 

 

 喫茶店を一通り巡り、次はココアさんのパン屋さん巡りに付き合うことになりました。ベーカリーの跡取りとして、都会のパンを勉強しておきたいのでしょう。パンに関してはいつも真摯なココアさんです。

 「今からやるのは遊びじゃない。舌で学ぶんだよ」

 かつてない本気の目でした。

 

 

 「ここがすごく有名なお店だって。買ったら外で食べよ♪」

 パン屋さんを巡るココアさんは今までにないくらい生き生きとしていました。

 「味に飽きがこないってことなの!それがいかにすごいことか!もっと!味わって!!」

 今まで見たことないくらい積極的で真剣でした。

 「疲れてきたよ・・・。さすが都会のパン屋・・・・・」

 「自分のリアクションのせいだ」

 リアクションがオーバーになるくらい真摯にパンに向き合っています。

 「おいちい。ホントおいち♪」

 「ココアさんの方が語彙力ないじゃないですか」

 いややっぱいつも通りかな・・・・・。

 

 

 「・・・で。どうしたんだココア?」

 「へ?」

 「何かに焦ってます」

 「様子がおかしい」

 「なっ、何でわかるの!?」

 「そんなの」

 「いつもラビットハウスで一緒だし」

 「・・・そっかぁ。妹たちには・・・隠し事できないなぁ」

 「妹にはなってないが」

 

 

 「私ね・・・お姉ちゃんは尊敬してるし、パン屋さんにはなりたいけど。真似して後を追ってるだけでいいのかなって思っちゃって」

 ココアさんの憧れは昔からお姉さんであるモカさんです。大好きなモカさんの真似をしてパン作りに励んだり、やたら弟や妹を作ろうとしています。

 「一番の憧れはお姉ちゃん。それはずっと変わらない」

 それだけにとどまらず、自分なりの道を進もうとしているんですね。

 

 「でも背中を追ってるだけじゃなくて、いつか対等になりたい」

 ・・・・・・・・・・・・・・・。

 ボクも・・・ココアさんみたいに・・・・・。

 

 「そのためにパンの勉強しなきゃって思ったら暴走しちゃった。夢が大きすぎたかなぁ」

 「なれるんじゃないか?」

 こういう時に真っ先に声をかけてくれるのはいつもリゼさんです。

 「いいと思ったものは全部自分に取り入れてしまえ。それが一番ココアらしい」

 「・・・パン作りも成長してると思います」

 ボクも、リゼ教官みたいにうまくはできないけど。

 「電車の中で食べたサンドイッチ・・・。おいしかったです・・・・・」

 いつも一緒にいる“友達”として、少しでも背中を押してあげたい。

 

 「そっそんなに褒めてっ、どうしちゃったの!?ふたりともおかしいよ!」

 「おかしかったのはお前だ!」

 

 

 翌日の朝、ホテルのロビーでダウンしているココアさんを発見しました。

 「いったい何が!?」

 「朝食のお手伝いをしてくれたんですが、疲れて寝てしまったようですね」

 どうやらホテルの副支配人のおばあさんと一緒に朝食の準備をしていたようです。あたりには焼き立てのパンの香ばしい香りが漂っています。

 「パンのいい匂い~」

 「お腹ペッコペコ~」

 その香りに誘われてマヤさんとメグさんも起きてきました。

昨日言っていた通りに、モカさんに並び立つために努力を重ねているんですね。

 夢に向かって頑張るココアさんはキラキラ光っています。とても生き生きとしているようでした。

 「頑張ってくださいね。ココアさん」

 ボクは眠っているココアさんにそっと毛布をかけました。

 

 「んぅ・・・」

 ココアさんがコロンと寝返りを打ちました。緩みきった寝顔が丸見えです。

 「・・・・・っ!?」

 その寝顔を見た途端、突然胸の奥がザワッとした。心臓がひっくり返るような心地だった。

 風邪・・・でしょうか・・・・・?でも熱はないみたいだし・・・。

 

 気を取り直して朝食に向かったけど、その原因が何なのか分からなかった。

 

 

 

 

 

 「今日は一人で行動!?」

 「チノが!?本気か!?」

 朝食の最中、今日の予定をみなさんにカミングアウトしたところ非常に驚かれました。そんなに驚くことでしょうか・・・?

 「実はずっとやってみたかったんです」

 「初めてのお使いって感じね」

 「え?」

 「マカロン買ってきて♪」

 「自分で行ってください!」

 シャロさんもマヤさんもボクのことを何だと思ってるのでしょう・・・。

 「知らないおじさんについてっちゃだめだよ?」

 「知らないお姉ちゃんにもね?」

 ココアさんと千夜さんが小さい子に言い聞かせるように言います。ボクもうそんな歳じゃないんですけど。

 「あとこれ首から下げてこ?」

 「ボクをいくつだと思ってるんですか!?」

 幼稚園の名札みたいなものを差し出され流石に憤慨しました・・・。

 

 

 

 そんなこんなで今日は一人旅です。リゼさんからもらったお守りティッピーを下げて、目的地へと向かいます。

 (皆さん心配しすぎ。お守りティッピーもいるし・・・子供じゃないです)

 不慣れな土地で一人・・・。ココアさんも最初はこんな気持ちだったのかな・・・。

 (でもココアさんと違って迷うことはありません!文明の利器を利用しますから!)

 ボクは得意げに文明の利器のスマホを取り出しました。

 「あ・・・。充電するの忘れてた・・・」

 

 ついうっかりしてましたが慌てません。こういう時のための地図です。

 「・・・・・ボク、今どこにいるんだろう」

 不慣れな土地、しかも経路が複雑な都会のせいか現在位置すら分かりません・・・。

 これはもしや一大事では・・・?

 不安になりあたりをうろうろします。

 

 

 

 そんなチノの様子を、猫を抱いた一人の少女が見ていることに本人は気づかなかった。

 

 

 

 (こうなったら、あえて迷ってやりましょう!)

 当てのない旅となりますが、予定外も旅の醍醐味です。そうココアさんが言っていました。

 

 

 当てもなく都会の色んなところを回りましたが楽しいです。いろんな人と触れ合えたり、行きずりの人から勧められた美味しいうさぎ料理(・・・)のレストランに行ったりしました。

 じっくり見てみると本当に色々なお店があります。それぞれのお店に独自の特色があります。

 この場所は千夜さんとシャロさんが好きそうです。こっちはマヤさんとメグさんと来たいな。

 気づくと皆さんが気に入りそうなお店や場所を探していました。まるで誰かさんみたいに、サプライズを考えているみたいです。

 右も左もわからないうえに一人なのに寂しくないのは、リゼさんお手製のティッピーがいるからでしょう・・・。

 「いないし!落とした!!」

 

 リゼさんティッピーがいなくなった途端、急に心細さが湧き出てきました。

 「あ・・・野良ねこ・・・?」

 あたりに落としていないかと見まわしていると、道に野良ねこが座り込んでしました。木組みの街は野良うさぎが多かったですが、この街は野良ねこが多いのでしょうか。

 「あの、通り道にティッピー落ちてませんでしたか?」

 喋れるわけないのに野良ねこに話しかけます。

 今は猫の手でも借りたい気分・・・なんて。

 「ティッピー?何だいそれは?紅茶の名前かな?」

 「!?」

 にゃんだって!?

 

 「おみゃー知ってるか?」

 「知らないわん」

 続々と集まってくる猫たちが談笑し始めます。

 都会の猫って喋るんだ・・・。

 「お困りなら助けてあげよう」

 「チェスで対戦してくれたお礼だよ」

 「チェス!?」

 いったい何の話・・・。

 「・・・あ」

 ふと目の前を見ると、この間スパで一緒にチェスをした女の子がいました。

 「た、助かりますにゃ・・・」

 どうやらこの娘の腹話術だったみたいです。

 

 

 1時間も一緒になって探し回りましたが、結局見つかりませんでした。行きずりの娘にお手数をかけてしまいました。

 「付き合わせてすみません」

 女の子は無言で首を横に振ります。気にしなくていいと言ってくれてるみたいです。

 ・・・・・何か話したいな。でもあまり変なことを言って困らせても悪いし・・・。

 ココアさんなら見ず知らずの人とも話せるのでしょうけど。

 ・・・・・ココアさんみたいに。

 「あの」

 「?」

 「ボクも腹話術ちょっと出来るんですよ」

 意を決して頭に被せていた猫で腹話術をします。

 「今日はありがとうなのじゃ」

 「・・・・・・・・・・・・」

 外したかな・・・。緊張が胸を突き刺します。

 「・・・君のはねこの声というより、うさぎの声って感じ」

 「何のことです!?」

 ちゃんと猫の気持ちになって腹話術しました!

 「こんなに立派なねこ語だというのに!」

 「君の声はもふもふしすぎている」

 「だから何ですそれ!?」

 

 

 名前も知らない子だというのにフランクに会話してしまいました。相手が嫌に思っていなければ良いのですが。

 「・・・あのっ、最後に・・・」

 もう会うことはないかもだけど、名前も知らずにさよならは嫌だ。

 「ボク、香風智乃って言います。あなたは!?」

 人ごみの中に去り行く女の子に聞こえるよう、大きな声を出した。

 「・・・フユ、風衣葉冬優!」

 

 

 つい名前を聞いてしまいました。また会えるでしょうか・・・。

 (ティッピーのことはリゼさんに謝らないと)

 そんなことを考えながら前を歩いていると、すぐ前方によく見知った後姿がありました。

 (あれ、ココアさんと・・・誰だろう)

 ココアさんと歩いているのは大人の男性のようだった。

 見る限りココアさんは楽しそうだ。

 

 それを見た途端、なぜか胸の奥がひびでも入ったように痛くなった。

 

 とっさに胸を押さえるけど、痛みは治まらない。

 頭の中に色んな感情がグルグル回る。

 ココアさんに都会の知り合いなんていたんだろうか・・・。

 あれ・・・?でも、この街に来るなんて初めてのはずだし・・・。

 まさか・・・。知らないおじさん騙されてについて行ってるのでは・・・。

 『パンあげるからおいで~』

 『行きま~す』

 悪い光景が頭をよぎり、居ても立っても居られなくなった。

 

 「何やってんですか!!!」

 「チノくん!?」

 

 

 

 「すみません!すみません!すみません!ココアさんのお父さんとは知らず・・・」

 「いいんだよ」

 どうやら、ボクが勝手に誤解していたようです。何度も何度もココアさんのお父さんに頭を下げ、謝罪します。

 「チノくん、心配してくれたんだ」

 「えっ、ええ・・・まあ・・・」

 「フフフッ、なんだかうれしいな」

 「っ!」

 ココアさんの朗らかな笑みを見て、安心すると同時に体が熱くなります。今日の朝からこうです。長旅の疲労が出たのでしょうか。

 「そ、それより、ボクも食事に同席してよかったんですか?」

 「いつもお世話してもらってるからいいの♪」

 「ココアが言うことじゃないよ」

 ココアさんのお父さんがココアさんに優しく突っ込みます。ボクのお父さんと比べると、雰囲気が柔らかくて優しそうな人です。

 大学教授をしているというので、きっとすごい人なのでしょう。

 「デザートからいっちゃおうかな」

 「あっ、私も―」

 やっぱ変な人だ。

 ココアさんとの血を感じます。

 

 「そういえば道端でこんな物を拾ったんだよ」

 「ティッピー!!」

 ココアさんのお父さんが取り出したのは、リゼさんお手製のティッピーでした。

 「見つかってよかった・・・」

 「交番に届けようと思ってたから、持ち主が見つかって良かったよ」

 ボクはホッとしてティッピーをギュッと抱きしめます。どうやらココアさんと同じように、優しい性格のお父さんのようです。

 「お父さん!それで私よりチノくんの心つかめたと思ってるんでしょ!」

 「そんなわけな・・・」

 「実はその通りだ」

 「やっぱりー!」

 「乗っかった!!」

 どうやらココアさんと同じように、変わったお父さんみたいです。

 

 「私ちょっとお手洗い!その間にチノくん取らないでね!」

 「それはどうかな?」

 「この冗談まだ続くんです!?」

 図らずともココアさんのお父さんと二人だけとなってしまいました。何か話したほうが良いのでしょうか。

 「チノ君のことは、よくココアから聞いてるよ」

 「は、はい。いつもお世話して・・・いえお世話になっております」

 妙な緊張感がボクの体中を突き刺してきます。

 なんというか・・・まるでお嫁さんのお父さんに挨拶しに行くような・・・。

 「ココアがいつも迷惑かけてないかい?」

 「いえ・・・・・」

 迷惑・・・・・。

 思い返すと正直かけられまくってる気も・・・・・。

 ・・・・・いや。

 「いえ、ココアさんがいてくれるおかげで毎日楽しいです」

 騒がしさが目立つけど、それ以上に楽しいことも多い。

 「それだけでなく・・・今日、ある人と同じ気持ちを体験をしたくて一人旅したんです」

 前ならそんなこと絶対しなかったのに。

 「最初からハプニングの連続で、ちょっと後悔したんですが」

 前のボクならとても焦って、泣きそうになってたけど。

 「ココアさんならそんな時こうするだろうなって行動してみたら、色々ふっきれて・・・ボクも助けられてます」

 ココアさんが来てくれたおかげで、ボクもボクの周りもたくさん変わった。

 でもそれは怖い変化じゃなくて、とても楽しいものだった。

 ココアさんには感謝してもしきれないくらいだ。

 「そっか・・・」

 ココアさんのお父さんもボクの話を聞いてホッとしたみたいです。愛娘の様子を聞けて安心したのでしょう。

 「本当にお互いがお互いを大好きなんだね」

 「・・・・・え?」

 意をつかれて抜けた声が出た。

 「ココアから街の友達の様子をよく聞くけど、その中でもチノ君の話がとても多いんだよ」

 「そうなん・・・ですか・・・」

 また体が熱くなってきた。

 「父親としては娘が旅立つのは寂しいけど、父親なら大好きな人と一緒にいられる子供の幸せを願いたいからね」

 「そん・・・な・・・ボクは・・・」

 目がチカチカする。目の前が眩しい。

 「ん?違ったかい?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 違うって言いたかった。言うべきだと思った。

 でも、口が言うことを効かなかった。

 「ボクは・・・ココアさんのことが・・・・・」

 やっと口を開けたけど、意に反する言葉が出て・・・。

 

 「ねえ!何の話!?」

 「ひゃああああああっっ!!!」

 突然後ろからココアさんに話しかけられました。どうやらお手洗いから帰ってきたみたいです。

 それにしてもビックリした・・・。口から色々とまろび出るかと思った・・・・・。

 「チノ君はココアが思っているよりずっとしっかりしているという話だよ」

 「ずるい!私も聞きたい!!」

 さっきの話、そんな話でしたっけ・・・?

 ココアさんのお父さんがココアさんには気づかれないようウインクしてきます。どうやら、男同士の話として誤魔化してくれるみたいです。

 「さあ、今日の冒険譚を聞かせておくれ」

 「おくれおくれー」

 「え、えーっと・・・」

 二人ともニコニコした笑みでボクの話を聞こうとしてきます。

 全く、しょうがないですね。

 「困っていたときに親切な人にたくさん会いました。まず初めにですね・・・」

 ボクが今日の思い出を話し始めた時、窓の向こうには白猫がいた。

 まるでボクの話に、その大きな耳を傾けているようだった。

 

 

 

 

 

 「私のお父さん、優しかったでしょー」

 「ええ、すてきな方でした」

 短い一人旅も終わり、夕焼けの街をココアさんと帰路に着いていました。

 「それにしてもチノくんが一人旅だなんて、お姉ちゃん弟の成長がうれしいよ」

 「だから弟じゃ・・・」

 ココアさんはいつも通りだ。

 でも今じゃ見え方が違う。

 本当に隣り合って歩けている。そんな気がする。

 「チノくん」

 「はい」

 「大きくなったね!」

 「・・・・・!」

 ココアさんがボクの顔を覗き込んでくる。

 でも前までと違って、背たけが近づいた気がする。

 それだけココアさんの顔もよく見える。

 

 ココアさん、こんなに綺麗だったんだ・・・。

 

 「さあ、早くみんなのところに帰ろー!」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ああ、そっか。

 「・・・?チノくん、どうかした?」

 「・・・いいえ、なんでも。早く帰りましょう」

 「うん!よーしっ、ロイヤル・キャッツまで競争だー!」

 「待ってください。負けませんよ」

 

 僕、本当にココアさんが好きなんだ。

 

 




バランスとるためにフユちゃんも男の子にしようか、という案もありましたが体裁が崩れそうなのでやめました。
番外編としては書いても面白そうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行編⑦ チノくんとゲームセンター

 「狙い撃つよ!覚悟!」

 私は今、メグとチノと一緒に都会のゲームセンターのVRゲームをやってる。

 「吹っ飛ばせー!メグー!」

 「がおぉぉー!!」

 メグも戦士衣装でノリノリみたいだ。

 「頼んだぞ!チノ!」

 「はぁぁーっ!!」

 最後にチノが黒い刀で敵を斬り裂いた。

 「焙煎、完了」

 

 「「「我ら最強!チマメ隊!!」」」

 

 

 「チノの衣装、すっげー中二だなー」

 「男の子だもんね。そういう格好したくなる時あるよね」

 「ゲームの!仕様の問題です!!」

 

 

 「でもめっちゃカッコつけてたじゃん」

 「決め台詞カッコよかったよ」

 「うぅ・・・」

 チノが選んだアバターは全身黒ずくめの衣装にボロボロのマントを付けてる、まさにそれっぽい闇戦士みたいなアバターだ。

 「ラビットハウスでもその格好でいれば?」

 「カッコよくて人気出るかもねー」

 「勘弁してください・・・」

 私とメグが恥ずかしがってるチノを茶化す。こういう光景ももう恒例になってるな。

 ・・・・・でも別々の高校入って友達が出来たら、こういうやり取りも少なくなるのかな。

 

 

 「このクエストやりたい!」

 「でも4人以上のパーティーでないと参加できないみたいです」

 クエストの掲示板を見るけど条件を満たしてない。ココアたちは3D酔いした千夜の看病とかでログアウトしちゃったし。

 「ココアたちが戻ってくるの待つか―」

 そんな風に手持ち無沙汰になってると。

 

 シュンッ

 

 屈強な鎧を付けた黒騎士二人がログインしてきた。

 「クエスト一緒にやろう?」

 そう私が聞くとジェスチャーでノリノリで応対してくれた。

 「中身はかわいい人だ」

 

 

 そして私たちは最終ステージにたどり着いた。

 「マヤさん危ない!」

 「そっちに攻撃が・・・!」

 「うわっ」

 ラスボスの攻撃が当たる!もうダメかも・・・。

 

 ゴォッ!!

 

 と思ったら黒騎士の一人が盾になってくれた。

 かっこいい・・・。

 「早く応戦してくださーい!」

 「こんな乙女マヤちゃん初めてだよ!」

 

 「弱点は頭部みたいです。僕が敵の攻撃を牽制するのでメグさんが・・・」

 「でも、私の斧じゃ届かない・・・」

 そう思ってると、黒騎士さん達がかがんでスクラムを組んでくれた。踏み台にしてジャンプしろってこと?

 むっ、無理無理!そんな大胆なこと・・・!

 「私に出来っこないよ!」

バッ

 「飛んでんじゃん!」

 

 

 こうして私たちはラスボスを倒した。

 「ありがとー、黒騎士さん達」

 「ナイスチームワーク!」

 ログアウトして改めてお礼を言おう。

 

 「それほどでも・・・」

 「また会ったね」

 

 「「・・・・・・・・・・・・・」」

  

 「「あーーーーーっっっ!!!」」

 この間のサウナの二人じゃん!!

 

 

 

 「前から何なの?ストーカーなの?」

 「それこっちのセリフ!偶然だから!」

 私はショートと喋りながらクレーンゲームをやってる。あ、いい感じに取れた。

 「はい、取れたから上げる。さっきかばってくれたお礼」

 「何で私の方だって分かったの?」

 なぜかは知らないけど、私はこのショートの方と気が合うみたい。

 「私に執着してるっぽいから」

 「だからそれはそっちじゃん!」

 でもあまり気が合いすぎても、すぐお別れなんだよな・・・。

 せめてホテルが同じだったらよかったんだけど。

 

 「でもさ、このストラップさっきの男の子にあげた方がいいんじゃないの?」

 「え、なんで?」

 男の子というとチノのことだろう。なんでここでチノのことが出てくるんだ?

 「だって恋人同士ってプレゼントあげたりするものだって・・・」

 「だから恋人じゃないってば!!!」

 プールの時から誤解が解けてない!!!

 「でも男女同士で異様に仲も良かったし・・・」

 「ただの友達だって!!そもそも仲がいいのはメグもだろ!?」

 「いやでも、世界は広いから・・・。複数人で付き合ってる人もいるのかなって・・・」

 「私たちそんな不健全な関係じゃないし!!!!!」

 「でも顔真っ赤じゃん」

 「誰のせいだよ!!!」

 

 

 「同じダンス好きだったんだね~」

 「バレエ鑑賞の時からフィーリング感じてたの」

 私は長い髪の子と一緒にダンスゲームで対戦してた。むこうもすごく上手くて引き分けだったけどすごく楽しかったな。

 「あっ、そうだ」

 さっきのクエストで一番スコア出した景品でバッジ貰ってたことを思い出した。

 「あなたたちに貰ってほしいな。今日すごく楽しかったから」

 それに会うのは今日限りかもしれないし、思い出として残したいんだ。

 「ありがと・・・。私もお礼がしたいから、ここに好きな数字書いて?」

 「小切手!?」

 

 「私がもらっていいの?さっきの男の子に上げた方が・・・」

 「? なんで?」

 チノくんのことかな?なんでチノくんのことが出てくるんだろ?

 「恋人同士ってプレゼントあげたりするものって聞くから・・・」

 「恋人じゃないよ!?」

 プールの時からまだ誤解が解けてなかった!!

 「え?恋人じゃないの?あんなに仲いいのに?」

 「ただの友達だよ!?そういう関係じゃないよ!?」

 「じゃ好きじゃないの?」

 「う、うん・・・。好きじゃないってわけじゃないけど・・・・・」

 「好きだったらどんな手段を使おうと物にすべきだよ!本で読んだ!!」

 「その本捨てた方がいいよ!?」

 

 

 

 「この占いゲーム適当です・・・」

 ボクのカフェ・ド・マンシーの方がよっぽど当たります。

 「チノは占いやってたんだ」

 「? マヤさん少し顔赤くないですか?」

 「うぇっ?き、気のせいだろ!」

 気のせいでしょうか?明らかに顔が赤いような・・・。

 「その占い・・・。気になる・・・!」

 先ほどマヤさんメグさんと遊んでいた、気品のある姉妹お二人が興味を持ったようです。

 「ではまず名前を入力して・・・」

 「「神沙 夏明(映月)!」

 「一人ずつお願いします!」

 「豆(マメ)に苗(ナエ)の友達ができたのか。トウミョウ隊だな」

 「美味しいわよね、豆苗」

 「「また変なあだ名付けてる!!」」

 ボクを差し置いて新しい部隊ができてしまいました。

 やはりそろそろ男女のチームは解散なのでしょうか・・・。

 

 「あ、あのさっ。君、二人のそばにいてあげなくていいの?」

 「? マヤさんとメグさんのことですか?」

 短髪の女の子から切羽詰まったように尋ねられました。マヤさんメグさんがどうかしたのでしょうか?

 「だって、3人は恋人同士なんでしょ?」

 「違いますが!?」

 何かとんでもない誤解をされている気が!?

 「あ、あのねっ。私、恋とかまだよくわかんないけど、どっちか一人に決めた方がいいと思う!」

 「決めるとか以前にそういう関係じゃないです!」

 短髪の子が目をグルグルさせて顔を真っ赤にして諭してきますが、断じてそういう関係ではないです!

 「そうだよ!このままだと君、体を真っ二つにされて二人にお持ち帰りされちゃうよ!?」

 「どこ由来の情報ですか!?」

 長髪の子は何かすごい怖いことを行ってきますが、そんなことはされないです!

 多分・・・。

 

 

 「お二人はロイヤルキャッツのお隣の高級ホテルに宿泊中でしたよね」

 「ゴーストホテルだって!?」

 聞き捨てならないな!

 「ばかにするなよ!?うちのホテル想像以上にヤバいんだからな!泊まってみろよナツメ!!」

 「エルちゃんもおいでよ~」

 「いいよマヤ!私達とゲーム勝負で勝ったら遊びに行ってあげる!!」

 「じゃあメグさんにわざと負けなきゃ」

 

 「勝っちゃったよ・・・」

 「せっかく遊びに行けるチャンスだったのに・・・」

 「つい熱くなって・・・」

 「あれ?ナツメちゃんそのキーホルダーどうしたの?」

 「ひみつ」

 「私に隠し事するんだ!じゃあこのバッジのこともひみつ」

 「エルはいじわるだ」

 「また会えるかな・・・あの人たちに」

 「・・・楽しいかもね、この旅行」

 

 「あれ?そういえばあの子たち、あの男の子と同じホテルに泊まってるの?」

「や、やっぱり三角関係なんだよ!将来あの男の子を巡って色と欲にまみれた戦いに・・・」

 「・・・・・エルはちょっと見るテレビの内容を考え直そうか」

 

 

 

 「二人とも素敵な出会いでしたね」

 「チノこそ」

 「一人旅で仲良くなった子がいるって言ってたもんね」

 予定外こそ旅の醍醐味、とココアさんも言っていましたが一期一会の出会いも旅の醍醐味なんでしょう。

 生きていればいろいろな出会いがあります。

 そして別れも・・・。

 「マヤさん、メグさん」

 「ん?」「何?」

 「マヤさんメグさんとの出会いは、一生ボクにとって特別です」

 「えっ、どうしたの突然?」

 「・・・・・・・・・・・」

 ちょっと恥ずかしい台詞ですけど、心からの本音です。

 いつか別れなきゃいけない時になっても、ずっと特別でありますよう。

 「・・・あ、あーっ、写真をプリントする機会発見!」

 「マヤちゃん照れてる~」

 「メグもだろーっ!」

 「二人とも落ち着いて」

 「チノくんも顔真っ赤だよ~」

 「えっ」

 「ほらっ、決めポーズ考えてっ」

 いつかは来るだろうけど、今は考えなくていい。

 「「「我ら永遠!チマメ隊!」」」

 

 

 

 「チーノっ」「チノくんっ」

 「はい、何でしょう?」

 「「ウソつきっ」」

 「えっ?」

 「ほらっ、早くホテル帰らないと!」

 「夕ご飯の時間に間に合わなくなっちゃうよ~」

 「あの二人とも!?さっきの言葉の意味は!?」

 そうやって二人を追いかけていた時の空の色は、怖くなるくらい綺麗だった。

 

 




ナエちゃんたちもかわいらしくていいですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行編⑧ チノくんと遊園地

 「みんな早く走って!バスに乗り遅れちゃう!」

 そう言いつつココアさんは、何故か学校の制服で食パンを咥えながら走っています。今どき少女漫画でも見ない構図です。

 「ココアちゃんにこの旅行には学校の制服持ってきてって言われてたけど・・・」

 「いったいどこへ行く気だ?」

 「みんなで登校してるみたい」

 「でも行き先は学校じゃなくて・・・」

 そうココアさんに導かれて着いた場所は・・・。

 「ここだよ!」

 「「「「「「遊園地!?」」」」」」

 

 

 「私達の学校って修学旅行ないでしょ?せっかく街の外なんだから気分を味わってみたくて」

 「そういうことだったんですか」

 予定外の修学旅行となってしまいました。サプライズ好きなココアさんが考えそうなことです。

 でもそれだけじゃなくてきっと皆さんに楽しんでもらいたくて旅行前から下調べして決めていたんでしょう。他人に楽しい気持ちになってほしいという思いやりが根底にあるんですね。

 「ほんとに修学旅行みたーい」

「リゼたちと同じ学校みたいだな」

 マヤさんとメグさんも楽しそうです。よくたむろするボクたちですが行く学校は別々です。でもこれならひと時ですが、同じ学校友達の感覚を味わえます。

 「またサプライズ負けしてしまいましたね」

 いつもココアさんには驚かされてばかりです。

 

 「リゼのボタン、シャロと違うね」

 「卒業式でむしり取られたから代用品だ」

 「あれ?そういえばチノくんのボタンもマヤちゃんたちと違うね」

 「ああ、ボクも卒業式にむしり取られちゃって」

 「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」

 「皆さん・・・?」

 「さて、チケット早く買わないとな」

 「何時間も待つ羽目になりますからね」

 「お店でカチューシャ装備してね」

 「ココアちゃんノリノリね」

 「この耳なんかいいんじゃない?」

 「テンション上がるねー」

 「あれ!?」

 

 多少すったもんだがありましたが、無事遊園地に入園できました。

 「チノくんもカチューシャ装備しよー!」

 ココアさんは早速遊園地を満喫しています。可愛らしいウサギの耳をつけています。

 カチューシャにもいろんな種類がありますね。どれもかわいいです。

 「ココア、あんまり強要するなよ」

 「そうよ、年頃の男の子なんだし」

 リゼさんとシャロさんが冷静にテンション高めなココアさんを諫めます。

 「ああ、うん。ごめんねチノくん。無理しなくていいからね」

 流石のココアさんも二人に注意され、ばつが悪そうです。ウサギの耳もシュンとうなだれています。

 「・・・・・いえ、大丈夫です」

 「チノくん?」

 「せっかくなのでボクも浮かれたいですから」

 これはココアさんに遠慮したわけではありません。

 遠慮しすぎずもっと自分を出していきたい。この旅行に来て、そう思えるようになったからです。

 どこかの自称・姉みたいに。

 「かわいいものは好きですから大丈夫ですよ」

 「そっか!」

 ココアさんの顔に満面の笑みが戻りました。そんな顔されたら断れるものも断れないです。

 

 「余計なお世話だったみたいだな」

 「チノくんも変わったわね」

 「うん。前までちっちゃくて可愛い弟だと思ってたのに」

 「姉というより、母親ね」

 「え?」

 「男子はすぐ大きくなるっていうからな。すぐにでも背なんて追い抜かれるかもな」

 「もうっ!二人の意地悪!」

 「照れてるな」「照れてますね」

 「もぉーーーっ!」

 

 「というわけで思い切りました」

 「チノくんティッピーは外そう!?」

 「メガ増しだな!?」

 「動物耳ですらない!」

 

 

 「最初はどのエリアに行くか迷いますね」

 「みんなで回れるなんて夢みたーい♪」

 そう思いながらぶらぶらしていると、背後からヌッと猫さんの着ぐるみが現れました。

 「ひぅ!?」

 「パークのアイドル、ダルタニャン!怖がる必要ないよ」

 よりによってココアさんの近くで情けない声を上げてしまいました。少し気分が沈みます・・・。

 チョイチョイ

 「ん?」

 ポンッ

 「あっ」

 突然ダルタニャンさんの手から黄色い花が現れました。

 「手品だ!」

 「紳士だわ」

 「・・・ふふっ」

 ダルタニャンのおかげで気分も戻りました。楽しい遊園地みたいです。

 「チノくんチノくん」

 「何ですか?」

 「それっ」

 ポンッ

 今度はココアさんが赤い花を出しました。

 「対抗するなココア」

 

 

 「ジェットコースター!ずっと乗ってみたかったんだ!」

 「グルグルして楽しそ~!」

 マヤさんとメグさんは絶叫マシンに興味があるようです。

 「あれは人が乗っちゃいけないものだわ」

 「ですね」

 ボクと千夜さんは絶叫マシン全否定派です。なぜわざわざ命の危険を冒してまで高いところから飛び降りる必要があるのでしょう。

 「でもね・・・聞いたことがあるの。みんなで乗れば吊り橋効果で結束が強まるって」

 「え」

 「それに精神的に強くなるチャンス!」

 「えっ」

 まずいです。千夜さんが使命感からどんどん乗るモードに・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・。

 しょうがない。

 「じゃあみんなで一緒に乗りましょう」

 「チノくん・・・」

 「大丈夫なの?千夜に無理して付き合わなくてもいいのよ」

 「大丈夫ですよ」

 女の子が頑張ってる中で男子のボクが引き下がるわけにはいきません。

 それに。

 「将来のお仕事仲間ですから。結束を強めておきたいです」

 「チノくん・・・ありがとう」

 「いえ」

 「これを乗り切って私は・・・転生する!!」

 「「決意が重すぎる!!」」

 

 そんなわけで搭乗しました。コースターがどんどん上に登って行っています。

 「高い・・・流石に怖いですね」

 ここからコースターがなだれ落ちるなんて・・・。安全点検は大丈夫でしょうか・・・。

 あれ?さっきから隣の千夜さんが一言もしゃべって・・・。

 「千夜さん?」

 「・・・・・・」

 「大丈夫ですか?」

 「・・・・・・えっ?あっうん!?何!?」

 当の千夜さんは顔面蒼白といった感じです。決意はしても怖いものは怖いんですね。

 「・・・・・・・・・・・」

 ボクは千夜さんの小刻みに震えている手をそっと取りました。

 「えっ!?チノくん!?」

 「千夜さん」

 震えを抑えるように少し強めに千夜さんの手を握ります。

 「大丈夫ですよ」

 「・・・・・うん」

 どうやら少し安心したようです。よかった。

 そう思った瞬間にコースターが斜面を滑り落ちました。

 二人して一瞬魂が抜けました・・・。

 

 

 「ワタシ、ウマレカワッタ…」

 「コレデオミセモダイハンジョウ…」

 搭乗後も未だ魂が戻ってきてません。もう当分高いところには頼まれたって登りません、絶対に。

 「次はみんなであれ乗りたい♪」

 「「メグちゃん天然系小悪魔!!」」

 違う絶叫マシンを指さしてメグさんが笑っています。無邪気さは時には罪です。

 「メグ~、千夜とチノが怖がってるからやめよ?」

 「マヤちゃん」

 珍しくマヤさんが配慮してくれました。中学を卒業して大人になったのでしょうか。

 「体震えてる」

 「びびってないよ」

 「じゃあ二人で行こうよ」

 「ひっ!?」

 違った。たださっきのが怖かっただけみたいです。

 

 「・・・・・メグさん、ボクも一緒に乗りますよ」

 「チノくん?大丈夫なの?怖かったんじゃ・・・」

 「大丈夫ですよ。せっかくの旅行なので、挑戦してみたいんです」

 それに、同じ学校の修学旅行気分が味わえるのはこれが最後だろうし。

 思い出を宝として残しておきたいんです。

 「・・・わかった!じゃあ三人で乗ろう!」

 「はい」

 「これでチマメ隊の結束も永遠だね!」

 「フフフ、そうですね」

 メグさんも嬉しそうです。そんな嬉しい顔されたらこっちまで嬉しくなってしまいます。

 

 「・・・・・・・・チノ」

 「? 何ですかマヤさん?」

 「お前がカッコつけたせいで私まで乗らなくちゃいけなくなったじゃん!!!」

 「ちょっ、ポカポカなぐるのやめてくださ、いたいいたい・・・」

 

 

 「楽しかったね♪」

 「・・・・・・・」

 「うぅ・・・・・」

 ボクとマヤさんは口から魂やら何やらがまろび出そうな顔色をしています。反対にメグさんは満足したのか肌がツルツルテカテカです。

 「あんなの親父の自家用機に比べたらまだまだだぞ」

 「いつの間にか装備がすごいことになってる」

 凛々しいことを言っているリゼさんですが、装備しているものは遊園地のお菓子というゆるゆるっぷりです。

 「お菓子がどれもかわいくて・・・みんなの分もある」

 ポップコーンにチュロスといった、まさにノリがパリッてるお菓子のオンパレードです。

 「でもこういう場所のお菓子って結構な値段するよね」

 「リゼさん空気に流されてますね」

 「ここではっ!思い出を買ってるんだ!!」

 「最初の恥じらいはどこへ!?」

 リゼさんも浮かれに浮かれまくっているようです。

 

 「リゼさん」

 「ん、何だチノ?」

 「向こうに綿菓子の出店もあったので買ってきました。よかったらどうぞ」

 カラフルでかわいい綿菓子ばっかりだったのでつい買ってしまいました。皆さんの分もあります。

 「大丈夫なのか?こういう場所のお菓子は高いって言ったばかりだろ?」

 たしかに出費は結構しました。今少しお財布が軽いです・・・。

 「いいんです。こういう所では思い出を買ってるので」

 「・・・そうか。でもあまり無理はするなよ」

 「はい」

 リゼさんは心配してくれますが、お金は思い出作りに使ってこそです。

 それに皆さんが喜んでくれるなら無駄にはならないでしょう。

 早速皆さんに綿菓子を配りに行こう。

 「ではリゼさんもおひとつどうぞ」

 「ああ、ありがとう。でも今は手がふさがってるからな」

 確かに両手がチュロスでふさがっています。首からポップコーンの容器も下げてるので持って置く場所がありません。

 「・・・・・リゼさん」

 「うん?」

 「あ、あーんしてください」

 「!?」

 恥かしいですがしょうがありません。

 「な、なに考えてるんだ!こういうのは、その、恋人同士とかで・・・!」

 「で、でもその状態じゃ食べられないですよ・・・」

 「・・・・・・・・・・・」

 リゼさんは顔が真っ赤です。ボクも同じくらい顔は真っ赤でしょう。

 「・・・・・じ、じゃあ・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 パムッ

 

 

 しばらく行くとステージでヒーローショーがやってました。しかも演目は怪盗ラパンです。

 「久しぶりにシャロさんのラパンも見たいです」

 「シャロちゃん、チノくんの為にやってあげて」

 「今!?」

 「ああ、いや、そんなに無理にしなくても・・・」

 こういう人の多い場所で無理強いはできません。シャロさんはシャイな方なのでなおさらです。

 「じゃあ私もチノのカプチーノバリスタ見たい!」

 「久々にキアロやってほしいなー」

 「えっ」

 マヤさんとメグさんが催促してきます。キアロというのはだいぶ前ラビットハウスのにイメージキャラとしてコスしたキャラです。記憶の彼方に葬っていたのですが・・・。

 ・・・でもシャロさんに催促した手前、やらないわけにはいきません。

 「じ、じゃあシャロさん、一緒にやりましょう・・・」

 「え、ええ・・・・・」

 少し恥ずかしいですが何事も挑戦です。

 「怪盗ラパン!」

 「バリスタキアロ!」

 「「華麗に参上!!」」

 『はい!そこのやる気満々のお嬢さんとお兄さん!』

 あれ?アナウンサーのお姉さん、ボクたちのこと言ってます?

 『ステージに上がってラパンと共闘しよう!』

 「「ひゃいぃぃー!?」」

 

 

 「迷子に懐かれてしまった」

 「リゼちゃんはよく気に入られるねぇ」

 ボクとシャロさんがステージにいる間に、リゼさんが迷子のお子さんを抱っこしていました。

 「私も負けない!泣いてる子にはお姉ちゃんの~・・・魔法!」

 「バルーンアートなんていつの間に習得したんだ」

 ココアさんの手からウサギのバルーンアートが出てきました。きっとみんなを楽しませたくて頑張って習得したんでしょう。ココアさんらしいです。

 「あたしもほしいー」「ほしい」「ほしい」

 その光景を見て周りの子供たちがワラワラ集まってきました。

 「ココアは遊園地キャストになった方がいいんじゃ・・・」

 

 「・・・・・・・・・・・」

 「チノったら、ココアを子供たちに取られて嫉妬?」

 「わぁ~お」

 「違います」

 マヤさんメグさんはああ言ってますが断じて違います。確かにあの光景を見て胸がもやもやしましたが・・・。

 「だって・・・ココアさん達、やりたいことをどんどん叶えていってる感じしませんか?」

 「わかる」

 「みんな殻をぶち破ってるね」

 コーヒーカップを回しながら胸のもやもやの原因を吐露します。

 「ボクも高校生になったら負けられないなって・・・」

 「「・・・・・・・・・・・・」」

 コーヒーカップはグルグル回る。軽快な音楽とともに。

 その陽気な雰囲気でシリアスな心情がより際立ってるように思えた。

 「じゃあ私たちだってチノに負けなーい!」

 「必殺スパイラルトルネード!!」

 「振り落とされる!!!」

 シリアスな心情が凄い開店とともに何処へと吹っ飛んでいきました。

 

 「チノ!!!」

 「っ!?は、はいっ?」

 「男だったらちゃんと自分の思い伝えろよ!」

 「・・・マヤさん」

 「そうだよ!女の子だって待ってくれないんだから!」

 「メグさん・・・」

 「よーし!超必殺スーパートルネード!」

 「回転マシマシだー!」

 「ち、ちょっと回しすぎです・・・・・」

 

 

 そんなこんなあっていつの間にか日が暮れてきました。いよいよ1日だけの修学旅行も終わりです。

 最後の思い出としてみんなで記念写真を撮ることになりました。最初はリゼさんが撮ろうとしていましたが、シャロさんの説得でみんなで映ることになりました。パークのスタッフさんが撮ってくれます。

 「一人映らなくてどうするんですか!バラバラの制服ですけど・・・この格好でみんなが集まるのは最後なんですよ!?」

 「・・・たしかにな。年上とか関係なかった」

 リゼさんも先輩後輩のしがらみを気にせず、自分を出し切るようです。

 「年下に甘えてみてもいいんだよな?」

 「ぴぇ!?」

 「今の私は甘えん坊な猫だ」

 ・・・・・・・・・・・・・。

 「・・・・・みゃ」

 「!!?」

 気付いたらココアさんの服の裾を掴んでいました。

 

 「どどどどうしたの!?」

 「別に・・・みんなでこの制服が最後と聞いたら、寂しくなってしまっただけです・・・。ほんの少しだけ・・・」

 このメンバーで楽しんでいられる時間にも限りがある。

 そう、やりたいことをやれる時間にもきっと・・・。

 「そう思えたのなら制服思い出作戦大成功♪」

 でもココアさんは違うみたいだ。

 「新学期はもっと楽しくしちゃうからね」

 どんな時間が流れても、やりたいことを全力で楽しむ気概を持ってるらしいです。

 「その言葉、お返しします」

 「それでは笑顔で!」

 やりたいことを全力でやり切れば、自然と笑顔になれる。

 やっぱりココアさんはボクの先を行くお姉ちゃんで・・・。

 

 パシャッ

 

 ボクの大好きな人です。

 

 

 

 「ココアさん」

 「ん?なぁに、チノくん?」

 そうココアさんを呼び止めてボクはココアさんの前で膝をつきました。

 

 ポンッ

 

 「わっ手品」

 さっきのココアさんみたいに手から花を出しました。

 「練習してたんだね」

 「ずっとココアさんみたいにやってみたくて」

 まだまだお母さんやココアさんには遠く及ばないけど。

 「あはは、お姉ちゃんに憧れちゃったのかな?」

 「はい、そうです」

 「えっ」

 そう聞いたココアさんは一瞬顔が真っ赤になりました。でももしかしたら夕日のせいかもしれません。

 「新学期でもよろしくお願いします」

 「・・・うん!よろしくね!」

 夕日に照らされたココアさんの笑顔は、いつもよりきらびやかに見えました。

 

 もっと伝えたいことはあったけれど、今はこれだけでいい。

 でも絶対に伝える。それが今の僕のやりたいことだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行編⑨ チノくんとロイヤル・キャッツ

 かつての文豪たちの社交場と言われたホテル“ロイヤル・キャッツ”。かつては栄えていましたが歴史の流れのせいか徐々にお客さんも減り、経営をしているばあやたちもホテルの終わりを予期しています。

 「何だかんだ大変だったけど、最後くらいこのホテルにお礼をしてもいいかもね」

 「とりあえず掃除したり?」

 「チマメ隊が出かけてるからあいつらの部屋をデコレーションするのはどうだ?」

 「それじゃあホテルにお礼作戦開始―!」

 しかし彼女たちは違うようです。

 どこでも素敵なカフェにしてしまえるウサギさんたちが、ホテルに新しい華を添えてきています。

 「このビリヤード台を使うのもこれで最後でしょう」

 「諦めるのはまだ早いかもしれませんよ?」

 今まで私は見てきました。彼女たちが幸せを運ぶのを。

 だからもうすぐ何か良いことが起きそうな予感がするんです。

 そう思った瞬間、玄関のドアがガチャリと開く音がしました。

 「あの・・・このホテル」「二人分の部屋空いてますか?」

 「お客さんきたー!!」

 思った通りです。ギャンブルの直感は散々でしたが、こっちの直感は当たりました。

 また何か、新しい物語が始まる予感です。

 

 

 「いいにおいのする人たちだったね」

 「変に思われなかったかな」

 最初はやばいホテルって聞いてたけど、いざ来てみるととってもおもてなしの心が満ちたホテルで安心した。部屋は泊まる前からデコレーションしてあって、お手洗いの安全確認までしてくれたし、独創的な羊羹パンと独創的なピアノのサービスまでしてくれた。マヤのやつ、嘘ついてたな。

 「チップいっぱい渡したら友達になってくれるかな」

 「エル、その考えやめようよ・・・」

 私たちはちょっとお金持ちだから同年代の子から距離を置かれがちだ。そのうえ親の都合で転校が多いから、仲良くなってもすぐ離れ離れになることが多かった。仕方がないと思うようにしてたけど、やっぱりちょっと寂しかった。

 だからあまり仲のいい友達も作らないようにしてた。でもこの旅行に来て本当に離れたくない友達ができちゃった。お金持ちとかそういうの気にせずに、対等に遊び合える友達だ。

 その友達はこのホテルに泊まってるって言ってたんだけど、どこにいるんだろう・・・。

 「あの3人見かけなかったね」「探しに行ってみよっか」

 そう思った矢先。

 「あー、もう足くたくたー」

 「美術館広かったねー」

 「歩き疲れました」

 「「!!?」」「「「!!?」」」

 なぜか当のマヤたちが私たちの部屋に入ってきた!?

