ただ走りたいだけ (リョウ77)
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プロローグ

ウマ娘を初めてはや数か月、なんか唐突に頭の中にストーリーが湧きあがったので、衝動に身を任せて執筆しました。
まぁ、最近鬱がちょっとひどくなってきて、「二人の魔王」シリーズのモチベーションがちょっと下がり気味になってきたので、気分転換も兼ねて執筆・投稿しました。
だいたいのストーリーは組み上がってますが、細かい部分は全然煮詰まってなくて見切り発車もいいところなので、もしかしたら途中でグダるかもしれませんが、できるだけ温かく応援してくださると幸いです。


気付いた時には、自分の頭には獣の耳が、臀部には尻尾が生えていた。

まさか、と思った。

だが、紛れもない現実だった。

鏡を見れば、否応にも認めざるを得ない。

まさか、まさか、()が・・・

 

 

 

「どうしてこうなったーーー!!??」

 

 

 

『ウマ娘』の世界にTS転生していたなんて!?

 

 

* * *

 

 

自分が『ウマ娘』の世界に転生したのだとはっきり自覚したのは物心がつき始めた頃のこと。

なんてことはない。ふと鏡で自分の顔を見た時だった。

なぜかふつふつと沸き上がってきた違和感。どうしてだろうと思考を巡らせた瞬間、まるで濁流のように押し寄せてきたのは“鞍馬彰吾(くらましょうご)”として生きていた前世の記憶だった。

その時は思わず頭を抱えてゴロゴロと床を転がって母さんを心配させてしまったものだが、少しずつ冷静になっていけば自分の今の状況をある程度飲み込むことができた。

今の俺・・・いや、私の名前は『クラマハヤテ』。どうして前世の名字がつけられているのかはわからないが、運命というか因果的な何かだと考えておこう。

毛色は、自分で言うのもなんだがわりと綺麗な栗毛だ。ただ、少し癖毛なせいでブラシをかけても毛が跳ねてしまう。アホ毛も跳ねてしまっているのが少し気になるけど、見ようによっては意外とアリだったからそのままにしている。

顔だちも、子供ながらに中性的で見ようによっては男の子に見えなくもない。

現在は、母さんと関東の片田舎で暮らしている。とはいえ、けっこう山の中で都市からはかなり離れている。

県内に浦和レース場という地方のレース場もあるにはあるが、家から行くには山を越えて市を何度もまたいだ先にあるから移動がかなりめんどくさい。

一応、将来的には地方のトレセン学園にも寮はあるから実家からの距離は関係なくなるが、それまでは近くの森の中を走るしかない。

それと、前世の記憶のことなんだが・・・思い出せることがほとんどない。

わかることと言えば、名前と高校生だったことくらい。なぜ死んだのかとか人間関係とかどこに住んでいたのかとか、そういうのはまったく思い出せない。

まぁ、それが普通なのかもしれないが。そもそも、世間一般的に見れば前世の名前を思い出して自我が復活すること自体まずないわけで。

とりあえず、この事実は誰にも話さないでおこう。

特に父さんと母さんには。

まさか自分の親に「実は、私の中身は男なんです☆」とか言えるわけがない。正気を疑われるか、卒倒するかのどっちかだ。

幸い、性別が変わって何か不便なことがあったりとか、そういうのは今のところはなかった。

というか、森の中を走っていたらどうでもよくなった。

ウマ娘としての性なのか、あるいは私だからなのか、走ることが好きだったようで、日が落ちるまで走り回ることも珍しくなかった。

友達と言えるような子はいない。というか山の中に住んでいるせいで人と関わることが少ない。

そのおかげで、コミュ障というわけではないが、1人の方がいろいろと気が楽だった。

そんな私は、母さんが聞かせてくれるお話が好きだった。

詳しいことは知らないけど母さんは中央で走ってたらしくて、レースの話をまるで物語のように聞かせてくれた。

前世を含めれば精神年齢は大人に近いけれど、母さんの話はまるで英雄譚のようで、いつも瞳を輝かせながら話を聞いていたと思う。

だから、私もそんなレースの舞台で走りたいと思うようになったのは当然の流れだったのかもしれない。

 

「わたしも、母さんみたいなウマ娘になれるかな?」

 

そう尋ねると、母さんは決まってこう答えてくれた。

 

「えぇ、そうね。あなたならなれるかもしれないわね」

 

正直なところを言えば、私の足は特別速いわけじゃない。もしかしたら、この母さんの返答はお世辞も混ざっているのかもしれない。

それでも、そう答えてくれるのが嬉しかった。

だから、私はひたすら森の中を走り続けた。母さんのようなウマ娘になるために、少しでもその姿に追いつくために。

それに、やっぱり私は走ることが好きだった。

走っている瞬間が、まだ短い今世で生きている中で最も充実しているように感じるから。

もしかしたら、こうして森の中で1人で走ったところで意味はないのかもしれない。

それでも、私が走りたいから走る。ただそれだけ。

こうして、ただ走ってばかりの日々が過ぎていくのは思っていたよりも早く、あっという間に私もトレセン学園に通う歳になった。

 

 

* * *

 

 

「じゃじゃーん!どーよ!」

「わー!すごい似合ってる!」

 

先日届いた制服を身に纏って、その場でクルクルと周りながら母さんに見せびらかす。

地方とはいえ、けっこう可愛いデザインをしている。

母さんも小さく拍手しながら私の制服姿を褒めてくれる。

ふふん、もっと褒め称えるが良い。

 

「それにしても、もう学園に通う歳になったのねー。なんだか感慨深いわ」

「だねー。本当に時間が過ぎるのはあっという間だね」

「なに大人ぶったこと言ってるのよ」

 

いや、衣食住と走っている記憶くらいしかないせいで、思い返すことが少なすぎてマジであっという間というか、内容が薄い日々を過ごしてきたと思い知らされたんだよ。

いや、せめて浦和レース場に遊びに行けばよかったとは思うけどね?好きなだけ走ろうと思ったらここの方が条件はいいのよ。走るだけならタダだし。1人だし。

念を押しておくけど、私は別にコミュ障ではない。1人の方が気楽なだけだ。

だから、そのせいでボッチになったとしても、それで私がコミュ障とかコミュ難ということには決してならない。

はず。

きっと。

たぶん。

 

「それでどうする?学園まで車出そうか?」

「ん~、別にいいかな。車を出してもらうほどじゃないし」

 

ウマ娘にとって、数十㎞くらいなら十分徒歩圏内だ。徒歩と言うか、さすがにちょっと走るけど。

それに、

 

「今日は、走っていきたい気分だから」

「今日は、じゃなくていつものことでしょ」

 

若干呆れ気味に母さんが突っ込んでくる。ふむ、バレてしまったか。

というか、移動に車を使ったことなんて、数えるほどあるかどうかも怪しいかもしれない。少なくとも、前世の記憶が戻ってからは乗った記憶がない。基本的に森の中走ってたし。

 

「あー、でも寮に持ってく荷物抱えて走るのはめんどくさいかも」

「それだったら大丈夫よ。そう言うと思って、昨日業者さんに送ってもらったわ。学園も受け付けてくれたしね」

「本当!?ありがとう!母さん大好き!」

 

私のことを考えてくれて、私にとって都合よく行動してくれる母さんが大好き!

 

「あなた、母親のことを都合がいいとか思ったでしょ」

 

なぜバレたし。

 

「まったく・・・べつにいいのだけどね。あなたが楽しそうに走ってくれるなら、それで」

 

・・・本当に、私のことを第一に考えてくれる母さんが大好きだ。

私の夢のために、どこまでも献身してくれて、少しだけ申し訳なくなる。

だから、そんな母さんに親孝行するために、絶対に私の夢を叶えてみせる。

 

「それじゃあ、行ってきます、母さん!」

「はい、行ってらっしゃい。頑張るのよ」

 

そう言って、私は家を飛び出して走り出していった。

 

 

 

これは、私“クラマハヤテ”が好きなように走る、そんな物語だ。



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初めての学校に初めての教室って緊張しない?

「う~ん!そこそこ走ったかな~」

 

数十㎞の道のりを走り抜けて、浦和トレーニングセンター学園、通称・浦和トレセン学園にたどり着いた。

それにして、この体だと数十㎞走ってもまったく疲れないなー。身体能力半端ない。

さすが、ウマ娘って感じかなー。

ていうか、なんで人間だった“俺”がウマ娘に転生してるのか、まったくわからない。普通、ウマが転生したらウマ娘になるんじゃないのかな?

まぁ、その辺りの問答は二日くらいで諦めたけど。考えたところでしょうがないし。

前世は前世、今世は今世、設定は知らん。

たくさん走れる体に生まれたわけだし、その特権を思う存分堪能しよう。

 

「それにしても・・・地方とはいえ、やっぱり人は多いなー」

 

地方と中央では数・質に大きな差があるけど、さすがは腐っても関東。多分他の地方学園と比べても多そうな気はする。

でもまぁ、さすがに設備は比べ物にならないか。

ちょっと調べてみたけど、本当に最低限揃ってるだけっぽいし。ウィニングライブの練習とか、自分でダンス教室探さないといけないのかな。

というか、そもそも私はここで勝てるのかな。

物心ついた時から走りまくってたけど、比較対象がないから自分が速いのか遅いのかよくわからん。

まぁ、それを確かめるという意味でもここに入学して損はない。

 

「さて、とー。遅刻は、してないよね?うん、大丈夫」

 

走っているうちに時間を忘れちゃうせいで、ちょっと時間感覚が狂うことがあるけど、今回は問題なかったみたい。

でも、朝とか走りたいし、タイマーとかそのうち買っておこうかな?

ひとまず、自分の教室を確認して校舎の中に入る。

周囲を見渡してみると、私みたいにソワソワしている娘もいれば堂々としてる娘もいる。

やっぱり、中にはアマチュア大会に出てる娘もいるのかなー。

・・・あれ?そう考えると私、なんで山の中ばかりで走ってたんだろ?

こんなことなら、1回くらいはレースに出ればよかったかなー。

でも、誰かにコーチングしてもらったこともないし、出たところで難しかったのかなー。

いろいろと思うところは出てきたけど、今さら過去を悔やんでも仕方ない。

ここからは心を入れ替えて、前向きに頑張っていこう。

 

 

* * *

 

 

教室の中に入ると、すでに席の半分くらいが埋まっていて、自分の席に座っている娘もいれば他の娘と喋っている娘もいた。ジュニアからの知り合いだったりするのかな?

あ、やばい、なんかすごくアウェーな感じがしてきた。

もしかして、さっそくボッチになっちゃう?友達がいないまま学園生活を始めることになっちゃう?

もういいや、授業が始まるまで寝よう。教室で何もすることがないときは寝るに限る。

べつに、友達がいないからって拗ねるほどお子様じゃないし。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

さっそく机でうつぶせになっていると、前の方から声をかけられた。

見上げて見ると、真っ白な長髪が綺麗な女の子が立っていた。額には、灰色の髪が一房垂れている。

この娘は女神ですか?それとも天使ですか?めっちゃ可愛い。

 

「んぅ?なに?」

「見かけない娘だなあって思って。あっ、私はイッカク。あなたは?」

 

イッカクって、北極に生息してる絶滅危惧種の海洋哺乳類のことかな?あ、でもそう考えると灰色の毛が角みたいに見えなくもない。

 

「私はクラマハヤテ。まぁ、ずっと山の中で暮らしてたから、知らないのは当然だよー。ていうか、なんで私に声をかけたの?見かけないってだけなら、他にもいるんじゃない?」

「う~ん、なんだか速そうだったから、かな?」

「そう?いっつも山の中で1人で走ってばかりだったから、自分が速いか遅いかなんてわからないんだよね~」

「山の中、って・・・レース場に行ったりしなかったの?」

「だって遠いし、1人で走る方が気楽で好きだったから・・・それに、山って言っても木がたくさんあることを除けばレース場とあまり変わらないよ?」

「そんなことはないと思うけどなぁ・・・」

 

まぁ、芝ともダートとも違うからね、森の土って。それに、傾斜とかはレース場のそれと比較にならない。

だから、コースでの走り方ってのをここで覚えていかないといけないんだよね、私は。

今さら感がすっごいけど、そういうのはもう気にしないって決めたからね。

 

「話は変わるけど、私のことを見かけないって言ったら、イッカクだって珍しいよね?そんな綺麗な白毛なんて」

「あはは、そうだね」

 

ウマ娘界において、白毛のウマ娘は少ない。

あまり活躍していないとかそういうのだけじゃなくて、絶対数そのものが少ない。

だから、レースでも白毛のウマ娘を見かける機会なんてほとんどない。

でも、最近だと中央でも白毛のウマ娘が活躍してるって記事が出てたっけ。

山中暮らしとはいえ、テレビと新聞はあるから、そういう記事とかニュースはチェックしてるんだよね。

おかげで、ボッチなりにも情報は持ってる。

地元の情報?そんなの知らん。少なすぎるし。あまり興味ないし。

 

「みなさーん、席についてくださーい」

 

そんなことを話していたら、ガラガラとドアを開けて先生が入ってきた。

 

「さて、さっそくですが出席を取ります。イッカクさん」

「はい」

 

それからは、特に何かあるわけでもなく出席をとって軽くだけど授業が始まった。

とは言っても、本当に基礎的というか、ウマ娘なら割と常識として知られているようなことだけだけど。

浦和レース場は全国に15カ所ある地方(ローカル)シリーズが開催されるレース場の1つで、浦和トレセン学園はそこに出走するウマ娘、いわゆる“競争ウマ娘”を目指すことになる。

ちなみに、ひと昔前までは地方から中央(トゥインクル)シリーズに出るなんて考えはほとんどなかったんだけど、あの“芦毛の怪物”と言われた地方出身のオグリキャップの影響でURAの規則が見直されて、クラシック登録っていう中央のレースの中でも特別なクラシック三冠レースに出るための登録ができなくても、審査が通れば出走できるようになった。おかげで地方のウマ娘でも中央に移籍して活躍しやすい環境が整えられてる。

まぁ、活躍しやすいって言っても、やっぱり中央と地方の間にある大きな差が縮まるわけじゃないけど、改革前と比べると地方の原石探しは活発になっていて、地方出身のウマ娘が中央で活躍したって話がたまに出てくるようになった。

あと、クラシック登録って時期が決められていて、その時に自信が無くて登録しなかったけど実は遅咲きだったってウマ娘とかも出れるようになったかな。

ちなみに、私たち地方組にとってオグリキャップは憧れのようなもので、地方で活躍したウマ娘が中央でも活躍するんだ!って息巻いて中央に移籍して玉砕したウマ娘の話も珍しくないんだけど、それでも以前と比べて実績を残したウマ娘は少しだけど増加傾向にあるみたい。

まぁ、さすがにオグリキャップと同じレベルはいないけど。オグリキャップほどのウマ娘が地方から出るなんて50年に一度あるかないかって言われてるからね。そんなポンポン出てたまるかって話だよ。

それでも、地方のウマ娘に夢と希望を与えたオグリキャップは私にとっても憧れだし、中央に行きたいって思える動力源みたいなものだ。一応、イナリワンっていうオグリキャップと同じく地方出身で活躍したウマ娘もいるけど、多分オグリキャップに憧れているウマ娘の方が多いと思う。イナリワンには申し訳ないけど。

とまぁ、“隙あらばオタク語り”を見せつけてしまいながらも、授業自体はすぐに終わって解散になった。

今日は入学初日だから、午後は特に授業はない。

だから、さっさと昼ご飯を食べて走りに行こう。

この辺りの土地勘はあまりないから、早いうちに覚えておかないとね。

 

 

* * *

 

 

トレセン学園には食堂が併設されていて、他はあまり知らないけど基本的に全品食べ放題になっている。

競争ウマ娘は体が資本だから、当然と言えば当然かもしれないけど。

そんな私も、いっぱい走るだけあって食べ盛りだから山盛り食べる。

他のウマ娘の倍は食べてるけど、むしろこれくらい食べないと体がもたないんだよね。

 

「隣、お邪魔するね・・・って、すごい食べてるね」

 

もりもり食べてると、隣にイッカクが座ってきた。

私からすると、イッカクとか他のみんなが少なくない?って感じるんだけどね。

 

「これくらいは普通だよ。ていうか、私からすれば他のみんなが少なく見えるんだけど」

「だって、あまり食べ過ぎると体重が・・・」

 

あ~、食べ過ぎで体重が重くなっちゃうとスピードが落ちたりスタミナの消費が激しくなっちゃうからね。消化・吸収できる範囲にしないとすぐに溜まっちゃうのか。

でも、中央には私の数倍は食べる大食い王がいるって話もあるし、私もまだまだなのかもしれない。

 

「それで、ハヤテちゃんはこの後どうするの?」

「走りに行くよ。この辺りの土地勘を覚えておきたいし」

「それって、自主練ってこと?」

「ん~、練習って言うより、趣味?走りたいから走るって感じ」

 

そりゃあ、私も人並みには活躍したい欲求はあるけど、どちらかと言えばたくさん走れたらそれでいいって感じ。

だから、本格的なトレーニングとか一度もしたことがない。ずっと走ってばかりだったから。

 

「ハヤテちゃんって、走ることが好きなんだね?」

「そうだねー。山中だとそれくらいしかやることなかったってのもあるけど、私自身走るのが好きなんだろうねー。子供の時の記憶とか、ほとんど食べて走って寝てって感じだし」

「そうなんだ」

 

私が話している間、イッカクはずっとニコニコしながら耳を傾けている。

そんなに聞いてて面白いかな?

すると、イッカクがパンと手を叩いて提案してきた。

 

「そうだ。私も一緒に走っていい?」

「? いいけど・・・私は勝手に走るだけだよ?」

「大丈夫だよ。私は後ろからついて行くだけだから」

「そう?」

 

なら別にいいかな。

とにかく、さっさとご飯を食べて寮に行って準備しないと。

 

「あ、そうそう。私とハヤテちゃん、同室なんだって」

「そうだったんだ」

 

だから話しかけてきたわけね。

その後も、とりとめのないことを話しながら昼ご飯を食べ終えて寮室に向かった。

 

 

* * *

 

 

「いや~、まさかすでに用意されていたなんて・・・」

 

昼ご飯を食べ終え、寮室に戻って荷物を確認していたら、その中に買った覚えがないスポーツウォッチが入っていた。

いや~、母さんの理解力がありがたいを通り越して怖くなってきたね。どこまで先を見通しているんだろう。

しかも、これって時間だけじゃなくて、体温とか心拍数みたいなバイタル値とか走った距離まで出してくれるけっこう高そうなやつじゃん。

どこからこんなものを買うお金が出て来てるんだろう。父さんからの仕送りかな?

たしか、詳しくは聞いてないけど、父さんって中央で働いてるって話だったから、給料はけっこういいのかも。

そのせいで、父さんにはほぼ会ったことがないんだけど、それでも愛されて育てられてるんだなぁ、って思う。

しかも、甘やかしにならないギリギリの範囲で、私にとって必要な物を揃えてくれるんだから、私の両親は間違いなく人格者だね。

 

「いいお母さんとお父さんなんだね」

「本当にね」

 

後ろから着替え終わったイッカクが覗き込んできた。

それにしても、制服越しだと分かりづらかったけど・・・イッカク、意外と胸があるな?

私?私はまぁ・・・貧乳と普通の中間くらい?大きくはないね。でかいと走るのに邪魔だから、むしろありがたいまであるけど。

 

「それで、私のペースで走っちゃっていいんだよね?」

「うん、それでいいよ」

 

言ってしまえば、ものすごくゆるーい併せみたいな感じかな?

まぁ、まだ入学して初日だし、なんだったら授業ですらないから深く考える必要もないか。

 

「じゃあ、ひとまず時間は1時間で、ペースは40くらいでいいかな」

「うん・・・え?」

「それじゃあ、行くよ」

 

そう言って、私は走り始めた。

後ろから「あっ、ちょっと待って!」ってイッカクが呼んでたけど、私のペースでいいって言ってたからそのまま走っていった。




今作執筆を気にいろいろと調べて初めて知ったんですが、トウカイテイオーとかアニメの話ってオグリキャップが引退した直後の話だったのか・・・にわかが盛大に出てしまいましたわ。
これは、大幅な設定変更が必要と言うか、最悪物語自体が頓挫する可能性すら出てきやがった・・・。
とりあえず、時系列を大幅に進めておかねば・・・というか、ウマ娘の世界だとその辺りの時系列って緩いから、逆に自分もあまり考える必要がないのか・・・?とりあえず、出走させるレースとメンバーを重点的に考えた方がよさそう。

ちなみに、調べている内に思ったんですけど、ウマ娘の世界で牡馬と牝馬の違いってあるんですかね?
ゲームで見る限り、元が牡馬でも南関東牝馬三冠のレースは問題なく出れるから、元馬の性別の違いはあまり関係なさそう。
でも、それはそれでレース規格とか変わるだろうから気になる。


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あれ?もしかして私、実は遅い・・・?

「はぁ、はぁ・・・うぅ・・・」

「えっと、はい、どうぞ」

 

あれからきっかり1時間。

40㎞ちょっと走ったあたりでいったん近場の公園に立ち寄ったんだけど、そこでイッカクがぶっ倒れたからその介抱をすることになった。

自販機からスポーツドリンクを買って渡すと、イッカクは弱々しく腕を伸ばしてスポーツドリンクを手に取り、よろよろと起き上がってペットボトルを口に付けた。

500mlのやつを買ったんだけど、あっという間に空になった。

 

「・・・おかわり」

 

さらにおかわりを要求するのか。

まぁ、熱中症にかかるわけにもいかないし、言われたとおりにもう一本買ってイッカクに渡した。

2本目を飲み干したところで復活したっぽいイッカクは、なんか変な目を私に向けてきた。

 

「・・・おかしい」

「ん?」

「ぜったいに、おかしい。なんで、あのペースで走って平然としてるの・・・?」

「私からすれば、こんなもんだよ?」

 

1時間で40㎞くらいだから、単純計算で時速40㎞のペースだけど、ウマ娘の身体能力なら本気を出せば60㎞くらいは普通に出る。

それと比べれば、軽くはなくてもちょうどいいくらいなんだけどな?

そう言うと、イッカクの私を見る目がこの世のものじゃないような眼差しに変わった

 

「・・・普通、ジョギングって長くても10㎞を1時間弱でやるものだよ?」

「そうなの?」

「ていうか、今までどんな走り方してたの・・・?」

「えーと、日が出ている間はご飯食べる時以外は走ってたかな」

「倒れたりしなかったの・・・?」

「べつに?あ、夜はぐっすり寝てたね」

「筋肉痛とかは・・・」

「なかったよ?」

「化け物・・・」

 

おいおい、ずいぶんな言い草だね。

あの頃の私は走ることしか頭になかったから、自然とこれくらいのペースが身に着いた。

まぁ、前世の知識的にはたしかに非常識だけど、ウマ娘ならこんなもんじゃないの?

 

「それで、イッカクはどうする?私はもう2時間くらい走ってようかと思うけど」

「・・・先に帰ってる」

「わかった。それじゃあ、夕食の時にまた」

 

まだイッカクくらいしか気軽に喋れる娘はいないからね。友達は大事にしないと。

とりあえず、次はご飯が美味しそうなところも探しながら走ってみようかな。

 

 

* * *

 

 

「ありえないでしょ・・・」

 

ハヤテちゃんが走り去っていく後姿を、私、イッカクは呆然と見送った。

あれ、下手したらさっきよりもペースが上がってるんじゃないかな・・・。

私は、あくまで地元での話だけど、ちょっと名前が知られているウマ娘だったりする。

白馬ってだけでも珍しいし、ジュニア大会でも1着とか2着を取り続けてるから、有名になるのは当然と言えば当然かもしれない。

そんな私がハヤテちゃんに声をかけたのは、あの時説明した通りで、それ以上でもそれ以下でもない。

顔も名前も知らないけど、ただなんとなく、速そうな気がした。本当に、ただそれだけ。

だから、こうして一緒に走って確かめてみようと思ったんだけど・・・結果はこれだ。

時速40㎞のペースで1時間走って、汗ひとつかいていない。

しかも、それでもハヤテちゃんは余裕を残していた。

明らかに異常。

それこそ、本当に中央を目指せるくらいに。

ただ・・・わからない。

どうしてあれ程のウマ娘が地方にいるのか。

そして、今の今まで名前が知れ渡っていないのか。

いや、その理由はわかっている。

あの娘の母親が地方の山中で暮らしていて、そこからほとんど出ることがなかったからだ。

本当に、走ることが好きだったから。ただそれだけのこと。

でも、本当にそれだけのことなのか?

もちろん、ハヤテちゃんが不正まがいのことをしているって疑っているわけじゃないけど、他にも何か秘密があるんじゃないかって勘ぐっちゃうのは変なのかな?

幸い、私はあの娘と同室だから、探れる機会はいっぱいある。

だから、いっぱい仲良くしようね、ハヤテちゃん?

 

 

* * *

 

 

あの後、2時間で100㎞近く走って寮に戻った。

いやー、さすがに100kmは疲れたね。我ながらちょっと走り過ぎちゃった。

その辺は消費したカロリー分たくさん食べれるからお得ってことにしよう。そうすれば、いつもよりたくさん食べても消費分と摂取分でプラマイ0になる。

うん、我ながら完璧な理論。

そういうことなら、さっそく食堂に行ってご飯を食べよう。

メニューは・・・唐揚げか。いいじゃん。長距離ランニングの後にはちょうどいいね。せっかくだし山盛りにしよう。

あ、そう言えば、イッカクはどこだろう。一緒に夕飯食べようって誘っておきながら、それを忘れて私1人で食べるのはけっこう申し訳ない。

連絡先くらい交換しておくべきだったかな・・・いや、そもそも携帯持ってなかったか。

 

「あ、ハヤテちゃん!こっちこっち!」

 

どうしようか悩んでいると、イッカクが奥の方から声をかけてきた。

なんだ、先に来てたんだ。

 

「ごめん、待たせちゃった?」

「大丈夫だよ。2時間くらい走るって言ってたから、それに合わせて来たんだ」

「そうなんだ」

「それよりも・・・本当にその量を食べるの?」

「走った後はお腹が空くからね」

「・・・ちなみに、どれだけ走ったの?」

「100㎞くらい?」

「100㎞・・・」

 

瞬間、イッカクの目から光が消えた。

え?そこまで・・・?

 

「ま、まぁ、さすがに私でもちょっと疲れたよ?」

「ちょっと?・・・2時間で100㎞も走っておいて、ちょっと疲れただけ・・・?」

 

どんどんイッカクの目からハイライトが消えていく。

あ、あれ?こ、これは、転生者のあの定番台詞の出番?

・・・私、何かやっちゃいました?

な、なんかすっごい気まずい・・・。

 

「え、えっと~・・・」

「・・・はぁ、もう、わかったよ。ハヤテちゃんはそういう娘だったね」

 

なんか勝手に私のキャラを決められたんですけど。

え?もしかして私、やらかし系キャラ認定されちゃった感じ?

 

「・・・もしかしなくても私、けっこう変?」

「変、っていうか、異常?」

「い、いじょう・・・」

 

『変』よりも傷つくんですけど・・・

 

「まぁ、その辺りの話は寮室に戻ってからしよ」

「え?あ、うん。わかった」

 

とりあえず、さっさと唐揚げとご飯をかき込んでご馳走様して部屋に戻ろう。今の空気はちょっといたたまれない。

 

 

* * *

 

 

夕飯を食べ終わった後は、イッカクから一般的に行われているトレーニングについて教えてもらった。

それを聞いて、私はけっこう大きな思い違いをしていたんだってことがわかった。

なんか、無意識のうちにウマ娘ってすげー身体能力持ってるって思ってたけど、前世の馬を基準に考えてみればたしかに非常識だったね。

ウマ娘はジャ〇プのバトル漫画みたいな世界観じゃないんだから、そりゃバカげたトレーニングばっかりってわけじゃないよね。

ただ、ついでのように私の非常識さを叩き込まれたのはちょっと納得がいかなかった。

いやだって、私の場合は「よそはよそ、うちはうち」ってやつだよ。私にとっては普通なんだから、そんなに化け物扱いしなくてもよかったと思うんだ。

そんなこともあったけど、基礎的なトレーニングを学べたのは大きな収穫だった。

というか、今の今までそれをしなかったのは異常と言われても仕方ないのかもしれない。

いろいろと収穫があったこの日の夜は、今まで一番ぐっすり眠れたかもしれない。

そして翌日。

今日から本格的にトレーナーの下についてトレーニングをすることになる。

基本的にトレーナーがウマ娘をスカウトするから、実績がない私は今日の試走で結果を出さないといけない。

走るのはダートの800m。ダートはあまり走ったことはないけど、800mだけなら問題ないかな?

 

「ふぁ~・・・あ、おはよう、イッカク」

「おはよう、ハヤテちゃん。あ、そうだ。今日の話聞いてる?」

「今日の?試走だけじゃなくて?」

「今日ね、中央のトレーナーが来てるらしいよ」

「へ~、珍しいね」

 

前にも言ったが、地方と中央の垣根はオグリキャップによって多少は取り払われたけど、それでも実力は大きくかけ離れている。

だからスカウトするなら、わざわざ地方に宝探し感覚で出向くよりも中央で探した方が効率はいい。

それでも地方に来る中央トレーナーは、夢を持った新人トレーナーか趣味に近い変わり者、あとは学園から推薦があった場合かな。

それでも実際にスカウトされるケースなんて少ないし、それで成功するなんてもっと少ない。

 

「もしかしたら、ここでいい結果を出したらスカウトされ・・・いや、ないか」

「夢がないよ、ハヤテちゃん」

「いやだって、800mのダートだよ?それだけ見てどうしろと」

 

中央のレースなんて、2000mあたりがもっぱら。短くてもせいぜい1600mのマイル距離。

800mだけ走ったところで、わかることなんてあまりない。

せめて1200m走れば話は変わってくるかもしれないけど、もっと言えば中央のレースはほとんどが芝だ。

芝とダートでは求められる適正が全く違う。どっちもいけるウマ娘もいるにはいるけど、中央でもごくごく少数だ。

だから、ダートを800m走ってスカウトされたところで、まず間違いなく中央で活躍することはできない。

だから、ここでスカウトされる可能性は低い。

たぶん、今回は様子見に来ただけなんじゃないかな?それで、様子を見ただけで終わり。それだけだ。

 

「まぁ、あまり気負わずに走ればいいんじゃない?どうせ今回の結果だけで決まることでもないだろうし」

「それもそうかな。それじゃあ、行ってくるね」

 

そう言って、イッカクはゲートに向かっていった。

浦和レース場は他と比べてゴール前直線が短いから、カーブで前に出るしかない。

まぁ、800mならまだマシだろうけど。

合図と同時にゲートが開かれると、真っ先にイッカクが前に飛び出した。そして、グングンと後ろと差をつけていく。

おー、イッカクってけっこう速かったのか。

そのまま、イッカクは先頭を切ってゴールした。

 

「タイム、50秒3」

「やった、自己ベスト!」

 

はっや。もうすぐ50秒切りそうな勢いじゃん。

 

「すごいじゃん、イッカク」

「うん、今日はすごい調子がよかったよ」

 

さっき自己ベストとか言ってたしね。

なんか、少し離れたところでトレーナーの人たちがすごいイッカクを注目してる。

すぐにでもスカウトしに行きそうな勢いで前のめりになってるけど、今はさすがに授業中だから自制してるみたい。まぁ、授業が終わったらイッカクのところに殺到しそう。

 

「じゃあ、次は私の番か」

「いってらっしゃい、ハヤテちゃん」

 

イッカクからエールを貰って、私もゲートに向かった。

それにしても、離れてから見てみると、イッカクの注目され度合いがよくわかる。

そういえば聞いてなかったけど、イッカクってここに来る前から大会とかで結果を出してたのかなー。

 

「・・・?」

 

そんなことを考えていたけど、イッカクから離れたことでもう1個気づいた。

1人だけ、私のことを見てるトレーナーがいる。

ここからじゃよく見えないけど、他と比べて少し浮いてる感じがするのは気のせいかな?

まぁ、別に気にするようなことでもないか。

 

「各自位置についてください」

 

教員の指示に従って、ゲートの中に入った。

この閉鎖空間はあまり慣れていないけど、我慢できないほどではない。

ゲートの中で構えて、教員の合図を待つ。

 

「スタート!」

 

合図と共にゲートが開くと同時に、私も駆け出した。

このまま前に出て、後ろと一気に差をつけて・・・つけ・・・

・・・あ、あれ?

差をつけるどころか、私の方が後ろにまわって差をつけられてるんですけど・・・?

 

「タイム、55秒4」

 

タイムは、イッカクと比べて5秒も遅い。

あ、あれぇ?

もしかして私、自分で思ってたよりも遅かった?

ふとイッカクの方を見ると、イッカクの方も「あれ?」みたいな顔になってる。

いや、それはともかく・・・これはまずくない?

イッカクは当然のこと、他の娘と比べてもダントツで遅いから、スカウトも絶望的なんですけど。

ま、まずい・・・早くも競争ウマ娘としてのキャリアが崩れてしまっている・・・!

もう一度走らせてくださいって頼んでみる?いや、それはそれでみっともないと思われるかもしれない。

他の道を模索してみる?いや、今まで走ってばっかりだったからそれも難しい。

・・・あれ?もしかしなくても、けっこうやばい・・・?

ぐ、ぐおおお!!アタマを回せ!私の将来がかかっているんだ!またどこかでチャンスを拾わなければ・・・!

 

 

 

「ちょっといいか?」

 

これからのことに頭を悩ませていると、横から声をかけられた。

声をかけられた方を向くと、さっきの私の方を見ていた中年男性のトレーナーが私の近くに来ていた。

そして、近くに来たことでようやく気付いた。

襟についているバッジ。

あれは、中央トレーナーの資格を持っている証だ。

でも、なんで?まさか無様に頭を抱える私を笑いに来たのか!?

そんなことを考えるけど、トレーナーさんは笑うでもなく、私の全身をくまなく見渡していた。

え?え?なに?まさかの視姦!?トレーナーの特権ってやつ!?

私の頭の中は、パニックでぐちゃぐちゃになっていた。

その時間がどれだけ続いたのかはわからない。

もしかしたら一瞬かもしれないし、あるいはもっと長かったかもしれない。

 

 

 

 

「よし、クラマハヤテだったな?俺のところに来い」

 

 

 

気付けば、そう声をかけられていた。

私は一瞬、なんて言われたか理解できなかった。

けど、だんだんとしみこむように、私が中央のトレーナーにスカウトされたってことがわかってきて。

気付けば、私は口を開いて返答していた。

 

 

 

 

「え?いやです」




なんか、イッカクがヤンデレっぽく見えなくもない・・・。


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一度疑い始めたら沼にハマること、あると思います

「・・・あー、すまん、もう一度言ってもらってもいいか?」

 

トレーナーさんが、理解できないという感じの納得がいかない表情で再び尋ねてきた。

私もそこで自分がなんて言ったのか遅れて理解したけど、それでも返答は変わらない。

 

「だから、いやです」

 

もう一度そう言うと、いつの間に集まってきていたのか、周囲がザワザワ!とどよめきだした。

たぶん、「どうしてあの人がスカウトされて?」と「あの人、どうして断っているの?」の半分半分なんだろうけど、私にそれを気にするだけの余裕はない。

トレーナーさんは、ガシガシと頭を掻きながら困惑気味に口を開いた。

 

「あのなぁ、自分で言うのもなんだが、俺はこれでも中央のトレーナーだぞ?むしろ喜んで受けてくれる方が普通だと思うんだが」

「でもそれって、私が中央に行くってことになりますよね?え、何でですか?私のタイム聞いてましたよね?というか、がっつり見てましたよね?私が他の娘に置いていかれるところ。なのになんで私なんですっていうか名乗らずにスカウトするとか新手のナンパなんですかさっきも私の身体をじっくり舐め回すように見てましたしもしかしてスカウトって名目で私を知らないところに連れて行ってあんなことやこんなことをあばばばばばばば」

「あー、うん。とりあえず落ち着いてくれ。お前さんがパニックになってるのはわかった。ほら、深呼吸しろ」

「すー、はー、すぅー、はぁー・・・あ、はい。落ち着きました」

「いきなり落ち着くな」

 

ひどい。落ち着けって言ったから落ち着いたのに。それとも、言ってみたかっただけかな?

まあ、いったん深呼吸したおかげで冷静になれた。

 

「とりあえず、名前を聞いても?」

「あぁ、俺の名前は須川甚一(すがわじんいち)。さっきも言ったが、中央でトレーナーやってるもんだ」

「それで、なんで私をスカウトするんですか?足の速さで言ったら、イッカクの方がダントツだと思うんですけど」

「そりゃあ、お前が遅いのは走り方がド下手だからだ」

「ひどっ!」

「事実だ。だが、幸いトレーニングで矯正できる範疇だ。だから、俺が徹底的にしごいてやるって言ってんだ」

 

あー、うん、なるほどねー。言いたいことはわかった。

たぶん、私の足が遅いのは山の中で走ってきた弊害で変な癖がついちゃったから。で、この須川トレーナーはそれを治してくれる、ってわけだ。

中央のトレーナーさんが言ってることだから、あながち間違いではないんだろうけど・・・ただ、本当にそれで中央でやっていけるのか、っていう自信とか諸々はまた別問題なわけで。

 

「う~ん・・・あ~・・・あのぉ、1ヵ月くらい時間を貰っても?」

「なんだ?悩むにしては長すぎないか?」

「いや、そうじゃなくて。仮契約というか、お試しみたいな感じで、トレーニングを見てもらうってのはダメですか?私自身、どれだけ速くなるかわからないので」

「つまり、1ヵ月でお前さんを中央でも勝てるように仕上げてくれ、ってことか?」

「ありていに言えば。まぁ、浦和レース場でそれを判断するのは難しいでしょうけど」

 

せめて、近場で芝で走れる地方レース場があればよかったんだけどね~。関東の地方レース場ってダートしかないし、だからといって地方所属のままで中央のレースに出るわけにもいかないし。

そう思ってたんだけど、どうやら須川トレーナーの考えは違ったようで。

 

「いや、デビュー戦を期限の後に中央でやればいいだろ?もし俺のスカウトを受け入れる気になったら、華々しく中央デビューだ」

「マジで!?」

 

まさかの途中で移籍とかじゃなくて中央スタート!?

いやまぁ、自信がついた後ならたしかにそれでいいんだろうけど、本当に中央の猛者と並んでデビューするの!?

さすがにそれは・・・とも思ったけど、最初に譲歩してもらったのは私だから、さすがに言い出せない・・・。

・・・これは、腹を括るしかないかな。

 

「・・・はぁ、わかりました。それでいいです」

「よし、これで契約は成立だな」

「あ、そうだ。須川さんってどれくらいこっちにいられるんですか?さすがに他の担当ウマ娘をほったらかしにするわけにはいきませんよね?」

「それについては問題ない。俺には優秀な助手がいるからな。さすがに毎日ってわけにはいかないが、数日おきに様子を見に来るくらいはできる」

 

すげー、いくら同じ関東とはいえ、ホイホイ県をまたいで移動できるとか、さすが中央トレーナー。地方トレーナーとは資金力が違う。

 

「明日の午後には帰らにゃいかんから、さっそく悪いところを指摘してやる」

「いや、今授業中なんですけど」

「・・・あぁ、そうだったな。そんじゃ、また午後に」

 

そう言って、須川さんは去っていった。

う、う~ん、いまいち実感が湧かないな・・・まさか、中央トレーナーにスカウトされるなんて。

大丈夫?私、刺されたりしない?あるいは、不慮の事故に遭ったりしない?

わりとガチで心配になるレベルの幸運なんですけど・・・。

 

「ちょ、ちょっと!ハヤテちゃん!」

 

ボーっとしていると、イッカクが私のところに駆け寄ってきて、いきなりガッ!と肩を掴んだ。

 

「ねぇ、本当にあの人にスカウトされたの!?」

「えっと、そうみたい?」

「ていうか、なんで最初断っちゃったの!?これからどうするの!?」

「ちょっ、待って待って揺らさないで。出ちゃいけないものが出ちゃいそうだから・・・」

 

グワングワン揺らしてくるもんだから、ちょっと気分が悪くなってきた・・・。

 

「あ、ご、ごめん」

「別にいいけど・・・私もいきなりのことでちょっと混乱してるから、向こうで話そう」

 

ただでさえ注目されてるから、ちょっと落ち着きたい。

とりあえず、この場はそそくさと退散して人目のつかないところに移動して、それからさっきまでのあれこれを話し始めた。

自分が思っていたよりも遅くて軽くパニックになってたこと、そこに須川さんからスカウトを受けたけど中央に行っても失敗する未来しか見えなかったから最初は断ったこと、そして、思っていたよりも須川さんがしつこかったから体験期間を設けさせてもらったこと。

私が話している間、イッカクは驚愕の他にも同情や呆れとせわしなく表情が変わり、最終的には盛大にため息を吐いた。

 

「はぁ~~~~・・・なんかもう、お腹いっぱいなんだけど」

「それを言ったら私は胃もたれ気味だよ」

 

当事者のパニックを舐めるなよ。

 

「それで・・・ハヤテちゃんはどうするの?」

「ん~・・・体験期間の内容にもよるけど、受けるつもりはあるよ」

 

癪ではあるけど、須川さんの話も悪いところばかりじゃないし、中央でやれるだけの実力がついたなら断る理由もないんだよね。

問題なのは、本当に1ヵ月で目に見える成果が現れるのかどうかってことだけど・・・中央のトレーナーだし、そのあたりは信用してもよさそう。

うん、だんだんと頭が冷えてきて、冷静に物事を考えることができるようになってきた。

とりあえず、その辺りの諸々の話は昼ご飯を食べてから須川さんを交えてしよう。私が1人で悶々と考えてもしょうがないからね。

そんなことを考えていると、不意にイッカクの顔がむくれていることに気付いた。

あ~、もしかしてこれ、私に嫉妬しちゃってるパターン?

まぁ、しょうがないよね。目の前で中央のトレーナーにスカウトされてるところを見ちゃったんだから。

でも、これでイッカクと不仲になるのは嫌だなぁ。

どうすればいいのかなぁ・・・

 

「・・・私も行く」

「え?」

「私もハヤテちゃんと一緒に行く」

「それって、体験トレーニングにってこと?」

「うん」

 

まぁ、さすがに中央にまでついてくるのは現実的じゃないしね。なんかあわよくばって感じはするけど、気のせいに違いない。

須川さんには・・・まぁ、どうにでもなればいいや。見るだけなら大丈夫でしょ。

 

「・・・とりあえず、授業に戻ろっか。さすがにずっとここにいるわけにもいかないし」

「そうだね」

 

悪いのはいきなりスカウトしてきた須川さんだ。うん、間違いない。

この後は、そのまま授業を受けてイッカクと一緒に昼ご飯を食べた。

周囲の視線がすさまじかったけど、イッカクのおかげでそこまで気にならずにすんだのはよかったかな。巻き込んだみたいな感じになったのは少し申し訳なかったけど。

たぶん、明日からはもっと大変なことになるんだろうなぁ。

 

 

* * *

 

 

昼ご飯も食べ終わって、さっそく須川さんのところに行って事情を話しに行った・・・んだけど・・・

 

「・・・で?そこの嬢ちゃんがついてくるとは聞いてないが?」

「連絡手段がなかったですから、しょうがないですよ。押しかける形になってしまったのは申し訳なく思っていますが」

 

・・・あれぇ?なんかめっちゃギスギスしてんだけど。

お互いに牽制し合っているというよりは、イッカクが一方的に敵視して須川さんが「なんだこいつ?」ってなってる感じ。

ていうか、イッカクはどうしてそんなに喧嘩腰なの?初対面だよね?この人のどこがそんなに気に喰わないの?

 

「えっと・・・見学の件に関してはどうなんです?」

「・・・まぁ、見る分には構わんが、さすがに面倒までは見ないぞ?自分のトレーニングはどうするんだ?」

「大丈夫です。時間が空いた時で構わないので。差し当たって、今はまだスカウトも受けていないのでこのまま見てもいいですか?」

「好きにしろ。別に見られて困るものもないしな」

 

いや、須川さんもそんなにぞんざいな扱いをしなくてもいいんじゃないですかね?もうちょっと丁寧に接して上げればいいと思うのは私だけなのかな?

なんかすごい不安になってきたんだけど、果たしてこの1か月間、私は無事に過ごせるんだろうか?いや、過ごしてみせよう。

・・・とりあえず、後で胃薬でも買っておこうかな。




今回はちょっと短めです。
たぶん、次はもう少し長くなるかも。


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劇的ビフォーアフターってその手のプロじゃないと絶対上手くいかないよね

イッカクと須川さんの顔合わせを無事・・・ではないけど、とりあえず済ませたところで今後のことについて話し合った。

さっき言ってたみたいに、須川さんは毎日ここに来れるわけじゃないから、須川さんがいない間は自主練がメインになる。そうなると、私が自分でいろいろと記録をつけなきゃいけなくなるんだけど、正直めんどくさいし、できれば特訓に集中したいところもある。

そこで、なんとイッカクが須川さんがいない間は私の面倒を見てくれるって言ってくれた。

正直、そこまでイッカクに迷惑をかけるのは気が進まなかったんだけど、なんでか須川さんはそれでいいって言っちゃって、流されるままにイッカクが私のサポーターになった。

ほんと、どうしてこうなったんだろうね?

 

「さて、それじゃあトレーニングを始めるぞ。とは言っても、今日のところは現状の確認だ。悪いところを指摘して、そこを治すようにする。さっそくだが、クラマハヤテは自分のどこが悪いか、自覚はあるか?」

「いやぁ・・・正直わかんないですね」

「なら、イッカクはどうだ?」

「走り方・・・って言っても、どこがどう悪いか、ですよね?多分ですけど・・・上半身のフォーム、とかでしょうか?」

「半分当たりだ。詳しく言えば、力がこもり過ぎてる」

 

マジで?イッカク、わかってたの?だったら、最初に一緒に走った時に言ってくれてもよかったじゃん。もしかしたら、その時は気づいてなかった、とか?

 

「走るときに力が込もるのは当然と言えば当然だ。だが、全身に力を込めてたら動作が硬くなって、全体の動きが鈍くなる。最低でも、肩から上腕を動かして、肘から先は脱力を意識しろ。そうすれば、上半身は勝手に前に行こうとする。ついでに言うと、肩が横にぶれているから、エネルギーが無駄に流れてそれもロスになっているな」

「はぇ~」

 

なるほどね~。自分じゃまったくわかんなかったけど、外から見るとまた変わってくるのかな。

たしかに、山の中で走っている間は全身のバランス感覚を気にして、ついつい上半身に力が入っちゃってたから、そのせいなのかな。

それにしても、これで半分なのか・・・もう半分はなんだろ?

 

「ちなみに言うと、半分正解と言ったが、原因の割合としては半分もない。せいぜい2,3割ってところだ」

 

マジかよ。

え、そんなに深刻な問題が残っているの?

マジでわかんないんだけど・・・

 

「深刻なのは、上半身じゃなくて下半身、脚だ」

「脚・・・え、そんなに?」

「あぁ、ひどい。子供の徒競走と何ら変わらない、っつーかそっちの方がまだマシなくらいだ」

「ぐふっ!?」

「ハヤテちゃん!?」

 

え、いや、ちょっ、そこまで言うことあります・・・?

そりゃあ、あんなにボロ負けしたんだからわからなくはないけど、それでもちょっとくらいオブラートに包んでもいいじゃん・・・。

 

「私・・・そんなにひどかったんだ・・・」

「え、えっと、大丈夫!これから速くなればいいから!」

「それ、今までが遅かったって意味じゃないの?」

「それは・・・その・・・」

 

そこはせめて嘘でもいいから否定してほしかったかな。

でもまぁ、これから速くなればいいってのは一理ある。

それに、今は悪いところを矯正しようって時間なんだから、いちいちへこたれていられない。

 

「よし!それじゃあ、どこが悪いのか教えてください!」

「全部」

「えっと、え・・・?」

「冗談だ」

 

質悪いなおい。

 

「一言で言うなら、お前の走り方は平地のものじゃない。お前、今まで山の中で走ってただろ」

「わかるんですか?」

「中央には坂路と呼ばれるトレーニングがある。文字通り、坂を上ってスタミナを鍛えるってもんだが、お前はずっとその時のような走り方だ」

「ダメなの?」

「ダメに決まっているだろう。坂で速い走り方と平地で速い走り方は全く違う。坂を上るように足の裏全体を使っていたら、ロスが出まくってスピードが伸びないのは当然だ」

 

そうだったんだぁ。

私、そんなひどい走り方をしてたのかぁ。

 

「っつーか、今までどんな生活してたんだ?ここまでひどい走り方をしておいて誰にも指摘されなかったのはおかしいだろ」

「あー、今までずっと山の中で1人で走り回ってたから、それのせいかな」

「1人で、って、迷子にはならんかったのか?」

「別に、地形を覚えちゃえばどうってことなかったよ?私、方向感覚には自信あるし」

「なるほどねぇ・・・ったく、少しくらい面倒見やがれってんだ

 

ん?なんかボソッと呟いてた気がするけど、ウマ耳でも上手く聞き取れなかった。

まぁいいや。あまり興味ないし。

 

「ともかく、ひとまずの目標は姿勢の矯正。話はそれからだ。最低でも1週間で身につけろ」

「ちなみに、それができなかったら?」

 

まさか、契約打ち切りとか?

 

「以降のメニューを数倍増やす」

「全力でやらせていただきます!!」

 

スタミナには自信があるけど、さすがにそのトレーニング量は無理!

実行されたらパワハラで訴えれば勝てそうな気もするけど、学生の私がそんなことできるはずがない!

 

「そんじゃ、ウォーミングアップを済ませたら、さっき俺が言ったことを意識しながら走ってみろ」

「わかりましたー」

 

速く走れるようにするためにも、ここは須川さんの言った通りに従おう。

将来くるかわからない中央デビューに向けて、私はその1歩を踏み出していった。

 

 

* * *

 

 

「・・・それで、1つ聞いていいですか?」

 

ハヤテちゃんが準備運動をしてグラウンドに向かってから、私は須川トレーナーに話しかけた。

 

「なんだ?」

「須川トレーナーがハヤテちゃんに目を付けたのは、どうしてですか?」

「・・・その聞き方から察するに、嬢ちゃんはあいつの片鱗に触れたのか?」

「昨日、いっしょにランニングしたんですけど、1時間で40㎞くらい走って私がダウンした後に、さらに2時間で100㎞くらい走ったんですよ、ハヤテちゃん」

「・・・舗装路で140㎞を3時間で走るとか、イカれてるのか?」

 

「舗装路でのランニングを控えさせないとな・・・」って少しブツブツ呟くと、ふと我に返って私の方を見た。

 

「っと、悪いな。にしても、マジか・・・さすがにそれは想像以上だったな」

「そう言うってことは、須川トレーナーは気づいていたんですか?ハヤテちゃんの埒外のスタミナに」

「まぁな。俺の目はちょっと特別製でな、ちょっと見ればだいたいのスペックはわかっちまうんだ。あ、言っておくが、別に中二病とかそんなんじゃねぇぞ」

「いえ、言いたいことはなんとなくわかります」

 

だいたいのトレーナーは触診でウマ娘の脚の状態をはかることができるけど、一流やベテランになると一目見ただけで状態がわかるって話を聞いたことがある。

たぶん、この人は生まれつきでそういう観察能力が優れていたんだろうな。中央トレーナーになれるのも納得できる。

 

「んでだ。俺も職業柄、いろんなウマ娘を見るんだが、あいつのような底の知れないスタミナを持つやつは見たことがなかった。だから誘った。言ってしまえばこんなもんだ」

「・・・ちなみに、その理由もわかったりしているんですか?」

「お前さんだって、なんとなくは想像がつくだろう?」

「中央トレーナーとしての意見を聞きたいんです」

「なるほどな。いいだろう、特別だぜ?」

 

ちょっと茶目っ気を見せつけながら、須川トレーナーはハヤテちゃんのスタミナの秘訣を語り始めた。

 

「言っちまえば、天性の才能と山という環境。この2つが上手い具合にかみ合った結果だな」

「才能・・・ですか」

「やっぱいるんだよ、()()()()奴ってのはな」

 

須川トレーナーの言いたいことはわかる。

それこそが、地方と中央のレベルの違いに直結しているんだから。

私だって、地方の中で見れば優秀なのかもしれない。だけど、中央は最低レベルでも私より一回りも二回りも強いウマ娘が揃っている。

それが当然だなんて思いたくはないけど、事実なんだから否定しようもない。

 

「それで、山で育ったことがどう影響してくるんですか?」

「まず傾斜が多い分、当然だが平地よりもスタミナを消耗する。さっきも言ったが、坂路トレーニングはスタミナを鍛える上では最先端と言ってもいいトレーニング方法だ。そんな環境で走り続けた結果、あいつの身体には勝手にスタミナがついていった。その肝は主に2つ。1つは心臓だ」

「心臓って・・・関係あるんですか?」

「大有りだ。あの時よく見て気づいたんだが、あいつの心拍数は他と比べて少なく、そして力強い。いわゆるスポーツ心臓ってやつだが、あいつはその中でも一級品だ。おそらく、1回の脈動で送り出す血液の量も桁違いなんだろう。だからこそ、走り続けても消耗しづらいわけだ」

「なるほど・・・」

 

たしかに、聞いたことがある。ステイヤー、長距離が得意なウマ娘はスポーツ心臓を持っていることが多いって。

ハヤテちゃんもその例に漏れなかった、ってことなのか。

 

「それで、もう1つは?」

「もう1つは呼吸法だな。これは正直言って専門外なんだが、あいつは“疲れない呼吸”ってのを徹底しているんだろう。長時間走って行く中で、体が勝手にそれを覚えていったんだ」

「そうなんですか」

「こうして、あいつの天性のスタミナと環境によって身についた疲れない体のメカニズムが組み合わさった結果、あの規格外の持久力が実現した、ってわけだな。まぁ、他のウマ娘に同じことして同じ結果が現れるとは思わんが」

 

それはそうだ。

それだけで規格外のスタミナが身につくなら、すでにいろんな人がやってるはず。

それに、ハヤテちゃんはそのスタミナと引き換えに平地での走り方がわからなくてスピードを出せなかったんだから、それを考えれば普通に練習してた方が効率はいいんだろうね。

 

「妬けるか?」

「嫉妬する気も起きませんよ、あんなの」

「そりゃそうだ」

 

自分よりも優秀って程度だったら嫉妬してたかもしれないけど、あんな規格外と自分を比べる気にはならない。

どちらかと言えば、

 

「むしろ、一目でハヤテちゃんの素質に気付いた須川トレーナーに嫉妬しそうです」

「なんでだ?」

「私だって、直感ですけどハヤテちゃんの凄さがわかってたのに、私以外にもそれに気づいた人がいたのは妬けますよ」

「なるほど、そりゃあそうかもな。俺だって同じ状況なら妬けそうだ」

 

まぁ、それは理由としては半分で、もう半分の理由にあわよくば中央トレーナーの指導を見てみたいってのもあったけど・・・

 

「・・・もしもなんですけど、0からスタッフとかアシスタントの勉強を始めたとして、1ヵ月で中央に受かることってできるんですか?」

「無理だな。中央トレセン学園はウマ娘のレベルの高さに注目されがちだが、それ以外もすべてが一流だ。トレーナーは当然、教師から料理人までな。スタッフ研修生と言えども、何もないやつが1ヵ月勉強したところで中央に受かることはない。それこそ、あいつみたいな規格外じゃない限りな」

「・・・ですよね」

 

あくまで言ってみただけで、分かりきっていた答えだ。

でも、こうして突き付けられると、認めたくないような、諦めたくないような、どうしようもない気持ちが溢れそうになる。

 

「なんだ、中央についていきたいのか?言っておくが、俺が中央に連れていくのはあいつだけだ。お前を連れていくつもりはないぞ」

「・・・わかってますよ、そんなの」

「はっ、未練たらたらって顔だな。そんなに離れ離れになりたくないのか。まさか、一目惚れか?」

「・・・一目惚れ、って言えば、そうなのかもしれないですけどね」

 

もちろん、恋愛的な意味じゃなくて。

ただ、ハヤテちゃんの走りを誰よりも近くで見ていたい。テレビ越しじゃなくて、自分の目で見て、感じたい。

そのためなら、私にできることはなんだってしたい。そうでもしないと、きっとハヤテちゃんについて行くことなんてできないから。

そんな今の私がどんな表情を浮かべているかなんて自分じゃわからないけど、なんでか須川トレーナーがジッと私の顔を覗いていた。

 

「な、なんですか?」

「・・・さっきも言ったが、俺はあいつ以外の面倒を見るつもりはねぇ。だが、トレーニングには人手が必要だ。俺がいない間の面倒を見る奴もな。お前にその気があるなら、あいつの面倒を任せてやってもいい。もちろん、競争ウマ娘としてのキャリアは諦めてもらうことになるだろうし、いろいろとこき使わせてもらうがな。どうする?」

 

つまり、須川トレーナーはこう言っているんだ。

優秀な地方ウマ娘としてキャリアを積むか、それを投げ捨ててハヤテちゃんのアシスタント見習いになるか、どちらかを選べと。

待遇面を見れば、考えるまでもない。このまま競争ウマ娘を続ければ、地方とはいえ結果を残すことはできる。私には、それができると思えるだけの自負がある。

対して、ハヤテちゃんのアシスタント見習いなんて下っ端もいいところだし、見習いから普通のアシスタントになったとしても世間から注目されることはない。

悩んだのは、一瞬だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いします。やらせてください」

 

今までの立場を投げ捨ててでも、私はハヤテちゃんについて行く。

たしかに、このまま地方で走り続ければ、安定した実績を積むことができるかもしれない。

でも、ハヤテちゃんの才能を前にして、それに触れて、私の価値観はガラリと変わってしまった。

今までの私が崩れ去ってもいい。それでも、私はハヤテちゃんと一緒にいたい。

ハヤテちゃんが走って行く道を、すぐそばで見届けたい。

そうしないと、きっと後悔しちゃうと思うから。

 

「くくくっ、そうかそうか。あいつも罪な女だ」

 

須川トレーナーは笑いをこらえきれずに肩を揺らすけど、私が本気だってことはわかったらしい。

 

「わかった。ならお前のお望み通り、徹底的にこき使ってやる。覚悟しておけよ」

 

上等だ。

ただ使われるだけじゃなくて、絶対にハヤテちゃんについていくための切符を掴んでやる。

ここに、私の新しい道が始まった。




なんか、書いているうちにそれっぽくなってきそうな感じがしたんで必須タグに『ガールズラブ』を追加しました。
中には「ウマ娘の百合は嫌だ」って人がいるかもしれないですが、自分は百合が超が付くレベルで好きなんで諦めてください。
ていうか、もしこのままいけば自分が初めて執筆する百合小説ということになるのでは・・・?

今回の指導の内容ですけど、ここに書いてあることは“ゲームさんぽ”さんのウマ娘動画を参考にしました。
いや、本当に面白いし為になるしで、マジでおすすめしたい。

*2022/6/1 内容を少し変えました。


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『罪な女』って自分で言うものじゃないよね

「え、マジで?イッカクが私のアシスタントになるの?」

 

慣れない感覚に戸惑いながら、できるだけ須川さんに言われた通りに走ることしばらく。

休憩だって呼ばれたから2人のところに戻ったんだけど、私の知らない間にイッカクが私のアシスタントというか、サポーターになることが決まった。

しかも、自分の練習を放り出す形で。

いやいやいや、さすがにそれは申し訳ないというか、自分の人生を棒に振っちゃいけないよ。

イッカクなら地方で優秀な成績残してやっていけるって。

 

「ダメ?」

「だめって言うか・・・え、マジで?本気なの?」

「うん」

「なんで?」

「ハヤテちゃんの傍に居たいからだよ」

「う~ん、愛が重いなぁ・・・」

 

え?昨日が初対面だよね?なんだったら化け物呼ばわりされた気もするよ?

それがなんでこうなるの?

 

「こうなったのはお前が原因なんだから、ちゃあんと責任と取ってやらにゃいかんだろ」

「ちょっと黙ってください須川さん。ていうか、まさかとは思いますけど、あなたが唆したとかじゃないですよね?」

「ぴゅ~ぴゅぴゅ~」

 

うっわ、ベタに口笛吹きやがって。絶対確信犯じゃんこいつ。

ていうか、責任を取れって言い方よ。私が悪いことしたみたいな言い方しないでくれないかな。

いや、嬉しくないわけじゃないよ?

嬉しくないわけじゃないんだけど、イッカクなら地方とはいえ絶対に成功するだけの実力はあるんだから、それを放り出して私の下につくってのは絶対もったいないって。

 

「私じゃダメなのかな?」

「ダメとかじゃなくて、イッカクならもっといい道があるって。そんな私のアシスタントに専念する必要なんてないわけだし」

「でも、須川さんがいない間はどうするの?」

「そりゃあ、こっちにいる間はありがたいけど、でも競争ウマ娘のキャリアを捨ててまで私についてくる必要はないと思うよ?もし私が中央に行ったら、他の人にも手伝ってもらえるだろうし・・・」

「そっか・・・私は向こうだと足手まといになっちゃうんだ・・・」

「え?」

「そうだもんね・・・中央なら、私よりもいい人なんてたくさんいるだろうし・・・」

「いや~!やっぱり中央に行っても知った顔がいれば安心できるかなー!見ず知らずの人にあれこれやってもらうのも気疲れするかもしれないしなー!!」

「それじゃあ、これからもよろしくね、ハヤテちゃん」

「ん?」

 

あれ?なんか簡単に流されちゃった気がするぞ?

いやでも、あんな悲し気な表情を浮かべるイッカクを見ちゃったら断れないって。それこそ私が悪いみたいになっちゃうじゃん。

だから、これは仕方ないこと!イッカクが私よりも一枚上手だった、ただそれだけのことなんだ!

決して、私がちょろいとかそんなんじゃないし!

 

「ちょろ」

「言わないでよ須川さん」

 

急にむなしくなっちゃうじゃん。

 

「んじゃ、クラマハヤテはイッカクに任せるとして、さっきまで走ってみてどうだった?」

「いや~、違和感が半端ないね」

 

悪癖ってのは頭ではわかってるんだけど、右利きなのに左手で箸を持つみたいな違和感がつきまとってくる。

こりゃあ、本当に1週間かけて走り方を矯正させることになりそう。

 

「でも、試走のときより速くなれそうな感覚はあったかな。違和感がなくなれば、だけど」

「だったら上々だ。最低でも1週間でその違和感を消すんだ。そうすりゃあ、残りはスピードアップに時間を割けれる」

「だったら、ハヤテちゃんが走ってるところをカメラで撮っておきませんか?その方がわかりやすいでしょうし」

「おっ、たしかにそうだな。俺は持ってきてないが・・・」

「私が取りに行ってきます。たしか、学園の方でもあったはずなので」

「んじゃ、頼んだ」

「はい、行ってきます」

 

そう言って、イッカクは足早に学園の方に走って行った。

 

「・・・なんだかなぁ」

「不満か?」

「不満っていうか、申し訳ないって感じかなぁ。なんか、私のせいで道を歪めちゃったような感じがして」

 

もしかしたら、あの時私と関わらなければ、イッカクは私のアシスタントになるんじゃなくて、地方で華々しく活躍できたんじゃないかって思っちゃう。

もちろん、イッカクに応援してもらえるのはすごい嬉しいんだけど、自分の競争ウマ娘としての道を閉ざしてまで私についてきてもらうっていうのは、少しやり過ぎなんじゃないかって思う。

そうしてまで一緒にいたいって言ってもらえるだけの価値が自分にあるとはどうしても思えない。

だってウマ娘っていうのは、誰もがレースで活躍することを夢に見ているんだろうし、イッカクだってそうだったはずだから。

イッカクの決断が本当に正しいのかを証明するためには私が頑張って結果を出すしかないって、ひどい押し付けだよね。エゴって言い換えてもいい。

イッカクの、言ってしまえば自分勝手な期待を私に求められても、正直困る。

私はただ、この世界で思う存分走りたいだけなんだけどなぁ・・・。

・・・そう言えば、私はなんでこんなにも走るってことに固執しているんだろ。

活躍したウマ娘に憧れるでもなく、レースで活躍することを夢見るでもなく、ただただ走ることを望み続ける私の渇望の出所は何処なんだろう。

思い返してみれば、そんなこと今まで考えたこともなかったな・・・。

 

「おーい、意識あるか~?」

「っ」

 

思考の沼にずぶずぶとハマっていきそうになったところで、須川さんが声をかけてきて意識が戻った。

 

「ごめんなさい。いろいろと考えちゃって」

「気持ちはわからんでもないがな・・・俺はウマ娘じゃないから理解できるとは言わん。だから、これはあくまで俺の経験則だ」

 

経験則っていうと、トレーナーとしてウマ娘を見てきた経験則ってことかな。

 

「魅せるウマ娘っていうのはな、良くも悪くも周囲に影響を与えるものだ。夢を見せると言えば聞こえはいいが、夢に固執させると言われれば否定はできん。そして、そいつを決めるのは自身ではなく周りの人間やウマ娘だ」

 

あ~、あれかな。野球のすごいピッチャーとかサッカーのスーパープレイを見たら「スポーツ選手になりたい」って言う子供と同じ感じかな。

 

「だがな、少なくともお前はそんな周りの意見なんて気にする必要はない。俺から見て、お前は自分のやりたいことをするだけで勝手に周囲を魅了する、そんなウマ娘だ。だから、周りから何を言われたって過剰に気にする必要はないし、お前はやりたいようにすればいい」

「・・・そっか」

 

正直に言って、それが慰めになったかどうか聞かれると、ちょっと微妙なところではあるけど、気負う必要はないっていう須川さんなりのエールなんだろうね。

もっと言えば、イッカクが決めたことに対して私があれこれ言うことはないっていう注意なのかもしれないけど。

でも、須川さんの言葉は記憶の片隅に残しておこう。

 

「ていうかな、むしろお前が大変になるのは明日からだぞ?」

「え?どゆこと?」

「イッカクはこの辺りで活躍を期待されていたウマ娘だ。そいつがお前の使い走りになったって知ったら、果たしてどうなると思う?」

「・・・・・・あ」

 

ぜったいやべーことになるじゃん。

 

 

* * *

 

 

「・・・では、イッカクさんが言ったことに間違いはないわけだね?」

「はい、そうですね」

 

翌日。

須川さんが予言した通り、教室に入ったらすごい勢いでクラスメイトに詰め寄られた。

決め手は、イッカクが職員室に行ってカメラを借りたとき。

その時にここのトレーナーからスカウトを山ほど受けたらしいんだけど、それを全部「私はハヤテちゃんのアシスタントになるので」って断ったんだって。ついでに私が中央に移籍する予定でイッカクもそれについて行くつもりだってことも。

不運なことに、それを他のクラスメイトにも目撃されちゃってあっという間にイッカクが私のアシスタントになるって話が広まって、挙句に先生から事情聴取を受ける事態にまで発展した。

いや~、人力ネットワークってけっこうバカにならないね。

クラスメイトに詰め寄られたのは事実だけど、情報だけで言ったら学園全体に知れ渡っちゃってるから、今や私とイッカクは学園の有名人だ。いや、イッカクはすでに有名人だったのかもしれないけど。

で、それだけ知れ渡っちゃうと、学園としても事実確認はしておきたいってことで、こうして先生に呼ばれて事情を話すことになった、ってわけだ。

 

「それで、イッカクさんがあのように言った心当たりはありますか?」

「一昨日一緒に走ったのと、あと須川さん・・・あ、昨日来てた中央のトレーナーの人ですね。あの人とも話してましたよ。私から言えるのはそれくらいです」

「ふむ・・・君の方から言ったわけではないのだね?」

「むしろ反対しましたよ、私」

 

ただ、事情聴取をしてる先生の態度がちょっと高圧的だ。

たぶん、イッカクっていう才能が無駄になるって思ってるのかもね。

私だって同じこと考えてるけど、だからってそれをイッカクに強制させるのは筋違いってやつでしょ。

私に責任を求めようとするのもなおさら。

 

「一応、私からこれ以上言えることはないんですけど」

「そうですか・・・わかりました。クラマハヤテさんは教室に戻ってください」

「では、失礼しました」

 

先生に一礼してから、私は生徒指導室から退室した。

そのまま教室に向かう道中、いろんなところから視線を向けられるのを感じた。

いやー、私も有名になっちゃったな~。

決して良い意味じゃないけど。

 

「ねぇ、見て見て」

「ほら、あの人だよ。イッカクさんをアシスタントにしたっていう」

「それに、中央のトレーナーにスカウトされたんだって」

「でも、試走のときはダントツで遅かったよね?」

「なんであんなのが・・・」

「分不相応ってわからないのかな」

 

周囲から聞こえてくる、隠す気があるのか疑わしくなってくるひそひそ話の中身は、ほとんどが妬み嫉みの類だ。

わかってはいたけど、これはこれでなかなか鬱陶しい。

須川さんは「周りの意見なんて気にするな」って言ってたけど、嫌でも聞こえてくるからホントに気が滅入る。

早く午後にならないかな~。そうすれば周りの視線もひそひそ話も気にせずに走れるのに。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

そんなことを考えていると、不意に後ろから声をかけられた。

振り向くと、知らない顔のウマ娘が3人立っていた。

いや、マジで誰?他のクラスの娘かな?

ていうかもしかして、これってあれかな?アニメとか漫画で定番の徒党を組んでいじめてくるやつかな?

うわ~、まさか自分が被害者になるなんて夢にも思わなかった。

内心で軽くはしゃいでいると、真ん中の黒毛のウマ娘が口を開いた。

 

「あなただよね?あのイッカクさんを使い走りにしたっていうの」

「なんか情報がねじ曲がってない?」

 

誰だよ、アシスタントを使い走りって解釈した奴。そいつ昭和に生まれてない?

 

「使い走りじゃなくて、アシスタントね、アシスタント。さすがにその言い方は語弊ていうか悪意があると思うよ?」

「どっちも大して変わんないわよ」

 

いやちげーよ。だいぶ意味に差があるよ。

 

「あのイッカクを使い走りにするなんて、いい度胸してるわよね」

「いや、別に私から言ったわけじゃないんだけど。なんだったら私だって反対したよ」

 

結局、イッカクに言いくるめられちゃったけど。私がチョロかったわけじゃないし。

ただ、向こうは私が「イッカクから競争ウマ娘の夢を奪った悪役」って決めつけているのか、まったく聞く耳を持たない。そのウマ耳は何のためにあるのかね。

これが馬耳東風ってやつかな?あ、でもこっちだと動物としての馬はいないから、バ耳東風になるのかな?

 

「どうだか。本当は心の中で『あのイッカクを手籠めにしちゃうなんて、私ってば罪なウマ娘』なんて思ってるんでしょ?」

「よくそんな文章がすぐに思いつくね。もしかしたら作家に向いてるんじゃない?」

 

それとも、自分の中で温めていたネタなのかな?

 

「言っておくけど、私はそんなイタイことを考えるような感性は持ち合わせてないよ」

「い、イタイですって・・・?」

「いや、本当にイタイと思うよ。ついでに言えば、そうやって私を貶めようとしてる時点でたかが知れてるよね。そういう文句は、私じゃなくて本人に言えばいいのに」

「な、なんっ・・・」

「あ、もしかして私が中央に行くかもって話が気に入らないのかな?なんであいつなんかが、って」

 

なんか、自分でも意外に思えるほどにとげが生えた言葉が次々と出てくる。

あれかな、さっきまでの事情聴取でイライラしてたのかな。

 

「悪いけど、私はこれでもいろいろと忙しいから。じゃあね」

「ちょっ、待ちなさ・・・!」

 

後ろから腕を伸ばしてくる気配を感じたけど、捕まる前に私は駆け足でその場から去っていった。

今なら、なんとなく須川さんが言ってたことがわかる気がする。

うん、少なくとも、こっちにいる間は余計なことは考えないようにしよう。




レンタルで育成するときに限って悪循環になって萎えるの、自分だけじゃないはず。

今回はちょっとグレーな部分も入れてみました。
別に自分はこういうのが好きってわけじゃないんですけど、なかったらなかったで違和感を感じちゃうんですよね。
シングレでも(初期だけ)貶めたい系のキャラがいたから、これくらいは普通にあり得るはず。


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ヤンデレとかメンヘラって何がいいの?

「そんなことがあったの?」

「うん。あ、実害はなかったから、そこは心配しなくても大丈夫だよ」

「本当?ケガとかない?」

「ほんとほんと」

 

教室に着いた後、イッカクにさっきのことを話したら、たいそう心配された。

いやまぁ、私もけっこう驚いたけど、そこまで心配になることかな?さすがにちょっと大げさな気がする。

 

「実は、私の方もさっきまでハヤテちゃんのこととかいろいろと聞かれてたんだけど、ハヤテちゃんのことを生意気だって言ってた娘がいたから、まさかと思って・・・」

「あー、どうだろ。どちらかと言えば、他のクラスに多そうだよね、そういうの」

 

ただでさえクラスメイトにも「なんか知らないけど中央のトレーナーの人にスカウトされて、イッカクも私にアシスタントとしてついてくることになった」くらいしか言ってないから、情報がすごい勢いでねじ曲がったんだろうね。

それこそ、私がイッカクの弱みを握って脅したとか、そんな感じで。

いや、会って昨日今日の相手を脅す度胸なんて私にはないって。

 

「それで、どうする?先生に相談する?」

「う~ん、今はまだ放置でいいんじゃない?特に被害が出てないのに相談しても意味ない気がするし」

 

なんだったら、先生側もちょっとくらい私のことを疎ましく思ってそうだしね。

さすがにないとは思いたいけど、いじめた側の「悪気はなかったんです」発言をそのまま真に受けても私は驚かないよ。

 

「そっか・・・私がどうにかした方がいいかな?」

「いや、それもいいよ。イッカクが動いたら動いたでこじれそうな気がするし」

 

というか、軽く目のハイライトが消えてるイッカクに任せたらどうなるか怖いから、むしろ何もしないでほしい。

これ、先生のことは言わない方がいいかな。

ていうか、すでに他のクラスメイトから距離を置かれているあたり、すでに何かやらかしたな?

 

「まぁ、その辺りのことはおいおい考えるとして、とりあえず今日はどこで練習する?できれば人目のつかないところがいいと思うけど、どこか心当たりとかある?」

「えっと、私がいつも練習してたところに行く?けっこう穴場で人も少ないんだ」

「ほんと?さっすが」

 

こういう時の地元民は本当に頼りになるね。

でも、どういう場所なんだろ。人が少ないってことは、自然の中だったりするのかな?

う~ん、放課後が待ちきれなくなってきた。

 

 

* * *

 

 

「待ちなさい!!」

「うわでた」

 

昼食を食べてから放課後、さぁトレーニングに行くぞと思っていたら、またさっきの3人組から声をかけられた。

関わりたくないから返答は1つ。

 

「やだ」

「あなたに拒否権はありません!」

 

うわー、めんどくせー。

ていうか、そういうのってどちらかと言えばお嬢様学校とかそんな感じのところでするんじゃないの?そこそこ都会とはいえどちらかと言えば地方の片田舎だよ?

場違い感すげー。

 

「いやだからさ、そういうのは私じゃなくてイッカクに言ってって言ってるじゃん。あ、でもここにいるし、ちょうどいいから言いたいこと言ったらどう?」

「ぐっ・・・イッカクさん」

「ごめん。ハヤテちゃんのトレーニングをするから後でね」

 

わぉ、ばっさり。

「後で」って言っておきながら二度とその時がこないやつなんだろうね、これ。

ただ、自分から話を振った手前、その返しをされるとちょっと気まずい。

ていうか、せめてイッカクの口から否定の言葉を出してほしい。そうすれば後腐れはなくなるから。

たぶん、

 

「えーと、イッカク?別に私は時間とか気にしないから、少しくらいは話を聞いてあげたら?」

「大丈夫だよ。だって、この子たちなんでしょ?ハヤテちゃんのこと悪く言ったの」

 

うん、そうだよ。大正解。

敢えて「どうしてわかったの?」とは尋ねないでおこう。態度でわかりそうだもんね、これ。

 

「私は、何があってもハヤテちゃんと一緒にいるから。だから、早くトレーニングに行こ?」

「う、うん」

 

ね?見ればわかるでしょ?むしろ私が困ってるって。

あの3人が見るからに挙動不審になっているあたり、ちょっとは私の状況を理解してもらえたと思ってもいいのかな?

 

「それじゃあ、また機会があったらね」

 

とりあえず、それだけ言ってその場を後にした。

できれば、その機会が来ないことを祈ろう。

 

 

* * *

 

 

「ねぇ、ちょっといい?」

「うげっ」

 

翌日、今日はイッカクと別々で私だけ先に登校しているときに限って3人の・・・

 

「・・・あれ?今日は1人?」

 

珍しく、今日は真ん中の黒髪の娘だけだった。

 

「言ってなかったけど、あの2人とはクラスメイトってだけで特別仲がいいわけじゃないの」

「なんだ、取り巻きとかそういうのじゃなかったんだ」

「取り巻きって、そんな風に見てたの?」

「うん」

 

だって、基本的に真ん中陣取ってたし、他の2人はあまり喋ろうとしなかったし。

 

「ま、まぁ、あの中では私が一番速いけど、だからってそんな不良みたいなことはしないわよ」

「どちらかと言えば、不良ってよりは悪役令嬢みたいなノリだったよね」

 

ラノベとか漫画で見た気がする。

 

「それで、昨日のことなんだけど・・・」

「あー、うん。イッカクのことだよね?あっ、そう言えば、まだ名前聞いてないや」

「私はビクトメイカー。昨日のことは、その、勝手な決めつけでいろいろと言ってしまってごめんなさい。それで、イッカクさんのことなんだけど・・・」

「う~ん、なんて言えばいいのかなぁ・・・」

 

私も、けっこう困惑してるからね、イッカクのあの態度には。

 

「私も聞きたいんだけど、イッカクってけっこう執着心が強かったりするの?」

「いえ、そういう話はきいたことないですけど・・・」

「そっか~・・・まぁ、私も何が正解とかはわからないんだけどね」

 

そう前置きしてから、イッカクとは入学した初日に一緒にランニングをしたこと。その時点でイッカクに意識されていたこと。内容はわからないけど、須川さんと何かを話してアシスタントとしてでもいいから私について行きたい覚悟を決めたこと。須川さんから周囲を魅了するウマ娘はたまにいて、私もその類だと言われたことを話した。

 

「そうなんですか・・・」

「ぶっちゃけ、私もあまり実感が湧かないから何も言えないんだけど、本人も自覚なかったんじゃないかな?」

 

あるいは、そこまで夢中になれるものがなかったとか。

個人的には後者な気がするけどね。

 

「イッカク、なんかすごい勢いでアシスタントの勉強し始めたから・・・一応、私の方からも『少しは自分のトレーニングもした方がいいよ』って言ってあるんだけど、完全に後回しになっちゃってるし・・・」

 

私がイッカクの走っている姿を見たのは試走のときくらいだけど、風になびく白髪が綺麗だった記憶があるから、まったく走らなくなるってのはすごいもったいないって思うんだよね。

でも、仮にイッカクが自分のトレーニングをしたとして、それで中央でうまくやっていける可能性はどうしても低くなっちゃう。

手段を選ばないんだったら、イッカクを問答無用で私から離れさせるなり、アシスタントの編入試験の失敗を祈るなりっていう方法があるけど、前者はなんかあらゆる手段を尽くしてでも追ってきそうな気配がイッカクにはあるからできないし、後者はヒトとしてダメだから論外。

ほんと、どうすればいいんだろうね。

現状一番いいのは、両立させることかな。

私の面倒を見るだけじゃなくて、自分も軽くでいいから体を動かすなり走るなりして練習を続けさせる。

というか、それくらいしかできることないよね。

 

「まぁ、こうなっちゃった責任が私にあるってのも間違いじゃないからさ、私の方でどうにかするよ」

 

本当に遺憾だけどね。否定したくてもしにくいから仕方ない。

あーいう重い女の扱いの心得なんて私にはないけど、どうにかするしかないよね。

 

「その・・・私でよければ、相談に乗りましょうか?」

「お詫びのつもりで言ってるなら、別にいらないよ。むしろ・・・」

「ハヤテちゃん?」

 

言葉を続けようとしたところで、背後からゾっとするような寒気を帯びた声が聞こえてきた。

後ろを振り返ると、そこには笑顔のイッカクが立っていた。

ただ、目が笑っていない。

ついでに言えば、視線が向いている先にいるのは私じゃなくてビクトメイカーだ。

 

「その娘、昨日ハヤテちゃんのことを悪く言ってたよね?何を話してたの?」

「えっとね、その昨日のことについて謝ってくれてたんだ」

 

嘘ではない。

本題はイッカクのヤンデレ疑惑についてだけど、謝罪の言葉はもらってるからね。

だから、あながち間違いではない。

 

「ほら、ビクトメイカーも謝って」

「え?あ、その、昨日はクラマハヤテさんのことを悪く言ってすみませんでした」

「そっか・・・ハヤテちゃんがいいなら、私もいいよ」

 

ふぅ、危機は脱した。

 

「・・・そういうことで、昨日のこととかは本当に気にしなくていいから。じゃあね」

「あっ・・・」

 

言いたいことだけ言っておいて、さっさとその場を後にした。

・・・今のイッカクは、言ってしまえば不安定な状態だ。できることなら、トレーニング以外のことでイッカクの手を煩わせたくない。

だから、ビクトメイカーから謝罪以外の何かを受け取ろうとも思わない。

それを理解してもらえたかはわからないけど、そうであることを祈ろう。

あるいは、もう一度話す機会があってもいいかもしれない。

・・・本当、前途多難というか、どうしてこうなっちゃったのかなぁ・・・。




今回は短めです許して。
マジで最近、体調があまりよくない日が続いてつらい・・・。
研究室関係でいろいろとやることもあるので、投稿ペースは上がらないでしょうね。


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恋って何味?何色?

あれから数日。須川さんがやってくる約束の日になった。

ここまでくると私も矯正した走り方にだいぶ慣れてきて、特に意識しなくても勝手にそのフォームになってるくらいには染みついた。

今は、須川さんに私の走りを見てもらっている。

 

「どうでした?」

「・・・限りなく完璧に近いな。たしかに1週間で違和感を消せるようにしろと言ったが、ここまで仕上がってるのは予想以上だったな。その調子だと、随分と走りこんだんじゃないか?」

「ですねー。空いてる時間はずっと走ってた気がする」

 

最初はなかなか違和感が消えなくて、軽くムキになりながら走ってたんだけど、違和感が消え始めてからも最初の感覚のまま走りこんでて、いつの間にかスポーツウォッチの走行距離が数百㎞とかになってた。

我ながら、ちょっと反省してしまったね。イッカクからも走り過ぎだってちょっと怒られちゃったし。

競争ウマ娘は体が資本なんだから、ちょっとは自分の身体を労わらないと。

まぁ、内心では動いた分ちゃんと食べてるから別にいいじゃんって思ってるけど。

 

「それはそうと、イッカクの嬢ちゃんとはどうだ?」

「ぶっ飛ばしますよ?」

 

思い切り蹴りたい、そのニヤニヤ顔。

ちなみに、今この場にイッカクはいない。スポーツドリンクを買いに行くように須川さんが言ったけど、ぜったいこのことを聞くための方便だよね。

ていうか、そうやって須川さんがイッカクをこき使ってるから変な噂が流れるんだよ。

 

「で?実際のところはどうなんだ?」

「一言で言うと、重いです。どっかの誰かが焚きつけたせいで」

 

最近、マジで寝てないんじゃないかってくらい私のトレーニングの準備とかしてくれてる。データの整理とかね。

真剣に私のトレーニングの面倒を見てくれるのは本当にありがたいんだけど、それに厄介者払いは含まれてないと思うんだ。

ビクトメイカーの働きかけがあったのか、突っかかってくるようなウマ娘はあまりいなかったけど、それでもやっぱり0というわけにはいかなくて、文句を言いに来た娘もいた。

そのたびに目から光を失くしたイッカクが威圧してくるもんだから相手の方は完全に怯えちゃって、傍から見てて可哀そうに思っちゃった。

そのおかげで、わずかに残っていたやっかみもなくなったけど、その代償に友達もいなくなった。いや、私は別に元からいなかったけど、イッカクからもクラスメイトが遠ざかったもんだから、クラスで浮くようになっちゃった。今じゃすっかり孤立ルートまっしぐらだよ。

イッカクの私一筋なところも改善の見込みはないし、どうしようもない。

その点に関しては諦めてるから、せめてもの抵抗としてなるべく一緒に走るようにしてる。イッカクにも走ることの楽しさが伝わればそれでいいし、伝わらなくても身体能力の低下を抑えることはできる、と思う。

せめて、イッカクには走ることをやめてほしくはないな~。

・・・なんか、ここ最近ずっと同じことばっかり考えてる気がする。

まぁ、あれだね。イッカクが私のことを考えてくれてるように、私もイッカクのことを考えてるってことかな。これってもはや相思相愛になるのでは?

いや、そりゃあ私は前世が男だったからあまり男性は恋愛対象にならなかったけどだからといって女性とお付き合いしようと思うと世間体とかいろいろと問題になるしだからといって今さら男性と付き合おうってのも気が引けるっていうかそもそも今世では初恋なんてまだだしっていうか人付き合い自体がほとんどなかったから今さら“好き”って感情がどういうのかもわからないしだったら生涯独身の方がいいのかもしれないけどそれはそれでお母さんに申し訳ないしだったらイッカクから告白された方がいいのかなでもイッカクの好きは憧れみたいなものだろうし告白されるのを待つのって負けヒロインの定番だしだったら私の方から告白した方がいいのかなでもでもでもでもでも・・・

 

「おーい、生きてるかー?」

「須川さんはウマ娘同士の恋愛についてどうおかんがえですか!?」

「なるほど、お前さんが錯乱してるのはよ~くわかった。どっから発想が飛躍したんだ?このむっつり」

「だっ、誰がむっつりですか!!」

 

これでもピュアな方だよ!たぶん!

 

「まぁ、生産性の有無を別にすれば、いいんじゃねぇの?少なくとも、俺はお前さんとイッカクの嬢ちゃんがそういう関係になっても口は出さねぇよ」

「いや、別にイッカクとはそういう関係じゃなくてですね!あくまでもしかしたらってだけで決してそう言う邪な気持ちは持ってないんです信じてください!」

「どーどー、落ち着け落ち着け。またヒートアップしてんぞ」

 

おっと、つい興奮してしまった。

 

「ほら、深呼吸して落ち着け」

「すー、はー・・・はい、落ち着きました」

「相変わらず切り替えが早ぇな」

 

まぁね、切り替えの早さには自信があるんで。

 

「んで?結局どういうことなんだ?」

「えっとですね、私もイッカクがいろいろと手伝ってくれるのは嬉しいんですよ。そりゃ重く感じるときもありますけど、基本的に善意ですから嫌がる理由もないですし」

「そうだな」

「でも、今のイッカクって、私以外の何もかもを切り捨てようとしてて、私はそれが嫌なんですよ。クラスメイトや友達、走ることさえ捨ててまで私のことを支えてほしいなんて思えないし、思いたくないんです」

「そうか」

「だから、私もイッカクに何かできることがあるならしてあげたいんですよ。私のために何かを捨てるんじゃなくて、必要なことまで捨てずに一緒に頑張っていきたいんです」

「・・・そうか」

「で、これって実は相思相愛になるんじゃないかって思って」

「いや、そうはならないだろ」

「なってるじゃないですか」

「発想が飛躍しすぎだ。どっからでてきたその発想」

「だって、イッカクは私のことを考えてくれていて、私もイッカクのことを考えてるんですよ?これって相思相愛になりません?」

「いやならねぇよ。よしんばなったとしても浅ぇよ。発想が恋愛経験0のオタクみたいになってるぞ」

 

恋愛経験0はともかく、オタクってひどくないですか?もののたとえにしても、もう少し他にあると思うんですよ。

いやー、違ったのかなー。我ながら的を射た考えだと思ったんだけどなー。

やっぱり、人付き合いって大切なんだなー。

 

「・・・まぁ、たしかに責任の取り方としてはあながち間違いじゃないかもしれんが、それにしたってもっと他にあるだろ。そもそも、お前さんとイッカクの嬢ちゃんでそんな関係が成り立つと思うのか?」

「そりゃあ・・・難しいでしょうね」

 

今のイッカクであれば、私が「付き合おう」って言っても「私とハヤテちゃんじゃ釣り合わないから」とかなんとか言って断る可能性が高い。

仮に付き合うことになったとして、それはあくまで“私が言ったからそうした”にすぎなくて、イッカク自身の気持ちは丸々無視することになる。

そんな関係なんて、すぐに破綻するのが目に見えてるし、何より私が納得できない。

なにか、イッカクを“クラマハヤテ”という呪縛から解放できるような、そんな()()がほしいところだね。

 

「・・・須川さんは、イッカクが吹っ切れるような“何か”が中央にあると思いますか?」

「わからん。わからんが、ここにいるよりはマシかもな。あるいは、お前自身がその“何か”かもしれんが、きっかけは多いに越したことはない、か。よし、ちょっと無理することになるが、イッカクも中央に連れていけるように俺が口添えしてやる」

「いいんですか?」

「よくはないな。だが幸い、今のペースならクラシックまでには必要な能力は備わりそうだ。皮肉にも、お前への執着心のおかげでな。いろいろと言われるだろうが、そこはお前さんも同じだろうし頑張ってもらうぞ」

「はい。わかりました」

 

まさか、こんなところで中央に行く決心がさらに固まることになるなんてねー。

 

「それで、実際どうなんです?そういうのってあるんですか?」

「けっきょく聞くのかよ」

「それはそれ、これはこれです」

 

やっぱり興味はあるんだよね。甘酸っぱい青春とかドロドロの関係があったりするのかな?

 

「引退した面々ならなくもない、って程度だな。現役だと恋愛にかまけてる暇なんざほとんどないし。でもな、さすがに同性愛なんていうマイノリティはほとんどいないぞ?友人としてのスキンシップがほとんどだろうな」

「まー、ですよねー」

 

期待してたわけじゃないけど、まぁそんなもんだよね。

 

「あー、だが、トレーナーに対して恋心を抱く、って話はいくつかあったかな」

「えっ!?」

 

なんと!教師と生徒の禁断の恋愛が!?

それはなんともそそられる話だろうか。

もしかしたら、私もそういうことが・・・

 

「いや、ないか」

「おう。俺の顔を見てなんて言いやがった?」

 

いやだって、私は中年のおっさんにときめくような嗜好は持ってないし。

改めて見ると、どうせならもっと若い人の方がよかったなー。

 

「うし、お前が失礼なことを考えているのはわかった。どうせだ、とびっきりキツイスケジュールを組んでやるから覚悟しろよ・・・!」

「うわー、大人気なーい」

 

それがいい歳した大人のやることかよ。

 

「すみません、遅くなってしまいました」

 

そんなところに、ちょうどいいタイミングでイッカクが戻って来てくれた。

よし!これはチャンス!

 

「イッカクー!須川さんがいじめようとしてきたー!」

「・・・本当ですか?」

「へ?あ、おい!人聞きの悪いことを言ってんじゃねぇ!」

「え~?トレーニングのスケジュールを思い切りキツイのにするって言ったじゃーん」

「それはお前が俺に失礼なことを言ったからだろうが!」

「須川トレーナー、それはあまりにも大人気ないですよ」

「あ!?クソッ、嵌めやがったな!?」

「嵌めたって、なんのことですか?失礼なことも心当たりがないですね」

「コイツ・・・!」

 

へっへーん。私をいじめようとしたのが悪いんだよ。

・・・まぁ、答えを出すのはまだ後でいいかな。

後悔しないためにも、ゆっくり考えないと。

大丈夫、時間はまだあるはずだから。




この作品の投稿はおおよそ1ヵ月ぶりの投稿になりますね。
とりあえず、いろんなあれこれも落ち着いたので、元のペースに戻していきます。


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『好きの逆は無関心』って言うけど、別に無関心は悪くなくない?

「まずいな」

「ん?どうかしたんですか?」

 

須川さんの特別トレーニングをこなすようになって、そろそろ3週間が経とうとしている。

その間にいろいろなこと(主にイッカク関連)があったけど、自分でもけっこう自信が持てるくらいには上達していると思う。

なのに、今さらになって何かまずいことって、なんだろう?

 

「・・・なぁ、クラマハヤテ。俺とお前が会って、そろそろ3週間くらいになるよな?」

「そうですね。え?まさか告白でもするつもりですか?さすがに年増はちょっと・・・」

「最後まで話を聞け。んで、今までずっと走りの練習をしてたよな?」

「そうですね。それが課題でしたし」

「中央の移籍とデビュー戦、だいたい1ヵ月を目安にしたよな?」

「そうですね。あと1週間ですか。時が経つのは早いですねー」

「この3週間で、お前は確実に速くなった。それこそ、中央でも通用すると断言できるほどにな」

「え?本当にどうしたんですか?」

 

まさか、今さらになって中央への移籍が難しくなったとか!?

まぁ、別にいいけど。ていうか、むしろそうだよねって思う。地方で碌に成果を挙げないまま中央に行けるわけないって。

須川さんの今までにないレベルで切羽詰まった様子を見ると、それくらいしか思い浮かばない。

 

「なぁ。お前さんは、レースで1着になったウマ娘が何をするのかは知ってるよな?」

「さすがに知ってますよ。ウィニングライブですよね?」

 

この世界では、レースに勝ったウマ娘は報奨金とかの他にステージでダンスを踊る権利が与えられる。

内容は時と場合によって様々で、1人で踊ることもあれば、出走した全員が躍る中でセンターを担当することもある。

ていうか、よくよく考えると頭おかしくない?全力で走った後に全力で踊らないといけないって。苦行かな?

まぁ、その分知名度も人気も爆上がりになるし、場合によっては企業からの援助を受けるきっかけにもなり得るから、悪いことばかりってわけじゃない。

当然、中央のウィニングライブ、それもG1でのレースにもなると、その宣伝効果は計り知れない。

だから、ウマ娘はこういうトレーニングとは別にダンスのレッスンを受ける必要が・・・

 

「・・・そういえば、今まで一度もダンスの練習したことないですね」

「そうだよ、なんで今まで気づかなかったんだ・・・」

 

まぁ、それだけ前までの私の走り方がひどかったのもあるだろうし、ようやくマシになったからこそ他のことに目を向ける余裕が出てきたとも言えるよね。まぁ、だったらなんで先週の時点でなんで気づかなかったんだって話になるけど。

 

「聞きたいんだが・・・授業でやったりしないのか?」

「ないですね。基本的に自分でどうにかするように、と。なので、基本的に各自でダンス教室に通うことになってます」

 

身も蓋もないことを言っちゃうと、ダンスまで教えれるトレーナーって地方だとけっこう少ないんだよね。少なくとも、浦和トレセン学園(うち)にはいないはず。その証拠に、ダンスの授業なんてないしね。

 

「ちなみに、中央だと授業であるんですか?」

「授業ってーか、トレーナーとは別にダンスの講師が勤務してるから、スケジュール組んでトレーニングの時間にレッスンするって感じだな。なんなら、疑似ステージも敷地の中にある」

「あー、そういえばファン感謝祭でもなんかやってましたよね」

 

中央トレセン学園で行われるファン感謝祭ってテレビでも生中継で放送されたりするんだけど、ステージでイベントやってる様子が流れてるときに「どっかの施設借りてるのかなー」とか思ってたけど、あれ敷地内だったのか。マジで規模が違うな。

・・・ここまで言われて気づいたけど、そういえば私、トレセン学園に入ってから一度もダンスの手ほどきを受けてないや。

 

「念のために聞いておくが、ダンスの心得は?」

「子供の時にお母さんに褒められたことがあるくらい、ですかね?」

「須川トレーナーは指導できないんですか?」

「無理だな。この業界に入ってから、ずっと走りしか教えてない」

「私も、誰かを指導できるほどの知識はないですし・・・」

 

いや、そりゃそうでしょ。さすがにダンスも教えられたら引くレベルだよ。

でも、盲点だったなー。今まで走りのことしか教えられなかったし、それしか考えてなかったから完全に頭から抜け落ちてた。

 

「え、どうします?あと1週間でどうにかなるんですかね?」

「お前次第だな。ていうか、今からレッスン受けれるところなんてあるのか?」

「難しいと思います。飛び入りというのもそうですけど、1週間くらいですぐにやめるってなると、さらに厳しくなりますね」

「あぁ、言われればそうだったな」

「須川さん、早い段階で中央に移ることはできるんですか?」

「無理だな。これは違うときに言おうかと考えてたんだが、クラマハヤテの中央移籍について条件を出された。来たる中央でのデビュー戦で勝利すること。それが最低条件だとさ」

「え?そんなことがあるんですか?」

「普通はない。が、タイミングが悪かった。浦和トレセン学園に入学した後でデビュー戦も待たずに移籍申請、さらに入学以前も目立った成績がないから、このデビュー戦で中央にふさわしいかどうか判断するつもりだそうだ。逆に結果次第では、こまごまとした試験は省かれるらしい。まさに異例中の異例だな」

「というか、よくそんな要望が通りましたね・・・」

 

イッカクが呆れながらそう呟いた。

まぁ、そうだよね。前例があるとはいえ、よく地方出身のウマ娘に対してそんなに融通を効かせてくれたと思うよ。

 

「そいつはさておきだ。どうする?誰か当てはないのか?」

「ないな~」

「私もないですね」

 

う~ん、さすがに素人の練習で1週間は限度があるよね。

誰か、ダンスレッスン関連でコネを持ってそうな娘は・・・

 

「・・・あ」

「なんだ?」

「ダメ元だけど、伝手が多そうな娘なら心当たりがある、かも」

 

これでダメだったら諦めよう。

 

 

 

「そういうわけで、どこか紹介してもらうことってできる?」

「えぇ・・・」

 

私が頼ったのは、ビクトメイカーだ。頼られた当人はすっごい困惑してるけど。

なんでビクトメイカーを頼ったかと言うと、前に3人がかりで私をいびってたとき、ごく自然な様子で真ん中に立ってリーダー面していて、しかも他の2人からそのことに対する不満が感じられなかったから、たぶんグループを形成してそのトップに立ってたんじゃないかと予想したわけだ。

ただ、トレーニングの最中にいきなり呼び出しちゃったから、周りからすごい目立ってる。

 

「・・・一応、紹介はできなくもないけど・・・」

「本当!?」

「というか、私の親戚がダンス教室をやってるから、そこでやらない?」

「え、そうなの?ていうか、いいの?」

「えぇ。その・・・罪滅ぼし、って言うほど大袈裟ではないけど、何もしないのは失礼だし・・・」

「私は別に気にしてないからいいんだけど・・・まぁ、これでチャラってことでいいよ」

 

意外と律義なんだね。

 

「それで、いつからなら大丈夫?」

「あなたがいいなら、今日トレーニングが終わった後でもいいよ。寮の門限があるから長くはいられないと思うけど、顔合わせくらいはした方がいいだろうし。向こうには私が連絡しておくから」

「ほんと?ありがとう!」

 

やっぱ、頼るべきはコネだね!

イッカクにはすごい微妙な顔をされたけど、頑張って説き伏せて納得してもらった。

心配してくれるのは嬉しいけど、さすがにレッスンにまでついて来ようとするのは過保護だと思うよ?

 

 

 

トレーニングが終わった後は、さっそくビクトメイカーと一緒に件のダンス教室に向かった。

その道中でふと気づいたことなんだけど、こうしてイッカク以外の誰かと一緒に歩くことって、初めてなんじゃない?トレセン学園が全寮制だからってのもあるかもしれないけど、それでも休日とかも含めてイッカク以外の誰かと一緒に居たことなんてなかった。

私がいろんな意味で避けられてたってのもあるんだろうけど、やっぱりイッカクが遠ざけてたのかな~。

そう考えると、ビクトメイカーって私にとって希少な存在なのかも。

道中で、ビクトメイカーからいろんなことを話した。

ビクトメイカーはその親戚のダンス教室の関係で交友関係が広くて、あの時の2人もその知り合いらしい。それで、ダンス教室のメンバーの中で1番脚が速いってことで、自然とリーダー格みたいな扱いを受けるようになったんだって。ウマ娘は基本的に脚が速いってのがステータスになるから、特別珍しいことでもないらしい。

私に突っかかったのは、イッカクに(あくまで一方的にだけど)憧れてて、イッカクが私に対してあれこれしてたのが私がそうさせてるんだと思って気に喰わなかったんだと。でも、イッカクの闇落ち?ヤン?な一面を見て「あれ?」ってなって、それで冷静になって悪いことをした自覚が芽生えて、それで謝った、ってのが真相だったらしい。

正直、すっごいどうでもよかった。だって、実害皆無だったからね。

私からすれば、2回だけちょろっと絡まれた後になぜか謝罪されたくらいのことでしかないから、そんな隠してた罪を告白するかのように言われても「で?」としか言いようがない。

そりゃあ、実害があったら話は別だけど、絡まれた以外は特にこれといったことはされてないしね。

多分だけど、根はいい子なんだろうねぇ。ただ、良くも悪くも真っすぐってだけで。

だから、どうしても謝罪とか贖罪がしたいんだろうね。

正直な話、気にしてないというか割とどうでもいいんだけどねぇ。

何度も言ってるけど別に実害はないし、極論を言えば、私の邪魔をしなければ好きにしてくれていいんだよね。皆で無視しようが陰口を叩こうが、まったくとは言わないけどそんなに気にしない。

だって、まだ確定じゃないとはいえ、予定通りにいけば私は中央に移籍になって一切かかわらなくなるから。

むしろ、ハブられた方がすっきり移籍できるまである。

理解されないかもしれないけど、これが私の偽らざる本心なんだよね。

ビクトメイカーの手前、そんなこと口が裂けても言えないけど。

いろんなことを話しているうちに、私たちは目的のダンス教室についた。

ちなみに、学園でのいじめ(私からすればイビリにも満たないけど)に関しては言わないことにしている。あくまでダンスレッスンが目的であって、別にビクトメイカーを反省させたいわけじゃないし、むしろそれで余計な時間を過ごしたくないからと私がごり押した。

ただ、レッスンを受ける動機はそのまま話すことにしている。さすがにそこまで誤魔化せる自信はないし、そもそも誤魔化す必要もあまりない。

それからは顔合わせもつつがなく終わって、どうせだからとレッスンはビクトメイカーが面倒を見ることになった。どうやら指導できるくらいうまいらしい。

それで、軽く私のダンスを見てもらったんだけど、

 

「・・・なんか、思ってたより上手いわね?」

「そう?」

 

自分じゃよくわかってなかったけど、ビクトメイカーから見て私のダンスはけっこう上手いらしい。

 

「子供の頃にお母さんから褒められた程度って聞いてたけど」

「あー、子供の頃になんやかんやあってお母さんから教えられてたから」

 

さすがに家の中で走るわけにもいかなくて、でもさすがに何もしないのは落ち着かないからってことでテレビ見ながら踊ってたりしてたんだけど、それで母さんが現役時代のことを思い出したのかやけに熱を入れて私にダンスの基礎を教えてくれたんだよね。そのおかげと言うべきか、ダンスの基礎動作は私の身体に染みついてる。

 

「これならよっぽど大丈夫だと思うけど、中央でデビューするならもっと気合入れた方がいいよね」

「あー、たしかにそうかも」

 

中央なら、ダンスのレベルまで高くても不思議じゃない。というか規模が段違いでも不思議じゃない。

デビュー戦とはいえ、人は多いだろうからみっともない姿は見せられないね。

 

「それじゃあ、普段のトレーニングも合わさってきついかもしれないけど、デビューに向けてがんばろっか!」

「よろしくお願いします、先生!」

 

そうして、ビクトメイカーの個人レッスンが始まった。

残りは1週間しかないけど、気合を入れて頑張っていこう!




今年最後の投稿です。
無料10連でタマモクロスが引けない・・・!代わりにカワカミプリンセスが出ましたがちがうそうじゃない。
シングレがきっかけで始めたんでぜひ欲しかったんですけどね、これは望み薄かな・・・。

追記
最後の最後で花嫁エアグルーヴが出ました。ふざけんな。


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都会って怖くない?私は怖い

ビクトメイカーからダンスのお墨付きをもらった後の休日。

私は須川さんが運転する車の助手席に乗っていた。

そう、私だけだ。今回、イッカクは一緒にいない。

普通なら散々ごねそうな気がするけど、根回ししてたのかイッカクは割と素直に私を見送った。

ついでに言えば、どこに向かっているかも聞かされていない。

これって、もはやただの強制連行では?バラエティ番組的なノリの。

 

「須川さーん。いい加減どこに向かってるか教えてくれませ~ん?こちとら、せっかくの休日に急に連れてかれた哀れなウマ娘なんですけど」

「自分で自分を哀れって言ってんじゃねぇよ。どうせすぐにわかる」

「ほんと~?」

 

すでに1時間近く走ってても、皆目見当もつかないんだけど。

強いて言うなら、ビルが多くなってきたってことくらい?

ついでに言うなら、車と人も多くなってきたような?

 

「ね~、あとどれくらいで着くの~?」

「子供か・・・ほら、すぐそこだ」

「すぐそこ?そこってどこ・・・」

 

すぐにはわからなかったけど、よく見れば、いや、そんなによく見なくてもわかった。

だって、写真でしか見たことがない建物が見えたから。

もっと言えば、ここ最近は特に見る機会が多かったところだ。

だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まさか・・・」

「おう。まだ気が早いが、先に言っておこう。ようこそ、中央トレセン学園へ」

 

いやほんとに気が早すぎるよ。いろんな意味で。

 

 

 

 

 

 

「つまり、見学っていう名目で芝生を走るために来たってこと?」

「おう。だから言ったろ?制服とジャージを用意してついてこいってよ」

 

できるなら、もうちょっと情報が欲しかったよ。納得はしたけどね?学園に行くんだから制服なのは当然だし、イッカクは私と違って面倒な試験とかいろいろ済ませるまでは部外者だからまだ来れないし。

ただ、それをもっと早い段階で言ってくれればよかったんだけどね。

ていうか、他校の制服で来てるせいで目立ちまくってるよ。一応、今日は休日のはずなんだけどね?めっちゃいるじゃん。

まぁ、質も規模も地方とは段違いだし、どのみち寮生活ってことを考えれば、休日の学園でも学生がいたりするのかな?

 

「うぅ・・・胃が重い・・・」

「目立ってるもんな」

「どちらかと言えば、悪目立ちって感じがするんだけど・・・」

 

地方のウマ娘が来てるんだから、そりゃ良くも悪くも目立つよね。

いや、どちらかと言えば悪目立ちの側面が強めなのかもしれないけど。

地方から移ってきて失敗するなんて、珍しい話じゃないからね。

 

「だが、これくらいは慣れとけよ。デビュー戦とはいえ、中央のレース場で開催されるんだ。当然、相応に人も多い。なにせ、未来のクラシックウマ娘候補がいるかもしれないんだからな」

「・・・そりゃそうだよね~」

 

どんなウマ娘だって、最初は新人だからね。

それに、もしかしたらデビュー戦の時点で頭角を現すウマ娘がいる可能性だってある。

そんな歴史的瞬間を目撃したい人なんて、大勢いるんだろうね。

たとえそれが、デビュー戦であっても。

・・・これが、中央か。本当に、何もかもが地方とは違うんだなぁ。

 

「それで、今日はどうするの?芝の試走だけして帰るとか?」

「まさか」

 

ですよね~。

 

「つっても、お前が何かやるってわけじゃねぇよ。俺の方で話をしとかにゃいかん奴がいるから、それまで待ってろってだけだ」

「あ、なんだ」

 

それはよかった。

冷静に考えれば、移籍予定とはいえ正式に決まったわけじゃないからね。さすがに、生徒になる前に私が何かしなきゃいけないとか、そういうのはなかったわけだ。

・・・あれ?

 

「待ってる間は?」

「好きに走ってていいぞ。あぁ、走っていい場所は決まってるから、この地図と入校許可証を持ってけ。更衣室もそこに書いてあっから」

「正気か」

 

初めての場所で一人で走ってろってマジで言ってんの?しかもここ、中央トレセン学園だよ?

ぺーぺーの地方ウマ娘が1人で好きにしていい場所じゃないって。

 

「えっと、その話し合いが終わるまで私も一緒にいるっていうのは?」

「おいおい、ここに居られる時間はそう長くないし、なにより芝で走れる機会なんてのは向こうじゃそうそうないぞ?今のうちにできるだけ走って感覚を掴んだ方がいいに決まってるだろ」

「ぐっ、わりと正論だけど・・・」

 

ただでさえ、1ヵ月で中央でも通用するだけの実力を身につけるだけでもけっこうハードル高かったのに、さらに今まで走ったことがない芝生に慣れなきゃいけないってのは正論だけど、だからといって行き先言わずに無理やり連行した上でそれを強いるのはどうにも納得がいかないんだけど?

 

「ほら、さっさと行った行った。時間は無駄にできないぞ」

「後で覚えててよ・・・!」

 

後で思い切り左足を蹴ってやる。帰りの運転を考えて右足は勘弁してやるけど、場合によっては腰にもドロップキックかましてやる。

なんとなく下っ端盗賊みたいなことを言って、私はブツブツ文句を垂れながら地図の通りに進んでいった。

・・・この地図、手書きにしてはめちゃくちゃ正確だな。

 

 

* * *

 

 

「・・・意外とあいつでも緊張するもんなんだな」

 

気持ち小さくなったように見えるクラマハヤテの背中を見送りながら、須川はわりと失礼なことを呟いた。

本人が聞いたら、「私だって並程度には緊張しますけど!?」とツッコんだことだろう。

 

「さて、あまりあいつを待たせるわけにもいかんだろうし、さっさと用事を済ませるとするか」

 

なるべく早くハヤテのところに向かうために、須川は早足で目的地へと向かった。

須川が向かうのは、本校舎の中にある生徒会室。

用事というのは、生徒会長の面談だった。

 

「トレーナーの須川甚一だ」

「入ってくれ」

 

立派な扉をノックして返事が返ってくるのを待ってから、須川は扉を開けた。

 

「待たせたか?」

「いや、まだ予定の5分前だ」

 

会長席に座っているウマ娘こそ、中央トレセン学園の生徒会長であるシンボリルドルフ。かつて唯一の“無敗の三冠”と“七冠ウマ娘”という2つの偉業を果たし、『皇帝』の異名を持つ最強のウマ娘だった。

今では一線を退いており、どちらの記録も並ばれ、破られたものの、今でも多くのウマ娘から尊敬される生ける伝説だ。

ちなみに、顔だちが整っていることが多いウマ娘の中でも特に凛々しい顔立ちのため、女性人気が圧倒的に高い。

 

「珍しいな。いつもは予定の時間ギリギリか、少し遅れる程度だったと思うが?」

「言わないでくれよ、会長殿。俺だって真面目なときくらいあるさ」

「ふっ、そうか」

 

かつての悪事(と言っても些細なことだが)を指摘されたようで居心地が悪くなった須川は、少々露骨に話題を変えた。

 

「それよりもだ。今回の入校許可と特別練習の件、感謝する。できれば近くで芝を体感させてやりたかったが、さすがに地方でデビュー前となるとすぐには難しくてな」

「かまわない。私としても、件のウマ娘には興味があるからな」

「あ~・・・」

 

そう言われて、須川は微妙な表情になってうめいた。

 

「悪いが、さすがに今から会うのは勘弁してくんねぇか?あいつ、中央トレセン学園(ここ)に来たってだけでガチガチに緊張してっからよ。せめて、デビュー戦の後で頼む」

「む?そうか・・・だが、それだと1人で放置させるというのはどうなんだ?」

「それはそうかもしれんが、あいつは書類上ではまだ中央の生徒じゃない。地方の、それもデビュー戦すら走ってないウマ娘をいきなり生徒会室に連れていくと、いろいろと角が立ちそうだろ」

 

昔ほどではないが、地方から移籍してきたウマ娘を見下す風潮がまったくなくなったわけではない。中央所属であることに誇りを持つウマ娘は多いのだ。

実力を示せばその限りではないが、クラマハヤテはルーキーですらないニュービー。対等に扱えという方が無理な話だ。

 

「そういうわけだから、俺はさっさとあいつのところに行かせてもらう。いいか?」

「そういうことなら仕方ない。また機会があれば話すことにしよう」

 

それだけ言って、須川は生徒会室を後にした。

 

(・・・我ながら、ずいぶん真面目になったというか、丸くなったというか)

 

昔なら、律義に約束の時間を守ることも、ここまで担当のウマ娘を案じることなかっただろうに、変われば変わるものだと内心で苦笑する。

クラマハヤテが走っている模擬レース場に向かうまでの間に、周囲から視線が突き刺さる。

まるで腫物にさわるような、できるだけ目を合わしてはいけないような扱いにも慣れたものだ。

 

(さ~て、あいつは無事かね)

 

入校許可証はあるから最初から邪険にされることはないだろうが、事情を話してからの対応まではわからない。

一抹の不安を感じながらトレーニング場へと向かうと、何やら人だかりを見つけた(ウマ娘だかりとも言う)。

ちょうどそこは、クラマハヤテがトレーニングをしているだろう場所だ。

嫌な予感が的中したか、とも思ったが、それにしては聞こえてくるざわめきは好意的というか、どちらかと言えばファンのそれに近い。

ということは、誰か他に人気のあるウマ娘が来たのか。

いまいち要領を得ないまま人だかりをかき分けていくと、そこでは予想していなかった光景が広がっていた。

 

 

* * *

 

 

「え?ここだよね・・・?」

 

とりあえず、ジャージに着替えて指定されたトレーニング場にやってきた。

ちなみに、幸か不幸かジャージに着替えてからは誰かに話しかけられたりはしてない。着替える前は親切なウマ娘に更衣室まで案内してもらったけどね。

名前は聞いてないけど、つい「実は地方から移籍する予定で・・・」って話をしたら、すごい目を輝かせながら応援された。なぜか限界化して涎を垂らしそうな勢いで迫られながら。

なんか、「地方から上京して、困難な壁に立ち向かう娘の話!これはイケる!」とかどうとかって言ってた気がする。

更衣室に着いたら「あ!これ以上邪魔してしまうのは申し訳ないですね!では私も用事ができたのでこれでぇ!!」って猛ダッシュでどっかに行ってしまった。

何だったんだろう、あの限界オタクさながらのウマ娘は。

それはさておき、トレーニング場に着いたはいいんだけど・・・。

 

「え、広くない?ていうか、広すぎない・・・?」

 

浦和トレセン学園とは比較にならない、っていうか比較に出すことすらおこがましいくらい広い。それも、ダートより整備の手間がかかる芝で、だ。

なんだったら、学園の敷地内にいくつか同じトレーニング場があるって話だったはず。

・・・規模がやべぇよ。地方民には刺激が強すぎるよ。足を踏み出すのに躊躇するレベルだよ。

しかもしかも、他にウマ娘の姿が見えないから実質貸し切り状態だ。

・・・え?いいの?本当にここで走っていいの?後で走ってからなんか言われたりしない?いやでも走りにここに来たわけで・・・

 

「ええい!ウマ娘は度胸!ここで怖気づいてレースで勝てるわけがない!」

 

須川さんも言ってたじゃん!デビュー戦はさっきまでとは比べ物にならない視線に晒されることになるって!

だったら、ここでうじうじしているわけにはいかない。

意を決して、私はターフに足を踏み入れた。

 

「お、おぉ?意外としっくりくるね、これ」

 

初めての芝の感触は、なんか思っていたよりもしっくりきた。

たぶん、子供の頃から走ってた山と似てるからかな。山だって、土がほとんどとはいえ適度に水気もあって草も生えてるから、よほど傾斜がひどくない限りは土壌はしっかりしてる。

この芝生もそういう感じに似ている。足裏に返ってくる感触は山やダートより固いけど、これはこれで強く踏み込めそうだ。

 

「とりあえず、軽く3周くらい走って感覚を掴もうかな?」

 

さすがにそれくらい走ってれば須川さんも来るでしょ。

軽くストレッチをしてから、私は走り始めた。

思った通り、初めての芝生はすごいしっくりくる。ダートが全くダメってわけじゃないけど、断然こっちの方が走りやすい。

まさか、須川さんはこの辺のことも考えてたのかな?