 「なんでいるー!?」

「マヤたちこそなんで勝手に入ってくるのー!?」

 「ちょっとこいチマメ」

 「「?」」

 マヤたち3人はキリっとした長身のメイドさんに連れられてどこかにいっちゃった。どうしたんだろう・・・?

 

 ガチャ

 

 「チマメイドでーす」「内一人は執事です」

 「「ホテルに取り込まれた!!」」

 これがメイドさんたちが言ってた働きたくなる呪い!?

 

 

 

 「隣のリッチなホテルに泊まってたんじゃないの?確かエルと、え~っと」

 ホントは覚えてるけど、ちょっとナツメに意地悪してやろ。

 「・・・っなんで、エルは覚えてて私は覚えてないんだよぅ・・・」

 「冗談だから!」

 マジ泣きされて流石に罪悪感に襲われた。

 「忘れるわけないじゃん。ナツメ」

 一期一会で出会った大事な友達なんだから、忘れるわけない。

 「・・・私はそっちの名前忘れたけどねっ!」

 「さっきマヤって呼んだよね」

 

 

 「宿泊中要望があったら何でも言ってね」

 大切なお客さんだし、大事な友達だし、思い出に残るようなおもてなしをしてあげたいんだ。

 「じ・・・じゃあ、一緒に遊んで ほしぃ・・・」

 エルちゃんが消えそうな声でお願いしてきた。そんなことならお客さんじゃなくてもいつだって聞いてあげるのに。

 だって大切な友達だから。

 「じゃあ喉乾いた」

 「図々しいなナツメ」

 「何でもって言ったじゃん」

 「じゃあさっき買ったブライトバニーの飲みかけあげるよ!」

 「最低のサービス!」

 「マヤちゃん印象悪くしないで!」

 「これは期間限定モカチーノ!私の好きな味だ!マヤさんありがと~!」

 「いいの!?これでいいの!?」

 

 

 「待ってください!飲み物が欲しいならボクが最高のコーヒーをご用意するので喫茶店に来てください!」

 「チノが本気だ」

 ラビットハウスの跡取りとして飲みかけのコーヒーなんかに負けられません。それにお客様には最高の環境で最高のコーヒーを飲んでほしいのです。

 「カフェ2回目・・・・・」

 「出来ました」

 用意するのはもちろん。

 「このホテル支配人直伝のアインシュペンナーです」

 

 「あれチノくん!?いつの間に支配人に習ってたの!?」

 「ココアさんが副支配人にパン作りの修行を受けたのなら、ボクだって負けていられません」

 自分の意志でココアさんと並んで歩きたい、この旅行に来て本当にそう思えるようになりましたから。

 「この喫茶店“カフェ・ノワール”の名物だったそうです。この場所に相応しいコーヒーを飲んでほしくて頑張りました」

 それにマヤさんメグさんのお友達なら、ボクにとっても大切なお二人です。

 「さあどうぞ。ぜひ味わってください」

 「「・・・・・・・・・・・・・・・」」

 「? どうかされましたか?」

 「えっ、あっ!ううん!?」

 「じ、じゃあいただきますね!」

 「はい、どうぞ召し上がれ」

 やっぱり喫茶店は、お客様に楽しんでもらってこそです。

 

 「ナツメさんもエルさんも、満足してもらえたようで良かったですね」

 「「・・・・・・・・・・・・」」

 「マヤさん?メグさん?どうかされましたか?」

 ゲシッ ゲシッ ガスッ ガスッ

 「ちょっ!?なんでお尻蹴ってくるんですか!?痛い!痛い!」

 

 

 「「ビリヤードでマヤとメグに勝ったー!」」

 ナツメさんエルさんはマヤさんとメグさんと一緒に、ホテルに備え付けの台でビリヤード勝負をしていました。数日前に会ったばかりなのに昔からの親友のような関係になっちゃっています。

 「私たち旅行中ずっと負けてるような・・・」

 「負けたら何か一つあげるって約束だっけ」

 「じゃあチノが欲しい!」

 「「「えっ」」」

 「私たちの専属バリスタになってもらうの」

 「さっきのコーヒー毎日淹れてほしいな」

 「「ダメーッ!!」」

 ボクのコーヒーの味が認められたのは嬉しいのですが、ラビットハウスがあるので専属バリスタにはなれません。マヤさんメグさんも必死になって止めてくれます。

 というか、二人が両側によって来てるせいでいい香りが漂ってきています。なんというか気品に満ちた上品で爽やかな香りが・・・・・。

 「チノ、後でちょっとどつくからな」

 「な、何もしてないですよ」

 最近ちょっとマヤさんが怖くなってきた気がします・・・。

 「まあまあ、3人とも私の妹になれば全部解決だね」

 「何も解決してないし、ココアは関係ないだろ」

 ココアさんは相変わらずのようです。

 いや、でもボクを抱きしめる力がいつもより強いような・・・。く、苦しい・・・・・。

 

 「ごめんなさい、ボクは自分の喫茶店があるので専属バリスタは無理かと・・・・・」

 「「・・・・・じ、じゃあ」」

 「?」

 「私たちのお婿さんになって!」

 「!?」

 「喫茶店の経済支援するから、毎日私たちのためにコーヒーを淹れてください!」

 「いや、ちょっと・・・」

 「「「「「「ダメ―――――――――――――――――ッッッッッ!!!!!」」」」」」

 「ひっ!?」

 

 

 

 「トウミョウ隊だって」「あだ名付けられたの初めて」

 ホテルのメイドさんからあだ名付けられちゃった。“マ”ヤさん“メ”グさんで“豆”で、“ナ”ツメちゃんと私、“エ”ルで苗で“豆苗”隊なんだって。あだ名で呼ばれることなんてなかったからビックリしたけど嬉しかったな。

 あの子たちとより仲良くなれたみたい。

 でもこの時間ももうすぐ終わっちゃうんだよね・・・。

 「今度は枕投げ勝負だー!」

 「負けたままじゃいられない」

 枕を持ったメグさんたちとパンのメイドさんが部屋のドアを開けて勢いよく入ってきた。

 お別れの寂しさを吹き飛ばしてくれたみたい。

 「枕投げ・・・やったことないけど・・・」

 「おーっ?戦う前から敗北宣言かー?」

 「なっ!バカにしないでよね!未経験でもマヤくらいになら勝てる自信あるし!」

 「あーっ!またプライド傷付けやがって!じゃあこっちも容赦しないかんな!」

 「こっちだって!」

 「こういうの初めてだからうまくできるかな」

 「大丈夫。枕だからケガしないよ」

 「妹たちはお姉ちゃんが守るからね!」

 「皆さんホテルの迷惑にならない程度にお願いしますね」

 やっぱりこのホテル、おもてなしの心が5つ星だよ。

 

 「ねえ、ナツメちゃん」

 「何?エル?」

 「この戦いって私とナツメちゃんとココアさんチームとマヤさんメグさんチノさんチームの戦いだったよね」

 「うん、そうだったと思う」

 「じゃあさ・・・」

 オイコラチノーッ イツノマニアノコタチヲタブラカシタノーッ オネエチャンソンナコニソダテタオボエナイヨーッ チョッヤメテッマクラデモイタイッ

 「なんでみんなチノさん狙ってるの・・・?」

 「さあ・・・。やっぱり恋人だったのかな・・・?」

 「じゃあ、私たちもしかして寝と」

 「エル、それ以上はいけない」

 

 

 

 「ねえ、何でこのホテルのお客さんなのに接客してたの?」

 「他人のホテルで頑張る理由ある?」

 枕投げ勝負を終えて一息ついた私たちはふと疑問に思ったことをマヤたちに聞いてみた。だって普通はみんなお仕事って嫌がるイメージだし。

 「だって面白そうだったから」

 「そんな理由でお仕事していいの?」

 「面白そうで首突っ込むの好きなんだ。それで実際面白かったら得した気分になれるし」

 そっか。

 そういう理由でお仕事してもいいんだ。

 

 「それに、ナツメちゃんとエルちゃんも来てくれたから」

 「私たちのために?」

 「うん。友達とかお客さんとかが喜んでくれると、こっちもすごく嬉しくなるんだ」

 おもてなしの心が5つ星だと思ってたけど、それが自然の人もいるんだね。

 私もあんな風になりたいな。

 

 「おもてなしで楽しんでもらえると私も楽しい~」

 「ハァ・・・ハァ・・・。こ、コーヒーで、ハッ、し、幸せに・・・・・」

 「「チノさんボロボロ!」」

 

 

 「じゃあこっちからも質問!何でここに来たの?」

 「言わなきゃダメ?」

 「私たちに勝ったら教えてあげるよ」

 「のぞむところだよー」

 「ぼ、ボクちょっと休憩で・・・」

 「「「ダメ」」」

 「えっ」

 「そうだよ!この勝負に勝って私たちチノさん手に入れるから!」

 「えっ!?」

 「マヤたちの恋人じゃないなら私たちがお婿さんに貰ってもいいよね?」

 「えぇっ!?」

 「そういう問題じゃなーい!」

 「重婚は犯罪だよ!」

 「大丈夫!」

 「小切手使って何とかするから!」

 「むーっ!汚い奴らめ!」

 「成敗してやるー!」

 「ぼ、ボクちょっと出ときますね・・・」

 「ダメだよチノくん自分の自由は自分で掴み取らなきゃ」

 「ひぃっ!?」

 こうして、楽しい夜は更けていった。

 

 

 

 チュンチュンと小鳥がさえずる音と、柔らかい朝の陽ざしで目が覚めた。昨日の疲れが残ってるのか、まだ夢見心地でまどろんでる。

ふと部屋を見てみると一緒に寝ていたはずのナエ姉妹がいなかった。

 「あれ、支配人?ナツメとエルは?」

 「電車の都合で朝早く出発なされましたよ」

 「え?何も言わず?」

 「私たちといて楽しくなかったかな・・・?」

 もしかして、上流階級特有の社交辞令だったのかな・・・。

 「伝言をお預かりしていますよ」

 そう言って支配人は、昨日エルにあげたブライトバニーの空きカップを見せてきた。

 そこに書いてあった。

 “ありがとう”って。

 

 「あの二人めー、カッコつけちゃって」

 「また会えるといいね」

 なんだろう。どこに住んでるかもわからないのに。

 近いうちにまた会える。そんな気がしてるんだ。

 

 「よ、より仲良くなれて、良かったですね・・・」

 「あ、チノ忘れてた」

 「たくさんの枕に埋まってティッピーみたいだね」

 

 

 

 私たち姉妹は、帰りの電車に揺られながらホテルでの出来事を思い出していた。

 「ねぇエル。旅行最後に日に思い切ってみてよかったね」

 「景色だけじゃない、世界が広がったね。ナツメちゃん」

 「ブライトバニーの娘でもバイトできるかな」

 「私たちもしてみたいね。おもてなし」

 「! これがあのホテルに泊まると働きたくなるって言ってた!」

 「呪い!?」

 「呪いは怖いから魔法って言おうか」

 「変な魔法使いがいたんだね。きっと」

 私たちはこれからの未来が楽しみなっていた。

 きっと近いうちにあの子たちと再会できるって予感しながら。

 

 




清川元夢さんのご冥福をお祈りいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行編⑩ チノくんと最後の旅行

今回、原作との最大の相違点が生じます。それでも良いという方のみご覧になってください。


 ついに今日は旅行最終日です。来た当初は長いと感じられた時間も、今思えばあっと言う間の出来事のように思えます。

 思い切って街の外に出てみて、色々なものを見たり聞いたり、色々な人々と出会ったりして自分の世界が広がった気がします。

 そんなこんなで旅行最終日の夜です。思えばこの旅行、ボクは皆さんに頼りきりだった気がします。最後の日くらい、男のボクがみんなを引っ張ってあげたいです。

 「あのっ、皆さんに提案が・・・」

 「みんなこの後の予定どうするー?」

 「レストランに行こうかしら」「私ホテルで休む」「じゃあ解散~」

 「最終日なのにバラバラ!」

 早速団結が崩壊しかけています。皆さんと一緒に行きたいところがあったのですが・・・。あまり強要しない方が良いでしょうか・・・。

 「やっぱまとめ役がいないとね!お姉ちゃんの私が指揮を!」

 「指揮なら私が・・・」

 「・・・・・・・・・」

 

 『もっと自分を出していいんだよ?』

 

 「皆さん・・・・・」

 「ん?」

 「王の命令を発動します。今日はボクに従ってください」

 「ここでガレット・デ・ロワの指輪使うの!?」

 使うタイミングが分からず、ずっと持ち歩いていましたが今こそ使う時です。

 ボクとみんなの楽しい旅行のために。

 

 

 

 「一体どこに連れてくの?」「ケーブルカー?」

 ボクはみんなを目的の場所に連れていくため、ケーブルカーに先導します。

 これから行く場所はこの前一人旅したときに会った子、フユさんに教えてもらったおすすめスポットです。

 「到着です」

 「わぁっ」

 そこからは街の煌めくような夜景を一望できるスポットがありました。

 「宝石箱だー!」

 

 「この街こんなに橋があったんだ」

 「まさに“百の橋と輝の都だね”」

 この煌めくような夜景は木組みの街では見られないでしょう。まさにこの街ならではです。

 「光が反射してシャロちゃんの目もキラキラしてる」

 「景色を見なさいよ」

 みんなもこの景色を見て感動してくれてるようで良かったです。あらかじめリサーチしたかいがありました。

 「ううっ、今日が最後の夜かと思うと・・・」

 「リゼちゃん瞳から宝石が零れ落ちてるよ!」

 一部感動しすぎてる人もいますが。

 

 

 「お前ら夜は暗いから、行動中はぐれるなよ」

 「いつものリゼだ」

 キリっとしたリゼさんに戻ったようで何よりです。

 ・・・ふと思い返すとこの場で男子はボク一人でした。

 一応男である以上、夜の都会のような危ない場所では女性の皆さんを守らなければいけない責任があります。

 ましてや今はボクは民に命令している王という体なのですからなおさらです。

 「ココアさんもはぐれないように・・・」

 一番不安な人に念を押そうとしましたが。

 その場に当の本人はいませんでした。

 「どこ―――――っ!?」

 

 

 

 「みんな私から離れちゃってる!世話の焼ける妹たち!」

 私がねこちゃんを追いかけてるうちに、みんな迷子になっちゃったみたい。夜の都会は危険も多いんだから、早く探さないと。

 と言っても知らない道も多いしどう探せば・・・。

 (あ、あんな所に人が)

 塀の上でねこちゃんたちとたむろしてる女の子を見つけた。この子に道を聞いてみよう。

 「あのあの、ちょっと道を聞きたいんですが・・・」

 私の声を聞いて振り返ったその子は。

 瞳から小粒の涙がぽろぽろと落ちていた。

 「どうしたの!?瞳から宝石がポポロンしてる!?」

 「大丈夫。これ、猫アレルギー」

 「絶対ウソでしょ!?お姉ちゃんに話してごらん!?」

 「じゃあ・・・お姉さんアレルギー」

 「じゃあって何!?」

 

 「・・・もうすぐ、進学を機に地元から離れるの。この子たちとしばらく会えないから寂しくなっちゃっただけ」

 そっか。そうだよね。大事な友達と離れ離れになったら誰だって寂しいし不安になるよ。

 「この子なんて特にプリティーだもんね」

 「せめてダンディーと言ってくれないかね」

 「腹話術!?しかもオジサマだったの!?」

 なんかチノくんを思い出すよ!

 

 「ねえダンディキャット。私も故郷を離れて暮らしてるんだ」

 今は私は実家を離れて、下宿先のラビットハウスで働きながら暮らしてる。この子を見てると、まるで昔の私を見てるような気にもなるんだ。

 「不安もあったけどたくさん友達出来たよ!思い出が毎日更新!」

 軍人みたいでカッコいいリゼちゃん。和菓子大好きで和服美人な千夜ちゃん。働き者で頑張りやなシャロちゃん。元気いっぱいのマヤちゃんにのほほんとしたメグちゃん、小説家の青山さんにその編集者の凜ちゃんさん。他にもお世話になってるタカヒロさんやもふもふウサギのティッピーみたいないろんな人たちと出会えて、毎日が楽しいと心から思える。

 そして、喫茶店の跡取り目指していつも一生懸命なチノくんも。

 「それは君だからできたことじゃないのかい?」

 そうだね。初めてのことなら誰だって不安に感じるよね。けど。

 「外の世界に踏み出す一歩が凄いんだよ。自信持って!」

 新しい世界が広がると、新しい友達や新しい自分に会える。

 それってとっても素敵なことだと思うから。

 「・・・・・ありがと」

 

 「昔ね、私も私の大切な友達も君みたいに外の世界に踏み出すの怖がってたんだ」

 「そうなんだ」

 昔はその子は無口で人と関わるのも避けていた。そういう生き方もあるとは思うけど。

 「でも、みんなの助けでどんどん新しいことに挑戦していってね。私たちをこの街まで連れてきてくれたんだよ」

 ちょっと前まで無口で人見知りで恥ずかしがりやだったのに。みんなの前で歌ったり、友達を一人でもてなしたり、外の世界へ行く旅を提案してくれたり、すごい早さでどんどん成長していった。

 もう私の助けなんて要らなくなるくらいに。

 「だからきっと、君も新しい自分に出会えると思うんだ」

 変わらない大事なものもあるけど、変わりたいと願う友達がいたら応援してあげたい。

 この子だってそう。私は“出会って3秒で友達”がモットーだからね!

 「ありがとう。勇気出てきた」

 「そっか!よかった!」

 この子とまた会えるかわからないけど、もし出会ったらその時は友達として手助けしてあげるんだ。

 

「この間、お姉さんみたいに旅をしてる男の子に会ってね」

 「へぇー、そうなんだ!もしかしたら私もこの街ですれ違ってるかも!」

 「その子のこと、結構好きかもって思った」

 その言葉を聞いて一瞬ドクンってした。何でだろう。日頃恋バナとかあまりしないせいかな。

 「でも旅行だろうし、すぐこの街離れてどっかいっちゃうだろうし」

 「・・・・・・・・」

 「外の世界に出たら、また会えるのかな・・・」

 「・・・きっと会えるよ。世界は繋がってるから」

 私も、外の世界に出て大好きな人と出会えたから。

 

 

 

 「ココアちゃんいたー!」

 「そんなところで一人で猫と戯れていたのか」

 つい話し込んじゃったと思ったら、いつの間にかさっきの子は姿を消してた。恥ずかしがりやさんなんだね。

 「もうっ!探したんだからねっ!」

 「はぁっ、はぁっ、無事でよかったわー」

 「えへへ、みんなごめんね」

 みんなが迷子になったと思ってたら、どうやら私が迷子だったみたい。みんなに迷惑かけちゃったな。お詫びに明日飛び切り美味しいパンを作ってあげよう。

 「ココアさん・・・」

 「チノくんもごめんね」

 そう言った瞬間、チノくんは私の頭に軽いチョップをしてきた。

 「えっ、チノくん?」

 「・・・本当に心配したんですよ」

 その子は今までにないくらい真剣な眼差しをしていた。

 「・・・・・ごめんなさい」

 私はお姉ちゃんに怒られたような、お兄ちゃんに怒られたような、お父さんに怒られたようなときの心が入り混じったような気持ちになっていた。

 でも嫌っていうわけじゃなくて、なんだか胸が暖かくなるような・・・。

 「でもココアさんから目を離したボクが一番悪いです・・・・・」

 「私赤ちゃんじゃないよ!?」

 

 

 

 「端に着いたはいいけど、人が多いわね」

 「何があるの」

 ボクはみんなを連れて、さっきのスポットから見える一番大きな橋に移動しました。

 (8時まで3、2、1・・・)

 ここではあるサプライズを用意しているのです。

 「どーん!」

 大きな声とジェスチャーをしてみますが何も起こりません。

 「どうしたチノ?」

 タイミングを外したようです。恥ずかしい・・・・・。

 「今のチノくん、かわいかったなぁ」

 「ココアさん・・・」

 「どーん!って!」

 

 ドォーンッ

 

 そのタイミングで花火の轟音と閃光が鳴り響きました。

 「ココアさんにタイミング取られたぁ!」

 「よくわかんないけどごめん!」

 

 「えっ!?なになに!?マジック!?」

 「そっそうです!」

 「いつの間に仕掛けを!?」

 「冗談です・・・」

 打ちあがる花火をマヤさんメグさんは純粋な眼で眺めています。その純粋さに負けて種明かしをしてしまいます。

 「今日この橋の建設記念日があると支配人たちから聞いてきたんです。内緒にしてビックリさせたかったんですが・・・」

 どうやらサプライズは失敗のようです。まだまだココアさんのようにはいきません。

 「チノくん十分驚いたわ!」

 「リゼちゃんなんかビックリしすぎてまた目から宝石が」

 「最後の日に粋なことをー!」

 「ぶえっ」

 リゼさんにきつく抱きしめられました。く、苦しい・・・。

 

 「思い出作りになったでしょうか?」

 「うん、最高の夜だ」

 どうやらサプライズは成功だったようです。

 「この街に来て色々あったね。私は夢が広がったよ」

 「面白い双子にも会ったしね」

 この旅行でボクだけじゃなく、みんなの世界も広がりました。

 「みんな“ただいま”と“おかえり”を何度も言い合ったわね」

 「いつの間にかそれが当たり前になってた」

 よりみんなとの絆も深まりました。

 「私はパンの修行で筋肉が付いたよ」

 「ココアだけ逞しい成長を遂げたな」

 「・・・ふふっ」

 どうやら物理的に成長した人もいるそうです。

 

 

 この旅をして、本当に良かった。

 

 

 街の人とのたくさんの出会いもあった。

 色んな暮らしをしている人たちと出会った。

 自分とは違うたくさんの人たちと出会った。

 本当に楽しくて、世界や夢が広がった。

 その分たくさん大きくなれたと思う。

 

 「最後にフユさんに会ってもう一度お礼が言いたかったです」

 「どこからか同じ花火を見てるかもしれないよ」

 「・・・はい。一緒に見れてるといいです」

 きっと一緒に見れてる。

 世界は繋がってるから。

 

 

 「チノくん」

 「はい?」

 ココアさんはボクの頭に優しく手を置いて撫でてくれた。

 「今日はありがとね。私たちのこといっぱい考えてくれて」

 そのままふわふわと撫でまわしてくれる。少しだけくすぐったい。

 こんなの昔、お母さんにしかしてもらったことがない。

 「いつの間にか私が思うより大きくなってたんだね」

 母親のような、姉のような暖かい目で見てくれる。

 「昔のチノくんも好きだけど、今のチノくんも大好き」

 でも、ココアさんは母親でも実の姉でもない。

 ココアさんは・・・。僕の・・・。

 

 「ココアさん」

 「うん?」

 「僕もココアさんが」

 瞬間、大きな花火の音と光が鳴り響いた。

 

 

 

 「えっ・・・」

 花火の音のせいで聞こえなかったかもしれない。

 

 「チノくん、ごめん。よく・・・聞こえなくて・・・・・」

 ココアさんは呆けたように立っていた。

 他のみんなは顔を真っ赤にして硬直している。

 

 僕は花火に負けないようにできるだけ大きな声を出した。

 

 「僕も、ココアさんが大好きです」

 

 ヒュウウ~、と花火の上がる音がする。

 

 「付き合ってください」

 

 言い終わった瞬間に、今日一番の大きな花火がパッと花開いた。

 

 

 

 ビックリしただろうか。

 そりゃそうだろう。今まで弟みたいなものだと思ってきた男に、いきなりみんなの前で告白まがい、というか告白されたのだから。

 もしかしたらこのせいで、今までの関係でいられなくなるかもしれない。

 それでも僕は告白を選んだ。

 この旅行で、外の世界へ出て、もっともっと外の世界へ、自分を出してみたいと思ったから

 だから失敗しても、もし失敗しても悔いはない。

 これからもココアさんが僕の大好きな人ということは変わらないだろうから。

 

 そうは思うけど、返事を待つ時間は自分が生まれてからこれまで生きてきた時間と同じくらい長く感じられた。

 

 

 ・・・あれ?いくらなんでも長すぎない?

 「ココアー!」「ココアちゃんしっかりしてー!」

 告白された当の本人は、全身から湯気を出して目をグルグルさせて半分気絶していた。

 「ココアさ――――――ん!!!」

 

 

 

 「んっ、んっ、んっ。ぷはぁっ。もう大丈夫・・・」

 何とかホテルに戻ったボクたちは、ゆでダコみたいになったココアさんを介抱していました。どうやら氷水を飲んで落ち着いたみたいです。

 「だ、大丈夫ですか・・・?ココアさん・・・?」

 「ん・・・。うん・・・」

 「ごめんなさい・・・。いきなりあんな・・・」

 「うん・・・・・」

 気まずい。

 イエスともノーとも取れないココアさんの態度。自分勝手だけど非常にもどかしい。

 他のみんなも赤面状態で絶句してる。この場を纏う雰囲気が重い・・・。

 自分で告白しといてなんだけど、ちょっと現実逃避したい・・・。

 「み、みんな!まだまだ最後の夜はこれからだよ!」

 現実に戻ってきたのかココアさんはあっけらかんと振る舞おうとする。でも顔は真っ赤だし、声はしたっ足らずです。

 「さあ、王よ!最後のご命令を!」

 「そ、そうですね!最後の命令は全員で夜更かしで」

 「「「「「ダメ」」」」」

 「「えっ」」

 「告白した夜なんだし、二人で過ごさなきゃ」

 「いや、あの、メグちゃん?そんなに気を使わなくても」

 「男だろ、責任持てよ」

 「あっ、はい・・・。すいませんマヤさん・・・・・」

 「ま、まあ後は若い子たちに任せて私たちは退散しましょう」

 「千夜ちゃんたちも十分若いよね!?同い年だよね!?」

「そうね、本人たちに任せてね」

 「・・・・・気を使わせてすいません」

 「あああ、あの、ふふふ二人の部屋、ききき今日は同じにしといたから」

 「り、リゼちゃん(さん)・・・」

 「な、長い夜になるだろうから、って私は何を言ってるんだーっ!!」

 そう言ってみんなは部屋から出て行ってしまった。

 

 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 ボクとココアさんは二人残された。

 静けさが部屋全体を支配している。

 「・・・あ、あの」

 静寂に耐えかねてボクは口を開いた。

 「ど、どうします・・・?」

 どうしよう・・・・・。

 「・・・・・ごめん、ちょっと汗かいちゃって・・・・・」

 「あ、そうですね・・・。先にシャワーどうぞ・・・・・」

 「ありがと・・・・・」

 そういってココアさんはいそいそと部屋備え付きのシャワールームに入っていった。

 ココアさんがシャワーを浴びる音が、静かな部屋に響き渡る。

 

 ((・・・・・・・・・・・・・・・))

 

 ((どうしよう!!))

 二人はそういうことに全く疎かった。

 

 

 

 私の後にチノくんもシャワーを浴び、二人してベッドに座った。

 「「・・・・・・・・・・・・・」」

 具体的な時間は計ってないけど、何十時間も経過した気がする。

 (どうしよう。どうしたらいいんだろう・・・)

 告白した男女二人が夜を迎える。ドラマとかではよく見るけど、現実ではどうすればいいのか・・・。

 ドラマではこの後・・・。

 (ダメダメ考えちゃダメ!!!)

 少し考えるだけで脳みそが茹で上がって、たんぱく質が固まっちゃうような気がしたから考えないようにする。

 でもチノくんも男の子だし・・・。

 やっぱりそういうこと・・・・・。

 「ココアさん」

 「ひゃぁい!!!」

 いきなり話しかけられて変な声を出してしまった。これで愛想付かされてないよね?

 「ごめんなさい。いきなりあんなこと・・・」

 「い・・・いえ・・・・・」

 さっきからこの調子で全然進展しない。

 もう早く朝になって・・・。

 「ボク、怖かったんです」

 「怖かった?」

 「いきなり同居人からあんなこと言われて。変に思わないだろうかって。気持ち悪くなって出て行っちゃうんじゃないかって」

 そんなこと、ないよ。

 ビックリしたけど私だってチノくん大好きなんだから。

 「ココアさんの思う“好き”と、ボクの思う“好き”が食い違ってたらと思うと怖くて」

 そっか。

 それでも勇気を出して告白してくれたんだ。

「ごめんなさい。好きって告白したのにこんなこと思うなんて。ボク、結局ココアさんのこと信頼しきれてないんですね」

 そんなことは絶対ない。

 誰だって新しいことをするときは怖いんだから。

 告白だって同じことだと思う。

 

 チノくん、本当に私が思うより大人になってたんだね。

 

 「チノくん」

 「はい?」

 私はチノくんの手の上に自分の手を優しく重ねた。

 「ありがとう。私のこと、たくさん考えてくれて」

 そしてそっと、チノくんの体を自分の方に抱き寄せた。

 「私もチノくんのこと大好きです」

 チノくんの体は温かかった。

 でもいつもモフモフしてたときより大きく感じられた。

 「私と、恋人になってください」

 ちょっと小さな声だけど、それでもしっかり伝わるように言った。

 「はい。不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 後ろを付いてきたと思っていた弟が、いつの間にか隣を歩いてました。

 その日は、チノ君が弟でも友達でもなくなった日でした。

 

 「ふぅーっ、告白してみたら何だか喉が渇いちゃった」

 「じゃあボク、コーヒー淹れてきます」

 「待って、私も手伝うよ」

 「ココアさん豆の違い分からないじゃないですか」

 「だいじょーぶ!いつもラテアートの練習して鍛えたから!」

 「関係ないです」

 ようやくいつもの感じに戻れました。

 多分恋人になっても、この感じは続くのでしょう。

 多分、ずっと先の未来になっても。

 「コーヒー飲んだ後は夜更かしで遊ぼうね!」

 「新しいパズル持ってきてたんです。一緒にやりますか?」

 「やろうやろう!」

 でもそれでいい。

 それがココアさんと僕なんだから。

 

 「あっ、チノ君。忘れるところだった」

 「はい?」

 そう言ってココアさんは顔を近づけてきた。

 「あっ、待って」

 僕はそのココアさんの体を押しとどめた。

 「えっ、イヤだった・・・?」

 見るからにココアさんはショックそうだけどそうじゃない。

 「いや、あの・・・」

 「?」

 「こういうのは男からの方がいいかなって・・・」

 時代錯誤かもしれないし色々おかしいかもしれないけど。

 「・・・うん。じゃあ、お願い」

 そう言ってココアさんは目を閉じて綺麗な唇を差し出してきた。

 僕も目を閉じてココアさんに顔を近づける。

 

 背が伸びたのかあまり背伸びしなくてもよかった。

 

 




というわけで原作のココアちゃんとチノちゃんと全く違う関係となってしまったココアちゃんとチノくんでした。なるべく違和感のないようにしてるつもりですが違和感が生じてしまったらごめんなさい。

まだ他のみんなもチノくんのことは好きですが、ごちうさは優しい世界なのでそんなドロドロとした関係にはならないので安心してください(多分)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行編最終話 ただいま

 「んっ・・・」

 なんだかいい匂いがする。

 焼き立てのパンのような、安心する匂い。

 それにとっても柔らかい。

 モフモフしたウサギのような、安らぐような柔らかさ。

 そしてとても温かい。

 太陽の光を浴びた布団のような、ホッとする温かさだった。

 

 そうしてまどろみの中で目を開けると。

 「っ!?」

 僕の隣にココアさんが寝ていた。

 何かデジャヴが・・・。

 

 「おはようチノ君」

 「あっ、おはようございます・・・」

 ココアさんは何事もないかのように目を覚まし、こちらに微笑みかけてくる。

 「よく眠れた?」

 「は、はい。とても・・・」

 起き抜けでボーッとしている頭を整理して、ようやく昨日の記憶がよみがえってきた。

 「もうちょっとチノ君の寝顔見ていたかったけど、もう時間だし仕方ないね」

 (先に起きて見られてた)

 そうだった。

 僕とココアさんは恋人になったんだ。

 

 「じゃあ私、みんなの分のパン作らなきゃ」

 「僕も何か手伝いましょうか?」

 「大丈夫だよ。チノ君は帰る準備でもしてて」

 相変わらずココアさんはみんなに優しい。

 僕もそんなココアさんに並び立っていたい。

 「じゃあ僕は皆さんのコーヒーでも入れますよ」

 そうやって二人で朝食の準備を始めた。

 二人一緒に何かをできることが何となく嬉しかった。

 

 

 「ないーないないのない~、今日が帰る日なのに~」

 「何がないのシャロちゃん?」

 「私の下着が足りない」

 「昨日の洗濯当番、マヤとメグだったな」

 「おはよーいい朝だねー」

 「最後の洗濯もの取り込んできたよー」

 「みんなで洗濯し合ったりした共同生活、それももう終わりなのね・・・」

 「この中にもパンツない!」

 

 「誰かの荷物に紛れ込んでるんじゃないのか?」

 「あれ、私のバックに間違えて入っちゃってたこれは?」

 「そのパープルチェックは・・・リゼちゃんね」

 「何でお前が分かるんだよ!?」

 「私が当てたかった・・・」

 「この背伸びした感じのやつはー?」

 「マヤちゃんそれ私の!」

 

 

 ココアさんの作ったパンと、僕の淹れたコーヒーで朝食の準備ができました。このホテルでの最後の朝食、早速皆さんに食べてもらいましょう。

 「あーっ、ノワール!私のパンツ!!」

 「犯人だ捕まえろー!!」

 何だかにぎやかです。旅行最後の朝なのでもうちょっとしんみりしてると思ってましたが、相変わらずで安心します。

 「皆さん、朝食出来ましたよ」

 そうやってドアを開けた瞬間。

 「あっ!!」「パンツがドアの方に!!」

 ファサファサッ

 色とりどりのパンツたちが僕の体に降りかかってきました・・・。

 

 「・・・・・・・・・・・」

 あまりの出来事に僕は硬直していた。リゼさん達も顔を真っ赤にして硬直している。

 僕の体には未だにそれぞれ色の違うカラフルなパンツたちが引っかかっている。

 こんなことを思うのもあれだけど、皆さんのは何というか肌触りがいい。それに洗濯仕立てというせいか芳香剤の良い香りも漂っていた。

 「あの・・・いったい何が・・・」

 僕はなるべく平静を保って状況を整理しようとした。

 「チノ君」

 聞き慣れた声だけど非常に冷たい声が横から響いた。

 僕は錆びついたブリキ人形のようにギギギと首を横に向けた。

 「何で恋人がみんなのパン作ってる時に、チノ君はみんなのパンツ食ってるのかな?」

 そこにはココアさんが見るからにド怒りモードで立っていた。

 爽やかな朝ののどかなホテルに、みんなの叫び声とココアさんの怒り声と僕の断末魔が響き渡った。

 

 

 「このサンドイッチ、来た時食べたのよりおいしくなってる!」

 「フフフ、こっちでたくさん修行したからね!」

 朝食のメニューはココアさんが作ったサンドイッチと僕が淹れたコーヒーです。ココアさんのサンドイッチは修行の成果も相まってさらにおいしくなっています。

 「ちゃんとお姉ちゃんしてるでしょー?」

 「うん!」

「そうだな」

「立派なお姉ちゃんだわ」

「少し認めてあげる」

 「えっ、みんな突然どうしたの?」

 「褒めた途端引くなよ」

 みんなにお姉ちゃんと言われ慣れていないからなのか、ココアさんは顔を真っ赤にして照れています。そんなココアさんを見ていると何故か自分まで嬉しくなってきます。

 「このコーヒーも美味しい!」

 「ココアちゃんのパンと会うわ」

 「チノ君が淹れたんだよ!すごいでしょ!」

 「なんでココアさんが自慢げなんですか」

 「えへへ」

 でも成長の成果が認められたのは嬉しいです。ココアさんのパンと一緒に褒められたのなら尚更です。

 「初めての共同作業だねー」

 「ち、ちょっとメグ!」

 「あっ。ご、ごめんなさい・・・」

 メグさんからそんなことを言われ、顔が一気に熱くなった。ココアさんも同様のようだ。

 改めると昨日の行動が恥ずかしい・・・。

 「・・・そうだったな。二人は恋人になったんだったな」

 リゼさんがコーヒーをすすりながら感慨深そうに呟いた。

 「何というか、前から二人の様子を見てきた側からすると感無量ね」

 「シャロさん・・・」

 「お互い好き同士のパンとコーヒーだから、こんなに合うのかもしれないわね」

 「千夜ちゃん・・・」

 「それに二人とも、昨日よりとっても生き生きしてて輝いて見えるもの」

 みんな僕たちの幸せを自分のことのように感じてくれている。

 こんなに嬉しいことなんてない。

 「ううっ、ぐしゅっ、みんなぁ、ありがとぉっ」

 「おいココア、泣くことないだろ」

 「チノ君、恋人として慰めてあげて・・・」

 「ぐすっ、みなさんっ、ありがとうございますっ、ぐすっ」

 「って、こっちも泣いてるし!」

 「おいチノ!ココアの彼氏になったんだからしっかりしろよ!」

 「そんなんじゃココアちゃん幸せにできないよー」

 「は、はいっ。ずびっ」

 みんなとの最後の朝食は少ししょっぱかった。

 「フフフ、二人とも。お幸せにね」

 

 

 

 「ついに帰ってきましたね」

 「あちこちで花が咲き始めてるー」

 とうとう木組みの街に帰ってきました。少し離れていただけなのに、まるで数年ぶりに帰ってきたかのような懐かしさを感じます。

 「さっそく今日泊まるホテルへ向かいましょう」

 「まともなホテルだといいけど」

 「かわいい街~」

 「ここなら楽しく暮らせそう~」

 「いつまで旅行気分なんだ」

 まだまだ旅行気分から抜けきっていない人もいます。それだけ共同生活が自然だったのかもしれません。かく言う僕もその一人ですが。

 向こうで買ったブライトバニーのコーヒーも当分飲めないと思うと名残惜しいです。

 「私たちが旅行してる間にブライトバニーが出店してる!こっちでも飲めるね!」

 「「いやぁーーーーーっっっ!!!」」

 「ライバル店がまた増えるってわけね」

 

 

 

 木組みの街に着き、僕たちは解散しました。

みんな自分の家に帰っていく。

 あれだけ騒がしくて楽しかった旅行も本当に終わったんだと実感できた。

 「私たちも帰ろう。ラビットハウスに」

 「ええ」

 そして僕たちも帰る。僕たちの家に。

 

 「新学期はみんなバラバラなんでしょうね」

 「7人が毎日顔を合わせることはないでしょうね」

 新学期が始まり、リゼさんは大学へ、マヤさんメグさんはシャロさんの学校へ、僕はココアさんと千夜さんの学校へ行く。みんな今まで以上にバラバラになるだろう。

 「でもさ・・・旅行中の私たちってさ。こう思ってるの私だけかもしれないけどさ・・・」

 ココアさんがモジモジしている。

 「そうですね・・・本当に」

 言いたいことは分かっていた。

 「“家族”・・・でしたね」

 「・・・あーあ、もう妹たちが恋しいよー」

 「調子に乗りすぎると見損なわれますよ」

 そんな風に見る街は、旅行に行く時よりももっといろんなものが見えた気がした。

 

 「チノ君」

 「はい?」

 「ちょっと背高くなってない?」

 「そう・・・ですか・・・?」

 「うん。声もちょっと低くなったし」

 そうだろうか。自分じゃ気付かないけど。

 「どんどん男の子になっていくね」

 「僕、元々男ですよ」

 「あはは、ごめんごめん」

 ココアさんはいつも通り笑う。でも前に見た笑いよりも印象が違う気がした。

 「そうだよね。どんどん時間がたって、どんどん変わっていって」

 言われてみれば確かに、ココアさんの頭が少し低いような気がした。

 「いつの間にかお互い恋人になって」

 そう語るココアさんの瞳は何処か遠くを見てるようだった。

 「“大人”になったんだね」

 「っ・・・」

 そう言って僕の方を振り向いたココアさんは、とっても綺麗だった。

 「ココアさん」

 「ん?」

 僕は少し腰を落として、ココアさんに自分の顔を近づけた。

 旅行に行くよりココアさんは小さくて温かい気がした。

 

 

 「ティッピー!ただいまです!」

 とうとう我が家に帰ってきた。久しぶりの我が家でまず行くところといえば大好きなおじいちゃんのところだ。

 「おじいちゃんに言われた通りたくさんのものに触れてきました!面白い喫茶店も沢山あったんですよ!他にもおかしいことがいっぱいあって!」

 伝えたいことがありすぎて、口が矢継ぎ早にグルグル回る。

 「あ、それに」

 でも一つだけ、絶対に伝えておきたいことがあった。

 「僕とココアさん、恋人になったんですよ」

 大好きな人とのことは大好きな人に一番に伝えたかった。

 「まだ男として未熟かもしれませんけど、ココアさんを守れるくらいになるまで頑張ります」

 そう僕の話を聞いているおじいちゃんは、今まで見たことないくらいほほ笑んで見えた。

 「他にも面白いことがいっぱいあって・・・。あ、これまた後で聞いてください」

 お父さんにも報告しに行かないと。

 「タカヒロさーん。ただいまー」

 「おとうさーん」

 まだまだ僕は未熟だ。

 だからおじいちゃん、ずっとじゃなくていいけど。

 まだまだ僕のことを見守っていてください。

 

 

 「チノ」

 「はい。なんでしょう、お父さん?」

 ふとお父さんから話しかけられた。何だろう、こんな風にお父さんに話しかけられるなんてどこか新鮮な気がする。

 「ココア君と恋人になったんだって?」

 「・・・はい」

 お父さんはいつもより少し真剣な口調だった。それも相まってか、お父さんとはあまりそういった浮ついた話をしないからか、少し緊張する。

 「自分を好きと言ってくれる人は、大切にしなさい」

 そう言うお父さんの目は真っすぐと僕を見据えていた。

 自分の“子供”、というより一人の“男”として僕を見ているようだった。

 「はい。勿論です」

 そんなお父さんに返す言葉なんて決まっていた。

 

 

 「シャロちゃんママからサプライズが届いてるー!」

 「なんですそれ?」

 いつの間にか家にラッピングされた箱が届いていた。どうやらココアさんたちがいつの間にか、僕たちチマメ隊に卒業プレゼントを作ってくれていたみたいだ。

 「いつの間に」

 「開けて開けて」

 そう急かされて開けてみると、中には手作りの陶器のマグカップが入っていた。

 中央には『We are Family』と書かれていた。

 「これ、みんなお揃いのデザイン描いたんですか・・・?」

 「きれいに焼けてる!すごーい!」

 「僕よりココアさんの方が驚いてるんじゃ」

 きっとみんなにも届いてるんだろう。

 

 どんなに大きくなっても、離れ離れになっても絆はいつまでも。

 そうだったらきっと素敵だろうな。

 

 

 「あれ?僕のマグカップ、ココアさんのより少し大きくないですか?」

 見比べてみると僕のマグカップの方が明らかに一回り大きい。

 「ああ、それね。チノ君これから大きくなるし、たくさんコーヒー飲むかなーと思って」

 「そんなにカフェイン中毒にはならないですよ」

 コトリと自分のマグカップをココアさんの小さなマグカップの横に置く。

 こう並べてみるとまるで。

 「チノ君」

 「はい」

 「みんなでこのマグカップ、長く使えるといいね」

 それはきっと本心なんだろう。

 でもココアさんの頬の赤さ。

 僕と同じく照れ隠ししてるとすぐに分かった。

 「はい。そうですね」

 僕も内心照れていた。

 うまくフォローや気障な返しが出来たらよかったけど、僕たちはこれでいい。

 

 この人と、いつか本当の“家族”になれたら。

 大好きな人もそう考えてくれてるといいな。

 

 




旅行編、長いですけどアニメでやってほしいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅行編特別編 みんなとシェアルーム

メグちゃん以外とのシェアルームの様子です。ラッキースケベ多めです。


 〇リゼとのシェアルーム

 「ではリゼさん、今日はよろしくお願いしますね」

 今回の旅行では部屋を二人一組でローテーションして使うということになっています。一人一部屋使えればよかったのですが、予算の都合上予約できた部屋がこれだけしかないので仕方がないです。先日はメグさんとシェアルームになりました。

 「・・・・・? リゼさん?」

 何だか様子が変です。さっきからリゼさんが黙りこくっています。

 「だだだ男子と・・・。おおお同じ部屋で・・・・・」

 「あー・・・・・」

 どうやら異性に人一倍耐性のないリゼさんは限界に近いようです。かく言うボクも先日のこともあってかなり緊張しています・・・。

 「あ、あのリゼさん・・・。今日ボク、ソファの方で寝ますから・・・」

 「・・・・・かたじけない」

 今度はトイレに起きても絶対寝ぼけないようにしよう。多分二度はないから・・・。

 

 

 「じゃあ寝ますね。おやすみなさい」

 「お、おやすみ・・・・・」

 部屋の電気を消して床につきます。ボクはソファ、リゼさんはベッド。距離があるので間違いは起こらない・・・と願いたいです。

 「ふぅ」

 目を閉じて眠りにつくと部屋の色んな音が聞こえてきます。時計の音や外の風で窓が動く音。一つの感覚が奪われると残りの感覚が冴えるというのは本当かもしれません。夜一人部屋にいると時計の針の音やタップ音がやけに聞こえるあれです。

 「んっ、すぅ・・・」

 「!」

 「ん~、ぅぅん」

 スルッ シュッ

 「・・・・・・・・・」

 聴覚が冴えているせいでリゼさんの衣服の擦れの音や、小さな息遣いまでが聞こえてくる。目を閉じて眠ろうとするけど、そうすればするほど余計に意識してしまう。脳内にリゼさんのあられもない姿の妄想まで浮かんできて全然眠れそうにない。

 (ダメだ。落ち着くんだ・・・)

 あまり音を立てないよう。小さく深呼吸をする。そうすると今度は部屋の中に漂っている、お風呂上がりの女の子特有の匂いが鼻腔を通して肺の中に入ってきて更に眠れない。

 僕はどんどん冴えてくる自分の感覚に悶々とするばかりだった。

 

 

 チノが自分の欲望に四苦八苦している一方。

 (ち、チノの呼吸の音が聞こえる・・・! 服の擦れの音も・・・! 男子と寝るって・・・。いいや!考えるな!!)

 リゼも煩悩と悪戦苦闘していた。

 

 「おはよう。あら、大丈夫二人とも?目の下すごい隈だけど」

 「別に・・・・・」

 「ちょっと眠れなくて・・・・・」

 

 

 

 ○千夜とのシェアルーム

 「じゃあチノくん、今日はよろしくね」

 「は、はい。よろしくお願いします・・・」

 今日は千夜さんとのシェアルームです。先日のリゼさんとのシェアルームでは何もなかったのですが、お互い意識しすぎてしまったので大変でした・・・。今日は耳栓でもするとしましょう。

 「フフフ、男の子とのシェアルームなんて、何だか緊張しちゃうわね」

 そう言って余裕ぶってる千夜さんですが、頬が少し赤いです。やはり千夜さんも異性との関りが少ないのですごく緊張しているのでしょう。

 「ココアちゃんはいつもこんな感じで過ごしてるのかしら」

 「ココアさんはボクなんか気にせずいつもマイペースです」

 「ココアちゃんらしいわ」

 ココアさんは一応居候の身でありながらくつろぎすぎです。別に問題も文句もありませんが、あまりにも図太い神経だと一周回って感心するほどです。

 「チノくんのこと、本当の家族みたいだと思ってるのね」

 「そんなこと・・・」

 「ちょっと二人が羨ましいわ」

 「・・・・・・・」

 千夜さんはいつも落ち着いてるけど、本当は少し寂しがり屋です。シャロさんと違う学校に行くことになって、気の合う友達ができるか心配していたと聞いたことがあります。

 ボクも、ココアさんが来る前はもっと寂しかったです。

 「この旅行をしている間は、みんな家族みたいなものですよ」

 「チノくん・・・」

 「特に今日は。だからよろしくお願いします」

 「ええ。よろしくね」

 少し緊張がほぐれた気がします。家族なら遠慮しすぎなくても大丈夫です。

 

 

 「千夜さん、先にシャワーどうぞ」

 「じゃあ失礼するわね」

 千夜さんに先にシャワーに入ってもらいます。例によってレディファーストです。

 でもよく考えるとお風呂やシャワーで大失敗したことが何度もあります。二度あることは三度ある、とも言いますし千夜さんが入っている間、散歩でもして少し部屋から離れておこうかな。

 「あれ、これって?」

 そう思って部屋を出ようとすると、机の上に何か置いてあるのを見つけました。どうやらタオルみたいです。

 「千夜さんのかな?」

 多分忘れていったのだろうけど、シャワー室に入るわけにもいきません。部屋から出るついでにシャワー室の近くにでも置いておいてあげようかな。

 そう思った時でした。

 「いけない。タオル忘れちゃった」

 「え」

 「あ・・・・・・・・」

 シャワー室から千夜さんが出てきた。

 千夜さんはシャワーを浴びようとしていた。つまり当然服は脱ぐ。

 つまり千夜さんはなにも身に着けていなかった。

 衝撃と静寂が部屋を支配する。

 「~~~~~~~っっっ!!!チノくんと同室なの忘れてたぁ!!!!!」

 千夜さんは顔どころか体全体を真っ赤にして、シャワー室に引っ込んだ。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ボクは先の映像がまだ網膜にこびりついていた。

 衝撃のあまり、瞬き一つせず放心していた。

 

 「おはよう二人とも。って!どうしたの二人とも!?目ぇ真っ赤よ!?」

 「ああ、いえ・・・・・」

 「ううん、何でもないの・・・・・」

 そんな事件があったので、当然一睡もできなかった。

 家族の中にも、遠慮は必要です・・・。

 

 

 

 〇シャロとのシェアルーム

 「で、では今日はよろしくお願いします・・・」

 「エエエエエエエエ、えぇ・・・・・」

 今日はシャロさんとのシェアルームです・・・。今度こそ、今度こそ何事もなく朝を迎えます。

 例によってシャロさんは緊張しています。先日のこともあって肩身が狭いです・・・。

 「ままままままあそんなにききき緊張しないでこここ心が静まるハーブティーを飲みましょぉー?」

 「シャロさんに落ち着きが必要みたいです・・・」

 ティーカップには何も入っていませんでした。

 

 

 「美味しいです」

 「フフ、よかった」

 ハーブティーを飲んで気分も落ち着きました。お互い緊張がほぐれたようで今では談笑しています。

 「この間は千夜がありがとね」

 「いえ、そんなこと。ボクも勉強になりましたから」

 先日、千夜さんと一緒に都会の喫茶店巡りをしたことを言っているのでしょう。ボクの方も色々と助けてもらいました。

 「千夜、仲のいい同業者が欲しいってずっと言ってたから。今あの子とっても楽しいと思うの」

 シャロさんは違う学校に行く千夜さんのことをずっと心配していたそうです。本当に仲のいい幼馴染なんですね。

 まるで家族みたいです。

 「ボクの方もとっても楽しいです」

 「そう?」

 「ええ。お互い切磋琢磨できる友達がいるから頑張れるんです」

 「フフ、千夜が聞いたら喜ぶわ」

 シャロさんは自分のことみたいに嬉しそうです。笑顔でお茶菓子のクッキーを口に運びます。

 他人同士なのにこんなに思い合える友だちがいるなんて素敵なことだと思う。

 ボクもなんだか嬉しくなりながらクッキーをサクリとかじります。

 このクッキー、中にとろりとしたチョコレートが入ってるんですね。サクサクとトロトロが嚙み合って美味しい・・・。

 ん・・・?チョコレート・・・・・?

 「・・・・・・チノくん」

 「は、はいっ。なんでしょうシャロさん・・・?」

 シャロさんが急に顔を下に向け静けさを纏っています。

 何だか・・・嫌な予感が・・・・・。

 「すっごい良い子ねー!チノくんー!!」

 「うわぁ!!」

 やっぱり!!クッキーに入ってたチョコのカフェインで酔っ払ったんだ!!

 「チノくんみたいな良い子、シャロお姉さん大好き―」

 「むごごごご」

 ぎゅうとシャロさんの細い腕で抱きしめられる。

 か細い腕が背中に回り、ボクの頭がちょうどシャロさんの胸部分に来るようにして抱きすくめられている。

 温かくて心地いい体温と、ほんのり甘くてかぐわしい香りと、柔らかくていつまでも味わっていたい感触がボクの顔をはじめとしてダイレクトに襲った。

 「ふぁ、ふぁろふぁんふぁめっ・・・」

 「チノくんモフモフー♪」

 シャロさんはボクのモフモフを味わいながら、ボクはシャロさんの体を五感で味わいながら夜が更けていった。

 

 「はよー、チノー、シャロー。どうしたの?寝不足?」

 「ええ・・・、ちょっと・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 シャロさんは今にも消え入りそうでした・・・。

 

 

 

 ○マヤとのシェアルーム

 「もし変なことしたらウサギの餌だかんな」

 「な、何もしませんよ」

 いきなし物騒なことを言ってくるマヤさんですが多分この反応が一般的です。変なことをするつもりもしたこともありませんが(多分)。

 「じゃあ早速ゲームで対戦しようぜ!夜更かししてな!」

 それはそれとしてシェアルームは楽しむようです。マヤさんらしいです。

 「あ、あの今日は早めに寝たいなー、なんて」

 「ええー!つまんねーの!」

 ここ最近諸事情で寝不足が続いていてそろそろ限界です。マヤさんなら変なことにはならないだろうし、今日はゆっくり寝たいです。

 「じゃあ一緒に寝るかー?」

 「寝ません。さっき変なことしたらウサギの餌だって言ったのマヤさんじゃないですか」

 「いっひひひ!照れてんの!」

 「照れてないです」

 マヤさんは砕けた性格もあってか男友達のような感覚に近いです。そんな明るい性格がボクには安心できたりします。

 「・・・ちょっとくらい照れろよ」

 「? どうかしました?」

 「何でもねー!」

 イーッとした顔をこちらに向けられてしまいました。せっかくのシェアルームなので嫌な気持ちにさせたくはないです。

 「マヤさん」

 「んー?」

 「ゲームで対戦しましょう」

 「・・・しょーがねーなー。負けねーぞ!」

 「はい。お手柔らかに」

 こんな感じのマヤさんだけど、本当は相手のことを自然と考えられる優しい人です。そんな友達を持てて誇りに思います。

 ボクもそんな友達に恥じないようにしないと。

 

 

 (友達としてしか見られてないのかな)

 「どうかしました?」

 「別にー。チノ、ゲーム弱いなーって」

 「テーブルゲーム派なので・・・」

 「おじいちゃんみたいだな!」

 「そうですかねぇ・・・」

 

 

 「じゃあおやすみなさい」

 「ソファで寝るんだな」

 「ウサギの餌にはなりたくないので」

 例によってボクはソファで寝ます。そろそろベッドが恋しいですが、ソファもフカフカなので特に文句はありません。

 「・・・・・」

 「マヤさん?」

 「ソファだと寝づらいだろうし、こっち来たら」

 「え」

 両手を合わせてイジリイジリしながらボソボソと呟いています。こんなマヤさんは珍しいです。

 きっと気を使ってくれたんだ。本当に優しくていい人だ。

 「大丈夫ですよ。ソファもフカフカで意外と寝心地いいですから」

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 あれ?

 「あっ、そ。じゃ、おやすみ」

 あれ!?

 

 

 豆電球が点いていて、少し赤い光を纏っている夜の部屋。ほんのり明かりがあるのが逆に安心して眠れる。

 最近眠れていないせいか、とても深い眠りに落ちていて夢の中でさえうつらうつらとしていた。

 だからはっと起きた時にも夢と現実の区別が付かなかったんだと思う。

 ふとした拍子に目を覚ます。何だかモフモフと温かいものを抱いて寝ていた。

 「・・・・・・・・・?」

 暗がりの中、よく確認してみる。それは。

 「スゥ・・・スゥ・・・」

 マヤさんだった。

 あれ?何で?マヤさんはベッドに寝ていたはず。ここはソファだし。マヤさんが寝ぼけてくるのも考えづらいし。

 「スゥ・・・クゥ・・・」

 きっと夢なんだろう。仮にも女の子のマヤさんと相部屋してて緊張で夢に見ちゃったんだろう。

 そう都合よく解釈しながら、ボクは心地いい眠りの方を優先した。

 

 

 「・・・・・・・・・変なことしないのな」

 

 

 「うわああああああああああああああああっっっ!!!???」

 朝起きるとボクの隣にマヤさんが寝ていた。何で・・・?また寝ぼけて・・・?

 「おはよ。チノ」

 マヤさんはいつもと変わらないようだった。何で・・・?仮にも男のボクが隣で寝てたのに・・・?

 「ま、マヤさん・・・」

 「ん?」

 「へ、変なことはしてないと思ま・・・」

 「知ってるよ」

 なんだかいつもよりぶっきらぼうっぽい。それもそうだろう。友達とはいえ、男のボクが隣で寝ていて嫌な気分にならないはずがない。

 「ご、ごめんなさい・・・・・」

 「別にいいよ」

 「でも・・・」

 「潜り込んだの私だし」

 「え」

 そう言ってマヤさんは乱れた髪を整えていた。

 何だろう。普段そういう目で見ないのに。

 マヤさんが何だか、色っぽい。

 「着替えるから外出てて」

 「あっ、はい」

 そう言って急いで外に出るボクの頬は、少し熱かった気がする・・・。

 

 「おはよー二人とも!よく眠れた?」

 「うん、まあね」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 ○ココアとのシェアルーム

 「何とか完成しましたね」

 「うーんっ、楽しかったねー!」

 ココアさんと恋人になった夜、僕とココアさんは新しいパズルに熱中していた。恋人同士になって初めて一緒にすることがパズル?と疑問に思う人もいるかもだけど、僕たちはこういう恋人でいいのかもしれない。

 「そろそろ寝ましょうか」

 「えー!最後の夜だしもっと楽しもうよー!」

 「明日帰るんですよ。そろそろ寝ないとチェックアウトの時間に起きれませんよ」

 「ちぇー」

 ココアさんが頬を膨らませる。最近成長したかと思ったけど、あんまり変わらない部分も多いみたいだ。

 ・・・・・拗ねてるココアさんもかわいいな。

 「しょうがないね。みんなに迷惑かけれないし寝よっか」

 「そうですね。おやすみなさい」

 そう言ってソファへ向かおうとした時だった。

 「チノ君、どこ行くの?」

 「いや、寝ようと」

 「・・・・・せっかくだしさ、こっちで寝なよ・・・・・・・」

 「!?」

 ココアさんは顔を赤らめて隣のベッドをポンポンとする。

 確かに恋人にはなったけど・・・。

 まだ、そういう関係に進むには・・・・・。

 「チノ君」

 声を聞いてココアさんの方を見る。

 「大丈夫」

 ココアさんの目は、吸い込まれそうになるくらい深くて綺麗だった。

 「おいで」

 ソファに座って手を開いていた。

 思わず喉を鳴らす音が自分でも確かに聞こえた。

 

 

 「チノ君って相変わらずモフモフだねぇ」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 僕はベッドの上でココアさんの胸にうずくまって寝ている。そういう準備をしていないし、まだそこまで進んでないしで、もちろんそういうことは今夜はしない。

 けど今までこれほど心臓がドクンドクンなった経験はなかった。

 ココアさんの体に密着していると、ココアさんの鳴っている心臓の鼓動も伝わってくる。トクントクンと心地いい。

 「それにあったかい」

 ココアさんがきつくしがみついてくる。僕も思わずもっときつくしがみ返す。

 

 ドクンドクン トクンッ トクンッ・・・

 

心臓の鼓動の周期がココアさんのと一致した気がする。そうすると心地よさも増した気がした。

 「んんぅ」

 「んっ」

 お互いの体の匂いを吸い込む。ココアさんの匂いが鼻腔を経由して喉を通り、肺から血管を通して体全体に広がった。

 抱き合っている手でココアさんの背中をさするようにする。ココアさんも僕の背中をさすってくる。少しくすぐったくて気持ちいい。

 体中がココアさん色に染められていっている。

 ココアさんも僕色に染められていっているのかな。

 「チノ君」

 「はい」

 「好きだよ」

 「僕もです」

 そういって軽く唇を触れ合わせた。

 そんな風に抱き合っている間に、とろんとした眠気にいざなわれていった。

 

 

 「あの、その、二人とも、よく眠れたか・・・?」

 「う、うん・・・とっても・・・・・」

 「ちゃんと責任とれよ?」

 「まだ健全な関係ですから!」

 (((”まだ”なんだ・・・・・)))

 

 




・個人的に思うそれぞれの男子耐性
ココア:兄もいたのでそれなり
リゼ:あんまりない
千夜:あんまりない
シャロ:上二人よりかはある
マヤ:兄もいるし本人もノリが近いのでそれなり。でも意外と純情
メグ:あんまりよくわからないけど別に大丈夫


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一目で尋常でないうさぎ好きと見抜きました

ココアちゃんとチノくんの初めての出会い。エピソード0です。


 ここは喫茶店ラビットハウス。この木組みの街のほとりにある、小さくて静かなお店だけど美味しいコーヒーが楽しめる隠れた名店です。

 そんな喫茶店でお仕事しているのが一人息子のこのボク、香風智乃です。

 今日もお客さんに美味しいコーヒーを楽しんでもらえるといいな。

 

 カランコロン

 

 そんなことを思いながらお仕事をしていると早速お客さんがやってきました。

 「いらっしゃいませ」

 そのお客さんを見た時、思いました。

 綺麗な人だなって。

 「うっさぎー♪うっさぎー♪」

 そのお客さんはなんだか上機嫌そうに何かを探していました。

 キョロキョロ

 「?」

 何を探しているのでしょう?初めて見るお客さんだと思うのですが。

 「・・・うさぎがいない」

 「え?」

 「うさぎがいない!」

 何だこの客。

 

 

 そのお客さんはうちのおじいちゃん(うさぎ)、ティッピーをモフモフするためにコーヒーを3杯も頼みました。

 「はぁ~モフモフ気持ちいい~。癖になるよぉ」

 「ええい!早く離せこの小娘が!!」

 「!? 何だかこの子にダンディな声で拒絶されたんだけど!?」

 「ボクの腹話術です。早くコーヒー飲んでください」

 何だか騒がしい人です。普段は静かなラビットハウスが別のお店のようです。

 今日はこの春から下宿をする保登さんが来る予定なんです。あんまり騒がしいところを見られて不安にさせたくはないのですが。

 「私、春からこの街の高校に通うの」

 「はあ」

 「でも下宿先探してたら迷子になっちゃって」

 え?

 「道を聞くついでに休憩しようと思ったんだけど、香風さんちってこの近くのはずなんだけど知ってる?」

 「・・・・・・・うちです」

 まさかのまさかでした。

 「すごい!これは偶然を通り越して運命だよ!」

 いきなり運命感じられた・・・。

 

 「ボクはチノです。ここのマスターの孫です」

 「私はココアだよ。よろしくねチノちゃん」

 ちゃんて。ボク男なんですけど、と言いそうになりましたが無遠慮なので口をつぐみます。

 「えっと、ここのマスターさんは留守?」

 「祖父は去年・・・・・」

 「・・・・・そっか、今はチノちゃん一人で切り盛りしてるんだね・・・」

 「いえ、父もいますし。バイトの子がもう一人・・・」

 「私を姉だと思って何でも言って!」

 「ぐえっ」

 いきなりばふっと抱きつかれた!保登さんの柔らかな体の感触が伝わってきて一瞬頭が真っ白になる。

 「だから、お姉ちゃんって呼ん」

 「じ、じゃあ保登さん。早速働いてください」

 

 

 

 「制服、このピンクのでいいかな」

 倉庫から余っていた制服を取り出しました。埃もかぶってないしこれでいいでしょう。

 保登さんはどうやら明るく賑やかな人見たいです。ボクとは正反対です。

 そんな人と同居なんてうまくやっていけるのかな・・・。ましてやボクは男だし・・・・・。

 不安要素が胸いっぱいに広がります。

 ワタシハキョウカラココニオセワニナルコトニナッタココアデス ソンナノキイテナイゾー

 何だか賑やかです。リゼさんと何かあったんでしょうか。

 「何かあったんです・・・か」

 「あ・・・・・」

 「チノちゃん強盗が!!」

 ここは更衣室。当然服を着替える場所だ。

 つまりリゼさんも服を着替えている。そのために脱いでいるわけで。

 「ち、チノー!見るなー!!」

 ゴンッ

 「ぐえっ」

 「チノちゃーん!?」

 リゼさんの手から銃が投げられ飛んできました。

 リゼさんの下着は初めて会った時と同じストライプでした・・・。

 

 

 

 多少ゴタゴタはありましたが何とかココアさんに制服に着替えてもらいました。

 「リゼさん。先輩として保登さんに色々と教えてあげてください」

 「きょ、教官ということだな!」

 「うれしそうですね」

 「この顔のどこがそう見える!」

 「よろしくねリゼちゃん」

 「上司に口を利くときは言葉の最後にサーをつけろ!」

 「お、落ち着いてサー!」

 仲良くできそうで何よりです。

 

 「メニュー覚えとけよ」

 「コーヒーの種類が多くて難しいねー」

 予想通りココアさんは賑やかな人です。

 「やったー!私ちゃんと注文取れたよー!」

 「えらい、えらいです」

 ちょっと子供っぽいところはありますが明るい人です。

 「ラテアート、私もやってみるよー」

 「がんばれー」

 どうやら同居するのに問題はなさそうです。

 「お店の名前、もふもふ喫茶なんてどうかな!?」

 「まんますぎるだろ」

 「もふもふ喫茶・・・」

 「気に入った!?」

 趣味も合うようですし。

 

 

 

 「今日はそろそろ閉めましょう」

 「おつかれさまー」

 「おつかれー」

 喫茶店も終業時間がやってきました。夜からは父が切り盛りするバーとなります。

 お店が終わった後も、父やおじいちゃん以外に誰かがいるなんて新鮮な気持ちです。

 「夕飯はシチューでいいですか?」

 「野菜切るの任せて!」

 「いえ、一人で事足りるので座っててください」

 居候するとはいえ一応他人です。やはり気を使います。

 「じゃあ私サラダ作るよ!」

 保登さんはどうやら積極的な人らしいです。向こうもやはり気を使ってくれてるのでしょうか。

 「なんかこうやってると姉妹みたいだね♪」

 「はぁ・・・」

 どうやら気を使う、というより他人のために何かをしたいと自然に思える人らしいです。すごくいい人だ。

 ・・・本当に姉だったら。

 「ココアお姉ちゃん・・・ですね」

 思わずポツリと発してしまいました。嫌に思われてないといいんですけど。

 「もう1回言って」

 「・・・・・・・」

 「お願いもう1回!」

 心配なかった。

 「・・・・・フフッ」

 何だか楽しい人みたいです。

 

 

 

 「ふぅ~」

 温かいお湯が気持ちいい。1日の疲れが溶けていく気がする。

 「今日は騒がしかったな・・・」

 保登さんが来て、静かなお店が騒がしくなりました。いつもは外の小鳥の声が店内で目立つほどに静かなのでとても新鮮でした。

 いつもと違って、何というか。

 「楽しかったな・・・」

 保登さんは今日から下宿する。つまり一緒に暮らしていくということ。

 うまく話せるかな。うまく付き合えるかな。

 それ以上に、こんな楽しい日が続くのかな。

 先の見えない不安と根拠のない期待が入り混じって複雑な感情になる。

 そんな風に思っていると、お風呂の外に人影が見えた。

 「お父さん?」

 何か探し物でしょうか。そんな年頃でもないので別にいても困りませんが。

 

 ガラッ

 

 「チノちゃ~ん。一緒に入ろう!」

 「!?」

 保登さんがタオル1枚羽織っただけの状態でお風呂に入ってきた。

 「ココア風呂だよ?」

 「コッ、コッ」

 ボクは衝撃のあまり口をパクパクさせる。

 保登さんはタオル1枚しか羽織っていない。だから体の柔らかそうな肌の肢体が色々と見えてしまっていた。

 細く白い腕、触ればぷにっと柔らかそうな太もも、指を添わせれば固い感触が伝わってきそうな鎖骨。それに薄いタオルの先に確かにあるそれなりに大きく丸々とした女性を象徴するものの輪郭が見えてしまっていた。

 「どうしたのチノちゃん?」

 「だっ、だっ」

 思わず後ろを向いてバチャバチャする。視界に絶対に保登さんの裸体を入れないよう必死だった。でも本能が勝手に首を保登さんの方に向けようとする。

 「女の子同士だし、恥ずかしがることないよ~」

 「だっ、・・・・・え?」

 まさか・・・また・・・・・?

 「あの・・・保登さん・・・・・」

 「ん?」

 「ボク・・・男です・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・え」

 ポツリポツリと、蛇口から水滴の落ちる音のみがお風呂場に響く。

 「チノ・・・ちゃん、じゃなくて・・・チノ・・・くん?」

 「・・・・・・・・・・はい」

 顔を見なくても分かる。保登さんの顔がみるみる赤くなっていく。

 「~~~~~~~~~~っっっ!!!うわぁぁ~~~~んっ!!やらかしたぁーーーーーっっっ!!!」

 保登さんは全速力でお風呂場から出て行った。

 「・・・・・・・・・・・・」

 ボクは一人残された。

 この熱さはお風呂のせいじゃない気がする。

 

 

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 お風呂から上がったボクはとても気まずかった。

 あんなことがあってどんな顔して保登さんと会えばいいのか。

 ちゃんと言っておかなかったボクにも責任があります。

 いきなり保登さんとの同居生活が不安になってきました。

 おぼつかない足取りで自分の部屋に戻ります。

 「あっ、チノくん。ちゃんとあったまった?」

 そこには保登さんがいました。何事もなかったかのようにあっけらかんとして。

 「・・・・・何してるんです?」

 「えへへ。タカヒロさんに手伝ってもらってコーヒー淹れたんだ」

 テーブルを見ると保登さんとボク用であろうコップにコーヒーが淹れられてました。

 さっきのことを気にしていないのでしょうか。

 「チノくん」

 保登さんがボクの前までずいずい来ました。ちょっと真剣な目つきでした。

 「さっきはごめんなさい」

 「えっ」

 保登さんは直角90度の礼をボクにしてきました。

 「これから家族同然の付き合いになるけど遠慮が足りてませんでした。だからごめんなさい」

 「そ、そんなこと」

 急に謝罪をされてうろたえてしまいます。どうしたらよいのか・・・。

 「ほ、保登さん、顔を上げてください。ボクだって悪いんですから」

 保登さんだって自分の裸を男のボクに見られて嫌だったはずだ。そう思うととても責めることなんてできない。

 「ううん、私が悪いの。だからお詫びにコーヒーを淹れたんだけど・・・」

 申し訳なさそうにこちらを見てきます。のほほんとして見えるけど本当は丁寧な人らしいです。

 何だろう、何か・・・お母さんのことを思い出すな。

 「飲んで・・・もらえるかな?」

 「・・・・・・・・・・」

 思うと他人にコーヒーを淹れてもらうなんて、バリスタのお手伝いをしてからあまりなかったな・・・。

 「じ、じゃあいただきます」

 ボクは何処か落ち着かない気持ちで机に座ります。

 「あれ、これって」

 コーヒーにはラテアートがしてありました。あまり上手とは言えませんが。

 これはボクでしょうか。で、これがココアさん?

 「ああそれ、今日習ったからやってみたんだ」

 うまくは出来なかったけど、と頭をかいて笑ってます。

 「・・・・・クスッ」

 ボクも何だかおかしくなってつられて笑ってしまいました。

 「そんなに変だった?」

 「いえ、何だか、おかしいなって」

 「はぁ~よかったぁ~。笑ってくれてこっちも安心したよ~」

 保登さんは安堵したようです。ボクもよかったです。

 「じゃあリゼさんのも作らないとですね。一人外すなんてかわいそうです」

 「先に作って送っておいたよ。その分は私が飲んじゃった」

 「カフェイン中毒になりますよ」

 「大丈夫だよ。ここのコーヒー美味しいから!」

 「関係ないです」

 この人とだったら楽しく暮らせそう。

 「ところでチノくん、せっかく一緒に住むんだしさ」

 「はい」

 「お互い名前で呼び合わない?」

 「・・・そうですね」

 今日会ったばかりだけど、ずっと友達でいられる。そんな気がする人だ。

 「よろしくお願いします。ココアさん」

 「うん!よろしく!チノくん!」

 今日から、ラビットハウスに素敵な店員さんが増えました。

 「せっかくだしお姉ちゃんって呼んでも」

 「やっぱりちょっと待ってください」

 笑顔がとても素敵な、これがうちの自称・姉です。

 

 

 

 「んっ・・・」

 カーテンから差し込む朝日で目を覚ます。

 何だか・・・懐かしい夢だったな。

 「おはようチノ君」

 目の前には夢で見た自称・姉が寝ていた。

 「さきに・・・起きてたんですか・・・?」

 「うん。チノ君の寝顔、可愛かったから」

 何か恥ずかしい。思わず頬が熱くなる。

 「とても気持ちよさそうだったよ。何かいい夢でも見てたの?」

 いい夢・・・。

 「はい。とっても」

 素敵な夢なら今でも見させてもらってる。

 僕はココアさんの背中に手を回し、温かい体を柔らかく抱きしめる。

 そうするとまた心地いい眠気が襲ってきた。

 

 今度も、これからも素敵な夢が見れますように。

 そう思いながらボクは目を閉じた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノ君と春のデート

本当にお久しぶりです。相も変わらず構想を練るのに時間がかかってしまいました。
お待たせしました。


 「見てみてー、チノ君!ティッピーのイースターバニーバージョン!」

 「ティッピーは元からうさぎです」

 ココアさんの手によってウサギのティッピーにうさぎの耳がつけられている。当のおじいちゃんは満足そうだ。

 「外でうさぎ祭りやってたの!ふさわしい格好にしようと思って!」

 そういえばもうそんな時期だった。うさぎの多いこの町では本場並みにイースターを祝うのが風習だ。

 「私たちも外に行って祝おう!レッツ☆イースターフェスティバル!!」

 「ココアさんもうさ耳つける必要あるんですか!?」

 でもかわいい・・・。

 

 

 

 「何でイースターといったらうさぎと卵なのかな?」

 「繁栄の象徴のうさぎが誕生の象徴の卵を連れてきて春の訪れを祝うんです」

 外に出てみると飾りつけをしている家がたくさんある。今年は例年以上に豪華に見える。

 「あと春の女神様はうさぎを従えた姿で現れるらしいです」

 「素敵な言い伝え~」

 春の女神様・・・。

 僕にとっての女神さまは・・・・・。

 「ココアとチノ君じゃない」

 そんな変なことを考えていると後ろから声をかけられた。

 「卵、おひとついかが?」

 「春の女神シャロちゃんだー!」

 フルールイースターモードのシャロさんがうさぎに囲まれていた。

 

 「この卵の模様、自分で描いたの!?」

 「ちょっとこだわってみたの」

 手描きの模様の入った卵の中にはお菓子とチラシがあった。フルールは商売上手です。

 「このワイルドギースの似顔絵、かわいいね」

 「バリエーション増やしたから適当な柄にしただけよ」

 「あ、本物も気になって見に来たみたい」

 「適当言って悪かったわよぉー!!」

 二人の仲は相変わらずみたいだ。

 

 そんなワイルドギースですが口に四つ葉のクローバーを咥えていた。どうやらシャロさんに幸せを届けに来たみたいだ。

 「なに幸せ届に来てるのよ!嬉しくないんだからね!!」

 「シャロちゃん握りしめてる」

 ココアさんの言う通り、シャロさんはワイルドギースから貰った四葉のクローバーをぎゅっと握りしめている。なんだかんだで嬉しいんですね。

 「もうっ!お仕事頑張ってやりゅから!!」

 「良かったですね、ワイルドギース」

 どうやら噛むほどに嬉しいらしい。口ではあんなこと言ってるけど、態度でお互いが好き合っているのが見え見えです。

 「シャロちゃんお仕事頑張ってね」

 「ココアも。チノ君とのデート、楽しんで」

 「「えっ」」

 で、デート・・・・・?

 「えっ、違ったの?二人揃って出歩いてるからてっきり・・・」

 言われてみれば、恋人同士の二人がそろって出かけてたらそれはデートと言ってもいいだろう。

 普段から一緒に出掛けすぎてて、いつも通りのことだと思っていた。

 「いや・・・えっと・・・・・・。う、うん、そんなつもりじゃ・・・・・・」

 ココアさんは寒さで震えるうさぎみたいに縮こまっている。

 いざデートと認識したら恥ずかしくなったみたいだ。

 「・・・・・・・・」

 僕はココアさんの手を握った。

 「!」

 「はい、デートです。初めての」

 想えばココアさんと恋人になって出かけるのはこれが初めてだ。

 初デート、うんと楽しもう。

 「あーもうっ。二人ともお熱いわねー。見てるこっちが恥ずかしいわ」

 「しゃっ!シャロちゃんっ!!」

 「邪魔して悪かったわね。二人ともたっぷり楽しんでね」

 そう言ってシャロさんは駆けていった。

 「・・・・・・・・・・・・・」

 「ココアさん・・・」

 気を悪くしただろうか。未だに顔が真っ赤だ。

 「何だろね・・・。いざデートって思うと」

 ココアさんは若干ぎこちない笑顔でこっちを見てくる。

 「何だか恥ずかしいねっ」

 「・・・・・・・・・」

 ヤバい。

 僕のココアさんが可愛すぎる。

 

 

 (こやつらわしがおることを忘れてるんじゃろうか)

 チノの頭の上に乗っているティッピーは若干居心地が悪かった。

 

 

 「特製たまご饅頭“空と大地に祝福されし金卵”いかがですか~」

 「千夜ちゃんだ」

 どうやら甘兎庵もイースターモードらしい。黒うさぎのあんこもお手伝いしてるみたいだ。

 「はいサービス♪二人とも甘いもの食べて幸せになって♪」

 「ありがとうございます」

 「まさしく春の女神様だね!」

 そんな千夜さんがお団子をくれた。宣伝のためというより友達である僕たちのことを思ってのことなんだろう。本当に優しい人だ。

 「うふふ、デートにはスイーツが付き物だから」

 「「っ!!」」

 自覚はしたつもりだったけど、急に言われるとうろたえてしまう。まだ恋人としての練度が足りないのだろうか。

 「千夜ちゃん・・・私たちちゃんと恋人に見えてる・・・・・?」

 「・・・ええ。とっても仲のいいカップルに見えるわよ」

 「・・・えへへ♪だって、チノ君♪」

 そう言うとココアさんは僕の腕にぎゅうと絡みついてきた。あったかい体温とどことは言わないけど柔らかな感触が神経を通して脳に伝わる。

 春の日差しもあって頬がカァと熱くなるのを感じる。

 「ふふ、ココアちゃんってチノ君にとっての・・・・・」

 「え、何?」

 「いいえ、不躾だから言わないでおくわ」

 千夜さんが何を言いたいか。何となくだけど分かった気がする。

 「チノ君もこれから頑張るのよ」

 「・・・・・はい」

 友達から大切なココアさんを任されてる。

 ずっと、ずっと大事にしないと。

 

 

 「そうだ、ならツッコミの練習もしとかないとね」

 「先行き不安です・・・・・」

 

 

 「子供たちのイースターイベントに協力していて、いわゆる鬼ごっこで・・・。私が卵役だぁー!」

 「今日見た衣装で一番満喫してそう!」

 デートの最中、卵姿のコスプレをしたリゼさんと出会った。どうやら子供たちが卵のリゼさんを追いかけるイベントに参加していたみたいだ。相変わらず子供の扱いがうまいリゼさん。いい先生になりそうです。

 「いいなー!私もその役やりたかったー!」

 「卵になりたいのか!?」

 「リゼちゃんは子供たちにとって楽しいを与える女神様じゃん!」

 「おっ、おおげさだ」

 卵姿のココアさん・・・・・。

 想像してみたら・・・・・。

 「ぷっ」

 「あーっ!もうっ、チノ君!私真剣なんだからね!!」

 「すっすいません、ぷぷっ」

 「また笑ってるー!!」

 ココアさんがポカポカと僕のことをたたいてくる。あまり痛くはないけど。

 「恋人になってもお前らは相変わらずだな」

 確かに、こんな風に仲良く出かけるなんて恋人になる前でもしていたことだ。

 「うん!私とチノ君の愛は永遠だからね!!」

 「いつもと変わらない調子です」

 「ココアらしくていいじゃないか」

 「そうですね」

 恋人になっても変わらないココアさん。とっても安心できる。

 でも・・・ちょっとくらい・・・・・。

 「むー!二人してー!!」

 「すまんすまん。お詫びと言っちゃなんだが、大広場で大人向けのエッグハントのイベントをやってるぞ」

 「ほんと!?行ってみよ、チノ君!」

 「はい、是非」

 リゼさんも相変わらず、友達想いの優しい人みたいです。

 「チノ、しっかりココアをガードするんだぞ」

 「はい、リゼ教官」

 「私は引き続き、追尾兵からの逃走を開始する!」

 そう言ってリゼさんは子供たちを連れて走っていった。

 「リゼちゃん、いい先生になるだろうね」

 「はい、きっと」

 微笑ましい気分になりながら、僕たちは大広場に向かった。

 

 

 

 「街全体に隠されたイースターエッグを見つけるんだね」

 「多く貰えると景品が貰えるらしいですね」

 大広場にやってきた僕とココアさんは早速エッグハントのイベントに参加することにした。

 「どっちがたくさん集められるか勝負しない?」

 「望むところです」

 『位置について、よーい・・・』

 「勝った方がティッピーの一日もふもふ権独占~」

 「ココアさんしか得しないじゃないですかー!」

 

 

 「こうなったらティッピーのためにも頑張りますね」

 あえて普段通らない道を探してみる。木陰の下辺りに・・・。

 「ありました」

 珍しく読み通りだった。旅行先で寄り道の楽しさを学んだせいかもしれない。

 「ココアさんよりたくさん見つけないと」

 なんせ恋人としての威厳があります。それにティッピーをモフモフするなんて・・・・・。

 おじいちゃんをモフモフするなんて・・・・・。

 「おじいちゃんにココアさんのモフモフは渡しませんから」

 「わしのためじゃないのかー!!」

 

 

 「おじいちゃんの声、久しぶりです」

 「エッグハントに集中せい」

 旅行から帰ってきて初めて聞いた気がする。何か新鮮だった。

 「じゃあ行きましょう、ほらまた発見」

 またまた卵を見つけた。この調子ならすぐ集まりそうです。

 「・・・以前よりお前の視野が広がった気がするのう」

 「そうでしょうか?」

 「旅行前よりお前の頭も高くなっておる」

 そうかな。ココアさんも言っていたけど。

自分の目線が高くなったなんて気づかなかった。

 「男子三日合わざれば、か・・・」

 「なんですか急に。おじいさんみたいですよ」

 「わしゃ年寄りじゃ」

 なんだか切なそうな声だった。あ、また卵見っけ。

 「前の低い景色も好きじゃった。なんか寂しい」

 「急に歳食ったみたいな物言いですね」

 「・・・お前、言動がタカヒロに似てきたな」

 そうだろうか。あ、また卵が。

 

 

 「すやすや・・・」

 「ねてる・・・・・」

 勝負を持ち掛けた当の本人は、エッグハントを放棄してたくさんのウサギに囲まれて春の日差し降りしきる公園のベンチですやすや眠っていた。

 「春の女神はうさぎを使えた姿で現れる・・・じゃったかの」

 「こんなぱやぽや女神いてたまりますか」

 

 

 「う・・・さぎ~・・・うっさぎ~・・・・・」

 寝言みたいだ。どんな夢を見ているのか。

 ? 今のフレーズ。どこかで・・・?

 「あっ、初めてお店に来た時の!」

 「女神というより、迷い込んだうさぎじゃな」

 あのころからココアさんはぱやぽやしていた。

 「春・・・暖かさと夜明けを運べる人・・・・・」

 とってもあったかい、春みたいな人だった。

 「僕でもいつか誰かのそんな存在になれるかな」

 「そうなれる日まで見守っておるよ」

 「なった途端いなくなっちゃ嫌ですよ」

 「祖父離れせい」

 どうやら、大人になるのはまだまだ先みたいだ。

 

 

 

 「爆睡しててごめんね!花冠作ってたらぽかぽかと・・・」

 「いつものことなので気にしてないです」

 それに、寝顔がすっごく可愛かったし。

 「この街に来てたくさんの女神様に助けられたのを夢の中で思い返してたよ」

 きっとリゼさん達のことだろう。

 僕もココアさんも、たくさんの人たちに助けられている。

 僕もその人たちを助けられているといいけれど・・・・・。

 「でも一番最初に出会ったのって・・・」

 何かがふんわりと頭に被る感触がしてくる。

 「チノ君だよね。私のうさぎを乗せた春の弟女神」

 ・・・・・どうやら、花冠を乗せられたみたいだ。

 女神って・・・・・僕は男なのに・・・・・。

 でも口角が上がるのを隠し切れない。とっても嬉しかった。

 恥かしくなって駆けだしたくなった。思わず逃げようとしたとき。

 「私の春、逃がさないよっ」

 「ぐえっ」

 いつもの通りに、ココアさんに抱きすくめられた。

 「あ~、このあったかさ久しぶり~。私の春だよ~、モフモフ~♪」

 「ちょっ!ココアさん!公衆の面前です!!」

 あったかくていい匂いでやわらかくて。

 まるで春みたいだった。

 

 

 




ココアちゃんが成長したチノ君の制服仕立て直すエピソードも入れようと思いましたが、キリが悪いのでやめました。いつかどこかで入れたいです。



余談なんですが、ちょっとエッチ多めのオリジナルエピソードってみなさん見たいですか?見たい方はコメント欄などでご意見いただけると嬉しいです。

1/28追記 文章を一部変更させていただきました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メグとパラレルワールド

 メグです。今日は4月1日、エイプリルフール。嘘をついてもいい日。

 世の中はユーモアあふれる嘘でいっぱいだけど、私は騙されないよ!

 「いらっしゃいませー!ラビットハウスは今日から歌って踊れる劇場喫茶にリニューアルしまーす!」

 「どえぇえーーーーー!!?」

 

 「こちら歌のメニューです。コーヒー一杯につき一曲歌います」

 「すごい!!」

 これ気になるな。“私は騙されている”。

 「それではチノ君どうぞ!」

 そうして出てきたのはアイドルみたいな煌びやかな姿をしたチノ君だった。

 最近背が伸びてきたって言ってたチノ君、アイドル衣装も似合ってるな・・・。

 って、ダメダメ!チノ君はココアちゃんの彼氏なんだから!!

 「実は~ティッピーはしゃっべ~れるんです♪」

 『お前は騙されている~♪』

 「腹話術じゃーな~いんです♪」

 『真実と向き合え~♪』

 「なんて斬新な歌!これは大繁盛するよ!!」

 「エイプリルフールって気づけ!」

 

 「メグは騙されやすいな~」

 笑いながら出てきたのは親友のマヤちゃん。テーブルの陰に隠れていたんだ。

 「楽しいジョークだったけど、もう引っかからないんだから」

 「あーそうそう。私、ここのバータイムで働くことになったんだ」

 当のマヤちゃんはぶかぶかのバーテンダーの服を着て決めていた。

 「そんなの聞いてないよぉー!!」

 「また引っかかってる」

 

 

 気を付けてたのにたくさん騙されちゃった。もう騙されないんだから。

 「でもラビットハウスが音楽劇場になるのが本当だったら面白そう」

 「そういう世界もあるかもしれないよ!パラレルワールドってやつ!私もチノ君が魔法少年でシャロちゃんが怪盗してる世界見たことあるもん!」

 「ええー!」

 「落ち着けメグ。ココアが見た夢の話だ」

 ああそうなんだ。またびっくりしちゃった。

 でもそんな楽しい夢みれるなんて素敵だな。ココアちゃんはいつも素敵な世界を思い描けるんだね。だからチノ君も好きになったんだろうな。

 「今日はもうびっくりしない!絶対!」

 「むりむり。メグはどの世界線でも騙されるよ」

 「マヤちゃんのバカー!だいきらい!!」

 「それを今日言うって天才!?大好きってこと!?」

 「メグさん、多分本気です」

 

 

 

 勢いでお店出てきちゃった。マヤちゃんのせいなんだからね。

 でも私もちょっと言い過ぎたかも・・・。

 どうしよう・・・。ホントにマヤちゃんが私のこと大嫌いになっちゃったら・・・・・。

 ダメダメ。悪い方ばかりに考えちゃ、ホントに悪いことが起きちゃう。

 そう思いながら歩いてると、裏道への入り口の古びた階段が目についた。

 こういう時は寄り道しながら楽しいことを考えよう。たとえば・・・パラレルワールドのこと!

 でも、もしそんな世界があったとして・・・。私たちは一緒にいられてるのかな・・・・・。

 

 ガクンッ

 

 「ひゃっ」

 その瞬間、世界が暗転した。

 

 

 

 メグー! 目を開けてー!

 メグさーん!

 「・・・う?」

 ちょっとくらくら感を感じながら目を開ける。

 「あ」「気が付いた」

 目の前にはマヤちゃんとチノ君が立っていた。

 あれ?でもいつもと雰囲気が違うような・・・?