 

(うん、やっぱりいい感じ。もう少し速くいけそう)

 

ずっと走っているとだんだんスピードが乗ってきて、もっともっととスピードを上げていく。

次第に周囲の景色も音も頭に入らなくなってきて、ただただ走ることだけを考えるようになっていく。

まるで時間が引き延ばされていくような感覚に身をゆだねながら、脚も思考もどんどん加速し続けていく。

このまま、どこまでも、どこまでも・・・

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ヤテ!ハヤテ!!」

 

不意に、沈み込んでいた思考に声が割り込んできた。

気付くと、いつのまにか須川さんの他にもすごい人数の観衆がいた。

そんな中、須川さんは張り詰めたような表情で駆け寄って来た。

 

「・・・ハヤテ。お前、いつから走ってた?」

「いつからって、あそこで別れてからここまでほとんど直行だから、聞かなくてもわかるんじゃ・・・」

「そうじゃねぇ。お前、()()()()()()()()()()()?」

「本気で?えっと、なんかスピードが乗ってから・・・あれ?私って、どれだけ走ってたっけ?」

 

なんか、途中あたりからその辺りの記憶が朦朧としてる。途中から走ることしか頭になくて、時間の感覚がすごい曖昧になってる。

 

「・・・俺が来たのはついさっきだが、おそらく30分前後ってところだろう。ったく、とりあえず、これで汗拭いて、水分も取っておけ」

 

須川さんがタオルと水筒を投げ渡してきて、そこで初めて私は全身から汗を流していることに気付いた。さらに、息も荒くなっている。

・・・私、いったいどれくらいの間走ってたんだろう?

いや、()()()()()()()()()()()()()

今さら、30分走ってばてるような走り方はしてこなかったと思うんだけどな・・・。

なんとなく覚えているのは、意識がまるで海の底に沈んでいくような感覚。あのときは、走ることしか考えていなかったと思うけど・・・。

 

「・・・うーん、やっぱりわかんないや」

 

いつまでも思い出せないことを気にしても仕方ないし、今はちゃんと休んでおこう。

 

 

* * *

 

 

「ったく。我ながら、とんでもない奴を見つけちまったかもしれんな」

 

トレーニング場で走っていたハヤテの姿は、一言で言えば“異常”だった。

浦和でトレーニングをしているときよりも速くなるのは、須川もある程度予想していた。ハヤテがダートよりも芝に適性があるだろうということも。

だが、それを差し引いてもクラマハヤテの走りは常軌を逸していた。

厳密には、走っているときの表情が、明らかにいつもと違っていた。

何を映しているのかわからない眼は、いったい何を見ていたのか。

傍から見ているだけの須川にはわからないが、その状態で走る姿はまさに圧巻だった。

それこそ、かつての黄金期に名をはせたウマ娘たちとなんら遜色ないほどに。

 

「・・・こりゃ、今後が楽しみだな」

 

これからまだまだ伸びるのか、それとも早熟なだけなのか。

須川はまだ見ぬ未来に思いを馳せ、心を躍らせた。




ポケモンアルセウスがくっそ面白い。
従来と違って厳選とかオンライン対戦がない1人用ゲームに特化してるので、1人で楽しむことが多い自分にはピッタリでした。マジで時間が溶けまくりますね。
さらにDLCがほぼ決まってる(?)らしいので、やりこみが止まらない。

今回は中央に来てビビりまくりのハヤテですが、自分も初めての場所ではわりと不安に駆られやすい人間です。都会にあるみたいな立派な建物だと特に。
なんで、なんやかんや言って田舎とか地方が落ち着きます。


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オタクとかいう別世界の生き物

「そう言えば、須川さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

 

昼ご飯を挟んで再び芝の試走をして休憩を挟んでいるときに、ふと気になることを尋ねてみた。

 

「いや、トレーニングとは関係ないんだけどさ、ここに来たときに更衣室に案内してくれたウマ娘のこと、もしかして知ってるのかなって思って」

「言っておくが、俺だって知らない奴は多いぞ?」

「だから、一応だって、一応。なんか、やけに特徴的というか、印象に残るから、もしかしたら知ってるのかなって」

「まぁ、聞くだけ聞いてやる」

「えっとね、小柄な桃髪のハーフツインの娘で」

「ふむふむ」

「頭の上にでっかいリボンと真珠みたいな耳飾りを付けてて」

「・・・ふむ?」

「なんかよくわからないけど涎を垂らしそうな勢いで限界化してたんだけど、心当たりない?」

「・・・・・・」

 

ここまで尋ねると、なんだか見るからに須川さんの歯切れが悪くなった。

え、なに?そんな答えづらいことなの?

 

「・・・あ~、うん、知ってる。っていうか、良くも悪くも有名だ」

「そうなの?」

「あぁ。そいつは十中八九、アグネスデジタルだ」

「アグネスデジタル?」

 

ちょっと聞き覚えがないかな?

 

「良くも悪くも有名って?」

「周囲やアグネスデジタルを知る人物からは勇者とも変態とも呼ばれてる」

「え?変態?」

 

おいおい、ずいぶんと穏やかじゃないじゃないか。

勇者はともかく変態って、さすがに言い過ぎでは?

 

「なにせ、国内外の芝・ダートのG1レースで活躍した経歴の持ち主だからな」

「そりゃ変態だわ」

 

思ったよりも変態だった。

私も走ってからわかったけど、芝とダートに求められる素質は全然ちがう。芝に適した走りがダートにも適しているとは限らず、芝では一線級でもダートだと上手く走れないなんて話はざらだ。

たまにどっちでも走れるってウマ娘もいないことはないけど、両方のG1レース、つまり最高峰のレースで活躍できるウマ娘なんて、聞いたことがない。

それに加えて、国内では飽き足らず、海外でも出走して勝ったことがある?

なるほど、それは変態だ。

あと、呼ばれ方にも納得した。たしかに、勇者も変態も場所を選ばないもんね。

 

「ついでに言うなら、あいつは重度のウマ娘オタクでもある。中央に来た理由も芝とダート両方走ってる理由も、ウマ娘(推し)を間近で見るためらしいしな」

「えぇ・・・」

 

つまり、オタクを拗らせすぎて俺Tueeee!状態になったウマ娘ってこと?

なんだ、そのやばい奴は。

 

「・・・私、そんなやばい奴に目を付けられたんですか?」

「勘違いするなよ?あいつは基本的に選り好みしない。誰であろうと推してくるぞ」

「それはもはや要注意人物では?」

 

誰彼構わず推しまくるとか、控えめに言ってやべー奴じゃん。

 

「つっても、あぁ見えて良識はわきまえてるし、創作活動もしてて趣味の範囲ではあるが広報にも一役買ってるんだ。べつに悪い奴じゃないんだよ。ちょっと変わってるってだけで」

「そのちょっとがだいぶ致命的な気がするんですが・・・」

「まぁ、あいつに初めて会ったら普通はそうなるわな。慣れたら気にならなくなる」

「それは、まぁ、そうかもしれませんけど」

 

私の場合、慣れるのにどれだけかかるんだろうね。

というか、イッカクと会ったときが怖いよ。どうなるか予想できなさすぎて。

 

「・・・まぁ、はい。わかりました。次会ったら、お礼は言っておきます」

「そうしておけ」

 

さすがに人の厚意を仇で返すわけにはいかないからね。

 

「それじゃあ、休憩はこれくらいにしてトレーニングを・・・いや、そろそろ帰るか」

「え?もうそんな時間?」

「そうじゃなくてだな」

 

そう言って、須川さんは私の後ろに視線を向けた。

振り向くと、そこでは大勢のウマ娘が集まっていた。

それこそ、試走を始めたときよりも倍以上は増えてるんじゃないかってくらい。

 

「何あれ?」

「見物客だろうな」

「見物?誰を?」

「お前をだよ」

「Why?」

「なんで英語なんだよ」

「なんとなく?」

 

私、そんなに目立つようなことしてた?

 

「大方、午前中のあれで話が広まったんだろうな。地方から来たっぽい見学してきたウマ娘がなんかすごいんだって、って感じで」

「うわ、いい歳してJK口調?」

「お前にわかりやすいように言ったんだろうが」

 

それくらいわかってるよ。

でも、そっかー。そんなに目立ってたのかー。

 

「デビュー戦を前にあまりお前の走りを晒したくねぇし、なによりこの状態じゃ集中できねぇだろ。少し早いがこれで終わりだ」

「はーい」

 

まぁ、予定より早いとは言っても、芝の感覚はだいたいつかめたから最低限目標は達成できたかな。

さっさと更衣室で着替えて、この場から退散しよう。

 

 

 

 

「は~、つっかれたぁー」

「お疲れさん」

 

あの後は特に何もなく、須川さんの車に乗って帰るだけとなった。

 

「せっかくの東京だ。どっか美味いもんでも食べに寄るか?」

「甘いものでお願い」

「それは俺の専門外なんだが」

「知ってた方がウマ娘孝行になるわよ」

「あー、わ~ったよ。だが、今は調べられんぞ」

「大丈夫よ。私の方で調べておいたから」

「は?いつ?」

「休憩中に」

「お前、さては最初からたかる気だったな?」

「結果的に私のためとはいえ、何も言わずに強制連行したんだから、これくらいはいいでしょ」

「へいへい。んで、どこだ?」

「これ」

 

スマホの画面を操作して須川さんに見せたのは、パンケーキが美味しいことで有名(らしい)な喫茶店だ。

本格的なパンケーキなんて食べたことないから、けっこう楽しみだったりする。

 

「遠くないけど、別の場所で駐車場見つけないと。住所は・・・」

「あー、たしかにここからは遠くないな。駐車場も近くにあったはずだ」

「じゃ、お願いねー」

「・・・こりゃ出費がかさむな」

 

なんだったら腹いせに破産する勢いで食べてやんよ。

 

 

 

 

 

「ふ~、おいしかったー」

「マジか・・・マジで食べきるのか・・・」

 

うなだれる須川さんと満足気にお腹をさする私の間には、皿の山が積まれていた。

たぶん、20皿くらいは食べたんじゃないかな?

 

「いや、お前・・・さすがに食い過ぎじゃねぇの?夕飯食えるのか?」

「多分いけるよ?向こうに着く頃にはちょうどよくなってるんじゃないかな。それに、ぶっちゃけお昼ごはんは足りてなかったし」

「え?マジ・・・?」

 

今回のお昼ごはん、諸々の事情があってトレセン学園の食堂は使わなかったんだよね。

代わりに須川さんが用意してくれた弁当を5個食べたんだけど、ぶっちゃけ足りなかった。

それでも練習を続けれたのは、気合と根性でなんとか。

だから、ぶっちゃけ須川さんが早めに切り上げてくれたのは助かった。

 

「いや、イッカクから聞いた話だと、あれで十分だと思ったんだが・・・」

「須川さんとトレーニング始めてからは、食べる量は増えたかな?そんな気がする」

 

走り方を矯正した影響なのかは知らないけど、明らかに須川さんとトレーニングを始めてから食べる量が増えた。

自分でもよくわかってないけど、こんなことがあるんだねぇ。

 

「・・・そのうち、浦和トレセン学園の食堂から悲鳴があがりそうだな」

「あー、そう言えば食堂のおばちゃんから『え?まだ食べるの・・・?』みたいな目で見られたことがある気がする」

「手遅れかよ」

「いや、まだ大丈夫じゃない?たぶん」

 

少なくとも、在庫がなくなったことはまだないかな。この調子だと、いつかはなくなりそうな気はするけど。

 

「そういえば、トレセン学園の食堂ってどうなってるの?」

「システム自体はさして変わらない。当然、量も質も段違いだが」

「なんか、ここまでくるといっそ贅沢だね」

 

ウマ娘のためのものなら何でもある、とは言うけど、ここまで揃えられてるのは並々ならぬ規模の人とお金が動いてるんだろうね。

たかが、とは言わないけど、学生のためにそこまでするってすごいことだよね。

 

「そんな贅沢な場所に、お前も通うことになるかもしれんがな」

「デビュー戦の結果によるけどねー。そう言えば、出走日は決まったの?」

「あぁ。つっても、予定より1週間は先になるが」

「ってことは、猶予が1週間伸びたってこと?」

「そういうことだ。契約は1ヵ月だったが、このまま更新ってことでいいか?」

「うん、それでいいよ」

 

須川さんのおかげでここまで速くなれたのは間違いないから、今さら他のトレーナーに教えてもらおうとは思わない。

要は、私も中央への移籍に腹を括ったってことだ。

今まではなぁなぁで須川さんに教えてもらっていたけど、今後も教えてもらうのにずっと地方まで来てもらうわけにもいかないし、外聞も悪いだろうしね。

 

「私も、本気で中央を目指すよ」

「そうか。そいつはよかった。ただでさえアドバンテージがあるんだから、やる気になってもらわなきゃな」

「・・・ん?」

 

なんか聞き覚えのない言葉が出てきたけど?

 

「アドバンテージってどういうこと?」

「言ってなかったか?デビュー戦には、お前よりも長い期間トレーニングをしてきたウマ娘が大勢いるぞ。っていうか、期間だけで見ればお前が一番短いな」

「聞いてないんだけど!?」

「言ってなかったもんな」

 

開き直らないでもらいませんかね!?

 

「ていうか、そういうレースを選ばざるを得なかった、ってのが正しいな」

「どういうこと?」

「お前は地方出身で、碌に走れなかった状態からたった1ヵ月で中央に移籍しようとしてる。そんな奴が中央にふさわしいと思わせるには、それくらいの条件で勝てなきゃ厳しいんだよ」

「・・・中央って地方蔑視が蔓延ってるの?」

「まったくないとは言わない。が、事実として地方所属よりも中央所属の方が優れているし、地方から移籍してから地方に戻るなんて話もザラだ。それこそ、一部の規格外を除いてな」

「・・・オグリキャップとか、ですか?」

「あれはあれで規格外というか、それこそ“怪物”なんて呼ばれてるくらいだしな。まぁ、オグリキャップほどではないにしろ、地方出身で活躍したウマ娘もいるにはいるが、そいつは例外だ。ハヤテは、地方ウマ娘が中央に移籍してからの初戦の勝率を知ってるか?」

「んー・・・10%とか?」

「9%だ」

 

え?1割切るの・・・?

 

「たしかに、地方から移籍となると注目されるだろう。だが、注目されるのと期待されるのは別だ。こういうデータがあると、仮に勝ってもマグレだなんて言われかねん。そういうのをデビュー戦でまとめてねじふせようと思ったら、こうするしかなかったんだよ」

「・・・ちなみに聞きたいんだけど、さすがに勝算がないわけじゃないよね?」

「当たり前だろ?」

 

それはよかった。さすがに勝算もないのに不利なレースに挑まされるのは契約打ち切りを視野に入れなきゃいけない案件だからね。

まぁ、報・連・相を怠っている時点でだいぶ怪しいけど。

 

「だったらさ、なんでそういうの言わないの?」

「お前の場合、あれこれ吹き込むより流れに身を任せた方がいいだろうからな」

「だったらもうちょっと隠す努力をしようよ」

 

いっつも口が滑ってんな、こいつ。

私がそう言うと、須川さんは露骨に目を逸らして、

 

「・・・てへぺろ☆」

「店員さ~ん、追加で注文お願いしま~す」

「ちょ、おまっ、それはやめろって!」

 

この後、さらに追加で10皿食べた。

ついでに、イッカクとビクトメイカーへのお土産も買った。須川さんの金で。

帰り道、「くそっ・・・しばらく節約しねぇと・・・」ってこぼしてたけど、自業自得だよね、うん。




そろそろダートと短距離いける星3が欲しくなってくるなぁ。
素でダートAがスマートファルコンしかいないし、短距離Aもサクラバクシンオー(キングヘイローはノーカン)しかいないし。
ウマ娘はなぁ、ガチャが引きづらいことこの上ないからなぁ。
同じサイゲでも、プリコネの石のばらまきや無料ガチャとは比べ物にならんよなぁ。
ウマ娘はもうちょいプリコネを見習ってもろて。


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誰か緊張で吐きそうになってる私を助けてくれ

ついに・・・ついにこの時がやってきた。

私の中央移籍がかかったデビュー戦が!

 

「今回走るデビュー戦は、2000mの中距離。スピードとスタミナ、総合力が必要になってくる距離だ」

 

控室で、須川さんがホワイトボードにレース場のマップを書いて要点を説明している。

 

「東京レース場は起伏が多いのが特徴だが、中でも鬼門なのがゴール前480m地点から始まる高低差2mの坂だ。勾配はまだマシな方だが、その分高く長い上に、レース終盤のスタミナを消耗した状態で走ることになる」

 

須川さんはマジックペンを走らせながら、マグネットも使って戦略を話し始めた。

 

「今回のレースだけに限った話ではないが、ハヤテはとにかく前に出ろ。要するに逃げだ。お前のスタミナなら、本番の緊張による消耗も含めて2000mは全速力で走り続けられる距離だ。だがその分、スピードとパワーは少し見劣りする。特に今回は内側からスタートだから、囲まれたら抜け出すのは難しいだろう。だから、スタート直後から最終直線まで、できるだけ後続から4~6バ身をキープしろ。その距離を保ち続けることができれば勝てる」

 

本番ということで気合が入っている須川さんの説明を、

 

「ここまではわかったか?」

「くっそゲロい」

 

私は半分も聞けてなかった。

私は控室に用意されたパイプ椅子を並べて、その上で横になりながら説明を聞いてたんだけど、ほとんど頭に入らなかった。

 

「とりあえず、何も考えずに突っ走ればいいってことでおーけー?」

「間違いではないがもう少し中身を入れろ、中身を」

 

え~、最後あたりはだいたいそんな感じだったじゃあん。

 

「ったく、まさかここまで本番に弱かったとはなぁ・・・」

 

須川さんがため息を吐きながらぼやいた。

いや、私だって驚いてるよ?

昨夜は遠足を控えた小学生のごとく緊張と興奮で寝れなかったけど、十分と言えるくらいには睡眠はとれた。

ただ、須川さんの車に乗って東京レース場に着いたあたりで、なんか一気に気持ち悪くなった。

ギリギリ歩けるレベルではあったものの、立ち続けるのもままらなかったこともあってさっさと控室に入って、今に至る、というわけだ。

不幸中の幸いなのは、この状況をある程度想定して早めに現地入りしたこと。結果的に想定以上になっちゃったけどね。

 

「うぅ~・・・ゲロい、とにかくゲロい、スーパーゲロい・・・」

「仮にも女子がゲロを連呼すんな。もうちょい上品に言え、上品に」

「激しくおゲロいですわ~・・・」

「そういう問題じゃねぇよ」

 

だってゲロいものは仕方ないじゃん。むしろ『吐きそう』って言う方がストレートすぎると思うけどなー私はなー。

 

「はぁ・・・とにかく、お前が意識すべきは『常に先頭を走り続けること』、『後続とは4~6バ身離れること』。この2つだ」

「・・・んぇ?コースについてもなんかいろいろ言ってなかった?」

「坂の走り方に関しては、すでに叩き込んであるだろ」

 

それもそうだったね。

トレセン学園に行ってからは、最初の駆け出しを速くするための筋力トレーニングを主にやりながら、坂の走り方を教わった。

とはいえ、もともと山育ちだったこともあってすぐに習得できたけど。体感的にも「前より走りやすくなったかなー」くらいだったし。

いやそんなことよりも、今はこの形容しがたい吐き気をどうするかが先だ。

 

「須川さ~ん、なんか飲み物ちょーだ~い」

「本当はレース前に飲ませるのはあまりよくないんだが・・・仕方ないか。こいつでも飲んどけ。本当はレースが終わった後に渡すつもりだったが」

 

そう言って須川さんが渡したのはスポーツドリンクだ。

たしかにレース前に飲むようなものじゃないけど、今はそんなこと言ってらんない。蓋を開けて少しずつ飲んでいく。

ペットボトルの中身が半分くらいになったころには、ようやく気分が落ち着いてきた。気休め程度でしかないけど、今はこれだけでもありがたい。

 

「・・・なんか、勝てるか不安になってきた」

「おいおい、ここに来て弱音か?」

「いやぁ、自分でも思ってた以上だったからさぁ。さすがにこんなコンディションになると弱音も吐きたくなるよぉ」

「そりゃあそうかもしれんがなぁ・・・」

 

こればっかりは当事者にしかわからないでしょうねぇ!

 

「・・・んぇ?」

 

そんなことを言い合っていると、携帯が鳴りだした。

何だろうと思って画面を見ると、イッカクからの電話だった。

なんだろう。レース前の応援とかかな?

 

「もしもしー?」

『ハヤテちゃん?今大丈夫?』

「電話は大丈夫だけど、私は大丈夫じゃないかな~。めっちゃ気持ち悪い」

 

ちなみに、イッカクもレース場で観戦するって言ってたから、もしかしたら観客席にいるかもしれないけど、それにしては電話先は静かだな。

 

『えっ、そうなの?本当に大丈夫?』

「飲み物飲んで、ちょっと楽になったかな~。まだマシって程度だけど」

『そっか・・・』

「そういうわけだから、ちょっと応援の言葉をプリーズ。それがあれば頑張れそうな気がする」

『・・・』

 

ぐでーっとだらしなく横になりながら応援の言葉を所望すると、電話先のイッカクが黙ってしまった。

あれ?そんなに難しい注文だったかな?

ちょっと不安になったけど、イッカクが沈黙したのは少しだけだった。

 

『・・・ハヤテちゃんは、無理に頑張らなくてもいいと思うかな』

「え?どゆこと?」

 

そんな堂々とサボタージュを肯定されても困るんだけど。

え、なに?頑張らなくてもいいってどういうこと?そのまま地方で走ってればいいじゃないってこと?いやでもそれだと今までの応援とかお手伝いはなんだったの?

そんな私の疑問が伝わったのか、ちょっと慌てながら話し始めた。

 

『あっ、レースに本気にならなくてもいいとか、そういうのじゃなくて、ハヤテちゃんっていつも楽しそうに走ってるから、レースでも結果とか気にしないで、走るのを楽しんでくれればいいなって思って』

「・・・走るのを楽しむ、か」

 

言われてみれば、普段のトレーニングとか朝のジョギング(舗装路で長時間の本気走りはやめろって須川さんに止められたから軽めのやつ)とか、私にとって特訓っていうよりは子供の頃に遊びで走り回っていた感覚の延長線上でやってた・・・気がする。ぶっちゃけ、その辺りの記憶はあんまりないっていうか、余計なことは考えてなかったから、あくまで感覚として残ってるってだけだけど。

でも、言われてみれば、ここに来てから私は「レースで勝てば中央に移籍」ってことしか考えてなくて、走ることについて何も考えてなかった。

 

『えっと、ごめんね?応援とかじゃなくて・・・』

「ありがとう、イッカク。おかげで元気が出てきたよ」

『本当?』

「うん。だから、見てて。私も思い切り楽しんでくるから」

 

そう言って、私は通話を切った。

ふと視線を感じて首を動かすと、須川さんが笑みを浮かべながら私の方を見ていた。

ただ、いつもみたいなニヤニヤ顔じゃなくて、初めて見るような優し気な笑みだった。

 

「・・・何その顔」

「ひどくねぇか?」

 

いやだって、今まで一度も見たことが無いような顔だったし。

 

「なに、いい友人に出会えてよかったなってだけだ」

「それはそうだけど。まぁ、私もようやく気持ちが固まったよ」

 

たぶん、イッカクの言葉がなかったら、いつまで経っても調子は戻らなかっただろうね。

今は、完全に元通りどころか、いつもよりも体が軽く、それでいてエネルギーがみなぎってくるように感じる。

 

「ファンとか須川さんとか、応援してくれたりお世話になった人がどうでもいいとか、そういうわけじゃないけどね。それでも私は、私自身のために、自由に走ってくるよ」

 

私の名前はクラマハヤテ。誰にも縛られない風として、自由に生きていこう。

誰のためでもない、自分のために。

 

「それじゃあ、行ってくるよ」

「おう、楽しんで来い」




今回は短めです。
レースバトルを書くのは初めてなので、手探り状態で進めています。
っつーか名前とかどうしよう9人どころか1人すら怪しいかもしれん・・・なぜ未来オリジナル軸で始めてしまったのか・・・というか、すでにキャラがサイレンススズカと被り気味になってきてるし・・・本当にどうすればいいんだ・・・誰か教えてくれ・・・。

ナーバスタマちゃんも、こんな感じだったのだろうか。
ちなみに、「ゲロい」のフレーズはラノベの“そうだ、売国しよう”の書籍で見かけたのがツボにハマったので使ってみました。なんでデフォルメ化したナーバス女子ってあんなにも可愛いと面白いのバランスを両立できてるんでしょうね。

最後に、前述の通り執筆が手さぐりになるのと、別作品の大幅な改修作業があるので、次回更新は遅くなります。


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昂揚系の強者と冷静系の強者、あなたはどっち派?

控室から出た私は、案内板に従って通路を進んでいく。

先ほどまで吐きそうなくらいまで膨れがっていた不安や緊張は跡形もなく、ともすれば武者震いのように体が震えてくる。

奥底からこみあげてくる興奮を抑えながらコンクリートの無骨な通路を抜けて、私は外に出た。

最初に目に飛び込んできたのは、一面に広がる芝の緑。その上には、今回のデビュー戦に出走する他のウマ娘の姿もある。

後ろを振り返れば、デビュー戦であるにも関わらず多くの観客が集まっていた。

さらに言えば、地方から来たということで注目されているのか、数多の視線を感じる。

そして、空気が違う。

実は一度だけ、休日に浦和レース場に足を運んだことがあった。本番のレースがどんなものなのか、参考にしてみたかったから。やっぱり地方ということもあって、人出は少なかったけど。

だけど、ここは浦和レース場とはまるで比較にならない。

熱気、芝の香り、突き刺さる視線、そして、ただ1人としてただ者ではないと感じるウマ娘たち。

・・・あぁ、ついに、ここまで来たんだ。

中央(トゥインクル)シリーズの舞台に、本物のレースに。

自然と口角が吊り上がる。胸の高鳴りが抑えきれない。

早く、早く走りたくて仕方がない。

すでに私の耳には、実況のアナウンサーの声も入ってきていない。

あぁ・・・ここは本当に、私を楽しませてくれそうだ。

 

 

* * *

 

 

所変わって観客席では、イッカクがビクトメイカーと共にクラマハヤテのレースを観に来ていた。

 

「いよいよだねっ」

「うん、そうだね・・・はぁ、なんで来たんだろ」

 

実は、ビクトメイカーは観戦に来る予定はなかった。

テレビで見るだけでも十分だったのだが、半ば強引にイッカクに引きずられてやってきた。

ちなみに、イッカクがビクトメイカーを引きずってでも連れてきたのは「1人で観るのは寂しいから・・・」らしい。

それは言葉通りの意味ではなく、誰かとハヤテの活躍を分かち合いたかったのだろうと、ビクトメイカーも今ではわかるようになった。内心では非常に面倒だったが、表に出さぬが吉だろう。

 

「おう、ここにいたのか」

 

そこに、2人の後ろから声をかけられた。

振り向くとそこには須川が立っていた。

 

「須川トレーナー。こんにちは」

「えっと、この人が?」

「そっちのは初めましてだな。俺は須川甚一。まだ仮だが、あいつのトレーナーをやらせてもらっている。お前さんだろ?あいつにダンスとか教えたの。素人目で見てもなかなかいい出来だったぞ」

「え、えぇ、まぁ、ありがとうございます?」

「仮にも中央のトレーナーさんが素人って・・・」

 

今までの振舞いに似合わない謙虚な言い回しで呆れるイッカクの横では、中央トレーナーからの思いもよらなかった褒め言葉にビクトメイカーは少し挙動不審になりながらも礼を言った。

一応、ビクトメイカーがやったのはハヤテのダンスの悪癖を修正しただけで、それも少なかったのでビクトメイカーから教えたことは多くない。

それでも一流のトレーナーから褒められるとは思わなかったため、少し満更でもなさそうだ。

そして、照れ隠しのように話題を変えた。

 

「それで、須川トレーナーは今回のレースをどう見ますか?」

「序盤にハナを取って差を付ければ勝てる」

 

そう断言する須川に、ビクトメイカーは目が点になった。

 

「・・・すごい自信ですね。一応、今回のレースでハヤテは6番人気ですけど」

 

今回のデビュー戦の出走人数は9人で、その中で6番人気であれば低い方だ。

なんだったら、ビクトメイカーの中ではもっと低くなるだろうと思っていた。

中央のファンから見た地方のウマ娘の評価なんて、そんなものだろうと。

 

「そりゃあ、あいつは今まで模擬レースにすら出たことがなかったからな。評価が低くなるのは当然だ。それでも8,9番人気じゃないのは、中央トレーナーが直々にスカウトしたってことで話題になっているんだろうな。中央の関係者が直々にスカウトなんて、そうそうないし」

 

そして、今回のレースでの勝利を条件とした中央移籍ともなれば、話題性は十分だ。

つまり、勝つかどうかは別にしろ、少なからず注目はされているということだ。

 

「あいつはスピードとパワーこそ飛び抜けているわけではないが、スタミナは間違いなくG1級だし、それだけのスタミナのおかげで走っている最中でも頭がよく回る。使うかどうかは別だが」

 

ハヤテはどちらかと言えば、あれこれ指示を出すよりも好きなように走らせるのが最も実力を発揮するタイプだ。

だから、須川も指示は『差をつけて逃げろ』程度しか言っていない。

 

「そういうことだから、出遅れてバ群にのまれない限りはいける」

「・・・出遅れたら?」

「そういうのは考えないようにしろ。それに、出遅れたら出遅れたで外からロングスパートをかければワンチャンある」

 

とはいえ、仮にそうなったら須川としてもその展開は未知数だ。

基本的に、逃げウマ娘が出遅れたら、その後は何もできずに負けることなんて珍しくない。

ハヤテならば、すぐに外側からロングスパートをかければ可能性もなくはないが、これまでに集団の中で走らせたことは一度もない。

さらに、今回は2枠2番の内側だ。場合によっては外側に出ることすら困難を極める。

つまり、今回のレースの勝利条件は出遅れないことが大前提だ。

もちろん、そうならないためにトレーニングを積んできたが・・・

 

「・・・あいつ、妙に興奮してんな?」

 

双眼鏡越しで見るハヤテは、やけに体を震わせていた。さらに、よくよく顔を見てみれば、口元が弧を描いて吊り上がっている。

見るからに、今のハヤテは興奮状態だった。

 

「そうなんですか?」

「あぁ。いやまぁ、緊張でガチガチになるよりはだいぶマシなんだが、あいつ、さっきまで『ゲロい』って連呼しまくってたくらいにはナーバスだったぞ?どういう心境の変化だ?」

「走るのが楽しみなんじゃないですか?」

「あいつ、そこまで単純だったか?」

 

たしかに、今まででもハヤテのチョロい部分は何度か見てきたが、一度ドツボにハマるとなかなか抜け出せない類でもある。

先ほどまでの状態は、まさにそのドツボにハマった状態だった。ともすれば、今まででもトップクラスで。だから、須川も立ち直らせるのは相当苦労すると踏んでいた。

それなのに、イッカクからの電話1つであぁも立ち直った挙句、あそこまで戦意をみなぎらせているのだから、不思議なこともあったものである。

 

「まぁ、それもまた必要な素質だからいいか」

「素質、ですか?」

「あぁ。勝ちたいという渇望。それを持っていることが、勝てるウマ娘の最低条件だと俺は考えている。当然、気持ち一つで勝てるほど甘い世界じゃないが、気持ちが無けりゃ勝てるはずもないしな。そして、その渇望を手懐けるか、あるいは本能のまま剥き出しにするか、そいつはウマ娘とトレーナー次第だ」

 

むしろ、それこそがトレーナーの本分とも言える。

如何にしてウマ娘のやる気を引き出すか。それもまた、優れたトレーナーとそうでないトレーナーを分ける1つの指標なのだから。

これに関しても、ハヤテはどちらかと言えば「勝ちたい」よりも「走りたい」欲求が強かったため、実はやる気の引き出し方には苦労していた。

 

「さぁて。ハヤテはいったいどんなレースをしてくれるかな?」

 

そんな須川もまた、ハヤテと似たような笑みを浮かべながら、レースが始まる時を待ちわびた。

 

 

* * *

 

 

「・・・あれ?もしかして、須川さんとイッカクかな?」

 

レース開始までの待ち時間の間、なんとなくゲート近くから観客席を眺めていたら、須川さんとイッカクっぽい人影が見えた気がした。

ていうか、さすが白毛。見つけたのは偶然だけど、遠くの観客席でも意外と目立つもんだね。

ていうか、イッカクの隣にいるのって、もしかしてビクトメイカー?聞いてなかったけど、わざわざ来てくれたんだ?あるいは、イッカクに連れてこられたのかな?

なんにせよ、嬉しいことに変わりはないね。

 

「・・・イッカク、へこんでたからねぇ」

 

前から話してた、イッカクもサポーターとしてトレセン学園に来るって話、お流れになっちゃったんだよね。手続き云々の問題じゃなくて、単純に実力不足で。

まぁ、さすがに0から1ヵ月そこらで中央に行けるレベルまで上げるのは無理があったからね。仕方ないと言えば仕方ない。

私?私は別・・・かな?それに、まだ通用するとは限らないし。

ただ、イッカクに関してはさらにやる気になっていて、「いつか、私もハヤテちゃんのところに行くから!」って豪語されてしまった。

いや、自信がないわけじゃないとはいえ、私だってまだ中央に移籍するかどうかなんてわからないのに、さも確定事項のように言われてもね。

まぁ、あれかな。負けられない理由が増えたって解釈でいいかな。うん。

それにしても・・・

 

(いや~、モテモテだね、私)

 

観客からじゃなくて、ウマ娘から。さっきからチラチラと私の方を見てくる。

向けられる感情は、猜疑だったり嘲りだったり値踏みだったり、まぁいろいろだ。

・・・落ち着かねぇ~。

私って、そんなに同業者から注目されてるの?下手したら観客よりも意識されてない?

マジで落ち着かないわぁ~。

 

「時間になりましたので、ゲートに入ってください」

 

ようやく、係員さんから指示が入った。

一度ゲートに入ってしまえば、他のウマ娘からの視線は遮られる。

あ"~、なんかすっごい落ち着くわ~。いっそもうしばらくゲートの中に引きこもってたい。

いや、そんなことしたら負けるからやらないけど。

スタートに出遅れないためにも、集中力を研ぎ澄ませてスタートのタイミングを待つ。

瞬間、周囲の音が掻き消えた、気がした。

だけど、それも一瞬。

ガコン!という音と共にゲートが開いたと同時に、前に出るべく思い切り駆け出した。

 

 

* * *

 

 

『一斉にスタートしました!先頭に立ったのは2番、クラマハヤテです!4バ身、5バ身とリードを広げていきます!』

「よしっ」

 

ひとまずは、作戦通りの走りができたところで、須川は小さくガッツポーズをした。

が、それは最初の方だけだった。

異変が起こったのは、第3コーナーに差し掛かったあたりだった。

 

『先頭のクラマハヤテ、リードをキープしたまま悠々と・・・って、あ、あれ?クラマハヤテ、さらに加速し始めた!?リードをさらに広げていきます!また、後続のウマ娘たちも負けじと速度を上げていきます!』

「ん?え?あ、えっ?」

 

急な展開に、須川は思わず戸惑いをあらわにした。

 

「ちょちょちょっ、えっ、はぁ!?」

「す、須川トレーナー?」

 

いや、もはや軽く錯乱していると言っても過言ではなかった。

それほど、ハヤテの走りは常軌を逸していた。

そもそも、大抵のウマ娘がスパートをかけるのは最終直線がほとんどだ。例外なのは、レース後半からロングスパートをかける追い込みくらいだろう。逃げ、先行、差しであれば、スパートをかけるのは早くても第4コーナーを抜ける前といったところだ。

そして須川の見立てでは、その最終直線でのスパートが勝負所だと考えていた。

スピードにいまいち欠けるハヤテが勝つには、ラストスパートまでにどれだけ差を離せているかがカギになる。その勝てる目安が4~6バ身だった。

だと言うのに、ハヤテは早い段階でスパートを始め、リードをさらに伸ばした。

だが、それだけだ。ハヤテは第4コーナーを抜ける前に最高速に達し、後続に追いつかれ始める。

そうなるはずだった。

 

『クラマハヤテ、第4コーナーを抜け最終直線へと入る!後続も続くが差が縮まらない!』

「お、おぉ?・・・あぁ、なるほどな。狙ったのか?いや、それはないか?」

「須川トレーナー、何が起こったんですか?」

 

ひとしきり混乱した後に急に納得顔になった須川を見て、イッカクは未だに目の前の現象に理解が追い付かなくて解説を求めた。

 

「いやなに、言ってしまえば簡単な話だ。第3コーナー前では、基本的にどのウマ娘もスパートに入らない。スタミナがもたないからな。だが、ハヤテはあえて早いうちにロングスパートをかけたことで、他のウマ娘も()()()()()()()()()()()()()。ただでさえ5バ身も離されてんだ。それ以上離されれば、当然追い抜くのは難しくなる。心理的にそう思ってしまう。ハヤテのスタミナとトップスピードを知らないなら尚更な」

 

もしハヤテの規格外のスタミナと伸びないトップスピードを知っていれば、イチかバチかでも最終直線でスパートをかければ勝機はあっただろう。

だが、模擬レースにすら出てなかったが故に、その情報は知られていなかった。

自身の情報が出回っていないことを有効活用した、良い作戦だと言えるだろう。

とはいえ、須川はハヤテがそこまで考えているとは思っていない。大方、スパートをかけ始めたあたりで気持ちよくなった結果、さらにスピードを上げて偶然こうなっただけだろう、と。

だがそれでも、ハヤテの規格外さを知るには十分すぎた。

 

「大逃げで活躍したサイレンススズカは、逃げた上で第4コーナーから最終直線にかけて加速して相手を引き離す走りから『逃げて差す』なんて言われたが、あいつはまた別だな。逃げた上でさらにロングスパートをかけて引き離すなんざ、まるで『逃げて追い込む』ようなもんだ」

 

一口に追い込みと言っても、主に2つのパターンがある。最終直線で一気に追い抜くか、後半からロングスパートをかけて徐々に追い抜いていくか。代表的なのは、前者はタマモクロス、後者はゴールドシップだろう。

ハヤテの走りは、逃げと後者の追い込みを組み合わせたようなものだ。

まさに、過去のステイヤーと比べてもなお規格外のスタミナを誇るハヤテだからこその走りと言えるだろう。

 

「今はまだ、本格化を十分に迎えていない、スピードもまだまだ伸びていない粗削りだが・・・これからが楽しみだな」

 

まず間違いなく、これはハヤテにとって強力な武器になる。

 

『今、大差をつけてゴール!1着は2番クラマハヤテ!地方からやって来た挑戦者が、さっそくデビュー戦を蹴散らしたぁ!』

 

おそらくはオグリキャップ以来になるだろう、地方から生まれた怪物を目の当たりにしてイッカクとビクトメイカーが呆然としている中、須川は新たに吹き始めた風を感じて、獰猛な笑みを浮かべながら体を震わせた。

 

 

これが、後に“疾風”と呼ばれることになるクラマハヤテの、快進撃の序章だった。




なんか、書いてて『劣化版セクレタリアトみたいになってんなぁ』って感じましたね。
まぁ、あれは他の一般名馬たちと同列に扱ってはいけないというか、ウマの皮を被ったナニかなので、下手に比較するのもおこがましいレベルですが。

とりあえず、ハヤテが大逃げで勝利したように、自分もモブウマ娘の名前から大逃げちゃいました(汗)。
いやだって、下手に思い浮かばないままあーだこーだ悩むよりは、出さないような言い回しでごり押しちゃう方が早めに投稿できていいでしょうし。(言い訳)
まぁ、さすがに中央編入するまでには考えておきます。
ていうか、今までキャラの名前ってその場その場のノリで考えて決めてるんで、今回は名前帳みたいなのを作っておこうかな・・・。


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終わった後の方が大変ってこと、あると思います

「・・・あれ?私が勝った?」

 

ゴールまで走り抜けてからも、私の思考回路はなんだか曖昧なままだった。

なんというか、終わってみると思った以上にあっけなかったね?

いや、間違っても他のウマ娘が弱かったとか、そういうことを言うつもりはないけど、感覚としてはほとんど1人で走ってたようなものだから、途中あたりからレースしてたって感覚が薄くなってたんだよね。

あまりにも風が心地よくて、思わず第3コーナーからさらに加速しちゃったし。

思わず途中から「あれ?もしかしてミスった?」って思っちゃったけど、後ろからは足音が聞こえなかったからそのままゴールまで走り抜けた。

振り返ってみれば、へとへとになりながらもゴールしたウマ娘たちと、私の番号の2番が大差勝ちしたことを示した掲示板が目に入って、ようやく私が勝ったって実感が湧いた。

ついでに言えば、これで私も晴れて中央トレセン学園に移籍することになるわけだ。

・・・にしても、どういう扱いを受けることになるんだろ?身も蓋もない言い方をすれば、デビュー戦とはいえ中央の生徒を蹂躙しちゃったわけだよね?変な噂とか流れないかな?

・・・いや、今さらかな?浦和トレセン学園ですでにあることないことないこと吹き込まれてるんだから、むしろ中央トレセン学園に避難するっていう考え方もできるかな?それはそれで贅沢な避難先だけど。

ていうか、たしか向こうも全寮制だから、荷物とか送っておかないと。あと、新しい制服とかジャージも必要になるし、またお金がかかっちゃう・・・そういえば、お母さんにも言っておかないとダメだよね・・・なんて連絡しよう・・・。

 

「クラマハヤテさん、そろそろ移動の方をよろしくお願いします」

「あっ、はい。すみません」

 

今後のあれこれを考えていると、係員さんから声をかけられた。

どうやら、思ったよりも長い時間考え込んでたみたい。

レース前よりも私に向けられる視線が多くなって落ち着かなかったこともあって、私は逃げるようにターフを後にした。

まさか、終わった後でも逃げることになるとは思わなかったね。

・・・そういえば、ウィニングライブってどうするんだろ。

 

 

* * *

 

 

結論から言うと、ウィニングライブは成功した。

ライブに使う衣装は、今回は学園の方から貸し出してくれた。というか、須川さんが用意してくれてたらしい。

歌とダンスも、特に目立った失敗もなく無事に終わった。

さすがに他のレースで1着になった先輩には負けるけど、十分っちゃ十分じゃないかな。

ただ、

 

「ア゛ァァァ、ぎもぢい~・・・」

「もうちょい声を抑えろ。ていうか、マジでバキバキだな」

 

今の私は、控室の床にマットを敷いて、その上にうつ伏せで寝そべっている。

なんでかと言われれば、須川さんにマッサージしてもらうため。特に脚と肩。

脚は当然なんだけど、なんで肩をマッサージしてもらっているかと言えば、ガチガチに肩が凝ったから。主に、ライブのダンスのせいで。

目立った失敗はなかったとはいえ、さすがにレースとはまた違った緊張で全身に力が入りまくって、最終的にいろんなところがガチガチになった。

一応、他の部位はすでにマッサージしてもらって、後は肩だけって感じ。

中央のトレーナーだからかは知らないけど、須川さんはマッサージもけっこういける口らしい。めっちゃ体がほぐれる。

 

「ていうか、お前はお前でいいのか?仮にも男にやらせてるわけだが」

「それ、イッカクの前でも同じこと言える?」

「・・・あいつにはマッサージも勉強してもらうか」

 

つまり、そういうこと。

あくまで、イッカクが来るまでの間だけね。

もしイッカクがこの場にいたら、須川さんがどうなっちゃうかわからないし。

下手したら、骨の1本や2本はやられても不思議じゃない。あるいは、メンタルが死ぬかも。

まぁ、私の中にギリギリ残ってる男のおかげで、あまり不快感が湧いてないってのもあるだろうけどね。最近ではかなりその辺りの自覚が薄れてるけど、まったくないわけじゃない。

・・・他の娘とお風呂に入っても何も思わなくなってるけど、それでもまったくないわけじゃない、はず。

いや、そりゃあね?最初はちょっとドキドキしたけどね?なんか慣れちゃったんだよね、1週間くらいで。ウマ娘になった影響かな?

 

「それよりもさ。移籍の件、今のところどうなってるの?」

「それに関しては、後で記者会見をすることになってる」

「は?正気か?」

 

中央移籍が決まったとはいえ、まだ地方のぺーぺーですぜ?

とはいえ、さすがに須川さんもそんな私の心境はお見通しなようで、その辺りの事情を説明してくれた。

 

「安心しろ。お前へのインタビューは控えさせてもらうことにしてる。どちらかと言えば、移籍の事実確認と正式認定をマスコミに公表するようなもんだ。学園からも代表が来ることになってる」

「へ~。そうなんだ」

 

良かったって言えば良かったけど、なんか大事になってるね?

 

「ていうかさ、記者会見なんて予定、さっきまでなかったと思うけど?」

「それなんだがな。元々は本当にそんな予定はなかったんだ。一応、雑誌関係の記者が話題になってるお前を見に来たようだが、それだけだ。そこまで期待されてるわけではなかった」

「そりゃそうだろうね。真正面から言われるのはちょっと傷つくけど」

「だが、あのレース内容だ。デビュー戦とはいえ中央の猛者を蹴散らしたとなれば、オグリキャップ以来の地方から生まれた怪物として注目度はグンと跳ね上がる。それこそ、予定になかった記者会見を当日のうちにねじ込もうとするくらいにはな。幸か不幸か、会場は準備できるようだったし」

「なるほどね~」

 

記者会見のスケジュールとか設営・準備なんて専門外のこと私にはわからないけど、オグリキャップが比較対象に出てくるあたり、ガチで期待されるようになっちゃったんだろうね。

鬱陶しいってのが本音だけど、活躍するようになっちゃった以上、甘んじて受け入れるしかないんだろうなぁ。

 

「あと、実はその学園の代表が今回のレースを観ていたようでな。会見を持ちかけたのは記者だが、主導はそいつだ」

「は?どういう偶然?」

「以前、中央トレセン学園で試走しただろ?その時に目を付けられたらしいな」

「へ~。わざわざデビュー戦を観に来るなんて、暇なのかな?代表ってことは、それなりの地位にいるってことでしょ?」

 

でも、誰なんだろ?理事長・・・は年中いろんなところを飛び回ってて忙しいって聞いてるから、その周りの人かな?

そう思ってた私の予想は、粉々に打ち砕かれた。

 

「あぁ、多少は自由が利くぞ。生徒会長だからな」

「・・・・・・What?」

 

 

* * *

 

 

シンボリルドルフ。中央トレセン学園の生徒会長であり、現役時代では当時初の『無敗のクラシック三冠』および『G1七冠』を達成した、“皇帝”の異名を持つ生ける伝説。その実力は『中央(トゥインクル)シリーズに絶対はないが、彼女には絶対がある』と言わしめるほどだ。

生徒会って単語だけだと大したことがないように聞こえるかもしれないけど、実際は学園の運営にもある程度は口を出せるほどの裁量を持っているらしくて、生徒に関連する諸々の雑務も請け負っている。

そんな生徒会の会長に求められるのは、血筋、カリスマ、そして圧倒的な実力。

一応、最近では会長を退任するかもなんて話もあるけど、レースはともかく会長としてはまだまだ現役だ。

 

「我々トレセン学園は、クラマハヤテの中央移籍を歓迎する」

「は、はひ・・・」

 

そんな圧倒的強者にしてカリスマが、私の隣に座っている。

私としてはできれば須川さんを挟みたかったけど、その須川さんから「会長殿と握手する絵面が必要だから、隣に座っとけ」って言われて強制的に隣同士にされた。

いやいやいや、やばいやばいやばいやばい・・・!

いやだって、シンボリルドルフだよ?あの“皇帝”だよ!?あの絶対強者だよ!!??

何がやばいってまず顔がすごいイケメンだし、なにより存在感が半端ない。

なんか、1秒たりとも目が離せないというか、無意識にひきつけられるような、そんな圧倒的なカリスマを感じる。

ハッキリ言って、シンボリルドルフと比べれば目の前の記者団なんてただのカカシでしかない。記者団相手よりもシンボリルドルフ相手の方がはるかに緊張する・・・!

 

「君の実力は、本日のデビュー戦で遺憾なく見せてもらった。中央での活躍も期待している」

「は、はい。がんばります・・・」

 

須川さんが言った通り、記者会見はほとんど須川さんと会長が進めてくれたおかげで、私が喋ることはあんまりなかった。

一応、中央移籍への意気込みなんかを聞かれたけど、ぶっちゃけ記憶に残ってない。いや、須川さんから台本もらったからその通りに言ったはずだけど、その記憶がすっぽ抜けてる。

ていうか、ここまでの緊張は中央トレセン学園での試走の時でも今回のレースでも感じたことなかったぞ・・・!

んでもって、私の中の修羅場はこれで終わりではなかった。

 

「さて。では改めて、シンボリルドルフだ」

「く、クラマハヤテと言います・・・」

 

記者会見が終わった後、改めて自己紹介することになった。

いや待って本当にお願いだから早く帰らせてイッカクによしよししてもらいたいけどその前にお腹が空いてきたから何か食べたいいやでも喉も乾いてきた気がするからお茶とかないかなあとあとあとあと・・・

 

「おーい、ハヤテー。戻ってこーい」

「待ってお風呂とかどうしようていうか寮の門限過ぎまくってる気がするしでも近くに銭湯とかあったっけいやあっても用意とかないしその前にやっぱりご飯を食べたりとかイッカクも誘っておいた方がでもビクトメイカーどうしようあわわわわわわわ」

「・・・」

 

パァンッ!!

 

「うひゃい!?え?あっ、すみません!!」

 

耳元で須川さんに柏手を打たれて、ようやく正気を取り戻すことができた。

てかやばい!会長さんを前に醜態を晒してしまった・・・!

 

「ふふっ、なかなか面白い娘だな、須川トレーナー」

「前に中央トレセン学園(そっち)に行ったときも言っただろ?ここまでパニックになってる原因の半分くらいは会長殿だと思うが?」

「あ、あれ?2人って、もしかして知り合いだったり?」

 

なんか、2人のやり取りがやけに親密というか、気心が知れた親友みたいな感じだね?

そう思ったけど、特別仲がいいとか、別にそういうわけじゃないらしい。

 

「いやなに、昔の須川トレーナーは少し問題児なところがあってね。それで関わる機会が多かったというわけだ」

「えぇ・・・トレーナーが生徒に説教されるって・・・」

「別に説教されたわけじゃねぇよ。諭されはしたが」

 

それ対して変わんなくね?

 

「というか、いったい何をしでかしたんですか?セクハラとか?」

「おい。お前は俺をなんだと思ってるんだ?」

「法に触れるようなことはしていない。主に短時間の遅刻の常習犯だったり、他チームのウマ娘を横取りしたりといったところだ」

「うわ、それほんと?人としてどうかと思うよ?」

「会長殿。あんたもあまり人のことをペラペラとバラさないでくれ。ていうか、2つ目のやつは誇張表現が過ぎるだろ」

 

曰く、所属チームから抜けたウマ娘を片っ端から拾ってた時期があったみたいで、それを他のトレーナーから横取りと言われたらしい。

いや、やってることは横取りと言うか、自販機下の小銭を漁ってるみたいな感じだね。

とはいえ、この話は会長なりの気遣いだったみたいで、だいぶ緊張はほぐれた。

 

「では改めて。クラマハヤテ、デビュー戦勝利と中央トレセン学園への移籍、おめでとう」

「ありがとうございます・・・それにしても、どうしてわざわざ来たんですか?」

「もちろん、君に興味があったからだ。須川トレーナーから、『地方で逸材を見つけた。編入の手続きを頼む』と言われた時は吃驚仰天したものだ」

「そんなにですか?」

「あぁ。須川トレーナーは・・・」

「シンボリルドルフ」

 

不意に、須川さんが低い声で『会長殿』ではなくフルネームで呼び止めた。

え?そんなに地雷なの?

いったいなんなんだろ?

 

「もしかして、ここ最近はスカウトしてなかったとか?」

「・・・・・・」

「須川さぁん。もうちょっと隠す努力をしようよ~」

 

黙って目を逸らしたらバレバレですよ?

 

「まぁ、さすがに理由は聞かないでおきます」

「・・・助かる」

「いえ、別に・・・そういえば、浦和にいる間、生徒の世話はどうたらこうたらって言ってませんでした?」

「・・・・・・」

「嘘、ついてたんですね?見栄でも張りたかったんですか?」

「・・・トレーナーとしての仕事があったのはたしかだ。雑務が主だったがな」

 

言い訳にしてはちょっと苦しい気がするけど、トレーニングメニューとかはちゃんと用意してくれてたから、別に文句はない。

 

「それはそうと、君には聞いておきたいことがある」

 

おっと、話が脱線しすぎたかな。

まさか、雑談だけで終わらせるはずもないだろうからね。

 

「君は、なぜ中央で走り、何を成し遂げたいのか、それを聞かせてほしい」

 

・・・なるほど。それが本題ね。

ぶっちゃけ、私の中央行き自体はほとんど成り行きだったから、これといった理由があるかと言われるとちょっと答えに困る。

まぁ、強いて言うなら。

 

「走りたいから、ですかね」

「であれば、それは地方でも十分ではないのかな?」

「私にとって、地方のレースは短すぎるんですよ。ダートも走りづらいですし、私にとって気持ちよく走れません」

 

地方のレースなんて、どんなに長くても2000mを越えるレースはまずない。

最初に出会ったときには言われなかったけど、私はたぶん生まれながらのステイヤーだ。短距離はまともに走れない。もっと言えば、パワーに欠けるからダートも適正かと言われると微妙だ。

でも、中央トレセン学園で芝を走って確信した。

私は、ここでなら全力で走れるし、地方にいるよりももっと楽しめると。

 

「私はですね。ただ走りたいだけなんですよ。自分の好きなように、自由に、思い切り、気持ちよく。中央の舞台は、それにピッタリなんです」

 

そんな私が、中央で何を成し遂げたいのか。

 

「私は、自分の限界を知りたい。さっきのレースも含めて、今まで限界まで疲れるほど走ったことがないですからね。私はどこまで速くなれるのか、どこまで高みに上れるのか。それを知りたい、試してみたいんです」

 

誰のためでもなく、自分のために走りたい。

そう言うと、会長は私の目をじっと見つめて、ふっと笑みを浮かべた。

 

「なるほど。どこまでいっても自分のため、か」

「・・・ダメでしたかね?」

「いや、面白い。君がそれを有言実行できるだけの実力を持っているのであれば構わないさ。私も地方出身の身である君がどこまでたどり着けるのか、その活躍を期待するとしよう」

 

そう言うと、会長は「では、失礼する」と言って控室から出て行った。

そこで私は、ドカッとイスに座って大きく息を吐いた。

 

「はぁ~っ、つっかれた~!!」

「これまた、レースよりも疲れてないか?話しただけだったろ?」

「いや、須川さんだってわかってるよね!なにあの人、存在感が半端じゃないんですけど!!」

 

もし会長の存在感に質量が存在していたら、私は控室の壁に挟まれて死んでいるか、壁にめり込む勢いで吹き飛ばされている。冗談とかじゃなくて、マジでそうなる自信がある。

 

「あれが“皇帝”かぁ・・・話に聞いてたよりも半端ないね。やっぱ実物は違うわ」

「当然だ。史上初の“無敗の三冠”は伊達じゃない」

「そんな会長が、やたらと私のことを気にかけてくれてるってのは、ありがたいというか恐れ多いというか・・・わざわざデビュー戦を観に来たことといい、なんでなんだろ?」

「あくまで俺の想像に過ぎないが・・・お前にオグリキャップを重ねているのかもな」

「そう?あー、もしかして、ダービーの件を未だに引きずってるとか?」

「そう単純な話でもないだろうが、似たようなもんかもな」

 

クラシック登録の制度改変のきっかけになったオグリキャップだけど、逆を言えばオグリキャップ本人がその恩恵を受けられなかったからこそ、今の制度があるとも言えるからね。

話で聞いた限り、会長もオグリキャップをダービーに出走させようと尽力したらしい。結局、オグリキャップのダービー出走は叶わなかったから、少なからずは意識してるのかも。

だから、地方生まれのウマ娘である私がクラシックで活躍することを望んでいる可能性も、0ではない・・・かな?

まぁ、どのみち私は好きにやらせてもらうけど。

 

「よしっ、須川さん!帰りもよろしく!私は明日に備えてさっさと寝るから!」

「あいよ」

 

明日からは編入の準備で忙しくなるからね。

私は、これから始まるだろう新しい生活に胸を躍らせながら、その日の夜は一瞬で眠りについた。

ライブといい会長との会話といい、疲れるイベントが多すぎたからね。仕方ないね。

レース?レースは疲れなかったからノーカンで。




無敗三冠のディープインパクトとコントレイルが実装される気配が皆無だから、まだしばらくはルドルフが永遠の17歳として生徒会長やってそう。
今のところは二次創作でしか見れてないけど、いつかは公式でも働くウマ娘をやってほしいですね。バイトじゃなくて正社員で。


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緊張の解き方がさらなる緊張を与えるとかいう地獄

デビュー戦の翌日からは、一気にバタバタした。

編入の手続きはもちろん、自分の荷物を業者に依頼して中央の寮に送ってもらったり、中央に行くにあたって必要なものを買い揃えたり、いろいろとやることがあって落ち着かなかった。さらに、この忙しいときにも合間を見つけてはトレーニングをしてたから、マジで休まる時間が就寝の時くらいしかなかった。

ちなみに、母さんに中央移籍の話をしたら、たいそう驚かれた。

でも、すぐに立ち直って「頑張ってね」って応援の言葉をいただいた。さらに学費もどうにかしてくれるとのこと。

あーもうほんと母さん大好き。やっぱ、たまに里帰りしようかな。頑張れば走りでも日帰りで行けなくもないし。

それと、学校から送迎会をしたいという申し出があったけど、それは断らせてもらった。わざわざ送迎会をしてもらうほど親しいわけじゃないし、そもそもここ1ヵ月はイッカクのせいと言うべきかイッカクのおかげと言うべきか、クラスメイトはもちろん、他のクラスの生徒や先輩からも遠巻きにされてたから、やったところでしらけるだけだろうしね。

とはいえ、さすがに何もしないのはちょっと寂しいから、イッカクとビクトメイカーでささやかなパーティーをした。ついでに、ビクトメイカーにイッカクの面倒も頼んだ。せめて倒れないように見ていてねって感じで。

パーティーをしてる間、イッカクはずっと私に抱きついて「私もすぐに行くから~」って泣きながら尋常じゃない勢いで絡んできたからね。最後には寝ちゃったし、お酒でも飲んだのかな?

そんなこんなで、浦和トレセン学園最後の通学日。

 

「ぐすっ、ハヤテちゃん。頑張ってね・・・」

 

イッカクは再び泣きながら私の手を握っていた。

私はこれから戦場にでも行くのかな?まぁ、猛者がひしめく魔境であることに変わりはないけど。

 

「あはは。そんな今生の別れじゃないんだから。それに、イッカクだってスタッフ研修生で目指してるんでしょ?私も応援してるからね」

「うんっ、私も頑張るからっ」

「ビクトメイカーも、イッカクのことよろしくね?」

「・・・わかってるわよ」

 

露骨にめんどくさそうな表情しないの。私だって似たような心境なんだから。

ちなみに、今私が着ているのは中央の制服だ。私のところに来ると言ってはばからないイッカクはともかく、浦和に残るビクトメイカーは会う機会がグッと減っちゃうからね。こういう時くらいは新しい制服姿を見せてあげないと。

 

「おーい、ハヤテ―。そろそろ時間だぞー」

 

イッカクの頭をよしよししていると、須川さんが車の窓から顔を出して呼びかけてきた。

あぁ、もうそんな時間なんだ。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

 

そう言って、私も車に乗り込むと、須川さんはさっさと車を発進された。

私は後ろを振り向いて、イッカクが手を振る姿が見えなくなるまで私も手を小さく振り続けた。

 

 

* * *

 

 

「ついに来た、中央トレセン学園!」

 

車から降りて、私は両手を振り上げてそう叫ぶ。

 

「って感じはしないよね」

 

ようなことはしなかった。

 

「なんだ、随分と感動が薄くないか?」

「いや、ここに来るの2度目だし、1度目の時は緊張でそれどころじゃなかったし」

 

なんか、一周回って冷静になっちゃうよね。

まぁ、慣れないのには変わりないんだけど。

 

「それで、今日って休みだけど何するの?」

「今日は学園の中を案内することになっている。寮に関することなんかも説明があるはずだ」

「そうなんだ」

 

それはそれでありがたい。この前は更衣室と練習場しか行ってないから、敷地内のこととかまったくわからないんだよね。

 

「そういうわけだから、まずは生徒会室に行くぞ」

「マジで?」

 

え?また会長と会うの?

 

「会長殿もそうだが、案内役とも顔を合わせることになっている」

「なるほど。ちなみに、案内役って誰ですか?」

「さぁな。その辺りは会長殿に任せたから、俺は知らん。どのみち行けばわかるだろ」

 

それはその通りだけど、出来ることなら心の準備をさせてほしい。

とりあえず、須川さんの案内に従って生徒会室を目指す。今はトレーニングの時間だからなのか、前に来たときよりも人出は少ない。

 

「ここだ」

「ここですか・・・」

 

案内されたのは、いかにも威厳たっぷりな扉の前だった。

いや、上に“生徒会室”って看板があるから、ここが目的地だってのはいやでもわかるけどね。

 

「トレーナーの須川だ。クラマハヤテを連れてきた」

「入ってくれ」

 

中から会長の返事が返ってきたのを確認してから、須川さんは扉を開けた。

中に入ると、豪奢と言うような煌びやかなものではないけど、所々に細やかな意匠がほどこされている立派な部屋で、その奥正面には生徒会長の机が鎮座していた。

そして、会長もそこに座って私たちを出迎えてくれた。

 

「ようこそ、中央トレセン学園へ。それとも、久しぶりとでも言えばいいかな?」

「ど、どうも。お久しぶりです、会長。デビュー戦以来ですね」

 

どうにも緊張がぬぐえなくて視線をあっちこっちに向けると、壁に掛けてある大きな額縁が目に入った。

そこには英語で『Eclipse first, the rest nowhere.』と書かれていた。

あれってたしか・・・

 

「唯一抜きん出て並ぶ者なし・・・?」

「さすがだな。知っていたのか?」

「えぇ、まぁ。ここに来る前にいろいろと調べたりしたので・・・」

 

当然だけど、中央は学業もレベルが高い。

ぶっちゃけ私は特別頭がいいとかそういうわけじゃなかったから、ここに来る前に必死に勉強したし情報収集もした。

この言葉もその時に知ったものだ。たしか、中央トレセン学園のスクールモットーだ。

『他の追随を許すな。目指すべきは常に頂点』って感じだったはず。

ここで、立ち話もなんだからということで応接用のソファに座って、改めて話を始めた。

 

「さて。君の意気込み等についてはすでに聞いているから、君の方から何か聞いておきたいことはあるかな?」

「そうですね・・・今のところ3つ、ですかね」

「ほう?」

「1つ目は、中央(こっち)での私の評価ですね。どういう風に言われてますか?」

 

今さら、中央の生徒で私のことを知らないってウマ娘は少ないだろう。噂だけでも当然だし、なんだったら記者会見までやってる。

問題は、どういう風に認識されているかってこと。

浦和の時みたく、こっちでも悪評がたたれていると目も当てられない。

未だに地方蔑視が根付いているならなおさら。

でも、どうやら私の考えすぎだったみたい。

 

「その点なら心配ない。あのレースを観れば、君のことを弱いと思う者はそうそういない。それに、あの中にはアマチュアレースや模擬レースに出走して活躍を期待されていたウマ娘もいた。彼女らをまとめて蹂躙したのだから、すでにマークされているかもしれないな」

「なるほど・・・」

 

なんというか、コメントに困るな。

イジメとかはなさそうだけど、それはそれでレースで苦労することになりそう。

須川さんは「好きに走れ」って言ってるけど、戦略とか次善の策をちょっと考えた方が良さそうかも。

 

「2つ目なんですけど、寮の部屋ってどうなってます?例えば、同居人とか」

 

トレセン学園の寮は栗東寮と美浦寮の2つがあるが、基本的にどっちも2人部屋だ。場合によっては例外もあるけど、誰かと寝食を共にすることになる。

どういうウマ娘なのかはあらかじめ聞いておきたいところだ。

 

「ふむ。それは案内の時に説明してもらおうかとも思っていたが・・・実は、君は栗東寮で1人暮らしになる。今のところ、という注釈はつくが」

「あ、そうなんですか?」

「あぁ。ちょうど部屋が埋まっている状態でね。新しい入居者が来るまでは、実質1人部屋になる」

 

そっかぁ。1人部屋かぁ。いや、2人部屋に1人、ってのが正しいのかぁ。

それはそれで寂しい気もするけど、もしかしたらイッカクと同室になれるかもしれないと考えることにしておこう。

 

「最後は、今日は学園の中を案内してもらうって聞いたんですけど、誰に案内してもらうことになるんですか?須川さんじゃないんですか?」

「学園の中はともかく、寮に入れるのは基本的にウマ娘だけでトレーナーは立ち入り禁止になっている。それならば、同じ寮のウマ娘に案内してもらった方がいいだろう。案内役は、そろそろ来るはずだ」

 

すると、まるでタイミングをはかったかのようにドアがノックされた。

 

「ちょうど来たな。入ってくれ」

 

会長がそう言うと、ドアが開いて2人のウマ娘が入ってきた。

2人とも芦毛のウマ娘で、片方は黄色のひし形が連なったような髪飾りを付けていて、もう片方は私よりも小柄で赤と青のリボンと玉(?)を付けている。

って、あれ?もしかして・・・

 

「紹介しよう。オグリキャップとタマモクロスだ」

「ま˝っ!?」

 

ぢょっ、なんでよりにもよってこんな大物を出してきた!?

オグリキャップは言わずもがな、タマモクロスもオグリキャップ最大のライバルとして有名だ。

そんな有名人を前にすると緊張しちゃうってこと忘れたんですかぁ!?

 

「はじめまして、オグリキャップだ」

「タマモクロスや。よろしくな」

「あ、どうも。クラマハヤテです・・・じゃなくて!えっ、なんでこの2人なんですか!?てっきり同級生になる娘が来ると思ってたんですけど!?」

「あぁ、須川トレーナーから『同じ地方出身のウマ娘なら気が合うんじゃないか?』と聞いたから、私の方から頼んだんだ」

「須川さぁん!?」

 

思わず須川さんの方を見ると、須川さんは全力で私から目を逸らしていた。

さては確信犯だなこいつぅ!

 

「ちなみに言うとくとな、最初はこの話はオグリんだけやったんやけど、ウチとしてはオグリんだけに任せるのはちょいと不安でな。せやから、ウチも一緒に行かせてもらうように会長に頼んだんや」

「それはどうもご親切にありがとうございますぅ!」

 

おかげでプレッシャーが増し増しになっちゃいましたけどね!

“芦毛の怪物”と“白い稲妻”のセットとかどう考えても欲張りすぎなんだよなぁ!!

 

「それでは、さっそく行こうか。いいか、ルドルフ?」

「あぁ、構わない。君たちもクラマハヤテと話をしたいだろうからね」

「ちょっ、須川さんは・・・」

「悪いが、俺は俺で会長殿と話すことがある。生徒同士で親睦を深めてくるといい」

「薄情者ぉ!!」

 

親睦を深めるどころの話じゃないんですけど!

 

「ほな、さっさと行こか。トレセン学園は広いからなぁ。どんどん行くで!」

「あぁ。私たちの知り合いにもぜひ紹介したいしな」

「あ˝っ!お願いです腕を掴まないでせめて自分の足で歩かせてくださぁい!!」

 

芦毛コンビに両腕を掴まれた私は、なすすべもなく引きずられていく。

ちょっ、オグリキャップはともかくタマモクロスまで力が凄いんですけど!

結局、私が解放されたのは生徒会室から出て少し経ってからだった。

とりあえず、須川さんはあとでシバく。

 

 

* * *

 

 

「・・・会長殿」

「なんだ?」

「狙ったのか?」

 

須川の問いにシンボリルドルフは笑みを浮かべるだけで、須川は思わずため息をついた。

たしかに、須川は地方出身のウマ娘を案内役につけるように言ったが、須川の中では元々地方で走っていたハルウララやユキノビジン、地方で生まれたスペシャルウィークあたりが来ると思っていた。まさか元祖・地方の怪物とそのライバルが来るとは予想していなかったのだ。

須川としても「まさかクラマハヤテのあがり症を知らないわけではないだろうに・・・」とは思うが、この頭脳明晰な会長のこと。何か考えがあってのことなのだろう。あるいは、シンボリルドルフが気軽に頼める要望通りのウマ娘があの2人だった、という可能性もなくはないが。

 

「まぁいい。それで、話というのは?」

「いやなに、君の視点から見たクラマハヤテの話を聞きたくてね。今までは事務的なことしか話していないだろう?」

 

たしかに、シンボリルドルフにはクラマハヤテのウマ娘としての詳しい話をしたことはない。あくまで生徒としてだ。

このような話をおいそれとするのは情報保護的な面で気が引ける部分はあるが、シンボリルドルフはレースから引退しているため特に支障はないと思うことにした。

 

「そうだな。まずスタミナは会長殿が見た通り、歴代のステイヤーと比較しても規格外だ。走ろうと思えば、2000mくらいなら全力で走りきれるだろう。だが、やはりスピード関連がネックだな。トップスピードに関してはいくらでも誤魔化せるが、瞬間的な加速に関しては並かそれより少し下程度。一度減速したら一気に捕まる可能性がある」

 

ちなみに、スピードの誤魔化し方は今のところ2つある。

一つは、デビュー戦でもやった通りに先頭で走り続けることで後続を掛からせる走り方。相手のスタミナを削ってトップスピードを落としてしまえば、多少クラマハヤテが減速してもなんとかなる。

もう一つは、ロングスパートだ。クラマハヤテはその膨大なスタミナ故か、徐々にであれば加速し続けることができる。とはいえ、現在ではその上昇速度も微々たるものであるため、今後のトレーニングで補っていく部分でもある。

トレーナーとしては及第点だろう須川の解析に、だがシンボリルドルフはわずかに不満気だった。

 

「たしかに、須川トレーナーの言ったことに間違いはないだろう。私も同意見だ。だが、私が聞きたいのは別の部分だ。君だって気づいているだろう?」

「・・・まぁな」

 

須川も、シンボリルドルフが真に聞きたいことは何なのかわかっていた。

それでも話さなかったのは、ちょっとした悪戯心と意地だ。

いくら会長相手でも、そこまで話す義理はないと。

だが、シンボリルドルフの目を見る限り、話さないと開放してくれなさそうだと須川は高を括った。

 

「ハヤテは、『領域(ゾーン)』に手を掛けている」

「そうか。やはりな」

 

領域(ゾーン)』。

それは、時代を作るウマ娘であれば必ず入ると言われている領域。“超集中状態”とも言われるそれは、もし会得できれば潜在能力を100%以上引き出すことができると言われている。

だが、これに到達できるウマ娘は極々僅かの一握りの天才たち。

クラマハヤテは、それに手を掛けていた。

 

「とはいえ、不完全もいいところだ。試走の時は間違いなく『領域(ゾーン)』に入っていたが、デビュー戦の時は入れていなかった。おそらく、今はまだ1人で走っている時しか入れないんだろう。言ってしまえば、作業に没頭するようなもんだ」

 

言ってしまえば、試走の時の『領域(ゾーン)』は1人で走りに没頭していたからこそ至れたもので、走ること以外にも思考を巡らせる必要があるレースではまだ使えない、ということだ。

 

「だが、レースに出して経験を積ませれば、あるいは・・・」

「『領域(ゾーン)』を自分の物にできるかもしれない、か?」

 

シンボリルドルフの問いかけに須川は頷く。

とはいえ、『領域(ゾーン)』に至るまでの課題は多い。

スタミナが多いということは、その分限界への距離が長くなるということでもあるし、トレーニングの成果も実感しにくい。

それをどうにかするのが、トレーナーの腕の見せ所だろう。

 

「彼女に期待していると言ったが、君にも期待しているよ。須川トレーナー」

「おうとも。ぜひともあんたの期待に応えてみせよう、会長殿」




名前参考のクラシック世代どうしましょうかね・・・2020は無敗三冠のコントレイルとデアリングタクトがいるやべー世代ですし、2021はソダシがいるからイッカクとの兼ね合いがありますし、2022はそもそもクラシックまだですし・・・調べながらやってるんですけど、やっぱり2021あたりから選ぶことになりますかね?あるいは、ここ最近と比べれば話題は少なく感じる2019?

マジでネーミングセンスが欲しい。その辺に転がってないかな・・・いっそウィニングポストでも買おうかな?新作でるし。でもバトスピやりたいしなー。
いや、ほんと悩みますね~。
一応言っておくと、名前を参考にした場合はモチーフ馬との関連性は皆無なので、その辺はあしからず。

『Eclipse first, the rest nowhere.』って語感もそうですけど元ネタがかっこよすぎますよね。一度でいいからこんなセリフ言ってみたいわ~。

寮に関しては、ゴルシとかマルゼンのところにねじ込む案もあったんですけど、ゴルシ同室はお気に入り登録して読んでいる作品にもある展開なのでなんとなく出しづらくて、マルゼン同室は自分の語彙力ではカバーしきれないので没になりました。
昭和の流行語とか軒並み死語になっててわからん。
というか、2つあるとはいえ数千人が住める寮とかなんだそりゃ・・・退去のタイミングとかどうなってんだろ。
まぁ、仕様的に仕方ないとはいえ、ウマ娘ってあまり歳とらない種族みたいになってますしね。サイヤ人みたいに若い時期が長いのかな?


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あれ?地元にいい思い出って無くね?

拝啓、お母さん。元気にしていますか?

私が中央に行って寂しい思いをしていないか、少し心配です。

そんな私は今、

 

「ここは図書室やな。過去のレースの記事からトレーニングに役立つ本、果ては何のためにあんのかよーわからん奴までいろいろあるで。あっ、当然やけど、ここでは騒がんようにな」

「ハイ、ワカリマシタ」

 

「ここは中庭だ。あそこの切り株の中は空洞になっていて、あそこに悔しいことや嫌なことを叫んだりするんだ。それと、たまに中にウマ娘が入ることもあるな」

「え?そうなん?ウチはそんなん知らんけど」

「ソウナンデスカ」

 

大物ウマ娘2人に学園の中を案内されて魂が飛びそうです。というか、半分くらい飛んでます。

いや、うん。両手に花というか、私が有名人2人を侍らせているみたいで落ち着かない。今日は休日のはずなんだけど、なんでか人出はそこそこあるせいでけっこう目立ってる。

うわ~、オグリ先輩とタマモ先輩の間に挟まれてるあのウマ娘誰なんだろうって思われてるんだろうな~。

余談だけど、最初はフルネームに先輩呼びだったんだけど、半ば強引にそれぞれから「オグリでいい」「タマモでええで」って言われて、そう呼ぶに至った。

いややべーよ。いったい私が何をしたって言うんだ。

デビュー戦で目立っちゃったね。たぶんそれが原因だね。

幸い、話の内容は頭に入ってるから聞き逃してるとかそういうのはないけど、緊張で体がガチガチになってる・・・。

すると、学園の全体に響き渡るようにチャイムが鳴った。時間的に、お昼を知らせてるのかな?

 

「あっ、もうお昼や」

「そうだな。なら、食堂でご飯を食べるとしよう」

「ご飯!!」

 

思わずご飯ってワードに反応すると、オグリ先輩とタマモ先輩が揃って私の方を振り向いた。

やめて、恥ずかしいので見ないでください・・・。

 

「なんや、そんなにここのご飯が楽しみやったん?」

「えっと・・・トレーナーから、料理人も一流だって聞いてたので。浦和の食堂も嫌いじゃないんですけど、こっちはこっちでどんな感じなのか楽しみにしてて・・・」

「そうか。ここの料理はとてもおいしいから、ぜひ楽しみにしてほしい」

 

オグリ先輩がそこまで言うんだったら、本当においしいんだろうね。

ようやく緊張がほぐれているのを感じながら、最初よりも少し浮足立ちながら食堂へと向かった。

 

 

 

 

「ここが食堂だ」

「お~」

 

一目見て浦和と違うと思ったのは、すごくおしゃれだなってこと。

浦和トレセン学園の食堂は、なんというか、良くも悪くも学校の中って感じで、テーブルも椅子も四角の長いプラスチックのやつだ。

それに対して、ここは丸いテーブルがいくつも並んでいて、しかも木製だ。学校の食堂というよりは、カフェテリアに近い感じがする。

 

「メニューはいろいろあるけど、おかわりし放題なのは決まっとるから、そこんところ注意な」

「はい。ちなみに、お二人のおすすめはなんですか?」

「私は特にこれといったものはないが、揚げ物はおかわりし放題で絶品だぞ」

「うちは断然、粉ものか鉄板ものやな。さすがに関西のとはちゃうけど、それでも美味いで」

「なるほど・・・」

 

オグリ先輩はともかく、タマモ先輩は単に地元のソウルフードを勧めているだけでは?

まぁ、自分の好きなものを頼めばいいってことかな。

それじゃあ・・・

 

「なら、今日はいろいろなものを食べてみようかな。とりあえず、唐揚げとコロッケ、とんかつに、お好み焼きで」

「え?そんなに食うん?」

「? 食べますよ?むしろ、これくらい食べておかないと後になって動けなくなっちゃいません?」

「たしかに、それもそうだな」

「いや、明らかにオグリんとハヤテちゃんがおかしいからな?」

 

タマモ先輩の大阪仕込み(?)のツッコミが炸裂してるのを聞き流しながら、私は受付口で注文した。

途中、注文を聞いてた店員さんの口がわずかに引きつっていたのが見えた気がするけど、気のせいってことにした。

とりあえず、あらかじめ話し合って決めておいた席に座って2人を待つ。

少し経つと、オグリ先輩とタマモ先輩がトレイを持って私のところにやってきた。

というか・・・

 

「タマモ先輩、ちょっと少なくないですか?」

 

タマモ先輩が頼んだのは小さめのお好み焼き定食1人分だけだ。さすがに少なくないかな?

ただ、タマモ先輩的には反応するところが違ったらしい。

 

「いやいやいや、ちゃうやろ。ウチが小食なのは認めるけど、普通に考えてオグリんの方がおかしいやろ」

「? そうか?」

 

オグリ先輩はというと、山盛りの焼きそばを頼んでいた。いや、山というよりは塔に近いかもしれない。軽く腕1本くらいの高さだし。

でも、

 

「? 別におかしくないんじゃないですか?」

「いやどう考えてもおかしいやろ!うちらからすればいつものことやけど、初対面からしたら明らかに常軌を逸した量やんけ!」

「いや、私も食べようと思えばそれくらいはいけますよ?今日はトレーニングの予定がないので抑えめですけど」

「え?それで抑えめなん?」

「そうですよ?」

「・・・オグリんといいスペシャルウィークといい、地方出身のウマ娘は大食いってジンクスでもあるんか?」

 

タマモ先輩の言っていることはよくわからないけど、別に多く食べれるならそれに越したことはないんじゃないかな?健康な体を作るには健康な食事が一番だし。

揚げ物を大量に摂取するのが健康的なのかって言われると自分でも疑問だけど。

 

「ま、まぁ、ハヤテちゃんの食事感覚が普通とちょいとズレとるのは置いとくとして、今のところ見学してて何か聞いときたいこととかあるか?」

「そうですね・・・なんか、七不思議とか都市伝説的な話ってありますか?」

「なんや、そういうのに興味あるんか?」

「まぁ、なんとなく?」

 

どちらかといえば、他に聞きたいことが思い浮かばなかっただけなんだけどね。

 

「にしても、都市伝説なぁ・・・せやったら、昼飯食べた後にあそこに行こか」

「む、あそこだな?」

「せや」

「いや、私にはなんのことかさっぱりなんですけど」

 

これがツーとカーってやつですか。今日会ったばかりの私には到底分かりえない、かつてのライバル同士だからこそ通じ合う何かかな・・・?

そう考えると、萌えと燃えが同時に襲い掛かってきそうでなんかヤバくなってきた・・・!

 

「そういえば、ハヤテ。一つ聞いてもいいか?」

「ひゃい!?な、なんですかっ?」

「? どうかしたのか?」

「い、いえいえ、何でもないです、はい!」

 

あ、危ない危ない。本人たちを前に邪な考えを持ってしまうところだった・・・。

 

「それで、なんですか?」

「君は地方から移ってきたが、地元に友人やライバルはいるのか?」

「あ、あ~・・・」

 

なるほどなぁ。そういえば、オグリ先輩は私と違って、カサマツのレースで活躍してから中央に来たから、そういうライバル的な存在がいたのかな。

でもなぁ、友人とかライバルかぁ・・・。

 

「そうですねぇ・・・実は、友達と言える娘って2人くらいしかいなくて、他のクラスメイトとかからは避けられてたんですよねぇ」

「なんや、ハヤテちゃんが強いからって嫉妬してたんか?」

「いえ、逆ですよ、逆。そもそもトレーナーに声をかけられたのが、初めての試走でダントツ最下位だったときなんですよねぇ」

「そうやったん?あ~、でもハヤテちゃんって映像見た限りゴリゴリのステイヤーやから、むしろダートの短距離やとそうなってまうんか」

 

タマモ先輩の呑み込みがすごく早くて助かる。

 

「山で走ってた悪癖のせいでもありますけどね。そんな状況でスカウトされちゃったもんですから、最初はつい申し出を断っちゃったんですよ。他の生徒の前で。それで周りからヒソヒソされて・・・まぁ、その後の方がもっと問題だったんですけど」

「その後?」

「さっき言った2人の友達のうちの1人が地元で有望だったウマ娘だったんですけど、レースの道を蹴飛ばして私のアシスタントになるって言い出して、その話があっという間に広がって余計に・・・それで先生からも煙たがられちゃって・・・」

「あ~・・・なんちゅうか、いろいろあったんやなぁ」

 

しみじみと呟いたタマモ先輩に私も思わずうなずいた。いや、ホントだよ。

ついでに言えば、その友達がヤンデレのごとく重い女になっちゃったんだけど、そのことは言わないでおこう。

 

「そういうわけだったんで、学園側でやる予定だった送迎会も私の方から断って、見送りもその友達2人だけにしてもらって、ここにやってきたんですよ」

「なるほどなぁ・・・」

「そうだったのか・・・」

 

オグリ先輩は私の話を聞いて少し悲し気な表情になる。

この反応を見る限り、オグリ先輩は私よりは交友関係に恵まれてたのかな。

 

「まぁ、別に気にしないでください。ぶっちゃけ、地元に思い残したことなんて母親のことくらいですし、その母親も頑張れば走ってでも日帰りで帰れますしね」

「そうか」

「まぁ、ハヤテちゃんの交友関係にうちらがあーだこーだ口を出すこともあらへんか」

「それにですね、私のアシスタントになるって言った友達・・・白毛のウマ娘でイッカクって言うんですけど、スタッフ研修生として中央に行くんだってすごいやる気になってるので、もしかしたらこっちでも会えるかもしれないんですよね」

「そうなん?」

「えぇ。まぁ、0からのスタートなんで道のりは長そうですけどね」

「そうなのか。一緒になれるといいな」

 

まぁ、一周回って恐怖を覚えそうな気迫で臨んでいるんですけどね、初見さん。

そう考えると、地元に碌な思い出がねぇな、私。

 

「そういえば、オグリ先輩はどうなんですか?そういう地元の友達とかって」

「そうだな、私は・・・」

 

オグリ先輩に話を振ってからは、なごやかな空気でご飯を食べながら話をすることができた。

やっぱ、地方出身同士の地元トークって強ぇわ。

ちなみにこの後、デザートに山盛りパフェも食べた。

タマモ先輩から信じられないようなものを見るような目で見られたけど、オグリ先輩と分け合ったんだし普通では?




今年の皐月賞、まだ結果しか見てないですけど、なんかすごいもつれてますねぇ。
この感じだと、この後のダービーも菊花賞もまじで予想できなさそう。


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ここは乙女ゲーの中ですか?

食堂でタマモ先輩をドン引きさせてから、学園の案内を再開した。

いや~、それにしても中央の食堂は本当に何もかもがおいしいね。これだけでも中央に来た甲斐があったよ。

今向かってるのは例の都市伝説にまつわる場所で、その道中でもいろいろと案内させてもらっている。

あと、オグリ先輩って泳ぐの苦手だったんだね。

プールを案内してもらったときに明らかにテンションが下がってたからなんでだろうと思ったけど、タマモ先輩がこっそり教えてくれた。

そして、最後に案内されたのは中央広場だった。

なんでも2人が言うには、ここに例の都市伝説にまつわるものがあるらしい。

はてさて、何があるのやら。

 

「これや」

「これですか?」

 

タマモ先輩が指さすのは、3人のウマ娘が背中合わせになって水瓶を担いでいる像だった。いや、水瓶からは水が流れているから、どちらかと言えば噴水に近いのかな?

 

「これは・・・」

「三女神の像や。名前くらいは聞いたことがあるんとちゃう?」

「あ~、言われてみれば・・・」

 

三女神。

すべてのウマ娘を見守り、導くとされる三柱の女神で、すべてのウマ娘の始祖とも言われている。

実在するのかどうかさえ分からない伝説じみた存在だけど、中央にその像があるのは知らなかった。

 

「それで、その三女神の像が何か関係があるんですか?」

「私たちウマ娘は、誰かの想いを背負って走ると言われているんだ」

「それは観客とか他のウマ娘に限った話やなくて、顔も名前も知らない、住んでいる世界すら違う何か、なんて話もあるんや」

 

タマモ先輩の話を聞いて、私の心臓がドクンッと脈打った。

住んでいる世界すら違う。それはつまり、私の前世の記憶の世界・・・?

 

「そういうのをウマソウルなんて呼んどる奴もおって、中にはこの三女神像の前やレースの最中に誰かの声を聴いた、なんて話もあるんや」

 

「うちとオグリンはそういうのはなかったけどな」とタマモ先輩はそう茶化すけど、私はどうにも他人事に思えなかった。

それこそ私は、想いどころか記憶や人格すら引き継いでいる存在で、もっと言えば私の前世はウマではなくヒトだ。

 

「そして、ウマ娘はそんな背負った誰かの想いを力に変えて走る。そんな話もあるんや」

 

そんな私は、いったい誰の想いを背負っているんだろう?

 

「・・・なんか、よくわからない話ですね」

「まぁ、感覚って言うにも曖昧すぎるからなぁ。本当に都市伝説みたいなもんやし、そんな深く考えんくてもええって」

「そんなもんですか」

「そんなもんや」

 

タマモ先輩の言う通り、深く考えても仕方ない話なのかもしれない。

ただ、どうにもタマモ先輩の話が頭の中に引っかかる。

もしかしたら、私の中にある思い出せない前世の記憶と何か関係があるのかもしれない。

生まれ変わりの自覚はあるのに前世の記憶を思い出せないのは三女神の仕業かもしれないってのは、私の考えすぎかな?

もし本当に神様なんてものがいるのなら、教えてほしいものだ。

 

「ッ!?」

 

次の瞬間、頭に突き刺すような痛みが走った。

電流が流れるどころかナイフでも突き立てられたかのような激しい痛みに、一瞬バランスを崩して思わず地面に膝をついてしまう。

そんな私の様子を見てオグリ先輩とタマモ先輩が慌てて私に近寄ってきた。

 

「ハヤテっ、どうかしたのか?」

「ちょっと、頭痛がして・・・たぶん、大丈夫です・・・」

「ほんまか?保健室に行かんくてもええか?」

「はい。本当に大丈夫で・・・っとと」

 

痛みは治まったけど、衝撃が強すぎたせいで上手く立ち上がれない。

 

「いや、立ち上がれん時点でダメダメやん。やっぱ保健室に行こか」

「いえ、本当に頭痛は大丈夫なんで・・・一過性だったみたいで、今は痛くないですし」

「でもなぁ・・・」

「それだったら、寮に行けばいいのではないか?」

「それや!ナイス提案やオグリン!」

「それでは、私が運んでいこう」

「ちょっ・・・!」

 

私が何か言う前に、オグリ先輩は私を抱き上げた。

俗に言う、お姫様抱っこってやつで。

 

「ちょっ、オグリ先輩!離してください!恥ずかしいです!」

「だが、君を歩かせるわけにはいかないと思うが?」

「いやお願いなんで!せめておんぶにしてください!さすがにこれは恥ずかしいです!」

「こっちの方が負担が少ないと言うし、私はこのままでいいぞ?」

「私がダメなんですってば!!」

 

これだとオグリ先輩の顔が間近に見えてあばばばばばば・・・

 

「ちょっ、ハヤテちゃん!?大丈夫か!?」

「きゅぅ・・・」

 

結局、羞恥に耐えれなくなった私の頭はオーバーヒートして、そのまま意識は闇に落ちていった。

とりあえず、間近で見たオグリ先輩の顔は美人でイケメンだったとだけ言っておこう。

やっぱウマ娘は美女揃いだわ。

 

 

* * *

 

 

「ん、んぅ・・・?」

 

どれだけ気を失っていたのかはわからないけど、だんだんと意識が戻っていくのを感じる。

えっと、たしか・・・オグリ先輩にお姫様抱っこをしてもらって、それで羞恥心とかがMAXになって気を失っちゃったんだっけ・・・?

目を開けると、そこは知らない天井だった。

辺りを見渡すと、私の上には毛布が掛けられていて、ソファの上で横になっていた。

どうにか起き上がろうとするけど、上手く力が入らなくてソファに体を沈めることになった。

あと、なんかあちこちから視線を感じるような・・・。

 

「あっ、ハヤテちゃん!目覚めたん!?」

 

すると、少し離れたところからタマモ先輩が駆け寄ってきた。隣にはオグリ先輩もいる。

 

「タマモ先輩、オグリ先輩。えっと、ここは・・・」

「無理して起き上がらんくてもええからな。ここは栗東寮のロビーや。いきなり気ぃ失ったもうたから、ここのソファに横にさせてもろたんや」

 

なるほど、道理であちこちから視線を感じたわけか・・・。

そこまで考えが回って、私はバッ!と飛び起きた。

気が付けば、めちゃくちゃ好奇の視線に晒されている!

もしかして、私ってめちゃくちゃ目立ってた上に寝顔を晒してた!?

 

「ちょっ、そんな急に動いたらあかんて。ちゃんと横になっとかんと」

「いやあの、それより私の部屋に行った方がいいんじゃ・・・」

「それもそうなんやけどな、ロビーにハヤテちゃんの荷物を放置したまま運ぶわけにもいかんくて、荷物だけ先に部屋に運んどいたんや。それに、無理に上らずにロビーで寝かした方が、体の負担も少ないと思てな」

「身体の負担はともかく精神的な負担は無視ですかそうですか」

「ひとまず、これで頭を冷やしてくれ」

「あ、オグリ先輩ありがとうございます。でもお姫様抱っこの件は別ですからね」

 

オグリ先輩が用意してくれた氷嚢を頭の上に乗っけて再び横になる。

この2人、根が善人なのは間違いないんだけど、ちょっとフォローの仕方に難がある。

オグリ先輩は、とにかく天然だ。いいことをしているのは間違いないんだけど、結果的に助けられた側を堕としにかかってるあたり、誑しの才能でもあるのか。

タマモ先輩は、良くも悪くもお姉さんっぽいというか、とことん世話を焼いてくる。まるで子供を相手にしているような感覚で看病してくれるから、オグリ先輩とはまた違った距離の近さがある。

そんな2人に献身的に介護されてるもんだから、そりゃあ目立つに決まってる。それも編入生相手となるとなおさらだ。

とりあえず、今はさっさと自分の寮室で寝たいかな・・・。

 

「おや、ポニーちゃんがお目覚めかな」

 

そんなことを考えていると、また別の声が聞こえてきた。

思考を蕩かすような甘い声と共に現れたのは、黒髪をショートカットにしためちゃくそ美人のウマ娘だった。

あと胸がでけぇ。顔もスタイルも完璧とかマジか。っていうかポニーちゃんってもしかして私のこと?

なんだ、ただのイケメンか。

 

「初めまして。私は寮長のフジキセキだ。気分はどうかな?」

「おかげさまで、だいぶ良くなりました・・・いっそ夢を見てるような気分ですけど」

 

有名人2人とイケメンに囲まれてるとか、いつから私は乙女ゲームの主人公になったんだろう。

 

「あはは!面白い娘だね。オグリキャップとタマモクロスが慌てて「いきなり倒れた!」なんて言ってきたから何事かと思ったけど、その調子なら大丈夫そうだね。それで君は・・・」

「あっ、どうも、クラマハヤテです。今日からお世話になります」

「うん、君のことは会長から聞いているよ。気にかけてほしいとも頼まれた。ずいぶんと気に入られたみたいだね」

「あはは、おかげさまで・・・」

 

めっちゃ気を利かせてくれてるじゃん。いっそ会長が過保護に思えてきたよ。

 

「それで、どうする?君の部屋に案内した方がいいか、それとも寮の中を案内した方がいいか」

「そうですね・・・先に寮の中を案内してもらってもいいですか?」

 

ここで私の部屋に入ったら、泥のように眠りにつく自信がある。とりあえず、最低限済ませるべきことを済ませてから寝よう。あとお腹も減ってきたし、案内してもらいがてら寮の食堂で食べようかな。

 

「わかった。私は仕事があるから、案内は引き続き2人にお願いするね。それと、寮のルールは学生手帳にあるから、それを確認してもらって。わからないことがあれば、いつでも私に聞きに来るといいよ」

「もちろん、うちらに聞いてもええからな」

 

うわぁ、私ったらモテモテだなぁ。

大丈夫?明日になってとんでもない不幸が襲ってきたりしない?

いや、もしそうなってもオグリ先輩とタマモ先輩が助けてくれそうな気がする。

ここは夢の中ですか?

 

「そんで、今はもう大丈夫なん?」

「はい。もうなんともないです」

「そんじゃあ行こか」

 

この後は、特に変わったこともなく寮の中を案内してもらった。

強いて言うなら、尋常じゃないくらい目立ってたってことくらいかな。

編入生が“白い稲妻”と“芦毛の怪物”に挟まれてるんだから、そりゃあ目立って当然かもしれないけど。

あと、お腹が空いてたから夕飯時なのかと思ってたけど、まだあれから2時間くらいしか経ってなかったらしい。

いや、2時間気を失ってたって考えれば長い方だけど。

一通り寮の中を案内してもらった後は、寮の部屋に案内してもらった。

 

「ここがハヤテちゃんの部屋やな」

「ここですか」

 

部屋の場所は5階の端寄りだった。

まぁ、ちょっと階段上るのが面倒なこと以外は気にならないかな。その階段だって、いつも山を走ってた私からすれば大した問題でもないし。

中の方は、2人部屋ってのを差し引いてもかなり広く、中には2つのベッドとタンス、オグリ先輩とタマモ先輩が運んでくれた私の荷物があった。

 

「普通は2人部屋なんやけど、今はハヤテちゃんしかおらんのやろ?」

「みたいですね。もしかしたら、途中で編入生が入ってくる可能性もありますけど」

「中は部屋の形を変えない限りは好きにしていいんだ。中には、自分でソファを買って置く娘もいる」

「へぇ・・・ん?部屋の形を変えるって、前例があるんですか?」

「あ~、過去に壁に穴をあけようとした奴がおってな」

「え?」

 

なんだその破天荒極まるウマ娘は。ていうか穴開けてどうするつもりだったんだか。

 

「・・・まぁ、そいつのことを話し始めたらキリないし、気にせんでええよ」

「そう言われると余計気になるんですけど・・・」

 

壁に穴ぶち開ける以外の武勇伝があるのか・・・。

まぁ、それだけ派手なウマ娘なら、いつかは話を耳にするかもしれない。今は寮の部屋のことだ。

 

「とりあえず、この後に予定がないなら、このまま荷物を片付けちゃってもいいですかね?」

「せやな。会長からも案内が終わった後のことは特に聞いてへんし、たぶん大丈夫やろ」

「良ければ、私たちも手伝おうか?」

「そうですね・・・せっかくなんで、お言葉に甘えさせてもらいます」

 

ちょっと申し訳ないけど、私1人より3人でやった方が早く済むだろうし、早めに終わらせて損はない。

この後は、オグリ先輩とタマモ先輩に手伝ってもらいながら片づけを進めた。

片付けが終わったら、須川さんに電話しておこう。私が倒れたって聞いて心配してたらしいし。




今さらになって初めて公式の用語集に目を通しました。
いや、まじで情報量がえぐいな。
なので、今まで執筆した内容に齟齬があれば修正していく予定です。

三女神像に関してはゲームの方に寄せました。
べつにアニメみたく普通の銅像でもよかったんですけど、なんとなくこっちの方がいいような気がしたので。
せっかく水瓶を持ってるんですから、水くらい流しておかないと(?)。

ちなみに、オグリんの作画は個人的にシングレの方が好みです。
ゲームやアニメの方も悪いわけじゃないんですけど、シングレの表情がはっきりしてる感じが好き。
あとシングレタマモもかっこよくて最高。


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あったけぇっていうか熱すぎて燃えそう

『・・・つまり、興奮しすぎて頭に血が上ったってことか?』

「まぁ、だいたいは・・・?」

 

オグリ先輩とタマモ先輩に荷物整理を手伝ってもらってから寮の中を案内してもらった後、ひとまず案内も終わったということで2人と別れて自室に入った私は須川さんに電話した。

私が倒れたって聞いて心配してたらしいから大丈夫だって言ったんだけど、経緯を言ったらものすごい呆れられた。

 

『なんつーか、心配した俺がバカだったわ』

「え?そんなに・・・?」

 

そこまで言うことはなくない?

仮にも愛らしい担当ウマ娘が倒れたんだから、もっと心配してくれてもいいんだよ?

 

「そういえば、この後に行かなきゃいけないところとかある?」

『いや、今日のところは何もない。あとは明日に備えて早めに寝るだけだ』

「そっかー」

 

いよいよ私も明日から中央の学生かー。

やべぇ、緊張してきた。今夜はちゃんと寝れるかな・・・。

 

『それと、明日から本格的にトレーニングも始めっから、その辺の準備もきちんとしておけよ』

「はーい」

『それじゃあな・・・いや、改めて言っておくか』

「なに?」

『ようこそ、中央トレセン学園へ』

「・・・どうも」

 

くすぐったい気分になりながらそう返すと、須川さんはそのまま電話を切った。

・・・そっかぁ、私もいよいよ中央の学生かぁ。

さっきよりもしみじみと、その事実が頭の中に広がっていく。

浦和の時ですら期待と緊張が溢れそうになったのに、中央だとどうなるんだろう。

・・・後で制服にしわがないか確認しよう。新品だからよっぽど大丈夫だと思うけど、確認しておいて損はないよね。

 

 

* * *

 

 

「ふぁ~・・・ねむ・・・」

 

翌朝。

結局、私はあまり眠れなかった。

いや、意味もなく制服を含めた衣類を確認したり、カバンの中の荷物を出し入れし続けてたらあっという間に時間が過ぎた、ってのが正しいか。ベッドに横になる頃には夜も遅くなっていて、あまり寝る時間をとれなかった。

顔はすでに洗って新しい制服にも着替えたけど、それでも覚醒にはまだほど遠い。

こうなったら、食堂で何か食べてよう・・・。

とりあえず、今日の朝ご飯は鮭の塩焼きを10枚くらいと味噌汁、山盛りご飯で、海苔も多めに貰っておこう・・・。

 

「おっ、ハヤテちゃん、おはようさん」

「おはよう、ハヤテ」

 

トレイを持って席を探していると、オグリ先輩とタマモ先輩にバッタリ出くわした。

ちなみにオグリ先輩は山盛り野菜炒めとだし巻き卵に山盛りご飯で、タマモ先輩は目玉焼き乗せトーストとサラダをトレイに乗っけている。

 

「おぐり先輩、たまも先輩、おぁようございます・・・」

「なんや、えらい眠たそうやな。緊張して寝れんかったんか?」

「そんな感じです・・・ぁふ・・・」

 

とりあえず、ここで会ったのも何かの縁ということで3人で席に座って朝ごはんを食べ始める。

 

「あむ・・・」

「ハヤテちゃん、ほっぺにご飯がついとるで」

「んぅ・・・?」

「あーもう、じっとしとき」

 

未だに回らない頭でご飯を食べていると、タマモ先輩が紙ナプキンを持ってテーブル越しに身を乗り出して、私の口元を拭ってきた。

やっぱり世話好きというか、世話焼きというか・・・

 

「ほら、これで大丈夫や」

「ありがとう、おかあさん・・・」

「誰がおかんや!うちはクリークちゃうぞ!」

 

クリークって、スーパークリークさんのことかな?オグリ先輩と同じ永世三強の一人だけど、お母さんみたいな人なのかな?

すると、オグリ先輩が何を思ったのか、だし巻き卵を差し出してきた。

 

「ハヤテ、良ければ私のだし巻き卵も食べるか?」

「なっ!?オグリンが自分から食べ物を差し出した、やと!?でも待て、オグリん。寝不足の娘に食べ物を差し出したところで食べるとは・・・」

「ありがとうございます・・・」

「いや食うんかい!朝から食い意地張り過ぎやろ!」

 

今日も朝からタマモ先輩の鋭いツッコミが冴えわたる。

そのおかげもあるのか、ご飯を食べ終わる頃にはだいぶ目が覚めてきた。

 

「ふぅ、ごちそうさまでした。あ、オグリ先輩、私だけもらっちゃってすみません」

「いや、いいんだ。昨日はデザートを分けてもらったから、そのお返しだ」

「わかりました。それじゃあ、お昼も一緒に食べます?」

「あぁ、そうしよう」

「だ、だめや・・・うちじゃあ大食い2人の会話についていけへん・・・」

 

朝っぱらからタマモ先輩が疲れ切った様子で呟く。

 

「大丈夫ですか?デザートに何か食べます?」

「いや、うちは2人を見とるだけでお腹いっぱいやからええよ・・・」

 

そういうことらしい。私にはよくわからないけど。

 

「それはそうと、今日から新しいクラスやろ?ハヤテちゃんは大丈夫なん?」

「まぁ、緊張はしてますね。寝不足になる程度には」

「もしハヤテが困ったら、私たちが力になるから、遠慮なく言ってほしい」

「もちろん、うちも力になるからな」

「ありがとうございます、オグリ先輩、タマモ先輩」

 

あったけぇ・・・。

見ず知らずの土地で上手くやっていけるか不安はあったけど、こんなにも優しい先輩に恵まれるなんて、これだけでも中央に来た甲斐があった。

せっかく先輩方が応援してくれてるんだから、私も新しいクラスで頑張っていこう。

 

 

* * *

 

 

登校初日は最初に職員室に向かうことになっている。

まず担任の先生と顔を合わせて、クラスには朝礼の後で紹介することになっていると昨日須川さんから話を聞いた。

担任の先生は、若い男の先生だった。物腰柔らかな如何にもいい人って先生で、授業でわからないことがあったら遠慮なく聞いてほしいって言われた。

正直、勉学に関してはすでに須川さんからお墨付きをもらってるから、お世話になるとは限らないんだけどね。

その後は、先生に教室に案内されて廊下で待たされた。

呼んだら入ってきてくださいって言われたけど、この時間がめちゃくちゃ緊張する。朝食の時にオグリ先輩とタマモ先輩に励まされたけど、やっぱりいざ1人でってなると心臓がバクバクになる。

いっそ、最初の内くらいは「地方出身だから、どうせすぐに出戻るよね」みたいな感じでいない者として扱ってくれないかなぁ。

 

「クラマハヤテさん、中に入ってきてください」

「はい」

 

とりあえず、今日はできるだけ無難に過ごそう。んで、目立たないことを祈ろう。

そんなことを考えながら、私は教室のドアを開けた。

・・・教室に入った瞬間、私の考えははちみー(はちみつが原料のクソ甘いドリンク。まだ飲んだことはないけどオグリ先輩から聞いた)よりも甘いことを思い知った。

 

「ッ!?」

 

教室に入った瞬間に感じたのは、肌が粟立つような突き刺さってくる視線の数々。

デビュー戦の時も同じ感覚を味わったけど、あの時とは数と質が比較にならない。

しかも、感じてくる感情はほとんど1つに統一されてる。

それは、猜疑でも嘲りでも値踏みでもない。

これは、私をライバルとして、強豪の一人として認めている類のやつだ・・・!

 

「では、自己紹介をお願いします」

「っ。く、クラマハヤテです。浦和から来ました。よろしくお願いします」

 

先生から声をかけられて、ようやく強張った体から力を抜くことができた。

まぁ、緊張はしっぱなしだけど。

 

「それでは、クラマハヤテさんは一番後ろの、一番窓よりの空いてる席に座ってください」

「わかりました・・・」

 

よ、よかった!一番注目されにくい席だ!

とりあえず、今日はできるだけ目立たないように過ごそう!

 

 

 

 

まぁ、ただでさえ注目されてたんだから、そんなことできるはずがないんですけどね。

 

「トレーナーはいったいどなたなんですか?」

「あれだけの大逃げとは、どのようなトレーニングを?」

「ウラワ?では、どなたかライバルがいたんですか?」

「良ければ午後に併せをしませんか?」

「次のレースの予定は決まっているんですか?」

「あぅあぅあぅ・・・」

 

午前の授業が終わったと思ったら、あっという間に囲まれて質問攻めにあってしまった。

や、やべぇ。目立たないどころかこれ以上ないレベルで目立ってるぞこれ・・・!

これが年頃の娘のコミュ力とでもいうのか・・・。

 

「ねぇ。よかったらこの後、一緒にご飯食べない?」

 

質問攻めにあって目を回してたのを見かねたのか、一人の鹿毛の娘が仲裁してくれた。

あーもうマジ救世主。あるいは天使ですか?でもそうなると、私の周りに天使が多すぎない?

でも、申し訳ないけど・・・

 

「えっと、ごめん。お昼ご飯は先約があって・・・」

「そっか・・・」

「じゃあ、明日は一緒に食べよ。それじゃあ、私はこれで・・・」

 

オグリ先輩たちとの約束を体よく使って、どうにかこの場から抜け出すことができた。

まぁ、どうせ明日から大変なことになるだろうけどね。

 

 

* * *

 

 

「ハヤテちゃん、こっちやこっち」

「タマモ先輩!」

 

さっそく食堂に向かうと、タマモ先輩が先に席に座って待っていた。

ちなみに、今日のメニューは焼きそば山盛りにした。デザートはまだ決まってないけど、パンケーキの予定。

席に近づくと、オグリ先輩がいない。

 

「あれ、オグリ先輩は?」

「オグリンはおかわりに行っとるよ。今日はチャーハン食っとる」

「ハヤテ、来たのか」

 

ちょうどタマモ先輩がそう言ったタイミングでオグリ先輩が戻って来た。

お盆に山盛りのチャーハンを乗っけている。

 

「おかわりって、もしかして私が来るの遅かったですか?」

「いや、うちらが早かっただけやから、気にせんでええよ。加えて、オグリンも食うの早かったしな」

 

それにしたって、待たせちゃうとは申し訳ないことをしてしまった。

私もさっさと席に座って、焼きそばを食べ始めた。

 

「そういえば、今日のお昼はうちらと一緒で大丈夫なん?クラスメイトから誘われなかったりせんかったんか?」

「実は誘われはしたんですけど、先約があるからって断ってこっち来たんですよね」

「なんや、うちらに気ぃ遣わんでもええって。ちゃんと一言連絡してくれたら、それでよかったんよ?」

「いや、なんか興味津々というか、あのレースの映像見たのか戦意丸出しで、ちょっと疲れちゃったんですよね。期待されてる、って言えば聞こえはいいんでしょうけど、こっちに来たばかりなのにあまりやる気を出されても・・・」

「あっはっは!舐められるよりは良かったんとちゃう?」

「ここまでライバル視されるのはさすがに予想外でしたよ・・・」

 

おかげで、目立たないように過ごすという目標が秒で達成不可能になってしまった。

これ、たぶんレースでも全力で潰しにくるよね。まぁ、私は基本的に大逃げになるだろうから、影響は少ないと思うけど、それでもデビュー戦の時の(須川さん曰く)初見殺しみたいな勝ち方はできないだろうなぁ。

 

「次のレース、絶対デビュー戦よりも苦労しそうですよ・・・」

「そういえば、次のレースの予定は決まっとるん?」

「具体的にはまだ。一応、夏休み明けからOPをいくつか走って、ゆくゆくはクラシックを目指す、って予定です」

 

そして、須川さんが言うには、クラシックレースに出る場合は皐月賞までが鬼門だって言われた。

皐月賞は中山レース場の2000m。デビュー戦と同じ、総合力が試される中距離とはいえ、他と比べればスピードが重要視される。それこそ、皐月賞は『最も速いウマ娘が勝つ』って言われるくらい。

私の場合、スピードはまだまだ発展途上。デビュー戦の時は早い段階でスパートをかけさせてスタミナと足を消耗させたからこその大差勝ちだったけど、スタミナと足を温存された上で最終直線でのスピード勝負になったらどうなるかはわからない。

そして、ジュニア期のレースは基本的に長くても2000m。

つまり、皐月賞までは私の不利な土俵で戦わないといけないことになる。

逆を言えば、ここで2000mのレースに出まくって皐月賞に備える、というやり方もあるけど、どっちにしてもしばらくはスピードトレーニングを中心にやる予定だって須川さんから言われてる。

 

「そか。うちらはクラシックとは無縁やったからアドバイスとかは言えへんけど、ハヤテちゃんのこと応援するからな。なぁ、オグリン?」

「あぁ、わふぁふぃふぉ・・・」

「待て待て、せめて口の中のもん飲み込んでから喋りや」

「・・・やっぱりお母さんでは?」

「だからうちはオカンやないて!そういうのはクリークだけで十分や!」

 

いや、オグリ先輩をたしなめる姿はまごうことなき母親そのものでしたが?

ていうか、タマモ先輩がそこまで言うスーパークリーク先輩がどんなウマ娘なのかすごい気になってくるな。

たしか、菊花賞を勝ったステイヤーだったはずだから、機会があったら紹介してもらおうかな?

とりあえず、今は午後のトレーニングに備えて焼きそばを食べまくって、ついでにホットケーキも何枚か食べた。

タマモ先輩はもう慣れたみたいだけど、周囲からは珍獣を見るような眼差しを向けられた。

そんなにおかしな量なのかな?




タマモって基本的にクリークママにバブバブされてるけど、クリークがいなかったらむしろバブバブさせる側だったかもしれないと思うのは自分だけですかね?
少なくとも、タマモに世話されたい願望持ってる人は探せばいそうな気がする。
てかサポカでもあーんさせてるからいるに違いない。

ふと思ったのが、校則の「学園内は静かに走るべし」の存在感がいまいちわからないってこと。
シングレだと中央に来た最初の話でちらっとありましたけど、それ以降とアニメ全般はあまりそういうシーンは見かけない気がしますし。なんだったらセグウェイ乗ってますし。
とりあえず、あってないようなものとして考えておきます。
でも歩いてるだけで罰則とか、それはそれで面白そう。


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変態と天才ってたまに見分けがつかないよね

トレセン学園は午前と午後で授業形態が異なる。

午前は一般教養の座学を行い、午後はレース関連の授業を行う。

といっても、単純にトレーニングだけじゃなくて、ライブの練習はもちろん、レース座学やスポーツ栄養学なんかも含まれるから、意外とやることが多い。

そんな午後の授業形態はわりと特殊だ。

午後の授業は一般の教師じゃなくて、トレーナーが担当することになる。だから、内容はトレーナーの裁量によって多岐にわたるし、個人の適性や能力にあったトレーニングを行うことになる。

ちなみに、担当トレーナーがいないウマ娘は教官が十数人のグループで管理しているらしくて、そっちは基礎能力訓練がほとんどらしい。

つまり、ウマ娘の能力はトレーナーの有無で差が出てくる。当然、1人のトレーナーが面倒を見れるウマ娘は限られてくるから、担当トレーナーがついたウマ娘は幸運だと言える。

もっと言えば、私みたいなマンツーマンの専属トレーナーはかなりレアらしい。だいたいのトレーナーさんは、チームを作って複数人の面倒を見てることが多いらしいからね。

つまり、私は編入前からトレーナーガチャ勝ち組だったってわけだ。

 

「それで、こっちで何するの?」

 

各トレーナーに割り当てられてるトレーナ室で、私はパイプ椅子に逆向きで座りながら須川さんに尋ねた。

対する須川さんの返答は、歯切れが悪いものだった。

 

「そうだな・・・どうしたものか・・・」

「決まってないんかい」

 

てっきり用意してあるもんだと思ってたよ。

 

「向こうではバリバリやってたじゃん。あの時とはまた違うの?」

「浦和でやってたのは、主に姿勢の矯正とスタートの練習だったろ。こっちでもやるにはやるが、あくまで感覚を忘れさせない程度のものだ。技術としては、わりと完成している」

「じゃあ、基礎トレとか?」

「あぁ。だが、あまり本格的なのは多くやれない」

「なんで?」

「本格化がまだだからだ」

 

本格化っていうのは、聞いたことがある。というか、授業で習った。

言ってしまえば、ウマ娘の成長がピークになるときのことで、ほとんどのウマ娘が経験するものだ。時期や度合いは個人差があるけど、その間は飛躍的に実力が伸びやすい。逆に言えば本格化を迎えていないということは体が未熟っていうことでもある。

だから、デビュー戦は基本的に本格化の時期を見据えて決まるものだって授業で・・・

 

「ちょっと待って。ということは、私って本格化前なのにデビュー戦走らされてたの?」

「・・・それは、まぁ、悪いとは思ってる」

「なのに、大逃げで大差つけたやべー勝ち方しちゃったの?」

「そうなるな」

「・・・やばくない?」

「やばいな。いろいろと」

 

私の実力はどこまで伸びるんだろう。これがバレた時のクラスメイトの反応はどうなるんだろう。ていうか、すでにバレてたりしないよね?

 

「とはいえ、過ぎた力は時に自分自身の身体を壊すこともある。本格化前ならなおさらな。だから、当面は座学を中心にやる。基礎トレーニングは軽めのものを除いて本格化を迎えてからだ」

「ちなみに、須川さんの見立てだといつくらい?」

「一概には言えんが・・・夏から秋にかけてのどこか、といったところか」

「びっくりするくらいアバウトだね」

「そんなもんだ」

 

そんなもんなんだ。

 

「ひとまずは、当面の課題だな」

「やっぱり、スピードとか?」

「それもある。が、ある意味それよりも問題なのがある」

「問題?なにそれ?」

「レース勘だ」

「・・・あー」

 

そう言われて、私も思わず納得の声をあげた。

言われてみれば、模擬レースや選抜レースどころか併せすらすっ飛ばしてデビュー戦に出たから、駆け引きとかルート選択の技術なんてほとんど学んでいない。

 

「正直言って、いらないって言えばいらないんだ。駆け引きもルート選択も関係なく、最初から最後まで自分のペースで走りきる。それが大逃げの強みだ。だが、お前の場合はまだスピードがいまいちだ。そうなると、最終直線で追いつかれる可能性が高い。そうなったときに、最低限抜かせないための駆け引きや他のウマ娘の位置を把握する術、それらを処理する判断力が欲しい。だが、お前以外に一緒に走れるウマ娘がいない以上、併せで培うのも難しい」

「他のチームの娘に頼んだら、私の弱点がもろバレしそうだもんね」

 

わざわざ自分の勝率を下げるような手段をとってまで他のチームのウマ娘と併せをするメリットって、あまりないもんね。

 

「須川さんさぁ、別に今すぐとは言わないけど、せめてクラシックまでに1人か2人は勧誘したら?」

「そのうちな」

 

大人の「そのうち」ほど信用できないものもないんだけどなぁ。

 

「だから、今回は別のベクトルから勝負勘を鍛えようと思う。本格化が来るまでの間は、軽めの基礎トレと座学以外はそいつをやる」

「ほう、どんな方法かな?」

 

ちょっとワクワクしながら問いかけると、須川さんは机に置いてあった紙袋の中をガサゴソと物色して、中身を取り出した。

取り出したのは、様々なパッケージのDVDだった。

 

「それでなにすんの?」

「映画鑑賞」

「映画鑑賞」

 

思わず復唱しちゃうくらいには予想外だった。

 

「え、なに?ウマ娘は飯食って映画見て寝れば強くなるってジンクスでもあるの?」

「んなわけあるか。ただ見るだけなわけないだろ」

 

そう言って、今度は紙袋からバインダーを取り出した。

 

「ここにあるのはサスペンスにアクション、長編から短編まで様々だが、これらを見ながら画面の中の情報を書き留めろ。そして、見終わったらこっちで用意した問題を解いてもらう」

「つまり、どういうこと?」

「必要な情報とそうでない情報の取捨選択、その判断力を鍛えるトレーニングだ。本当はレースの資料映像とかの方がいいんだが、まずはこれで慣れとけ」

「はぁ・・・」

 

なんか、拍子抜けというか、コレジャナイ感が半端ない。

中央に来て初めてのトレーニングが映画鑑賞とか、誰が予想できるよ。

 

「ほら、さっさと始めるぞ。トレーニングや座学も考えたら時間がいくらあっても足りないくらいだからな」

「はいはい・・・」

 

まぁ、出だしはあれだけど、中央に慣れることに専念しやすいって考えれば悪いことばかりでもない、かな。

 

 

* * *

 

 

「うぅ・・・思ったより頭使った・・・」

 

おおよそ3時間、まずは短編映画から始めたんだけど、思ったよりも難しかった。

今はぶっ続けで映画見て問題解いてを繰り返して頭が疲れて来たから、頭の休憩も兼ねて外で体を動かすことになった。

ちなみに映画鑑賞トレーニングは、まったくわからないとかそういうわけじゃないんだけど、メモを取っている間も映画は進んでいくから、そこで見落としたところが問題に出たりしてわからなかったってパターンが多かった。

うん、やってみてわかったけど、たしかにこれは私に必要なスキルだ。

ただの映画で苦戦しているようじゃ、時速60㎞で展開が進むレースでまともな状況判断なんてできるはずがない。

実践となると話は別だろうけど、まずは映画で慣れていくべきだね。

にしても、一見ふざけているように見えて理にかなったトレーニングを立案・実行するあたり、須川さんって実はけっこう優秀?