 「もーっ!心配させないでよー!どんくさメグ!!」

 「でも階段から落ちてとっさに受け身取れるなんてすごいです」

 「ふええぇ・・・?」

 起きた瞬間に二人にヒッシと抱きしめられた。どうやら階段から落ちちゃったみたい。心配かけてごめんね。

 でもマヤちゃんはともかく、チノ君が私にこんなに抱き着いていいのかな・・・。ココアちゃんがいるのに・・・・・。

 「・・・?メグさん、大丈夫ですか?何か顔が赤いような・・・?」

 「えっ、ぜっ全然平気だよっ。心配かけてごめんねっ」

 チノ君が私の頬に優しく手を触れてジッと見つめてくる。流石に恥ずかしいよ~。

 「ますます顔が赤く。ティッピー、メグさんが本当に大丈夫か診察してください」

 『軽い擦り傷。脳に異常ナシじゃ』

 「ん“んーーーーーっ!!?」

 チノ君の手のひらにサイバーパンクなティッピーがふよふよ浮いてた。さすがにびっくり・・・・・。

 いや、今日はもうびっくりしないって決めたんだ。服や髪形まで変えて手の込んだ嘘を・・・。全力で乗っからなきゃ。

 「ティッピーが浮くくらい普通だよネ!」

 「? そうだけどどうしたの今更?」

 「浮遊自立型コンピューターなんて今時みんな持ってるじゃないですか」

 「えぇ!?うん!そうだよネ!!」

 

 

 「じゃあ行きましょう」

 「どこへ!?」

 「ココアのラボに集合って言われてるじゃん」

 そうして私は二人につられて歩き出した。よく見ると制服を着てたけど、前まで着てた制服とは全然違う・・・。

 「最近話題のティッピーのアプリゲームやった?」

 「僕はレトロゲームの方が興味があります」

 「相変わらず古いもん好きだなー。ティッピーも旧式だもんね」

 そんな話をしながら大きな駅の最新式の電車に乗る。

 「この前の違法改造されたティッピーの犯人捕まったかな」

 「引っ越して来たばかりですが東京は怖いところです」

 電車のスピードが上がって、高い高いビルもどんどん流れていく。

 

 見たことない景色と知らない話題・・・。

 世界まで私を騙そうとしてる・・・。

 

 

 「メグちゃん具合悪いの?ワイルドギース、タクシーを呼んで。料金は私が払うわ」

 「シャロさん!?今日は奮発するね!?」

 

 「ラボまでの距離なら私に任せておけ」

 (リゼさんはいつも通りそう。前髪はぱっつんだけど)

 「パトカー呼ぶから乗れ」

 「逮捕されるの!?」

 「親が警視庁の偉い人だからってめちゃくちゃです」

 

 「みんな集合したわね。準備できてるわよー」

 「千夜さん!抹茶の香りだー。ティータイム?」

 「あんこに付けたわが社の抹茶アロマよ」

 「紛らわしい商品作ってるんじゃないわよ」

 

 

 嘘情報の洪水で頭がくらくらする・・・。

 いくらエイプリルフールだからって手が込みすぎだよぉ。

 「メグさん、大丈夫ですか?やっぱりさっきの後遺症が・・・」

 「う、ううん。大丈夫・・・。ちょっと春の情報の洗礼にやられてるだけ・・・」

 チノ君が道中でベンチに座らせてくれた。気のせいかな。いつも優しいけど今日は特に親切な気がする。

 「メグー。大丈夫かー?」

 「うん、ちょっと休めば平気・・・」

 マヤちゃんは格好以外いつも通りみたいで良かった・・・。さっきのことも気にしてないみたいだし。

 「僕ちょっと飲み物買ってきます」

 「大丈夫―。平気だよー」

 「相変わらず二人とも仲いいな」

 「そ、そうかな・・・?」

 「まあそりゃそうか。だって・・・・・」

 

 

 

 「二人は“恋人”だもんな」

 

 

 

 「・・・・・・・・・え?」

 今、なんて?

 「マヤさん、茶化さないでくださいよ」

 「ホントのこと言っただけじゃん」

 「ちょっとまだむずがゆくて・・・」

 「いい加減慣れろよー。男だろー?」

 ・・・・・聞き間違いじゃない。

 「だっ、だっ、ダメだよ!!二人とも!!流石にそんなウソはーっ!!!」

 「メグさん!?」「メグ!?」

 いくらエイプリルフールでもついていいウソと悪いウソがあるよ!

 「そっ、そんなウソついたらっ、そんなウソついたらっ、ココアちゃんがかわいそうじゃんっ!!」

 私だってそんなウソ楽しくないしっ!!

 「め、メグさん?なんでココアさんが・・・?」

 「だって・・・チノ君とココアちゃんは・・・・・・・」

 「確かにココアさんとは仲いいですけど・・・・・」

 「チノ。浮気か?」

 「ち、違いますよ!」

 あれ・・・?おかしい・・・・・。

 二人ともそんなウソつくような人じゃない・・・・・。

 「今日のメグ、何だか変だぞ?」

 「やっぱりティッピーでも感知できない症状があるのかもしれません。早くココアさんのところへ」

 

 

 そうして私はどこかの研究所みたいなところへ連れてこられた。

 「次のティッピーコンテスト・・・これで優勝確実だよ・・・・・」

 ココアちゃんは白衣を着て、大量のマシーンティッピーに囲まれてた。

 「全員妹サイボーグに改造してやろうかー!!」

 「ココアちゃんがマッドサイエンティストにー!?」

 

 

 「ココアさん、サプライズジョークはいいのでメグさんの検査を」

 「そうだった!かわいい弟の彼女さんが大変ならお姉ちゃん見過ごせないよ!」

 「弟じゃないです」

 みんなあまりにも自然体・・・。むしろ私だけが普通じゃないみたい・・・。

 これって・・・もしかして・・・・・。

 「パラレルワールドじゃん!」

 「何その話面白そう!」

 

 

 「みんな知ってる?無数の世界線があるという話で那由他の大量の世界には違う自分がいーっぱいいるらしいよ」

 「今日はティッピーコンテスト打ち合わせの予定だろ」

 そっか。私いつの間にか別の世界に来ちゃったんだ。だから景色やみんなの格好が違ってたんだね。

 「木組みの街で暮らしてる夢を見るって話は何回も聞いた」

 「ロマンがあると思うわ」

 もしかしたら向こうの世界の方が夢だったのかな。

 でもこっちの世界でもみんなと一緒に集まれてる。

 「どの世界でもこんな風に集まってそうだよね」

 「そうです。だから大丈夫ですよ、メグさん」

 どんな世界でも、たまに喧嘩しても。

 大事な友達とは一緒にいれてるんだ。

 「うん・・・!絶対そうだよ!」

 

 

 「今日はビックリすることばかりだったなー」

 「でも何も異常がなくて良かったです」

 帰り道、まだ心配だからってチノ君が家まで送ってくれてる。どの世界でもチノ君は優しいね。

 「あの、メグさん・・・」

 「なーに?」

 チノ君がおずおずって言葉が似合う感じで聞いてきた。

 「向こうの世界じゃ、僕とメグさん恋人じゃないんですか?」

 「ふえ?」

 また突然でビックリした。

 そうだった。

 この世界じゃ私とチノ君が恋人なんだ。

 「・・・うん。向こうの世界じゃココアちゃんと恋人だよ」

 「そうですか・・・」

 ちょっと残念そうな、複雑な顔。

 「ココアさんのことはこっちでも好きですけど」

 「・・・・・・・・・」

 「でもこっちの僕はメグさんが・・・!」

 「大丈夫」

 私はいつの間にか、チノ君の手をそっと取っていた。

 「向こうの世界でも私たちは大切な友達同士だし、それに」

 「それに?」

 「どこでも私はチノ君のことが大好きだから」

 その“好き”がどんな“好き”かは言えないけど。

 でも向こうでも好きってことは変わらないって言えるんだ。

 「メグさん・・・」

 チノ君は私の体を自分の方に寄せてきた。

 

 いいのかな。

 

 いいんだ。

 

 この世界なら。

 

 

 

 

 

 「起きろメグー!」

 その瞬間、顔を誰かにバァァァンとはたかれた。

 「ここ・・・どこ・・・?」

 「ラビットハウスです」

 「びっくりしたよ!飛び出したメグ追いかけたら階段の下で倒れてるし!」

 マヤちゃんもチノ君も、心配そうな顔してのぞき込んでた。

 ・・・・・チノ君。

 「んんっ」

 「わっ!?」

 「なっ!?どうしたメグ!?」

 私はさっきの続きと言わんばかりに、チノ君の体を抱きしめていた。

 「んぅ・・・。別にいいよね・・・?」

 チノ君の体、意外と大きくてあったかい。

 「だって私たち恋人だし」

 「「えっ?」」

 あれ?よく見るとティッピーが浮いてない・・・?

 私戻ってきたの?

 じゃあ・・・チノ君とは・・・・・。

 「おいこらどういうことだこら説明しろこら」

 「ぐえぇ何も知らないです・・・。何もしてないです・・・。く、くるし・・・・・」

 マヤちゃんはチノ君を締め上げていた。

 

 

 

 「パラレルワールドに行ってたー!?」

 「たぶん夢だと思うけど」

 楽しい夢だったなー。高いビルや見たことないものがたくさんあって。

 「私信じるよ!面白そうだもん!」

 「ココアちゃん・・・!」

 向こうの世界でもこっちの世界でもココアちゃんは変わらないね。

 違う世界でも、みんな変わらない。

 「じゃあその世界ではさ」

 「僕たちは一緒でしたか?」

 いつもみんな一緒だよ。

 「もちろん!バラバラの制服でもね!」

 多分これからも!

 

 「向こうの世界でもジョークに引っかかってたんじゃない?」

 「そんなことないもん」

 昔から相変わらずだなー。マヤちゃんは。

 「あっちのマヤちゃんはからかわなかったのになー。髪も長くて大人っぽかったし」

 「なっ!?」

 「もう一回会いたいなー。向こうのマヤちゃん」

 「ウソだよね!?こっちの私は!?」

 たまにはウソも、いいかもね。

 

 

 「ね、ねえ。メグちゃん?」

 「なに?ココアちゃん?」

 ココアちゃんがおずおずって感じで聞いてきた。

 「む、向こうの世界じゃ、メグちゃんとチノ君が恋人だったの?」

 「そ、それ!私も聞きたい!!」 

 マヤちゃんも身を乗り出して聞いてきた。

 やっぱり不安だよね。

 そんなに大好きなんだね。

 「うふふ~、それはね~」

 「「それは?」」

 くるっと振り向いて舌をちろっと出してみたり。

 「どっちでしょー!?」

 ちょっと意地悪したりしてみて。

 「わーん!教えてよー!」

 「メグの小悪魔―!」

 ちょっと悪いことしたかな。

 でも今日だけだよ。

 エイプリルフールだからね!

 

 

 

 




チノ君がマヤちゃんに締め上げられるところがずっと書きたかったです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノ君と入学、そして再会

 「チノくーん!こっち向いてー!制服最高に似合ってるー!」

 4月1日。

 「その髪型も決まってるねー!ポーズもグッド!」

 新しい世界に行く日。

 「カッコいい!カッコいいよ!お姉ちゃん誇らしい!!」

 そう、入学の日だ。

 「って入学当日に僕で遊ばないでくださーい!!」

 「当日だからこそだよー」

 相も変わらずだった。

 

 「何せ弟の高校デビューだからね!」

 「浮かれすぎです」

 まるで自分のことみたいに気合を入れてくれている。嬉しいけどはしゃぎすぎではないだろうか。嬉しいけど。

 「それにね」

 「それに?」

 「みんなに・・・自慢の彼氏の紹介もしたいし・・・・・」

 「・・・・・・・・・・」

 自慢の彼氏・・・。

 そう思われてることが凄く嬉しくて表情筋が上がりそうになる。

 ・・・ダメだ。これじゃココアさんと同じくらい浮かれることになってしまう。

 でも・・・・・。

 「お願いします・・・・・」

 どうも最近、僕はココアさんに弱いみたいだ。

 「えへへ~、緊張しないでー。私の姉力パワーも注入してあげるからー」

 「いつもの数倍浮かれココアさんじゃ説得力ないです」

 いや、別にそんなことないかも・・・・・。

 

 

 「あっ、そうだ。チノ君、こっち向いて」

 「何ですか?」

 僕はココアさんの方に向き直る。

 すると

 

 チュッ

 

 「!!」

 「えへへ。恋人パワーも注入してあげたよ」

 おでこに軽くキスをされた。そのおかげか知らないけど体がじんわりと温かく、緊張もほぐれたみたいだ。

 やっぱり僕はココアさんに弱いみたいだ。

 

 

 「「行ってきまーす」」

 「いってらっしゃい、二人とも」

 お父さんの見送りで僕ら二人は家を出る。高校に入る前も一緒に出てたけど。

 「一緒の学校だからもう分かれ道で別れることはないね」

 「ですね」

 そうだ。今日からはずっと一緒の道を歩ける。

 学校が同じだから当たり前だけど。

 「でも僕はあえてこっちの道から行きます」

 「ぞんな゛!!」

 「ウソですよ」

 「もーっ、チノ君だってホントは浮かれてるでしょ!!」

 その通りだけどしょうがない。

 こんなに嬉しいんだから。

 

 

 「チノとココアだーっ!」

 「マヤさん、メグさん」

 向こうから高校の制服を着た二人が僕らを見つけるなり走ってきた。

 「制服に合ってるー!」

 「お二人も今日入学式でしたね」

 二人も僕らと同じくらい浮かれているみたいだ。でも二人とも制服のせいか大人びて見える。

 「あれ?メグちゃんの制服、リボンなんだ」

 「うん。今年からネクタイと選べるみたいなの」

 確かにマヤさんの服とは違ってリボンを結んでいた。メグさんの雰囲気と合わさって良く似合ってると思う。

 「どうかな?チノ君?」

 「ええ、とても可愛らしくてメグさんにピッタリです」

 「えへへ、ありがと!」

 喜んでくれてるみたいだ。良かった。

 「むー、チノ。何だか口説き文句に磨きがかかったな」

 「マ、マヤさん。別にそんなことは・・・・・」

 「やっぱココアみたいなかわいい彼女出来て浮かれてんなー」

 「そんなこと・・・・・」

 と言いつつも思わず目をそらしてしまう。図星な部分がかなりある・・・・・。

 「じゃあ私はどう?ちょっと着崩してみたんだけど」

 確かに。マヤさんは制服のシャツの上からパーカーを羽織っているうえ、一番上のシャツのボタンも開けている。よく見るとスカートもメグさんのそれよりきもち短い気もする。

 ・・・ここは意を決して。

 「ええ、いつもより大人びていて素敵です」

 「・・・まあ及第点かな」

 マヤさんはプイッと向こうを向いてしまった。けれどとても嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。

 「マヤちゃん、今日はネクタイくらいちゃんとしなきゃダメー!」

 「ぐえっ」

 「3人の晴れ着姿が見れてお姉ちゃん感激~!!」

 「ぐええっ」

 「早くしないと遅刻しますよ」

 みんな浮かれていた。

 だって初めての高校だから。

 「じゃあ行ってきます」「メグちゃんマヤちゃん行ってらっしゃーい!」

 「行ってきまーす」「ココアとチノも行ってらっしゃーい!」

 

 

 

 「この感じ懐かしいなー。ここでリゼちゃんと遭遇したんだよねー」

 「そうだったんですか」

 「そして何度も迷って私を混乱させたな」

 「ひゃあっ」

 噂をすれば、後ろの方から本人がぬっと現れた。

 朝のジョギング中らしく、ラフなジャージスタイルだ。スポーティーな大人って感じがする。

 「ついてきてくれるの?寂しいの?」

 「コースが同じだけだ!」

 前言撤回。子供っぽいところもまだまだあるみたいです。

 

 「いいかチノ?ココアが迷わないよう毎日見張るんだぞ?」

 「もちろん」

 「迷わないよ!!」

 ココアさんはブーブー文句を言っていましたが、可能性はゼロではありません。彼氏として導いてあげなくては。

 「分かってるって。行ってらっしゃい」

 リゼさんはココアさんの頭を優しくなでて、去っていきました。

 「・・・・・リゼちゃんの姉力が上がってる気がする」

 大学生になって、精神的に余裕ができたのだろうか。

 「大人って、すごいですね」

 「うん」

 この前まで近くにいた人が、突然遠くなった気がした。

 少し寂しい・・・。

 「本当に迷わないですよね?」

 「本当だって!証明するためにこっちの道から行ってみよう!!」

 「言ってるそばから!!」

 僕の恋人はもう少し大人になった方がいいかも。

 

 

 「千夜ちゃんおはよー」「おはようございます」

 「おはよう。二人とも」

 登校の道中、千夜さんが待っててくれた。そうだ。千夜さんも今日から同じ学校の先輩になるんだ。

 「我ら、スクールメイツ3人衆」

 「うぅ~」

 「??」

 「「イエーイ!!」」

 「!?」

 二人は飛び上がってお互いの手をたたいた。

 「ダメよチノ君、ついてこなくちゃ」

 「明日は成功させよ☆」

 「これ毎日やるんですか!?」

 男子高校生にはつらいです!!

 

 

 「チノ君と一緒に通えるなんて感慨深いわ」

 「これからよろしくお願いします」

 思えば千夜さんとは、同じ喫茶店の跡取り同士という以外の接点があまりなかった気がする。こうやってつながりが増えるのは嬉しいことだ。

 「これからは・・・千夜『先輩』ですね」

 そう言った途端、両肩をガシッと千夜さんに掴まれた。

 「もう一回言って?」

 「・・・・・・・・」

 「お願いもう一回!?」

 何だろう。この感じデジャヴが・・・・・。

 「むー千夜ちゃん!チノ君は私の弟兼彼氏兼後輩なんだからね!!」

 「ぐっ!?」

 後ろ側からココアさんに抱き着かれた。後頭部に抗えないふにっとした感触を感じる。

 「ココアちゃんと争うつもりはないけど・・・。私の後輩でもあるから!!」

 「もごっ!!」

 前方から千夜さんの大きな胸部がせまり僕の顔面を押しつぶした。おかげで僕は二人の柔らかい体にサンドイッチされることになってしまった。

 頭部全体に言葉にできない幸せが広がる。

 「後輩の部分だけでもいいから頂戴?」

 「あげたいけど心がイヤって叫んでるー!」

 「ふ、ふたりとも・・・みんな見て・・・ちこく・・・・・ぐむぅ・・・・・」

 息が苦しいからなるべく思い切り息を吸い込む。その度に二人の優しい甘い香りを吸い込んでしまう。

 苦しいやら恥ずかしいやら嬉しいやらでわけが分からなかった。

 

 

 「ようやく着いた・・・」

 「朝からみんなの話が聞けていい日になりそう♪」

 ここが・・・今日から三年間お世話になる学び舎・・・。

 よろしくお願いします。

 「あら?あの子、外の街からの転入生かしら?」

 「うさぎに興味津々だし、きっとそうだよ!」

 

 あれ?

 

 あの子って・・・。

 

 「声かけてみよっか」

 「待ってください!」

 思わずココアさんをせき止める。

 「ぼ、僕が行っても・・・いいでしょうか・・・・・?」

 

 「チノ君・・・・・」

 ココアさんはちょっと驚いていたみたいだ。それもそうだろう。普段の僕なら知らない人に積極的に話に行くなんてしないだろうから。

 「健闘を祈る!」

 「私たちは先に行ってクラス替え掲示板見てるわね!」

 二人は敬礼をして送り出してくれた。まるで本当の弟の晴れ舞台を見送るように。

 「・・・じゃあ、行ってきます」

 おかげで勇気が出た。

 二人のあの敬礼に答えたい。

 それに、再び会えた友達と、もう一度話したい。

 

 

 弟が勇敢に話しかけに行ってる・・・

 私と会った時のココアちゃんみたい

 そうだっけ?

 そうなの

 

 あれで楽しくなりそうって思えたんだから

 

 

 どうしよう・・・。いざ話すとなると緊張してる・・・・・。

 ココアさんの笑顔を真似て・・・。浮かれ顔になってしまうけど・・・・・。

 ・・・姉力と、恋人パワー・・・・・。

 「あのっ、僕のこと覚えてますか?」

 

 その子は、僕の声を聞いて振り向いた。

 

 「フユさん

 

  この街に来てくれたんですね

 

  嬉しいです」

 

 

 ・・・フユさんからは返事がない。

 一度出会っただけだし、もしかしたら忘れて・・・・・

 

 カキーンッ

 

 「固まってる!?」

 

 

 「こんな偶然越えて奇跡みたいなことあるなんてこの世は摩訶不思議みゅうみゅう」

 「うさぎはみゅうみゅうって鳴きません!」

 フユさんお得意の腹話術は健在みたいだ。

 そんなこんなしているうちにうさぎはピョーンッと逃げていってしまった。

 「捕まえましょう!」

 僕は思わず追おうとする。

 その瞬間、服の袖をクイッと掴まれた。

 「名前・・・覚えててくれて、うれしいよ」

 

 

 

 「チノ・・・・・!」

 

 

 

 




フユちゃんとの絡みもたくさん書いていきたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノ君と新しい友達

途中モブですが男子が出ます。話の都合上共学にしなきゃいけなかったので・・・。
多分これからもちょくちょく出ますが、基本的に純愛おねショタハーレムの体裁は守るのでご安心を。


 高校に入学した僕。新しい友達も増えそうな予感もしてワクワクしている。

 さて、そんな僕は今。

 「チノ君入学おめでとう~」

 「相変わらずめんこいね~」

 「ちょっと背伸びたんじゃない?」

 「カッコよくなったなー」

 「あぅぅ・・・」

 「あ、あの、私の弟だから・・・・・」

 女子の先輩たちに囲まれていた。

 

 今囲まれている先輩たちはココアさんと千夜さんの同級生、僕の先輩にあたる人たち。この高校の文化祭の時に知り合った。

 僕が男子ということも気にせずにどんどん触ってくる。男子に対する忌避感がないのは良いのですが。

 (な、なんか恥ずかしい・・・・・)

 流石に僕も男なので、こんなに女子の皆さんに囲まれて愛でられると照れてしまう。道行く生徒たちも(特に男子は)どこか恨めしそうに僕を見てくる。

 でも当の本人は恥ずかしさと居心地の悪さでそんなこと堪能する暇もなかった。

 それに僕には恋人のココアさんが・・・。

 (ああ、ココアさん・・・。だんだん目つきが鋭く・・・・・)

 そりゃあ恋人の僕が他の女の子にデレデレしてたら彼女のココアさんは面白くないだろう。

 「あの・・・チノ君は私の・・・・・」

 同級生たちに遠慮しているのか、おずおずと話しかけてる。

 「チノ君は・・・私の彼氏だから!!」

 「!!」

 ココアさんは意を決したように大声で叫んでいた。

 先輩たちも驚いたようにココアさんの方を振り向く。

 やっぱりココアさんにも独占欲というものがあったみたいです。

 ・・・僕だけを見てくれているような気がして嬉しい。

 「そうかそうか~。ココアとうとうチノ君と付き合ったか~」

 「よかったよかった。よかったね~」

 「妹の成長を目の当たりにしたようで嬉しいよー」

 「うわーん!チノ君の前で妹扱いしないでー!!!」

 どうやら(薄々気づいてはいたけど)ココアさんはクラスのみんなの妹みたいです。

 「良き友人たちを持てて良かったですね」

 「わぁーん!!チノ君もそんな生暖かい目で見てこないで―!!!」

 

 

 先輩たちの猛攻に気を取られて新しい友達の紹介がまだだった。

 「紹介します。風衣葉冬優さんです」

 そう言って振り向いてみると。

 フユさんは忽然と姿を消していました。

 「いない!?」

 

 「チノ君、面白い子だなぁ」

 「幽霊の連れ込みは校則違反だぞ♪」

 「落ち着けよ。ただの幻覚だろ?」

 「学校へ導く少女の幻覚、七不思議の一つよ・・・」

 「チノ君を信じてあげて!」

 「みんな違うってー」

 「幻覚だったのかもしれない・・・」

 「「チノ君!?」」

 

 

 「何かあったらお姉ちゃん兼彼女の私に相談するんだよ?」

 「高校デビュー頑張ってね」

 「はいっ」

 ココアさん千夜さんの二人に励まされ、僕は教室に向かう。

 あの二人の応援に答えなくちゃ。

 「ココアちゃんのいないクラス・・・」

 「二度目の奇跡はなかったね・・・」

 (あの二人の方が大丈夫かな・・・)

 どうやらクラスが分かれてしまったみたいです。

 僕以上に不安を抱えて去っていきました・・・。

 

 (マヤさんもメグさんもいない一人きりのスタート・・・)

 やはり新しいことを始めるとどうしても不安になる。

 でもここは気を引き締めて。二人からパワーも貰ったんだから。

 (フユさんは一体どこへ・・・)

 忽然と姿を消したフユさん。

 やはり幻覚だったのだろうか・・・。

 漠然とした不安を抱えながらガラッと教室のドアを開けた。

 (いた!フユさん!!)

 教室の椅子にちょこんと座っていた。

 どうやら幻覚では無かったみたいです。

 

 フユさんに声をかけようとしたその時。

 「ねえ君、さっき上級生に囲まれてたよね!?」

 他の新入生の質問にあってしまいました。

 「もう馴染んでるってすごいねー」

 「私転入だから心細くてー」

 「というかお前、二人のお姉さんに胸押しあてられてたよな?」

 「それに上級生相手にハーレム作りやがって!」

 「どんな手段使ったの!?教えて!?」

 他のみんなも高校デビューでワクワクしているのかテンションが高い。ウキウキで僕に話しかけてくる。

 「地元の子?」

 「はい、ラビットハウスっていう喫茶店やってます」

 「へー、私たちと同じ年ですごいねー」

 「高校生で喫茶店とか漫画の主人公じゃん!」

 「男子ってそういうの好きだよねー」

 「何だよー、悪いかよー」

 教室がざわめき始めた。

 人気なのは嬉しいけど、これじゃフユさんのところにいけない・・・。

 

 

 

 高校入学のために木組みの街に来た途端、故郷の街で出会えた友達に再会できた。

 あまりのことに驚きとか嬉しさとか、色々入り混じって逃げるように教室まで来てしまった。

 教室にチノが入ってきたときは謝ろう、そして改めて挨拶しようと席を立ったけど、チノがクラスのみんなに囲まれているのを見てやめた。

 一対一じゃない会話はまだ少し怖かった。

 それにみんなと楽しそうに話しているチノを見ると邪魔するのも悪いな、と思ってしまったからだ。

 こうやって遠慮しているうちにどんどん話す機会が失われるのだろうけど、チノの気を悪くするよりはずっといい。

 そう自分を納得はさせるけど、どうしても胸にモヤモヤが残ってしまって。

 講堂で入学式が始まった時も、どうも気になってチノの方をチラチラと見てしまう。

 入学式も終わってひと段落。なんだか疲れてしまった。

 手持ち無沙汰で何となく地図を広げてみると。

 「それ、シストの地図!見つけたんですか!?」

 その子は壁をぶち破るように私の世界に入ってきてくれた。

 

 

 「しすと・・・?」

 「この街で有名な宝探しゲームです」

 ようやくフユさんと話せました。朝からずっと気になっていたので。

 「ううん。これ、家までの地図」

 「え?」

 「まだ道覚えられてないから」

 「恥ずかしい!」

 ようやく話せたと思ったら失敗してしまった。無遠慮だったでしょうか・・・。

 「・・・チノと」

 「え?」

 「チノと・・・やっと話せた」

 絞り出すような声。フユさんも同じくらい僕のことを気にしていたみたいだ。

 不安なのは、僕だけじゃない。

 「朝はビックリしました。急に子猫みたいにいなくなるので」

 「チノこそ、ウサギみたいにぴょこぴょこいなくなる」

 「そうでした?」

 「そう」

 何となく、じっとお互いを見つめる。

 「ぷっ」

 「クスッ」

 そうすると、気を張っていた自分たちがおかしくなってしまってつい吹き出した。

 「朝はごめんね」

 「僕の方こそ、突然無遠慮でした」

 お互い軽く微笑みながら謝罪する。

 もしかすると、僕たちは似た者同士なのかもしれない。

 「お詫びと言っては何ですが、放課後よろしければ送っていきます」

 「え、でも・・・」

 「僕も、フユさんにこの街をもっと知ってもらいたいので」

 「・・・ありがとう。じゃあ、お願い」

 「はい」

 新しい場所で、新しい友達と再会できた。

 これからもっと仲良くなっていきたい。

 多分向こうもそう思ってくれてる。

 

 

 

 「なぁ、あの喫茶店の奴。もう美少女とデートこぎつけてるぞ」

 「見た目大人しそうなのにね」

 「やっぱ高校デビューしたらグイグイ行った方がいいんだな!」

 「無理だよ。僕らモブ男子だから」

 「え?」

 

 

 

 高校からの帰り道、フユさんに街を紹介しながらフユさんの下宿先に向かう。

 「私・・・」

 「どうしました?」

 「この街でうまくやっていけるかな・・・」

 フユさんが不安を口に出す。

 そうですよね。一人で新しい世界に出てきたら誰だって不安だろう。

 「そういう時は、ええと・・・」

 友達の不安を取り除いてあげたいけど、どんな言葉をかければ・・・。

 ・・・・・ココアさんみたいに。

 「不安をワクワクだと解釈するんです!」

 「ワクワク・・・?」

 「・・・ってうちの姉が言ってました」

 「チノ、お姉さんいるの?」

 「・・・あっ、自称姉です!」

 “恋人”じゃなく“姉”と紹介してしまっていた。

 今朝貰った姉力のせいだろうか。

 「私も、通りすがりのお姉さんに自信持ってって励まされたことある」

 「素敵なお姉さんですね」

 「うん」

 ココアさんとどっちが素敵だろう。

 ・・・きっとココアさんだろうな。

 

 「へぶちっ」

 「誰かがココアの噂してる」

 「それ迷信でしょ?」

 

 「でも不安なこと、もう一つあって」

 「何ですか?」

 「・・・変な話なんだけど」

 「え、ええ」

 「この街には、“うさぎの皮を被った狼”がいるって話聞いて」

 「うさぎの皮を被った狼!?」

 そんな話、長年この街で生きてきて初めて聞くんですが!?

 「うん。その人はうさぎみたいにかわいい顔してるけど、実態は女の子を食べまくる狼で。その人が通った後にはぺんぺん草の雌しべも残らないという噂・・・」

 「そんな恐ろしい人がこの街に・・・」

 生まれ故郷のこの街にそんな怖い人がいるとは知りませんでした。何だか悲しいです・・・。

 「・・・ごめん」

 「どうしました?」

 「チノのふるさと、悪く言っちゃって」

 「そんなこと。初めての場所が怖いのは誰でもですよ」

 フユさんはとても真面目な人なんだ。

 だから色んなことを真剣に考えすぎて、怖くなってしまうんだろう。

 「・・・フユさん。この後、時間ありますか?」

 「え?」

 「見てほしいものがあるんです」

 

 

 

 「・・・!この眺め、綺麗・・・」

 「都会で一緒にぬいぐるみを探してくれたお礼です」

 僕はフユさんを、木組みの街が一望できる展望台に連れてきた。丁度夕暮れ時で、街中に紅い装飾がかかったように見える。

 「転入してくる前に写真で見た以上の景色・・・」

フユさんも気に入ってくれたみたいだ。

 この街には綺麗なものがたくさんある。

 「これからもガンガンドコドコ、この街の良いところを見てもらいたいです」

 「ガンガンドコドコ・・・・・」

 いけない。誰かさんの口調が移ってしまっていた。

 でも悪い気はしなかった。

 「・・・ありがと、チノ。これからたくさん、楽しい事・・・あるといいな」

 「きっとありますよ」

 新しい世界に行くって、そういうことだと思うから。

 

 

 「着いた。ここが私の居候先」

 え。

 「一年前にね、たまたまこの街の特集記事読んだの。みんな暖かそうで楽しそうだった」

 あの。

 「それで気づいたら都会から飛び出してた。私の初めての思い切った決断」

 ここって。

 「ブライトバニー。学校の紹介で老夫婦が住み込み募集してるって聞いたの」

 

 「チノはラビットハウスって喫茶店で働いてるんだっけ。ライバル・・・だね」

 ・・・・・・・。

 「チェスも腹話術もまた対戦してみたいのじゃ。店が開店したらお手柔らかに・・・なのじゃ」

 気が付くとフユさんは、ブライトバニーの中に入っていってしまった。

 

 

 

 「なぁぁぁぁぁぁ」

 

 

 

 「都会で出会った子と再会したの!?」

 「しかもブライトバニーだと!?」

 弟に新しい友達ができたと思ったら、運命の再開だったんだね!

 「こことしては向こうにお客さんが流れるのが心配だな」

 「だいじょーぶ!たいして変わらないよ!」

 きっとラビットハウスは今まで通りの喫茶店だよ。ティッピーは不機嫌そうな顔してるけど。

 「チノは複雑だと思うけど・・・」

 「・・・です」

 「チノ?」「チノ君?」

 「フユさんからもブラバからも新鮮なアイディアを学べます!これは素敵なチャンスです!!」

 「「たくましい!!」」

 いつの間にか弟が一回りも二回りも大きくなってた!

 そうだよ!甘兎庵とラビットハウスが対立してても今は仲良しだもん!!

 千夜ちゃんともクラスが分かれちゃっけど、その分色んな楽しみもあると思うんだ。

 「この精神はリゼさんに鍛えられたのかもしれません」

 「そうかな」

 「私の姉力パワーは?どうだった!?」

 私の分も。朝注入してあげたのが効いてたら嬉しいな。

 「それは・・・ヒミツです」

 「えー!?教えてよー!!」

 答えてくれなかったけど、何となく答えは分かっていた。

 チノ君もこの街もどんどん変わっていく。

 でもそれって、楽しいことでもあるよね!

 

 

 

 (チノ君に新しい友達ができて良かった)

 春になり立ての外のじんわり冷たい風を受けながらしみじみ思う。

 (チノ君は人気者だから)

 委員長たちにも人気だったし、いろんな人がチノ君を好きになってくれてる。

 姉としては誇りだね。自慢の弟だよ。

 姉としては・・・。

 「私がチノ君のこと、一番大好きでいたいなぁ」

 チノ君を好きな人が増えるってことは、それだけチノ君もたくさん“好き”を貰って、あげるということ。

 その中で私の“好き”が埋もれちゃったら・・・。

 「お姉ちゃん失格かな」

 そんなこと考えちゃダメ。

 チノ君にはもっと広くて新しい世界を知ってほしいから。

 私だけの世界、なんて狭い世界に押しとどめるなんていけないことだ。

 でも少しだけ、少しだけだけど不安になってしまう。

 私だけのチノ君でいてほしい・・・なんて。

 「ココアさん、お風呂あがりました。どうぞ」

 「うん、ありがと。チノ君」

 お風呂から上がったチノ君は身体が火照っているのか、少しほっぺたが赤かった。

 他にも汗を反射して少し肌がテラリとしていた。

 (ダメダメそんなこと考えちゃ!)

 心の中でエッチになってる自分を振り払う。私ってそういう子だったのかな・・・。

 「・・・ココアさん?元気ないですか?」

 「そんなことないよ!この通りハッスル満開だよ!」

 この通り、チノ君はいつも優しい。私の自慢の弟。

 誰にでも優しいのがチノ君だから、いつまでもそんなチノ君であってほしい。

 だから他の娘に好かれるのだって・・・・・。

 「・・・・・ココアさん」

 「ん、ごめんごめん。すぐ入るよ」

 そう言ってお風呂に行こうとした途端。

 「ちょっと、待ってくれますか?」

 チノ君に呼び止められた。

 「すぐ済みます」

 何だろう。でもチノ君の目は真剣で・・・。

 

 チュッ

 

 「!!」

 「・・・・・すみません。いきなり」

 唇に優しく・・・キスされた・・・・・!

 いきなりで・・・ビックリした。

 「朝のお返しです」

 「・・・え」

 「ココアさん、元気なかったみたいなので。弟力パワーと恋人パワーの注入です」

 そう言っているチノ君は顔が真っ赤だった。

 多分お風呂のせいじゃない。

 「いきなりで迷惑だったのなら・・・・・」

 「・・・ううん!そんなことない!」

 体の奥がじんわりと熱くなって、幸せがこみあげてくる。

 「ありがとう!チノ君!!」

 「わっ、ちょっ」

 「私が一番チノ君のこと大好き!!」

 勢いに任せて、私はチノ君をギュウッてする。

 良かった。

 私がチノ君のこと、大好きでいてもいいんだ!

 「さらに元気になったよー!今日も一日頑張れそう!!」

 「もう一日も終わりです」

 「えへへ」

 笑顔が素敵でコーヒーを淹れるのがとっても上手。

 この子が私の自慢の弟で大好きな恋人です。

 

 

 「早くお風呂入ってください」

 「ごめんごめん。じゃあ行ってきます」

 その途端、ちょっといけない考えが頭を巡った。

 言っちゃいけないんだろうけど、その時の私はテンションが上がっていた。

 「チノ君」

 「はい?」

 「一緒に入る~?」

 「えっ」

 一瞬でチノ君は真顔になる。

 ・・・流石にお下品だった。言った後に後悔が襲ってきた。

 「な、なーんて。冗談冗談」

 作り笑いで誤魔化すけど誤魔化しきれてない。

品性がないってドン引きされたかな・・・。

 「・・・もっと」

 「え」

 「もっと・・・大人になったら・・・・・いずれ」

 しばらく、頭が情報を処理しきれなくてパンクしていた。

 脳みそが茹で上がりそうだった。

 「お、お風呂冷めちゃうんで・・・」

 「あ、うん・・・ごめん・・・・・」

 いそいそと早足でお風呂へ向かう。

 でもお風呂に入る前から体は熱かった。

 

 

 

 

 

 




ごちうさ新刊読みました。
ティッピー、清川さん、ありがとう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ココアとパーティー

 実家のみんなへ、元気ですか?こっちでは学校が始まったよ。

 旅行で毎日一緒だったみんなはね、学校は元からだけどクラスもバラバラになっちゃったんだ。

 チノ君は前より更に明るくなった気がする。もう新しいお友達ができたんだって。

 早く私にも紹介してくれないかなァ・・・。

 

 「なに手紙書いてニやついているんです・・・?」

 チノ君がコーヒーを差し入れに来てくれた。

 

 

 「確かに最近7人で集まれてませんね」

 「新旧記念パーティーしよう!ビストロ☆ココア開店だよー!」

 『来週の休日?バイトあるし』

 『その日は用事が・・・』

 『バレエ教室が』

 『親戚への挨拶が』

 『ごめんなー』

 「ビストロ☆ココア閉店だよぉー・・・」

 「早くも!?」

 

 

 「数日後の平日ならみんな集まれるみたいです。喫茶店も休みですし、学校終わったらうちで開催できますよ」

 流石チノ君。スケジュール管理が上手い。

 「ナイス弟秘書☆」

 「秘書じゃないです。準備するなら早く取り掛からなくていいんですか?」

 「うん、早速食材買いに行かなきゃね。行こう、弟マネージャー☆」

 「・・・いえ、僕にも予定があるので」

 「え゛」

 「すみませんが今回はココアさん一人でお願いします」

 

 というわけで私は一人で買い物に行くことになった。

 「わぁーん!彼氏に愛想つかされたー!!」

 

 「ど、どうしました?ココアさん?」

 「あ、凜ちゃんさん」

 泣いている私を見て、青山さんの編集者さんの凜ちゃんさんが心配そうに話しかけてきた。青山さんとロイヤル・キャッツにいたと思ったけど帰ってきてたんだ。

 「青山さんは?」

 「まだホテルで原稿書いてます。作品なら送れますし」

 「そっかー」

 凜ちゃんさんも青山さんとは昔馴染みらしい。だからか編集さんと小説家さんというよりかは、姉妹みたいに仲がいい。

 「ねえ、青山さんがいなくて寂しい?」

 何となくだけど、そんなことを聞いてみた。

 「そんなことあるわけないじゃないですかぁ、追いかける相手がいなくなって寂しいだなんて」

 「そんなことあるよね!?」

 凜ちゃんさんはフルフル震えていた。

 「大丈夫です!私テレパシー使えますから!!今原稿順調みたいです!!!」

 「大丈夫じゃないよね!?」

 

 

 「ココアさん元気ないですけど・・・さては旅行中みんな一緒だったのが新学期で散り散りとなって心細い・・・とか?」

 「テレパシー!?」

 心を読まれたようだったよ!!

 「みどりちゃ・・・青山先生ほどではないですが人の気持ちを考えるのは得意なんです。小説家の担当ですから」

 「私も凛ちゃんさんみたいにみんなの気持ちがわかったらなぁ」

 そうだったら・・・チノ君のことももっと好きになれるのかな。

 「今度みんなでパーティーしようって誘ったんだけど、私が楽しみたいだけだし。みんな新生活が忙しくて気が乗らないかも・・・なんて」

 「大丈夫です!皆さんの考えも受信して見せます!!」

 「そんな無理しなくて大丈夫だよぉ!!」

 

 「今日もね、チノ君を買い物に誘ったんだけどそっけなく断られちゃって」

 「残念ですね、そんな日もありますよ」

 「そうだよね。でももし私のこと嫌いになっちゃったのならどうしよう、なんて考えちゃって」

 「え」

 「恋人になったからって、浮かれてベタつきすぎたのかなぁ」

 「・・・大丈夫ですよ、きっとチノさんはココアさんのこと大好きなはずです」

 「そうかな?」

 「人間、口に出した言葉と心の中の言葉が食い違ってることがよくありますから。だからきっと、チノさんも心の中でココアさんを大事に思っているはずです」

 ・・・そっか。そうだよね!

 もっとチノ君を信じてあげないと!

 「ありがとう凛ちゃんさん!元気出てきた!!」

 「お役に立てたようで何よりです」

 さて!元気になったところで、美味しいパーティー料理を作るための買い物だー!!

 チノ君とみんなに美味しい料理を振舞ってあげなきゃ!!

 

 

 

 ココアが去った後。

 (ココアさんとチノさんって付き合ってたんですか!?というか恋のアドバイスってあれで良かったんですか!!?もしかしてこの年になっても恋愛経験なしってまずいのでは!!??)

 凛は一人で悶えていた。

 

 

 

 いろいろあったけどビストロ☆ココア当日だよ!最初のお客さんは誰かな!?

 「来たわよ、はいこれハーブクッキー」

 「シャロちゃん!手作りのだ~うれしい~」

 「私のはこれ」

 「千夜ちゃんー!花束もらうなんて初めてだよー!!」

 「今日はお招きありがとうございます」「これ受け取って~」

 「マヤちゃんメグちゃん!素敵な髪飾りー!!」

 どんどんビストロ☆ココアにお客が来る。

 どうやらこの間のは取り越し苦労だったみたい。

 

 「良かったですね。ココアさん」

 「うん!みんなからたくさん開店祝いもらってうれしいー!」

 「・・・僕からのプレゼントは後で」

 「えー今くれないのー!?」

 「僕にも準備というものがありますから」

 「いじわるー!!」

 「・・・ホントに気づいてないんですね」

 「え?何?」

 「いえ、別に」

 

 「じゃあみんな、準備はいいか?」

 「そのコップ・・・!」

 旅行で作ったファミリーコップだ。本当にみんなパーティーを楽しみにしてたんだね。

 「「「「「「誕生日おめでとう!ココアー!!」」」」」」

 ・・・・・・へ?

 「はいこれ、ココアさんの分です」

 チノ君がファミリーコップを差し出してくる。

 今日・・・。4月10日・・・・・。

 「今日はココアさんの誕生日じゃないですか」

 「あーっっ!!?」

 「ビストロ☆ココアに夢中で本当に分かってなかったんですね」

 

 「ココアがこの街に来て2周年記念にも乾杯」

 「「「「かんぱ~い」」」」

 この街に来て・・・2周年・・・・・。

 「あ、あ・・・ありがと・・・・・」

 だからみんな忙しいって・・・・・。

 「ごんなごっぶまでよういじで~」

 「マジ泣き!?」

 

 「みんなサプライズうまくなりすぎだよー!!」

 「そんなつもりはなかったんだが」

 「さっきからプレゼント渡してたのに」

 

 

 それからみんなで自分たちのクラスの話をした。

 どうやらみんな、それぞれ楽しいクラスで友達ができたみたい。

 みんな楽しそうでよかった。

 「ふへへ」

 「ココアちゃん?」

 「前に千夜ちゃんを励ましたことあったでしょ?いざクラスも学校も別れたら、今度は私が寂しくなっちゃって」

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 「恥ずかしいなぁ」

 「ココアちゃんにも寂しい気持ちがあって良かった」

 「お互い様だね」

 

 

 「新制服になった記念に集合写真撮ろうよ!」

 「さんせ~い」

 「私、制服じゃなくて私服だけど・・・」

 「それがいいんだよ」

 みんな離れ離れになっても、また集まれる。

 「チノ君チノ君」

 「はい」

 「私、あのポーズやりたいな」

 「えっ、でも流石に恥ずかしい・・・」

 「チノー、恋人の頼みだろー?」

 「きっとチノ君ならかわいいよ~」

 「今こそ男を見せるとき!」

 「うう、分かりました・・・」

 きっとこれからもそうなんだろうな

 「はいっ、ポーズ!」

 

 パシャッ

 

 

 

 パーティーも終わって、ラビットハウスは私とチノ君だけになりました。

 「あの日そっけなかったの、パーティーの準備してたからなんだね」

 「まさか気づいてないとは思いませんでしたが」

 口に出す言葉と心の言葉は違う。

 本当だったけど。

 「ココアさん?」

 「そっけなかったのは、ちょっと寂しかったなー」

 やっぱりちゃんと言葉に出してほしいな。

 私のわがままだけれども。

 「・・・ごめんなさいココアさん」

 「ううん、いいの」

 私はコテンと、チノ君の肩に頭を預けた。

 またチノ君の背が高くなった気がする。

 肩からチノ君の温かさが伝わってきて、少しドキドキする。

 「お詫びってわけではないですけど、僕からのプレゼント。受け取ってください」

 チノ君が私の頬に軽く触れてくる。

 「んっ・・・」

 ドキドキが高まった。

 「いつもありがとう。おねえちゃ」

 

 カランカラーン

 

 「あ・・・・・」

 「「あ・・・・・・・・」」

 「―――っ!!出直しますっ」

 「待って待って!お客さーん!」

 「というか、猫の腹話術の子!?」

 「え?」

 そのお客さんは、都会で出会った猫のあの子だった。

 「あれ、あの時のお姉さん・・・?」

 「そう!ココアお姉ちゃんだよー!」

 「ココ姉!!」

 こんなすぐ、しかも木組みの街で再開できるなんて運命だよ!

 「・・・・・ココアさん、いつフユさんと・・・・・・・」

 「あ、チノ。お邪魔だったかな・・・?」

 「え?」

 知り合い・・・?

 「そんなこと。来てくれてうれしいです」

 「ごめんなさい、お取込み中で・・・」

 「こちらこそ・・・お客さんに失礼いたしました・・・・・」

 あんなに仲良く・・・。しかもさっきのプレゼント失礼って・・・・・。

 「・・・・・むーーーっチノ君!!いつの間に他の女の子誑かしたのーーーーーっ!!!」

 「それはこっちの台詞です!いつの間に僕の友達たらしこんだんですか!!」

 予期せぬケンカになっちゃった。

 でもたまにはいいよね。

 きっとお互い想い合ってるからこそだから。

 

 

 

 「あの・・・私のために争わないで・・・・・」

 「「お客さん!失礼しました!!」」

 

 




ココアさんの誕生日にはだいぶ早いですがお先に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フユと木組みの街

ココチノはもちろん好きです。
でもチノフユも好きなので困ってます。


 大通りから少し離れた路地の突き当りに、その喫茶店はありました。

 「ここが・・・」

 喫茶店ラビットハウス。

 故郷の都会で出会った友達、そしてこの木組みの街で再会したクラスメイトのチノが働いているお店。

 静かでコーヒーのいい香りが漂っている、とてもいいお店だと思った。

 「チノ、来たよ・・・」

 意を決して、木造の扉を開けると。

 「いつもありがとう、おねえちゃ・・・あ」

 友達が禁断の愛を囁いている最中だった。

 

 「出直しますっ・・・」

 「「待って!お客さん!!」」

 

 

 

 その日の夜、私はなかなか眠れずベッドの上でゴロゴロ寝ころんでいた。

 「・・・・・チノ。ココ姉・・・・・」

 都会で出会って再開した友達、外の世界へ出る前に勇気をくれたお姉さん。

 その二人は同居していて、お互い付き合っていた。

 「んん~・・・・・」

 枕を頭から被るけど、色々考え込んでしまって眠れない。

 「はぁ・・・・・」

 思わずため息が出てしまう。早く寝なくちゃなのに。

 「やっぱり・・・好きだな・・・・・」

 それがどういう意味なのか、その時の私じゃまだ分からなかった。

 

 

 

 「昨日はごめんなさい。改めて来てくれてありがとうございます」

 「ううん、ここのコーヒー飲みたかったし」

 クラスメイトのチノは頭にフワフワの物体Xを乗せていた。びっくり。

 「チノの新しい友達か。よろしくな」

 ラビットハウスの従業員のリゼさん。ツインテールでスタイルのいい綺麗な人だ

 「寡黙なところがスパイに向いてそうだ」

 喫茶店員なのに不思議な話をする。

 「フユちゃ~ん。来てくれてありがと~」

 それと都会で勇気をくれたココ姉。

 「い~こ、い~こ」

 頭をすごくわしゃわしゃしてくる。

 「フユさんが擦り切れてしまう!」

 

 

 都会から進学してきたフユさん。まだ何を考えているか分からないところがあります。

 「んっ」

 そんなフユさんですがコーヒーを口につけた途端、悶えました。

 「コーヒー苦手でした!?」

 「何じゃと!?」

 心配して駆け寄る。コーヒーに絶対の自信があるおじいちゃんも思わず声を出していた。

 「ただの猫舌・・・」

 「アイスコーヒーもありますよ?」

 「チノのラテアート、飲みたかったから・・・」

 僕のラテアートは絵柄が前衛的すぎる、とよく言われる。だからリゼさんに大部分は任せきりだった。

 そんな僕のラテアートを飲みたがってくれるなんて・・・。何だか嬉しい。

 「それより今お爺さんの声聞こえた・・・。お化け・・・・・?」

 フユさんには腹話術でないのが見抜かれてるんじゃ・・・。

 

 

 「チノ君の腹話術!すごいでしょ!?」

 「えっ?でも声質が・・・」

 「爺の声は得意なんじゃ」

 声真似だとしても年の割にはダンディな声が物体Xから響く。

 物体Xに何か秘密が・・・?と思ってモフモフする。

 「私も声真似できるよ!チノ君の声真似!」

 ココ姉がなぜか張り合いだした。

 「ココアお姉ちゃんだーい好き♡さあフユちゃんもご一緒に♪せーのっ」

 「「・・・・・・・・・・」」

 

 「ココ姉はちょっと勝負にならないのじゃ」

 「ですよね」

 「辛辣な妹たち!!」

 

 「注文は以上でいいか?」

 さっきのリゼさんに注文を聞かれる。

 「スマイルを・・・」

 「ん?」

 「スマイルをお願いします」

 私、笑顔が苦手だから・・・。ブライトバニーの接客の参考になればと思ったけど。迷惑だったかな。

 「お安い御用!」

 ココ姉がニコッと笑う。でも普段から笑顔だから特別感はなかった。

 「ハイ次リゼちゃん♪」

 「なっ」

 流石にリゼさんは困惑してるみたい。

 「かっこよくてかわいくてラビットハウスの頼れるお料理も上手な用心棒~♪」

 「ほっ、褒めすぎだばかぁっ」

 おだてには弱いみたい。

 

 

 「他の喫茶店も興味ありませんか?案内します」

 「えっ、でも・・・」

 それって、いいのかな・・・・・。

 ココ姉が許してくれるのかな・・・・・。

 「それいいね!フユちゃんに千夜ちゃんたちも紹介したげなよ!」

 「店番は私たちがやっとくから」

 特に気にしてないみたい。

 男女で出かけるなんて、その、デートみたいなんだけど・・・。

 恋人のココ姉は何も思わないのかな・・・。

 それとも、大人の余裕っていうあれなのかな。

 「チノちゃん、フユちゃん!行ってらっしゃーい!」

 「また来いよ。フユ」

 そんなわけで私はチノと二人きりで、木組みの街へ出かけた。

 「・・・・・・・」

 「どうしました?」

 「何か・・・モヤっとする・・・・・」

 「春ですからね」

 「ん-・・・そういう意味じゃない」

 

 

 

 そうやってまず来たのは和風の喫茶店『甘兎庵』。

 「あなたがフユちゃんね。いらっしゃ~い」

 宇治松千夜さん。和服の似合う和風美人っていった感じだった。

 「ご注文は?」

 「煌めく三宝珠?」

 「お団子です」

 「海に映る月と星々?」

 「栗ぜんざいです」

 スイーツの名前は独特だった。

 

 「あとは・・・スマイルを」

 「あら、お目が高い。私の笑顔は高いわよ?」

 「学割聞きますか・・・?手持ちこれしか・・・」

 「冗談だから!今ならスマイル0円だから!」

 「千夜さんなら注文しなくても最初から笑顔でしたよ」

 

 

 「フユちゃん、チノ君の新しい友達なのよね」

 「は、はい」

 「良かったー。チノ君、新しい学校で早速友達ができたみたいで」

 「・・・・・」

 「チノ君とてもいい子だから。仲良くしてあげてね」

 「千夜さんもチノのこと好きなんですか?」

 「えっ!?」

 

 

 次に来たのはフルール・ド・ラパン。紅茶専門店のはずだけど、制服が何というかいかがわしい。

 「この街とフルールへようこそ、フユちゃん」

 そうやって接客してくれたのは桐間紗路さん。金髪のお嬢様みたいな綺麗な人だった。

 「あっあの、スマイル一つください」

 「照れながら大胆なこと言うのね!?」

 何だか気恥ずかしくて、チノの後ろに隠れてしまった。

 「これでどーお?サービスで二割り増しよ?」

 「本物の営業スマイル・・・。眩しすぎて直視できない・・・・・」

 「シャロさん流石です」

 「褒めてるの!?引いてるの!?」

 ぺかーっと光るくらいのスマイルだった。

 

 「チノ君に新しい友達ができて良かったわ。新しい環境で友達作るのってなかなか難しいもの」

 「・・・チノは色んな人に好かれてましたよ」

 「そうなの?確かに最近明るくなってきてるわね」

 「昔は違ったんですか?」

 「そうねぇ・・・。もう少しクールって感じだったかしら」

 「そうなん・・・ですか」

 「・・・フユちゃんもしかして」

 「シャロさんもだったりします?」

 「えっ、えええええいや!?」

 

 

 「実物に会えて緊張した」

 「実物?」

 「千夜さんもシャロさんもこの雑誌で見たことある」

 バサッとフユさんが広げた雑誌には、甘兎庵とフルールで働く二人の様子が描かれていた。

 「この街に来るきっかけになった雑誌でこれだったんですか」

 そういえば昔、この街の喫茶店を特集する雑誌の企画があった。ラビットハウスも後から取材されたと思うけど・・・。

 「もしかしてラビットハウスの特集も読んでくれたんですか?何だか恥ずかしいです」

 「・・・! 本当だ!チノ達も載ってる!!」

 「今知った!」

 「すっすごい!チノ達すごい!!」

 

 

 

 「ありがとうチノ。一人じゃ来れなかった」

 「紹介できて良かったです」

 フルールを後にした僕たち、お茶を飲んだせいかフユさんの緊張も解けたみたいだ。

 「みんな初対面なのに素敵な笑顔くれたね」

 千夜さんもシャロさんも、リゼさんも勿論ココアさんも人と関わる時は笑顔のことが多い。営業スマイルというよりあの人たちの人柄ゆえでしょう。

 「私・・・目つき悪いし不愛想だから」

 「そんなこと・・・」

 人前に出ると内心緊張してしまうのは誰でもです。僕だって今でもとっても緊張します。

 「接客で悪い印象与えたら、オーナーに迷惑かかる・・・」

 「もしかして研究するためにスマイルの注文を?」

 「うん。今日は色々勉強になった」

 街を見る過程で勉強・・・。

 本当にフユさんは一生懸命で頑張り屋・・・。

 「つまりブラバのスパイじゃなーーー!?」

 おじいちゃんうるさいです!

 

 

 「その腹話術面白い」

 「い、いやこれは・・・」

 「チノと一緒だと自然に笑える・・・なんでだろ」

 「初めて言われました」

 僕も表情が固くなりがちの方だ。クールとかよく言われていた。

 そんな僕でも誰かに笑顔を運べた。

 きっとココアさんのへんてこな影響ですね。

 それよりも。

 「・・・フユさん!その笑顔、素敵です!」

 今のフユさんは見てるこっちが笑顔になれるくらい素敵な笑顔だった。

 「え、そう・・・?」

 「そうです!接客の時も同じ笑顔ならお客さんもきっと喜びます!」

 「ほ、ほめすぎ・・・」

 と思ったら、フユさんは顔を真っ赤にして僕から背けてしまった。グイグイ行き過ぎたかも。

 「ご、ごめんなさい。つい・・・」

 「う、ううん・・・。う、うれしかった・・・・・」

 「でも笑顔が素敵だったのは本当です」

 「・・・・・・・」

 「緊張しすぎなくてもいいんですよ。そのままでも、フユさんは十分素敵です」

 変わろうとしているフユさんは立派で素敵だ。

 でも本来の自分の良いところもドンドン見せてほしい。

 そうすればフユさんもみんなも笑顔になれると思うから。

 「・・・この街のみんな、チノのこと大好きなんだね」

 「え?」

 そうだろうか。確かに昔に比べると友達は増えた気がする。

 きっとこれもココアさんの影響だろう。

 「その理由、分かった気がする」

 「フユさん・・・?」

 どうしたのだろうか。顔は赤いけど、真剣な顔。

 「チノ」

 風が吹いて、落ちている桜が舞い上がった。

 「私、チノのことが好き」

 

 

 

 

 

 「・・・・・・・・え?」

 なんて言われたのか。一瞬分からなかった。

 今でも脳の処理が追い付かない。

 「優しいチノが好き」

 え。

 「一緒に隣を歩いてくれるチノが好き」

 あの。

 「喫茶店で頑張ってるチノが好き」

 ちょっと。

 「だから一緒にいると自然に笑えるんだね」

 さっきと同じ、いやそれ以上の素敵な笑顔を見せてくれた。

 僕はその笑顔を直視できなかった。

 「ちょ、ちょ、ちょっと待って・・・・・」

 気持ちはとても嬉しい、けど・・・。

 「僕は・・・ココアさんが・・・・・」

 「大丈夫、ココ姉と付き合ってるの知ってるから」

 え・・・・・。

 

 冷静に考えるとそうだろう。先日、あんな姿を見せたのだから。

 だとしたら、僕はフユさんをとても傷つけてしまったのでは・・・。

 「でも私、ココ姉のことも好きなんだ」

 え?

 「都会で出会って、外に出る勇気をくれた素敵なお姉さん。そのココ姉も昔勇気を出して外の世界へ出てみたんだって」

 ココアさん・・・。

 僕の知らないところでフユさんのお姉さんになってたんですね。

 さすが、と自慢に思う。一方で少し嫉妬みたいな心もある。

 「だからきっと同じ人を好きになったんだね」

 さっきからすごく好意を向けてくれる。

 嬉しい、よりも全身がカッカと熱い・・・。

 「私、そんな大好きな二人が仲良くしてるのも好きなんだ」

 「フユさん・・・・・」

 そんな言葉貰っていいんだろうか。

 知らぬとはいえ、僕はフユさんの心を裏切ったも同然なのに。

 「だからさ」

 フユさんは僕の手を優しく握ってきた。

 さらりとしていて温かかった。

 「私たち、色んな意味でライバルだね」

 そう言って僕を見るフユさんは、今日最高の笑顔だった。

 「負けないから、どっちにも」

 それがどういう意味なのか。今この時には分からなかった。

 でも、きっと。

 悪いことじゃなくて、素敵なことなんだろう。

 「・・・僕だって、負けません!」

 そんなフユさんに笑顔を返せるのは当然のことだった。

 

 

 「あ、そういえばさ」

 「はい」

 「うさぎの皮を被ったオオカミってチノのことだったんだね」

 「え?」

 

 

 「ありがとう。今日は楽しかった」

 「ええ、僕の方こそ。また明日学校で」

 「うん。ココ姉もじゃあね」

 え?

 「ココ姉にも負けないからね」

 ちょっと意地悪っぽく笑って、小降りに手を振るその先には。

 顔を真っ赤にして、木陰に隠れているココアさんがいた。

 「か、買い出しに行ったら・・・偶然見かけて・・・・・」

 「・・・・・どこから聞いてました?」

 恐る恐る聞いてみる。

 「えっ・・・・・と」

 顔を赤くしたまま、顔を引っ込めるココアさん。

 「恋のライバル・・・増えちゃったな・・・・・」

 全部聞かれてた。

 気が遠くなって目の前がフラッとした。

 「チノくーーーん!しっかりーーーーー!!!」

 

 

 

 「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 ラビットハウスに帰る間、僕たちは気まずいというか恥ずかしいというか、とにかくそんな雰囲気に包まれていた。

 「・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・」

 何か話さなきゃいけないのに、会話が出てこない。

 こんなの告白した夜のホテル以来だ。

 「・・・・・今日の、その・・・フユちゃんと・・・・・どうだった?」

 ココアさんがようやく口を開いた。

 恋人の逢引きを咎める、というわけではないんだろうけど・・・。デートの様子を恐る恐る聞いてくる、そんな感じだ。

 確かに・・・体裁はデートかもだけど・・・・・。

 ・・・・・・・いや。

 「フユさん、笑顔のみんなを知れて喜んでました」

 彼女をよそに女の子と出歩いた。その事実は変わらない。

 それにフユさんにとっても、僕にとっても大事な日だったから。

 「・・・・・・・そっ、か」

 「・・・好きって言われて、正直嬉しかったです」

 「・・・・・・・・・・・」

 「でも僕が一番大好きなのは、ココアさんです」

 正直の、ありのままの気持ちを伝えた。

 「・・・そっか!」

 なんだか吹っ切れたようなココアさんの声。

 その途端、ココアさんが僕をギュッと抱きしめてきた。

 「わっ」

 「弟が成長してくれてお姉ちゃん嬉しい~!」

 いつも通りもふもふなでなでしてくる。いや、いつもより力が強い気がする。

 「他の人に笑顔を教えれるなんて、自慢の弟で彼氏だよ」

 「ココアさん・・・」

 僕だけの力じゃない。

 「みんなの、それにココアさんのおかげですよ」

 みんなが色んな笑顔を教えてくれたからここまで来れた。

 それもフユさんには伝わってるはずです。

 「ライバルに負けないよう、私も頑張らないとね」

 「ココアさん・・・。僕はいつでもココアさんが・・・・・」

 「わかってるって。でもチノ君モテちゃうから」

 「え?そうですか?」

 「そうだよ」

 そうだろうか。

 あまりそういう雰囲気は感じ取れないけど・・・・・。

 ・・・僕もまだまだ頑張らないとな。

 「・・・僕も聞きたいことが。ココ姉っていつから知り合いに・・・・・?」

 「わーっ!今度はチノ君の方が圧が強いよ!」

 「答えてください」

 「ほっぺ膨らませないで?笑顔笑顔♪」

 「むーっ」

 「今日は二人とも、とってもキュートに笑えてたよ」

 「やっぱりずっと見てましたよね!?」

 人を好きになって、たまにすれ違って、またその人を好きになって。

 それで笑顔が作られていくんだろう。

 僕は今までのラビットハウスでの笑顔と、この先の学校での笑顔も楽しみになっていた。

 

 

 

 「あ、チノ君?」

 「なんですか?」

 ギューッ

 「いたたた」

 「顔赤くしてたおしおきっ」

 その日は夜までほんのりと、頬が赤かったです。

 

 

 

 「チノよ」

 「はい、おじいちゃん?」

 「甲斐性を持たなくてはならんぞ」

 「わかってますよ」

 男、ですもんね。

 

 

 

 後日、ブライトバニーのプレオープンに招待されました。

 「みんな!来てくれたんだ!」

 「フユさん!制服似合ってます!」

 「ほんと・・・?ほんとのほんと?」

 「ほんとのほんとの本当です!」

 ブライトバニーの制服はとてもかわいらしかった。よくフユさんに似合っていた。

 「ココア。あれいいのか?」

 「今日くらい、妹に貸してあげないとね!」

 「・・・無理しないで言うんだぞ?」

 「リゼちゃんやさしー!リゼちゃんの彼女にもなっちゃおうかなー」

 「なっ!?」

 「リゼさん・・・?」

 「お前が嫉妬してどうする!?」

 多角関係に発展する日も遠くないかも。

 「あの・・・ご注文は?」

 「あ、すいません」

 「まずはスマイルで!」

 「望むところ」

 「強気だな」

 「みんなを参考にいっぱい練習した。みててね」

 そう言うとフユさんは笑った。

 ニヤリと不敵な笑みで。

 「どこを参考にしたらそうなるの!?」

 フユさんはどこか少しズレているのかも知れません。

 

 

 




ハーレムって難しい・・・。違和感あったらすみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チマメ隊とお仕事

マヤちゃんのフルール制服姿かわいすぎる。照れてるマヤちゃんもかわいすぎる。


 「じゃあお二人も新しくバイト始めたんですね」

 そう言って喫茶で頼んだアフタヌーンティーセットのスコーンをかじる。

 「そうなんだー。私は甘兎で」

 「私は色んな所でバイトしてるよ!シャロリスペクト!」

 一緒に軽食を取っているマヤさんもメグさんも新しい仕事を始めたようだ。高校生になって新しい世界に出て新しいことをやってみたい、ということなのだろう。

 「よければ今度お二人が働いてるお店に行ってもいいですか?」

 僕としても友達がどんな仕事をしているのかは興味があるし。

 「うん。いいよー」

 「じゃあ今度甘兎に行ってみますね」

 甘兎には千夜さんがいる。千夜さんとならメグさんと相性はいいだろう。それに、前に甘兎で職業体験をした時に千夜さんが一人で寂しそうだったことを覚えている。メグさんが一緒なら寂しくないでしょう。少し安心しました。

 「ええっ!?チノうちの店に来るの!?」

 「え、ええ。いけなかったでしょうか・・・?」

 初めての恋人がいきなり自分の家に来る、そんな風なリアクションをマヤさんに取られた。そんなに僕に仕事している姿を見られたくないのだろうか。そもそもどこでバイトしてるかまだ知らないんだけど・・・。

 「いや、いけないってわけじゃ・・・」

 「じゃあ何でー?」

 「え、えっと・・・」

 マヤさんは顔を赤くしながら背けてしまった。

 「裏の仕事だから・・・・・」

 「高校生でそんな危険な仕事を!?」

 

 

 

 「こんにちは」

 「いらっしゃ~い」

 「いらっしゃいませー、ホントに来てくれたんだー」

 後日、僕は約束通りメグさんのバイト先である甘兎庵にお邪魔した。

 当然メグさんは甘兎庵の和風の制服を着ている。

 「メグさん、甘兎の制服似合ってます」

 「ありがとー。ここの制服かわいいから着てみたかったのー」

 「落ち着いた雰囲気がメグさんに合ってて素敵ですよ」

 「ちょ、ちょっと褒めすぎだよー・・・」

 メグさんは顔を赤くして髪をいじりだしてしまった。でも本当に甘兎庵の制服がメグさんのふんわりした雰囲気とよくマッチしていて、いつもよりかわいく見えた。

 

 

 「チノ君、ちょっと見ないうちに魔性さが増したわね・・・」

 物陰から見ていた千夜は友人の天然小悪魔っぷり方面の成長に恐れおののいた。

 

 

 

 「兵どもが夢の跡、お待たせいたしましたー」

 「ありがとうございます」

 早速メニューにある兵どもが夢の跡(フルーツあずき白玉)を注文した。甘兎庵は変わった名前のメニューが多いですけど、メグさんは順応しているようです。良かった。

 「綺麗な盛り付けですね」

 「私が担当してるんだー」

 「え、そうなんですか」

 「ど、どうかなー・・・?」

 器の上にはアイスクリームとあんこを中心にたくさんのフルーツと白玉が乗っている。でも乱雑というわけじゃなくてスプーンですくいやすいよう、見栄えが悪くならないようちゃんと考えられているものだった。

 「すごく綺麗だと思います。見てるだけで楽しいです」

 「良かったー!」

 どうやらうまくバイトやれてるみたいです。良かった。

 「エルちゃんにも褒められたんだー。チノ君も気に入ってくれたみたいで嬉しいよー」

 「良かったですね」

 やっぱり自分の成長を他人に、それも友達に褒められたのならすごく嬉しいだろう。メグさんが嬉しいようで僕も嬉しいです。

 「あ、早く食べないと溶けちゃうよー?」

 「ああ、そうでした。では」

 あんことフルーツ、アイスクリームを絡ませて口に運ぶ。

 「美味しいです」

 「ありがとー!」

 あんみつとメグさんのおかげでとても幸せ気分だった。

 

 

 「千夜さん!チノ君が美味しいって!似合うって!」

 「良かったわ。メグちゃんの魅力のおかげね」

 「ううん!千夜さんのおかげだよー!」

 

 

 

 「あ、フルール」

 甘兎の帰りの途中、フルール・ド・ラパンが目についた。そういえば最近行ってない気がする。

 せっかくだし寄って行こうかな。マヤさんのバイト先も見つからないし。

 僕はフルールの扉をカランコロンと開けた。

 「いらっしゃいませー!」

 「・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・」

 フルール制服姿のマヤさんがそこにはいた。

 「「あーーーーーっ!!!」」

 

 

 「メグの奴ー!チノには教えるなって言ってたのにー!!」

 「いえ、メグさんは関係ないです。偶然、たまたまです」

 「ホントにー?」

 「ホントです」

 「・・・まあいいや。せっかくだしお茶飲んでいきなよ」

 若干不機嫌っぽいですが怒ってるわけではないようです。良かった

 それにしても・・・マヤさんがフルールの制服を着るなんて・・・・・。

 「・・・じ、ジロジロ見んな!どうせ似合わねーよ!!」

 「い、いえっ。そんなこと・・・」

 実際、意外ではあったけどすごく似合っていた。

 いつも活発で男勝りなマヤさんとのギャップというか何というか、とにかく新鮮でその、可愛かった。

 「とてもよく似合ってますよ」

 「お、お世辞使うなよ・・・」

 「ほ、ホントですよ」

 「ほ、ホント・・・?」

 「ホントです・・・」

 「ホントにホント・・・?」

 「ホントにホントにホントです・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 どうも言葉にできない雰囲気に包まれていたたまれない。

マヤさんは顔が赤かった。僕も同じくらい赤いだろう。

 「・・・お、お客様。ご注文・・・」

 「・・・え」

 「ご注文!紅茶何になさいますか!?」

 「あ、ああ、そうでした!え、えーっと・・・」

 自分の気恥ずかしさを誤魔化すように、僕はメニューに没頭した。

 

 

 「マヤちゃん・・・頑張って・・・・・!」

 物陰から見ていたシャロはフルールの洗礼を受ける後輩の健闘を祈ることしかできなかった。

 

 

 「ご注文のハーブティー、お待たせいたしました」

 「あ、ありがとうございます」

 お茶を出しに戻ってきた時には、すっかりマヤさんは店員モードになっていた。うまくやれてるようで何よりです。

 ・・・いや、よく見るとまだ顔が赤い。それにあの笑顔、顔の筋肉で無理やり作ってるような・・・。

 「さ、冷めないうちにお早くお飲みくださいませー」

 「あ、はい・・・」

 あまり追求しすぎるとお客とはいえどつかれそうなのでやめた。紅茶に集中することにしよう。

 相変わらずここの紅茶は美味しい。いい香りで飲むととても落ち着く。

 あれ、でも・・・。

 「もしかして茶葉変えました?」

 「え?」

 「いえ、いつもシャロさんが淹れてくれる紅茶と味が違うような気がしたので。美味しいんですけど」

 「・・・・・それ、私が淹れたやつ」

 「え!?」

 ちょっと衝撃だった。

 「わ、私にだって紅茶くらい淹れれるし・・・。そりゃ普段はぶっきらぼうだけどさ・・・・・」

 「いえ、そういうわけじゃなくて・・・」

 マヤさんが紅茶を淹れれることに驚いたんじゃない。いや、それも少しあるけど。

 「この紅茶、とても落ち着いた味なんです。飲む人に対する思いやりが伝わってくるような・・・」

 「・・・・・ナツメみたいなこと言ってんな」

 「だから・・・」

 ・・・いや、やっぱりマヤさんが紅茶を淹れれることに驚いたんだ。

 こんなに優しくて、心のこもった紅茶を淹れれるなんて。

 「とても頑張ったんですね。マヤさん」

 とっても努力をしたに違いない。

 人のことを気遣えるマヤさんらしいです。

 「・・・・・うーーーっ!!チノの癖にそんな褒めんなーーーっ!!」

 「いや、そんなつもりじゃっ・・・!あれ、合ってるのか・・・」

 恥ずかしさのあまりか駆けていこうとするマヤさんを呼び止めようと、椅子から立ち上がった時に事件は起こった。

 椅子の脚に僕の脚が絡まってしまい、ガタタッとすっころんでしまった。

 「うわっ」「あっ」

 近くにいたマヤさんも巻き込んで。

 

 ドターンッ

 

 「いたた・・・むご・・・?」

 転んだ僕は、何か柔らかいものに顔を埋めていた。

 肌触りは意外とさらさらとしていて、少し濃い香りがした。

 「な・・・な・・・・・」

 「あ・・・・・・・・・」

 転んだ拍子に、僕はマヤさんのスカートの中に顔を埋めてしまっていた。

 目の前の景色は真っ黒、ならぬ真っ白だった。

 「何やってんだこのエロチノーーーっっっ!!!!!」

 「ぎゃーーーーーー!!!!!」

 「二人ともーっ!!うちはそういう店じゃないんだけど―――っ!!!」

 落ち着いて紅茶が楽しめるフルールで、随分な騒ぎを起こしてしまった・・・。

 

 

 「うぅ・・・チノに見られた・・・・・。絶対見られたくないって思ってたのに・・・・・」

 「だ、大丈夫よ・・・。チノ君だってきっと喜んでるわ」

 「それはそれで・・・。何か・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 「マヤさんメグさんも頑張ってるな」

 二人のバイト先に寄った帰り、夕焼けを見ながら物思いにふけっていた。

 二人とも成長しようと日々努力している。それが何となく嬉しかった。

 「・・・僕も頑張らないとな」

 友達が頑張るから、僕も頑張れる。

 自慢の友達に負けないようにしないと。

 「あっ、いたた・・・」

 とりあえず帰ったらまずはマヤさんに蹴られた顔の処置をしよう・・・。

 

 

 

 「チノ君、思春期だからってそんなことしちゃダメだよー」

 「不可抗力だったんです・・・・・」

 「不可抗力だったら人のスカートに顔突っ込んでいいんだな」

 「すみませんでした・・・・・」

 「・・・まあ事故だからチノは悪くないけどさ」

 「青春だねー」

 「どこが・・・!って何だかメグ目が怖いぞ・・・」

 「えー、そうー?フフフー」

 二人のバイト先に言った後日、お礼(一部お詫び)を込めてラビットハウスでコーヒーをごちそうすることになりました。

 「エルさんナツメさんとも仲良くやれてるみたいですね。良かったです」

 旅行先で出会った友達、エルさんとナツメさん。まさかこの街に来ていたなんて。フユさんのことといい運命って本当にあるのかもしれない。

 「なんだかチノ君、お兄ちゃんみたいなこと言うねー」

 「そうですか?」

 確かに中学の間、ずっと一緒だったマヤさんメグさんがお嬢様学校でうまくやれていて、新しい友達もできているなんて感慨深いものがあった。

 マヤさんとメグさんが妹・・・・・。

 「チノ、変なこと考えてるんだったらまた蹴るからな」

 「な、何も考えてないですよ」

 まだ顔に少し跡が残っている。接客業でこれ以上顔のケガが増えるのは避けたかった。

 「さ、砂糖何個入れますか?ミルクとクッキーもサービスしますよ?」

 「やっぱりお兄ちゃんぶってるなー」

 「どちらかというとココアちゃんみたいだねー」

 「い、いやそんなこと・・・・・」

 やはり長く暮らしていてココアさんの影響を受けてしまっているのだろうか。

 嬉しいような、どこか複雑な気分だった。

 「さあどうぞ。できましたよ」

 「「いただきまーす」」

 二人がコーヒーを飲んでくれる。こうやってお返しができるのは嬉しいことだ。

 「あれ?チノ、豆変えた?」

 「いいえ、いつも通りですよ?」

 「でもいつもと味が違うよー?」

 コーヒーを飲んだ二人が怪訝な顔をする。

 「淹れ方間違えたかな・・・?」

 「大丈夫、美味しいよ」

 そんなに味が違うだろうか。普段通り淹れたはずなんだけど・・・。

 「というか・・・」

 「いつもより美味しくなってんな!」

 「えっ」

 「いつも頑張って練習してるからだよー」

 「ちゃんと成長してるんだなー」

 そう・・・だろうか。

 自分じゃよく分からないけど。

 「あーチノ君。顔が赤くなってるー!」

 「恥ずかしがり屋なところはまだまだだなー」

 「い、いやそんなこと・・・」

 しょうがないだろう。

 自分の成長を他人に、それも大切な友達に褒められたんだから。

 

 「よしよし、頑張ったねーチノ君」

 「マヤお姉ちゃんたちが褒めてあげよう」

 「勘弁してください・・・」

 どうやら、お互い完全に成長しきるのはまだまだ先みたいです。

 

 

 

 「ココアさん!僕のコーヒー、美味しくなってるって!」

 「良かったねー!日々の努力の証だよー!」

 その日の夜、僕は自分の成長をココアさんに報告していた。

 高校生にもなって嬉々とした姿を隠さずに。

 「チノ君いつも頑張ってるもんね。私、ずっと見てたから」

 「・・・ありがとうございます、ココアさん」

 頭を撫でられ温かい気持ちになる。

 まだ僕はココアさんの弟のままみたいです。

 

 




マヤちゃんの他人にどう思われてるか気になって仕方ない描写が高校生っぽくて好きです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノ君とナツメとエル

 「チョコシナモンモカチーノ、お待たせしましたチノ」

 「フユさんナイス笑顔です」

 「ホント・・・?やった」

 ブライトバニーで住み込みのバイトをしているフユさん。笑顔がぎこちなくて不安と言っていましたが、どうやら自然な笑顔も板についてきたみたいだ。

 早速フユさんから貰ったコーヒーを片手に席に向かう。するとフユさんは僕の後ろにいたお客さんを接客していた。

 「カフェラテ、テイクアウトで」

 「かしこまりました」

 「どうして!?」

 何故か僕の時と全然違う不敵な笑みだった。

 

 

 ブラバでチマメご飯の約束をしていたのにマヤさんが寝坊・・・。

 残念だけどお昼休み終わる前にお店に戻らないと。

 (フユさんまた学校で)

 そうフユさんに手を振ってブラバを出ようとすると。

 「「あー!」」

 甲高い声が背後から聞こえてビクッとする。以前にも聞いたような声。

 「チノ!チノだ!!」

 「捕獲しなきゃ!」

 「エルさん!?ナツメさん!?」

 そこにいたのはエルさんナツメさん両姉妹だった。この街に越してきてマヤさんメグさんと同じ学校に通っているらしい。

 エルさんナツメさんは僕の両腕を素早くガシッと掴んできて。

 「大丈夫!拉致じゃないから!」

 「チノの喫茶店に案内してもらうだけ!」

 「これじゃ案内できません!!」

 僕をいずこへと連れ去って行った。

 

 

 チノが金髪の綺麗な女の子二人に連れ去られた。

 地元だから仲のいい女の子も多いんだろうな・・・。

 ・・・・・ホントにチノってモテるんだ。

 何となくモヤモヤする気持ちを抑えながら仕事に戻ろうとしたら。

 「もーっ!ブラバ行きたいって言ったのマヤちゃんなのにー!!チノ君と入れ違いになっちゃったじゃん!!」

 「ごめーん!」

 入れ違いで二人の女の子が入ってきた。

 「いらっしゃいませ」

 「あれ?この街で初めて見る顔!もしかして転入生!?」

 「私たち高1!同い年?」

 二人ともすごくフランクに話しかけてきてくれた。

 「う・・・うん」

 私も、チノみたいにできるかな・・・。

 

 

 

 「すみません。着替えで遅くなりました」

 着替えている最中、エルさんナツメさんのことはココアさんに預けてある。せっかく僕に会いに来てくれたのに待たせてしまって申し訳ない。

 「お店番ありがとうございます。ココアさん・・・」

 「もうちょっとゆっくりしてて良かったのに~」

 「早速たらしこんでる!!」

 ココアさんは出会って早々にエルさんナツメさんと談笑していた。

 いや、お二人の方は談笑というより怖がって見えるけど・・・?

 「ここって子供が来ちゃいけない場所じゃないの・・・?」

 「もしかして夜になったらおじさんに変身する?」

 「するよ!」

 「しません!!」

 うちの店はどういうイメージを持たれてるんですか!?

 

 

 「なるほど・・・。昼は喫茶店で夜はバータイムかぁ」

 話を聞いてみると以前うちに来た時に、うっかり僕とリゼさんのお父さんがお店番している時間に来てしまったらしい。それでそんな勘違いを・・・。

 「チノさんもバーで働くの?」

 「えっ。そうですね・・・」

 先のこと、と思ってあまり考えてなかった。でもいずれは働くことになるだろう。

 前のクリスマスみたいに、お父さんと二人で。

 「ええ、いずれ。そのために頑張ります」

 その時は、もう一人傍にいてほしい人がいるけど。

 「チノさんもお髭生やすの?」

 「ええっ!?そ、それは・・・どうでしょう?」

 「ぷっ!」

 「ちょっ!ココアさん!笑わなくても!!」

 「ごめんごめん。お髭のチノ君なんて想像できなくて・・・。クススッ!」

 「バカにしないでくださーい!」

 僕だって年を取っていけばそれなりにダンディに・・・・・。

 「なれますかね・・・?」

 「ワシに聞くな」

 

 

 「ラテアートはお二人をイメージしてみました」

 「太陽と月・・・すてき!」

 そんなこんなでようやくお二人にコーヒーを出すことになった。ラテアートもサービスです。

 「ずっと飲みたかった・・・。チノさんのコーヒー」

 「この味・・・大好き」

 「・・・っ~~~」

 真正面から褒められて嬉しさと恥ずかしさが同時にこみ上げてくる。気に入ってもらえて良かった。

 「・・・・・・・」

 そう思ったらココアさんがギュッと僕を抱きしめてきた。

 「わっ!ちょ、ココアさん!?何を!?」

 「ううん。ただ何となく・・・」

 照れる僕を見てヤキモチを焼いたのだろうか。かわいいけどお客さんの前なんですが・・・。

 「チノさん・・・?マヤと付き合ってるんじゃないの?」

 「え?」

 「ココアさんとも付き合って・・・。3人も恋人がいるの!?」

 「えっ!?」

 旅行の時の誤解がエスカレートしてる!?

 「ちっ、違います!僕が付き合ってるのはココアさん一人で!」

 「じ、じゃあマヤとメグは!?」

 「遊びで女の子つまみ食いしてるの!?そんな顔してホントはオオカミさんなの!?」

 「ち、違!」

 「チノ君・・・?」

 「いえホントに違うんです」

 顔を真っ赤にして尋問してくるエルさんナツメさんと、目の光を失くしてこっちを見てくるココアさんの対比が怖い。

 「と、ところでちょっと相談があるんだけど・・・」

 「いいよ、うちの妹になりな」

 「ココアさん」

 人たらしなのは僕の彼女も同じだ。

 

 

 

 「ええ!?チノが双子に連れ去られた!?」

 「勢いよく・・・。仲いいなって」

 「神紗家に拉致られたんだ!」

 拉致られたチノと入れ違いで入ってきた二人は、チノのお友達だったみたい。

 本当にチノは女の子の友達が多いね・・・。

 「敵は手ごわいぞ!応援要請しなきゃ!!」

 「そ、そんな深刻にならなくても・・・」

 「甘いよ!あの二人チノを婿養子に迎え入れようとしてるんだから!!」

 「えっ!!?」

 突然のこと過ぎて自分でも驚くくらい大きな声が出た。

 ココ姉と付き合ってるんじゃ・・・?それ以前に二人いっぺんに結婚って無理なんじゃ・・・?

 「一旦ラビハ行こう!リゼたちにも応援かけて・・・!」

 二人はブラバから超特急で出ていこうとした。

 「あっ、笑顔ならもうちょっと力抜けばいいと思うよ」

 「フランクにね!」

 初めて会う私にアドバイスしてくれた・・・。

 やっぱりチノの友達は温かい人たちばかりだ。

 「またね!フユ!」

 「アドバイス・・・ありがとっ・・・!また・・・ねっ!マヤ、メグ・・・!」

 あまり大きな声でお礼を言えなかった。でもちゃんと気持ちは込めた。

 次会ったらもっと大きな声で伝えよう。

 さて、お仕事に戻ろう・・・・・・・・・・・。

 

 「チノが婿に行くってどういうこと!!?」

 さっきのお礼よりもはるかに大きな声を出してしまった。

 

 

 

 「ココアちゃん助けてー!!」

 「チノが拉致られて専属バリスタの婿になっちゃうー!!」

 やっとのことでラビットハウスにたどり着いた私たち。

 そこにいたのは。

 「いらっしゃいませぇ。会員証のご提示お願いします」

 「エルちゃん!?」

 「よよよようこそいらっしゃいやがりました。Rabbit Houseです」

 「ナツメ!?」

 バーテンダー姿の神紗姉妹がいた。

 「二人とも挨拶とか色々とおかしいです!」

 「「思ってた状況と違う」」

 

 

 

 「そっか~。ラビットハウスで職業体験してたんだ~」

 焦って損しちゃった。でも一安心・・・。

 「攫うならもっと本気でやるよ」

 「「えっ」」

 じょ、ジョークだよね・・・?

 「フフフ」

 目が本気だ!

 「ナツメたち、まさかこの間の私たちリスペクト~?」

 「そっ、そんなわけないしっ!!」

 そう言いながらナツメさん、顔真っ赤かだ。ホントに二人とも仲いいな~。

 「チノさんココアさんみたいに姉弟で働くのっていいなって思っただけ!!」

 「チノ君!やっぱり私たち姉弟に見られ・・・!」

 「だったらもっとしっかりしてください。お姉ちゃん」

 「あ、うん。頑張るね・・・。私お姉ちゃんだからね・・・・・」

 ココアちゃんの顔も真っ赤かになってた。

 「ナツメさんのための冗談ですよ。真に受けすぎです」

 「・・・・・冗談なんだ」

 「あっ」

 ココアちゃんの顔がみるみる青く・・・・・。

 「おいチノこら」

 「チノくん・・・」

 「チノさんそれはない」

 「チノさんそれじゃあナイフでお腹刺されちゃうよ!?」

 「ごめんなさい・・・・・・・・」

 圧倒的にチノ君にとってアウェーな空間だった。

 

 

 

 「ほんとは・・・ホテルでおもてなししてもらったことが忘れられなくて。私たちもやってみたいなって・・・・・」

 「そうだったんだ。じゃあ今の二人の姿、他のみんなにも見てもらいたいな~」

 「そのことなんだけど・・・」

 エルちゃんがおずおずと話しかけてくる。どうしたんだろ。

 「何で学年も学校もバイト先もバラバラなのにあんなに仲いいの!?何であのメンバーで旅行行ったの!?」

 「エル直球すぎ!気になるけど!!」

 確かに旗から見れば不思議かもしれない。

 「言われてみれば・・・」

 「改めて考えると・・・」

 「えっと、それは・・・」

 妹たちも不思議だって思ったみたい。

 「バラバラだから集まるだけで嬉しいし楽しいから、いつの間にか集まっちゃうんだよ」

 性格も、好きなものもみんなバラバラ。

 だからお互いを好きになると思うんだ。

 

 ガチャッ

 「言われた通り最強装備で来たわ!さぁチノ君奪還よ!!」

 「ごめんなさい武器が重くて・・・。今日は後方支援に徹するわ・・・・・」

 「よーしまずは作戦会議だ!全員分の武器も用意したぞ!!!」

 「ほら!いつの間にか集まっちゃった!」

 「この集まり方はおかしいです!!」

 

 

 

 「誤解だったの」

 「人騒がせな」

 「やっぱりね」

 「せっかくだからお茶していくわ」

 静かだった店内が、いつの間にか騒がしくなっちゃった。

 「あっ、ナエちゃんが働いてる!」

 「ラビットハウスにたどり着けたのね」

 「また会えて嬉しいぞ」

 みんな私たちのこと覚えててくれたんだ・・・。

 これって・・・。あの時みたい・・・。

 「騒がしいですよね、すみません。いつもはもっと落ち着いた雰囲気で・・・」

 「ううん、ゴーストホテルの時みたいで楽しい」

 「場所は変わっても空気は変わらないんだね」

 本当に、どこにいるかなんて関係ないんだ。

 

 

 「そういえばマヤ」

 「ん?」

 「私たち、まだチノさんのことあきらめてないから」

 「「「えっ」」」

 「うん、結婚してないってことはまだ私たちにもチャンスあるからね」

 「「「「「「「えっ!?」」」」」」」

 

 

 

 「チノはさー、女たらしなの治そうよ」 

 「いや、女たらしってわけじゃあ・・・」

 「こんなにたくさんの女の子に囲まれといてー?」

 「すいません・・・・・」

 マヤさんメグさんは不機嫌そうだった。別に女の子を囲ってる自覚はないのですが・・・。

 「冗談だよ」

 「チノ君あったかくて優しいから、自然とみんな集まっちゃんだよ」

 「二人とも・・・、ありがとうございます・・・!」

 僕だけの仕業じゃない。

 マヤさんやメグさん、それにココアさんたち。みんな温かくてお互いを大事にできるからお互いのところに集まるんだ。

 「それよりほら早く!更衣室へレッツゴー!」

 そんなこんなで僕らは更衣室へ向かっていた。あれでもなぜ更衣室へ?