 

「にしてもさぁ、こんなんで本当に大丈夫なの?もうちょっと基礎トレ積んでもいいと思うんだけど」

「お前の場合、そのスタミナがある時点でスタート地点は他よりだいぶ前だから、焦る必要はない。それに、スタミナがありすぎるのも考え物でな。スタミナがある分負荷をかけられるが、かけすぎると体を壊しかねない。俺としてもお前ほどのスタミナの持ち主は初めてだから、本格化まではできるだけ慎重にいきたい」

「いろいろ考えてるんだねぇ」

「そりゃあ、俺はお前のトレーナーだからな」

 

そんなトレーナーの下で指導を受けれて、私は幸せ者だよ。

ひとまず、須川さんの指示に従っていれば失敗はなさそうだ。

それじゃあ、これからランニングで軽く流して・・・

 

「おらぁ!」

「ぐぼぁ!?」

 

思い切り後ろ蹴りを放ったのは、ほとんど反射だった。

なんか背後から不埒な気配を感じ取った次の瞬間には、私の足は背後にいた誰かの顔を思い切り蹴りぬいていた。

って、やべぇ!ウマ娘の脚力で思い切り蹴っちゃったら、ヒトなんてただじゃすまない!

 

「ちょっ、大丈夫ですか!?」

「ってて。おう、俺は大丈夫だ」

 

いや、なんで無事なんだよ。けっこうガチで蹴ったはずなのに、蹴ったところがちょっと赤くなってるだけで、これといった外傷は見当たらない。

ギャグ世界線で生きてる生き物なのかな?

ちなみに、私の後ろに立っていた不審者はだいたい30代の男で、左側を刈り上げた癖毛を後ろでまとめているのが印象的に見える。

 

「てめぇ、相変わらず何やってんだ、沖野」

「須川さん、この変質者、知り合い?」

「あぁ、これでも中央の優秀なトレーナーだ。担当ウマ娘は癖が強いのが多いが、G1を何度も勝たせた実績がある」

 

マジで?私の目にはただの変質者にしか見えないけど?

 

「いやぁ、すごいのは俺じゃなくてあいつらだよ」

「それでもだ。まぁ、見ての通り無断でウマ娘の脚を触ろうとするのが難点だが」

「変態じゃん」

「変態とは失礼な。俺のは純粋な好奇心だ!良い足があると確認したくなるのはトレーナーの性だろ!」

「俺に同意を求めるな。百歩譲ってそうだとしても、だからといって背後から無言で近づいて無断で足を触るのは犯罪一歩手前だぞ」

「うわっ、マジもんの変質者じゃん」

「やめろ!俺をそんな目で見ないでくれ!」

 

いや、ゴミにゴミを見るような眼差しを向けて何が悪い。

 

「にしても、ハヤテはよく気づいたな。こいつの毒牙にかかったウマ娘はけっこう多いんだが」

「なんかねぇ、直感、かな?そんな感じ」

 

実は私、お馴染みの転生ギフトなのかは知らないけど、直感がよく働く。

子供の時、山で走っているときはなんか嫌な感じがする方には行かないようにしてた。

でも、ある時嫌な予感を感じながらも興味半分でその方向に向かってみたら、クマと遭遇したことがあった。その時はどうにか無事に帰れたけど、それ以来私は自分の直感を必ず信じるようになった。

今回のも、その直感に身を任せた結果だ。

でも、思わず全力で蹴飛ばしちゃったのはちょっと申し訳ないけど、悪いのは勝手に人の足を触ろうとしたこの変態であって、別に私は悪くないよね?

 

「とりあえず、私の半径3m以内に近づかないでもらっていいですか?さすがに次からは命の保証はできませんよ?」

「大丈夫大丈夫、頑丈さには自信があるからな」

「二度と近づくなって言ってんの」

 

蹴らせてくれれば許すってわけじゃないからね?

その後もしつこく私の足を触らせてほしいってせがまれたけど、しばらく須川さんの後ろで威嚇し続けたら諦めて帰ってくれた。

てか、絵面だけ見たらだいぶやべーな、この状況。

 

「・・・ねぇ、まさか他にもあーいうトレーナーっていたりするの?」

「なわけあるか。たいがいなのはアイツくらいだ」

「そっか」

 

それを聞いて安心した。いや、油断はできないけど。

あそこまで終わってる人間が他にいないのは助かったけど、あの人には気を付けなければいけないことに変わりはないからね。

 

「それにしても、よくあんなんでトレーナーやれるね」

「あれでも腕はたしかなんだよ。まぁ、契約が長続きしたことなんて数えるくらいしかないが」

「そう・・・だろうね」

「言っとくが、別にセクハラが原因ってわけじゃないからな?放任主義が高じてそりが合わずに辞めてったってのがほとんどだ」

「ふーん」

 

須川さん曰く、沖野さんはウマ娘の自主性を重んじて強制的にやらせる回数をとにかく減らしてるんだけど、それが逆に「指導してもらえない」って感じさせちゃって離れていくらしい。

なんというか、それはそれでもったいない話だねぇ。合う合わないが露骨に出るパターンだ。

とりあえず、今後はあの人に関わらないようにしようそうしよう。




どうしてアニメの強者は度々トレーニングに映画鑑賞を勧めてくるんだろう。
まぁ、某OTONAも某最強もどっちも好きなんですけどね。

現実ならハヤテの尻尾に蹴り馬注意の目印がついてそう。
まぁ、蹴り馬じゃなくてもウマの真後ろに立つのはご法度ですけどね。蹴られたらぜってぇ死ねる。


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人間とウマ娘って暑さで死ぬ生き物なんだよね

先に注意喚起しておきます。
今回、原作に出ていないウマをウマ娘化して、自分なりにキャラを作って出しています。
それが嫌だ、許せないという方は、そのままブラウザバックしても構いません。
また、今回はあくまで試験的なものも兼ねており、詳しいことは後書きに書いてあるので、そちらを参考にしてください。


沖野さんからセクハラ未遂を受けてから、半月が経った。

いや~、時間が過ぎるのは本当に早いね。あっという間だったよ。

でも、その間はなかなか濃密な時間を過ごしたと思う。

クラスにも馴染めてきて、お昼ご飯を一緒に食べることも多くなった。その代わり、オグリ先輩やタマモ先輩とご飯を食べる機会は減っちゃったけど、2人とも私が中央で上手くやれているのを見て安心してくれた。

午前中の授業も、最初はついていくのに苦労したけど、今ではなんとかついていけてる。

たぶん、午後の例の映画鑑賞トレーニングの影響なんだろうね。なんだか、頭の回転が前よりも早くなってる気がする。

その映画鑑賞トレーニングも、最近は過去のレース映像を交えてやるようになったし、実際にレースを観に行ったりした。おかげで、須川さんから「最低限身についてきたな」と言われた。

2週間やって最低限なのは早いのか遅いのか微妙なところだけど、遅くはないと思いたい。

そして、季節はそろそろ夏。

ウマ娘にとって、やることが多い季節だ。これからさらに忙しくなってくる。

そんな中、

 

「う˝ぁー・・・」

 

私は暑さで死にかけています。

え?まだ初夏だよね?なんでこんなに暑いの・・・?

 

「大丈夫かー?」

「あまり・・・」

「ここまで暑さに弱いのも珍しいなぁ」

 

元々、ウマ娘は暑さに対してそんなに強くない。平熱がヒトよりも高いからだ。

だから、夏のトレーニングは熱中症対策を徹底的にするんだけど、私の場合、そもそもトレーニングができるかも怪しい・・・いや、今はまだ映画鑑賞トレーニングが続いてるから、そこまで大きな問題はないけど。

でも、そうか、これが都会のコンクリートジャングルというやつか・・・トレセン学園の周囲にはあまりビルの類はないけど、それでも暑くない・・・?

 

「地元が涼しかったのかなぁ・・・」

「そうなん?」

「避暑地ってほどじゃないですけど、建物もアスファルトも排気ガスも少ないんで、日陰に入ったり風が吹けば快適だったんですよねぇ」

 

たしかに娯楽は乏しいかもしれないけど、私からすれば走ってるだけでも楽しかったから、特に不自由とか退屈は感じなかった。

 

「まさか、こんなにも早く地元に帰りたいと思うことになるとは・・・」

「いや早すぎやろ。もうちょっとがんばれや」

「さすがに冗談ですよ」

 

半分くらい。

 

「てか、教室は冷房効いとるやろ」

「それはそうなんですけど、冷房の涼しさだとそれはそれで体調崩しそうなんですよねぇ」

「あ~、たまにおるなぁ、そういうの」

「あと、外に出たくなくなっちゃいますよねぇ」

「それもわかるなぁ」

「ちなみに、オグリ先輩は・・・聞くまでもないですかね」

「?」

 

そんな朝っぱらからアイスなんてほおばってたら、暑さなんて気にならないだろうね。

私もアイス買い溜めしようかなぁ・・・でも、毎日は出費がかさむから、棒ジュースを凍らしておこうかなぁ。でも、冷蔵庫なんてでかいもの寮部屋に入れるのも現実的じゃないし、まずは小型の冷凍庫でも探そうかなぁ。

そんなことを話しながら校舎に着いてからは2人と別れて、私は自分の教室に向かった。

教室に入ると、中はガンガンに冷房が効いていて、いっそ涼しいを通り越して肌寒いくらいだった。

 

「あ˝~、生き返るぅ~」

 

自分の席に着いた私は、そのまま机の上に突っ伏した。

う~、どうせウマ娘に転生するなら、もうちょい頑丈な体にしてほしかったかなー神様ー。スタミナはあるのに脆いとか、短命待ったなしじゃん。

須川さんに相談して、本格的に体づくりを始めてもらおう。じゃないと、この夏を切り抜けられる気がしない。幸い、まだ机上とはいえレース勘は身について来たから、須川さんも一考くらいしてくれるはず。

 

「ハヤテちゃん、大丈夫?」

 

さながら生ける屍のような状態になっていると、隣から声をかけられて。

 

「あぁ、グラン。おはよう」

「おはよう、ハヤテちゃん」

 

話しかけてきたのはグランアレグリアだった。私の隣の席で、初日に囲まれていたところを脱出するきっかけを作ってくれたあの救世主の娘だ。

 

「それで、どうしたの?先ほどからゾンビみたいになってるけど」

「夏バテ・・・の一歩手前、って感じかなぁ」

「えっ、まだ5月だよ・・・?」

「もうすぐ6月だけどね。でも、都会の暑さを舐めてたのは否めないかなぁ。地元の方が数段涼しい」

「山の中で過ごしていたんだよね?」

「うん。避暑地ほどじゃないけど、けっこう快適」

 

中央に来てからは、一番仲良くなったウマ娘かな。他のクラスメイトと比べても話してる時間はかなり長い。

けっこうフランクな感じで接してきてくれるし、なによりめちゃくちゃ美人。ものすごいキラキラしてる。

私の周りには美人が多いけど、グランみたいなタイプは他にいないかな。

 

「正直、夏は地元に戻ろうかなって」

「だけど、少しはこっちの暑さに慣れた方がいいんじゃない?」

 

まぁ、それはそうかもしれない。

須川さんの話だと本格化はまだ先だけど、やっぱり体づくりは早いうちに最低限やった方がいいかもしれない。それが難しいなら、夏休みは地元に戻ってゆっくり過ごしてみるのも一つの手だ。

その辺りの加減は、全部須川さんに任せよう。

 

「そういえば、グランは今週だっけ、デビュー戦」

「うん。府中の1600m」

 

グランはティアラからのマイル路線だから、私と当たることはまずない。

今の段階だと、私が走れる一番短い距離は2000mで、グランが一番得意な距離が1600mだから、どうあがいても無理だね。グランが2000m走れたら話は別かもしれないけど。

でも、こうしてよく話しかけてくれるのに一緒に走れないってのは、少し寂しい気がするな・・・。

よしっ!

 

「グラン!」

「うん」

「併走やろう!」

「・・・うん?」

 

 

* * *

 

 

「ってことでいいよね、須川さん?」

「どういうことかは知らんが、本当に大丈夫なのか?」

「レースで走ることがないなら、併走してもらっても大丈夫でしょ?」

「そういうことじゃなくてだな。グランアレグリアのトレーナーの許可は大丈夫なのか?」

「グランの距離なら大丈夫だって」

 

レース前は故障を避けるためにハードなトレーニングは控えさせるのが普通だけど、向こうも私のことが気になっていたのか、グランの距離である1600mを条件に了承してもらった。

 

「だが、お前1600mは並以下だろ?それに対して、グランアレグリアはスプリンター寄りのマイラーだ。まともな勝負にもならんと思うが」

「だからこそ、だよ。せっかくだから、マイラーのスピードってのを体感したいんだよね」

 

私の課題はスピードだ。なら、スピードが重要なマイラーの走り方を見れば何か掴めるかもしれない。

トレーニング場で準備運動をしながら待っていると、グランがスーツの女性を連れてやってきた。あの人がグランのトレーナーかな?

 

「・・・なんだ、おハナか」

「なんだ、とはなんだ。そんなに意外か?」

「お前さんが併走を了承した、って意味ならそうだな」

「あれ?知り合い?」

 

沖野さんのときもそうだったけど、思ったより須川さんって顔が広い?

それとも、

 

「知り合いだが」

「そうじゃなくても有名ってパターン?」

「・・・そうだ」

 

やっぱり。須川さんってそういうところあるもん。

 

「東条ハナ。トレセン学園最大にして最強のチーム“リギル”のトレーナーだ。シンボリルドルフを中心として、三冠ウマ娘やその他強豪が所属している、と言えば伝わるか?」

「え、やばいじゃん」

 

あの会長が所属してるチームのトレーナー?そんなのやばいに決まってるじゃん。

ていうか、

 

「もしかして、そんなチームに所属してるグランもやばい?」

「マイルであれば、おそらく同世代最強格だ」

 

同世代最強のマイラー、か。なるほど。

これは俄然、興味が出てきた。

 

「・・・楽しそうだな」

「そう?だって、マイラー最強格とステイヤー最強格の併走って考えたら、熱くならない?」

「自分で最強とか言うのか」

「違うの?」

「・・・」

 

目を逸らしちゃった。かわい・・・くはないけど、照れちゃって~。

まぁ、自分で言うのもなんだけど、私だって同世代なら3000m級のレースなら一番強いだろうって自覚はある。当然、その事実に胡坐をかくつもりはないけど。

それに、最強格のマイラー相手にマイルで挑むんだから、勝てるとは思ってない。というか、勝負になるとすら思ってない。

でも、だからこそ、そんな敗北を経験するのも悪くないかもしれない。

圧倒的な力の差。そんなものを一度は感じてみたいかなって。

 

「・・・お前も酔狂な奴だよな」

「そうかな?」

「併走とはいえ、仮にも『負けてみたい』なんて思うウマ娘、俺は見たことも聞いたこともない」

「あはは。まぁ、中長距離だったら負けたくないけど、不得意なマイルで最強のマイラーに挑むんだから、いっそ開き直ってもいいんじゃない?長距離になったら結果は逆になるだろうし」

「・・・まぁ、お前の頭が大概おかしいってのはわかった」

 

須川さんも大概失礼じゃない?面と向かって頭おかしいって普通言う?

 

「そこ、なにコントをしている」

「コントじゃない」「コントじゃないですよ?」

「息ぴったりじゃないか」

「偶然だ」

「私の方で合わせてみました」

「おい」

 

自分のトレーナーをからかってみようっていうちょっとしたお茶目だよ?

 

「・・・ハヤテちゃんは、トレーナーさんと仲がいいんだね?」

「そりゃあ、わざわざ地方に来てまで面倒をみてくれたからね~。もう私にぞっこんなんだよ」

「誤解を招くような言い方はやめろ」

「違うの?」

「あくまで選手として、ウマ娘としてだ」

「やっぱり。そう思ってるんだ~」

「こっ、こいつ・・・!」

 

なんだろう、今日の須川さんはいつもよりもからかい甲斐があるぞ。

もしかして、東条さんがいるからかな?

なら、グランと併走するときは須川さんからかい放題?

 

「グラン、これからもよろしくね」

「え、えぇと、こちらこそ・・・?」

「じゃあ、親愛の印に・・・」

「バカ話はそこまでだ」

 

グランにじゃれようと思ったら、東条さんが話を切り上げた。

ちょっと不完全燃焼だけど、今回は私が頼んだ側だから、これ以上迷惑はかけられないか。

 

「それで、今回の併走はグランアレグリアのデビュー戦に合わせて1600mでいいな?」

「はい。そういえば、グランの脚質ってなに?」

「私は追い込みだね」

「私はやるとしたら大逃げだけど、それで終わらせるのももったいないなぁ・・・じゃあ、800mまではグランのすぐ前を走るようにするよ」

「いいの?」

「うん、いいよ。今回は私がグランの走りを体感したいから」

「そういうことなら、わかった」

 

今回の併走は私の要望だけど、グランに気を遣って、ていうのもあるから、できるだけグランに有利な条件を整える。

・・・でも、ぶっちゃけマイルは専門外だし、ちゃんとグランのトレーニングになるかな。そこだけがちょっと不安だ。

 

「合図は私が出す。2人とも、準備はいいな?」

「はい」

「大丈夫です」

「では・・・スタート!」

 

東条さんの合図と共に、私とグランは同時に駆けだした。

宣言通り、最初はグランのすぐ前辺りをキープする。

とはいえ、ただ前を走るだけなのもつまらないだろうから、位置取りで揺さぶりをかけてみる。2人しかいないとはいえ、走行ラインを制限すれば走りにくくなるのは間違いない。

・・・はずなんだけど、グランが動揺している気配を感じないし、走り方がぶれる気配もない。どうにも抑え込めてる感じがしない。

やっぱり、この手の技術はまだまだって感じかな。

なら、地力で勝負するしかない。

元々、私のスタイルは大逃げ。むしろ地力勝負が私の土俵だ。

 

(こっからが、勝負!)

 

4本目のハロン棒を過ぎたタイミングで、私はスパートをかけた。

グランの足音が遠ざかっていくのを感じながら、じわじわと加速を続けていく。

さすがにコーナーでの加速は難しいけど、その分ロスを抑えてできるだけ減速しないように駆け抜けていく。

最終コーナーを抜けた時点で、私とグランの差はだいたい7バ身。

これなら、この差を保ったままゴールに・・・

 

「ッ!!」

 

たぶん、グランも最終コーナーを抜けた。その辺りで、言いようのない感覚が背筋を走った。

言ってしまえば、悪寒、みたいなもの。

これ、厳密には違うけど、いつも地元で感じてた直感と同じ・・・?

 

「あ!?」

 

そう思ってたら、いつの間にかグランに抜かされていた。

ていうか、グランが最終コーナーを抜けてから10秒も経ってないはずなのに、まるで当然のようにあっさり抜かされた。

ていうか、なにあの尋常じゃない末脚!?7バ身の差をあっさり詰めるどころか、むしろこっちが7バ身突き放されそうなんですけど!?

どうにか着差は5バ身に抑えたけど、慣れない走りをしたせいで嫌に疲れた。

ゴールした後、私は動揺と興奮を抑えきれないままグランに詰め寄った。

 

「ちょっ、グランっ。な、なんなの、あの末脚!7バ身くらい差があったはずだよね!?」

「ハヤテちゃんの加速時間が不十分だったから。もし最初から大逃げされていたら、ここまで差はつかなかったと思うよ?」

「いや、それでも勝てる気まったくしないから。20バ身くらい差をつけてないと勝てそうにないから」

 

まぁ、そんなペースで走ったら終盤でスパートかけれずにズルズル下がって、結局負けるだろうけど。

にしても、勝てるとは思ってなかったけど、グランってこんなに強かったんだ・・・。

これ、マイルなら敵なしじゃない?

 

「2人とも、お疲れさん」

 

そこに、須川さんがスポーツドリンクを持ってきてくれた。

 

「ありがとうございます」

「ありがとう、須川さん」

「これくらいいいさ。それで、どうだった、ハヤテ?」

「よほどじゃない限り、デビュー戦勝つよ、これ。須川さんも見たよね?ていうか、私より見えてたよね?」

「あぁ。さすがに俺も驚いたが・・・」

 

クラスでは「元気な娘だなー」って思ってたけど、たぶん普段は闘志が表に出ないタイプだ。

なんか、こんなやべーのと競わなくてよくてホッとしてるの半分、競い合えないのが残念なのが半分って感じ。

 

「どうだ?中距離以上はまだ難しいが、マイルなら比類ない強さを発揮するぞ」

「いや、本当ですよ東条さん。いい経験をさせてもらいました」

「それで、どうする?もう1度か2度走るか?」

「そうですね。少し休憩したら、お願いします」

「いや、グランアレグリアはともかく、ハヤテは必要か?」

「須川。さすがにその言い方は感心しないぞ」

「そーですよ、私だって慣れない走りをしたんだから、ちょっとくらい疲れて・・・」

 

・・・ん~?なんか、頭がクラクラしてきたような・・・

 

「おっ、おい!ハヤテ!?」

「ハヤテちゃん!大丈夫!?」

「医務室に運ぶぞ!グランも手伝ってくれ!」

 

3人が慌ただしく話してるけど、なんか意識が遠のいていって、何を話してるのかはわかんないや・・・




前書きにも少し書きましたが、ちょっと方針転換を考えてます。
今までは2019年のウマの名前をベースにオリジナルの名前を出す、シングレに近い方針をとる予定でしたが、いっそこのまま現実通りの名前で出そうかなと考えています。
理由は、2019世代ではなく2020世代で、あの某無敗三冠馬を出したくなってきたからですね。というより、それだけに限った話ではないんですが、時代を作ったウマもいるのに全部名前をいじるって行為に、なぜか今になって拒絶反応が起きてしまいまして。
ただ、原作の方で出てないウマ、それもゴリゴリ最近のウマを勝手にキャラ化すると、それはそれでいろいろと問題が出かねないので、おいそれと実名のまま出すのもちょっと怖いんですよね。よっぽど問題ないとは思いたいですけど、それでも怖いものは怖いので。突然の予定変更というのも考えたらなおさら。
なので、念のためアンケートを取っておこうかなと。
特に期限は考えていませんが、今話に対する反応も見ながら決めていこうと思います。
実名路線に関するアンケートは、ハーメルンとTwitter両方でやります。Twitterのアカウント名はあらすじにあるので、そちらを参照してください。
とはいえ、アンケート云々は自分がヘタレてるだけなので、よほど反対意見が出ない限りは路線変更していくつもりではありますが、できるだけ読者や競馬ファンの方々に不快な表現は避けていくように心がけます。

今回試験的に出してみたグランアレグリア。ネタバレ防止のためにも詳しいことは伏せますが、2019世代の中では牡馬・牝馬ひっくるめても明らかにずば抜けてやべー奴。グランなら、本物でも条件同じなら似たような結果になりそうな気がしなくもない。


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他人に迷惑かけた後って精神的に死にたくならない?

「ん~・・・?」

 

気付いたら、視界に入ったのは知ら・・・いや知ってるわ。校舎の中だ。

保健室には入ったことないけど、校舎の天井は見覚えがある。

顔を右に向けると、白いカーテンに遮られていて、私はベッドの上に寝かされていた。

となると、ここは保健室かな?

ていうか、なんで私はここで寝てるんだ?

えっと、グランと併走をした後、休憩し始めてからの記憶がない。

でも、なんとなく須川さんやグラン、東条さんが慌ててた気がするようなしないような・・・。

 

「よかった。目が覚めたんだ、ハヤテちゃん」

 

声をかけられて逆サイドを見ると、グランが椅子に座って私の顔を覗き込んでいた。

 

「えっと、グラン?私は・・・」

「あっ、まだ無理しないで!」

 

起き上がろうとすると、グランが慌てて私の肩を抑えてベッドに寝かしつけた。

え?もしかして、なんかやばいことでも起きた?

 

「ハヤテちゃんは熱中症で倒れたの」

「熱中症・・・?」

「たぶん、私と併走している最中に体温が上がって、今まで夏バテ気味だったのも相まって倒れちゃったんだと思うって、2人とも言ってた」

「そっかぁ・・・」

 

・・・油断してたかなぁ。併走始める前は大丈夫だと思ってたけど、思ったより疲れが蓄積してたのかな。

たぶん、今日併走やる前に須川さんに相談してれば、こんなことにはならなかったのかなぁ。

 

「それで、須川さんは?」

「東条トレーナーと一緒のはず。管理不十分として叱られてると思う」

「相談してなかった私も悪かったんだけどなぁ」

 

むしろなんで今まで話さなかったのか。

まぁ、最近はずっとトレーナー室で映像ばっかり見てたから、言う機会がなかっただけなんだろうけど。冷房効いてるとつい言いそびれちゃうんだよね。

 

「とりあえず、私の方でハヤテちゃんが目覚めたことは連絡しておくから」

「そういえば、私が倒れてからどれくらい経った?」

「だいたい2時間くらい?ちなみに、私が見た感じだけど、その間須川トレーナーはずっと説教を受けていると思うよ」

 

うっ、そう聞くと急に罪悪感が・・・。

私の不注意のせいで須川さんが説教受けるとか、申し訳なさすぎる・・・。

 

「とにかく、今は横になってゆっくり休んで。あ、それと水分補給も」

「ありがとう、グラン」

 

グランから渡されたスポーツドリンクを一気に飲み干す。

 

「・・・もう1本いい?」

「はい、どうぞ」

 

グランからもう1本スポーツドリンクをもらいながら、ちょっと視線を下に向けてみる。

体操服はある程度乾いているけど、よっぽど汗をかいていたのか、未だに湿っぽい。ベッドのシーツに関しては、がっつり汗のシミがついている。

・・・これ、実はけっこう危なかった?

ウマ娘は平熱が高い分、熱中症が重症化しやすい。だから、普段のトレーニングでもその辺りのことは特に気を付けるようにするらしいけど、まだ初夏ってことでそこまで気にしてなかったのが災いしたかな。

 

「はぁ・・・」

「ど、どうしたの?」

「いや、迷惑かけちゃったな~、って」

「それは・・・仕方なかったから」

「それでも、だよ」

 

夏バテ気味だったことを須川さんに言わなかった私にも責任はある・・・と思う。

その辺りのことはよくわかんないけど、『できるのにやらなかった』は悪いことだから、私からも謝っておこう。

そんなことを話していると、ガラガラと扉が開く音が聞こえた。

これは、須川さんと東条さんが来たのかな?

 

「クラマハヤテ、今は大丈夫か?」

「はい、どうぞ・・・え、っと、須川さん?大丈夫?」

「いや・・・ハヤテに比べれば、なんてことはねぇよ・・・」

 

カーテンを開けて入ってきた須川さんと東条さんだけど、須川さんが明らかにげっそりしていた。

え、そんなに?東条さんの説教ってそこまで辛いの?2時間どころか三日三晩徹夜したレベルでやつれてない?

内心で私の知りえない東条さんの説教に戦々恐々としていると、須川さんが頭を下げた。

 

「ハヤテ、すまなかった。お前の体調の変化を見抜けなかった俺の責任だ」

「い、いや、私だって夏バテ気味だったこと言ってなかったし・・・」

「いや、悪いのは俺だ。見ればだいたいわかるなんて豪語しておきながらこのざまだ。返す言葉もねぇ」

 

そういえば、そんなこと言ってたね。軽く忘れてたけど。

ていうか、ここまでメンタルボコボコにされた須川さんなんて初めて見たというか、いっそ見たくなかったというか。

いったいどんな説教したんですか・・・?

恐る恐る東条さんの方を見ると、東条さんは盛大にため息をついた。

 

「過去と同じ過ちを繰り返そうとしたんだ。むしろ、これでも足りないくらいだ」

 

そう聞いて須川さんの身体がビクッ!って震えた。え、これでまだ足りないの?さすがに、これ以上はオーバーキルじゃない?

ただ、それ以上に『過去と同じ過ち』って言葉が気になった。

 

「なに?須川さん、なんかやらかしたの?」

「・・・まだ話してないのか?」

「・・・べつに話さなくてもいいと言われたしな」

「まったく・・・」

「あ~、べつにいいですよ?なんとなーく想像はつくので」

 

須川さんが話したくないなら、そんな無理に聞かなくても・・・

 

「いや、話すべきだ。こいつが担当を持ったならなおさらな」

 

わぉ、超堅物。

なるほど、東条さんはお堅いというか、かなり真面目な人らしい。

これは、須川さんが苦手そうにしてるのも分かる気がする。

ってか、ぶっちゃけ私も苦手かもしれない。私、他人に真面目って言えるような性格じゃないし。

 

「なら、せめて二人の時に話してもらうってことでいいですか?さすがにグランの前で話してもらうのも気が引けますし」

「むっ・・・それもそうだな。すまない、私の配慮が足りていなかった」

 

本当に真面目だなぁ。別に謝んなくてもいいのに。

 

「それじゃあ、グランもありがとうね。わざわざ面倒見てくれて。お礼と埋め合わせは、また後日ってことで」

「私は別にいいんだけど・・・」

「さすがに、迷惑をかけちゃったのは私の方だからね。むしろ、何かさせてもらえないと気が済まないかな」

「だったら、その話は私のデビュー戦の後に、ってことでいい?」

「うん、いいよ」

 

そう言って、グランは東条さんと一緒に保健室を出て行った。

残ったのは、私と須川さんだけだ。

二人だけになった途端、私と須川さんの間に微妙な空気が流れ始めた。

そりゃあ、須川さんの黒歴史を聞くことになるわけだから、軽い空気になるはずはないけど。

とりあえず、須川さんがめっちゃ気まずそうにしてるし、私の方から踏み込んでみるか。

 

「東条さんが言ってたのって、昔はちょっと調子に乗ってて、その時に担当のウマ娘をケガさせちゃった、ってことかな?」

「ッ・・・あぁ、そうだ」

 

図星だったみたいで、須川さんの身体が強張った。

にしても、そっかぁ。そういうのって物語の中の話だと思ってたけど、現実にもあるんだねぇ。

 

「・・・昔の俺は、最年少で中央のトレーナー試験に合格したってことで、『天才トレーナー』ってもてはやされてたんだ」

「最年少って、何歳で受かったの?」

「16だな」

「えっ、それって、もはや中卒で高校受験感覚で中央のトレーナー試験やったってこと?」

「そうなるな」

 

マジで天才じゃん。

 

「まぁ、それ以前に俺の家がトレーナー一家だったってのもあるがな」

「あー、なるほど。小さいときから教育受けてたんだ」

「あぁ。何度も言ってるが、俺は生まれつき目が特別で、見ただけでそのウマ娘の状態やスペックがわかったから、親からも期待されてたんだ・・・甘やかされた、って言ってもいいかもしれんがな。俺の親も元々中央のトレーナーだったらしいが、結果を出せずに地方に転勤したらしいし」

「ふ~ん」

 

そんな2人がどんな経緯で知り合ったのか気になるけど、話が逸れるし我慢しよ。

案外、婚活パーティーとかで知り合ったりしたのかな?元中央トレーナーならお金はありそうだし。

 

「それで、調子にのってたんだ?」

「ズバッと言うな・・・まぁ、そうだ。最初はチームのサブトレーナーとして経験を積んでいたが、メインのトレーナーよりも上手く指導できるようになるまで時間はかからなかった。結果、ウマ娘たちは俺の下に集まった。そっからだろうな、俺が調子に乗り始めたのは」

 

そこから、須川さんの声音がまるで罪を懺悔するように震えていく。

 

「俺が教えたウマ娘の実力は飛躍的に伸びていき、重賞も勝たせてやれた。結果、俺はそのチームのメイントレーナーとして台頭することになった。その辺りから俺は、中央のベテラントレーナーでも取るに足らないと、そう思うようになっていった。レースの結果ばかりに目を向けがちになった」

 

そこで、須川さんの言葉が途切れた。

何度か喋ろうとしても言葉が出ない状況が続いたけど、決心がついたのか、自分がしたことを告白した。

 

「結果、俺はあるウマ娘をトレーニングの最中に怪我をさせてしまった。それも、競技人生に関わるほどの。そいつは、その怪我が原因で引退することになった」

「・・・・・・」

 

須川さんの告白を聞いて、私はただ黙って見つめ返す。

その私の反応を見て須川さんがどう思っているのかはわからないけど、そのまま話し続けた。

 

「それから俺は、トレーナー業から距離を置いた。調子に乗っていたツケが回って、当時のベテラントレーナーたちから恨みを買ってたせいで、この話が広まって俺に担当のウマ娘がつかなくなったからだ」

「・・・なんで、このタイミングで再開したの?」

「理事長からせっつかれたからだな。元々、俺はトレーナーを辞めるつもりだったが、理事長から『たしかに君がしたことは取り返しがつかないものだが、それでも優秀なトレーナーを辞めさせるわけにはいかない』ってことで、地方に転勤することになった。だが、最近になって『そろそろ中央に戻ってこい』と言われて、そのついでに地方でスカウトしてから戻ろうと足を運んだ。そして、お前をスカウトした」

「そっか」

 

それはなんと言うか、運命的な何かを感じそうだね。まったくときめかないけど。

でも、そっかぁ。なるほどね~。

 

「とりあえず、私の正直な感想言ってもいい?」

「・・・なんだ?」

「すっごいどうでもいい」

「・・・は?」

 

私の感想が意外だったのか、須川さんがポカンと口を開けた。

 

「・・・俺は、担当のウマ娘を怪我させたトレーナーだぞ?」

「別に、そういうのって多かれ少なかれあるもんじゃん。仮に競争人生を終わらせたとしても、1回だけでそんなに言われることはないんじゃない?」

 

ウマ娘の脚は、ガラスの脚だ。誰だって、いつ壊れるかもわからない爆弾をその足に宿して走っている。それに、チームともなれば、人数が多くなれば多くなるほど全員をまんべんなく見るのも難しくなる。

過去に怪我で引退したウマ娘なんて星の数ほどいるけど、ならその担当トレーナーも同じように叩かれてもおかしくない。

そりゃあ、調子に乗ってた須川さんにも非はあるかもしれないけど、私からすればそんな大げさに騒ぎ立てるほどじゃない。

 

「それと、今日のことは一緒にしないの。悪いのは須川さんじゃなくて、何も相談しなかった私」

「だが・・・」

「ぶっちゃけるけど、別に私は言ってもないことでもわかってもらえるなんて、そういうのは()()()()()()()()()()()んだよね。もっと暑くなってきて、トレーニングも本格的にやってたなら話は違うと思うけど、そうなったら須川さんは気づいてたでしょ?」

「それは・・・」

「今まで、私が中央に来てからはトレーナー室で映画見てるか、体が鈍らない程度のストレッチとジョギングしかしてなかったでしょ?それでわかってもらえるとは思ってないよ」

 

見方を変えれば、私がただ須川さんを信頼してないだけなんだけど、私は別に須川さんにプライベートなことまで頼るつもりはなかった。

私が熱さに弱いっていうのは、どちらかと言えば今はまだプライベートな部類だ。というより、私のトレーニングに関わってくる段階じゃなかった、ってのが正しいか。

私は自分で暑いのが苦手って薄々自覚してたけど、それを無視してグランと併走する我が儘を通したのは私だ。

須川さんに非はない。

そう言うけど、須川さんはまだちょっと納得していなさそう。

 

「そうだ。もし凹んでるんなら、私が頭を撫でてあげよっか?大丈夫だよ~よしよし~って感じで」

「・・・いらん世話だ」

 

須川さんの頭に手を伸ばそうとすると、ぺいっと振り払われた。

半分くらい本気なんだけどね、私は。

とはいえ、ちょっと立ち直ったみたいだから、結果オーライってことで。

 

「そう言うわけだから、悪いのは私で須川さんは悪くない。はい、この話は終わり。それで、早いうちにこっちの暑さに慣れたいから、そろそろ体づくりを始めてもいいと思うんだけど、須川さんはどう思う?」

「・・・そうだな。普段の映画トレーニングもいい具合になってきたし、そろそろ本格的に始めてもいい頃合いか。とはいえ、今日みたいに倒れられても困る。様子を見ながらな」

「はーい。んじゃ、私はもうちょっと寝てるから」

 

別に特別疲れてるわけじゃないけど、さっきまでずっと寝てたから少し頭が重い。

須川さんの返事を待たずに、私はベッドに潜り込んで目を閉じた。

とりあえず、明日からのことでも考えてよう・・・。

 

 

* * *

 

 

ハヤテが横になってから寝息が聞こえるまで、時間はかからなかった。

それを確認してから、須川は立ち上がって保健室を後にした。

 

「似ているな」

 

外に出てすぐ、近くから声をかけられた。

横を向けば、東条が壁にもたれかかっていた。

 

「盗み聞きしてたのか?クソ真面目なお前らしくもない」

「一言余計だ・・・事が事だからな。貴様を監視していただけだ」

「怖ぇなぁ・・・まぁ、似てるってのは同感だ」

「・・・言わなければならなかったのではないか?」

「かもな。だが、言っても変わんねぇだろ、あれは」

 

そう言って、須川は大きくため息をついた。

そして、かつて起こしてしまった過ちを思い返す。

そのウマ娘は、ハヤテと同じ栗毛だった。

特別有望と言えるわけではなかったが、それでもやる気は他より抜きんでていた。

だが、この時の須川はウマ娘の能力とレースの成績にしか目を向けておらず、そのウマ娘のことも認識の隅に追いやられていた。

だから、彼女が毎日ハードな自主トレーニングをしていたことに気付けなかった。

そして、気づいた時には手遅れだった。

彼女は繋靭帯炎を発症し、引退を余儀なくされた。

1人のウマ娘の夢を、自分が奪ってしまった。

その事実は、トレーナーになってからの初めての挫折としてはあまりにも重すぎた。

さらに、半ばチームを横取りする形で前トレーナーを追い出したことが災いし、恨みを買っていた須川は教え子にあることないこと吹き込まれ、ウマ娘たちは全員離れていった。

それでも離れなかったのは、自身の失態で怪我をさせてしまったはずの彼女だけだった。

 

『どうして、君はっ・・・俺は、君の夢を、未来を・・・!』

『いいんですよ。トレーナーさんに何も言わなかった私が悪いんです。それに、トレーナーさんだってまだまだ若いんですから、失敗だってしちゃいますよ』

 

彼女は、あくまで悪いのは自分だと、トレーナーさんは悪くないと繰り返した。

まるで、泣きじゃくる子供をあやすように、須川の頭を撫でながら語りかけた。

 

『もし、トレーナーさんが自分のことを許せないなら、私に子供ができた時、トレーナーさんがその子を指導してください。私は、その子に私の夢と未来を預けます。ですから、トレーナーさんがその子を導いてください』

『それは・・・』

『なんだったら、トレーナーさんとの子供でもいいですよ?トレーナーさんだって、私とそこまで歳は離れてないですし、不自然ではないですよね』

『さすがに、それは勘弁してくれ』

『それとも、こういう時は「責任をとってください」って言えばいいんですかね?』

『・・・本当に勘弁してくれ』

 

その言葉が本気なのか冗談なのか、この時の須川はまだわからなかった。

だが、療養の建前で須川の地方移籍についてきたということは、そう言うことだったのだろう。

最終的に、かなりの長い時間が経ったが、須川が押し負ける形で彼女と結ばれることとなり、そして・・・

 

「どっちにしろ、俺がやることは変わんねぇよ。あいつから託された夢と未来を叶える、それだけだ。同じ過ちを繰り返すつもりはねぇが・・・下手にあいつに似てるあたり、ハヤテも一度決めたら止まらねぇだろうな」

「その時は?」

「できる限り、ハヤテの意思を尊重する。あいつから聞いてはいたが、ハヤテはまるで自由な風だ。抑えようと思って抑えれるもんじゃねぇ。だったら、ハヤテが後悔しないように走らせるだけだ」

「・・・そうか」

 

須川の返事に納得したのか、東条は多くは語らずに、その場を後にした。

 

「・・・にしても、あいつと言いハヤテと言い、俺は教え子に甘やかされる運命でもあるのかね」

 

それは、須川からすれば割と切実な疑問だったが、それに答える者はこの場にいなかった。むしろ、聞かれたら赤面ものだっただろう。

ちなみに、思わずこぼれた呟きは東条にも聞こえたのだが、聞こえなかったふりをしたのは彼女なりの優しさだろう。それでも、思わず吹き出しそうになったのを堪える必要はあったが。




アンケートの結果、とりあえず史実のウマの名前を出す方針でいきます。
というか、なんとなくで付け加えた「最初に決めたことくらい守れ」が思ったより多くて、必要のないダメージを負ってしまいました。
いやまぁ、聞いといた方がよかったかもしれないですけど、実際に投票されると「やっぱりかぁ、そうだよなぁ・・・」でネガになりそうになって・・・なんで自らいらんダメージ喰らいにいったのか・・・。
とりあえず、自分もおハナさんに説教くらった後、クリークママによしよししてもらおう。あるいは、タマモクロスにあーんしてもらうのもいいかもしれない。

それはそうと、今回はちょっとぶっこんだ感じにしました。
ちなみに、自分はなんか頭の中が農学脳になってるからか、こういう子供というか生殖事情とかどうなってんだろうって割と気になるタイプです。やましい気持ち抜きで。
まぁ、事情が事情なんで、公式が明言を避けているのに文句を言うつもりは欠片もありませんが。
でも実際、こういうことってあるんですかねぇ。ちなみに自分はトレーナーとウマ娘の恋愛はウェルカムな方です。
でも、こうなるとおハナさんってけっこう行きおk(((殴


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思ってたよりやべー奴が蔓延っているこの世界

気付けば、私は暗闇の中で漂っていた。

立っているわけでも、落下しているわけでもなく、まるで水の中に沈んでいるかのように、ただ闇の中にいる。

私の目の前には、映画のスクリーンのように何かが映っている。でも、ピントがずれているのか、映像はひどくぼやけていて何も見えない。

 

『・・・ッ、・・・!』

『・・・!・・・!』

 

映像の中では、誰かが映像に向かって話しかけているように見えるけど、声もノイズが激しくて何も聞き取れない。

こんな何もわからないものを見ていても仕方ないけど、こんな闇の中で他に見えるものなんてない。

大して期待せずに、他に何かないか周囲を見回してみる。

でも意外なことに、この闇の中に何かがあった。

いや、何か、じゃなくて、誰か、って言う方が正しいかもしれない。

それは、ただ闇が揺らいで輪郭を作っているだけだった。見ようによっては、ヒトのようにも見えるし、ウマ娘のようにも見える。

ただ輪郭だけで構成されているそれは、ジッと私の方を見ていた。

私もいろいろと聞きたいことがあるから話しかけようとしたけど、なぜか上手くしゃべれない。ただ息を吐きだすだけで、声を紡ぐことができない。

輪郭はただ何もせずに私を見ているだけだけど、それがむしろ居心地が悪くて、思わず顔を背けて反対の方向を向いた。

すると、そこにも同じようにヒトにもウマ娘にも見える輪郭が佇んでいた。

次の瞬間、急に私の体が沈んでいった。

スクリーンが遠ざかっていき、みるみる小さくなっていく。

その間も、2つの輪郭はずっと私の方を見つめていて、それが私の不安を煽る。

どうにか手足を動かして抗おうとするけど、何も捉えることができずに私の身体はどんどん沈んでいく。

とうとうスクリーンすらも見えなくなって、でも私の体はどこまでも沈んでいく。

そうして、身体も意識も、闇の底に沈んでいって・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・寝起き最悪」

 

目を覚ますと、そこは寮の自室だった。

あの後、少し休んで保健室を出た私は、そのまま寮に帰ってご飯と風呂を済ませてさっさとベッドに飛び込んだ。

須川さんからも今日はしっかり休めって言われたし、私もまだ体が重かったから、早く寝て明日に備えようと思ってたんだけど、まさかそんなタイミングで嫌な夢を見るとは思わなかった。

・・・いや、あれが本当に夢だったのかどうかさえ、私にはわからない。

ただの夢と言うには、どうにも記憶にこびりついている。

あれがただの夢じゃないとしたら、あるいは・・・

 

「・・・私の前世の記憶?」

 

こんなこと、今までにはなかった。

心当たりがあるとするなら、三女神像の前で起きた頭痛だけど、あれからけっこう経ってるはずだし、今さらとしか思えない。

あるいは、昨日の熱中症で倒れたときに、私も知らない何かがあったのか。

でも、今となってはもう確かめる術はない。

 

「・・・水飲も」

 

あんな夢を見たせいか、背中にびっしりと嫌な汗をかいた。

いっそ、朝風呂とでもしゃれこもうか。

幸か不幸か、目覚ましが鳴る前に起きたおかげで時間はある。

とりあえず、午前はいつも通り授業に出て、須川さんとの話は午後からかな。

 

 

* * *

 

 

「そういえば言ってなかったな。今日は休みだぞ」

「え?そうなの?」

 

初耳なんですけど。まぁ、言われてないから当たり前か。

 

「まぁ、軽い運動くらいならいいがな。さすがに熱中症で倒れた昨日の今日でトレーニングをするわけにはいかん」

「あー、言われればそうだね」

 

そりゃあ、病み上がりのウマ娘をトレーニングさせるわけにはいかないか。

だとすると、今日は暇になるなぁ。

いっそ、誰かと遊びに・・・そう言えば、私と仲がいいウマ娘って同世代だとグランしかいないな。

そのグランは、今週の日曜に控えているデビュー戦の最終調整で忙しいから誘うわけにはいかない。だからといって、他に遊びに誘えるようなクラスメイトはいない。

ワンチャン、オグリ先輩とタマモ先輩ならいけるかもしれないけど、生憎と予定が空いてるかどうかもわからない先輩を遊びに誘う度胸なんてものは持ち合わせていない。

つまり・・・正真正銘、何もやることがない。

 

「・・・須川さーん、暇~」

「なら、トレーニング用の映画でも見るか?けっこう余ってるから、今日1日くらいは余裕で潰せるぞ」

「天才か?」

「んなことで天才って言われてもなぁ」

 

私にとっては完全に盲点だったけどね。

とりあえず、箱の中にあるDVDをガサゴソと漁ってみる。

 

「どうしよっかな~。アクション系もいいけどラブロマンスも・・・いや、須川さんと見るのはなんか嫌だな。あーでも、サスペンスも捨てきれないし、暑いならホラーもそれはそれで・・・ていうかめっちゃ多いな。これ、全部須川さんの私物?」

「あぁ。中央(こっち)にいた頃に趣味で買ってたもんだ」

「やっぱり、中央トレーナーって儲かるんだねぇ」

「担当したウマ娘が勝てばな。中央のデビュー戦で勝てないウマ娘は地方に移ったりするが、トレーナーだって同じように、担当ウマ娘が勝てないと地方に転勤することもある。まぁ、そもそも中央のトレーナー資格なんて年内に1人も合格者が出なかったり、T大受かるより難しいなんて言われてるくらいのエリートだから、俺みたいなケースでもない限りそうそうないが」

「世知辛い世の中だなぁ」

「基本的に、結果がすべての世界だからな。例外も皆無ではないが、その辺りはトレーナーもウマ娘も変わらん」

「そっかぁ」

 

中央は地方とは比べ物にならないほどのマンモス校だけど、ウマ娘、トレーナー関係なく、活躍できるのはその中でもほんの一握り。

世間一般じゃ中央に入るだけでも十分エリートだけど、現実はシビアなものだ。

エリート同士でも激しく落とし合ってるんだから、本当に世知辛い世界だよねぇ。

その中でも、会長やオグリ先輩、タマモ先輩みたいに華々しく活躍できるようなウマ娘は、年に数人出てくるかどうかってなってくる。

私やグランが、その中に入れるのかどうかはわからないけど。

 

「・・・そういえばさ、須川さんはグランのスピードのからくりはわかってるの?」

「あ?いきなりどうした」

「ただの興味」

「そうだな・・・あればっかりは、体つきの問題だろう。ハヤテは、グランアレグリアの脚を見たことがあるか?」

「いや?顔しか見てない」

「あのな・・・まぁいい。グランアレグリアの脚は、比較的短くコンパクトにまとまっている。典型的なスプリンターの特徴だが、グランアレグリアはそれに加えて瞬発力もずば抜けている。他のスプリンターが3歩進んでいるなら、グランアレグリアは4,5歩進む。その回転の速さを活かした脚を溜めてからの後方一気。あれに対抗できるのは、それこそ全盛期のオグリキャップくらいのレベルだろうな」

「そんなに?」

「さすがに今はまだそこまでのレベルじゃない。だが、ゆくゆくはそうなるだろう」

 

そっかぁ・・・そんなにやばいウマ娘だったのか・・・。

 

「だが、こればっかりはお前の参考にはならない」

「なんで?」

「さっきも言ったが、根本的に骨格が違う。グランアレグリアは典型的なスプリンターだが、お前の場合はスタミナはともかく、骨格はどちらかと言えば中距離(ミドル)向きだ。同じ走り方をしても同じ結果は出ない、どころか同じ走り方すらできない可能性の方が高い」

「そっかぁ」

「まぁ、元からお前にマイルを走らせるつもりはないから、気負う必要はない」

 

いや、どちらかと言えば一緒に走る機会がないってのが残念なんだけど。

せっかく仲良くなれたんだから、できることなら切磋琢磨したかったけど、それができないってのはちょっと寂しい。須川さんもまだ新しい娘をスカウトするつもりはないっぽいし、来年までお預けかなぁ。

 

「それより、見たい映画は決まったか?」

 

いっけね。すっかり忘れてた。

 

「えーと、これで!」

 

とりあえず、適当に目についたやつを取り出した。

パッケージには、燃えるように赤い栗毛のウマ娘が写っている。ぱっと見た感じ、実在したウマ娘が主役のドキュメンタリー系かな?

それを見せると、須川さんは露骨に微妙な表情になった。

 

「・・・よりによってそれかぁ」

「あれ?なんか都合が悪い?」

「タイトルを見ろ」

 

言われるがままにタイトルを確認すると、そこには『セクレタリアト 奇跡のウマ娘』と書かれていた。

って、セクレタリアト?

 

「・・・誰?」

「アメリカの三冠ウマ娘だ。そして、誇張なく世界最強のウマ娘でもある」

「へ~」

「そいつは本人が出演している作品だから、演技も入っているとはいえ世界最強の走りを見ることができる数少ない映像でもある。が、ぶっちゃけグランアレグリア以上に参考にならないんだが・・・まぁ、映画として見る分にはいいか」

「そんなに強いの?」

「アメリカのクラシックレースで3つともレコードを叩きだした。しかも、現在でもその記録は破られていない」

「えっ、マジ?」

 

マジでやべー奴じゃん。

 

「よしっ、見よ見よ!どんなウマ娘なのか気になってきた!」

「映画だからいくらかフィクションが混じっているとはいえ、ほとんど実話だ。まぁ、興味半分くらいで見とけ」

「は~い」

 

ここまで念を押してくる須川さんも珍しいと思いながら、DVDプレイヤーにディスクを入れてTVの電源を付けた。

世界最強がどんなウマ娘なのか、ぜひとも参考にさせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

「????」

 

おおよそ2時間、映画を観終わったけど、私は欠片も内容が理解できなかった。

というか、理解したくなかった。

あーうん。これは須川さんが言ってたことが分かる。

これ、たしかに欠片も参考にならないわ。私に足りないものが多すぎる。

とりあえず、私が言いたいのは、

 

「・・・須川さん」

「なんだ?」

「本当に存在する生き物なの?」

「気持ちはわからんでもないが、実在したウマ娘だ」

 

いや、絶対ウマ娘とは違う生き物でしょ。UMA娘とかそういうのでしょ。未知との遭遇レベルだよ、こんなの。

私の理解を超える存在を目にしてショックを受けていると、須川さんは苦笑を浮かべた。

 

「・・・まぁ、お前が思っているよりも世界は広いってこった。当然、トレセン学園もな。お前が思っている以上に、中央は才能が集まる場所だ。現役は当然、下の世代でも、お前より強い奴や才能に恵まれたやつもいる。そいつを覚えておけ」

「はぁい」

 

・・・これ、見抜かれてるなぁ。

現在、私の世代のクラシック路線は、私の一強だって声が少なからずある。

それは、私自身の心の片隅にも少しだけ存在している。

でも、それはあくまで幻想だ。

デビュー戦であんな勝ち方すれば仕方ないかもしれないけど、あれは初見殺しも含んだ上での結果だ。次からは同じ手は通用しない。

その上で、どちらかと言えば苦手な距離でもある2000mレースを走らなければならない。

最低でも、皐月賞までは私にとって苦しいレースになる。

なら私も、いつまでもデビュー戦の結果に胡坐をかいているわけにはいかない。

 

「よしっ、須川さん!ちょっと走ってくる!」

「なら俺も一緒に行く。お前だけに行かせたらどれだけ走るかわからんからな。準備するからちょっと待ってろ」

 

信用されてないなぁ。まぁ、間違ってはないんだけど。

この後、休憩を挟みながら2時間くらいランニングをした。

不思議と今日は、昨日と比べて夏バテの感じはしなかった。

まぁ、併走の時とは比べるまでもないんだけどね。




グランの脚云々は、半分くらい自分の想像です。調べてはみたんですけど、「これだ!」ってのが見つからなくて・・・。
でも、レース映像見た限りは明らかに他と比べて足の回転が速かったし、距離適性的にあながち間違ってはない、か?ってことにしました。
ウマだと四足歩行なんで胴体の長さで決まりますけど、ウマ娘は二足歩行ですから、足の長さで決まってもおかしくないでしょう。
なお筋肉で無理やり長さ調整するUMA。
そういえば、あの映画って撮影とかどうやってたんでしょうね?
馬は栗毛なんでそっくりな毛並みもギリ用意できなくもないとして、レースは、まぁシーンごとに区切ればいけますかね。あんな走り方できるウマが他にいてたまるかって話ですし。

話は変わりますが、これ書きながらネットで『グランアレグリア ウマ娘』の記事見たりしてました。
なんか、一時期ノーザン関係で一気に可能性が出てきたって話があって、もしそうなったらキャラ書き直しになるのかな~、とか考えてました。
まぁ、半年前の掲示板の話なんで、すごい今さらって感じですけど。

最後にどうでもいい話ですが、夢云々の辺りを書いた翌朝、似たような目覚め方しました。
闇の中じゃないですけど、急に地面に吸い込まれるように倒れて、そのまま沈んでいく感じ。
こんなことある?

*なんか同じ話が2話連続で投稿されてたので、新しい方(これが22話なので、23話の方)を削除しました。
普通に予約投稿しただけのはずなんですが、どうしてこうなった?


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帰りたいときは帰りたいけど、帰りたくないときは帰りたくないものだよね

セクレタリアトの映画に衝撃を受けた日からさらに時が過ぎた。

グランのデビュー戦は、2着に2バ身差をつけての完勝だった。なんだったらデビュー戦のレコードを叩きだした。1秒以上も縮めるとかやばすぎない?大差勝ちした私が言うのもなんだけど。

というわけで、グランの祝勝会兼この前の併せのお詫びということで、グランがチームでやったのとは別で2人で打ち上げをした。

2人で買ったお菓子やジュースを持ち寄って、グランの寮室でやったささやかなパーティーだけど、よくラジオを聞いているグランにちょっとお高めのイヤホンをプレゼントしたらすごい喜んでくれたから、打ち上げは大成功と言ってもいい。

それで、夏の間は私もグランもレースはないから、トレーニングを除けばしばらく暇になる。

というわけなんだけど、

 

「夏休みの間はどうする?」

「んぇ?」

 

須川さんに尋ねられるまで、まったく考えてなかった。

そうじゃん、夏休み暇じゃん。

一応、短期集中トレーニングの夏合宿もあるけど、あれは本格化を終えて体もある程度出来上がっているクラシック級以降の学生がやるもので、ジュニア級の学生には無縁のものだ。

 

「・・・そういえば、考えてなかったかも」

「お前の夏バテのことを考えると、一度実家に帰ってもいいと思うが?」

 

須川さんの提案は、私が熱中症で倒れる前にも考えていたことだ。

比較的建物に囲まれている浦和トレセン学園はともかく、山に囲まれている私の実家なら、東京にいるよりは快適な夏を過ごせる。

十中八九、あの時なら速攻で実家に帰る選択をしただろうけど・・・

 

「ん~・・・とりあえず、保留で」

「なんでだ?」

「中央で1回もレースに出てないのに帰省するのは、なんか納まりが悪いというか、あの時の感動的な別れが台無しになりかねないというか・・・」

「お前が思ってるほど感動的ではなかったと思うが。まぁ、その気持ちはわかる」

 

「中央で活躍してやるぜ~」って地元を飛び出したのに、「レースで勝つどころか出走すらしてないけど帰ってきちゃいました☆」は、なんか締まりが悪い気がする。

せめて重賞とは言わないまでも、1回か2回くらいはOP戦で勝っておきたいかなぁ。

でも・・・

 

「須川さーん、レース出るならどれになる?」

「そうだな。出るとしたら、早くても2000mOPの芙蓉ステークスか紫菊賞あたりだな」

 

どっちも開催は9月とか10月なんだよねぇ。

つまり、今年の夏はどうあがいても帰る気にならないというわけだ。

 

「ちなみに、その後の予定も決まってたり?」

「一応な。2000mレースを中心に出走するとして、OPの次はG3の京都ジュニアステークスに出る。年末のホープフルステークスは回避するつもりだ」

「なんで?」

「ジュニア級とはいえ、それでもG1レースだ。相応に仕上がりが早いウマ娘が出走する。お前の場合、おそらくそれまでに間に合わん」

「なるほど」

「そして、年が明けてからは皐月賞のトライアルレースである弥生賞。そこで結果を出せれば、晴れて皐月賞に出走だ」

「お~!」

 

王道と言えば王道だね。

 

「となると、ひとまずの目標は芙蓉ステークスか紫菊賞?」

「夏の間の仕上がりによるな。お前の場合、本格化はまだ先だろうから、場合によってはさらにずれ込む。まぁ、せめてG3の京都ジュニアステークスまでには1回くらいOPで走っておきたいところだな」

「そっかぁ」

 

本格化かぁ。

当たり前というか、デビュー戦を終えたグランは本格化を終えているらしい。

確かに言われてみれば、転入して初めて会った時よりも体つきがしっかりしてると思ってた。

早く私にも本格化が来てくれないかなぁ・・・。

 

「それはともかく、夏の間も中央に留まってトレーニングを続けるってことでいいんだな?」

「うん」

「なら、それでスケジュールを組んでおく」

「はぁい」

 

まぁ、いつ来るかわからない本格化のことばかり考えても仕方ないし、ひとまずは目の前のことに集中しよう。

 

 

* * *

 

 

「そっかぁ、ハヤテちゃんは夏休みに帰省しないんだね」

「うん」

 

翌日、教室でグランに昨の須川さんとのやり取りを話した。

 

「グランは、実家に帰るんだっけ?」

「先輩たちが合宿に出かけている間だけどね」

 

そっか。リギルみたいなチームだと、夏は合宿組と居残り組みたいに分かれることになるのか。

当然、メインのトレーナーは合宿の方に行くだろうし、サブトレーナーも残るだろうけどやることはあまりないのか。

その点、私みたいな専属だと夏でもトレーナーとの時間を贅沢に使えるからいいよね。

 

「でも、そっかぁ。そうなると、私の夏はトレーニング三昧になるかな」

「休憩も大事だよー。良ければ、一緒に夏祭りに行かない?」

「私はいいけど、グランはいいの?他にも友達とかいるんじゃないの?」

「ハヤテちゃんは特別だよ?」

 

やだ、思わずトゥンクしちゃいそう。

もちろん、グランがそういう意味で言ってるわけじゃないってのはわかってるけど。多分、特に仲がいい友人ってことでしょ。

でもまぁ、実際グランは他のクラスメイトと比べても私といる時間は意外と長い。

別に避けられてるとか、そう言うわけじゃないんだけど、なんか変な勘違いを受けて変な気遣いをされてる感じがしなくもない。

まぁ、お互いデビュー戦で強い勝ち方したし、それでちょっと遠慮されてる可能性も0じゃない・・・かな?

 

「じゃあ、約束だね」

「うん、約束」

 

グランと指切りげんまんすると、ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴ってグランは自分の席に戻っていった。

・・・グランの指、柔らかかったな・・・。

この後の授業は、グランとの指切りげんまんが頭から離れなくて、ちょっと集中できなかった。

 

 

* * *

 

 

「なんや。ハヤテちゃんは実家に帰らないんか」

「はい」

 

授業とトレーニングが終わってから、寮でタマモ先輩とオグリ先輩にも同じ話をした。

 

「お2人は、地元に帰られるんですか?」

「せや。チビ達もうちの帰りを待ってるやろうしな」

「私も、笠松の皆と会いたいからな」

 

オグリ先輩の言葉に、思わず胸がチクリと痛んだ。

オグリ先輩は地元のみんなに応援されて中央に来たらしいし、地元から愛されているのがよくわかる。

反面、私ってイッカクとかビクトメイカーの2人からは応援されたけど、それ以外からはあまりよく思われていない。

さすがに、噂のあれやこれやは自然消滅してる・・・といいなぁ。

イッカクがあれだから、まだ続いてる可能性も0じゃないんだよね。

まぁ、そんなことをこの2人に言うわけにはいかないんだけど。

 

「でも、地元離れてから2か月も経ってない言うても、一度くらいは顔見せた方がええんやないか?」

「それは、そうかもしれないですけど、どうせならOPか重賞で勝ってから凱旋したいんですよね。さすがに、勝ったのが向こうにいる時に走ったデビュー戦だけなのは、ちょっと納まりが悪いので」

「なるほどな・・・そーいうこともあるか。なら、うちからは何も言わへん」

 

深く追求されなかったことに、ちょっとホッとした。

 

「ちなみに、オグリ先輩は現役の時も帰省とかしてたんですか?」

「実は・・・レースに出てた頃は、あまり笠松に帰れなかったんだ。帰りたくなかったわけではないが、いろいろと忙しくてな・・・」

「あ~・・・」

 

オグリ先輩と言えば、現役の頃は当時のアイドルウマ娘だ。当然、取材も尋常じゃなく多かったはず。

それに、過酷なレースローテや選手生命に関わりかねない怪我の治療もあったと聞く。ただ華々しい活躍をしただけではない、苦悩と挫折の時期もあったはずだ。

そんな中で地元に帰るのは、たしかに難しかっただろうな。

 

「・・・なんというか、まぁ、私も気を付けるようにします。私も、せめて1回くらいは母さんに会いたいですからね」

 

微妙な空気になりかけたのをどうにか立て直して、その後は話題を変えて事なきを得た。

・・・オグリ先輩だって私の知らない苦悩を抱えていたと思うと、あんまり地元の話はできなかったけど。

 

 

* * *

 

 

2人と話した後、お風呂に入って部屋に戻った。

 

「ふぅ、ただいま・・・」

 

オグリ先輩たちと地元の話をしたからか、思わず口に出してしまった。

この部屋には、私しかいないっていうのにね。

でも、なんか今さらになって寂しさを感じた。

元々2人部屋で広めだから、余計に。

 

「・・・まぁ、だからって帰りたいって掌返したりしないけどね」

 

私の場合、帰りたくないっていうよりは、帰るわけにはいかないってのが近いからね。

せめてこっちで何かしらレースに勝ってからじゃないと、胸を張って帰れないから、まだ帰らない。それだけだ。

それだけ・・・なんだけどなぁ。

オグリ先輩の話を聞いた後だと、どうしても頭によぎってしまう。

『本当に帰れる時が来るのか?』、と。

中央で活躍して帰る暇がないとか、それだけじゃない。

私だって、怪我をする可能性は0じゃないんだ。

先のことなんて誰にもわからない。だったら、わからない先のことじゃなくて、今のことを考えるしかない。

そう言うのは簡単だけど、それで割り切るには前例があまりにも多すぎる。

というか、自分でもなんでかわからないくらいオグリ先輩の言葉が頭にこびりついて離れない。

 

「あ~、もう、ダメダメ。疲れたし、さっさと寝よう」

 

そういうのは全部須川さんに任せよう。

とりあえず、いつもより早いけどさっさと寝て忘れることにした。

 

 

 

 

ちなみに、朝起きたらマジで全部忘れた。

あれ?昨夜って何か悩んでたっけ?




ものすっごい今さらですが、デビュー戦というか、新馬戦5月にやんねーじゃんっていう重大な事実に気付きました。
いややべーよ、修正どころか丸々書き直しレベルじゃん。
特に指摘されたこともなかったので「大丈夫なのかな?」とは思ってたんですが、一度自分で気づくとボディブローのようにじわじわと効いてきて・・・。
なので、もういっそ全部書き直して新しく投稿しなおそうか検討中です。
この件に限らず、最初の行き当たりばったり感がだいぶ露呈し始めてきたので、設定とかストーリー、その他細かい内容ををもう少ししっかり練ってから再スタートしようかなと思ってます。

あと、今日は誕生日なんで祝ってください。
祝ってくれたら嬉しいです。


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海がっ、私を呼んでいる!!

「海に行きたい」

「は?」

 

私がそう言ったのは、夏休みに入り夏の日差しもさらに強くなったある日のこと。

夏休みに入ってからは、須川さんと一緒に熱中症に気を付けながら体づくりをすることが多かった。

ちなみに、本格化の気配は微塵もなくて、須川さんが「こりゃあ、9月までもつれ込みそうだな」って言ってた。

いや本当、なんでそんなんでデビュー戦出したんだよと声を大にして言いたいけど、中央への移籍がかかってたんだから、仕方ないと言えば仕方ないんだよね。

んで、ランニングとかプールトレーニングとかいろいろやってたんだけど、なんか無性に海に行きたくなってきた。

 

「・・・いきなりどうした。ていうか、何で今なんだ?」

「なんか、行きたくなった」

「学園のプールじゃダメなのか?」

「海がいい」

「・・・なんでだ?」

「気分?」

「なんでお前も疑問形なんだよ」

 

だって・・・なんでだろうね?

自分でもよくわかんないんだけど、なんか無性に海に行きたくなってきた、としか言いようがないんだよね。

涼むだけならプールもダメってわけじゃないんだけど、何かが違う。海じゃないとダメな何かがある。

 

「もう一度聞くが、なんで海に行きたいんだ?」

「なんでだろうね?でも、なんか行きたいんだよね。こう、海が私を呼んでいる!って感じで」

「映画の見過ぎで頭がおかしくなったか?俺のコレクションにあったジョ〇ズでも見たか?」

「ううん?昨日はRI〇G見てた」

「そういやぁそうだったな」

 

ていうか、むしろジョ〇ズなんて見たら海に行きたくなくなりそうな気がするけど。

 

「でもなぁ、どうせ来年になったら合宿で海に行くことになるぞ?それまで楽しみを取っておいてもいいと思うんだが」

「それはそれ、これはこれ。ていうか、いっそ下見って名目で行ってもいいんじゃない」

「しまったな。余計な口実を作らせちまったか・・・」

 

行く理由が増える分には全然いいよね!

なんだったら、もっと行ってもいい理由を探そうか。

そう考えてたら、須川さんがおもむろにスマホを取り出して、何かを調べだした。

 

「・・・今すぐに、ってのは無理だが、行く分には別にいいか」

「え。なに?どういうこと?」

「合宿所は海の傍にあるんだが、近くに神社もあって、そこでは毎年夏祭りをやってる。どうせだから、グランアレグリアを誘ってみたらどうだ?夏休みに、夏祭りに行く約束をしてたんだろ?」

「おぉ!ナイスアイデア!」

 

グランが言ってた約束は、どちらかと言えば都内でやる祭りのことを言ってたんだろうけど、たしかにそれはそれでいいかもしれない。

でも、グランの都合によっては難しいかもしれない。

 

「そういえば、そのお祭りって合宿期間中にやってるの?」

「あぁ」

「・・・グラン大丈夫かな。たしか、チームが合宿に行ってる間は実家に帰省するって言ってたけど」

 

たしかグランの実家は都内だったと思うけど、それでも帰省している最中に連れ出すのはちょっと迷惑かもしれない。

 

「とりあえず、DMでメッセ送っとこ」

『ちょっといい?今須川さんと海に行こうって話してて、合宿の宿泊所が海に近くて、ついでに近くの神社で夏祭りやるらしいから、泊りがけで宿泊所の下見も兼ねて海水浴しながら夏祭りに参加しようと思ってるんだけど、グランもよかったら一緒に行く?でも、行くとしたら合宿期間中になるから、難しいなら無理しなくていいから』

『行こう!ぜひ行こう!』

「いや早いな」

 

秒で返事が返ってきたんだけど。

なに?まさかずっと画面にかぶりついて待機してたの?

 

『いや、親御さんとか東条さんに相談しなくて大丈夫?』

『実は、私もそのお祭りにハヤテさんを誘おうと思ってたから、親は大丈夫。東条トレーナーからも、ジュニア組は合宿に行っている間は基本的に自由にしていて構わないって言われたから、大丈夫だと思う』

「あ、そうだったんだ」

 

なんというか、思わぬところでウマが合ったな。

 

「グランも大丈夫だって」

「そうか。なら、こっちでスケジュールは調整しておく。お前も、空いてる時間で準備を済ませておけ」

「はーい」

 

こうして、グランとのお泊りが決まった。

・・・とりあえず、水着を用意するところからかな。

 

 

* * *

 

 

「ひゃっほーう!うーみー!!」

 

旅行当日、さっそく私は水着に着替えて海に飛び込んだ。

うわっすげぇ!水しょっぱい!波も強い!これが海か!

 

「おーい、あまり遠くに行くなよー」

「はーい!」

 

須川さんの忠告に返事を返しながら、私は沖の方へと泳いでいく。

プールトレーニングのおかげで、実はそこそこ泳げるようになったから、ウマ娘の身体能力も相まってどんどん沖に出ていける。

とはいえ、ネットが張られてるから、本当に沖にまではいけないけど。

それでも、念願だった初めての海に、私のテンションはうなぎのぼりだ。いや、むしろ滝を昇って竜になる鯉のようだ。今ならイルカにもなれそうな気がする!

やっぱ真夏の海は最高だぜぇ!!

 

 

 

 

 

 

「やべぇな、あいつのテンションの上がり方。明日大丈夫か?全身筋肉痛になったりしねぇか?」

「ま、まぁ、その時は私たちでどうにかすればいいですから」

 

初めての海でハヤテが最高にハイになっている様子を、須川とグランは浜から眺めていた。

ちなみに、今ハヤテとグランが着ている水着は学校指定のものではなく、個人で買ったビキニなのだが、それでもハヤテは見た目より機能性重視のスポーツタイプのものを選んだ辺り、最初から思い切り泳ぐつもりだったようだ。

ちなみに、グランはフリルのついた白地のビキニで、須川はトランクスタイプの海パンに上からアロハシャツを着ている。この時点で、2人とハヤテの意識の差が出ていた。

 

「それと、今回はありがとうございます。わざわざ私まで送り迎えしてもらって」

「いいんだよ。むしろこれくらいしねぇとおハナから説教が飛んでくる」

「かもしれませんね」

 

今回の旅行は、須川から東条にも連絡していた。

最初は東条も渋ったが、元々ハヤテとグランで夏祭りに行く約束をしていたこと、海水浴や宿泊所の下見もその延長線上であることを伝えると、絶対に怪我をさせないことを条件に了承してもらった。

 

「それで、須川トレーナーはどうします?」

「ここで座ってる。本当はパラソルの下でのんびり寝たいところだが、監督責任があるからそうも言ってられん。グランアレグリアこそ、泳ぎにいかないのか?」

「その、今回はハヤテちゃんのほど泳げる水着じゃないので・・・」

「そうだったか。まぁ、せっかくの海なんだ。足をつけるだけでも面白いと思うぞ」

「それもそうですね。じゃあ・・・」

「あ˝っ!ちょっ、助けて!なんかクラゲに刺されたっぽいー!」

「相変わらず、トラブルが絶えねぇ奴だな・・・待ってろ、今行く!グランアレグリアも手伝ってくれ」

「はい!」

 

そう言って、須川はアロハシャツを脱いで立ち上がり、グランと共に急いでハヤテの救出に向かった。

 

 

 

 

 

「うぅ、ヒリヒリする・・・」

 

須川さんとグランに救出された後、私はパラソルの下で須川さんが持ってきた軟膏を塗っていた。

うぅ、ふくらはぎに水ぶくれができてる・・・痕が残ったりしないかな・・・。

 

「ちゃんとネットの内側で泳いでたのに・・・」

「種類によっては、あの程度のネットは貫通する。これに懲りたら、ネットの近くで泳ぐのは控えることだ・・・まぁ、それでも刺される可能性が0になるわけじゃないが」

 

あ~、なんかいたね、やたらと触手が長い奴。

そう言うのに限って毒が強かったりするんだけど、私の場合は控えめな感じだね。いや、痛いっちゃ痛いんだけど。

 

「幸い、毒が強いやつじゃないから、少し休めば痛みは引くだろう。とはいえ、今日は遠くまで泳ぐのはやめておけ」

「は~い・・・」

 

せっかく海に来たのに泳ぐ時間が減って、思わずふてくされながら返事を返して、シーツの上に寝転がった。

と思ったら、頭に柔らかい感触が返ってきた・・・いや、言うほど柔らかくない。てかどちらかと言えば硬い。

上を見上げるとすぐ近くにグランの顔があった。

 

「・・・何してるの?」

「せっかくなので」

「何がどうせっかくなのかはわからないけど・・・あまり長い時間やらなくていいからね」

 

正座ってやってる間は足の血流が悪くなるから、あまり良くはないんだよね。

あと、スプリンターの太ももの寝心地って微妙だから、正直やってくれなくてもいい。

それにしても・・・併走というか、私が熱中症でぶっ倒れてから、グランの距離がやたらと近い。

あれかな、危なっかしくて目が離せないとか、そんな感じかな?

あれはまぁ、私も不用心だったとはいえ、さすがにここまで面倒みられるほど子供でもないと思うんだけど。

・・・さっきのクラゲはノーカンにできないかな?

まぁ、無理だよね。

 

 

* * *

 

 

傷みと腫れが引いてからは、足が浸かる程度の場所でグランを水を掛け合ったりして遊んだ。

ガッツリ泳ぐのも楽しかったけど、こういう軽いのも悪くなかった。

ただ、さすがにはしゃぎすぎて疲れが溜まってきたということで、キリの良いところで切り上げた。

 

「それで、今日はどこに泊まるんだっけ?たしか、下見に行く合宿所じゃなかったよね?」

「あぁ。さすがに下見するとはいえ、合宿目的で来てないのに、他に合宿で来てる生徒が大勢来てるところに泊まるわけにはいかないからな。だが、幸い利用人数が少ないところがあるから、そこに泊まる」

「へ~。どんなところ?」

「それは・・・見ればわかる」

 

須川さんがちょっと気まずそうに目を逸らす。

え、なに?目を逸らす要素あった?

須川さんの態度を私とグランは不審に思ったけど、その答えはすぐにわかった。

 

「えっと・・・なんというか、その・・・」

「えっ、ボロ小屋じゃん」

 

グランがどうにかオブラートに包もうとしたのを、私が思わずぶった切ってストレートに言ってしまった。

言っちゃあなんだけど、どうやって経営してるのか不思議なくらいぼろい。

民宿とか旅館でももうちょっとマシじゃない?

 

「ついでに言えば、料理は自炊する必要がある。それに関しては、俺の方で用意するから心配しなくていい。ちなみに、来年から泊まるとしたら向こうだ」

 

須川さんが指を指した先には、立派な旅館が建っていた。

 

「あそこにはリギルも止まっているだろうから、後で様子を見に行くか?」

「いえ、さすがに先輩の邪魔をするわけにはいかないので、大丈夫です」

「そうか。それじゃ、さっさと荷物を運ぶぞ。ちなみに、内装は外よりかは綺麗だから、その辺は心配すんな」

「はーい」

 

うんまぁ、来年は向こうに泊まると思えば、今回は我慢できる、かな?

ちなみに、中は須川さんが言ってたように、外見ほど汚ないわけじゃなくて、良くも悪くも古い旅館って感じだった。

まぁ、これくらいなら風情があるなぁくらいで済ませられる。

それよりも、今はしっかり休んで、夜の夏祭りに備えなければ!




なんか、グラン→ハヤテ←イッカクの三角関係が発生しそう。
でも、百合の三角関係もそれはそれで・・・。

気軽に祭り一緒に行こうって誘える友達なんて、そんなもの幻想だったんだ・・・べつに、1人で祭り回るの嫌いじゃなかったし・・・。
ちなみに、こんな気軽に泊りで海とか、そうでなくてもどっか泊りでって誘えるような友達って存在するもんなんですかね。
少なくとも自分は、高校が一応進学校でバイトとか免許関連がまぁまぁ厳しかったのと、そもそも山の中で海までそれなりに遠かったので、そういう発想自体生まれにくかった、というのもあって、周りにはいなかったですね。
まぁ、でかめの祭りはあるので、それで一緒に遊ぶというのはありましたが。
ちなみに、自分は1人で回ってるところで偶然遭遇するのがもっぱらでした。


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祭りの屋台って割高なのが気にならなくなるよね

「おー、すっごいねー!」

 

日が暮れて、屋台も賑わう時間に件の神社にやってきたんだけど、思っていた以上に屋台と合宿に来ている生徒で賑わっていた。

というか、ほとんどトレセン学園の生徒しかいない。どこを見てもジャージを着たウマ娘だらけ。

だから、私とグランも目立たないようにジャージを着て回っている。

ちなみに、須川さんはいない。なんか来る途中で東条さんに捕まった。なんでかは知らん。

代わりに財布は預かった。まぁ、どうせ須川さんがお金出してくれるって話だったし、好きなだけ使わせてもらおう。

 

「何食べよっかなー・・・あっ、焼きそばだ」

 

暖簾にある金船焼きそばって、たしかクラスでちょくちょく話題になってるやつだよね。なんかおいしいらしいってのはわかるんだけど、要領を得ない話が多くて眉唾物だと思ってた。

まさか、こんなところでその存在を目の当たりにすることになるとは。

店員は・・・芦毛のウマ娘かな?けっこう美人な感じ。

 

「すみませーん。焼きそば2つくださーい」

「おうよ!下のメニューから選んでくれ!」

 

下を向くと、思ったよりバリエーション豊かな品ぞろいだった。

こうもいろいろあると悩むな・・・ん?芦毛の怪物盛り?

 

「すみません、この芦毛の怪物盛りってなんですか?」

「そいつは名前の通りだ!前にゴルシちゃんとしたことが、芦毛の怪物の食欲を見くびってうっかり材料を切らしちまったことがあるんだが、それを反省してゴルゴルポケットから材料を出せるようにしたんだ!おかげで材料には困らねぇが、むしろ余るようになっちまったから、せっかくだからあいつしか食えねぇような山盛りをメニューにしちまおうってことにしたんだ!ちなみに、時間内に完食したらゴルシちゃんの焼きそばの無料優先券をプレゼントしちゃうぜ!」

「やります」

「ハヤテちゃん!?」

 

ゴルシちゃん?とかいう店員さんの説明を聞いて、私は二つ返事で受け入れた。

内容は最後の方しか理解できなかったけど、無料優先券だよ?タダで食べれるチャンスがあるなら挑戦するしかないじゃん!

 

「オグリ先輩が挑戦したんなら、私も後に続かぬのは無作法と言うもの。ここで退くわけにはいかない!」

「おっ!いいなぁ、お前!よぉし、芦毛の怪物盛りいっちょう!そっちの嬢ちゃんは・・・」

「あ、私は普通のでお願いします」

「あいよ!6140円な!」

 

高いっつーかキリ悪いな。普通のやつが500円なのは、まだ許そう。芦毛の怪物盛りが5640円ってのはどういうこっちゃい。

ノリノリのゴルシちゃんさんは、大量の麺やら具材を取り出して鉄板の上に載せていく。その量は、鉄板全体に敷き詰められてなお巨大な山を形作っている。焼きそば自体は普通のやつなのか、グランのと一緒にやってるようだ。

・・・ていうか、どこから大量の具材を出したんだろ。明らかに質量保存の法則を無視してた気がするけど。後ろにも材料入れらしきものは見当たらないし。

あながち、ゴルゴルポケットとかいう〇次元ポケットもどきの話は嘘じゃないのかもしれない。

 

「ほらよ!普通の焼きそばと芦毛の怪物盛りだ!」

「いや、盛るっていうか盛ってなくないですか?」

 

鉄板ごと出してくるんかい。クッソ目立つじゃんこれ。

でも、これで5640円はむしろ破格すぎないか?

 

「まぁいいや。いただきまーす」

「ちなみに、制限時間は1時間な!」

 

1時間か・・・せっかくのグランとの夏祭りでそんだけ時間使うのももったいないな。

 

「30分・・・いや、20分で終わらせる。ちょっと待ってて、グラン」

「は、ハヤテちゃん?」

 

ちょっと本気出していこう。

箸を構えたら、取り皿代わりとして渡してくれた空パックに移す時間も惜しんで焼きそばを胃に流し込んでいく。

ズボボボッって音を鳴らしながら食べるのはちょっと行儀悪いし、よく噛まずに流し込むのも良くないことだけど、効率重視だからしょうがない。

それに、軽めとはいえ本格的にトレーニングを始めたからか肺活量も上がって、前よりも一気にかき込めるようになった。

以前の私ならこの量は30分以上かかっただろうけど、今の私なら20分で事足りる。

そして宣言通り、私は20分弱で芦毛の怪物盛りをすべて食べきった。

 

「ふぅ・・・ごちそうさまでした」

「え、えぇ・・・?」

 

久しぶりに腹膨らませてまで食べた気がする。

その横では、グランが困惑していた。

まぁ、食堂でいっぱい食べてるところは何度か目にしてたけど、ここまでの量は初めてだったし、仕方ない・・・のかな?

 

「おぉ!すげぇなお前!気に入ったぜ!」

 

対するゴルシちゃんさんは、私の後ろに回ってバシバシと背中を叩いてきた。ちょっ、痛くはないけど力強すぎ。

 

「なぁなぁなぁなぁ!お前、名前は?」

「えっと、クラマハヤテです。今年からデビューしました」

「オーケー、覚えたぜ!そんじゃ、また会おうな!それと、約束の優先無料券だ!」

 

そう言ってゴルシちゃんさんが渡してきたのは、工事現場に立てかけているような看板にデカデカと”焼きそば金船”と書かれたものだった。一応、隅っこに『無料優先券』ってあるけど、店名の自己主張が激しすぎる。

え、なに?これを背負っていけと?私に宣伝させるつもりか?てかこれもどこから出してきた?

・・・なんか、考えるだけ無駄な気がしてきた。

とりあえず、貰うものは貰ったということでその場を後にしたけど、看板のせいで目立つし、何より短い時間でいろんなことが起こり過ぎて、どうにも理解が追い付かない。

 

「えっと・・・とりあえず、どうする?」

「・・・なんか甘いもの食べたい。かき氷食べよう、あとわたあめも」

 

あの量の焼きそば食べたせいで、口の中がちょっとしょっぱい。

グランから「え、まだ食べるの・・・?」みたいな顔を向けられるけど、まだいける。

それに、射的とか輪投げもあるし、腹休めしながら食べればもっといけるはず。

 

 

* * *

 

 

「・・・で、ここまで使い込んだ、と」

「えっと・・・ごめん?」

 

あの後もいろんなものを食べたり遊んだりしてたら、軽く2万くらい吹き飛んでしまった。4分の1はあの焼きそば代だけどね。

 

「いや、別に謝る必要はない。どちらかと言えば、あと1万くらい飛ぶのは覚悟してたからな。むしろ思ったより少なくすんで驚いてるくらいだ」

「そんなに食べると思ってたの・・・?」

 

まぁ、屋台の価格設定って基本的に割高設定だし、私の胃を満たそうとしたらそれくらいは飛ぶかもしれない。

そう考えると、やっぱりあの焼きそばの5640円は破格だったんだろうね。

 

「まぁ、好きに使えと言ったのは俺だから、それはいいんだが・・・背中に背負ってるやつはなんだ?」

「そうなるよね」

 

須川さんが言ってるのは、私が背中に背負っている無料優先券のことだろう。

とりあえず、あったことをありのまま話す。

すると、須川さんが微妙な表情になった。

あっ、この顔見たことある。アグネスデジタルのときと同じだ。

 

「あー・・・そいつは多分、ゴールドシップだな」

「そんな有名なウマ娘なの?」

「有名と言えば有名だが・・・その、なんというか・・・こう、筆舌に尽くし難い変わり者、と言うべきか・・・まぁ、そんな感じだ」

「は、はぁ・・・」

 

とりあえず、相当やばい奴ってのはわかった。須川さんがここまで言いよどむって、私の知る限りは初めてだ。

グランも、どう言えばいいのかわからずに視線を右往左往させてるし。

 

「まぁ、ゴールドシップは別にいい。癖は強いが、迷惑をかけるようなことは・・・いや、精神的に疲れるから結果的に迷惑かもしれんが・・・とにかく、あぁいう生き物だと思って接すればいい」

「扱い方が珍獣に対してやるのと大して変わらないじゃん」

「実際そうなんだよ」

 

なんか、トレーナーたちが裏でゴルシちゃんさんの対応マニュアルを持ってても不思議じゃないような気がする。

まぁ、定期的に焼きそば食べさせてくれるっぽいし、悪いことばかりじゃないと前向きにいこう。

 

「そう言えばさ、祭りに行く途中で東条さんに捕まってたけど、何したの?」

「俺が何かしでかした前提で話を進めるな・・・リギルの方で花火をやるから、一緒にやらないか誘われたんだ。後は、2人で祭りを楽しんでもらうため、ってのもあるが」

「えっ、ほんと!?」

 

まさかリギルの方から誘ってもらうことになるなんて!

あ、でも、リギルって会長の他にもやべーウマ娘が揃ってる魔窟らしいし、リギルに所属してるグランはともかく、私なんて場違いすぎない?

 

「なんでも、会長殿が来てほしがってるらしいぞ」

「あの人って実は天然だったりしない?」

 

本人は善意でやってる辺り、ちょっとどころじゃなく質が悪い気がする。私の胃に穴を開けるつもりですか?

でも、せっかく誘ってくれたんだし、断るのもちょっと悪いかな?

・・・って、あれ?

 

「そう言えば、なんで会長も合宿に参加してるの?もうとっくに引退してなかったっけ?」

「トゥインクル・シリーズはな。トゥインクル・シリーズを引退しても、優秀な成績をおさめたり注目されたウマ娘は、ドリームトロフィーリーグに出ることになる」

 

あー、言われてみれば、授業で習った気がする。あくまでそういうレースがあるってだけ聞いたから、記憶から飛んでたのかも。

 

「ドリームの名の通り、世代を超えた強者が集うことになるから、たとえトゥインクル・シリーズを引退してもトレーニングは欠かせないのさ」

「へ~。ってことは、私も会長やオグリ先輩と走ることができるかもしれないってこと?」

「とはいえ、ドリームトロフィーリーグに出るウマ娘なんてかなり限られるし、そもそも目立った故障もなく引退できなければ出走するのは難しいから、今は深く考えなくてもいい。そういうのは、早くてもシニアになってからだ」

 

まぁ、それもそっか。引退の話なんて、ジュニア級の私たちにはまだ早い。怪我なんかが原因で引退することはあるかもしれないけど、そうなったらドリームトロフィーリーグ以前の問題だ。

本当に、今はまだ考えなくてもいい。

 

「まぁ、その話はいいや。花火は、せっかくだし行こうかな。グランはどうする?」

「私も行きたい。挨拶もしておきたいし」

 

満場一致で、リギルの花火大会にお邪魔することになった。

ちなみに、一人だけ部外者だった私に配慮してか会長がずっとエスコートしてくれて夢女子になりかけた。

会長がイケメンすぎて惚れそう。

でも、私のジャージの裾をちょこんと摘まんでいたグランに挟まれてギリギリ落とされなかった。

というか、言葉に出さずとも態度で不満を表すグランが可愛すぎて思わず抱きしめそうになった。

でも、何が気に入らなかったんだろうね?私にはわからなかったし、たぶん会長もわかってないような感じだった。

わかってるっぽかったリギルのメンバーは遠巻きに見てて話しかけられなかったし、結局謎のまま旅館に戻って寝ることになったんだけど、一緒の布団で寝たら機嫌を直してくれたから結果オーライってことで。

まぁ、筋肉痛がひどくてそれどころじゃなかったけど。




や、やべぇ、自分にハジケリストはまだ早すぎた・・・!
というか、あれは世代じゃなければ追いつけないレベルでネタに偏ってるしなぁ・・・事前に履修しておけばよかったか・・・。
でもまぁ、シングレで品切れ喰らってたし、アニメでも後ろで食べてたし、これくらいならありえなくもない、か?
なお「麺類は飲み物」を地でいくハヤテ。オグリも「ぞばっ!」ってやってたしいけるいける。

「新サポカに出てきた新しいウマ娘デアリングタクト説」でてきて発狂しました。
というかメインストーリー全部良すぎてずっと発狂してました。
マジだったらめっちゃ嬉しいけど、もしそうでも実装はまだ先だろうなぁ・・・どうせならコントレイルも出てきてくんねぇかな・・・。
そうなったらキャラ設定がらk、わざわざ2019クラシック路線にした甲斐があったってもんですよ。
まぁ、実装がかなり先になるのはほぼ確定なので、半分くらいはオリキャラになりそうですが。


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奴が来た。ついでに修羅場も来た。

ようやく、ようやくここまで来れた。

私が目指していた場所。

少し時間が掛かっちゃったけど、これで約束を守れる。

今すぐ行くから。

だから、待っててね、ハヤテちゃん。

 

 

* * *

 

 

夏休みも終わって、二学期に突入した。

まだまだ夏の暑さは残っているけど、たぶんこれからどんどん涼しくなっていくだろうから、夏バテ気味だった私としてはそれまでの辛抱だ。

ちなみに、夏休みの間は来たる本格化に備えてトレーニングの内容も他のウマ娘と同じくらいまでレベルを引き上げた。というか、今まで私の体調を考慮して低くしてたのを元に戻した、ってのが正しいかもしれない。

主にやったのは、スピードトレーニングとパワートレーニング。まぁ、前々から言ってた課題に取り組み始めた、って感じ。

まだ始めて1ヵ月も経ってないけど、ようやく前に進み始めた感じがして、早く走りたくて体がうずいてくる。とはいえ、やっぱり他の仕上がりが早いウマ娘と比べると私はまだ仕上がっているとは言い難いから、ホープフルステークスに出れないのはもちろんだけど、場合によっては皐月賞もギリギリになるかもしれないって言われた。

ホント、なんでそんな状態でデビュー戦走らせたんだろうね?んで、なんで勝てたんだろうね?

なんかもう気になっちゃって須川さんに聞いたら、

 

「ゲームのステータス的に言うなら、ハヤテは“初期ステータスは他よりも高いけど成長速度は遅い”って感じだな。デビュー戦の水準で言えば大差勝ちできるポテンシャルを持っていたが、今は成長速度の差でどんどん追いつかれる、あるいは追い抜かされるって感じだ。どちらかと言えば晩成型に近い。だからこそ、クラシックの前半は苦労するだろうが、本当の勝負は菊花賞になると思っておけ」

 

って言われた。

なるほど、そう言われると分かりやすい。

須川さんが言ったのも、周りに追い抜かされても慌てなくていいってことだろうし、私は私のペースで頑張っていこう。

 

「おはよー」

 

こっちに来てから初めての新学期初日の教室に入ると、なんだかざわざわと騒がしかった。

なんか既視感があるなぁ、この感じ。

とりあえず、近くにいたクラスメイトに話しかけてみる。

 

「ねぇ、なんかあったの?」

「あっ、ハヤテさん。実はですね、地方からまた編入生が来たらしいんです」

 

へぇ~、夏休み明けなのはともかく、私に続いてまた地方からやってくるなんて珍しい。

 

「ただ、スタッフ研修生としてなので、レースで走ることはないみたいです」

「・・・ふむ?」

 

・・・なんだろう。地方から来たスタッフ研修生って、ものすんごい覚えがあるんだけど。

私の直感が正しければ、たぶん一発でわかる。

 

「どんな娘だって?」

「綺麗な白毛の方らしいです」

 

はい確定。身に覚えしかない。

クラスメイトにお礼を言って、荷物を自分の席に置いたらちょっと教室の隅に移動して須川さんに電話した。

 

「もしもし?」

『おう、どうした。珍しいな、そっちから電話なんて。何かあったか?』

「ねぇ。イッカクがスタッフ研修生として編入してきたっぽいんだけど、なんか聞いてない?」

『・・・あ?まだあれから半年も経ってねぇぞ?なんかの間違いじゃないのか?』

「クラスが地方の白毛のウマ娘がスタッフ研修生として編入してきたって話題で持ち切りになってんだけど」

『・・・マジ?』

「マジっぽい」

 

スタッフ研修生とはいえ、中央って3,4か月勉強して入れるようなところだけ?

 

「それで、なんか聞いてる?」

『・・・いや、俺は聞いてない。もしかしたら、他のトレーナーの間だとそういう話が広まってた可能性もあるが、珍しい白毛とはいえ、レースに出ないスタッフ研修生となると優先順位は低くなる。俺のところに届く前に自然消滅した可能性もなくはない。そういうハヤテこそ、連絡をもらったりしてないのか?』

「ない、はず。少なくとも電話はもらってないし、メールとかも来てない。もしかしたら、サプライズ的なノリにしたかったとか?」

『あり得なくはないな・・・』

 

なんか緊急事態を前にしたような会話だけど、私たちからすれば実際緊急事態だ。

なにせ、あの愛が重いことで定評があるイッカクが来たのだ。

今の私の状況(様々な先輩に構ってもらったり、グランに世話を焼いてもらったり)を見てどんな反応をするか、まったく予想できない。

 

『おそらく、早ければ今日中にでも俺のところに来るはずだ。話はそれからだな』

「わかった」

 

そう言って、私は電話を切った。

 

「ふぅ・・・」

「どうかしたの?」

「わっ!」

 

思わず息を吐くと、いきなり後ろから話しかけられた。

後ろに立っていたのはグランだ。

 

「は、ハヤテちゃん・・・?」

「あ、あはは。ごめん、ちょっと考え事してて」

「そっか・・・それで、何があったの?」

「う~ん・・・」

 

果たして、情報が事実かどうか確認してないのに言っていいものか。

まぁ、どうせいつか話さないといけなくなるかもしれないし、とりあえず言っておこう。

 

「えっとさ、なんか地方から白毛のウマ娘がスタッフ研修生として編入してきたって話が広まってるでしょ?」

「そうだね。実際に見たって人もいるらしいし」

「それ、もしかしたら私の知り合いかもしれなくてさ」

「そうなの?」

「あくまで多分ね。向こうでそういう話をしたから、もしかしたらって思って。でも、連絡とかもらってないから、さっき念のためトレーナーに確認したんだよね」

「それで、なんて言ってたの?」

「聞いてないって。だから、いまいち自信が持てないんだけど・・・」

 

そんなことを話していると、先生がガラガラとドアを開けて教室に入ってきたから、私たちも急いで自分の席に座る。

そのまま朝礼に入って連絡事項を話すと、最後に私を名指しで呼んできた。

 

「最後に、クラマハヤテさん。話があるので、昼休みに職員室に来てください」

「・・・授業が終わったらすぐですか?」

「はい。昼食を食べる前に来てください」

 

あぁ・・・これは確定したわ。十中八九イッカクだわ。

さて・・・昼休みに職員室、ね。

それまでに、覚悟を決めておこうか。

 

 

* * *

 

 

「来ちゃったなぁ・・・」

 

授業が終わって、朝に先生に言われた通りに職員室にやってきたわけだけど・・・気が重いというか、どんな顔をすればわからないというか・・・。

でも、本当にイッカクが来たんなら、嫌な顔をするわけにもいかない。

 

「よしっ!」

 

両頬を叩いて気合を入れなおして、私はドアを開けた。

 

「失礼します。クラマハヤテです」

「こっちです。来てください」

 

声がした方向を見ると、担任の前には教室での噂通り、そして見覚えのある白毛のウマ娘が立っていた。

そして、私が入ってくるなり、そのウマ娘、イッカクが私の方に走り寄って来た。

 

「ハヤテちゃん!」

「わわっ、と。久しぶり、イッカク」

 

イッカクが思い切り抱きついてくるのを、私は全身で回転しながら受け止めて、そのまま抱え上げて担任のところに持っていった。

 

「・・・あまり驚いていないようですね?」

「まぁ、教室が地方から白毛のウマ娘が編入してきたって話で持ち切りだったので、なんとなく予想してました。白毛も珍しいですし」

「そうですか。なら話はわかりますね?」

「はい。私がイッカクの案内役をするってことですよね?」

「その通りです。頼めますか?」

「いいですよ」

 

私と違ってスタッフ研修生となると、他の誰かに頼むのも難しいだろうからね。ここは私が適任だ。

 

「それで、どこに行けばいいかは私が好きにしていいんですか?」

「はい。できれば全体を周ってほしいですが、順番は問いません」

「わかりました。それじゃあ、失礼します」

 

そう言って、私はイッカクを連れて職員室を後にした。

 

「よし、先に食堂に行こう。お腹空いた」

「もう、ハヤテちゃんったら」

 

腹が減ったものはしょうがない。というか、そもそも昼時だから腹が減って当たり前だ。あ〇りまえ体操でもそう言ってた気がする。

ちょっと急ぎ目に食堂に移動するけど、やっぱりというか出遅れていて、空いてる席を探すのにも一苦労しそうな感じだった。

 

「とりあえず、先に注文しよっか。おすすめはいろいろあるけど、日替わりランチならハズレはないかも」

「わかった。ハヤテちゃんは?」

「んー・・・回鍋肉にしよ。すみませーん、回鍋肉定食爆盛で」

「爆・・・?」

 

私の場合、山盛りだと足りないから、さらに上の爆盛にしてもらってる。

なんか、私がオグリ先輩と同じくらい食べる生徒だってことが厨房のスタッフに知られたところ、厨房が阿鼻叫喚の地獄絵図みたいな状態になったらしい。

別に1人増えただけなら、大丈夫な気はするけどねぇ。

 

「よいしょ、っと。どこに座ろ・・・」

 

見渡す限り、席はほとんど埋まってる。

どこかが空くのを待つしかないだろうけど、はやくイッカクを案内したいし、須川さんのところにも連れていっておきたいから、できればさっさと座りたいところ。

 

「ハヤテちゃーん!こっちこっち!」

 

迷っていると、奥の方から私の名前を呼ばれた。

声のした方を見ると、グランが手を振って呼んでいた。しかも、席も2つ確保してくれている。

 

「あっち行こっか」

「えっと、あの人は?」

「グランアレグリア。仲のいいクラスメイト。私はグランって呼んでる」

 

回鍋肉を崩さないように人ごみの間をすり抜けつつ、グランのところにたどり着いて腰を下ろした。

 

「ありがとー、グラン。助かった」

「大丈夫だよ~。それで、そっちの娘が・・・」

「はじめまして、イッカクです。ハヤテちゃんとは浦和で知り合ったクラスメイトです。今日からスタッフ研修生として編入することになりました」

 

おぉっとぉ?イッカク?なんか喧嘩腰になってない?

 

「丁寧にありがとうね。私はグランアレグリア。中央でハヤテちゃんと仲良くしてもらってるよ」

 

ちょっとぉ?グラン?そんなキャラだったっけ?

なんか2人とも、変な対抗意識芽生えてない?

とりあえずツッコミたいけど、変な空気になるのも嫌だから食べて誤魔化そう。

あっ、でも気になることがでてきた。

 

「そう言えば、イッカクって寮はどっちなの?栗東?美浦?」

「実はね、ハヤテちゃんと同室になったんだ」

 

えっ、マジ?競争ウマ娘とスタッフ研修生は別じゃないんだ?

あっ、でもウマ娘なのには変わりないし、ちょうど私が1人部屋状態だったから都合がよかったのかな?

 

「へぇ、そうなんだ・・・」

 

びっくりしてると、グランも相槌を打った。

ちょっとヒリヒリしてるけど、割と余裕を保っている。

 

「・・・ところで、2人はこれからどうするのかな?」

「ん-っとね、ご飯食べたら学園を案内することになってる。でも、先に須川さんのところに行っておこうかな。そっちの方が話早そうだし」

 

とりあえず、ざっくりとした予定を伝えると、グランは「そうですか・・・」と呟いて、すでに少なくなっていたご飯の残りを食べて席を立ちあがった。

 

「それじゃあ、私はチームの方に行ってくるから、これで。じゃあね、ハヤテちゃん」

「うん。じゃあねー」

 

思ったよりあっさり引き下がったグランは、そのまま食堂から出て行った。

これで一件落着、って思ったんだけど、なんかイッカクが明らかに掛かっている様子だった。

 

「・・・えっと、イッカク?」

「・・・なんでもないから、ハヤテちゃん」

 

いや絶対何かあるでしょ。余裕の態度を見せられて焦ってんの?

・・・とりあえず、さっさと昼ご飯食べて須川さんのところに行こう。私1人じゃ手に余る。




夏をちょいとすっ飛ばしました。
まぁ、ジュニアの夏なんてあんまり書くことはないですし、こんなもんでしょう。

イッカクとグランアレグリアの喋り方がちょい被って分かりづらい。
未だに口調の差別化が難しいと感じる今日この頃。
というかソシャゲとか、声優の力もあるとはいえ、あんなにキャラクターいるのによく差別化できるなぁと、つくづく感心します。

そんなことより、今日のぱかライブですよ。
水着ゴルシが一瞬「誰?」ってなった人は多いはず。でも、どっちも解釈一致な水着姿で昇天しそうになりました。
新シナリオは、なんかコメ欄でアイマスアイマス言われてて芝生えました。さすがにクライマックスシナリオよりも強いのが育成できるとは考えづらい、というか考えたくないので、個人的に因子育成特化だとありがたい。
そして、そして、そして!!デアリングタクトですよデアリングタクト!いやもうマジで発狂しました。マジで来ちゃいましたよ。
さすがにコントレイルは来なかったですけど、まぁでも十分すぎるくらいですね。もういっそ失礼にならない程度に存分に本作で絡ませちゃいましょう(盛大なネタバレ)。


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修羅場は終わらない

「というわけで、イッカクが来た」

「お久しぶりです、須川トレーナー」

「おう、久しぶりだな、イッカク」

 

昼ご飯を食べた後、さっそく私とイッカクは須川さんのところに行った。

須川さんもイッカクが来てる可能性は半信半疑だったのか、実際に会うと微妙な表情を浮かべた。

 

「それにしても、よくもまぁスタッフ研修生の編入試験に合格したな。さすがにトレーナー資格ほどじゃないとはいえ、専門的な知識も多くて難しいはずなんだが」

「はい、頑張りました」

「頑張ってどうにかなんのか・・・?」

 

さすがイッカク。私たちにできないことを平然とやってのける。

そこに畏怖を覚えるし恐怖すら感じる。

もう、須川さんも軽々しく愛の力云々って言えなくなっちゃってるし。

 

「それで、今日は先生からイッカクの案内を頼まれたから、トレーニングには参加できないんだけど・・・」

「わかった。そういうことなら、こっちでスケジュールを調整しておく」

「ありがと」

「気にすんな。それと、イッカクにはこいつだな」

 

そう言って、須川さんはデスクの引き出しから紙を取り出してイッカクに渡した。

 

「トレーナーとの契約書類だ。俺が書く分は埋めてあるから、あとはイッカクの方で書いてくれ。明日俺に渡してくれればいい」

「わかりました」

 

あれ?思ったより手際がいいじゃん。念のため用意してたのかな?

 

「とはいえ、明日出してもらっても俺が学園の方に提出するのは少し先になるから、明日明後日から本格的に俺のところで活動できるわけじゃないってのは覚えておいてくれ」

「なぜですか?早いうちに出した方がいいと思うんですが・・・」

「俺が編入生を初日に勧誘したとなると、それなりに外聞がな・・・」

「?」

 

あー、そっか。まだ須川さんのこと目の敵にしてる人がいないわけじゃないから、少し様子を見たいのかな。最悪、あることないこと言われかねないし。

イッカクにはその辺りの話はしてないし、わからないのも仕方ない。

 

「そういうわけだから、少しの間は見学の体でいさせてもらう。んで、ハヤテとイッカクが同じ地方のトレセン学園で仲がいいってのを周知させてから、学園に提出して契約を結ぶ、という形になるから、覚えておいてくれ」

「・・・わかりました」

 

あ、ちょっとイッカクが不機嫌になった。

すぐにトレーニングの手伝いをできると思ってたのか、ちょっと不満そうだ。

イッカクの機嫌を直すには・・・

 

「じゃあ、今日の案内で私とイッカクが仲良しなところを見せればいいんじゃない?」

「まぁ・・・それもそうだな。それなら、早ければ明日にでも契約を結ぶことはできるか」

「んじゃ、それで決まり!それじゃあ、行こうか、イッカク!」

 

策は急げということで、さっそくイッカクと手を繋いでトレーナー室から飛び出した。

 

「それじゃあ、どこから行こっか。それで、イッカクはもう行ったところってある?」

「えっと、今日は教室以外はハヤテちゃんも一緒にいたところしかない、かな」

「となると、職員室と食堂とトレーナー室くらいか・・・じゃあ、まずは校舎の中から行こっか」

 

とりあえず、オグリ先輩とタマモ先輩に案内してもらったときのことを参考にして校舎の中から周ることにした。

図書室とか医務室みたいに普段からお世話になりそうなところから、中庭とか三女神の像みたいな特に普段と関係ないところも案内する。

ちなみに三女神の像について、私が最初に行った時はものすごい頭痛に襲われたけど、今はそんなこともない。イッカクも、特にこれといって感じたものはないらしい。

結局、あの時のことは何だったんだろうと首をひねりながら、今度はトレーニングに使う場所を案内していく。

 

「ここがプールだねー。私は夏の間は夏バテ予防でけっこう使ったけど、それ以外はあまり使わないかなぁ」

「ハヤテちゃん、スタミナはもう有り余ってるもんね」

 

ついでに言えば、スタミナ関連は夏休みから始めたパワートレーニングでも事足りている。

だから、秋以降は使うことはあんまりない。

とはいえ、まったく使わないわけじゃないから中を案内しようとしたんだけど、何やらウマ娘がものすごい集まっている。

 

「ハヤテちゃん、今日ってプールで何かあるの?」

「いや、イベント的なものはやんない・・・いや、やらなくもないけど、今の時期はないかな」

 

あの光景は、私も中央に来てから何度か出くわした。

だから、ウマ娘が集まっている理由もなんとなく察しがつく。

 

「今日は誰が使ってんだろ・・・あぁ、リギルがチームで使ってるんだって」

「チーム・リギルが使っていると、生徒が集まるの?」

「リギルが、っていうよりは、会長が、かなぁ」

「?」

 

頭の上に疑問符を浮かべるイッカクに状況を理解してもらうために、私は意を決してイッカクを連れてプールの中に乗り込んだ。

そこでは、プールサイドではスク水を着たウマ娘が、施設の外では制服のウマ娘が窓越しに黄色い声をあげている。

その視線の先にいるのは、スク水を着てプールトレーニングをしている会長だ。

会長ほどの美人になると、ただスク水を着て泳いでいるだけでも様になる。文字通り、水も滴るいい女、というわけだ。

さらに、会長は生徒会の業務もあって、プールでトレーニングしているのはけっこうレアだったりするという背景もあるから、余計に集まりやすい。

風の噂だと、スク水の会長の写真が学内の裏ルートで取引されてるらしい。ついでに、オグリ先輩とのツーショットもあるらしい。

まぁ、私に手を出す勇気はないけど。

 

「今日は会長だけど、他にもこんな感じで人だかりができることがあるんだってさ」

「そうなんだ・・・」

 

ていうか、今は普通ならトレーニングの時間のはずなんだけどね。暇なのかな?

んで、案内するかだけど・・・よりによって会長となると見つかったら面倒だな。

そういうわけで、回れ右して出口に向かう。

 

「プールの案内は、まぁ使うときになったらでいいや。今日のところは・・・」

「おや、クラマハヤテじゃないか」

 

やべぇ、見つかった。

振り向いてみれば、モーセよろしく勝手に人垣が割れていって、そこからプールから上がった会長が水を滴らせながら歩いてきた。

 

「・・・どうも、お久しぶりです」

「あぁ。合宿の時に、グランアレグリアと共に花火を楽しんだ時以来だ」

 

会長の言葉に、周りがざわめく。

はい、そうです。会長と一緒に花火を楽しみました。

ただ、打ち上げじゃなくて手持ちだし、個人じゃなくてチームの集りでやってたやつなんで、別に私と会長はそんな関係じゃないんですと大声で弁明したいけど、ただでさえ注目の的になっているのにこれ以上目立ちたくないから、なかなか言い出せない。

それになにより、

 

「・・・・・・」

 

横にいるイッカクの負のオーラがすさまじい。完全に瞳孔が開き切っちゃてるじゃん。

これは、この場で下手に言い訳じみたことを言ってしまうと、案内が終わった後、寮室でどうなってしまうかわからない。

そんなイッカクの気配に気づいているのかいないのか、会長がイッカクを見て私に尋ねてきた。

 

「それで彼女は・・・」

「えっと、浦和の時の友達で、イッカクって言います。今日からスタッフ研修生として編入してきたみたいです」

「なるほど。たしかに、今朝見た資料にあったな。我が校の編入試験に合格するとは大したものだ」

 

そりゃあもう、名状しがたい感情をエネルギーに変えて勉強しまくったわけですからね。いったい何をどうすれば0から数か月で中央に行けるようになるのか。

ビクトメイカーに聞くのも一つの手だけど、なんか聞き出すのも申し訳ないからやめておこう。

それはそうと、会長がイッカクに興味を持ち始めてしまった。

私の地方での友達だからか、それとも地方から中央にスタッフ研修生として編入してきた珍しい例だからかはわからないけど、これ以上この場にいたらどんな噂が流れるか、わかったもんじゃない。

 

「えっと、今はイッカクに学園を案内しているところなので、そろそろいいですか?」

「む、そうか。それは邪魔をしてしまって申し訳ない」

「いえ、邪魔ってほどのことじゃにので気にしないでください。それじゃあ、私たちはこれで」

 

そう言って、私はイッカクの手を引いてプールから出た。

途中ですごいヒソヒソ話が聞こえたけど、私は耳を伏せて聞こえないふりをした。

こういうときはウマ娘の超聴覚が不便に感じる。聞き耳を立てる分には便利だけど、聞きたくないことも聞こえちゃうのは考え物だね。

 

「・・・ハヤテちゃん」

「なに?」

「シンボリルドルフさんと、仲がいいの?」

 

そこ気になっちゃうよねぇ。

まぁ、少なからずそういう噂は流れてる。

ただ、仲がいいかと言われると、ちょっと微妙に違う。

 

「こう言ったらなんだけど、会長から一方的に構われてるだけかな。多分だけど、オグリ先輩と重ねて気にしてる部分があるんだと思う」

「オグリ先輩って、オグリキャップ先輩?」

「うん。タマモ先輩と一緒に学園を案内してもらったの」

「そうなんだ・・・」

 

あっ、抑えてる。

同級生とかならともかく、目上の先輩、それもビッグネームになるとあれこれ言いづらいんだろうね。それに、あの2人はそういうのじゃなくて、あくまで先輩後輩の関係だから、敵対対象にならないのかな。

まぁ、万が一会長と敵対ってなったら、命がいくつあっても足りないと思うけど。

とりあえず、その辺の話はいったん切り上げて学園の案内を再開した。

その後は、特に知り合いと遭遇することもなく一通り案内し終わって、今日はもう寮に帰ろうかという時間になった。

 

「それじゃあ、今日のところはこれで終わりってことで。寮に行ってイッカクの荷物を整理しよっか」

「うん。そういえば、グランアレグリアさんは・・・」

「美浦寮だからいないよ」

「そっか」

「でも、オグリ先輩とタマモ先輩とは同じだから、もしかしたら会えるかも」

 

普段からお世話になってるし、紹介くらいはしておきたい。

 

「そういえば、イッカクの荷物ってもう部屋に運んでたりする?ていうか、てっきり昨日のうちに来るかと思ったんだけど」

「えっと、編入試験の都合で、引っ越しの準備がギリギリになっちゃって・・・それで、昨日はホテルに泊まって、今日から寮に入ることになったんだ」

「そっかー」

 

そんなドタバタするスケジュールで編入試験受けたとか、どれだけ早く私に会いたかったんだ、イッカク。

そんなことを話しながら栗東寮に入ると、いつかの時と同じく、イッカクの荷物がロビーの隅に置かれていた。

 

「これだね。えっと、フジキセキ先輩は・・・」

「フジキセキ先輩って、誰?」

「栗東寮の寮長やってる先輩。私の時はフジキセキ先輩から説明受けたから、来るとは思うんだけど・・・」

 

ちょっと早かったかな?まだトレーニングから帰ってきていない可能性がある。

 

「とりあえず、先に荷物だけ運んじゃおうかな。あーでも、イッカクも部屋の鍵もらっておいた方がいいだろうし・・・」

「私に用かな、クラマハヤテ?」

 

噂をすれば、フジキセキ先輩が奥の方からやってきた。

あーなるほど。これむしろフジキセキ先輩の方が早く来てたのか。

 

「えっと、私が、ってわけじゃないんですけど、こっちの娘関連で」

「となると、このポニーちゃんが新しい入居者ということでいいのかな?」

「ぽ、ポニーちゃん?・・・えっと、初めまして、イッカクです。今日からお世話になります」

「うん、よろしく。それで、寮のルールは学生手帳に記載されているから、そっちを確認して。もしわからないことがあったら、いつでも私に聞いてね。はいこれ、君の部屋の鍵」

 

う~ん、相変わらずの性格イケメン。これでなびかないのはイッカクくらいじゃないかな。ポニーちゃん呼びされたときは戸惑ってたけど。

 

「じゃあ、先に荷物を運んじゃおっか」

 

そこそこの量があるけど、階段を往復するのも面倒だから全部まとめて持ち運ぶ。

元のウマ娘パワーに加えて、本格的にトレーニングを始めた今の私なら、これくらいは1人で持ち運べる量だ。

 

「わっ、すごいね」

「イッカクもけっこう運べると思うけど?」

「私は勉強を優先してたから、その、ちょっと筋肉が落ちちゃって・・・」

 

脂肪の割合が増えちゃったのかな?という不躾な質問は言わないでおこう。

 

「ここだねー」

 

あっという間に自室についた。

それにしても、そうか。前はオグリ先輩とタマモ先輩にこれをやらせてしまったのか。今度会ったら、イッカクを紹介しがてら改めてお礼でも言っておこうかな。

 

「それじゃあ、さっさと整理しちゃおっか。扉開けてもらっていい?」

「わかった」

 

さっき鍵を受け取ったイッカクが、荷物で手がふさがっている私の代わりに扉を開けた。

 

「よう!待ってたぜ!」

 

次の瞬間、私は反射的に足で扉を勢いよく閉めた。

 

「は、ハヤテちゃん!?」

「ごめん。ちょっとよくわからないものが見えたから、もう一回開けてもらっていい?」

 

チラッと見えた芦毛のウマ娘は、私の記憶違いじゃなければ、前に夏祭りで焼きそばを食べた屋台のゴルシちゃんさんだ。

え?トレセンの生徒だったの?ていうか、なんで私の部屋にいるの?何のために?