 「あった・・・!」「私たちの制服・・・!」

 ロッカーには赤と水色の少し小さめの制服があった。これを探していたんですね。

 「今はブラバに負けないようパワーアップしてるところだから」

 「シフト入ったらまた3人で集まれるね」

 「・・・はいっ!」

 チマメ隊も3人とも全然違う。

 だからこれからもずっと友達なんだ。

 

 

 

 「私たちがバイトするならやっぱりブライトバニーかな?」

 「でもブラバはマヤたちがライバル視してるし・・・。嫌われたくない」

 マヤたちならそんなことで嫌うことはないかもだけど、やっぱり不安だ。

 とりあえずこの街にもブラバあるし入ってみよう。

 「2名いいですか?」

 同い年っぽい店員の子に話しかける。

 「どうぞ・・・中へ・・・。早く・・・ね・・・?」

 「「やっぱいいです!!」」

 ホラー映画の幽霊みたいな不敵な笑みで応対されて一目散に逃げた。

 

 (マヤとメグのアドバイス、難しい・・・)

 フランクにしてみたつもりだったんだけど。

 

 




ブラバ組早くアニメに出てほしいですね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノ君と嫉妬

 「おはよーフユちゃん!」

 そう言って話しかけてきたココ姉は手から綺麗な花をポンっと出した。

 「ココ姉、手品できるの?」

 「びっくりした?」

 「した・・・!」

 「ココアさん、フユさんを見つけ次第爆走しないでください」

 後ろからチノと千夜先輩が追いかけてきた。

 「あんまりぐいぐい行くと引かれますよ。一緒に住んでる僕ならともかく・・・」

 「でも大人気だよ・・・?」

 「え」

 ココ姉の手品は後輩たちに大人気だった。

 

 

 「チノ・・・難しい顔してる」

 休み時間でチノとチェスで勝負してるけど、チノは浮かない顔みたい。

 「あ、フユさんが強くて。こうしてまた勝負できて嬉しいです」

 「私も誘ってもらえてうれしい。クラスにはまだうまく馴染めないから、チノがいてくれて良かった」

 「フユさん・・・」

 「チェックメイト」

 「勝負は容赦ないですね」

 真剣勝負に待ったなしだよ。

 

 「この小さいチェスセット、持ち運びやすくていいね」

 「親友からのクリスマスプレゼントなんです」

 「素敵な友達・・・」

 きっとこの間ブラバで会った子たちかもしれない。

 「でも最近めっきりやる機会が減ってしまったためか、負けっぱなしですね」

 「そうなの?」

 「前はよく身内としていたんですが、最近は相手をしてもらえなくなって・・・」

 身内・・・。

 きっとココ姉のことだ!

 

 「・・・・・」

 「あれ?今度はフユさんが難しい顔に・・・」

 「チノ、もう一度勝負しよ」

 「い、いいですけど・・・」

 「負けたくないから」

 「勝ってましたよ?」

 

 

 「私がチノ君とチェス勝負!?」

 「そうしたらチノ、もっと強くなる。それにチノ、元気なさそうだった・・・」

 ココ姉には負けたくないけど、チノの浮かない顔は見たくないし。

 「・・・ありがとね、フユちゃん。チノ君のこと心配してくれて」

 「ううん、友達だし。チノのこと好きだし」

 「そっか」

 ココ姉も少し心配してるみたい。それだけチノのこと好きなんだね。

 「任せて!私はチノ君のお姉ちゃんだから!」

 「・・・恋人なのに?」

 「うっ、恋人先輩お姉ちゃん兼任なの!」

 ココ姉は欲張りさんみたい。

 色んなことを取り入れてるからこんなにキラキラして見えるのかな。

 ・・・私も負けられない。

 

 

 「あっ、ココアちゃん」

 「弟が元気なかったの気づかなかったなんてお姉ちゃん失格だー!!」

 「ぴっ!?」

 

 

 というわけで千夜ちゃんの家でチェスの特訓だよ!将棋と似たようなところがあるっていうから将棋を使って特訓だ!

 「すぐ帰るからね!」

 「同級生組集合だー!!」

 シャロちゃんも誘ったら来てくれたよ。口では行かないって言ってたけど、やっぱり心配して来てくれたんだ。相変わらずツンデレさんだね。

 「シャロちゃんは来てくれるって分かってたよ」

 「チノ君のためなんだからね」

 「じゃあ早速アドバイスお願い♪」

 「うーん・・・チノ君の趣味に無理やり合わせても喜ぶってちゃんと考えた?」

 「確かに!その辺はどうなの?」

 「合わせるんじゃなくて一緒に楽しみたいから・・・。何より私が興味を持ったからやってみたいんだ」

 確かに楽しくもないのに無理やり気を遣って合わせたら、チノ君も楽しくないよね。

 でもそれだけじゃないんだ。たくさんの楽しいことを知れればもっと毎日が楽しくなれるだろうから。

 「ふーん、彼女って彼氏に影響されるって本当だったのね」

 「え」

 「チノ君好みの女の子に改造されていってるわ・・・」

 「そんなことないってーっ!」

 でも何となく嬉しいかも・・・。

 

 

 

 「ココアがチェスの特訓を!?」

 「その後に勝負を申し込まれました」

 ココアの奴、チェスに興味あるようには見えなかったのに。珍しいこともあるもんだ。

 「チノが負けたりしてな」

 「ありえないことではないです。僕、ブランクあるし、ココアさん飲み込み早いし」

 チノも負けたくはないらしい。彼氏の意地ってやつなんだろうか。

 「じゃあ仕事が終わったら私と腕試しするか?」

 「リゼさんチェスできたんですか!?」

 「親父の知り合いのプロと対局したこともある」

 「プロと!?すごいです!!」

 「小さいころ2回だけど」

 「でもすごいです!!」

 「すごいかなぁ」

 「勝つ前からどや顔!!」

 

 そんなこんなでチノとチェスをしている。チノと二人で遊ぶなんて何だか新鮮だな。

 「二人でこうしてると何だか考えちゃうな」

 「考える?」

 「ココアが来る前からチノの好きなこと知ってたらこうして遊んだりして、もっと簡単に仲良くなれてたのかなーって」

 そうしたらもしかしたら私が恋人になってたりして・・・。

 「そう思っててくれただけで嬉しいです。それに最初のころのリゼさんの距離の取り方、リゼさんらしくて好きですよ」

 チノは元から優しくておとなしい方だけど、最近もっと優しくなってきた気がする。

 これも恋人のココアの影響なんだろうか。

 「・・・へへっ」

 「勝つ前からすごく笑顔ですね」

 何となくだけど嬉しくなってしまった。

 大好きな二人がお互いをもっと好きになろうとしていることに。

 「ほら、お前も頑張れ。まだ負けるって決まったわけじゃないだろ」

 「そうですね。負けません」

 でも、ほんの少し寂しさも感じるな。

 

 

 

 「チノ、次はワシと対局してみるか?」

 「おじいちゃんからにお誘い久しぶりです!」

 リゼさんが帰った後、ティッピーからもチェスの誘いを受けた。最近相手をしてもらえなくなってたから嬉しかった。

 「誘わなくなったのはチノじゃよ」

 「そうでしたか!?すみません・・・」

 言われてみれば最近おじいちゃんと遊ばなくなってた気がする。

 恋人にかまけて家族に冷たくなったのだろうか・・・。

 「何を謝る必要がある?ほかに楽しめることが増えたということではないか」

 「『ワシはもう必要ない』とか言って消えそうなセリフやめてください!」

 「なんじゃそれ」

 いやそんなことないかも。

 

 

 「おじいちゃん、僕最近チェスをやる時、何故かモヤモヤして集中できなくて・・・。やらない間に随分弱くなってしまいました」

 高1男子だというのに未だにこんな風におじいちゃんに頼るなんて、我ながら情けない。

 「それだけ何かを気に掛けるほど視野が広がったんじゃ」

 「え・・・」

 「悪い変化ではない。勝敗がすべてではないぞ」

 イースターの時も同じようなことを言われていた。

 「その胸のモヤモヤこそ変化の証拠じゃろうて」

 常に変化している・・・。

 1日たりと同じ自分はいない・・・。

 「前のお前の低い頭も好きじゃったが、高くなった今のお前から見る景色、ワシは好きじゃぞ」

 「おじいちゃん・・・」

 今まで積み重ねてきた自分が認められた気がした。

 失敗もしてきた自分が許された気がした。

 僕は感極まってティッピーを思わずギュッと抱きしめた。

 

 「チノ君ただいまー!!」

 そんなことをしている間に、いつもと変わらない声が響いた。

 「いざ勝負!千夜ちゃん直伝の振り飛車と美濃囲いを破れるかな!?」

 「今からやるのはチェスですよね!?」

 そうツッコんでいる間に胸のつっかえも取れたみたいです。

 

 

 「ところでどうして急にチェスなんてやる気に?」

 「だって私がお散歩とかに誘ったらチノ君はついて来てくれるけど、私がチノ君の趣味をやるのはあんまりないなーって」

 「ええっ」

 無意識のうちに恋人に無理強いをさせてしまっていたんだろうか。

 責任感を感じる・・・。

 「僕に合わせる必要ないのに・・・。僕だってココアさんに合わせてるつもりはありませんよ」

 「私も同じだよ。私のセカイにチノ君が入ってきてくれたみたいに、今度は私がチノ君のセカイに入りたいの」

 そうだった。無理強いなんかじゃない。

 ココアさんは元からこういう人だ。

 人の世界に自然と入り込んできてしまう。

 それも嫌な感じじゃなく、家族以上にごく自然に。

 「仕方がないですね。では教えてあげましょう」

 もうずいぶんと踏み込んでるけど、本人は気づいてないみたいだ。

 

 「チェックメイト」

 「ちょっとは手加減して―」

 「これでも手を抜いてますよ」

 でも指し方自体は悪くない。やっぱりココアさんは飲み込みが早いです。

 「同じレベルで戦えるのはフユちゃんだけかぁ。都会のプールでチノ君倒してたもんね」

 「あの時はハラハラしてて気が散ったから負けたんです!」

 「ハラハラ?何に?」

 「え、えっと・・・」

 フユさんは周りの女の人のみ、水着姿に気を取られてたからと言っていた。

 でも、それは言いたくない・・・。

 それにそれだけじゃなくて、ココアさんがフユさんを妹にナンパしてたからっていうのもあったし。

 そもそもココアさんはすぐに年下に妹妹って・・・。

 

 ん?

 

 チェスで負けるのはいつもココアさんが年下を妹扱いしたのを見たとき・・・。

 ということはつまり原因は・・・。

 「うごおおおおお!!」

 「どうしたのチノ君!?弱すぎて楽しくなかった!?」

 恥ずかしすぎて怪獣みたいな声で悶えてしまった。

 

 

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・」

 紆余曲折あって嫉妬を打ち明けた。ココアさんも僕も、恥ずかしさのあまり顔を赤くして押し黙っている。

 「・・・私も、チノ君が女の子と話してるとき、いっつもモヤモヤしてたなぁ」

 「うぅ・・・・・」

 確かに僕の周りには仕事柄女性の皆さんが多い。けど・・・。

 「仕方ないじゃないですか」

 「分かってるけどモヤモヤするの。チノ君もそうでしょ?」

 「うう・・・・・」

 仕方ないけどそれは言い訳にならない。

 僕が悩んでるのと同じくらい、ココアさんも悩ませてしまっていたんだ・・・。

 「だからさ、私たち似た者同士なのかもね」

 「・・・・・!」

 「違う部分も似てる部分もあるから、こんなにお互い好きになったんだね」

 まただ。

 自分のセカイの深い谷底に落ちそうになると、こうやってセカイに来て引っ張り上げてくれる。

 「お互いさまってことで。はい」

 「その手は・・・?」

 「勝負の後にやるやつ!あとこれからもよろしくね!」

 「こちらこそ・・・です」

 だからこんなに愛おしい。

 

 

 

 「チノ、今日は調子いいね」

 「他愛もないことが不調の原因でした」

 嫉妬が原因だったなんて言えない・・・。

 「ココ姉に嫉妬してたんでしょ?」

 「ええ!?何でそれを・・・あっ」

 「やっぱり」

 フユさんには見抜かれていた。

 「私もよくチノやココ姉に嫉妬するから、少しわかるよ」

 「そう・・・だったんですか」

 フユさんは僕のことを好きだと言ってくれた。

 でも僕はココアさんが大好きだ。

 だからそんな僕を見るたびに、フユさんは苦しんでいるのかもしれない・・・。

 「チノが悪いんだよ」

 「・・・・・ごめんなさい」

 「私のセカイに勝手に入ってきちゃったんだから」

 「え・・・?」

 僕が・・・?ココアさんみたいに・・・・・?

 「やっぱり付き合ってると恋人って似てくるんだね」

 フユさんの顔は優しい笑みだった。

 とても綺麗だった。

 「全然嫌な感じじゃないのも、ね」

 ココアさんみたいになりたい。そう思ってきた。

 でも、いつの間にかそうなっていた。

 「フユさん・・・!ありがとうございます!」

 「こちらこそ、だよ」

 今日の陽気は、春真っただ中の暖かい陽気だった。

 

 「そういえば、ココアさんがチェスを作るきっかけを作ってくれてありがとうって言ってました」

 「ココ姉が!?」

 フユさんはピクッと、耳を立てた猫みたいに反応した。

 「・・・・・・・」

 その反応を見てまた少しモヤっとしてしまった。

 「チノ、また調子悪くなってるね」

 「えっ、いや、そんなこと・・・」

 「嫉妬した?」

 悪戯っぽい笑みをフユさんは向けてくる。

 何となく気恥ずかしくなり、頬が熱くなる。

 そう思っていたら、フユさんはそっと僕の手に自分の手のひらを重ねてきた。

 「フユさん・・・!?」

 「この時間だけは、独り占めさせて」

 そんなこと言われたら、この温かみを受け入れるしかない。

 まだ夏でもないのに、今日は真夏以上に暑い気がした。

 

 

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 「あの・・・ココアさん・・・・・?」

 「んー?」

 「降りた方が教えやすいんですが・・・」

 「やだ。負けたくないから」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 その夜、僕はココアさんを膝の上に乗せてチェスの打ち方を教えていた。

 甘い香りと肌の温かみと柔らかい感触が直接襲ってきて、思春期男子には拷問だった。

 

 




球技大会回どうしようか・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノ君と球技大会①

チノ君をココアたちと同じ学校に通わせる都合上、学校が共学になっていて少し原作と展開が変わっています。ゆえに今回、モブ男子の出番が少し多めですのでご注意ください。


 「今年もこの日がやってきました。球技を通じて他校との繋がりを強く・・・」

 今年も球技大会の時期がやってきたよ。今回は生徒会長の提案でシャロちゃんたちがいるお嬢様校と対抗試合になったんだ。

 「今年の球技大会はいつも以上に賑やかになりそう」

 「楽しみだねー」

 もしかしたらシャロちゃんと対戦になるかも。友達だけど真剣勝負に手は抜かないよ。

 それにマヤちゃんたち妹ズにも試合を見られるから姉としてしっかりしないとね!

 「委員長―!」

 「今はもう生徒会長だ」

 「他校をつないだ架け橋として歴史に残るわね」

 「当日は頭ごきげんようなお嬢様共をぎゃふんと言わせるぞ!」

 「それが本音かぁ」

 まだライバル意識燃やしてるみたい。

 

 「あれ?そういえば男子のみんなはどうするの?」

 「ああ、男子はいつも通り校内で対抗試合だ」

 「せっかく他校のみんなが来てくれるのに、残念ね」

 「そうでもしないと展開が合わないからな」

 「展開?」

 

 

 

 「フユさんは球技大会何するんですか?」

 「バトミントン。チノは?」

 「サッカーに決めました」

 昼休みにフユさんと一緒に昼食を取りながら話していると、今度ある球技大会の話になった。

 「そっか。見に行くね」

 「ありがとうございます。じゃあうんと練習しないとですね」

 「運動、得意なの?」

 「あんまり・・・。またリゼさんに教えてもらわないと」

 中学の時のバトミントンみたいにまた必殺技を教えてもらおう。今度こそ成功させるんだ。

 「・・・・・・・」

 「どうしました?」

 「リゼさんとも仲いいんだね」

 フユさんはまるで尻尾と耳をふんにゃりさせている子猫みたいに落ち込んでいた。友達の落ち込んでいる姿はこれ以上見たくない。

 「僕もフユさんの試合見に行きます」

 「ホントに?うれしい」

 機嫌が治ったみたい。良かった

 「楽しみにしてます」

 「任せて。敵は全部殲滅する」

 「そこまでしなくても」

 やっぱりフユさんは少しズレてるのかも。僕もあまり人のことは言えないけど。

 「・・・楽しみだね。球技大会」

 「僕もです」

 大好きな人に自分の頑張ってる姿を見てもらえる。

 こんなに素敵なことはないだろうから。

 

 チノがフユと青い春を過ごしているさなか。

 (香風くん、風衣葉さんと今日も青春してる・・・)

(俺ら既に負けてるよな・・・)

他の男子たちからは真の敵認定されていた。

 

 

 

 「チノ君はサッカーかー」

 「チノがサッカーなんて、何だか意外だな」

 「がんばります」

 ラビットハウスでも今度の球技大会についての話に花が咲いていた。

 「私はまたバレーボールにしたんだ。見に来てねチノ君」

 「はい。応援に行きます」

 男子の部と女子の部では時間が違うので見学の時間は大丈夫だろう。学年ごとに時間も区切られているのでココアさんの試合を見る余裕もあります。

 「私も応援しに行くからね!」

 「ありがとうございます」

 大好きな恋人が自分の頑張りを見に来てくれる。

 想像するだけでやる気が満ち溢れてきてしまう。

 「・・・・・・・・・・・」

 「? リゼさん?」

 「お前らだけずるいぞ」

 「リゼちゃん拗ねてる?」

 「まあ・・・・・」

 「大学生になっても拗ねるんだねー」

 「年は関係ない」

 リゼさんは卒業して大学に入ったから今回の球技大会には参加できない。卒業した翌年に限ってココアさんの高校と親善試合だなんてより残念だろう。

 ・・・・・そうですよね。大人だって寂しいと思う時くらいある。

 「あ、あの!お土産持って帰りますから!」

 「球技大会のお土産って何だよ?」

 「グラウンドの砂とか!」

 「ぱ、パンフレット!」

 「いらん!」

 怒らせちゃっただろうか。無意識に仲間外れにしてしまったのかも・・・。

 「とびっきりの土産話しか認めない!!」

 「「リゼせんせー!!」」

 大丈夫だったみたい。大人になってもリゼさんはリゼさんでした。

 

 「ところでリゼさん」

 「ん?」

 「もし時間があったら球技大会の練習に付き合っていただけませんか?」

 「・・・いいだろう。今回も厳しく行くぞ!」

 「はい!」

 いくつになっても変わってほしくないものがある。

 いつまでもリゼさんには僕たちの教官でいてほしい。

 「むー!私も一緒に練習したいー!」

 「千夜とやるんなら流れ弾に気を付けないとな」

 「木組みの街で未解決事件はごめんです」

 「もー!私たちだって日々成長してるんだからねー!」

 新しい世界に来ても、ラビットハウスは変らないままみたいだ。

 

 

 

 リゼさんとの練習を繰り返している間に、いつの間にか大会当日となりました。うちの学校にお嬢様学校の女子生徒の皆さんが来て、学内が一層華やかになっています。

 「他の学校の生徒がいると緊張するね」

 「リラックスしていきましょう」

 と言いつつ僕も緊張しています。大勢の目の前で自分の運動神経を見てもらうなんて、失敗したら・・・と思うと少し不安です。

 「チノ」

 「はい?」

 「部は違うけど・・・一緒に頑張ろう」

 「・・・はい」

 一緒の試合には出れないけど、隣には友達がいる。

 友達の応援に答えなきゃ。

 

 「ところで、他の男子の皆さんもソワソワしてますね」

 「お嬢様学校の女子たちにいいところ見せたいんだよ」

 「そうですよね。みんな失敗は怖いけど頑張って克服しようとしてるんですね」

 「・・・・・チノ」

 「はい?」

 「良かったね。日頃からハーレムで」

 「え?」

 

 

 「ココアさーん!」

 「ココ姉、がんばっ・・・て!」

 「チノ君!フユちゃん!」

 そんなこんなでココアさんと千夜さんの試合が始まった。相手には臨時の選手として出ているシャロさんがいる。

 「千夜―!」

 「甘兎魂見せつけちゃえー!」

 「マメちゃん!」

 「シャロさんこっちみてー♪」

 「エル!学校では先輩って言わなきゃ!」

 「ナエちゃん!」

 マヤさんメグさん、ナツメさんエルさんも応援しています。学校が離れても、友情は変わらないみたいで嬉しい。

 

 (妹たちが見てる)

 (この試合)

 (本気で行くわ!)

 

 「3人とも気合入ってる」

 「妹たちにいいところ見せようと必死なんでしょう」

 学校が離れても、思考は変わってないみたいだ。

 

 「おい見ろよ。あの花の髪飾りの先輩」

 「ん?」

 「ああ、すっげーキレーだよな」

 他の男子がうわさをしている。ココアさんのことを言ってるのだろうか。

 「俺、黒髪の先輩の方がいいな」

 「大和撫子って感じ」

 「相手の先輩も綺麗だね」

 「きっと家はすごいお金持ちでキャビアとか食べてるんだろうなー」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ココアさんたちのことを褒めてくれてる。それは嬉しい。

 でもそれと同じくらい何かの危機感も感じていた。

 

 ザッ

 

 「ひぃっ」

 「凄い圧が・・・」

 いつの間にかフユさんと豆苗隊も集まってバリケードを作っていた。

 

 チノ達が男子に向けていたプレッシャーは。

 (なんか後ろからすごいプレッシャーを感じるよ!?)

 (下手なプレーなんてできないわ!)

 (この勝負死んでも勝つ!)

 ココアたちにも余波が届くほどだった。

 

 

 

 ココアたちの学校に来たのは学園祭以来。私がいなくても二人は楽しそうにしてる。

 ジェラシー覚えちゃうから二人が選ぶであろうバレーは選ばないようにしてたのに。

 「1回戦終了―!」

 そんなこと考えている間に二人のチームに先手を取られた。

 「シャロさん、ドンマイです!」

 「次で逆転しましょう!」

 「ありがとう・・・」

 友達がいないわけじゃないけど、あの二人の輪に入れないとやっぱり寂しい。

 ・・・だからバレー選ぶのは嫌だったのよ。

 「「シャロちゃーん!」」

 と思ってたら二人がこっちに駆け寄ってきた。

 「シャロちゃんナイスファイト!」

 「接戦だったわね!」

 「・・・あんたたち、敵側の応援に来ていいの?」

 「ううん!今回は学校の枠を超えた友情を育むためだから!」

 「敵とか味方とか関係ないわ」

 この二人はいっつもそう。

 こっちの気持なんか知らずに、すぐに輪の中に入り込んでくる。

 この二人と同じ学校だったら・・・。

 「それにね、嬉しいんだ」

 「嬉しい?」

 「こうして試合してると同じ学校の生徒になったみたいで」

 「シャロちゃんが向こうで友達と仲良くしてるって聞いたとき、安心したけど少しジェラシーしちゃったから」

 「ジェラシー?あんたたちが?」

 「「うん!」」

 そっか。

 寂しかったのは私だけじゃなかったんだ。

 「うっ」

 「シャロちゃん!?泣いてるけど大丈夫!?」

 「どこか打ったの!?保健室に!!」

 「違うわよっ」

 みんな同じ気持ち。

 「敵対してたのにあんたたちがおバカすぎるから、笑い泣きしちゃっただけよ」

 だから離れててもきっと繋がれる。

 「ほら!第2試合では負けないわよ!後輩たちにいいところ見せなくちゃ!」

 「そうだった!友達だとは言え負けないよ!!」

 「チノ君たちのハートは私たちがゲット♪」

 「それはこっちの台詞よ!」

 この球技大会、楽しいかもね。

 

 「あなたたちシャロちゃんの友達?」

 「シャロちゃん向こうではどう?購買の特売に突っ込んだりしてない?」

 「ええ、気品に満ちた方だと思ってたけど、近頃はとっても面白いのよ」

 「最近だと愉快なジョークも飛ばしてくれるの」

 「ええー!?どんなのどんなの!?」

 「あんたらー!うちの学校の生徒まで絆すなー!!」

 いつまでたっても、いつも通りみたい。

 

 

 

 「グスッ、すごい良い話だな」

 「これぞ学校間を超えた友情だ!」

 「そうです。ココアさんたちはすごいんです」

 「先輩たちー!愚かなスケベ心丸出しでごめんなさいー!!」

 「やっぱ男子って丸出しにするんだ・・・」

 自分の学校の生徒たちを絆していることにココアたちが気付くのはもう少し先の話。

 

 




長くなりそうなので分けました。後編はチノ君の試合を書く都合上もっとモブ男子の出番が多くなりそうです。苦手な方はご注意ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノ君と球技大会②

今回、女子も男子もモブの出番が多いです。苦手な方はバック推奨です。


 「おーいチノー!」

 「マヤさん、メグさん」

 今日は学校対抗の球技大会、3年生の部は終わって僕たち1年生の部の試合が始まった。

 「二人ともバトミントンにしたんですね」

 「応援よろしくねー」

 「私たちの華麗なラケット捌きを見てなよー!」

 男子と女子で分けられてるので一緒にできないのが残念だけど、二人の試合を見るのも楽しみです。

 「あれ?後ろの子・・・」

 「フユじゃん!」

 「マヤ・・・メグ・・・」

 「もう知り合いなんですか?」

 「うん!ブラバで知り合ったのー」

 僕の知らぬところですでに仲良くなっていたみたいだ。フユさんは人見知り気味なので少し安心した。

 「フユさんはとてもいい人なので仲良くしてあげてくださいね」

 「チノ、ココ姉みたい」

 「え?」

 「お兄ちゃん気取りだねー」

 「やっぱ付き合ってると似てくるなー」

 「そんなつもりありません!」

 でもフユさんが妹だったら・・・・・。

 「チノ、また変な妄想してるだろ」

 「い、いえ。別にそんな・・・」

 「・・・私、チノの妹でも別にいいよ」

 「「「えっ」」」

 

 

 「あーっ、チノだ!」

 「チノさん!」

 「ナツメさん、エルさん」

 女子バトミントンの第1回戦はフユさんチームとナツメさんエルさんチームとなりました。

 「チノ、私たちが勝ったらうちでコーヒー淹れてよ」

 「ついでにお婿さんになってくれると嬉しいな」

 「コーヒーのついでが重い!!」

 「また勧誘してるー!」

 「行けー!フユー!」

 「チノは私が守る」

 「「「重圧がすごい!!」」」

 フユさんから今まで感じたこともない圧を感じます!

 「なまいき言ってごめんなさい・・・」「なさい・・・・・」

 重圧のせいかナエさんチームはしおしおにしおれてました。

 

 

 

 この前のブラバ店員がまさかのチノさんの学校の生徒だった。

 しかも私たちがチノさんを勧誘したら何故かとんでもない重圧を放ってるし。

 「試合開始!」

 この勝負、穏便に済ませよう。

 「あの二人は私が倒す」

 穏便にならない!!

 

 へろろろろ~

 ポスッ

 

 『・・・・・・・・・・』

 「チノは私が守る」

 『んん!??』

 

 

 

 (香風さんハーレムの修羅場に巻き込まれてる私、どうしたらいいんだろ・・・)

 フユと同じチームとなった女子生徒は流れ弾に被弾していた。

 

 

 

 マヤとメグは向こうのチームの人を応援している。

 「応援されるのいいなー」

 「そういうの期待しないの」

 今まで人を避けてきた私たちが悪いんだから、いまさら言ったって遅いと思う。

 応援が無くても、私にはエルがいるし。

 気にしないでサーブだ。

 「行け―!ナツメー!」

 「頑張って!エルちゃん!」

 

 スカッ

 

 「マヤのせいで外した!!」

 「何で!?」

 「応援されるって嬉しいね!ナツメちゃん!」

 「気持ちは分かるけど、今はシャトルに集中して!」

 

 

 

 

 「試合終了ー!」

 試合は私たちのチームの勝ちになった。

 相手チームの子と終わりの握手をしないと。

 「・・・・・・・・」

 金髪のポニーテールの子がすごく険しい顔で握手をしてきた。調子悪いのかな。

 「具合・・・悪いの?」

 「心をクールダウンさせてただけです!」

 怖がらせちゃったみたいだ。ショック。

 

 

 「フユさんお疲れさまでした」

 「ありがとう。チノの応援のおかげ」

 「? 元気ないですね?」

 「あの双子と・・・緊張してうまく話せなかった」

 知らない人と話すとどうしても顔が怖くなってしまう。私の悪い癖だ。

 そのせいで双子を怖がらせてしまった。

 「チノみたいに仲良くできない」

 「僕もマヤさんやメグさんと仲がいいのは中学が一緒だったので」

 そうかな。

 それだけが理由じゃないと思うけど。

 「僕も初めから心を開いていたわけではないですし」

 「そうなの?」

 今のチノを見てると想像できない。意外だった。

 「あの二人やココアさん、他にもいろんな人たちが助けてくれたから今があるんです」

 「・・・・・・・・」

 「だからフユさんも一人で悩む必要なんてないです。エルさんナツメさんともお互い助け合って、少しずつ仲良くなればいいと思います」

 自分だけたくさん頑張ればいいと思っていた。

 でもそうじゃないみたい。

 この街には、助けてくれる人がたくさんいる。

 「二回戦も頑張ってください」

 「うん・・・。頑張る・・・・・!」

 私も、その応援に答えたい。

 

 

 「えっと・・・二回戦は」

 「私たちだよ!」

 「マヤ、メグ・・・!」

 よりにもよって、チノの親友たちと勝負になってしまった。

 「チノの友達でも手は抜かないからね!」

 「お互い頑張ろうね!」

 「・・・こっちこそ!」

 全力でやろう。

 そうすればもっと仲良くなれるかもしれないから。

 

 「あれ?そういえばフユのチームメイトは?」

 「えっと・・・あ」

 私と試合をしていたチームメイトの子は、チノと話し込んでいた。

 「二回戦もフユさんのことよろしくお願いします。応援するので」

 「あ、ありがと。香風さん」

 「同じクラスメイトですし、名前でもいいですよ」

 「う、うん。じゃあチノ君・・・」

 「はい、頑張ってくださいね」

 「うん・・・」

 チノはさわやかな笑顔を向けてその場を去った。

 その子の頬が赤くなってるのが、遠目で見ても分かった。

 「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 「みなさん、二回戦も頑張って・・・。あれ、どうしたんですか・・・、目が怖い・・・・・」

 

 

 

 フユ達との試合が始まった。チノの友達でも手は抜かないからな。

 「マヤちゃん頑張ってー!」「メグちゃんかわいいよー!」

 「ファンがついてるー」

 「メグもだろー」

 同じ学校の子から応援されるのは悪い感じじゃない。

 「フユさん!頑張ってくださーい!」

 チノから応援されないのは・・・まあ少し残念だけど。

 「マヤちゃん調子悪い?」

 「メグこそ」

 学校が違うからしょうがないけどさ。

 気を取り直してサーブだ。

 「マヤさんメグさんも頑張ってー!」

 

 スカッ

 

 「「「・・・・・・・・・・・・・」」」

 「あれ?」

 「チノのせいで外した!」

 「もー!尻軽チノ君!!」

 「チノ・・・浮気・・・・・?」

 「何で!?」

 

 

 ようやく試合も終わってひと段落だ。疲れたー。

 「お疲れさまでした。アイスコーヒー作ってきたんですけど飲みます?」

 「「わぁーい!」」

 試合終わりのアイスコーヒーは格別だよな!

 「チノ、これ双子にもあげてきていい?」

 「もちろんです」

 チノはフユと仲良くやってるみたい。

 「あの二人仲いいんだね」

 「チノも変わったなー」

 昔は私たちやココア以外とはあまり話さなかったのに。

 何だか少し寂しいけど、友達の成長は嬉しいな。

 「試合お疲れ様です。フユさんと一緒に頑張ってくれてありがとうございます」

 「うん、こっちこそありがとう。チノ君・・・」

 「皆さんもどうぞ。たくさん作ってきたので」

 「マジ!?サンキュー香風君!!」

 「良い奴だねー香風!」

 「「・・・・・・・・・・」」

 試合を終えた他の女の子たちにもコーヒーを配っていた。

 「なあメグ」

 「何―?」

 「あいついつからあんな女たらしに成長したんだ?」

 「さあ?」

 自分たちでもビックリするくらい冷たい声が出ていた。

 

 

 

 女子の部の試合も終わり、男子の部が始まった。僕の選んだサッカーの試合も始まろうとしています。

 フユさんもココアさんもいない場で頑張らないといけない。

 やっぱり少し緊張するな・・・。

 「チノー頑張れー!」「チノくーん!」

 その瞬間、マヤさんとメグさんの応援が聞こえてきた。

 「チノさーんしっかりー!」「勝ったらお婿さんになってー!」「チノ・・・頑張れ・・・・・!!」

 ナツメさんエルさん、フユさんの応援も。

 「チノすけー、後輩どもー、ファイト―!」

 生徒会長の応援も。

 「私の!弟の!チノくーん!!お姉ちゃんは見守ってるよー!!」

 そして大好きな、ココアさんの応援もグラウンドに響いた。

 たくさんの人たちが助けてくれてる。

 その応援に答えなくちゃ。

 

 「香風君、一人だけ青春アニメの主人公みたいだ・・・」

 「何で香風だけ何で香風だけ何で香風だけ・・・・・」

 「え?」

 「よし、敵チームも味方チームも全員で香風に向かうぞ」

 「あれ!?」

 何故かその場の男子全員から凄まじい殺気を向けられていた。

 

 

 色々とあったけど、ようやく試合も終盤になった。最後は僕と敵チームのGKによるPK勝負だ。

 ここで外したら僕たちのチームの負けとなってしまう。

 責任重大です。

 「香風ー!ハーレムアニメの主人公なら負けんじゃねえぞー!!」

 「あまり香風君にプレッシャー与えないの」

 味方チームの男子の皆さんも鼓舞(?)してきます。尚更外せない・・・。

 「チノ君!!頑張れー!!!」

 「!!」

 グラウンドにひと際大きい声が響いた。

 ココアさんが応援してくれている。

 ・・・・・絶対に外すもんか。

 「今こそ必殺技を使います」

 「必殺技?」

 「元軍人のお父さんを持つ僕の教官から直々に教えてもらった必殺技です」

 「そ、そんな技、一般人相手に使う気か!?」

 今、僕はたくさんの人たちの思いを背負ってここにいる。

 負けることなんて考えない。

 全力で勝つ!

 

 「あ、あの・・・俺はこういう二次創作に欠片も出てきちゃいけないモブ男子Aだけど、ちゃんと命があるんで手加減してもらえると嬉しいです・・・・・」

 「何の話!?」

 

 それでは気を取り直して。

 「パトリオットシュート!!!」

 

 

 

 「チノ君お疲れ様」

 「ココアさんも、応援ありがとうございます」

 試合の終わったチノ君、運動した後だからか少し汗ばんでいた。

 額から汗が顔の輪郭に沿って流れて、顎からポタっと落ちる。

 いつものチノ君と違ってワイルドかも・・・・・。

 って!仮にも授業中にそんなこと考えちゃダメ私!!

 「どうしました?ココアさん?」

 「うっ、ううん!何でもない!!」

 気取られないように顔を背ける。そんなこと考えてるの分かったらいくら彼氏でもドン引きされちゃう・・・。

 「チノ君かっこよかったわよ」

 「高校でもしっかりやれてるようで安心したわ」

 「千夜さん、シャロさん。ありがとうございます」

 「チノ!ようやく技が決まったな~!!」

 「ゴールにめり込んでたよ~」

 「泣くほど!?」

 「チノさん!男子のサッカーってすごいドラマなんだね!」

 「またエルは何かの影響受けて・・・」

 「あはは」

 「チノ、お疲れ様」

 「フユさん、お疲れ様です」

 「・・・かっこよかったよ」

 「ありがとうございます」

 みんなチノ君の活躍を見て興奮したみたい。

 流石私の弟兼後輩兼彼氏だね!

 「皆さんの応援があったから、頑張れたんです」

 「また似合わねーかっこいいこと言ってー」

 「また男子のみんなに嫉妬されちゃうよー」

 昔はチノ君、弟みたいに小さくてかわいかったのに。

 「あっ、そうだ。僕ちょっと行ってきます」

 「え?どこに?」

 「一緒に試合した皆さんに。コーヒーの差し入れです」

 今はちゃんと男の子してて、かっこよく見える。

 「チノ君、別のクラスでも上手くやれてるじゃない」

 「心配しすぎる必要なかったわね♪」

 「・・・うん」

 弟の成長はとっても嬉しいけど。

 まだまだ小さいままでいてほしいと思っている私もいる。

 自分勝手かな。

 「ココ姉、チノが」

 「え」

 「手ぇ振ってるよ」

 チノ君はグラウンドで大きく手を振っていた。

 ・・・心配しなくても大丈夫みたい。

 大きくなっても、チノ君は戻ってきてくれる。

いつまでも、チノ君は私の自慢の弟で。

 私の大好きな人だから。

 

 

 

 「皆さんお疲れ様です。アイスコーヒー、良かったらどうぞ」

 「ありがと香風君。あっ、美味しい」

 「流石コーヒー屋やってるだけのことはあるな!」

 「ありがとうございます。たくさん作ってきたので全員分ありますよ」

 「ありがとな!香風!!」

 「うぅ、ごめんな。お前のこといつもハーレム囲ってる女たらし野郎なんて思ってて・・・」

 「香風、お前良い奴だなー・・・」

 「そんな風に思われてたんですか!?」

 

 「ナツメちゃん!あれがうわさに聞く男同士の友情なんだね!!」

 「エルはさ、どこでそんなの覚えてくるの・・・・・」

 

 




チノちゃんをチノ君にした以上共学なので、男子の描写も書くことになりました。違和感がなければいいのですが・・・。
出るにしても作品の世界観を壊さない程度にさせていただくのでご容赦のほどを・・・。


質問
男子生徒とチノ君の絡みの番外小話も軽く書いてみたい、という気持ちもあるんですが皆さん読みたいでしょうか?オリキャラ二人くらいの絡みで。
ごちうさ感よりオリジナル色が強くなりそうなのでちょっと・・・という方がいれば書かないようにします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノ君とユラ

本編であまり絡みのない二人の回。


 それは自宅で一息つこうとコーヒーを淹れてる最中だった。

 「チ~ノくん。た~だいま♬」

 「ぴっ!?」

 妖しいしっとりした声を耳元でくすぐられるように囁かれ、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 そこにいたのはココアさん・・・。

 いや、違う。

グラデーションを施したような鮮やかな、滑らかさが伝わってくる髪。

 甘い甘いむせかえるような、それでいてもっと嗅いでいたいような香り。

 肩や腿を露出している、私を見ろと主張しているような服。

 そして仄かに唇や頬などに化粧を施した、あどけないながらも大人な魅力を醸し出している表情。

 こんなに艶やかな色気に満ちている人はココアさんじゃない。

 いったいこの人は・・・。

 「誰・・・?」

 「私だよココアだよ」

 「違う・・・・・」

 「違わない!」

 

 

 「ユラちゃんと買い物してたから雰囲気映っちゃったのかも」

 「な、なるほど・・・」

 「あと香水も付けたし」

 「なるほど・・・・・」

 甘いスイーツのような匂いがココアさんから放たれ、僕の鼻を突っつく。

 服だっていつもと違って少し露出度が高い。

 こんなココアさん知らない・・・。

 「どう?今日の私?」

 「えっ」

 「ちょっとワルな大人っぽい私にチェンジ~!してみたんだ!」

 ここは気の利いたことを言うべきなんだと思う。

 いつもと違っていて素敵です、とか。その格好もかわいいです、とか。

 でもそれよりも、知らない匂いを漂わせているココアさんに対するモヤモヤの方が勝っていた。

 「・・・・・たまにだけにしてください。そういうの」

 「あ~。もしかしてドキッとした~?」

 「してないです・・・・・」

 ココアさんも頑張っていつもと違う自分にチャレンジしたのだろうに。

 僕は最低だった。

 

 

 その夜。

 「・・・・・・・・・・・・・」

 昼のココアさんの色香がまだ体の中に残っていて、眠れない。

 「はぁ・・・はぁ・・・・・」

 ピンク色の甘い靄が、僕の体の内側を突っついているようでこそばゆい。

 目を無理やり閉じても、瞼の裏に映るのは昼の色気に満ちたココアさんの姿。

 強く目を閉じれば閉じるほど、より鮮明に浮かび上がってきてしまう。

 眠れるはずがなかった。

 「もうこんな時間・・・・・」

 時計を見てみるともう深夜の2時だった。

 早く寝ないと明日も持たないのに。

 「・・・・・・・・・・・・・」

 寝なきゃいけないのは分かっている。

 でも体が疼いて仕方なかった。

 「トイレ・・・・・」

 ただトイレに行くだけ。そう自分を言い訳させる。

 この時間ならココアさんは起きていないだろう、という安心感を覚えながら。

 

 本当に僕は最低だった。

 

 

 

 数日後、休日に僕は野暮用で街を出歩いていた。

 「あれ~、ひょっとして~」

 ぬらりとした撫でられるような声がした方を向いてみると。

 「チノ君じゃ~ん。こんなところで会うなんて奇遇だね~」

 そこにいたのはユラさん。リゼさんの幼馴染で、今は同じ大学に行ってるいるらしい。

 そして、この間ココアさんを魔性に染めた人・・・。

 「あれ~?物凄く警戒されてる~?」

 思わず傍の柱の影に隠れていた。

 

 「今日は一人~?」

 「え、ええ。ちょっと服が欲しくて・・・」

 さっきは失礼なことをしてしまった。

 妖しさ全開な人だけどリゼさんの親友だ。悪い人ではない・・・はず。

 「でもココアちゃんと一緒じゃないなんて、珍しいね~」

 「ええ、今日はちょっと・・・」

 普段はココアさんと一緒に来ることが多い。でも今日は一人だった。

 理由は言えないけど・・・。

 「ふぅ~ん。じゃあさ、私にコーデさせてよ~」

 「えっ」

 「大人っぽいセクシーな男の子にしてあげるからさ~」

 妖しさ全開過ぎる!!

 

 

 「うんうん、いいねいいね~。ちょっと香水も付けてみて~」

 結局断れずに勢いで押し切られてしまった。

 しかも着せられているのはいつもの服の感じとは違い、大人っぽい服ばかり。

 「こ、この服、少し胸元が・・・」

 「年頃の男の子ならそれくらいでいいって~」

 そう言って着せられたシャツは胸元のボタンが空いており、鎖骨や胸板が少し見えていた。

派手な服を着せられて落ち着かない・・・。

 「それくらいしないとココアちゃんには並び立てないよ~」

 「い、いや!そんなつもりは・・・!」

 「違うの~?」

 「うぅ・・・」

 正直なところ、図星だった。

 前の大人っぽいココアさんを見せられて、何だかよく分からないけど危機感を感じてしまった。

 それで気が付いたら一人で服を買いに来ていた。

 ひとつ前に進んでしまったココアさんに焦燥感を感じていたのかもしれない。

 でも、僕なんかがこんな大人ぶった服を着ておかしくないのだろうか。

 「ほら、薄く化粧もしてみて~」

 「ぼ、僕なんかが化粧なんてしていいんでしょうか・・・」

 「良いって~。最近だと男の人でも化粧は珍しくないし~」

 そういえば化粧は元々、お風呂に入る習慣がなかった時代の人たちが臭いや汚れを隠すために始めたものという話もある、と授業で習った気がする。

 そう考えると男の僕が化粧をしてもおかしくはないのかもしれないけど。

 「『僕“なんか”』って言う考えが一番おしゃれの天敵なんだからね」

 そう言っているユラさんの口調はさっきまでと違って少し真剣に聞こえた。

 「正直、私の責任でもあるし」

 「え?」

 「ううん~、何でも~」

 ユラさんはいつの間にかさっきまでの間延びした口調に戻っていた。

 でも、一瞬見えた表情が僕は何となく気になっていた。

 「ほ~ら、力抜いて~。パウダー付けるよ~」

 (こ、こそばゆい・・・・・)

 ユラさんに弄られ、妙な気持ちが湧き出てきていた。

 ココアさん違うんです。断じて浮気なんかじゃないんです。

 

 

 「ふぅ・・・」

 いつもと違う買い物。少し疲れてしまった。

 「あれ~、お疲れ~?」

 「あ、いいえ。すいません、僕の買い物に付き合ってもらってるのに」

 「ううん~、私が振り回してるようなもんだしさ~」

 せっかく服を選んでもらっているのに気を遣わせてしまった。申し訳ないです・・・。

 「じゃあちょっとブレイクしようか~」

 「ブレイク?」

 

 「このキャラメルモカチーノの~、トッピングは~」

 「・・・・・・・・」

 「チノ・・・そのお姉さんは・・・・・」

 「いえ、違うんですフユさん」

 今、僕とユラさんはブラバにいた。

 しかもよりにもよってフユさんがシフト中の時に。

 「チノ、浮気はダメだよ」

 「本当に違うんです・・・」

 心なしかフユさんの目に光が無いような気がした。

 冷たいような、脂っぽいような汗が背中や額からじわっと出てくる。

 「でも、今日のチノ大人っぽい・・・」

 「えっ」

 フユさんは顔を赤らめて目を泳がせていた。

 服のせいだろうか。それとも薄く化粧をしたせい?

 恥ずかしくなり、僕もフユさんの方を直視できなかった。

 

 「あ~、カップル割りがある~。せっかくだし使っちゃう~?」

 「ゆ、ユラさん!」

 「チノ、浮気は殲滅だよ」

 「違うんですホントに違うんです」

 後ろに真っ黒なライオンを幻視するほど、フユさんから怒りのオーラが発せられていた。

 

 

 ブラバの甘いコーヒーを飲んで一息ついた。はずなのにさっきよりも疲れた気がする・・・。

 「いや~ごめんね~、何だか私ばっかに付き合わせちゃってるみたいで~」

 「いえ、こっちも何だかんだで楽しいです」

 「楽しいなら良かった~」

 ひと通り回って少しずつ打ち解けてきた。あんまりワルな人でもないのかもしれない。

 リゼさんの親友なのだから当然かもだけど。

 「見てみてー、あの二人」

 うん?

 「うん、どっちもすっごい美形だね」

 「姉弟かなー?」

 「もしかしてカップルだったりして」

 道行く女の人二人が僕らの方を見て噂している。

 というかカップルと誤解されている。

 気まずい・・・。

 「チノ君~、サービスしたげたら~?」

 「ええっ!?」

 「大人の男になるための練習と思って~」

 そんな、軽い男みたいな真似・・・。

 「たまには真面目じゃなくなってもいいと思うよ」

 「!」

 ユラさんがまたさっきみたいな真面目な口調になる。

 いつも聞くような、背中を自然に押してくれるような声と似ていた。

 「・・・・・・・・・・」

 少し考えて、僕はその二人に軽く手を振った。

 「キャー!手ぇ振ってくれた!」

 「真面目そうな子だけどイカすじゃん!」

 引かれなかったのは良かったけど、やっぱり恥ずかしい・・・。

 「チノ君」

 「は、はい・・・」

 「やったね」

 ユラさんは明るい顔でVサインしてくる。

 まるで高校デビューを成功した弟を見るような姉のような顔だった。

 僕もVサインを返した。

 何となくだけど、嬉しかった。

 

 

 

 「今日はありがとうございました。すっかり付き合わせてしまって」

 「こっちこそ~、楽しめたよ~」

 1日も終わり、僕とユラさんはベンチで一休みしていた。

 「服、選ぶの手伝ってくれてありがとうございます。僕だけじゃ絶対選べなかったです」

 色々と刺激的な日だったけど、貴重な体験になったと思う。

 たまにはこういう風にワルぶるのもいいかもしれない。

 「そうだね~。チノ君、ゆっくりペースが好きみたいだからね~」

 「そう・・・かもですね」

 「もしかして~、ココアちゃんの足並みに合わせるの疲れてたりして・・・」

 「えっ」

 急に雰囲気が妖しさを醸し出してきた。

 「チノ君、ココアちゃんとまるでタイプが反対だもん。別の女の子を選んでみたかったって気持ちもあったりするんじゃない?」

 そんな・・・ことは・・・・・。

 「いいんだよ。男の子はみんな心の中にオオカミさんがいるんだから。それに従って遊びを覚えることも大事だよ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 「選んじゃいなよ、気軽に。他の女の子」

 ゆらりと僕の顔に、か細い手が添えられた。

 「ユラさん・・・・・」

 そのユラさんの表情を見て、思わず言いたくなってしまった。

 「無理してくださらなくても大丈夫ですよ」

 「え?」

 妖艶な発言とは裏腹に、ユラさんは顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。

 

 「い、いや~、そんな無理なんて~・・・」

 「見るからに恥ずかしいのを我慢してる顔ですし。あんまり男の人と話したことないんじゃ」

 「そ、そんなことないよ~。私みたいなワルい女になれば毎日ブイブイ遊んでるから~」

 「遊びってどんな?」

 「・・・・・あっちむいてほいとか、大縄跳びとか」

 「ちっちゃい子と遊んであげてるんですね」

 すごくいい人みたいだ。

 流石はリゼさんの親友です。

 

 「ごめんね~、からかって。ワルい子はやっぱり私だけでいいみたい~」

 「ユラさんはワルい人じゃないですよ」

 「え~」

 「僕の服、あんなに時間をかけてコーディネートしてくれたり、疲れた時にブラバに誘ってくれたり、さっきも僕のこと後押ししてくれました」

 それにココアさんを変えてしまったことに、わざわざ責任を感じてくれていた。そもそも悪い変化じゃないけど。

 本当は他人の心を案じてワルぶれる人なんだろう。

 それに、真面目な人に真面目じゃなくても良いって教えれるのって難しいと思うから。

 「ユラさんはとてもいい人なんですね。ココアさんが染まっちゃうのも分かります」

 「・・・・・恋人ってやっぱり似てくるんだね」

 そんなユラさんは。

 恥ずかしさのあまり生まれたてのウサギみたいにプルプル震えていた。

 「ココアちゃんにも似たようなこと言われたよ~」

 「ココアさん、人の良いところを見抜く天才なんです」

 「あはは~、分かるな~」

 どうやらココアさん、また妹を増やしていたみたいだ。

 そういうところは本当に“ワル”だと思う。

 「チノ君もそうだよ」

 「え」

 「そういうワルさがココアちゃんそっくり」

 「そう・・・ですかね」

 最近よく言われる。

 でもまだまだココアさんには及ばないと思う。

 ・・・ゆっくりでも良いから並び立たないとな。

 「ココアちゃん色に染められてるんだね~。やっぱりワルだな~、ココアちゃん」

 「全くですね」

 「チノ君ももうちょっとワルになっちゃえば~?男の子なんだし~」

 「ちょっと考えてみます」

 遠くの方の空が、ほのかな紫色に染まり始めていた。

 いつもと違って、少しだけ“ワル”な空に見えた。

 

 

 「ただいまー」

帰宅し、一息つこうとリビングへと向かう。服装はワルのままで

「あれ」

 リビングへ向かうとココアさんがくつろいでいた。僕には気づいていないみたいだ。

 そんなココアさんを見て、少しいじわるしてみたくなった。

 ・・・今の僕はワル。

 「ココアさん、ただいま」

 「ぴえっ!!」

 そっと近づき、耳元でくすぐるように話しかけた。

 「え?え?誰!?」

 「僕です。チノですよ」

「違う・・・」

 「違いませんよ」

 この間とはまるで逆みたいだ。

 

 「どうです?少し大人な服を選んでみたんですが」

 少し広げるように服を見せる。

 ちょっと微笑んでみたりして。

 「・・・チノ君。ちょっと聞きたいことが」

 「何です?」

 「これ」

 そこには昼間の大人の服を着た僕が写っていた。

 しかも送り主がユラさんからだった。

 「あ・・・」

 「ユラちゃんと遊んでたの・・・?」

 ああ・・・、ココアさんの目つきが鋭く・・・。

 全身に冷や汗がじんわりと回る。

 「もーっ!恋人ほっぽいて何してたの!!」

 頭から煙が出るほどの怒りようだった。

 確かに僕が悪いけど・・・。

 でもそんなココアさんを見て、僕はさらにワルぶりたくなった。

 

 ダンッ

 

 僕は片手で遮るように、ココアさんを壁に押し付けた。

 「!?」

 「何してたと、思います?」

 軽く口角を上げ、目を細めるようにする。

 ココアさんは目を回して、顔から煙を出していた。

 「・・・ごっ、ごめんなさい!ちょっと調子に乗りすぎました」

 慌ててココアさんを開放する。

 完全に調子に乗っていた。

 「服を選んでもらったんです。この間のココアさんみたいになりたくて・・・」

 やっぱりワルは向かないみたいだ。長く続けられない。

 「すいません。嫌でしたよね・・・」

 「・・・い、嫌ではないです」

 「え」

 「今のチノ君も・・・素敵です・・・・・」

 僕に敬語を使うなんて。

 こんなおどおどした様子のココアさん見たことがない。

 「で、でもいつものチノ君も好きだから・・・その・・・たまにしてくれると・・・・・」

 ・・・何だろう。

 ココアさんがすごくかわいい。

 「ドキッとしました?」

 「えっ!?」

 「しましたね?」

 「~~~っ!も~っ!チノ君ワルい子!!」

 「あははっ、ごめんなさい」

 少し不真面目になるって楽しい。

 たまにはワルもいいかもです。

 

 

 

 翌日、僕は地べたに正座していた。

 目の前には満面の笑み、だけど明らかに心が笑っていないリゼさん千夜さんシャロさんがいた。

 「チノ君そういうのよくないと思うわ」

 「はい・・・」

 「あまり過ぎるといかにココアとはいえ刺されるわよ」

 「はい・・・・・」

 「言いたいことは分かるな?」

 「すいません・・・・・・・・」

 ただひたすらに許しを請うしかなかった。

 “ワル”は本当にたまにだけにしておくべきです・・・。

 

 

 

 「ユラ、あまりココアとチノに変なこと教えるな」

 「分かってるって~」

 昔からの親友から忠告を受ける。

 でもしょうがないじゃん。

 あの二人、面白いんだから。

それに何となくほっとけないし。

 でもこの間のチノ君、良かったな~。

 ココアちゃんがお姉ちゃんで・・・。

 「ねえリゼ」

 「何だ?」

 「弟っていいね~」

 「はぁー!?」

 まあ今のところは違うけど。

 いつかはなってみるのも、悪くはないかも。

 

 




ワルワル服のココアちゃんエ・・・かわいいですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノ君とお泊り会③

ラッキースケベシーン多めなのでご注意ください。


 雨の日のラビットハウス。雨音は好きだけど客入りはまばらだ。

 「二人分の席空いてますか!?」

 「突然雨に降られて!」

 そう思ってたら神紗さんご姉妹が来た。

 「大変でしたね~。タオルでお拭きしまーす」

 「当店自慢のココアはいかかでしょう?」

最初に入ってきてくれたお客さんのとびきりのおもてなしをしようということで、マヤさんメグさんは意気込んでいる。同じ学校の友達だからというのもあるだろうけど、ラビットハウスで正式にバイトを始められて嬉しいらしい。こっちまで嬉しくなる。

 「何だか今日丁寧過ぎない?」

 「マヤの方こそ熱があるんじゃ・・・」

 「頭がおかしくなったみたいに言うなー!」

 「大人しくサービス受けろー」

 チマメ喫茶・・・。今後大丈夫でしょうか・・・・・。

 

 

 「あのっ、来る途中で雨が・・・」

 「フユさん!タオル持ってきます!!」

 大雨の中フユさんも来てくれた。こんな雨の中来てくれるなんて嬉しいけど、濡れさせたままで置いておくわけにはいかない。早くタオルを。

 「わっ」

 お嬢様みたいなおもてなしを受けているナツメさんエルさんを見て驚いたようだ。

 「流石ブラバの社長令嬢・・・。待遇が違う・・・・・」

 「ちがっ、これは皆が勝手に・・・」

 「引かないでー」

 ・・・・・・・・。

 

 「ブラバの社長令嬢だったんですかぁーーーーーっ!!?」

 「こっちは今知った!?」

 

 

 

 「うわわっ、雨もっと強くなったし雷も鳴ってるよー!」

 「ココアさん達は千夜さんの家に泊まるって連絡が来ました」

 こんな雨の中無理して帰るくらいならそうした方がいいだろう。身の安全を第一にしてほしいです。

 あ、でもフユさん達はどうしよう・・・。

 「車呼ぶから送ってこうか?」

 「乗ってく?」

 「え、えっと・・・」

 ・・・雨の中、無理して帰らせるくらいなら。

 「あの」

 「「「?」」」

 「明日は休日ですし、皆さん家に泊まっていきませんか?」

 「「えっ!?」」

 「「「!!?」」」

 こんな大雨の中、女の子達を無理して帰らせるわけにはいかない。

 それにフユさん達ともっと仲良くなれるいい機会かもしれないし。

 「男の子の家に泊まる・・・」

 「なんて・・・・・」

 「む、迎えが来るなら無理にとは・・・」

 「「と、泊まります!!」」

 気を利かせたつもりでしたが、よく考えるとご令嬢が男子の家に泊まるなんて問題だったでしょうか・・・。

 「ち、チノ・・・。私・・・も・・・・・?」

 「え、ええ。良かったら・・・」

 「と、泊まる・・・」

 フユさん顔が真っ赤だ。雨に降られて風邪気味なんだろうか。早いところお風呂であったまってもらいたいです。

 

 「お二人もぜひ泊って行ってください。ああ、お風呂は濡れたフユさん達が優先でいいですよね」

 「「・・・・・・・・・・・・」」

 「あの・・・」

 「良かったね、ハーレムじゃん」

 「酒池肉林の長い夜だねー」

 「何の話!?」

 

 

 「チノの部屋、案内するね」

 「あ、はい」

 「2階だったよねー」

 「エル、落ち着いて。人の家だよ」

 なんだかんだでみんな浮かれているようだ。友達の家に泊まるというのはワクワクするものなんだろう。

 「ん・・・?」

 「何でマヤとメグがチノの部屋の場所知ってるの・・・?」

 「だって私たち泊ったことあるし」

 「「えっ!!?」」

 「ほ、ほんとっ!?チノッ!?」

 「え、ええ。何度か・・・」

 「おおお男の子の家に泊って一夜を過ごすなんて・・・」

 「大人だ・・・!」

 「そうだろー?ナツメたちより色々経験してんだからなー」

 「この家で分からないことがあったら何でも聞いてね」

 「僕の家です」

 まるでマヤさんメグさんは実家のようなくつろぎっぷりだ。誰かさんを思い出します。

 でもそれが何だか嬉しかったり。

 「チノ」

 「はい、フユさん?」

 「ココ姉がいるのに他の女の子連れ込んでるの・・・?」

 「ち、ちがちがちが・・・。そんな不純なことは一切・・・・・」

 フユさんの目が、ネズミを見つけた暗闇の猫の目のようにギラギラ光っていた・・・。

 

 

 「お、お邪魔します・・・」

 「ここがチノの部屋・・・・・」

 「遠慮せずくつろいでくださいね」

 「・・・・・・・」

 「どうしましたエルさん?」

 「う、ううん!何でもない!」

 「?」

 

 

 「雑誌に書いてあったことと違う・・・。臭わないし、散乱したティッシュもない・・・」

「エル失礼でしょ!!チノさんがそんなことするわけないし!!!」

 「いや、でもチノも男の子だし・・・。可能性は・・・・・」

 「「「・・・・・・・・・」」」

 

 

 

 ジャバーッとお湯が流れる音がする。雨で冷えた体にお風呂のお湯が染み渡る。

 「「「・・・・・・・・・・」」」

 今、私たちはチノの家のお風呂に入っている。

 そう、好きな男の子の家のお風呂に。

 「こ、このお風呂に、チノさん毎日入ってるんだよね・・・」

 「え、エル!!」

 ドクンドクンと心臓が響くのが止まらない。

 チノが毎日入ってるお風呂、ということは間接的にチノと一緒に入ってる、ということになるんじゃないか。

 このお湯に浸かってるということは、裸のチノに包まれてるということと同義になるんじゃないか。

 そう考えれば考えるほど体が芯から熱くなる。雨で冷えていた体なんてどこかへ行ってしまった。

 見る限り神紗姉妹も同じことを考えているみたいだ。この二人もチノのこと好きみたいだし。

 あれ・・・?よく考えてみると・・・。

 「ね、ねえ!」

 「な、何ですか?フユさん・・・」

 「こっ、このあと・・・、チノもお風呂に入るんだよね・・・・・?」

 「「あ・・・・・」」

 この家に住んでるわけだからそりゃあ当然、チノもこのお風呂に入るわけで。

 つまりは私たちが浸かった後のお湯に、裸のチノが・・・。

 「「「~~~~~~っっっ!!!」」」

 たまらなくなり、私たちはザブンッとお風呂のお湯に潜った。

 

 

 

 「へくちっ」

 「風邪かいチノ?」

 「いえ、誰かが噂してるのかも・・・」

 みんながお風呂に入っている間、僕はお父さんと一緒に皆の夕食を作っていた。

 一人でサラッと作りたかったけど、まだまだ僕の実力では無理みたいだ。

 「チノの友達だからね」

 「え」

 「美味しい夕食で喜んでもらおう」

 お父さんとこうして一緒に何かをするなんて、あまり経験がなかった。

 何だか新鮮だけど、とても嬉しい。

 「はい」

 たまには甘えていい、時もある。

 

 「ところでチノ、不純異性交遊はダメだからね」

 「え?」

 「君の本命はココア君だろう?」

 「お父さーーーん!!!」

 こんなに大きな声を出したのは生まれて初めてかもしれない。

 

 

 

 「ご飯すっごく美味しかった!」

 「チノ君はいいお嫁さんになるねー」

 「父にも手伝ってもらったので・・・というか、僕がお嫁さん?」

 チノのご飯はとても美味しかった。これなら結婚してもお嫁さんと仲良くやっていけると思う。

 「じゃあ僕もお風呂に失礼しますね」

 (((!!)))

 私と神紗姉妹はきっと同じことを考えているんだろう。体がビクついた。

 「ゆ、ゆっくり入ってきていいからね」

 「この家の主なんだし」

 「しししっかりあったまってくださいね」

 「い、いえ、今日はシャワーで済まそうかと」

 「「「え」」」

 お風呂での読みが外れた。

 「何で・・・?」

 「何でって・・・それは・・・・・」

 チノは顔を赤くして逸らしてしまう。言わずともわかる。きっと気を遣ってくれてるんだろう。

 「お風呂には・・・トラウマがあって・・・・・」

 「トラウマ?」

 

 

 

 「これの腹話術できる?」

 「やってやって」

 「・・・・・・・・・」

 お風呂から上がってみんなくつろいでいる。

 でもまだフユさんは緊張して怯えている様子です。

 何か親睦を深める方法は・・・。

 「あの、皆さん」

 「んー?」

 「時間もありますし、映画でも見ませんか?」

 

 再生されてる映画は前にみんなで見に行った“うさぎになったバリスタ”

 僕のおすすめの映画でとても感動できる物語だからみんなに見てほしかった。

 それに、いかがわしいシーンもないし・・・。

 「お店が経営難なんて・・・なんて過酷な物語」

 「喫茶店って楽しいことばかりじゃないんだね」

 みんな夢中で見ているようだ。

 でもよく考えるとこれで親睦が深まるんだろうか。

 「このマスターさん、チノさんに似てるね」

 「えっ?」

 「うさぎがいるところもそっくりだね」

 どちらかというと僕は父を見ているように感じる。

 経営難だった喫茶店をジャズで立て直した、なんてお父さんそのものだ。

 「チノが大人になったらこうなるのかな」

 「そ、それは・・・どうでしょう」

 「チノはこんなにかっこよくならねーよー」

 「もっとふんわりした感じの男の人になりそうだよねー」

 「流石にそこまでは・・・」

 大人になった僕・・・。

 よく考えるとあと5年ほどで僕も成人だ。

 いつまでも子供じゃいられない。

 そうすると喫茶店経営も僕が主導でやらなきゃいけない時も来るだろう。

 ・・・おじいちゃんが残してくれた喫茶店。

 僕はラビットハウスをどうしていきたいんだろう。

 

 ピロロロロロロロッ

 

 そんなことを考えながら映画を見ていると、スマホが鳴った。

 どうやらココアさんからみたいだ。

 「すみません。僕ちょっと出ます」

 

 

 「ええ、みんなで映画を見ていたんです。だ、大丈夫です。いかがわしいシーンなんてありませんから」

 『ほんとー?』

 「うさぎになったバリスタを見てたんですよ。一緒に見に行ったでしょう?」

 『それなら、まあ・・・』

 ココアさんもだいぶ嫉妬深くなってきた気がする。今回は女の子たちを家に泊めた僕も問題だけど。

 『チノ君、みんなのこと楽しませようといっぱい考えてたんだね』

 「そうでしょうか」

 『そうだよ、きっとそのことはフユちゃんたちにも伝わってると思うよ』

 電話でココアさんの声を聴いて安心した。

 顔は見えなくても、一番近くで僕のことを見てくれている。

 

 「僕だって励ましたりとか、頼ったりとか、まとめたりとか、フォローしたりできます」

 今までたくさんの人たちにたくさん助けられてきたからだ。

 「ある人たちを参考に頑張りました」

 だから、今度はいよいよ自分が助ける番なんだろう。

 「それはご想像にお任せします」

 

 それが、大人になるってことなんだ。

 

 

 「チノー!遅いよー!」

 「クライマックスのシーン始まっちゃうよー」

 「ごめんなさい、間にあって良かったです」

 いそいそと部屋に戻ると映画もいよいよ大詰めだった。

 でもこの映画は何回も見てるから、ある程度のシーンは頭に入ってる。

 でも、みんなと見るとまた違った楽しみ方ができる。

 「メグちゃん!みんなで映画って楽しいね!」

 「うん!チノ君のおかげだね!」

 「え」

 「チノさん、今日は色々とありがとう。楽しかったよ」

 「まあチノにしては女の子喜ばせた方かな」

 「チノ・・・ありがとう・・・・・」

 「こちらこそです」

 あの人の言う通りだった。

 空回りかなって不安にも思ったけど、ちゃんと伝わっていた。

 それに、みんなあたたかくて優しい人ばかりだから。

 

 

 「・・・・・・・・・・」

 

 ピトッ

 

 「えっ、フユさん・・・?」

 フユさんが僕の体に密着してきた。

 「何だか寒くなっちゃって。あったまってもいい?」

 「え、ええ・・・」

 フユさんの体、温かい・・・。

 それにお風呂上がりの湿っぽい肌の感触と良い匂いが・・・。

 「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 ピタッ

 

 「マヤさん!?メグさん!?」

 「映画はこうして見るもんだからな」

 「何だか昔のことを思い出すねー」

 マヤさんメグさんの二人も僕の体にくっついてきた。

 言うまでもなく温かくて柔らかいけど、何だかフユさんとは別の種類の良い匂いが・・・。

 「ちょ!マヤ!そんなこと不純だって!」

 「・・・・・・・私も」

 「エル!?」

 

 ビトッ

 

 「!!」

 「わ、わあ・・・。チノさんの体、温かくて、意外と固い・・・」

 エルさんから興味津々な艶っぽい声が発せられる。

 そんな台詞聞かされたら、ますます体が熱くなってしまう。

 でも耐えるんだ。僕にはココアさんが・・・。

 「・・・・・・・・私も」

 「ひっ」

 

 ギュウーッ

 

 とうとうナツメさんまで引っ付いて来てしまった。

 「男の子の背中、本当に広いんだ・・・」

 艶やかな声、温かい体温、柔らかい肌、少し湿った髪、甘い甘い良い香り。

 こんな状況、もう堪らない。

 そんな本能を、僕は強引にねじ伏せていた。

 頭の中は、もう映画のラストシーンなんて吹き飛んでいた。

 

 

 

 温かい春の草原で僕は寝っ転がっていた。

 涼しい風と、それに揺られる草花が僕の肌をくすぐり気持ちがいい。

 そして何より、僕の周囲にはたくさんのウサギがいる。

 温かくてモフモフしてていい匂いで、まさに天国だった。

 夢なら覚めないでほしい・・・。

 

 うん?夢?

 

 前にもこんな夢を見た気が・・・。

 

 嫌な予感を覚えながら、まどろみの中で目を開けると。

 

 「!!!!!?????」

 僕の周囲にフユさん達が寝ていた。

 

 

 恐らく、映画を見ているうちに寝てしまい、その結果朝起きたら密着していたんだろう。

 僕の右上側にエルさん、反対の左上側にメグさん。

 僕の右下側にマヤさん、左下側にナツメさん。

 そして、僕の体の上にはフユさんが気持ちよさそうに寝ていた。

 (ああ・・・ココアさんごめんなさい・・・・・)

 真っ先に出てきたのが、恋人への謝罪。

 意図的でなくてもあってはならないことだからだ。

 (一体、どうすれば・・・)

 どうにかして抜け出さないと。そう考えようとするけど。

 「んっ・・・」「ううん・・・」

 「っ!!」

 

 サスサス スリスリ

 

 下の方にいるマヤさんとナツメさんが、寝ぼけて僕のお腹や腰回りを手や脚で撫でまわしてきた。

 (ダメだ・・・考えるな・・・・・)

 二人の肌の感触が気持ちいい、なんて絶対考えない。考えたらとんでもないことになりそうだからだ。

 「むぅぅん・・・」「むにゃ・・・」

 

 ムニュッ

 

 「ぶえっ」

 メグさんとエルさんが寝ぼけて体を動かした結果、二人の胸に僕の顔が埋まってしまった。

 二人とも着やせするタイプなのか、想像していたよりも大きく・・・。

 (素数を!素数を数えて!!)

 落ち着くときは素数を数えると良いとココアさんから教わった。

 落ち着かなければ。恋人のココアさんも裏切ることになる。

 「すぅ・・・チノ・・・・・」

 「フユさん・・・」

 僕の夢を見てくれているのか。さらに強く抱き着いてきた。

 

 スゥーーーッ

 

 「ひんっ」

 フユさんはパジャマ越しに僕の胸板に顔をうずめ、鼻や唇を沿わしてくる。

 こんなのココアさんくらいとしかやったことないのに。

 

 「誰か・・・助けて・・・・」

 地平線が薄い青に染まる明朝、僕は本能という怪物と必死に戦っていた。

 

 

 

 「フユちゃんとナツエルちゃんがそんなことに・・・!」

 「チマメ喫茶も順調でした」

 大雨でお泊り会があった翌日、とうとうココアさんが帰ってきた。

 1日空けただけなのに、もう数か月もあってない気がしてくる。

 「みんな僕の作ってくれたご飯、喜んでくれました」

 「えらい!」

 「映画作戦も大成功でした」

 「えらえらチノ君!何だか今日お喋りで嬉しい♡」

 「・・・!!」

 「一日置いただけでこんなに話すことあるんだね」

 ココアさんは少し悪戯っぽい笑みだった。

 大人っぽくて、何だかゾクゾクした。

 

 「私がいなくても問題なかったかー」

 「当然です」

 もう高校生。いつまでも子供じゃありません。

 「そうだよね!じゃあ安心してこの街を離れられるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 

 

 「チェックメイト強くなったでしょー!?さぁて明日からもがんばろー!」 

 

 

 

 

 

 

 「あの・・・フユさん達と寝たことは謝りますから・・・・・捨てないで・・・・・」

 「・・・・・どういうこと?」

 「あ」

 

 




ここのチノ君とココアちゃんは男女なので原作と離れる理由が少し変わってきます。
それも次回以降書けたらなーと思います。
あとハーレムと純愛って両立難しすぎ・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フユと悪魔たち

お久しぶりの投稿となってしまいました。
申し訳ございません。


 気が付くと目の前に大きなお屋敷がありました。

 何でだろう・・・。どうしてこんな所にいるんだっけ・・・・・?

 細かいことはいいや。私、猫だし。寒いから中で暖まりたいな。

 「あらら~、迷い猫さんですか?」

 お屋敷の中から角の生えたお姉さんが出てきた。

 もしかして・・・悪魔?

 「ぜひお入りください。屋敷の悪魔たちも歓迎してくれるでしょう」

 私、食べられちゃう?

 「大丈夫。彼女たちは少し罪深いだけですよ♪」

 

 

 「わー君、すごくモフモフしてるねー!」

 ココ姉・・・に似た悪魔?

 「私の妹猫になろう!ていうかする!もう決定!!」

すごく強欲みたい。

 「ココアったらいい加減にしなさい!モフモフ集めすぎて屋敷中毛玉だらけよ!」

 シャロさんに似てる悪魔もいた。すごく怒りっぽいみたい。

 「いずれ世界を手にする私に今のうちに平伏しておきなさい」

 千夜さんに似た悪魔は傲慢っぽい。

 「お前、ふわふわしててうまそうだな」

 リゼさんみたいな悪魔は食いしん坊。

 「ちょうど抱き枕が欲しかったんだ!こいつぴったりじゃん!」

 マヤみたいな悪魔はちょっと怠け者さん?

 「おいで~猫さん。美味しいおやつあげるよ~」

 メグ悪魔は人をダメにする悪魔みたいだ。

 

 

 さっきから知ってる人たちに似た悪魔ばかり出てくる。

 みんな好きだけど、私はゆっくり休みたいからここに来たんだ。

 私はそそくさと逃げるように階段を上がる。

 「ねこ・・・?こんな奥の部屋まで迷い込んできてしまったんですね」

 そこにも悪魔がいた。

 「色んな悪魔に翻弄されて大変だったでしょう。ここなら安全です。くつろいでいって下さいね」

 私の、大好きな人にそっくりな悪魔が。

 

 「他の部屋に行っちゃダメですよ?ずっとこの部屋にいていいんですからね」

 チノみたいな悪魔は、嫉妬深いみたい。

 

 「よしよし、あなたは温かいですね」

 「に、にゃぁ~」

 チノ悪魔は私の喉元をコチョコチョと撫でてくる。

 くすぐったさと心地よさが同時に襲ってくる。まるで脳みそを直接撫でられてるみたいな気持ちよさだった。

 「う~ん、モフモフで気持ちいいです」

 「にぃ・・・」

 チノは私をギュッと抱きしめてモフモフしてくる。

 こんなに可愛がってもらえるなら・・・ずっとここに・・・・・。

 「スンスン、それにいい匂い」

 「にゃあ?」

 チノは私の体をスンスンと嗅いでくる。

 そんなに嗅がれると、恥ずかしい。

 そう思ったら私をチノは抱き上げて。

 「スゥ~~~」

 「に、にゃあっ!!?」

 私のお腹にポスンと顔を埋めて、私の匂いで肺をいっぱいにするみたいに吸い込んでいた。

 チノの生温かい吐息がお腹に当たって変な感じになる。

 「にゃあにゃあっ!!」

 「ああ、ごめんなさい。嫌でした?」

 流石に恥ずかしさで頭がいっぱいになって、思わずチノを拒絶する。

 別に・・・嫌、というわけではなかったけど・・・・・。

 「嫌いになっちゃいやですよ?」

 「にゅう・・・」

 チノは私の頭を優しく撫でてくる。

 嫌いになんてなるはずない。

 こんなに愛しい人だもの。

 「じゃあお詫びにもうひとつ」

 「にゃ?」

 今度は私のお腹を前にするように抱き上げた。

 そして。

 「ぷうーーーーーっ」

 「にゃにゃあーーーーーっっっ!!!??」

 私の、お尻に顔を埋めて息を吹きかけてきた!

 言いようのない気持ちよさに体を貫かれる。

 「どうですか?気持ち良かったですか?」

 「にゃ・・・ぁ・・・・・・・・・・・・」

 体に、力が入らなかった。

 経験したことのない気持ちよさに、体がだらんとなる。

 「ずっとここにいてくれますか?」

 「にゃあ・・・・・」

 ああ・・・やっぱりチノは悪魔だ。

 こんな誘惑に勝てるわけがない。

 

 ・・・でも、ここにいたままでいいのかな。

 

 「そこまでです。チノさん。その猫さんは自分を思い出したようです」

 そう言って出てきたのは、門番をしていた悪魔さんだった。

 「今夜はお楽しみいただけましたか?私は『虚偽』をつかさどる悪魔です」

 何か言ってるけど、どうでもいいや。私はもっとチノと遊びたい。

 「さあ、自分自身と向き合ってください」

 「?」

 

 「今までのぜーんぶ夢ですから♪」

 「!?」

 

 

 

 カーテンから差し込む朝日と、小鳥たちのさえずりが頭に入ってきて目が覚める。爽やかな朝だ

 「・・・すごい変な夢見た」

 でも全然爽やかじゃない寝起きだった。

 変な夢を見て体中汗だくだった。

 きっと寝る前にこの本を読んだからだ。

 『Seven Rabbit sins』 7人の悪魔に一匹の猫が翻弄される話。

 どうして悪魔たちがココ姉たちだったんだろう。名前や性格が少し似てたからかな。

 それにしても・・・・・。

 『ずっとここにいてくれますか?』

 夢の中のチノの表情や感触が、頭から離れない。

 「これからどんな顔してチノに会えば・・・」

 あんなことやこんなことされる夢を見るなんて・・・恥ずかし過ぎる・・・・・。

 私ってそんなにエッチな子だったのかな・・・。

 

 とりあえず汗でビショビショになったスーツと服を変えよう・・・。

 

 

 私は髪をくしでとかしながらさっき見た夢のことを考える。

 ・・・別に、チノとあのまま遊んでいたかったとか考えていたわけじゃない。本当に。

 夢の中のチノは、少し寂しげな顔に見えた。

 現実のチノも最近物憂げな顔をする。だから重なっちゃったのかもしれない。

 どこか無理してるような。私をこの街で笑顔にしてくれたのはチノなのに。

 多分、ココ姉のことで悩んでるんだろう。力になってあげたい。

 でも、私の力でチノを元気にできるのかな・・・。

 「この本の作者さん・・・。この街に住んでるんだっけ」

 もしかしてチノ達をモデルにしてるなんてこと・・・ないよね。

 

 

 

 お久しぶりの木組みの街です。都会のホテルからようやく帰ってきました。皆さん元気にしてるでしょうか。

 気のせいか少し景色が違って見えます。私が変わったのか、住人が変わったのか。

 そうやって歩いていくとあら?こんなところに新しいお店が。

 「あなたは・・・!」

 お店の準備をしている店員さんに声をかけられました。

 「青山ブルーマウンテン先生・・・ですよね?」

 「ひっ!?」

 とてもとても怖い目つきで声をかけられてしまいました。

 

 

 

 「なんでそんな所に?」

 「この体勢が一番落ち着いて人を観察できるんです」

 まさかいきなり青山ブルーマウンテン先生に出会えるとは思わなかった。ちょっと変な人だけど。

 いや、そんなことより・・・。

 「観察・・・Seven Rabbit Sins にもモデルがいるんですか?」

 「ええ、ラビットハウスという喫茶店に集まる人たちをモデルにしています」

 「やっぱり」

 道理で出てくる悪魔たちに既視感があると思った。

 「皆さんのお友達だったんですね」

 「お友達というか・・・これからもっと知っていきたい人たちです・・・」

 もっと仲良くなって、お互いを助け合って・・・。

 「それなら今からラビットハウスに行きましょう♪さあさあ♪」

 「し、仕事、仕事が終わってから・・・」

 想像以上にアクティブな人だった。

 

 

 「グリードがココ姉・・・ココアさんでエンヴィがチノ・・・ですよね?」

 「すごい、当たりです。読み込んで下さり嬉しいです」

 「いえ、そんな・・・」

 有名な先生と話す、ということでいつも以上に緊張する。向こうは割とフランクな感じだけど。

 「登場人物たちが・・・まるで本当にいる人みたいに生き生きしてたから・・・」

 実在してるチノ達をモデルにしてるから当然、だけどそれを小説のキャラに落とし込むなんて余程の観察眼が無いとできないはずだ。

 普段からこの街の色んなものを観察し続けてるんだろう。それも楽しんで。

 「・・・フユさん、ラビットハウスの皆さんのことが大好きなんですね」

 「え、何で・・・?」

 「観察するのは得意なんです。顔に書いてありましたよ」

 「うう・・・・・」

 心を読まれた・・・。恥ずかしい・・・・・。

 やっぱり大先生だけのことはある。観察力がすごい。

 「特に、チノさんが好き、と見ました」

 「え、えっ、えぇっ!?」

 「やはりそうでしたかー」

 観察力がすごすぎてもはやテレパシーだ。

 それとも私が分かりやす過ぎるんだろうか。顔から火が出そう・・・。

 「顔に・・・書いてありました・・・・・?」

 「それもありますが、チノさんは人を好きにさせてしまう力を持っていますから」

 「・・・確かに」

 チノは人を笑顔にさせる力を持っている。そんな力を持つ人を好きにならない人の方が少ないだろう。

 ・・・・・・・ん?

 「青山さんも・・・好きなんですか・・・・・?」

 「フユさんも中々の観察眼ですねー」

 またライバルが増えた。それもこんな綺麗で経済力のある大人の人が。

 「チノさんは優しくて努力家ですからね」

 「はい・・・」

 「月並みな誉め言葉ですが、人の魅力としてそれに勝るものは無いと思っています」

 「本当に」

 やっぱりこの人はすごい小説家だ。

 チノの良い所をこんなに分かりやすく、説得力を持って伝えて来るなんて。

 何だか私まで嬉しくなってしまった。

 

 「デートの時も、とても頑張って優しくエスコートして下さりましたから」

 「そうなんで・・・えっ!?」

 

 

 

 その頃、ラビットハウスでは。

 「私が憤怒!?そんなに怒りっぽい!?」

 「私は暴食か!?確かに最近買い食いは多いけど!?」

 「傲慢なんて、私はもっと慎ましやかよ」

 「強欲って誰?」

 「「「ココア(ちゃん)しかいない」」」

 (もしかして嫉妬って・・・僕!?)

 青山の新作を巡っててんやわんやとなっていた。

 

 「相変わらずにぎやかです」

 「今日は帰った方がいいかな・・・」

 

 「いえ入りましょう!お久しぶりでーす!!」

 「「「「「青山さん!?」」」」」

 青山先生は意に介さず突撃した。

 「フユちゃんも来てくれたんだ~」

 「ダメッ、ココ姉っ。チノの中の嫉妬(エンヴィ)が目覚めるっ!」

 「何のことです!?」

 もし現実で、あんなことになったら・・・。

 「チノ・・・あんまりこっちを見ないで・・・・・」

 「嫌われた!?」

 今朝の夢のせいで・・・チノのことを直視できない・・・・・。

 

 「青山さん!この小説どういう・・・!」

 「今日は大事な使命があって来ました」

 憤怒の炎を燃やすシャロさんを静止して、青山先生が話し出した。

 大事な使命・・・?

 「ココアさんに、モカさんからお手紙です」

 「お姉ちゃんから!?」

 

 

 「ロイヤルキャッツ行ってくれたんだ!実家でパン屋さんもさらに頑張り中だって!!」

 ココ姉にお姉さんなんていたんだね。きっとココ姉みたいに優しい人なんだろうな。

 「私も卒業したら、都会でパン作りを極めるために修行するんだ!」

 「!」

 そうか・・・。

 ココ姉もあと1年足らずで卒業なんだ・・・。

 せっかく仲良くなれたのに・・・。

 

 あれ?もしかして・・・。

 「チノ、ココ姉がいなくなるから元気なかった?」

 「そんな風に見えてました!?」

 「うん・・・」

 少しの間しか関わってない私がこんなに寂しいんだから、3年間一緒にいたチノはもっと寂しいはず。

 元気がなくなるのは当たり前だ。

 「・・・ココアさんの決意は旅行の時、なんとなく分かってましたし。思ったより早い決断にビックリしただけです」

 「強がってない?」

 「強がってなんか・・・。むしろフラフラしてたのが定まって嬉しいくらいです」

 「そっ・・・か」

 そんなわけない。

 明らかに強がってる。

 

 「先の話だけど・・・別れるのは寂しいわ・・・・・」

 「大丈夫ですよ。どんなに離れていても、皆さんはここに戻ってくるはずです、ね?」

 「青山さん・・・」

 「良いこと言ってごまかしたろ!!」

 「こんな風に私たち見てたの忘れてませんから!!」

 「あくまでフィクション、虚偽なので」

 

 「翠ちゃんいた!帰ったらすぐ連絡してって言ったでしょ!!」

 先生は担当さんぽい人に連行されて行かれそうになっていた。

 「あのっ」

 その前に、伝えたいことを。

 「この本書いてくれてありがとうございますっ!出てくる悪魔たちみんな、あったかくてすき・・・だから」

 「ですって凜ちゃん♪」

 「知ってるよ」

 先生、担当さんのことが一番大好きみたい。

 

 「連行される前に、フユさん」

 「はい」

 「フユさんも中々の観察眼を持ってると思います」

 「そう・・・でしょうか」

 「その目をつかえば、やりたいこともできると思いますよ♪」

 「えっ」

 「ほらっ、先生!行きますよ!」

 「ではでは~」

 

 

 やりたいこと・・・。

 友達がしてほしいこと・・・。

 「チノ」

 「はい」

 チノがこっちを振り向いた瞬間に。

 

 私はチノをギュッと抱きしめた。

 

 「えっ」

 「「「「!!?」」」」

 みんなびっくりしてる。

 それはそうだ。

 私自身が一番自分の行動にビックリしていた。

 永遠、なんて気取った表現しかできないような長い時間が流れた、ような気がする・・・。

 「ごっ、ごめん・・・」

 「い、いえ・・・」

 私はパッとチノから手を放す。

 チノは顔が赤くなっていた。

 私も同じくらい赤いだろう。

 でも。

 「今日は笑顔・・・私より下手」

 それでもじっと、友達を観察する。

 何を思っているか。何をしてほしいか。

 「チノに辛いことがあったら、今度は私が笑わせるよ・・・!」

 何を求めてるか。誰を好きでいたいか。

 「マヤやメグや、ナツメにエルもいるよ・・・!」

 それに、私が一番したいこと。

 「だからえっと・・・スマイル」

 チノに、大好きな人に笑っていてほしい。

 

 「はい・・・」

 やっと笑ってくれた。

 まだ恥ずかしさが残ってるのか、ぎこちなくだけど。

 「ココ姉」

 「・・・・・あっ、はいっ!」

 私はココ姉の方を向いて、口角を少し上げる。

 「早く帰ってこないと、私がチノを取っちゃうよ?」

 「ぴっ!?」

 「フユさん!?」

 ココ姉を観察して、一番ビックリさせれそうな言葉を言った。

 自分からこんな言葉が出て来るなんて、私が一番ビックリしている。

 「が、がんばりましゅ・・・」

 ココ姉は委縮しきっていた。

 お互い、まだまだ自己観察が足りないね。

 

 

 

 今日はビックリする一日だった。

 僕たちが小説の中で悪魔になってたり。

 まさかフユさんがあんなことをするなんて・・・。

 フユさんの体・・・温かかったな・・・・・。

 「チノ君」

 「はっ、はいっ」

 ココアさんの声が耳元でしてビックリ仰天する。

 浮気を見透かされたようだった。いや、実際にはしてないんだけど。

 「パンの修業が終わったら、チノ君のためにおっきなサプライズ考えてるんだ」

 ココアさんがこそこそと耳打ちしてくる。

 サプライズ・・・。僕のために・・・・・。

 「ココアさんは強欲ですね」

 「そりゃそうだよ、大好きなチノ君のためだもん」

 大好きな僕のため・・・。

 体の芯から嬉しさが湧き上がってくる。

 「それに」

 と思った瞬間、吹雪のような冷気が一瞬体を襲った。

 「フユちゃんには負けられない、から」

 「ぴっ」

 本当に一瞬だったけど、物凄く冷たかった。

 目的のためには手段を選ばない。そんな冷たさだった。

 「ふふっ」

 「くすっ」

 ココアさんとフユさんが、お互いの視線を交じわせあって笑う。

 (甲斐性を持たなきゃ・・・)

 僕も将来に向けて、決断する時が来てるのかもしれません。

 

 




チノがうさぎになって悪魔屋敷に迷い込む、という話も構想しているので近いうちに書きたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ココアと魔法使い

またもや期間が空いてしまいました。申し訳ありません。お待たせしました。


 私がまだ小さかったころ、とある街で迷子になったことがあります。

 『そっかぁ、いつの間にか迷子になっちゃったんだね』

 不安でいっぱいな中、通りすがりのお姉さんに励まされました。

 『もうおうちかえれない・・・。ひとりでいきてくしかないんだ・・・・・』

 『泣かないで。そうだ、ちょっと手を出してみて』

 『?』

 そう言われて手を出してみると。

 

 パラパラ~

 

 その人の手のひらから飴玉が降ってきました。

 

 『まほうつかい⁉』

 『そう!だからココアちゃんの家族を見つけてあげる』

 

 

 

 『いろんなお店がある・・・』

 『ココアちゃんは大きくなったら何になりたい?』

 『んっと、まほうつかいか・・・お姉ちゃん・・・』

 『そうなんだ!じゃあおまじないかけてあげる!』

 魔法使いさんはそう言うと、私の手をそっと握りしめてくれました。

 『いつか魔法使いなお姉ちゃんになれますように』

 『これもまほう!?』

 『うん!マネしてもいいよ!』

 

 

 *

 

 

 ―姉・・・!

 ―ココ姉、しっかりして・・・!

 「ん、うん・・・」

 「わ、わー!」

 夢見心地でいるとペチィと頬をはたかれ目が覚めた。

 「あれ・・・フユちゃん?私、寝ちゃってた?」

 「ココ姉、白目向いてたから色々危険だと思って」

 ベンチでティッピーと日向ぼっこしてたらいつの間にか眠ってたみたい。心配かけちゃってごめんね。

 「チノ達だったらこうやって起こすかなって」

 「そうかもしれないけど」

 

 

 「初めてこの街に来た時のことが夢に出てきたんだー。迷子になった時に案内してくれたお姉さんがいて・・・」

 今までどうして忘れてたんだろ。

 「思い出したらお礼・・・言えるね!その人探そう!」

 「そっか!えっと、特徴は・・・」

 んー・・・・・、ん?