いやでも、もしかしたら質の悪い幻覚って可能性も0じゃない。

一回大きく深呼吸して、改めて扉を開けてもらった。

 

「おいおいおい!いきなり扉を閉めるなんて・・・」

「おらぁ!!」

「ごぶぅ!?」

 

扉を開けたら目の前にいて、思わず思い切り蹴り飛ばしてしまった。

ただ、ちょっと力の加減を失敗したみたいで、

 

「「あ」」

 

蹴り飛ばされたゴルシちゃんさんは、勢いのまま窓ガラスを突き破って外に落ちてしまった。

ついでに、ゴルシちゃんさんを目で追った先で、でかいホットプレートと焼きそばが目に映った。

・・・とりあえず、壊れた窓の言い訳はどうしよう。




蹴り癖持ちハヤテちゃん。
リアルなら蹴り馬の印ついてそう。

サイゲは来年でいいから水着ルドルフを実装してもろて。
スク水も当然それはそれで悪くないですが、やはりそれとは別で水着もほしい。
マブいちゃんねーはビキニだったんで、ルドルフはとりあえず黒ビキニ+緑パレオでいかがでしょうか。
あーでも、ルドルフの孫でウマ娘化してるのいないから頑張ってサポカか・・・。


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私は悪くなくない?あ、悪いですかそうですか。

短い時間にいろんなことが起こり過ぎたけど、とりあえず順番に説明しとこう。

まずはゴルシちゃんさん、いや、ゴルシ先輩って言った方がいいのかな。ゴルシ先輩は無事だった。偶然生け垣の上に落ちたおかげで、どうにか軽傷で済んだらしい。

とはいえ、5階の高さから落ちて本当に軽傷で済むのかどうかは疑問が残るけど、無事だったんならそれでよしってことにしておいた。

窓については、とりあえず弁償の必要はないって言われた。元はと言えば不法侵入してたゴルシ先輩が悪いし、私も気が動転してたってことで情状酌量の余地ありと判断された。

罰としてフジキセキ先輩から1週間のトイレ掃除を言い渡されたけど、その方が断然マシだ。

 

「・・・はぁ、なるほどね」

 

そして現在、フジキセキ先輩から事情聴取を受けていて、何が起こったのか一通り説明し終わったところだ。

フジキセキ先輩は盛大にため息を吐きながら、私に同情するような視線を向けた。

ゴルシ先輩が私たちの部屋に無断侵入した理由は、例の焼きそばの無料優先券だった。

いや、たしかにいつか食べようかと思ってたけど、まさか店員さんがトレセンの学生で、しかも自分から部屋に凸してくるとか予想できるわけがない。

ちなみに、私たちの部屋には天井に穴を開けて侵入したらしい。確認したらマジで穴が開けられていて白目をむきそうになった。

 

「とりあえず、事情はわかった。まさかこんなタイミングで問題を起こすなんてね」

「いやまぁ、反射的に蹴った私も悪いって言えば悪いですけど、そもそもの原因はゴルシ先輩ですよね?」

「うん。それはその通りだから、君はあまり気にしなくていいよ。ただ、寮長の立場としては罰則を与えないわけにはいかないから、そこは我慢してほしい」

「いえ、問題を起こしたのは事実なので・・・」

 

ちなみに、ゴルシ先輩は現在、口を布で塞がれて両腕を後ろに縛られ、両足も縛って正座している足の上にコンクリートブロックを何個か乗せている状態で、部屋の隅に放置されている。ついでに、首から『私はまた部屋の形を変えました』と書かれたプラカードをぶら下げている。

いや、タマモ先輩が言ってた部屋の形を変えたって話、ゴルシ先輩のことだったんかい。

思わずすごい納得しちゃったよ。「あぁ、たしかにしでかしそうだな」って。

 

「それで、これからどうする?天井を直す必要があるから一時的に部屋を移動してもらうとして、何か希望はあるかな?」

「ゴルシ先輩が襲撃してこなければなんでも」

「それは善処するよ」

 

確約はしてくれない辺り、相当手強いんだろうなぁ。

 

「他は・・・私は何もないですかね。イッカクは?」

「えっと・・・修理ってだいたいどれくらいかかりますか?」

「窓だけならともかく、天井に盛大に穴を開けたからね・・・業者次第になるけど、早くても半月くらいかな。場合によっては1ヵ月はかかるかも」

 

早くて半月か・・・天井の穴を塞ぐなら、そんなものなのかな。よりによって屋上付近じゃないところに穴が開いちゃったから、それでややこしくなっちゃう可能性は高いか。

 

「なら、そのまま移動先の部屋で暮らすことってできますか?」

「できなくはないよ。面倒な手続きは必要になるけど、移動理由としては十分だから」

 

なるほどねぇ。たしかに、そっちの方が楽そう。私の部屋、まぁまぁ物が増えたから、半月間隔でいちいち引っ越しは面倒くさい。

だったら、いっそ新しい部屋に移る、ってのもアリだね。

 

「では・・・美浦寮に移ることってできますか?」

 

おおっとぉ?それマジで言ってる?

いやまぁ、たしかにその手がないわけじゃない。むしろ、ゴルシ先輩が強襲してくる可能性が限りなく低くなるという点では、ベストな回答だとも言える。

ただ、そうなると会長やグランと寮が同じになる、というわけで。

大丈夫?我慢できる?いろんな意味で。

ただ、イッカクの提案を聞いたフジキセキ先輩の表情は一気に難しくなった。

 

「・・・そうなると、ちょっと難しくなる、かな。でも、できないわけじゃない。条件があるけど」

「条件、ですか?」

「寮長と生徒会長の許可を得ること。寮長は、栗東寮と美浦寮の両方、つまり私と、美浦寮の寮長の許可が必要になる。会長の許可に関しては・・・まぁ、君なら大丈夫じゃないかな?基本的に公私は分ける人だけど、今回のケースなら問題ないと思う。私も、特別反対するつもりはない。でも、美浦寮の寮長、ヒシアマゾンとは面識がないでしょ?」

「あ~・・・たしかにそうですね」

 

一応、顔を知らないわけではない。

ヒシアマゾン先輩もリギルに所属していて、夏休みの花火の時に一言挨拶したけど、逆に言えばそれだけだ。

その時の印象は、なんだか勝気というか、姉御肌な感じだった。

 

「2人は知らないと思うけど、栗東寮と美浦寮って、一応ライバル関係ってことになってるんだよね。だからってギスギスしてるわけじゃないんだけど、寮対抗のイベントもあるし、寮を移ることは滅多にないんだ」

「はぇ~」

 

まったく知らなかった。というか、欠片も興味なかった。

 

「でも、君たちは新入生でそういうしがらみはないし、事情を説明すれば大丈夫だと思う。今のうちに2人に話を通しておく?」

「そうですね・・・お願いします」

 

私がそう言うと、フジキセキ先輩はその場を離れて携帯で電話し始めた。さっそく会長とヒシアマゾン先輩に連絡を入れてくれるらしい。

私としても、ゴルシ先輩の恐怖が薄れるなら、それでいい。

まぁ、イッカクのことで大変なことになりそうだけど、それは私の方でどうにかすれば大丈夫・・・かな?

少しの間待っていると、フジキセキ先輩が戻って来た。

 

「さっき電話で聞いたけど、大丈夫だって」

「あ、そうなんですか?」

「事情が事情だからね」

 

つまり、ゴルシ先輩の被害者という一点だけで十分だ、と。どんだけやべーんだゴルシ先輩。

 

「もちろん、それだけじゃないけどね」

「と、言うと?」

「君はリギルから注目されてる、ってこと。会長から気にかけられてて、有望株のグランアレグリアとも仲がいい。ヒシアマゾンも気になってたみたいだね」

 

え、え~?そんな軽い感じで寮の移動って認められるものなの?さっきまでの説明はどこにいった。

まぁ、何事もなく寮の移動が認められたんなら、それはそれで喜ばしいことなの、かな?

隅でゴルシ先輩が何やらモゴモゴしてるけど、なんて言ってるんだろ。そんな私に焼きそばを喰わせたいのか?

 

「とはいえ、さすがに今から引っ越しはできないから、今日はあの部屋で我慢してほしい。明日業者に荷物を運んでもらうから、君たちは手伝わなくても大丈夫だよ。ちなみに、トイレ掃除は向こうに引継ぎだからね」

「・・・はい」

 

やっぱり罰掃除からは逃れられなかったか。

 

「そういうわけで、すぐに必要な書類を用意しておくから、今日中に私に渡してほしい。それと、荷物をまとめてもらえると業者さんが楽になるから、今夜のうちにできるだけやっておいてほしいかな」

「わかりました。フジキセキ先輩。短い間ですけどお世話になりました」

「寂しくなったら、いつでも外泊しに来ていいからね」

 

たしかに寮長から許可をもらえれば夜間外出や外泊も認められているとは聞いてるけど、そんなホイホイできるものだったっけ。

 

「一応、天井と窓はブルーシートで塞いであるけど、大丈夫かな?」

「たぶん・・・?」

 

まぁ、よっぽど困ることはないと思う。

 

「それじゃあ、話はこれで終わり。ご飯でも食べにいっておいで」

「フジキセキ先輩は?」

「私はゴールドシップと話すことがあるからね」

 

ゴルシ先輩の目に絶望の色が浮かんだ。

でも、天井ぶち壊したゴルシ先輩の罪は重いから同情はしない。むしろ説教する羽目になったフジキセキ先輩に同情するくらいだ。

・・・そう言えば、トレセン学園の七不思議に“寮には秘密の地下室がある”って話があった気がするけど、実在するのかな?ちょっと気になるけど、わざわざ藪をつついて蛇を出すような真似はしたくないし、スルーしておこう。

 

 

* * *

 

 

「あ˝~・・・」

「ハヤテちゃん、すごい声でてるよ・・・」

 

夕飯を食べた後、私たちはお風呂に入ることにした。

もうね、いろんなことがあり過ぎて疲れたよ。今日の夕飯もいつもより1.5倍増しくらい食べちゃったし。

肩までどっぷり湯船に浸かって思い切り脱力しながら、今後のことに思いを馳せる。

・・・食堂ではオグリ先輩とタマモ先輩に会えなかったし、どうしよっかなぁ。

メールだけで済ませるのはなんか違う気がするし、できれば直接会って話がしたいけど・・・。

 

「あ˝ー!ハヤテちゃん!」

 

そんなことを考えていると、浴場の入り口から知った声が聞こえてきた。

 

「あっ、タマモ先輩!」

 

振り向くと、そこではタマモ先輩がオグリ先輩に抱えられていた。

あ、あれ?思ってた光景となんか違う。

 

「ちょっ、オグリン!頼むから離してや!」

「タマ、湯船に入る前に体を洗わないとダメだぞ?」

「そ、そうやな。それもそうや。すぐに行くから、ちょっと待っててな、ハヤテちゃん!」

 

「ほら!ちゃんと体洗いに行くから、そろそろ離してやオグリン!」とタマモ先輩がオグリ先輩の腕の中でじたばたしながら、そのままシャワー台へと連行されていった。

 

「ハヤテちゃん、今の2人が・・・」

「うん。オグリ先輩とタマモ先輩」

 

普段と立場が逆になってたのは珍しかったけど。いつもはタマモ先輩がオグリ先輩を止めてるからね。

すると、よっぽど急いで洗ったのか、1分も経たずにタマモ先輩がやってきた。

 

「ハヤテちゃん!ゴルシに襲われたって聞いたけど大丈夫なん!?」

「なんというか、いろいろと誤解を受けそうな言い方ですね」

 

情報のねじれ方が予想の斜め上をいったんだけど。むしろ、暴力的って意味だと私がゴルシ先輩を襲ったことになるのでは?

 

「まぁ、被害を受けた、っていう話ならあながち間違ってないですけど、襲われてはないですよ。天井は破壊されましたけど」

「天井を壊されたって、どういうこっちゃ!ちょっ、ウチにも詳しく教えてや!」

 

完全に気が動転しちゃってるタマモ先輩をなだめながら、夏祭りの焼きそばから始め、例の無料優先券を履行するために私の部屋に不法侵入、それに気が動転した私がゴルシ先輩を蹴飛ばしてしまい、最終的に私の安全と安寧の確保のために寮を移ることになったことを伝えた。

一通り話し終えると、タマモ先輩がグスグスと泣き出して、そっと私を抱きしめた。

 

「そか・・・ごめんなぁ、ゴルシのアホのせいで怖い思いさせてもうて・・・」

「いえ、タマモ先輩は何も悪くないので、謝らないでください」

 

ゴルシ先輩が怖いっていうのは・・・まぁ、あながち間違ってないけど。まるで未知の生命体を目の前にした気分でしたよ、えぇ。

 

「ハヤテちゃんが栗東寮からいなくなってまうのは寂しいけど、ウチは止めへん。美浦寮でも元気でなぁ」

「そんな今生の別れみたいな言い方されても・・・いつになるかはわからないですけど、許可を貰ったらお泊りに行くつもりなので、またいつか会えますよ。それに美浦寮には仲のいいクラスメイトもいますし、イッカクもいるので大丈夫です」

 

会長は、ひとまずノーカンで。友人としてカウントするにはまだ恐れ多すぎる。

というか、ここでようやくイッカクを紹介できる。

 

「そういえば、初めて見る顔やなぁ。白毛なんて珍しい」

「初めまして、イッカクです。元々ハヤテちゃんと同じ地方のトレセン学園の友達で、こっちにはスタッフ研修生として編入してきました」

「そうなんや。よぅ頑張ったなぁ」

「はい。おかげで、ハヤテちゃんと一緒にいられます」

「そういえば、オグリんにもおったな。地元の友達で、スタッフ研修生で一緒についてきたって娘」

「そうなんですか?」

「せや。名前はたしか、ベルノライトやったな。もし縁があったら話してみたらどうや。案外、仲良うなれるかもしれんで」

「わかりました、参考にさせていただきます」

 

そういえば、なんかそんな話を聞いたことがあるようなないような。

ちょっとオグリ先輩の話を思い返してみよう。

 

「おーっす!ゴルシちゃんが来たぜー!!」

「ひっ!?」

 

浴場にでかい声が響き渡って、思わず悲鳴をあげてしまった。

っつーか、よりによってこのタイミングでゴルシ先輩が来やがった。

 

「なんや、ゴルシ!ハヤテちゃんには指一本も触れさせへんで!」

 

次の瞬間、バッとタマモ先輩が私の前に移動してゴルシ先輩の前に立ちはだかった。

やだ、タマモ先輩かっこいい。

あとゴルシ先輩のスタイルやべぇ。出るとこ出て引っ込むところは引っ込んでるパーフェクトスタイルじゃん。

そのせいで、私を守ってくれているタマモ先輩が子供のように見えてしまう。

 

「なんだなんだ?ゴルシちゃんは特製の焼きそばを振舞おうとしただけだぞ?」

「勝手に部屋に侵入して作ってんのがダメやって言うとるんや!しかも天井まで壊して、何してくれとんねん!」

 

タマモ先輩とゴルシ先輩が口喧嘩・・・というか、ゴルシ先輩の意味不明な言葉にタマモ先輩がツッコむ謎の漫才が展開されてるけど、私はその光景をどんな目で見ればいいんだろう。

というか未だにオグリ先輩が来ないんだけど、そんなに時間をかけて体と髪を洗ってるのかな。私としては早くオグリ先輩に来てもらってこの場をリセットしてもらいたブクブクブクブク・・・・・・

 

「あっ、あかーん!ハヤテちゃんがのぼせてもうた!ちょっ、早くハヤテちゃんを運んで頭冷やさせんと!」

「よーし、あたしに任せろー!この前南極からとってきた氷ですぐさま冷やしてやるぜぇー!」

「ゴルシは余計なことすんなや!ってちょっ、頭どころか全身が埋もれる量やろそれは!どっから持ってきてんねん!てか風呂場にそんなの持ってくんなやアホォ!お湯が冷めてまうやろ!うちらに水風呂入らせる気か!」

「? 水風呂があるのか?なら私はサウナに入ってもいいか?」

「なんてタイミングで来とんねんオグリン!あと寮にんなもんはあらへんて!って、それよりもハヤテちゃんや!」

「は、早く水分補給させないと!」

 

・・・なんかすごいわちゃわちゃしてるけど、なんか今日はもう疲れたし意識も朦朧としてきたしこのまま寝ちゃえぇ・・・。




よりによってヒシアマゾン持ってないからキャラがちょい分かりづらい・・・。
というか、会長とライス、1人暮らしのシービーを除けば基本的に推しは栗東寮に集まっているので、自ら茨の道に足を突っ込む形になってしまいました。
でも、こっちの方が面白そうですし、仕方ないと割り切りましょう。そもそもアプリよりシングレの方がなじみ深いので、こんなん今さらです。

余談ですが、前話を執筆しているまでの時点でフジキセキもリギル所属ってのをうっかり失念してまして。
別に何か影響があるわけじゃないんですが、フジキセキのスク水もたいそう目立っていただろうな、と考えると、いた方がよかったのか、いない方が話がスムーズに進むからそれはそれでよかったのか、微妙なところ。
まぁ、イッカクの入寮関係でいなかった、ということにしておきましょう。
ちなみに、個人的にフジキセキの水着は別にいいかなって感じです。元の勝負服からして色気出てますし。
というか、個人的にはドロワのドレス衣装の方が好みです。胸より脚を出せ。


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なんか私が悪いとか悪くないの次元を超えてきた

今回はちょっと長めです。
ついでに言うと後半くらいからグダグダ説明が続きます。


「・・・その、なんだ。お前は何かしら問題でも起こさないと気が済まないのか?」

「その、言い方はっ、いろんな、誤解を、招きそうっ、だから、やめて、くれないっ?」

 

翌日、私は気が付けば自室のベッドに寝かされていた。

イッカク曰く、タマモ先輩とゴルシ先輩が言い争っている(?)途中で私がのぼせて気を失ってしまったみたいで、それをゴルシ先輩が運んでくれたそうだ。なんか、私を丸ごと氷に埋めようとしたところをフジキセキ先輩に見つかってこっぴどく絞られたらしくて、さすがに罪悪感が芽生えたのかは知らないけど、その場で一番力持ちだったゴルシ先輩が私を起こさないように運んでくれたらしい。

ただ、その光景を他の生徒、特に新入生に見られたせいで、栗東寮でプチ騒動が起きたらしい。

なんか、どういうわけか「ゴルシがハヤテを襲った!」っていう噂が尾ひれどころか胸びれ腹びれ背びれのフルセットで後付けされ、主に新入生の間で「ゴルシ先輩っていうやばい奴がハヤテに変なことをした」みたいな空気になっているらしい。

一応、風呂場にいた面々とフジキセキ先輩、他にもゴルシ先輩を知っている先輩方には、ただ単に私がのぼせただけっていう正しい情報が伝わっているけど、どのみちゴルシ先輩関係で心労が溜まっていたのは間違いではないだろうから、噂の否定のしどころを探っているそうな。

ゴルシ先輩がやらかしたのは事実だけど、あくまで本人からすれば善意で悪意があるわけではないから、あんまりひどいことを言われるのはフジキセキ先輩としても本意じゃないらしい。

とはいえ、あの不可思議異次元生命体をよく知らない人が目の当たりにしたら、あれこれ変なことを考えてしまうのは仕方ないと思う。まぁ、その想像を軽々飛び越えるのがゴルシ先輩なわけだけど。

まさか事の発端が私の部屋に焼きそばを作りに来ただけなんて、誰が想像できるだろうか。

ただ、不幸中の幸いと言うべきか、私は被害者みたいな立場になっていて、私の寮の移動はおおむね受け入れられているらしい。

すべての元凶はゴルシ先輩だけど、さすがにこんなことになるのは私もちょっと予想外だったから、今度はちゃんと焼きそばをごちそうになろう。

あと、イッカクが私と同じ部屋に入って、なおかつ私がのぼせた時に介護してくれたのを見られたからか、私とイッカクが地元のよしみで仲がいいっていう噂も昨日の段階ですぐに広まった。おかげで、まだ正式に書類が受理されたわけじゃないけど、今日からイッカクがトレーニングに参加できることになった。

散々な目に遭ったけど、結果的にプラスになっているあたり、やっぱりゴルシ先輩は悪人というわけじゃないんだろうね。ちょっと善悪の定義が世間一般からかけ離れているだけで。

 

「それって、以前にもハヤテちゃんが騒ぎを起こしたことがある、ってことですか?須川トレーナー」

 

そのイッカクは現在、腕立て伏せをしている私の背中の上に正座で座っている。

もうすでに500回くらいはやってるかな。私が昨日のことを話すために、回数は須川さんがカウンターで数えてくれているけど、単純に回数を数えながらするよりも昨日のこと思い出しながら喋ってる今の方が辛い気がする。

 

「騒ぎってほどじゃないが、オグリキャップにお姫様抱っこされて、羞恥で気を失ったってのは電話で聞いた」

「ハヤテちゃん・・・?」

「あの時はっ、三女っ、神像、の前、でっ、急に、頭が、痛くっ、なって、それでっ、心配っ、してくれ、てっ、運んで、くれたのっ!」

 

決して百合百合していたわけではない、と言いたい。

 

「599、600!よし、いったん休憩だ」

「あ˝い」

「わかりました」

 

イッカクが私の背中から降りたのを確認してから、私は地面に座り込んで須川さんから水筒を受け取った。

 

「ふぅ~。にしても、前まではおもりを乗せてたけど、今日はイッカクなんだね」

「一番手っ取り早いからな。まぁ、さすがに男の俺が上に乗っかるのはいろいろとアウトだから、今まではやらなかったわけだが」

「イッカクが来てくれたから、トレーニングの幅が広がりそうだね」

「そ、そんな、私だって、少しでもハヤテちゃんの役に立ちたいから・・・」

「書類が受理されたら、他にもできることが増える。明日までの辛抱だ」

「わかりました」

 

トレーニングに参加できる目星がついて、イッカクも上機嫌だ。よかったよかった。

 

「それで・・・美浦寮に移るのは確定か?」

「うん。まぁ、さすがにゴルシ先輩もいい加減自重してくれると思いたいけど、なんかそれ以前に『やっぱやめます』って言える空気じゃなくなってきちゃってるし、なんならすでに荷物を運び出されてるはずだし」

 

荷物まとめに関しては、イッカクが夜中に私の分までやってくれた。ほんとに感謝しかない。

まぁ、栗東寮の中だけで解決できればよかったんだけど、ゴルシ先輩っていう爆弾が関わってくる以上、やっぱり確実なのは美浦寮に移ることになっちゃうんだよね。

 

「須川さん的にはどうなの?」

「俺個人としては・・・まぁ、いいんじゃないか?ぶっちゃけ、俺もゴールドシップのことをよく知ってるわけじゃないが、ゴールドシップ自身に問題がなくとも、噂の只中で普通に暮らしていられるほど、お前も心臓強くないだろ」

「美浦寮でも似たようなもんだと思うけど・・・そもそも、移動を言い出したのって私じゃなくてイッカクだしね」

 

そう言って、チラリとイッカクを見やった。

 

「やっぱり、自分が入る前に他の生徒が勝手に入ってたのは嫌だった?」

「そう、かな。それに、匂いがついてそうだったし」

 

あ~、それはあるかも。私も焼きそばの匂いが染みついた部屋で平常でいれらる自信はないなぁ。

こう、夜中でも食欲が抑えきれなくなりそう。

 

「それと、あくまで憶測だが、フジキセキやヒシアマゾン、会長殿はゴールドシップのことを考えてのことかもしれないな」

「そうなの?」

「あれの善意は世間一般とは大きく異なっているが、悪意から行動することは滅多にない。だが、あれをよく知らない奴はそれが分からないことが多い。今回騒いでるのも、おそらく関わりの無い新入生がほとんどだろう。ほとぼりが冷めるのを待つという意味でも、渦中にいるハヤテを遠ざけるのは間違ってない判断だ。おそらくだが、お前は他よりも外泊しやすい扱いになるんじゃないか?相手がいるかどうかは別だが」

「失礼な。相手くらいちゃんといるよ」

 

オグリ先輩とタマモ先輩しかいないけど。

 

「本当、新入生とは思えない特別待遇だな」

「あんまり特別扱いされてもなぁ」

「会長殿をはじめとして方々に気に入られたからな。今さらだ」

 

同じく地方から来たオグリ先輩だってこんな待遇受けてないと思うんですけど。

というか、私って中央に来てからあらゆる先輩に気に入られてるんだけど、もしかして・・・

 

「・・・私って、そんなに魅力的だったりします?」

「ハッ」

 

鼻で笑いやがったこいつ。

 

「須川トレーナー。ハヤテちゃんはとても魅力的です。笑うのはどうかと思いますよ」

「お、おう?そ、そうか、うん、そうだな。悪かった」

 

イッカクが力説するのを前に須川さんがたじたじになる。

そんなストレートに魅力的だって言ってくれるのは嬉しいけど、そんなにか?とは思う。

見た目は・・・まぁ、自分で言うのもなんだけど、可愛い方だとは思う。でも、胸はあんまり育ってないし、どちらかと言えばボーイッシュな格好のことが多いから、言うほど可愛いとか魅力的って言葉が追い付いてないような気もする。

 

「まぁ、真面目な話、デビュー戦を見てハヤテのことを期待してるってやつは大勢いる。そう言う意味じゃ、魅力的ってのもあながち間違いじゃないだろ」

「そんなもん?」

「そんなもんだ」

 

いまいち実感が湧かないなぁ。デビュー戦しか出てない上に、私自身そういうのにあまり興味ないから当たり前かもしれないけど。

・・・そうなると、美浦寮での私の評判がどうなってるのか、ちょっと気になるなぁ。

せめて、平穏に過ごせることは願おうか。

 

 

* * *

 

 

「やぁ、クラマハヤテ。今日からよろしく頼む」

 

平和は死んだ。

なんでいるんですか会長。

いや、会長だって美浦寮で生活してるんだから、いるのは当然と言えば当然だけど、なんでわざわざ待っててくれたんですか。

 

「こんにちは、会長。その・・・ヒシアマゾン先輩は?寮長だと伺ってるので、てっきり挨拶するものだと思ってたんですが」

「実は、君たちが美浦寮に引っ越すということで、歓迎会をしようという話になってね。ヒシアマゾンはその準備をしているところだ」

 

いや話が進み過ぎて心臓が口から出そうなんですが。

え?そんな話欠片も聞いてないんですけど?ていうかたかが新入生が移ってきただけにしては大事過ぎない?

 

「歓迎会といっても、私やヒシアマゾンを含めた美浦寮にいるリギルのメンバーだけのささやかなものだ。グランアレグリアから、君はあまり大規模な集まりは好まないだろうと聞いているからね」

 

ありがとうグラン。グランが美浦寮にいてくれたおかげでどうにか私の精神は死なずに済んだ。

いやまぁ、リギルのメンバーって時点でやばい人たちが揃ってるのは変わらないし、なんなら人数もかなり多いから大して変わらなさそうだけど、マシになったと思えばまだなんとか。

でも、それはイッカクも似たような感じだったみたいで、珍しく恐縮しっぱなしに見える。

 

「その・・・私までいいんですか?ハヤテちゃんと違って、私はただのスタッフ研修生ですけど・・・」

「何を言う。トレセン学園に来たのであれば、競争ウマ娘だろうとスタッフ研修生だろうと、そこに貴賤はない。友人を支えるために地方から来たのであれば、なおさら共に歓迎しなければならないだろう」

 

この生徒会長、性格まで完璧すぎない?器のデカさが太平洋超えてそうなんだけど。

まぁ、それを私たちが望んでいるかどうかは別として。

でも、ここまで大袈裟にやってると、ついつい勘ぐりたくなるな。

なんか、私の勘が何か他に理由があると告げている。

 

「・・・こう言ったらあれですけど、もしかしてゴルシ先輩か須川トレーナー、あるいはその両方で何か問題があったりします?」

 

思い切ってそう尋ねると、会長がわずかに眉をひそめた。

これは、当たりかな?

 

「そうだな・・・ここで話すことではないな。少し移動しようか。君たちの部屋で構わないか?鍵もヒシアマゾンから預かっている」

「いいんですか?荷物とか片付いてないと思いますけど」

「構わない。どうせなら、私も片付けを手伝おうか?」

「いえ、さすがにそれは結構です」

 

会長に片付けを手伝わせるとか申し訳なさすぎるので。

とりあえず、会長に部屋まで案内してもらった。とは言っても、構造自体は栗東寮とそこまで変わらないから、迷うことはなさそうだけど。

部屋の中に入ると、すでに私たちの荷物がある程度並べられていた。ただ、壁に立てかけられているゴルシ先輩の焼きそば優先無料券の存在感が地味にでかい。

椅子でも用意しようかと思ったけど、その前に会長がベッドに腰かけたから、私たちもそれに倣って二人で並んでベッドに腰かけた。

 

「さて・・・ゴールドシップと須川トレーナー、どちらから聞きたい?」

「両方あるのは確定なんですね・・・じゃあ、ゴルシ先輩から」

「ふっ、君は愛称の方で呼ぶんだな」

「まぁ、初対面の屋台でゴルシって名乗られてたので、その流れで」

 

ちなみに、私が須川さんのことをトレーナーって呼ばないのも似たような理由だったりする。初対面の第一印象が怪しいおっさんだったし、1ヵ月の仮契約もあったから、どうにもトレーナーって呼ぶ気がしないまま今に至る。

 

「そうか。ということは、君はゴールドシップのことを聞いている、ということでいいかな?」

「一応は。行動はぶっ飛んでますけど、基本的に悪意で動くことはないって」

「そうだな。概ねその通りだ。だが、全員が全員、そのことを知っているわけではない。第一印象が悪くなると特に」

「まさか、美浦寮でもそういう噂が流れてるんですか?私がゴルシ先輩に襲われた、みたいな」

「むしろ、噂の又聞きになっている分、一部曲解されているものもある。それこそ、ゴールドシップが君に悪質ないたずらをしようとした、とね」

「天井に穴開けて無断侵入は十分悪質ですけどね」

 

そのおかげで部屋を追い出されてるんだから、その点に関しては私も割とキレてる。

会長もその辺は同意見なのか、思わず苦笑を浮かべていた。

 

「それに関しては、君の気持ちも十分理解できる。だが、問題なのが『悪質』という部分が独り歩きしている、ということにある」

「まさか、それで好き勝手言ってる学生がいるってことですか?ゴルシ先輩は悪辣なウマ娘だ、みたいな感じで」

「厳密には、新入生の間でそのような流れになってもおかしくない、というのが正しいね。君がゴールドシップを蹴飛ばしたという噂も、それに拍車をかけている。それを払拭するためにも、やはり君から事実を語る機会を作りたかったんだ」

 

なんというか、思った以上に大事になってたらしい。

でも、どうしてそんな事態にまで発展してんだろ。

そんな疑問が表情に出てたのか、会長が説明してくれた。

 

「この問題の原因は、互いに学園から注目されていることにある。片やオグリキャップにも引けをとらないだろう地方から殴り込みにきた逸材、片や公私で派手な行動を振りまいて強い印象を残している破天荒。注目している人数が多い以上、どうしても噂の出所は多くなる」

「そして、情報もねじ曲がりやすくなる、ということですね」

 

私の編入初日もそうだったけど、私は同期からけっこう注目されてる、らしい。だから余計に、ゴルシ先輩をよく知らない新入生の間で噂が回るのも早かったのかもしれない。

 

「でも、新入生って言っても、そんなにゴルシ先輩のことを知らないものなんですかね?あれだけ派手なら、ゴルシ先輩の人柄って知れ渡りそうなものですけど」

「学外なら、エンターテイメントの色合いも強いからそうかもしれない。でも、学内でプライベートな部分も関わってくるとなると、必ずしもそうとは言えなくてね。そもそも彼女は神出鬼没だし、自分から特定の新入生相手にちょっかいをかけるのは極めて稀だ。それに何より、素性もあまり明らかになっていない」

 

・・・ん?

 

「え?トレセンの生徒なんですよね?」

「それはそうなんだが・・・実は、それを証明できる書類が存在しなくてね。在学している、という事実は確認できても、入学日はおろか学年ですら私や学園も把握していないんだ。これでも、私は1度顔を覚えれば忘れないから、間違いないと言っていい」

「・・・なんでいるんですか?」

「それを知っているのは彼女だけだろうね。まぁ、尋ねたところでまともな答えは返ってこないだろうが」

 

・・・とりあえず、ゴルシ先輩のことは考えるだけ無駄、と。

 

「そういうことなら、ゴルシ先輩のことはわかりました。私の口から事実を言って、誤解を払拭してほしい、ってことですね?」

「その通りだ」

「まぁ、私もちょっと悪いかなって思ってましたし、焼きそばも食べたいので、協力します。イッカクもそれでいい?」

「まぁ、ハヤテちゃんがそれでいいなら・・・?」

 

イッカクがどこまで納得してるかはわからないけど、とりあえずゴルシ先輩のことに関しては解決方向に動くってことで。

焼きそばは美味しかったから、私にできることはやろう。

 

「それで、次は須川さんのことですよね?」

「そうだな。だが、その前に・・・2人は、須川トレーナーについてどこまで知っている?」

「私はだいたいのことは聞いてます。昔なにがあった、とか」

「私はなにも・・・」

 

会長も全部知ってるっぽかったから、私から須川さんのあれこれを話すことにした。

天才と呼ばれて驕っている時期があったこと、それが祟って練習中に担当ウマ娘の1人が怪我をして、それが原因で引退することになったこと、それを他の恨みを買ったトレーナーから叩かれてトレーナー業を干されることになったこと、そして、私はそれを聞いて特に須川さんのことについて何も気にしていないこと。

最後まで聞いたイッカクの表情は、複雑そのものだった。

 

「そっか・・・そういうことがあったんだ」

「うん。ちなみに、イッカク的にはどう?」

「私も、別にって感じかな。ハヤテちゃんがいいならそれで」

「それでいいんだ・・・?」

 

私がいいならそれでいいって、ちょっとメンヘラ拗らせてない?大丈夫?私いつか無理心中されない?

 

「まぁ、それは置いといて、実際の所、今でも須川さんを目の敵にしてる人ってどれくらいいるんですか?」

「そう多くはない。というより、心から敵対視しているのは1人しかいない」

「例の、須川さんにチームを奪われたトレーナーさんですか?」

「そうだ。それに、彼は曲がりなりにも優秀なベテラントレーナーだ。他のトレーナーやウマ娘にもそれなりの影響力を持っている。彼が須川トレーナーを悪人呼ばわりすれば、それに賛同する者も少なからず現れる」

「でも、それって今さらじゃないですか?それならもっと早い段階で文句を言ってきてもおかしくないと思いますけど」

「そうだ。事実、彼のトレーナーも今まで口を出すような真似はしなかった。だが、今回の事件で無理やりこじつけてでも悪評を立てようとしたらしい」

「え?それってどういう・・・もしかして、私ですか?」

 

まさかと思って確認すると、会長は静かに頷いた。

 

「今回の事件はクラマハヤテにも問題があるのではないか、そしてそれは担当しているトレーナーの責任でもないか、そういう噂を立てようとしたらしい」

「・・・それ、上手くいくものなんですか?」

「さて、どうだろうね。結果的に、君が被害者としての噂の方が広まるのが早かったから、彼の目論見は失敗している。だから、今回の件と直接関係があるわけではないが、私としても君が彼の標的になるのは避けたい。理事長からも注意がいっているはずだ」

「そういえば、今まで理事長に会ったことありませんね」

 

学生を除けば、今まで会った学園関係者って須川さん、沖野さん、東条さんくらいかな?むしろなんで今まで会ってないのか不思議なレベルだ。

 

「あの人もあの人で忙しい身だからね。なかなか時間が取れなかったようだ。だが、近々話しをしたいとは聞いている」

「わかりました」

「話を戻そう。そういうことがあったから、円満に寮を移ったということをアピールをするために、今回の歓迎会を開くことになったんだ」

「・・・そんな面倒くさいところまで突いてくるんですか?」

「彼が優秀なのは間違いないが、須川トレーナーのことが絡むとどうしても、ね」

 

どんな恨みの買い方をしたんだ須川さん。イッカクのラブコールがマシに思えてきそうなドロドロ具合なんだけど。

これ、場合によってはいつか直接叩き潰すのも視野に入れないとだめかなぁ。

 

「まぁ、そういうことならわかりました。ここまで準備してもらって断るのも申し訳ないですし、引き受けさせていただきます。イッカクもいいよね?」

「ハヤテちゃんのためになるなら、こちらこそ」

 

とりあえず、事情はわかったということで話はまとまった。今回の話も、明日須川さんにしておかないと。

 

「では、そろそろ私は戻るとしよう。歓迎会は7時から始まるから、それまでに食堂に来てほしい」

 

そう言って、会長は部屋から出て行った。

7時からか。今は6時過ぎだから、あと1時間もない。部屋の片づけをするにしても中途半端・・・

 

「ふぅ、思ったより大事になっちゃったね、ハヤテちゃん・・・ハヤテちゃん?」

「あああぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁ!!」

 

や、やばいっ、なんか大事になり過ぎて胃が跡形もなく溶けそう!心臓もバクバクなり過ぎて破裂しそうだし!ていうか会長を自分の部屋に上がらせるってやばくない!?しかも須川さん抜きで話すのも初めてだし今までで一番長く話したし前よりもいろんな表情を見れた気がするし何よりベッドに座って向かい合ってたからメッチャ顔が近くてまつ毛とか唇とかくっきり見えたし会長が美人すぎてそんな会長が心から私を心配していろいろと便宜を図ってくれているしというかあんな会長と同じ寮で暮らすってことはもしかしたら一緒にお風呂に入ることがあるかもしれないってことでそんなの考えたらもう情緒がめちゃくちゃにぃぃぃぁぁあああ!!

 

 

 

結局、この後歓迎会が始まるギリギリまで私はベッドの上でのたうち回った。

なんかイッカクからゴミを見るような視線を向けられたけど、こればっかりは仕方ないと思うんだ、うん。




やべー奴だけど悪い奴じゃないゴルシを初見で理解できる人って実は意外と少なそう。ウマ娘世界の新入生とかは特に。
リアルでも、120億事件でゴルシのことをよく知らずに賭けた人はキレてたらしいですし。
それでもその全てを「ゴルシだから」で黙らせられるあたり、やっぱゴルシなんだなって。
これを機に広辞苑並みの分厚さがある対ゴルシマニュアルが作られそう。

基本的にウマ娘同士って仲がいいですしレースでドロドロさせるのはちょっと気が引けますけど、トレーナー間なら泥沼の1つや2つはあっていい気はする。
実力主義ならなおさら、才能の差で嫉妬に狂うトレーナーだって1人くらいは見たい・・・見たくない?

余談ですが、ウマ娘化されてない競走馬、ウマ娘化はしてるけど実装されてる面々の中でリギルに所属してそうなのって何がいるんでしょうね。
競走馬枠だと、アーモンドアイは間違いなく所属してそう。あと、シービーは分かんないですけど、ルドルフとかブライアンいるなら三冠は基本的にリギルに集中してそう。
でもオルフェーヴルはスピカですね間違いない。てかステゴ産駒は基本的にスピカいってそう気性的に。
とりあえず、夢だけ広げていきましょう。それくらいが面白い。


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誰か私の心臓を鋼に変えてくれ

「それでは今から、クラマハヤテとイッカクの美浦寮移籍の歓迎会を始めようか」

 

・・・いやまぁ、必要なことだと納得はしてたよ?

してたけどさぁ、面子がやばすぎない?

史上初の無敗三冠ウマ娘になった会長は当然だけど、重賞を6連勝した寮長のヒシアマゾン先輩、スプリンターとして活躍し海外含めてG1を5勝したタイキシャトル先輩、何度も怪我を繰り返しながらも復活してかつての黄金世代としのぎを削ったグラスワンダー先輩、同じく黄金世代の1人で連対率100%を誇り、世界最高峰の国際レースである凱旋門賞で2着になりながらも「チャンピオンが2人いた」と言わしめる走りをしたエルコンドルパサー先輩。

さらに、なぜか美浦寮にいないはずのマルゼンスキー先輩もいた。たしか1人暮らしをしてるって話だったと思うけど、わざわざ呼んだのかな?

もちろん新入生もいるけど、他にも重賞やG1レースを制覇したことウマ娘も何人かいるし、すでに吐きそう。

絶対、デビュー戦勝ったことがあるだけの地方のぺーぺーを祝うメンバーじゃないって。また違うベクトルで変な噂が流れちゃうって。

 

「えっと、その、クラマハヤテ、デス。今日からよろしくお願いしまス」

「初めまして、イッカクと言います。今日からお世話になります。スタッフ研修生として編入してきたので、何かできることがあれば言ってくださるとうれしいです」

 

あれ?イッカク猫被ってない?

あれかな、ちょっとでも良い娘アピールして悪いイメージを払拭しようとしてくれてるのかな。

でも大丈夫?グランとバチバチしてはがれたりしない?

まぁ、その時はその時で・・・私がどうにかしなきゃいけないのか・・・。

 

「ふぅ・・・」

「いらっしゃい、ハヤテちゃん!」

 

自己紹介をして壇上から降りると、グランがヒシッと抱きついてきた。

 

「わわっ、グラン」

「話は聞いたよ。まさか、あの時の店員さんがトレセンの生徒だったなんてねー。でも大丈夫?なんか襲われたって噂も聞いたけど」

「襲われたってわけじゃないけど・・・ゴルシ先輩、天井ぶっ壊して私たちの部屋に侵入して、焼きそば焼いて待ってたんだよね」

「あ~、もしかしてあれ?あの時の“芦毛の怪物盛り”でゲットした、無料優先券」

「うん、それ。まぁ、焼きそば作ってたのはまだよかったんだけど、部屋に不法侵入されて、私もちょっと気が動転しちゃって・・・」

「あ~・・・うん、それは仕方ないね」

 

ついでに言えば浴場でも凸されそうになったけど、それは敢えて言わないでおこう。

 

「それにしても、大丈夫?なんかすごい緊張してない?」

「いやだって、参加メンバーがやばすぎるんだもん。場合によってはお金払える面子だよ?なんでそんな人たちに祝われてるの?」

「それだけハヤテちゃんのことが気になってるってことだよ。よかったら、私が一緒にいてあげようか?」

「お願いします!」

 

グランがいるかいないかで私の生存確率が天と地ほど違ってくるから、ぜひ一緒にいてほしい。

 

「わかった。それじゃあ、一緒に行こっか!」

 

ただ、イッカクに対してドヤ顔するのはやめてくれない?歓迎会が終わった後のことがすごい怖いから。

まぁ、それはいったん置いておくとして、マジで物怖じしないなグラン。

 

「・・・ねぇ、グラン。なんか、あまり緊張してないね?」

「そう?私は普段のトレーニングで会ってるし」

「それはそうだけど、そういうの以前に、なんか慣れてるって感じがする。お偉いさんと会う機会でもあったりするの?」

「ん~、まぁね」

 

私の質問に曖昧に返すグランだけど、あながち間違ってないっぽい。

 

「それよりも、先輩に紹介したいから一緒に行こう?」

「うんまぁ、それはいいけど、できればイッカクも一緒にね?」

 

さっきから瞳孔が開きまくっててメッチャ怖いから。

 

「私のことは気にしなくていいよ、ハヤテちゃん。私はシンボリルドルフ会長と話してくるから」

「え?あっ、ちょっ・・・」

 

止める間もなく、イッカクは会長のところに行ってしまった。

これ、歓迎会が終わった後にやべーことになるやつじゃん。一切の弁明を許してくれないやつじゃん。

 

「・・・グラン?」

「・・・私だって、自分が知らないハヤテちゃんを知ってるのは羨ましいんだよ?」

 

やめろぉ、私はヤンだグランなんて見たくないぃ。お願いだからキャラ崩壊を起こさないでくれぇ。

 

「それはそうかもしれないけど、むしろグランの方がイッカクよりもいろんなことを知ってると思うよ?地元だと、イッカクとはトレーニングでしか会わなかったし、一緒に遊びに行ったりもしなかったから」

「・・・ほんと?」

「本当本当。だから、できればイッカクを挑発しないでくれると嬉しいかな?なんて・・・」

「・・・わかった」

 

とりあえず、目先の脅威は去った。

まだまだやべー問題は残ってるけどね。

 

「ふふっ、大変なことになっていますね」

 

ホッと一息吐くと、正面から声をかけられた。

顔を上げると、鹿毛に短い流星が走ったウマ娘が立っていた。

一瞬誰かわかんなかったけど、すぐに思い出した。

 

「どうも。アーモンドアイ先輩ですよね?」

「私のことを知っているんですね?」

「そりゃあ、桜花賞でレコードだしてオークスも楽勝して、トリプルティアラを期待されてるウマ娘ですからね」

 

アーモンドアイ先輩。私たちの1年先輩で、ティアラ路線はもちろん、全体で見ても明らかに頭一つ抜けている“女傑”だ。

デビュー戦こそ2着で敗れたものの、それ以降は連戦連勝の快進撃を続けている。

須川さんがが言うには「まず間違いなく、今のURAの中で最強になれる素質を持っている。もしかしたら会長殿にも劣らないかもしれない」ってことらしいから、同世代の中ではすでに最強かもしれない。

にしても・・・めっちゃ美人だな。大人っぽさを持っているタイプの、グランとはまた違った美人だ。

どちらかと言えば会長に近いけど、演劇なら会長は男性役、アーモンドアイ先輩は女性役をやってそう。

 

「それにしても・・・ずいぶんとモテモテですね?」

「いや~、さすがに会長やフジキセキ先輩には負けますよ」

 

私としてはモテ期よりも一時の平穏が欲しい。いやマジで。

それに、どちらかと言えばアーモンドアイ先輩の方がモテそう。

 

「そう言えば、私ってリギルの中でどんな扱いになってます?会長のファンに後ろから刺されるようなことになってません?」

「少なくとも、その心配は必要ないと思いますよ」

 

それはよかった。まぁ、刺されるなら栗東寮にいた時点ですでに刺されてるかな。

 

「ただまぁ、対抗心を燃やしている娘は結構いるから、レースの時は気を付けた方がいいかもしれませんね」

「・・・全力で逃げることにします」

「ふふっ、本当に面白い人ですね。それならせっかくなので、私も一緒に・・・」

「ちょっとちょっと!せっかくの歓迎会なのに、あなたたち2人だけで独占するのはナンセンスよ!」

 

ちょっと修羅場になりかけたところで横から割り込んできたのは、会長のところにいたはずのマルゼンスキー先輩がやってきた。

場合によっては火にガソリンをぶちまけるようなことになりかねないけど、この修羅場をどうにかしてくれるなら誰だっていい。

それがたとえ、ちょっとセンスが古そうなお姉さんでも私は大歓迎だ。

 

「どうも。初めまして、でいいですかね?」

「そうね。こうして話すのは初めてだから、初めましてでいいわね。本当はあたしもあなたと話してみたかったのだけど、なかなかタイミングが合わなかったのよ」

「だから、わざわざ歓迎会に参加したんですか?独り暮らしって聞いてましたけど」

「そうよ。せっかく楽しそうなことをするんだから、参加しなきゃ損損よ!」

 

・・・ダメだ。この短い時間ですでに話がかみ合わない気がしてきた。

なんか、言語センスが微妙に古い。今はまだわかるけど、これ以上古くなるとついていけなくなる。

 

「でも、なんでわざわざここに来てまで?」

「それはね、あなたのレースを観て・・・ってわけじゃないのよね」

 

あ、そうなんだ?それはちょっと意外というか、新しいパターンだ。

 

「あたしはね、ルドルフが気にしているあなたのことが気になったのよ。その理由も、なんとなくわかるから」

「オグリ先輩と重ねて、ってわけじゃないんですか?」

「どうしてかはわかる?」

「・・・ダービー?」

「そうよ。聞いてたの?」

「私のトレーナーから、それとなく」

「なるほど。たしかに、あの2人は昔はよく一緒にいたものねぇ」

「えっ、そうなんですか!?」

「マルゼンスキー先輩、その話を詳しく聞かせてください」

 

この話に食いついたのはグランとアーモンドアイ先輩だ。やっぱり年頃の娘なだけあって、そういう話が気になるのかな?

まぁ、十中八九2人が考えているような関係じゃないだろうけど。

 

「あれですか、やっぱりトレーナーが会長に絞られたりしてたんですか?」

「そうねぇ。あたしもそのやり取りを何度も見たわ」

「「え?」」

「冷戦状態、とまでは行かなくても、性格の不一致でよく言い合いになってたのよねぇ。でも基本的にルドルフの方が正しいから、いつもあなたのトレーナーさんが言い負かされて、でも反省せずに同じことを繰り返したのよ」

「私は、当時のトレーナーがどんな人だったか実物は知らないですけど、なんとなく目に浮かびますね、それ」

「でも、それが結果的にお互いのことを理解し合うきっかけになったのだから、何が起こるかわからないわよね~」

 

2人は須川さんのあれこれを知らないから目が点になってるけど、その辺の話を聞いてる私からすれば「あ~」って感じになる。

にしても、口喧嘩してる会長と須川さんか・・・一度は見てみたかったな。

 

「それはそうと、ルドルフの方ね。あの娘は2度、ダービーという夢を絶たれたウマ娘をすぐ近くで見たのよ」

「1人はオグリ先輩で、もう1人は、マルゼンスキー先輩ですか?」

「えぇ」

 

地方からの進出の関係でクラシック登録が間に合わず、ダービーに出れなかったオグリ先輩は言わずもがな。マルゼンスキー先輩も、オグリ先輩とは別の理由でダービーに出ることが叶わなかったウマ娘だ。

 

「あたしはね、海外からのウマ娘として登録されたの。あたしが生まれる前、母があたしをお腹に宿した状態で海外から渡って来たから。だから、クラシックを始めとしたいくつかのレースには出ることができなかった」

 

授業で習ったことがあるその制度は、クラシックレースなどは国内のウマ娘の実力を測るためだったり、海外で生まれたウマ娘が圧勝することで国内のウマ娘の地位が低下するのを防ぐためだったり、諸々の理由で制定されたものだ。

私としては、その制度自体をとやかく言うつもりはあまりないけど、当人やファンからすればその限りじゃない。

その中でも、マルゼンスキー先輩は8戦8勝、合計着差は61バ身という驚異的な数値を叩きだした、正真正銘の怪物だ。『もしダービーに出ていれば』と思われるのは、当然と言えば当然のことだ。

 

「もちろん、あたしも出たレースに悔いはない。それでも、もし出ることができれば、と思うことは何度もあったわ。それはルドルフがトレセン学園に入る前の話だけど、そのことをすごい気にしてたの」

「そこにオグリ先輩がやってきて、なんとかダービーに出走させようとしたけど、それも叶わなかった」

 

結果的にオグリ先輩のおかげでクラシック登録の規定は改訂されたけど、オグリ先輩に対しては何もできなかった。

 

「あの娘はね、夢を持っているの。すべてのウマ娘を幸福に、すべてのウマ娘に夢を見せたい。そんな夢を。ずっと、それを目指し続けている。今までに救ってきた、夢を見せてきたウマ娘も多いけど、それでもまだ満足していない」

「・・・たしか、地方出身でダービーを勝ったウマ娘はまだいませんね」

 

私の言葉に、グランとアーモンドアイ先輩はハッとした。

つまり、会長が私のことをこれでもかというくらい気にかけている理由。

 

「ルドルフはね、期待しているのよ。あなたなら、もしかしたらダービーウマ娘になってくれるかもしれない。そうしたら、また地方のウマ娘に夢を見せることができるかもしれない、って」

「・・・仮に夢を見せたとしても、その後は茨の道だと思いますけど」

「さすがにルドルフもそれはわかっているわよ。それでも、見せることに意味があるってこと」

 

ぶっちゃけた話、重いなぁってのが正直な感想だ。

でも、それはオグリ先輩が通って来た道でもある。クラシックに地方から来たウマ娘っていうのは、そういうものなんだ。

それでも特に期待されているのは、オグリ先輩は会長が直々にスカウトしたから、私は須川さんの縁があったから、ってことなんだろうね。

それにしても、わざわざ会長のことを話してくれるあたり、やっぱりマルゼンスキー先輩っていい人なんだろうね。

 

「・・・少ししんみりしちゃったわね。せっかくの歓迎会なんだし、ここからはアゲアゲでいくわよ!」

「えっ?あ、はぁ・・・」

「実は気になってたんだけど、ハヤテちゃんはイッカクちゃんかグランちゃんとアベックな関係だったりするのかしら?それとも、まだマブダチなのかしら?」

「えっと、えっ・・・?」

「あんなにいい娘なんだから、返事はちゃんとしないとチョベリバよ!お姉さんが相談に乗ってあげるから!」

 

・・・やっぱダメだ。根本的に波長が合わないと言うか、ゴルシ先輩とはまた違った感じで言語が通じない。

とりあえず、この後はヒシアマゾン先輩のところに行って寮のあれこれを聞いて乗り切った。こっちはこっちでタイマンしたがる変人だったけど、言語は通じたからまだマシだ。

なんかいつかマルゼンスキー先輩の家にお邪魔する流れになりかけたけど、大先輩とはいえ1人暮らしのウマ娘の部屋にお邪魔するとかイッカクの反応が未知数すぎるからマジで勘弁してほしい。




改めて羅列すると、リギルの厨パ度合いがよくわかる。
ついでに、こんな面子を集めたおハナの優秀さもよくわかる。
ていうか、ヒシアマ姐さんも十分すごいはずなのに、戦績だけ見ると他の陰に埋もれてしまうあたり、厨パっていうよりは魔境でもいい気がする。

つい出しちゃったアーモンドアイ。
美浦だし前回アーモンドアイはリギルに居そうって話もしましたし、やっぱり出さないわけにはいかないかなと。
ついでに、グランアレグリアと合わせてとある方のpixivのウマ娘化二次創作のイラスト見ました。
中国語読めない(大学で習ったけど忘れた)んであれですけど、完成度高すぎません?
んで、そっちの方にちょっと感化されちゃいまして、グランのキャラを丁寧語系から変更して活発系に寄せました(唐突)。
それだけじゃなくて、イッカクと話し方が被っちゃってちょっとややこしかったってのもありますが。
でも、スプリンターなのに2000mに挑戦したチャレンジャーな部分を考えたら、絶対こっちの方がいいじゃんってなったので。
・・・本当、キャラとか設定がコロコロ変わるなぁ。


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ウマ娘に形態変化はありますか?

ちょっとしたお知らせなんですが、新作を書き始めたので更新ペースが前と同じ感じに戻ります。
好きだったなろう発の作品がアニメ化するってことで、ついでに他にその作品で二次投稿してる人もいなかったんで、これはもう布教するしかないなってことで先駆者になることにしました。

今日のぱかライブですけど、新シナリオは情報量が多すぎて半分くらいしか理解できませんでした。とりあえず、レースメインじゃないならスキルポイント盛るのは難しいですかね?
ステータス上限突破は・・・何も言うまい。魔境が地獄になるだけだ。
新ウマ娘は、スプリンターメインの思ったより渋いところが来ましたね。アニバってことで「もしかして!?」って感じでディープインパクトとか期待されてましたけど、さすがにお預けですか。
ガチャは・・・うんまぁ、新シナリオに寄せるならそうなりますか。自分の中ではシービー実装を期待してたんですけど、気長に待ちましょう。
それはそれとして、サポカガチャは引きますが。ライトハローが強すぎる。100連分くらいあるんで、せめて1凸、贅沢を言って2凸くらいはいきたいですね。(強欲)


私が美浦寮に移ってから、だいたい半月が経った。

ちなみに歓迎会の後、イッカクには寮室で誠心誠意土下座して、どうにか添い寝で手を打ってもらえた。

何を言ってもそっぽを向いて何も反応してもらえなかったから苦労したけど、イッカクが来てくれて嬉しかったとか、グランとは一緒に遊びに行ったりもしたけどあくまでクラスメイトの関係だとか、イッカクと一緒にトレーニングするのが楽しみだとか、そんな感じでめっちゃ口説いた中で「今日は一緒に寝てあげるから!」って言ったらイッカクが「・・・じゃあ、それで許してあげる」って言ってくれて、添い寝することになった。

翌朝にはイッカクも機嫌を直してくれたけど、そんなイッカクを見て何か感じたのか、今度はグランの機嫌が悪くなり始めて、グランのご機嫌取りに苦労することになった。

とりあえず、いつかフジキセキ先輩に相談しよう。あの先輩ならいろんなウマ娘口説いてそうだし、いい感じのアドバイスをもらえるかもしれない。

それ以外は、トレーニングにイッカクが参加し始めたくらいで特に変わらない日常を過ごしていた。

だけど、そこにようやく変化が訪れることになった。

 

「ふむ・・・そろそろハヤテにも本格化が来そうだな」

「えっ、ほんと!?」

「まだ緩やかではあるが、能力の上がり幅が増えてきている。近いうちにくるのは間違いなさそうだ」

 

ようやく、待ちに待った本格化がやってきた。

これで次のレースに意識を向けることができる。

 

「それで、これからの予定になるが、12月に開催されるPreOPの葉牡丹賞を目標にする」

「あれ、10月の紫菊賞じゃないんだ?」

「お前の場合、本格化を迎えるとはいえ、それでも成長速度は他と比べたら緩やかだからな。それに、本格化のパフォーマンスに慣れる必要もある。自分の力に振り回されないようにするためにも、慣れる時間は多めにとって損はないだろう」

 

ふーん。本格化が来たからすぐにレース、ってわけじゃないんだ。

まぁ、性能の差が大きいと感覚が狂うのはなんとなくわかるし、言う通りにしておこう。

 

「その後は皐月賞に向けて、1月のOP若駒ステークス、3月のOP若葉ステークスに出走し、皐月賞を目指すという形にするつもりだ」

「・・・ん?重賞は走らないの?G2の弥生賞とか」

「たしかに弥生賞は皐月賞を目指す王道ルートの1つだが、重賞に出るとなると数を絞る必要がある。それよりもOPに複数出て場数を踏ませる方が皐月賞に繋がると判断した。若葉ステークスもOPとはいえ2着までなら皐月賞への優先出走権を得られるし、出走レースが多くても休養を挟めば十分こなせるだろう」

「ふ~ん」

 

なんかよくわかんないけど、いろいろと考えているんだねー。

 

「で、だ。こっから本題なんだが、本格化を迎えるということでトレーニング内容を先に進めることにした。スピードとパワートレーニング重視なのは変わらないが、パワートレーニングに少し変化を加える」

「どんな?」

「イッカク、あれを持ってきてくれ」

「わかりました」

 

そう言って、イッカクは部屋の隅の棚の下に置いてあるを蹄鉄を持ってきた。

ていうか、イッカクには今後の予定を話してたのか。まぁ、アシスタントだしおかしくはないと思うけど。

 

「これ?見た目は普通の蹄鉄だけど」

「持ってみろ」

「はーい。ちょうだい、イッカク」

「気を付けてね」

「気を付ける?って重っ!」

 

イッカクから渡された蹄鉄は、普段使ってるやつよりも数倍重かった。

というか、質量どうなってんの、これ?鉛でも使ってるのかな?

 

「特別製の超重量蹄鉄だ。まぁ、それはまだ軽い方だが。こいつを使えば足の力を鍛えられるし、力を使う分姿勢の矯正にも役立つ」

「こ、これでまだ軽いんだ・・・」

「最初からあんまり重いのを使うと足を壊しかねないからな。順番に慣らしていく。しばらくはそいつを使ってトレーニングするからな」

「はーい」

 

なんか某野菜人がやってそうなトレーニングだけど、ウマ娘の脚力ならなんとかなるでしょ!

 

 

 

 

「ハヤテちゃん、大丈夫?」

「・・・ぅん」

 

数時間後、私はトレーニング場の芝の上で俯せで寝転がることになった。

いや、思った以上にキツイ。足を上げるだけで体力使うし、一歩進むのに余計に体力使うし、何より思い通りに走れないのがフラストレーション溜まる。

それに、

 

「よし。この調子なら、どんどんトレーニングを進めてもよさそうだ。まずは蹄鉄の重量は変えずに、トレーニングの量を少しずつ増やしていこう」

「このきちくぅ・・・」

 

このトレーナー、ノリノリである。久しぶりの指導だからか知らないけど、めっちゃ気合が入ってる。

大丈夫?さすがにこの調子で故障なんてしようもんなら死んで祟るよ?

まぁ、その辺は念入りに見てもらってるから、心配はあまりないと思うけど。

 

「必要なことだから頑張れ。それに、今までは甘やかし気味だったが、さすがにクラシックが目前になっても軟弱なままでいられると俺が困るし、お前が困ることにもなる。今のうちに根性つけとけ。トレーニングでスタミナの底をつかせてやるから覚悟しとけよ」

「うぇ~・・・」

 

まさかレースで走る前にトレーニングでバテバテになるなんて・・・。

会長と初めて話した時に「限界まで疲れるほど走ったことがない」とか言った自分を殴りたい。あの時の私はレースで初めて限界まで疲れることになるって思ってただろ?トレーニングでバテバテになるから覚悟しとけよ?すでに手遅れだけど。

 

「んで、立てるか?」

「ん~・・・もうちょっとゴロゴロしてる」

「お前、実はまだちょっと余裕があるだろ」

「べつに~?立ち上がるのもしんどいくらい疲れてますぅ~」

「そうやって寝転がるのはいいが、他の邪魔をするなよ」

「は~い」

 

とりあえず、ウマ耳で周囲に人がいないことを確認しながら右へ左へとゴロゴロ転がる。

ウマ娘からすれば芝の上は走る場所だけど、こうしてゴロゴロ寝転がるのも悪くないね。芝がチクチク刺さる感触が心地よい。

場合によっては服は泥だらけになっちゃうけど・・・替えもあるし、洗えば大丈夫だよね?

 

「イッカクー、今何時ー?」

「えっと・・・5時過ぎくらいかな」

「じゃあ、5時半になったら呼んで~。それまでゴロゴロしてるから~」

「わかった」

 

イッカクの足音が遠ざかっていくのを聞きながら、私はゴロゴロを再開した。

あ˝~、芝の感触が心地良い・・・このまま寝ちゃいたい・・・。

 

 

* * *

 

 

「すぅ・・・すぅ・・・」

「・・・寝ちゃった」

 

イッカクが離れて間もなく寝息をたて始めたハヤテに、イッカクは呆れ混じりのため息を吐いた。

今までもそうだが、ハヤテは割とすぐに意識を手放すことが多い。快眠という意味では悪くはないのだろうが、熱中症で倒れたのはまだしも、オグリキャップにお姫様抱っこされて気を失ったり、浴場でのぼせてすぐに気を失うのは少しばかり心臓に悪かったりするからやめてほしいところではある。

ただ、その辺りの自由な気質もハヤテの魅力だと考えると不思議と注意する気になれないため、イッカクの中ではあまり水を差さないであげようと決めている。

ついでに写真を撮る程度にはイッカクもクラマハヤテにやられていた。

 

パシャッ

「ッ!」

「あ、バレた」

 

イッカクがバッ!と振り返ると、そこにはスマホを構えて写真を撮ったグランアレグリアがいた。

本来ならウマ娘の聴力で接近に気付けたかもしれないが、イッカクの耳はハヤテの寝息を捉えていたため聞き逃したようだ。

 

「ハヤテちゃんって芝の上でも寝るんだね~。初めて知った」

「・・・私も初めて知ったよ」

 

グランはあくまで普段と変わらない態度で話しかけるが、イッカクは警戒心丸出しのまま耳を絞っている。

 

「それで、どうしてここにいるの?」

「トレーニングが終わって寮に帰ろうと思ったら、偶然2人を見つけたから近づいただけ。別にストーキングとかはしてないからね?」

 

まるで自分がストーカー行為をしているかのような言い方(イッカクが掛かって冷静じゃないだけ)に、イッカクはどんどん不機嫌になっていく。

だが、グランの表情がわずかに曇っているのを見て、イッカクはわずかに冷静さを取り戻した。

 

「・・・どうかしたの?」

「ん~・・・ハヤテちゃんに迷惑かけちゃってるかな~って」

 

その言葉に、イッカクも思わずドキリとした。

なにせ、歓迎会の後に思い切り迷惑をかけたのだ。

ハヤテ本人は自分でなんとかしなければと悩んでいるが、イッカクやグランにもハヤテに対して悪いことをしている自覚はそれなりにあった。

 

「ほら、私たちってハヤテちゃんのことが好きでしょ?あ、変な意味じゃなくて」

「うん」

「でも、やっぱり自分を一番に見てほしいっていうか、独占欲?みたいな感情が湧いちゃうんだよね」

「うん」

「だって、私たちはハヤテちゃんと一緒にレースで走るのが難しいから。もちろん、イッカクのことを馬鹿にしてるとか、そう言うわけじゃないよ?」

「・・・わかってる。グランアレグリアだって、まだ2000mは走れないんでしょ?」

「うん、そうだね」

 

2人はハヤテの走りに焦がれた、という共通点がある。

だが、イッカクは根本的な実力の問題で、グランは距離適性の問題で、レースで共に走ることが難しい。

だからこそ、その想いが普段の生活やトレーニングで発露してしまうことがある。その1つが、歓迎会の後のあれこれだ。

当然、2人もハヤテに迷惑をかけたいわけではないが、やはり自分の方を見てもらいたくもあるのだ。

 

「なんというか、ままならないよねぇ」

「本当、そうだね」

 

基本的に、ウマ娘は本能が強い生き物だ。

それは走ると言う形で表れることが多いが、時に執着という形で表れることもある。

そして、本能であるが故に理性で抑えるのが難しいこともあるのだ。

 

「・・・まぁでも、やっぱりハヤテちゃんをあんまり困らせたくないし、出来るだけギスギスしないようにする、ってことでいいかな?」

「・・・そうだね。それが一番かもね」

「・・・あと、これ以上増えないようにする?実は、歓迎会のとき、本気かはわからないけど、アーモンドアイ先輩も引っかかりそうになってたから」

「・・・そうしよっか」

 

こうして、ここに2人の間でハヤテに関する同盟が結ばれた。本人が知ることは金輪際ないだろうが。

 

「あ、時間だから起こさないと」

 

時計を見れば、すでに5時半を過ぎていた。

イッカクは慌ててハヤテに近づいて体をゆすった。

 

「ハヤテちゃん、起きて。時間だよ」

「・・・ん?んぅ~・・・」

 

イッカクに揺さぶられて、ハヤテは目をこすりながらむくりと起き上がった。

全身に芝や土がついてしまっているが、ハヤテはそんなことは全く気にしていない様子で、寝ぼけ眼で自分の髪や尻尾を確認した。

 

「どうかしたの?」

「・・・イッカク、私の毛の色って金色になったりしてない?」

「なってないよ?」

「なら、赤とか青は?」

「ハヤテちゃんは栗毛だから赤っぽいけど、真っ赤じゃないかな?あと、青にもなってないよ?」

 

寝ぼけていると言うには少しばかり突拍子もないことを言い出したハヤテに、イッカクは少し困惑気味に現実を突きつけた。

それに対し、イッカクは再び地面に寝っ転がった。

 

「え~・・・重りをつけてトレーニングしたんだから、1回くらい変身できてもおかしくないと思うんだけどなぁ~・・・」

「ウマ娘にそんな能力はないよ?」

「え~、あっても良いと思うんだけどな~、ないかな~、あるんじゃないかな~」

 

現実を突きつけられて、ハヤテは完全に不貞腐れて再び芝の上をゴロゴロし始めた。

その様子を見た2人は、思わず笑いをこぼしながら2人がかりでハヤテを起こしにかかった。

 

「ほらほら、早く起きて~、ハヤテちゃん」

「ん~・・あれっ、なんでグランもいるの!?うわっ恥ずかしい!いつからいたの!?」

「ハヤテちゃんが寝てる頃にはいたよ?」

「うそっ、もしかして寝顔見られた!?」

「ついでに、涎も垂れてたよ」

「う˝あ˝ぁぁぁ!!」

 

ハヤテは羞恥で思い切り暴れそうになるが、イッカクとグランのウマ娘2人がかりではさすがに敵うはずもなく、抵抗むなしくそのままトレーナー室へと連行されていった。

この日は、ハヤテを犠牲(?)にイッカクとグランの距離が縮まることになった。




フジキセキに対する偏見がまぁまぁひどいクラマハヤテ。
でも、どちらかと言えばシリウスの方がいい感じのアドバイスもらえそう。
その代わりに2人の病み値も上がりそうですが。
このままじゃハヤテがどんどん誠になってしまう・・・。

前回、「地方出身で日本ダービーを勝ったウマ娘はいない」って書きましたけど、スペちゃんの扱いはどうすればいいんでしょうね?アニメ的にもろ地方出身で勝ってますけど。
・・・まーた書き直しですね・・・。
というわけで、ダービーから三冠にしちゃいました。いやこれはこれで期待値が高すぎませんか会長。

アプリでダートレース大量追加ということで意気揚々とファル子をダートだけで育成したんですが、思ったよりもアプデ前と大して変化がなくてちょい凹みました。まだ芝因子が乏しいので、「ダートだけでもいけるのでは!?」と期待してたんですがね・・・。
でも、芝・ダート両刀ならステータスの伸び幅がさらにえぐくなりそう。

※読者から「地方出身は出身地ではなく地方トレセンのこと」という指摘をいただいたので、三冠からダービーに戻しました。
それはそうと、なんでアニメだと編入扱いだったんでしょうね。ほとんど直で入ってるのに。
中等部とか初等部の違いですかね?


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私をいったい何だと思っているのかな?

「へぇ、聖蹄祭の話が出たのか」

「うん。早いうちに準備するようにって担任から話があってさぁ」

 

9月も終わりに差し掛かった頃、私はトレーナー室でそんなことを話した。

聖蹄祭は、言ってしまえばファン感謝祭のことだ。ただ、春と秋の2回やることから、秋にやるやつは聖蹄祭って名前で区別されてる。

私にもやれることがあればいいんだけど、聖蹄祭って基本的に文化系メインだから、あんまりできることがないんだよねぇ。

 

「一応、クラスで出し物をするって話になったんだけど、あんまり出番がなさそうなんだよねぇ」

「ちなみに、何をやるんだ?」

「詳しいことはまだだけど、喫茶系をやるのはほぼ確実かなぁ」

「あぁ・・・お前ってどちらかと言えば作るより食う方が専門だしな」

「いや、さすがにまったく作れないわけじゃないからね?」

 

簡単なものくらいは作れるよ?ホットケーキとか・・・それくらい?

 

「まぁ、やるにしても接客かなぁ」

「お前にそんな愛想があるのか?」

「あるよ?ちょっと恥ずかしいだけで、出来ないわけじゃないからね?」

「じゃあ、ここで俺にやってみろよ」

「須川さん相手にやるのはヤダ」

「おい」

 

だって、見知った顔の中年おっさんに愛想振りまくとか、絵面やばくない?少なくとも私は吐きそう。

 

「ま、まぁまぁ。ちなみに、まだ決まったわけじゃないんだよね?」

「うん。そういえば、イッカクの方はどうなの?」

「私たちの方は、どちらかと言えば設営と撤収のお手伝いがメインになるかな。その代わり、当日は基本的に自由行動になるって」

「へぇ~」

 

それはなんと言うか、スタッフ研修生らしいと言えばらしいね。

 

「だから、せっかくだしハヤテちゃんの教室に行ってみようかな」

「・・・場合によっては遠慮してほしいかなぁ」

「? なんで?」

「いや、ね・・・今のところ最終候補がコスプレ喫茶とかメイド喫茶とか、そういう系しかないんだよねぇ」

 

もちろん、ベタな分他のところと競合するだろうけど、場合によっては恥ずかしい格好をさせられるかもしれない。

知り合い・・・というか、イッカクはまだいいとしても、須川さんとか母さんにそんな恰好を見せたくないってのが正直なところなんだよね。

 

「ちなみに、ハヤテはどんな案をだしたんだ?」

「スイーツバイキング的なノリのやつ」

 

企画としてはけっこう早い段階でボツになったけど、形態の一つとしてはアリって感じで半ば保留になってる。

ちなみに、この提案をしたら私が食べることしか考えていない娘みたいな扱いを受けた。グランも擁護してくれなかったし、私ってそんな大食いキャラとして認識されてるの?

たしかによく食べるけど、オグリ先輩だってけっこう食べるよ?寮の食堂で会長から慈愛の眼差しを向けられたし、決して私はおかしくないはず。

 

「ていうか、私は私で出たいイベントもあるし」

「なんだ?」

「大食い対決」

 

こっちも詳しい内容はわからないけど、オグリ先輩も出るってことで私も立候補した。

だって、オグリ先輩と一緒にイベント出れるって、こんな機会そうそうないよ?やるしかないに決まってるじゃん。

そう言ったら、2人から呆れた眼差しを向けられた。

 

「え?な、なに?」

「・・・いや、お前がそれで良いなら何も言わねぇよ」

「あ、あはは・・・」

 

なに?なんなの?はぐらかされると余計に気になるんだけど。

でも結局、この後はトレーニングで死ぬほど疲れてそれどころじゃなくなった。

まぁでも、トレーニングの量や負荷はいい具合に上がっていってるし、ちゃんと成長してるってことで良しとしよう。

 

 

* * *

 

 

「と、いうことで、我がクラスではコスプレ喫茶をすることになりましたー!」

 

マジかおい。絶対どっか他のクラスと競合すると思ってたんだけど。

なんか、他のところはもう少し捻ったものを出してたり、逆にチーム所属が多くてクラスだけだと凝ったものができなくて簡単にできるものをやってたり、そもそもクラスの出し物の申請をしていなかったり、意外とコスプレ喫茶は競合相手が少なかったらしい。まぁ、それでもメイド喫茶は他のところにやられたらしいけど。

あと、リギルはリギルで執事喫茶なるものをやるらしいってグランから聞いた。執事姿の会長とか夢女子量産しそう。暇があれば行ってみようかな。

一応、グランはチームの方に行くらしいけど、執事ってもはやコスプレみたいなものだから、クラスの方も手伝うとしたら執事でやることになるのかな?

そこからは、役割分担を決めていくことになった。

次々と役が決まっていくのを、私はボーっと眺めていた。一応、大食い対決の兼ね合いで客寄せにしてもらったから、配役に問題はない。

ただその後、誰がどのコスプレをやるかの話し合いになってかなり騒がしくなった。

私はこれがいいとか、そんなん作れるか!とか、コスプレ組と製作組のすり合わせというか、半ば言い争いに近い状態になっているのを、これも私は横でボーっとしながら見ていた。

いやだって、ぶっちゃけ「これやりたい!」ってのがないんだよね。私はそういうセンスってあまりないし。

ただ、さすがに無反応すぎて不審に思われたのか、クラスメイトに話しかけられた。

 

「クラマハヤテは、何か希望とかないの?」

「ん?ん~、ないかなぁ~。自分にどういうのが似合うとか、よくわからないし」

「・・・そんなんで私服とかどうしてるの?」

「みすぼらしくない程度には無難なやつ・・・まぁ、動きやすいからシャツにズボンとかホットパンツが多いかな」

 

というか、その辺りはイッカクが私の希望に合う中で選んでくれてる。ここまでくると、アシスタントって言うより、なんかお世話係みたいになってるよね。

ただ、私の話を聞いて教室が一気にシィン・・・と静かになった。

え、なに?なんなの?

困惑していると、今度はグランが口を開いた。

 

「ってことは、ハヤテちゃんってあまり女の子らしい格好をしないってこと?」

「まぁ、そうなるかな・・・?」

 

ていうかグランは知ってるはずだけどね?前に一緒に水着買いに行ったでしょ?

・・・いや違うな?これは他のクラスメイトにその情報を共有させるためにわざと聞いてきたな?

その証拠に、クラスメイトの私を見る目が変わった。

なんだろう。何がってのはわからないけど、なんかやばい気がする。

具体的には、貞操というか、そんな感じで。

 

「・・・なに?」

「クラマハヤテ。あなた、おしゃれに興味ない?」

「ない、かな。あまり。動きやすい服の方が好きだし」

「でも、制服はスカートだよね?」

「制服は制服だし・・・あーでも、最近は下にスパッツ穿こうか考えてるかな」

 

沖野さんとゴルシ先輩の件で蹴り癖の自覚がついてきた今、万が一にでも蹴った拍子にパンツを晒すような真似はしたくないから、イッカクに相談してみたんだよね。すごい渋い顔されたけど。

そう言った瞬間、教室がざわついた。

え、なに?そんなに問題なの?

 

「・・・ちょっとクラマハヤテには、おしゃれを教えた方がいいかもしれないね」

「いや、身だしなみには気を遣ってるけど・・・」

「せっかく可愛いんだから、もっといろんな服を着た方がいいって!」

「えっ、いや、別にそんな・・・」

「服飾班!」

 

次の瞬間、私の両腕を左右からガッ!と掴まれた。

ちょっ、最近のトレーニングで力はついてきたけど、さすがに2人がかりは無理だって!

 

「採寸任せた!そしてとびっきり可愛いやつをお願い!」

「あぁ~・・・」

 

結局、私にはどうしようもできず、ズルズルと引きずられて為されるがままな状態になった。

なんというか、服飾班の気合が入り過ぎて、逆に不安になってきたんだけど。

 

 

* * *

 

 

「んで、私からすれば裏切られた気分なんだけど、その辺はどう思う?」

「私はグランに賛成かな」

「ブルータス、お前もか」

 

昼放課、食堂でイッカクと合流してさっきの話をしたら、まさかのイッカクがグラン側についた。

こやつら、こういうときばかり仲良くなりおって。

 

「ハヤテちゃんは、いい加減女の子らしいおしゃれを学ぶべきだと思うの」

「そうそう。せっかく可愛いんだから、もっと着飾った方がいいって」

「んぇ~・・・私は別にいいんだけどな~・・・」

 

可愛いって言われるのは、まぁ嬉しいけど、それでもやっぱりホットパンツとかデニムの方が落ち着くんだよね。

それに私に似合う可愛い服って言われると、フリフリのスカートとかワンピースになる気がするんだけど、そういうのって落ち着かないんだよね。これでも山育ちだし。

 

「ていうかさ、イッカクはまだいいけど、グランは大丈夫なの?もうすぐでしょ、サウジアラビアロイヤルカップ」

 

サウジアラビアRC(ロイヤルカップ)は、ジュニア級限定のマイルG3レースだ。

初めての重賞なんだから、ちゃんとレースまでに仕上げておくべきだと思うんだけど。

 

「その辺は大丈夫。ちゃんとトレーナーに見てもらってるから」

「あ~、たしかにそれなら大丈夫か」

 

東条さんって、その辺はしっかり管理してそう。

じゃないと、あの規模のチームの管理なんてできないだろうし、中央最強のチームにもなれないだろうね。

須川さんは、ちゃんと予定は決めて行動してるけど、東条さんと比べると柔軟というか、わりと緩いから、私はそっちの方があってる。

 

「だから、聖蹄祭の準備に参加するのはレースが終わってからになるかな」

「私はレースは11月だから、けっこうガッツリ準備することになるかも」

「結局、OPレース3つに出てから皐月賞を目指すことになったんだっけ?頑張ってね」

「まず先に頑張るのはグランだけどね」

「でも、今はそれよりもハヤテちゃんの服の話だよね」

「チッ、逸らせなかったか」

 

いい具合に話題を変えれたと思うんだけど、イッカクは誤魔化されなかったか。

ていうか、仮にも初めての重賞を「それよりも」で遮るのは相当だと思うけど。

でもまぁ、グランならマジで「それよりも」で片付けられそうなのが怖いところだけどね。

 

「いい機会だから、ハヤテちゃんもいろんな服を着てみたらどう?」

「それって、着せ替え人形になれってこと?」

「うん」

「一切のためらいもなく頷いたね・・・」

 

ここまで強情なイッカクも珍しい。これはマジで私におしゃれを覚えさせようとしているね。

 

「・・・まぁ、どうするかを決めるのは服飾担当のクラスメイトだし、グランはまだしもイッカクはそんなに口を挟めないからね」

「それは・・・わかってるけど」

 

そんなに私のファッションが気になるのか。

別にそんな、特別みすぼらしいとか、不自然に男っぽいなんてこともないと思うんだけどなぁ。

そんなに私におしゃれしてほしいか。

 

「・・・じゃあ、今度3人で買い物に行く?実際に着るかは別として」

「わかった」

「じゃあ、後で日程を確認しよっか」

 

・・・正直、制服以外でスカートとかを穿くつもりはあまりないけど、買い物に行ってちょっとは発散してもらおうか。

 

 

 

 

後日、教室にて。

 

「あ、そうだ。クラマハヤテが客引きするなら、クラマハヤテに餌付けしたらサービス券をプレゼントするってシステムにしようか」

「私の扱いとか認識ってどうなってんの?」

 

喜んでやりますとも。




本当は、最近『黒子のバスケ』に軽くハマってたのでバスケをやらせてみたくてファン感謝祭の話にしようと思ったんですが、聖蹄祭は文化系特化ってことでバスケはお流れになりました。気が向いたら春の方でやりましょうかね。

余談ですが、自分はそんなに身だしなみにこだわったりはしないタイプです。
基本的にチェックとかワンポイントとか、シンプルなやつを好んで着てます。あんまり柄がついてるのは着ないですね。


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借りかどうかはわからないけど、とりあえず返すに越したことはないよね

「あ、大食い大会の運営からメール来た」

「そうか」

 

聖蹄祭も近くなってきた頃、聖蹄祭の準備とトレーニングで忙しい日々を送っていたら、大食い大会を開催している運営、というかスタッフかな?からメールがやってきた。

ちなみに、グランのサウジアラビアRCは普通にグランが3バ身半離して快勝した。ちょっと掛かり気味だったのか、少し出遅れ気味のスタートから前めでレースを進めていたけど、それでも勝ったのはさすがだね。

それと、この間も私の着せ替え人形化は止まらなかった挙句、当日に着る衣装は本番まで秘密とか言われた。それ着る側からすれば一番怖いパターンなんだけど、大丈夫?はっちゃけた衣装とか持ってこないよね?

そんな一抹の不安を抱えながらもトレーニングとクラスの準備は怠らなかったけど、ついに大食い大会の方からも詳細が送られてきた。

 

「えっと、場所は学内の模擬ステージで、対戦者は・・・オグリ先輩と、スペシャルウィーク先輩?」

 

そういえば、スペシャルウィーク先輩って今まで話したことがなかったな。でも、オグリ先輩ほどじゃないにしても大食いだって聞いてるから、油断はできない。

 

「それで、勝負内容は・・・次郎系ラーメンの特別盛だって。そういえば、食べたことないなぁ、次郎系ラーメン」

 

画像で見たことはあるけど、実際にお店に行って食べたことはないね。

なんか、敷居が高そうというか、胃もたれしそうで気が向かなかったというか。

 

「提供は、ラーメン三ハロンだって。知ってる?」

「あぁ、ウマ娘向けのメニューもやってるところだな。たしか、オグリキャップとスペシャルウィークも通っていたはずだ」

「マジかぁ・・・」

 

そうなると、経験値の差は歴然かなぁ。

一応、私も知識として食べ方は知ってるけど、情報として知っているだけなのと実際に経験があるのとでは、天と地ほど差があるからなぁ。

よし!そうとくれば!

 

「須川さん!」

「ダメだ」

「え~、なんでぇ~?」

「聖蹄祭は来週だろうが。この短いスパンでカロリーの塊のようなやつを喰わせられるか。お前はただでさえ食うんだから、こっちも体重管理大変なんだぞ」

 

基本的に、私はというか、ウマ娘はあまり太らない。もちろん許容量はあるけど、その許容量を超えない限りは体重に大きな変化は表れない。

逆に言えば、調子に乗って食いまくると割とすぐに太る。ウマ娘は甘いものを好むからなおさら。

次郎系ラーメンも、言ってしまえば炭水化物の塊。そうやすやすと食べさせてもらえない、か。

でも、何も対策しないでオグリ先輩に挑むのは愚の骨頂だ。

どうすればいいのか・・・

 

「・・・うん、こうなったら最終手段を使うしかないよね」

「最終手段?」

 

ピンとこずに首を傾げる須川さんを横目に、私は携帯を操作してとある人に電話をかけた。

 

「もしもし、ちょっといいですか?頼みたいことがあるんですけど・・・」

 

 

* * *

 

 

「う~ん、こうもあっさり上手くいくとは思わなかったなぁ」

「あはは・・・まさか、こんな早く戻ってくるなんてね」

 

翌日、そんなことを呟きながら、私は例の無料優先券を持って栗東寮を訪れた。めっちゃ目立ったのはこの際置いておこう。

昨日電話したのはフジキセキ先輩で、ゴルシ先輩にアポをとって改めて焼きそばを食べさせてもらえないか確認したところ、快く引き受けてくれた。

「これでゴールドシップとのあれこれが解決できるならお安い御用だよ」って言ってくれたから、本当に助かった。

さすがに泊まりではないけど、夕食時にお邪魔してゴルシ先輩に焼きそばをごちそうしてもらうって形になった。

んで、和解の建前を武器に須川さんにも納得させた。次郎系ラーメンと焼きそばじゃ勝手は違ってくるだろうけど、同じ麺類だしウォーミングアップと考えればちょうどいい。

とはいえ、条件としてイッカクを監視として同行させることになったけど、まぁあってないようなものだと考えよう。どうせいくら食べようとトレーニングメニューで頭を抱えるのは須川さんだし。

 

「それで、フジキセキ先輩はなんて言ってたの?」

「んっとね、トレーニングが終わった後、7時くらいに来てほしいって。なんか、いろいろと準備するみたい」

 

まぁ、天井ぶち抜いて待ってた時もわざわざ鉄板を用意してたし、今回も一応過去のいざこざを水に流そうってのが趣旨だから、いろいろとはりきってるんだろうね。

んで、今は6時半。ちょっと早いけど、別に早いうちに来て損はないよね。

 

「あ。2人とも、こっちだよ」

 

玄関から中に入ると、フジキセキ先輩が私たちのことを待ってくれていた。

 

「こんにちは、フジキセキ先輩。今回はありがとうございます」

「別に構わないよ。私としても、以前のことは重く見てたからね。これで万事解決できるならお安い御用さ」

「そう言ってくれると助かります。それで、ゴルシ先輩は?」

「ちょうど準備してるところだよ。ただ・・・」

「ただ、なんですか?」

 

問いかけると、フジキセキ先輩がわずかに言いよどんだ。

え、なに?また想定外の事態でも起こったの?ゴルシ先輩が何かやらかしたとか?

ただ、別に悪いことではないのか、そこまで深刻そうな表情ではない。

 

「いや、何か問題があるってわけじゃないんだけど、ちょっと大事になってね」

「大事って、どういうことですか?」

「それは見た方が早いかな。こっちだよ」

 

そう言って、フジキセキ先輩は私たちを食堂に案内した。

中にはすでに特大の鉄板が用意されていて、ウマ娘が総出でテーブルを動かしたり看板をたてかけたりして準備を・・・おいちょっと待て。

 

「いやいやいや、えっ、ちょっと待ってください。なんでこんな大事になってるんですか?」

 

鉄板が屋台で見たやつの数倍のサイズがあるのは、まぁまだ良しとしよう。ゴルシ先輩ならそれくらい用意しそうだし。

ただ、なんでこんな寮のイベントみたいになってるの?さすがに聞いてないよ?

ていうか看板はどっから用意してきた?『ゴールドシップvsクラマハヤテ 狂気の食い倒れ勝負!!』ってなに?初耳なんですけど?

 

「えっと、実はね・・・」

 

フジキセキ先輩によると、あの特大の鉄板を持ってきたのは、やっぱりゴルシ先輩らしい。

んで、それを食堂に持ってきて設置するんだから、目立つのも当然と言えば当然だ。

そこで、どうしてこんなものを用意したのか聞いた人がいるのも自然な流れではある。

問題はここからで、私のために用意しているって話が流れたんだけど、そこで「あ~、天井ぶち抜きのお詫びね」って納得した人たちと「いやいや、さすがにこのサイズは食べないでしょオグリキャップでもあるまいし」ってあまり信じてない人たちで別れたらしくて、ゴルシ先輩も「い~や、本気であいつの腹を満たすならこれくれぇは必要だぜ!」って豪語して、「だったらその様子を見させてもらおうじゃねぇか!」って流れになって、最終的にこんなイベントにまで発展したらしい。

 

「え~っと・・・え?マジですか?」

「マジだね」

「・・・私、なんでいつも目立っちゃうんですか?まだデビュー戦しか勝ってない一般編入生ですよ?」

「一般かどうかはともかく、そういう星の下に生まれたんじゃないかな?」

 

その星、近くにゴルゴル星があったりしません?なんかやたらと絡まれてるんですけど。

ちなみにゴルシ先輩は、割烹着を着て鉄板の前で両手の金属ベラを鳴らしている。初めて見るゴルシ先輩のガチモードだけど、まさかこんな状況で見ることになるなんてなぁ。

ていうか、タマモクロス先輩まで材料の確認してるし・・・って、あれ?

 

「そういえば、オグリ先輩は?」

「オグリキャップは、スペシャルウィークと一緒に美浦寮の食堂に行っているはずだよ。『真剣勝負の前に相手の手の内を見るのはフェアじゃない』だってさ。わざわざヒシアマゾンにも許可をもらいに行ってたし、聖蹄祭の大食い勝負のことを意識しているんじゃないかな?」

「オグリ先輩・・・」

 

どうやら、今回の件が聖蹄祭の大食い大会のウォーミングアップを兼ねていることに気付いていたみたいだ。

まさか、そんなに私のことを意識してくれているとは。

オグリ先輩の中では、すでにライバル認定してくれているらしい。

そんなオグリ先輩に、私は胸が熱くなって・・・

 

「ちなみに、ずいぶんと燃えている様子だったから、もしかしたらスペシャルウィーク共々、美浦寮の食堂で盛大にウォーミングアップしてるかもね」

「オグリ先輩・・・!」

 

大丈夫?明日の朝食がなくなったりしない?美浦寮の食堂は栗東寮や学園の食堂と違ってオグリ先輩や私がいる想定の量を用意してるか微妙なんだけど?

美浦寮の食堂で初めてご飯を食べた時に、食堂の係の人から向けられた信じられないような眼差しは今でも覚えている。

オグリ先輩が、それも限界まで食べる気満々で来たってなったら、ハチの巣をつついたような騒ぎになるんじゃない?

 

「まぁ、そういうわけで、遠慮しないで食べていいからね」

「いや、見世物になってる時点で食べづらい・・・あーでも、大食い大会だって見世物になるから変わらないか」

 

まぁ、本番前のリハーサルと考えればいいかな?

とりあえず、先にゴルシ先輩に挨拶はしておこう。

 

「ゴルシせんぱーい」

「おう!来たなクラマハヤテ!」

「どうも。今回はどれくらい用意したか聞いても?」

「ざっと30人分ってとこだな!でも、お前さんなら食べきれると信じてるぜ!」

 

いや、さすがに多いです。とは言えなかった。

まぁ、ウマ娘基準かヒト基準かで変わってくるけど、ヒト基準ならいけるかな?さすがにウマ娘基準だと10人分くらいが限界だし。

 

「ちなみに、前の芦毛の怪物盛りは?」

「あれは10人分だな!」

 

よしっ、ならギリいける。

小さく安堵すると、私たちに気付いたタマモ先輩がこっちにやって来た。

 

「おっ、ハヤテちゃん。もう来とったんか」

「はい、7時からってのは聞いてましたけど、早めに来ておいた方がいいかなって」

「ははっ、ええ心がけやな。オグリンも少しは見習ってほしいわ。遅刻はせぇへんけど、ほんまマイペースやからなぁ」

 

でしょうね。

 

「おーっし、準備できたぜ!」

 

その時、ゴルシ先輩が鉄板の前に立って両手に金属ベラを持ち、材料を後ろに並べて構えた。

あぁ、もう準備ができたのね。

 

「それじゃあ、行ってくるね、イッカク」

「えっと、頑張ってね・・・?」

 

イッカクはさっきから状況についていけなくなってたみたいだけど、最後にどうにか声を絞り出した。応援が疑問形なのは、まぁしょうがないか。

すると、フジキセキ先輩が木箱で作った即席の壇上にマイクを持って上がった。いや、めちゃくちゃノリノリじゃないですか。

 

「それでは今から、ゴールドシップとクラマハヤテの大食い勝負を始めよう!とはいっても、ゴールドシップは作る側でクラマハヤテは食べる側。この勝負の勝敗はクラマハヤテがゴールドシップが作った焼きそばを完食できるかどうかで決まるよ!」

 

いったいどんな勝負なんだと思わなくないけど、それよりも今は目の前の焼きそばに集中しよう。

すでにゴルシ先輩は焼きそばを焼き始めていて、いい匂いが漂ってくる。

いやもう、なんでゴルシ先輩の焼きそばってこんなに美味しそうっていうか美味しいんだろう。焼きそば屋を本業にした方がいいんじゃない?

 

「ようし、こっちはできたぜ!」

「いただきます!」

 

第一陣が焼き上がったと同時に、私は手を合わせて焼きそばに手を付けた。

今回は特に時間制限はないから、前と違って一気に流し込むんじゃなくて、ゴルシ先輩が焼きそばを作るペースに合わせて口に運んでいく。

おかげで、前よりも余裕をもって味わいながら食べることができる。もちろん出来立ての焼きそばも美味しいけど、下の方でおこげのついた部分もコントラストになってこれまた美味しい。

ゴルシ先輩も私のペースを考えてくれているのか、一度に焼く分を5人前くらいにしてちょうど私が食べ終わるのと同時に焼きそばが焼き上がるようにしてくれている。

焼きそばが出来上がるのは、だいたい15分。焼きそばが出来上がると同時に私も食べ終えてを繰り返していたら、1時間半後に焼きそばをすべて食べ終えることができた。

 

「終了ー!なんと、クラマハヤテが焼きそば30人分をすべて食べきったー!まさに、オグリキャップに引けを取らない食欲だー!!」

 

食堂からは、焼きそばを食べきった私に向かって惜しみない拍手が送られてきた。

そこに、ゴルシ先輩がガッと少し強引に私と肩を組んできた。

 

「いい食いっぷりだったぜ、クラマハヤテ!ゴルシちゃんも完敗だ!」

「あはは、ゴルシ先輩の焼きそばが美味しかったからですよ。よければ、今後も食べさせてもらっていいですか?」

「おうよ!あれはまだ有効だからな!いつでも食べに来てくれていいぜ!」

 

こうして、私とゴルシ先輩の仲直りも兼ねた焼きそば大食い大会は無事に終了して、私は上機嫌で美浦寮に帰った。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、翌日しっかり体重が大幅に増加した。

いや、断じて太ったわけじゃない。別に見るからに体形が丸くなったわけじゃない。ただちょっと質量が増加しただけで。

まぁ、そんな言い訳が通じるはずもなく(体形が変わってないのはガチだけど)、須川さんから太り気味解消特別メニューを課せられることになった。

内容に関しては思い出したくもないからあまり言いたくないけど、せっかく食べた分を吐き出すような事態は避けたとだけ言っておこう。




うまよんのラーメン回好き(唐突)。
まぁ、自分は食べるなら博多ラーメンを選びますが。あの細麺がたまらん。
それはそうと、1回でいいから金船焼きそば食べてみたい・・・食べてみたくない?
レシピ公開するかどっかしらのイベントで販売してもろて運営。

ガチャチケとイベント分のジュエルで回してたら、なんかライトハロー3凸できました。あとは虹結晶が用意できれば完凸や。
ついでに虹チケでクリークも完凸できました。
キタちゃんとかファインみたいな需要の塊は未だに無凸ですけど、まぁそこはフレ枠と手持ちで誤魔化せる範囲なので。


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出すよりも隠す方が恥ずかしいとかこれもう訳わかんねぇな?

ゴルシ先輩と仲直り(?)してから数日後、ついに聖蹄祭がやってきた。

んで、問題の私の衣装なんだけど・・・

 

「えっと~・・・え?本当にこれ着るの?」

「うん。絶対にハヤテちゃんに似合うって!」

「え~・・・?」

 

それ本当?

むしろ、私のイメージに合わない気がするんだけど・・・。

 

「・・・グランはどう思う?」

「いいと思うよ?ちなみに、許可もらってイッカクにも見せたけど、イッカクからもお墨付きはもらってるから」

「うそでしょ・・・?」

 

君らいつの間にそんな仲良くなったの?ていうか、軽く情報漏洩にならない?

でもまぁ、着ないって選択肢はなさそうだ。

私は諦めて教室内に仕切りで作った即席の着替えスペースに入って、制服を脱いで用意された衣装に着替える。

 

「・・・誰か、背中のチャック閉めてくれない?手が届かない・・・」

「はいはーい」

 

クラスメイトに背中のチャックを閉めてもらって、仕上げにカチューシャを付ければ完成だ。

 

「・・・着替えた」

「「「キャー!!」」」

 

着替えスペースから出ると、クラスメイトから黄色い悲鳴があがった。

私に用意された衣装は、いわゆるゴシックロリータ、ゴスロリってやつで、色は黒を基調に所々白が混ざった定番になっている。

しかも、ごちゃごちゃにならない程度に小物やリボンがあしらわれているあたり、気合の入り方が尋常じゃないのが容易に想像できる。

いや、たしかに私って身長は140ちょっとしかないけど、だからってこれはちょっと違うのでは?もっと他にありそうな気がするんだけど。

ただ、そう思っているのは私だけみたいで、クラスメイトからはもみくちゃにされたり写真を撮られたりでてんやわんやになってる。

 

「うぅ・・・なんでこんな・・・」

「いや、ハヤテちゃんって私服の方が露出多くない?脚露出とかへそ出しとか珍しくないじゃん」

「それは、そうだけど・・・」

 

恥ずかしがっていると、グランから素の顔で疑問をぶつけられた。

確かに、私の普段着はホットパンツとか丈が短めのTシャツが多くて、脚とかへそはよく見える。

ただ、それは私が暑いの苦手だから流れでそうなったというか、感覚的に水着を見せびらかすのと大して変わらないというか・・・

 

「だって、制服以外で女の子らしい格好するなんて、初めてだし・・・なんか、恥ずかしい」

「「「キャアーーーーー!!!」」」

 

黄色いをすっ飛ばしてただの悲鳴が教室に響き渡った。

え、なに?そんなに?

 

「・・・グラン。私ってそんなに可愛い?」

「うん。ていうか、そういう格好で恥じらってる姿がレアすぎるってのあるかもね」

 

そう言いながら携帯のカメラで激写してるあたり、グランも相当だよね。

 

 

* * *

 

 

とにもかくにも、イヤイヤ言ってられないから役割通りプラカードを持って客引きに出た。

んで、このプラカードなんだけど・・・クラスの宣伝だけならまだしも、『餌付けしたら割引券プレゼント』がマジで実装されてた。さらに恐ろしいことに、最初はこれを持って1人で回らないといけないという。

いや正気か?普通に考えてこんなのやってくれる人なんていないと思うんだけど。

 

「あっ、ハヤテちゃん!」

「ほう、ずいぶんと珍しい格好をしているな」

 

プラカードを持ちながら呆然としていると、イッカクと須川さんに声をかけられた。

今回ばかりは、いつもの格好の2人が羨ましく感じる。

 

「やっぱり、ハヤテちゃんはこういう服を着た方がいいよ!」

「えぇ・・・?いつもと違い過ぎて落ち着かないんだけど・・・」

「慣れれば大丈夫だから!次からはワンピースとかも買ってみよう!」

「いや、恥ずかしいから勘弁して・・・」

「・・・それよりも、俺としては餌付けって部分が気になるんだが。どうなってんだ?」

「あ、それは見ての通りとしか」

「正気か・・・?」

 

やっぱそうなるよねぇ。

オグリ先輩と違って、私は世間様にまで大食いが知れ渡ってるわけじゃないからね。一般客からすれば「なんだこれ?」ってなるのがオチだよ。

もしこれで集客できるとしたら、大食い大会の結果次第になる。

 

「大食い大会で頑張る理由がまた増えたねぇ」

「いや、今日くらいは多少羽目を外しても構わんが、その服で大丈夫なのか?次郎系ラーメンなんだろ?」

「その辺は大丈夫。替えが1着あるから」

「これをもう1着用意したのか・・・」

 

ちょっとクラスの服飾担当がガチすぎる気がするけど、その辺はいったん置いておこう。

 

「ちなみに、大食い大会はいつ始まるんだ?」

「昼前くらいかな?」

 

一般客が入ってくるのは10時からだから、短くても1時間ちょっとはキツイかもしれない。

でも、逆に言えば大食い大会が終わった後はちょうど昼ご飯時になるから、そこがねらい目だ。ここで注目できれば、クラスの売り上げに大きく貢献できることになる。

問題は、次郎系ラーメン特別盛を食べた後で餌付けサービスができるかどうかだけど、その辺は気合で頑張ろう。

明日の体重が恐ろしいことになるかもしれないけど、時には未来を顧みない無鉄砲も必要なんだ!

 

「ちなみに、明日以降は強化バージョンのダイエットメニューをこなしてもらうからな」

「ぁい」

 

骨はイッカクに拾ってもらおう。

そんなことを話していると、スピーカーから放送が流れた。

 

『長らくお待たせいたしました。これより、秋の大感謝祭、聖蹄祭を開催いたします』

「あ、始まった。それじゃあ、私は行ってくるね」

「頑張ってねー」

 

そこでイッカクたちと別れて、プラカードを持って学内を周り始めた。

 

「コスプレ喫茶やってまーす。ぜひ来てくださーい」

 

敢えて餌付けの部分は省きながら宣伝するけど、果たしてどれだけ効果があるものか。

こういうのって、他の名前が知れ渡ってるウマ娘がいるところに流れがちな気がするんだよねぇ。リギルとかまさにそれだし。会長の存在が大きすぎる。

それにしても、めっちゃ屋台並んでるな。いい匂いが漂ってくるし、大食い大会が無かったら食べ歩きしてたかも。ていうか、この日のために朝ごはんほとんど食べてないからめっちゃ腹減ってきた。

まぁ、大食い大会があるし、一応餌付けシステムもあるから買わないけど。

 

「あのー、ちょっといいですか?」

 

しばらく歩いていると、女の子連れの女性から声をかけられた。親子かな?

 

「はい。なんですか?」

「えっと、プラカードに書いてある餌付けなんですけど、大丈夫ですか?」

「え?あ、はい。大丈夫ですよ」

 

マジで釣れた。

えっ、マジで?あ、娘さんが興味を持ったのかな?

 

「お姉ちゃん、いっぱい食べるの?」

「あはは、そうだね。オグリキャップって知ってる?あの人と同じくらい食べるって言われてるかな」

「そうなの?お姉ちゃんすごーい!」

「えへへ、ありがとうね」

 

しれっとオグリ先輩の大食いが公然の事実になっているのは置いておくとして、こういう無邪気な子供は癒されるわ~。

ちなみに、女の子が差し出してきたのはたこ焼きだった。

 

「はい!お姉ちゃんどうぞ!」

「ありがと。あむ、はふほふっ、んっ。はい、お姉ちゃんからもどうぞ」

 

たこ焼きを差し出してくれた女の子に、割引券を渡す。

ちなみに、割引券の内容は合計金額から2割引きと、けっこう豪華だ。餌付けのために買う分、お得に設定することにしたってさ。

女の子とお母さんに手を振って別れ、宣伝に戻った。

にしても、思っていたよりも子供が釣れるな。いや、2,30分に1人くらいのペースだし、ほとんどの人はプラカードを見るだけでスルーしてるから、やっぱり餌付けに興味を惹かれる人はほとんどいないっぽい。あるいは、私の知名度がまだそんなにないからかもしれないけど。

 

「って、もうそろそろ集合時間じゃん」

 

気付けば、大食い大会の集合時間が迫っていた。

ある程度余裕を持っていたつもりだったけど、思っていたより子供たちの相手に時間をとられちゃったかな。

とはいえ、万が一のために客引きは会場付近でやってたから、時間には余裕で間に合う。

小走りで会場裏の控室に入ると、すでにオグリ先輩と黒鹿毛に流星が入ったウマ娘が待っていた。この黒鹿毛のウマ娘が、スペシャルウィーク先輩かな。

 

「すみません。遅くなっちゃいましたか?」

「いや、時間には間に合っているから大丈夫だ」

「わー!可愛い衣装ですね!あ、私スペシャルウィークって言います!今日はよろしくね、クラマハヤテちゃん!」

「よろしくお願いします、スペシャルウィーク先輩」

 

スペシャルウィーク先輩が両手でガッチリ握手しながら、ブンブンと大きく振り回す。

なんというか、めちゃくちゃフレンドリーな先輩だな。

あれ?でも・・・

 

「そういえば、司会の人もいるんですよね?誰なんですか?」

「あぁ、それは・・・」

「あ?なんでい、あたしが最後じゃねぇか」

 

ちょうどその時、控えの出入り口から鹿毛をツインにまとめてキツネ?のお面をつけたウマ娘が入ってきた。

たしか・・・

 

「イナリワン先輩、ですよね?」

「おうよ!お前さんとははじめましてだな、クラマハヤテ」

 

イナリワン。オグリ先輩と並んで永世三強って呼ばれてるウマ娘だ。オグリ先輩と同じく地方から中央に移籍してきて、G1レースを荒らしまわったって言われてる。

でも、なんでそんな人が司会に?

 

「イナリワンは場を盛り上げるのが上手くて、イベントの司会に呼ばれることが多いんだ」

「おうよ!江戸っ子ウマ娘のあたしにかかりゃ、どんな舞台でも盛り上げるなんてわけもねぇさ!」

 

はぇ~、私には到底できそうもないなぁ~。

たしかに、江戸っ子ってお祭り好きな感じが・・・ん?ちょっと待って?

 

「あれ?でも大井って江戸じゃむぐっ」

「それでイナリワン。もう準備はできてるのか?」

「ん?いや、まだでい。けど、もうすぐ準備できるから準備しとけって言われたな」

「そうなんですか!楽しみですね!」

 

素朴な疑問を口にしようとしたら、オグリ先輩に口をふさがれた。

オグリ先輩の顔を見たら、なんか深刻そうな顔で首を横に振られた。

え、なに?そんなにタブーな話題なの?

とりあえず、イナリ先輩に大井≠江戸の話題は振らないようにしておこう。また会う機会があるのかは別として。




デジたんが見たら岩盤送りにされそう。
感覚的には、タイシンが顔を赤くしながら似たような服を着てる感じ(デレ多め)かな?

ウマ娘でも数少ない、身長が140を割っているイナリワン。というか他にはスイープとニシノしかいないという。ウララですら140あるのに・・・。
なのにバストはけっこうある(オグリよりでかい)とか、ロリ巨乳かな?
ちなみに、オグリが必死でハヤテのお口を塞いだのは、タマモクロスが「イナリに『大井は江戸ちゃうで』って言うたら噛みつかれたわ!」って笑いながら話してたのを天然解釈して守ろうとしただけ。スペシャルウィークはまったく関与してません。
まぁ、ハヤテ相手なら言っても新入生ってことで加減されるでしょ・・・たぶん。


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『とっておき』とか『隠し技』ってかっこいいから持っておきたいよね

「長らくお待たせいたしました。これより、聖蹄祭大食い大会を始めます!」

 

いよいよ、大食い大会の時間になった。

なんというか、思っていたよりも観客が多い。スペシャルウィーク先輩とオグリ先輩がいるからかな?

それと、司会進行を担当しているのはイナリワン先輩だけど、さっきまでの江戸っ子口調はどこにいった?司会者モードでもあるのかな?

 

「今回参加したのは、日本総大将・スペシャルウィーク!芦毛の怪物・オグリキャップ!そして!ジュニア級ながらも地方からの殴り込みで注目されているクラマハヤテです!」

 

イナリワン先輩から紹介されると、観客席から歓声が沸き上がった。

にしても、チラッと須川さんから聞いたけど、本当に私の知名度がジュニア級にしては高い。

やっぱり、地方から中央に挑むってのは注目されやすいらしい。まぁ、私のデビュー戦は中央からで地方レースは一度も走ってないから、一概に『地方から』とは言い難いかもしれないけど。

あと、私の格好にざわついてるのもあるね。スペシャルウィーク先輩とオグリ先輩は制服なのに、私はゴスロリなんだもん。

 

「そして、今回この3人に挑戦してもらうのはこちら!」

 

運ばれてきたのは、直径50cmはあろうかという特大の丼鉢に、顔が隠れるほどの野菜やチャーシューが盛られた、とんでもない化け物次郎系ラーメンだった。

 

「ラーメン三ハロンに協力していただき、今回の大会のために用意してもらった、麺固め野菜肉ニンニク脂マシマシオリンポス盛りです!」

 

なんだその呪文みたいな内容は。

オリンポスって、たしかあれだっけ?標高が20,000m超えてる火星の山だったかな。いよいよチョモランマじゃ足りなくなったのか。

チラリと横を見たら、スペシャルウィーク先輩の顔がちょっと青くなってた。

まぁ、こんなカロリーの塊という言葉すら生ぬるい圧倒的質量を目の当りにしたら、普通はそうなるよね。主に明日の体重的に。

逆に言えば、特に動揺してない私とオグリ先輩がおかしいってことになるんだろうけど。

 

「ルールはシンプル、制限時間無制限、先に食べ終えた人が優勝!優勝賞品として、限定のラーメン鉢とラーメン三ハロンのクーポン券1年分が送られます!」

 

なるほど、限定物のラーメン鉢ってのも興味あるし、なによりゴルシ先輩の焼きそばの無料優先券を使ったところだから、クーポン券もありがたい。

ならば、たとえ相手がオグリ先輩であっても、負けるわけにはいかない!

 

「それでは、3名の大食いウマ娘による大食い大会、スタートです!」

 

イナリワン先輩の合図と同時に、私たちは箸を手に取ってラーメンを食べ始めた。

一応、次郎系ラーメンの食べ方については先日ちょっと調べてみたけど、この量だと麺と野菜を交互にバランスよく食べていくしかない。天地ガエシ?とかいう野菜と麺をひっくり返して麺から食べる方法もあるらしいけど、この量だとそもそもひっくり返せないから無理っぽい。

幸い、食べる時間を考えてか麺はけっこう硬めに仕上げてあるみたいだから、多少時間がかかったところで麺が伸び切る心配はなさそうだけど、後半になるとちょっとわからないな。

ただ、その分最初は食べるのにちょっと苦戦するから、その辺のペース配分も考えておかないと。

ペースを具2:麺1に調整して食べながらチラリと横を確認すると、オグリ先輩は食べ方もペースも私とほとんど変わらない感じで、スペシャルウィーク先輩は部分的に具と麺をひっくり返しながら食べている。ただ、スペシャルウィーク先輩は量もあってひっくり返す動作が少し遅れていて、その分私とオグリ先輩よりペースは遅くなっている。

仕掛けるとしたら、麺が汁を吸って食べやすくなった瞬間・・・

 

「ここでオグリキャップがペースを上げた!それを見たスペシャルウィークも続いていく!」

 

なにっ、まだ麺が食べやすくなるにはまだ早いはず・・・そうか。時間をかけて後々に麺が伸びるのを防ぐために、あえて早い段階でペースを上げたのか!

なら、私もペースを上げた方が・・・いや、相手のペースに呑まれたらダメだ。スペシャルウィーク先輩も掛かってるように見えるし、ここでペースを崩しちゃいけない。

須川さんだって「逃げウマ娘の敗因の1つは自分のペースを守れずにスタミナ切れを起こすことだ」って言ってたからね。まぁ大食い大会でそんな戦法が通じるとは限らないし、なんなら「お前はむしろ相手のペースを崩す側だけどな」とも言われてるけど。

まぁ、それはさておき、

 

(仕掛けるなら、今!)

「おっとぉ!ここでクラマハヤテもペースを上げてきた!早い早い!もはや呑んでいると言っても過言ではないスピードだ!」

 

麺とスープがいい具合に馴染んできたタイミングで、一気に勝負に出た。

オグリ先輩より遅れた分、さらにペースを上げてラーメンを食べていく。

うん、スープがある分、ゴルシ先輩の焼きそばの時よりも食べやすい!

これなら・・・

 

「なんと!オグリキャップがさらにペースを上げた!クラマハヤテにも引けを取らないペースでラーメンを流し込んでいく!」

 

うそっ!まだ上があったっていうの!?

これが、あの芦毛の怪物・・・!

チラリと横を確認すると、スペシャルウィーク先輩はオグリ先輩に釣られてペースを上げたのが祟って完全に失速してるけど、オグリ先輩は排水溝に巻き込まれる水のようにラーメンを流し込んでいく。

このままだと、スペシャルウィーク先輩には勝ててもオグリ先輩には勝てない。

どうする!?どうすれば・・・!

・・・こうなったら、私の奥の手を使わざるを得ない。

須川さんに「いいか、そんなことやるなよ?絶対だぞ?いやマジで」って念を押され、構想段階でお蔵入りになった必殺技を!

 

「な!?クラマハヤテもさらにペースを上げたぁ!?し、信じられねぇ!ここまでオグリに食らいつけるやつなんて、今まで見たことねぇ!!」

 

司会のイナリワン先輩や横の2人から、信じられないという視線を向けられる。

私がさらにペースを上げれたのは、言ってしまえばただの力技だ。

ただ、筋肉で無理やり胃の中を圧縮してスペースを作って、そこに流し込む。

元々はパワートレーニングで力がついてきたときに、ふと思いついて須川さんに言ってみたものだ。

「胃の中の物を圧縮しながら食べれば、理論上はいくらでも食べれるんじゃない?」って。

須川さんからの答えは、「腹が膨れる前ならできるかもしれんが、絶対にやるなよ。まず間違いなくカロリーコントロールができなくなるからな」だった。

つまり、やろうと思えばやれると。

ただ、理論上いくらで食べれるということは、翌日の体重がえらいことになっちゃうわけで。

だから、須川さんから絶対にやるなって念を押されたんだけど、オグリ先輩に勝つためならやるしかない!

 

「凄まじいデッドヒート!オグリキャップか!クラマハヤテか!オグリキャップか!クラマハヤテか!今、並んで手を挙げたぁ!!」

 

ど、どうにか食べ終わった・・・この食べ方、けっこう体力使うから、もうへとへと・・・。

 

「勝負の行方は・・・おっと?審査員席から審議の札が上がってるぞ?」

 

あぁ、そういえばそんな席もあったね。まったく意識してなかったけど。

そんなことを考えていると、私たちの後ろにスクリーンが現れた。

そこには、私たちの丼鉢を上から映した映像が流れている。

そして、その映像には、

 

「な、なんと!オグリキャップはスープまで完全に飲み干しているが、クラマハヤテにわずながらスープが残っている!」

 

オグリ先輩の丼鉢はきっちりと底まで見えているのに対し、私の丼鉢の底はスープで隠されていた。

ということは・・・

 

「この勝負、オグリキャップの勝利だぁー!!」

 

イナリワン先輩が優勝者の名前を宣言すると、観客から盛大な歓声と拍手が巻き起こった。

 

「そっかぁ・・・負けたかぁ・・・」

 

けっこういい線いってたと思うんだけどなぁ・・・やっぱり、頂は高かったかぁ。

 

「いやぁ・・・さすがでした、オグリ先輩。完敗です」

 

勝てなかったことにちょっと凹みながらオグリ先輩に話しかけると、ポンとオグリ先輩に肩を叩かれた。

 

「いや、ハヤテも見事だった」

「そうですよ!私なんて途中でへばっちゃいましたし、クラマハヤテちゃんはすごいです!」

 

オグリ先輩の後ろから、スペシャルウィーク先輩も励ましてくれた。

 

「大食いで誰かに負けられないと思ったのは、ハヤテが初めてだ。だから、ハヤテには胸を張ってほしい」

「オグリ先輩・・・!」

 

笑みを浮かべながらそんなことを言われて、私は思わずオグリ先輩に抱きついた。

思い切り膨らんだオグリ先輩のお腹でちょっと距離が縮めづらくなってるけど、私の方はこの2人と比べればお腹は出てないから抱きつく分には問題なかった。

 

「もしよかったら、今度一緒にラーメンを食べにいかないか?クーポンを持ってる私が奢ろう」

「ホントですか!?」

「あぁ。スペシャルウィークもどうだ?」

「はい!ご飯は皆で食べた方がおいしいですし、いいと思います!」

 

こうして、大食い大会を通じてオグリ先輩とさらに距離を縮めることができて、スペシャルウィーク先輩とも仲良くなることができた。

そして、大食い大会の結果を通じて私のところにはさらにお客さんが集まってきて、私の前には屋台の食べ物を手に行列ができた。さらに、結果的にクラスのコスプレ喫茶も大賑わいになったらしくて、聖蹄祭が終わったあとの打ち上げでクラスのMVPとして盛大に祝福された。

中央に来て初めてのファン感謝祭だったけど、ここまで良い思い出になって本当に良かった。

 

 

 

 

 

 

翌日、体重がえらいことになって、須川さんに羽目を外し過ぎだってめちゃくちゃ説教された。

一応、見た目はほとんど変わってないはずなのに、妙に床とかベッドがミシミシ鳴ったり、寮にある体重計の針があり得ない数字になってた。

いやぁ、ウマ娘って本当に不思議な生き物だねぇ。

そう思って食べても見た目は変化しないって話をクラスでしたら、危うく教室内で脱がされそうになった。担任にも同じことを話したら現場を無視されそうになった辺り、私は地球上のすべての女性の敵なのかもしれない。




最近レース話を書いてないから違うベクトルからバトル要素を取り入れようとした結果、なんかこうなりました。
1話辺りは他と比べて短めとはいえ、20話以上もレースの話をしてないウマ娘小説とは・・・。
それにしても、こんな食べ方してたらハヤテの胃の中でダークマターとか超重力物質が生成されそう。
まぁでも、オグリは腹の中にブラックホールがあるから今さらですね。


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強者たる者、余裕が大事って言うよね

聖蹄祭が終わってしばらくして、今日は12月1日。

久しぶりのレースになる葉牡丹賞の日だ。

 

「さて、今回の葉牡丹賞だが、コースは皐月賞と同じ、中山の内2000mだ。特徴は楕円形に近いコースによる小回りのカーブと短い最終直線、そしてゴール前の急坂だ。特に中山の急坂は高さこそ2mと府中とほぼ変わらないが、勾配は中山が圧倒的にキツイ。だが、だからこそハヤテには有利に働く」

「そういえば、最近は坂路もやってたけど、こういうことだったんだね」

 

元々、須川さんと出会ったばかりのときに走り方を矯正してたのは、山の斜面ばかりを走り回ってたせいで変な癖がついてたからだけど、逆に言えば坂道は走り慣れてる。

だから、最近は坂路トレーニングをする機会が増えていたみたい。坂路トレーニングってスタミナとか根性を鍛えるための設備だから私にはあまり関係なかったんだけど、坂での走りの感覚を取り戻すためにわざわざ学園内の設備を予約して坂路トレーニングをするってのも、ある意味贅沢な話だね。

 

「今回は、初めて他のデビュー戦を勝ったウマ娘と走ることになる。お前の走りも見られてるし、デビュー戦の時ほど簡単に勝たせてはくれないだろうな」

「かもね~。でも、勝つよ、私は」

「ははっ、頼もしいかぎりだな。幸い、枠は2枠3番で内寄りだ。出遅れなければ勝てる」

「ハヤテちゃん、蹄鉄の調整終わったよ」

「あっ、ありがとう、イッカク」

 

イッカクから蹄鉄がついたシューズを受け取って履いた。

 

「ふぅ・・・大丈夫大丈夫。あの辛いトレーニングを乗り越えた私ならできるできる」

「いや、あれはレースのためって言うよりは聖蹄祭ではっちゃけたツケを払っただけだからな」

 

須川さんの言うツケは、言わずもがな、秋の聖蹄祭大増量キャンペーンのことだ。増えたのは私の体重だけど。

あれからは、ひたすら減量のためにトレーニングを重ねて、半月くらいで元の体重に戻した。

あれはもう、ゴルシ先輩の焼きそばを食べた後よりもきつくて、何度乙女の尊厳を失いそうになったことか。

その甲斐あって、レース当日に抜群のコンディションで迎えることができた。

とりあえず、炭水化物の取り過ぎには気を付けるようにしておこう。何度も地獄を見たくはない。

 

「んじゃ、行ってくるね」

「おう、勝ってこい」

「頑張ってね、ハヤテちゃん」

 

2人からの激励をもらいながら、私はゼッケンを身につけてパドックへと向かっていった。

 

 

* * *

 

 

結果から言うと、私の圧勝だった。先頭をとって、ロングスパートで押し切る。それだけ。

さすがにデビュー戦の時みたいな大差勝ちじゃなかったけど、5バ身差だって圧倒的って言われるくらいだから誤差みたいなもんだね。

 

「いぇーい、勝ったよー」

「お疲れさん」

「お疲れ様、ハヤテちゃん」

 

控室に戻ると、須川さんとイッカクが出迎えてくれた。

 

「これなら、若駒ステークスと若葉ステークスも問題なくいけそうだな」

「予定は変わらない?」

「あぁ。今回のレースで中山の2000mを体感したんなら、無理に弥生賞にでることもない。確実に皐月賞に出走するのを優先しよう。ただ、OPからいきなりG1に挑むことになるが・・・」

「ん~・・・たぶん大丈夫。今のところ、緊張とは無縁だし」

「適度に緊張してる方が実力は発揮しやすいんだが・・・まぁ、今はいい。それで、今回のレースの反省点というか、聞いておきたいことがあるんだが」

「えっ、なに?」

 

私、なんかやらかしたっけ?

なんか心当たりになるようなことは・・・ダメだ、細かいことなんてほとんど覚えてない。

 

「ハヤテ、今回のレース、デビュー戦の時よりも早くスパートをかけてただろ」

「あー・・・だっけ?」

「あぁ。前は向こう正面を半分過ぎた辺りからスパートをかけていたが、今回は第2コーナーから直線に入ってすぐの段階でスパートをかけ始めていた。俺はそんな指示を出してなかったが、何か理由があったのか?」

「えーっとぉ・・・」

 

・・・どうしよう、マジでそん時の記憶がない。たしかに第2コーナーを過ぎたあたりで速度を上げた記憶はあるけど、そんとき何を考えていたかなんて覚えていない。というか何も考えていない。

言うとすれば・・・

 

「なんとなく・・・?」

「嘘だろお前」

 

いやだって、本当にそうとしか言えないし・・・。

 

「えっと、ダメだった?」

「・・・いや、一概に悪いというわけではない。レース前にも言ったが、中山の内回りのコーナーは小回りがキツイ。その分、コーナーではスピードが乗りづらい。だから、差を広げるなら直線でっていうのは、あながち間違ってはいない。それで走りきれる体力があるなら、の話だがな。そしてハヤテの場合、それが出来た。だから叱るつもりはないんだが、お前がそこまで考えてやったのか疑問でな。まぁ、何も考えてなかったってのは衝撃的だったが」

「えっと、ごめんね?」

 

なんか非常識なところを見せてしまった感じがするから、念のため謝っておく。

とはいえ、本当にレースの最中なんてほとんど何も考えてないんだよね。そういう戦略的な部分は、気づけば体が勝手に動いてたとしか。

そう考えると、今までやってきた賢さトレーニングってなんだったんだろうね。いや、あの学びがあったからこそ体が動いてくれるということにしておこう。

 

「ったく・・・細かい指示を出す必要がないと楽に考えればいいのか、トレーナーの立つ瀬がないと嘆けばいいのか・・・」

「笑えばいいと思うよ?」

「引きつった笑いしかでねぇよ」

 

さいですか。

 

「そ、それで、この後はどうするんですか?ライブまでまだ時間ありますけど」

「う~ん・・・せっかくだし、ステイヤーズステークス見る。もしかしたら参考になるかもしれないし」

 

元々私は須川さんにステイヤーの素質を見出されてスカウトされたから、日本の平地芝レースで最も長いステイヤーズステークスは参考になるかもしれない。

 

「大丈夫だよね?」

「あぁ、なら早めに行ってこい。レースまで1時間くらいしかないからな。とはいえ、ライブもあるからレースが終わったら戻って来いよ。念のため、イッカクもついてやってくれ」

「はーい」

「わかりました」

 

 

* * *

 

 

「いや~、なんていうか・・・よかったね」

「あはは、そうだね」

 

今回のステイヤーズステークスで勝ったウマ娘は、なんと私と同じ地方出身の先輩だった。地元は違うけどね。

しかも、今回が初めての重賞制覇だったみたいで、レースが終わってからすごい喜んでいるのが見えた。

 

「・・・本当に、良いものを見れた気がする」

「ハヤテちゃん?」

「やっぱり、私は恵まれてたんだなって」

 

私みたいに、地方出身で初めからクラシックを目指すようなウマ娘なんて、滅多にいるものじゃない。何年も走って、ようやく重賞を勝てるウマ娘が出てくるかどうか。それが普通だ。

つい最近まで割とそれを忘れていた、というか意識することも少なかったけど、今のレースを観て改めてわかった気がする。

 

「だからこそ、私も勝たないとね。恵まれてるだけじゃないってことを証明しなきゃ」

「ハヤテちゃん・・・」

「・・・ははっ、なんか、自然と背負い込むようになっちゃったね。好きに走るために来たはずなのに」

「ううん、私はそんなハヤテちゃんも好きだよ?」

「熱烈なアピールだなぁ・・・!」

 

そんなこと言われると、ギュってしたくなっちゃうでしょ?しちゃったけど。

ちなみに、控室に戻って須川さんに同じようなことを話したら、「そうか」とだけ返したけどなんかすごいほっこりしてた。そんな変なこと言ったかな?




半年ぶりのレース回だというのに、短めな上にレースの描写書いてなくて芝生える。
まぁ、強い大逃げならしゃーないと言えばしゃーない。

余談ですが、史実の2018年ステイヤーズSの勝ち馬であるリッジマン、2015年にデビューしてから現在でも現役だそうな。JRA登録は今年の7月に抹消されてるんで今は地方で走ってますが、地方出身ながらG1出走経験もある実はすごい馬。
にしても、マジで地方出身のステイヤーっているもんなんですね。しかも、日本の芝平地の中で一番距離が長いステイヤーズステークスで勝ってるってすごい。
この物語書いてて何が楽しいって、書きながら調べているとこういう細かい発見があるってことですね。


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SNS強者って何を食べてんの?

「全員グラスはもったな?それじゃあ、メリークリスマス!」

「「「メリークリスマス!」」」

 

今日はクリスマスということで、寮恒例になっているクリスマスパーティーに参加することになった。

信じられる?今回のパーティーのために作った大量の料理、全部寮長のヒシアマゾン先輩が作ったっていうんだよ?

普段から料理をしてて弁当もよく作ってるって聞いてるけど、にしたってこんだけの量って作れるもんなの?ってかどこで作ったの?食堂の厨房とか?

まぁ、作らない私からすれば関係ないことだけど。

ちなみに、実は私はここに来る前に少し寄り道してから参加してる。

最初は思い切り腹を空かせてから行こうかと思ったんだけど、グランとイッカクから「他の先輩や学生もいるのにハヤテちゃんが食べ過ぎたらいけない!」って言われて、少し街に出て買い食いとかすることになった。

さすがに腹をパンパンに膨らませるほど食べてはいないけど、腹5分くらいは溜まってる。

 

「ふはぁ~、もうすぐ今年も終わりか~」

「それ、なんかおばあちゃんみたいだよ、ハヤテちゃん」

「そう?でもさぁ~、今年はいろんなことがあり過ぎて、思い返すといまいち実感が湧かないんだよね~」

「あはは、それは、そうかもね」

 

イッカクも苦笑しながら同意する程度には、濃い1年だったよ。

須川さんのスカウトから始まり、デビュー戦で圧勝して中央に移籍することになって、それからいろいろとトラブルを起こしたりして、中央での友達も増えて、思わず夢なんじゃないか疑っちゃいそうになるよ。

まぁ、それを言ったら転生してること自体が夢物語だけどね。

とはいえ、今年も前世のことは思い出せなかったし、油断したら転生してきたことを忘れかねないかも。

 

「やぁ、3人とも。メリークリスマス」

 

そんなことを話していると、会長がグラスを片手に近づいてきた。

 

「あっ、どうも会長。メリークリスマスです」

「こうして話すのは久しぶりだね、クラマハヤテ。遅くなったが、葉牡丹賞おめでとう」

「ありがとうございます。グランも、朝日杯惜しかったよね」

「あはは、そうだね」

 

実はつい先週、グランは私よりも先にG1の舞台に立っていた。

ジュニア級限定のG1レース朝日杯フューチュリティステークス。ティアラ路線を目指しているグランなら阪神ジュベナイルフィリーズに行くと思ってたんだけど、「今の自分がどこまでいけるか試してみたい」と言って朝日杯FSに出走した。

でも、結果は3着。2番手を追走していたけど、スタミナがもたなかったのか直線に入る前に内にモタれ気味になっちゃって抜かされたんだよね。いいところまではいってたと思うけど、やっぱりグランは後方から一気に抜かす方が向いてると思うね。

 

「会長ー!」

「む?どうやら呼ばれたようだね。では、私はこれで失礼するよ」

「はい。会長も楽しんできてください」

 

さすがは会長、どこからも引っ張りだこだねー。

まぁ、会長と気軽に話せる数少ない機会でもあるし、クリスマスパーティーってことでその辺の遠慮の箍が外れてるってのもあるんだろうけど。

まぁ、私たちは私たちでいつもの仲良し3人組で楽しくやってこう。

 

「そういえば、ハヤテちゃんってSNSやってたっけ?」

 

パーティー料理を楽しんでいると、グランからそんなことを尋ねられた。

 

「私はやってないけど、なんで?」

「自分で言うのもあれだけど、私たちって同期の中だとけっこう注目されてるでしょ?」

「そう・・・だね」

 

私はまだデビュー戦とPreOP1回しか勝ってないけど、レース内容と地方出身ってことでそれなりに知名度がある。中央に移籍するときに記者会見までされたしね。

グランに関しても、朝日杯で負けちゃったとはいえデビュー戦とサウジアラビアRCで強いレースをしたから、けっこうメディアとかから注目されてる。

何だったら、一部からはすでにクラシック路線の私とティアラ路線のグランの2強みたいなことを言われてるらしい。

私はエゴサとかあまりしないけど、その代わりにイッカクが調べて教えてくれる。

 

「それで、こうやって注目されるってことはファンもそれなりにいるってことになるでしょ?」

「それもそうだね」

「そうなると、やっぱりファンサってのも大事にしないといけなくなってくるんだよね」

「それも知ってる」

 

競争ウマ娘は競技選手としての色合いが強いけど、それと同じくらいアイドルとしての役割も強い。

一番わかりやすいのはレースの後のウィニングライブだけど、人気が出てくると雑誌からの取材だったりグッズ販売だったり、アイドルとしての仕事も求められてくる。

だからと言って、レースや仕事だけ対応してればいいのかと聞かれると、それはそれで違う。

ウマ娘の中には、SNSを通じてファンと触れ合う人もけっこういたりする。

代表的なのはカレンチャン先輩で、あの人って写真やショートムービーを投稿できるウマスタってアプリでめちゃくちゃ人気があるんだよね。それこそ、あまりSNSを触らない私でも話に聞いたことがあるくらいに。

 

「でも、なんでいきなりそんな話が?」

「いや、実は最近そういう話があって、始めることにしたんだよね。それで、そういえばハヤテちゃんはどうなんだろうって気になって」

 

そっかぁ・・・私も、そういうことを気にしないといけない身分になってきたのか・・・。

 

「ん~・・・いつかはやると思うけど、早くても若駒ステークスが終わってからかなぁ」

「その心は?」

「たしかに注目されてるけど、さすがにPreOp1回勝っただけだと箔がね・・・せめて若駒ステークスを勝ってからかなぁ・・・」

 

重賞を走ってたらまた話は変わってたかもしれないけど、もう少し自信が欲しいからもう1勝くらいはほしいんだよね。

でも、グランはそうは思ってなかったみたいで。

 

「いやいや、そんなことないって。これ見てよ」

 

そう言って、グランがスマホを操作して私に画面を見せてきた。

画面に映ってるのは、なんかのネット掲示板だけど・・・

 

「・・・って、もしかしてこれ、私についてのスレ?」

「うん。けっこう話題になってるよ」

 

グランの言う通り、掲示板は割と盛り上がっている。

『クラマハヤテとかいうウマ娘ヤバすぎ』『これで地方出身とか信じられねぇw』『マジでオグリキャップの再来じゃん』『もしかしたら三冠いける可能性もワンチャン・・・?』『今のところ、路線は違うけどクラマハヤテとグランアレグリアの二強っぽい』などなど、いろんなことが書かれている。

・・・って!?

 

「え?三冠?そんな話になってるの?」

「みたいだね」

 

いや、そんなこと言われてもね・・・まるで実感が湧かないんだけど。

そもそも、私の脚質は逃げだけど、歴代の7人の三冠ウマ娘の中に逃げウマ娘はいない。それだけ、逃げでクラシックレースを勝つのは難しいということでもある。

もちろん、レース単体で見れば逃げで勝ってるウマ娘はいるけど、それでもごく稀だ。

そりゃあ、私だって負けるつもりは毛頭ないけど、だからってこれは気が早すぎない・・・?

 

「つまり、ハヤテちゃんはすでに今回のクラシック級の最有力候補として認識されてるから、今のうちにSNSでファンサを覚えてもいいんじゃない?」

「なるほどねぇ・・・」

 

ちょっと、自己認識を改めた方がいいかもしれないというか、自分がどういう風に評価されてるか、きちんと調べないといけないかもしれない。

私としては「たかがPreOPで1回勝っただけだし」って思ってても、ファンとか観客の中にはその1勝を重く見る人もいるらしい。レース内容があれならなおさら。

 

「・・・そういうことなら、やってみようかな」

「それじゃあ、パーティーが終わったら一緒にやってみよっか。イッカクもそれでいいよね?」

「うん。正直、私もウマッターはよくわからないし・・・」

 

まぁ、イッカクは見る専というか、調べる専だもんね。

ということで、急遽グランによるウマッター講座をすることになった。

まぁ、今はクリスマスパーティーを楽しむけどね。チキンうめぇ。

 

 

* * *

 

 

クリスマスパーティーが終わった後、グランに自室に来てもらってウマッターの登録方法を教えてもらった。

まぁ、登録自体は簡単で、グランに教わらなくてもなんとかなる範囲だったけどね。

後は、通知とかプロフィールとかそういう細々とした部分も設定して、ようやく準備完了となった。

 

「それじゃあ、始めましたーってツイートしてみたら?」

「ん・・・」

 

グランに促されるまま、私はツイート画面を開いて・・・

 

「・・・ん?どうしたの、ハヤテちゃん?」

「なんて書けばいいの?」

「うそでしょ?」

 

いや、自分でもちょっとびっくりするくらい何も思い浮かばなかった。

でも、SNS初心者なら似たようなものでは?それとも、私がコミュ難なだけ?

 

「いやいや、今日クリスマスなんだからさ、そういうのを交えて書けばいいんじゃないの?」

「あっ、言われればそうだね」

 

『メリークリスマース!突然だけど、私もウマッター始めることにしたのでよろしくお願いします』って入力して、ツイートっと。

 

「こんな感じ?」

「うん。あとは、一言だけでもいいから、できれば毎日、最低でも2,3日に1回はツイートするようにね」

「えっ、そんなに?」

「これくらいは割と普通だよ?」

 

そうなのか・・・普通なのか・・・。

ちょっと参考までに、知ってるウマ娘のアカウントを見てみよう。

会長は・・・あ、やってるね。まぁ、完璧が服を着て歩いてるような人だし、ファンサを欠かすはずもないか。

ツイート内容にちらほらダジャレが紛れ込んでるのは・・・あの人なりの茶目っ気なのかな?

あとは・・・うわ、フジキセキ先輩のアカウント、フォロワー数が凄いな。やっぱ夢女子量産してるのかな?

あ、オグリ先輩のアカウントもあった・・・って、あのオグリ先輩でさえ定期的にツイートしてるのか。ちょっと意外・・・いや、タマモ先輩が面倒みてるのかな?あと、食べ物関連のツイートがほとんどだから、あまり深いことは考えてなさそう。

にしても、やっぱり名前が売れてるウマ娘はだいたいやってるね。

ゆくゆくは、私もこういう感じになるのかな。

その後は、グランからウマッターをする上での注意事項をいくつか聞いて、お開きになった。

 

 

ちなみに、翌朝確認してみたら思った以上にフォロワーが増えててびっくりした。

ついでに『募集:ウマ娘向けでたくさん量を食べれるお店』ってツイートしたらいろんな都内外のお店を紹介されたから、今度オグリ先輩も誘って行ってみよう。




文章書く時に書き始めが一番悩むの、あるあるじゃないですか?
自分は執筆するとき、特に新作を書くとき、一番最初でピタッと手が止まります。一度書き始めるとすらすらいくんですけど、それまでが苦労するんですよね。
あと、YouTubeとかハーメルンのコメントとか感想で書いた後に投稿しようか悩んで、結局消しちゃうこともちらほら。

・・・それはさておき、実はそろそろ会長からダジャレが出ていないことに違和感を感じてきてる今日この頃。
キャラはシングレ寄りで書いてるんで別になくてもどうにでもなるんですけど、やっぱりなかったらなかったでなんか“これじゃない感”がするという。なんて面倒くさいキャラなんだカイチョ―(小声)。
まぁ、最近はガッツリ会長と話す機会も少ないんで、しゃあないと言えばしゃあない。


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やっぱ人気者ってツレェなぁ!

『今、後続を6バ身突き放してゴール!若駒ステークスを制したのはやはりこのウマ娘、クラマハヤテだ!これで、皐月賞に向けて王手をかけました!』

 

年も明けて1月の半ば過ぎ、私は京都レース場で若駒ステークスに出走、1着をもぎ取った。

OPレースにも関わらず、観客席は人であふれかえっている。

クリスマスパーティーの時にネット掲示板でも見たけど、三冠ウマ娘候補として見られているからこそ、この注目度ってことかもしれない。

まぁ、もちろん油断はできないんだけどね。

 

 

 

「ん~!おいひぃ~!」

 

若駒ステークスの翌日、今日は日曜日ということでレースの祝勝会も兼ねて京都の町で甘味巡りをすると決めていた。

やっぱり京都なだけあって抹茶とかきな粉とか和系のスイーツが多いけど、どれもおいしい。

今回はこの時のために昼ご飯も控えめにしたから、いつもより思い切り食べられる!

お店は悲鳴を上げてた気がするけど、加減はしたはずだし気のせいだよね。

そんな私の向かいで須川さんがタブレットを操作している。

 

「京都の甘味を満喫してるようで何より。だが、今回無傷で若駒ステークスを勝ったとはいえ、皐月賞に向けてまだ油断はできない。この意味がわかるな?」

「ん、サートゥルナーリアとアドマイヤマーズだよね」

 

サートゥルナーリア。あのクリスマスパーティーの後日、無敗でG1ホープフルステークスを勝って、私に続いて今年のクラシックで期待されているウマ娘だ。

アドマイヤマーズは、朝日杯FSでグランを負かしたウマ娘で、こっちも無敗のままG1を制覇している。

 

「あぁ。サートゥルナーリアはここまで3戦3勝。どのレースも1番人気で支持され、その期待通りに勝ってきたウマ娘。まず間違いなく、皐月賞でも最大のライバルになるだろう。アドマイヤマーズは、人気という面ではサートゥルナーリアには1歩及ばないが、それでもこれまで4戦4勝、油断はできない相手だ」

 

OPを勝ってる私と、G1を勝ってる2人。この差は大きい。

表だった実力はもちろん、G1の大舞台を経験している、という意味でもね。

一応、サートゥルナーリアに関しては間にレースを挟まずに直で皐月賞に出るって発表してるから、若葉ステークスに出る私の方がレース勘が鈍ってないっていう点では有利なところがないわけじゃないかな。

 

「一応、他にも無敗のウマ娘でダノンキングリーがいるが、こっちは先の2人ほど警戒する必要はない」

「そうなの?」

「俺が見た限り、ダノンキングリーはマイラー寄りだ。中距離も走れるだろうが、本領発揮とまではいかないだろう。長距離の素質はないと言ってもいい」

「そっか」

 

よくわかるねーそんなこと。抹茶パフェうめうめ。

 

「とはいえ、警戒されているのはこっちも同じ・・・いや、むしろ俺たちの方を格上としてみなしている可能性すらある」

「やっふぁりふぉう?」

「それだけ、逃げで強いウマ娘というのは稀だ。クラシックならなおさらな。だから、この2人にマークされる可能性は高い。それは覚えておけ」

「ん」

「・・・ここまで話しておいてなんだが、いまいち緊張感に欠けるな・・・」

 

いやだって、今は京都の甘味を楽しむ時間でしょ?目の前の抹茶パフェを楽しんで何が悪い。

 

「そういえば、イッカク遅いね」

 

ちなみに、この場にイッカクはいない。なんか須川さんに買い物を頼まれていて、今は別行動中だ。

 

「何を買いに行かせたの?」

「大したものじゃないんだが・・・」

 

ザワ・・・ザワ・・・

 

ん?なんか、心なしか周囲が騒がしくなってきたような気がする。

辺りを見回してみると、店に来たときより明らかに人が増えていた。

交通量が増えてきたとかなら、今日やるレースを観に来た人で増えたのかもしれないけど、この辺は京都レース場からは離れているから、その線は薄い。

というか、明らかに視線は私に向けられている。

 

「・・・なんか、人が増えて来たね」

「なに?・・・本当だな」

 

須川さんも異変に気付いたみたいで、タブレットに視線を落として何かを調べ始めた。

 

「・・・なぁ」

「なに?」

「今朝、ウマッターで何か呟いたか?」

「んー?今日は京都で甘味巡りするってことだけ。詳しい場所とかは何も書いてないけど」

「どうやら、その情報だけで近辺のカフェや甘味処を総ざらいして居場所を特定したやつがいるらしい」

「マジで?」

 

そんなんストーカーじゃん。

 

「すみません!遅くなりました!」

 

ちょうどそのタイミングで、小さめの紙袋を持ったイッカクが駆け寄ってきた。

ていうか、あれ?なんか見慣れない帽子をかぶってる。

 

「おかえりー。何を買ってきたの?」

「これ、ハヤテちゃんに」

 

イッカクが袋から取り出したのはちょっとおしゃれな眼鏡だった。

え、別に私、目は悪くないけど?

 

「それは伊達メガネだ。お前も有名になってきたからな。変装、というと少し大げさに聞こえるかもしれないが、イメチェンして正体を隠す必要が出てきた。そのためにイッカクに頼んだんだが・・・少し遅かったな」

「すみません。人が増えて2人の姿が見えずらくて・・・」

「気にするな。俺もここまで人が多くなるのは想定外だった。さすがにストーカー紛いのやつはいないだろうが、念のため後で場所を変えて変装しておこう」

 

あーなるほど、そういうことね。

考えてみれば、イッカクの白毛ってめっちゃ目立つから、それを隠すための帽子か。

 

「そういうわけだ。ちょっと早めにそいつを片づけてくれ」

「はーい」

 

須川さんに言われた通り、私は食べるペースを上げて手早く完食した。

まさかここまで注目されることになるなんて、私もわかんなかったなぁ。

念のため、あとでグランに今回のことを話しておこっと。

 

「あ、そうだ。わらび餅食べたい。餡蜜かかってるやつ」

「ちゃんといい店探してやるから、ちょっと待ってくれ」

 

なんだかんだ言いながらお店をリサーチしてくれる須川さんマジで好き。トレーナーとしてって意味で。

 

 

* * *

 

 

「ん~、なんだかんだ目立っちゃったね」

「だな・・・」

「あはは。そうだね・・・」

 

帰りの新幹線の中で、須川さんとイッカクが苦笑を浮かべる。

その理由は、私の傍らにある複数の紙袋だ。

結局、あの後はイッカクが買ってきた伊達メガネをかけて行動したんだけど、伊達メガネをかけただけで服装なんかは変わってないから普通に人は集まった。

その中には、わざわざ私のために応援の品物を用意してくれた人もいた。とはいえ、大半は食べ物だしどうしたものかね。

滅多にないことではあるけど、ファンから送られてきた食べ物の中に変なものが入ってたって話はないわけじゃない。

まぁ、ウマ娘の体ならよっぽど毒性が強くない限り大丈夫だろうけど、そうじゃなくてもドーピング指定されている成分が含まれている場合もあるし、やっぱり扱いに困るね、これ。

 

「どうすればいいと思う?」

「・・・まぁ、見た限り食べ物は全部市販品だし、ありがたくいただいてもいいだろう。とはいえ、念のためレース前の1,2週間は食べないようにするのと、知り合いに渡すのも控えておくこと。あと、どうせなら八つ橋は今食べちまおう。生菓子は早いうちに消費しとけ」

「はーい」

 

須川さんのアドバイス通り、袋から八つ橋を取り出して開封した。

うん、この八つ橋美味いな。お土産用と自分用に買っておこうか迷ったけど、自分の分が浮いたと思えばいいや。

お土産の八つ橋は、オグリ先輩とタマモ先輩、ゴルシ先輩、あとはグラン経由でチーム・リギルに渡す分も確保しておいた。

チーム・リギルとはグランと会長とトレーナー同士の縁でたまにお世話になってるから、渡しといて損はない。

 

「にしても、わざわざこんなものまで作ってもらうなんて、もしかして私ってけっこう愛されてたり?」

 

貰った品は食べ物ばかりじゃなくて、中には手のひらサイズのぬいぐるみやキーホルダーなんかもあった。

見るからに作りこまれているのもあって、嬉しいやら照れくさいやら。

 

「あぁ、そうだろうな」

「そ、そう?」

「お前はすでに、誰かに夢を魅せることができるウマ娘だ。それは俺が保証する。だからこそ、言葉にせよ形にせよ、魅せてくれた夢に応えようとするファンもいるんだ。お前は、胸を張っていい」

「え、えへへ・・・」

 

や、やばい。いつになく須川さんが褒めてくれてめっちゃ気恥ずかしい。

イッカクもそんな私を慈愛に満ちた眼差しで見つめてくる。

慣れない言葉と視線に顔が熱くなって、思わず紙袋で顔を隠した。

 

「珍しく照れてんな」

「そりゃあ、私だって褒め殺されたりしたら照れるって」

「ならよかったな。クラシックレースで勝てば俺らだけじゃなくてファンやマスコミからもちやほやされるぞ」

「ファンはともかくマスコミはなんか違う」

 

思わずスンってなるくらいには違うんだよなぁ、それ。

確かにウマ娘が好きでやってる記者もいるけど、そういうのは少数派で、どちらかといえば話題性とか人気とかを求めている記者の方が多いって聞いたことがある。

今はだいぶマシになってるけど、一時期はそういうのがすごい露骨だったときもあったって会長から聞いたことがある。

まぁ、向こうも仕事でやってるんだから必要以上に悪く言うつもりはないけど、あからさまなお世辞を貰ったところであんまり嬉しくないんだよなぁ。

 

「お、おう。そうか。まぁ、なんにせよ頑張れ。もし負けたとしても、俺たちは傍にいてやるからな」

「もしもの時はよろしくね」

「そのもしもが何なのかは聞かないでおくが、そうならないことを祈ろう」

 

まぁ、私も言ってみただけだから。本気で須川さんのヒモになるつもりはないから、その辺は安心していいよ。一応。




実は今年まで走ってた史実若駒ステークス勝ち馬ヴェロックス。
その後は勝てずともなんだかんだ大きな怪我もせず頑張ったので、よしよししてあげたい。

オーバーウォッチ2を今日から始めましたが、思ったより面白かったです。
個人的にはAPEXよりも楽しく感じました。あっちは初動落ちとかキャラコン重視なところが肌に合わなかった部分があるので、やっぱりバトロワ系よりもシンプルなFPS形式の方が好きかもしれませんね。


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世界に1つ、私のための

水星の魔女見てたら男が百合の間に挟まるというかむしろ主人公が逆ハーレム形成してるというかノンケの間に百合を差し込んでるような構図になってて草生えた。
とりあえず今回の話でグエルが好きになったから幸せになってほしい。


「あぁそうだ。ハヤテ、早いうちに勝負服の案をまとめておくぞ」

「はい?」

 

若駒ステークスが終わって何日か経った後。

まだレース明けってことでトレーニングは軽めに流し終わった後、須川さんからいきなりそんなことを言われた。

 

「勝負服って、あの勝負服?」

「どれもなにもないと思うが、お前の勝負服だ」

 

勝負服っていうのは、主にG1レースでしか着ることを許されない特別な衣装のことだ。

デザインは出走するウマ娘1人1人によって違い、勝負服を着てレースに出ることはウマ娘にとって名誉なことだとも言われている。

ちなみに、グランは朝日杯に出走したということで、すでに勝負服を持っている。

そんな、限られたウマ娘しか着ることができない勝負服を?私が?

 

「・・・もうそんな話になってるの?」

「あぁ。実際に用意する分にはまだ余裕があるが、デザインだけでも早いうちにまとめておいてほしいと学園から、というかURAから通達があった。まぁ、お前の場合はよほどヘマをしない限り若葉ステークスは勝てるだろうし、お前の勝負服姿で皐月賞の宣伝をしたいって目論見もあるんだろう。だから、デザインだけでもどうするか相談しておきたい」

「う~ん・・・」

 

なんともまぁ、いきなりすぎて微妙に現実感が湧かないけど、そう言う話があってもおかしくはないか。

でもなぁ、私はそういうデザインの話とかさっぱりなんだけど。

 

「ちなみに、デザインって私の方から希望を言った方がいいの?」

「いや、別にお前にこだわりがないなら、一からデザイナーに任せることもできる。ただ、お前の想像と違うデザインが送られる可能性も0じゃないから、具体的な方向性だけでも言っておいた方がいい」

「そっかぁ・・・」

 

なるほどねぇ。

うーん、私に合いそうな勝負服、勝負服・・・。

 

「ドレス系とかスカート系じゃない方がいいかな。それで、速く走れそうなデザインがいい」

「速く走れそうってのは、機能的な意味か?」

「機能的にも、イメージ的にも」

「色はどうする?」

「う~ん・・・あくまでデザイナーの判断に任せるけど、緑系がいいかな」

「あいよ。あとはデザイナーに任せるってことでいいな?」

「それでお願い」

 

すでに担当のデザイナーとは話がついてたのか、須川さんはタブレットでさっきの私の要望をまとめてメールを送った。

 

「ちなみに、おおよそ1,2週間後にラフ画を送ってもらえるそうだ」

「思ったより早いね」

「今はまだ勝負服の依頼は少ないからな。というか、ジュニア級のG1に出走する場合を除けば、年明けで依頼を出すのは稀だ」

「なるほど」

 

それにしても、私の勝負服か・・・考えるだけでもソワソワしてきた。

 

「・・・ちょっと走ってきていい?なんか体がうずいてきちゃって」

「まだレースの疲れも抜けきってないだろうから、軽めに済ませておけ。そうだな・・・時速20㎞以下で1時間だ」

「はーい」

 

1時間で体の疼きが治まるとは思えないけど、須川さんの言うことも最もだからそれくらいで我慢しておこう。

 

 

* * *

 

 

デザイナーさんにメールを送ってからおよそ1週間後、ついに勝負服のラフ画が送られてきた。

そういうわけで、この日はトレーニングが終わってからはみんなで勝負服のデザイン選びをすることになった。

相当気合が入ってるのか、ラフ画ながら10個以上も送られてきた。

 

「うわぁ、いろいろあるね」

「たしかにな。だが、私服系が多いな」

 

須川さんの言う通り、送られてきたラフ画の半分近くはズボンとジャケットを主軸にした私服スタイルだった。

これはこれでもちろんすごいいいんだけど、どうせならもうちょっと特別感が欲しいかな。

 

「う~ん・・・ん?」

「どうした?」

「・・・これ、なんかいいかも」

 

私の目についたのは、若葉色をベースにしたくノ一装束の衣装だ。

まだラフ画ってこともあってデザインはシンプルだけど、肩を出したトップスと内ももを出したズボンに、お腹は網タイツで覆われていて、靴は足袋のようになっている。そして、二の腕を覆う手甲と額当てには風のような紋様が描かれている。

 

「これよくない?」

「俺はその辺のセンスはよくわからんが・・・イッカクはどうだ?」

「私は・・・私も、いいんじゃないかと思います」

 

イッカクのお墨付きも出たことで、方向性としてはくノ一ってことで固まった。

 

「にしても、まさかくノ一とはな・・・」

「まぁでも、ハヤテちゃんって山の中で走ってましたし、忍者っていうのもしっくりくるんじゃないですか?」

「そういうもんか?」

「そういうもん・・・かな?」

 

ぶっちゃけ、どうしてこのデザインを選んだのか、自分でもよくわかっていない。

なんというか、私の直感が「これだ!」って囁いたんだよね。

もしかしたら、私の中のウマソウル的な何かが反応したのかもしれない。知らんけど。

 

「それで、ベースはこいつにするんだな?」

「うん。これがいい」

「わかった。じゃあ、メールで先方に伝えておこう」

「それで、完成するのはいつくらいになるのかな」

「だいたい1ヵ月はかかるはずだ。この後に細かいデザインが送られてきて、さらに修正点がないか確認してから採寸、それから製作を始めることになるからな」

「長いねぇ」

「なにせ、ウマ娘の晴れ舞台に着るものだ。担当したウマ娘が有名になればなるほど、勝負服のデザインも評判、ひいては今後の営業に繋がることになる。半端な仕事はできないだろうよ」

「微妙に世知辛い話だね」

 

お金が絡んできちゃう以上、仕方ないことなんだろうけど。

 

「その分、栄誉ある仕事でもあるらしいがな。その辺の細かい事情までは知らんが、G1レースを勝ったウマ娘やそのトレーナーの評価が上がるのと似たようなものかもな」

「なるほどねぇ」

 

そう言われると、なんとなくわかるような気がする、かな?

ファンからの期待が重い時もあるけど、レースで勝てればそれ以上の声援が送られてきて嬉しい、みたいな。

 

「またデザイン案が送られてきたら連絡する。勝負服のことばかり気にしてトレーニングをおろそかにしないようにな」

「はーい」

 

 

 

あれからまた1週間後、新たに勝負服のデザインが送られてきた。

前のはラフ画だったからってのもあるけど、今回送られてきたデザイン案はすごい丁寧に仕上げられていて、これを着ている自分を想像できるかのようだった。

 

「おー!なんかめっちゃすごい!」

「テンション上がり過ぎて語彙力がなくなってんな・・・現物が送られてきたらどうなるんだ?」

「ま、まぁ、今はそれより、何か修正してほしいところがないか探していきましょう」

 

そうだよ。イッカクの言う通り、送られてきたデザイン案を眺めまわしていかないと。

とはいえ、ぱっと見はそんな気になるところとかはないんだよね。

トップスやズボンは若葉色をベースに襟が深緑色で縁どられ、手甲は黒色をベースに縁と両サイドに金のラインが走っていて、手の甲の部分は五角形の枠の中に額当てと同じ渦巻く風が描かれている。靴は足袋をモチーフにタイツと一体化したようなデザインになっていて、脚のラインが強調されている。

うん、めっちゃいい。めっちゃいいんだけど・・・

 

「ん~・・・なんかさみしい感じがする」

「・・・言われてみれば、たしかにそうだな」

「なんというか・・・何かが足りない、って感じがしますね」

 

イッカクの言う通り、何か物足りない。

服のデザイン自体は問題ないから、何か小物の類かな?

でも何が足りないんだろうなぁ~・・・

 

「・・・あれかな、口当てかな?」

「・・・言われてみればそうかもしれんが、全力で走るのに口元を覆うとか、完全に自殺行為だぞ」

 

だよねぇ。ろくに息継ぎできなくて窒息しそう。

 

「じゃあ、あれだ。マフラーだ」

「マフラー?」

「うん、首に巻いてちょっと口元を隠すのにちょうどいいと思わない?それにマフラーが風になびいたら、もっと風っぽくならない?」

「あ~・・・たしかに?」

「だよね?」

「いいんじゃない、かな?」

 

だいぶ疑問符を浮かべてるけど、2人の確認はとったからそういうことにしよう。

ちなみに、その旨のメールを送ってもらったら思ったより好感触の返信が送られてきたから、私の判断は間違っていなかったらしい。

 

 

 

そして、デザイナーさんの事務所で採寸したり細かい打ち合わせをしたりして、皐月賞トライアルである若葉ステークスが2週間後に迫ってきた頃。

ついに私の勝負服が送られてきた。

 

「わわわっ、ねぇねぇねぇ、開けてみていい!?」

「おう、いいぞ」

「ハヤテちゃんの勝負服だもんね」

 

ついに私の勝負服が届けられテンションが上がりまくっている私に苦笑している須川さんとイッカクを横目に、私は丁寧かつ迅速に封を開けていく。

箱を開けると、そこにはたしかに、あのデザインと同じ勝負服が入っていた。

 

「わ~っははぁ~!!ねぇねぇ、着てみてもいい!?」

「それはいいが、ちょっと待ってろ。俺は外に出て待ってるからな。イッカクはどうする」

「私は念のため、ハヤテちゃんの着替えを手伝います」

 

一応、私の勝負服は特に難しい着付けが必要だとかそういうのは少ないけど、いてもらえるだけありがたい。

中には説明書も同伴されていて、それを見ながら着替えていく。

まずは足袋と一体になってるっていうタイツから・・・あーなるほど、タイツそのものが足袋っていうよりタイツの足裏にクッションがあって、その上に足袋モチーフの靴を履くって感じか。蹄鉄は靴底に打ち付けるんじゃなくて、タイツと靴を合わせた二重のクッションの間にかすがいみたいな専用の釘で固定する仕組みらしい。

足袋なのに蹄鉄とかどうするんだろうって思ってたけど、これなら問題なく走れそう。

とはいえ、この専用のかすがいは非売品みたいで、替えも一緒に多数送られているけど必要なときは連絡する必要があると。

他は・・・特に気を付けないといけないものはないかな?

イッカクの手を借りながら着替えること数分。ようやく着替え終わった。

 

「須川さーん、着替え終わったよー」

「あいよー・・・おぉ、似合ってるじゃねぇか」

「そう?あ、写真撮って」

「わかった。ちょっと待ってろ」

 

そう言って須川さんがタブレットを取り出してカメラを向けたから、私は左手を腰に当ててピースのポーズをとった。

撮ってもらった写真を見てみたけど、うん、我ながら可愛いね。

 

「・・・これが私の、私だけの勝負服なんだね」

「あぁ。とはいえ、G1に出走できないと着れないけどな」

「言われなくても分かってるって。私も、この勝負服に恥じない走りをするつもりだよ」

 

これまでは好きに走ってきたけど、こうして一流の証が手元にある以上、これからは目的をもって走るべきだ。

なら、私が目指すべきものは1つ。

 

「私は、私が最強であることを証明するために、走り続けるよ」

 

今こそが、私という物語を始める時だ。

 

 

* * *

 

 

『クラマハヤテ、まだ止まらない!グングンと伸びていく!後続と差が埋まらないどころか、さらに突き放して今、ゴール!!デビュー戦を思わせるような大差をつけてゴールしました!タイムはなんと1分58秒4!皐月賞を前にレースレコードを叩きだしたー!!』

 

今までにない歓声を浴びながら、私はターフの上に立つ。

トライアルレースと言うこともあって、デビュー戦とも今までのレースとも違う景色が見える気がする。

もしこれがG1レース、それもクラシックレースだったら、どんな景色が見えるのか。どんなレースができるのか。

あぁ、今から楽しみで仕方ない。

そこでならきっと、まだ見たことがないものが見えるだろうから。




一度レース回を出して、ようやく物語が進むようになってきた・・・。
ちなみに、グランアレグリア(と、ついでにアーモンドアイ)の勝負服は今のところ望monさんのイラストを参考にしていただければと。もう自分の中のグラン像とアーモンドアイ像がこの人のイラストで固まっちゃってるんで・・・。
万が一、億が一、公式が2人のウマ娘化を発表するようであればそっちに変更するでしょうが、容姿はともかく勝負服はこの物語が完結するまでに出てくるかどうかすら怪しいところ。

一応、ハヤテの勝負服のモデルとして、Party Cityのくノ一コスが近い感じです。
こういう、腹が網タイツのくノ一ってよくないですか?あと、肩出しくノ一もよくないですか?
今回のモデルとは違いますが、AMBITIOUS MISSIONの弥栄ちゃんの衣装とかマジ好み。

余談ですが、今回は足袋を履かせたくて靴底をゴムにしてみましたが、その辺の素材の規定ってあるんですかね。
シングレのアキツテイオーとか、ぱっと見た感じ藁の草鞋でめっちゃ走りずらそうですけど。
ユキノビジンの原案?あれはバグみたいなものってことで。


*追記
靴底に関する意見をいただいたので、その辺の仕組みを書き直しました。
基本的にインドアなんでゴム底靴で芝を走った経験なんてないんですけど、けっこう違和感があるらしいです。
このような参考意見はとてもありがたいので、ぜひいただけると幸いです。


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コミュ難でもG1ウマ娘って務まりますか?

結論:コミュ難ではないけど走ることしか考えてない先頭民族スズカがなんとかなってるからヨシ!


さて、無事に若葉ステークスに勝ったことで、私は皐月賞の出走権を得ることができたんだけど、G1レースに出走するウマ娘は勝とうが負けようが、上澄み中の上澄みであることには変わりなくて、世間やメディアからの注目度は限りなく高い。

ということはつまり、ここからは本格的にメディア露出が増えてくるというわけで。

 

「ハヤテ。近々取材があるから心の準備をしておくように」

「ごめん。その日はお腹が痛くなる予定だから・・・」

「バカを言うなと言いたいところだが、お前の場合はマジでそうなりそうなのがな・・・」

 

いやだって、取材を受けるってことは、そこで私が話したことが余すことなく世間様の目に留まるってことでしょ?やだやだ失言怖い圧迫取材怖いアンチ怖いやだやだやだ。

 

「あのなぁ、最強のウマ娘を目指すんだろ?シンボリルドルフの過去の雑誌とか見てみろ。マジでいくつの雑誌に出たのか数えきれないくらいだぞ」

「いやいやだって、あの会長だし・・・」

「現役だと、リギルのとこのアーモンドアイもいろんなところから引っ張りだこだぞ。現URA最強としてな」

「ヴッ・・・それを言われると」

 

そう。去年はわりと自分のことで精いっぱいだったけど、アーモンドアイ先輩は昨年トリプルティアラを達成して、その後に出走したジャパンカップではレコードを叩きだした。それも、レースレコードとか日本レコードをコンマ数秒更新したとかじゃなくて、芝2400mワールドレコードを1秒以上も縮めた。世界的に見てスピードコースと言われている日本のレース場とはいえ、イカレたタイムで走りきったんだから驚きだよね。

その成績が認められて、アーモンドアイ先輩は昨年度の最優秀ティアラウマ娘ならびに年度代表ウマ娘に選ばれた。

私?話題になっているとはいえデビューとPreOP勝っただけで表彰されるはずがないんだよなぁ。ちなみに最優秀ジュニアウマ娘に選ばれたのはアドマイヤマーズとダノンファンタジーってウマ娘だった。

そんなアーモンドアイ先輩は現在、海外交流戦であるドバイターフに出走するということで現地で調整してる。すごいよね、ドバイだよドバイ。お土産買ってきてくれるらしいけど、何をもらえるかな。ドバイって何が有名なのか知らないけど。

 

「そう言うわけだから、お前も慣れろ」

「それは、まぁ・・・」

「安心しろ。さすがにトレセン学園だって無茶ぶりはさせん」

「どういうこと?」

「これを見ろ」

 

そう言って、須川さんは取材の資料らしき紙束を渡してきた。

えっと、今回取材を受けるのは月刊トゥインクルって雑誌らしい。

いや、らしいっていうか、めちゃくちゃ有名だけどね、この雑誌。

ウマ娘を特集する雑誌は数多くあれど、その中でもダントツの規模のシェアを誇っている、ウマ娘自身はもちろん、ウマ娘に少しでも関わりがあれば知らない人はいないほどの大手だ。

もし初めての人にウマ娘を勧める場合、まず最初にこの雑誌を渡すという人も多いらしい。

あとは、取材の時にする予定の記者の名前とか質問が並んでいる。

 

「この月刊トゥインクルがなんなの?」

「月刊トゥインクルは、トレセン学園がバックについている。トレセン学園が全面的にネタを提供することで、出版社の需要を満たすと同時に生徒を守るようにする。シニアやクラシックはもちろん、ジュニアまで幅広くやってるのもそういう理由だ」

「なるほど」

 

つまり、ウマ娘を怪しい取材記者から守るための協力関係ってことだね。

逆を言えば、やっぱりそういう怪しい記者がいるからこその取り決めだろうけど。

あるいは、月刊トゥインクルで取材に慣れさせてから、審査もした上でできるだけ外部の記者を呼ぶことにもなるんだろうね。

 

「まぁ、さっきは確定事項のように言ったが、別に断ることもできるからな。トレセン学園はあくまでウマ娘第一。極論、一度も取材を受けずに過ごすこともできなくはない。それはそれで問題は出てくるだろうが、学園が見放すようなことはないだろうさ」

「いや、さすがに受けるよ。さっきあんな話をしたら無視することはできないって」

 

私が最強のウマ娘を目指す以上、これは避けて通れない道だ。

なら、学園の補助が手厚いうちに経験させてもらおう。

 

「それじゃあ、インタビューは受けるってことでいいんだな」

「うん、お願い。あ、そういえば、インタビューの時ってイッカクはどうなるの?」

「別にどうにもならんと思うが。一緒に出たいのか?」

「いや、イッカクって白毛で目立つでしょ?可愛いし。だから、イッカクにもそういう話がいってたりするのかなって」

「そ、そんな、可愛いなんて・・・」

 

イッカクは頬を押さえながら照れてるけど、普通にめちゃくちゃ可愛いからね?しかも珍しい白毛だし、イッカクが目当ての人が出て来てもおかしくないと思うんだけどなぁ。

 

「イッカクはあくまでアシスタント、裏方だ。普段の練習風景の取材を受ける時に一緒に映ることはあるだろうが、あくまで主役はお前だからな」

「だよね」

 

そりゃあ、レースで走ってるのは私なんだから、そうなって当然か。

 

 

* * *

 

 

あれから数日経って、段取りが整ったってことで取材を行う場所に向かった。

取材をするのは学園の中の一角ってことになってる。こっちに配慮してのことなんだろうね。

服装も勝負服じゃなくて学生服だ。勝負服は皐月賞の方で記者会見をするから、そこでお披露目するってことになってる。

ちなみに、その記者会見の日程も昨日届いた。今回の取材の1週間後だってさ。ハハッ、なんか一気に有名人みたいなスケジュールになってんじゃん。すでに有名人か。

取材内容に関しても、基本的に前もらった資料の通りにするとのことだから、わりと気は楽だ。これでいきなりアドリブ有りとかだったら胃がやばいことになりそう。

 

「インタビューの内容は頭の中に入ってるな?」

「うん。徹夜しない程度に読み込んだ」

「そこまで濃い内容じゃなかったと思うが・・・」

 

そうでもしないと落ち着かなかったんだって。

ちなみに、今回はイッカクはお留守番してる。なんか、裏方なのに取材に同行するのは落ち着かないんだって。

そんなことを話しながら歩いていると、指定された教室に着いた。

ドアをノックすると中から「どうぞ」と声が返ってきたから、ドアを開けて中に入る。

中で待っていたのは、ラフなスーツを上に羽織って長い黒髪を後ろで結んでいる女性だった。あの人が今回の取材を担当する記者さんかな?

中は椅子と机が対面形式で設置されていて、記者の机の上にはメモ帳と筆記用具が置かれている。

 

「初めまして。私、乙名史悦子と申します。取材へのご協力、ありがとうございます」

「クラマハヤテです。こちらこそ、よろしくお願いします」

「気を楽にしていただいて大丈夫です。どうぞ、こちらにお座りください」

「・・・ありがとうございます」

 

緊張してるのがバレたかな。

なんというか、乙名史さんの目、どこか須川さんと似てる気がする。

さすがにトレーナー業の経験があるわけじゃないだろうけど、よほど多くのレースやウマ娘を見てきたのか、観察眼というか審美眼というか、並のトレーナーよりもよっぽど見る『眼』があるように思える。

須川さんから「この記者は界隈でも有名だ」って聞いてるけど、その評判に偽りはなさそう。

・・・須川さんが微妙そうな表情をしてたのは気になるけど。

そんなことを考えていると、乙名氏さんはさっそくボイスレコーダーを取り出して電源を入れた。

 

「では、これからインタビューを始めさせていただきます!」

 

おやぁ?ちょっと素でテンション上がってない?

あぁ、この人あれか。ウマ娘が好きすぎて記者になっちゃったタイプか。

にしても、私にまでそんなテンションを上げてくれるなんて、ちょっと照れちゃう。

 

「まず始めに、地方から中央に移籍することになったきっかけを教えていただいてもいいですか?」

「あ~、きっかけはトレーナーからのスカウトですね」

 

一応、会見やインタビューの場では須川さんのことをトレーナーと呼ぶようにすることにした。

別に名前呼びがダメってわけじゃないんだけど、やっぱり少数派だし、理由が理由だから拡大解釈されても困る。

 

「最初にトレーナーと会ったのは、浦和トレセンでの実習で試走をした時なんですよね。でも、その時は他と比べてダントツで遅くて、『あ、これダメだ』ってなったんです。そこに、トレーナーが来て私をスカウトしたんです」

「なるほど・・・ですが、そのような状況でスカウトされて、不信感のようなものはありませんでしたか?」

「ガッツリありました。なんなら、『中央のトレーナーを名乗ってる怪しい人』ってのが正直な第一印象でした」

 

そう、あの時の不審者みたいな第一印象が強すぎて、未だにトレーナーじゃなくて名前で呼んじゃうんだよね。

もちろん、もうすぐ1年経つ今となっては須川さんのトレーナーとしての腕前は疑ってないけど、でもなんとなく名前呼びが染みついちゃってる。

 

「まぁ、試走の時はダートの超短距離で、適正外もいいところだったっていう事情もあるので、そんな状態で私の適性を見抜いてスカウトしてくれたトレーナーには感謝してもしきれません」

 

そういう意味では、須川さんは私の恩人だ。

 

「なるほど、ありがとうございます。続いて、地方出身ながら無敗での皐月賞制覇がかかっていますが、意気込みはありますか?」

「正直な話、つい最近まで山の中で走り回ってた感覚もあって実感が湧かない部分もありますけど、こうしてクラシックG1の舞台に立った以上、私は自分が最強であることを示すつもりです」

「なるほど!では、皐月賞で他に注目しているウマ娘はいますか?」

「無敗でジュニアG1を勝った、サートゥルナーリアとアドマイヤマーズです。ですが、私の脚質が逃げであること、私自身が最強を証明するのを目標としている以上、特定のウマ娘だけを警戒するのではなく、他すべてのウマ娘を警戒して走るつもりです」

 

ウマ娘のレースは、強いほど勝ちにくくなるというジンクスが存在する。

強ければ強いほど、他のウマ娘にマークされやすくなり、自分の走りがしにくくなる。

逃げや追い込みなら他のウマ娘の影響は受けづらいけど、逃げはスパートを出し続けるタフネスと抜かされないスピード、追い込みは冷静に状況を見続けるメンタルと最後方から抜かしきる突破力がないと成立しない。

だからこそ、本当に強いウマ娘というのは稀なのだ。

そこまで言うと、乙名史さんはプルプルと体を震わせ・・・

 

「す、す、素晴らしいです!!」

「お、おおぅ?」

 

思い切り体を乗り出し来た。勢いあまって椅子まで倒してる。

いや、突然すぎて思わずのけぞりながら素の声が出ちゃったよ。

 

「地方から現れた、あのオグリキャップさん以来とも言われる傑物!そして、そのオグリキャップさんが成し得なかったクラシック制覇を目標にしていると!」

 

うんまぁ、オグリ先輩とは普段から仲良くしてもらってるし、目標にしている部分ももちろんあるけど、そんなにたいそうな感じではない、かなぁ?というか、まだレースしてるところ見たことないから『ちょっと天然が入ってて一緒によくご飯を食べる先輩』ってイメージの方が強いんですけど。

 

「さらに!ここまで無敗で皐月賞への切符を手にしながらも謙虚さを忘れず、トレーナーのことを全面的に信頼しているとは、素晴らしい関係です!」

 

えっと、須川さんのことを信頼してるのは否定しないけど、謙虚・・・謙虚かなぁ?むしろ他のウマ娘をまとめて踏みつぶす気満々で挑むつもりなんですけど。というか、今までのレースでもけっこうまとめて薙ぎ倒してきましたけど。

 

「そして!最強を目指しながらも他のウマ娘へのリスペクトも忘れず、三冠をとれるかもしれないと噂されていながらも冷静に地に足を付けて目標と向き合うその姿勢!まさに世間やファンからの期待に応えるウマ娘そのものの姿です!」

 

ごめん、そこまでは考えてない。

そりゃあ最強を目指すとは言ったけど、三冠にそこまでこだわりがあるかって言われると、う~んってなる。もちろん負けるつもりはないけど、周囲に期待されているほど楽観視してないし、自分にその器があるかって聞かれても『ある』とは答えられないんだよね。

ついでに、世間やファンから注目されてるって自覚はあるけど、レースになっちゃえば関係ない、というか普段からそんな意識してない。今のところ私のスタンスは『推したければ推せ。私は知らん』を貫くつもりでいるから、そんな高尚なウマ娘と思われても、その、ちょっと困る。

完全にヒートアップしてる乙名氏さんを横目にチラッと須川さんの方を見ると、諦めろと言わんばかりに小さくため息をついて首を横に振った。

なるほど、こういうタイプの面倒くさい人だって知ってたから、最初に微妙な表情になってたのね。

乙名史さんのヒートアップはこの後数分続いたけど、一度冷静になってからはちょっとプライベートなことも含んだ雑談混じりの取材をして、おおよそ30分くらいでインタビューは終わった。

にしても、あーいう人が書く記事って、大丈夫なのかな・・・?

 

 

 

後日、私の取材が載った記事が発売されたってことで買って読んでみたところ、過大評価とは言わずともめちゃくちゃ称賛されててめっちゃ恥ずかしくなった。

ていうか、これ知り合いに見られるって、もはや軽く地獄では?

・・・とりあえず、こういうのにも慣れていかないとダメかぁ。




絶対シービー実装されるって思ってたのに・・・文句とまでは言いませんが、気合入れすぎたせいで肩透かしが半端ない・・・。
あと、風モチーフで若干キャラが被りそうですが、距離と性格は違うのでセーフってことで。
シービーが実装されるまで石貯蓄は続行ですが、思わず引きたくなりそうになるくらいにはキャラが良すぎねぇかアストンマーチャン・・・。


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ほら、まとめてかかって来いよぉ!(震え声)

例の乙名氏さんの取材から1週間経ち、予定通り皐月賞の記者会見が開かれる運びとなった。

ちなみに、アーモンドアイ先輩は見事ドバイターフを勝利して帰国してきた。

お土産はパ◯チ?とかいうお店のチョコをいただいた。有名なお店らしいけど、ぶっちゃけ知らん。めっちゃ美味しかったけど。

んで、今回の記者会見は皐月賞に向けたものということで、勝負服で参加することになっている。ついでに、記者会見が開かれるビルまでは学園が手配してくれた車で向かった。安全対策とかめちゃくちゃ気を遣ってるのがわかる。

にしても、記者会見なんて中央に移籍するときに会長と一緒にやって以来かな。久しぶりすぎて緊張してきた・・・。

 

「・・・今のうちにリラックスしておけ、ハヤテ。これからはレースの前後に記者会見をする機会がグッと増える。あまり無茶な質問は飛んでこないだろうし、この前の取材と同じ感覚で臨めばいい」

「それって、一部乙名氏さんみたいな記者もいるってこと?」

「あそこまでのは稀だ。というか、あの類は質の悪いゴシップ記者を除けば乙名氏記者以外めったにいない。それに、今回は権威あるクラシックレースで、なおかつ未来有望なウマ娘を相手にするものだ。当然、参加できる記者の審査は相応に厳しい。よほど問題になるようなことはないだろうさ」

 

須川さんがそういうなら、そうなのかな。

ちなみに、今回の記者会見は事前に行われたファン投票で上位5人に選ばれたウマ娘を対象にしてるんだけど、私はその中でも一番人気に支持されている。

ハハッ、やべー。これで今回の記者会見に出る他の4人のウマ娘だけじゃなくて、皐月賞に出走するすべてのウマ娘からマークされるのが決まったようなもんじゃん。

 

「念のために確認しておくが、今回はそれぞれに控室が用意されていて、そこで記者会見の準備をする。勝負服に着替えるのもそうだが、メイクもしてもらう」

「メイクもするんだ」

「公の場に出るわけだからな。少しでも見栄えは良くしておくに越したことはない。まぁ、ハヤテの場合はそのままでも十分顔が整っているから、軽めになるだろうな」

「そ、そう?私ってそんなに可愛い?」

「だいたいのウマ娘に言えることではあるけどな」

「・・・」

 

いや、それはそれで事実かもしれないけどね?どうせならちょっとくらい自分の担当を褒めてもいいと思うんだ。

 

「記者会見の内容も、あくまでちょっとした質問を繰り返す程度のものになるはずだ。とはいえ、お前は世間にも注目されているから、おそらく記者の本命はお前のことになるだろうな」

「うへぇ・・・やっぱりそうなるんだ」

 

うんまぁ、それは乙名氏さんの取材でもなんとなくわかってたけど、今回は他にも一緒に皐月賞を走るウマ娘もいるわけだから、また取材のときとは違った感じになるんだろうなぁ・・・。

 

「・・・ちなみに、あの記事みたいな『最強を目指す』発言って、どういう印象になる?」

「端的に言って、宣戦布告だな」

「同期とかアーモンドアイ先輩に対して?」

「お前以外すべてのウマ娘に対して」

 

マイガッ。

 

 

* * *

 

 

しばらくして、ようやく記者会見をやるビルにたどり着いた。

ただ、タイミングが良かったのか悪かったのか、今回の記者会見に参加するだろう記者団と鉢合わせた。

さすがに今はそういう時じゃないって弁えてるのか、向こうから話しかけられるようなことはなかったけど、やっぱり私のことは知っているみたいで視線を向けられはした。

う~ん、これは今回もイッカクを留守番にして正解だったかもしれない。ただでさえ白毛で目立つし、私とセットのところを写真に撮られでもしたらプライベートでゆっくりできなくなる可能性もあったかも。

それに、イッカク自身すでに競争ウマ娘としてのキャリアは捨ててるから、悪目立ちするのは望んでいない。

これからの展開次第にはなるだろうけど、普段の練習風景の取材以外はイッカクは留守番でいいのかもしれない。まぁ、その辺のことはまた帰ってから本人と話し合おう。

控室には受付から係員さんに案内してもらって、今回お世話になるメイクアップアーティストの人とあいさつしてから勝負服に着替えてメイクをしてもらった。メイクって言っても、須川さんが道中で言った通り、本当に軽めだったけどね。

 

「須川さ~ん、どう?」

「いいんじゃないか?いっそのこと、普段から意識してもいいと思うくらいだ」

「う~ん、でもちょっと面倒だしなぁ・・・」

「そんな、もったいないですよ!せっかく可愛いんですから、化粧を覚えた方がいいと思います!」

 

メイクアップアーティストさんからも力説されるけど、本当に必要かぁ?

自分で言うのもなんだけど、私って身長142cmの上から76・52・75のロリスタイルだから、化粧とか変に大人ぶってる感じがしちゃいそうなんだよね。

・・・いざとなればイッカクに頼むのも一つの手ではあるけど、肌と髪と尻尾の手入れは最低限してるからそれで許して。

それからは、控室を後にして記者会見の会場へと向かう。

その道中でもやっぱりすごい見られているのが分かる。

 

「それじゃあ、俺はここまでだ。後のことはわかってるな?」

「ん、一応」

 

私は会場の手前側の方の扉に待機して、ファン投票の人気が低い方から順番に呼ばれて登壇することになっている。それからは、記者からの質問に答えるだけだ。

 

「んじゃ、あまり緊張しすぎないようにな」

「はーい」

 

そう言って、須川さんと別れた。

にしても・・・扉越しとはいえ、すでにざわつく声が響いているのが聞こえる。今回の記者会見、どんだけ集まったんだろうね。

 

「ねぇ」

「ん?」

 

不意に、横から声をかけられた。

そこに立っていたのは、今回の記者会見に参加する黒鹿毛のウマ娘だった。

 

「えっと・・・サートゥルナーリアさんだよね?」

「・・・私のこと、知ってるんだ」

「まぁね」

 

サートゥルナーリア。今まで何度も話してきた、今回のクラシックにおける私の最大の対抗バだ。

メディアでも『無敗のウマ娘による一騎打ち!』みたいな感じで散々取り上げられてるし、何より普段は話さないけどクラスメイトでもあるから、そりゃあ顔と名前は知ってる。

 

「それで、なに?」

「別に。ただ、私の他に無敗の皐月賞を期待されているのがどういう娘なのか、それを見に来ただけ」

 

それだけ言って、サートゥルナーリアはさっさと離れていった。

・・・なるほど。向こうにいるアドマイヤマーズもそうだけど、一足先にG1レースを勝ってるだけあって、肝が据わっている。サートゥルナーリアはホープフルステークスから直行で間にレースを挟んでないからトップコンディションじゃないだろうに、それでもあの自信とは、恐れ入った。

まぁ、私だってOpとはいえレースレコード叩きだしてるから、気後れするようなことはないけどね。

 

「お待たせいたしました!ただいまより、皐月賞出走ウマ娘記者会見を始めさせていただきます!」

 

あ、記者会見が始まった。

 

「ではさっそく、皐月賞に出走するウマ娘に登壇していただきましょう!まずは5番人気、ファンタジスト選手!4番人気、ダノンキングリー選手!」

 

最初の2人が司会の言葉で壇上に上がると、傍から見ても分かるくらいにカメラのフラッシュがたかれた。うわ、めっちゃ眩しそう。

 

「続いて3番人気、共同通信杯では2着となりましたが、無敗で朝日杯FSを制したアドマイヤマーズ選手!2番人気、3戦3勝の無敗でホープフルステークスを制し、無敗の皐月賞制覇が期待されているサートゥルナーリア選手!」

 

続いてアドマイヤマーズとサートゥルナーリアが壇上に上がると、さっきよりもさらにカメラのシャッターを切る音が聞こえてきた。やっぱり、無敗でG1レースを勝ってるってポイントが高いんだなぁ。

 

「そして、最後に1番人気!現在4戦4勝!地方から現れ、圧倒的な大逃げで他を寄せ付けない圧勝劇を繰り返してきた、今最も注目のウマ娘、クラマハヤテ選手!」

 

最後に満を持してという風に私が壇上に上がると、さっきまでのが嘘みたいにカメラのフラッシュが激しくなった。

思わず「うおっ、眩しっ」って手をかざしそうになったけど、どうにか堪えた。思わず眩しそうに目を細めちゃったのは大目に見てほしい。

とりあえず、ポーズとしてマフラーをバサッと後ろに翻した。

 

「サートゥルナーリア選手とアドマイヤマーズ選手の勝負服はそれぞれのG1レースでお披露目となりましたが、他3人の勝負服は今回が初お披露目となります!」

 

・・・なんか落ち着かないなぁ。一応、今回で2回目になるけど、こうも大勢の人に注目されるのはどうにも慣れない。

目線だけを動かしてると、取材者席とは違うところにある関係者席らしき場所に須川さんと4人のトレーナーさんが座っていた。

須川さんも私の視線に気が付いたのか、思わずといったように苦笑した。

 

「それでは、これから各ウマ娘の意気込みを聞いていきます!G1レースに対する想いなど、まずはファンタジスト選手からお願いします!」

 

それからは、インタビューというかウマ娘の意気込みを聞く時間になった。

ファンタジストは朝日杯の雪辱を晴らすこと、ダノンキングリーは初めてのG1レースでも負けないということ、アドマイヤマーズは無敗ではなくなったがそれでも皐月賞で負ける気はないということ。まぁ、3人とも皐月賞に関する無難なコメントだった。

でも、サートゥルナーリアは違った。

 

「では、サートゥルナーリア選手、お願いします!」

「私は、このまま無敗で皐月賞を制覇します。そして、私がクラマハヤテよりも上であるということを証明してみせます」

 

サートゥルナーリアのコメントに、会場はわずかにざわついた。

そりゃあ、まさかレースじゃなくて個人、それも私を名指しして宣戦布告したんだから、誰でもちょっとくらいは驚くよね。彼女のトレーナーもこのことは聞いてないのか、思わず立ち上がろうとしたのを須川さんに止められていた。

とはいえ、サートゥルナーリアの気持ちが分からないわけじゃない。

あくまで多分だけど、無敗でホープフルステークスまで勝ったのに、メディアやファンの間で話題になってるのは地方から来た私。私も無敗ではあるけど、G1どころか重賞すら出ていないんだから、その辺で何かしら思うところがあるのかもしれない。

 

「・・・へぇ」

 

・・・まぁ、私にとってはちょうどいいスパイスになったけどね。自分でも思わず口角が吊り上がっていくのを感じる。

自分じゃ見えないけど、司会とサートゥルナーリア以外の3人がちょっとギョッとしたあたり、今の私はさぞ獰猛な笑みを浮かべていることだろう。

 

「そ、それでは、最後にクラマハヤテ選手、お願いします!」

 

ふと我に返った司会が、私に話を振った。

マイクを受け取りながら、私はチラリと視線を須川さんに向けた。

視線を向けられた須川さんは、「好きにしろ」と言わんばかりに肩を竦めた。

うん、私もね、あんなこと言われて大人しくしていられるほど行儀良くないからね。許可をもらったんなら、もう好きにしちゃおう。

 

「あはは。まさかこの場で名指しで宣戦布告されるとは思いませんでした。まぁ、私も初めての重賞、初めてのG1ですけど、そのことについてあれこれ言うつもりはありません」

 

そして、一息ついてから、口を開いた。

 

 

 

「私は、私が最強であるという()()を皆さんにみせます。ただ、それだけです」

 

 

あえて、まるでこの4人のことは見ていないというように、傲慢に、不遜に、そして大胆に言い切った。

そのどよめきは、先ほどのサートゥルナーリアの発現に対するものとは比較にならない。

そりゃそうだ。さっきのサートゥルナーリアみたいな、私個人への宣戦布告とは違う。

それこそ、同期どころか私以外すべてのウマ娘全員に喧嘩を売ったようなものだ。

とはいえ、反省も後悔もするつもりはない。

せいぜい、私が楽しむための糧にさせてもらおう。

 

 

 

 

 

記者会見が終わってから帰りの道中、めっちゃ吐きそうになった。

ついでにめっちゃ反省も後悔もした。

ほんと、なんであんなこと言っちゃったのかなぁ私はぁ!!




基本的にハヤテは慣れないことに関しては緊張しやすいですが、戦闘狂(先頭ではない)とは言わずとも戦闘好き(先頭ではない)ではあるので喧嘩を売られると即買います。
あと、その場のノリと勢いで話すことが多いですが、それで失敗しても反省して活かすことができないポンコツです。
こんなんだから、衆目に晒される黒歴史とか量産しそう。

今回、史実の人気を参考にするなら5番人気はヴェロックスになるんですけど、こっちの世界線では主にハヤテのせいで勝ちレースがメイクデビューだけになって若葉ステークスでギリギリ2着に入って出走権をもぎ取った形になるので、その辺を整合性をとるために人気を繰り下げました。ていうか出走取消すらあり得るレベルなんだよなぁ。
ヴェロックスは犠牲になったんだ。クラマハヤテによる史実改変、その犠牲にな。

ロリスタイルとは言ってもイナリワンとかゼンノロブロイあたりの例外を除けば低身長組の中ではまだ胸は大きい方なんだよなぁ。2人とも身長140cmもないのにBが85とか89ってうっそだろおい。
ちなみに参考までに、サイズはすべてダイイチルビーのものよりも1小さい数値となっております。バラバラのキャラを参考にしながら決めたのにこうなるとか、実はダイイチルビーのスタイルは自分好みの完成された数値だった・・・?
なお身長はハヤテの方が1㎝高いんですけどね。


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誰にも私を止められない

ガチャはシービー実装まで我慢すると言ったな?あれは嘘だ。
イナリワンとタマモクロスの新衣装とか引くしかないんだよなぁ。
結果は、すり抜けが多くて吐きそうになったものの、140連引いて新タマモ×2に加えてニシノ、晴着ウララ、パーマーを新規ゲット、すり抜けはしつつも星3二枚抜きも2,3回あったんで十分勝ちでしょう。
まぁ、欲を言えば2体目の新タマモを新イナリにしてほしかったですが。(強欲)


クラシックレース初戦、G1皐月賞。とうとうその日がやってきた。

不思議と、思っていたよりも不安や緊張は感じない。まったくないってわけじゃないけど、それらを興奮や昂揚が上回っている、って言った方が正しいか。

 

「調子はどうだ、ハヤテ」

「ん。問題なし」

 

控室では、須川さんが私の脚を最終チェックして、イッカクが私の蹄鉄を調整してくれている。

ちなみに、備え付けられているテーブルの上にはバナナやパンケーキの残骸が積み上がり、空になったペットボトルが転がっている。

レースに向けて1週間かけてガッツリ減量して、その分レースの前にガッツリエネルギー補給を済ませておいた。

これなら、間違いなくベストコンディションでレースに臨める。

 

「念のため、おさらいをしておくぞ。皐月賞は中山レース場で行われる右回り・芝2000mのレースで、バ場は良。条件は昨年の葉牡丹賞と同じだな。スタート直後とゴール直前にある急坂が肝だ。また、カーブも小回りでスピードが乗りづらい。加えて、中山レース場は他と比べて最終直線が短い。お前が皐月賞で勝つ()()()()は、最終直線までに先頭にいること。欲を言えば4,5バ身はリードが欲しい。でなければ、ラストスパートに捕まる可能性がある」

 

まぁ、この辺は葉牡丹賞の時と変わらないね。

 

「最後に、不測の事態に備えておきたい」

「って、言うと?」

「例えば、スタート直後に先頭が取れなかったり、バ群の中に埋もれたりした場合だな。もちろん、そういう事態は無いに越したことはないが、備えない理由にはならない」

 

それもそうか。

もしかしたら、何かの拍子にうっかり出遅れちゃったり、他がハイペースでそれに捕まる可能性だってあるわけだしね。

 

「とはいえ、いちいち全部の可能性を考えるのも面倒だ。もし不測の事態が起きた場合、2つ覚えておいてほしい。

1つ目は、冷静に自分の走りをすること。焦って無理に先頭に立とうとするといたずらにスタミナを消耗することになるし、場合によっては進路妨害をとられるような走りになりかねない。先頭が取れなかったからと言って、ムキになる必要はないってのを覚えておいてくれ。

2つ目は、相手に自分の有利な土俵を押し付けること。どのウマ娘にも、自分にとって有利・不利な条件ってのがある。つまり、有利な条件で走ることができれば、それは他のウマ娘にはないアドバンテージとなり、その差が勝負を分けることもある。それを見極めて、勝負所を探ってくれ」

 

・・・??

 

「・・・まぁ、とはいえだ。お前にそんな器用なレースができるとは思ってないし、俺も無理強いをするつもりはない。ハナをとって逃げ切れるなら、それでいい」

「はぁい」

 

ごめん、ちょっと頭がオーバーヒートしていた。

まぁ、その場その場でどうにかするしかないか。

 

「さて、皐月賞は『最もはやいウマ娘が勝つ』と言われるレース。条件で言えば不利だが、記者会見であんだけ啖呵きったんだ。そんなジンクスなんて関係なく勝ってこい!」

「オッケー!んじゃ、行ってくるね!」

 

イッカクから蹄鉄を付けた靴を受け取って、それを履いて私はパドックへと向かった。

このレースが、私と言う物語の第一歩だ。

 

 

* * *

 

 

パドックでのアピールを終えた私は、ゲート前でストレッチを始める。

今回、私の枠番は4枠7番。逃げの私にとってはまぁ可もなく不可もなくって位置だけど、中山レース場はカーブが小回りだから、外枠の方がスムーズにカーブに突っ込めるっていう利点もあるし、枠番だけで有利不利を測るのは少し難しい。

んで、そんな外枠の6枠12番にはサートゥルナーリアがいる。これが吉と出るか凶と出るか、それはレースが始まるまでわからない。

 

「クラマハヤテ」

 

そんなことを考えていると、心の中で話題にしていたサートゥルナーリアが話しかけてきた。

 

「サートゥルナーリアさん。こうして話すのは記者会見以来だね」

「あの時は、最後にあなたの発言ですべて持っていかれたけど・・・それでも、勝つのは私だ」

 

・・・はは、やっぱりいいね。

目の前にいるサートゥルナーリアはもちろん、ここにいる誰もが、今までデビュー戦やOPレースとは比較にならない気配を漂わせている。

これが、G1のレベルか。

 

「ははっ、いいね。でも、私だって勝ちを譲るつもりはないから。ここでこれ以上言葉を重ねても意味はない。後は、走ってでどっちが強いかを証明するしかないよね」

「っ、たしかに、それもそうか。なら、私も全力を尽くさせてもらう」

 

そう言って、サートゥルナーリアはゲートへと向かっていった。

さて、私もそろそろゲートに入りますか。

 

『さて、各ウマ娘が出そろいました』

 

ゲートに入り、周囲の視線を遮るとスッと意識が澄み渡る。

あとは、ゲートが開くのを待つだけ・・・

 

『クラシックレース、G1皐月賞。今・・・スタートしました!』

「ぶぇっ!」

 

あっ、やべ。

 

『おっと!7番クラマハヤテが出遅れてしまいました!』

 

 

* * *

 

 

『おっと!7番クラマハヤテが出遅れてしまいました!』

「あっ!ハヤテちゃんが出遅れちゃってますよ!?」

「ちょっ、これ大丈夫なんですか?」

 

クラマハヤテが見事に出遅れた場面は、関係者席から見ていた須川とイッカク、グランアレグリアもばっちり目撃していた。

ちなみに、グランアレグリアが須川やイッカクと並んで関係者席にいるのはほとんど彼女の我が儘のようなものだ。

一応、グランアレグリアが関係者席に混じってレースを観るだけなら、まぁできなくもないことではあるのだが、他チームないし他トレーナーと観戦など軽くスパイ行為なため、あまり褒められることではない。あるとしたら、見られる側とよっぽど仲がいいウマ娘が来る場合か、もし見られたとしても問題ないと判断できる事情か実力差がある場合くらいだ。

そして、幸か不幸かグランアレグリアは両方当てはまる。

同じクラス・同じ寮で普段から仲がいいのは言わずもがな。そして、クラマハヤテが中長距離路線なのに対して、グランアレグリアは短距離マイル路線なので基本的に同じレースに出ることはない。

なので、「ハヤテと仲いいしクラシックレースくらいなら・・・」と須川と東条も渋々許可を出した。

あるいは、彼女も先週行われた桜花賞でレコードを出して勝ったため、そのご褒美のようなものかもしれない。

 

「いやまぁ、大丈夫ではないな。あいつ、勢い余ってゲートにぶつかるとか・・・テンション上がり過ぎじゃないか?」

 

クラマハヤテが出遅れた原因は、今須川が言った通りクラマハヤテがスタートの際にゲートにぶつかったためだ。

不幸中の幸いなのは、ロスは少なめで最後方とはいえバ群に埋もれず離されてもいないというところか。

 

「こうなると・・・かなり厳しくないですか?」

「普通に考えれば、厳しいどころの話じゃないな。一応、逃げウマ娘が出遅れても1着をとったケースはあるにはあるが、よほどレース慣れしていないと無理だ」

 

代表的なのは、キタサンブラックの天皇賞秋だろう。

彼女もまた 逃げウマ娘でありながら出遅れたが、不良バ場の最内を突っ切ることで最終直線で先頭に出て勝った。

だが、それはシニア級の時の話だ。

 

「じゃあ、ハヤテちゃんはこのまま・・・」

 

考えたくはないが、目の前の現実にグランアレグリアも表情を暗くし、イッカクも目を伏せた。

だが、それでも須川の表情はまだあきらめていなかった。

 

「いや、まだ可能性はある」

「本当ですか!?」

「まず第一に、バ群に埋もれるという最悪の事態は回避している。自分のペースで走れるなら、まだ可能性はあるはずだ。

それに・・・ハヤテはまだ冷静だ」

 

目の前を通った時に一瞬だけ見えたクラマハヤテの表情。

ゲートをぶつけた部分をさすっていたが、その瞳に動揺の色はなく、静かに前を見据えていた。

 

「ハヤテを信じろ。あいつならあるいは、俺たちの想像を超える走りをしてくれるはずだ」

 

 

* * *

 

 

「いてて・・・」

 

うぅ、勢い余ってゲートにぶつかっちゃった・・・。

う~ん、自分じゃちゃんと集中してたつもりだったんだけどなぁ・・・我ながら緊張してたのか、テンションが上がってたのか、どっちだろう。

おかげで、すっかり出遅れて現在最後方に居座ることになっちゃった。

幸い、ぶつけた部分はちょっとヒリヒリするだけで、皮膚が裂けて出血とかはないっぽい。

とはいえ、どうしたものかな・・・。

意外にも、出遅れたにも関わらず今の私は落ち着いたままだ。なんというか、自分事のはずなのにどことなく他人事のように感じる。

おかげで、こんな状況でも後ろから冷静にレースを俯瞰することができる。

サートゥルナーリアは、他の上位人気ウマ娘と一緒に前寄りの中団を走っている。

ペースは、早くも遅くもない、ハイ寄りのミドルペースってところかな。私が先頭に立ってハイペースになるのと考えていたのか、先頭の方は少し戸惑い気味だ。

とはいえ、考えれる時間は少ない。

ウマ娘からすれば、2000mという距離は長いようで短い。だいたい2分前後で走れる距離だ。

さて、どうしたものか・・・

 

「・・・想定外のことが起きた時、考えることは2つ。1つ、自分の走りをすること。2つ、自分の土俵を相手に押し付けること」

 

1つ目の、自分の走りは問題なくできている。あとは仕掛けるタイミングだけだ。

問題は2つ目、自分の土俵を相手に押し付けることだけど、まず自分にとって有利な条件は何か。

1つは、言うまでもなく豊富なスタミナ。もう1つは、山で走ってきた坂の経験値。

中山レース場・芝2000mの最大の特徴は、スタート直後とゴール手前に存在する急坂。これを使わない手はない。

そして、私が皐月賞で勝つ最低条件は、最終直線までに先頭に立っていること。

なら、私が仕掛けるタイミングは・・・

 

「ここ!」

『ここでクラマハヤテが早くも第2コーナーから仕掛けた!大外を回って徐々に前へと迫っていく!』

 

中山・芝2000mは、スタート直後に坂がある都合上、第2コーナーから下り坂が始まる。これを利用して加速しながら先頭を狙っていく。

普通ならこんな早い段階でスパートとかできないんだろうけど、私はしょっちゅう大逃げからロングスパートをかけているし、なんなら今回は出遅れて最後方からレースを始めたおかげで、微々たるものだけど足には溜めがある。こっからスパートをかけても、十分ゴールまでもつはずだ。

同時に、追い抜きながら圧力をかけて掛からせ、全体的にペースを上げさせる。ここで私だけ消耗しても最終直線で厳しくなるから、私以外にも消耗してもらおう。

第2コーナーを抜けて坂が終わる頃には、サートゥルナーリアの後ろくらいまで進出することができた。

とはいえ、小回りのカーブで無理やり加速するために大外ぶん回した分のロスはあるし全体のペースは上がっているから、まだ油断はできない。

このまま、私はペースを上げ続ける。できれば、第4コーナーに入るまでには先頭に立ちたい。

 

『向こう正面から、クラマハヤテは徐々に徐々に先頭と差を詰めていく!第3コーナーに差し掛かった現在のタイムは1分10秒7、徐々にペースが上がってきています』

 

今の実況で、私が圧をかけてペースが上がっていたのに気づいた先頭がわずかに速度を緩めた。

なら、さらにここで仕掛ける!

 

『おっと!クラマハヤテがさらにペースを上げた!あっという間にサートゥルナーリアをかわして先頭を目指していく!先頭ランスオブプラーナも粘るが少し厳しいか!第3コーナーで先頭がクラマハヤテに変わった!』

 

とりあえず、須川さんから言われていた私の最低限の勝利条件にこぎつけた。

とはいえ、慣れない追い込みから超ロングスパートを仕掛けたせいで余裕はそこまで残っていない。

あとは、ここまでの戦略で他のウマ娘がどれだけ消耗したか、この最終直線で私の脚がどこまで伸びるかにかかっている。

脚はまだかろうじて残っているけど、加速分はすでに吐きだしつつある。

なら、足りない分は根性で回しきる!

 

『さぁ第4コーナー回って最終直線!先頭に立ったのはクラマハヤテ!その後ろからはサートゥルナーリア、ヴェロックス、アドマイヤマーズが迫ってくる!さらに内を突っ切るのはダノンキングリー!クラマハヤテは厳しいか・・・いや!まだ逃げる!先頭は渡さないと言わんばかりにさらに突き放す!』

 

背後からは、僅かな動揺の気配を感じる。

最終直線に入れば、そこからすぐに急坂が始まる。

後ろから圧をかけてペースを上げさせたのは、急坂の利を最大限に生かすために、急坂を上がるだけの余力をできる限り削るため。

そして、山で坂を走り慣れた私なら、中山の急坂でもロスなく、最大限の効率で走りきれる!

 

『一歩先に中山の急坂を登ったのはクラマハヤテ!後ろからサートゥルナーリアが猛追してくるが、クラマハヤテまだ逃げる!そのまま半バ身差逃げ切って、ゴォール!見事、クラマハヤテが無敗で皐月賞を制しました!』

「ッ、ハァ、ハァ、ハァ・・・」

 

ゴールと同時に、観客席からは爆発音のような歓声が響き渡る。

えっ、勝った?私が?坂を上りきったあたりから必死過ぎて何がどうなったのかよく覚えてない・・・。

減速しながら足を止めて掲示板を見ると、7番の数字が一番上にあった。

それを見て、ようやく私が勝ったというのを認識した。

 

「・・・~~~~ッ、っしゃあ!!」

 

体の内から沸き上がる熱に身を任せ、私は拳を突き上げて思い切り咆えた。

出遅れた時はどうなるかと思ったけど、結果的に勝てて本当によかった。

 

「クラマハヤテ」

 

すると、横からサートゥルナーリアが声をかけてきた。

その表情は、どこか悔し気だ。そりゃそうだ、負けたんだから悔しいに決まってるか。

 

「・・・正直に言って、あなたが出遅れた時、私は自分の勝ちを確信していた。だけど、あなたにあんな走りができるなんて思わなかった。まさか、後ろからすべてのウマ娘を掛からせてペースを操るなんて、ね。

私の完敗だ。たしかにあなたには、素質がある。最強のウマ娘になれる素質が」

「はぁ・・・」

 

なんか、急にデレたね?

 

「だが、このまま負けっぱなしではいられない。次は日本ダービーだ。次こそ必ず、あなたを越えてみせる」

 

そのまま言いたいだけ言って、サートゥルナーリアはその場を後にした。

何をしたかったのかな?って思ったけど、観客席のコールを聞いて早いうちに身を引いたんだってことに気付いた。

そっか、自分で言うのもなんだけど、今は私が主役なんだ。

観客席に向かって手を振ると、私を祝福してくれるかのように沸き上がった。

えっと、この後はウィナーズサークルでインタビューがあって、ウィニングライブもして、でもライブの前に須川さんとイッカクのところに戻らないとね。

・・・改めてみると、世界が変わったように見える。

これこそが、G1ウマ娘が見る景色、なんだろうね。

これからどうなるかはわかんないけど、この景色を見られるならこれからも頑張っていこう。




とうとう皐月賞制覇です。
いやぁ、とうとうここまで来ましたか・・・皐月賞までくればダービーもすぐそこですね。
そして、ようやくあの2人も・・・。

ちなみに、自分の好きな皐月賞はゴルシです。
何度見てもゴルシワープが綺麗すぎてリピートしちゃいますし、菊花賞も含めて走り方がミスターシービーみたいにエンターテインメントなところがあるのが好き。
なんで、個人的にゴルシはクラシック期が一番好きですね。


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私に後輩が出来ました

なんか追加でアストンマーチャンも新規ゲットしました。
違うそうじゃないって感じではありますけど、前のニシノフラワーと合わせてようやく短距離をバクシン&ヘイローから卒業できます。
今までありがとう、バクシン&ヘイロー。でも2人を覚醒5レべにして育成終わらせるまでもうちょい頑張ってくれ。夢の煌めきと諸々の優勝レイ(主に新タマモ用の春天レイ)がいくらあっても足りないんじゃ。

それはさておき、ついにあのウマが登場です。
それと、今回は血縁に関して大幅に独自解釈を入れています。
それを踏まえた上でご覧になったください。


皐月賞が終わってから、その翌日からそれはもう忙しくなった。

まずは、雑誌の取材がバカみたいに増えた。地方出身で無敗の皐月賞制覇だから注目されるのはそりゃあ当然だろうけど、にしたってめちゃくちゃ多かった。

ちなみに、そのめちゃくちゃ多かった取材だけど、あれでも学園と須川さんで厳選したらしい。厳選しなかったらどんな量になったんだか。

次に、企業からグッズの提携の話も出てきた。要は私モデルのグッズを製作・販売させてくださいって話で、これもジャンルによっていろんな企業から話が来る。ぬいぐるみからマグカップまで、いろんな企業から打ち合わせをした。

余談だけど、今のところ私のお気に入りはデフォルメキャラのキーホルダーで、聖蹄祭のときのデカ盛り次郎系ラーメンを食べてるときの様子がモチーフになってる。サンプルはもらえるらしいから、届いたらオグリ先輩にプレゼントしよう。スペシャルウィーク先輩の分は・・・あったらでいいや。

まぁ、そんなこんなでここ最近は午前の授業が終わってからは記者の取材と企業との打ち合わせで予定が埋め尽くされた。

一応、トレーニングを再開するようになってからある程度は減ったけど、まだまだ予定は埋まってるから忙しいことに変わりはない。というか、トレーニングの分でさらに忙しくなった。

だけど、今日は違う。取材や打ち合わせもないし、トレーニングもそんなに予定は入っていない。なんなら授業すら休める。

もちろんサボりとかじゃそういうのじゃない。

今日は、私の1つ下の世代の選抜レースが行われる日だ。

選抜レースっていうのは、トレーナーがついていないウマ娘が参加できるレースのことで、大勢のトレーナーが観戦している中でレースをする。そして、その結果や走り次第でトレーナーにスカウトしてもらうという、ウマ娘にとっての一大イベントだ。

逆に言えば、ここで結果を出すことができなければトレーナーがつかないと言うことでもあって、ある意味ではクラシックレースやG1レースよりも重要な、それこそ今後の運命が決まる重大イベントでもあるわけだ。

まぁ、私は直で須川さんにスカウトしてもらったから、がっつりスルーしてるけどね。

んで、じゃあなんで私が授業を休めるのかというと、トレーナーがチームじゃなくて専属でやっている場合、スカウトするウマ娘と担当の相性が悪いと今後の成績に響く恐れがあるから、こうしてトレーナーと一緒に選抜レースを観戦してスカウトするウマ娘を決めることができる。

だから、今日のためにわざわざ公欠届を出してここに来たというわけだ。

ちなみに、いつものごとくイッカクはお留守番だ。「ハヤテちゃんがいいって思った娘ならそれでいい」らしい。相変わらず私ファーストだなぁ。

 

「それで、須川さんが気になっている娘って誰がいるの?」

「さぁな。血筋や前評判であれこれ言うのは簡単だが、本当の実力は実際に見ないとわからん」

 

渋いこと言うねぇ。あるいは、特別な目を持つ須川さんだからこそのこだわりなのかな。

 

「じゃあ、距離は?」

「お前との併走を視野に入れるなら、1800mから2000mだな。ジュニア級でこの距離をなんなく走れるなら、クラシックも問題ないだろう。欲を言えば、お前と走れるようなステイヤーが欲しいが・・・まぁ、それは高望みだな。お前みたいな突然変異が何人もいるはずがない」

「それ褒めてるの?それとも貶してるの?」

「褒めてる褒めてる」

 

ほんとぉ?

ジト目で須川さんを見続けると、須川さんはフイっと目を逸らした。

やっぱ私のこと「頭おかしいやつ」って思ってるんだなこいつぅ。

 

「まぁ、それはさておきだ。そろそろ始まるぞ」

 

須川さんが言った通り、トレーニング場のコースでは今年入学したばかりのウマ娘たちが走っていた。

 

「ん~・・・今年入学したばかりってのを差し引いても、なんか全体的に小粒って感じだね」

「あぁ。ポテンシャルがあるウマ娘もいるにはいるが、飛び抜けたやつはいないな。あるいは、単に遅咲きが多い可能性もあるが・・・」

 

他のトレーナーさんを見る限り、私たちの考えとそう変わらないっぽい。

できることなら、即戦力とまでは言わなくても、せめて私がクラシックにいる間に一緒に走れるような娘がいいかな。

そんなことを考えている間も、選抜レースはどんどん進んでいく。

今のところ、これってのは見つからない。というか、そんな娘がいたら他のトレーナーが食いつくだろうことは容易に想像ができる。

ん~、最悪今年も私1人で頑張るのを視野に入れた方がいいかな~。

なんてことを考えていると、次のレースの準備が整った。

 

「・・・ん?」

 

その中の、1人のウマ娘が目についた。

そのウマ娘は他と比べると小柄で、青鹿毛に額には白い流星が走っている。体格は、他と比べると小柄かな?

私の様子が変わったのを目ざとく気づいた須川さんが尋ねてきた。

 

「ハヤテ、誰か気になる奴でもいたのか?」

「うん。あの青鹿毛に白い流星の娘」

「どれ・・・あれは、コントレイルだな」

「コントレイルって名前?」

「あぁ。他のトレーナーの間でも話題になってたらしい。なにせ、ディープのウマ娘だからな」

「ディープ・・・?」

 

コントレイルの名前のどこにディープって文字があった?

まぁ、それはさておき、私でもディープの名前は知ってる。

なにせ、史上2人目の無敗の三冠ウマ娘になった、あのディープインパクトによって生まれた新興の名門だからね。歴史という面で言えばシンボリやメジロには及ばないけど、あそこから数多くの名バが輩出されたって聞いてる。

 

「いわゆる分家・・・とはちょっと違うが、本家からは少し遠いらしい。たしか、母親は一般家庭からディープ家に入ったって話のはずだ」

 

須川さん曰く、新興の名門だからこそ他の優秀なウマ娘を取り入れる動きがわりと活発に行われているらしい。海外はもちろん、それこそ一般家庭からも。

コントレイルとその母親も、そういう経緯でディープ家に入ったという話だそうだ。

 

「お前は知らなかったかもしれないが、グランアレグリアもディープのウマ娘だ。血筋もよくて、ディープ家では初めてスプリントで活躍するかもしれないと期待されている」

「え、そうなの?」

 

そんな話、一度も聞いたことがなかった。

でも、有名なウマ娘といても慣れている様子だったし、言われてみれば納得、かな?

 

「それよりも、レースが始まるぞ」

 

須川さんの言葉でハッとして、私はターフに意識を向けた。

それとほぼ同時に、レースもスタートした。

スタートはきれいに決まって、コントレイルは中団に控える。

 

「ほう、綺麗な走りだな。休養明けだと聞いていたが」

「なんか怪我でもしてたの?」

「あぁ。球節炎で半年近く養生していたはずだが、ブランクを感じさせないのは見事だな」

 

話している間にも、レースは最終直線に入る。

その展開は、何か特別なことがあったわけじゃない。

スパートをかけたコントレイルが、当たり前のように前に出て、そのままゴールした。

良く言えば『優等生の走り』、悪く言えば『教科書通りの走り』、良くも悪くも面白みのない走りではある。

だけど、そんな面白みのないであれだけ圧勝できると言うことは、それだけ素のポテンシャルが高いということだ。

 

「なるほどね~。この世代はあの娘かな?」

「お前のスタミナやグランアレグリアの末脚のようなずば抜けた何かを持っているわけではないが、地に足を付けた強さだ。家での指導がよかったのか、元々ポテンシャルを持っていたのかまでは知らんが」

 

うん、欲しい。

ぜひともうちに来てほしい。

ただ、私たちは動き出すのが遅れてしまって、コントレイルはあっという間に囲まれてしまった。

 

「あ~・・・一応、私たちも行く?」

「だな。一言くらい声はかけておこう」

 

周囲と比べればゆっくりとした足取りで、私たちもコントレイルの下に向かう。

どうせ、これだけの数のトレーナーにスカウトされてるなら、すぐに返事を返すことはないはず。

ただ、その判断はちょっと甘かった。

 

「あっ、東条さんがいった」

「マジか」

 

まるで海を割るモーセのように、東条さんは大勢のトレーナーの間を通り過ぎていく。

傍から見ると、やべー奴が来て道を空けているように見えなくもないのはちょっと面白いかな。

とはいえ、東条さんが率いるチーム・リギルはまさに最強の名にふさわしいチームだ。そのトレーナーから直々にスカウトされたとなれば、断る理由はまずない。

 

「これ、コントレイルはリギルに行っちゃうかな?」

「だろうな。まぁ、様子くらいは見ておこう」

 

もはや『リギルのトレーナーが世代最強候補のウマ娘をスカウトする』というイベントを見に行くようなノリで、私と須川さんも人混みを割ってコントレイルに近づく。

ていうか、私が来たら来たでトレーナーさんたちの方から道を空けてくれた。

内心で『おらおら、今のクラシック最強のお通りじゃい』な気分を味わいながら、コントレイルの前まで進んだ。

とはいえ、スカウトを邪魔しないように東条さんよりも一歩引いた位置だけどね。

 

「お前たちは・・・」

「ども、お久しぶりです。あっ、こっちのことは気にせずに、どうぞ続けてください」

 

別に横取りするつもりはないという意思表示のために、もう一歩下がっておく。

それで東条さんも私たちのスタンスを感じ取ったのか、改めてコントレイルに向き直った。

 

「では改めて、私のチームに来る気はないか?コントレイル」

 

そう言って、東条さんは手を差し伸ばす。

それに対して、コントレイルは姿勢を正して、

 

「すみません、お断りします」

 

丁重に頭を下げて断った。あらやだ、すっごい礼儀正しい。

いや違う、そうじゃない。え、マジで?リギルのスカウトを断るの?

ほら、東条さんが手を差し伸ばした姿勢のまま固まっちゃてるじゃん。周りのトレーナーもまさかの結果にざわついている。

いったいどういうつもりなんだろうか。

そう思ってたら、今度は私たちの方に近づいてきた。あ、近くで見ると私とほとんど変わらないくらいの身長だったんだ。

ていうか、え?なに?何のつもり?

 

「あの、すみません。クラマハヤテ先輩と、そのトレーナーさんですよね?」

「あ~、うん。そう、だよ?」

「あ、あぁ。須川甚一だ」

「初めまして、コントレイルです。僕をスカウトしてください」

 

・・・・・・ん?

 

「ごめん、今なんて?」

「僕をスカウトしてください」

「・・・マジ?」

「はい」

「マジのマジ?」

「はい、本気です」

 

こ、これはっ、噂に聞いた逆スカウトってやつ!?まさか自分が体感することになるとは。いや、どちらかと言えば体感してるのは須川さんの方かな?

 

「え~と、なんで?」

「今のクラシックで一番強いのは、クラマハヤテ先輩だと聞いてます」

「え?そ、そう?」

 

へぇ~、ふぅ~ん、そっかぁ~。

なんていうか、同じウマ娘の後輩からそう言われると、なんかすごいむず痒くなるな。

 

「ま、まぁ?それほどでも?あるかぐぇっ」

 

ちょっとデレデレしたら後頭部にチョップを喰らわされた。

 

「・・・別に叩くことはないじゃん」

「テンションの上がり過ぎで勢い余ってゲートにぶつかったやつが何を言ってるんだ」

「ノーコメント」

 

結果的に勝ったからヨシってことにしてもらえない?してもらえないかぁ。

そんな私に代わって、今度は須川さんがコントレイルに質問を始めた。

 

「たしかに、今のクラシックで一番強いのはこいつだ。だが、今のURAで最強なのはアーモンドアイで、そのアーモンドアイが所属しているのはリギルだ。それに、リギルには2人のクラシック三冠を始めとして数多くの強者がいる。切磋琢磨すると言う意味でも、才能を磨くと言う意味でも、お前さんに適しているのはリギルだと思うが?」

 

なんかやけにリギルの肩を持つなぁ~。

なんて思っていると、須川さんの視線がチラチラと東条さんの方に向いていた。

それに釣られて私も東条さんの方を見てみると、なんかものすごい表情をしていた。

あくまでコントレイルの意思を尊重するつもりなんだろうけど、それはそれとして自分がスカウトしたウマ娘にフラれた挙句、目の前で知り合いを口説いている様子を見るのはいい気分じゃないんだろうね。

 

「いえ。()クラシックレースで活躍しているクラマハヤテ先輩の下で、僕もトレーニングをしたいんです」

 

でも、そんな須川さんの説得もむなしく、コントレイルの意思はダイヤモンドばりに固かった。たぶん、私が「リギルの方に行ったら?」って言っても意味はなさそう。

まぁそれ以前に、私はコントレイルを逃がすつもりは欠片もないんだけどね。

 

「うん、私はぜんぜんいいよ。す・・・トレーナーもいいよね?」

「え?あ、あぁ、ハヤテがいいなら別に構わないが・・・」

 

よっしゃ、期待の新人ゲット。

なんで負けたか、明日まで考えといてください。そしたら何かが見えてくるはずです。ほな、いただきます。

 

「んじゃ、よろしくね、コントレイル」

「よろしくお願いします、クラマハヤテ先輩」

 

こうして、私は将来有望な後輩をゲットすることができた。

 

 

 

後日談だけど、須川さんはお詫びというか半ば腹いせのような形で、須川さんの奢りで東条さんとなぜか巻き込まれた沖野さんとでバーに飲みに行ったらしい。

なんか、沖野さんも過去にリギルのウマ娘を奪うような形になったことがあるみたいで、その繋がりで飲みに行ったらしい。

まぁ、須川さんは「通帳の桁が減りそうなんだが・・・」って嘆いてたけど、コントレイルをゲットできた分と考えれば安い方でしょ。知らんけど。




もしウマ娘にディープインパクトがいたら、という世界線を自分なりに史実準拠でシビアに考えてみました。
というか、二次創作要素てんこ盛りとはいえ史実を考えればこれくらいはやっててもマジでおかしくないんだよなぁ。
誰だ、最近の競馬を『ディープの運動会』って言ったの。
まぁ、さすがにディープ産駒すべてをウマ娘世界でも全員血縁にするのは無理なんで、その辺は絞りますが。
ちょっと種付けしすぎですよディープインパクトさん。

ついでに、コントレイルは僕っ娘にしました。
いい加減、一人称が『私』のキャラが増えてきたのと、自分のイメージ的に私より僕の方が合ってる気がしたので。


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お願いだから仲良くしようね?

11/5時点
なんか執筆してたら知らん内にメジロラモーヌ追加とサトノクラウン・シュヴァルグラン情報公開とかいうやべーことが起きてた。
なに?アルダン繋がりでシングレの方でもラモーヌ出てくんの?
完全にイベントはノーマークだったんで、唐突過ぎてマジで声出た。
てかだいぶ前からファンがサトノクラウンとシュヴァルグラン当ててたのやべー。
あとコミックもめっちゃ楽しみになってきた。もしかしたら連載開始までにマベサンが実装される可能性がワンチャン・・・?

今回は、書きたいこと詰め込んだらいつもよりも長くなりました。

コントレイルの容姿について少し補足です。
髪:青鹿毛のロング。
耳飾り:右耳に赤と水色のリボンを付けている。

最後に、本当は出す予定はなかったんですが、でもやっぱり出したくなったので出すことにしました。
誰とは言いませんが。


「というわけで、今日から期待の新人、コントレイルがうちに入ることになりましたー!」

「コントレイルです。よろしくお願いします」

「イッカクです。よろしくね、コントレイルさん」

 

午後のトレーナー室にて、イッカクとコントレイルが初顔合わせとなった。

コントレイルは初めて会った時と変わらない丁寧な態度だったけど、イッカクの方はちょっと距離を感じる。警戒している、というかコントレイルを見極めようとしている感じだ。

まぁ、それはいい。ハッキリ言って想定の範囲内だ。

どちらかと言えば問題なのは、

 

「それで、須川さん。なんでそんな死にそうな顔してるの?せっかくの新人なんだから、もっと明るくいこうよ」

 

さっきから須川さんの顔が、この世の終わりとまではいかなくとも長期休暇明けの学生みたいな感じになってる。

なに?なんか嫌なことでもあったの?

 

「はぁ・・・いや、今夜おハナに呼び出されることになっただけだ。気にするな」

 

そう言えば、コントレイルをスカウトした後、なんかすれ違いざまに言ってたね。

「今夜、あそこに来い」って言ってたけど、あそこってどこのことなんだろう。

 

「なに、飲みにでも行くの?」

「だろうな。んで、グチグチ言われんだろうな。沖野も一緒に」

「なんで沖野さんが出てくんの?」

「あいつも、リギルから引き抜いたことがあるんだよ。ミスターシービーとか、サイレンススズカとか、その辺の癖というか我が強い奴らが。まぁ、それに関しては性格の不一致ってことでおハナも納得してるだろうが、今回は完全に横取りするような形になっちまったからなぁ」

 

もちろんコントレイルの意思は尊重するけど、それはそれ、これはこれってことか。

 

「骨は拾っといてあげるね」

「もしもの時は沖野を生贄にしてでも逃げるから安心しとけ」

「あぁ、なら大丈夫そうですね。沖野さんなら身代わりにちょうどいいですし」

「それはそれでどうなんですか・・・?」

 

ここに来たばかりのコントレイルは何がなんだかわかってなさそうだけど、あの人は平然とウマ娘にセクハラするうえに異次元の頑丈さを持っているから、身代わりにちょうどいい人材だ。いっそのこと、ついでにあの人のセクハラ癖も治してもらおう。

 

「それで、今日は何するの?」

「今日は軽くトレーニングと併走を、と思ってたんだが・・・さっき沖野からおハナのことで事情を説明しろって連絡が来てな。ついでに併走でもどうだと誘いが来た」

「それ、大丈夫なの?」

「一応、スピカにも新しいメンバーが入ったらしいが、新メンバーを除けば全員がドリームトロフィーリーグ入りしてるから、走りを見られたからといってすぐにどうこうなることはない。それに、スピカにはダービーウマ娘が5人いる。お前のダービーを見据えて、今回は先輩に胸を貸してもらっとけ」

「おっ、それはいいね」

 

改めて見ると、スピカのメンバーってめちゃくちゃ豪華だな。

というわけで、急遽スピカとの合同練習が決まった。

まぁ、普通はあり得ないんだけどね。コントレイルの理解が追い付いてない程度には。

 

 

* * *

 

 

「それにしても、こんな簡単に併走とか合同トレーニングって決まるものなんですか?」

 

スピカのチーム部屋に向かう途中で、コントレイルがこんなことを尋ねてきた。

う~ん、決まるものかどうかって聞かれると・・・

 

「決まるはずがないよねぇ」

「普通はないかな」

「むしろ、あってたまるかって話だ」

「やっぱりそうですよね」

 

コントレイルもわかった上での質問だったらしい。まぁ、そりゃそうか。

 

「それでも、須川トレーナーが受け入れるのは、さっきの理由でまだわかります。ですけど、スピカのトレーナーはどうしてそんな提案をしたんですか?」

「そうだな・・・まず沖野、あぁ、スピカのトレーナーな。あいつも、さっき俺が言った事情を理解してるってのもある。だがそれ以上に、あいつはウマ娘の気持ちや自主性を第一に、よほど問題がない限りは担当の好きにさせている。放任主義とも言えるが、モチベーションは保ちやすいから一長一短だな」

「あくまで多分だけど、発案者はスぺ先輩かなぁ・・・あ、スペシャルウィーク先輩のことね。寮は違うけど、あの人とは去年の聖蹄祭で大食い大会してから一緒にご飯食べに行くようになったんだよね」

 

その時はだいたいオグリ先輩も一緒だけどね。んで、新しいお店を開拓しては出禁をくらってる。私たちが何をしたというのか。

 

「そういうわけだから、コントレイルもスピカの同級生と仲良くしてみたら?もしかしたら、長い付き合いになるかもしれないし」

「そういうことなら・・・考えておきます」

 

うんうん、コントレイルも素直でいい子だね。

ポテンシャルが高くて素直とか最高か?

 

「っと、ここがスピカのチーム部屋だな」

「なんというか・・・立派だね?」

 

比較対象がないからわかんないけど、道中で見かけたプレハブ小屋みたいなやつと比べればけっこう大きい。

 

「リギルほど大規模なチームじゃないが、その代わりに少数精鋭で揃っているからな。まぁ、1人1人の癖は強いが・・・実力者揃いなのはたしかだ」

 

あ~・・・たしかゴルシ先輩ってスピカの中でも古参って聞いてた気がするし、あんなウマ娘たちが揃っていると考えると・・・控えめに言って魔境かな?

 

「一応言っておくが、別にゴールドシップほどぶっ飛んでる奴は他にいないからな」

「それはよかった」

 

救いはあったか。

 

「んじゃ、さっさと入っちゃお。お邪魔しまーす」

 

善は急げということで、ドアをノックしてさっそく中にお邪魔した。

 

「イダダダダダダダダ!!ちょっ、ギブギブっ、マジでタンマ!」

「あぁ!?するわけねぇだろうがよ!」

「ギャアーーーーー!!」

 

中に入ると、目の前で沖野さんが栗毛のウマ娘にプロレス技をかけられていた。

なんだっけ、あれ。たしか、タワーブリッジだっけ?

周囲で止めるどころか「いけー!オルフェーヴルー!」「そこですわ、オルフェーヴルさん!」「いけぇ、やっちまえ!」「まだまだ、あんたならもっとやれるわ!」って野次を飛ばしているスピカのメンバーも大概だけど、ウマ娘の力でやられて人の形を保ってられるって、やっぱ沖野さんって頑丈なんだね。一応、黒髪のウマ娘は止めようとしているけど、多勢に無勢すぎて手を出せないでいる。てかプロレス技かけてるウマ娘にビビって近づけないでいる。てかゴルシ先輩どこ?あの人なんでいないの?

中に入っただけなのに情報量が多いなぁ。これがスピカか。

ちなみに、沖野さんの処刑現場については私はすでに蹴ったことがあるから冷静に見ていられるけど、初見のイッカクとコントレイルは目を点にしていた。

 

「あっ、ハヤテちゃん!」

「スペ先輩、お久しぶりです」

 

私に気付いたスぺ先輩が、沖野さんを避けるように遠回りで私たちの方に近づいてきた。

 

「すみません、騒がしくて」

「いえ、それはいいんですけど・・・何があったんですか?噂の新メンバーにセクハラでもしたんですか?」

「えっと、それとはまた別で・・・」

 

つまり、セクハラはすでにしたと。相変わらず懲りないなぁ、このゴミトレ。

ゴミを見る眼差しで沖野さんを見てると、誰かに気付いたコントレイルが声をかけた。

 

「タクト」

「あっ、コンちゃん!」

「コンちゃん?」

 

コンちゃん呼びも気になるけど、コントレイルに呼ばれて駆け寄ってきたのは、コントレイルと同じ青鹿毛に一等星のような白い流星が特徴のウマ娘だった。頭には水色のスカーフのような髪飾りと、左耳の近くに三ツ星ようなの耳飾りがついている。

 

「知り合い?」

「えっと、はい。クラスメイトで寮でも同室です」

「どうも初めまして!デアリングタクトです!」

「そうなんですか!?すごい偶然ですね!」

 

まさかのミラクルにスぺ先輩のテンションが上がる。

そんな盛り上がったスぺ先輩の声で、ようやく沖野さんが私たちの方に気が付いた。

 

「お、おぉ!須川にクラマハヤテか!頼む、助けてくれ!」

「沖野さんが何をしでかしたのかによります。スぺ先輩、状況説明をお願いします」

「あっはい!了解です!」

 

スぺ先輩が可愛らしく敬礼した。てか可愛い。

 

「えっと、今日はタクトちゃんの歓迎会をするつもりで、じゃあせっかくだしハヤテちゃんの方も新メンバーがいたら誘って一緒にやろうって話をしたんです。ゴールドシップさんの提案で」

「その時点でまぁまぁ飛躍してますね」

 

どっからじゃあが出てきた?ゴルシ先輩ならそんなもんか。

 

「ちなみに、そのゴルシ先輩は?」

「お祝いのためにカニを獲りに行くって言って、昨日からどこかに行きました」

 

「買いに」じゃなくて「獲りに」って辺りにゴルシ先輩らしさを感じる。あのハジケリストならおかしくない。

 

「で、それとは別でニンジンバーグも一緒に作ろうって話になったんですよ」

「あぁ、いいですねニンジンバーグ」

 

ニンジンバーグとは、ハンバーグにニンジンをぶっ刺した、ウマ娘なら誰もが大好きな料理である。お祝いの席に出すのも頷ける。

 

「ただ、その・・・肝心のニンジンがないってことに気付かないまま準備しちゃって、気づいた時にはハンバーグのタネを作っちゃったんですよ」

「でも、それなら買いに行けばいいだけじゃないですか?」

「それが・・・ちょうどトレーナーさん、お金がなかったみたいで・・・『しょうがないし、ニンジン抜きでやるしかないか』って言ったら、オルフェーヴルさんがすごい怒っちゃって、今に至るって感じです」

「なるほど・・・」

 

ていうか、プロレス技かけてたのオルフェーヴル先輩だったのか。私でも名前知ってるよ。

まぁ、それはさておき、

 

「沖野さん、ギルティ」

「えっ!?」

 

もう一度言うが、ニンジンバーグはウマ娘の大好物だ。ヒトの子供がカレー好きなのと同じようなものだ。

まぁ、厳密に言えば甘いものが好きで、ニンジンはご飯として食べれる中で甘いから好きというだけだ。まぁ、葉物と根菜は熱を通せばだいたい甘くなるけど。

それはさておき、例えばカレーが大好きなヒトの子供がいたとしよう。

今日の夕飯はカレーだと言われて楽しみにしていたのに、作り始めてたから「ごめんね、カレールゥを忘れちゃったから、やっぱり今日は肉じゃがね」と言われたら、果たしてどうなるか。

そりゃあキレるに決まってる。

 

「せっかくなんで、違う技をかけてもらってください。お願いします、オルフェーヴル先輩」

「おらよぉ!!」

「ちょっ待っ、ギィエアアアア!!」

 

今度はロメロ・スペシャルか。バリエーションが豊富だなぁ。

せっかくなんで私も反りに反った沖野さんの腹を手打ち太鼓のように叩いてみる。思ったよりいい音が鳴るね。

ちなみに、沖野さんへのお仕置きはゴルシ先輩がカニを含めた諸々の海産物をダイビングスーツにシュノーケル装備の海女さんスタイルで持ってくるまで続いた。ニンジンは須川さんのお金で私がたらふく買ってきた。

てかゴルシ先輩、カニはカニでも磯の方のカニを獲ってきたんかい。

あといろんなもん獲ってきてるけど大丈夫?それ密漁とかじゃないよね?

え?ちゃんと許可とったし資格も持ってる?あっ、そうでしたか・・・。

 

 

* * *

 

 

「と、いうわけで、スピカへデアリングタクトが、須川トレーナーへコントレイルが加入したことを祝って、乾杯!」

「「「「「かんぱーい!」」」」」

 

まるで何事もなかったかのように沖野さんが音頭を取り、私たちとスピカ合同の歓迎会が開かれた。

よくもまぁ、こんなことができたもんだ。ゴルシ先輩から気に入られていたのはなんとなくわかってたけど、まさかスピカから誘われるとは思わなかったなぁ。

 

「・・・今更ですけど、僕たちがここにいてよかったんですか?」

 

コントレイルの言うことももっともだけど、私は「まぁ、あのゴルシ先輩がいるチームだし」で片付けている。

とはいえ、ゴルシ先輩個人はともかく、トレーナーとチームとしての意見は気になるから、私も沖野さんの方を見て説明を促した。

 

「俺としては、お前たちがいいなら別に構わんぞ。こう言ったらなんだが、うちはデアリングタクト以外はドリームトロフィーリーグが主戦場だからな。今すぐ競い合うわけでもないなら、一緒に遊びに行ったりご飯を食べたりするくらいは問題ない。それに、須川とその担当のウマ娘なら、うちに何か変なことはしないって信じてるからな」

「・・・ずいぶんと俺たちのことを買ってるな」

「そりゃあ、お前とは昔からの付き合いだしな。それに、ゴールドシップやスペシャルウィークからクラマハヤテの話はよく聞いてるから、悪い奴じゃないってのもわかる。そして、その2人が選んだウマ娘なら、俺たちも歓迎するさ」

「それはなんというか、どうも」

 

なんか、知らないところでスピカの私に対する評価が爆上がりしてた。

ゴルシ先輩とスぺ先輩、私のことをどういう風に話してたんだろ?

 

「後はまぁ、俺個人の純粋な興味もある」

「え、何です?まさか、また私の脚を触りたいとでも言うつもりですか?」

「なに?トレーナーあんた、他所様のウマ娘の脚まで勝手に触ったの?」

「さすがにそれはアウトだろ」

 

私の侮蔑を込めた言葉に反応したのは、ダイワスカーレット先輩とウオッカ先輩だ。

ダイワスカーレット先輩は長い栗毛をツインテールにした人で、連対率100%で歴代2位の連続連対記録を持っているというすげー先輩だ。ちなみに胸がめちゃデカい。

ウオッカ先輩は鹿毛に少し欠けている流星が特徴の先輩で、G1レース7勝に加えてティアラ路線からダービーに出走し勝ったという異色の経歴を持っている。

この2人は同室でありライバルでもあるらしくて、事あるごとに張り合ってるんだけど一周回って仲良くしてるように見える。

 

「ちょっ、クラマハヤテの脚には触ってねぇって!いやたしかに触る前に蹴られて触れなかったから興味はあるけども!」

「つまり、触ろうとはしたし出来ることなら触りたいってことだよね?」

「まったく、この人はいつも・・・」

 

沖野さんに呆れた視線を向けているのは、ポニーテールにした鹿毛と三日月のような流星が特徴のトウカイテイオー先輩だ。3度の骨折を乗り越えてターフで走り続けた奇跡のウマ娘で、会長のことが大好きらしい。そのためか、私に対して対抗心を剥き出しにしている部分がある。たぶんオグリ先輩に対してもそうなんだろうね。あと半角カタカナみたいな口調が癖になりそう。

ため息を吐いているのはメジロマックイーン先輩で、少し青みがかった芦毛のウマ娘だ。あの歴史あるメジロ家のご令嬢で、歴代でも最強クラスのステイヤーでもある。関係ない話だけど、時折野球のスタジアムで目撃証言があるらしい。野球ファンの令嬢とかわけわかんねぇな?