 「忘れちゃった。何話したかも」

 「私が殴った衝撃で!?ごめんね!?」

 「そんなことないよー」

 

 

 「お礼と言えばなんだけど・・・。私はこの街に来る前、ココ姉の言葉に勇気・・・貰ったよ」

 都会での最後の夜のことを話してるみたい。あの時のフユちゃん、猫さん達に囲まれてて可愛かったなー。

 「だからっ・・・ありがとっ、ココ姉」

 「フユちゃん・・・!」

 私だけの力じゃないよ。

 本当にすごいのは一歩踏み出したフユちゃんの方なんだから。

 「今日はチノと一緒じゃないんだね」

 「お散歩してたらはぐれちゃって」

 「え?さっき見たけど・・・?」

 「え?」

 「知らない年下っぽい子と一緒に」

 「!?」

 

 

 「この街で見ない顔だね。観光に来た子かな?」

 「うん、だから話しかけにくくて」

 チノ君はその子とジェラートを一緒に食べていた。

 このお店、私が美味しいって紹介した所だ。

 その時は興味なさそうだったのに。

 「・・・・・・・・・・・」

 きっと本当は気に留めてくれてて、それで今日観光に来た子に紹介したんだね。

 それは分かってる。分かってるはずなんだけど。

 

 どうしても胸の中がチクリとする。

 

 「あんな丁寧な案内、私以外にもしてるんだ・・・」

 「ふっ、フユちゃんもジェラシーじゃなくてジェラート食べよう!?」

 

 

 「私・・・おつかい頼まれてるからここまでで・・・・・」

 「それは大変!あとは任せて!」

 「どうなったか報告してね」

 「えっ、うん!」

 「・・・・・ココ姉もあんまりジェラシーし過ぎないでね」

 「!! うっ、うんっ!」

 フユちゃんが去った後も、私はチノ君の様子を見ていた。

 チノ君はジェラートを食べながら、その子に笑みを向ける。

 まるでお兄さんみたいに。

 私が見ないところでちゃんと成長してるんだね。

 

 

 私以外に、あんな笑顔を向けるんだ・・・。

 

 

 「コーコアさん♡」

 「こんにちはっ」

 「ひゃうっ!」

 黒い感情に支配されそうになってたら、突然ナエちゃん姉妹が頬ずりしてきた。

 

 

 「ナツメちゃんエルちゃん!二人とも散歩中?」

 「うん!」

 「あのっ、あの不気味かわいいうさぎ興味あるんだけど・・・勇気無くて近づけなくて・・・・・。ココアさんと一緒なら平気かなって」

 「えへへっ」

 そっか、まだ木組みの街に来て間もないから色々挑戦してるんだね。

 そんなこと頼まれたらお姉ちゃんとして放っとけないよ!

 「お安い御用!ついでに街の探検ツアーしちゃう?」

 「「する!」」

 「ちなみに私のツアーは元の場所に帰ってこれる保証は・・・ない!」

 「「スリリング!!」」

 

 

 

 その後はナエちゃん達と一緒に色んな所を見て回った。

 ウサギの中身がリゼちゃんだったり、ゴンドラに乗ってたらメグちゃんマヤちゃんと出会ったり、凜ちゃんさんから逃げてる青山さんと出会ったり。

 この街には素敵な場所がたくさんある。

 だからガンガンドコドコ、この街の良い所をたくさん見てもらいたい。

 でも楽しい時間ももう終わり。そろそろ夕暮れ。

 「そろそろ今日は帰るね」

 「ありがとうココアさん」

 「うんっ!また探検しようね」

 「あと・・・」

 「あんまりジェラシーしないでね」

 「えっ」

 そう言ってナエちゃん達が去って行った後。

 「随分楽しそうな道案内でしたね」

 「チノ君!?」

 物陰からチノ君がひょっこりと出てきた。

 

 「相も変わらず人たらしなんですから」

 「年下と楽しそうだったのはお互い様だもん。チノ君には言われたくないな~」

 「・・・・・・・ごめんなさい」

 「っ。なーんてねっ、冗談冗談!」

 ホントはジェラシーして、少し意地悪してみたけど。

 そんな顔されたら嫉妬できないよ。

 

 

 「やっぱり観光に来て迷ってたのを助けてたんだ」

 「うまく案内できてたらいいんですけど・・・」

 「きっと気に入ってまたいつか来てくれるよ!」

 不安な子に笑顔と勇気を与えれるなんて、流石私の弟だね!

 「チノ君は私の知らない間にどんどん成長していく・・・・・」

 「そっ、そんなことないです。安心させるのに一杯一杯でしたし」

 そうかな。

 あの子、とっても楽しんでるように見えたけど。

 「それに、僕は誰かさんの真似をしてるだけです」

 「だから誰の?」

 「本気で分からないんですか?」

 「ヒントは?」

 チノ君は少し恥ずかしそうにして、こっちを向き直した。

 

 「魔法使いです」

 

 「!」

 その瞬間、胸の中がざわっとした。

 こんな感情になるの、告白された時以来・・・。

 「ココアさん・・・?」

 「・・・・・あっ、あーっ!なんか似てる!」

 「誰に!?」

 自分の気持ちを隠すように、わざとらしく大きな声を出した。

 「私が昔この街に来た話したことあるでしょ?その時一緒にいてわくわくするきっかけをくれたお姉さん!」

 そのお姉さんに似てたのは本当。

 「だからありがとう!」

 「僕に言ってどうするんですか?」

 「なんとなく?」

 でもそれだけじゃない。他の感情も私は覚えていた。

 「今日は手をつないで帰ろ♪はぐれないように!」

 「子供じゃないのに」

 チノ君の意外と大きな手を握る。

 前握った時より、温かくて大きく思えた。

 

 今日はなんとなく、チノ君の顔がキラキラして見えた。

 

 

 

 それは私がまだ小さかったころ、この木組みの街に来た時の話です。

 かわいいアトラクションの列車が道路を走っていて、興味があって近づいてみました。

 興味津々で覗いていると、その中にいた小さな女の子と目が合いました。

 その後すぐお母さんに呼ばれて私は行っちゃったけど、まだその女の子のことは覚えています。

 目がとってもキラキラしてたから。

 

 またいつか、会えないかな。

 

 

 「んっ」

 夢見心地で目を覚ますと、眠っているチノ君の顔が目の前にあった。

 どんどん大人になってるって言っても、まだまだ寝顔は可愛いね。

 「んぅ・・・・・」

 そんな寝顔を見てると、また昼間みたいに胸がざわっとした。

 なんなんだろう、この感じ・・・・・。

 気を取り直して寝ようとするけど、その後はあまりうまく眠れなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

チノ君とお弁当

フユちゃんの可愛さに最近気づいてきました。


 「チノ君たちも外でお弁当―?」

 「ココアさん達もですか」

 学校のお昼の時間、今日はみんなお弁当。僕も例によってフユさんと一緒にお昼を取ろうとしていましたが・・・。

 「でも今日はベンチが空いてなくて戻ろうかと」

 「わたしシート持ってるから一緒に食べない?」

 「さんせ~♪」

 「ココ姉が言うんだ」

 

 そんな経緯があって外でお弁当タイムとなった。まるでピクニックに来たような雰囲気になってしまいました。

 「千夜さんの和食弁当、すごく綺麗・・・」

 「手作り褒めてもらえてうれしい」

 確かに千夜さんのお弁当は彩りも栄養バランスも良さそうで美味しそうだ。これを毎朝自分で作ってるというのだからすごい。

 「チノとココ姉は中身一緒なんだね」

 「え、ええ。一応一緒に住んでるので」

 「毎朝二人で作るなんて・・・なかよし」

 「なかよしだって~、チノ君~」

 「作ったのは、父です」

 

 「フユちゃんは小さいベーグル1個?」

 「お腹が満たせればいいから」

 「食に執着がない!」

 「都会にいた時からこうだったらしくて」

 食事内容やお腹の容量は人それぞれだけど、流石に心配になる量だ。

 「でも・・・みんなの見てるとちょっといいかも。私も・・・こんな風に作れるかな」

 「出来るよ!楽しいよ!」

 「だからこれ作ったの“父”!」

 

 *

 

 「はいフユちゃん。あーん」

 「えっ」

 千夜さんが自分のお弁当を差し出してきてくれた。

 「せっかくだし私のお弁当、ちょっと味見してみてくれない?」

 優しい言い方だけど、きっと気を遣ってくれたんだ。

 「じ、じゃあ。あーん」

 

 ぱむっ

 

 「! おいしい・・・!」

 優しい味付けだけど、しっかりとした味わい。いくらでも食べれちゃいそう。

 「よかった。もっと遠慮せず食べて♪」

 千夜さんは朗らかに笑ってる。喜んでくれたみたい。

 ・・・私でも、誰かを喜ばせることができたんだ。

 「フユちゃん!私のも、あ~ん」

 今度はココ姉がおかずを差し出してきた。

 でも、隣のチノが一瞬嫉妬の目を光らせたのを、私は見逃さなかった。

 「・・・そういうの、チノとやった方がいいんじゃ?」

 「えっ?あっ、いやっ、そんなこと・・・っ」

 明らかにチノは動揺してる。やっぱり私とココ姉に嫉妬してるんだ。

 「大丈夫だよ。かわいい妹のためだもん」

 ココ姉はいつもこう。

 周りの人みんなに、自然に優しさを振り撒いちゃう。

 そしてみんなを喜ばせて、暗い気持なんか消し飛ばしてしまう。

 本当にしょうがないココ姉だよ。

 

 「それに、チノ君には家でよくやってあげてるから」

 「ここっ、ココアさん!!」

 「ちちちちちちちち、チノ君!?」

 「ほ、ホント!?」

 「え、えっと・・・」

 

 「・・・・・・・・」

 それを聞いて、負けられない気持ちになった。

 「私、同じおかずならチノにあーんしてもらいたい」

 「「「えっ」」」

 「良いよね?ココ姉?」

 「えーっと・・・・・」

 「チノはどう?」

 「・・・・・・」

 やっぱり悩んでる。言わない方が良かったかもしれない。

 でも自分が何をしたいか、友達が何を求めてるか、よく観察して吟味した。後悔はない。

 「・・・僕は、ココアさんの恋人です」

 「そう・・・だよね」

 やっぱり、チノの意志は固い。とってもココ姉のことが好きなんだ。

 そんな一途なところも、私が好きになった所だ

 ・・・でもどうしよう。楽しいピクニックの雰囲気が何だか重く・・・・・。

 やっぱり、私じゃ・・・。

 「手作りお弁当の交換はどう?」

 「「えっ?」」

 そう提案してきたのは千夜さんだった。

 「友達同士なんだし、恋人じゃなくてもお弁当の交換くらいいいんじゃない?」

 いつも通り優しい笑顔。

 きっと助け舟を出してくれたんだ。

 「それならおかずは被らないし、何より二人の親睦も深まると思うわ♪」

 「それいいね!そうしよう!」

 ココ姉も同調する。誰一人重い気持ちになってほしくないんだね。

 「・・・どう?チノ?」

 「・・・フユさんが良ければ、是非」

 「わかった。楽しみにしてて」

 「フユさんも、ですよ」

 「でもまずは、自分たちのお弁当食べないとね」

 「はい千夜ちゃん。あーん♪」

 「あーん♪」

 「ココアさん、早くしないと昼休み終わりますよ」

 「チノ、ジェラシーしてる?」

 「い、いや、別に・・・?」

 失敗しても大丈夫だった。

 みんなが助け合って、フォローし合ってくれる。

 だからこの街のみんな、いつも笑い合っているんだね。

 

 

 

 チノ達が朗らかな昼食を楽しんでいる最中。

 「香風君、今日も美少女たちに囲まれてお弁当食べてるね」

 「ちくしょーっ!何で俺の所には美少女の先輩が来ないんだーっ!」

 「そんな思考してるからじゃない?」

 他の男子たちには羨望と嫉妬の眼差しで見られていた。

 

 

 *

 

 

 そんなこんなでフユさんと手作りお弁当交換をすることになった。親睦も深まるだろうしとても良いことだ。だけど・・・。

 (食べ物の好みとか聞いとけばよかった。でもそれだとサプライズ感がないし・・・)

 どんなお弁当にしようか。それが悩みの種だった。

もちろん相手のことを思って作るけど、独りよがりになってフユさんの嫌いな食べ物を押し付けたら意味がない。

 それに、自分の料理にどうも自信が・・・。

 

 

 「お弁当のレシピ相談?」

 「仕事が終わったらお願いできますか?」

 悩みに悩んだ末、頼りになる姉たちに頼ることにした。一人じゃできないのが情けないけど。

 「チノは十分料理上手だろ?」

 「そうだよ、不安になることないのに」

 「フユさんが作ってくれる決心をしたので、僕もそれに応えるものを作りたいんです」

 「うんうん。そっか」

 「それに、父のお弁当に比べたら確実に劣ってしまうので」

 「「その気持ちは分かる」」

 

 

 「友達にお弁当作ってもらうの、楽しそうだな」

 「じゃあココアのは私が作ろうか?」

 「ホント!?それならリゼちゃんのお弁当は私が!」

 「明日はもう先約があるんだ」

 「えー、なんかずるいー!」

 二人がキャピキャピと談笑してる。

 ・・・僕と話す時より、なんだか楽しそうに見える。

 「チノ君、ジェラシーしてる?」

 「えっ」

 「チノ、私に嫉妬しても意味ないだろ」

 「す、すみません・・・」

 外にオーラが漏れ出ていたみたいだ。嫌な気分にさせてしまった。

 フユさんも、毎回こんな気持ちなんだろうか・・・。

 「こ、ココアさん。良ければ僕がココアさんのお弁当を」

 「いーらないっ」

 「えっ」

 「浮気性のチノ君のお弁当なんていりませーんっ」

 ココアさんはベェッと舌を出して、リビングを去って行ってしまった。

 「チノ、あんなこと言ってるけど・・・」

 「分かってますよ」

 きっとフユさんのお弁当に集中できるよう気を使ってくれたんだ。

 それに僕もココアさんが他の男子にお弁当を作っていたら、あれ以上になるかもしれない。

 僕は、彼氏としても人としても未熟だ。

 「元気出せ。まずはフユのお弁当に集中しよう」

 リゼさんがポンと背中を叩いてくれた。

 「・・・はい。とびきり美味しいの作らなきゃですね」

 「その意気だ」

 今は、助けてくれる人がいる。

 でも、いずれ自分だけで。

 

 

 *

 

 

 『チノと、お弁当交換してみたい・・・!』

 と言って材料を買いに来たのはいいけど。

 (お弁当って何入れればいいの・・・!?)

 今まで人のために作ることなんて一度もなかった。興味すら湧かなかった。

 だからどんなおかずを入れればいいのか・・・。

 カップ麺・・・?ダメに決まってる・・・・・。

 「あら?フユちゃんも買い物?」

 振り返ってみるとシャロさんがいた。

 「たっ、助けて・・・!このままじゃチノのご飯、白米だけになる・・・・・!」

 

 

 

 「私にも相談してくれれば良かったのに」

 「自分がダメなの。気づくの遅くて」

 「千夜の発案なのにね」

 色々あって甘兎庵でお弁当の開発をすることになった。千夜さんもシャロさんも一緒だ。

 ・・・そういえばまだお礼を言ってなかった。

 「千夜さん・・・。ありがとう」

 「ん?」

 「あの時のこと。お弁当の交換ってアイディア出してくれて」

 あのままじゃ、確実に私のせいで空気が死んでた。

 あの後、楽しくお弁当を食べれたのは千夜さんのおかげだ。

 「んーん、お弁当の交換をしたいって実際に行動したのはフユちゃんよ。私は少し手助けしただけ」

 「でも・・・」

 「それにね・・・」

 「え?」

 「・・・いいえ、何でもないわ」

 千夜さんは一瞬憂いたような目をした。

 それがどうも気になる。

 「さあさ!まずはお弁当作りに集中しましょう!」

 シャロさんが手を叩いて雰囲気を切り替えてくれた。

 また誰かに助けられちゃった。

 「それでチノ君のためにどんなお弁当にしたい?」

 「えっと・・・、開けたらビックリして・・・。あと美味しいって言って・・・もらいたい!」

 「色々考えちゃうの分かるわ!」

 今は助けられてばかりだ。

 でも、いつかは私が・・・。

 

 「ビックリなら激辛ロシアンルーレット弁当なら二人で楽しめるわよ♪」

 「あんたは黙ってなさい」

 

 

 「でき・・・た」

 「でっ、出来たわねっ」

 「初めてなら上出来よ!」

 二人は励ましてくれるけど。

 これは明らかに・・・・・。

 「異形・・・。どう見てもうさぎじゃない・・・・・」

 こんなの、とてもチノに見せれないよ・・・・・。

 「練習あるのみよ!今日はうちに泊まって朝みんなで作りましょう!」

 「至れり尽くせり・・・」

 「味はいけるかもしれないわ!」

 

 ぱくっ

 

 「・・・うん!とってもDanger!」

 「いつもは得意なスマイルが崩れてるわ」

 味も最悪だったみたいだ。

 こんなのでチノを喜ばせることなんてできないよ・・・。

 

 「フユちゃん。お料理を上手に作るコツって何か知ってる?」

 「・・・わかんない。何?」

 「自分も楽しく作ること」

 「え・・・?」

 「そうよ。チノ君のことを考えるのも大切だけど、まずは自分が楽しくなくちゃ」

 「でも・・・」

 それで・・・いいのかな・・・・・。

 「料理には気持ちがこもるんだから。晴れやかな気持ちで作らないとね」

 そう言いながらお弁当を作るシャロさんは、とても楽しそうだった。

 

 「シャロちゃんのはお野菜たくさんいれてあげる」

 「・・・お肉もね」

 「リゼちゃんのも栄養バランス考えたレシピにしないとダメよ?」

 「分かってるわよ!」

 言い争っているけど、本気じゃない。

 「友達のこと考えながら作るのっていいね。二人とも、楽しそう」

 「フユちゃんもね」

 「一緒に頑張りましょう」

 何だか、楽しさに気づく余裕が出来てきた。

 「で、激辛スパイスはワサビ派?タバスコ派?」

 「私のお弁当にロシアンルーレット仕込むなー!」

 「楽しい・・・ね」

 

 

 *

 

 

 「リゼ、今日はお弁当~?」

 「シャロのお手製を朝待ち合わせで貰ったんだ。やらんぞ?」

 「勝手に食べるわけないじゃ~ん」

 今日のランチはシャロの手作りお弁当だ。

 そう言えばチノとココアもお昼の時間だな。

 チノ、上手くいっただろうか・・・。

 ココア、喜んでくれてるだろうか・・・。

 「隙あり♪」

 「私のミートボール!」

 「見せつける方が悪いんだ・・・って辛~っ!?」

 「『一つだけ千夜の爆弾が混入したんで気を付けてください』だって」

 「ケホケホッ、ひどいな~」

 「天罰だ」

 「・・・ココアちゃんとチノ君なら大丈夫だよ~」

 「なっ、なんでそのことを!?」

 「カマかけただけ~。というか最近のリゼの悩みなんて大体それだし~」

 「かなわんな・・・」

 大切な友達のことだ。否が応でも気になってしまう。

 「誰だって、いつまでも子供じゃないんだからさ~」

 「・・・そうだな」

 最近、みんなどんどん大きくなってる気がする。

 いつまでも年下の後輩、ってわけじゃないな。

 

 「は~い隙だらけ~。もう1個いただき~」

 「あっ、コラッ」

 「ってまた辛~!!!」

 「1個だけじゃなかったみたいだな」

 

 

 *

 

 

 「チノ君とフユちゃんは手作りお弁当の時間かぁ」

 「うまくいってるといいわね」

 待ちに待ったお昼休み。昨日の特訓の成果がでてるといいんだけど。

 「千夜ちゃん、ありがとね。フユちゃんのこと」

 「ううん、大切な友達だもの」

 「それに・・・チノ君のことも」

 「え?」

 「あの時千夜ちゃんがお弁当の提案してくれたおかげで、チノ君も悩みすぎずにすんだから」

 「そんなこと・・・」

 チノ君だって大切な友達だし。

 それに良いことばかりじゃないと思う。

 「ココアちゃん、ごめんなさい」

 「え、何で謝るの?」

 「チノ君はココアちゃんの恋人なのに。だからもう少し別の方法があったと思うの」

 敵に塩を送る、とはちょっと違うかもだけど。

 ココアちゃんには大好きな人と幸せになってもらいたいのに。

 

 「千夜ちゃん・・・」

 「うん・・・」

 「ココアチョープッ」

 「った?」

 ココアちゃんが軽くチョップしてきた。

 「そんな簡単に謝っちゃダメ。千夜ちゃん何も悪いことしてないでしょ?」

 ココアちゃんは少しムッとした顔。でも本気で怒ってるわけじゃない。

 「それに、私フユちゃんのことも大好きだから。あんなに楽しそうにしてくれて嬉しかったよ」

 「ココアちゃん・・・」

 「だから、今日のお弁当はみんな千夜ちゃんのおかげ!」

 そう言ってココアちゃんは懐からお弁当を出した。

 「そのお弁当・・・」

 「えへへっ、サプラーイズ!ココアお手製のお弁当だよ!チノ君見てたら作りたくなっちゃって」

 今日はお弁当作ってこなくていいって言ってたのは、このため・・・。

 「んー、ぐすっ」

 「泣くほど!?」

 「ありがとねっ・・・、ココアちゃんっ・・・」

 ずっと不安だった。

 何かを間違えたら友達の輪が崩れちゃうんじゃないかって。

 でも間違いじゃなかった。

 ココアちゃんが正しいって言ってくれた。

 「千夜ちゃん泣き止んで!まずはお弁当に集中しよう!」

 「ぐすっ、そうね」

 涙を拭いてココアちゃんお弁当に向き合う。

 友達の輪って本当に素敵。

 

 「そして私のはリゼちゃんお手製料理が入ってます♪」

 「あら、友達の輪はお弁当の輪でもあるみたいね」

 「へ?」

 

 

 *

 

 

 「フユさんのお弁当開けますね」

 「緊張する・・・」

 「楽しみです」

 では。

 

 パカッ

 

 こ、これは・・・。

 「ち、チノ。やっぱり・・・」

 「うさぎのキャラ弁ですね!かわいいです!」

 「・・・・・」

 「ち、違いました!?」

 「当ててくれて・・・嬉しい・・・!作って良かった・・・!」

 (食べる前から既に!?)

 フユさんの瞳に涙が潤んでいた。

 

 *

 

 「手作りする素敵さ・・・、みんなが教えてくれた」

 「良かったです」

 誰かのために作るって、楽しい。

 「今度は僕の開けてみてください」

 「うん、じゃあ・・・」

 

 パカッ

 

 「!?」

 中に入っていたのは、エキセントリックな絵柄の・・・何?

 「キャラ弁被りですね。自信作の猫です」

 「猫!!」

 「どうかしました?」

 「私、不安になりすぎてた。チノは・・・すごい!」

 「? 喜んでいただけて何よりです」

 チノのセンスも独特みたいだ。

 

 *

 

 (一先ずはオーケー。次はここから・・・)

 「フユさん・・・?」

 「チノ・・・」

 「は、はい?」

 

 ひょい

 

 「あ、あーん・・・」

 「!?」

 フユさんはお弁当のおかずを差し出してきた。

 「いやっ、あのっ、僕には・・・」

 「大丈夫。ココ姉には了承済み」

 「えっ」

 「だから、一度だけでも」

 フユさんがおかずを差し出してくる。

 広場にいる生徒もチラチラと見てくる。

 もう逃げ場がない。

 「あーん」

 覚悟を決めないと。

 「じ、じゃあ・・・」

 意を決して口を開ける。

 中におかずが入れられる。

 不思議な味だった。

 「お、美味しいです・・・」

 「良かった」

 ただお弁当を食べただけなのに、ものすごい疲労感が・・・。

 「じゃあ次・・・」

 「えっ」

 「あーん」

 「!?」

 お次はフユさんが口を開けてきた。

 (もう覚悟を決めよう・・・)

 その日は、色々と初めてのお弁当交換となった。

 

 

 *

 

 

 「というわけで、今日のお弁当交換は順調でした」

 「良かったー!みんな喜んでくれたみたいで!」

 知らぬ間にみんなでお弁当交換してたみたい。これでより友情が深まったね!

 「というわけで。はい、ココアさん」

 「これは?」

 「僕からのお礼のデザートです」

 チノ君がキッチンで作ってくれたのは、簡単だけど美味しそうなデザート。

 「僕のお弁当、いらないかもですけど」

 「あれは軽いジョークで・・・」

 「知ってますよ」

 「もうっ、チノ君最近意地悪になってきたよ」

 「あはは、ごめんなさい」

 「もうっ、くすっ」

 そうやってお互い笑い合う。

 (浮気性は私の方かも)

 「? どうかしました?」

 「何でもないよっ。それよりさ、あーん」

 「・・・もう、しょうがないですね」

 チノ君がデザートをスプーンで掬い、私の口へ運ぶ。

 とろりとした甘味が、口いっぱいに広がる。

 「美味しい」

 「よかった」

 「ほら、チノ君も。あーん」

 「あ、あーん」

 ごめんねフユちゃん。私、フユちゃんのことも好きだけど。

 やっぱりチノ君が世界で一番好きみたい。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オトナチノ君
オトナチノ君とオトナココア


番外編です。某作者さんのココアさんいいですよね。


 『この前遊びに行った時の写真をお見せしまーす!』

 『こんなに写真撮ってたのか』

 『すごく綺麗!』

 『撮るの上手ね!』

 『さすが私の弟!』

 『お前が撮ったんじゃないのかよ!』

 『えへへ、あれ』

 『どうかしましたか?』

 『この素敵なお姉さんは誰かな?』

 『ココアでしょ』

 『本気で分からなかったのか』

 『これが私!?ME!?』

 『自分で驚きすぎだろ!』

 『確かに大人びて見えるわね』

 『奇跡の一瞬です』

 『今度一枚貰っていいかしら』

 『チノ、才能あるよ』

 『ちょっとみんなまで!?もうっ。私10年経ったらナイスバディの美人バリスタになる予定なんだからね!?』

 『10年もうちで働く気ですか?』

 『あっ、えっと・・・えへへ』

 『・・・ふふっ』

 

 

 

 「あっ、その写真。昔みんなでキャンプに行った時のやつ?」

 僕が昔のココアさんの写真を眺めていると、後ろから当の本人がしゃべりかけてきた。

 「懐かしいね」

 「えぇ・・・」

 5年ほど前だろうか。時が過ぎ去るのは早い。あれから色んな事が変わっていった。

 「ホントによく撮れてるね。チノ君、写真家としてもやっていけたんじゃないかな」

 「僕にはラビットハウスがありますから」

 5年も経ったということは齢を重ねたということ。すると自然に身長や体の色んな部分が大きくなる。ココアさんも5年前に言っていたことを有言実行したようだ。

 「それにこの写真、僕だけの力じゃない撮れないですよ」

 「?」

 「ココアさんが昔からすごく綺麗だったからです」

 「・・・ふふふ、ありがとう」

 齢を重ねれば気持ちのありようも変わっていく。昔は恥ずかしくて言えなかったことも臆面なく言えるようになった。まあ、これは何年も一緒にいた積み重ねがあってのことだろうけど。

 「チノ君だってカッコよくなったよ。昔はどちらかと言えば妹みたいに可愛かったのに」

 「妹じゃないです」

 時を重ねて僕も背が伸びた。昔は女の子より背が低くて悩んだこともあったけど、今じゃココアさんやリゼさんを見下ろすくらいには高くなっている。

 「おかげでモフモフしにくくなったのは、少し残念かな?」

 「大学生になっても変わりませんね」

 でも心の根っこの部分は変わっていない。ココアさんは昔からうさぎみたいな小さくてモフモフしたものが好きだったけど、それは大人になった今でも変わらないみたいだ。勝手な感情だけど少し安心する。

 「でも今じゃ逆ですね」

 「え?」

 「今じゃ僕の方がココアさんをモフモフしやすくなったということです」

 そう言って僕はココアさんをふんわりと抱きしめた。ココアさんの暖かい体温とトクントクンとした脈拍が少しだけど伝わってくる。

 「んっ・・・もうっ。チノ君っ」

 「あっ、ごめんなさい。嫌でしたよね」

 そう言って僕はココアさんから離れた。でも肝心のココアさんはまるでおあずけを喰らった子犬みたいな顔をしていた。

 「ねえ、チノ君・・・」

 「はい、なんですか?」

 僕は微笑みながらココアさんに問い返した。それを見てココアさんは不満そうに頬を少し膨らませていた。

 「チノ君、大人になって少しいじわるになったよ」

 「そうですか? でも昔さんざんされてた仕返しですよ」

 「むー」

 「で、どうしてほしいですか?」

 「んー・・・」

 「早くしないと、お仕事もありますから」

 「・・・・・もっと、モフモフしてください・・・・・」

 「はい、喜んで」

 僕は先ほどと同じようにココアさんをふんわり優しく抱きしめ、モフモフし始めた。ココアさんの頭がちょうど僕の胸の中心に来るくらいの身長差なのでモフモフしやすい。

 「ココアさんってホントにモフモフなんですね」

 「なんか昔と真逆みたい・・・」

 「それだけ時間が経ちましたから。今じゃココアさんが僕をしょっちゅうモフモフしてた理由がわかります」

 「チノ君のいじわる・・・」

 ココアさんはほどよくあったかい。それにふんわり柔らかくていい香りもする。お日様の光をたくさん浴びたお布団みたいだ。

 「昔はあんなに大きく見えたのに、今じゃうさぎみたいに小さく見えます」

 「チノ君が背高くなりすぎなんだよ。昔は弟みたいに小さかったのに」

 「じゃあ今はココアさんが妹ですね」

 「いじわるチノ君きらい」

 「妹よ。です」

 「かつてないドヤ顔!」

 こういうやり取りも久しぶりだ。ココアさんが都会に行ってから果てしない時間が経ったような気がする。でも変わらない部分も多いみたいだ。

 

 「チノ君、ちょっとかがんで」

 「はい?」

 「今度は私にモフモフさせてよ」

 そう言ってココアさんはかがんだ僕を優しく抱きしめてきた。

 「あー!やっぱり変わらないなー!これが一番だよー。モフモフー」

 「・・・もう僕もだいぶ大人ですけど、そんなにモフモフしてますか?」

 「安心して。チノ君はいつだってモフモフだよ♪」

 「ちょっと複雑な気持ちです・・・」

 結局、僕はモフモフされる側に回ってしまった。どんなに大人になってもやっぱり変わらない。

 いや、変わっているところが一つある。

 

 モッフンッ

 

 どことは言わないけどココアさんはとても大きくなった。それは柔らかくて大きいだけじゃなくて、ずっと包み込まれたくなるような抱擁感も備わっている。男の僕じゃあ、とても敵わない武器だった。

 「ていっ」

 「あ痛たっ」

 ココアさんが軽くデコピンしてきた。

 「チノ君、今変なこと考えてたでしょ?」

 「・・・いえ、そんなことは・・・・・」

 「隠してもダメだよ。お姉ちゃんには分かるんだからね」

 大人になったせいか一緒にいた時間が長かったせいか分からないけど、ココアさんにそういう心の内が読まれるようになった。気まずい・・・。

 「今はお客さんも来るだろうし・・・。ね?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」

 ココアさんがいたずらっぽい表情で耳打ちしてくる。少し頬を赤く染めていた。

 大人になってもやっぱりココアさんには敵わないみたいだ。

 

 

 「明後日にはもう帰っちゃうんですよね・・・」

 「うん。そろそろ学校始まるから」

 「実家の方には帰らなくていいんですか?」

 「家の方にはもう先に帰っておいたよ」

 ココアさんは今、都会の大学に通っている。自分なりにパン作りを極めたい、他にもいろんな広い世界を見たいという本人の要望だ。自分で考えて自分の足で動けるなんて、ココアさんはやっぱりすごい人だと思う。

 「実家に帰ってラビットハウスにも来てって、なかなか大変じゃあないですか?」

 「全然平気だよ。ラビットハウスは、私のもう一つの実家だから」

 「・・・ありがとうございます」

 ここを未だに帰る場所だと思ってくれている。とても嬉しい。

 できることならもっと長くいてほしいな・・・。

 「チノ君」

 「何ですか?」

 「大丈夫だよ。これからも私、ラビットハウスは帰る場所だってずっと思うだろうから」

 ココアさんが僕の顔を見上げて微笑みかける。その笑顔を見ているだけで不安なんて吹き飛んでしまう。

 世界一、安心できる笑顔だ。

 「お姉ちゃんに任せなさい♪」

 「やっぱり昔と変わってないですね」

 ココアさんは変わってない。人を暖かな気持ちにさせるところは。でも昔と違って今は本当にお姉さんみたいな雰囲気を纏っている。

 

 「私、一生チノ君のお姉ちゃんでいるから。だから心配しないで。ね?」

 「うちの養子にでもなるつもりですか?」

 ・・・・・・・・・・・・・・。

 姉弟じゃあなくて。

 違う未来を想像してしまう。

 勝手だけどココアさんも同じだったらいいと思ってしまうな。

 「・・・私たち”まだ”姉弟だけど」

 「えっ・・・?」

 「もう少し時間が経てば、違う関係になるかもね」

 そう言ったココアさんは微笑んでいた。でも耳を見てみると真っ赤だった。

 「だからさ」

 「待ってください」

 「ん?」

 「そこから先は、未来で僕が言いますから」

 「・・・ふふっ、期待して待ってるから」

 「はい、早いうちに言いに行きます」

 近いうちの将来、お互いとずっと一緒にいられる関係になれたら。

 いいや、なるためにきっと迎えに行く。そう僕は決めた。

 

 「あっ、お客さんが来たみたいだよ」

 「コーヒー淹れる準備しないとですね」

 

 カランカラン

 

 「「いらっしゃいませ」」

 ここは喫茶店ラビットハウス。綺麗な店員と美味しいコーヒーが楽しめる隠れた名店です。

 

 

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 夢から覚めたボクは汗だくになっていた。多分顔も真赤だろう。

 (なんて夢を・・・)

 夢とはいえココアさんを好きにしすぎです。僕自身もあんなに美化されていて・・・。ナルシストの気があったのでしょうか・・・。

 「・・・・・・」

 夢のとおりいつかココアさんはラビットハウスを離れて都会に行ってしまう。ずっとここにいるわけじゃないから、分かっていたことだ。分かっていたことだけど。

 (少し寂しいな)

 みんないつか大人になる。そうしたらそれぞれの道に巣立っていきます。夢で見た通りボク自身もそうでしょう。寂しけどしょうがありません。

 「でも・・・・・・」

 夢みたいに。夢で見た通りに、ココアさんがラビットハウスに帰ってきたくれたら。

 とっても素敵なんだろうな。

 「チノくーん。起きてー。チノくんが寝坊なんて珍しいねー」

 ドアの外からココアさんの呼び声が響いてきます。いつも通りの、変わらない声です。

 「今行きまーす」

 ボクはベッドから起きて、ココアさんの元へ向かう。

 

 今日の夢が正夢になりますようにと願いながら。

 

 




オトナシリーズも並行して描いていけたら、と思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オトナチノ君とオトナリゼ

 「ふぅー」

 今日もラビットハウスでバイト中だ。昔からやってることなのでとっくに日常の一部になっている。そんな私は商品の在庫運びをしてるんだけど。

 (さすがにこれ、一人で運ぶのは無理があったか)

 ちょっとだけど荷物が重い。女だてらに力には自信がある方だけど流石に限界というものはある。

 「荷車はどこだったかな」

 面倒だけど荷車を探そうと倉庫に向かおうとしたその時。

 「これ、運べばいいんですね」

 いつも聞いている声が私の耳に届いた。

 「よいしょっと」

 そいつはいとも簡単に私が運べなかった荷物を持ちあげた。

 「珍しいですね。リゼさんが運べない荷物があるなんて」

 「お前、私を何だと思ってるんだ」

 ちょっとふてくされたような表情をわざと作る。これくらいの軽口は叩き合える仲だ。昔からの付き合いだからな。

 本当に長い付き合いだけど、そいつは変わった。

 「チノ、いつの間にかたくましくなったな」

 「ええ、リゼさんに鍛えられましたから」

 昔は女の私より小さくて、力も弱かったのに。

 そいつはいつからか私でも持てない荷物を持てるようになった。

 「あっ、ごめんなさい。やっぱり重いかも・・・」

 「さっきの威勢はどうした!?」

 前言撤回する必要があるな。

 

 

 「チノ、また背伸びたんじゃないのか」

 「そうですか?」

 「そうだよ。いつの間にか追い越されたな」

 リゼさんもこのラビットハウスで長く働いてくれている。だからかいつの間にか僕が背を追い越していたことに気付かなかった。

 「昔はリゼさん、とても背が高くて大きい人に見えたんですけどね」

 「おいやめろ。頭の上に手を置くな」

 僕はリゼさんの頭の上に手を置いて撫でまわす。口では嫌がってるけど、全力で抵抗しようとはしていない。

 「今じゃまるで妹みたいです」

 「・・・ココアみたいなこと言ってるな」

 ココアさんとも長い付き合いだったから伝染っちゃったのかもしれない。ココアさんが高校生の時は同居もしてたし。

 「チノとココア、いつも一緒にいたもんな」

 「もしかして拗ねてます?」

 「拗ねてない」

 そうは言うけど明らかに拗ねている。昔はクールで厳格な人と思ってたけど、付き合いが長くなるにつれ、意外とそうでもないことに気付いた。

 「でもラビットハウスにはリゼさんが一番最初に来てましたから」

 「・・・・・・・・」

 「初めて一緒にお仕事する仲間でしたから、とても印象的でしたよ」

 「そんなこと言われて喜ぶと・・・」

 「顔に出ています」

 「うぅ・・・」

 リゼさんは本当は感情豊かでよく顔に出る。マヤさんやモカさんに褒められたときなんかも顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

 「良かったらまた今度お家にお邪魔させていただきます。また執事になってお手伝いさせてもらいますから」

 「べ、別に、そんなことしてもらわなくても・・・」

 「いいんですか?」

 「頼む・・・」

 あと意外と寂しがり屋だ。僕とココアさんが同居してるのを少し羨ましがってたと聞いたことがある。

 「良かったらここに住んでもいいんですよ。リゼさんの家より少し小さいですけど」

 「ココアじゃあるまいし・・・。それにいきなりだと迷惑だろ」

 「でも僕としてもリゼさんのナポリタンがいつでも食べられるのは嬉しいので」

 「うぅ~・・・! 私をたぶらかすな!」

 「待ってください!銃は向けないでください!」

 こういうやり取りは変わらないな。

 

 

 「先生になるための勉強はどうですか?」

 「ああ、色々と覚えることが多くて大変だよ」

 リゼさんは学校の先生になりたくて大学で勉強中だ。学校の先生なんて大変だろうに、自分でその道を選べて歩けるなんてすごいと思う。

 「リゼさんは意外と優しい先生になりそうですね」

 「そ、そうか・・・? いや、待て、“意外”とって何だ?」

 リゼさんは昔から教官染みたところがあった。僕もリゼさんがバイトに入ってきたとき、リゼさんの方が後輩なのにいろいろと教えられた。教え方は結構スパルタだったけど、ところどころに優しさが見え隠れしていてそんなに苦ではなかった。

 「優しい先生に・・・なれるかな・・・・・」

 「リゼさん・・・?」

 「・・・実はちょっと不安なんだ。先生って道を選んだことが」

 教師という仕事は色んなことを幅広く行わなきゃいけないから大変らしい。授業のための資料集めや部活の指導なんかもしなきゃいけないので休みも少ないとか。なにより生徒という子供の生活の一部を預かるので色んな責任も重大ということだ。

 「ニュースとか見てると色んな学校の事件とかが流れてくるからさ、それを見るたびに不安になるんだ」

 「・・・・・・・・・・・」

 「私のせいで生徒がとんでもないことになったらどうしようとか、職場の同じ教師とうまくやっていけるかとか、悪い事ばかり考えてしまうんだ」

 「・・・・・・・・・・・」

 夢に向かうって楽しい事ばかりじゃない。

 どんな夢のある仕事にも辛いことは必ずある。

 「ああ、すまん。辛気臭くなったな。さあ、仕事に戻ろう」

 「大丈夫です」

 「え?」

 「リゼさんは普段からみんなのことよく見てましたから、絶対いい先生になれますよ」

 「・・・そうかな?」

 「昔リゼさんが作ったノート、僕たちのまかない料理からお客さんの好みまで細かくまとめてありました。ずっと昔から、みんなを引っ張る努力を欠かしてなかったですから」

 昔からリゼさんはみんなを先頭でずっと引っ張り続けてくれていた。ココアさんに自転車の乗り方を教えたり、千夜さんと一緒にマラソンの練習に付き合ったり、シャロさんにはずっと憧れの先輩として先を走り続けた。僕も歌や球技大会の練習に付きっきりで付き合ってもらったことがある。そんなリゼさんなら絶対大丈夫だって確信があった。

 「それに辛くなったら、僕やみんなの所に戻ってくればいいです」

 でもそんなリゼさんにも辛い時はある。だからそういう時には今度は僕たちが手助けしてあげればいいと思う。

 「先生だからって、何でも一人でしなくていいと思いますよ」

 「チノ・・・」

 「甘え方を教えるのも先生の役目だと思いますし」

 「・・・・・」

 「リゼさんはずっと年長者でしたから、しっかりしすぎてたんですよね。たまには僕たちを頼ってくれても・・・って、ええっ!?」

 「ありがとう・・・っ。ありがとう・・・・・っ」

 リゼさんが泣いてました。急にだったのでビックリしてしまいました。

 そうですよね。リゼさんにだって泣きたい時はあるだろう。

 「今、お客さんいないですから」

 「うっ・・・。ぐしゅっ・・・」

 「ちょっとくらいなら大丈夫ですよ」

 「うぅっ・・・うぇぇぇぇぇん」

 リゼさんは僕の胸に体を預けて泣いていた。胸を貸す、というけれど貸し方がこれで合っているかが少し不安だった。

 僕はリゼさんより大きくなった。だから今度はリゼさんの好きにさせてあげたい。そう思いながら僕はリゼさんの体をそっと抱き寄せた。

 

 

 「す、すまない・・・。見苦しいところを見せた・・・」

 「大丈夫です」

 泣き終わったリゼさんは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。普段通り凛と振舞おうとしているけど目がぐるぐる回っている。

 「珍しいリゼさんが見れたので、少し得した気分ですし」

 「・・・お前、意地が悪くなったな・・・・・」

 なぜか大人になってからよくこういうことを言われる気がする。でもそれだけ心に余裕ができたということかもしれない。みんなと一緒に長い年月を過ごした経験によるものだろうか。

 「お返しだ」

 「?」

 

 ポンッ

 

 そう言ってリゼさんは僕の額に何かを押してきた。早速自分の額を鏡で確認する。

 「これって」

 僕の額には眼帯をしたうさぎマークのスタンプが押されていた。よく見知った、かわいいご褒美だ。

 「懐かしいご褒美ですね」

 「流石に今の年じゃあ子供っぽ過ぎるか?」

 「はい♪ そうですね♪」

 「お前の可愛いもの好きも相変わらずだな」

 そのスタンプを見て僕は思わず笑みが溢れていた。可愛いものが好きと言うのもあるけれど、昔みたいにリゼさんにご褒美をもらえたことが何よりうれしかったから。

 「僕も押してあげます」

 「いや、私は・・・」

 「僕の方もお返しです。それに先生にだってご褒美はいるでしょう?」

 「うぅ・・・・・」

 「人を喜ばせた数だけ貰えるんでしたよね?」

 僕も同じく、リゼさんの額にハンコを押した。

 

 

 「そろそろバイトの上がる時間ですね」

 「今日はバータイムのシフトは入っていなかったな」

 ラビットハウスは夜はバータイムになる。僕も父さんを継ぐバーテンダー見習いとしてよく練習させてもらっている。リゼさんも女性バーテンダーのバーメイドとしてたまにバイトに来ている。

 「チノ、この後良かったらさ」

 「はい?」

 「ちょっといい感じのバーを見つけたから、そこで飲まないか?」

 リゼさんからお酒のお誘いを受けた。僕ももう飲める年なので問題はないけれど。

 「ラビットハウスのバーじゃダメですか?」

 ラビットハウスのバーは特集が組まれるほど評判がいい。それにどうせすぐそばにあるんだからそこでもいいような気がした。けれど。

 「いや、別にそれでもいいんだが・・・」

 「?」

 「身内がいたら、話しにくいこともあるだろう・・・?」

 「・・・・・・・・・・・・」

 リゼさんはやっぱり大人だ。

 子供のままじゃこんな誘い方はできない。

 「分かりました。じゃあこの後で」

 店の跡取りとしてはいけないんだろうけど、僕は喫茶店の就業時間を今か今かと楽しみに待っていた。

 

 

 

 「・・・・・・・またなんて夢を」

 朝起きたらこの間みたいに汗まみれだった。当然、顔も火が出ているようにカッカしている。

 この間のココアさんみたいにリゼさんを好きにしすぎです。あとボクはあんなにキザじゃありません。

 でも、夢の中のリゼさん、すごく綺麗だったな・・・。

 それに、先生を目指すなんて大変なのは間違いないでしょう。

 「長く働いてくれるといいな」

 夢の中でのリゼさんはそんな大変な勉強をしながらも、ラビットハウスに来てくれていた。とっても嬉しかった。

 また、正夢になるといいな。

 

 

 「なあ、ココア・・・。今日のチノ、なんだか態度が違くないか・・・?」

 「えっ、そうかな?」

 「なんというか、しきりに私を甘えさせたがると言うか・・・。年長者のような振る舞いをするんだ・・・」

 「そうなの・・・?」

 「おいやめろ。そんな目で見てくるな・・・」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。