 

「ま、まぁまぁ!トレーナーさんだって、悪気とかやましい気持ちがあってやってるわけじゃありませんし!」

「いやぁ、トレーナーというか人としてダメだろ。もっとうちらで監視した方がいいんでないの?」

 

必死に沖野さんを擁護するのは、黒い毛に白い流星のキタサンブラック先輩だ。この人もマックイーン先輩に並ぶ最強格のステイヤーで、数少ない菊花賞を逃げで制覇したウマ娘だ。たぶん、これからキタちゃん先輩のレースを参考にする機会が多くなるかもしれない。余談だけど“お助けキタちゃん”を自称していて、よく人助けをしているらしい。

そして、気だるげに物騒な提案をしたのは、さっき沖野さんにプロレス技をかけていたオルフェーヴル先輩で、黄金色に近い栗毛をぼさぼさに伸ばしている。何を隠そう、このウマ娘は歴代で7人目のクラシック三冠ウマ娘で、さらに日本で唯一、世界最高峰の芝レースである凱旋門賞で連続2着になった、もはや2人の無敗三冠ウマ娘に並ぶほどの伝説級のウマ娘だ。その見た目と走りから『金色の暴君』とも呼ばれている。

ちなみに、さっきよりも大人しくなっているのはマスクを着けているからで、マスクの有無でノーマルモードと暴君モードに切り替わるらしい。二重人格かな?

そして、ここにはいないけど、スピカにはさらに2人のウマ娘が在籍している。

1人は、こちらも言わずと知れたクラシック三冠ウマ娘であるミスターシービー先輩。良い意味でファンの期待を裏切り、その走りで多くのファンを虜にさせた『偉大なるターフの演出家』だ。ここにいないのは、生徒会の方で用事があったからとかトラブルがあったわけじゃなくて、そういう人なんだと。基本的に自由人で、知らない間にふらりとどっかに行くらしい。ゴルシ先輩の亜種かな?

もう1人は、大逃げウマ娘の第一人者で『異次元の逃亡者』『“逃げて差す”走り』と言われたサイレンススズカ先輩。天皇賞秋で骨折してからしばらくはレースから身を引いていたけど、現在では海外で暴れ回っている。今回は会えなかったけど、メンバーが増えたということで近々帰ってくる予定みたいだから、運が良ければ会えるかもしれない。

これにゴルシ先輩とスぺ先輩を加えた10名が、錚々たるスピカのメンバーとなる。数ではリギルに劣るけど、質で言えばタメを張っている、何気にヤバいチームだ。

まぁ・・・癖は強すぎるけどね。現在ここにいる良心がスペ先輩とキタちゃん先輩くらいしかいない。できればデアリングタクトはスピカの負の側面に染まらないでほしいかなぁ。

・・・あ、デアリングタクトと言えば、

 

「そういえばさ、なんでデアリングタクトはスピカに入ったの?なんていうか、こう・・・あんなチームだけど」

 

私の視線の先にあるのは、チーム募集のプラカードだ。なぜかメンバーが犬神家のように埋まっている。何がしたいの?

それを聞かれたデアリングタクトは、プラカードの方には目を向けずにスペ先輩の方を見た。

 

「えっと、実は私、選抜レースで上手く走れなくて、トレーナーさんと契約できなかったんですけど、スペシャルウィーク先輩が誘ってくれたんです」

「そうなんですか?」

「はい!放っておけないというか、なんとなく縁を感じた気がしたので!」

 

なんというか、いい人だなぁ。

私は、そう言う縁というか運命的なものは感じたことがないからなぁ。

・・・もしかしたら、私が転生者ってことと関係してるのかな?

 

「それで、コンちゃんはなんでクラマハヤテ先輩のところに?」

「そういえば、私が今のクラシックで一番強いから、ってのは聞いたけど、その辺の詳しい理由は私たちもまだだったね。せっかくだし教えてよ」

「えぇと・・・わかりました」

 

『今のクラシックで一番強いウマ娘がいるから』ってのは聞いたけど、その答えに至った理由まではまだ聞いてない。

尋ねられたコントレイルは、少し遠慮がちに話し始めた。

 

「その、大した理由じゃないんですけど・・・僕はどうしても、クラシックレースに勝ちたいんです」

「それってもしかして、あのディープインパクト繋がりで?」

「はい。僕も、あの『英雄』と呼ばれたディープインパクトさんのようになりたいんです。それで、今のクラシックレースで一番強いウマ娘の下で、その空気を感じながらトレーニングをすることができれば、僕もあの人に近づけるんじゃないかって、そう思ったんです」

「へぇ~、そっかぁ。じゃあボクと同じだね!」

 

コントレイルの告白に深く賛同したのはテイオー先輩だ。

 

「そうなんですか?」

「うん!ボクもカイチョ―みたいなウマ娘を目指して走ってたからね!まぁ、思った通りにはいかなかったけど・・・」

 

・・・なんか、テイオー先輩がそんなしみじみと言うと説得力が段違いだなぁ。

骨折によって無敗の三冠ウマ娘の道を断たれ、距離適性を前に無敗のウマ娘の夢を断たれ、その後も二度の骨折で競争人生すら断たれそうになりながら、それでも諦めずに走り続けたテイオー先輩。

なんというか、主人公適性が半端ない。こんな生き方ができるウマ娘なんて、他に何人いるか。

 

「だから、ボクはコントレイルのこと応援するから、頑張ってね!」

「・・・ありがとうございます」

 

テイオー先輩から激励を受けて、コントレイルは嬉しそうにはにかみながら頬を緩ませる。

あーもう!可愛いなぁ!

 

「それで、テイオー先輩はどうして会長に憧れるようになったんですか?」

「ふふん、いいよ!特別に教えてあげてしんぜよう!カイチョーはね・・・」

 

そっからはコントレイルとテイオー先輩による憧れ語りが始まった。スピカのメンバーは慣れてるのかうまい具合に聞き流しているけど、私はペタンと耳を下げて目の前の料理に集中した。イッカクに関してはむしろ鬱陶しそうな表情を隠してすらいない。

にしても・・・地味に私への期待が重いなぁ。

コントレイルの目標としてディープインパクトを引き出されると、ダービーの重圧が倍プッシュされそうだよ。

そうなんだよなぁ・・・今更だけど、私も世間からは無敗の三冠を期待されてるんだよなぁ。

それは今までの取材からも散々言われてきたことでもある。

 

『ファンからは、あのディープインパクト以来史上3人目の無敗の三冠ウマ娘を期待されていますが、次走の日本ダービー、自信はどれほどでしょうか?』

 

いや知るかって感じだよ。

そんなもん、走ってみなければわからない。お願いだからプレッシャーかけてくんなとすら思う。

まぁ、さすがに記者を前にそんなことは言えないから、無難に「レースが始まらないとわかりませんが、全力を尽くすつもりです」って答えたけど。

まぁ・・・出来る限りそういうのは考えないようにしよう。

私は、私のは知りたいように走る。それだけだ、結果は私が走り抜けた後に追いついてくるだろう。

だから、できることなら私に変な期待は持たないでほしいかな、コントレイル。

 

 

 

 

お祝いの後は、1回だけスピカのダービーウマ娘と併走をした。

もちろん私のボロ負けだけど、この経験が日本ダービーで活かされることを信じよう。




はい、デアリングタクトに加えてオルフェーヴルも出しちゃいました。
いや、正直迷ったんですよ、オルフェーヴルを出すかどうか。
本当に、初期段階はもちろん、路線変更した時点ですら出す予定はありませんでした。
でも、ステマ繋がりでゴルシと相性がいいし、キャラもけっこうスピカに寄ってるし、そもそも史実からして好きだし、じゃあ出しちゃおうって。
あと、今はまだ名前だけですがディープインパクトもどっかで出す予定なんで、ならもう1人くらい原案だけのウマ娘を出してもいいかなって思ったのもあります。
もうほとんどノリと勢いです。後悔はありません。今後出てくるかどうかもわかりません。
まぁ、出したからには今回限りの出演なんてことにはならないようにします。
ていうか・・・アニメ原作に加えてシービーとオルフェとタクト追加しちゃったら、スピカがリギルに負けず劣らず厨パになっちゃった。

本作スピカメンバー
シービー・ゴルシ・ウオッカ・ダスカ・スズカ・スぺ・テイオー・マック・オルフェ・キタちゃん・タクト

成績だけ見るとリギルとどっこいどっこいなんだよなぁ、これ。
ちなみに、こっちでのディープがどういう扱いなのかは、また追々書いていきます。


余談 オルフェのプロレス技はマックが直々に教えた。


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私の後ろについてこい!/果たしてついていって大丈夫なのだろうか。

ゼミが忙しかったり疲れてたりで投稿が少し遅くなりました。
頭痛が治まらなかったりちょくちょく白髪が生えてたりそんな状態で就活もせにゃいかんかったり、卒業まで心身保つのかこれ。


「・・・よし、いったん休憩だ」

「はっ、はぁっ、はい、わかりましたっ・・・」

「あーい」

 

コントレイルが加入してから、はや1週間が経過した。

私の日本ダービーが近づいているってことで、さらに追い込みをかけるようになっている。

皐月賞までだったら私1人でトレーニングをしてただけだけど、コントレイルが来てからは併走なんかもするようになって以前より充実しているのを感じる。

 

「2人とも、ちゃんと水分補給をしておけよ」

「はい、ありがとうございます・・・」

「ありがとね」

 

とはいえ、私はクラシックの最前線で走っているのに対し、コントレイルはまだまだデビューもしてないジュニア級。須川さんからボトルを受け取るコントレイルの表情には疲労が濃く浮かんでいる。

・・・あるいは、その程度で済んでいる、っていう見方もできるけど。

 

「ハヤテ。お前から見てコントレイルはどうだ?」

「将来有望だねぇ。選抜レース見た時もそうだったけど、実際に一緒に走るとよくわかる」

 

球節炎という脚部不安はあるけど、それを除けば限りなく理想形に近いウマ娘だ。

ほどよい柔軟性に十分な筋量と骨量、コンパクトにまとまったバランスのいい脚と、これといって欠点が見当たらない。

それに、須川さん・・・トレーナーの言うことを素直に聞き、その通りに従う。トレーナーのことをまったく疑わない従順さは、他トレーナーからすれば垂涎ものだろうね。

 

「あの時、東条さんから奪った甲斐があったね」

「その言い方はやめてくれ・・・こっちは沖野と2人がかりでおハナをなだめるのに苦労したんだからな・・・」

 

スピカと合同でやった歓迎会の日の夜、宣言通り東条さんは須川さんと沖野さんをバーに呼び出して3人で飲んだらしい。

あくまで須川さんから聞いた話でしかないけど、最近ではあまり見ないレベルで酔ったらしい。それだけ、コントレイルにフラれたのが精神的にキたんだろうね。

結局、酔いつぶれた東条さんを2人がかりで介抱して、事前に連絡しておいたフジキセキ先輩に預けて解散となったらしい。

個人的にNTRは吐き気がするレベルで無理だけど、いざ寝取る側になると、なんというか、こう、言葉にできない愉悦を感じそうになってしまった。

ま、まぁ、両想いだったならともかく、コントレイルはその気がなかったし、セーフってことで。

 

「それはともかく、ハヤテはどうする?まだ余裕があるようだし、軽くなら走ってきていいぞ」

「ん~、ならいい?」

「あぁ。3周流しておけ」

「はーい」

 

須川さんから許可はもらったということで、さっそくボトルを置いて練習用コースに向かった。

言っちゃあなんだけど、今のコントレイルだと2000mでも少々厳しい部分はあるから、少し物足りなかったのは否定できない。

見た感じ、コントレイルの距離適性はマイル寄りの中距離。長距離もできなくはないと思うけど、ステイヤーはもちろん、クラシックの平均で考えても少し劣る、かもしれない。

まぁ、その辺は須川さんがなんとかするでしょ。

出来ることなら・・・コントレイルが私と並び立つ存在になることを祈ろう。

 

 

* * *

 

 

軽い調子で、ハヤテ先輩はさっさと練習コースに走って行った。

さっきまで僕と一緒に走ってたはずなんだけど、なんであんなに余裕があるの・・・?

スポーツドリンクを飲みながらハヤテ先輩が走っている姿を見ていると、須川トレーナーが話しかけてきた。

 

「それで、どうだ?今のクラシック最強と走った感想は」

「なんというか、その・・・あの人は少し桁外れだと思います」

「少しばかりじゃないがな」

 

先輩だから少し抑えめに表現したけど、僕の内心なんてわかっているのか、僕の返答に須川トレーナーは苦笑した。

 

「一応言っておくが、たしかにクラシック路線ではあいつが同世代で最も強いという評価は間違っていない。だが、ティアラ路線にもあいつと肩を並べる奴もいる」

「・・・グランアレグリアさん、ですよね」

「そうだ。まぁ、お前さんなら知ってて当然か。家元が同じだもんな」

 

まぁ、面と向かって話し合ったことはないけど、やっぱりディープ家で期待されているウマ娘ってだけあって、名前はよく聞いている。

当然、同世代のハヤテ先輩と合わせてどんな風に呼ばれているのかも。

 

「今の世代は、最強のクラマハヤテと最速のグランアレグリアの二強なんて言われている。グランアレグリアはマイル路線にいったからオークスと秋華賞には出ないが、今年のティアラには他にも有望株が何人かいる。まぁ、クラシック路線はハヤテ以外が少しばかり見劣りする部分はあるのは否めないがな・・・」

 

最初の頃はサートゥルナーリア先輩やアドマイヤマーズ先輩もハヤテ先輩と並ぶ有望株として見られていたけど、あの皐月賞での走りから今はハヤテ先輩の一強が有力視されている。

そういった背景もあって、今のハヤテ先輩はディーさん以来の無敗の三冠ウマ娘候補としてメディアからも期待されている。

 

「長距離なら、余程のことがない限りまず間違いなくハヤテが勝つ。だからこそ、次の日本ダービーが勝負所になるわけだ」

「ですが、ハヤテ先輩なら日本ダービーも問題ないと思いますけど」

「世間の評価からすれば、な。だが、ダービーばかりはそうはいかない」

「・・・そこまで、ですか?」

「あぁ。そもそも、日本ダービーの舞台となる東京の芝2400mは逃げに向いていない。長く起伏に富んだ坂や長い最終直線は、最初からハイペースで走りきる逃げではまずスタミナがもたない。それに、スタミナだけで言えばハヤテならなんとかなるかもしれないが、日本ダービーには魔物が潜んでいる」

「・・・『日本ダービーは最も運がいいウマ娘が勝つ』ですよね?」

「あぁ」

 

この言葉は、時には30人立てでレースをすることもあったような昔に生まれたものだって聞いてるから、さすがに今のダービーでも全く同じとは言い難いかもしれない。

だけど、それでも『ダービーには“魔物”が潜んでいる』なんて言われているように、本番では何が起こるかわからない。

 

「ですが、ハヤテ先輩ほどの実力なら運なんて関係ないんじゃないですか?」

「たしかに、あいつならそれが言えるだけの実力がある。そして、皐月賞までの成績を見れば、クラシック路線であいつに並び立つウマ娘は存在しないだろう。だが、だからこそ油断できない。

ジャパンカップで自身を含めたありとあらゆる情報を用いて凱旋門賞ウマ娘トニービンやタマモクロス、オグリキャップを破り勝利をつかみ取ったオベイユアマスター、無敗の三冠が期待されたミホノブルボンと天皇賞春3連覇がかかったメジロマックイーンに勝った鬼の如きステイヤーであるライスシャワー、他にもG1に限らず強者の陰に隠れた伏兵が勝ったレースはいくらでもある。当然、ダービーでもな」

「じゃあ、僕たちが認識できていない伏兵に負けるかもしれない、っていうことですか?」

「あくまで可能性の問題だ。だが、レースでは何が起きるかわからない。何もないと高を括るのではなく、ありとあらゆる可能性に備えるのがトレーナーの役目だ」

 

そう言う須川トレーナーの横顔は、僕から見てトレーナーの義務というだけではない覚悟を感じたような気がした。

須川トレーナーの今までの評価とか聞いてないからよく分からないけど、昔に何かあったりしたのかな?

 

「出来ることなら、イッカクに情報収集を頼めたらいいんだが、あいつ基本的にハヤテとその周り以外に関しては興味が薄すぎるからな・・・」

「それは・・・なんとなくわかります」

 

まだ須川トレーナーの下でトレーニングをして数日だけど、その数日だけでもハヤテ先輩がどういう性格をしているのかはなんとなく分かった。だから、プライベートではハヤテ先輩とあまり関わらないようにしてる。

まぁ、ハヤテ先輩の方からはすごい構ってくるんだけど。

 

「・・・そういえば、トレーナーはハヤテ先輩とどんなトレーニングをしたんですか?あれだけの実力、ただの才能では片付けられないと思いますけど」

「そうだな・・・まぁ、半分くらいは俺が面倒を見る前から出来上がってたけどな。あいつは元は山育ちで、子供の頃は山の中を走り回っていたらしい。言ってしまえば、幼少期から坂路トレーニングをしてるようなもんだ。結果、常識はずれのスタミナを身につけたってわけだな。とはいえ、その犠牲に平地での走り方が壊滅的に身についていなかったから、最初はフォームの矯正を徹底的にやらせた」

「なるほど・・・では、中央に来てからは?」

「あ~、こっちに来てからは・・・」

「ひたすら映画とか見てたよ」

 

いきなり背後から声をかけられて振り向くと、ハヤテ先輩がスポーツドリンクを飲みながら僕たちのところに近づいてきていた。

でも、あれ?3周走ってくるんじゃなかったけ?

くるんじゃなかったっけ?

 

「ちょっ、さすがに早くないか?」

「ん~?なんか話してるのが見えたから、気になって2周で切り上げちゃった」

 

いや、2周だとしても少しばかり早いのでは?とは思ったけど、口には出さないようにした。

というより、もっと気になる情報が出てきた。

 

「映画・・・?」

「あ~・・・」

「私に足りないのはレース勘ってことで、映画見ながら問題解いて頭回してた」

「・・・それ、本当なんですか?」

「・・・まぁ、そうだな」

 

衝撃の事実を聞いて、僕は思わず天を仰いでしまった。

そりゃあ、映像研究というのは存在する。だけどそれは、あくまでレース映像を見て相手の癖や走り方を探るためのものであって、決して映画を観るための口実ではない。

思わず「あれ?もしかして、入るところ間違えた?」って考えそうになるけど、実力に疑いはないんだからとどうにかその思考を追い出す。

それに、もし須川トレーナーから離れるとして、他に同等の実力のあるチームはリギルとスピカくらいだけど、スピカはこことは比較にならないレベルの魔境だから行く勇気はないし、リギルに至っては自分で一度勧誘を断ってしまっているから外聞が悪すぎる。

なら、やっぱりこのままトレーナーと先輩を信じてトレーニングを積むのが良策のはず。うん、たぶん、きっと。

 

「あ、そうだ。せっかくだし、今度の休みの日に一緒に映画見ない?須川さん、いろんなDVD持ってるから、けっこう楽しめるよ。スケジュールが合えば、知り合い誘って映画鑑賞会もいいかもね。どうせだし、スピカで暇な人も誘っちゃおうかな」

 

・・・ここでやっていくには、僕は少し真面目過ぎるのかな。

本気でそんなことを考えながら、「まぁ、はい。先輩がそう言うなら」と僕は思考放棄気味に相槌をうった。




スピカとか生真面目が入るとめちゃくちゃ発狂しそう。
大概まともなのいないし。

余談ですが自分はNTRはまったくダメな人間です。
両想いの関係から奪うのはもちろん、片思い状態でも悪意を持ってやってるなら即アウトです。
一時期めっちゃNTRが流行ってましたけど、何がいいのかまったくわからん。


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運勢クソ雑魚ウマ娘とか言うな

「・・・ッ、あーもう、ホント最悪・・・」

 

まだ日も昇りきっていない朝早く、私は最悪の気分で目が覚めてしまった。

寝汗もぐっしょりで、頭の回転もすこぶる悪い。

こんな最悪の目覚めの原因は、すでにわかっている。

あの夢だ。前世の記憶と思われる、あの夢。

実のところ、あの夢は最初に見てからちょくちょく同じような夢を見ることはあった。

まぁ、映像の内容は微妙に違ったりするんだけど、もやがひどいせいで何が違うのかほとんどわからない。さらにひどいことに、ノイズの音も夢を見るにつれて大きくなっているから、本当に最近は寝つけが悪くなっている。

とはいえ、前までは1か月に一回見るかどうかって感じだったから、そこまで気にはならなかった。

だけど、ここ最近は特によく見るようになっている。

具体的には、コントレイルと一緒にトレーニングをするようになってから、頻度が増えたように思う。それこそ、連続で見ることすらあった。

もちろんコントレイルのせいだなんて思ってはいないけど、時期的に被ってるのは事実なんだよね。

ただの偶然なのかもしれないけど、なんか運命というか、因果的なものを感じてしまう。

まぁ、なんだかんだいって原因究明なんてできるわけないんだけどね。

・・・とはいえ、今日に限ってこんな夢を見なくたっていいじゃないかとは思う。

 

「・・・今日、こんなんで大丈夫かな」

 

視線をカレンダーに向けると、赤丸で囲まれた今日の日付は5月26日。

一生に一度の大舞台、日本ダービーが開催される日だ。

 

 

* * *

 

 

日本ダービー。またの名を東京優駿。

クラシックレースの中でも最も格も高い、同世代の最強を決めるレース。

中央のウマ娘はもちろん、全国にいるすべてのウマ娘が憧れる、夢の大舞台。

今日、私はそのレースに出る。

 

「・・・さて、最後におさらいをしておくぞ」

 

現在、控室で勝負服に着替えてから、須川さんと最後の打ち合わせをしている。

イッカクとコントレイルは、集中したい私に気を遣って一足先に観客席の方に向かった。

 

「日本ダービーは東京芝2400m。このコースの特徴は長く起伏に富んだ坂だ。スタート地点がすでに上り坂の途中から始まっていて、第1コーナーから向こう正面にかけて長い下り坂を下ってからの急坂、その後すぐに200mにわたって下り坂が続き、最後に最終直線に入ってすぐ高低差2mの上り坂がそびえる。ダービーや同じ条件のジャパンカップにおいて逃げが不利な理由の1つが、この坂に意識が割かれて余計にスタミナを消耗するからだ。

そして、逃げが不利な理由の2つ目が長い最終直線だ。東京レース場の最終直線は500m以上もある。これだけ最終直線が長いと、逃げウマ娘がゴールまで待たずにスパートを吐きだしきってしまって、先行や差しに抜かされるなんてのはざらにある。

幸い、ハヤテなら坂は走り慣れているだろうから、他のウマ娘よりは消耗は少ないだろうし、その分余裕が残っていれば最終直線でもスパートをかけ続けられるはずだ。

この前のスクーリングで地形は頭にたたき込んだな?」

「うん。大丈夫」

 

スクーリングってのは、実際にレース場で予行練習をやることだね。

私のところはチームじゃないのと、須川さんは私をスカウトするまでトレーナー業から身を引いていたこともあって、1回しか貸し切りで練習できなかったけど、まぁ1回だけでも十分だ。

ただ・・・

 

「最大の懸念点は・・・最外枠からの出走ってことか」

 

そう、私の出走枠は最外枠の8枠18番だ。

『ダービーは最も運がいいウマ娘が勝つ』ってジンクスがあるけど、ここにきてどん底の運の悪さを見せることはないと思うんだ。

思わず「What the F〇ck!!」って叫びそうになったのを堪えた私は褒められてもいいと思う。

ちなみに、さっき電話でグランにこのことを話したら「ま、まぁ、ハヤテちゃんには菊花賞があるから・・・」って慰められたけど、それ遠回しにダービーはどんまいって言ってない?

 

「とはいえ、策がないわけではない。お前の好きに走らせることができないのは心苦しいがな・・・」

「まぁ、この際それはしょうがないよ」

 

さすがに今回は事情が事情だからね。そこまでこだわるつもりはない。

 

「それで、今回の作戦は?」

「今回は、リオンリオンにマークして2番手からレースを進めてくれ」

「リオンリオン?」

 

少なくとも、皐月賞ではそんなウマ娘はいなかったと思うけど。

 

「リオンリオンは、ダービートライアルである青葉賞で出走権を得たウマ娘だ。実際のレースではハイペースの逃げを披露して1着をつかみ取っている。おそらく、今回のダービーでも同じように逃げる可能性が高い。だから、リオンリオンの背後についてできるだけ消耗を抑えながら勝負所を探るんだ」

「もしリオンリオンが逃げなかったら?」

「ハヤテが先頭に立った場合は、最初はロー寄りのミドルペースでスタミナを温存してから、向こう正面の下り坂で気づかれない程度にペースを上げてくれ。消耗戦に持ち込むことができれば、最終直線でもそう簡単には抜かされないはずだ」

 

なるほど・・・となると、今回のレースは考えることが多くなりそうだね。

走りながらあれこれ考えるのは、ぶっちゃけそんなに得意じゃないんだけど、やらなきゃ勝てないならやるしかない。

・・・そんなことを話しているうちに、とうとうレースの時間がやってきた。

 

「それじゃ、行ってくるね、須川さん」

「あぁ。頑張ってこい」

 

短い激励の言葉を背に受け、私はパドックへと向かった。

・・・心の内に燻る、黒いモヤモヤのようなものから必死に意識を逸らしながら。

 

 

* * *

 

 

「あ、須川トレーナー。こっちです」

「おう、待たせたな」

 

関係者席でイッカク先輩と一緒に待っていると、須川トレーナーがやってきた。

ちなみに、皐月賞の時はグランアレグリア先輩も一緒にいたらしいけど、今回はリギルのメンバーとTVで見ているらしい。

 

「それで、トレーナー。ハヤテ先輩の様子はどうでしたか?」

 

気になった僕はそう尋ねると、須川トレーナーは苦虫を噛みしめたような表情で口を開いた。

 

「はっきり言って・・・最悪とまでは言わないが、今までで一番調子が良くない」

「・・・不調ってことですか?」

「いや、不調とは少し違うな。いまいち集中できてないと言うか、気分が乗ってない、と言うべきか。あいつは基本的にレース前になると勝手にテンションを上げるんだが、今回はあまり上がってなかった」

「それは・・・冷静にレースに臨んでいるとかじゃないんですか?」

「それはない。むしろ、あいつの場合はどちらかと言えば緊張しいなんだが、それを紛らわせるためにテンションを上げる、レースを楽しむようにしている。だから、あいつのレース前のコンディションは基本緊張しているかテンションを上げているかのどっちかだ。そのどっちでもないということは、レースに対する意識が薄いということでもある」

「つまり・・・レースに集中できていないってことですか。でも、何でですか?」

「それは俺も聞いてないしわからんが・・・イッカクは何か気づいたことはあるか?」

 

少なくとも、僕から見てハヤテ先輩の先日までのトレーニングで変わったところはなかったと思うし、須川トレーナーも指摘してないってことは同じだと思う。

それなら同室のイッカク先輩なら何かわかるかもしれないってことで須川トレーナーから尋ねると、心当たりがあったみたいで少し俯きながら口を開いた。

 

「その・・・最近、ハヤテちゃんの寝つきが良くないみたいで、今朝もかなり早い時間に目を覚ましてました。多分、悪い夢を見ているような感じなんですけど、私にもあまり話してくれなくて・・・」

 

僕は初めて聞いたけど、どうやらイッカク先輩は以前からハヤテ先輩の夢見が悪いだろうってことは把握していたらしい。

僕たちウマ娘は基礎身体能力がヒトよりもはるかに高く、睡眠中でもある程度は聴覚や嗅覚で情報を捉えることができる。だから、ハヤテ先輩が最近になって飛び上がるように起きることが増えたことはすでに知っていたらしい。

だけど、ハヤテ先輩自身がそのことを隠そうとしていたから、イッカク先輩もできるだけ触れないようにしていたらしいけど、さすがに日本ダービーの場でも同じことが起こってるってなると言うしかなかったみたい。

 

「そうか・・・俺のところに来た時にはすでに調子を戻している・・・いや、何も変わったことがないように見せている、か。上手く取り繕える程度には余裕があるようだが、そのことはできれば早く言ってほしかったな」

「すみません。ハヤテちゃんがそのことを徹底的に隠そうとしていて、多分須川トレーナーに相談してもハヤテちゃんは誤魔化そうとしたでしょうし・・・」

「・・・こういう時こそ、トレーナーを頼ってほしいんだがな・・・」

 

まだプライベートなことまで相談してもらえるほど信頼関係を築けていなかったことに、須川トレーナーは歯噛みした。

出来ることなら、僕にも少しは話してほしかったけど・・・僕はハヤテ先輩の後輩だ。余計に相談しづらかったのかもしれない。

 

「・・・ともかく、そのことに関してはレースが終わったら話すことにしよう。そろそろ時間だ」

 

不安を心の内に封じ込めた須川トレーナーの視線の先では、いつもと違う他のウマ娘を寄せ付けない雰囲気を放っているハヤテ先輩がゲートに入ろうとしていた。

・・・とうとう今年の世代最強を決めるレース、日本ダービーが始まる。




今回はダービーに向けてということで短めにまとめました。
その分、次回はがっつり長めに書いていきます。


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夢の舞台、その結末

めちゃくちゃ難産でしたが、どうにか書き切りました。


「・・・あーもう・・・」

 

パドックでアピールを終えてから、私はゲートの近くで体をほぐしながらコンディションの最終チェックをするけど、どうにも集中しきれない。

まるで靄がかかったように、あるいは心が体から離れているかのように、思考が頭の中でまとまらない。

勝負服の裾を掴んで引っ張ってみたり、何度もマフラーの位置を調整したり、特に意味のない行動を繰り返す。

今までレースの前や最中にこんなことになったことはなかったのに、どうしてこんなことに・・・。

 

「・・・あ、いけねっ」

 

ふと足下を見てみると、無意識のうちに芝を足でガリガリとひっかいていた。

ウマ娘がつま先で地面を引っかくのはストレスが溜まってるときによくやる行為の一つだけど、自分でやったのは初めてかもしれない。中央に移籍したばかりの頃でさえ、緊張してたとはいえ言うほどストレスは感じていなかったし。

たぶん、周りから見た今の私は今までにないレベルで気が立っているように映っていることだろう。あながち間違ってはいないけど。

その証拠に、周囲を見渡せば他のウマ娘がヒソヒソしながら私から距離をとっていた。皐月賞ではまっすぐ私のところまで来たサートゥルナーリアですら遠巻きから私のことを見ているだけだった。

やっぱり、今日の私はいつもと調子が違うなぁ・・・。

こんなことになっている原因は、まぁわからないわけではない。

十中八九、あの悪夢だ。

あの前世の記憶らしき夢を見ると、どうにも心が乱れやすくなる。

じゃあ、あれはただの悪夢なのかと問われると、それは自分でもよくわからない。

たしかにあの夢を見た朝の寝起きは最悪だけど、夢自体はそんなに怖いとか嫌だとか、そういうのは感じない。

それに、あれは夢にしてはあまりにもリアルすぎるというか、はっきり記憶に残りすぎてるのはすごい不自然だけど、探ろうと思ってもどうにも深入りできない、そんな違和感がある。

まるで、私の本能があの夢を受け付けないかのように・・・

 

「クラマハヤテ選手。時間なのでゲートインをお願いします」

 

係員に言葉を掛けられて、ハッと意識が現実に引き戻された。

そうだ、今は目の前のレース、日本ダービーに集中しないといけない。

案内に従ってゲートの中に入り、視線と一緒に余計な思考をシャットアウトする。

考えるのは、競うべき相手と勝つための走りだけ。

 

『最後に1番人気、クラマハヤテがゲートに入り、各ウマ娘、ゲートインが完了しました。今世代の最強を決めるレースが今・・・スタートしました!』

 

スタートは完璧。ゲートが開いたと同時に駆けだす。

リオンリオンは・・・見つけた。リオンリオンは最外の私ほどじゃないけど、15番の大外からのスタートだ。私のように逃げない手もあったかもしれないけど、今回も青葉賞の時と同じハイペースの逃げを選択したらしい。

なら、私にとって都合のいい展開だ。

 

『第1コーナーで先頭に立ったのは青葉賞で逃げ切ったリオンリオン!そのピッタリ後ろに1番人気クラマハヤテが張り付いた!その4バ身後ろにロジャーバローズが控えます!』

 

最外スタートで前に出きれなかったように見せながら、リオンリオンの後ろにピッタリつく。

コントレイルが加入してから、コントレイルには私の後ろだけじゃなくて前も走ってもらったおかげで、マークのコツはなんとなくだけど掴んだ。

『私はいつでも抜かせるぞ』と圧力をかけながら、レースのペースを上げていく。

私もその影響は受けるけど、リオンリオンを風よけにしているおかげでまだ許容範囲内だ。

チラリと後ろを確認すると、全体的に縦長の展開になっている。私たちの後ろは3番手のロジャーバローズが先頭で食らいついてるのを他ウマ娘が追っている形か。

ハイペースに持ち込めているのは、こっちの作戦通りだ。

 

『向こう正面に入って1000m地点でのタイムは57秒8とハイペースの展開です!逃げるリオンリオンにクラマハヤテがプレッシャーをかけ続ける!』

 

こういう時は実況のアナウンスが便利だ。実況が現在の状況を解説してくれているおかげで私も仕掛けやすくなるし、場合によっては誤った情報を与えることができる。

 

『おっと!向こう正面半ばでリオンリオンに代わってクラマハヤテが先頭に出た!早くもスパートをかけ始めたか!』

 

実況には悪いけど、実際はスパートはまだかけていない。

ここでリオンリオンを抜かしたのは、向こう正面半ばにある上り坂で効率的に走ることができる私の方が相対的にスピードが上がったように見えただけだ。

そして、上ってからすぐに始まる下り坂でロスなく下ることで、私がスパートをかけているとさらに錯覚させる。

あとは、最終直線で残った脚をすべて吐きだせば、私の勝ちだ。

 

『さぁ第4コーナーを抜けて先頭に立ったのはクラマハヤテ!リオンリオンは少し苦しいか、ここで一気にロジャーバローズが上がってきた!』

 

ロジャーバローズ?たしか、ファン投票では12番人気のウマ娘だったはず。そういえば、レースが始まってからずっと3番手を走っていたけど、1枠1番からスタートしたとはいえ、このハイペースでその位置をキープし続けていたのなら、スパートに使える脚なんて・・・

 

「・・・ッ!?」

 

後ろを振り返って、背筋が凍りそうになった。

ロジャーバローズの表情に、ハイペースに付き合わされた消耗の色なんて見当たらない。

むしろ、この状況こそが、待ち望んでいた最も得意な状況だとでもばかりの気迫だ。

不味い。今のロジャーバローズは、限りなく最高に近い状態でスパートに入っている。ロジャーバローズの走りに引きずり込まれそうな感覚を覚える。

このままじゃ・・・いや・・・!

 

「負けて、たまるかぁあああ!!」

『ロジャーバローズが追い上げるが、クラマハヤテまだ逃げる!最外のスタートからのハイペース、半バ身まで迫られ、なおもまだ脚色は衰えない!最強の座は渡さないと言わんばかりの走りだ!』

 

あぁ、そうだ。

須川さんに拾ってもらって、イッカクにも支えてもらって、私に道を見出したコントレイルが来てくれた。

だからここで負けるわけにはいかないんだっ・・・!

 

『クラマハヤテ苦しいか、じわじわとロジャーバローズとの差が詰まっていく!さらに外からダノンキングリーも突っ込んできた!』

 

すぐ近くにロジャーバローズが迫っているのに加えて、後ろからも新たに足音が迫ってくる気配を感じる。実況が言ってるダノンキングリーか。

ダメだ。このままじゃ、負ける。

でも同時に、違う確信もあった。

今ある世界がひび割れていく感覚。それは、私の限界じゃない。限界を超えた向こう側、新しいステージへの道。

それが何なのか、私は知らないけど、直感的にわかる。

ここを越えれば、私は・・・!

 

 

 

 

 

ガシッ!

 

 

不意に、誰かが私の腕を掴んだ。

気付けば、私の視界はレースではなく、暗闇に包まれていた。

ここはどこだ?いや、なんで今?いったい誰が?体が重い。首を動かすことすらできない。何がどうなっている?

その答えを考える必要は、なかった。

だって、私の目の前には、今まで夢の中で何度も見てきた、あの黒い人型が立っていたから。

急に動きが鈍ったのは、周囲の闇が手の形になって私のいたるところを掴んでいたからだ。

まるで、そこから先に行くなとでも言わんばかりに。

 

「・・・ッ!」

 

邪魔をするな。

そう言いたいのに、声を出せない。

近づこうとしても、力をこめるほど腕が増えて、私を拘束していく。

なんで。

どうして。

このままじゃ、私は・・・!

 

 

 

 

 

 

『ゴール!!接戦を制したのはなんと12番人気ロジャーバローズ!伏兵が2分22秒6というレコードタイムで日本ダービーを制したーーー!!2番手争いはクラマハヤテとダノンキングリー、現在掲示板に写真判定の文字が光っています!』

 

フッと闇が解けた時には、すでにレースは終わっていた。

掲示板で輝いている数字は1。つまり、ロジャーバローズ。さらには、レースタイムにレコードの印までついている。

あぁ、そっか・・・私は、負けたのか。

レースにも、あの黒い人型にも。

一応、2着3着は私とダノンキングリーの写真判定らしいけど、なんとなく私が3着な感じがする。

ゴールの時の記憶はないけど、私の中に残っている感覚、というより本能が、私の敗北を囁いていた。

そして、10分ほどの審議の結果、ハナ差でダノンキングリーが2着、私が3着という結果になった。

 

 

 

 

 

そのあとのことは、あまり覚えていない。

気付いた時には、いつの間にか控室の前に立っていた。

 

「・・・ただいま」

「おう・・・頑張ったな」

「ハヤテちゃん。これ、スポーツドリンク」

「えっと・・・その・・・」

 

中に入ると、すでに須川さんとイッカク、コントレイルが待っていた。

須川さんは微妙な表情を浮かべながらも励ましてくれて、イッカクはレース直後の私を気遣うようにスポーツドリンクを差し出してくれた。コントレイルだけは、何を言えばいいのかわからない状態でおろおろしていた。

でも、今はちょっとそっとしておいてほしい。

 

「・・・ごめん、ちょっと1人にさせてもらってもいい?」

「・・・わかった。何かあったら呼んでくれ。2人共、出るぞ」

「はい」

「・・・わかりました」

 

須川さんに促されて、3人は控室から出ていった。

 

 

* * *

 

控室から出た僕たちは、控室の扉から少し離れたところで待機することにした。

 

「ハヤテ先輩、大丈夫でしょうか。初めて負けて、ショックを受けたりして・・・」

「いや、それは違うな」

 

ハヤテ先輩のことを心配していると、須川トレーナーは僕の言葉をバッサリと否定した。

ハヤテ先輩なら立ち直れると、そういう意味なのかと思ったけど、いつも以上に厳しい表情を浮かべている須川トレーナーを見て、根本的に問題が違うことが僕にも分かった。

 

「たしかにレース本番で負けたのは初めてだが、そもそもあいつは負けてショックを受けるような軟な性格じゃない。去年、併走とはいえ負ける前提でグランアレグリアと走ったこともあるからな。あいつは、負けた原因をしっかりと見て、次に活かすことができるタイプのウマ娘だ。

だからこそ・・・あの様子は、勝敗とは関係ない、根本的に違う何かがあったんだ。そして、おそらくそれはレース前の不調と何か関係があると見える」

「そう、なんですか?」

「あぁ。イッカクも、レースのことで何か思い当たることはなかったか?」

「はい。多分ですけど・・・最終直線で、ハヤテちゃんの走りが少し変に見えました」

「変、ですか?」

 

僕は思わず首をかしげるが、イッカク先輩は多分と前置きしたものの、半ば確信もあるようだった。

イッカク先輩は、地方であれば十分活躍できるほどのポテンシャルを持っていたらしくて、さらにハヤテ先輩に対して、なんて言うか、こう、執着に近い感情を抱きながらアシスタントをしている。

だからこそ、レースにおけるハヤテ先輩の変化を見逃さなかったのかもしれない。

 

「最終直線で、ロジャーバローズさんに追い抜かれそうになった時、さらに加速するような姿勢を、一瞬見たような気がしました。ですが、それはすぐに解けて、そのまま抜かれたように見えました」

「やっぱりか。俺も似たようなもんだ。心当たりもあるが・・・正しいかどうかは、ハヤテの話を聞いてみないとわからないな」

 

たぶん、今回の不調はハヤテ先輩にとってかなり根の深い問題のはず。

どれだけ自分たちにできることがあるか。そのことに一抹の不安を感じながら、僕たちは控室にいるハヤテ先輩を待ち続けることしかできなかった。

 

 

* * *

 

 

一人控室に残った私は、備え付けられた椅子に座って右手で額を押さえつけながら俯いた。

 

「・・・・・・はぁ」

 

ダービーという晴れ舞台で、初めて敗北したことにショックを受けた・・・というわけではない。

いや、もちろん負けたことにショックは少なからずあるけど、レース内容を振り返ってみれば冷静に受け止めることはできた。

今回のダービー、私の運が過去最悪レベルで悪かったのもそうだけど、私にとって一番の不運は、ロジャーバローズの運が最高レベルで良かったことだ。

ロスが大きい不利な最外枠、ダービーに向かない不利な走り、自分の持ち味を出し切れない不利な展開だった私に対して、ロジャーバローズはロスの少ない有利な最内枠、ダービーに向いた有利な走り、そして自分の実力を最大限引き出せる有利な展開、その全てが揃っていた。

その上でレコードを出して勝ったんなら、こればっかりはどうしようもない。こういう言い方はアレだけど、私の運が悪くて彼女の運が良かった、それだけの話だ。

それに、アタマ差+ハナ差ならタイム差なしで実質私もレコード保持者みたいなものだから、それがあるだけよしとしよう。

それよりも問題なのは・・・最後に見た、あの光景だ。

あのまま行けば、私は限界を超えることができると、その確信があった。

だと言うのに、最後の最後であの黒い人型に足を引っ張られた。あれのせいで、ダービーに勝てなかった。

あれがなければ・・・さらに先の景色が見えるはずだった。

・・・今思えば、レース中に、いや、走っている最中にあの黒い人型が現れたのは初めてだったな。

でも、今までも心当たりがないわけじゃない。

今回の現象は、移籍する前に中央で試走した時に、1人で走っているときに意識が深く沈み込んだ、あの感覚に近いものを感じた。あれと違うのは、黒い人型の有無と、あの時よりも今回は意識がはっきりしていたこと。

あの時は、なんと言うか・・・私じゃない誰かが私の代わりに体を動かしているような、そんな感じがした。

私の代わりに、私の限界を探るような、そんな感覚。

とはいえ、あの時は記憶がはっきりしてないから、具体的なことは何も覚えていないけど。

 

「・・・そろそろ、かな」

 

今までは、よくわからない夢の中の存在程度にしか考えてなかったけど、いい加減向き合わないといけないのかもしれない。

夢の中に現れる、そして今回レースで現れた、あの黒い人型に。




はい、というわけでダービー敗北ルートです。
本当は、欲を言えばもうちょいレースシーンを書きたかったんですけど・・・自分の文才じゃここら辺が限界でした。
ちなみに三冠取らせるルートもなくはなかったですが、それだと面白味に欠けるので没になりました。
なんで、ハヤテちゃんにはここらへんで苦労してもらいましょう。
まぁ、大外からレコードペースでかっ飛ばして入着してる時点で十分やべー奴なんですが。


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この人たちおかしくないですか?

珍しく前後編に分かれます。
今回は主にコントレイル視点です。


(なんでこんなことになっているんだろう・・・)

 

僕の頭の中は、そんな疑問で満たされていた。

僕は何もおかしなことなんてしてないはずなのに、まるで非日常的のような現実を受け入れることができない。

どうして僕は、

 

「コントレイル~、豚玉10枚おねがーい」

「タマ、このミックスDXというのを15枚頼む」

「おっしゃあ!豚玉10枚ミックスDX15枚な!ほら、コントレイルちゃんも頼むで!」

「わかりました!!」

 

金属ベラ両手に、タマモクロス先輩と一緒にお好み焼きを作りまくっているのだろうか。

 

 

* * *

 

 

事の発端は、日本ダービーが終わってから2週間くらい経った時のことだった。

数日のクールタイムを設けてレースの疲労も十分抜けてきただろうということでハヤテ先輩のトレーニングが再開したんだけど・・・

 

「クラマハヤテ、今日は終わりだ」

「いや、私はまだ・・・」

「終わりだ」

「・・・わかった」

 

ハヤテ先輩の様子は、明らかにダービー前と変わっていた。

まるで必要以上に自分を追い込むように、須川トレーナーが指示した以上のトレーニングを自分に課そうとする。

今はまだ須川トレーナーの言うことを素直に聞いているけど、どこかのタイミングで過剰な自主トレをしそうなほどに今のハヤテ先輩は追い詰められていた。

 

「はい、ハヤテちゃん。コントレイルも、これ」

「ありがとう」

「ありがとうございます・・・」

 

イッカク先輩からスポーツドリンクを受け取りながら、横目でハヤテ先輩の様子を観察する。

前までは、須川トレーナーの管理によってトレーニングで汗を流すようなことはあっても極端に消耗することはなかったけど、今は目に見えて大量の汗を流しながら息を切らしている。その上、目がまるで現実ではないどこかを見ているかのように虚ろだった。

どう見ても、今のハヤテ先輩は異常だ。

 

「その、ハヤテ先輩・・・」

「なに?」

「・・・いえ、すみません。なんでもないです」

「そっか」

 

何をそんなに焦っているのか、そう尋ねようとしたけど、ハヤテ先輩が纏う雰囲気に気圧されて聞き出すことができなかった。

少しハヤテ先輩から距離をとって、今度はイッカク先輩に話しかけてみた。

 

「イッカク先輩。その、ハヤテ先輩って寮でもあんな感じなんですか?」

「うん・・・グランアレグリアからも、教室でも似たような感じって聞いてる」

 

もっと言えば、そのせいで教室内で孤立とまではいかなくても少し浮いた存在になっている、らしい。

それを聞いた須川トレーナーが、一つ頷いてすぐに決断を下した。

 

「そうか・・・ハヤテ、今日から今週いっぱいまで休め。んで頭を冷やせ」

「でも、スケジュールとか・・・」

「菊花賞は前哨戦を含めてまだ先だし、お前ならこの程度の遅れは夏に取り戻せる範囲だ。その管理も含めて俺の仕事なんだから、今は俺の言うことを聞いておけ」

「・・・わかった」

 

表面上は大人しく須川トレーナーの言うことを聞いているように見えるけど、それでも不満気な表情はまったく隠せていなかった。

さすがにこのままではまずいと、須川トレーナーは僕とイッカク先輩を呼び寄せた。

 

「イッカク、俺がいないところでのハヤテを頼む。コントレイルも、できるだけハヤテのことを見ておいてくれ。今の精神状態は危険だ」

「はい」

「わかりました」

「俺は俺で対策を考えておくが、あれは数日やそこらじゃどうにもならんだろう。しばらくはハヤテのことを気を付けないとな。コントレイルも、トレーニングを見る時間が減るかもしれないが・・・」

「いえ、さすがにあのハヤテ先輩は僕も放っておけないので、気にしないでください」

「すまない。それじゃあ、今日のところは少し早いが終わりだ」

 

申し訳なさそうに目を伏せながら、須川トレーナーはタブレットに視線を落として何か作業を始めた。

 

「それじゃあ、私たちも戻ろっか」

「はい」

 

結局、この日は少し暗い空気でトレーニングを終えて帰路につくことになった。

その帰り道でも微妙に話しかけづらくて困っていたら、そこに救世主が現れた。

 

「おっ、ハヤテちゃんやん!久々やなぁ」

 

僕たち3人に、というよりハヤテ先輩に話しかけたのは、あのタマモクロス先輩だった。隣にはオグリキャップ先輩もいる。

というより、すごい親し気に話してるけど、ハヤテ先輩ってあの人たちと知り合いだったの?

 

「タマモ先輩、久しぶりです。そういえば、最後に会ったのは皐月賞の前とかでしたっけ?オグリ先輩とはよくご飯を食べに行ってるんで、そこまで久しぶりってわけじゃないですけど」

「そうやなぁ。いや、別にオグリンと仲ようするのはええんやけどな、たまにはウチにも顔を見せときや」

「ですね、そうします」

「んで、そっちの子は初めてやんな。どうも、タマモクロスや。んで・・・」

「オグリキャップだ。よろしく頼む」

「ど、どうも、コントレイルです」

 

いきなりレジェンド級の先輩が出てきて思わず緊張しちゃったけど、ハヤテ先輩の雰囲気がさっきよりも柔らかくなったのを感じてホッと息をついた。

 

「それにしても、2人はどうしてここに?」

「私とタマは、今日はトレーニングは休みだから出かけるところだったんだ」

「てかそれを言うなら、ハヤテちゃんもこんな時間にどうしたんや?トレーニングが終わるにしては、ちょい早い気がするんやけど」

「それは・・・」

 

さすがのハヤテ先輩も『トレーナーに今のお前はおかしいから休めと言われた』とは言いづらいのか口ごもるけど、その態度に何かを感じたのか、タマモクロス先輩が心配そうな表情をハヤテ先輩に向けた。

 

「・・・ハヤテちゃんはなんか悩み事でもあるん?」

「っ、わか、りますか・・・」

「まぁ、前に会うた時と比べて、というかダービーが終わってから雰囲気が暗いからなぁ。あ、でも無理に話さなくてええからな」

「いや・・・ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 

ここで、ハヤテ先輩が素直に悩みを打ち明けようとしたことに、僕は思わず意外感を覚えた。同時に、それほどこの2人のことを信頼しているのだろうと僅かに嫉妬を抱きそうになったけど、相手が相手だし、対象としてはこれ以上なく間違っている。

それに、やっぱりハヤテ先輩が抱えている悩みが気になったから、ここは大人しくハヤテ先輩の話を聞くことにした。

 

「ええよ。なんでも聞きや」

「えっと、なんて言えばいいのかよくわかんないんですけど・・・その、オグリ先輩とタマモ先輩って、レースの時に見える景色が変わることってありますか?こう、目の前が急に真っ暗になる、みたいな」

「レースの最中にか?ウチはそういうのはあらへんけど・・・オグリンは?」

「いや、私もそういうことはない」

「そうですか・・・」

 

望んだ答えを得られなかったことに落ち込むハヤテ先輩を見て、タマモクロス先輩とオグリキャップ先輩は少し申し訳なさそうな表情を浮かべながらハヤテ先輩の相談に乗った。

 

「せやったら、ハヤテちゃんの感覚でええから、ダービーの時のことを話してくれへんか?もしかしたら、ウチらもなんか力になれるかもしれへんし」

「えっと・・・わかりました。でも、なんて言えばいいのか・・・最終直線のときなんですけど、なんていうか、その、ロジャーバローズに追い抜かされそうになった時に、もっと先?に行けるような感覚があって、そこに行こうとしたんです。でも、その直後に目の前が真っ暗になって、黒い何かに引き止められたせいでそこに行けなくて、気づいたらレースが終わってたんです」

「えっと・・・?」

「???」

 

あまりにも抽象的な表現に、僕もそうだけど、イッカク先輩も頭の上に大量の疑問符を浮かべた。

ハヤテ先輩が感覚派なのは前から分かっていたけど、今回はいつにも増してあやふやすぎる。そこまで表現力に乏しいわけではないと思うんだけどな・・・。

だけど、タマモクロス先輩とオグリキャップ先輩は、驚いたような表情でハヤテ先輩の顔を見た。

 

「タマ。これは・・・」

「黒い何かってのが何なのかはわからへんけど、そういうことやろなぁ」

「その、先輩方はハヤテ先輩が何を言ってるのかわかったんですか?」

「うん。まぁ、さっき言ったみたいに黒い何かってのはわからへんけど、ハヤテちゃんの言う『もっと先に行けるような感覚』ってのは心当たりがあるで」

「それは・・・?」

 

思わぬ情報に食いつくハヤテ先輩に、タマモクロス先輩はたっぷり間を空けてからそれを口にした。

 

「“領域(ゾーン)”や」

「ぞーん・・・?」

「せや。ウチらはもっぱら『領域』って書いて『ゾーン』って呼んどる。限界を超えた先の先、自分でさえ知らない剛脚、時代を創るウマ娘は必ず入ると言われる領域や」

「私もタマも、領域(ゾーン)に入ったことがあるから、その感覚はわかるんだ」

領域(ゾーン)なんて言葉、初めて聞きました・・・」

「そりゃあ、領域(ゾーン)に入れるウマ娘なんてほんの一握りやからな。1年に1人も現れない年もあるし、そもそも領域(ゾーン)自体が感覚的な話にもなる。半分くらい都市伝説みたいなもんや」

「なるほど・・・ちなみに、具体的にどういうのなんですか?」

「言ってしまえば、超集中状態のことやな。脳が極限まで活性化して、120%のポテンシャルを引き出すことができるんや」

「あぁ・・・言われてみれば、漫画かなんかで見たことがあるような気がします」

 

そういうのって創作物とか噂の中の話だと思っていたけど、どうやら実際に存在するものらしい。ハヤテ先輩もなんか納得してるように見えた。

 

「でもまぁ、いいことばかりってわけやないけどな。領域(ゾーン)に入るのが難しいのもそうなんやけど、限界以上の力を引き出すもんやから、当然体にかかる負荷も半端なくてな、故障のリスクもそれなりにあるんや」

「私も、初めて領域(ゾーン)に入ったのはタマと最後に有馬記念で走ったときなんだが、年が明けてから怪我が判明して、しばらくレースに出れなかったことがあるんだ」

「そうなんですか・・・」

 

たしかに、オグリキャップ先輩のレースの中でも、タマモクロス先輩のラストランとなった中での勝負は有名な話だ。

その時に領域(ゾーン)に入ったっていうのは初めて聞いたけど、そのレースの後に下手をすれば引退する可能性もある怪我が判明したという話を考えれば、あり得る話なのかもしれない。

 

「もしかしたら、黒い何かってのは怪我をしたくないって本能なのかもしれへんな。いや、あくまで多分やけどな。そういう話は他に聞いたことがあらへんし・・・ごめんなぁ、肝心なところで力になれんくて」

「いえ・・・これは多分、私が自分でなんとかしなきゃいけない問題ですから・・・」

 

ハヤテ先輩は曖昧に笑いながら気にしなくていいと手を振るけど、言外に僕たちでは力になれないと言われたような気がして、今度は僕とイッカク先輩が暗い雰囲気になってしまった。

それを察したのか、タマモクロス先輩はパンッと手を叩いて場の空気をリセットするように明るい声を出した。

 

「よっしゃ!ここで悩んでも仕方あらへんし、3人もこの後は暇なんやろ?せやったら、うちらと一緒に出掛けんで!」

「えっ、いいんですか?せっかくお2人でどこかに行こうとしてたのに・・・」

「かまへんかまへん。落ち込んどる後輩を励ますのも先輩の役目や」

 

僕としてはレジェンド2人の間に挟まるようで気が引けるんだけど、すでに好感度が振り切っているハヤテ先輩は迷うことなく頷いた。

 

「じゃあ、せっかくなんでご一緒させていただきます」

「えっ、いいんですか、ハヤテ先輩?」

「まぁ、オグリ先輩がいる時点で食べ歩きになるのは半ば決まってるしね。とりあえず食べよう。話はそれから」

「わっはは!相変わらずやなぁ。よしっ、今回はうちらが奢ったる!」

「いいんですか!?」

「今回はハヤテちゃんのダービー残念会ってことで特別や!オグリンもええやろ?」

「あぁ。それでハヤテが元気になるなら、お安い御用だ」

「ありがとうございます!」

 

タマモクロス先輩とオグリキャップ先輩を巻き込むように抱きつくクラマハヤテに、僕は戦慄の眼差しを向けた。

レジェンド2人にここまで可愛がられている僕の先輩は、どうやら思っていた以上に大物だったらしい。

 

「あの、イッカク先輩。なんでこんなにハヤテ先輩が気に入られているんですか・・・?」

「オグリキャップ先輩は、同じ地方出身のウマ娘ってことで気にかけていて、タマモクロス先輩は世話焼きな一面があるから、それがハヤテちゃんと相性がよかったのかな・・・?」

 

イッカク先輩も基本的にハヤテ先輩以外の興味が軒並み薄かったはずだけど、さすがに有名なレジェンド相手にずかずかと踏み込む勇気はないのか、詳しいことは分からないらしい。でも、だいたいはイッカク先輩が思っている通りな気もする。

 

「そんじゃ、さっそく行くで!ほら、そっちの2人も早よしぃや!」

「えぇと、はい」

「それでは、失礼します・・・」

 

とんでもないものに巻き込まれてしまったなぁ、なんてどこか他人事のように考えながら、僕たちはそのまま街へと向かっていった。

 

 

* * *

 

 

「ん~!美味しいですね~」

「あぁ。クリークから話題になっていると聞いたんだ」

「なるほど。それじゃあ、次はどこにします?」

「そうだな・・・」

「え?まだ食べるんですか?」

 

お出かけを始めて、およそ2時間弱。

オグリキャップ先輩とハヤテ先輩はすでに10以上の店で食べ歩きを続けていた。ちなみに、僕たち3人は3店目くらいで腹が膨れてあの2人の食べっぷりを眺める時間に入っている。

一店一店で普通のウマ娘の一食分の量を食べているはずなのに、一切ペースが落ちない大食い2人がとても信じられなかった。目の前で起きている現象のはずなのに、脳がそれを現実だと受け入れようとしない。

 

「うん、まだ腹3分くらいだしね~。まぁ、夕飯の分の腹は残しておくけど」

「いや、もうすでに普通のご飯の量越えてないですか?見てるだけでこっちまで満腹になりそうなんですけど」

「なんや、コントレイルちゃんは2人が大食いやって知らんかったんか?」

「さすがに限度ってものがありません?」

 

一応、僕も入学前に噂話程度には聞いたことがある。

中央トレセン学園には、想像を絶する大食いのウマ娘がいる、と。

それに、普段のトレーニングの時に須川トレーナーが「ハヤテ、お前またオグリキャップたちと一緒に飯食いに行ったな・・・?」って頭を抱えている場面を何度か目撃したことがあるから『ハヤテ先輩とオグリキャップ先輩は余程ご飯を食べるんだろうなぁ』とは思っていた。

だけど、実際の光景を目の前にすると、想像を絶する大食いという評価すら生易しいものに感じた。

あの2人の胃にはブラックホールでも備わっていると言うのか。

 

「いや、ウチらからすれば慣れたもんやけどな。まぁ、さすがにハヤテちゃんもオグリンと同じくらい食べるって知った時には驚いたけども」

「ちなみに、オグリキャップ先輩は自前で胃にブラックホールが備わっていて、ハヤテちゃんは自力で胃にブラックホールを作り出してるっていうのが須川トレーナーの見解だったりするかな」

「なんで真面目に大食いの分析してるんですか」

 

ここまで来るともはやギャグにしか見えないけど、あまりにも真面目な表情で告げられるせいで、むしろおかしいのは自分なのではないかとすら思ってしまいそうになる。

「狂人の中に常識人が混ざれば、常識人こそが狂人である」なんて、よく言ったものだ。誰が言い出したのかは知らないけど。

 

「実際、2人の大食いはそれなりに有名やで?オグリンは前からやけど、ハヤテちゃんも去年の聖蹄祭の時にオグリンとスペシャルウィークの3人で大食い大会に出とったからな。それに、前に焼きそばを30人前平らげたこともあるし、栗東寮の新入生を除けばハヤテちゃんの大食いを知らん奴の方が少ないんとちゃうか?」

「そ、そんなにですか・・・」

 

僕はレースでのハヤテ先輩を見て須川トレーナーと契約することを決めたけど、今になって考えてみるとそれ以外のことはほとんど調べていない。

今になって知らなかったハヤテ先輩の一面を知って、軽くショックを受けてしまった。

 

「まぁ、何度も見てれば慣れるもんや。それよりも、そろそろ夕飯の時間や。ぼちぼち食べ歩きは切り上げんとな。オグリーン!ハヤテちゃーん!そろそろ夕飯食いに行くで―!」

「む、もうそんな時間なのか?」

「ん~、もうちょっと回りたかったですけど、しょうがないですね」

 

タマモクロス先輩に呼ばれて、2人は少し残念そうな表情を浮かべながら手に持っているものを口の中に放り込んだ。

 

「それで、夕ご飯はどうするんですか?寮に戻って食べます?」

「それでもええけどな、今日はウチがとっておきのお好み焼きの店を紹介したる!ウチはまだ行ったことあらへんけど、レビューは良かったし間違いないはずや!」

「おっ、いいですね、お好み焼き」

「あぁ、そうだな。私はタマの作るお好み焼きも好きだが、タマがおすすめだというお店のも食べてみたい」

「よっしゃ、決まりやな!ほな、こっちや」

 

タマモクロス先輩が先導して、僕たちは目的の店へと向かっていく。

生粋の関西ウマ娘であるタマモクロス先輩のおすすめってことで、僕もどんな店なんだろうと楽しみにしていたんだけど・・・

 

「ここや・・・って、なんやねんこれは!」

 

たどり着いたのは、ちょっとした小道の先にある個人経営らしきこじんまりとした店だったんだけど、その店先にはオグリキャップ先輩、ハヤテ先輩、スペシャルウィーク先輩の写真が『入店禁止』の文字と共に貼られていた。

 

「あ~、ここでしたか。たしかに美味しかったですよね、オグリ先輩」

「あぁ、だから、また行きたいと思っていたんだが・・・」

「くっ、手遅れやったか・・・!」

「え?こんなことってあるんですか?」

「むしろこの3人は常習犯や。前まではオグリンが単独で出禁くらうことはようあったけど、最近はスペシャルウィークとハヤテちゃんと一緒に食べに行くことが増えたらしいからな・・・」

 

もちろん、僕の知る限りこんな事態は稀だ。

ウマ娘は普通のヒトよりも多く食べることが多いとはいえ、だいたいは常識の範囲内に収まることも多い。だから、ウマ娘用のメニューがない店でもウマ娘の来店を断ることはまずない。

だけど、相手がトレセン屈指の大食いたちとなると話が変わってくるらしい。

タマモクロス先輩の話だと、あの2人だけでも小さな店なら食糧庫の食材を丸ごと空にできてしまうらしくて、こんな感じで出禁を喰らうことも珍しくないらしい。

 

「まいったなぁ、完全に想定外や」

「あのー、別に3人で楽しんできていいですよ?私とオグリ先輩は他のところで食べてきますから」

「いやいや、さすがにそんなことは出来へんよ。ていうか、こんなん見たらおちおち目を離してられんって。今度はどこを食い荒らすつもりや」

「まぁ、今完全に口の中がお好み焼きになってるんで、どこか適当な場所で・・・」

「いや、ウチから言い出したんや。本場の味を出さにゃタマモクロスの名が廃る・・・!」

「別にそんなことはないと思いますけど?ていうか、タマモクロス先輩も何か変なスイッチが入ってません?」

 

なんだか変な流れになってきたと微妙に嫌な予感を感じるけど、完全にタマモクロス先輩は関西人のスイッチが入っていた。

 

「こうなったら・・・ウチが本場のお好み焼きを作ったる!寮に戻るで!」

「おっ、タマモ先輩のお好み焼きは初めてかも!」

「タマのお好み焼きは久しぶりだな。私も楽しみだ」

 

・・・なんでこうなったんだろう?

僕は上の空になりながらぼんやりとそんなことを考えたけど、これがまだ序章に過ぎなかったってことを、この時の僕は知る由もなかった。




なんか書きたいこと詰め込んだら、いつもより長くなりました。
それと、1週間くらい大学の方が忙しくなるので、次回の更新は遅くなります。

余談ですが、自分はお好み焼きは広島焼きが一番好きです。
地元で母さんが偶然見つけた広島焼きのお店で食べたのが美味しくて、今でも機会があればたまに食べにいきます。
コンビニにもないことはないですけど、お店の鉄板で中華麺をパリパリになるまで焼いた奴が美味いんじゃ・・・。


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おかしいのって僕なんですか?

急遽タマモクロス先輩によるお好み焼きパーティー(主に大食いの先輩2人のため)が決まったということで、さっそく買い出しに向かうことになった。

買い出しについては、変わったことは特に起こらなかった。いや、僕からすれば量が異常に多すぎて目を疑うことはあったけど、店から出禁を喰らうほどの大食いならこれくらいは必要なのかもしれないと無理やり納得することもできなくはなかった。その代金も、オグリキャップ先輩やタマモクロス先輩ほど名のあるウマ娘ならグッズのロイヤリティやら番組の出演料やらレース以外でも稼げるだろうから、お好み焼き程度の材料費であれば余裕で払える範囲のはず。

ただ、問題はその後からだった。

 

「・・・あの、タマモクロス先輩」

「ん?なんや?」

「なんで寮の食堂でやるんですか?あと、この鉄板はどこから持ってきたんですか?」

 

現在、寮の食堂でタマモクロス先輩がエプロンと三角巾を付けて巨大な鉄板の前に立っていた。ついでに、僕ととイッカクもタマモクロス先輩の後ろで買ってきた食材の下ごしらえを手伝っていた。

なんで自分が手伝っているのか、という質問は口にしない。十中八九、一人だけでは手が足りないから手伝ってほしい、とかだろう。むしろイッカク先輩はタマモクロス先輩から頼まれる前に準備を始めていたあたり、太陽が東から昇って西に沈むのと同じくらい自然なことなのかもしれない。

 

「そりゃあ、こんなでかい鉄板やと寮の部屋じゃできひんからな。あぁ、許可はちゃんともらっとるから大丈夫や。あと、この鉄板はゴルシから借りてきた」

「え?学校のものじゃないんですか?その、ファン感謝祭に使うものを借りてきた、とか」

「さすがに完全な私用で学校の備品を使うわけにはいかんやろ。まぁ、オグリンとハヤテちゃん相手なら貸してくれるかもしれへんけど、即日ならゴルシのから借りてきた方が確実や」

「ゴルシ先輩、焼きそば作って売ったりしてるからねぇ~。これ、前にごちそうしてもらったときに使ったやつですかね?」

「せや。いや~、気前よく貸してくれたゴルシには感謝やな」

(ゴルシ先輩って何者・・・?)

 

ゴルシ先輩って、たしかスピカにいた芦毛の先輩のことだよね?前の歓迎会ではカニを獲ってきたらしいけど、いったい何をしている先輩なんだろう。

というより、焼きそばを作って売っているっていうのは、聖蹄祭とかファン感謝祭の時の話じゃないのかな?ハヤテ先輩の口ぶりからして、普段から焼きそば売ってるみたいなニュアンスに聞こえる気がするけど。

 

「ほんで、これがメニューな」

「やけに用意がいいですね・・・」

「ゴルシがハヤテちゃんに最高の焼きそばをごちそうしたんや。せやったら、ウチも最高のお好み焼きをごちそうせにゃ、タマモクロスの名が廃るってもんや!」

「別にそんなことはないと思いますけど?それと、お好み焼きを食べるなら白米は必要ないんじゃ・・・」

「あ?」

「いえ、なんでもないです。はい」

 

大食い2人が相手とはいえ、わざわざ主食を2つも用意する必要はないのでは?と思ったけど、どうやら関西人の地雷だったらしい。先ほどまでの世話焼きなお姉さんの雰囲気は一瞬で消し飛んで、タマモクロス先輩からレースもかくやというほどの気迫がまき散らされた。

一部から『現役時は気性に難があったが、今ではだいぶ丸くなった』という話を聞いたことはあるけど、どうやら関西人の地雷を踏むとその限りではないらしい。

僕は思わず頭を下げ、近くにいたイッカク先輩は手に持っていた食器を落としそうになった。食堂内ではほとんどの生徒は思わず動きを止めるかタマモクロス先輩の方に視線を向けて、一部の新入生に関しては少しビビってしまっていた。

そんな中で、直接ではないとはいえタマモクロス先輩の気迫を浴びてものんきに水を飲みながら話をしているオグリキャップ先輩とハヤテ先輩の胆力も大概だ。

 

「まぁ、そんなことよりや。今のうちにメニューを頭に叩き込んどき。あと、トイレとかエネルギー補給も今のうちに済ませとくんや。2人が食べ始めたら、そんな暇はなくなるからな」

「まぁ、それは大丈夫ですけど・・・そんなにですか?」

「ん~、1回でも2人がご飯食べてるところ見たらわかるはずやけど・・・まぁ、百聞は一見に如かずや。頑張って作んねんで」

 

ここまで念入りに言われても、この時点では「まぁ、たぶんなんとかなるでしょ」くらいにしか考えていなかった。

そして、自分の認識と情報収集が甘すぎたことを痛感するのに、大して時間はかからなかった。

 

 

「それじゃあ・・・まずはイカ玉5枚で」

「私は豚玉5枚を頼む」

「え?」

「はいよ!ほな、コントレイルちゃんとイッカクちゃんはイカ玉5枚頼むわ!」

「わかりました」

「あ。は、はい」

(え?まずは?)

 

普通、お好み焼きというのは1枚ずつ食べるものではないのだろうか。

あるいは、一気に5枚食べてそれで終わりということだろうか?いや、だったら『まずは』なんて言葉は使わないはずだ。

とはいえ、なんやかんや言いつつも5枚なら問題なく作れるため、言われた通りにイッカク先輩と共にイカ玉を5枚焼き上げた。

のだが、

 

「じゃあ、ミックスも5枚お願いね」

「え?」

 

まだ焼き上がったばかりなのに、なぜすぐに注文するのか。

そんな疑問を抱く前に、ハヤテ先輩は一口でお好み焼きの半分をほおばった。

 

(え、うそでしょ?)

「コントレイル!」

 

目の前の光景に唖然とする暇もなく、イッカク先輩から鋭い声で名前を呼ばれて我に返った。

なるほど、たしかにこのペースで食べるなら食べきる前に注文するのは不思議ではない。

なら、このミックス玉を食べればさすがにペースは落ちてくるはずだ。

そう思っていたら・・・

 

「次は、エビ玉5枚で」

 

「豚玉7枚おねがーい」

 

「今度は、ミックスDX?ってのを5枚ね」

 

「ミックス10枚おかわりー」

 

(まっ、まだ食べるのこの人!?)

 

すでに40枚近く食べているというのに、欠片もペースが落ちる気配がない。

チラリとオグリキャップ先輩の方を見れば、こっちはすでに50枚以上の材料が消費されていた。こちらはペースが変わらないどころか、最初と比べてペースがさらに早くなっている。

中央にはこんな怪物たちがいたのか、と戦慄を禁じ得ないが、目の前ではハヤテ先輩がどんどんお好み焼きを平らげていくから余所見をする暇も他に考え事をしている暇もない。

ハヤテ先輩のペースに合わせるには、さらにギアを上げていくしか・・・

 

「タマ、豚玉を15枚だ」

「くっ、ちょっとキツくなってきたな・・・すまん、コントレイルちゃん!ちょっとこっちも手伝ってもろてええか!?」

「はっ、はい!」

 

現在、オグリキャップ先輩と向かい合うようにタマモクロス先輩、ハヤテ先輩と向かい合うようにイッカク先輩、その間に僕が挟まっている状態だ。だから、タマモクロスのフォローは僕にしかできない。

正直に言えば、イッカク先輩と2人がかりでハヤテ先輩一人についていくのがやっとで、共同作業とはいえさらにオグリキャップ先輩の相手をするほどの余裕はない。

だけど、あの大先輩から頼まれて条件反射でYESと答えてしまった。素直に人の言うことを聞くという自分の性格が裏目に出てしまった形だ。

とはいえ、自分から言ったことを撤回するつもりはなかい。タマモクロス先輩は、自分とは違って1人であの怪物の相手をしていたんだ。ならば、ここで見捨てるのはウマ娘として褒められたものではない。

僕は深呼吸を一つ挟んで、覚悟を決めた。

 

「何を作ればいいですか」

「うちは一度に焼けるのは10枚が限界やから、コントレイルちゃんは5枚頼むわ」

「わかりました。イッカク先輩、僕はタマモクロス先輩を手伝うので、ハヤテ先輩の分を少し減らしてもいいですか?」

「うん。こっちも任せて」

 

聳え立つ壁を前に臆しそうになる心を必死に奮い立たせ、まるでG1レースに挑むような表情で、僕は鉄板の前に立った。

 

「さぁ、どんどん頼んでください・・・!」

「え、ほんと?じゃあ豚玉10で」

「私はイカ玉15枚を後で頼む」

 

ちょっと調子に乗ってしまったかもしれない。

覚悟を決めた矢先にすぐに後悔しそうになったけど、タマモクロス先輩の力になるために、今度こそ余計なことを考えずに、ひたすらお好み焼きを作ることになった。

 

 

 

 

 

「ふぅ~、ごちそうさまでしたー」

「ごちそうさま。とても美味しかったぞ、タマ、コントレイル」

 

食べ始めてから、たぶん2時間?

材料が切れるという形でようやく怪物2人の食事が終わった。

焼いたお好み焼きの枚数は、100枚から先は数えていないけど・・・買った材料から逆算して、合計200枚くらいといったところ・・・かな。

 

「ふぃ~、どうにか満足してもろたか。久々に疲れたわ。コントレイルちゃんもありがとうな」

 

どうにか激戦を乗り越えたと、タマモクロス先輩は汗を拭いながら途中から自分の分まで手伝ってくれたことに対して礼を言ってくれた。

でも・・・僕にはもう、返事を返す余力も残っていない。

 

「ん?どうしたんや・・・って、コントレイルちゃん!?」

 

今の僕は、すでに力なく椅子に座りこんで、真っ白に燃え尽きていた。

なんか、意識がだんだんと遠のいていってるような・・・

 

「あ、あかん!さすがに無理させすぎてもうた!大丈夫か!?」

「タマモクロス先輩?・・・僕、やりきりましたか・・・?」

「あぁ!コントレイルちゃんは頑張った、もう十分や!せやから、しっかりウチを見るんや!」

「それなら・・・よかったです・・・」

「こ、これはやばい!イッカクちゃん!こっちを手伝ってもろてええか!コントレイルちゃんが限界や!」

「え?あっ、大変!ど、どうすればいいですか!?」

「できればご飯を食べさせたいところやけど、この調子やとそれも難しいかもしれへん。まずは部屋に連れて行って寝かせるんや。部屋の場所とかわかるか?」

「部屋はわからないけど、同室の生徒は知ってるので聞いてみますね」

 

その後のことはあまり記憶に残ってないけど、、スペシャルウィーク先輩からタクトに連絡をとって部屋を教えてもらい、僕をベッドまで運んで寝かせてくれたらしい。

翌日、新入生で後輩の僕を倒れるまでお好み焼きを作らせ続けたということで、オグリキャップ先輩とハヤテ先輩には罰則としてそれぞれのトレーナーからのダイエットメニュー(VERY HARD仕様)、ならびに寮の食堂で皿洗いの手伝いを課せられることになったそうだ。

僕については、幸い一晩寝たことで回復したおかげで大事には至らなかった。

果たして今回の経験が活かされるのかどうか、それは僕自身にもわからない。

ただ、トレセン学園が誇る屈指の大食い2人の全力の食事を目の当たりにできたのは、ある意味貴重な経験だったのかもしれない。




謝る・・・ってほどじゃないんですが、とりあえず言っておこうかなと。
大学が忙しくて執筆できないと言ったな?あれは(半分くらい)嘘だ。
もちろん大学云々は事実ですが、実はそれに加えてFGOの第2部ストーリーを一気見してて、それで執筆遅れました。
FGO自体はプレイしてないんですけど、12月でロストベルトのストーリーが完結・・・するかはわかりませんが、最後の異聞帯でクライマックスに差し掛かるって知って、無性に一気見したくなったんで、しました。6.5章のラストが鳥肌やばい。


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“領域”を体感してみた

有馬記念イクイノックスいぇーい。
父親繋がりで推してるんでホント嬉しい。


「え~、というわけで、完全復活ってわけじゃないけど、頭は冷えました」

「そうか。それはよかった」

 

タマモ先輩やコントレイルたちのおかげで、どうにか調子を取り戻すことができた翌日、須川さんに改めて自分から大丈夫になった旨を伝えた。

まぁ、今度はタマモ先輩とオグリ先輩から聞いたゾーンってのが頭から離れなくなってるけど、自分から無茶をするような心理状態からは脱却できたから良しとしよう。

なんだけど・・・

 

「なので、この重り外してもいいですか?めちゃくちゃ動きづらいんですけど」

「それはダメだ」

 

現在、私は足や手首、胴体に重りを付けた状態で筋トレをしている。

いや、胴体につけてるやつはまだいい。パッと見ても重りだってわかる見た目してるし。足、というか靴につけてる重りも、見た目は蹄鉄だけど金属だしそういうのがあっても不思議じゃない。

問題は手首につけてるリストバンドだよ。アンクルウェイトって言うらしいけど、見た目や質感はただのリストバンドなのにめちゃくちゃ重いんだけど。たぶん1個10㎏くらいあるんじゃない?どうやって作ったんだよこんなの。

そして、こんなものを付けて走らせるとかひどくない?私はそう思う。

 

「お前なぁ、コントレイルが倒れたって聞いた時の俺の気持ちがわかるか?」

「いや、倒れてないじゃん。ちょっと疲れてただけだって聞いたけど?」

 

ちなみに、今日はコントレイルは休みになってる。

なんかお好み焼きを作り終えたあたりで寮の部屋に運び込まれたらしいけど、そんな疲れ果てるようなことなんてあったかな?

 

「ちょっとどころじゃねぇよ。聞いたぞ?オグリキャップ共々お好み焼きを喰いまくったらしいな。そして、そのお好み焼きはタマモクロス、コントレイル、イッカクに作ってもらったとフジキセキから聞いたが」

「うん。とてもおいしかったよ」

「そうか、それは良かったな。だが食い過ぎだ。初めての体験だったとはいえ、コントレイルが燃え尽きるとかどんだけ食ったんだお前ら」

「さぁ?覚えてないや」

「その結果が、あのアホみたいに増えた体重だからな。その体のどこにあれだけの質量が詰まってるんだ・・・?」

 

それは私も聞きたいかなー。でもまあ、質量保存の法則的には食べた分増えるのは当然のことだろうし、だったらそんなもんかなって思わなくもない。

ウマ娘は不思議生物だからね。見た目より重くなることがあっても不思議じゃないし、胃の中にブラックホールがあるオグリ先輩だっているから、そんなもんだって割り切ろう。

 

「まぁ、それはそれだ。しばらくはこのままダイエットメニューを続けてもらうとして、近いうちにリギルと模擬レースをしてもらう。具体的な日付はまだ決まってないが、併走自体は決定事項だ。詳細が決まったら追って連絡する」

「はーい」

 

リギルかー。もうお馴染みになってきたなぁ。

いつもはグランかアーモンドアイ先輩と併走をやってるけど、今回もそんな感じかな?

いやでも、たしかアーモンドアイ先輩は安田記念で走ったばっかだし、ちょっと難しいか。

 

「ちなみに、相手って誰?」

 

そう尋ねると、須川さんはニヤリと笑ってその名前を口にした。

 

「会長殿、シンボリルドルフだ」

「・・・マジ?」

 

シンボリルドルフ。

もはや改めて語ることがないほどの、伝説とも言える存在だ。

なにせ、日本で初めて無敗のクラシック三冠に加えて、G1レース7勝なんて記録を残した、正真正銘の“皇帝”。

後に2人目の無敗三冠となったディープインパクトが現れて世間からは若干影が薄くなった部分もあるかもしれないけど、現在でもトレセン学園の生徒会長をやっているだけあって影響力は大きい。

当然、そんな会長と併走をしたいっていうウマ娘は多い。けど、同じチーム内でもそれは難しいらしい。

カリスマがやばすぎて誘いづらいとか、ネームバリューが凄すぎて余計な諍いが起こる可能性もあるとか、いろいろと理由はあるけど、一番の理由は会長自身が自重しているかららしい。

会長は基本的に善性な存在であるウマ娘の中でも、さらに善性が突き抜けている存在だ。なにせ、今でも本気で「すべてのウマ娘を幸せに」という目標を目指しているのだから、もはや偉人というか聖人に近い。

そんな会長だから、一度でも併走とか模擬レースの誘いを受け入れたら、他の誘いもズルズルと引き受けてしまう可能性がある。というか、たぶん会長自身がそれを一番自覚している。

だからこそ、その辺のスケジュールは東条さんによって徹底的に管理されていて、リギル内ならともかく他所のウマ娘やトレーナーからの依頼は滅多に受け付けないらしい。

ただ、今回は須川さんから頼み込んで特別に許可をもらったんだと。

 

「よくもまぁ、東条さんがOKを出したね」

「俺としては、会長殿を指名したわけじゃないし、何なら断られる前提でスピカの方にも行こうと思ってたんだけどな。ここ最近のハヤテの状況を説明したら、珍しく会長殿から『やらせてほしい』って申し出たから、おハナも今回だけ特別に、ということで許可を出してくれた」

「そっかぁ。そんなにひどかったんだ・・・」

「あぁ、それはもうひどかった。だから反省しろよ」

 

「いやそこはフォローしてよ」って言いそうになったけど、思い返してみるとマジでひどかったから素直に反省しておく。

ちなみに、須川さんの言う「ひどかった」は、トレーニング中の態度のことかな?それともコントレイルのことかな?

尋ねたら藪蛇になりそうだから、ここはあえて聞かないでおこう。

 

「そういうことだから、ダイエットはしっかりこなせよ。いつになるかわからないとはいえ、太り気味のまま会長殿と併走なんてさせるわけにはいかないからな」

「別に太ってないですー。ウエストはいつも通りですー!」

「体重だけはしっかり増えてるだろう。それとも重量気味と言った方がいいか?」

「・・・太り気味のままでいいや」

 

ストレートに重いって言われたら、それはそれで傷ついちゃいそう。

 

 

* * *

 

 

模擬レースの日程は、須川さんから話を聞いたおよそ2週間後ということになった。

というわけで、来たる模擬レースに備えて本番ほどじゃないにしても身体を仕上げることになった。

ちなみに、完全に復活したコントレイルに会長との模擬レースの話をしたらめっちゃ羨ましがられた。

まぁ、さすがにデビュー戦にも出てないジュニア級のウマ娘を参加させることはできないから、今回は大人しく観戦してもらうけど。

模擬レースの内容は、私と会長を含めた9人立てで会長以外は今年のクラシック級の希望者から東条さんが選ぶことになった。私と2人だけってなると、変な噂が流れないとも限らないからね。まぁ、一部はすでに会長が個人的に私のことを気にかけてるって知ってるし、なんなら移籍するときのインタビューの時点で一部からそういう噂は流れたけど。

レース条件は芝2400mの左回りで、高低差を除けば日本ダービーと同じだ。

なんか私の精神を抉りにきているように見えなくもないけど、私の他にもダービーに負けたり、なんだったらダービーに出ることすらできなかったウマ娘も参加するかもしれないと考えたら、私だけの問題じゃないんだから変に捻くれた思考は持たないようにしよう。

希望者に関しては、現クラシック級限定とはいえめちゃくちゃ殺到したらしい。会長と模擬レースできる機会なんてそうそうないし、当然と言えば当然だけど。

そして、模擬レース当日。

模擬レースを行う学内の練習用コースの周囲には大勢の観客が集まっていた。ウマ娘なら会長が走ってるところは是が非でも見たいだろうし、トレーナーだって会長に限らずそれに対抗する私たちの走りも気になるんだろう。

 

「うへぇ。人数はともかく、密度は本番のレースにも負けず劣らずじゃん。会長すげー」

「ですけど、ハヤテ先輩もそれなりに注目されてますよ。ダービーだと、その、負けちゃいましたけど、それでも今のクラシック級で頭一つ抜けてますし」

「・・・そういえば、ロジャーバローズはいないね」

 

ダービーのことを言われて、そう言えばと思い出した。

日本ダービーでレコードを叩きだしたロジャーバローズは、なんと凱旋門賞に挑戦することが発表された。

私はたぶん洋芝は適正外だから挑むつもりはないけど、あれだけの走りができるなら可能性はあるかもしれない。

だからこそ、会長と走れる機会なんて逃すはずがないと思うんだけど・・・。

 

「ロジャーバローズなら、長めの休養をとっている。今のところ何か故障が見つかったという話は聞いてないが、あれだけの走りだ。万全を期して凱旋門賞に挑むためにも、下手に走らせるよりは休ませた方がいいと判断したんだろう」

「へぇ~」

 

まぁ、私にできることなんてないけど、せめて無事に凱旋門賞に出られるよう祈っておくくらいのことはしておこう。

 

「にしても、私もねぇ」

「ダービーで3着だったとはいえ、ダノンキングリー共々タイム差なしで実質レコードホルダーのようなものだ。それに、元がステイヤーだから菊花賞の最有力候補であることに変わりはないからな。『クラマハヤテならあるいは』、と思う者も少しはいるだろう」

「それで、その、実際はどうなんですか?」

「ん~、まぁ普通に考えれば無理だよね」

 

だって、あの会長だよ?“皇帝”なんて言われてるウマ娘だよ?勝てるって思える方が頭おかしい。

とはいえ、勝ち筋が全くないのかって言われると、別にそうでもないわけで。

 

「総合力はダントツで負けてるけど、それでもスタミナだけで言えば私に分がある。まぁ、そのアドバンテージもあってないようなものだけど」

 

現在、無敗の三冠ウマ娘は会長とディープインパクトの2人だけど、この2人の走り方はけっこう違う。

会長は緻密な計算を戦略でレースを掌握する、いわばレース巧者とでも言うべき走りをする。何回か実際のレース映像を見たことがあるけど、徹底マークや心理攻撃に関しては“天才”の一言しか浮かばない。ただ1人でレースの展開を操ることができる、まさに“皇帝”の名にふさわしいウマ娘だ。

ただ、逆を言えばかく乱やら徹底マークを受けない大逃げであれば、会長の戦略の影響を最小限に抑えた上で実力勝負に持ち込むことができる。

タイマンならそれも難しいけど、他にも7人の壁ができるなら、可能性は決してゼロじゃない。

まぁ、ゼロじゃないだけで実際は1%にも満たないだろうけどね。会長を相手にするには決定的にスピードが足りない。

 

「まぁ、ダービーは2番手で好きに走れなかったし、そもそも皐月は出遅れちゃったし、久々の大逃げを満喫する程度で考えておこうかな」

「そんな心構えで会長殿とレースをするような奴なんてお前以外に・・・いや、いなくもないか」

「いるんですか」

「あぁ、サイレンススズカだ」

「あ~」

 

そう言えば、あの人ってもっぱら『先頭民族』とか言われてたね。

あれ?もしかして同類?

 

「やぁ、クラマハヤテ。今日の調子はどうかな?」

 

そんなことを話していると、会長がこっちに話しかけてきた。

さっきまで模擬レースに出る他の娘たちと話してたと思うけど、我関せずな感じで準備をしてた私たちが気になったらしい。

 

「まぁ、普通って感じですねー。本当は絶好調の状態で挑みたかったんですけど、ダイエットと皿洗いの罰則の最中なんで」

 

ダイエットはなんとか1週間ちょっとで最低限のラインまで絞れたけど未だに継続中だし、皿洗いに至っては自然と挨拶をかわす程度には馴染んでしまって終わるタイミングを見失いつつある。

いや、現役だからさすがにどこかのタイミングで切り出されるだろうけど、うっかり言い忘れる可能性もなくはないのが普通に怖い。

・・・まぁ、それはそれとして領域(ゾーン)とか黒い人影に頭を悩ませているってのもあるけど。むしろそっちの方が本命だけど。

 

「そうか。できることなら、万全の君と走ってみたかったものだが・・・」

「まぁ、普通なら普通なりに頑張ります。それに、やることは変わらないですしね。ていうか、皐月とダービーはいつも通りに走れなかったんで、その鬱憤を会長にぶつける勢いで走ります」

「ふふっ、そうか。なら、今日の君の走りを楽しみにするとしよう」

 

そう言いながら微笑むと、会長は東条さんのところへと戻っていった。

う~ん、本当にイケメン。一歩間違えるとマジで惚れそう。

てかフジキセキ先輩とかもそうだけど、リギルにイケ女が集まりすぎでは?伊達にファン感謝祭で執事喫茶を伝統にしているわけではないってことか。

 

「先輩?」

「今度のファン感謝祭は執事の会長にちやほやしてもらおう」

「はい?」

「あ、ごめん。なんでもない」

 

ちょと欲望が口から漏れちゃったけど、ただそれだけだから。模擬とはいえちゃんとレースに集中するから。

だからイッカクもそのジト目をやめてね?須川さんもため息ついてないで止めてくれない?

 

「まぁ、それはそれとして、さっき言ったみたいに逃げまくればいいんだよね?」

「露骨に話をそらしたな・・・あぁ、他にできることもないだろうしな。ハンデもあってないようなもんだし、全力で逃げ切れ」

 

枠ちなみに、順に関してハンデとして会長が最外になってる。まぁ、9人立ての最外ならそこまで劇的な変化は現れないだろうけど、形だけでもあった方がいいってことかもね。

ちなみに、私は最内だ。一応、会長以外はくじ引きで決めたってことになってるけど、須川さんから申し込んだ模擬レースで狙ったように私が最外だと変な勘ぐりをしちゃいそう。まさか私を徹底的に叩きのめす準備とかしてない?

 

「んじゃ、いってくるね。応援はほどほどで」

「おう・・・ハヤテ」

「ん?」

「シンボリルドルフとのレース、その景色をしっかりその眼に刻んでおけ」

「? ん、わかった」

 

須川さんの忠告が具体的にどういうものなのかはわからなくて思わず曖昧に頷いちゃったけど、須川さんがそう言うってことは重要なことなんだろう。

あるいは、会長とのレースで何かを掴め、ってことなのか。

そんなことを考えながら、練習用ゲートの中に入る。

いつもならここで周囲の視線や気配なんかは遮断されるんだけど、会長の気配だけはゲートの中にいても感じたままだ。

それだけ私が会長のことを意識しているのか、あるいは会長がそうなるように仕向けているのか。

気にならないと言えばウソになるけど、考えたところでしょうがない。

不要な情報はすべて切り捨てて、スタートに備えて集中する。

最外の会長が最後にゲートに入った瞬間、まるで時間が止まったかのような場を満たし・・・ゲートが開いた。

スタートは完璧。会長は・・・中団の好位置に陣取った。

 

「ッ!!」

 

次の瞬間、会長から容赦ない威圧がまき散らされた。

可哀そうなことに、会長の隣と前で走っている2人はすでに会長の空気に呑まれてしまっている。あの様子だと、最後までスタミナが保つか怪しいところだろう。

私は、初手から飛ばして距離をとっていたおかげで一瞬ビビった程度で済んだ。

いやまぁ、すでに10バ身近く離れてるはずなのにそれでもビビる会長の威圧も十分馬鹿げてるんだけど。

なるほど、あれが“皇帝”のプレッシャーか。あくまで映像越しで見た程度だけど、あんなの受けながらまともに走ってるドリームトロフィーリーグのウマ娘ってやっぱり普通じゃないんだなぁ。

にしても、ちょっとくらい手加減は・・・するわけないか。

あの会長でも・・・いや、会長だからこそ、たとえ模擬レースであっても真剣勝負であれば手を抜くはずがない。それこそ、強者か弱者など関係なく、等しく潰しにかかってくるに決まっている。

なら、私もそれに全力で応えるまで。

自分を奮い立たせるためにも、早い段階でスパートをかける。

たぶんトップスピードは圧倒的に私の方が劣っている。

なら、最終直線でスパートの余力を残すよりも、ゴールまでに私のスタミナを吐ききる方が勝率が高いはず。

グングンと速度を上げていき、後ろとの差は足音で判別がつきにくいほどに離れていく。

それでも、会長はまだ仕掛けない。いっそ不気味なくらいに、中団から私を見据えている。

向こう正面を過ぎて、差はたぶん20バ身くらい、私が第4コーナーに差し掛かった・・・そのタイミングで会長が仕掛けてきた。

あわよくば進路を妨害しようとした動きもあったけど、会長のプレッシャーにひるんだ隙を突かれてどんどんと上がってくる。

どんどんと会長の足音が迫ってくる感覚からして、最終直線には10バ身差まで詰められるだろうけど・・・それだけあれば、十分だ。ギリギリのラインだけど、ハナ差くらいまでなら押さえつけられるかもしれない。

このまま最終直線に入る。

このまま、このままいければ・・・!

 

「・・・クラマハヤテ。この光景を、その眼に、その魂に刻むといい」

 

ふと、会長の声が聞こえた気がした。

ウマ娘の耳でも足音で掻き消えそうなほど小さいのに、なぜか耳に残って・・・

 

「ッ、え・・・!?」

 

次の瞬間、私の視界いっぱいに雷霆が迸った。いや、それだけじゃない。雷鳴もとどろいている。

でもおかしい。今は晴れだ。ごくまれにそういう現象が起こるって聞いたこともあるけど、レースの最中、それも最終直線にたまたま偶然起きるものなのか?

なら、あれは気のせい?いやでも、たしかにあの時、私は雷霆を、雷鳴と稲光を感じた。

まるで、私の目の前の景色(せかい)が塗りつぶされたかのように・・・

 

「ま、さか・・・」

 

私がその可能性に思い至ったのとほぼ同時に、雷霆を身にまとった会長が私の前に出た。

私も負けるものかと前に踏み出そうとして、すぐにやめた。

諦めた、っていうわけじゃない。ただ、あまりにも衝撃的だった。

同時に、理解した。これこそが、会長が見せようとしたもの、そして、模擬レースを計画した須川さんが私に見せたかったものなんだと。

結局、会長はそのまま駆け抜けて3バ身ほど差をつけてゴールした。私も追いつく気力は湧かなかったものの、ペースを落として抜かされるなんて醜態を晒さないように走りきって2着になった。

 

「はぁ、はぁ・・・今のが、領域・・・」

「そうだ。まさか、すでに知っているとは思わなかったけどね」

 

そう言う会長の顔は、なんとも涼し気だ。あれだけの走りをしておきながら、まだ余裕を残していたらしい。いや、本当に化け物だなこの人。

 

「領域、あるいはゾーン。超集中状態とも言われるそれは、その領域に入った者のポテンシャルを100%以上まで引き上げる。だが、ウマ娘の領域(ゾーン)はそれだけに当てはまらない。想いを糧にすると言われるウマ娘がゾーンに入った時、自分自身のイメージ、心象風景を周りのウマ娘にも伝播させる。そして、時として世界を自分自身の領域で上書きすることすら可能になる」

 

「まぁ、あくまでウマ娘相手に限った話で、ヒト相手だと難しいが」と付け加えたけど、あまりにも衝撃的な話だった。

つまり、ウマ娘にはそれだけの可能性が秘められている、ということだ。

 

「君がゾーンの壁に当たって悩んでいるだろうことは、須川トレーナーから聞いた。私から言えることは多くないが・・・もし先に進めず行き詰ったら、自分自身の心の中の風景、そして自分自身の走る意味と理由を思い出してほしい」

「・・・はい。ありがとうございます」

 

会長からのアドバイスに礼を言うと、会長はフッとほほ笑んで東条さんのところへと戻っていった。

そっか、あれが領域(ゾーン)か・・・。

目指すべき目標を前にして、私の中のモヤモヤが晴れたような気がした。

もしかしたら気のせいかもしれないけど・・・それでも、手探りだった闇の中に一筋の光が現れたのは確かだった。




オグリとスズカを足して1.5くらいで割った存在がクラマハヤテ。とりあえず食って走れればいい。
なんなら割ってない可能性すらある。

前回ゼミが忙しくて遅れるって言ったばかりですが、卒論で忙しくなるのでこれからも頻度は遅くなります。
息抜きに執筆することはあるかもしれませんが、「月に1,2回投稿できればいいなー」くらいの感覚になるかもしれません。


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な~んもわからん時ってどうすればいい?

会長との併走によって、とりあえず目標は定まった。

領域(ゾーン)の習得』。これができれば、私が持っている問題を解決できる糸口になり得る。

とはいえ、具体的に何か手立てがあるかと言われると何もない。

だって、領域(ゾーン)はトレーニングで身につけられる技術じゃなくて、ほとんどウマ娘の感覚的な話だ。一度習得すればトレーニングによって洗練させることはできるかもしれないけど、習得自体はどうしようもない。

あるいは、レースに出まくれば可能性はなくもないだろうけど、それで自分の体を痛めつけるようじゃ本末転倒だ。私の体は特別頑丈ってわけじゃないしね。

だから、やることは普段と変わらない。ただ、トレーニング中の視点がちょっと変わるだけ。

走るときに、自分の魂、その奥へと意識を向ける。

会長との模擬レースで見たあの景色は、ウマ娘が持つ心象風景が具現化したものだって言ってた。

それを体感したからか、思ったよりもすんなりとコツはつかめた。

日本ダービーで見た、あの暗闇の景色。そこまではすんなりと入ることができる。

でも、それだけ。解決の糸口どころか、レースで見た黒い人型すら現れない。

夢にはたまに出てくるんだけどね。最近は嫌悪感もほどほどにあの夢を見れるようになってるんだけど、結局こっちでも進展はなし。

こうも解決の糸口が掴めないと、一周回ってのんびりとした気分でトレーニングに臨めるようになった。まぁ、悠長すぎるのも問題だけどね。

いや、本当にどうしたものか。

とはいえ、領域(ゾーン)は入ろうと思って入れるような簡単なものじゃないから、あれこれ頭を悩ませるのもほどほどに。

それよりも、会長との模擬レースから1ヵ月くらい経って、いよいよ夏も本番になってきた。

この時期にやることと言ったら・・・!

 

「いぇーい!合宿だー!」

 

そう!クラシック級からの特権、夏合宿!

とうとうこの日がやってきた!

 

「おーい、あんまりはしゃぎすぎんなよー」

「須川トレーナー、荷物はこっちでいいですか?」

「おう、頼んだ」

 

ちなみに、今回の合宿ではコントレイルはいない。

まぁ、コントレイルはまだジュニア級だから当然と言えば当然だけど、私が合宿をしている間は須川さんが組んだメニューを元に自主練をすることになっている。

ほったらかしにしてごめんね、コントレイル。合宿が終わったらお土産でも買って帰るから。

 

「んで、今日はどうすんの?」

「ひとまず宿に荷物を運んだら、さっそく準備をしてトレーニングだ。浜辺でしかできないことも多いし、時間は無駄にできないぞ」

「はーい」

 

前回と違って、遊びに来たわけじゃないもんね。

自由時間は当然あるけど、それ以外の時間はガッツリトレーニングに費やす。

今回の合宿の目標は、すでに聞いている。

すなわち、スピードとパワー。

これはまぁ、だいぶ前から言ってたことではあるけど、この夏合宿でさらに伸ばしていこうってわけだ。

正直、暑いのが苦手なのは去年から変わらずだけど、それでも今回の成果次第で菊花賞に大きな影響が出る。

なら、暑さでへばっていてばかりじゃいられない!

いざ、夏合宿!!

 

 

 

「うぼぁ」

「ハヤテ、大丈夫か?」

「もうちょい休ませて・・・」

 

やべぇ、夏合宿舐めてた。

まず暑い。いや、当然だけどね。コンクリートやらアスファルトに囲まれた都会よりマシって言えばマシだけど、やっぱり暑い。余裕で熱中症になりそう、

んでもって、砂浜が想像以上に走りづらかった。足下が安定しないからしっかり踏ん張らないといけないんだけど、走るフォームも維持しないといけないから、余計に力がかかる。

結果、スタミナお化けと定評がある(らしい)私でも速攻でダウンしてしまった。なんだったら、芝なら難なく入れた暗闇の世界に一歩も踏み入ることができなかった。

こ、これをしばらく続けるのですか・・・?

 

「コントレイルに遺書でも遺しておこうかな」

「冗談にしては面白くないな。あるいは、冗談が言える程度には余裕がある、とも言えるか」

「冗談じゃないです~、半分くらい本気です~」

「結局半分は冗談じゃねぇか」

 

それはそう。

 

「須川さーん。持ってきましたー!」

 

そんな漫才をしていると、イッカクがバケツを持ってこっちにやってきた。

 

「ありがとう。そんじゃ、ついでに頼む」

「はい。ハヤテちゃんもいいよね?」

「よしっ、ドンとこブブブブブブブ」

 

私が返事をするよりも早く、イッカクはバケツの中の水を私にぶっかけた。

これが、去年の反省から生まれた対処法。

すなわち、『水をぶっかけて外から無理やり冷やそう』作戦だ。

トレセン学園でやったら体罰を疑われそうな方法だけど、ここは海辺で今の私は水着だ。だからなんの問題もない。

絵面はちょっとアレだけど。

水をかけ終わったあたりで、私も起き上がって頭を横に振って水を振るい落とす。

 

「ふぅ~、頭がさっぱりした気がする」

「そうか、それは何よりだ」

「いや、でも、本当にこれでいいんですか?」

「まぁ、海に浸かったら余計水分持ってかれるし、ハヤテがいいなら別にいいんじゃないか?」

「私は全然問題なーし。だからどんどんやってもいいよ」

「そっか・・・」

 

イッカクは複雑そうな表情だけど、マジで私は気にしてない。なんなら、下に水着・・・はちょっとあれかもしれないけど、耐水性高めのスポーツ下着とかあればトレセン学園でやってもいいレベル。

まぁ、暑い夏限定の対処法だから、そんな機会なんてそうそうないだろうけど。

それはそれとして、スポーツドリンクも飲んでおく。

 

「んぐっ・・・んで、今日はあとどれくらいやんの?」

「そうだな・・・これからの消耗次第だが、お前が倒れる前に切り上げる。遅くとも、16時には終わるぞ」

「思ったより早いね」

「初日だし、お前も初めての砂地で慣れない走りをしたからな。ひとまず、お前の言う暗闇の世界、だったか?こっちでもその領域に入れるようにすることを目標としよう。期限は1週間だ」

「はーい」

 

ひとまずは、砂浜でのフォームを最適化させるところから始めますか。

・・・今回の夏合宿で、少しでも領域に近づくことができればいいんだけど。

 

 

* * *

 

 

「ふ~、つっかれた~!」

「お疲れ様、ハヤテちゃん」

 

夏合宿初日。今日のメニューは一通りこなして、現在は宿の温泉で疲れをとっている。

いや~、基本ジュニア級が夏合宿に参加できない理由、身に染みて理解したわ。こんなん体が出来上がってないと100%体壊すって。

もしジュニア級でも夏合宿に参加できるウマ娘がいるとしたら、そいつはすでに体が出来上がっているか、あるいは常識外れに頑丈かのどっちかだ。

 

「脚、マッサージするね」

「ありがと~」

 

湯船に浸かって思い切り脱力しながら、イッカクのマッサージを受ける。

ここは天国か?やっぱりコントレイルに遺書を書いておくべきだったか。

 

「わっ、ハヤテちゃん何やってるの?」

「あはは、すごい贅沢だねー」

 

そこに、グランとアーモンドアイ先輩がやってきた。

なるほど、リギルもこの時期こっちで合宿やってるんだ。

 

「どもー。今すっごい極楽です~」

「だろうね。イッカクちゃんのそのマッサージ、どこで学んだのかな?」

「須川トレーナーと、あとは独学で」

「イッカク、マジでマッサージ上手いんですよ。しょっちゅう私で練習してるんで」

 

イッカクのマッサージは、さすがにプロとはいかずとも、そんじょそこらのアマチュアとは比較にならないほど上達してる。

というのも、最初は須川さんからマッサージを教わってたんだけど、新学期に入ったあたりから寮でもマッサージの練習ということで私にやってくれるようになったんだよね。

その時点で須川さんからある程度お墨付きをもらってたらしいんだけど、最近ではいろんなマッサージを調べたりもするようになった。

マッサージ師の資格取得も考えているようで、本当にイッカクには頭が上がらない。

 

「おかげで、トレーニングの疲れもめちゃくちゃ取れます」

「羨ましいね~。一応、リギルもサブトレーナーにもマッサージできる人は多いけど、それ以上にチームのメンバーが多いからねー。どうしても順番待ちってのはあるよね」

「いや、アーモンドアイ先輩ならそこらへん融通してもらえるんじゃないですか?現役最強なんて言われてますし」

「そういうのは遠慮してるんだ。あまり特別扱いされるのも嫌だし」

「グラン、めっちゃいい先輩じゃんこの人」

「伊達にドバイ土産を大量に買ってきてくれた先輩じゃないってことだよ」

「でも、こういうの見てると専属もちょっと羨ましいかなぁ」

 

まぁ、チームはチーム、専属は専属で良さがあるから、両方のいいとこどりってのは難しいだろうねぇ。

それはそうと、せっかくだしアーモンドアイ先輩に気になることを聞いてみよう。

 

「そういえば、アーモンドアイ先輩って領域(ゾーン)に入ったことってあります?」

「ん?まぁね」

 

なんか軽い調子で返されたけど、そっか、領域経験者だったのか。

 

「それがどうしたの?」

「一応目標ではあるので、経験者に話でも聞いておこうかな、と」

「そういえば、会長と模擬レースやってたね。それがきっかけ?」

「まぁ、そんな感じです」

「ん~、具体的にどうって言われてもね・・・」

「あっ、コツとかじゃなくて、初めて経験した時の話を聞きたくて」

「なるほど。それなら、話してあげられるかな」

 

そう言って、アーモンドアイ先輩は体を流してから私の隣に腰かけた。グランも私の隣に座ってアーモンドアイ先輩の方を向く。

一拍開けて、アーモンドアイ先輩は口を開いた。

 

「私が初めて領域(ゾーン)に入ったのは、ジャパンカップだね。感覚があったのは、第4コーナーで先頭のキセキを追っているときかな。このままじゃ追いつけないって思ったけど、さらに先に行けるって確信もあったんだ。その時の記憶はちょっとあやふやなんだけど、領域(ゾーン)に入ったのは、たぶん残り300mくらいの時。自分の前に、今まで見たことがない、それでもどこか懐かしく感じるような、そんな景色が広がって、同時に今までにないくらい全身に力が漲ったんだ。あとは、誰かに背中を押されるような感覚もあったかな?その勢いに身を任せていたら、いつの間にかゴールしていた。私は、そんな感じだったかな」

「はぇ~」

 

なるほどね~。そんな感じなのかぁ。

 

「どう?参考になったかな?」

「いえ、正直あんまり」

「あはは。だと思った」

 

とりあえず、あんまり参考にならないことはわかった。

いや、マジで感覚的な話すぎて、何をどう参考にすればいいのかさっぱりわからなかった。

 

「まぁ、領域(ゾーン)に入る前なんてそんなものだよ。一度入っちゃえば、感覚的に理解できるんじゃないかな?」

「そこが問題なんですけどね~」

 

一応、領域(ゾーン)に入るための糸口がまったくないわけではない。

会長が私に見せた、あるいはアーモンドアイ先輩が見たっていう心象風景。その有無が関係している・・・ような気もするんだけど、どうなんだろう。自分でもちょっと自信が持てない。

ともかく、あくまで推測でしかないけど、あの暗闇の世界は、私自身か、私の魂にいる何かの世界で、それが完全に閉じてしまっている状態なんだと思う。

闇の中では何も見えないように、完全に閉ざされ光を通さない世界は何も映さない。だからこそ、あそこは暗闇の世界なんだろう。

なら、あの世界を解き放つことができれば一気に領域(ゾーン)に近づけるってことなんだろうけど、じゃあそのためには何をすればいいんだって話になる。

そもそも、あの人型ってコミュニケーションが成り立つものなの?こっちからアクションを起こしても現れないくせに、向こうからは好き勝手呼び出してきては何も言わずに消えていく。なんなら、顔がないから表情を読み取ることすらできない。

もうね、どうしろと。人見知りの猫でもここまでひどくはないと思うけど?

 

「はぁ~・・・なんというか、もどかしいなぁ・・・」

「いや、それが普通なんだけどね?私なんて領域(ゾーン)とか目標ですらないんだけど」

 

それはまぁ、否定はできないけど。

とはいえ、私にとっては初めての壁だし、もう少し感慨にふけってもいいと思うんだ。

結局、この夜はのぼせかけるまで話し合ったけど、これといった進展はなかった。

まぁ、こればっかりは焦っても仕方ないし、無理しない程度で自分なりに頑張ってみますか。




地味にタイムを見れば世界レコードに届いてるキセキ先輩。古馬になってからは勝てなかったけど、それでも名馬なのは間違いない。


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とりあえず何も考えたくないけど、何かしらは考えたい

今回は短くあっさりめです。
ちょっと心身共にボロボロになりつつあるので・・・。
とりあえず、今のところ精神的に死なないギリギリを攻めながら頑張っていますが、今月の半ばには終わるんで、それまでの辛抱や。


「んぁ~・・・」

 

夏合宿から、早2週間。

なんとなく合宿前よりもパワーは付いてるような気はするけど、今のところそれくらいしか得たものがない。

一応、砂浜でも暗闇の世界に入れるようにはなったけど、それ以上の進展がないのは変わらず。

あーでもないこーでもないと頭を悩ませても、一向に解決策が思い浮かばない日々。

というわけで、今日はトレーニングは休みだから浮き輪の上で何も考えずにプカプカと波に揺られることにした。

今の私は、さながら波に漂うだけのクラゲのよう。

ちょっと、いやだいぶ離れた砂浜にはうっすら須川さんとイッカクの姿が見える。

一応監視のために来てるはずだけど、ぶっちゃけネットの範囲内ならどこからでも泳いで戻ってこれるから、溺れたりクラゲに刺されたりでもしないかぎり問題ない。

とりあえず、最近は頭を使ってばっかりだったからこうして何も考えない時間を作ってみたんだけど、思ったよりいいね。

前にグランと遊びに来たときは思い切り泳いだけど、こうして浮き輪の上で浮かんでいるだけってのも悪くない。

・・・あるいは、それだけ思い詰めていた、ってことかもしれないけど。

 

「・・・んぇぁ~・・・」

 

あ~、ダメだダメだ。すぐに余計なことまで考えちゃう。

でも・・・やっぱり、考えずにはいられないんだよなぁ。

なにせ、前世の自分の名前と転生したという事実しか知らなかった自分のルーツに近づくことになるかもしれないんだから、どうしてもいろんなことを考えちゃう。

とはいえ、何か重要なことを思い出したからといって、態度を一新するつもりはない。

あくまで、自分の中に存在するあの人影と向き合うために必要ってだけで、普段の生活にまで影響が出るなんてことは、たぶんない。

まぁ、それもこれも、全部思い出してからだ。

・・・どうせなら、あの夢の中に出てくる映像について、ちょっと考えてみようか。

何も考えない時間を作るための休暇だけど、やっぱり何もしないってのもそれはそれで落ち着かない。

でも音声はノイズが激しいし映像も全面モザイクかかってんのかってくらい何も見えないし、得られる情報がほとんどない。

とはいえ、なんとなくパターンがいくつかあるのは分かってる。

一つは、最初に見た『誰かが自分に対して何かを話しかけている』映像。話しかけているってよりは、呼びかけているってのが近いかもしれない。何かしら必死そうなのは伝わってきた。

あとは、『やたらと視点が低い』映像と、逆に『やたらと視点が高い』映像。

そして、『緑の道のようなものが映っている』映像。

主にこの4つが、私が見ている映像の中でも特徴を掴めるものだ。

最後のは、たぶんレース場みたいなものなんだろうけど、前世の世界にはウマ娘なんていないはず。

なら、あそこはいったい何なんだろうか・・・?

なんというか、こう、大事なことを忘れているというか、何か重要な情報が抜け落ちているというか、どうにもそんな感覚が・・・

 

「アバババババババ!?」

 

ぎやあ!またなんか刺されたぁ!?

 

 

 

「・・・しっかり海水で洗い流して、タオルで拭き取ったな?じゃあ、後は軟膏を塗ってしっかり冷やしておけ」

「は~い・・・」

 

あの後、私の異変を察知したイッカクが速攻で泳いで助けに来てくれた。

あの時の私は考え事をしてたせいで気づかなかったけど、どうやら知らないうちにネットの近くまで流されてたみたいで、その近くにカツオノエボシの姿を確認したとのことだった。

ヒトなら下手したら死んでた可能性もあったけど、そこは不思議生物ウマ娘。持ち前の毒耐性のおかげで痛い程度ですんだ。

いや、その痛さがやばいんだけどね。マジで電気が流れたんじゃないかってくらいの激痛が走った。

ウマ娘でこれなんだから、ヒトだったらいったいどうなってたことか・・・。

 

「にしてもお前、去年も刺されてたよな?クラゲと縁でもあるのか?」

「いやな縁だなぁ。今日のはただの不注意だって」

「それはそれで良くはないが・・・少し珍しかったな。あそこまで流されてたのに気づかなかったとは。考え事でもしてたか?」

「ん~。してたり、してなかったり?いっそ何も考えずにボーっとしてたかったけど、どうにも落ち着かなくて」

「そりゃ難儀だな」

 

私を見る目にわずかな同情が宿り、だけどそれはすぐになくなった。

須川さんから具体案を出せない以上、下手な憐れみや慰めはむしろ心を切り裂く凶器になり得る。僅かでも表に出したのは普通に問題だけど、私ならちょっと程度は大丈夫だとでも思っているのだろうか。

 

「じゃあ、落ち着かないなら過去のレース映像でも見るか?特にドリームトロフィーリーグとか、ほとんどが領域(ゾーン)を扱える猛者ばかりだ。映像越しで何かわかるとは限らんが、何もやらないよりはマシだろう」

「うん、そうする」

 

基本的に領域(ゾーン)に入ったウマ娘が見せる景色は直接の方が視覚的によく見えるけど、映像越しでも直感的には伝わる。

なら、気休め代わりにドリームトロフィーリーグ鑑賞会でもしますか。

 

 

* * *

 

「んぁ~・・・」

 

ドリームトロフィーリーグ鑑賞会を終えて、今日も今日とて温泉に浸かって思い切り脱力する。もはや合宿を始めてから毎日やってるルーティン的なものになってる。

ぶっちゃけ学園寮の浴場でもできないことはないけど、こういうのは温泉でやるからこそ意味があるように思う。

にしても・・・ドリームトロフィーリーグ、やっぱすごいなぁ。

他の映像もいくつか見たことはあるけど、どれも超一流のウマ娘しか映っていない。

参考にすべき走りもいろいろあるけど、やっぱり注目すべきは領域(ゾーン)だ。

これは会長の領域(ゾーン)を体感してから見た感想だけど、全員当たり前のように使ってんじゃん。ドリームトロフィーリーグってこんな化け物がひしめき合っているのやばすぎでしょ。

おかげで、映像越しだとなんかごちゃごちゃしててよくわかんなかった。やっぱ生で見た方がいいのかな。

・・・そういえば、もうすぐ夏のドリームトロフィーリーグが開催されるはずだ。

須川さんに観に行けるか聞いてみようかな。あーでも、チケットとかもう販売終了してるか・・・。

いっそ、知ってる人が出走するならその関係者枠にねじ込ませてもらって・・・いや、それはそれで迷惑かけちゃうか・・・。

どーしよっかな~。

 

「ハヤテちゃん、どうしたの?」

 

そんな私の視線の先では、特に必要はないはずなんだけどイッカクがマッサージをしてくれている。

もうね、こうなると旅館のサービスなんじゃないかと勘違いしそうになる。

 

「いやね~、せっかくだから生でドリームトロフィーリーグ見たいなって思って、でも難しいかな~って」

「あ~・・・チケットの抽選、毎回倍率がすごい高いもんね」

 

ウマ娘のレース場でレースを観戦するには、コンサートのようにチケットの抽選が必要になるんだけど、G1レースの倍率は二桁を越えることが多いのに比べて、ドリームトロフィーリーグは三桁を越えることすら普通にあるという。

そんなレース、よっぽど運がいいか相応のコネがないと観に行けるはずもない。

 

「知り合いの誰かに頼むとかは?」

「いや~、さすがに先輩相手に私のわがままに付き合ってもらうのは申し訳ないって。あんまり迷惑かけたくないし。それに、頼るとしたら他のチームでしょ?スピカ・・・は意外とノリでOKしてくれそうだけど、それはそれでなんか迷惑になりそうだし、リギルはもってのほかだし」

 

というか、こういうところでスピカに頼る癖は付けない方がいいし、それは会長にだって同じだ。

会長はただでさえ模擬レースでお世話になったんだから、ドリームトロフィーリーグまでねだるのはさすがに失礼がすぎる。

だから、さすがにないとは思うけど、今回ばかりは会長から個人的に誘われても断るつもりだ。

 

「まぁ、ダメもとで須川さんに聞いてみようかな~」

 

 

 

 

「あぁ、それなら観に行けるぞ」

「マジで?」

 

聞いてみたら、まさかのOKが出た。

え、なに?どういうこと?

 

「実は、領域(ゾーン)の話が出る前からお前には一度生でドリームトロフィーリーグを観させてやりたかったんだよ。超一流のウマ娘が集うだけあって、レベルも非常に高いからな。前の冬のドリームトロフィーリーグは逃したが、今年の夏はチケットが奇跡的に3人分当たったんだ。だから、コントレイルも誘って行ってこい」

「須川さんはいいの?」

「ハヤテとコントレイルがドリームトロフィーリーグに出走できるようになればいいだろ?」

「しれっとハードル上げたなぁ」

 

須川さんはできないことは言わない方だけど、にしたって期待値が高すぎない?

 

「開催されるのは、ちょうど来週だな。コントレイルにはすでに連絡してあるから、集合場所とか決めておけ」

「はーい」

 

願ったり叶ったりの展開に、思わず頬が緩む。

さっそく、どんなウマ娘が出走するのか確認しよう。

ついでに、もし知り合いがいたら応援のメッセージも送っておこう。



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これが頂点の世界か・・・

ミスターシービーが実装されて、無事発狂しました。カツラギエースのウマ娘化と合わせて、シービーが好きになるきっかけになった某二次創作に思わず感想を投げにいってしまいました。
ターボ実装は予想通りでしたが、星1は思わず笑いましたわ。
新シナリオは・・・なんか情報が多すぎて途中から宇宙ネコになっていました。


楽しみにしているときほど時間は早く過ぎるもので、あっという間にドリームトロフィーリーグの開催日になった。

 

「えーっと、たしかこの辺・・・あ、いたいた。おーい、コントレイルー!」

「ハヤテ先輩、イッカク先輩も、おはようございます」

「おはよう、コントレイル」

 

集合場所にしていた駅前の広場で座りながら待っていたコントレイルを呼ぶと、コントレイルもこっちに気付いて近づいてきた。

おはようって言うには少し遅いけど、まだ昼前だからギリセーフってことで。

 

「にしても、やっぱり人が多いね~。さすがドリームトロフィーリーグ」

「かつて頂点に君臨したレジェンド級のウマ娘によるレースですからね。当然と言えば当然です」

「なんていうか、アレだよね。アベ〇ジャーズ的な感じだよね」

「まぁ・・・あながち間違いじゃないですけど」

 

好きな人はとことん好きだよね、そういうの。私もけっこう好き。

ちなみに、私も有名と言えば有名ということで、帽子をかぶって伊達メガネもかけながら気合を入れて変装した。

これで一目で私とわかる人はそうそういないはず。

 

「んじゃ、集まったし早めに行こっか。東京レース場だよね?」

「うん。今回の夏のドリームトロフィーリーグは東京レース場の芝2400mだから」

 

今回のレースは、ダービーやジャパンカップと同じ条件の超王道コースだ。これもたぶん、ファンが多くなっている理由の一つなんだろうね。

私としても、勝てなかったダービーと同じ条件ってことで興味津々だったりする。

 

「今日出走するのは、知ってる人だと会長にスぺ先輩、テイオー先輩、オルフェ先輩、ウオッカ先輩、あっ、オグリ先輩もいる。他は・・・うわ、ナリタブライアンさんにミスターシービーさんに、ディープインパクトさんまで来てんの!?やっべー、三冠ウマ娘勢ぞろいじゃん!」

「須川トレーナーから聞いた話だと、ここ最近は第三次ウマ娘ブームが起こりつつあって、それを逃さないためにURAがかなり気合を入れてたって」

「なるほどね~」

 

そういえば、そんな話を聞いたことがある気がする。

その証拠に、合宿が終わったら私も企業提携とか取材の予定がけっこう詰まってる。

一応、菊花賞の1ヵ月前からはトレーニングに集中することになってるから期間は短いけど、逆に菊花賞が終わったらまた大量にそう言う話がくるんだろなー。

 

「にしても・・・ディープインパクトさんまで出てるのは、ちょっと意外かも。家のことで忙しいって聞いたことがあるけど」

「あの人も、いつも机の前で書類に向き合ってるわけじゃないですから」

 

ふと呟いた私の素朴な疑問に答えたのはコントレイルだった。

そういえば、コントレイルは面識があるのか。

 

「そうなんだ」

「ディーさ・・・ディープインパクトさんは他のウマ娘と比べても走りたいという欲求が強いので、現役は余裕をもって引退したこともあってドリームトロフィーリーグには積極的に出ようとしてます。というより、予定やレース条件が嚙み合わない場合を除けば毎回出てますよ」

「あれ、そうだったっけ?・・・いや、そうだったか・・・」

 

私が見たレース映像の中にディープインパクトさんの姿は・・・いや、いたな。知り合いや逃げウマ娘に意識が向いていたから、すっかり記憶から抜け落ちてたわ。

ディープインパクトさん、後方からごぼう抜きの差し・追い込み戦術・・・いや、戦術じゃないな。スペックに任せたごり押しだ、あれは。参考にできたもんじゃない。

逆に言えば、基礎スペックだけであの人外魔境の中でも頭一つ飛び抜けているってことでもあるから、本当に化け物としか言いようがない。

 

「・・・うん。それは置いといて、お昼ご飯はどうする?」

「露骨に話題を逸らしましたね」

「いやいや、この人混みだよ?持ち帰りで食べるにせよ店内で食べるにせよ、早くした方が良さそうじゃん?」

「はいはい。そうだね、ハヤテちゃん」

「そんな露骨な対応しなくても・・・」

 

もうちょっといい反応をしてくれたら私も嬉しいんだけどなー?

とりあえず、虚しくなったこの気持ちは思い切りラーメンを食べることで晴らした。

 

 

* * *

 

 

「えーと、席は・・・あ、ここだ」

 

昼ご飯を食べ、露店や屋台車で軽く時間を潰してから、私たちは東京レース場の指定席に座った。

幸い、今のところ私の顔はバレていない。というより、イッカクの白毛の方がよっぽど目立ってた。キレイだもんねー、気持ちはわかる。

 

「それで・・・ハヤテちゃんは、どう思う?」

 

パドックでのパフォーマンスが始まってしばらく眺めていると、イッカクが私に尋ねてきた。

 

「どうって、誰が勝つのかってこと?」

「うん」

「ん~、どうだろ。誰もがそれぞれ武器を持ってるしねー。展開次第としか言いようがないけど・・・やっぱり、本命は三冠勢かなー。その中でも、スペック的にはディープインパクトさんだよね。引退してからのブランクなんて、等しくあってないようなもんだし。でも、やっぱり全盛期と比べるとスペックはどうしても落ちちゃうから、会長みたいな策略タイプが有利なようにも見える。仕掛け方次第では、誰にでも等しくチャンスが訪れる場合があれば、そうでもない場合もある」

「つまり、わからない、ってこと?」

「ぶっちゃけ、私が理解できるレベルじゃない。っていうか、須川さんでも同じようなこと言うと思う」

「それは、たしかに・・・」

 

今回のドリームトロフィーリーグは、いつにも増してレベルが高い。

今回は特別仕様ということで、ダービーウマ娘に加えて、オグリ先輩を含めた『もしダービーに出走したら勝てたかもしれない』と言われる“幻のダービーウマ娘”も出ている。

つまり、全員がダービーを勝ったか、勝てるだけの実力があるってことになる。

よく分からない理由で負けた私が理解できる範疇を越えてるんだよなぁ。

でも、最有力候補は誰かと言われたら・・・

 

「やっぱり、ディープインパクトさんかなぁ」

 

ちょうどパドックでは、1番人気のディープインパクトさんがパフォーマンスをしているところだった。

このレースに出ているのは全員が全員レジェンド級のウマ娘で、体格も他と比べると小柄に見えるのに、纏っている空気が明らかに他とは違うことが分かる。

感覚としては“芦毛の怪物”と言われたオグリ先輩に似たものがあるけど、背中にのしかかるような重圧とも違う、まるで全身を突き抜けるような圧倒的な存在感。

その名の通り、まさしく『深い衝撃』という言葉が当てはまる。

これが、“近代日本ウマ娘の結晶”とも言われた史上2人目の無敗の三冠ウマ娘、ディープインパクトさんか・・・。

そんなことを考えていると、不意にディープインパクトさんがこっちの方を向いて、大きく手を振ってきた。

うわ、やっぱりファンサはしっかりして・・・いや、違うな?なんとなくだけど、視線が観客と言うか、ピンポイントで私たちの方に向いてる。

具体的に言えば、私の隣に座っているコントレイルを正確にロックオンしてる。

え?あの位置からこの人混みでわかるものなのか・・・?

さすがに気のせいかと思いながらコントレイルの方を見てみると、軽く引きつった笑みを浮かべながら手を振り返していた。あっ、これマジで見つかってるのか。

 

「・・・もしかして、仲が良かったり?」

「えっと、ディープインパクトさんの方から構ってくることが多いというか・・・」

「・・・そう言えば、ディープインパクトさんのことを“ディーさん”って言いかけてなかった?」

 

イッカクからの指摘に、コントレイルの肩がビクンッと跳ねた。これは図星ですな。

 

「なるほどねぇ・・・ちなみに、何か心当たりは?」

「僕からは何も・・・ただ、ディー、プインパクトさんからは、運命的なものを感じる、みたいなことを言われましたけど・・・」

「ふぅん?あっ、別に呼びたいならディーさんでいいからね?」

 

あらら、顔を真っ赤にして俯いちゃった。別にあだ名で呼び合うくらいはいいと思うけどな~。もしかしたら、ディープインパクトさんからは“コンちゃん”とでも呼ばれているんだろうか。

それにしても、運命的なもの、ねぇ。コントレイルにそれだけの何かがあるってことなのかな?

まぁ、そもそもウマ娘はスピリチュアル的な何かを信じやすい傾向にあるし、ディープインパクトさんがそうでも不思議ではない。

私はそういうの一切ないからなぁ。できることなら、私も運命的な何かを感じてみたいものだ。

スピリチュアル的な何かはしょっちゅう感じてるけどね。

 

「あっ、そろそろ始まるみたい」

 

そうこうしているうちに、全員のゲートインが完了した。

 

『さぁ!今年の夏のドリームトロフィーリーグが、今スタートしました!』

 

アナウンスと同時に、ゲートが開いて一斉に飛び出した。

前に出たのはマルゼンスキーさんで、他のウマ娘も固まり気味になりながら続いていく。最後方にはディープインパクトさんと少し出遅れたっぽいミスターシービーさんが控えていた。

全体的にマルゼンスキーさんが引っ張っていく形で早めのペースになっているけど、先頭のマルゼンスキーさんはまだ余力を残しているようにも見える。というより、後方を気にしてペースを控えめにしているっていうのが正しいかもしれない。

その意識が向いている先は、たぶんディープインパクトさん。出遅れたミスターシービーさんはともかく、ディープインパクトさんは生粋の追い込みウマ娘だ。正確なペース管理の術を身につけている可能性は高い。だからこそ、ハイペースによる消耗は狙わずに、仕掛けどころを探っているんだろう。

 

「・・・まだ誰も仕掛けないですね」

「全員が慎重に仕掛けどころを探ってる、って感じかな。でも、誰か1人でも仕掛ければ一気に状況が動くと思うよ」

「となると、誰が仕掛けるのかがカギになるのかな?」

「だね。仕掛けるとしたら、先頭にいるマルゼンスキーさんか・・・ディープインパクトさんの隣で走っているミスターシービーさん」

 

私がそう呟いたのと、レースが一気に動いたのは同時だった。

第3コーナーで仕掛けたのは、マルゼンスキーさんとミスターシービーさんの両方だった。

 

「2人が仕掛けた!」

「考えることは同じだったみたい」

 

ミスターシービーさんは早い段階でロングスパートをかけ、マルゼンスキーさんはトップスピードに向けて加速を開始した。

・・・その瞬間、2人とも領域に入ったところを私は見逃さなかった。

マルゼンスキーさんからは高速道路のような空間の、ミスターシービーさんからは地平線が見える雄大な大地のイメージを幻視した。

それを皮切りに、最終コーナーにかけて次々と領域が発動されていく。まさに領域の乱舞のような光景を前に、私の脳のキャパが限界を迎えようとしている。

いや、めちゃくちゃ内容が濃いな。

1人1人が違う領域を持っていて、参考になるのかならないのか・・・

 

「ッ!?」

「ハヤテちゃん?どうかした?」

「え?いや、イッカクは何か感じなかった?」

「? 私は何も・・・」

 

不意に飛び上がった私を見てイッカクが首を傾げるけど、えっ、マジで何も感じなかったの?

私も上手くは言えないけど、なんというか、こう、凄まじい衝撃みたいなものが・・・あぁ、いや、なるほど。そういうことね。

会長とか他のウマ娘がそうだったから勘違いしてたけど、視覚に作用するだけが領域じゃないってことか。

だとしたら、今のがきっと、ディープインパクトさんの領域。

実際、最終直線に入った段階で一気にディープインパクトさんがスパートをかけた。その時に入った領域の余波が、あの衝撃だったんだろう。

最後方にいたはずのディープインパクトさんが、長い最終直線を使って前へと迫っていく。

そして、最初にゴール版を通過したのは・・・

 

 

 

 

「いや~、すごかったねぇ。なんていうか、こう、圧巻としか言いようがない」

「そうだね」

「語彙力がなくなってますよ、ハヤテ先輩・・・まぁ、僕も似たような感じですけど」

 

レースが終わった後のウィニングライブも見終えて、私たちは帰路についていた。

それにしても・・・

 

「ディープインパクトさん、惜しかったね」

「あればっかりは、会長が上手だったとしか言いようがありません」

 

今回のドリームトロフィーリーグを制したのは、我らが会長だった。

大人しくしていたように見えて、実は最内から立ち位置やフェイントなんかで他ウマ娘全員の位置をコントロールしていたらしく、ディープインパクトさんが最終直線に入った段階で最外に追いやられたことであと一歩届かなかった。

それでもハナ差の2着に食い込んだあたり、やっぱり化け物なんだってのを実感するけど、その化け物を抑えきった会長もやばすぎでは・・・?

 

「にしても、いいものを見れたね。チケットを入手してくれた須川さんにはお礼しないと。お土産、これでいいかな?」

「いいと思いますよ。じゃあ、僕はここで」

「うん、じゃあね。次会うのは夏休み明けかな?」

「そうですね。それじゃあ、さようなら」

「またね~」

 

駅前に着いた辺りで、コントレイルと別れる。

別れたんだけど・・・コントレイルが向かう先には、一台のリムジンが止まっていた。まさかね?とは思ったけど、そのままコントレイルはリムジンに乗ってどこかへと行ってしまった。

あと、気のせいじゃなければ・・・

 

「・・・なんか、中にディープインパクトさんがいた気がするんだけど」

「たぶん、気のせいではない、かな・・・?」

 

マジで気に入られてんねぇ。

まぁ、私たちは寂しく電車に揺られて合宿先に戻るとしますか。



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拉致するやべぇ奴がいるなんて聞いてませんが?

チャンミに備えてテイオーを育成したら初めてUG9まで行きました。
あとはシービーを気合で育成するだけだ。


夏合宿が終わり、その後は特にこれといったイベントもないまま夏休みが終わった。

いや、イベントが何もないわけじゃない。1週間くらい地元に帰省したりとか、屈腱炎を発症して引退することになったロジャーバローズのお見舞いに行ったりもした。

とはいえ、実家は合宿明けの休養ということでぐーたら過ごしただけだし、ロジャーバローズのお見舞いも言葉がうまく出なくてあまり話せなかった。

けっこう須川さんと向こうのトレーナーに無理を言って会わせてもらったんだけど、いざ対面すると何を言えばいいのか分からなくなっちゃって、当たり障りのないことしか話せなかった。

ただ、治療やリハビリの関係で今すぐには無理だけど、菊花賞の前にもう一度くらいなら会いに来ても大丈夫ってロジャーバローズのトレーナーさんが言ってくれたから、それまでに私が話したいことをまとめる必要がある。

まぁ、いざ本番って時に吹き飛ぶ可能性はあるけどね。

そんなこんなで、始業式やら午前中の授業やらも終わって、ひとまず昼食を食べるために食堂へと向かう。

 

「それで、ハヤテちゃんは合宿はどうだった?」

「ん~、得るものがあったような無かったような、そんな感じ。実力は伸びてるはずなんだけど、目標には届かなかったから、なんとも」

「そっか」

「ていうか、グランこそ大丈夫なの?その左足とか」

 

実はグラン、この秋はクラシック級にしては異例のG1スプリンターズステークスに出走する予定だったらしいんだけど、左足に溜まった膿の完治が間に合わなくて出走が取り消しになっちゃったんだよね。

現在、グランの左足にはサポーターが付けられていて、全力疾走は控えられている状態だ。

 

「う~ん。一応、マイルチャンピオンシップに復帰する予定だけど、まだ分からないかな。もしかしたら、それも難しいかもしれないってお医者さんに言われたし」

「そっかー」

「ハヤテちゃんは、菊花賞に直接?」

「うん、そのつもり。トライアルレースは距離もレース場も違うから、無理に走る必要はないって須川さんが」

 

一応、菊花賞の前に京都レース場で開催されるレースは京都・芝2400mの京都大賞典があるけど、あれはシニア級のレースだから、菊花賞の前に走るものでもないんだよね。

ってことで、私の菊花賞はぶっつけ本番になるけど、どうにでもなるでしょ。

というか、黒い人影の問題を解消しないことにはどうにもならない。

レースに出ることで解消するなら喜んで出るけど、確証がない以上は下手に動けない。

はぁ~。私の悩みを解決してくれるようなきっかけが、どこかその辺に落ちてたりしないかな~。

 

「そう言えば、今日の日替わりってなんだっもがッ!?」

「えっ、誰ですか!?」

 

ちょまっ、いきなり目の前が真っ暗になった!?なんか息苦しいし、袋でも被せられた!?

まさか不審者!?いやでもヒトにしてはやけに力が強いし、ならウマ娘?

てかそれ以前に、なんか妙に体に力が入らない。もしや、頭に被せられてる袋になんか仕込んでたな?でも毒にめっぽう強いウマ娘に効く薬物とか、どっから調達したんだ?

駄目だ、なんか頭が上手く回んなくなってきた・・・。

 

「ハヤテちゃ~ん!!」

 

全力で走ることができないとはいえ、あのグランの声がどんどん遠ざかっていく。どんだけ速いんだよこの誘拐犯。

あーもう、どうにでもなーれ~・・・。

 

 

 

肩に担がれて揺られることしばらく。ガラガラと扉が開く音が聞こえ、誘拐したにしては割と丁寧に降ろされた。

この感触、保健室のベッドかな?いやでもなんで保健室?だったらグランの方が拉致対象になる気がするんだけど。

すると、バサッと頭に被せられた袋が取り除かれた。

そこで目に入ったのは、カーテンで閉め切られたせいで薄暗く、そのくせ様々な実験器具の中に混ざっている発光しているフラスコやら点滴袋やらのおかげである程度の視界は確保されていた。

いや、百歩譲ってフラスコの中身が光るんならまだしも、点滴袋まで光らせてどうするんだよ。なに?ゲーミングウマ娘でも作るつもりなの?あるいはゲーミングトレーナーの方だったりするの?もしかして私、怪しい実験の被検体にでもされちゃうの?

 

「そう怯えなくてもいいよ。菊花賞が迫ってきた中、君を手荒な方法で招くことになってしまったことは悪いと思っているが、今回は君で何か実験をしようというわけではないからね」

 

謝罪しているわりにはまったく悪気を感じさせない誘拐犯の正体は、ボサボサの栗毛に制服の上から白衣を纏うウマ娘だった。

ていうか、目が怖い。何と言うか、あれだ。マッドサイエンティストが実験体のモルモットに向けるのと同じ奴だ。そういう系の映画で見た。

 

「・・・んで、誰ですか?てか、ここどこですか?」

「そういえば、自己紹介がまだだったね。はじめまして、私はアグネスタキオンだ。ここは使わない空き教室を使わせてもらっているのさ」

「アグネス・・・?」

 

アグネスって言うと、違う方の名前に聞き覚えがある。

 

「えっと、アグネスデジタル先輩の親戚か何かですか?」

「別に彼女と血縁関係はないよ。ただ、寮が同室でね。君のことは、デジタルからも少し聞いたことがあるのさ」

「なるほど・・・」

 

なんというか、オタクが極まっているデジタルといい、目の前のマッドといい、アグネスにはやべー奴しかいないのか?

 

「それで、私を攫ってどうするつもりなんですか?嫌ですよ、くっころ騎士の真似事とか」

「くっころ?がなんのことを言っているのかは分からないが、さっきも言ったように、君に何かをしようというわけじゃない。ただ、気になることがあってね。それに、君にとっても利益があると思うよ?」

「なんです?」

「・・・日本ダービーの時に君が見せた、不自然な失速について」

 

ドクンッ、と心臓が跳ねた。

まさか、こんなマッドに気付かれていたとは。須川さんとイッカクくらいにしかバレてないと思ってたんだけどな。事実、学園では一番親しいグランも私に言われるまで気づいてなかったみたいだし。

 

「日本ダービーの最終直線でのスパート、君にはたしかに前に出ようとしていた。少なくとも、それだけの気迫があった。にも関わらず、前に出ることはおろか、まるで重りでも付けられたかのように足が鈍くなった」

「・・・よく気づきましたね」

「元々、君には興味があったのさ。あのオグリキャップの再来とも言える、地方から現れた怪物。無敗の三冠さえも期待されていた君の走りは、非常に興味深かったからね!だからこそ、他は気付かなかった些細な変化も見逃さなかったわけだ」

 

・・・なるほど。どうやら思っていたよりもずっと前から、私はこのマッドに目を付けられていたらしい。これが有名税というやつだろうか。

 

「・・・それで?まさかあの時の私の不調に心当たりがあるとでも言うんですか?」

「まさか!君でさえ自身に起こっていることが分からないというのに、直接会ったのはこれが初めての私に分かるはずがないだろう?ただ、これでも私はウマ娘の研究者でもあってね。君が情報を提供してくれるというなら、仮説を導き出すことは出来るんじゃないかな?」

「・・・」

 

う~む、どうしたものか。

ぶっちゃけ、速攻で断ることができないくらいには私も揺らいでいる。

私としても、あの問題の解決のためなら、視点は多ければ多いほどいい。そして、ウマ娘の研究者を自称しているんなら、今までとは違う意見が出てくる可能性もある。

ただ、なぁ。このマッドサイエンティストにホイホイ情報を渡すのも怖いんだよなぁ。個人情報っていつどこでどんな使われ方をするかマジで分からないし。

ただ、ここで私が悩むのは想定内だったみたいで、目の前のマッドはニヤリと笑った。

 

「ふむ、あともう一押しといったところかな?そんな君に、いいことを教えてあげよう!実は、今の君の悩みを解決するのに最も適しているであろう知り合いも呼んでいてね。そろそろ来ると思うんだが・・・」

 

え、なに?まだ共犯者がいたの?いやでも呼んだって言ってるし、どちらかと言えば巻き込まれた側かな?その知り合いも災難だなぁ。ヒトかウマ娘かは知らんけど。

 

「おや、噂をすれば来たようだ」

 

廊下から聞こえた靴音にアグネスタキオン先輩が反応した。足音でわかるくらい仲がいいのか。

にしても、こんなマッドサイエンティストに呼ばれて来る知り合いとか、いったいどんな変人・・・

 

「言われた通りに来ましたが・・・本当に拉致してきたんですか?」

「やぁカフェ!君が来てくれてよかったよ」

「ッ!?」

 

ガラリとドアを開けて入ってきたのは、腰にまで届きそうな漆黒の青鹿毛に白い流星(なおアホ毛)が走っているウマ娘だった。

だけど、その姿を見た瞬間、ゾワリと私の背中にかつてないほどの悪寒が走った。

いや、たしかに他とは違う雰囲気を纏っているけど、横にいるマッドに比べれば可愛いもんだ。

ただ、なんて言えば分からないけど、()()()()()

この場には私たち3人しかいないはずなのに、目に見えない何かがいる気がしてならない。

誰か、と言えないのは、それがヒトやウマ娘と言っていいのか分からないからだが、それでも何かがいるのは間違いない、気がする。

 

「あなた、お友だちが見えているんですか?」

 

気付けば、目の前にまで謎のウマ娘が迫っていた。

う~ん、美形。こういうミステリアスな感じもなかなか・・・って、そうじゃなくて。

 

「いえ、その、姿は見えてない、です。けど、なんか、こう、いるっていうのは、分かります」

「そうですか・・・自己紹介が遅れました。マンハッタンカフェと言います。よろしければ、お友だちとも仲良くしてもらえると嬉しいです」

「は、はぁ・・・」

 

すごい丁寧な人だなぁ。どこぞの有無を言わせずに連れ去るマッドとはえらい違いだ。

まぁ・・・霊感的なサムシングを持ってるあたり、周囲からは浮いてるんだろうなぁ。なんとなく、あのマッドと仲良くなった理由が分かるような、分からないような気がする。

 

「なるほど、姿は見えずとも、その存在を知覚することはできるということか?これは興味深い。いわゆるポルターガイストを目の当たりにした者はチラホラいるが、たとえ見えなくとも知覚できる存在は私の記憶にはないな。やはり、君は他のウマ娘と何かが違うらしい」

 

やっべ、このマッドに目を付けられる理由が増えちゃった。

マンハッタンカフェ先輩もこのマッドには苦労しているのか、非難するような視線を向けてから気遣うように私の肩に手を置いた。

 

「それで、大丈夫ですか?タキオンさんに何か変なことはされませんでしたか?」

「ここに来てからは何も・・・あーでも、拉致されるときに変なものを嗅がされた気はします。頭に袋を被せられてから、妙に力が入らなくて」

「あぁ、それは麻酔のようなものだ。毒物や薬物への耐性が高いウマ娘に効くものを作るのは苦労したよ。もちろん、後遺症の類はないから安心してくれたまえ」

「どこに安心できる要素があるんですか?」

 

なにこのマッド、自前で麻酔作れんの?捕まえた方がよくない?

 

「それはさておき、君が気づいている通り、カフェは霊感のようなものを持っていてね。私にはまったくわからないが、彼女には()()()()()()が見えるらしい。だからこそ、君の悩みを解決するのに最も適していると思わないかい?」

「いや、研究者なのにそういうのを信じているんですか?」

「それはごもっともだが、そういった現象を目の当たりにしているからね。それに、私もウマ娘だ。精神的なものも信じているし、似たようなものを感じたこともある」

 

え、なに?普通のウマ娘は日ごろからスピリチュアル的なものを感じてるの?

っていや、違う、そうじゃない。これはたぶん・・・。

 

「君も、聞いたことはないかい?ウマ娘は、幾多の“想い”を背負い、走る生き物だと」

「っ」

 

それは、今までに何度も聞いたことがある言葉だった。

同時に、私が今まで感じなかったものでもある。

 

「私もね、走っているときに感じることがあるのだよ。誰かに背中を押されているような感覚を」

「少し話はズレますが、レースで私はいつもお友だちと走っています。今まで一度も前に出れたことはありませんが・・・」

 

マンハッタンカフェ先輩の話は、それはそれで興味深いけど・・・このマッドにもそんな感覚があるのは、少し意外かもしれない。

まぁでも、科学を極めた研究者が最後に行きつくのは神であるって話もあるし、そういうことがあっても不思議じゃない、のか?

 

「だが、そのような視点で見ると、ダービーでの君の走りは、むしろ先に行かせまいと引っ張られたようにも見えた。それに、その時はたまたまカフェと一緒にレースを観ていたのだが、カフェが君の様子を見て何かを感じたみたいでね。こうして引き合わせたというわけだ。本当はダービーが終わった後すぐにでも話を聞きたかったんだが、カフェに止められてしまってね。こうして夏休みが終わるまで待っていたというわけさ」

「今回は、タキオンさんが本当にすみません。あのように言っていますが、無視してここから出て行っても構いません。タキオンさんは私たちで取り押さえるので」

「そんな殺生な!私はクラマハヤテ君のためにもなることを提案しているというのに、それはあんまりではないかい!?少しくらいは、あっ、これはっ、まさかお友だち君だね!?背後から捕まえるのはやめてくれないかな!?」

 

なんか、マッドが勝手にジタバタし始めた。よく見たら、首とか肩のあたりが微妙に凹んでいる。

マジでいるのか。んで、めっちゃお手軽に物理的に干渉できるのか。幽霊とはいったい・・・。

とはいえ、さすがにここまでおいしい展開を用意されると・・・

 

「ん~、でもまぁせっかくなんで、癪ですけどアグネスタキオン先輩の言質に乗っかろうと思います。本当に癪ですけど」

「2回言ったね!?だが君ならそう言ってくれると信じていたよ!さぁ、さっそく話を聞かせてくれたまえ!」

 

私から許可が出たということでお友だちさん?から解放されたマッドが一瞬で椅子を取り出して座った。

そういうところが癪なんだよなぁ。

とはいえ、もちろんタダでやるつもりはない。

 

「その代わり、と言ってはなんですが、条件があります」

「ふむ、何かね?できる範囲であればなんでも応えよう!」

「では・・・」

 

ぐぅ~・・・

 

私が要求を口にしようとした瞬間、盛大に腹の虫が鳴った。

音の発生源は、もちろん私だ。

 

「・・・なんか食べ物持ってきてくれません?お昼ご飯食べれてないんでお腹すいちゃって。あっ、サプリ的なやつは無しでお願いします」

 

とりあえず、今回の食事代は全部マッドに払ってもらおう。




いよいよ菊花賞が近づいてきました。
ようやく投稿し始めた頃から書きたかった構想の一つが形にできる・・・。

タキオンに関しては、メインストーリーでもトレーナー拉致ってたし、よくゲーミングトレーナーを量産してるんで都合のいい薬くらい作ってもおかしくないはず。


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ウマ娘転生って実はペルソナ的な存在だったりする?

ぶっちゃけサブタイに深い意味はありませんが、主人格の自分とは別に元となるウマの魂を持っている転生ウマ娘って実質ペルソナでは?とふと思ったんでこうしました。
まぁ、自分はゲームのペルソナ知識は疎いんで、もしかしたら違うかもしれませんが。


「ふむふむ。なるほどなるほど。黒い世界に存在するウマ娘のような人影、ね」

 

昼ご飯を食べながら、イッカクと須川さんに「マッドに拉致られたけど、とりあえず無事」とメールを送りつつマッドに私のあれこれを話した。もちろん、前世の記憶云々の話は抜きでね。

ちなみに、私とマッドが話してる間、マンハッタンカフェ先輩が代わりに食べ物を持ってきてくれた。

ついでに、途中からお友だちさんが手伝ってくれたのか、食べ物が空中浮遊しながら私の近くへと運ばれたりした。なんか最後あたりとか鉢巻きまでセットで浮いてたけど、幽霊でも汗ってかくもんなのかな?

とりあえず、このマッドは1週間くらいマンハッタンカフェ先輩とお友だちの奴隷になっても文句は言われないと思う。

 

「実に興味深い!おそらく君は、私が見てきた中で最もウマ娘の根源に近い存在と言えるだろう」

「根源、ですか?」

 

根源、ねぇ。まぁ、そりゃそうか。自分の中に自分以外の何かがあることを知覚できるようなウマ娘が、私の他にいるとも思えない。

でもなぁ、もう少し前世のことが分かれば、何かが掴めると思うんだけどなぁ。

こればっかりはマッドに教えるわけにはいかないけどね、悪いけど。

まぁ、それはそれとして、このマッドの言うウマ娘の根源ってのは気になる。

私がそう尋ねると、マッドが嬉々として自分の考えを語り始めた。

 

「そうだね。ではまず、ウマ娘がいったいどのような存在なのか、というところから話すとしよう。とはいえ、わかっていることは多くないがね。ウマ娘という種は古来より存在が確認されているが、多くが謎に包まれたままとなっている。ヒトに近い見た目でありながら、ヒトにはない耳と尻尾を持ち、ヒトを遥かに凌駕する身体能力を持っている。特に走力に関しては、生物界でも上位に入るほどだ。だが、そのメカニズムは現在でも不明なままだ」

 

「おいそれと解剖や人体実験ができない以上、仕方のないことではあるがね」としれっと物騒なことを口にしたマッドは無視して、さっき言ったことを私も頭の中で整理する。

ウマ娘の存在は、少なくとも紀元前から確認されている。ピラミッドなどの遺跡からウマ娘と思われる絵画が出土されていることから、少なくともヒトが文明を築き上げた頃から存在していたのは間違いない。

ただ、どのような進化を辿ってこの姿になったのかは、未だに謎のままだ。遺伝子解析の結果でも、先祖と思われる生物は特定されていない。

その結果、『トウモロコシは宇宙人が持ってきた』という説のごとく、ウマ娘のルーツについても憶測が憶測を呼び、三女神という存在と結びつけることにもつながった。

この三女神についても、わからないことの方が多い。というか、実在したのか架空の存在なのかすら定かでない。まぁ、宗教や信仰とはまた違う形で信じられ、根付いているあたり、普通のウマ娘とはまた違う存在なのだということはわかる。

 

「そんなウマ娘について、科学的な視点はもちろん、非科学的な視点からも様々な意見が出ている。研究者としてはあるまじき事かもしれないが、非科学的な意見にもいくつか面白いものもあってね。その中の一つに、“ウマ娘は別の世界の名前を持って生まれてくる”というものがあるのさ」

「別の世界・・・?」

 

ドクンッ、と今までで最も心臓が跳ねたような気がした。

別の世界。それはすなわち、私の記憶の中にある前世の世界?

だけど、その記憶の中にこっちで知っている名前はない・・・気がする。いや、わからない。そもそも、前世のことについて覚えていることの方が少ないんだから、知っている知らない以前の問題だ。

でも、マッドの話を聞くと、ぽっかりと空いた記憶の中に何かがはめ込まれたような感覚が湧いてくる。

 

「そうだ。この別の世界がなんのことを指しているのか、それはわからない。だが、さっきも言ったが、ウマ娘は想いを背負って走ると言っただろう。なら、その想いはいったい誰のものなのだろうね?私たちを応援してくれるファンか、家族か、クラスメイトか、友人か、ライバルか、トレーナーか。結局のところ、それは誰にもわからない。であれば、顔も声も知らない別の世界の誰かが背中を押している、という可能性もあっていいと思わないかい?」

「・・・まぁ、友人とかライバルがいない可能性もありますからね」

 

特にあなたとか。マンハッタンカフェ先輩はともかく、他に友人とかライバルがいるイメージが湧かないんだよね。

 

「ははは!なかなか痛烈な返しだね。それはさておき、その別の世界の誰かがなんなのか、長らく正体を掴めないままだった。だが、カフェのおかげで私なりに仮説を立てることができたのさ!」

「はぁ・・・」

「カフェのお友だちが別の世界の魂だと仮定した場合、その別の世界から流れてきた魂こそが!我々ウマ娘の根源であるウマ娘の魂、ウマソウルではないかと考えたのさ!」

「いや、いろいろと飛躍してません、それ?」

「だが、似たような事例は他にも存在する。アドマイヤベガというウマ娘がいるのだが、彼女は一人娘であったにも関わらず、自分の内に“妹”がいると言っていた。そして、時折その妹がレースで活躍するという夢を見ていたらしい。今ではその症状は落ち着いているようだが、その夢の内容が別の世界のものである、という捉え方もできるのではないかね?その点で言えば、君の事象とも非常に似通っている」

 

しれっと他人のプライバシーを打ち明けたな、このマッド。

それはともかく、そのアドマイヤベガ先輩の話は、私にも通じる部分がある。

夢の中で見る、ここではないどこかの世界。アドマイヤベガ先輩のものと同じかはわからないけど、夢みたいな曖昧な感覚でしか認識できないものだ。同じ事例を取り上げられては、このマッドの言っていることが想像の飛躍とは言い切れない。

それに・・・自分の中で、どんどんパズルのピースが埋まっていくような感覚がある。

オグリキャップ、タマモクロス、シンボリルドルフ、スペシャルウィーク・・・こっちの世界の存在だと思っていた名前が、()()()()()()()()()()()

ということは、ウマ娘とは、その名前、魂は・・・私の前世の世界のもの?

なら、私はなんでその名前を知っている?

前世の世界にもウマ娘という存在がいた?いや、それだと今の世界と前の世界で別れる必要がない。

だとすれば、ウマ娘に代わる存在がいた?

なら、それはなんだ?

ウマ娘・・・ウマ耳にウマ尻尾・・・ウマ・・・うま・・・

 

 

 

 

 

 

・・・馬?

 

 

「あがッ!?」

 

その単語が頭に浮かんだ瞬間、とてつもない頭痛が襲い掛かってきた。

ってかそんな悠長なこと言ってる場合じゃねぇ!感覚としては初めて三女神の像を見た時になったやつと似てるけど、あの時よりも激しくて長い!

あ、これダメだ。だんだん目の前が真っ暗になってきた・・・

 

「ちょっ、大丈夫かい!?」

「タキオンさん!何か変な物でも混ぜたんですか!?」

「さすがの私でもそんなことはしないさ!ともかく、様子が普通ではない。すぐに教師を、いや、保健室に運ぶ方が早い!」

 

薄れゆく意識の中で、マンハッタンカフェ先輩とマッドが慌てる姿が見えたような気がした。

・・・なんだ、マッドでも人の心は持ってたんだ。

そんな思考を最後に、私の意識は暗闇に包まれた。

 

 

* * *

 

 

「・・・知ってる景色」

 

気が付けば、今まで何度も見た黒い空間に飛ばされていた。こういうパターンは初めてな気がするなぁ。

・・・って、あれ?

 

「喋れてるじゃん」

 

今まで口を開いても何も言葉を発せなかったのに、今は声が出るようになっている。

ついでに、体もある程度動かせるようになってる。無重力空間みたいになってて平衡感覚はまったく掴めないけども。

にしても、なんで急にこんな変化が出てきたのやら。

心当たりがあるとすれば、意識を失う直前に頭に浮かんだ単語だけど・・・

 

「なんか余計なことでも思い出しちゃったのかなぁ」

『余計なことじゃないよ』

 

不意に、私以外の声が聞こえた。

気が付けば、私の目の前には黒い人影が浮かんでいた。

でも、前と比べて輪郭がはっきりしていて、うっすらとだけど微笑みを浮かべる口元が見える。

 

『でも、今じゃない』

「ふさわしい時がある、ってこと?」

『そう。それがいつなのか、あなたならわかるはず』

「ふーん?じゃあ、その代わりに聞きたいことが2つあるんだけど」

『どうぞ』

「なら、1つ目。私は、あなたのことを知っている?」

 

1つ目の質問に対して、人影は少し悲し気に俯いた。

 

『ううん。あなたの記憶の中に、私はいない。でも、自分の記憶を思い出せば、私がなんなのかはわかるはず』

「そっか」

 

なるほど。まぁ、知らないなら知らないで仕方ない。

記憶を思い出せばわかるのだと言うのなら、その時まで待つとしよう。

 

「それじゃあ、2つ目。私の記憶を取り戻すことは、私やあなたにとって嬉しいこと?」

 

その問いかけに対して、人影は首を横に振った。

 

『・・・あなたの記憶を取り戻すことは、きっと苦しいことになる。あの頭痛も、あなたの本能が思い出すことを拒んだ結果だから』

「そっか・・・」

 

それはそれは・・・あれだけやばい頭痛を引き起こしてでも思い出させようとしないって言うんなら、きっと碌でもない記憶なんだろうなぁ。

複雑な表情を浮かべると、人影は『でも』と一区切りしてから口を開いた。

 

『あなたが自分の記憶を思い出すことには、意味がある。だから、怖がらないでほしい・・・かな』

「・・・そっか」

 

不思議と、この人影が言ってることに嘘や間違いはないってことがわかるような気がする。

私が記憶を取り戻すことで辛い思いをしたとしても、きっとそれでも必要なことなんだろうという確信がある。

だというなら・・・ここで聞くべきことは聞いて、やるべきこともわかった。

 

「ありがとう。それじゃあ・・・また会う時まで」

『うん。またね』

 

人影が手を振ると、急速に私の体が浮上していく。

いや、違う。浮かび上がっているのは体じゃなくて、私の意識だ。

それに気づいた瞬間、私の体が光に包まれた。

 

 

 

 

「ん・・・」

 

次第に意識が覚醒していき、目が覚めていった。

あれだけひどい頭痛に襲われておきながら、頭は思っていたよりも軽い。

ただ、起き上がろうとすると体が重く感じるあたり、けっこう長い間気を失っていたのかもしれない。

周りを見渡すと、窓の外を見るまでもなく部屋の中が暗かった。

時計を見ると、すでに日付が変わっていた。

幸いと言うべきか、さすがに丸一日気を失っていた、なんてことにはならなかったみたいだ。

ていうか、

 

「ここ、寮の部屋じゃん・・・」

 

てっきり保健室で寝かされているもんだとばかり思っていたけど、目を覚まさなかったからかこっちに移されたのかな。

すぐそばでは、イッカクが私が寝ていたベッドに突っ伏していた。

 

「迷惑をかけちゃったかなぁ・・・」

 

なんとなく、イッカクの髪に触れてみる。う~ん、すごいさらさらしてる。

そういえば、私ってお風呂入れてないじゃん。大丈夫?匂ったりしてない?シャワーだけでも浴びておこうかな。

それにしても・・・

 

「私の記憶、か」

 

まさか、本当にあのマッドのおかげで私の問題の核心に迫れるとは思わなかった。

とはいえ、今はまだその時期じゃないと、あの人影は言っていた。

そして、来たるべき時と言えば・・・

 

「菊花賞。ここしかないか」

 

クラシックレースの集大成、菊花賞。

ここで、私の記憶と人影にケジメをつける。

それまで、ひたすらトレーニングだ。

ひとまずは・・・

 

「走ろ」

 

とりあえず、走ろう。なんかそんな気分だし、どうせならシャワーを浴びる前にひと汗かいておこう。

門限はぶっちぎってるけど・・・もう完全に目が覚めちゃったし、ゴルシ先輩からその辺のコツが書かれたメモをもらっているから、どうにかなるはずだ。

ひとまず、完全に寝落ちしちゃっているイッカクに毛布をかけてから、ジャージに着替えて窓から脱出した。

先輩方と比べるとパワーに乏しい私でも、寮の壁でフリークライミングくらいはできる。

涼しい夜風を感じながら、闇に包まれた街中を走る。

あの空間とは違う夜の闇も、今の私からすれば心地いい。

このまま進んだら何が起こるのか、私にはわからないけど・・・それでも、立ち止まるのはもっと嫌だ。

だからこそ、その不安をかき消すように、日が昇るまで走り続けた。

 

 

 

 

 

「おや、こんなところで何をしているんだい?」

「へあっ!?」

 

寮に帰って壁を登ろうとしたら、寮長のヒシアマゾン先輩に捕まってめちゃくちゃ叱られた。

ついでに、イッカクからもめちゃくちゃ心配されて私の良心が音を立てて崩れそうになった。

とりあえず、責任は全部あのマッドになすりつけよう。こうなったきっかけは全部あのマッドのせいだ。そうに違いない。




ハヤテはすでにタキオンのことがちょっと嫌いになってるので、意地でも名前ではなく“マッド”と呼び続けることを胸に誓っています。


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そうだ、私は悪くない・・・と思いたい

ルメール騎手が“千鳥の相席食堂”に出てて草。
なんか予告でチラッとルメールって単語が見えたか聞こえたかしたんですが、気のせいか他人の空似かとスルーしてたらマジで出るとは思わなんだ。
千鳥のこと知らんかったのに、なんで出演することになったのか・・・。
恋さん?すまん、番組は見てないし芸人はさっぱりなんだ。

それと、シングレにホーリックス(候補)が出てきて、めちゃくちゃテンションが上がりましたね。
オグリとの絡みがどんな感じになるのか、もう楽しみでしゃーない。
あまりあからさまなのはあれだけど、食事の手を止めてホーリックスに見入るオグリを見た周りの知り合いが動揺してる場面くらいは見てみたい。


「なるほど?つまり、結果的にタキオンのおかげで悩みを解決できる糸口が見えて、それにテンションが上がって、思わず脱走して走りたくなった、ということでいいのかい?」

「まぁ、だいたいはそんな感じです。はい」

 

今現在、私は朝っぱらから美浦寮のエントランスで正座させられている。

原因は、まぁ私が門限をぶっちぎって寮を脱走してまで外に走りに行ったからだ。

別にヒシアマゾン先輩に見つからなければ問題なかったかもしれないんだけど、さすがに寮の外壁をフリークライミングして窓まで戻るのは目立ったみたいで、速攻で通報されてお縄になった、というわけだ。

いやでも、夜中に目が覚めて体を動かしたくなるのは仕方のないことですし、悩みを解決する糸口が見えて心も体も軽くなったんだから、ウマ娘たるもの走りたくなるのも当然のことだ。

だから、悪いのは最初に有無を言わさず私を誘拐・軟禁してこうなる原因を作ったあのマッドであって、私は悪くない。

そんな感じのことを時間をかけて説明した結果、

 

「それでも悪いのはお前さんだからね」

「あい」

 

言い逃れできなかったでござる。

いや~、自分的にはいい線いってたと思うんだけどな~。さすがに寮長を誤魔化すことはできなかったか。

 

「まったく、あんたが倒れたって聞いた時は、こっちも肝を冷やしたんだけどね・・・余計な心配だったかねぇ?」

「その節は、ご迷惑をおかけしまして・・・まぁ、見ての通り大丈夫です」

「そのようだね。まぁ、あたしはあまりダラダラと説教を続けるのは性分じゃないからね。これくらいで勘弁しておくけど・・・彼女については知らないからね」

 

そう言うヒシアマゾン先輩の視線の先には、悲しそうな表情を浮かべているイッカクがいた。

だけど、なぜだろう。私のことを心配していたってのは間違いないはずなのに、謎の圧を感じるのは。

ただ私が負い目を感じているだけかもしれないけど、その割には野次馬の他生徒の距離が遠く感じる。その中心にいるのは、私じゃなくてイッカクだ。

なら、やっぱり私の気のせいとか負い目とかじゃないのかな。

 

「ねぇ、ハヤテちゃん」

「あっハイ」

 

抑揚を感じられないイッカクの声を聴いて、体が一気に強張った。

これあれだ。愛の戦士が闇落ちする一歩手前みたいな感じのやつだ。というか、目から光が消え始めているあたり、実際に闇落ち寸前まで言ってる。

これはさすがに、ちょっと悪ふざけが過ぎてしまったかもしれない。

 

「私ね、ハヤテちゃんが連れ去られたって、しかも倒れたって聞いて、すごい心配だったんだ。もしハヤテちゃんに万が一のことがあったらどうしようって」

「それは、その・・・はい。言い訳のしようもございません。でも、事の発端はあのマッドが・・・」

「だからね?ハヤテちゃんが元気なのは、とても嬉しいんだ。でもね?目が覚めたのに、私に何も言わずに、勝手に外に出て行ったのは、イケないことだと思うんだ」

「はい。仰る通りでございます」

 

恥も外聞も全てを投げ捨てて、誠心誠意頭を床にこすりつけて土下座する。

イッカクがダークサイドに堕ちる未来を回避できるなら安いものだ。監禁バッドエンドルートに近づくことに比べればね!

なんかもう怖くて顔を上げられないから、ひたすら頭を下げ続けてイッカクの反応を待つ。

どれだけそうしていたのか、軽く時間感覚がぶっ壊れてた私にはわからないけど、不意に私の両頬に手が添えられた。

添えられた手に逆らわず顔を上に上げると、間近でイッカクのハイライトを失った目があった・・・いや、まだだ。まだイッカクの瞳には、かすかに光が残っている。つまり、完全な闇落ちはまだ避けられている!

 

「ハヤテちゃんが元気で、私は嬉しいよ?でも、あまり心配はかけさせないでほしいな」

「・・・うん、本当にごめん。次からは、黙っていなくならないようにする。あと、誘拐されないように気を付けるから」

 

そう言って、私はそっとイッカクを抱きしめる。イッカクも、私に抱擁を返してくれた。

そんな私たちの様子を見て、周りから拍手や歓声が巻き起こった。

「おめでとう!」「仲直りできてよかったね!」と声援を送られるあたり、本気で私たちのことを心配してくれたのか、それとも闇に落ちかけたイッカクが怖かったのか。

なにはともあれ、これで一件落着ということで!

 

「・・・仲直りできたのはけっこうだけど、ダメな彼氏と束縛する彼女のやり取りに見えるのはあたしだけかねぇ」

 

ヒシアマゾン先輩、それ言わないでください。自分でもちょっと同じこと考えてたんですから。

ていうか、そんな知識どっから拾ったんですか。

 

 

* * *

 

 

念のため今日の授業は休ませてもらって、現在は生徒会室で取り調べを行っている。

まぁ、私にって言うよりは、主にマッドに対してだけど。他には立会人としてマンハッタンカフェ先輩と須川さんもいる。

マッドの言い分に対して頭を抱えた会長に思わず同情しちゃったよ。副会長のエアグルーヴ先輩も額に青筋浮かべてたし。

 

「・・・事情は把握した。クラマハヤテに後遺症がないのは確かなようだし、目的があくまで対話というのも嘘ではないようだ。とはいえ、誘拐に加えてウマ娘に効くような麻酔の開発は看過できない。今度、生徒会で立ち入り調査を行って、件の麻酔や他に危険性のある薬物を押収させてもらう」

「それくらいはかまわない。さすがに私もやり過ぎてしまったと反省しているからね」

 

ほんとぉ?しょっちゅうトレーナーを発光させることに定評があるってさっき聞いたマッドの言うことなんて信用できないんですけど?

 

「さて、改めて尋ねるが、本当に体調に異変はないんだな?」

「はい。頭痛とかだる気とか、そういうのはないです」

「そうか・・・大事が無くて何よりだ。マンハッタンカフェが『おそらく大丈夫なので、そっとしておいた方がいいと思います』と言うからどうしたものかと悩んだが、問題がないならよかった」

「会長も知ってるんですか?マンハッタンカフェ先輩がそういう体質だって」

「半信半疑な部分はあるが、だからと言って彼女の言い分を無視してあり得ないなどと言い張るのは浅慮というものだ。それに、原因不明なトラブルもいくつか聞いていればね、信じざるを得ない部分もあるさ」

「なるほど。私はまぁ、見えないはずなのに何かいるってわかっちゃうので、納得するしかないんですけどね」

 

こうしている現在も、いるってことがわかっちゃってる。なんというか、あちこちから視線が刺さっている風に感じるあたり、私の周囲を飛び回っているのかな?そんなに私が珍しいのか。

 

「さて、クラマハヤテに体調面の問題がないことは確認できた。とはいえ、君が意識を失う直前は尋常ならざる様子だったと聞く。その辺りのことを聞いてもいいかな?」

「はい。わかりました」

 

会長から聞かれて、タマモ先輩とオグリ先輩に校舎を案内してもらった時の頭痛もひっくるめて話した。記憶云々の話はどうしようか迷ったけど、前世絡みになるしぼかすことにした。

ただ、その辺はマッドには話していない部分でもあって、また興味深そうな視線を向けられたから、ちょっとやらかしたかもしれない。

一通り話し終えると、会長が椅子にもたれかかって盛大に息を吐いた。

 

「ふぅ~・・・すまない。想定よりも突飛な話だったからね。少し考える時間がほしい」

「お構いなく。私もそんな話をしている自覚はありますし」

 

というか、こんな話をすんなり受け入れられるマッドがよっぽどおかしいだけだ。

 

「それに、こればっかりは自分でどうにかするしかありませんからね。マンハッタンカフェ先輩なら、まぁ、割となんとかしてくれそうな気もしなくはないですけど」

 

そう言ってちらりとマンハッタンカフェ先輩の方を見ると、フルフルと首を横に振られた。あっ、出来ることと出来ないことがある?そうですか・・・。

それはさておいて、会長の方に向き直る。

 

「・・・それでも、自分で背負い続けてきたものくらい、自分でケリをつけたいので」

「そうか・・・君がそう言うのであれば、私からもあれこれ口を挟むのは控えることにしよう。アグネスタキオン、君もだ」

 

がっつり念を押していくあたり、会長もマッドのことはあまり信用していないのか、ただただ私が来月に菊花賞を控えていることを気にしてくれているのか。

でもまぁ、菊花賞が終わるまでは生徒会の方で拘束してくれるとありがたいかもしれない。

 

「それでは、これで取り調べは以上とする。私たちはこれから現場に向かう。クラマハヤテと須川トレーナーは帰ってもらってかまわない。大丈夫だとは思うが、今日はゆっくり休むといい」

「あはは・・・お気遣い、ありがとうございます」

 

そう言って、私と須川さんは生徒会室から出て行った。

 

「それで・・・今日はどうすればいい?」

「寮でゆっくりしてろ。イッカクからも散々心配されてるんだろ?今日1日くらいは一緒にいてやれ」

「はーい」

 

須川さんの言う通り、今日は一日ずっとイッカクと一緒にいてあげよう。私の方は本当に心身共に問題ないから、イッカクのメンタルケアを徹底しよう。

なんかいつもと立場が逆転してるけど、今日くらいはそれでもいい。それくらい、今回の件でイッカクには心配をかけちゃったからね。

さて、今日はイッカクと何をしようか・・・あー、でもグランに一報入れた方がいいかな?あとコントレイルにも。でもすぐに他の女に連絡をとるってのもなー。どうしたものか。

 

「・・・なぁ」

 

どうすればいいのかあーだこーだ考えていると、須川さんから遠慮がちに声をかけられた。

 

「ん~?」

「・・・お前さんの秘密ってのは、どうしても教えられんものなのか?」

「なに、そんなに私のことが知りたいの?」

「あまり冗談めかすな・・・と言いたいが、敢えてそうだと言おう」

 

あら、これは意外。須川さんって、恋バナに片足突っ込むようなことは言わないんだけどね。それだけ真面目ってことでもあるけど、今回はそんな冗談を口にしてでも知りたいってことなのか。

ん~、その姿勢は割と好ましいんだけどな~・・・

 

「ごめんね~。まだ言うつもりはないかなぁ。もしかしたら、お墓まで持っていくことになるかも」

「そこまでか」

「そこまで」

 

本当にそうなるかはまだ分からないけど、なんとなくそうなる可能性が高いって気はする。

どっちにしろ、話すかどうかは思い出した内容によるね。

 

「だったら、俺からは何も聞かねぇよ。お前の好きな時、好きな奴に話せばいい」

「ちなみに、須川さんには話さなくて他の知り合いに話したら、拗ねちゃったりする?」

「そこまでガキじゃねぇよ・・・内容は気になると思うけどな」

「ははっ、ちゃっかりしてるねぇ」

 

まぁ、なんだかんだこれくらいの距離感でいいんだろうね。好きな時に好きなようにする、今の関係で。

いつかは話すかもしれないし、ずっと話さないかもしれない。だからといって、どっちにしても関係性が変わるわけでもなくて。

やっぱり、須川さんがトレーナーになってくれたのは、今まで生きていた中で一番の幸運だったのかもしれない。

さて、それはさておき・・・

 

「そういえば、イッカクの機嫌を直すためには何をあげればいいかな?」

「お前をくれてやればいいんじゃないか?」

「つまり、私自身がプレゼントになるんだってこと?」

 

それってなんてプレイ?




いよいよ次は菊花賞・・・の前にコントレイルのデビュー戦を挟みます。
社台のネオユニヴァ―スに始まり、なんかラッキーライラック匂わせまで発見されて、いろんなところで妄想が膨らんでますね。
どうせなら、自分もデアリングタクトの同室不明で匂わせからのコントレイル実装を期待してもバチは当たらんでしょう。てか実装されるまで意地でも続ける。


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後輩の初陣/僕の初戦

今回はちょっとばかし質が悪いです・・・。
史実からして言えることがほとんどないくらいの王道完勝だったってのもありますが、どうにも文章が思い浮かばなくて・・・。


「うへぇ、さすがに人が多いね~」

「さすが大阪、だね」

 

誘拐事件から少し経って9月半ば、私たちは大阪の阪神レース場に足を運んでいた。

さすがは東京に次ぐ大都市と言うべきか、G1レースが開催されるわけでもないのに人であふれていた。イッカクと手を繋いでないと迷子になっちゃいそう。

 

「ちょっと寄り道しすぎちゃったかな~」

「ハヤテちゃんが、タマモクロス先輩がおすすめしてたってお店を片っ端から食べて回ってたからね」

 

さすがは地元民と言うべきか、タマモ先輩が言ってたお店にハズレはなかった。

それどころか、ほとんどのお店で私がタマモ先輩から紹介してもらったってことで、サービスもめちゃくちゃ付けてもらった。

これが大阪、人情が満ち満ちている。

さて、なんで私らが大阪にいるのかだけど、その理由はいたってシンプルだ。

 

「でも、これならコントレイルのデビュー戦には間に合うかな」

「関係者席だから、早いうちに行った方がいいよ」

 

そう、今日はコントレイルのデビュー戦の日だ。

 

 

* * *

 

 

「さて、今回のレースの最終確認をするぞ」

「はい」

 

・・・いよいよこの時が来た。

今日は、僕のデビュー戦。

今は控室で須川トレーナーと最後の確認をしている。

 

「とはいえ、あれこれ難しい指示は出さない。強いて言うならスタートダッシュとゴール前の急勾配に気を付けるくらいだが、それ以外は基本に忠実にいく」

「囲まれないように中団で足を溜めて、最終直線でスパートをかける、ですよね」

「そうだ。その点では、今回の大外枠スタートは不利ばかりではない」

 

あらかじめ聞いていた作戦を迷いなく復唱すると、須川トレーナーは満足そうに頷いた。

これ以上ないくらいナーバスになってたらしいハヤテ先輩と比べられてるわけじゃないだろうけど、夏休み明けにハヤテ先輩が誘拐された挙句気絶したと聞かされた時は、それはもう動揺しすぎて、その翌日のトレーニングはまったく集中できなかった。だけど、ハヤテ先輩がちゃんと元気に復活してくれたおかげで、どうにか今日までにコンディションを整えることができた。

それに、ハヤテ先輩の元気な姿を確認できたから、というのも勿論あるんだろうけど、菊花賞に向けて何かしらの決意を秘めている姿を目の当たりにして、僕もデビュー戦に集中すべきだと意識を切り替えたことが大きい。

だから、今の僕のコンディションは絶好調だ。

 

「今のところ、クラシック路線ではコントレイルが頭一つ抜けている。順当に実力を発揮できれば、お前の勝ちは揺らがないだろう」

「はい」

 

もはや確信に近い須川トレーナーの檄に、僕も力強く頷く。

これが並のトレーナーの言葉だったら、何を無責任にと一蹴したかもしれない。

だけど、須川トレーナーの下で共に走ってきたのは、現クラシック最強と謳われるあのハヤテ先輩だ。あの規格外と比べれば、デビュー戦くらいなんてことはない。

 

「それじゃあ、いってこい」

「はい、勝ってきます」

 

須川トレーナーに送り出されて、僕はそのまま真っすぐにパドックへと向かっていった。

 

 

* * *

 

 

パドックに向かうコントレイルの背中を見送って、須川は一度控室の扉を閉めて大きく息を吐いた。

 

「ふぅ~・・・あぁいう真面目の相手は久しぶりだな・・・」

 

最近はクラマハヤテの相手で感覚がズレそうになっていたが、だいたいのウマ娘はあのように素直で真面目だ。むしろ癖が強い部類はスピカを始めとしたクラマハヤテの知り合いの中に納まっている。

そのため、必然的に癖が強いウマ娘の相手が多くなってしまい、いざ2人でレース前の確認をやってみると自分で思っていたよりも緊張していたようだった。

コントレイルがいる間は表に出さないようにできたが、こうして1人になるとドッと疲れが出てしまった。

ちなみに、真面目で言えばシンボリルドルフも十分真面目な部類ではあるが、あれはあれで茶目っ気があることを知っているため、須川の中ではそこまで真面目判定は出ていない。

 

「ったく、レースだってのにトレーナーが担当より疲れてどうする。こういう落差には慣れていけよ、俺」

 

クラマハヤテの菊花賞も近い。そんな大事な時に変なところで疲れを溜めるわけにはいかないと、人知れず須川は両頬を叩いて気合を入れなおした。

 

 

* * *

 

 

「えっと、この辺だよね」

「うん、そう。須川さんはまだ来てないみたいだけど・・・」

「悪い、待たせたか」

「あ、須川さん、おつかれー」

 

あらかじめ聞いていた最前列の関係者席で須川さんと合流できたということで、気になることを聞いてみた。

 

「それで、コントレイルの様子はどう?」

「気合万全で絶好調、ってところだ」

「それは良かった」

 

あの誘拐事件で心配させちゃったから心配してたけど、大丈夫ならよかった。

 

「んで、今回のレースはどう見る?」

「順当に行けばコントレイルが勝てるだろう。強いて言うなら大外スタートだが、9人立てなら囲まれにくい恩恵の方が大きい」

「だよねぇ」

 

私もパッと見た感じ、他にこれって娘はいない。コントレイルが頭一つ抜けている印象だ。

でもまぁ、個人的に気になることがあるとすれば、

 

「・・・ファン投票の1番人気、やっぱ血筋なんだろうねぇ」

 

コントレイルは『ディープのウマ娘』って言われることを嫌っている節がある。

レースに直接関係ないことではあるけど、いざ本番ってなるとメディアやファンからはどうしてもそういう印象が強くなっちゃう部分はある。

それを気にしてメンタル的に不調が、ってのはなくもないって思ってたんだけど・・・。

 

「さてな。少なくとも、控室にいた時は気にしている様子はなかったが・・・」

「逆に言えば、ターフに上がっちゃえば分からない、か」

 

ディープの名は、それだけで評価対象になるほどのブランドだ。その分、他からやっかみを受けることも少なくない、とは聞いてる。

私みたいな田舎者も苦労はあるけど、名家は名家なりの苦労があるっていうのも考え物だ。

 

「あっ、コントレイルが出てきた」

 

そんなことを話していると、コントレイルがパドックに上がってパフォーマンスを行っていた。

その姿は堂々としたもので、微塵も緊張を感じさせない。

 

「リラックスしてる、っていうより、緊張よりも昂揚が上回ってる、って感じかな?」

「あぁ。お前が見てるってことで気合が入ってるんだろ」

「そう?まぁ、そうかもか」

 

私も詳しくはよくわかんないけど、コントレイルの中で私の評価は結構高い。会長とかアーモンドアイ先輩辺りとはベクトルが違うけど、大きさで言えばどっこいどっこいじゃないかな。

そこまで私のことを慕ってくれるのは、嬉しいやら恥ずかしいやら。

とりあえず、ゲート前でストレッチしているコントレイルに手を振ってあげよう。

 

「コントレイルー!頑張れー!」

 

あっ、コントレイルが私に気付いて手を振り返してくれた。可愛い。

 

 

* * *

 

 

コントレイルー!頑張れー!

 

ゲートの前で最後のストレッチをしていると、うっすらとだけどハヤテ先輩の応援の声が聞こえた。声が聞こえた方を振り向いてみると、ハヤテ先輩が大きく手を振っているのが見えたから、僕もハヤテ先輩に手を振り返した。

 

「ずいぶんと余裕そうですね」

 

すると、不意に一人のウマ娘から声をかけられた。

レース前ということで何か話があるのかと思ったけど、言葉選びにどことなく棘を感じるのは気のせいかな。

 

「私たちは眼中にないとでも?」

「先輩が応援してくれてるから、応えないとね。それに、油断してるつもりもないから」

「っ、そう・・・」

 

それだけ言って、そのウマ娘はさっさとゲートの中に入っていった。

それに続く形で、僕もゲートに入る。

そして、全員がゲートの中に入り・・・ゲートが開かれた。

僕はスタートダッシュを完璧に決め、中団に控えた。

今回のレースには逃げがいないから、団子状態のまま全体的にスローペースでレースが進んでいく。

全員が僕を気にしているようで仕掛けどころを探る中、ひたすら足を溜める。

仕掛けどころは、すでに僕の中で決まっていた。だから、それまではスローペースの流れに身を任せる。

スローペースのままレースが進んでいき、第4コーナーを抜けて最終直線に差し掛かったところで全員が仕掛けた。

条件は全員ほぼ互角。だけど・・・これならいける。

僕はいち早く先頭に立って、一気にスパートをかけた。

途中までは他ウマ娘も追いすがっていたが、後続はすぐに離され、先頭で走り粘っていたフレーヴォも次第に突き放されていき、最終的に2バ身半の差をつけて完勝した。

 

「・・・よしっ」

 

呼吸を整えながら電光掲示板を見て、改めて自分が1着をとったことを確認して小さく拳を握る。

これで一つ、ハヤテ先輩に追いつくことができた。

 

「コントレイルー、おつかれさまー!」

「ハヤテ先輩!」

 

そこに、すぐそばでハヤテ先輩が手を振っているのが見えて、僕は笑みを浮かべて3人に近づいた。

 

「僕、勝ちました!」

「見てたよー。文句の付け所がなかったよね、須川さん!」

「あぁ、そうだな。これで今後のことについても話し合えるが・・・ひとまず、デビュー戦勝利おめでとう、コントレイル」

 

ハヤテ先輩と須川から真っすぐに祝福を貰って、思わず気恥ずかしくなってはにかみながら視線を下に向けた。

 

 

 

 

「・・・やっぱり、ディープだから・・・」

 

・・・幸か不幸か、その後ろで誰かが何かを呟いた気がするけど、その内容は僕には聞き取れなかった。

それと、さっきまで笑顔で祝福してくれたハヤテ先輩が僅かに目を細めた気がしたけど、今はそのことは気にせずに素直に勝利の余韻に浸った。




前書きにちょろっと書きましたが、今回はなんかめちゃくちゃ難産でした。
下手にレース回を追加したのは失敗だったか・・・でもコントレイルのデビュー戦は書いた方がいいだろうし・・・。
コントレイルは本作のもう1人の主人公的なポジションなので、あまり雑な扱いはしたくないんですよね。
あと、今さらながら三人称視点の文章が苦手なのかもしれない。
というわけで、今回はこのままですが、ハヤテの菊花賞が終わったタイミングでちょっと本作の更新を一時休止して、他のウマ娘作品漁って気分転換しつつコントレイルの部分を一人称に改稿したいと思います。
それで幾分かはマシになる・・・と思いたい。


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私を証明するための場所

ウマ娘アニメ最高すぎんか?
これが無料で見れるとか贅沢すぎんよ。


人、人、人。どこを見回しても人しか見えない。他のウマ娘より身長が低めの僕からすれば、まさに壁のよう。

こんなに人に囲まれるのは、ハヤテ先輩のダービーを観戦しに行った時以来かもしれない。

・・・それもそのはず。

今日、京都レース場で開催されるレースは、まさしく今年最後のクラシックレースとなる菊花賞だ。

 

「人、すごく多いですね」

「そうですね!あっ、手を繋ぎましょうか?」

「いえ、大丈夫です、キタサンブラック先輩」

 

今、僕はスピカの先輩方と行動している。

僕は後で須川トレーナーと一緒に関係者席で観戦するけど、それまでの間はわざわざ観に来てくれたスピカの先輩方に面倒をみてもらうことになった。

そういえば、会長を始めとしたハヤテ先輩のリギルの知り合いの先輩方も来てるらしいけど、どこにいるんだろう。

会長なら、あの人と同じ枠で特等席が用意されているのかな。

 

「それで、コンちゃん。コンちゃんから見てクラマハヤテ先輩の調子はどんな感じ?」

 

すると、タクトが僕の顔を覗き込むように見ながらたずねてきた。

先輩方も気になるみたいで、興味津々って感じに僕のことを見る。

でも、ハヤテ先輩の調子か・・・

 

「・・・調子はいい、と思う。でも、よくわからない」

「どういうこと?」

「夏休みが終わってからのトレーニング、いつもとまったく変わらなかったから」

 

普通、クラシックレースの前なら追い込みのためにトレーニングも相応に重くなるはずだけど、ハヤテ先輩はそれがまったくなかった。

本当に、いつもやってることをいつも通りにやるだけで、特別なことは一切しなかった。

それに、デビュー戦が終わってから少しして、僕がうっかり捻挫をしちゃったときにハヤテ先輩が駆け付けて僕をおぶってくれたんだけど、なんだか夏休み明けに誘拐されたり気絶した時から、雰囲気がどことなく違う気がした。まるでハヤテ先輩なんだけどハヤテ先輩じゃないような、そんな不思議な感覚が消えなかった。

それこそ、今回の菊花賞でハヤテ先輩に取り返しがつかないことが起こるような、そんな予感すら感じる。

あの時、ハヤテ先輩が見たと言うものが何なのか、僕にはまったく想像できない。

・・・正直に言えば、僕のハヤテ先輩の第一印象はあまり良くなかった。

初めてハヤテ先輩のことを知ったのは、中央に移籍するときの記者会見だった。あの時は、あのレース内容を差し引いても、メディアや会長にもてはやされているだけだと、本気でそう思っていた。

でも、そんな考えは以降のレースを観ているうちに少しずつ変わっていった。

決定的だったのは、出遅れたにも関わらず1着をもぎ取った皐月賞。

あれを見て、この人は本物だとようやく気付いた。

それになにより、レースの最中でも楽しそうに走っている姿があの人と重なって、この先輩と一緒に走れば強くなれると確信した。

だからこそ・・・ダービー以降、ハヤテ先輩が楽しそうに走れなくなった姿を見てとても心配になったし、ハヤテ先輩に元気になってもらえるなら自分もなんでもしようと思った。まぁ・・・さすがにあんなに食べるとは思わなかったけど。

夏休みになってハヤテ先輩が合宿に行って会えない日が続いた時も、ハヤテ先輩のことばかりを考えていた。合宿が終われば、前と同じハヤテ先輩に戻っていてほしいって思っていた。

ハヤテ先輩のことを考えるあまり、あの人にいろいろと詮索されちゃったけど、それくらい僕の頭の中はハヤテ先輩のことでいっぱいだった。

でも、ドリームトロフィーリーグで会った時はハヤテ先輩はまだ本調子じゃなくて、夏休みが終わってからは今度こそ、って思っていた。

そんな矢先に、グラン先輩からハヤテ先輩が謎のウマ娘に攫われたって聞かされて、さらに須川トレーナーからハヤテ先輩が気を失った状態で保健室に運び込まれたって聞いた時は、心臓が止まりそうになった。

結果的にハヤテ先輩は無事だったからよかったけど、でもハヤテ先輩が気を失ってから、何かが変わったような気がした。

以前のハヤテ先輩とは違う、何か覚悟を決めたような、そんな表情だった。

須川トレーナーもそのことには気づいていたと思うけど、敢えてそのことには触れずに指導していた。

あの時、ハヤテ先輩の身に何が起こったのか、僕たちは知らない。

僕としては、ハヤテ先輩がここではないどこかに行ってしまいそうで、それがとても怖い。

でも、もし変わることでハヤテ先輩が救われるなら・・・どうか、無事にレースを終えて帰ってきてほしい。

今の僕は、そのことを三女神様に祈ることしかできなかった。

 

 

* * *

 

 

ついに、ついにこの時が来た

最後のクラシックレース、菊花賞。

たぶん、このレースで私のこれからが決まる。

先に進めるか、進めずに停滞するか。

もしこの機会を逃せば、この先ずっと壁を越えることはできないっていう確信がある。

でも、不思議と緊張は感じない。自信があるっていうよりは、何が起こっても結果を受け入れられるような、そんな感じ。

まぁ、どうなるかわからないっていう一抹の不安や心配はあるけども。

 

「おまたせ、ハヤテちゃん」

「よう、ハヤテ。調子は・・・良さそうだな」

 

勝負服に着替えてストレッチをしていると、用事ができたとかで少し抜けていたイッカクと須川さんが戻って来た。

 

「おかえりー。用事ってなんだったの?」

「ロジャーバローズとそのトレーナーとの顔合わせだ。誘ったのはこっちだからな」

「あぁ、なるほど」

 

そういえば、前にもう一度お見舞いに行ったときに「直接私のレースを観てほしい」って言って招待してたね。関係者席とは行かなかったけど、レースが見やすい一等席をプレゼントした。

・・・あの時、私は思い切ってロジャーバローズに尋ねてみた。

『足が壊れそうになってでも走ったことに、後悔はなかったのか』って。

それに対してロジャーバローズは、『心残りはある。だけど後悔はしていない』って答えた。『自分が走った証を刻めたんなら、それで十分だ』って。

それを聞いて、私は『なら、菊花賞を生で観に来てほしい。必要ならチケット代も払う』って誘った。

結局、ロジャーバローズは彼女のトレーナーさん持ちでレースを観戦しに来たんだけど、それはそれとして須川さんに挨拶に来たらしい。レース前の私には気を遣って会わなかったあたり、真面目な人だなぁ。

事情を話した須川さんは、気を取り直してタブレットを取り出した。

 

「はい、これ。エネルギー補給にカステラとバナナ」

「ありがとー」

「それで、今回の菊花賞についてだが・・・」

「うん、大丈夫。コースとかは頭に入ってるよ」

 

菊花賞は京都レース場の外回り3000m。特徴は何と言っても第3コーナーに存在する高さが約4mもある通称・淀の坂。これをスタート直後と最終直線前の2回攻略することになる。

高低差もさることながら、コーナーのど真ん中に存在することから、淀の坂は「ゆっくり上ってゆっくり下る」というのがセオリーになっている。まぁ、そのセオリーをぶっ壊して加速した例外もいるけどね。

3000mという長距離と2度の坂越えをこなす必要があることから、『菊花賞は最も強いウマ娘が勝つ』というジンクスも存在する。

普通に考えれば、このレースはスタミナがずば抜けている私が圧倒的に有利だ。

とはいえ、私にはダービーの時の減速やあの黒い人影という問題を抱えているから、私の一強というわけではない。

だけど・・・

 

「今回、私の好きに走ってもいい?」

「ちなみに、プランは決まってるのか?」

「ううん、ないけど?その時次第」

 

今回、策なんて上等なものはない。というより、必要ない。

私にとって、今回のレースで重要なのは勝つかどうかじゃない。

重要なのは、乗り越えられるかどうか。私は自分自身を試さなければいけない。

たぶん、この菊花賞はその最後の機会になる。

単に強い相手と戦えばいいとか、そういう問題じゃない。自分でもよく分からないけど、この菊花賞じゃないとダメなんだって確信があった。

そんな私の行き当たりばったりも甚だしい作戦を聞いて、須川さんは頭を抱えた。

 

「はぁ・・・わかったよ。好きにしろ」

 

だけど、ため息を吐きながらも須川さんは私のわがままを許してくれた。

 

「・・・意外。てっきり反対されると思ってた」

「反対されると思っていたことをやろうとしてたのか・・・当然、トレーナーとして思うところは多大にあるけどな、今さらだろ」

 

それはまぁ・・・時には迷惑をかけたりして申し訳なく思ってたりするけどね。反省もしてる。だけど後悔はしてない。

ただ、それとは別で須川さんにも思うところがあったみたいで。

 

「それに、こういう時のお前の我が儘は、お前の中で相応に覚悟を決めてるってことだろ。なら今回も、お前自身が信じているお前を、俺は信じる」

「須川さん・・・」

 

やばい、ちょっと涙腺が緩みそうになった。

まさかここまで信頼されてるとは思わなかった・・・。

 

「だから、トレーナー失格と言われようとも、今回の菊花賞は俺から何も言わん。好きに走ってこい」

「・・・うん!」

 

須川さんに背中を押されて、私の中から僅かに残っていた不安や心配も欠片も残さず消えていった。

あぁ、今なら何でもできそうな、どこにでも行けそうな気がする。

間違いなく、今までで一番のコンディションだ。

 

「ハヤテちゃん・・・」

 

ただ、イッカクは不安げな眼差しで私のことを見つめていた。

前科があるからしょうがないけど、その表情のままで、っていうのはいただけないかなぁ。

 

「大丈夫。ちゃんと戻ってくるよ」

「本当?」

「うん。約束する」

 

そう言いながら、私はイッカクの手を取って指切りげんまんをした。

そうすると、イッカクの表情も和らいでくれた。

よし、これで心残りはない。

 

「んじゃ、行ってくるね」

「おう、行ってこい」

「頑張ってね、ハヤテちゃん」

 

何も気負うことがない軽い足取りで、私はパドックへと向かった。

 

 

* * *

 

 

「あっ、ハヤテちゃんが出てきましたよ」

「ほんとですね」

 

関係者席で待っていると、地下バ道から軽い足取りでハヤテ先輩が出てきた。

一番人気として緊張している様子はないけど、むしろ緊張してなさすぎるようにも見えるのが、嫌な予感が的中しそうで少し私の不安を煽ってくる。

それはそうと、なんでチーム・スピカは当然のように関係者席にいるんだろうコネか伝手でもあったのかな。

 

「おー、スピカもお揃いか」

「お待たせしました」

 

すると、須川トレーナーとイッカク先輩が僕たちのところに近づいてきた。

 

「あの、須川トレーナー。なんでスピカの人たちが関係者席にいるんですか?」

「いや、そこはギリギリ関係者席じゃないぞ。関係者席に一番近い一般席ってところだ」

 

須川トレーナーに言われて気づいたけど、スピカの人たちは僕の隣じゃなくて一歩後ろで話していた。

つまり、僕たちの関係者席の一番近くを狙って席のチケットを当てたってこと?それこそ伝手とかコネでどうにかしたとしか思えないんだけど。

 

「それで、ハヤテ先輩の様子はどうでした?」

「気負っている様子もないし、今までの中でもベストコンディションだと思うぞ。まぁ、何をするかはわからんが」

「どういうことですか?」

 

何をするかわからないって、須川トレーナーが指示を出したりとかしなかったの?

そのことを尋ねると、今回ハヤテ先輩は完全に行き当たりばったりのフィーリングで走るって言い出したらしい。

いや、菊花賞でやることじゃないでしょ。

 

「・・・そんなんで本当に大丈夫なんですか?」

「知らん。だが、ハヤテにしか分からない感覚の話である以上、今はハヤテを信じるしかない」

 

須川トレーナーが言っているのは、たぶんハヤテ先輩が言っていた黒い世界とか人影とか、そのことなんだと思う。

たしかに、一番の問題がハヤテ先輩の感覚でしかわからない世界の話である以上、ハヤテ先輩に任せるしかないとは思うけど、それでも一切指示を出さないってのはどうなんだろう。

 

「コントレイルも、腹を括っておけ。そして、あいつが為そうとしていることを決して見逃すな。それこそが、お前にとっても今後勝つために必要になることだ」

 

真剣な眼差しで須川トレーナーにそう言われて、私も視線をゲートに向けた。

ゲート前ではハヤテ先輩がストレッチをしてるけど、何か感じるものがあるのか誰もハヤテ先輩に近づいて話しかけようとしなかった。

ちなみに、今回のハヤテ先輩の枠は1枠1番だから、ゲート位置はかなり有利だ。日本ダービーのときと比べるとかなり運がいい・・・いや、あれは日本ダービーの運がひどすぎたのかもしれないけど。

そんなことを考えているうちに、全員のゲートインが完了する。

そして、とうとうその時が来た。

 

『さぁ、今年のクラシックレースの最後を締めくくる菊花賞が・・・今スタートしました!』

 

ゲートが開かれると同時に飛び出したのはハヤテ先輩。皐月賞と日本ダービーでは見れなかった大逃げでどんどん後続から距離を離していくけど・・・。

 

「ハヤテ先輩、少しペースが早すぎないですか?3000mの長距離なら、大逃げは不利だと思いますけど」

「どうだろうな。掛かっているわけでもなさそうだし、走りきるだけなら今のペースでもどうにかなるだろう。だが、それでもスパートをかけるのは難しいはずだ」

 

ハヤテ先輩の得意な走りは、大逃げで後続を突き放してからのロングスパートだけど、菊花賞の京都レース場3000mだと全力で逃げ続けるのは難しいはず。だから、大逃げじゃなくてある程度余力を残した普通の逃げで後半からロングスパートを仕掛けるものだと思っていた。

だけど・・・

 

「1000mを通過。タイムは・・・60.7だとっ?」

「それって、レコードペースを上回ってませんか!?」

 

今の菊花賞のレコードは、トーホウジャッカルが叩きだした3分1秒。その時の1000mのタイムですら60.9だったのに、それを0.2秒上回っているハヤテ先輩のペースは常軌を逸している。

それに、僕の気のせいじゃなければ・・・

 

「ハヤテ先輩・・・少しだけですけど、ペースが上がってませんか?」

「あぁ・・・」

 

これだけのペースで走って、ハヤテ先輩はペースを落とさないどころか、少しずつだけどペースを上げていた。

何より、直線で目の前を横切ったハヤテ先輩の目。トレーニングで何度か見た、まるでここじゃないどこかを見ているような目だった。ハヤテ先輩が言う“黒い世界”に入っている時、ハヤテ先輩は決まってあんな目になるけど・・・どこか違う感じがする。まるで、こことも黒い世界とも違う、どこか違う場所を見ているような気がした。

でも、それを差し引いても今のハヤテ先輩は異常だ。

 

「ハヤテ先輩・・・」

 

今、先輩は何を、どこを見ているんですか?




いよいよ次回はクラマハヤテの前世回になります。
いや~、ここまで来るのに長かった。
書きたかった構成の1つをようやく消化できます。
あとは、自分の文章力がどれだけあるかにかかってますね・・・。


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わたし(おれ)の全て

()の中にある一番古い記憶は、病院のベッドの上で泣き崩れる両親の姿だ。

俺の両親は個人経営の雑貨屋を営んでいて、お金持ちってほどじゃないけどそれなりに裕福な生活を過ごしていた。

そんな生活が変わったのは、俺が4歳か5歳の頃。

俺は運転手の不注意によって起こった事故に巻き込まれて、両足を欠損する大怪我を負った。事故の詳しい原因は知らないけども、たぶん飲酒運転か居眠り運転あたりだと思う。

幼くして、僕は車いすありきの生活になってしまった。

その分の治療費とかは運転手の慰謝料とかで賄ったけど、それで俺の足が戻ってくるわけじゃない。

時には家の中で本を読んでいる途中で窓の外を覗き、時には両親に押される車いすに座りながら、元気よく楽しそうに走り回っている同年代の子供たちを、俺は諦念と共に眺めるしかなかった。

両親は『車いす生活でもできることはある』と慰めてくれるけど、それよりも『車いす生活ではできないことの方が多い』という現実に押しつぶされそうになりながら、何もできずにただただ時間だけが過ぎていった。

 

『彰吾、今日はお出かけに行くぞ』

 

そんな中、父さんがそう言って外出の準備を始めた。

その日はクリスマスイヴだった。

こういう特別な日は、俺のために毎回店を閉めてお出かけするのが通例になっていた。

今までのお出かけも、その場その場で楽しむことはできても、結局どこかのタイミングで車いすの自分と普通に歩いたり走ったりしている他の子を比べて気分が落ち込むから、最後まで楽しめた記憶はまったくなかった。

だから、その時も『あぁ、またか』くらいにしか思わなかった。

だけど、いつもならデパートとか遊園地に連れて行くのに、この時はいつもと違う道を走っていて、少しだけ『どこに向かうんだろう』とワクワクしていた。

たどり着いたのは、当時見たことがない大きな建物に、広大な芝や土によるコースが整備された場所で、今まで行ったどの場所よりも人で溢れていた。

あの時は分からなかったけど、俺が連れていかれた場所は中山競馬場で、その日はあのディープインパクトのラストランとなる有馬記念が行われる日だった。

当時は知らなかったが、どうやら父さんの親戚の中に競馬の関係者がいたようで、父さんも金は賭けていなかったが母さんが俺を身籠る前はしょっちゅうレースを観に行っていたと後で聞いた。

俺は競馬に興味はなかったが、それでもディープインパクトという名前は何度も見聞きした。

そこで見たレースは、まだ幼かった俺にとって今まで見たどんなものよりも思い出に残るものだった。

“英雄”“近代日本競馬の結晶”と呼ばれた馬の、『飛んだ』と形容されるほどの走りは、その名の通り俺の心に深い衝撃を与えた。

自分の足でなくともあのような走ることができるんだと、両足を失ってから初めて勇気をもらったような気がした。

それからは、俺も今までのレース映像や新聞記事なんかを探しては食い入るように見るようになって、母さんから『やっぱり父さんの子ね』と少し呆れられたりした。

しばらく経って、父さんの親戚の伝手で特別に牧場を見学してもらえることになった。

さすがに万が一を考えて現役馬と会うことはできなかったが、それでも様々な引退馬と触れ合うことができた。

寄せてきた頭を撫でたり、厩務員さんと一緒に乗ったりもした。

乗馬しているときは、車いすからじゃ絶対に感じることができないような、全身に当たる風と高く広い視点を体感して、俺はすっかり馬の虜になった。

とはいえ、その時の俺は両足を失った影響で達観していたというか捻くれていたから、『この足じゃジョッキーにはなれない』と半ば諦めていた。

だけど、その考えはすぐに変わった。

最後に案内されたのは、主に怪我をした馬が送られる厩舎だった。

あくまで遠目からの案内だったけど、そこには引退を視野に入れなければいけない怪我を負いながらも、獣医によって治療を受けている競走馬の姿があった。

もう二度と走れないかもしれない。そんな恐怖と隣り合わせになりながらも懸命に治療を受けている姿は、俺にとってとても他人事とは思えなかった。

そこで、父さんの親戚のおじさんから話を聞いた。

 

『世間では、あのディープインパクトみたいにどんなレースでも勝っちまうような強い馬が注目されがちだ。だが、その裏にはあいつみたいに今後走ることができるかどうか危うい馬もいるし、中には一度も走ることができずに死んでしまう馬もいる。俺たちは、どんな馬でも走らせるために、こうして仕事をしているわけだ』

 

それを聞いた俺は、幼いながらにそんな馬の姿をイメージした。

走ることこそ生きる糧であるはずの馬が、走ることができずに死んでしまう。

それは・・・なんて悲しいことなんだろう。

そう思った俺は、考えるよりも先に口を開いた。

 

『なら、ぼくがおいしゃさんになる!』

 

馬と人間という違いはあるものの、走れないことの失意や絶望は嫌というほど知っていた俺は、そんな競走馬を助けたくて獣医になることを決めた。

おじさんは『そうか。なら頑張って勉強しねぇとな』と笑いながら俺の頭を撫でて励ましてくれた。

父さんと母さんも、『彰吾が言うなら』と俺の夢を応援してくれた。

それからは、獣医になるために一生懸命勉強し、時には獣医に関する本を図書館で探して読むようにもなった。

中学生になってからは、塾にも通うようになった。その費用は個人経営の家には少しばかり重かったけど、両親も俺の夢のためならと多少無理をしてでも通わせてくれた。

そのおかげで、中学ではテストでいつもトップをマークできた。一部から両足がないことで悪口を言われたりもしたが、『座ってばかりだと勉強くらいしかやることねーんだよ』と返せる程度には精神的にも余裕ができるようになった。

高校は進学校に通うことになり、そこからは俺も内職のバイトをするようになった。

というのも、獣医である都合上いつまでも車いすというのも不便だから、大学に入ってからは義足を付けようという話になったのだ。とはいえ、塾代や大学の学費に加えて義足の費用を賄えるほど家は裕福ではない。

その負担を減らすために、俺もバイトをすることにしたのだ。

両親は気にしなくてもいいと言ってくれたが、高校生にもなれば自分の家の経済状況くらい把握できるようになってるから、そこはごり押しで両親にも認めてもらった。塾に学校に内職のバイト、たまに家の店の手伝いと決して楽な生活ではなかったけど、それでも自分の夢を叶えるためならばと、こうしている今も懸命に戦っている競走馬たちのことを思えば、まったく苦にならなかった。

そして、とうとう迎えた大学受験。

獣医学科の中でも偏差値が高いところを受けたこともあって一度目の受験では落ちてしまったが、二度目の受験で無事合格することができた。

その時にはすでに俺の両足は義足になっていて、杖を使えばそれなりに長い間は歩けるようになった。

これでようやく、幼いころから願っていた夢を叶えることができる。

 

 

この時は、本気でそう思っていた。

 

 

状況が変わったのは、大学に入学してから一年くらい経ったときのこと。

非常に感染力の高いウイルスによる世界規模のパンデミックが起き、日本もその例に漏れずその影響を受けた。

世界的に見れば非常にマシなものの、爆発的に感染者が増えたことで政府は非常事態宣言を発令。外出を大幅に制限され、ジャンル・規模を問わず様々な店が打撃を負った。

それは俺の実家も例に漏れず、個人経営の中小店だったことも相まって壊滅的なまでな被害を受けた。

売り上げは激減し、リモートによる営業に踏み切ろうにもそれができるほどの余力もなく、実家の店はあっという間に閉店に追い込まれた。

俺も奨学金やバイトで出来るだけ両親の負担を減らそうとしたが、ただでさえ他と比べるとお金がかかる獣医学部の学費に加え、義足のメンテナンス費も重なると瞬く間に限界を超えてしまった。

あっという間に家庭内の空気は最悪になり、両親が言い争う頻度も多くなっていった。

そんなある夜のこと。お茶でも飲もうかと廊下を歩いていると、両親が言い争いをしていた。

普段ならまだ無視できたかもしれないが、俺もこの生活が続いて疲弊していたこと、両親の言い争う声がいつもより大きかったことが相まって、この時ばかりはその内容が聞こえてしまった。

 

『なんでこんな辛い目に合わないといけないのよ!こんなことになるなら、あの子の夢なんて応援しなければよかった!!』

『なんてことを言うんだ!それなら、お前が面倒を見なかったせいであいつが足手まといになったんじゃないのか!!』

 

母さんから俺の夢を否定され、父さんから俺のことを“足手まとい”と呼ばれた。

その時、俺は両親から否定され、世界からも俺が不必要な存在であると言われたような気がして、俺には存在価値なんて無いんだと突き付けられたとしか思えなかった。

それからの記憶はあんまりない。

覚えているのは、スマホに『生まれてきてごめんなさい』を遺言を残したことと、義足を取って橋の上から身を投げ出したこと。

つまり、自分のせいで両親が不幸になっていると考えた俺は、もし普通の子供の様に走ることが出来たならと、そんなifを想像しながら、橋の上から投身自殺をした、というわけだ。

 

 

 

 

「いや~・・・思い出してみると、本当に碌な記憶がないね」

 

というか、人生の最初と最後がハードすぎた。

幼少の時に両足がなくなって人生の最後に絶望して自殺するとか、この2つだけで他全部の記憶と足してもぶっちぎりでトータル(マイナス)なんじゃない?

そりゃあ、私の本能が思い出すことを断固拒否するわけだよ。

まぁ、結局こうして思い出すことになったわけだけど。

 

「んで、そろそろ君と話したいんだけど、もう出てきてもいいんじゃない?」

 

今の()は、当然のように暗闇の中を浮かんでいた。

もうこの空間にも慣れちゃったもんだよ。慣れていいものなのかは知らないけど、頭の後ろで腕を組んでリラックスできるくらいの余裕はある。

私が呼びかけると、ほどなくして黒い人影が現れた。

 

『・・・ちゃんと思い出せた?』

「そりゃもうばっちり」

『・・・辛くないの?』

「んー、我ながら悲惨な人生送ってたな~とは思うけど、今さらって感じかなぁ」

 

いやだって、15,6年前のことだよ?思い出してどうしろと。

というか、そりゃあ転生したことを自覚したばかりの頃はいろいろと衝撃的だったけど、今となってはその感覚もだいぶ薄らいでいる。

なんなら、今の生活に違和感も持たなくなっている。スカートとか女湯とか、今となっては普通になってるくらいだしね。

もちろん、それだけってわけじゃないけど、それはそれとして。

強いて言うなら、望んでもないのに強くてニューゲームさせた三女神(暫定)に思うところはあるかな。どうせなら、あのまま素直に終わらせてほしかった。お前らのせいで余計に拗れたことになったんだから、いつかその責任を取らせてやろう。

そんなことよりも、もっと重要なことがある。

 

「まっ、私のことは君が思っているよりも大丈夫。だから、今度は私じゃなくて君の番」

 

そう。今必要なのは、私の目の前にいる黒い人影が何者なのかだ。

夏休み明けの事件から考え続けて、こうして私の前世の記憶を思い出して、ようやくその正体にこぎつけることができた。

 

「答え合わせ、しないとじゃない?」

『・・・それもそうだね。それじゃあ、私は何者?』

 

腕を後ろに回しながら私の顔を覗き込む黒い人影に対して、私は答えを突き付けた。

 

「あの世界で走ることができずに死んでいった、数多の馬たちの魂。その集合体ってところかな」

『正解』

 

私の答えに対して、黒い人影はニコリと輪郭だけで微笑んだ。

競走馬の世界というのは非常に厳しい。サラブレッドとして生まれた馬の中で、JRAの厩舎に入厩できる割合は約70%と言われている。残りの30%は、骨格や体質の問題でレースの夢を断たれることになる。さらに生まれることすらできなかった馬を含めれば、この割合はもっと低くなる。

私の元になった魂・・・あのマッド風に言うならウマソウルと言うべきか。クラマハヤテというウマ娘の根幹を成しているウマソウルは、レースに出ることができず走ることすらできなかった、そんな馬たちの魂の集合体だ。

あの世界で僅かにでも歴史に名を刻むことができなかったから、個々ではウマ娘の世界に渡ることができず、集合体となっても自我を持てず受け入れられなかった、そんな儚い存在。

だけど、そこに現れたのが私だ。

両足を失ったことで走ることに焦がれ、なおかつ走ることが出来ない・出来なかった馬に対して深い感情を抱いていた私の魂は、彼ら・彼女らの依り代にピッタリだった。

かくして、前世の世界で走ることが出来ずに死んでいった数多の馬たちの魂が私の魂に宿っていき、“クラマハヤテ”という本来であれば存在しなかったウマ娘が誕生した。

そりゃあダービーの時、大量の腕に体を掴まれたわけだ。

走ることが出来ずに死んでいった馬たちの魂は、走れなくなるということに対して強い恐怖を覚えている。だからこそ、限界を超えて走ろうとした私を全力で引きとどめたんだろう。

 

「まぁ、あの時のことを咎めたりはしないよ。私だって、走ることが出来なくなる恐怖を知ってるからね。気持ちはわかる」

『なら・・・』

「でもね。やっぱり私は、あの先に行きたいんだ。取り返しのつかないことになっても、ね」

 

私がそう言った次の瞬間、暗闇の中に無数の瞳が浮かび上がった。

おそらくは、私の魂の中に存在する馬たちのものなんだろう。

それに伴って、人影が纏う空気もピリピリと剣呑なものに変わった。

 

『・・・どうして?走れなくなるのが怖いんじゃないの?』

「当然。それに、怪我をすることもなく走りきるということが、どれだけ難しいかもよく知っている」

 

『無事是名馬』という言葉がある。“病気や怪我もなく第一線で走り続ける馬こそが名馬である”という意味だけど、それだけ怪我も病気もせず走り続ける馬というのは稀で、ナイスネイチャやイクノディクタスのように、たとえG1勝利のような華々しい活躍が出来なくても、それだけで名馬と謳われることもある。

だから、怪我をしないように走るという選択を間違っていると言うつもりはない。

だけど・・・

 

「たしかに昔の私だったら、いつまでも走れていただけで満足していたかもしれない。

でもね、トレセン学園に入学して、知っちゃったんだ。

ウマ娘の夢のために出来る限りのことを尽くすトレーナー、ウマ娘に夢を見て応援してくれるファン、同じ夢を持つからこそ、力の限りを尽くして競い合うライバル。そして、その全部を通して得た勝利の景色。

ただ私が一人で走って満足するだけじゃ絶対に得られない、何物にも代えがたいものなんだ」

『たとえ、走れなくなったとしても?』

「私が前世の記憶を思い出して、それでもなおここに立っていることが答えだよ。その恐怖に打ち勝てるだけのものを、皆がくれた。

それに、君たちだって覚えはあるはずだよ。自分の全てを出し尽くし、世界の歴史やファンの記憶に存在を焼き付け、未来の可能性すらも燃やし尽くして、それでもなお輝き続けた姿を」

 

例えば、ロジャーバローズだ。

彼・・・いや、ウマ娘基準なら彼女って言った方がいいのかな。ともかく、あの子は日本ダービーで全てを出し尽くして、選手として引退せざるを得なかった。それでもあの子は、その選択に後悔はなかったと言い切った。

走れなくなることに恐怖がなかったわけじゃないだろう。それでもなお、あの子の表情は晴れ晴れとしたものだった。

それだけのものを、あの子はレースで得ることができた。

また、歴代の名馬の中にも自身の才能によって足を壊す馬が度々存在した。その馬たちも、走れなくなるかもしれない恐怖に怯え、あるいは本当に足を壊して絶望の淵に立たされただろう。

それでもなお、その馬と同じ魂を持ち、同じ歴史をたどったウマ娘たちに後悔はなかった。

レースの中で、それらの恐怖や絶望を越える何かを手に入れることが出来たから。

そして、私にはすでに同じだけのものを皆から与えられている。

 

「私はね、君たちにも同じものを見せてあげたいんだ。でも、そのためには君たちの力が必要だ。

だって、私は君たちのおかげで、この世界で走ることができた。君たちがいたからこそ、ここまで来ることが出来たんだ。

私だけじゃダメだ。君たちがいないとダメなんだ。

これは私の我が儘でもある。でも、絶対に後悔なんかさせたりしない。

君たちは、私に走れる体と足をプレゼントしてくれた。

なら、私からは色あせない景色と思い出をプレゼントしてあげたい。

それこそが、私が君たちにできる恩返しなんだ」

 

そう言って、私は黒い人影に近づいて手を差し伸べた。

気が付けば、私を見つめていた無数の瞳は消えていた。

黒い人影は、私に対して呆れと嬉しさがない交ぜになったような様子で口を開いた。

 

『・・・あなたは我が儘なんだね。私たちに恩返しするなんて言いながら、私たちの力を借りないとそれができないなんて』

「自分でもそんな気はしてた。でも、そんなもんじゃん。人馬一体なんて言うけど、ジョッキーは馬がいてこそでしょ?」

『それもそうだね・・・あなたを選んで良かった。あなたならきっと、私たちに正しい道を示してくれる』

 

そう言って、黒い人影は私の手を取った。

次の瞬間、暗闇はひび割れてはじけ飛び、黒い人影は光る馬へと姿を変え、私の手は人影の手ではなく光る馬の鼻を撫でていた。

 

「・・・ありがとう」

 

私はお礼を言って、光る馬の背中にまたがった。

私がまたがると、光は馬具へと姿を変えていき、鞍と手綱をかたどった。

手綱を手に取り、改めて周囲を見渡す。

先ほどまで暗闇で包まれた世界は消え失せ、代わりに一面の青空と地平線まで見える大草原が広がっていた。

背を伸ばせば、心地よい風が全身を撫でた。

あぁ、そうだ・・・この風こそが、私の、私たちの・・・

 

「それじゃあ、行こうか」

 

そう言って、私は光の馬と共に、彼方まで広がる大草原へと足を踏み出した。

 

 

* * *

 

 

『第3コーナーを抜けて先頭はクラマハヤテ。だがさすがに超長距離の大逃げは無理があったか、後続が差を詰めてきた!』

「ハヤテ先輩・・・!」

 

さっきまでは少しずつ加速していたハヤテ先輩だったけど、第1コーナーを抜けたあたりで加速が止まって、第4コーナーに差し掛かる頃にはペースを上げてきた後続に捕まりそうになっていた。

その姿は、ダービーの時に見たハヤテ先輩に似ていて、『もしかしたら』という考えが頭をよぎった。

思わず僕は須川トレーナーの方を振り向いた。

須川トレーナーは、僕が振り向いたのにも気づかない様子で、食い入るようにハヤテ先輩を見つめていた。

・・・あぁ、そうだ。須川トレーナーも言っていたじゃないか。ハヤテ先輩が為そうとしていることを見逃すな、って。

僕は視線をターフに戻して、再びハヤテ先輩に意識を集中した。

そして・・・僕はこの日、この目で見て、全身で感じたものを、一生忘れないだろう。

 

『さぁ、第4コーナーを抜けて先頭に立ったのはクラマハヤテ!だが後ろからは続々と追いついて、いや!クラマハヤテさらに加速!最終直線に入ると同時にさらに後続を突き放していく!信じられないスタミナだ!!』

 

ハヤテ先輩が最終直線に入った次の瞬間、今までのレースで見てきたものとは明らかに違うスパートで追いついてきた後続を一気に突き放した。

だけど僕は、そんな常識外のスパートじゃなくて、もっと違うものに意識を取られた。

ハヤテ先輩がスパートをかけたと同時に、僕の視界には地平線まで続く大草原が広がって、駆け抜けるような風を全身に浴びた。

突然のことに思わず瞬きをすると、まるで幻だったように大草原も風の感触もなくなってしまった。

いっそ気のせいだったと思うほど唐突に現れた現象は、ほんの僅かな間だったにも関わらず僕の脳裏に焼き付いていた。

 

『クラマハヤテ止まらない!後続から6バ身、7バ身と差を広げていき、今、ゴール!!タイムは、さっ、3分フラット!?まさに前人未踏!規格外のレコードをたたきつけ、クラマハヤテ2冠達成です!!!』

 

ハヤテ先輩がゴールし、実況がタイムを告げると、まるで京都レース場そのものが振動しているかのような大歓声が沸き上がった。

ウマ耳を押さえてもなおうるさいほどに響き渡る歓声を受けて、ハヤテ先輩は静かに拳を天に突き上げた。

この時はまさしく、ウマ娘界に新たな最強が現れた瞬間だった。




ようやく、ようやくここまで来ました。
本作を投稿し始めて1年半。とうとう最初から思い描いていた話にたどり着くことができました。
年代とか細かい展開なんかは変わったりしましたが、この話をしたかったがために本作を書き始めたので、達成感もひとしおです。
競馬を語る上でどうしても外せないのが、選ばれず走ることができなかった競争馬たち。
彼らがウマ娘の世界ではどのような扱いになるのか、自分なりに考えてみた結果がこれです。
あとは、書き始めた当時はあんまり見なかった(気がする)『前世で走ることができなかった系主人公のウマ娘転生もの』を書いてみたかったというのも、きっかけの一つです。
1年半越しの構想をようやく形にできたので、自分なりにめちゃくちゃ満足できました。
とはいえ、まだ書きたいことはまだまだあるので、これからも頑張っていきます。


さて、前回ちょろっと言いましたが、今回の執筆で軽く燃え尽きたので、次話投稿を少しお休みして改稿作業をしていこうと思います。
メインはコントレイルの一人称化ですが、他にもいい感じに書き直せそうなところや設定に齟齬が生じそうな部分の訂正を加えていきます。
とはいえ大まかな流れは変わらないので、読み直さなくても大丈夫ではあります。
それでも、どのように変わったのか気になるということで読みなおしていただけるのであれば、筆者として幸いです。


最後に、ハヤテの固有について解説を。

《この風こそが、私たちの・・・》
レース後半に先頭にいた時、残り持久力に応じてちょっとずつ速度を上げ続ける。最終直線で先頭に立っていた時、さらに速度を上げる。

スタミナの要求値がやばいことになりそう(小並感)。
最近の長距離チャンミは逃げが息してないから、金回復ガン積みして頑張ってもらわねば。
ちなみに、ハヤテの領域の本質は風であり、風景はその時の気分で変わります。
今回は今まで抱えていた問題が解消したことで晴れ晴れとして思い切り走りたい気分だったので草原でしたが、その気になれば街中にも海辺にもレース場にもなります。
さらに送信範囲がえげつないほど広く、レース場なら観客席含めて全域カバーできます。
そして、風はどこにでも吹くということで他者の領域の影響をほとんど受けず、どんな状況でも領域を展開し他者の領域を塗りつぶすことができます。宇宙空間にいるブルボンとかネオユニは知らん。


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反省はしている、でも後悔はしていない、そんな代償

久々の更新の割にサブタイが不穏過ぎんなぁ・・・。
それと、バイトが始まったんで投稿ペースが遅くなります。


「ふぅ・・・」

 

勝った・・・だけど、それだけじゃない。

胸のつっかえがとれたような、そんな晴れ晴れとした気分だ。

ようやく、私の中にいたあの子たちと向き合うことが出来た。

それが、菊花賞を勝ったことと同じか、あるいはそれ以上に嬉しかった。

これでようやく、私は前に進むことができる。

そんなことを考えながら地下バ道を進むと、須川さんたちが待ってくれていた。

 

「やっほー、須川さん。勝ったよ」

「あぁ、見てたぞ。それと、ずいぶんと機嫌が良さそうだな。何かいいことでもあったか?」

「いやいや、菊花賞を勝ったでしょ?・・・って、そういう感じじゃなさそうか」

 

一瞬誤魔化そうかと思ったけど、これはバレてるっぽいな。

とはいえ、ムキになって隠すことでもないか。

 

「うん。これでようやく、先に進める」

「そうか。なら、これで晴れてお前もシニア級になったわけだ。さっそく今後の予定をといきたいが、その前にウィニングライブだな。さっさと準備しておけ」

「はーい」

 

あーそうだ。ライブがあったんだ。

いや~、我ながら盛り上がりがすごいことになりそうだからねー。

自分じゃわかんなかったけど、3分フラットとかいうわけ分からんレコードを出したうえでのクラシック2冠達成だからね。

こりゃ私も気合を入れないとかな~・・・

 

「・・・ん?」

「ハヤテ、どうかしたか?」

「ん~・・・なんか足に違和感があるような・・・?」

 

須川さんと話すために立ち止まったから気づいたのか、なんとなく私の足がいつものレース終わりと違うような気がした。具体的に何がってのはわかんないけど、とにかく何かがいつもと違う。

私がそう言うと、一気に須川さんの表情が険しいものになって、しゃがみこんで食い入るように私の足を見たり触診してきた。イッカクとコントレイルも、須川さんの後ろで不安そうな表情を浮かべる。

 

「・・・あれだけの走りをした後だ。疲れも相応に溜まっているのは間違いない。だが、それだけじゃないと言うことか?」

「ん~、分かんないなぁ」

「そうか・・・そのことに関しては、ひとまず後だ。明日からキッチリ休養を入れて、それでも違和感が消えなければ病院に行こう」

「ん、わかった」

 

ひとまずライブにまでは影響はなさそうだし、今日のところはライブが終わり次第ガッツリ休もう。さすがに疲れた。

 

 

* * *

 

 

結局、ライブは問題なく終わった。

強いて言うならアンコールに応えたくらいだけど、まぁ些細なことだ。

だけど、菊花賞が終わってから1週間が経っても、足の違和感は消えないままだった。

徹底的に疲労を抜くように過ごしても、違和感だけは残り続けた。

特別足が痛む、というわけではない。疲れが抜けない、というのも何か違う。

けっきょく自分たちだけじゃどうしようもないってことになって、須川さんと一緒に病院に行くことになった。

 

 

 

 

「しばらくの間、レースに出るのは難しいでしょう」

 

医師から告げられたのは、いっそ残酷なまでの診断だった。

 

「屈腱炎です。しかも両足に発症しています。私もこのようなケースは初めてです」

 

屈腱炎。

繋靭帯炎と並んで、多くのウマ娘を引退に追いやった不治の病。最近で言うとロジャーバローズも発症している。

屈腱炎について判明していることは多くない。長い期間に負荷をかけ続けると発症しやすいって言われているけど、具体的なメカニズムについては謎のままだ。

近年では医療技術の発達によって治療できたケースも増えているけど、この病の本当に恐ろしいところは再発率の高さだ。一度完治できたとしても、そのまま現役を続けると高い確率で再発症してしまい、そのまま引退するというケースが非常に多い。

しかも私の場合、普通は片足に現れる屈腱炎が両足で発症しているという、前代未聞のケースだ。治療のノウハウは皆無に等しい。

だけど、悪いことばかりかと言うとそうじゃない。

なんで私は両足に発症してしまったのか。一つの仮説として、私には利き足がない、両利きだからじゃないのかと医者は言った。

ウマ娘に限らず、多くの生物には力を掛けやすい利き足が存在する。特にウマ娘において、利き足を基点にスパートをかけることが多く、だからこそ屈腱炎を含めた怪我を引き起こしやすい。

だけど私の場合、利き足がない分、足への負荷が均等に分散したおかげで足に負担がかかりづらかったらしい。

一応スパートの加速が伸びにくいという欠点はあるけど、怪我をしにくいという点では非常に大きなアドバンテージだ。まぁ、そのアドバンテージを貫通して屈腱炎を発症してしまったあたり、ゾーンによる負荷のヤバさがわかる。

逆に言えば、もし少しでも足への負荷がどちらかへと偏っていた場合、今の段階でも症状が重くなって取り返しのつかないことになっていた可能性も十分あったと言われて、思わず背筋がぞっとした。

これに関しては、多分だけど私の魂による影響なんだろうね。

私の元になっている魂は、数多の馬たちの集合体だ。おそらく、利き足も様々だったことだろう。そんな馬たちの魂が集まった結果、私の足は両利きになったんじゃないだろうか。

危うく速攻で約束を破ることになりそうだったけど、あの子たちのおかげで最悪の事態を避けることはできたから感謝だね。

 

「幸い、症状は軽いので完治する可能性は十分ありますが、私も屈腱炎が両足で発症するなど聞いたことがないので、治療は慎重に行うべきでしょう」

「そうですか・・・でしたら、徹底的にお願いします」

「わかりました。でしたら徹底的にやりましょう」

「・・・ん?」

 

なんだろう、具体的に何が『徹底的』なのかが分かんないんだけど、なんか二人がやる気に満ちているような・・・。

 

 

 

「おはよ~」

「「「えっ!?」」」

 

翌朝、教室の中に入るとクラスメイトが一斉に私の方を見て驚いた。

まぁ、そりゃそうだろうね。

だって今の私、両足にサポーター付けて車椅子に座ってんだもん。

 

「は、ハヤテちゃん、どうしたの?もしかして、もう走れないとか・・・?」

「あー、うん。そこまでじゃないから安心して。いやまぁ、軽いってわけじゃないけど、一応治るらしいから」

 

グランがめっちゃ心配そうに尋ねて来たけど、幸いそこまでではないから落ち着かせるようになだめる。

一応、屈腱炎の治療法はいくつかあるけど、私の場合は症状が軽いということもあって患部冷却によって炎症を抑えることになった。

ただし、どの程度の負荷がどのような影響を及ぼすかまでは分からないから、足の負担になるようなことは徹底的に避けることになった。それこそ、セグウェイみたいな立って乗るものすら控えるレベルで。

幸い、トレセン学園は怪我をしたウマ娘のためにエレベーターも設置されているから、車椅子でも移動に困ることはない。

 

「まぁでも、今年はレースは出られないかなぁ。早くても春くらいになりそう」

「でも、治るんだよね?」

「安静にしてればね。近いうちに療養休暇を貰って湯治に行くつもり」

 

その場合は、イッカクと2人で行くことになる。須川さんはコントレイルにつきっきりでトレーニングだ。

捻挫から回復したコントレイルが次に出走するのはG3東京スポーツ杯ジュニアステークスで、その1ヵ月後にジュニア級G1レースであるホープフルステークスに出走する予定だ。

とてもじゃないけど、私だけに構っていられる余裕はない。

そういうわけで、しばらくはイッカクが私の面倒を看てくれることになっている。

 

「とまぁ、こんな物騒な感じになってるけど、将来的には大丈夫だから、そこまで心配しないでも大丈夫」

「よかったぁ・・・」

「本当にね。ハヤテなら最優秀クラシック級ウマ娘どころか年度代表ウマ娘だって夢じゃないんだから、これで引退とかやり切れなさすぎるって」

「いや~、それはどうだろうね」

 

競争ウマ娘の一つの目標として、年末にURAから1年を通して活躍したウマ娘に送られるURA賞というものがある。

最優秀ジュニア級や最優秀クラシック級などいくつかの部門に分けられていて、それらを総合して最も活躍ウマ娘は年度代表ウマ娘に選ばれる。

これらの賞を送られることはウマ娘にとってこの上ない名誉で、それこそ『その年の最強のウマ娘』の基準でもあるものだ。

たしかに、私はクラシックで二冠を達成して、その中の菊花賞でワールドレコードを達成したけど、先輩にはあのアーモンドアイ先輩がいる。

今年はまだ3回しかレースに出てないけど、その3回すべてがG1で、私の皐月賞の前に開催されてドバイターフとつい先日開催された天皇賞秋で優勝している。12月には香港カップに出場するし、その成績次第では年度代表ウマ娘に選ばれる可能性が高い。

ついでに言えば、アーモンドアイ先輩の1つ上の世代にいるリスグラシュー先輩も、宝塚記念とオーストラリアで開催されたコックスプレートに勝利していて、有馬記念への出走も表明している。この有馬記念に勝てばアーモンドアイ先輩と並ぶ年度代表ウマ娘の最有力候補の1人になるだろう。

そこに私が並べるかというと、まだ今の時点ではわからない。

私の今年の戦績は皐月賞と菊花賞の2勝で確定だけど、先輩2人はG1レース3勝となる可能性が高い。

我ながら最優秀クラシック級は間違いないと思っているけど、年度代表まで選ばれるかはまだわからない。

もちろん、だからと言って先輩方の敗北を望むようなことはしないけどね。

 

「そういえば、ハヤテってたしか後輩がいたよね?たしか、コントレイルって娘」

「うん、そうだね」

「その娘は大丈夫なの?心配されたでしょ?」

「あーね・・・」

 

そりゃあ、めっちゃ心配された。なんなら私以上に狼狽えていた。

一応、ちゃんと安静にしてれば治るって重ねて伝えたけど、それでも不安なものは不安なんだろう。

でもまぁ・・・

 

「んー、たぶん大丈夫だと思う」

「本当?」

「ちゃんと励ましておいたから。あくまで“たぶん”だけどね」

 

 

* * *

 

 

その日の午後、私はトレーニングに参加できないけど、様子は気になるってことで少し離れたところから須川さんの指示でトレーニングをしているコントレイルを眺めた。

1ヵ月後にレースを控えているってのもあるけど、今までと比べても気合の入り方がぜんぜん違う。鬼気迫る、ってほどではないけど、限りなくそれに近い状態だ。

 

「うん、やっぱり心配はなさそうかな」

「ハヤテちゃんの応援のおかげだね」

 

イッカクもそう言いながら微笑んでいる。

昨日、病院から戻って今の姿でコントレイルと合流したら、めちゃくちゃ狼狽えて私のことを心配してくれた。

もちろんそれは嬉しかったんだけど、下手したらトレーニングに身が入らなくなりそうなレベルで動揺してたから、ちゃんと治るってことを念を押して伝えたけど、それでも不安そうな表情のままだった。

だから、ちょっとベクトルを変えて励ますことにした。

 

『まぁ、こんな感じになっちゃったけど、私の方は大丈夫だから。心配しなくていいよ』

『でも・・・』

『コントレイル、ちょっとこっちおいで』

 

突然のことでちょっと困惑しながらコントレイルが近づいてきたところで、私はコントレイルの両肩に手を置いて目を見ながら話しかけた。

 

『私はあのレースで、最強を証明してきた。だから次は、コントレイルの番』

『僕の・・・?』

『そう。私の代わりに、今度はコントレイルが最強を証明してきて』

『!』

 

私の発破に、コントレイルはハッとした表情で私の顔を見つめ返した。

コントレイルは、私が今のクラシック世代で一番強いと感じたからこそ、須川さんのところに逆スカウトをして加入した。

それなら、私がこうして走ることが出来ない今、今度はコントレイルが自分の選択が間違いでなかったと証明する番だ。

 

『・・・わかりました』

 

力強く頷き返したコントレイルの眼から、迷いや不安は消えてなくなっていた。

それでも念のためこうして様子を見てみたけど、本当に心配はなさそうだ。

 

「それじゃあ、私たちは私たちで湯治の温泉旅館でも探そっか」

「そう言うと思って、いくつか良さそうなところをまとめておいたよ」

「おっ、話が早いねぇ」

 

イッカクのこういうところが本当に頼りになる。

それにしても、イッカクと二人で温泉旅行か。

・・・ん?イッカクと二人で?温泉旅館にお泊り?




両足屈腱炎の話は、完全に自分の想像です。大枠はあながち間違っていないと思いたい。

描写はないですけど、実際エレベーターくらいあってもおかしくなさそう。
自分が通ってた中学校にもそういう生徒のためにとエレベーターがあったんで。まぁ、もっぱら階段上りたくないめんどくさがりが使ってましたが。


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いやまぁ、別に期待なんてしてなかったけどね?

最近、ランキング入りしてた『いつの間にか抱いてた』系の作品をいくつか読みました。
なんというか、作品として読んでる分にはいいですけど、現実に置き換えると怖えーなーとしか・・・。


「はふぅ~・・・」

 

どうも、クラマハヤテです。

現在、さっそく療養休暇を申請して温泉郷近くの旅館に泊まりに来てます。

それも、イッカクと二人きりで。

・・・結論から言うと、別に何もなかった。

よくよく考えてみれば、合宿の時だって須川さんが引率に来てたけど、部屋割りは須川さんだけ別部屋の状態だったから、あの時と大して変わんねぇわ。

こうしていろんな温泉に浸かって、めちゃくちゃ食べて、ゆっくり寝る。

ここ数日はずっとそんな感じだ。

まぁ、そもそも私の怪我を治すために来てるわけなんだから、イッカクから変なことをされる可能性なんて万に一つもなかったし、私の方から何かをしようなんて気も起きるはずがなかったんだよなぁ。

ちなみに今は、温泉に浸かっている私の足をイッカクがマッサージしてくれている、合宿の時と同じパターンだ。

 

「ハヤテちゃん、どう?」

「いい気持ちぃ~」

「よかった」

 

日に日にイッカクのマッサージ技術が向上していってるのを感じる。

しかも、私の屈腱炎発症を受けて、須川さんはレーザー治療の医療器具を購入した。

さすがに今年中は無理だろうけど、それでも私の復帰は大幅に早くなるだろうし、万一コントレイルに何かあってもある程度は対応できるようになる。

でもあれ、医療器具ってこともあってけっこう高かった気がするけど、それでも購入を決断したのはさすがとしか言いようがない。

 

「それにしても・・・」

「どうかしたの?」

「いや、なんと言うか、これはこれで落ち着かないなー、って」

 

いつも何かしらをしていた(主にランニングとトレーニング、ちょくちょく食べ歩き)からか、こうして何もせずに大人しくしているというのがどうにも慣れない。

あるいは、復帰できたとして、以前と同じように走れるか分からないっていう不安があるのかもしれない。

もしかしたら、私の中の子たちに対して我慢させてしまっているのを申し訳なく思っている可能性もある。

自分でも何が正しいのかは分からないけど、それでも分かっているのは、こんな状態になってしまった自分を不甲斐なく思っている、ってことくらいか。

 

「まぁ、どうしようもないってのは頭では分かってるんだけどね。でも、やっぱり落ち着かないなぁ」

「大丈夫。ハヤテちゃんならきっと、また走れるようになるよ」

「そうかなぁ」

「だってハヤテちゃんは走るのがとても好きだし、私もハヤテちゃんが走っているところを見るのが好きなの。だから、ハヤテちゃんこれくらい乗り越えてくれるって、信じてるよ」

「そっかぁ」

 

重てぇなぁ。

なんだこの激重感情は。私はどう反応するのが正解なんだ。

でもまぁ、これもまた信頼の形ってことで納得することにしよう。

 

 

 

温泉から上がったら、今度は泊っている旅館に戻ってご飯を食べる。

私たちが止まっている旅館は、この辺では3本の指に入るところの高級旅館で、食事を含めたサービスも他と比べてかなり充実している。

その分、去年の私だったら卒倒してそうな金額が飛んでるけど、皐月賞と菊花賞の賞金とグッズのロイヤリティのおかげで割と金銭的な余裕はある。

とりあえず、あと一週間くらいは滞在する予定で、その後は学園に戻って付近の医療施設に通いながら定期的に湯治にも行くって感じ。

その辺のことは分かんないから全部須川さんに任せるつもりだけど、この調子なら早ければ年末年始辺りにはサポーターは取れるらしい。

私の身体はそこまで丈夫ではないけど、その分回復能力はそれなりにある部類なようで、こうして食っちゃ寝して回復に専念すれば大抵の怪我は治る。それでも致命的なレベルの怪我まで治る保証はないから、今後のことについてちゃんと考えておかないと。

さて、こうして今の私の日課が終わったら、最後にやることがある。

 

「もしもし、コントレイル」

『こんばんは、ハヤテ先輩』

「それで、今日はどんなことをしたのかな」

『えっとですね・・・』

 

それは、コントレイルとの電話だ。

こうして私が湯治に専念している間、当然だけど私とコントレイルは会うことが出来ない。

コントレイルはトレーニングでこっちに来づらいのは当然のこと、私の方も日帰りできる距離じゃないから『ちょっと顔を見に行こうか』くらいのノリでトレセンに戻ることは出来ない。

とはいえ、それでもトレーニングに励んでいるコントレイルのことが気になるのが先輩心というもの。そういうわけで、こうして夜寝る前にコントレイルと電話をしてお互いに今日は何をしたのか報告し合うことにした。

私の方は入った温泉や旅館のご飯のことを、コントレイルからはトレーニングの内容やクラスメイトとの交流のことを話し合う。

ちなみに、ちょいちょい同室のデアリングタクトも会話に参加する。

 

「・・・そっか。コントレイルも頑張っているんだね」

『はい。ハヤテ先輩の評判に泥を塗るわけにはいきませんから』

「私は私、コントレイルはコントレイルだよ。でも、その心意気は褒めてあげる」

『ありがとうございます』

 

はぁ~。私の後輩、素直で可愛すぎないか?

そして、他愛ない会話を続けること数十分。

 

「それじゃあ、おやすみ、コントレイル」

『おやすみなさい、ハヤテ先輩』

 

そう言って私たちは電話を切って、眠りにつく。

これが旅館に泊まり始めてからの私の一日だ。

いやこれもう、至福すぎない?

 

 

* * *

 

 

まぁ、こんな感じで一日が流れていく。

贅沢を極めたかのような生活だけど、あくまでこれは療養のためだし、早く回復して走れるようにするための休暇だ。その線引きはしっかりしないと・・・

 

「やぁ、こうして話すのは久しぶりかな」

「・・・どうも、お久しぶりです」

 

いや、なんで来てんの会長。ってかどこから情報をもらった?しれっと温泉に入って待っていたのに軽く恐怖を感じたんだけど。

 

「あの~、なんでここに来たんですか?」

「当然、君と話したかったからだ、クラマハヤテ」

「あ~、菊花賞のことですか」

「それもある。だが、それ以上に言っておきたいことがあってね」

「と、言うと?」

()()()()()()()()()、クラマハヤテ」

「・・・あぁ、なるほど」

 

イッカクは何のことか分からずに首を傾げていたけど、私には会長の言いたいことが伝わった。

つまりは、見事領域(ゾーン)をものにすることができた私を祝福しに来たというわけだ。

 

「あの時の模擬レースが少しでも役に立ったのであれば、私としても申し出た甲斐があったというものだ」

「そうですね。参考になった・・・かはともかく、そういうのがあるって知ることができたのは、とても大きかったです」

「それは何よりだ。私も現地で君のレースを観ていたが、見事だったよ。やはり君を中央に招いたのは間違いではなかったようだ」

「それはどうも」

 

会長からこうも手放しで誉められるのは割と珍しい。

普段から人を誉めないとかそういうわけではないけど、それはあくまで生徒会長としての立場とかそういう話であって、基本的に贔屓目は使わない人だ。

そんでもって天下の"皇帝"様でもあるから、ウマ娘として認める基準はべらぼうに高い。

だからこそ、こうした称賛はあまり見る機会はないんだけど、今回の私の走りはそれだけ会長のお眼鏡にかなったらしい。

 

「それで、今日はどうするんですか?って言っても、観光できるほどの時間は残ってないですけど」

「私は明日には帰らなければならないが、それまでなら一緒にいられる。せっかくだ、いろいろと話をさせてもらってもいいかな?」

「どうぞ」

 

会長から頼まれたら、断るわけにはいかないよねぇ。

それに私としても会長とはいろいろと話をしてみたかったし、いい機会だ。

 

 

 

会長との会話は有意義なものに終わった。

自分で言うのもなんだけど、あの菊花賞で私はアーモンドアイ先輩と並ぶ最強の一角として世間から注目されている。その心構えなんかの話は、特に参考になった。

なんか途中でダジャレを挟んでた気がするけど、あんまり記憶に残ってないし、あの会長がダジャレなんて、ねぇ?さすがにないでしょ。

 

『・・・そんなことがあったんですね』

「いやぁ、さすがに驚いたよ」

 

そんな話を、今夜もコントレイルに電話で話した。

ただ、思っていたよりコントレイルの反応が薄いような。

 

『実は、会長がハヤテ先輩のところに行ったっていうのは、グランアレグリア先輩から聞いていたんです。今日の話ですけど』

「そうなんだ・・・あーでも、私目的だったみたいだし、報告くらいはするのかな。わざわざ寮が違うのに教えてくれたんだ」

『はい。昼食の時に偶然会って』

「なるほどねぇ」

 

そういえば、最近はコントレイルばっかに構ってたから、グランとはあまり話す機会がなかったな。一応、L〇NEでやり取りはしてるけどね。

せっかくだし、どっかのタイミングで電話でもかけてみようか。

そんなことを考えていると、コントレイルが遠慮がちになりながら尋ねてきた。

 

『それで、その・・・会長と話したことって、それだけなんですか?』

「ん?まぁ、だいたいはそうだけど」

『そうですか・・・』

「なに?なんか気になることでもあった?」

『そういうわけじゃ・・・いえ、ないわけじゃないんですけど、聞いてないならそれでいいというか・・・』

 

今までにないレベルで歯切れが悪い。

なんというか、いけないことをして必死に隠そうとしている子供っぽく感じないこともない。

とはいえ、コントレイルは真面目ちゃんだから、何かやらかすってことは考えづらいけど・・・

 

「ん~、そっちで何かあった?私絡みのことで」

『えっと・・・』

 

私の問い掛けに、コントレイルはあからさまに動揺していた。これは黒かな。

隠し事ができないコントレイルもそれはそれで可愛いと思う私は大概先輩バカなのかもしれないけど、それはそれとして聞いといておこうか。

 

「そこまで露骨に反応されちゃうと、逆に気になっちゃうな。そんなに悪いことなの?」

『いえ、先輩にとって直接悪いことじゃなくて、僕たちにも実害はないんですけど・・・』

()()?」

 

コントレイルの言い方的に複数人に被害が出てるっぽいけど、学園に残っている関係者なんて他には須川さんくらいしか・・・

 

 

 

『その、学園内で・・・須川トレーナーが、「担当に怪我をさせてでも勝たせようとしている悪質トレーナー」って噂が流れているらしくて・・・』

「・・・ん~?」

 

なんですと?



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僕の先輩は怒らせたらダメなタイプでした

なんかリコリコ二次の方が思うように書けなかったんで、しばらくはこっちと転天二次に集中するつもりです。
新作アニメのpvでも出てきたら復活するかなぁ。


ハヤテ先輩が屈腱炎の療養のために休暇をもらって湯治に行ってから、もうすぐ1週間が経つ。

最初はいろいろと心配や不安も多かったけど、毎晩ハヤテ先輩が電話で話してくれるおかげで少なくとも寂しさを感じたことはなかった。

・・・それと、なんていうか、イッカク先輩がハヤテ先輩にあれだけぞっこんな理由が分かったような気もする。

あんなに強いのに、無邪気っていうか、距離感が近いっていうか、天真爛漫な姿とのギャップが癖になりそうになる。人によっては勘違いしちゃっても不思議じゃないかもしれない。イッカク先輩がそうなのかは考えないとして。

あとは、須川トレーナーも本当にいい人だ。個人でも使えるレーザー治療機器を購入してハヤテ先輩が戻って来たときに備えながら、僕のトレーニングに関しても一切手を抜かないで見てくれている。

きっかけはハヤテ先輩だけだったけど、結果的にこの人と契約したのは正解だった。

今朝も朝練の面倒を見てもらって、シャワーを浴びて制服に着替えてからタクトと一緒に登校する。

ただ、今日はなんだかいつもと違うような感じがした。

なんていうか、周りから遠巻きに避けられている上に、ヒソヒソと何かを話している。

 

『ほら、あの子がそうじゃない?』

『ほんと?大丈夫なのかな・・・』

 

あの子って、僕のことかな?それと、大丈夫ってなんの話?

微妙に居心地の悪さを感じていると、同じことを感じているのかタクトが小声で話しかけてきた。

 

「ねぇ、コンちゃんって何かやらかしたりした?」

「心当たりはないけど・・・」

「じゃあ、何かやらされたり?」

「それもないかな・・・」

「だよね・・・もしかして、私?」

「そ、っれもないんじゃないかな」

 

一瞬言葉が詰まりそうになったのは、タクトが所属してるチーム・スピカなら何かあってもおかしくはなかったからだけど、タクトからはそういう話は聞いてないからギリギリで違うと思い直すことができた。

それにしても、いったい何なんだろう。

校舎に入ってからも視線は途切れないし、教室に入ったらクラスメイトが一斉に僕の方を見てきて少し居心地が悪い。

 

「・・・ねぇ、本当に何か心当たりとかないの?」

「そんなこと言われてもなぁ・・・」

 

ないものはないんだから仕方ない。一応、教室に向かう最中にも考えてみたけど、思い当たる節は何もない。

強いて言うならハヤテ先輩関連だけど、療養休暇でトレセンを出てからもうすぐ1週間になるんだから今さらだ。

本当に何なんだろう・・・。

 

「あの、コントレイルさん、ちょっといいかな」

 

なんでもいいから心当たりがないか考えていると、クラスメイトの1人が僕に話しかけてきた。

向こうの方から話しかけてきてくれるのはありがたいから、僕も呼びかけに応えた。

 

「うん、なに?」

「えっと、コントレイルさんの最近のトレーニングって、どんな感じなんですか?」

「トレーニング?」

 

トレーニングって・・・トレーニング?いつも午後とかにトレーナーとやる?

 

「別に普通だけど。なんで?」

「あー、いえ、それならいいんです!それじゃあ・・・」

 

それだけ言って、そそくさと離れて行ってしまった。

いや、本当に何なんだろう?

僕の方から尋ねようとするけど、曖昧な笑みを浮かべて距離を離されるだけ。だけど、僕が嫌われるような何かをしたって言うよりは、純粋に僕のことが心配で、でも遠巻きでしか見ていられない、っていうような雰囲気を感じる。

できれば理由を聞きたいけど、クラスメイトに聞くのは難しそうだ。

となると、他に誰か事情を知ってそうな人は・・・

 

 

 

「それだけど、今日は会長は休みで学園にはいないみたいだよ」

「そうなんですか・・・」

 

ハヤテ先輩とのつながりで面識があったシンボリルドルフ生徒会長に何か知らないか尋ねてみようかと思ったら、グランアレグリア先輩から今日は会長はいないことを説明された。

 

「ちなみに、どこにいるんですか?」

「ん~、私は聞いてないからわからないけど、もしかしたらハヤテちゃんのところに行ってるのかも」

「ハヤテ先輩のところですか?」

「たぶんね」

 

・・・わざわざ休みをもらってまで様子を見に行くくらい特別視しているのかな?あの会長にもそんな一面があったなんて。そういえば、前にハヤテ先輩をあのオグリキャップ先輩と重ねているって話を聞いたことがあったような気がする。

 

「ちなみに、理由を聞いてもいいですか?」

「・・・実はさっき、噂の内容を聞いちゃって、それでかなーって」

「・・・どんな内容なんですか?」

 

僕がそう尋ねるとグランアレグリア先輩の表情が明らかに曇った。もしかして、ハヤテ先輩について何か悪いことなのか。

そう思ったら、噂の内容は予想もしなかったものだった。

 

「えっとね、須川トレーナーが怪我を顧みないようなトレーニングを担当に強制している、怪我をさせてでもレースに勝たせようとしてるって感じ、かな」

「・・・は?」

 

グランアレグリア先輩の言ったことが、一瞬理解できなかった。

須川トレーナーが?そんな根も葉もない噂が流れるなんて・・・。

 

「・・・どうしてそんな噂が流れているんですか?」

「そこまでは私にもわからないかな。でも、会長と東条トレーナーは何か知ってそうな感じだったかな」

「まさか、ハヤテ先輩のところに行ったのも・・・」

「いや、会長からはそのことを話さないと思うよ。たぶん、ハヤテちゃんのところにまで噂が届いていないか、念のために確認しに行ったんだと思う」

 

それもそうだ。ハヤテ先輩は今は療養中だ。余計な心労をかけさせるようなことをするはずがない。

ハヤテ先輩がいる温泉地はトレセンからかなり離れているけど、万が一ってこともある。もしハヤテ先輩が噂を知っているんだったら、そのケアもするつもりなんだろう。

 

「噂の方は生徒会の方でも対処するって聞いたから、少しの間我慢すれば治まるんじゃないかな?」

「はい、そうですね」

 

幸い、視線が少し鬱陶しいのと須川トレーナーを悪く言う内容に腹が立っている以外には、目立った害はない。

出来れば須川トレーナーとも話したいんだけど、どれだけ話してくれるかわからないしな・・・。

ひとまずはハヤテ先輩に余計な心配をかけさせないように注意しよう。今重要なのは、ハヤテ先輩に余計な心配をかけさせないことだから。

 

 

 

 

って、思ってたんだけど・・・

 

(どうして言っちゃったんだ僕は~ッ!)

 

向かい側のベッドの上に座っているタクトから呆れたような眼差しを向けられているのが、またこの上なく辛い。

そりゃあ、僕はどちらかと言えば隠し事は苦手な方だけど、よりによってこのことをその日の内にハヤテ先輩に暴露しちゃうなんて・・・!

 

『へ~、ふ~ん、ほ~ん、そっかそっか・・・』

 

対するハヤテ先輩は、思っていたよりも冷静だった。

よかった、落ち込むとか、そういうのはなさそう・・・

 

『よし、しばきに戻るね』

「ちょ、ちょっと落ち着いてください!!」

 

全然冷静じゃなかった。嵐の前の静けさってやつだった。

 

『大丈夫大丈夫、私は落ち着いてるから』

「いや、そのっ、僕のクラスメイトも悪気があったわけじゃなくて!他の人たちも、あくまで心配してたというか・・・」

『安心して、私がしばき倒すのは噂を流した奴だけだから』

「それは無茶ですって!第一、誰が噂を流したかなんてわからないのに・・・」

『・・・あー、そっか。コントレイルはその辺の話はまだ知らなかったのか』

「え・・・?」

 

僕の知らない話?もしかして、須川トレーナーのこと?

 

「・・・ハヤテ先輩には、心当たりがあるんですか?」

『まぁね。でも、そりゃそっか。そんなホイホイと話すことでもなかったか』

「それって、僕が聞いても大丈夫なんですか?」

『私は別にいいけど、須川さんはどうだろ。まぁ、恥と言うか、黒歴史ってやつだし』

「それでも僕は、須川さんから離れたりはしません」

『ならいいや』

「いいんですか・・・」

 

思ったよりもあっさりハヤテ先輩から話を聞くことになった。

だけど、その内容は須川トレーナーが話したがらない理由が十二分にわかるものだった。

かつての天才時代に、サブトレーナーの立場からチームの乗っ取り、選手生命が断たれるほどの怪我、そして、前トレーナーの嫉妬による噂の流布と失墜。

そんなことがあったなんて、まったく知らなかった。

 

「そんなことがあったんですか・・・」

『らしいね。まぁ、私はまったく気にしてないし、過去の失敗だって担当が増えて面倒見切れなくなったのが原因なんだから、今の少人数体制なら問題ないと思うよ』

「それは、そうですね。それじゃあ、噂を流したのは・・・」

『例のトレーナーさんだろうね。私の怪我を出汁にしたみたいだけど、まーだ須川さんのことが気に入らないのか。一応、ベテランって聞いてるんだけどねぇ。いい大人がみっともない』

「あ~・・・」

 

あまり他のトレーナーの悪口を言うのは憚られるけど、言ってることはあながち間違ってないから否定の言葉も出しづらい。

それに、僕とハヤテ先輩に被害がなくても、須川トレーナーは別だ。僕だって自分のトレーナーのことを好き勝手に悪く言われるのはいい気分じゃない。

 

『にしても、なるほどね・・・うん、わかった。会長は明日までいるらしいし、ちょっとこっちで相談しとく』

「いいんですか?」

『聞いちゃったものは仕方ないからね。上手くいくかはわからないけど、対策もないわけじゃないから』

「本当ですか!?」

『うん。それじゃ、また明日ね。おやすみ、コントレイル』

 

そう言って、ハヤテ先輩は電話を切った。

それにしても、いったいどんな方法を思いついたんだろう・・・。

 

「コンちゃん、大丈夫?」

「たぶん・・・?」

 

タクトの問い掛けには曖昧に頷くしかできないけど、今はハヤテ先輩を信じるようにしよう。

 

 

* * *

 

 

「やっほー、ただいまー」

「ハヤテ先輩、お久しぶりです」

 

あれから1週間、ハヤテ先輩が療養から帰ってきた。まだサポーターは付けたままだけど、今後のリハビリの結果次第で外れるらしい。

症状が軽い方だったとはいえ、この回復力はさすがハヤテ先輩だ。

 

「あーそうそう。それで、そっちの様子はどうなった?」

「えっと、大丈夫です。普段通りに戻りました」

 

変化があったのは、ハヤテ先輩にうっかり噂のことを話しちゃってから3日後くらいだった。

遠巻きからヒソヒソと話声が聞こえるようなことはなくなって、あの時親切心から僕にトレーニングのことを聞いてきた娘から「あの時は勘違いしてごめんなさい。これからも頑張ってください!」なんて言われたりもした。

それからはあっという間に噂が流れる前と変わらない生活に戻って、僕としてはハヤテ先輩が帰ってくるまで気は抜けないって思っていたんだけど、結局拍子抜けに終わってしまった。

ただ、強いて言うなら・・・

 

「ほらほら、須川さん。せっかく私が戻って来たんだから、もうちょっと素直に歓迎してくれてもいいんじゃない?」

「よくもまぁ、いけしゃあしゃあと・・・」

 

ハヤテ先輩が戻ってから、須川トレーナーの機嫌が見るからに悪い。

ハヤテ先輩が帰ってくるまではあまり表に出していなかったけど、それでも何回か複雑な表情を浮かべることがあった。

いったい、何があったんだろう。

 

「にしても、本当にコントレイルは何も聞いてないんだ」

「はい。須川トレーナーや会長は何も言わなかったですし、クラスメイトからも噂の内容は聞いてないので」

「デアリングタクトとかグランあたりからは?」

「タクトも僕と一緒にいることが多くて噂についてあまり聞けなかったみたいですし、グランアレグリア先輩も最近は会う機会がなかったので・・・」

「あー、そういえばグランにも手伝ってもらったんだっけ。ならしょうがなかったか」

 

グランアレグリア先輩にも手伝ってもらったって、いったいどういうことなんだろう?

 

「結局、ハヤテ先輩は何をしたんですか?」

「した、って言うか、してもらった、かな。コントレイルは、一番有効的な噂の対処法はなんだと思う?」

「対処法、ですか?」

 

そんなことを言われても、僕は最初から最後までずっと噂の内容に関わることがなかったから、見当もつかないんだけど・・・。

悩んでいると、ハヤテ先輩が先に答えを出した。

 

「正解は、より影響力のある噂で上書きすること」

 

ハヤテ先輩が言うには、それが一番効果的な方法らしい。

たしかに、メディアもどんどん新しい情報を取り入れることに力をいれることは多いけど、過去の話題の進展なんかは軽く済ませるか、そもそも見向きもしない場合もある。

それだけヒトにしろウマ娘にしろ、新しい情報に目がいきやすい。

だとすると、

 

「それじゃあ、ハヤテ先輩はどんな噂を流したんですか?」

「須川さんのことをちょい美化した話を、会長に流してもらった」

「なるほど・・・」

 

だから、須川トレーナーが不機嫌だったんだ。

たしかに、須川トレーナーの過去の過ちは決して無視できないものだけど、それを償うために活動を再開して地方に眠っていた才能を見つけだして育て上げたという話は、いかにも劇的な話だ。

それが会長の口から語られたとなれば、特にウマ娘に対しては効果覿面だろう。

・・・まぁ、須川トレーナーからしたら、すごい複雑なんだろうけど。

それに、噂っていうのは、どこかのタイミングで情報が捻れがちだ。僕は知らないけど、今はどんな噂が流れているのか・・・。

でも、ふと気になることを思い出した。

 

「そうなると、例のベテランのトレーナーさんってどうなったんですか?」

「地方に移籍することになった」

 

僕の疑問に答えたのは須川トレーナーだった。

苦い表情を浮かべたまま、事情を説明し始めた。

 

「言っちゃあアレだが、会長殿は言わずもがな、ハヤテも現役の中ではアーモンドアイに引けをとらないくらいの人気と影響力がある。それこそ、場合によっては自身のトレーナーを上回るほどにな。その二人がポジティブイメージの噂を流したんだ。ネガティブなことを吹聴したあいつは担当からも疑念を抱かれるだろう。『今になっても過去の嫉妬を引きずっている』なんて思われたら、それこそあいつから離れるウマ娘もいたかもしれない」

「そうですか・・・」

 

そういう風に言われると少し申し訳なく思うけど、先に手を出してきたのは向こうの方だ。こればっかりは割りきるしかないのかもしれない。

 

「それじゃあ、私がいなかった間、コントレイルがどれだけ成長したのか、私に見せてよ。もうすぐレースでしょ?」

「・・・はい、わかりました!」

 

それにやっぱり、僕にとってはハヤテ先輩の方が大事だから。

ハヤテ先輩が走れない間は、僕ががんばらないと。



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服の好みの違いってはっきり分かれるよね

カツラギエース実装いぇーい!
石はハーフアニバのサポカにとっておこうかと思っましたが、一天井分残して引いてみましょうか・・・でも性能考えたら最近のチャンミは逃げが軒並み死んでるし・・・どうしたものか。


「コントレイルおめでとー!」

「ありがとうございます、ハヤテ先輩」

 

私が湯治旅行から帰ってきた数日後、コントレイルが初めての重賞レースになるGⅢ東京スポーツ杯ジュニアステークスで見事1着をとった。しかも、レースレコードだ。

別にそこまで不安だったわけじゃないけど、それでもジュニア級レースとはいえレコードタイムを出すなんて、さすがコントレイルだ。

控室の中、レース直後で少し息が荒くなっているコントレイルの頭をなでなでしながら、私は須川さんの方に尋ねた。

 

「ここで勝てたってことは、次はG1の朝日杯かホープフルステークス?」

「少し気は早いが、今のところはホープフルステークスを予定している。1800mでこの調子なら、2000mでも十分通用するはずだ」

「そっかー」

 

つまりは、次のレースでクラシックでも実力が通用するかどうかがはっきりするってわけだ。

でも、そうなると・・・

 

「ひとまず、この話は後だ。今はウィニングライブに集中しよう」

「わかりました」

「あー、それもそうだね」

 

ちょっと興奮しちゃったけど、今日の主役はあくまでコントレイルだ。私がはしゃぎすぎるのも良くはない。

気になることはあるけど、須川さんもそのことについては考えているだろうし、今日のところはここまでにしておこう。

 

 

* * *

 

 

翌日。今日はレース明けってことでトレーニングはないけど、別の用事があるということでコントレイル共々須川さんに呼び出された。

 

「さて、昨日も言ったが、コントレイルが次に出るのはジュニア級G1のホープフルステークスだ。その出走に伴って、勝負服を用意する必要がある」

 

そうそう、私が昨日気になっていたのはまさにそれだ。

どんな勝負服になるのか気になるっていうのもあるけど、それ以上に聞いておきたいことがある。

 

「はい、質問」

「なんだ」

「間に合う?」

「・・・正直に言って、わりとギリギリだ。依頼は東スポ杯前にハヤテの時と同じところに頼んだが、それでもインタビューまでに間に合うかどうか、といったところだ」

 

けっこうやばいじゃん。

私が勝負服の準備を始めたのは皐月賞の3か月前だったからけっこう余裕があったけど、今回は1ヵ月しか猶予がない。

 

「とはいえ、早めに進めればどうにか間に合う期間ではある。ラフ画もいくつか届いているが、コントレイルから希望があるなら早めに言ってくれ」

 

そう言いながら、須川さんはタブレットを操作してコントレイルに手渡した。

私もどんなのがあるのか気になるから、コントレイルの後ろから画面を覗き込んでみる。

 

「ふむふむ・・・ドレスタイプと私服タイプの無難なやつが多めだね」

「さっきも言ったが、あまり時間に余裕がなかったからな。せめて東スポ杯の前に1回レースに出ていれば、もう少し余裕をもって作れたかもしれんが・・・言っても仕方のないことだ」

 

コントレイルの足は特別脆いわけじゃないけど、それでも丈夫とは言い難い。しかもデビュー戦の後に捻挫した分の治療もしてたから、須川さんの言う通り本当にこればっかりは仕方ないことだ。

でもまぁ、それはそれとして私もコントレイルの勝負服のデザイン選びは楽しませてもらおう。

 

「ドレスとかいいんじゃない?こういうの可愛いじゃん」

「たしかに可愛いと思いますけど、僕に似合うか不安というか・・・」

「んー、そうかなぁ」

 

コントレイルの顔だちは、どちらかと言えば中性寄りというか、女の子の可愛いというより男の子の可愛いに近い。

別に女ものの服が似合わないってわけじゃないし、制服だって普通に着こなしているけど、プライベートでそういうのを全面に出した服を恥ずかしがる傾向がある。

私はいいと思うんだけど、コントレイルの気が乗らないなら無理に押し付けるのは良くないか。

 

「じゃあ、この辺の私服系はどうだろ。これとか似合いそうだけど」

「・・・足とかお腹を出すのは落ち着かないです」

「・・・そっかぁ」

 

家柄というか、新興とはいえ名家だから、肌を出す服なんて着る機会はそうそうないのか。

夏の時も長ズボンを穿いてたし、そりゃあホットパンツとか落ち着かないに決まってるか。

でも、そうなると残るのはスーツタイプだけど、コントレイルに似合うかって言われると、う~ん・・・。

 

「ちなみに、コントレイルの要望って何かあるの?」

「・・・長袖とかがいいです」

「アバウトだなぁ」

 

ついでに言うと、その条件だと困ったことに参考になる勝負服がまぁまぁ少ない。

理由は私なりに2つある。

まず一つ、ウマ娘は暑さに弱い。

ウマ娘は基本的に暑さに弱い生き物で、夏に開催されるG1レースも極端に少ないほどだ。だからこそ、体が熱くなりやすいレース中のことを考えて、勝負服なんかは少なからず通気性が求められているし、その分スカートだったり足出し肩出しへそ出しの衣装が多くなる。

もう一つは、方向性の問題だ。

勝負服となると、当然のことながら見栄えも重要になってくる。そうなると、長袖っていうのはどうしても“可愛い”じゃなく“かっこいい”寄りのデザインになってくるし、それが何かと言われたら基本的に思い浮かぶのはスーツだ。

私が思いつくへそを出さない長袖長ズボンの勝負服の先輩はフジキセキ先輩とシリウスシンボリ先輩、あとはイクノディクタス先輩かな。

前の2人は屈指のバリバリイケメン枠だし、残りのイクノディクタス先輩はコントレイルとはまた違う生真面目な先輩・・・ってテイオー先輩から聞いたことがある気がする。

一応、勝負服を複数持っている中で条件に当てはまる勝負服を持ってる先輩もいるけど、だいたいはスーツか袴でコントレイルに似合うかと言われると何とも言えない。

一応、タマモ先輩のやつはズボンとジャケットならコントレイルの要望に合うけど、ジャケットの下はスポーツウェアで思い切りへそ出してるから、またここでコントレイルの要望から遠くなる。

いや、これマジで詰む一歩手前まできてない?

どうしたもんかなぁ・・・

 

「・・・そういえばさ、コントレイルの名前ってどういう意味だっけ?」

「意味ですか?」

「そうそう」

 

別にウマ娘に限った話じゃないけど、名前には基本的に相応の意味が込められている。

たとえば、グランアレグリアであればスペイン語で『大喝采』って意味らしいし、会長はシンボリの家名(前世だと冠名)に昔の皇帝だった『ルドルフ』を合わせたものだ。

だとしたら、コントレイルって名前にも何かしらの意味があるはず。

そう思って尋ねてみたら、その答えは須川さんからもたらされた。

 

「コントレイルってのは英語で『飛行機雲』って意味だ」

「なんで知ってるの?」

「そりゃあ、勝負服のラフ画を依頼するときに聞かれたことだからな。お前がいないときの話だから、知らないのは当然だ」

 

そういえば私の時もそんなことがあったような、なかったような・・・あー、うん、あった気がする。なんて言ったのかは覚えてないけど。

それにしても、飛行機雲ね。道理で空色と白色がベースのデザイン(絵に色はないけど、注釈がついてる)が多いわけだ。

まぁ、それがコントレイルのお気に召したかどうかは別問題だけど。

でも、なるほどねぇ。

飛行機雲か、飛行機雲・・・それに長袖長ズボン・・・

 

「・・・やっぱへそくらい出しても」

「嫌です」

「めっちゃ食い気味にくるじゃん」

 

へそか脚くらい出してもバチは当たらないと思うけどなぁ・・・涼しいし良いと思うんだけど。

 

「それじゃあ、こういうのはどう?」

 

コントレイルの後ろでうんうんと頭を悩ましていると、スマホをいじっていたイッカクが私たちの方に画面を見せてきた。

映っているのは、昔の飛行機乗り?かなんかの人が主役の映画だった。あーなるほど、“飛行機雲”繋がりでパイロットね。

いやでも、勝負服としてはどうなんだろ。この広告の画像でもそうだけど、昔のパイロットのスーツって防寒のためにめっちゃ厚着なんだよね。日本の冬でも北海道くらいでしかそんなの着ねぇぞってくらい。

そんなものをレースで着るなんて、到底まともとは・・・

 

「こういうのがいいです」

「・・・え、マジで?」

「はい」

 

正気か?いや、私が正気じゃないのか?

 

「えっ、めっちゃ暑そうだけど」

「それはまぁ、素材次第でどうにかなるだろ。ホープフルステークスも冬だし、どうにでもなるんじゃないか?それに、これなら他に似たようなデザインがある。コントレイルの要望も割となんとかなりそうだ」

「かっこいいとも可愛いともズレてるような・・・」

「むしろコントレイルにはそれくらいでちょうどいいんじゃない?」

「あー、うん、そっか・・・そうかな・・・?」

 

あれっ、難色を示してるの、もしかして私だけ?

思わず頭を抱えると、イッカクがボソッと呟いた。

 

「まぁ、ハヤテちゃんは普段から露出が多い方だし・・・」

「えっそうなの?」

「えっと、夏とか特に・・・冬も、わりと・・・」

 

コントレイルがちょっと申し訳そうにイッカクの言葉に頷いた。

え、うそ・・・私、露出多すぎ・・・?

いやまぁ、たしかに私服でもへそとか脚とか出してるの多いけど、別にそれは暑いからってだけで、そんな深い意味は・・・なくも、なくなく・・・えっと、はい。嘘です。気に入ってます。冬もホットパンツ履いてる程度には肌出しファッションしてます。

そっか・・・私、普段から露出が多い女って思われてたのか・・・

その事実を知った私は、部屋の隅で丸まっていじけることにした。

車椅子はとっくに必要なくなったとはいえ、まだサポーター付けて松葉杖ついてる状態だから、そこまで丸くなれるわけじゃないけども。

・・・それはともかく、そんな私を無視してさっさと新しい勝負服のデザインをまとめているあたり、コントレイルも強かになったね。こんな形で感じたくはなかったよ。

 

 

* * *

 

 

コントレイルの要望は、思ったよりすんなりと通った。

余り他にない試みということもあって、デザイナー魂に火が点いたらしい。

ホープフルステークスまで時間がないってのもあるんだろうけど、驚くほどスムーズかつスピーディに事が進んでいった。

そして、ホープフルステークスが開催まであと1週間となったところで、コントレイルの勝負服の実物が届いた。

ということで、今日はコントレイルの勝負服お披露目会だ。

 

「コントレイル~、手伝わなくても大丈夫~?」

「大丈夫です。もうすぐ終わります」

 

こっちはもうさっきからソワソワしっぱなしで待ちきれなくなってる。

・・・思えば、私の時のイッカクと須川さんも似たような感じだったんだろうか。いや、イッカクはともかく、須川さんのそういうところは想像できないかな。すでに慣れてそう。

 

「・・・着替え終わりました。入っても大丈夫です」

 

ようやく、コントレイルが勝負服に着替え終わったらしい。

ワクワクしながら、私はトレーナー室の扉を開けた。

 

「うおっほほー!めっちゃ似合ってるじゃーん!!」

「そ、そうですか・・・?」

「マジマジ!」

 

コントレイルが着ている勝負服は、まさにコントレイルの希望通りのようなものだった。

上は水色に赤の帯が入った丈の短いセーラー服の上に黒いフライジャケットを羽織っていて、頭にはパイロットゴーグルがついている。下は黒いミニスカートとニーソックスを穿いていて、チラッとだけ太ももが見えている状態だ。さらにセーラー服の下には水着のような黒いスポーツウェアを着ているから、スタイルは出ているけど肌色はほとんど出ていない。ジャケットの袖には赤いバンドが、二ーソックスと靴には赤と白のベルトとリボンが付けられていて、これが黒主体の勝負服のいいアクセントになっている。

コントレイルの要望で肌色がかなり少なくなっているけど、それが十分以上にコントレイルの魅力を引き出していた。やっぱあのデザイナーさん、センスがめちゃくちゃいいね。

 

「それにしても、コントレイルが勝負服か~・・・いつか、それを着て私と一緒に走れるといいね」

「!・・・はい!」

 

ウマ娘が勝負服を持つということは、一流のウマ娘に大幅に近づいたということでもある。

いつか、私の脚が治ったら、コントレイルと一緒にG1の舞台で走りたいものだ。

その景色はきっと、あの子たちにとってもかけがえのないものになるに違いないから。

 

「あ、そうだ。写真撮ろうよ、写真。須川さんおねがーい」

「へいへい。せっかくだし、イッカクもどうだ」

「いえ、私は後でいいです。最初はハヤテちゃんとコントレイルのツーショットがいいと思いますから」

「せっかくだし、私も勝負服・・・あー、サポーターまだ外れてないんだった」

「えっと、できれば、その初めてはレースで走る時がいいです」

「あーもう可愛いのう!」

「ちょっ、ハヤテ先輩、あまり抱きつかないで・・・」

「よーし、写真撮るぞー」

「はーい!」

「えっ、あっ、ちょっと待って・・・!」

 

パシャッ!




勝負服は『鳥海』様のイラストを参考にさせていただきました。
コンちゃん可愛いよコンちゃん。

胸がないんだから、その分へそと脚を強調してもいいと思うの。
ちなみに、そんな自分は胸があって惜しげなくへそを晒しているシービーが大好きです。
普段は貧乳派ですが、それがどうでもよくなるくらいシービーのスタイルが完成されすぎててやばい。

余談ですが、飛行機乗りの映画のところ、本当は永遠の〇って書こうかと思ったんですが、ウマ娘世界の戦争とか触れるの怖すぎてボツになりました。
あれは一応創作の範囲ですけど、それでも突っ込む気にはなれませんでしたね、はい。


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先輩は僕の憧れです

新シナリオが凱旋門賞ってマジ?
そりゃまぁメインストーリーでモンジューが正式にウマ娘化したりロンシャン競馬場が再現されてたりしてましたけど、いよいよシナリオにってなると鳥肌がやばい。
とりあえず、どうせだからオルフェーヴルの実装はよ。


コントレイルの勝負服が届いてから少し経ち、今日はホープフルステークスに出走する上位人気ウマ娘の記者会見が行われる日だ。

ちなみに、先日開催された有馬記念ではアーモンドアイ先輩が9着に敗れ、リスグラシュー先輩が優勝した。残念と言えば残念だけど、距離適性とか途中から降りだした雨とかが重なってアーモンドアイ先輩にとっては逆風だったから仕方ないとも言える。

それよりも、今はコントレイルのインタビューだ。

今回のホープフルステークスでは、コントレイルが堂々の一番人気となった。ディープ家のウマ娘ということもあって、注目度は高いはず。

 

「大丈夫?緊張とかしてない?」

「はい、問題ないです」

 

本当は私は来なくてもよかったんだけど、どうせトレーニングはできなくて暇だし心配だったから同行することにした。

現在は記者会見が行われるホテルの控室で私が一方的にコントレイルに構っている状態だ。

 

「本当?無理とかしてない?」

「本当に大丈夫です」

「少し落ち着け、ハヤテ。お前が緊張してどうする」

「いや、別にそういうわけじゃないけど、私が初めての時はガチガチに緊張してたから、ちょっと心配になって」

「だとしたら、その心配は無用だ」

 

須川さんが呆れながら私の首根っこを掴んでコントレイルから引きはがした。

 

「どゆこと?やっぱディープ家関連で?」

「それもある。が、どちらかと言えばハヤテの方だ。お前、ここ最近は雑誌やテレビ番組のインタビューに出ずっぱりだっただろ」

「そういえばそうだったね」

 

別に例の噂が関係してたわけじゃないだろうけど、ちょうどあの噂が収束したタイミングでそういう依頼が私のところに舞い込んできた。

内容は、だいたい菊花賞のことと脚の怪我のこと。その流れで、コントレイルにも質問とかして・・・

 

「あー、なるほど。私のインタビューの流れで慣れたりした?」

「はい。なので、心配しなくても大丈夫です」

 

そういうことなら、たしかに心配はいらないか。

よくよく考えれば、その時のインタビューでも割と堂々としてた気がするし、本当に無用な心配だったか。

 

「そういえば、この中に知り合いっている?」

「一応、クラスメイトもいますけど、あまり話したことはないですね」

「そっか」

 

それはそれでいいのか悪いのか・・・まぁ、気にしたところでしょうがないか。

 

「コントレイルさん。時間になりましたので、移動の方をよろしくお願いします」

 

そんなことを話していると、とうとう係の人が来てコントレイルを呼び出した。

 

「それじゃ、頑張ってね。私は須川さんと一緒にいるから」

「はい。いってきます」

 

そう言って、コントレイルは係の人を後ろをついていって会場へと向かっていった。

 

 

* * *

 

 

「こちらが会場になります。時間まで今しばらくかかりますので、もう少しお待ちください」

「わかりました・・・ふぅ」

 

スタッフさんに会釈してから、僕は思わず息を吐いた。

ハヤテ先輩にはあまり心配をかけさせたくなかったからあんな風に言ったけど、それでもジュニア級とはいえ初めてのG1レースの舞台だから、本当はちょっとどころじゃないくらい緊張してる。

それにしても、ハヤテ先輩が緊張していたっていうのは、少し意外だった。普段から割と好き勝手というか、あまり周りの環境を気にしない部分があったし、皐月賞の時の記者会見も堂々としていた上にあんな挑発までしてたから、緊張とはあまり縁のない人だと思ってた。

でも、ハヤテ先輩だってジュニア級の時期があって、しかも地方から中央に移籍してきたんだから、その時の不安は僕とは比較にならないんだろうなって今なら思える。

・・・最初は自分の目標のためにハヤテ先輩と同じトレーナーに教えてもらおうって思っただけだったけど、今ではその認識が根底から変わってきている。

僕はずっとあの人・・・ディーさん、ディープインパクトさんに憧れていた。

誰よりも強くて、誰よりも自由で、誰よりも走ることが好きだったあの人に。

ディープの家に生まれたウマ娘はもちろん、中央でも地方でもあの人の走りに魅せられてレースで活躍することを夢見たウマ娘は多い。もちろん、僕もその一人だった。

それが強くなったのは、トレセン学園に入学する数年前。

 

『こんにちは。えっと、コントレイルちゃん、だったよね?』

 

僕がディープ家の本邸の庭で走って遊んでいた時、たまたまディーさんが声をかけてくれた。

ディーさんはトレセン学園のウマ娘で、もちろん学園にも通っているんだけど、史上2人目の無敗の三冠ウマ娘になってからディーさんを中心にした新しい派閥が作られることになって、その関係で本来なら学生の領分を越えたこともしなければいけないことがあった。

その日も何か用事があって、その間の休憩時間で気分転換に走ろうと庭に向かったら、偶然先に走っていた僕を見たのがきっかけだったらしい。

それ以来、僕はディーさんから気に入られて、時折ディーさんの用事に僕も連れていかれるようになった。

理由が気になって聞いてみたら、

 

『うーん、何て言うんだろ。コンちゃんには何か運命的なものを感じたんだよね』

 

って話してくれた。当時の僕は曖昧すぎて分からなかったけど、それでもディーさんが言ったことだしそういうのもあるんだってことで納得した。ちなみに、“コンちゃん”呼びは会ってから1週間も経たないうちに定着した。

そんなこともあって、あの“英雄”と呼ばれたディーさんが、僕にとって一番身近なウマ娘になった。

そして、ディーさんと一緒に過ごしているうちに、ディーさんに対する憧れがどんどん強くなっていって、いつしかディーさんみたいになりたいと思うようになっていった。

いつかディーさんみたいに、僕も“無敗のクラシック三冠ウマ娘”になりたいって。

それをディーさんに言ったら、笑顔で頭を撫でてくれた。

 

『うん。コンちゃんなら、きっとなれるよ』

 

それから僕は、“無敗のクラシック三冠ウマ娘”を目標にして自主トレーニングをするようになった。

ただ、ディーさんからは期待されていたけど、他の本家の人は逆に僕のことをあまり評価してくれなくて、教官による指導も後回しにされることが多かった。

それでも、僕のことを信じてくれたディーさんのために必死に頑張った。

まぁ、頑張り過ぎて怪我もしちゃったけど。

ハヤテ先輩のことを知ったのは、ちょうど怪我の療養をしているときのことだった。

きっかけはレースじゃなくて、聖蹄祭の大食い大会。あのオグリキャップ先輩と並んで話題になっていて、それからハヤテ先輩のことを調べ始めた。

地方から中央に移籍していたウマ娘で、あのシンボリルドルフ会長からも期待されているってことでメディアが盛り上がっていたってこの時になって知ったけど、正直に言って最初は半信半疑だった。

地方で名を上げたウマ娘が中央に挑んでくるのはそこまで珍しい話じゃないけど、そのほとんどが地方へと戻っていくのも珍しくない話だ。

地方から中央に移籍してからの初戦で勝てる確率は約10%。重賞ともなると確率はもっと下がる。

すぐに出戻るとまで思っていたわけじゃないけど、それでも長続きしないんだろうなって、心のどこかで思っていた。

だけど、デビュー戦の走りを見て、その考えはすぐに吹き飛んだ。

“逃げて追い込む”ような、規格外の大逃げロングスパートにも驚いたけど、その時の走っている姿が僕の目から見ても楽しそうで、その様子がどこかディーさんと重なった。

そのことに気付いてからは、一気にハヤテ先輩のことが気になって、ハヤテ先輩が出るレースは出来る限り現地で観戦した。

そして、あの致命的な出遅れから逆転勝ちした皐月賞を観て、この先輩となら僕の目標でもあるディーさんに近づけると確信した。

だから、あの場でリギルのスカウトを断ってでも須川トレーナーに逆スカウトみたいな形で指導を頼んだ。

正直に言えば、あのリギルで指導を受けるのもかなり惹かれたけど、それでも初志貫徹したかったからハヤテ先輩と須川トレーナーを選んだ。

地方から現れた奔放なウマ娘と、その才能を見出したトレーナーを。

でも、すぐそばで見たハヤテ先輩からは、レースとはまた違った印象を受けた。

自由なようで繊細で、いろんな先輩から好かれていて、トレーニングも真面目にこなしている。

あと・・・ものすごい食べる。たしかに体作りには相応の食事が必要だけど、それにしても量が多い。多すぎる。

それで体重が増えることがあっても見た目にほとんど変化がないんだから、こればかりは本当にどうにかしてると思う。

まぁ、そういうところも含めて、今の僕はハヤテ先輩に強く惹かれているんだってことを実感している。

だからこそ、ハヤテ先輩がダービーで負けた時は自分のことのようにショックだったし、精神的に不調になっていたときはすごい心配だった。

きっと、ハヤテ先輩は僕にとって・・・

 

「お待たせしました。記者会見の準備が整いましたので、順番に入場をお願いします」

 

そんなことを考えていると、係の人が会見の準備が終わったことを伝えに来て、人気が低い順に会場へと入っていった。1番人気の僕は最後だ。

 

『それでは最後に、1番人気のコントレイル選手、お願いします!』

 

司会の紹介が聞こえたところで、僕も記者会見の会場に入った。

その途端、ドアの前で見ていた時よりも圧倒的に多くなったフラッシュに晒されて、思わず目を閉じそうになった。

目だけ動かして辺りを見渡すと、関係者席のところでハヤテ先輩が座っているのが見えた。須川トレーナーがその後ろで立っているあたり、ハヤテ先輩の怪我を考慮して用意してもらったのかもしれない。

それからは、それぞれがホープフルステークスについての意気込みを語っていく。

内容はありきたりなものが多かったけど、2番人気から5番人気の4人ともが、終始僕のことを意識しているみたいだった。

 

『それでは最後に、コントレイル選手お願いします』

 

そして、最後に僕の番がやってくる。

マイクを受け取った僕は、チラリとハヤテ先輩の方を見てから口を開いた。

 

「僕はディープインパクトさんに、そしてクラマハヤテ先輩に憧れて、ここまで来ました。なので、僕の憧れの2人に恥じない走りをしてみせます」

 

そう言うと、ハヤテ先輩が遠目でもわかるくらい目を見開いて驚いているのが見えて、思わず笑みがこぼれた。

見ていてください、ハヤテ先輩。

ディーさんが成し遂げて、ハヤテ先輩があと少しのところで叶えられなかった“無敗のクラシック三冠”、僕がとってみせますから。



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それは聞いてないんだが?

水着スズカがエッすぎて変な声が出そうになりました。
別に壁でもいいじゃないか、くびれと鎖骨とうなじが拝めるなら。


前の会見から数日後、今日はホープフルステークスが開催される日だ。

だけど今、私の近くに須川さんとイッカクはいない。

というか、いつもの関係者席にすらいない。

 

「どうぞ、クラマハヤテ。頼まれたカフェオレだ」

「あ、どもです」

 

今日は、なぜか会長に特別席へと連行された。

いや、本当は須川さんたちと一緒に観たかったんだけどね?なんか会長から「クラマハヤテと話したいことがある」ってことで連れていかれたんだよね。

須川さんも須川さんで「そうか、なら行ってこい」ってすぐに私を差し出したし、イッカクも苦笑いこそしてたけど引き止めずに見送ってたし、どういうことなの?

ちなみに、前日に松葉杖からもおさらばして年明けにはサポーターも外れる見込みなんだけど、それでも会長からは怪我人認定されたままだった。

いや、会長が優しいのは百も承知なんだけど、それはそれとして畏れ多すぎるのよ。

生徒会にもリギルにも所属してないウマ娘が会長に飲み物を持ってきてもらうとか、そんな経験をしたウマ娘なんて学園内でも数えるくらいしかいないんじゃなかろうか。いやでも、会長なら他の娘にも同じようなことやってそうな気もするし、どうなんだか。

少し前までなら恐縮しっぱなしだっただろうけど、湯治中に突撃された上にあの噂関連について協力してもらってからは割と自然体でいられるようになった。

まぁ、それはそれとして言いたいことはあるけども。

 

「それにしても、まさか会長に連行されるとは思いませんでしたよ。最近の会長ってサプライズにハマっているんですか?」

「む、迷惑だっただろうか?」

「別に嫌だとか迷惑ってわけじゃないんですけど、唐突なんですよ。事前の連絡くらいは欲しいです」

 

いやもう本当にいきなりは心臓に悪いからやめてもらいたい。

会長が何かをしてるってだけで注目されるんですから、そこに巻き込まないでほしいっていうのはある。

 

「ちなみに、話ってなんですか?」

「私は今からでも構わないが・・・君の後輩が出てきたぞ」

 

そういう会長の視線の先を見ると、コントレイルがパドックに出てきてパフォーマンスをしているところだった。

今朝に会ったときからそうだったけど、今日のコンディションは絶好調のようだ。

 

「さて、今日のレース、クラマハヤテから見てどうなると思う?」

「コントレイルが勝つんじゃないですか?」

 

会長からの問い掛けに、私はパドックから視線を逸らさないまま答えた。

私の一切の逡巡がない回答に、会長は少し驚いたようだった。

 

「随分と自信気のようだが、何か根拠が?」

「コントレイルの強みは高い水準でまとまったバランスの良いステータスです。特別優れた、っていうより尖ったものはないですけど、その能力はセオリー通りの王道展開で真価を発揮します」

「ふむ。逆に言えば、『セオリーから外れた展開になれば崩れる』と言っているようにも聞き取れるが?」

「なりませんよ。少なくとも、このレースは」

「随分と自信があるようだ。何か根拠でもあるのかな?」

「ん~、根拠って言われると難しいですね・・・強いて言うなら、直感、みたいな?」

 

これも菊花賞での一件がきっかけなのか、子供の頃からあった直感がより鋭くなっているような感じがする。というより、具体的なイメージをもって頭の中にリアルに思い浮かぶようになった。

とはいえ、それを言葉で説明するとなると難しいけども。

 

「なんて言うんでしょう・・・天気予報、みたいな感じですかね。ニュースでやっているような奴じゃなくて、民間的なやつみたいな」

「ふむ、朝焼けがあると雨が降りやすい、みたいなものだろうか」

「ですね。例えるなら、雲とか、風の流れとか、空気の湿り具合とか、そういうので雨が降りそうだなーって分かる時があるじゃないですか。そんな感じです」

 

もちろん、実際の天気だけの話じゃない。

ウマ娘たちの佇まいや浮かべる表情、放たれる戦意や闘気の類、そういうのを感じ取って、そのレースの展開をなんとなく予想することができる。

そんな私の荒唐無稽な話を、会長は笑いながら肯定してくれた。

 

「ふふっ、そうか。どうやら君は私が思っていたよりも独特で、私の想像の遥か先を行っていたようだ」

「どうも・・・?」

 

褒められ・・・てるよね?“独特”って言い回しが褒め言葉なのかどうかは置いておくとして。

少なくとも、会長から認められているのは間違いないはず。

そんなことを話している内にも、ターフの上では今日走るウマ娘たちがゲートの中に入っていく。

そして、全員がゲートに入った少し後、ゲートが開いた。

全体的に揃ったスタートの中、先頭に出た9番のパンサラッサをさらに2人が追う形になり、コントレイルはその後ろの4番手先団に控えた。

 

「なるほど、いい走りだ。たしかに、あの中では頭一つ抜けているかもしれない」

「位置取りもいいですね。あそこからなら簡単に抜け出せる。これなら、コントレイルの勝ちですね」

 

私にとってはすでに勝敗が決まったようなレースだけど、それでもコントレイルの、私の後輩の晴れ舞台だ。僅かほども目を逸らさないようにしながら会長と受け答えをする。

 

「レースは何が起きるかわからない、と言いたいところだが、さっき君が言ったことが本当なら、実際にそうなるのかもしれない」

「ですけど、個人的には先頭を走っているパンサラッサが気になりますね」

「それは、同じ逃げ脚質としてのシンパシーかな?」

「どうでしょうね。どちらかと言えば、単純な実力だと思います。遅咲きの未完の器、ってのがしっくりきますね」

 

今はまだまだ、ジュニア級ってこともあって逃げ切るのに必要な能力が備わっていないようにも見える。

だけど、今はまだまだ“未完の器”で、次のクラシックがコントレイルのものだったとしても、きっといつか私たちにも引けを取らないような偉業を成し遂げる。そんな風をあのパンサラッサから感じる。

まぁ、パンサラッサのことも気になるけど、それはそれとして今は目の前のレースだ。

パンサラッサを含めた前3人の逃げは・・・最後まで続かなさそうかな。コントレイルも前に行きたがっているように見えるけど、上手く抑え込んでいる。

あの調子なら、前の3人が垂れてきたところをコントレイルがハナを取って、そのまま最終直線でコントレイルが後方を突き放して終わりだ。

そんな未来が会長にも見えたのかは知らないけど、私にこんなことを尋ねてきた。

 

「さて、クラマハヤテ。このままコントレイルが無敗の三冠に挑むとして、君はそのことについてどう思っているのかな?」

「別に、どうってことの程はないですよ。素直に応援するだけです。まぁ、本当にできるかどうかは別ですけど」

 

クラシックレースには、ジンクスがある。

皐月賞は“最もはやい”ウマ娘が勝つ。

日本ダービーは“最も運のある”ウマ娘が勝つ。

菊花賞は“最も強い”ウマ娘が勝つ。

私には、運がなかった。だからダービーで負けた。

もちろんそれだけで負けたわけじゃないけど、運を味方につけたロジャーバローズに負けたのは疑いようのない事実でもある。

クラシック三冠とは、つまりこの3つすべてのジンクスを踏み倒せるほどの実力を備えた怪物にこそ与えられる称号だ。だからこそ、それを達成したウマ娘は僅か7人しか存在しないし、その7人はレースの歴史に永遠に刻まれるほどの栄誉を手にした。

正直に言って、私からすればコントレイルはそんな怪物には見えない。

私やディープインパクトさんに憧れるのは、決して悪いことじゃないけど、憧れで達成できるほどクラシック三冠の称号は甘くない。無敗ともなればなおさら。

だから、もしコントレイルがクラシック三冠を達成したとすれば、別の理由が存在する。

公で語られることはほとんどなく、だけど暗黙の了解として存在してしまう、どうしようもない残酷な理由が。

あるいは、私が思わずパンサラッサのことが気になった理由も、そこにあるのかもしれない。

だけど、私はそれをコントレイルの前で言うつもりはないし、誰かに言わせるつもりもない。

だって、私はコントレイルのことが好きだから。こんな私を先輩として慕ってくれる、かわいい後輩だから。

もちろん、それはそれとしてレースでぶつかり合うことがあれば手加減は一切しないけどね。

そんなことを話している内に、パンサラッサを追っていた2人のウマ娘は次第にバ群に埋もれていき、最終直線で2番手に浮上したコントレイルが勝負を仕掛けた。

一気に先頭に立ったコントレイルの後ろからはオーソリティが迫っているけど、最終直線前で出来上がった位置取りの差を埋めるほどのスピードは持っていない。

コントレイルはそのままオーソリティに差を詰めさせないまま、ゴール板を駆け抜けた。

実況は勝者のコントレイルを称え、無敗でホープフルステークスを制したことで私の代わりに無敗のクラシック三冠達成を期待した。それは観客も同じで、G1とはいえジュニア級レースとは思えないほどの歓声の坩堝が巻き上がっていた。

その様子を、私と会長は特別席から静かに眺めた。

 

「どうやら君の後輩は、世間からも他のウマ娘からも注目される存在になったようだね。今年の最優秀ジュニア級ウマ娘は、おそらく彼女になるだろう」

「・・・どうにも手放しで喜べない気はしますけどね」

 

コントレイルがここまで注目されているのは、おそらくコントレイルがディープのウマ娘で私の後輩だから、っていうのが大きい。事実、そんな声が多く聞こえる。

逆に言えば、コントレイルという個人を見てその発言をしている人は、たぶんそこまで多くない。

まぁ、コントレイルがそのことに気付いているかは置いといて、私からそのことは言わないようにしておこう。

それはそうとレースも終わったことだし、そろそろ本題に入ろう。

 

「それで結局、私を呼んだ理由ってなんですか?」

「そういえば、まだ話していなかったね。私から話さなくても近いうちに伝わることなんだが、私から伝えて構わないと先方から連絡がきてね。それで、私から言うならこの場がふさわしいと判断した」

「そうなんですか」

 

ふぅん?いったい何のことだろう。

レースに関係することなら別にこの場で言うこともないはずだし、強いて言うならホープフルステークスで勝ったコントレイルがURA賞に受賞されるかもしれないってことくらい・・・

 

「えっと、まさか・・・?」

「クラマハヤテ。今年のURA賞において、最優秀クラシック級ウマ娘ならびに年度代表ウマ娘に君が選ばれたそうだ」

「うそでしょ」

 

なんでぇ?

アーモンドアイ先輩とかリスグラシュー先輩どこいった?



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借りてきたネコというか、他所に移されたウマというか

今回は予告なしの投稿です。
バイトがクソ忙しくて疲れていたので忘れてしまいました。
ちなみに、サポガチャ100連回して三凸だったラモーヌを完凸させました。高いのか安いのかようわからん。
でもまぁ、ハーフアニバ分は残したから結果オーライということで。


会長が言うには、私が今年の年度代表ウマ娘に選ばれたという。

最初聞いた時、「え?マジで?うそでしょ?」って思った。私の中では完全に海外G1を含んだG1レースを3勝したリスグラシュー先輩が選ばれるもんだと思ってたし。

だけど会長の言ったことはマジだったみたいで、後日URAから正式に私が最優秀クラシック級ウマ娘と年度代表ウマ娘に選ばれた旨が書かれた書類が送られてきた。

それを見て、「あっ、これはマジだ」と悟るしかなかった。

ちなみに、コントレイルが最優秀ジュニア級ウマ娘に選ばれた書類も同封されていた。

まぁ、もちろんそのことは嬉しかったけど、私は自分のことが信じられなくて呆然としたままだった。

んで、

 

「うへぇ・・・すごい豪華」

「ですね」

 

今日はURA賞の授賞式が開かれるということで、その式典パーティーにコントレイルと参加していた。

今日のパーティーはURAが主催の格式あるパーティーということで、参加者にはドレスコードが設けられている。

もちろんURA賞を受賞する私たちウマ娘も同じで、今はレンタルしたドレスを着ているんだけど、これがまぁ落ち着かない。

見るからに高そうとか、そういうのもないわけじゃないけど、こういう雰囲気が根っから庶民の私にはどうにも慣れない。

これから頑張って慣れるしかないのかな・・・。

 

「にしても・・・コントレイルもそうだけど、グランも慣れてる感じだね」

「あはは、家の方で慣れてるからかな」

 

ちなみに、グランも最優秀ティアラウマ娘に選ばれてここに呼ばれた。

知り合いが2人いるのが唯一の救いだよ。

 

「でも、そういうハヤテちゃんもそこまで緊張してるように見えないけど」

「いや、これでもガチガチに緊張してるんだけど」

「そう言うわりには、すごい食べてますよね?」

「これは緊張を紛らわせるために必要だから」

「普通は緊張すると食欲がなくなると思うんだけどね・・・?」

 

いや、私の緊張はとにかく食べることでほぐれるものだから。

オグリ先輩からも「パーティーには美味しいご飯がたくさんあるから、ぜひともハヤテにはいっぱい食べてほしい」って言われたし、ドレスを着るのに支障が出ない範囲で食べまくろう。

 

「やぁ、楽しんでいるかな」

 

そんな私たちのところに会長がやってきた。

なんでいるのかと聞かれたら、会長だからとしか言いようがない。影響力やばすぎでしょ。

ちなみに、ディープインパクトさんも来ているらしいけど、まだ見ていない。というより、別の場所でいろんな人に囲まれているから見えようがない。

 

「クラマハヤテはこのような場に慣れていないだろうから緊張しているんじゃないかと心配していたが、大丈夫なようだ」

「まぁ、そうですね」

 

あんたも緊張の種の一つだよ、とは言わないでおこう。会長は意外とそういうところを気にするし。

それにしても・・・

 

「・・・会長、ドレスすごい似合ってますね」

「ありがとう。君たちもよく似合っているよ」

 

会長はそう言って褒めてくれるけど、それがお世辞でないとわかっていてもお世辞に感じてしまうくらい、会長のドレス姿は様になっていた。この人本当に学生か?と思ったけど、前に会長を辞める機会がないって嘆いてたし、年齢については突っ込まないのが吉だ。ウマ娘は不思議生物、それでQED。

 

「それにしても・・・まさか私か年度代表に選ばれるなんて思ってませんでした。リスグラシュー先輩とか、オーストラリアのコックスプレート含めたG1を3勝してますよね?最優秀シニア級にも選ばれてましたし、てっきりそっちが年度代表になると思ってたんですけど」

「私も詳しくは聞いていないが、かなり意見が分かれたようだ。だが、ディープインパクト以降最も無敗のクラシック三冠に近かったと言っても過言ではなかった走りが、天秤を僅かでも君に傾けるきっかけになったのかもしれない」

「そんなものですかね」

「そんなものでも、だ」

 

自分じゃよく分かんねーってのが本音だけど、そんなものだと納得しておこう。

まぁでも、分かんないものを分からないままにしておくのも良いことではないから、自分なりに頭を回して理解してみようと試みてみる。

だから、っていうほど言い訳するようなことじゃないけど、後ろから近づいてくる気配に気づくのが一瞬遅れた。

 

「なに?僕の話をしてた?」

「うひゃい!?」

 

いきなり後ろから声をかけられて、思わず悲鳴を上げて飛び上がってしまった。

慌てて後ろを振り向くと、そこには小柄な青鹿毛のウマ娘が立っていた。身長は私よりも少し大きいくらいだけど、全体的に見ればかなり小柄な部類だ。

吸い込まれるような青鹿毛を腰まで伸ばしたそのウマ娘を、私は知っていた。こうして会うのは初めてだけど、この世界で知らない人なんてよほどの変わり者じゃない限り存在しない。そう断言できる。

なにせ、そのウマ娘の名は、

 

「でぃ、ディープインパクトさん・・・」

「初めまして、だね。クラマハヤテちゃん」

 

いやー!名前覚えられてるぅー!

とはいえ、コントレイル絡みで覚えられてそうだし、そうでなくてもこうして年度代表に選ばれるくらいには今の私は有名人だ。知ってて当然かもしれない。

にしても、夏のドリームトロフィーリーグの時はあくまで遠目だったけど、こうして間近で見てみると半端ないね。

見てくれは人畜無害で人懐っこい愛らしいウマ娘だけど、内包している存在感は会長にも引けをとらない。というか個人的には会長以上に目が離せなくなる。

“英雄”“深い衝撃”“近代日本ウマ娘の結晶”。改めて、それらの二つ名に一切誇張がないことを実感する。

 

「グランアレグリアちゃんも久しぶり。コンちゃんは、夏ぶりかな」

「そう、ですね。ディー、さん」

「よろしい」

 

人前だからフルネームで呼ぼうとしたのを頑張って愛称で呼んだコントレイルが、ディープインパクトさんに頭をなでなでされる。人前でも愛称で呼ぶようにと決められているんだろうか。

あぁ、照れているコントレイルが可愛い。いっそ私もコンちゃんって呼んでみようかな。いや、なんか柄でもない感じがするからやっぱなしで。

 

「久しぶりだね、ディープインパクト。このような場でしか話す機会がないのは、私個人としては残念ではあるが、やはりそちらは忙しいか?」

「会長も久しぶり。うん、ちょっと大変、かな。でも、家の人も頑張って走る時間を作ってくれるし、不満なんて言うつもりはないよ」

「そうか・・・いつかのように自由に走れる日が続くことを願っているよ」

「あはは、ありがとう」

 

・・・質問:無敗のクラシック三冠ウマ娘同士の会話とかいう激レアイベントを目の前で見せられている私の気持ちは?

結論:こんなん脳焼かれるに決まってる。

会長が他の三冠ウマ娘と話している光景は、まぁ見れなくもない。そもそもリギルとか生徒会が三冠ウマ娘の巣窟みたいなものになっているとすら言えるわけだし。

でも、無敗の三冠ウマ娘を達成したのは目の前にいる2人だけだ。しかも、二人共それぞれ異なる理由で多忙の日々を送っている。

そんな二人が同じ場所に現れる機会なんてそうそうない。

それこそ、金を払ってでもその瞬間を目撃したがるファンがいてもおかしくないだろう。

・・・仮にそういう番組を組もうとしたとして、ギャラとかどうなるんだろ。ちょっと気になるような気もする。

 

「それはそうと、ちょっとクラマハヤテちゃんを借りてもいいかな」

「うぇぁ!?」

 

そんな邪なことを考えていた時に、いきなりディープインパクトさんから指名されてまた変な声が出てしまった。

ていうか、前にも会長に似たようなことをされたな。無敗のクラシック三冠ウマ娘っていうのは私をドナドナする習性でも持ってるの?

あぁ、今度はガッシリ肩を掴まれて連行されていく。お皿によそったご飯がまだ残ってるのに・・・。

とはいえ、私も伊達に何回も連れ去られたわけではない。

 

「んじゃ、いってきま~す・・・」

「えっと、はい・・・」

 

今回は大人しく脱力してコントレイルたちに手を振りながら連れていかれることにする。

まぁ、会長と比べたらビジュアルが可愛い系だからそこまで緊張しないっていうのもあるのかもしれない。

適当に人だかりから離れたところまで連れていかれて、そこで改めて私はディープインパクトさんと向かい合った。

 

「さて、それじゃあ改めて。僕はディープインパクト。よろしく」

「クラマハヤテです。こちらこそよろしくお願いします。それで、話ってなんですか?」

「話って言うよりは、お礼かな」

「・・・コントレイルのことですか?」

「そう。コンちゃんは僕のことを目標にするくらい慕ってくれていているけど、正直に言えば僕に縛られずに自由に走ってほしいって思うんだ」

「はぁ・・・」

 

それはけっこう無茶な話では?

あの偉大な英雄が可愛がってくれるんだから、憧れるのも当然だと思うし、目標にするのも自然な流れだ。たぶん、私もコントレイルと同じ立場だったらディープインパクトに憧れて無敗のクラシック三冠を目指していたかもしれない。

とはいえ、それを目指して今と同じになれたかと言われたらそうはならなかっただろうけど。

 

「だからね、コントレイルが君のことを先輩として慕っている姿を見て、すごく嬉しくなったんだ。僕たちが注目していたウマ娘を、コンちゃんが選んでくれたことが。それこそ、僕がコンちゃんを見つけた時と同じくらい運命的なものだったのかもしれない」

「・・・ん?僕()()?」

 

なんかいきなり複数形になったけど、誰と一緒になってた?

いや待て、まさか・・・

 

「あれ、聞いてなかった?会長と一緒に、僕も君の中央移籍に賛成していたんだよ」

「マジですか」

「マジだよ」

 

初耳なんですが?つまり、私がコントレイルと会ったから気になってたんじゃなくて、コントレイルと会う前から注目してた中でコントレイルと会っていたのか。

 

「最初に持ち掛けてきたのは会長だけどね。僕に電話でレース映像を見てほしいって言ってきたから、それで知ったんだ」

「そっかぁ・・・」

 

こんなん脳が溶けてしまう。

推しに認知された認知厨オタクの気持ちが分かりそうなそうでもないような気がする。

 

「でも、何でですか?わざわざ私じゃなくても、実力ならアーモンドアイ先輩とかもいるじゃないですか」

「僕はね、コントレイルに自由に走ってほしい。でも、それと同じくらい強くもなってほしい。そして、君は自由に走る中で強くなるウマ娘だ。それこそ、あの菊花賞のようにね。だから、僕個人としてはコントレイルには君を見て走ってほしいんだ」

「はぁ・・・そういうものですか」

 

自分で言うのもなんだけど、私自身としてはそこまで自由に走っているっていう感覚は薄い。私の中にいるあの子たちのために走ろうっていう意識が少なからずあるっていうのもそうだけど、走っている最中に自由だとかなんだとかって考えながら走っているわけじゃない。

いや、あるいはそれこそが自由に走るってことなのか。走りたいから走る、その考えこそがディープインパクトさんにとっての“自由”なのかもしれない。

そんなことを考えながら会場に備えられた時計を見てみると、もうすぐ授賞式が始まるところだった。

 

「あ、やっべ、そろそろ表彰台に向かわないと」

「もうそんな時間だったんだ。早く行かないとだね」

 

そう言って、ディープインパクトさんは人が集まっているところへと戻っていった。

にしても・・・私はディープインパクトさんはドリームトロフィーリーグで見た姿しか知らないけど、こうしてみるとマジで愛玩動物にしか見えないなぁ。許されるならひたすら愛でたいものだ。

さて、私もそろそろ行かないと。

すると、ディープインパクトさんが人だかりから再び私のところへと戻って来た。

 

「そうそう、言い忘れたことがあったんだ」

「なんですか?」

 

まさか、授賞式のアドバイスか何かだろうか。

 

「僕はこれから君のことはハヤテちゃんって呼ぶから、君も僕のことをディーって呼んでほしいな」

 

それだけ言って、ディープインパクトさんは人だかりへと戻っていった。

唐突にそんなことを言われた私は、ただ呆然とするしかなかった。

ちょっと人懐っこすぎというか、気に入った相手への距離感がバグってないか?あの愛玩動物。

あっ、愛玩動物だからか。



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そこまで気にしていないこだわりなら割とすぐに捨てる

新シナリオが面白いようにランク伸びますね。
シービーでUF9までいったんで、UEも現実的になってきました。
あと、無課金でSSRエル完凸しました。メイさんも2凸なんでまだまだ伸びしろはありますね。

ちなみに、今回は繋ぎというか、ハヤテ復活後の方針決め的な話です。
このあと2回くらい日常回を挟んでから、阪神大賞典って感じですかね。


わりと情報量が多かったURA賞の授賞式が終わってからは、あっという間に時間が過ぎていった。

というのも、年明けからは屈腱炎のリハビリが続いたからだ。

菊花賞から約3か月間ずっと走っていなかった分、体の衰えは尋常じゃなかった。だからこそ、その衰えを取り戻すためのリハビリに明け暮れる羽目になった。

私はそこまで体が頑丈っていうわけじゃなかったから高負荷のトレーニングはかなり控えめだったけど、それでも回復力の方は高かったのと、症状自体は軽くて早い段階で車いすや松葉杖から脱却したこともあって、担当医が感心したくらいのスピードで戻っていった。

そして、春のG1レースの話題が出始める2月の終わり頃。

 

「というわけで、完全ふっかーつ!」

「おかえりなさい、ハヤテちゃん」

「お疲れさまでした、ハヤテ先輩」

 

いぇーいとピースを掲げる私を、イッカクとコントレイルが拍手で迎えてくれる。

いやぁ、あったけぇわ。

 

「リハビリお疲れさん、ハヤテ。さっそくで悪いが、今後のことについて話すぞ」

 

軽く浮ついた雰囲気を取り払うかのように、須川さんが真面目な顔で手を叩きながらホワイトボードにペンを走らせた。

 

「幸いにも春シーズンには間に合ったわけだが、それはそれとしてギリギリなスケジュールなことに変わりはない。ハヤテの適性なら次の目標は春天になるわけだが、いくつか課題がある」

「諸々のブランク、だよね?」

「間違ってはいないが、60点くらいだな」

 

おぅ、意外と低い。なら、残りの40点はいったい何だと言うのか。

須川さんもそれを説明するつもりなんだろうけど、まず先に私が言った諸々のブランクの問題についておさらいし始めた。

 

「ウマ娘にとって、数か月のブランクは大きい。夏と年明けのシーズンで休養を挟むのはよくあることだが、ハヤテの場合は菊花賞直後に屈腱炎を発症した分、他のウマ娘よりもさらに2か月のブランクが開いている」

 

もっと言えば、年明けからやっていたリハビリはあくまで体力を元に戻すためのものだから、走りのブランクはさらに長くなる。

それで走り方を忘れるような間抜けではないけど、それでも細かいモーションや効率は落ちている可能性が高い。

それを、春天が開催されるまでの1ヵ月半で取り戻さないといけない。

 

「レースに関しては、3月後半の阪神大賞典を調整に使う。とはいえ、ここを万全の状態で走るのはまず無理だ」

「目安は?」

「どれだけ頑張っても8割は超えない。ハッキリ言って、負ける可能性も十分にある」

 

むしろ頑張れば8割近くまで戻せることに驚くけど、それは多分コンディションを犠牲にしたウルトラハードスケジュールを実行した場合だろうね。まぁ、実際は良くて7割前後ってところかな。最悪、6割を下回る可能性だって十分にある。

 

「とはいえ、春天には8割まで戻すつもりだ。というか、お前は元々スタミナですりつぶすタイプのステイヤーだから、春天までは多少スピードを犠牲にしてスタミナに重点を絞ってトレーニングする手もある。長期的に見れば、ブランクはまだ解決できる範疇だ。問題は、あと一つの方だ」

 

須川さんの前置きに、私は思わず姿勢を正した。

って言っても、ブランク以外に何があるのか、私にはとても思いつかない。

何のことなのか頭を捻っていると、須川さんがホワイトボードに『逃げ・先行・差し・追い込み』と脚質を書き並べていった。

 

「今までのお前は、出遅れた皐月賞を除けばすべて逃げでレースをしてきた。ダービーも限りなく先行に近い逃げと言っていいだろう。だが、阪神大賞典からは脚質を変える。具体的には追い込みだな」

「ん?」

「は?」

「え?」

 

須川さんの命令に、私だけでなくイッカクとコントレイルも思わず動揺の声が漏れた。

 

「んーと・・・脚質を追い込みに変えるって、マジ?」

「大マジだ」

「できなくない?」

「普通はな」

 

脚質って言うのは、基本的に容易く変えられるものじゃない。というかまず変えられない。逃げと追い込みみたいな極端な脚質は特に。

理由は、そうしないと走れないから。

逃げも追い込みも、多くはバ群の中で走れない気性難のウマ娘が仕方なくやる走り方だ。でも、どちらも能力が足りていないとまず勝てない。逃げは全力で先頭を走り続けてもゴール前でスタミナが尽きてしまうし、追い込みは最後方から気を伺ってスパートを仕掛けたところで距離が開きすぎると先頭に届かない。

だからこそ、強い逃げや追い込みのウマ娘は根強い人気を誇るわけだけど。

そういうわけで、差しと先行を行ったり来たりすることはあっても、逃げと追い込みをとっかえひっかえするなんてまずない。

それこそ、私の皐月賞みたいに事故で出遅れた時くらいしか・・・

 

「・・・あー、言われてみれば出来るような気がしてきた」

「いや、どうしてそうなるんですか!?」

 

私の手のひら返しにコントレイルがツッコみを入れた。

 

「考えてみれば、私が逃げで走ってたのって最初は須川さんの指示があったからだけど、あとは基本的に自由に走ってることの方が多かったなって」

 

あの大逃げが最たる例だ。あれは須川さんの指示を全力で無視して好き勝手した結果であって、別にそうしないと走れないっていうような事情はない。スピードとパワー不足で囲まれたらやばいって事情はあったけど、今となってはそこまで気にすることでもない。

一応、ダービーはゲートが最外だったこともあって須川さんの指示に従った走りをしたけど、好きに走れと言われた菊花賞は今までで一番の走りだった。

それに、私の中にいるあの子たちの存在を自覚したわけだけど、その脚質だって様々だろう。

つまり、今の私はたぶん()()()()()()()()()()()()()()()()

だからといって、どうしていきなり追い込みを指定されたのかまでは分からないけど。

 

「にしても、なんで追い込み?先行でも差しでも、なんなら大逃げじゃない普通の逃げでもいいけど」

「そうだな。お前が言うなら、たしかにそれもできるだろう。それでも俺が追い込みを選んだのは、万全を期すためだ」

「どういうこと?」

「先に結論だけ言うぞ。もし菊花賞と同じ走りをした場合、高い確率でお前の脚は壊れる」

 

須川さんの唐突でストレートな指摘に、部屋の中が凍り付く。

とはいえ、私はそう言われて納得がいった。

 

「あの時のハヤテは、領域(ゾーン)に入っていたんだろう。一言に領域(ゾーン)と言っても、力の引き出し方には個人差がある。例えば、驚異的な末脚を引き出したり、フォームを最適化したりといった具合にな。ハヤテの場合は、おそらく後者に近い。120%のポテンシャルを100%の効率で走る力に変える、最も理想に近い走りを引き出すのが、お前の領域(ゾーン)だ。地面を蹴る力で芝が吹き飛ぶことすらない極めた効率による走りは、逆に言えば領域(ゾーン)の発動中は一切の遊びがない状態で足への負担もまた100%以上かかっていると言える。それを、最初から全力の大逃げから繰り出すとなれば、足への負荷は計り知れない。それこそ、長距離とはいえ1レースだけで両足に屈腱炎を発症するほどにな」

「「はぁ~・・・」」

 

パソコンに菊花賞の映像を出しながら解説した須川さんの説明を聞いて、イッカクとコントレイルは感嘆の息をこぼした。

なるほど。たぶん、私の足が両利きなのもこの走りに関係しているのかな?

ともかく、須川さんの言いたいことは私にもわかった。

たしかに、そう何度もこんな走りができるはずもないか。というか、強すぎる力によって故障したウマ娘も多くいる中で、こんな無茶苦茶な走りをしておきながら時間がかかったとはいえ復帰できた私は恵まれている方だ。

だけど、それもそう何度も続かないだろう。というより、須川さんが言うように次はない可能性だってある。

 

「仮に同じ走りをしたとして、どのくらいの確率で再発するかな」

「まず間違いなく再発すると考えていい。2400mを一回くらいなら耐えれるかもしれないが、わざわざ博打にでる必要はない」

「だからこその、追い込みへの脚質変更ってことね」

 

最後方からのロングスパートなら、大逃げからロングスパートをかけるよりは負荷もだいぶマシのはず。

となると、今後の方針としては・・・

 

「併走でコントレイルに前を走ってもらって、前半に足を溜めることを覚えるのが、ひとまずの目標って感じかな」

「必要なら、リギルやスピカに併走を頼んでもいいだろう。だが、まずは落ちたスペックを戻すところからだ。リハビリ中でも出来ることはやったとはいえ、今のハヤテのスペックは菊花賞と比べて3割ってところだ。これを6割まで戻す。併走はその合間にだな。欲を言えば、差しや先行もできるようになれば戦術の幅が広がるが・・・それは早くても春天が終わってからだな」

「やることが多いなぁ」

 

リハビリ明けとはいえ、予定がすでにギチギチに詰まっている。

あと、追い込みへの脚質変更は周りにバレないようにした方がいいかな。それなら、併走は個人的な範囲で頼んだ方がいいかもしれない。

それに、コントレイルも皐月賞が迫っているから私の方ばかりに構ってもらうのも悪い。

ひとまず、スピカの先輩たちにこの辺のことを話して協力してもらおうかな。頼れるとしたら・・・隠し事ができそうな先輩に心当たりがないな。いや、隠し事ができるウマ娘も希少ではあるけども。

会長は割と出来る方だけど、存在自体が隠すのが難しいから最終手段として取っておこう。

いや、ゴルシ先輩とオルフェ先輩はそもそも他のウマ娘が寄り付かないから、ある意味では適任かもしれない。いやでも、それはそれとして目立つからやっぱり難しいか・・・。

うん、併走のことは後回しにしよう。まずはスペックを元に戻すことに集中しないとだ。

あと、菊花賞までみたいなスペックのごり押しはできないから、その辺の新しい戦術も考えておかないと。

・・・いや、本当にやることが多いな。



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これだからマッドは

「やぁ久しぶりだねぇクラマハヤテ君!さぁさっそくあの時の話の続きを・・・」

「タキオンさん、ダメです。まだ我慢してください」

「そんなっ、また詳しい話をしてくれると約束したじゃないか!」

 

阪神大賞典に備えたトレーニングをしていたら、なんの前触れもなくマッドが突撃してきた。

いや、ね?たしかに菊花賞が終わったら私の詳しい話をするって感じの約束は・・・いやしてないわ。このマッドの妄想だったわ。ていうか、それを差し引いてもまさかトレーニングの最中にやってくるとは思わないじゃん。

あまりに突然の出来事にコントレイルとイッカクも完全に困惑しちゃってるし、須川さんに至っては頭を抱えて盛大にため息を吐いていた。

ちなみに、私個人としては驚いているというよりも「とうとうやりやがったな、このマッド」くらいにしか思っていない。いやまぁ、当然驚いているって言えば驚いているけど。

 

「あぁ、後生だから離してくれカフェ君!これでも相当我慢を重ねたというのに、まだ私に我慢を強いると言うのかい!?」

「ハヤテさんは休養明けで初めてのレースに向けて調整しているんですから、その邪魔をするのはダメです。すみません、ハヤテさんとトレーナーさん。この危険人物は私が責任を持って管理するので、最低でも春天までトレーニングに乱入させないようにします」

「あ~、おう、助かる。俺からも、あのバカトレーナーに言っておこう。どれだけ抑止力になるかは分からんが・・・」

「どうやら、トレーナーさんにいつもの実験と称してコーヒーに睡眠薬を混ぜたらしくて、その隙を突いたみたいです」

「いろいろと終わってんな・・・」

 

しれっと一服盛られているとか、トレーナーじゃなくてモルモットでは?

さすがは発光していないときの方が少ないと言われるマッドのトレーナー、心構えが普通のトレーナーとは一味も二味も違う。いや、単にマッドが頭のネジをいくらかぶっ飛ばしただけかもしれないけど。

 

「いや、あの睡眠薬はストレスで眠れないウマ娘のために開発したものであって、決してモルモット君を眠らせるために作ったわけでは・・・」

「それはそれでどうなんですか」

 

ウマ娘用の薬をヒトに使ってんじゃねぇ。

うーむ、なんか放っておくと後々になってとんでもないことをしでかしそうだな・・・。

でも、直近の休みはすでに予定が埋まっているから、あまり私の方から出向けないんだよねぇ。

でも、どこかでこのマッドのガス抜きはしておきたいし、どうしたものか・・・。

 

「・・・あーダメだ。やっぱ気になってしゃーないわ」

「すみません、この人はすぐに回収するので・・・」

「あっ、いえ、そっちじゃなくてですね」

 

いや、このマッドのこととか薬漬けの被害者になっているモルモットトレーナーさんが気になるのも事実だけど、それはそれとして気になることがあるのよ。

なにせ・・・

 

「なんか、前にも増してお友だちさん?がはっきり見えるみたいで・・・」

 

そう、前はなんとなくいるのが分かるだけだったカフェ先輩のお友だちさんが、今はけっこうガッツリ見えるようになっている。具体的には、白い靄がカフェ先輩に限りなく近いシルエットでまとまっているのが見えるようになっている。

えっなに?まさか霊感も強くなってんの?誰がそんなこと予想できるよ。

 

「なに、それは本当かい!?それはやはりあの菊花賞で何か変化があったということだね!?さぁその話を詳しくっモゴモゴッ!」

 

あっ、しまった。あのマッドを下手に刺激しちゃったか。でもお友だちさんが手で口を塞いでいるおかげで少し静かになった。

にしても、前も思ったけど、幽霊ってこんな昼間でもガッツリ物理的に干渉できるのか・・・なんかもう、一周回ってトレセン学園自体が何か曰く付きなんじゃないかと思いそう。暇があったら、今年の夏休みに許可貰って学園で肝試しでもしてみようかな。

まぁそれはそれとして、今はこのマッドをどうするか考えないと。

たぶん時間を作って満足するまで話すのが一番早いんだろうけど、このマッドがどれくらいで満足するか分からないのが博打になっちゃうんだよなぁ。もういっそカフェ先輩と一緒にお泊り会でもしようかな。

 

「・・・なぁ、考え込んでいるところ悪いが、いったん状況をリセットしてくれないか?俺としても、当たり前のように目の前で超常現象が起こっている現状を受け止めきれてないんだが。コントレイルとか誰でも見て分かるくらい怯えてるじゃねぇか」

 

思考にふけっているところを、須川さんに引き戻された。

あぁそうだ、今はトレーニングの時間だった。それなのにこのマッドは・・・。

 

「あーもう・・・また誘拐されるのも嫌なんで、お泊り会の予定を決めません?そこで満足するまで話すってことでいいじゃないですか」

「ぷはっ!本当かい!?」

「休暇前の一夜くらいならなんとか・・・すみません、カフェ先輩も一緒でいいですか?」

「構いません。元からこの人を監視するために同席するつもりだったので」

「いや本当に助かります」

 

天使か?この人。

イメージカラーは黒だけど黒衣の天使もそれはそれで・・・

 

「そんなっ、私がそんなひどいことをすると思っていたのかい!?」

「拉致監禁の前科があるの忘れたんですか?」

 

そういうところだぞ、このマッド。ここまで図々しいウマ娘もそうそういないでしょ。

お泊り会の約束は軽率だったかなぁ・・・。

 

「あ~、須川さんもそういうことでいい?」

「いろいろと言いたいことはあるが・・・マンハッタンカフェとお友だち?とやらが監視した上でやるっていうんなら、まぁいいか・・・どうしても心配なら、イッカクも同行させるって手もあるし・・・」

 

須川さんはめっちゃ微妙な表情を浮かべているけど、いつかのように拉致監禁事件が起こるよりはマシと判断したらしい。それは私も同感。なんならコントレイルも追加されそう。

そんなことを考えていると、マッドが名案だと言わんばかりにある提案をした。

 

「仕方ないとはいえ、私の信用がなさすぎるねぇ・・・あぁ、それならいっそここにいる全員で一緒に、っていうのはどうだい?」

「「「「「・・・は?」」」」」

 

とうとう頭がおかしくなったのか?いや、頭がおかしいのは元からだったか。

 

 

* * *

 

 

原則として、トレーナーはウマ娘の寮に入ることはできない。よほどの理由があれば例外的に入ることもできなくはないけど、少なくとも私は見たことがない。まぁ、私の場合はゴルシ先輩の件でなりかけたらしいけどね。

だから、ウマ娘とトレーナーでお泊り会なんて出来ないと思ってたんだけど・・・

 

「まさか、またここに来ることになるとは・・・」

 

今回マッドが選んだお泊り会の場所は、私が以前拉致されたマッドの自室と化している空き教室だ。たしかにここならトレーナーも一緒にお泊り会しやすい。まぁ、寮長に申請書を出しに行ったらものすごい顔をされたけど。どんだけ危険人物扱いされてるんだよ、あのマッド。

 

「話には聞いていたが、目に悪すぎないか・・・?」

「なんというか、人体模型が動きそうな感じがしますね」

「それってもうお化け屋敷通り越して心霊現象じゃないですか?いやその、すでに現象自体は目の当たりにしてますけど・・・」

 

すでにビビり散らかしているコントレイルを見た通り、現在は夜だけどすでに怪奇現象がちょいちょい起こっている。ラップ音とか笑い声とか、そんな感じのがね。

私はもうお友だちさんによるポルターガイストを見てるからなんとも思わないけど、マジでやばいんじゃない?トレセン学園の土地って実は昔は戦場とか処刑場跡だったりしない?こんなん下手に肝試しとかできないって。

 

「それに関しては、お友だち君がいるから大事にはならないだろうさ。それよりも、今はクラマハヤテ君の話だ!さぁ、ぜひとも菊花賞での話を聞かせてくれ!」

「んー・・・」

 

いや、どうしようか。

そりゃね?マッドに粘着されるくらいなら話しはするけど、この状況だとどこまで話せばいいのか分からないんよ。

前世のことは当然にしても、私の中にいるあの子たちのことは話そうかどうか微妙なラインなんだ。

あとは、コントレイルにもあまり話したくない。別にのけ者にしようとかそういうわけじゃないけど、ディーさんとあんな話をした手前、あまり変なことを教えたくはない。

そういうわけで、チラリと視線をコントレイルと須川さんに向ける。

それに気づいた須川さんは、ため息を吐きながらも踵を返した。

 

「・・・そういうことならわかった。コントレイル、お前もいくぞ」

「え?あ、はい、わかりました・・・」

 

須川さんに呼ばれたコントレイルは困惑しながらも大人しく従って教室の外に出ようとする。

その2人の背中をカフェ先輩が呼び止めた。

 

「待ってください。今はお二人だけだと危険なので、私も一緒に行きます」

 

・・・まぁ、すでに怪異減少が起こっている学校の中を零感の2人だけでっていうのは、そりゃ危険か。

カフェ先輩、っていうかお友だちさんが一緒ってなると、それはそれで怪現象が頻発しそうだけど。

 

「タキオンさんの監視ができないのは、少し心配ですけど・・・」

「それはまぁ、もしもの時は私とイッカクの2人がかりでどうにかします。なので、カフェ先輩は私のトレーナーさんと後輩を頼みます」

「わかりました。では、行きましょう」

「頼んだ。そら、コントレイルも行くぞ」

「えっ、僕もですか?でも、その・・・」

「心霊現象が起こっている中での肝試しなんて経験はなかなかない。せっかくだから活かしておけ」

「いやでも、レースでどうすればいいんですか!?」

「ここで一度怖い体験をしておけば、レースでビビることなんて滅多にないだろ」

「ちょっと須川トレーナーも投げやりになってないですか!?あっ、ちょっ、何かに押されてる!?せめて心の準備を・・・!」

 

必死に反論するコントレイルを余所に、お友だちさんがグイグイと背中を押して空き教室の外へと出していった。

なんというか、ちょっとウキウキしてたように見えたのは私だけか?自分が見える人が増えたのが嬉しかったのかな・・・?

 

「さて、それじゃあ場も整ったということで、さっそく話してもらってもいいかな!?」

「めっちゃテンション上がってますね・・・話しますから、ちょっと落ち着いてください」

 

その後は、前世のことを上手くぼかしながらマッドが満足するまで説明するのに苦労したこと以外は、思ったより平和な時間が続いた。

いや、拉致監禁が特別アレなだけで、これが普通のはずなんだけどね。

 

 

 

「えっと、その・・・大丈夫だった?」

「あ~、見ての通り実害はなくて無事だったから安心してくれ」

 

いや、コントレイルがぐったりしてる時点で無事じゃないし安心もできないけど?この学校マジで一回お祓いでもした方がいいんじゃない?




しれっとハヤテがカフェ先輩って呼んだりカフェがハヤテさんって呼んでいるのは、タキオン関連とお友だち関連がきっかけでカフェの方からちょくちょくコーヒーを差し入れしたからです。それでもハヤテが夜の校舎を知らなかったのは、怪我とかリハビリでドタバタしてたのをカフェが気遣ってあれこれ対策してたからですね。
まぁ、それはそれとして、仮にも“ウマ”娘がカフェインを摂取するのはどうなんだ・・・?
実際はカフェインレスだったりするんですかね?

ハヤテとタキオンがウマソウル談義をしている間、肝試し組3人は諸々の心霊現象に遭遇しましたが全カットです。
コントレイルも自分が省かれたことに対するもやもやとかがありましたが、そんなことを気にしてる暇がないくらいいろんなことがありました。
中にお友だちがいっぱいいるハヤテがセットになったらさらに倍プッシュで現象が起こってただろうことを知ったら、どんな反応をするんでしょうかね。


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これを私にどうしろと?

そういえばあのキャラとの絡みがまだなかったな~ってことで、書きたくなったから書いただけの話です。
たぶん今回限りの登場になりそうな感じです。気が向いたら、あと1,2回くらいは出るかも。


「・・・どうしよっかなぁ」

 

あのマッドとお泊り会をしてから数日後、やっと手に入れた約束された平和な日々を過ごしながら今日もイッカクと一緒にトレーニングへと向かっている道中のことだった。

現在、ちょっと困って・・・いや、言うほど困ってるわけじゃないけど、ちょっとどうすればいいのか悩む事態に直面した。

まぁ、今の私はリンゴジュースを片手にベンチに座ってくつろいでいる状態だから、そんな私を見て困っているなんて思う人はいないだろうけど、まぁわりと本気でどうすればいいか悩んでいる。

 

「あれ、ハヤテ先輩?どうしたんですか?」

 

すると、校舎の方からコントレイルが走ってきた。

こうして待ち合わせ以外で鉢合わせるのは珍しい。というより、基本的に待ち合わせしていることがほとんどって言った方が正しいんだろうけど。

 

「やっほー、コントレイル。いやね、ちょっとどうしたものか悩んでて」

「悩むって、何をですか?そういえば、イッカク先輩は?」

「あそこ」

 

そう言って、私はリンゴジュースでイッカクがいる方向を示した。

 

「「・・・・・・」」

 

そこでは、イッカクともう1人の白毛のウマ娘が、ただひたすらジッとお互いの顔を見つめ合っていた。

なんというか、「目を逸らしたら殺される・・・!」とでも言わんばかりの気迫を感じる。私が勝手に感じてるだけだけど。

事の発端は、いつも通りイッカクと一緒に須川さんのところに向かっている時のことだった。

 

『今日は何をやるんだっけ』

『忘れちゃったの?今日は・・・』

 

そう言いかけたイッカクが、ふと正面を見て足を止めた。

いったい何だろうと私も視線を正面に向けると、白毛のウマ娘が立ち止まって私たちを、というよりイッカクの方をジッと見つめていた。

私もイッカクも初対面だけど、それでも名前と容姿に何となく覚えがあった。

めちゃくちゃ規模がデカい中央トレセン学園といえど、白毛のウマ娘は数えるくらいしかいない。

たしか、今年の新入生にレース志望の白毛のウマ娘がいるって噂を聞いた気がするけど、入学式はまだ先だからその後輩じゃない。

となると必然的に先輩になるわけだけど、

 

『あの、どうしたんですか?』

『・・・』

 

イッカクの質問に白毛の先輩は答えず、ただ黙りながら静かにイッカクとの距離を詰めて行って、もうお互いに顔の部分しか見えないんじゃないかってくらいまで近づいて静止した。

 

『えっと・・・?』

『・・・』

 

困惑するイッカクを余所に、白毛の先輩はただただイッカクを間近で見つめるだけ。

そして、いつしかイッカクも黙って先輩の顔をジッと見つめるようになって、今に至るというわけだ。

 

「それで“どうしよっかなー、話しかけた方がいいかなー、でも傍から見てると面白いしな―”って感じで放置した結果がこれ」

「いや、普通に間に割って入ればいいんじゃないですか?」

「それもそうだけどさ、何を考えているか分からない先輩に話しかけるのってけっこう勇気が必要じゃない?」

「ハヤテ先輩なら今さらだと思いますけど」

 

そりゃあ会長とディーさんのおかげで胆力は身についた方だけど、それでも初対面の先輩に気さくに話しかけられるほどコミュ力はないのよ。

 

「それにしても・・・あの先輩って誰なんですか?」

「あの人はハッピーミーク先輩。さっき調べたから、まず間違いないと思うよ」

 

ハッピーミーク先輩は中央でも珍しい白毛の競争ウマ娘だ。

何かレースで華々しい成果を出したってわけじゃないけど、あの人はあの人で化け物じみたスペックを持っている。

それは、レースに必要な適性をすべて持っているということ。

芝とダートの両刀はもちろん、距離も短距離から長距離までお手の物という、割とイカれた適性を持っている。

ここまでいろんな条件を高い水準で走れるウマ娘は他にいない、知る人ぞ知るパーフェクトオールラウンダーが彼女だ。

いやまぁ、まさかあんな無口で何を考えているか分からない先輩だったとは思わなかったけど。

 

「それで、どうするんですか?」

「とりあえず、さっき須川さんに連絡したらハッピーミーク先輩のトレーナーさんと一緒に来るって言ってたけど・・・」

 

いつ来るかまでは分からないんだよねぇ。

とはいえ、いつまでもオロオロしてるのは私の性分じゃないから、せっかくだしいつになったら動き出すが観察してようってなったのがさっきまでの私なわけだけど。

連絡してからそれなりに時間が経ってるし、そろそろ動きがあるか須川さんたちが来ると思うんだけど・・・

 

「すまん、待たせた」

「すみません!遅くなりました!」

 

ちょうどその時、須川さんと一緒に初めて聞く女性の声が聞こえてきた。この女の人がハッピーミーク先輩のトレーナーさんかな?

 

「ミークがすみません!ほら、離れてください!」

「あぅ・・・」

 

あ、ハッピーミーク先輩がちょっと喋った。うめいたとかそれくらいのレベルだけど。

にしても、あのトレーナーさんすごいな?背後からガシッとハッピーミーク先輩を掴んだかと思うと、そのままずるずると力任せに引きずっていった。本気で抵抗していたわけじゃないとはいえ、ウマ娘の力に対抗できるってマジか。

それはさておき、ハッピーミーク先輩は連行してもらったということで、こっちもイッカクを正気に戻らせるか。

 

「イッカク~、意識は戻ってる~?」

「・・・はっ、えっと、ハヤテちゃん?うん、大丈夫」

 

軽く意識飛んでんじゃん。どんだけ集中してたんだよ。

軽く呆れていると、ハッピーミーク先輩のトレーナーさんがペコペコと頭を下げて謝罪した。

 

「クラマハヤテさんですよね?ハッピーミークのトレーナーの桐生院葵と言います。すみません、ミークが迷惑をかけてしまったみたいで・・・」

「あー、いえ、気にしないでください。ぶっちゃけ見てる分には面白かったので」

「それはそれでどうなんだよ」

「あぅ」

 

私のぶっちゃけに須川さんが私の頭に軽くチョップをした。え~、別にそれくらいはいいじゃん。

それはそうと、今のうちに聞いておいた方がいいかな。

 

「それにしても、ハッピーミーク先輩はなんでイッカクに絡んできた・・・んですか?」

 

果たしてあれを“絡んできた”と言っていいのかは分からないけど、行動だけ見ればそう見えなくもないから絡んできたってことにしておこう。

先輩が絡んできた理由は、やっぱり白毛同士のシンパシーとかからだろうか。あるいは、他に何か理由があったりして・・・

 

「・・・蝶々を追いかけてたら、偶然見つけて・・・それで、なんとなく・・・」

「えぇ・・・?」

 

理由がふわっふわすぎるなぁ。何だったら先輩が追いかけていたチョウの方がまだ質量を感じるんじゃない?

もしやこの先輩、“何を考えているか分からない”系を装った“実は何も考えていない”系女子だったのか?

いや、もしかしたら前から興味はあったのかもしれないけど、にしたってきっかけが軽すぎるなぁ・・・。

 

「すみません。ミークは昔からこのような感じでして・・・」

「その、大変ですね・・・?」

「こういうところが可愛いんですけど・・・」

「あ、はい、そうですね・・・?」

 

可愛い、か?ちょっと反応に困る、かなぁ・・・?

 

「はぁ・・・お前の初めての担当だから気持ちは分からんでもないが、あまり甘くしすぎるなよ」

「そう、ですよね。すみません、先輩・・・」

「あれ、2人って知り合いなんですか?」

 

そう言えば、さっき連絡したとき「ハッピーミーク先輩っぽい人が~」って話したら、けっこう早い反応で先輩のトレーナーに連絡するって言ってたような。

 

「あー、それはだな・・・」

「実はですね、私がトレーナーになったばかりの頃、担当が見つからなくて悩んでた時に須川トレーナーがアドバイスをくれたんですよ!『結果を残そうとして強いウマ娘をスカウトできないなら、結果を残せなくても互いに悔いを残さないようなウマ娘を見つけろ』って」

「やめろ、今思えば最低としか言いようがない言葉を真に受けないでくれ」

 

あーこれ、須川さんがめっちゃ渋い顔をしてるあたり、さては調子に乗ってた頃の話だな?

まぁ、受け取り方によっては煽ってるようにしか聞こえないし、これは嫌われてもおかしくはないかぁ。

不幸中の幸いなのは、桐生院さんにとってはまぁまぁいい感じに受け取ってもらえたってことかな。そこまで追い込まれていたと言うべきか、実はちょっとポンコツだったと言うべきかどうかは別として。

すると、イッカクがふと疑問を投げかけた。

 

「あれ、でも新人ならサブトレーナーから始めるのが普通じゃないんですか?」

「こいつの実家は名門のトレーナー一族だからな。新人でも担当を取ってこそ、っていうのがあったんだと」

「はぇ~、トレーナーもトレーナーで大変なんですねぇ」

 

私が今まで会ったトレーナーってバリバリエリートの東条さんといろいろとアレな沖野さんだから、その辺の事情とかは知らなかったけど、そういうのもあるんだねぇ~。

 

「そういうわけで、新人だったときにお世話になったんです。ですけど、その、須川さんがトレーナー業から遠のいてしまった時は、私は何もできなくて・・・」

「あれはどうしようもない流れだったし、俺にも非はあった。『自分は何もできなかった』なんておこがましいこと言ってんじゃねぇよ・・・おい、ハヤテ。なんだその顔は」

「べつに~?」

 

昔の須川さんにも慕ってくれる後輩がいたんだ~、なんて思ってはいるけど、口には出さないでおこう。藪蛇になりそうだし。

一応、東条さんと沖野さんも当時は須川さんの味方だった感じの雰囲気はあったけど、どちらかと言えば何が起こっていたのかを理解した上で割り切った様子だった。

それに対して、桐生院さんは須川さんを排斥する流れに納得がいってない感じだ。あるいは、桐生院さんが励ましと受け取ったエピソードを話したとして、それが排斥の流れを加速させた可能性もあるし、それを負い目に感じているってこともあるかもしれない。

そんなことを考えてニマニマしていると、今度はハッピーミーク先輩がおもむろに桐生院さんに抱きついた。

 

「むぅ・・・」

「ありゃりゃ、須川さんに取られちゃうって思っちゃったのかな」

「んなことするかっての」

 

あーなるほど、これはたしかに可愛いかもしれない。

もうちょっとからかってみたい気持ちもなくはないけど、さすがに先輩が相手だし遠慮しておこう。

 

「そんなことよりも、さっさとトレーニングを始めるぞ」

「あー、そういえばそうだった」

「はっ、すみません!余計に時間を取らせてしまって!」

「いえ~、気にしないでください。面白い話もできたんで」

 

そんなこんなで、この場は解散となった。

にしても、ハッピーミーク先輩か。イッカクとの反応が面白かったし、機会があればまた会ってみたいな。




本当はソダシを出す手もなくはなかったんですが、一発屋にするにはあまりにももったいなかったのと、この時点だとまだデビューすらしていなくて絡みが思い浮かばなかったので、無難にハッピーミークにしました。


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これが私の復活劇よ

え?デアリングタクトってリギルなの?
えっ、どうしよ・・・。
まぁ、コンちゃんがいないなら無敗牝馬三冠とったデアリングタクトがリギルに行くのもおかしくはないんですが。こっちは出てくる想定してなかったとはいえ、pvでもスピカにいなかったですしね。
というわけで、こっちはコンちゃんがいる時空なんで原作だと本当はコンちゃんがリギルに行く予定だったけど二次創作パワーでハヤテのいるチームに行ってデアリングタクトはリギルがコンちゃん勧誘する前にスぺに勧誘されてスピカに所属したってことにしておいてください。(早口)

今回は阪神大賞典回ですが、リハビリ感覚で軽めです。
春天と皐月賞に向けてレース描写の感覚を戻しておきたいので・・・。


「ふぅ~・・・」

 

とうとう、この日がやってきた。

阪神大賞典。つまり、菊花賞以来の復帰レースの日。

リハビリの間も、うん、いろいろあったけど、概ね予定通りまで仕上げることができた。とはいえ、あくまで7割弱って感じだから全快からは程遠いけど。

それでも勝つために出来ることは全部してきたし、せめてURA賞授賞式の時にもらった()()に恥じない走りをしてみせないとね。

G2とはいえシニア級だから、勝つには事前に用意した策がどれだけ通じるかにかかってる、ってところかな。

 

「ハヤテ、入るぞ」

「はーい」

 

ちょうど体操服に着替えてゼッケンをつけ終えたタイミングで、外から須川さんが声をかけて中に入ってきた。

 

「調子は・・・良さそうだな。少し緊張しているようだが」

「あはは、まぁね」

「とはいえ、適度な範疇だ。まったく緊張していないよりかはずっといい」

 

今回のレース、菊花賞以来のクラシック明け復帰レースにも関わらず、私が一番人気に推された。

今更「ファンの期待がー」なんて言うつもりはないんだけどね、それはそれとして具体的な数字に出されると緊張しちゃうのよ。

 

「まぁ、俺の方からはもうあれこれ言わん。こう言ったらトレーナーの立つ瀬がないんだが、お前はお前の好きなように走った方が強いし、それがお前の魅力でもある。久しぶりのレースだ、楽しんで来い」

「楽しむくらいの心構えでいいの?」

「お前は嫌か?」

「まさか、私もその方が好きだよ」

 

いろんなあれこれに縛られるよりは、そんなことを考えずに走る方が好きだし、その方があの子たちのためにもなるだろうからね。

・・・まぁ、それはそれとしてやっぱり勝った方が気持ちいいのも事実だけど。

 

「・・・そろそろ時間かな。それじゃ、行ってくるね」

「おう」

 

さて、菊花賞でガラリと変わった私の走りがどこまで通用するか、確かめるとしようか。

 

 

* * *

 

 

「あっ、須川トレーナー。こっちです」

「おう、待たせたな」

「ハヤテ先輩の調子、どうでした?」

「コンディションはいい感じだ。スペックに関しては出来る限りのことはしたが・・・その辺りはハヤテがどう走るか次第だな」

「・・・やっぱり、そうなるんですか」

 

事情を知らない人間が聞けば「クラマハヤテのことを突き放している」とも感じ取れるような言い方に、イッカクとコントレイルは複雑な表情を浮かべる。

「自由に走らせる方が強い」と断言する須川の考えも十分理解できるし、なんなら2人も自由に走るクラマハヤテの姿が好きだから文句を言うつもりは欠片もないが、それはそれとして言葉選びに難があったり、その方が向いているからと躊躇なく放任気味になったりと、“トレーナーとしてどうなんだ?”と思う部分があるという事実はどうしても捨てきれない。

担当の故障をきっかけにベテラントレーナーからあることないことを噂でばらまかれたから中央トレーナーとして排斥されていったと話には聞いているが、実は担当の故障がなくてもいつか担当ウマ娘との間で問題を起こしていた可能性が高かったのでは?という考察はクラマハヤテも含めた3人の総意だった。

あるいは、常人と異なる感性を持っているという点で言えば、かつて天才と呼ばれていたのも納得できなくもなかった。

そんなことを考えている内に、続々と出走ウマ娘たちがゲートへと入っていく。

 

「ハヤテちゃんは5番ですよね」

「あぁ、良くも悪くもってところだな。阪神の内3000mは京都と比べて高さは低いが、下り坂からの急勾配を2回繰り返すことになるタフなコースだ。ハイペースからのスタミナ勝負に持ち込めれば、ってところだな」

「・・・でも、ハヤテちゃんは最後尾からなんですよね?」

「だな」

 

以前であれば、クラマハヤテが先頭に立って思いのままにペースを作ることができたが、少なくとも今年の春シーズンは追い込みで走るように厳命されている。つまり、自分でペースを作ることができないということだ。

 

「・・・大丈夫なんですか?」

「こればかりはな・・・はっきり言って、追い込みで走らせるのは“勝つため”じゃなくて“足を壊さないため”だ。そもそも追い込み自体が脚質としては弱いからな。そこにスペックの低下も合わされば、とてもじゃないが勝てる勝負とは言えない。というか、負ける可能性の方が高い」

「そんなことで大丈夫なんですか?!」

「俺だって出来ることはやった。あとは、ハヤテがどう走るか次第だ」

 

『さぁ、阪神大賞典が今、スタートしました!』

 

イッカクとコントレイルが不安を抱く中、とうとうゲートが開いてレースが始まった。

 

『おっと、キセキとクラマハヤテが出遅れてしまったか、後ろからのスタートとなりました!』

「須川トレーナー、これ・・・」

「あぁ、わざとだな。出遅れたように見えるが、ロスなく最後尾からスタートできる絶妙なタイミングだ」

 

本来であれば、追い込みであっても出遅れ癖でない限りはスタートをしっかりと決めて後ろへと下がる動きをする。

だが、今のクラマハヤテは身体能力が菊花賞と比べて著しく下がっている状態であり、復帰戦と言えど年度代表ウマ娘に選ばれているため他からマークされる可能性も高い。そのような状態であからさまな脚質変更を見せれば、間違いなく警戒されるだろう。

だからこそ、それを避けるためにクラマハヤテは敢えてスタートのタイミングを半テンポずらすことで『リハビリ明け故に本調子ではなく出遅れてしまった』という体をとった。

現に、周囲はまんまとそれに騙されている。

観客席からは悲鳴に近いどよめきが走り、他のウマ娘たちもまさかの出遅れに一瞬困惑しながらもこれを好機と捉えて前に出させまいとペースを上げる。というより、クラマハヤテが無理やり前に行くような素振りを見せることで強引にペースを引き上げた。

 

「にしても、今回はキセキがどれくらいのペースで逃げるか冷や冷やしてたんだが、出遅れた上にかなり掛かってるな。今日は調子が悪いのか?」

「もうすでに前まで行きましたけど、あの調子だと途中で潰れそうですね」

「ハヤテ先輩、ここにいても感じ取れるくらいプレッシャーを振りまいてますけど・・・どこであんな技術を学んだんですか?」

「会長殿のレース映像からだな。ずいぶんと熱心に見てると思ったら、もうここまでモノにしてるのか。会長殿と比べるとまだ粗があるが、最後方から先頭まで届かせている時点で大したもんだ」

 

本来であれば最初の3コーナーを過ぎれば完全にペースダウンすることが多い阪神3000mだが、現在はクラマハヤテによって第4コーナーまで加速させ続けられていた。さらには、強引に先頭集団にまで接近したキセキによって普段よりペース感覚が鈍っていたことも相まって他のウマ娘たちはそのことに気付かなかった。

そして、2周目の第3コーナーでスパートをかけ始める段階で気づいた時には、すでに手遅れだった。

 

『ここで5番のクラマハヤテが仕掛けてきた!第3コーナーの下り坂を外からじわじわと前に上がっていく!』

 

スパートをかけ始めたクラマハヤテに反応する形で他のウマ娘たちも最終直線に向けて位置取り争いを始めようとしたところで、ようやく自分たちが想定以上にスタミナを削られていたことに気づいた。

現在は下り坂のため影響はそこまで大きくはないが、最終直線には急坂が待ち構えている。

そこが、勝負の分かれ目となった。

 

『さぁ最終直線!キセキが先頭に立つか、後ろからはクラマハヤテも迫っている!いや、残り200mでクラマハヤテが一気に先頭に躍り出た!間から隙をついてユーキャンスマイルも抜け出すが僅かに伸びない!クラマハヤテ、半バ身抑えて今ゴール!菊花賞の故障から、見事に復活を果たしました!!』

 

皐月賞を思わせるかのような逆転劇に、観客席は大いに沸き立つ。

そんな周囲を余所に、須川たちは立ち上がって控室へと向かう。

その道中で、須川はコントレイルに問いかけた。

 

「さて、コントレイル。まだ春天を控えて完全ではないとはいえ、あれがお前の目指しているウマ娘だ。おそらくは、現最強ウマ娘のアーモンドアイにも匹敵しうるだろう。それでも、お前はハヤテに挑むか?」

 

その質問の意図をコントレイルは理解できなかったが、それでもその答えはハッキリと口にできた。

 

「はい」

 

たった一言、たったそれだけだったが、須川にとっては十分だったらしい。

口元に笑みを浮かべながら、コントレイルの意思に応える。

 

「そうか。なら、今年のジャパンカップだな。そこまでにお前を最高のウマ娘に仕上げてやる」

「須川トレーナー、それって・・・」

「コントレイルがハヤテに挑むって言うんなら、俺はそれに応えるまでだ」

 

通常、同じチームのウマ娘が同じレースで争うことはあまりない。

どちらかが勝ってもどちらかが負けるという結果を残ってしまったり、レースが終わった後の交友関係に影響が出るのを嫌がったりといった事情があるが、どちらにせよチームとしてのメリットはないに等しい。

それでもなお、同じチームでありながら同じレースで争う理由があるとすれば、憧憬にせよ対抗心にせよ、当人たちに何が何でも譲れない想いがあるということだ。

 

「とはいえ、まずはクラシックレースだな。ハヤテにディープインパクトが憧れとはずいぶんと欲張りだが、モチベーションは多いに越したことはないし、目標も高ければ目指し甲斐がある。あの2人を目指すなら、まずは三冠くらい取らねぇとな」

「っ、はい!」

「けっこう。なら、さっさとハヤテのところに向かうぞ」

 

 

* * *

 

 

「・・・聞こえちゃったなぁ」

 

いや、ね?わざとじゃないんだけどね?

ウマ娘はけっこう耳がいい。それこそ、足音だけで誰が来たか判別できる程度には。だから、入り組んでいるとはいえちょっと距離が離れている程度の会話なら余裕で聞き取れちゃうわけで。

にしても、コントレイルがね・・・これが、挑まれる側ってことか・・・

 

「・・・ははっ」

 

うん、いいね。

どうやら、私は挑むよりも挑まれる方が性に合っているらしい。

それに、もし本当にコントレイルが私たちと並べるだけの格と実力を身につけた上で挑んでくるんだとしたら、どれだけ楽しいレースになるんだろうね。

今年のジャパンカップか・・・たぶんアーモンドアイ先輩と走れる最後の機会にもなるだろうし、私もそれまでに万全の状態にまで仕上げておかないとだね。




今回書いてて思ったのが、シングレの奈瀬パパってよくあんなズレた感性でトレーナやっていけたなぁと。
誤解は少なくてもスレ違いは多そうですよね。
というか、しばらく日本じゃなくて海外で活動してた描写があったのって、実は学園で何かあったり・・・?


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